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事件 |
令和
3年
(ネ)
10094号
特許権に基づく製造販売禁止等請求控訴事件
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令和4年7月6日判決言渡 令和3年(ネ)第10094号 特許権に基づく製造販売禁止等請求控訴事件 (原審・東京地方裁判所令和2年(ワ)第8506号) 口頭弁論終結日 令和4年5月25日 5判決 控訴人 株式会社東和コーポレーション 同訴訟代理人弁護士 山上祥吾 10 同訴訟代理人弁理士 松尾憲一郎 同補佐人弁理士 小林武 被控訴人ヨツギ株式会社 (以下「被控訴人ヨツギ」という。) 15 被控訴人 ヨツギテクノ株式会社 (以下「被控訴人ヨツギテクノ」という。) 20 上記2名訴訟代理人弁護士 秋山正裕 |
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裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2022/07/06 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 民事訴訟 |
主文 |
1 本件控訴をいずれも棄却する。 2 控訴費用は控訴人の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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全容
25 第1 控訴の趣旨 1 原判決を取り消す。 1 2 主位的請求 被控訴人らは、原判決別紙物件目録記載の手袋を製造、譲渡、輸出又は販 売のための展示その他の販売の申出をしてはならない。 被控訴人らは、前項の手袋を廃棄せよ。 5 被控訴人らは、控訴人に対し、連帯して2356万2000円及びこれに 対する平成26年3月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払 え。 3 予備的請求(前記2 に対するもの) 被控訴人ヨツギは、控訴人に対し、357万円及びこれに対する令和2年610 月18日から支払済みまで年3分の割合による金員を支払え。 第2 事案の概要(略称は、特に断らない限り、原判決に従う。) 1 本件は、発明の名称を「電気工事作業に使用する作業用手袋」とする特許権 (特許第5065448号。本件特許権)を有する控訴人が、@被控訴人ヨツ ギテクノが製造し、その納入を受けた被控訴人ヨツギが販売する原判決別紙物15 件目録記載の手袋(被告製品)は本件特許の特許請求の範囲の請求項1に係る 発明(本件発明)の技術的範囲に属するものである旨主張して、被控訴人らに 対し、特許法100条に基づいて被告製品の製造販売の差止め等を求めるほか、 A被告製品の製造販売により控訴人に損害又は損失が生じたと主張して、 主 位的に、被控訴人らに対し、不法行為による損害賠償請求権に基づいて、2320 56万2000円及びこれに対する被告製品の販売日より後の平成26年3月 1日から支払済みまで民法(平成29年法律第44号による改正前の民法)所 定の年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を、 予備的に、被控訴人ヨツ ギに対し、不当利得返還請求権に基づいて、357万円及びこれに対する支払 を催告した日の後であり訴状送達の日の翌日である令和2年6月18日から支25 払済みまで同号による改正後の民法所定の年3分の割合による遅延損害金の支 払を求めた事案である。 2 原判決は、本件特許はその出願前に公然実施された乙1発明を主引用例とし て進歩性を欠くものであり無効である旨判断して、控訴人の請求をいずれも棄 却したところ、これを不服として控訴人が控訴をした。 2 「前提事実」 「争点」及び「争点に関する当事者の主張」は、次のとおり補 、 5 正し、後記3のとおり当審における控訴人の補充主張を付加するほかは、原判 決の「事実及び理由」中の第2の2及び3並びに第3のとおりであるから、こ れを引用する。 (原判決の補正) 11頁13行目、19頁21行目及び20頁19行目の各「被告」をいず10 れも「被控訴人ら」と改める。 13頁10行目の「乙手袋」を「乙1手袋」と改める。 15頁8行目の「乙発明」を「乙1発明」と改める。 16頁1行目の「高さ」を「厚さ」と改める。 20頁26行目の「令和2年8月28日付け準備書面をもって」を「令和15 2年9月4日の第1回弁論準備手続期日において」と改める。 3 当審における控訴人の補充主張 乙1手袋は本件特許出願前に存在したものではないこと 原判決は、乙1手袋はその表示どおり2004年(平成16年)3月に被 控訴人ヨツギが製造したものである旨判断したが、以下のとおり誤りである。 20 ア 乙1手袋の表記から乙1手袋が本件特許出願前に存在したとはいえない こと 乙1手袋の「東北電力株式会社」の「検査合格証」という印に記載され た年月日には「’16」とあるが、アポストロフィは西暦を省略するとき に付すものであり年号を省略するときには使わないから、乙1手袋の検査25 合格証の年月日は、平成16年(2004年)ではなく2016年(平成 28年)であり、他方、乙1手袋の「(財)東北電気保安協会」の「試験合 3 格証」には「23」とあり、アポストロフィはないから、平成23年のこ とを指すものである。そうすると、乙1手袋の「(財)東北電気保安協会」 の試験合格証の印が「東北電力株式会社」の検査合格証の印より古いこと になり、前者の印が後者の印よりも色が薄くなっていることに整合する。 5 後者の印(検査合格証の印)は色が濃すぎており、平成16年(2004 年)に付けられたものとは考えられない。 また、乙1手袋の被控訴人ヨツギの角印の「製造年月」の「04年」の 「0」だけがその行の他の「3」 「4」という全角数字と異なり半角数字 、 となっており不自然であるし、 「0」の上部、右側、下部が濃い線になって10 おり、元は全角の「1」の数字であったと考えざるを得ない痕跡が見て取 ることができるほか、 「04」の「4」という数字も、元は全角の「1」と いう数字であったと考えざるを得ず、乙1手袋の「製造年月」の「04」 の表記は「11」、すなわち、2011年(平成23年)と書かれていたと 考えざるを得ない。乙1手袋の製造年が2011年3月であれば、財団法15 人東北電気保安協会の試験合格証と同じ年であり、乙1手袋は製造年に試 験がされたことになる。 なお、控訴人が依頼した専門家による報告書(甲40)においても、 「0 4」の字の「0」部には濃度(濃淡)の差異が見られるなどの不自然な状 態であるとの鑑定結果を得ている。原判決は、専門家による乙1手袋の現20 物の鑑定を経ずに「1」を「0」に書き換えたとは認められないと認定す るが誤りである。 イ 乙1手袋の入手経緯には不自然な点があること 作業用手袋を製造する会社であれば乙1手袋を容易に作成することがで きるし、乙1手袋に押印された東北電力の検査合格証の印影、東北電気保25 安協会の試験合格証の印影は特別複雑なものでなく、こうした印影のゴム 印を製造することは格別困難なものとはいえないから、乙1手袋の存在だ 4 けで同手袋が本件特許出願前に存在していたことを証明できるものでは ない。 また、被控訴人らが原審で主張していた乙1手袋の入手経過に関しては、 何ら立証されておらず、乙1手袋が提出されるに至った経緯は不自然であ 5 る。すなわち、被控訴人ヨツギは、平成26年6月11日付けの内容用証 明郵便により控訴人から受けた警告について、控訴人に対し、本件特許権 の無効理由の資料を多数有し、本件特許権の基本的な製法は特許出願前に 被控訴人ヨツギ内で古くから行っていたと回答した時点(同月19日)で、 乙1手袋を多くの資料の1つとして有し、かつ、これを直ちに控訴人に提10 示できたはずである。また、被控訴人ヨツギは、平成30年8月2日、本 件特許の無効審判を申し立てたが、当該審判においても、製造年月「20 18年6月」と表示された手袋(YS-102-11-1)の写真しか提 出できず、乙1手袋を提出することなく、無効審判不成立の審決について 審決取消訴訟を提起することもなかった。ところが、控訴人が本訴を提起15 した後、被控訴人らは、令和2年8月28日付け準備書面 と共に、乙1 手袋の写真を提出したのであって、乙1手袋が本訴で提出されるに至った 経緯は不自然である。しかも、電気工事に使用される乙1手袋のような作 業用手袋は、使用すれば3年程度で廃棄され未使用であっても5年を経過 すれば使用不可となることからしても、平成16年3月23日に東北電力20 に納品された乙1手袋が現在も存在すること自体が極めて不自然である。 この点、被控訴人らによると、乙1手袋を使用した東北電力の職員が保存 期間を経過して本来廃棄されるべきである乙1手袋を廃棄せずにロッカ ー内に残置したまま退職し、しかも、そのロッカーを平成31年まで誰も 確認もせず使用もしなかったということになるが、常識的にみてこうした25 ことがあるはずはなく、その職員の氏名等も明らかではなく、発見された 状態に関する証拠も提出されていない。 5 ウ 小括 以上のとおり、乙1手袋の表記や入手経緯には不自然な点があって、乙 1手袋が本件出願前に存在していたことの証明はない。 乙1発明は公然実施されたものではないこと 5 原判決は、本件特許の出願前である平成16年3月、乙1手袋を含む乙1 製品を販売したことによって、被控訴人ヨツギは乙1発明を公然実施してい た旨判断した。 しかし、被控訴人ヨツギと東北電力との間における乙1製品の販売行為は 事業者間取引であるところ、動産売買基本契約書の標準的ひな形(甲41)10 には守秘義務条項があるように、事業者間取引では互いの技術上又は営業上 のノウハウが外部に漏えいしないように取引の内容について互いに守秘義務 を課すはずである。乙1製品は、被控訴人ヨツギが東北電力向けに開発した ものであり、外部に開示されていない技術上のノウハウが存在する場合があ り、また、東北電力との間でしか取引されていないのであるから、こうした15 取引においては契約上又は暗黙のうちに秘密保持が求められているものと推 認すべきであるし、そもそも、こうした守秘義務がないことの立証責任は、 公然実施を主張する被控訴人らにあるというべきである。 また、乙1発明は、その構成の一部は特別な分析を行わなければ認識する ことができず、東北電力は、乙1手袋の技術内容について守秘義務がないこ20 とを認識することがなければ乙1発明の内容を第三者に開示することはない ところ、東北電力に乙1発明に係る技術内容に関する守秘義務が課せられて いないことの立証がないことは上記のとおりである。 したがって、被控訴人ヨツギが東北電力に乙1製品を販売した行為は、乙 1発明の公然実施には当たらず、原判決の上記判断は誤りである。 25 乙1発明は構成Hを備えていないこと ア 原判決は、乙3報告書を根拠として、乙1手袋においては、生地体の繊 6 維や目部に沿って凹凸が形成されているということができる旨判断した。 しかし、乙3報告書は、中指の指元の腹側部分を資料として測定したも のであるところ、乙1手袋のコーティング剤の厚みは製造工程によって部 位によってばらつく可能性があり、現に人差し指の腹部には全く凹凸が感 5 じられない部分があって、せいぜい凹凸が形成されている部分があるとい うにすぎない。 そして、構成要件Hは、凹凸の形成部位を直接特定していないが、構成 要件Eにおいて生地体が貼着される部位を少なくとも掌部、親指部及び人 差し指部としており、本件明細書の【0019】にはこれらの部位に生地10 を貼着することにより指先作業性及び掌の作業性を向上させることが記 載されている。作業性の向上のためには滑り止め機能が要求されるのであ り、その滑り止め機能を達成する手段が構成要件Hであるから、構成要件 Eは凹凸が形成される生地体の部位を特定したものであると解すべきで ある。 15 そうすると、本件発明の凹凸部は、 「掌部に貼着されている部位と、前記 手袋基体の親指部及び人差し指部に貼着されている指袋状の部位」を備え た生地体の表面に形成されるものに限定されるものであるというべきで あるところ、乙3報告書において採取されている試料はそうした部位の一 部でもなく、原判決の上記判断は誤りである。 20 イ また、原判決は、本件明細書等は凹凸があれば滑り止めの効果が生じる ことを開示し、その高低差を特に限定していないと理解するのが相当であ ると説示した上で、乙3報告書のデータを基に乙1手袋は構成要件Hにい う凹凸が形成されている旨判断した。 しかし、本件明細書等における凹凸による「滑り止めの効果」の有無は、 25 凹凸が形成されていない手袋の防滑性と凹凸が形成されている手袋の防 滑性とを比較することにより判断されるべきであるところ、乙3報告書の 7 みでは、凹凸の高低差を認定することしかできず、その高低差はわずかで あるから、凹凸が形成されていない手袋と比較して防滑性に有意な差があ るか否かを認定することはできず、乙1手袋の50μm〜56μmの差の 凹凸が滑り止めの効果を奏することを被控訴人らは何ら立証していない。 5 ウ 以上によれば、乙1発明が構成Hを備えていると判断した原判決の判断 は誤りである。 第3 当裁判所の判断 1 当裁判所も、本件発明は、本件特許の出願前に公然実施された乙1発明によ る進歩性欠如の無効理由があるから、その他の点について判断するまでもなく、 10 控訴人の請求はいずれも理由がないものと判断する。その理由は、次のとおり 原判決を補正し、後記2のとおり、当審における控訴人の主張に対する判断を 付加するほかは、原判決の第4の1ないし3に記載のとおりであるから、これ を引用する。 (原判決の補正)15 36頁26行目の「24日」を「4日」と改める。 37頁21行目の「「製造者名またはその略号」「、製造年月(西暦) 」を 」 「「製造者名またはその略号」 「製造年月(西暦) 」と改める。 、 」 38頁9行目の「同月」の次に「25日又は」を加える。 39頁22行目の「確定し、」の次に「同年3月23日、」を加え、同2520 行目から26行目にかけての「その時期等」を「乙1手袋の円形印の「’1 6.3.23」は東北電力が従前の小サイズの低圧二層手袋の改良版である 型式「YS-108-5-1」の手袋に合格印を押印した時期に一致するこ と等」と改める。 41頁10行目の「乙1製品に」を「乙1製品の」と改める。 25 45頁18行目の「 」を「 」と、47頁8行目の「 」を「 」とそ れぞれ改め、45頁21行目の「原告」を「被控訴人ら」と改める。 8 46頁5行目の「形成」」の次に「(段落【0013】 」を加える。 ) 2 控訴人の当審における補充主張について 乙1手袋は本件特許出願前に存在したものではないとの点について ア 控訴人は、前記第2の3 アのとおり、乙1手袋の東北電力の検査合格 5 証の年月日の「’16」のアポストロフィは、西暦を省略するときに付す ものであり年号を省略するときには使わないから、同合格証の年月日は平 成16年(2004年)ではなく「2016年」であり、製造年月の「0 4」の「0」や「4」は、元は全角の「1」の数字であったと考えざるを 得ない痕跡が見て取れるから、 「11」すなわち2011年(平成23年)10 であり、乙1手袋の表記から乙1手袋が本件特許出願前に存在したとはい えない旨主張する。 しかし、 「アポストロフィ」は西暦を省略するときに付すときに限るとい った商慣行等があると認めるに足りる証拠はないし、また、当審で実施し た検証の結果によれば、乙1手袋の製造年月の「04」の「0」の数字に15 は若干の歪みや左右に濃淡の差があるが(検証調書の写真BないしG)、 「1」 「0」 を に書き換えたような痕跡があるとまで認めることはできず、 当審において提出された 「二層構造低圧作業手袋小」 「 の受入試験の実施に ついて(報告)」と題する書面(乙26の2。原審で提出された白黒のもの (乙26)につきカラー部分が鮮明になったもの)によれば、検査合格証20 の印は、職員が各手袋に手作業で押印していることが認められるから、こ うした作業の過程で数字に若干の歪みや濃淡が生じた可能性も否定する ことができない(なお、控訴人が当審で提出する「鑑定結果について(報 告)(甲40)にも、 」 「この資料の状態(画像)では、 「04」の字の「0」 の部には濃度(濃淡)の差異がみられるなど不自然な状態ではあるものの、 25 「04」の字が「14」字を改ざんしたものか否か、明確な結果は得られ ない。」とするものであり、改ざんしたものと断定するものではない。 。な ) 9 お、 「04」が元は「14」であって、2014年(平成26年)を示すと すると、 (財)東北電気保安協会」の「試験合格証」の記載に基づく試験 「 年の平成23年の方が製造年の平成26年よりも先になり、矛盾すること から、控訴人は、 「04」の「4」についても、元は全角の「1」の数字で 5 あったと主張するが、このような主張は単なる憶測を述べるものといわざ るを得ず、到底採用し得ない。 かえって、引用に係る原判決の第4の2 ア及びイ(補正後のもの)の とおり、乙1手袋の「検査合格証」 「試験合格証」の各円形印は、平成1 、 6年2月改訂に係る「二層構造低圧作業用手袋」の仕様書において袖口付10 近に記載すべきものとされた事項を満たすとともに、平成3年1月25日 付けの物品審査成績書に掲載された「表示図」の書式に合致するものであ るから、乙1手袋は、被控訴人ヨツギテクノが製造した型式名称「YS― 108-5-1」とする小サイズの低圧二層手袋であると認めるのが相当 であり、また、上記手袋は、東北電力の作業員の意見等を聴いた上で、平15 成16年頃に仕様を確定し、平成16年3月23日、東北電力による受入 試験に合格し、合格印の押印を受けた上で、同年3月24日に東北電力の 各営業所向けに出荷されたものであり、乙1手袋の円形印の「’16.3. 23」は、この押印時期に一致するものである。こうした事実経過等は、 関係証拠に裏付けられたものであって、乙1手袋は、控訴人が求める現物20 の専門家による鑑定等を経るまでもなく、この出荷に係る660双の1双 であると認めるのが相当である。 イ また、控訴人は、前記第2の3 イのとおり、乙1手袋は作業用手袋を 製造する会社であれば容易に作成することができるものであるし、これま で提出されなかった乙1手袋が本訴になって突然提出された経緯は不自25 然である旨主張する。 当審において提出されたメール(乙33)によれば、被控訴人ヨツギは、 10 特許無効審判の口頭審理が行われた翌日の平成31年3月5日、各営業所 の関係者に対して、平成22年6月15日以前製造の低圧二層手袋の捜索 を依頼した経緯が認められる。これに前記アの事実経過等も併せ考慮すれ ば、このような依頼に基づき、乙1手袋が発見されるに至ったことは何ら 5 不自然とはいえない。 ウ 以上によれば、乙1手袋は、平成16年3月に製造され、同月23日に 東北電力の受入試験に合格し、そのころ、東北電力の各営業所に宛てて出 荷された660双のうちの1双であって、本件特許出願前に存在していた ものであり、これに反する控訴人の主張は理由がない。 10 乙1発明は公然実施されたものではないとの点について 控訴人は、前記第2の3 のとおり、被控訴人ヨツギと東北電力間の乙1 製品の取引は事業者間取引であり、動産売買基本契約書(ひな型)では守秘 義務条項があることから、同取引でも東北電力には乙1製品に関して守秘義 務があることを理由として、乙1発明の公然実施を争う旨主張する。 15 しかし、控訴人が証拠として提出する動産売買基本契約書(甲41)は、 買主が製造するデジタルカメラの部品としての電子部品の継続的売買契約に 関して控訴人が指摘する守秘義務条項があるというものであり、デジタルカ メラ部品といった電子部品には一般的には高度の技術上の情報が含まれるも のといえるから、ひな型にこうした守秘義務条項が設けられていることがう20 かがわれるが、乙1手袋のような電気工事作業に従事する作業員が使用する 消耗品である作業用手袋について、このような電子部品と同視することがで きるとはいい難く、実際に、電気工事作業に使用する作業用手袋に関する事 業者間取引において契約当事者にその構成を明らかにしないなどの守秘義務 が課せられた上で売買されているといった具体的な証拠も提出されていない。 25 また、そもそも控訴人主張の上記守秘義務条項は、 「取引に関して知り得た相 手方の営業上または技術上の事実・資料その他情報」を機密として保持する 11 ことを定めるものであり、当該動産自体を第三者に開示することを制限する ものとは解し得ない(デジタルカメラは消費者に販売されることが予定され る以上、その電子部品も当然に第三者である消費者の手に渡ることになる。 。 ) したがって、守秘義務の存在に係る控訴人の主張は、いずれにしても当を得 5 ないものというほかない。 そして、不特定多数の者が知り得る状況で実施されている発明であれば、 「公然実施された発明」 (特許法29条1項2号)に当たるものというべきで あるところ、乙1製品の構成等は、外部機関に委託するなどすれば、通常の 分析方法から知り得るものであることは、引用に係る原判決の第4の2 カ10 のとおりであるから、乙1発明は、公然実施された発明であるというべきで あって、控訴人の主張は理由がない。 乙1発明が構成要件Hの構成を備えていないとの点について 構成要件Hは、「前記コーティング被膜により前記生地体の繊維や目部に 沿って凹凸が形成されている」との発明特定事項であり、凹凸の部位、形状、 15 高低差については特定するものではないところ、乙3報告書によれば、乙1 手袋の凹部と凸部には50μm〜56μmの高低差があることが認められる から、乙1発明が構成Hを備えるものであることは、引用に係る原判決の第 4の3 のとおりである。 控訴人は、前記第2の3 アのとおり、本件発明における凹凸の部位が掌20 部、親指部及び人差し指部にあることを前提として、乙3報告書には中指の 指元の腹側部分を資料としたものであり、人差し指の腹部には全く凹凸が感 じられない部分があって、同報告書は乙1発明が構成Hを備えていることを 証明するものではない旨主張するが、上記のとおり、本件発明における凹凸 の部位、形状、高さの特定はないから、控訴人の主張は、その前提において25 誤りがあり、採用の限りではない(なお、当審で実施した検証の結果によれ ば、手指で乙1手袋の親指部、人差し指部、掌部をなでるように数回触った 12 ところ、全体に凹凸があることを確認し、その程度に部位による差異はなか ったことも付言しておく。 。 ) また、控訴人は、前記第2の3 イのとおり、本件発明における凹凸の滑 り止めの効果の有無は、凹凸が形成されていない手袋の防滑性と凹凸が形成 5 されている手袋の防滑性を比較することにより判断されるべきである旨主張 するが、本件発明においては凹凸の高低差の特定はなく、本件明細書の【0 057】の記載からすると、本件明細書には凹凸があれば滑り止めの効果が あることを開示するにとどまり、その高低差を特に限定していないことは、 引用に係る原判決の第4の3 イのとおりであって、控訴人が主張するよう10 な比較対比を経る必要はなく、この点に関する控訴人の主張も理由がない。 ちなみに、仮に、乙1発明が構成Hを備えておらず、この点が相違点にな るとしても、その相違は、凹凸の部位や程度に関するものにとどまり、乙1 発明から控訴人の主張する構成要件Hを容易に想到し得たことは明らかとい うべきであるから、控訴人の主張はいずれにしても意味を持たない。 15 3 なお、控訴人は、控訴理由書で、本件発明について訂正する(訂正の再抗弁) 旨主張するが、当裁判所は、これを時機に後れた攻撃防御方法に当たるものと して却下した。その理由は、一件記録によると、当該訂正の再抗弁は、原審裁 判所が本件特許は無効であるとの心証開示をした後にされたものであるため、 原審で時機に後れた攻撃防御方法に当たるものとして却下されたものであると20 ころ、適宜の時機に原審で主張することができなかった事情は見当たらないか ら、当審における上記主張は、明らかに時機に後れたものであって、そのこと について控訴人には少なくとも重過失があり、また、この攻撃防御方法の主張 を許せば、本件訴訟の完結が著しく遅れることは明らかであるためである。 4 以上によれば、控訴人の請求は、その他の点について判断するまでもなくい25 ずれも理由がないから棄却すべきである。 よって、これと同旨の原判決は相当であるから、本件控訴をいずれも棄却す 13 ることとして、主文のとおり判決する。 |