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事件 特許権侵害差止等請求控訴事件
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裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2022/03/30
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
判例全文
判例全文
令和4年3月30日判決言渡

令和3年(ネ)第10049号,同年(ネ)第10069号 特許権侵害差止等請

求控訴事件,同附帯控訴事件(原審・東京地方裁判所平成31年(ワ)第2675

号)

口頭弁論終結日 令和4年1月26日

判 決



控訴人兼附帯被控訴人(以下「控訴人」という。)

株式会社トラストクルー



同訴訟代理人弁護 士 服 部 謙 太 朗

同訴訟代理人弁理 士 藤 野 清 規

同 補 佐 人 弁 理 士 山 本 洋 三



被控訴人兼附帯控訴人(以下「被控訴人」という。)

株式会社ダイセイコー



同訴訟代理人弁護 士 小 林 幸 夫

木 村 剛 大

河 部 康 弘

主 文

1 原判決を取り消す。

2 被控訴人の請求をいずれも棄却する。

3 本件附帯控訴を棄却する。

4 訴訟費用は第1,2審とも被控訴人の負担とする。

事 実 及 び 理 由




用語の略称及び略称の意味は,本判決で定義するもののほかは,原判決に従うも

のとし,また,原判決の引用部分の「別紙」を全て「原判決別紙」と読み替える。

第1 当事者の求めた裁判

1 控訴人の控訴の趣旨

主文1,2,4項と同旨

2 被控訴人の附帯控訴の趣旨

(1) 原判決中,被控訴人敗訴部分を取り消す。

(2) 控訴人は,被控訴人に対し,969万3096円及びこれに対する令和2年

6月25日から支払済みまで年3分の割合による金員を支払え。

(3) 訴訟費用は,第1,2審とも控訴人の負担とする。

第2 事案の概要等

1 事案の概要

(1) 本件は,発明の名称を「吹矢の矢」とする特許発明についての本件特許権を

有する被控訴人(原審原告)が,控訴人(原審被告)に対し,控訴人が製造等する

吹矢の矢である被告製品が本件特許の特許請求の範囲の請求項2の発明(本件発明)

技術的範囲に属すると主張して,特許法100条1項及び2項に基づき,被告製

品の製造販売等の差止め及び被告製品(半製品を含む。 の廃棄を求めるとともに,


民法709条に基づき,損害賠償金4565万3456円(特許法102条2項

より推定される損害額4150万3142円及び弁護士費用415万0314円の

合計額)及びこれに対する最終の不法行為の日である令和2年6月25日から支払

済みまで民法所定の年3分の割合による遅延損害金の支払を求める事案である。

(2) 原審は,被告製品が本件発明の構成要件を文言上充足し,その技術的範囲

属するとして,本件特許権の侵害を認め,被控訴人の差止請求及び廃棄請求並びに

損害賠償請求のうち3596万0360円及びこれに対する上記遅延損害金の支払

を求める限度で請求を一部認容し,その余の損害賠償請求を棄却した。

(3) 原判決を不服として,控訴人が控訴を,被控訴人が附帯控訴をそれぞれ提起




した。

2 前提事実,争点及び争点に関する当事者の主張は,次のとおり改め,後記3

のとおり当事者の当審における補充主張を,後記4のとおり当事者の当審における

追加主張をそれぞれ加えるほかは,原判決の「事実及び理由」中の「第2 事案の

概要等」の2〜4に記載するとおりであるから,これを引用する。

(1) 原判決4頁7行目の「同一である。」の次に「ただし,控訴人は,被告製品

の先端部のピンのより正確な形状は,乙1のとおりであると主張しており,後記の

とおり,均等侵害の主張においては,被控訴人も,乙1記載の寸法を前提とした主

張をしている。」を加える。なお,乙1の内容は,別紙乙第1号証のとおりである。

また,原判決4頁10行目(被告製品の構成要件b)にいう「曲率の緩い」は,「曲

率の小さい(曲がりの緩い)」という趣旨であり,以下,審理経過等に鑑み,同様

に,曲率が「小さい」という趣旨で「緩い」の語を用いることがある。

(2) 原判決8頁10行目の「被告製品に」を「被告製品については」に,同頁2

2行目の「皆無である」を「従来技術にはなかった」に改め,9頁14行目の「ダ

ブル突入」の次に「(吹いた矢が,先に吹かれて的に刺さっている前の矢の円錐形

のフィルムの奥深くに突入すること。以下,単に「ダブル」という場合も,このこ

とをいう。」を加え,10頁3行目の「球型ピン(原告製品)」を「本件特許に係


る発明の実施品として被控訴人が製造,販売する製品(以下「原告製品」という。)

に係る球型ピン」に,11頁17行目の「被告製品に」を「被告製品について」に,

14頁10行目の「乙第9公報」を「乙9公報」にそれぞれ改め,同頁20行目の

「構成を」の次に「踏まえて」を加える。

(3) 原判決17頁10行目の「本件発明」を「本件特許に係る発明」に,20頁

11行目の「吹矢会員」を「吹矢協会の会員」に,同頁24行目及び21頁6行目

の各「原告の損害額」をいずれも「被控訴人の損害」に,22頁18行目の「他団

体(原告)の用具」を「他団体(吹矢協会)の規格に適合するように製造されてい

る原告製品」に,23頁16行目の「侵害心証」を「特許侵害成立との心証」に,




24頁10行目の「原告及び被告以外に」を「吹矢協会以外の団体により」に,同

頁13行目〜14行目の「被告協会」を「吹矢協会」にそれぞれ改める。

3 当事者の当審における補充主張

(1) 争点1−1(被告製品のピンが,長手方向断面が「楕円形」
構成要件B,D)

である先端部を有しているか)について

(被控訴人の主張)

ア 「楕円形」について

(ア) 一般的な「楕円形」の概念について,日本最大の国語辞典である日本国語辞

典は,「卵形」を「鶏卵のような楕円形」と表現しており,広辞苑やデジタル大辞

泉のような辞書,言葉に敏感なはずの新聞記者が書いた記事も卵形を「楕円形」と

表現している(甲10の1〜6,甲77,78)。その上,卵形を「楕円形」と表

現することは,様々なウェブサイト等で一般に行われている(甲79〜84)。

(イ) 本件明細書等に基づく「楕円形」について,吹矢の製造者も使用者も矢のピ

ンの先端部の形状や大きさに大きな関心を抱いているとすると,本件明細書を見る

に当たり,なぜ「楕円形」という形状にしたのか,その技術的な意義を知りたいと

考えるはずである。そうすると,自ずと,本件発明の課題や課題を解決する手段を

意識し,その技術的意義は,@「かえし」がないため矢が抜きやすいこと,A上下

方向の重心が均等であり,また,B従来技術の釘形状の先端部と比べて錘として重

くなり,矢全体の長手方向の重心を前寄りに寄せることにあるといえると考え,構

成要件解釈に当たっては,そのような技術的意義も踏まえた上で,「楕円形」と表

現できる形状かを判断する。

そして,「長手方向の端の一方が他方よりも緩い曲率の形状」のピンの先端は,

上記@〜Bの本件発明の技術的意義を充たしている。

(ウ) したがって,構成要件B及びDの「楕円形」に,「長手方向の端の一方が他

方よりも緩い曲率の形状」が含まれることは明らかである。

イ 控訴人の主張について




(ア) 控訴人は,「楕円形」というキーワードで画像検索した結果について主張す

るが,本件で問題になっているのは,一般的に楕円形といえばどのような形を最初

に思い浮かべるかではなく,卵形や涙滴型のような,「長手方向の端の一方が他方

よりも緩い曲率の形状」を「楕円形」と表現するか否かである。「楕円形」を画像

検索した場合に一般的な楕円形の形状が出るのは当然であって,そのことが直ちに,

「長手方向の端の一方が他方よりも緩い曲率の形状」を「楕円形」と表現しないこ

とにはつながらない。また,控訴人による画像検索結果にも,卵形の画像が含まれ

ている(甲84)。

(イ) 控訴人は,被告製品に係る控訴人の特許権について主張するが,控訴人の発

明は,従来技術(先端部を楕円形にした発明)から先端部の形状をわずかに変更

て涙滴状にしただけのもの,本件発明をわずかに変えただけのもので,その技術的

思想も,本件発明と同じく,従来技術の矢の先端部と比べて錘として重くなり,矢

全体の長手方向の重心を前寄りに寄せることにあるから,技術的思想も作用効果も

実質的に同一である。

(ウ) 控訴人は,意匠登録に関しても主張するが,意匠では,技術的な意義など関

係なく,とにかく物理的な形状が異なればよいのであり,技術的意義や「楕円形」

という言葉の持つ抽象的・概念的な意味を考慮して検討する特許に係る判断と,そ

れらを無視して美感という観点からデザインが似ているかを検討する意匠に係る判

断が同じであるはすがない。

(控訴人の主張)

ア 「楕円形」について

(ア) 「楕円形」の一般的な意味については,幾何学的な意味での楕円(乙2),

あるいは,楕円に近い形を意味するもので,その具体例は「小判がた,長円形,側

円形」が含まれる(甲9)とされる。

(イ) 本件明細書には「楕円形」の意義についての明記はないが,本件発明の図3

で示される形状は,幾何学的意味での楕円形又はそれに近い形という定義に含まれ




るといえる。

また,本件発明の「楕円形」の意義については,実施例及び試験データ並びに添

付図面に示されている形状といった本件明細書の記載のほか,吹矢業界に属する当

業者の認識を基に解釈する必要があるところ,吹矢の矢については,その先端部の

形状や大きさの態様が矢の飛行性能(特に矢の命中精度)に大きな影響を与えるた

め,矢のピンの先端部の形状や大きさについては,吹矢製造の当業者も吹矢の使用

者も極めて敏感であり,常に大きな関心を抱いている。

そのような当業者が本件明細書を閲読する場合,まず,その特許請求の範囲の請

求項2の記載を読み,ピンの先端部の「長手方向断面が楕円形」である旨の記載に

関心を抱き,また,本件明細書の図3に小判型の形状のみが開示されていること及

び辞書でも「楕円形」の例としてはそのような形状までしか説明されていないこと

も踏まえ,本件明細書を検討し,技術的範囲の外延を検討する。

したがって,本件発明にいう「楕円形」とは,幾何学的意味での楕円形又はそれ

に近い形(小判型,長円形,側円形)を意味するもので,「長手方向の端の一方が

他方よりも緩い曲率の形状」は含まないものと解するべきである。

イ 原審の判断について

(ア) 被控訴人が画像データ提供サイトから自己の主張に都合の良い例外的な画像

を抽出して証拠として提出したにすぎない例(甲10の1・2)に基づき,楕円形

に水滴型等の形状が含まれると一般化し,辞書での説明を無視して,楕円形に「長

手方向の端の一方が他方よりも緩い曲率の形状」まで含まれるとした原判決の判断

は誤りである。

この点,控訴人が「楕円形」というキーワードで画像検索すると,幾何学的意味

での楕円形や小判型の形状ばかりが示された(乙70,71)。なお,原判決は,

本件明細書の図3について,「円柱部が楕円型ヘッドの最も先端部側と接している

部分を基準として,円柱部がそこまで伸びているということもできる」とするが,

同図には小判型の形状しか開示されておらず,実際の製品ではピンの円柱部が伸び




ているとしても,そのことをもって本件発明に涙滴型のような長手方向の端の一方

が他方よりも緩い曲率の形状が含まれる根拠とはならない。

また,原判決が判断する「楕円形に近い形」の理解によると,どのような形状ま

で含まれるのかが極めて不明確で,当業者としてその技術的範囲の外延がどこまで

及ぶのかが非常に不明確となる。それゆえ,本件発明を回避するためには,従来技

術のように,矢のピンを「かえし」のある形状にせざるを得なくなり,本件発明の

技術的範囲が非常に広くなるが,本件発明は従来技術(先端部に釘を利用した発明)

から先端部の形状をわずかに変更した利用発明にすぎないから,本件発明につきそ

のような広い権利範囲を付与することは妥当でない。

(イ) 原判決は,被告製品の先端部が本件発明と同じ効果を奏する旨を指摘するが,

特許請求の範囲の文言の意味を無視し,作用効果の同一性のみに基づき判断するこ

とは誤りである。

しかも,被告製品は本件発明に係る楕円形の矢よりも重心が前方にあること等か

ら命中率がより高いものである。このことは,被告製品につき特許権が成立してい

ることからも明らかである(乙15)。したがって,被告製品について本件発明と

作用効果が同一であるとはいえない。

(ウ) さらに,控訴人が被告製品のピンの先端部の形状につき部分意匠の意匠登録

出願をしたところ,いったんは本件明細書の図1及び図3等に基づいて拒絶査定

受けたものの,拒絶査定不服審判手続において,特許庁の審判合議体は,「矢じり

の具体的形状に係る相違点は,この種物品分野における需要者が,主に吹矢を用い

て競技をする者であり,使用時における吹矢の矢の直進性や正中性,及び,飛翔の

安定性に影響を及ぼす部分の形状として,矢じりの羽根への配設態様とともに矢じ

りの形状についても,高い関心を持って観察する部分であるといえることから,当

該相違点が部分全体の類否判断に及ぼす影響は大きい。」とし,被告製品のピンの

先端部の形状が本件明細書の図3とは美観に大きな差異があるとして,意匠登録を

認めた。上記判断は,意匠法の観点からのものではあるものの,本件明細書の図3




(本件発明にいう「楕円形」)と被告製品のピンの先端部の形状(長手方向の端の

一方が他方よりも緩い曲率の形状)は類似しないと判断したものである。本件で問

題となるのが「楕円形」という形状に関する文言の意義の解釈であることからする

と,意匠登録の可否(形状の類否)の判断は,通常よりも重視されるべきである。

上記の点及び被告製品のピンの先端部が長手方向の端の一方が他方よりも緩い曲

率の形状であること(甲7の2)も踏まえると,被告製品のピンの先端部は,幾何

学的な意味での楕円形ではないし,それに近い形ともいえない。

(2) 争点1−2(均等侵害の成否)について

(被控訴人の主張)

ア 第1要件について

(ア) 本件発明の本質的部分

本件発明の課題(本件明細書の段落【0004】〜【0008】)及び課題の解

決手段とその効果(同【0014】,【0016】及び【0035】)によると,

本件発明は,矢が的や前の矢から引き抜きやすいピンの先端部を提供するものであ

るから,構成要件B及びDにおけるピンの先端部の形状は,球形や楕円形に厳密に

限定されるものではなく,的や前の矢のフィルムに食い込む「かえし」部分が存在

せず,かつ,引き抜く際の抵抗がより小さくなるような滑らかな曲線状で形成され

ていればよい。すなわち,矢が的や前の矢に刺さった際にそれらに食い込んでしま

う「かえし」部分が存在せず,矢が的や前の矢から引き抜きやすい滑らかな曲線状

の長手方向断面形状を有する先端部と,当該先端部の略中心部を円柱部が通る形状

のピンを備えているという点が,本件発明の本質的部分である。

(イ) 本件発明と被告製品との一致点・相違点

被告製品におけるピンの先端部は,矢が的や前の矢に刺さった際にそれらに食い

込んでしまう「かえし」部分が存在せず,矢が的や前の矢から引き抜きやすい卵形,

水滴型,雫のような滑らかな曲線状の長手方向断面形状を有しているという点で,

本件発明と一致している。また,控訴人は,被告製品のピンは旋盤で削り出して製




造していると主張しているところ,旋盤で削り出された加工物は,加工物全体の回

転軸中心が一致するから,被告製品のピンは,当該先端部の略中心部を円柱部が通

る形状であることが明らかであり,この点でも本件発明と一致している。

他方で,被告製品は,ピンの先端部の根元側の径と円柱部の径との差によって生

じている極めて僅かな段差部分(以下「根元段差部分」という。)を備える点で本

件発明と相違するが,当該ピンの円柱部に複数回巻き付けられたフィルムによって,

ピンの先端部の根元側の径(1.6mm)よりもフィルムを巻きつけた部分の径(2.

1mm)の方が大きくなっている上,フィルムがピンの円柱部の全てと先端部の根

元側までを覆っており根元段差部分は隠れているから,被告製品を的や前の矢から

引き抜く際に,根元段差部分が抵抗になることはない。

また,被告製品のピンの先端部は,その根元側の径よりも矢の進行方向側の径の

方が大きくなっているため,仮にフィルムによって隠れていなくても,被告製品を

的や前の矢から引き抜く際に根元段差部分が的や前の矢に干渉することはない(根

元段差部分は「かえし」に該当しない)から,上記相違点は作用効果に何ら影響を

及ぼさない。

(ウ) したがって,本件発明と被告製品とは本質的部分が一致しており,これらの

相違点は本件発明の本質的部分ではない。

(エ) 控訴人の主張について

a 乙4〜9に開示された吹矢の矢において,本件発明のようなピンの先端部の

後方側の形状(すなわち矢の抜けやすさ)に着目した従来技術は皆無であり,本件

発明は技術的思想として新しいものである。これは,本件特許が審査段階において

一度も拒絶理由を発せられることなく特許査定となっていることからも裏付けられ

る。

この点,本件特許の出願に係る審査官の特許メモ(甲18。以下,単に「特許メ

モ」という。)に,特定の構成が開示されていないと記載されていないからといっ

て,当該構成が開示されていると審査官が判断したと結論付けることはできない。




b また,乙4〜9に,ピンの円柱部が先端部の略中心部を通っている旨の記載

はない(そもそも乙8の1及び乙9公報には「円柱部」すら開示されていない。)。

本件発明は,従来技術よりも,楕円形の中心部に対する円柱部の配置誤差が極めて

小さく製造できるというもので(本件明細書の段落【0016】),従来技術と比

較して貢献の程度が大きいものである。

上記に関し,一般に,特許出願の願書に添付される図面は,明細書の記載内容を

補完し,特許を受けようとする発明の技術内容を当業者に理解させるための説明図

であって,当該発明の技術内容を理解するために必要な程度の正確さを備えていれ

ば足り,設計図面に要求されるような正確性をもって描かれているとは限らないか

ら,乙4〜7の図面に基づいて,乙4〜7にピンの円柱部が先端部の略中心部を通

っている構成が開示されているとはいえない。

また,矢軸が矢じりの中心部を通るような構造としないと飛行方向が上下にぶれ

てしまうことは否定しないが,本件発明は,従来技術よりも,「前記楕円形の中心

部に対する前記円柱部の配置誤差が極めて小さく製造でき」る(本件明細書の段落

【0016】)ものであり,そのような構成は乙4〜7に開示されていない。

c 仮に,控訴人の主張するように,乙4〜9が,「かえし」が存在せず,矢が

的や前の矢から引き抜きやすい滑らかな曲線状の長手方向断面形状を有する先端部

と,当該先端部の略中心部を円柱部が通る形状のピンが多数存在したことを示すも

のであるとすると,その一方で,乙57(実用新案登録第3128332号公報。

以下「乙57公報」という。)において,先端部に釘を使用した矢について矢を引

き抜く際に釘が抜けるという課題がある旨が記載されつつ,当該課題が釘取り外し

具によって解決されていることは,乙4〜9のピンの形状が課題を解決する手段と

して採用されたものではないことや,当業者である乙57公報における発明者が乙

4〜9のピンのような形状にすることを想到して課題を解決することができなかっ

たことを示すものとなる。

d 本件発明は,従来技術が全く着目していなかった課題を解決するもので,従




来技術と比較して貢献の程度が大きい発明というべきであり,本件発明の本質的部

分が限定されることはない。控訴人の主張は,本件発明を念頭に置いた事後分析的

判断をいうものに他ならない。

イ 第2要件について

(ア) 本件発明と被告製品とは,被告製品が根元段差部分を備える点で一応相違す

るが,前記ア(イ)のとおり,根元段差部分が的等に食い込んで抵抗になることはない

から,当該相違点は作用効果に何ら影響を及ぼさない。したがって,本件発明のピ

ンの先端部を被告製品におけるものと置き換えても,本件発明の目的を達すること

ができ,同一の作用効果を奏する。

(イ) 第2要件における作用効果の同一性の判断に当たっては,明細書に発明の効

果が記載されている場合には,そこに記載された効果と被告製品の効果が同一であ

るか否かを判断すべきである。本件明細書の段落【0014】及び【0016】の

記載から明らかなとおり,本件明細書に記載された効果は,ピンの先端部が縦断面

楕円形のため,的に刺さった矢を的から外すときに釘の頭部に「かえし」がないの

で,矢が抜きやすくなるというものである。なお,本件明細書が従来技術として想

定しているのは,釘型のピンであるから(同【0003】),上記の効果は,従来

の釘型ピンと比べて,的に刺さった矢を的から外すときに釘の頭部に「かえし」が

ないので,矢が抜きやすくなるというものである。

この点,控訴人の報告書(乙10)に対し,被控訴人の実験によると,矢が的に

刺さった状態から引き抜くのに必要な力は,被告製品の涙滴型ピンが最も小さかっ

た(甲14。控訴人のいう「俵型」ピンは準備できなかったため,釘型ピン(従来

技術),球型ピン(原告製品),涙滴型ピン(被告製品)の3種類で検証した。)。

また,控訴人の報告書(乙16)に対し,被控訴人の実験によると,球型ピン及び

涙滴型ピンともに,矢を引き抜いた後の穴の大きさは,ピンの径とほぼ同じであり,

周囲の発泡ポリウレタンが矢に向かって収縮している様子はみられなかった(甲2

1)。




仮に,控訴人の報告書(乙10)を前提にした場合でも,被告製品の涙滴型の先

端部は,従来技術である先端部を釘とした場合よりも約80グラムも軽い荷重で引

き抜くことができるものであるため,従来技術と比較して「的に刺さった矢を的か

ら外すときに矢が抜きやすくなり,ピンだけが的に残ってフィルムだけ引き抜かれ

ることが極力防止できる」(本件明細書の段落【0016】)ことが明らかである

から,被告製品と本件発明とは作用効果が同一である。また,仮に,控訴人の報告

書(乙16)のとおり,周囲の発泡ポリウレタンが矢に向かって収縮していたとし

ても,俵型ピンと的との接触部分と涙滴型ピンと的との接触部分の面積は変わらな

い(むしろ後者の方が小さい)から,控訴人が主張する面積と摩擦に係る原理によ

ると,本件発明と被告製品とが同じ作用効果を奏することは明らかである。

(ウ) 控訴人の主張について

a 面積が広いと摩擦が大きくなるという効果は,「かえし」によって抜けにく

くなる効果とは技術的な意義を異にするから,被告製品において摩擦を生じる部分

が実質的に「かえし」としての作用効果を奏しているなどとはいえない。

b 俵型であっても涙滴型であっても,中心部に対する円柱部の配置誤差が極め

て小さく製造でき,矢全体の重心も前寄りになる(本件明細書の段落【0016】)

ことは変わらない。したがって,被告製品も,楕円形の中心部に対する円柱部の配

置誤差が極めて小さく製造でき,矢全体の重心も前寄りになるので矢の飛行中にお

けるフィルム後端の上下方向のブレが少なくなり,的への命中率が高まるという本

件発明と同一の作用効果を享受しているのであって,仮に,被告製品が本件発明に

係る矢よりも優れた的中率を有するものであるとしても,そのことは,本件発明を

さらに改良したということを示すにすぎず,本件発明の作用効果を享受していない

ことを示すものではない。

ウ 第3要件について

(ア) 前記ア(ア)のとおり,本件発明は,矢が的や前の矢から引き抜きやすいピンの

先端部を提供するものであるところ,そのためにはピンの先端部の形状は球形や楕




円形に限られず,的や前の矢のフィルムに食い込む「かえし」部分が存在せず,か

つ,引き抜く際の抵抗がより小さくなるような滑らかな曲線状で形成されていれば

よいことは,本件発明に触れたスポーツ吹矢業界における当業者において,容易に

想到できる。

(イ) また,我が国においては,一般的に卵形や水滴,雫の形状も「楕円形」と表

現していることからすると,本件発明の「楕円形」という文言に触れたスポーツ吹

矢業界における当業者において,ピンの先端部の長手方向断面形状を涙滴型となる

円弧とすることは容易に想到できる。

上記に関し,本件明細書の実施例「丸ピン4」(本件明細書の【図2】)及び「楕

円ピン12」(同【図3】)に係る記載に触れた競技用吹矢の分野における当業者

は,本件発明が,矢を引き抜きやすくするために,ピンの先端部の後方側の長手方

向断面形状を滑らかな曲線状にすることを技術的特徴としており,本件発明におけ

る「楕円形」が厳密な意味の「楕円」を意味しているものではないことを容易に想

到することができる。

なお,構成要件B及びDの解釈として,卵形や水滴,雫の形状が「楕円形」に含

まれないとしても,当業者が一般的な楕円形の意味を参考にして,それらの形状に

変更することは十分考えられるところである。

(ウ) 前記ア(イ)のように,被告製品のピンは旋盤で削り出して作成しているから,

根元段差部分を設けることに何らの困難もない。

(エ) 本件明細書の段落【0016】のうち的への命中率が高まることについての

記載を踏まえ,中心部に対する円柱部の配置誤差が極めて小さくなるよう製造しつ

つ,楕円形より全体の重心も前寄りになるようにピンを製造すれば,自ずと被告製

品のような形状になるから,本件発明の明細書の記載に基づいて被告製品のような

形状にすることは,当業者にとって極めて容易である。

(オ) したがって,本件発明のピンの先端部を被告製品におけるもののように置き

換えることは,スポーツ吹矢業界における当業者において,被告製品の製造等の時




点において容易に想到することができる。

なお,控訴人代表者は,平成16年9月から平成29年10月末日までの間,被

控訴人にて勤務し,遅くとも平成19年5月からは被控訴人におけるスポーツ吹矢

用具開発の責任者の地位にあり(甲15),本件発明の発明者の1人である。した

がって,控訴人が本件発明の技術的思想を認識・理解した上で,作用効果は同一と

しながらピンの先端部を被告製品におけるものと置き換えたことは明らかである。

(カ) 控訴人の主張について

特許出願の審査と特許発明技術的範囲の画定とは判断手法が全く異なるもので

あり,控訴人の主張する特許査定(乙15)は,第3要件を否定する理由にならな

い。

また,控訴人の特許出願は,本件発明の「楕円形」を「涙滴型」に代えたもので

はなく,それとは全く異なるものである。したがって,控訴人の特許出願について

新規性進歩性が認められるとしても,それは「涙滴型」であることに対する判断

ではない。

(控訴人の主張)

ア 第1要件について

(ア) 本件発明の本質的部分

a 本件特許の出願前から,「かえし」が存在せず,矢が的や前の矢から引き抜

きやすい滑らかな曲線状の長手方向断面形状を有する先端部と,当該先端部の略中

心部を円柱部が通る形状のピンは,多数存在した(乙4〜9)。また,本件発明の

従来技術である乙11吹矢につき,矢を引き抜く際に釘が抜けるという課題がある

ことは周知であり(乙57,72〜75),その原因が釘の「かえし」部分にある

ことも乙57公報に実質的に開示されていたほか,スポーツ吹矢の愛好家には周知

であった(乙91)。

そして,乙11吹矢の上記のような課題を解決すべく,「かえし」をなくすため,

上記公知技術寄せ集めて新たな矢を開発することが容易であったことも明らかで




ある(乙87の1)。

b 前記aのような従来技術や特許メモ(甲18)からすると,本件発明特有の

技術的特徴は,@公知技術である「先端部が楕円形のピン」を,A公知技術である

「円錐形に巻かれたフィルムにピンの円柱部すべてを差し込む」点にあり,本件発

明は,公知技術寄せ集めにすぎないというべきである。

この点,「かえし」がない点を本件発明の本質的部分であるとすると,本件発明

を回避するには,ピンの先端部の形状を「かえし」を有する構成にせざるを得ない

ことになるが,従来技術の寄せ集めにすぎない本件発明につき,均等を含めた権利

範囲をそこまで広くすることは妥当でない。

したがって,本件発明については,従来技術と比較して特許発明の貢献の程度が

それ程大きくないと評価される場合に該当し,その本質的部分は,特許請求の範囲

の記載とほぼ同義のものとして認定されるというべきで,ピンの先端部の形状を楕

円形としたことにあるというべきである。

仮に,その範囲を上記よりも拡大するとしても,本件明細書には俵型のピンの形

状の開示しかないことも踏まえると,本件発明の本質的部分は,ピンの先端部を進

行方向前後につき対称形とすることにあるといえる。

(イ) 被告製品について

被告製品のピンの先端部は,「楕円形」ではなく,前後に対称形でもない。

したがって,被告製品は本件発明とその本質的部分において相違する。

イ 第2要件について

(ア) 本件明細書には,矢を引き抜く際の抵抗に関する記載や実験方法について一

切記載がないため,被控訴人において,矢の抜き易さに係る作用効果の同一性を立

証することは不可能である。

この点,控訴人において,本件明細書の図2の先端部の形状(球形)及び図3の

先端部の形状(俵型)がそれぞれ,本件特許の特許請求の範囲の請求項1の発明(以

下,単に「請求項1の発明」という。)及び本件発明の実施形態であると仮定し,




同図2及び図3の寸法比を参照しつつ,被告製品(涙滴型)との比較例となる吹矢

を製造して,従来技術である矢(釘型)も含め,矢の引き抜きにくさについて,実

験を行ったところ(乙10),釘型の場合に,矢を引き抜くときに最も引き抜く力

を要し,涙滴型はその次に引き抜きにくかった一方,俵型と球形は,ほとんど同じ

結果となり,涙滴型について引き抜くのに要する力は,球形や俵型についてと比べ

て有意な相違があった。

これは,被告製品と本件発明の実施品を比較した場合,先端部において矢を引き

抜く際に抵抗を受ける部分の面積が被告製品の方が広く,より摩擦が大きいことに

よると思われ,被告製品において,上記部分は,実質的に「かえし」としての作用

効果を奏しているといえる。

なお,被告製品においてダブルの際等に後ろの矢のピンが前の矢のフィルム内に

残るという現象が生じづらくなっているのは,接着剤の塗布方法を改良したことに

よるもので,先端部の形状によるものではない。

(イ) 本件明細書では,本件発明の作用効果として,飛行中のブレの少ない的中率

の高い矢を得ることも挙げられている(本件明細書の段落【0035】)が,控訴

人が被告製品について特許出願をしたところ,進歩性を有するとして特許査定を得

た(乙15)。乙15では,被告製品について,本件発明の実施品である俵型の矢

と比較して,より高得点が得られており(乙15の段落【0069】),被告製品

が本件発明よりも優れた的中率を有することは明らかである。

(ウ) したがって,被告製品は,本件発明とは明らかに作用効果を異にしている。

被告製品と本件発明の作用効果が同一であるとはいえない。

ウ 第3要件について

(ア) 第3要件における想到の容易さの程度は,特許法29条2項に係る容易想到

性の場合とは異なり,当業者であれば誰もが,特許請求の範囲に明記されているの

と同じように認識できる程度の容易さであると解すべきである(東京地判平成10

年10月7日・判時1657号122頁等)。そして,置換容易性を裏付ける証拠




は,置換された構成を具体的に表すものでなければならず,その一部(クレーム

構成要件と対比して表現される部分)のみに関するものでは足りない。

(イ) 本件発明は,課題として,飛行中のブレの減少も挙げているところ,ピンの

先端部の形状は矢の重心や空気抵抗に大きく影響し,その形状次第で命中精度や収

束率が異なってくることはいうまでもない(乙15の段落【0006】,乙41の

2)。そのため,矢のピンの先端部の形状や大きさについては,吹矢製造の当業者

も吹矢の使用者も極めて敏感であり,常に大きな関心を抱いており,使用時におけ

る吹矢の矢の直進性や正中性,飛翔の安定性に影響を及ぼす部分の形状として,矢

じりの羽根への配設態様とともに矢じりの形状についても高い関心を持つのである

(乙41の1)。

そして,本件明細書には,本件発明の実施例として,俵型のピンしか開示がなく,

ピンの先端部を前後で非対称とする形状の開示は一切ない。

他方で,控訴人が被告製品について特許出願したところ,特許査定を受けており,

同出願に係る発明が本件発明に対して新規性及び進歩性を有することは明らかであ

る。さらに,控訴人が被告製品のピンの先端部の形状について意匠登録出願を行っ

たところ,本件発明と対比して容易創作ではないとして,意匠登録が認められた(乙

41の1)。

したがって,本件発明について,被告製品の形状とすることが当業者であれば特

請求の範囲に明記されているのと同じであると解することは,到底不可能である。

当業者(吹矢の製造業者)において,被告製品の形状とすることは容易とはいえな

いのであり,本件につき第3要件の充足を認めるということは,上記の被告製品に

関する特許査定や意匠登録査定を否定することともなって適切でない。

(ウ) 被控訴人は,我が国においては一般的に卵形や水滴,雫の形状も「楕円形」

と表現しているなどと主張するが,上記主張は,涙滴型や卵形が「楕円形」に含ま

れることを前提としており,それらが楕円形に含まれない場合における均等論の主

張としては失当である。




また,被控訴人の上記主張の根拠は,辞書やデザイン分野の事例であって,吹矢

に関するものではない。

前記のとおり,吹矢の当業者や吹矢の愛好家は,矢じりの形状についても高い関

心を持つから,俵型を被告製品のような進行方向に対して非対称の形状とすること

容易に想到できるものではない。被告製品のような形状に変更すると,俵型 「楕


円形」)の矢と比較して飛翔の安定性等に影響があるため,形状を変更することは

容易ではない。矢を開発する際,通常は空気抵抗を抑えるために先端が細い流線形

にした方が良いと考えるのであり,被告製品のように先端の方が太い涙滴型にしよ

うと考えることは容易ではない。控訴人は,何種類ものサンプルを作って検証した

上で,直進性などに優れた形状を発見し,特許権を取得したのであって,このよう

な形状とすることは置換容易ではない。しかも,乙15の段落【0056】にある

ように,被告製品は涙滴型の矢の中でも特に優れた飛行性能が得られる形状となっ

ており,このような形状とするため,控訴人は多大な試行錯誤を行っている。

なお,本件明細書には,ピンの先端部を「楕円形」とすることにより,釘よりも

重心が前寄りになることについての開示はあるが,当該形状が最適な形状として開

示されているのであり,楕円形よりもさらに重心を前寄りにすることについては何

ら開示も示唆もない。また,重心をより前寄りにすれば,より良い性能が得られる

というわけでもない(乙15の段落【0056】,図2,図6参照)。

(3) 争点2−1(無効理由1(乙11発明に基づく進歩性欠如))について

(控訴人の主張)

原判決は,乙11吹矢において,矢を的から外すときにピンとフィルムを一体で

引き抜くことができるなどの本件発明の課題についての示唆があったとは認められ

ないと判断したが,次のとおり,上記の課題があることは周知であった。

ア 乙57公報

乙57公報には,乙11吹矢のように丸釘ピンを使用している矢が当面している

解決すべき課題が示されており,当業者が従来の矢の改良を試みる動機が示されて




いる。すなわち,乙57公報の段落【0002】〜【0004】及び【0014】

並びに図3(a)〜(c)からすると,乙57公報には,乙11吹矢ではダブル突

入時に後の矢の釘が前の矢のフィルムに食い込んで外す際に抜けてしまうという課

題が開示され,また,ピンとして釘を利用した場合に釘の「かえし」の部分がフィ

ルムに食い込むことがその原因であることも開示されているといえる。

イ 本件特許の出願日前のブログ等

本件特許の出願日前のブログ記事(乙72)には,乙11吹矢について,ダブル

の際に後の矢のピンが前の矢のフィルムに食い込むという問題があることが開示さ

れている。本件特許の出願から1か月後のブログ記事(乙73。その内容には本件

特許の出願日前のことが含まれるとみられる。)の記載を踏まえても,上記問題に

係る本件発明の課題は公知であったといえる。

ウ 被控訴人作成の書籍

被控訴人が発売した「スポーツ吹矢ガイドブック」(乙74)にも,乙11吹矢

について,的から外す時やダブル時に先端についている釘が抜けるという問題があ

ることが開示されていた。

エ ダブル時にフィルムに食い込む原因が釘の「かえし」部分にあることは一目

瞭然であること等

乙11吹矢に係る吹矢を利用してダブルを再現した報告書及び動画(乙75,7

6)のように,ダブルの際には,後の矢の釘の「かえし」部分が前の矢のフィルム

に食い込んで形状が変化することが明白である。前記のとおり,本件特許の出願日

前から乙11吹矢でダブルが生じること及びその際後の矢のピンが抜けるというこ

とが生じることは公知であったところ,ダブルが生じた吹矢を見れば,釘の「かえ

し」部分が前の矢のフィルムに食い込んでいることがその原因であることは一目瞭

然であった。これらのことは,本件発明の発明者が報告書(乙76)で述べるとお

りである。

そして,乙5(公開実用昭和58−137294号公報。以下「乙5公報」とい




う。)の記載及び第2図からすると,「かえし」がある場合,それがない場合より

も対象物から吹矢が抜けにくくなることも公知であった。

オ ワードデータの写し(乙87の1。以下「乙87データ」という。)

乙87データ(最終保存は平成22年11月19日と解される。乙87の3・4)

は,吹矢協会の理事であったAが吹矢協会のスポーツ吹矢用具審査委員会に提出す

るために作成した「矢の形状に関する提案」と題する書面のデータであるところ,

そこには,矢の先端部に球形又は楕円形のピン(特殊な釘)を使用した構成が開示

され,そのような構成とする理由について,「矢がダブったときに抜き易い」とい

うことが記載されている。乙87データは,本件特許の出願日前に,乙11吹矢に

ついて,ダブル突入時に,後ろの矢を引き抜いたときにフィルムだけが引っ張られ

て丸釘のピンから抜け,後ろの矢のピンが前の矢のフィルム内に残ってしまうとい

う課題が生じることが公知であったことを示すとともに,そのような課題に対応す

るため,釘に代えて「かえし」のないピン(特殊な釘)を使用することが当業者に

おいて容易想到であり,阻害要因がなかったことを示すものである。

カ 「かえし」の有無が阻害要因とならないこと等

(ア) 被控訴人は,「かえし」には抜け防止の作用効果が存在し,また,「かえし」

の抜け防止効果をなくせば,せっかく的に命中した矢が的から抜けてしまうおそれ

があり,「かえし」をなくしてしまうことは,そう簡単にできる決断ではないと主

張する。しかし,「かえし」をなくしたからといって,矢が的から抜けてしまうよ

うになるものではない。このことは,被控訴人自身が先端部を釘から球形に変更

た製品(乙103)を販売し続けていることや,乙87データ等(乙87の1,乙

91)からも明らかである。「かえし」をなくすことが,周知技術の適用の動機付

けになることはあったとしても,阻害要因となることはなかった。また,吹矢協会

の競技規則8条では,矢が的から抜けた場合は「撥ね矢」として吹き直しとなり,

零点になるのではない(より高得点となる可能性もある。)。

(イ) 被控訴人は,乙57公報における釘取り外し具があることをもって阻害要因




があると主張するが,同釘取り外し具について,吹矢競技者らはそのような道具が

あり,これを使用していたにもかかわらず,そもそもダブル時に釘抜けが生じない

矢が開発されることを望み,現に乙87データにおけるような形状の吹矢の矢の提

案をしていた。したがって,上記釘取り外し具の存在も阻害要因とはならない。

キ 小括

以上のように,乙11吹矢について本件発明に係る課題があることは周知又は公

知であったもので,かかる課題を解決すべく,周知技術に係る楕円形のピンの適用

を検討するのは当然のことであった。特に,当該課題の原因が「かえし」部分のあ

る釘を利用することにあることについても周知又は公知であったことからすると,

当業者としては,より一層,矢の先端部の形状を適宜変更して周知技術を適用する

ことについて動機付けがあったといえる。

(被控訴人の主張)

ア 示唆がないこと

乙11カタログにも,乙6公報,乙7公報及び乙9公報にも,矢を的から外すと

きにピンとフィルムを一体で引き抜くことができるなどの課題は一切記載されてお

らず,乙11発明に上記各公報を組み合わせる動機付けがない。

なお,乙87データは,非公知のもので,当業者一般の技術水準を示すものには

なり得ない。進歩性における容易想到性は,発明者以外の者には発明できなかった

ことを要求するものではない。

イ 一般論としてピンが抜ける課題を知っていたとしても上記各公報を組み合わ

せることができないこと

(ア) 容易想到と判断するためには,先行技術の内容の検討に当たって,当該発明

の特徴点に到達できる試みをしたであろうという推測が成り立つのみでは十分でな

く,当該発明の特徴点に到達するためにしたはずであるという示唆等が存在する必

要があるところ,乙6公報,乙7公報及び乙9公報は,矢を的から外すときにピン

とフィルムを一体で引き抜くことができる構成として「楕円形」を採用したわけで




はないから,仮に一般論としてピンが抜けてしまうという課題を知っていたとして

も,乙11吹矢に上記各公報を組み合わせて本件発明の特徴点に到達するためにし

たはずであるという示唆等は存在しない。

(イ) 「かえし」には,抜け防止の作用効果が存在する。吹矢競技は1点が争われ

る競技であるところ,「かえし」の抜け防止効果をなくせば,せっかく的に命中し

た矢が的から抜けてしまうおそれがあり,競技者にとっては致命的なダメージにな

る可能性があるから,「かえし」をなくしてしまうことは,そう簡単にできる決断

ではない。また,乙57公報においては,「釘取り外し具」のように,本件発明の

課題への対処手段もある。

したがって,乙11発明に乙6公報,乙7公報及び乙9公報を組み合わせること

には,阻害要因があるというべきである。

(4) 争点2−2(無効理由2(乙4発明に基づく進歩性欠如))について

(控訴人の主張)

ア 原判決が認定した相違点2−1について

(ア) 本件発明にいう「楕円形」の意義についての原判決の極めて広い解釈を前提

とすると,乙4公報の吹矢の「円頭形」の先端部が楕円形に該当することは明らか

である。それにもかかわらず,上記「円頭形」が楕円形に相当するか明らかではな

いとして相違点2−1を認定した原判決には誤りがある。

(イ) 本件明細書において,本件発明は,請求項1の発明の「変形例」として説明

されており,先端部を楕円形とすることの独自の作用効果については一切記載がな

い。このため,本件明細書において,先端部が球形の矢(丸ピン)と先端部が楕円

形の矢(楕円ピン)とでは,作用効果に実質的な差異がない。

また,自然界に完全な球形をするものがほぼ存在しないことも踏まえると,「円

頭形」は「楕円状をなす形」ともいえる。現に乙9公報では,「実質的に球形の閉

止端24」と称する部材について,図3aでは実際には球形よりもむしろ「楕円」

に近い形状となっている。このことからすると,球形か楕円形かにつき,当業者は




厳密には解していない。

以上の点を踏まえると,乙4発明の「円頭形」は「楕円形」に該当し,相違点2

−1は,実質的な相違点とはいえない。

(ウ) 仮に,相違点2−1が相違点となるとしても,それは,乙4公報には「楕円

形」と明記されていないという程度のごくわずかな形式的な相違点にすぎない。前

記(イ)のとおり,本件明細書において先端部が球形の矢と先端部が楕円形の矢に作

用効果の差異がないこと,当業者は「球」といいながら「楕円形」のピンを図示し

ていることのほか,ピンの先端部が楕円形の構成は周知技術であったことからする

と,乙4公報には「楕円形」が実質的に開示されているか,そのような差異は設計

事項にすぎないか,乙4発明に上記周知技術を適用することは容易であったといえ

る。

イ 原判決が認定した相違点2−2及び相違点2−3について

(ア) 乙4発明及び乙11吹矢(乙11カタログのほか,乙12,13参照)のい

ずれも安全性を課題にしており,吹矢に関する発明の中でも課題を共通にするとい

える。

(イ) 乙4発明のように,矢軸の途中にフィルムを巻き付ける構成とした場合,ピ

ンの軸がフィルムの中央を通るように固定することが困難となり,上下方向で重心

のブレを生じ,命中精度に影響し得る。

また,上記構成とすると,吹矢を量産する際に差し込む部分の長さを一定にする

ための位置決めが困難であるのに対し,フィルムに円柱部を全て差し込む構成(乙

11吹矢)とすると,同じ長さの吹矢を容易に製造することが可能となる。

さらに,吹矢の矢は,時速100km以上の高スピードで飛んで的に当たるもの

で(乙90),的に当たった際の衝撃は大きい一方で,繰り返し使用するものであ

るところ,矢軸の途中にフィルムを巻き付ける構成では,的に当たった衝撃で羽根

部分が慣性の法則によりピンから外れたり,前側(円頭形部分側)にフィルムがず

れてしまうであろうことが,当業者においては容易にみて取れる(乙86参照)。




(ウ) したがって,乙4発明に接した当業者には,乙4発明の上記構成に代えて乙

11吹矢の上記構成とする動機付けがあるといえるから,相違点2−2は容易想到

である。そして,相違点2−3は,相違点2−2の帰結にすぎず,独自の相違点で

はない。

(被控訴人の主張)

ア 原判決が認定した相違点2−1について

本件特許の特許請求の範囲の請求項1は,「球形である先端部」を有する矢とし

ており,「球形」と「楕円形」は区別されているところ,乙4発明の「円頭形」は

球形であり,本件発明とは区別される。

イ 原判決が認定した相違点2−2及び相違点2−3について

(ア) フィルムに円柱部の一部を差し込む構成(乙4発明)から,円柱部を全て差

し込む構成(乙11吹矢)に変更すれば,空気抵抗が変わることが予想される。ス

ポーツ吹矢は1点を競う競技であり,空気抵抗が変われば競技者に不測の影響を与

えるから,安易に構成を変えてフィルムに円柱部を全て差し込もうとは考えない。

また,乙4公報の第6図のとおり,フィルムが差し込まれていない円柱部の一部

は,クッションボードに突き刺さるための部分であって,フィルムで覆うことが想

定されていない。

したがって,乙4発明の上記構成に乙11吹矢の上記構成を組み合わせる動機付

けはない。

(イ) 矢が的に当たった衝撃で羽根部分が慣性の法則でピンから外れたり,前側に

フィルムがずれてしまうという現象は,条件によって起こり得るが,そのことと,

乙4発明について円柱部を全てフィルムに差し込む構成とすることとは無関係であ

る。

本件発明が,「先端部に前記ピンの円柱部すべてが差し込まれ固着されたフィル

ム」という構成を備えることによって,フィルムの上下方向の重心を均等にするこ

とができて飛行中のブレが小さくなり,軽量化も図るという効果を奏するものであ




る(本件明細書の段落【0049】等)のに対し,乙4公報や乙11カタログには,

フィルムの上下方向の重心,飛行中のブレ,軽量化について着目した記載がない。

むしろ,前記(ア)で乙4公報の第6図について指摘した点からすると,仮に矢軸5を

フィルムで覆うとしても,その後方に設けられた中空円錐状の羽根部を覆うことに

なるだけで,矢軸全体を覆うことにはならないというべきである。

また,乙4公報の3頁6行目及び第6図からは,矢の刺さる的の厚さを約20m

m程度と指定し,的に刺さる部分をフィルムの付いていない部分に限定するような

工夫を行っていることが看取できるから,実験結果報告書(乙89)に記載される

ようなフィルムに円柱部を全て差し込む構成としなければならないことはない。乙

4発明では,そのような構成を採ることなく,何らかの対応策を講じていると考え

るのが常識である。

なお,上記報告書(乙89)は,乙4公報の記載内容(乙4の2頁15行目)を

正しく理解して矢を再現したものではなく(矢の破損が多いことは,矢の再現方法

が誤っていることの証左であるといえる。 ,
) 被控訴人の再現の予備実験の結果(甲

88)と異なることからも,信用性があるとはいえない。

(5) 争点3−2(推定覆滅事由の有無)について

(控訴人の主張)

ア 推定覆滅の可否及び覆滅率について

(ア) 覆滅率65%が低すぎること

a 控訴人が実施したアンケート(乙77〜80)においては,指導員・その生

徒が吹矢を選定するに当たり,吹矢協会の用具公認の有無は最重要の考慮要素であ

ると回答されている。被控訴人の吹矢になじみがあった顧客がいることや,令和3

年10月1日までは公式行事でも使用可能なことに鑑みて,推定覆滅率を65%と

するのは余りにも低すぎ,推定覆滅率は90%とされるべきである。

b また,原判決は,被告製品が原告製品よりも高い得点を得られる機能的に優

れたものであるという点や,被告製品では接着強度やストッパー,軸固定チューブ




等があいまって,本件発明によらずともピン抜け防止の効果を奏し,得点向上につ

ながっているという点に係る控訴人の主張について,覆滅事情として考慮しなかっ

た。しかし,@スポーツ吹矢において点数の良し悪しは非常に重要な要素であり,

矢の性能差は需要者の商品選択に際して非常に重要な影響を及ぼすものであるとい

うべきこと,A軸固定チューブについて,控訴人は,販売当初からカタログなどに

おいて特許出願中であることも明記して訴求していたこと,Bストッパーの有無等

について,カタログ等において控訴人が強調していなかったとしても,その重要性

はスポーツ吹矢の愛好家においては周知であり(乙82〜84),この点に需要者

は着目していること,C被告製品の性能が優れていることは実験等で裏付けられて

いること(乙49,85,86等)からすると,原判決の上記判断にも誤りがある。

なお,慣れた道具を使いたいというニーズがあるとしても,点数を競う競技にお

いて,道具を交換するだけで点数がより良くなる可能性がある(しかもそれが消耗

品であり随時購入する必要がある)場合に,性能差がユーザーの購入動機に影響し

ないと考えることは常識に反する。また,被告製品につき本件特許以外の事由が売

上げにつながっている以上,当該技術が公知であるか,原告製品でも採用されてい

るかといった事情は,覆滅事情としての考慮に何ら影響を与えるものではない。

(イ) 信義則違反や権利濫用をいう被控訴人の主張について

後記(被控訴人の主張)ア(ア)aの主張は,事実に反するもので,被控訴人の主張

には理由がない。吹矢協会は,Bの一存で勝手に公認相手を変更できるような団体

ではなく,被控訴人に独占販売権を認めた取引基本契約を解消して新たな用具公認

制度を導入するに当たっても,被控訴人代表者を含めた19名の理事で決議したも

ので,また,被控訴人を排除する意図なども有していなかった。吹矢協会が被控訴

人との間で新たな用具公認契約の締結に至らなかったのは,公認用具取扱認定契約

の締結をしないまま無断で吹矢の増産をしたという被控訴人の不誠実な行為を原因

とするものである。なお,吹矢協会への用具の供給は被控訴人が独占していたので

あり,支援額をはるかに上回る利益を被控訴人は得ているはずである。




イ 覆滅の期間について

(ア) 原判決における判断遺脱

控訴人は,吹矢協会の公認の有無に関する事情については,令和元年12月より

前の販売についても推定覆滅事情として主張していた。しかるに,同月1日以降に

ついてしか覆滅事情の存否を判断しなかった原判決には,判断の遺脱がある。

(イ) 吹矢協会の公認が令和元年12月より前にも推定覆滅事情となること

a 吹矢協会では,各地の指導員が普及活動・営業活動を続ける中で,吹矢協会

の用具公認を受けている吹矢を使用するよう奨励していたもので,このような推薦

の有無は,会員が吹矢を選ぶ際に大きな影響を与え,用具公認の有無が非常に重要

な役割を果たしていた。

b 控訴人において,吹矢協会の理事・各地の支部の支部長等の有力者であり,

かつ,数十人から百人以上の会員に吹矢の指導をしている者に対して行ったアンケ

ートの結果(乙77〜乙80)からも,公認の有無が重要な要素であったこと,令

和元年12月より前の時点でも,控訴人の吹矢と被控訴人の吹矢との間における公

認品として性質の違い(控訴人の製品は新たな用具公認基準に基づく正規公認品で,

被控訴人の吹矢は従来の製品につき特例的に販売が認められていたにすぎない。)

が推奨の際に考慮されていたことが認められ,同月より前についても,新たな制度

での用具公認の有無という事情は推定覆滅事情として考慮されるべきである。

なお,上記の点からして,控訴人と被控訴人とが同等の条件で矢を販売できたと

の被控訴人の主張は誤りであるが,仮に,公認の有無という事情について同1条

であったとしても,当該要素が売上げに大いに貢献していたことは明らかで,被告

製品の売上げについて本件特許以外の要素が影響をしていたことには変わりがない

から,覆滅事情として考慮される必要がある。

c さらに,吹矢協会は,令和元年9月の理事会で同年12月1日以降について

は被控訴人の用具公認を取り消す旨の決定をし,被控訴人の吹矢が同月以降公認用

具として認められなくなることについて,同年9月13日付けで全国の支部長やA




ライセンス保持者や公認指導員らに書面で通知していた(乙35)。そのような重

大事項は,指導員を通じて直ちに会員に周知されたと考えられる。

したがって,仮に前記bの主張が認められないとしても,用具公認の有無に基づ

く推定覆滅事情は,遅くとも令和元年10月分以降について適用があるというべき

である。なお,経過期間が設けられていたとはいえ,早晩大会では使用できなくな

る吹矢を好んで買う顧客がどれだけいたかは疑問である。

d そもそも本件発明は利用発明にすぎず,また,吹矢の矢のうちその先端部に

関する発明であって,作用効果も限定されている。しかるに,令和元年12月より

前の分について,控訴人が得た限界利益を全額損害額とした原判決の認定が妥当で

ないことは明らかである。

(被控訴人の主張)

ア 推定覆滅の可否及び覆滅率について

(ア) 控訴人の覆滅主張が信義則に反し権利濫用であること

a 本件は,被控訴人が約20年間4億4156万7118円以上もの大金を投

じてその活動を支えてきたことによってようやく大きくなった吹矢協会に関し,ス

ポーツ吹矢の創始者で被控訴人及び吹矢協会の創始者でもある故Cの信頼を受け吹

矢協会の理事長となったBが,最大の出資者である被控訴人から公認による利益を

引き剥がし,自らの息子でありかつて被控訴人の営業本部長であった控訴人代表者

の設立した控訴人に,独占的な公認を与え,利益誘導をしたという事案であり(甲

35〜76,86),現在の吹矢協会の幹部,控訴人及び控訴人代表者は,利益状

況からすると一体の関係にある。そして,時系列的な流れからすると,上記のよう

な利益誘導は,被控訴人が「公認」を打ち切られる前から決まっていた既定路線で

あったと考えざるを得ない。

b 被控訴人が大金を投入したがゆえに重要な意味を有するようになった公認に

ついて,被控訴人が大金を回収することもなく公認による利益を失う一方,何らの

投資もしていない控訴人が莫大な利益を得て,控訴人による特許権侵害の被害を受




けているにもかかわらず,公認の価値を高めたがゆえに被控訴人が受ける損害賠償

金額が65%も減少するなどということは,明らかに正義に反する。

控訴人が公認を理由とした覆滅の主張をすることは,信義則に反し,権利の濫用

に当たり,許されず,推定の覆滅は一切認められないというべきである。

(イ) 覆滅率65%が高すぎること

a 前記(ア)aの事情からして,控訴人が多大な影響力を有するのは,被控訴人が

大金を投じて吹矢協会の会員を増やしたからである。しかるに,そのような被控訴

人の営業努力の成果が侵害者たる控訴人にとって有利な覆滅事由とされ,65%も

の覆滅が認められることは,明らかに正義に反する。

b 控訴人は,原告製品との性能差について主張するが,被告製品に係る特許権

の出願に当たっての実施例・比較例の実験は,人が吹き矢を吹いて的に命中させる

というもので(乙15の段落【0054】),いくらでも人為的に結果を誘導でき

る。まして,控訴人には特許権を取得したいという動機が存在し,実験者は控訴人

の従業員であって,客観的立場にはなく,むしろ利害関係を有する立場にある。

仮に,控訴人に作為的な意図がなかったとしても,吹矢競技は繊細なコント口一

ルを要する競技であり,メンタル面の影響が非常に大きいから,試験実行者におい

て,控訴人がどのような結果を期待しているかを知り,控訴人の意図が無意識に作

用して,実験に影響した可能性は非常に高い。

また,吹矢競技は精度を競うものであるから,仮に控訴人の吹矢の性能が良かっ

たとしても,個々人にとっては,練習によって使い慣れた吹矢の方が練習どおりの

プレーができてよほど良い成績が出る可能性もあり,性能差よりも使い慣れた道具

を選択する競技者も多いと思われる。

c 控訴人は,その他の覆滅事由として,被告製品につき,販売当初からカタロ

グなどに特許出願中であることも明記して軸固定チューブの存在が訴求されており,

また,ストッパーの有無等の重要性については,控訴人自身がカタログ等において

強調していなかったとしても,スポーツ吹矢の愛好家においては周知であって着目




されていたと主張する。しかし,被告製品に係る甲3のカタログでは,ピンの形状

が「☆注目ポイントその1☆」とされる一方で軸固定チューブは「☆注目ポイント

その2☆」とされ,後者よりも前者が優先されている。また,ストッパーは従来技

術である上,被控訴人の製品でもストッパーを採用しているから(甲34),どち

らの製品を選ぶかの選択基準になり得ず,覆滅事由にはなり得ない。

イ 令和元年12月より前の推定が覆滅しないこと

令和元年12月より前は,控訴人だけでなく,被控訴人も吹矢協会の公認を受け

ていたもので,控訴人が主張する事情は,控訴人が被控訴人と同等の条件で侵害

を販売できたという事情にすぎず,特許法102条2項の推定を覆滅するものでは

ない。なお,控訴人が実施したアンケート等(乙77〜81)に信用性はない。

また,吹矢は消耗品であり,大会出場に当たっては,それまで練習で使い続けて

きたのと同じ吹矢を使いたいと希望する会員も多いこと,吹矢協会からの書面(乙

35)には令和元年12月1日以降「購入した」商品が公認用具として認められな

くなる旨が記載され,同年11月末までに購入した被控訴人の商品は公認されるこ

とが明示されていることからすると,もともと被控訴人の吹矢を使っていた会員は,

同月末までに被控訴人の吹矢を購入して,大会でも公認されておりそれまで練習で

使い続けてきた吹矢のストックを持っておきたいと考えるであろう。したがって,

令和元年10月及び11月についても推定は覆滅しない。

4 当事者の当審における追加主張

(1) 無効理由3(乙57公報に基づく進歩性欠如)

(控訴人の主張)

ア 乙57公報には,吹矢の矢についての次の発明(以下「乙57発明」という。)

が記載されている。

57a 吹矢に使用する矢であって,

57b 長手方向断面が半円形である先端部と該先端部から後方に延びる円柱部

とからなるピンであって,該円柱部の横断面の直径が前記半円形の先端部の横断面




の直径よりも小さいピンと,

57c 円錐形に巻かれたフィルムであって,先端部に前記ピンの円柱部すべて

が差し込まれ固着されたフィルムと

57d 前記フィルムの先端部に連続して前記ピンの半円形の部分が錘として接

続された

57e 矢

イ 本件発明と乙57発明とを対比すると,構成要件のほとんどの点で一致し,

相違点は次の点のみである。

(相違点)

ピンの先端部の長手方向断面が,本件発明では「楕円形」であるのに対して,乙

57発明では「半円形」である点

ウ 乙6公報,乙7公報及び乙9公報には,先端部が「楕円形」の吹矢が開示さ

れており,吹矢の先端部が「楕円形」である構成は,周知技術である。

その上で,@乙57発明及び上記周知技術は,いずれも吹矢に関するものであっ

て技術分野が同一であること,A乙57公報には,従来技術の吹矢ではピンとして

釘を利用することによりダブル時に後の矢の釘が前の矢のフィルムに食い込んでし

まうといった本件発明と同じ課題があることが明記されていること並びにB当該課

題は周知であったため当業者として先端部に釘以外の周知の形態を適宜試すことは

ごく一般的なことにすぎないことからすると,乙57発明に上記周知技術を適用す

ることは容易であった。

エ したがって,本件発明は,乙57発明に乙6公報,乙7公報及び乙9公報の

周知技術を組み合わせることにより容易に想到できるもので,進歩性を欠く。

オ 被控訴人の主張について

(ア) 「かえし」の有無については,前記3(3)(控訴人の主張)カ(ア)のとおりで

ある。

(イ) 乙57発明は,乙57公報における従来技術である矢に係る発明であり,乙




57公報が釘取り外し具の技術に係るものであることは,乙57発明を主引用例と

する容易相当性の判断において阻害要因とならない。

(被控訴人の主張)

ア 動機付けが存在しないこと及び「かえし」をなくすことができないこと(前

記3(3)(被控訴人の主張)イ(ア)及び(イ))は,乙57発明についても同様である。

イ 乙57公報の段落【0004】の記載のとおり,乙57公報の技術は,後の

矢が引き剥がされる場合に釘だけが中に取り残されてしまうことを課題とし,その

課題を解決するために,矢の中に取り残された釘を容易に取り外すことのできる釘

取り外し具を提供するものである。

仮に,乙57発明に係る矢の丸い頭部を楕円状の形状にすると,ダブル突入の状

態になっても後ろの矢を引き抜いたときにフィルムからピンが抜けてピンが前の矢

のフィルム内に残ることも防止できるようになり,上記課題が解決されるから,釘

取り外し具が不要となり,上記技術の技術的意義がなくなってしまう。

したがって,乙57発明に乙6公報,乙7公報及び乙9公報を適用する動機付け

はなく,むしろ阻害要因がある。

(2) 無効理由4(明確性違反)

(控訴人の主張)

原判決は,本件発明にいう「楕円形」の意義につき,「一般的には,幾何学的意

味での楕円の形のほか,水滴などともいわれるそれに近い形も含むものであり,ま

た,長手方向の端が同じ曲率ではない形状も楕円形と呼ばれることがあるといえる」

と極めて広い解釈を採用する一方で,乙4発明の先端部は「円頭形」であって上記

の「楕円形」とは相違する旨の判断をするが,上記のような「楕円形」は,どのよ

うなものを指すのか極めて不明確であり,本件発明の技術的範囲の外延がどこまで

及ぶのかが当業者に非常に不明確となる。したがって,そのような「楕円形」を構

成要件に含む本件発明には,明確性要件違反の無効理由がある。

(被控訴人の主張)




前記3(4)(被控訴人の主張)アのとおり,「球形」と「楕円形」は区別され,乙

4発明の「円頭形」は「球形」であって「楕円形」とは区別されるから,控訴人の

主張するような明確性要件違反はない。

第3 当裁判所の判断

1 当裁判所は,被告製品は本件発明の構成要件B及びDを充足しないから,文

侵害は成立せず,第1要件及び第3要件を充足しないから均等侵害も成立しない

と判断する。その理由は,次のとおりである。

2 本件発明の概要

次のとおり追加し,原判決別紙図面のうち【図1】〜【図3】,【図21】及び

【図22】を本判決別紙図面のとおり改めるほかは,原判決の「事実及び理由」中

の「第3 当裁判所の判断」の1に記載するとおりであるから,これを引用する。

(1) 原判決26頁6行目の次に改行して次のとおり加える。

「「請求項1に係る発明は,前記目的を達成するために開発された,吹矢に使用

する矢である。この矢は,球形である先端部と該先端部から後方に延びる円柱部と

からなるピンであって,該円柱部の横断面の直径が前記球形の直径よりも小さいピ

ンと,円錐形に巻かれたフィルムであって,先端部に前記ピンの円柱部すべてが差

し込まれ固着されたフィルムと,からなり,前記フィルムの先端部に連続して前記

ピンの球形の部分が錘として接続された矢,からなる。」(【0013】)

「本発明によれば,1.ピンの先端部が球形のため,的に刺さった矢を的から外

すときに釘の頭部にかえしがないので,矢が抜きやすくなり,ピンだけが的に残っ

てフィルムだけ引き抜かれることが極力防止できる。2.的に刺さっている矢に次

に吹いた矢が重なって前の矢のフィルム奥深くに食い込んでダブル突入の状態にな

っても,後ろの矢を引き抜いたときにフィルムだけが引っ張られて後ろのフィルム

からピンが抜け,ピンが前の矢のフィルム内に残ることも極力防止できる。3.前

記球形の中心部に対する前記円柱部の配置誤差が極めて小さく製造でき,矢全体の

重心も前寄りになるので矢の飛行中におけるフィルム後端の上下左右方向のブレが




少なくなり,的への命中率が高まる。」(【0014】)」

(2) 原判決27頁17行目の次に改行して次のとおり加える。

「ここで,矢の明細データについて述べる。従来の矢の明細及び本実施形態の矢

の明細は次の通りである。従来の矢は,上述の丸釘と略長方形フィルムとを組み合

わせたものである。

<従来の矢の明細>下記±の値は手作業製造による製造誤差範囲である。

全長・・・200mm±5mm

手元側外径・・・13.0mm±0.2mm

重量・・・0.72g±0.02g

丸釘の重量・・・0.250g

重心の位置・・・先端から63mm±2mm

<本実施形態の矢の明細>下記±の値は手作業製造による製造誤差範囲である。

全長・・・200mm±5mm

手元側外径・・・13.0mm±0.2mm

重量・・・0.80g±0.02g

丸ピンの重量・・・0.353g

重心の位置・・・先端から53mm±2mm

従来の略長方形状のフィルム28を円錐形に巻いた状態では,図22に示すよう

に後端部の重なりしろが大きかったが,上述のフィルム形状を採用することによっ

て,上述のように重なりしろを小さくすることができたので,フィルムの上下方向

の重心を均等にすることができて飛行中のブレが小さくなり,軽量化も図ることが

できた。

ピンは本実施形態の丸ピン4を採用することによって従来の丸釘26よりも0.

1g重くなったが,フィルムの軽量化を図ることができたので,矢全体としては0.

08g重くなったのみである。

また,本実施形態では,ピンを従来の丸釘から先端球形に変更することによって




矢の長手方向の重心位置を矢の先端方向に寄せることができた。これによって,飛

行中のブレがさらに小さくなり,的への的中率が向上した。」(【0046】〜【0

051】)」

(3) 原判決28頁2行目の次に改行して次のとおり加える。

「「本実施の形態の変形例を説明する。」(【0064】)」

(4) 原判決28頁13行目の次に改行して次のとおり加える。

「「この変形例の矢の明細は次の通りである。」(【0067】)」

(5) 原判決29頁14行目冒頭から30頁1行目末尾までを次のとおり改める。

「上記(1)の記載等によれば,従前の吹矢の矢として,プラスチックフィルムを円

錐状に巻いてその先端に丸釘を固着したものが用いられていたが,その矢には,丸

釘の頭部に「かえし」が存在するために,@矢を的から外すときに丸釘のピンだけ

的に残ってフィルムだけ引き抜かれてしまう,Aダブル突入の場合に後ろの矢の丸

釘の頭部の「かえし」が前の矢のフィルムに食い込み,後ろの矢を引き抜くときに

フィルムが丸釘のピンから抜け,後ろの矢のピンが前の矢のフィルム内に残ってし

まうという課題があるほか,市販の丸釘では円柱部が必ずしも頭部の中心を通って

おらず,また,従来技術として開示されている略長方形状のプラスチックフィルム

を円錐状に巻くと,巻いた状態でのフィルムの後端部のフィルム重なりしろが大き

くなっているために,Bその構造では上下方向の重心に偏りがあるという課題があ

った。本件発明は,本件発明の構成をとることによって,@ピンの先端部の長手方

向断面が楕円形であるため,的に刺さった矢を的から外すときに矢が抜きやすくな

り,ピンだけが的に残ってフィルムだけ引き抜かれることが極力防止でき,Aダブ

ル突入の状態になっても,後ろの矢を引き抜いたときにフィルムだけが引っ張られ

て後ろのフィルムからピンが抜けて当該ピンが前の矢のフィルム内に残ることを極

力防止でき,B前記楕円形の中心部に対する前記先端部から後方に延びる円柱部の

配置誤差が極めて小さく製造でき,矢全体の重心も前寄りになるので矢の飛行中に

おけるフィルム後端の上下方向のブレが少なくなり,的への命中率が高まるという




ものであり,その効果は,矢を的から外すときにピンとフィルムとを一体で引き抜

くことができ,ダブル突入の場合でも後ろの矢のピンが前の矢のフィルムに食い込

みにくい矢を得ることができ,前記楕円形の中心部に対する前記円柱部の配置誤差

が極めて小さく製造でき,上下方向の重心を均等にするとともに矢全体の長手方向

の重心を前寄りに寄せた,飛行中のブレの少ない的中率の高い矢を得ることができ

るというものである。」

3 争点1−1(被告製品のピンが,長手方向断面が「楕円形」
構成要件B,D)

である先端部を有しているか)について

(1) 「楕円形」の一般的な意味について

ア 「楕円形」とは,「楕円状をなした形」をいい,「楕円」とは,「円錐曲線

(二次曲線)の一つ。幾何学的には,一平面上で二定点(F,F’)からの距離の和

(FP+F’P)が一定であるような点Pの軌跡。 を意味する 「広辞苑
」 ( 第六版」

(平成20年1月11日発行,株式会社岩波書店)1705頁,乙2参照) この点,


被控訴人が提出するウェブサイト「コトバンク」における検索結果に係る証拠(甲

2。令和元年5月30日印刷)では,「楕円形」について,「楕円状をなす形,ある

いは,それに近い形。(デジタル大辞典の解説)「楕円のような形。また,そのよ
」 ,

うな形のさま。小判がた。長円形。側円形。(精選版日本国語大辞典の解説)とさ


れている。

上記を踏まえると,一般に,「楕円形」とは,「楕円状をなした形」をいい,幾何

学上の楕円の形状がそれに含まれることはもとより,同形状とは異なるがそれに近

い形についても用いられる語であると解される。

もっとも,幾何学上の楕円の形状とは異なるがそれに近い形として,どのような

形が「楕円形」に含まれるか,
「楕円形」の意味の外延は,上記の辞書的な意味から

は明確とはいえない。

イ 上記に関し,「卵形(たまごがた)」は,「鶏卵に似た楕円形。」を意味する語

である(上記「広辞苑 第六版」1756頁,甲78参照)。なお,被控訴人が提出




するウェブサイト「コトバンク」における検索結果に係る証拠(甲77。令和3年

7月29日印刷)では,
「卵形(たまごがた)」について,
「鶏卵のような楕円形。ま

た,そのような形のもの。たまごなり。(精選版日本国語大辞典の解説)「鶏卵に
」 ,

似た楕円形。たまごなり。らんけい。(デジタル大辞典の解説)とされている。


また,「卵形(らんけい)」は,「たまごのような形。たまごがた。」を意味する語

である(上記「広辞苑 第六版」2933頁)。なお,上記証拠(甲77)では,
「卵

形(らんけい)」について,「卵のような形。楕円の一方が少し細くなっている形。

たまごがた。(精選版日本国語大辞典の解説)「卵のような形。たまごがた。(デ
」 , 」

ジタル大辞典の解説)とされている。

そうすると,「楕円形」の語は,「卵形」を含むものとして用いられることもある

ものの,他方で,前記アの「楕円形」の意味において,
「卵形」と同義である旨の説

明はもちろん例示としても「卵形」という説明がみられないことや,上記のとおり,

「卵形」の意味においても,限定なしで「楕円形」と同義であることは何ら示され

ず,
「鶏卵に似た」「鶏卵のような」といった限定を付して「楕円形」という語が用


いられたり,
「楕円の一方が少し細くなっている形」との説明がされていることも踏

まえると,
「楕円形」は本来的な意味として「卵形」を含むものではないとみられる

ところである。

ウ 以上によると,
「楕円形」の語は,幾何学上の楕円の形状及びそれに近い形を

いうものであるが,当該楕円の両端(当該楕円とその長軸が交わる2点をいう。)付

近の曲線を比較した場合に,その一方の曲率が他方の曲率より小さい形状(「卵形」

など。当事者の主張における「長手方向の端の一方が他方よりも緩い曲率の形状」。

以下「曲率に差のある形状」という。)を含むものとして「楕円形」の語が用いられ

ているか否かは,明細書(図面を含む。)における当該「楕円形」の語が用いられて

いる文脈等を踏まえて判断する必要があるというべきである。

エ これに対し,被控訴人は,
「楕円形」の語が卵形等を含むものであると主張し

て,インターネットでの画像検索の結果(甲10の1〜6)やウェブサイト等にお




ける語の使用例(甲79〜84)を指摘するが,それらは一般に「楕円形」の語が

どのような形を説明する際に用いられているかといった事情を示すものにすぎず,

「楕円形」の語が上記各証拠で示される各種の形をその意味として当然に含むこと

を示すものとは解されない。

(2) 本件明細書における「楕円形」の語について

ア 本件明細書に,「楕円形」の意味について説明する記載等は見当たらない。

ただし,請求項1の発明においては先端部が「球形」とされ,本件明細書でも「球

形」と「楕円形」が使い分けられていることを踏まえると,少なくとも,本件発明

の「楕円形」は,円形(球形の断面)を含むものではなく,円形を含み得るような

広い意味の語ではないことは理解されるといえる。

イ(ア) 訂正の上引用した原判決の「事実及び理由」 「第3
中の 当裁判所の判断」

の1(2)を踏まえると,本件発明が解決しようとする課題は,従来技術について,矢

の先端部に「かえし」が存在することにより生じていた,@矢を的から外すときに

丸釘のピンだけ的に残ってフィルムだけ引き抜かれてしまうという課題と,Aダブ

ル突入の場合に後ろの矢を引き抜くときにフィルムが丸釘のピンから抜け,後ろの

矢のピンが前の矢のフィルム内に残ってしまうという課題(以下,併せて「ピン抜

けの課題」という。)のほか,矢の先端部の頭部と円柱部の位置のずれやフィルム

の重なりにより生じていた,B上下方向の重心に偏りがあるという課題(以下「重

心の課題」という。)であると解される。

(イ) 本件発明の「長手方向断面が楕円形」という先端部の形状は,ピン抜けの課

題の原因が先端部の「かえし」の存在にあったとされていることを踏まえると,ピ

ン抜けの課題の解決手段の一つとして採用されたものと理解されるところ,「かえ

し」の存在をなくすという観点からは,先端部の形状は,幾何学上の楕円の形状で

足り,曲率に差のある形状である必要はない。したがって,ピン抜けの課題の解決

手段の一つであるという事情は,本件発明における「楕円形」の語が,曲率に差の

ある形状を含むというべき積極的な事情には当たらない。むしろ,曲率に差のある




形状とした場合,具体的な形状次第では,的やダブル突入の場合の前の矢のフィル

ムに曲率の差のある形状の先端部が残ってしまうという可能性が別途生じ,ピン抜

けの課題の解決に支障が生じ得るともいえるところである。この点,本件明細書に

は,先端部の形状について,
「楕円形」としてどのような範囲内のものであればピン

抜けの課題が適切に解決されるかの判断の資料となり得るデータ等は,何ら記載さ

れていない。

他方,本件明細書上,重心の課題の解決と「長手方向断面が楕円形」という先端

部の形状との関係は明確ではないが,重心の課題の原因の一つとして,矢の先端部

の頭部と円柱部との位置のずれが挙げられていることのほか,本件発明の効果等に

関し,請求項1の発明に係る実施例についてのものではあるものの,「ピンを従来

の丸釘から先端球形に変更することによって矢の長手方向の重心位置を矢の先端方

向に寄せることができた」ことが記載され,その変形例が本件発明に係るもので,

上記実施例と同様に従来の矢の丸釘と比較した丸ピンの重量等について具体的な記

載がされていることも考慮すると,「長手方向断面が楕円形」という先端部の形状

は,円柱部との位置のずれを解消しやすく,また,上下方向の重心に偏りがなく,

かつ,従来の丸釘よりも先端部が後ろに長い形状であるために先端部が相対的に重

くなるといった観点から,重心の課題の解決手段の一つとして採用されたものと理

解することもあり得る。しかし,そのような観点からも,先端部の形状は,幾何学

上の楕円の形状で足り,曲率に差のある形状である必要はない。むしろ,曲率に差

のある形状とした場合,具体的な形状次第では,円柱部との位置の調整が困難にな

ったり,上下方向の重心に偏りがなく,かつ,先端部が相対的に重くなるといった

特徴が十分に発揮できなくなり,重心の課題の解決に支障を生じ得るともいえると

ころである。この点,本件明細書には,先端部の形状について,
「楕円形」としてど

のような範囲内のものであれば重心の課題が適切に解決されるかの判断の資料とな

り得るデータ等は,何ら記載されていない。

ウ 本件発明の実施例は,本件明細書の【0065】〜【0069】及び【図3】




のとおりであり,先端部の長手方向の断面は,請求項1の発明の実施例 【図2】
(同 )

の先端部の形状である「球形」の長手方向の断面である円を左右(矢の進行方向か

らすると前後)に二つに分割してその間に長方形を挟み込んだような形(換言する

と,「円」を左右に引き伸ばしたような形)であって,「小判型」や「俵型の断面」

などというべきものであり,幾何学上の楕円の形状とは異なるものの,長手方向の

両端の曲率を同じくするものである。上記の形については,本件明細書に実験結果

が記載されており,また,前記イ(イ)で指摘したような,ピン抜けの課題の解決や重

心の課題の解決に支障を生じ得るといった事情も認め難いものといえる。

(3) 構成要件B及びDの「楕円形」の意味及び文言侵害の成否について

ア 前記(1)及び(2)の点を踏まえると,構成要件B及びDの「楕円形」は,幾何

学上の楕円の形状や,本件発明の実施例の形のような,楕円に近い形状であって長

手方向の両端の曲率を同じくする形状は含むものと解される一方で,曲率に差のあ

る形状は含まないものと解するのが相当である。なお,これと異なる技術常識を認

めるべき証拠もない。

イ 被告製品のピンの先端部は,
「長手方向断面が,前部が曲率の緩い曲線形状,

後部が略円錐形となるように円弧を描き,後部の円柱部との接合面が上下に角を有

し,前記後部の角と角とを直線で結んだ形状である先端部」(構成要件b)であり,

曲率に差のある形状の一端を更に一定の範囲で切断した形状というべきものである

から,構成要件B及びDの「楕円形」には含まれない。

したがって,被告製品が,文言上,本件発明の技術的範囲に属するとは認められ

ない。

ウ 被控訴人は,曲率に差のある形状のピンの先端についても,@「かえし」が

ないため矢が抜きやすいこと,A上下方向の重心が均等であり,また,B従来技術

の釘形状の先端部と比べて錘として重くなり,矢全体の長手方向の重心を前寄りに

寄せることという本件発明の技術的意義を満たすものであるから構成要件B及びD

の「楕円形」に含まれると主張するが,前記(1)及び(2)で認定説示した点に照らし,




上記@〜Bを満たすことから直ちに上記「楕円形」に含まれるということはできな

い(なお,被控訴人の上記主張によると,請求項1の発明に係る「球形」が,同時

に本件発明に係る「楕円形」に含まれることとなり得,この観点からも上記主張は

相当といい難い。)。

また,被控訴人は,本件で問題になっているのは,一般的に楕円形といえばどの

ような形を最初に思い浮かべるかではなく,卵形や涙滴型のような,長手方向の端

の一方が他方よりも緩い曲率の形状を「楕円形」と表現するのか否かであると主張

するが,被告製品の先端部の形状が本件発明の構成要件B及びDの「楕円形」に含

まれるかという判断に先立って,まず,本件発明の構成要件の解釈として構成要件

B及びDの「楕円形」の意味が問題となるのであるから,被控訴人の上記主張は,

その前提を誤るものといえ,前記ア及びイの判断を左右するものではない。

4 争点1−2(均等侵害の成否)について

(1) 第1要件について

特許発明における本質的部分とは,当該特許発明の特許請求の範囲の記載の

うち,従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分であると解す

べきである。

そして,上記本質的部分は,特許請求の範囲及び明細書の記載に基づいて,特許

発明の課題及び解決手段とその効果を把握した上で,特許発明の特許請求の範囲

記載のうち,従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分が何で

あるかを確定することによって認定されるべきである。すなわち,特許発明の実質

的価値は,その技術分野における従来技術と比較した貢献の程度に応じて定められ

ることからすれば,特許発明の本質的部分は,特許請求の範囲及び明細書の記載,

特に明細書記載の従来技術との比較から認定されるべきであり,そして,@従来技

術と比較して特許発明の貢献の程度が大きいと評価される場合には,特許請求の範

囲の記載の一部について,これを上位概念化したものとして認定され,A従来技術

と比較して特許発明の貢献の程度がそれ程大きくないと評価される場合には,特許




請求の範囲の記載とほぼ同義のものとして認定されると解される。

ただし,明細書に従来技術が解決できなかった課題として記載されているところ

が,出願時又は優先権主張日の従来技術に照らして客観的に見て不十分な場合には,

明細書に記載されていない従来技術も参酌して,当該特許発明の従来技術に見られ

ない特有の技術的思想を構成する特徴的部分が認定されるべきである。そのような

場合には,特許発明の本質的部分は,特許請求の範囲及び明細書の記載のみから認

定される場合に比べ,より特許請求の範囲の記載に近接したものとなり,均等が認

められる範囲がより狭いものとなると解される。
(以上について,知財高裁平成27

年(ネ)第10014号同28年3月25日特別部判決)

イ(ア) 本件発明の課題及び解決手段とその効果は,訂正の上引用した原判決の「事

実及び理由」中の「第3 当裁判所の判断」の1(2)及び前記3(2)イのとおりであ

る。

(イ) 従来技術

a 乙4公報の記載事項

乙4公報は,昭和57年に公開された考案の名称を「競技用安全吹矢」とする実

用新案登録出願に係るものであり,@実用新案登録請求の範囲には,「先端に円頭

状の金属製の矢じりを備え,その後部に紙又は合成樹脂材及び金属箔の単独又は組

合せにより形成した・・・中空円錐形状の羽根を一体に設けた吹矢」との記載(乙

4公報の明細書1頁5行目〜9行目)が,A考案の詳細な説明には,「先端に危険

の無いよう円頭形の矢じり(4)を有した金属製の矢軸(5)の後方に,紙又は合成樹脂

材及び金属箔の単独又は組合せにより次第に拡大形成された・・・中空円錐状の羽

根部(6)を嵌合固着して全長約10cmに形成してなる吹矢(7)」との記載(同2頁

10行目〜16行目)があり,B吹矢の拡大側面図(一部を切断したもの)として,

次の第3図が掲載されている。





b 乙5公報の記載事項

乙5公報は,昭和58年9月14日に公開された考案の名称を「吹矢の構造」と

する実用新案登録出願に係るものであり,乙5公報には,次の記載がある。

(a) 実用新案登録請求の範囲

「先端に金属製矢じりを設け,該矢じりの後方に軽い材質よりなる矢羽根を設け

た競技用安全吹矢において,吹矢全体の重心の位置を矢じりの先端面から測つて吹

矢の全長の1/3の点より前方に設定したことを特徴とする吹矢の構造」(乙5公

報の明細書1頁5行目〜9行目)

(b) 考案の詳細な説明

@ 「本考案は,標的への的中率を競う競技用安全吹矢の矢玉の改良に係り,特

に飛行姿勢及び飛行軌跡の安定した吹矢の構造に関する。」(乙5公報の明細書1

頁11行目〜13行目)

A 「そこで本考案者は,どのような構造の吹矢が,最も適しているのかについ

て種々の構造の吹矢を試作実験した結果,以下に述べる如く,先端に金属製矢じり

を設け,該矢じりの後方に軽い材質よりなる矢羽根を設けた競技用安全吹矢におい

ては,吹矢全体の重心の位置を矢じりの先端面から測つて吹矢の全長の1/3の点

より前方に設定することにより,吹矢の飛行姿勢が安定し,従つて最も飛距離が伸

びることを確認したものである。」(同1頁19行目〜2頁7行目)

B 「第1図において,吹矢(1)は,頭部の矢じり(2)と,尾部の矢羽根(3)とによ

つて構成され,矢じり(2)の後部嵌入孔(4)に矢羽根(3)の先端部(5)が差し込まれ,

接着によつて固定されている。 矢じり(2)は,先端部(6)及び後部(7)が太く,中間

が小径の首部(8)を構成している。 標的に打ち込まれた吹矢は,この小径部(8)に

よつて標的にひつかかり,標的に打ち込まれた状態で容易には脱落せず,ささつた

ままの吹矢によつて打ち込まれた位置が容易に確認される。」(同2頁14行目〜

3頁3行目)

C 「矢じり(2)を重く,矢羽根(3)を軽くすることにより,吹矢(1)全体の重心(G)




の位置は前方に設定され,特に矢じり(2)の先端面(10)から吹矢全長?の1/3以内

の距離の部分(19)に重心(G)を位置させることが望ましい。」(同3頁7行目〜11

行目)

D 「第2図に示したのは矢じりの種々の変形例であり,同図(a)は首部(8a)を直

円柱状に加工したもの,(b)は1又は2以上の円踵台状に首部(8b)を形成したもの,

(c)は小幅の首部(8c)を複数設けた場合である。 また抜け止めのためには矢じり

(2)に首部を形成するばかりでなく,同図(d)に示す如く,矢じり(2)を直円柱状に形

成しその外周面(11)に粗面加工を施してもよい。」(同3頁下から2行目〜4頁6

行目)

E 「もし重心(G)が全長の1/3より後方にあると,第5図に示すように,空気

抵抗に逆つて矢印(18)の方向へ飛ぶ吹矢(1)’は,重心(G)を先頭にして飛ぶ傾向が

あるので,図のように方向が反転し,空気抵抗の増大により遠くへ飛ぶことができ

ない。」(同5頁4行目〜9行目)

F 「本考案は・・・飛行中に空気抵抗によつて吹矢が反転することなく,正常

な姿勢を保つて飛び続けるので空気抵抗が少なく飛距離が伸びると共に,方向性が

よくまつすぐに飛ぶことができるので,競技用の吹矢に適用して極めて好適である。」

(同5頁10行目〜19行目)

(c) 図面





c 乙6公報の記載事項

乙6公報は,平成11年7月30日に公開された発明の名称を「蓄気吹矢」とす

る特許出願に係るものであり,乙6公報には,次の記載がある。

(a) 発明の詳細な説明

@ 「【発明の属する技術分野】本発明は,呼気の風圧により飛び道具の矢を発

射する吹き矢装置において,一定量の呼気を一時保留して増圧する呼気コンプレッ

サーと,該呼気コンプレッサーと気密にドッキングする飛び道具の矢,及びそのド

ッキングを補助する射庫又は自動給矢器に関する。(乙6公報の段落
」 【0001】)

A 「旧来の吹き矢が戦闘用であり,又は狩猟用であり,下って射的ゲーム用で

あったという歴史的由来に起因して,矢じりが鋭利であり,硬質であったこと等を

原因とする傷害・物損等が発生するおそれがあるという問題点があった。」(同【0

004】。【発明が解決しようとする課題】に関する記載である。)

B 「前項の0007に記載した呼気コンプレッサーとドッキングする飛び道具

の矢のドッキング部材は半球体のテールカップとし,そしてヘッドも相似の球体を

形づくることとしている。それ故,仮に人体その他の器物と衝突してもそれらに損

傷を与える恐れがなくなる。」(同【0008】。【課題を解決するための手段】

に関する記載である。)

C 「【実施例】実施例について図面を参照して説明すると,図1及び図2にお

いて,・・・飛び道具の矢Bは,テールカップ7とヘッド10及びそれらを繋ぐシ

ャフト9の3部分よりなるものである。テールカップ7とヘッド10はいずれも飛

翔方向の軸の長さが,直交する軸よりも長い長球体乃至は軸の長短が逆の稍扁平な

短球体に成型する。・・・飛び道具の矢Bはテールカップ7とシャフト9及びヘッ

ド10とをプラスチックスで一体成型して作ることができるが,テールカップ7が

中空であるのとは逆にヘッド10の内部を充実させ,重心を飛翔の方向に寄せて製

する。・・・」(同【0017】)





(b) 図面

@ 図1




A 図2




d 乙7公報の記載事項

乙7公報は,平成12年5月12日に公開された発明の名称を「吹矢」とする特

許出願に係るものであり,乙7公報には,次の記載がある。

(a) 発明の詳細な説明

@ 【従来の技術】飛び道具の矢じりの切っ先がある程度鈍様な形態に改造され,

人や動物を損傷することがないように安全化されたものがあり,一方矢羽は合成樹

脂類等軽薄な新素材を用いて呼気を有効に受け易いように改良されたもの等があ

る。」(乙7公報の段落【0002】)

A 「【発明が解決しようとする課題】吹矢の原初が武器又は狩具であり,後に

射的ゲーム機となったという歴史的由来に起因して,その矢じりが鋭利であり,硬

質であるという元来の形質を残存すること等に対する危険性がなお払拭されていな

いという問題点があった。」(同【0005】)

B 「【課題を解決するための手段】矢じりが木竹,獣骨,石器,銅器,鉄器そ

の他の強固且つ鋭利なものでなければいけないという固定観念を排し,飛び道具の

矢の矢じり及び矢羽双方をソフトヘッドで代替し,実質ばかりでなく感覚的にも十




分な安全性を追求する。」(同【0008】)

C 「【実施例】実施例について図面を参照して説明する・・・先ず図1におい

て飛び道具の矢Dのシャフト33は長さ7cm,太さ直径4mmの再生紙,木竹又

はプラスチックス製丸棒であり,そのシャフト33両端切り口にゴム又はポリエチ

レンその他の軟質材料で作る長径10mm短径7mmの円柱体乃至長球体ヘッドa

34とヘッドb44とを固着してある。・・・」(同【0016】)

D 「飛び道具の矢の矢じり及び矢羽双方を丸坊頭のソフトヘッドで代替するこ

とにより,プレーヤーはもとより観戦者にも,また器物に対しても傷害を及ばさな

いという実態とともに,感覚的にも十分な安全性を実現できる。(同
」 【0021】。

【発明の効果】に関する記載である。)

(b) 図1




e 乙8の1の記載事項

乙8の1は,2011年(平成23年)8月4日に公開された発明の名称を「TOY

BLOW GUN, A PROJECTILE, A TARGET AND A SET INCLUDING SAME」(玩具の吹矢,射

出物(矢),標的とこれらを含むセット)とする米国特許出願公開公報(US20

11/0187053A1)であり,乙8の1には,次の記載がある(日本語訳の

みを掲記する。。


「[0046] 図3と図4を参照すると,そこには射出物(矢)104の無限

定的な具体例が描かれている。射出物104は,射出体112からなっている。 ・
・・

射出体112は図示のように通常は円錐形をしている。射出体112は先端部11




4と後端部115とからなっている。先端部114は通常は尖っていない。しかし

ながら,先端部114の正式な形状は通常は定まっておらず,その変形の一例は図

5に示している。その図は,丸い大きな終端部を備えた,尖っていない先端部の最

初の変形例を示している。先端部114の変形例はこれに限るものではなく,以下

に詳しく説明するような,標的106を貫通できるものから選ぶことができる。し

かしながら,・・・玩具の用具100全体の安全な使用に寄与するものである。」

[図3] [図4] [図5]




f 乙9公報の記載事項

乙9公報は,1986年(昭和61年)5月6日に特許が認められた発明の名称

を「TOY BLOW GUN」(玩具の吹矢)とする米国特許公報であり,乙9公報には,次

の記載がある(日本語訳のみを掲記する。。


(a) 発明の概要

「・・・直径Zの球状の射出物20が図3に示される。・・・」(乙9公報の第

4段の5行目〜6行目)

「発明で使用される好ましい射出物は,閉止端と飛翔体内に閉止端窪みを形成す

る開放端とを有する中空管状飛翔体を備え,この飛翔体は,吹き管を通して空気を

飛翔体の開放端に噴き出すことで,口径内に挿入されるようになっている。」(同




段の15行目〜20行目)

「飛翔体の形状は,好ましくは,実質的に円錐形であり,また,飛翔体の閉止端

は尖らせていない。最も好ましくは,飛翔体の尖らせていない閉止端部は,実質的

に球状である。」(同4段の21行目〜24行目)

「最も好ましくは,前述の中空管状射出物には安全目的のための尖らせていない

閉止端をさらに有する。図3aに示すように,尖らせていない閉止端24は実質的

に球状になるように選択される。射出物22の尖らせていない閉止端24の考案に

おける主要な関心事は,安全性である。」(同段の52行目〜57行目)

(b) 図3




g 乙11カタログの記載事項

平成20年7月版の乙11カタログには,矢として,本件明細書の【図20】に

示された構造の吹矢の矢(乙11吹矢)の写真が掲載されている(乙11〜13,

弁論の全趣旨)

h 乙57公報の記載事項

乙57公報は,平成19年1月11日に発行された考案の名称を「釘取り外し具」

とする登録実用新案公報であり,乙57公報には,次の記載がある。

(a) 考案の詳細な説明

@ 背景技術

「スポーツ吹矢は,吹筒から矢を吹き出させる際に,瞬間的に強く腹圧をかける

呼吸をするため,血液の循環がよくなることから,健康の維持改善,増進に効果的

であるとされ,最近スポーツとして普及され始めており,スポーツ吹矢競技大会が




開催されている。(特許文献1参照)

この種の吹矢の矢は,短冊状のシート材を巻いて先細りの先端に開口を有する2

00mm程の円錐筒形に形成し,釘を前記開口から内部に差し込んで釘の丸い頭部

を先細りの先端に露出させて接着剤により胴部を先端部分に固着して形成されてい

る。また,矢を射る筒は,直径 13mm程度,長さ500mm〜1200mm程度の

パイプ材が使用されている。」(乙57の段落【0002】,【0003】)

A 考案が解決しようとする課題

「スポーツ吹矢は,練習中に,後に吹いた矢が,的に刺さった前の矢に重なって

刺さってしまうことがある。矢にスピードがあるため,後に吹いた矢は,釘の部分

が前の矢の内部に強く接合されてしまう。このような場合,前の矢は,後の矢が引

き剥がされると,釘だけが中に取り残されてしまうことがよくある。このように矢

の中に取り残された釘を取り外すには,矢を持って根気良くもみ出すしかなく不便

であった。」(同【0004】)

B 実施

「図1は,本考案に係る釘取り外し具の実施例の分解正面図,図2(a)は,図

1の釘取り外し具の使用状態を示す正面図,図2(b)は,図2(a)のA−A線

における拡大断面図,図3(a)(b)(c)は,図1の釘取り外し具の使用状態

を説明するための矢先端部分の拡大断面図である。」(同【0009】)

(b) 図3





(ウ) 前記(イ)の従来技術によると,本件特許の出願前に,吹矢の矢について,主に

安全性の観点から,その先端を「円頭状」「球体」「長球体」などとするのが望ま
, ,

しいことや,矢の重心を矢全体からみて前方寄りに設定することで矢の飛行の安定

性や飛距離等が向上することは,周知の事項であったと認められる。

ただし,丸釘又はピンと巻いたフィルムにより構成される吹矢について,上記の

周知の事項の具体的適用について示した先行技術の存在は,本件全証拠をもってし

ても認められない。

(エ) 本件発明の構成要件A〜Eに加え,前記(ア)ないし(ウ)を踏まえると,本件発

明について,従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分とは,

ピンと巻いたフィルムによって構成される吹矢において,構成要件B〜Dのうち,

特に「長手方向断面が楕円形である先端部と該先端部から後方に延びる円柱部とか

らなるピン」「先端部に前記ピンの円柱部すべてが差し込まれ・・・たフィルム」


及び「前記フィルムの先端部に連続して前記ピンの楕円形の部分が錘として接続さ

れた」という構成を採用することにより,ピン抜けの課題と重心の課題をともに解

決するという点にあると解される。

(オ) 前記3で認定判断した構成要件B及びDの「楕円形」の意味及び弁論の全趣

旨によると,本件発明の先端部の形状と被告製品の先端部の形状について,@本件

発明では「楕円形」であるのに対し,被告製品では,曲率に差のある形状を基礎と

して,「長手方向断面が,前部が曲率の緩い曲線形状,後部が略円錐形となるよう

に円弧を描」く形状となっていること(なお,別紙乙第1号証のとおり,後部の略

円錐形となるような円弧について,一定の曲率が選択されているものである。乙3

の1・2,乙15参照)と,A根元段差部分があることとにおいて,異なっている

ということができる。

上記のうち@について,前記3(2)イで指摘したところからすると,本件発明は,

少なくともピン抜けの課題の解決方法として,「長手方向断面が楕円形である先端

部」という構成を採用したものと解される。そして,同イ(イ)で指摘したとおり,
「長




手方向断面が楕円形」という形状を曲率に差のある形状に変更した場合,ピン抜け

の課題の解決や重心の課題の解決に支障を生じ得るともいえるところ,
「楕円形」と

してどのような範囲内のものであればピン抜けの課題が適切に解決されるかの判断

の資料となり得るデータ等は本件明細書に記載されていない。

そうすると,本件発明における前記3(3)で認定判断した意味での「長手方向断面

が楕円形」という先端部の形状の特定は,本件発明の本質的部分に含まれるものと

いうべきであり,それを被告製品の先端部の形状に置き換えることは,本件発明の

本質的部分を変更するものというべきである。

ウ したがって,本件発明の構成中に,被告製品と異なる部分が存在するところ,

異なる部分は本件発明の本質部分であるから,第1要件を満たさない。

(2) 第3要件について

また,本件全証拠をもってしても,本件発明の「長手方向断面が楕円形」という

形状を被告製品の先端部の形状に置き換えることについて,前記3(2)イ(イ)で指摘

したとおり,曲率に差のある形状への変更によりピン抜けの課題の解決や重心の課

題の解決に支障を生じ得るともいえる一方で,どのような範囲内の変更であればそ

れらの課題がなお適切に解決されるかの判断の資料となり得る記載が本件明細書に

ないにもかかわらず,当業者が被告製品の製造等の時点において上記置換えを容易

に想到することができたというべき技術常識等は認められない。

したがって,第3要件も満たさない。

(3) まとめ

したがって,その余の点について判断するまでもなく,均等侵害は成立しない。

(4) 被控訴人の主張について

ア(ア) 被控訴人は,第1要件について,
「かえし」部分が存在せず,矢が的や前の

矢から引き抜きやすい滑らかな曲線状の長手方向断面形状を有する先端部と,当該

先端部の略中心部を円柱部が通る形状のピンを備えているという点が本件発明の本

質的部分であると主張するが,前記(1)ア及びイで認定説示したとおりであって,被




控訴人の上記主張は採用できない。それゆえ,上記主張を前提とする本件発明と被

告製品との一致点・相違点に係る被控訴人の主張も採用できない。

(イ) 被控訴人は,第1要件について,ピンの先端部の後方部の形状に着目したと

いう点で本件発明は技術的思想として新しいなどとも主張するが,そのような着眼

点に本件発明の一つの特徴があるとしても,その上で,本件発明においては,課題

解決の方法として,
「長手方向断面が楕円形」という先端部の形状が選択されたとい

う事情を均等侵害の成否の検討においても無視することはできず,また,ピンの先

端部の後方部の形状に係る構成は,本件発明による複数の課題の解決のうちのいま

だ一つにとどまるというべきものであるから,被控訴人の上記主張は,前記(1)イ及

びウの認定判断を左右するものではない。

イ 被控訴人は,第3要件について,本件発明は,矢が的や前の矢から引き抜き

やすいピンの先端部を提供するものであり,そのためにはピンの先端部の形状は球

形や楕円形に限られず,「かえし」部分が存在せず,かつ,引き抜く際の抵抗がよ

り小さくなるような滑らかな曲線状で形成されていればよいことは,当業者におい

容易に想到できるなどと主張するが,前記ア(ア)のとおり,本件発明の本質的部分

についての被控訴人の主張は採用できないから,当業者において容易に想到できる

という被控訴人の上記主張は,その前提を欠くものであり,第3要件を満たさない

というべきことは,前記(2)のとおりである。その余の被控訴人の主張も,本件発明

の本質的部分についての被控訴人の主張を前提とするものか,本件発明において課

題解決の方法として「長手方向断面が楕円形」という先端部の形状が選択されたと

いう事情を無視するもので相当でないものであって,いずれも採用できない。

第4 結論

よって,その余の点について判断するまでもなく,被控訴人の控訴人に対する本

件各請求には,いずれも理由がないところ,これと異なり,被控訴人の請求を一部

認容した原判決は失当であって,控訴人の本件控訴は理由があるから,原判決を取

り消した上で,本件各請求を棄却することとし,本件附帯控訴は理由がないから,




これを棄却することとして,主文のとおり判決する。



知的財産高等裁判所第2部




裁判長裁判官

本 多 知 成




裁判官

中 島 朋 宏




裁判官

勝 又 来 未 子





(別紙) 乙1





(別紙)

図 面



【図1】




【図2】




【図3】




【図21】




【図22】