関連審決 |
無効2020-800034 |
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審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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令和4ネ10002特許権侵害差止請求控訴事件 | 判例 | 特許 |
令和2行ケ10144 審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
令和3行ケ10021 審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
令和2行ケ10079 審決取消請求事件 令和2行ケ10083 審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
令和4ネ10003特許権侵害差止請求控訴事件 | 判例 | 特許 |
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事件 |
令和
3年
(行ケ)
10157号
審決取消請求事件
令和 3年 (行ケ) 10155号 審決取消請求事件 |
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当事者の表示 別紙当事者目録記載のとおり | |
裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2023/01/12 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
1 原告らの請求をいずれも棄却する。 2 訴訟費用は、原告東和に生じた費用及び被告に生じた費用の3分の1を原告東和の負担とし、原告共和に生じた費用及び被告に生じた費用の3分の1を原告共和の負担とし、原告日医工に生じた費用及び被告に生じたその余の費用を原告日医工の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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請求(第1事件・第2事件)
特許庁が無効2020-800034号事件について令和3年10月27日にした審決を取り消す。 |
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事案の概要
本件は、特許無効審判請求に係る不成立審決の取消訴訟である。争点は、新規性及び進歩性の判断の誤りの有無並びに審判指揮の違法の有無である。 1 特許庁における手続の経緯 被告は、名称を「運動障害治療剤」とする発明についての特許(特許第4376630号。以下「本件特許」という。)の特許権者である。 本件特許については、平成15年(2003年)1月28日を国際出願日(パリ条約による優先権主張・平成14年(2002年)1月28日(以下「本件優先日」という。)、米国)とし、特願2003-563566号として出願され、平成21年9月18日に設定登録がされた(甲A38。以下、本件特許に係る設定登録時の明細書及び図面を「本件明細書」という。)。 原告東和は、令和2年3月31日、本件特許(請求項の数は1)について特許無効審判の請求をし、特許庁は、無効2020-800034号事件として審理した。 その後、原告共和及び原告日医工(以下「原告共和ら」という。)は、請求人として審判に参加した。 被告は、令和2年10月5日、本件特許について訂正請求をした(甲A39。以下、この訂正請求による訂正を「本件訂正」という。なお、本件訂正後の請求項の数も1である。また、本件訂正において、本件明細書の訂正はない。)。 特許庁は、令和3年10月27日、「特許第4376630号の特許請求の範囲を、令和2年10月5日付け訂正請求書に添付した訂正特許請求の範囲のとおり訂正することを認める。特許第4376630号の請求項1に係る発明の特許についての無効審判請求は、成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし、その謄本は、令和3年11月9日、原告らに送達された。 原告東和は、令和3年12月8日、本件審決の取消しを求めて第1事件の訴えを提起し、原告共和らも、同日、本件審決の取消しを求めて第2事件の訴えを提起した。 2 本件特許に係る発明の要旨(甲A38、39) 本件訂正後の本件特許に係る特許請求の範囲(請求項1)の記載は、次のとおりである(以下、請求項1に係る発明を「本件発明」という。)。 【請求項1】 (E)-8-(3,4-ジメトキシスチリル)-1,3-ジエチル-7-メチルキサンチンを含有する薬剤であって、 前記薬剤は、パーキンソン病のヒト患者であって、L-ドーパ療法において、ウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動を示すに至った段階の患者を対象とし、 前記薬剤は、前記L-ドーパ療法におけるウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させるために前記患者に投与され、 前記薬剤は、前記L-ドーパ療法においてL-ドーパと併用して前記対象に投与される、 ことを特徴とする薬剤。 3 本件審決の理由の要旨 (1) 本件訂正の適否 本件訂正は、特許法134条の2第1項ただし書1号に掲げる事項を目的とするものであり、かつ、同条9項において準用する同法126条5項及び6項の規定に適合する。 したがって、本件訂正を認める。 (2) 原告らの主張に係る無効理由1(新規性欠如)について ア 甲A1(「Experimental Neurology」162巻321〜327頁(2000年)。なお、以下、特に断らない限り、枝番のある書証は、枝番を含む。)に記載された発明の認定 甲A1には、次の発明(以下「甲A1発明」という。)が記載されている。 KW-6002を含有する薬剤であって、MPTP処置コモンマーモセットに対して、閾値投与量のL-ドーパ(2.5mg/kg)及びカルビドパ(12.5mg/kg)が投与される90分前又は24時間前に、KW-6002(10.0mg/kg)が組合せ経口投与される、自発運動活性と運動障害を改善する薬剤。 イ 本件発明と甲A1発明との対比 本件発明と甲A1発明は、次の一致点で一致し、相違点で相違する。 <一致点> (E)-8-(3,4-ジメトキシスチリル)-1,3-ジエチル-7-メチルキサンチンを含有する薬剤であって、 前記薬剤は、パーキンソン病動物を対象とし、 前記薬剤は、L-ドーパと併用して前記対象に投与される、薬剤。 <相違点> 本件発明は、「ヒト患者であって、L-ドーパ療法において、ウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動を示すに至った段階の患者」を対象とし、 「前記薬剤は、前記L-ドーパ療法におけるウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させるために前記患者に投与され」、「前記L-ドーパ療法」において投与される「薬剤」であるのに対し、甲A1発明は、「MPTP処置コモンマーモセット」を対象とする「自発運動活性と運動障害を改善する薬剤」である点 ウ 判断 MPTP処置コモンマーモセットとヒトパーキンソン病患者とは、明らかに別異の動物である。加えて、当該コモンマーモセットは、KW-6002の投与前にL-ドーパの長期投与を受けていないのであるから、甲A1発明が、L-ドーパの長期投与に伴い出現する状態である、本件発明の「L-ドーパ療法において、ウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動を示すに至った段階の」との発明特定事項を備えていないことは明らかである。 したがって、上記相違点において、本件発明の対象と甲A1発明の対象とは実質的に相違しており、その余の点について検討するまでもなく、両発明は相違する。 エ 小括 以上によれば、本件発明は、甲A1に記載された発明ではなく、特許法29条1項3号に該当し特許を受けることができないものとはいえない。 したがって、本件発明に係る特許は、無効理由1によって無効とすることはできない。 (3) 原告らの主張に係る無効理由2(進歩性欠如)について ア 相違点について(ア) 甲A1からの容易想到について 甲A1には、「“ウェアリング-オフ”及び“オン-オフ”応答変動を有する患者において、KW-6002のような化合物は、ジスキネジアを長引かせることなしに“オン時間”を増加させることができる可能性がある」との記載がある。しかし、該記載は、甲A1記載の試験結果から導き出されたものといえない。また、甲A1には、図4で表される試験はもちろん、上記記載を除いて、「ウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させる」ことに関して記載された箇所はない。 そして、本件優先日当時の抗パーキンソン病薬の技術常識を示す甲A4(「医薬ジャーナル」37巻S-1号53〜60頁(平成13年))には、L-ドーパとの組合せ使用が検討されていた各種の薬物として、ドパミンアゴニストについては、 L-ドーパの長期投与に伴うウェアリング・オフ現象、オン・オフ変動、ジスキネジア、ジストニア、精神症状などを抑制する効果が明確となったとの記載があり、 また、COMT阻害剤については、これらの阻害剤はL-ドーパの代謝を抑制することが期待され、臨床的にはウェアリング・オフ現象の改善を目的としているとの記載がある。しかし、KW-6002等のアデノシンA 2A アンタゴニストについては、L-ドーパ長期治療によって生ずるジスキネジアを抑制することができるとの記載はあるが、ウェアリング・オフ現象やオン・オフ変動に関する記載はなく、 本件優先日当時に、KW-6002等のアデノシンA 2A アンタゴニストを、ウェアリング・オフ現象やオン・オフ変動の改善のためにL-ドーパ療法と併用するとの技術常識が存在していたとはいえない。 そうすると、L-ドーパの長期投与においてウェアリング・オフ現象又はオン・オフ変動を示す状態のパーキンソン病ヒト患者又はそれに対応するモデル動物にKW-6002を投与する試験を行い、ウェアリング・オフ現象又はオン・オフ変動における効果を確認してみることなく、甲A1に記載された試験結果から、KW-6002が、L-ドーパ療法によりウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動を示すに至った段階のパーキンソン病のヒト患者において、オフ時間を減少する薬剤として使用できることを、当業者が容易に想到し得たということはできない。 また、L-ドーパとの併用により自発運動活性や運動障害に対して24時間程度の増大作用を有する薬剤であれば、「ウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動」のオフ時間を減少させる、との技術常識が本件優先日当時に存在していたことは、提出されたいずれの証拠をみても理解できない。 以上のとおりであるから、甲A1発明において、甲A1に記載された事項及び本件優先日当時の技術常識に基づいて、上記相違点に係る構成とすることは、当業者が格別の創意を要することなくなしえたものとは認められない。 (イ) 甲A1、甲A2(「Annals of Neurology」43巻4号507〜513頁(1998年)。被告が提出した補充の訳文である乙3を含む。以下同じ。)、甲A3(「European Journal of Pharmacology」408巻249〜255頁(2000年)。被告が提出した補充の訳文である乙4を含む。以下同じ。)、甲A4及び甲A5(「日本臨床」60巻1号112〜116頁(平成14年))からの容易想到について a 甲A2には、L-ドーパの投与を受けていないMPTP処置コモンマーモセット又はL-ドーパ治療によって引き起こされ確立されたジスキネジアの状態を示すMPTP処置コモンマーモセットに対して、KW-6002を単独投与した場合に、KW-6002が奏する作用・効果についての試験結果が記載されている。しかし、甲A2には、ウェアリング・オフ現象やオン・オフ変動について何らの記載もない。そして、ウェアリング・オフ現象やオン・オフ変動はL-ドーパの長期投与において出現する状態であり、また、ジスキネジアはウェアリング・オフ現象やオン・オフ変動とは異なる現象である。そうすると、甲A2に記載された事項は、 ウェアリング・オフ現象やオン・オフ変動のオフ時間に対するKW-6002の作用・効果についてなんらの知見も与えない。 b 甲A3には、甲A3記載の試験結果に関する記載に続いて、「これらの結果は、アデノシンA 2A 受容体アンタゴニストが、進行期パーキンソン病患者におけるドーパミン作動薬反応の持続の短縮を回復するのに有用である可能性があることを示唆している」との記載がある。しかし、甲A3に記載されているのは、KW-6002の投与が、パーキンソン病モデル動物のアポモルヒネ誘発の回転運動応答の回転数を増加させ、また、その持続時間をより長くしたことや該モデル動物のL-ドーパに対する回転運動を増加させたことであり、これら試験結果はいずれもウェアリング・オフ現象やオン・オフ変動を示すに至った段階の動物を用いた試験によって得られたものではない。したがって、上記試験結果はウェアリング・オフ現象やオン・オフ変動を示すに至った段階の動物においてKW-6002がその持続時間の短縮を回復させる、すなわち、オフ時間を減少させることを直接的に示すものではない。そもそも、上記試験は、アポモルヒネ誘発の回転運動応答についてのものであり、甲A3に記載がないL-ドーパ誘発の回転運動応答において、L-ドーパとは異なる性質を有するアポモルヒネと同様の持続時間に対する作用・効果が得られるともいえない。 c 甲A4には、L-ドーパ長期療法によるウェアリング・オフ現象、オン・オフ変動、ジスキネジアなどがパーキンソン病治療薬の課題となっていることが記載されている。そして、本件優先日当時、L-ドーパ長期服用に伴う問題を最小限にとどめ長期的に安定した治療を継続するために他剤を組み合わせる併用が基本であることもまた記載されており、L-ドーパとの組合せ使用が検討されていた各種の抗パーキンソン病薬のうち、ドパミンアゴニストやCOMT阻害剤のいくつかの薬剤は、L-ドーパの長期投与に伴うウェアリング・オフ現象等を抑制又は改善する作用・効果を有することが知られていたといえる。しかし、本件優先日当時、KW-6002などのアデノシンA 2A アンタゴニスト活性を有する薬物を、ウェアリング・オフ現象やオン・オフ変動の改善のためにL-ドーパと併用するとの技術常識が見当たらないことは上記(ア)ですでに説示したとおりである。 d 甲A5には、「アデノシンA2A受容体」の「選択的な拮抗薬」が「従来のドーパミン系薬物加療で問題となる副作用の発現や耐性の問題を克服」「する機能を持つ」と考えられるが、「KW-6002が、実際に、病状の進行を認めるパーキンソン病の患者において、期待される効果をどのように発揮するか、また上記問題点を克服できるかどうかについては、進行中のパーキンソン病患者を対象としたフェーズ II 試験の結果が待たれる」との記載がある。 上記問題となる副作用として、甲A5には、L-ドーパ誘発性ジスキネジアが記載されているにとどまり、ウェアリング・オフ現象、オン・オフ変動については記載されていない。また、該「問題点を実際に克服できるかどうか」は、「パーキンソン患者を対象としたフェーズ II 試験の結果が待たれる」との上記記載によれば、 本件優先日当時、長期的投与の問題点に関し、ヒト臨床試験結果をみることなく判断できるという状況にあったとは認められない。 e 以上のとおり、甲A1発明に甲A1ないし甲A5の記載事項を組み合わせても相違点に係る構成が導き出されるとはいえない。 イ 効果について 本件明細書には、実施例1として、L-ドーパ関連の運動合併症を伴うパーキンソン病患者に、L-ドーパとともに、KW-6002を4週間ごと、3段階で、 (5/10/20mg/日)、又は(10/20/40mg/日)のいずれか漸増的用量を投与したKW-6002群の被験者は、プラセボ群の被験者と比較して、 オフ時間における有意な減少があったこと(図1)が記載されている。 そして、上記アで説示のとおり、(E)-8-(3,4-ジメトキシスチリル)-1,3-ジエチル-7-メチルキサンチンを含有する薬剤は、「パーキンソン病のヒト患者であって、L-ドーパ療法において、ウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動を示すに至った段階の患者を対象とし、」「前記L-ドーパ療法」において投与され、「前記L-ドーパ療法におけるウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させるために前記患者に投与され」という上記相違点に係る発明特定事項については当業者が容易に想到しえたといえないのであるから、その投与の結果もたらされる、L-ドーパ療法におけるウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させるという効果は、甲A1ないし甲A5の記載事項及び本件優先日当時の技術常識を参酌しても当業者が予測し得たものと認められないことは明らかである。 ウ 小括 以上によれば、本件発明は、甲A1に記載された発明及び甲A1に記載された事項に基づいて、本件優先日前に当業者が容易に発明をすることができたものでも、 また、甲A1に記載された発明及び甲A1ないし甲A5に記載された事項に基づいて、本件優先日前に当業者が容易に発明をすることができたものでもなく、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものとはいえない。 したがって、本件発明に係る特許は、無効理由2によって無効とすることはできない。 |
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原告東和主張の審決取消事由
1 取消事由1(新規性についての判断の誤り)について (1)ア 甲A1が問題としている「応答変動」とは、パーキンソン病の治療から5年以内に生じる現象のことをいい、また、ジスキネジアとは別の現象である。そして、ウェアリング・オフ現象等がL-ドーパを投与してから5年以内に生じる現象であることは、周知の事項であるし、また、甲A1には、「応答変動」に対する治療としてL-ドーパの薬効時間を長くする処置を説明した記載がみられるのであるから、甲A1にいう「応答変動」がウェアリング・オフ等(L-ドーパの薬効時間が短くなる現象)を指すことは明らかである。さらに、甲A1には、考察の項において、「結論として、アデノシンA 2A 受容体アンタゴニストは、単独療法としてのみならず、L-ドーパ及びドーパミン作動薬との組合せで、パーキンソン病の有用な治療剤となる可能性がある。特に、「ウェアリング・オフ」及び「オン・オフ」応答変動を有する患者において、KW-6002のような化合物は、ジスキネジアを長引かせることなしに「オン時間」を増加させることができる可能性がある。」との記載(以下「本件記載」という。)があり、ここでも、「応答変動」がウェアリング・オフ等を示すことが明記されている。 このように、甲A1における「応答変動」とは、L-ドーパの薬効に対する応答が変動した状態のことを指し、具体的には、ウェアリング・オフ等のことを示している。 イ 上記アを踏まえ、甲A1は、「応答変動」に対する治療では更にジスキネジアの出現を伴うという課題があることを指摘した上、従来のドーパミン作動性の薬剤とは作用機序が異なる非ドーパミン作動性の選択的アデノシンA 2A アンタゴニスト(KW-6002)の薬効を調査している。 したがって、甲A1は、L-ドーパ療法ではほとんどの患者においてウェアリング・オフ等のL-ドーパに対する「応答変動」が生じ、そのため、L-ドーパを投与してもオフ時間が生じ、パーキンソン病の症状が現れてくるようになることから、 その症状を抑えるために、すなわち、オフ時間を短縮するために、ジスキネジアを悪化させるおそれのある従来のドーパミン作動性の薬剤に代えて、非ドーパミン作動性の薬剤を見いだすことを目的とするものである。 (2) 上記(1)の目的を達成するため、甲A1においては、コモンマーモセットの動物モデル(これがパーキンソン病の動物モデルであることは、本件優先日当時の技術常識であった。)を用いて、KW-6002の単独投与、ドーパミンアゴニストであるキンピロール及びSKF80723との併用並びにL-ドーパとの併用による抗パーキンソン効果の測定が行われ、そのいずれにおいても、有意な改善が見られたと報告されている。このような結果を受け、甲A1の著者らは、本件記載をしたものであるところ、本件記載は、@アデノシンA 2A アンタゴニストであるKW-6002は、単独療法(図1)で有意な抗パーキンソン効果を示しているのみならず、ドーパミン作動性の薬剤であるL-ドーパとの併用(図4)やドーパミンアゴニストであるキンピロールやSKF80723との併用(図2、3)でも有意な抗パーキンソン効果を示すこと、A閾値量(2.5mg/kg)のL-ドーパとの併用で有意な抗パーキンソン効果を示しているにもかかわらず(図4)、ジスキネジアを悪化させないこと(図5)等の技術的事項を結論としてまとめたものである。 (3) 以上によると、甲A1に記載された発明は、次のとおり認定するのが相当である(以下、次の発明を「甲A1発明’」という。)。 KW-6002を含有する薬剤であって、 L-ドーパとの組合せで、「ウェアリング・オフ」及び「オン・オフ」応答変動を有する患者において、ジスキネジアを長引かせることなしに「オン時間」を増加させることができる可能性がある薬剤。 (4) 本件発明と甲A1発明’との対比 ア 甲A1発明’の「KW-6002」は、本件発明の「(E)-8-(3,4-ジメトキシスチリル)-1,3-ジエチル-7-メチルキサンチン」である。 イ 甲A1発明’の「「ウェアリング・オフ」及び「オン・オフ」応答変動を有する患者」は、L-ドーパ療法の結果ウェアリング・オフ現象等のL-ドーパへの応答変動を示すに至ったヒト患者であることが明らかである。また、甲A1発明’にいう「「オン時間」を増加させる」は、本件発明の「「オフ時間」を減少させる」と同義である。 ウ 甲A1発明’の「KW-6002」は、本件発明の「(E)-8-(3,4-ジメトキシスチリル)-1,3-ジエチル-7-メチルキサンチン」と同様、L-ドーパと併用される薬剤である。 エ 以上によると、本件発明は、甲A1に記載された発明(甲A1発明’)であるといえるから、これに反する本件審決の判断は誤りである。 オ なお、仮に、「ウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させる」ことにつき、甲A1発明’においてその「可能性がある」とされているにすぎない点が本件発明と甲A1発明’との相違点であるとしても、当該相違点は、甲A1発明’については、いまだヒト患者に対して実際に投与していないので、ヒト患者のパーキンソン病の症状を改善できるか確実とまではいえないことをいうものにすぎない。そして、甲A1記載の試験を行った者は、本件記載の技術的事項を確認するために当該試験を行い、その結果に基づいて本件記載の内容を結論付けたのであるし、実際の事後的な検証においても、POC試験において非臨床研究の結果がよく再現されているのであるから、甲A1発明’の「可能性がある」との記載は、当業者にとって、十分に高い蓋然性を持つとの記載であると解される。したがって、上記の相違点に係る本件発明の構成は、本件優先日当時の当業者が容易に想到し得たものである。 2 取消事由2(進歩性についての判断の誤り)について 本件審決が認定した本件発明と甲A1発明との相違点を前提とした本件発明の進歩性についての本件審決の判断は、以下のとおり誤りである。 (1) 対象がヒト患者であるか否かの点について 甲A1発明のKW-6002は、もともとヒト患者のほとんどに生じるウェアリング・オフ等の応答変動に対応するための化合物、すなわち、オフ時間を短縮するための化合物として着目され、かつ、甲A1においては、KW-6002の効果を検証するために、MPTPを投与されたコモンマーモセット(パーキンソン病のヒト患者とほぼ同様の症状を呈し、ヒトにおける薬物作用の高度な予測が可能であると認識されていたパーキンソン病モデル動物)を用いた試験を行い、実際に、L-ドーパとの併用において、有意にパーキンソン病の症状が改善されたとの結果が得られたのであるから、甲A1発明は、最初からヒト患者への適用を前提としているものである。したがって、甲A1発明のMPTP処置コモンマーモセットをヒト患者に転用することは、甲A1自体に強い動機付けが記載されている。また、もともとヒト患者への適用を目指している甲A1発明において、ヒト患者の代わりとしてのMPTP処置コモンマーモセットへの薬剤の投与をヒト患者に適用することは、 自明の事項である。 したがって、甲A1発明の化合物(KW-6002)を投与する対象についての相違点(ヒト患者か否か)に係る本件発明の構成は、本件優先日当時の当業者が容易に想到し得たことである。 (2) ウェアリング・オフ等を示すに至った段階の患者を対象とし、そのオフ時間を減少させるために用いられるとの点について ア 前記1(1)のとおり、甲A1には、ウェアリング・オフ等の応答変動に対応するための治療薬としてKW-6002を使用することが開示されているから、甲A1発明のKW-6002は、ウェアリング・オフ等の応答変動を示すに至った段階の患者に投与されることを目的とした薬剤である。 また、甲A1の図1及び図4によると、KW-6002は、単独投与される場合(L-ドーパが作用していない状態)であっても、閾値投与量のL-ドーパとの併用の場合であっても、パーキンソン病の症状を有意に改善させているところ、これは、ウェアリング・オフ等のオフ時間の減少を意味する。 そうすると、甲A1発明のKW-6002は、本件発明と同様、ウェアリング・オフ等を示すに至った段階の患者を対象とし、そのオフ時間を減少させるために用いられる薬剤であるから、「ウェアリング・オフ減少および/またはオン・オフ変動を示すに至った段階の患者」を対象とし、その「オフ時間を減少させるため」に用いられるとの点は、本件発明と甲A1発明との相違点ではない。 イ 仮に、「ウェアリング・オフ減少および/またはオン・オフ変動を示すに至った段階の患者」を対象とし、その「オフ時間を減少させるため」に用いられるとの点が本件発明と甲A1発明との相違点であるとしても、本件優先日当時、ウェアリング・オフ現象は、L-ドーパの薬効時間が短くなる現象であり、その原因は、 ドーパミン作動系の異常であると認識されていたし、また、KW-6002の作用機序は、L-ドーパ等のドーパミン作動性ではなく、別の作用機序に基づくものであることが広く知られていた。これらによると、パーキンソン病に対してドーパミン作動系以外の作用機序で効く医薬品であるKW-6002が、ウェアリング・オフ現象を示すに至った患者のオフ時間に現れるパーキンソン病の症状に対してのみ特異的に作用しなくなるとは考え難い。当業者である甲A1の著者らも、そのように考えるからこそ、ヒト患者のほとんどに生じる応答変動に対応するための薬剤の試験をMPTP処置コモンマーモセットを対象に行っているのであり、その結果、 パーキンソン病の症状が有意に改善したことを受けて、本件記載のとおり、ウェアリング・オフ等の応答変動を有する患者においても、KW-6002がオン時間を増加させる可能性があると考察している。 したがって、甲A1に接した当業者であれば、甲A1自体には直接的にはMPTP処置コモンマーモセットを対象とした試験の結果のみが開示されているとしても、 その内容から、上記相違点に係る本件発明の構成(KW-6002を「ウェアリング・オフ減少および/またはオン・オフ変動を示すに至った段階の患者」を対象とし、その「オフ時間を減少させるため」に用いるとの構成)に容易に想到し得たものである。 (3) 被告の主張について ア 被告は、本件発明の化合物(以下「本件化合物」という。)を本件発明の医薬用途に用いる動機付けはないと主張するが、甲A1、甲A2及び甲A5は、L-ドーパ節減療法を提案するものではなく、また、カニクイザル、ラット及びマーモセットを用いた動物実験においてKW-6002がL-ドーパの作用時間を延長しないことが示されているとの事実はなく、さらに、甲A3は、L-ドーパとKW-6002の併用では有意な延長効果を示すものであり、加えて、甲A4について、 これが甲A2を参照しており、甲A2においてKW-6002の単独投与が提案されているにすぎないとする被告の主張は、上記の動機付けを否定する事情とはなり得ないから、本件化合物を本件発明の医薬用途に用いる動機付けがないとする被告の主張は理由がない。 イ 被告は、仮に、本件化合物を本件発明の医薬用途に用いる動機付けがあるとしても、当業者は本件発明に容易に想到し得なかったと主張するが、被告は、各動物実験の結果の理解を誤っており、また、被告が本件優先日から20年以上経過した現在の事情をいう点は、本件優先日後の事情である上、KW-6002とは別の化合物に関する事情をいうものであって、本件発明の進歩性とは無関係であり、さらに、本件発明は、L-ドーパやKW-6002の用量を何ら限定しておらず、KW-6002に単独投与療法としての有意な効果がないとの点も、本件優先日後の事情にすぎないから、当業者が本件発明に容易に想到し得なかったとする被告の主張は理由がない。 ウ 被告は、本件発明は本件発明の構成のものとして本件優先日当時の当業者が予測した効果と比較した顕著な効果を奏するものであると主張するが、本件明細書に記載された本件発明の実際の効果は、甲A1、甲A3等により当業者が予測し得たものであるし、既に動物モデルで示されていた効果を確認するという程度のものにすぎないから、本件発明の効果は、本件発明の構成のものとして当業者が予測した効果を超えるものではない。被告の上記主張は理由がない。 |
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原告東和主張の審決取消事由に対する被告の主張
1 取消事由1(新規性についての判断の誤り)について (1) 原告東和が援用する甲A1の記載のうち緒言は、ウェアリング・オフ現象やそのオフ時間の減少に言及するものではなく、ジスキネジア現象に対する影響に着目するものである。したがって、甲A1の目的がウェアリング・オフ現象のオフ時間を減少させることであると理解することはできない。なお、甲A1の緒言の前に記載されている要約においても、KW-6002がL-ドーパの用量を減量させるための手段であり得、単独投与療法又はL-ドーパとの併用療法における新たな治療アプローチを提供する潜在的可能性があるとされている。 また、本件記載は、@ジスキネジア現象が延長されず、かつ、Aウェアリング・オフ現象のオン時間が増加し、かつ、Bオン・オフ変動のオン時間が増加するとの記載ではあるが、上記@ないしBは、いずれも甲A1の試験結果とは無関係の記載であり、単に患者が自由に動ける時間が長くなるという意味にすぎないのであって、 本件記載は、いわば究極の治療目標を記した単なる願望的な記載にすぎない。したがって、甲A1にそのような願望的な記載である本件記載があるとしても、そこに甲A1発明’が実質を伴って記載されているということはできない。 (2) 原告東和は、甲A1に記載された試験結果から、甲A1には甲A1発明’が記載されていると主張するが、甲A1には、そこに記載された各試験結果とL-ドーパ療法におけるウェアリング・オフ現象のオフ時間の減少との関連が全く示されていない。そもそも、動物モデルにおいて、試験の対象たる化合物がウェアリング・オフ現象のオフ時間を減少させるか否かを確認するためには、@L-ドーパの継続的な投与によってパーキンソン病の進行期に特有の病態が現れるようにした動物モデルにおいて、A試験の対象たる化合物と有効用量のL-ドーパとの併用投与を行い、また、対照として、(当該化合物を使用しない)有効用量のL-ドーパの単独投与を行い、B前者と後者を比較して、抗パーキンソン作用の作用時間が延長されるか否かを実証する必要があるところ、甲A1に記載された各試験は、これらの要件を満たさないものである。 また、前記(1)のとおり、原告東和の上記主張は、願望的な記載である本件記載に基づくものにすぎず、何ら甲A1の試験結果に裏付けられたものではない。 さらに、特許庁の審査基準においては、刊行物等の記載及び出願時の技術常識に基づいて、当業者がある化合物等を医薬用途に使用できることが明らかであるように当該刊行物等に記載されていない場合には、当該刊行物等に医薬発明が記載されているとすることはできないとされているところ、これによると、甲A1に「…増加させることができる可能性がある薬剤」である甲A1発明’が記載されているとする原告東和の主張は、主張自体失当である。 (3) 以上のとおりであるから、原告東和の主張に理由はなく、新規性についての本件審決の判断に誤りはない。 2 取消事由2(進歩性についての判断の誤り)について 以下のとおりであるから、本件発明の進歩性についての本件審決の判断に誤りはない。 (1) 対象がヒト患者であるか否かの点について 甲A1には、いかなる動物実験においても本件化合物が本件発明の医薬用途(L-ドーパ療法におけるウェアリング・オフ現象のオフ時間の減少)に用いることができることが示されているわけではない。 また、原告東和は、甲A1の試験結果とは無関係の願望的な本件記載を根拠に、 甲A1発明のMPTP処置コモンマーモセットをヒト患者に転用することは甲A1自体に強い動機付けが記載されていると主張するが、甲A1の試験結果は、L-ドーパ節減療法を提案しているものであるから、原告東和の主張は理由がない。 さらに、本件優先日当時、カニクイザルにおいても、ラットにおいても、マーモセットにおいても、本件化合物を有効用量のL-ドーパと併用しても、有効用量のL-ドーパの作用時間を延長させることができなかった旨の報告が一貫してされていたところ、これらの試験系は、有効用量のL-ドーパを用いているという点においても、作用時間が明確に理解できるという点においても、甲A1の試験系よりもはるかに本件発明の医薬用途に近いものであるから、KW-6002をヒト患者に転用しても、同様の結果(有効用量のL-ドーパの作用時間を延長させるものではないとの結果)となることが想定されるにすぎなかった。 以上によると、甲A1発明の化合物(KW-6002)を投与する対象についての相違点(ヒト患者か否か)に係る本件発明の構成は、本件優先日当時の当業者が容易に想到し得たものではない。 (2) ウェアリング・オフ等を示すに至った段階の患者を対象とし、そのオフ時間を減少させるために用いられるとの点について ア 甲A1の図4の試験(以下「図4試験」という。)について、@L-ドーパを初めて投与される動物モデルであり、L-ドーパの継続的な投与によってパーキンソン病の進行期に特有の病態を呈するようにした動物モデルではない点からみても、A閾値用量のL-ドーパしか用いられておらず、ウェアリング・オフ現象が生じるようなL-ドーパ療法の局面において問題となる有効用量のL-ドーパに対して本件化合物が与える影響について何ら評価していない点からみても、Bそもそも閾値用量のL-ドーパの抗パーキンソン作用についてさえ、その作用を増強するかのみが検討の対象とされており、作用時間を延長するかについて評価し得るものではない点からみても、「ウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動を示すに至った段階の患者」を対象とし、その「オフ時間を減少させるため」に用いられるとの点は、本件発明と甲A1発明との相違点であるというべきである。 イ 前記(1)のとおり、甲A1には、いかなる動物実験においても本件化合物が本件発明の医薬用途(L-ドーパ療法におけるウェアリング・オフ現象のオフ時間の減少)に用いることができることが示されているわけではない。 また、本件優先日当時、カニクイザルにおいても、ラットにおいても、マーモセットにおいても、本件化合物を有効用量のL-ドーパと併用しても、有効用量のL-ドーパの作用時間を延長させることができなかった旨の報告が一貫してされていたところ、これらの試験系は、有効用量のL-ドーパを用いているという点においても、作用時間が明確に理解できるという点においても、甲A1の試験系よりもはるかに本件発明の医薬用途に近いものであるから、本件化合物とL-ドーパを組み合わせたところで、本件発明の医薬用途に用いることができると想定できるものではない。 この点に関し、原告東和は、ドーパミン作動性ではなく別の作用機序に基づくKW-6002がウェアリング・オフ現象を示すに至った患者のオフ時間に現れるパーキンソン病の症状に対してのみ特異的に作用しなくなるとは考え難いと主張する。 しかしながら、KW-6002は、L-ドーパの受容体とは別の受容体であるアデノシンA2A 受容体に作用するものの、アデノシンは、ドーパミンとは無関係の別個独立した作用機序によって、ドーパミンと無関係に別個独立に運動指令を伝達することができるわけではない。そして、本件優先日当時、種々の動物モデルにおいて、KW-6002が有効用量のL-ドーパの作用時間を延長することができなかったことが一貫して示されていたのであるから、当業者は、むしろ、特異的な状況さえ起きなければ、ヒトにおいて有効用量のL-ドーパの作用時間を延長させることができないであろうと想定したと考えられる。原告東和の上記主張は理由がない。 以上によると、本件優先日当時の当業者は、KW-6002を「ウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動を示すに至った段階の患者」を対象とし、 その「オフ時間を減少させるため」に用いるとの本件発明の構成に容易に想到し得たものではない。 (3) なお、以下の点からも、本件発明の進歩性が否定されることはない。 ア 甲A1は、試験結果に基づき、L-ドーパ節減療法を提案し、これを当業者に動機付けるものであり、本件化合物をウェアリング・オフ現象のオフ時間の減少に用いることを動機付けるものではない。また、本件優先日当時、カニクイザルにおいても、ラットにおいても、マーモセットにおいても、本件化合物を有効用量のL-ドーパと併用しても有効用量のL-ドーパの作用時間を延長させるものではなかった旨の報告が一貫してされており、当業者が甲A1に基づいて本件化合物を本件発明の医薬用途に用いることを動機付けられることはない。さらに、本件優先日当時、L-ドーパの継続的な投与によってパーキンソン病の進行期に特有の病態が現れるようにした動物モデル(カニクイザル)において、本件化合物の併用がL-ドーパの作用時間に影響を与えなかったことが実証され、報告されていたため、当業者は、なおさら、本件化合物を本件発明の医薬用途に用いることを動機付けられることはない。加えて、甲A1に甲A2ないし甲A5を組み合わせても、本件化合物を本件発明の医薬用途に用いることは動機付けられないことも併せ考慮すると、 本件においては、本件化合物を本件発明の医薬用途に用いる動機付けがないというべきである。 イ 仮に、本件化合物を本件発明の医薬用途に用いる動機付けがあるとしても、 本件化合物を併用したところで、いかなる動物実験においても有効用量のL-ドーパの作用時間を延長させることはできないため、当業者が本件発明に容易に想到することはできなかった。また、本件優先日から20年以上が経過した現在においても、ウェアリング・オフ現象のオフ時間の減少を医薬用途として承認された選択的アデノシンA2A受容体阻害薬は、本件化合物以外には存在しないから、本件優先日当時に本件発明が成功する合理的期待がなかったことは明らかであり、当業者が本件発明に容易に想到することはできなかった。さらに、本件優先日から20年以上が経過した現在においても、他の作用機序による非ドーパミン系薬剤に関し、パーキンソン病関連の医薬用途について承認されたものは存在しないから、本件優先日当時に本件発明が成功する合理的期待がなかったことは明らかであり、当業者が本件発明に容易に想到することはできなかった。加えて、本件優先日当時の当業者は、ヒト臨床において適切な用量設定すら見いだすことができず、また、ヒト臨床では、動物実験が期待させた単独投与療法においてさえも有意な効果が認められなかったのであるから、当業者が本件発明に容易に想到することはできなかった。 以上のとおり、仮に、本件優先日の当業者が本件化合物を本件発明の医薬用途に用いることを動機付けられたとしても、通常程度の創作能力を備えるにすぎない当業者は、本件発明に容易に想到し得なかったものである。 ウ 本件化合物を有効用量のL-ドーパと併用したところで、カニクイザルにおいても、ラットにおいても、マーモセットにおいても、有効用量のL-ドーパの作用時間を延長させるものではなかった旨の報告が一貫してされており、そのことは、 当業者に広く知られていた。取り分け、本件優先日当時、L-ドーパの継続的な投与によってパーキンソン病の進行期に特有の病態が現れるようにした動物モデル(カニクイザル)において、本件化合物の併用が有効用量のL-ドーパの作用時間に影響を与えないことが実証され、報告されていた。したがって、本件優先日当時の当業者は、「本件化合物がパーキンソン病の進行期のヒト患者においてウェアリング・オフ現象のオフ時間を減少させる効果があり、しかも、その程度も、臨床上の意義が極めて大きい程度のものである」などと考えることはなかった。 以上のとおり、本件発明は、本件発明の構成のものとして本件優先日当時の当業者が予測した効果と比較した顕著な効果を奏するものであることは明らかであるから、本件発明は、その顕著な効果により、進歩性を否定されない。 |
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原告共和ら主張の審決取消事由
1 取消事由1(新規性についての判断の誤り)について (1)ア 甲A1には、本件記載がある。@本件記載は、パーキンソン病のヒト患者についてのKW-6002の使用可能性を述べていることは明らかであり、また、 A甲A1は、「ウェアリング・オフ」及び「オン・オフ」応答変動を有する患者を対象としているところ、「ウェアリング・オフ」及び「オン・オフ」応答変動を有する患者は、L-ドーパ療法においてウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動を示すに至った段階の患者であり、さらに、BKW-6002は、オン時間を増加させるものであるから、オフ時間を減少させるために患者に投与されるものである。加えて、CKW-6002は、L-ドーパと組み合わせて治療剤となるのであるから、L-ドーパ療法においてL-ドーパと併用して患者に投与されるものである。 したがって、本件記載は、本件発明の全構成を記載したものであるといえる。 イ 上記アのうち、KW-6002がL-ドーパと併用されてウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動の「オフ時間」を減少させることは、図4試験によって裏付けられている。すなわち、図4試験は、パーキンソン病モデルコモンマーモセットにおいて、KW-6002を投与した後24時間はKW-6002が併用されたL-ドーパの効力を補完して抗パーキンソン病活性を発揮することを示しているのであるから、ウェアリング・オフ現象が生じた患者にKW-6002を投与すれば、1日のオフ時間内にKW-6002が抗パーキンソン病活性を発揮することは明らかである。そして、それは、オフ時間の減少として現れるものであるから、甲A1は、結論として、KW-6002がオフ時間を減少させる可能性があると述べるものである。 (2) 本件審決が認定した本件発明と甲A1発明との相違点は、次のとおり、いずれも実質的な相違点ではない。本件審決は、図4試験の結果を形式的に捉えて、 その記載内容を甲A1発明として認定しているにすぎないが、次のとおり、本件記載を含む甲A1の記載の全体、図4試験が実質的に示唆する内容、本件優先日当時の技術常識、被告の過去の主張等を考慮すると、実質的にみて、甲A1には、本件発明が記載されているといえる。 ア ヒト患者ではなくMPTP処置コモンマーモセットを対象としている点 刊行物においてヒト患者に対する医薬の効果が実証されていないために、その刊行物に医薬用途が記載されていないとするならば、臨床試験結果が公表されていない限り、医薬用途発明は新規性を有することになるところ、現実の医薬開発では、 動物モデルで薬効が確認された後に臨床試験に進むことを考慮すると、動物モデルでの薬効は、ヒトでの薬効を示すといえる。臨床試験結果だけが医薬用途発明の新規性を否定できるとするのは誤りである。 また、MPTP処置をしたコモンマーモセット等の霊長類のパーキンソン病の病態がヒトパーキンソン病の病態に極めて近いものであることは、本件優先日当時の技術常識であった。 したがって、甲A1発明がMPTP処置コモンマーモセットを対象としている点は、本件発明と甲A1発明との実質的な相違点ではない。 イ ウェアリング・オフ現象やオン・オフ変動を生じていないモデル動物を用いている点(ア) L-ドーパとKW-6002は、その受容体が異なり、また、同じドーパミン受容体に結合するドーパミンアゴニストでさえL-ドーパを長期投与しても薬効を示し、さらに、ウェアリング・オフ現象及びオン・オフ変動がL-ドーパに対する生体の変化であることや、L-ドーパとKW-6002とが作用メカニズムを異にすることも総合すると、KW-6002は、L-ドーパを長期投与しなくても薬効を示すのであるから、甲A1に試験において、L-ドーパを長期投与したモデル動物を用いる必要はない。 (イ) オフ時間の減少のためにL-ドーパの作用時間を延長することは不要であるから、甲A1の試験において、L-ドーパに対する応答が変化したモデル動物を用いる必要はない。 (ウ) 被告の過去の主張によると、本件優先日当時、ウェアリング・オフ現象が生じていないモデル動物を用いても、オフ時間の減少作用があったと評価することができたものである。 (エ) 以上によると、甲A1は、L-ドーパを長期投与せず、ウェアリング・オフが生じていない動物を用いて行った試験(図4試験)に基づき、オフ時間の減少効果を評価できると述べていることになる。 したがって、甲A1発明がウェアリング・オフ現象やオン・オフ変動を生じていないモデル動物を用いている点は、本件発明と甲A1発明との実質的な相違点ではない。 ウ KW-6002が少なくとも24時間にわたり抗パーキンソン病活性を持続し、L-ドーパと併用された状態で自発運動活性と運動障害を改善する点 図4試験は、KW-6002の薬効がL-ドーパと併用した状態で24時間持続して発揮されたことを、L-ドーパの単独投与による薬効と比較することで説明するものである。すなわち、図4試験は、L-ドーパと併用したKW-6002が持続的に薬効を発揮したことを示すものである。そうだとすると、甲A1は、KW-6002がオフ時間を減少させる可能性を示すものといえる。 したがって、甲A1発明は、KW-6002がオフ時間を減少させる可能性を示すものとして、本件発明と相違しない。 (3) なお、以上に述べたところからすると、甲A1には、実質的にみて、次の発明(以下「甲A1発明”」という。)が記載されているといえるところ、これは、 本件発明と一致する。 KW-6002を含有する薬剤であって、 ウェアリング・オフ現象、オン・オフ変動を示すヒト患者において、 L-ドーパと組み合わせられて、オン時間を増加させる(すなわち、オフ時間を減少させる)薬剤。 2 取消事由2(進歩性についての判断の誤り)について 本件審決が認定した本件発明と甲A1発明との相違点を前提とした本件発明の進歩性についての本件審決の判断は、以下のとおり誤りである。 (1) 甲A1には、ウェアリング・オフ現象やオン・オフ変動におけるオフ時間の短縮のためにL-ドーパと長時間作用型ドーパミンアゴニストを組み合わせて使用することが記載され、甲A4には、ドーパミンアゴニストは作用時間が長く、L-ドーパの長期投与に伴うウェアリング・オフ現象やオン・オフ変動を抑制する効果を有することが明確になったことが記載され、甲B8(特表2000-513349号公報)には、L-ドーパより作用時間が長いドーパミンアゴニストを併用すれば、抗パーキンソン病活性が得られる期間が長くなって、オフ時間が減少することが記載され、甲B23(「BRAIN nursing」第9巻春季増刊(通巻第102号)(平成5年))には、ウェアリング・オフ現象に対する対策として、ドーパミンアゴニストを併用することが記載され、甲B26(「Neuroscience Research」41巻397〜399頁(2001年))には、半減期が長いゾニサミドを進行期のパーキンソン病患者に投与した結果、オフ時間が減少したことが記載されるなど、ウェアリング・オフ現象やオン・オフ変動のオフ時間の減少のため、抗パーキンソン病活性を有する長時間作用性の薬物をL-ドーパと併用することは、本件優先日当時によく知られていた。 他方、図4試験は、KW-6002をL-ドーパと併用した場合に、結果として、 KW-6002が24時間にわたり抗パーキンソン病活性を発揮してL-ドーパの効力を補完することを示している。 以上によると、L-ドーパと併用して抗パーキンソン病活性が長時間持続するKW-6002をパーキンソン病のヒト患者に投与してウェアリング・オフ現象やオン・オフ変動のオフ時間を減少させることは、当業者であれば容易に想到できることである。したがって、本件発明は、甲A1と本件優先日当時の技術常識から、当業者が容易に想到し得たものである。 (2) 甲A3には、非ドーパミン作動性受容体を標的とするアデノシンA2Aアンタゴニストが進行期のパーキンソン病患者におけるドーパミン作動性薬剤反応の持続の短縮の回復(ウェアリング・オフ現象やオン・オフ変動のオフ時間の減少)に有用である可能性があることが記載され、甲B6(「医療ジャーナル」第36巻増刊号39〜44頁(平成12年))には、L-ドーパの長期投与によるウェアリング・オフ現象やオン・オフ変動といった問題点を解決できることが期待される薬物として、アデノシンA 2 A アンタゴニストが挙げられることが記載され、甲B9(「Neurology」52巻1916頁(1999年))には、臨床試験において、L-ドーパ治療によりウェアリング・オフ現象が生じている進行期のパーキンソン病患者にテオフィリンを投与した結果、オフ時間の持続が30%にまで有意に減少したことが記載されている。 他方、図4試験には、KW-6002がL-ドーパと併用した場合に抗パーキンソン病活性を発揮して長時間にわたりL-ドーパの効力を補完することが示されている。 以上によると、KW-6002をウェアリング・オフ現象やオン・オフ変動のオフ時間の減少のために使用することは、当業者であれば容易に想到できることである。したがって、本件発明は、甲A1及び本件優先日当時の技術常識から、当業者が容易に想到し得たものである。 (3) 前記1(2)イのとおりであるから、図4試験は、ウェアリング・オフ現象やオン・オフ変動を生じた患者におけるKW-6002の薬効・挙動を少なくとも予測させるものである。また、前記1(2)ウのとおりであるから、図4試験は、KW-6002がウェアリング・オフ現象やオン・オフ変動のオフ時間を減少させる可能性があることを記載するものである。 このように、甲A1(図4試験)は、KW-6002がウェアリング・オフ現象やオン・オフ変動を示すヒト患者においてオフ時間を減少させる可能性を少なくとも予測させるものであるから、本件発明は、甲A1から、本件優先日当時の当業者が容易に想到し得たものである。 (4) 本件記載は、KW-6002がウェアリング・オフ現象やオン・オフ変動のオフ時間を減少させる可能性があることを述べている。また、甲A3は、L-ドーパの持続投与によるウェアリング・オフ現象のオフ時間を減少させる薬剤として、 KW-6002の補助的な使用が有用である可能性があることを述べている。このように、本件記載は、試験結果と無関係のものではなく、図4試験の結果の示唆を受けて記載されたものであるといえ、第三者に対しても、KW-6002がウェアリング・オフ現象やオン・オフ変動のオフ時間を減少させる可能性があることを示唆するものである。 したがって、本件発明は、甲A1から、本件優先日当時の当業者が容易に想到し得たものである。 (5) 甲A1の試験から本件発明の構成のものとして当業者が予測できる効果は、 24時間程度の間におけるオフ時間の減少効果であって、薬効の持続に霊長類の種の間で差異があるとしても、0.8時間又は1.2時間より短くなるとは考えられないし、そのような証拠もないから、ヒト患者において1日当たり0.8時間又は1.2時間のオフ時間の減少がみられたという本件発明の実際の効果は、本件発明の構成のものとして当業者が予測できる効果を超えるとはいえず、本件発明が予測できない顕著な効果を奏するとは認められない。 (6) 被告の主張について ア 被告は、本件化合物を本件発明の医薬用途に用いる動機付けはないと主張するが、図4試験は、L-ドーパ節減療法を提案しているものではなく、また、被告が主張する動物実験の結果は、KW-6002を併用してもL-ドーパのオフ時間を減少させることができないことを示すものではないから、被告の上記主張は理由がない。 イ 被告は、仮に、本件化合物を本件発明の医薬用途に用いる動機付けがあるとしても、当業者は本件発明に容易に想到し得なかったと主張するが、本件化合物を本件発明の医薬用途に用いることが甲A1等の公知文献から動機付けられるのであれば、本件発明の容易想到性は肯定される。例えば、当業者は、本件記載に基づいて、KW-6002のような薬剤をパーキンソン病のヒト患者のオン時間の増加(オフ時間の減少)の用途に用いるという構成に容易に想到することができるのである。なお、被告は、本件優先日から20年以上経過した現在の事情を主張するが、 いずれも本件優先日当時に存在した知見ではなく、本件発明の進歩性について判断する際に考慮すべき事情ではない。したがって、被告の上記主張は理由がない。 3 取消事由3(審判指揮の違法)について (1) 原告共和らは、特許庁に対し、本件発明が甲A3に基づいて容易に発明をすることができた旨の主張(以下「本件主張」という。)等を記載した令和3年1月28日付け審判事件弁駁書(以下「本件弁駁書」という。)を提出した。 (2) これに対し、特許庁審判長は、令和3年3月16日付け審理事項通知書において、本件弁駁書に記載された本件主張が審判請求の理由の要旨を変更する補正に相当するなどとして、原告共和らに対し、本件主張を審理の対象としない予定であること、本件主張に関する証拠(甲B7〜10)を採用しない予定であること等を通知した。 (3) 原告共和らは、やむなく上記(2)の通知に応じ、令和3年4月27日の第1回口頭審理期日において、本件弁駁書に記載された主張のうち本件主張を撤回するとともに、これに関する証拠(甲B7〜10)の申出を撤回するなどした。そのため、本件主張及びこれらの証拠は、本件審決において取り上げられなかった。 (4) しかしながら、本件主張は、審判請求の理由の要旨を変更する補正に該当しないから、特許庁審判長の上記(2)の審判指揮は、特許法131条の2第1項に違反するものであり、違法であるところ、この審判指揮の違法は、本件審決の判断に影響を及ぼすものである。 |
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原告共和ら主張の審決取消事由に対する被告の主張
1 取消事由1(新規性についての判断の誤り)について (1) 原告共和らは、本件記載は本件発明の全構成を記載したものであると主張する。しかしながら、前記第4の1のとおり、甲A1においては、マーモセットにおけるウェアリング・オフ現象のオフ時間の減少が示されているわけではなく、ましてや、ヒトにおけるウェアリング・オフ現象のオフ時間の減少が示されているわけではないから、本件記載は、試験による裏付けのない願望的な記載にすぎないといわざるを得ず、この記載をもって、甲A1に記載された発明を認定することはできない。 (2) 原告共和らは、KW-6002がL-ドーパと併用されてウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動の「オフ時間」を減少させることは図4試験によって裏付けられていると主張する。しかしながら、図4試験は、単に「KW-6002をどれくらい前に投与しておいても、閾値用量のL-ドーパの作用を増強できるか」について示した試験であり、閾値用量のL-ドーパの作用時間の延長を示す試験ですらない。また、図4試験は、ウェアリング・オフ現象のモデルではなく、パーキンソン病の進行期に特有の病態を呈するに至った動物モデルでもなく、 L-ドーパの継続的な投与を伴うモデルでもなく、初めてL-ドーパを投与する場合のモデルにすぎない。さらに、図4試験は、有効用量のL-ドーパではなく、閾値用量のL-ドーパに対する影響を評価するものにすぎない。したがって、原告共和らの上記主張は、理由がない。 (3)ア 原告共和らは、本件審決が認定した本件発明と甲A1発明との相違点はいずれも実質的な相違点でないと主張するが、そもそも、原告共和らが主張する当該相違点は、本件審決が認定した相違点を正確に引用するものではない。 イ 原告共和らは、甲A1発明がMPTP処置コモンマーモセットを対象としている点は本件発明と甲A1発明との実質的な相違点ではないと主張する。しかしながら、問題となる特許発明がヒトを対象とする医薬であって、引用発明が動物を対象とする医薬であるときは、これらの相違は、両発明の相違点として認定されるべきである。 ウ 原告共和らは、甲A1発明がウェアリング・オフ現象やオン・オフ変動を生じていないモデル動物を用いている点は本件発明と甲A1発明との実質的な相違点ではないと主張する。しかしながら、甲A1には、ウェアリング・オフ現象が生じた動物モデルを対象とするとの直接の記載はない。また、本件優先日当時、カニクイザルにおいても、ラットにおいても、マーモセットにおいても、本件化合物を有効用量のL-ドーパと併用しても、有効用量のL-ドーパの作用時間を延長させることができなかった旨の報告が一貫してされていたのであるから、甲A1に触れた本件優先日当時の当業者にとって、ウェアリング・オフ現象が生じた動物モデルを対象とするとの記載がされているに等しいとみることはできない。 エ 原告共和らは、KW-6002が少なくとも24時間にわたり抗パーキンソン病活性を持続し、L-ドーパと併用された状態で自発運動活性と運動障害を改善する点を根拠に、甲A1発明はKW-6002がオフ時間を減少させる可能性を示すものであると主張する。しかしながら、そもそも、甲A1には、「KW-6002が少なくとも24時間にわたり抗パーキンソン病活性を持続」したとは記載されていない。また、前記(2)で述べたとおりであるから、甲A1発明は、KW-6002がウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させるものとはいえない。 オ 以上のとおりであるから、本件発明と甲A1発明との間に実質的な相違点がないとする原告共和らの主張は理由がない。 (4) 一般に、引用発明は、引用文献の記載を基礎として、客観的かつ具体的に認定されなければならないところ、原告共和らは、本件発明の発明特定事項が甲A1に全て記載されていると主張するために、本件発明の構成のうち甲A1に記載されていないものを全て抽象化し、一般化し、拡張するなどして、これらが甲A1に実質的に記載されていると主張するにすぎない。また、前記第4の1(2)において述べたとおり、原告共和らが主張する甲A1発明”についても、甲A1の記載及び本件優先日当時の技術常識に基づいて、当業者がKW-6002を甲A1発明”の医薬用途に使用できることが明らかであるように甲A1に記載されているとはいえないから、甲A1に甲A1発明”が記載されていると認めることはできない。 2 取消事由2(進歩性についての判断の誤り)について 以下のとおりであるから、本件発明の進歩性についての本件審決の判断に誤りはない。 (1) 原告共和らは、「ウェアリング・オフ現象やオン・オフ変動のオフ時間の減少のため、抗パーキンソン病活性を有する長時間作用性の薬物をL-ドーパと併用すること」は本件優先日当時の技術常識であったと主張するが、本件優先日当時、 そのような技術常識は存在していなかった。原告共和らの主張が妥当するのは、せいぜいドーパミン系薬剤(ドーパミン受容体に入る刺激を高める薬剤)に関してであって、L-ドーパ療法においてウェアリング・オフ現象のオフ時間が生じているような場合、非ドーパミン系薬剤がどのような働きをするのかや、作用時間を延長させることができるのかなどについて技術常識が存在したわけではないし、これらについて当業者が予測できたわけでもない。 したがって、本件発明が甲A1及び上記技術常識から当業者が容易に想到し得たものであるとする原告共和らの主張は理由がない。 (2) 原告共和らは、「ウェアリング・オフ現象のオフ時間の減少のためにアデノシンA2A 受容体アンタゴニストを併用すること」は本件優先日当時の技術常識であった旨の主張をするが、本件優先日当時、そのような技術常識は存在していなかった。原告共和らが挙げる各文献は、いずれも「ウェアリング・オフ現象のオフ時間の減少のために、アデノシンA 2A 受容体アンタゴニストを併用すること」が技術常識であったことを示すものではない。例えば、甲A3においては、ラットにおいて本件化合物を有効用量のL-ドーパと併用しても有効用量のL-ドーパの作用時間を延長させるものではなかったことが報告されているし、甲B6においては、 冒頭で、ウェアリング・オフ現象がオン・オフ変動、ジスキネジア現象、精神症状等と共にパーキンソン病の進行期における問題点として列記されているにすぎず、 アデノシンA2A受容体アンタゴニストがウェアリング・オフ現象のオフ時間の減少を治療用途とする旨の記載はない。甲B9は、原告共和らが審判請求手続において撤回した証拠であるし、そもそも、その詳細が不明で信頼性の低い試験を記載したものである。また、甲B9に記載のあるテオフィリンは、非選択的アデノシン受容体アゴニストであり、選択的アデノシンA2A受容体アンタゴニストではない。 したがって、本件発明が甲A1及び上記技術常識から当業者が容易に想到し得たものであるとする原告共和らの主張は理由がない。 (3) 原告共和らは、甲A1(図4試験)はKW-6002がウェアリング・オフ現象やオン・オフ変動を示すヒト患者においてオフ時間を減少させる可能性を少なくとも予測させると主張する。しかしながら、本件発明の医薬用途は、L-ドーパ療法におけるウェアリング・オフ現象のオフ時間の減少であるから、ウェアリング・オフ現象の局面における治療有効用量のL-ドーパの作用時間を延長できなければ意味がないところ、甲A1(図4試験)は、ウェアリング・オフ現象のモデルでもなく、パーキンソン病の進行期に特有の病態を呈するに至った動物モデルでもなく、L-ドーパの継続的な投与を伴うモデルでもなく、初めてL-ドーパを投与する場合のモデルにすぎないし、有効用量のL-ドーパではなく、閾値用量のL-ドーパに対する影響を評価するものにすぎず、加えて、有効用量のL-ドーパの投与後のL-ドーパの作用時間の延長ではなく、閾値用量のL-ドーパの作用の増強について報告するものにすぎない。さらに、本件優先日当時、カニクイザルにおいても、ラットにおいても、マーモセットにおいても、本件化合物を有効用量のL-ドーパと併用しても、有効用量のL-ドーパの作用時間を延長させることができなかった旨の報告が一貫してされていたところ、これらの試験系は、有効用量のL-ドーパを用いているという点においても、作用時間について明確に理解できるという点においても、甲A1の試験系よりもはるかに本件発明の医薬用途に近いものである。 したがって、上記主張を前提に、本件発明が甲A1から当業者が容易に想到し得たものであるとする原告共和らの主張は理由がない。 (4) 原告共和らは、甲A1以外の文献の記載を挙げて、本件記載が試験結果と無関係のものではなく、図4試験の結果の示唆を受けて記載されたものであると主張する。しかしながら、甲A3には、本件化合物を有効用量のL-ドーパと併用しても、有効用量のL-ドーパの作用時間を延長させることはなく、作用を増強させることもなかったとの記載があるところである(なお、甲A3の末尾には、アポモルフィンの試験結果に基づく記載があるが、アポモルフィンは、L-ドーパのようなプロセス(L-ドーパがドーパミン神経に取り込まれ、L-ドーパを材料としてドーパミンが合成され、ドーパミンが放出され、ドーパミン受容体に作用するとのプロセス)を経るものではなく、アポモルフィンとの併用試験の結果をL-ドーパの試験の結果であると擬制ないし推定することはできない。)。そもそも、甲A1が意味するところを確定するに当たっては、甲A1自体における実験結果が何を意味するのかについての当業者の理解が重要である。 したがって、上記主張を前提に、本件発明が甲A1から当業者が容易に想到し得たものであるとする原告共和らの主張は理由がない。 (5) なお、本件において本件化合物を本件発明の医薬用途に用いる動機付けがないこと、仮にそのような動機付けがあるとしても、通常程度の創作能力を備えるにすぎない当業者が本件発明に容易に想到し得なかったこと及び本件発明が顕著な効果を奏することについては、前記第4の2(3)のとおりである。 3 取消事由3(審判指揮の違法)について (1) 原告共和らは、本件の無効審判の手続において、本件弁駁書に記載された主張のうち本件主張及びこれに関する書証(甲B7〜10)の申出を自ら撤回するなどしたのであるから、特許庁審判長の審判指揮には何らの違法もない。 (2) 特許庁審判長は、@撤回の対象とされた本件主張は、新たな主引用例や副引用例を主張するものであって、原告東和がした審判請求の理由の要旨を変更するものであることが明らかであったこと、A原告共和らは、既に被告による答弁書の提出がされた後に審判への参加が認められたため、審判請求の理由の要旨を変更する本件主張について審理するとなると、被告による更なる反論や訂正の機会を与えなければならず、無効審判の審理が不当に遅延すること、B原告共和らは、本件特許について別件の無効審判の請求をしており、本件の無効審判の手続において本件主張を取り上げなくても、原告共和らに特段の不利益を与えないことに鑑み、本件主張を審理の対象としない予定であること、本件主張に関する証拠(甲B7〜10)を採用しない予定であること等を通知した上、本件主張及びこれらの証拠の申出の撤回についての原告共和らの意向を確認したものである。したがって、特許庁審判長のした審判指揮に違法はない。 |
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当裁判所の判断
1 本件発明の概要(1) 本件明細書の記載 本件明細書には、次の記載がある。 【0003】 パーキンソン病および運動合併症 パーキンソン病(振戦麻痺)は、振戦ならびに歩行、運動および協調の困難を特徴とする脳の疾患である。この疾病は筋運動を支配する脳の一部の損傷と関連している。 【0004】 黒質緻密部および腹側被蓋野のドーパミン作動性ニューロンは、それぞれ、運動の調節および認知において重大な役割を果たしている。数通りの証拠から、黒質中のドーパミン作動性細胞(すなわち、ドーパミン産生細胞)の変性がパーキンソン病の症状をもたらすことが示唆されている。黒質のその領域に集中しているドーパミン作動性細胞は、体内で最も速く加齢する細胞である。ドーパミン作動性細胞が崩壊すると、運動に対する制御が損なわれ、パーキンソン病が発症する。 【0005】 通常、パーキンソン病の最初の症状は、特に身体を静止しているときの肢の振戦(震えまたは振動)である。振戦は半身で始まることが多く、片側の手において頻繁に起きる。その他のよく起こる症状としては、例えばゆっくりとした動き(運動緩慢)、運動不能(アキネジア)、体肢の硬直、引きずり歩行、前かがみの姿勢等のその他の運動障害が挙げられる。パーキンソン病患者は表情が乏しくなり、静かな声で話すことが多い。この疾病は、鬱病、不安、人格変化、認知障害、痴呆、睡眠障害、言語障害または性的不全といった二次的な症状を引き起こすことがある。 パーキンソン病の治療法は知られていない。治療はそれらの症状の制御を目的としている。薬物療法では主として神経伝達物質間の不均衡を制御することによってそれらの症状を制御する。ほとんどのパーキンソン病の初期患者は、ドーパミン補充療法による対症療法に対してよく応答するが、疾病が進行するにつれ能力障害が増加する。 【0006】 用いる薬剤、用量および投与間隔は、症例に応じて変わる。症状変化に合わせて、 用いる薬剤の組み合わせを調節する必要があり得る。多くの薬剤は重大な副作用を引き起こすことがあるので、医療提供者によるモニタリングとフォローアップが重要である。 現在利用できるパーキンソン病用薬剤は、一般に、数年間は十分な対症制御をもたらすものの、多くの患者が、運動変動およびジスキネジアを発症し、これが臨床効果を鈍らせる。…これが起こると、ドーパミン作動性療法を増やすことはジスキネジアを悪化させる恐れがあり、ドーパミン作動性療法を減らすことは運動機能を悪化させ、オフ時間を増加させる恐れがある。この問題を踏まえて、非ドーパミン作動性神経伝達物質系の治療的処置の可能性が注目されることとなった。 【0007】 ほとんどのパーキンソン病の症状は、ドーパミンの不足から生じ、ほとんどの抗パーキンソン薬はドーパミンを元の状態に戻すかドーパミンの作用を模倣するものである。しかし、これらの薬剤はドーパミンを恒久的に元に戻すものではなく、ドーパミンの作用を正確に模倣するものでもない。黒質にドーパミン細胞がないことがパーキンソン病の主な特徴ではあるが、非ドーパミン神経細胞も喪失している。 さらに、ドーパミン応答細胞は黒質だけでなく他の脳領域にも存在する。したがって、パーキンソン病において有効な薬剤は、これらの細胞を刺激することにより、 例えば悪心、幻覚、錯乱等の副作用を引き起こし得る。 L-ドーパは1967年に報告され、以来最も有効な抗パーキンソン薬となっている。L-ドーパの有効性が最も高い症状としては、運動緩慢、硬直、静止時振戦、 歩行困難および小書症が挙げられる。L-ドーパの有効性があまり望めない症状としては、姿勢不安定、動作時振戦および嚥下困難が挙げられる。L-ドーパは痴呆を悪化させる可能性がある。L-ドーパは、パーキンソン病において、強くかつ急速な治療上の効果をもたらすが、最終的には、例えばウェアリング・オフ現象、オン・オフ変動、ジスキネジア等の運動合併症をはじめとするドーパミンによって引き起こされる重篤で好ましくない反応が現れる。…運動合併症は、通常、一度発症すると、L-ドーパまたは他のドーパミン作動性薬剤による処置では制御不能である。 【0008】 パーキンソン病の初期にはL-ドーパを1日3回服用する。脳内でのピーク濃度は投与後1〜2時間で生じる。薬剤の半減期は短い(0.5〜1時間)が、脳内に残存しているドーパミン細胞がドーパミンを貯蔵し、数時間の間その活性を維持するには十分である。パーキンソン病が進行すると、より多くのドーパミン細胞が死滅し、残存する細胞ではその効果を維持するのに十分なドーパミンを貯蔵できなくなり、各投与量での作用持続時間が減少し、患者に対してより高用量なまたはより頻繁な投与が必要となる。2〜5年後には、50〜75%もの患者で、L-ドーパに対する反応、つまりオン/オフ期間に変動が起こる。変動に伴い、患者はジスキネジアを発症する。通常、ジスキネジアはL-ドーパのピーク作用時に生じるが、 薬剤の効果が切れるときまたはストレスが多いときにもまた生じる場合がある。変動およびジスキネジアは患者の生活に深刻な影響を及ぼし得る。L-ドーパが連続投与されれば(静脈内ポンプによって)、オン/オフ作用はなくなり、ジスキネジアも減少する。しかし、L-ドーパを静脈内投与することはできない。 【0009】 L-ドーパを単独で服用すると、その一部がドーパ-デカルボキシラーゼによって脳外でドーパミンに変換される。このように生じたドーパミンは脳に入ることができず、例えば悪心、嘔吐、食欲の喪失等の副作用を引き起こす。従って、L-ドーパはカルビドパまたはベンセラジド(benserazide)と組み合わせることが多い。 カルビドパは脳外のドーパ-デカルボキシラーゼをブロックすることにより、悪心、 嘔吐および食欲の喪失を引き起こすことなく、より多くのL-ドーパが脳に入ることができるようにする。アタメット(Atamet)またはシネメット(Sinemet)はカルビドパとL-ドーパの両方を含有する錠剤である。カルビドパとの組み合わせでは、L-ドーパの半減期は1.2〜2.3時間である。 その発見から30年、L-ドーパは依然としてパーキンソン病の最良の治療である。この疾病の初期段階では、患者は通常L-ドーパに対する良好な反応を享受するが、疾病が進行すると、L-ドーパはあまり有用でなくなる傾向がある。これはL-ドーパの効力の喪失によるものではなく、例えばエンド・オブ・ドーズ(end-of-dose)での悪化または「ウェアリング・オフ(wearing-off)」、「オン/オフ変動」、ジスキネジア等の運動応答における逆変動のような運動合併症の発症によるものである。オン/オフ変動とは、薬剤治療における効果(「オン」状態、患者にパーキンソン病の症状が比較的ない期間)が、突然、容認できないほどに失われ、 パーキンソン状態(「オフ」状態)を発現することである。ウェアリング・オフ現象はL-ドーパが有効である期間の減少であり、「オフ」状態が徐々に再発することを特徴とし、「オン」状態が短くなる。ジスキネジアは、舞踏病(多動性の、目的のないダンスのような動き)とジストニア(持続性の、異常な筋収縮)に大別することができる。…治療期間が長くなるにつれ、ジスキネジアの頻度および重症度も増加する。神経保護に有用であると思われる薬剤のパーキンソン病における効果の可能性について影響を与えた研究-DATATOP 試験-では、平均20.5ヶ月間L-ドーパの治療を受けた患者の20〜30%でL-ドーパ誘発性ジスキネジアが観察された。最終的に、L-ドーパを受けた患者のほとんどがジスキネジアを経験し、 患者の最大80%で、治療の5年以内にジスキネジアを発症した。…治療に関連したジスキネジアは、単にL-ドーパのみの問題ではなく、ドーパミン受容体アゴニストも同様にジスキネジアを誘発し得る。このように、共通の用語「L-ドーパ誘発性ジスキネジア」は、一般用語でドーパミン治療に関連したジスキネジアを記載するために用いられることもある。ほとんどのジスキネジアは、レボドパまたは他のドーパミン受容体アゴニストが、被殻中の過敏性ドーパミン受容体に対して十分で あ る一定の脳内濃度であるときに生じる(ピーク・ドーズ・ジスキネ ジ ア(peak-dose-dyskinesia))。しかし、ジスキネジアはまた、ドーパミン濃度が低い際(オフ・ジストニア)、またはドーパミン濃度が増減する状態(二相性ジスキネジア)でも生じる。また、例えばミオクローヌス、アカシジア等の他の運動障害もL-ドーパ誘発性ジスキネジアの範疇の構成要素であり得る。 【0030】 アデノシンA2A受容体 アデノシンは、4種の主要な受容体サブタイプ、A1、A2A 、A 2B、A3(これらはその一次配列によって特性決定されている)を介して作用することがわかっている。…アデノシンA2受容体はさらに、A2A(高親和性)とA2B(低親和性)のサブタイプに分けられる。…A1、A 2BおよびA 3受容体が脳内に広範囲にわたって分布しているのに対し、 A 2 A 受容体は大脳基底核、とりわけ、尾状 - 被殻(caudate-putamen)(線条体)、側坐核および淡蒼球、ならびに嗅結節に高度に局在している。…大脳基底核は、終脳に局在し、いくつかの相互接続されている核:線条体、淡蒼球外節(GPe)、淡蒼球内節(GPi)、黒質緻密部(SNc)、 黒質網様部(SNr)および視床下核(STN)からなる。大脳基底核は、運動行動を起こすための運動感覚(sensorimotor)、連合および辺縁系情報の統合に関与する皮質下回路(subcortical circuits)の重要な要素である。大脳基底核の主要構成要素は線条体であり、ここではGABA作動性の中型の有棘ニューロンが唯一の投射ニューロンであり、これは線条体ニューロン群の90%以上に相当する。 【0032】 神経科学の近年の進歩は、A 2A 受容体に選択的な薬剤の開発とともに、アデノシンおよびアデノシンA2A受容体についての認識の拡大を促した。アデノシンA2A 受容体アンタゴニストが数種類のパーキンソン病の動物モデル(例えば、MPTP処置したサル)の運動機能障害を改善するが、またドーパミン作動性薬剤とは異なるA2A受容体アンタゴニストの特徴も示すことを、行動研究は示している。 【0033】 選択的アデノシンA 2A受容体アンタゴニストであるKW-6002の抗パーキンソン病作用は、MPTP処置したマーモセットおよびカニクイザルを用いて研究されてきた。…MPTP処置マーモセットでは、KW-6002の経口投与により、 用量依存的に自発運動の増加が誘発され、最大11時間まで持続した。…自発運動は正常動物で認められるレベルまで増加したが、L-ドーパでは運動亢進が誘発された。さらに、L-ドーパを前投与したMPTP処置マーモセットでは、21日間のKW-6002を用いた処置により、ジスキネジアがほとんどまたは全く誘発されなかったが、同じ条件下での、L-ドーパを用いた処置では、顕著なジスキネジアが誘発された。ジスキネジアを発症するように処置されたMPTP処置マーモセットに、KW-6002(20mg/kg)を閾値のL-ドーパとともに1日1回、 5日間投与した場合、ジスキネジアを増加させることなく抗パーキンソン病活性が増強された。…KW-6002は、またさらにキナピロール(quinpirole)、ドーパミンD2受容体アゴニストの抗パーキンソン病作用を増強したが、SKF80723、ドーパミンD1受容体アゴニストの作用は増強しなかった。総合すれば、これらの研究結果は、アデノシンA2A アンタゴニストが、パーキンソン病の初期の患者に単独療法として抗パーキンソン病効果をもたらす可能性があること、およびL-ドーパ治療を受けた運動合併症患者では、ジスキネジアを増加させることなく抗パーキンソン病作用を改善させる可能性があることを示唆している。 【0038】 …アデノシンA 2A 受容体の遮断効果を有する非ドーパミン作動性薬剤療法が、 パーキンソン病を治療するための手段として提供される。さらに、代表的なドーパミン作動薬の副作用、つまり運動合併症を増加させる危険もしくは発症させる危険がほとんどまたは全くない、抗パーキンソン病作用を提供するアデノシンA 2A受容体アンタゴニストが望ましい。 いくつかのキサンチン化合物は、アデノシンA2A 受容体アンタゴニスト作用、 抗パーキンソン病作用、抗鬱作用、神経変性に対する阻害活性等を示すことが知られている…。 【発明の開示】【課題を解決するための手段】【0039】 本発明は、パーキンソン病患者に1種以上のA2A 受容体アンタゴニストを投与することまたは併用投与することを特徴とするL-ドーパ療法の副作用を軽減または抑制する方法を提供する。このような治療は、例えばL-ドーパまたは他のドーパミン作動性薬剤で誘発される運動合併症を患っている患者を治療して、オフ時間を減少させるおよび/またはジスキネジアを改善するのに有効であり得る。 (2) 本件発明の概要 本件発明に係る特許請求の範囲の記載及び上記(1)の記載によると、本件発明の概要は、次のとおりであると認められる。すなわち、パーキンソン病は、振戦、歩行、運動及び協調の困難を特徴とする脳の疾患であり、黒質中のドーパミン作動性細胞の変性がその症状をもたらすことが示唆されている。ドーパミン作動性細胞が崩壊すると、運動に対する制御が損なわれ、パーキンソン病が発症する。ほとんどのパーキンソン病の症状は、ドーパミンの不足から生じるところ、L-ドーパは、 パーキンソン病の最良の治療である。しかし、パーキンソン病が進行し、L-ドーパ療法の開始から2〜5年が経過すると、50〜75%もの患者において、オン/オフ期間(L-ドーパに対する反応)に変動が起こり、ウェアリング・オフ現象(L-ドーパが有効である期間が減少すること)、オン・オフ変動(オン状態(パーキンソン病の症状が比較的ない期間)が突然容認できないほどに失われ、オフ状態(パーキンソン状態)が発現すること)、ジスキネジア等の重篤で好ましくない反応が現れる。このような状況を踏まえ、本件発明は、L-ドーパ療法においてウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動を示すに至った段階の患者を対象とし、L-ドーパと併用して選択的アデノシンA 2A 受容体アンタゴニストである本件化合物(KW-6002)を含有する薬剤を投与することにより、L-ドーパ療法におけるウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させることができることに着目し、本件化合物を含有する薬剤をそのような用途(ウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動におけるオフ時間の減少)に用いる医薬の発明である。 2 原告東和主張の取消事由1(新規性についての判断の誤り)及び原告共和ら主張の取消事由1(新規性についての判断の誤り)について (1) 甲A1の記載 甲A1(被告が提出した補充の訳文である乙3を含む。以下同じ。)には、次の記載がある。 ア 「L-ドーパ又は選択的D1若しくはD2ドーパミンアゴニストとアデノシンA2AアンタゴニストKW-6002との併用は、抗パーキンソン活性を増強するがMPTP処置したサルにおいてジスキネジアは増強させない」(321頁の表題) イ 「新規の選択的アデノシンA 2A 受容体アンタゴニストであるKW-6002は、MPTP処置パーキンソンマーモセットにおいて、ジスキネジアを引き起こすことなしに運動障害を改善する。本研究において我々は、KW-6002がL-ドーパ又は選択的D1若しくはD2ドーパミン受容体アゴニストとの組合せにおいて、MPTP処置コモン・マーモセットにおける抗パーキンソン活性を増強するか否かを検討した。 KW-6002と選択的ドーパミンD2受容体アゴニストであるキンピロール又はD1受容体アゴニストであるSKF80723との組合せは、運動障害の相加的改善をもたらした。KW-6002と低投与量のL-ドーパとの組合せ投与もまた、 運動障害における相加的改善をもたらし、自発運動活性を増大させた。 抗パーキンソン活性を増強させるKW-6002の能力は、D1アゴニストとの組合せによるよりも、L-ドーパと、またキンピロールとの組合せで一層顕著であった。しかしながら、KW-6002は、抗パーキンソン応答の増強をもたらすにもかかわらず、予めL-ドーパに暴露させることでジスキネジアを示すようにしておいたMPTP処置コモン・マーモセットにおいて、L-ドーパ誘発性のジスキネジアを増悪させなかった。KW-6002のような選択的アデノシンA 2A 受容体アンタゴニストは、パーキンソン病治療において使用されるL-ドーパの投与量を低減させる一手段である可能性があり、そして単独療法として並びにドーパミン作動性薬物との組合せの双方において、当該疾患の治療のための新規のアプローチである可能性がある。(321頁の要約) 」 ウ 「緒言 パーキンソン病は、中脳のドーパミンニューロンの進行性変性を特徴とし、重度の尾状核被殻のドーパミン枯渇をもたらす…。パーキンソン病の現在の治療は、L-ドーパもしくはドーパミンアゴニスト薬を用いたドーパミン補充療法が中心となっている。L-ドーパと末梢性脱炭酸酵素阻害剤との併用が、パーキンソン病の治療に最も効果的な手段である。しかしながら、ほとんどの患者は、5年以内に、応答変動を経験し、一般的にはジスキネジアの出現を伴う…。応答変動に対する治療には、現在のところ、均一の且つ制御された放出のL-ドーパと、おそらくカテコール-O-メチルトランスフェラーゼ(COMT)阻害剤の追加もしくは長時間作用型ドーパミンアゴニストの使用との組み合わせを伴うであろう…。アマンタジンはNMDA受容体を阻害することにより有効かもしれないけれども、既存のジスキネジアを治療するために出来ることはほとんどない…。その結果、パーキンソン病を治療するための代替手段として、基底核の神経経路上の非ドーパミン作動性の標的に注目が集まっている。このようなアプローチの一つは、尾状核被殻の線条体出力経路に選択的に局在するアデノシン受容体の活性を変化させることである。 … 間接経路は、パーキンソン病の運動障害の発症やL-ドーパによって誘発されるジスキネジアの発生に関与する。実際に、A2A 受容体の調節は、運動機能に深刻な影響を与え得る。… 最近まで、運動機能における効果を評価された選択的アデノシンA2A 受容体アンタゴニストはなかった。最近我々は、選択的アデノシンA 2A 受容体アンタゴニストKF17837が、ドーパミンアンタゴニストであるハロペリドール又はアデノシンA2A 受容体アゴニストCGS21680によりマウスに誘発されたカタレプシー(強硬症)を低減させることを報告し…、アデノシンA 2A 受容体機能の阻害がパーキンソン病において治療的利益をもたらす可能性について示唆した。実際、 それに続いて我々は、MPTP処置コモンマーモセットにおける運動障害をアデノシンA2A 受容体アンタゴニストKW-6002が改善すること…、及び不随意運動を示すようにL-ドーパで予め準備しておいたMPTP処置霊長類において、KW-6002による継続治療がジスキネジアを惹起しないことを報告した…。KW-6002は、MPTP処置霊長類において11時間以上にわたって運動障害の長時間持続する改善をもたらした…。(321頁左欄下から5行目〜322頁左欄3 」0行目) エ 「本研究では、我々は、KW-6002が、MPTP処置マーモセットに追加の抗パーキンソン活性をもたらすか否か、あるいはL-ドーパとの組合せ又はドーパミンD1若しくはD2受容体アゴニストとの組合せで投与した場合に既に確立されているジスキネジアを惹起するか否か、を検討した。(322頁左欄31〜3 」6行目) オ 「方法MPTP処置 研究は、英国内務省ライセンスPPL 70/3563下の英国法的要件に準拠して実施された。研究開始時に285〜420gで2〜7歳であった雌雄の、コモン・マーモセット(Callithrix jacchus)を使用した。…動物を毎日2.0mg/kg皮下の投与量のMPTPで5日間処置した…。MPTP処置に続いて、動物を急性効果から6〜8週間にわたって回復させた。…行動試験に先立ち、MPTPへの曝露後6〜8週から8カ月迄に、全ての動物が、基礎的自発運動活性(basallocomotor activity)の顕著な低下、より緩慢で協調に欠けた動き、身体の何らかの部位の異常な姿勢、並びに確認行動及び瞬目数の減少を示した。 ジスキネジアを誘発させるため、前報…に従って、動物をL-ドーパ(12.5mg/kg、経口)及びカルビドパ(12.5mg/kg、経口、30分前)で21日間毎日2回処置した。 運動障害の評点 訓練された観察者が一方向ミラーを通して観察することにより、動物を連続的にモニターした。MPTP処置及び薬理学研究の間、前報…に報告した判定スケールを用いて動物の運動障害をスコア化した。 自発運動活性の測定 自発運動活性は、動物のホーム・ケージと同一であるが水平方向に向けた8個セットの赤外光セルを備えたステンレス鋼のグリッド・ドア…を備えた4個のアルミニウム・ケージ(50×60×70cm)において、同時に測定した。動物の動きによる光ビーム遮断回数を、Olivetti M290S コンピュータを用いて記録した。…行動観察 常同行動の有無、運動性刺激又は阻害の程度、首捻りの頻度、著しい震え又は毛づくろい、口部運動、又は他の運動失調につき、動物を観察した。ジスキネジアの存在は、半定量的スコアリングシステム… を用いてスコア付けした。異常運動は、 古典的に定義された基準に従って記述した。即ち:舞踏病 ― 速くランダムな振顫;アテトーゼ ― くねくねした捻じれた四肢運動;ジストニア ― 異常な維持姿勢;常同行動 ― 反復的で無目的又は半無目的運動。 薬物 以下の薬剤を用いた。すなわち:MPTP(塩酸1-メチル-4-フェニル-1,2,3,6-テトラヒドロピリジン;Research Biochemicals Inc. U.S.A.)、KW-6002〔(E)-1,3-ジエチル-8-(3,4-ジメトキシスチリル)-7-メチル-3,7-ジヒドロ-1H-プリン-2,6-ジオン;協和発酵、東京、 日本〕、L-ドーパ…、カルビドパ…、及びSKF80723…。 (322頁左欄 」37行目〜右欄最終行) カ 「結果KW-6002によりもたらされる抗パーキンソン活性の持続 MPTP処置コモン・マーモセットへのKW-6002の経口投与(10.0mg/kg)は、基剤を投与した動物での観察に比べて、自発運動活性を約2倍に増大させ(図1A)、且つ運動障害を改善させた(図1B)。KW-6002のこれらの効果は、薬剤投与の7.5時間後まで明らかであったが、KW-6002による治療の24及び48時間後の動物観察時には運動障害の明らかな回復は見られなかった(図1A及び1B)」 。(323頁左欄21〜最終行) キ 「KW-6002とSKF80723との組み合わせによる効果 低用量のSKF80723…を単独で投与すると、MPTPで処置したコモン・マーモセットの自発運動活性の上昇が生じ、運動障害が少し回復した(図2A及び2B)。…KW-6002とキンピロールとの組み合わせの効果 低用量のキンピロール…を投与すると、自発運動活性の増加及び運動障害の回復で有意ではない増加が生じた(図3A及び3B)。…」(323頁右欄1〜29行目) ク 「図1.MPTP処置コモン・マーモセットにおける自発運動活性及び運動障害に対するKW-6002の効果。 (A)6時間の合計自発運動活性。各柱は平均合計自発運動カウントを表す(±標準誤差;n=4)(B)6時間の合計障害スコア。各柱は、平均合計障害スコアを 。 表す(±標準誤差;n=4)。*P<0.05 対照(基剤治療群)との比較。(3 」23頁の図1) ケ 「KW-6002とL-ドーパとの組合せの効果 閾値投与量のL-ドーパ(2.5mg/kg)とカルビドパ(12.5mg/kg)の経口投与は、自発運動活性と運動障害の、有意ではない回復をもたらした(図4A及び4B)。対照的に、有効投与量のL-ドーパ(12.5mg/kg)とカルビドパ(12.5mg/kg)との経口投与は、有意な自発運動活性増大と運動障害の回復をもたらした(図4A及び4B)。KW-6002(10.0mg/kg、経口、L-ドーパの90分前)とL-ドーパ(2.5mg/kg、経口)との組合せ投与は、自発運動活性と運動障害に対して有意な相加的応答をもたらした。KW-6002の投与の24時間後にL-ドーパを投与したときは、L-ドーパの作用はこれを単独で投与した場合に比較して増強することが観察された。しかしながら、KW-6002の投与の48時間後においては、L-ドーパの投与は、 そのベースライン効果と違わない効果をもたらした。L-ドーパ単独又はKW-6002との組合せは、常同行動やジスキネジアを誘発しなかった。(323頁右欄 」下から5行目〜324頁右欄2行目) コ 「ジスキネジアに対するKW-6002とL-ドーパの組合せの効果 L-ドーパ(12.5mg/kg、経口、2回/日)とカルビドパ(12.5mg/kg、経口、2回/日)との3週間の継続的投与はジスキネジアを誘発させ、 それはL-ドーパの各投与後に再現された。閾値投与量(2.5mg/kg、経口)のL-ドーパの投与は、中等度のジスキネジアを誘発させた(図5)。KW-6002(10mg/kg/日)とL-ドーパ(2.5mg/kg)との5日間にわたる毎日の組合せ投与も、中等度のジスキネジアをもたらしたが、これはL-ドーパ単独によってもたらされるジスキネジアと異ならなかった。(324頁右欄3行目 」〜325頁左欄 3 行目) サ 「図4.MPTP処置コモン・マーモセットにおける自発運動活性及び運動障害に対するKW-6002とL-ドーパとの組合せの効果 (A)基剤又はL-ドーパの投与後、示した各時間から6時間の合計自発運動活性。各柱は、平均合計自発運動カウントを表す(±標準誤差;n=4)(B)基剤 。 又はL-ドーパの投与後、示した各時間から6時間の合計障害スコア。各柱は、平均合計障害スコアを表す(±平均誤差;n=4)。*P<0.05 対照(基剤-基剤治療群)との比較;+P<0.05 L-ドーパ対照(基剤-L-ドーパ、2.5mg/kg、治療群)との比較。(325頁図4) 」 シ 「図5.ジスキネジアを起こすようにL-ドーパで準備されたジスキネジアに対するKW-6002とL-ドーパの5日間連日の組合せ投与の効果。 ジスキネジアを誘発させるために、予め動物に、L-ドーパ(12.5mg/kg、 経口、1日2回)及びカルビドパ(12.5mf/kg、経口、1日2回)を21日間に亘って継続投与した。各柱は、4匹の動物についての最大ジスキネジアスコアの平均(±標準誤差)を表す。*P<0.05 対照(基剤 ― 基剤治療群)との比較。#P<0.05 高投与量L-ドーパ(12.5mg/kg 治療群)との比較。(325頁左欄図5) 」 ス 「考察 我々は以前に、MPTP処置したコモン・マーモセットにおいて、L-ドーパによる事前治療で確立させておいたジスキネジアを惹起させることなしに、選択的アデノシンA 2A受容体アンタゴニストKW-6002が抗パーキンソン効果をもたらすことを示している…。… アデノシンA 2A 受容体アンタゴニストが運動機能を変化させるメカニズムに大きな関心が寄せられている。…このような作用は、パーキンソン病の運動機能障害の原因と考えられている、線条体の直接出力経路と間接出力経路との間の不均衡を回復させ得る。 … KW-6002は間接経路を介して線条体の出力を選択的に変化させるので、ドーパミンD2受容体アゴニストとのより大きな相互作用を期待し得るであろう。実際、KW-6002とドーパミンD2受容体アゴニストであるキンピロールの組合せ投与は、最初に、運動障害に対して、どちらか一方の薬剤単独による効果よりも大きな効果を生じた。これは相加効果のようにも思われるであろうが、KW-6002の24時間後にキンピロールを投与すると、同様の増強効果が見られた。これは、KW-6002単独では自発運動活性や運動障害を変化させていない時に起こるので、明らかに相乗的な応答である。どのようにしてこのような効果が生じたのかは明らかではない。… 閾値投与量のL-ドーパとの組合せでKW-6002を投与したとき、キンピロールとの組合せで観察されたのと同様の挙動応答がもたらされた。最初、L-ドーパとKW-6002を一緒に投与したとき、相加的と見られる応答をもたらしたが、 KW-6002の投与の24時間後においては、KW-6002それ自体は運動活性化をもたらしていなかったにも拘わらずL-ドーパの投与で挙動応答の増強がもたらされた。このことは、アデノシンA 2A 受容体の阻害を通じた線条体の間接出力経路の変調が、MPTP処置霊長類における運動障害を回復させる低投与量L-ドーパの能力を、有意に強化することを示している。(325頁右欄1行目〜32 」6頁右欄15行目) セ 「重要なことに、ジスキネジアを呈するよう準備されたMPTP処置コモン・マーモセットに、閾値投与量のL-ドーパと共にKW-6002を投与したとき、 この薬剤の組合せによりもたらされる抗パーキンソン活性の増強にも拘わらず、観察される不随意運動の大きさは、L-ドーパのみでもたらされるものに比べて大きくなかった。このことは、パーキンソン病の治療において重要な意味を持つ、というのも抗パーキンソン活性の増強は、例えばCOMT阻害剤の使用で通常起こるように、ジスキネジアの増強を伴うからである…。(326頁右欄20〜30行目) 」 ソ 「結論として、アデノシンA 2A 受容体アンタゴニストは、単独療法としてのみならず、L-ドーパ及びドーパミンアゴニストとの組合せで、パーキンソン病の有用な治療剤となる可能性がある。特に、「ウェアリング・オフ」及び「オン・オフ」応答変動を有する患者において、KW-6002のような化合物は、ジスキネジアを長引かせることなしに「オン時間」を増加させることができる可能性がある。(326頁右欄40行目〜最終行) 」(2) 甲A1に記載された技術的事項の内容 ア そこで、前記(1)の甲A1の記載内容を前提に、当該記載内容の技術的な意味について順次検討する。 (ア) 表題の記載 甲A1の表題の記載(前記(1)ア)によると、甲A1は、@L-ドーパとKW-6002との併用は、MPTP処置をしたサルにおいて抗パーキンソン活性を増強すること(以下「@の効果」という。)、AL-ドーパとKW-6002との併用は、MPTP処置をしたサルにおいてジスキネジアを増強させないこと(以下「Aの効果」という。)などを主題とするものであると解される(なお、甲A1の表題には、L-ドーパに代えて選択的D1又はD2ドーパミンアゴニストとKW-6002との併用をした場合の効果を主題とする旨の記載もあるが、選択的D1又はD2ドーパミンアゴニストは、本件発明の発明特定事項とされていないため、この点についての甲A1の記載内容は、検討の必要がない。)。 (イ) 要約の記載 a 甲A1の要約には、@の効果に関し、「本研究において我々は、KW-6002がL-ドーパ…との組合せにおいて、MPTP処置コモン・マーモセットにおける抗パーキンソン活性を増強するか否かを検討した。」(前記(1)イ)、「KW-6002と低投与量のL-ドーパとの組合せ投与もまた、運動障害における相加的改善をもたらし、自発運動活性を増大させた。」(同)との記載がある。 b また、甲A1の要約には、Aの効果に関し、「KW-6002は、抗パーキンソン応答の増強をもたらすにもかかわらず、予めL-ドーパに暴露させることでジスキネジアを示すようにしておいたMPTP処置コモン・マーモセットにおいて、 L-ドーパ誘発性のジスキネジアを増悪させなかった。」(前記(1)イ)との記載がある。 c そして、甲A1の要約の末尾には、「KW-6002のような選択的アデノシンA2A 受容体アンタゴニストは、パーキンソン病治療において使用されるL-ドーパの投与量を低減させる一手段である可能性があり、そして単独療法として並びにドーパミン作動性薬物との組合せの双方において、当該疾患の治療のための新規のアプローチである可能性がある。」との記載がされている。 (ウ) 試験結果 甲A1には、次のとおり、図4試験のほか、その結果が図1に示された試験(以下「図1試験」という。)及びその結果が図5に示された試験(以下「図5試験」という。)が記載されている。 a 図1試験(「MPTP処置コモン・マーモセットにおける自発運動活性及び運動障害に対するKW-6002の効果」)(前記(1)カ及びク) 図1試験は、KW-6002によりもたらされる抗パーキンソン活性の持続に関する試験(KW-6002の単独投与による抗パーキンソン活性に関する試験)である。図1試験によると、KW-6002をMPTP処置コモンマーモセットに経口投与した場合、KW-6002の投与の7.5時間後までは、MPTP処置コモンマーモセットの自発運動活性の増大及び運動障害の改善が明らかであったが、投与の24時間後及び48時間後においては、運動障害の明らかな回復がみられなかったとされている。 b 図4試験(「MPTP処置コモン・マーモセットにおける自発運動活性及び運動障害に対するKW-6002とL-ドーパとの組合せの効果」)(前記(1)ケ及びサ) 図4試験は、KW-6002とL-ドーパとの組合せの効果に関する試験(@の効果を確認するための試験)である。図4試験においては、MPTP処置コモンマーモセットに対してKW-6002(10.0mg/kg)を投与した上、当該投与から一定時間(1.5時間、24時間又は48時間)が経過した後にL-ドーパ(2.5mg/kg)及びカルビドパ(12.5mg/kg)を投与し、これらの各投与から6時間が経過した時点における自発運動活性の増大及び運動障害の改善の程度等を確認し、次の結果が得られた。すなわち、KW-6002の投与から1.5時間後に閾値用量のL-ドーパを投与した場合、MPTP処置コモンマーモセットの自発運動活性及び運動障害に対して有意な相加的応答をもたらし、KW-6002の投与から24時間後にL-ドーパを投与した場合、L-ドーパの単独投与の場合と比較してL-ドーパの作用が増強し、L-ドーパの単独投与又はL-ドーパとKW-6002との組合せは、常同行動やジスキネジアを誘発しなかった。 c 図5試験(「ジスキネジアを起こすようにL-ドーパで準備されたジスキネジアに対するKW-6002とL-ドーパの5日間連続の組合せの効果」)(前記(1)コ及びシ) 図5試験は、ジスキネジアを起こすようにL-ドーパで処置されたMPTP処置コモンマーモセットにおけるKW-6002等の投与とジスキネジアの発生の関係に関する試験(Aの効果を確認するための試験)である。図5試験においては、そのようなMPTP処置コモンマーモセットに対し、KW-6002(10mg/kg/日)及びL-ドーパ(2.5mg/kg)を5日間にわたって毎日組合せ投与をした場合、L-ドーパを単独投与した場合にもたらされるのと同程度である中等度のジスキネジアが発生したとの結果が得られた。 (エ) 考察の記載 a 甲A1の考察には、@の効果に関し、前記(イ)bの試験結果を踏まえ、「閾値投与量のL-ドーパとの組合せでKW-6002を投与したとき、キンピロールとの組合せで観察されたのと同様の挙動応答がもたらされた。最初、L-ドーパとKW-6002を一緒に投与したとき、相加的と見られる応答をもたらしたが、 KW-6002の投与の24時間後においては、KW-6002それ自体は運動活性化をもたらしていなかったにも拘わらずL-ドーパの投与で挙動応答の増強がもたらされた。このことは、アデノシンA 2A 受容体の阻害を通じた線条体の間接出力経路の変調が、MPTP処置霊長類における運動障害を回復させる低投与量L-ドーパの能力を、有意に強化することを示している。 (前記(1)ス)との記載がさ 」れている。 b また、甲A1の考察には、Aの効果に関し、前記(イ)cの試験結果を踏まえ、 「重要なことに、ジスキネジアを呈するよう準備されたMPTP処置コモン・マーモセットに、閾値投与量のL-ドーパと共にKW-6002を投与したとき、この薬剤の組合せによりもたらされる抗パーキンソン活性の増強にも拘わらず、観察される不随意運動の大きさは、L-ドーパのみでもたらされるものに比べて大きくなかった。このことは、パーキンソン病の治療において重要な意味を持つ、というのも抗パーキンソン活性の増強は、例えばCOMT阻害剤の使用で通常起こるように、 ジスキネジアの増強を伴うからである…。(前記(1)セ)との記載がされている。 」 c そして、甲A1の考察の末尾には、本件記載(「結論として、アデノシンA2A 受容体アンタゴニストは、単独療法としてのみならず、L-ドーパ…との組合せで、パーキンソン病の有用な治療剤となる可能性がある。特に、「ウェアリング・オフ」及び「オン・オフ」応答変動を有する患者において、KW-6002のような化合物は、ジスキネジアを長引かせることなしに「オン時間」を増加させることができる可能性がある。」との記載)がされている(前記(1)ソ)。 イ 前記アによると、甲A1には、次の技術的事項が記載されているものと認めるのが相当である。 (ア) MPTP処置コモンマーモセットに対してKW-6002を単独投与したところ、抗パーキンソン活性が投与から7.5時間後まで継続したとの結果(図1試験)が得られたことにより、KW-6002の単独療法は、パーキンソン病の治療のための新規のアプローチである可能性がある。 (イ) @の効果に関し、MPTP処置コモンマーモセットに対してKW-6002を投与した上、当該投与から24時間が経過した後にL-ドーパ(2.5mg/kg)を投与するという組合せ投与をしたところ、L-ドーパの単独投与の場合と比較してL-ドーパの作用が増強したとの結果(図4試験)が得られたことにより、 KW-6002は、低投与量のL-ドーパの能力を有意に強化することを示しており、アデノシンA 2A 受容体アンタゴニストは、L-ドーパとの組合せにより、パーキンソン病の有用な治療剤となる可能性がある。 (ウ) Aの効果に関し、抗パーキンソン活性の増強は、通常、ジスキネジアの増強を伴うところ、ジスキネジアを起こすようにL-ドーパで処置されたMPTP処置コモンマーモセットに対してKW-6002及びL-ドーパを組合せ投与した場合、L-ドーパを単独投与した場合に発生するジスキネジアと比較して、これが増悪しなかったとの結果(図5試験)が得られたことは、パーキンソン病の治療において重要な意味を持つ。 (3) 甲A1に記載された発明の認定 ア 前記(1)のとおりの甲A1の記載内容に加え、前記(2)において検討したところも併せ考慮すると、甲A1には、本件審決が認定したとおり、次の発明(甲A1発明)が記載されているものと認められる。 KW-6002を含有する薬剤であって、MPTP処置コモンマーモセットに対して、閾値投与量のL-ドーパ(2.5mg/kg)及びカルビドパ(12.5mg/kg)が投与される90分前又は24時間前に、KW-6002(10.0mg/kg)が組合せ経口投与される、自発運動活性と運動障害を改善する薬剤。 イ この点に関し、原告東和は、@甲A1が問題としているパーキンソン病の「応答変動」はウェアリング・オフ現象等を指すところ、A甲A1は、そのような「応答変動」に対する治療方法として、すなわち、ウェアリング・オフ現象等のオフ時間を短縮するために非ドーパミン作動性の薬剤を見いだすことを目的とし、Bそのような目的を達成するため、甲A1においては、MPTP処置コモンマーモセットを用いてKW-6002の単独投与、L-ドーパとKW-6002との併用等による抗パーキンソン効果の測定を行い、そのいずれにおいても有意な改善が見られたとの結果を受け、本件記載がされたのであるから、甲A1には、「L-ドーパとの組合せで、「ウェアリング・オフ」及び「オン・オフ」応答変動を有する患者において、ジスキネジアを長引かせることなしに「オン時間」を増加させることができる可能性がある薬剤。」(甲A1発明’)が記載されていると主張する。 しかしながら、甲A1の記載(前記(1)ウ)によると、甲A1には、「応答変動」に関しては、「応答変動」を経験する患者の場合は一般的にジスキネジアの出現を伴うことから、パーキンソン病を治療するための代替手段として、基底核の神経経路上の非ドーパミン作動性の標的に注目が集まっていることが記載されているものと認めるのが相当であるし、また、MPTP処置コモンマーモセットを用いてKW-6002の単独投与の効果を調べた試験(図1試験)においても、MPTP処置コモンマーモセットを用いてKW-6002及びL-ドーパの併用の効果を調べた試験(図4試験)においても、MPTP処置コモンマーモセットは、長期間にわたってL-ドーパ療法を受けた動物ではなく、ウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動を示すに至った動物でもない。さらに、図4試験は、L-ドーパの作用の増強の有無及び程度について調べる試験であり、L-ドーパの作用の持続時間の長短を調べる試験ではない(なお、甲A12(「Neurology」52巻1673〜1677頁(1999年)。原告東和が提出した全訳文である甲A8を含む。 以下同じ。)の記載(「KW-6002は、L-ドーパ/ベンセラジドの自発運動活性に対する作用を有意に増強(+30%)させた…。L-ドーパ/ベンセラジドの作用の持続時間については、明確な増加は認められなかった。」)等によると、 本件優先日当時、L-ドーパの作用の増強の有無及び程度とL-ドーパの作用の持続時間の長短とは区別されていたものと認められる。)。そうすると、甲A1は、 パーキンソン病のウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させるための治療方法を見いだすために執筆された学術論文であるということはできないし、本件記載のうち「「ウェアリング・オフ」及び「オン・オフ」応答変動を有する患者において、KW-6002のような化合物は、…「オン時間」を増加させることができる可能性がある。」との部分は、これを裏付ける試験結果等に基づいてされた実証的な記載であるということはできない。 以上のとおりであるから、原告東和の上記主張を採用することはできない。 ウ 原告共和らも、本件記載のうちKW-6002がL-ドーパと併用されてウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させることが図4試験によって裏付けられていることを前提に、本件記載は本件発明の全構成を記載したものであると主張する。 しかしながら、本件記載のうち「「ウェアリング・オフ」及び「オン・オフ」応答変動を有する患者において、KW-6002のような化合物は、…「オン時間」を増加させることができる可能性がある。」との部分が、これを裏付ける試験結果等に基づいてされた実証的な記載であるといえないことは、前記イのとおりである。 したがって、本件記載のうちKW-6002がL-ドーパと併用されてウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させることが図4試験によって裏付けられていることを前提とする原告共和らの上記主張を採用することはできない。 (4) 本件発明と甲A1発明との対比 ア 本件発明と甲A1発明とを対比すると、本件審決が認定したとおり、両発明は、次の一致点で一致し、次の相違点(以下「本件相違点」という。)で相違するものと認められる。 <一致点> (E)-8-(3,4-ジメトキシスチリル)-1,3-ジエチル-7-メチルキサンチンを含有する薬剤であって、 前記薬剤は、パーキンソン病動物を対象とし、 前記薬剤は、L-ドーパと併用して前記対象に投与される、薬剤。 <相違点> 本件発明は、「ヒト患者であって、L-ドーパ療法において、ウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動を示すに至った段階の患者」を対象とし、 「前記薬剤は、前記L-ドーパ療法におけるウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させるために前記患者に投与され」、「前記L-ドーパ療法」において投与される「薬剤」であるのに対し、甲A1発明は、「MPTP処置コモンマーモセット」を対象とする「自発運動活性と運動障害を改善する薬剤」である点 イ この点に関し、原告共和らは、本件相違点は実質的な相違点ではないと主張するので、以下検討する。 (ア) 本件相違点のうち甲A1発明がヒト患者を対象としていないとの点について 原告共和らは、動物モデルでの薬効はヒトでの薬効を示すといえるし、MPTP処置コモンマーモセット等の霊長類のパーキンソン病の病態がヒトパーキンソン病の病態に極めて近いものであることは本件優先日当時の技術常識であったから、本件相違点のうち甲A1発明がヒト患者を対象としていないとの点は本件発明と甲A1発明との実質的な相違点ではないと主張する。 しかしながら、甲A5に「カフェインなどのメチルキサンチンはホスホジエステラーゼ活性を阻害し、細胞内cAMP濃度を増加させることが知られている。ドーパミンにもD1受容体を介して同様の効果が認められ、パーキンソン病でもカフェインのL-ドーパ製剤増強効果が期待されていた。実際に、6-OHDAで中脳黒質ドーパミンニューロンを傷害したラットではL-ドーパやドーパミン作動薬による治療増強効果が認められたが、肝心なパーキンソン病患者には無効であった。」(113頁左欄24〜33行目)との記載がみられるように、本件優先日当時の当業者は、パーキンソン病の治療薬の開発の分野においては、モデル動物において特定の薬効が確認されたとしても、必ずしもヒト患者においても同様の薬効が認められるとは限らないものと認識していたことがうかがわれ、その他、本件優先日当時、 パーキンソン病の治療薬に関し、MPTP処置コモンマーモセット等の霊長類において特定の薬効が確認されれば、ヒト患者においても同様の薬効が必ず認められるとの技術常識が存在していたものと認めるに足りる証拠はない。 以上によると、本件相違点のうち甲A1発明がヒト患者を対象としていないとの点は、本件発明と甲A1発明との実質的な相違点であると認めるのが相当であり、 これと異なる原告共和らの主張を採用することはできない。 (イ) 本件相違点のうち甲A1発明がL-ドーパ療法においてウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動を示すに至った段階の患者を対象としていないとの点について a 次の各文献には、次の各記載がある。 (a) 甲B5(「BRAIN nursing」第9巻春季増刊(通巻第102号)(平成5年)) 「現在のレボドパ療法は合剤によるものが主体であるが、ドパ脱炭酸酵素阻害剤の併用により脳内でのドパミン濃度が上昇しやすくなることから、中枢性の副作用、 すなわち精神症状やジスキネジアなどは逆に出現しやすくなった。…ADLの改善により罹患期間が延長し投薬期間が長期になるにつれ、次に述べるようなさまざまな問題点が出現してきた。 1.“wearing-off”現象 “wearing-off”現象とは薬効期間の短縮により、パーキンソン病症状の日内変動が出現する現象をいう。レボドパ治療初期には1日2回ないし3回の服薬により、 24時間ほぼ安定した効果を得られるが、治療が長期にわたるにつれ、…血中レボドパ濃度の低下とともに症状が増悪するようになる。“wearing-off”現象の出現率は治療年数の経過とともに増加し、日本では欧米と比べるとやや頻度は低いが、 4年後に30%、8年後には40%に出現するとされている。発生機序についてはレボドパ長期投与によるレボドパの吸収、代謝の変化や、パーキンソン病そのものの進行によるドパミンニューロンのドパミン保持能の低下などが考えられている。 … 2.“on-off”現象 “on-off”現象はレボドパの服用時刻、血中濃度に関係のない、あたかも電気のスイッチを入れたり切ったりした時のような急激な症状の変化を示す現象である。 …発生機序についてはレボドパ長期投与によるドパミン受容体の感受性の変化が推測されている。 … 3.不随意運動 レボドパによる不随意運動は、舞踏病様、パリスム様、ジストニア様等、さまざまなタイプのものがあ…る。…レボドパの過剰投与の場合は治療開始後早期でも出現しうるが、一般には投与期間が長くなってから出現することが多く、さらに治療量に達しないうちに不随意運動が出現することも稀でない。… レボドパ服用後1〜2時間後の血中濃度がピークに達した頃出現する(ピークドーズジスキネジア)ことが最も多いが、内服直後の血中濃度上昇期に出現し濃度の上昇とともにいったん消失するが下降期に再び出現する二相性ジスキネジアや、早期レボドパ濃度の最も低い時期に出現する早期ジスキネジアなどもある。 ジスキネジア出現時にはレボドパの一回投与量を減量し、血中濃度が上昇しすぎないようにコントロールし、他剤との併用を試みる。…しかしながらジスキネジア出現時は、症状が最も良く改善している時刻であることが多く、患者本人はジスキネジアをほとんど気にしていないことが多い。またジスキネジアを消失させるための治療によりむしろパーキンソン症状が増悪してしまう場合も比較的多い。(80 」頁16行目〜82頁8行目) (b) 甲A13(「Brain Research」701巻13〜18頁(1995年)。原告東和が提出した補充の訳文である甲A10を含む。以下同じ。) 「「ウェアリング・オフ」型の変動は、多くの場合、最初に現れる運動合併症であり、レボドパへの応答の持続時間が累進的に短縮することを反映している。この短縮は、前シナプスにおけるドパミン作動性の末端によって通常は提供されるドパミンの貯蔵が失われることに起因すると、従前は考えられてきた…。しかしながら、 最近の証拠は、ウェアリング・オフ現象の発病にとって、後シナプスにおけるメカニズムが最も重要な関与をすることを示唆している…。 パーキンソン病のラットに対する継続的なレボドパの投与はラットの運動応答の持続時間の顕著な減少をもたらし、これは、パーキンソン病患者における「ウェアリング・オフ」現象に擬するものである…。(13頁左欄4〜16行) 」 (c) 甲A14(「Neurology」56巻(S5巻)S1〜S88頁(2001年)。 被告が提出した補充の訳文である乙5を含む。以下同じ。) 「運動合併症の原因となっている要因がより明らかになりつつある。軽度、中程度、および重度の疾患を有するPD患者のグループにおけるレボドパ注入後の運動応答の持続時間は、全てのグループが同程度の血漿レボドパ薬物動態を有するという事実にもかかわらず、疾患の重症度と逆の相関がある。これらの知見は、進行期のPD患者における運動変動が、ドパミン作動性末端の喪失によるレボドパ貯蔵能の低下と関係するという考えを生じさせた。しかしながら、ドパミン作動性末端内に貯蔵されないアポモルヒネの注入後に同様の知見が得られている。これらの知見は「貯蔵仮説」によって説明することができない。さらに、レボドパを繰り返し投与して処置された6-OHDA-損傷の齧歯類においては、病変は安定していてレボドパ貯蔵能はおそらく変わっていないが、運動応答の持続時間の短縮が生じる。 これらの知見は、運動合併症の発症に対して後シナプス…の構成要素が存在するという考えを支持する。運動合併症は、前シナプス…および後シナプスの両方の事象が関係していて、これには、ドパミン受容体の正常でない間欠的な刺激、下流ニューロンにおける遺伝子およびタンパク質の調節不全、および、大脳基底核の出力ニューロンにおける発火パターンの変更が含まれることが現在明らかになっている…。(S13頁左欄7〜35行目) 」 b 前記aの各記載のとおり、本件優先日当時、ウェアリング・オフ現象とは、 薬効期間の短縮により、パーキンソン病の症状の日内変動が出現するとの現象であり、その発生機序としては、L-ドーパの長期投与によるL-ドーパの吸収及び代謝が変化したり、パーキンソン病そのものが進行したりすることによるドーパミンニューロンのドーパミン保持能の低下等が考えられており、また、オン・オフ変動とは、L-ドーパの服用時刻や血中濃度に関係のない、あたかも電気のスイッチを入れたり切ったりしたときのような急激な症状の変化を示す現象であり、その発生機序としては、L-ドーパの長期投与によるドーパミン受容体の感受性の変化が推測されていたが、他方で、ウェアリング・オフ現象やオン・オフ変動については、 L-ドーパの継続的な投与によって引き起こされる前シナプスや後シナプスにおける事象の関与が重要であることも指摘されていたのであるから、本件優先日当時の当業者は、前シナプスや後シナプスにおける事象といったドーパミンニューロンのドーパミン保持能の低下等やドーパミン受容体の感受性の低下のほかの事象も、ウェアリング・オフ現象やオン・オフ変動の重要な発生原因たり得ると認識していたものと認められる。 c また、前記(2)ア(ウ)のとおり、図1試験により、KW-6002を単独投与した場合、当該投与の24時間後において運動障害の明らかな回復がみられなかったにもかかわらず、図4試験は、KW-6002の投与の24時間後にL-ドーパを投与した場合、その6時間後においてL-ドーパの作用が増強したとの結果を示すものであるから、甲A1の記載(図1試験及び図4試験)に接した当業者において、KW-6002がL-ドーパによる神経回路とは無関係に独自の作用をもたらすものと理解するとは考え難い。 d なお、原告共和らは、被告の過去の主張を根拠に、ウェアリング・オフ現象が生じていないモデル動物を用いてもオフ時間の減少作用があったと評価することができるとも主張するが、原告共和らが主張する被告の過去の主張とは、いずれも本件優先日後に示されたものであり、当該主張が本件優先日当時の技術常識を示すものとはいえない。 e 以上のとおりであるから、本件優先日当時の当業者において、甲A1が、L-ドーパを長期投与せず、ウェアリング・オフ現象やオン・オフ変動が生じていない動物を用いて行った試験(図4試験)によってもオフ時間の減少効果を評価できることを開示し、又は示唆していると理解するとは認められない。したがって、本件相違点のうち甲A1発明がL-ドーパ療法においてウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動を示すに至った段階の患者を対象としていないとの点は、 本件発明と甲A1発明との実質的な相違点であると認めるのが相当であり、これと異なる原告共和らの主張を採用することはできない。 (ウ) 本件相違点のうち甲A1発明がL-ドーパ療法におけるウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させるために患者に投与されるものではないとの点について 原告共和らは、甲A1が、KW-6002がオフ時間を減少させる可能性を示すものであることを根拠として、本件相違点のうち甲A1発明がL-ドーパ療法におけるウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させるために患者に投与されるものではないとの点は本件発明と甲A1発明との実質的な相違点ではないと主張する。 しかしながら、前記(3)イにおいて説示したとおり、甲A1は、パーキンソン病のウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させるための治療方法を見いだすために執筆された学術論文であるということはできないし、本件記載のうち「「ウェアリング・オフ」及び「オン・オフ」応答変動を有する患者において、KW-6002のような化合物は、…「オン時間」を増加させることができる可能性がある。」との部分も、これを裏付ける試験結果等に基づいてされた実証的な記載であるということはできない。 したがって、本件相違点のうち甲A1発明がL-ドーパ療法におけるウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させるために患者に投与されるものではないとの点は、本件発明と甲A1発明との実質的な相違点であると認めるのが相当であり、これと異なる原告共和らの主張を採用することはできない。 (5) 小括 以上のとおり、本件発明と甲A1発明との間には本件相違点が存在し、これは、 本件発明と甲A1発明との間の実質的な相違点であるから、本件発明が新規性を欠くとはいえないとした本件審決の判断の誤りをいう原告東和主張の取消事由1及び原告共和ら主張の取消事由1はいずれも理由がない。 3 原告東和主張の取消事由2(進歩性についての判断の誤り)及び原告共和ら主張の取消事由2(進歩性についての判断の誤り)について (1) 甲A1に基づく進歩性欠如(本件相違点のうち、薬剤の用途(用法)に関し、本件発明は、「前記薬剤は、前記L-ドーパ療法におけるウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させるために」、「前記L-ドーパ療法」において投与されるのに対し、甲A1発明は、「自発運動活性と運動障害を改善する薬剤」である点(以下「本件相違点1」という。)に係る容易想到性)について 前記2(3)イにおいて説示したとおり、甲A1は、パーキンソン病のウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させるための治療方法を見いだすために執筆された学術論文であるということはできないし、本件記載のうち「「ウェアリング・オフ」及び「オン・オフ」応答変動を有する患者において、KW-6002のような化合物は、…「オン時間」を増加させることができる可能性がある。」との部分も、これを裏付ける試験結果等に基づいてされた実証的な記載であるということはできない。そうすると、甲A1に「KW-6002が「ウェアリング・オフ」及び「オン・オフ」応答変動を有する患者において、L-ドーパとの併用により「オン時間」を増加させること」が開示され、又は示唆されていると認めることはできない。 以上によると、本件優先日当時の当業者において、甲A1に基づき、MPTP処置コモンマーモセットにおいて自発運動活性及び運動障害を改善することが確認されたKW-6002を本件相違点1に係る本件発明の用途(用法)に用いることに容易に想到し得たものと認めることはできない。 したがって、本件相違点のその余の部分について検討するまでもなく、本件発明につき、本件優先日当時の当業者において、甲A1に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたものと認めることはできないから、本件発明が甲A1に基づいて進歩性を欠くとはいえないとした本件審決の判断に誤りはない。 (2) 甲A1ないし甲A5に基づく進歩性欠如(本件相違点1に係る容易想到性)について ア 甲A2について (ア) 甲A2には、次の記載がある。 a 「L-ドーパ療法によるパーキンソン病の治療は、薬効の喪失及びジスキネジアの発症を含む長期の合併症をもたらす。線条体中のアデノシンA 2A 受容体は、 線条体淡蒼球系のGABA性出力ニューロンに選択的に局在しており、その様な問題を回避する可能性がある。新規アデノシンA 2A受容体アンタゴニストであるKW-6002が、MPTP処置した霊長類における抗パーキンソン活性について検討された。KW-6002の経口投与は、MPTP処置コモン・マーモセットにおける運動障害を用量依存的に回復させた。但しKW-6002は、全体的な自発運動活性を控えめにだけ増大させ、常同運動等のような異常運動は引き起こさなかった。運動障害を回復させるKW-6002の能力は、21日間にわたる毎日の反復投与で維持され、耐性は観察されなかった。KW-6002は、L-ドーパに予め曝露させることでジスキネジアを呈するよう準備しておいたMPTP処置霊長類において、ジスキネジアを殆ど又は全く誘発しなかった。これらの結果は、選択的アデノシンA2A受容体アンタゴニストが、運動亢進の発生やジスキネジアの誘発なしに障害を改善する、新しいクラスの抗パーキンソン病剤を代表することを示唆している。(507頁要約) 」 b 「結果他には薬物に曝されていないMPTP処置マーモセットにおいて、KW-6002(0.5〜100mg/kg)の経口投与は、長く継続する(10時間まで)自発運動活性を用量依存的に増大させた(図1)。KW-6002(10mg/kg経口)は、基剤治療によるのに比べて約2倍の自発運動活性をもたらした。より高い投与量のKW-6002では、更なる自発運動活性の増大は見られなかった。このKW-6002(10mg/kg)によってもたらされた自発運動活性の増大は、 10〜11時間まで持続した(図1) 」 。 (508頁右欄下から9行目〜510頁左欄2行目) c 「L-ドーパ(10mg/kg 経口、1日2回)とベンセラジド(2.5mg/kg 経口、1日2回)の21日間の投与は、MPTP処置マーモセットにおいて、四肢及び体幹のジスキネジアを誘発した。…3週間のL-ドーパ治療の後、 全ての動物が顕著なジスキネジアを示し、L-ドーパ治療により一貫して惹起させることができた。 KW-6002(10mg/kg/日)の21日間の経口投与は、L-ドーパで準備したこれらのMPTP処置マーモセットにおいて、殆ど又は全くジスキネジアを誘発しなかった(図4) 」 。 (510頁右欄下から14行目〜511頁左欄1行目) d 「本研究の結果は、アデノシンA 2A 受容体アンタゴニストが、パーキンソン病患者の初期治療、並びにL-ドーパ治療によって惹起され確立されたジスキネジアを有する患者において、特に有用である可能性があることを示唆している。」(512頁右欄14〜18行目) (イ) 上記(ア)のとおり、甲A2には、その要約に、KW-6002の経口投与はMPTP処置コモンマーモセットにおける運動障害を用量依存的に回復させたこと、KW-6002はL-ドーパにあらかじめ曝露させることでジスキネジアを呈するように準備しておいたMPTP処置霊長類においてジスキネジアをほとんど又は全く誘発しなかったこと及びこれらの結果が、選択的アデノシンA 2A 受容体アンタゴニストが運動亢進の発生やジスキネジアの誘発なしに障害を改善する新しいクラスの抗パーキンソン病剤を代表することを示唆していることが記載されており、 また、具体的には、その結果において、KW-6002の経口投与はMPTP処置マーモセットにおいて長く継続する(10時間まで)自発運動活性を用量依存的に増大させたこと(図1)及びKW-6002(10mg/kg/日)の21日間の経口投与はL-ドーパで準備したMPTP処置マーモセットにおいてほとんど又は全くジスキネジアを誘発しなかったこと(図4)が記載され、これらを踏まえ、 「本研究の結果は、アデノシンA 2A 受容体アンタゴニストが、パーキンソン病患者の初期治療、並びにL-ドーパ治療によって惹起され確立されたジスキネジアを有する患者において、特に有用である可能性があることを示唆している。」との記載がされているが、他方で、甲A2には、ウェアリング・オフ現象やオン・オフ変動についての記載は全くないから、甲A2の記載は、ウェアリング・オフ現象やオン・オフ変動のオフ時間の増減に関するKW-6002の効果について何ら開示し、 又は示唆するものではない。 イ 甲A3について (ア) 甲A3には、次の記載がある。 a 「アポモルヒネ又はL-ドーパ(L-3,4-ジヒドロキシフェニルアラニン)により誘発される回転運動に対する新規のアデノシンA 2A 受容体アンタゴニストであるKF17837…及びKW-6002((E)-1,3-ジエチル-8-(3,4-ジメトキシスチリル)-7-メチル-3,7-ジヒドロ-1H-プリン-2,6-ジオン)の効果を、片側6-ヒドロキシドーパミン病変を有するラットにおいて検討した。KF17837及びKW-6002は共に、それ自体、回転運動を僅かに誘発した。しかしながらKF17837及びKW-6002は、アポモルヒネにより誘発される回転の総カウントを、それぞれ3mg/kg経口と10mg/kg経口の投与量、及び1mg/kg経口とそれより高い投与量で、有意に増加させた。KF17837及びKW-6002はまた、L-ドーパによって誘発される回転運動も、3mg/kg経口の投与量で強化した。更に、選択的アデノシンA2A受容体アゴニストであるCGS21680…の脳室内注射(10μg/20μg)は、アポモルヒネにより誘発される回転運動を部分的に防止し、この阻害は、KW-6002(1mg/kg経口)により元に戻った。 これらのアデノシンA 2A受容体アンタゴニストによるアポモルヒネ誘発性の回転の総カウントの増加は、強度の増大よりも寧ろ、主として回転持続時間の延長によるものと思われる。これらの結果は、アデノシンA 2A 受容体アンタゴニストが、 進行したパーキンソン病患者におけるドーパミン作動薬応答の持続時間の短縮を改善するのに有用である可能性がある。(249頁要約) 」 b 「本研究において我々は、内側前脳束の6-ヒドロキシドーパミン病変を有するラットにおける、アデノシンA 2A アンタゴニストであるKF17837及びKW-6002の効果を調べた、というのもこのパーキンソン病動物モデルは、候補化合物の有効性を評価するための最も信頼性のあるものの一つだからである…。 本研究は、ドーパミン受容体アゴニストであるアポモルヒネ又はL-ドーパ(L-3,4-ジヒドロキシフェニルアラニン)により誘発される回転運動を、KF17837又はKW-6002により変更することに焦点を置く。(250頁左欄8行 」目〜右欄2行目) c 図1には、6-ヒドロキシドーパミン病変ラットにKW-6002を経口投与した30分後にアポモルヒネを注射して120分間の回転の総カウントの増加を確認したことが示されている(250頁左欄の図1)。 d 図2には、6-ヒドロキシドーパミン病変ラットにおけるアポモルヒネ(0.1mg/kg皮下)誘発対側回転運動に対するアポモルヒネの注射の30分前に経口投与されたKW-6002の効果が、アポモルヒネ注射後の時間(分)を横軸として示されている(250〜251頁の図2)。 e 図4には、6-ヒドロキシドーパミン病変ラットにおけるL-ドーパ投与後の回転の総カウントに対するL-ドーパの投与の30分前に経口投与されたKW-6002の効果が、L-ドーパ投与後150分間の回転の総カウントの平均として示されている(253頁右欄の図4)。 f 「他方、KW-6002(3mg/kg経口)は、3mg/kg経口又は10mg/kg経口の投与量のL-ドーパにより誘発される回転の総カウントを有意に増加させたが、30mg/kg経口のL-ドーパにより誘発される回転運動には影響を及ぼさなかった(図4B)」 。(253頁左欄末行〜右欄5行目) g 「アポモルヒネに対する応答の全体的強度は、ピーク効果の増加(アポモルヒネ治療後の5分の時点のみ)がみられたものの、…KW-6002による大きな変化はなかった。従って我々は、アポモルヒネへの総回転応答に対する…強化は、 主として回転の持続時間に対する効果によるものであろうと考える。(254頁左 」欄下から19〜12行目) (イ) 上記(ア)のとおり、甲A3には、その要約において、「これらのアデノシンA2A受容体アンタゴニストによるアポモルヒネ誘発性の回転の総カウントの増加は、強度の増大よりも寧ろ、主として回転持続時間の延長によるものと思われる。 これらの結果は、アデノシンA 2A 受容体アンタゴニストが、進行したパーキンソン病患者におけるドーパミン作動薬応答の持続時間の短縮を改善するのに有用である可能性があることを示唆している。」と記載された上、具体的な試験及びその結果として、上記(ア)bないしfの記載ないし図示がされ、これらの試験の結果を踏まえて、「アポモルヒネに対する応答の全体的強度は、ピーク効果の増加(アポモルヒネ治療後の5分の時点のみ)がみられたものの、…KW-6002による大きな変化はなかった。従って我々は、アポモルヒネへの総回転応答に対する…強化は、 主として回転の持続時間に対する効果によるものであろうと考える。」との記載がされているが、甲A3の試験結果は、ウェアリング・オフ現象やオン・オフ変動を呈する段階に至った動物を用いた試験によって得られたものではないから、甲A3の試験結果は、ウェアリング・オフ現象やオン・オフ変動を呈する段階に至った動物において、KW-6002がL-ドーパ療法におけるウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させることを開示し、又は示唆するものとはいえない。 ウ 甲A4について (ア) 甲A4には、次の記載がある。 a 「現在、パーキンソン病治療薬の課題となっているのは L-Dopa 長期療法による wearing off、 on-off、ジスキネジア等の不随意運動、精神症状の克服や、 神経細胞の保護作用薬剤の模索である。(55頁左欄12〜16行目) 」 b 「いずれにしても線条体での長期にわたるドパミン濃度の不安定さ、D1、 D2レセプターの感受性の変化により、線条体(被殻)からの出力系である淡蒼球外節、内節、視床下核が機能的アンバランスを生じ、結果的に視床-皮質回路が異常興奮しやすい状態になる。この状態により不随意運動が誘発されていることが考えられている。 対策としては、L-Dopa の少量頻回投与によって線条体での濃度変化を最小限にする。… これらの知識を踏まえ、L-Dopa 長期服用に伴う問題を最小限にとどめ長期的に安定した治療を継続するために、L-Dopa は必要最小限の至適量を考え、他剤を組み合わせる「低用量・多剤併用」を基本とすることである。(57頁左欄7〜27 」行目) c 「4.ドパミンレセプター刺激剤 (ドパミンアゴニスト) ドパミンアゴニストは、比較的作用時間が長く、パーキンソン症状に対する効果は L-Dopa のように切れ味が良いわけではない。しかし L-Dopa の長期投与に伴うwearing off や on-off などの薬効不安定(fluctuation)やジスキネジア、ジストニア、精神症状などを抑制する効果が明確となった。(57頁右欄下から15〜7 」行目) d 「6.カテコール-O-メチル転移酵素 (COMT)阻害剤 カテコール-O-メチル転移酵素(COMT)は、カテコールアミンをメチル化する酵素で血中で L-Dopa を代謝して3-OMD12、中枢神経内では3MTに変換する。これらの阻害剤は L-Dopa の代謝を抑制することが期待される。臨床的には、 wearing off の改善を目的としている。(59頁右欄下から14〜7行目) 」 e 「7.アデノシンA2Aアンタゴニスト (KW-6002、治験中) 特異的アデノシンA 2A受容体拮抗作用を有するキサンチン誘導体である。協和発酵が開発を行っている。線条体出力ニューロンであるGABA作動性神経に存在し、パーキンソン病で活動亢進していることが明らかとなったアデノシンA 2A受容体を阻害することによって L-Dopa 長期治療によって生ずるジスキネジアを抑制することができる(図7)」 。(60頁左欄10〜19行目) (イ) 上記(ア)のとおり、甲A4においては、パーキンソン病治療薬の課題となっているものとして、L-ドーパ長期療法によるウェアリング・オフ現象、オン・オフ変動、ジスキネジア等が挙げられ、L-ドーパの長期服用に伴う問題を最小限にとどめ長期的に安定した治療を継続するための手段として、L-ドーパについては必要最小限の至適量を考え、他剤を組み合わせる「低用量・多剤併用」を基本とすることが記載されている。また、「ドパミンレセプター刺激剤(ドパミンアゴニスト)」については、L-ドーパの長期投与に伴うウェアリング・オフ現象、オン・オフ変動、ジスキネジア等を抑制する効果が明確となったことが、「カテコール-O-メチル転移酵素((COMT)阻害剤)」については、L-ドーパの代謝を抑制することが期待され、臨床的には、ウェアリング・オフ現象の改善を目的としていることがそれぞれ記載されている。これに対し、「アデノシンA 2A アンタゴニスト(KW-6002)」については、L-ドーパの長期治療によって生じるジスキネジアを抑制することができることが記載されているにすぎず、KW-6002とウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間の減少との関係やKW-6002をL-ドーパと併用することについての記載は全くないから、 甲A4の記載は、ウェアリング・オフ現象やオン・オフ変動のオフ時間の増減に関するKW-6002の効果について何ら開示し、又は示唆するものではない。 エ 甲A5について (ア) 甲A5には、次の記載がある。 a 「パーキンソン病は、中脳黒質緻密層から線条体に投射するドーパミン作動性ニューロン細胞死に起因して起こり、線条体でのドーパミン含量が正常の20%以下になると臨床的に安静時振戦、歯車様固縮、無動、姿勢反射障害の四大症候を呈すると考えられている。病理学的には黒質の選択的神経細胞死とレビー小体の出現を特徴とし、理論的な原因療法は神経細胞死抑制であるが、このような治療法はいまだ存在しない。したがって、病気の進行は阻止できないものの、不足したドーパミンを補充するL-ドーパ製剤(レボドーパ)の対症療法が基本となる。 ところが、その長期間使用により、wearing-off 現象、on-off 現象といった効果の動揺、dyskinesia などの不随意運動、精神症状が出現し、十分な治療効果が得られぬケースが多く、長期的L-ドーパ製剤療法の最大の問題点となっている。こうした諸問題を克服するために開発されたのがドーパミン作動薬である。(112 」頁左欄2行目〜右欄下から2行目) b 「しかしながら、ドーパミン作動薬はL-ドーパ製剤に比べて、効果が弱いため、長期投与(3-5年)では病状進行に伴い、単独では十分な症状改善が得られず、L-ドーパ製剤を治療計画に加えねばならなくなる。こうしたドーパミン系を中心とした従来の治療法とは一線を画する治療法として有力視されているのが、 アデノシンA2A受容体拮抗薬である。アデノシンA2A受容体拮抗薬は、パーキンソン病患者において機能不全に陥っている線条体ニューロンを、本来の健常なニューロンへと再構築する効果が期待されている。 … カフェインなどのメチルキサンチンはホスホジエステラーゼ活性を阻害し、細胞内cAMP濃度を増加させることが知られている。ドーパミンにもD1受容体を介して同様の効果が認められ、パーキンソン病でもカフェインのL-ドーパ製剤増強効果が期待されていた。実際に、6-OHDAで中脳黒質ドーパミンニューロンを傷害したラットではL-ドーパやドーパミン作動薬による治療増強効果が認められたが、肝心なパーキンソン病患者には無効であった。一方、テオフィリンの使用ではL-ドーパとの併用でパーキンソン病患者に著明な症状改善が認められた。 カフェインとテオフィリンの両者はアデノシンA1とA2受容体拮抗薬であり、 脳内アデノシンA2A受容体は線条体、側坐核、嗅結節に限局して分布している点から、アデノシンA2A受容体が線条体での運動機能制御に重要な役割を果たしていることが推測された。(113頁左欄6行目〜右欄1行目) 」 c 「V. アデノシンA2A受容体拮抗薬(KW-6002) KF17837とKW-6002は協和発酵工業が創製した、アデノシンA2A受容体拮抗作用を有する新規化合物である。KF17837、KW-6002のラット線条体アデノシンA2AとA1受容体への結合は、それぞれの阻害定数(Ki)が1.0nM、62nMと2.2nM、150nMであり、両者ともA2A受容体に高親和性結合を示し、A2A受容体選択性はA1受容体よりもそれぞれ62、68倍勝っている。テオフィリンやカフェインなどの非選択的アデノシン受容体拮抗作用をもつ薬剤に比し、格段優れたA2A受容体選択性と親和性が得られている。 KW-6002はKF17837のジエチルアナログであるが、経口投与薬として90倍ほど優れているため、現段階では最も優れたアデノシンA2A受容体拮抗薬である。現在英国、日本において抗パーキンソン病薬として臨床開発中であるが、 米国では既にパーキンソン病患者を対象としたフェーズU試験が先行している。」(114頁左欄5〜24行目) d 「運動機能の回復は、checking movement、improved posture、reaction tostimuli、alertness の各項目において認められ、注目すべきことは、不随意運動、 行動異常や嘔気・嘔吐などの副作用出現を認めなかったことである。更に、KW-6002投与によるこうした運動量回復は、脳内移行性に優れるアデノシン(APEC)の脳室内投与で阻害されるが、アデノシンA1受容体選択的拮抗薬(DPCPX)では影響を受けぬことから、アデノシンA2A受容体の選択的阻害でパーキンソン病症状の回復が図られることが明らかとなった。 更に、長期加療にて問題となるL-ドーパ誘発性ジスキネジアもほぼ完全抑制されることが明らかとなった。また、ドーパミン作動薬で報告されている反復投与での耐性の出現は認められず、KW-6002は慢性投与でも急性投与後に回復した運動量の維持が可能であった。少量のL-ドーパやドーパミンD2受容体アゴニストとの併用効果も確認され、パーキンソン病症状の回復への単独投与やL-ドーパ減量にも有用性が確認された。(114頁右欄1〜22行目) 」 e 「パーキンソン病の病態形成には、ドーパミン以外に、アデノシンA2A受容体を介したアデノシンが極めて密接にかかわっていることが明らかとなった。その選択的な拮抗薬は従来のドーパミン系薬物加療で問題となる副作用の発現や耐性の問題を克服し、そのうえ、パーキンソン病で傷害された線状体内のコリン作動性ニューロンやGABA作動性ニューロンのネットワークを健常なレベルまで修復し、 また維持する機能をもつと考えられる。こうしたKW-6002で期待される効果が、実際に病状の進行を認めるパーキンソン病の患者においてどのように発揮されるか、またより長期的投与で本当にドーパミン系薬物でみられた問題点を克服できるかどうかなど、現在進行中のパーキンソン病患者を対象としたフェーズU試験の結果が待たれるところである。(115頁右欄下から17行〜末行) 」(イ) 上記(ア)のとおり、甲A5においては、まず、パーキンソン病においてはL-ドーパ製剤による対症療法が基本となるが、その長期間の使用により、ウェアリング・オフ現象、オン・オフ変動、ジスキネジア等が出現し、十分な治療効果が得られないことが多く、長期的なL-ドーパ製剤療法の最大の問題点となっているところ、これを克服するために開発されたのがドーパミン作動薬であること、しかしながら、ドーパミン作動薬は、L-ドーパ製剤と比べて効果が弱いため、長期投与においては病状の進行に伴い単独では十分な症状の改善が得られず、L-ドーパ製剤を治療計画に加えなければならないこと、このようなドーパミン系を中心とした従来の治療法と一線を画する治療法として有力視されているのがアデノシンA2A受容体拮抗薬であることが紹介された上、アデノシンA1及びA2受容体拮抗薬であるカフェイン及びテオフィリンに係る効果についての記載がされた後、アデノシンA2A受容体拮抗薬であるKW-6002につき、現段階で最も優れたアデノシンA2A受容体拮抗薬であること、現在、英国及び日本において抗パーキンソン病薬として臨床開発中であるが、米国では既にパーキンソン病患者を対象としたフェーズU試験が先行していること、運動機能の回復が認められたこと、長期の加療によって問題となるL-ドーパ誘発性ジスキネジアがほぼ完全に抑制されたこと、 少量のL-ドーパ等との併用効果も確認され、パーキンソン病症状への単独投与やL-ドーパの減量にも有用性が確認されたこと、KW-6002に期待される効果が実際に病状の進行が認められるパーキンソン病患者においてどのように発揮されるか、より長期的な投与により本当にドーパミン系薬物でみられた問題点を克服できるかなどにつき、現在進行中のパーキンソン病患者を対象としたフェーズU試験の結果が待たれるところであることなどが記載されている。このように、甲A5には、L-ドーパの長期治療によって誘発される諸問題のうちKW-6002が具体的に抑制できるものとしては、L-ドーパ誘発性ジスキネジアが記載されているのみであるし、KW-6002と少量のL-ドーパ等との併用の効果があったとの記載も、KW-6002の単独投与の可能性やL-ドーパの減量の可能性の文脈で言及されているにすぎない。さらに、KW-6002に期待されるその余の効果についても、現在進行中のパーキンソン病患者を対象としたフェーズU試験の結果が待たれるとの記載があるのみである。その他、甲A5には、KW-6002とウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間の減少との関係についての記載は全くない。したがって、甲A5の記載は、ウェアリング・オフ現象やオン・オフ変動のオフ時間の増減に関するKW-6002の効果について何ら開示し、 又は示唆するものとはいえない。 オ 前記アないしエにおいて検討したとおり、甲A2ないし甲A5は、いずれも本件相違点1に係る本件発明の構成(「前記薬剤」が「前記L-ドーパ療法におけるウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させるために」、「前記L-ドーパ療法」において投与されるとの構成)を開示し、又は示唆するものではないところ、前記(1)において甲A1について説示したところも併せ考慮すると、本件優先日当時の当業者において、甲A1ないし甲A5に基づき、 MPTP処置コモンマーモセットにおいて自発運動活性及び運動障害を改善することが確認されたKW-6002を本件相違点1に係る本件発明の用途(用法)に用いることに容易に想到し得たものと認めることはできない。 したがって、本件相違点のその余の部分について検討するまでもなく、本件発明につき、本件優先日当時の当業者において、甲A1ないし甲A5に記載された発明ないし技術的事項に基づいて容易に発明をすることができたものと認めることはできないから、本件発明が甲A1ないし甲A5に基づいて進歩性を欠くとはいえないとした本件審決の判断に誤りはない。 (3) 原告東和の主張について 原告東和は、@本件優先日当時、ウェアリング・オフ現象はL-ドーパの薬効時間が短くなる現象であり、その原因はドーパミン作動系の異常であると認識されていたこと、AKW-6002の作用機序はL-ドーパ等のドーパミン作動性ではなく、別の作用機序に基づくものであることが本件優先日当時に広く知られていたことを根拠に、甲A1に接した当業者であれば、本件相違点1に係る本件発明の構成に容易に想到し得たと主張する。 しかしながら、上記@の点については、前記2(4)イ(イ)bのとおり、本件優先日当時の当業者は、ウェアリング・オフ現象やオン・オフ変動については、ドーパミンニューロンのドーパミン保持能の低下等やドーパミン受容体の感受性の低下のほか、L-ドーパの継続的な投与によって引き起こされる前シナプスや後シナプスにおける事象の関与も重要な発生原因たり得ると認識していたのであるから、原告東和が主張するように、本件優先日当時の当業者において、ウェアリング・オフ現象の原因が専らドーパミン作動系の異常であると認識していたということはできない。 また、上記Aの点については、前記2(4)イ(イ)cのとおり、図1試験により、 KW-6002を単独投与した場合、当該投与の24時間後において運動障害の明らかな回復がみられなかったにもかかわらず、図4試験は、KW-6002の投与の24時間後にL-ドーパを投与した場合、その6時間後においてL-ドーパの作用が増強したとの結果を示すものであるから、甲A1の記載(図1試験及び図4試験)に接した当業者において、KW-6002がL-ドーパによる神経回路とは無関係に独自の作用をもたらすものと理解するとは考え難い。したがって、甲A1におけるKW-6002の作用機序につき、L-ドーパ等のドーパミン作動性ではなく、別の作用機序に基づくものであると当業者が認識したということはできない。 以上のとおりであるから、上記@及びAの点を根拠に、甲A1に接した当業者であれば本件相違点1に係る本件発明の構成に容易に想到し得たとする原告東和の主張を採用することはできない。 (4) 原告共和らの主張について ア 原告共和らは、ウェアリング・オフ現象やオン・オフ変動のオフ時間の減少のため、抗パーキンソン病活性を有する長時間作用性の薬物をL-ドーパと併用することは本件優先日当時によく知られていたと主張する。 確かに、原告共和らが挙げる甲A4には、「カテコール-O-メチル転移酵素(COMT)は、カテコールアミンをメチル化する酵素で血中で L-Dopa を代謝して3-OMD12、中枢神経内では3MTに変換する。これらの阻害剤は L-Dopa の代謝を抑制することが期待される。臨床的には、wearing off の改善を目的としている。 (59頁右欄下から12〜7行目)との記載があり、甲B8には、 」 「これらのL-DOPAの不都合な作用を減じるための試みにおいて、プロモクリプチン、 ペルゴリドおよびリスリドなどのドーパミンアゴニストが、伝統的に補助治療として用いられている。 (4頁16〜18行目)との記載があり、甲B23には、 」 「対策としては、…プロモクリプチン…などのドパミンアゴニストの併用を考える。」(81頁1〜4行目)との記載があり、甲B26には、「我々は、ZNSによるドーパミン合成の長期持続活性がパーキンソン病症状、特にウェアリング・オフを回復させると推測している。 (397頁要約)との記載があるが、これらの文献にお 」いてL-ドーパとの併用が提唱されている薬剤は、いずれもドーパミン受容体に入る刺激を高める薬剤であるから、上記の各証拠を総合しても、本件優先日当時、ドーパミン受容体に入る刺激を高める作用を有する薬物に限らず、一般に、抗パーキンソン病活性を有する長時間作用性の薬物をL-ドーパと併用すればウェアリング・オフ現象やオン・オフ変動のオフ時間が減少するとの技術常識が存在したものと認めることはできず、その他、そのような技術常識を認めるに足りる証拠はない。 以上のとおりであるから、原告共和らの上記主張を採用することはできない。 イ 原告共和らは、甲A3、甲B6及び甲B9の記載を根拠に、ウェアリング・オフ現象やオン・オフ変動のオフ時間を減少させるため、アデノシンA 2A 受容体アンタゴニストとL-ドーパを併用することは本件優先日当時の技術常識であった旨の主張をする。 しかしながら、甲A3及び甲B9は、いずれも特定の試験の結果を示す学術論文にすぎないから、甲A3に「アデノシンA 2A 受容体アンタゴニストが、進行したパーキンソン病患者におけるドーパミン作動薬応答の持続時間の短縮を改善するのに有用である可能性がある。」(249頁要約)との記載があることや、甲B9(原告東和が提出した甲A7と同旨の文献である。)に「本臨床試験の最も顕著な知見は、テオフィリンが、APD患者で、「オン」相の持続を有意に延長した(そして、その結果、「オフ」相の持続を短縮した)ことである。」(1916頁右欄24〜27行目)との記載があることを考慮しても、これらの文献をもって、ウェアリング・オフ現象やオン・オフ変動のオフ時間を減少させるため、アデノシンA2A 受容体アンタゴニストとL-ドーパを併用することが本件優先日当時の技術常識であったと認めるには不十分である。 な お 、 甲 B 6 に は 、 「 K W - 6 0 0 2 ( 8 ,1 ,3-diethyl-3 , 7-dihydro-7-methyl-1H-purine-2,6-dione)は、アデノシンA2A受容体に特異的な拮抗作用を有するキサンチン誘導体である。…アデノシンA 2 A アンタゴニストはMPTP(パーキンソニズム発症神経毒)投与のサルにおいてジスキネジアを中心とした運動障害を有意に改善すると報告されている。欧米では第U相臨床研究が終了している。」(43頁右欄3〜13行目)との記載がみられるにすぎず、甲B6は、原告共和らが主張する上記技術常識を根拠付けるものではない。 以上のとおりであるから、原告共和らの上記主張を採用することはできない。 ウ 原告共和らは、甲A1(図4試験)はKW-6002がウェアリング・オフ現象やオン・オフ変動のオフ時間を減少させる可能性を少なくとも予測させるものであると主張する。 しかしながら、前記2(3)イにおいて説示したとおり、甲A1は、パーキンソン病のウェアリング・オフ現象および/またはオン・オフ変動のオフ時間を減少させるための治療方法を見いだすために執筆された学術論文であるとはいえないし、本件記載のうち「「ウェアリング・オフ」及び「オン・オフ」応答変動を有する患者において、KW-6002のような化合物は、…「オン時間」を増加させることができる可能性がある。」との部分は、図4試験を含め、これを裏付ける試験の結果等に基づいてされた実証的な記載であるということはできないから、図4試験を含む甲A1について、KW-6002がウェアリング・オフ現象やオン・オフ変動のオフ時間を減少させる可能性を予測させるものであるということはできない。 したがって、原告共和らの上記主張を採用することはできない。 エ 原告共和らは、本件記載は試験結果と無関係のものではなく、図4試験の結果の示唆を受けて記載されたものであると主張する。 しかしながら、本件記載のうち「「ウェアリング・オフ」及び「オン・オフ」応答変動を有する患者において、KW-6002のような化合物は、…「オン時間」を増加させることができる可能性がある。」との部分がこれを裏付ける試験結果等に基づいてされた実証的な記載であるといえないことは、前記2(3)イにおいて説示したとおりである。 したがって、原告共和らの上記主張を採用することはできない。 (5) 小括 以上のとおり、本件発明につき、本件優先日当時の当業者において、甲A1に記載された発明又は甲A1ないし甲A5に記載された発明ないし技術的事項に基づいて容易に発明をすることができたものと認めることはできないから、本件発明が進歩性を欠くとはいえないとした本件審決の判断の誤りをいう原告東和主張の取消事由2及び原告共和ら主張の取消事由2はいずれも理由がない。 4 原告共和ら主張の取消事由3(審判指揮の違法)について (1) 事実経過 前記前提事実並びに掲記の証拠及び弁論の全趣旨によると、次の事実が認められる。 ア 原告東和は、令和2年3月31日、審判請求書(甲A33)を提出して、本件特許に係る特許無効審判の請求をした。 イ 原告共和らは、令和2年8月27日付けで、上記アの審判請求について、参加の申出をした。 ウ 特許庁は、令和2年11月26日付けで、原告共和らについて、上記イの参加の申出を許可する旨の決定をした。 エ 原告共和らは、令和3年1月28日付けで、甲B7ないし10(以下「本件書証」という。)を含む書証を添付し、本件主張等を記載した本件弁駁書(甲B20)を提出した。 オ 特許庁審判長は、原告共和らに対し、令和3年3月16日付け審理事項通知書(甲B27)を発送し、本件弁駁書に記載された本件主張が上記アの審判請求書に記載された審判請求の理由の要旨を変更する補正に相当するなどとして、本件主張を審理の対象としない予定であること、本件主張に関する証拠である本件書証を採用しない予定であること等を通知した。 カ 原告共和らは、令和3年4月5日付けで、口頭審理陳述要領書(甲B21)を提出したが、同書面には、本件主張の記載がなかった。 キ 令和3年4月27日、第1回口頭審理期日(乙1)が実施された。原告共和らは、同期日において、本件弁駁書に記載された主張のうち本件主張を撤回するとともに、本件書証の申出を撤回するなどした。 (2) 上記の事実経過に照らすと、原告共和らは、本件主張を記載し、本件書証を添付するなどして本件弁駁書を提出したところ、特許庁審判長から審理事項通知書の送付を受け、本件主張を審理の対象としない予定であること、本件証拠を採用しない予定であること等を通知されたため、第1回口頭審理期日において、自らの判断で本件主張及び本件書証の申出を撤回したとみるのが相当である。 そして、特許無効審判請求の当事者(参加人を含む。以下同じ。)がしようとする一定の主張を採用しない予定であること、当事者が申し出ようとしている一定の証拠を採用しない予定であることなどの今後の審理の方針を通知する特許庁審判長の行為(当該審理の方針を記載した審理事項通知書の送付)は、あくまで今後の予定を通知するものであって通知の対象となった事項についての最終的な判断を示すものではなく、もとより当事者を法的に拘束するものでもなく、特許庁審判長の当該行為において示された暫定的な審理方針を受け入れ、これを争い、あるいは、本件主張の提出について特許法131条の2第2項2号の許可を求めるなど、当該審理方針にどのように対応するかは、当事者の選択に委ねられるものであるから、本件において、審理事項通知書を送付して上記の通知をした特許庁審判長の行為は、 それだけでは違法であるとはいえない(なお、本件全証拠によっても、本件において、特許庁審判長が違法又は不当な目的をもって上記の通知をしたなどの事情を認めることはできない。)。 (3) 小括 以上のとおり、特許庁審判長の審判指揮に違法があった旨をいう原告共和ら主張の取消事由3は理由がない。 5 結論 以上の次第であるから、原告らの請求はいずれも理由がない。 |
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(別紙)当事者目録第1事件原告東和薬品株式会社(以下「原告東和」という。)同訴訟代理人弁護士牧野知彦平井佑希同訴訟代理人弁理士早坂巧第2事件原告共和薬品工業株式会社(以下「原告共和」という。)第2事件原告日医工株式会社(以下「原告日医工」という。)上記両名訴訟代理人弁護士速見禎祥溝内伸治郎同訴訟復代理人弁護士新藤圭介同訴訟代理人弁理士多田央子神野直美第1事件被告・第2協和キリン株式会社事件被告(以下「被告」という。)同訴訟代理人弁護士三村量一小佐々奨同訴訟代理人弁理士南条雅裕原秀貢人瀬田あや子以上 |
裁判長裁判官 | 本多知成 |
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裁判官 | 浅井憲 |
裁判官 | 中島朋宏 |