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関連審決 無効2018-800119 無効2020-800007
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事件 令和 4年 (行ケ) 10001号 審決取消請求事件
5
原告愛知製鋼株式会社
同訴訟代理人弁護士 伊藤剛志
同 一場和之 10 同木楓子
同 草深充彦
同 湯村暁
同 沖野文俊
同 杉村光嗣 15 同岡本岳
同 深津拓寛
同 時井真
同訴訟代理人弁理士 塚中哲雄
同 内海一成 20
被告 マグネデザイン株式会社
同訴訟代理人弁護士 井上健人
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2023/03/07
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 25 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
1事 実 及 び 理 由第1 請求特許庁が無効2020−800007号事件について令和3年11月25日にした審決のうち、特許第5839527号の請求項1、3ないし7に係る部5 分を取り消す。
第2 事案の概要1 特許庁における手続の経緯等(当事者間に争いがない)被告は、発明の名称を「超高感度マイクロ磁気センサ」とする発明について、平成27年2月16日、特許出願(特願2015−27092号。以下10 「本件出願」という。)をし、同年11月20日、特許権の設定登録を受けた(特許第5839527号。請求項の数8。以下、この特許を「本件特許」という。 。
)ア 原告は、平成30年9月27日、本件特許について、本件出願日前に頒布された刊行物である特開2006−300906号公報(乙18)に記15 載された発明(以下「甲1発明」という。 、又は国際公開第2010/0)97932号(甲15)に記載された発明(以下「甲4発明」という。)を主引用例とした進歩性欠如を理由として、特許無効審判(無効2018−800119号事件)を請求した。
イ 被告は、平成30年12月25日、本件特許の特許請求の範囲の請求項20 1ないし8を一群の請求項として訂正(以下「第1次訂正」という。)する訂正請求をした。
その後、特許庁は、令和元年9月24日、第1次訂正を認めた上で、
「請求項1、3ないし8についての本件審判の請求は、成り立たない。請求項2についての本件審判の請求を却下する。」との審決(以下「第1次審決」25 という。)をし、同審決は、同年11月5日に確定した。
ウ 第1次訂正後の請求項1に記載された発明(以下「本件訂正発明1」と2いう。)に関する第1次審決の要旨は、以下のとおりである(甲 1 発明を主引用例とする判断部分を記載するが、甲4発明を主引用例とする判断についても同旨の判断がされている。 。
)本件訂正発明1は、磁性ワイヤが「円周方向スピン配列を持つ表面磁5 区と軸方向にスピン配列を持つ中央部コア磁区の2相の磁区構造を有してなり」、磁性ワイヤに通電するパルス電流が「該周波数は0.5GHz〜4.0GHzで、該ワイヤ表面に異方性磁界の1.5倍以上の円周方向磁界を発生させるのに必要な電流強度以上」とされ、
「前記磁性ワイヤに前記パルス電流を通電することによって、前記表面磁区内のワイヤ軸10 方向の磁界により軸方向に傾斜した円周方向スピンを超高速に一斉回転させて、その時に生じる超高速スピン回転現象による前記ワイヤの軸方向の磁化変化のみをコイル出力として取り出し、関係式(1)を使って磁界Hに変換する」 「コイル電圧を外部磁界Hに変換する手段」が設け、
られているのに対して、甲1発明では、磁性ワイヤが「2相の磁区構造15 を有してな」るかどうかが不明であり、磁性ワイヤに通電するパルス電流の周波数が「50MHz以上」であって「0.5GHz〜4.0GHz」であるとは特定されておらず、該パルス電流が「該ワイヤ表面に異方性磁界の1.5倍以上の円周方向磁界を発生させるのに必要な電流強度以上」であるとは特定されておらず、
「前記磁性ワイヤに前記パルス電20 流を通電することによって、前記表面磁区内のワイヤ軸方向の磁界により軸方向に傾斜した円周方向スピンを超高速に一斉回転させて、その時に生じる超高速スピン回転現象による前記ワイヤの軸方向の磁化変化のみをコイル出力として取り出」すとは特定されておらず、また、
「コイル電圧を外部磁界Hに変換する手段」が設けられているかどうかも不明で25 ある点で相違する(相違点1)。
本件訂正発明1における、磁性ワイヤが「円周方向スピン配列を持つ3表面磁区と軸方向にスピン配列を持つ中央部コア磁区の2相の磁区構造を有してな」るという事項、磁性ワイヤに通電するパルス電流の「周波数は0.5GHz〜4.0GHzで」あるという事項、パルス電流が「該ワイヤ表面に異方性磁界の1.5倍以上の円周方向磁界を発生させるの5 に必要な電流強度以上」とされる事項、及び「前記磁性ワイヤに前記パルス電流を通電することによって、前記表面磁区内のワイヤ軸方向の磁界により軸方向に傾斜した円周方向スピンを超高速に一斉回転させて、
その時に生じる超高速スピン回転現象による前記ワイヤの軸方向の磁化変化のみをコイル出力として取り出し、関係式(1)を使って磁界Hに10 変換する」という事項は、これら全てが相まって初めて、新たな「超高速スピン回転現象」を発現させ、それを検出して磁気センサとして機能させることができるものと理解されるため、かかる「超高速スピン回転現象」を基礎とする本件訂正発明1と従来の「MIセンサ」である甲1発明との対比においては、上記の4つの事項は一体をなすものというべ15 きであるところ、上記4つの事項が相まった新たな「超高速スピン回転現象」を発現させ、それを検出して磁気センサとして機能させることは、
原告が提出した各引用文献に記載も示唆もされておらず、本件出願前に技術常識であったということはできない。
特に、上記各引用文献には、周波数を具体的に「0.5GHz〜4.20 0GHz」の範囲とし、かつ、磁性ワイヤを「円周方向スピン配列を持つ表面磁区と軸方向にスピン配列を持つ中央部コア磁区の2相の磁区構造を有してな」るものとし、パルス電流を「該ワイヤ表面に異方性磁界の1.5倍以上の円周方向磁界を発生させるのに必要な電流強度以上」とし、
「前記磁性ワイヤに前記パルス電流を通電することによって、前記25 表面磁区内のワイヤ軸方向の磁界により軸方向に傾斜した円周方向スピンを超高速に一斉回転させて、その時に生じる超高速スピン回転現象に4よる前記ワイヤの軸方向の磁化変化のみをコイル出力として取り出し、
関係式(1)を使って磁界Hに変換する」ということは、記載も示唆もされておらず、また、引用文献のいくつかには、上記4つの事項のうち、
磁性ワイヤが「円周方向スピン配列を持つ表面磁区と軸方向にスピン配5 列を持つ中央部コア磁区の2相の磁区構造を有してな」るという事項が開示されていると認められるが、その他の事項は開示されておらず、また、引用文献の1つには、上記4つの事項のうち、パルス電流が「該ワイヤ表面に異方性磁界の1.5倍以上の円周方向磁界を発生させるのに必要な電流強度以上」とされる事項に関連して、
「通電する電流値が高い10 ほど高感度になる」という事項が開示されているものの、その他の事項は開示されていない。
なお、請求人(原告)が主張するように、
「被請求人がいう「新現象GSR効果」が従来のMI効果の延長線上に位置づけられる現象である」という可能性も否定はできないが、仮に上記4つの事項が一体をなすも15 のではなく個別に論じることができるものであるとしても、少なくとも4つの事項のうちの「関係式(1)を使って磁界Hに変換する」という事項については、引用文献のいずれにも開示されていない。
甲1発明のようなコイル検出型のMIセンサでは、コイルによる検出電圧が外部磁界に比例するということが広く知られており、このような20 センサにおいて、あえて正弦関数の「検量線」を作成することや、
「測定範囲を、直線近似から外れる領域にまで」広げるといったことは、甲1発明及び各引用文献からも示唆されない。また、特開2010−256109号公報(甲12)の図4は、正弦関数に近い形状ではあるが、これが正弦関数であることについての記載はなく、 印加磁場とセンサ出力「25 電圧との間に正弦関数関係があることを示唆する」とまではいうことができない。そもそも、本件訂正発明1における「関係式(1)」は、単に5正弦関数を含むということのみならず、より具体的に、
「外部磁界H」及び「コイル出力電圧が最大値を取る時の外部磁界強度Hm」を引数に含む正弦関数に「パルス周波数f」などを掛け合わせた数式として特定されており、そのような「関係式(1)」は、引用文献のいずれからも示唆5 されるものではない。
したがって、相違点1に係る本件訂正発明1の構成は、甲1発明及び引用文献に記載された技術事項に基づいて、当業者が容易に想到し得るものではない。
原告は、令和2年1月31日、本件特許について、明確性要件違反、サポ10 ート要件違反、実施可能要件違反を理由とした特許無効審判(無効2020−800007号事件)を請求した。
被告は、令和2年4月16日付けで、本件特許の特許請求の範囲の請求項1、3ないし8を一群の請求項として訂正(以下「本件訂正」という。)する訂正請求をし、令和3年5月28日付けで、本件訂正については請求項8を15 他の一群の請求項とは別途訂正する旨の補正書を提出した。
その後、特許庁は、令和3年11月25日、本件訂正のうち請求項8を削除する訂正を認め、それ以外の訂正は認められないとした上で、特許第5839527号の「請求項1、3〜7に係る発明についての審判請求は、成り立たない。請求項8に係る発明についての審判請求を却下する。」との審決20 (以下「本件審決」という。)をし、その謄本は、同年12月6日、原告に送達された。
原告は、令和4年1月4日、本件審決のうち、請求項1、3ないし7に係る部分の取消しを求める本件訴訟を提起した。
2 特許請求の範囲の記載25 本件訂正については、請求項8を削除する訂正は認められたが、それ以外の訂正は認められなかったため、本件特許の特許請求の範囲の記載は、第1次訂6正により訂正された請求項1ないし7(ただし、請求項2は削除)と本件訂正後の請求項8(ただし、削除)からなるものであり、請求項1、3ないし7の記載は、次のとおりである(以下、請求項の番号に応じて、請求項1に係る発明を「本件発明1」などといい、本件発明1、3ないし7を併せて「本件発明」5 という。 。
)【請求項1】基板上に導電性を有する磁界検出用磁性ワイヤとそれに巻回した周回コイルとワイヤ通電用の電極2個とコイル電圧検出用電極2個を設置した磁界検出素子および前記磁性ワイヤにパルス電流を流す手段とパルス電流を流した時に生じ10 るコイル電圧を検知する回路とコイル電圧を外部磁界Hに変換する手段とからなる磁気センサにおいて、
前記磁性ワイヤは、10G以下の異方性磁界を有し、かつ円周方向スピン配列を持つ表面磁区と軸方向にスピン配列を持つ中央部コア磁区の2相の磁区構造を有してなり、
15 前記磁性ワイヤに通電するパルス電流は、該周波数は0.5GHz〜4.0GHzで、該ワイヤ表面に異方性磁界の1.5倍以上の円周方向磁界を発生させるのに必要な電流強度以上とし、
前記コイルはコイルピッチ10μm以下でコイル内径を25μm以下とし、前記磁性ワイヤに前記パルス電流を通電することによって、前記表面磁区内のワ20 イヤ軸方向の磁界により軸方向に傾斜した円周方向スピンを超高速に一斉回転させて、その時に生じる超高速スピン回転現象による前記ワイヤの軸方向の磁化変化のみをコイル出力として取り出し、関係式(1)を使って磁界Hに変換することを特徴とする超高感度マイクロ磁気センサ。
Vs=Vo・L・πD・p・Nc・f・sin(πH/2Hm) (1)25 ここで、Vsはコイル出力電圧、Voは比例定数、制御因子定数としては、Lはワイヤの長さ、Dはワイヤの直径、pはパルス電流の表皮深さ、Ncはコイ7ルの巻き数、fはパルス周波数、Hmはコイル出力電圧が最大値を取る時の外部磁界強度。
【請求項3】請求項1に記載の超高感度マイクロ磁気センサにおいて、
5 基板上に右巻きコイルの検出素子と左巻きコイルの検出素子の一対または複数対を設置し、左巻コイルと右巻コイルに反対向きに前記パルス電流が流れるように、ワイヤ通電用の電極2個とワイヤ端子を接続し、またコイル電圧検出用電極2個とコイル端子は前記ワイヤには前記パルス電流を通電した時に、右巻きコイルと左巻きコイルの出力電圧が外部磁界に比例した出力電圧が同符号に10 なり、かつ外部磁界がゼロの場合にパルス通電が作る円周方向磁界によって発生する出力電圧が異符号になるように接続することを特徴とする超高感度マイクロ磁気センサ。
【請求項4】請求項1に記載の超高感度マイクロ磁気センサにおいて、
15 前記基板上の前記磁性ワイヤ1本に、パルス電流の流れてくる方向に向けて一対の左巻きコイルの第1コイルと右巻きコイルの第2コイルとを取り付け、
また、前記第1コイルと前記第2コイルのそれぞれに、パルス電流の流れてくる方向に向けて、第1コイル端子と第2コイル端子とを設けて、
第1コイルの第1コイル端子と第2コイルの第1コイル端子とを接続し、
20 コイル出力電極と第1コイルの第2コイル端子とを接続するとともにコイルグランド電極と第2コイルの第2コイル端子を接続し、
かつ、
前記第1コイルおよび前記第2コイルの前記第1コイル端子と前記第1コイルおよび前記第2コイルの前記第2コイル端子とは前記磁性ワイヤの両側に配置25 し、
前記コイル出力電極から前記第1コイルの第2コイル端子への配線とコイルグ8ランド電極から前記第2コイルの第2コイル端子への配線が交差していることを特徴とする超高感度マイクロ磁気センサ。
【請求項5】請求項1に記載の超高感度マイクロ磁気センサにおいて、
5 前記基板上の2本の前記磁性ワイヤは、並列かつパルス電流がお互いに反対方向に流れるように接続して配置し、
一の前記磁性ワイヤにパルス電流の流れてくる方向に向けて一対の左巻きコイルの第1コイルと右巻きコイルの第2コイルとを取り付け、
他の前記磁性ワイヤにパルス電流の流れてくる方向に向けて一対の左巻きコイ10 ルの第3コイルと右巻きコイルの第4コイルとを取り付け、
また、前記第1コイルと前記第2コイルと前記第3コイルと前記第4コイルのそれぞれに、パルス電流の流れてくる方向に向けて、第1コイル端子と第2コイル端子とを設けて、該コイルのコイル端子間の接続は、前記磁性ワイヤの2本の間に配置し、前記第1コイルの第1コイル端子と前記第4コイルの第2コ15 イル端子を接続し、前記第4コイルの第1コイル端子と前記第2コイルの第1コイル端子を接続し、前記第1コイルの第2コイル端子と前記第3コイルの第2コイル端子を接続し、
前記コイルのコイル端子と接続する電極は、前記2本の磁性ワイヤの両側に配置し、コイル出力電極から前記第3コイルの第1コイル端子への配線とコイル20 グランド電極から前記第2コイルの第2コイル端子への配線が前記2本の磁性ワイヤの間で交差していることを特徴とする超高感度マイクロ磁気センサ。
【請求項6】請求項1、請求項3ないし請求項5のいずれかに記載された超高感度磁気マイクロ磁気センサにおいて、
25 プログラミング演算電子回路またはソフトプログラム演算の手段を用いて、磁界Hにおけるコイル電圧の測定値から、磁界ゼロにおけるコイル誘導電圧を差9し引くことを特徴とする超高感度マイクロ磁気センサ。
【請求項7】請求項1、請求項3ないし請求項6のいずれかに記載された超高感度磁気マイクロ磁気センサにおいて、
5 内蔵した温度センサと温度依存性補正プログラムを使ったVsに対する温度の影響を補正する手段を有することを特徴とする超高感度マイクロ磁気センサ。
3 本件審決の要旨(ただし、後記4の取消事由と関連する事項に限る。)本件発明ア 本件発明は、所定の異方性磁界を有し、2相の磁区構造(円周方向の表10 面磁区と軸方向のコア磁区)の磁性ワイヤに対して、パルスの立ち上がりがギガヘルツオーダーのパルス電流を所定の強度で通電すると、検出される電圧が、外部磁場の変化に伴って正弦関数として変化することを実験的に見出し、当該実験式(式(1))を外部磁場の測定に用いて磁気センサとして構成したことを要点とするものである。
15 超高速スピン回転現象(GSR現象)と、ワイヤの磁気インピーダンスが大きく変化する電磁現象(MI現象)は、動作の原理が異なるものであり、MI現象は、周波数が1MHzから30MHzで発現し、表面磁区とコア磁区の境界に存在する90度磁壁の振動に起因するのに対して、GSR現象は0.5GHzから4GHzで生じて、表面磁区のスピン回転に起20 因するものである。
本件発明において関係式(1)の正弦関数関係が「超高速スピン回転現象」に由来し、従来のMI現象と原理的に異なるものであることについては、厳密には仮説(以下「GSR仮説」という。)であるが、GSR仮説の妥当性については、当該分野の今後の研究の進展に左右される可能性があ25 ることは排除できないものの、査読付論文に掲載され、国際会議で招待講演を受けるなどの国際的評価に加え、請求人(原告)が「超高速スピン回10転現象(GSR現象) と称される現象の存在自体については明示的に争っ」ていないことを考慮すると、本件特許の明細書及び図面においてGSR仮説に基づいて本件発明を理論的に説明した内容は、現時点では正しいものとして取り扱うのが相当である。
5 イ 本件発明のGSR現象を利用したセンサ(GSRセンサ)が、MIセンサの先行技術に比較して本質的である構成は、次の@ないしCの4つの事項(以下「本件事項」という。)であり、これらの事項に係る理論的な側面については、現時点では正しく説明されていると考えるべきであって、そのことを前提にして無効理由の存否の検討が行われるべきである。
10 @ 磁性ワイヤが「円周方向スピン配列を持つ表面磁区と軸方向にスピン配列を持つ中央部コア磁区の2相の磁区構造を有してな」るという事項A 磁性ワイヤに通電するパルス電流の「周波数は0.5GHz〜4.0GHzで」あるという事項B パルス電流が「該ワイヤ表面に異方性磁界の1.5倍以上の円周方向15 磁界を発生させるのに必要な電流強度以上」とされる事項C 「前記磁性ワイヤに前記パルス電流を通電することによって、前記表面磁区内のワイヤ軸方向の磁界により軸方向に傾斜した円周方向スピンを超高速に一斉回転させて、その時に生じる超高速スピン回転現象による前記ワイヤの軸方向の磁化変化のみをコイル出力として取り出し、関20 係式(1)を使って磁界Hに変換する」という事項無効理由1(サポート要件違反)ア 判断基準サポート要件を充足するには、明細書に接した当業者が、特許請求された発明が明細書に記載されていると合理的に認識できれば足り、また、課25 題の解決についても、当業者において、技術常識も踏まえて課題が解決できるであろうとの合理的な期待が得られる程度の記載があれば足りるの11であって、厳密な科学的な証明に達する程度の記載までは不要であると解される。なぜなら、サポート要件は、発明の公開の代償として特許権を与えるという特許制度の本質に由来するものであるから、明細書に接した当業者が当該発明の追試や分析をすることによって更なる技術の発展に資5 することができれば、サポート要件を課したことの目的は一応達せられるからであり、また、明細書が、先願主義の下での時間的制約もある中で作成されるものであることも考慮すれば、その記載内容が、科学論文において要求されるほどの厳密さをもって論証されることまで要求するのは相当ではない。
10 イ 無効理由1−1請求人(原告)の主張請求項1の「前記磁性ワイヤは、10G以下の異方性磁界を有し」なる記載の「前記磁性ワイヤ」とは、それ以前の「基板上に導電性を有する磁界検出用磁性ワイヤと・・・を設置した磁界検出素子」という記載15 からみて、基板上に設置された磁性ワイヤを指すものと解される。しかしながら、発明の詳細な説明には、基板上に設置された磁性ワイヤが10G以下の異方性磁界を有する構成は開示されていない。
判断磁性ワイヤの異方性磁界はワイヤの長さによって大きく変化する特性20 値であり、長さを短くすると、反磁界係数が大きくなるから、異方性磁界が増大することは技術常識(以下「技術常識A」という。)である。
本件出願時の願書に添付した明細書(以下、図面を含めて「本件明細書」という。)の【0034】【0036】【0059】等の記載を踏ま、 、
えれば、請求項1の記載における「該ワイヤ表面に異方性磁界の1.525 倍以上の円周方向磁界を発生させるのに必要な電流強度以上」という記載中の「異方性磁界」は、
「基板上に設置された状態のワイヤの異方性磁12界」の意味であるが、請求項1の記載における「前記磁性ワイヤは、10G以下の異方性磁界を有し」という記載中の、
「異方性磁界」は、材料の特性であり、「十分に長い状態のワイヤの「異方性磁界」」の意味であることは明らかである。
5 したがって、磁性ワイヤが10G以下の(十分に長い状態の物性値としての異方性磁界)を有する構成は、本件特許の明細書の発明の詳細な説明に記載されたものであると認められる。
ウ 無効理由1−2請求人(原告)の主張10 請求項1は、超高速スピン回転現象による軸方向の磁化変化以外の現象がわずかに含まれている現象を取り出す、つまり、軸方向の磁化変化のみを実質的に取り出すとの意味ではなく、超高速スピン回転現象による軸方向の磁化変化以外の現象を全く含まない現象を取り出す、つまり、
「その時に生じる超高速スピン回転現象による前記ワイヤの軸方向の磁15 化変化のみを純粋にコイル出力として取り出し」という文言どおりの意味と解される。
しかしながら、本件特許の発明の詳細な説明には、
「その時に生じる超高速スピン回転現象による前記ワイヤの軸方向の磁化変化のみを純粋にコイル出力として取り出」す手段又は方法が具体的に記載されておらず、
20 そのようなものが技術常識であったともいえないから、本件発明1は、
発明の詳細な説明において発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載されておらず、発明の詳細な説明において記載された範囲を超えている。
「磁化変化」だけを純粋に検出したコイル電圧は、
「磁化変化」に起因25 する電圧だけを含むと理解されるし、それ以外の意味に理解することはできない。
「磁化変化」に起因する電圧と、熱雑音に起因する電圧とは異13なるものであるから、
「磁化変化」に起因する電圧だけを含むコイル電圧は、熱雑音に起因する電圧を含まないと理解するし、それ以外の趣旨に理解することはできないから、信号としての磁化変化のみを検出するという表現と、出力電圧にノイズとして熱雑音が含まれることとは矛盾し5 ているとしか理解できない。
判断「熱雑音」とは、物質内の電子の不規則な熱振動によって生じる雑音であるところ、これは絶対零度という極限状態(T→0)に冷却しない限り、完全に排除することができないものであり、こうした極限状態に10 該当しない環境において使用される本件発明の「磁気センサ」において、
コイル電圧は、熱雑音に起因する電圧を含まず、それ以外の趣旨に理解することはできない旨の請求人(原告)の主張は、熱力学、統計力学を無視した主張である。
請求項1の「超高速スピン回転現象による前記ワイヤの軸方向の磁化15 変化のみをコイル出力として取り出し」との記載について、軸方向の磁化変化のみを純粋にコイル出力として取り出すとの意味であるとの請求人(原告)の解釈は、誤った解釈である。熱力学・統計力学を含む物理学の法則を踏まえつつ、請求項1の全体の記載も含めて上記記載を理解しようとすれば、上記記載において「のみ」という表現を用いたのは、
20 全体として、「90度磁壁の移動による磁化回転」現象に比較して、「超高速スピン回転現象による前記ワイヤの軸方向の磁化変化」が支配的な領域を用いることにより、もっぱら「超高速スピン回転現象による前記ワイヤの軸方向の磁化変化」「をコイル出力として取り出し」の意味であることは、理科系の素養と常識を有する当業者には明らかである。
25 エ 無効理由1−3−2請求人(原告)の主張14請求項1の関係式(1)について、請求項1の全範囲で正弦関数関係が成立するというためのデータが不足しているから、請求項1に記載された発明特定事項を備える磁気センサでは、常に、関係式(1)が成り立つことについて、当業者が認識できる程度に本件明細書の発明の詳細5 な説明に記載されたものとはいえない。
判断a 請求項1においては、「前記表面磁区内のワイヤ軸方向の磁界により軸方向に傾斜した円周方向スピンを超高速に一斉回転させて、その時に生じる超高速スピン回転現象による前記ワイヤの軸方向の磁化変10 化のみをコイル出力として取り出し、関係式(1)を使って磁界Hに変換する」と記載されているから、「コイル出力」は、「超高速スピン回転現象」に結び付いた「sin(πH/2Hm)」に比例するものだけに限定されていることは明らかである。
また、
「コイル出力」が、ワイヤの長さL、ワイヤの直径D、パルス15 電流の表皮深さp、コイルの巻き数Nc、パルス周波数fに比例することは明らかであり、これらのパラメータは、上述の正弦関数関係とは無関係な因子である。
そうすると、本件発明に係るサポート要件については、
「コイル出力」が正弦関数関係を充足するような実験事実が少なくとも一つ存在する20 ことを確認できれば、当該要件は満たされるというべきであって、たとえその実験データが一つであったとしても、正弦関数関係の成立が確認された以上、その実験データでは不足であるということにはならない。
b パルス電流の周波数について検討すると、正弦関数関係が明確に認25 識できる図3に加えて、パルス周波数とコイル出力電圧の関係を示す図4のグラフが少なくとも0.5GHzから4.0GHzの範囲で相15当の強度が得られていることが開示されており、図4のグラフの形状を説明するための合理的定性的な説明が本件明細書の【0056】から【0057】に開示されているから、0.5GHzから4.0GHzの範囲でも正弦関数関係が成立するだろうとの合理的な期待が当業5 者には得られる程度の記載があるということができる。また、請求人(原告)は「本件特許の発明の詳細な説明には、図3のグラフにプロットされているデータを取得するための条件すら、当業者が理解できる程度に明確に記載されてはいない。 とも主張しているが、
」 正弦関数関係を示すための実験としては、当業者に過度の試行錯誤を要するよ10 うな事情は認められない。
次に、本件明細書の【0040】【0041】【0056】及び【0、 、
057】等の記載を参酌すると、パルス周波数fを十分に高くすることにより表面磁区の厚みよりも表皮深さを薄くすることにより(表皮深さは周波数の平方根の逆数に比例する) 表面スピンの一斉回転を惹、
15 起せしめることができ、しかし、パルス周波数fを大きくしすぎると、
高速化に伴って渦電流が増加しスピン回転を抑制するようになり、さらに5GHz近くまでパルス周波数を高めると、スピンの歳差運動やスピン共鳴現象が発生し始め、各スピンは交換作用力に打ち勝って回転を始めて、コイル出力電圧が低下するから、したがって、最適周波20 数域が存在し、それは0.5GHzから4GHzであることが理解できる。また、本件明細書の【0043】には「微弱で高速な信号をコイルで検知するためには、微細コイルが必要である。単位長さ当たりのコイルピッチを30μmから10μm以下としコイル内径を15μm以下とし、磁性ワイヤとコイルとの間隔をコイル式MIセンサの125 0μmから3μm以下として、ワイヤとコイルとの電磁結合を強めて、
コイル数Nに比例した出力電圧を得ることに成功した。 との記載があ」16るように、コイルピッチの特定及びコイル内径の特定は、信号強度を高めるためであり、正弦関数関係を生じるGSR現象にとって本質的なパラメータではないことは明らかである。
したがって、GSR現象を生じさせるためには、基本的にパルス周5 波数のみによることは明らかであるから、パルス周波数以外の条件を「どのように変化させればパルス周波数をギガヘルツオーダーに高めることによってGSR現象が生じるか、どういう場合にGSR現象が起き、どういう場合にGSR現象が起きないかを、当業者は理解困難である」との請求人(原告)の主張は、GSR現象がパルス周波数を本10 質的な発生条件とすることを無視したものであり、失当であって、理由がない。
以上のとおりであるから、前記aの判断とは異なり、請求項1がGSR現象を示すものだけに限定されていないという立場からみても、
本件特許の特許請求の範囲の記載は、サポート要件を満たしている。
15 したがって、無効理由1−3−2も理由がない。
オ 無効理由1−4請求人(原告)の主張請求項1には、@磁性ワイヤに関して異方性磁界が10G以下である、
Aパルス電流の周波数が0.5G〜4GHzである、Bパルス電流の強20 度が異方性磁界の1.5倍以上の円周方向磁界を発生させる強度である、
Cコイルピッチが10μm以下、かつ、コイル内径が25μm以下である、との数値限定を備えるところ、これらの構成と効果の関係が発明の詳細な説明において当業者に理解できるように記載されておらず、請求項1に係る発明は、発明の詳細な説明の課題を解決できるものであると25 はいえず、また、各数値範囲の臨界的意義が不明である。
判断17a 磁性ワイヤに関して、異方性磁界が10G以下である点について本件明細書の【0007】の「異方性磁界を大きくすると透磁率 μが1000程度と著しく小さくなり、感度が大きく低下してしまう。」と【0055】の記載等から、異方性磁界を10G以下とすることは、
5 微弱な信号をできるだけ大きくして感度を向上させるための条件として技術上の意義があることを認識できることは明らかである。
b パルス電流の周波数が0.5〜4GHzである点について本件明細書の【0056】及び【0057】の各記載、並びにパルス電流の周波数とコイル出力電圧(センサ出力)との関係を示す図410 から、おおよそ2〜3GHzでコイル出力電圧が最大となり、そこから離れるにつれて出力が低下していることが読み取れることから、請求項1の「0.5〜4GHz」という値が、超高速スピン回転現象(GSR現象)を発現させ、そのセンサ出力の強度を大きくする条件として技術上の意義があることを認識できることは明らかである。
15 請求人(原告)は、本件特許の明細書には、パルス周波数が「f=1/2dt」で定義されているところ、当該定義によるパルス周波数と電流の表皮深さとの関係を具体的に開示する記載はなく、パルス周波数を0.5GHz以上にしたときに、電流の表皮深さが1μm以下になることの技術的な意味を当業者に理解できるように記載されてい20 るとはいえないとも主張するが、表皮深さが、 「表皮深さ δ=次式 (2ρ/ωμ)1/2」(ここで、ρ は抵抗率、μ は透磁率、ω は正弦波電流の角周波数をそれぞれ表す。 で求められることが技術常識であること)について両当事者に争いはないところ、パルス周波数f=1/2dtが大きくなればフーリエ成分として ω の高周波成分が多くなること25 は明らかであるから、f=1/2dtが大きくなれば電流の表皮深さが小さくなることは自明であり、当業者が前記周波数の数値範囲の限18定の技術的意味を理解できないとは認められない。
c パルス電流の強度が異方性磁界の1.5倍以上の円周方向磁界を発生させる強度である点について「異方性磁界」とは、当該値以上の磁場であれば、スピンが磁場の方5 向にそろうことを意味しているのであるから、
「異方性磁界の1.5倍以上」ということは、スピンが十分に同じ方向にそろうように、異方性磁界よりも十分大きな磁場が掛けられるようにという意味であることは、当業者には明らかである。このことは、本件明細書の【0082】において、
「パルス電流の強度は、50mA以上としてワイヤ表面10 にHmの1.5倍以上の十分大きな円周磁界Hθ を発生させて表面スピンの一斉回転を実現した。 と述べられていることとも合致するもの」である。
d コイルピッチが10μm以下、かつ、コイル内径が25μm以下である点について15 コイル内径が25μm以下であることは、少なくとも小型化に寄与するので、本件明細書に当該限定をすることの意義について特段の説明がなくとも、発明が記載されていないことにはならない。
なお、
【0060】の記載からも明らかなように、コイルピッチが小さくなれば、単位長さ当たりのコイル巻き数は増えるから、出力電圧20 が大きくなることは自明である。
e 臨界的意義について数値範囲の境界に臨界的意義がなくとも、当該数値限定の技術上の意義を認識できれば発明を認識できるから、数値限定を伴う発明がサポート要件を充足するか否かの判断において、数値限定の技術上の意25 義が理解できることは要するとしても、それ以上に数値の境界に臨界的意義があることまでを要しないことは、自明のことである。したが19って、臨界的意義を要するとする請求人(原告)の主張は、失当であって採用できるものではない。
請求人(原告)は、数値限定発明について、同質の効果を奏する先行技術がある場合に、数値の境界に臨界的意義がないと進歩性が欠如5 するとの判断が示されることがあることと混同していると思われる。
無効理由2(明確性要件違反)(無効理由2−5)ア 請求人(原告)の主張請求項1の「異方性磁界」について、本件明細書においては、
「磁性ワイヤのコア磁区における磁壁移動が終了した後で、磁性ワイヤの表面磁区に10 おけるスピン回転が開始するときの磁界強度」と定義されているところ、
これに従うと、「異方性磁界」は、「超高感度マイクロ磁気センサ」の磁性ワイヤの中で生じている現象としてはあり得ないタイミングで印加される磁界強度として定義されることになり、当業者が理解することができないものであるから、「異方性磁界」の定義が不明確である。
15 イ 判断学術用語である「異方性磁界Hk」は、磁気異方性を有する物質において、磁化容易軸方向に磁化を揃えようとする磁界が存在していると考えた場合の等価的な仮想的磁界のことであって、この仮想的な磁界の下での磁化の向きによって定まる物質内部のエネルギーが磁気異方性エネルギー20 と等価となるという条件から求められる仮想的な磁界のことであり、確立した学術用語である。
ところが、本件明細書の【0021】には、
「磁化曲線において、急峻な立上域は磁壁移動による磁化過程で、緩やかに増加する域は磁化回転による磁化過程である。磁化回転が始まる磁界強度を異方性磁界Hkと定義す25 る。」との記載があるので、本件特許における「異方性磁界」の意味が確立した上記技術用語と異なるものであるかについて検討することが必要と20なるところ、磁化曲線の直線部分の外挿線と「磁化=飽和磁化」の直線の交点から異方性磁界を求めること、すなわち、
「異方性磁界Hk=Ms/χo、Msは飽和磁化、χoは磁化曲線の直線部分の傾き)」は、日本磁気学会編「磁気便覧」(丸善、平成28年1月30日発行、 495−496、
p.5 p.499−500)等から、技術常識(以下「技術常識B」という。)であると認められる。
無効理由3(実施可能要件違反)ア 請求人(原告)の主張本件明細書には、「超高速スピン回転現象による前記ワイヤの軸方向の10 磁化変化のみをコイル出力として取り出し」という技術的手段を具現すべき材料、装置、工程等が明瞭に記載されているとはいえず、また、
「その時に生じる超高速スピン回転現象による前記ワイヤの軸方向の磁化変化のみを純粋にコイル出力として取り出し」との事項は、本件特許の出願時において技術常識であったとはいえない。したがって、
「超高速スピン回転現15 象による前記ワイヤの軸方向の磁化変化のみをコイル出力として取り出し」という技術的手段を具現すべき材料、装置、工程等を、出願時の技術常識に基づいて当業者が理解できるとは到底いえないから、抽象的又は機能的に記載された技術的手段を含む本件発明1を、当業者が実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたものに該当するとはいえず、本20 件発明3ないし7も同様である。
イ 判断請求人(原告)の主張する無効理由3は、請求項1の「その時に生じる超高速スピン回転現象による前記ワイヤの軸方向の磁化変化のみをコイル出力として取り出し」との記載を「その時に生じる超高速スピン回転現25 象による前記ワイヤの軸方向の磁化変化のみを純粋にコイル出力として取り出し」と解釈することを前提とするものであるが、このような解釈が21誤っていることは、前記 ウ のとおりであるから、請求人(原告)の主張は失当であり、理由がない。
したがって、無効理由3によっては、本件発明1、3ないし7についての特許を無効とすることはできない。
5 4 取消事由サポート要件違反の判断の誤り(取消事由1)実施可能要件違反の判断の誤り(取消事由2)明確性要件違反の判断の誤り(取消事由3)第3 当事者の主張10 1 取消事由1(サポート要件違反の判断の誤り)原告の主張ア 「GSR現象」が新現象を発見した基本発明であるとの前提で各無効理由を判断したことの誤り前記第2の3 のとおり、本件審決は、@磁性ワイヤが「円周方向ス15 ピン配列を持つ表面磁区と軸方向にスピン配列を持つ中央部コア磁区の2相の磁区構造を有してな」るという事項、A磁性ワイヤに通電するパルス電流の「周波数は0.5GHz〜4.0GHzで」あるという事項、
Bパルス電流が「該ワイヤ表面に異方性磁界の1.5倍以上の円周方向磁界を発生させるのに必要な電流強度以上」とされる事項、C「前記磁20 性ワイヤに前記パルス電流を通電することによって、前記表面磁区内のワイヤ軸方向の磁界により軸方向に傾斜した円周方向スピンを超高速に一斉回転させて、その時に生じる超高速スピン回転現象による前記ワイヤの軸方向の磁化変化のみをコイル出力として取り出し、関係式(1)を使って磁界Hに変換する」という事項を挙げて、本件発明のGSR現25 象を利用したセンサ(GSRセンサ)がMIセンサの先行技術に比較して本質的構成である旨判断した。
22しかし、@の2相の磁区構造を有する磁性ワイヤについては、本件出願前に公刊されたMIセンサに関する文献(甲13)において、
「MI現象の基本原理はアモルファスワイヤ表面の円周方向のスピン配列構造にある」と記載されているように、MIセンサに共通する事項である。ま5 た、Bのパルス電流が所定の強度以上であるという点について、本件明細書には、
「パルス電流の強度は、50mA以上としてワイヤ表面にHmの1.5倍以上の十分大きな円周磁界Hθを発生させて表面スピンの一斉回転を実現した。 、
」 「望ましくは70mAから150mA」 【008(2】)と記載されているところ、MIセンサにおいても、80mA(甲110 2・【0023】 、150mA(甲7・) [0033])のパルス電流が用いられているのであるから、MIセンサにも共通する事項である。
このため、GSR現象の特徴となり得る点は、AとCを見出した点にあるが、以下の 及び のとおり、これら2点によってはMIセンサが基礎とするMI現象(なお、原告は、
「MI効果」というが、以下、本件15 審決が用いる「MI現象」という用語で便宜統一することとする。)とGSRセンサが基礎とするGSR現象を区別することはできない。
a 本件出願日前に出願された、発明の名称を「磁気検出装置」(MIセンサ)とする国際出願(甲7。以下「甲 7 文献」という。)において、
「本発明に係るパルス電流の換算周波数は0.3〜3GHzさらには20 0.4〜2.0GHzであると好ましい」[0017]とあるとおり、
従来から、MIセンサにおいても周波数がギガヘルツオーダーのパルス電流を用いており、しかも、甲7文献の「換算周波数」の定義(f=1/4Δt)は、本件特許における「パルス周波数」の定義(f=1/2dt)とは異なるところ、甲7文献の「換算周波数」における25 「0.3〜3GHz」及び「0.4〜2GHz」は、本件特許における「パルス周波数」の「0.6〜6GHz」及び「0.8〜4GHz」23にそれぞれ相当するものであって、本件特許のパルス電流の周波数とほぼ完全に重複するものである。また、本件出願日前に出願されたMIセンサに係る特許出願(甲12)における「周波数0.3〜1.0GHz」(【0023】 は、
) 本件特許における「パルス周波数」 「0.の5 6GHz〜2.0GHz」に相当する。さらに、本件出願前に公刊されたMIセンサに係る文献(甲13)には、MI出力とパルスの急峻性の関係について、
「ワイヤのインピーダンスの虚部の変化は、0.5GHzから0.8GHzの間で最大となる」と記載されているところ、
本件特許における「パルス周波数」でいえば「1.0GHzから1.10 6GHzの間で最大となる」ことであり、従来技術であるMIセンサにおいても、本件発明におけるパルス電流の周波数に係る数値限定範囲(0.5GHz〜4.0GHz)内でコイル出力が最大となる場合があることを示すものである。
以上によれば、MI現象パルス電流の周波数がギガヘルツオーダー15 (0.5GHz〜4.0GHz)であることによっては、従来技術であるMI現象とGSR現象を区別することはできない。
b パルス電流の周波数がギガヘルツオーダー(0.5GHz〜4.0GHz)であることによってMI現象とGSR現象を区別することは、
本件明細書の図4の記載と矛盾するものである。すなわち、本件明細20 書には、MIセンサにつき、
「パルス周波数を0.2GHzから0.5GHzへと増加すると出力が2倍程度向上するが、それ以上の高周波では出力が頭打ちとなり減少する」【0010】( )との記載があり、以下のとおり、図4が開示されている。
24(図4)510原告は、MIセンサが図4のとおりに挙動するものと認めるものではないが、仮に、同じように周波数がギガヘルツオーダーのパルス電流が印加された場合に、図4の(A)のようにGSR現象が生じる例と、図4の(B) (C)の比較例のようにGSR現象が生じない例があるとす、
15 るならば、周波数がギガヘルツオーダーのパルス電流が印加されたということ以外にも、GSR現象が生じるために必要なパラメータがあるということになるが、本件明細書には、周波数がギガヘルツオーダーであるパルス電流を印加した以外のGSR現象が生じるために必要となる本質的なパラメータについては全く説明がない。
20 本件明細書の図3は、以下のとおり、MIセンサに関して原告が本件出願前に出願した、発明の名称を「超高感度マグネトインピーダンスセンサ」とする特許出願(甲12。以下「甲12文献」という。)の図4と酷似している。
25(本件明細書の図3) (甲12の図4)原告は、本件発明であるGSRセンサと称する磁気センサの磁場変化に対する出力が正弦関数関係を示すものであると認めるものではないが、
5 仮に、本件審決が判断するように、本件明細書の図3から「正弦関数関係が明確に認識できる」というものであれば、従来技術であるMIセンサにかかる甲12文献の図4からも正弦関数関係を明確に認識できることになり、しかも、前記 aのとおり、甲12文献のMIセンサは、MIセンサにギガヘルツオーダーのパルス周波数の電流を印加したもので10 あるから、このことは、従来技術であるMIセンサにおいても、正弦関数関係を明確に認識できる出力が得られていたことを示すものである(正弦関数関係が明示されていないのは、実際に、コイル式MIセンサによって外部磁界を測定する場合においては、測定時の様々なノイズ等の影響等を考える必要があり、直線(比例関係)で計算するほうが計算15 が容易であるため、直線(比例関係)として近似できる範囲のみを磁気センサの有効な測定範囲として使用しているにすぎない。 。
)したがって、正弦関数関係を示す出力が確認できることによっては、
MI現象とGSR現象を区別することはできない(なお、コイル式MIセンサにおける正弦関数関係のグラフについては、甲12文献の図4の26ほか、甲13の図18、甲15の図9も参照)。
本件明細書は、パルス電流を通電したときに、
「MIセンサは90度磁壁の移動による」磁化回転を検知するのに対して、GSR現象に基づくGSRセンサは、表面磁区内のスピン回転のみを純粋に検知する全く新「5 しい原理」【0018】( )のセンサであると説明し、従来のMIセンサないしMI現象について、MI現象は、
「1MHzから30MHzの高周波あるいはパルス電流を通電し、二つの磁区の間にある90度磁壁を振動させる」【0004】 、コイル検出型のMIセンサは、
( ) 「パルス通電時に円周方向磁界によって90度磁壁がコア部に浸透し、軸方向磁化が円周10 方向に回転し、軸方向の磁化の変化が起きる。 (」 【0005】 、
) 「技術進歩の核心は、表面磁区とコア磁区の間に存在する90度磁壁の高周波振動というMI現象の発見」【0008】( )等と記載して、表面磁区とコア磁区の2相の磁区構造を有する磁性ワイヤにおいて、従来技術であるMIセンサは表面磁区とコア磁区の間にある90度磁壁を移動ないし振動15 させるのに対し、GSRセンサは表面磁区の磁気を回転させるものであるとの動作原理を説明して、原理的に異なる新たな物理現象であるように見せかけている。
しかしながら、前記 のとおり、従来技術であるMIセンサにおいても、ギガヘルツオーダーのパルス周波数の電流が印加されているのであ20 って、
「1MHzから30MHzの高周波あるいはパルス電流を通電」というMIセンサの周波数の説明には誤りがある。その点を措くとしても、
コイル式MIセンサは、外部磁界に関し、パルス電流が流れ始めるとき、
又はパルス電流が止まるときに生じるワイヤ表層部の磁気モーメントの回転を検出コイルにより検出していると考えられており、高周波のパル25 ス電流を用いることにより、表皮効果によって円周方向の磁界を磁性ワイヤ表層部(表面磁区)だけに加え、磁気ノイズの原因となる磁性ワイ27ヤの内部(コア磁区)の磁化を引き起こさないようにすることで、高感度の磁気センサになると考えられている(甲32、102)。また、MIセンサより前世代のFGセンサ等は、磁壁移動が主となって動作するため、パルス電流のような非常に短時間の電気信号による応答を得ること5 はできないが、MIセンサにおけるMI現象は、磁壁移動がなく、ワイヤ表層部の磁気モーメントの回転のみで動作するためパルス応答が可能であり、消費電力の少ない小型の磁気センサとすることが容易であると考えられている(甲120)。
このように、コイル式MIセンサは、90度磁壁の移動ないし振動に10 よる磁化回転を検出するものと考えられておらず、検出コイルは、磁性ワイヤの表面磁区の磁気モーメントの回転を検出するものと考えられており、本件特許におけるGSRセンサが基礎とするGSR現象の動作原理の説明と同様である。
したがって、MIセンサが基礎とするMI現象とGSRセンサが基礎15 とするGSR現象は、区別して理解することができない。
以上によれば、本件審決が認定した本件事項によっては、MIセンサが基礎とするMI現象とGSRセンサが基礎とするGSR現象は区別することができず、「超高速スピン回転現象(GSR現象)」なるものは、
MI現象と「原理的に異なる物理現象」であると実証されたものではな20 いから、本件審決は、無効理由の判断の前提において誤りがある。
イ 記載要件の立証基準を緩和した無効理由の判断手法の誤り特許の記載要件(サポート要件、明確性要件、実施可能性要件)は、発明を公開する代償として一定期間にわたり発明者に当該発明の実施につき独占的権利を付与するという特許制度の根幹から導かれるものであり、
25 仮に、その特許に係る発明が新現象を発見した基本発明であるとしても同じである。本件審決は、本件特許が技術的に価値のある「新現象を発見し28た基本発明」に係るもの、又はその可能性を否定することができないという誤った前提の下で、特許の記載要件の立証基準が緩和されると解釈し、
記載要件の不備をあえて看過したものであり、判断手法において誤りがある。
5 仮に、GSR仮説が正しいという前提に立つとしても、特許の記載要件の立証基準は緩和されるものではなく、むしろ「新現象を発見した基本発明」であるということが理解できるように、具体的な実験結果に基づいて発明の記載、開示がされていなければならないが、本件審決は、GSR仮説が正しいことを所与の前提として各無効理由を判断しており、誤りであ10 る。
なお、本件審決は、
「GSR仮説」が正しいことの論拠として、@GSR仮説に対する国際的な学術的評価、A原告が「超高速スピン回転現象(GSR現象)」と称される現象の存在自体について明示的に争っていないことを挙げるが、@については、被告の代表者による論文又は学会発表であ15 って第三者による追試等は含まれておらず、Aについては、原告は本件無効審判の段階から、GSR現象の発現条件の不足を無効理由の1つとして主張し、GSR現象の存在自体に疑問を呈し争っていたのであるから、本件審決の判断には誤りがある。
ウ 本件明細書には、MI現象とは異なるGSR現象の発現条件が理解でき20 る記載ないし開示が不足していること正弦関数関係の成立が確認されたとしても、MI現象とは全く異なる新しい原理に基づくGSR現象を裏付ける実験データであるとはいえない。前記ア 及び のとおり、本件明細書の図4のパルス電流の周波数がギガヘルツオーダーであること、図3の出力電圧が外部磁場の変化に25 伴って正弦関数として変化する(超高速スピン回転現象による軸方向の磁化変化をコイル出力として取り出し、正弦関数を含む関係式(1)を29使って磁界Hに変換する)ことによっては、MI現象とは全く異なる新しい原理に基づくGSR現象を示していると断定できる情報にはなっておらず、この点を措くとしても、本件明細書には、正弦関数関係の成立を示す実験データは、パルス周波数が2GHzのパルス電流に関する15 点しかなく(図3)、パルス電流の周波数を0.5GHz〜4.0GHzの範囲で変更した場合に、その範囲内の全ての周波数で正弦関数関係が成立することを示すものではない。
また、前記ア のとおり、本件明細書には周波数以外の条件をどのように変化させればGSR現象が生じるかについて当業者が理解できるよ10 うな記載はない。
被告は、
「表皮深さp<表面磁区の厚みd」を確保することがGSR現象の発現条件であると主張するが、請求項1には「表皮深さp」や「表面磁区の厚みd」という用語は記載もなければ、両者の大小関係についての記載も示唆もない。本件特許が「MIセンサの100倍程度の性能15 向上を実現する磁気センサ原理と具現化条件を見出」(【0014】 した)ものであり、
「表皮深さp<表面磁区の厚みd」を確保することがGSR発現の条件であるならば、請求項にこうした発現条件の記載があって然るべきであって、被告の上記主張は、特許の請求項に基づかないものである。また、本件明細書には、
「表皮深さp<表面磁区の厚みd」とする20 ことが「望ましい」とされ(【0083】 、
) 「表皮深さp<表面磁区の厚みd」を確保することがGSR現象の発現のための必須条件とされていないから、被告の上記主張は、本件明細書の記載と矛盾するものであり、
本件特許に基づかない主張であって、主張の根拠を欠いている。
この点をひとまず措くとしても、本件明細書には、前記第2の3 の25 本件審決が認定した4つの事項のうち、@ないしBの条件が全て充足されたとしても、必然的に「表皮深さp<表面磁区の厚みd」という条件30が充たされることについての実験データの開示や説明もない。そうとすれば、本件特許は、請求項において、発明の詳細な説明に記載された発明の課題を解決するための手段が反映されていないため、発明の詳細な説明に記載した範囲を超えて特許を請求することになる場合に該当する5 から、サポート要件を欠く。
以上のとおり、本件明細書には、MI現象とは全く異なる新しい原理に基づくというGSR現象の発現条件が理解できるような記載・開示が不足しており、本件発明は、GSR現象の発現条件が不足しているから、
本件特許はサポート要件を充足しない。
10 エ 数値範囲の全体にわたって発明の効果を奏するものとはいえないこと本件特許は、請求項1において「周波数は0.5GHz〜4.0GHzで」といった数値限定を行った特殊パラメータ特許と評価されるものであり、こうした数値限定を行ったことの技術的意義と発明の効果との関係が明細書に記載されている必要があるところ、本件明細書には、2GHzの15 周波数の実施例しか記載されておらず、こうした実施例の記載からは、本件特許の請求項1に記載された数値の範囲内であれば、GSR現象が生じるのかを、従来技術であるMI現象と区別して理解することはできないし、
また、本件明細書からは、本件特許の請求項の範囲内であれば、いかなる機序(メカニズム)によりGSR現象が生じるのかを、従来技術であるM20 I現象と区別して理解することもできないから、本件特許はサポート要件を充足しない。
オ 「10G以下の異方性磁界を有する磁性ワイヤ」の構成は明細書の発明の詳細な説明に記載されたものではないこと請求項1は、「基板上に導電性を有する磁界検出用磁性ワイヤとそれに25 巻回した周回コイルとワイヤ通電用の電極2個とコイル電圧検出用電極2個を設置した磁界検出素子および前記磁性ワイヤにパルス電流を流す31手段とパルス電流を流した時に生じるコイル電圧を検知する回路とコイル電圧を外部磁界Hに変換する手段とからなる磁気センサにおいて、前記磁性ワイヤは、10G以下の異方性磁界を有し、かつ円周方向スピン配列を持つ表面磁区と軸方向にスピン配列を持つ中央部コア磁区の2相の磁5 区構造を有してなり、前記磁性ワイヤに通電するパルス電流は、該周波数は0.5GHz〜4.0GHzで、該ワイヤ表面に異方性磁界の1.5倍以上の円周方向磁界を発生させるのに必要な電流強度以上とし、
・・・」との発明特定事項であるところ、「基板上に導電性を有する磁界検出用磁性ワイヤとそれに巻回した周回コイルとワイヤ通電用の電極2個とコイル10 電圧検出用電極2個を設置した磁界検出素子」における「磁性ワイヤ」は、
「基板上に・・・磁性ワイヤと・・・周回コイルと・・・電極2個と・・・電極2個を設置した磁界検出素子」とあるから、基板上において磁界検出素子に設置されたものであり、その直後の「前記磁性ワイヤにパルス電流を流す手段とパルス電流を流した時に生じるコイル電圧を検知する回路15 とコイル電圧を外部磁界Hに変換する手段とからなる磁気センサ」における「前記磁性ワイヤ」は、
「磁気センサ」において「パルス電流を流す」べき客体として記載されているから、基板上において磁界検出素子に設置されたものである。そうすると、本件特許の請求項1の「前記磁性ワイヤは、
10G以下の異方性磁界を有し」という記載に含まれる「前記磁性ワイヤ」20 は、その直前に記載されている「前記磁性ワイヤ」及びその前の「基板上に通電性を有する磁界検出用磁性ワイヤとそれに巻回した周回コイルとワイヤ通電用の電極2個とコイル電圧検出用電極2個を設置した磁界検出素子」に含まれる「磁性ワイヤ」と同一の意味を有するものを解されるから、
「前記磁性ワイヤは、10G以下の異方性磁界を有し」における「前25 記磁性ワイヤ」も、基板上において磁界検出素子に設置されたものであるといえる。
32上記のとおり、本件特許の請求項1における「前記磁性ワイヤは、10G以下の異方性磁界を有し」なる記載の「前記磁性ワイヤ」は、
「基板上に設置された後の磁性ワイヤ」を指すものであり、したがって、当該記載における「異方性磁界」 「基板上に設置された状態のワイヤの異方性磁界」が5 の意味であることは一義的に明確であるから、本件発明は、基板上に設置された磁性ワイヤが10G以下の異方性磁界を有するという構成を含むものといえるところ、本件明細書の発明の詳細な説明には、そのような構成は開示されていないから、本件特許はサポート要件を充足しない。
カ 本件明細書の発明の詳細な説明には超高速スピン回転現象によるワイヤ10 軸方向の磁化変化のみを純粋にコイル出力として取り出す手段等は記載されておらず、技術常識でもないこと本件特許の請求項1は、「超高速スピン回転現象による前記ワイヤの軸方向の磁化変化のみをコイル出力として取り出し」との発明特定事項を含むところ、本件明細書には、
「同じ表皮効果でもMIセンサは90度15 磁壁の移動による磁化回転を検知するが、本発明センサは表面磁区内のスピンの回転のみを純粋に検知する全く新しい原理である。 (」 【0018】 、GSRセンサにおける「コイル出力電圧の原因としては、90度)磁壁の移動による磁化回転と表面磁区のスピン回転が考えられる。 【0」(039】)との記載があり、こうした記載からすると、GSRセンサにお20 いても、90度磁壁の移動による磁化回転」 「表面磁区のスピン回転」「 とのいずれもが「コイル出力電圧の原因」となると考えられるが、本件明細書には、コイル出力電圧から、
「表面磁区のスピン回転」に起因する電圧のみを取り出す手段又は方法か、あるいは「90度磁壁の移動による磁化回転」に起因する電圧を除去することを可能とする手段又は方法は25 記載されていないし、また、そうした手段又は方法が本件出願時の技術常識であったともいえないから、本件特許は、サポート要件を充足しな33い。
なお、本件審決は、前記第2の3 ウ のとおり、原告の主張を「熱雑音」に関する主張だけであると誤解した上で判断しているが、判断の遺漏である。また、特許請求の範囲には「超高速スピン回転現象による5 前記ワイヤの軸方向の磁化変化のみをコイル出力として取り出し」と記載されているにもかかわらず、これを字義通り「純粋に」と捉えるのではなく「支配的」又は「もっぱら」などとその程度を低減して解釈することは、不当な解釈であって、この点でも本件審決の判断は誤りである。
被告の主張10 ア GSR現象を発現するための条件についてGSR現象を発現するための条件は、「表皮深さpが表面磁区の厚さdよりも小さくする」ことであり 【0038】 、
( ) その具体的方法として、
@「円周方向スピン配列を持つ表面磁区と軸方向にスピン配列を持つ中央部コア磁区の2相の磁区構造を有してなる」という事項、A磁性ワイ15 ヤに通電するパルス電流が「該周波数は0.5GHz〜4.0GHzで」あるという事項、B「該ワイヤ表面に異方性磁界の1.5倍以上の円周方向磁界を発生させるのに必要な電流強度以上」のパルス電流を流すという事項であり(【0040】ないし【0042】 、これらの事項によっ)て、
「表皮深さpが表面磁区の厚さdよりも小さくする」を達成し、スピ20 ンの一斉回転現象であるGSR現象を発現させる 【0043】 。
( ) その際、
GHzパルスによって表皮深さpを小さくし、表面磁区の厚みdを張力処理やパルス磁界アニーリングによって厚くして、p<dを確保して、
90度磁壁より内部にあるコア磁区の磁化の回転を抑制して、スピンの回転による表面磁区内の磁化のみが回転するようにすることがGSR現25 象の発現条件であり、こうした項目が一体となることで、請求項1の関係式(1)の磁化依存性が生じることになる。
34原告は、前記 ア 及び のとおり、本件審決が認定した本件事項のうち、@ギガヘルツオーダーであることによってはMI現象とGSR現象は区別することができない、A正弦関数として変化することによっては、MI現象とGSR現象は区別することができない旨主張するが、G5 SR現象は、本件事項が密接に不可分一体となって発現するものであり、
個々の事項を取り上げて議論されるものではない。
この点を措くとしても、@に関して原告が指摘する各文献(甲7、12、13)は、被告代表者がコイル式MIセンサを使ってギガヘルツパルス研究を開始した頃の文献であるが、正弦関数関係は確認されておら10 ず、MIセンサの範疇に属するものである。また、原告は、本件明細書の図4に関して、周波数がギガヘルツオーダーのパルス電流が印加された場合に、(A)のようにGSR現象が生じる例と、(B) (C)の比較、
例のようにGSR現象が生じない例があるならば、周波数がギガヘルツオーダーのパルス電流が印加された以外にGSR現象が生じる必要なパ15 ラメータが存在するはずである旨主張するが、
(A)は、GSRセンサで本件発明の4つの事項(本件事項)とマイクロコイルを一体として採用したものであり、
(B)(C)は、甲12文献に記載されたワイヤの off-、
diagonal のインピーダンスの測定結果であって、この違いは、表面磁区の厚みdと表皮深さpの関係において、前者はp<dであるが、後者は20 p>dの条件下で生じるものと考えられるのであって、矛盾するものではない。
また、MIセンサにおいて、コイル出力と外部磁界の変化の関係は、
比例関係にあることは、理論的にも実験的にも裏付けられており(乙5、
15) MIセンサにおいては、
、 コイル出力と外部磁界の変化の関係は比25 例関係であることが技術常識であって、甲12文献、甲13文献では、
「正弦関数関係」というこれまでのMI現象の範疇では考えられないデ35ータないし現象が起きたことは記載も示唆もない(この点は、一次審決でも、原告が指摘する甲12文献の図4は、正弦関数関係に近い形状を有していることは見て取れるが、正弦関数関係であることを示唆するとまではいえず、
「外部磁界H」及び「コイル出力電圧が最大値を取る時の5 外部磁界強度Hm」を引数に含む正弦関数に「パルス周波数f」等を掛け合わせた数式として特定されている「関係式(1)」は、引用文献のいずれからも示唆されるものではないと結論付けられているとおりである。 。
)原告は、前記 ア のとおり、GSR現象とコイル式MIセンサは動10 作原理が区別することができない旨主張しているが、原告の主張は、つまるところ、GSR仮説のスピン回転を磁気モーメントの回転と同義であり、表層部(一部はコア磁区を含む。)を表面磁区であるとすり替えた上で主張するものであって、当を得ない。
GSR仮説は、正弦関数特性を表面磁区内のスピン回転に着目して説15 明したものであり、また、この仮説は、コイル電圧の周波数依存性について、MIセンサの0.2Gピーク、コイル式MIセンサの1GHzピークとも異なり、2.5GHzでピークを示すことを、従来の磁気モーメントの回転からスピン回転を想定することで説明したものである。つまり、磁気モーメントの回転は、大きな渦電流を伴うので高周波領域で20 は回転が抑制されるが、電子のスピン回転は、局所的な渦電流の影響を受けるだけで高速回転が可能となると考えられる。
仮に、MI現象とGSR現象が同じだというのであれば、MI現象に生じる大きなヒステリシス(履歴現象)とGSR現象でのヒステリシスの消失について説明すべきである。
25 イ 本件審決が記載要件の立証基準を緩和したとの点について原告は、前記 イのとおり、本件審決は、GSR仮説が基本発明である36との誤った価値評価をした上で立証基準が緩和されると解釈したものであるから、無効理由の手法において誤りがある旨主張するが、本件審決は、
正弦関数出力はGSR仮説によって説明することができるとの現時点での妥当性と、最終的には学会で決着付けるものであるとの立場に立って各5 記載要件を判断したものであって、その判断基準を緩和したものではない。
ウ 本件明細書には、MI現象とは異なるGSR現象の発現条件が理解できる記載ないし開示が不足しているとの点について原告は、前記 ウのとおり、本件明細書には、MI現象とは異なるGSR現象の発現条件が理解できる記載ないし開示が不足している旨主張10 するが、原告の上記主張は、MI現象とGSR現象は区別ができないことを前提としたものであって、誤りである。
その点を措くとしても、MI現象は、外部磁界とコイルの誘起電圧とが比例関係にあることが本件出願時の技術常識であるところ(この点は、
原告が1次審決で認めていたところである。 、本件明細書の図3には、
)15 コイル電圧と外部磁界とが正弦関数関係であることを示しており、MI現象とは全く異なる新しい物理現象であるGSR現象を裏付ける実験データである。
本件特許は、この正弦関数関係というMI現象の常識では考えられない実験結果の理屈の説明として、円周方向にスピンを持つ表面磁区と軸20 方向にスピンを持つコア磁区の2相の磁区を有するワイヤにおいて、本件事項によって、表皮深さp<表面磁区の厚さdとする一定の条件の下で、表面磁区の円周方向のスピンの回転のみがコイルで検知されているというメカニズム=超高速スピン回転現象(GSR現象)を提示し、発明の内容としたものであって、GSR現象は、実験結果によって裏付け25 られており、かつ、本件事項という発現条件やその超高速スピン回転現象というメカニズムによって特定されているものであり、原告が主張す37るような発現条件が不足しているという評価は当を得ない。
エ 数値全体にわたって発明の効果を奏するものとはいえないとする点について原告は、前記 エのとおり、本件特許が「周波数は0.5GHz〜4.5 0GHzで」といった数値限定を行った特殊パラメータ発明であることを前提として、こうした数値限定を行ったことの技術的意義と発明の効果との関係が本件明細書に記載されている必要がある旨主張するが、本件特許は、MI現象のメカニズムや原理に基づいて単にその条件(数値)を変えて顕著な効果を出すといった発明ではないから、本件発明は数値限定発明10 やパラメータ発明ではないし、MIセンサにおいては正弦関数関係が存在しない以上、本件明細書から、GSR現象の機序をMI現象と区別して理解することができることは明らかであるから、原告の主張は前提を欠くものである。
オ 「10G以下の異方性磁界を有する磁性ワイヤ」の構成は明細書の発明15 の詳細な説明に記載されたものではないとの点について異方性磁界は、反磁界が無視できるほど十分な長さの異方性磁界 「固有(の異方性磁界」という。)と、長さや反磁界に依存する異方性磁界(「有効な異方性磁界」という。)との両面を持つ、素材の形状に強く依存したものであることは、当業者の技術常識である。
20 本件発明は、磁性ワイヤの長さは限定されていないので、
「10G以下の異方性磁界」における「異方性磁界」は、長さに依存しない固有の異方性磁界のことを意味する。そして、製品である素子ワイヤの異方性磁界といえば、その数値は長さごとに決まるので、長さが指定されていない限り、
数値的には特定されていないと当業者は理解する。本件明細書の実施例125 にも、固有の異方性磁界Hk=5G、磁性ワイヤが0.2mmである場合、
有効の異方性磁界Hk=40Gとなることが記載されている。
38したがって、本件特許は、明細書に記載された発明であって、サポート要件を満たすものであり、原告の主張は誤りである。
カ 超高速スピン回転現象によるワイヤ軸方向の磁化変化のみを純粋にコイル出力として取り出す手段等は明細書に記載されていないとの点につい5 て本件明細書には、MI現象は、90度磁壁の移動が関与し、GSR現象には表面磁区内のスピン回転が関与すると説明している 【0040】 。
( )すなわち、MI現象は、表皮深さp>表面磁区の厚みdとなって90度磁壁の移動を惹起し、その影響を検知するが、GSR現象では、p<dの条件10 を確保してスピン回転しか生じないようにしており、スピン回転のみを取り出す方法が明確に記載されている。
原告は、本件明細書の「コイル出力電圧の原因としては、90度磁壁の移動による磁化回転と表面磁区のスピン回転が考えられる」 【0039】( )との記載をもって、GSRセンサにおいても90度磁壁の移動による磁化15 回転と表面磁区のスピン回転のいずれもがコイル出力電圧の原因となる旨主張するが、同段落で記載されていることはGSRに限ったことではなく、磁気センサの一般論を述べたものであって、全くの誤読であり、原告の主張は前提において誤りがある。
2 取消事由2(実施可能要件違反の判断の誤り)20 原告の主張ア 前記1 アのとおり、本件明細書には、当業者がMIセンサとの違いを明確に認識できるような、本件発明の技術上の意義を理解するために必要な事項の記載がない以上、当業者は、出願時の技術水準に照らしても、従来技術であるMI現象とは「原理的に異なる新たな物理現象」であるとい25 う技術上の意義を有するものとしての本件発明を実施することができない。
39また、前記1 カのとおり、本件特許の請求項1における「超高速スピン回転現象による前記ワイヤの軸方向の磁化変化のみをコイル出力として取り出し」という技術的手段の記載に関し、本件明細書には、当該技術的手段を具現すべき材料、装置、工程等が明瞭に記載されておらず、また、
5 本件出願時の技術常識に基づいて当業者は理解することはできないから、
この点からも、本件特許は実施可能要件に適合しない。
イ 被告は、前記1 ア のとおり、表面磁区の厚みdの方を、パルス磁界アニーリングを強めてp<dになるよう調整すればよいなどと主張するが、
「パルス磁界アニーリング」は一般的な用語ではない。一般的に「アニ10 ーリング」とは、金属の軟化、結晶組織の調整又は内部応力の除去のため、
適当な温度に加熱した後、ゆっくり冷却する操作を意味するものであるところ、本件明細書には、
「パルス磁界アニーリング処理」【0042】【0( 、
082】【0104】 、
、 )「パルス磁界アニーリング」【0046】【005( 、
8】 という記載はあるが、
) 前後の文脈からはどのような処理を意味するの15 か全く不明である。
この点を措くとしても、本件明細書には、パルス磁界アニーリング処理」「は、「磁化履歴を消去する」、あるいは「ヒステリシス特性を除去する」手段として説明されており(【0006】【0042】【0082】【010、 、 、
4】 、単に「厚みについては適用パルス周波数を考慮して、パルス磁界ア)20 ニーリング又はテンションアニーリングを施して2p以上になるように調整した」(【0058】 という以上に、
) 磁性ワイヤの「表面磁区の厚みd」を厚くする手段として説明されてもいない。
したがって、本件明細書では、
「パルス磁界アニーリング」の意味内容は不明であり、「パルス磁界アニーリング」は、「表面磁区の厚みd」を厚く25 して「表皮深さp<表面磁区の厚みd」を確保する手段として説明されてもおらず、実施可能要件を欠く。
40ウ 本件特許が想定しているとみられる直径10μm程度の極細の磁性ワイヤの内部は、表面磁区とコア磁区の2相構造が成り立っていると推測されるが、現在の技術ではその2相構造を直接観察し、ワイヤ内部の「表面磁区の厚みd」を測定することは不可能である。被告の主張によれば、表面5 磁区の厚みは1μm程度である上、磁性ワイヤに「パルス磁界アニーリング」を施すことにより変化するから、直径10μmの磁性ワイヤへのパルス電流の通電中にその断面にある1μm程度の表面磁区の厚みを観察して測定することになるが、通電しつつ切断して超極細の金属の断面を瞬時に観察するという点で実現不可能である。また、
「表面磁区の厚みd」を直10 接に観察して測定するのではなく、磁性ワイヤの透磁率の値等の計測可能な磁気特性の数値から一定の計算式で「表面磁区の厚みd」の値を推測するのであれば、こうした計算方法や予測方法が記載されなければならないが、本件明細書にはそのような記載も示唆もない。
なお、本件明細書には、
「異方性磁界を8G以下にして表面磁区深さを表15 皮深さ以上に調整」するとの記載がある(【0055】)が、異方性磁界と「表面磁区の厚みd」にどのような関係が成立しているのか不明であり、
技術常識でもなく、また、同段落の「異方性磁界」は、磁性ワイヤがどのような状態にある場合の異方性磁界であるのか特定されていないため、当業者は、どのようにすれば「表面磁区の厚みd」が「表皮深さp」以上に20 調整されるのか理解することができない。
したがって、被告が主張するように「表皮深さp<表面磁区の厚みd」を確保することがGSR現象の発現条件であると仮定しても、そもそも本件特許で用いられている極細の磁性ワイヤにおいて「表面磁区の厚みd」を求める手法は確立されておらず、いかなる条件の「張力処理」や「パル25 ス磁界アニーリング」を行った場合に「表皮深さp<表面磁区の厚みd」という条件が充たされるのか、当業者に確認不可能であるから、この点か41らも、本件特許は実施可能要件を充足しない。
エ 本件明細書には、
「表皮深さp<表面磁区の厚みd」である場合には、スピン回転する深さが表皮深さpと一致するのに対し、「表皮深さp>表面磁区の厚みd」である場合には、スピン回転する深さが90度磁壁のdで5 固定されると説明されている(【0041】 。
)しかし、一般に、表皮深さとは、ある物質に入射した電磁界1/e(≒1/2.718)に減衰する距離であって、高周波電流の流れる表皮深さについては、連続的に変化するものと考えられているため、表皮深さよりも深い部分(中心に近い位置)であっても、被告が主張するところのスピ10 ン回転を誘発するパルス電流は流れている(甲126)。
そうであるにもかかわらず、
「表皮深さp<表面磁区の厚みd」である場合に、スピン回転する深さが表皮深さpと一致するとの本件明細書の上記記載は、明らかに技術的な裏付けを欠くものであり、当業者にとっておよそ理解できるものではない。表皮深さについての一般的な理解を超えて、
15 表皮深さよりも浅い部分のみにおいてスピン回転が生じ、表皮深さよりも深い部分においてスピン回転が生じないというのであれば、その具体的な理由を明細書に記載すべきであるが、本件明細書には、そのような理由が一切記載されていない。
したがって、仮に、本件特許の請求項の要件を充足する場合には「表皮20 深さp<表面磁区の厚みd」という条件が充足されるとしても、
「表皮深さp<表面磁区の厚みd」という要件が充たされる場合に表皮深さpよりも浅い部分のみにおいてスピン回転が生じることを当業者は理解することができないし、表皮深さpよりも浅い部分のみにおいてスピン回転が生じるという技術的な裏付けがないから、本件特許は、実施可能要件を充足し25 ない。
被告の主張42原告の主張は、
「MI現象とGSR現象は区別することができない」という主張を前提としたものであり、誤りである。
3 取消事由3(明確性要件違反の判断の誤り)原告の主張5 前記第2の3 イのとおり、本件審決は、請求項1の「異方性磁界」について、特許請求の範囲の記載だけではなく、本件明細書の記載を考慮して、
当業者の出願時における技術常識を基礎として評価すれば、特許請求の範囲の記載は第三者に不測の不利益を及ぼすほど不明確ではない旨判断したが、
以下のとおり誤りである。
10 ア 本件明細書の【0021】には、
「磁化曲線において、急峻な立上域は磁壁移動による磁化過程で、緩やかに増加する域は磁化回転による磁化過程である。磁化回転が始まる磁界強度を異方性磁界Hkと定義する。 との記」載があるから、請求項1の「異方性磁界」の意義は、上記の定義に従って解釈されなければならない。
15 本件特許は、その請求項において、数量の特定された異方性磁界の記載を含んでいるところ、本件明細書で定義されている異方性磁界(磁化回転が始まる磁界強度を異方性磁界Hkと定義する)によっては一義的にHkを求めることができないのであれば、本件特許の請求項1の「異方性磁界」の意義は不明確であると認定されなければならない。
20 本件審決は、
「定義」という語句が用いられているとしても、異方性磁界Hkを定量的に定義するための記載ではないと解するのが相当であり、実際の異方性磁界を数値として求める際には、技術常識B(Hk=Ms/χo)を前提とした簡便な手法により算出を行っていると解するべきであると判断したが、本件明細書における「異方性磁界」の定義を無視するもの25 であって、誤りである。
イ また、発明の明確性を判断するために技術常識を斟酌することがあると43しても、本件審決が認定した技術常識Bなるものは、裏付けのない一つの考え方であるにすぎず、当業者が技術常識Bを用いて異方性磁界を一義的に求めることができるとの認定は論理の飛躍があって、誤りである。
すなわち、本件審決が引用する磁気便覧(甲48)には、
「一般に磁化曲5 線は、磁壁移動と磁化回転が混合してヒステリシスが描かれるので、磁化曲線から磁気異方性の大きさや方向を推定することは非常に困難である」との記載があり、また、
「薄膜のような・・・材料では、磁化曲線から磁気異方性の強さを推定できる」との記載はあるが、少なくとも、当該記載からは、このような「薄膜」についての記載が「ワイヤ」にも妥当するか明10 らかではなく、仮に妥当するとしても、
「推定できる」にとどまるものであって、実際、同文献には「原点から磁化曲線の傾きに沿った直線(点線)と、飽和磁化の外挿との交点からHkを推定する」「方法の精度については、
理論的な考察が十分にされていない」とも記載されている。加えて、同文献には、
「測定試料の磁気異方性分散について定量的な情報を得る方法」と15 して、本件審決が認定した方法以外の方法も記載されているから、磁気便覧の記載による技術常識Bは、技術常識であることの裏付けのない1つの考え方にすぎない。
ウ そもそも、本件明細書には、
「磁化回転が始まる磁界強度」「異方性磁界、
Hk」について、これらを求める具体的手段や計算方法は全く記載されて20 おらず、当業者は、本件明細書を読んでも、どのようにして「磁化回転が始まる磁界強度」や「異方性磁界Hk」を求めるのか理解することはできず、このため、当業者が、一義的に「磁化回転が始まる磁界強度」や「異方性磁界Hk」の意義を導き出すことはできない。
本件審決は、本件明細書の【0021】の「式 」と技術常識Bを用い25 た複雑な式変形を行った上で異方性磁界を求めることを当業者に強いるものであり、結論ありきの技巧的な認定であって、誤りである。
44なお、本件審決では、式 から式?を導出するための式変形の過程で式?が用いられているところ、式?は導出しようとする式?が成立する前提で定義されたものであるから、式?が成立するときに式?が成立するのは当然であり、典型的な循環論法となっており、本件審決の認定判断には誤5 りがある。
エ 以上のとおり、本件特許の特許請求の範囲における「異方性磁界」の記載は不明確であり、明確性要件に違反する(なお、サポート要件、実施可能性要件も充足しない。 。
)被告の主張10 ア 異方性磁界という技術用語は、確立した技術用語である。すなわち、
日本磁気学会が編集した磁気便覧(甲48)にも、原点から磁化曲線の傾きに沿った直線(点線)と、飽和磁化の外挿との交点からHkを推定することになると記載されているとおり、磁化曲線から異方性磁界を求めること、すなわち、Hk=Ms/χo(Msは飽和磁化、χoは磁化曲線の直15 線部分の傾き)の式で異方性磁界を求めることは技術常識技術常識B)である。
イ 本件明細書には、
「もし、実験式(1)が、スピン角度を検知しているならば、θaとθbが一致していることが必要である。以下、両者が一致していることを証明する。(」【0020】)として、
【0021】以降で数式を20 用いて前記θaとθbとが一致していることを証明しているとおり、本件特許は、コイル電圧と外部磁界とが正弦関数関係にあること、従来の磁性材料科学的知見との整合性を数学的に明らかにすることを内容としていることは、本件明細書から明らかである。その上で、本件明細書には、
「Hmは、軸方向磁化特性のHkとほぼ一致していた。厳密にはHm=αHk、
25 α=0.96との関係にあった。 (」 【0022】)とあるように、Hkを具体的な数値として特定しており、本件特許においてHkが数値として具体45的に算出されていることは本件明細書上明らかである。
そして、本件明細書の【0021】に記載された式 は、技術常識Bを前提に作成されていることは、本件審決が認定したとおりである。なお、
本件審決は、式 が技術常識Bを前提にしていることを証明するための式5 変形の過程の中で、Hkとβとの関係をM(Hk)=(1−β)Msとしているだけで、技術常識Bを用いていないから、原告が指摘するような循環論法ではない。
ウ 以上のとおり、異方性磁界は確立した技術用語であり、その求め方についても技術常識Bが存在することからすれば、本件特許の異方性磁界Hk10 も当然確立した技術用語であり、実際にHkを求めるに当たっては技術常識Bが用いられているものと認識するものであるから、本件特許の特許請求の範囲における「異方性磁界」の記載は第三者に不測の不利益を被らせるものではない。
第4 当裁判所の判断15 1 本件明細書の記載事項について本件明細書(甲69)の発明の詳細な説明には、別紙1のとおりの記載があり、この記載事項によれば、本件発明について以下のとおりの事項が開示されているものと認められる。
ア 本件発明は、超高速スピン回転効果(GHz Spin Rotation effect。GS20 R効果という。 を基礎にした超高感度マイクロ磁気センサ) (GSRセンサ)に関するものである(【0001】 。
)従来、高感度マイクロ磁気センサは、横型FGセンサ、縦型FGセンサ、
MIセンサ等があるが、このうち、MIセンサは、1993年に発見されたMI現象(magneto-impedance 現象)を基礎にしたものであり、表面の25 円周方向に磁化した表面磁区(厚みは0.2μm程度)と中心部の軸方向に磁化したコア磁区の二つの構造を持つ磁性ワイヤ(直径30μm)等に461MHzから30MHzの高周波又はパルス電流を通電し、二つの磁区の間にある90度磁壁を振動させ、磁化の増大に比例して円周方向透磁率が増加し表皮深さが著しく縮小し、ワイヤの磁気インピーダンスが大きく変化する電磁現象であって、インピーダンス(交流抵抗)の変化量から外部5 磁界Hを求めるタイプのものである。MIセンサは、磁性ワイヤの長さを50mmから5mmと大幅に縮小することを実現したが、出力特性は、ワイヤのヒステリシスの影響を強く受け、しかも、反対称性かつ非直線的であるという欠点があり、これらの欠点を負帰還回路を用いて解決したものの、消費電力の点で問題があった。また、コイル検出型MIセンサは、M10 I現象をコイルで検知した改良方式であり、直線的出力を実現したが、ヒステリシ低減のために負帰還回路を用いており、消費電力が大きくなる問題があった。(以上、【0002】 【0004】 【0005】 。
、 、 )続いて、MEMSプロセスで製造したMI素子を使い、磁性ワイヤを直径12μm、長さを0.6mmとし、コイル内径を30μmと小型化した15 コイル検出型のMIセンサは、電子コンパス(商品名AMI306)等に応用され商品化されており、感度低下を補うために周波数を30MHzから200MHzに増加するとともに、異方性磁界に打ち勝つ円周磁界を発生させるためにパルス電流を10mAから200mAに増加し、負帰還回路の省略に成功している(【0006】 【0007】。
、 ) 「本発明者」は、A20 MI306をベースに、周波数を0.2GHzから0.5GHzまで上げて高感度化を図るMIセンサを研究したが、高周波パルス発振回路の技術的課題、高周波化に伴う電磁誘導電圧の増加等の技術的課題があり、商品化に至らなかった(【0010】 。
)イ 「本発明」の課題は、MIセンサの100倍程度の性能向上を実現する25 磁気センサ原理と具現化条件を見出すことであり、
「本発明者」は、表面磁区とコア磁区の2相構造で異方性磁界が5Gの磁性ワイヤを使った微細47コイルに0.5GHz以上の周波数の台形状パルスを与えた時に、コイルの発生する電圧と外部磁界との間に、式(1)の実験式が存在することを発見した(【0014】 【0016】 【0017】 。
、 、 )Vs=Vo・L・πD・p・Nc・f・sin(πH/2Hm) (1)5 Vsはコイル出力電圧、Voはワイヤ透磁率、制御因子定数としては、
Lはワイヤの長さ、Dはワイヤの直径、pはパルス電流の表皮深さ、Ncはコイルの巻数、fはパルス周波数、Hは外部磁界、Hmはコイル出力電圧が最大値を取る外部磁界強度。
ウ 磁性ワイヤの表面磁区内に存在する円周方向の内部磁界によって円周10 方向に強制されていたスピンが外部磁界Hによってθだけ傾いた状態で周波数0.5GHz以上のパルス電流が印加されると、スピンは円周方向に一斉にθ回転し、この磁気変化をコイル電圧で検知すると、V=Vosin2θ( )となるから、実験式(1)は、このスピンの一斉高速回転を検知していると考えられる。すなわち、同じ表皮効果でも、MIセンサ15 は90度磁壁の移動による磁化回転を検知するが、
「本発明」のセンサは、
表面磁区内のスピン回転のみを純粋に検知する全く新しい原理であり、
「本発明者」は、超高速スピン回転現象に基づく新型のGSRセンサであると考える。 【0018】 。
( )スピンの傾斜角度θは、円周方向の異方性磁界と内部磁界Hinの合成20 方向に向いて、その角度から円周方向に回転した時、関係式(1)で与えられるコイル電圧を得ることができることから、傾斜角度がコイル出力の源であるといえるが、その角度は、表面磁区内のスピンにかかる内部磁界Hinと円周方向の異方性磁界の比で決まるため、表面磁区とコア磁区の2相構造の下では、異方性磁界を極力小さくして小さな内部磁界でスピン25 を大きく傾斜できるようにすることが重要である(【0035】 。
)新電磁現象である超高速スピン回転現象が発現する条件は、表面に円周48方向スピン配列を持った表面磁区が存在する磁性ワイヤを用いて、GHzの周波数が持つ十分大きな電流の励磁パルスを印加して、表皮深さpが表面磁区の厚さdよりも小さくして、円周方向スピンの一斉回転を惹起し、
その変化を微細コイルで検知することである(【0038】 。
)5 エ 超高速スピン回転効果を基礎とした超高感度マイクロ磁気センサは、FGセンサ、MIセンサ及びコイル検出式の改良型MIセンサ等と比べて、
センサ出力電圧、センサ感度とセンサ検出力の向上、ノイズ低減、測定レンジの拡大、低消費電力化、温度安定性改善、ヒステリシス特性と直線性の改善及びマイクロサイズ化を実現し、産業上の普及に資する極めて有用10 なものである(【0077】 。
)前記 の開示事項によると、本件発明は、円周方向にスピン配列を持つ表面磁区と軸方向にスピン配列を持つ中央部コア磁区の2層の磁区構造を有する磁性ワイヤにおいて、周波数の大きい電流の励磁パルスを印加し、表示深さpが表面磁区の厚さdよりも小さくすることで、磁性ワイヤ内の表面磁区15 内に存在し、外部磁界Hによってθだけ傾いた状態のスピンを超高速スピン回転させてコイル出力を検知し、関係式(1)を使って外部磁界の大きさを測定する磁気センサ(GSR磁気センサ)であることにその技術的意義があるといえる。
2 取消事由1(サポート要件違反の判断の誤り)20 特許法36条6項1号は、特許請求の範囲の記載に際し、発明の詳細な説明に記載した発明の範囲を超えて記載してはならない旨を規定したものであり、その趣旨は、発明の詳細な説明に記載していない発明について特許請求の範囲に記載することになれば、公開されていない発明について独占的、排他的な権利を請求することになって妥当でないため、これを防止することに25 あるものと解される。
そうすると、特許請求の範囲の記載が同号所定の要件(サポート要件)に49適合するか否かは、特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し、特許請求の範囲に記載された発明が、発明の詳細な説明に記載された発明で、発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か、また、その記載や示唆がなくとも5 当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものであると解するのが相当である。
原告は、前記第3の1 アのとおり、本件発明のGSRセンサが基礎とする「超高速スピン回転現象」(GSR現象)は、MIセンサが基礎とするMI10 現象と区別することができないことを前提として、本件発明が各記載要件に反する旨主張するので、この点につき、まず検討する。
ア 本件明細書には、「GSR現象」の発動条件として、「表面に円周方向スピン配列を持った表面磁区が存在する磁性ワイヤを用いて、GHzの周波数を持つ十分大きな電流の励磁パルスを印加して、表皮深さpが表面磁区15 の厚さdよりも小さくして、円周方向スピンの一斉回転を惹起し、その変化を微細コイルで検知することである。 (」 【0038】)との記載があり、
すなわち、@表面に円周方向スピン配列を持った表面磁区が存在する磁性ワイヤを用いること、AGHzの周波数を持つ十分な電流の励磁パルスを印加すること、B表皮深さpが表面磁区の厚さdよりも小さくすることで、
20 C表面磁区の円周方向のスピンの一斉回転を惹起し、その変化を微細コイルで検知することが開示されているところ、@はGSR発現条件での前提となる磁性ワイヤの物性であり、Cは超高速スピン回転が生じていることを検知することであるため、AとBに関して、本件明細書をみると、以下の記載がある。
25 「パルス電流は、
・・・周波数は、0.5GHz〜4GHzのパルス周波数とした。これにより電流の表皮深さを0.2μm〜1μmに制御して、
50円周表面磁区の厚み以下とした。 (」 【0023】 、
) 「周波数が大きいほど出力電圧は大きくなる。また表皮深さも小さくなって、表面磁区の厚さdを小さくできる。
・・・しかしスピン共鳴周波数に近づくにつれて、一斉回転に揺らぎが生じコイル電圧が低下するので、最適周波数域が存在し、それ5 は0.5GHzから4GHzである。 ・・ ・しかし、パルス周波数の増加は、
コイルに円周パルス磁界によって誘導される誘導電圧を増加するのでこの対策がGSRセンサにおいてはより重要となる。 (」 【0057】)「使用した磁性ワイヤは、直径10μmでアモルファス構造を有し、・・・磁気異方性は1Gまたは5G、・・・円周方向スピン配列を持つ10 円周表面磁区と軸方向スピン配列を持つ中央部コア磁区の2相の磁区構造を形成した。パルス電流の表皮深さpは0.5μmを考慮して、表面磁区の厚みdを1μm程度に制御した。さらに十分大きなパルス電流で、異方性磁界Hkの1.5倍を超える磁界を発生させて、パルス磁界アニーリング処理を測定毎に行い円周方向に磁化飽和させて磁化履歴を消去した。」15 (【0042】 、
)「磁性ワイヤは、ゼロ磁歪または弱負磁歪のCo基合金で、
異方性磁界Hkを8G以下、比透磁率は1000以上で、直径は20μm以下、軸方向の応力は表面磁区の厚みdは1μm以下で2p以上とした。
厚みについては適用パルス周波数を考慮して、パルス磁界アニーリングまたはテンションアニーリングを施して2p以上になるように調整した。な20 おコア部の残留磁化はパルス通電継続時間の間に、それ以前の外部磁界の影響履歴の消失・低減を図り、ヒステリシスを抑制した。(」【0058】 、
)「パルス電流の電流強さは、ワイヤの直径を考慮し上での表面での円周方向磁界の強さを30G以上、目安として1.5×Hk以上の円周方向磁界強度を確保して、パルス周波数は0.5GHZ〜4GHzとして、表面磁25 区内のスピンのみの超高速一斉スピン回転を実現した。またパルス通電継続時間中の大きな円周方向磁界でコア磁区を縮小させ、表面磁区の厚みを51増加した。 (」 【0059】)これらの記載は、GSR現象の発現条件として、
「表皮深さpが表面磁区の厚さdよりも小さくする」ために、 ギガヘルツオーダーの高周波のパルス電流(周波数0.5GHz〜4.0GHz)を流し、表皮深さpをな5 るべく小さく(浅く)すること、 表面磁区の厚みdを大きく(厚く)するために、十分大きなパルス電流で、異方性磁界Hkの1.5倍を超える磁界を発生させることが開示されているといえる。
その上で、本件明細書には、超高速スピン回転が生じていることを検知することに関して、コイルの発生する電圧と外部磁界との間に、式(1)10 なる実験式が存在すること 【0016】 、
( ) 表面磁区のスピンの回転のみを純粋に検知する時のコイル出力電圧は、外部磁界によるスピン傾斜角 θ に対してsin2θ に比例すること(【0018】 、スピン傾斜角 θ は、円)周方向の異方性磁界と内部磁界Hinの合成方向に向いて、その角度から円周方向に回転した時、式(1)で与えられるコイル出力電圧を得ること15 ができること(【0035】)から、実験式(1)は、スピンの一斉高速回転を検知していると考えられる(【0018】)ことが記載されている。
これらの記載からすると、本件発明の「GSR磁気センサ」が基礎とするGSR現象の発現条件は、@表面に円周方向スピン配列を持った表面磁区が存在する磁性ワイヤを用い、Aこの磁性ワイヤに通電するパルス電流20 の周波数は0.5GHz〜4.0GHzであり、Bパルス電流がワイヤ表面に異方性磁界の1.5倍以上の円周方向磁界を発生させるのに必要な電流強度以上であることであり、本件発明の「GSRセンサ」は、@ないしBで発現するGSR現象によるワイヤの軸方向の磁化変化のみをコイル出力電圧として取り出し、式(1)を使って外部磁界を検出することにあり25 (すなわち、本件審決が認定した4つの事項(本件事項)である。 、こう)した本件明細書の開示事項からすると、本件発明は、本件明細書の発明の52詳細な説明に記載された発明であるといえる。
イ 原告は、前記第3の1 ア のとおり、
「GSR発現現象」の発現条件とされる事項のうち、@とBについてはMIセンサが基礎とするMI現象でも共通する事項である旨主張するが、本件発明は、@ないしCの本5 件事項が1つの技術的前提となった発明である以上、その一部のみが共通することを主張することは、当を得ないものというほかない。なお、
MIセンサがこれらの4つの事項を全て備えるものであると認めるに足りる証拠はない(この点は、一次審決でも認定されているとおりである。 。
)原告は、前記第3の1 ア aのとおり、MIセンサでもギガヘルツ10 オーダーのパルス周波数の電流を印加している文献を指摘するが、前記アのとおり、GSR現象においてギガヘルツオーダーの周波数の電流を印加する技術的意義は、表面磁区の厚みを増加して表皮深さpを表面磁区の厚みdよりも小さくするものであるが、原告が指摘する文献は、こうした技術的観点からギガヘルツオーダーの周波数の電流を印加するこ15 とを示すものではない。
また、同bの主張については、前示のとおり、本件発明が、パルス電流の周波数がギガヘルツオーダーであることのみによって、MI現象とGSR現象を区別するものでないことは明らかであるから、その前提を誤るものというほかない。
20 原告は、前記第3の1 ア のとおり、本件明細書で正弦関数関係にあることを示す図3(図3−a)と甲12文献の図4が酷似していることを挙げて、従来技術であるMIセンサにおいても、正弦関数関係を明確に認識できる出力が得られていたことを示すものである旨主張する。
しかし、原告が指摘する甲12文献には、コイル出力と外部磁界との25 関係が正弦関数関係を示すことについての記載も示唆もない。
かえって、MIセンサに関しては、コイル出力と外部磁界との関係に53ついては、別紙2の各文献の記載からすると、MIセンサでは、コイル出力と外部磁界の関係は比例関係であることが理論的にも実験的に明らかにされているところであり、原告の上記主張は論拠を欠くものであって、理由がない。
5 ウ 研究が進んだ結果として、自然科学的観点からみれば、GSR現象がMIセンサを基礎とするMI現象の「延長線」上にある現象であることが判明するに至ったとしても、自然科学的な意味で従来の技術と区別できる効果であるか否かという点については特許要件とは関係がなく、むしろ従来技術を改良したものが当業者において容易に想到し得ない技術思想であれ10 ば特許が付与されるものであり、記載要件に即していえば、@発明が発明の詳細な説明に記載されたものであり、発明の詳細な説明の記載から課題が解決するか(サポート要件) A発明の詳細な説明に記載された事項をも、
とに当業者が過度な試行錯誤を経ることなく実施可能であるか(実施可能要件)、B特許請求の範囲の記載が、明細書等や技術常識を踏まえても、第15 三者に不測の不利益を及ぼすほど不明確といえるか(明確性要件)が問題となるのであって、発明に記載された事項が従来技術の効果と自然科学的観点から区別できるかどうかは問題とならない。
こうした点に加え、前記ア及びイで説示したところによれば、GSR現象は、従来のMIセンサが基礎とするMI現象とは異なる技術思想である20 といえるから、本件審決が、GSR現象を「現時点では正しく説明されていると考えるべきであ」るとして、各無効理由を判断したことについて誤りはない。
以下では、これを前提として、原告がサポート要件違反と主張する点について判断を加える。
25 ア 原告は、前記第3の1 ウ のとおり、パルス電流の周波数がギガヘルツオーダーであることや、図3の出力電圧が外部磁場の変化に伴って54正弦関数として変化することによってはMI現象とは全く新しい原理に基づくGSR現象を示していると断定できない旨主張するが、前記 アのとおり、GSR現象及びその現象を検出する本件発明は、従来技術であるMIセンサが基礎とするMI現象とは異なる技術思想であり、本件5 審決が認定した4つの事項(本件事項)が1つの技術的前提となって成り立つものと認められるから、原告の主張は採用できない。
また、原告は、本件明細書には、正弦関数関係を示す実験データは、
パルス周波数が2GHzのパルス電流に関する1点しか開示されておらず(図3)、パルス電流の周波数0.5GHz〜4.0GHzの範囲で変10 更した場合にその範囲内の全ての周波数で正弦関数関係が成立することを示すものではない旨主張するが、本件明細書には、外部磁界とコイル出力関係との間に正弦関数関係(関係式(1))を示す理論的な導出過程(【0017】ないし【0019】)が開示され、また、関係式(1)によってコイル出力電圧と外部磁界が結び付けられることが説明されてお15 り(【0019】ないし【0037】 、こうした開示事項からすると、パ)ルス電流の周波数を2.0GHz以外の0.5GHz〜4.0GHzとした場合に、外部磁界とコイル出力関係が正弦関数関係を示さないと考える理由はない。
原告は、前記第3の1 ウ のとおり、@GSR現象の発現条件であ20 る「表皮深さp<表面磁区の厚みd」を確保することは、請求項に記載がない、A本件明細書には、
「表皮深さp<表面磁区の厚みd」とすることが望ましいとされ(【0083】 、
) 「表皮深さp<表面磁区の厚みd」を確保することがGSR発現のための必須条件とされていない旨主張する。
25 しかし、前記 アのとおり、本件明細書には、GSR現象の発現条件である「表皮深さp<表面磁区の厚みd」を確保するために、磁性ワイ55ヤに通電するパルス電流の周波数は0.5GHz〜4.0GHzとすること、パルス電流がワイヤ表面に異方性磁界の1.5倍以上の円周方向磁界を発生させるのに必要な電流強度以上であることが開示されているところ、請求項1には、
「前記磁性ワイヤに通電するパルス電流は、該周5 波数は0.5GHz〜4.0GHzで、該ワイヤ表面に異方性磁界の1.5倍以上の円周方向磁界を発生させるのに必要な電流強度以上とし、 と」の発明特定事項の記載があるから、請求項1には、GSR現象の発現するための条件である「表皮深さp<表面磁区の厚みd」を確保する事項が記載されているといえる。また、原告が指摘する【0083】には、
10 「パルス周波数は、0.5GHz以上として、電流の表皮深さpを1μm以下として、円周表面磁区の厚みd以下とすることが望ましい。 と記」載されているが、当該記載は、円周表面磁区の厚みd以下とするためにパルス周波数を0.5GHz以上として電流の表皮深さpを1μm以下とすることが「望ましい」というにすぎないのであり、前記 アで指摘15 した本件明細書の記載からみれば、原告の主張は到底採用できない。
原告は、前記第3の1 ウ のとおり、本件審決が認定した4つの事項のうち@ないしBの条件が全て充足されたとしても「表皮深さp<表面磁区の厚みd」という条件が充足されるわけではなく、本件特許は、
請求項において、発明の詳細な説明に記載された発明の課題を解決する20 ための手段が反映されていないから、サポート要件を欠く旨主張するが、
前記のとおり、本件発明は、本件審決が示した4つの事項(本件事項)の構成を備えることで、ワイヤの軸方向の磁化変化のみをコイル出力として取り出そうとするものであるところ、本件明細書には、GSR現象の発現の条件についての開示があることは、前記 アで説示したとおり25 であるし、仮に、@ないしBの事項を充たしても「表皮深さp<表面磁区の厚みd」の条件が充たされない場合があるとしても、そのときは、
56表面磁区内のワイヤ軸方向の磁界により軸方向に傾斜した円周方向スピンを超高速に一斉回転させて、その時に生じる超高速スピン回転現象によるワイヤ軸方向の磁化変化のみをコイル出力として取り出せず、関係式(1)を使って磁界Hに変換することができず、結局のところ、本件5 審決が認定したCの構成を備えないものということになるので、4つの事項を備える本件発明とは異なる磁気センサとなるにすぎない。原告の主張は、いずれにしてもサポート要件違反を基礎付けるものにはなり得ないから、当を得ないものというほかない。
イ 原告は、前記第3の1 エのとおり、本件発明1は「周波数は0.5G10 hz〜4.0GHz」といった数値限定を行った特殊パラメータ特許であり、本件明細書には2GHzの周波数の実施例しか記載されておらず、上記の周波数の数値の範囲内であればGSR現象が生じるかを従来技術であるMI現象と区別して理解することができない旨主張する。
しかし、前記 アのとおり、磁性ワイヤに印加するパルス電流の周波数15 を「0.5GHz〜4.0GHz」としたことの技術的意義は、
「表皮深さp<表面磁区の厚みd」という条件を充たすための発明特定事項であり(【0023】【0057】、 、図4)、その技術的意義は明らかにされているし、GSR現象の発現条件である「表皮深さp<表面磁区の厚みd」がこうした磁性ワイヤに印加する周波数の数値限定のみで生じるものではな20 いことは、前記 アのとおりであるから、本件発明が特殊パラメータ特許であると認めることはできない。また、本件明細書の図3は周波数2GHzの実施例であるが、外部磁界とコイル出力関係の正弦関数関係を示す式(1)が、周波数2GHz以外で正弦関数関係を示さないと解すべき理由がないことは前記ア のとおりである。したがって、いずれにせよ、原告25 の主張は採用できない。
ウ 原告は、前記第3の1 オのとおり、請求項1には、
「基板上に導電性を57有する磁界検出用磁性ワイヤ @ とそれに巻回した周回コイルとワイヤ通電用の電極2個とコイル電圧検出用電極2個を設置した磁界検出素子および前記磁性ワイヤにパルス電流を流す手段とパルス電流を流した時に生じるコイル電圧を検知する回路とコイル電圧を外部磁界Hに変換する手5 段とからなる磁気センサにおいて、前記磁性ワイヤは、10G以下の異方性磁界を有し A、…」との発明特定事項を有するものであり、Aの「前記磁性ワイヤ」は、@の「磁性ワイヤ」を「前記」で受けているので、
「基板上」の導電性を有する「磁性ワイヤ」であると主張し、
「基板上の」磁性ワイヤの構成は本件明細書にはサポートされていない旨主張する。
10 Aの「10G以下の異方性磁界を有」する「前記磁性ワイヤ」が、
「導電性を有する磁界検出用磁性ワイヤ」を指すか、 「基板上」に設置した「導「電性を有する磁界検出用磁性ワイヤ」 を指すかは、
」 請求項1の発明特定事項からでは必ずしも一義的に理解することができないため、本件明細書の記載をみると、本件明細書の【0034】には、
「今回使用している磁性材15 料は異方性磁界Hkが5G、μr=32000、素子に組み込んだ時の異方性磁界は40G、μeff=600で、Nμeff=0.8であった」と記載されており、磁性材料の特性としての異方性磁界と素子に組み込んだ時の異方性磁界を区別して記載しているところ、Aの「前記磁性ワイヤは、10G以下の異方性磁界を有し…」における「前記磁性ワイヤ」が、
20 「導電性を有する磁界検出用磁性ワイヤ」であると解釈すれば、続く「10G以下の異方性磁界を有し」との発明特定事項と整合的に解釈することができるが、10G以下の異方性磁界を有する磁性ワイヤが「「基板上」に設置した「導電性を有する磁界検出用磁性ワイヤ」 を受けるものであると」すれば、素子に組み込んだ時の異方性磁界は40Gである磁性材料を使用25 したこととは整合しないことになる。
したがって、Aの「前記磁性ワイヤ」は、
「導電性を有する磁界検出用磁58性ワイヤ」を指すものと解するのが合理的であって、原告の主張は理由がない。
エ 原告は、前記第3の1 カのとおり、本件明細書には、コイル出力電圧から、
「表面磁区のスピン回転」に起因する電圧のみを取り出す手段又は方5 法か、あるいは「90度磁壁の移動による磁化回転」に起因する電圧を除去することを可能とする手段又は方法は記載されていないし、また、そのようなものが技術常識であったともいえない旨や、本件審決は、原告の主張を「熱雑音」に関する主張だけであると誤解した上で判断しているが、
判断の遺漏である旨主張する。
10 本件発明の「GSRセンサ」は、本件審決が認定した@ないしBの事項で、「表面磁区内のワイヤ軸方向の磁界により軸方向の磁界により軸方向に傾斜した円周方向スピンを超高速に一斉回転させて」(GSR現象の発現) 「その時に生じる超高速スピン回転現象による前記ワイヤ軸方向の磁、
化変化のみをコイル出力として取り出す」もの(C)であるから、コイル15 出力電圧は、表面磁区のスピン回転に起因する電圧のみを取り出すものといえる。
これに対し、原告の主張は、要するに、パルス電流は、実際に磁性ワイヤの表皮深さよりも深いところを流れることは技術常識であって、これによる90度磁壁の移動による磁化回転に起因する電圧の影響を無視する20 ことができないから、Cの事項、すなわち、
「超高速スピン回転現象による前記ワイヤ軸方向の磁化変化のみをコイル出力として取り出す」などということはできないという点に重きを置くものと理解される。
しかし、原告が指摘する一般社団法人日本溶接協会・溶接情報センターのウェブサイト(甲126)には、
「電磁界が導体の内部に浸透するに従っ25 て指数関数的に減衰する現象を表皮効果という。渦電流は磁束に比例するため、図1に示すように、渦電流も表皮効果に起因して試験体表面からの59深さに対して指数関数的に減衰する。表皮効果は、磁束の時間変化で発生する渦電流が磁束を打ち消して小さくする結果として発生する。表皮効果は導電率σ(S/m)、透磁率μ(H/m)および交流の周波数f(Hz)の値が大きいほど著しくなる。渦電流が試験体の表面からどの程度の深さまで浸透する5 かの目安として、渦電流の表面における値に対して 1/e となる表面からの深さδ(m)を浸透深さとして用いる。」との記載があり、図1は、以下のとおりである。
1015すなわち、上記文献のとおり、表皮深さを用いて示される表皮効果は、
δの深さよりも深いところでも当該電流が流れている可能性はあるため、
δの深さよりも深いところでも相対電流密度がゼロではないが、表皮深さは、渦電流が試験体の表面からどの程度の深さまで浸透するかの目安であ20 るにすぎず、むしろ、電流密度は表面から離れるほど指数関数的に減少することを示しており、コア磁区や90度磁区への影響も指数関数的に減少するものと考えられるから、当該パルス電流による90度磁壁の移動による磁化回転も指数関数的に減少するものと考えられる。換言すれば、表皮効果は、電磁界が導体の内部に浸透するに従って指数関数的に減衰する現25 象であって、電流密度は表面から離れるほど指数関数的にコア磁区や90度磁区への影響も減少することを意味するものであるから、高周波のパル60ス電流を磁性ワイヤに印加して「表皮深さp<表面磁区の厚みd」としたとき、磁性ワイヤの表皮深さよりも深いところを流れることにより生じる90度磁壁の移動による磁化回転の影響は無視してよいレベルに達するものと認められ、当業者もその旨理解するといえる。
5 そうすると、そもそも上記磁化回転に起因する電圧の影響を無視することができないことを前提とする原告の主張は当を得ないものというべきであるし、上記電圧の影響を完全に排除することはできないとしても、本件発明の技術的意義に照らせば、同影響を完全に除去する必要性はそもそも存在せず、当業者もそのような理解の上で、Cの「前記磁性ワイヤに前10 記パルス電流を通電することによって、前記表面磁区内のワイヤ軸方向の磁界により軸方向に傾斜した円周方向スピンを超高速に一斉回転させて、
その時に生じる超高速スピン回転現象による前記ワイヤの軸方向の磁化変化のみをコイル出力として取り出し、
・・・」の発明特定事項について、
「超高速スピン回転現象による前記ワイヤの軸方向の磁化変化」「をコイ15 ル出力として取り出し」たとの意味であると理解することは明らかというべきである(そのような意味では、本件審決が熱雑音を取り上げて、判断している内容は、その他の原因に起因する電圧の影響にも同様に当てはまるものであるから、本件審決の判断に遺漏があるということもできない。 。
)したがって、原告の主張はいずれも理由がない。
20 以上によれば、本件発明は、発明の詳細な説明に記載された発明であり、
発明の詳細な説明の記載により課題を解決できると認識できる範囲のものであるといえるから、サポート要件を充足する。
これと同旨の本件審決の判断に誤りはなく、原告主張の取消事由1は理由がない。
25 3 取消事由2(実施可能要件違反の判断の誤り)原告は、前記第3の2 アのとおり、@本件明細書には、当業者がMIセ61ンサの違いを明確に認識できるように、本件発明の技術上の意義を理解するために必要な事項の記載がないから、出願時の技術水準に照らしても、従来技術であるMI現象とは「原理的に異なる新たな物理現象」であるという本件発明を実施することができない、A本件発明1の「超高速スピン回転現象5 による前記ワイヤの軸方向の磁化変化のみをコイル出力として取り出」すという具体的な技術的手段等が本件明細書に記載されておらず、本件出願時の技術常識に照らしても当業者は理解することができないから、本件特許は実施可能要件に適合しない旨主張する。
しかし、前記1 アのとおり、本件発明は、本件審決が認定した4つの事10 項が1つの技術的前提となった発明であって、従来技術であるMIセンサがこれらの4つの事項(本件事項)を全て備えるものではなく、本件明細書に開示された事項から、本件発明は、MIセンサとは明確に区別できるように認識できるよう記載されたものといえるから、@については理由がない。
また、Aについては、前記1 エのとおり、本件明細書の記載に加え、表15 皮効果は、電磁界が導体の内部に浸透するに従って指数関数的に減衰する現象であることに照らせば、高周波のパルス電流を磁性ワイヤに印加して「表皮深さp<表面磁区の厚みd」としたとき、磁性ワイヤの表皮深さよりも深いところを流れることにより生じる90度磁壁の移動による磁化回転の影響は無視してよいレベルに達するものと当業者は理解するから、当業者は、
「前20 記磁性ワイヤに前記パルス電流を通電することによって、前記表面磁区内のワイヤ軸方向の磁界により軸方向に傾斜した円周方向スピンを超高速に一斉回転させて、その時に生じる超高速スピン回転現象による前記ワイヤの軸方向の磁化変化のみをコイル出力として取り出し、
・・・」との発明特定事項について、「超高速スピン回転現象による前記ワイヤの軸方向の磁化変化」「を25 コイル出力として取り出し」たとの意味であると理解するといえるため、実施可能要件に適合しないとはいえない。
62原告は、前記第3の2 イのとおり、@「パルス磁界アニーリング」の意味内容は不明であり、また、
「パルス磁界アニーリング」は「表皮深さp<表面磁区の厚みd」を確保する手段として説明されてもいない、A「表面磁区の厚みd」を求める手法は確立されておらず、いかなる場合に「表皮深さp5 <表面磁区の厚みd」という条件が充たされるのか、当業者にとって確認不可能である、B甲第126号証によれば、「表皮深さp<表面磁区の厚みd」である場合に、スピン回転する深さが表皮深さpと一致するとの本件明細書の【0041】の記載は、明らかに技術的な裏付けを欠くものであるとして、
実施可能要件を満たさない旨主張する。
10 しかし、本件明細書には、
「さらに十分大きなパルス電流で、異方性磁界Hkの1.5倍を超える磁界を発生させて、パルス磁界アニーリング処理を測定毎に行い円周方向に磁化飽和させて磁化履歴を消去した。 (」 【0042】 、
)「パルス電流の強度は、
・・・ワイヤ表面にHmの1.5倍以上の十分大きな円周磁界Hθを発生させて表面のスピンの一斉回転を実現した。さらに円周15 方向に磁化飽和させて磁化履歴を消去した。このパルス磁界アニーリング処理を測定毎に行い・・・」【0082】( )との記載があることから、本件明細書の「パルス磁界アニーリング」は、異方性磁界の1.5倍以上のパルス電流により「さらに円周方向に磁化飽和させて磁化履歴を消去」することを意味するものであることが理解でき、前記2 アのとおり、表面磁区の厚みを20 増加して表皮深さpが表面磁区の厚みdよりも小さくするようにするためのものである旨の示唆も読み取れるから、
「パルス磁界アニーリング」の処理は当業者に実施可能な程度に開示されているといえ、@は理由がない。
また、GSR発現条件である「表皮深さp<表面磁区の厚みd」となっているかどうかは、GSR発現のための現象面での説明にすぎず、発明特定事25 項にもなっていないし、表面磁区の厚みdを求める手法が確立していなくても、当該発明を実施することは当業者には可能であるから、Aについても理63由がない。
なお、Bについては、前記2 エのとおり、表皮深さは、渦電流が試験体の表面からどの程度の深さまで浸透するかの目安であって、実際にはパルス電流が表皮深さよりも深いところを流れることは技術常識である(この点は、
5 原告も争っていない(書面による準備手続調書参照) )から、
。 「表皮深さp<表面磁区の厚みd」である場合にスピン回転する深さが表皮深さpと一致するとの本件明細書の記載(【0041】)に接した当業者は、表皮深さと表面磁区との関係に関する定性的な説明であると理解するものであって、こうした記載があるからといって本件発明が実施可能要件に適合しないとはいえな10 い。
以上によれば、当業者は、本件明細書の発明の詳細な説明に記載された事項をもとに過度な試行錯誤を経ることなく本件発明を実施することができ、
これと同旨の本件審決の判断に誤りはなく、原告主張の取消事由2は理由がない。
15 4 取消事由3(明確性要件違反)原告は、前記第3の3 のとおり、本件明細書の【0021】には、
「磁化曲線において、急峻な立上域は磁壁移動による磁化過程で、緩やかに増加する域は磁化回転による磁化過程である。磁化回転が始まる磁界強度を異方性磁界Hkと定義する。 との記載があり、
」 こうした定義によると一義的に異方20 性磁界を求めることはできないなどとして、本件発明1に係る請求項1の「異方性磁界」が不明確であると主張する。
しかし、前記2 ウのとおり、請求項1の「前記磁性ワイヤは、10G以下の異方性磁界を有し」の意義について、「前記磁性ワイヤ」は、「導電性を有する磁界検出用磁性ワイヤ」の意味であるから、この「前記磁性ワイヤ」25 を主語とする「10G以下の異方性磁界を有し」は、
「磁性ワイヤ」の物性としての「10G以下の異方性磁界」であり、また、
「該ワイヤ表面に異方性磁64界の1.5倍以上の円周方向磁界を発生させるのに必要な電流強度以上」の「異方性磁界」は、
「基板上に設置された磁性ワイヤの異方性磁界」の意味であると解されるところ、原告の主張する「異方性磁界」は、
「困難軸方向に磁化曲線で磁場が飽和に達する磁場」であり、
「スピンをある方向にそろえよう5 とする磁場の強さ」であり、
「結晶の中で特定の方向にスピンをそろえようとするエネルギーを磁場として表したもの」 「異方性磁界の一般的定義は、磁、
気モーメントの向きを磁化困難方向に向かせるために必要な磁界」(以上、原告第1準備書面12頁から13頁参照)であるから、請求項1における「異方性磁界」においても、こうした原告も認識しているところの「異方性磁界」10 の理解と異なるものではないというべきである。そうすると、本件明細書の記載を参酌するまでもなく、本件発明1に係る請求項1の「異方性磁界」は、
第三者に不測の不利益を被らせるほど不明確なものとはいえない。
なお、本件明細書の【0021】には、
「磁化回転が始まる磁化強度を異方性磁界Hk」と定義するとあり、これは異方性磁界Hkの具体的な値を求め15 る方法に関する記載とはいえるが、異方性磁界の具体的な値を求める方法に関する記載はない。そうすると、日本磁気学会編「磁気便覧」(平成28年1月30日発行)には、
「原点から磁化曲線の傾きに沿った直線(点線)と、飽和磁化の外挿との交点からHkを推定することになる」(甲48・499頁右欄16行〜18行)との記載があり、この文献の性格に照らしても、このよ20 うな方法は、一般的に採用されていたものと認められるところ、本件明細書において、本件発明の異方性磁界の値を算出する方法が上記文献と異なるものであると解すべき記載も示唆も見当たらない。
したがって、本件発明1に係る請求項1の「異方性磁界」の記載は、第三者に不測の不利益を被らせるほど不明確なものとはいえず、原告主張の取消25 事由3も理由はない。
その他、原告は、種々の記載要件の不備の主張をするが、本件発明が本件65審決が認定した4つの事項(本件事項)を1つの技術的思想と捉えることなくMIセンサが基礎とするMI現象と区別することができないという主張を前提とするものであるか、また、当業者の通常の理解を基礎とすることなく、
本件明細書等の記載の不備を取り上げて論難するものであるにすぎず、いず5 れも理由がない。
5 結論以上によれば、原告主張の取消事由はいずれも理由がなく、本件審決にこれを取り消すべき違法は認められないから、原告の請求は棄却されるべきものである。
10 よって、主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第4部15 裁判長裁判官菅 野 雅 之裁判官20 中 村 恭裁判官岡 山 忠 広66(別紙1)【発明の詳細な説明】【技術分野】【0001】5 本発明は、超高速スピン回転効果(英語表記は、GHz Spin Rotation effect である。略称は、GSR効果とする。)を基礎にした超高感度マイクロ磁気センサ(以下、GSRセンサという。)に関するものである。
【背景技術】【0002】10 高感度マイクロ磁気センサは、横型FGセンサ、縦型FGセンサ、ホールセンサ、
GMRセンサ、TMRセンサ、MIセンサ、高周波キャリアセンサなどがある。現在これらの原理を用いた電子コンパスがスマートフォンや自動車などに採用され広く使用されている。今後ウェアラブルコンピュータのモーション入力装置として期待されており、その開発が加速している。
15 【0004】MIセンサ(特許文献3) 1993年に発見されたMI現象は、 (magneto-impedance現象)を基礎にしたものである。この現象は、表面の円周方向に磁化した表面磁区(厚みは0.2μm程度)と中心部の軸方向に磁化したコア磁区の二つの構造を持つ磁性ワイヤ(直径30μm)または磁性薄膜に、1MHzから30MHzの高周20 波あるいはパルス電流を通電し、二つの磁区の間にある90度磁壁を振動させる。
磁壁振動の平均的深さは1μmから4μmで、磁化の増大に比例して円周方向透磁率が増加し表皮深さが著しく縮小し、ワイヤの磁気インピーダンスが大きく変化する電磁現象である。そのインピーダンス(交流抵抗)の変化量から外部磁界Hをもとめるタイプである。
25 90度磁壁がコア磁区に浸透することでコア磁区内のスピンが円周方向に回転、すなわち磁化が回転することで磁化が変化するので、反磁界の影響はFGセンサに比67べて小さい。その結果磁性ワイヤの長さを50mmから5mmと大幅に縮小することが実現した。
また、出力特性は、ワイヤのヒステリシスの影響を強く受け、しかも反対称性かつ非直線的であるという欠点があった。これらの問題は、負帰還回路を用いて解決し5 たが、消費電力の点で問題であった。MIセンサ技術については、毛利教授の著作「磁気センサ理工学」(コロナ社出版、毛利佳年雄著、1998年)において詳しく紹介されている。
【0005】コイル検出型のMIセンサ(特許文献4;1999年)は、MI現象をコイルで検10 知した改良方式で、直線的出力を実現した。構造的には、縦型FGセンサと同じである。パルス通電時に円周方向磁界によって90度磁壁がコア部に浸透し、軸方向磁化が円周方向に回転し、軸方向の磁化の変化が起きる。この変化をコイルで検出する。90度磁壁の浸透は、通電電流の強さ、周波数、およびワイヤの透磁率などによって決まるが、1.3μmから4μm程度である。FGセンサは素材全体の磁15 化の回転を利用するため、感磁体であるワイヤの体積に比例するが、MIセンサの場合10MHzの高周波を利用するため、表皮深さが非常に浅く、出力は直径に比例する。高感度化のためには、FGセンサはワイヤ長さの増加することが必要であるが、MI センサは高い周波数を活用して高感度化を図っているため、磁性ワイヤを直径30μmで、長さをFGセンサの50mmから3mmへと大幅に小型化でき20 る。コイル内径は3mmであった。
コイル型MIセンサについて、構造がFGセンサと同じであるので、FGセンサの改良タイプという意見があるが、適用周波数が高く90度磁壁の振動という電磁現象を検出している点を考えれば、MIセンサの改良タイプというべきである。しかし、ヒステリシス低減のために負帰還回路を使用しており、消費電力が大きくなり25 問題であった。
【0006】68続いて、MEMSプロセスで製造したMI素子を使い、磁性ワイヤを直径12μmで、長さを0.6mmと縮小し、しかもコイル内径を30μmと小型化したコイル検出型のMIセンサ(特許文献5)が開発された。これは、小型化と同時にパルス波形を三角波から台形波に変更し、パルス磁界アニーリング処理を施してヒステリ5 シスの影響を取り除き、負帰還回路を省略して消費電流の低減を図ったものである。
さらに磁性ワイヤの異方性磁界を20Gと著しく大きくして測定レンジを±10Gに拡大を図ったものである。MIセンサの改良型センサとして電子コンパス(商品名AMI306)などに応用商品化されている。
【0007】10 しかし、異方性磁界を大きくすると透磁率 μ が1000程度と著しく小さくなり、
感度が大きく低下してしまう。感度低下を補うため、周波数を30MHzから200MHzへと増加している。と同時に大きな異方性磁界に打ち勝つ円周磁界を発生させるためにパルス電流を10mAから200mAへと増加している。
200MHzの高周波の場合、表面磁区とコア磁区の界面に存在する90度磁壁を15 動かすことは困難である。そこで、台形波パルスの立下りに着目して、立下り直前では90度磁壁はコア内部の深い位置に存在しており、電流が遮断すると、表皮深さより内部は円周方向磁界が無くなり、90度磁壁が移動を始めることができる。
しかし、磁壁の移動自体が作る電磁ブレーキのためゆっくりと緩和現象的に磁化回転が進行していく。一方表面磁区内の円周方向に向いたスピンは円周方向の異方性20 磁界に逆らって外部磁界の力で磁化回転していく。この二つの電磁現象を混合してコイルで電圧として取り出している。
表面磁区の厚みを極力薄くして、そこに矩形波形状のパルスを通電し、円周方向磁界の力で表面磁区の厚みを厚くした上で、電流を遮断し、その時に90度磁壁が元の表面近くに移動するが、その際の生じる磁化の回転と軸方向の磁化変化をコイル25 で検出したものである。90度磁壁がワイヤ中心部に深く浸透することでヒステリシスが消失する。これによって負帰還回路を省略することに成功している。
69【0009】現在、高感度マイクロ磁気センサは、スマートフォンなどの電子コンパスから、ウェアラブルコンピュータのモーション入力装置としての進化が期待されている。そのためには、2mGから0.2mGへの高感度化、±10Gから±40Gへの測定5 レンジの拡大、0.6mmから0.2mmへのミニサイズ化および一層の低消費電流化が強く求められている。性能指数で言えば、K=0.2mG,W=40G、L=0.2mm,D=0.01mmでS=10万となって、MEMS式素子を使ったコイル式MIセンサの100倍程度の飛躍的改善が求められている。
【0010】10 本発明者は、この課題に挑戦するために、上記商品AMI306をベースに周波数をあげて高感度化を図ったMIセンサ(特許文献6;2009年)を研究した。パルス周波数を0.2GHzから0.5GHzへと増加すると出力が2倍程度向上するが、それ以上の高周波では出力が頭打ちとなり減少する。しかし高周波化に伴う技術課題が噴出し商品化にまでは至らなかった。高周波パルス発振回路の技術的課15 題、高周波化に伴う電磁誘導電圧の増加などの問題が発生し、総合的メリットが見いだせなかったためである。
そこで、磁性ワイヤ、検出コイル、励起パルス、検出回路および測定原理とすべての角度からMIセンサを見直し、超高感度マイクロ磁気センサの開発に取り組むことにした。
20 【先行技術文献】【特許文献】【0012】【特許文献1】 米国特許第2,856,581号明細書【特許文献2】 特許第2617498号25 【特許文献3】 特許第3197414号【特許文献4】 特許第3645116号70【特許文献5】 特許第3801194号【特許文献6】 特許第4655247号【特許文献7】 国際公開第2014/115765号【非特許文献】5 【0013】【非特許文献1】「磁気センサ理工学」:コロナ社出版、毛利佳年雄著、1998年【非特許文献2】「新しい磁気センサとその応用」:トリケップス社、毛利佳年雄著、
2012年【発明の概要】10 【発明が解決しようとする課題】【0014】本発明の課題は、MIセンサの100倍程度の性能向上を実現する磁気センサ原理と具現化条件を見出すことである。そのために、本発明者らは、基板上に導電性を有する磁界検出用磁性ワイヤとそれに巻回した周回コイルとワイヤ通電用の電極 215 個とコイル電圧検出用電極 2 個を設置した磁界検出素子および該磁性ワイヤにパルス電流を流す手段とパルス電流を流した時に生じるコイル電圧を検知する回路とコイル電圧を外部磁界Hに変換する手段とを基本構成にした超高感度マイクロ磁気センサにおいて、ワイヤの磁気特性、磁界検出素子の小型化、特に検出用コイルの微細化、パルスの周波数と形状、ワイヤ内部でおこる電磁現象とコイルとの電磁結合、
20 コイル電圧の処理方法およびコイル電圧と磁界の関連性などについて、総合的に研究を行うことにした。
【0015】ワイヤについては、従来のテンション熱処理ワイヤに変えて、ガラス付ワイヤを採用した。磁界検出素子は、コイルピッチを30μmから10μm 以下、コイル内径25 を従来の30μmから15μm以下、つまりワイヤ径の1.5倍以下と微細化、パルスは、形状は台形状で、立上りの周波数は0.5GHzから4GHz、パルス電流強71度は、50mA から300mA、パルス電流が誘起する電磁現象とコイル電圧との関係およびコイル電圧と磁界との関係、さらにはコイル電圧とコイル誘起電流による電圧降下の問題、高周波パルスによる誘導電圧の問題、信号検波方式の見直し、温度補正法の検討およびコイル電圧と磁界との数学的関係の調査など全面的な検討を5 行うことであった。
【課題を解決するための手段】【0016】本発明者は、コイル出力電圧と外部磁界Hの関係に及ぼすワイヤの磁気特性、磁性ワイヤの大きさ、コイル巻き数およびパルス電流特性の影響を詳細に調査した結果、
10 本発明センサにおいて、表面磁区とコア磁区の2相構造で異方性磁界が5G の磁性ワイヤを使った微細コイルに0.5GHz以上の周波数の台形状パルスを与えた時、
コイルの発生する電圧と外部磁界との間に、式(1)なる実験式が存在することを発見した。
Vs=Vo・L・πD・p・Nc・f・sin(πH/2Hm) (1)15 【0017】ここで、Vsはコイル出力電圧、Voはワイヤ透磁率、飽和磁束密度のワイヤ素材の磁気特性およびパルス電強度等で決まる比例定数、制御因子定数としては、Lはワイヤの長さ、D はワイヤの直径、pはパルス電流の表皮深さ、Ncはコイルの巻き数、fはパルス周波数、Hは外部磁界、Hmはコイル出力電圧が最大値を取る外部20 磁界強度である。
【0018】磁性ワイヤの表面磁区内に存在する円周方向の内部磁界によって円周方向に強制されていたスピンが、外部磁界Hによって θ だけ傾いたとする。この状態に周波数0.5GHz以上のパルス電流が印加されると、スピンは円周方向に一斉に θ 回転25 する。この磁気変化をコイル電圧として検知すると、
V=Vosin2θ (2)72となる。したがって実験式(1)はこのスピンの一斉高速回転を検知していると考えることができる。つまり同じ表皮効果でもMIセンサは90度磁壁の移動による磁化回転を検知するが、本発明センサは表面磁区内のスピンの回転のみを純粋に検知する全く新しい原理、つまり発明者は超高速スピン回転現象に基づく新型のGS5 Rセンサであると考えられる。
この原理に基づくと、以下の実施例1で詳細に紹介するように、MIセンサに比較して、コイル出力が大幅に向上し、性能指数で試算すると、K=0.2mG、W=40G、L=0.2mm、D=0.01mmでS=10万となって、コイル式MIセンサの120倍程度の飛躍的改善が実現できることを見出した。
10 【0019】(1)まず、新原理の基礎であるスピン角度 θ とコイル出力、外部磁界との関係について説明する。
超高速スピン回転をコイルで検出する時のコイル電圧は、磁束 Φ の時間変化に比例する。つまりV=?dΦ/dtである。
15 スピン傾斜角 θ で回転開始時期(時間t=0)における磁束 Φxo(θ)は、ms・L・πD・d・sinθ である。角速度はdθ/dt=2πf(ここでfはパルス周波数)と一定なので、回転開始の瞬間のX軸方向の φxの変化速度は、dΦx(θ)/dt=dφx(θ)/dθ・dθ/dt=cosθ・2πfとなる。
磁束 Φxo(θ)が、cosθ・2πfの変化速度を持つので、V=−dΦ/dt20 =φ0(θ)・dφx(θ)/dt。これに、φ0(θ)とdφx(θ)/dtの値を代入すると、V=−dΦ/dt=−ms・L・πD・d・sinθ・cosθ・2π/T=−φ0・sin2θ となって、コイル出力電圧はsin2θ に比例する。
コイル出力と外部磁界Hはsin関数関係で存在しており、本発明者が行った条件25 下では、スピンの一斉回転のみを検出していると思われる。
【0020】73ここで、コイル出力と外部磁界とは、式(1)に示したようにsin(πH/2Hm)となることが実験的に発見されているので、 (3)式 となることが期待される。
θa=πH/4Hm (3)しかし、一方本来のスピン角度 θbは、磁性ワイヤにかかる磁界Hから反磁界の影5 響を除いた実際の内部磁界Hinと、円周方向の異方性磁界Kθ とで決まる角度で(4)式のように定義できる。
tanθb=Hin/Kθ (4)もし、実験式(1)が、スピン角度を検知しているならば、θaと θbが一致していることが必要である。以下、両者が一致していることを証明する。
10 【0021】(2)その説明の前に、用いた磁性材料の特性として、磁性ワイヤの軸方向磁化特性10を図1a) 円周方向磁化特性11としてのコイル出力電圧特性を図1b)に、
に示す。
磁化曲線において、急峻な立上域は磁壁移動による磁化過程で、緩やかに増加する15 域は磁化回転による磁化過程である。磁化回転が始まる磁界強度を異方性磁界Hkと定義する。磁化M=χH、ここで χ の近似式は式(5)で表される。磁性ワイヤの透磁率 μ が200から4万程度まで変化した場合、それに対応して、近似式中のβ は0.07から0.7程度まで変化する。
χ=χo{1?β×(H/Hk) 2 ) (5)20 磁性ワイヤの磁化特性は、反磁界がゼロ(無限長のワイヤの場合)で、外部磁界Hと内部磁界Hinが一致しするが、有限長のワイヤでは、反磁界が強まり、Hin=H−NMs(ここでMs=χH)となるので、式(2)を使ってHを Hinに補正すると(6)式になる。
Hin=H{1−Nχo+βNχo(H/Hk) 2 } (6)25 【0022】コイル出力は外部磁界Hの増加とともに式(1)に従って単調に増加し、外部磁界74Hが、Hmの時に最大出力を取りその後漸減傾向を示す。Hmは、軸方向磁化特性のHkとほぼ一致していた。厳密にはHm=αHk、α=0.96との関係にあった。外部磁界H=Hkの時、コア磁区が飽和し、表面磁区のスピンは45度と最大傾斜をとるためである。表面磁区の方が反磁界は小さいのでコア部が飽和する前に5 最表面のスピンは45度に達する。そのためにHmはHkよりやや小さな値を取る。
外部磁界HがHk以上に負荷されると、コア磁区との界面に存在する90度磁壁が移動して表面磁区全体が作る磁化は減少していく。スピンは45度の傾斜を保っているが、最後に消失する。
【0023】10 パルス電流は、円周方向に磁化飽和を実現する十分な電流強さで、周波数は、0.5GHz〜4GHzのパルス周波数(パルス周波数は、f=1/2dtで定義した。
ここで立上り、立下り瞬間の遷移時間をdtとした。)とした。これにより電流の表皮深さを0.2μm〜1μmに制御して、円周表面磁区の厚み以下とした。パルス時間間隔はコイル信号干渉を避けることのできる十分な長さ5n秒とした。
15 【0024】上記の2相の磁区構造を持つアモルファスワイヤに、ワイヤ軸方向の外部磁界Hをかけると、円周表面磁区内の円周方向スピンは軸方向に θ 角度ほど傾斜し軸方向に磁化Ms(=Ns・ms・sinθ)が生じる。Nsは、表面磁区内の単位体積当たりのスピン数、msはスピンが持つ磁化である。中央部のコア磁区では磁壁が20 移動し磁化Mcが発生する。
【0025】この状態のワイヤに上記パルス電流を通電すると、パルスが作る60G程度の大きな円周磁界によって、超高速(パルスの遷移時間dt内をいう。)でスピンが円周方向に一斉回転する。その際に生じるワイヤの磁化変化をコイル出力電圧 Vsとして25 検知する。そのコイル出力電圧は、周波数に比例するが、一方、表皮深さがf −1/2で小さくなり、両効果を合わせてコイル出力はf/p=f 1/2 に比例して増加す75る。コイル巻き数Ncに比例し両者を合わせると驚異的な出力となる。
この超高速スピン回転効果は将来の超高感度マイクロ磁気センサの新原理と期待される。なおコア磁区部の磁化Mcは、表皮効果により影響を受けず、また磁壁の移動は生じない。
5 【0026】(3)次に、超高速スピン回転現象をコイルで検出する時、スピンの回転角と磁界とコイル出力電圧との関係性を説明する。
コイル出力電圧は、磁束 Φ の時間変化とコイル巻き数Ncに比例する。外部磁界Hによって円周方向に強制されていたスピンが θ だけ傾いたとする。時間t=0に10 おける磁束 Φ は、ms・L・πD・d・sinθ に比例する。回転開始の瞬間、角度の時間変化dθ/dtは、sinθ の微分であるcosθdθ に比例する。回転初期に獲得した回転速度dθ/dtで角度 θ だけ回転すると考えられるので、その時の磁束 Φ の変化量はcosθ に比例する。その結果、コイル電圧の最大値はms・L・πD・d・sinθ・cosθ に比例する。つまりに(7)式のようにs15 in2θ 比例する。
V=VoNc・sin2θ (7)コイル出力と磁界とは、式(1)に示したようにsin(πH/2Hm)となることが実験的に発見されているので、θ=πH/4Hmとなって、スピンの傾斜角度θ を求めることができる。コイル出力電圧のデータから求めた θ を θaとすると、
20 (8)式が得られる。
θa=πH/4Hm (8)【0027】本来、スピンの傾斜角 θ は、磁性ワイヤにかかる磁界Hから反磁界の影響を除いた実際の内部磁界Hinと、円周方向の異方性磁界Kθ とで決まる角度である。理論25 的な角度 θ を θbとすると、(9)式のように定義できる。
tanθb=Hin/Kθ (9)76Vsが最大値を取るピーク値は、 は45度の時であるから、
θ Hin=Kθ の時である。この時Hin={1−(1−β)Nχo}Hkであるので、この結果Kθ={1−(1−β)Nχo}Hk (10)と求めることができる。tanθb=Hin/Kθ に、
(6)式のHinと(10)5 式のKθ を代入すると、(11)式となる。
tanθb=H/Hk{(1−Nχo)+βNχo(H/Hk)2}/{1−(1−β)Nχo} (11)【0028】以上の考察の結果、コイル出力の実験結果から求まる角度 θa=πH/4Hmと材10 料固有の基礎データから理論予測で与えられるスピンの傾斜角度 θb(tanθ=Hin/Kθ)の二つが存在することになる。そこで(3)式で定義した θaと(6)式で定義した θbとが一致することを説明する。
【0029】θaは、Hmで定義され、θbは、Hkで定義されているので、まずHkとHmの15 関係を詳細に説明する。実験事実としてHm=αHkが成立、ここで α は0.96程度である。
【0030】異方性磁界Hkは、磁壁の移動が終了し磁化回転が始まり最終的に飽和に至る過程の変化点を示す値である。磁性ワイヤの場合、外部磁界HがHkまで増加するとコ20 ア磁区は飽和にまで達する。表面磁区内のスピンは軸方向に傾斜して45度に達する。外部磁界HがHk以上に増加していくと、軸方向の磁化の増加は90度磁壁が表面磁区に浸透する形で進む。この間スピンは45度に保たれている。スピンを45度に保つ時の磁界がHmであるから、Hk=Hmとなるはずである。しかしこの時コア磁区と表面磁区内では磁界が異なりスピンを傾ける有効磁界である内部磁界25 は異なっている。表面磁区内の反磁界は、飽和したコア部の漏れ磁場によって反磁界が形成されるので、コア磁区内よりやや小さい。HmはHkより小さい値で必要77な内部磁界に到達する。この時の磁界Hmで、円周方向の異方性磁界Kθ と内部磁界がつり合い、スピンは45度の傾斜角度をとる。その結果、Hm=0.96×Hkとなる。
【0031】5 磁界HがHkより少し小さい値で、表面磁区の最表面のスピンは45度なるが、コア磁区との境界の磁壁に近いところでは45度にはまだ達していない。逆に外部磁界HがHkよりやや大きくなると、最表面のスピンは45度を保ち、磁壁が表面方向に移動して飽和したコア磁区部が太り表面磁区が細り軸方向の磁化が大きくなる。
最表面のスピンが45度となる外部磁界Hmは、表面磁区全体のスピンが異方性磁10 界とつりあって45度となる磁界Hkにくらべてやや小さくなる。
【0032】(4)HkとHmとの関係が掴めたので、次に(8)式で定義した θaと(9)式で定義した θbとが一致することを説明する。
θa=πH/4Hmのtanをとると、tanθ は、以下の式で近似できるので、
15 tanθ=θ(1+1/3×θ2) (12)3 2tanθa=(H/Hm){π/4+1/3×(π/4)(H/Hm) } (13)一方、(11)式にHm=αHkを代入すると、(14)式となる。
{α(1−Nχo)+βNχoα 3(H/Hm)2 }/{1−tanθb=(H/Hm)20 (1−β)Nχo}(14)【0033】(13)式と(14)式は同じ関数形となっている。Hが小さいとき、2次項は無視できるので、両者の一次項が等しい。α=0.96として計算すると、
25 Nχo は、(15)式にように求まる。
Nχo=1/(1+4.49β) (15)78次に、Hが大きいときは、両者の2次項同士を比較すると、条件式(15)が成立しているとき、両者は等しくなることが確認できる。つまり、α=0.96と条件式(15)が成立するとき、tanθa=tanθbとなって、θa=θbとなる。
5 【0034】ここでNχo は0.25から0.77などの値を取るが、物理的の意味について考察する。有効透磁率 μeffと反磁場係数Nとの関係は、以下の(13)式で表される関係が存在することが知られている。
Nμeff=1−(μeff/μr) (16)10 ここで μrは、材料固有の透磁率である。
理想的磁性材料では、μr=∞となって、Nμeff=1である。実際の磁性材料ではNμeff=0.2〜0.8と低下する。今回使用している磁性材料は異方性磁界Hkが5G、μr=32000、素子に組み込んだ時の異方性磁界は40G、
μeff=600で、Nμeff=0.8であった。
15 また、使用したアモルファスワイヤの μrは、4,000で、μeffをワイヤの長さを変えて有効透磁率を3000から920程度まで変化させた時、Nμeff=0.25から0.77程度と変化する。さらに、μ=χ+1(μ と χ は1より十分大きい)なので、χo≒μeffと近似すると、Nχo=Nμeffとなる。
【0035】20 以上の検討の結果、スピンの傾斜角度 θ は、円周方向の異方性磁界と内部磁界Hinの合成方向に向いて、その角度から円周方向に回転した時、式(1)式で与えられるコイル出力電圧を得ることができる。つまりスピンの傾斜角度がコイル出力の源であることが明確になった。
その角度は、表面磁区内のスピンにかかる内部磁界Hinと円周方向の異方性磁界25 の比で決まるが、それをいかに制御するかが重要である。異方性磁界が大きいほどスピンが傾斜しにくく大きな外部磁界が必要となる。しかも外部磁界を大きくして79も表面磁区内の内部磁界を大きくするのは難しい。というのは、表面磁区とコア磁区の 2 相構造の下では、小さな外部磁界でコア部は磁壁移動して容易に磁化し大きな反磁界を生み出す。表面磁区のスピンは、コア磁区からも漏れ磁場を反磁界として、その影響を強く受けることになるためである。したがって異方性磁界を極力小5 さくして、小さな内部磁界でスピンが大きく傾斜できるようにすることが重要である。
【0036】(5)磁性ワイヤの表面磁区内のスピンの傾斜角度をいかに制御するか。まずスピンの傾斜角度と外部磁界との関係について説明する。
10 図2は、磁性ワイヤのスピン構造をワイヤ軸方向断面12と断面13に分けて示す。
表面磁区14のスピンは円周方向向きで、コア磁区15のスピンは軸方向向きで右向きスピン16と左向きスピン17に 4 分割されている。外部磁界Hを負荷させた時の、スピン構造の変化を示す。
a)外部磁界H=0の場合で、コア部の磁区構造15はスピンが軸方向に正負向き15 に向いた4個の磁区に対称的に分割され磁化Mはゼロである。表面磁区14のすべてのスピンは、円周方向のパルス磁化された向きに整列している。
b)外部磁界H=Hk/2程度を印加した場合で、コア磁区15の印加磁界の向きのスピン17をもつ磁化が太り、反対方向のそれ16が細って磁化M=χHが生じ、
大きな反磁界をつくる。表面磁区のすべてのスピン18は印加磁界Hの方向に傾斜20 するが、実験式(1)の θ から求めることができて、傾斜角度 θ は、θ=πH/4Hmである。GSRセンサの対象域は、ゼロからHmで、θ を決める反磁界、円周方向の異方性磁界Kθ によってセンサ出力が決定づけられる。さらにパルス周波数に依存した θ の回転速さ、および表面磁区の厚みと表面積で決まるスピン総量が重要であることがわかる。
25 c)外部磁界H=Hkを印加した場合で、コア磁区のスピンはすべて印加磁界の向きに整列している。表面磁区のすべてのスピンは印加磁界Hの方向に傾斜角度4580度で傾斜している。Hkより少し小さな値のHm=0.96Hkにおいて、最表面部のスピンは45度に傾斜し、コイル出力は最大値をとる。逆に、HがHk以上になると、スピンの傾斜角度は 45 度のまま、コア磁区と表面磁区の境界磁壁が外側に移動をはじめ、表面磁区の厚みが小さくなっていき、コイル出力が低下し始める。
5 測定範囲は、Hmで定義される。
d)Hkより十分大きな外部磁界Hを印加した場合で、コア部のスピンはすべて印加磁界の向きに整列し、しかもコア部と表面磁区の磁壁が外側に移動し、ついには表面磁区が消失または非常に細る。GSRセンサの測定範囲外の磁化状態になる。
HkとHmはほぼ同じ値をとるので、外部磁界HがHkからさらに増加した時、最10 表面のスピンは45度のままより強く固着され、パルス円周磁界に対して抵抗を示しコイル出力が低下する。同時に表面磁区の厚みが減少を開始してコイル出力の減少が始まると予想される。
【0037】外部磁界Hが小さい場合、つまりスピン角度 θ が0.2ラジアン(12度)以下の15 場合、コイル出力は外部磁界Hに比例する。言い換えれば0.2Hk以下の場合である。逆に外部磁界Hが異方性磁界Hkより大きくなると、コア部磁区が太り、表面磁区が細ることになってコイル出力の低下が起こる。Hが、0.2HkからHkの間は、式(1)を使ってコイル出力電圧からHを求めることができる。
【0038】20 (6)次に、新電磁現象である超高速スピン回転現象が発現する条件を説明する。
発現条件は、表面に円周方向スピン配列を持った表面磁区が存在す磁性ワイヤを用いて、GHzの周波数を持つ十分大きな電流の励磁パルスを印加して、表皮深さpが表面磁区の厚さdよりも小さくして、円周方向スピンの一斉回転を惹起し、その変化を微細コイルで検知することであることを説明する。
25 【0039】コイル出力電圧の原因としては、90度磁壁の移動による磁化回転と表面磁区のス81ピン回転が考えられる。90度磁壁は小さな磁界で移動できるが、周波数が高くなると渦電流による電磁ブレーキのため著しく遅くなる。一方表面磁区内のスピン回転は、集団で一斉回転しその移動は瞬時に完了する。回転に参加するスピン数が限られ出力信号は微弱である。
5 【0040】MI現象は、表面磁区とコア磁区の境界である90度磁壁が最表面に存在し、1MHzから30MHzの周波数域で表皮深さp(この場合、1μm〜4μmである。)の幅で振動する。表面磁区の厚みは0.2μm〜0.8μmと考えられる。周波数が0.5GHz 以上と増加すると、90度磁壁の移動は渦電流による電磁ブレーキの10 ため著しく遅くなる。しかも表皮深さpが0.2μm〜0.8μmとなって、表面磁区の厚み程度となり、磁壁振動は停止する。
一方GSR現象は、表面磁区の厚みを1μmとして、周波数0.5GHz以上、磁性ワイヤの透磁率を3000以上として、表皮深さを0.2μm程度にして、表面スピンの一斉回転を惹起せしめる。
15 【0041】式(1)から分かるように、表面磁区の厚みdが1μm程度あり、表皮深さpが0.1μ から1μ 以下の場合、コイル出力電圧は周波数の平方根に比例する。理由はスピン回転する深さである表皮深さpが周波数の平方根の逆数に比例するためである。
一方厚みdが0.2μmと表皮深さpより小さい場合、スピン回転する深さはpま20 では浸透せず、90度磁壁の位置dで固定されるので、p=dと一定となって、コイル出力電圧は周波数に一次比例する。ガラス付ワイヤを使った実験では、コイル出力電圧は周波数の平方根に比例しており、表面磁区の厚みは1μm程度と十分な深さを有していると考えられる。
【0042】25 使用した磁性ワイヤは、直径10μmで、アモルファス構造を有し、弱負磁歪特性を持つ磁性Co合金からなり、磁気異方性は1Gまたは5G、比透磁率は2万と382000の高透磁率磁性ワイヤである。そのワイヤに、引張応力を負荷し軸方向と円周方向にそれぞれ磁気異方性Kuと磁気異方性Kθ を発生させて、円周方向スピン配列を持つ円周表面磁区と軸方向スピン配列を持つ中央部コア磁区の2相の磁区構造を形成した。パルス電流の表皮深さpは0.5μmを考慮して、表面磁区の厚み5 dを1μm程度に制御した。
さらに十分大きなパルス電流で、異方性磁界Hkの1.5倍を超える磁界を発生させて、パルス磁界アニーリング処理を測定毎に行い円周方向に磁化飽和させて磁化履歴を消去した。
【0043】10 以上の条件で、純粋にスピンの一斉回転現象のみを惹起することができる。微弱で高速な信号をコイルで検知するためには、微細コイルが必要である。単位長さ当たりのコイルピッチを30μmから10μm以下としコイル内径を15μm以下とし、
磁性ワイヤとコイルとの間隔をコイル式MIセンサの10μmから3μm以下として、ワイヤとコイルとの電磁結合を強めて、コイル数Nに比例した出力電圧を得る15 ことに成功した。
【0044】(7)超高速スピン回転効果型のGSRセンサとコイル検出型のMIセンサを比較して、新原理の特徴を明確にする。
MIセンサは外部磁界H中にある磁性ワイヤまたは磁性薄膜に周波数1MHzから20 30MHzの高周波電流またはパルス電流を通電した時、インピーダンスが表皮効果のため大きく変化する現象を利用したものである。表面磁区とコア磁区の境界に存在する90度磁壁が振動した時に、透磁率が外部磁界Hに大きく依存して変化し、
表皮深さを小さくして大きなインピーダンス変化が起こる。その変化量から外部磁界Hを検知する。センサ長さを5mmのセンサで1mGの優れた感度を実現した。
25 【0045】出力は外部磁界に対して正負対称でしかも外部磁界の大きさに対して単調増加し、
83ある臨界磁界以上では漸減するという非線形特性を持つ。さらに出力は、磁性ワイヤのヒステリシスの影響も強く受けるので、負帰還回路を利用して、そのフィードバック電流の強さから直線的でヒステリシスに小さな出力を得ることが前提となっている。
5 先行技術であるFGセンサは、一般的な磁区構造を持つパーマロイ等の磁性材料を用いて、周波数30KHzの交流を使って外部磁界Hに比例したコイル出力電圧を取る。MIセンサは30MHzの高周波を活用して1000倍程度の高性能化を実現した画期的な発明であった。表面磁区とコア磁区の境界に存在する90度磁壁が振動するという画期的な発明がその基礎にあった。
10 【0046】発明者らが開発したコイル付の改良型MIセンサは、台形状のパルス電流を与えてパルス磁界アニーリングを施して負帰還回路を省略して消費電流の低減に成功したタイプである。またMI素子をMEMSプロセスで製作して長さを3mmから0.6mmへと小型化している。パルス周波数を200MHzにあげることによってコ15 イル出力の向上を図った。同時に磁性ワイヤの異方性磁界を20Gと著しく大きくして測定レンジを拡大した。以上のように小型化と測定レンジの拡大を図ったために、トレードオフ関係にある感度が2mGと大幅に低下している。今後感度の改善とさらなる小型化・測定レンジ拡大が今後の課題となっている。
【0047】20 200MGzの周波数は、MI現象を現出する周波数域を超えている。そこで、台形形状のパルス電流のパルスの立下りを利用して、90度磁壁の移動を可能にした。
コア内部に浸透した90度磁壁はパルス遮断時に円周方向磁界が消失に伴って、外部磁界の力で90度磁壁がゆっくり表面方向に移動していく。
一方、パルスの立下り時に、表面磁区内のスピンは円周方向磁界の消失に伴って傾25 斜し始めるが、強い異方性磁界によって傾斜が小さくまた回転速度も遅いものとなってコイル出力の増化が抑制されている。コイル出力は主にMI現象である90度84磁壁の移動に起因するが、一部GSR現象であるスピン回転の影響も検出している。
【0048】MI効果を基礎にしたコイル出力電圧の最大値は外部磁界Hに比例する。本方式はMI現象とGSR現象が混合しているため、直線域が測定領域の1/3程度までに5 小さくなっている。一方GSRセンサの出力は明確な数学的式が成立しているので、
演算処理によって測定領域のすべての範囲で使用することができる。
【0049】MIセンサの電子回路は、積分回路のコンデンサにコイル電流を蓄積してコイル信号を受けて、その積分電圧を求め、その最大値をピークホールド回路で求めて出力10 する。MEMSコイルにしたためコイルの抵抗が増加し、積分電圧を獲得する過程で電圧降下(IRドロップ)が生じてしまい問題である。またコイルをメッキプロセスで形成し膜厚を厚くし抵抗を下げる対処しているため、大幅のコストアップになってしまっている。
【0050】15 さらに本発明者は、上記MEMSコイル型MIセンサにおいて、パルス周波数を0.2GHzから1GHzと高めることを検討した(特許文献6)。0.5GHzとすると出力を2倍程度向上することができるが、1GHz以上では逆に出力が低下する。
これは、MI現象を前提に周波数を高めていくと、コア磁区の90度磁壁の移動による磁化回転と表面磁区の傾斜スピンの一斉回転の両方をコイル電圧として検知す20 るようになる。高周波化しても磁壁の移動は緩慢のままで、表面磁区のスピン回転の影響の方が大きくなる。しかしスピン回転は高速回転が可能であるが磁気信号は微弱であり、内径30μmのコイルではワイヤとコイル間が10μmもあり、電磁結合が弱く十分検知することが出来なかった。スピン回転現象を検知するためには、
コイルとワイヤ間の距離を10μmから3μm以下と接近させ、かつ単位長さ当た25 りのコイルピッチを増やしてワイヤ表面のスピン回転とコイルとの電磁結合を強化する必要がある。
85【0051】また感度と測定レンジの背反問題が存在する中で、MIセンサでは測定レンジは直線近似できる範囲に限られているため広くすることが困難であった。高周波化によって2倍程度の改善はなされている。しかし、それ以上に高周波化に伴う技術課題5 が噴出し商品化にまでは至らなかった。
高周波パルス発振回路の技術的課題は、コイルと配線回路に付随する寄生容量が増加して、パルス立ち上がりの平滑化、IRドロップによる出力の減衰が発生し、大出力回路が必要となり実用的でなかった。高周波化に伴う電磁誘導電圧の増加は、
表面の磁化変化によるコイル電圧よりも大きくなり、その除去が最大の問題となっ10 ている。大きな電磁誘導電圧は、信号の増幅度の制約、検出信号の直線性と精度の低下、温度特性の劣化などに大きな誤差を生じさせてしまい、実用的な感度はむしろ低下した。MIセンサを前提にして、周波数を高めるという発想ではトレードオフの網の目に迷い込み性能アップに向けた改善策は発見できないと発明者は判断した。
15 【0052】(8)GSRセンサの原理とMIセンサの原理の基本的な違いをまとめる。
MI現象は、周波数を1MHzから30MHzで発現し、表面磁区とコア磁区の境界に存在する90度磁壁の振動に起因するが、GSR現象は0.5GHzから4GHzで生じて、表面磁区のスピン回転に起因する。MIセンサのコイル出力は、出20 力電圧を積分回路のコンデンサに蓄積し、その電圧と磁界との比例関係から磁界を求める。GSRセンサは、コイルの瞬間電圧をバッハー回路で直接検知し、その電圧と磁界とが式(1)の数学的関係にあることから磁界を求める。MIセンサのコイルを微細化すると抵抗が増加してIRドロップが生じる。そのためコイルの微細化およびコイル巻き数Ncの増加による効果は限定的になる。GSRセンサは、コ25 イルの抵抗が著しく大きくコイルにはごく微量電流しか流れない。コイル出力電圧を電圧のまま直接検知する必要があるのでバッハー回路を介して検知する。コイル86巻き数およびコイル微細化による抵抗増加の問題の影響をほとんど受けず、コイルによる検出力を増加させることができる。
【0053】一方GSR現象を基礎にしたGSRセンサは、駆動パルス周波数を0.5GHzか5 ら3GHzと高めて、表面磁区内のスピンを一斉に高速回転させ、発生する高速信号を微細コイルで検出することによって、周波数とコイル巻き数に比例して大きな出力を実現することができる。具体的にはパルスの表皮深さpより表面磁区の深さdを大きくすることで、コイル出力が周波数の平方根に比例して増加することを発見し、かつ微細コイル製作技術と融合することで、驚異的な出力を引出すことに成10 功した。
【0054】さらにコイル出力電圧と外部磁界Hは、測定領域±Hmの範囲で、式(1)に示すような明瞭な数学的関係が存在し、ヒステリシスもほとんど生じないので、図3に示すように広い測定範囲の優れた出力特性と低消費電流特性を得ることができる。
15 図3−a)は、外部磁界とコイル出力電圧Vsとの関係を示した。図3−b)は、
コイル出力電圧Vsのarcsin変換した換算値と外部磁界Hとの関係を示した。
換算電圧値と外部磁界とは測定範囲(最大値から最小値までの範囲)で直線的関係が存在することが良く分かる。
【0055】20 この数学的関係の成立は、外部磁界Hに対する表面の円周方向スピンをもつ表面磁区と中央コア部の軸方向スピン磁区の2相の磁区の持つ磁化挙動の違いに着目して、
異方性磁界を8G以下にして表面磁区深さを表皮深さ以上に調整し、パルス電流の周波数を0.5GH以上、表皮効果深さを1μm以下として、超高速で円周方向スピン回転のみを純粋に検知できる条件を設定したことに起因している。
25 【0056】超高速一斉スピン回転の電磁現象の物理的基礎は、スピン−スピン間の交換相互作87用である。円周方向に整列したスピン集団はこの交換相互作用で強力に結合しており2GHzの超高速でスピンの一斉回転が可能となっている。また表面磁区の厚みを十分大きく確保している場合で、周波数を高めると、表皮深さが小さくなりコイル出力はf/p=f 1/2 に比例して増加する。
5 しかし高速化に伴って渦電流が増加しスピン回転を抑制するようになるので、ある周波数で最大値を取る。さらに、5GHz近くまでパルス周波数を高めると、スピンの歳差運動やスピン共鳴現象が発生し始め、各スピンは交換作用力に打ち勝って回転を始めて、コイル出力電圧が低下する。渦電流による格子発熱や歳差運動によるスピン系の発熱によって、コイル出力の低下が増幅する。
10 【0057】周波数が高いほど出力電圧は大きくなる。また表皮深さも小さくなって、表面磁区の厚さdを小さくできる。このことは円周方向の応力を小さくし磁性ワイヤの透磁率を大きくできて、つまり係数Voの値を大きくできて出力を改善しうることを意味している。
15 しかしスピン共鳴周波数に近づくにつれて、一斉回転に揺らぎが生じコイル電圧が低下するので、最適周波数域が存在し、それは0.5GHzから4GHzである。
図4に実施例1を使ってコイル出力に及ぼす周波数の影響を調査した結果を示す。
(A)は、本発明品で、測定レンジは±40G、センサ長さ0.2mmのタイプである。(B)(C)は特許文献6のセンサ長さ0.6mmで、測定レンジが±2Gと20 ±30Gの二つのMIセンサの実施例である。本発明のGSRセンサは感度および測定レンジともにMIセンサよりも優れている。さらにより高い周波数域まで、周波数増加に伴って電圧は増加していく。2GHzで最高値を示し、その後ゆるやかに減少していく。スピンの歳差運動や渦電流ブレーキが増加するためと思われる。
したがって望ましい周波数域は0.5GHzから4GHzである。
25 しかし、パルス周波数の増加は、コイルに円周パルス磁界によって誘導される誘導電圧を増加するのでこの対策がGSRセンサにおいてはより重要となる。
88【0058】(9)次のGSR効果を実現する具体的なセンサ緒元を明らかにする。
発明者は上記GSR効果の電磁現象を基礎に、以下のセンサ緒元の解明と具現化方策を発明した。
5 磁性ワイヤは、ゼロ磁歪または弱負磁歪のCo基合金で、異方性磁界Hkを8G以下、比透磁率は1000以上で、直径は20μm以下、軸方向の応力は表面磁区の厚みdは1μm以下で2p以上とした。厚みについては適用パルス周波数を考慮して、パルス磁界アニーリングまたはテンションアニーリングを施して2p以上になるように調整した。なおコア部の残留磁化はパルス通電継続時間の間に、それ以前10 の外部磁界の影響履歴の消失・低減を図り、ヒステリシスを抑制した。
【0059】パルス電流の電流強さは、ワイヤの直径を考慮し上での表面での円周方向磁界の強さを30G以上、目安として1.5×Hk以上の円周方向磁界強度を確保して、パルス周波数は0.5GHZ〜4GHzとして、表面磁区内のスピンのみの超高速一15 斉スピン回転を実現した。またパルス通電継続時間中の大きな円周方向磁界でコア磁区を縮小させ、表面磁区の厚みを増加した。
パルスの立上り速度は、コイルの寄生容量の低減、配線ワイヤボンディングから半田づけ接合への変更、コンデンサのASIC内蔵などにより急峻な立上りを確保した。
20 パルス時間間隔は長さ10n秒以上としコイル信号干渉を避けると同時にワイヤの自然冷却を行った。
【0060】素子のサイズについては、コイル出力はワイヤの直径Dに比例するが、直径を大きくしすぎると表面の円周方向スピン磁区が形成できないので30μm以下にすべき25 である。しかし、コイルピッチの最小化およびセンササイズの小型化を考慮すると直径は20μm以下が現実的である。長さLは、コイル出力を増加するが、磁界の89測定範囲が小さくなり、コイル出力と測定範囲とがトレードオフ関係にある。その対策としては、コイルピッチを小さくしてコイル巻き数を増やしてコイル出力を増加し、ワイヤ長さLは出来るだけ小さくして測定範囲を拡大することが望ましい。
測定範囲が小さくてもよい場合は、十分な長さを確保してコイル出力およびセンサ5 感度を高めることが望ましい。
【0061】検出コイルは、ワイヤ表面のGSR現象とコイルとの電磁結合を強めるために、コイル内径は25μm以下、望ましくはワイヤとコイルとの間隔を3μm以下にすべきである。コイルの巻き数については、最表面のGSR素子を小型化する上ではコ10 イルピッチを10μm以下と小さくすることが重要である。
その微細コイルの構造は、凹形状のコイル下部と凸形状のコイル上部および両者の間にある段差を介して連結するジョイント部の3層構造または段差がゼロの特殊な場合は2層の凹凸構造からなり、磁性ワイヤの下部のみをコイル下部配線を施した基板溝に埋設し、それを接着機能を有する樹脂で固定し、ワイヤ上部は樹脂の表面15 張力で薄く覆われ、もしくは絶縁被覆磁性ワイヤの場合には一部露出した状態で、
コイル上部配線およびコイル下部と上部のジョイント部の配線を行うことによって得られる。
【0062】また、コイルの製作にあたっては、ワイヤに直接被覆した絶縁材料を用いてコイル20 とワイヤ間の絶縁を確保し、ワイヤと電極の接続はワイヤ絶縁被覆材料を除去したコンタクト部においてワイヤ上面部を含めて導電性金属材料で接続して強い強度を持つ接続部を実現できる。なお、コイルとワイヤ間に挿入した樹脂絶縁被膜を使って製作してもよい。
【0063】25 (10)パルス電流の周波数を高めると、パルス電流が作る円周方向磁界とコイル配線構造との関係によってコイルに発生する誘導電圧Vcが増加する。それをコイ90ル電圧Vmから取り除く技術を考案発明した。
誘導電圧Vcは、1)( パルス通電中のワイヤ電位差を静電的に感知する電圧と、2)(円周方向磁界の変化をコイルが直接感知して発生する電圧、および(3)基板面上の配線ループが感知する電圧の3種類が存在する。誘導電圧の大きさは、静電電位5 差の影響が一番大きく、次にコイルが直接に感じる電圧。配線ループについては、
キャンセルは容易で通常は小さくすることができるが、好ましくない配線をすると大きな電圧を生じる。
【0064】上記の誘導電圧Vcは、 基板上に右巻きコイルの検出素子と左巻きコイルの検出10 素子の一対または複数対を設置し、左巻コイルと右巻コイルに反対向きに前記パルス電流が流れるように、ワイヤ通電用の電極2個とワイヤ端子を接続し、またコイル電圧検出用電極2個とコイル端子は前記ワイヤには前記パルス電流を通電した時に、右巻きコイルと左巻きコイルの出力電圧が外部磁界に比例した出力電圧が同符号になり、かつ外部磁界がゼロの場合にパルス通電が作る円周方向磁界によって発15 生する出力電圧が異符号になるように接続して消失させることができる。さらに、
基板上のコイルと電子回路とが形成する配線ループによって生じる電圧を配線のクロス構造化により取り除くことができる。
実施例4に用いたGSR素子の平面図(以下、配線構造の正面図をいう。)を図9に示す。
20 この配線構造を一般的に表現すると、基板上の磁性ワイヤ1本に、パルス電流の流れてくる方向に向けて一対の左巻きコイルの第1コイルと右巻きコイルの第2コイルとを取り付ける。また、第1コイルと第2コイルのそれぞれに、パルス電流の流れてくる方向に向けて、第1コイル端子と第2コイル端子とを設ける。
第1コイルの第1コイル端子と第2コイルの第1コイル端子とを接続し、コイル出25 力電極と第1コイルの第2コイル端子とを接続するとともにコイルグランド電極と第2コイルの第2コイル端子を接続する。コイル端子の配置は、第1コイルおよび91第2コイルの第1コイル端子と第1コイルおよび前記第2コイルの第2コイル端子とは磁性ワイヤの両側に行なう。コイル電極とコイル端子との接続は、コイル出力電極から第1コイルの第2コイル端子への配線とコイルグランド電極から第2コイル第2コイル端子への配線が交差するように行なう。
5 この配線構造により、1本のワイヤに左巻きコイルと右巻きコイルを取り付け、同一方向に電流を流すと、磁界は逆相電圧となり、静電電位差によるコイル電圧は同相電圧となる。コイル端子を逆接合すると磁界による出力電圧は加算され、静電電位差による電圧はキャンセルされる。さらに配線ループによって生じる電圧は、出力配線を交差させると、ループ内の上向き磁界と下向き磁界がキャンセルするので10 ほぼ消失する。
この場合は左右コイルに発生する電圧は、右巻きコイルと左巻きコイルの電圧は、
電流は同じ向きなので逆電圧となるが、コイル同士は逆接続となるので同じ向きの電圧となって残留するのが難点である。しかし誘導電圧は完全には消滅しないが、
単純コイルの誘導電圧と比較すると、1/4以下と十分小さくすることができるの15 で、好ましくはないが、サイズなどの制約がある場合、利用は可能な配線構造である。
【0072】(12)コイル電圧の温度依存性は、検波タイミングは、誘導電圧を低減した上で、
電圧Vsのピーク点に取り、それが温度の影響で微妙にずれてもコイル出力のドリ20 フトにならないように工夫して回路の温度安定性を高めた。センサに内蔵した温度センサの出力と温度補正プログラムを使って、原点の温度を実施した。これにより原点の温度ドリフトは0.02mG/℃以下を実現した。
【0073】コイル電圧Vsから、外部磁界Hを式(1)の関数関係の処理を可能にした電子回25 路またはプログラム演算の手段を使って求めることによって、コイル電圧の最大値を示す磁界Hmまで測定範囲を拡大することができる。これまでのMEMS素子を92使ったコイル式のMIセンサの測定範囲は0.3×Hm程度であった。
【0074】素子出力の温度安定あるいは温度依存性については、式(1)から分かるように円周方向スピン集団の平均磁化量、異方性磁界Hkの温度依存性が存在する。平均磁5 化量については、Co元素はキュリー点が1422Kと高く、300K前後の温度変化では影響はない。異方性磁界については、出力感度に影響するが、温度変化はほとんど見られない。
【発明の効果】【0077】10 超高速スピン回転効果を基礎にした超高感度マイクロ磁気センサは、FGセンサ、
MIセンサおよびコイル検出式の改良型MIセンサなどに比べて、センサ出力電圧、
センサ感度とセンサ検出力の向上、ノイズ低減、測定レンジの拡大、低消費電流化、
温度安定性改善、ヒステリシス特性と直線性の改善およびマイクロサイズ化を実現し、産業上の普及に資する極めて有用なものである。
15 【図面の簡単な説明】【0078】【図1】アモルファス磁性ワイヤの磁化特性図である。a)は軸方向のMH磁化特性図である。b)はGSRセンサの出力と磁界との関係図である。
【図2】外部磁界Hを変化させた時のアモルファス磁性ワイヤの磁化状態の変化図20 である。a)H=0、b)H=Hk/2、c)H=Hk、d)H>Hm【図3】実施例1のコイル出力電圧と磁界との関係を示した図である。 a)外部磁界とコイル出力の関係である b)外部磁界と換算コイル出力との関係である。
【図4】実施例1のコイル出力に及ぼす周波数の影響を示した図である。
25 【図5】実施例1に係るGSR素子の平面図である。
【図6】実施例1のGSR素子の構造図(断面図)である。a)は断面図説明用の93単位磁界検出素子の上面図、b)はコイル部の断面図、c)ワイヤ電極部の断面図。
【図7】実施例2のGSR素子の平面図である。
【図8】実施例3に係るGSR素子の平面図である。
【図9】実施例4に係るGSR素子の平面図である。
5 【図10】実施例で使用する回路図である。
【発明を実施するための最良の形態】【0079】発明の実施形態を挙げて本発明をより詳しく説明する。
第1実施形態の超高速スピン回転効果を原理とするGSRセンサは、0.5mG程10 度の地磁気程度の微小磁界を測定対象とする。
それは、磁性ワイヤと周回コイルから構成されるGSR素子(以下、GSRセンサ素子をいう。)および該磁性ワイヤにパルス電流を流す手段とパルス電流を流した時に生じるコイル電圧を検知する回路とコイル電圧を外部磁界Hに変換する手段とから構成されている。外部磁界Hとコイル出力電圧は、上記の(1)式のような数15 学的関係で表される。
【0080】磁性ワイヤは、CoFeSiBアモルファス合金の直径は3μm〜10μmにて、
1μm以下の厚みの絶縁被覆をしたワイヤである。その結晶構造は、アモルファス構造が望ましいが、ナノ結晶構造も可能である。8G以下の小さな磁気異方性とゼ20 ロまたは弱負磁歪特性を持った比透磁率は1000から10万程度の高透磁率磁性ワイヤである。絶縁被覆が無いワイヤを使用することも可能であるが、コイルとワイヤの間の絶縁を、両者の間に樹脂を介在させて確保する必要がある。
磁気異方性が小さく透磁率が高いワイヤを使うほどHmは小さくなり、それに比例してコイル出力の感度は高くなるが、測定範囲は狭まる。このトレードオフ関係の25 問題に対して、コイルピッチの微細化して単位長さ当たりのコイル数を増やすことを可能にして、優れた透磁率特性のワイヤを使用した上で、ワイヤ長さを短くし反94磁界を強めて測定範囲を拡大し、次に感度低下問題についてはコイル巻き数を増やして解決すれば、高感度、広い測定範囲および素子のマイクロサイズ化の3つの要求のすべてを満足することができる。
【0081】5 そのワイヤに、引張応力を負荷し軸方向と円周方向にそれぞれ磁気異方性Ku と磁気異方性Kθ を発生させて、円周方向スピン配列を持つ円周表面磁区と軸方向スピン配列を持つ中央コア部磁区の2相の磁区構造を形成した。
表面磁区の厚みdはKθ を大きくするほど大きくなるが、感度は低下するので、パルス電流が作る表皮深さpの2倍以上である必要はない。厚みdは、測定磁界範囲10 ±Hmを決定したうえで、使用するパルス周波数を考慮して、d=2p程度に調整する。実用的には1μm以下が望ましい。
【0082】パルス電流の強度は、50mA以上としてワイヤ表面にHmの1.5倍以上の十分大きな円周磁界Hθ を発生させて表面スピンの一斉回転を実現した。さらに円周方15 向に磁化飽和させて磁化履歴を消去した。このパルス磁界アニーリング処理を測定毎に行い、出力からヒステリシス特性を除去した。
Hθ は、異方性磁界の強さが大きい場合、それに対応して増加する必要があるが過大電流はワイヤを加熱するしセンサの消費電流を増加せしめるので望ましくない。
望ましくは70mAから150mA、Hθ は40Gから80G程度とすることが望20 ましい。
【0083】パルス周波数は、 5GHz以上として、
0. 電流の表皮深さpを1μm以下として、
円周表面磁区の厚みd以下とすることが望ましい。
この条件で、周波数を高めると、表皮深さが小さくなり回転スピン数が減少しコイ25 ル出力はf/p=f 1/2 と、fの一次比例からf 1/2 比例して増加する。
しかし高速化に伴って渦電流が増加しスピン回転を抑制するようになるので、さら95にfによる増加傾向は抑制され、ある周波数で最大値を取る。さらに、5GHz近くまでパルス周波数を高めると、スピンの歳差運動やスピン共鳴現象が惹起し始めて、各スピンは交換作用力に打ち勝って回転を始めて、コイル出力電圧が低下する。
渦電流による格子発熱や歳差運動によるスピン系の発熱によって、コイル出力の低5 下が増幅する。従って4GHz以下が望ましい。
最適周波数域は1GHzから3GHzである。透磁率が高く異方性磁界が小さく円周表面磁区の厚みdが1μm以下と小さい場合は、それに対応してパルス周波数を高くする必要がある。表皮深さpをd以下に制御することが望ましい。dが小さい場合、それに合わせてパルス周波数を高めて表面磁区のスピンのすべてが回転する10 ようにすることが望ましい。 ただし、dよりpの方が大きい条件では、周波数を増加してpを小さくしても表面磁区の回転するスピンの数は変化しないので、出力は周波数fに比例して増加する。この条件では、ワイヤの異方性磁界と周波数の組合せが最適化されていないことを意味している。なお中央部の磁化Msは、高周波では移動しない表面磁区とコア磁区との間の磁壁によってシールドされているので、
15 表皮効果による影響はを受けない。
パルス時間間隔は10n秒以上、望ましくは50n秒としてコイル信号干渉を避ける必要がある。
【0084】この状態のワイヤに上記パルス電流を通電すると、パルスが作る60G程度の大き20 な円周磁界によって、超高速(パルスの遷移時間dt内)でスピンが円周方向に一斉回転する。その際に生じるワイヤの磁化変化をコイル出力電圧Vsとして検知する。
ワイヤの直径は、ワイヤの直径Dに比例してコイル出力が増加するが、大きすぎると表面の円周方向スピン磁区が形成できなくなるので20μm以下にすべきである。
25 また直径が大きいほど必要なパルス電流が大きくなる。さらにピッチが小さい微細コイルの製造が困難となるので、望ましくは5μm〜12μmとすべきである。
96【0085】長さLは、コイル出力を増加するが、測定範囲±Hmが小さくなり、コイル出力と測定範囲とがトレードオフ関係にある制御因子である。一般的には、コイルピッチを小さくしてコイル巻き数を増やしてコイル出力を増加し、ワイヤ長さLは0.15 mm〜0.5mmと出来るだけ小さくして測定範囲を拡大することが望ましい。
【0086】コイルの巻き数については、センサの高感度化と小型化を同時に実現できるので、
コイルピッチを小さくして単位コイル巻き数を増加することは極めて重要である。
磁性ワイヤの下半分または一部を基板に形成された溝に埋設し、溝底面に下コイル10 を配置し、ワイヤ上部に上コイルを配置し、上下のコイルを基板面上で接合してコイルを形成することによって、コイルピッチを10μm以下とすることができる。
現在の微細加工技術レベルを考慮すると、コイルピッチは、1μm〜6μmが望ましい。
【0101】15 以上、5つの実施形態を説明したが、測定対象に応じてセンサ設計の自由度が高い点も本センサの利点である。
磁性ワイヤの異方性磁界Hk(ほぼHmに等しい)を制御して磁性ワイヤの表面磁区の深さdをパルスの表皮深さp以上確保することを条件において、超高速スピン回転効果によるコイル出力電圧と外部磁界との間には式(1)の関係が存在する。出20 力特性は、磁性ワイヤの長さと径、コイルピッチ、パルス周波数と電流強度および回路構成を組みあわせることで、感度、測定範囲など用途に応じて性能を最適化することが可能であるからである。
実施例】【0102】25 [実施例1]実施例1に係るGSR素子の平面図を図5に示す。また、GSR素子の構造図(断97面図)を説明するために単位磁界検出素子の上面図、断面構造図を図6に示す。
超高速スピン回転効果を原理とするGSRセンサの実施例1は、磁性アモルファスと周回コイルから構成されるGSR素子および該磁性ワイヤにパルス電流を流す手段とパルス電流を流した時に生じるコイル電圧を検知する回路とコイル電圧を外部5 磁界Hに変換する手段とから構成されている。外部磁界Hとコイル出力電圧は、式(1)のような数学的関係で表される。
【0103】磁性ワイヤは、CoFeSiBアモルファス合金の直径10μm、厚み1μm以下のガラス被覆のワイヤである。その結晶構造は、アモルファス構造で弱負磁歪10−610 を持った比透磁率は1万の高透磁率磁性ワイヤである。そのワイヤに、引張応力を付加し軸方向と円周方向に5Gの磁気異方性Kθ を発生させて、円周方向スピン配列を持つ円周表面磁区と軸方向スピン配列を持つ中央コア部磁区の2相の磁区構造を形成した。表面磁区の厚みdを1μm以下とした。
【0104】15 パルス電流の強度は、100mA以上としてワイヤ表面に60Gの十分大きな円周磁界Hθ を発生させて、その磁界の力で表面磁区の θ 傾斜したスピンを一斉に円周方向に回転を実現した。同時に2n秒のパルス持続時間を確保してコア部磁区と表面磁区との界面に存在する90度磁壁をコア中心部へ浸透させて、コア部磁区を縮小し、円周方向に磁化飽和またはそれに近い磁化状態にさせて磁化履歴を消去し20 た。このパルス磁界アニーリング処理を測定毎に行い、出力からヒステリシス特性を除去した。
【0105】パルス周波数は、2GHzとして、電流の表皮深さpを0.12μmで円周表面磁区の厚みは1μm以下とした。上記特性のアモルファスワイヤの直径は10μm、
25 長さLは0.2mmとして、測定範囲±Hmは40Gに調整した。
【産業上の利用可能性】98【0123】本発明の超高速スピン回転現象を基礎とした超高感度マイクロ磁気センサは、微小磁界検知能力、高速測定、高感度、低消費電流、および良質な磁気信号を提供し、
電子コンパス、磁気ジャイロ等の微小な地磁気を測定して、3次元方位計およびリ5 アルタイム三次元方位計への応用、生体磁気を測定した医療用センサ、マイクロサイズ化して生体内部での応用、高速測定能力を活用した磁気マッピング応用、さらに測定範囲を拡大した産業用磁気センサなど、幅広い用途で、その使用が期待される。
99【図1】【図2】51015100【図3】1あ【図4】510【図5】1520101【図6】【図7】5101520【図8】2530102【図9】5101520【図10】253035404550103(別紙2)1 毛利佳年雄著「磁気センサ理工学(増補)」(2016年1月18日増補)(甲118)5 「アモルファスワイヤに円周方向にN回周回されたコイルの誘起電圧e p・ ・・は ep=GHex・・・で表されるように、検出磁界H ex に正比例する。」(158頁4行〜8行)「図7.5は、2005年の電子コンパスチップに内蔵されたアモルファスワイヤMIセンサの直流磁界検出特性である。」(158頁12行〜13行)10 2 Larissa Panina 他「off-Diagonal Impedance in Amorphous Wires and ItsApplication to Linear Magnetic Sensors」(2004年11月)(乙5)「・・・shown in Fig.12(b) has almost linear portion in the field range H ex ≒±2Oe.」(3510頁3行〜4行)注:同文献は、コイル式MIセンサの理論解析とコイル電圧の測定結果を対比15 した論文であるが、図12は、直線的出力を示していることが開示されている。
3 毛利佳年雄著「アモルファス磁性合金ワイヤの大バルクハウゼン効果と磁気インピーダンス効果・MIセンサ」(平成25年9月11日発行)(乙15)「図(a)のように、アモルファスワイヤに検出コイルを設置してコイル電20 圧を検出することで、図14により、FGセンサと同様に原理的にはHexを線形に検出できるはずであるが・・・図(c)は、コイル電圧を同期整流したパルス電圧Epによる線形磁気センサ特性である。」(33頁下から15行〜10行)「・・・H ex に正比例する。これは直線性の高い、ヒステリシスのない線形25 磁気センサを構成する重要な原理である。検出コイルのパルス電圧の高さEpは、Ep=(πδ(2a−δ)NMs 2 /2Kutr)H ex(1.11)であり、 ・・・104図14(a)の磁気センサ回路は、直線性の高い、ヒステリシスのない高感度の線形磁気センサ回路である。」(35頁5行〜12行)「図16は、図14のMIセンサによる直流磁界検出特性である。」(35頁下から10行目から9行目)5 4 T.Uchiyama 他「Recent Advances of Pico-Tesla Resolution Magneto-ImpedanceSensor Based on Amorphous Wire CMOS IC MI Sensor」(平成24年10月18日発行)(甲102)Fig4には、磁界と出力の直線性が良い 「good linearity are obtained」( )ことが記載されている(3835頁左欄下から8行から4行)。
105
事実及び理由
全容