関連審決 |
異議2017-700464 無効2020-800043 |
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事件 |
令和
4年
(行ケ)
10019号
審決取消請求事件
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原告 中国金網工業株式会社 同訴訟代理人弁護士 小栗久典 永島太郎 同訴訟代理人弁理士 井上浩 被告株式会社ノブハラ 巌 同訴訟代理人弁護士 加藤幸江 角野佑子 同訴訟代理人弁理士 新田研太 木村豊 |
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裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2022/11/16 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
1 特許庁が無効2020−800043号事件について令和4年1月20日にした審決を取り消す。 2 訴訟費用は被告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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請求
主文1項と同旨 |
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事案の概要
本件は、特許無効審判請求に対する不成立審決の取消訴訟である。争点は、明確性要件違反の有無、サポート要件違反の有無、新規性の有無、進歩性の有無及び手続違背の有無である。 1 特許庁における手続の経緯等 被告は、名称を「多角形断面線材用ダイス」とする発明についての特許(特許第6031654号。以下「本件特許」という。)の特許権者である。 本件特許は、平成27年9月6日を出願日(以下「本件出願日」という。)(国内優先権主張・平成26年9月7日(以下「本件優先日」という。))とし、特願2015-175256号として出願され、平成28年11月4日に設定登録(請求項の数は16)がされた(甲28。以下、本件特許に係る設定登録時の明細書及び図面を「本件明細書」という。)。 原告は、平成29年5月12日、本件特許について特許異議の申立てをし、特許庁は、異議2017-700464号事件として審理した。 被告は、平成30年5月1日、本件特許の請求項1〜16について訂正請求をし、 同年6月8日、手続補正書(方式)によって同訂正請求を補正した(甲25、30。 以下、この補正後の訂正請求による訂正を「本件訂正」という。なお、本件訂正において、本件明細書の訂正はない。)。 特許庁は、平成31年1月30日、「特許第6031654号の特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり、訂正後の請求項〔1-6〕、〔7-12〕、〔13-16〕について訂正することを認める。特許第6031654号の請求項14ないし16に係る特許を取り消す。特許第6031654号の請求項1ないし12に係る特許を維持する。特許第6031654号の請求項13に係る特許についての特許異議の申立てを却下する。」との決定をし、同決定は、確定した(甲30。これにより、本件訂正により削除された本件特許の請求項13は、出願時から削除されたものとみなされ、請求項14ないし16に係る特許は、初めから存在しなかったものとみなされる。)。 原告は、令和2年4月21日、本件特許(請求項の数は12)について特許無効審判の請求をし、特許庁は、無効2020-800043号事件として審理した。 特許庁は、令和4年1月20日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし、その謄本は、同月31日、原告に送達された。 原告は、令和4年2月28日、本件審決の取消しを求めて、本件訴えを提起した。 2 本件訂正後の発明の要旨(甲25、28) 本件訂正後の特許請求の範囲(請求項1〜12)の記載は、次のとおりである(以下、各請求項に係る発明を請求項の番号に対応させて「本件発明1」などといい、本件発明1ないし12を併せて「本件各発明」という。また、本件発明1については、本件審決のとおり符号A〜Dを付し、以下、本件発明1の各発明特定事項を符号に対応させて「発明特定事項A」などという。)。 【請求項1】A 略円筒形形状をもつ引抜加工用ダイスを保持し前記引抜加工用ダイスの前記略円筒形形状の中心軸を中心として前記引抜加工用ダイスを回転させるダイスホルダーと、 B 内部に収納された潤滑剤が材料線材に塗布された後前記引抜加工用ダイスに前記材料線材が引き込まれるボックスと、を含む引抜加工機であって、 C 前記引抜加工用ダイスのベアリング部の開口部は略多角形の断面形状を有し、 D 前記開口部の断面形状は前記材料線材の引抜方向に沿って同じであることを特徴とする引抜加工機。 【請求項2】 請求項1記載の引抜加工機において、 加工開始時間からの経過時間に応じて、前記ダイスホルダーが前記ダイスを回転させることを特徴とする引抜加工機。 【請求項3】 請求項2記載の引抜加工機において、 更にドローイングマシンと、 前記ドローイングマシンの進行方向を規定するガイドレールと、を含み、 前記ドローイングマシンが前記ガイドレール上のいずれの位置に存在するかに応じて前記ダイスホルダーが前記ダイスを回転させることを特徴とする引抜加工機。 【請求項4】 請求項2記載の引抜加工機において、 更にドローイングマシンと、 前記ドローイングマシンの進行方向を規定するガイドレールと、を含み、 加工開始後に前記ドローイングマシンがガイドレール上のどれだけ進んだかに応じて前記ダイスホルダーが前記ダイスを回転させることを特徴とする引抜加工機。 【請求項5】 請求項1乃至4のいずれか1項記載の引抜加工機において、 前記略多角形は基礎となる多角形の少なくとも1の角を円弧でつないだものに置き換えたものであることを特徴とする引抜加工機。 【請求項6】 請求項1乃至4のいずれか1項記載の引抜加工機において、 前記略多角形は、基礎となる多角形のすべての角を曲線でつないだものに置き換えたものであることを特徴とする引抜加工機。 【請求項7】 略多角形のベアリング部開口部断面形状を持ち略円筒形形状をした引抜加工用ダイスと、 前記引抜加工用ダイスを保持するダイスホルダーと、 前記引抜加工用ダイスに引き込まれる線材に潤滑剤を塗布するボックスと、を含む引抜加工機であって、 前記ベアリング部開口部断面形状が前記線材の引抜方向に沿って同じであり、 前記ダイスホルダーは前記引抜加工用ダイスの前記略円筒形形状の中心軸を中心として前記引抜加工用ダイスを回転させ、 前記引抜加工用ダイスの回転によって溜まった潤滑剤の塊が前記引抜加工用ダイスと前記線材の間の空間から脱落することを特徴とする引抜加工機。 【請求項8】 略多角形のベアリング部開口部断面形状を持ち略円筒形形状をした引抜加工用ダイスと、 前記引抜加工用ダイスを保持するダイスホルダーと、 前記引抜加工用ダイスに引き込まれる材料線材に潤滑剤を塗布するボックスと、 を含む引抜加工機であって、 前記ベアリング部開口部断面形状が前記線材の引抜方向に沿って同じであり、 前記ダイスホルダーは前記引抜加工用ダイスの前記略円筒形形状の中心軸を中心として前記引抜加工用ダイスを回転させ、 前記引抜加工用ダイスの回転によって前記引抜加工用ダイスと前記線材の間の空間に溜まる潤滑剤の塊が一定以上の大きさになることを抑止することを特徴とする引抜加工機。 【請求項9】 請求項7又は8に記載の引抜加工機において、 前記引抜加工用ダイスと前記線材の間の空間は、前記引抜加工用ダイスのアプローチ部にできるものであることを特徴とする引抜加工機。 【請求項10】 請求項7又は8に記載の引抜加工機において、 前記引抜加工用ダイスと前記線材の間の空間は、前記引抜加工用ダイスのバックリリーフ部にできるものであることを特徴とする引抜加工機。 【請求項11】 請求項7又は8に記載の引抜加工機において、 更にドローイングマシンを含み、 前記ドローイングマシンが前記引抜加工用ダイスに引き込まれた線材を引き抜くことを特徴とする引抜加工機。 【請求項12】 請求項7又は8に記載の引抜加工機において、 更にドラムと、前記ドラムを回転させる電動機を含む線引き器を含み、 前記線引き器が前記引抜加工用ダイスに引き込まれた線材を引き抜くことを特徴とする引抜加工機。 3 本件審決の理由の要旨 本件審決の理由の要旨(無効理由1(訂正要件違反)及び無効理由2-2(明確性要件違反)に係る部分を除く。)は、次のとおりである。 (1) 無効理由2-1(サポート要件違反)について 原告は、本件各発明の発明特定事項について、ベアリング部の略多角形の開口部の断面形状が材料線材の引抜方向に沿って同じである旨の発明特定事項Dは、発明の詳細な説明に記載されたものではないし、その示唆もされていないと主張している。 しかしながら、発明特定事項Dは、本件明細書から理解できる事項であり、発明の詳細な説明に記載されたに等しい事項である。 よって、本件各発明は、発明の詳細な説明に記載されたものであるから、本件特許の特許請求の範囲の記載が、特許法36条6項1号に規定する要件を満たしていないとはいえない。 (2) 無効理由2-3(明確性要件違反)について 「前記引抜加工用ダイスのベアリング部の開口部は略多角形の断面形状を有し」(発明特定事項C)における「略多角形」が不明確であることによる本件各発明の明確性要件違反の無効理由について検討する。 ア 審判請求書における原告の主張について(ア) 原告の主張の内容 原告は、おおむね以下の主張をしている。 a 本件特許の請求項1、請求項7及び請求項8には、それぞれベアリング部の開口部の断面形状として「略多角形」なる語が用いられているところ、この「略多角形」については、本件明細書において、その定義が示されている。 また、「基礎となる多角形断面」の「角」にあたる部分を円弧、すなわち曲線、 で結ぶように置き換えることについての記載がある一方、円弧でなく、鈍角の集合として構成しても良いこと、円弧に限らず自由曲線で「角」を置き換えたものであっても問題はないことも記載されている。 b 一方、超硬合金ダイスにしてもダイヤモンドダイスにしても、コストを考慮すると、ダイスの開口部は、ワイヤーカット放電加工機によって加工されるのが一般的であるところ、多角形の開口部を有する異形ダイスの場合、その角部を厳密に直角に加工することはできず、丸みを帯びた状態で仕上がることになる。さらに、 引抜加工による摩耗も作用することによって徐々に丸みは大きくなるので、いずれの丸みの程度が「角」を丸めた形状に含まれ、発明特定事項Cの「略多角形」に含まれるのかが甚だ不明確である。 また、上記のとおり、本件明細書には、円弧に換えて自由曲線としてもよいことが記載されているが、どのような曲線が「角」に置き換えられると発明特定事項Cの「略多角形」に含まれるのかが甚だ不明である。 c さらに、角を鈍角の集合として構成しても良い旨の記載があるところ、これではそもそも多角形の定義自体が曖昧となっている。すなわち、本件明細書の図13において1つの「角」を「9つの鈍角」で構成すると、それはもはや四角形ではなく三十六角形であり、略多角形が如何なるものか不明確である。 (イ) 上記(ア)の主張に対する検討 a 「略多角形」の用語の意味 本件明細書の段落【0057】には、発明特定事項Cの「略多角形」の用語に関し、「本明細書では「四角形」の角を少なくとも1つ丸めた形状、すなわち1の「角」乃至すべての「角」を丸めたものも「略四角形」と呼ぶ。同様に、四角形を含む多角形の1の「角」乃至すべての「角」を丸めた形状を「略多角形」と称呼する。」と定義がされている。 また、段落【0054】〜【0055】には、上記「略多角形」の「多角形」について、「多角形の一種である四角形」が「断面形状が四角形断面の場合、各辺は直角に交わる」ことを例示して、このような多角形を「基礎となる多角形断面」と称呼するとし、本件各発明においては、「基礎となる多角形断面」の「角」にあたる部分を円弧、すなわち曲線、で結ぶように置き換えることで、段落【0056】、 【0059】記載のように、当該「角」に溜まっていた潤滑剤の塊が一カ所に固まりづらくなる、すなわち、潤滑剤がたまる「角」がなくなる結果として、円断面のダイスと同じような潤滑剤の挙動になり、潤滑剤の塊ができにくくなることが、記載されている。 さらに、段落【0076】〜【0077】には、「角度」を消すのに円弧の代わりに鈍角の集合として構成しても良いこと、あるいは円弧に限らず自由曲線で「角」を置き換えたものであっても問題はないこと、及び角の一又は二のみを丸めたものであっても使用に耐える場合があることが、記載されている。 以上から、「略多角形」は、「基礎となる多角形断面」の存在を前提とし、その全て、あるいは一又は二のみの「角」にあたる部分を、円弧、鈍角の集合、あるいは自由曲線で結ぶように置き換えるものであることが理解できる。 そうすると、「略多角形」の形状については、基礎となる多角形断面を形成する直線からなる辺と辺とがそのまま交わって「角」を形成する一般的な「多角形」とは異なるものであって、「基礎となる多角形断面」の全てあるいは一又は二のみの「角」にあたる部分を、円弧、鈍角の集合、あるいは自由曲線で結ぶように置き換えた形状であることが明確に把握できることから、「略多角形」の用語が明確でないとする理由は存在しない。 b 略多角形の角を丸める程度について 原告は、上記(ア)bにおいて、いずれの丸みの程度が「角」を丸めた形状に含まれるのか、すなわち発明特定事項Cの「略多角形」に含まれるのかが甚だ不明確である旨指摘をする。 上記aで検討したとおり、「略多角形」は、「基礎となる多角形断面」の全てあるいは一又は二のみの「角」にあたる部分を、円弧、鈍角の集合、あるいは自由曲線で結ぶように置き換えるものであることが明確に把握される。 ここで、「基礎となる多角形断面」は、角を丸める処理をする前のベアリング部の開口部の状態と解されるから、原告のいうワイヤーカット放電加工機により多角形状を形成すべく加工された状態は、「基礎となる多角形断面」と理解される。その一方で、本件各発明の「略多角形」は、この状態に対して、さらに、潤滑剤がたまる「角」がなくなるよう積極的な処理をした状態(例えば、少なくとも半径0.8mm程度の曲率(本件明細書の段落【0055】))のものと解されるから、ワイヤーカット放電加工機による加工のみにより角において不可避的に生じる丸みのみを有する状態(例えば、半径0.1〜0.2mm程度、あるいは0.3mm程度の曲率の円弧が生じるもの)で仕上がった多角形や、引抜加工による摩耗が作用することによって角の丸みが徐々に大きくなった多角形は含まれないことは明らかである。 よって、これらのワイヤーカット放電加工に伴う不可避的な丸みにより、本件各発明の略多角形に含まれる範囲が不明確になることはない。 c 原告は、また、上記(ア)bにおいて、「どのような曲線が「角」に置き換えられると発明特定事項Cの「略多角形」に含まれるのかが甚だ不明である。」との指摘をするが、上記aで説示するとおり、「略多角形」は、「基礎となる多角形断面」の存在を前提とし、その全て、あるいは一又は二のみの「角」にあたる部分を、 円弧、鈍角の集合、あるいは自由曲線で結ぶように置き換えるものであることを明確に理解でき、自由曲線には、円弧以外の曲線が含まれることは明らかであるから、 原告の当該主張は採用できない。 d 原告は、さらに、上記(ア)cにおいて、「多角形の定義自体が曖昧となっている」旨の指摘をするが、「略多角形」は、「基礎となる多角形断面」の存在を前提とし、その全て、あるいは一又は二のみの「角」にあたる部分を、円弧、鈍角の集合、あるいは自由曲線で結ぶように置き換えるものであるから、原告がいうように、本件明細書の図13において、1つの「角」を「9つの鈍角」で構成して三十六角形となったものは、「基礎となる多角形断面」が四角断面であることが明らかである以上、略四角形と認識するほかなく、「略三十六角形」と認識することはない。 したがって、原告の当該主張は採用できない。 イ 審判合議体の「略多角形」に係る暫定的な解釈に対する原告の主張について(ア) 審判合議体の暫定的な解釈の内容 審判合議体は、「略多角形」に対して以下のa及びbの暫定的な解釈を示した。 a 通常の解釈では、「略多角形」は、「略」と修飾されることで、幾何学的に定義される多角形(例:90°の4つの角を備えた正方形)(以下「前者の多角形」という。)、及び当該多角形に類似する多角形(例:90°の4つの角の少なくとも1つの隅部(コーナー部)に円弧又は円弧に近い形状が備わる正方形)(以下「後者の多角形」という。)の両方を意味すると解されるが、本件特許の場合は、 前者の多角形は排除されて後者の多角形のみを意味する。 b 隅部の円弧又は円弧に近い形状については、前者の多角形を製造する過程で不可避的に隅部に円弧が生じるもの(例:ワイヤーカット放電加工機による加工で不可避に生じる半径0.1〜0.2mm程度、あるいは0.3mm程度の曲率の円弧が生じるもの)は、前者の多角形に含まれることから、後者の多角形は、積極的に隅部を丸める処理をしたもの(例:少なくとも半径0.8mm程度の曲率のもの)である。 (イ) 暫定的な解釈に対する原告の主張 原告は、上記(ア)の暫定的解釈によっても、発明の技術的範囲を画定する重要な構成要素である「略多角形」の意味する内容や解釈によって本件各発明の内包が定まっておらず、その結果、本件各発明の外延も不明であるといわざるを得ないとして、以下のa〜cの主張をする。 a 暫定的な解釈のaにおいて、本件特許の場合は、前者の多角形は排除されて後者の多角形のみを意味するとした点 本件明細書の【0076】には、「上記では「角度」を消すのに円弧を使ったが、 鈍角の集合として構成してもよい。図13は、この鈍角の集合を表す図である。すなわち、一つの90度の角度で構成されている「角」を9つの鈍角で構成するようにすることで、一カ所に溜まらないようにすることも本発明の射程に含まれる。」と明示されており、幾何学的に定義される多角形も含むと考えるのが合理的であるから、幾何学的な多角形を排除するのであれば、請求項に「幾何学的に定義される多角形は含まれない」と明記して減縮すべきである。 b 暫定的な解釈のbにおいて、前者の多角形を製造する過程で不可避的に円弧が生じるものが前者の多角形に含まれるとした点 審判合議体は、不可避的な円弧の例として「半径0.1〜0.2mm程度、あるいは0.3mm程度の曲率の円弧」を挙げるが、ワイヤー電極の太さは引抜加工対象である材料線材の径や仕上げ寸法及び精度によっても一定ではないことから、多角形の製造過程で不可避的に生じる円弧かそうでないかは製造後のダイスの曲率半径に対して一義的に定まるものではない。したがって、前者の多角形を製造する過程で不可避的に円弧が生じるものが前者の多角形に含まれるとして後者の多角形から除かれるとしても、依然として不明確である。 さらに、審判合議体が前者の多角形に含まれるとする「不可避的に円弧が生じるもの」について、ダイスは引抜加工に供されることで隅部の角は摩耗によって不可避的に円弧が生じるが、このようにして生じた不可避的な円弧についても前者の多角形に含まれるか否かも不明確である。 c 暫定的な解釈のbにおいて、後者の多角形の積極的に隅部を丸める処理をしたものの例として「少なくとも」「半径0.8mm」程度の曲率のものとした点 この半径0.8mmという曲率半径は、本件明細書の段落【0055】における1辺が4mmの四角形断面の棒材における具体例であるが、本件各発明における線材に付着する潤滑剤の量は、ダイスのベアリング部開口部の角の円弧の曲率半径のみに依存するのではなく、多角形の1辺の長さにも依存する量である。また、「半径0.8mm」の前に「少なくとも」と付する意義も不明確である。 さらに、特に細線の引抜加工用のダイスの場合、四角形断面の1辺が小さくなり、 円弧の曲率半径も小さくなると、積極的に隅部を丸める処理を行うことで形成された円弧と多角形を製造する過程で不可避的に隅部に生じた円弧の区別がつかなくなることから、そもそも略多角形と画定する意味が不明確である。 (ウ) 上記(イ)の主張に対する検討 a 上記(イ)aの主張について 「略多角形」は、「基礎となる多角形断面」の存在を前提とし、その全て、あるいは一又は二のみの「角」にあたる部分を、円弧、鈍角の集合、あるいは自由曲線で結ぶように置き換えるものである(上記ア(イ)b)から、基礎となる多角形そのものが、「略多角形」に含まれないことは明らかである。 したがって、原告の当該主張は採用できない。 b 上記(イ)bの主張について 上記aに示すとおり、基礎となる多角形そのものが「略多角形」に含まれないのであるから、基礎となる多角形を製造する過程で不可避的に円弧が生じるとしても、 その形状は、基礎となる多角形そのものと認識するほかなく、「略多角形」に含まれないことは明らかである。 また、「略多角形」の角を丸める程度については、上記ア(イ)bに説示するとおりである。 したがって、原告の当該主張は採用できない。 c 上記(イ)cの主張について 「半径0.8mm」程度の曲率については、上記暫定的な解釈の理解の助けのために、丸みの曲率半径の数値を例示したものであり、必ずしも「略多角形」を限定して解釈するものではないが、本件明細書の段落【0055】の記載を参酌すれば、 半径0.8mm程度の曲率の円弧では、潤滑剤の塊が一カ所に固まりづらくなることが記載されている。そして、円弧の半径が0.8mmよりも大きくなれば、ダイスの断面が円断面に近づくことになるから、潤滑剤の塊が一カ所に固まりづらくなることは当然である。 したがって、原告の当該主張は採用できない。 ウ 被告の主張に対する原告の主張について (ア) 原告の主張の概要 a 被告は、本件発明1におけるベアリング部の開口部の断面形状の略多角形について、発明特定事項Cの「略多角形」は、積極的にダイス開口部の角を丸める処理を施したものであることは当業者であれば容易に認識できる旨を、続けて、ワイヤー電極による加工時に不可避的に生じるダイス開口部の角の丸みの曲率半径の多くは0.1mmにも満たないこと、本件各発明の略多角形の角の丸みについては、 曲率半径が0.8mm程度であるとして曲率半径が大きく異なると主張するが、上記イ(イ)bで述べたとおり、ワイヤー電極の太さは引抜加工対象である材料線材の径や仕上げ寸法及び精度によっても一定ではないことから、多角形の製造過程で不可避的に生じる円弧かそうでないかは製造後のダイスの曲率半径に対して一義的に定まるものではない。 したがって、前者の多角形を製造する過程で不可避的に円弧が生じるものが前者に含まれるとして後者の多角形から除かれるとしても、依然として不明確である。 b 甲3(特開2013-4399号公報)の段落【0049】には平角孔32aの角部の半径Rとして0.3mmが開示され、甲17(株式会社三和ダイヤモンド工業所作成の平成19年9月11日付け図面)では四角ダイスの角のRが0.3mmとして示され、甲16(同社作成の平成13年8月10日付け図面)では六角ダイスの角のRが0.25mmであることが示され、いずれも本件明細書において示された角部の丸みの曲率半径である0.8mmより小さいが、これらは不可避的に生じる角の丸みではなく、図面に指示されるとおり積極的にダイスの角を丸める処理を施したものであり、これらが加工時に不可避的に生じた丸みであるとはいえないものである。 被告は、ダイス開口部の角を積極的に丸める処理を施すことで表現される形状と加工時に不可避的にダイスの開口部の角に丸みが生じることでできる形状とは全く異なるものであると主張するが、必ずしも角の丸みの曲率半径だけで前者と後者の形状を全く異なるものであると認識することはできず、角の丸みの曲率半径だけで本件各発明の略多角形の角の丸みは画定できるものではない。 なお、不可避的に生じる円弧が除かれるとした場合、引抜加工に供されることで隅部の角に摩耗によって生じた円弧について除かれるのか否かも不明確である。 したがって、被告の主張は失当である。 (イ) 上記(ア)の主張に対する検討 a 原告が上記(ア)aで主張する点は、上記イ(イ)bで主張する点と同じ内容であり、上記イ(ウ)bで説示するとおり、当該主張は採用できない。 b 原告は、上記(ア)bにおいて、曲率半径が0.8mmより小さいものであっても、積極的にダイスの角を丸める処理を施したものが存在することを根拠に、角の丸みの曲率半径だけで本件各発明の略多角形の角の丸みは画定できないと主張している。 上記イ(ウ)cで説示するとおり、「半径0.8mm」程度の曲率については、丸みの曲率半径の数値を例示したものであり、必ずしも「略多角形」を限定して解釈するものではないが、本件明細書の段落【0055】の記載に基づき理解できる一応の目安となる数値であるところ(これについては、被告も認めている。)、原告のいう甲号証を参照しても、不可避的にダイスの開口部の角に丸みが生じる場合に、 曲率半径が例示された数値である0.8mmを超えることが示されているわけではないから、原告の当該主張は採用できない。 エ 発明特定事項の不足に係る主張について(ア) 原告の主張の概要 本件明細書の段落【0059】に記載された発明特定事項Cによる作用効果は、 表面張力に関するヤングの理論や毛管現象の理論から容易に予想し得るもので、内容も顕著といえるようなものでもない。 また、ダイスの加工時には不可避的にダイス開口部の角に丸みが生じることから、 多角形ダイスのベアリング部の開口部の断面形状は本来常に略多角形であり、発明特定事項Cを備えている。 したがって、本件各発明における引抜加工用ダイスのベアリング部の開口部が略多角形の断面形状であることによる作用効果は、その大小はあれども従来既に発揮されていた可能性が高い。 そして、ダイスのベアリング部開口部の角に溜まる潤滑剤の量は、ダイスのベアリング部開口部の角の円弧の曲率半径のみに依存するのではなく、ダイスのベアリング部開口部の周面の長さにも依存するし、正多角形の場合、その角の数が増えると開口部の断面の単位周面長さ当たりの角の数が増え、その内角が増えることで、 潤滑剤の塊ができ難くなると考えられ、角の数あるいは内角の角度の大きさに依存するともいえる。 このように、ベアリング部開口部の角に潤滑剤が溜まることを防止して塊の発生を防止するためには、角を丸めるための曲率半径の他、多角形の1辺の長さや角の数あるいは内角の大きさ等の量が関わることが技術常識であるから、単に「略多角形」では技術的意味が理解できず、円弧の曲率半径やベアリング部開口部の多角形の辺の長さ及び角の数、内角の大きさとの関係が不足している。 さらに、本件明細書には、段落【0055】に角の丸みの曲率半径は0.8mm程度として、曲率半径と四角形断面の場合の1辺の長さに関する一例が開示されるのみであり、三角形、五角形、六角形や八角形あるいはそれ以上の多角形における例や理論式、経験式等が全く開示されていない。 発明特定事項Cによる作用効果は、理論的にも経験的事実からも容易に予想される効果であり、異質でもなければ同質で顕著な効果でもなく、加工時に不可避的に角に丸みが形成された場合にも既に発揮されていた作用効果ともいえ、単に「略多角形」と画定されているのみでは、当業者は、明細書、図面及び出願時(優先日)の技術常識を考慮しても本件各発明の構成を始め作用効果も明確に把握することができない。 (イ) 上記(ア)の主張に対する検討 原告は、本件各発明の作用効果が、容易に予想される効果であり、異質でもなければ同質で顕著な効果でもなく、加工時に不可避的に角に丸みが形成された場合にも既に発揮されていた作用効果である旨を主張しているが、仮に、そうであるとしても、発明の構成が明確であるか否かを判断するにあたり、作用効果の有無を考慮する余地はないから、原告の当該主張は失当である。 また、原告は、単に「略多角形」では技術的意味が理解できない旨を主張するが、 特許法の趣旨等を総合すると、特許法36条6項2号を解釈するにあたって、特許請求の範囲の記載に、発明に係る機能、特性、解決課題ないし作用効果との関係での技術的意味が示されていることを求めることは許されないと解される(知財高裁平成21年(行ケ)第10434号)から、原告の当該主張は失当である。 さらに、原告は、円弧の曲率半径やベアリング部開口部の多角形の辺の長さ及び角の数、内角の大きさとの関係が不足しているなどと主張するところ、仮にそうであれば、特許法36条6項1号の適合性の問題となるが、原告は、審判請求書において、発明特定事項Cについて特許法36条6項1号の理由を記載していないから、 原告の当該主張は採用できない。 オ 令和3年5月31日付け上申書における原告の主張について 原告は、審判合議体の暫定的な「略多角形」の解釈に対して、例を多用することによって本件明細書の発明の詳細な説明(段落【0055】等)中に記載された実施例に限定するものであり、特許請求の範囲に記載されていない事項を特許請求の範囲に記載されているものと解釈しており、特許法70条2項の立法趣旨を逸脱するものである旨を主張している。 これに対して、審判合議体の暫定的な「略多角形」の用語の解釈において、隅部の円弧の曲率半径を例示したことは、上記イ(ウ)cでも説示したとおり、「略多角形」を限定して解釈するものではないし、特許法70条2項は、同法123条1項において、無効審判を請求する理由として規定されていないから、原告の当該主張は失当である。 カ 令和3年7月7日付け上申書における原告の主張について (ア) 原告の主張の概要 「略多角形」の解釈に関し、原告は、以下の主張をしている。 a 小さな寸法の円弧であっても不可避的に生じる寸法とは限らず、ダイスの用途に応じて管理の下で選定される寸法も存在しており、多角形の製造過程で不可避的に生じる円弧か意図的に付した円弧かは製造後のダイスの曲率半径に対して一義的に定まるものではないこと。 b 審判合議体が示した「略多角形」の暫定的な解釈で「(例:少なくとも半径0.8mm程度の曲率のもの)」としたことが、本件各発明を実施例に限定しようとするもので妥当でないこと。 c 本件各発明の「略多角形」における「角の丸みの曲率半径が大きい」という判断の根拠は数値自体を基になされるべきところ、本件明細書には、角の半径が0.8mmの実施例が開示されるのみであり、0.8mmより小さい半径の根拠がないこと。 (イ) 原告の主張に対する検討 a 上記(ア)aの主張は、上記ウ(ア)bの主張と同じ内容であるから、上記ウ(イ)bで説示するとおり、当該主張は採用できない。 b 上記(ア)bの主張は、上記オの主張と同じ内容であり、上記オで説示するとおり、当該主張は失当である。 c 上記(ア)cの主張は、上記エ(ア)の主張と同じ内容であり、上記エ(イ)で説示するとおり、当該主張は採用できない。 キ 上記ア〜カより、本件各発明の発明特定事項Cにおける「略多角形」の記載は明確であるから、本件特許の特許請求の範囲の記載が特許法36条6項2号に規定する要件を満たしていないとはいえない。 (3) 無効理由3(本件発明1及び2の新規性欠如(甲1(株式会社α(以下「α」という。)代表取締役β(以下「β」という。)作成の平成31年4月23日付け陳述書)に記載された発明を特許法29条1項1号又は同項2号の発明とするもの))について 甲1のみからは、甲34及び甲35の内容を考慮しても、本件発明1及び2が公然知られ、あるいは、公然実施されていたと認めることはできない。その理由は、 以下のとおりである。 ア 甲1においては、引抜加工機のダイスの開口部の正面形状の角部にRが付いていることについては説明されているものの、当該説明を裏付けるに足るその他の事実、例えば、ダイスの全体の構成(外径や厚み、材質)、ダイスの製造者名、どのような経緯で角部にRの付いたツイストバーを製造するに至ったのか、ツイストバーの製品名や製品番号、引抜加工機の製品名や製造者名、ダイスを保持して回転させるダイスボックスの具体的構造、潤滑剤収納用ボックスの具体的構造等の具体的事実は明らかとなっていないため、甲1の説明のみでは、βのいう引抜加工機において、発明特定事項Cに相当する構成のダイスを備えていた事実を認めることはできない。 イ 原告は、αで工場見学者を受け入れている旨を説明しているが、当該説明を裏付けるに足るその他の事実、例えば工場見学の日時や見学者の氏名等の具体的事実が不明であることから、βのいう引抜加工機やダイスが、不特定の者に知られ得る状態であったという事実についても認めることができない。 ウ さらに、原告は、甲35(平成20年5月1日から令和3年5月31日までを出力期間とするダイスメーカの売掛台帳の写し)を提出するが、当該売掛台帳の作成日は、本件出願日の後の令和3年5月18日であるから、当該売掛台帳に平成20年の売上げが記載されているとしても、その記載のみでは、平成20年の売上げの事実を認めることはできない。 エ また、甲35を詳細に見ると、「商品コード」が「041107」で一致するにもかかわらず、「サイズ」が「5.2」、「6.0」、「8.0」、「8.0R0.4」、「4.9」と5種類あり、また、サイズが同じ「6.0」であっても、 「金額」については、平成20年11月19日では37500円、平成21年1月28日では40200円、平成27年12月2日では37700円として計上されており、「商品コード」「サイズ」「金額」の関係を理解できないから、当該記載のみでは、具体的にどのような製品が販売されているのか理解できない。 オ そして、原告は、甲34(αがダイスメーカから令和元年4月12日16:00頃にFAXで受信した「ダイス仕様書」の写し)を提出するが、甲34には、 隅部を丸めた四角形の図形とその横幅及びRの寸法、「対角指定品」の文字、及び「計4―@〜C」の通番が記載されているのみで、作成日が不明である上に、製品名も不明であるから、甲1のβの説明に係るダイスとの関係や、甲35の売掛台帳の写しに記載された平成20年に売り上げた製品との関係が不明である。 また、一般に、仕様書は、発注者(購入者)が製造者に対して、製造を求める製品の品質、成分、性能、精度等を記載して提示する書類をいうものと解されるところ、ダイスの製造メーカが、ダイスの購入者であるαに対してダイス仕様書を提示している点に疑義がある上に、甲34には、ダイスの開口部の正面形状しか記載されておらず、ダイスの全体の構成(外径や厚み、材質)が全く記載されていない点にも疑義がある。 カ また、βが代表取締役社長を務めるαと当事者との関係(利害関係の存否等)も明らかではないため、βが本件の無効審判請求事件においてどのような立場で書面の説明をしているのか不明である。 キ 上記ア〜カを踏まえると、βのいう引抜加工機において、発明特定事項Cに相当する構成のダイスを備えていた事実や、βのいう引抜加工機及びダイスが、不特定の者に知られ得る状態であったという事実を認めることはできないから、本件発明1が本件優先日前に公然知られていたと認めることはできないし、公然実施されていたと認めることもできない。 また、本件発明2は、本件発明1を引用し、本件発明1の発明特定事項を全て備えるから、本件発明2が本件優先日前に公然知られていたと認めることはできないし、公然実施されていたと認めることもできない。 (4) 無効理由4-1(本件各発明の進歩性欠如(甲1に記載された発明を引用発明とするもの))について 無効理由4-1は、甲1の書面で説明される発明が、公然知られた発明又は公然実施された発明であることを前提として、本件発明1は甲1の書面で説明される発明に基づいて容易に発明をすることができたものであるというものであるが、上記(3)に示すとおり、甲1の書面でβのいう引抜加工機において、発明特定事項Cに相当する構成のダイスを備えていた事実や、βのいう引抜加工機が公然知られていたとも、公然実施されていたとも認めることができないから、無効理由4-1は、 その前提を欠く。 (5) 無効理由4-2(本件各発明の進歩性欠如(甲2(特公昭32-3856号公報)に記載された発明を引用発明とするもの))について ア 本件発明1について (ア) 甲2に記載された発明の認定 甲2には、次の発明(以下「甲2発明A」という。)が記載されている。 (甲2発明A) 略円筒形形状をもつ型9を保持し前記型9の前記略円筒形形状の中心軸を中心として前記型9を廻転し得る支持材5と、 内部に収納された石鹸が線に塗布された後前記型9に前記線が引き込まれる石鹸箱8と、を含む冷間引抜方法を実施する装置であって、 前記型9の通路の断面が隅に円味を附する多角形であり、前記通路の断面形状が線の長手方向に沿って向き及び面積が異なっている冷間引抜方法を実施する装置。 (イ) 本件発明1と甲2発明Aとの対比 本件発明1と甲2発明Aとは、次の一致点で一致し、相違点aで相違する。 (一致点) 略円筒形形状をもつ引抜加工用ダイスを保持し前記引抜加工用ダイスの前記略円筒形形状の中心軸を中心として前記引抜加工用ダイスを回転させるダイスホルダーと、 内部に収納された潤滑剤が材料線材に塗布された後前記引抜加工用ダイスに前記材料線材が引き込まれるボックスと、を含む引抜加工機であって、 前記引抜加工用ダイスの開口部は略多角形の断面形状を有する引抜加工機。 (相違点a) 略多角形の断面形状を有しているものが、本件発明1の引抜加工用ダイスでは、 「前記開口部の断面形状は前記材料線材の引抜方向に沿って同じである」「ベアリング部」であるのに対し、甲2発明Aの型9では、断面形状が線の長手方向に沿って向き及び面積が異なっている通路であり、つまり、通路の断面積が最小になる点22(甲2の第3図)には線の長手方向に幅がないため、本件発明1の「開口部の断面形状は材料線材の引抜方向に沿って同じである」「ベアリング部」に相当する部分を有していない点。 (ウ) 相違点の検討 a 相違点aについて検討すると、甲2発明Aの引抜加工機は、従来から、積極的に型を回転させて線を捩る方法が提案されていたが実用にはならなかったことに対して、非円形断面の螺状線を、単一動作で極めて容易に形成することを課題として、型内の線を引くことに機械的に連動して型が回転するよう、型内の線の通路をその断面形状が線の長手方向に沿って向きが異なっている螺状にしたものであることが認められる。 b ここで、引抜加工用ダイスのベアリング部の開口部の断面形状が、「材料線材の引抜方向に沿って同じであること」という周知技術(甲6(登録実用新案第3079456号公報)、甲7(特開2012-187594号公報)、甲8(特開平6-218425号公報)、甲9(特開平7-195115号公報)、甲10(特開2009-142888号公報)、甲11(特開2009-220146号公報)、甲12(株式会社三和ダイヤモンド工業所作成の令和元年6月24日付け陳述書)、甲13(同社作成の平成24年5月14日付け図面)、甲14(同社宛ての平成24年5月29日付け注文書等)、甲15(同社作成の平成22年3月30日付け図面)、甲16、甲19(同社作成の平成12年5月16日付け図面)、 甲20(同社作成の平成11年6月29日付け図面)、甲21(同社作成の平成13年2月13日付け図面)。以下「本件周知技術」という。)が存在するとしても、 仮に、甲2発明Aの「略多角形の断面形状を有している」「開口部の断面形状」に対して、本件周知技術を適用し、「ベアリング部」の「開口部の断面形状」を「材料線材の引抜方向に沿って同じ」にすれば、型内の線の通路を螺状にしたのとは異なり、型内の線を引いても、型はこれに連動して回転することはなくなってしまい、 単一動作で螺状線を得ることができず、甲2発明Aの非円形断面の螺状線を、単一動作で得るという課題(上記a)に反することになるから、甲2発明Aに対する本件周知技術の適用には阻害要因があるというべきであり、甲2発明Aに本件周知技術を適用し、相違点aに係る本件発明1の構成とする動機が存在するとはいえない。 c したがって、相違点aに係る本件発明1の構成については、甲2発明A、及び本件周知技術から、当業者が容易に想到することができたものとはいえず、また、 他の各甲号証をみても、相違点aによる本件発明1の進歩性を否定する根拠を見いだすことができないから、本件発明1は、当業者が容易に発明をすることができたものではない。 イ 本件発明2〜6について 本件発明2〜6は、本件発明1を直接又は間接的に引用しており、本件発明1の特定事項を全て含み、さらに構成を限定するものであるから、本件発明1と同様に、 甲2発明Aに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。 ウ 本件発明7について(ア) 甲2に記載された発明の認定 甲2には、次の発明(以下「甲2発明B」という。)が記載されている。 (甲2発明B) 隅に円味を附する多角形の通路断面形状を持ち略円筒形形状をした型9と、 前記型9を保持する支持材5と、 前記型9に引き込まれる線に石鹸を塗布する石鹸箱8と、を含む冷間引抜方法を実施する装置であって、 前記型9の通路の断面形状が線の長手方向に沿って向き及び面積が異なっており、 前記支持材5は前記型9の前記略円筒形形状の中心軸を中心として前記型9を廻転させ得るものであり、 前記型9の通路は型9の外方に向けて拡径されている冷間引抜方法を実施する装置。 (イ) 本件発明7と甲2発明Bとの対比 本件発明7と甲2発明Bとは、次の一致点で一致し、相違点b及びcで相違する。 (一致点) 略多角形の開口部断面形状を持ち略円筒形形状をした引抜加工用ダイスと、 前記引抜加工用ダイスを保持するダイスホルダーと、 前記引抜加工用ダイスに引き込まれる線材に潤滑剤を塗布するボックスと、を含む引抜加工機であって、 前記ダイスホルダーは前記引抜加工用ダイスの前記略円筒形形状の中心軸を中心として前記引抜加工用ダイスを回転させ、 前記引抜加工用ダイスと前記線材の間の空間を有する引抜加工機。 (相違点b) 略多角形の断面形状を有しているものが、本件発明7の引抜加工用ダイスでは、 「開口部断面形状が前記線材の引抜方向に沿って同じであ」る「ベアリング部」であるのに対し、甲2発明Bの型9では、断面形状が線の長手方向に沿って向き及び面積が異なっている通路であり、つまり、通路の断面積が最小になる点22(甲2の第3図)には線の長手方向に幅がないため、本件発明7の「開口部断面形状が前記線材の引抜方向に沿って同じであ」る「ベアリング部」に相当する部分を有していない点。 (相違点c) 本件発明7が、「前記引抜加工用ダイスの回転によって溜まった潤滑剤の塊が前記引抜加工用ダイスと前記線材の間の空間から脱落する」ものであるのに対し、甲2発明Bは空間を有していることは認められるが、潤滑剤の塊が脱落することについては不明である点。 (ウ) 相違点の検討 相違点bについて検討すると、相違点bと上記ア(イ)の相違点aは、相違点bの「線材」が相違点aでは「材料線材」となっているのみで、実質的な差異はないから、相違点bにおいても、相違点aと同様に、甲2発明Bに本件周知技術を適用することには阻害要因があり、甲2発明Bに本件周知技術を適用し、相違点bに係る本件発明7の構成とする動機が存在しない。そうすると、相違点bに係る本件発明7の構成については、甲2発明B、及び本件周知技術から、当業者が容易に想到することができたものとはいえず、また、他の各甲号証をみても、相違点bによる本件発明7の進歩性を否定する根拠を見いだすことができない。 したがって、相違点cについて検討するまでもなく、本件発明7は、当業者が容易に発明をすることができたものではない。 エ 本件発明8について (ア) 本件発明8と甲2発明Bとの対比 本件発明8と甲2発明Bとは、次の一致点で一致し、相違点b及びdで相違する。 (一致点) 略多角形の開口部断面形状を持ち略円筒形形状をした引抜加工用ダイスと、 前記引抜加工用ダイスを保持するダイスホルダーと、 前記引抜加工用ダイスに引き込まれる材料線材に潤滑剤を塗布するボックスと、 を含む引抜加工機であって、 前記ダイスホルダーは前記引抜加工用ダイスの前記略円筒形形状の中心軸を中心として前記引抜加工用ダイスを回転させ、 前記引抜加工用ダイスと前記線材の間の空間を有する引抜加工機。 (相違点b) 略多角形の断面形状を有しているものが、本件発明8の引抜加工用ダイスでは、 「開口部断面形状が前記線材の引抜方向に沿って同じであ」る「ベアリング部」であるのに対し、甲2発明Bの型9では、断面形状が線の長手方向に沿って向き及び面積が異なっている通路であり、つまり、通路の断面積が最小になる点22(甲2の第3図)には線の長手方向に幅がないため、本件発明8の「開口部断面形状が前記線材の引抜方向に沿って同じであ」る「ベアリング部」に相当する部分を有していない点。 (相違点d) 本件発明8が、「前記引抜加工用ダイスの回転によって前記引抜加工用ダイスと前記線材の間の空間に溜まる潤滑剤の塊が一定以上の大きさになることを抑止する」ものであるのに対し、甲2発明Bは空間を有していることは認められるが、潤滑剤の塊が一定以上の大きさになることを抑止することについては不明である点。 (イ) 相違点の検討 相違点bから検討すると、当該相違点bは、本件発明7における相違点bと同じ内容であるから、上記ウ(ウ)で検討したとおり、甲2発明B、及び本件周知技術から、当業者が容易に想到することができたものとはいえない。 したがって、他の相違点dについて検討するまでもなく、本件発明8は、当業者が容易に発明をすることができたものではない。 オ 本件発明9〜12について 本件発明9〜12は、本件発明7又は8を直接又は間接的に引用しており、本件発明7又は8の特定事項を全て含み、さらに構成を限定するものであるから、本件発明7又は8と同様に、当業者が容易に発明をすることができたものではない。 |
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原告主張の審決取消事由
1 取消事由1(明確性要件についての判断の誤り・無効理由2-3関係)について 本件審決は、発明特定事項Cにおける「略多角形」との記載が明確であると判断したが、以下のとおり、本件審決の判断は誤りである。 (1) 「基礎となる多角形断面」と「略多角形」との区別について 本件明細書の記載(段落【0058】)によると、「基礎となる多角形断面」には、ダイスの製造に一般に用いられるワイヤー放電加工によって形成されたベアリング部の開口部が六角形や十二角形のような場合が含まれる。そして、本件明細書の記載(段落【0054】〜【0057】)によると、「基礎となる多角形断面」の形状を前提に、当該形状に変更を加えることで「略多角形」となることから、 「基礎となる多角形断面」と「略多角形」は、本来、別の概念であり、区別が可能なものでなければならない。 しかしながら、本件明細書の記載(段落【0076】、図13)によると、「略多角形」には、「基礎となる多角形断面」の角を鈍角の集合として構成したものが含まれ、例えば、「基礎となる多角形断面」が六角形で、この六角形の角を通常のワイヤー放電加工によって鈍角の集合として構成し十二角形としたものは、「略多角形」(略六角形)に該当するところ、このような「略多角形」(略六角形)は、 最初からダイスのベアリング部の開口部を十二角形としたものと何ら違いはなく、 「基礎となる多角形断面」(十二角形)にも該当することになる。 したがって、当業者は、通常のワイヤー放電加工によって形成されたダイスのベアリング部の開口部の形状(「基礎となる多角形断面」)と「略多角形」の形状とを区別することができず、どのような処理を行えばダイスのベアリング部の開口部の形状が「基礎となる多角形断面」から「略多角形」となるのか本件明細書の記載から理解することができないから、発明特定事項Cにおける「略多角形」との記載は、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確である。 (2) 「略多角形」の角部の形状について ダイスのベアリング部の開口部は、ワイヤー放電加工により形成される(甲31)。そして、ダイスの加工においては、0.2〜0.3mm程度の放電ワイヤーを用いることが通常であるため、実際の加工においては、開口部の角部に、最小でも曲率半径0.2〜0.3mm程度の円弧が生じることになる(甲31、36、37)。 他方、本件明細書には、「基礎となる多角形断面」の角に当たる部分をどの程度丸めると「略多角形」に該当するのかについては、何らの判断基準も示されておらず、段落【0055】の記載をみても、「基礎となる多角形断面」の角を丸めて「略多角形」とする場合のパラメータが何であり、当該パラメータの下限値が幾つとなるのかは明確でない(なお、本件審決は、段落【0055】の記載を根拠に、 「0.8mm」という曲率半径の特定の値のみを恣意的に取り出した上、これを本件各発明の構成要件として読み込むことにより、「略多角形」に含まれる形状の範囲が不明確になることはないと判断したが、このような読み込みは、本来であれば特許請求の範囲の記載の訂正により行われなければならない不明瞭な記載の明確化を解釈により行うものであり、不適切な限定解釈である。)。 また、本件各発明の技術的意義がダイスのベアリング部の開口部の断面形状を「略多角形」とすることで、潤滑剤がたまる角がなくなるという点にあることからすると、当該断面形状が「略多角形」に該当するか否かの判断に当たっては、曲率半径の値のみに着目するのは間違いであり、1辺の長さに対する曲率半径の値をみる必要がある。本件明細書の段落【0055】に記載された実施例では、1辺4mmの四角形断面のベアリング部の開口部において、その角を曲率半径0.8mmの円弧としたものが挙げられているところ、これは、開口部の断面が1辺1.5mmの四角形である場合にその角を曲率半径0.3mmの円弧としたものと相似である(また、開口部の断面が1辺4mmの四角形である場合にその角を曲率半径0.5mmの円弧としたものは、開口部の断面が1辺2.4mmの四角形である場合にその角を曲率半径0.3mmの円弧としたものと相似である。)。このように、当業者は、ワイヤー放電による通常の加工により生じる円弧を開口部の角にする形状と「略多角形」の形状とを客観的な外観の形状から区別することができず、どのような形状が「略多角形」に属するのか判断することができないから、発明特定事項Cにおける「略多角形」との記載は、第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確である。 2 取消事由2(サポート要件についての判断の誤り・無効理由2-1関係)について まず、発明特定事項Dのうち「前記開口部の断面形状」とは、発明特定事項Cの記載から、「略多角形の断面形状」を意味する。 ところで、本件各発明の課題には、「潤滑剤の塊の発生を極力防ぐこと」が含まれるところ(本件明細書の段落【0020】)、本件各発明に係る特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するといえるためには、当業者が本件明細書の記載から本件各発明により上記課題を解決できると認識できなければならない。 この点に関し、前記1(2)のとおり、ダイスのベアリング部の開口部の角においては、少なくとも曲率半径0.3mm程度の円弧が通常の加工によって生じるところ、これは、本件出願日当時の従来技術に相当するものであるから、この程度の円弧を有する断面形状では、上記課題を解決できない。 また、前記1(2)のとおり、ダイスのベアリング部の開口部の角に形成される円弧の曲率半径のみを基準とするのでは、通常の加工により開口部の角に円弧を有する形状(従来技術)と本件各発明が構成要件とする「略多角形」の形状とを区別することができないから、このような従来技術による円弧とどのように異なる円弧を開口部の角に設ければ上記課題を解決できるものとなるのかにつき、本件明細書中には、その判断の基準となる記載も示唆もない。 したがって、発明特定事項D(「前記開口部の断面形状は前記材料線材の引抜方向に沿って同じであること」)につき、当業者は、本件明細書の記載から、ダイスのベアリング部の開口部の断面形状をどのようなものとして材料線材の引抜方向に沿って同じとすれば上記課題を解決できることになるのかを認識することができないから、本件各発明に係る特許請求の範囲の記載は、サポート要件に違反する。これと異なる本件審決の判断は誤りである。 3 取消事由3(新規性についての判断の誤り・無効理由3関係)について(1) 甲1に記載された引抜加工機(以下「本件引抜加工機」という。)の構成 本件引抜加工機の構成は、次のとおりである(甲38、39)。 A’略円筒形形状をもつ引抜加工用ダイスを保持し前記引抜加工用ダイスの前記略円筒形形状の中心軸を中心として前記引抜加工用ダイスを回転させるダイスホルダーと、 B’潤滑剤が材料線材に塗布された後前記引抜加工用ダイスに前記材料線材が引き込まれるボックスと、を含む引抜加工機であって、 E’加工開始時間からの経過時間に応じて、前記ダイスボックスが前記ダイスを回転させることを特徴とする引抜加工機。 (2) 本件発明1及び2と本件引抜加工機との対比 ア 本件引抜加工機の構成A’は、発明特定事項Aである「略円筒形形状をもつ引抜加工用ダイスを保持し前記引抜加工用ダイスの前記略円筒形形状の中心軸を中心として前記引抜加工用ダイスを回転させるダイスホルダーと」に相当する。 イ 本件引抜加工機の構成B’は、発明特定事項Bである「内部に収納された潤滑剤が材料線材に塗布された後前記引抜加工用ダイスに前記材料線材が引き込まれるボックスと、を含む引抜加工機」に相当する(なお、本件引抜加工機の構成B’においては、潤滑剤がボックス内に収納されているといえるか必ずしも明確でないが、潤滑剤である石灰が塗布された後に材料線材が引抜加工用ダイスに引き込まれるものであり、潤滑剤が塗布されるタイミングにおいて発明特定事項Bと違いはないから、この点は、実質的な相違点とならない。)。 ウ 本件引抜加工機の構成E’は、本件発明2の発明特定事項である「加工開始時間からの経過時間に応じて、前記ダイスホルダーが前記ダイスを回転させることを特徴とする引抜加工機。」(以下「発明特定事項E」という。)に相当する。 エ 以上のとおり、本件引抜加工機は、発明特定事項A、B及びEを備えたものである。 (3) 甲36に記載された回転ダイス(以下「本件回転ダイス」という。)の構成 本件回転ダイスは、次の構成を含んでいる(甲36)。 C’ダイスのベアリング部の開口部が四隅の角が曲率半径0.4mmの円弧となっている断面形状を有し、 D’前記開口部の断面形状は前記材料線材の引抜方向に沿って同じであることを特徴とする(4) 本件発明1及び2と本件回転ダイスとの対比 本件回転ダイスの構成C’は、開口部の四隅の角が曲率半径0.3mmを超える円弧であれば「略多角形」に該当するとの本件審決の判断を前提にすると、発明特定事項Cの「前記引抜加工用ダイスのベアリング部の開口部は略多角形の断面形状を有し」に相当し、本件回転ダイスの構成D’は、発明特定事項Dの「前記開口部の断面形状は前記材料線材の引抜方向に沿って同じである」に相当する。 したがって、本件回転ダイスは、発明特定事項C及びDを備えたものである。 (5) 本件引抜加工機の製造販売 本件引抜加工機には、銘板が取り付けられているところ(甲38)、同銘板に記載された製造元(冨士機械株式会社)の住所及び冨士機械株式会社の本店所在地の住所(甲40の1ないし3)からすると、本件引抜加工機は、遅くとも本件優先日前である昭和42年には製造され、販売されたものといえるところ、同銘板に製品名、製造年月、製造番号及び型式の記載があることからすると、本件引抜加工機は、 一般的な加工機械として量産され、販売されていたものといえる。 (6) 本件引抜加工機の使用 αは、昭和58年以前に本件引抜加工機を購入し、以後、工場内に入れば誰でもその構造や動作を見ることができるような状態で、特に秘密にすることなく継続して使用してきた(甲38)。 (7) 本件回転ダイスの製造販売 ダイスの専門メーカーである相楽工業株式会社は、平成22年4月、本件回転ダイスを製造し、同月21日、αに対してこれを販売した(甲35、36)。 (8) 本件回転ダイスの使用 本件回転ダイスがαに販売されるに当たり、相楽工業株式会社とαは、契約書を取り交わさず、両者の間で本件回転ダイスの仕様を第三者に開示せずに秘密にしなければならないというような認識は形成されていなかった(甲38)。また、αは、 工場内に設置されたむき出しの棚に、誰でも持ち出せるような状態で置いておくという方法で本件回転ダイスを保管しており、その従業員も、本件回転ダイスの具体的な仕様を聞かれれば、誰にでも説明をするという状態にあった(甲38)。 (9) 以上のとおり、αは、本件優先日前から、発明特定事項A、B及びEを有する本件引抜加工機に、発明特定事項C及びDを有する本件回転ダイスを組み合わせて公然と使用していたものであるから、発明特定事項AないしEを有する引抜加工機に係る発明は、本件優先日前から公知の発明又は公然と実施されていた発明であったといえる。 したがって、本件発明1及び2は、本件優先日前から公知の発明又は公然と実施されていた発明である。 (10) なお、本件訴訟において甲38以下の証拠及びこれらに基づく主張を提出することは、最高裁昭和42年(行ツ)第28号同51年3月10日大法廷判決・民集30巻2号79頁に反するものではなく、審判前置主義の趣旨に反するものでもないから、当然に許されるものである。 4 取消事由4(進歩性についての判断の誤り・無効理由4-1関係)について (1) 前記3のとおり、甲1に記載された発明は、発明特定事項AないしEに相当する構成を有し、本件優先日前から公知の発明又は公然と実施されていた発明である。 したがって、甲1に記載された発明が発明特定事項Cに相当するダイスを備えておらず、また、これが公知であったとも公然と実施されていたともいえないとした本件審決の判断は誤りである。 (2) なお、仮に、@本件各発明が発明特定事項Cを備えている点、A本件各発明が発明特定事項Dを備えている点、B本件各発明が発明特定事項Bのうち潤滑剤をボックスの内部に収納するとの構成を備えている点が本件各発明と甲1に記載された発明との相違点であるとしても、これらの相違点に係る本件各発明の構成は、 本件優先日当時の当業者が容易に想到し得たものである。 5 取消事由5(進歩性についての判断の誤り・無効理由4-2関係)について(1) 相違点a及びbについての判断の誤り ア 甲2発明A及びBの課題について 本件審決は、相違点a及びbについての判断に当たり、甲2発明A又はBに本件周知技術を適用して「ベアリング部」の「開口部の断面形状」を「材料線材の引抜方向に沿って同じ」にすると、「引き抜きという単一動作でダイスを回転させ螺状線を得ること」という甲2発明A及びBの課題に反することになるとして、甲2発明A又はBに本件周知技術を適用することには阻害要因があると判断した。 しかしながら、甲2の記載(「然るに規定以外の線の延例えば螺状線即ち断面形状一般に円形をなすことなく且この形状の向きが線の長手に沿つて螺状に変化する線の延に就ては、今迄何等実際的な手段が案出されなかった。」、「そこで70年又は以上に亙つて時々螺状線の連続的製造の装置を如何にするかの提案が為されて来た。」)によると、甲2発明A及びBの本質的な解決課題は、「「相対的な回転ずれ」を生じさせることによる螺状線の連続的製造の装置の提供」であって、「引き抜きという単一動作でダイスを回転させ螺状線を得ること」ではない。 イ 型の回転について 本件審決は、相違点a及びbについての判断に当たり、甲2発明A又はBに本件周知技術を適用して「ベアリング部」の「開口部の断面形状」を「材料線材の引抜方向に沿って同じ」にすると、型内の線の通路を螺状にしたのとは異なり、型内の線を引いても、型はこれと連動して回転することはなくなってしまうとして、甲2発明A又はBに本件周知技術を適用することには阻害要因があると判断した。 しかしながら、甲2の記載(「本発明に依る銅線は、最大螺状角が30度を少し越える場合でも満足に引くことができた。かくて型の廻転を助けることなくして用い得べき最大螺状角は、主として延線の程度、線の硬度及延線速度の如何によつて定まる。若し条件の如何を問わず線に加わる内力が過大となる場合は適当な駆動装置によつて、型の廻転を助けるを有利とする。」)のとおり、甲2には、型9につき、「材料線材の引き抜き」によって回転させられない場合に、駆動装置を使って回転させることを可能とする機構を設けることが明示されている。また、甲2の記載(「円形以外の断面形状を有する直線通路を具備した型内に線を通じてこの型を積極的に廻転せしめて型及延ブロツク間に於て線を?ると云う方法がある。」)のとおり、型を駆動装置を用いて積極的に回転させることは、螺状線の連続的製造の装置の技術分野において技術常識であったといえる。 ウ 以上のとおり、甲2発明A又はBに本件周知技術を適用することに阻害要因があるとした本件審決の判断は、その前提を誤るものであるから、当該判断に基づいて当業者が相違点aに係る本件発明1の構成又は相違点bに係る本件発明7若しくは8の構成に容易に想到し得ないとした本件審決の判断は誤りである。 (2) 本件発明2〜6及び9〜12について 前記(1)のとおりであるから、本件発明1を直接又は間接に引用する本件発明2〜6についても、本件発明1と同様に、甲2発明A及び本件周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではないとした本件審決の判断は誤りであり、また、本件発明7又は8を直接引用する本件発明9〜12についても、本件発明7又は8と同様に、甲2発明B及び本件周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではないとした本件審決の判断は誤りである。 6 取消事由6(手続違背)について 原告は、本件の無効審判請求の手続において、本件各発明は甲1に記載された発明に基づいて容易に発明をすることができたものであると主張したにもかかわらず(無効理由4-1)、本件審決は、原告のこの主張に対する判断として、本件発明1の進歩性についてのみ判断をし、本件発明2〜12の進歩性についての判断を行わなかった。このように、本件においては手続違背(判断の遺脱)があるから、本件審決は違法であり、取り消されるべきである。 |
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被告の主張
1 取消事由1(明確性要件についての判断の誤り・無効理由2-3関係)について(1) 「基礎となる多角形断面」と「略多角形」との区別について 原告が主張するように、「基礎となる多角形断面」が六角形である場合に、この六角形の角を通常のワイヤー放電加工によって鈍角の集合として構成した結果、十二角形となることは想定できない。また、原告が「略多角形」に該当すると主張する十二角形は、角に当たる部分が円弧、鈍角の集合又は自由曲線に置き換えられていないものであって、「略多角形」には該当しない(原告が「略多角形」に該当すると主張する十二角形は、角が鈍角の集合である場合を表す本件明細書の図13と比較しても、その形状が異なる。)。 以上のとおりであるから、「基礎となる多角形断面」と「略多角形」とを区別することができることは明らかであり、これらを区別できないとする原告の主張は理由がない。 (2) 「略多角形」の角部の形状について ア 本件各発明の目的は、「潤滑剤の塊の発生を極力防ぐこと及びそのメンテナンスに要する時間を極力低減させ、結果多角形断面線材の製造コストの低減を図る手段を提供すること」であるところ、本件明細書の記載内容からすると、当業者であれば、「略多角形」とは、潤滑剤がたまる角がなくなるように積極的な処理をしたものであり、ワイヤー放電加工において角に不可避的に生じる丸みは含まれないと容易に認識できる。そして、当業者であれば、角がなくなるように積極的な処理をするということは、ワイヤー放電加工において角に不可避的に生じる丸みよりも曲率半径を大きくすることであり、両者には差異があると容易に理解できる。 イ 原告は、ダイスのベアリング部の開口部の断面形状が相似であれば、角に潤滑油がたまるか否かという点で違いはないと主張する。しかしながら、開口部の角に潤滑剤がたまるか否かは、あくまで角の丸みの曲率半径の大きさに依拠するものである。すなわち、角の丸みの曲率半径がワイヤー放電加工によって不可避的に生じる0.2〜0.3mm程度であると、曲がり方が急となって角が角のままである場合と同様に潤滑剤が局所的に集まりやすいのに対し、角を丸める積極的な処理を行って丸みの曲率半径を大きくすると、曲がり方が緩やかになって、角が角のままである場合と大きく異なり、潤滑剤がスムーズに分散して局所的に集まりにくくなる。したがって、開口部の断面の大きさが1辺4mmであっても1.5mmであっても、角を丸める積極的な処理を行う方が、角がワイヤー放電加工によって不可避的に生じる丸み(曲率半径が0.2〜0.3mm程度の丸み)を有するままである場合よりも潤滑剤がたまりにくくなる。原告の上記主張は理由がない。 ウ なお、原告は、本件審決は「0.8mm」という曲率半径の特定の値のみを恣意的に取り出した上、これを本件各発明の構成要件として読み込むことにより、 「略多角形」に含まれる形状の範囲が不明確になることはないと判断したと主張する。しかしながら、本件審決は、特定の数値のみを取り出して本件各発明の構成要件として読み込んだのではなく、あくまで「略多角形」の解釈における例示として、 本件明細書の段落【0055】の記載を基に、「基礎となる多角形断面」に対して潤滑剤がたまる角がなくなるような積極的な処理をした状態を説明しているにすぎない。原告の上記主張は理由がない。 2 取消事由2(サポート要件についての判断の誤り・無効理由2-1関係)について 本件各発明の課題は、「潤滑剤の塊の発生を極力防ぐこと及びそのメンテナンスに要する時間を極力低減させ、結果多角形断面線材の製造コストの低減を図る手段を提供すること」であるところ、当業者は、上記課題の解決のためには、潤滑剤がたまる角がなくなるように積極的な処理(ワイヤー放電加工により角に不可避的に生じる円弧の曲率半径よりも大きい曲率半径を有する円弧が角に生じるようにする処理)をする必要があると容易に認識することができる(当業者が、本件各発明の「略多角形」に、ワイヤー放電加工により角に不可避的に生じる円弧を有するにすぎないものが含まれると認識することはない。)。すなわち、本件各発明は、当業者が上記課題を解決できると認識できる範囲のものである。 したがって、本件各発明は本件明細書の発明の詳細な説明に記載されたものであるとした本件審決の判断に誤りはない。 3 取消事由3(新規性についての判断の誤り・無効理由3関係)について (1) 本件発明1及び2の新規性欠如をいう無効理由3が認められるためには、 @本件発明1及び2の要旨を認定し、A引用発明を認定し、B本件発明1及び2と引用発明とを対比した上、C本件発明1及び2と引用発明とが一致することを主張立証しなければならないところ、原告は、本件の無効審判請求の手続において、甲1、甲34及び甲35を提出しただけで、上記AないしCに係る主張立証をしなかったものであるから、「甲1のみからは、甲34及び甲35の内容を考慮しても、 本件発明1及び2が公然知られ、あるいは、公然実施されていたと認めることはできない」とした本件審決の判断に誤りはない。 原告は、本件訴訟において、甲38以下の証拠を追加提出するなどして上記AないしCに係る主張立証をするが、審決取消訴訟における審理の対象は、無効審判請求の手続において現実に争われ、かつ、審理判断された特定の無効原因に限られ、 審決取消訴訟において新たな主張及び証拠を提出することは、許されない(なお、 甲38以下の証拠は、補助的証拠又は補強的証拠にも該当しない。)。 (2) 仮に、本件訴訟において甲38以下の証拠の提出及びこれらに基づく主張の提出が許されるとしても、αの工場見学において通常想定されているのは、線材が本件引抜加工機によって加工される状況の見学であり、見学者が本件引抜加工機の外観を確認することはできるとしても、αの従業員において本件引抜加工機が構成A’、B’及びE’を有するものであることを説明することや、見学者がこれを認識し得るということは考え難い。また、本件引抜加工機の外観からは、見学者は、 本件回転ダイスが構成C’及びD’を有するものであることを確認することはできない。したがって、αが工場見学を受け入れていたとしても、本件引抜加工機の構成A’、B’及びE’及び本件回転ダイスの構成C’及びD’につき、不特定多数の者の前で実施したことにより、その内容が知られ得る状況になったということはできない。 (3) なお、本件回転ダイスの構成C’に関し、原告は、本件審決は開口部の四隅の角が曲率半径0.3mmを超える円弧であれば「略多角形」に該当すると判断したから、これを前提にすると、本件回転ダイスの構成C’は発明特定事項Cに相当すると主張するが、本件審決は、そのような判断をしていない。 (4) 以上のとおりであるから、本件発明1及び2の新規性欠如に関する原告の主張に理由はなく、当該新規性欠如を否定した本件審決の判断に誤りはない。 4 取消事由4(進歩性についての判断の誤り・無効理由4-1関係)について 本件各発明の進歩性欠如をいう無効理由4-1が認められるためには、@本件各発明の要旨を認定し、A引用発明を認定し、B本件各発明と引用発明とを対比し、 C本件各発明と引用発明との一致点を認定し、D本件各発明と引用発明との相違点を認定した上、E相違点に係る本件各発明の構成の容易想到性を主張立証しなければならないところ、原告は、本件の無効審判請求の手続において、甲1、甲34及び甲35を提出しただけで、上記AないしEに係る主張立証をしなかったものであるから、「甲1の書面でβのいう引抜加工機において、発明特定事項Cに相当する構成のダイスを備えていた事実や、βのいう引抜加工機が公然知られていたとも、 公然実施されていたとも認めることができないから、無効理由4-1は、その前提を欠く」とした本件審決の判断に誤りはない。 なお、本件訴訟において甲38以下の証拠及びこれらに基づく主張を提出することが許されないことは、前記3(1)のとおりである。 5 取消事由5(進歩性についての判断の誤り・無効理由4-2関係)について (1) 甲2発明A及びBの課題について 甲2の記載によると、甲2に係る出願時において、規定線以外の線の延、例えば螺状線の延については、規定の延線に特殊な操作を施す方法以外の方法では実際的な手段が案出されておらず、したがって、螺状線の連続的製造の装置をいかにするかの提案がされてきたことを認識することができる。また、甲2の記載によると、 この螺状線の連続的製造の方法として、円形以外の断面形状を有する直線通路を具備した型内に線を通じ型を積極的に回転させることで線を捩るという方法が提案されていたが、この提案は、甲2の出願時において実用には至らなかったことを認識することができる。加えて、甲2の記載によると、甲2発明A及びBは、延線すべき線を回転型内に通すという単一操作によって螺状線を形成するために、回転型について、線の通路の少なくとも加工部分の断面形状を非円形とし、かつ、当該加工部分につき通路の縦軸に沿って断面積を漸次減少させ、さらに、非円形断面を通路の縦軸の周囲に螺状に捩った構造とすることで、回転型内への線の通入によって型を通路の縦軸の周囲に自由に回転させるようにしたことを特徴とするものであることを認識することができる。 以上によると、甲2発明A及びBは、単に螺状線の連続的製造の装置を提供することを目的にするものではなく、従来から提案されていた円形以外の断面形状を有する直線通路を具備した型を積極的に回転させて型内に通した線を捩るという方法では実用には至らなかったことを踏まえ、回転型内への線の通入によって型を自由に回転させることで螺状線を連続的に製造することを目的にするものであるといえる。したがって、本件各発明の本質的な解決課題が単に「螺状線の連続的製造の装置の提供」であるとする原告の主張は失当である。 (2) 型の回転について 甲2の記載(「本発明の実施に当つて、型は普通延線すべき線の運動のみを利用して自由に廻転せしめる」、「…型に…線を通じ、その通入によつて該型を通路の縦軸の周囲に自由に廻転せしむる」)のとおり、甲2発明A及びBは、回転型内への線の通入によって型を通路の縦軸の周囲に自由に回転させるようにしたことを特徴とするものである。そして、甲2には、型9に関し、「材料線材の引き抜き」によって回転させられない場合に、駆動装置を使って回転させることについての記載は全くない(原告が指摘する甲2の記載は、あくまでも回転型内への線の通入によって型を通路の縦軸の周囲に自由に回転させるものの、型内の線を引くのに線に過大な引張内力が作用する場合に、駆動装置を用いて線の通入による型の回転をアシストして回転しやすくするのが好ましいことを意味するにすぎない。)。 以上によると、型9につき、「材料線材の引き抜き」によって回転させられない場合に、駆動装置を使って回転させることを可能とする機構を設けることが甲2に明示されているとの原告の主張は失当である。 (3) 以上のとおり、原告の各主張は失当であるから、これを前提に、甲2発明A又はBに本件周知技術を適用することに阻害要因があるとした本件審決の判断が誤りであるとする原告の主張も、同様に失当である。したがって、当該判断に基づき、当業者が相違点aに係る本件発明1の構成又は相違点bに係る本件発明7若しくは8の構成に容易に想到し得ないとした本件審決の判断に誤りはない。 6 取消事由6(手続違背)について 原告の主張は争う。 |
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当裁判所の判断
1 取消事由1(明確性要件についての判断の誤り・無効理由2-3関係)について(1) 明確性要件について 特許法36条6項2号は、特許請求の範囲の記載に関し、特許を受けようとする発明が明確でなければならない旨規定する。同号がこのように規定した趣旨は、仮に、特許請求の範囲に記載された発明が明確でない場合には、特許が付与された発明の技術的範囲が不明確となり、第三者の利益が不当に害されることがあり得るので、そのような不都合な結果を防止することにある。そして、特許を受けようとする発明が明確であるか否かは、特許請求の範囲の記載だけではなく、願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し、また、当業者の出願当時における技術常識を基礎として、特許請求の範囲の記載が、第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきである。 (2) 字義からみた「略多角形」の意義 「略多角形」とは、その字義からみて、おおむね多角形の形状をした図形をいうものと解されるが、具体的にどのような形状の図形が「略多角形」に該当するかは、 その字義からは明らかでないといわざるを得ない。 (3) 特許請求の範囲の記載及び本件明細書の記載 ア 本件各発明に係る特許請求の範囲の記載は、前記第2の2のとおりである。 イ 本件明細書には、次の記載がある。 【技術分野】【0001】 本発明はダイス、特に引抜加工で用いるものに関する。 建築用などの直線性が求められる線材の生産には、引抜加工機及びドローイングマシンを用いて引抜加工をすることが一般的である。 【背景技術】【0002】 図1は引抜加工機の全体の構造を表す模式図である。また図2は、使用時における引抜加工機のダイス周辺の構造を表す断面図である。 【0003】 図1では引抜加工用ダイス901及びダイスホルダー902を断面図として描いており、その他の構造は上面から見た上面図として記載している。また、図1には、 ドローイングマシン903が材料線材A-1及び完成線材A-2を引っ張る方向が記載されている。なお、材料線材A-1及び完成線材A-2をまとめて線材Aとする。 【0004】 引抜加工機900は、引抜加工用ダイス901、ダイスホルダー902、ドローイングマシン903、ガイドレール904を含んで構成される。 【0005】 引抜加工用ダイス901は、略円筒形の形状を持つ塑性変形加工用のダイスである。この略円筒形の中心軸に引抜加工の対象となる線材Aを通す貫通孔が設けられている。もっとも狭いベアリング部901bは成形後の完成線材A-2の形状寸法を決める。そしてベアリング部901bを挟んでアプローチ部901a及びバックリリーフ部901c、勘合穴901dが存在する。 【0006】 ツイストバーを製造するときは、この略円筒形の中心軸を中心に引抜加工用ダイス901全体を回転させる。 【0007】 アプローチ部901aは、材料線材A-1を引抜加工用ダイス901内に引き入れ、外径を絞るための入り口となる引抜加工用ダイス901の一部分である。アプローチ部901aはドローイングマシン903によってくわえられる引抜力を圧縮力に変換する。なお、現実に使用されているダイスにはアプローチ部よりも開度が大きいエントランス部が設けられている場合もある。しかし本明細書では、エントランス部は設計事項であるとして、この説明及び図上における番号の付与は省略している。 【0008】 アプローチ部901aの少なくとも材料線材A-1と接するアプローチ部901aの箇所及びベアリング部901bは超硬合金で形成されている。この超硬合金に材料線材A-1を引抜によって押し付けることで塑性変形させ、材料線材A-1の断面積を完成線材A-2のそれに変形させる。この超硬合金で形成されている部分を超硬合金部901bhとする。 【0009】 ベアリング部901bは、完成線材A-2の寸法を決める引抜加工用ダイス901の部分である。 【0010】 バックリリーフ部901cは、完成線材A-2の表面を傷つけないために完成線材A-2から離れるようにテーパーをつけたダイス901中の一部分である。 【0011】 勘合穴901dは、ダイスホルダー902中にダイス901を固定するための勘合部である。また、ツイストバーを製造する為にダイスホルダー902がダイス901を回転させる際には勘合穴901dを介して駆動力がダイス901に伝達される。 【0012】 ダイスホルダー902は、ドローイングマシン903によりくわえられる引っ張り力に負けず引抜加工用ダイス901を保持するための保持部である。物によってはドローイングマシンの903の位置に応じて引抜加工用ダイス901を回転させツイストバーを製造することが可能なものもある。 【0013】 ドローイングマシン903は、その一部であるキャリッジによって線材Aを固定し、固定後の線材Aを引っ張ることでそれを塑性変形させる抽伸器である。 【0014】 ガイドレール904は、ドローイングマシンを一定の線上で動かすためのガイドレールまたはそれを含む引抜台である。 【0015】 棒状材、線材等の鋼材をダイスによって引抜き加工するに際しては、一般にダイスの前側に設けられたボックス905内に粉状固形の潤滑剤を収容し、この潤滑剤が線材Aに付着する。ドローイングマシン903の引抜き時におけるアプローチ部901aでの加工発熱によりこの粉状の潤滑剤が油膜となる。この油膜に粉状の潤滑剤が付着することで、塊ができる。この塊は引抜加工を連続するごとに肥大化し、 材料線材A-1の表面への潤滑剤の供給が阻害される。結果として完成線材A-2の表面に傷が発生することが考えられた。 【0016】 また、これらの塊を除去する際には作業を一旦止める必要があり、結果として生産量の低下が避けられないものとなっていた。特にツイストバーを製造するに際しては、この弊害が著しく、製造原価を下げられない一因となっている。 【0017】 公開特許公報特開2010-036228(先行文献1)には、粉状の潤滑剤の使用ではなく、液体の潤滑剤を用いる技術が記載されている。 【発明の概要】【発明が解決しようとする課題】【0019】 しかし、液体は取り扱いが厄介であり、液漏れなどへの対策が必要となる。 【0020】 本発明の目的は、潤滑剤の塊の発生を極力防ぐこと及びそのメンテナンスに要する時間を極力低減させ、結果多角形断面の線材の製造コストの低減を図る手段を提供することにある。 【課題を解決するための手段】【0023】 本発明に関わる引抜加工用ダイスは、アプローチ部と、ベアリング部と、を含むものであって、該ダイスのベアリング部の開口部は略多角形の断面形状を有することを特徴とする。 【0024】 この引抜加工用ダイスの略多角形は、基礎となる多角形の少なくとも1の角を円弧でつないだものに置き換えたものであることを特徴としても良い。 【0025】 この引抜加工用ダイスの略多角形は、基礎となる多角形のすべての角を曲線でつないだものに置き換えたものであることを特徴としても良い。 【0026】 この引抜加工用ダイスは引抜方向を中心とした略円筒形の形状をし、略円筒形の中心軸にベアリング部の開口が開けられていることを特徴としても良い。 【0027】 この引抜加工用ダイスは、ダイスホルダーとの固定用の勘合部が設けられていることを特徴としても良い。 【0028】 本発明に関わる引抜加工機は、略円筒形形状をもつ引抜加工用ダイスと、この引抜加工用のダイスを保持するダイスホルダーと、を含み、この引抜加工用ダイスは、 略多角形形状を有することを特徴とする。 【0029】 この引抜加工機のダイスホルダーは前記引抜加工用ダイスの前記略円筒形形状の中心軸を中心として前記引抜加工用ダイスを回転させることを特徴としても良い。 【0030】 この引抜加工機は、加工開始時間からの経過時間に応じて、ダイスホルダーがダイスを回転させることを特徴としても良い。 【0031】 この引抜加工機は、更にボックスを含み、このボックス内の収納された潤滑剤が材料線材に塗布された後、ダイスに前記材料線材が引き込まれることを特徴としても良い。 【0032】 この引抜加工機は、更にドローイングマシンと、ドローイングマシンの進行方向を規定するガイドレールと、を含み、ドローイングマシンがガイドレール上のいずれの位置に存在するかに応じてダイスホルダーが前記ダイスを回転させることを特徴としても良い。 【0033】 この引抜加工機は、更にドローイングマシンと、ドローイングマシンの進行方向を規定するガイドレールと、を含み、加工開始後にドローイングマシンがガイドレール上のどれだけ進んだかに応じて、ダイスホルダーがダイスを回転させることを特徴としても良い。 【0034】 これらの引抜加工機は、ダイスホルダーを基準としてドローイングマシンの進行方向の反対方向に潤滑剤を収納するボックスを持つことを特徴としても良い。 【0035】 この引抜加工機は、ボックス中に粉状固形の潤滑剤が存在し、潤滑剤が材料線材に塗布された後にダイスに引き込まれることを特徴としても良い。 【0036】 本発明に関わる別の引抜加工機は、略円筒形形状をもつ引抜加工用ダイスと、引抜加工用ダイスを保持するダイスホルダーと、引抜加工用ダイスに引き込まれる材料線材に潤滑剤を塗布するボックスと、を含み、引抜加工用ダイスと材料線材の間の空間に潤滑剤が溜まらないことを特徴としても良い。 【0037】 本発明に関わる別の引抜加工機は、略円筒形形状をもつ引抜加工用ダイスと、引抜加工用ダイスを保持するダイスホルダーと、引抜加工用ダイスに引き込まれる材料線材に潤滑剤を塗布するボックスと、を含み、引抜加工用ダイスと材料線材の間の空間に溜まった潤滑剤の塊が操作者の手を加えることなく脱落することを特徴としても良い。 【0038】 本発明に関わる別の引抜加工機は、略円筒形形状をもつ引抜加工用ダイスと、引抜加工用ダイスを保持するダイスホルダーと、引抜加工用ダイスに引き込まれる材料線材に潤滑剤を塗布するボックスと、を含み、ダイスホルダーは引抜加工用ダイスの略円筒形形状の中心軸を中心として引抜加工用ダイスを回転させ、引抜加工用ダイスの回転によって溜まった潤滑剤の塊が引抜加工用ダイスと材料線材の間の空間から脱落することを特徴としても良い。 【0039】 本発明に関わる別の引抜加工機は、略円筒形形状をもつ引抜加工用ダイスと、引抜加工用ダイスを保持するダイスホルダーと、引抜加工用ダイスに引き込まれる材料線材に潤滑剤を塗布するボックスと、を含み、ダイスホルダーは引抜加工用ダイスの略円筒形形状の中心軸を中心として引抜加工用ダイスを回転させ、引抜加工用ダイスの回転によって引抜加工用ダイスと材料線材の間の空間に溜まる潤滑剤の塊が一定以上の大きさになることを抑止することを特徴としても良い。 【0040】 これらの引抜加工機において、引抜加工用ダイスと材料線材の間の空間は、引抜加工用ダイスのアプローチ部にできるものであることを特徴としても良い。 【0041】 これらの引抜加工機において、引抜加工用ダイスと材料線材の間の空間は、引抜加工用ダイスのバックリリーフ部にできるものであることを特徴としても良い。 【0042】 これらの引抜加工機において、更にドローイングマシンを含み、このドローイングマシンが引抜加工用ダイスに引き込まれた線材を引き抜くことを特徴としても良い。 【0043】 これらの引抜加工機において、更にドラムと、このドラムを回転させる電動機を含む線引き器を含み、この線引き器が前記引抜加工用ダイスに引き込まれた線材を引き抜くことを特徴としても良い。 【発明の効果】【0045】 本発明に関わるダイスにより、従来頻繁に潤滑剤の塊の除去作業を行っていた回数を軽減できる。結果として線材の生産数を増大でき、製造コストを低減させることが可能になる。 【発明を実施するための形態】【0047】 本発明は、潤滑剤の塊の発生を極力防ぎ、かつそのメンテナンスに工数を取らせないことを目的とする。すなわち、粉状の潤滑剤を一カ所に留まることを防ぎ、また、塊が発生した場合には、塊を脱落させやすくすることで、多角形断面線材生産数を増大する。 【0048】 以下本発明の各実施の形態を図に基いて説明する。 (第1の実施の形態)【0049】 図3は、従来の引抜加工用ダイス901の正面図である。また図4は、引抜加工用ダイス901の斜視図である。図5は、引抜加工用ダイス901の断面図である。 図6は、図3の範囲xにあたる個所の、引抜加工用ダイス901の「角」の部分を拡大した拡大図である。 【0050】 また、図7は、本発明に関わる引抜加工用ダイス101の正面図である。図8は本発明に関わる引抜加工用ダイス101の斜視図である。また図9は、本発明に関わる引抜加工用ダイス101の断面図である。図10は、図7の範囲Xにあたる個所の、本発明に関わる引抜加工用ダイス101の「角」の部分を拡大した拡大図である。 【0051】 なお本発明に関わる引抜加工用ダイス101であっても、ベアリング部等の各部の名称は変わりない。従って、引抜加工用ダイス101の各部名称について、明細書中ではベアリング部101bなどのように100番台で記載する。 【0052】 基本的な構成は引抜加工用ダイス101も引抜加工用ダイス901も変わりはない。図4及び図8を見てもわかるように、いずれのダイスも略円筒形の形状を持ち、 その略円筒形形状の中心軸上に成形後の完成線材A-2の断面形状を決めるベアリング部の開口が開いている。 【0053】 しかし図6及び図10を見れば本発明の特徴が理解できる。 【0054】 従来の引抜加工用ダイス901では、棒材の角を直角にする目的で、ベアリング部901bの断面の二辺を加工することなくそのまま突き当てていた。従って、図3及び図6のようにベアリング部901bの断面形状が四角形断面の場合、各辺は直角に交わることとなる。 ここで、図6で表したダイス901のベアリング部901bの開口部の断面形状は、多角形の一種である四角形である。これを「基礎となる多角形断面」と称呼する。 【0055】 一方、図7及び図10は、本発明に関わる引抜加工用ダイス101のベアリング部101bを表す。本発明に関わるこのベアリング部101bの断面形状は、図6で表した「基礎となる多角形断面」の「角」にあたる部分を円弧、すなわち曲線、 で結ぶように置き換えた点に特徴がある。具体的には、1辺が4mmの四角形断面の棒材を作成する場合、引抜加工用ダイス101のベアリング部101bの開口部の一つの「角」を半径0.8mm程度の曲率の円弧(曲線)で結ぶ。 これにより、当該「角」に溜まっていた潤滑剤の塊が一カ所に固まりづらくなる。 【0056】 本発明に関わる引抜加工用ダイス101では「基礎となる多角形断面」である四角形断面の4か所の「角」すべてをこのように処理する。この結果、ダイスのすべての位置で潤滑剤が溜まりづらくなる。 【0057】 なお、本明細書では「四角形」の角を少なくとも1つ丸めた形状、すなわち1の「角」乃至すべての「角」を丸めたものも「略四角形」と呼ぶ。同様に、四角形を含む多角形の1の「角」乃至すべての「角」を丸めた形状を「略多角形」と称呼する。 【0058】 同様に三角形の角を丸めたものは「略三角形」、六角形の角を丸めた形状は「略六角形」と呼ぶ。以下、多角形に角が増えても同様に称呼する。 【0059】 これにより、潤滑剤がたまる「角」がなくなる。結果として、このダイス101では円断面のダイスと同じような潤滑剤の挙動になり、潤滑剤の塊ができにくくなる。 【0064】 これらの対応により潤滑剤の塊を除去するための作業休止時間を減らすことができ、全体の作業時間を製造に有効に活用できる。結果として、多角形断面を有する鋼製棒材の製造原価の低減を図ることが可能になる。 【0065】 図11は、上記の引抜加工用ダイス101で作成した棒材を表す斜視図である。 本図にもみられるように、棒材の角は丸くなった形で形成される。 【0066】 加えて、ダイスの「角」を丸めることで、完成した多角形断面を有する鋼製棒材の角も丸くなる。結果として、ユーザーが鋼製棒材を素手で持った時に手を切ることがなくなり、安全性の向上を図ることができるという副次的効果も兼ね備えることとなる。 【0076】 上記では「角度」を消すのに円弧を使ったが、鈍角の集合として構成しても良い。 図13は、この鈍角の集合を表す図である。すなわち、一つの90度の角度で構成されている「角」を9つの鈍角で構成するようにすることで、一カ所に溜まらないようにすることも本発明の射程に含まれる。また円弧に限らず自由曲線で「角」を置き換えたものであっても問題はない。 【0077】 また、状況によっては角を一または二のみを丸めたものであっても使用に耐える場合がある。棒材を作る場合、ダイスの一番「下」に来る角のみを丸めておけば、 潤滑剤が溜まらない場合もあるためである。 【産業上の利用可能性】【0100】 本発明は引抜加工で使用されるダイスの改善、及びそのダイスを用いて製造される完成線材A-2の原価の低減に用いられる。 【図1】【図2】【図3】【図4】【図6】【図7】【図8】【図10】【図13】 (4) 本件各発明の「略多角形」の意義 前記(3)によると、本件各発明が属する技術分野(線材の引抜加工機及びこれに用いるダイス)においては、従来、多角形の断面を有する線材の製造に際し、ダイスのベアリング部の開口部(以下「開口部」という。)の角部に潤滑剤がたまって塊が発生し、その除去のために作業を一旦止める必要があるため、生産量が低下して製造原価が下がらない一因となっていたところ、本件各発明は、潤滑剤の塊の発生を極力防ぎ、また、ダイスのメンテナンスに要する時間を極力削減し、その結果、 多角形の断面を有する線材の製造コストの低減を図ることを目的として、当該角部の全部又は一部につき、これを円弧とし、鈍角の集合とし、又は自由曲線とすることにより、当該角部に潤滑剤がたまりにくくなるようにしたものであるといえる。 加えて、本件明細書における「略多角形」の定義(段落【0057】)にも照らすと、本件各発明の「略多角形」とは、本件各発明の効果(開口部の角部に潤滑剤がたまりにくくなること)を得るため、「基礎となる多角形断面」の角部の全部又は一部を円弧、鈍角の集合又は自由曲線に置き換えた図形(以下、角部を円弧、鈍角の集合又は自由曲線に置き換えることを「角部を丸める」などといい、角部に生じた円弧、鈍角の集合又は自由曲線を「角部の丸み」などということがある。)をいうものと解することができる。そして、前記(3)によると、「基礎となる多角形断面」とは、従来技術における開口部(角部を丸める積極的な処理をしていないもの)の断面を指すものと解されるから、結局、本件各発明の「略多角形」とは、本件各発明の上記効果を得るため、その角部を丸める積極的な処理をしていない開口部につき、その角部の全部又は一部を丸める積極的な処理をした図形をいうものと一応解することができる。なお、これは、前記(2)の字義からみた「略多角形」の意義とも矛盾するものではない。 (5) 「略多角形」と「基礎となる多角形断面」との区別 前記(4)のとおり、本件各発明の「略多角形」は、「基礎となる多角形断面」の角部の全部又は一部を丸めた図形をいうものと一応解されるから、両者の意義に従うと、両者は、明確に区別されるべきものである。 しかしながら、証拠(甲31、32、36、37)及び弁論の全趣旨によると、 ワイヤー放電により、その断面形状が多角形である開口部を形成するくり抜き加工をした場合、開口部の角部には、不可避的に丸みが生じるものと認められる。そうすると、「基礎となる多角形断面」も、くり抜き加工をした後の開口部の断面である以上、角部が丸まった多角形の断面であることがあり、その場合、客観的な形状からは、「略多角形」の断面と区別がつかないことになる。 この点に関し、本件審決は、本件各発明の「略多角形」には、上記のように加工に際して角部に不可避的に生じる丸み(例えば、曲率半径が0.3mm程度以下の小さなもの)を有するにすぎない「基礎となる多角形断面」を含まないと判断し、 被告も、これに沿う主張をする。しかしながら、開口部の角部の丸みの曲率半径が0.3mm程度以下であれば、当該角部に潤滑剤がたまりにくくなるとの本件各発明の効果が得られないものと認めるに足りる証拠はなく、当該曲率半径が0.3mm程度以下の場合であっても、本件各発明の上記効果が得られる可能性があるから、 当該曲率半径がどの程度を超えれば本件各発明の上記効果が得られるようになるのかは、客観的に明らかとはいえない。また、証拠(甲31、32、36、37)及び弁論の全趣旨によると、上記のようにワイヤー放電加工に際して開口部の角部に丸みが不可避的に生じるのは、加工に用いるワイヤーの断面形状が一定の直径を有する円形であるからであると認められ、ワイヤーの断面の直径が小さくなれば、その分だけ、不可避的に生じる丸みの曲率半径は小さくなるといえるから、開口部の角部の丸みについては、その曲率半径がどの程度まで小さければ不可避的に生じる丸みであるといえ、どの程度より大きければ不可避的に生じる丸みを超えて積極的に角部を丸める処理をしたものであるといえるのかを客観的に判断する基準はないというほかない。そうすると、客観的な形状からは、「基礎となる多角形断面」と「略多角形」とを区別するのは困難であるといわざるを得ない。 以上のとおり、本件各発明の「略多角形」は、「基礎となる多角形断面」と区別するのが困難であり、本件各発明の技術的範囲は、明らかでない。 (6) 「略多角形」の角部の形状 前記(5)のとおり、ワイヤー放電により、その断面形状が多角形である開口部を形成するくり抜き加工をした場合、開口部の角部には不可避的に丸みが生じるから、 「基礎となる多角形断面」の角部を丸めるための積極的な処理をしようとしまいと、 開口部がくり抜き加工のされた後のものである以上、開口部の角部には、全て丸みがあり得ることになる。 そして、前記(5)のとおり、開口部の角部の丸みについては、その曲率半径がどの程度まで小さければ不可避的に生じる丸みであるといえ、どの程度より大きければ不可避的に生じる丸みを超えて積極的に角部を丸める処理をしたものであるといえるのかを客観的に判断する基準はないし、また、当該曲率半径がどの程度を超えれば本件各発明の効果(開口部の角部に潤滑剤がたまりにくくなること)が得られるようになるのかは、客観的に明らかとはいえない。 この点に関し、本件審決は、本件各発明の「略多角形」は「基礎となる多角形断面」に対して潤滑剤がたまる角部がなくなるように更に積極的な処理をした状態のもの(例えば、少なくとも角部の円弧の曲率半径が0.8mm程度のもの)と解されると判断し、被告も、これに沿う主張をする。しかしながら、本件明細書には、 開口部の角部に潤滑剤がたまりにくくなるとの本件各発明の上記効果を奏する条件について、1辺4mmの四角形断面の棒材を作成する場合に、開口部の1つの角部を曲率半径0.8mm程度の円弧(曲線)で結ぶと、角部にたまっていた潤滑剤の塊が1か所に固まりづらくなる旨の記載(段落【0055】)があるのみであるところ、1辺4mmの四角形断面の開口部の角部を曲率半径が0.8mm程度より小さい円弧とした場合に本件各発明の上記効果が得られないものと認めるに足りる証拠はないし、その断面形状が1辺4mmの四角形以外の多角形である開口部も含めると、開口部の角部にどの程度の丸みを帯びさせれば本件各発明の上記効果が得られるのかを客観的に明らかにするのは困難であるといわざるを得ない(なお、被告は、開口部の角部における潤滑剤のたまりやすさは、作成すべき棒材の断面の大きさにかかわらず、当該角部の丸みの曲率半径によって決せられ、当該曲率半径が0.3mm程度以下であれば、本件各発明の上記効果が得られないと主張する。しかしながら、開口部の角部における潤滑剤のたまりやすさは、当該角部の丸みの曲率半径の大きさのみならず、線材の種類、潤滑剤の種類、加工発熱の度合い等の様々な要素によって左右されるものであると解され、当該曲率半径が0.3mm程度以下であれば、一律に本件各発明の上記効果が得られないと認めることはできないから、 被告の主張を採用することはできない。)。 以上によると、本件各発明の「略多角形」については、特許請求の範囲の記載、 本件明細書の記載及び本件出願日当時の技術常識を踏まえても、「基礎となる多角形断面」の角部にどの程度の大きさの丸みを帯びさせたものがこれに該当するのかが明らかでなく、この点でも、本件各発明の技術的範囲は、明らかでないというべきである。 (7) 小括 以上のとおり、本件各発明に係る特許請求の範囲の記載及び本件明細書の記載によると、本件各発明の「略多角形」とは、本件各発明の効果(開口部の角部に潤滑剤がたまりにくくなること)を得るため、その角部を丸める積極的な処理をしていない開口部につき、その角部の全部又は一部を丸める積極的な処理をした図形をいうものと一応解することができるものの、客観的な形状からは、本件各発明の「略多角形」と「基礎となる多角形断面」とを区別することができず、また、「基礎となる多角形断面」の角部にどの程度の大きさの丸みを帯びさせたものが本件各発明の「略多角形」に該当するのかも明らかでなく、本件各発明の技術的範囲は明らかでないというほかないから、本件各発明の「略多角形」は、第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であると評価せざるを得ず、その他、本件各発明の「略多角形」が明確であると評価すべき事情を認めるに足りる証拠はない。 したがって、取消事由1は理由がある。 2 結論 以上の次第であるから、その余の取消事由について判断するまでもなく、原告の請求は理由がある。 |
裁判長裁判官 | 本多知成 |
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裁判官 | 浅井憲 |
裁判官 | 中島朋宏 |