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事件 令和 4年 (ネ) 10072号 損害賠償請求控訴事件
当事者の表示 別紙当事者目録記載のとおり
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2022/12/21
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 本件控訴をいずれも棄却する。
2 控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実及び理由
控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人らは、控訴人株式会社Toshinに対し、連帯して1966万1835円及びこれに対する令和元年12月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 被控訴人らは、控訴人笛吹精工株式会社に対し、連帯して1892万4906円及びこれに対する令和元年12月28日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
4 訴訟費用は第1、2審とも被控訴人らの負担とする。
5 仮執行宣言
事案の概要等
1 事案の概要 (1) 本件は、控訴人らが被控訴人らに対し、被控訴人会社による控訴人らを被告らとする訴えの提起(東京地方裁判所平成29年(ワ)第17791号特許権侵害行為差止等請求事件に係るもの。以下、同訴えにより開始された訴訟手続を審級を問わず「前訴」という。)及び前訴の第1審判決に対する控訴の提起(当庁平成30年(ネ)第10088号特許権侵害行為差止等請求控訴事件に係るもの)並びに前訴の訴訟追行が各控訴人に対する不法行為を構成し、また、被控訴人会社の代表者である被控訴人Yは上記不法行為について共同不法行為の責任を負うと主張して、
民法719条1項前段及び民法709条に基づき、連帯して、各控訴人に対する各損害金(各控訴人に生じた無形損害各1000万円に前訴の対応のために要した各交通費、各日当及び各弁護士費用並びに本件に係る各弁護士費用を合計したもの)及びこれに対する不法行為の日の後であり訴状送達の日の翌日である令和元年12月28日から支払済みまで平成29年法律第44号による改正前の民法所定の年5分の割合による各遅延損害金の支払を求める事案である。
(2) 原審は、被控訴人会社による前訴に係る訴えの提起、訴訟追行等について被控訴人会社に控訴人らに対する不法行為が成立するとは認められず、また、被控訴人Yの控訴人らに対する不法行為も成立するとは認められないとして、控訴人らの請求をいずれも棄却した。これを不服として、控訴人らが控訴を提起した。
2 前提事実並びに争点及び争点に関する当事者の主張は、次のとおり改め、後記3のとおり争点1についての当審における控訴人らの補充主張を加えるほかは、
原判決の「事実及び理由」中の「第2 事案の概要等」の2及び3並びに「第3 争点に関する当事者の主張」の1及び2に記載するとおりであるから、これを引用する。
(1) 原判決3頁6行目の「代表取締役である」 「代表取締役であった」 を に改め、
同頁22行目の「設立され」の次に「、平成14年に株式会社高畑工業を吸収合併し」を、同頁24行目〜25行目の「甲1」の次に「、30」をそれぞれ加える。
(2) 原判決5頁9行目の「平成29年1月」を「平成29年1月頃」に、同5頁15行目〜16行目の「同指針ユニット」を「本件マグネット歯車及び同指針ユニット」に、同6頁2行目及び11行目の各「本件マグネット歯車」をいずれも「マグネット歯車」にそれぞれ改める。
(3) 原判決6頁18行目の「前訴の提起及び追行」を「前訴に係る訴えの提起、
訴訟追行等」に改める。
(4) 原判決6頁21行目の「前訴の提起及び追行」を「前訴に係る訴えの提起、
訴訟追行等」に、同6頁25行目の「設置する」を「これを設置する」に、同8頁9行目〜10行目の「甲12の12。以下」を「甲12の12の1・2・4・5。
以下、併せて」に、同9頁26行目及び同10頁9行目〜10行目の各「前訴を提起し、追行する行為」をいずれも「前訴に係る訴えを提起し訴訟追行等した行為」に、同10頁11行目の「前訴の提起と追行」を「これら」に、同10頁17行目の「前訴の提起及び追行」を「前訴」に、同10頁26行目及び同11頁13行目の各「前訴」をいずれも「前訴に係る訴え」に、同11頁22行目〜23行目の「トップメッセージ」を「ウェブサイトの「TOP MESSAGE」」に、同11頁26行目の「被告ら」を「被控訴人Y」にそれぞれ改める。
(5) 原判決12頁5行目の「構成要件E」を「本件発明の構成要件E」に、同12頁24行目並びに同13頁6行目及び9行目の各「前訴」をいずれも「前訴に係る訴え」に、同13頁9行目〜10行目の「追行することが」を「訴訟追行等したことについて」に、同13頁13行目の「前訴の提起及び追行」を「前訴に係る訴えの提起、訴訟追行等」に、同13頁16行目の「被告製品」を「被控訴人会社の製品」にそれぞれ改める。
(6) 原判決15頁18行目及び同16頁8行目の各「前訴」をいずれも「前訴に係る訴え」に、同16頁16行目の「前訴訴訟代理人」を「前訴の訴訟代理人」に、
同17頁6行目の「前訴を提起し、追行した」を「前訴に係る訴えを提起し訴訟追行等した」に、同18頁21行目の「前訴訴訟代理人」を「前訴の訴訟代理人」に それぞれ改める。
3 争点1についての当審における控訴人らの補充主張 (1) 原審で控訴人らが主張した点に加え、平成16年8月31日に特許庁に提出された被控訴人会社作成の意見書(甲28の4)、山梨大学工学部機械工学科のA教授(以下「A教授」という。)の報告書(甲37)記載の実験結果、平成23年10月5日及び平成24年10月22日作成の前澤給装工業株式会社(以下「前澤給装社」という。)の製品不具合に係るクレーム書面(甲38の1・2)に掲載された写真、平成13年4月9日作成の被控訴人会社の図面(甲39の2)、立川プレス工業所のB社長(以下「B社長」という。)の陳述書(甲40)、さらに、前訴に係る訴えの提起後に被控訴人会社が行った実験で間隙がないマグネット歯車を一つも製造できなかったこと(甲9の15)、水道メーターは大量に東京都等自治体に納品されるなど市場に出回っており、これを解体して分析すれば、マグネット歯車においてマグネット部分が樹脂に固定的に装着されている訳ではなく、上下左右に間隙があることは容易に知り得るといえること等の諸事情からすると、被控訴人らが、本件発明に新規性がないことを知りながら、又はこれを容易に知り得たのにあえて前訴に係る訴えを提起したことは、明らかである。
(2) 原判決は、@Cの本件発明の経緯についての説明、A平成3年に被控訴人会社が作成した図面(甲9の18)に「すき間なきこと」との注記があること、B平成13年11月27日付けの作業標準(甲12の3)の間隙の記載について、回転軸線方向での間隙とまで記載されていないこと、C平成22年10月8日付け図面(甲9の17・19)について、回転軸線方向の間隙を生じさせることを指示する記載があるとまでは認められないこと、D本件特許が特許庁による審査を経て特許登録されたものであること、E被控訴人会社が前訴に係る訴えの提起前に本件マグネット歯車等が本件特許権を侵害するものであるか否かについて、現物を取り寄せ、
弁理士を交えて検討したこと等の6点を認定して、被控訴人らにおいて新規性欠如の無効原因があると容易に知り得たものと認めることはできないと判示した。しか し、次のように、原判決は、結論が先にありきで証拠の評価や間接事実の認定を行ったものといえ、原判決の認定は、偏った証拠評価や間接事実の認定に基づく不当なもので説得力を欠くものである。
ア 前記@について (ア) Cの陳述書及び証人尋問における説明を裏付ける客観的な資料はない。また、
それらの内容は、原審における被控訴人会社の元取締役である証人D(以下「証人D」という。)の証言やFの供述の内容とも矛盾している。
(イ) 被控訴人会社作成の前記意見書(甲28の4)の記載によると、軸部の回転軸線方向にマグネットが動くという事実は、平成16年8月31日の時点で公開されていたのであって、Cの説明は、被控訴人会社の認識としても事実に反するものである。
(ウ) カシメという技術手段の特性について、A教授の報告書(甲37)では、実験結果として、マグネット歯車の樹脂性の部品に対して熱カシメすると、マグネット歯車のマグネット部分について上下方向(回転軸線方向)に0.1mm以上のガタツキができることが確認されている。この点、そもそもマグネット歯車は激しく回転することを前提として作成されるもので、樹脂製のカップにマグネットを内部の正方形部分にはめ込む形で挿入し、接着剤等を一切使用せずに外周のリブを熱カシメで折って止めるだけの固定方法をとるものであるから、上下左右にわずかな間隙ができることは、いわば当然の結果であるといえる。前訴に係る訴えの提起後に被控訴人会社が行った実験で、間隙がないマグネット歯車を一つも製造できなかったのも、その証左である(甲9の15)。
(エ) 平成24年当時、被控訴人会社から水道メーターの指示ユニット等の部品を購入していた前澤給装社が被控訴人会社に提出した、製品不具合に係るクレーム書面(甲38の1・2)に掲載されたマグネット歯車の写真では、明確に回転軸線方向にガタがあることが示されている。また、クレーム書面(甲38の2)の2枚目の比較表では、全ての製品に回転軸線方向にガタがあり、そのガタ量を比較したデ ータが添付されており、被控訴人会社の製品に回転軸線方向に間隙があったことは明らかである。
このことは、前澤給装社が被控訴人会社から提供を受けていたマグネット歯車に関する平成13年4月9日作成の図面(甲39の2)において、カシメされたリブ部分とマグネットとの間に一定の間隙が明示されていることからも明らかである。
(オ) 被控訴人会社からマグネット歯車のカシメ作業を請け負っていた立川プレス工業所のB社長は、平成12年4月7日から平成23年9月26日頃までの間、被控訴人会社の担当者から、マグネット熱カシメ後に、細い鉄棒をマグネットに近づけ、磁気を利用し、少しでも浮かして上下、左右のガタがあること、また、製品を振ってカチカチという音を聞いてガタがあることを確認するよう指示を受けていた旨述べている(甲40)。
(カ) 以上によると、Cの本件発明の経緯に関する説明は、事実と異なるもので、
被控訴人らはそのことを当然認識の上で、Cにそのような説明をさせたものと断言できる。
イ 前記Aについて (ア) 被控訴人会社が作成した図面(甲9の18)の作成時期は、平成3年10月7日とかなり古く(なお、証人Dは、上下左右に間隙のあるマグネット歯車が製品化されたのは平成3年又は平成4年である旨を述べていた。)、その時点からCが本件発明を思いついたとする平成22年頃までの約20年間にわたって間隙のない製品が作られていたと認定することはできない。
(イ) 前記のとおり、被控訴人会社作成の意見書(甲28の4)、A教授の報告書(甲37)、前澤給装社のクレーム書面(甲38の1・2)、被控訴人会社の図面(39の2)、B社長の陳述書(甲40)等において、回転軸線方向に間隙があることが明確に示されているにもかかわらず、作成経緯が不明であり、作成時期も古い前記図面(甲9の18)等を重視して、前訴に係る訴えの提訴時に被控訴人らがマグネット歯車のマグネット部分が上下方向には間隙がなく動かないと認識してい たなどと認定することはできない。
(ウ) 前訴控訴審判決でも、被控訴人会社において、本件各メーターを通常利用可能な技術を用いて分解し、分析することにより、マグネット歯車の構造を知り得る状況にあったものと認められる旨が判示されたところである。
ウ 前記Bについて そもそも左右に動くこと自体、上下に隙間があることの証左である。前訴控訴審判決も、被控訴人会社においてはカシメ後に鉄片を左右に振るとマグネット部材がそれに追従してガタつく程度のガタつきが生じることを確認し、熱カシメ後に回転軸線方向と直交する左右方向に間隙が生じるように作業工程を管理していたものと認められるところ、回転軸線方向の間隙が設けられていないマグネット歯車において、そのようなガタつきが生じるとは考え難いという旨判示している。
なお、作業標準(甲12の3)に記載された「鉄片(ピンセット等)を左右に振りガタつくことを確認する」という作業は、ピンセット等の鉄片をマグネット歯車に近づけて、マグネットの磁力でマグネット自身が鉄片に近寄ってガタガタと動くことを確認する作業であり(甲40)、マグネット部分をピンセットでつまんで動かすといった作業ではない。
エ 前記Cについて (ア) 平成22年10月8日付け図面(甲9の17・19)は、作業標準とは異なり、専ら樹脂部分に関する寸法のみ記載されたもので(下方の「機種(Model)」、
「コード(Code No)」、「型番(Model No)」が空欄のままで、どういう趣旨で作成された資料なのかも不明である。)、そこに間隙やガタつきについて記載がないからといって、それをもってマグネット歯車に間隙がなかったということにはなり得ない。
(イ) 前記のとおり、被控訴人会社作成の意見書(甲28の4)、A教授の報告書(甲37)、前澤給装社のクレーム書面(甲38の1・2)、被控訴人会社の図面(39の2)、B社長の陳述書(甲40)のほか、前訴に係る訴えの提起後に被控 訴人会社が行った実験で間隙がないマグネット歯車を一つも製造できなかったこと等は、熱カシメによってマグネットを固定するマグネット歯車においては回転軸線方向に間隙があることや、当該間隙のないマグネット歯車を作ることは困難であることを明確に示しており、原判決における証拠評価は偏ったものである。
オ 前記Dについて 特許登録された発明の中には、その後、新規性がないことが発覚して特許が無効となるものや取消しとなるものも少なくなく、特許登録されたからといって、必然的に被控訴人らが本件発明に新規性がないことを知らなかったということにはなり得ない。むしろ、前記の各種証拠からすると、被控訴人会社においては新規性がないことを知りながら特許出願したことが強く疑われるところである。
カ 前記Eについて (ア) 原審におけるCの証言のみを根拠とするものであるが、検討がされたことを示す裏付け資料もなく、被控訴人会社の従業員で前訴及び本件訴訟の担当者であるというCの立場からしても、その証言内容をそのまま認めることは困難である。
(イ) 前訴控訴審判決も述べているとおり、被控訴人会社においては、本件各メーターを通常利用可能な技術を用いて分解し、分析することにより、マグネット歯車の構造を知り得る状況にあったものと認められるのであって、他社製の現物を取り寄せ、これを分解して、弁理士を交えて検討すれば、他社製のマグネット歯車に間隙があることを容易に知り得たはずである。その意味でも、原判決の判断は説得力を欠くものである。
当裁判所の判断
1 当裁判所も、控訴人らの本訴請求はいずれも理由がないものと判断するが、
その理由は、後記2のとおり改め、後記3のとおり争点1についての当審における控訴人らの補充主張についての判断を加えるほかは、原判決の「事実及び理由」中の「第4 当裁判所の判断」(以下、単に「原判決の第4」という。)の1及び2に記載するとおりであるから、これを引用する。
2 引用に係る原判決の訂正 (1) 原判決18頁25行目の「前訴の提起及び追行」 「前訴に係る訴えの提起、
を訴訟追行等」に改める。
(2) 原判決19頁11行目の「9、12、14」を「7ないし14」に改める。
(3) 原判決23頁23行目の「されている」を「されており、図面上もマグネットと軸部(リブの折り返し部を含む。)との間にはいかなる方向にも隙間は設けられていない」に、同23頁25行目の「原告が」を「株式会社高畑工業が」に、同24頁5行目の「カシメ過ぎ」を「カシメ不足、カシメ過ぎ」に、同25頁6行目の「マグネットと熱カシメ部との間に回転軸線方向の」を「マグネットと軸部との間には、熱カシメ部との間を含め、いかなる方向にも」にそれぞれ改める。
(4) 原判決25頁9行目の「Cは、」を「C(昭和45年生まれ)は、大学院を卒業した翌月の」に、同頁12行目の「平成12年頃までの間」を「平成12年頃までの間に、水道メーターのカウンター表示部分の結露により正しく検針ができないという苦情に加え」に、同頁14行目の「苦情の対応するため、」を「苦情に対応するため、平成14年頃までに熱カシメ部分の形状変更をしたが、追従性能が悪いという意見があったことから、当該形状変更を前提としつつ」に、同頁22行目の「発見した。そこで、Cは」を「認識するに至り、それが新たな発見に当たると考えた。これを受けて、被控訴人会社は、Cを発明者として」に、同頁23行目の「証人C」を「乙1、原審における証人C」にそれぞれ改める。
(5) 原判決25頁25行目の「前訴の提起に先立ち」を「前訴に係る訴えの提起に先立ち、Cを担当者として」に改め、同26頁1行目末尾の次に改行して、次のとおり加える。
「(イ) 平成29年5月30日の訴え提起により開始された前訴で、被控訴人会社は、訴状等のほか、平成30年5月21日付け第6準備書面に至るまで6通の準備書面を提出して陳述し、控訴人らは、答弁書に加え、同月25日付け準備書面(6)に至るまで6通の準備書面を提出して陳述し、被控訴人会社の主張を争った。なお、
前訴で控訴人らが提出した答弁書及び準備書面(1)〜(6)の延べ頁数は、90頁を超えていた。(甲7の1〜8、甲10の1〜7)」 (6) 原判決26頁2行目の「(イ)」を「(ウ)」に、同行目の「争点」を「主たる争点」に、同頁8行目の「水道メーター」を「水道メーター(本件各メーター)」にそれぞれ改め、同頁18行目の「経年劣化によって、」の次に「控訴人ら(前訴被告ら)が前訴原告マグネット歯車における隙間と主張する0.08mm又は0.11mm程度の」を加え、同頁25行目の「減らす」を「減らすことができる」と改める。
(7) 原判決27頁6行目の「企図して」の次に「、従来のものから熱カシメ部分の形状を変更した上で」を加え、同頁7行目〜8行目の「本件発明をするに至り」を「本件発明に係る技術を認識するに至り」に、同27頁9行目の「前訴の提起及び追行」を「前訴に係る訴えの提起、訴訟追行等」に、同27頁11行目の「間隙がある」を「技術的観点から本件発明における間隙に相当する間隙がある」に、同27頁12行目の「請求項E」を「構成要件E」にそれぞれ改め、同27頁16行目末尾の次に「被控訴人会社の代表者において、Cとは別に、上記と異なる認識や解釈をしていたと認めるに足りる証拠もない。」を加え、同27頁24行目の「前記(2)エ(イ)」を「訂正して引用した原判決の第4の1(2)エ(ウ)のとおり、新規性欠如の抗弁に対し、」に、同28頁12行目の「ばらつきを織り込んだものとみる余地があり」「ばらつきという観点から記載されたものとみる余地もないではなく、
をまた、カシメの過不足といった回転軸線方向に間隙を設けるということとは異なる観点から専ら記載されたものとみる余地もあり」に、同28頁13行目の「間隙」を「回転軸線方向の間隙」に、同28頁16行目の「いえない。」を「いえない(なお、控訴人笛吹精工の代表者であるEの前訴における陳述書(甲12の13)には、
作業標準(甲12の3・10)におけるカシメ後の高さhの記載について、その上限値及び下限値はカシメリブ(折り返し部)が薄くなりすぎない一方でカシメ不足を防止するといった観点から設定されている旨が記載されている。)。」に、同2 8頁22行目及び26行目並びに同29頁3行目及び5行目の各「前訴の提起及び追行」をいずれも「前訴に係る訴えの提起、訴訟追行等」にそれぞれ改める。
3 争点1についての当審における控訴人らの補充主張について (1) 原審における証人Cの証言の信用性について ア 控訴人らは、原審における証人Cの証言に信用性がない旨を主張するが、同証言は、客観的な事実である本件特許出願に至る経緯を相応に合理的に説明するもので、原審における被控訴人Yの供述とも整合するものであって、 (甲5の3、
証拠乙15)と整合せず脱落クレームがあった時期やマグネット歯車のガタツキの技術的意義が認識された時期について内容の一貫性ないし明瞭性を欠く原審における証人Dの証言並びに証拠(甲5の3)と整合せずマグネット歯車のガタツキの技術的意義についての認識及びその第三者への開示の有無等に関して内容の一貫性を欠く原審における控訴人Toshin代表者Fの供述の当裁判所の認定に反する部分は信用できず、証人Cの証言の信用性は高いものというべきである(なお、控訴人らが証人Dの証言及びFの供述について具体的に指摘する証言部分及び供述部分は、
いずれも訴訟代理人からの誘導的な質問に対して「はい」などと簡潔に肯定の回答がされた箇所にすぎず、証拠としての価値に乏しいものである。)。
イ(ア) 証人Cの証言の信用性に関し、控訴人らは、平成16年8月31日に被控訴人会社が特許庁に提出した意見書(甲28の4)の記載からして、回転軸線方向にマグネットが動くという事実は同日時点で公開されていたと主張する。
しかし、証人Cが証言する本件発明及び本件特許出願に至る経緯は、概要、@平成12年頃までにマグネット歯車の脱落という苦情があった、Aそこで、軸部の角軸の周辺4か所で固定するという熱カシメの形状を平成14年頃までに変更して角軸の全周において固定する形状とした、Bそうしたところ、追従性能が悪いという意見があったことから追従性能の改善を目指したところ、マグネットを軸部の回転軸線方向に移動可能とするよう意図的に間隙を設けることにより追従性能が改善されることを見いだしたというものである。また、証人Cの証言からすると、証人C においては、Cマグネットが左右にガタガタ動くということと、上記のように軸部の回転軸線方向に意図的に間隙を設けることとは、技術的に異なる意義を有するものであると認識していたことがうかがわれるところである。
これに対し、控訴人らが指摘する前記意見書(甲28の4)は、平成16年8月31日に特許庁に提出されたものであって既に証人Cが追従性能の改善の検討を開始した後のものとみられる。また、同意見書が対象とする発明(甲28の1)は、
軸部の角軸の全周において固定するという形状のカシメに係るものではなく、マグネットの外側の3箇所をカシメにより固定するものである(甲28の1の段落【0007】及び【図4】参照。なお、訂正して引用した原判決の第4の1(2)イ(ウ)の本件DN図面(甲14)も、角軸の周辺4か所で熱カシメをする場合についてのものである。)。さらに、同意見書については、軸部の回転軸線方向に間隙があるとの明確な記載はなく、マグネットが、回転軸線方向でなく、左右(水平方向)にガタガタ動くという意味でのガタツキについて記載するものとみることも可能なものである。なお、上記発明に係る業務に証人Cが直接関与していたと認めるべき証拠もない。
以上の点を踏まえると、同意見書の記載は、証人Cの証言の信用性を左右するものとはいえない。
(イ) 控訴人らは、A教授の報告書(甲37)について主張するが、前記(ア)で指摘した証人Cの証言内容の概要に照らし、令和4年7月25日に作成された同報告書において軸部の回転軸線方向に客観的な間隙が生じることが確認されたことは、証人Cの証言に信用性がないことの根拠となる事情には当たらない。前訴に係る訴えの提起後、被控訴人会社において、客観的に間隙がないマグネット歯車を製造することができなかったという事情についても同様である。
(ウ) 控訴人らは、前澤給装社のクレーム書面(甲38の1・2)について主張するが、仮にそれら書面が控訴人らの主張するとおり平成23年10月5日及び平成24年10月22日に作成されたものであるとしても、既に証人Cにおいて追従性 能の改善の検討を開始して相当期間が経過しており本件特許出願の時点にも相応に近接した時期に係るものであることに加え、クレーム書面(甲38の2)は、「旧基準のマグネット歯車」と比較して「新JISのマグネット歯車」に大きな「ガタ量」があることを指摘してそれがマグネット歯車の回転に悪影響を及ぼしていると推測する旨のものとみられ、「旧基準のマグネット歯車」に意図的に回転軸線方向の間隙が設けられていたことまで指摘するものとは直ちに見難いこと等を考慮すると、上記クレーム書面はいずれも証人Cの証言の信用性を否定すべき根拠となるものではない。
また、控訴人らは、前澤給装社が提供を受けたという平成13年4月9日作成の図面(甲39の2)について主張するが、同図面の作成名義が「株式会社高畑工業」であること、同図面にその作成にCが関与したものとみられる記載がないこと、同図面には確かに軸部の回転軸線方向に間隙があるとみられる図が掲載されているが、
「熱カシメ後の球R部先端から、かしめリブ先端までの寸法h」については具体的な数値が注記されて図にも「h」の範囲が明記されている一方で上記間隙については何ら注記等がされていないことを踏まえると、同図面をもって、証人Cの証言の信用性を否定すべき根拠となるものとはいえないというべきである。
(エ) 控訴人らは、B社長の陳述書(甲40)について主張するが、B社長のもう一通の陳述書(甲25の1)も含め、反対尋問を経ていないものにとどまること、
記載内容をみても、「作業標準書に基づき作業管理をしていた」とされているところ、作業標準(甲12の3・10)には「左右のガタツキがあること」などと記載されているにとどまることなどに照らし、それら陳述書も証人Cの証言の信用性を左右するものとはいえない。
(2) 被控訴人会社の認識について ア 控訴人らは、原審で主張した点に加え、平成16年8月31日に特許庁に提出された被控訴人会社作成の意見書(甲28の4)、A教授の報告書(甲37)、
平成24年10月22日作成の前澤給装社のクレーム書面(甲38の1・2)、平 成13年4月9日作成の被控訴人会社の図面(甲39の2)、B社長の陳述書(甲40)のほか、前訴に係る訴えの提起後に被控訴人会社が行った実験で間隙がないマグネット歯車を一つも製造できなかったこと(甲9の15)、水道メーターは大量に東京都等自治体に納品されるなど市場に出回っており、これを解体して分析すれば、マグネット歯車においてマグネット部分が樹脂に固定的に装着されている訳ではなく、上下左右に間隙があることは容易に知り得るといえること等の諸事情からすると、被控訴人らが、本件発明に新規性がないことを知りながら、又はこれを容易に知り得たのにあえて前訴に係る訴えを提起したことは、明らかであると主張する。
イ(ア) しかし、上記のうち、被控訴人会社作成の意見書(甲28の4)、A教授の報告書(甲37)、前澤給装社のクレーム書面(甲38の1・2)、被控訴人会社の図面(甲39の2)及びB社長の陳述書(甲40)のほか、前訴に係る訴えの提起後に被控訴人会社において客観的に間隙がないマグネット歯車を製造できなかったことについては、前記(1)イのとおり、いずれも証人Cの証言の信用性を否定する根拠となるものではない。
(イ) そして、前記(1)イで指摘した諸点も考慮し、証人Cの証言等を踏まえると、
訂正して引用した原判決の第4の1(3)アのように、被控訴人会社において、前訴に係る訴えの提起及び訴訟追行等に当たり、被控訴人会社が本件特許出願以前に製造等していたマグネット歯車に技術的観点から本件発明における間隙に相当する間隙があると認識していなかったとしても不自然とはいえず、また、本件発明の構成要件Eについて技術的な意義を読み込む形で解釈していたとしても不自然ということはできないのであって、それにもかかわらず、前記(ア)の各証拠等があることをもって、被控訴人会社において本件発明が新規性を欠くことを認識していた、又は通常人であればこれを容易に知り得たということはできない。
(ウ) また、被控訴人会社の認識及び本件発明の構成要件Eの解釈に係る前記(イ)の事情を踏まえると、水道メーターを解体して分析すればマグネット歯車において 上下左右に間隙があることは容易に知り得たといえるという旨の控訴人らの主張についても、そのような状況にあったことから直ちに、被控訴人会社において本件発明が新規性を欠くことを認識していた、又は通常人であればこれを容易に知り得たというべき根拠となるものではない。
(エ) さらに、控訴人らの指摘する諸事情から、仮に、前訴に係る訴え提起、訴訟追行等に当たり、被控訴人会社において、被控訴人会社が本件特許出願以前に製造等していたマグネット歯車に間隙があるという客観的事実は認識していたことが推認されると解したとしても、被控訴人会社の本件発明の構成要件Eの解釈に係る前記(イ)の事情を踏まえると、当該認識があったことをもって、直ちに、被控訴人会社において、本件発明が新規性を欠くということまで認識していたということはできず、また、通常人であればこれを認識することができたと認めるにも足りない。
(3) その他の主張について ア 控訴人らは、マグネットと熱カシメ部が接する部分について「すき間無きこと」との注記などがある図面(甲9の18)の作成時期が平成3年であって古いと主張するが、同図面は、平成9年頃から平成12年頃以降に、マグネットをより強固に固定しようとして開発された甲9の17の図面の部品に変更されるまで(ただし、甲9の17は平成22年に作成されたもの)、東京都と水道各社が共同で開発した水道メーターのユニット内に組み込まれる部品図面の一つとして存在していたものであって(甲8の6、乙13、原審における証人C)、平成8年4月にいわゆる新卒で被控訴人会社に入社したCにおいて、従来品においてはマグネット歯車に少なくとも軸部の回転軸線方向に間隙はないと認識していたことを裏付ける一事情として同図面の存在を考慮することは、不合理なことではない。
イ 控訴人らは、平成22年10月8日付け図面(甲9の17・19)の記載内容から作成の趣旨が不明であるなどと主張するが、控訴人らの主張する内容は、それらの記載内容が証人Cの証言と矛盾しないとの事情を何ら左右するものではなく、
また、訂正して引用した原判決の第4の1(3)イの判断に影響するものではない。
ウ 控訴人らは、マグネットが左右(水平方向)に動くこと自体、上下に隙間があることの証左であると主張し、前訴控訴審判決の判断についても指摘するが、前記(1)イ(ア)で指摘した証人Cの証言の概要のとおり、Cは、マグネットが左右にガタガタ動くということと、軸部の回転軸方向に意図的に間隙を設けることとは、技術的に異なる意義を有するものであると認識していたことがうかがわれるものであって、軸部の回転軸線方向における客観的な隙間の有無は、証人Cの証言の信用性を左右する事情には当たらないというべきである。
そして、前記(2)イ(イ)〜(エ)で指摘した点に照らすと、そのような客観的な隙間の存在自体から、被控訴人会社において、本件発明が新規性を欠くということまで認識していたということはできず、また、通常人であればこれを認識することができたとも認められない。
エ 控訴人らは、新規性がないことが発覚して無効と判断される特許や取り消される特許も少なくないから、特許登録されたものであることは、被控訴人らにおいて本件発明に新規性がないことを知らなかったという理由とはならない旨を主張するが、これまで検討したとおり、その他の事情からしても、被控訴人会社において、
本件発明が新規性を欠くということまで認識していたということはできず、また、
通常人であればこれを認識することができたとも認められないものである上に、審査を経て特許登録がされたことから無効理由がないと特許出願人が信頼することには相応の合理性があるというべきであるから、控訴人らの上記主張も訂正して引用した原判決の第4の1(3)の判断に影響しない。なお、被控訴人会社が新規性のないことを知りながら本件特許出願をしたとみるべき事情は認められない。
オ 控訴人らのその余の主張も、既に述べた諸点に照らし、訂正して引用した原判決の第4の1(3)の判断を左右するものではない。
結論
よって、控訴人らの本訴請求をいずれも棄却した原判決は相当であり、本件控訴はいずれも理由がないから、これを棄却することとして、主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 本多知成
裁判官 中島朋宏
裁判官 勝又来未子