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追加

関連審決 無効2020-800024
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事件 令和 4年 (行ケ) 10010号 審決取消請求事件
当事者の表示 別紙当事者目録記載のとおり
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2023/04/06
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 原告のために、この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
請求
特許庁が無効2020-800024号事件について令和3年9月27日にした審決のうち、特許第6466538号の請求項1〜8及び12に係る部分を取り消す。
事案の概要
本件は、特許無効審判請求に対する不成立等審決のうち不成立部分の取消訴訟である。争点は、優先権に関する認定判断の誤り並びに実施可能要件違反、サポート要件違反、明確性要件違反及び進歩性についての各認定判断の誤りの有無である。
1 特許庁における手続の経緯 (1) 被告は、平成29年9月15日、発明の名称を「治療薬のCNS送達」とする特許出願(特願2017-177784号。以下「本件出願」といい、本件出願がされた上記の日を「本件出願日」という。本件出願は、平成23年6月25日(パリ条約による優先権主張外国庁受理 2011年4月15日、2010年9月29日、2011年1月24日、2011年2月11日、2010年7月1日、2011年6月9日、2010年6月25日 いずれもアメリカ合衆国)を国際出願日と する特許出願(特願2013-516844号)の一部を新たな特許分割出願として平成27年12月3日にされた特許出願(特願2015-236539号)の一部を新たな特許分割出願としたものである。)をし、平成31年1月18日、その設定登録を受けた(特許第6466538号。請求項の数13。以下「本件特許」といい、本件特許に係る明細書及び図面を「本件明細書」という。甲1)。
(2) 原告は、令和2年3月6日、本件特許の無効審判の請求(以下「本件審判請求」という。)をし(無効2020-800024号事件)、被告は、令和2年10月6日付けで本件特許の請求項1〜13についての訂正請求(特許請求の範囲のみを訂正対象とし、請求項1、8及び12については記載の一部を改め、請求項9〜11及び13については削除するもの。)をした(甲53)。
特許庁は、令和3年9月27日、本件審判請求について、上記訂正請求に係る訂正(以下「本件訂正」という。)を認めた上で、「特許第6466538号の請求項1〜8及び12についての審判請求は成り立たない。特許第6466538号の請求項9〜11及び13についての審判請求を却下する。」との審決(以下、同審決のうち請求項1〜8及び12についての審判請求は成り立たないとする部分を「本件審決」という。)をし、本件審決の謄本は、同年10月7日に原告に送達された。
2 本件特許に係る発明の要旨 本件特許の本件訂正後の特許請求の範囲の記載は、次のとおりである(甲53。
以下、本件特許について「請求項」という場合、本件訂正後の特許請求の範囲の請求項をいい、また、本件訂正後の各請求項に係る発明を請求項の番号に応じてそれぞれ「本件発明1」などといい、本件発明1〜8及び12を併せて「本件発明」という。。
) 【請求項1】 リソソーム酵素に関する補充酵素である酵素を含む薬学的組成物であって、該組成物は、該リソソーム酵素のレベルまたは活性の減少を伴うリソソーム蓄積症に罹患しているかまたは、これに罹患しやすい対象に脳室内投与されることを特徴とし、
ここで、該組成物は、5mg/ml〜100mg/mlの濃度の該補充酵素と、50mMまでのリン酸塩を含み、かつ該組成物が、5.5〜7.0のpHを有することをさらに特徴とする、薬学的組成物。
【請求項2】 前記補充酵素が、少なくとも10mg/mlの濃度で存在することをさらに特徴とする、請求項1に記載の薬学的組成物。
【請求項3】 前記補充酵素が、少なくとも30mg/mlの濃度で存在することをさらに特徴とする、請求項1に記載の薬学的組成物。
【請求項4】 界面活性剤をさらに含む、請求項1〜3のいずれか一項に記載の薬学的組成物。
【請求項5】 前記界面活性剤がポリソルベートまたはポロキサマーを含むことをさらに特徴とする、請求項4に記載の薬学的組成物。
【請求項6】 前記ポリソルベートまたはポロキサマーが、0.005%〜0.2%の濃度で存在することをさらに特徴とする、請求項5に記載の薬学的組成物。
【請求項7】 前記組成物が、5mL未満または3mL未満の単回用量体積で投与される、請求項1〜6のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項8】 前記補充酵素が、大脳の表面から少なくとも10mmよりも下の深部脳組織に送達されるか、または、前記補充酵素が、該深部脳組織のリソソームに特異的に送達される、請求項1〜7のいずれか一項に記載の組成物。
【請求項12】 請求項1〜8のいずれか一項に記載の組成物であって、前記補充酵素の特徴が、
(i)マンノース-6-ホスフェート(M6P)残基を含有する;および (ii)リソソームターゲッティング部分を含む融合タンパク質である、
からなる群から選択される、
組成物。
3 本件審決の理由の要旨(本件訴訟で原告が主張する取消事由に関する部分に限る。) (1) 無効理由1(明確性)について 原告は、請求項1にリン酸塩の濃度の下限値が記載されていないことを問題とするが、請求項1の記載から、本件発明1の医薬組成物にリン酸が含まれ、その濃度が50mMまでであることが明確であり、濃度の下限がないことによって発明が不明確になるものでもない。原告が発明の詳細な説明の記載から適切なリン酸塩の濃度があるはずであると主張している点は、むしろサポート要件に関わる内容であり、
明確性とは別の問題である。
(2) 無効理由2(実施可能要件)について ア 本件発明1について (ア) 本件明細書の記載内容 a 溶媒の検討に関する記載 本件明細書において、実施例1には、髄腔内投与のためのGALC処方物の物理化学的特性化のために、種々のリン酸塩モル濃度とpHのPBS送達ビヒクルを、
生体カニクイザルで試験し、
【図3】に示すように、5.5〜7.0のpH範囲での5mMリン酸塩は副作用を示さなかった一方、pH7.0〜7.5の20mMリン酸塩及びpH7.5〜8.0の10〜20mMリン酸塩は副作用を示したことが記載されている(【0197】【図3】。また、
、 ) 【0197】には、3mM クエン酸塩、リン酸塩及びホウ酸塩緩衝液(50mM NaCl含有)中のhGalC(1mg/ml)の熱安定性を、pH5.0〜8.0の範囲内のpHの一関数として調べた結果、
【図4】及び【図5】に示すように、最高特異的活性は、pH6.0〜6. 5で保持されたことが記載されている。
【0198】には、さらに、hGalCの熱安定性を、塩濃度の一関数としても評価した結果、【図6】に示すように、pH6.5で、5mMリン酸塩+50mM NaClから50mMリン酸塩+150mMNaClまでの範囲の種々の塩濃度において、5℃で3週間後、hGalCは最高特異的活性を保持することが記載されている。そして、
【0207】には、hGalCの溶解度実験で、〜30mg/mLでの溶解度は、処方物 5mM Naリン酸塩+150mM NaCl、pH6.0で達成され、2〜8℃で50日後、沈澱は観察されなかったことが記載されている。
b 脳室内投与の実施例 本件明細書には、リソソーム酵素を含む製剤の脳室内投与(ICV投与)が行われた以下の実施例が記載されている。
(a) 実施例3には、補充酵素であるGalCを30mg/ml含む製剤 【020 (7】)を用いて、リソソーム蓄積症グロボイド細胞白質ジストロフィー症(GLD)の一般に使用されるモデル動物であるtwitcherマウスへICV投与したことが記載されている(【0282】【0283】【0286】【0290】及び【0 、 、 、
291】。
) その結果について、【0291】には、【図32】に示すように、GalCのICV投与により生存期間が用量依存性に延長したこと、
【図33】に示すように、脳サイコシンがGalC 40μgのICV投与で39%減少し、GalC 120μgのICV投与で63%減少したこと、また、
【図34】に示すように、GalC 40μgのICV投与で、注射部位の遠位の部位での脳組織学知見の改善が観察されたことが記載されている。これらの実施例3の試験について、
【0282】には、rmGALCの単回ICV投与後の結果は、CNS単独レジメンがGLDの処置のための実行可能な臨床的選択肢であると記載されている。
また、
【0296】には、直接CNS注射のみで処置したtwitcherマウスは、12日(120μg ICV)及び6日(40μg ICV)の平均生存の用 量応答性改善を示したこと並びにネズミ脳における120μgの用量は、患者における300mg/脳1kgの用量と解釈できることが記載されている。
加えて、
【0289】には、twitcherマウスにGALCを多回数腹腔内投与すると、寿命を改善し、ビヒクル処置動物と比較して、サイコシン蓄積を約15%低減したことが記載されている。
(b) 実施例5には、実施例3と同一製剤を用いて、イヌにICV投与した実施例が記載され、
【図49】に示すように、ICV投与したタンパク質が側脳室周囲領域に見出され、
【図51】に示されるように、陽性Iba染色を有するミクログリア細胞の限定的低減が、ICV注射脳室周囲領域とIT注射皮質でみられ、
【図52】に示されるように、グロボイド細胞が、ICV処置後に低減されたことが記載されている(【0304】。
) (c) 実施例9には、154mM NaCl、0.02%ポリソルベート20、pH6.0中に124I標識したI2Sを含有する製剤を用いて、非ヒト霊長類にICV投与したことが記載されている(【0365】【0366】表26) 、 。その結果、
124 I標識化I2Sを3mgICV投与して5時間後の全身分布を示す画像である【図106A】は、I2S製剤のICV投与はPETスキャンによって脳及び脊髄組織において該酵素が強く分布することを示していると記載されている(【0365】及び表26)。
(d) 実施例10には、20mMリン酸ナトリウム、137mM NaCl、0.02%ポリソルベート20、pH6.0中に30mg/ml I2Sを含有する製剤について、ビーグル犬へIT投与とICV投与の各群の試験が行われたことが記載されている(【0372】。実施例10の試験の結果について、IHCによりI2 )SがIT及びICVの両群の灰白質全体にわたり広範囲に分布しており、【図91】(a及びc)に示されるように、大脳皮質では、IT及びICVの両群において、
表面の分子層から深部の内層までの6つの全ニューロン層でニューロンがI2S陽性であり、【図91】(c、d)に示されるように、小脳皮質では、プルキンエ細胞 を含むニューロンでI2Sが検出されたこと、【図91】(e及びf)に示されるように、海馬の多数のニューロンがI2S陽性であったこと並びに視床及び【図91】(g及びh)に示されるように、尾状核でもI2S陽性ニューロンがみられたことが記載されている(【0373】。
) (e) 実施例13には、pH6.0の154mM NaCl、0.005%ポリソルベート20を含む溶媒中に31mg/ml rASAを含有する製剤をカニクイザルへ投与した実験を行ったことが記載されている(【0387】【0388】。
、 ) 実施例13の結果、IT及びICV投与両投与経路のカニクイザル脳パンチ試料を用いて検出されたrhASAの濃度が示され、rhASAを髄腔内(IT)又は脳室内(ICV)に投与した成体及び幼若体カニクイザルの深部白質【図140A】 ( )及び深部灰白質(【図140B】)脳組織で検出されたrhASAの濃度は同等であったことが記載されている(【0391】。
) さらに、摘出組織試料中に蓄積したrhASAの濃度を決定し、この濃度を、正常rhASA濃度の10%に相当するタンパク質1mg当たり2.5ngのrhASAの治療標的濃度と比較したところ、
【図141A】に示されるように、解析した各組織試料パンチにおいて、18.6mg用量のrhASAをIT投与することにより、 5ng/タンパク質mgの標的治療濃度を上回るrhASA濃度を生じ、
2.1.8mg用量のrhASAを幼若カニクイザルにIT投与した場合、 図141B】 【に示されるように、解析した各組織試料パンチは、2.5ng/タンパク質mgの治療濃度内又は治療濃度を上回るrhASAの濃度を示し、rhASA濃度の中央値は、試験した全組織パンチ試料で治療標的を上回っていたことが記載されている(【0392】。
) 加えて、
【図142B】及び【図142C】に示されるように、深部白質組織の免疫染色により、rhASAがリソソームのような標的細胞小器官に共局在することが明らかであり、IT投与したrhASAが、オリゴデンドロサイトのリソソームを含めた、CNSの適切な細胞、組織及び細胞小器官に分布することが可能である という結論を支持すると記載されている(【0393】。
) (f) 実施例14には、124Iで標識されたrhASAを、pH6.0の154mM NaCl、0.005%ポリソルベート20の溶媒で製剤化し、ICV及びITの投与経路で成体カニクイザルに投与して、PETスキャン画像解析により 124I標識rhASAの分布を調べたことが記載されている(【0394】。
) 【図143】に示すように、ICV投与した124I標識rhASA及び その結果、
IT投与した124I標識rhASAはともにCNSの組織に効率的に分布し、治療濃度の124I標識rhASAが対象カニクイザルの脳、脊髄及びCSFを含めたCNS組織内で検出され、脳組織内で検出されたrhASAの濃度は、2.5ng/タンパク質mgの治療標的濃度を上回ったこと 【0395】、
( ) rhASAタンパク質の分布はIT及びICVの投与経路において同程度であったが、ICVの方が脊柱内での沈着が著しく少なかったことが記載されている(【0396】。また、
) 【図144】に示されるように、 124I標識rhASAのICV注射では、注射した量が大槽、橋槽、脚間槽及び近位脊柱へ迅速に移動し、IT投与でも、ICV投与で示されたのと同じ最初の区画(槽及び近位脊柱)へ124I標識rhASAが2〜5時間以内に送達されたこと、
【図145】に示されるように、ICV及びITの両投与の24時間後に、 124I標識rhASAの分布は、槽及び近位脊柱領域において同程度であったことが記載されている(【0398】。
) c IT投与の実施例の記載 本件明細書には、補充酵素を含む製剤のIT投与が行われた以下の実施例が記載されている。
(a) 実施例7には、154mM NaCl、0.005%ポリソルベート20、
pH5.3〜6.1中に、3mg/ml、30mg/ml、100mg/ml又は150mg/mlの濃度でI2Sタンパク質を含む製剤について 【0328】、
( )150mgまでの用量でのI2Sタンパク質のIT投与は、副作用を有さなかったことが記載されている(【0327】。また、I2S製剤の投与により、I2Sの脳深 ) 部領域を含む広い脳への分布及び末梢組織への分布が生じたことが記載されている(【0338】〜【0340】。
) (b) 実施例11には、ハンター症候群の身体的特性を多数示すモデル動物であるI2Sノックアウトマウスに生理食塩水中のI2SをIT注射し、ベヒクル処理マウスに比べて、I2S処理マウスでは、表面大脳皮質、尾状核、視床、小脳において細胞空胞形成の広範な低減が認められ、特定のリソソーム蓄積症の特徴である柵状のラメラ体の減少、及び表面大脳皮質、尾状核、視床、小脳及び白質において、
ソソーム病の病理学的バイオマーカーのリソソーム膜タンパク質1(LAMP1)による免疫染色の顕著な減少も示されたことが記載されている(【0375】〜【0380】。
) (c) 実施例15では、0、3、10又は31mg/mlのrhASAを0.6mL隔週で12回カニクイザルに髄腔内投与した後、組織を調べたところ、組織に生じた変化は、いかなる有害な作用とも関連しなかったことが記載されている 【040 (6】【0407】。
、 ) (イ) 本件明細書に記載された本件発明1の医薬組成物の効果について 上記を踏まえ、本件明細書の記載から理解される本件発明1の医薬としての効果につき、検討する。
a 補充酵素によるリソソーム蓄積症に対する治療効果について 前記(ア)b(a)のとおり、実施例3は、リソソーム蓄積症グロボイド細胞白質ジストロフィー症(GLD)の一般に使用されるモデル動物であるtwitcherマウス(【0286】)へ30mg/ml補充酵素GalCを含む製剤をICV投与した実施例である。
グロボイド細胞白質ジストロフィー(GLD)症は、遺伝子突然変異の結果、サイコシンを分解するガラクトセレブロシダーゼ(GALC)の酵素活性の欠陥による障害であり、グロボイド細胞により特性化されるものであることから(【0283】、GALCを補充することにより、治療されると予測されるものである。
) 実施例3では、脳室内投与の他に、twitcherマウスに対するGALCの腹腔内投与により、寿命の改善と、サイコシン蓄積の低減が確認されており(【0289】、この予測が正しいことを確認している。そして、実施例3には、本件発明 )1の組成物をtwitcherマウスへICV投与したところ、脳サイコシンの減少と、脳組織学知見の改善が観察され、平均生存が改善したことが記載されている。
そうすると、本件明細書には、リソソーム酵素の脳室内投与により、リソソーム蓄積症に対し、補充酵素による治療効果が得られることを実施例3の試験によって確認して記載されているといえる。
また、前記(ア)c(b)のとおり、実施例11では、ハンター病のI2SノックアウトマウスモデルにおけるIT注射において、脳の深部組織における酵素の分布及びハンター病の特徴である柵状のラメラ体の減少が示されており、この実施例も、補充酵素を脳脊髄液を介して脳の深部組織へ送達することがリソソーム蓄積症の治療になり得ることを示すものと認められる。
b 補充酵素の分布と深部組織への浸透について 前記(ア)b(b)及び(c)のとおり、実施例5、実施例9では、I2S製剤のICV投与により、中枢神経にI2Sが分布することが示されている。
また、同(d)のとおり、実施例10では、IT及びICVいずれの投与法によっても、灰白質、大脳皮質、小脳皮質、海馬、視床及び尾状核のニューロンにおいて、
I2Sが陽性となったことに加え、大脳皮質の表面の分子層から深部の内層までの6つの全ニューロン層で検出されたことが確認されている。そうすると、実施例5及び9により、IT投与とICV投与で補充酵素が同様の組織に分布し、大脳の深部組織まで到達することが示されているといえる。
同(e)のとおり、実施例13には、IT投与とICV投与で、カニクイザルの深部白質及び深部灰白質脳組織のrhASAの濃度が同等であり、rhASA濃度の中央値が、試験した全組織試料で治療標的を上回っていたと記載されている。このことから、実施例13により、ICV投与により、深部脳組織に到達する補充酵素の 量が、治療上意味のある濃度であることが示されており、また、IT投与とICV投与が補充酵素の組織への到達濃度に関し同等であったことが示されている。
同(f)のとおり、実施例14には、IT投与とICV投与で、カニクイザルの深部白質及び深部灰白質脳組織のrhASAの濃度が同等であり、rhASA濃度の中央値が、試験した全組織試料で治療標的を上回っていたと記載されている。このことから、実施例13(判決注: 「実施例14」の誤記と認める。)により、ICV投与により、深部脳組織に到達する補充酵素の量が、治療上意味のある濃度であることが示されており、また、IT投与とICV投与が補充酵素の組織への到達濃度に関し同等であったことが示されている。
さらに、前記(ア)c(a)〜(c)のとおり、IT送達(判決注:「IT投与」の誤記と認める。 によっても、
) 補充酵素が深部脳組織を含む中枢神経に送達されることが示されている。
c 溶媒について 前記(ア)aのとおり、実施例1(【0194】〜【0207】)には、種々のリン酸塩モル濃度とpHの溶媒を検討した結果、忍容性の観点から、 図3】 【 に示すように、
5.5〜7.0のpH範囲での5mMリン酸塩は副作用を示さないことを見出し、
【図4】及び【図5】に示すように、pH5.0〜8.0の範囲内で、3mM クエン酸塩、リン酸塩緩衝液中のhGalCは、pH6.0〜6.5で最高特異的活性を保持すること、
【図6】に示すように、pH6.5で、5mMリン酸塩+50mM NaClから50mMリン酸塩+150mM NaClまでの範囲の種々の塩濃度において、hGalCは最高特異的活性を保持し、hGalCの溶解度実験で、
〜30mg/mLでの溶解度は、処方物 5mM Naリン酸塩+150mM NaCl、pH6.0で達成されたことが記載されている。
実施例3には、溶媒の組成が記載されていないが、実施例1において酵素を含む製剤の安定性を調べて、〜30mg/mLでの溶解度は、処方物 5mM Naリン酸塩+150mM NaCl、pH6.0で達成され、2〜8℃で50日後、沈 澱は観察されなかったことが記載されていることからみて 【0207】、
( ) 実施例3で投与された30mg/mLのGALCを含む製剤は、5mM Naリン酸塩+150mM NaCl、pH6.0の溶媒中にGALCを30mg/mLで含むものであると考えるのが自然である。本件明細書には、実施例5も実施例3と同じ製剤であると記載されている。
実施例10では、20mMリン酸ナトリウム、137mM NaCl、0.02%ポリソルベート20、pH6.0中に30mg/ml I2Sを含有する製剤のICV投与が用いられているところ、実施例9、13及び14では、154mM塩化ナトリウム、0.005%ポリソルベート-20中のイズロン酸-2-スルファターゼ(I2S)及びrhASAのICV投与が行われており、実施例9、13及び14の製剤の調製時にはリン酸塩は添加されていない。また、実施例11では生理食塩水中のI2SをIT注射している。
これらのことからみると、脳室内等や髄腔内投与により脳脊髄液を介して補充酵素を送達させる製剤に、リン酸塩やポリソルベート20を敢えて添加しない場合であっても、実際に深い脳組織への送達が可能であると理解できる。
(ウ) 本件明細書に記載の本件発明1の効果 以上のとおり、本件明細書の記載から、pH5.5〜7.0範囲で低濃度のリン酸塩の溶媒は、脳脊髄液中への投与において副作用の問題がなく、その範囲内のpHにおいて、少なくとも、5mMから50mMの範囲のリン酸濃度において、酵素の熱安定性が保たれること、リソソーム酵素の脳室内投与が、リソソーム蓄積症に対する治療効果を示すこと、脳室内投与及び髄腔内投与がいずれも、製剤中へのリン酸塩やポリソルベート20の添加の有無を問わず脳の深部組織に治療標的の濃度でリソソーム酵素を送達可能であることが理解できる。
そうすると、本件明細書の記載から、当業者は、本件発明1の医薬組成物が、忍容性、安定性を満足し、リソソーム蓄積症に罹患しているかその疑いのある対象に脳室内投与して、治療効果が得られるものであることを理解するといえる。
(エ) 臨床試験に関する宣誓書について ハンター症候群患者へのイデュルスルファーゼ(I2S)のIT投与の臨床試験に関する宣誓書(乙2)には、I2S製剤のIT投与により、重篤な有害事象は認められず、またCSFでのGAGレベルの減少がみられ、中等度の罹患患者では、
認知障害に対する臨床的有効性の有望な結果が観察されたことが記載されている。
MLD患者へのrhASAのIT投与の臨床試験に関する宣誓書(乙3)によると、
rhASA製剤を投与したヒトMLD患者に組換えASAが安全に投与され、運動機能を含むMLDの特定の症状の安定及び改善が確認されたことが示されている。
本件明細書において、本件発明1の組成物のICV投与がIT投与と同等の補充酵素の分布をもたらしたことを踏まえると、乙2及び3の臨床試験の結果からも、実際にヒトに対してICV投与によって治療に用いた場合に治療効果を示すであろうと推認することができる。
(オ) 小括 以上より、発明の詳細な説明の記載は、本件発明1について、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものである。
イ 本件発明2〜8及び12について (ア) 本件発明2〜8及び12は、本件発明1を更に限定した発明である。以下のように、発明の詳細な説明の記載は、本件発明2〜8及び12について、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものである。
(イ) 本件発明2は、補充酵素が、少なくとも10mg/mlの濃度で存在するものであり、本件発明3は、補充酵素が、少なくとも30mg/mlの濃度で存在するものである。前記アで検討した実施例3及び5は、補充酵素であるGALCを30mg/mlの濃度で含む組成物であり、前記アで検討したのと同様に、当業者は、
本件発明2及び3の医薬組成物についても、本件明細書の記載から、リソソーム蓄積症に罹患しているかその疑いのある対象に脳室内投与して、治療効果が得られるものであることを理解できるといえる。
(ウ) 本件発明4は、界面活性剤を更に含むものであり、本件発明5は、界面活性剤としてポリソルベート又はポロキサマーを含むものであり、本件発明6は、ポリソルベート又はポロキサマーが、0.005%〜0.2%の濃度で存在するものである。
前記アで検討した実施例9、13及び14は、0.005%ポリソルベート-20を含む組成物に関し、実施例10は、0.02%ポリソルベート20を含む組成物に関するものであるから、前記アで検討したのと同様に、当業者は、本件発明4(判決注:「本件発明4〜6」の誤記と認める。)の医薬組成物についても、本件明細書の記載から、リソソーム蓄積症に罹患しているかその疑いのある対象に脳室内投与して、治療効果が得られるものであることを理解できるといえる。
(エ) 本件発明7は、組成物が、5mL未満又は3mL未満の単回用量体積で投与されるというものであるが、【0013】には、「いくつかの実施形態では、組成物は、約15mL未満(例えば、10ml、9ml、8ml、7ml、6ml、5ml、4ml、3ml、2ml、1.5ml、1.0mlまたは0.5ml未満)の単回用量体積で投与される。」と記載されている。
本件発明8は、補充酵素が、大脳の表面から少なくとも10mmよりも下の深部脳組織に送達されるか、又は、前記補充酵素が、該深部脳組織のリソソームに特異的に送達されるというものであるが、前記アでみたように、実施例10及び13では、脳の深部組織への補充酵素の送達が確認されている。
本件発明12は、補充酵素が、
(i)マンノース-6-ホスフェート(M6P)残基を含有するか、
(ii)リソソームターゲッティング部分を含む融合タンパク質であるというものであるが、
【0403】には、I2S酵素が標的細胞に取り込まれやすくするニューロンマンノース-6-リン酸(M6P)受容体と、タンパク質との相互作用から始まるのであろうことが記載されているところ、前記アでみたように、
I2Sを投与した実施例9、10などが記載されている。
また、実施例3で用いられた補充酵素であるGALCについても、 ( 甲2 「Single- dose intracerebroventricular administration of galactocerebrosidaseimproves survival in a mouse model globoid cell leucodystrophy」The FASEBJournal, Vol.21, No.10, pages 2520-2527(2007年))の25頁左欄13行〜18行に記載されるように、マンノース-6-ホスフェート受容体依存性及び非依存性経路を通して取り込まれることが本願出願日前に当業者に知られているものであった。
そうすると、前記アで検討したのと同様に、当業者は、本件発明7、8及び12の医薬組成物についても、明細書の記載から、リソソーム蓄積症に罹患しているかその疑いのある対象に脳室内投与して、治療効果が得られるものであることを理解できるといえる。
(3) 無効理由3(サポート要件)について 特許請求の範囲の記載及び本件明細書の【0002】〜【0008】の記載からみて、本件発明の課題は、グリコサミノグリカンの蓄積によりCNS障害を生じるリソソーム蓄積障害に対して、血液能関門(判決注「血液脳関門」 : の誤記と認める。)及び脳表面でのバリアの存在などの障害物を克服し、脳に治療薬を有効に送達させることであると認められる。
前記(2)で検討したとおり、発明の詳細な説明の記載から、当業者は、本件発明1〜8及び12は、いずれも、脳室内投与により、補充酵素を脳深部組織に有効に送達させ、脳リソソーム蓄積障害を治療することができるものであると理解できる。
したがって、本件発明1〜8及び12は、発明の詳細な説明の記載から、上記の発明の課題を解決可能であると当業者が認識可能な範囲内のものであるから、発明の詳細な説明に記載したものである。
(4) 無効理由5(進歩性)について ア 甲6の2(「INTRATHECAL DELIVERY OF PROTEIN THERAPEUTICS TO TREATGENETIC DISEASES INVOLVING THE CNS 」 INJECTABLE DRUG DELIVERY 2010:FORMULATIONS FOCUS, Issue No.19, pages 16-20(2010年)。本件審決における 「甲6」。以下、枝番を付することなく単に「甲6」という場合、甲6の2を指すものである。)の先行技術文献としての適格性について (ア) 甲6が公衆に利用可能となった日 甲6における記載のほか、乙14(A Statement(2014年7月))及び乙24(甲6のPDFファイルのプロパティ)からすると、甲6は2010年7月2日になってから公衆に利用可能となったと認められる。
(イ) 優先権主張の利益について a 20 10年 7月 2日より 前の優 先基 礎出願は 、 甲1 6( 優先権証 明書(US61/358,857 2010年6月25日出願)に係る米国特許出願第61/358、
: )857号(以下、この出願を「基礎出願1」という。)と、甲17(優先権証明書(US61/360,786:2010年7月1日出願))に係る米国特許出願第61/360、
786号(以下、この出願を「基礎出願2」という。)である。
b(a) 基礎出願2の明細書である甲17の9頁5〜22行には、
「本発明は、CNS投与用の治療剤を製剤化するための医薬組成物や溶液の緩衝液濃度やpHのわずかな変化が、投与される溶液やそこに含まれる治療剤の忍容性やin vivoの安全性に劇的な影響を与えるという発見に基づいている。本発明の医薬組成物及び製剤は、高濃度の治療剤(例えば、タンパク質又は酵素)を可溶化することができ、
そのような治療剤をCNS成分及び/又は病因に送達するのに適している。本発明の組成物は、それを必要とする対象のCNSに投与された場合(例えば、髄腔内に投与された場合)、安定性が改善され、忍容性が改善されることをさらに特徴とする。」と記載され、本件発明が、CNS投与のための製剤の緩衝剤濃度及びpHの小さな変化が、忍容性及びin vivoの安全性に劇的な影響を与えるという発見に基づくものであり、本件発明の製剤は、治療用酵素を高濃度で製剤化することが可能であることの記載がある。また、甲17の12頁の1〜15行の「発明の医薬組成物は、治療薬を脳室内でCNSに送達する(すなわち、脳室に直接投与する)ために使用することもできる。脳室内への投与は、Ommayaリザーバー又は他 の同様のアクセスポートを介して容易に行うことができ、これらのアクセスポートは、脳室内に直接配置されたリードカテーテルとともに、被験者の頭頂部の頭皮と骨膜との間のポケットに移植され得る。また、小脳髄液槽(cisterna magna)も考えられており、これは、小型のネズミでの髄液内又は脳室内投与と比較して物流が容易であることから、例えば動物種で使用することができる。 との 」記載や、同18頁26行〜19頁4行の「発明の医薬組成物、製剤、及び関連する方法は、様々な治療剤を対象者のCNSに送達し(例えば、髄腔内、脳室内、又は脳槽内)、関連する疾患の治療に有用である。本発明の医薬組成物は、リソソーム記憶障害を患っている被験者にタンパク質及び酵素を送達する(例えば、酵素置換療法)ために特に有用である。」との記載のように、甲17には、当該医薬組成物は、
髄腔内のほか、脳室内への直接投与により送達することができるものであることが記載されている。そして、投与されたリソソーム酵素は、甲17の図2に示されるように、脳深部組織の一つである尾状核(caudate nucleus)の神経細胞に分布することが示されている。甲17の図1に示されるように、ICV注射は脳室空間に直接注射するのに対し、IT注射は脊髄に注射する。例えば、甲3(特表第2009-525963号公報)の【0034】にも記載されるように、脳脊髄液(CSF)が脳室を満たし、脳と脊髄を取り囲んでおり、ICV投与とIT投与では、異なる注入部位を介して同じCSFに注入されることは、基礎出願2の出願時において周知の事項であったことも考慮すると、甲17の上記記載に接した当業者は、甲17に記載されている処方がIT投与とICV投与の両方に適用されると理解する。
(b) 甲17には、医薬組成物のタンパク質の濃度として、
「少なくとも50mg/ml、・・・、少なくとも30mg/ml、・・・、少なくとも10mg/ml少なくとも5mg/ml」という記載があり(甲17の23頁7〜14行)、医薬組成物のpH及びリン酸塩濃度が「低pH及び低リン酸塩濃度」であることが記載され(甲17の5頁1〜3行)、「約10mM未満、約20mM未満又は約30mM未満のリン酸塩」の実施態様の記載がある(甲17の5頁5〜8行)。
また、甲17には、CNS送達に適した製剤を実現するために必要な組成とpHの関係についても記載され、実施例3では、動物実験に基づいて、
「リン酸塩濃度が低く、pHが5.5〜7.0の製剤は、良好な忍容性を示した」と記載され、5mMのリン酸ナトリウム、145mMの塩化ナトリウム、0.005%のポリソルベート20を含むpH7.0のビヒクルが特に溶解性及び安定性に優れ、このビヒクルによってタンパク質14mgを1.0mL中に含む製剤を調製して4回の髄腔内投与を行ったところ、臨床上有害な兆候は見られなかったことが記載され、図5に示すように、
「CNS-Tolerated Formulation」の処方設計空間が定義されたと結論付けるとともに、CNSへのタンパク医薬の送達のためには、医薬組成物が適切な溶解性、忍容性、安定性のバランスがとれたものとする必要であると記載している(甲17の27頁6行〜28頁3行、図5、図6)。
(c) これらの基礎出願2の明細書の記載全体から、本件発明が、当該明細書に記載されているといえるから、本件出願は、基礎出願2に基づく優先権主張の利益を享受することができる。したがって、甲6は、本件出願に対する特許法29条先行技術文献とはならない。
c そこで、以下の無効理由5a、5b、5cの判断において、甲6は除外して検討する。
イ 無効理由5a(甲2を主引用例とする進歩性欠如)について (ア) 本件発明1について a 甲2に記載された発明 甲2の2521頁左欄47行目〜右欄4行目の実験に用いた組成物として、甲2には、次の発明(以下「甲2発明」という。)が記載されているといえる。
「ガラクトシルセレブロシダーゼ(GALC)10mg/ml、マンニトール170mM、クエン酸ナトリウム50mM、およびTween80 100mg/mLの組成を有する、twitcherマウスに対して脳室内投与するための組成物。」 b 対比 本件発明1と甲2発明との一致点及び相違点は、次のとおりと認められる。
(一致点) リソソーム酵素に関する補充酵素である酵素を含む薬学的組成物であって、該組成物は、該リソソーム酵素のレベルまたは活性の減少を伴うリソソーム蓄積症に罹患しているかまたは、これに罹患しやすい対象に脳室内投与されることを特徴とし、
ここで、該組成物は、5mg/ml〜100mg/mlの濃度の該補充酵素を含む、
薬学的組成物。
(相違点) 本件発明1は、50mMまでのリン酸塩を含み、かつ該組成物が、5.5〜7.0のpHを有することをさらに特徴とするものであるのに対し、甲2発明は、50mMまでのリン酸塩を含み、かつ該組成物が、5.5〜7.0のpHを有すると特定されていない点。
c 判断 (a) 相違点に関する甲2の記載について 甲2発明の製剤に含まれる50mMクエン酸ナトリウムは、緩衝剤として当業者に周知のものであり、緩衝剤として添加されているものと認められる。甲2には、
補充酵素を含む甲2発明の脳室内投与用の組成物に含まれる緩衝剤をクエン酸塩から他の緩衝剤に変更することについて特に記載されていない。緩衝剤は、溶液のpHの変動を少なくする目的で使用する添加剤であり、緩衝剤として用いられる物質によって、緩衝剤として使用されるpH範囲が異なるものであることは技術常識であるところ、甲7 (「PARENTERAL FORMULATION FOR PEPTIDES, PROTEINS, ANDMONOCLONAL ANTIBODIES DRUGS: A COMMERCIAL DEVELOPMENT OVERVIEW 」 DrugDelivery: Principles and Applications, John Wiley & Sons, Inc., pages 321-339(2005年))には、医薬品製剤に用いる緩衝液は、米国薬局方に挙げられたものから選択されるべきであるとして、そのうちのいくつかの緩衝液を示しており、
リン酸緩衝液がpH6.2〜8.2であること及びクエン酸緩衝液がpH2.0〜 6.2であることが記載されている。この記載からみると、医薬品製剤に用いる場合のクエン酸緩衝液とリン酸緩衝液は、pH6.2の1点でのみ重複するに留まり、
クエン酸緩衝液とリン酸緩衝液とが一般に同じpH範囲で用いられるものであるとはいえないし、クエン酸緩衝液とリン酸緩衝液を置き換えることを当業者が考えるとはいえない。
そして、本件発明1は、本件明細書に記載の実施例3及び【図3】によると、50mMまでのリン酸塩濃度とpH5.5〜7.0の製剤は、中枢神経を囲む脳脊髄液への投与において、良好な忍容性を示すという技術的意義を有するものであると認められるところ、先にみたとおり、医薬品製剤に通常用いられるクエン酸緩衝液は、pH2.0〜6.2の範囲であることからすると、技術常識を考慮しても、甲2発明の組成物において、保つべきpHの範囲として5.5〜7.0を当業者が認識するとはいえない。
(b) 相違点に関する他の証拠の記載について 次のとおり、甲5(「Repeated intrathecal injections of recombinant human4-sulphatase remove dural storage in mature mucopolysaccharidosis VI catsprimed with a short-course tolerisation regimen」Molecular Genetics andMetabolism, Vol. 99, pages 132-141(2010年))並びに甲7、甲8(エラプレース点滴静注液6mg添付文書(2019年7月改訂(第7版)、2007年10月販売開始)、甲9(特表2009-532394号公報)及び甲10(日本薬局方 )生理食塩液「マイラン」添付文書(2015年12月改訂(第12版 販売名変更)、
販売開始1994年7月) のいずれの記載によっても、
) 甲2発明を相違点に係る構成を備えるものに変更することが、当業者が容易になし得たことであるとはいえない。
甲5には、rhASBを5mg/mlの濃度で含むrhASB調製物をエリオット社のB溶液(以下「エリオットB溶液」という。後記(c)参照))で1:2の比率で希釈して髄腔内注射に用いたことが記載され、脳脊髄液中へ投与する製剤である 髄腔内注射用の組成物中のrhASB濃度は、5mg/mlから、その1/3の濃度に低下させたことが理解できる。そうすると、甲5の記載は、脳室内投与の組成物である甲2発明の組成物と、投与経路も補充酵素の濃度も異なり、甲2発明のpHや緩衝剤を変更することに対する示唆を与えるものであるとはいえない。
甲7は、タンパク質の製剤化に関する総説であり、甲2発明の組成物のpHを本件発明1における5.5〜7.0とすることに対する示唆を与えるものでないことは、既に前記(a)で検討したとおりである(甲7の324頁)。
甲8は、日本で販売されているエラプレース点滴静注液の添付文書であり、当該医薬品は、1バイアル3ml中にイデュルスルファーゼを6.0mg含むものであるから、当該製剤は、脳室内投与とは異なる静脈注射用の製剤であって、そのタンパク質濃度は、2.0mg/mlであり、5mg/mlに満たず、注射に際しては、
患者の体重当たりで計算した必要量を取り、生理食塩水100mLで希釈するとされていることからすると、注射される医薬組成物中の補充酵素の濃度は、5mg/ml〜100mg/mlの濃度範囲をはるかに下回る。したがって、甲8の記載は、
甲2発明のpHや緩衝剤を変更することに対する示唆を与えるものではない。
甲9は、ポリペプチドの濃縮技術に関する特許文献であり(請求項1)【000 、
7】には、リソソーム酵素であるアリールスルファターゼやガラクトシルセレブロシダーゼなどを50〜300mg/mlで含む医薬組成物に関する記載があるが、
これは皮下注射のためのもので、甲9には、脳室内投与のための医薬組成物については何ら記載されていない。したがって、甲9は、甲2発明の脳室内投与のための医薬組成物に何らかの変更を加えることに対する示唆を与えるものではない。
甲10は、静脈注射や皮下注射に使われる生理食塩水「マイラン」の添付文書であり、補充酵素も緩衝剤も含まない製剤に関するものであるから(甲10の1〜2頁)、甲2発明の脳室内投与のための医薬組成物に何らかの変更を加えることに対する示唆を与えるものではない。
(c) 原告の主張について 原告は、甲25(ウェブサイトClinicalTrails.govの臨床試験NCT00920647の情報(2009年6月15日掲載))に、10、30、又は100mgのイデュルスルファーゼを髄腔内投与する臨床試験についての記載があることを根拠に、高濃度の補充酵素を髄腔内投与する臨床試験プロトコルが本件出願の優先日前に当業者に知られていたから、これを踏まえ、甲5及び6に記載された事項を参照して、甲2、甲3又は甲4(米国特許出願公開第2005/0048047号公報)のいずれかに記載の発明の組成物の酵素濃度やリン酸塩濃度、pHを本件発明の範囲に調整することは、当業者にとって適宜選択できる事項にすぎず、容易想到であった旨を主張する。
しかし、甲25には、補充酵素の濃度は明らかにされていないし、また、仮に、
原告の主張するとおり、甲25の臨床試験で使用された製剤が高濃度の補充酵素を含む髄腔内投与のための製剤であるとしても、当該製剤が含む添加剤や、製剤のpHは不明である。甲5には、rhASBを5mg/mlの濃度で含むrhASB調製物をエリオットB溶液で1:2の比率で希釈して髄腔内注射に用いたことが記載されており、甲21(Elliotts B Solutionデータシート改訂10版(2015年))によると、エリオットB溶液は、pH6.0〜7.5であるから、甲5の記載は、
本件発明1のpH範囲であるpH5.5〜7.0に保つことに対する示唆を与えるものでもない。また、甲6は、前記アのとおり、本件特許の先行技術文献とはならないものである。
そして、本件発明1は、本件明細書に記載の実施例3及び図3によると、50mMまでのリン酸塩濃度とpH5.5〜7.0の製剤は、中枢神経を囲む脳脊髄液への投与において、良好な忍容性を示すという技術的意義を有するものであると認められ、甲25の内容を参酌しても、原告が主張するように、甲2〜4のいずれかに記載の発明の組成物の酵素濃度やリン酸塩濃度、pHを本件発明1の範囲に調整することは、当業者にとって適宜選択できる事項にすぎず、容易想到であったということはできない。
(d) 小括 以上のとおり、甲2及び甲5、7〜10のいずれにも、甲2発明で使用されるリソソーム酵素製剤の組成を変更すべきであることを示唆する記載はなく、また、ICV注射のためのリソソーム酵素製剤として、本件発明1に規定される、pH5.5〜7.0であり、酵素濃度5mg/ml〜100mg/ml及び50mMまでのリン酸塩を含むという、特定の液性と組成を備えるようにすることの動機付けを与えるものでもない。
したがって、本件発明1は、甲2又は甲2及び5、7〜10に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。
(イ) 本件発明2〜8及び12について 本件発明2〜8及び12は、本件発明1を更に限定した発明であるから、前記(ア)のとおり、本件発明1が甲2又は甲2及び5、7〜10に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではないのであるから、本件発明2〜8及び12が甲2又は甲2及び5、7〜10に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものでないことは明らかである。
ウ 無効理由5b(甲3を主引用例とする進歩性欠如)について (ア) 本件発明1について a 甲3に記載された発明 甲3の請求項38並びに【0001】及び【0038】の記載から、甲3には、
次の発明(以下「甲3発明」という。)が記載されているといえる。
「酵素の欠乏により引き起こされるリソソーム蓄積症にかかっている患者を治療するための方法に用いるための組成物であって、該方法が、前記酵素を脳への脳室内輸送によって患者に投与することを含むものである、組成物であって、適する医薬キャリアとして、例えば、生理食塩水、静菌水、Cremophor(登録商標)、
リン酸緩衝食塩水(PBS) 他の食塩水、
、 デキストロース溶液、グリセロール溶液、
水、ならびに石油、動物、植物、または合成油と一緒に作製された油乳剤を含み、
リソソーム加水分解酵素の濃度が、約0.001重量%から20重量%以上に変動し得る組成物。」 b 対比 本件発明1と甲3発明との一致点及び相違点は、次のとおりと認められる。
(一致点) リソソーム酵素に関する補充酵素である酵素を含む薬学的組成物であって、該組成物は、該リソソーム酵素のレベルまたは活性の減少を伴うリソソーム蓄積症に罹患しているかまたは、これに罹患しやすい対象に脳室内投与されることを特徴とする、薬学的組成物。
(相違点) 本件発明1は、補充酵素を5mg/ml〜100mg/mlの濃度で含むとともに、50mMまでのリン酸塩を含み、かつ該組成物が、5.5〜7.0のpHを有することを特徴とするのに対し、甲3発明は、補充酵素を5mg/ml〜100mg/mlの濃度で含むこと、50mMまでのリン酸塩を含み、該組成物が、5.5〜7.0のpHを有することのいずれも特定されていない点。
c 判断 (a) 相違点に関する甲3の記載について 甲3発明の組成物は、適する医薬キャリアとして、リン酸塩を含む緩衝液であるリン酸緩衝食塩水(PBS)を使用可能なものであるが、そのpHについて、甲3には記載されていない。
甲7によると、医薬品製剤に用いるリン酸緩衝液がpH6.2〜8.2であることは、前記イ(ア)c(a)のとおりであり、リン酸緩衝食塩水(PBS)との記載から、
直ちにpH5.5〜7.0に到達するものではない。
さらに、甲3の記載全体を検討しても、次のとおり、甲3発明の脳室内投与のための組成物を、補充酵素を5mg/ml〜100mg/mlの濃度で含むこと、50mMまでのリン酸塩を含み、該組成物が5.5〜7.0のpHを有するとするこ とは、当業者が容易に想到し得たということはできない。
甲3の請求項38の実施の態様として、実施例2(【0056】〜【0058】)には、ASMKOマウスへの組み換えヒトASM(rhASM)の連続的注入実験が記載され、凍結乾燥されたrhASMを人工脳脊髄液(aCSF)中に溶解させ、
0.250mgのhASMを4日連続で脳室内にカニューレで注入し、合計1mgのhASMを注入した結果、hASMの脳室内注入が脳を通じてSPMレベルの全身的な減少を示したことが記載されている。
甲3の実施例2で用いられた人工脳脊髄液(aCSF)に関し、甲21には、代表的な人工脳脊髄液であるエリオットB溶液が、10mL中にリン酸塩である二リン酸ナトリウム7水和物2mgを含み、リン酸の濃度が1.5mEq/Lであり、
pH6.0〜7.5であることが記載されている。リン酸は3価の酸であるから、
エリオットB溶液のリン酸塩の濃度は、0.5mMであり、50mMまでの範囲内にあると認められる。これを考慮すると、甲3から、請求項38の具体的な実施の態様として、 5mMのリン酸塩を含む組成物が想定されるということはできる。
0.しかし、そのpHは、本件発明1におけるpH5.5〜7.0とは相違する。
甲3の実施例2にも、別の実施例である実施例3にも、溶液中のhASMの濃度や投与液量の記載がなく、甲3の記載は、脳室内投与される医薬組成物中の補充酵素の濃度について、
【0038】において広範な濃度範囲が例示的に記載されるにとどまるものである。
また、リソソーム酵素を始めとするタンパク質を含む医薬組成物の投与により免疫原性の問題が生じ得ることは、技術常識である(乙7(「Intrathecal enzymereplacement therapy reduces lysosomal storage in the brain and meninges ofthe canine model of MPS I」Molecular Genetics and Metabolism, Vol. 83, pages163-174(2004年)。乙26も同一文献である。)の172頁左欄8〜34行目及び173頁左欄6〜24行目)。タンパク質は高濃度では凝集する傾向があること、
及び、凝集タンパク質は免疫原性が高まることは、本件出願の優先日における技術 常識であると認められる(乙9(「Challenges in the Development of High ProteinConcentration Formulations」JOURNAL OF PHARMACEUTICAL SCIENCES, VOL.93, NO.6,pages 1390-1402(2004年6月)。乙27も同一文献である。)の1393頁右欄3〜29行目、乙10(「Aggregation of Therapeutic Proteins」John Wiley &Sons, Inc., Hoboken, New Jersey(2010年))の155頁22〜31行目、乙11(「Use of excipients to control aggregation in peptide and proteinformulations.」J. Excipients and Food Chem. 1(2), pages 40-49(2010年))の41頁右欄1〜26行目)。そして、甲3には、高濃度のタンパク質を含む脳室内投与のための医薬組成物について、免疫原性の問題を回避し得るような組成に関する記載もない。
そして、本件明細書に記載の実施例3及び図3によると、本件発明1は、50mMまでのリン酸塩濃度とpH5.5〜7.0の製剤は、中枢神経を囲む脳脊髄液への投与において、良好な忍容性を示すという技術的意義を有するものであると認められるところ、甲3発明の組成物を50mMまでのリン酸塩を含む組成物とし得るとしても、組成物中の酵素濃度を甲3に示される広範な濃度範囲のうち、5mg/ml〜100mg(判決注:「100mg/ml」の誤記と認める。)とし、保つべきpHの範囲として5.5〜7.0とすることを、当業者が容易に想到し得るとはいえない。
(b) 相違点に関する他の証拠の記載について 次のとおり、甲2、5、7〜10のいずれの記載によっても、甲3発明について、
5mg/ml〜100mg/mlの補充酵素を含むとともに、50mMまでのリン酸塩を含み、該組成物が、5.5〜7.0のpHを有するという相違点に係る構成を備えるものに変更することが、当業者が容易になし得たことであるとはいえない。
甲2には、ガラクトシルセレブロシダーゼ(GALC)10mg/ml、マンニトール170mM、クエン酸ナトリウム50mM、およびTween80 100mg/mL(判決注:原文ママ)の組成を有する脳室内投与するための組成物が記 載されているが、前記イ(ア)c(a)のとおり、当業者は甲2において、高濃度の補充酵素とともに組成物中に用いられている緩衝剤である50mMクエン酸ナトリウムを、50mMまでのリン酸塩に置き換えられるとは考えないから、甲2の記載によって、甲3発明の組成物を5mg/ml〜100mg/mlの濃度の該補充酵素と、
50mMまでのリン酸塩を含むものとすることが容易想到であるとはいえないし、
組成物のpHをpH5.5〜7.0とすることについても、何ら示唆がない。
甲5には、rhASBを5mg/mlの濃度で含むrhASB調製物をエリオットB溶液で1:2の比率で希釈して髄腔内注射に用いたことが記載され、脳脊髄液中へ投与する製剤である髄腔内注射用の組成物中のrhASB濃度を、5mg/mlから、その1/3の濃度に低下させたことが理解できる。そうすると、甲5の記載は、補充酵素の濃度を5mg/ml以上とすることに対する示唆を与えるものであるとはいえない。また、甲21によると、エリオットB溶液は、pH6.0〜7.5であるから、甲5の記載は、本件発明1のpH範囲であるpH5.5〜7.0に保つことに対する示唆を与えるものでもない。
甲7は、タンパク質の製剤化に関する総説であり、甲3発明の組成物のpHを本件発明1における5.5〜7.0とすることに対する示唆を与えるものでないことは、既に前記イ(ア)c(b)で検討したとおりである(甲7の324頁)。
甲8は、日本で販売されているエラプレース点滴静注液の添付文書であり、当該医薬品は、1バイアル3ml中にイデュルスルファーゼを6.0mg含むものであるから、当該製剤は、脳室内投与とは異なる静脈注射用の製剤であって、そのタンパク質濃度は、2.0mg/mlであり、5mg/mlに満たず、注射に際しては、
患者の体重当たりで計算した必要量を取り、生理食塩水100mLで希釈するとされていることからすると、注射される医薬組成物中の補充酵素の濃度は、5mg/ml〜100mg/mlの濃度範囲をはるかに下回る。したがって、甲8の記載は、
甲3発明を5mg/ml〜100mg/mlの濃度の該補充酵素と、50mMまでのリン酸塩を含み、かつ該組成物が、5.5〜7.0のpHを有するものとするこ とに対する示唆を与えるものではない。
甲9は、ポリペプチドの濃縮技術に関する特許文献であり(請求項1)【000 、
7】には、リソソーム酵素であるアリールスルファターゼやガラクトシルセレブロシダーゼなどを50〜300mg/mlで含む医薬組成物に関する記載があるが、
これは皮下注射のためのもので、甲9には、脳室内投与のための医薬組成物については何ら記載されていない。したがって、甲9は、甲3発明の脳室内投与のための医薬組成物に何らかの変更を加えることに対する示唆を与えるものではない。
甲10は、静脈注射や皮下注射に使われる生理食塩水「マイラン」の添付文書であり、補充酵素を含まない製剤に関するものであるから(甲10の1〜2頁)、甲3発明の脳室内投与のための医薬組成物に何らかの変更を加えることに対する示唆を与えるものではない。
(c) 原告の主張について 前記イ(ア)c(c)のとおり、原告は、甲25に、10、30、又は100mgのイデュルスルファーゼを髄腔内投与する臨床試験についての記載があることを根拠に、
高濃度の補充酵素を髄腔内投与する臨床試験プロトコルが本件出願の優先日前に当業者に知られていたから、これを踏まえ、甲5及び6に記載された事項を参照して、
甲2〜4のいずれかに記載の発明の組成物の酵素濃度やリン酸塩濃度、pHを本件発明の範囲に調整することは、当業者にとって適宜選択できる事項にすぎず、容易想到であった旨を主張するが、甲25の内容を参酌しても、原告が主張するように、
甲2〜4のいずれかに記載の発明の組成物の酵素濃度やリン酸塩濃度、pHを本件発明1の範囲に調整することは、当業者にとって適宜選択できる事項にすぎず、容易想到であったということはできない。
原告は、甲3の実施例2には、マウス投与量として10mg/kgと記載されているところ、FDAガイドライン(甲23(「Guidance for Industry: Estimatingthe Maximum Safe Starting Dose in Initial Clinical Trials for Therapeuticsin Adult Healthy Volunteers」(2005年7月))によると、それはヒト投与量 ) 0.8mg/kgと換算でき、60kg成人の場合の投与量は48mgとなり、さらに、甲6には、ヒトへの脳室内投与における投与堆積(原文ママ)は3mL以下に制限されることが記載されているから、仮に甲3の実施例に記載のマウス投与量をヒト投与量に換算し、3mLで投与しようとすると、組成物の酵素濃度は16mg/mLとなるため、この点からも、甲3発明の組成物の酵素濃度を本件発明の範囲に調整することは、当業者にとって適宜選択し得た事項にすぎないと主張する。
原告の上記主張は、甲6の記載を根拠にヒトへの脳室内投与における投与体積は3mL以下に制限されることを前提とするが、前記アのとおり、甲6は、本件出願に対する特許法29条先行技術文献とはならないので、原告の主張は前提を欠いている。また、仮に、ヒトへの脳室内投与における投与体積は3mL以下に制限されることが、本件出願の優先日における技術常識であり、甲23に記載の換算式によって、甲3の実施例に記載のマウス投与量をヒト投与量に換算した補充酵素を3mLで投与する場合の酵素濃度が16mg/mLとなるとしても、前記(a)のとおり、
本件発明1は、50mMまでのリン酸塩濃度とpH5.5〜7.0の製剤は、中枢神経を囲む脳脊髄液への投与において、良好な忍容性を示すという技術的意義を有するものであると認められるところ、前記(a)及び(b)のとおりであるから、甲2、
3、5、7〜10の記載によっても、甲3発明の医薬組成物を、5mg/ml〜100mg/mlの補充酵素を含み、50mMまでのリン酸塩を含む脳室内投与のための医薬組成物のpHをpH5.5〜7.0とすることは、当業者が容易になし得たとはいえない。
また、甲25に基づく原告の主張については、前記イ(ア)c(c)のとおりである。
(d) 小括 以上のとおり、甲3、2、5、7〜10のいずれも、甲3発明の組成物として、
本件発明1に規定される、pH5.5〜7.0であり、酵素濃度5mg/ml〜100mg/ml及び50mMまでのリン酸塩を含むという、特定の液性と組成を備えるようにすることの動機付けを与えるものであるとはいえない。
したがって、本件発明1は、甲3又は甲3及び2、5、7〜10に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではない。
(イ) 本件発明2〜8及び12について 本件発明2〜8及び12は、本件発明1を更に限定した発明であるから、前記(ア)のとおり、本件発明1が甲3又は甲3及び2、5、7〜10に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものではないのであるから、本件発明2〜8、12が甲3又は甲3及び2、5、7〜10に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものでないことは明らかである。
エ 無効理由5c(甲4を主引用例とする進歩性欠如)について (ア) 本件発明1について a 甲4に記載された発明 甲4のクレーム21及び同クレームが引用するクレーム1の記載から、甲4には、
次の発明(以下「甲4発明」という。)が記載されているといえる。
「哺乳動物においてリソソーム蓄積症を治療するための方法に用いるための組成物であって、該方法が、前記リソソーム蓄積症において欠損している酵素を含む医薬組成物を、前記リソソーム蓄積症の症状を改善するために有効な量で哺乳動物の中枢神経に髄腔内投与するステップを含み、前記髄腔内投与が、前記医薬組成物を脳室内に導入するステップを含むものである、組成物。」 b 対比 本件発明1と甲4発明との一致点及び相違点は、次のとおりと認められる。
(一致点) リソソーム酵素に関する補充酵素である酵素を含む薬学的組成物であって、該組成物は、該リソソーム酵素のレベルまたは活性の減少を伴うリソソーム蓄積症に罹患しているかまたは、これに罹患しやすい対象に脳室内投与されることを特徴とする、薬学的組成物。
(相違点) 本件発明1は、5mg/ml〜100mg/mlの濃度の該補充酵素と、50mMまでのリン酸塩を含み、かつ該組成物が、5.5〜7.0のpHを有することを特徴とするのに対し、甲4発明は、5mg/ml〜100mg/mlの濃度の該補充酵素と、50mMまでのリン酸塩を含み、かつ該組成物が、5.5〜7.0のpHを有するものと特定されていない点。
c 判断 (a) 相違点に関する甲4の記載について 甲4には、
「典型的な医薬組成物は100mMリン酸ナトリウム、150mMNaClおよび0.001%ポリソルベート80を含む緩衝液中に0.58/mLのイズロニダーゼを含む緩衝液中で調製される」 ([0021]、
)「本組成物は、例えば約10〜50mMの濃度でリン酸ナトリウムを含む緩衝液中などのように、緩衝液の形状であってもよい。( 」[0022])との記載がある。
このように、甲4には、補充酵素を含む医薬組成物がリン酸塩を含む緩衝液である実施態様に関する記載があるが、具体的なpHの範囲については記載されておらず、実施例で用いた組成物についても、緩衝液の成分やpHは記載されていない。
また、甲4には、医薬組成物中の補充酵素の濃度としては、0.58/mLが例示されるのみである。
そして、甲4と同時期の2004年に発行された論文である乙7には、酵素の髄腔内投与は、タンパク質が抗体形成や炎症反応といった免疫応答のリスクを有することが記載されている(乙7(乙26)の172頁左欄8〜34行目)。また、タンパク質は高濃度では凝集する傾向があり、凝集タンパク質は免疫原性が高まることは、本件出願の優先日における技術常識であると認められる(乙9(乙27)の1393頁右欄3〜29行目、乙10の155頁22〜31行目、乙11の41頁右欄1〜26行目)。
甲4においても、
「組換えタンパク質および他の治療薬などの物質の投与中は、被験者は、これらの物質に対する免疫応答を開始する可能性があり、これにより、結 合して治療活性を抑制するだけでなく急性もしくは慢性免疫学的応答を誘発する抗体が産生されることが見出されている。この問題は、タンパク質が複雑な抗原であり、そして多くの場合に、該被験者が免疫学的に該抗原投与を受けていないために、
タンパク質である治療薬にとって最も重要である。そこで、本発明の所定の態様では、治療酵素を摂取している被験者を酵素補充療法に対して寛容化させることが有用かもしれない。この状況では、酵素補充療法は、寛容化レジメンとの併用療法として被験者に投与することができる。」と記載され([0088]、補充酵素による )免疫応答の問題を回避すべきことが記載されている。
このような技術常識と甲4の記載を踏まえると、脳室内投与に用いる医薬組成物の補充酵素の濃度を高濃度とすることを示唆する記載もない甲4において、[0021]に例示された0.58/mLから、あえて免疫応答の危険が増す高濃度に変更することを当業者が考えるとはいえない。
したがって、甲4発明を、5mg/ml〜100mg/mlの濃度の該補充酵素と、50mMまでのリン酸塩を含み、かつ該組成物が、5.5〜7.0のpHを有するものとすることは、当業者が容易になし得たことであるとはいえない。
(b) 相違点に関する他の証拠の記載について 次のとおり、甲2、3、5、7〜10のいずれの記載によっても、甲4発明について、5mg/ml〜100mg/mlの濃度の該補充酵素と、50mMまでのリン酸塩を含み、かつ該組成物が、5.5〜7.0のpHを有するという相違点に係る構成を備えるものとすることが、当業者が容易になし得たことであるとはいえない。
甲2には、ガラクトシルセレブロシダーゼ(GALC)10mg/ml、マンニトール170mM、クエン酸ナトリウム50mM、及びTween80 100mg/mL(判決注:原文ママ)の組成を有する脳室内投与するための組成物が記載されているが、前記イ(ア)c(a)のとおり、当業者は、甲2発明の50mMクエン酸ナトリウムを、50mMまでのリン酸塩に置き換えられるとは考えないから、甲2 の記載によって、甲4発明の組成物を5mg/ml〜100mg/mlの濃度の該補充酵素と、50mMまでのリン酸塩を含み、かつ該組成物が、5.5〜7.0のpHを有するものとすることが容易想到であるとはいえない。
甲3の記載全体を検討しても、脳室内投与のための医薬組成物について、補充酵素を5mg/ml〜100mg/mlの濃度で含むこと、50mMまでのリン酸塩を含み、該組成物が、5.5〜7.0のpHを有するものとすることを当業者が容易に想到し得たということはできないことは、前記ウ(ア)c(a)のとおりである。
甲5には、rhASBを5mg/mlの濃度で含むrhASB調製物をエリオットB溶液で1:2の比率で希釈して髄腔内注射に用いたことが記載され、脳脊髄液中へ投与する製剤である髄腔内注射用の組成物中のrhASB濃度を、5mg/mlから、その1/3の濃度に低下させたことが理解できる。また、甲21によると、
エリオットB溶液はpH6.0〜7.5であり、本件発明1における医薬組成物のpH5.5〜7.0とはpHの範囲が異なる。そうすると、甲5の記載は、甲4発明の組成物を、5mg/ml〜100mg/mlの濃度の該補充酵素と、50mMまでのリン酸塩を含み、かつ該組成物が、5.5〜7.0のpHを有するものとすることに対する示唆を与えるものであるとはいえない。
甲7は、タンパク質の製剤化に関する総説であり、一般的な緩衝液が記載されているだけであり(甲7の325頁) 甲4発明の組成物を5mg/ml〜100mg 、
/mlの濃度の該補充酵素と、50mMまでのリン酸塩を含み、かつ該組成物が、
5.5〜7.0のpHを有するものとすることに対する示唆を与えるものでない。
甲8は、日本で販売されているエラプレース点滴静注液の添付文書であり、当該医薬品は、1バイアル3ml中にイデュルスルファーゼを6.0mg含むものであるから、当該製剤は、脳室内投与とは異なる静脈注射用の製剤であって、そのタンパク質濃度は、2.0mg/mlであり、5mg/mlに満たず、注射に際しては、
患者の体重当たりで計算した必要量を取り、生理食塩水100mLで希釈するとされていることからすると、注射される医薬組成物中の補充酵素の濃度は、5mg/ ml〜100mg/mlの濃度範囲をはるかに下回る。したがって、甲8の記載は、
甲4発明を5mg/ml〜100mg/mlの濃度の該補充酵素と、50mMまでのリン酸塩を含み、かつ該組成物が、5.5〜7.0のpHを有するものとすることに対する示唆を与えるものではない。
甲9は、ポリペプチドの濃縮技術に関する特許文献であり(請求項1)【000 、
7】には、リソソーム酵素であるアリールスルファターゼやガラクトシルセレブロシダーゼなどを50〜300mg/mlで含む医薬組成物に関する記載がある。しかし、甲9に記載されている医薬組成物は皮下注射のためのものである。甲9には、
脳室内投与のための医薬組成物については何ら記載されておらず、皮下注射では、
皮下組織に薬剤が直接注射されるのに対し、脳室内注射では、緩衝能が低い脳脊髄液中に薬物が注入されるという相違があり、甲9の医薬組成物の濃度を甲4発明の脳室内投与のための医薬組成物にただちに適用できるとはいえない。
(c) 原告の主張について 前記イ(ア)c(c)のとおり、原告は、甲25に、10、30、又は100mgのイデュルスルファーゼを髄腔内投与する臨床試験についての記載があることを根拠に、
高濃度の補充酵素を髄腔内投与する臨床試験プロトコルが本件出願の優先日前に当業者に知られていたから、これを踏まえ、甲5及び6に記載された事項を参照して、
甲2〜4のいずれかに記載の発明の組成物の酵素濃度やリン酸塩濃度、pHを本件発明の範囲に調整することは、当業者にとって適宜選択できる事項にすぎず、容易想到であった旨を主張するが、甲25の内容を参酌しても、原告が主張するように、
甲2〜4のいずれかに記載の発明の組成物の酵素濃度やリン酸塩濃度、pHを本件発明1の範囲に調整することは、当業者にとって適宜選択できる事項にすぎず、容易想到であったということはできない。
(d) 小括 以上のとおり、甲4、2、3、5、7〜9のいずれも、甲4発明の組成物として、
本件発明1に規定される、pH5.5〜7.0であり、酵素濃度5mg/ml〜1 00mg/ml及び50mMまでのリン酸塩を含むという、特定の液性と組成を備えるようにすることの動機付けを与えるものであるとはいえない。
したがって、本件発明1は、甲4又は甲4及び2、3、5、7〜10(判決注:「9」の誤記と認める。)に記載された発明に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものでない。
(イ) 本件発明2〜8及び12について 本件発明2〜8及び12は、本件発明1を更に限定した発明であるから、前記(ア)のとおり、本件発明1が甲4又は甲4及び2、3、5、7〜10(判決注: 「9」の誤記と認める。 に記載された発明に基づいて、
) 当業者が容易に発明をすることができたものではないのであるから、本件発明2〜8及び12も、甲4又は甲4及び2、
3、5、7〜10(判決注: 「9」の誤記と認める。)に記載された発明に基づいて、
当業者が容易に発明をすることができたものでないことは明らかである。
原告主張の取消事由
1 取消事由1(優先権に関する認定判断の誤り) (1) 優先権の利益を享受できないこと ア(ア) 優先権の利益を享受できるか否かに関し、まず、後の出願におけるクレームが、文言としては先の出願に記載されているものの、先の出願では産業上の利用可能性の要件又は記載要件に瑕疵があり、後の出願において発明の詳細な説明を補充すること(実施例を補充すること等)によりその瑕疵が治癒される場合について、
優先権の利益を認めるとすれば、出願人に対し、先の出願では本来享受できなかった利益まで与えることになって不合理である。この場合、第一国出願(先の出願)に、優先権主張を伴う第二国出願(後の出願)に係る発明と実質的に同一の発明が記載されていたとはいえない。
(イ) また、後の出願におけるクレームが、文言としては先の出願に記載されているものの、発明の詳細な説明を補充することにより発明の要旨に影響が及ぶ場合には、先の出願の当初明細書等に記載されていなかった技術的事項が後の出願に記載 されているか否かという観点から、すなわち、新規事項の追加の判断と同様の観点から、優先権の利益を享受できるか否かが判断されるべきところ、発明の詳細な説明を補充することにより、クレームの用語の解釈には影響が生じないとしても、その用語の技術的意義に新たな技術的事項が導入される場合(実施例の追加によりクレームについて新たな効果が追加される場合等)には、優先権の利益は否定されるべきである。通常の出願では、審査の過程において、出願後の証拠の補充及び新たな効果の立証には一定の制約が課されているにもかかわらず、優先権主張を伴う第二国出願(後の出願)では、第一国出願(先の出願)の明細書に対し無制限に記載の補充を認めるとするならば、優先権主張を伴う出願人に対し過剰な保護を与えることになる。
イ(ア) 基礎出願1及び2に係る甲16及び17の実施例をみると、まず、実施例1は、pH及びイオン強度(具体的にはNaCl濃度)が酵素の溶解性に及ぼす影響に関するもので、図3に示されたその結果は、酵素の溶解度に関するものにすぎず、生物への投与による効果及び忍容性とは無関係である。しかも、高濃度の酵素の溶液において、安定性は何ら検証されていない。まして、安定性を実現するための手段も記載されていない。さらに、酵素は特定されていない。いずれの酵素でも同じ結果が生じるのか、明らかではない。
(イ) 次に、実施例2ではIT投与が使用されたところ、pHは本件発明の範囲外にあるから、実施例2は本件発明の実施例ではない。しかも、用量応答(doseresponse)がなかったとの記載は、実施例2が失敗であり、実質的には実施例ではないことを示している。
(ウ) そして、実施例3(なお、その結果を示した図5は、本件明細書の図3に対応する。)は、主にビヒクル(補充酵素は含まれていない。)のIT投与による忍容性に関するもので、また、
「最初のビヒクル」のpHの値は、本件発明のクレームの範囲外であって、本件発明には適用できない。そして、忍容性のあるビヒクルの中から選択されたビヒクルに酵素が溶解されてIT投与されているが、酵素の具体名 は特定されていない。しかも、有害な臨床兆候がなかったことが確認されたにすぎず、治療効果は検証されていない。
ウ(ア) このように、甲16及び17には、ビヒクルのIT投与での忍容性の結果は含まれているものの、治療効果及び脳組織への酵素の浸透については何ら記載がない。また、ICV投与の結果は記載されておらず、ましてや補充酵素のICV投与の実験結果は含まれていない。ICV投与について、具体的な記載は皆無であり、
中枢系神経系への投与方法の例として一般的な記載があるにすぎない。ICV投与とIT投与との違いなども全く検証されていない。しかるに、本件明細書により、
IT投与とは異なる技術的意義を有する酵素補充療法のICV投与に係る事項を持ち込むことは、新規事項の追加に当たるといえ、本件発明と実質的に同一と認められる発明が甲16及び17に記載されているとはいえず、本件出願は、基礎出願1及び2について優先権の利益を享受することはできない。
(イ) また、甲16及び17では、医薬組成物としての効果に関するものではない実施例1〜3の3つが記載され、発明の詳細な説明の部分は相対的に短く、実験データは図2〜5の僅か4つであったにもかかわらず、日本での出願に当たり、大量の記載(多数の実施例が含まれる。)が追加され、実施例が29個となり、発明の詳細な説明は長くなり、図の数は192を超えるようになったもので、その結果、明細書を踏まえた発明の技術的意義が変質し、同一性が失われたものである。
甲16及び17の記載の下では、当業者はICV投与による本件発明を過度の試行錯誤なしに実施することはできないのであって、本件出願は、基礎出願1及び2に係る優先権の利益を享受することはできない。
(ウ) それにもかかわらず、本件出願が優先権の利益を享受できると判断して甲6を進歩性の判断から排除した本件審決には、誤りがある。
(2) 甲6を考慮しなかったことが取消事由に当たること 審決取消訴訟の審理範囲は、審判手続において現実に争われ、かつ、審理判断された特定の無効原因に関するものに限られるところ、進歩性欠如の無効理由におけ る審理範囲は、主引用発明及び副引用発明の組合せによって画されるべきである。
審判手続において審理対象から排斥された副引用発明を審決取消訴訟において考慮することは、審判手続において審理判断されていない無効理由を判断するものであり、審決取消訴訟における審理範囲を超えるものというべきである。それが許されるとしたら、当事者から、訴訟の前段階において専門行政庁による慎重な審理判断を受ける利益(前審経由の利益)が奪われることにもなる。
したがって、原告が、甲2〜4を主引用例とする無効理由のいずれにおいても甲6を副引用例として主張していたにもかかわらず、甲6を副引用例とする場合について何ら判断を示さなかった本件審決は、前記(1)の誤りにより、直ちに取り消されるべきである。
2 取消事由2(実施可能要件違反) (1) 本件明細書には、リン酸塩が0〜5mMの範囲における最高特異活性及び沈殿に関する記載はない。この点、本件審決も、本件明細書の【0198】及び【0207】の記載を挙げ、5mMから50mMの範囲のリン酸濃度における熱安定性を認定するだけで、0〜5mMの範囲のリン酸塩濃度については言及していない。
リン酸塩濃度が痕跡量である場合の熱安定性は、本件明細書において何ら検証されていない。加えて、痕跡量のリン酸塩を含有する製剤の調製は、当業者にとって、
不可能ではないにしても、困難である。
(2) 本件発明において、イオン強度(例えばNaCl強度)は、構成要件となっていないから、本件発明は、イオン強度が低い場合にも及ぶが、本件明細書には、
NaClが0〜50mMの範囲における最高特異活性及び沈殿に関する記載はない。
イオン強度が低い場合の熱安定性については、本件明細書の記載からは明らかではないといえる。
(3) また、本件明細書では、熱安定性に関し、特定の酵素(hGalC)の結果のみが記載されているにすぎず、他の酵素については検証されていない。hGalCについても、5℃での3週間の試験及び40℃での2週間の試験が行われたにと どまる。酵素の凝集は免疫原性の問題を引き起こすところ、本件明細書において、
凝集の有無は、何ら検証されていない。
(4) 以上のとおり、本件明細書の記載からは、リン酸塩濃度が低い場合やイオン強度が低い場合における本件発明1の熱安定性の効果は明らかではなく、hGalC以外の酵素での熱安定性の効果も明らかではないから、本件発明1の熱安定性の効果がクレームの全範囲にわたって実現できるものと理解することはできず、実施可能要件に適合しない。
(5) 同様に、本件発明2〜8及び12についても、実施可能要件に適合しない。
(6) 被告の主張について ア(ア) 被告は、本件明細書の実施例9、13及び14から、リン酸塩濃度が0〜5mMでも熱安定性及び凝集性に問題はないと主張する。
(イ) しかし、有効成分のタンパク質の大半が正常な単量体の状態にあり、凝集体を形成していない場合であっても、少量の凝集体により、免疫原性の問題が生じるところ(甲70、71、74、75参照)、その場合、正常な状態にあるタンパク質は、脳組織に浸透し、治療効果を発揮するから、脳組織の浸透に基づいて免疫原性を議論することはできない。また、免疫原性は、凝集体の含有する製剤を繰り返し投与することにより、有効成分を抗原とする抗薬物抗体(ADA)が生じ、それによって有効成分の働きが損なわれることによって生じるのであり(甲71〜73)、
本件明細書の実施例のような数回の投与での治療効果から免疫原性を評価することは困難である。したがって、本件明細書の実施例9、13及び14から、免疫原性の問題の発生を否定することはできない。
そして、本件明細書には、タンパク質の凝集を防ぐ手段及び凝集体を除去する手段(甲70、71参照)は何ら記載されておらず、まして、特許請求の範囲には、
そうした手段は反映されていない。
(ウ) また、本件明細書の実施例9、13及び14には、投与前の保存条件について何ら記載がないから、それらに基づいて安定性を評価することはできない。
イ 前記アのとおり、実施例9、13及び14の結果に基づいて熱安定性及び凝集性の問題が生じないとすることはできないから、それらの実施例でrhASAが投与されたことをもって、hGalC以外の酵素においても熱安定性が維持され、
凝集がないことが記載されているとはいえない。
ウ 甲17の図5は、ビヒクルの忍容性に関するものであって、熱安定性は検証されていない。そして、同図と類似する本件明細書の図3についても、ビヒクルに関するものであることが明記されている(本件明細書の【図面の簡単な説明】 【0050】。
) したがって、本件明細書の記載から、リン酸塩濃度が0〜5mMの範囲において実施可能であると当業者が理解することはできない。
エ 本件発明において、イオン強度が構成要件となっていないことは、そもそも問題の前提である。また、本件発明は、等張化剤を含まない場合にも及ぶ。したがって、イオン強度が構成要件となっていない旨やNaClが等張化剤の例である旨をいう被告の主張も反論とはならない。
3 取消事由3(サポート要件違反) (1) 本件発明の課題 本件審決は、本件発明の課題を、
「グリコサミノグリカンの蓄積によりCNS障害を生じるリソソーム蓄積障害に対して、血液脳関門及び脳表面でのバリアの存在などの障害物を克服し、脳に治療薬を有効に送達させること」であると認定したが、
本件明細書の【0009】の記載からすると、本件発明の課題としては、
「リソソーム病のための補充酵素が高濃度での治療を要する対象の脳脊髄液(CSF)中に導入すること」も含まれる。
本件審決が、進歩性の判断において、高濃度のタンパク質は凝集しやすく免疫原性が高まることを認定し、副引用例には「高濃度のタンパク質を含む脳室内投与のための医薬組成物について、免疫原性の問題を回避し得るような組成に関する記載もない」と判断したことに照らしても、本件発明の課題は、
(免疫原性の問題を回避 して)高濃度の酵素濃度を実現することをも含むはずである。
(2) サポート要件違反 ところが、本件明細書の記載からは、リン酸塩濃度が低い場合やイオン強度が低い場合における熱安定性は明らかでなく、それらの場合に高い酵素濃度を実現できるか否かも不明である。
また、甲17の図3によると、酵素濃度は、リン酸濃度及びイオン強度に依存するため、高い酵素濃度を得るためには、高いリン酸濃度及び高いイオン強度が必要であるが、本件発明では、イオン強度がそもそも構成要件となっておらず、本件発明のリン酸塩濃度は、濃度が極めて薄い態様(例えば0〜5mM)にも及ぶ。したがって、仮にリン酸塩濃度及びイオン強度が特定の範囲にあることが課題解決手段であったとしても、本件発明は、課題解決手段を反映していない。
さらに、本件明細書の【0105】によると、エリオットB溶液をビヒクルとして使用する場合、タンパク質を長期間にわたって安定に保持できないが、本件発明は、エリオットB溶液にタンパク質を溶解させた組成物にまで及んでおり、課題を解決できない領域にまで及んでいる。
したがって、本件特許の特許請求の範囲の記載には、高濃度の補充酵素を実現するための手段が反映されておらず、サポート要件に適合しない。
(3) 被告の主張について ア 被告は、リン酸塩濃度が0〜5mMの範囲であっても当業者が高濃度の補充酵素製剤を実現できることを容易に理解する根拠として、本件明細書の実施例13を挙げるが、前記2(6)アのとおり、同実施例に基づいて製剤の安定性及び凝集性を評価することはできない。
イ 被告は、エリオットB溶液自体のpHとエリオットB溶液で希釈後の薬学的組成物のpHが同じになるとは限らないなどと主張する。
しかし、エリオットB溶液は、緩衝液として販売されている(甲21参照)ところ、そもそも緩衝液とは、酸又は塩基の添加又は除去にかかわらず、ほぼ一定のp Hを保つ作用(緩衝作用)を有する溶液をいうから(甲77)、エリオットB溶液に溶質を添加しても、そのpHは、概ね6.0-7.5の範囲内に保たれる(甲6の図3、乙34(「Evaluation of some pharmaceutical aspects of intrathecalmethotrexate sodium, cytarabine and hydrocortisone sodium succinate」 Am JHosp Pharm 35: 402-406(1978年)。
) この点、被告は、乙34では、エリオットB溶液自体のpHの実測値が「7.0-7.4」と明記されていると主張するが、乙34は、個別具体的な実験でのpHの測定値が6.0-7.5の範囲内にあることを示すものにすぎない。エリオットB溶液の各ロットのpHには、製造バッチごとに小さな変動があるが、そのpHは、
6.0-7.5の範囲内にある。そして、乙34において、メトトレキサートを希釈した後のpHが「7.2-7.3」(これも6.0-7.5の範囲内である。)と記載されていることは、エリオットB溶液が緩衝液として作用し、溶質添加後もpHに大きな変化がないことを示している(このことは、エリオットB溶液によるシタラビンの希釈においても同様である(甲78、乙34)) 。。これに対し、ラクトリンゲル液及び塩化ナトリウム水溶液は、緩衝液とはいえないため、pHに関して、
それらに基づいて議論することは適切でない。
4 取消事由4(明確性要件違反) 本件発明1では、リン酸塩の下限値は特定されていないから、リン酸塩濃度が0〜5mMの場合も包含する。
しかし、本件発明の薬学的組成物において、高濃度の補充酵素を実現するためには、高いリン酸塩濃度が必要であるから、リン酸塩濃度には、適切な下限値が存在するはずである。実際に、本件明細書の記載からも、リン酸塩が含まれていない場合や極めて低濃度の場合(0〜5mM)の酵素の熱安定性は明らかではない。
したがって、本件発明1は、リン酸濃度の下限が特定されていないという点で、
明確性要件に適合しない。
同様の理由により、本件発明2〜8及び12も、明確性要件に適合しない。
5 取消事由5(甲2発明を基礎とする進歩性の判断の誤り) 本件審決が認定した甲2発明との相違点に係る本件発明1の構成は、甲6に記載された製剤若しくはビヒクルに係る発明を適用すること、エリオットB溶液のリン酸塩濃度及びpHの範囲に係る技術常識を適用すること又は甲5に記載された技術を適用することによって、当業者が容易に想到し得たものであった。本件審決が本件発明1についての認定判断を引用するのみである本件発明2〜8及び12に関しても、同様である。
容易想到性について、具体的には、次のとおりである(以下、取消事由5〜7において、甲6の考慮については、いずれも、取消事由1に関し、本件出願が優先権の利益を享受することはできないと判断された一方で独立の取消事由を構成しないと判断された場合に係るものである。。
) (1) 甲6に記載された発明の適用 ア 甲6に記載された発明 (ア) 甲6の19頁には、製剤に係る次の発明(以下「甲6発明(製剤)」という。)が記載されている。
「14mg/mLのリソソーム酵素、5mMのリン酸ナトリウム、145mMの塩化ナトリウム及び0.05%のポリソルベート80を含有し、pHは7.0である、IT投与されるリソソーム酵素含有製剤」 (イ) 甲6の19頁の図9には、ビヒクルに係る次の発明(以下「甲6発明(ビヒクル)」という。)が記載されている。
「5〜20mMのリン酸ナトリウムを含有し、さらに塩化ナトリウム及びポリソルベート20を含有し、pHが5.5〜7.0である、CNS送達用のビヒクル」 イ 相違点の容易想到性 (ア) 甲6発明(製剤)の適用 次の点からすると、当業者は、甲2発明に甲6発明(製剤)を適用するよう強く動機付けられるのであり、甲2発明に甲6発明(製剤)を適用して相違点の構成を 採用することは、当業者が容易に想到し得た事項である。
a(a) 甲6発明(製剤)のビヒクルは、CNS送達において優れた忍容性を示す。
また、甲6の3(甲6の3は、甲6の2と同一の文献であるが、添付の訳文において訳出されている範囲が甲6の2とは異なっているものである。 には、
) ヒトに対するCNS投与のための製剤には高濃度の酵素(具体的には10mg/mL以上) が求められることが記載されている。CSF量の比較から、ヒトを投与対象とするCNS投与によって治療効果を得るためには、投与される補充酵素の量をマウスを投与対象とする場合よりも大幅に高める必要がある(甲4の[0081]甲23の2、

甲63、64)一方で、ヒトに対する投与量は、3mL以下とするべきであり、その結果、補充酵素の濃度は高くなる(日本でも、ヒトのCNS投与のための製剤としては、2mLの製剤が上市済みであったもので(甲65、66、85〜88)、ヒトのCNS投与のための製剤の量は、少ないことが望ましい。 。したがって、甲6 )発明(製剤)は、ビヒクルの優れた忍容性及びヒトへの投与のための高い補充酵素濃度の要請という観点から、CNS送達に適している。
(b) 甲6の3には、IT投与において酵素が脳組織内に分布することも記載されているところ、被告の主張によると、ITとICVとは投与部位が異なるだけで、
IT投与の知見をICVに適用する動機付けが当然に肯定されることになる。
(c) したがって、甲6は、酵素濃度を高めるという強い動機付けを提供するとともに、効果に関し、ICV投与後の相当な脳組織分布を示唆している。
b 本件明細書に記載された実施例の結果は、次のような従前のモデル動物に対するIT又はICV投与による酵素補充療法の結果及びヒトに対するIT投与による酵素補充療法の結果から予想された範囲内にある。
(a) モデル動物を用いたIT及びICV投与による酵素補充療法 モデル動物に対するIT又はICV投与による酵素補充療法については、本件出願日前(本件出願の優先日前)に既に多数の報告例があった。治療効果が得られること、補充酵素が脳内に広く分布すること、そして脳組織に浸透することも報告済 みであった(甲2(クラッベ病;マウス;GALC)、甲3の実施例3(ニーマン-ピック病;マウス;rhASM)、甲4の実施例2及び3(ムコ多糖症I型(MPSI) ;ラット及びイヌ;rhIDU)、甲67(MPSI;イヌ;rhIDU)、甲68(MPSI;イヌ;rhIDU)、甲69(LINCL;マウス;TPP1)。こ )の点、上記先行文献の実験において、IT及びICV投与にてリソソーム酵素が脳組織に浸透し細胞に取り込まれた理由としては、投与された酵素の濃度勾配と、マンノース-6-リン酸(M6P)受容体の存在とが挙げられる(甲68の62頁、
甲69の654頁)。リソソーム酵素は、翻訳後修飾の際に、オリゴ糖の末端にあるマンノースの6位がリン酸化される。トランスゴルジ網にはM6P受容体が存在し、
マンノース-6-リン酸化を受けたリソソーム酵素を選択的に結合する。それにより、リソソーム酵素は、トランスゴルジ網から後期エンドソームへ輸送される(甲53)。
(b) ヒトを対象としたIT投与による酵素補充療法の先行例 本件出願の優先日前に、IT投与による酵素補充療法がヒトに適用され、その結果が報告されていた(甲76)。具体的には、MPSIの患者に対し、ラロニダーゼ(α-L-イズロニダーゼ)がIT投与され、症状の改善がみられた。
(イ) 甲6発明(ビヒクル)の適用 前記(ア)と同様に、当業者は、甲2発明に甲6発明(ビヒクル)を適用するよう強く動機付けられるのであり、甲2発明に甲6発明(ビヒクル)を適用して相違点の構成を採用することは、当業者が容易に想到し得た事項である。
(2) エリオットB溶液に係る技術常識の適用 ア エリオットB溶液のリン酸塩濃度及びpHの範囲に係る技術常識(以下「エリオットB溶液の技術常識」という。) エリオットB溶液は、リン酸塩として、Na2HPO4・7H2Oを含み、そのリン酸塩濃度(液中でリン酸塩として解離して存在するイオンの濃度)は、1.5mEq/Lであり、そのpHは、6.0-7.5である(甲6の2の図3、甲21、5 9、60。本件明細書の【0105】も参照。人口CSFについて甲3も参照)。そして、1.5mEq/Lは、0.5mMに当たる。
イ 相違点の容易想到性 (ア) 本件発明1のリン酸塩濃度の範囲は、エリオットB溶液の0.5mMを含有する。また、エリオットB溶液のpHは、その大半が本件発明1のpHの範囲に含まれる。しかも、リソソーム内部は酸性であり、リソソーム酵素は生体内では酸性環境に置かれるから、リソソーム酵素のビヒクルも酸性(pHが7.0以下)であることが望ましい。
したがって、甲2発明に、エリオットB溶液の技術常識を適用して、相違点の構成を採用することは、当業者が容易に想到し得た事項である。
(イ) 人工CSFは、CSFの代替として製造され、CSFの投与のためのビヒクルとしてヒトに使用されてきたのであり(甲59) 人工CSFであるエリオットB 、
溶液をビヒクルとして使用する場合に忍容性が良好であることは当然である。
それにもかかわらず、本件発明1のリン酸塩濃度の範囲及びpHの範囲が良好な忍耐性を示すという技術的意義を有することを理由に、相違点について動機付けを否定した本件審決には誤りがある。
(ウ) 本件審決は、当業者においてクエン酸緩衝液とリン酸緩衝液を置き換えることを考えるとはいえないと判断したが、補充酵素を有効成分とする薬学的組成物をCSFに導入するに際し、薬学的組成物のリン酸塩濃度及びpHを人工CSFの値とし、相違点の構成を採用することは、当業者が容易に想到し得た事項である。
また、本件審決は、エリオットB溶液のpHは6.0〜7.5であり、本件発明1のpHの範囲である5.5〜7.0とは異なると判断したが、エリオットB溶液のpHの範囲の大半は、本件発明1のpHの範囲と重なっており、リソソーム酵素のビヒクルも酸性であることが望ましいため、上記判断には誤りがある。
ウ 甲6について 甲6にもエリオットB溶液に関する記載があり、甲6は、エリオットB溶液の技 術常識を補強する証拠でもある。したがって、甲6を踏まえると、前記ア及びイの点は、より一層明らかである。
エ 被告の主張について (ア) 被告は、CSFに投与される製剤のpHは、CSFと同じレベルに設定する必要があり、薬剤を希釈後の製剤のpHをCSFのpH(7.31)に適合させることが副作用軽減の観点から求められていたなどと主張するが、エリオットB溶液について前記3(3)イで指摘した点に照らし、被告の主張は誤っている。
本件発明のpHの下限値は5.5であり、エリオットB溶液のpH(6.0-7.5)の下限値よりも更に酸性側にある。製剤のpHがCSFのpH(7.31)に適合しているとしたら、エリオットB溶液のpHは、なおさらCSFのpH(7.31)に適合している。
また、承認された多くのIT投与用の製剤において、pHの下限は酸性側にあり、
他方でpHの上限が7.5を超えるものも少なくなく、しかも、大半の製剤において、希釈材は食塩水であって緩衝剤は使用されていない(甲6の図4)。それらの製剤においては、投与量が少量であるため、製剤がCSFによって希釈されてpHの変動は小さく、また、1日当たり約500mLのCSFが産生される(乙31)ことから、製剤のpHがCSFから離れていても問題が生じないものと解される。
被告において、CNS投与用(IT投与及びICV投与を含む。)の製剤のpHが7.31付近でなければならないと主張するのであれば、それは技術常識に反している。
(イ) 被告は、リソソーム外(細胞内液と細胞外液)のpHを中性領域(CSFと同様のpH)に維持する必要があったと主張するが、細胞内における議論と製剤における議論を同列に扱っている点で誤っている。本件発明は、製剤に関するもので、
製剤と細胞内の環境とは異なり、製剤では、酵素によって分解される成分が存在するわけではない。
(ウ) 被告は、本件発明1におけるpHの範囲は、補充酵素をリン酸緩衝剤で希釈 後の薬学的組成物のpH範囲を規定したものであると主張するが、前記3(3)イで指摘したように、エリオットB液に溶質を溶解させる場合、強い酸又は強いアルカリを溶解させる場合を除いて、その溶液のpHも6.0-7.5の範囲内となる。
(3) 甲5に記載された技術の適用 ア 甲5に記載された技術 甲5の酵素調整(Enzyme preparation)の項には、ムコ多糖症VI型(MPS-VI)を有するネコモデルに組換えヒトN-アセチルガラクトサミン-4-スルファターゼ(rhASB)緩衝溶液(rhASB 5mg/ml、リン酸ナトリウム 10mM、塩化ナトリウム 150mM、ポリソルベート80 0.025%、pH5.8)を髄腔内投与したことが記載されている。
すなわち、甲5には、補充酵素の濃度として5mg/ml、リン酸塩濃度として10mM、pHとして5.8の組成物に係る技術(以下「甲5技術」という。)が開示されており、これは、本件発明1のリン酸塩濃度の範囲及びpHの範囲に包含される。
イ 相違点の容易想到性 (ア) 甲5は、IT投与に関するものであるが、本件審決の優先権に関する認定判断のとおり本件出願が優先権主張の利益を享受できるとしたら、IT投与の技術とICV投与の技術とを組み合わせる強い動機付けが肯定されるべきである。
したがって、ICV投与に関する甲2発明に甲5技術を適用し、相違点の構成を採用することは、当業者が容易に想到し得た事項である。
(イ) 本件審決は、甲5について、甲2発明の組成物とは投与経路も補充酵素の濃度も異なるから、甲2発明のpHや緩衝剤を変更することに対する示唆を与えるものではないと判断した。
しかし、投与経路の違い(IT投与とICV投与の違い)を持ち出すことは、本件審決における優先権に関する認定判断と矛盾する。
また、甲5技術に係る組成物が使用時に希釈されるとしても、保存時は、タンパ ク質が高濃度で維持されている。高濃度のタンパク質製剤を製造すること自体は容易である。
そして、CSFへの投与においては、患者への負担を軽減できることから、製剤の量を少なくすること、つまり補充酵素の濃度を高めることが望ましい(甲6によると、CSFへの投与量は3mLが上限である。。静脈投与と比較すると、血液が )体重の約8%を占めているのに対し、CSFの量は、60〜150mL(甲58)、
すなわち血液の約1.5〜3.8%にすぎず、CSFへの投与では、製剤全体の量には制約があるから、補充酵素の濃度を高めることは当業者が当然に採用する事項である(以下「高濃度化の技術常識」ということがある。 。特に、ICV投与では、
)その要請は大きい。従前も、補充酵素の濃度が本件発明1の範囲にある組成物は公知であったもので(例えば甲5) 補充酵素の濃度を高めて本件発明1の範囲とする 、
こと自体は、何ら困難を伴うものではないというべきである。
ウ 被告の主張について (ア) 被告は、甲5の組成物の最終濃度は、1/3の濃度に希釈した1.67mg/mlであり、甲2発明の組成物とは補充酵素濃度が異なるから、甲2発明のpHを変更する動機付けがないと主張するが、補充酵素濃度とpHはそれぞれ独立して設定されるものであるから、補充酵素濃度が異なることは、pHを変更する動機付けを否定する根拠となり得ない。
(イ) また、次の点からして、甲2発明に希釈前の製剤に係る甲5技術を適用することは適切である。
a 甲2では、モデル動物としてのマウスに対し、GALCがICV投与されたところ、マウスのCSFの量及び脳の重量は、ヒトよりも非常に少ないから(甲63、64、82)、ヒトの治療のためには、より多量の補充酵素が必要である(甲4の段落[0081]、甲23の2)。しかし、被験者に対する負担を考慮すると、製剤の量には限界がある。したがって、製剤中の酵素濃度をマウスへの投与に使用された値よりも増やすことが望ましい。
b 甲5では、モデル動物としてのネコに対し、rhASBがIT投与されたが、
ネコのCSFの量及び脳の重量は、ヒトよりも少ないから(甲82、84)、甲5における投与時の製剤ではなく、保存時の製剤を使用することが望ましい(ヒトのCFSの量及び脳の重量は、ネコの約10倍と見積もることができるから、ヒトへのリソソーム酵素の投与量は、甲5の実験での約10倍とすべきところ、製剤の量については5mL以下が望ましく、3mL以下が更に望ましいから、甲5における投与時のリソソーム酵素の濃度のまま人に投与することはできない。 。甲5の組成物 )では、保存時はタンパク質が高濃度で維持されており、高濃度のタンパク質製剤の製造は容易である。
(ウ) 被告は、CSF中での薬物濃度の急激な増加(免疫原性の亢進やたんぱく質の凝集)を避けるために、低濃度で微量ずつ長時間投与する必要があると主張するが、前記2(6)ア(イ)でタンパク質の凝集について述べたところに照らし、被告の主張は誤っている。
なお、被告が指摘する乙7(乙26)においては、組換えヒトIDU(rhIDU)がイヌに対して投与されたもので、異種タンパク質による免疫原性である。異種のタンパク質を投与すると免疫応答が起きやすいことは良く知られており(甲73) ヒトにはヒト由来のタンパク質を投与し、
、 免疫応答を抑制することが一般的である(乙7(乙26)でも、rhIDUをヒトに投与すると抗体価が低かったことが記載されている。。したがって、乙7(乙26)に基づく被告の主張は、的外れ )である。
(エ) 被告は、補充酵素を高濃度で投与するような臨床的に安全かつ有効な酵素補充療法は確立されていなかったと主張するが、本件明細書においても、ヒトの試験は行われていない。
6 取消事由6(甲3発明を基礎とする進歩性の判断の誤り) 本件審決が認定した甲3発明との相違点に係る本件発明1の構成は、甲6発明(製剤)若しくは甲6発明(ビヒクル)を適用することや、甲3若しくは甲6における 示唆を踏まえるなどして補充酵素濃度を高めること、エリオットB溶液の技術常識や甲5技術を適用することによって、当業者が容易に想到し得たものであった。本件審決が本件発明1の認定判断を単に引用するのみである本件発明2〜8及び12についても、同様である。
容易想到性について、具体的には、次のとおりである。
(1) 甲6発明(製剤)又は甲6発明(ビヒクル)の適用等 ア 前記5(1)イ(ア)の点から、当業者は、甲3発明に甲6発明(製剤)を適用するよう、強く動機付けられる(補充酵素の濃度を増やすべきことについては、同(3)ウ(イ)も参照)。
したがって、甲3発明に甲6発明(製剤)を適用して相違点の構成を採用することは、当業者が容易に想到し得た事項である。
イ 前記5(1)イ(ア)の点から、当業者は、甲3発明に甲6発明(ビヒクル)を適用するよう、強く動機付けられる(補充酵素の濃度を増やすべきことについては、
同(3)ウ(イ)も参照)。この点、同(1)イ(ア)a(a)のとおり、甲6(甲6の3)中には、
補充酵素濃度を高めることについての示唆がある。
したがって、甲3発明に甲6発明(ビヒクル)を適用し、更に甲6中の示唆に従って補充酵素濃度を調整することにより、相違点の構成を採用することは、当業者が容易に想到し得た事項である。
(2) 甲3中の示唆及びエリオットB溶液の技術常識の適用 ア 次のとおり、甲3発明に、甲3中の示唆及びエリオットB溶液の技術常識を適用して、本件発明1の構成とすることは、当業者が容易に想到し得たものである。
(ア) 補充酵素濃度について 甲3の【0038】の記載から、甲3に記載の組成物中のリソソーム加水分解酵素の濃度は、全組成物の少なくとも約0.01重量%〜20重量%又はそれ以上である。また、甲3発明の医療キャリアには、生理食塩水及びリン酸緩衝食塩水(PBS)が含まれるところ、それらを用いた組成物の密度が水の密度(すなわち10 00mg/ml)に非常に類似していることは、周知の事実である。そうすると、
甲3発明の組成物の補充酵素の濃度は、約0.1〜約200mg/mlと換算できる。したがって、本件発明1の補充酵素濃度(5mg/ml〜100mg/ml)は、甲3発明の組成物における補充酵素濃度の範囲に含まれている。
また、前記のとおり、ICV投与では、製剤の量を小さくする(酵素濃度を高める)ことが望ましいから、補充酵素の濃度を高めることは、当業者が当然に採用する事項である。
したがって、甲3発明の補充酵素を本件発明1の範囲(5〜100mg/ml)とすることは、当業者が容易に想到し得た事項である。
(イ) pH及びリン酸塩濃度について 甲3の実施例2では、人工CSFが用いられているところ、エリオットB溶液の技術常識は、前記のとおりである。また、同じく前記のとおり、リソソーム酵素のビヒクルも酸性(すなわち、pHが7.0以下)であることが望ましい。
したがって、甲3発明のリン酸塩濃度及びpHを本件発明1の範囲とすることは、
当業者が容易に想到し得た事項である。
イ 甲6を踏まえると、前記アの点は、いずれも、より一層明らかである。
ウ 被告の主張について (ア) 被告は、甲3発明の酵素濃度が本件発明1の酵素濃度範囲内であるとすると、
現実的ではない投与態様となると主張するが、甲3発明ではなく、甲3の実施例を前提とした主張であって、失当である。
(イ) 被告は、甲3の実施例3〜6について、本件発明1の補充酵素の濃度5mg/mL以上で投与するためには、0.05mL以下の液体で6時間にわたって注入する必要があると主張する。
しかし、甲3では、実際には、5mg/mLを大きく超える高濃度の製剤が使用されたと推測されるから、被告の上記主張は適切ではない。すなわち、ヒトでのCNS投与では、投与される製剤の量は、CSFの量の10%以下であるところ、マ ウスのCSFの量は0.04mL(40μL)であるから、CNS投与される製剤の量は0.004mL(4μL)とすることが適切である。そして、0.25mgのhASAを0.004mLの製剤に溶解させる場合、その濃度は、62.5mg/mLとなる。
(3) 甲3中の示唆及び甲5技術の適用 ア(ア) 甲5は、IT投与に関するものであるが、本件審決の優先権に関する認定判断のとおり本件出願が優先権主張の利益を享受できるとしたら、IT投与の技術とICV投与の技術とを組み合わせる強い動機付けが肯定されるべきである。
したがって、ICV投与に関する甲3発明に甲5技術を適用し、相違点の構成を採用することは、当業者が容易に想到し得た事項である。
(イ) また、補充酵素の濃度については、前記(2)ア(ア)のとおり、甲3中にも示唆がある。甲6を踏まえると、この点は、より一層明らかである。
(ウ) したがって、甲3発明に、甲3中の示唆及び甲5技術を適用して本件発明1の構成とすることは、当業者が容易に想到し得た事項である。
(エ) 本件審決は、エリオットB溶液のpHと本件発明1のpHの範囲が異なると判断したが、前記5(2)イ(ウ)のとおり誤りである。
また、本件審決は、甲3には、高濃度のタンパク質を含むICV投与のための医薬組成物について、免疫原性の問題を回避し得るような組成に関する記載はないと判断したが、本件明細書にも免疫原性の問題を解決する手段は開示されておらず、
本件発明1においてもそのような手段は反映されていない。本件発明1は、免疫原性の問題を抱えたままの薬学組成物にも及ぶ。本件審決の上記判断は、その前提を誤るものである。
さらに、本件審決は、甲5では、rhASB濃度を5mg/mlからその1/3の濃度に低下させているから、甲5の記載は補充酵素の濃度を5mg/ml以上とすることに対する示唆を与えるものではないと判断したが、それが誤っていることは、前記5(3)イ(イ)のとおりである。
イ 被告の主張について (ア) 被告は、甲5に記載された製剤の最終投与時の濃度は本件発明の製剤の濃度の下限よりも小さいと主張するが、前記5(3)ウ(イ)のような、マウス又はネコとヒトとの間のCSFの量及び脳の重量の違いや薬剤の投与量の違いを無視したもので、
相当でない。
(イ) 低濃度で長時間投与する必要があるとの被告の主張や、臨床的に安全かつ有効な酵素補充療法が確立されていなかったとの被告の主張が誤っていることは、前記5(3)ウ(ウ)及び(エ)のとおりである。
7 取消事由7(甲4発明を基礎とする進歩性の判断等の誤り) 本件審決が認定した本件発明1と甲4発明との相違点には誤りがある。また、当該誤りの有無にかかわらず、甲4発明との相違点に係る本件発明1の構成は、甲6発明(製剤)又は甲6発明(ビヒクル)や、高濃度化の技術常識及びエリオットB溶液の技術常識などを適用することによって、当業者が容易に想到し得たものであった。本件審決が本件発明1の認定判断を単に引用するのみである本件発明2〜8及び12についても、同様である。
容易想到性について、具体的には、次のとおりである。
(1) 甲4発明の認定等の誤り 甲4発明の認定に当たっては、甲4の[0015]に記載された具体的な補充酵素をその内容に含めるべきであり、そうすると、本件発明1と甲4発明の相違点は、
正しくは、次の相違点’のとおりである。
(相違点’) 「本件発明1は、5mg/ml〜100mg/mlの濃度の該補充酵素と、50mMまでのリン酸塩を含み、かつ該組成物が、5.5〜7.0のpHを有することを特徴とするのに対し、甲4発明は、補充酵素としてイズロニダーゼ、β-グルクロニダーゼ、イズロン酸スルファターゼ、α-N-アセチルグルコサミニダーゼ、
アリールスルファターゼ、グルコセレブロシダーゼ、β-グルコシダーゼ又はN- アセチルガラクトサミン4-スルファターゼを含むものの、5mg/ml〜100mg/mlの濃度の該補充酵素と、50mMまでのリン酸塩を含み、かつ該組成物が、5.5〜7.0のpHを有するものと特定されていない点。」 (2) 進歩性の判断の誤り 前記(1)の相違点’又は本件審決が認定した甲4発明との相違点に係る本件発明1の構成については、甲6発明(製剤)又は甲6発明(ビヒクル)を適用することや、甲6における示唆を踏まえるなどして補充酵素濃度を高めること、エリオットB溶液の技術常識を適用することによって、当業者が容易に想到し得たものであった。具体的には、次のとおりである。
ア 甲6発明(製剤)又は甲6発明(ビヒクル)の適用等 前記6(1)と同様、甲4発明に甲6発明(製剤)を適用して相違点の構成を採用することや、甲4発明に甲6発明(ビヒクル)を適用し、更に甲6中の示唆に従って補充酵素濃度を調整することにより、相違点の構成を採用することは、当業者が容易に想到し得た事項である(なお、イヌのCSFの量がヒトのCSFの量の約10%にすぎないこと、イヌの脳の重量がヒトの脳の重量より少ないことについて、甲67、82参照)。
イ 高濃度化の技術常識及びエリオットB溶液の技術常識の適用等 (ア) 補充酵素濃度について 補充酵素の濃度について、甲4には0.58mg/mLとの記載があるのみである([0021])が、高濃度化の技術常識より、補充酵素の濃度を高めることは、
当業者が当然に採用する事項である。
そして、補充酵素濃度について、甲2では10mg/mL、甲5では5mg/mL、甲3では0.1-200mg/mLである組成物が開示されており、補充酵素の濃度が本件発明1の範囲にある組成物は、公知であった。
したがって、甲4発明の補充酵素の濃度を高めて本件発明1の範囲とすることは、
当業者が容易に想到し得た事項である。
(イ) pH及びリン酸濃度について リン酸塩濃度について、甲4の[0022]の記載によると、甲4発明のリン酸塩濃度を50mMまでとすることについて、甲4中に示唆があるといえる。
補充酵素を有効成分とする薬学的組成物をCSFに導入するに際し、薬学的組成物のpHを人工CSFの値とすることは、当業者が容易に想到し得た事項にすぎない。そして、エリオットB溶液の技術常識や、リソソーム酵素のビヒクルも酸性であることが望ましいことは、前記のとおりである。
さらに、甲5には、pHが5.8との記載がある(甲5技術)。
したがって、甲4発明のpHを本件発明1の範囲とすることは、当業者が容易に想到し得た事項である。
ウ 甲6を踏まえると、前記イの点は、いずれも、より一層明らかである。
エ 本件審決は、甲4発明の補充酵素の濃度をあえて免疫原性のリスクが増す高濃度に変更することを当業者が考えるとはいえないと判断したが、前記6(3)ア(エ)のとおり本件明細書にも免疫原性の問題を解決する手段は開示されていないから、
本件審決の判断は、一貫性及び整合性を欠くものである。
また、本件審決は、甲5ではrhASB濃度を1/3の濃度に低下させている、
エリオットB溶液のpHと本件発明1のpH範囲は異なると判断したが、それらが誤りであることは、前記5(3)イ(イ)のとおりである。
オ 被告は、免疫原性の問題やエリオットB溶液のpH等について主張するが、
いずれも誤りであることは、前記5(2)エ(ア)及び同(3)ウ(ウ)のとおりである。
被告の主張
1 取消事由1(優先権に関する認定判断の誤り)について (1) 優先権の利益を享受できること ア 次のとおり、基礎出願1及び2の明細書の記載全体から、本件発明は、当該明細書に記載されているといえる。
(ア) 本件発明は、組成物(薬学的組成物)という物の発明であるところ、本件発 明と甲16及び17に記載の発明とは組成物として同一である。そして、甲16及び17には、当該組成物の投与部位としてIT投与とICV投与の両方について適用可能であることが記載されており、IT投与の実施例が記載されている。この点、
甲16及び17の実施例2は、対照群と酵素群を複数使用した本件発明の実施例である。実施例2についての「酵素投与群」の記載及び実施例3についての記載から、
甲6と同じく、
「14mg/mLのリソソーム酵素のほか、5mMのリン酸ナトリウム、145mMの塩化ナトリウム及び0.05%のポリソルベート20を含有し、
pHは7.0である、IT投与されるリソソーム酵素含有製剤」が記載されているといえる。そして、その製剤が実際にIT投与によりCNSに直接送達されて酵素が脳組織内に分布したとの効果が記載されている(図2及び4。図2には、投与されたリソソーム酵素が脳深部組織の一つである尾状核の神経細胞に分布することを示している。乙46も参照)。
(イ) 甲16及び17は、その記載内容において、ICV投与を十分具体的に開示しており、具体的な実施例の記載がないにすぎない。
この点、本件明細書には、本件発明の製剤を脳室内に注射できること(例えば、
実施例3、5、9、10、13及び14参照)や、IT投与はCNS送達の一例にすぎないことなどが明確に記載されているが、このことは、本件出願の優先日当時における当業者の技術常識ともよく一致する。すなわち、ICV注射もIT注射も、
CSFで満たされた同じ環境に薬物を送達していることは、よく知られていた(甲16及び17の図1。同図は、ICV投与とIT投与は、いずれも脳脊髄液に薬物(治療用酵素)を直接注入することが可能であり、両者は投与部位が異なるだけであって、いずれかによる薬物のCNSデリバリーにより治療効果が得られたならば、
同じ薬物を用いれば、他方においても同様に治療効果が得られることを当業者が認識できるという意義を有するものである。 。また、CSFは、脳室を満たし、脳と )脊髄を取り囲んでいる(甲3の【0034】参照)。それゆえ、ICV注射とIT注射は、ICV注射が脳室腔に直接注射するのに対し、IT注射は脊髄に注射すると いう、注射部位を異にするにすぎない。基礎出願1及び2の当時、ITの知見がICVに適用できることは、明らかであった。
IT投与とICV投与のいずれの投与経路も脳脊髄液の循環経路に投与される点に鑑みると、同じ組成物をいずれの投与部位に投与しても同様の効果を奏することは、甲16及び17の記載全体及び当該技術分野における技術常識から容易に理解することができる。
したがって、当業者が、当該分野における技術常識に照らして、甲16及び17を読めば、それらに記載の製剤は、IT注射及びICV注射の両方に適した製剤として等しく適用され得ることを容易に理解することができる。
イ(ア) 原告は、甲16及び17の実施例1〜3がいずれも医薬組成物としての効果に関するものではないと主張するが、それらの実施例に記載されている「薬学的(医薬)組成物」「酵素投与群」「治療効果」等の文言を無視したものであって失 、 、
当である。
(イ) 原告は、甲16及び17の実施例2が本件発明の実施例ではないと主張するが、原告が指摘する「pH7.5の水性溶液」は「対照群」に係るものであって、
「酵素投与群」についてのものではない。
(ウ) 原告は、甲16及び17の実施例3がビヒクルの忍容性の効果に関するものであって医薬組成物としての効果に関するものではないと主張するが、前記ア(ア)で指摘したとおりであって、原告の主張は失当である。
(エ) 原告は、甲16及び17の記載の下では、当業者はICVによる本件発明を過度の試行錯誤なしに実施することができないと主張するが、前記アのとおり、IT投与の実施例とICV投与についての記載をもってすれば、甲16及び17には、
ICV投与も含めて十分にサポートされ、物(組成物)に係る本件発明が実施可能な程度に記載されているといえる。
(オ) 優先権の利益の判断は、記載や実施例の量に基づく判断ではなく、実質的に同一の発明が記載されているか否かの質的判断であるところ、原告が指摘するモデ ル動物に対する酵素のIT投与の結果等の追加実施例の記載は、甲16及び17に記載された発明の効果を確認的に記載するものにすぎず、それらの記載があることによって、甲16及び17に記載されていた実施例等に裏付けられる発明の効果が変更されたり否定されたりするものではない。
(カ) 原告の主張は、後記(2)のとおり、甲16及び17の記載や図表が明らかに甲6のものと同一であるにもかかわらず、甲16及び17には発明の記載がないと解釈する一方で甲6にはその記載があるとの恣意的な解釈に基づくものであって、失当である。
(2) 甲6が甲16及び17と実質的に同一の内容を開示していること ア 甲6の著者は、基礎出願2に係る発明の発明者の1人である Zahra Shahrokhを含み、甲6の図1〜3、6〜8、10及び11は、それぞれ、甲16及び17の図1、2、表1、2、図3〜6に対応し、甲6の図9は、甲16及び17の実施例2、3に対応している。また、その他の記載内容も、甲6の図5において具体的な先行技術として挙げられている参考文献8、19〜30も、全て甲16及び17に開示されている。甲6の図4に記載されているのは、補充酵素を薬物として含有する製剤ではなく、全て疎水性の低分子薬物を含有するIT投与用製剤の公知例にすぎない。
甲6と甲16及び17の記載が非常によく似ているのは、本件発明の発明者が、
先願主義の原則に従い米国仮出願を行って特許権利化のための出願日をまず確保した上で、出願後に研究成果の論文発表を行ったためである。
したがって、甲6の記載は、甲16及び17の開示内容と実質的に同一である。
イ 本件明細書の【0001】で援用されるように、甲16及び17の明細書全体について、優先権主張されているのであるから、本件特許が甲16及び17の出願後に同内容について公開された甲6により不利な取扱いを受けないこと(甲6が先行技術文献になり得ないこと)は、特許法41条2項の規定からも明白である。
2 取消事由2(実施可能要件違反)について (1) 発明の詳細な説明の記載は、本件発明1〜8及び12について、当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものである。
(2) 本件明細書には、動物モデルに脳室内注入することに成功した5mM未満のリン酸塩を有する複数の製剤(例えば、実施例9、13及び14を参照)が具体的に記載されており、リン酸塩が添加されていない製剤であっても、脳の深部組織における酵素の広い分布が実証されている。すなわち、例えば、本件明細書の実施例13で投与されるrhASA製剤は、本件発明の薬学的組成物の発明特定事項を充足するもので、リン酸塩は添加されていない(【0387】、表28。IT投与のための製剤に関する記載であるが、
【0391】に記載のICV投与されるrhASAの投与量も同量であり、それに係る製剤も同一処方であることが推認される。。そ )の上で、
【0391】の記載から、rhASAをICV投与したカニクイザルにおけるrhASAの深部白質及び深部灰白質脳組織への浸透は、IT投与と同等であることが分かるから、IT投与されたrhASAが18.6mg用量(31mg/mL)の場合のみならず低用量1.8mg用量(3mg/mL)の場合にも治療効果があったことを実証する【0392】の記載は、ICV投与でも同様に治療効果を示すことを証明するものである。このように、本件明細書には、リン酸塩が添加されていない場合であっても、本件発明の製剤は、ICV投与によって脳組織内に浸透し、治療効果を発揮することができる濃度まで達することが記載されている。
上記に関し、仮に、リン酸塩無添加のrhASA製剤で補充酵素の熱安定性及び/又は凝集性に問題があれば、IT投与されたrhASAが脳組織に浸透することができず、ましてや、その脳組織内濃度が標準治療濃度を超えて上昇することはできないから、上記実施例の記載は、リン酸塩無添加のrhASA製剤の熱安定性及び凝集性に問題がなく、IT投与であっても、更にIT投与と同程度の脳組織への浸透を示したICV投与であっても、リン酸塩無添加の製剤において、高濃度の補充酵素製剤を実現できていることを示すものである。
この点、本件明細書の実施例9、13及び14は、凝集体の生成について何ら記 載していない。そして、有効成分のタンパク質の凝集が免疫原性に影響を及ぼすかどうかは、単量体か凝集体(不可逆な沈殿物)かの二者択一で決まるのではなく、
単量体との間に平衡関係(又は2つ以上の会合状態間での可逆的な会合平衡)が成り立つ可逆的な凝集体であるか、不可逆的な凝集体(目視可能な粒子又は沈殿物)であるかが重要であることが、本件出願の優先日前に公知であった(乙42)。仮に薬学的組成物の溶液の時点で可逆性の二量体又はオリゴマーが形成されたとしても、
CSF中に投与され、CSFで希釈される際に、単量体と平衡状態にあるものであれば、免疫原性の問題は生じない蓋然性が高いことを、当業者であれば当然に理解できる。本件明細書の【0208】の記載から、本件発明においては、免疫原性の問題は生じない蓋然性が高い。
そして、リン酸塩無添加の製剤においても、5mMから50mMの範囲の製剤においても、脳の深部組織に治療標的の濃度でリソソーム酵素を送達可能であるから、
5mMまでのリン酸塩を含む範囲の製剤も、熱安定性及び凝集性に問題がないことは明らかである。
また、高濃度の補充酵素製剤を調製する場合、添加されるリン酸塩とは別に、原料用タンパク質に結合したリン酸塩や貯蔵液からの持ち込みに含まれる微量のリン酸塩も、当該製剤には含まれ得るから、痕跡量のリン酸塩を含有する製剤の調製は、
当業者にとり、何ら技術的困難性を伴うものではない。
さらに、本件明細書は、甲16及び17に含まれていた製剤デザイン空間(図5)の主要なパラメータ(リン酸塩濃度とpH)を包含するものである。同図に、pHが5.5〜7.0であり、かつ0〜5mMのリン酸塩を含有する製剤がCNSへの高濃度のリソソーム貯蔵酵素の投与を副作用なく安全に行えるように記載されていることからも明らかなように、本件明細書には、リン酸塩の濃度が0〜5mMの範囲の製剤について実施可能な程度に記載されているといえる。
以上に加え、そもそも、0〜5mMのリン酸塩濃度の薬学的組成物の安定性の具体的な実施例が記載されていなくとも、5m〜50mMの範囲のリン酸濃度の薬学 的組成物の安定性についての本件明細書の記載(実施例1。なお、本件明細書の図3と類似する、甲16及び17の図5に係る実施例3参照)及び当時の技術常識を考慮すると、本件発明を実施できる程度に発明の詳細な説明が記載されていると判断でき、本件審決も、そのような判断をしている。本件発明の発明特定事項には、
「安定」という要件は含まれておらず、また、原告が求めるように、特許請求の範囲に含まれる全ての態様について実施例が求められるものではない。
(3) 本件明細書の表3において、NaClは、等張化剤の一例として開示されており、このことは、NaClが本件発明の製剤の例示的成分として使用できることを意味しているにすぎない。
また、本件発明がICV投与されることを特徴とする以上、本件発明の課題と関係なく、ICV投与の際にCSFとの等張化を目的として等張化剤を含むものを本件発明に係る薬学的組成物として使用することは、当業者であれば、当然に理解できる。実際、甲16及び17の図3は、タンパク質の溶解度に寄与し得る許容可能なNaCl濃度に大きな範囲があることを示すもので、当業者であれば、製剤の安定性を達成するために適切な濃度を容易に最適化し、決定することができる。NaClを含む等張化剤は、ICV投与用製剤においては、CSFとの等張化、CSFの組成の平衡及び対象の頭蓋内圧を保持する必要があるために、本件発明の課題の解決のいかんにかかわらず、当業者であれば、必要に応じて普通に適用するものである(本件明細書の【0110】【0125】等参照)から、本件発明の発明特定 、
事項になっていない。原告が主張するイオン強度は、本件発明において必須の構成要件に当たらない。
したがって、NaClが0〜50mMの範囲における最高特活性及び沈殿に関する記載がないことは、本件発明の実施可能性に何ら影響を与えるものではない。
(4) 本件明細書の実施例13からして、rhASAのICV投与においても、0〜50mMの範囲のリン酸塩を有する製剤の熱安定性及び凝集性に問題がないことが明らかである。
(5) 本件発明2〜8及び12についても、同様である。
3 取消事由3(サポート要件違反)について (1) 本件発明の課題及び課題解決のための手段 ア 特許請求の範囲の記載及び本件明細書の【0002】〜【0008】の記載からみて、本件発明の課題は、グリコサミノグリカンの大きな蓄積により、種々の型のCNS症候を生じさせるリソソーム蓄積障害の処置のために、血液脳関門及び脳表面でのバリアの存在などの障害物を克服し、脳に治療薬を有効に送達するための薬学的組成物を提供することである。
イ CSFに投与する際のリソソーム補充酵素の製剤のpHは、CSFのpHに適合させる必要があり、また、リソソーム補充酵素のような高濃度のタンパク質の投与には、タンパク質の凝集に伴う免疫原性亢進の危険性等が存在したにもかかわらず、本件発明1は、
「5mg/ml〜100mg/mlの濃度のリソソーム補充酵素」「50mMまでのリン酸塩」及び「5.5〜7.0のpH」という発明特定事 、
項を採用することによって、忍容性、安定性を満足し、リソソーム蓄積症に罷患しているかその疑いのある対象に脳室内投与して治療効果が得られるという優れた効果を初めて達成し、前記アの課題を克服したものである。
(2) 原告の主張するサポート要件違反がないこと ア 前記2(2)のとおり、本件明細書では、実施例13において、リン酸塩0mMのrhASA製剤の治療効果は実証されており、同製剤の熱安定性及び凝集性に問題がなく、IT投与であってもICV投与であっても、リン酸塩0mMの高濃度の補充酵素製剤を実現できていることが示されているから、当業者であれば、0mMを超えたリン酸塩濃度、例えば、リン酸塩濃度が0〜5mMの範囲であっても高濃度の補充酵素製剤を実現できることを容易に理解することができる。また、本件明細書の実施例1の記載等から、5〜50mMまでのリン酸塩を含む薬学的組成物だけでなく、0〜5mMまでのリン酸塩を含む薬学的組成物もまた、当業者において技術常識も踏まえて前記課題が解決できるであろうとの合理的な期待が得られるも のである。
イ 同じく前記2(3)のとおり、イオン強度が本件発明の課題の解決に寄与しないことも、本件明細書に記載されており、また、本件発明がICV投与されることを特徴とする以上、当業者であれば、本件発明の課題とは関係なく、CSFとの等張化を目的として等張化剤を使用することも当然に理解することができる。
さらに、タンパク質の溶解度に寄与し得る許容可能なNaCl濃度が広範囲にわたることを示す甲16及び17の図3(右)と、タンパク質の溶解度に寄与し得る許容可能なpHが広範囲にわたることを示す甲16及び17の図3(左)とが別々の図として示されていることからも明らかなように、それぞれの条件単独でタンパク質の溶解度への貢献が実現されているところ、本件発明では、
「5.5〜7.0のpH」及び「50mMまでのリン酸塩」によって高い酵素濃度が実現されているのであって、イオン強度を必ずしも必要とするものではない。
ウ(ア) 本件明細書の【0105】の記載は、エリオットB溶液のみを高濃度の補充酵素の緩衝剤兼ビヒクルとして使用した場合について言及したもので、本件発明1の発明特定事項の全てを充足する薬学的組成物についての記載ではない。特に、
原告の主張は、エリオットB溶液で高濃度の補充酵素を希釈するだけで、希釈後の薬学的組成物のpHがエリオットB溶液自体の添付文書(甲21)に記載の下限のpHに近い範囲になることを前提とする点で誤っている。
(イ) この点、まず、甲21には、エリオットB溶液のpHが「6.0-7.5」、
脳脊髄液のpHが「7.31」と記載されているが、甲21に「REFERENCES」として唯一挙げられている乙34の表3には、エリオットB溶液自体のpHの実測値が「7.0-7.4」と明記されている。したがって、まず、エリオットB溶液自体のpHを、どのようにして、本件発明のクレームの範囲(5.5―7.0)に調整するのかが不明である。
(ウ) また、次の点からすると、@エリオットB溶液をIT注射の希釈剤として使用する場合には、薬物希釈後の製剤(すなわち薬学的組成物)のpHをCSFのp Hに適合させることが副作用軽減の観点から求められていることや、A希釈剤として使用され得る緩衝液自体のpHは、薬物希釈後の製剤(すなわち薬学的組成物)のpHとは必ずしも一致せず、pH値として2以上(水素イオン濃度に換算すると100倍以上)の差が見られる場合があることから、人工CSFで希釈後の製剤のpH範囲を予測することは難しく、CSFへの直接注射に適した安全な製剤の提供には更なる課題があったことを当業者は理解することができる。それにもかかわらず、エリオットB溶液自体のpH範囲以外、何ら具体的な根拠を示すことなく、本件発明がエリオットB溶液にタンパク質を溶解させた組成物にまで及ぶという原告の主張は、その前提を欠くものであって失当である。
a 乙34には、
「エリオットB液は、電解質組成及び緩衝能において、CSFと類似しており、メトトレキサート及びシタラビンの希釈液のpHを7.2〜7.8に維持する唯一のビヒクルであった」こと、
「エリオットB液は、メトトレキサート及びシタラビンのpHを有意に変化させる唯一のビヒクル体であった(表3) もの 」で、
「試料は、通常報告されたCSFのpHの0.2単位以内の範囲にあった」こと、
「エリオットB液の緩衝能は他のビヒクルより優れており、酸性製剤(シタラビン)及び塩基性製剤(メトトレキサート)の最終pHに影響を及ぼすのに十分であった」ことが記載され、実際に、凍結乾燥されたメトトレキサート(50mg)をエリオットB液で希釈した製剤(Methotrexate (1))のpHは、7.2又は7.3であり、
CSFのpH(7.31)とほぼ同じであったことが読み取れる。
b 他方で、乙34の表3によると、エリオットB溶液以外の希釈剤として試験されたラクトリンゲル注射液(ビヒクルのみ)のpHの実測値が6.5-6.8、
塩化ナトリウム注射液(ビヒクルのみ)のpHの実測値が6.0-6.4であったのに対し、凍結乾燥されたメトトレキサート(50mg)をそれらで希釈した製剤(Methotrexate (1))のpHは7.1-7.6であったこと、凍結乾燥していない市販のメトトレキサート2.5mg/ml溶液をそれらで1mg/mlに希釈したもの(Methotrexate (3))のpHは8.3-8.5であったこと、それらを使用し たシタラビン製剤のpHは5.3、5.6であったことが分かる。他方で、そのようにエリオットB溶液以外のビヒクルでは酸性製剤(シタラビン)又は塩基性製剤(メトトレキサート)となるような非中性製剤も、エリオットB溶液では脳脊髄液(CSF)のpHに近い、pH7.2〜7.8の中性の製剤にすることができたことが分かる。
この点、メトトレキサートやシタラビンのような低分子医薬をエリオットB溶液に溶解させた場合、pHが若干シフトすることはあり得るかもしれないが、その100倍以上の分子量を持ち、強塩基でも強酸でもない補充酵素(タンパク質)を仮にメトトレキサートやシタラビンと同質量含んだとしても、その酸又は塩基としてのグラム当量数(質量/グラム当量;いわゆる規定濃度(N))は、メトトレキサートやシタラビンと比較して無視できる程度となるため、エリオットB溶液に溶解させた場合には、エリオットB溶液自体の実測値とほぼ同じpHになることを、当業者であれば容易に推認することができる。
なお、甲6の図4に記載されている製剤の有効成分は、全て低分子化合物であり、
その物理化学的性質(分子量、コンフォメーションの変化、安定性、溶解性、薬物動態等)、免疫原性を含めた安全性、投与量、投与速度等に特段の対応を要する生物起源の高分子化合物(タンパク質)であるリソソーム酵素(乙44参照)とは、全く別物である。
c 乙34には、抗腫瘍剤のIT投与方法の副作用が、嘔吐、発熱、頭痛等から分かる化学的髄膜炎から、脚の痛み、麻痺、白質脳症等の多岐にわたり、IT投与するための注射液のpH、イオン組成又は抗菌防腐剤が、これら副作用を生じさせる毒性のいくつかに関与している可能性も示唆されている。
4 取消事由4(明確性要件違反)について 請求項1において、
「リン酸塩を含む」とされている以上、本件発明1の薬学的組成物にリン酸塩が含まれていることは明らかである。そして、僅かな量のリン酸塩(例えば、原料用タンパク質に結合したリン酸塩や貯蔵溶液からの持ち込みに含ま れる微量のリン酸塩)であっても、本件発明の技術的範囲に含まれ、排除されるべきものでないことも明らかである。
そのように、本件発明1の薬学的組成物にリン酸塩が含まれ、その濃度が50mMまでであることが明確である以上、濃度の下限がないことによって発明が不明確になるものではない。原告の主張は、サポート要件に関わる内容であって明確性とは別の問題である。
5 取消事由5(甲2発明を基礎とする進歩性の判断の誤り)について (1) 甲6発明(製剤)又は甲6発明(ビヒクル)の適用について ア 甲6発明(製剤)の適用について 甲16及び17の図1の存在にもかかわらず、甲16及び17にはICV投与に関する記載はないとの原告の主張によって優先権が否定される場合、甲16及び17と実質的に同一の内容を開示する甲6にも、同様にICV投与に関する記載はないと判断されなければならない。
そうであれば、甲6からも、IT投与の知見をICV投与に適用する動機付けはないこととなり、当業者においては、本件発明に容易に想到し得るものではないと判断されるべきである。
イ 甲6発明(ビヒクル)について 前記アと同様、甲2発明に甲6発明(ビヒクル)を適用する動機付けはない。
なお、原告が提出する証拠のうち、甲65、66、70〜74、80及び82は、
いずれも本件出願後に発行されたものであり、タンパク質製剤である本件発明に関する本件出願日当時の技術水準(技術常識)を示す文献としては、不適切であり、
それらの証拠に基づく原告の主張は、失当である。また、甲65及び66に関し、
メトトレキサート及びシタラビンは、高濃度での使用において凝集が懸念される分子量が数万以上のタンパク質(高分子)医薬ではなく、分子量がそれぞれ454.44及び243.22である低分子医薬であるから、これら低分子医薬の製剤に関する証拠のみに基づいて、高濃度のタンパク質含有医薬を含むヒトのCNS投与の ための製剤全般として、2mLの製剤が上市済みであったとは到底いえない。さらに、甲82については、表2(Table 2)と、その引用元とされる文献(乙40)とが整合していないことからも、本件出願日当時の技術水準を示す文献として不適切である。
(2) エリオットB溶液の技術常識の適用について ア 前記3(2)ウ(ウ)のように、乙34によると、本件出願の優先日前において、
IT投与等の希釈剤として使用する人工CSFとして、薬物の種類や液性、また人工CSF自体のpH範囲によらず、薬物を希釈後の製剤(すなわち薬学的組成物)のpHを、CSFのpH(すなわち7.31)に適合させることが、副作用軽減の観点から求められていた。
したがって、本件発明1の薬学的組成物のpHの範囲は、エリオットB溶液自体のpH値とは通常異なるのであって、当該pH値を包含しているとはいえない。補充酵素をリン酸緩衝剤で希釈後の薬学的組成物のpH範囲を規定した本件発明1について、専ら人工CSF自体(ビヒクルのみ)のpH値のみに依拠して論じる原告の主張は、失当である。
イ 原告は、リソソーム酵素のビヒクルも酸性であることが望ましいと主張する。
しかし、リソソーム内は酸性(pH3〜5)に保たれており、ほとんどの加水分解酵素は酸性領域に最適pHを持つが、細胞内で細胞質とリソソーム内との間にpH値が2以上の差(100倍以上の水素イオン濃度の差)があることにより、リソソーム内の加水分解酵素がリソソームから漏れ出したとしても、細胞自身を消化してしまう危険性を回避していることが、本件出願の優先日前の技術常識であったもので、それゆえ、リソソーム内以外で加水分解酵素が働かないように、リソソーム外(細胞内液と細胞外液)のpHを、酸性ではなく、中性領域(すなわち、CSFと同様のpH)に維持する必要があったことは、当該分野における技術常識であった(乙31〜33)。
したがって、原告の上記主張は、本件出願の優先日前の技術常識の正しい理解に 基づくものではない。
ウ 実際に、CSFに投与(ICV投与又はIT投与)するための薬学的組成物のpHを7.0以下に調整する動機付けがなかったことを裏付ける問題点として、
次の事項も本件出願の優先日前に知られていた。
すなわち、CSFは、その総量が通常90〜150mLであって(乙31)、血液の総量に比べてはるかに少ないことから、血液に比べて緩衝能力がはるかに低く、
pHの小さな変化が大きな影響を与える可能性があること、実際、モルヒネ(pH4付近)のような酸性薬剤がCSFのpHを低下させ、ミオクローヌス発作、知覚過敏、タキフィラキシー(薬剤の反復投与により薬剤が急速に効果を失うこと)の原因となることが、本件特許の優先日前に知られていた(乙8)。
エ 以上のように、本件発明1の薬学的組成物のpHの範囲は、エリオットB溶液自体のpH値とは通常異なるので、当該pH値を包含しているとはいえない。また、CSFへの薬学的組成物投与はCSFのpH(7.31)を変化させるものであってはならないこと、更には、CSFに投与される薬学的組成物の有効成分はリソソーム酵素であり、これらはリソソームの酸性条件で最も働くように酵素活性を生じるpHは酸性側によっているため、リソソームに送達されるまでは、細胞自身を消化してしまう危険性を回避するために、リソソーム酵素のpHは酸性側に置かれない方がよいことが、本件出願の優先日前の技術常識であったことに鑑みると、
当業者であれば、むしろ、pHの範囲を5.5〜7.0に変更しようとはしないはずである。したがって、原告の主張は失当である。
(3) 甲5技術の適用について ア 甲5においてIT注射に用いられた製剤は、rhASBが5mg/mlの濃度で含まれている調製物ではなく、当該調製物1倍量を2倍量のエリオットB溶液で希釈して調製したものであり、rhASBの製剤中の最終濃度は5mg/3ml(すなわち1.67mg/ml)となる。このように、甲5に記載された発明に係る組成物中の補充酵素の濃度は、IT投与の時点で、本件発明の薬学的組成物中の 酵素濃度をはるかに下回っている。
したがって、甲5の記載について、脳室内投与の組成物である甲2発明の組成物と、投与経路も補充酵素の濃度も異なり、甲2発明のpHや緩衝剤を変更することに対する示唆を与えるものであるとはいえないとの本件審決の判断に誤りはない。
イ(ア) 原告は、CSFの量が少ないことや患者への負担が大きいことを考慮すると、有効成分の濃度が高いことが望ましいなどと主張する。
(イ) しかし、本件特許の優先日前に、脳脊髄液への投与に使用する薬物含有製剤の薬物の濃度について、次の事項が知られていた。
すなわち、乙34では、製剤のpH(製剤のpHを脳脊髄液(CSF)と同等の範囲に維持すること)やイオン組成等がIT注射における副作用の毒性に関与していることが示唆されており、甲3の【0003】には、
「直接注射による脳への補充酵素を導入する試みは、一部には局所的な高濃度による酵素の毒性及び脳における限られた柔組織への拡散割合のために限定されている」と記載され、脳脊髄液への補充酵素の投与は低濃度が望ましいことが示唆されていた。さらに、 (乙26) 乙7には、送達されるタンパク質の濃度と量を増やすと脳への透過が増える可能性が示唆されているものの、タンパク質は強力な免疫原になる可能性があることや、免疫原性の増加が、例えば、炎症反応により安全性に影響を与えるだけでなく、有効性に悪影響を与える酵素中和抗体を産生する可能性も示唆されていた。さらに、タンパク質が高濃度では凝集する傾向があり、凝集タンパク質により免疫原性が高まることは、本件特許優先日当時の技術常識であった(乙9〜11)。なお、ヒト由来のものを用いた場合についても、免疫原性の報告例が本件出願日前に多数存在していた(乙43)。
それゆえ、薬物濃度の増加(特に補充酵素のようなタンパク質濃度の増加)により、人体に大きな影響を与える可能性があることが、本件特許の優先日当時の技術常識であったもので、特に、補充酵素のようなタンパク質を薬物として脳脊髄液に投与する場合、その製剤のpHを脳脊髄液のpHと同レベルに設定する必要がある ことや、脳脊髄液中での薬物濃度の急激な増加(濃度の増加に伴う免疫原性の亢進やタンパク質の凝集)を避けるために、低濃度の薬物を含む製剤を微量ずつ長時間にわたって投与する必要があることを、当業者であれば当然に理解し得たものである。
このような状況下において、甲2発明は、10mg/mLという比較的高濃度のGALC溶液をクエン酸緩衝溶液にて調整し、マウスへの脳室内投与が可能であることを示したもので、タンパク質の高濃度投与という本件出願の優先日当時の課題について、一定の程度成功したものである。補充酵素濃度とpHはそれぞれ独立して設定されるものではあるが、当業者であれば、既に甲2発明によって上記課題を一定程度解決できているにもかかわらず、甲2発明で使用され良好な結果が得られているクエン酸緩衝液を、GALCが溶解するかどうかも予測できない希釈剤(リン酸緩衝液)やpH範囲にわざわざ置き換えようとはしない。この置き換えの動機付けとなる記載は、甲2のどこにも見当たらない。
(ウ) また、本件特許の優先日前に、補充酵素のようなタンパク質を高濃度で脳脊髄液に投与できるような臨床的に安全かつ有効な酵素補充療法は確立されていなかった(本件明細書の【0004】〜【0006】、乙2、3、31) そして、実際、

甲5に記載の希釈前の5mg/mlのrhASAを含む製剤は、脳脊髄液中に投与されてはいない。なお、本件発明1の用途は、そもそも「脳室内投与されることを特徴」とする薬学的組成物であって、保存用の薬学的組成物でもない。
(エ) なお、原告によるCSFの量と脳の質量に基づく動物実験の用量からヒト投与用の用量への換算は、原告の勝手な解釈(ヒトの治療のためには、単純にCSFの用量比に応じて比例倍した、より多量の補充酵素が必要であるとの解釈)に基づくもので、何ら技術常識に基づかない(甲23の訳文である乙41のほか、甲67と甲76を比較してもこのことは理解される。 だけでなく、
) 原告が審判手続段階で主張していた体重(又は表面積)に基づく換算とも異なっている。また、上記のような量的な差異に基づく換算では、ヒトにおいて投与すべき酵素の量がより小さい 動物の場合に比べて多くなるのは当然であるところ、そのことは、ヒトの場合に製剤中の酵素濃度を増加させることと直接関係しない。1回の投与における有効成分の含有量を増やすことは、有効成分の濃度を増加させるだけでなく、投与する製剤の1回当たりの用量全体を増加させることでも達成できるから、リソソーム酵素(タンパク質)の場合、当業者においては、むしろ、凝集に伴う免疫原性亢進のリスク等も考慮して、1回当たりの用量全体を増やすべきであることを容易に理解するといえる(例えば、甲3の実施例2では、正にこのアプローチがとられている。。
) ウ 以上のとおりであるから、本件発明の課題や背景技術を正しく認識していた当業者であれば、リン酸塩の有無、薬物濃度及び製剤のpH範囲において、甲2に記載の発明とは全く別異な内容を開示する甲5の記載に基づいて、甲2発明のクエン酸緩衝液を、本件発明1(及びそれを引用する本件発明2〜8及び12)に規定される濃度のリン酸塩を含む緩衝剤とpH範囲に変更することを動機付けられないことは明らかである。
6 取消事由6(甲3発明を基礎とする進歩性の判断の誤り)について (1) 甲6発明(製剤)又は甲6発明(ビヒクル)の適用等について ア 甲6発明(製剤)について 前記5(1)アと同様、甲3発明に甲6発明(製剤)を適用する動機付けはない。
また、前記5(3)イ(エ)のとおり、動物の単位CSF容量当たりの投与量からの換算により、単純にCSFの容量比に応じた比例倍となるわけではなく、ヒトに適用する場合に製剤中の酵素濃度が高くなるわけでもない。
そして、甲65及び66は本件特許出願後のものであり、甲66については、平成26年改訂時においても「用法及び用量」欄に「髄腔内化学療法」についての記載はなかったところである(乙38)ほか、いずれも低分子医薬に係るものにすぎない。
イ 甲6発明(ビヒクル)について 原告が指摘する甲6の3の記載は、IT投与における製剤濃度に関する記載であ る。そうすると、前記5(1)アと同様、甲3発明に甲6発明(ビヒクル)を適用する動機付けはない。
(2) 甲3中の示唆及びエリオットB溶液の技術常識の適用について ア 補充酵素濃度について (ア) 甲3発明の組成物の補充酵素の濃度について、約0.1〜約200mg/mlと換算できるという原告の主張は誤りである。
甲3には、実施例において、数時間、連続する数日間にわたる人工CSF中のリソソーム酵素の脳室内低速注入によるニーマン・ピック病A型の治療方法が開示されている(甲3の実施例2、【0057】参照)。仮に、甲3発明の製剤における酵素濃度が本件発明1の酵素濃度範囲内(5mg/ml〜100mg/ml)であると仮定すれば、酵素1mgは、最大量200μlから最小量10μlの緩衝液に溶解していなければならず、最大量200μlから最小量10μlに溶解した酵素を24時間×4日間(約2μl/h)投与し続ける必要がある。しかし、上記のような投与量で投与コントロールすることは、注入量の調節の精度からして現実的ではなく、実際にはかなりの大用量の溶液が使用されていると理解するのが妥当である。
そして、凝集を防ぐために、大用量の緩衝剤に溶解された低濃度製剤が短時間に投与されるべきでないことは、本件出願の優先日当時の技術常識であった。
また、甲3の実施例3〜6では、総量0.25mgのhASMがマウスに6時間にわたって投与されているところ、いずれも、本件発明1の補充酵素の濃度5mg/mL以上で投与するためには、0.05mL(すなわち、50μl)以下の液体で6時間にわたって注入する必要があり、これらについても現実的ではない。
むしろ、甲3の【0003】参照の記載に鑑みると、実施例2〜6では、低濃度(5mg/mlよりもかなり低い)のhASMタンパク質を含むかなり大用量の液体が、脳室内注入されたと考えなければならない。それゆえ、甲3の実施例2〜6の製剤もまた、
「5mg/ml〜100mg/mlの濃度の該補充酵素」という本件発明の要件を満たすことが、実質的に不可能なものである。
なお、マウスにおいてCNS投与される製剤の量について、マウスのCSFの量の10%が適正値であるとの根拠となる記載は、甲3のどこにもない。また、仮にマウスの総投与量に比べて換算されたヒトの総投与量が多くなったとしても、1回当たりの投与用量を増やせばよいことを、当業者であれば、容易に理解することができる。そもそも実施例には、その発明のベストモードに近いものを記載するものであるから、甲3発明に一般記載として記載された実施例に何ら裏付けられない極めて広範囲な酵素濃度(0.1-200mg/mL)から、本件発明の酵素濃度の範囲(5-100mg/mL)を特定することは、当業者において容易に想起し得ない。
(イ) また、補充酵素のようなタンパク質を薬物として脳脊髄液に投与する場合、
脳脊髄液中での薬物濃度の急激な増加(濃度の増加に伴う免疫原性の亢進やタンパク質の凝集)を避けるために、低濃度の薬物を含む製剤を微量ずつ長時間にわたっての投与が必要であることが本件出願の優先日前に知られていたことは、前記5(3)イ(イ)のとおりである。この点、甲3には、具体的にどのようにすれば、上記のような脳への悪影響を抑えつつ、製剤の量を小さくする(酵素濃度を高める)ことができるのか等、上記課題を解決するための手段について何ら開示も示唆もされていない。
したがって、上記課題を認識していた当業者において、甲3の記載内容をみて、
甲3の製剤の脳室内投与時の酵素濃度を、本件発明1に規定される補充酵素濃度の範囲(すなわち高濃度)に変更しようと動機付けられないことは明らかである。
(ウ) 原告は、甲3には高濃度のタンパク質を含む脳室内投与のための医薬組成物について免疫原性の問題を回避し得るような組成に関する記載はないとの本件審決の判断に対し、本件明細書にも免疫原性の問題を解決する手段は何ら開示されていないなどと主張する。
しかし、投与された補充酵素の免疫原性は、高濃度の補充酵素が凝集し、沈殿する結果として生じるものであるところ、凝集した補充酵素は投与によって脳組織内 に浸透することができず、治療効果ももたらさない。つまり、投与された補充酵素に免疫原性の問題が生じるのであれば、当該補充酵素は脳組織の浸透も、治療効果も期待できないことは、当業者であれば当然に理解できる。ところが、本件明細書の実施例3、5及び10には、本件発明の範囲に包含される薬学的組成物のICV投与を行い、治療効果を得られたことが実証されている。仮に、ICV投与された本件発明の薬学的組成物に免疫原性が生じるのであれば、補充酵素が凝集、沈殿し、
脳組織に浸透することができず、そのために、治療効果を得ることもできないであろうが、本件発明の薬学的組成物は、ICV投与によって脳組織内に浸透し、治療効果を発揮したことが記載されているのであるから、上記実施例の結果は、本件発明に免疫原性の問題がないことを裏付けるものである。
イ pH及びリン酸塩濃度について 補充酵素をリン酸緩衝剤で希釈後の薬学的組成物のpH範囲を規定した本件発明1について、専ら人工CSF自体(ビヒクルのみ)のpH値に依拠して論ずる原告の主張が失当であることは、前記5(2)アのとおりである。
また、リソソーム外(細胞内液と細胞外液)のpHを中性領域(すなわち、CSFと同様のpH)に維持する必要があることが本件特許の優先日前の当該分野における技術常識であったことは、同イのとおりである。
したがって、甲3発明に、エリオットB溶液の技術常識を適用して相違点の構成を採用することが当業者において容易に想到し得た事項であるという原告の主張は、
失当である。
(3) 甲3中の示唆及び甲5技術の適用について 前記5(3)ア及びイの点からして、本件発明の課題や背景技術を正しく認識していた当業者であれば、甲5の記載に基づいて、甲3発明に係る脳室内投与用製剤の補充酵素濃度と薬学的組成物のpHを、本件発明1(及びそれを引用する本件発明2〜8及び12)に規定される濃度とpH範囲に変更することを動機付けられないことは明らかである。
7 取消事由7(甲4発明を基礎とする進歩性の判断等の誤り)について (1) 甲4発明の認定等について 甲4の[0015]の記載は、補充酵素の例示にすぎず、そのような特定の補充酵素を含むものに限定して甲4発明を認定すべき理由はない。したがって、本件審決における甲4発明と本件発明1との相違点の認定にも誤りはない。
(2) 進歩性の判断について ア 甲6発明(製剤)又は甲6発明(ビヒクル)の適用等について 前記5(1)アと同様、甲4発明に甲6発明(製剤)又は甲6発明(ビヒクル)を適用する動機付けはない。
また、前記5(3)イ(エ)のとおり、動物の単位CSF容量当たりの投与量からの換算により、単純にCSFの容量比に応じた比例倍となるわけではなく、ヒトに適用する場合に製剤中の酵素濃度が高くなるわけでもない。
イ 高濃度化の技術常識及びエリオットB溶液の技術常識の適用等について (ア) 補充酵素濃度 a 本件審決が、証拠に基づいて免疫原性の問題に係る技術常識等を認定するとともに、補充酵素による免疫応答の問題を回避すべき旨の甲4の記載[0088] ( )を踏まえ、脳室内投与に用いる医薬組成物の補充酵素の濃度を高濃度とすることを示唆する記載もない甲4において、
[0021]に例示された0.58mg/mLから高濃度に変更することを当業者が考えるとはいえないと判断したとおり、本件特許の優先日前の背景技術を正しく理解していた当業者であれば、甲4発明に開示された補充酵素の濃度を高濃度にしようすることを避けるはずである。
同様に、当業者は、甲4の補充酵素濃度を、甲2に開示されている10mg/mLの補充酵素濃度に変更しようとはしない。
他方、前記6(2)ア(ア)のとおり、甲3の実施例2〜6では、低濃度(5mg/mlよりもはるかに低い)のhASMタンパク質を含むかなり大用量の液体が脳室内注入されたと考えられるから、甲3発明の補充酵素濃度を甲4発明に適用しても、
本件発明1が規定する補充酵素の濃度範囲になり得ない。
また、前記5(3)アのとおり、甲5のrhASBの製剤中の最終濃度は1.67mg/mlであるから、甲5発明の補充酵素濃度を甲4発明に適用しても、本件発明1が規定する補充酵素の濃度範囲になり得ない。
b 本件発明1において、免疫原性の問題を解決する手段は何ら反映されていないという原告の主張が失当であることは、前記6(2)ア(ウ)のとおりである。
(イ) pH及びリン酸濃度 原告の主張に理由がないことは、前記6(2)イのとおりである。
当裁判所の判断
1 本件発明について (1) 本件明細書の記載 本件明細書(甲1)の発明の詳細な説明には、次の記載がある。
【技術分野】 【0002】 酵素補充療法(ERT)は、対象への天然または組換え的に得られるタンパク質および/または酵素の全身投与を伴う。認可療法は、典型的には、対象に静脈内投与され、一般的には、根元的酵素欠乏の身体症候を処置するのに有効である。中枢神経系(CNS)の細胞および組織中への静脈内投与タンパク質および/または酵素の限定的分布の結果として、静脈内投与タンパク質および/または酵素は血液-脳関門(BBB)を適切に横断しないため、CNS病因を有する疾患の処置は特に挑戦的であった。
【0003】 血液-脳関門(BBB)は、BBBを横切って、根元的脳脊髄液(CSF)およびCNS中に、血流中の有害物質、例えば細菌、高分子物質(例えばタンパク質)およびその他の親水性分子が分散するのを制限することにより、このような物質から中枢神経系(CNS)を保護するよう機能する内皮細胞からなる構造系である。
【背景技術】 【0004】 直接脳内注射、BBBの一過性透過処理ならびに組織分布を変更するための活性作用物質の改質を含めて、治療薬の脳送達を増強するためにBBBを迂回するいくつかの方法がある。脳組織中への治療薬の直接注射は血管系を完全に迂回するが、
しかし、頭蓋内注射により背負い込まれる合併症(感染、組織損傷、免疫応答性)、
ならびに投与部位からの活性作用物質の不十分な拡散の危険を主に蒙る。今までのところ、脳物質中へのタンパク質の直接投与は、拡散バリアおよび投与され得る治療薬の用量限定のため、有意の治療効果を達成していない。緩徐長期注入を用いた脳実質中に配置されるカテーテルによる対流拡散・・・が研究されてきたが、しかし長期療法のためにこのアプローチを一般に用いる認可療法はない。さらに、脳内カテーテルの配置は、非常に侵襲性であり、臨床的代替法として余り望ましくない。
【0005】 髄腔内(IT)注射または脳脊髄液(CSF)へのタンパク質の投与も試みられてきたが、しかし未だに治療的成功を見ていない。この処置における大きな挑戦は、
脳室の上衣内張りを非常に堅く結合する活性作用物質の傾向であって、これがその後の拡散を妨げた。一般に、CSFへの直接的投与による脳遺伝子疾患の処置のための認可物質はない。
実際、脳の表面での拡散に対するバリア、ならびに有効且つ便利な送達方法の欠如は、任意の疾患に関する脳における適切な治療効果を達成するには大きすぎる障害物である、と多くの人々が考えていた。
発明の概要】 【発明が解決しようとする課題】 【0007】 多数のリソソーム蓄積障害は神経系に影響を及ぼし、したがって伝統的療法でこれらの疾患を処置するに際して独特の挑戦を実証する。罹患個体のニューロンおよ び髄膜において、グリコサミノグリカン(GAC)の大きな蓄積がしばしば認められ、種々の型のCNS症候を生じさせる。今までのところ、リソソーム障害に起因するCNS症候は、利用可能な任意の手段により首尾よく処置されてきた。
【0008】 したがって、脳に治療薬を有効に送達する必要性が依然として大いに存在する。
さらに特定的には、リソソーム蓄積障害の処置のために中枢神経系に活性作用物質をより有効に送達することが大いに必要とされている。
【課題を解決するための手段】 【0009】 本発明は、中枢神経系(CNS)への治療薬の直接送達のための有効且つ低侵襲性のアプローチを提供する。本発明は、一部は、酵素が種々の表面を横断して有効に且つ広範に拡散して、深部脳領域を含めて脳を横断する種々の領域に浸透するよう、リソソーム蓄積症のための補充酵素が高濃度(例えば、約3mg/mg以上(判決注: 「mg/ml以上」の誤記と認める。 、4mg/ml、5mg/ml、10m )g/ml以上)での治療を必要とする対象の脳脊髄液(CSF)中に直接的に導入され得る、という予期せぬ発見に基づいている。さらに意外なことに、単なる生理食塩水または緩衝液ベースの処方物を用いて、そして対象において実質的な有害作用、例えば重篤な免疫応答を誘導することなく、このような高タンパク質濃度送達が達成され得る、ということを本発明人等は実証した。したがって、本発明は、CNS構成成分を有する種々の疾患および障害、特にリソソーム蓄積症の処置のための直接CNS送達のための非常に効率的で臨床的に望ましく、且つ患者に優しいアプローチを提供する。本発明は、CNSターゲッティングおよび酵素補充療法の分野における有意の進歩を示す。
【0010】 特に、本発明は、治療を必要とする対象への治療薬(例えば、補充酵素)の髄腔内(IT)投与の方法を提供する。いくつかの実施形態では、補充酵素は、組換え、
遺伝子活性化または天然酵素であり得る。本明細書中で用いる場合、髄腔内投与」 「 、
「髄腔内注射」「髄腔内送達」という用語または文法的等価用語は、脊柱管(脊髄 、
周囲のクモ膜内空隙)への注射を指す。いくつかの実施形態では、本発明による「髄腔内投与」または「髄腔内送達」は、腰椎区域または領域を介したIT投与または送達、すなわち腰椎IT投与または送達を指す。本明細書中で用いる場合、
「腰部領域」または「腰椎区域」という用語は、第三および第四腰椎(下方背部)間の区域、
さらに包括的には、脊椎のL2〜S1領域を指す。腰椎IT投与または送達は、われわれの発明による腰椎IT投与または送達は、遠位脊椎管へのより良好な且つより有効な送達を提供するが、一方、大槽送達は、特に、典型的には遠位脊椎管に良好に送達しない、という点で、大槽送達(すなわち、頭蓋骨と脊椎との間の開口部を経て小脳の周囲および下の空隙を介した注射)より優れた差異を表す、ということが意図される。
【0011】 一態様において、本発明は、約5mg/ml超(例えば6mg/ml、7mg/ml、8mg/ml、9mg/ml、10mg/ml、15mg/ml、20mg/ml、25mg/ml、30mg/ml、40mg/ml、50mg/ml、75mg/mlまたは100mg/ml超)の濃度でリソソーム酵素に関する補充酵素を含む組成物を、リソソーム酵素のレベルまたは活性の減少を伴うリソソーム蓄積症に罹患しているかまたは、これに罹患しやすい対象に髄腔内投与するステップを含む方法を提供する。
【0012】 いくつかの実施形態では、組成物はさらに、(i)緩衝剤、(ii)界面活性剤、
または(iii)等張化剤のうちの1つ以上を含む。いくつかの実施形態では、組成物は、約3.0〜8.0(例えば、4.0〜7.5、5.0〜7.5、5.5〜7.7、5.5〜7.0、6.0〜7.0、6.5〜7.5、6.5〜7.0または5.5〜6.5)のpHを有する。いくつかの実施形態では、組成物は、合成C SFでない処方物中に補充酵素を含む。
【0013】 いくつかの実施形態では、組成物は、約15mL未満(例えば、10ml、9ml、8ml、7ml、6ml、5ml、4ml、3ml、2ml、1.5ml、1.0mlまたは0.5ml未満)の単回用量体積で投与される。
【0014】 いくつかの実施形態では、組成物の髄腔内投与は、対象において実質的な有害作用を生じない。ある実施形態では、組成物の髄腔内投与は、適応T細胞媒介性免疫応答を生じない。
【0015】 さらに別の態様では、本発明は、リソソーム酵素に関する補充酵素を含む組成物を、リソソーム酵素のレベルまたは活性の減少を伴うリソソーム蓄積症に罹患しているかまたは、これに罹患しやすい対象に投与するステップを含む方法であって、
投与が、同時的免疫抑制薬療法の非存在下での組成物の髄腔内投与を含む方法を提供する。いくつかの実施形態では、当該方法は、治療されている対象における免疫寛容を伴わない。ある実施形態では、当該方法は、T細胞免疫抑制薬を用いた対象の前治療または前処置を伴わない。
【0016】 さらなる一態様では、本発明は、脳、脊髄および末梢器官の1つ以上の組織中のリソソーム酵素の正常レベルまたは活性の少なくとも約10%(例えば、少なくとも約15%、20%、25%、30%、35%、40%、45%、50%、55%、
60%、65%、70%、75%、80%、85%、90%または95%)が達成される治療有効量および投与間隔でリソソーム酵素に関する補充酵素を含む組成物を、リソソーム酵素のレベルまたは活性の減少を伴うリソソーム蓄積症に罹患しているかまたは、これに罹患しやすい対象に髄腔内投与するステップを含む方法を提供する。
・・・ 【0027】 別の態様では、本発明は、リソソーム酵素に関する補充酵素を含む組成物を、リソソーム酵素のレベルまたは活性の減少を伴うリソソーム蓄積症に罹患しているかまたは、これに罹患しやすい対象に投与するステップを含む方法であって、補充酵素が外表面より少なくとも5mmより下(例えば外表面より少なくとも6mm、7mm、8mm、9mm、10mm、11mm、12mmまたはそれより深く)の深部脳組織に送達されるように、投与が、組成物の髄腔内投与を含む方法を提供する。
いくつかの実施形態では、補充酵素は、外表面より少なくとも10mmより下の深部脳組織に送達される。ある実施形態では、補充酵素は、具体的には、深部脳組織の細胞リソソームに送達される。
・・・ 【0029】 さらに別の態様では、本発明は、ヒト細胞から産生されるリソソーム酵素に関する補充酵素を含む組成物を、リソソーム酵素のレベルまたは活性の減少を伴うリソソーム蓄積症に罹患しているかまたは、これに罹患しやすい対象に髄腔内投与するステップを含む方法を提供する。
【0030】 いくつかの実施形態では、リソソーム蓄積症は、アスパルチルグルコサミン尿症、
コレステロールエステル蓄積症、ウォルマン病、シスチン症、ダノン病、ファブリー病、ファーバー脂肪肉芽腫症、ファーバー病、フコシドーシス、ガラクトシアリドーシスI/II型、ゴーシェ病I型/II型/III型、グロボイド細胞白質ジストロフィー症、クラッベ病、糖原病II型、ポンペ病、GM1-ガングリオシドーシスI型/II型/III型、GM2-ガングリオシドーシスI型、テイ・サックス病、GM2-ガングリオシドーシスII型、サンドホッフ病、GM2-ガングリオシドーシス、α-マンノーシドーシスI/II型、β-マンノーシドーシス、
異染性白質ジストロフィー症、ムコリピドーシスI型、シアリドーシスI型/II型、ムコリピドーシスII型/III型、ムコリピドーシスIV型、I-細胞病、
ムコリピドーシスIIIC型、偽性ハーラーポリジストロフィー、ムコ多糖症I型、
ムコ多糖症II型、ハンター症候群、ムコ多糖症IIIA型、サンフィリッポ症候群A型、B型またはD型(ムコ多糖症IIIB型、ムコ多糖症IIIC型、ムコ多糖症IIID型)、ムコ多糖症IVA型、モルキオ症候群、ムコ多糖症IVB型、ムコ多糖症VI型、ムコ多糖症VII型、スライ症候群、ムコ多糖症IX型、多重スルファターゼ欠乏症、ニューロンセロイド脂褐素沈着症、CLN1バッテン病、CLN2バッテン病、ニーマン・ピック病A型/B型、ニーマン・ピック病C1型、
ニーマン・ピック病C2型、濃化異骨症、シンドラー病I型/II型、ゴーシェ病およびシアル酸蓄積症からなる群より選択される。
【0031】 いくつかの実施形態では、リソソーム蓄積症は、ハンター症候群、異染性ジストロフィー(MLD)症、サンフィリッポ症候群A型、サンフィリッポ症候群B型およびグロボイド細胞白質ジストロフィー(GLD)症からなる群より選択される。
ある実施形態では、補充酵素は、組換えイズロン酸-2-スルファターゼ(I2S)、
アリールスルファターゼA(ASA)、ヘパランN-スルファターゼ(HNS)、アルファ-N-アセチルグルコサミニダーゼ(Naglu)およびβ-ガラクトシダーゼ(GLC)からなる群より選択される。いくつかの実施形態では、補充酵素は、
マンノース-6-ホスフェート(M6P)残基を含有する。いくつかの実施形態では、補充酵素は、リソソームターゲッティング部分を含む融合タンパク質である。
・・・ 【0040】 別の態様では、本発明は、ハンター症候群の治療方法であって、ハンター症候群の少なくとも1つの症候または特徴が、強度、重症度または頻度において低減されるか、あるいは発症の遅延を示すような治療有効量および投与間隔で、組換えイズ ロン酸-2-スルファターゼ(I2S)酵素を、治療を必要とする対象に髄腔内投与するステップを含む方法を提供する。いくつかの実施形態では、ハンター症候群の少なくとも1つの症候または特徴は、認知障害;白質損傷;脳の実質組織、神経節、脳梁および/または脳幹における血管周囲空隙拡大;萎縮;および/または脳室拡大である。
【0041】 さらに別の態様では、本発明は、異染性ジストロフィー(MLD)症の治療方法であって、MLDの少なくとも1つの症候または特徴が、強度、重症度または頻度において低減されるか、あるいは発症の遅延を示すような治療有効量および投与間隔で、組換えアリールスルファターゼA(ASA)酵素を、治療を必要とする対象に髄腔内投与するステップを含む方法を提供する。いくつかの実施形態では、MLDの少なくとも1つの症候または特徴は、頭蓋内圧増大、真空水頭症、中枢および末梢神経系におけるならびに内臓器官におけるミエリン鞘中の硫酸化糖脂質蓄積、
進行性脱髄、CNSおよびPNS内の軸索損失、および/または運動および認知機能障害である。
・・・ 【0046】 別の態様では、本発明は、グロボイド細胞白質ジストロフィー(GLD)症の治療方法であって、GLDの少なくとも1つの症候または特徴が、強度、重症度または頻度において低減されるか、あるいは発症の遅延を示すような治療有効量および投与間隔で、組換えβ-ガラクトシダーゼ(GLC)酵素を、治療を必要とする対象に髄腔内投与するステップを含む方法を提供する。いくつかの実施形態では、GLDの少なくとも1つの症候または特徴は、易刺激性、痙攣、知的退行、聴覚消失、
失明、ミオクローヌス発作、筋緊張亢進、発達遅延、発達能力の退行、過敏症、振戦、運動失調、痙縮、偶発性重症嘔吐、白質ジストロフィー症、脳萎縮、グロボイド細胞の発達障害、および/または脱髄である。
・・・ 【発明を実施するための形態】 ・・・ 【0058】 「希釈剤」:本明細書中で用いる場合、「希釈剤」という用語は、再構成処方物の調整のために有用な製薬上許容可能な(例えば、ヒトへの投与のために安全且つ非毒性の)希釈物質を指す。希釈剤の例としては、滅菌水、注射用静菌性水(BWFI)、pH緩衝溶液(後、リン酸塩緩衝生理食塩水)、滅菌生理食塩溶液、リンガー溶液またはデキストロース溶液が挙げられる。
・・・ 【0060】 「酵素補充療法(ERT):本明細書中で用いる場合、
」 「酵素補充療法(ERT)」という用語は、失われている酵素を提供することにより酵素欠乏症を矯正する任意の治療戦略を指す。いくつかの実施形態では、失われている酵素は、髄腔内投与により提供される。いくつかの実施形態では、失われている酵素は、血流中への注入により提供される。一旦投与されると、酵素は細胞に取り込まれ、リソソームに運ばれて、そこで酵素は、酵素欠乏のためにリソソーム中に蓄積された物質を除去するよう作用する。典型的には、有効であるべきリソソーム酵素補充療法に関して、
治療用酵素は、貯蔵欠陥が顕在性である標的組織中の適切な細胞中のリソソームに送達される。
・・・ 【0063】 「髄腔内投与」:本明細書中で用いる場合、「髄腔内投与」または「髄腔内注射」という用語は、脊柱管(脊髄周囲の髄腔内空隙)への注射を指す。種々の技法、例えば穿頭孔あるいは槽または腰椎穿刺等を通した外側脳室注射が用いられ得るが、
これらに限定されない。いくつかの実施形態では、本発明による「髄腔内投与」ま たは「髄腔内送達」は、腰椎域または領域を介したIT投与または送達、すなわち、
腰椎IT投与または送達を指す。・・・ ・・・ 【0066】 「リソソーム酵素」 :本明細書中で用いる場合、
「リソソーム酵素」という用語は、
哺乳動物リソソーム中の蓄積物質を還元し得るか、あるいは1つ以上のリソソーム貯蔵疾患症候を救出するかまたは改善し得る任意の酵素を指す。本発明に適しているリソソーム酵素は、野生型または修飾リソソーム酵素の両方を包含し、組換えおよび合成方法を用いて生成され得るし、あるいは天然供給源から精製され得る。リソソーム酵素の例は、表1に列挙されている。
【0067】 「リソソーム酵素欠乏症」:本明細書中で用いる場合、「リソソーム酵素欠乏症」は、高分子物質(例えば酵素基質)をリソソーム中でペプチド、アミノ酸、単糖、
拡散および脂肪酸に分解するために必要とされる酵素のうちの少なくとも1つにおける欠乏に起因する遺伝子障害の一群を指す。その結果、リソソーム酵素欠乏症に罹患している個体は、種々の組織(例えば、CNS、肝臓、脾臓、腸、血管壁およびその他の器官)中に物質を蓄積している。
【0068】 「リソソーム蓄積症」:本明細書中で用いる場合、「リソソーム蓄積症」という用語は、天然高分子物質を退社(判決注:「代謝」の誤記と認める。)するために必要な1つ以上のリソソーム酵素の欠乏に起因する任意の疾患を指す。これらの疾患は、
典型的には、リソソーム中に非分解分子の蓄積を生じて、貯蔵顆粒(貯蔵小胞とも呼ばれる)の数を増大する。これらの疾患および種々の例は、以下で詳細に記載される。
・・・ 【0070】 「補充酵素」:本明細書中で用いる場合、「補充酵素」という用語は、処置されるべき疾患において欠乏しているかまたは失われている酵素に少なくとも一部は取って替わるよう作用し得る任意の酵素を指す。いくつかの実施形態では、「補充酵素」という用語は、処置されるべきリソソーム蓄積症において欠乏しているかまたは失われているリソソーム酵素に少なくとも一部は取って替わるよう作用し得る任意の酵素を指す。いくつかの実施形態では、補充酵素は、哺乳動物リソソーム中の蓄積物質を低減し得るし、あるいは1つ以上のリソソーム蓄積症症候を救出するかまたは改善し得る。本発明に適している補充酵素は、野生型または修飾リソソーム酵素の両方を包含し、組換えおよび合成方法を用いて生成し得るし、あるいは天然供給源から精製され得る。補充酵素は、組換え、合成、遺伝子活性化または天然酵素であり得る。
【0071】 「可溶性の」:本明細書中で用いる場合、「可溶性の」という用語は、均質溶液を生成する治療薬の能力を指す。いくつかの実施形態では、それが投与されそれが標的作用部位(例えば、脳の細胞および組織)に輸送される溶液中の治療薬の溶解度は、標的作用部位への治療的有効量の治療薬の送達を可能にするのに十分である。
いくつかの因子が、治療薬の溶解度に影響を及ぼし得る。例えば、タンパク質溶解度に影響し得る関連因子としては、イオン強度、アミノ酸配列および他の同時可溶化剤または塩(例えば、カルシウム塩)の存在が挙げられる。いくつかの実施形態では、薬学的組成物は、カルシウム塩がこのような組成物から除去されるよう処方される。いくつかの実施形態では、本発明による治療薬は、その対応する薬学的組成物中で可溶性である。非経口投与薬のためには等張溶液が一般的に好ましいが、
等張溶液の使用は、いくつかの治療薬、特にいくつかのタンパク質および/または酵素に関する適切な溶解度を制限し得る、と理解される。わずかに高張性の溶液(例えば、5mMリン酸ナトリウム(pH7.0)中に175mMまでの塩化ナトリウム)および糖含有溶液(例えば、5mMリン酸ナトリウム(pH7.0)中に2% までのスクロース)は、サルにおいて良好に耐容されることが実証されている。例えば、最も一般に認可されたCNSボーラス処方物組成物は、生理食塩水(水中150mMのNaCl)である。
【0072】 「安定性」:本明細書中で用いる場合、「安定な」という用語は、長期間に亘ってその治療効力(例えば、その意図された生物学的活性および/または物理化学的完全性のすべてまたは大部分)を保持する治療薬(例えば、組換え酵素)の能力を指す。治療薬の安定性、ならびにこのような治療薬の安定性を保持する薬学的組成物の能力は、長期間に亘って評価され得る(例えば、少なくとも1、3、6、12、
18、24、30、36ヶ月またはそれ以上)。概して、本明細書中に記載される薬学的組成物は、それらが、一緒に処方される1つ以上の治療薬(例えば、組換えタンパク質)を安定化し、あるいはそれらの分解を遅くするかまたは防止し得るよう、
処方されている。一処方物の状況では、安定処方物は、貯蔵時、および加工処理(例えば、凍結/解凍、機械的混合および凍結乾燥)中に、その中の治療薬が本質的にその物理的および/または化学的完全性および生物学的活性を保持するものである。
タンパク質安定性に関しては、それは、高分子量(HMW)集合体の形成、酵素活性の損失、ペプチド断片の生成および電荷プロフィールの移動により測定され得る。
・・・ 【0077】 「合成CSF」:本明細書中で用いる場合、「合成CSF」という用語は、脳脊髄液と一致するpH、電解質組成、グルコース含量および浸透圧を有する溶液を指す。
合成CSFは、人工CSFとも呼ばれる。いくつかの実施形態では、合成CSFはエリオットB溶液である。
【0078】 「CNS送達に適している」:本明細書中で用いる場合、「CNS送達に適している」または「髄腔内送達に適している」という語句は、それが本発明の薬学的組成 物に関する場合、一般的に、このような組成物の安定性、耐容性および溶解度特性、
ならびに標的送達部位(例えば、CSFまたは脳)にその中に含有される有効量の治療薬を送達するこのような組成物の能力を指す。
・・・ 【0082】 「耐容可能な」:本明細書中で用いる場合、「耐容可能な」および「耐容性」という用語は、このような組成物が投与される対象において悪反応を引き出さないか、
代替的には、このような組成物が投与される対象において重篤な悪反応を引き出さない本発明の薬学的組成物の能力を指す。いくつかの実施形態では、本発明の薬学的組成物は、このような組成物が投与される対象により良好に耐容される。
・・・ 【0084】 本発明は、特に、中枢神経系(CNS)への治療薬の有効な直接送達のための改良された方法を提供する。上記のように、本発明は、リソソーム蓄積症に関する補充酵素が、被験者における実質的な有害作用を誘導することなく、高濃度で処置を必要とする対象の脳脊髄液(CSF)中に直接導入され得る、という予期せぬ発見に基づいている。さらに意外なことに、合成CSFを用いることなく、補充酵素が単なる生理食塩水または緩衝液ベースの処方物中で送達され得る、ということを本発明人等は見出した。さらに予期せぬことに、本発明による髄腔内送達は、対象における実質的な有害作用、例えば重症免疫応答を生じない。したがって、いくつかの実施形態では、本発明による髄腔内送達は、同時免疫抑制薬療法の非存在下で(例えば、前処置または前状態調節による免疫寛容の誘導なしで)、用いられ得る。
【0085】 いくつかの実施形態では、本発明による髄腔内送達は、種々の脳組織を通した効率的拡散を可能にして、表面、浅在および/または深部脳領域における種々の標的脳組織における補充酵素の効果的送達を生じる。いくつかの実施形態では、本発明 による髄腔内送達は、末梢循環に進入するのに十分な量の補充酵素を生じた。その結果、いくつかの場合には、本発明による髄腔内送達は、肝臓、心臓および腎臓のような末梢組織における補充酵素の送達を生じた。この発見は予期せぬものであり、
典型的には定期的髄腔内投与および静脈内投与を必要とするCNSおよび末梢構成成分の両方を有するリソソーム蓄積症の処置のために特に有用であり得る。本発明による髄腔内送達は、末梢症候を処置するに際して治療効果を危うくすることなく、
静脈内注射の用量投与および/または頻度低減を可能にし得る、ということが意図される。
【0086】 本発明は、種々の脳標的組織への補充酵素の効率的且つ便利な送達を可能にして、
CNS指標を有するリソソーム蓄積症の有効な処置を生じる種々の予期せぬ且つ有益な特徴を提供する。
【0087】 本発明の種々の態様は、以下の節で詳細に記載される。節の記載内容は、本発明を限定するものではない。各説は、本発明の任意の態様に適用し得る。この出願において、「または」は、別記しない限り「および/または」を意味する。
リソソーム蓄積症および補充酵素 【0088】 本発明の方法は、任意のリソソーム蓄積症、特にCNS病因および/または症候を有するリソソーム蓄積症、例えば、アスパルチルグルコサミン尿症、コレステロールエステル蓄積症、ウォルマン病、シスチン症、ダノン病、ファブリー病、ファーバー脂肪肉芽腫症、ファーバー病、フコシドーシス、ガラクトシアリドーシス I/II型、ゴーシェ病 I/II/III型、グロボイド細胞白質ジストロフィー症、クラッベ病、糖原病 II型、ポンペ病、GM1-ガングリオシドーシス I/II/III型、GM2-ガングリオシドーシス I型、テイ・サックス病、GM2-ガングリオシドーシス II型、サンドホッフ病、GM2-ガングリオシド ーシス、α-マンノーシドーシス I/II型、β-マンノーシドーシス、異染性白質ジストロフィー症、ムコリピドーシス I型、シアリドーシス I/II型、
ムコリピドーシス II/III型、ムコリピドーシス IV型、I-細胞病、ムコリピドーシス IIIC型、偽性ハーラーポリジストロフィー、ムコ多糖症 I型、ムコ多糖症II型、ハンター症候群、ムコ多糖症 IIIA型、サンフィリッポ症候群 A、BまたはD型、ムコ多糖症 IIIB型、ムコ多糖症 IIIC型、
ムコ多糖症 IIID型、ムコ多糖症 IVA型、モルキオ症候群、ムコ多糖症 IVB型、ムコ多糖症 VI型、ムコ多糖症 VII型、スライ症候群、ムコ多糖症IX型、多重スルファターゼ欠乏症、ニューロンセロイド脂褐素沈着症、CLN1バッテン病、CLN2バッテン病、ニーマン・ピック病 A/B型、ニーマン・ピック病 C1型、ニーマン・ピック病 C2型、濃化異骨症、シンドラー病 I/II型、ゴーシェ病およびシアル酸蓄積症(これらに限定されない)を処置するために用いられ得る。
【0089】 いくつかの実施形態では、本発明の方法を用いて処置されるべきリソソーム蓄積症としては、ハンター症候群、異染性ジストロフィー(MLD)症、サンフィリッポ症候群 A型、サンフィリッポ症候群 B型およびグロボイド細胞白質ジストロフィー(GLD)症が挙げられる。
・・・ 補充酵素 【0091】 本発明の方法は、任意の補充酵素を送達するために用いられ得る。本明細書中で用いる場合、本発明に適した補充酵素は、処置されるべきリソソーム蓄積症において欠乏しているかまたは失われているリソソーム酵素の少なくとも一部の活性に取って替わるよう作用し得る任意の酵素を包含し得る。いくつかの実施形態では、補充酵素は、リソソーム中の蓄積物質を低減し得るし、あるいは1つ以上のリソソー ム蓄積症症候を救出するかまたは改善し得る。
【0092】 いくつかの実施形態では、適切な補充酵素は、処置されるべきリソソーム蓄積症に関連付けられることが既知の任意のリソソーム酵素であり得る。
・・・いくつかの実施形態では、本発明に適している補充酵素は、イズロン酸-2-スルファターゼ(I2S)、アリールスルファターゼ A(ASA)、ヘパランN-スルファターゼ(HNS)、アルファ-N-アセチルグルコサミニダーゼ(Naglu)またはβ-ガラクトシダーゼ(GLC)である。
・・・ 【0098】 いくつかの実施形態では、本発明の方法を用いて送達される補充酵素は、細胞取込みおよび/またはリソソームターゲッティングを助長するために脳細胞の表面の受容体と結合する部分を含有する。例えば、このような受容体は、マンノース-6-ホスフェート(M6P)残基を結合する陽イオン非依存性マンノース-6-ホスフェート受容体(CI-MPR)であり得る。さらに、CI-MPRは、他のタンパク質、例えばIGF-IIとも結合する。いくつかの実施形態では、本発明に適している補充酵素は、タンパク質の表面にM6P残基を含有する。・・・ ・・・ 【0100】 いくつかの実施形態では、本発明に適している補充酵素は、BBBを横断し、CNS中にこのような作用物質を送達するかまたは輸送するのを増強するよう修飾されていない。
髄腔内送達 【0101】 本発明によれば、補充酵素はCNSに送達される。いくつかの実施形態では、処置を必要とする対象の脳脊髄液(CSF)中に投与することにより、補充酵素はC NSに送達される。いくつかの実施形態では、髄腔内投与は、CSF中への所望の補充酵素を送達するために用いられる。本明細書中で用いる場合、髄腔内投与(髄腔内注射とも呼ばれる)は、脊柱管(脊髄周囲の髄腔内空隙)への注射を指す。
・・・ 【0102】 本発明によれば、酵素は、脊柱管周囲の任意の領域で注射され得る。いくつかの実施形態では、酵素は、腰椎域または大槽中に注射されるか、あるいは脳室空隙中に脳室内注射される。・・・「大槽」という用語は、頭蓋骨と脊椎の上部との間の開口部を介した小脳の周囲および下の空隙を指す。典型的には、大槽を介した髄腔内注射は、「大槽送達」とも呼ばれる。「脳室」という用語は、脊髄の中央管と連続している脳中の空洞を指す。典型的には、脳室腔を介した注射は、脳室内大脳(ICV)送達と呼ばれる。
・・・ IT送達のための安定処方物 【0104】 いくつかの実施形態では、所望の酵素は、髄腔内送達のために安定処方物中で送達される。本発明のある実施形態は、少なくとも一部は、本明細書中に開示される種々の処方物が、CNSの標的化組織、細胞および/または細胞小器官への1つ以上の治療薬(例えば、酵素)の有効な送達および分布を促す、という発見に基づいている。特に、本明細書中に記載される処方物は、高濃度の治療薬(例えば、タンパク質または酵素)を可溶化し得るし、CNS構成成分および/または病因を有する疾患の処置のために対象のCNSにこのような治療薬を送達するのに適している。
本明細書中に記載される組成物は、それを必要とする対象のCNSに(例えば髄腔内に)投与される場合、安定性改善および耐容性改善によりさらに特性化される。
【0105】 本発明の前に、伝統的非緩衝化等張生理食塩水およびエリオットのB溶液(人工CSF)が、典型的には髄腔内送達のために用いられた。エリオットのB溶液に対 するCSFの組成を表す比較は、以下の表2に含まれている。表2に示されているように、エリオットB溶液の濃度は、CSFの濃度と密接に類似している。しかしながら、エリオットのB溶液は、極度に低い緩衝剤濃度を含有し、したがって、特に長期間に亘って(例えば、貯蔵状態の間)、治療薬(例えばタンパク質)を安定化するために必要とされる適切な緩衝能力を提供し得ない。さらに、エリオットのB溶液は、いくつかの治療薬、特にタンパク質または酵素を送達するよう意図された処方物と非相溶性であり得るある種の塩を含有する。例えば、エリオットのB溶液中に存在するカルシウム塩は、タンパク質沈降を媒介し、それにより処方物の安定性を低減し得る。
【表2】 したがって、いくつかの実施形態では、本発明による髄腔内送達に適した処方物は、合成または人工CSFではない。
【0106】 いくつかの実施形態では、髄腔内送達のための処方物は、それらが、それとともに処方される1つ以上の治療薬(例えば、組換えタンパク質)を安定化し、あるいはその分解を遅くするかまたは防止し得るよう、処方されている。本明細書中で用いる場合、
「安定な」という用語は、長期間に亘ってその治療効力(例えば、その意図された生物学的活性および/または物理化学的完全性のうちのすべてまたは大多数)を保持する治療薬(例えば、組換え酵素)の能力を指す。治療薬の安定性、ならびにこのような治療薬の安定性を保持する薬学的組成物の能力は、長期間(例えば、好ましくは少なくとも1、3、6、12、18、24、30、36ヶ月または それ以上)に亘って評価され得る。処方物の状況では、安定処方物は、貯蔵時および加工処理(例えば、凍結/解凍、機械的混合および凍結乾燥)の間、その中の治療薬が本質的にはその物理的および/または化学的完全性ならびに生物学的活性を保持するものである。タンパク質安定性に関しては、それは、高分子量(HMW)集合体の形成、酵素活性の損失、ペプチド断片の生成、および電荷プロフィールの移動により測定され得る。
【0107】 治療薬の安定性は、特別な重要性を有する。治療薬の安定性は、長期間に亘る治療薬の生物学的活性または物理化学的完全性に関してさらに評価され得る。例えば、
所定の時点での安定性は、早い時点(例えば、処方0日目)での安定性に対して、
あるいは非処方治療薬に対して比較され得る。この比較の結果は、パーセンテージとして表される。好ましくは、本発明の薬学的組成物は、長期間に亘って(例えば、
室温で、または加速貯蔵条件下で、少なくとも6〜12ヶ月間に亘って測定)、治療薬の生物学的活性または物理化学的完全性の少なくとも100%、少なくとも99%、少なくとも98%、少なくとも97%、少なくとも95%、少なくとも90%、
少なくとも85%、少なくとも80%、少なくとも75%、少なくとも70%、少なくとも65%、少なくとも60%、少なくとも55%または少なくとも50%を保持する。
【0108】 いくつかの実施形態では、治療薬(例えば、所望の酵素)は、本発明の処方物中で可溶性である。
「可溶性の」という用語は、均質溶液を生成するこのような治療薬の能力を指す。好ましくは、それが投与されそれが標的作用部位(例えば、脳の細胞および組織)に輸送される溶液中の治療薬の溶解度は、標的作用部位への治療的有効量の治療薬の送達を可能にするのに十分である。いくつかの因子が、治療薬の溶解度に影響を及ぼし得る。例えば、タンパク質溶解度に影響し得る関連因子としては、イオン強度、アミノ酸配列および他の同時可溶化剤または塩(例えば、カル シウム塩)の存在が挙げられる。いくつかの実施形態では、薬学的組成物は、カルシウム塩がこのような組成物から除去されるよう処方される。
【0109】 したがって、髄腔内投与に適した処方物は、種々の濃度で当該治療薬(例えば、
酵素)を含有し得る。いくつかの実施形態では、適切な処方物は、約300mg/mlまで(例えば、約250mg/mlまで、200mg/mlまで、150mg/mlまで、100mg/mlまで、90mg/mlまで、80mg/mlまで、
70mg/mlまで、60mg/mlまで、50mg/mlまで、40mg/mlまで、30mg/mlまで、25mg/mlまで、20mg/mlまで、10mg/mlまで)の濃度で当該タンパク質または酵素を含有し得る。いくつかの実施形態では、適切な処方物は、約0〜300mg/ml(例えば、約1〜250mg/ml、約1〜200mg/ml、約1〜150mg/ml、約1〜100mg/ml、約10〜100mg/ml、約10〜80mg/ml、約10〜70mg/ml、約1〜60mg/ml、約1〜50mg/ml、約10〜150mg/ml、
約1〜30mg/ml)の間の範囲の濃度で当該タンパク質または酵素を含有し得る。いくつかの実施形態では、髄腔内送達に適した処方物は、およそ1mg/ml、
3mg/ml、5mg/ml、10mg/ml、15mg/ml、20mg/ml、
25mg/ml、50mg/ml、75mg/ml、100mg/ml、150mg/ml、200mg/ml、250mg/mlまたは300mg/mlの濃度で、
当該タンパク質を含有し得る。
【0110】 いくつかの実施形態では、等張溶液が用いられる。いくつかの実施形態では、わずかに高張性の溶液(例えば、5mMリン酸ナトリウム(pH7.0)中に、300mMまで(例えば、250mMまで、200mM、175mM、150mM、125mMまで)の塩化ナトリウム)および糖含有溶液(例えば、5mMリン酸ナトリウム(pH7.0)中に3%まで(例えば、2.4%、2.0%、1.5%、1. 0%まで)のスクロース)は、サルにおいて良好に耐容されることが実証されている。いくつかの実施形態では、適切なCNSボーラス処方物組成物は、生理食塩水(水中150mMのNaCl)である。
【0111】 多数の治療薬、特に本発明のタンパク質および酵素は、本発明の薬学的組成物中でそれらの溶解性および安定性を保持するために、制御されたpHおよび特定の賦形剤を要する。以下の表3は、本発明のタンパク質治療薬の溶解性および安定性を保持するために重要であるとみなされるタンパク質処方物のある例示的態様を確認するのに役立つ。
【表3】 【0112】 薬学的組成物のpHは、水性薬学的組成物中の治療薬(例えば、酵素またはタンパク質)の溶解度を変更し得る付加的因子である。いくつかの実施形態では、本発明の薬学的組成物は、1つ以上の緩衝剤を含有する。いくつかの実施形態では、本発明による組成物は、約4.0〜8.0、約5.0〜7.5、約5.5〜7.0、
約6.0〜7.0および約6.0〜7.5の間の上記組成物の最適pHを保持する のに十分な量の緩衝剤を含有する。他の実施形態では、緩衝液は、約50mMまで(例えば、約45mM、40mM、35mM、30mM、25mM、20mM、15mM、10mM、5mMまで)のリン酸ナトリウムを含む。適切な緩衝剤としては、例えば酢酸塩、コハク酸塩、クエン酸塩、リン酸塩、他の有機酸およびトリス(ヒドロキシメチル)アミノメタン(“トリス”)が挙げられる。適切な緩衝剤の濃度は、例えば、緩衝剤および処方物の所望の等張性によって、約1mMから約100mMまで、または約3mMから約20mMまでであり得る。いくつかの実施形態では、適切な緩衝剤は、約1mM、5mM、10mM、15mM、20mM、25mM、30mM、35mM、40mM、45mM、50mM、55mM、60mM、
65mM、70mM、75mM、80mM、85mM、90mM、95mMまたは100mMの濃度で存在する。
【0113】 いくつかの実施形態では、処方物は、処方物を等張に保つために等張剤を含有する。IT送達と結びつけて用いられる場合、
「等張の」とは、当該処方物が本質的にはヒトCSFと同じ等張性を有することを意味する。・・・例示的等張剤としては、
グリシン、ソルビトール、マンニトール、塩化ナトリウムおよびアルギニンが挙げられるが、これらに限定されない。いくつかの実施形態では、適切な等張剤は、約0.01〜5重量%(例えば、0.05、0.1、0.15、0.2、0.3、0.4、0.5、0.75、1.0、1.25、1.5、2.0、2.5、3.0、4.0または5.0重量%)の濃度で、処方物中に存在し得る。
【0114】 いくつかの実施形態では、処方物は、タンパク質を保護するために安定化剤を含有し得る。典型的には、適切な安定化剤は、非還元糖、例えばスクロース、ラフィノース、トレハロース、またはアミノ酸、例えばグリシン、アルギニンおよびメチオニンである。処方物中の安定化財(判決注:「安定化剤」の誤記と認める。)の量は、一般的に、処方物が等張であるような量である。しかしながら、高張処方物も 適切であり得る。さらに、安定化剤の量は、治療薬の許容不可能な量の分解/凝集が起きるほど低すぎてはならない。処方物中の安定化剤の濃度の例は、約1mM〜約400mM(例えば、約30mM〜約300mM、および約50mM〜約100mM)、あるいは0.1〜15重量%(例えば、1〜10重量%、5〜15重量%、
5〜10重量%)の範囲であり得る。いくつかの実施形態では、安定化剤と治療薬の質量比は、約1:1である。他の実施形態では、安定化剤と治療薬の質量比は、
約0.1:1、0.2:1、0.25:1、0.4:1、0.5:1、1:1、2:1、2.6:1、3:1、4:1、5:1、10;1、or 20:1であり得る。
凍結乾燥に適切であるいくつかの実施形態では、安定化剤はリオプロテクタントでもある。
【0115】 本発明の薬学的組成物、処方物および関連方法は、対象のCNSに種々の治療薬を(例えば、髄腔内、脳室内または槽内に)送達するために、ならびに関連疾患の処置のために有用である。本発明の薬学的組成物は、リソソーム蓄積症に罹患している対象にタンパク質および酵素を送達するために特に有用である。
【0116】 いくつかの実施形態では、処方物に界面活性剤を付加することが望ましい。界面活性剤の例としては、ポリソルベート(例えば、ポリソルベート20または80) ;ポロキサマー(例えば、ポロキサマー188) ;トリトン;ドデシル硫酸ナトリウム(SDS)ラウリル硫酸ナトリウム ナトリウムオクチルグリコシド ラウリル-、
; ; ;ミリスチル-、リノレイル-またはステアリル-スルホベタイン;ラウリル-、ミリスチル-、リノレイル-またはステアリル-サルコシン;リノレイル-、ミリスチル-またはセチル-ベタイン;ラウロアミドプロピル-、コカミドプロピル-、
リノレアミドプロピル-、ミリスタミドプロピル-、パルミドプロピル-またはイソステアラミドプロピル-ベタイン(例えば、ラウロアミドプロピル) ;ミリスタルニドプロピル-、パルミドプロピル-またはイソステアラミドプロピル-ジメチル アミン;ナトリウムメチルココイル-または二ナトリウムメチルオフェイル-タウレート;およびMONAQUAT(商標)シリーズ(Mona Industries, Inc. Paterson, N.J.、ポリエチルグリコール、ポリ , )プロピルグリコール、ならびにエチレンおよびプロピレングリコールのコポリマー(例えば、プルロニック、PF68等)が挙げられる。・・・ ・・・ 【0121】 いくつかの実施形態では、本発明による処方物は、液体または水性形態である。
いくつかの実施形態では、本発明の処方物は凍結乾燥される。このような凍結乾燥処方物は、対象への投与の前に、それに1つ以上の希釈剤を付加することにより、
再構成され得る。適切な希釈剤としては、滅菌水、注射用静菌性水および滅菌生理食塩溶液が挙げられるが、これらに限定されない。好ましくは、再構成時、そこに含有される治療薬は安定で、可溶性であり、そして対象への投与時に耐容性を実証する。
【0122】 本発明の薬学的組成物は、それらの耐容性により特性化される。本明細書中で用いる場合、
「耐容可能な」および「耐容性」という用語は、このような組成物が投与される対象において悪反応を引き出さないか、代替的には、このような組成物が投与される対象において重篤な悪反応を引き出さない本発明の薬学的組成物の能力を指す。いくつかの実施形態では、本発明の薬学的組成物は、このような組成物が投与される対象により良好に耐容される。
髄腔内送達のための装置 ・・・ 【0125】 静脈内投与に比して、髄腔内投与に適した単回用量投与容積は典型的に小さい。
典型的には、本発明による髄腔内送達は、CSFの組成の平衡、ならびに対象の頭 蓋内圧を保持する。いくつかの実施形態では、髄腔内送達は、対象からのCSFの対応する除去がない時に実施される。いくつかの実施形態では、適切な単回用量投与容積は、例えば約10ml、8ml、6ml、5ml、4ml、3ml、2ml、
1.5ml、1mlまたは0.5ml未満であり得る。いくつかの実施形態では、
適切な単回用量投与容積は、約0.5〜5ml、0.5〜4ml、0.5〜3ml、
0.5〜2ml、0.5〜1ml、1〜3ml、1〜5ml、1.5〜3ml、1〜4mlまたは0.5〜1.5mlであり得る。いくつかの実施形態では、本発明による髄腔内送達は、所望量のCSFを除去するステップを最初に包含する。いくつかの実施形態では、約10ml未満(例えば、約9ml、8ml、7ml、6ml、5ml、4ml、3ml、2ml、1ml未満)のCSFが先ず除去された後、
IT投与がなされる。それらの場合、適切な単回用量投与容積は、例えば約3ml、
4ml、5ml、6ml、7ml、8ml、9ml、10ml、15mlまたは20mlより大きい。
【0126】 治療用組成物の髄腔内投与を実行するために、種々の他の装置が用いられ得る。
例えば、所望の酵素を含有する処方物は、髄膜癌腫症のための薬剤を髄腔内投与するために一般に用いられるオンマヤ(Ommaya)リザーバを用いて投与され得る(Lancet 2: 983-84, 1963)。さらに具体的には、この方法では、脳室チューブは前角中に形成される穴を通して挿入され、頭皮下に設置されるオンマヤリザーバに連結され、リザーバは皮下穿刺されて、リザーバ中に注入される補充されるべき特定酵素を髄腔内送達する。個体への治療用組成物または処方物の髄腔内投与のための他の装置は、米国特許第6,217,552号明細書(この記載内容は参照により本明細書中に援用される)に記載されている。代替的には、
薬剤は、例えば単回注射または連続注入により、髄腔内投与され得る。投薬処置は、
単回用量投与または多数回用量投与の一形態であり得る、と理解されるべきである。
【0127】 注射のためには、本発明の処方物は、液体溶液中に処方され得る。さらに、酵素は固体形態で処方され、使用直前に再溶解または懸濁され得る。凍結乾燥形態も包含される。注射は、例えば、酵素のボーラス注射または連続注入(例えば、注入ポンプを用いる)の形態であり得る。
【0128】 本発明の一実施形態では、酵素は、対象の脳への外側脳室注射により投与される。
注射は、例えば、対象の頭蓋骨に作られる穿頭孔を通してなされ得る。別の実施形態では、酵素および/または他の薬学的処方物は、対象の脳室中に外科的に挿入されるシャントを通して投与される。例えば、注射は、より大きい外側脳室中になされ得る。いくつかの実施形態では、より小さい第三および第四脳室への注射もなされ得る。
・・・ 標的組織への送達 【0132】 上記のように、本発明の意外な且つ重要な特徴の1つは、本発明の方法を用いて投与される治療薬、特に補充酵素、ならびに本発明の組成物は、脳表面全体に効果的に且つ広範囲に拡散し、脳の種々の層または領域、例えば深部脳領域に浸透し得る、という点である。さらに、本発明の方法および本発明の組成物は、現存するCNS送達方法、例えばICV注射では標的化するのが困難である脊髄の出の組織、
ニューロンまたは細胞、例えば腰部領域に治療薬(例えば、補充酵素)を効果的に送達する。さらに、本発明の方法および組成物は、血流ならびに種々の末梢器官および組織への十分量の治療薬(例えば、補充酵素)を送達する。
【0133】 したがって、いくつかの実施形態では、治療用タンパク質(例えば、補充酵素)は、対象の中枢神経系に送達される。いくつかの実施形態では、治療用タンパク質(例えば、補充酵素)は、脳、脊髄および/または末梢期間(判決注:「末梢器官」 の誤記と認める。 の標的組織のうちの1つ以上に送達される。
) 本明細書中で用いる場合、
「標的組織」という用語は、処置されるべきリソソーム蓄積症により影響を及ぼされる任意の組織、あるいは欠損リソソーム酵素が正常では発現される任意の組織を指す。いくつかの実施形態では、標的組織としては、リソソーム蓄積症に罹患しているかまたは罹患しやすい患者において、例えば組織の細胞リソソーム中に貯蔵される酵素基質が検出可能量でまたは異常に高い量で存在する組織が挙げられる。
いくつかの実施形態では、標的組織としては、疾患関連病態、症候または特徴を示す組織が挙げられる。いくつかの実施形態では、標的組織としては、欠損リソソーム酵素が抗レベルで正常では発現される組織が挙げられる。本明細書中で用いる場合、標的組織は、脳標的組織、脊髄標的組織および/または末梢標的組織であり得る。標的組織の例は、以下で詳細に記載される。
脳標的組織 【0134】 概して、脳は、異なる領域、層および組織に分けられ得る。例えば、髄膜組織は、
脳を含めた中枢神経系を包む膜系である。髄膜は、3つの層、例えば硬膜、クモ膜および軟膜を含有する。概して、髄膜の、ならびに脳脊髄液の主な機能は、脳神経系を保護することである。いくつかの実施形態では、本発明による治療用タンパク質は、髄膜の1つ以上の層に送達される。
・・・ 【0137】 脳を含めた中枢神経系の組織の領域は、組織の深さに基づいて特性化され得る。
CNS(例えば脳)組織は、表面組織または浅部組織、中深部組織および/または深部組織として特性化され得る。
【0138】 本発明によれば、治療用タンパク質(例えば、補充酵素)は、対象において処置されるべき特定疾患に関連した任意の適切な脳標的組織(単数または複数)に送達 され得る。いくつかの実施形態では、本発明による治療用タンパク質(例えば、補充酵素)は、表面および浅在脳標的組織に送達される。いくつかの実施形態では、
本発明による治療用タンパク質は、中深部脳標的組織に送達される。いくつかの実施形態では、本発明による治療用タンパク質は、深部脳標的組織に送達される。いくつかの実施形態では、本発明による治療用タンパク質は、表面または浅在脳標的組織、中深部脳標的組織および/または深部脳標的組織の組合せに送達される。いくつかの実施形態では、本発明による治療用タンパク質は、脳の外表面の少なくとも4mm、5mm、6mm、7mm、8mm、9mm、10mmまたはそれより下(または内側)の深部脳組織に送達される。
【0139】 いくつかの実施形態では、治療薬(例えば酵素)は、大脳の1つ以上の表面組織または浅部組織に送達される。いくつかの実施形態では、大脳の標的化表面組織または浅部組織は、大脳の表面から4mm内に位置する。いくつかの実施形態では、
大脳の標的化表面組織または浅部組織は、軟膜組織、大脳皮質リボン組織、海馬、
フィルヒョー・ロバン腔隙、VR腔隙内の血管、海馬、脳の下面の視床下部の部分、
視神経および視索、嗅球および嗅突起ならびにその組合せから選択される。
【0140】 いくつかの実施形態では、治療薬(例えば酵素)は、大脳の1つ以上の深部組織に送達される。いくつかの実施形態では、大脳の標的化表面組織または浅部組織は、
大脳の表面から4mmより下(例えば、5mm、6mm、7mm、8mm、9mmまたは10mm)に位置する。いくつかの実施形態では、大脳の標的化深部組織は、
大脳皮質リボンを包含する。いくつかの実施形態では、大脳の標的化深部組織は、
間脳(例えば、視床下部、視床、腹側視床および視床腹部等)、後脳、レンズ核、基底核、尾状核、被核、扁桃、淡蒼球およびその組合せのうちの1つ以上を包含する。
【0141】 いくつかの実施形態では、治療薬(例えば酵素)は、小脳の1つ以上の組織に送 達される。ある実施形態では、小脳の1つ以上の標的化組織は、分子層の組織、プルキンエ細胞層の組織、顆粒細胞層の組織、小脳脚およびその組合せからなる群より選択される。いくつかの実施形態では、治療薬(例えば酵素)は、小脳の1つ以上の深部組織、例えばプルキンエ細胞層の組織、顆粒細胞層の組織、深部小脳白質組織(例えば、顆粒細胞層に比して深部)および深部小脳核組織(これらに限定されない)に送達される。
【0142】 いくつかの実施形態では、治療薬(例えば酵素)は、脳幹の1つ以上の組織に送達される。いくつかの実施形態では、脳幹の1つ以上の標的化組織は、脳幹白質組織および/または脳幹核組織を包含する。
【0143】 いくつかの実施形態では、治療薬(例えば酵素)は、種々の脳組織、例えば灰白質、白質、脳室周囲域、軟膜-クモ膜、髄膜、新皮質、小脳、大脳皮質の深部組織、
分子層、尾状核/被殻領域、中脳、脳橋または延髄の深部領域、およびその組合せ(これらに限定されない)に送達される。
・・・ 髄腔内投与によるリソソーム蓄積症の処置 【0156】 リソソーム蓄積症は、リソソーム機能の欠陥に起因するかなり稀な遺伝性代謝障害の一群を表す。リソソーム症は、リソソーム内の酵素基質を含めた未消化高分子物質の蓄積(表1参照)により特性化され、これが、このようなリソソームのサイズおよび数の増大を、そして最終的には細胞機能不全および臨床的異常を生じる。
【0157】 本明細書中に記載される本発明の方法は、標的化細胞小器官への1つ以上の治療薬(例えば、1つ以上の補充酵素)の送達を有益に助長し得る。例えば、ハンター症候群のようなリソソーム蓄積症は罹患細胞のリソソーム中のグリコサミノグリカ ン(GAG)の蓄積により特性化されるため、リソソームは、リソソーム蓄積障害の処置のための所望の標的細胞小器官を表す。
【0158】 本発明の方法および組成物は、CNS病因または構成成分を有する疾患を処置するために特に有用である。CNS病因または構成成分を有するリソソーム蓄積症としては、例えばサンフィリッポ症候群A型、サンフィリッポ症候群B型、ハンター症候群、異染性白質ジストロフィー症およびグロボイド細胞白質ジストロフィー症が挙げられるが、これらに限定されない。本発明の前に、伝統的療法は、対象に静脈内投与されることに限定されており、一般的には、根元的酵素欠乏症の体細胞性症候を処置するに際して有効であるに過ぎない。本発明の組成物および方法は、このようなCNS病因を有する疾患に罹患している対象のCNS中に直接、有益に投与され、それによりCNS(例えば脳)の罹患細胞および組織内の治療的濃度を達成し、したがって、このような治療薬の伝統的全身投与に伴う制限を克服し得る。
【0159】 いくつかの実施形態では、本発明の方法および組成物は、リソソーム蓄積障害の神経学的および体細胞性後遺症または症候群の両方を処置するために有用である。
例えば、本発明のいくつかの実施形態は、CNSまたは神経学的後遺症ならびにリソソーム蓄積症の書状発現の処置のために、対象のCNSに1つ以上の治療薬を送達する(例えば、髄腔内、静脈内または槽内に)組成物および方法に関するが、一方、そのリソソーム蓄積症の全身性または体細胞性症状発現も処置するためでもある。例えば、本発明のいくつかの組成物は、対象に髄腔内投与され、それにより、
対象のCNSに1つ以上の治療薬を送達して、神経学的後遺症を処置し、それと対になって、全身循環の細胞および組織(例えば、心臓、肺、肝臓、腎臓またはリンパ節の細胞および組織)の両方にこのような治療薬を送達するために1つ以上の治療薬を静脈内投与し、それにより体細胞性後遺症を処置する。例えば、リソソーム蓄積症(例えばハンター症候群)を有するか、そうでなければ影響を及ぼされる対 象は、1つ以上の治療薬(例えば、イズロン酸-2-スルファターゼ)を含む薬学的組成物を、神経学的後遺症を処置するために、少なくとも週1回、2週間に1回、
月1回、2ヶ月に1回またはそれ以上、髄腔内投与され得るが、一方、異なる治療薬は、当該疾患の全身性または体細胞性症状発現を処置するために、より高頻度ベースで(例えば、1日1回、隔日に1回、週3回または週1回)、対象に静脈内投与され得る。
・・・ 【0163】 非限定例として、グロボイド細胞白質ジストロフィー(GLD)症は、ガラクトセレブロシダーゼ(GALC)の機能不全により引き起こされる稀な常染色体劣性リソソーム貯蔵障害である。
・・・GALC欠乏は、2つの関連するが別個の経路である中枢および末梢神経系(それぞれ、CNSおよびPNS)の神経学的損傷を生じさせる。第一の経路は、過剰サイコシン蓄積を生じて、その結果、有髄細胞のアポトーシスを引き起こす。第二の経路では、ガラクトシルセラミドが蓄積し、活性化ミクログリア中に貪食されて、その病気がそう呼ばれる特徴的グロボイド細胞を生成する。非分解基質を蓄積する他のリソソーム貯蔵疾患に対比して、一般的に、
ニューロン組織における総ガラクトシルセラミドの増大は認められない。
・・・ 【0168】 したがって、いくつかの実施形態では、本発明の方法および組成物は、1つ以上の治療薬(例えば、1つ以上の補充酵素)を、脳、脊髄および/または末梢器官の標的組織および細胞の1つ以上の細胞小器官(例えばリソソーム)に送達して、種々のリソソーム蓄積症の処置を実行する。・・・ ・・・ 免疫寛容 【0178】 一般的に、本発明による治療薬(例えば補充酵素)の髄腔内投与は、対象において重篤な副作用を生じない。本明細書中で用いる場合、重症副作用は、実質的免疫応答、毒性または死(これらに限定されない)を誘導する。本明細書中で用いる場合、
「実質的免疫応答」という用語は、重症または重篤免疫応答、例えば適応T細胞免疫応答を指す。
・・・ 【0180】 いくつかの実施形態では、治療薬の髄腔内投与は、これらの作用物質に対する免疫応答を高め得る。したがって、いくつかの実施形態では、酵素補助療法に対して寛容な補助酵素を患者に接種させることが有用であり得る。免疫寛容は、当該技術分野で既知の種々の方法を用いて誘導され得る。例えば、T細胞免疫抑制剤、例えばシクロスポリンA(CsA)および抗増殖剤、例えばアザチオプリン(Aza)を、低用量の所望の補充酵素の毎週髄腔内注入と組合せた初期30〜60日レジメンが、用いられ得る。
投与 【0182】 本発明の方法は、治療的有効量の本明細書中に記載される治療薬(例えば補充酵素)の単回ならびに多数回投与を意図する。治療薬(例えば補充酵素)は、対象の症状(例えば、リソソーム蓄積症)の性質、重症度および程度によって、一定間隔で投与され得る。いくつかの実施形態では、本発明の治療的有効量の治療薬(例えば補充酵素)は、一定間隔で(例えば、年1回、6ヶ月に1回、5ヶ月に1回、3ヶ月に1回、隔月(2ヶ月に1回)、毎月(1ヶ月に1回)、隔週(2週間に1回)、
毎週)、定期的に髄腔内投与され得る。
・・・ 【0189】 いくつかの実施形態では、治療有効量は、mg/CSF 15ccによっても定 義され得る。当業者が理解するように、脳重量および体重に基づいた治療有効量は、
mg/CSF 15ccに換算され得る。例えば、成人におけるCSFの容積は約150mLである・・・。したがって、成人への0.1mg〜50mgの単一用量注射は、成人では約0.01mg/CSF 15cc(0.1mg)〜5.0mg/CSF 15cc(50mg)用量である。
実施例】 【0194】 GalCタンパク質のIT送達の実施実施例1:髄腔内送達のためのGALC処方物の物理化学的特性化 【0195】 本実施例は、タンパク質の髄腔内(IT)送達中の異なる溶液条件下でのその行動および安定性を理解するために、GalCの物理化学的特性化を記載する。
【0196】 特に、本実施例は、GalCの上首尾のIT送達のために重要であるGalC処方物を記載する。いくつかの実施形態では、この処方物は、5mM Naリン酸塩+150mM NaCl、pH6.0+0.005%ポリソルベート 20を含む。
いくつかの実施形態では、この処方物は、<5mM、<10mM、<15mMおよび<20mMのNaリン酸塩を含む。いくつかの実施形態では、この処方物は、150mM NaClで、pH≧5.5および≦pH7.0を包含する。
【0197】 種々のリン酸塩モル濃度およびpHのPBS送達ビヒクルを、成体カニクイザルで試験した(図3)。5.5〜7.0のpH範囲での5mMリン酸塩は副作用を示さなかったが、一方、pH7.0〜7.5の20mMリン酸塩およびpH7.5〜8.0の10〜20mMリン酸塩は、サルにおいて副作用を示した(図3)。3mM クエン酸塩、リン酸塩およびホウ酸塩緩衝液(50mM NaCl含有)中のhGalC(1mg/ml)の熱安定性を、pH5.0〜8.0の範囲内のpHの一関数 として調べた(図4)。hGalC特異的活性を、基線(20〜25℃)で、ならびに40℃で2週間測定したが、最高特異的活性は、pH6.0〜6.5で保持された(図4)。hGalC特異的活性を、さらに、5℃で3ヶ月で測定した。最高特異的活性は、pH6.0〜6.5で保持された(図5)。hGalcの融解温度を、pHの一関数として測定し(表5)異なる処方物においても独立して測定した 、 (表6)。
【表5】 【表6】 【0198】 5℃で〜3週間、ならびに40℃で2週間でのhGalC特異的活性の保持により確定した場合の、hGalCの熱安定性を、塩濃度の一関数としても評価した(図6)。結果は、pH6.5で、5mMリン酸塩+50mM NaCl(本明細書中で は5+50と略記)から50mMリン酸塩+150mM NaCl(本明細書中では50+150と略記)までの範囲の種々の塩濃度において、5℃で3週間後、hGalCは最高特異的活性を保持する、ということを示した(図6)。
沈降分析 【0199】 沈降速度は、遠心分離で発生される遠心力に応答して分子が動く速度を測定する分析的超遠心分離(AUC)法であり、溶液中のタンパク質会合状態を決定するための有用な技法である。一次沈降速度実験は、自己会合および/または非理想特性に関して試料を評価するための、5M Naリン酸塩、pH6. (150mM 0 NaCl含有)中のヒトGalCの希釈シリーズ(図7)であった。希釈シリーズを、
各濃度での正規化g(s*)曲線(g(s*))対s*)としてプロットした。希釈時のより低いs値への曲線における全般的シフトは、解離を示し、これは、迅速可逆的自己会合系である。異なるイオン強度を比較した場合(図7A、B&C)、曲線組は、イオン強度を上げるとより低いs値にシフトすることは明らかであり、イオン相互作用も会合過程に関与し、自己会合は高塩濃度では低減されることを示している。
【0200】 マウスGalCも、同一時間で150mM NaClで実験して、hGalCと比較した。対応するイオン強度(150mM NaCl)を比較した場合、mGalCの自己会合の自由エネルギーがhGalCのものより低いことは明らかである。
図7における曲線は、約20Sでのカットオフであって、解離をより明白に示した;しかしながら、広範囲分布解析(WDA)を用いてこれらの実験を分析し、結果を対数スケールでプロットした場合、より高い凝集物(s*>20S)が明らかに観察され得る。高オリゴマーへの凝集(図8)は、50mM NaClで特に目立っており、10mM NaClで多少低減され、そして500mM NaClでpH6.0では有意に減少したが、しかし存在する。イオン強度の各々からの最高濃度 からのWDA曲線を、図8にプロットする。
pH6.0での汎用緩衝液中での自己会合 【0201】 汎用緩衝液中でのこれらの条件下で、自己会合は、図9で分かるように、リン酸塩緩衝液中とほぼ同一規模であると思われる。汎用緩衝液中でのhGalC自己会合のエネルギー論に及ぼすpHの作用も調べた。希釈シリーズを、pH4.5、5.0、6.0、6.5、7.0および7.5で実施した。pH4.5および5.0での試料は不溶性で、本質的に100%のhGalCが沈澱しており、上清中では何も測定されないままであった。
【0202】 pHの作用は図10で明らかであり、この場合、最小量の自己会合がpH7.5で観察され、かなりの量の自己会合がpH6.0で観察される。その傾向は、より高いpHでの種々のイオン強度で観察されたものと同様である。イオン強度およびpHをともに上げると、最高濃度(すべて約1.0mg/mL)でより小さいオリゴマーを選択するよう平衡をシフトする。1/3連続希釈まで濃度を下げると(図7参照)、平衡は、約5.2Sの沈降係数を有することが明らかである最小種の方へシフトする。約10〜13Sで生じるピークは、5S種の四量体を表すと思われる。
自己会合モデルにこれらのデータを合わせる努力は今までのところ不首尾に終わっており、不定度のグリコシル化から生じる固有の微小不均一性のためであると思われる。
pH6.0での汎用緩衝液中の自己会合 【0203】 5mM Naリン酸塩、pH6.0(150mM NaCl含有)中のGalCのストレスおよび基線試料を、希釈シリーズ実験で比較した(赤→青→緑→黒)。最低濃度(黒)〜0.03mg/mLに関する結果は平坦であったが、これが、曲線がほとんどノイズを有さないと思われる理由である。ストレス試料では、基線試料 よりはるかに高い濃度で存在するln(s*)=3.0(〜20S)周囲に凝集物が存在する。それは、正規化プロットにおいて希釈時のその持続性により立証されるように、試料のほぼ一定の割合を表す(図11、図12、図13)。したがって、
それは、少なくとも500kg/molのモル質量を有する不可逆的凝集物である。
溶液中にタウロコール酸ナトリウムを有するhGalC 【0204】 タウロコール酸ナトリウム(NaTC) (1%)中では、自己会合は有意に低減される。主境界線は低s値にシフトされ、高オリゴマー化が抑制される(図14)。
5%デキストロースを有するhGalC 【0205】 5mM Naリン酸塩、pH6.0中のGalCへの5%デキストロースの付加は、大型凝集物を形成した(図15)。18Sでのピークは、約440kDaの最小モル質量に対応し、そして56Sでのピークは、10.0MDaより大きいモル質量に対応する150Sを越えて伸びる尾を有する12.4MDaの最小モル質量に対応する。1.0から0.3mg/mLへの希釈時に、このパターンに非常に小さい変化が認められるが、これは、5〜6時間の沈降実験の時間スケールで、これらのオリゴマーがほとんど不可逆的であることを示している。
hGalC固有蛍光 【0206】 hGalCの固有蛍光試験(23Trpを使用)を実施して、分子相互作用に及ぼすpHおよび塩濃度の役割を評価した(図16および図17)。分子相互作用は、
500mM NaClまたは1% NaTC中で最小であった(330nm〜350nm間で最高相対蛍光)(図16)。二次構造の小変化が、pHの一関数として観察された。沈澱は、pH4.5および5.0で観察された(図17)。
要約 【0207】 hGalCおよびmGalCの相対的溶解度を評価するために、ポリエチレングリコール(PEG)誘導性固相アプローチを用いた(Middaugh et al. J. Biol. Chem. 1979, 254, 367-370) , 。
このアプローチは、タンパク質の相対溶解度を定量的に測定可能にした。各GalCの緩衝化溶液(5mM リン酸ナトリウム(150mM NaCl含有)pH6. 、
0)を、異なる濃度のPEG(10kDa)に導入することにより、溶解度測定を実施した。対数タンパク質溶解度対PEG濃度のプロットは、線状傾向を生じた。
見掛けの溶解度をゼロPEG濃度に外挿することにより、各タンパク質の相対溶解度を得た。mGalC対hGalCの相対溶解度は、如何なる差異も示さなかった。
hGalCの溶解度実験では、2〜8°Cで(5mM リン酸ナトリウム(異なる塩濃度を有する)、pH6.0〜6.5中で)、3週間後に、沈澱または活性損失は観察されなかった。〜30mg/mLでの溶解度は、処方物 5mM Naリン酸塩+150mM NaCl、pH6.0で達成され、2〜8℃で50日後、沈澱は観察されなかった。
【0208】 AUCデータは、
「ネイティブ」状態のGalCが、より高次のオリゴマーとの濃度依存的可逆的会合である、ということを示唆している。生物物理学的データは、
より高次のオリゴマーに対する機能的および構造的重要性が認められ得る、ということを示唆している。高pH値では、AUCにより測定した場合、低活性保持、低Tm値およびより均質な系が認められる。5mMリン酸ナトリウム(150mM NaCl含有、pH6.0)中では、単量体、四量体および他の高次種間に平衡が存在すると思われる。さらに、pHは、6.5〜7.5のpH範囲でAUCプロフィールに劇的に作用するわけではない。全体的に、GalC系は、試験緩衝液中で迅速可逆的高自己会合系である。
・・・ 実施例3:twitcherマウスにおけるICVおよびICV/IP RMG ALC注射および生存延長の前臨床試験 【0282】 本実施例は、rmGALCの毎週IP注射を施されたtwitcherマウスにおける生存延長を示す前臨床試験の一実施形態を実証する。本実施形態では、サイコシンレベル低減および全体的運動機能(走り方)改善とともに、髄鞘形成改善が坐骨神経において観察された。いくつかの実施形態では、単回ICVまたはICV/IP rmGALC注射で処置したtwitcherマウスは、生存増大、ならびに脳サイコシンレベルの63%までの低減を示した。rmGALCの単回ICV投与後の重要な終点(すなわち、生存、脳サイコシンレベル)における、全身投与の付加(ICV/IP)後のこれらの終点における非常に小さな改善を伴う陽性結果は、CNS単独レジメンがGLDの処置のための実行可能な臨床的選択肢である、
ということを示唆している。
序論 【0283】 グロボイド細胞白質ジストロフィー(GLD)症は、約1:100,000の出現率(スカンジナビア諸国では1.9:100,000)で出生児に生じる常染色体劣性リソソーム貯蔵障害である。進行性末梢(PNS)および中枢(CNS)神経系障害であるGLDは、ガラクトセレブロシダーゼ(GALC)の酵素活性の欠陥を引き起こして、基質脂質を分解する(すなわち、ガラクトシルセラミドをガラクトースとセラミドに;ガラクトシルスフィンゴシン(サイコシン)をガラクトースとスフィンゴシンに分解する)遺伝子突然変異の結果である。この障害は、乏突起グリア細胞およびミエリンの完全損失、ならびにガラクトシルセラミド貪食制マクロファージ(「グロボイド細胞」)の存在により特性化される。
・・・ 【0285】 全身性酵素補充療法(ERT)は、リソソーム貯蔵障害(LSD)、例えばゴーシ ェ病、ファブリー病およびハンター症候群に罹患している患者に関する利益を提供してきた・・・。GLDに関するERTは、おそらくはこの疾患がPNSおよびCNSの両方に影響を及ぼすため、厳正に遂行されてこなかった。GLD患者に関する最新処置としては、造血細胞移植(HCT)が挙げられるが、しかしながら、この手法は有意の副作用(すなわち30%の処置関連死、生涯に亘る免疫抑制療法)のため、ならびに前駆症状製患者においてのみ有効であるため、限界がある。
【0286】 twitcherマウスは、GLDを研究するために用いられる最も一般的な実験動物であり、この疾患に関する膨大な実験作業を実行させている・・・。
・・・ 【0288】 ・・・ERTは、特に前駆症候性患者に施す場合、GLDの処置における実行可能な選択肢を提供し得る。
結果 【0289】 HEK293由来ネズミGALC(rmGALC;5mg/kg)を用いた全身投与酵素補充療法は、多数回腹腔内(IP)注射として末梢投与した場合、twitcherマウスの寿命を改善し、ビヒクル処置動物と比較して、サイコシン蓄積を15%低減した(表18、図31)。
【表18】 【0290】 rmGALCでIP処置したマウスは、非処置またはビヒクル処置動物と比較して、走り方試験においてより良好に遂行し、坐骨神経組織病理学知見が改善された。
末梢(IP)投与rmGALCは、脳に最小度に送達されて、脳サイコシンのわずかな低減を生じた。しかしながら、脳組織病理学知見においては如何なる変化も認められなかった。したがって、rmGALC(5mg/kg)の反復毎週全身投与(IP)で処置したtwitcherマウスにおいて観察された結果は、生存に有益で、脳サイコシンレベルをわずかに低減し、そして全体的運動機能を改善した。
twitcherマウスにおける単回ICVおよび併用ICV/IP rmGALC 【0291】 結果は、高用量ICV/IP処置群が平均50日生存し(120μg/5mpk)、
ビヒクル処置動物は36日生存したに過ぎない、ということを示している(図32)。
ICV rmGALCで処置したマウスは、42日(40μg)および48日(1 20μg)の用量応答性平均生存時間を示しただけであった。単回120μgICV注射は、サイコシンの脳レベルを低減した(63%)が、一方、40μg rmGALCの単回ICV注射は、サイコシンの39%減少を生じた(図33)。ICV/IP投与は、ICV単独と比較して、サイコシン低減の如何なる付加的利益も提供しなかったが、しかし併用レジメンで観察されたサイコシンレベルの48%低減は、毎週IP処置単独で観察されたもの(15%)より有意に低かった。さらに、
注射部位の遠位の部位での脳組織学知見の改善が、40μgレベルでのICV処置で観察された(図34)。これらの結果は、直接ICV注射後のrmGALCの脳における活性および生体分布を確証した。しかしながら、ICV rmGALCのみで処置したマウスは、坐骨神経繊維形態の回復または髄鞘形成を実証できず、全体的運動機能のわずかな改善のみであった(例えば、走り方分析)。rmGALCの単回ICV投与後の重要な終点(すなわち、生存、脳サイコシンレベル)における有意の改善は、全身循環における十分な酵素濃度が欠けていることを示唆する。
臨床的用量投与パラメーター:twitcherマウスにおけるサイコシン再蓄積率 【0292】 適切な臨床的用量範囲を限定しようと努力して、twitcherマウスモデルにおいて以下の試験を実施した: - PND10での単回ICV注射後のtwitcherマウスにおける脳サイコシン再蓄積率 - twitcherマウスにおけるrmGALC併用腹腔内(IP)+脳室内(ICV)注射を用いた用量確認試験。
【0293】 中枢神経系におけるサイコシン再蓄積率を評価するために、PND19での12μgまたは40μgのrmGALCの単回ICV注射で、twitcherマウスを処置した。マウスの群(n=3)を、注射(PND20)の24時間後に、その 後、3日毎に屠殺した。脳組織を取り出し、サイコシン分析、組織病理学および酵素活性分析に付した。動物組を生存に関してモニタリングし(n=8) 運動機能 、 (走り方分析)をPND40で分析した。
【0294】 単回ICV注射後の脳ホモジネート中のサイコシンレベルを、質量分光分析(LCMS Ltd. North , Carolina)により分析した。結果は、rmGALC投与の24時間以内にサイコシンが急速に減少することを示唆している(図35)。サイコシンの低減傾向は、酵素投与後24日間保持された。さらに、サイコシン濃度の減少は、ビヒクル処置動物と比較して、この期間の間は用量依存性であると思われた:ビヒクル処置(平均:4.5ng/mlのサイコシン)対12μg rmGALC(平均:2.5mg/ml サイコシン)対40μg/ml rmGALC(平均:1.6ng/ml サイコシン)。興味深いことに、試験終了時(処置後28〜32日目)に両用量投与群で観察された漸増サイコシンレベルは、
月1回ベースで投与された場合、ERTが首尾よくいかないことがある、ということを示唆している。より高頻度の用量投与計画が必要であり得る。各試料採取時点で動物が少数であるため、結果の変動性が明白であった。しかしながら、これらの結果に基づいて、サイコシン再蓄積がほぼ4週間(28日)スケジュールで起こることは明白である。
【0295】 生存時間を分析した場合、結果は、12μg/mLおよび40μg/mL rmGALC処置群がともに、48日(12μg/mL)および50.5日(40μg/mL)という生存中央値を有し、ビヒクル処置動物は40日生存した(図36)。
予期せぬことに、40μgヒトGALC(rhGALC)で処置したマウスは、40日生存するビヒクル処置動物と比較して、単に42日までの生存利益を示した。
rhGALCによるこの効力t芸源(判決注:原文ママ)の理由(単数または複数)は不明であるが、しかし後述の節で考察する。しかしながら、この試験の結果から、
低用量のrmGALCでも、twitcherマウスモデルにおける生存利益を示すのに有効である、ということは明らかである。
臨床的用量投与パラメーター:twitcherマウスにおけるrmGALCおよびrhGALC用量分類試験 【0296】 従来の結果は、ICV/IP rmGALC(120μgおよび5mpk)で処置したtwitcherマウスが、ビヒクル処置動物より14日長く生存した、ということを示した。しかしながら、直接CNS注射のみで処置したtwitcherマウスは、12日(120μg ICV)および6日(40μg ICV)の平均生存の用量応答性改善を示した。ネズミ脳における120μgの用量は、患者における300mg/脳1kgの用量と解釈できる;したがって、低用量のrmGALCの効力を調べることが重要であった。さらに、twitcherマウスにおける効力に関して、rhGALCの早期ロットを検査した。マウスの群を、PND10で開始するrmGALCの毎週IP注射(5mg/kg)+PND19での12μg(30mg/脳1kg)または26μg(60mg/脳1kg)のrmGALCまたはrhGALCの単回ICV注射で処置した。PND39で、マウス組(n=3/群)を、組織採取(脳、坐骨神経、肝臓、血清)のために屠殺した。脳組織を、サイコシン分析、組織病理学および酵素活性定量に付した。残りの動物生存(n=8)を、生存および走り方分析に関してモニタリングした。
考察 【0297】 この用量確認試験の結果は、rmGALC投与に関する生存利益を示し、用量依存性傾向を伴った(図37) 12μg/5mpkおよび26μg/5mpk組合せ 。
用量のrmGALCは、ビヒクル処置動物に関する40.5日と比較して、twitcherマウスの平均寿命をそれぞれ44.5および45.5日に延長した。12μg/5mpk(38日)および26μg/5mpk(39.5日)用量のrh GALCに関する生存利益は認められなかった。26μg/5mpk rhGALCは、罹患twitcherマウスの寿命を1.5日延長したが、しかしながら、
何れの用量のrhGALCも、ビヒクル処置動物に関する生存日数に達しなかった(図37)。rmGALCで全身処置(IP)された動物で以前観察されたように、
rmGALCの併用ICV/IP投与を受けている全動物に関して走り方分析における改善が観察されたが、一方、単回ICV注射で処置された動物は、運動機能における利益をほとんど示さなかった(図38) 寿命における利益に関して観察され 。
たように、rhがる(判決注:「rhGALC」の誤記と認める。)で処置したマウスにおいては、走り方分析における利益は観察されなかった。しかしながら、rhGALCの特異的活性は、in vitro活性におけるrmGALCの約33%であることが判明した(表19)。したがって、これらの最新結果は、低用量のrmGALCでも、生存および運動機能の両方に有益であり、GLDの処置のためのERTの適時を増大する、ということを示唆する。サイコシン再蓄積が4週間(28日)スケジュールでほぼ起きることは、明白である。
・・・ 実施例5:イヌにおけるIT注射GALCの脳組織学的知見/標識化 【0304】 本実施例は、イヌにおけるIT注射GalCの一実施形態、ならびに脳におけるGalC抗体の対応する検出および局在化を記載する。この実施形態では、IT注射タンパク質は、髄膜で、ならびに髄膜下の表面皮質の領域で検出された。ICV注射タンパク質は、脳室周囲領域に見出された(図49)。GalC IHCは、IT注射後に皮質における拡散性細胞外染色パターンを示し、ニューロン(円形)では陰性シグナルを有した(図50) 陽性Iba染色を有する活性化ミクログリア細 。
胞の限定性低減が、ICV注射脳室周囲領域およびIT注射皮質において観察された(図51)。形態学的変化(グロボイド細胞)はビヒクル群においてはLFB/PASで皮質中には見出されず、群を通して差異は観察されなかった。Iba染色で 印を付けられたグロボイド細胞(矢印)は、脳室周囲領域の4つの限定区域において、ICV処置後に低減された(図52)。
・・・ 【0371】実施例10.ビーグル犬におけるIT送達の生体内分布 上記の例で観察されたI2Sの分布パターンが、単回のITまたはICV投与を行った健常なビーグル犬でも再現された。コンピュータで出した数字を用いて、雄ビーグル犬を2群に無作為化した(群1(ICV) N=3;群2 、 (IT) ;N=4)。
全個体の腰椎クモ膜下腔または左側脳室(投与用)、および大槽(試料採取用)にカテーテルを埋入した。カテーテルはすべて、皮下チタン製接触ポートを終端とした。
未投与の手術対照として追加のイヌを用いた。
【0372】 単回ボーラスで1mlのI2S注射(20mMリン酸ナトリウム、pH6.0;137mM塩化ナトリウム;0.02%ポリソルベート-20中、30mg/ml)をITまたはICVで行い、次いで、リン酸緩衝生理食塩水(PBS;pH7.2)による0.3mlの洗い流しを行った。臨床兆候をモニターし、投与の24時間後に屠殺した。脳および脊髄の組織試料を採取し、ELISA、I2S酵素活性およびIHCにより測定されるI2S定量分析を行い、試験群間で比較した。
【0373】 IHCによる測定では、I2SがITおよびICVの両群の灰白質全体にわたり広範囲に分布していた。大脳皮質では、図91(画像aおよびc)に示されるように、ITおよびICVの両群において、表面の分子層から深部の内層までの6つの全ニューロン層でニューロンがI2S陽性であった。IT群およびICV群の小脳皮質では、図91(画像cおよびd)に示されるように、プルキンエ細胞を含むニューロンでI2Sが検出された。ITおよびICVの両群において、図91(画像eおよびf)に示されるように、海馬の多数のニューロンがI2S陽性であった。
また図91(画像gおよびh)に示されるように、両群の視床および尾状核でもI2S陽性ニューロンが見られた。
【0374】 したがって、本試験は、IT投与した酵素が脳深部の細胞および組織内に分布する能力を確認するものであり、また、IT投与したI2Sのような酵素が、ハンター症候群のようなリソソーム蓄積症に関連したCNS発症の治療に有用であることを支持するものである。
・・・ 【0387】rhASAタンパク質のIT送達実施例13:IT送達した組換えASAの毒性試験 他の髄腔内投与した組換え酵素がCNSの細胞および組織内に分布する能力を評価するために、幼若の(12か月齢未満)カニクイザルにおいて1か月の期間にわたりGLP試験を行って、組換えにより調製したヒトアリールスルファターゼA(rhASA)の反復髄腔内(IT)投与を毒性学および安全性薬理学の観点から評価した。pH6.0の154mM NaCl、0.005%ポリソルベート20の溶媒で、rhASAの製剤を調製し製剤化した。
【0388】 これを行うために、9匹の雄および9匹の雌の幼若体カニクイザルを、下の表28に示すように、体重により3つの処置群の1つに無作為に割り当てた。個体(投与1の1雄個体を除く)に0、3または31mg/mlのrhASAを隔週、0.6mL(0、1.8または18.6mgの総用量)の短時間のIT注入で、1個体当たり計3用量になるように投与した。体重、臨床観察、神経学的および生理学的検査、臨床病理、眼科検査、ならびに毒物動態試料採取をモニターした。29、30または31日目(最後のIT投与の約24時間後)に全個体の剖検を行った。選択した組織を採取し、顕微鏡により検査した。
【0389】 【表28】 【0390】 カニクイザルのCNS組織で検出されたrhASAの濃度をELISAにより解析し、約2.5ng/組織mgに相当する正常ヒトrhASA濃度の10%の治療標的と比較した。カニクイザルの脳の異なる領域から組織試料またはパンチ試料を摘出し、rhASAの存在に関してさらに解析した。図133〜図138は、パンチ試料を摘出した組織を示している。パンチした組織試料は、図139A〜139Gに示されるように、大脳皮質から深部白質および深部灰白質にかけての沈着の勾配を伴うrhASA濃度の増加を示した。
【0391】 18.6mg用量のrhASAを投与した6匹のサルのITおよびICVの両投与経路の同じパンチ試料を用いて検出されたrhASAの濃度を、図140A〜140Bに示す。rhASAを髄腔内(IT)または脳室内(ICV)に投与した成体および幼若体カニクイザルの深部白質(図140A)および深部灰白質(図140B)脳組織で検出されたrhASAの濃度は同等であった。
【0392】 次いで、成体および幼若体カニクイザルの脳から摘出したパンチ組織試料を解析して、摘出組織試料中に蓄積したrhASAの濃度を決定し、この濃度を、タンパク質1mg当たり2.5ngのrhASAの治療標的濃度(健常対象における正常rhASA濃度の10%に相当する)と比較した。図141Aに示されるように、
解析した各組織試料パンチにおいて、18.6mg用量のrhASAをIT投与することにより、2.5ng/タンパク質mgの標的治療濃度を上回るrhASA濃度を生じた。同様に、1.8mg用量のrhASAを幼若カニクイザルにIT投与した場合、解析した各組織試料パンチは、2.5ng/タンパク質mgの治療濃度内または治療濃度を上回るrhASAの濃度を示し、rhASA濃度の中央値は、
試験した全組織パンチ試料で治療標的を上回っていた(図141B)。
【0393】 IT投与したrhASAが適切な細胞に分布するか否かを判定するために、1.8mgのrhASAをIT投与したカニクイザルの図142Aに示される領域の深部白質の組織を解析した。図142Bに示されるように、深部白質組織の免疫染色により、カニクイザルのオリゴデンドロサイト細胞内のrhASA分布が明らかとなった。同様に、図142Cは、IT投与したrhASAがカニクイザルの深部白質組織での共局在を示したことを表している。具体的には、染色下で、リソソームのような標的細胞小器官における共局在が明らかであり(図142C)このことは、

IT投与したrhASAが、オリゴデンドロサイトのリソソームを含めた、CNSの適切な細胞、組織および細胞小器官に分布することが可能であるという結論を支持する。
【図3】【図4】 【図5】【図6】 【図31】【図32】【図33】 【図34】【図35】【図36】 【図37】【図38】 【図49】【図50】 【図51】【図52】 【図91】【図133】 【図134】【図135】 【図136】【図137】 【図138】【図139A】 【図139B】【図139C】 【図139D】 【図139E】 【図139F】【図139G】 【図140】 【図141】【図142A】 【図142B】【図142C】(2) 本件発明の概要 ア 技術分野 本件発明は、酵素補充療法(ERT)において、中枢神経系(CNS)を保護するよう機能する血液-脳関門(BBB)をタンパク質や酵素が適切に横断しないことから特に挑戦的な、CNS病因を有する疾患の処置に係るリソソーム酵素に関する補充酵素である酵素を含む薬学的組成物に関連する。
(請求項1、
【0002】、
【0003】) イ 背景技術及び発明が解決しようとする課題 (ア) 治療薬の脳送達を増強するためにBBBを迂回するいくつかの方法があるが、
合併症(感染、組織損傷、免疫応答性)、投与部位からの活性作用物質の不十分な拡散、拡散バリア、投与され得る治療薬の用量限定、特に脳内カテーテルの配置は非常に侵襲性であることなどの問題がある。髄腔内(IT)注射又は脳脊髄液(CSF)へのタンパク質の投与も試みられてきたが、未だ治療的成功を見ておらず、脳の表面での拡散に対するバリアや、有効かつ便利な送達方法がないことは、脳における適切な治療効果を達成するには大きすぎる障害物であると考えられていた。
(【0004】【0005】 、 ) (イ) 多数のリソソーム蓄積障害は神経系に影響を及ぼし、罹患個体のニューロン及び髄膜においてグリコサミノグリカン(GAC)の大きな蓄積がしばしば認められ、種々の型のCNS症候を生じさせる。脳に治療薬を有効に送達する必要性、さらに特定的には、リソソーム蓄積障害の処置のために中枢神経系に活性作用物質をより有効に送達することが大いに必要とされている。【0007】【0008】 ( 、 ) ウ 課題を解決するための手段及び発明の効果 (ア) 本件発明は、中枢神経系(CNS)への治療薬の直接送達のための有効かつ低侵襲性のアプローチを提供する。本件発明は、一部は、酵素が種々の表面を横断して有効に、かつ広範に拡散して、深部脳領域を含めて脳を横断する種々の領域に浸透するよう、リソソーム蓄積症のための補充酵素が高濃度(例えば、約3mg/ml以上、4mg/ml、5mg/ml、10mg/ml以上)での治療を必要と する対象の脳脊髄液(CSF)中に、直接的に導入され得るという発見に基づく。
さらに、単なる生理食塩水又は緩衝液ベースの処方物を用いて、そして対象において実質的な有害作用、例えば重篤な免疫応答を誘導することなく、このような高タンパク質濃度送達が達成され得る。【0009】 ( ) (イ) 本件発明は、リソソーム酵素に関する補充酵素である酵素を含む薬学的組成物であって、該組成物は、該リソソーム酵素のレベル又は活性の減少を伴うリソソーム蓄積症に罹患している、又はこれに罹患しやすい対象に脳室内投与されることを特徴とし、ここで、該組成物は、5mg/ml〜100mg/mlといった高濃度の該補充酵素と、50mMまでのリン酸塩を含み、かつ、該組成物が、5.5〜7.0のpHを有することをさらに特徴とする。(請求項1〜8、12) (ウ) 本件発明は、CNS構成成分を有する種々の疾患及び障害、特にリソソーム蓄積症の処置のための直接CNS送達のための非常に効率的で臨床的に望ましく、
かつ患者に優しいアプローチを提供する。本件発明は、CNSターゲッティング及び酵素補充療法の分野における有意の進歩を示す。【0009】 ( ) 2 取消事由2(実施可能要件違反)について 事案に鑑み、まず、取消事由2につき、検討する。
(1) 特許法36条4項1号に規定する実施可能要件は、明細書の発明の詳細な説明が、当業者において、その記載及び出願時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、当該発明を実施できる程度に明確かつ十分に記載されているか否かを問題とするものであるところ、本件発明1が、リソソーム酵素に関する補充酵素である酵素を含む薬学的組成物であって、脳室内投与されることを特徴とするものであることを踏まえると、本件発明を実施できる程度の記載があるか否かについては、本件発明1の薬学的組成物がリソソーム蓄積症状の治療に使用できる程度の記載があるか否という点を中心に、これを検討するのが相当である。
(2)ア 本件明細書の実施例1(【0195】〜【0208】【図3】〜【図6】 、 )には、ビヒクルのpH範囲と副作用の関係性について記載がされるとともに、リソ ソーム蓄積症であるグロボイド細胞白質ジストロフィー症(GLD)に関連するガラクトセレブロシダーゼ(GALC)【0163】【0283】参照)の処方物に ( 、
ついて、溶解度や沈殿、活性の測定結果が記載されている。
イ 本件明細書には、本件発明1の薬学的組成物に含まれる製剤を用いたICV投与の実施例として、実施例3、5及び10の記載がある。
(ア) 実施例3(【0282】〜【0297】【図32】〜【図34】 、 )として、GLDを研究するために用いられる最も一般的な実験動物であるtwitcherマウスに対するGALCを30mg/ml含む製剤(5mM Naリン酸塩+150mM NaCl、pH6.0の溶媒中にGALCを30mg/mLで含むもの(【0207】、弁論の全趣旨))のICV注射により、脳サイコシンが減少し、脳組織学的知見の改善が観察されたことなどが記載されている。
(イ) 実施例5(【0304】【図49】〜【図52】 、 )として、GALCを含む製剤のイヌに対するICV注射により、ICV注射タンパク質が脳室周囲領域に見いだされ、グロボイド細胞がICV処置後に低減されたことなどが記載されている。
(ウ) 実施例10(【0371】〜【0374】【図91】 、 )として、リソソーム蓄積症であるハンター症候群に関連するイズロン酸-2-スルファターゼ(I2S)(【0031】【0040】参照)を含む製剤のビーグル犬に対するICV投与(2 、
0mMリン酸ナトリウム、137mM NaCl、 02%ポリソルベート20、
0.pH6.0中に30mg/ml)により、I2Sが灰白質全体にわたり広範囲に分布していたこと、大脳皮質、小脳皮質、海馬、視床及び尾状核でニューロンのI2S陽性が認められたことなどが記載されている。
(3) 前記(2)の各実施例についての記載からすると、本件明細書の発明の詳細な説明には、本件発明1に規定される濃度のリソソーム蓄積症に係る酵素とリン酸塩を含み、かつ、pHも本件発明1に規定される範囲内にある組成物をICV投与することにより、組成物中の酵素が脳の組織に分布して大脳の深部組織まで到達することや、酵素による治療効果が確認されたことが記載されており、もって、本件発 明1の薬学的組成物がリソソーム蓄積症の治療に使用できることが開示されていると認められる。
(4) 原告の主張について ア(ア) 原告は、リン酸塩が0〜5mMの範囲について、実施可能要件に違反する旨を主張するので検討する。
(イ) 前記(2)アの実施例1において、ビヒクルのpH範囲と副作用の関係性に係る【図3】においては、一定のpH範囲では、リン酸塩が0〜5mMの範囲にわたり、有害作用がなかった旨が記載されている。
(ウ) 本件明細書には、実施例13(【0387】〜【0393】【図139A】〜 、
【図139G】【図140】 、 )として、リソソーム蓄積症である異染性ジストロフィー(MLD)症に関連するアリールスルファターゼA(ASA)【0031】【0 ( 、
041】参照)を31mg/ml含み、リン酸塩を含まない製剤のカニクイザルに対するIT投与及びICV投与に関し、IT投与により、大脳皮質から深部白質及び深部灰白質にかけての沈着の勾配を伴うrhASA濃度の増加を示したこと、IT投与とICV投与において深部白質及び深部灰白質脳組織で検出されたrhASAの濃度は同等であったことなどが記載されている。
(エ) 前記(2)の各実施例の記載に加え、前記(イ)及び(ウ)の記載も考慮すると、リン酸塩が0を超えて5mMまでの範囲についても、前記(3)の判断は左右されないというべきである。
イ(ア) 原告は、イオン強度が低い場合(NaClが0〜50mMである場合)について、実施可能要件に違反する旨を主張するので検討する。
(イ) 本件明細書の【0111】には、本件発明の酵素が、本件発明の薬学的組成物中でそれらの溶解性及び安定性を保持するために、制御されたpH及び特定の賦形剤を要することが記載され、
「パラメーター」「典型的範囲/型」及び「論理的根 、
拠」の対応を示した【表3】が記載され、その中にはNaClも記載されている。
そのほか、
【0009】や【0084】においては、本件発明の発明者が見いだした こととして、酵素が単なる生理食塩水又は緩衝液ベースの処方物を用いて送達され得ることが記載されていることや、希釈剤についての【0058】 【0121】 及び 、
可溶性に関する【0071】並びに等張溶液に関する【0110】などにおいても食塩水などが記載され、その上で、前記(2)の各実施例においてもNaClに関する記載があることなどを踏まえると、当業者においては、本件発明1の発明特定事項としてNaClが規定されていないとしても、本件発明1の薬学的組成物の作製に当たり、適宜、NaClを一定程度配合し得るものというべきである。
(ウ) また、原告は、イオン強度が低い場合の熱安定性について、本件明細書の記載から明らかでないと主張するが、そのことによって、前記(3)の判断が直ちに左右されるものとはいえない。
(エ) そうすると、前記(ア)の原告の主張も、前記(3)の判断を左右するものではないというべきである。
ウ 原告は、hGalC以外の酵素について熱安定性が検証されていないことなどから、本件発明1が実施可能要件に違反する旨主張するが、hGalC以外の酵素についての熱安定性の検証がないことによって、前記(3)の判断が直ちに左右されるものとはいえない。また、原告は、酵素の凝集による免疫原性の問題についても主張するが、本件全証拠をもってしても、本件発明1の組成物について、前記(2)の各実施例の記載等にもかかわらず、免疫原性の問題によってそれがリソソーム蓄積症の治療に使用することができないものとみるべき技術常識等は認められない。
(5) 以上のとおり、本件発明1について実施可能要件違反は認められないところ、
原告は、本件発明1と同様の理由により本件発明2〜8及び12についての実施可能要件違反を主張するから、同主張も認められない。
よって、取消事由2は理由がない。
3 取消事由3(サポート要件違反)について 次いで、取消事由3につき、検討する。
(1) 特許請求の範囲の記載が、明細書のサポート要件に適合するか否かは、特許 請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。
(2) そこで検討するに、前記1(2)の本件発明の概要に照らすと、本件発明の課題は、リソソーム蓄積障害の処置のために、中枢神経系(CNS)に、活性作用物質であるリソソーム酵素に関する補充酵素である酵素を、より有効に直接送達するためのアプローチを提供することにあるということができる。
(3) 本件明細書の【0011】【0012】【0101】【0102】 【011 、 、 、 、
2】【0115】及び【0197】からすると、本件明細書には、補充酵素を一定 、
以上の濃度で含み、かつ、副作用をもたらされない範囲でリン酸塩を含む、pHが特定範囲である組成物として、前記(2)の課題を解決できると当業者が認識できる発明が記載されており、本件発明1は、発明の詳細な説明に記載された発明であるといえる。そして、それら段落の記載のほか、中枢神経系(CNS)への治療薬の直接送達のための有効かつ低侵襲性のアプローチを提供することを明らかにする【0009】の記載及び前記2(2)の各実施例における、30mg/mlという濃度でリソソーム酵素を含み、リン酸塩を5mM又は20mMで含み、pHが6.0である組成物を、ICV投与することにより、酵素が深部領域を含めて脳を横断する種々の領域に浸透し、リソソーム蓄積症モデル動物の生存延長といった治療効果が確認されたとの記載からすると、本件発明1は、発明の詳細な説明の記載により当業者が前記(2)の課題を解決できると認識できる範囲のものであるというべきである。
(4) 原告の主張について ア 原告は、本件発明の課題には、
(免疫原性の問題を回避して)高濃度の酵素濃度を実現することも含むと主張するが、本件発明の課題については、前記(2)のとお り認めるのが相当である。本件明細書の【0009】において、
「高濃度」との記載は、本件発明が基づいているとされる発見に関して記載されているものと解され、
同段落の記載をもって原告の主張するように解することはできない。
したがって、その余の原告の主張についても、本件発明の課題について、高い酵素濃度を実現できることが含まれていることを前提とする部分は、いずれも採用することができない。そして、本件発明1が同課題を解決できるものであることは、
前記(2)及び(3)のとおりである。
イ 原告は、リン酸塩濃度が低い場合やイオン強度が低い場合における熱安定性は明らかでないなどと主張するが、それらの場合における熱安定性を裏付ける直接的な実験結果等の記載がないことから、直ちに、当業者が前記(2)の課題を解決できると認識できないということはできない。前記2(4)ア〜ウで認定説示した点を考慮しても、上記主張は、前記(3)の判断を左右するものとはいえない。
ウ 原告は、本件発明は、エリオットB溶液にタンパク質を溶解させた組成物にまで及んでおり、課題を解決できない領域にまで及んでいると主張する。
本件明細書の【0105】においては、エリオットB溶液を用いることについて否定的な記載がされ、
「いくつかの実施形態では、本発明による髄腔内送達に適した処方物は、合成または人工CSFではない」ことが記載されている。また、
【0012】には、いくつかの実施形態では組成物は合成CSFでない処方物中に補充酵素を含むことが記載され、【0077】では、「合成CSF」についてエリオットB溶液に限られない形で定義がされ、
【0084】では、合成CSFを用いることなく補充酵素が単なる生理食塩水又は緩衝液ベースの処方物中で送達され得ることを発明者が見いだしたことが記載されている。
そして、もとより本件発明1において、エリオットB溶液を用いること等が発明特定事項とされているものではなく、本件発明1における発明特定事項である酵素濃度、リン酸塩濃度及びpHの各範囲が、エリオットB溶液を用いるか否かによって直ちに決するものでないことも明らかである。
上記の各点を踏まえると、エリオットB溶液を用いた薬学的組成物が本件発明1の発明特定事項の全てを満たすことがあり得るとしても、そのことをもって、本件明細書の記載に接した当業者において、本件発明1が前記(2)の課題を解決できると認識できなくなるものではないというべきである。
したがって、原告の上記主張は、前記(3)の判断を左右するものではない。
(5) 以上のとおり、本件発明1についてサポート要件違反は認められないところ、
原告は、本件発明1と同様の理由により本件発明2〜8及び12についてのサポート要件違反を主張するから、同主張も認められない。
よって、取消事由3は認められない。
4 取消事由4(明確性要件違反)について 原告は、本件発明1について、リン酸塩の下限値が特定されていないことから、
明確性要件に反すると主張する。
しかし、本件特許の請求項1の文言から、本件発明1の薬学的組成物が「リン酸塩を含」むものであることは明らかで、50mMまでのリン酸塩であれば、どれほどわずかの量を含む場合であっても、本件発明1のリン酸塩に係る発明特定事項を満たすことは明確であって、リン酸塩の下限値が特定されていないことが何ら第三者に不測の損害を被らせるものでないことは明らかである。
したがって、原告の主張は採用することができない。本件発明2〜8及び12についても同様である。高濃度の補充酵素の実現や酵素の熱安定性をいう原告の主張は、明確性要件についての上記判断に何ら影響しない。
よって、取消事由4は理由がない。
5 基礎出願について 取消事由1(優先権に関する認定判断の誤り)について判断をする前提として、
基礎出願1及び2につき、検討する。
基礎出願1に係る優先権証明書(甲16)と、基礎出願2に係る優先権証明書(甲17)の記載事項は、いずれも「治療用タンパク質のCNS送達のための安定製剤 及び方法」と題する発明に係るもので、それらの記載内容はほとんど全て同じである(弁論の全趣旨)。このうち、甲17には、次の記載がある(訳文は、乙37による。。
) (1) 請求項(29頁5行目〜32頁5行目。行数は、頁左に記載された行番号による。以下、甲17について特記しない限り同じ。) 1. 治療有効量の治療剤を対象の中枢神経系に送達するのに適している水性薬学的組成物であって、(a)1以上の治療剤と、(b)1以上の緩衝剤とを含む水性薬学的組成物。
2. (a)前記治療剤が前記組成物中に可溶性であり、(b)前記組成物が安定であり、
かつ(c)前記組成物が前記対象に髄腔内投与されると忍容性が認められる、請求項1に記載の水性薬学的組成物。
3. 前記組成物が低pH及び低リン酸含有量を有する、請求項1に記載の水性薬学的組成物。
4. 前記組成物のpHが約8未満である、請求項1、2または3に記載の水性薬学的組成物。
5. 前記組成物のpHが約7未満である、請求項1、2または3に記載の水性薬学的組成物。
6. 前記組成物が酸性である、請求項1、2または3に記載の水性薬学的組成物。
7. 前記組成物のリン酸含有量が約30mM未満である、請求項1、または3に記載の水性薬学的組成物。
8. 前記組成物のリン酸含有量が約10mM未満である、請求項1、2または3に記載の水性薬学的組成物。
9. 前記治療剤がタンパク質である、請求項1に記載の水性薬学的組成物。
10. 前記治療剤が組換えタンパク質である、請求項1に記載の水性薬学的組成物。
11. 前記タンパク質が酵素である、請求項9または10に記載の水性薬学的組成物。
12. 前記タンパク質がリソソーム酵素である、請求項9または10に記載の水性薬 学的組成物。
13. 前記タンパク質がヘパランN-スルファターゼ、イズロン酸-2-スルファターゼ、アルファ-L-イズロニダーゼ、アリールスルファターゼA及びガラクトセレブロシダーゼからなる群から選択される、請求項9または10に記載の水性薬学的組成物。
14. 前記タンパク質が前記組成物中に可溶性である、請求項9または10に記載の水性薬学的組成物。
・・・ 16. 前記組成物中の前記タンパク質の濃度が約30mg/mL未満である、請求項9または10に記載の水性薬学的組成物。
17. 前記組成物中の前記タンパク質の濃度が約10〜20mg/mLである、
請求項9または10に記載の水性薬学的組成物。
・・・ 20. 前記タンパク質が前記組成物中で安定である、請求項9または10に記載の水性薬学的組成物。
・・・ 22. 前記緩衝剤が前記組成物のpHを約5.0〜約8.0に維持するのに十分な量で存在する、請求項1に記載の水性薬学的組成物。
(2) 発明の背景 ア 酵素補充療法(ERT)は、対象への天然または組換え的に得られるタンパク質および/または酵素の全身投与を伴う。承認された治療法は、対象に静脈内投与され、一般的には、基礎にある酵素欠乏の身体症候を処置するのに有効である。
静脈内投与されたタンパク質および/または酵素の中枢神経系(CNS)の細胞および組織中への分布が限られている結果として、静脈内投与されたタンパク質および/または酵素が血液一脳関門(BBB)を十分に通過しないため、CNS病因を有する疾患の処置は特に困難であった。(1頁4行目〜15行目) イ 血液-脳関門(BBB)は内皮細胞からなる構造系であり、血流中の有害物質、例えば細菌、高分子(例えばタンパク質)およびその他の親水性分子が、BBBを越えてその下の脳脊髄液(CSF)およびCNS中へと拡散するのを制限することにより、このような物質から中枢神経系(CNS)を保護するように機能する。
(1頁16行目〜2頁5行目) ウ 内因性であるか外因性投与であるかにかかわらず、全身性物質がBBBを通過する能力は、いくつかの因子の影響を受ける。そのような因子には、例えば、BBBを越える物質の濃度、その物質の大きさ、その物質の脂肪親和性及び特定の能動担体機構に対するその物質の親和性が含まれる。(2頁6行目〜12行目) エ BBBを越えて治療剤を効果的に送達するためにこれまで開発されてきた戦略には、受容体媒介性の輸送が含まれ、これにより大きい分子が内在性の輸送システムを通って能動的にBBBを越えて輸送される。また、BBBの高浸透圧開口も、
BBBを操作して治療剤の送達を容易にすることができる技術と考えられてきた。
治療剤の対流促進型送達等のより侵襲的な技術もまた、CNS中にそのような薬剤を直接注入することによってBBBを迂回する手段として考えられてきた。(2頁13行目〜23行目) オ 侵襲的と考えられつつも、脊髄周囲のクモ膜内空隙内への治療剤の投与がBBBを通過してその下のCSFに治療剤を直接投与するための最も一般的な手段であり続けている(Kroin JS、Clin Pharmacokinet(1992)22(5):319-326.)。対象に全身的に投与されうる組成物の量と比べて、髓腔内投与用に適した組成物の量は、
CNS病因を有するある種の疾患の治療に対する大きな障害となることがある。 2 (頁24行目〜3頁3行目) カ これらの限界が、対象に投与され得る治療剤の総用量をしばしば制限するので、これにより治療剤が意図される作用部位で至適治療濃度を達成する能力を制限する。したがって、そのような限界が、CNS病因を有すると疑われる多くの疾患に対して、特に、患部の組織(例えば脳)における有効な治療的濃度を達成するに はより高用量の治療薬を必要とするそれらの疾患に対して、髄腔内ルートの送達を実行不可能にし得る。(3頁4行目〜13行目) キ 濃縮された組成物の調製は、治療剤の髄腔内投与と患部組織における有効治療濃度の達成に付随する限界を十分に改善するまでに至っていない。濃縮した組成物の調製には、しばしば治療剤の凝集及び/または沈殿が付随する。この限界には、
CNS投与に適した薬学的組成物が限定的にしか利用可能でないことがさらに加わる。そのため、本技術分野において、治療剤を可溶性にすることができ、かつ、必要とする対象へのこのような治療剤のCNS投与に適した、安定な組成物に対する需要が未だ存在する。(3頁14行目〜26行目) (3) 発明の概要 ア 治療有効量の治療薬を対象のCNSに送達するのに適した水性薬学的組成物が本明細書中に開示される。このような薬学的組成物は、1以上の治療薬と1以上の緩衝剤とを含む。このような薬学的組成物のある実施態様においては、治療薬は、
前記組成物で可溶性であり、前記組成物は安定であり、かつ前記組成物は、前記対象に髄腔内投与されると忍容性が認められる。(4頁3行目〜11行目) イ 代替的な実施態様において、本発明の薬学的組成物は、凍結乾燥されていてもよい。このような組成物は、1以上の治療薬と、1以上の緩衝剤と、1以上の界面活性剤と、1以上の等張化剤を含む。このような凍結乾燥される薬学的組成物は、
対象への投与に適した組成物とするために希釈剤(例、減菌水、注射用静菌性水及び減菌生理食塩溶液)を用いて再構成することができるが、特に、その対象の中枢神経系に治療薬を送達するのに適している。(4頁12行目〜22行目) ウ 本発明に従えば、本発明の水性の凍結乾燥される薬学的組成物は、治療薬が組成物中で可溶性であり、組成物が安定であり、かつ組成物が前記対象に髄腔内投与されると忍容性が認められるならば、対象の中枢神経系に治療薬を送達するのに適している。(4頁23行目〜30行目) エ ある実施態様において、本発明の水性(の凍結乾燥物を再構成した)薬学的 組成物は、低いpHと低いリン酸含有量を有する。例えば、前記組成物のpHは、
酸性または約7ないし8未満であり得る。他の実施態様において、本発明の水性の凍結乾燥される薬学的組成物は、約10mM未満、約20mM未満または約30mM未満のリン酸含有量を有する。(5頁1行目〜8行目) オ 本発明の水性の凍結乾燥される薬学的処方物において意図される治療薬は、
タンパク質及び/または酵素を含み、これらタンパク質及び/または酵素は、代替的に、組み換え的に作成されていてもよい。適切な酵素には、リソソーム酵素(例、
へパランN-スルファターゼ、イズロン酸-2-スルファターゼ、アルファ-L-イズロニダーゼ、アリールスルファターゼA及びガラクトセレブロシダーゼ)が含まれる。好ましくは、このような酵素は本発明の薬学的組成物中で可溶性である。
ある具体的な実施態様において、このようなタンパク質及び/または酵素は、改変(例、このようなタンパク質をより安定にし得るまたはタンパク質がBBBを通過し易くし得る改変)を含まない。(5頁9行目〜20行目) カ 他の実施態様において、本発明の水性(の凍結乾燥物を再構成した)薬学的組成物は、約30mg/mL未満または約10〜20mg/mLのタンパク質濃度を有する。薬学的組成物の用量は、概して約5.0mL未満であり、好ましくは約3.0mL未満である。(5頁21行目〜27行目) キ ある意図される実施態様において、タンパク質は、前記薬学的組成物中で安定(例、室温で少なくとも12ヶ月間安定)である。また、緩衝剤が組成物のpHを約5.0〜約8.0に維持するのに十分な量で存在する水性(の凍結乾燥物を再構成した)薬学的組成物も意図されている。ある実施態様において、本発明の薬学的組成物中に存在する緩衝剤はリン酸ナトリウムであり、組成物のpHを約7.0に維持するのに十分な量で存在する。適切な緩衝剤の例としては、酢酸塩、コハク酸塩、クエン酸塩、リン酸塩、およびトリスが挙げられる。
(5頁28行目〜6頁10行目) ク 本発明の水性薬学的組成物は、1以上の等張化剤をさらに含んでいてもよく、
等張化剤は塩または糖(例、スクロース、グルコース、マンニトール及び塩化ナトリウム)であってもよい。等張化剤がスクロースの場合は、約3.0%(w/v)未満の濃度で存在し得る。本発明の水性薬学的組成物は、1以上の界面活性剤(例、
ポリソルべート20及びポリソルべ一ト80等の非イオン性界面活性剤)をさらに含んでいてもよい。界面活性剤のポリソルべート20または80は、本発明の水性の凍結乾燥される組成物中に約0.04%(w/v)未満の濃度で存在していてもよい。本発明のある特定の実施態様において、本発明の水性の凍結乾燥される薬学的組成物は、リン酸ナトリウム、ポリソルべート20及びスクロースと、組換えタンパク質を含む。(6頁11行目〜26行目) ケ 本発明の水性(の凍結乾燥物を再構成した)薬学的組成物は、好ましくは、
治療薬が組成物から析出しないように処方される。ある実施態様において、本発明の組成物は、カルシウムまたはその塩を含有しない。(6頁27行目〜7頁2行目) コ 組成物は、対象に投与後時間が経過しても重篤な臨床兆候を示さないものが好ましい。好ましい実施態様において、本発明の水性薬学的組成物は、投与後に治療薬が対象の脳組織に分布するように対象の脳髄液及び/または髄腔内に治療薬を送達するのに適している。したがって、本発明の水性の凍結乾燥される薬学的組成物は、好ましくは無菌であり、かっ、適切な無菌技術を使用して対象に投与される。
(7頁3行目〜14行目) サ また、本発明は、1以上のリソソーム酵素の減少したレベルによって特徴付けられる疾患を有する対象を治療する方法も、中枢神経系の病因がある疾患を有する対象を治療する方法とともに意図している。それぞれの場合において、このような方法は、本明細書中に記載される水性の凍結乾燥される薬学的組成物の投与を意図している。このような疾患には、例えば、サンフィリッポ症候群A型、ハンター症候群、異染性白質ジストロフィー及びグロボイド細胞白質ジストロフィーが含まれていてもよい。(7頁15行目〜24行目) シ 好ましい実施態様において、水性(の凍結乾燥物を再構成した)薬学的組成 物が投与される対象は、ヒトである。他の実施態様において、ヒトは新生児である。
好ましくは、このような組成物は、前記対象のCNS(例、髄腔内)に直接投与される。(7頁25行目〜30行目) ス また、本発明は、対象の中枢神経系への治療薬の送達に適切な薬学的組成物を処方する方法も意図している。このような方法は、概して、前記薬学的組成物における前記治療薬の可溶性を評価すること、前記薬学的組成物における前記治療薬の安定性を評価すること、及び対象への髄腔内投与後の前記薬学的組成物の忍容性を評価することを含む。(8頁1行目〜9行目) (4) 図面の簡単な説明(8頁11行目〜9頁2行目) 図1は、CNS送達の脳室内、槽内及び髄腔内ルートを表す。
図2は、30mg用量のリソソーム酵素の髄腔内投与後のその酵素のニューロンへの分布を示す。
図3は、pHの上昇及びイオン強度の上昇に対する酵素の可溶性の増加を実証する。
図4は、対象にリン酸ナトリウム20mg、pH7.5及びNaCl135mMの組成物の髄腔内投与後の脳の断面の組織学的評価を実証する。
図5は、リン酸含有量と組成物のpHに対する組成物の忍容性を実証する。
図6は、適切な組成物の開発において考慮された因子の特定のバランスを表す。
(5) 発明の詳細な説明 ア 本発明は、薬学的組成物における緩衝剤濃度とpHの僅かな変化及びCNS送達用の治療薬の製剤化に使用される溶液が、投与された溶液とそこに含まれる治療薬の忍容性と生体内の安全性に劇的な影響を与えるという発見に基づいている。
本発明の薬学的組成物及び製剤は、高濃度の治療薬(例、タンパク質ないし酵素)を可溶性にすることができるとともに、そのような治療薬をCNS構成成分及び/または病因を有する疾患の治療のために対象のCNSに送達するのに適している。
本発明の組成物は、それを必要とする対象のCNSに投与された場合(例えば、髄 腔内に投与された場合)に、向上した安定性と向上した忍容性によってさらに特徴付けられる。(9頁7行目〜22行目) イ 上記の通り、BBBは、BBBを越えてその下のCNS中に、物質が拡散するのを制限する構造系である。外因性の治療用タンパク質等の高分子を全身送達してCNSの細胞内及び組織内において治療薬が治療的濃度を達成することは、これまで多くが不成功に終わっていた。
・・・BBBを越える高分子治療薬の送達と、その後のCSF及びCNS(例えば脳)の組織内でのこのような治療薬の有効治療濃度の達成及び/または維持は、したがって、特定のCNS構成成分及び/または病因を有する疾患の治療における具体的な問題を表している。特に、CNS組織における1以上の酵素の病理的欠損に関連する疾患(例、リソソーム蓄積症)の治療のための酵素補充療法(ERP)の有用性と有効性は、このような酵素を必須の作用部位(例、脳組織)に効果的に送達することができない限り、限定的なままである。
(9頁23行目〜10頁17行目) ウ BBBの障壁特性と治療用タンパク質及び/または酵素の全身投与に付随する制限のために、本発明の薬学的組成物は、好ましくは、対象のCNSに直接投与される。本発明の薬学的組成物の投与の好ましい経路には、例えば、髄腔内送達、
脳室内送達及び槽内送達が含まれる。(10頁18行目〜25行目) エ 治療薬の髄腔内投与は、腰椎(ルンバール)穿刺(即ち、緩徐ボーラス投与)により、またはポート・カテーテル送達系(すなわち注入またはボーラス投与)を介して日常的手順で実施される。埋入したカテーテルをリザーバ(ボーラス投与用)または注入ポンプのいずれかに、埋め込みまたは外部からのいずれかで接続する。
カテーテルは、最も一般的には、腰椎の薄板間に挿入され、尖端は、所望のレベル(一般的にL3〜L4)の包膜空隙に通してつながれる。侵襲的と考えられるが、
脊髄周囲のクモ膜内空隙内への治療薬の投与は、BBBを越えてその下のCSF内へと治療薬を直接かっ効果的に送達するための最も一般的な方法であり続けている・・・。(10頁26行目〜11頁11行目) オ 対象に静注投与され得る量と比較すると、髄腔内投与に適した量には、CNS病因を有するある種の疾患の治療に特定の障害がしばしば存在する。さらに、治療薬の髄腔内送達は、CSFの組成の崩れやすい平衡を保ちつつ、対象の頭蓋内圧を保持することによっても制約される。ヒトにおいて、例えば、治療薬の髄腔内ボーラス投与の量は、概して0.5〜1mLに制限される・・・。さらにまた、対象からのCSFの対応する除去がない場合、総髄腔内用量は、ヒトにおいては3mL未満に制限される。(11頁12行目〜29行目) カ また、本発明の薬学的組成物は、治療薬を対象の脳室内のCNSに送達(即ち、脳室に直接投与)してもよい。脳室内送達は、脳室内に直接配置されたリードカテーテルを使用して、対象の頭頂部の頭皮と骨膜の間のポケット内に埋め込んでいてもよいOmmayaリザーバまたは他の同様のアクセスポートを介して容易に行い得る(Nutts J G, et a1. Neuro1ogy(2003)60:69-73.)。また、小脳延髄槽(大槽)のCSFへの治療薬の投与も意図されており、これは、例えば、より小型のげっ歯類における髄腔内または脳室内投与と比較してより物流が容易である動物種において使用されてもよい。
(12頁1行目〜15行目。判決注:この段落は、基礎出願1に係る優先権書類(甲16)にはない。) キ 本発明の水性薬学的組成物の量は、好ましくは、概して4.0mL未満、3.0mL未満、または、2.5mL未満、2.0mL未満、1.5mL未満、1.0mL未満、0.5mL未満若しくは0.25mL未満の用量で、対象に投与される。
(12頁16行目〜20行目) ク 対象のCNSに治療薬を送達するために伝統的に使用されてきた水性の薬学的溶液及び組成物には、非緩衝化等張生理食塩水や人工CSFであるエリオットのB溶液が含まれる。エリオットのB溶液に対するCSFの組成を表す比較は、以下の表1に含まれている。表1に示されているように、エリオットB溶液の濃度は、
CSFの濃度と密接に類似している。しかしながら、エリオットのB溶液は、極度に低い緩衝剤濃度を含有し、したがって、特に長期間に亘って(例えば、貯蔵状態 の間)、治療薬(例えばタンパク質)を安定化するために必要とされる適切な緩衝能力を提供し得ない。さらに、エリオットのB溶液は、いくつかの治療薬、特にタンパク質または酵素を送達するよう意図された処方物と非相溶性であり得るある種の塩を含有する。例えば、エリオットのB溶液中に存在するカルシウム塩は、タンパク質沈降を媒介し、それにより処方物の安定性を低減し得る。
(12頁21行目〜13頁9行目) 表1 ケ 本発明の薬学的組成物は、それらが、それとともに処方される1つ以上の治療薬(例えば、組換えタンパク質)を安定化し、あるいはその分解を遅くするかまたは防止し得るよう、処方されている。本明細書中で用いる場合、
「安定な」という用語は、長期間に亘ってその治療効果(例えば、その意図された生物学的活性および/または物理化学的完全性のうちのすべてまたは大多数)を保持する治療薬(例えば、組換え酵素)の能力を指す。治療薬の安定性、ならびにこのような治療薬の安定性を保持する薬学的組成物の能力は、長期間(例えば、好ましくは少なくとも1、3、6、12、18、24、30、36ヶ月またはそれ以上)に亘って評価され得る。(13頁13行目〜14頁2行目) コ 意図される治療的機能を提供する薬剤を可能にするために要求される治療薬濃度の特定の範囲の保持に関連して、治療薬の安定性は特別な重要性を有する。治療薬の安定性は、長期間に亘る治療薬の生物学的活性または物理化学的完全性に関してさらに評価され得る。例えば、所定の時点での安定性は、早い時点(例えば、
処方0日目)での安定性に対して、あるいは非処方治療薬に対して比較され得る。
この比較の結果は、パーセンテージとして表される。好ましくは、本発明の薬学的 組成物は、長期間に亘って(例えば、室温で、または加速貯蔵条件下で、少なくとも6〜12ヶ月間に亘って測定)、治療薬の生物学的活性または物理化学的完全性の少なくとも100%、少なくとも99%、少なくとも98%、少なくとも97%、
少なくとも95%、少なくとも90%、少なくとも85%、少なくとも80%、少なくとも75%、少なくとも70%、少なくとも65%、少なくとも60%、少なくとも55%または少なくとも50%を保持する。(14頁3行目〜22行目) サ 治療薬は、本発明の薬学的組成物中で好ましくは可溶性である。「可溶性の」という用語は、均質溶液を生成するこのような治療薬の能力を指す。好ましくは、
それが投与されそれが標的作用部位(例えば、脳の細胞および組織)に輸送される溶液中の治療薬の溶解度は、標的作用部位への治療有効量の治療薬の送達を可能にするのに十分である。いくつかの因子が、治療薬の溶解度に影響を及ぼし得る。例えば、タンパク質溶解度に影響し得る関連因子としては、イオン強度、アミノ酸配列および他の同時可溶化剤または塩(例えば、カルシウム塩)の存在が挙げられる。
ある実施形態では、薬学的組成物は、カルシウム塩がこのような組成物から除去されるよう処方される。(14頁23行目〜15頁11行目) シ 非経口投与薬のためには等張溶液が一般的に好ましいが、等張溶液の使用は、
いくつかの治療薬、特にいくつかのタンパク質および/または酵素に関する適切な溶解度を制限し得る、と理解される。わずかに高張性の溶液(例えば、5mMリン酸ナトリウム(pH7.0)中に175mMまでの塩化ナトリウム)および糖含有溶液(例えば、5mMリン酸ナトリウム(pH7.0)中に2%までのスクロース)は、サルにおいて良好に耐容されることが実証されている。最も一般的な承認されたCNSボーラス処方物組成物は、生理食塩水(水中150mMのNaC1)である。(15頁12行目〜22行目) ス いくつかの組成物が試験されているが、これまで劣等な安全性プロファイルが実証されてきた・・。(15頁23行目〜16頁6行目) セ 本発明の薬学的組成物は、それらの耐(忍)容性により特徴付けられる。本 明細書中で用いる場合、
「耐(忍)容可能な」および「耐(忍)容性」という用語は、
このような組成物が投与される対象において悪反応を引き出さないか、代替的には、
このような組成物が投与される対象において重篤な悪反応を引き出さない本発明の薬学的組成物の能力を指す。好ましい実施形態では、本発明の薬学的組成物は、このような組成物が投与される対象により良好に耐(忍)容される。
(16頁7行目〜17行目) ソ 多数の治療薬、特に本発明のタンパク質および酵素は、本発明の薬学的組成物中でそれらの可溶性および安定性を保持するために、制御されたpHおよび特定の賦形剤を要する。以下の表2は、本発明のタンパク質治療薬の可溶性および安定性の保持に重要であると考えられるタンパク質処方物の典型的態様を明らかにする。
(16頁18行目〜25行目) 表2 タ 薬学的組成物のpHは、水性薬学的組成物中の治療薬(例えば、酵素またはタンパク質)の溶解度を変更し得る付加的因子であり、したがって本発明の薬学的組成物は好ましくは1以上の緩衝剤を含む。本発明の好ましい実施形態では、水性薬学的組成物は、約4.0〜8.0、約5.0〜7.5、約5.5〜7.0、約6.0〜7.0および約6.0〜7.5の上記水性薬学的組成物の至適pHを保持するのに十分な量の緩衝剤を含有する。他の実施形態では、緩衝液は、約5〜50mMのリン酸ナトリウムを含み、7.0という前記水性薬学的組成物の至適pHを維持 するのに十分な量である。適切な緩衝剤としては、例えば酢酸塩、コハク酸塩、クエン酸塩、リン酸塩、およびトリスが挙げられる。本発明の薬学的組成物の緩衝剤濃度及びpH範囲は、成獣及び幼獣のサルへの投与において処方物の忍容性を最大化する決定的な因子である。(17頁3行目〜18頁2行目) チ 本発明のある実施態様において、治療薬(例、タンパク質及び酵素)は、このような薬剤をBBBを越えてCNS内へと送達または輸送を促進するように改変されていないことにおいてさらに特徴付けられる。例えば、治療薬は、受容体媒介性の輸送等の(これにより大きい分子が内在性の輸送システムを通って能動的にBBBを越えて輸送される)このような薬剤のBBBを越える送達を容易にする手段としての、能動輸送機構の使用に依存しない。(18頁3行目〜12行目) ツ 本発明の薬学的組成物は、対象への投与時は概して水性形態であるが、ある実施態様では、本発明の薬学的組成物は凍結乾燥される。このような組成物は、対象への投与の前に、それに1つ以上の希釈剤を付加することにより、再構成されなければならない。適切な希釈剤としては、減菌水、注射用静菌性水および減菌生理食塩溶液が挙げられるが、これらに限定されない。好ましくは、薬学的組成物の再構成時、そこに含有される治療薬は安定で、自由に溶解し、そして対象への投与時に耐(忍)容性を実証する。(18頁13行目〜25行目) テ 本発明の薬学的組成物、処方物(製剤)及び関連する方法は、各種の治療薬を対象のCNS(例、髄腔内、脳室内または槽内)に送達するのに有用であり、また関連する疾患の治療に有用である。本発明の薬学的組成物は、特に、タンパク質及び酵素をリソソーム蓄積症に罹患している対象への送達(例、酵素補充療法)のために有用である。リソソーム蓄積症は、リソソーム機能の欠陥に起因するかなり稀な遺伝性代謝障害の一群を表す。リソソーム症は、リソソーム内の未消化高分子の蓄積により特徴付けられ、これが、このようなリソソームのサイズおよび数の増大を、そして最終的には細胞機能不全および臨床的異常を生じる。本方法及び組成物によって治療され得るリソソーム蓄積症の更なる記述は、当業者に通常知られた ものや当業者が通常の手順で入手可能なものである・・・。
(18頁26行目〜19頁21行目) ト 本発明の方法及び組成物を使用して治療し得る好ましいリソソーム蓄積症には、CNS病因または構成成分を有する疾患が含まれる。CNS病因または構成成分を有するリソソーム蓄積症には、例えばサンフィリッポ症候群A型、ハンター症候群、異染性白質ジストロフィー及びグロボイド細胞白質ジストロフィーが含まれるがこれに限定されない。承認された治療法は対象に静脈投与されることに限定されており、一般的には基礎になる酵素欠乏症の体細胞性症候の処置に有効であるに過ぎない。本発明の組成物及び方法は、このようなCNS病因を有する疾患に罹患している対象のCNS中に直接、有益に投与され、それによりCNS(例えば脳)の罹患細胞および組織内の治療的濃度を達成し、したがって、このような治療薬の伝統的全身投与に伴う制限を克服し得る。(19頁22行目〜20頁10行目) ナ 本明細書で用いる場合、「中枢神経系への送達に適している」という語句は、
それが本発明の薬学的組成物に関する場合、一般的に、このような組成物の安定性、
耐(忍)容性および溶解度特性、ならびに標的送達部位(例えば、CSFまたは脳)にその中に含有される有効量の治療薬を送達するこのような組成物の能力を指す。
ある実施態様において、本発明の薬学的組成物は、このような組成物が安定性と耐(忍)容性の両方を実証するならば、対象の中枢神経系への送達に適している。好ましい実施態様において、本発明の薬学的組成物は、組成物が安定性と耐(忍)容性を実証し、かつその中に含有される治療薬を可溶性にすることができるならば対象の中枢神経系への送達に適している。(20頁11行目〜27行目) ニ 本発明の組成物及び方法は、多くの治療薬に広く適用し得る。好ましい実施態様において、本発明の薬学的組成物及び方法は、治療薬としてタンパク質及び/または酵素を含む。本発明のある実施態様において、治療薬は、天然または組換え的に得られるタンパク質及び/または酵素であってもよい。本発明の好ましい実施態様において、治療薬はリソソーム蓄積症の治療に適した天然酵素または組換え酵 素である。例えば、具体的な実施態様において、本発明の薬学的組成物は、組換え酵素へパランN-スルファターゼ、イズロン酸-2-スルファターゼ、アルファ-L-イズロニダーゼ、アリールスルファターゼAまたはガラクトセレブロシダーゼのうち1以上を含む。(20頁28行目〜21頁12行目) ヌ 本発明の方法は、本明細書中に記載される薬学的組成物の有効量の多数回投与だけでなく単回投与も意図している。薬学的組成物は、対象の症状(例、リソソーム蓄積症)の性質、重症度及び程度によって、一定間隔で投与され得る。ある実施態様では、本発明の薬学的組成物の有効量は、一定間隔(例、年1回、3ヶ月に1回、隔月、毎月、隔週、毎週、週2回、週3回、毎日、1日2回、1日3回または4回またはこれ以上の頻度)で投与されてもよい。(21頁13行目〜24行目) ネ 好ましい実施態様において、本発明の薬学的組成物は、無菌であり、かつ、
適切な無菌技術を使用して対象に投与される。(21頁25行目〜27行目) ノ 「対象」:本明細書中で用いる場合、「対象」という用語は、ヒトを含めた任意の哺乳動物を意味する。本発明のある実施形態では、対象は、成人、若者または幼児である。薬学的組成物の投与、および/または子宮内処置方法の実施も、本発明により意図される。(21頁28行目〜22頁3行目) ハ 本明細書中で用いる場合、
「有効量」という用語は、主として、本発明の薬学的組成物中に含有される治療薬の総量に基づいて確定される。一般的に、有効量は、
対象に対して意味ある利益(例えば、根元的疾患または症状を処置し、調整し、治癒し、防止し、および/または改善すること)を達成するのに十分である。例えば、
有効量は、所望の治療的および/または予防的作用を達成するのに十分な量、例えばリソソーム酵素受容体またはそれらの活性を調整し、それによりこのようなリソソーム蓄積症またはその症候を処置するために十分な量であり得る。一般的に、それを必要とする対象に投与される治療薬(例えば、組換えリソソーム酵素)の量は、
対象の特質によって決まる。このような特質としては、対象の症状、全身健康状態、
年齢、性別および体重が挙げられる。これらのおよびその他の関連因子によって、
適切な投与量を、当業者は容易に決定し得る。さらに、最適投与量範囲を同定するために、客観的および主観的アッセイの両方が任意に用いられ得る。
(22頁4行目〜26行目) ヒ 対象を治療するのに必要な治療薬の有効量の決定は、本発明の薬学的組成物の開発において特に重要な考慮事項である。対象に髄腔内投与され得る限定された量は、薬学的組成物における治療薬の濃度に影響し得る。好ましい実施態様において、薬学的組成物における治療薬の濃度は、このような薬剤のCNS(例えば脳)の罹患細胞および組織内の治療的濃度を達成するのに十分である。本発明のある実施態様において、薬学的組成物における治療薬の濃度は、少なくとも50mg/mL、少なくとも45mg/mL、少なくとも40mg/mL、少なくとも35mg/mL、少なくとも30mg/mL、少なくとも25mg/mL、少なくとも20mg/mL、少なくとも15mg/mL、少なくとも10mg/mL、少なくとも5mg/mL、少なくとも2.5mg/mL、少なくとも1mg/mLまたは1mg/mL未満である。好ましくは、このような治療薬は本発明の薬学的組成物において可溶性である。好ましくは、本発明の薬学的組成物は、長期間にわたって(例、
室温でまたは代替的には華氏36〜46度の冷蔵条件下で少なくとも12ヶ月間)安定である。(22頁27行目〜23頁19行目) フ 本発明の化合物、組成物および方法は、特定の実施形態に従つて具体的に記載されているが、後の実施例は単に本発明の化合物を例示するためのものであり、
これらを限定することを意図するものではない。(23頁20行目〜24行目) ・・・ (6) 実施例1(25頁8行目〜26行目) 本発明の薬学的組成物の開発にあたり、いずれの構成成分が対象のCSFへのタンパク質の直接投与に適切であるかを突き止めるため、処方物の個々の構成成分を体系的に調査した。まず最初に調査対象にしたのは、治療効果のためには最低15mg/mLのタンパク質濃度を必要とするリソソーム酵素であった。このタンパク 質の長期安定性のための最適pHは、6〜7であった。6〜6.5のpH範囲では、
このタンパク質は、高pH(図3、左)でより高い可溶性を示した。また、可溶性は、50mMのNaCl中およそ10mg/mLから300mMのNaC1中34mg/mLへとイオン強度が上昇すると増加した(図3、右を参照)。これらの結果に基づいて、pH7.5の等張のリン酸緩衝化処方物が選択された。この組成は、
酵素の可溶性と安定性には適切であったが、インビボ(生体内)での高い忍容性が認められなかった(後述する)。
(7) 実施例2(26頁1行目〜27頁5行目) 上述のとおり、生理食塩水とリン酸緩衝化生理食塩水が、CNSへの直接投与用の治療薬を処方するまたは希釈するため、並びに治療薬の投与前後の送達システムの洗浄用に一般的には使用されている。我々は、緩衝剤の濃度及びpHにおける僅かな違いが、投与される溶液のインビボ(生体内)の安全性及び忍容性に非常に大きく影響することを発見した。
成獣のカニクイザルにおいて予備的GLP試験を行って、酵素治療薬の使用による繰り返しIT-脊椎投与の毒性及び安全性薬理を評価した。各動物にポート・カテーテル系を埋め込んで隔週の投与計画を実施し易くした。
デバイス対照の動物には、pH7.2のリン酸緩衝化生理食塩水が投与された。
ビヒクル対照群には、20mMリン酸ナトリウム、130mMのNaC1、及び0.005%ポリソルべート20のpH7.5の水性溶液が投与された。この処方が適切なタンパク質の可溶性と安定性を示したので、この処方を評価した。
投与の間及び投与後直ちに臨床兆候が観察されたが、出現率は、対照群(デバイス対照及び/またはビヒクル投与群)と酵素投与群との間で同等であり、用量反応の証拠は見られなかった。結果として、2回目の投与後この試験は中止された。組織学的な代表画像は図4に実証されるとおりである。
これらの臨床観察は、ビヒクル投与群を含む全ての動物において見られ、リン酸緩衝剤濃度とpHを変化させたビヒクルの処方及び用量を調べる一連の非GLP毒 性試験を実施するきっかけとなった(表2参照)。
(8) 実施例3(27頁7行目〜28頁3行目(頁上部の頁数の記載の下の本文開始行を1行目と数える。) ) このスクリーニング試験では、1下肢あたり4匹の動物に1日、5日、14日及び19日目の4回の投与を行つた。10mM以上のリン酸ナトリウム濃度と7.0を超えるpHを含む処方物を使って、上記の最初のビヒクル(20mMリン酸ナトリウム、130mMのNaC1、0.005%ポリソルべート20、pH7.5)を投与された動物において見られた臨床兆候を再現した。忍容性は、投与量を1.5mLから1.0mLに下げることで向上した。低いリン酸濃度かつ5.5〜7.0のpHの処方物に高い忍容性が認められた。
忍容性の高かったビヒクルのうちでは、5mMのリン酸ナトリウム、145mMの塩化ナトリウム、0.005%のポリソルべート20をpH7.0で含むビヒクルが製品の可溶性及び安定性のために適していた。このビヒクル中の(用量1.0mL中酵素14mgとして調製された)酵素の3週間にわたる4回の髄腔内投与による有害な臨床兆候はなかった。この低pHで低リン酸のビヒクルは、臨床開発用に適した酵素の安定性を提供した。これらの試験は、髄腔内投与に適した図5に代表される製剤デザインスペースを定義した。
タンパク質製剤のCNS送達は、図6に実証されるとおりの、組成物に適切な可溶性、インビボ(生体内)の忍容性及び適切な長期安定性を与える薬学的組成のバランスが要求される。
- 166 - - 167 - 6 取消事由1(優先権に関する認定判断の誤り)について (1) 優先権について ア 本件出願について、被告が基礎出願1又は2に基づく優先権を主張できるか否かについて検討する。
イ(ア) 基礎出願1及び2がされた平成22年6月ないし7月頃時点で、一定のリソソーム酵素に関する補充酵素である酵素の一定量をリソソーム蓄積症の患者のしかるべき組織等に送達することができれば、治療効果を生ずること自体は技術常識となっていた一方で、どのような方法で補充酵素を有効に送達することができるか について検討が重ねられており、本件出願がされた平成29年9月においても、そのような状況がなお継続していたものと認められる(甲1〜4、16、17、55、
56、弁論の全趣旨)。
本件発明1は、リソソーム酵素に関する補充酵素である酵素を含む薬学的組成物であって、脳室内投与されることを特徴とするものであるところ、上記の技術常識及び前記1(2)の本件発明の概要を踏まえると、本件発明1の薬学的組成物についても、中枢神経系(CNS)への活性作用物質の送達をいかに有効に行うかという点がその技術思想において一つの重要部分を占めているものというべきである。
(イ) この点、本件明細書の【0005】には、
「髄腔内(IT)注射または脳脊髄液(CSF)へのタンパク質の投与・・・の処置における大きな挑戦は、脳室の上衣内張りを非常に堅く結合する活性作用物質の傾向であって、これがその後の拡散を妨げた」「脳の表面での拡散に対するバリア・・・は、任意の疾患に関する脳に 、
おける適切な治療効果を達成するには大きすぎる障害物である、と多くの人々が考えていた」との記載があり、【0009】には、「リソソーム蓄積症のための補充酵素が高濃度・・・での治療を必要とする対象の脳脊髄液(CSF)中に直接的に導入され得る、という予期せぬ発見」という記載がある。
また、甲17の「発明の背景」においても、高用量の治療薬を必要とする疾患について髄腔内ルートの送達に大きな制限があり、濃縮された組成物の調製にも問題がある旨が記載されていた(前記5(2)カ及びキ)。
さらに、基礎出願2がされた翌年である平成23年に発行された乙6(「Drugtransport in brain via the cerebrospinal fluid」Pardridge et al., Fluidsand Barriers of the CNS 2011 8:7)においても、CSFから脳実質への薬物浸透は極めて僅かであり、脳への薬物の浸透がCSF表面からの距離とともに指数関数的に減少するため、高濃度の薬物を投与する必要があるが、上位表面は非常に高い薬物濃度にさらされており有毒な副作用を示す可能性があることなどが記載されていた。その更に翌年である平成24年に発行された乙13(「CNS Penetration of Intrathecal-Lumbar Idursulfase in the Monkey, Dog and Mouse: Implicationsfor Neurological Outcomes of Lysosomal Storage Disorder」 Calias P. et al.PLoS One, Volume 7, Issue 1, e30341)には、「本研究は、組換えリソソームタンパク質の直接的なCNS投与によって、投与されたタンパク質の大多数が脳に送達され、カニクイザル、イヌ両方の脳および脊髄のニューロンに広範囲に沈着することを、初めて示した研究である。」と記載されている。
そうすると、少なくとも基礎出願2がされた平成22年7月頃においては、CNS送達のための組成物として特定の組成物の組成等が開示された場合であっても、
当該組成等から直ちにその脳への送達の程度や治療効果を推測等することは困難であることが技術常識であったものと認められる。
このことは、甲17に、「本明細書で用いる場合、「中枢神経系への送達に適している」という語句は、それが本発明の薬学的組成物に関する場合、一般的に、このような組成物の安定性、耐(忍)容性および溶解度特性、ならびに標的送達部位(例えば、CSFまたは脳)にその中に含有される有効量の治療薬を送達するこのような組成物の能力を指す。(前記5(5)ナ)として、
」 「標的送達部位(例えば、CSFまたは脳)にその中に含有される有効量の治療薬を送達するこのような組成物の能力」が「送達に適している」ということの意味内容に含まれることが明記されていることとも整合するものといえる。
(ウ) 他方で、本件明細書の【0085】には、
「いくつかの実施形態では、本発明による髄腔内送達は、末梢循環に進入するのに十分な量の補充酵素を生じた。その結果、いくつかの場合には、本発明による髄腔内送達は、肝臓、心臓および腎臓のような末梢組織における補充酵素の送達を生じた。この発見は予期せぬものであ ・ ・・る。」との記載があり、標的組織への送達について、
【0132】には、
「本発明の意外な且つ重要な特徴の1つは、本発明の方法を用いて投与される治療薬、特に補充酵素、ならびに本発明の組成物は、脳表面全体に効果的に且つ広範囲に拡散し、脳の種々の層または領域、例えば深部脳領域に浸透し得る、という点である。さらに、
本発明の方法および本発明の組成物は、現存するCNS送達方法、例えばICV注射では標的化するのが困難である脊髄の出の組織、ニューロンまたは細胞、例えば腰部領域に治療薬(例えば、補充酵素)を効果的に送達する。さらに、本発明の方法および組成物は、血流ならびに種々の末梢器官および組織への十分量の治療薬(例えば、補充酵素)を送達する。」との記載があり、【0133】においては、実施形態により、「治療用タンパク質(例えば、補充酵素)」が、対象の「中枢神経系」に送達され、あるいは「脳、脊髄および/または末梢期間の標的組織のうちの1つ以上」に送達され、また、
「標的組織は、脳標的組織、脊髄標的組織および/または末梢標的組織であり得る。」などと記載された上で、【0134】以下で特に「脳標的組織」について説明がされ、そして、実施例においても、例えば、実施例1ではIT投与が、実施例3ではICV投与及びIP(腹腔内)投与が、実施例5、実施例10及び実施例13ではIT投与及びICV投与が用いられるなどしている。
そして、証拠(甲2〜5。後記7(1)〜(4)参照)のほか、本件明細書の記載内容に照らしても、CNSへの酵素の送達においては、ICV投与とIT投与とは、それぞれ別個の投与態様として取り扱われ、組織への酵素の送達に関する実験やその結果の評価においても、それらは別個に取り扱われること、換言すると、ICV投与とIT投与の相応に密接な関連性を考慮しても、ICV投与による実験データとIT投与による実験データとを直ちに同一視することはできないことが、平成22年7月頃における技術常識であったことが認められるというべきである。
(エ) 前記(イ)及び(ウ)の技術常識を踏まえると、本件発明1が甲17に記載されていた発明であると認められるためには、甲17に、本件発明1の組成物が実質的に記載されていたものと認められるのみならず、甲17に、本件発明1の組成物による送達の効果が、ICV投与した場合のものとして、実質的に記載されていたと認められる必要があるというべきである。
ウ(ア) その上で、甲17の記載を見るに、まず、
「発明の背景」の記載(前記5(2))は、専ら背景技術について説明するものである。「発明の概要」の記載(同(3))に は、本件発明1の組成物に含まれる組成物の記載があるといえるが、当該組成物がどのように送達されて治療効果を奏するのかについては記載がない。そして、
発明の詳細な説明」(同(5))を見ても、組成物の構成やその使用方法に関する一般的な記載はみられるものの、どのように送達されて治療効果を奏するのかについて具体的な記載はない。
(イ) 甲17の実施例1(前記5(6))には、15mg/mLのタンパク質濃度のリソソーム酵素を含む組成物で、pH6〜7であってリン酸塩を含むものが記載されていると見ることができるが、具体的にどのような酵素が用いられたかは不明であり、また、どのような領域まで送達されて治療効果を奏するかについても記載がない。
(ウ) 甲17の実施例2(前記5(7))には、「酵素治療薬の使用による繰り返しIT-脊椎投与の毒性及び安全性薬理を評価」や「酵素投与群」との記載はあるが、
酵素の種類も濃度も不明であり、また、どのような領域まで送達されて治療効果を奏するかについても記載がない(なお、対照群との差異もみられていない。。
) (エ) 甲17の実施例3(前記5(8))には、用量1.0mL中酵素14mgとして調製された酵素と、5mMのリン酸ナトリウム、145mMの塩化ナトリウム、0.005%のポリソルベート20をpH7.0で含むビヒクルにより作成された製剤が髄腔内投与されたことの記載があるが、図5を含めて見ても、主に有害な副作用の有無等が検討されたものと解され、治療効果については記載がない。
(オ) なお、甲17の図2には、30mg用量の髄腔内投与後のリソソーム酵素のニューロンへの分布が示され、尾状核のニューロンにリソソーム酵素が認められたことが示されているが、どのような組成物が投与されたのかも不明である。
(カ) さらに、甲17には、投与の態様としてICV投与とIT投与とが選択的なものである旨は記載されているといえる一方で、いずれの方法によっても同様に送達され得る旨等を明らかにする記載もないから、前記(ウ)〜(オ)は、ICV投与した場合のものとして、本件発明1の組成物による送達の効果を記載するものでもない。
エ 以上によると、甲17には、本件発明1が記載されているものとは認められず、本件発明2〜8及び12についてこれと異なって解すべき事情も認められないから、本件出願について、基礎出願2に基づく優先権を主張することはできない。
基礎出願1についても、基礎出願2と異なって解すべき事情はない。
これと異なる被告の主張は、いずれも採用することができない。ICV投与とIT投与において、組成物はいずれの場合でもCSFに投与されるものであり、そのためそれらの間に処方としての共通性や標的組織等への送達における相応の関連性があるということができたとしても、そのことをもって、具体的な送達の程度や治療効果についてまで、一方の投与態様についての実験結果等の記載をもって直ちに他方についての記載と実質的に同視することができるとの技術常識は認められない。
被告の主張は、甲16及び17の記載内容を、本件明細書の記載内容を前提にしながら解釈しようとするものであって相当でない。
(2) 甲6が公知文献とされなかったことが直ちに取消事由に当たるかについて ア 原告は、取消訴訟の審理範囲を根拠として、本件審決に当たり甲6を副引用例として考慮しなかった本件審決は、優先権に係る判断の誤りによって直ちに取り消されるべきである旨を主張するので検討する。
イ(ア) 証拠(甲61、62)及び弁論の全趣旨によると、原告は、本件審判請求においては、本件発明1の進歩性に係る無効理由として、甲2発明ないし甲4発明にそれぞれ甲5〜10を適用すること(甲5の適用については、甲5技術と実質的に同一の内容が主張されていた。)により容易想到である旨を主張し、その中で、甲6については、甲6発明(製剤)と実質的に同一の内容を主張する一方、甲6発明(ビヒクル)については主張していなかったことが認められる。
本件審決は、基礎出願2に基づく優先権の主張を認めたことから、副引用例としての甲6記載の発明の適用について検討するには至らなかったが、上記のとおり、
甲6については、甲6発明(製剤)と実質的に同一の内容を副引用例とする範囲で、
審判手続においても審理の対象となっていたものであって、甲2発明ないし甲4発 明にそれぞれ上記副引用例を組み合わせることにより進歩性を欠くという無効理由自体は、審判手続において審理対象となっていたものである。
(イ) そして、本件審決は、甲2発明ないし甲4発明と本件発明の相違点について、
甲5及び7〜10を適用して容易想到であるといえるか否かについて判断した一方、
優先権主張を認めたことから甲6は除外し、それゆえ相違点に係る本件発明の構成についての甲6発明(製剤)の適用について具体的には判断しなかったものの、甲2発明ないし甲4発明に甲6発明(製剤)を適用することにより本件発明は容易想到であるという旨の原告の主張自体については、これを認めることができないとの判断を示したものである。
(ウ) 原告は、本件訴訟において、甲2発明ないし甲4発明を主引用例とした上で、
前記(ア)及び(イ)のとおり本件審決で排斥された甲5技術の適用による容易想到性の主張のほか、甲6に基づき、甲6発明(製剤)及び甲6発明(ビヒクル)を副引用例として主張するとともに、甲6が技術常識(エリオットB溶液の技術常識及び高濃度化の技術常識)を補足するものである旨を主張しているところ、本件訴訟において、容易想到性が争いとなっている本件発明の構成(甲2発明ないし甲4発明との間の各相違点)は、本件審決で判断されたものと基本的に同じであり、甲6発明(製剤)や甲6発明(ビヒクル)の適用に当たり、本件審決で判断されたもの以外の相違点が問題になるなどといった事情はない。
(エ) 前記(ア)のとおり、甲6の適用については審判手続においても問題とされ、当事者双方において攻撃防御を尽くす機会はあったといえる。この点、証拠(甲6、
16、17、乙14、24。なお、訳文として甲6の2・3、乙36)及び弁論の全趣旨によると、甲6は、基礎出願1及び2がされて間もない平成22年7月2日に公衆に利用可能となった雑誌「注射可能なドラッグデリバリー2010:製剤フォーカス」に掲載された「CNSが関与する遺伝学的疾患を治療するためのタンパク質治療薬の髄腔内送達」と題する論文であるところ、同論文は、基礎出願1及び2に関わった研究者も関与して行われた研究発表に係るものであって、本件発明と 同様の技術分野に属するもの、すなわち、酵素補充療法において、中枢神経系(CNS)病因を有する疾患の処置に係るリソソーム酵素に関する補充酵素である酵素を含む薬学的組成物に関連するもの(前記1(2)ア)と解されるほか、その記載内容は、かなりの部分甲16及び17と重なり合うものである。そのような甲6の性質や、甲16及び17と本件発明との関係についても優先権主張の可否という形ではあるが各当事者において攻撃防御を尽くす機会があったというべきことを考慮すると、上記のように審判手続において各当事者に与えられていた甲6の適用について攻撃防御を尽くす機会は、実質的な機会であったといえる。
(オ) 以上の事情の下では、本件審決においては副引用例としての甲6発明(製剤)の適用が具体的には判断されるに至らず、また、甲6発明(ビヒクル)についてはそもそも審判段階で問題となっていなかったこと(この点、被告は、甲6発明(ビヒクル)を適用しての容易想到性に係る原告の主張について、特にそれが審理範囲外であるとして争ってはいない。)を考慮しても、本件訴訟において、審判手続において審理判断されていた甲2発明ないし甲4発明との対比における無効原因の存否の認定に当たり、甲6発明(製剤)及び甲6発明(ビヒクル)を適用することによって容易想到性の有無を判断することが、当事者に不測の損害を与えるものではなく、違法となるものではない。最高裁昭和42年(行ツ)第28号同51年3月10日大法廷判決・民集30巻2号79頁は、本件のような場合について許されないとする趣旨とは解されない。
(3) 以上によると、取消事由1は、優先権の判断の誤りという限度において理由があるが、それをもって直ちに本件審決を取り消すべきという結論において、理由がない。
そこで、以下、甲2発明ないし甲4発明を主引用例とする容易想到性の主張に係る取消事由5〜7について、検討する。
7 引用発明等について (1) 甲2発明について ア 甲2は、平成19年発行の雑誌に掲載された「ガラクトセレブロシダーゼの脳室内単回投与によるグロボイド細胞白質ジストロフィのマウスモデルの生存率の改善」と題する論文であり、甲2には次の記載がある。
(ア) 要約 グロボイド細胞白質ジストロフィー(GLD)、別名クラッベ病、は深刻な神経変性障害である。これはガラクトセレブロシダーゼ(GALC)遺伝子の機能喪失型突然変異により生じる常染色体劣性形質として遺伝する。以前の研究で筆者らはGLDのtwitcherマウスモデルの末梢組織に組換え酵素GALCを一日おきに注入すると初期臨床表現型が実質的に改善されることを示した。末梢組織に投与後、脳内に活性酵素が検出はされたものの、投与された酵素の大半は末梢部に局在していた。クラッベ病に中枢神経系(CNS)が実質的に関与していることに鑑み、筆者らは組換え酵素をCNSに直接単回投与すると(これは臨床的に可能であると思われるが)何らかの実質的改善がみられるかどうかを確かめたいと考えた。GALCの脳室内(icv)投与後、GALC基質であるサイコシンが有意に(16.5%だけ)減少することが認められた。サイコシンの異常な蓄積はクラッベ病に観察されるCNS病理に決定的な役割を果たすとみられる。さらに、組換えGALCは脳室周囲領域だけでなく注射部位から離れた大脳皮質や小脳のような場所においてもみられた。もっとも重要なのは、生後20日目に組換え酵素GALCを単回icv投与された動物は最長51日間生存したことであり、これは対照twitcherマウスが通常、生後40日と42日間しか生存しないことに比べると有利な点である。以上の結果は、組換え酵素GALCを単回icv投与しただけでも有意な臨床効果が得られる可能性があることを示し、CNSの有意な関与を伴うその他のリソソーム蓄積障害に対しても同様なメリットがあることを示唆する。
(2520頁左欄1行目〜38行目) (イ) アフィニティ精製抗-GALCポリクローナル抗体CL1475と組換えマウスGALCタンパクを(19)記載の方法で調製した。GALC注入液30μgに対し、組換えGALC溶液(10mg/ml)のストックを保存用緩衝液(マンニ トール、170mM;クエン酸ナトリウム、50mM;Tween80、100mg/L)中で調製し単回使用アリコートに分配し、-80℃にて保存した。抗GALCモノクローナル抗体(CL13.1)を組換えヒトGALCタンパクに対して産生させ、メイヨークリニック抗体中央研究所(Mayo Clinic Antibody CoreFacility)の協力を得ながら調製した。CL13.1からのタンパク-A精製免疫グロブリンを使って脳の切片の免疫蛍光染色を行った。(2521頁左欄27目〜37行目。空行は数えない。以下同じ。) (ウ) GALCタンパクまたはビヒクル単体を麻酔下のtwitcherマウスに総量3μlでicv投与した。マウスはイソフルラン(アボットラボ、North Chicago、
IL、USA)吸入により麻酔し、定位装置(Stoelting Co.、Wood Dale、IL、
USA)に置いて位置決めし、その後、切開部位を適切に調整した。まず、小さく切開し、次に頭蓋骨を露出させ、清浄にし、歯科用ドリル又はドレメルロータリーツールを使って小さな窄頭孔をあけた。シリンジポンプ(Harvard Apparatus、
Holliston、MA、USA)で注入速度を0.5μl/分に制御しながらGALCタンパク、又はビヒクル、を27ゲージの針付きのハミルトン注射器(Reno、NV、
USA)を使って右側脳室に注入した。座標として尾側からブレグマ方向に1mm、
外側から矢状縫合方向に1.3mm、深さ2mmを用いた。
(2521頁左欄47行目〜右欄4行目) (エ) これまでの研究により、細胞外に分泌されたGALCはマンノース-6-ホスフェート受容体依存性及び非依存性経路を通して取り込まれることがわかっている(26、27)。内在化されると、この酵素はリソソーム内でタンパク分解をうけ活性形になると考えられている(28)(2525頁左欄13行目〜18行目) 。
イ 前記アによると、甲2には、前記第2の3(4)イ(ア)aのとおり本件審決が認定した甲2発明について、Tween80の量を訂正した次の発明(以下「甲2’発明」という。)が記載されていると認められる。
「ガラクトシルセレブロシダーゼ(GALC)10mg/ml、マンニトール1 70mM、クエン酸ナトリウム50mM、およびTween80 100mg/Lの組成を有する、twitcherマウスに対して脳室内投与するための組成物。」 ウ その上で、本件発明1と甲2’発明を対比すると、それらの間には、前記第2の3(4)イ(ア)bのように本件審決が認定した次の相違点が存在すると認められる。
(相違点) 本件発明1は、50mMまでのリン酸塩を含み、かつ該組成物が、5.5〜7.0のpHを有することをさらに特徴とするものであるのに対し、甲2’発明は、50mMまでのリン酸塩を含み、かつ該組成物が、5.5〜7.0のpHを有すると特定されていない点。
(2) 甲3発明について ア 平成21年7月16日に公開された甲3は、発明の名称を「リソソーム蓄積症のための脳室内酵素の輸送」とする発明に係るもので、甲3には次の記載がある。
【特許請求の範囲】 【請求項38】 酵素の欠乏により引き起こされるリソソーム蓄積症にかかっている患者を治療する方法であって、前記酵素を脳への脳室内輸送によって患者に投与することを含む方法。
発明の詳細な説明】 【技術分野】 【0001】 本発明は、リソソーム蓄積症の領域に関する。特に、酵素補充療法によるこれらの病気の治療および/または予防に関連する。
【0002】 (発明の要約) リソソーム蓄積症(LSD)として知られる代謝性疾患のグループは、40種類以上の遺伝子疾患を含み、それらの多くは多様なリソソーム加水分解酵素における 遺伝子欠損に関する。代表的なリソソーム蓄積症および関連する欠損酵素が表1に記載される。
(表1) 【表1】 【表2】 【表3】 【0003】 LSDの顕著な特徴はリソソーム代謝産物の異常な蓄積であり、核周辺部における多数の膨張したリソソームの形成を生じる。
(器官特異的な酵素病、例えば肝臓特異的な酵素病の治療に対峙する)LSDを治療する主な試みには、複数の別々の組織において、リソソーム蓄積の病態を逆行させることが必要となる。いくつかのLSDは、酵素補充療法(ERT)として知られる喪失した酵素の経静脈内注入により効果的に治療され得る。例えば、ゴーシェ病1型患者が内臓疾患のみにかかっていると、組み換えグルコセレブロシダーゼ(Cerezyme(登録商標)、ジェンザイム社)を用いてERTに有利に反応する。しかし、CNSに罹患する代謝性疾患にかかっている患者(例、2または3型のゴーシェ病)は、補充酵素が血液脳関門(BBB)により脳に入ることを阻害されるため、静脈内のERTに対して部分 的にしか反応しない。さらに、直接注射による脳への補充酵素を導入する試みは、
一部には、局所的な高濃度による酵素の毒性および脳における限られた柔組織への拡散割合のために限定されている(Pardridge,Peptide Drug Delivery to the Brain,Raven Press,1991)。
【0005】 本発明によると、上記表1で特定される病気のごときリソソーム蓄積症、例えば、
ニーマン-ピック病A型またはB型は、前記病気の病因として欠乏する酵素の脳への脳室内輸送を用いて治療および/または予防される。投与は、ゆっくり行われることにより最大の効果を達成することができる。効果は血液脳関門の両側で見られ、
これは、脳および/または内臓に影響を与えるリソソーム蓄積症に対する有用な送達手段とされる。それゆえに、第1の態様では、本発明は、酵素の欠乏により引き起こされるリソソーム蓄積症の患者を治療または予防する方法であって、前記方法は、酵素を脳への脳室内輸送を通して患者に投与することを含む方法を提供する。
関連の態様では、本発明は、患者の酵素の欠乏により引き起こされるリソソーム蓄積症の患者の治療または予防のための医薬品の製造のための酵素の使用であって、
前記治療または予防が酵素の脳への脳室内投与を含む、酵素の使用を提供する。酵素の欠乏は、例えば、酵素の発現における欠乏、あるいはインビボにおいて酵素の活性レベルの減少(例、不活性な酵素)またはクリアランス/分解の速度の上昇をもたらす酵素の変異により引き起こされてもよい。欠乏は酵素基質の蓄積を引き起こし、酵素の投与は脳の基質レベルの減少をもたらしうる。リソソーム蓄積症は、
上記表1で同定される病気のいずれかであってもよい。酵素は、リソソーム加水分解酵素であってもよい。
【0033】 本発明者らは、リソソーム加水分解酵素のその酵素を欠乏する患者の脳への脳室内輸送が、脳および罹患した内臓(CNSではない)の改善された代謝状態を導く ことを知見した。このことは、特に、ボーラス輸送と比較して輸送速度がゆっくりである場合に当てはまる。それゆえ、上記表1で同定される病気のごとき特定の酵素の欠乏により引き起こされるリソソーム蓄積症は、各酵素の脳室内投与により治療または予防されてもよい。・・・ 【0034】 リソソーム酵素、より適切にはリソソーム加水分解酵素のその酵素を欠乏する患者への投与は、脳脊髄液(CSF)で満ちている1つ以上の脳の脳室内のいずれかに行われてもよい。CSFは脳室を満たす透明な液体であり、くも膜下腔に存在し、
脳と脊髄の周辺に位置する。CSFは、脈絡叢により生成され、脳室への脳による組織液の浸出または透過を介して生成される。脈絡叢は、側脳室床と第三または第四脳室蓋の内側に並んだ構造である。ある研究では、これらの構造は1日で中枢神経系の空間の4倍量に相当する1日あたり400〜600ccの液を生成できることが示された。成人では、この液体の体積は、125から150ml(4〜5oz)までであることが算出されている。CSFは、連続的な形成、循環および吸収の状態にある。ある研究では、約430から450ml(2カップ近く)のCSFが毎日生成されうることが示されている。ある計算では、生成は、大人では1分あたり約0.35mlおよび幼児では1分あたり0.15mlと等価であると評価される。・・・ 【0038】 ASMまたは他のリソソーム加水分解酵素は、十分なレベルのリソソーム加水分解活性により特徴付けられる条件に治療、例えば、阻害、軽減、予防、または改善するのに有用な医薬組成物に組み込まれうる。医薬組成物は、リソソーム加水分解欠乏を患っている対象または前記欠乏を発生するリスクのある人に投与される。この組成物は、医薬上許容されるキャリア中に、治療量または予防量のASMまたは他のリソソーム加水分解酵素を含むべきである。医薬キャリアは、ポリペプチドを患者に輸送するのに適する、適合性無毒化物質のいずれかでありうる。滅菌された 水、アルコール、脂肪、ワックスがキャリアとして用いられてもよい。医薬上許容されるアジュバンド、緩衝剤、分散剤、およびそれらの類似物はまた、医薬上許容される組成物に組み込まれてもよい。これらのキャリアは、脳室内注射または注入あるいは他の方法による投与に適するいずれかの形態(その形態はまた、静脈内または髄腔内投与に適合させることも可能である)で、ASMまたは他のリソソーム加水分解酵素と結合されうる。適するキャリアは、例えば、生理食塩水、静菌水、
Cremophor EL(登録商標) (ニュージャージー州、パーシッパニーのBASF)またはリン酸緩衝食塩水(PBS)、他の食塩水、デキストロース溶液、グリセロール溶液、水ならびに石油、動物、植物、または合成由来の油(ピーナッツ油、大豆油、鉱油、またはゴマ油)と一緒に作製されたもののごとく油乳剤を含む。
人工的なCSFはキャリアとして用いることができる。このキャリアは、好ましくは無菌であり、発熱物質を含まない。医薬組成物中のASMまたは他のリソソーム加水分解酵素の濃度は、広範囲、すなわち、総組成物の少なくとも約0.01重量%から0.1重量%、約1重量%、20重量%以上に変動することができる。
【0040】 ASMまたは他のリソソーム加水分解酵素の用量は、特定の酵素およびその特異的なインビボ活性、投与経路、患者の病状、年齢、体重もしくは性別、患者のASMもしくは他のリソソーム加水分解酵素またはビヒクルの構成成分に対する感受性、
ならびに他の因子に依存して個々に多少異なっていてもよく、医師が容易に考慮することができる。用量が病気と患者に依存して変化してもよい一方で、酵素は、一般的に、1ヶ月あたり50kgの患者に対して約0.1から約1000ミリグラムまでの量で患者に投与される。一の具体例では、酵素は、1ヶ月あたり50kgの患者に対して約1から約500ミリグラムの量で患者に投与される。他の具体例では、酵素は、1ヶ月あたり50kgの患者に対して約5から約300ミリグラム、
あるいは1ヶ月あたり50kgの患者に対して約10から約200ミリグラムの量で患者に投与される。
【0041】 投与速度は、単回用量の投与がボーラスとして投与されてもよいものである。単回用量はまた、約1〜5分、約5〜10分、約10〜30分、約30〜60分、約1〜4時間にわたり注入されてもよく、あるいは4、5、6、7、または8時間より長くかけてもよい。それは、1分より長く、2分より長く、5分より長く、10分より長く、20分より長く、30分より長く、1時間より長く、2時間より長く、
または3時間より長くかけてもよい。出願人は、ボーラス脳室内投与が効果的でありうる一方で、ゆっくりした注入が非常に効果的であることを観察した。出願人は作用の特定の理論に拘束されたくはないが、ゆっくりした注入が脳脊髄液(CSF)の代謝回転によりより効果的であると考えている。文献上の推定値と計算は様々であるが、脳脊髄液は、ヒトでは約4、5、6、7、または8時間以内に代謝回転すると考えられている。一の具体例では、本発明のゆっくりした注入時間は、CSFの代謝回転時間とおよそ同等またはそれ以上になるように測定されるべきである。
代謝回転時間は、対象の種、大きさ、および年に依存してもよいが、当該技術分野に公知の方法を用いて決定されてもよい。注入はまた、1日以上の期間にわたり連続的であってもよい。患者は、1ヶ月、例えば1週、例えば隔週に1回、2回、または3回以上治療されてもよい。注入は、脳または内臓における病気の基質の再貯蓄に影響されるように、対象の生涯をかけて繰り返されてもよい。・・・ 【0054】 ・・・ 【実施例1】 【0055】 (動物モデル) ニーマン-ピック病(NPD)はリソソーム蓄積症であり、酸スフィンゴミエリナーゼ(ASM;スフィンゴミエリンコリンリン酸加水分解酵素、EC3.1.3.12)の遺伝子欠乏により特徴付けられる遺伝性神経代謝疾患である。機能的なA SMタンパク質の欠如は、脳全域にわたる神経とグリアのリソソーム内のスフィンゴミエリン基質の蓄積を生じる。このことが核周辺の膨張した多数のリソソームの形成を招き、それらがNPDA型の特徴および主な細胞の表現型である。膨張したリソソームの存在は、正常な細胞の機能の喪失および進行性の神経変性と関連し、
小児期の初期に罹患した個体の死を招く(The Metabolic and Molecular Bases ofInherited Diseases, eds. Scriver et al., McGraw-Hill, New York, 2001, pp.3589-3610)。第2の細胞の表現型(例えば、さらなる代謝異常)はまた、この病気に付随し、リソソーム区画におけるコレステロールの著しく高いレベルの蓄積である。スフィンゴミエリンはコレステロールに対して強い結合性を示し、その結果、
ASMKOマウスとヒト患者のリソソームにおいて大量のコレステロールの隔離が生じる(Leventhal et al. (2001) J. Biol. Chem., 276:44976-44983; Slotte(1997) Subcell. Biochem., 28:277-293; and Viana et al. (1990) J. Med. Genet.,27:499-504)。NPDの詳細な考察は、the Online Metabolic & Molecular Basesof Inherited Diseases, Part 16, Chapter 144 (2007)で見出されうる。
実施例2】 【0056】 (ASMKOマウスにおけるrhASMの連続的な脳室内注入) 目的:組み換えヒトASM(rhASM)の脳室内注入がASMKOマウス脳における蓄積病変(すなわち、スフィンゴミエリンおよびコレステロール蓄積)においてどのような効果を示すかを調べるため。
【0057】 方法:生後12〜13週齢のASMKOマウスに留置ガイドカニューレを定位固定して移植した。14週齢のマウスにポンプに繋がれた(ガイドカニューレ内に適合した)注入深針を用いて250mg(裁判所注: 「0.250mg」の誤記と解される。)のhASM(n=5)を4日連続(合計1mgが投与された)24時間(〜0.01mg/h)にわたり注入した。凍結乾燥されたhASMを注入前に人工脳 脊髄液(aCSF)中に溶解させた。マウスを注入3日後に解剖した。解剖するマウスにユサゾール(euthasol) (>150mg/kg)を過剰摂取させ、次いでPBSまたは4%パラホルムアルデヒドで環流した。脳、肝臓、肺および脾臓を取り除き、スフィンゴミエリン(SPM)レベルを解析した。脳組織をSPM解析前に5つの領域に分けた(S1=脳の前部、S5=脳の後部;図1を参照)。
(表2) 【表4】 【0058】 結果の要約:連続4日間24時間あたり250mg(裁判所注: 「0.250mg」の誤記と解される。(合計1mg)のhASMの脳室内注入は、ASMKO脳を通 )してhASM染色およびフィリピン(すなわち、コレステロール蓄積)クリアランスを生じた。生化学的解析は、hASMの脳室内注入が脳を通じてSPMレベルの全身的な減少を導くことを示した。SPMレベルは、野生型(WT)のレベルが減少した。SPMの有意な減少を肝臓と脾臓でも観察した(減少傾向は肺でも見られた)。
実施例3】 【0059】 (ASMKOマウスにおけるhASMの脳室内輸送II) 目的:6時間にわたる注入期間における最も低い有効な用量を調べるため。
【0060】 生後12〜13週齢のASMKOマウスに留置ガイドカニューレを定位固定して移植した。14週齢のマウスに以下の用量のhASMのうちの1つで6時間にわたり注入した。10mg/kg(0.250mg;n=12)、3mg/kg(0.0 75mg;n=7)、1mg/kg(0.025mg;n=7)、0.3mg/kg(0.0075mg;n=7)、またはaCSF(人工脳脊髄液;n=7)。各用量レベルからの2匹のマウスを6時間注入後に迅速に4%パラホルムアルデヒドで還流して脳内における酵素の分布を測定した(これらから血液を採取して血清hASMレベルを調べた) 各群からの残りのマウスを注入1週間後に解剖した。
。 これらのマウスに由来する脳、肝臓、肺の組織を研究05-0208にあるようにSPMレベルについて解析した。
(表3) 【表5】 【0061】 結果の要約:6時間にわたる脳室内hASMは、用量にかかわらず脳を通してSPMレベルの有意な減少を生じた。用量>0.025mgで処理されたマウス脳のSPMレベルは、野生型レベルまで減少した。内蔵器官のSPMレベルはまた、用量依存的な様式で有意に減少した(野生型レベルまでではない) この知見を裏付け 。
ることとして、hASMタンパク質はまた、hASMタンパク質を注入されたASMKOマウスの血清中で検出された。組織学的な解析は、hASMタンパク質が、
hASMの脳室内投与後に脳を通して(S1からS5まで)広く分布することを示した。
実施例4】 【0062】 (ASMKOマウスにおけるrhASMの脳室内注入III) 目的:(1)hASMの6時間注入後にSPMが脳室内に再蓄積する時間;(2)脳室内hASM投与(過去の実験では、肝臓における物質の蓄積に性差が存在することが示され、これが脳内で生じるかどうかは知られていない)に応答した性差の存在を調べるため。
【0063】 方法:生後12〜13週齢のASMKOマウスに留置ガイドカニューレを定位固定して移植した。14週齢でマウスに0.025mgのhASMを6時間にわたり注入した。hASMの脳室内輸送後、マウスを、注入1週間後(n=7雄、7雌)、
または注入2週間後(n=7雄、7雌)もしくは注入3週間後(n=7雄、7雌)に解剖した。解剖の際、脳、脊髄、肝臓および肺をSPM解析用に取り除いた。
(表4) 【表6】 【0064】 組織サンプルをSPMのために調製した。
実施例5】 【0065】 (ASMKOマウスの認知機能におけるrhASMの脳室内注入の効果) 目的:ASMKOにおいて、rhASMの脳室内注入が羅患して引き起こされた認知障害を緩和するかどうかを調べるため。
【0066】 方法:生後9〜10週齢のASMKOマウスに留置ガイドカニューレを定位固定して移植する。13週齢でマウスに0.025mgのhASMを6時間にわたり注入する。14および16週齢でマウスにバーンズマーゼ(barnes maze)を用いて認知テストを受けさせる。
実施例6】 【0067】 (脳室内注入後のASMKOのCNS内のhASMタンパク質分布) 目的:脳室内注入後のASMKOマウスの脳および脊髄内におけるhASMタンパク質の分布(時間の関数として)を調べるため。
【0068】 方法:生後12〜13週齢のASMKOマウスに留置ガイドカニューレを定位固定して移植した。14週齢でマウスに0.025mgのhASMを6時間にわたり注入した。注入工程後、マウスを、すぐに、1週間後、2週間後、3週間後に解剖する。
(表5.表1で示されるような欠損のある疾患の治療のための特定の酵素で用いられ得る注入時間を示す。) 【表7】 【表8】 イ 前記ア(特に【請求項38】並びに【0001】及び【0038】)及び弁論の全趣旨によると、甲3には、前記第2の3(4)ウ(ア)aのとおり本件審決が認定した甲3発明について、CremophorをCremophor ELと訂正した次の発明(本件審決が甲3から認定した甲3発明とは、適する医薬キャリアの商品名が異なるだけであるから、以下では、この訂正後のものについて「甲3発明」という。)が記載されていると認められる。
「酵素の欠乏により引き起こされるリソソーム蓄積症にかかっている患者を治療するための方法に用いるための組成物であって、該方法が、前記酵素を脳への脳室内輸送によって患者に投与することを含むものである、組成物であって、適する医薬キャリアとして、例えば、生理食塩水、静菌水、Cremophor EL(登録商標)、リン酸緩衝食塩水(PBS)、他の食塩水、デキストロース溶液、グリセロール溶液、水、ならびに石油、動物、植物、または合成油と一緒に作製された油乳剤を含み、リソソーム加水分解酵素の濃度が、約0.001重量%から20重量%以上に変動し得る組成物。」 ウ その上で、本件発明1と甲3発明を対比すると、それらの間には、前記第2の3(4)ウ(ア)bのように本件審決が認定した次の相違点が存在すると認められる。
(相違点) 本件発明1は、補充酵素を5mg/ml〜100mg/mlの濃度で含むとともに、50mMまでのリン酸塩を含み、かつ該組成物が、5.5〜7.0のpHを有することを特徴とするのに対し、甲3発明は、補充酵素を5mg/ml〜100mg/mlの濃度で含むこと、50mMまでのリン酸塩を含み、該組成物が、5.5〜7.0のpHを有することのいずれも特定されていない点。
(3) 甲4発明について ア 平成17年3月3日に公開された甲4は、発明の名称を「脳およびその他の組織への治療用化合物の送達」とする発明に係るもので、甲4には次の記載がある。
(ア) 特許請求の範囲 1.哺乳動物においてリソソーム蓄積症を治療するための方法であって、前記リソソーム蓄積症において欠損している酵素を含む医薬組成物を、前記リソソーム蓄積症の症状を改善するために有効な量で前記哺乳動物の中枢神経系に髄腔内投与するステップを含む方法。
・・・ 21.前記髄腔内投与が、前記医薬組成物を脳室内へ導入するステップを含む、
請求項1に記載の方法。
(イ) 背景技術 [0011] そこで、当分野において、酵素補充療法の有効な投与を通してリソソーム蓄積障害を効果的に治療する方法を開発する必要がある。より詳細には、リソソーム蓄積障害を治療するために脳および中枢神経系へより効率的に活性物質を送達できる化合物および組成物のより効果的な投与方法に対する必要が存在する。
(ウ) 発明の概要 [0013] したがって、本発明の1つの態様では、リソソーム蓄積症を治療する方法であって、
リソソーム蓄積症において欠損もしくは欠乏しているタンパク質を含む医薬組成物を提供するステップと、被験者の脳脊髄液内に前記医薬組成物を送達するステップと、を含み、それにより哺乳動物被験者において治療作用を提供するレベルで前記タンパク質が送達される方法が提供される。より詳細には、前記方法は一般に、哺乳動物被験者において治療作用を提供するレベルで前記被験者の脳組織へ前記タンパク質を送達するステップを含む。より詳細には、脳脊髄液への送達は、髄控内注射によって達成される。
[0015] 一部の実施形態は補充される酵素としてイズロニダーゼを使用するが、本発明の方法は異なる酵素の投与を必要とする他の疾患の治療的介入のために使用できるこ とを理解されたい。例えば、本発明はさらにまた、β-グルクロニダーゼ(MPSVII)、イズロン酸スルファターゼ(MPS II)、α-N-アセチルグルコサミニダーゼ(MPS IIIB)、アリールスルファターゼA(MLD)、グルコセレブロシダーゼ、β-グルコシダーゼもしくはN-アセチルガラクトサミン4-スルファターゼのクモ膜下投与もまた意図している。
[0021] 所定の代表的実施形態では、前記医薬組成物は、哺乳動物では少なくとも約0.01mg/15cc(CSF)から約5.0mg/15cc(CSF)の用量のヒトα-L-イズロニダーゼを含み、その欠損症に罹患している被験者へ週1回投与される。好ましくは、前記医薬組成物は、哺乳動物では約1mg/15cc(CSF)の用量のヒトα-L-イズロニダーゼを含み、その欠損症に罹患している被験者へ週1回投与される。典型的な医薬組成物は、100mMリン酸ナトリウム、150mM NaClおよび0.001%ポリソルベート80を含む緩衝液中に0.58mg/mLのイズロニダーゼを含む緩衝液中で調製される。
[0022] 本発明の方法において使用するための医薬組成物は、さらにまた例えばヒトアルブミンなどの他の成分を含有していてよい。特定の実施形態では、本組成物は少なくとも約1mg/mLの濃度でヒトアルブミンを含有する。本組成物は、例えば約10〜50mMの濃度でリン酸ナトリウム緩衝液を含む緩衝液中などのように、緩衝液の形状であってよい。
(エ) 発明の詳細な説明 [0087] 被験者を酵素補充療法へ寛容化させるための併用療法 [0088] 組換えタンパク質および他の治療薬などの物質の投与中は、被験者は、これらの物質に対する免疫応答を開始する可能性があり、これにより、結合して治療活性を 抑制するだけでなく急性もしくは慢性免疫学的応答を誘発する抗体が産生されることが見出されている。この問題は、タンパク質が複雑な抗原であり、そして多くの場合に、該被験者が免疫学的に該抗原投与を受けていないために、タンパク質である治療薬にとって最も重要である。そこで、本発明の所定の態様では、治療酵素を摂取している被験者を酵素補充療法に対して寛容化させることが有用かもしれない。
この状況では、酵素補充療法は、寛容化レジメンとの併用療法として被験者に投与することができる。
[0091] 医薬上許容される製剤の髄腔内投与 [0094] 本明細書で使用する用語「髄腔内投与」は、穿頭孔または大槽穿刺もしくは腰椎穿刺などを通しての側脳室内注射を含む技術(・・・)によって被験者の脳脊髄液内へ医薬組成物を直接送達することを含むことを意図する。
・・・上記で言及した部位のいずれかへの本発明による医薬組成物の投与は、組成物の直接注射によって、
または注入ポンプの使用によって達成できる。注射のためには、本発明の組成物は溶液中で、好ましくはハンクス液、リンガー液もしくはリン酸緩衝液などの生理的に適合する緩衝液中で調製することができる。・・・ [0099] 本発明の方法において使用される医薬調製物は、リソソーム蓄積疾患の酵素補充療法に使用するための治療有効量の酵素を含有する。
・・・治療有効量は、治療的に有益な作用が組成物の毒性もしくは有害な作用を上回る量でもある。イズロニダーゼの治療有効濃度についての非限定的範囲は、0.001μg(酵素)/mLから約150μg(酵素)/mLである。用量値は軽減すべき状態の重症度に伴って変化させてもよいことを留意されたい。いずれか特定の被験者については、特定投与レジメンは、個々の必要および酵素補充療法を投与するもしくは投与を監督する人の専門的判断によって経時的に調整すべきであること、そして本明細書に記載の用量範 囲は代表例に過ぎず、本発明の範囲もしくは実践を限定することは意図されていないことを理解されたい。
[0132] 以下の実施例では、上記の実施例で記載した方法の一部または全部を用いてMPS I動物へのイズロニダーゼの髄腔内投与について実施した試験の結果について説明する。
実施例2 脳室内注射を介して投与された酵素は血液脳関門を透過し、脳組織中で検出される。
[0133] リソソーム蓄積障害を有する被験者の脳内におけるリソソーム蓄積誘発性損傷部位への酵素の直接的投与は、現時点では困難であることが証明されている。これらの疾患を治療するために必要とされる大きな酵素複合体は、典型的には血液脳関門を透過することができない。脳-CSF界面を越えてこれらの酵素を引き入れるために有効な方法を決定するために、リソソーム蓄積障害であるMPS Iのラットおよびイヌモデルにおいて2種の酵素投与経路について試験した。
[0134] 酵素を脳室内投与するために、定位固定誘導を用いて、5〜10μLの組換えヒトイズロニダーゼ(rhIDU)もしくはコントロールタンパク質のどちらかをラットの側脳室へ注射した。注射24時間後に動物を致死させ、脳切片を入手した。
[0135] 脳切片は、抗イズロニダーゼ抗体を用いて共焦点顕微鏡を使用してrhIDUの存在について分析した。免疫組織化学的分析は、注射された酵素が脳ニューロンに取り込まれたこと、そしてさらにイズロニダーゼがニューロン細胞内のリソソームへ局在することを証明した。抗IDU染色は、この酵素が数ミリメートルにわたり脳組織を透過することを示しているが、酵素勾配は減少しており、これは注射部位 から遠くへ離れるほど、脳内で検出される酵素が少なくなることを意味している。
染色は、さらにこの酵素の半減期がおよそ7日間であることも示した。
[0136] 脳切片は、rhIDU活性についても分析された。
イ 前記ア(ア)及び弁論の全趣旨によると、甲4には、前記第2の3(4)エ(ア)aのとおり本件審決が認定した次の甲4発明が記載されていると認められる。
「哺乳動物においてリソソーム蓄積症を治療するための方法に用いるための組成物であって、該方法が、前記リソソーム蓄積症において欠損している酵素を含む医薬組成物を、前記リソソーム蓄積症の症状を改善するために有効な量で哺乳動物の中枢神経に髄腔内投与するステップを含み、前記髄腔内投与が、前記医薬組成物を脳室内に導入するステップを含むものである、組成物。」 ウ その上で、本件発明1と甲4発明を対比すると、それらの間には、前記第2の3(4)エ(ア)bのように本件審決が認定した次の相違点が存在すると認められる。
(相違点) 本件発明1は、5mg/ml〜100mg/mlの濃度の該補充酵素と、50mMまでのリン酸塩を含み、かつ該組成物が、5.5〜7.0のpHを有することを特徴とするのに対し、甲4発明は、5mg/ml〜100mg/mlの濃度の該補充酵素と、50mMまでのリン酸塩を含み、かつ該組成物が、5.5〜7.0のpHを有するものと特定されていない点。
エ 原告の主張(取消事由7関係)について 原告は、甲4発明の認定に当たっては、甲4の[0015]に記載された具体的な補充酵素をその内容に含めるべきであり、そうすると、本件発明1と甲4発明の相違点は、前記第3の7(1)の相違点’のとおりであると主張する。
しかし、甲4の[0015]に記載された補充酵素は、前記イで認定した甲4発明中の「前記リソソーム蓄積症において欠損している酵素」の例を示すものにすぎず、直ちに甲4発明の認定が相当でないことの理由となるものではない。また、仮 に、当該補充酵素をその内容に含めて甲4発明を認定したとしても、そのような甲4発明と本件発明1の間に補充酵素の種類について相違があるとは認められず、補充酵素に係る両者の相違点が、前記ウの認定のとおり、
「5mg/ml〜100mg/mlの濃度」等という特定の有無にあると解すべきことが左右されるものでもない。
したがって、原告の上記主張については、前記ウの相違点を踏まえた容易想到性の判断に当たって、甲4の[0015]の記載を踏まえた検討をすれば足りるものといえ、前記ウの相違点の判断が誤りであるというべき根拠とはならないというべきである。
(4) 甲5の記載事項について 甲5は、平成22年発行(ただし、同年6月25日より前の発行である(弁論の全趣旨))の雑誌に掲載された論文(平成21年10月13日にはオンラインで入 。
手可能となったものであることがうかがわれる。 であり、
) 甲5には次の記載がある(抄訳を示す。。
) ア 要約(132頁) これまでに組換えヒトN-アセチルガラクトサミン-4-スルファターゼ(rhASB)による静脈内酵素補充療法(IV ERT)を生後3か月以降毎週受けてきたMPS-VI猫はすべて循環抗rhASB抗体を産生してきた。この事実に鑑み、短期の寛容化レジメンを使って免疫寛容を誘導する可能性を試験した。生後4か月から始めて、MPS-VI猫(n=5)と未罹患猫(n=2)に対してシクロスポリンとアザチオプリンを22日間にわたって投与し、さらに0.1mg/kgrhASBによるIV ERTを毎週行った。4週間の休止期間後、これらの猫に対して1mg/kg rhASBによるIV ERTを生後11か月または17か月になるまで毎週行った。4匹の未罹患猫(n=4)にはIV ERTだけを行った。健康状態、成長度、及びセロコンバージョンを定期的にモニタリングした。5匹のMPS-VI猫のうち4匹はrhASBに対して良好な耐容性を示し、その根 拠は抗体力価が無視できるか程度か低い値であること、または過敏性反応が見られないことである。MPS-VI猫のうち1匹は一部のIV処置において抗体力価が上昇し、過敏性反応が見られた。寛容化レジメンを受けた2匹の未罹患猫は血清反応陰性のままであったが、このレジメンを受けなかった未罹患猫のうちセロコンバージョンが見られたのは半数のみであった。シクロスポリンとアザチオプリンの短期投与が原因で発生した副作用はわずかであった。rhASBの髄腔内注射を毎週行っても2匹のMPS-VI猫はやはり良好な耐容性を示し、その結果、脳脊髄液内のオリゴ糖断片は少なく硬膜内の空胞形成も少なかった。以上のデータはMPS-VI猫を短期の寛容化レジメンで処置することによりrhASBに対する比較的高いレベルの免疫寛容を誘導することができ、最終的には髄腔内療法を使うことにより硬膜内のリソソーム蓄積の除去が可能となることを示す。
イ 酵素調製(133頁右欄6行目〜17行目) IV ERTとIT I N J そ れ ぞ れ に 用 い る r h A S B は BioMarinPharmaceuticals Inc.から提供された。本酵素の詳しい調製に関しては以前に記述されている[12]。rhASBの調製とIT INJそれぞれに用いたビヒクル溶液は10mMリン酸ナトリウム、150mM塩化ナトリウム及び0.025%ポリソルベート80(Tween 80)を含んでいた。すべてのrhASBとビヒクルの調製物はpH5.8であった。rhASBの調製物の濃度はIV ERTの場合は1mg/ml、IT INJの場合は5mg/mlであった。IT INJの前に、1倍量のrhASB(または等量のビヒクル)を2倍量のエリオットB溶液(QOLMedical LLC、Seattle、WA 98021、USA)で毎回希釈した。
ウ IT注射(IT INJ)及びサンプリング(134頁左欄19行目〜36行目) IV ERT#46、#48、#49、#50の後、2匹のMPS-IV猫(A/T-4とA/T-5)に、0.5mg/kgのrhASBを小脳延髄槽(大槽)から注射した。
・・・希釈した酵素またはビヒクルを、SP2001Zシリンジポン プ(World Precision Instruments Inc.、Sarasota、FL、USA)を用いて285μl/minの速度で3〜5分かけて注入した。
(5) 甲6の記載事項について 甲6は、平成22年7月2日に公衆に利用可能となった雑誌「注射可能なドラッグデリバリー2010:製剤フォーカス」 (なお、利用可能日について、乙14、24、弁論の全趣旨)に掲載された「CNSが関与する遺伝学的疾患を治療するためのタンパク質治療薬の髄腔内送達」と題する論文であり、甲6には次の記載がある(ただし、訳文は、原告提出のものと被告提出のもの(乙36)を踏まえたものである。また、脚注については本文に脚注が付されていることのみを示し、脚注の引用は省略する。。
) ア 髄腔内送達の考慮事項(17頁中欄12行目〜右欄23行目) IT投与後の治療薬の分布は、一義的には脳組織内へのCSFの流れと拡散に依存する11。CSFは、ヒトでは20mL/hrで生産され、1日3.7回入れ替わる。
CSFの流れは、全ての脳室においてその生産場所(脈絡膜叢)から開始され、孔(フォラミン)を介して大槽に入り、表面上を循環して、クモ膜顆粒で再び吸収する。脊髄の周りに両方向の流れがあり、これが腰椎穿刺後にIT投与された薬物が脳に向かって拡散するのを容易にしているはずである。脳へのタンパク質の送達は、
典型的には拡散が制限されている。神経成長因子がポリマーのインプラントとして脳間質内に投与された場合、脳組織内への拡散は数日間でたったの1〜3mmであった12。シミュレーション分析が、この遅い浸透の原因がタンパク質の拡散速度が遅いことにあることを示した13。
現在、薬物の神経送達を要するCNS治療は、タンパク質を能動輸送プロセスを利用するように改変して膜拡散によって細胞内に入る小さい疎水性分子に限られている2,14。対照的に、我々は、我々のリソソーム酵素治療薬をIT送達後、タンパク質は全く改変していないのに、相当な脳組織分布を観察した(図2)。
この独特の脳分布は、標的組織及びオルガネラへの取り込みを標的とするグリコ シル化構造を手段とする軸索輸送15に起因している可能性がある。M6P含有糖タンパク質のマンノース-6-フォスフェート(M6P)受容体媒介による取り込みは、我々の酵素治療薬を細胞に導いて、その後リソソーム内の作用部位へと導く。
ニューロンは、M6P受容体を含んでいることが示されており 16、リソソーム酵素を取り込む17。
イ タンパク質の可溶性及び安定性の考慮(17頁右欄下から5行目〜18頁右欄12行目) CNS送達用の処方物(製剤)に関する一般的な考慮事項は、Grou1sが要約している18。IT-腰椎送達には、CSFの組成と頭蓋内の圧力の微妙なバランスによる限界がある。そのため、CSFを除去しない場合、投与量はヒトで3mL以下(カニクイザル成獣で1mL以下)が限界である。
投与量に限界があるため、用量を数十ミリグラムとする場合には高濃度のタンパク質製剤(>10mg/mL)を必要とする。複数の因子が所望の濃度を達成するためのタンパク質の溶解性に影響し得るが、これにはイオン強度、アミノ酸配列及び同時に溶解される他の成分が含まれる。
CNS投与に慣用的に使用される溶液組成物は等張生理食塩水(緩衝されていない)または図3に列挙する組成のエリオットB溶液(人工CSF)である。等張溶液はタンパク質によっては適切な溶解性を与えないことがある。加えて、エリオットB溶液は非常に低い緩衝剤濃度を含有するため長期間の保存中にタンパク質製剤の安定化に要求される適切な緩衝能力を提供しないことがある。また、この人工CSF溶液は、タンパク質製剤とは非相溶性であり得る様々な塩も含有している。例えば、カルシウム塩はタンパク質沈降を媒介する。
最も一般的な承認されたCNSボーラス処方物組成物は、図4に示す通り、生理食塩水(水中150mMのNaC1)である。その他のものも試験されているが(図5)、これまで低い安全性プロファイルを示してきた。タンパク質は、典型的には、
溶解性と安定性のために制御されたpHと特定の賦形剤を必要とする(図6参照) ので、我々は、CSFへの直接投与用のタンパク質に適切であり得る処方物の組成を体系的に調査した。
我々がまず最初に調査対象にしたのは、治療効果のためには最低15mg/mLのタンパク質濃度を必要とするリソソーム酵素であった。このタンパク質の安定性のための最適pHは、6であった。5.1〜6.5のpH範囲では、このタンパク質は、高pH(図7、左)でより高い可溶性を示した。また、可溶性は、50mMのNaC1中およそ10mg/mLから300mMのNaC1中34mg/mLへとイオン強度が上昇すると増加した(図3、右を参照)。これらの結果に基づいて、
pH7.5の等張のリン酸緩衝化処方物が選択された。この組成は、酵素の可溶性と安定性には適切であったが、インビボ(生体内)での高い忍容性が認められなかった(後述する)。
ウ インビボ(生体内)忍容性(18頁右欄13行目〜19頁右欄5行目) 上述のとおり、生理食塩水とリン酸緩衝化生理食塩水が、CNSへの直接投与用の薬物を処方するまたは希釈するためのビヒクルに、並びに用量投与前後の送達システムの洗浄用に最も一般的には使用されている。我々は、緩衝剤の濃度及びpHにおける僅かな違いが、投与される溶液のインビボ(生体内)の安全性及び忍容性に非常に大きく影響することを発見した。
成獣のカニクイザルにおいて予備的試験を行って、我々の酵素の繰り返しIT-脊椎投与の毒性及び安全性薬理を評価した。各動物にポート・カテーテル系を埋め込んで隔週の投与計画を実施し易くした。
デバイス対照の動物には、pH7.2のリン酸緩衝化生理食塩水が投与された。
ビヒクル対照群には、20mMリン酸ナトリウム、130mMのNaC1、及び0.005%ポリソルベート20のpH7.5の水性溶液が投与された。この処方が適切なタンパク質の可溶性と安定性を示したので、この処方を評価した。
投与の間及び投与後直ちに臨床兆候が観察されたが、出現率は、対照群(デバイス対照及び/またはビヒクル投与群)と酵素投与群との間で同等であり、用量反応 の証拠は見られなかった。結果として、2回目の投与後この試験は中止された。組織学的な代表画像を図8に示す。
これらの臨床観察は、ビヒクル投与群を含む全ての動物において見られ、リン酸緩衝剤濃度とpHを変化させたビヒクルの処方及び用量を調べる一連の毒性試験を実施するきっかけとなった(図9)。
このスクリーニング試験では、1下肢あたり4匹の動物に1日、5日、14日及び19日目の4回の投与を行って。10mM以上のリン酸ナトリウム濃度と7.0を超えるpHを含む処方物を使って、上記の最初のビヒクル(20mMリン酸ナトリウム、130mMのNaCl、0.005%ポリソルベート20、pH7.5)を投与された動物において見られた臨床兆候を再現した。忍容性は、投与量を1.5mLから1.0mLに下げることで向上した。低いリン酸濃度かつ5.5〜7.0のpHの処方物に高い忍容性が認められた。
忍容性の高かったビヒクルのうちでは、5mMのリン酸ナトリウム、145mMの塩化ナトリウム、0.005%のポリソルベート20をpH7.0で含むビヒクルが製品の可溶性及び安定性のために適していた。このビヒクル中の(用量1.0mL中酵素14mg)酵素の3週間にわたる4回のIT投与による有害な臨床兆候はなかった。この低pHで低リン酸のビヒクルは、臨床開発用に適した酵素の安定性を提供した。これらの試験は、IT投与に適した製剤デザインスペースを定義した(図10)。
要約すると、タンパク質治療薬のCNS送達は、適切な可溶性、薬学的組成物のインビボ(生体内)忍容性、及び製品を商業化することのできる適切な長期安定性を達成する組成を特定するという、バランスを整える作業を必要とする、開発の進まない領域の研究である(図11)。
8 取消事由5(甲2発明を基礎とする進歩性の判断の誤り)について(1) 甲6に記載された発明の適用についてア 甲6発明(製剤)について (ア) 前記7(5)ウによると、甲6には、「14mg/mLのリソソーム酵素、5mMのリン酸ナトリウム、145mMの塩化ナトリウム及び0.005%のポリソルベート20を含有し、pHは7.0である、IT投与されるリソソーム酵素を含む処方物」が記載されているといえる。
(イ) 甲2’発明は、脳室内投与するための組成物の発明であるところ、その組成を特定する事項として、緩衝剤とみられる「クエン酸ナトリウム50mM」を含むものであり、クエン酸緩衝液はpH2.0〜6.2であることが認められる(甲7)。
甲2においては、甲2’発明に係る組成物について、サイコシンの有意な減少や生存日数の延長という有利な効果が認められた旨が記載されている(前記7(1)ア(ア))ところであり、それにもかかわらず、甲2に接した当業者に対し、甲2’発明の「クエン酸ナトリウム50mM」に代えて、pHも組成も異なる前記(ア)の処方物を用いることを動機付ける、又はこれを示唆する記載は甲2に見当たらない。本件全証拠をもってしても、そのような動機付け又は示唆に当たり得るような技術常識も認められない。
(ウ) さらに、前記7(5)からすると、前記(ア)の処方物は、IT投与に係るものであるところ、甲6には、前記6(1)ウで甲17の記載について検討したのと同様、前記(ア)の処方物を投与した場合の送達や治療効果について具体的な記載がされているとは直ちに認め難く、また、IT投与の治療効果とICV投与の治療効果とを同視し得る旨等を明らかにする記載も見当たらない。
(エ) 前記(イ)及び(ウ)からすると、甲6に、そもそも製剤の発明として引用発明を認定できる程度に前記(ア)の処方物が記載されているといえるかには疑問があり、
仮にそれが記載されているとしても、当業者において、ICV投与に係る甲2’発明に、IT投与に係る前記(ア)の処方物を適用して、本件発明1の構成に至ることが容易想到であったと認めるに足りる事情はない。
(オ) したがって、甲6発明(製剤)の適用についての原告の主張には理由がない。
イ 甲6発明(ビヒクル)について 前記アの判断と同様、当業者において、ICV投与に係る甲2’発明に、IT投与に係る甲6発明(ビヒクル)を適用して本件発明1の構成に至ることが容易想到であったと認めるに足りる事情はない。
したがって、甲6発明(ビヒクル)の適用についての原告の主張には理由がない。
(2) エリオットB溶液の技術常識の適用について ア 証拠(甲6、21)及び弁論の全趣旨によると、エリオットB溶液が代表的な人工脳脊髄液であること、エリオットB溶液が0.5mMのリン酸塩を含み、そのpHは6.0〜7.5であることが認められる。
イ 前記(1)ア(イ)のとおり、甲2’発明は、脳室内投与するための組成物の発明であって「クエン酸ナトリウム50mM」を含むものであるところ、アメリカ薬局方収載の緩衝剤リストについて、リン酸緩衝液がpH6.2〜8.2であるのに対し、クエン酸緩衝液はpH2.0〜6.2であることが認められる(甲7)。また、
エリオットB溶液には、リン以外にも、種々のイオンや成分が特定の組成で含まれているところである(甲21)。
甲2においては、甲2’発明に係る組成物について、サイコシンの有意な減少や生存日数の延長という有利な効果が認められた旨が記載されている(前記7(1)ア(ア))ところであり、それにもかかわらず、甲2に接した当業者に対し、甲2’発明の「クエン酸ナトリウム50mM」に代えて、pHが異なるとともに他に種々のイオンや成分が含まれているリン酸緩衝液であるエリオットB溶液を用いることを動機付ける、又はこれを示唆する記載は見当たらない。本件全証拠をもってしても、
そのような動機付け又は示唆に当たり得るような技術常識も認められない。そうすると、当業者において、甲2’発明にエリオットB溶液の技術常識を適用して相違点に係る本件発明1の構成に容易に想到することができたとは認められない。
なお、原告は、エリオットB溶液をビヒクルとして用いるのではなく、エリオットB溶液のリン酸塩濃度の範囲及びpHの範囲のみを切り離して、それを甲2’発明に適用するのが容易である旨(換言すると、上記各範囲を目指して甲2’発明の リン酸塩濃度の範囲及びpHの範囲を調整するのが容易である旨)を主張するものともみられるが、上記各範囲のみを抽出して技術常識と認めることはできず、また、
そのようなものを当業者が甲2’発明に適用するとみるべき事情も認められない。
以上に反する原告の主張は、いずれも採用することができない。
ウ したがって、エリオットB溶液の技術常識の適用についての原告の主張には理由がない。
(3) 甲5技術の適用について ア 前記7(4)ア及びイによると、甲5には、補充酵素が組換えヒトN-アセチルガラクトサミン-4-スルファターゼ(rhASB)である、前記第3の5(3)アにおいて原告が主張する甲5技術が記載されていると認められる。
イ 甲2’発明が脳室内投与するための組成物の発明であり、
「クエン酸ナトリウム50mM」を含むものであること、甲2に有利な効果が認められた旨が記載されていることなどは、前記(1)ア(イ)のとおりであるところ、それにもかかわらず、甲2に接した当業者に対し、甲2’発明の「クエン酸ナトリウム50mM」に代えて、
具体的な酵素の種類もpHも組成も異なる組成物に係る甲5技術を適用することを動機付ける、又はこれを示唆する記載は甲2に見当たらない。本件全証拠をもってしても、そのような動機付け又は示唆に当たり得るような技術常識も認められない。
ウ さらに、前記7(4)からすると、甲5技術は、IT注射(IT INJ)に係るものであり、甲5は、IT注射及び静脈内酵素補充療法(IV ERT)に係るものであり、また、甲5にはIT投与の治療効果とICV投与の治療効果とを同視し得る旨等を明らかにする記載も見当たらない。
エ そうすると、当業者において、ICV投与に係る甲2’発明に、甲5技術を適用して本件発明1の構成に至ることが容易想到であったと認めるに足りる事情はない。
したがって、甲5技術の適用についての原告の主張には理由がない。
(4) まとめ 以上によると、取消事由5は理由がない。
9 取消事由6(甲3発明を基礎とする進歩性の判断の誤り)について (1) 甲6に記載された発明の適用について ア(ア) 甲3の【請求項38】並びに【0001】及び【0038】の記載は、いずれも少なからず抽象度の高いもので、それらの記載に基づいて認定した甲3発明も、組成物の構成について少なからず概括的に特定するものにすぎないから、当業者において、そのような甲3発明を主引用例としてこれに他の副引用例等を組み合わせることを容易に想到し得たか否かを判断するに当たっては、甲3発明の組成物について、甲3に記載された具体的な事情を踏まえてこれを検討するのが相当であるというべきである。
(イ) 甲3の【0003】には、直接注射による脳への補充酵素を導入する試みは、
「一部には、局所的な高濃度による酵素の毒性および脳における限られた柔組織への拡散割合のために限定されている」と記載された上で、【0005】には、「投与が「ゆっくり行われることにより最大の効果を達成することができる」と記載されている。そして、【0033】には、「脳室内輸送が、脳及び罹患した内蔵・・・の改善された代謝状態を導くこと・・・は、特に、ボーラス輸送と比較して輸送速度がゆっくりである場合に当てはまる」と記載され、
【0040】には、酵素の投与量が「1ヶ月あたり」という単位で具体例に3つ挙げられ、【0041】では、「単回用量の投与がボーラスとして投与されてもよい」などとされつつ、
「単回用量は・・・8時間より長くかけてもよ」く、
「出願人は、ボーラス脳室内投与が効果的でありうる一方で、ゆっくりした注入が非常に効果的であることを観察した」もので、
「ゆっくりした注入が脳脊髄液(CSF)の代謝回転によりより効果的であると考えている」「注入は・・・1日以上の期間にわたり連続的であってもよ」いなどと記載さ 、
れている。
上記の各記載を踏まえると、甲3発明は、投与がゆっくり行われるという点に技術的特徴を有するもので、それは、CSFの代謝回転による効果の向上や、局所的 な高濃度による酵素の毒性の回避といった観点からの考慮によるものと解される。
(ウ) また、甲3発明の組成物の構成についてみると、リソソーム酵素について、
【0038】において「総組成物の少なくとも約0.01重量%から0.1重量%、
約1重量%、20重量%以上に変動することができる」という広範な例示がされているにとどまる。そして、実施例2には、0.250mgの用量を「24時間(〜0.01mg/h)にわたり」注入した旨の記載はあるが、投与された製剤中の補充酵素濃度についての具体的な記載はない。実施例3〜6においても同様に、補充酵素濃度についての具体的な記載はない。
イ(ア) 証拠(乙7(26)、乙9(27)、乙10、11)によると、リソソーム酵素を始めとするタンパク質を含む医薬組成物の投与については、タンパク質が抗体形成や炎症反応といった免疫応答のリスクを有することや、タンパク質は高濃度で凝集する傾向があり、凝集タンパク質は免疫原性が高まることが、本件出願日において、技術常識であったことが認められる。
(イ) 上記に関し、甲5の記載事項(前記7(4)ア及びイ)によると、リソソーム酵素であるrhASBの猫への投与に当たり、静脈内酵素補充療法(IV ERT)の場合にはrhASBの調製物の濃度は1mg/mlとされ、また、髄腔内注射(IT INJ)の場合には5mg/mlの濃度のrhASBの調製物をrhASBの2倍量のエリオットB溶液で毎回希釈されて、すなわち、約1.67mg/mlとされて、投与されている。
ウ(ア) 前記8(1)ア(ア)のように、甲6に記載されているといえる処方物におけるリソソーム酵素の濃度は、14mg/mLであるところ、当業者において、前記イのような技術常識等があるにもかかわらず、前記ア(イ)及び(ウ)のように、補充酵素濃度について具体的な記載がなく、他方で投与がゆっくり行われるという点に技術的特徴を有し、かつ、局所的な高濃度による酵素の毒性の回避について甲3に具体的な記載がみられる甲3発明に対し、上記14mg/mLという濃度の製剤を適用することが容易に想到し得たものとみることはできない。甲3に、そのような適用 を動機付ける、又はこれを示唆する記載は見当たらず、本件全証拠をもってしても、
そのような動機付け又は示唆に当たり得るような技術常識も認められない。
(イ) また、甲3の【0038】の記載及び原告の主張する高濃度化の技術常識により、甲3発明の補充酵素濃度を高めることが、当業者において当然に採用する事項であるとか、当業者において容易に想到し得るものであるということはできない。
この点、前記アで指摘した点からすると、甲3の【0038】は、補充酵素の濃度を高めることを示唆する記載であるとはいえない。また、高濃度化の技術常識については、前記イで指摘した技術常識等が認められるにもかかわらず、動物とヒトとの間の用量の換算やCSFに投与する製剤の望ましい量といった一般的な事項をもって、当業者において補充酵素濃度を高めることを当然に採用したとか、それを容易に想到し得たとはいえない。それらの点を措くとしても、前記ア(イ)及び(ウ)のように、補充酵素濃度について具体的な記載がなく、他方で投与がゆっくり行われるという点に技術的特徴を有し、かつ、局所的な高濃度による酵素の毒性の回避について甲3に具体的な記載がみられる甲3発明に対して、当業者が容易に高濃度化の技術常識を適用したものとは解されない。
また、甲6中に、補充酵素の濃度を高める示唆があるということもできない。前記7(5)イのとおり、甲6には、「投与量に限界があるため、用量を数十ミリグラムとする場合には高濃度のタンパク質製剤(>10mg/mL)を必要とする。」という記載があるが、そのような一般的な記載をもって、前記イで指摘した技術常識等が認められるにもかかわらず、投与する製剤における補充酵素の濃度を10mg/mLより高くすることが直ちに示唆されるものとはいえない。また、その点を措くとしても、甲6について、前記8(1)ア(ウ)のとおり、そこに記載された製剤を投与した場合に、どのような領域まで送達されて治療効果を奏するかについて記載がされているとは認め難いことを踏まえると、上記記載が他の発明において補充酵素濃度を高めることを示唆するものとは認め難い。
エ したがって、甲6発明(製剤)の適用についての原告の主張には理由がなく、
また、補充酵素濃度を5mg/ml〜100mg/ml程度とすることを当業者が容易に想到し得るとはいえない以上、その余の点について判断するまでもなく甲6発明(ビヒクル)の適用についての原告の主張にも理由がない。
(2) 甲3中の示唆及びエリオットB溶液の技術常識の適用について ア 補充酵素濃度について (ア) 甲3発明は、
「リソソーム加水分解酵素の濃度が、約0.001重量%から20重量%以上に変動し得る組成物」であるところ、原告は、
「約0.001重量%から20重量%以上」という点について、甲3発明の医療キャリアに含まれる生理食塩水及びリン酸緩衝食塩水(PBS)を用いた組成物の密度が水の密度(すなわち1000mg/ml)に非常に類似していることからして、上記は「約0.1〜約200mg/ml」と換算でき、本件発明1の補充酵素濃度と重なる旨を主張する。
しかし、前記(1)アで指摘した事情のほか、甲3発明の上記「約0.001重量%から20重量%以上」という記載は、
「以上」という記載を含むことからも理解されるように、
「約0.001重量%から20重量%」という範囲を具体的に特定したものとは解されない。
(イ) そして、前記(1)で認定判断したように、甲3発明について、当業者において、
甲3中の示唆や高濃度化の技術常識の採用によって補充酵素濃度を高めることができた旨の原告の主張を採用することはできない。
イ したがって、その余の点について判断するまでもなく、甲3中の示唆及びエリオットB溶液の技術常識の適用についての原告の主張には、理由がない。
(3) 甲3中の示唆及び甲5技術の適用について 前記(1)で認定判断したように、甲3発明について、当業者において、甲3中の示唆や高濃度化の技術常識の採用によって補充酵素濃度を高めることができた旨の原告の主張を採用することはできない。
また、前記(1)イ(イ)で認定したように、甲5技術に係る組成物においては、投与時には補充酵素濃度が1.67mg/mLに希釈されて投与されているのであり、
それにもかかわらず、当業者において、投与時の補充酵素をそれより高めて(あるいは、甲5技術に係る組成物を希釈することなくして)甲3発明に適用することを容易に想到し得たとみるべき事情はない。
したがって、甲3中の示唆及び甲5技術の適用についての原告の主張には理由がない。
(4) まとめ 以上によると、取消事由6は、理由がない。
10 取消事由7(甲4発明を基礎とする進歩性の判断等の誤り)について (1) 甲6に記載された発明の適用について ア(ア) 甲4発明も概括的なものであるところ、甲4の[0021]には、
「典型的な医薬組成物は、100mMリン酸ナトリウム、150mM NaClおよび0.001%ポリソルベート80を含む緩衝液中に0.58mg/mLのイズロニダーゼを含む緩衝液中で調製される」との記載があり、補充酵素の濃度は、
「0.58mg/mL」という比較的低い濃度にとどまっているところ、同[0088]には、
「組換えタンパク質および他の治療薬などの物質の投与中は、被験者は、これらの物質に対する免疫応答を開始する可能性があり、これにより、結合して治療活性を抑制するだけでなく急性もしくは慢性免疫学的応答を誘発する抗体が産生されることが見出されている。この問題は、タンパク質が複雑な抗原であり、そして多くの場合に、該被験者が免疫学的に該抗原投与を受けていないために、タンパク質である治療薬にとって最も重要である。そこで、本発明の所定の態様では、治療酵素を摂取している被験者を酵素補充療法に対して寛容化させることが有用かもしれない。
この状況では、酵素補充療法は、寛容化レジメンとの併用療法として被験者に投与することができる。」と記載されており、免疫応答等の問題があることが明記され、
それに対しては、寛容化レジメンとの併用療法が一つの対応策として提示されている。
(イ) そしてタンパク質が抗体形成や炎症反応といった免疫応答のリスクを有する ことや、タンパク質は高濃度で凝集する傾向があり、凝集タンパク質は免疫原性が高まることが本件出願日における技術常識であったことや、甲5技術に関してはrhASBの調整物があえて希釈された上で投与されていることは、前記9(1)イのとおりである。
イ(ア) 前記8(1)ア(ア)のように、甲6に記載されているといえる処方物におけるリソソーム酵素の濃度は、14mg/mLであるところ、当業者において、前記ア(イ)のような技術常識等があるにもかかわらず、同(ア)のように、典型的な医薬組成物では0.58mg/mLのイズロニダーゼを含む緩衝液中で調製されるとされ、
免疫応答等についても甲4に具体的な記載がみられる甲4発明に対し、上記14mg/mLという濃度の製剤を適用することが容易に想到し得たものとみることはできない。甲4に、そのような適用を動機付ける、又はこれを示唆する記載は見当たらず、本件全証拠をもってしても、そのような動機付け又は示唆に当たり得るような技術常識も認められない。
(イ) また、前記9(1)ウと同様、原告の主張する高濃度化の技術常識により、甲4発明の補充酵素濃度を高めることが、当業者において当然に採用する事項であるとか、当業者において容易に想到し得るものであるということはできない。甲6の記載をもってそれを示唆するものといえないことも、同ウ(イ)のとおりである。
(ウ) 以上の判断は、甲4の[0015]に特定の酵素が例示されていることによって、左右されるものではない。
ウ したがって、甲6発明(製剤)の適用についての原告の主張には理由がなく、
また、補充酵素濃度を高めることの動機付けが認められない以上、その余の点について判断するまでもなく甲6発明(ビヒクル)の適用についての原告の主張にも理由がない。
(2) 高濃度化の技術常識及びエリオットB溶液の技術常識の適用等について ア 補充酵素濃度について 前記(1)イの点に照らすと、補充酵素の濃度について、高濃度化の技術常識等より、
甲4の[0021]の0.58mg/mLという濃度を高めることが、当業者が当然に採用する事項であるとの原告の主張は、採用することができない。甲2、3及び5に記載された組成物の補充酵素濃度を根拠とする原告の主張についても、既に指摘した諸点に照らし、上記判断を左右するものではない。
イ したがって、その余の点について判断するまでもなく、高濃度化の技術常識及びエリオットB溶液の技術常識の適用についての原告の主張には、理由がない。
(3) まとめ 以上によると、取消事由7は理由がない。
結論
よって、原告の本訴請求には理由がないから、これを棄却することとして、主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 本多知成
裁判官 中島朋宏
裁判官 勝又来未子