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審判番号(事件番号) データベース 権利
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令和4ネ10003特許権侵害差止請求控訴事件 判例 特許
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事件 令和 4年 (ネ) 10028号 特許権侵害差止請求控訴事件
令和4年7月13日判決言渡 令和4年(ネ)第10028号 特許権侵害差止請求控訴事件 (原審・東京地方裁判所令和2年(ワ)第19920号、同第22284号) 口頭弁論終結日 令和4年6月8日 5判決
控訴人 ワーナー−ランバート カンパニー リミテッド 10 ライアビリティー カンパニー
同訴訟代理人弁護士 飯村敏明
同 磯田直也
同 永島太郎 15 同森下梓
被控訴人 日本ケミファ株式会社 (以下「被控訴人日本ケミファ」という。) 20
被控訴人 日本薬品工業株式会社 (以下「被控訴人日本薬品工業」という。)
上記両名訴訟代理人弁護士 牧野知彦 25 同服部謙太朗
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2022/07/13
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 11 本件控訴をいずれも棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理のための付加期間を30日と定める。
5 事 実 及 び 理 由第1 控訴の趣旨1 原判決を取り消す。
2 被控訴人日本ケミファは、原判決別紙物件目録記載1の医薬品を製造し、
販売し、又は販売の申出をしてはならない。
10 被控訴人日本ケミファは、原判決別紙物件目録記載1の医薬品を廃棄せよ。
3 被控訴人日本薬品工業は、原判決別紙物件目録記載2の医薬品を製造し、
販売し、又は販売の申出をしてはならない。
被控訴人日本薬品工業は、原判決別紙物件目録記載2の医薬品を廃棄せよ。
第2 事案の概要等(以下、略称は、特に断りのない限り、原判決に従う。)15 1 事案の概要本件は、名称を「イソブチルGABAまたはその誘導体を含有する鎮痛剤」とする発明に係る特許権(本件特許権)を有する控訴人が、被控訴人らに対し、
被控訴人日本ケミファが原判決物件目録記載1の医薬品の製造、販売又は販売の申出をし、また、被控訴人日本薬品工業が原判決別紙物件目録記載2の医薬20 品の製造、販売又は販売の申出をすることは、本件特許権を侵害するものであると主張して、特許法100条1項及び2項に基づいて、被告医薬品の製造、
販売又は販売の申出の差止めと被告医薬品の廃棄を求める事案である。なお、
控訴人は、沢井製薬株式会社が本件特許の請求項1ないし4の発明について請求した無効審判(本件無効審判)の中で、上記各請求項の訂正請求を行った。
25 原判決は、@本件訂正請求による訂正前の請求項1の発明(訂正前発明1)及び同2の発明(訂正前発明2)との関係において、本件特許に係る明細書及2び図面(本件明細書等)の発明の詳細な説明実施可能要件を満たさず、また、
訂正前発明1及び2はサポート要件も満たさないから、訂正前発明1及び2はいずれも特許無効審判により無効にされるべきものであり、本件訂正は新規事項の追加に当たり訂正要件を具備するものではなく、かつ、仮に、訂正要件を5 充足したとしても、無効理由も解消されるものではないから、訂正の再抗弁は理由がないとし、さらに、A被告医薬品は、本件訂正後の請求項3の発明(本件発明3)及び同4の発明(本件発明4)のいずれの技術的範囲にも属しない(均等侵害を含む。)旨判断して、控訴人の請求をいずれも棄却した。
控訴人は、原判決を不服として本件控訴を提起した。
10 2 「前提となる事実」、「争点」及び「争点に関する当事者の主張」は、原判決9頁6行目末尾に行を改めて以下のとおり加え、後記3に当審における当事者の補充主張を付加するほかは、原判決の「事実及び理由」欄の第2の1及び2並びに第3に記載されたとおりであるから、これを引用する。
「カ 知的財産高等裁判所は、令和4年3月7日、前記審決取消訴訟につい15 て、控訴人の請求を棄却する旨の判決をした(乙27)。」3 当審における当事者の補充主張? 争点1−1(実施可能要件違反の有無)、争点1−2(サポート要件違反の有無)、争点2−1(無効理由の解消の有無)及び争点2−2(訂正要件の具備の有無)について20 ア 控訴人の主張痛みを発生原因から侵害受容性疼痛、神経障害性疼痛及び心因性疼痛の3つに区分することは誤りである。
本件特許の優先日(本件優先日)当時、@痛覚過敏や接触異痛は、全て、
末梢や中枢の神経細胞の感作という神経の機能異常によって生ずるもの25 であること、したがって、中枢神経に作用する薬剤を用いれば、末梢や中枢の神経細胞の感作が生じた原因にかかわらず、その神経細胞の感作を抑3制することによって痛みの治療ができるとの技術常識と、Aホルマリン試験、カラゲニン試験、術後疼痛試験は神経細胞の感作を反映する試験であり、神経障害性疼痛や線維筋痛症等の慢性疼痛に共通する痛覚過敏や接触異痛に対する薬剤の有効性を確認する試験であるとの技術常識があった。
5 したがって、これら技術常識を踏まえて本件明細書等の記載に接した当業者は、本件化合物が慢性疼痛全般に有用であることを十分に理解できる。
前記@の技術常識について従来から、痛覚過敏や接触異痛が神経細胞の感作によると文献で指摘されていたほか(甲40、77等)、線維筋痛症における痛覚過敏や接10 触異痛について中枢性感作によるものであることが明らかにされ(甲26、162、163、166等)、マスタードオイル試験やカプサイシン試験によって痛覚過敏や接触異痛の原因が中枢性感作によると結論付ける文献や(甲39、41、59等)、術後疼痛における痛覚過敏や接触異痛が中枢性感作又は神経細胞の感作によるとする 文献もあった15 (甲15の1、52、58、133等)。
そして、中枢神経に作用し、原因にかかわらず痛覚過敏や接触異痛を鎮痛することのできる薬剤としては、ケタミン(甲46等)やアミトリプチリン(甲146、164等)が存在し、さらに、抗てんかん薬であるギャバペンチン(甲136等)も知られていた。
20 前記Aの技術常識についてホルマリン試験の後期相は中枢性感作により生ずるものとされ(甲27、45ないし51、168等)、ホルマリン試験の後期相と神経障害性疼痛とを同視し、ホルマリン試験を中枢性感作による慢性疼痛のモデルとして利用していた研究や(甲42、161、164、168、1625 9等)、ホルマリン試験による、ケタミン、アミトリプチリンといった神経障害性疼痛治療薬の研究も行われていた(甲46、161、1644等)。また、カラゲニン試験は中枢性感作を反映したものであるとされ(甲57、72、146等)、カラゲニン試験は神経障害性疼痛の治療薬の探索に利用可能な動物モデルであるとされていた(甲146等)。
術後疼痛試験も術後に生ずる神経細胞の感作の機序を研究するための5 モデルとして生み出されたものである(甲15の1、52、58、133等)。
本件明細書等の記載についててんかんが中枢神経の異常興奮による病態であることは一般常識であり、本件化合物が抗てんかん薬として既知であり、神経伝達物質であ10 るグルタミン酸及びGABA類縁体であり、更に抗痛覚過敏作用を有するものであるから、本件化合物が中枢神経に作用して中枢性感作を抑制し、痛覚過敏や接触異痛を鎮痛できることを当業者は期待する。そして、
本件明細書等で比較例として使用されたギャバペンチンは、本件化合物と同じく既知の抗てんかん薬であり、中枢性感作を抑制し、神経障害性15 疼痛や神経障害の動物モデルに対しても効果を奏することが知られていたほか、ケタミン等、中枢神経に作用し、原因にかかわらず、痛覚過敏や接触異痛を鎮痛する中枢神経系作用薬も知られていた。さらに、いずれも、神経細胞の感作の痛みの研究や神経障害性疼痛治療薬の研究に用いられていたホルマリン試験、カラゲニン試験及び術後疼痛試験にお20 いて、本件化合物の有効性が示されている。以上からすると、当業者は、
本件明細書等の記載から、本件化合物が神経障害性疼痛や線維筋痛症においても効果を奏することを理解する。
イ 被控訴人らの主張前記ア@の技術常識について25 痛みの種類を問わず、痛覚過敏又は接触異痛等の痛みが全て神経細胞の感作で生ずるとの控訴人が前記ア@で主張するような技術常識は存5在しない。当業者は、痛みの種類や原因によって異なる治療法を用いていた。
また、ケタミン、アミトリプチリンが原因にかかわらずあらゆる疼痛に対して効果を奏するものと認めることはできないし、ギャバペンチン5 は、控訴人が提出した証拠によっても、作動メカニズムは知られていないのであって、原因にかかわらず痛覚過敏や接触異痛を治療できるとする控訴人の主張の論拠となるものではない。
前記Aの技術常識について当業者は、ホルマリン試験、カラゲニン試験、術後疼痛試験を神経細10 胞の感作の試験としては用いてはいないから、控訴人が前記アAで主張するような技術常識は存在しない。
控訴人は、仮説又は可能性を示唆するに止まる文献(甲42、161ないし164、166)や、本件化合物とは別の化合物に関する試験に関する文献(甲146)等をもって技術常識Aがあると主張するもので15 あって、誤りである。
疼痛の治療薬を評価するための動物モデルは、原因に応じて使い分けられており、侵害受容性疼痛の動物モデルと神経障害性疼痛の動物モデルがそれぞれ別々に存在しているから、侵害受容性疼痛の動物モデルを神経障害性疼痛の治療薬の探索に利用することはできない。
20 本件明細書等の記載について本件明細書等に接した当業者が、薬理試験結果の記載もないのに、本件化合物が神経障害性疼痛や線維筋痛症に効果を奏することを理解することは不可能である。
? 争点3−1(構成要件3B及び4Bの充足性)について25 ア 控訴人の主張主位的主張6炎症や手術の組織損傷により侵害受容器が刺激され、侵害受容性疼痛を生ずるとしても、他方で、炎症や手術で神経細胞の感作という神経の機能異常から神経障害性疼痛をも生ずるし、更には炎症や手術の心理的負担により心因性疼痛をも生ずる。つまり、炎症や手術を原因として、
5 侵害受容性疼痛、神経障害性疼痛、心因性疼痛の全てが生じ得る。そのため、炎症や手術を原因として侵害受容性疼痛を生ずるならばその痛みが神経障害性疼痛に該当しないということはできない。
本件発明3及び4は、カラゲニン試験及び術後疼痛試験で確かめられた、炎症や手術を原因として神経細胞の感作によって生じた痛覚過敏や10 接触異痛の痛みを特許請求の範囲に記載したものであるから、炎症性疼痛や術後疼痛とは別の疼痛分類である侵害受容性疼痛を持ち出して、その技術的範囲を更に限定することは誤りである。本件発明3及び4の技術的範囲は、炎症(手術)を原因として神経細胞の感作によって生じた痛覚過敏又は接触異痛の痛みと認定されるべきである。そして、
「神経障15 害性疼痛、線維筋痛症に伴う疼痛」を適応症とする被告医薬品が、純粋な神経疾患のみにより神経細胞の感作を生じている神経障害性疼痛や、
心因性の原因のみから感作を生じている線維筋痛症に限定して適応症を取得しているわけではないから、炎症や手術の組織損傷から神経細胞の感作を生じた場合、神経損傷や神経疾患で炎症を生じてこれにより神経20 細胞の感作を生じた場合、手術により炎症、組織損傷、神経損傷、神経疾患等を生じてこれにより神経細胞の感作を生じた場合等、本件発明3及び4の技術的範囲に含まれる様々な神経障害性疼痛や線維筋痛症に伴う疼痛を用途とすることは明らかであり、被告医薬品は、本件発明3及び4の技術的範囲に含まれる。
25 予備的主張仮に、本件発明3及び4の痛みが侵害受容性疼痛に該当する痛みに限7定されるとしても、侵害受容性疼痛においても神経障害性疼痛においても、共通して神経細胞の感作という神経の機能異常により痛覚過敏や接触異痛を生じている。このような場合、炎症や手術を原因として生ずる痛みは、炎症や手術の侵害刺激による侵害受容性疼痛と、炎症や手術を5 原因とする神経細胞の感作で生じる神経障害性疼痛とが区別できない痛みとして生じる。線維筋痛症も、炎症や手術により生じ、腱付着部炎を生ずる疾患であることから、その痛みは侵害受容性疼痛と区別できない。
しかも、侵害受容性疼痛においても、神経障害性疼痛及び線維筋痛症に伴う疼痛においても、共通して、神経細胞の感作という神経の機能異常10 により痛覚過敏や接触異痛を生じているから、本来どのような原因で痛みが生じたものであるのかを分離することも不可能である。
そうすると、炎症や手術を原因として痛みを生じている患者においては、侵害受容性疼痛と神経障害性疼痛及び線維筋痛症に伴う疼痛とで痛みの機序が同一であるので、それぞれの痛みを区別できないから、両者15 は同じ痛みであり、被告医薬品が、効能効果を「神経障害性疼痛、線維筋痛症に伴う疼痛」としてみたところで、被告医薬品の用途にはもともと侵害受容性疼痛が含まれていることになる。したがって、被告医薬品は、本件発明3及び4の技術的範囲に含まれる。
イ 被控訴人らの主張20 主位的主張について構成要件4Bの「炎症性疼痛」 「術後疼痛」が「神経障害性疼痛」や、
「線維筋痛症」を含まないことは明らかである。控訴人のクレーム解釈は、誤った技術常識を前提としたものであり、理由がない。
また、本件無効審判での経過等を踏まえると、構成要件3Bの「炎症25 を原因とする痛み」は構成要件4Bの「炎症性疼痛」と、構成要件3Bの「手術を原因とする痛み」は構成要件4Bの「術後疼痛」と同義であ8り、神経障害性疼痛及び線維筋痛症が含まれないことは明らかである。
したがって、被告医薬品の適応症である「神経障害性疼痛、線維筋痛症に伴う疼痛」は本件発明3及び4の「痛み」の範囲外であることは明らかである。
5 予備的主張について「神経細胞の感作」といった控訴人の主張が誤りであることは、前記イ のとおりである。
また、被告医薬品の添付文書に記載された効能又は効果は、
「神経障害性疼痛、線維筋痛症に伴う疼痛」であり、本件発明3及び4の用途又は10 混合性疼痛を用途(効能、効果)としているものではないし、混合性疼痛の治療に用いられることを意図して被告医薬品を販売しているものでもない。仮に、混合性疼痛の患者に対して処方される場合があったとしても、その場合に対象となっている痛みは飽くまでも神経障害性疼痛等であって、併存している侵害受容性疼痛ではないから、被告医薬品が本15 件発明3及び4の構成要件を充足するということにはならない。
? 争点3−2(被告医薬品は本件発明3及び4の技術的範囲に属するか(均等侵害))についてア 控訴人の主張均等論の第1要件において、本質的部分は、明細書に記載された従来技20 術との比較に基づき認定されるべきものであるところ、本件明細書等(2頁3ないし7行目、13ないし19行目、3頁44行目ないし4頁6行目)によれば、本件発明3及び4の本質的部分は、従来技術であるモルヒネ等の麻薬性鎮痛剤では処置の不十分な慢性疼痛のうち、炎症や手術を原因とする痛みに対し、本件化合物の鎮痛又は抗痛覚過敏作用を利用して、これ25 を鎮痛剤として用いる点に存し、その本質的部分は、侵害受容性疼痛に対するものとして用いるとの点ではない。
9したがって、本件発明3及び4の本質的部分が侵害受容性疼痛に限定されるとすることは誤りである。
イ 被控訴人らの主張本件発明3及び4は、医薬用途発明であるところ、既知の化合物である5 本件化合物が、本件発明3及び4で特定する侵害受容性疼痛の治療に有効であることを新たに見出したことが本件発明の本質的部分である。
これに対し、被告医薬品は、本件化合物を「神経障害性疼痛、線維筋痛症に伴う疼痛」に対する疼痛治療薬として用いるものであるから、本件発明3及び4の本質的部分において相違している。
10 第3 当裁判所の判断1 当裁判所も、控訴人の請求はいずれも理由がないものと判断する。その理由は、次のとおり、原判決の補正をし、後記2のとおり、控訴人の当審における補充主張等に対する判断を加えるほかは、原判決の第4に記載するとおりであるから、これを引用する。
15 (原判決の補正)22頁12行目の「8行目6行目」を「8頁6行目」と改める。
46頁25行目の「請求項1を」から47頁10行目末尾までを次のとおり改める。
「 請求項2を「神経障害又は線維筋痛症による、痛覚過敏又は接触異痛20 み」に訂正することは、本件明細書等からは認識し得ない、侵害受容性疼痛以外の疼痛である神経障害や線維筋痛症により生じた痛覚過敏や接触異痛の処置を請求項2に特定して導入するものであるということができる。
したがって、請求項2に係る訂正は、本件明細書等の全ての記載を総25 合することにより導かれる技術的事項との関係において、新たな技術的事項を導入するものであるというべきであるから、訂正要件を具備しな10い。
また、本件訂正前の請求項2は請求項1を引用しており、これらは一群の請求項を構成するところ、前記のとおり請求項2に係る訂正は訂正要件を具備しないから、訂正後の請求項2について別の訂正単位とする5 求めも認められず、対応する訂正前の請求項2と共に一群の請求項を構成する請求項1に係る訂正についても、訂正が許されないというべきである(特許法134条の2第3項参照) 」。
2 控訴人の当審における補充主張等に対する判断? 争点1−1(実施可能要件違反の有無)、争点1−2(サポート要件違反の10 有無)、争点2−1(無効理由の解消の有無)及び争点2−2(訂正要件の具備の有無)についてア 実施可能要件の判断基準について補正して引用する原判決の第4の2 において説示するところを敷衍すると、次のとおりである。
15 すなわち、平成14年法律第24号による改正前の特許法36条4項は、
明細書の発明の詳細な説明は、その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載しなければならないと定めるところ、この規定にいう「実施」とは、
物の発明については、その物の使用をする行為を含むのであるから(特許20 法2条3項1号)、特定の用途に供する物の発明について実施可能要件を満たすためには、明細書の発明の詳細な説明の記載が、当業者において、
その記載及び出願時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、当該発明に係る物を当該用途に使用等することができる程度のものでなければならない。
25 そして、医薬用途発明においては、一般に、物質名、化学構造等が示されることのみによっては、その有用性を予測することは困難であり、発明11の詳細な説明に、医薬の有効量、投与方法等が記載されていても、それだけでは、当業者において当該医薬が実際にその用途において使用できるかを予測することは困難であるから、当業者が過度の試行錯誤を要することなく当該発明に係る物を使用することができる程度の記載があるという5 ためには、明細書において、当該物質が当該用途に使用できることにつき薬理データ又はこれと同視することができる程度の事項を記載し、出願時の技術常識に照らして、当該物質が当該用途の医薬として使用できることを当業者が理解できるようにする必要があると解するのが相当である。
これを本件についてみると、引用に係る原判決の第2の1 のとおり、
10 訂正前発明1及び2は、本件化合物を「痛みの処置における鎮痛剤」の用途に使用する医薬用途発明であるから、訂正前発明1及び2について本件明細書等の発明の詳細な説明の記載が実施可能要件を満たすといえるためには、本件明細書等において、本件化合物が「痛みの処置における鎮痛剤」の用途に使用できることにつき薬理データ又はこれと同視することが15 できる程度の事項を記載し、本件特許出願日当時の技術常識に照らして、
本件化合物が当該用途の医薬として使用できることを当業者が理解できるようにする必要がある。
実施可能要件の充足について控訴人は、前記第2の3 アにおいて、痛みをまず発生原因から侵害受20 容性疼痛、神経障害性疼痛及び心因性疼痛の3つに区分することを誤りであると主張する。しかし、仮に、痛みが原因により、侵害受容性疼痛、神経障害性疼痛、心因性疼痛に分類され、炎症性疼痛や術後疼痛が侵害受容性疼痛に該当するとの原判決の前提によらないとしても、訂正前発明1及び2に係る特許に実施可能要件違反があるとする原判決の結論は左右さ25 れない。その理由は、以下のとおりである。
本件明細書等の記載について12a 引用に係る原判決の第4の1のとおり、本件明細書等には、
「本発明は、以下の式Iの化合物の、痛みの処置とくに慢性の疼痛性障害の処置における使用方法である。このような障害にはそれらに限定されるものではないが炎症性疼痛、術後疼痛、転移癌に伴う骨関節炎の痛み、
5 三叉神経痛、急性疱疹性および治療後神経痛、糖尿病性神経障害、カウザルギー、上腕神経叢捻除、後頭部神経痛、反射交感神経ジストロフィー、線維筋痛症、痛風、幻想肢痛、火傷痛ならびに他の形態の神経痛、神経障害および特発性疼痛症候群が包含される。 (2頁14な」いし19行目) 「本発明は、上記式Iの化合物の上に掲げた痛みの処、
10 置における鎮痛剤としての使用方法である。痛みにはとくに炎症性疼痛、神経障害の痛み、癌の痛み、術後疼痛、および原因不明の痛みである特発性疼痛たとえば幻想肢痛が包含される。神経障害性の痛みは末梢知覚神経の傷害または感染によって起こる。これには以下に限定されるものではないが、末梢神経の外傷、ヘルペスウイルス感染、糖15 尿病、カウザルギー、神経叢捻除、神経腫、四肢切断、および血管炎からの痛みが包含される。神経障害性の痛みはまた、慢性アルコール症、ヒト免疫不全ウイルス感染、甲状腺機能低下症、尿毒症またはビタミン欠乏からの神経障害によっても起こる。神経障害性の痛みには、
神経傷害によって起こる痛みに限らず、たとえば糖尿病による痛みも20 包含される。 (3頁45行目ないし4頁3行目)とする記載があり、
」各種の痛みが区分して記載されているところ、炎症性疼痛及び術後疼痛と、「神経障害の痛み」ないし「神経障害性の痛み」(これらは「神経障害性疼痛」と同義と理解される。)及び線維筋痛症は、明確に区分されている。
25 また、上記記載によれば、
「神経障害性の痛みは末梢知覚神経の障害または感染によって起こる」とされ、国際疼痛学会の用語リスト(甲1377)でも、
「神経障害性疼痛」は「神経系の一次的な損傷、あるいはその機能異常が原因となって生じた疼痛」と定義付けられているから、
神経障害性の痛み(神経障害性疼痛)と炎症性疼痛及び術後疼痛とは、
それぞれ別の原因によって生じる別の痛みと分類されるものと認める5 のが相当である。
b 本件明細書等における前記aの記載は、訂正前各発明が対象とする痛みの名称や原因等を列挙したのにすぎないものであるから、当業者においては、これらの記載を見ても、訂正前各発明に係る本件化合物がこれらの各痛みに対する鎮痛効果を有することは理解できないとい10 うべきところ、本件明細書等には、薬理データ又はこれと同視し得る程度の事項として、@ホルマリン試験の結果、Aカラゲニン試験の結果、B術後疼痛試験の結果が記載されている。
上記@のホルマリン試験は、試験薬物投与後、5%ホルマリン溶液50μlをラットの左後肢の足蹠表面への皮下注射し、注射した後肢15 のリッキング(舐める行動)又はバイティング(咬む行動)を観察した結果に係るものであるが(5頁47行目ないし6頁10行目) これ、
は、ラットに人為的にホルマリンを投与して足蹠に炎症を起こさせた状態に関する試験結果であり、文献にも、例えば、 ホルマリン試験は、
「動物における侵害刺激のモデルとして使用されてきている。 甲27)」( 、
20 「ホルマリン試験は・・・侵害受容の標準的動物モデルの1つと考えるべきである。 (甲45)のような記載が存在するから、炎症性疼痛」に関する試験と理解するものと認めるのが相当である。なお、後記bのとおり、個々には上記各記載と異なる記載をする文献があるが、
これらの文献からホルマリン試験が神経障害を原因とする痛みに対す25 る効果を確認する試験であることが本件特許出願日当時の技術常識であったことを認めることはできない。したがって、ホルマリン試験が、
14本件明細書等において炎症性疼痛とは別の痛みとされている神経障害性疼痛及び線維筋痛症に伴う痛みに関するものとは理解されない。
上記Aのカラゲニン試験は、2%カラゲニン100μlをラットの右後肢の足蹠表面に皮下注射した後、試験薬物を投与し、ラット足蹠5 加圧試験による機械的痛覚過敏又は足蹠回避潜時(PWL)による熱的痛覚過敏の状況を観察した結果に係るものであるが(6頁11ないし32行目)、本件明細書等に「これらのデータは・・・CI−1008が炎症性疼痛の処置に有効であることを示す。 (6頁31ないし3」2行目)との記載があり、文献にも、例えば、
「カラゲニンは、炎症及10 び痛覚過敏を誘発するために広く使用されている。 (甲57)との記」載が存在するから、この試験も炎症性疼痛に関する試験と認められ、
本件明細書等においてこれとは別の痛みとされている神経障害性疼痛及び線維筋痛症に伴う痛みに関するものとは理解されない。
上記Bの術後疼痛試験は、試験薬剤を投与前若しくは投与後に、ラ15 ットの後肢足蹠面の皮膚、筋膜及び筋肉を切開し、この手術の前後に足蹠回避潜時(PWL)による熱痛覚過敏又はシーメンス・ワインシュタイン・フォン・フライの毛を用いた接触異痛の状況を観察した結果に係るものであるが(6頁37行目ないし8頁23行目) 本件明細、
書等にも「ここに掲げた結果はラット足蹠筋肉の切開は少なくとも320 時間続く熱痛覚過敏および接触異痛を誘発することを示している。本試験の主要な所見は、ギャバペンチンおよびS−(+)−3−イソブチルギャバがいずれの侵害受容反応の遮断に対しても等しく有効なことである。 (8頁18ないし23行目)との記載があるから、この試」験は、術後疼痛に関するものと認められ、本件明細書等においてこれ25 とは別の痛みとされている神経障害性疼痛及び線維筋痛症に伴う痛みに関するものではない。
15c 本件明細書等には、
「Bennett G.J.のアッセイはヒトに認められるのと類似の疼痛感覚の障害を生じるラットにおける末梢性単発神経障害の動物モデルを提供する(Pain、1988; 33: 87−107) 」 「Kim。、
S.H.らのアッセイは、ラットにおける分節脊椎神経の結紮によって5 生じる末梢神経障害の一つの実験モデルを提供する(Pain、1990; 50: 355−363)。 (6頁33ないし36行目)と神経障害に関する動」物モデルを紹介する記載があるが、具体的な試験結果は開示されていない。
d 以上のとおり、本件明細書等には、神経障害性疼痛及び線維筋痛症10 に伴う痛みと炎症性疼痛とは、それぞれ別の痛みと分類されているところ、試験結果は、炎症性疼痛及び術後疼痛に関するものが開示されているのみで、神経障害性疼痛及び線維筋痛症に伴う痛みに関するものは開示されていない。また、本件化合物がモルヒネとは異なる効果を奏したからといって、本件化合物がモルヒネが無効な痛みに効果を15 奏すると理解することはできないし、仮に、控訴人が主張するように前記各試験において本件化合物がギャバペンチンよりも優れた効果を奏したからといって、ギャバペンチンとは異なる本件化合物が、ギャバペンチンが有効であると確認された全ての痛みにも同様の効果を奏すると理解することもできない。
20 そうすると、本件明細書等の記載に接した当業者は、少なくとも、
本件化合物が神経障害性疼痛及び線維筋痛症に伴う痛みに対して鎮痛効果を奏すると理解することはできない。
技術常識について控訴人は、本件優先日における技術常識について、種々主張するとこ25 ろ(なお、実施可能要件については、本件特許出願日当時を基準に判断すべきであるから、以下、これを本件特許出願日当時の技術常識に関す16る主張であると理解することにする。ちなみに、どちらの見解に立とうと、本件における結論には影響しない。 、その主張の要点は、@痛覚過)敏及び接触異痛については、原因を問わず末梢又は中枢の神経細胞の感作によって生じるから、中枢神経に作用する薬剤により原因を問わず痛5 覚過敏や接触異痛を鎮痛できることが技術常識として知られていた(以下「技術常識A」という。 、Aホルマリン試験、カラゲニン試験、術後)疼痛試験は中枢性感作による痛みに関する試験として用いることが技術常識として知られていた(以下「技術常識B」という。)というところにあり、したがって、当業者は、上記 の程度にとどまる本件明細書等の10 記載に接したとしても、本件化合物が原因を問わずいかなる痛覚過敏や接触異痛に対しても有効であることを理解するというところにある。
そこで、控訴人が主張する技術常識A及びBの存否について、以下検討する。
技術常識Aについて15 控訴人は、前記第2の3 ア のとおり、技術常識Aを明らかにするため、その主たる根拠として、@痛覚過敏や接触異痛の機序として神経細胞の感作が含まれることを指摘しているとする文献(甲15の1、26、39ないし41、52、58、128、130、133、
162、163、166等)の記載や、Aケタミン、アミトリプチリ20 ン及びギャバペンチンが、中枢神経に作用して原因にかかわらず痛覚過敏や接触異痛を鎮痛しているとする文献(甲136、146、164等)の記載を援用する。
しかしながら、上記@の文献には、発症の原因を異にする痛覚過敏及び接触異痛の痛みの全てについて、具体的に末梢や中枢の神経細胞25 にどのような共通の変化等が生じ、これに薬剤がどのような共通の作用を及ぼし得るのかなどについての具体的かつ説得的な記載は見られ17ず、これらの文献によっても、発症の原因を異にするあらゆる痛覚過敏や接触異痛の痛みがその原因にかかわらず共通して末梢や中枢の神経細胞の感作によって引き起こされる神経の機能異常により生じるものと認識されていたとの技術常識が本件特許出願日当時に存していた5 と認めるに足りないし、ましてや、中枢神経に作用する薬剤であれば痛覚過敏及び接触異痛の痛みの全てに効果を奏するとの技術常識が存在していたと認めることはできない。
また、上記Aの文献によると、本件特許出願日当時、ケタミンやアミトリプチリンがNMDA受容体を遮断し、これにより痛覚過敏や接10 触異痛を軽減されることがあり得るとの知見や、抗てんかん薬のギャバペンチンが神経障害性疼痛の治療に有効であることを示唆する見解が存在したこと自体は認めることができるが、これらの文献によっても、中枢神経に作用する薬剤であれば痛覚過敏及び接触異痛の痛みの全てに効果を奏するとの技術常識が本件特許出願日当時に存在してい15 たということはできないし、ましてや、化合物としては異なる本件化合物が、薬理試験もないままに全ての疼痛に対して効果を奏すると自然に理解できるような技術常識が存在したことを認めることはできない。
以上のとおりであるから、本件特許出願日当時、技術常識Aが存在20 したと認めるに足りる的確な証拠はないというべきである。
技術常識Bについて控訴人は、前記第2の3 ア のとおり、技術常識Bを明らかにするため、その主たる根拠として、@ホルマリン試験の後期相が中枢性感作を反映するものであり、このことからホルマリン試験を神経障害25 性疼痛研究のモデルとしているとする文献(甲27、42、45ないし51、161、164、168、169等)の記載、Aカラゲニン18試験が神経障害性疼痛の治療薬の探索に利用可能な動物モデルであるとする文献(甲57、72、146等)の記載、B術後疼痛試験が術後に生ずる神経細胞の感作の機序を研究するためのモデルとして生み出されたことを裏付けるとする文献(甲15の1、52、58、135 3等)の記載を援用する。
しかしながら、上記@の文献によると、本件特許出願日当時、ホルマリン試験の後期相を中枢性感作を反映するものと捉える知見が存在したことまではうかがわれるものの、前記aにおいて説示したとおり、
痛覚過敏や接触異痛の痛みがその原因にかかわらず共通して末梢や中10 枢の神経細胞の感作によって引き起こされる神経の機能異常により生じることが本件特許出願日当時の技術常識であると認めるに足りないのであるから、ホルマリン試験の後期相に中枢性感作を反映する面がみられるとしても、これをもって、ホルマリン試験が原因を異にするあらゆる痛覚過敏や接触異痛の痛みに対する薬剤の効果を確認するた15 めの試験とされていたと認めることはできないし、上記@の文献の記載からは、ホルマリン試験が神経障害性疼痛研究のモデルとされているとまで読み取ることはできない。むしろ、ホルマリン試験の後期相は、持続する侵害刺激の受容を研究するために有用なモデルとして考えられていたと認められることは、引用に係る原判決の第4の2 ウ20 のとおりである。そうすると、上記@の文献によっても、控訴人が主張するようにホルマリン試験の後期相を神経障害性疼痛に関する試験として用いることが、本件特許出願日当時、技術常識として知られていたと認めることはできない。
次に、上記Aの文献によると、本件出願日当時、カラゲニン試験の25 結果が神経細胞の感作やNMDAレセプターと関連すると捉えた知見や、術後の疼痛が中枢性感作やNMDAレセプターと関連すると捉え19た知見が存在したことまではうかがわれるものの、前記aにおいて説示したとおり、痛覚過敏や接触異痛の痛みがその原因にかかわらず共通して抹消や中枢の神経細胞の感作によって引き起こされる神経の機能異常により生じることが本件特許出願日当時の技術常識であると認5 めるに足りないのであるから、神経細胞の感作と関連があることのみを根拠に、カラゲニン試験及び術後疼痛試験が神経障害を原因とする痛覚過敏や接触異痛の痛みに対する薬剤の効果を確認するための試験とされていたことが、本件出願日当時の技術常識であったと認めることはできない。
10 以上のとおりであるから、本件特許出願日当時、技術常識Bが存在したものと認めるに足りる的確な証拠はないというべきである。
c 控訴人は、その他、技術常識A及びBの存在を裏付けるためとして、
種々の主張を重ね、また、多種多様な文献を証拠として提出するが、
控訴人の主張は、自らが立証責任を負うべき技術常識A及びBの存在15 について各文献の記載はそれを否定するものではないといった主張にとどまるものが多く、証拠として提出された文献も、痛覚過敏及び接触異痛が全て末梢又は中枢の神経細胞の感作であって中枢に作用する薬剤を用いれば原因を問わずいかなる痛みも抑制できることが本件特許出願日当時の技術常識であったなどとの事実を立証するにはおよそ20 的確なものとはいい難いものであるから、いずれにしても、前記認定判断を左右するものではない。
小括以上によれば、控訴人が主張する技術常識A及びBを認めることはできないから、本件明細書等の発明の詳細な説明は、前記イ のとおりに25 解釈されるべきものである。したがって、本件明細書等に接した当業者は、少なくとも、本件化合物が神経障害性疼痛及び線維筋痛症に伴う痛20みに対して鎮痛効果を奏すると理解することはできない。
そうすると、本件明細書等には、明細書の発明の詳細な説明の記載及び本件特許出願日当時の技術常識に基づいて、過度の試行錯誤を要することなく、請求項記載の「痛み」に対して鎮痛効果を奏することが確認5 できる程度の記載があるとはいえないから、訂正前発明1及び2の関係において本件明細書等の記載は、実施可能要件を充足しないというべきである。
ウ サポート要件違反について訂正前発明1及び2が解決しようとする課題は、本件明細書等記載の神10 経障害性疼痛や心因性疼痛を含む様々な痛みの処置に有効な鎮痛剤を提供することになることは、引用に係る原判決の第4の3 のとおりであるところ、本件明細書等によっては、本件化合物が神経障害性疼痛及び線維筋痛症に伴う痛みに対して鎮痛効果を奏するものと当業者が認識することができないことは前記イのとおりであるから、仮に、痛みが原因により15 侵害受容性疼痛、神経障害性疼痛、心因性疼痛に分類され、炎症性疼痛や術後疼痛が侵害受容性疼痛に該当するとの原判決の前提によらないとしても、訂正前発明1及び2は、本件明細書等の発明の詳細な説明に記載された発明であるとは認められない。
したがって、訂正前発明1及び2に係る特許請求の範囲の記載は、サポ20 ート要件を充足しない。
エ 無効理由の解消の有無及び訂正要件違反についてこれまで説示したところによれば、仮に、痛みが原因により侵害受容性疼痛、神経障害性疼痛、心因性疼痛に分類され、炎症性疼痛や術後疼痛が侵害受容性疼痛に該当するとの原判決の前提によらないとしても、本件訂25 正のうち、請求項2に係る訂正は、本件明細書等の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係において、本件明細書等からその21効果を奏することが理解できない新たな痛み(神経障害性疼痛及び線維筋痛症)の治療用途という新たな技術的事項を導入するものといえるから、
訂正要件を満たさない。したがって、一群の請求項である請求項1に関する訂正を含め、本件訂正は訂正要件を具備しないものといえるし、かつ、
5 仮に、訂正要件を具備するとしても、本件明細書等には、本件訂正後の本件発明1及び2が規定する「痛み」に対して鎮痛効果を奏することが確認できる程度の記載があるといえないのであるから、本件訂正によっても無効事由が解消しないことは明らかである。
オ まとめ10 以上のとおり、訂正前発明1及び2は、実施可能要件及びサポート要件を満たさず、本件訂正は訂正要件を具備するものではなく、かつ、仮に、
訂正要件を具備するとしても、無効理由を解消するものではなく、無効とされるべきものであるから、控訴人の主張は採用し得ない。
争点3−1(構成要件3B及び4Bの充足性)について15 控訴人は、前記第2の3 アにおいて、本件発明3が規定する「炎症を原因とする痛み、又は手術を原因とする痛み」(構成要件3B)及び本件発明4が規定する「炎症性疼痛による痛覚過敏の痛み、又は術後疼痛による痛覚過敏若しくは接触異痛の痛み」(構成要件4B)を侵害受容性疼痛に分類されるべきものに限定することは誤りである旨主張する。しかし、仮に、これらの20 痛みが侵害受容性疼痛に該当するとの原判決の前提によらないとしても、被告医薬品が本件発明3及び4のいずれの技術的範囲に属しないとする原判決の結論は左右されない。その理由は、以下のとおりである。
構成要件3B、4Bについて訂正前発明4は、
「痛みが炎症性疼痛、神経障害による痛み、癌による25 痛み、術後疼痛、幻想肢痛、火傷痛、痛風の痛み、骨関節炎の痛み、三叉神経痛の痛み、急性ヘルペスおよびヘルペス後の痛み、カウザルギー22の痛み、特発性の痛み、または線維筋痛症である・・・鎮痛剤。」とするのに対して、本件発明4は、「・・・炎症性疼痛による痛覚過敏の痛み、
又は術後疼痛による痛覚過敏若しくは接触異痛の痛みの処置における鎮痛剤」として、
「炎症性疼痛」又は「術後疼痛」を原因とするものに限定5 しているから、構成要件4Bの「炎症性疼痛による痛覚過敏の痛み、又は術後疼痛による痛覚過敏若しくは接触異痛の痛み」とは、少なくとも、
神経障害と線維筋痛症とは異なる原因から生じる「痛覚過敏の痛み」又は「接触異痛の痛み」(ただし、術後疼痛に係るものに限る。)を対象とするものと解される。
10 そうすると、神経障害又は線維筋痛症から生じる「痛覚過敏の痛み」や「接触異痛の痛み」は、本件発明4の技術的範囲には含まれないものというべきである。
次に、本件発明3は、
「・・・炎症を原因とする痛み、又は手術を原因とする痛みの処置における鎮痛剤。」とするところ、この「炎症を原因と15 する痛み、又は手術を原因とする痛み」が、
「炎症性疼痛」又は「術後疼痛」を指すものかは、特許請求の範囲の記載からは必ずしも明らかではない。
そこで、本件明細書等の記載をみるところ、前記?イ のとおり、本件明細書等には、本件化合物に係る試験結果として、炎症性疼痛及び術20 後疼痛に関するものが開示されているのみであるから、 炎症を原因とす「る痛み」又は「手術を原因とする痛み」は、それぞれ、
「炎症性疼痛」及び「術後疼痛」を単に言い換えたものにすぎないと理解するのが自然である。そうすると、前記 で説示するとおり、神経障害又は線維筋痛症から生じる「痛み」は、本件発明3の技術的範囲に含まれないものとい25 うべきである。
このような解釈は、本件訂正の経緯にも整合する。すなわち、控訴人23が本件訂正に当たって特許庁に提出した上申書(甲18)には、
「訂正発明3及び4において、鎮痛剤の処置対象である痛みを、審決の予告において実施可能要件及びサポート要件を満たすと判断された『炎症を原因とする痛み(炎症性疼痛)』及び『手術を原因とする痛み(術後疼痛)』5 に限定した。」と記載されている。そして、審決の予告(甲21)は、訂正前発明3及び4が実施可能要件及びサポート要件を満たさない理由として、
「当業者は、本件明細書の発明の詳細な説明に記載の上記3種の薬理試験結果の記載に接しても、本件発明に係る鎮痛剤が、『炎症性疼痛』及び『術後疼痛』以外の請求項4に記載の各痛みの処置における鎮痛効10 果を有することを認識することができない。 として、
」 本件明細書等の発明の詳細な説明の記載が実施可能要件を充足しないとしたものであることからすると、本件訂正は、
「炎症性疼痛」及び「術後疼痛」以外の請求項4に記載の各痛み(神経障害又は線維筋痛症から生じる「痛み」を含む。)を除外したことは明らかである。
15 イ 被告医薬品の充足性について引用に係る原判決の第2の1 アによれば、被告医薬品は「効能・効果を神経障害性疼痛及び線維筋痛症に伴う疼痛」とするものであるから、前記アで説示したところからすると、被告医薬品は、本件発明3及び4の技術的範囲に属さないものと認められる。
20 ウ 控訴人の主張について控訴人は、主位的には、本件発明3及び4の技術的範囲は、侵害受容性疼痛に分類されるべきものではなく、炎症(手術)を原因として神経細胞の感作によって生じた痛覚過敏又は接触異痛の痛みと認定されるべきところ、被告医薬品は、炎症(手術)による炎症から神経損傷等を生じて、
25 これにより神経細胞の感作を生じて発症した神経障害性疼痛や線維筋痛症に伴う疼痛を用途として含むから、本件発明3及び4の技術的範囲に含24まれる旨主張し、予備的には、本件発明3及び4の痛みが侵害受容性疼痛に該当する痛みに限定されるとしても、炎症や手術を原因として生じた侵害受容性疼痛と炎症や手術を原因とした神経障害性疼痛及び線維筋痛症に伴う疼痛とを区別できないから、被告医薬品は本件発明3及び4の技術5 的範囲に含まれる旨主張する。
しかしながら、被告医薬品の添付文書(甲13)に記載された効能又は効果は、
「神経障害性疼痛、線維筋痛症に伴う疼痛」であり、これら疼痛を侵害受容性疼痛に分類されるものに限定するか否かにかかわらず、その用途は、前記アにおいて説示したとおり、本件発明3及び4の用途である「炎10 症性疼痛」又は「術後疼痛」とは異なるものである。また、仮に、患者の主観において、どの痛みがどの原因によって発症しているかを区別することができず、
「炎症性疼痛」又は「術後疼痛」の痛みと神経障害性疼痛又は線維筋痛症に伴う疼痛が混在して発症し得るとしても、それぞれは別の原因から生じた痛みであって治療の対象も異にするのであるし、前示のとお15 り、被告医薬品の添付文書の「効能・効果」欄には「神経障害性疼痛、線維筋痛症に伴う疼痛」のみが記載され、
「用法・用量」欄もこれを前提としており、炎症や手術を原因とする痛みに対して用いられることは記載されておらず(甲13)、被控訴人らにおいて、炎症や手術を原因とする痛みや「混合性疼痛」の治療に用いられることを意図して被告医薬品を製造販売20 しているものと認めるに足りる証拠もない。そして、被告医薬品が混合性疼痛の患者に対して処方される場合があったとしても、その場合に対象となっている痛みは、あくまでも神経障害性疼痛又は線維筋痛症に伴う疼痛に対するものであって、併存している「炎症性疼痛」又は「術後疼痛」に対するものとはいえない。したがって、被告医薬品が本件発明3及び4の25 構成要件3B及び4Bを充足することにはならない。
以上によれば、控訴人の上記主位的主張及び予備的主張はいずれも採用25できない。
エ 以上のとおりであるから、いずれにしても、被告医薬品が本件発明3及び4に係る本件特許権を文言侵害するとはいえず、控訴人の主張は採用し得ない。
5 争点3−2(均等侵害の成否)について控訴人は、前記第2の3 アにおいて、本件発明3及び4の本質的部分が侵害受容性疼痛に限定されることは誤りである旨主張する。しかし、仮に、
本件発明3及び4の本質的部分が侵害受容性疼痛に限定されるとの原判決の前提によらないとしても、本件発明3及び4が処置対象とする痛みを、神経10 障害性疼痛及び線維筋痛症に伴う疼痛に置換することは、本件発明3及び4の本質的部分を置換することに当たるので、均等の第1要件を満たさないとする原判決の結論は左右されない。その理由は、以下のとおりである。
均等の第1要件は、特許発明の構成と被疑侵害品の構成とに異なる部分が存在する場合であっても、この相違部分が特許発明の本質的部分ではないこ15 とを求めており、ここで、特許発明の「本質的部分」とは、当該特許発明の特許請求の範囲の記載のうち、従来技術にみられない特有の技術的思想を構成する特徴的部分であると解すべきである。
そして、本件明細書等には、
「本発明は、痛みの治療において鎮痛/抗痛覚過敏作用を発揮する化合物としてのグルタミン酸およびγ−アミノ酪酸(G20 ABA)の類縁体の使用である」(2頁4行ないし5行目)「痛みの処置とく、
に慢性の疼痛性障害の処置における使用方法である。このような障害には・・・炎症性疼痛、術後疼痛・・・が包含される」(2頁14行ないし19行目)、
「現在市場にある鎮痛剤たとえば麻薬性鎮痛剤または非ステロイド性抗炎症薬(NSAID)では、不十分な効果または副作用からの限界により不完全25 な処置しか行われていないことは周知である」(4頁4行ないし6行目)と記載され、具体的には、薬理試験の結果を踏まえて、ホルマリン試験の結果に26ついて「ホルマリン応答の後期相におけるリッキング/バイティング行動を、・・・用量依存性にブロックした」(6頁6行ないし7行目)と、カラゲニン試験の結果について「CI−1008が炎症性疼痛の処置に有効であることを示す」(6頁31行ないし32行目)と、術後疼痛試験の結果について5 「S−(+)−3−イソブチルギャバがいずれの侵害受容反応の遮断に対しても等しく有効なことである」(8頁19行ないし21行目)と記載されている。
これらの記載と、前記?において認定判断した本件明細書等の記載から実施可能といえる範囲を併せ考えれば、本件発明3及び4の本質的部分は、従10 来の麻薬性鎮痛剤又は非ステロイド性抗炎症薬では十分に処置されなかった慢性の疼痛性障害のうち、本件発明3については「炎症を原因とする痛み、
又は手術を原因とする痛み」を、本件発明4については「炎症性疼痛による痛覚過敏の痛み、又は術後疼痛による痛覚過敏若しくは接触異痛の痛み」を、
本件化合物で処置することであると認められる。なお、これらの痛みは、侵15 害受容性疼痛という概念を用いるか否かにかかわらず、炎症性疼痛又は術後疼痛を意味し、神経障害性疼痛又は線維筋痛症に伴う疼痛とは異なる概念であることは前記のとおりである。
そうすると、本件発明3及び4が処置対象とする上記痛みを、神経障害性疼痛及び線維筋痛症に伴う疼痛に置換することは、本件発明3及び4の本質20 的部分を置換することに当たるものであり、このような置換は、均等の第1要件を満たさない。
以上のとおりであるから、いずれにしても、その他の点について検討するまでもなく、被告医薬品が本件発明3及び4に係る本件特許権を均等侵害するとはいえず、控訴人の主張は採用し得ない。
25 第4 結論以上によれば、控訴人の請求はその他の争点について判断するまでもなく理27由がないからいずれも棄却されるべきである。
よって、これと同旨の原判決は相当であり、本件控訴は理由がないから棄却することとして、主文のとおり判決する。
5 知的財産高等裁判所第4部裁判長裁判官10 菅 野 雅 之裁判官15 中 村 恭裁判官20 岡 山 忠 広28
事実及び理由
全容