審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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平成13ワ15276特許権侵害差止等請求事件 | 判例 | 特許 |
平成6ワ5894製造販売禁止等請求事件 | 判例 | 特許 |
平成13ワ24051特許権侵害差止等請求事件 | 判例 | 特許 |
平成11ワ10596損害賠償請求事件 平成11ワ10599損害賠償請求事件 平成11ワ13548損害賠償請求事件 平成11ワ13550損害賠償請求事件 | 判例 | 特許 |
平成14ワ9503特許権侵害差止等請求事件 | 判例 | 特許 |
関連ワード | 使用方法 / 技術的範囲 / 発明の詳細な説明 / 優先権 / 警告 / クレーム / 抵触 / 優先日 / 不存在 / 特許発明 / 実施 / 社会通念 / 加工 / 間接侵害 / 構成要件 / 構成要件充足性 / のみ用いる / 業として / 差止請求(差止) / 侵害 / 侵害するおそれ / 損害額 / 逸失利益 / 販売数量(販売数) / 販売利益 / 相当因果関係 / 不法行為(民法709条) / 実施権 / 専用実施権 / 通常実施権 / 請求の範囲 / |
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事件 |
平成
16年
(ワ)
13248号
特許権侵害差止請求権不存在確認等請求事件
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原告 イー・エイチ・シー・ジャパン株式会社 同訴訟代理人弁護士 永島孝明 同 明石幸二郎 同 安國忠彦 同補佐人弁理士 中尾俊輔 同 伊藤高英 同 畑中芳実 同 大倉奈緒子 同 玉利房枝 同 鈴木健之 同 磯田志郎 被告 株式会社綾 同訴訟代理人弁護士 江口公一 同 中村嘉宏 |
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裁判所 | 東京地方裁判所 |
判決言渡日 | 2005/12/13 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 民事訴訟 |
主文 |
1 原告による別紙物件目録記載の製品の輸入,製造,販売又は使用につき,被告が特許第2813608号の特許権の専用実施権及び通常実施権に基づく差止請求権,損害賠償請求権及び不当利得返還請求権をいずれも有しないことを確認する。 2 被告は,原告が輸入,製造,販売又は使用する別紙物件目録記載の製品が特許第2813608号の特許権を侵害するとの事実を告知し,又は流布してはならない。 3 被告は,原告に対し,金3000万円及びこれに対する平成16年8月7日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 4 被告は,朝日新聞,読売新聞,毎日新聞,日本経済新聞及び産経新聞の各朝刊全国版の社会面広告欄に,別紙謝罪広告目録1記載の広告文を同目録記載の条件で,各1回ずつ掲載せよ。 5 原告のその余の請求を棄却する。 6 訴訟費用は,これを5分し,その1を被告の負担とし,その余は原告の負担とする。 7 この判決は,第2,第3項に限り,仮に執行することができる。 |
事実及び理由 | |
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請求
1 主文第1項及び第2項同旨 2 被告は,原告に対し,金2億2000万円及びこれに対する平成16年8月7日(訴状送達の日の翌日)から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 3 被告は,朝日新聞,読売新聞,毎日新聞,日本経済新聞及び産経新聞の各朝刊全国版の社会面広告欄に,別紙謝罪広告目録2記載の広告文を同目録記載の条件で,各1回ずつ掲載せよ。 |
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事案の概要
1 争いのない事実等(証拠を掲げていない事実は当事者間に争いがない。) (1) 当事者 原告は,エスカレーター及び動く歩道用のハンドレール並びにハンドレール用広告フィルムの輸入,製造,販売及び保守管理サービス等を業とする株式会社である。 被告は,エスカレーター用広告製品を製造販売する中華人民共和国香港の法人であるボイジャー・グローバル・メディア・リミテッド(分離前相被告。以下「ボイジャー」という。)の日本における総代理店である。 (2) ボイジャーの保有する特許権 ボイジャーは,次の特許権(以下「本件特許権」といい,本件特許権の明細書を「本件明細書」という。)を有している。 特許番号 第2813608号 発明の名称 動く手すり 出 願 日 昭和63年(1988年)5月18日 優先権主張国 オーストラリア連邦 優 先 日 1987年5月21日 登 録 日 平成10年(1998年)8月14日 特許請求の範囲 請求項1(以下,この発明を「本件特許発明1」という。) 「手すり上に取外し自在に載置された広告物または印刷物がカバーを通して見られる様に,実質的にそれを覆う透明なカバーを有する,動く歩道,エスカレータ等のための動く手すりであって,前記透明なカバーは,該手すりの上の部分として且つ手すりの上に突出することなく構成され,また,長手方向軸線のまわりに延びる少なくとも1つのカットアウト部分が前記手すりに設けられ,そして,該少なくとも1つのカットアウト部分は,前記広告物または印刷物が表示されたカード等が置ける様になっており,更に,前記カバーが前記カード上に設けられ,該カバーが前記カットアウト部分内にしっかりと,但し取外し自在に保持されることを特徴とする動く手すり」 請求項2(以下,この発明を「本件特許発明2」という。) 「手すり上に取外し自在に載置された広告物または印刷物がカバーを通して見られる様に,実質的にそれを覆う透明なカバーを有する,動く歩道,エスカレータ等のための動く手すりであって,前記透明なカバーは,該手すりの上の部分として且つ手すりの上に突出することなく構成され,そして,ポケットが手すりの一側に且つ前記上の部分と下の部分との間に設けられ,前記広告物または印刷物がその中へ挿入される様になっていることを特徴とする動く手すり」 請求項3(以下,この発明を「本件特許発明3」という。) 「ポケット内へ前記広告物または印刷物を挿入した後にプラグ等がポケット内へ挿入されるようになっていることを特徴とする,請求項2記載の動く手すり」 請求項4(以下,この発明を「本件特許発明4」という。) 「手すり上に取外し自在に載置された広告物または印刷物がカバーを通して見られる様に,実質的にそれを覆う透明なカバーを有する,動く歩道,エスカレータ等のための動く手すりであって,前記透明なカバーは,該手すりの上の部分として且つ手すりの上に突出することなく構成され,そして,前記カバーは,その縁に沿って手すりに固定的にまたは取り外し自在に取り付けられた窓部分と,手すりの他側に保持されるのに適したばねまたはバイアス部分とを有することを特徴とする動く手すり」 請求項5(以下,この発明を「本件特許発明5」という。) 「手すり上に取外し自在に載置された広告物または印刷物がカバーを通して見られる様に,実質的にそれを覆う透明なカバーを有する,動く歩道,エスカレータ等のための動く手すりであって,前記透明なカバーは,該手すりの上の部分として且つ手すりの上に突出することなく構成され,そして,前記カバーは,一側にばねまたはバイアスされた縁部分を有する窓部分を有し,前記広告物または印刷物を手すり上に載置した後には,該カバーは,縁部と係合している該ばねまたはバイアス部分によって手すり上に保持されるのに適合していることを特徴とする動く手すり」 請求項6(以下,この発明を「本件特許発明6」という。) 「動く歩道,エスカレータ等のための動く手すりであって,手すりの上の部分が,手すりの上面から手すりの長手方向の軸線のまわりに延びる少なくとも1つのカットアウト部分を有し,カットアウト部分の上部の長手方向の対向した縁が,カットアウト部分の開口部に沿って,手すりの中心に向かって下方に傾いた内側の面を有する1対のリップを形成すること,広告物または印刷物が書き込まれたカード等がカットアウト部分の下面の上に置かれること,及び,透明な材料でつくられたカバーが,カード等の上に置かれ,該カバーは,対応した形状であり,且つ前記リップによってカットアウト部分の中にしっかりと且つ取り外し自在に保持されるのに適したものであることを特徴とする動く手すり」 請求項7(以下,この発明を「本件特許発明7」という。) 「動く歩道,エスカレータ等のための動く手すりであって,手すりが,上の部分に,手すりの第1の側から長手方向に実質的に同じ平面で手すりの上面に延びる少なくとも1つのポケットが設けられており,該少なくとも1つのポケットは,広告物または印刷物が書き込まれたカード等を該少なくとも1つのポケットの中に受けるのに適していること,及び,プラグ等が,手すりの前記第1の側と当接関係で,該少なくとも1つのポケットの中にしっかりと但し随意に取り外し自在に挿入されており,手すりの該カード等の上の少なくとも上の部分が透明な材料でつくれていることを特徴とする動く手すり」 請求項8(以下,この発明を「本件特許発明8」という。) 「動く歩道,エスカレータ等のための動く手すりであって,手すりの上の部分に,第1の縁に沿って手すりの第1の長手方向の側にヒンジ結合され,第2の縁に沿って,手すりの第2の長手方向の側に保持されるのに適したばね等のバイアス部分により第2の縁に沿って取り外し自在に保持された,少なくとも1つの窓部材が設けられており,広告物または印刷物が書き込まれたカード等を該窓部材と手すりの残りの部分の間に置くことができることを特徴とする動く手すり」 請求項9(以下,この発明を「本件特許発明9」という。) 「動く歩道,エスカレータ等のための動く手すりであって,手すりの上の部分が,窓部材をその上で長手方向に受けるのに適しており,該窓部材が,それに沿って手すりのそれぞれの側で取り外し自在に受けられるのに適した長手方向のばねまたはバイアスされた縁を有し,広告物または印刷物を該窓部材と手すりの残りの部分との間へ置くことができることを特徴とする動く手すり」 請求項10(以下,この発明を「本件特許発明10」という。) 「手すり上に置かれた広告物または印刷物がカバーを通して見ることができるように透明な材料のカバーを実質的にその上に有する非直線形の移動路を有する動く歩道,エスカレータ等のための動く手すりであって,カバー及び広告物または印刷物が,手すりの該非直線形移動路に一致することを十分に可能にするように手すりの長手方向軸線に沿って曲げ自在であり,且つ,手すりの上面とカバーの上面との間に,該動く歩道,エスカレータ等の使用の間カバーの上面のかき傷を最小にするのに十分な凹部が設けられていることを特徴とする動く手すり」 (3) 被告製品の製造販売 ボイジャーは,「エスカレーターハンドレールアドバタイジング」と称する本件特許発明の実施品であるエスカレーター用広告製品(以下「被告製品」という。)を製造し,被告は,被告製品の我が国における独占的販売権を有し,我が国内において被告製品の販売を行っており,原告と競争関係にある。 (4) 原告によるハンドレール用広告フィルムの輸入販売 原告は,業として,別紙物件目録記載のハンドレール用広告フィルム(以下「原告製品」という。)を輸入販売し,エスカレーター等のハンドレールに設置する業務を行っている。 原告製品の構成及び使用態様並びに原告製品を設置したハンドレール(以下「原告ハンドレール」という。)の構成は,別紙原告製品目録記載のとおりである(甲4)。 (5) 被告及びボイジャーの行為 ア ボイジャーは,原告の取引先である株式会社ビデオプロモーション(以下「ビデオプロモーション」という。)に対し,原告製品及びその適用の仕方が,本件特許権に包含されるさまざまな請求項と一致する可能性があり,その違反になるというのが弊社の意見である旨の平成15年1月9日付けの文書(以下「ボイジャー文書1」という。甲5)を送付した。 イ 原告は,これを受けて,ボイジャーに対し,同月15日付け回答書(以下「原告回答書1」という。甲6)において,原告製品は本件特許権を侵害するものではない旨を詳細に説明した上で,以後同様の書面を原告の顧客らに対して送付しないよう,送付した場合は,事前の通知なく法的措置を講ずる旨警告した。 ウ その後,ボイジャーは,ビデオプロモーションに対し,原告製品及びその使用方法は,本件特許に含まれるさまざまなクレームに一致する可能性があり,それらを侵害するものであること,ボイジャーはビデオプロモーションに対し,原告からの協力を取り付けることを要求したが未だ回答がないこと,そこで,改めて,原告製品及び使用方法が,本件特許のクレームに抵触しないことを確認する書面を提供するよう協力を要求する旨の同年9月9日付けの文書(以下「ボイジャー文書2」という。甲7)を送付し,さらに,原告に対しても,同月8日付けで同様の内容の文書(甲8)を送付した。 エ 被告も,ビデオプロモーションに対して,原告製品は,本件特許権を侵害するおそれがある旨の同月17日付けの文書(以下「被告文書」という。甲9)を送付し,原告に対しても,同様の内容の同日付けの文書(甲10)を送付した。 オ 原告は,同年9月18日付けで,ボイジャーに対して回答書(以下「原告回答書2」という。甲11)を送付し,同月22日付けで,被告に対しても同様の回答書(以下「原告回答書3」という。甲12)を送付した。原告は,これらの回答書の中で,原告製品は本件特許権を侵害しないこと及び今後ボイジャー及び被告が原告の顧客らに対して,同様の文書を送付した場合,原告は法的手段を講じる旨警告した。 カ しかし,ボイジャーは,原告の上記警告を無視して,平成16年2月9日,原告の顧客であり,当時原告製品を使用するウェブサイト上の広告活動をしていたディー・エイチ・エル・ジャパン株式会社(以下「DHL」という。)に対し,「貴殿が貴社のウェブサイト上で示しておられた広告方法によって,貴社は無意識のうちに,弊社の特許を侵害したことになるものと考えられます。貴社の広告は,日本において弊社が認定したライセンシー……を通しておりません」という内容を記載した文書(以下「ボイジャー文書3」という。甲13)を送付した。 (6) 原告製品は,本件特許発明1ないし10のうち,本件特許発明1ないし3,6ないし8及び10の技術的範囲に属しない。 (7) 本件特許発明4,5及び9を構成要件に分説すると次のとおりである。 ア 本件特許発明4について 4-A 手すり上に取外し自在に載置された広告物または印刷物がカバーを通して見られる様に,実質的にそれを覆う透明なカバーを有する,動く歩道,エスカレータ等のための動く手すりであって, 4-B 前記透明なカバーは,該手すりの上の部分として且つ手すりの上に突出することなく構成され, 4-C そして,前記カバーは,その縁に沿って手すりに固定的にまたは取り外し自在に取り付けられた窓部分と, 4-D 手すりの他側に保持されるのに適したばねまたはバイアス部分とを有することを特徴とする 4-E 動く手すり イ 本件特許発明5について 5-A 手すり上に取外し自在に載置された広告物または印刷物がカバーを通して見られる様に,実質的にそれを覆う透明なカバーを有する,動く歩道,エスカレータ等のための動く手すりであって, 5-B 前記透明なカバーは,該手すりの上の部分として且つ手すりの上に突出することなく構成され, 5-C そして,前記カバーは,一側にばねまたはバイアスされた縁部分を有する窓部分を有し, 5-D 前記広告物または印刷物を手すり上に載置した後には,該カバーは,縁部と係合している該ばねまたはバイアス部分によって手すり上に保持されるのに適合していることを特徴とする 5-E 動く手すり ウ 本件特許発明9について 9-A 動く歩道,エスカレータ等のための動く手すりであって, 9-B 手すりの上の部分が,窓部材をその上で長手方向に受けるのに適しており, 9-C 該窓部材が,それに沿って手すりのそれぞれの側で取り外し自在に受けられるのに適した長手方向のばねまたはバイアスされた縁を有し, 9-D 広告物または印刷物を該窓部材と手すりの残りの部分との間へ置くことができることを特徴とする 9-E 動く手すり (8) 原告ハンドレールは,本件特許発明4の構成要件4-A及び4-E,本件特許発明5の構成要件5-A及び5-E並びに本件特許発明9の構成要件9-A及び9-Eをそれぞれ充足する。 2 本件は,原告が,原告の行為は本件特許権を侵害しないと主張して,被告に対し,被告が本件特許権の専用実施権又は通常実施権に基づく差止請求権,損害賠償請求権及び不当利得返還請求権のいずれも有しないことの確認を求めるとともに,被告及びボイジャーが原告の得意先に対し上記各文書を送付した行為が不正競争防止法2条1項14号所定の虚偽の事実の告知又は流布する行為であり,両者の共同不法行為に当たると主張して,同法3条に基づく告知又は流布行為の差止め,同法4条に基づく損害賠償及び同法7条に基づく謝罪広告を求める事案である。 3 争点 (1) 本件特許発明4の構成要件の充足性 原告ハンドレールは本件特許発明4の構成要件4-B,4-C及び4-Dを充足するか (2) 本件特許発明5の構成要件充足性 原告ハンドレールは本件特許発明5の構成要件5-B,5-C及び5-Dを充足するか (3) 本件特許発明9の構成要件充足性 原告ハンドレールは本件特許発明9の構成要件9-B,9-C及び9-Dを充足するか (4) ボイジャー及び被告による上記各文書の送付は,不正競争防止法2条1項14号所定の不正競争行為に当たるか。また,ボイジャーによる文書の送付について被告が共同不法行為責任を負うか。 (5) 被告の故意又は過失の有無 (6) 損害の発生及びその額 (7) 謝罪広告の要否 |
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争点に関する当事者の主張
1 争点(1)(本件特許発明4の構成要件の充足性)について 〔被告の主張〕 (1) 構成要件4-Bの充足性 ア 構成要件の解釈 構成要件4-Bの「手すりの上に突出することなく」は,手すりの上に凹凸を生じないというものであり,本件特許発明4の本質的特徴である。 この点,原告は,本件明細書の第1図を根拠に,それを原告ハンドレールと比較すると異なることは明らかであると主張するが,同第1図は,本件特許発明4に属する発明の一例にすぎず,これとの単純な比較によって,構成要件の非充足を主張することは誤りである。 イ 原告ハンドレールとの対比 原告製品もまたハンドレールの手すりの上に凹凸なく貼り付けられたものであるから,原告ハンドレールは構成要件4-Bを充足する。 (2) 構成要件4-Cの充足性 ア 構成要件の解釈 (ア) 構成要件4-Cのうち,「前記カバーは,その縁に沿って手すりに固定的にまたは取り外し自在に取り付けられた窓部分」という構成は,カバーの窓部分の縁部分が,手すりに固定的に又は取り外し自在に取り付けられているというものであり,この「固定的にまたは取り外し自在に取り付け」という取付方法には,窓部分の縁部分を手すりに貼付する方法も含むというべきである。なぜならば,この取付方法には,本件明細書に「図示されていない他の実施例は,如何なる形での印刷物などでも手すり1へ戴置することから成り,この上に,乾燥した時に不透明でない硬化性液体の形のコーティングを施される。可塑性のPVC等の様なこのコーティングは,印刷物を掻き傷,野蛮な取り外しや,手すり機構の走査による損傷または取り外しから保護することができる。好ましい可塑性PVCコーティング等は,手すりがその通路を通る様に可撓性であるべきであり,火災を防止するために耐熱性であるべきであり,そして好適には,手すりの正しい操作を確保するため,光沢があり滑らかで且つ適当なつるつるした表面になるべきである」(7欄下から6行から8欄5行)と記載されているように,可塑性PVC等のコーティングも含まれており,このコーティングは,一旦硬化すると剥離は可能であるが,再利用不可能であり,貼付と同様の作用効果を発揮するものだからである。 (イ) また,「窓部分」は,ハンドレールの手すり上部に置かれた広告物を視認可能に被覆するものである。 イ 原告ハンドレールとの対比 (ア) 原告ハンドレールに設けられた原告製品と対比すると,原告製品は手すりの上面部と側面部の一部に貼付されているから,窓部分の縁部分(側面部の一部)をも貼付するものであり,上記ア(ア)で説明した「固定的にまたは取り外し自在に取り付け」を充足する。 (イ) 原告製品は,各種の広告が表面から視認可能に印刷されているものであるが,印刷された広告の上にさらにカバーがあるか否かは明確ではない。しかしながら,宣伝広告パンフレット(甲3)に「3か月の耐久性」があると説明されているのであるから,当然印刷された広告の上に何らかのカバーがあるはずである。そうであれば,そのカバーは,上記ア(イ)の「窓部分」に該当する。 (ウ) 以上により,原告ハンドレールは,構成要件4-Cを充足する。 (3) 構成要件4-Dの充足性 ア 構成要件の解釈 構成要件4-Dの「バイアス部分」は,カバーを手すりに保持するのに適した機能を発揮する部分であり,具体的には,手すりの上面部を除いて,両側の曲面部分である側面部の一部を包み込む部分である。なぜならば,カバーを貼付したとしても,この「バイアス部分」がないと,手すりが長時間繰り返し屈曲された場合に,その貼付状態を維持することが困難で,カバーを手すりに保持することができなくなるからである。 イ 原告ハンドレールとの対比 原告製品は,手すりの上面部だけでなく,側面部の一部までも包み込むものとなっているから,この「バイアス部分」を有している。 したがって,原告ハンドレールは,構成要件4-Dを充足する。 (4) 以上のとおり,原告製品を設置した原告ハンドレールは,本件特許発明4の技術的範囲に属するものである。したがって,この特許発明の生産にのみ用いる物である原告製品は,特許法101条に基づく間接侵害を構成する。 〔原告の主張〕 (1) 構成要件4-Bの充足性 ア 構成要件の解釈 構成要件4-Bは,「前記透明なカバーは,該手すりの上の部分として且つ手すりの上に突出することなく構成され」と記載されている。そして,本件明細書の第1図からも明らかなように,カバー6は手すりの一部として構成されており,カバー6の表面が手すりの上表面(図赤線)よりも突出していない。このように,「突出することなく構成され」とは,カバーの表面が手すりの上表面よりも出ていないものを指すというべきである。 イ 原告ハンドレールとの対比 原告ハンドレールにおいて,原告製品は,ハンドレールとは別の部材であり,ハンドレール(手すり)の上表面よりも突出している。したがって,原告ハンドレールは,構成要件4-Bを具備するものではなく,本件特許発明4の技術的範囲に属するものではない。 (2) 構成要件4-Cの充足性 ア 構成要件の解釈 構成要件4-Cでは,「取り外し自在に取り付けられた窓部分」と明記されている。したがって,本件特許発明4は,手すりに「窓部分」が存在することが必須の要件としている。 なお,被告は,本件明細書の実施例において,印刷物の上に可塑性PVC等をコーティングすることが記載されているから,「固定的にまたは取り外し自在に取り付け」という取付方法には,窓部分の縁部分を手すりに貼付する方法も含むと主張する。しかし,可塑性PVC等のコーティングは,本件明細書の記載によれば,手すりに載置された印刷物の上に施されて印刷物を保護するものであって,窓部分の縁部分を手すりに貼着するためのものではない。しかも,構成要件4-Dにおいて,カバーが「ばねまたはバイアス部分」を有することを規定しているが,可塑性PVC等をコーティングしてカバーを形成した場合,カバーに「ばねまたはバイアス部分」を設けることは不可能である。よって,被告が引用する本件明細書の記載は,本件特許発明4とは別の発明に関するものであり,当該記載に基づいて本件特許発明4の用語を解釈することは誤りである。さらに,液体の可塑性PVC等をコーティングしてカバーを形成することと,カバーを貼付することは全く別の構成であり,仮に可塑性PVC等をコーティングする構成が含まれたとしても,貼付という別の構成が含まれることにはならない。 イ 原告ハンドレールとの対比 原告ハンドレールは,原告製品目録記載のとおり,普通に使用されているハンドレールを使用し,何の加工もしていないハンドレールの滑らかな上面部と側面部の一部を覆って原告製品が貼付されたものであるから,構成要件4-Cにおける「窓部分」が設けられていない。 被告は,広告の上に何らかのカバーが存在しているはずであると推量し,このカバーが「窓部分」に相当すると主張するが,単なる被告の推測に過ぎない。原告ハンドレールは,原告製品を表面に貼付させるだけであり,その上に別途カバーの窓部分を設ける構成ではない。なお,被告は,別途カバーの窓部分を設けず,原告製品の一部がカバーの窓部分として機能すると主張するかもしれないが,原告製品は,全面に広告が印刷される印刷層を有するので,仮に広告の上に何らかのカバーが存在したとしても,それは印刷層に取り付けられており,「手すりに取り付けられた窓部材」に相当するものではない。 (3) 構成要件4-Dの充足性 ア 構成要件の解釈 構成要件4-Dでは,「手すりの他側に保持されるのに適したばねまたはバイアス部分」と明記されている。したがって,本件特許発明4は,カバーに「ばねまたはバイアス部分」が存在することが必須の要件としている。 被告は,「バイアス部分」は,カバーを手すりに保持するのに適した機能を発揮する部分であり,具体的には,手すりの上面を除いて,両側の曲面部分である側面部の一部を包み込む部分である旨独自の主張を行うが,本件明細書には,「バイアス部分」について,「カバー16の他の側には,手すり1の底部19とカチンと係合するばねまたはバイアスされる部分18が設けられている。」(7欄25行ないし27行)と記載されており,同明細書の第5図には,「ばねまたはバイアスされる部分18」として手すりに対応した形状に曲げ加工されている部分が示されている。これらの記載によれば,本件特許の「バイアス部分」とは,ばねと同様の機能を持つ部分であって,手すりの底部と物理的に係合する部分である。 イ 原告ハンドレールとの対比 原告ハンドレールは,原告製品目録記載のとおり,普通に使用されているハンドレールを使用し,何の加工もしていないハンドレールの滑らかな上面部と側面部の一部を覆って原告製品が貼付されたものであるから,構成要件4-Dにおける「ばねまたはバイアス部分」が設けられていない。 すなわち,原告製品は,曲げ加工されておらず,全て同じ構造の一枚の軟質フィルムであり,裏面全面が接着層としてハンドレールに接着されるものであるから,構成要件4-Dの「バイアス部分」は存在しない。 (4) 以上のとおり,原告ハンドレールは,本件特許発明4の技術的範囲にも属しないから本件特許権を侵害しないし,原告製品は,特許法101条に基づくいわゆる間接侵害を構成するものでもない。 2 争点(2)(本件特許発明5の構成要件の充足性)について 〔被告の主張〕 (1) 構成要件5-Bの充足性 ア 構成要件の解釈 上記1〔被告の主張〕(1)アと同様である。 イ 原告ハンドレールとの対比 上記1〔被告の主張〕(1)イと同様である (2) 構成要件5-Cの充足性 ア 構成要件の解釈 構成要件5-Cの「バイアスされた縁部分」及び「窓部分」の解釈は,上記1〔被告の主張〕(2)ア及び(3)アに記載されたとおりである。 イ 原告ハンドレールとの対比 上記1〔被告の主張〕(2)イ及び(3)イにおいて論じたのと同様の理由により,原告製品の手すりの側面部の一部を取り込む部分は「バイアスされた縁部分を有する窓部分」に相当する。以上によれば,原告ハンドレールは,構成要件5-Cを充足する。 (3) 構成要件5-Dの充足性 ア 構成要件の解釈 「バイアス部分」の解釈については,上記1〔被告の主張〕(3)アと同様である。 イ 原告ハンドレールとの対比 上記1〔被告の主張〕(3)イと同様である。よって,原告ハンドレールは,構成要件5-Dを充足する。 〔原告の主張〕 (1) 構成要件5-Bの充足性 ア 構成要件の解釈 構成要件5-Bの解釈は,上記1〔原告の主張〕(1)アと同様である。 イ 原告ハンドレールとの対比 原告ハンドレールにおいて,原告製品は,ハンドレールとは別の部材であり,しかも,ハンドレールの上表面よりも突出している。したがって,原告ハンドレールは,構成要件5-Bを充足しない。 (2) 構成要件5-C及び5-Dの充足性 ア 構成要件の解釈 構成要件5-C及び5-Dのうち,「窓部分」及び「バイアス部分」に関する解釈については,上記1〔原告の主張〕(2)アと同様である。 イ 原告ハンドレールとの対比 原告ハンドレールは,原告製品目録記載のとおり,普通に使用されているハンドレールを使用し,何の加工もしていないハンドレールの滑らかな上面部と側面部の一部を覆って原告製品が貼付されたものであり,原告製品は曲げ加工されておらず,縁部分も含めて全て同じ構造の一枚の軟質フィルムであり,裏面全面が接着層としてハンドレールに接着されるものであるから,構成要件5-Cの「一側にばねまたはバイアスされた縁部分を有する窓部分」及び構成要件5-Dの「縁部と係合している該ばねまたはバイアス部分によって手すり上に保持されるのに適合していること」を充足するものではない。 (3) 以上のとおり,原告ハンドレールは,本件特許発明5の技術的範囲にも属しないから本件特許権を侵害しないし,原告製品は,特許法101条に基づくいわゆる間接侵害を構成するものでもない。 3 争点(3)(本件特許発明9の構成要件の充足性)について 〔被告の主張〕 (1) 構成要件9-Bの充足性 ア 構成要件の解釈 上記1〔被告の主張〕(2)アと同様である。 イ 原告ハンドレールとの対比 原告ハンドレールには,ハンドレール自体に段差等の加工がされていないことは認めるが,原告ハンドレールに原告製品を貼付したからといって,原告製品がハンドレールと比較して突出するものではない。したがって,原告ハンドレールは,「窓部材をその上で長手方向に受けるのに適して」いるのであって,構成要件9-Bを充足する。 (2) 構成要件9-Cの充足性 ア 構成要件の解釈 構成要件9-Cの「該窓部材」及び「バイアスされた縁」の解釈は,上記1〔被告の主張〕(2)ア及び(3)アと同様である。 イ 原告ハンドレールとの対比 原告製品の手すり曲面部(側面部の一部)を包み込む部分は,「バイアスされた縁」に相当し,また,被告製品は,印刷部分を覆うカバーがあるものと思われるので,「該窓部材」に相当する。 ウ 以上により,原告ハンドレールは構成要件9-Cを充足する。 (3) 構成要件9-Dの充足性 ア 構成要件の解釈 構成要件9-Dの「該窓部材」の解釈は,上記1〔被告の主張〕(2)アと同様である。 イ 原告ハンドレールとの対比 上記3〔被告の主張〕(2)イと同様の理由により,原告ハンドレールは構成要件9-Dを充足する。 ウ 以上により,原告ハンドレールは構成要件9-Dを充足する。 〔原告の主張〕 (1) 構成要件9-Bの充足性 ア 構成要件の解釈 構成要件9-Bは,「手すりの上の部分が,窓部材をその上で長手方向に受けるのに適しており」と記載されている。本件特許発明9では,本件明細書の第1図からも明らかなように,手すりの上の部分には,長手方向に凹部3が形成されており,カバー6を設けても手すり1の上に突出しないように構成されている。 また,第5図においても,手すり1には長手方向に段差(図中赤丸で囲った部分)が形成されており,カバー16を設けても手すり1の上に突出しないように構成されている。 イ 原告ハンドレールとの対比 原告ハンドレールのハンドレールは,何も加工されておらず,原告製品を貼付するとハンドレールの上に原告製品が突出するものであり,原告製品を長手方向に受けるのに適した構成ではない。 したがって,原告ハンドレールは,構成要件9-Bを充足しない。 (2) 構成要件9-C及び9-Dの充足性 ア 構成要件の解釈 構成要件9-C及び9-Dの「窓部材」の解釈は,上記1〔原告の主張〕(2)アのとおりである。 イ 原告ハンドレールとの対比 原告ハンドレールは,原告製品目録記載のとおり,普通に使用されているハンドレールを使用し,何の加工もしていないハンドレールの滑らかな上面部と側面部の一部を覆って原告製品が貼付されたものであって,原告製品は,曲げ加工されておらず,縁部分も含めて全て同じ構造の一枚の軟質フィルムであり,全面に広告が印刷される印刷層を有し,裏面の接着層によってハンドレールに接着されるものであるから,構成要件9-Cの「手すりのそれぞれの側で取り外し自在に受けられるのに適した長手方向のばねまたはバイアスされた縁」を有する「窓部材」及び構成要件9-Dの「広告物または印刷物を該窓部材と手すりの残りの部分との間へ置くこと」を充足するものではない。 ウ 以上のとおり,原告ハンドレールは,本件特許発明9の技術的範囲に属しないから本件特許権を侵害しないし,原告製品は,特許法101条に基づくいわゆる間接侵害を構成するものでもない。 4 争点(4)(不正競争行為の成否)について 〔原告の主張〕 (1) 被告自らの不正競争行為 上記第2の1(5)エのとおり,被告は,ビデオプロモーションに対して被告文書を送付した。しかし,上記第3の1ないし3の各〔原告の主張〕のとおり,原告製品が本件特許権を侵害する余地はなく,本件特許権に基づく差止め等の請求が認められる余地はないのであるから,被告がビデオプロモーションに対して被告文書を送付した行為は,この送付行為だけとらえても,不正競争防止法2条1項14号の虚偽の事実の告知又は流布に該当する。 (2) ボイジャーの不正競争行為 上記第2の1(5)ア,ウ及びカのとおり,ボイジャーは,ビデオプロモーションやDHLに対して,ボイジャー文書1ないし3を送付した。これらの送付行為も,上記(1)と同様,虚偽の事実の告知又は流布に該当する。 このようなボイジャーによる文書送付行為に関しても,被告は共同不法行為責任を負うべきである。すなわち,@ 被告は,ボイジャーの日本における総代理店であり,かつ,本件特許権の専用実施権者であったこと,A ボイジャーは,日本国内にて流通していた原告製品に関する文書を送付したものであり,このような情報は,日本における総代理店である被告から入手したことは明白であること,B 被告は,前記のとおり,平成15年9月17日付で文書送付行為を行ったところ,ほぼ同時期である同月8,9日にボイジャーも同様の内容の文書送付行為を行っていること等の事情からして,被告がボイジャーの上記不正競争行為についても積極的に関与をしていたのは明らかである。ボイジャーの日本総代理店として,被告製品を販売開始するに当たって,原告製品が本件特許権を侵害するおそれがある旨ボイジャーから説明を受けたと自ら主張する被告が,ボイジャーの活動に関心を有していないはずはないから,被告の主張は信用することができない。 (3) その他の警告書の送付行為 被告の同内容の警告書は,ビデオプロモーションやDHLにとどまらず,株式会社東急エージェンシー,株式会社ジェイアール東日本企画,株式会社ジェイアール西日本テクノス等の広告会社にも送付されている。 〔被告の主張〕 (1) 被告自らの不正競争行為について 被告は,ボイジャーの日本における総代理店であるが,ボイジャーから,原告及びビデオプロモーションが日本国内で原告製品の販売の準備をしており,本件特許権を侵害するおそれがある旨説明を受けた。また,本件特許の登録手続をした弁理士の意見も同様であった。そこで,被告は,ビデオプロモーションに対して,被告文書を送付して,原告製品が本件特許を侵害しないことを明らかにするように求めたに過ぎない。これに対し,原告は,原告回答書3(甲12)をもって,本件特許権の登録原簿上の権利者がボイジャーではないこと,被告が本件特許権について訴権を有しているかどうかは明らかではないこと,及びボイジャーに対して既に特許権を侵害していない旨回答していることを理由として,原告製品が本件特許権を侵害しないことについて具体的な回答を拒否した。 原告からの回答を受けて,被告は,ボイジャーに対し,本件特許権の侵害問題につき,ボイジャーと原告との間で主張の対立がある状況においては被告製品の販売活動を円滑に進めることはできないと述べ,原告との間で特許侵害問題を円満に解決するように求めた。 以上の経過からすれば,被告文書作成当時,原告製品が本件特許を侵害しているか,少なくとも,侵害のおそれがあると信じるに足る理由は十分に存在していたのであるから,「侵害のおそれがある」ということは虚偽の事実ではない。また,原告及びビデオプロモーションに対して被告文書を送付し,特許権侵害のおそれを指摘し,侵害しないことを明らかにするよう求めることは正当な範囲の行為であり,不正競争行為に該当しない。 (2) ボイジャーの不正競争行為について ボイジャーがビデオプロモーション及びDHLにボイジャー文書1ないし3を送付したことは認めるが,当時,被告は,ボイジャーと原告ないしビデオプロモーションとの具体的なやりとりの内容は知らなかった。これを知っていれば,被告自ら,原告製品が本件特許権を侵害しないことを明らかにするように文書で求めることなどするはずがない。 ボイジャーによる文書送付行為は,被告の関知するところではないので,仮に,ボイジャーによる文書送付行為が不正競争行為に該当するとしても,被告は,それについて共同不法行為責任を負わない。 (3) その他の警告書の送付行為について 被告は,その他の原告の顧客等に対して,原告製品が本件特許権を侵害するおそれがあるとする文書を送付したことはない。 5 争点(5)(被告の故意又は過失)について 〔原告の主張〕 (1) 原告は,ボイジャー文書2及び被告文書がビデオプロモーションに送付される以前に,ボイジャーに対し,原告回答書1によって原告製品は本件特許権を侵害しない旨回答し,ボイジャー文書3がDHLに送付される以前にも,ボイジャー及び被告に対し,原告回答書2及び3によって,原告製品は本件特許権を侵害しないこと,今後被告らが原告の顧客らに対して同様の文書を送付した場合,原告は法的手段を講じる旨警告している。したがって,原告の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知又は流布することについて,被告に故意又は過失が認められることは明らかである。 (2) 上記第3の1ないし3〔原告の主張〕のとおり,本件特許発明の技術的範囲に原告製品が含まれず,客観的に特許権侵害の事実が存在しないことは,容易に判別しうるものであるから,被告において「原告製品が本件特許権を侵害しているか,少なくとも,侵害のおそれがあると信じるに足る理由は十分に存在して」いたなどとは到底いえない。また,弁理士等専門家の意見に従って行動したとしても,それにより直ちに過失が否定されるわけではないのは当然であって,そもそも本件に関して弁理士がいかなる根拠に基づき,いかなる意見を示したのかすら全く明らかではない。仮に,弁理士が十分な調査もなく被告に意見を具申していたとすれば,同弁理士が共同不法行為責任を負うにすぎない。 以上のとおり,本件の不正競争行為に関し,被告の故意又は過失は否定のしようがない。 〔被告の主張〕 争う。被告は,日本国内で原告製品の販売準備をしているところ,原告製品が本件特許権を侵害するおそれがある旨ボイジャーから説明を受け,ボイジャーの日本国における本件特許登録手続を行った弁理士の意見も同様,原告製品は本件特許権を侵害するおそれがあるというものであった。よって,原告製品が本件特許権を侵害しているか,少なくとも,侵害のおそれがあると信じるに足る理由は十分に存在しており,したがって,「侵害のおそれがある」ということは虚偽の事実ではないから,原告及びその販売協働者であるビデオプロモーションに対して,特許権侵害のおそれを指摘し,侵害しないことを明らかにするよう求めることは,正当な範囲の行為であり,何ら不正競争行為には当たらない。 6 争点(6)(損害の発生及びその額)について 〔原告の主張〕 原告は,上記被告の不正競争行為により,次のとおりの損害を被った。 (1) 逸失利益 ア 被告が行なったビデオプロモーション及びDHLに対する虚偽の事実の告知又は流布により,原告は,ビデオプロモーション,DHL及びその他の顧客らとの新たな取引機会を逸した。 すなわち,原告は,平成15年8月27日,ビデオプロモーションとの間で,原告製品の販売に関する覚書を締結し(甲15),協働による原告製品の販売促進を準備していた。しかし,その矢先の同年9月17日,被告による被告文書の送付行為により,ビデオプロモーションは萎縮し,原告製品の販売促進を中断せざるを得なくなった。さらに,平成16年2月9日,ボイジャーが原告の重要な顧客であるDHLに対し,ボイジャー文書3を送り付けたことにより,原告は,DHLとのその後の原告製品に関する取引の機会を喪失した。 その他にも,当時,サントリー株式会社,西日本旅客鉄道株式会社,株式会社エヌ・ティ・ティ・ドコモ,タワーレコード株式会社及びTDK株式会社等が原告製品を採用していたが(甲16ないし19),被告又はボイジャーによる上記文書の送付を聞き及び,これが原因でその後の継続的な取引にまでは至らなかった(甲14)。また,原告は,ボイジャー文書1ないし3及び被告文書の送付行為が行われる以前から,原告製品の販売促進活動を強力に推し進めていたので,原告製品の採用に関心を有していた企業は上記大手企業の他にも多数存在し,例えば,原告のプレゼンテーションを受けて正式に原告との取引開始を企図していた企業には,ソニー株式会社,東日本旅客鉄道株式会社,デックス東京ビーチ及び株式会社コジマ等の企業が名を連ねていた(甲20ないし23)。しかしながら,これら企業も,被告又はボイジャーによる上記文書の送付を聞き及び,結局は原告製品の発注を行うには至らなかった(甲14)。なお,上記第3の4〔原告の主張〕(3)のとおり,原告製品が本件特許を侵害するおそれがある旨の被告又はボイジャー作成の文書は,ビデオプロモーションやDHLに留まらず,株式会社東急エージェンシーや株式会社ジェイアール東日本企画,株式会社ジェイアール西日本テクノス等伝播性の高い広告会社にも送付されていた(甲14)。 このように,被告及びボイジャーは,執拗かつ広汎に,虚偽の事実を告知又は流布したものであって,あたかも原告製品が特許侵害品であるかのような事実無根の噂が伝播し,上記のとおり,原告製品の採用を検討していた企業ですら全て取引から手を引く結果となり,現在に至ってもほとんど新たな発注を得られていない状況である。 イ 原告製品の利益率について(甲14) 原告製品の利益は,1メートル当たり以下のとおりである。 卸売価格 1500円 最低販売価格 4500円 諸経費 500円 利益 2500円 エスカレーター1機当たりのハンドレール用広告フィルムの平均的な長さは左右合わせて約80メートルであるから,エスカレーター1機分の受注により得られる原告製品の利益は,単純に算出しても2500円に80メートルを乗じた20万円である。また,原告製品を設置する場合は専用の貼付装置を利用するところ,貼付費用はエスカレーター1機当たり約14万円というのが標準であって,そのうち約6万円は原告の利益となる。 したがって,原告製品の販売利益は,貼付作業を含め,エスカレーター1機当たり約26万円である。 ウ 逸失利益の算出 原告製品は,平成15年12月,エスカレーター34機分に採用されたが,上記イの利益率に従い単純に計算すれば,当該月だけでも約884万円(26万円×34機)の利益があったものである。この平成15年12月時点での採用件数は販売初期段階の数字であり,最低販売数量というべきものであるが,仮にこの最低販売数量を基準に算出したとしても,同月から平成17年9月までの利益は,1億9448万円となる。 エ 以上によれば,被告及びボイジャーが行った原告製品が特許を侵害するおそれがある旨の虚偽事実の告知又は流布により顧客との新たな取引機会を逸したことによる逸失利益は,少なくとも1億8000万円は下らない。 (2) 信用毀損による無形損害 ア 原告は,エスカレーター用ハンドレールの販売につき業界で高い信頼を得てきており,革新的な広告媒体として原告製品を開発し,今後さらなる業績拡大が見込まれていた矢先,被告の不正競争行為により,その営業上の信用を毀損された。 イ 原告が被った信用毀損による無形損害は,2000万円を下らない。 (3) 弁護士及び弁理士費用 ア 原告は,本訴の提起及びその他関連手続の追行等を原告訴訟代理人らに委任した。 イ 原告の負担する弁護士及び弁理士費用のうち,少なくとも2000万円については,被告の不正競争行為と相当因果関係が認められる。 〔被告の主張〕 (1) 逸失利益について 原告は,被告の文書送付行為によって,ビデオプロモーションが萎縮し,原告製品の販売促進を中断せざるを得なくなったと主張する。しかし,その具体的な経緯,中断の時期,期間,及び中断が原告製品の販売促進にどの程度影響を及ぼしたのかについてなんら具体的な主張立証はない。ボイジャーによる文書送付行為についても同様である。 原告は,顧客会社ないし顧客見込みの会社が,被告又はボイジャーの文書送付行為を聞き及び,継続的な契約に至らなかった,あるいは,新規発注に至らなかった旨主張するが,この点を裏付ける証拠はなく,陳述書(甲14)の内容によっても,被告のいかなる文書を指しているのか,どのような経緯で,どのような情報に基づいて継続的な取引に至らなかったのか,具体的な主張はない。したがって,逸失利益に関する原告の主張は失当である。 (2) 信用毀損による無形損害並びに弁護士及び弁理士費用について 否認ないし争う。 7 争点(7)(謝罪広告の要否)について 〔原告の主張〕 被告による不正競争行為により,原告の顧客らに対する営業上の信用は失墜し,現在も回復していない。かかる状況にかんがみれば,原告の救済に金銭賠償による損害回復のみでは不十分であり,別紙謝罪広告目録2記載の謝罪広告を行なうことにより,原告の営業上の信用を回復する必要がある。 〔被告の主張〕 争う。 |
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当裁判所の判断
1 争点(1)(本件特許発明4の構成要件の充足性)について (1) 本件特許発明の内容 本件特許発明4,5及び9の特許請求の範囲の記載は,前記第2の1(2)のとおりであり,また,本件明細書には発明の詳細な説明として,以下のような記載がある(甲2)。 ア 「本発明は,広告そして更に詳しくは,把持用の手すりまたはバンドを利用する動く歩道,エスカレータなど上での広告に関するものである。」(4欄31行ないし33行) イ 「広告は,これまで階段及びエレベーターや階段室のような装置の構造物上に見られた。然しながら,エスカレータや動く歩道上の把持部または手すりは,広告の目的で利用されなかった。」(4欄34行ないし37行) ウ 「広告物をその中に挿入して透視できるような,動く歩道,エスカレータなど用の手すりを提供することが,本発明の1つの目的である。」 エ 「1つの大まかな形では,本発明は,手すり上に置いた広告物または印刷物がカバーを通して見えるような実質的に透明なカバーを有する,動く歩道,エスカレータなどのための手すりから成っている。本発明の他の面によれば,手すり及び手すりカバーが開示され,該手すりカバーは,該手すり上の印刷及びまたは印刷された物を保護し且つ該印刷物を可視的にするのに適している。」(4欄41行ないし48行) (2) 構成要件の4-Bの充足性 ア 構成要件4-Bの「透明なカバーは,……手すりの上に突出することなく構成され」の意義 (ア) 本件明細書には「カバー」の定義はないが,構成要件4-Bの「透明なカバーは,該手すりの上の部分として……構成され」との文言並びに上記(1)ウ認定の「広告物をその中に挿入して透視できるような……手すり」(発明の目的)及び同エ認定の「実質的に透明なカバーを有する……手すり」(課題を解決する手段)との記載からすれば,カバーは手すりの一部を構成するものであると認められる。 そして,本件明細書には「その手すりカバーは,手すりと一体に形成することができ,そして,枢着手段を設けてもよい。或いは,手すりカバーは,手すりの上にカチッと係合する1片の部材であり得る。」(4欄49行ないし5欄2行),「2片から成るカバーで,その下半分が手すりにカチッと係合し,一方その上半分が該下半分の露出面におかれた広告または印刷物を覆うように枢動自在であるカバー」(5欄3行ないし5行),「印刷物の挿入のための凹部(カットアウト)が設けられた手すりが開示され,それによって,一旦該印刷物が該凹部へ挿入されると,該印刷物を見える様にするカバーが該凹部へ戴置される」(5欄17行ないし20行)などと記載されており,本件明細書の実施例として記載された第1図及び第2図では,手すりの上部に凹形にカットアウトされた凹部が形成され,透明部材であるカバー6がその凹部に戴置される実施態様が記載されているが,カバーは,手すりの上面と同じ高さか若しくは上面より低く戴置されている。また,第5図では,手すりの上表面の一側が一部削られるような態様で手すりに段差が設けられ,その削り取られた上表面部分を埋めるような態様で他側が手すりと結合し,一側が手すりの底部19と係合しているカバー16が記載されている。 本件明細書の以上のような記載によれば,本件特許発明4の「手すり」は,カバーを外した状態若しくはカバーが存在しない状態では,上表面と両側面が連続した滑らかな表面を構成せず,手すりとしては不完全なものであって,カバーがその一部として戴置されてはじめて,手すりとしての連続した滑らかな表面を形成するような構成であり,かつ,カバーの表面が手すりの上表面より突出していないことを特徴とすると認められる。 (イ) この点,被告は,「手すりの上に突出することなく」というのは手すりの上に凹凸を生じないものをいうと主張する。しかしながら,「手すりの上に突出」してはならないのは「カバー」そのものであるから,単に手すりの上に凹凸がないことだけを意味するものでないことは文言上明らかである。 イ 原告ハンドレールとの対比について 原告ハンドレールは,原告製品目録のとおり,単に普通に使用されている手すりに原告製品を貼付するだけのものであるから,そもそも手すり自体には何らの加工も施されていない。したがって,原告ハンドレールにおいて,手すり自体は普通に使用される完全なものであって,手すりにはその一部を構成すべき「カバー」が存在しない。 また,原告製品は,原告製品目録のとおり,裏面に接着層が形成された軟質のフィルムであり,証拠(甲3)によれば,原告製品の素材は,特殊なウレタンフィルムであって,そのフィルムに直接フルカラーグラフィック印刷ができ,かつ3か月の耐久性を持つものと認められる。よって,原告製品の表面にさらにカバーがあるとは認められないが,仮に,原告製品の表面に何らかの加工が施されて,それがカバーと解釈されるようなものであったとしても,それはそもそも印刷物であるフィルムのカバーにすぎず,手すりの一部を構成すべき「カバー」とはいえない。 さらに,原告製品は,手すりの表面に貼付されるものであるから,その原告製品のさらに上表面を覆う「カバー」は「手すりの上に突出する」形状になることは明らかである。 したがって,原告ハンドレールは,構成要件4-Bを充足しない。 (3) 構成要件4-Dの充足性 ア 構成要件4-Dの「ばねまたはバイアス部分とを有する」の意義 (ア) 本件明細書には,「バイアス部分」についての定義がない。しかし,本件明細書の第5図の説明に関して,「カバー16の他の側には,手すり1の底部19とカチンと係合するばねまたはバイアスされる部分18が設けられている。」(7欄25行ないし27行)と記載されており,第5図には,「ばねまたはバイアスされる部分18」として手すりの1側端の湾曲形状に対応した形状に曲げ加工されている部分が示され,それが,「矢印20の方向の偏向進路に向かって動かされる」(7欄27行ないし28行)状態が記載されている。また,「バイアス」とは,一般に「斜め。偏り。偏向」という意味であるところ(広辞苑第5版2107頁),本件特許発明4では,「ばね」と同等のものとして規定されているところからすると,「バイアス部分」とは,ばねと同様の機能を持つ部分であって,弾性力によって手すりに保持される部分を意味するものと認められる。 (イ) この点,被告は,「バイアス部分」は,カバーを手すりに保持するのに適した機能を発揮する部分であり,具体的には,手すりの上面を除いて,両側の曲面部分である側面部の一部を包み込む部分である旨主張するが,「バイアス部分」は「カバー」が「手すりの他側に保持されるのに適した」ものでなければならず,そのためには,ある程度の強度があり,かつばねと同様の弾性力をもって手すりに保持される必要があるのであって,単に曲面部分の側面部の一部を包み込むだけでは「カバーを手すりに保持する」ことは困難であるから,この点に関する被告の主張は失当である。 イ 原告ハンドレールとの対比について 前記(2)イのとおり,原告製品は,裏面に接着層が形成された軟質のフィルムであり,かつごく一般に使用されるハンドレールの上表面に貼付するものであって,ばねと同等の機能を有するものではなく,フィルムの弾性力によってハンドレールに保持されるものでもないから,原告ハンドレールは「ばねまたはバイアス部分」を有しないことは明らかである。 したがって,原告ハンドレールは,構成要件4-Dを充足しない。 (4) 以上によれば,原告製品を設置した原告ハンドレールは,構成要件4-B及び4-Dを充足せず,その余の点について判断するまでもなく,本件特許発明4の技術的範囲に属しない。 2 争点(2)(本件特許発明5の構成要件の充足性)について (1) 構成要件5-Bの充足性 ア 構成要件5-Bの「透明なカバーは,……手すりの上に突出することなく構成され」の意義 「カバー」及び「手すりの上に突出する」の意義は,上記1(2)ア記載と同一である。 イ 原告ハンドレールとの対比について 原告ハンドレールの手すりにはその一部を構成すべき「カバー」が存在しないこと,原告製品は,手すりの表面に貼付されるものであるから,その原告製品のさらに上表面を覆う「カバー」は「手すりの上に突出する」形状になることは,上記1(2)イ記載のとおりである。 したがって,原告ハンドレールは,構成要件5-Bを充足しない。 (2) 構成要件5-Cの充足性 ア 構成要件5-Cの「ばねまたはバイアスされた縁部分を有する」の意義 「バイアスされた縁部分」の意義は,上記1(3)アの「バイアス部分」の記載と同様である。 イ 原告ハンドレールとの対比について 原告ハンドレールが「ばねまたはバイアス部分」を有しないことは,上記1(3)イのとおりである。 したがって,原告ハンドレールは,構成要件5-Cを充足しない。 (3) 構成要件5-Dの充足性 ア 構成要件5-Dの「ばねまたはバイアス部分によって手すり上に保持される」の意義 「バイアス部分」の意義は,上記1(3)ア記載と同一である。 イ 原告ハンドレールとの対比について 原告ハンドレールが「ばねまたはバイアス部分」を有しないことは,上記1(3)イのとおりである。 したがって,原告ハンドレールは,構成要件5-Dを充足しない。 (4) 以上によれば,原告製品を設置した原告ハンドレールは,構成要件5-B,5-C及び5-Dを充足せず,本件特許発明5の技術的範囲に属しない。 3 争点(3)(本件特許発明9の構成要件の充足性)について (1) 構成要件9-Bの充足性 ア 構成要件9-Bの「手すりの上の部分が,窓部材をその上で長手方向に受けるのに適しており」の意義 どのような場合が「手すりの上の部分が,窓部材をその上で……受けるのに適して」いる状態であるのか,本件明細書には明示されておらず,その構成は必ずしも明確ではない。しかし,特許請求の範囲に「手すりの上の部分が,……受けるのに適しており」と記載され,わざわざ「適しており」という文言を使用していること,本件明細書の実施例として記載されている第1図ないし第5図すべてにおいて,「窓部分」と解釈されるべき透明なカバー6(第1,2図),カバー16(第5図),上部部材8(第3図)及びフラップ部分12(第4図)が手すりに何らかの加工を施して手すりの一部として明示されていることからすれば,「手すりの上の部分が,……受けるのに適しており」とは,少なくとも,手すり自体になんらかの加工を施して,「窓部材」をその上で受けるものであると解釈するのが相当である。 イ 原告ハンドレールとの対比について 上記1(2)イのとおり,原告ハンドレールは,単に普通に使用されている手すりに原告製品を貼付するだけのものであるから,そもそも手すり自体には何らの加工も施されていない。したがって,原告ハンドレールは,「窓部材を……受けるのに適しており」に当たらない。 したがって,原告ハンドレールは,構成要件9-Bを充足しない。 (2) 構成要件9-Cの充足性 ア 構成要件9-Cの「該窓部材が,……ばねまたはバイアスされた縁を有し」の意義 「バイアスされた縁部分」の意義は,上記1(3)アの「バイアス部分」の記載と同様である。 イ 原告ハンドレールとの対比について 原告ハンドレールが「ばねまたはバイアスされた縁」を有しないことは,上記1(3)イのとおりである。 したがって,原告ハンドレールは,構成要件9-Cを充足しない。 (3) 以上によれば,原告製品を設置した原告ハンドレールは,構成要件9-B及び9-Cを充足せず,その余の点について判断するまでもなく,本件特許発明9の技術的範囲に属しない。 4 差止請求権等不存在確認請求について 以上のとおり,結局,原告製品を設置した原告ハンドレールは,本件特許発明1ないし10のいずれの技術的範囲にも属しないから,原告製品の輸入,製造,販売及び使用について,被告は,本件特許権の専用実施権及び通常実施権に基づく差止請求権等を有しないものといわざるを得ない。 5 争点(4)(不正競争行為の成否)について (1) 上記4のとおり,原告ハンドレールは本件特許発明1ないし10のいずれの技術的範囲にも属しないから,原告製品又は原告ハンドレールが本件特許権を侵害するものである若しくは侵害するおそれがある旨の被告文書の告知内容は,虚偽といわざるを得ない。 なお,原告は,被告の警告書は,ビデオプロモーションやDHLにとどまらず,株式会社東急エージェンシー,株式会社ジェイアール東日本企画,株式会社ジェイアール西日本テクノス等の広告会社にも送付されている旨主張するが,本件全証拠を精査しても,それらの事実を認めるに足りない。よって,この点に関する原告の主張は理由がない。 (2) 被告文書の送付行為について もっとも,このような場合であっても,特許権者等による告知行為が,告知した相手方自身に対する特許権の正当な権利行使の一環としてなされたものであると認められる場合には,違法性が阻却されると解するのが相当である。他方,その告知行為が特許権者の権利行使の一環としての外形をとりながらも,競業者の信用を毀損して特許権者が市場において優位に立つことを目的とし,内容ないし態様において社会通念上著しく不相当であるなど,権利行使の範囲を逸脱するものと認められる場合には違法性は阻却されず,不正競争防止法2条1項14号所定の不正競争行為に該当すると解すべきである。 本件においては,@ 前記のとおり,原告ハンドレールは本件特許発明1ないし10のいずれの技術的範囲にも属さず,被告自身,原告製品を設置した原告ハンドレールが,本件特許発明1ないし10のうち,その大部分の請求項である本件特許発明1ないし3,6ないし8及び10の技術的範囲に属しないことを自認しているにもかかわらず,被告文書では,その点について一切触れずに,漠然と原告製品が本件特許権を侵害するおそれがある旨告知していること,A 被告は,本件特許権の特許権者であってエスカレーター用広告製品の販売において原告と競争関係にあるボイジャーの日本における総代理店であり,かつ本件特許権の専用実施権者であるところ,ボイジャーは,上記第2の1(5)ア,ウ及びカのとおり,原告の取引先であるビデオプロモーションに対し,原告製品が本件特許を侵害する旨のボイジャー文書1を送付した直後,原告が,原告回答書1において,原告製品が本件特許権を侵害するものでない旨を詳細に説明した上で以後同様の書面を原告の顧客らに対して送付しないように警告したにもかかわらず,ビデオプロモーションに対し再度,原告製品が本件特許を侵害する旨のボイジャー文書2を送付したこと,被告文書は,ボイジャーによるこのような一連の文書送付行為の最中,平成15年9月9日付けのボイジャー文書2とほぼ時期を同じくする同月17日に送付されていること,B 被告が被告文書をビデオプロモーションに送付する際,被告は,ボイジャーから,原告及びビデオプロモーションが日本国内で原告製品の販売の準備をしており,本件特許権を侵害するおそれがある旨説明を受け,また,本件特許の登録手続をした弁理士の意見も同様であったと自ら主張していること,上記弁理士は,分離前相被告であったボイジャーの訴訟代理人を務めた上で辞任したA弁理士であること,C 被告は,原告に対しても,ビデオプロモーションに対しても,訴訟等の法的手続をとらなかったこと,D ボイジャーのボイジャー文書1ないし3の送付行為については,当裁判所が既に不正競争防止法2条1項14号所定の不正競争行為に該当するとの判決を言い渡していること,以上の事実が認められる。これらの事実に本件に現れた諸般の事情を総合考慮すると,被告が,原告の取引先であるビデオプロモーションに被告文書を送付した行為は,ボイジャーがビデオプロモーションやDHLに対しボイジャー文書1ないし3を送付した行為と相俟って,その告知行為が特許権者の権利行使の一環としての外形をとりながらも,競業者の信用を毀損して特許権者が市場において優位に立つことを目的とし,その態様も社会通念上不相当であって,権利行使の範囲を逸脱するものというべきであるから,違法性は阻却されず,競争関係にある原告の営業上の信用を害する虚偽の事実を告知又は流布する行為に当たるというべきである。 よって,被告文書の送付行為は,不正競争防止法2条1項14号所定の不正競争行為に該当する。 (3) ボイジャー文書の送付行為についての共同不法行為の成否 上記4のとおり,原告ハンドレールは本件特許発明1ないし10のいずれの技術的範囲にも属しないから,原告製品又は原告ハンドレールが本件特許権を侵害するものである若しくは侵害するおそれがある旨のボイジャー文書1ないし3の告知内容は,虚偽といわざるを得ない。ボイジャーのボイジャー文書1ないし3の送付行為については,当裁判所が既に不正競争防止法2条1項14号所定の不正競争行為に該当する旨の判決を言い渡したところであるが,被告がボイジャーによるボイジャー文書の送付行為に加担したことを認めるに足りない。 原告は,被告がボイジャーの日本における総代理店であり,かつ,本件特許の専用実施権者であった旨主張するが,上記事実をもってボイジャー文書の送付行為についての共同不法行為責任を認めるに足りない。また,原告は,原告製品に関する情報は,日本における総代理店である被告から入手した旨主張するが,上記事実を認めるに足りる証拠はなく,かえってボイジャー文書1(甲5)によれば,原告製品に関する情報は,ビデオプロモーションから入手したことがうかがわれる。さらに,原告は,被告文書の送付とほぼ同時期にボイジャー文書2が送付されたことを根拠として主張するが,弁論の全趣旨によれば,被告が被告文書をビデオプロモーションに送付したのは,ボイジャーから原告及びビデオプロモーションが日本国内で原告製品の販売の準備をしており,本件特許権を侵害するおそれがある旨説明を受けたことがきっかけになったものと推認され,被告文書の送付にボイジャーが加担したということはできても,ボイジャー文書の送付に被告が加担したということは困難である。 したがって,被告がボイジャーの行為についてまで共同不法行為責任を負うということはできない。 6 争点(5)(被告の故意又は過失)について (1) 上記4のとおり,原告ハンドレールは本件特許発明1ないし10のいずれの技術的範囲にも属しないが,上記第2の1(6)のとおり,被告は,原告製品を設置した原告ハンドレールが,本件特許発明1ないし10のうち,その大部分の請求項である本件特許発明1ないし3,6ないし8及び10の技術的範囲に属しないことを自ら認めている。また,被告は,被告が被告文書をビデオプロモーションに送付する際には,ボイジャーから原告及びビデオプロモーションが日本国内で原告製品の販売の準備をしており,本件特許権を侵害するおそれがある旨説明を受け,また,ボイジャーの日本における本件特許出願手続を行なった弁理士の意見も同様であったと主張しているものの,仮にそうであったとしても,その際,ボイジャーからどのような説明を受けたのか,また,上記弁理士が具体的にどのような意見を述べ,あるいは報告書を提出したのかなどの具体的な内容は全く明らかでない。その他,被告が被告文書を送付する際に,本件特許発明の内容と原告製品を設置した原告ハンドレールとを詳しく対比検討したことを窺わせる主張も証拠もなく,原告ハンドレールが本件特許発明1ないし10のいずれにも該当しないと認められることを考慮すると,被告によるビデオプロモーションに対する被告文書の送付行為について,少なくとも過失があったとの評価を免れることはできない。 (2) よって,被告は,不正競争行為に当たる自らの被告文書の送付行為によって原告が被った損害を賠償すべきである。 7 争点(6)(損害の発生及びその額)について (1) 逸失利益について ア 証拠(甲14ないし23)によれば,以下の事実が認められる。 (ア) 原告は,ハンドレール業界における世界的企業であるイー・エイチ・シー・グループの日本法人であり,平成14年10月ころから,日本において,原告製品の販売活動を始め,国内で高い信頼を得たため,売上げの増加,事業の拡大が期待されていた(甲14)。 (イ) 原告は,平成15年8月27日,ビデオプロモーションとの間で,原告製品の販売事業に関する覚書を締結し(甲15),同社を原告製品の販売事業に関する販売代理店に任命し,原告製品の販売促進のために将来合弁事業を立ち上げるなどの準備をしていたが,ボイジャーによる同年9月9日付けボイジャー文書2及び被告による同月17日付け被告文書の各送付行為により,ビデオプロモーションは,原告製品の販売促進を中断した(甲14)。 (ウ) ボイジャーが原告の重要な顧客であるDHLに対し,平成16年2月9日付けボイジャー文書3を送付したことにより,原告は,DHLとのその後の原告製品に関する取引の機会を喪失した(甲14)。 (エ) サントリー株式会社,西日本旅客鉄道株式会社及び株式会社エヌ・ティ・ティ・ドコモ等が原告製品を試験的に採用していたが(甲14,甲17ないし19),被告及びボイジャーによる上記各文書の送付の事実を聞き及び,原告とのその後の継続的な取引を断念した(甲14)。 (オ) 原告製品の採用に関心を有していた企業は上記大手企業の他にも複数存在し,例えば,ソニー株式会社,東日本旅客鉄道株式会社,デックス東京ビーチ及び株式会社コジマ等の企業が,原告のプレゼンテーションを受けて正式に原告との取引開始を企図していたが(甲20ないし23),これらの企業も,被告又はボイジャーによる上記文書の送付を聞き及び,原告製品の発注を行うには至らなかった(甲14)。 (カ) 原告製品は,平成15年12月に,DHL,ジェイアール西日本株式会社及び横浜駅ビルの3社において採用され,エスカレータ34機分の利用があったが,その後,平成17年9月まで,新規の受注がない状態が続いている(甲14)。 イ 以上認定の事実によれば,原告製品が複数の企業で一旦は採用され,若しくは採用に関心を示していた企業があったにもかかわらず,その後新たな取引機会を逸した原因の一つが,販売促進をする立場のビデオプロモーションに対する被告の被告文書送付行為であったものと推認される。もっとも,原告の売上げの減少が被告の上記不正競争行為のみに起因すると認めることはできず,また,被告文書送付行為の後である平成15年12月に,原告製品がDHL等3社において採用されたことにも照らすと,被告の行為と相当因果関係のある取引機会を逸した原告製品の販売数を算定することは極めて困難である。よって,不正競争防止法6条の3により,口頭弁論の全趣旨に基づき,平成17年9月までに取引機会を逸した原告の販売数を100機分と認める。 ウ 原告製品のエスカレータ1機分当たりの利益額について (ア) 証拠(甲14,22)によれば,エスカレーター1機当たりのハンドレール用広告フィルムの平均的な長さは左右合わせて約80メートルであること,同フィルムの1メートル当たりの最低販売価格は約4500円であり,卸売価格は約1500円であり,その他の諸経費は約500円であるから,被告が得られる利益は1メートル当たり約2500円であることが認められる。 したがって,原告製品の販売により得られる利益は,エスカレーター1機当たり20万円(2500円×80)と認められる。 (イ) また,証拠(甲14)によれば,原告製品をエスカレーターのハンドレールに設置する場合は専用の貼付装置を利用しなければならないところ,エレベーター1機当たりの貼付工事料は約14万円であるが,その貼付作業により原告が得る利益は,1機当たり約6万円と認められる。 (ウ) 以上により,貼付作業を含む原告製品の販売利益は,上記(ア)及び(イ)の合計であるエスカレーター1機当たり約26万円と認められる。 エ 被告の不正競争行為と相当因果関係のある逸失利益額について 上記イ及びウによれば,被告の不正競争行為と相当因果関係のある平成17年9月までの逸失利益の額は,2600万円をもって相当と認める。 (2) 信用毀損による無形損害について 上記(1)ア(ア)によれば,原告は,エスカレーター用ハンドレールの販売につき業界で高い信頼を得てきており,今後さらなる業績拡大が見込まれていたこと,その矢先,被告が行なったビデオプロモーションに対する虚偽の事実の告知又は流布により,原告は,新たな取引機会を逸したこと,ビデオプロモーションは原告の顧客ないし取引先であることが認められる。 そうすると,被告の不正競争行為によって,原告の営業上の信用が毀損され,その損害額は,本件訴訟に現れた一切の事情に照らし,200万円と認めるのが相当である。 (3) 弁護士及び弁理士費用について 本件訴訟に現れた一切の事情を総合考慮すると,被告の不正競争行為と相当因果関係のある弁護士費用は,200万円と認めるのが相当である。 (4) 合計 以上によれば,損害額の合計は,3000万円となる。 8 争点(7)(謝罪広告の要否)について 上記4ないし6の認定のとおり,被告が過失により原告に対する不正競争行為を行ったこと,被告の不正競争行為により,原告の顧客らに対する営業上の信用が失墜し,現在も回復していないことが認められるから,その結果,原告の営業上の信用を害したことは明らかである。 したがって,不正競争防止法7条に基づき,原告の営業上の信用を回復する措置を必要とするところ,原告は別紙謝罪広告目録2記載の広告文を求めるが,前記第2の1(5)の事実関係及び前記第4の5の認定判断に照らし,被告に別紙謝罪広告目録1記載の広告文を各新聞紙に掲載させるのが相当である。 9 結論 したがって,原告の請求は,以上の限度で理由があるからこれを認容し,その余は理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。 |
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物件目録ハンドレール用広告フィルム(製品名:アドレール)謝罪広告目録11広告文(1)見出し謝罪広告(2)本文(ただし,日付は広告掲載の日とする。)当社は,平成15年9月,貴社の取引先に対し,貴社の輸入販売するハンドレール用広告フィルム(製品名:アドレール)について,特許第2813608号を侵害するおそれがあるなどと記載した文書を送付しましたが,これは当社の誤った認識によるものでした。 当社は,ここに前記文書の記載を撤回するとともに,貴社の信用を害したことを謝罪いたします。 平成年月日株式会社綾イー・エイチ・シー・ジャパン株式会社御中2掲載条件(1)掲載条件ア縦2段イ横10センチメートル(2)活字の大きさ前記紙面に見出し及び本文を掲載し得る範囲で最大限の活字謝罪広告目録21広告文(1)見出し謝罪広告(2)本文(ただし,日付は広告掲載の日とする。)当社は,平成15年1月から平成16年2月までの間,貴社の取引先に対し,貴社の輸入販売するハンドレール用広告フィルム(製品名:アドレール)について,特許第2813608号を侵害するなどと記載した文書を送付しましたが,これは当社の誤った認識によるものでした。 当社は,ここに前記文書の記載を撤回するとともに,貴社の信用を害したことを謝罪いたします。 平成年月日株式会社綾イー・エイチ・シー・ジャパン株式会社御中2掲載条件(1)掲載条件ア縦2段イ横10センチメートル(2)活字の大きさ前記紙面に見出し及び本文を掲載し得る範囲で最大限の活字原告製品目録1原告製品について原告製品は,各種の広告が表面から視認可能に印刷され,裏面に接着層が形成された軟質のフィルムであり,使用前の状態では,接着層を保護する剥離シートが貼付されている。 後掲写真1は,原告製品を示す写真である。写真1から,原告製品に「EscalatorHandrailAdvertising」,「www.ehc-global.com」という記載とひまわりの花の画像が印刷されていることが視認できる。 後掲写真2は,原告製品の左下隅を剥離シートから剥がして折り返した状態を示す写真である。写真2から,原告製品を折り返して現れた裏面に形成された白色の接着層と,原告製品の折り返した後に残る剥離シートが確認できる。 2原告製品の使用態様原告製品は,剥離シートを剥がして接着層を露出させ,露出した接着層によってエスカレータ用ハンドレールの表面に貼付させる。単に原告製品を貼付するだけであるから,ハンドレールに加工をする必要はなく,普通に使用されているハンドレールを使用することができる。原告製品が貼付されたハンドレールは,原告製品を貼付した状態でエスカレータに取り付けられて稼働し,原告製品に印刷された広告の媒体として利用されるのである。 後掲写真3は,エスカレータ用ハンドレールである。写真3から,ハンドレールは,略平面状の上面部と,上面部の両端から下方に延びた略円弧状の側面部とからなる滑らかな略C字形の断面形状を有していることが確認できる。 後掲写真4は,原告製品をハンドレールに貼付した状態を示す写真である。 写真4から,原告製品は,何の加工もしていないハンドレールの滑らかな上面部と側面部の一部を覆って貼付されていることが確認できる。 |
裁判長裁判官 | 高部眞規子 |
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裁判官 | 東海林保 |
裁判官 | 田邉実 |