関連審決 | 不服2000-2718 |
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関連ワード | 特許を受ける権利 / 承継 / 製造方法 / 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 技術常識 / 発明の詳細な説明 / 翻訳文 / 優先権 / 参酌 / 数値限定 / 技術的意義 / 容易に想到(容易想到性) / 実施 / 加工 / 拒絶査定 / 請求の範囲 / 国際公開 / |
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事件 |
平成
15年
(行ケ)
312号
審決取消請求事件
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原告 ゲイツパワー ドライブ プロダクツ,イ ンコーポレイテッド承継人ザ ゲイツ コーポレーション 訴訟代理人弁護士 湯川將 同 弁理士 松浦孝 同復代理人弁護士 川端小織 被告 特許庁長官今井康夫 指定代理人 村本佳史 同 前田幸雄 同 高木進 同 伊藤三男 |
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裁判所 | 東京高等裁判所 |
判決言渡日 | 2004/03/10 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
原告の請求を棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。 |
事実及び理由 | |
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請求
特許庁が不服2000-2718号事件について平成15年3月11日にした審決を取り消す。 |
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当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 ゲイツ パワー ドライブ プロダクツ,インコーポレイテッド(以下「原告被承継人」という。)は,平成9年8月14日,名称を「ハブを有するスピンロール成形されたプーリおよびその成形方法」とする発明につき特許出願(優先権主張1996年〔平成8年〕8月15日・アメリカ合衆国)をしたが,平成11年12月6日に拒絶査定を受けたので,平成12年3月1日,不服の審判の請求をし,不服2000-2718号事件として特許庁に係属した。 原告は,2002年(平成14年)4月26日に,原告被承継人を吸収合併し,本件特許出願に係る特許を受ける権利を承継した。 特許庁は,同事件について審理した結果,平成15年3月11日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同月20日,原告に送達された。 2 本件特許出願の願書に添付した明細書(平成12年3月1日付け手続補正書により補正されたもの。以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の【請求項1】記載の発明の要旨 ディスクからスピンロール成形された一体的なハブを備え,前記ハブはボアと円筒状外面を有し,前記ハブは,ウエブが厚さを有する状態を維持して前記ディスクの側部から径方向に変位した金属部分を有し,前記ハブは,前記円筒状外面からボアまでの径方向厚さが前記ウエブの厚さの1.10〜2倍であり,前記円筒状外面にネジが成形され,前記ウェブから前記ハブとは軸心に沿って反対方向のみに延び,かつベルト受け面を形成する管状のリムとを備え,前記リムは前記ウェブの厚さよりも薄い壁厚さを有するベルトプーリ。 (以下,上記発明を「本願発明1」という。) 3 審決の理由 審決は,別添審決謄本写し記載のとおり,本願発明1は,国際公開第WO94/20235号パンフレット(甲2,国際公開日1994年〔平成6年〕9月15日,以下「刊行物」という。)に記載された発明(以下「刊行物発明」という。)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。 |
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原告主張の審決取消事由
審決は,本願発明1におけるハブの円筒状外面からボアまでの径方向厚さとウェブの厚さの比(ハブの厚さ/ウェブの厚さ,以下,単に「厚さ比」ともいう。)の技術的意義の認定を誤り(取消事由1),相違点1の判断を誤り(取消事由2),本願発明1の顕著な作用効果を看過した(取消事由2)結果,本願発明1の進歩性を誤って否定したものであるから,違法として取り消されるべきである。 1 取消事由1(本願発明1における厚さ比の技術的意義の認定の誤り) 審決は,本願発明1と刊行物発明との相違点1として認定した,「本願発明1では,ハブの円筒状外面からボアまでの径方向厚さがウェブの厚さの1.10〜2倍であ・・・るのに対して,刊行物に記載された発明(注,刊行物発明)では,ベルト車中間製品の円筒形の突出部28は,金属板シートバー21の中央の縁領域よりはるかに大きい材料厚を有するように成形されるものではあるが,具体的な厚さは不明であ・・・る点」(審決謄本4頁第2段落)について,「刊行物に記載された発明(注,刊行物発明)でも,ベルト車中間製品の円筒形の突出部28(ハブ)は,前置体25のストッパー34に応じて適宜金属板シートバー21の中央の縁領域(ウェブ)より大きい材料厚を有するように成形されるものであるから,その厚さを本願発明1のような1.10〜2倍とすることは,当業者であれば適宜採用することができる程度の設計的事項にすぎないものである」(同第4段落)と判断したが,本願発明1におけるハブとウェブの厚さ比の技術的意義の認定を誤っている。 本願発明1において,ハブとウェブの厚さ比を1.10〜2に限定したのは,製造コストが増大しない範囲においてベルトプーリの耐久性の向上と軽量化を図るためである。ベルトプーリは,例えば,自動車用エンジンの動力伝達装置の一部として,駆動源であるクランク軸に取り付けられ,クランク軸の回転がプーリに架け回されたベルトを介してカム軸等に伝達されるものであり,ベルトプーリにはクランク軸のトルク(エンジントルク)が作用するため,十分な耐久性が要求される。原告作成の実験成績証明書(甲4,以下「本件実験成績証明書」という。)の結果グラフには,ハブとウェブの厚さ比とプーリの破損までの平均時間の関係が図示され,厚さ比が1.0よりも小さいときの曲線Aの傾きと,厚さ比が1.10から2のときの曲線Bの傾きと,厚さ比が1.10〜2.40のときの曲線Cの傾きが示されており,曲線Aの傾きは0.75(=0.3/0.4),曲線Bの傾きは7.56(=6.8/0.9),曲線Cの傾きは14.15(=18.4/1.3)である。これによれば,ハブとウェブの厚さ比が1.0よりも小さいとき,例えば,0.5から増加させても,破損までの時間はほとんど増加しない(曲線A)のに対し,厚さ比が1.10よりも大きくなると,破損までの時間は急に長くなることから,厚さ比が0.9から1.10になると,ベルトプーリの耐久性は飛躍的に向上することが理解される。それと同時に,厚さ比が2を超えると,破損までの時間が更に長くなり,耐久性も更に向上することが示されているが,ハブを更に厚く成形することは,製造コストの増大につながり,好ましくない。このように,本願発明1は,ハブとウェブの厚さ比を1.10〜2に限定したことにより,製造コストが増大しない範囲においてベルトプーリの耐久性の向上と軽量化を図るという顕著な作用効果を奏する技術的意義を有する。 2 取消事由2(相違点1の判断の誤り) 審決は,上記のとおり,刊行物発明では,「ベルト車中間製品の円筒形の突出部28(ハブ)と金属板シートバー21の中央の縁領域(ウェブ)の具体的な厚さは不明である」としながら,「突出部28(ハブ)が前置体25のストッパー34に応じて適宜金属板シートバー21の中央の縁領域(ウェブ)より大きい材料厚を有するように成形される」ことから,本願発明1の厚さを比1.10〜2とすることを単なる設計的事項にすぎないと判断したが,刊行物(甲2)は,本願発明1においてハブとウェブの厚さ比が上記のような顕著な作用効果を奏する技術的意義を有するものであることについて,何らの記載も示唆もないから,誤りである。 刊行物の図9のA,B,Cには,ベルト車中間製品の変形例が示されているが,このベルト車中間製品に更にプレス加工が施されて最終製品であるベルト車が成形されるものであり,ベルト車中間製品は文字通り未完成品であって,そのまま使用されることはないから,耐久性を考慮する必要はない。また,図9のCにおいて,突出部28(ハブ)と金属板シートバー21の中央の縁領域(ウェブ)の厚さ比は1より若干大きいようにもみえるが,特許公報等における図面の寸法は正確なものとは限らないし,刊行物には,厚さ比と耐久性の関係についてまったく言及されていない以上,本願発明1における厚さ比1.10〜2という数値範囲を何ら示唆するものではない。 3 取消事由3(本願発明1の顕著な作用効果の看過) 審決は,「本願発明1による効果について検討しても,刊行物に記載された発明(注,刊行物発明)から当業者であれば予測することができる程度のものであって,格別のものとはいえない」(審決謄本4頁最終段落〜5頁第1段落)と判断したが,本願発明1は,上記のとおり,ハブとウェブの厚さ比を1.10〜2に限定することによって,製造コストが増大しない範囲においてベルトプーリの耐久性の向上と軽量化を図るという顕著な作用効果を奏するものであり,この点を看過した上記判断は誤りである。 |
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被告の反論
審決の認定判断は正当であり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。 1 取消事由1(本願発明1における厚さ比の技術的意義の認定の誤り)について 本件明細書には,ハブとウェブの厚さ比を1.10〜2の範囲に限定することの技術的意義について何ら記載されていない。また,本件実験成績証明書(甲4)は,曲線A,B,Cの傾きからも理解されるように,ウェブの厚さを一定として,ハブの厚さを増加させたときにベルトプーリのハブの厚さが増加するほど,ハブの断面積が2乗の関係で増加することにより,破損までの平均時間が指数関数的に増加するという当然の事実を証明したにすぎず,本願発明1で厚さ比を1.10〜2に限定することによる臨界的意義を証明するものではない。本願発明1が厚さ比の下限値を1.10,上限値を2の範囲に限定したことの技術的意義は,ベルトプーリのハブとして十分な耐久性を製造コストについても考慮することで所望の範囲に限定したにすぎないものであって,何ら格別なものではない。 2 取消事由2(相違点1の判断の誤り)について 刊行物(甲2)には,円筒形の突出部28(ハブ)の厚さと中央の縁領域(ウェブ)の厚さの比を1.10〜2とすることについての直接的な記載はないが,刊行物発明でも,ベルト車中間製品の円筒形の突出部28(ハブ)は,金属シートバー21の中央の縁領域(ウェブ)よりはるかに大きい材料厚を有するように成形されるものであって,その際決定される突出部28(ハブ)の厚さは,ベルトプーリのハブとして十分な耐久性(最低限の破損までの時間)を有する厚さ以上であって,必要以上に過大な厚さ(コストや重量増大等の観点から)とならない範囲の所望の値とされることは,当業者であれば自明の設計的事項にすぎない。 また,刊行物発明において,円筒形の突出部28(ハブ)の成形は,最終製品としてのベルト車のハブの強度を考慮して成形されるものであることは自明のことであって,当然,円筒形の突出部28(ハブ)の厚さは最終製品としてのベルト車のハブとしての必要な厚さ(耐久性)を考慮して決定されるものである。 3 取消事由3(本願発明1の顕著な作用効果の看過)について 本願発明1においてハブとウェブの厚さ比を1.10〜2の範囲に限定することに格別の技術的意義を有するものでないことは,上記1のとおりである。 |
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当裁判所の判断
1 取消事由1(本願発明1における厚さ比の技術的意義の認定の誤り)について (1) 原告は,「本願発明1では,ハブの円筒状外面からボアまでの径方向厚さがウェブの厚さの1.10〜2倍であるのに対して,刊行物発明では,ベルト車中間製品の円筒形の突出部28(ハブ)は,金属板シートバー21の中央の縁領域(ウェブ)よりはるかに大きい材料厚を有するように成形されるものではあるが,具体的な厚さは不明である」との相違点1について,ハブとウェブの厚さ比を1.10〜2とすることは,当業者であれば適宜採用することができる程度の設計的事項にすぎないとした審決の判断について,本願発明1は,ハブとウェブの厚さ比を1.10〜2に限定したことにより,製造コストが増大しない範囲においてベルトプーリの耐久性の向上と軽量化を図るという顕著な作用効果を奏するものであるとして,本願発明1におけるハブとウェブの厚さ比の技術的意義の認定の誤りを主張する。 本件特許出願の願書に添付した明細書(甲1)の特許請求の範囲の【請求項1】には,ハブとウェブの厚さ比を1.10〜2に限定するとの記載はなく,発明の詳細な説明の【発明の実施の形態】において,「本発明の一実施形態である1ピース・プーリ28は,ディスクからスピンロール成形された一体的なハブ30を有する。このハブはボア32と円筒状面34を有し,これらは機械加工あるいは所定の処理を施されて,ネジ付ボス36等の固定部として成形される。機械加工の前に,ハブは径方向厚さT1を有している。その後ハブは,部分T3・・・が機械加工によって除去されるので,径方向厚さT2を有する。・・・ハブの厚さT1は好ましくは,これを成形するための金属薄板のディスクよりも厚く,ウエブ40の厚さの1.1〜2倍である・・・」(段落【0013】)とのみ記載されていたが,上記第2の2のとおり,平成12年3月1日付け手続補正書(甲7)により,特許請求の範囲の【請求項1】の記載が,「・・・前記ハブは,前記円筒状外面からボアまでの径方向厚さが前記ウエブの厚さの1.10〜2倍であり,・・・」と補正されたものである。 しかしながら,当初の本件明細書はもとより,上記手続補正書中にも,ハブとウェブの厚さ比を1.10〜2の範囲に限定し,その上限値を2,下限値を1.10とすることについて,原告主張のような顕著な作用効果を奏するものであるとの技術的意義を明らかにした記載は見当たらない。本件明細書(甲1)には,本願発明1の【発明が解決しようとする課題】として,「ウェブに一体的なハブを有し,ハブが,例えばネジ付固定具の手段等によって他の要素に取り付けるために十分な厚さを有するプーリを提供すること」(段落【0007】),「ネジ付固定具等によって他の要素に取り付けるに十分な厚さを有するハブをスピンロール成形する方法を提供すること」(段落【0008】)及び「従来の10個の部品から成るウォータポンププーリと比較して,単一の部品から成る,ウォータポンプのためのプーリを提供すること」(段落【0009】)が記載され,その【課題を解決するための手段】として,「本発明に係る,一体的なハブを有するプーリは,ウェブを維持したままディスクの側部から薄板金属の一部が径方向および軸方向に変位されるスピンロールによって成形される。このようにして成形されたハブは,ウェブよりも大きい径方向厚さを有し,より好ましくは,成形されたディスクの厚さよりも大きい。・・・」(段落【0010】)と記載されている。原告が主張するように,ベルトプーリは,例えば,自動車用エンジンの動力伝達装置の一部として,駆動源であるクランク軸に取り付けられ,クランク軸の回転がプーリに架け回されたベルトを介してカム軸等に伝達されるものであり,ベルトプーリにはクランク軸のトルク(エンジントルク)が作用するため,十分な耐久性(最低限の破損までの時間)が要求されることは,本件特許出願時の技術常識であったと認められるが,この点を参酌しても,本件明細書の上記記載だけでは,本願発明1における厚さ比の上記数値限定の技術的意義が原告主張のような格別のものであることの記載又は示唆とみることはできない。 (2) 原告は,本件実験成績証明書(甲4)を提出して,ハブの厚さとウェブの厚さの比と破損までの平均時間との関係から,本願発明1は,ハブとウェブの厚さ比を1.10〜2に限定したことにより,製造コストが増大しない範囲においてベルトプーリの耐久性の向上と軽量化を図るものである旨主張する。 確かに,本願発明1の実施品の構成部品に関する耐久性の実験結果をまとめた2003年(平成15年)原告従業員作成に係る本件実験成績証明書(甲4)には,ハブとウェブの厚さ比(ハブの厚さ/ウェブの厚さ)とベルトプーリの破損までの平均時間の関係について,0.5(1.3時間),0.7(0.8時間),0.9(1.6時間),1.1(3.1時間),2.0(9.9時間),2.2(13.8時間),2.4(21.5時間)との結果が得られたこと,その結果をグラフ化して,横軸に厚さ比(ハブ/ウェブ),縦軸に平均破損(時間)をとり,厚さ比が1.0よりも小さいときの曲線Aの傾きと,厚さ比が1.10から2.0のときの曲線Bの傾きと,厚さ比が1.1〜2.4のときの曲線Cの傾きをみると,曲線Aの傾きは0.75(=0.3/0.4),曲線Bの傾きは7.56(=6.8/0.9),曲線Cの傾きは14.15(=18.4/1.3)であること,厚さ比が1.0よりも小さいときは,破損までの時間はそれほど増加しない(曲線A)のに対し,厚さ比が1.10よりも大きくなると,破損までの時間は急に長くなることが示されている。 しかしながら,上記実験結果は,もとより本件明細書に記載されているわけではないのみならず,上記結果グラフは,厚さ比が大きくなるに従って破損までの平均時間が長くなることを連続的な右上がりのカーブで図示したものであって,曲線A,B,Cの傾きからも明らかなように,ウェブの厚さを一定として,ハブの厚さを増加させたときに,ベルトプーリのハブの厚さが増加するほど破損までの平均時間が指数関数的に増加するという当然の技術的事項を示したものにすぎない。 厚さ比が本願発明1に係る1.10〜2の範囲となる部分に限ってみると,ハブに十分な耐久性を担保するため,厚さ比の下限値として1.10を採用したことはうかがい得ても,厚さ比の上限値を2とした点については,厚さ比が2以上であれば破損までの時間が更に長くなるという効果を奏するものではあるが,その反面で,厚さ比が余り大きくなると製造コストの増大や部材の重量化につながり好ましくないとの経済的,技術的な制約があることから,上限値を上記のとおりとしたにすぎないものと認められる。 (3) そうすると,本願発明1で厚さ比を1.10〜2に限定したことの技術的意義は,当業者の当然に認識する上記技術的事項を前提に,ベルトプーリのハブとして十分な耐久性を製造コスト等についても考慮した上で所望の範囲に限定した程度のものにすぎないのであり,他に,上記数値限定が原告主張のような顕著な作用効果を奏する臨界的意義を有するものであることを認めるに足りる証拠はないから,本願発明1の規定する厚さ比の数値は,当業者が当然に採用することができる範囲であって,格別な技術的意義を有するものということはできない。したがって,原告の取消事由1の主張は理由がない。 2 取消事由2(相違点1の判断の誤り)について (1) 原告は,審決が,「刊行物発明では,ベルト車中間製品の円筒形の突出部28(ハブ)と金属板シートバー21の中央の縁領域(ウェブ)の具体的な厚さは不明である」としながら,「突出部28(ハブ)が前置体25のストッパー34に応じて適宜金属板シートバー21の中央の縁領域(ウェブ)より大きい材料厚を有するように成形される」ことから,本願発明1の厚さ比を1.10〜2とすることを単なる設計的事項にすぎないとした判断は誤りであると主張し,さらに,刊行物(甲2)は,本願発明1においてハブとウェブの厚さ比が顕著な作用効果を奏する技術的意義を有するものであることにつき何ら示唆するところはないとして,刊行物の記載事項に関する審決の認定の誤りを主張する。 審決は,刊行物には,「ハブを有する伝動装置部材のハブを切削によらずに製造する方法」が刊行物発明として記載されており,その「突出部28」と「金属板シートバー21(の中央の縁領域)」は,それぞれ,本願発明1の「ハブ」と「ウェブ」に相当すること,刊行物発明の製造方法によって製造されるベルト車中間製品(図9のA〜F)も基本的な構成は実質的に相違することなく完成品(本願発明1の「ベルトプーリ」に相当)とされるものであること,突出部28(ハブ)は金属板シートバー21の中央の縁領域(ウェブ)よりはるかに大きい材料厚を有するように中空円筒状(「ボア」と「円筒状外面」を有した形状)に成形されるものであること,金属板シートバー21の縁領域(ウェブ)は突出部28(ハブ)とは軸心に沿って反対方向のみに延びていることを認定した上,本願発明1と刊行物発明とは,「ディスクからスピンロール成形された一体的なハブを備え,前記ハブはボアと円筒状外面を有し,前記ハブは,ウエブが厚さを有する状態を維持して前記ディスクの側部から径方向に変位した金属部分を有し,前記ハブは,前記円筒状外面からボアまでの径方向厚さが前記ウエブの厚さ以上であり,前記ウェブから前記ハブとは軸心に沿って反対方向のみに延び,かつベルト受け面を形成する管状のリムとを備えたベルトプーリ」で一致していることを認定(審決謄本2頁第3段落〜4頁第1段落)しており,これらの点は原告も特に争っていない(なお,審決は,刊行物の記載内容を,刊行物に対応する日本出願の公表特許公報(特表平9-506295号)〔甲3〕の記載により特定掲記しているので,以下,適宜,甲2の翻訳文の引用箇所で注記する。)。これによれば,刊行物発明と本願発明1は,ともに,ハブの円筒状外面からボアまでの径方向厚さがウエブの厚さ以上であることを構成の一つとするベルトプーリである。 (2) そこで,刊行物(甲2)の記載について更に検討すると,「この発明(注,刊行物発明)は,ハブを有する伝動機構部品(注,伝動装置部材)のハブをシートバー(注,金属板シートバー)から無切削で作製する方法に関する」(翻訳文1頁2行目〜3行目),「従来の技術では,伝動機構部品のハブは予備仕上げされた円筒状のスリーブ部品を伝動機構部品に接続させて作製されている」(同頁13行目〜14行目),「この発明の課題は,冒頭に述べた類の方法を単純化し,伝動機構部品の材料組織に望ましくない影響が生じることなく,一回の作業工程でこの方法を実行することにある。・・・従来の技術とは異なり,伝動機構部品を作製するため既に説明した鍛造処理と絞り処理の外に,一体の伝動機構部品を得ることにある。その場合,適当なプレス処理により,軸方向の円転軸の周りに回転する円形板材からハブを同時に作製して伝動機構部品を得ている。この場合,一回の作業工程で伝動機構部品のハブを作製することが達成されるだけでなく,伝動機構部品のシートバーの肉厚(注,壁厚)に比べてハブの肉厚が大きいかまたは厚いため,トルク(注,回転モーメント)の伝達に必要な強度となることが同時に可能となる」(同2頁13行目〜27行目)と記載されており,これによれば,刊行物発明は,本願発明1と同質の課題解決を目的とするものであって,ベルト車製造において金属シートバーの壁厚とハブの壁厚を強度の観点から検討することが刊行物にも示されている。また,刊行物には,「図4に示すように,工具ピン(注,器具ピン)5の周りの前記波形状領域は厚肉化ローラ(注,截円錐形ローラ)12と14により圧縮され,ハブとして使用されるフード(注,キャップ形材)2の一部を円筒状に形成することが行われる。その場合,この円筒状の突起(注,突出部)7は円形板材(注,円形プレス粗材)より肉厚が厚い。当然なことであるが,この処理領域で前置体8を引き戻すと材料が工具ピン5の自由端に流れ出し得るので,円筒状の突起7を円形板材6より薄い肉厚にしてもよい」(同4頁4行目〜10行目)と記載されており,これによれば,円筒形の突出部7の壁厚と円形プレス粗材6の壁厚とは,用途に応じて適宜選択されるものであることが示されている。さらに,刊行物に,突出部28(ハブ)は金属板シートバー21の中央の縁領域(ウェブ)よりはるかに大きい材料厚を有するように中空円筒状(「ボア」と「円筒状外面」を有した形状)に成形されるものであることが開示されていること,ベルトプーリには十分な耐久性(最低限の破損までの時間)が要求されることは本件特許出願時の技術常識であったことは,上記のとおりである。 そうすると,本願発明1で厚さ比を1.10〜2に限定したことの技術的意義が,上記判示のとおり,ベルトプーリのハブとして十分な耐久性を製造コスト等についても考慮した上で所望の範囲に限定した程度のものにすぎず,臨界的意義を有しないものであってみれば,刊行物が本願発明1におけるハブとウェブの厚さ比の技術的意義につき何ら示唆するところはないとして,刊行物の記載事項に関する審決の認定の誤りをいう原告の主張は,失当というほかはない。 (3) 原告は,刊行物に記載されるベルト車は中間製品であって,その後,更にプレス加工が施されて最終製品であるベルト車が成形されるものであり,そのまま使用されることはないから,耐久性を考慮する必要はないと主張する。しかしながら,刊行物の上記「伝動機構部品のシートバーの肉厚(注,壁厚)に比べてハブの肉厚が大きいかまたは厚いため,トルク(注,回転モーメント)の伝達に必要な強度となることが同時に可能となる」との記載からも明らかなように,刊行物発明の円筒形の突出部28(ハブ)の成形に際しては,最終製品としてのベルト車のハブ強度を考慮して成形されものであり,また,刊行物発明の製造方法によって製造されるベルト車中間製品も,基本的な構成は実質的に相違することなく完成品(本願発明1の「ベルトプーリ」に相当)とされるものであることは,上記(1)のとおりであるから,原告の上記主張は失当である。 (4) 以上によれば,刊行物に円筒形の突出部28(ハブ)の厚さと金属板シートバー21の中央の縁領域(ウェブ)の厚さの比を1.10〜2とすることについての直接的な記載はなくとも,刊行物の記載に接した当業者が,本件特許出願時の技術常識を参酌して,本願発明1の厚さ比1.10〜2という範囲の数値を適宜採用する程度のことは,容易に想到し得る単なる設計的事項にすぎないものというべきであり,審決の相違点1の判断に誤りはない。したがって,原告の取消事由2の主張は理由がない。 3 取消事由3(本願発明1の顕著な作用効果の看過)について 原告は,本願発明1は,ハブとウェブの厚さ比を1.10〜2に限定することによって,製造コストが増大しない範囲においてベルトプーリの耐久性の向上と軽量化を図るという顕著な作用効果を奏するものであるとして,審決の判断の誤りを主張する。しかしながら,本願発明1におけるハブとウェブの厚さ比1.10〜2の数値限定が,当業者が適宜採用し得る程度のものであって,格別のものとはいえないことは,上記判示のとおりであるから,本願発明1の奏する作用効果は,刊行物発明に基づいて当業者が予測し得る程度のものというべきである。したがって,これと同旨の審決の判断に誤りはなく,原告の取消事由3の主張は採用することができない。 4 以上のとおり,原告主張の審決取消事由はいずれも理由がなく,他に審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。 よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 篠原勝美 |
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裁判官 | 岡本岳 |
裁判官 | 早田尚貴 |