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関連審決 無効2016-800008
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事件 令和 3年 (ワ) 28206号 損害賠償請求事件
5原告 本田技研工業株式会社
同訴訟代理人弁護士 上山浩 田島明音
同訴訟代理人弁理士 鷺健志
被告マツダ株式会社 10 同訴訟代理人弁護士 中村稔 田中伸一郎 相良由里子 岸慶憲
同訴訟代理人弁理士 大塚文昭 15 弟子丸健 山本泰史
同補佐人弁理士 石崎亮
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2023/03/16
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。
20 2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
1 主位的請求 被告は、原告に対し、62億3700万円及びこれに対する令和3年11月125 1日から支払済みまで年3分の割合による金員を支払え。
2 予備的請求 1 被告は、原告に対し、56億7000万円及びこれに対する令和3年11月1 1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
事案の概要
本件は、発明の名称を「原動機付車両」とする発明に係る特許(特許第319 5 6076号。以下「本件特許」といい、本件特許に係る特許権を「本件特許権」 という。)の特許権者である原告が、被告に対し、被告が製造、販売、輸出又は 販売の申出をする別紙被告製品目録記載の各製品(同目録記載の番号に合わせて 「被告製品1」ないし「被告製品12」といい、被告製品1ないし12を併せて 「被告各製品」という。 は本件特許の特許請求の範囲の請求項3に係る発明 ) (以10 下「本件発明」という。)の技術的範囲に属するものであり、被告による被告各 製品の製造、販売、輸出又は販売の申出が本件発明の実施に当たると主張して、
主位的には不法行為に基づく損害賠償請求として、62億3700万円(特許法 102条2項による損害金56億7000万円並びに弁護士費用及び弁理士費 用相当損害金5億6700万円の合計金)及びこれに対する訴状送達の日の翌日15 である令和3年11月11日から支払済みまで民法所定の年3分の割合による 金員の支払を、予備的には不当利得に基づく利得金返還請求として、56億70 00万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である令和3年11月11日か ら支払済みまで平成29年法律第44号による改正前の民法所定の年5分の割 合による利息の支払を求める事案である。
20 1 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに後掲の各証拠及び弁論の全趣旨に より認められる事実をいう。なお、以下において、証拠を摘示する場合には、特 に記載のない限り、枝番を含むものとする。) ? 当事者 ア 原告は、自動車、船舶、航空機その他の輸送用機械器具の製造、販売、賃25 貸及び修理等を行う株式会社である。
イ 被告は、自動車、産業用運搬車両、船舶等輸送用機械器具等及びその部品 2 並びにこれらに関連する総合設備、システムの設計、製造、据付、売買、賃 貸借、修理、保全に関する事業等を目的とする株式会社である。
? 本件特許権及び本件発明等(甲1、2) ア 本件特許権 5 原告は、以下の本件特許権を有している(以下、願書に添付された明細書 及び図面を「本件明細書等」という。)。
発明の名称 原動機付車両 登録番号 第3196076号 出願日 平成10年12月25日10 登録日 平成13年6月8日 存続期間満了日 平成30年12月25日 イ 本件発明 本件特許の特許請求の範囲の請求項3(本件発明)の記載は、以下のとお りである。
15 「アクセルペダルの踏込み開放時にも変速機において走行レンジが選択 されている場合は、原動機から駆動輪へ駆動力を伝達する原動機付車両であ って、前記原動機付車両停止時、前記原動機を停止可能な原動機停止装置と、
ブレーキペダルの踏込み開放後も引続きホイールシリンダにブレーキ液圧 を作用可能なブレーキ液圧保持装置と、を備える原動機付車両において、前20 記ブレーキ液圧保持装置の故障を検出する故障検出装置を備え、前記故障検 出装置によって前記ブレーキ液圧保持装置の故障を検出した時に前記原動 機停止装置の作動を禁止することを特徴とする原動機付車両」 ウ 本件発明の構成要件 本件発明を構成要件に分説すると、以下のとおりである。
25 A アクセルペダルの踏込み開放時にも変速機において走行レンジが選択 されている場合は、原動機から駆動輪へ駆動力を伝達する原動機付車両で 3 あって、
B 前記原動機付車両停止時、前記原動機を停止可能な原動機停止装置と、
C ブレーキペダルの踏込み開放後も引続きホイールシリンダにブレーキ 液圧を作用可能なブレーキ液圧保持装置と、を備える原動機付車両におい 5 て、
D 前記ブレーキ液圧保持装置の故障を検出する故障検出装置を備え、
E 前記故障検出装置によって前記ブレーキ液圧保持装置の故障を検出し た時に前記原動機停止装置の作動を禁止する F ことを特徴とする原動機付車両10 ? 被告の行為 被告は、被告各製品の製造、販売及び販売の申出又は輸出を行ってきた。
? 先行文献(乙9、10、13) 本件特許の出願日である平成10年12月25日より前に、以下の刊行物が 存在した。
15 ア 発明の名称を「エンジン自動停止始動装置」とする実開昭59-1103 46号(昭和59年7月25日公開。乙9。以下、乙9に記載された発明を 「乙9発明」という。) イ 発明の名称を「駐車ブレーキ安全装置」とする特開平08-198072 号(平成8年8月6日公開。乙10。以下、乙10に記載された発明を「乙20 10発明」という。) ウ 発明の名称を「車両用自動変速機のクリープ防止制御装置」とする特開平 05-263921号(平成5年10月12日公開。乙13。以下、乙13 に記載された発明を「乙13発明」という。) 2 争点25 ? 被告各製品の構成要件充足性(争点1) なお、被告において、各構成要件の充足性を争う被告各製品は、各記載のと 4 おりである。
構成要件Aの充足性(争点1-1) 被告製品3、7及び9のうちトランスミッション型式が「CW6A―EL」 の車両並びに被告製品8、11及び12のうちトランスミッション型式が 5 「FS5A-EL」の車両を除く被告各製品(以下「被告製品群@」という。) イ 構成要件Bの充足性(争点1-2) 被告各製品全て ウ 構成要件Cの充足性(争点1-3) 「ブレーキペダルの踏込み開放後も引続き・・・ブレーキ液圧を作用可10 能なブレーキ液圧保持装置」について 被告製品1、2、4、7、9及び10(ただし、被告製品10は201 7年以降に販売された車両をいう。以下、併せて「被告製品群A」という。) 「ホイールシリンダ」について 被告製品6及び7を除く被告各製品(以下「被告製品群B」という。)15 エ 構成要件Eの充足性(争点1-4) トランスアクスルの仕様がFW6A-EL、GW6A-EL、EW6A- ELの被告各製品(被告製品1、2、4及び10の全てと、被告製品3、7 ないし9、11及び12の一部をいう。以下、併せて「被告製品群C」とい う。)20 ? 本件特許の無効理由の有無(争点2) ア 乙9発明に基づく新規性欠如(無効理由1-1。争点2-1-1)、又は 乙9発明を主引例、乙10発明を副引例とする進歩性欠如(無効理由1-2。
争点2-1-2) イ 乙9発明を主引例、乙13発明を副引例とする進歩性欠如(無効理由2。
25 争点2-2) ウ 乙13発明及び周知技術に基づく進歩性欠如(無効理由3。争点2-3) 5 エ 明確性要件違反(無効理由4。争点2-4) オ サポート要件違反(無効理由5。争点2-5) ? 訂正の対抗主張の当否(争点3) ? 損害額等(争点4) 5 ? 消滅時効の成否(争点5)
争点に関する当事者の主張
1 争点1-1(構成要件Aの充足性)について (原告の主張) ? 被告各製品は、いずれもエンジンを搭載した自動車であるから、「原動機付10 車両」である。そして、被告各製品は、いずれもトルクコンバータを有する自 動変速機を備えており、クリープが生じるので、「アクセルペダルの踏込み開 放時にも変速機において走行レンジが選択されている場合は、原動機から駆動 輪へ駆動力を伝達する」構成を備えている(甲3ないし14)。
したがって、被告各製品は、構成要件Aを充足する。
15 ?ア 被告は、被告各製品の一部(被告製品群@)に「ニュートラル・アイドル 制御」を行う自動変速機を搭載したものがあると主張して、構成要件Aの充 足性を争い、「ニュートラル・アイドル制御」を行う自動変速機のトランス アクスル仕様として「FW6A-EL、GW6A-EL、EW6A-EL」 を挙げる。
20 しかしながら、例えば、被告製品1の整備マニュアル(甲3)には、FW 6A-ELとGW6A-ELが含まれるところ、被告の上記主張が真実であ れば、整備マニュアルに「ニュートラル・アイドル制御」に関する記載があ るはずであるのに、FAINES(一般社団法人日本自動車整備振興会連合 会が公開している自動車の整備事業者向けの情報データベースをいう。)に25 掲載されている被告製品1の整備マニュアルを検索しても、
「ニュートラル・ アイドル制御」に関する記載は見当たらず、このことは他の被告各製品につ 6 いても同様であるから、被告の主張は、事実に反している。
そして、被告製品群@が「ニュートラル・アイドル制御」を備えているこ とについて、客観的な証拠は提示されていない。
イ 仮に被告製品群@が「ニュートラル・アイドル制御」を備えているとして 5 も、構成要件Aを充足する。
すなわち、被告の主張によれば、「ニュートラル・アイドル制御」とは、
i-stop制御(アイドリングストップ機能の被告における呼称である。
以下同じ。)がなされない場合において、ニュートラル・アイドル制御の 禁止条件に該当しない場合(なお、甲16、乙26によれば、「所定の実10 行条件が満たされた場合」が正しい。 、
) AT内部をニュートラル状態(ク ラッチが切られ、原動機から駆動輪への駆動力の伝達が行われない状態) とする制御のことである。そして、被告の主張は、構成要件Aを「エンジ ンが停止されない限りは、ブレーキ液圧保持装置が故障した場合を含め、
常に、車両が停止しても、原動機の作動を維持し、駆動力を大きな状態に15 維持する」という構成に限定解釈することを前提としているところ、「ニ ュートラル・アイドル制御」が実行された場合にはこれに該当しないとい うものである。
しかしながら、構成要件Aの文言上、被告が主張するような限定解釈を すべき理由は一切ない。そして、被告製品群@がトルクコンバータ式オー20 トマチック車であって、クリープの駆動力を伝達したままとなるものであ ることには争いがないから、これらが「ニュートラル・アイドル制御」を 備えていると仮定しても、構成要件Aを充足することは明らかである。
また、「ニュートラル・アイドル制御」を備えている被告各製品におい ても、坂道に停車した場合等には「平坦路に停車時」(甲16)との実行25 条件を満たさないから、
「ニュートラル・アイドル制御」は実行されない。
そうすると、この場合には、被告製品群@においても、「車両が停止し 7 ても、原動機の作動を維持し、駆動力を大きな状態に維持する」状態が維 持されることになるから、被告の限定解釈を前提としても、構成要件Aを 充足することになる。
なお、被告各製品におけるMレンジは、構成要件Aにいう「走行レンジ」 5 に相当する。
すなわち、Mレンジの仕様に関する被告各製品の整備マニュアル(甲7 2)によれば、Mレンジは、飽くまで自動変速を基本としつつ、走行安全 性等の観点から設けられている条件を満たす範囲内に限り、運転者のシフ ト・アップ/シフト・ダウン操作に従って、マニュアル変速を可能とする10 機能であり、マニュアル車の変速機とは全く異なる。また、被告製品2の 取扱説明書(甲73)には、Mレンジにおいても、所定の場合は運転者が シフト・アップ/シフト・ダウン操作をしても変速せず、逆に、所定の場 合は自動的にシフトダウン(自動変速)することが記載されている。そし て、Mレンジも「セレクトレバーがP、N以外にはいっている」(甲71)15 場合であるから、クリープ現象が生ずる。
そうすると、被告各製品のMレンジは、自動変速の一つのモードである にすぎず、Mレンジが選択されている場合にはクリープ力が発生している から、構成要件Aの「走行レンジ」に相当する。
(被告の主張)20 ? 本件発明は、ブレーキ液圧保持装置が故障した場合に、いわゆるクリープ力 により、坂道発進時における車両の後退を防止しようというものであり、構成 要件Aはそのための前提となる限定であるから、エンジンが停止されない限り、
ブレーキ液圧保持装置の故障時にも、クリープ力が生じなければならない。
しかるに、被告各製品のうち、被告製品群@(被告製品3、7及び9のうち25 トランスミッション型式が「CW6A―EL」の車両並びに被告製品8、11 及び12のうちトランスミッション型式が「FS5A-EL」の車両を除く被 8 告各製品)においては、「走行レンジ」である「Dレンジでブレーキを踏んだ 状態で停車すると」、i-stop制御がなされず、エンジンが停止しない場 合においては、ニュートラル・アイドル制御の禁止条件に該当しない限り、ニ ュートラル・アイドル制御(「DレンジのときにAT内部をニュートラルの状 5 態とする制御」をいう。以下同じ。)が実行される状態となる(甲16、乙3、
26)。すなわち、被告製品群@においては、アクセルペダルの踏み込み開放 時に「走行レンジが選択されている場合」でも、ニュートラル・アイドル制御 の実行時においては、ニュートラル状態となり、クラッチが切られ、原動機か ら駆動輪への駆動力の伝達は行われない。
10 したがって、被告製品群@は、構成要件Aを充足しない。
? 原告は、被告各製品のMレンジが、構成要件Aにいう「走行レンジ」に該当 すると主張する。
しかしながら、被告各製品において採用されているMレンジは、マニュアル 車と同様に、手動でギアを変更することができるようにする機能であり、Mレ15 ンジの選択は、自動変速機付きのトランスミッションを備える車両(いわゆる 「AT車」をいう。)でありながら、自動でのギア選択ができないようにし、
実質的にマニュアル車のように運転することとなる。そうすると、Mレンジを 選択した場合には、本件明細書等の段落【0001】が示す本件発明の対象で ある「自動変速機を備える」ものではなくなるから、Mレンジは、構成要件A20 にいう「走行レンジ」には該当しない。
また、AT車においてMレンジが使用されるのはおよそ例外的な場合であっ て、その頻度は非常に少ない。このように、およそ例外的で頻度が非常に少な いMレンジを使用する場合にのみたまたま、「液圧保持装置」その他所定の故 障等を検知すると、エンジン停止を行わず、かつ、クラッチの解除を行わなか25 ったとしても、それでは「駆動力が大きな状態を維持」することで、「坂道発 進時における車両の後退を防止できる原動機付車両を提供すること」という本 9 件発明の課題(本件明細書等の段落【0006】)を解決しない。すなわち、
通常モードであるDレンジにおいて、「液圧保持装置」の故障を検知したとき に、「駆動力が大きな状態を維持」することによって「坂道発進時における車 両の後退を防止」する原動機付車両において初めて、上記課題は解決される。
5 したがって、構成要件Aの「走行レンジ」には、Mレンジは含まれず、Dレ ンジが含まれなければならないことは明らかであるから、被告製品群@は、構 成要件Aを充足しない。
2 争点1-2(構成要件Bの充足性)について (原告の主張)10 ? 被告各製品は、いずれも「i-stop制御」が搭載されているところ、「i -stop制御」とは、アイドリングストップ機能の被告における呼称である。
そして、「i-stop制御」は、「赤信号等で車両が停車している時に、燃 費の向上、排気ガスの低減、アイドリング騒音低下の目的で、エンジンを自動 的に停止/始動させる」ものであるから、「前記原動機付車両停止時、前記原15 動機を停止可能な原動機停止装置」に相当する(甲3ないし14、乙5)。
したがって、被告各製品は、構成要件Bを充足する。
?ア 被告は、被告各製品においては、車両停止に加え、ブレーキ液圧が所定の 値となるようにブレーキペダルを奥まで踏み込むという運転者による「付加 的な行為」がなされた場合にi-stop制御によるエンジン停止が生じる20 ように構成されていると主張する。
しかしながら、例えば、被告製品6の整備マニュアル(甲8)においては、
i-stop制御でエンジンを停止させる条件として、
「車速」 「0km/h」 が であることの他に複数の条件が記載されており、これらの条件が全て成立し た場合にエンジンを自動的に停止する制御がなされることが示されている25 ところ、被告の主張する条件とは、上記のうち「ブレーキ・フルード圧」(ブ レーキ液圧)の「ブレーキ・フルード圧が1.25MPa以上」を指すものと解され 10 る。もっとも、上記条件は、運転者がブレーキペダルを踏み込んで車両を停 止させた後に、更にエンジンのイグニッションスイッチを切ってエンジンを 停止させるような類の「付加的な行為」ではなく、ブレーキ・フルード圧が 1.25MPa以上であると判定されれば原動機が自動的に停止されることに変わ 5 りはない。そして、「ブレーキ・フルード圧が1.25MPa以上」との条件は、運 転者がブレーキペダルを踏み込んで車両を停止させていない状態でi-s top制御により原動機が自動的に停止すると生じる事態等を防止するた めに、単に車両が停止しているだけでなく、所定の圧力以上のブレーキ・フ ルード圧により車両が停止していることを、原動機自動停止の条件とするも10 のである。
本件明細書等における実施例においても、原動機の停止条件として車速が 0km/hであること以外に複数の条件が設定されているところ、このうち「9) CVT3が弱クリープ状態であること」(段落【0099】)は、「ドライ バに強くブレーキペダルBPを踏込ませて、エンジン1停止後も車両が後退15 するのを防ぐため」の条件であるから、目的の点で「ブレーキ・フルード圧 が1.25MPa以上」と類似のものといえる。そして、構成要件Bには、原動機付 車両の停止のみを原動機を停止させる条件とするような限定的な文言は含 まれておらず、他の条件との組合せにより原動機を自動的に停止する場合も 構成要件Bに該当する。
20 そうすると、被告製品6においては、運転者がブレーキペダルを踏み込ん で車両を停止させた際の「ブレーキ・フルード圧が1.25Mpa以上」であれば、
i-stop制御により(その他の条件も満たされていれば)車両停止時点 で自動的に原動機が停止するようになっている。
そして、その他の被告各製品の整備マニュアルにも同様の記載があるから、
25 これらについても、所定のブレーキ・フルード圧の数値が多少異なるものが あることを除き、同様であると考えられる。
11 イ また、甲46によれば、運転者が走行中から車両を停車させるために、特 に意識せずに通常のブレーキペダルの踏み込み操作を行う場合にはエンジ ンが自動停止するから、通常のブレーキ操作ではない「付加的行為」を特に 要するものではないことが明らかである。
5 さらに、原告は、被告製品2を用いて、通常のブレーキペダルの踏み込み 操作で車両を停止させた場合に、i-stop制御が実行されるか否かを検 証する実験を実施したところ、同実験結果(甲47)によれば、運転者が意 図的にi-stop制御の実行をさせないためにブレーキペダルを極めて 緩く踏むという特殊な操作をしない限り、被告各製品においては、車両停止10 時に通常のブレーキペダルの踏み込み操作により、i-stop制御により エンジンが自動的に停止することが明らかである。
ウ したがって、被告の主張は、理由がない。
(被告の主張) 本件発明は、本件明細書等の記載(段落【0006】等)から明らかなように、
15 車両停止時にクリープ力が失われることによる坂道発進時における車両の後退を 防止しようというものである。しかしながら、車両停止時にクリープ力が失われる ことがないようにできれば、坂道発進時における車両の後退は生じない。そうする と、構成要件Bは、運転者の意思によって制御できない「原動機を自動で停止可能 な停止装置」であることを要件とするものである。
20 しかるに、被告各製品においては、車両停止時であっても、ブレーキ・フルード 圧が所定値に達していなければ、「ブレーキペダルを踏み足」さない限り、i-s top制御により原動機であるエンジンは停止しないから、被告各製品の原動機は、
「自動で停止可能な」ものではない。すなわち、被告各製品においてi-stop 制御により原動機を停止させるためには、運転手がブレーキペダルを踏み込んで停25 止させるだけでは足りず、「ブレーキ・フルード圧を所定以上とするための行為」 が必要であり、この行為を車両停止と同時に行うか、停止後に時間をおいて行うか 12 は別として、被告各製品の原動機は、車両停止時に「自動で停止可能な」ものでは ない。
そうすると、被告各製品の「i-stop制御」は、「原動機を自動で停止可能 な停止装置」ではないから、構成要件Bの「原動機停止装置」に該当しない。
5 したがって、被告各製品は、構成要件Bを充足しない。
3 争点1-3(構成要件Cの充足性)について (原告の主張) ? 被告各製品の「DSC HU/CM」は、「PCMから発進補助機能制御リ クエスト信号を受信すると、ブレーキ・フルード圧ホールド制御(トラクショ10 ン・コントロール・ソレノイド・バルブに通電し油圧回路を閉じる)を行い、
停止状態のブレーキ・フルード圧を保持」するようになっている。そして、「停 止状態のブレーキ・フルード圧を保持」するとは、ブレーキペダルの踏み込み により車両を停止した後に、ブレーキペダルの踏み込みを開放した後も、車両 が停止した状態のまま、ブレーキ・フルード圧、すなわちブレーキ液圧を保持15 することを指している(甲3ないし14)。
そうすると、被告各製品は、「ブレーキペダルの踏込み開放後も引続きホイ ールシリンダにブレーキ液圧を作用可能なブレーキ液圧保持装置」を備えてい る。
したがって、被告各製品は、構成要件Cを充足する。
20 ?ア 被告は、被告各製品の一部(被告製品群A)のブレーキ液圧保持装置は、
ブレーキのペダルの踏み込み開放時点では作動せず、ブレーキペダルの踏み 込み開放後に、車体保持に必要な値にまでブレーキ液圧が低下してから作動 してブレーキ液圧を保持している旨主張し、その根拠として、被告製品1、
2、4、7及び9のブレーキ液圧保持装置については乙6、被告製品10に25 ついては乙27を提出するほか、乙28を提出している。
しかしながら、客観的書証である乙6及び乙27には、それらが上記の被 13 告各製品の仕様であることの記載は一切ないから、被告製品群Aの仕様が乙 6及び乙27に記載されたものであると認めることはできない。
他方で、被告各製品の整備マニュアル(甲3ないし14、43)には、ブ レーキペダルの踏み込みによる車両の停止から踏み込み開放後にかけての 5 ブレーキ・フルード圧の変化に関するグラフが記載されているところ、これ によれば、被告各製品のブレーキ液圧保持装置は、ブレーキペダルの踏み込 み開放時点で作動しており、ブレーキペダルの踏み込み開放後も引き続きブ レーキ・フルード圧を保持していることが認められる。
また、被告の上記主張は、本件発明の実施例をもとに、構成要件Cが、車10 両停止当初の時点のブレーキ液圧をブレーキペダルの踏み込み開放までの 間、そのまま保持すること等を意味するという解釈を前提にしていると解さ れる。
しかしながら、構成要件Cはそのような実施例に限定されるわけではない から、被告の主張は、失当である。
15 さらに、被告は、構成要件Cの「引続きホイールシリンダにブレーキ液圧 を作用可能なブレーキ液圧保持装置」の記載を根拠として、同様の限定解釈 を主張している。
しかしながら、被告の主張によれば、被告各製品においては、ブレーキペ ダルの踏み込み開放後に、車体保持に必要な値までブレーキ液圧が低下した20 時点でブレーキ液圧保持装置を作動させ、当該液圧をホイールシリンダに作 用可能な状態で、ブレーキ液圧が引き続き保持されている。そして、ブレー キペダルの踏み込み開放直後の時点のブレーキ液圧から一定程度減少した ブレーキ液圧をそのまま保持することは、文言上、構成要件Cの「引続きホ イールシリンダにブレーキ液圧を作用可能な」構成に相当することが明らか25 である。
そうすると、被告が主張する被告製品群Aの仕様を前提としても、これら 14 は、構成要件Cを充足する。
イ 被告は、構成要件Cの「ホイールシリンダ」はドラムブレーキの構成要素 であって、ディスクブレーキには存在しないから、被告各製品の一部(被告 製品群B)は、構成要件Cを充足しないと主張する。
5 しかしながら、ホイールシリンダは、ドラムブレーキとディスクブレーキ のいずれにも存在する。このことは、被告自身が作成した特許出願(甲17、
18)の記載からも明らかである。また、本件明細書等においても、ホイー ルシリンダを構成要素とするディスクブレーキの実施例が記載されており (段落【0013】、【0020】、【0046】)、このような構造は、
10 乙30にも示されている。そして、被告製品群Bのディスクブレーキのキャ リパボディには、ピストンを収容するシリンダ部分が設けられており、当該 シリンダ部分が「ホイールシリンダ」に相当する(甲59ないし68)。
したがって、被告の主張は、理由がない。
(被告の主張)15 ? 被告各製品の一部がブレーキ液圧保持装置の作用を「引続き」作用させるも のではないこと 構成要件Cは、特許請求の範囲の記載上明確に「引続きホイールシリンダに ブレーキ液圧を作用可能なブレーキ液圧保持装置」を備える原動機付車両であ ることを限定しているのであり、その文言からすれば、ブレーキペダルの踏み20 込み開放時点において、ブレーキ液圧保持装置が作用し、同装置によるブレー キ液圧保持がなされていなければならない。そして、本件明細書等においても、
ブレーキペダルの踏み込み開放時点においては、同装置によるブレーキ液圧保 持がなされている構成と異なる構成は記載されていない。
しかるに、被告製品群A(被告製品1、2、4、7、9及び10(被告製品25 10については、2017年以降に販売された車両をいう。))のブレーキ液 圧保持装置は、ブレーキペダル開放時点では作用していない。これらの製品で 15 は、ブレーキペダルの踏み込み開放後に、車体保持に必要な値にまでブレーキ 液圧が低下して初めて、ブレーキ液圧保持装置を作動させて、ブレーキ液圧を 保持しているのであり(乙6、27、28)、ブレーキペダルの踏み込み開放 時点で、ブレーキ液圧保持装置によるブレーキ液圧保持がされていない。
5 そうすると、被告製品群Aのブレーキ液圧保持装置は、ブレーキペダルの踏 み込み開放後も「引続き」ブレーキ液圧を作用させるものではないから、構成 要件Cを充足しない。
? 被告各製品の一部がホイールシリンダを備えないこと 構成要件Cは、「ホイールシリンダ」を構成要素としているが、被告製品群10 B(被告製品6及び7を除く被告各製品)は、キャリパを介して、ディスクプ レートを挟むことによって生じた摩擦力を用いて、ブレーキを掛けるディスク ブレーキを採用しており、「ホイールシリンダ」を備えていないから、構成要 件Cを充足しない(乙7、8)。
すなわち、ホイールシリンダは、ドラムブレーキに用いられるブレーキシュ15 ーを押し広げて、制動作用をさせるための部品である(乙29)。そして、原 動機付車両の技術を解説した書籍(乙30)では、ドラムブレーキのシリンダ を「ホイールシリンダ」と記載する一方で、ディスクブレーキについては (キ 「 ャリパ)のシリンダ」と記載されており、ドラムブレーキに用いられる「ホイ ールシリンダ」とディスクブレーキに用いられる「(キャリパ)シリンダ」と20 を明確に使い分けている。実際にも、原告の特許出願の公開公報(乙31)に は、ディスクブレーキに関する発明が開示されているが、同文献では、キャリ パについたシリンダのことを「キャリパのシリンダ」(【請求項1】、【00 06】)又は「シリンダ」と記載されており、「ホイールシリンダ」とは記載 されていない。そうすると、ディスクブレーキを備える被告製品群Bは、ホイ25 ールシリンダを備えるものではない。
これに対し、原告は、甲17及び18において、「ホイールシリンダ」との 16 用語がディスクブレーキとの関係でも使用されていることを指摘する。
しかしながら、「ホイールシリンダ」との用語がディスクブレーキとの関係 で使用されていたからといって、被告製品群Bもホイールシリンダを備えるこ とにはならない。
5 ? 小括 したがって、被告各製品は、構成要件Cを充足しない。
4 争点1-4(構成要件Eの充足性)について (原告の主張) ? 被告各製品は、「DSC HU/CM」(ブレーキ液圧保持装置)の故障を10 検出したときに、「原動機停止装置」に相当する「i-stop制御」の作動 を禁止するようになっている(甲3ないし14)。
したがって、被告各製品は、構成要件Eを充足する。
?ア 被告は、構成要件Eについても、被告各製品の一部(被告製品群C) 「ニ が ュートラル・アイドル制御」を備えていることを前提とした主張をしている。
15 しかしながら、被告製品群Cが「ニュートラル・アイドル制御」を備えて いるものと認められないことは、前記1(原告の主張)?アと同様である。
イ 被告は、陳述書(乙26)を根拠に、トランスアクスルの仕様が「FW6 A-EL、GW6A-EL、EW6A-EL」の被告各製品は、ブレーキ液 圧保持装置の故障を検出した場合、車両停止時に、クラッチが切られてニュ20 ートラルアイドリング状態となり、ワンウェイ・クラッチにより車両の後退 が防止される仕様であって、クリープ力を生じないから、本件発明の作用効 果を奏さず、構成要件Eを充当しないと主張する。
しかしながら、仮に当該被告各製品にワンウェイ・クラッチの仕様が備わ っているのであれば、それに関する記載が整備マニュアルにあるはずである25 にもかかわらず、上記に関する証拠は、被告の従業員が本件訴訟のために作 成した陳述書(乙26)のみであり、客観的証拠である整備マニュアル(甲 17 16及び乙3)のいずれにも、ワンウェイ・クラッチに関する記載はない。
また、ニュートラル・アイドル制御が実行された場合にワンウェイ・クラッ チが作動することも、甲16、乙3並びに乙26の添付資料1及び2のいず れにも記載されていない。
5 そうすると、上記被告各製品において、ニュートラル・アイドル制御が実 行される場合に、ワンウェイ・クラッチにより車両の後退が防止されること は、事実とは認められない。
ウ 仮に、被告各製品のうち「ニュートラル・アイドル制御」を備えるものが あるとしても、当該被告各製品は、構成要件Eを充足する。
10 すなわち、甲16、乙3、26によれば、ニュートラル・アイドル制御の 実行条件は、@平坦時に停車時、ADレンジ時、Bブレーキペダル踏み込み 時である。そうすると、坂道に停車している場合や、停車時のATのセレク ターレバーがDレンジ以外のMレンジやRレンジになっている場合は、@、
Aの実行条件を満たさないから、原動機はアイドリング状態とはならず、ク15 リープの駆動力が発生し続けている状態となる。なお、被告は、乙34にお いて、被告各製品の一部について、「坂道においてもニュートラル状態とな り」と述べるが、その証拠は一切提出されていない。そして、甲16が乙3 と同様のニュートラル・アイドル制御に関する仕様を説明した整備マニュア ルであることからすれば、甲16に記載されているニュートラル・アイドル20 制御の実行条件は、他の被告各製品においても同様に実行条件とされている ことが優に推認できる。
したがって、このクリープ力により、当該被告各製品は、坂道発進時でも 車両の後退を防止するという本件発明の作用効果を奏することになる。
(被告の主張)25 構成要件Eは、ブレーキ液圧保持装置の故障時において、構成要件Dの故障検出 装置が故障を検出すると、原動機停止装置の作動を禁止し、これにより、車両停止 18 時も原動機を動かし続け、クリープ力により、「坂道発進の際、ブレーキペダルの 踏込みを開放した時に、車両が後退する」ことがないようにしたものである。
しかるに、被告製品群C(トランスアクスルの仕様がFW6A-EL、GW6A -EL、EW6A-ELの被告各製品(被告製品1、2、4及び10の全てと、被 5 告製品3、7ないし9、11及び12の一部)は、「走行レンジ」である「Dレン ジでブレーキを踏んだ状態で停車すると」、故障診断の結果、ブレーキ液圧保持装 置その他いくつかの関連部品のいずれかが故障していることが検出された場合に はi-stop制御がなされず(乙26の図1、図2等参照)、エンジンが停止し ない場合においては、ニュートラル・アイドル制御(DレンジのときにAT内部を10 ニュートラル状態とする制御)の状態となる。そして、これらの車両においては、
ニュートラル・アイドル制御が実行されると、ワンウェイ・クラッチにより車両の 後退が防止される(乙26)。
すなわち、被告製品群Cにおいて、ブレーキ液圧保持装置が故障している場合は、
停車時にi-stop制御は行われず、代わりにエンジンがアイドル運転にて作動15 を継続しつつエンジンと駆動輪との間の駆動力の伝達を行わないニュートラル・ア イドル制御が許可される。同制御では、エンジンがアイドル運転状態でロークラッ チが切られたニュートラルアイドリング状態となる。そして、ニュートラル・アイ ドル制御が実行されると、自動変速機内で、エンジン側のロークラッチが切られ、
作動中のエンジンから駆動輪へ回転出力が伝達されなくなる。その際、2-6ブレ20 ーキが結合されることにより、ギアの回転がロックされて、別のギアの回転が許容 されることで、ワンウェイ・クラッチが作動するようになる。このワンウェイ・ク ラッチは、一方向のみの回転(車両の前進方向の回転)を許容し、他方向の回転(車 両の後退方向の回転)をロックするように機能する。
そうすると、被告製品群Cにおいては、ブレーキ液圧保持装置の故障が検出され25 た場合、車両停止時に原動機はニュートラルアイドリング状態となり、クリープ力 を生じないのであるから、本件発明の作用効果を奏しない。
19 なお、原告は、甲16を根拠として、坂道発進時やMレンジが選択されていると きにニュートラル・アイドル制御が実行されないと主張するが、同証拠の対象車種 は被告製品6のみであるから、これに基づく原告の主張は、失当である。
したがって、被告製品群Cは、構成要件Eを充足しない。
5 5 争点2-1-1(乙9発明に基づく新規性欠如。無効理由1-1)について (被告の主張) ? 本件発明と乙9発明の一致点及び相違点は、後記6(被告の主張)?のとお りである。
? もっとも、以下のとおり、乙9の第1図及び第2図に示された「油圧スイッ10 チ39d」が「前記ブレーキ液圧保持装置の故障を検出する故障検出装置」で あるとすると、本件発明は、乙9に開示されていることになる。
ア 相違点1について 原動機付車両において制動機能は安全に関するものであるから、そこに異 常がないかどうかを常に監視するのが、当業者である自動車メーカー等の常15 識であるところ、ブレーキ液圧保持装置も制動に関するものであり、その故 障検出装置を設けることは極めて当然のことである。
しかるに、乙9の第1図においては、制御回路37に、エアコンスイッチ 等と共に油圧スイッチ39dが結合されている。この油圧スイッチ39dに ついて、具体的な説明はないが、
「制動装置の作動状態を継続して保持する」20 ため、制動保持信号を、エンジン停止指示(燃料カット信号、点火カット信 号)の前のタイミングで、別個の指示として出力していることに鑑みると、
制動保持装置26が故障して「制動装置の作動状態を継続して保持する」こ とができない状態は避けなければならないことは明白であり、この油圧スイ ッチ39dが、その名称からしても、液圧保持装置の監視機構に関わる可能25 性が高い。
仮にそうであれば、乙9発明における制動保持装置26の故障の検知は、
20 乙9に明示されてはいないものの、油圧スイッチ39dが行うと考えられ、
乙9に開示されているから、相違点1は実質的な相違点ではない。
もっとも、制御装置が、これに接続されているサブ装置を監視し、その故 障信号やステータス信号を受け取ることは周知技術(乙10ないし13、1 5 6、17)であり、制御装置37が制動保持装置26の故障信号を受け取る ことはおよそ当然のことであり、相違点1に実質的な意義は認め難い。
イ 相違点2について 乙9発明では、S21ないしS25の各条件が満足され、制動保持信号を 出力した上で(S26)、初めてエンジン停止指示がなされる(S27)。
10 そして、乙9において、「制動保持装置の故障検知」は、S21ないしS2 4の条件には当たらず、「他の停止条件」(S25)の例示としても記載さ れていないが、エンジン停止のためには、「制動装置の作動状態を継続して 保持する」ことが必要であることは明示されている。そうすると、制動保持 装置26の故障が検出された場合においては、「制動装置の作動状態を継続15 して保持する」ことができないのであるから、その場合は、当業者であれば 「他の停止条件」(S25)の一つが満足されないとして、エンジン停止指 示をなすS27には進まず、エンジン停止がなされないことは当然である。
この点について、乙9の第2図に示されるとおり、油圧スイッチ39dが 液圧保持装置の監視機構に関わると考えられる場合、その信号である油圧ス20 イッチ信号が、制動保持信号及びエンジン停止信号を出力する制御回路37 の「I/O37e」に、S25の「他の停止条件」の一つであるエアコンス イッチ信号等と共に入力されている。そうすると、油圧スイッチ信号が故障 検出を通知するものであれば、それによりエンジンの停止がなされない。そ して、制動保持装置26の故障検出を制御装置37が受領すれば、乙9の開25 示内容から、当業者が相違点2を想到することは当然の帰結といえるから、
相違点2に係る構成要件Eの構成は、乙9に記載されているということがで 21 きる。
? したがって、乙9の第1図及び第2図に示された「油圧スイッチ39d」が 「前記ブレーキ液圧保持装置の故障を検出する故障検出装置」であるとすると、
本件発明は、乙9に開示されており、乙9発明は、本件発明の構成要件を全て 5 備えていることになるから、本件発明は、新規性を欠く。
(原告の主張) ? 無効理由1-1についての被告の主張は、乙9の第1図及び第2図に示され た「油圧スイッチ39d」が本件発明の「前記ブレーキ液圧保持装置の故障を 検出する故障検出装置」(構成要件D)に相当するというものと解される。
10 しかしながら、乙9には、相違点2(構成要件E)及び相違点3(構成要件 C)が開示されていないことは、被告自身が認めるところである。
そうすると、被告の主張を前提としても、乙9には構成要件C及びEの開示 がないことになるから、無効理由1-1(新規性欠如)の主張は、失当である。
? また、「油圧スイッチ39d」は、本件発明の「前記ブレーキ液圧保持装置15 の故障を検出する故障検出装置」(構成要件D)に相当するものではない。
すなわち、被告は、乙9の「油圧スイッチ39d」と乙15の「油圧スイッ チ」が同様のものであると主張している。
しかしながら、乙15の「油圧スイッチ」については、どのような動作をす るものか不明である。また、乙15の記載からすれば、「油圧スイッチ」は、
20 「ブレーキ(制動機)」が正常に動作しているか否かを検知するものであるこ とが明らかである。これに対して、本件発明の「ブレーキ液圧保持装置」(構 成要件C)は、車両を停止させるためにブレーキペダルの踏み込み操作をし、
ホイールシリンダにブレーキ液圧を作用させた状態において、ブレーキペダル の踏み込みを開放した後も所定の解除条件が満たされるまで、ブレーキ液圧を25 保持するものであり、「ブレーキ(制動機)」ではない。
そうすると、乙15の「油圧スイッチ」は、「ブレーキ液圧保持装置の故障 22 を検出する故障検出装置」(構成要件D)に該当しないことは明白である。
そして、被告の主張によれば、乙9の「油圧スイッチ39d」と乙15の「油 圧スイッチ」は同じものであるから、乙9の「油圧スイッチ39d」も「前記 ブレーキ液圧保持装置の故障を検出する故障検出装置」(構成要件D)に該当 5 しないことは明らかである。
したがって、乙9には、構成要件D(相違点1)も開示されていない。
? 以上によれば、乙9には、構成要件C、D及びEが開示されていないから、
乙9発明に基づく新規性欠如の主張は、理由がない。
6 争点2-1-2(乙9発明を主引例、乙10発明を副引例とする進歩性欠如。
10 無効理由1-2)について (被告の主張) ? 一致点及び相違点について 本件発明と乙9発明の一致点及び相違点は、以下のとおりである。
ア 一致点15 「アクセルペダルの踏込み開放時にも変速機において走行レンジが選択さ れている場合は、原動機から駆動輪へ駆動力を伝達する原動機付車両であっ て、原動機付車両停止時、原動機を停止可能な原動機停止装置と、ブレーキ ペダルの踏込み開放後も引続きブレーキ液圧を作用可能なブレーキ液圧保 持装置と、を備える原動機付車両」20 イ 相違点 相違点1 本件発明は、「ブレーキ液圧保持装置の故障を検出する故障検出装置」 を備えるものであるのに対し、乙9発明では、制動保持装置26の作動状 態を継続して保持するための条件として、制動保持装置26の故障を検出25 することは明示されていない点 相違点2 23 本件発明は、「故障検出装置によってブレーキ液圧保持装置の故障を検 出した時に原動機停止装置の作動を禁止する」ものであるのに対し、乙9 発明はS25の「他の停止条件」が満足されない場合にエンジンは停止し ない(S27)とのみ記載されている点 5 しかしながら、エンジン停止のためには、「制動装置の作動状態を継続 して保持する」ことが必要であることは明示されており、制動保持装置2 6の故障検出がされた場合は、安全性等の観点から制動保持装置26の作 動を許可できないため、この故障検出を「他の停止条件」の一つとし、こ れが満足されないとして、エンジン停止がなされないものと解される。
10 相違点3 本件発明は「ブレーキ液圧保持装置」がブレーキ液圧を作用させる対象 を「ホイールシリンダ」に限定しているが、乙9発明ではそのような限定 はされていない点 ? 相違点の容易想到性について15 ア 相違点3について 本件発明において「ブレーキ液圧保持装置」がブレーキ液圧を作用させる 対象を「ホイールシリンダ」に限定した趣旨は明確ではないが、周知のドラ ムブレーキを採用すれば、当然にブレーキ液圧の作用対象は「ホイールシリ ンダ」となるから、相違点3の容易想到性は明らかである。
20 イ 乙10発明について 乙10の段落【0017】から明らかなとおり、乙10の「坂道発進補助 装置50」は、原動機付車両における坂道発進時の後退防止のため「ブレー キオイルを封じ込めて、運転手がブレーキペダル4から足を離しても制動力 を保持する」ものであり、「ホイールシリンダ」に液圧を作用させることの25 限定はないが、乙9発明の制動保持装置26と同様の構成である。
しかるに、乙10の段落【0048】に示されるとおり、坂道発進補助装 24 置50には異常の検出装置が設けられており、この「坂道発進補助装置50 の異常の検出装置」は相違点1に係る構成である。そして、同装置が異常を 検出したときにその検出信号は警報ランプ20及び警報ブザー21を作動 させているが、その意図について「安全かつ確実に坂道発進を行う」ためで 5 あると明示されている。
ウ 乙9発明に乙10発明を適用すれば、相違点1及び2は容易想到であるこ と 乙9には、本件発明との相違点1及び2が明確に記載されていないこと を除き、その余の構成を全て有する原動機付車両が開示されている。これ10 に対して、乙10には、上記相違点1に係る構成に対応する技術事項、及 び上記相違点2に係る構成については、「坂道発進補助装置50の異常の 検出装置」が異常を検出したときにその検出信号を安全かつ確実に坂道発 進を行うことができるように使用することが記載されている。
そうすると、次のとおり、乙9発明に乙10の上記技術事項である「坂15 道発進補助装置50の異常の検出装置」が異常を検出したときの検出信号 を、「安全かつ確実に坂道発進を行う」ため、「前記原動機停止装置の作 動を禁止する」ことに適用することにより、具体的には、乙9発明の構成 要件Eに対応する構成のS25の「他の停止条件」の一つとして、「坂道 発進補助装置50の異常の検出装置」が異常を検出したときにその検出信20 号を用いることにより、本件発明が得られることとなる。
a 相違点1(構成要件Dに相当する構成)についてみると、乙9発明に おいても、制動保持装置26は、安全に関する制動機能に関するもので あるから、そこに異常がないかどうかという点は当然に強い関心事項で ある。
25 そうすると、乙10の「坂道発進補助装置50の異常の検出装置」が 示されれば、当業者が同構成の乙9発明への適用を想到することは明白 25 である。すなわち、乙10発明を乙9発明に適用することには何ら阻害 要因も存在せず、乙10には「安全かつ確実に坂道発進を行う」ために 用いることが示唆されているのであるから、乙9発明に乙10発明を適 用することは当業者にとって当然である。
5 b 相違点2(構成要件Eに相当する構成)についてみると、乙9におい ては、「制動装置の作動状態を継続して保持する」ことをエンジン停止 の前提事項として明示している(S27)のであるから、乙9発明に乙 10の「坂道発進補助装置50の異常の検出装置」を採用し、同装置5 0により異常を検出した場合にはエンジンを停止しないことは、乙9発10 明の要請するところである。すなわち、乙9発明においては、任意の条 件を「他の停止条件」(S25)の一つとすればS26のエンジン停止 が禁止される構成が示されている。
そうすると、乙10に開示された「坂道発進補助装置50の異常の検 出装置」により制動保持装置26の異常を検知した場合、「安全かつ確15 実に坂道発進を行う」ために、「他の停止条件」(S25)の一つが満 足されないとして、エンジンを停止させないことは、当業者が容易に想 到するところである。
したがって、乙9発明に乙10発明を適用することにより、当業者は容 易に本件発明に想到するものである。
20 エ 小括 以上によれば、本件発明は、乙9発明に乙10発明を適用することで容易 に発明することができたものであるから、進歩性を欠く。
(原告の主張) ? 一致点及び相違点について25 本件発明と乙9発明の一致点及び相違点は、以下のとおりである。
ア 一致点 26 一致点に係る被告の主張については、これを認める。
イ 相違点 相違点1に係る被告の主張については、これを認める。
相違点2に係る被告の主張は不明瞭である。相違点2は、「故障検出装 5 置によって前記ブレーキ液圧保持装置の故障を検出した時に前記原動機 停止装置の作動を禁止する」(構成要件E)との構成が、乙9発明に備わ っていない点である。
相違点3に係る被告の主張については、これを認める。
? 容易想到性について10 ア 乙10には、坂道発進補助装置50に異常が発生したことを検出したとき に、警報ランプ20及び警報ブザー21を作動させて、運転者に注意を促す ことが記載されているにすぎず(段落【0048】)、「原動機停止装置の 作動を禁止する」(構成要件E)は記載されていない。
そうすると、乙9発明に乙10発明を適用しても、坂道発進補助装置5015 の異常を検出したとき、警報ランプ20及び警報ブザー21を作動させる構 成が得られるだけであって、「ブレーキ液圧保持装置の故障を検出した時に 原動機停止装置の作動を禁止する」(構成要件E、相違点2)構成は得られ ないから、当業者は、本件発明を容易に想到できたものではない。
イ また、乙9発明は、アイドリングストップ状態からのエンジン再始動時の20 急発進を防止することを目的として「制動保持装置」を設けたものであるの に対し、乙10発明は、駐車ブレーキ安全装置の作動解除を行う場合に、運 転者にこの解除動作を十分に認識させるようにすることを目的としたもの であり、坂道発進補助装置50の異常発生が検出されると、警報ランプ20 及び警報ブザー21を作動させ、運転者に注意を促すようにしたものである。
25 そうすると、乙9発明と乙10発明は、その解決すべき課題や目的が全く 異なるから、乙9発明に乙10発明を組み合わせる動機付けがない。
27 ウ さらに、乙9には、制動保持装置26の故障に言及した記載は存在せず、
制動保持装置26が故障した場合の問題点やその解決手段が何ら記載も 示唆もされておらず、制動保持装置26の故障検出装置を備えることの動 機付けの記載はない。
5 また、ブレーキ液圧保持装置とその故障検出装置を備えるとなれば、機 構が複雑化し、コストが増加するなどのデメリットが生じるから、当業者 は、ブレーキ液圧保持装置の故障時のリスクの程度とコスト増等のデメリ ットを比較衡量し、故障検出装置を備えないことを選択する場合もある。
そうすると、乙9発明において、制動保持装置26の故障検出装置を備10 えるのは、当然ではない。
仮に、制動保持装置26の故障を検出する手段を備えた場合であっても、
その対応手段は、エンジンを停止しないこと以外にも存在する。
そうすると、乙9発明において、仮に制動保持装置26の故障検出手段 を備えた場合があったとしても、前記故障検出装置によって前記液圧保持15 装置の故障を検出した時に「前記原動機停止装置の作動を禁止する」(構 成要件E)構成とすることは、当然ではない。
エ これに対し、被告は、相違点2について、乙9発明は、「制動装置の作動 状態を継続して保持する」ことをエンジン停止の前提事項としているとの解 釈を前提に、乙10の「坂道発進補助装置50の異常の検出装置」により異20 常を検出した場合、「安全かつ確実に坂道発進を行う」ために、「他の停止 条件」(S25)の一つが満足されないとして、エンジンを停止させないこ とは、当業者が容易に想到すると主張する。
しかしながら、乙9には制動装置の作動状態を継続して保持することがエ ンジン自動停止条件であることは記載されていないから、被告の主張は、前25 提において誤っている。
また、乙10には、「原動機停止装置の作動を禁止する」(構成要件E) 28 は記載されていないことは前記のとおりである。さらに、乙10においては、
坂道発進補助装置50の異常を検出した場合には、「警報ランプ20及び警 報ブザー21を作動させて、運転者に注意を促す」手段を採用することによ り、「安全且つ確実に坂道発進を行うことができる」という目的を実現した 5 ものであり、これに加えてエンジン停止を禁止することの必要性は、開示も 示唆もされていない。
したがって、被告の主張は、理由がない。
? 以上によれば、本件発明は、乙9発明に乙10発明を適用することで出願前 に当業者が容易に発明できたものといえないことは明らかである。
10 7 争点2-2(乙9発明を主引例、乙13発明を副引例とする進歩性欠如。無効 理由2)について (被告の主張) ? 一致点及び相違点について 本件発明と乙9発明の一致点及び相違点は、前記6(被告の主張)?のとお15 りである。
? 相違点の容易想到性について ア 相違点3について 相違点3については、前記6(被告の主張)?アのとおりである。
イ 乙13発明について20 乙13には、以下の技術が開示されている。
「アクセルペダルの踏込み開放時にも変速機において走行レンジが選択 されている場合は、原動機から駆動輪へ駆動力を伝達する原動機付車両で あって、原動機付車両停止時、燃費の改善のため、フォワードクラッチを 開放して、原動機から駆動輪へ十分な駆動力を伝達しないニュートラル状25 態を形成し(「ニュートラル制御」)」、ニュートラル制御と同時に、坂 道等におけるブレーキ開放時の車両の後退を防止するため、車両の後退を 29 防止する所定変速段を達成することで該所定変速段を形成するブレーキ (「変速機ブレーキ」)を備える原動機付車両」において、
@ 変速機ブレーキを実現するための種々の構成要素(ブレーキB1やソ レノイドバルブS1、S2等)の故障を検出し、
5 A 変速機ブレーキを実現するための種々の構成要素の故障を検出した ときには、フォワードクラッチの解放を禁止し、ニュートラル制御を行 なわないようにする技術」 上記のとおり、乙13には坂道等におけるブレーキ開放時の車両の後退 を防止する機構を、ブレーキ液圧保持装置ではなく、変速機ブレーキにし10 た以外は、本件発明と同様の構成が示されている。
ウ 乙9発明に乙13発明を適用すれば、相違点1及び2は容易想到であるこ と 乙9発明には、構成要件D及びEに相当する構成(相違点1及び2)が 明確に記載されていないことを除き、その余の構成を全て有する点で本件15 発明と一致しており、次のとおり、乙13に示された技術事項を乙9発明 に適用すれば、相違点1及び2は解消し、本件発明が得られる。
本件発明は、ニュートラル制御に係る従来技術にも共通な課題である 「ブレーキ液圧保持装置の故障によって、ブレーキペダルの踏込みを開放 した時に駆動力が大きな状態に切り換わるまでブレーキ力を保持するこ20 とができない。その結果、坂道発進の際、ブレーキペダルの踏込みを開放 した時に、車両が後退する。」(本件明細書等の段落【0005】)との 課題を解決するとして、従来技術の構成に構成要件D及びEの構成を付加 したものである。
しかるに、従来技術におけるブレーキ液圧保持装置等の坂道発進の際に25 おける後退防止機構の故障の問題は、同装置が設けられた経緯から自明の 課題であり、かつ、ブレーキ液圧保持装置の故障を監視すること自体は、
30 乙10等にも記載された周知技術である。すなわち、この課題は、採用し た装置(アイドルストップ制御又はニュートラル制御)に起因して坂道後 退が生じないように、別の装置(ブレーキ液圧保持装置又は変速機ブレー キ)を設けたが、当該装置が故障してしまうと、坂道後退が生じてしまう 5 というだけのものであり、当業者にとって至極当然のことである。
そして、その解決方法として本件発明が提示したのは、坂道発進の際に おける後退防止機構が故障したかどうかを確認し(構成要件D)、故障し た場合には、後退防止機構を付けた理由であるところの燃費向上手段(ア イドルストップ制御又はニュートラル制御)を作動させずに、クリープを10 生じさせる(構成要件E)ということである。もっとも、この解決手段は、
当業者が乙9発明を目にすれば、自明な課題に対して当然のものとして示 されるものである。
したがって、乙9発明に乙13発明を適用することにより、当業者は容 易に本件発明を想到するものである。
15 なお、乙13における坂道発進の際における後退防止機構は、本件発明 のブレーキ液圧保持装置ではなく、変速機ブレーキであるが、乙9発明へ の適用においては、故障の検出、及び故障の場合にクリープを生じさせる という点はいずれの後退防止機構にも適用可能であるから、乙9発明への 適用は何ら問題とはならない。
20 エ 小括 以上によれば、本件発明は、乙9発明に乙13発明を適用することで容易 に発明することができたものであるから、進歩性を欠く。
(原告の主張) ? 一致点及び相違点について25 本件発明と乙9発明の一致点及び相違点は、前記6(原告の主張)?のとお りである。
31 ? 相違点の容易想到性について ア 乙13に開示された技術事項について 乙13には、「前記原動機付車両停止時、前記原動機を停止可能な原動機 停止装置」(構成要件B)、「ブレーキペダルの踏込み開放後も引続きホイ 5 ールシリンダにブレーキ液圧を作用可能なブレーキ液圧保持装置」(構成要 件C)、「前記ブレーキ液圧保持装置の故障を検出する故障検出装置」(構 成要件D)及び「前記故障検出装置によって前記ブレーキ液圧保持装置の故 障を検出した時に前記原動機停止装置の作動を禁止すること」 (構成要件E) は記載されていない。
10 すなわち、乙13に記載の車両は、「原動機停止装置」(構成要件B)の 代わりに、これとは機構も作動機序も異なる「フォワードクラッチを解放す ることによりニュートラル状態を形成してクリープの発生を防止するニュ ートラル制御手段」を備え、また、「ブレーキ液圧保持装置」(構成要件C) の代わりに、これとは機構も作動機序も異なる「所定変速段を達成すること15 により車両の後退を防止する変速機ブレーキ」を備え、「前記ブレーキ液圧 保持装置の故障を検出する故障検出装置」(構成要件D)の代わりに、これ とは機構も作動機序も異なる「所定変速段を達成することが可能か否かを判 断する所定変速段達成可否判断手段」を備え、「故障検出装置がブレーキ液 圧保持装置の故障を検知した時に原動機停止装置の作動を禁止する」(構成20 要件E)代わりに、これとは機構も作動機序も異なる「所定変速段達成可否 判断手段が所定変速段の達成が不可と判断したときにフォワードクラッチ の解放を禁止することよりニュートラル制御を行わないようにする」構成を 備えたものである。
イ 乙9発明に乙13発明に開示された技術事項を適用しても本件発明を容25 易に想到できず、かつ、適用は容易でないこと 乙9発明に乙13に開示された技術事項を適用しても本件発明の構成 32 は得られないこと 乙13においては、車両停止時に「フォワードクラッチを解放すること により自動的にニュートラル状態を形成するクリープの発生を防止する ニュートラル制御手段」と、「ニュートラル制御と同時に、所定変速段を 5 達成することにより車両の後退を阻止可能な変速機ブレーキ」とを備える 原動機付車両において、「所定変速段を達成することが可能か否かを判断 する所定変速段達成可否判断手段」を備え、「所定変速段達成可否判断手 段が所定変速段を達成することが不可と判断した場合にはフォワードク ラッチの解放を禁止する」点が開示されているだけであり、本件発明と乙10 9発明の相違点1の「ブレーキ液圧保持装置の故障を検出する故障検出装 置」(構成要件D)、相違点2の「故障検出装置によってブレーキ液圧保 持装置の故障を検出した時に原動機停止装置の作動を禁止する」(構成要 件E)、及び相違点3の「ブレーキ液圧保持装置がブレーキペダルの踏込 み開放後も引続きブレーキ液圧を作用可能な対象をホイールシリンダと15 する」(構成要件C)のいずれも、乙13には開示されていない。
そうすると、乙9発明に乙13の記載事項を適用しても、本件発明の構 成に至らない。
乙9発明に乙13発明を適用することは困難であること 被告は、乙13における坂道発進の際における後退防止機構は、本件発20 明のブレーキ液圧保持装置ではなく、変換機ブレーキであるが、乙9発明 への適用において、故障の検出及び故障の場合にクリープを生じさせる点 は、いずれの後退防止機構にも適用可能であるから、乙9発明への適用は 何ら問題とならないと主張する。
しかしながら、物に具現化された具体的な技術における発明が問題とな25 る物の発明においては、その機構や作動機序の違いを検討する必要がある のは当然である。
33 しかるところ、乙9発明の「ブレーキペダルによって制御されるマスタ シリンダの入力ロッドを、保持装置の電磁石を励磁することにより所定の 位置で保持するように構成することができ、ブレーキペダルを踏込んでい るときに電磁石を励磁すれば、ブレーキペダルが解放されても制動装置が 5 保持されるようにすることができる制動保持装置」(6頁16行目〜7頁 4行目)と乙13の「所定変速段を達成することにより、車両の後退を阻 止可能な変速機ブレーキ」とは、その機構においても作動機序においても 全く異なるものである。また、乙13発明は、ニュートラル制御と同時に ヒルホールド制御を行う自動変速機のクリープ防止制御装置において、坂10 道で後退の可能性がある場合のフェイルセーフ機能を持たせることを目 的としたものであり、乙9発明とは解決すべき課題や目的が全く異なるも のである。そうすると、乙9発明に乙13発明を組み合わせる動機付けが ない。
したがって、乙9発明に乙13発明を適用するのは困難であり、当業者15 は、本件発明を容易に想到できたものではない。
? 小括 以上によれば、本件発明は、乙9発明に乙13発明を適用することで出願前 に当業者が容易に発明できたものといえないことは明らかである。
8 争点2-3(乙13発明及び周知技術に基づく進歩性欠如。無効理由3)につ20 いて (被告の主張) ? 一致点及び相違点について 本件発明と乙13発明の一致点及び相違点は、以下のとおりである。
ア 一致点25 「アクセルペダルの踏込み開放時にも変速機において走行レンジが選択さ れている場合は、原動機から駆動輪へ駆動力を伝達する原動機付車両であっ 34 て、前記原動機付車両停止時、クリープの発生を防止する機構と、車両の後 退を禁止する後退防止機構と、を備える原動機付車両において、前記後退を 禁止する後退防止機構の故障を検出する故障検出装置を備え、前記故障検出 装置によって前記後退を禁止する後退防止機構の故障を検出した時に前記 5 クリープの発生を防止する機構の作動を禁止することを特徴とする原動機 付車両」 イ 相違点 相違点1 クリープの発生を防止する機構が、本件発明では「原動機を停止可能な10 原動機停止装置」(アイドルストップ制御)であるのに対し、乙13発明 は「フォワードクラッチを解放することによりニュートラル状態を形成す ること」(ニュートラル制御)である点 相違点2 車両の後退を禁止する後退防止機構が、本件発明は「ブレーキペダルの15 踏込み開放後も引続きホイールシリンダにブレーキ液圧を作用可能なブ レーキ液圧保持装置」であるのに対し、乙13発明は「自動変速機におい て所定変速段を形成するブレーキ(「変速機ブレーキ」)」である点 原告の主張について 原告は、上記各相違点に加えて、相違点3及び4がある旨主張する。
20 しかしながら、原告主張に係る相違点3は、相違点2の「後退防止機構」 が異なることによる当然の結果であるから、相違点2と同じである。
また、原告主張に係る相違点4は、相違点1の「クリープの発生を防止 する機構」が異なることによる当然の結果であるから、相違点1と同じで ある。
25 ? 相違点の容易想到性について ア 本件特許の出願時の技術水準及び周知技術について 35 本件発明における車両停止時にエンジンを停止させるアイドルストップ 制御と、乙13発明における車両停止時に自動変速機によりニュートラル状 態を形成するニュートラル制御は、いずれも車両停止時に燃費を向上させる ための技術であり、本件特許の出願時に広く知られていた。
5 そして、本件特許においても、請求項1の発明においては「ニュートラル 制御」が、請求項2の発明においては「アイドルストップ制御」と「ニュー トラル制御」の併用が、請求項3に係る本件発明においては「アイドルスト ップ制御」が採用されており、「アイドルストップ制御」と「ニュートラル 制御」は選択可能な技術である。
10 また、乙18及び乙19には、「アイドルストップ制御」と「ニュートラ ル制御」の両者が記載されているとおり、本件特許の出願の前から「アイド ルストップ制御」と「ニュートラル制御」は当業者にとっていずれも周知の 選択可能なものであった。さらに、乙18の段落【0041】には、燃費低 減の観点から、ニュートラル制御よりもアイドルストップ制御の方が好まし15 い点が示唆されている。
そして、アイドルストップ制御又はニュートラル制御を行うと、坂道を後 退するなどの車両の意図しない移動が生じる場合があるところ、これは、ア イドルストップ制御及びニュートラル制御では、エンジンから駆動力(クリ ープ)が車両に伝達されないためである。このようなアイドルストップ制御20 又はニュートラル制御の実行の際に生じる不具合や、これを解消するために、
ブレーキ液圧保持制御や変速機ブレーキ制御により停止車両に制動力を付 与する技術は、従来から知られていた(乙9、13、14、20、22ない し24)。
このように、車両の停止時に実行されるニュートラル制御及びアイドルス25 トップ制御において生じる不具合を解消するために設けられたブレーキ液 圧保持装置及び変速機ブレーキは、本件特許の出願時において、広く知られ 36 た技術であり、当業者において、これらの技術の何れかを選択することに困 難性はない。さらに、乙23には、耐久性の観点から、変速機ブレーキ制御 よりもブレーキ液圧保持制御の方が好ましいことが示唆されている。
イ 乙13発明に周知技術を適用すれば、相違点1及び2は容易想到であるこ 5 と 乙18及び乙19には、アイドルストップ制御とニュートラル制御は選 択可能であることが記載され、乙18には、燃費低減の観点から、ニュー トラル制御よりもアイドルストップ制御の方が好ましいことが記載され ていることからすると、燃費の低減のために、乙13に記載されたニュー10 トラル制御に換えて、アイドルストップ制御を採用することは、当業者に おいて、容易である。
乙23には、耐久性の観点から、変速機ブレーキ制御よりもブレーキ液 圧保持制御の方が好ましいことが記載されていることからすると、車両故 障の防止のために、乙13に記載された変速機ブレーキ制御に換えて、ブ15 レーキ液圧保持制御を採用することは、当業者において容易である。
変速機ブレーキ制御は、エンジンの油圧で動作されることが通常であり、
エンジンが作動していることが必要である。そのため、エンジンを停止さ せるアイドルストップ制御で変速機ブレーキ制御を採用する例はない。そ うすると、当業者が、燃費向上のためにニュートラル制御に換えてアイド20 ルストップ制御を採用する場合は、後退防止機構として、変速機ブレーキ 制御ではなくブレーキ液圧保持制御を採用することが当然である。
本件発明は、後退防止機構が故障した場合に、車両停止時に燃費を向上 させるためのクリープの発生を防止する機構を実行せず、坂道発進時にお ける車両が後退しない原動機付車両を提供するものである。しかるに、乙25 13発明は、クリープの発生を防止する機構と後退防止機構を、それぞれ 周知のニュートラル制御と変速機ブレーキという周知の選択例の形で、既 37 に提供していたものである。
そうすると、本件発明は、乙13発明とは別の周知な選択的態様である、
アイドリングストップ制御とブレーキ液圧保持装置を採用しているだけ であって、技術の発展に何ら寄与するものではない。
5 したがって、当業者において、乙13に記載された技術事項及び周知技 術に基づき、相違点1及び2を得ることは、容易である。
ウ 小括 以上によれば、本件発明は、乙13発明及び周知技術に基づいて、容易に 発明することができたものであるから、進歩性を欠く。
10 (原告の主張) ? 一致点及び相違点について 本件発明と乙13発明の一致点及び相違点は、以下のとおりである。
ア 一致点 一致点に係る被告の主張については、これを認める。
15 イ 相違点 被告の主張する相違点1及び2が相違点であることは認める。
しかしながら、本件発明と乙13発明は、以下の点でも相違する。
相違点3 「後退防止機構の故障を検出する故障検出装置」に関し、本件発明は「ブ20 レーキ液圧保持装置の故障を検出する故障検出装置」(構成要件D)を備 えるのに対して、乙13発明は「所定変速段を達成することが可能か否か を判断する所定変速段達成可否判断手段」を備える点 相違点4 「故障検出装置によって後退防止機構の故障を検出した時にクリープの25 発生を防止する機構の作動を禁止する」ことに関し、本件発明は「故障検 出装置によってブレーキ液圧保持装置の故障を検出した時に原動機停止 38 措置の作動を禁止する」(構成要件E)のに対して、乙13発明は「所定 変速段達成可否判断手段が所定変速段を達成することが不可と判断した 場合にはフォワードクラッチの解放を禁止する」点 ? 容易想到性について 5 ア 相違点1について 乙13発明は、クリープの発生を防止するためにニュートラル制御手段を 採用したものであり、「ニュートラル制御手段」は発明の主たる構成である から、これを除去して別の構成であるアイドルストップ制御に置き換えるこ とは、当業者において容易に想到できたということはできない。
10 イ 相違点2について 乙13発明は、ニュートラル制御と同時に、所定変速段を達成することに より車両の後退を阻止可能な変速機ブレーキを採用したことにより、坂道発 進において後退しないようにしたものであり、「変速機ブレーキ」は発明の 主たる構成であるから、これを除去して、坂道発進において後退しないよう15 にするために、「ブレーキ液圧保持装置」を採用することは、当業者におい て容易に想到できたということはできない。
ウ 相違点3及び4について 乙13発明は、「原動機停止装置」及び「ブレーキ液圧保持装置」を有す るものではない。そして、「ブレーキ液圧保持装置の故障を検出する故障検20 出装置」は、「ブレーキ液圧保持装置」を有することを前提とする構成であ る。そうすると、乙13発明においては、「ブレーキ液圧保持装置」を採用 して初めて生じる「ブレーキ液圧保持装置の故障」という問題を考慮して、
更に「ブレーキ液圧保持装置の故障を検出する故障検出装置」を採用する動 機付けはない。
25 また、「原動機停止装置」により原動機が停止しているため、「ブレーキ 液圧保持装置」が故障した場合に、坂道発進時に車両が後退するという課題 39 は、「原動機停止装置」及び「ブレーキ液圧保持装置」を有して初めて生じ る課題である。そうすると、「原動機停止装置」及び「ブレーキ液圧保持装 置」を有することを前提としない乙13発明において、「ブレーキ液圧保持 装置の故障を検出した時に原動機停止装置の作動を禁止する」ことは、当業 5 者が容易に想到することができたこととはいえない。
したがって、乙13発明において、「ブレーキ液圧保持装置の故障を検出 する故障検出装置を備え、ブレーキ液圧保持装置の故障を検出した時に原動 機停止装置の作動を禁止する」という事項を採用し、相違点3及び4に係る 構成とすることは、当業者が容易に想到できたものではない。
10 ? 小括 以上によれば、本件発明は、乙13発明に周知技術を適用することで出願前 に当業者が容易に発明できたものといえないことは明らかである。
9 争点2-4(明確性要件違反。無効理由4)について (被告の主張)15 ? 「前記原動機付車両停止時、前記原動機を停止可能な原動機停止装置」(構 成要件B)との文言について 「原動機付車両停止時」とは、「原動機付車両が停止する時」であり、「原 動機を停止可能な原動機停止装置」とは、「原動機を停止することができる原 動機停止装置」を意味すると理解することができる。
20 そして、「原動機付車両が停止する時」に「原動機を停止する」場合とは、
文言上運転手が意図的にイグニッションオフ操作により原動機(エンジン)を 停止させる場合も含まれることは明白である。しかしながら、意図的にイグニ ッションオフ操作により原動機(エンジン)を停止させる場合も含むとすると、
特許請求の範囲の文言自体が矛盾し、発明として成立しない。
25 これに対し、原告は、「原動機停止装置」とは原動機を自動で停止可能な停 止装置を意味していることが明らかであると主張する。しかしながら、どうし 40 て「自動で」と限定できるのか、運転者の行為は一切介在することはないのか、
どのような態様の介在であれば含まれるのか不明である。
したがって、原告において、被告各製品が本件発明における「原動機停止装 置」を備えていると主張するのであれば、「前記原動機付車両停止時、前記原 5 動機を停止可能な原動機停止装置」との記載は、具体的にどのような装置が発 明の技術的範囲に入るか否かを当業者が理解できるように記載されていると はいえないから、明確性要件に違反する。
? 「ブレーキペダルの踏込み開放後も引続きホイールシリンダにブレーキ液圧 を作用可能なブレーキ液圧保持装置」(構成要件C)との文言について10 「ブレーキペダルの踏込み開放後も引続きホイールシリンダにブレーキ液圧 を作用可能」との文言からすれば、ブレーキペダルを踏み込む場合について、
特段の限定がされていないことから、車両を停止する場合だけでなく、車両走 行中において、運転者がブレーキペダルを踏んで減速し、その後ブレーキペダ ルの踏み込みを開放した場合も含み得ることとなる。しかしながら、車両走行15 中に、「引続き」ブレーキ液圧が作用し続ければ、走行に支障が生ずる。
また、車両停止時において、ブレーキペダルの踏み込み開放後「引続き」と あるが、いつまでも作用し続ければ、車両を発進することができず、やはり走 行に支障が生ずる。
そうすると、「ブレーキペダルの踏込み開放後も引続きホイールシリンダに20 ブレーキ液圧を作用可能なブレーキ液圧保持装置」との文言によっては、本件 発明の技術的意味を当業者が理解することができず、発明の特定事項が不足し ていることは明らかである。
なお、本件明細書等の実施例の説明において、
「ブレーキ液圧保持装置」は、
「車両発進時におけるドライバのブレーキペダルBPの踏込み力の低下速25 度に対してブレーキ液圧の低下速度を小さくするブレーキ液圧低下速度 減少手段で構成される。」(段落【0041】、【0047】) 41 と定義され、
「このブレーキ液圧低下速度減少手段は、ドライバが車両の再発進時ブレ ーキペダルBPの踏込みを開放した際に、ホイールシリンダWCのブレー キ液圧の減少する速度(ブレーキ力の低下する速度)が、ドライバのブレ 5 ーキペダルBPの踏込みを緩める速度よりも遅くなる機能を有する」(段 落【0047】) と説明されているが、特許請求の範囲の文言から、このような限定を読み取る ことはできない。
したがって、「ブレーキペダルの踏込み開放後も引続きホイールシリンダに10 ブレーキ液圧を作用可能なブレーキ液圧保持装置」との記載は、具体的にどの ような装置が発明の範囲に入るか否かを当業者が理解できるように記載され ているとはいえないから、明確性要件に違反する。
? 小括 以上によれば、本件発明における「前記原動機付車両停止時、前記原動機を15 停止可能な原動機停止装置」及び「ブレーキペダルの踏込み開放後も引続きホ イールシリンダにブレーキ液圧を作用可能なブレーキ液圧保持装置」との文言 は、いずれもどのような装置が本件発明の範囲に入るか否かを当業者が理解で きるように記載されているとはいえないから、本件発明は、明確性要件に違反 する。
20 (原告の主張) ? 「前記原動機付車両停止時、前記原動機を停止可能な原動機停止装置」(構 成要件B)について ア 被告は、「原動機付車両停止時」には文言上、運転者がイグニッションオ フ操作により原動機を停止させる場合も含まれるとし、原告において、「原25 動機停止装置」とは「原動機を自動で停止可能な停止装置を意味している」 と主張することについて、
「自動で」と限定できる理由が不明であるとして、
42 どのような装置が技術的範囲に入るかを当業者が理解できるように記載さ れているとはいえないから、明確性要件に違反すると主張する。
イ しかしながら、本件明細書等の記載(「本発明は、・・・車両停止時に原 動機を自動で停止可能な原動機停止装置を備え」(段落【0001】)、「本 5 発明の原動機付車両は、・・・車両停止中に原動機を自動で停止可能な原動 機停止装置を備える。」(段落【0011】))を考慮すれば、「原動機停 止装置」とは、原動機付車両の停止時に、原動機を自動で停止可能な停止装 置を意味していることを、当業者が容易に理解することができることは明ら かである。
10 ウ また、甲24ないし29のとおり、原動機付車両停止時に所定の条件が満 たされることを条件として原動機を自動で停止させることのできる原動機 停止装置は、本件特許の出願時における周知技術であった。
なお、別件特許無効審判(無効2016-800008)の審決及び審決 取消訴訟判決のいずれにおいても、「原動機を停止可能な原動機停止装置」15 という技術は、本件特許の出願前に周知の技術であることが認定されている とともに、本件発明の「原動機付車両停止時、原動機を停止可能な原動機停 止装置」は、原動機付車両の停止時に、原動機を自動で停止可能な停止装置 であることが前提とされている。
エ したがって、「前記原動機付車両停止時、前記原動機を停止可能な原動機20 停止装置」との記載が明確性要件に違反していないことは明らかである。
? 「ブレーキペダルの踏込み開放後も引続きホイールシリンダにブレーキ液圧 を作用可能なブレーキ液圧保持装置」(構成要件C)について ア 被告は、「ブレーキペダルの踏込み開放後も引続きホイールシリンダにブ レーキ液圧を作用可能なブレーキ液圧保持装置」(構成要件C)の文言につ25 いて、ブレーキペダルを踏み込む場合に特段の限定がなく、発明特定事項が 不足しており、どのような装置が技術的範囲に入るかを当業者が理解できる 43 ように記載されていないから、明確性要件に違反すると主張する。
イ しかしながら、本件明細書等の記載(「ブレーキ液圧保持装置RUは、ブ レーキペダルBPの踏込み開放後も、ホイールシリンダにブレーキ液圧を作 用させる。」(段落【0021】)、「ブレーキ液圧保持装置RUによれば、
5 発進が困難である上り坂であっても、容易に発進することができる。また、
下り坂や平坦な場所であっても、車両の発進に支障はない。」(段落【00 80】))の各記載を考慮すれば、「ブレーキ液圧保持装置」は、「原動機 付車両の発進時」に「ブレーキペダルの踏込み開放後も、ホイールシリンダ にブレーキ液圧を作用させる」ものであることを、当業者は容易に理解する10 ことができる。
また、段落【0077】には、「坂道発進後、いつまでも電磁弁SVA、
SVBがON状態(閉状態)では、ブレーキの引きずりを起こして好ましく ない。」と記載され、段落【0105】には「≪ブレーキ液圧の保持が解除 される場合≫ 一旦、ON(閉状態)になった電磁弁SVA、SVBは、図15 8(a)に示すように、T)ブレーキペダルBPの踏込み開放後、所定の遅 延時間が経過した場合、U)駆動力が強クリープ状態になった場合、V)車 速が5q/h以上になった場合、のいずれかの条件を満たすときにOFF(開 状態)になり、ブレーキ液圧の保持が解除される。」と記載されていること からすると、「ブレーキ液圧保持装置」が、ブレーキペダルの踏み込み開放20 後も引き続き所定の解除条件が満たされるまで、ホイールシリンダにブレー キ液圧を作用可能なものであることを、当業者は容易に理解できる。
ウ さらに、甲30及び乙14のとおり、「ブレーキペダルの踏込み開放後も 引続きホイールシリンダにブレーキ液圧を作用可能なブレーキ液圧保持装 置」という技術は、本件特許の出願時における周知技術であった。
25 そうすると、当業者の出願時における技術常識を基礎として、「ブレーキ ペダルの踏み込み開放後も引続きホイールシリンダにブレーキ液圧を作用 44 可能なブレーキ液圧保持装置」の記載を読めば、上り坂等で、運転者が、ブ レーキペダルの踏み込みを開放した後、アクセルペダルを踏み込み、原動機 が坂道発進するのに十分な駆動力に達するなどの所定の解除条件が満たさ れるまで、車両の後退を防止できる程度の時間、ブレーキ液圧を保持する装 5 置を意味していることを、当業者が容易に理解できることは明らかである。
エ したがって、「ブレーキペダルの踏込み開放後も引続きホイールシリンダ にブレーキ液圧を作用可能なブレーキ液圧保持装置」との記載が明確性要件 に違反していないことは明らかである。
? 小括10 以上によれば、本件発明に係る特許請求の範囲の記載は、明確性要件に違反 しない。
10 争点2-5(サポート要件違反。無効理由5)について (被告の主張) ? 本件発明の課題は、「ブレーキ液圧保持装置が故障した場合に、駆動力を大15 きな状態に維持または駆動力を大きな状態に切り換え、坂道発進時における車 両の後退を防止できる原動機付車両を提供すること」であるところ(本件明細 書等の段落【0006】)、本件発明の構成により、「この原動機付車両によ れば、ブレーキ液圧保持装置の故障検出時に原動機停止装置の作動を禁止して いるので、ブレーキペダルが踏込まれて車両が停止しても、原動機の作動を維20 持し、駆動力を大きな状態に維持する。また、原動機が自動で停止した後にブ レーキ液圧保持装置の故障が検出されても、直ちに、原動機を自動始動し、駆 動力を大きな状態にする。」というものである(段落【0009】)。
? しかしながら、本件発明に係る特許請求の範囲の記載における「アクセルペ ダルの踏込み開放時にも変速機において走行レンジが選択されている場合は、
25 原動機から駆動輪へ駆動力を伝達する」、「前記原動機付車両停止時、前記原 動機を停止可能な原動機停止装置」、「ブレーキペダルの踏込み開放後も引続 45 きホイールシリンダにブレーキ液圧を作用可能」、「前記故障検出装置によっ て前記ブレーキ液圧保持装置の故障を検出した時に前記原動機停止装置の作 動を禁止する」との限定については、以下のとおり、その意義が明確ではなく、
発明の詳細な説明における開示内容によっても、どのように上記課題を解決で 5 きるのかについて、当業者をもってしても、明確に認識することができない。
ア 「アクセルペダルの踏込み開放時にも変速機において走行レンジが選択さ れている場合は、原動機から駆動輪へ駆動力を伝達する」との限定について は、本件明細書等においては、「駆動力」について大きな場合とそうでない 場合が説明されている。しかしながら、特許請求の範囲においては何らの限10 定がないから、「駆動力」が大きくない場合も含み、「前記故障検出装置に よって前記ブレーキ液圧保持装置の故障を検出した時に前記原動機停止装 置の作動を禁止する」ことで作用が得られるとは解されない。
イ 「前記原動機付車両停止時、前記原動機を停止可能な原動機停止装置」と の限定は、運転者等の行為(エンジンスイッチをOFFにすること等)によ15 り原動機が停止するとき、あるいは、原動機に故障が生じたとき等も含み、
本件明細書等における発明の詳細な説明に記載された範囲を超えており、本 件発明の課題解決との関係もおよそ不明である。
ウ 「ブレーキペダルの踏込み開放後も引続きホイールシリンダにブレーキ液 圧を作用可能なブレーキ液圧保持装置」とは、単にブレーキペダルの踏み込20 み開放後もブレーキ液圧を保持することに限定するものではないと考えら れるが、いかなる場合に限定する趣旨であるかは明白ではなく、本件明細書 等における発明の詳細な説明にも、説明はない。
? 以上によれば、本件発明は、サポート要件に違反する。
(原告の主張)25 ? 「アクセルペダルの踏込み開放時にも変速機において走行レンジが選択され ている場合は、原動機から駆動輪へ駆動力を伝達する」(構成要件A)につい 46 て 被告は、本件明細書等には、「駆動力」の大きな場合とそうでない場合につ いての記載があるが、特許請求の範囲には限定がないから、駆動力が大きくな い場合も含むので、作用効果が得られるとは解されないと主張する。
5 しかしながら、「駆動力」は、自動変速機を備えた原動機付車両におけるク リープの駆動力を意味するところ(本件明細書等の段落【0001】、【00 03】等)、クリープの駆動力はブレーキペダルの踏み込みの有無等により大 小に変化するものであることは、本件特許の出願時における技術常識である。
そして、本件発明は、坂道においてブレーキペダルの踏み込みにより停車し、
10 クリープの駆動力が小さくなった状態において、坂道発進の際、ブレーキペダ ルの踏み込み開放時に車両が後退することを防ぐために、ブレーキ液圧保持装 置が故障した場合でも、クリープの駆動力を大きな状態に維持し又は駆動力を 大きな状態に切り換えることにより、坂道発進時における車両の後退を防止で きるようにするという作用効果を奏するものである(本件明細書等の段落【015 005】、【0006】、【0009】)。
このように、本件発明の作用効果は、そもそも「駆動力」が大きな場合とそ うでない場合が存在することを当然の前提として得られるものであることは、
本件明細書等及び技術常識から明らかである。
? 「前記原動機付車両停止時、前記原動機を停止可能な原動機停止装置」(構20 成要件B)について 被告は、「前記原動機付車両停止時、前記原動機を停止可能な原動機停止装 置」とは、運転者のエンジンスイッチをOFFにする行為により原動機が停止 するときや、原動機の故障により原動機が停止するときも含むから、本件明細 書等の詳細な説明に記載された範囲を超えると主張する。
25 しかしながら、「原動機付停止装置」が「原動機付車両の停止時に、原動機 を自動で停止可能な停止措置」を意味していることを、当業者が容易に理解で 47 きることは、前記9(原告の主張)?のとおりである。
そうすると、本件発明の構成要件Bは、本件明細書等の発明の詳細な説明に 記載された範囲に含まれるから、被告の主張は誤りである。
? 「ブレーキペダルの踏込み開放後も引続きホイールシリンダにブレーキ液圧 5 を作用可能なブレーキ液圧保持装置」(構成要件C)について 被告は、「ブレーキペダルの踏込み開放後も引続きホイールシリンダにブレ ーキ液圧を作用可能なブレーキ液圧保持装置」について、単にブレーキペダル の踏み込み開放後もブレーキ液圧を保持することに限定するものではないと 考えられるが、いかなる場合に限定するのか明白でなく、本件明細書等の発明10 の詳細な説明にも、説明がないと主張する。
しかしながら、「ブレーキペダルの踏込み開放後も引続きホイールシリンダ にブレーキ液圧を作用可能なブレーキ液圧保持装置」が、原動機付車両の発進 時、ブレーキペダルの踏み込み開放後も引続き所定の解除条件が満たされるま で、ホイールシリンダにブレーキ液圧を作用可能なブレーキ液圧保持装置を意15 味していることを、当業者が容易に理解できることは、前記9(原告の主張) ?のとおりである。
そうすると、本件発明の構成要件Cは、本件明細書等の詳細な説明に記載さ れた範囲に含まれるから、被告の主張は誤りである。
? 以上によれば、本件発明は、本件明細書等の詳細な説明に記載された発明で20 あるから、サポート要件に適合している。
11 争点3(訂正の対抗主張の当否)について (原告の主張) ? 本件特許の請求項3の訂正 ア 本件特許の請求項3は、以下のとおり訂正することができる(訂正部分は25 下線を付した部分である。)。
「アクセルペダルの踏込み開放時にも変速機において走行レンジが選択 48 されている場合は、原動機から駆動輪へ駆動力を伝達する原動機付車両であ って、前記原動機付車両停止時、所定の原動機自動停止条件が満たされてい る場合、前記原動機を自動で停止可能な原動機停止装置と、前記原動機付車 両発進時、ブレーキペダルの踏込み開放後も引続き所定の解除条件が満たさ 5 れるまで、ホイールシリンダにブレーキ液圧を作用可能なブレーキ液圧保持 装置と、を備える原動機付車両において、前記ブレーキ液圧保持装置の故障 を検出する故障検出装置を備え、前記故障検出装置によって前記ブレーキ液 圧保持装置の故障を検出した時に前記原動機停止装置の作動を禁止するこ とを特徴とする原動機付車両」10 イ 上記を構成要件に分説すると、以下のとおりである(以下、構成要件B’ の訂正事項を「訂正事項1」といい、構成要件C’の訂正事項を「訂正事項 2」という。)。
A アクセルペダルの踏込み開放時にも変速機において走行レンジが選択 されている場合は、原動機から駆動輪へ駆動力を伝達する原動機付車両で15 あって、
B’前記原動機付車両停止時、所定の原動機自動停止条件が満たされている 場合、前記原動機を自動で停止可能な原動機停止装置と、
C’前記原動機付車両発進時、ブレーキペダルの踏込み開放後も引続き所定 の解除条件が満たされるまで、ホイールシリンダにブレーキ液圧を作用可20 能なブレーキ液圧保持装置と、を備える原動機付車両において、
D 前記ブレーキ液圧保持装置の故障を検出する故障検出装置を備え、
E 前記故障検出装置によって前記ブレーキ液圧保持装置の故障を検出し た時に前記原動機停止装置の作動を禁止する F ことを特徴とする原動機付車両25 ? 訂正が適法に認められること ア 訂正事項1について 49 訂正事項1は、「所定の目的の原動機自動停止条件が満たされている場 合」に「自動で」原動機を停止可能であるという発明特定事項を直列的に 付加するものであるから、「特許請求の範囲減縮」を訂正の目的とする ものに該当し、特許法126条1項1号の要件を充足する。
5 訂正事項1は、実質上特許請求の範囲拡張し、又は変更するものでは ないから、特許法126条6項の要件を充足する。
訂正事項1は、本件特許明細書等から当業者にとって自明な事項の範囲 内の訂正であるから、特許法126条5項の要件を充足する。
したがって、訂正事項1は、訂正要件を満たしている。
10 イ 訂正事項2について 訂正事項2は、ブレーキペダルの踏み込み開放後も引き続きホイールシ リンダにブレーキ液圧を作用可能とする時期を「車両発進時」に限定する とともに、「ブレーキペダルの踏込み開放後も引続き」「ブレーキ液圧を 作用可能」とする状態が続くのは「所定の解除条件が満たされるまで」で15 あることを限定するものであるから、「特許請求の範囲減縮」を訂正の 目的とするものに該当し、特許法126条1項1号の要件を充足する。
訂正事項2は、実質上特許請求の範囲拡張し、又は変更するものでは ないから、特許法126条6項の要件を充足する。
訂正事項2は、本件特許明細書等から当業者にとって自明な事項の範囲20 内の訂正であるから、特許法126条5項の要件を充足する。
したがって、訂正事項2は、訂正要件を満たしている。
? 訂正後の本件発明は、独立して特許を受けることができること 訂正後の本件発明は、前記?のとおりであり、無効理由4(明確性要件違反) 及び無効理由5(サポート要件違反)が成立しないことは明白である。
25 ? 被告各製品は訂正後の本件発明の技術的に属すること 被告各製品は、いずれも構成要件B’及びC’を充足する。
50 (被告の主張) ? 訂正要件を充足しないこと 訂正事項1及び2は、いずれも特許請求の範囲変更又は拡張し得るから、
訂正の目的」及び「実質上特許請求の範囲拡張し又は変更する訂正ではな 5 いこと」の各要件に反するほか、願書に添付した明細書等に記載した事項の範 囲内であるとの要件を満たさないから、訂正要件を満たしていない。
? 訂正後も無効理由が存在すること ア 無効理由4(明確性要件違反)について 構成要件B’について10 訂正事項1により、「自動で」との記載が追加されたとしても、いかな る構成が特定されているのか、当業者であっても理解することはできない。
また、本件明細書等の段落【0092】から【0104】に記載の僅か一 つの具体的構成から、
「所定の原動機自動停止条件が満たされている場合」 がいかなる条件を特定しているのか理解することは困難である。
15 したがって、構成要件B’は、明確性要件に違反する。
構成要件C’について 原動機付車両が発進するためには、アクセルペダルを踏む必要があるか ら、ブレーキペダルの踏み込みを開放する時点は、原動機付車両が発進す る時点より前であることは明らかである。そうすると、「前記原動機付車20 両発進時」という特定が、「ブレーキペダルの踏込み開放後も引続き」と の記載の関係でいかなる発明を特定するのか、理解することができない。
また、「所定の解除条件」がいかなる条件を意味するのか理解することが できない。
したがって、構成要件C’は、明確性要件に違反する。
25 イ 無効理由5(サポート要件違反)について 構成要件B’について 51 「所定の原動機付自動停止条件が満たされている場合」について、具体 的な条件が何ら特定されていない以上、種々の条件を包含し得るものであ るところ、発明が解決すべき課題を解決することができない場合が含まれ ることになる。
5 したがって、訂正後の本件発明は、サポート要件に違反する。
構成要件C’について 訂正事項2により、「所定の解除条件が満たされるまで」との記載が追 加されたものの、このような抽象的な特定では、具体的な条件が何ら特定 さていない以上、種々の条件を包含し得るものである。
10 したがって、訂正後の本件発明は、サポート要件に違反する。
? 被告各製品は訂正後の本件発明の技術的に属さないこと 被告各製品は、いずれも構成要件B’及びC’を充足しない。
? 小括 以上によれば、原告による訂正の対抗主張は、理由がない。
15 12 争点4(損害額等)について (原告の主張) ? 不法行為について 被告は、被告各製品を製造販売しているところ、平成21年5月から平成3 0年12月25日までの合計販売台数は、126万台を下らない。
20 また、被告各製品における本件発明の実施により被告が受けた利益は、被告 各製品1台当たり、4500円を下らない。
そうすると、原告は、特許法102条2項に基づき、本件特許権の侵害によ る不法行為に基づく損害賠償請求として、少なくとも、56億7000万円(= 4500(円)×126万(台))を請求することができる。
25 そして、少なくとも、上記の1割の5億6700万円は、弁護士費用及び弁 理士費用として、被告の行為と相当因果関係を有する損害に当たるというべき 52 である。
? 不当利得について 上記?によれば、被告は、本件特許権の侵害により、少なくとも、56億7 000万円を利得した。
5 また、原告は、被告に対し、平成30年11月6日、被告各製品が本件特許 権を侵害する疑いがある旨を通知し、本件特許権侵害に関する被告の見解を同 年12月13日までに示すように申し入れた(甲20)。
そうすると、被告は、遅くとも回答期限として指定された同日までには、被 告各製品が本件発明の技術的範囲に属していることを認識したことが推認さ10 れる。したがって、被告は、同日以降、本件特許権を侵害して被告各製品を製 造販売して利得していることにつき悪意又は重過失となった。
? 小括 以上によれば、原告は、主位的には、不法行為に基づく損害賠償請求として、
62億3700万円(特許法102条2項による損害金56億7000万円並15 びに弁護士費用及び弁理士費用の合計金)及びこれに対する訴状送達の日の翌 日である令和3年11月11日から支払済みまで民法所定の年3分の割合に よる遅延損害金の支払を、予備的には不当利得に基づく利得金返還請求として、
56億7000万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である令和3年1 1月11日から支払済みまで平成29年法律第44号による改正前の民法所20 定の年5分の割合による利息の支払を求める。
(被告の主張) 争う。
13 争点4(消滅時効の成否)について (被告の主張)25 ? 被告各製品の構成は、市場に出された段階で明確になっており、その販売が されれば、被告各製品の仕様を確認し、特許権侵害に対する損害賠償請求をす 53 ることが可能である。そうすると、原告は、被告が被告各製品を販売した時点 で、「損害及び加害者を知った」のであり、同時点より、不法行為に基づく損 害賠償請求権の時効は進行する。
そして、本件訴訟が提起されたのは、令和3年10月29日であるから、平 5 成30年10月28日までに販売された被告各製品については、原告が「損害 及び加害者を知った時」より3年を経過した。
? 被告が被告各製品を製造した時点で、原告は、不当利得返還請求権について 「権利を行使することができる」から、同時点より、不当利得返還請求権の時 効は進行する。
10 そして、本件訴訟が提起されたのは、令和3年10月29日であるから、平 成23年10月28日までに製造された被告各製品については、原告が「権利 を行使することができる」時より10年を経過した。
なお、原告は、最判平成10年12月17日を引用して、不法行為に基づく 損害賠償を求める本件訴訟の提起により、本件訴訟の提起時から不当利得返還15 請求権につき催告が継続していると主張する。しかしながら、上記事案は、当 初の不法行為に基づく損害賠償請求に係る訴えを取り下げ、交換的に不当利得 返還請求に変更した事案において、それまでの当事者の主張内容を検討して判 断されたものであり、「被告が特許権侵害不法行為に基づく損害賠償請求権 につき事項を援用」するまでは、不当利得を求める権利行使をしないことが書20 面に明確に記載されていたなど、本件と上記事案は事実関係を異にするから、
上記事案は、本件には当てはまらないというべきである。そうすると、本件で は、原告が不当利得返還請求を予備的請求として追加した令和3年12月28 日付の準備書面の提出時に初めて「裁判上の請求」がなされたものとして、消 滅時効が中断すると解すべきである。
25 ? 以上によれば、不法行為に基づく損害賠償請求権については、平成30年1 0月28日までに販売された被告各製品について、不当利得返還請求権につい 54 ては、平成23年10月28日までに製造された被告各製品について、それぞ れ消滅時効が完成しているから、被告はこれを援用する。
(原告の主張) ? 不法行為に基づく損害賠償請求権に係る消滅時効の起算点は、加害者に対す 5 る損害賠償請求が事実上可能な状況の下に、その可能な程度にこれを知った時 を意味するものと解するのが相当であり、違法行為による損害の発生及び加害 者を現実に了知したことを要すると解される。そして、物の製造販売による特 許権侵害不法行為に基づく損害賠償請求においては、被害者である特許権者 が、加害者による当該物の製造販売の事実及びそれによる損害発生の事実を認10 識したことに加え、当該物が当該特許権に係る特許発明技術的範囲に属する ことを認識したことも必要と解される。そうすると、単に被告が被告各製品を 販売した事実を原告が認識しただけでは、「損害及び加害者を知った」場合に は当たらない。
しかるに、被告は、被告各製品が本件発明の技術的範囲に属することを原告15 が認識した時点の主張立証をしていない。
? 不当利得返還請求権に係る消滅時効の起算点は、請求権者が「不当利得の発 生と不当利得者を知った」時と解すべきである。そうすると、本件においては、
原告において、被告による被告各製品の無許諾での製造販売の事実及び不当利 得発生の事実を認識したことに加え、被告各製品が本件発明の技術的範囲に属20 することを認識したことも必要であるというべきである。そうすると、単に被 告が被告各製品を製造した事実を原告が認識しただけでは、「権利を行使でき る」場合には当たらない。また、被告各製品の製造は、被告内部での出来事で あって、原告において、被告各製品が製造された時点を知りようがない。
しかるに、被告は、被告各製品が本件発明の技術的範囲に属することを原告25 が認識した時点の主張立証をしていない。
なお、本件の不当利得返還請求は、不法行為に基づく損害賠償請求とその基 55 本的な請求原因事実を同じくする請求であり、また、被告が本来支払うべき本 件発明の実施対価対価を請求する点において、前記損害賠償請求と経済的 に同一の給付を目的とする関係にある。このような場合は、損害賠償を求める 訴えの提起により、本件訴訟の係属中は、不当利得返還を求める権利行使の意 5 思決定が継続的に表示されているものというべきであり、本件訴訟の提起の時 から不当利得返還請求権につき催告が継続しているものといえる(最判平成1 0年12月17日)。これに対し、被告は、本件と上記事案についての相違点 があるなどと指摘するが、そのような相違点によって、異なる解釈が導き出さ れるのかについて、何ら積極的な理由を述べていない。
10 ? 以上によれば、消滅時効に係る被告の主張は、いずれも理由がない。
当裁判所の判断
当裁判所は、本件発明は、進歩性を欠くものとして無効であると判断するもの であり(争点2-1-2)、その余の争点について判断するまでもなく、原告の 請求はいずれも理由がないものと判断する。以下、進歩性については、争点2-15 1-2(後記7)を先に判断することとし、構成要件充足性については、当事者 双方の主張立証の経緯及び内容を踏まえ、次のとおり、念のため必要な限度で判 断の理由を示すこととする。なお、原告は、予備的に訂正の再抗弁を主張するも のの、弁論の全趣旨によれば、現実に訂正請求をするものではなくその予定もな いというのであるから、その要件を欠くものであり、後記7において説示すると20 ころによれば、上記進歩性に係る判断を左右しないことは明らかである。
1 本件発明の内容 ? 本件明細書等には、次のとおりの記載があることが認められる(甲2)。
ア 発明の属する技術分野 「本発明は、自動変速機を備えるとともに、原動機がアイドリング状態で25 かつ所定の低車速以下においてブレーキペダルの踏込み時にはブレーキペ ダルの踏込み開放時に比べてクリープの駆動力を低減する駆動力低減装置 56 または/および車両停止時に原動機を自動で停止可能な原動機停止装置を 備え、さらにブレーキペダルの踏込み開放時にも引続きホイールシリンダの ブレーキ液圧を作用可能なブレーキ液圧保持装置を備える原動機付車両に 関するものである。」(段落【0001】) 5 イ 従来の技術 「ブレーキペダルの踏込み開放時にもホイールシリンダのブレーキ液圧を 保持可能な手段としてブレーキ液圧保持装置(トラクションコントロールシ ステムも含む)を備える原動機付車両が従来から知られている。 (段落 」 【0 002】)10 「例えば、特開平9-202159号公報には発進クラッチを備えた車両 におけるブレーキ力制御装置が開示されている。この車両は、走行レンジで の極低車速時に発進クラッチの係合状態を制御し、アイドリング状態におけ るクリープの駆動力をブレーキペダルの踏込み時にはブレーキペダルの踏 込み開放時に比べて低減することによって、燃費の悪化などを防止している。
15 そして、ブレーキ力制御装置によって、ブレーキペダルの踏込みが開放され た時にクリープの駆動力が小さな状態から大きな状態に切り換わったこと を検出するまでブレーキ力を保持し、前記駆動力が大きくなるまでのタイム ラグに起因する坂道発進時における車両の後退を防止している。なお、クリ ープは、自動変速機を備える車両のシフトレバーでDレンジまたはRレンジ20 などの走行レンジが選択されている時に、アクセルペダルを踏込まなくても (原動機がアイドリング状態) 車両が這うようにゆっくり動くことである。
、 」 (段落【0003】) ウ 発明が解決しようとする課題 「前記特開平9-202159号公報に開示されているブレーキ力制御25 装置が故障した場合、ブレーキペダルの踏込みを開放した時に駆動力が大き な状態に切り換わるまでブレーキ力を保持することができない。その結果、
57 坂道発進の際、ブレーキペダルの踏込みを開放した時に、車両が後退する。」 (段落【0004】) 「また、燃費の悪化をさらに防止するために、ブレーキペダルの踏込み時 に駆動力を低減させるとともに、車両停止時に原動機を自動で停止させる車 5 両では、ブレーキペダルの踏込み開放により原動機を自動で始動するととも に、駆動力を大きな状態にする。さらに、駆動力の低減は行わないが、車両 停止時に原動機を自動で停止させる車両では、ブレーキペダルの踏込み開放 により原動機を自動で始動する。この2つのいずれかの構成を有する原動機 付車両にブレーキ液圧保持装置を備えている場合も、ブレーキ液圧保持装置10 の故障によって、ブレーキペダルの踏込みを開放した時に駆動力が大きな状 態に切り換わるまでブレーキ力を保持することができない。その結果、坂道 発進の際、ブレーキペダルの踏込みを開放した時に、車両が後退する。 (段 」 落【0005】) 「そこで、本発明の課題は、ブレーキ液圧保持装置が故障した場合に、駆15 動力を大きな状態に維持または駆動力を大きな状態に切り換え、坂道発進時 における車両の後退を防止できる原動機付車両を提供することである。(段 」 落【0006】) エ 発明の実施の形態 「さらに、CVT3には、駆動輪8,8が装着された駆動軸7が取り付け20 られる。駆動輪8,8には、ホイールシリンダWC(図2参照)などを備え るディスクブレーキ9,9が装備されている。ディスクブレーキ9,9のホ イールシリンダWCには、ブレーキ液圧保持装置RUを介してマスターシリ ンダMCが接続される。マスターシリンダMCには、マスターパワMPを介 してブレーキペダルBPからの踏込みが伝達される。ブレーキペダルBPは、
25 ブレーキスイッチBSWによって、ブレーキペダルBPが踏込まれているか 否かが検出される。また、ブレーキスイッチBSWは、ブレーキペダルBP 58 にドライバが足を置いているか否かを検出することをもって、ブレーキペダ ルBPの踏込みの有無を検出するものでもよい。」(段落【0013】) 「エンジン1は、熱エネルギーを利用する内燃機関であり、CVT3およ び駆動軸7などを介して駆動輪8,8を駆動する。なお、エンジン1は、燃 5 費悪化の防止などのために、車両停止時に自動で停止させる場合がある。そ のために、車両は、エンジン自動停止条件を満たした時にエンジン1を停止 させる原動機停止装置を備える。」(段落【0014】) 「CVT3は、ドライブプーリとドリブンプーリとの間に無端ベルトを巻 掛け、各プーリ幅を変化させて無端ベルトの巻掛け半径を変化させることに10 よって、変速比を無段階に変化させる。そして、CVT3は、出力軸に発進 クラッチを連結し、この発進クラッチを係合して、無端ベルトで変速された エンジン1などの出力を発進クラッチの出力側のギアを介して駆動軸7に 伝達する。なお、このCVT3を備える車両は、クリープ走行が可能である とともに、このクリープの駆動力を低減する駆動力低減装置を備える。クリ15 ープの駆動力は、発進クラッチの係合力によって調整され、駆動力が大きい 状態と駆動力が小さい状態の2つの大きさを有する。この駆動力の大きい状 態は、傾斜5°に釣り合う駆動力を有する状態であり、本実施の形態では強ク リープと呼ぶ。他方、駆動力の小さい状態は、殆ど駆動力がない状態であり、
実施の形態では弱クリープと呼ぶ。強クリープでは、アクセルペダルの踏20 込みが開放された時(すなわち、アイドリング状態時)で、かつポジション スイッチPSWで走行レンジ(Dレンジ、LレンジまたはRレンジ)が選択 されている時に、ブレーキペダルBPの踏込みを開放すると車両が這うよう にゆっくり進む。弱クリープでは、所定の低車速以下の時でかつブレーキペ ダルBPが踏込まれた時で、車両は停止か微低速である。なお、ポジション25 スイッチPSWのレンジ位置は、シフトレバーで選択する。ポジションスイ ッチPSWのレンジは、駐停車時に使用するPレンジ、ニュートラルである 59 Nレンジ、バック走行時に使用するRレンジ、通常走行時に使用するDレン ジおよび急加速や強いエンジンブレーキを必要とする時に使用するLレン ジがある。また、走行レンジとは、車両が走行可能なレンジ位置であり、こ の車両ではDレンジ、LレンジおよびRレンジの3つのレンジである。さら 5 に、ポジションスイッチPSWでDレンジが選択されている時には、モード スイッチMSWで、通常走行モードであるDモードとスポーツ走行モードで あるSモードを選択できる。」(段落【0016】) 「ディスクブレーキ9,9は、駆動輪8,8と一体となって回転するディ スクロータを、ホイールシリンダWC(図2参照)を駆動源とするブレーキ10 パッドで挟み付け、その摩擦力で制動力を得る。ホイールシリンダWCには、
ブレーキ液圧保持装置RUを介してマスターシリンダMCのブレーキ液圧 が供給される。」(段落【0020】) 「この車両に備わる駆動力低減装置は、CVT3およびCVTECU6な どで構成される。駆動力低減装置は、ブレーキペダルBPが踏込まれている15 時かつ車速が5km/h以下の時(所定の低車速以下の時)に、クリープの 駆動力を低減し、強クリープ状態から弱クリープ状態にする。駆動力低減装 置は、CVTECU6で、ブレーキペダルBPが踏込まれているかをブレー キスイッチBSWの信号から判断するとともに、車速が5km/h以下であ るかをCVT3の車速パルスから判断する。そして、ブレーキペダルBPが20 踏込まれかつ車速が5km/h以下であることを判断すると、CVTECU 6からCVT3に発進クラッチの係合力を弱める命令を送信し、クリープの 駆動力を低減する。さらに、CVTECU6では前記2つの基本条件に追加 して、ブレーキ液温が所定値以上、ブレーキ液圧保持装置RUが正常(ブレ ーキ液圧保持装置RUの電磁弁SVA,SVB(図2参照)の駆動回路が正25 常も含む)およびポジションスイッチPSWのレンジがDレンジであること も判断し、5つの条件を満たしたときに、駆動力を低減させている。車両は、
60 この駆動力低減装置による駆動力の低減によって、燃費の悪化を防止する。
なお、弱クリープ状態およびエンジン1停止の時には、CVTECU6で、
強クリープになるため条件を判断する。そして、強クリープの条件が満たさ れると、CVTECU6からCVT3に発進クラッチの係合力を強める命令 5 を送信し、クリープの駆動力を大きくする。また、故障検出装置DUでブレ ーキ液圧保持装置RUの故障が検出されると、駆動力低減装置の作動は、禁 止される。」(段落【0023】) 「ホイールシリンダWCは、車輪ごとに設けられ、マスターシリンダMC により発生しブレーキ液配管FPを通してホイールシリンダWCに伝達さ10 れたブレーキ液圧を、車輪を制動するための機械的な力(ブレーキ力)に変 換する役割を果す。ホイールシリンダWCの本体には、ピストン(図示せず) が挿入されており、このピストンがブレーキ液圧に押されて、ディスクブレ ーキの場合はブレーキパッドを、またはドラムブレーキの場合はブレーキシ ュウを作動させて車輪を制動するブレーキ力を作り出す。なお、前記以外に15 前輪のホイールシリンダWCのブレーキ液圧と後輪のホイールシリンダW Cのブレーキ液圧を制御するブレーキ液圧制御バルブなどが、必要に応じて 設けられる。」(段落【0046】) 「《ブレーキ液圧が保持される場合》次に、ブレーキ液圧保持装置RUに よりブレーキ液圧が保持される場合を説明する。ブレーキ液圧が保持される20 のは、図7(a)に示すように、 ) I 車両の駆動力が弱クリープ状態になり、
かつ、 車速が0km/hになった場合である。
II) この条件を満たすときに、
2つの電磁弁SVA,SVBがともにONして、閉状態になり、ホイールシ リンダWCにブレーキ液圧が保持される。なお、駆動力が弱クリープ状態(F _WCRON=1)になるのは、弱クリープ指令(F_WCRP=1)が発25 せられた後である。この強クリープ状態から弱クリープ状態への駆動力の低 減は、駆動力低減装置によって行う。」(段落【0082】) 61 「〔I .弱クリープ指令が発せられる条件〕弱クリープ指令(F_WCR P)は、図7(a)に示すように、1)ブレーキ液圧保持装置RUが正常であ ること、2)ブレーキ液温所定値以上であること(F_BKTO)、3)ブレー キペダルBPが踏込まれてブレーキスイッチBSWがONになっているこ 5 と(F_BKSW) 4)車速が5km/h以下になっていること 、 (F_VS)、
5)ポジションスイッチPSWがDレンジであること(F_POSD)、の各 条件がすべて満たされた場合に発せられる。この各条件は、駆動力低減装置 で判断される。なお、駆動力を弱クリープ状態にするのは、前記したように ドライバにブレーキペダルBPを強く踏込ませるためという理由に加えて、
10 燃費を向上させるためという理由もある。」(段落【0085】) 「1) ブレーキ液圧保持装置RUが正常でない場合に弱クリープ指令が発 せられないのは、例えば、電磁弁SVA,SVBがON(閉状態)にならな いなどの異常がある場合に弱クリープ指令が発せられて弱クリープ状態に なると、ホイールシリンダWCにブレーキ液圧が保持されないために、坂道15 発進時に、ドライバがブレーキペダルBPの踏込みを解除すると、一気にブ レーキ力がなくなり車両が坂道を後退してしまうからである。この場合、強 クリープ状態を保つことで、坂道での後退を防止して坂道発進(登坂発進) を容易にする。」(段落【0086】) 「5) ポジションスイッチPSWがDレンジなどである場合と異なり、ポ20 ジションスイッチPSWがRレンジまたはLレンジでは、弱クリープ指令は 発せられない。強クリープ走行による車庫入れなどを容易にするためであ る。」(段落【0090】) 「〔II.エンジンの自動停止条件〕燃費をさらに向上させるため、車両の 停止時に、エンジン1が自動停止されるが、この条件について説明する。以25 下の各条件がすべて満たされた場合に、エンジン停止指令(F_ENGOF F)が発せられ、エンジン1が自動的に停止する(図7(b)参照)。この 62 エンジン1の自動停止は、原動機停止装置が行う。したがって、以下のエン ジン自動停止条件は、原動機停止装置で判断される。」(段落【0092】) 「1) ポジションスイッチPWSがDレンジであり、かつモードスイッチ MSWがDモード(以下この状態を「DレンジDモード」という)であるこ 5 と; DレンジDモード以外では、イグニッションスイッチを切らない限り エンジン1は停止しない。例えば、ポジションスイッチPSWがPレンジや Nレンジの場合に、エンジン1を自動的に停止させる指令が発せられてエン ジン1が停止すると、ドライバは、イグニッションスイッチが切られたもの と思い込んで車両を離れてしまうことがあるからである。なお、ポジション10 スイッチPSWがDレンジであり、かつモードスイッチMSWがSモード (以下この状態を「DレンジSモード」という)の場合は、エンジン1の自 動停止を行なわない。ドライバは、DレンジSモードでは、素早い車両の発 進などが行えることを期待しているからである。また、ポジションスイッチ PSWがLレンジ、Rレンジの場合に、エンジン1の自動停止が行なわれな15 いのは、車庫入れなどの際に頻繁にエンジン1が自動停止したのでは、煩わ しいからである。」(段落【0093】) 「2) ブレーキペダルBPが踏込まれてブレーキスイッチBSWがONの 状態であること; ドライバに注意を促すためである。ブレーキスイッチB SWがONの場合、ドライバは、ブレーキペダルBPに足を置いた状態にあ20 る。したがって、仮に、エンジン1の自動停止により駆動力がなくなって車 両が坂道を後退し始めても、ドライバは、ブレーキペダルBPの踏増しを容 易に行い得るからである。」(段落【0094】) 「3) エンジン1始動後、一旦車速が5km/h以上に達すること; クリ ープ走行での車庫出し車庫入れを容易にするためである。車両を車庫から出25 し入れする際の切り替えし操作などで、停止するたびにエンジン1が自動停 止したのでは、煩わしいからである。」(段落【0095】) 63 「4) 車速0km/hであること; 停止していれば駆動力は必要がないか らである。
5)バッテリ容量が所定値以上であること; エンジン1停止後、モータ2で エンジン1を再始動することができないという事態を防止するためである。
5 6)電気負荷所定値以下であること; 負荷への電気の供給を確保するためで ある。」(段落【0096】) 「7) マスターパワMPの定圧室の負圧が所定値以上であること; 定圧室 の負圧が小さい状態でエンジン1を停止すると、定圧室の負圧はエンジン1 の吸気管より導入しているため、定圧室の負圧はさらに小さくなり、ブレー10 キペダルBPを踏込んだ場合の踏込み力の増幅が小さくなりブレーキの効 きが低下してしまうからである。」(段落【0097】) 「8) アクセルペダルが踏まれていないこと; ドライバは、駆動力の増強 を望んでおらず、エンジン1を停止しても支障がないからである。」(段落 【0098】)15 「9) CVT3が弱クリープ状態であること; ドライバに強くブレーキペ ダルBPを踏込ませて、エンジン1停止後も車両が後退するのを防ぐためで ある。すなわち、エンジン1が始動している場合、坂道での後退は、ブレー キ力とクリープ力の合計で防止される。このため、強クリープ状態では、ド ライバがブレーキペダルBPの踏込みを加減して、強く踏込まないで弱くし20 か踏込んでいない場合がある。」(段落【0099】) 「10) CVT3のレシオがローであること; CVT3のレシオ(プーリ 比)がローでない場合は円滑な発進ができない場合があるため、エンジン1 の自動停止は行わない。したがって、円滑な発進のため、CVT3のレシオ がローである場合には、エンジン1の自動停止を行う。(段落 」 【0100】)25 「11) エンジン1の水温が所定値以上であること; エンジン1の自動停 止・自動始動は、エンジン1が安定している状態で実施するのが好ましいか 64 らである。水温が低いと、寒冷地では、エンジン1が再始動しない場合があ るからである。」(段落【0101】) 「12) CVT3の油温が所定値以上であること; CVT3の油温が低い 場合は、発進クラッチの実際の油圧の立ち上りに後れを生じ、エンジン1の 5 始動から強クリープ状態になるまでに時間がかかり、坂道で車両が後退する 場合があるため、エンジン1の停止を禁止する。」(段落【0102】) 「13) ブレーキ液の温度が所定値以上であること; ブレーキ液の温度が 低い場合は、絞りDでの流体抵抗が大きくなり、不要なブレーキの引きずり が生じるからである。このため、ブレーキ液圧保持装置RUは作動させない。
10 したがって、エンジン1の自動停止および弱クリープ状態を禁止して、強ク リープによって、坂道での後退を防止する。なお、ブレーキ液圧回路内RU に絞りDを設けない構成のブレーキ液圧保持装置RUの場合、例えば、弁の 開度を変化させることができる比例電磁弁LSVを用いる構成のブレーキ 液圧保持装置RUの場合は、ブレーキ液の温度管理の重要性はさほど高くな15 い。また、ブレーキペダルPB自体の戻りを遅くする構成のブレーキ液圧保 持装置RUの場合も、ブレーキ液の温度管理はさほど重要ではない。したが って、ブレーキ液温がある程度低い場合でも、エンジン自動停止指令を発す ることができる。」(段落【0103】) 「14) ブレーキ液圧保持装置RUが正常であること; ブレーキ液圧保持20 装置RUに異常がある場合は、ブレーキ液圧を保持することができないこと があるので、強クリープ状態を継続させて、坂道で車両が後退しないように する。したがって、ブレーキ液圧保持装置RUに異常がある場合は、エンジ ン1の自動停止を行わない。他方、ブレーキ液圧保持装置RUが正常である 場合は、エンジン1の自動停止を行っても支障がない。(段落 」 【0104】)25 「《ブレーキ液圧の保持が解除される場合》一旦、ON(閉状態)になっ た電磁弁SVA,SVBは、図8(a)に示すように、I )ブレーキペダル 65 BPの踏込み開放後、所定の遅延時間が経過した場合、II)駆動力が強クリ ープ状態になった場合、III )車速が5km/h以上になった場合、のいず れかの条件を満たすときにOFF(開状態)になり、ブレーキ液圧の保持が 解除される。」(段落【0105】) 5 「〔エンジンの自動始動条件〕エンジン1の自動停止後、エンジン1は以 下の場合に自動的に始動されるが、この条件を説明する(図8(b)参照)。
以下の条件のいずれかを満たす場合に、エンジン1が自動的に始動する。」 (段落【0109】) 「1) DレンジDモードであり、かつブレーキペダルBPの踏込みが開放10 されたこと; ドライバの発進操作が開始されたと判断されるため、エンジ ン1は自動始動する。」(段落【0110】) 「2) DレンジSモードに切替えられた場合; DレンジDモードでエンジ ン1が自動停止した後、DレンジSモードに切替えると、エンジン1は自動 始動する。ドライバはDレンジSモードでは素早い発進を期待するからであ15 り、ブレーキペダルBPの踏込みの開放を待つことなく、エンジン1を自動 始動する。」(段落【0111】) 「3) アクセルペダルが踏込まれた場合; ドライバは、エンジン1による 駆動力を期待しているからである。」(段落【0112】) 「4) Pレンジ、Nレンジ、Lレンジ、Rレンジに切替えられた場合; D20 レンジDモードでエンジン1が自動停止した後、Pレンジなどに切替えると、
エンジン1は自動始動する。PレンジまたはNレンジに切替えた場合に、エ ンジン1が自動始動しないと、ドライバはイグニッションスイッチを切った ものと思ったり、イグニッションスイッチを切る必要がないものと思って、
そのまま車両から離れてしまうことがあり、フェイルアンドセーフの観点か25 ら好ましくないからである。このような事態を防止するため、エンジン1を 再始動する。また、Lレンジ、Rレンジに切替えられた時にエンジン1を自 66 動始動するのは、ドライバに発進の意図があると判断されるからである。」 (段落【0113】) 「5) バッテリ容量が所定値以下になった場合; バッテリ容量が所定値以 上でなければエンジン1の自動停止はなされないが、一旦、エンジン1が自 5 動停止された後でも、バッテリ容量が低減する場合がある。この場合は、バ ッテリに充電することを目的としてエンジン1が自動始動される。なお、所 定の値は、これ以上バッテリ容量が低減するとエンジン1を自動始動するこ とができなくなるという限界のバッテリ容量よりも高い値に設定される。」 (段落【0114】)10 「6) 電気負荷が所定値以上になった場合; 例えば、照明などの電気負荷 が稼動していると、バッテリ容量が急速に低減してしまい、エンジン1を再 始動することができなくなってしまうからである。したがって、バッテリ容 量にかかわらず電気負荷が所定値以上である場合は、エンジン1を自動始動 する。」(段落【0115】)15 「7) マスターパワMPの負圧が所定値以下になった場合; マスターパワ MPの負圧が小さくなるとブレーキの制動力が低下するため、これを確保す るためにエンジン1を再始動する。」(段落【0116】) 「8) ブレーキ液圧保持装置RUが故障している場合; 電磁弁SVA,S VBや電磁弁の駆動回路などが故障している場合は、エンジン1を始動して20 強クリープ状態を作り出す。エンジン1自動停止後、電磁弁の駆動回路を含 むブレーキ液圧保持装置RUに故障が検出された場合は、発進時、ブレーキ ペダルBPの踏込みが開放された際に、ブレーキ液圧を保持することができ ない場合があるので、強クリープ状態にすべく、故障が検出された時点でエ ンジン1を自動始動する。すなわち、強クリープ状態で車両が後退するのを25 防止し、坂道発進を容易にする。なお、ブレーキ液圧保持装置RUの故障検 出は、故障検出装置DUで行う。」(段落【0117】) 67 「〔故障検出装置〕CVTECU6内の故障検出装置DUは、ブレーキ液 圧保持装置RUの電磁弁SVA,SVBを駆動(ON/OFF)するととも に、ブレーキ液圧保持装置RUが正常に作動しているか否かを検出する。な お、ブレーキ液圧保持装置RUが正常に作動しているか否かの検出は、ブレ 5 ーキ液圧保持装置RUの電磁弁SVA,SVBの駆動回路が正常か否かも含 む。この電磁弁SVA,SVBの駆動回路は、故障検出装置DUに含まれる。
そして、故障検出装置DUがブレーキ液圧保持装置RUの故障を検出すると、
CVTECU6は、弱クリープ状態なら強クリープ状態とするとともに、そ の故障が解消されるまで駆動力低減装置による駆動力の低減を行わない。ま10 た、CVTECU6は、FI/MGECU4にブレーキ液圧保持装置RUが 故障していることを情報として送信する。そして、FI/MGECU4は、
エンジン1が自動停止状態ならエンジン1を自動始動するとともに、その故 障が解消されるまで原動機停止装置によるエンジン1の自動停止を行わな い。なお、エンジン1の自動始動によって、直ちに、強クリープ状態にする。」15 (段落【0138】) 「故障検出装置DUを図12を参照して説明する。故障検出装置DUは、
ブレーキ液圧保持装置RUの2つの電磁弁SVA,SVBに対して、同一回 路を各々備える。この2個の同一回路は、自己診断機能を備える駆動素子で あるインテリジェントドライバIDa,IDbなどによって構成される。さ20 らに、故障検出装置DUは、CVTECU6の中央処理装置(以下、CPU 6aと記載する)も含むものとする。なお、故障検出装置DUは同一構成お よび同一作動を有する同一回路を備えるので、その1つである電磁弁SVA に対する回路についてのみ詳細に説明する。」(段落【0139】) ? 本件特許の特許請求の範囲の記載及び上記?の本件明細書等の記載によれ25 ば、本件発明は、車両停止時に原動機(以下「エンジン」ということがある。) を自動で停止可能な原動機停止装置(以下「アイドリングストップ機能」とい 68 うことがある。)及びブレーキペダルの踏み込み開放時にも引き続きホイール シリンダのブレーキ液圧を作用可能なブレーキ液圧保持装置を備える原動機 付車両において、ブレーキ液圧保持装置が故障した場合に、坂道発進時におけ る車両の後退を防止できる原動機付車両を提供することを課題とするもので 5 ある。そして、上記各記載によれば、本件発明は、原動機停止装置を備えた原 動機付車両において、坂道発進時における原動機停止(以下「アイドリングス トップ」ということがある。)時にエンジン再始動までの間に車両が後退して しまうことを防止するためのブレーキ液圧保持装置が故障した場合、坂道発進 時におけるアイドリングストップ機能の作動を禁止してアイドリング状態を10 維持する構成を採用するものである。このような構成によって、本件発明は、
ブレーキ液圧保持装置が故障した場合であっても、原動機から駆動輪へ伝達さ れる駆動力(以下「クリープ力」ということがある。)を維持して坂道発進可 能な状態とし、もって車両の後退を防止して、上記課題を解決するものである。
2 争点1-1(構成要件Aの充足性)について15 ? 被告は、被告各製品にはエンジンが動いていても、ロークラッチが切れクリ ープ力が生じないものがあるところ、本件発明は、ブレーキ液圧保持装置が故 障した場合に、クリープ力により、坂道発進時における車両の後退を防止しよ うというものであるから、構成要件Aは、そのための前提として、エンジンが 停止されない限り、ブレーキ液圧保持装置の故障した場合を含め、常にクリー20 プ力が生じていなければならないと主張する。
そこで検討するに、上記1?によれば、本件発明は、ブレーキ液圧保持装置 が故障した場合であっても、クリープ力を維持して坂道発進可能な状態とし、
もって車両の後退を防止するものであり、本件特許の特許請求の範囲の記載を 踏まえても、「アクセルペダルの踏込み開放時にも変速機において走行レンジ25 が選択されている場合は、原動機から駆動輪へ駆動力を伝達する原動機付車両」 (構成要件A)と記載されるにとどまり、構成要件Aにいう駆動力(クリープ 69 力)が、エンジンが停止されない限り、常に生じていなければならないことま で意味すると解することはできない。かえって、構成要件Eには「前記故障検 出装置によって前記ブレーキ液圧保持装置の故障を検出した時」という条件が 記載され、本件明細書等には「本発明の課題は、ブレーキ液圧保持装置が故障 5 した場合に、駆動力を大きな状態に維持または駆動力を大きな状態に切り換え、
坂道発進時における車両の後退を防止できる原動機付車両を提供することで ある。」(段落【0006】)と記載されていることを踏まえると、構成要件 Aにいう駆動力(クリープ力)は、少なくとも、構成要件Eにいう上記条件の 成就時に、上記クリープ力が生じていることを要するものと解するのが相当で10 ある。
そうすると、上記クリープ力は、少なくとも上記条件の成就時に生じていれ ば足り、これを超えて、エンジンが停止されない限り、常に生じていなければ ならないものと解することはできない。
したがって、被告の主張は、採用することができない。
15 ? 被告製品群@のうち、被告製品5及び6について 証拠(甲16、乙26)及び弁論の全趣旨によれば、被告製品5及び6にお いては、自動変速機内のワンウェイ・クラッチによる車両の後退防止は実行さ れず、坂道発進時において、ブレーキ液圧保持装置が故障した場合、アイドリ ングストップ機能の作動が禁止されたときに、ニュートラル・アイドル制御(ロ20 ークラッチが切られて、原動機から駆動輪への駆動力(クリープ力)の伝達が 行われない状態とするものをいう。以下同じ。)が実行されずに、クリープ力 が生じるものと認められる。
したがって、被告製品5及び6は、構成要件Aを充足するものと認められる。
? 被告製品5及び6を除く被告製品群@のうち、Mレンジを備えないものにつ25 いて ア 証拠(乙1ないし8、25ないし28)及び弁論の全趣旨によれば、被告 70 製品5及び6を除く被告製品群@においては、坂道発進時にブレーキ液圧保 持装置が故障した場合において、ニュートラル・アイドル制御が実行される ことが認められる。
そうすると、上記被告各製品においては、坂道発進時において、構成要件 5 Eにいう「前記故障検出装置によって前記ブレーキ液圧保持装置の故障を検 出した時」に、クリープ力が生じているとはいえず、構成要件Aを充足する ものとはいえない。
イ これに対し、原告は、@上記被告各製品において、ニュートラル・アイド ル制御が実行されることについての立証がされていない、A証拠(甲16)10 によれば、ニュートラル・アイドル制御が搭載された車両においても、坂道 発進時には、ニュートラル・アイドル制御が実行されない旨主張する。
しかしながら、上記@についてみると、乙3には、「Dレンジでブレーキ を踏んだ状態で停車すると、ニュートラル・アイドル制御(Dレンジのとき にAT内部をニュートラル状態にする制御)を実行します。ブレーキを緩め15 ると速やかにクラッチをつないで通常のDレンジ状態に戻ります。」という 記載があることが認められ、陳述書(乙26)にも、被告製品群@の制御部 で行われる制御内容について、制御プログラムの説明と共に説明がされ、ブ レーキ液圧保持装置の故障等の条件下においてニュートラル・アイドル制御 が実行される旨の具体的かつ詳細な説明がされていることなどを踏まえる20 と、上記アのとおりの事実が認められるというべきである。
また、上記Aについてみると、甲16には、被告製品6の整備マニュアル であり、「CVT」に関するものであるとの記載がある。そして、陳述書(乙 26)によれば、「CVT」とは、トランスアクスル仕様である「DJVA -EL」及び「SJ6A-EL」をいい、これが採用されているのは、i-25 stop制御搭載車種のうち、被告製品5及び6であるとされており、甲1 6の記載とも整合する上、その内容も具体的かつ詳細であり、その他に本件 71 全証拠によっても、上記陳述書の信用性を否定する事情をうかがうことはで きない。
そうすると、被告製品5及び6を除く被告製品群@(Mレンジを備えない もの)において、坂道発進時にニュートラル・アイドル制御が実行されない 5 と認めることはできない。
ウ したがって、被告製品5及び6を除く被告製品群@のうち、Mレンジを備 えないもの(詳細につき後記?ア参照)については、構成要件Aを充足しな いものと認められる。
? 被告製品5及び6を除く被告製品群@のうち、Mレンジを備えるものについ10 て ア 構成要件Aは、「走行レンジ」という文言を採用するところ、Mレンジと Dレンジは、走行するに当たり、その変速操作が手動でなされるか、自動で なされるかが異なるにすぎないことからすれば、これらのレンジは、いずれ も「走行レンジ」に該当するものと解するのが相当である。
15 これを本件についてみると、証拠(甲72ないし75)及び弁論の全趣旨 によれば、被告各製品には、各ギア位置において制限速度を設け、制限速度 の範囲内のときにセレクトレバーを操作すると変速する機能を有するレン ジである「Mレンジ」が搭載されているものがあり、被告製品群@のうちM レンジを備えるものにおいて、Mレンジが選択されている際には、坂道発進20 時にブレーキ液圧保持装置の故障が検知された際には、ニュートラル・アイ ドル制御は実行されず、クリープ力が生じていることが認められる。
上記認定事実によれば、被告製品5及び6を除く被告製品群@のうちMレ ンジを備えるものは、坂道発進時にブレーキ液圧保持装置が故障した場合に おいて、ニュートラル・アイドル制御が実行されずに、クリープ力が生じる25 と認められる。
そうすると、被告製品5及び6を除く被告製品群@のうちMレンジを備え 72 るものは、構成要件Aを充足するものと認められる。
イ これに対し、被告は、そもそも「Mレンジ」が構成要件Aにいう「走行レ ンジ」に該当しない旨主張するものの、当該主張が採用できないことは、上 記において説示したとおりである。
5 ? 小括 以上によれば、被告製品5及び6、並びに被告製品5及び6を除く被告製品 群@のうちMレンジを備えるものは構成要件Aを充足し、被告製品5及び6を 除く被告製品群@のうちMレンジを備えないものは構成要件Aを充足しない ものと認められる。
10 3 争点1-2(構成要件Bの充足性)について ? 被告は、被告製品群Aにおいては、i-stop制御により原動機を停止さ せるには、運転手がブレーキペダルを踏み込んで停止させるだけでは足りず、
付加的な行為が必要であるから、被告各製品の原動機は、車両停止時に「自動 で停止可能な」ものではなく、構成要件Bを充足しないと主張する。
15 そこで検討するに、本件特許の特許請求の範囲には、「前記原動機付車両停 止時、前記原動機を停止可能な原動機停止装置と」(構成要件B)と記載され ている。そして、本件明細書等には、「本発明は、自動変速機を備えるととも に、原動機がアイドリング状態でかつ所定の低車速以下においてブレーキペダ ルの踏込み時にはブレーキペダルの踏込み開放時に比べてクリープの駆動力20 を低減する駆動力低減装置または/および車両停止時に原動機を自動で停止 可能な原動機停止装置を備え、さらにブレーキペダルの踏込み開放時にも引続 きホイールシリンダのブレーキ液圧を作用可能なブレーキ液圧保持装置を備 える原動機付車両に関するものである。」(段落【0001】)との記載があ るほか、原動機停止装置が自動で原動機を停止させるものであることを前提と25 する記載を複数箇所認めることができる(段落【0005】、【0014】、
【0092】等)。
73 上記の構成要件B及び本件明細書等の各記載内容によれば、構成要件Bの 「原動機停止装置」は、原動機を自動で停止可能な停止装置を意味すると解す るのが相当である。
そうすると、運転手がブレーキペダルを踏み込んで停止させるだけでは足り 5 ず、付加的な行為が必要であったとしても、当該条件を充足すれば、車両停止 時に「自動で停止可能な」ものであれば、構成要件Bを充足するものといえる。
上記において説示するところは、本件発明の構成要件Eにおいて、故障検出装 置によってブレーキ液圧保持装置の故障が検出されたときに原動機停止装置 の作動を禁止すると規定しているように、他の条件によっては、原動機停止装10 置が原動機を停止させない場合があるところとも整合するといえる。
したがって、被告の主張は、採用することができない。
? 被告各製品の構成要件充足性について ア 証拠(乙4)及び弁論の全趣旨によれば、被告製品1の取扱書には、「次 の条件をすべて満たしているときにアイドリングストップします。」、「ブ15 レーキペダルを踏んで停車させたとき(アイドリングストップせずi-st op表示灯(緑)が点滅しているときは、ブレーキペダルの踏み方が不足し ている可能性があります。少しブレーキペダルを踏み足してください。)」 という記載があること、被告製品1以外の被告各製品についても同様の取扱 書の記載があること、以上の事実が認められる。
20 上記認定事実によれば、被告各製品は、通常のブレーキの踏み込みによっ て、原動機を自動で停止可能な停止装置(i-stop制御)を備えている ものと認められる。
イ これに対し、被告は、被告製品群Aにおいては、i-stop制御により 原動機を停止させるためには、運転手がブレーキペダルを踏み込んで停止さ25 せるだけでは足りず、付加的な行為が必要であるから、被告各製品の原動機 は、車両停止時に「自動で停止可能な」ものではなく、構成要件Bを充足し 74 ないと主張する。
そこで検討するに、証拠(甲33ないし44、乙4)及び弁論の全趣旨に よれば、被告各製品におけるi-stop制御は、ブレーキペダルを液圧が 所定の大きさになるまで踏み込むという運転者の行為その他の条件を考慮 5 して自動的にアイドリングストップ処理を実行するものであることが認め られる。
しかしながら、運転手がブレーキペダルを踏み込んで停止させるだけでは 足りず付加的な行為が必要であったとしても、当該条件を充足すれば、車両 停止時に「自動で停止可能な」ものであれば、構成要件Bを充足するものと10 いえることは、上記において説示したとおりである。そうすると、被告各製 品は、ブレーキを踏み足さなければi-stop制御が作動しないとしても、
ブレーキを踏み足すという条件を充足すれば、車両停止時に「自動で停止可 能な」ものであり、構成要件Bを充足するものといえる。
したがって、被告の主張は、採用することができない。
15 ウ 小括 以上によれば、被告各製品は、構成要件Bを充足するものと認められる。
4 争点1-3(構成要件Cの充足性)について ? 「ブレーキペダルの踏込み開放後も引続き」、「ブレーキ液圧を作用可能な ブレーキ液圧保持装置」について20 ア 被告は、ブレーキペダルの踏み込み開放時点において、ブレーキ液圧保 持装置が作用し、同装置によるブレーキ液圧保持がなされなければならな いと主張する。
そこで検討するに、本件特許の特許請求の範囲には、「ブレーキペダル の踏込み開放後も引続きホイールシリンダにブレーキ液圧を作用可能な25 ブレーキ液圧保持装置とを備える原動機付車両」(構成要件C)と記載さ れており、ブレーキ液圧保持装置がブレーキ液圧の保持を開始するタイミ 75 ングを必ずしも具体的に限定するものとはいえない。そして、本件明細書 等の実施例によれば、ドライバが設定圧以上にブレーキを踏みこんでいる 場合、ドライバが踏み込みを開放したとしても当該設定圧に至るまでは、
ブレーキ液圧保持装置の作動が開始しないものとされている。
5 上記構成要件及び本件明細書等の各記載によれば、本件発明において、
ブレーキ液圧保持装置がブレーキ液圧の保持を開始するタイミングは、ブ レーキ踏み込み開放と同時の場合に限られるものではなく、ブレーキ踏込 み開放後のものも含むと解するのが相当である。
したがって、被告の主張は、採用することができない。
10 イ 被告各製品の構成要件充足性について 被告各製品において、ブレーキの踏み込み開放がされた際に、同時に又は その後所定液圧まで下がった時点でブレーキ液圧保持装置が作用すること につき、当事者間に争いはないところ、上記アにおいて説示したとおり、本 件発明の構成要件Cは、そのいずれの態様をも含むものと認められる。
15 そうすると、被告各製品は、
「ブレーキペダルの踏込み開放後も引続き」、
「ブレーキ液圧を作用可能なブレーキ液圧保持装置」を備えているものと認 められる。
? 「ホイールシリンダ」について ア 本件特許の特許請求の範囲には、「ブレーキペダルの踏込み開放後も引続20 きホイールシリンダにブレーキ液圧を作用可能なブレーキ液圧保持装置と を備える原動機付車両において、」(構成要件C)と記載されている。上記 記載によれば、本件特許の特許請求の範囲においては、ディスクブレーキ、
ドラムブレーキなどというブレーキ型式を限定するものではない。そして、
本件明細書等には、「駆動輪8,8には、ホイールシリンダWC(図2参照)25 などを備えるディスクブレーキ9,9が装備されている」 段落 ( 【0013】 、
) 「ディスクブレーキ9,9は、駆動輪8,8と一体となって回転するディス 76 クロータを、ホイールシリンダWC(図2参照)を駆動源とするブレーキパ ッドで挟み付け、その摩擦力で制動力を得る。」(段落【0020】)、「ホ イールシリンダWCの本体には、ピストン(図示せず)が挿入されており、
このピストンがブレーキ液圧に押されて、ディスクブレーキの場合はブレー 5 キパッドを、またはドラムブレーキの場合はブレーキシュウを作動させて車 輪を制動するブレーキ力を作り出す。」(段落【0046】)との記載があ り、本件明細書等において、「ホイールシリンダ」は、「ディスクブレーキ」 に設けられるものを排除するものではない。
のみならず、証拠(甲17、18)及び弁論の全趣旨によれば、「ホイー10 ルシリンダ」がドラムブレーキのピストンを動作させるシリンダを示す意味 で用いられるほか、ディスクブレーキのピストンを動作させるシリンダを呼 称するものとして用いられることがあると認められる。
そうすると、上記記載等によれば、構成要件Cにいう「ホイールシリンダ」 とは、ブレーキ構成部品の一つであって、車輪側においてブレーキ動作を行15 うシリンダをいうものと解するのが相当である。
イ 被告各製品の構成要件充足性について 証拠(甲59ないし68)及び弁論の全趣旨によれば、被告製品群Bは、
ブレーキ構成部品の一つであって、車輪側においてブレーキ動作を行うキ ャリパのシリンダを有するものと認められる。
20 そうすると、被告製品群Bは、構成要件Cにいう「ホイールシリンダ」 を備えているものと認められる。
これに対し、被告は、ホイールシリンダがドラムブレーキに用いられる 部品である一方で、キャリパのシリンダがディスクブレーキに用いられる ものであるなどとして、被告製品群Bが「ホイールシリンダ」を備えない25 などと主張する。
しかしながら、被告の主張は、前記アで説示した構成要件Cの「ホイー 77 ルシリンダ」の意義を正解するものとはいえず、採用することができない。
? 以上によれば、被告各製品は、構成要件Cを充足するものと認められる。
5 争点1-4(構成要件E)の充足性について ? 本件特許の特許請求の範囲には、「前記故障検出装置によって前記ブレーキ 5 液圧保持装置の故障を検出した時に前記原動機停止装置の作動を禁止する」 (構成要件E)と記載されている。上記記載によれば、構成要件Eにおいては、
故障検出装置によってブレーキ液圧保持装置の故障が検出されたときに、原動 機停止装置の作動を禁止することが定められていると認められる。
? 被告各製品の構成要件充足性について10 ア 証拠(甲3ないし14、33ないし44)及び弁論の全趣旨によれば、被 告各製品においては、ブレーキ液圧保持装置が故障していることが検出され た場合に、i-stop制御を実行しないものとされていることが認められ る。
そうすると、被告各製品は、構成要件Eを充足するものと認められる。
15 イ これに対し、被告は、被告製品群Cについては、ブレーキ液圧保持装置の 故障が検出された場合、車両停止時に原動機はアイドリング状態となるが、
ニュートラル・アイドル制御が実行されてワンウェイ・クラッチにより車両 の後退が防止されるため、クリープ力を生じないから、本件発明の作用効果 を奏しないとして、構成要件Eを充足しないと主張する。
20 しかしながら、構成要件Eは、ブレーキ液圧保持装置と原動機停止装置の 作動関係を規定したものであり、クリープ力について規定するものではない から、クリープ力の存否をいう被告の主張は、少なくとも構成要件Eの意義 を正解するものとはいえない。
したがって、被告の主張は、採用することができない。
25 ウ 以上によれば、被告各製品は、構成要件Eを充足するものと認められる。
6 争点1(被告各製品の構成要件充足性)の小括 78 以上によれば、被告製品5及び6を除く被告製品群@のうち、Mレンジを備え ないものは本件発明の構成要件を充足せず、その余の被告各製品は、いずれも本 件発明の構成要件を充足するものと認められる。
7 争点2-1-2(乙9発明を主引例、乙10発明を副引例とする進歩性欠如) 5 について ? 乙9の記載 乙9には、次のとおりの記載があることが認められる(乙9)。
ア 「本考案は、自動変速機付き車両に適用されるエンジン自動停止始動装置 に関するものである。」(2頁12〜13行目)10 イ 「自動変速機付き車両に適用される従前のエンジン自動停止始動装置・ ・ ・ では、シフトレバーがどのレンジにあつてもアクセルペダルを踏込めば再始 動するようになつている。そして、再始動時の自動変速機内の変速ギア位置 は一速に選択されている。従つて、シフトレバーがDレンジにある場合、再 始動のためにアクセルペダルを僅かに踏込めば問題は生じないが、踏込み量15 が大きいと再始動と同時に急発進する惧れがある。」(2頁20行目〜3頁 9行目) ウ 「そこで、駐車ブレーキやフツトブレーキが作動していることをエンジン 自動停止や再始動の条件として含ませることも可能であるが、・・・等の問 題があり、エンジン自動停止始動装置を有効に活用させることができず、か20 かる装置に基づいた燃費向上、排気エミツシヨンの向上が実質的に得られな い惧れがある。」(3頁10行目〜4頁2行目) エ 「本考案の目的は、このような問題点に鑑み、自動変速機付き車両に適用 しても有効に活用できるようにしたエンジン自動停止始動装置を提供する ことにある。」(4頁3〜6行目)25 オ 「本考案は、車両を制動する制動装置と自動変速機とを有する車両に用い られるエンジン自動始動停止装置において、車両の速度に応じた車速信号を 79 出力する車速センサおよびスロツトルバルブがほぼ全閉のときにアイドル 信号を出力するアイドルスイツチを含み、エンジンおよび車両各部の状態を 検出するセンサ群と、センサ群からの検出信号に基づいてエンジン停止条件 が満足したと判断したときにエンジン停止信号を出力する停止信号発生手 5 段と、アイドル信号が生起していないで、かつ、センサ群からの検出信号に 基づいてエンジン再始動条件が満足したと判断したときにエンジン再始動 信号を出力する再始動信号発生手段と、エンジン停止信号に応動してエンジ ンを停止させるエンジン停止手段と、エンジン再始動信号に応動してエンジ ンを再始動させるエンジン再始動手段と、車速信号に基づいて車速が零であ10 ると判断されたときに車速零信号を出力する車速判定手段と、車速零信号が 出力されているときに制動保持信号を出力し、エンジン始動後に制動解除信 号を出力する制動保持解除信号発生手段と、制動保持信号に応動して制動装 置を作動状態に保持し、制動解除信号に応動して作動状態にある制動装置の 作動を解除する制動保持手段とを具備したことを特徴とする。」(4頁7行15 目〜5頁11行目) カ 「ブレーキペダル(不図示)が踏込まれているときにブレーキペダル信号 を出力するブレーキスイツチ24がブレーキペダルの近傍に設けられ、また、
制動保持装置26がブレーキ装置(不図示)と協働するように設けられてい る。この制動保持装置26は、例えば、ブレーキペダルによつて制動される20 マスタシリンダ(不図示)の入力ロツド(不図示)を、保持装置26の電磁 石を励磁することにより所定の位置で保持するように構成することができ、
ブレーキペダルを踏込んでいるときに電磁石を励磁すれば、ブレーキペダル が解放されても制動装置が保持されるようにすることができる。」(6頁1 2行目〜7頁4行目)25 キ 「ステツプS24では、ブレーキペダル信号の有無によりブレーキペダル が踏込まれているか否かが判断される。・・・運転者が車両を停止させる意 80 志があると判断するためである。」(11頁2〜8行目) ク 「更にステツプS25では、エンジンを自動停止させるための他の停止条 件、例えば、ターンシグナルが出されていないこと、ヘツドランプが点灯し ていないこと、エアコンデイシヨナが作動していないこと、水温が所定以上 5 であること、等が、ターン信号、ライト信号、エアコン信号、水温信号等に より判断される。」(11頁9〜15行目) ケ 「これらのステツプS21〜S25がすべて肯定判断されれば、エンジン 自動停止条件が満足されたこととなる・・・」(11頁16〜18行目) ? 乙9発明の記載10 ア 上記?の記載によれば、乙9発明の内容は、以下のとおりであると認める のが相当である。
「アクセルペダルの踏込み開放時にも自動変速機においてDレンジが選 択されている場合は、エンジンから駆動輪へ駆動力を伝達する車両であっ て、
15 前記車両停止時、エンジンを停止可能なエンジン自動停止始動装置と、
ブレーキペダルの踏込み開放後も引続きブレーキ液圧を作用可能な制動 保持装置と、
を備える車両」 イ 一致点及び相違点20 本件発明と乙9発明を比較すると、一致点及び相違点は以下のとおりであ り、一致点については、当事者間に争いがない。そして、相違点については、
双方当事者は、下記相違点1を更に分割して主張するものの、分割された相 違点は、密接不可分の関係にあることからすると、これらを併せて相違点1 として、検討するのが相当である。
25 一致点 「アクセルペダルの踏込み開放時にも変速機において走行レンジが選 81 択されている場合は、原動機から駆動輪へ駆動力を伝達する原動機付車 両であって、原動機付車両停止時、原動機を停止可能な原動機停止装置 と、ブレーキペダルの踏込み開放後も引続きブレーキ液圧を作用可能な ブレーキ液圧保持装置と、を備える原動機付車両」 5 相違点 @ 本件発明は「前記ブレーキ液圧保持装置の故障を検出する故障検出装 置を備え、前記故障検出装置によって前記ブレーキ液圧保持装置の故障 を検出した時に前記原動機停止装置の作動を禁止する」ものであるのに 対して、乙9発明はそのような構成を備えていない点(以下「相違点1」10 という。) A 本件発明は「ホイールシリンダ」にブレーキ液圧を作用可能であるの に対して、乙9発明は「ホイールシリンダ」を有するものであるのか否 か不明な点(以下「相違点2」という。) ? 相違点1に係る容易想到性について15 ア 乙10の記載 乙10には、次のとおりの記載があることが認められる(乙10)。
「・・・この坂道発進補助装置50は、図2に示すブレーキペダル(サ ービスブレーキ操作部材)4を踏んで車両1を停止させた場合に作動する ものであって、運転者がブレーキペダル4を踏んで車両1が停止したこと20 が所定時間以上検出されると、ブレーキ液圧供給系(ブレーキ作動用非圧 縮流体供給系)6に設けられた切り換え弁(マグネットバルブ)7を切り 換えて、ブレーキ液圧供給系6内のブレーキオイルを封じ込めて、運転者 がブレーキペダル4から足を離しても制動力を保持するようになってい る。」(段落【0017】)25 「また、上述の6.,7.の場合以外にも、坂道発進補助装置50に異 常が発生したことが検出されると、上記と同様に警報ランプ20及び警報 82 ブザー21を作動させて、運転者に注意を促すようになっている。このよ うに、車両1に坂道発進補助装置50をそなえることにより、発進と停車 とを頻繁に繰り返すような場合に、運転者の疲労を大きく低減することが でき、また、安全且つ確実に坂道発進を行うことができるようになる。」 5 (段落【0048】) イ 容易想到性について 乙9の「シフトレバーがDレンジにある場合、再始動のためにアクセルペ ダルを踏み込めば問題は生じないが、踏込み量が大きいと再始動と同時に急 発進する惧れがある。」との記載(3頁6〜9行目)によれば、原動機付車10 両においてエンジンを自動停止した場合には、エンジンの再始動時に急発進 するという課題があったことを踏まえ、当該課題を解決するために、安全性 の観点から、エンジンがエンジン自動停止始動装置の作動により自動停止し た場合には、制動保持装置の作動によりブレーキ液圧が作用し、もってブレ ーキがかかった状態を保持するという、エンジン自動停止始動装置と制動保15 持装置の各作動の一体不可分性を必須の特徴とする技術的思想が開示され ているものと認められる。
他方、乙10の段落【0017】によれば、原動機付車両における坂道発 進補助装置50は、ブレーキ液圧が作用してブレーキがかかった状態を保持 する装置であることが開示されている。そして、乙10の段落【0048】20 によれば、坂道発進補助装置50に異常が検出された場合には、警報ランプ 20及び警報ブザー21を作動させて、運転者に注意を促すものと認められ る。
上記認定事実によれば、乙9発明と乙10発明は、共に安全性の観点から、
原動機付車両における車両停止時にブレーキがかかった状態を保持すると25 いう技術思想が共通するものといえる。そして、乙9発明は、安全性の観点 から、エンジン自動停止始動装置と制動保持装置の各作動の一体不可分性を 83 必須の特徴とするものであるところ、乙9(11頁2〜18行)によれば、
「ステツプS24では、ブレーキペダル信号の有無によりブレーキペダルが 踏込まれているか否かが判断される。・・・運転者が車両を停止させる意思 があると判断するためである。」、「更にステツプS25では、エンジンを 5 自動停止させるための他の停止条件、例えばターンシグナルが出されていな いこと、ヘツドランプが点灯していないこと、エアコンデイシヨナが作動し ていないこと、水温が所定以上であること、等が、ターン信号、ライト信号、
エアコン信号、水温信号等により判断される。」、「これらのステツプS2 1〜S25がすべて肯定判断されれば、エンジン自動停止条件が満足された10 こととなる・・・」が記載されていることからすると、乙9発明は、エンジ ン自動停止始動装置を安全な状態で作動させる観点から、各種検出信号を用 いていることが認められる。
そうすると、エンジン自動停止始動装置を安全な状態で作動させるために、
各種検出信号の一つとして、乙9発明に対し、制動保持装置の異常を検出す15 る乙10を適用する動機付けを認めるのが相当である。
したがって、エンジン自動停止始動装置と制動保持装置の各作動の一体不 可分性を必須の特徴とする乙9発明の技術的思想に鑑みると、制動保持装置 の異常を検出した場合には、安全性を欠くことは自明であるから、安全性の 観点から各作動の一体不可分性を確保するために、エンジン自動停止始動装20 置を安全な状態で作動させるための判断用各種検出信号の一つとして制動 保持装置異常検出信号を加えた場合において、制動保持装置の異常が検出さ れたときは、乙9発明にいうステップS21〜S25が肯定判断されず、エ ンジン自動停止条件が満足されなくなる。
そのため、上記場合には、制動保持装置異常検出信号が、エンジン自動停25 止始動装置を作動させないことになり、もってその作動を禁止することにな る。
84 したがって、乙9発明に乙10発明を適用してエンジン自動停止始動装置 の作動を禁止することが、当業者の適宜なし得る設計事項の範疇であること は、上記一体不可分性に照らし、明らかである。
以上によれば、制動保持装置の異常を検出した場合には、エンジン自動停 5 止始動装置の作動を禁止する構成(相違点1に係る構成)を容易に想到でき るものと認めるのが相当である。
実質的にみても、本件発明は、原動機停止装置の実行を判断するための各 種検出信号の一つとしてブレーキ液圧保持装置の故障検出信号を備えるも のであり、乙9発明に乙10発明を適用した構成との間に、技術思想におい10 て異なるところはない。
? 相違点2に係る容易想到性について 乙9(6頁)には「ブレーキペダルによつて制御されるマスタシリンダ」と 記載されていることからすると、乙9発明の原動機付車両が液圧式のブレーキ を備えていることは明らかである。そして、液圧式ブレーキ装置においてホイ15 ールシリンダを備えたものは、周知慣用のものであるといえる。
そうすると、乙9発明に接した当業者は、相違点2に係る本件発明の構成を 容易に想到し得たものと認められる。
? したがって、本件特許は、特許法29条2項の規定により、特許無効審判に より無効にされるべきものと認められることからすると、原告は、特許法1020 4条の3の規定により、被告に対し、本件特許権を行使することができない。
8 まとめ 以上によれば、原告は本件特許権を行使することができないから、その余の点 を判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がない。
結論
25 よって、原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとして、主 文のとおり判決する。
85
追加
5裁判長裁判官中島基至10裁判官古賀千尋15裁判官國井陽平86 (別紙)被告製品目録5下表の車種名及び型式により特定される乗用車であって、自動変速機及び「i-stop制御」の構成を備えたもの。
車種名型式*被告製品1MAZDACX-5KE系被告製品2MAZDACX-5KF系被告製品3MAZDACX-3DK系被告製品4MAZDACX-8KG系被告製品5MAZDAROADSTERND系被告製品6MAZDADEMIODE系被告製品7MAZDADEMIODJ系被告製品8MAZDAAXELABL系被告製品9MAZDAAXELABM系被告製品10MAZDAATENZAGJ系被告製品11MAZDABIANTECC系被告製品12MAZDAPREMACYCW系87 *「KE系」の「KE」とは、届出型式の「DBA-」に次ぐ2文字を指している。「KF系」、「DK系」、「KG系」、「ND系」、「DE系」、「DJ系」、「BL系」、「BM系」、「GJ系」、「CC系」、「CW系」についても、届出型式の「-」に次ぐ2文字を指している。
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