関連審決 |
異議2021-700556 |
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事件 |
令和
4年
(行ケ)
10081号
特許取消決定取消請求事件
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原告 三菱ケミカル株式会社 同訴訟代理人弁護士 城山康文 小松侑太 同訴訟代理人弁理士 金山賢教 被告特許庁長官 同 指定代理人佐藤海 藤本義仁 松田直也 青木良憲 清川恵子 |
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裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2023/07/13 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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請求
特許庁が異議2021-700556号事件について令和4年7月1日にした決定のうち特許第6798321号の請求項1、5及び7に係る特許を取り消した部分を取り消す。 |
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事案の概要
本件は、特許異議の申立てに対する一部取消し・一部却下の決定のうち一部取消部分に対する取消訴訟である。争点は、サポート要件(特許法36条6項1号)違反の有無である。 1 特許庁における手続の経緯等 原告は、平成29年1月12日(以下「本件出願日」という。)、発明の名称を「ゴルフクラブ用シャフト」とする特許出願(特願2017-2987号)をし、 令和2年11月24日、その設定登録(特許第6798321号。請求項の数は8。 以下、この特許を「本件特許」という。)を受けた(甲7)。 令和3年6月8日、本件特許の請求項1ないし8について特許異議の申立てがされ、特許庁は、異議2021-700556号事件として審理した。 原告は、令和4年4月15日受付で、本件特許の請求項1ないし8及び明細書について訂正の請求(以下、この訂正の請求による訂正を「本件訂正」といい、本件特許に係る本件訂正後の明細書(甲11の3)及び図面(甲7)を「本件明細書」という。なお、図面については、本件訂正による訂正はない。)をした(甲11の1)。 特許庁は、令和4年7月1日、「特許第6798321号の明細書及び特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正明細書及び特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1-8〕について訂正することを認める。特許第6798321号の請求項1、5、7に係る特許を取り消す。特許第6798321号の請求項2ないし4、6、8に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。」との決定(以下「本件決定」という。)をし、その謄本は、同月12日、原告に送達された。 原告は、令和4年8月9日、本件決定の取消しを求めて本件訴えを提起した。 2 本件訂正後の発明の要旨(甲11の2) 本件訂正後の特許請求の範囲(請求項の数は3)の記載は、次のとおりである(以下、各請求項に係る発明を併せて「本件各発明」という。)。 【請求項1】 複数の炭素繊維強化樹脂層で構成される、ドライバー用ゴルフヘッドを装着する、 ドライバー用ゴルフクラブ用シャフトであって、炭素繊維がシャフト軸方向に対して+30〜+70°に配向された層と、-30〜-70°に配向された層とをシャフト全長に渡って貼り合せて成るバイアス層と、炭素繊維がシャフト軸方向に配向され、シャフトの全長に渡って位置するストレート層と、炭素繊維がシャフト軸方向に対して+30〜+70°に配向された層と、-30〜-70°に配向された層とを貼り合せて成る細径側バイアス層と、さらに同様な太径側バイアス層を有しており、前記バイアス層と前記ストレート層の弾性率がともに、200GPa〜900GPaの強化繊維から成る繊維強化樹脂層で構成され、シャフトのトルクをTq(°)とした場合に、1.6≦Tq≦4.0を満たし、前記バイアス層の合計重量をB(g)、シャフト全体に渡って位置するストレート層の合計重量をS(g)とした場合に、0.5≦B/(B+S)≦0.8を満たし、前記細径側バイアス層の重量をA(g)、前記バイアス層の合計重量をB(g)とした場合に、0.05≦A/B≦0.12を満たし、前記細径側バイアス層の重量をA(g)、前記太径側バイアス層の重量をC(g)とした場合に、1.0≦A/C≦1.8を満たす、ドライバー用ゴルフクラブ用シャフト。 【請求項5】 炭素繊維がシャフト軸方向に対して+30〜+70°に配向された層と、-30〜-70°に配向された層とを貼り合せて成る太径側バイアス層の重量をC(g)、 炭素繊維がシャフト軸方向に対して+30〜+70°に配向された層と、-30〜-70°に配向された層とを貼り合せて成るバイアス層の合計重量をB(g)とした場合に、 0.03≦C/B≦0.10を満たす、請求項1に記載のゴルフクラブ用シャフト。 【請求項7】 炭素繊維がシャフト軸方向に対して+30〜+70°に配向された層と、-30〜-70°に配向された層とを貼り合せて成る細径側バイアス層が、炭素繊維がシャフト軸方向に対して+30〜+70°に配向された層と、-30〜-70°に配向された層とをシャフト全長に渡って貼り合せて成るバイアス層の外側に積層構成される、請求項1に記載のゴルフクラブ用シャフト。 3 本件決定の理由の要旨 本件決定の理由の要旨(本件訂正の適否及び取消理由1(サポート要件違反)に係る部分に限る。)は、次のとおりである。 (1) 本件訂正の適否 本件訂正は、特許法120条の5第2項ただし書1号及び3号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条9項において準用する同法126条5項及び6項の規定に適合する。 したがって、本件訂正を認める。 (2) 取消理由1(サポート要件違反)について 本件明細書の記載(段落【0001】〜【0003】、【0005】)からみて、 本件各発明が解決しようとする課題は、ゴルフにおいて、安定した飛距離と方向安定性を得るためには、ボールの初速、打ち出し角度、スピン量のバラツキを減少させることが必要であり、ゴルフクラブ用シャフトの細径部の捩じり剛性を上げれば、 シャフトの挙動を抑制することができ、これらの要素を安定させることができるが、 単に細径部の捩じり剛性を上げると、フィーリングが硬くなったり、ヘッドの返りが極端に悪くなったりするなどのデメリットがあり、また、繊維強化樹脂製のシャフトにおいて、シャフトの捩じり剛性を上げるために弾性率の高い炭素繊維の使用量を多くしすぎると、一般的に弾性率の高い炭素繊維は引張強度が低いため、シャフトの強度が低下し、シャフトの折損が生じやすくなり、さらに、この部分の捩じり剛性を高くしすぎると、ヘッドのトゥダウンが抑制されすぎて、ヘッドの中央より下部にボールがヒットしやすくなり、打ち出し角度が低く、バックスピン量の多い弾道になるため、飛距離の損失につながりやすいことであったと認められる。 これに対して、本件明細書の段落【0007】等の記載や、本件訂正後の請求項1、5、7に記載された発明特定事項からみて、本件各発明は、前記課題を解決するための手段として、ドライバー用ゴルフクラブ用シャフトを対象として、専ら、 (構成1)各バイアス層と全長ストレート層(本件訂正後の請求項1、5、7では「ストレート層」と表現されているが、後述する「細径側ストレート層」と明確に区別するために、便宜上、「全長ストレート層」という。)の弾性率がともに、200GPa〜900GPaの強化繊維から成る繊維強化樹脂層で構成され、 (構成2)シャフトのトルクをTq(°)とした場合に、1.6≦Tq≦4.0を満たし、 (構成3)各バイアス層の合計重量をB(g)、シャフト全体に渡って位置するストレート層の合計重量をS(g)とした場合に、0.5≦B/(B+S)≦0.8を満たし、 (構成4)細径側バイアス層の重量をA(g)、各バイアス層の合計重量をB(g)とした場合に、0.05≦A/B≦0.12を満たし、 (構成5)細径側バイアス層の重量をA(g)、太径側バイアス層の重量をC(g)とした場合に、1.0≦A/C≦1.8を満たすという構成を採用したものと理解される。 そして、本件明細書には、前記課題を解決するための構成3に関して段落【0014】の記載があり、構成1に関して段落【0016】の記載があり、構成4に関して段落【0017】の記載があり、構成5に関して段落【0019】の記載があり、構成2に関して段落【0021】の記載がある。 しかしながら、前記各記載において、各構成によりなぜ各記載において説明された効果が得られるのか、その作用機序は説明されておらず、また、本件出願日当時の技術常識を考慮しても、各構成によりなぜ各効果が得られるのかを当業者が理解することはできない。 そこで、各構成について技術的にみると、トルク(Tq)と捩じり剛性は、トルク(Tq)が小さいほど捩じり剛性は大きいという関係にあり、細径部のトルク(Tq)がシャフト全体のトルク(Tq)を上回ることはないと考えられるところ、 前記課題を解決するための構成2は、シャフト全体のトルク(Tq)が1.6°以上4.0°以下という範囲にあることを規定するのみであって、当該シャフト全体のトルク(Tq)のうちどの程度の割合が、細径部の捩じれによるものかは構成2からは定まらないから、当該構成2は、細径部のトルク(Tq)については、4.0°を超えないこと、すなわち、前記課題において問題としている細径部の捩じり剛性が所定の値より大きいことを規定するに止まり、シャフト全体のトルク(Tq)4.0°のうちのほぼ全ての捩じれが、細径部以外の部分で生じ、細径部での捩じれが限りなく0に近いものを排除していないことは明らかである。そうすると、たとえ構成2を具備したとしても、細径部の捩じり剛性が高すぎて、フィーリングが硬くなったり、ヘッドの返りが極端に悪くなったりするなどのデメリットや、シャフトの強度が低下し、シャフトの折損が生じやすくなり、打ち出し角度が低く、バックスピン量の多い弾道になるため、飛距離の損失につながりやすいといった発明の課題を解決することができないものを包含していると認められる。 また、技術的にみて、炭素繊維の引張弾性率は、樹脂の引張弾性率に比べて極めて大きく、かつ、炭素繊維強化樹脂層において、炭素繊維の配向方向に平行な断面における単位面積当たりの炭素繊維が占める割合と、当該配向方向と直交する断面における単位面積当たりの炭素繊維が占める割合とでは、炭素繊維の配向方向に平行な断面における割合の方が極めて大きな値(炭素繊維のアスペクト比に応じて決まる値)となることから、炭素繊維強化樹脂層の炭素繊維の配向方向における引張弾性率は、当該配向方向と直交する方向における引張弾性率に比べて極めて大きいと考えられる。したがって、炭素繊維強化樹脂層で構成されるゴルフクラブ用シャフトの捩じり剛性は、専ら、「炭素繊維がシャフト軸方向に対して+30〜+70°に配向された層と、-30〜-70°に配向された層とをシャフト全長に渡って貼り合せて成るバイアス層」(以下、便宜上「全長バイアス層」という。)、細径側バイアス層及び太径側バイアス層の炭素繊維の配向方向における引張弾性率によって定まり、細径部の捩じり剛性は、専ら、細径部に存在する全長バイアス層及び細径側バイアス層の炭素繊維の配向方向における引張弾性率によって定まるものと推察され、各バイアス層の炭素繊維の配向方向における引張弾性率は、炭素繊維の引張弾性率と炭素繊維の含有量(炭素繊維の目付量×バイアス層の面積)に大きく依存するものと推察される。ここで、前記課題を解決するための構成3ないし5によって、全長バイアス層、細径側バイアス層、太径側バイアス層及び全長ストレート層の重量比が所定の範囲に定まり、前記課題を解決するための構成1は、全長バイアス層、細径側バイアス層、太径側バイアス層及び全長ストレート層を構成する繊維強化樹脂層の炭素繊維の弾性率が所定の範囲にあることを特定しているものの、構成1、3ないし5によって、全長バイアス層、細径側バイアス層及び太径側バイアス層における炭素繊維の含有量(炭素繊維の目付量×各バイアス層の面積)は定まらないから、構成1、3ないし5によって、構成2により規定されたシャフト全体のトルク(Tq)のうちどの程度の割合が、細径部の捩じれによるものかが定まることはないというべきである。 以上によれば、本件明細書の発明の詳細な説明における構成1ないし5に関する前述した記載や本件出願日当時の技術常識からは、本件各発明が発明の課題を解決できると当業者が認識できるということはできない。 また、本件明細書の発明の詳細な説明の段落【0022】ないし【0037】、 図2、図6ないし図8には、実施例1及び比較例1のドライバー用ゴルフクラブシャフトが記載され、飛距離の安定性及び方向安定性について、実施例1のドライバー用ゴルフクラブシャフトが比較例1のドライバー用ゴルフクラブシャフトよりも優れていることが示されている。当該実施例1のドライバー用ゴルフクラブシャフトは、図2に示されているように、二つの全長バイアス層、二つの細径側バイアス層、一つの太径側バイアス層、四つの全長ストレート層及び二つの細径側に設けられたストレート層(以下「細径側ストレート層」という。)から構成され、本件明細書の段落【0032】の【表1】、段落【0033】の【表2】及び図2に示されているように、前記二つの全長バイアス層は、それぞれ、引張弾性率が455GPaで目付量が69g/m2のプリプレグ1を、図2に示されたパターン1及びパターン3の形状並びに表3に示されたサイズに切断したプリプレグにより形成され、 前記二つの細径側バイアス層は、それぞれ、前記プリプレグ1及び引張弾性率が290GPaで目付量が50g/m2のプリプレグ4を、図2に示されたパターン5及びパターン7の形状並びに表3に示されたサイズに切断したプリプレグにより形成され、前記一つの太径側バイアス層は、引張弾性率が760GPaで目付量が60g/m2のプリプレグ3を、図2に示されたパターン6の形状及び表3に示されたサイズに切断したプリプレグにより形成され、前記四つの全長ストレート層は、 それぞれ、引張弾性率が325GPaで目付量が75g/m2のプリプレグ2、引張弾性率が325GPaで目付量が100g/m2のプリプレグ6及び引張弾性率が325GPaで目付量が125g/m2のプリプレグ7を、図2に示されたパターン2、パターン4、パターン9及びパターン10の形状並びに表3に示されたサイズに切断したプリプレグにより形成され、前記二つの細径側ストレート層は、それぞれ、引張弾性率が240GPaで目付量が125g/m2のプリプレグ5及び引張弾性率が240GPaで目付量が125g/m2のプリプレグ8を、図2に示されたパターン8及びパターン11の形状並びに表3に示されたサイズに切断したプリプレグにより形成され、トルクTqが2.4°であり、B/(B+S)が0.6であり、A/Bが0.08であり、A/Cが1.2であるように構成されたものである。一方、比較例1のドライバー用ゴルフクラブシャフトは、図2及び表3に示されているように、実施例1と同じ形状及びサイズを有する二つの全長バイアス層、二つの細径側バイアス層、一つの太径側バイアス層、四つの全長ストレート層及び二つの細径側ストレート層から構成され、本件明細書の段落【0032】の【表1】、段落【0033】の【表2】及び図2に示されているように、前記二つの全長バイアス層は、いずれも、引張弾性率が290GPaで目付量が75g/m2のプリプレグ9で形成され、前記二つの細径側バイアス層は、それぞれ、引張弾性率が395GPaで目付量が69g/m2のプリプレグ11及び前記プリプレグ4で形成され、前記一つの太径側バイアス層は、前記プリプレグ3で形成され、前記四つの全長ストレート層は、それぞれ、前記プリプレグ8及び引張弾性率が240GPaで目付量が150g/m2のプリプレグ10で形成され、前記二つの細径側ストレート層は、いずれも、前記プリプレグ8で形成され、トルクTqが4.8°であり、B/(B+S)が0.4であり、A/Bが0.14であり、A/Cが1.2であるように構成されたものである。 これら実施例1及び比較例1についての本件明細書の発明の詳細な説明の記載からは、実施例1や、実施例1において各バイアス層及び各ストレート層として用いられているものと同程度の炭素繊維の引張弾性率及び目付量を有する各プリプレグを用いて、実施例1における各バイアス層及び各ストレート層の形状及びサイズと同程度の形状及びサイズを有する各バイアス層及び各ストレート層を形成したドライバー用ゴルフクラブ用シャフトであれば、飛距離の安定性及び方向安定性が実施例1と同程度のものとなり、前述した課題を解決できるものと当業者が認識できるものと認められる。 しかしながら、本件各発明が、前記課題を解決できると当業者が認識できるものばかりでなく、各バイアス層の目付量その他が実施例1とは大きく異なるものをも包含していることは明らかであるから、本件明細書の発明の詳細な説明における実施例1及び比較例1に係る記載や本件出願日当時の技術常識からは、本件各発明が、 発明の課題を解決できると、当業者が認識できると認めることはできない。 以上のとおりであって、本件各発明が、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものでなく、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものでないから、本件各発明は、発明の詳細な説明に記載したものでない。 したがって、本件各発明に係る特許は、特許法36条6項1号に規定する要件を満たしていない特許出願に対してされたものである。 |
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原告主張の決定取消事由(サポート要件についての判断の誤り)
本件各発明は、本件明細書の発明の詳細な説明の記載及び本件出願日当時の技術常識に照らし、当業者がその課題を認識できる範囲のものであって、本件各発明に係る特許請求の範囲の記載は、サポート要件に適合するものであるから、これと異なる本件決定の判断は誤りである。 1 本件各発明の各構成により得られる効果に係る作用機序が理解できないとの点について 本件決定は、本件明細書の記載によっても、本件決定が分説する本件各発明の構成1ないし5(以下、これらを併せて「本件各構成」という。)によりなぜ本件明細書において説明された各効果が得られるのかについての作用機序は説明されておらず、また、本件出願日当時の技術常識を考慮しても、本件各構成によりなぜ当該各効果が得られるのかを当業者が理解することはできないと判断した。しかしながら、以下のとおり、ドライバー用ゴルフクラブ用シャフトの設計に係る当業者が通常に有する技術常識、推論能力及び条件決定能力を参酌して本件明細書を読めば、 本件各構成が当該各効果を奏する機序を理解することは容易である。 (1) 構成2について ア Tq≦4.0°について Tq≦4.0°であることは、シャフトが低トルクであることを意味する。これは、飛距離の安定性及び方向安定性を高めることを意図したものであるところ(本件明細書の段落【0021】。以下、本件明細書の段落、表及び図面を引用するときは、単に「【0021】」、「【表1】」、「【図6】」などという。)、低トルクのシャフト(ねじり剛性が高いシャフト)が飛距離の安定性及び方向安定性において優れていることは、本件出願日当時の技術常識である(甲12(井塚淑夫著「炭素繊維-複合化時代への挑戦-炭素繊維複合材料の入門〜先端産業部材への応用-」(平成14年))、甲21(平松徹著「よくわかる炭素繊維コンポジット入門」(平成27年))、甲22(D.ハルほか原著、宮入裕夫ほか訳「複合材料入門」(平成15年))、甲23(平松徹著「今日からモノ知りシリーズ トコトンやさしい炭素繊維の本」(平成24年)))。そして、後記3(2)のとおり、本件出願日当時の当業者は、本件明細書の実施例1(以下、単に「実施例1」というときは、本件明細書の実施例1を指す。)と本件明細書の比較例1(以下、単に「比較例1」というときは、本件明細書の比較例1を指す。)との比較から、Tq≦4.0°とすることにより、本件明細書が基準とする飛距離の安定性及び方向安定性(比較例1よりも優れた飛距離の安定性及び方向安定性)が得られるものと理解することができる。 イ 1.6°≦Tqについて 1.6°≦Tqであることは、トルクに下限を設けることを意味する。これは、 トルクを一定以上の大きさにすることによって、シャフトに十分な強度を与えることを意図したものであるところ(【0021】)、トルクが小さい(ねじれがない)と、ねじりしろがなく、ねじり方向への力を吸収することができないため、シャフトがねじれにより折損してしまうことは、本件出願日当時の当業者にとって自明である(【0003】、【0014】)。また、トルクを極端に小さくすることは、 実際問題として技術的に困難であり、1.6°程度のトルクが製造上の限界であることは、本件出願日当時の当業者が当然に理解している事項である。したがって、 本件出願日当時の当業者は、1.6°≦Tqとすれば、使用に耐え得る十分な強度を有するシャフトとなるものと理解することができる。 ウ なお、原告は、構成2の境界値が臨界的意義を有するものと主張しているわけではなく、構成2の具体的な境界値については、その厳密な根拠が本件明細書に記載されている必要はない。 (2) 構成3について ア 0.5≦B/(B+S)について 0.5≦B/(B+S)であることは、バイアス層の重量(B)がプリプレグ中に用いられている炭素繊維の合計重量(バイアス層とストレート層の合計重量(B+S))の50%以上であることを意味する。ここで、バイアス層の割合を多くすることでシャフトのトルクを小さくできることは、炭素繊維強化樹脂における炭素繊維の役割からみて自明であり、本件出願日当時の技術常識である(甲12、21、 23)。そして、比較例1(トルク4.8°)におけるバイアス層の重量の割合が40%であるのに対して、実施例1(トルク2.4°)におけるバイアス層の重量の割合が60%であることからすると、本件出願日当時の当業者は、バイアス層の重量の割合を50%以上としておけば、その他の条件を当業者の技術常識の範囲内で適宜調整して決定することで、容易にTq≦4.0°の構成(構成2)が得られるものと理解することができる。 イ B/(B+S)≦0.8について B/(B+S)≦0.8であることは、ストレート層の重量(S)がプリプレグ中に用いられている炭素繊維の合計重量(バイアス層とストレート層の合計重量(B+S))の20%以上であることを意味する。ここで、ストレート層がシャフトの曲げ剛性及び曲げ強度を高め、曲げによる折損を防ぐ役割を果たすこと並びに曲げによる折損を防止するとの観点からストレート層の重量の割合を20%程度以上とすべきことは、本件出願日当時の技術常識である(甲12、21、23)。したがって、本件出願日当時の当業者は、ストレート層の重量の割合を20%以上としておけば、シャフトが曲げにより折損すること(ねじれがないためにシャフトが折損すること(【0014】))を防ぎ得るものと理解することができ、また、容易にそのようにすることができる。 被告は、【0014】に記載された構成3の数値範囲により得られる効果と本件各発明の課題との関係が不明であると主張するが、前者(技量が高いゴルファーやスイングスピードが速いゴルファーに対応できるために必要なトルクを生み出すこと)が得られなければ、被告が主張する本件各発明の課題(プレーヤーのスイングスピード及び力量に左右されることなく飛距離の安定性と方向安定性の両方に優れたゴルフクラブ用シャフトを提供すること)を実現することは不可能であるから、 両者の関係は明らかである。 ウ なお、原告は、構成3の境界値が臨界的意義を有するものと主張しているわけではなく、構成3の具体的な境界値については、その厳密な根拠が本件明細書に記載されている必要はない。 (3) 構成5について ア A/C≦1.8について A/C≦1.8であることは、細径側バイアス層の重量(A)が太径側バイアス層の重量(C)の180%以下であることを意味する。飛距離の安定性及び方向安定性を高めるために単に細径部のトルクを小さくしただけでは、デメリット(非熟練ゴルファーにとってフィーリングが硬くなったりヘッドの返り(トゥダウン)が悪くなったりすること)が顕在化するところ(【0003】)、構成5の数値範囲により【0019】に記載された効果(技量が高いゴルファーやスイングスピードが速いゴルファーにも対応できるために必要なシャフトのねじれ剛性値を得ることができるとともに、スイング時におけるグリップ部の安定性が向上するとの効果)が得られる結果として、細径側バイアス層を積層するだけでなく太径側バイアス層をも積層することで、単に細径部のトルクを小さくすることを回避し、上記デメリットが生じないようにし得ることは、本件出願日当時の当業者にとって自明である。 したがって、本件出願日当時の当業者は、細径側バイアス層の重量を太径側バイアス層の重量の180%以下とすることで、上記のデメリットを回避できるものと理解することができる。 イ 1.0≦A/Cについて 1.0≦A/Cであることは、細径側バイアス層の重量(A)が太径側バイアス層の重量(C)以上であることを意味する。本件各発明は、細径部のトルクのみを小さくするゴルフクラブ用シャフトの発明(原告が開発した特開2011-147543号公報(甲6)に記載された発明(以下「甲6発明」という。))のデメリット(非熟練ゴルファーにとっての前記アのデメリット)を克服することを課題とするものではあるものの、細径部のトルクを小さくすることが飛距離の安定性及び方向安定性を高めるとした甲6発明の効果を前提として、更なる効果の向上のために上記課題の解決を図ったものである。したがって、本件出願日当時の当業者は、 構成5の数値範囲により【0019】に記載された前記アの効果が得られる結果として、細径側バイアス層の重量を太径側バイアス層の重量以上とすることで、飛距離の安定性及び方向安定性が高まるものと理解することができる。 ウ なお、原告は、構成5の境界値が臨界的意義を有するものと主張しているわけではなく、構成5の具体的な境界値については、その厳密な根拠が本件明細書に記載されている必要はない。 (4) 構成4について ア A/B≦0.12について A/B≦0.12であることは、細径側バイアス層の重量(A)がバイアス層の合計重量(B)の12%以下であることを意味する。前記(3)アのとおり、飛距離の安定性及び方向安定性を高めるために単に細径部のトルクを小さくしただけでは、 非熟練ゴルファーにとってのデメリットが顕在化するから、細径側バイアス層を積層するだけでなく全長バイアス層や太径側バイアス層をも積層すれば、単に細径部のトルクだけが小さくなることを回避し、幅広いゴルファーにとってフィーリングが良好なシャフトを実現することができる。したがって、本件出願日当時の当業者は、細径側バイアス層の重量をバイアス層の合計重量の12%以下とすることで、 非熟練ゴルファーにとってもフィーリングが良好なシャフトを実現し得るものと理解することができる。 イ 0.05≦A/Bについて 0.05≦A/Bであることは、細径側バイアス層の重量(A)がバイアス層の合計重量(B)の5%以上であることを意味する。前記(3)イのとおり、本件各発明は、細径部のトルクのみを小さくする甲6発明のデメリットを克服することを課題とするものではあるものの、細径部のトルクを小さくすることが飛距離の安定性及び方向安定性を高めるとした甲6発明の効果を前提として、更なる効果の向上のために上記課題の解決を図ったものである。加えて、実施例1におけるA/Bが8%であり、これをほぼ中央値とする範囲が5%ないし12%であることも併せ考慮すると、本件出願日当時の当業者は、細径側バイアス層の重量をバイアス層の合計重量の5%以上とすることで、単に細径部のトルクを小さくすることによるデメリットを回避しつつ、飛距離の安定性及び方向安定性を高め得るものと理解することができる。 ウ なお、原告は、構成4の境界値が臨界的意義を有するものと主張しているわけではなく、構成4の具体的な境界値については、その厳密な根拠が本件明細書に記載されている必要はない。 (5) 構成1について 構成1は、引張弾性率が高すぎる炭素繊維又は引張弾性率が低すぎる炭素繊維の使用を排除するものである。引張弾性率が高すぎる炭素繊維を使用すると強度に問題が生じ(【0003】)、引張弾性率が低すぎる炭素繊維を使用すると必要なねじり剛性及び曲げ剛性が得られないことは本件出願日当時の当業者に自明である。 実際、従来プリプレグに使用されてきた炭素繊維の引張弾性率は、構成1の数値範囲内に収まるか、これに近いものとなっている(甲24(三菱レイヨン株式会社が平成17年に発行した「パイロフィル」のカタログ)、甲25(特開2007-528号公報)、甲26(特開2010-259694号公報))。したがって、本件出願日当時の当業者は、強度を保ちつつ、必要なねじり剛性及び曲げ剛性を得るために、炭素繊維の弾性率をおよそ200ないし900GPaとすべきであるものと認識することができる。 なお、原告は、構成1の境界値が臨界的意義を有するものと主張しているわけではなく、構成1の具体的な境界値については、その厳密な根拠が本件明細書に記載されている必要はない。 被告は、実施例1のゴルフクラブ用シャフトはそれぞれ特定の弾性率を有する11層のプリプレグを組み合わせてなる複雑な構造を有するものであるから、炭素繊維の弾性率が構成1の数値範囲に収まる無数の態様のゴルフクラブ用シャフトにおいて本件各発明の課題を解決できるのかを理解することはできないと主張するが、 本件各発明の課題は、飛距離の安定性及び方向安定性を得るに際して単に細径部のねじり剛性を上げないこと、弾性率の高い炭素繊維の使用量を多くしすぎないこと及び細径部のねじり剛性を高くしすぎないことであるところ、そのためには、本件各構成によってシャフト全体の弾性特性といった力学的性質が調整されていれば足り、層構造そのものは、シャフト全体の力学的性質に重要な影響を及ぼさないから(甲35(A作成の意見書))、被告の主張は失当である。 2 本件各発明が細径部のねじりが限りなく0に近いものを包含しているとの点について 本件決定は、本件各発明(構成2)は細径部のねじりが限りなく0に近いものを排除しておらず、本件各発明の課題を解決できないものを包含していると判断した。 しかしながら、以下のとおり、シャフト全体のトルク4.0°のほぼ全てのねじれが細径部以外で生じ、細径部のねじりが限りなく0に近いもの(細径部のねじり剛性が高すぎるもの)を作成することは、事実上不可能であるし、本件決定の上記判断は、サポート要件に係る判断基準を誤るものである。 (1) プリプレグのレジンコンテント(プリプレグ全体に対して樹脂が占める重さの割合)が20%を下回ると、炭素繊維の間に樹脂が含浸しない部分が生じてしまい、結果として強度が弱まってしまうし、他方で、レジンコンテントが高くなるほどプリプレグ全体に占める炭素繊維の割合が少なくなり、やはり強度が弱まってしまうから、プリプレグのレジンコンテントは、20ないし40%程度の範囲内に収まる(【表1】)。実際に販売されているプリプレグのうちゴルフクラブ用シャフト等に用いられる一方向プリプレグ(繊維を一方向に引きそろえてなるシート状の強化線維に樹脂を含浸させた線維強化樹脂層(【0011】))のレジンコンテントも、20ないし40%程度の範囲内に収まっている(甲24、甲27(原告が令和4年に発行した「炭素繊維プリプレグ」のカタログ))。そうすると、プリプレグにおいて炭素繊維が占める重量の割合は、60ないし80%程度となる。このように、プリプレグにおいて炭素繊維が占める重量の割合が決まった範囲内の値(60ないし80%程度)しかとらない以上、炭素繊維の含有量を大きくするためには、プリプレグ全体の重量を大きくするほかないことになる(すなわち、各層の重量比を規定すれば、各層における炭素繊維の含有量が規定される(甲35)。)。 そのため、炭素繊維の含有量を調整して細径部のねじりが限りなく0に近いものを作ろうとすると、細径側バイアス層の重量が大きくなってしまい、構成4の条件であるA/B≦0.12(細径側バイアス層の重量がバイアス層の合計重量の12%以下であるとの条件)及び構成5の条件であるA/C≦1.8(細径側バイアス層の重量が太径側バイアス層の重量の180%以下であるとの条件)を実現することができなくなる。 また、細径部のねじりが限りなく0に近いものを作ろうとして細径側バイアス層の重量を大きくすると、細径部の厚みが増すことになるが、これでは、ゴルフクラブ用シャフトに必須のテーパー状の形状の成形が困難になる。 以上によると、シャフト全体のトルク4.0°のほぼ全てのねじれが細径部以外で生じ、細径部のねじりが限りなく0に近いもの(細径部のねじり剛性が高すぎるもの)を作成することは、不可能である。 (2) 一般に、物体のねじりにくさを表す指標は、ねじり剛性であるところ、ねじり剛性は、せん断弾性係数(材質によるねじれにくさを表すもの)と断面二次極モーメント(構造によるねじれにくさを表すもの)の積として表される(甲28(株式会社DIGITALIOほかのウェブサイトの記事(令和4年印刷))、甲29(荒井政大ほか著「JSMEやさしいテキストシリーズ 基礎からの材料力学」(令和3年)))。そして、ゴルフクラブのシャフトのように断面が中空円形状のものに係る断面二次極モーメントは、外形の4乗から内径の4乗を差し引いた値に比例して大きくなる(甲29)。ここで、通常のドライバー用ゴルフクラブ用シャフトにおいて、太径部の外径は、細径部の外径の1.8倍程度であるから(甲13(三菱レイヨン株式会社が平成28年に発行した「GRAND BASSARA」のカタログ)、甲14の2(原告のウェブサイトの記事(令和4年印刷))、甲16(株式会社ヤマイチエンタープライズのウェブサイトの記事(平成28年))、 甲17(株式会社ヤマイチエンタープライズのウェブサイトの記事(平成28年))、甲18(グローバルゴルフメディアグループ株式会社のウェブサイトの記事(平成30年))、甲19の1(UST Mamiya Japan株式会社作成の「ATTAS PUNCH」のスペック表(令和4年印刷))、甲20の1(UST Mamiya Japan株式会社作成の「ATTAS G7」のスペック表(令和4年印刷)))、同様に、太径部の内径が細径部の内径の1.8倍程度とすると、太径部のねじり剛性は、細径部のねじり剛性の10倍(1.8の4乗)程度となる(このように、細径部は、太径部に比べて10倍程度ねじれやすいので、 シャフト全体のねじりにおいては、細径部が支配的な影響を与えることとなる。本件各発明が構成4及び5において細径側バイアス層の重量に着目しているのは、この点にある。)。 以上のとおり、細径部は、太径部に比べて10倍程度ねじれやすいのであるから、 シャフト全体のトルクのほぼ全てのねじれが細径部以外で生じるようなシャフトを作成することは、現実問題として困難である(甲36(B作成の意見書))。 (3) 本件出願日当時の当業者は、本件各発明の課題が単に細径部のねじり剛性を上げないこと(細径部のねじり剛性を高くしすぎないこと)であると理解できるのであるから、細径部のねじり剛性が高くなりすぎないように、各バイアス層のプリプレグの炭素繊維の含有量、とりわけ、細径側バイアス層のプリプレグの炭素繊維の含有量を常識的な範囲内で決定することは、当該当業者にとって容易なことである。そのような当業者がわざわざ細径部のねじりが限りなく0に近いものとなるような選択をするはずがない。 そもそも、サポート要件は、特許発明に係る特許請求の範囲に構成要件として規定された条件以外の条件をどのように設定したとしても当該特許発明の課題が解決されることまで求めるものではなく、特許発明に係る特許請求の範囲に構成要件として規定された条件以外の条件を当業者の技術常識に従って決定すれば当該特許発明の課題が解決されると当業者が理解できることを求めるものである。 したがって、本件決定は、サポート要件に係る判断基準を誤って適用したものである。 3 本件各発明が実施例1と大きく異なるものを包含しているとの点について 本件決定は、本件各発明が各バイアス層の目付量その他が実施例1と大きく異なるものを包含していることは明らかであるから、本件出願日当時の当業者は本件明細書の記載及び技術常識から本件各発明がその課題を解決できるものと認識することができないと判断した。しかしながら、以下のとおり、本件決定の上記判断は誤りである。 (1) 炭素繊維の目付量について シャフトのねじり剛性に直接的な影響を与えるのは、炭素繊維の目付量(単位面積当たりの炭素繊維の重量)ではなく、炭素繊維の含有量である(そもそも、本件決定がいう「各バイアス層の目付量」は、本件各発明の発明特定事項ではない。)。 そして、前記2(1)のとおり、プリプレグにおいて炭素繊維が占める重量の割合は、 おおよそ決まっているのであるから、構成3ないし5において各層の重量の割合が規定されている以上、シャフトのねじり剛性のバランスは、一定の範囲内に収まることとなる。したがって、本件出願日当時の当業者は、本件各発明により飛距離の安定性及び方向安定性が得られるものと当然に理解することができるから、当該当業者において、各バイアス層の目付量その他が実施例1と大きく異なる場合には飛距離の安定性及び方向安定性が得られるとは認識できないとする本件決定の判断は誤りである(なお、本件決定にいう「その他」が意味するところは不明であるが、 これが本件各発明の発明特定事項を指すとしても、本件各発明がその課題を解決できることは、本件出願日当時の当業者にとって明らかであるから、やはり、本件決定の判断は誤りである。)。 (2) 実施例及び比較例がそれぞれ1点であることについて 本件各発明は、構造力学に基づく物理学的な発明であって、発明の実施方法や作用機序等を理解することが比較的困難な技術分野(薬学、化学等)に属する発明ではない。したがって、本件各構成が言及する数値範囲の全てについて実施例が存在しなければその作用機序が理解できないわけではない。 そして、前記1(1)ア及び(2)アのとおり、低トルクのゴルフクラブ用シャフト(ねじり剛性が高いゴルフクラブ用シャフト)が飛距離の安定性及び方向安定性において優れていること並びにバイアス層を増やすことにより低トルクのシャフトが得られることは、いずれも本件出願日当時の技術常識であるところ、かかる技術常識を有する本件出願日当時の当業者が本件明細書を読めば、@実施例1のトルクが2.4°、比較例1のトルクが4.8°であることから、トルクを比較例1よりも有意に小さい4.0°以下とし、A実施例1のバイアス層の割合(B/(B+S))が0.6、比較例1のバイアス層の割合(B/(B+S))が0.4であることから、バイアス層の割合(B/(B+S))を比較例1よりも有意に大きい0.5以上とすることにより、比較例1よりも良好な飛距離の安定性及び方向安定性が得られるであろうことを当然に理解することができる。なお、原告側が行った実験(甲34)においても、本件各発明の実施によって飛距離の安定性及び方向安定性が得られることが確認された(原告は、本件出願日当時の当業者が本件明細書を読めば、 本件各発明の実施により飛距離の安定性及び方向安定性が得られると理解できることの裏付けとして甲34を提出するものであり、甲34の実験データを根拠に、本件各発明に係る特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合すると主張するものではない。また、ゴルフクラブ用シャフトの層構造は、本件各発明の発明特定事項ではないが、甲34の実験において使用されたドライバーの層構造は、甲37(実験報告書(追補))のとおりである。)。 さらに、本件各発明の課題の一つは、飛距離の安定性及び方向安定性を得ることにあるが、飛距離の安定性と方向安定性は相対的なものであり、それだけでは、どの程度の安定性を課題としているのか、また、本件各発明によりどの程度の安定性が得られるのかは明らかでない。そこで、本件明細書は、飛距離及び方向が安定しているか否かの基準として、比較例1よりも安定しているかという基準を示したものである(【0037】)。すなわち、本件出願日当時の当業者は、本件各発明の構成要件を充足し、その他の条件については当業者が技術常識の範囲内で決定したドライバー用ゴルフクラブ用シャフトであれば、その飛距離及び方向が比較例1のゴルフクラブ用シャフトの飛距離及び方向と比較してより安定したものとなることを本件明細書の記載から容易に理解することができる。 なお、被告は、甲34に記載された実施例1ないし3及び比較例1におけるトルクの値から構成2に係るトルクの下限値を1.6°とする根拠は不明であると主張するので、原告側において追加の実験(甲38)を行ったところ、本件各発明の実施品であるドライバーのうちトルクが1.8°のもの(実施例4)及び2.0°のもの(実施例5)は、トルクが4.6°のもの(比較例2)と比較して、飛距離のずれ及び左右のずれにおいて良好な結果を示した。 |
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被告の主張
本件各発明は、無数の態様及び広範な範囲を含むものであり、本件明細書は、本件各構成に係る数値範囲のいずれの点についても本件各発明の課題(特にねじり剛性が高いゴルフクラブ用シャフトにおいてもスイングの安定性が高く、プレーヤーのスイングスピード及び力量に左右されることなく飛距離の安定性と方向安定性の両方に優れたねじり剛性の高いゴルフクラブ用シャフト(ロートルクのゴルフクラブ用シャフト)を提供すること。以下「被告主張の課題」という。)を解決できると本件出願日当時の当業者が認識できるようには記載されていないから、本件各発明は、本件明細書の発明の詳細な説明の記載により本件出願日当時の当業者が被告主張の課題を解決できると認識できる範囲のものではない。したがって、本件各発明に係る特許請求の範囲の記載は、サポート要件を満たさないものであるから、これと同旨の本件決定の判断に誤りはない。 1 本件各構成により得られる効果に係る作用機序が理解できないとの点について 以下のとおり、本件明細書には、本件各構成によりなぜ被告主張の課題を解決できるのかについての具体的な説明はされておらず、本件出願日当時の技術常識を考慮しても、当業者は、本件各構成により被告主張の課題を解決できると理解することができない。 (1) 構成2について 本件明細書(【0021】)には、トルクを構成2の数値範囲(1.6°≦Tq≦4.0°)とすることにより所与の効果(優れた方向安定性、シャフトの折損の低減並びにゴルファーの力量が飛距離の安定性及び方向安定性に与える影響の低減)が得られると記載されているのみであって、トルクを構成2の数値範囲とすることで被告主張の課題を解決できるとする理由は記載されておらず、当該数値範囲のいずれの点においても被告主張の課題を解決できるとする理由も記載されていない。 特に、トルクの境界値を1.6°及び4.0°としたときに被告主張の課題を解決できるとする根拠については、本件明細書に何らの記載もない。また、実施例1及び比較例1をみても、トルクを構成2の数値範囲とする理由は理解できない。原告が挙げる証拠(甲21ないし23)も、構成2により被告主張の課題を解決できることの根拠とはならない。 以上のとおり、本件明細書の記載に加え、原告が本件出願日当時の技術常識であると主張する内容を踏まえても、トルクを構成2の数値範囲とすることで被告主張の課題を解決できるとは理解できず、また、当該数値範囲のいずれの点においても被告主張の課題を解決できるものと評価することはできない。 (2) 構成3について 本件明細書(【0014】)には、B/(B+S)を構成3の数値範囲(0.5≦B/(B+S)≦0.8)とすることにより所与の効果(技量が高いゴルファーやスイングスピードが速いゴルファーにも対応できるために必要なトルクを生み出し、シャフトがねじれすぎること又はねじれないためにシャフトが折損してしまうことを防止するとの効果(以下「【0014】記載の効果」という。))が得られると記載されているのみであって、【0014】記載の効果が得られる理由は記載されていないし、B/(B+S)を構成3の数値範囲とすることで被告主張の課題を解決できるとする理由も記載されておらず、当該数値範囲のいずれの点においても被告主張の課題を解決できるとする理由も記載されていない。特に、B/(B+S)の境界値を0.5及び0.8としたときに【0014】記載の効果が得られる根拠並びに被告主張の課題を解決できるとする根拠については、本件明細書に何らの記載もない。原告は、本件出願日当時の当業者はストレート層の重量の割合を20%以上としておけば、シャフトが曲げにより折損すること(ねじれがないためにシャフトが折損すること)を防ぎ得るものと理解できると主張するが、ストレート層の重量の割合を20%以上とする根拠はなく、本件出願日当時の当業者であっても、当該割合につき20%以上を選択することが容易であるとはいえない。また、 【0014】記載の効果と被告主張の課題との関係及びストレート層の重量の割合を20%以上とすることと被告主張の課題との関係も不明である。さらに、実施例1及び比較例1をみても、B/(B+S)を構成3の数値範囲とする理由は理解できない(なお、比較例1におけるバイアス層の重量の割合は40%であり、実施例1におけるバイアス層の重量の割合は60%であるところ、原告は、B/(B+S)の下限値が0.5であることの根拠を示していない。)。原告が挙げる証拠(甲12、21、23)をみても、B/(B+S)を構成3の数値範囲とする理由は理解できないし、これらの証拠には、当該数値範囲とすることで被告主張の課題を解決できるとする理由及び当該数値範囲のいずれの点においても被告主張の課題を解決できるとする理由は記載されておらず、当該数値範囲とすることで【0014】記載の効果が得られることについても記載されていない。 以上のとおり、本件明細書の記載に加え、原告が技術常識であると主張する内容を踏まえても、B/(B+S)を構成3の数値範囲とすることで被告主張の課題を解決できるとは理解できず、また、当該数値範囲のいずれの点においても被告主張の課題を解決できるものと評価することもできない。当該数値範囲により【0014】記載の効果が得られる理由も不明である。 (3) 構成5について 本件明細書(【0019】)には、A/Cを構成5の数値範囲(1.0≦A/C≦1.8)とすることにより所与の効果(技量が高いゴルファーやスイングスピードが速いゴルファーにも対応できるために必要なシャフトのねじれ剛性値を得ることができるとともに、スイング時におけるグリップ部の安定性が向上するとの効果(以下「【0019】記載の効果」という。))が得られると記載されているのみであって、A/Cを構成5の数値範囲とすることで被告主張の課題を解決できるとする理由は記載されておらず、当該数値範囲のいずれの点においても被告主張の課題を解決できるとする理由も記載されておらず、【0019】記載の効果が得られる理由についても記載されていない。特に、A/Cの境界値を1.0及び1.8としたときに【0019】記載の効果が得られる根拠並びに被告主張の課題を解決できるとする根拠については、本件明細書に何らの記載もない。原告は、細径側バイアス層を積層するだけでなく太径側バイアス層をも積層することで、単に細径部のトルクを小さくすることを回避し、デメリット(非熟練ゴルファーにとってフィーリングが硬くなったりヘッドの返り(トゥダウン)が悪くなったりすること)が生じないようにし得ることは自明であり、また、本件出願日当時の当業者は細径側バイアス層の重量を太径側バイアス層の重量以上とすることで、飛距離の安定性及び方向安定性が高まるものと理解できると主張するが、これらのメカニズムは、本件特許に係る出願時の明細書には記載されていない事項であるし、【0019】には、 構成5の数値範囲が技量の高いゴルファーのためのねじれ剛性値を得ることやグリップ部の安定性の向上のためのものであると記載されていることにも照らすと、上記のメカニズムが自明であるとか、本件出願日当時の当業者であれば理解できるとかいうことはできない。また、実施例1及び比較例1におけるA/Cは、ともに1.2であって、A/Cをこれ以外の数値とする実施例又は比較例は、本件明細書に記載されておらず、実施例1及び比較例1にも、A/Cを構成5の数値範囲とすることで被告主張の課題を解決できるとする理由及び当該数値範囲のいずれの点においても被告主張の課題を解決できるとする理由は記載されておらず、実施例1及び比較例1によっても、【0019】記載の効果が得られる理由は不明である。 以上のとおり、本件明細書の記載に加え、原告が主張する内容を踏まえても、A/Cを構成5の数値範囲とすることで被告主張の課題を解決できるとは理解できず、 また、当該数値範囲のいずれの点においても被告主張の課題を解決できるものと評価することもできない。当該数値範囲により【0019】記載の効果が得られる理由も不明である。 (4) 構成4について 本件明細書(【0017】)には、A/Bを構成4の数値範囲(0.05≦A/B≦0.12)とすることにより所与の効果(技量が高いゴルファーやスイングスピードが速いゴルファーに必要なねじれ剛性値のシャフトとなるとの効果(以下「【0017】記載の効果」という。))が得られると記載されているのみであって、A/Bを構成4の数値範囲とすることで被告主張の課題を解決できるとする理由は記載されておらず、当該数値範囲のいずれの点においても被告主張の課題を解決できるとする理由も記載されておらず、【0017】記載の効果が得られる理由も記載されていない。特に、A/Bの境界値を0.05及び0.12としたときに【0017】記載の効果が得られる根拠並びに被告主張の課題を解決できるとする根拠については、本件明細書に何らの記載もない。原告は、全長バイアス層や太径側バイアス層をも積層すれば、細径部のトルクだけが小さくなることを回避し、幅広いゴルファーにとってフィーリングが良好なシャフトを実現することができるから、本件出願日当時の当業者は細径側バイアス層の重量をバイアス層の合計重量の12%以下とすることで、非熟練ゴルファーにとってもフィーリングが良好なシャフトを実現し得るものと理解できると主張するが、この非熟練ゴルファーについてのメカニズムは、本件特許に係る出願時の明細書には記載されていない事項であるし、【0017】には、構成4の数値範囲が技量の高いゴルファーやスイングスピードの速いゴルファーに必要なねじれ剛性値を得るためのものであると記載されていることにも照らすと、本件出願日当時の当業者が上記のメカニズムを理解できるとはいえない。また、実施例1及び比較例1をみても、A/Bを構成4の数値範囲とする理由は理解できないし、当該数値範囲のいずれの点においても【0017】記載の効果が得られること及び被告主張の課題を解決できることは示されておらず、 そのように理解することもできない(原告は、実施例1おけるA/Bが8%であることを踏まえると、これをほぼ中央値とする5%ないし12%の範囲であれば、本件出願日当時の当業者は単に細径部のトルクを小さくすることによるデメリットを回避しつつ、飛距離の安定性及び方向安定性を高め得るものと理解できると主張するにとどまっている。)。 以上のとおり、A/Bを構成4の数値範囲とすることで被告主張の課題を解決できると認識することはできず、当該数値範囲のいずれの点においても被告主張の課題を解決できるものと評価することはできない。当該数値範囲により【0017】記載の効果が得られる理由も不明である。 (5) 構成1について 本件明細書(【0016】)には、炭素線維の弾性率を構成1の数値範囲(200GPa〜900GPa)とすることにより所与の効果(飛距離の安定性及び方向安定性に優れたゴルフクラブ用シャフトを得るとの効果(以下「【0016】記載の効果」という。))が得られると記載されているのみであって、炭素繊維の弾性率を構成1の数値範囲とすることで被告主張の課題を解決できるとする理由は記載されておらず、当該数値範囲のいずれの点においても被告主張の課題を解決できるとする理由も記載されておらず、【0016】記載の効果が得られる理由も記載されていない。特に、【0016】記載の効果を得、被告主張の課題を解決するために炭素繊維の弾性率の境界値を200GPa及び900GPaとする根拠については、本件明細書に何らの記載もない。また、実施例1のゴルフクラブ用シャフトは、 炭素繊維の弾性率が構成1の数値範囲に収まるプリプレグが用いられているだけでなく、それぞれ特定の弾性率を有する11層のプリプレグを組み合わせてなる複雑な構造を有するものであるから、実施例1及び比較例1をみても、実施例1のゴルフクラブ用シャフト及びこれに類似するゴルフクラブ用シャフトのほかに、炭素繊維の弾性率が構成1の数値範囲に収まる無数の態様のゴルフクラブ用シャフト(構成2ないし5を満たすもの)において、【0016】記載の効果が得られ、被告主張の課題を解決できるのかを理解することはできない(炭素繊維の弾性率に係る構成1の数値範囲は、【0016】記載の効果を奏し得ず、被告主張の課題を解決し得ない態様のものを無数に含む広範で漠然としたものである。)。原告が挙げる証拠(甲24ないし26)をみても、炭素繊維の弾性率を構成1の数値範囲とする理由は理解できないし、これらの証拠には、当該数値範囲のいずれの点においても被告主張の課題を解決できるとする理由は記載されておらず、当該数値範囲とすることで【0016】記載の効果が得られることについても記載されておらず、これらの証拠から、そのように理解することもできない。 以上のとおり、本件明細書の記載に加え、原告が技術常識であると主張する内容を踏まえても、炭素繊維の弾性率を構成1の数値範囲とすることで被告主張の課題を解決できるとは理解できず、また、当該数値範囲のいずれの点においても被告主張の課題を解決できるものと評価することもできない。当該数値範囲により【0016】記載の効果が得られる理由も不明である。 2 本件各発明が細径部のねじりが限りなく0に近いものを包含しているとの点について (1) 構成2は、シャフト全体のトルクが1.6°以上4.0°以下の範囲にあることを規定するのみであって、シャフト全体のトルクのうちどの程度の割合が細径部のねじれによるものであるか(細径部のねじり剛性)は、構成2からは定まらない。また、細径部のねじり剛性は、専ら細径部に存在する全長バイアス層及び細径側バイアス層の炭素繊維の配向方向における引張弾性率によって定まるものと推察され、各バイアス層の炭素繊維の配向方向における引張弾性率は、炭素繊維の引張弾性率と炭素繊維の含有量に大きく依存するところ、構成3ないし5は、各層の重量比を規定するのみであって、各層における炭素繊維の弾性率と含有量を規定するものではないから、細径部のねじり剛性は、構成3ないし5を考慮しても定まらない。さらに、構成1は、各層における炭素繊維の弾性率を200GPaないし900GPaと規定しているが、数値範囲が広すぎるため、細径部のねじり剛性は、 構成1を考慮しても定まらない。このように、本件各構成によっても、細径部のねじり剛性がどの程度になるかは定まらないのであるから、本件各発明において、細径部のねじり剛性を高くしすぎないようにしているかは不明である。 原告は、本件出願日当時の当業者は本件各発明の課題が単に細径部のねじり剛性を上げないこと(細径部のねじり剛性を高くしすぎないこと)であると理解できるのであるから、細径部のねじり剛性が高くなりすぎないように、各バイアス層のプリプレグの炭素繊維の含有量、とりわけ、細径側バイアス層のプリプレグの炭素繊維の含有量を常識的な範囲内で決定することは当該当業者にとって容易であると主張する。しかしながら、本件各発明は、細径部のねじり剛性が高くなりすぎないようにするものではあるが、シャフトの挙動を抑制するために細径部のねじり剛性を高くすること自体はこれを前提とするものであるから、細径部のねじり剛性を低くしすぎないようにする必要もあるところ、構成1ないし5に係る本件明細書の記載や本件出願日当時の技術常識からは、細径部のねじり剛性がどの程度であると高すぎず低すぎないのかを把握できないから、各バイアス層(特に細径側バイアス層)のプリプレグの炭素繊維の含有量につき、原告が主張する常識的な範囲内のものを特定することはできず、これらの含有量及び弾性率を決定することはできない。 以上のとおりであるから、本件各発明は、細径部のねじれが限りなく0に近いものを包含するものであるところ、細径部の変形は、飛距離の安定性及び方向安定性に大きく影響を与えるものであるから、本件各発明は、本件出願日当時の当業者が被告主張の課題を解決できると認識できる範囲のものではなく、本件明細書の発明の詳細な説明に記載したものとはいえない。 (2) 本件明細書には、本件各発明の技術内容が開示されておらず、また、本件出願日当時の当業者は、通常に有する技術常識、推論能力及び条件決定能力を参酌しても、トルク等の各要素を本件各構成の数値範囲に限定することによって本件各構成がそれぞれに対応する各効果を奏するものと理解することはできず、被告主張の課題を解決できるものと理解することもできない。本件決定は、サポート要件に係る判断基準を誤って適用したものではない。 3 本件各発明が実施例1と大きく異なるものを包含しているとの点について(1) 炭素繊維の目付量に係る原告の主張について 本件決定は、本件各発明は「各バイアス層の目付量」のみならず「その他」を含む全ての発明特定事項(数値限定を伴うもの)が実施例1と大きく異なるものを包含しているため、当業者は実施例1及び比較例1に係る本件明細書の記載や本件出願日当時の技術常識から、被告主張の課題を解決できるとは認識できないと判断したものである。原告は、本件決定に関し、本件各発明が「各バイアス層の目付量」についてのみ実施例1と大きく異なるものを包含する旨をいうものと理解しているが、そのような理解は誤りである。 (2) 実施例及び比較例がそれぞれ1点であることについて 実施例1と比較例1とを比較すると、シャフトのトルク(構成2)は、後者(4.8°)が前者(2.4°)の2倍の値を示しているのであるから、シャフトのトルク(構成2)という観点からみると、実施例1と比較例1との間には無数の実施例が存在するものと認識できる。これは、全長ストレート層の弾性率(構成1)、B/(B+S)(構成3)及びA/B(構成4)についても同じである。このように、 実施例1と比較例1との間に無数の実施例が存在していることは明らかであるところ、本件明細書を見た第三者にとって、どの実施例までが被告主張の課題を解決できるのかは、実施例1を除いて判別することができない。また、【0014】ないし【0021】をみても、本件各構成の数値範囲の全部について被告主張の課題を解決できることは示されていないし、当業者が本件出願日当時の技術常識に照らして被告主張の課題を解決できると認識できる範囲のものであるともいえない。 なお、原告は、新たに実験データ(甲34)を提出するが、甲34の実験において使用されたドライバー3種類が本件各発明の実施品であるかについては不明である。仮に当該ドライバー3種類が本件各発明の実施品であるとしても、甲34に記載された実施例1ないし3及び比較例1におけるトルクの値(それぞれ2.3°、 3.0°、4.0°、4.6°)から構成2に係るトルクの下限値を1.6°とする根拠は不明である。これは、構成3の上限値(0.8)、構成4の下限値(0.05)並びに構成5の下限値(1.0)及び上限値(1.8)についても同じである。したがって、甲34によっても、本件明細書の発明の詳細な説明に開示された内容を本件各発明に係る特許請求の範囲にまで拡張し、又は一般化できるとはいえない。そもそも、前記1のとおり、本件明細書には、本件出願日当時の当業者が被告主張の課題を解決できる程度に本件各発明に係る特許請求の範囲に包含される具体例が開示されておらず、当業者は、本件出願日当時の技術常識を考慮しても、なぜ本件各構成がそれぞれに対応する各効果を奏するのかを理解することができないのであるから、本件において新たな実験データ(甲34)を参酌するのは相当でない。 |
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当裁判所の判断
1 決定取消事由(サポート要件についての判断の誤り)について (1) 特許請求の範囲の記載がサポート要件を満たすか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が発明の詳細な説明に記載された発明であって、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくても当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断するのが相当である(知財高裁平成17年(行ケ)第10042号同年11月11日特別部判決・判時1911号48頁参照)。 (2) 本件明細書の記載等 ア 本件明細書の発明の詳細な説明には、次の記載がある(なお、明らかな誤記を適宜訂正した部分がある。)。 【技術分野】 【0001】 本発明は、高い捩じり剛性を有し、ゴルファーの力量に左右されることなく、飛距離の安定性を有するとともに、左右への方向安定性にも優れた、繊維強化樹脂製のゴルフクラブ用シャフトに関する。 【背景技術】 【0002】 ゴルフの打球の飛距離は、ボールの初速、打ち出し角度、スピン量で決定することが知られている。ゴルフのスコアを良くするためには、飛距離の安定性はもちろんのこと、左右への方向安定性も非常に重要であり、よって、安定した飛距離と方向安定性を得るためには、これら3つの要素のバラツキを減少させることが必要となってくる。 ボールの初速、打ち出し角度、スピン量は、ゴルフヘッドの特性に依存するが、 これら3つの要素の安定性については、ボールを打撃する瞬間のシャフトの動き(変形)が影響をする。特にゴルフクラブ用シャフト(以下、単にシャフトという場合もある。)の細径部の変形がこれらの要素に大きく影響し、この部分のシャフトの捩じり剛性を上げれば、シャフトの挙動を抑制することができるため、これらの要素を安定することが知られている(特許文献1)。 【0003】 しかしながら、単にゴルフクラブ用シャフトの細径部のシャフトの捩じり剛性を上げると、フィーリングが硬くなったり、ヘッドの返りが極端に悪くなったりするなどのデメリットがある。また、炭素繊維で強化された繊維強化樹脂製のシャフトにおいて、シャフトの捩じり剛性を上げるために弾性率の高い炭素繊維の使用量を多くし過ぎると、一般的に弾性率の高い炭素繊維は引張強度が低いため、シャフトの強度が低下し、シャフトの折損が生じ易くなる。さらにまた、この部分の捩じり剛性を高くし過ぎると、ヘッドのトゥダウンが抑制され過ぎて、ヘッドの中央より下部にボールがヒットし易くなり、打ち出し角度が低く、バックスピン量の多い弾道になるため、飛距離の損失につながり易い。 【先行技術文献】【特許文献】 【0004】 【特許文献1】 特開2011-147543号公報【発明の開示】【発明が解決しようとする課題】 【0005】 本発明は、かかる事情に鑑みてなされたもので、特に捩じり剛性が高いゴルフクラブシャフトにおいてもスイングの安定性が高く、プレーヤーのスイングスピード、 力量に左右されることなく、飛距離の安定性と方向安定性の両方に優れた、捩じり剛性の高い(ロートルク)ゴルフクラブ用シャフトを提供することを目的としている。 【課題を解決するための手段】 【0006】 本発明者らは、上記課題に鑑み鋭意検討を行った結果、以下の発明により上記課題が解決できることを見出し、本発明を完成した。 【0007】 本発明は、以下の構成を有する。 [1]複数の炭素繊維強化樹脂層で構成される、ドライバー用ゴルフヘッドを装着する、ドライバー用ゴルフクラブ用シャフトであって、炭素繊維がシャフト軸方向に対して+30〜+70°に配向された層と、-30〜-70°に配向された層とをシャフト全長に渡って貼り合わせて成るバイアス層と、炭素繊維がシャフト軸方向に配向され、シャフトの全長に渡って位置するストレート層と、炭素繊維がシャフト軸方向に対して+30〜+70°に配向された層と、-30〜-70°に配向された層とを貼り合わせて成る細径側バイアス層と、さらに同様な太径側バイアス層を有しており、前記バイアス層と前記ストレート層の弾性率がともに、200GPa〜900GPaの強化繊維から成る繊維強化樹脂層で構成され、シャフトのトルクをTq(°)とした場合に、1.6≦Tq≦4.0を満たし、前記バイアス層の合計重量をB(g)、シャフト全体に渡って位置するストレート層の合計重量をS(g)とした場合に、0.5≦B/(B+S)≦0.8を満たし、前記細径側バイアス層の重量をA(g)、前記バイアス層の合計重量をB(g)とした場合に、 0.05≦A/B≦0.12を満たし、前記細径側バイアス層の重量をA(g)、 前記太径側バイアス層の重量をC(g)とした場合に、1.0≦A/C≦1.8を満たす、ドライバー用ゴルフクラブ用シャフト。 [2]炭素繊維がシャフト軸方向に対して+30〜+70°に配向された層と、-30〜-70°に配向された層とを貼り合わせて成る太径側バイアス層の重量をC(g)、炭素繊維がシャフト軸方向に対して+30〜+70°に配向された層と、 -30〜-70°に配向された層とを貼り合わせて成るバイアス層の合計重量をB(g)とした場合に、 0.03≦C/B≦0.10を満たすことを特徴とする請求項1に記載のゴルフクラブ用シャフト。 [3]炭素繊維がシャフト軸方向に対して+30〜+70°に配向された層と、-30〜-70°に配向された層とを貼り合わせて成る細径側バイアス層が、炭素繊維がシャフト軸方向に対して+30〜+70°に配向された層と、-30〜-70°に配向された層とをシャフト全長に渡って貼り合わせて成るバイアス層の外側に積層構成されることを特徴とする請求項1に記載のゴルフクラブ用シャフト。 【発明の効果】 【0008】 本発明に係る繊維強化プラスチック製ゴルフクラブ用シャフトによれば、捩じり剛性が高く、シャフトのトルク値が小さいため、ゴルファーの力量に左右されることなく、飛距離の安定性を有するとともに、左右へのバラツキの少ない方向安定性にも優れた繊維強化製のゴルフクラブ用シャフトを提供することができる。 【発明を実施するための形態】 【0010】 以下、本発明の最良の形態について詳細に説明する。 「ゴルフクラブ用シャフト」 本発明に係る繊維強化プラスチック製ゴルフクラブ用シャフトは、軸方向に垂直な面の外径が長さ方向の一端から他端に向かって大きくなり、途中の径切換部から他端まで外径が同一となるように形成されたものである。以下、外径が小さい側の端部を細径端部といい、外径が大きい側の端部を太径端部という。また、シャフトの長さ方向の径切換部から細径端部側を細径部、太径端部側を太径部という。 【0011】 本発明の繊維強化プラスチック製ゴルフクラブ用シャフトは、管状体長手方向に対する強化繊維の巻角度が30〜70°の範囲内で、正逆両方向であるバイアス層と、管状体長手方向に対する強化繊維の巻角度が-5°〜+5°の範囲内であるストレート層から構成される繊維強化プラスチック製ゴルフクラブ用シャフトである。 本発明の一実施形態に係るゴルフシャフトは、繊維を一方向に引き揃えてなるシート状の強化繊維に樹脂を含浸させた繊維強化樹脂層を、マンドレル(芯金)に複数回巻きつけて、これを加熱、成形するシートラッピング法により製造される。 【0014】 本発明のゴルフクラブ用シャフトは、 シャフトに使用するバイアス層の合計重量をB(g)、シャフト全体に渡って位置するストレート層の合計重量をS(g)とした場合に、 0.5≦B/(B+S)≦0.8・・・(1)を満たすことが重要である。(1)は、技量が高いゴルファーやスイングスピードが速いゴルファーにも対応できるために必要なトルクTq(°)を生み出す要素を示している。つまり、(1)を満たさないゴルフクラブ用シャフトは、シャフトが捩じれすぎたり、または捩じれないがためにシャフトが折損してしまう原因につながる。 【0016】 本発明のゴルフクラブ用シャフトは、炭素繊維強化樹脂層を有するのが好適であり、この少なくとも一層に、弾性率が200GPa〜900GPaの範囲である炭素繊維が使用されるのが好ましい。これによって、飛距離の安定性と方向安定性に優れたゴルフクラブ用シャフトを得ることができる。 また、+30〜+70°に配向された層と、-30〜-70°に配向された層とを貼り合わせて成るバイアス層の少なくとも一層に、このような炭素繊維強化樹脂層を有することで、より方向性が安定する傾向にある。この場合、バイアス層の全てが炭素繊維強化樹脂層から構成されるのがより好ましい。 さらに、炭素繊維がシャフト軸方向に配向され、シャフトの全長に渡って位置するストレート層の少なくとも一層にこのような炭素繊維強化樹脂層を有することが好ましく、ここで使用される炭素繊維の弾性率は、200GPa〜400GPaの範囲であることが好ましい。 【0017】シャフトに使用する細径側バイアス層の重量をA(g)、バイアス層の合計重量をB(g)とした場合に、 0.05≦A/B≦0.12・・・(2)が好ましい範囲である。この範囲であると、技量が高いゴルファーやスイングスピードが速いゴルファーに必要なシャフトの捩じれ剛性値となるため好ましい範囲である。また、0.06≦A/B≦0.12であるとより好ましく、0.07≦A/B≦0.12であると飛距離の安定性と方向安定性が期待できるため、さらに好ましい範囲である。 【0019】 さらに、シャフトに使用する細径側バイアス層の重量をA(g)、太径側バイアス層の重量をC(g)とした場合に、 1.0≦A/C≦1.8・・・(4)の条件を満たすのが好ましい。この(4)の条件を満たすことによって、技量が高いゴルファーやスイングスピードが速いゴルファーにも対応できるために必要なシャフトの捩じれ剛性値を得ることができるとともに、スイング時におけるグリップ部の安定性が向上する傾向にある。より好ましい条件は、1.1≦A/C≦1.8であり、さらに好ましい条件は、1.2≦A/C≦1.8であり、飛距離の安定性と方向安定性がより向上する傾向にある。 【0021】 本発明のゴルフクラブ用シャフトにおいては、トルク(Tq)が小さい程、方向安定性が優れる傾向にあるが、1.6°より大きくすることによって、シャフトに充分な強度を与えることができ、シャフトの折損を低減できる傾向にある。 また、トルク(Tq)を4.0°以下とすることによって、ゴルファーの力量が飛距離の安定性や左右への方向安定性に与える影響を低減させることができ、これらの両立を達成できる傾向にある。より好ましくは、1.6 ≦ Tq ≦ 3.8の範囲である。 (トルク)トルクとは、シャフトの細径端部と太径端部とをそれぞれチャックでクランプし、 各チャックを介してシャフトに捩じれトルク(1.36N・m)を加えた時の捩じれ角である。 【実施例】 【0022】 以下、実施例により本発明を具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例により何ら限定されるものではない。 (実施例1) 図1に示す形状のマンドレル10(鉄製)を用意した。このマンドレル10は、 全体の長さL3にあって、その細径端P1から長さL1の位置(切換点)P2まで、 その外径が直線的に漸増し、切換点P2から長さL2の大径端P3まで、その外径は一定である、鉄製の円筒体からなる。実施例1による前記マンドレル10の各部位における具体的な外径、長さ、テーパー度は以下のとおりである。 細径端P1の外径は4.00mm、切換点P2の外径は13.50mm、この切換点P2から太径端P3までは同一外径であり、その外径は13.50mmである。 細径端P1から切換点P2までの長さL1は950mm、切換点P2から太径端P3までの長さL2は550mmである。マンドレル10の全体長さL3は1500mmとなる。また、細径端P1から切換点P2までのテーパー度は10.00/1000とされている。 【0023】 このマンドレル10に、図2に示した形状に切断したプリプレグ(パターン1〜11)を順次巻き付け、その上に20mm幅のポリプロピレン製収縮テープをピッチ2mmで巻き付けた。なお、パターン1、3は、炭素繊維(CF)がマンドレルの軸方向に対して+45°に配向したプリプレグと、-45°に配向したプリプレグとを、マンドレル10に対して実質的に半周ずれるようにして2枚重ね合わせたものである。また、パターン5、6、7は、炭素繊維(CF)がマンドレルの軸方向に対して+45°に配向したプリプレグと、-45°に配向したプリプレグとを2枚重ね合わせたものである。 【0024】 実施例1におけるパターン1、3、5、6、7の2枚のプリプレグは、マンドレル10の主軸に対する強化繊維の巻角度は45°で、正逆両方向であるバイアス層であり、パターン2、4、8、9、10、11はマンドレル10の主軸に対して強化繊維の巻角度が0°であるストレート層である。 【0025】 また、マンドレル10におけるプリプレグを巻き付ける領域は、マンドレルの細径端から測って110mmから太径端に向けて1300mmの位置までとした。プリプレグ1〜8を使ったパターン1〜11を順次マンドレル10に巻き付けてから、 これを加熱炉に入れ加温し135℃で2時間保持した後、常温まで自然冷却させてマンドレル10から硬化したシャフトを外し、前記収縮テープを剥ぎ取り、シャフトの固有振動数が273cpmになるよう表面を研磨した。 【0027】 得られたシャフトの長さ、質量、細径端部から10mmと太径端部から25mmの位置の外径、振動数、トルク、片持ち曲げ変位等を表4に示す。なお、得られた値は4本の平均値である。 さらに、その時のB/(B+S)、A/B、C/B、A/Cのそれぞれの値も表4に示す。 【0028】[ゴルフクラブヘッド、およびグリップの取り付け] 実施例1のゴルフクラブ用シャフトに、市販のチタン製ドライバー用ゴルフクラブヘッド(体積460cm3、質量194g、ロフト角10.5°)をアクリル樹脂接着剤で細径端に取り付けた。さらに、シャフト太径端を75mmカットし、市販のゴム製グリップを両面テープにて取り付け、実施例1のゴルフクラブを作製した。 [打球の評価] 実施例のゴルフクラブをヘッドスピードが39m/s、42m/s、47m/sである3人(それぞれ「Tester A」、「Tester B」、「Tester C」とする)で実打試験を実施した。Interactive Sports Game社製「TrackMan」にて飛距離計測などの測定を5回実施した結果を図6に示す。また、3人の飛距離の平均値と、ターゲットに対する飛距離方向へのズレと、左右方向へのズレの平均値を表4に示す。 【0029】 (比較例1) 表3に示したサイズで図2に示した形状に切断したプリプレグを巻き付け、実施例1と同様に硬化したシャフトを得た後、シャフトの固有振動数が273cpmになるよう表面を研磨した以外は、全て実施例1と同じ要領でシャフトを作製、評価を実施した。 【0031】[ゴルフクラブヘッド、およびグリップの取り付け] 実施例1と同様の手順にてゴルフクラブを作製した。 [打球の評価] 実施例1と同様に、ゴルフクラブをヘッドスピードが38m/s、42m/s、 47m/sである3人(それぞれ「Tester A」、「Tester B」、 「Tester C」とする)で実打試験を実施した。InteractiveSports Game社製「TrackMan」にて飛距離計測などの測定を5回実施した結果を図6に示す。また、ターゲットに対する左右方向へのズレの平均値を表4に示す。 【0035】 【表4】【0037】 図6と表4の結果から明らかなように、実施例により得られたゴルフクラブ用シャフトによれば、ゴルファーの力量、ヘッドスピードに左右されることなく、比較例よりも飛距離のバラツキも少なく安定性を有するとともに、打球の方向安定性にも優れた繊維強化プラスチック製ゴルフクラブ用シャフトを提供することができた。 【産業上の利用可能性】 【0038】 本発明によって、プレーヤーのスイングスピード、力量に左右されることなく、 飛距離の安定性と方向安定性の両方に優れた、捩じり剛性の高い(ロートルク)ゴルフクラブ用シャフトを提供することができる。 イ なお、【図6】は、次のとおりである。 (3) 本件各発明の課題 前記(2)アによると、本件明細書の発明の詳細な説明には、本件各発明について、 次のとおりの記載がされているということができる。すなわち、本件各発明は、繊維強化樹脂製のゴルフクラブ用シャフト(以下、単に「シャフト」ということがある。)に関するものである。ゴルフのスコアを良くするためには、打球の飛距離の安定性及び左右への方向安定性を得ることが非常に重要であり、そのためには、三つの要素(ボールの初速、打ち出し角度及びスピン量)のばらつきを減少させてこれらを安定させる必要があるところ、ボールを打撃する瞬間のシャフトの変形(特にシャフトの細径部の変形)がこれらの要素の安定性に大きな影響を及ぼすため、 シャフトの細径部のねじり剛性を上げることによりこれらの要素を安定させ得ることが従来から知られていた。しかしながら、単にシャフトの細径部のねじり剛性を上げると、フィーリングが硬くなったり、ヘッドの返りが極端に悪くなったり、ヘッドのトゥダウンが抑制されすぎて飛距離が小さくなったりするなどのデメリットが生じるほか、弾性率の高い炭素繊維の使用量を多くしすぎることによるシャフトの強度の低下を招き、シャフトの折損が生じやすくなるという問題があった。本件各発明は、このような問題を解決し、特にねじり剛性が高いシャフトにおいても、 スイングの安定性が高く、プレーヤーのスイングスピードや力量に左右されることなく飛距離の安定性と方向安定性の双方に優れたシャフト(ねじり剛性の高いシャフト(ロートルクのシャフト))を提供することを目的とするものである。本件各発明は、前記第2の2のとおりの構成とすることにより、プレーヤーの力量に左右されることなく、飛距離の安定性及び左右へのばらつきの少ない方向安定性の双方に優れたシャフトが得られるとの効果を奏する。 以上によると、本件各発明の課題は、「ねじり剛性が高い繊維強化樹脂製のゴルフクラブ用シャフト(ロートルクの繊維強化樹脂製のゴルフクラブ用シャフト)であって、スイングの安定性が高く、プレーヤーのスイングスピードや力量に左右されることなく飛距離の安定性と方向安定性の双方に優れたものを提供すること」(以下「本件課題」という。)であると認めるのが相当である。 (4) 決定取消事由の1(構成2ないし5に係るもの)について ア 構成2について(ア) Tq≦4.0°について a シャフトのトルク(Tq)を4.0°以下とすることにより得られる効果等に関し、本件明細書の発明の詳細な説明には、「トルク(Tq)を4.0°以下とすることによって、ゴルファーの力量が飛距離の安定性や左右への方向安定性に与える影響を低減させることができ、これらの両立を達成できる傾向にある。」との記載(【0021】)があり、また、「ねじり剛性が高い繊維強化樹脂製のゴルフクラブ用シャフト(ロートルクの繊維強化樹脂製のゴルフクラブ用シャフト)であって、プレーヤーのスイングスピードや力量に左右されることなく飛距離の安定性と方向安定性の双方に優れたものが得られる」との効果(以下「本件効果」という。)が得られたとされる実施例1及び本件効果が得られなかったとされる比較例1の各トルク(°)がそれぞれ2.4及び4.8であるとの記載(【表4】)がある。しかしながら、これらの記載は、シャフトのトルクを4.0°以下とすることによりなぜ本件課題が解決されるのかについて適切に説明するものとはいえず、したがって、構成2のうちシャフトのトルクを4.0°以下とするとの点については、 本件明細書の発明の詳細な説明の記載により本件出願日当時の当業者が本件課題を解決できると認識できる範囲のものであるということはできない。 b 原告は、低トルクのシャフト(ねじり剛性が高いシャフト)が飛距離の安定性及び方向安定性において優れていることは本件出願日当時の技術常識であり、本件出願日当時の当業者は実施例1と比較例1との比較から、シャフトのトルクを4.0°以下とすることにより飛距離の安定性及び方向安定性(比較例1よりも優れた飛距離の安定性及び方向安定性)が得られるものと理解し得ると主張する。しかしながら、原告の上記主張並びに原告が上記技術常識に係る証拠として提出する甲12及び21ないし23は、シャフトのトルクを4.0°以下とすることによりなぜ本件課題が解決されるのかについて適切に説明するものとはいえず、その他、シャフトのトルクを4.0°以下とすることにより本件課題が解決されるとの本件出願日当時の技術常識を認めるに足りる証拠はないから、構成2のうちシャフトのトルクを4.0°以下とするとの点については、本件出願日当時の当業者がその当時の技術常識に照らし本件課題を解決できると認識できる範囲のものであるということはできない。 c なお、原告は、本件各発明が構造力学に基づく物理学的な発明であって、発明の実施方法や作用機序等を理解することが比較的困難な技術分野(薬学、化学等)に属する発明ではないとして、構成2の境界値の厳密な根拠が本件明細書に記載されている必要はないと主張するが、本件各発明が構造力学に基づく物理学的な発明であることをもって、シャフトのトルクを4.0°以下とすることにより本件課題が解決される理由を本件明細書の発明の詳細な説明において適切に説明する必要がないということはできないから、原告の上記主張を採用することはできない(この点については、以下の構成2のうちシャフトのトルクを1.6°以上とするとの点及び構成3ないし5についても同じである。)。 (イ) 1.6°≦Tqについて a シャフトのトルク(Tq)を1.6°以上とすることにより得られる効果等に関し、本件明細書の発明の詳細な説明には、「本発明のゴルフクラブ用シャフトにおいては、トルク(Tq)が小さい程、方向安定性が優れる傾向にあるが、1.6°より大きくすることによって、シャフトに充分な強度を与えることができ、シャフトの折損を低減できる傾向にある。」との記載(【0021】)があり、また、 本件効果が得られたとされる実施例1及び本件効果が得られなかったとされる比較例1の各トルク(°)がそれぞれ2.4及び4.8であるとの記載(【表4】)がある。しかしながら、これらの記載は、シャフトのトルクを1.6°以上とすることによりなぜ本件課題が解決されるのかについて適切に説明するものとはいえず、 したがって、構成2のうちシャフトのトルクを1.6°以上とするとの点については、本件明細書の発明の詳細な説明の記載により本件出願日当時の当業者が本件課題を解決できると認識できる範囲のものであるということはできない。 b 原告は、トルクが小さくねじれがないとシャフトがねじれにより折損してしまうことは本件出願日当時の当業者にとって自明であるし、トルクを1.6°程度とすることがシャフトの製造上の限界であることは当該当業者が当然に理解している事項であるから、当該当業者はシャフトのトルクを1.6°以上とすれば、使用に耐え得る十分な強度を有するシャフトとなるものと理解し得ると主張する。しかしながら、原告の上記主張のうちトルクを1.6°程度とすることがシャフトの製造上の限界であることを本件出願日当時の当業者が当然に理解していたとの事実を認めるに足りる証拠はないし、また、原告のその余の主張は、シャフトのトルクを1.6°以上とすることによりなぜ本件課題が解決されるのかについて適切に説明するものとはいえず、その他、シャフトのトルクを1.6°以上とすることにより本件課題が解決されるとの本件出願日当時の技術常識を認めるに足りる証拠はないから、構成2のうちシャフトのトルクを1.6°以上とするとの点については、本件出願日当時の当業者がその当時の技術常識に照らし本件課題を解決できると認識できる範囲のものであるということはできない。 イ 構成3について(ア) 0.5≦B/(B+S)について a バイアス層の合計重量(B(g))をバイアス層の合計重量とシャフト全体にわたって位置するストレート層(以下、単に「ストレート層」という。)の合計重量の和(B(g)+S(g))の50%以上とすることにより得られる効果等に関し、本件明細書の発明の詳細な説明には、「本発明のゴルフクラブ用シャフトは、 シャフトに使用するバイアス層の合計重量をB(g)、シャフト全体に渡って位置するストレート層の合計重量をS(g)とした場合に、0.5≦B/(B+S)≦0.8・・・(1)を満たすことが重要である。(1)は、技量が高いゴルファーやスイングスピードが速いゴルファーにも対応できるために必要なトルクTq(°)を生み出す要素を示している。つまり、(1)を満たさないゴルフクラブ用シャフトは、シャフトが捩じれすぎたり、または捩じれないがためにシャフトが折損してしまう原因につながる。」との記載(【0014】)があり、また、本件効果が得られたとされる実施例1及び本件効果が得られなかったとされる比較例1における各B/(B+S)がそれぞれ0.6及び0.4であるとの記載(【表4】)がある。 しかしながら、これらの記載は、本件各発明におけるB/(B+S)に係る0.5との数値が実施例1における0.6及び比較例1における0.4の中間値であることを含め、バイアス層の合計重量をバイアス層の合計重量とストレート層の合計重量の和の50%以上とすることによりなぜ本件課題が解決されるのかについて適切に説明するものとはいえず、したがって、構成3のうちバイアス層の合計重量をバイアス層の合計重量とストレート層の合計重量の和の50%以上とするとの点については、本件明細書の発明の詳細な説明の記載により本件出願日当時の当業者が本件課題を解決できると認識できる範囲のものであるということはできない。 b 原告は、バイアス層の重量の割合を大きくすることでシャフトのトルクを小さくできることは自明であり本件出願日当時の技術常識であるとして、本件出願日当時の当業者は実施例1と比較例1との比較から、バイアス層の合計重量をバイアス層の合計重量とストレート層の合計重量の和の50%以上としておけば、その他の条件を技術常識の範囲内で適宜調整して決定することで、容易にTq≦4.0°の構成(構成2)が得られるものと理解し得ると主張する。しかしながら、バイアス層の重量の割合を大きくすることでシャフトのトルクを小さくできることが本件出願日当時の技術常識であったとしても、原告の上記主張は、実施例1と比較例1を比較する点を含め、バイアス層の合計重量をバイアス層の合計重量とストレート層の合計重量の和の50%以上とすることによりなぜ本件課題が解決されるのかについて適切に説明するものとはいえず、その他、バイアス層の合計重量をバイアス層の合計重量とストレート層の合計重量の和の50%以上とすることにより本件課題が解決されるとの本件出願日当時の技術常識を認めるに足りる証拠はないから、 構成3のうちバイアス層の合計重量をバイアス層の合計重量とストレート層の合計重量の和の50%以上とするとの点については、本件出願日当時の当業者がその当時の技術常識に照らし本件課題を解決できると認識できる範囲のものであるということはできない。 (イ) B/(B+S)≦0.8について a ストレート層の合計重量(S(g))をバイアス層の合計重量とストレート層の合計重量の和(B(g)+S(g))の20%以上とすることにより得られる効果等に関し、本件明細書の発明の詳細な説明には、前記(ア)aの記載(【0014】及び【表4】)がある。しかしながら、これらの記載は、ストレート層の合計重量をバイアス層の合計重量とストレート層の合計重量の和の20%以上とすることによりなぜ本件課題が解決されるのかについて適切に説明するものとはいえず、 したがって、構成3のうちストレート層の合計重量をバイアス層の合計重量とストレート層の合計重量の和の20%以上とするとの点については、本件明細書の発明の詳細な説明の記載により本件出願日当時の当業者が本件課題を解決できると認識できる範囲のものであるということはできない。 b 原告は、ストレート層がシャフトの曲げ剛性及び曲げ強度を高め、曲げによる折損を防ぐ役割を果たすこと並びに曲げによる折損を防止するとの観点からストレート層の合計重量をバイアス層の合計重量とストレート層の合計重量の和の20%程度以上とすべきことは本件出願日当時の技術常識であるとして、本件出願日当時の当業者はストレート層の合計重量をバイアス層の合計重量とストレート層の合計重量の和の20%以上としておけば、シャフトが曲げにより折損すること(ねじれがないためにシャフトが折損すること)を防ぎ得るものと理解し得ると主張する。 しかしながら、原告が上記技術常識に係る証拠として提出する甲12、21及び23によっても、曲げによる折損を防止するとの観点からストレート層の合計重量をバイアス層の合計重量とストレート層の合計重量の和の20%程度以上とすべきことが本件出願日当時の技術常識であったとの事実を認めることはできず、その他、 本件出願日当時にそのような技術常識が存在したものと認めるに足りる証拠はない。 そうすると、ストレート層がシャフトの曲げ剛性及び曲げ強度を高め、曲げによる折損を防ぐ役割を果たすことが本件出願日当時の技術常識であったとしても、原告の上記主張は、ストレート層の合計重量をバイアス層の合計重量とストレート層の合計重量の和の20%以上とすることによりなぜ本件課題が解決されるのかについて適切に説明するものとはいえず、その他、ストレート層の合計重量をバイアス層の合計重量とストレート層の合計重量の和の20%以上とすることにより本件課題が解決されるとの本件出願日当時の技術常識を認めるに足りる証拠はないから、構成3のうちストレート層の合計重量をバイアス層の合計重量とストレート層の合計重量の和の20%以上とするとの点については、本件出願日当時の当業者がその当時の技術常識に照らし本件課題を解決できると認識できる範囲のものであるということはできない。 ウ 構成5について(ア) A/C≦1.8について a 細径側バイアス層の重量(A(g))を太径側バイアス層の重量(C(g))の180%以下とすることにより得られる効果等に関し、本件明細書の発明の詳細な説明には、「シャフトに使用する細径側バイアス層の重量をA(g)、太径側バイアス層の重量をC(g)とした場合に、1.0≦A/C≦1.8・・・(4)の条件を満たすのが好ましい。この(4)の条件を満たすことによって、技量が高いゴルファーやスイングスピードが速いゴルファーにも対応できるために必要なシャフトの捩じれ剛性値を得ることができるとともに、スイング時におけるグリップ部の安定性が向上する傾向にある。より好ましい条件は、1.1≦A/C≦1.8であり、さらに好ましい条件は、1.2≦A/C≦1.8であり、飛距離の安定性と方向安定性がより向上する傾向にある。」との記載(【0019】)があり、また、 本件効果が得られたとされる実施例1及び本件効果が得られなかったとされる比較例1における各A/Cがいずれも1.2であるとの記載(【表4】)がある。しかしながら、これらの記載は、細径側バイアス層の重量を太径側バイアス層の重量の180%以下とすることによりなぜ本件課題が解決されるのかについて適切に説明するものとはいえず、したがって、構成5のうち細径側バイアス層の重量を太径側バイアス層の重量の180%以下とするとの点については、本件明細書の発明の詳細な説明の記載により本件出願日当時の当業者が本件課題を解決できると認識できる範囲のものであるということはできない。 b 原告は、細径側バイアス層の重量を太径側バイアス層の重量の180%以下とすることにより【0019】に記載された効果(技量が高いゴルファーやスイングスピードが速いゴルファーにも対応できるために必要なシャフトのねじれ剛性値を得ることができるとともに、スイング時におけるグリップ部の安定性が向上するとの効果)が得られる結果として、細径側バイアス層を積層するだけでなく太径側バイアス層をも積層することで、単に細径部のトルクを小さくすることを回避し、 デメリット(非熟練ゴルファーにとってフィーリングが硬くなったりヘッドの返り(トゥダウン)が悪くなったりすること)が生じないようにし得ることは本件出願日当時の当業者にとって自明であるとして、当該当業者は細径側バイアス層の重量を太径側バイアス層の重量の180%以下とすることにより上記のデメリットを回避できるものと理解し得ると主張する。しかしながら、細径側バイアス層の重量を太径側バイアス層の重量の180%以下とすることにより上記のデメリットを回避し得ることが本件出願日当時の当業者にとって自明であったとの事実を認めるに足りる証拠はない。そうすると、原告の上記主張は、細径側バイアス層の重量を太径側バイアス層の重量の180%以下とすることによりなぜ本件課題が解決されるのかについて適切に説明するものとはいえず、その他、細径側バイアス層の重量を太径側バイアス層の重量の180%以下とすることにより本件課題が解決されるとの本件出願日当時の技術常識を認めるに足りる証拠はないから、構成5のうち細径側バイアス層の重量を太径側バイアス層の重量の180%以下とするとの点については、本件出願日当時の当業者がその当時の技術常識に照らし本件課題を解決できると認識できる範囲のものであるということはできない。 (イ) 1.0≦A/Cについて a 細径側バイアス層の重量(A(g))を太径側バイアス層の重量(C(g))の100%以上とすることにより得られる効果等に関し、本件明細書の発明の詳細な説明には、前記(ア)aの記載(【0019】及び【表4】)がある。しかしながら、これらの記載は、細径側バイアス層の重量を太径側バイアス層の重量の100%以上とすることによりなぜ本件課題が解決されるのかについて適切に説明するものとはいえず、したがって、構成5のうち細径側バイアス層の重量を太径側バイアス層の重量の100%以上とするとの点については、本件明細書の発明の詳細な説明の記載により本件出願日当時の当業者が本件課題を解決できると認識できる範囲のものであるということはできない。 b 原告は、本件各発明は細径部のトルクを小さくすることが飛距離の安定性及び方向安定性を高めるとした甲6発明の効果を前提としつつ、更に前記(ア)bの非熟練ゴルファーにとってのデメリットを克服するとの課題を解決するものであるから、本件出願日当時の当業者は細径側バイアス層の重量を太径側バイアス層の重量の100%以上とすることにより【0019】に記載された効果(技量が高いゴルファーやスイングスピードが速いゴルファーにも対応できるために必要なシャフトのねじり剛性値を得ることができるとともに、スイング時におけるグリップ部の安定性が向上するとの効果)が得られる結果として、細径側バイアス層の重量を太径側バイアス層の重量の100%以上とすることにより飛距離の安定性及び方向安定性が高まるものと理解し得ると主張する。しかしながら、甲6によっても、本件出願日当時の当業者において、細径側バイアス層の重量を太径側バイアス層の重量の100%以上とすることにより飛距離の安定性及び方向安定性が高まるものと理解し得たとの事実を認めることはできず、その他、そのような事実を認めるに足りる証拠はない。そうすると、原告の上記主張は、細径側バイアス層の重量を太径側バイアス層の重量の100%以上とすることによりなぜ本件課題が解決されるのかについて適切に説明するものとはいえず、その他、細径側バイアス層の重量を太径側バイアス層の重量の100%以上とすることにより本件課題が解決されるとの本件出願日当時の技術常識を認めるに足りる証拠はないから、構成5のうち細径側バイアス層の重量を太径側バイアス層の重量の100%以上とするとの点については、 本件出願日当時の当業者がその当時の技術常識に照らし本件課題を解決できると認識できる範囲のものであるということはできない。 エ 構成4について(ア) A/B≦0.12について a 細径側バイアス層の重量(A(g))をバイアス層の合計重量(B(g))の12%以下とすることにより得られる効果等に関し、本件明細書の発明の詳細な説明には、「シャフトに使用する細径側バイアス層の重量をA(g)、バイアス層の合計重量をB(g)とした場合に、0.05≦A/B≦0.12・・・(2)が好ましい範囲である。この範囲であると、技量が高いゴルファーやスイングスピードが速いゴルファーに必要なシャフトの捩じれ剛性値となるため好ましい範囲である。また、0.06≦A/B≦0.12であるとより好ましく、0.07≦A/B≦0.12であると飛距離の安定性と方向安定性が期待できるため、さらに好ましい範囲である。」との記載(【0017】)があり、また、本件効果が得られたとされる実施例1及び本件効果が得られなかったとされる比較例1における各A/Bがそれぞれ0.08及び0.14であるとの記載(【表4】)がある。しかしながら、これらの記載は、本件各発明におけるA/Bに係る0.12との数値が実施例1における0.08と比較例1における0.14の間にある値であることを含め、 細径側バイアス層の重量をバイアス層の合計重量の12%以下とすることによりなぜ本件課題が解決されるのかについて適切に説明するものとはいえず、したがって、 構成4のうち細径側バイアス層の重量をバイアス層の合計重量の12%以下とするとの点については、本件明細書の発明の詳細な説明の記載により本件出願日当時の当業者が本件課題を解決できると認識できる範囲のものであるということはできない。 b 原告は、細径側バイアス層を積層するだけでなく全長バイアス層や太径側バイアス層をも積層することにより、細径部のトルクだけが小さくなることを回避して非熟練ゴルファーにとってのデメリット(フィーリングが硬くなったりヘッドの返り(トゥダウン)が悪くなったりすること)が生じないようにし、幅広いゴルファーにとってフィーリングが良好なシャフトを実現し得ることは本件出願日当時の当業者にとって自明であるから、当該当業者は細径側バイアス層の重量をバイアス層の合計重量の12%以下とすることで、非熟練ゴルファーにとってもフィーリングが良好なシャフトを実現し得るものと理解し得ると主張する。しかしながら、本件出願日当時の当業者において、細径側バイアス層の重量をバイアス層の合計重量の12%以下とすることで、非熟練ゴルファーにとってもフィーリングが良好なシャフトを実現し得るものと理解し得たとの事実を認めるに足りる証拠はない。そうすると、原告の上記主張は、細径側バイアス層の重量をバイアス層の合計重量の12%以下とすることによりなぜ本件課題が解決されるのかについて適切に説明するものとはいえず、その他、細径側バイアス層の重量をバイアス層の合計重量の12%以下とすることにより本件課題が解決されるとの本件出願日当時の技術常識を認めるに足りる証拠はないから、構成4のうち細径側バイアス層の重量をバイアス層の合計重量の12%以下とするとの点については、本件出願日当時の当業者がその当時の技術常識に照らし本件課題を解決できると認識できる範囲のものであるということはできない。 (イ) 0.05≦A/Bについて a 細径側バイアス層の重量(A(g))をバイアス層の合計重量(B(g))の5%以上とすることにより得られる効果等に関し、本件明細書の発明の詳細な説明には、前記(ア)aの記載(【0017】及び【表4】)がある。しかしながら、 これらの記載は、細径側バイアス層の重量をバイアス層の合計重量の5%以上とすることによりなぜ本件課題が解決されるのかについて適切に説明するものとはいえず、したがって、構成4のうち細径側バイアス層の重量をバイアス層の合計重量の5%以上とするとの点については、本件明細書の発明の詳細な説明の記載により本件出願日当時の当業者が本件課題を解決できると認識できる範囲のものであるということはできない。 b 原告は、本件各発明は細径部のトルクを小さくすることが飛距離の安定性及び方向安定性を高めるとした甲6発明の効果を前提としつつ、更に非熟練ゴルファーにとってのデメリット(フィーリングが硬くなったりヘッドの返り(トゥダウン)が悪くなったりすること)を克服するとの課題を解決するものであり、加えて、本件各発明におけるA/Bに係る0.05以上0.12以下との数値範囲が実施例1におけるA/B(0.08)をほぼ中央値とするものであることも併せ考慮すると、 本件出願日当時の当業者は細径側バイアス層の重量をバイアス層の合計重量の5%以上とすることで、上記のデメリットを回避しつつ、飛距離の安定性及び方向安定性を高め得るものと理解し得ると主張する。しかしながら、甲6によっても、本件出願日当時の当業者において、細径側バイアス層の重量をバイアス層の合計重量の5%以上とすることにより上記のデメリットを回避しつつ、飛距離の安定性及び方向安定性を高め得るものと理解し得たとの事実を認めることはできず、その他、そのような事実を認めるに足りる証拠はない。そうすると、本件各発明におけるA/Bに係る0.05以上0.12以下との数値範囲が実施例1におけるA/B(0.08)をほぼ中央値とするものであることを考慮しても、原告の上記主張は、細径側バイアス層の重量をバイアス層の合計重量の5%以上とすることによりなぜ本件課題が解決されるのかについて適切に説明するものとはいえず、その他、細径側バイアス層の重量をバイアス層の合計重量の5%以上とすることにより本件課題が解決されるとの本件出願日当時の技術常識を認めるに足りる証拠はないから、構成4のうち細径側バイアス層の重量をバイアス層の合計重量の5%以上とするとの点については、本件出願日当時の当業者がその当時の技術常識に照らし本件課題を解決できると認識できる範囲のものであるということはできない。 オ 原告のその余の主張(決定取消事由の1(構成2ないし5に係るもの)に関連するもの)について (ア) 原告は、低トルクのシャフト(ねじり剛性が高いシャフト)が飛距離の安定性及び方向安定性において優れているとの技術常識並びにバイアス層を増やすことにより低トルクのシャフトが得られるとの技術常識を有する本件出願日当時の当業者が本件明細書を読めば、実施例1及び比較例1における各トルクから、トルクを比較例1のそれよりも有意に小さい4.0°以下とし、実施例1及び比較例1における各バイアス層の割合(B/(B+S))から、バイアス層の割合(B/(B+S))を比較例1のそれよりも有意に大きい0.5以上とすることにより、比較例1よりも良好な飛距離の安定性及び方向安定性が得られるであろうことを当然に理解し得ると主張する。しかしながら、実施例1及び比較例1の記載から、本件出願日当時の当業者において、トルクを比較例1のそれ(4.8°)よりも有意に小さい角度とすること及びバイアス層の割合(B/(B+S))を比較例1のそれ(0.4)よりも有意に大きい値とすることにより、比較例1よりも良好な飛距離の安定性及び方向安定性を示すであろうと推測し得るとしても、当該当業者において、トルクを具体的に(1.6°以上)4.0°以下とすること及びバイアス層の割合(B/(B+S))を具体的に0.5以上(0.8以下)とすることにより、 本件課題を解決できると認識できるとは認められない。 (イ) 原告は、本件出願日当時の当業者は本件明細書の記載により、本件各発明の構成要件を充足し、その他の条件につき当該当業者が技術常識の範囲内で決定したシャフトであれば、その飛距離及び方向が比較例1のシャフトにおける飛距離及び方向と比較してより安定したものとなることを容易に理解し得ると主張する。しかしながら、前記アないしエにおいて説示したところに照らすと、仮に本件各発明の課題が飛距離及び方向において比較例1のシャフトよりも安定したシャフトを得ることであるとしても、実施例1及び比較例1を含む本件明細書の発明の詳細な説明の記載により、本件出願日当時の当業者において、本件各発明の構成要件を充足するシャフトであれば当該課題を解決できると認識できると認めることはできないというべきである。 カ 小括 以上のとおり、本件各発明(構成2ないし5)については、本件明細書の発明の詳細な説明の記載により本件出願日当時の当業者が本件課題を解決できると認識できる範囲のものであるとはいえず、かつ、当該当業者が本件出願日当時の技術常識に照らし本件課題を解決できると認識できる範囲のものであるともいえないから、 原告が主張するその余の点について判断するまでもなく、本件各発明に係る特許請求の範囲の記載がサポート要件を満たすということはできない。したがって、これと同旨の本件決定の判断に誤りはない。 2 結論 以上の次第であるから、原告の請求は理由がない。 |
裁判長裁判官 | 本多知成 |
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裁判官 | 浅井憲 |
裁判官 | 勝又来未子 |