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関連審決 無効2017-800003
この判例には、下記の判例・審決が関連していると思われます。
審判番号(事件番号) データベース 権利
令和4ネ10002特許権侵害差止請求控訴事件 判例 特許
令和2行ケ10144 審決取消請求事件 判例 特許
令和3行ケ10021 審決取消請求事件 判例 特許
令和2行ケ10079 審決取消請求事件 令和2行ケ10083 審決取消請求事件 判例 特許
令和4ネ10003特許権侵害差止請求控訴事件 判例 特許
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事件 令和 2年 (行ケ) 10135号 審決取消請求事件
当事者の表示 別紙当事者目録記載のとおり
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2022/03/07
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
請求
特許庁が無効2017-800003号事件について令和2年7月14日にした審決中,特許第3693258号の請求項1及び2に係る部分を取り消す。
事案の概要
本件は,特許無効審決の取消訴訟である。争点は,訂正,実施可能要件及びサポート要件についての各判断の誤りの有無である。
1 特許庁における手続の経緯 原告は,名称を「イソブチルGABAまたはその誘導体を含有する鎮痛剤」とする発明についての特許(特許第3693258号。以下「本件特許」という。)の特許権者である。
本件特許は,平成9年(1997年)7月16日を国際出願日(以下「本件出願日」という。パリ条約による優先権主張 平成8年(1996年)7月24日,米国)とし,特願平10-507062号として出願され,平成17年7月1日に設定登録がされた(甲1。以下,設定登録時の明細書を「本件明細書」という。)。
被告沢井製薬株式会社は,平成29年1月16日,本件特許(請求項の数は4) について無効審判請求をし,特許庁は,無効2017-800003号事件として審理した。その余の被告らは,順次,請求人として審判に参加した。
原告は,令和元年7月1日付けで,請求項1〜4について訂正請求をし(甲113),同年8月7日付けで,手続補正書(方式)(甲114)によって同訂正請求を補正した(以下,この補正後の訂正請求による訂正を「本件訂正」という。なお,本件訂正において,明細書及び図面の訂正はない。)。
特許庁は,令和2年7月14日,「特許第3693258号の特許請求の範囲を,訂正請求書に添付された訂正特許請求の範囲のとおり,訂正後の請求項3,4について訂正することを認める。特許第3693258号の請求項1ないし2に係る発明についての特許を無効とする。特許第3693258号の請求項3ないし4に係る発明についての本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は,同月27日,原告に送達された(出訴のための附加期間は90日)。
原告は,令和2年11月19日,本件審決中,請求項1及び2に係る部分の取消しを求めて,本件訴えを提起した。
2 本件訂正前の発明の要旨(甲1) 本件訂正前の特許請求の範囲のうち請求項1及び2に係る記載は,次のとおりである(以下,各請求項に係る発明を請求項の番号に対応させて「本件発明1」などといい,本件発明1及び2を併せて「本件各発明」という。)。
【請求項1】式I(式中,R1 は炭素原子1〜6個の直鎖状または分枝状アルキルであり,R 2 は水素またはメチルであり,R3は水素,メチルまたはカルボキシルである)の化合物 またはその医薬的に許容される塩,ジアステレオマー,もしくはエナンチオマーを含有する痛みの処置における鎮痛剤。
【請求項2】化合物が,式IにおいてR3およびR2はいずれも水素であり,R1は-(CH2)0-2-iC4H9である化合物の(R),(S),または(R,S)異性体である請求項1記載の鎮痛剤。
3 本件審決の理由の要旨 本件審決の理由は,別紙審決のとおりであるが,その要旨は,次のとおりである。
(1) 本件訂正について(請求項1及び2に係るもの) ア 本件訂正の内容 (ア) 訂正事項1 訂正前の特許請求の範囲の請求項1において,「痛み」とあるのを,「,痛覚過敏又は接触異痛の痛み」と訂正する。
(イ) 訂正事項2 訂正前の特許請求の範囲の請求項2に「化合物が,式TにおいてR 3 およびR 2はいずれも水素であり,R 1 は-(CH 2 ) 0 - 2 -iC 4 H 9 である化合物の(R),(S),または(R,S)異性体である」とあるのを,「式T(式中,R3およびR2はいずれも水素であり,R1は-(CH2)0-2-iC4H9である)の化合物の(R),(S),または(R,S)異性体を含有する,」(訂正事項2-1)に,また, 訂正前の特許請求の範囲の請求項2に「請求項1記載の」とあるのを,「神経障害又は線維筋痛症による,痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置における」(訂正事 項2-2)に訂正する。
イ 本件訂正の適否(ア) 訂正事項2について a 訂正事項2に係る本件訂正は,請求項2において,式Iの構造式を追加し(訂正事項2-1),「請求項1記載の鎮痛剤」,すなわち「痛みの処置における鎮痛剤」を,「神経障害又は線維筋痛症による,痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置における鎮痛剤」(訂正事項2-2)に訂正するとともに,請求項1との引用関係を解消し,独立形式に改めることを求めるものである。
b 本件明細書には,本件明細書記載の発明が,式Iの化合物の線維筋痛症や神経障害等の痛みの処置における鎮痛剤としての使用方法に係る発明であるとの記載がある。そして,本件明細書によれば,請求項2記載の化合物(以下「本件化合物2」という。)は,上記式Iの好ましい化合物とされている。そうすると,本件明細書の発明の詳細な説明には,本件化合物2を線維筋痛症や神経障害等の痛みの処置における鎮痛剤として使用する方法について一般的な記載がなされているといえる。しかし,本件化合物2を神経障害又は線維筋痛症による痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置における鎮痛剤として使用することについて明示の記載はない。
本件明細書には,末梢神経障害の2つの動物モデルについての説明があるものの,本件化合物2や,本件化合物2を含む式Iの化合物について,上記モデル試験を行った等,神経障害又は線維筋痛症による,痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置において鎮痛作用を有し,鎮痛剤としての効果を奏したことを具体的に確認した試験結果はおろか,上記試験において有効であるとの一般的な記載もない。
また,本件明細書の記載によれば,本件明細書には,本件化合物2に該当するCI-1008及び3-アミノメチル-5-メチル-ヘキサン酸を用いたラットホルマリン足蹠試験結果,並びに,CI-1008を用いたラットカラゲニン誘発機械 的痛覚過敏及び熱痛覚過敏に対する試験結果が記載され,本件明細書の記載によれば,本件化合物2に該当するS-(+)-3-イソブチルギャバを用いたラット術後疼痛モデルにおける熱痛覚過敏及び接触異痛に対する試験結果が記載されている。
なお,本件明細書の記載によれば,上記CI-1008は,(S)-3-(アミノメチル)-5-メチルヘキサン酸なる名称の化合物であり,その名称から把握される化学構造からみて,上記S-(+)-3-イソブチルギャバと同じものであると認められる。
しかし,上記試験結果は,いずれも神経障害又は線維筋痛症による痛みの処置に本件化合物2を使用した試験に関するものではないから,上記試験結果から直ちに,本件化合物2が,神経障害又は線維筋痛症による,痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置に有効であることが本件明細書に記載されているとはいえない。
そこで,上記した具体的な試験及び試験結果,並びに本件出願時の技術常識についてさらに進んで検討し,本件化合物2が,神経障害又は線維筋痛症による,痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置に有効であることが本件明細書の記載及び技術常識から記載されているに等しいといえるか否かについて検討する。
c(a) 本件出願時の技術常識参酌しても,本件明細書に,3-アミノメチル-5-メチル-ヘキサン酸及びCI-1008が,ホルマリン足蹠試験の後期相の中等度のブロックを生じたことが記載されていることをもって,本件化合物2に該当する上記化合物が,神経障害又は線維筋痛症による,痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置に鎮痛剤として有効であることが記載されているに等しいと当業者が理解するということはできない。
(b) 本件出願時の技術常識参酌しても,本件明細書に,CI-1008がカラゲニン誘発機械的痛覚過敏及び熱痛覚過敏に拮抗したことが記載されていることをもって,本件化合物2に該当する上記化合物が神経障害又は線維筋痛症による,痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置に鎮痛剤として有効であることが記載されているに等しいと当業者が理解するということはできない。
(c) 本件出願時の技術常識参酌しても,本件明細書に,CI-1008がラット術後疼痛モデルにおける熱痛覚過敏及び接触異痛の発生及び維持を遮断したことが記載されていることをもって,本件化合物2に該当する上記化合物が,神経障害又は線維筋痛症による,痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置に鎮痛剤として有効であることが記載されているに等しいと当業者が理解するということはできない。
(d) 以上によれば,訂正事項2は,式I(式I中,R3およびR2はいずれも水素であり,R1は-(CH2)0-2-iC4H9である)の化合物の(R),(S),または(R,S)異性体を含有する痛みの処置における鎮痛剤について,その痛みを,神経障害又は線維筋痛症による,痛覚過敏又は接触異痛の痛み,と特定することによって,本件明細書又は図面の明示的に記載された事項であるとも,本件明細書又は図面の記載から自明な事項であるとも認めることができない痛みに個別化するものであり,該訂正事項に係る本件訂正は,本件明細書の全ての記載を総合しても導き出すことができない技術的事項を含むものであるから,訂正事項2に係る本件訂正は,本件明細書又は図面に記載した事項との関係において,新たな技術的事項を導入するものであると認める。
d したがって,訂正事項2-2に係る本件訂正は,本件明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてするものであるとはいえない。
よって,訂正事項2に係る本件訂正は,特許法134条の2第9項で準用する同法126条5項の規定に適合しないから,請求項2に係る本件訂正は認められない。
(イ) 訂正事項1について 訂正前の請求項1及び2は,請求項2が,請求項1の記載を引用する関係にあるから,本件訂正は,一群の請求項1及び2について請求されている。
また,原告は,訂正後の請求項2(訂正事項2)に係る本件訂正について,当該 請求項についての訂正が認められるときは,他の請求項とは別の訂正単位として扱われることを求めている。
しかし,前記(ア)で説示のとおり,訂正後の請求項2(訂正事項2)に係る本件訂正は認められないから,訂正後の請求項2についての別の訂正単位とする求めも認められず,対応する訂正前の請求項2と共に一群の請求項を構成する訂正前の請求項1について求める本件訂正(訂正事項1)は一体的に認められない。
(ウ) 総括 以上のとおり,請求項1〜2に係る本件訂正は認められない。
(2) 実施可能要件違反(無効理由1)について(請求項1及び2に係るもの) ア 発明の詳細な説明の記載が,物の発明について,実施可能要件を満たすためには,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその物の使用をすることができる程度のものである必要がある。
ここで,上記物の発明が,ある物質の未知の属性に基づき当該物質の新たな医薬用途を提供しようとする物の発明(いわゆる医薬用途発明)である場合について,発明の詳細な説明の記載が,医薬用途発明を使用することができる程度のものであるといえるためには,薬理試験結果によらずとも,その未知の医薬用途を予測することができる物質を用いているなどの特段の事情でもない限り,発明の詳細な説明に,当該物質が実際にその医薬用途の対象疾患に対して治療効果を有することを当業者が認識することができるに足る薬理試験結果を記載する必要がある。
そして,請求項1記載の化合物(以下「本件化合物1」といい,本件化合物2と併せて「本件化合物」という。)及び本件化合物2に,薬理試験結果によらずとも,その未知の医薬用途を予測することができる物質であるといった,特段の事情は見いだせないから,本件明細書の発明の詳細な説明の記載が,本件各発明を使用することができる程度のものであるといえるためには,本件明細書の発明の詳細な説明に,本件発明1にあっては,本件化合物1が,少なくとも上記明細書の発明の詳細な説明に記載の各痛みの処置における鎮痛効果を,本件発明2にあっては,本件化 合物2が少なくとも上記明細書の発明の詳細な説明に記載されている各痛みの処置における鎮痛効果を有することを,当業者が認識することができるに足る薬理試験結果を記載する必要がある。
イ そこで,当業者が本件出願時の技術常識を踏まえて上記薬理試験結果を見ると,本件化合物に特許請求の範囲や本件明細書に記載されている各痛みに対する治療効果があると認識することができるか否か検討する。
(ア) 請求項1には,痛みとの記載があるにとどまり,該痛みに関して具体的な記載はなされていない。一方,本件明細書の発明の詳細な説明には,式Iの化合物をその処置に用いる痛みに関連して,「炎症性疼痛,術後疼痛,転移癌に伴う骨関節炎の痛み,三叉神経痛,急性疱疹性および治療後神経痛,糖尿病性神経障害,カウザルギー,上腕神経叢捻除,後頭部神経痛,反射交感神経ジストロフィー,線維筋痛症,痛風,幻想肢痛,火傷痛ならびに他の形態の神経痛,神経障害および特発性疼痛症候群」が包含される,と記載されているから,請求項1の痛みは,具体例として,少なくとも,上記本件明細書の発明の詳細な説明に具体的に記載されている各痛みを包含するものであるといえる。そこで,以下においては,請求項1に包含される上記本件明細書の発明の詳細な説明に記載されている各痛みに対する治療効果について検討する。
まず,上記本件明細書の発明の詳細な説明に記載されている各痛みについては,その原因や病態生理はさまざまで,治療法も異なることが,例えば,甲3〜5,7〜9,14,18及び19に記載されている。そして,甲3は,著名な医学辞典であるから,当業者の技術常識を認定する基礎として適切なものである(なお,甲3の奥付のページの記載によれば,甲3の書籍は,その第2版第2刷として1997年7月20日に発行されたものであるが,その第2版第1刷は,本件出願前の1996年3月31日に発行されたものであり,通常,同じ版であれば内容は変わらないから,甲3は,本件出願時の当業者の技術常識を認定する基礎として適切なものである。)。また,甲4,5,7〜9,14,18及び19は,本件出願前に頒布 された書籍であって,その書籍名からみて,医学の教科書又は臨床医療者の知見といえる書籍であると推認され,それら書籍の記載事項は,当業者の誰もが習得又は知得しているべきものであるから,当業者の技術常識を認定する基礎として適切なものである。
そうすると,痛みには,本件明細書の発明の詳細な説明に記載されている各痛みを含む種々の種類のものがあり,その原因や病態生理もさまざまであることは,本件出願時の技術常識であったものと認められる。また,痛みの種類や原因によって治療法が異なり,鎮痛剤であればあらゆる種類の痛みに有効であるというわけではないことも,本件出願時の技術常識であったものと認められる。
(イ) そして,上記各甲号証等の記載を見ても,ラットホルマリン足蹠試験,ラットカラゲニン誘発痛覚過敏に対する試験,または,ラット足蹠筋肉切開により生じた熱痛覚過敏及び接触異痛に対する試験という3種の薬理試験において上記のような結果が得られれば,上記「炎症性疼痛」及び「術後疼痛」以外の本件明細書に記載されている各痛みの治療に有効であるという,本件出願時の技術常識は見いだせない。
(ウ) 本件化合物2は,本件化合物1である式Iの化合物に包含されるものであり,本件化合物2を用いる痛みの処置についても,前記(ア)と同様に判断される。
(エ) したがって,当業者は,本件明細書の発明の詳細な説明に記載の上記3種の薬理試験結果の記載に接しても,本件各発明に係る鎮痛剤が,「炎症性疼痛」及び「術後疼痛」以外の本件明細書に記載されている各痛みの処置における鎮痛効果を有することを認識することができない。
ウ 小括 以上のとおり,本件各発明について,本件明細書の発明の詳細な説明は,当該発明を当業者が実施できる程度に明確かつ十分に記載したものであるとはいえないから,本件各発明に係る特許は無効理由1によって無効とすべきものである。
(3) サポート要件違反(無効理由2)について(請求項1及び2に係るもの) 特許請求の範囲の記載がいわゆるサポート要件(本件においては,平成14年法律第24号による改正前の特許法36条6項1号)に適合するか否かは,特許請求の範囲発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。
本件明細書の発明の詳細な説明の記載からみて,本件各発明が解決しようとする課題は,特許請求の範囲に記載の各痛み及び本件明細書記載の各痛みを含む痛みの処置をすることができる鎮痛剤を提供することであると認められる。
しかし,本件明細書の発明の詳細な説明に,本件化合物が,請求項3,4に記載の各痛みや上記「炎症性疼痛」及び「術後疼痛」の処置における鎮痛効果を有することは記載されていると認められる。一方,上記以外の,本件明細書記載の各痛みの処置における鎮痛効果を有することは本件明細書に記載されておらず,また,本件出願時の技術常識参酌しても,本件化合物が,上記以外の,本件明細書記載の各痛みの処置における鎮痛効果を有することを当業者が認識し得ないのであるから,本件明細書の発明の詳細な説明に接した当業者が,本件各発明により上記課題を解決できると認識できるとはいえない。
以上のとおり,本件各発明は,本件明細書の発明の詳細な説明に記載された発明であるとは認められないから,本件各発明に係る特許は無効理由2によって無効とすべきものである。
原告主張の審決取消事由
1 取消事由1(本件訂正についての判断の誤り)について(1) 訂正の要件(新規事項の追加)について 本件審決は,ホルマリン試験等の結果から,本件化合物2につき,神経障害又は線維筋痛症による痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置に鎮痛剤として「有効である こと」が記載されているに等しいと当業者が理解するとはいえないとして,訂正事項2-2に係る本件訂正は願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてされるものではないと判断した。
しかしながら,本件化合物2につき神経障害や線維筋痛症による痛覚過敏や接触異痛に「効果を奏すること」を当業者が理解できるか否かは,実施可能要件又はサポート要件に係る判断において検討すべき事柄であり,これを訂正の要件に含めるのは誤りである(訂正の判断において検討されるべきは,訂正事項が当業者によって明細書又は図面の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項であるか否かである。)から,本件審決の上記判断は,特許法134条の2第9項において準用する同法126条5項の適用を誤るものである。
(2) 本件訂正が願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であることについて ア 訂正事項1に係る本件訂正について(ア) 本件明細書(5頁47行〜6頁8行)には,ホルマリン試験によって引き起こされた後期相に本件化合物1を用いることにより効果が確認された旨の記載がある。
本件出願日当時,ホルマリン試験の後期相は,中枢の神経細胞の感作を反映したものであることが知られており,そのため,ホルマリン試験は,神経細胞の感作という神経の機能異常によって生じる痛覚過敏及び接触異痛の痛みに対する薬剤の効果を確認する試験として広く知られていた。
そうすると,痛覚過敏及び接触異痛の痛みの処置に本件化合物1を用いることは,本件明細書の上記記載から自明である。
(イ) 本件明細書(6頁11行〜32行)には,カラゲニンを用いて痛覚過敏の痛みを引き起こし,当該痛みの処置に本件化合物1を用いることにより効果が確認された旨の記載がある。また,本件明細書(6頁49行〜8頁最終行)には,創傷の治癒後であるにもかかわらず3日以上続く慢性の痛覚過敏及び接触異痛の痛みを 引き起こし,当該痛みの処置に本件化合物1を用いて効果が確認された旨の記載がある。このように,本件明細書には,本件化合物1を痛覚過敏及び接触異痛の痛みの処置に用いることが明示されている。
(ウ) なお,本件出願日当時,痛覚過敏や接触異痛は,その原因にかかわらず,共通して末梢や中枢の神経細胞の感作によって引き起こされる神経の機能異常により生じることが技術常識であった。したがって,本件明細書には,炎症や手術といった疼痛の原因にかかわらず,痛覚過敏及び接触異痛の痛みの処置に本件化合物1を用いることが開示されているといえる。
(エ) 以上のとおりであるから,訂正事項1に係る本件訂正は,願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内の訂正である。
イ 訂正事項2-2に係る本件訂正について(ア) 前記アにおいて主張したとおりであるから,訂正事項2-2に係る本件訂正のうち「痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置における」との記載により鎮痛剤の処置対象となる痛みの特定を行う部分は,願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内の訂正である。
(イ) 本件明細書(2頁14行〜19行,3頁44行〜4頁3行)には,本件化合物2を「神経障害」及び「線維筋痛症」による痛みの処置に用いる旨の記載がある。本件化合物2が神経障害又は線維筋痛症による痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置に用いられることは,この記載から自明である。
なお,神経障害性疼痛や線維筋痛症の主症状として痛覚過敏又は接触異痛の痛みが生じることは,本件出願日当時の技術常識であり,神経障害性疼痛は,痛覚過敏や接触異痛の直接の原因となる神経の機能異常による疼痛であると定義されており,線維筋痛症による痛みは,痛覚過敏を伴う疼痛であると定義されていたから,本件出願日当時の当業者は,本件化合物2が神経障害性疼痛や線維筋痛症の痛覚過敏や接触異痛の痛みの処置において有効な薬剤であることを理解するといえ,したがって,本件明細書には,神経障害性疼痛や線維筋痛症による痛覚過敏又は接触異痛の 痛みの処置に本件化合物2を用いることが開示されているといえる。
この点に関し,本件審決は,本件化合物2を神経障害又は線維筋痛症による痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置における鎮痛剤として使用することについての明示の記載はないと認定した。
しかしながら,本件明細書には,ホルマリン試験において中枢性感作及びこれによる痛覚過敏や接触異痛の痛みを反映する後期相に対する本件化合物2の効果が確かめられている旨,カラゲニン試験において痛覚過敏に対する本件化合物2の効果が確かめられている旨並びに術後疼痛試験において痛覚過敏及び接触異痛の痛みに対する本件化合物2の効果が確かめられている旨の記載があるから,本件明細書には,本件化合物2を痛覚過敏や接触異痛の痛みに対して用いることも,神経障害性疼痛や線維筋痛症に対して用いることも明示されているといえる。したがって,本件審決の上記認定は誤りである。なお,本件審決は,上記認定とは別に,本件明細書には本件発明2に係る化合物(本件化合物2)を線維筋痛症や神経障害等の痛みの処置における鎮痛剤として使用する方法につき一般的な記載がされている旨認定しているところである。
以上のとおりであるから,訂正事項2-2に係る本件訂正のうち「神経障害又は線維筋痛症による」との記載により鎮痛剤の処置対象となる痛みの特定を行う部分は,願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内の訂正である。
ウ 本件出願日当時の技術常識等に係る本件審決の認定判断について(ア) 本件審決は,本件明細書においては本件化合物2が神経障害性疼痛や線維筋痛症の痛覚過敏や接触異痛の痛みの処置において効果を奏することが具体的に確認されていないと認定した。
しかしながら,次のとおり,本件出願日当時の当業者は,本件明細書に記載されたホルマリン試験,カラゲニン試験及び術後疼痛試験から,本件化合物2が神経障害性疼痛や線維筋痛症の痛覚過敏や接触異痛の痛みの処置において効果を奏すると理解できたから,本件審決の上記判断は誤りである。
a 本件出願日当時,神経障害性疼痛や線維筋痛症にみられる痛覚過敏や接触異痛の痛みは,炎症や手術を原因として生ずる神経の機能異常(末梢や中枢の神経細胞の感作)に基づく慢性疼痛であり,疼痛を生ずる原因にかかわらず,炎症や手術を原因とするものであっても,神経障害性疼痛や線維筋痛症におけるものであっても,末梢や中枢の感作によるものであることが知られていたところ,ホルマリン試験の後期相は,中枢性感作を反映し,神経障害性疼痛や線維筋痛症の主症状である痛覚過敏の痛みに対する薬剤の効果を確認する試験として周知であった上,本件明細書には,カラゲニン試験においてカラゲニン炎症により生じる痛覚過敏の痛みに対する本件化合物2の効果が確認された旨の記載並びに術後疼痛試験において手術後に3日間持続する痛覚過敏及び接触異痛の痛みに対する本件化合物2の効果が確認された旨の記載もあるから,当業者は,ホルマリン試験,カラゲニン試験及び術後疼痛試験の結果から,本件化合物2の神経障害性疼痛や線維筋痛症の痛覚過敏や接触異痛の痛みに対する効果を理解することができた。
b 本件出願日当時,痛覚過敏や接触異痛の痛みは,末梢や中枢の神経細胞の感作という神経の機能異常により生ずることが知られていたところ,神経障害性疼痛は,神経の機能異常による痛みと定義され,線維筋痛症による痛みは,痛覚過敏を伴う痛みと定義されていたから,当業者は,痛覚過敏や接触異痛の痛みに対する本件化合物2の効果が確認された旨の本件明細書の記載に基づき,神経障害性疼痛や線維筋痛症による痛みに対する本件化合物2の効果を理解することができた。
(イ) 本件審決は,ホルマリン試験の後期相が中枢性感作を反映しているというのは仮説にすぎず,後期相において痛覚過敏の痛みがみられるとしても,痛覚過敏の痛みにはホルマリン試験の後期相によるものと神経損傷によるものとの複数があると理解されていたと認定し,ホルマリン試験から神経障害性疼痛や線維筋痛症による痛覚過敏の痛みに対する本件化合物2の効果は理解できないと判断した。しかしながら,次のとおり,これらの認定はいずれも誤りであり,ホルマリン試験により神経障害性疼痛や線維筋痛症による痛覚過敏の痛みに対する本件化合物2の効果 を確かめることができたから,本件審決の上記判断は誤りである。
a 本件出願日当時,ホルマリン試験の後期相は,中枢性感作を反映していることから,神経障害性疼痛や線維筋痛症の主症状である痛覚過敏の痛みに対する薬剤の効果を確認する試験として周知であった(なお,本件審決も,ホルマリン試験の後期相において痛覚過敏の痛みがみられると理解することができたと認定している。)。
b 本件出願日当時,ホルマリン試験の後期相によって中枢性感作の研究を行うことができることは広く知られており,実際に,ホルマリン試験を用いて薬剤の中枢性感作に対する影響についての研究がされていたから,ホルマリン試験の後期相が中枢性感作を反映していることは,仮説ではなかった。
この点に関し,本件審決は,論文における「と思われる」,「示唆される」などの言い回しを根拠に,ホルマリン試験の後期相と中枢性感作との関係が仮説にすぎないとしているが,論文は,あくまで実験結果に基づき,作用機序を検討した結果を記載するものであるから,このような言い回しがされるのは当然であり,論文の言い回しが断定形になっていないからといって,それが技術常識でないということにはならない。
なお,当業者がホルマリン試験の後期相の結果から痛覚過敏の痛みに対する本件化合物2の効果を理解するためには,ホルマリン試験の後期相が中枢性感作による痛覚過敏の痛みの動物モデルであると理解されることで十分であり,進んで,中枢性感作の痛みの処置における何らかの特性やメカニズムについて詳細に理解される必要はないし,ホルマリン試験がそれら特性やメカニズムの関与を証明するための確立した試験である必要もない。
c 本件出願日当時,痛みを炎症や神経損傷といった原因により区別できず,痛覚過敏や接触異痛の痛みは,疼痛を生ずる原因にかかわらず,末梢や中枢の神経細胞の感作によるものであることが知られており,複数の痛覚過敏の痛みが存在するというのは誤りである。
なお,本件審決は,甲12の表3-2及び3-3を根拠に,複数の種類の痛覚過敏の痛みが存在すると認定するが,表3-2には,ホルマリン試験においてはホルマリン炎症によるC線維の刺激が感作をもたらし,ベネットモデルにおいてはA-δ線維インプットも感作に寄与することが説明されているにすぎず,これをもって複数の種類の痛覚過敏の痛みが存在する根拠にはならないし,表3-3についても,同表にベネットモデルに関して「神経損傷-痛覚過敏」と記載されているのは,ベネットモデルが坐骨神経の結紮により痛覚過敏の痛みを生じさせるものであることを明らかにするためであり,かかる記載をもって複数の種類の痛覚過敏の痛みが存在するとの技術常識を認定することはできない。
(ウ) 本件審決は,痛覚過敏の痛みには関節炎によるものと神経損傷によるものとの複数のものが知られていたと認定し,カラゲニン試験及び術後疼痛試験により神経障害性疼痛や線維筋痛症による痛覚過敏の痛みに対する本件化合物2の効果を確かめることはできないと判断した。しかしながら,次のとおり,カラゲニン試験及び術後疼痛試験において本件化合物2が痛覚過敏や接触異痛の痛みに対して効果を有する旨の記載がある本件明細書を見た本件出願日当時の当業者は,本件化合物2が神経障害性疼痛や線維筋痛症による痛覚過敏や接触異痛の痛みの処置において効果を奏すると理解したといえる。したがって,本件審決の上記判断は誤りである。
a 炎症や手術を原因としても神経障害性疼痛を生ずることがあり,また,神経の圧迫や損傷によって炎症が生じ,あるいは,手術によって神経損傷を生ずることもあるから,疼痛の原因に基づいて痛覚過敏の痛みという症状を分類することはできない。
b 線維筋痛症による痛みも,炎症を伴う痛みであり,外科的手術により生じ得るものであるから,カラゲニンの炎症や術後の痛みが線維筋痛症による痛みと異なるということはできない。
c 本件出願日当時,痛覚過敏や接触異痛の痛みは,疼痛を生ずる原因にかかわらず,末梢や中枢の神経細胞の感作によるものであることが知られており,また, 当業者は,疼痛の原因にかかわらず,痛覚過敏や接触異痛の痛みを発現する動物モデル試験で効果を確認できれば,その動物モデル試験におけるのとは別の原因によって生じた痛覚過敏や接触異痛の痛みに対しても,同様に効果を奏するものと理解した。
d 本件明細書では,ホルマリン試験,カラゲニン試験及び術後疼痛試験という3つの原因の異なる動物モデルにおいて,痛覚過敏や接触異痛の痛みに対する本件化合物2の効果を確認している。特に,手術を原因とする痛み(術後痛)が神経障害性疼痛を生ずるものであると考えられていたことは,疑いがない。
(エ) 本件審決は,ケタミンは本件化合物2と化学構造が異なるから,ケタミンが痛覚過敏や接触異痛の痛みに対して効果を奏し,また,ケタミンが中枢性感作を阻害する物質であるとの知見が知られていたとしても,これを,本件化合物2を含む物質全般にまで一般化することはできないと判断した。
しかし,別の化学構造を有する化学物質であっても,同様に中枢性感作を阻害するのであれば,その帰結として中枢性感作によって生じる痛覚過敏や接触異痛の痛みに対し原因にかかわらず効果を奏することが合理的に期待できるから,本件審決の上記判断は誤りである。
2 取消事由2(実施可能要件についての判断の誤り)について (1) 物の発明において実施可能要件を充足するためには,明細書において,当業者が,発明の詳細な説明の記載及び出願時の技術常識に基づき,過度の試行錯誤を要することなく,その物を生産し,かつ,使用することができる程度の記載があれば足りる。加えて,医薬用途発明においては,出願時の技術常識に照らし,医薬としての有用性を当業者が理解できるように記載されていればよい。
(2) 本件明細書の記載 ア 本件明細書(2頁4行〜5行,13行〜19行,3頁44行〜4頁6行)は,本件化合物について,その原因を限定せず「抗痛覚過敏作用」を有するものであると述べた上で,慢性疼痛に対して効果を奏することを明示し,また,神経障害性疼 痛を生ずる様々な疾患(線維筋痛症を含む。)を挙げ,本件化合物をこれらの痛みに使用できる旨明確に述べ,さらに,本件化合物を麻薬性鎮痛剤やNSAIDに代わる新規の鎮痛剤として提案する旨述べている。したがって,本件明細書は,本件化合物が通常の痛みとは異なり炎症や組織損傷の治癒後にも持続する慢性の痛みに対して効果を奏し,神経障害性疼痛や線維筋痛症の主症状である痛覚過敏や接触異痛の痛みに対して効果を奏する薬剤であることを明らかにしているといえる。
イ 本件明細書(6頁5行〜7行)には,本件化合物がホルマリン試験の後期相に効果を奏することが確認された旨の記載がある。
ウ 本件明細書(6頁11行〜30行,7頁37行〜8頁6行,8頁7行〜23行)には,カラゲニン炎症により生じた痛覚過敏の痛みに対する本件化合物の効果が確認された旨のカラゲニン試験に係る記載があり,また,手術による創傷の治癒後であるにもかかわらず3日間持続する痛覚過敏や接触異痛の痛みに対する本件化合物の効果が確認された旨の術後疼痛試験に係る記載がある。
エ 本件明細書(6頁31行〜34行)には,ベネットモデルやチャングモデル(神経を直接結紮することなどにより疼痛を生じさせるモデル)によっても,本件化合物の効果が確認できる旨の記載がある。
(3) 本件出願日当時の技術常識 ア 本件出願日当時,神経障害性疼痛や線維筋痛症の主症状である痛覚過敏や接触異痛の痛みは,その原因にかかわらず末梢や中枢の神経細胞の感作によって生じることが周知であり,実際,中枢性感作に対して効果を奏するケタミンが原因にかかわらず痛覚過敏や接触異痛の痛みに対して効果があることが知られていた。
イ 痛みを原因によって区別できないことは,本件出願日当時の技術常識であり,当業者は,疼痛の原因にかかわらず,痛覚過敏や接触異痛の痛みを発現する動物モデル試験で効果を確認できれば,その動物モデル試験におけるのとは別の原因によって生じた痛覚過敏や接触異痛の痛みに対しても,同様に効果を奏するものと理解していた。
ウ 本件出願日当時,ホルマリン試験の後期相は,中枢性感作を反映していることから神経障害性疼痛や線維筋痛症の主症状である痛覚過敏の痛みに対する薬剤の効果を確認する試験として周知であった。
エ 当業者は,本件明細書におけるベネットモデルやチャングモデルへの言及により,炎症や手術とは異なる原因によって生じた痛覚過敏や接触異痛の痛みに対して本件化合物が有用であることを十分に理解し,本件化合物をこれらのモデルに投与し,神経障害性疼痛や線維筋痛症に共通する神経細胞の感作に対して本件化合物が作用することを確かめることができる。実際,本件明細書に比較例として記載されているギャバペンチンは,本件出願日当時,ベネットモデルで効果を奏することが確かめられていたから,当業者は,ホルマリン試験等の3つの動物モデル試験においてギャバペンチンより優れた効果を奏する本件化合物もまた,ベネットモデルやチャングモデルで効果を奏することを理解することができた。
(4) 以上によると,本件明細書の記載を見た当業者は,本件化合物1が原因にかかわらず痛覚過敏や接触異痛の痛みに対して効果を奏するものと理解するといえるから,本件明細書の発明の詳細な説明の記載は,本件発明1について,実施可能要件を満たす。
また,以上によると,本件明細書の記載を見た当業者は,本件化合物2が少なくとも神経障害性疼痛や線維筋痛症による痛覚過敏や接触異痛の痛みに対して効果を奏するものと理解するといえるから,本件明細書の発明の詳細な説明の記載は,本件発明2について,実施可能要件を満たす。
(5) なお,目覚ましい技術発展を見せる疼痛分野における発明である本件各発明は,疼痛分野に革命をもたらし,神経障害性疼痛の症状の知識,治療及び理解を飛躍的に向上させたいわゆるパイオニア発明であるところ,技術進歩の著しい分野におけるパイオニア発明については,実施可能要件等の記載要件を厳格に適用するのは相当でないし,記載要件を満たすか否かにつきわずかな疑義があることを理由として当該発明に係る特許を無効とするのは誤りである。
(6) 本件出願日当時の技術常識等に係る本件審決の認定判断について ア 本件審決は,本件明細書に記載された痛みについて,@その原因や病態生理は様々であり,治療法も異なる,A痛みの種類や原因によって治療法が異なり,鎮痛剤であればあらゆる種類の痛みに有効であるというわけではないと認定した。
しかしながら,次のとおり,本件審決の認定は誤りである。
(ア) 本件出願日当時,痛覚過敏や接触異痛の痛みは,原因にかかわらず,末梢や中枢の神経細胞の感作によるものであることが知られていた。また,ケタミンは,中枢性感作を阻害する物質であり,疼痛の原因にかかわらず効果を奏することが知られていた。したがって,本件出願日当時の当業者は,痛みには共通の治療法があることを理解していた。
(イ) 本件審決が上記認定の根拠とする文献(甲3〜5,7〜9,14,18,19)には,痛覚過敏や接触異痛の痛みが原因にかかわらず末梢や中枢の神経細胞の感作によって生じることや,ケタミンが原因にかかわらず痛みに効果を奏することを否定する記載はない。
イ 本件審決は,@ホルマリン試験の後期相と中枢性感作との関係は仮説にすぎないから,ホルマリン試験から神経障害性疼痛や線維筋痛症の痛みに対する本件化合物の効果を確認することはできない,A痛みに脊髄後角における神経細胞の発火や痛覚過敏を呈するという共通点があっても,痛みの種類や原因によって薬の効き方に差が出ると判断した。
しかしながら,上記@については,前記(3)ウにおいて主張したとおりであり,上記Aについては,痛みに脊髄後角における神経細胞の発火(中枢性感作)という共通点があれば,これを阻害することで原因にかかわらず痛みを抑制できることは明らかである(そのため,当業者は,原因ではなく症状に着目して動物モデルを利用し,薬剤の研究を行っていたものである。)から,本件審決の上記認定は誤りである。
なお,仮に痛みの種類や原因によって薬の効き方に差が出るとしても,当該薬が 痛みに対して効果を奏することに変わりはない。
ウ 本件審決は,@神経障害の動物モデルが存在することが本件明細書の発明の詳細な説明に記載されていても,本件化合物の効果は確認できない,A甲28のベネットモデルやチャングモデルの結果は本件出願日後のものであるから参酌できないと判断した。
しかしながら,上記@については,本件明細書には,神経障害性疼痛や線維筋痛症による痛みに対して本件化合物を用いることができるとの記載がされた上で,ベネットモデルやチャングモデルの記載があるから,本件明細書を見た当業者は,本件化合物がこれらのモデルにおいても同様に効果を奏するものと理解するのであるし,上記Aについては,甲28は,本件化合物が実際にベネットモデルやチャングモデルにおいて効果を奏したことを裏付けるものであるところ,明細書の記載が正しいことを裏付けるために出願日後の資料を参酌できることは当然である。なお,実施可能要件を充足するためには,特許請求の範囲の全部について余すところなく薬理データが記載されていることまでが求められるわけではないところ,本件明細書を見た当業者は,ベネットモデルやチャングモデルを用いて容易に追試をすることが可能である。
したがって,本件審決の上記判断は誤りである。
エ 本件審決は,幻想肢痛や線維筋痛症による痛みが心因性疼痛に該当すると考えられるとしても,また,心因性疼痛と診断され,カウザルギー様の疼痛を発症した例が報告されているとしても,あらゆる特発性疼痛が神経障害性疼痛に共通する症状を呈するといえる理由にはならないし,本件明細書に記載されたホルマリン試験,カラゲニン試験及び術後疼痛試験によって特発性疼痛に対する本件化合物の効果を予測できるといえる理由にもならないと判断した。
しかしながら,痛覚過敏や接触異痛の痛みが原因にかかわらず末梢や中枢の神経細胞の感作によって生じることは,本件出願日当時の技術常識であったところ,特発性疼痛が原因不明の心因性疼痛であるとしても,これは神経細胞の感作によって 痛みの症状が生じるものであるから,当業者は,当該感作を阻害することにより効果を奏することを理解したといえる。
したがって,本件審決の上記判断は誤りである。
オ 本件審決は,@ホルマリン試験の後期相と中枢性感作との関係が明らかでないこと,A痛覚過敏の痛みに複数のものが存在することを根拠として,B本件明細書に記載されたホルマリン試験,カラゲニン試験及び術後疼痛試験は神経の機能異常に基づく痛覚過敏や接触異痛の痛みを反映していないと判断した。
しかしながら,上記@及びAについては,前記(3)イ及びウにおいて主張したとおりであるし,上記Bについても,そもそも動物モデルは,人工的に実験的疼痛状態を作り出し,これに対する薬剤の効果を評価することが前提であり,本件出願日当時,当業者は,原因ではなく症状に着目して動物モデルを作成し,痛覚過敏の痛みについての評価を行っていたところ,本件審決の判断は,当業者がホルマリン試験等の炎症により痛覚過敏を生ずる動物モデルを用いて神経障害性疼痛や線維筋痛症の研究を行っていた事実と矛盾する(動物モデルを用いる際に原因を適切に反映したモデルを用いなければならないとすると,そもそも動物モデルから理解できないヒトの精神疾患の治療薬等については,動物モデルの利用がおよそ不可能になる。)。
したがって,本件審決の上記判断は誤りである。
カ 本件審決は,医学専門家作成の陳述書(甲67〜69)の記載を採用せず,痛覚過敏や接触異痛の痛みが中枢性感作によって生じること,本件明細書に記載されたホルマリン試験,カラゲニン試験及び術後疼痛試験が痛覚過敏や接触異痛の痛みに対する薬剤の効果を確かめる試験として周知であったことなどの本件出願日当時の技術常識を認定しなかった。
しかしながら,次のとおり,本件審決の上記判断は誤りである。
(ア) これらの陳述書を作成した者は,本件出願日当時から現在に至るまで,本件各発明に係る技術分野における第一人者として活躍する疼痛の専門家であるとと もに,本件各発明とは関わりのない第三者であり,また,陳述書において,根拠となる本件出願日当時の技術文献を数多く引用しているのであるから,客観的な技術文献に陳述書の記載と矛盾する記載があるなどの特段の事情がない限り,これらの陳述書に信用性があることは明らかである。
(イ) 甲67に関し,本件審決は,マスタードオイル試験の結果を急性化学物質誘発性の痛み全般にまで拡張できないと判断したが,ホルマリン試験とマスタードオイル試験は,共に炎症性物質により痛覚過敏の痛みを生じさせる試験であり,同一の原因に基づくものというべきである。また,本件審決は,慢性神経痛とマスタードオイル試験に基づく急性疼痛における神経メカニズムにつき,文献にあくまで推測の記載があるにすぎないと判断したが,甲67が引用する文献(甲41)のタイトルは,「侵害受容器に調節された中枢性感作は,急性化学物質性及び慢性神経障害性疼痛における機械的痛覚過敏を生ずる」であり,上記神経メカニズムは,推測ではない。実際,甲67は,甲41を引用し,神経障害性疼痛とマスタードオイル試験とが中枢性感作を共有することを明確に述べている。
(ウ) 甲68に関し,本件審決は,帯状疱疹後神経痛の患者に係る結果やマスタードオイル試験の結果からは原因にかかわらず中枢性感作によって痛覚過敏や接触異痛の痛みが生じるという技術常識を認定することはできないと判断したが,本件審決が帯状疱疹後神経痛の結果にすぎないとする文献(甲68が引用する甲55)は,ケタミンがNMDA受容体を遮断し,中枢性感作を抑制し,その結果,様々な原因により生じる神経障害性疼痛の痛覚過敏や接触異痛の痛みを抑制できることを明確に述べ,本件審決がマスタードオイル試験の結果であるとする文献(甲68が引用する甲39)も,痛覚過敏の痛みが末梢性感作及び中枢性感作の結果として生じることを明言しているところ,甲68は,これらの記載を受けて,原因にかかわらず中枢性感作によって痛覚過敏や接触異痛の痛みが生じると述べているのであり,本件審決の上記判断は,甲68の内容を正解しないものである。
(エ) 甲69には,ホルマリンモデルの第2相は中枢性感作のモデルとして広く 受け入れられたなどの記載があり,原告が主張する本件出願日当時の技術常識を正当に裏付けている。本件審決は,@ホルマリン試験の後期相と中枢性感作との関係は仮説にとどまる,A痛覚過敏の痛みには「神経損傷-痛覚過敏」等の複数のものがあったとして,甲69の記載を採用しなかったが,これらが誤りであることは,前記(3)イ及びウにおいて主張したとおりである。
キ 本件審決は,特許性の判断は事件ごとに事案に応じて行われるとして,症状に着目した動物モデルを基に実施可能要件を具備するものとして登録がされた先例特許の存在や審査ハンドブックの記載によっても,本件明細書の発明の詳細な説明の記載が本件各発明について実施可能要件を満たさないとの結論を左右しないと判断した。
しかしながら,技術常識によれば,動物モデルは,症状に着目して使用されるものであり,これまでも,症状を正しく反映した動物モデルが用いられていれば実施可能要件を満たすとされてきたのであるから,神経の機能異常に基づく痛覚過敏や接触異痛の痛みを反映した3種の動物モデルによって薬理データが示されている本件においても,同様に実施可能要件を満たすと判断されなければならない。
したがって,本件審決の上記判断は誤りである。
3 取消事由3(サポート要件についての判断の誤り)について (1) サポート要件を充足するためには,明細書に接した当業者が,課題の解決について,技術常識も踏まえて課題が解決できるであろうとの合理的期待が得られれば足り,明細書に基づき追試や分析をすることによって更なる技術の発展に資することができれば足りる。
(2) 前記2において主張したところによれば,本件明細書の記載を見た当業者は,本件化合物1が原因にかかわらず痛覚過敏や接触異痛の痛みに対して効果を奏するとの合理的期待を有するといえるから,本件明細書の特許請求の範囲の記載は,本件発明1について,サポート要件を満たす。
また,前記2において主張したところによれば,本件明細書を見た当業者は,本 件化合物2が少なくとも神経障害性疼痛や線維筋痛症による痛覚過敏や接触異痛の痛みに対して効果を奏するとの合理的期待を有するといえるから,本件明細書の特許請求の範囲の記載は,本件発明2について,サポート要件を満たす。
被告らの主張
1 取消事由1(本件訂正についての判断の誤り)について(1) 訂正の要件(新規事項の追加)について 本件発明2は,痛みの処置における鎮痛剤に係るものであり,訂正事項2-2に係る本件訂正は,「請求項1の鎮痛剤(痛みの処置における鎮痛剤)」を「神経障害又は線維筋痛症による,痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置における鎮痛剤」に訂正するというものであるから,そのような訂正が認められるためには,神経障害又は線維筋痛症による痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置において,本件化合物2が「鎮痛剤」として使用されること,すなわち,痛みの処置において有効な薬剤として使用されることが本件明細書に明示的に記載されているか,その記載から自明でなければならない。なぜなら,痛みの処置において有効でないのであれば,それは,鎮痛剤としての使用とはいえないからである。
したがって,本件化合物2につき神経障害又は線維筋痛症による痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置に鎮痛剤として「有効であること」が記載されているに等しいと当業者が理解するとはいえないとして,訂正事項2-2に係る本件訂正が願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてされるものではないとした本件審決の判断は,特許法134条の2第9項において準用する同法126条5項の適用を誤るものではない。
(2) 本件訂正が願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であるとの原告の主張について ア 訂正事項1に係る本件訂正について(ア) 原告は,ホルマリン試験の後期相は中枢の神経細胞の感作を反映したものであること並びにホルマリン試験は痛覚過敏及び接触異痛の痛みに対する薬剤の効 果を確認する試験であることが本件出願日当時に広く知られていたと主張する。
しかしながら,ホルマリン試験の後期相が中枢の神経細胞の感作(中枢性感作)を反映したものであるとの説は本件出願日当時の技術常識ではなく,また,神経障害性疼痛や心因性疼痛(線維筋痛症による痛みを含む。)が中枢性感作によるものであるとの技術常識もなかったから,ホルマリン試験の結果から神経障害性疼痛や心因性疼痛に対する本件化合物1の効果を確認することはできない。上記の技術常識を前提とする原告の主張は,理由がない。
(イ) 原告は,本件明細書に記載があるカラゲニン試験の結果を引用して,本件明細書には痛覚過敏の痛みの処置に本件化合物1を用いることにより効果が確認された旨の記載があると主張する。
しかしながら,カラゲニン試験は,炎症性疼痛に関するものであり,本件明細書及び甲61(本件各発明の発明者が共著者である論文)においても,その旨が明示されている。
また,原告は,本件明細書に記載がある術後疼痛試験の結果を引用して,本件明細書には本件化合物1を痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置において用いることが明示されていると主張する。
しかしながら,術後疼痛試験は,急性痛の動物モデルであって,慢性痛の動物モデルではない。
したがって,カラゲニン試験及び術後疼痛試験の結果が本件明細書に記載されているからといって,本件化合物1を痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置において用いることまで本件明細書に記載されているということはできない。
(ウ) 原告は,痛覚過敏や接触異痛の痛みがその原因にかかわらず共通して末梢や中枢の神経細胞の感作によって引き起こされる神経の機能異常により生じることは本件出願日当時の技術常識であったと主張するが,そのような技術常識はなかったから,原告の主張は誤りである。
(エ) 以上のとおりであるから,訂正事項1に係る本件訂は,願書に添付した明 細書又は図面に記載した事項の範囲内の訂正ではない。
イ 訂正事項2-2に係る本件訂正について(ア) 前記アにおいて主張したとおりであるから,訂正事項2-2に係る本件訂正のうち「痛覚過敏又は接触異痛の痛みにおける」との記載により鎮痛剤の処置対象となる痛みの特定を行う部分は,願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内の訂正でない。
(イ) 原告は,本件明細書には本件化合物2を神経障害又は線維筋痛症による痛みの処置に用いる旨の記載があると主張する。
しかしながら,本件明細書の記載を見ても,神経障害性疼痛及び線維筋痛症による痛みの処置について一般的な記載があるのみで,本件化合物2を神経障害又は線維筋痛症による「痛覚過敏又は接触異痛の痛み」の処置における鎮痛剤として使用することについての記載はない。
また,原告は,神経障害性疼痛や線維筋痛症の主症状として痛覚過敏又は接触異痛の痛みが生じることは本件出願日当時の技術常識であったとして,本件明細書には神経障害性疼痛や線維筋痛症による痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置に本件化合物2を用いることが開示されていると主張する。
しかしながら,本件出願日当時,神経障害性疼痛や線維筋痛症における症状には,痛覚過敏や接触異痛の痛みのほかに,自発痛や接触以外の刺激によるアロディニア(異痛)もあり,他方で,症状として常に痛覚過敏又は接触異痛の痛みが存在するというわけでもないことは周知であったから,神経障害性疼痛又は線維筋痛症による「痛み」の処置と神経障害又は線維筋痛症による「痛覚過敏又は接触異痛の痛み」の処置とを同視することはできない。
以上のとおりであるから,本件明細書の一般的な記載に基づいて,本件化合物2を神経障害又は線維筋痛症による痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置に用いるとの技術思想を導き出すことはできない。したがって,訂正事項2-2に係る本件訂正のうち「神経障害又は線維筋痛症による」との記載により鎮痛剤の処置対象となる 痛みの特定を行う部分は,願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内の訂正でない。
(ウ) この点に関し,原告は,本件明細書にはホルマリン試験において中枢性感作及びこれによる痛覚過敏や接触異痛の痛みを反映する後期相に対する本件化合物2の効果が確かめられている旨,カラゲニン試験において痛覚過敏の痛みに対する本件化合物2の効果が確かめられている旨並びに術後疼痛試験において痛覚過敏及び接触異痛の痛みに対する本件化合物2の効果が確かめられている旨の記載があるから,本件明細書には本件化合物2を痛覚過敏や接触異痛の痛みに対して用いることも神経障害性疼痛や線維筋痛症に対して用いることも明示されていると主張する。
しかしながら,ホルマリン試験,カラゲニン試験及び術後疼痛試験は,いずれも神経障害性疼痛や線維筋痛症に関するものではないから,これらの試験等についての記載は,神経障害性疼痛や線維筋痛症による痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置についての記載ではない。したがって,本件明細書には,本件化合物2を神経障害又は線維筋痛症による痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置における鎮痛剤として使用することの明示の記載はない。
ウ 本件出願日当時の技術常識等に係る本件審決の認定判断について(ア) 原告は,本件出願日当時の当業者は本件明細書に記載されたホルマリン試験,カラゲニン試験及び術後疼痛試験から本件化合物2が神経障害性疼痛や線維筋痛症の痛覚過敏や接触異痛の痛みの処置において効果を奏すると理解できたとして,これを否定した本件審決の判断は誤りであると主張するが,次のとおり,原告が主張する技術常識は存在しなかったから,本件審決の判断に誤りはない。
a 本件出願日当時,痛みのうち少なくとも線維筋痛症,カウザルギー,幻肢痛,視床痛,三叉神経痛,糖尿病性神経障害による痛み,ヘルペス後神経痛(帯状疱疹後神経痛)及び上腕神経叢捻除(腕神経叢引き抜き損傷)による痛み並びに心因性疼痛について,末梢性感作や中枢性感作が原因であるとの技術常識はなかった。また,本件明細書に記載されているホルマリン試験等における痛みは,急性痛であっ て,慢性痛ではない上,病態生理,症状及び薬効のいずれの点からみても,ホルマリン試験等は,線維筋痛症による痛みを始めとする上記各痛みについての動物モデルではなかった(ホルマリン試験の後期相における中枢性感作の仮説は,本件出願日当時の技術常識ではなかったから,ホルマリン試験の結果に基づいて全ての種類の痛みに対する本件化合物2の効果を知ることはできない。また,カラゲニン試験は,炎症性疼痛に関する動物モデルであり,術後疼痛試験は,侵害受容性疼痛に関する動物モデルである。)。
b 本件出願日当時,神経障害性疼痛は,原告が主張するように神経の機能異常による痛みなどとは定義されておらず,線維筋痛症による痛みも,原告が主張するように痛覚過敏を伴う痛みなどと定義されていたわけではない。なお,本件出願日当時,全ての種類の痛みが末梢や中枢の神経細胞の感作によって生じるとの技術常識はなかった。
(イ) 原告は,ホルマリン試験により神経障害性疼痛や線維筋痛症による痛覚過敏の痛みに対する本件化合物2の効果を確かめることができたとして,これを否定した本件審決の判断は誤りであると主張するが,次のとおり,原告が主張する技術常識は存在しなかったから,本件審決の判断に誤りはない。
a 原告は,ホルマリン試験の後期相が中枢性感作を反映していることは本件出願日当時において仮説ではなかったと主張する。
しかしながら,原告の主張を裏付けるに足りる証拠は存在せず,かえって,原告が提出する証拠(甲45〜48)には,「思われる」,「可能性がある」,「もたらし得ることを示唆する」,「仮説が立てられてきた」などの記載がみられるのであって,中枢性感作は,一部の学説が提唱していた仮説にすぎず,本件出願日当時の当業者の技術常識でなかったことが明白である。
b 原告は,複数の痛覚過敏が存在するというのは誤りであると主張する。
しかしながら,甲12には,ホルマリン試験の後期相とは別の実験的疼痛状態としてベネットモデルが記載され,しかも,両者における各種薬剤への反応も異なる ことが明示されているのであるから,本件出願日当時の当業者が両者の痛覚過敏の痛みが異なるものと認識していたことは明らかである。他の証拠(甲11)においても,組織の損傷・炎症による痛みと末梢神経の損傷に伴う痛みとにつき,それぞれの動物モデルに基づいて痛覚過敏の痛みやアロディニア(異痛)についての別個のメカニズムが論じられているし,そもそも,炎症性疼痛のような侵害受容性疼痛とカウザルギーのような神経障害性疼痛とが全く異なる病態生理を有する別個の疼痛であることは周知の事実であるから,複数の痛覚過敏の痛みが存在するとした本件審決の認定に誤りはない。甲12の表3-3をみても,同表によると,ホルマリン試験の後期相においては非ステロイド性抗炎症薬(NSAID)が効果を示すのに対し,ベネットモデルでは奏功しないとされており,まさに,痛覚過敏の痛みには様々な原因があり,薬剤の効果もモデルごとに異なるという本件審決の判断を裏付けている。
なお,原告は,甲12の表3-2にはホルマリン試験においてはホルマリン炎症によるC線維の刺激が感作をもたらし,ベネットモデルにおいてはA-δ線維インプットも感作に寄与することが説明されているにすぎないと主張するが,ホルマリン試験の後期相やベネットモデルにおける痛みが神経細胞の感作によるものであるとの技術常識が存在しない上,原告の主張によっても,痛みが生じるまでの経過に相違があることになるのであるから,原告の主張は,複数の痛覚過敏の痛みが存在するとの本件審決の認定に対する反論たり得ない。
(ウ) 原告は,カラゲニン試験及び術後疼痛試験において本件化合物2が痛覚過敏や接触異痛の痛みに対して効果を有する旨の記載がある本件明細書を見た本件出願日当時の当業者は本件化合物2が神経障害性疼痛や線維筋痛症による痛覚過敏や接触異痛の痛みの処置において効果を奏すると理解したといえるから,これを否定した本件審決の判断は誤りであると主張するが,次のとおり,原告が主張する技術常識は存在しなかったから,本件審決の判断に誤りはない。
a 原告は,カラゲニン試験等について,炎症や手術を原因としても神経障害性 疼痛を生ずることがあり,また,神経の圧迫や損傷によって炎症が生じ,あるいは,手術によって神経損傷を生ずることもあるから,疼痛の原因に基づいて痛覚過敏の痛みという症状を分類することはできないと主張する。しかしながら,痛みは,その病態生理により,侵害受容性疼痛,神経障害性疼痛及び心因性疼痛に大別され,それらは,原因も治療法も異なるというのが本件出願日当時の技術常識であったから,神経障害性疼痛や心因性疼痛(線維筋痛症による痛みを含む。)は,炎症性疼痛や術後疼痛のような侵害受容性疼痛と区別される痛みであった。また,カラゲニン試験等が神経障害性疼痛や心因性疼痛(線維筋痛症による痛みを含む。)の動物モデルでないことは,前記ア(イ)において主張したとおりである。
b 原告は,線維筋痛症による痛みも炎症を伴うものであり,外科的手術により生じ得るものであるから,カラゲニンの炎症や術後の痛みが線維筋痛症による痛みと異なるということはできないと主張するが,線維筋痛症は,炎症性疾患ではないし,線維筋痛症が外科的手術によって発症するというエビデンスは存在していない。
乙A1に「外傷,外科手術又は内科疾患の後に線維筋痛症が発症する場合があるということが示唆されているものの,かかる関連性は因果関係を証明するものではない」との記載があるように,外傷,外科手術又は内科疾患の後に線維筋痛症が発症する場合があるというのは,単に示唆されているだけであり,そのような関連性は因果関係を証明するものではない。
c 原告は,本件明細書ではホルマリン試験,カラゲニン試験及び術後疼痛試験という3つの異なる動物モデルにおいて,痛覚過敏や接触異痛の痛みに対する本件化合物2の効果を確認しており,特に,手術を原因とする痛み(術後痛)が神経障害性疼痛を生ずるものであると考えられていたことは疑いがないと主張するが,本件出願日当時,術後疼痛(術後痛)は,急性痛,すなわち,何らかの組織損傷によってもたらされる危険信号としての痛みとされていた。また,術後疼痛試験について,ベネットらの文献においては,術後疼痛が急性痛の一般的な形態であること,ホルマリンのような化学的刺激による痛みも,神経障害性疼痛モデルも,臨床の術 中及び術後の状態に対応する時間スケールでは起こらないこと,本研究の機械的痛覚過敏の期間は,ヒトで術後に観察される機械的感受性及び咳による誘発痛の期間と類似していることが記載されており,術後疼痛試験は,神経障害性疼痛の動物モデルとは異なる症状を呈するモデルであるとされていた。したがって,本件明細書に記載されている術後疼痛試験は,神経障害性疼痛の動物モデルではない。
(エ) 原告は,ケタミンに関し,同様に中枢性感作を阻害するのであれば,その帰結として中枢性感作によって生じる痛覚過敏や接触異痛の痛みに対し原因にかかわらず効果を奏することが合理的に期待できるとして,ケタミンの効果を,本件化合物2を含む物質全般にまで一般化することができないとした本件審決は誤りであると主張する。
しかしながら,そもそも本件化合物2が中枢性感作に対して効果を奏することは,本件明細書に記載されていない上,本件出願日当時,ケタミンが中枢性感作に対して効果を奏するとの技術常識はなく,さらに,神経障害性疼痛や線維筋痛症による痛みが中枢性感作によるとの技術常識もなかったのであるから,原告の主張は失当である。
2 取消事由2(実施可能要件についての判断の誤り)について(1) 本件明細書の記載 ア 原告は,本件明細書は本件化合物につきその原因を限定せず「抗痛覚過敏作用」を有するものであると述べた上で,慢性疼痛に効果を奏することを明示し,また,神経障害性疼痛を生ずる様々な疾患(線維筋痛症を含む。)を挙げ,本件化合物をこれらの痛みに使用できる旨明確に述べていると主張する。
しかしながら,本件訴訟において問題となるのは,本件明細書において本件化合物の対象疾患として神経障害性疼痛や線維筋痛症が挙げられているか否かではなく,本件化合物が神経障害又は線維筋痛症による痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置における鎮痛剤として効果を有することを当業者が認識できるだけの開示があるか否かである。そして,本件明細書には,本件化合物を神経障害性疼痛や線維筋痛症等 の痛みの処置における鎮痛剤として使用することについて一般的な記載があるだけで,本件化合物が神経障害又は線維筋痛症による痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置における鎮痛剤として効果を有すると認識できる開示はない(「抗痛覚過敏作用」との記載は,一般的な記載にすぎない上,そもそも,本件明細書では痛覚過敏の痛みと異痛(アロディニア)とが区別されており,「抗痛覚過敏作用」は,痛覚過敏の痛みに対する作用を意味するものであって,痛覚過敏又は接触異痛の痛みに対する作用を意味するものではない。「慢性の疼痛性障害の処置」との記載についてみても,「慢性痛」とは,数か月以上継続する痛みという意味にすぎず,痛覚過敏又は接触異痛の痛みを意味するものではない。)。
また,原告は,本件明細書には本件化合物を麻薬性鎮痛剤やNSAIDに代わる新規の鎮痛剤として提案する旨記載されていると主張する。
しかしながら,原告が挙げる本件明細書の記載(「現在市場にある鎮痛剤たとえば麻酔性鎮痛剤または非ステロイド性抗炎症薬(NSAID)では,不十分な効果または副作用からの限界により不完全な処置しか行われていないことは周知である。」)は,神経障害性疼痛又は線維筋痛症についてだけのものではないし,痛覚過敏又は接触異痛の痛みについてのものでもない。
以上のとおりであるから,本件明細書の記載は,本件化合物が神経障害又は線維筋痛症による痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置における鎮痛剤として効果を有すると当業者が認識できる内容ではない。
イ 原告は,本件出願日当時,ホルマリン試験の後期相は中枢性感作を反映していることから神経障害性疼痛や線維筋痛症の主症状である痛覚過敏の痛みに対する薬剤の効果を認識する試験として周知であったと主張するが,この主張が誤りであることは,前記1(2)ア(ア)において主張したとおりである。
ウ 原告は,本件明細書にはカラゲニン炎症により生じた痛覚過敏の痛みに対する本件化合物の効果が確認された旨のカラゲニン試験に係る記載があり,また,手術による創傷の治癒後であるにもかかわらず3日間持続する痛覚過敏や接触異痛の 痛みに対する本件化合物の効果が確認された旨の術後疼痛試験に係る記載がある旨主張するが,カラゲニン試験及び術後疼痛試験が神経障害性疼痛や線維筋痛症による痛みに係る動物モデルでないことは,前記1(2)ア(イ)において主張したとおりである。
エ 原告は,本件明細書にはベネットモデルやチャングモデルによっても本件化合物の効果が確認できる旨の記載があると主張する。
しかしながら,本件明細書は,ベネットモデル及びチャングモデルが末梢性単発神経障害ないし末梢神経障害の動物モデルであることを開示しているだけで,これらの動物モデルを用いてどのような実験を行うのか(投与方法,投与量,測定するラットの行動ないし反応,測定手段,評価方法等),それによってどのような結果が出るのかについて全く開示しておらず,本件明細書には,これらの動物モデルによっても本件化合物の効果を確認することができるなどといった記載は一切ない。
原告の上記主張は失当である。
(2) 本件出願日当時の技術常識 ア 原告は,神経障害性疼痛や線維筋痛症の主症状である痛覚過敏や接触異痛の痛みはその原因にかかわらず抹消や中枢の神経細胞の感作によって生じることが本件出願日当時に周知であったと主張するが,この主張が誤っていることは,前記1(2)ア(ア)において主張したとおりである。
また,原告は,中枢性感作に対して効果を奏するケタミンが原因にかかわらず痛覚過敏や接触異痛の痛みに対して効果があることが本件出願日当時に周知であったとも主張するが,ケタミンと中枢性感作との関係は本件出願日当時の技術常識ではなく,また,ケタミンの鎮痛効果は現在でも実証されておらず,さらに,全ての種類の痛みの原因が中枢性感作であるとの技術常識も存在しない。仮に,ケタミンに鎮痛効果があって,かつ,その薬理作用が中枢性感作に関連しているとしても,本件化合物が中枢性感作に関連して鎮痛効果を有するということは,本件明細書に記載されておらず,ケタミンと本件化合物との関連も不明であるから,ケタミンの鎮 痛効果の有無にかかわらず,ケタミンに基づいて本件化合物の鎮痛効果を論じることはできない。しかも,ケタミンと本件化合物の双方が中枢性感作と関連して鎮痛効果を有すると仮定した場合でさえ,中枢性感作といっても,様々な部位における様々な機序があり得るのであるから,ケタミンの薬理学的機序と本件化合物の薬理学的機序との同一性は不明である。したがって,いずれにせよ,ケタミンに基づいて本件化合物の鎮静効果を知ることはできない。
以上のとおりであるから,原告の上記主張は理由がない。
イ 原告は,痛みを原因によって区別できないことは本件出願日当時の技術常識であり,当業者は疼痛の原因にかかわらず痛覚過敏や接触異痛の痛みを発現する動物モデル試験で効果を確認できれば,その動物モデル試験におけるのとは別の原因によって生じた痛覚過敏及び接触異痛の痛みに対しても同様に効果を奏するものと理解していたと主張するが,原告の主張が誤りであることは,前記1(2)ウ(ウ)aにおいて主張したとおりである。
ウ 原告は,当業者は本件明細書におけるベネットモデルやチャングモデルへの言及により,炎症や手術とは異なる原因によって生じた痛覚過敏や接触異痛の痛みに対して本件化合物が有用であることを十分に理解し,本件化合物をこれらのモデルに投与し,神経障害性疼痛や線維筋痛症による痛みに共通する神経細胞の感作に対して本件化合物が作用することを確かめることができると主張する。
しかしながら,本件明細書には,ベネットモデル及びチャングモデルが末梢性単発神経障害ないし末梢神経障害の動物モデルであることについての記載があるだけで,試験の方法や効果についての記載はないのであるから,本件化合物がベネットモデルやチャングモデルにおいてどのような効果を奏するのかにつき,本件明細書の記載から確認することはできない。
また,原告は,本件明細書に比較例として記載されているギャバペンチンはベネットモデルで効果を奏することが本件出願日当時に確かめられていたから,当業者はホルマリン試験等の3つの動物モデル試験においてギャバペンチンより優れた効 果を奏する本件化合物もまた,ベネットモデルやチャングモデルで効果を奏することを理解したと主張する。
しかしながら,ギャバペンチンがベネットモデルで効果を奏することが本件出願日当時の技術常識であったことに疑義がある上,そもそもホルマリン試験等における結果とベネットモデルやチャングモデルにおける結果との間に関連性があるという技術常識はなく,本件化合物について,本件明細書に記載されたホルマリン試験等の結果からベネットモデルやチャングモデルにおいても同様の効果があると認識することはできないから,原告の主張は失当である。
(3) 本件各発明は,痛みの処置対象となる疼痛の種類も痛みの症状も何ら限定していないところ,上記(1)及び(2)によれば,本件明細書の発明の詳細な説明の記載が本件各発明について実施可能要件を満たさないことは明らかである。
この点に関し,原告は,本件出願日当時の技術常識として,痛覚過敏や接触異痛等の痛みはその原因にかかわらず末梢や中枢の神経細胞の感作により生じることが知られていたなどと主張するが,前記1(2)ア(ア)において主張したとおり,そのような技術常識を認めることはできない。また,本件各発明は,痛覚過敏や接触異痛の痛みだけではなく,自発痛や接触以外の刺激によるアロディニア(異痛)も処置の対象に含むところ,これらの痛みが末梢や中枢の神経細胞の感作により生じることについての立証はない。したがって,本件明細書の発明の詳細な説明が本件各発明について実施可能要件を満たさないとした本件審決の判断に誤りはない。
(4) 原告は,いわゆるパイオニア発明については実施可能要件等の記載要件を厳格に適用すべきではないなどと主張するが,実施可能要件等の記載要件は,独占権付与の代償である発明の開示を担保する重要な要件であるから,わずかな疑義であっても無視してよいものではない。
(5) 本件出願日当時の技術常識等に係る本件審決の認定判断について ア 原告は,本件明細書に記載された痛みについて,@その原因や病態生理は様々であり,治療法も異なる,A痛みの種類や原因によって治療法は異なり,鎮痛剤 であればあらゆる種類の痛みに有効であるというわけではないとした本件審決の認定が誤りであると主張するが,次のとおり,本件審決の認定に誤りはない。
(ア) 原告は,痛覚過敏や接触異痛の痛みは原因にかかわらず末梢や中枢の神経細胞の感作によるものであることが本件出願日当時に知られていたと主張するが,原告が主張する技術常識がなかったことは,前記1(2)ア(ア)において主張したとおりである。そもそも,本件各発明は,痛みの処置における鎮痛剤に係るものであって,痛みの種類だけでなく,痛みの症状についても何ら限定がないのであるから,原告の主張は,自発痛や接触以外の刺激によるアロディニア(異痛)も含めた全ての痛みについての説明になっていない。
また,原告は,ケタミンは中枢性感作を阻害する物質であり,疼痛の原因にかかわらず効果を奏することが知られていたと主張するが,ケタミンが中枢性感作を阻害するとの技術常識はなく,また,ケタミンがあらゆる種類の痛みにおけるあらゆる痛みの症状に対して有効であるとの技術常識もない。
(イ) 原告は,本件審決が引用する証拠(甲3〜5,7〜9,14,18,19)には原告が主張する技術常識(痛覚過敏や接触異痛の痛みが原因にかかわらず末梢や中枢の神経細胞の感作によって生じること及びケタミンが原因にかかわらず痛みに効果を奏すること)を否定する記載はないと主張する。
しかしながら,本件審決が引用する上記証拠には,原告が主張する技術常識を否定する趣旨の記載がある。これらの証拠に神経細胞の感作やケタミンについての言及がないのは,原告が主張する技術常識が当業者の技術常識でなかったという事実を端的に反映するものである。
イ 原告は,痛みに脊髄後角における神経細胞の発火や痛覚過敏を呈するという共通点があっても,痛みの種類や原因によって薬の効き方に差が出るとした本件審決の判断につき,痛みに脊髄後角における神経細胞の発火(中枢性感作)という共通点があれば,これを阻害することで原因にかかわらず痛みを抑制できることは明らかであるとして,本件審決の上記判断は誤りであると主張する。
しかしながら,原告の主張は,脊髄後角における神経細胞の発火を中枢性感作であると考えている点で,前提を誤っている。脊髄後角における神経細胞の発火は,ホルマリン試験の初期相と後期相の双方で生じるところ,本件化合物や非ステロイド性抗炎症薬は,後期相には有効であるが初期相には無効である。これは,痛みに脊髄後角における神経細胞の発火という共通点があったとしても,痛みの種類や原因によって薬の効き方に差が出ることを当業者が認識していたと認められるとの本件審決の上記判断を裏付けるものである。原告の主張は失当である。
ウ 原告は,本件明細書には神経障害性疼痛や線維筋痛症による痛みに対して本件化合物を用いることができるとの記載がされた上で,ベネットモデルやチャングモデルの記載があり,本件明細書を見た当業者は本件化合物がこれらのモデルにおいても同様の効果を奏するものと期待するから,神経障害の動物モデルが存在することが本件明細書の発明の詳細な説明に記載されていても,本件化合物の効果は確認できないとした本件審決は誤りであると主張するが,本件明細書には,ベネットモデルやチャングモデルを用いた試験内容やその結果についての記載がないから,これらの動物モデルに関する記載は,実施可能要件等の記載要件を満たす根拠にならない。
また,原告は,明細書の記載が正しいことを裏付けるために出願日後の資料を参酌できることは当然であるから,甲28を参酌しなかった本件審決は誤りであると主張するが,本件明細書には,ベネットモデルやチャングモデルを用いた試験の内容やその結果について何らの記載もないのであるから,本件出願日後の文献である甲28の内容を実施可能要件等の記載要件の判断において考慮することはできない。
エ 原告は,特発性疼痛が原因不明の心因性疼痛であるとしても,これは神経細胞の感作によって痛みの症状が生じるものであるから,当業者は当該感作を阻害することにより効果を奏することを理解したといえるとして,あらゆる特発性疼痛が神経障害性疼痛に共通する症状を呈するといえる理由にはならないし,本件明細書に記載されたホルマリン試験等によって特発性疼痛に対する本件化合物の効果を予 測できるといえる理由にもならないと判断した本件審決は誤りであると主張する。
しかしながら,心因性疼痛が神経細胞の感作によって生じるとの技術常識は存在しないし,ホルマリン試験等において鎮痛効果を示した薬剤が有効であると考えるべき理由もない。心因性疼痛の場合,鎮痛薬の投与自体が無意味である。
オ 原告は,動物モデルを用いる際に原因を適切に反映したモデルを用いなければならないとすると,そもそも動物モデルから理解できないヒトの精神疾患の治療薬については動物モデルの利用がおよそ不可能になるとして,本件明細書に記載されたホルマリン試験等が神経の機能異常に基づく痛覚過敏や接触異痛の痛みを反映していないとした本件審決の判断は誤りであると主張するが,痛みに関する技術分野においては,原因や病態生理が全く異なる各種の痛みが存在し,鎮痛剤であればあらゆる種類の痛みに有効であるわけではないという技術常識が存在したのであるから,本件明細書に記載されているホルマリン試験等の結果から,それとは原因や病態生理の異なる神経障害性疼痛や心因性疼痛に対する効果を知ることはできない。
原告の主張は失当である。
カ 原告は,医学専門家作成の陳述書(甲67〜69)に記載された技術常識を認定しなかった本件審決は誤りであると主張する。しかしながら,次のとおり,これらの陳述書の記載はいずれも採用できないから,本件審決に誤りはない。
(ア) 甲67については,作成者の陳述はマスタードオイル試験に基づくものであり,また,マスタードオイル刺激によって得られた結果を急性化学物質誘発性の痛み全般にまで拡張し得るといえるものでもないから,上記陳述は,本件明細書に記載されたホルマリン試験について何らの技術常識も与えるものではない。また,本件明細書には,中枢性感作を始め,痛みの処置における作用・効果を発揮する特性やメカニズムが存在するとの記載も示唆もないところ,原告が審判手続において提出した文献(甲41)にも,慢性神経痛とマスタードオイル試験に基づく急性疼痛における神経メカニズムが極めて似ていることを示し得るとして,共通のメカニズムにつきあくまで推測の記載があるにすぎない。
(イ) 甲68が引用する文献(甲55)には,帯状疱疹後神経痛を有する患者におけるケタミンの連続皮下投与が誘発痛(接触異痛及びワインドアップ様疼痛)の軽減をもたらしたことが記載されているにすぎず,この試験結果に関する記載をもって,疼痛がいかなる原因によるものであるかにかかわらず中枢性感作によって生ずるという技術常識が本件出願日当時に存在していたとはいえない。また,甲68が引用する他の文献(甲39)には,中枢性感作がヒトの傷害後の疼痛過敏状態に寄与する可能性が高いため,試験結果が先制鎮痛及び確立された疼痛状態の治癒に対するNMDAアンタゴニストの潜在的な役割に関係していることが記載されているにすぎず,そのような記載をもって,疼痛がいかなる原因であるかにかかわらず中枢性感作によって生ずることが本件出願日当時の技術常識であったということはできない。
(ウ) 甲69が引用する各文献(甲45〜47)の記載からは,ホルマリン試験の後期相における反応と中枢性感作との関係は,いまだ仮説又は推論の域にとどまるものと理解される。また,甲69が引用する別の文献(甲57)は,カラゲニン試験が痛覚過敏の痛みのモデルであることを示すにすぎず,カラゲニン試験において痛覚過敏の痛みに対する効果が認められた物質であれば全て神経損傷-痛覚過敏の痛みを始めとする痛覚過敏の痛み全般に対して効果を有するといえるとの技術常識を示すものではない。さらに,甲69が引用する他の文献(甲88の1及び2)の記載も,術後疼痛に二次痛覚過敏がみられることを示すにすぎず,術後疼痛試験において痛覚過敏の痛みが認められれば全て神経損傷-痛覚過敏の痛みを始めとする痛覚過敏の痛み全般に対して効果を有するといえるとの技術常識を示すものではない。
3 取消事由3(サポート要件についての判断の誤り)について 前記2において主張したとおりであるから,本件明細書の特許請求の範囲の記載が本件各発明についてサポート要件を満たさないとした本件審決の判断に誤りはない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(本件訂正についての判断の誤り)について(1) 訂正の要件(新規事項の追加)について ア 原告は,本件化合物2につき神経障害や線維筋痛症による痛覚過敏や接触異痛の痛みに対して「効果を奏すること」を当業者が理解できるか否かは実施可能要件等の記載要件に係る判断において検討すべき事柄であるから,本件化合物2につき神経障害又は線維筋痛症による痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置に鎮痛剤として「有効であること」が記載されているに等しいと当業者が理解するとはいえないとして訂正事項2-2に係る本件訂正が新規事項の追加に当たると判断した本件審決は特許法134条の2第9項において準用する同法126条5項の適用を誤るものであると主張する。
イ 特許無効審判における訂正の請求は,「願書に添付した明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内において」しなければならず(特許法134条の2第9項において準用する同法126条5項),同事項とは,当業者によって,明細書,特許請求の範囲又は図面の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項であり,訂正が,このようにして導かれる技術的事項との関係において,新たな技術的事項を導入しないものであるときは,当該訂正は,いわゆる新規事項の追加とならず,「明細書,特許請求の範囲又は図面に記載した事項の範囲内において」するものということができる(知財高裁平成18年(行ケ)第10563号同20年5月30日判決参照)。
しかるところ,本件発明2は,公知の物質である本件化合物2について鎮痛剤としての医薬用途を見出したとするいわゆる医薬用途発明であるところ,訂正事項2-2に係る本件訂正は,「請求項1記載の(鎮痛剤)」とあるのを「神経障害又は線維筋痛症による,痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置における(鎮痛剤)」に訂正するというものであり,鎮痛剤としての用途を具体的に特定することを求めるものである。そして,「痛みの処置における鎮痛剤」が医薬用途発明たり得るために は,当該鎮痛剤が当該痛みの処置において有効であることが当然に求められるのであるから,訂正事項2-2に係る本件訂正が新規事項の追加に当たらないというためには,本件化合物2が神経障害又は線維筋痛症による痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置における鎮痛剤として「効果を奏すること」が,当業者によって,本件出願日当時の技術常識も考慮して,本件明細書(本件訂正前の特許請求の範囲を含む。
以下同じ。)又は図面の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項として存在しなければならないことになる。
ウ この点に関し,原告は,新規事項の追加に当たるか否かの判断においては,訂正事項が当業者によって明細書又は図面の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項であるか否かが検討されれば足りることから,本件審決の判断には誤りがあると主張する。しかしながら,上記のとおりの本件発明2の内容及び訂正事項2-2の内容に照らせば,本件化合物2が神経障害又は線維筋痛症による痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置に「効果を奏すること」が本件明細書又は図面の記載から導かれなければ,訂正事項2-2につき,これが当業者によって本件明細書又は図面の全ての記載を総合することにより導かれる技術的事項であるとはいえない。したがって,原告の上記主張を前提にしても,訂正事項2-2に係る本件訂正が新規事項の追加に当たらないというためには,本件化合物2が神経障害又は線維筋痛症による痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置における鎮痛剤として「効果を奏すること」が本件明細書又は図面に記載されているか,記載されているに等しいと当業者が理解するといえなければならないというべきである。
エ したがって,訂正事項2-2に係る本件訂正が新規事項の追加に当たらないというためには,本件化合物2が神経障害又は線維筋痛症による痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置における鎮痛剤として「効果を奏すること」が本件明細書に記載されているか,記載されているに等しいと当業者が理解するといえなければならないというべきであるとした本件審決(なお,本件審決は,本件訂正の許否の判断において,本件明細書に加えて図面の記載についても検討しており,本件審決のいう 「明細書」は図面を含む趣旨と解される。)は,特許法134条の2第9項において準用する同法126条5項の適用を誤るものではない。
(2) 訂正事項2-2に係る本件訂正が願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であるとの原告の主張について 本件審決が判断した順序に従い,まず,訂正事項2-2に係る本件訂正について判断する。
ア 本件化合物2が「神経障害又は線維筋痛症による,痛覚過敏又は接触異痛の痛み」の処置において効果を奏することにつき本件明細書又は図面に明示の記載があるかについて(ア) 本件明細書及び図面の記載 本件明細書には,次の記載がある(図面の引用を含む。)。
a 「発明の背景本発明は,痛みの治療において鎮痛/抗痛覚過敏作用を発揮する化合物としてのグルタミン酸およびγ-アミノ酪酸(GABA)の類縁体の使用である。これらの化合物の使用の利点には,反復使用により耐性を生じないことまたはモルヒネとこれらの化合物の間に交叉耐性がないことの発見が包含される。
本発明の化合物は,てんかん,ハンチントン舞踏病,大脳虚血,パーキンソン病,遅発性ジスキネジアおよび痙性のような中枢神経系疾患に対する抗発作療法に有用な既知の薬物である。また,これらの化合物は抗うつ剤,抗不安剤および抗精神病剤としても使用できることが示唆されている。」(2頁3行〜11行) b 「発明の概要本発明は,以下の式Iの化合物の,痛みの処置とくに慢性の疼痛性障害の処置における使用方法である。このような障害にはそれらに限定されるものではないが炎症性疼痛,術後疼痛,転移癌に伴う骨関節炎の痛み,三叉神経痛,急性疱疹性および治療後神経痛,糖尿病性神経障害,カウザルギー,上腕神経叢捻除,後頭部神経痛,反射交感神経ジストロフィー,線維筋痛症,痛風,幻想肢痛,火傷痛ならびに他の 形態の神経痛,神経障害および特発性疼痛症候群が包含される。
化合物は式I(式中,R1は炭素原子1〜6個の直鎖状または分枝状アルキル,フェニルまたは炭素原子3〜6個のシクロアルキルであり,R 2 は水素またはメチルであり,R 3は水素,メチルまたはカルボキシルである)の化合物またはその医薬的に許容される塩である。
式Iの化合物のジアステレオマーおよびエナンチオマーも本発明に包含される。
本発明の好ましい化合物は式Iにおいて,R 3 およびR 2 は水素であり,R 1 は-(CH2)0-2-iC4H9の化合物の(R),(S),または(R,S)異性体である。
本発明のさらに好ましい化合物は(S)-3-(アミノメチル)-5-メチルヘキサン酸および3-アミノメチル-5-メチルヘキサン酸である。」(2頁13行〜33行) c 「発明の詳述本発明は,上記式Iの化合物の上に掲げた痛みの処置における鎮痛剤としての使用方法である。痛みにはとくに炎症性疼痛,神経障害の痛み,癌の痛み,術後疼痛,および原因不明の痛みである特発性疼痛たとえば幻想肢痛が包含される。神経障害性の痛みは末梢知覚神経の傷害または感染によって起こる。これには以下に限定されるものではないが,末梢神経の外傷,ヘルペスウイルス感染,糖尿病,カウザルギー,神経叢捻除,神経腫,四肢切断,および血管炎からの痛みが包含される。神経障害性の痛みはまた,慢性アルコール症,ヒト免疫不全ウイルス感染,甲状腺機能低下症,尿毒症またはビタミン欠乏からの神経障害によっても起こる。神経障害性の痛みには,神経傷害によって起こる痛みに限らず,たとえば糖尿病による痛み も包含される。
上に掲げた状態が,現在市場にある鎮痛剤たとえば麻薬性鎮痛剤または非ステロイド性抗炎症薬(NSAID)では,不十分な効果または副作用からの限界により不完全な処置しか行われていないことは周知である。」(3頁44行〜4頁6行) d 「ラットホルマリン足蹠試験におけるギャバペンチン,CI-1008,および3-アミノメチル-5-メチル-ヘキサン酸の効果雄性Sprague-Dawleyラット(70〜90g)を試験前に少なくとも15分間パースペックスの観察チャンバー(24cm×24cm×24cm)に馴化させた。ホルマリン誘発後肢リッキングおよびバイティングを5%ホルマリン溶液(等張性食塩溶液中5%ホルムアルデヒド)50μlの左後肢の足蹠表面への皮下注射によって開始させた。ホルマリンの注射直後から,注射した後肢のリッキング/バイティングを60分間5分毎に評価した。結果はリッキング/バイティングを合わせた平均時間として初期相(0〜10分)および後期相(10〜45分)について示す。
ギャバペンチン(10〜300mg/kg)またはCI-1008(1〜100mg/kg)のホルマリン投与1時間前の皮下投与は,ホルマリン応答の後期相におけるリッキング/バイティング行動を,それぞれ最小有効用量(MED)30および10mg/kgで用量依存性にブロックした(図1)。しかしながら,いずれの化合物も試験した用量では初期相には影響しなかった。3-アミノメチル-5-メチル-ヘキサン酸の同様の投与は100mg/kgで後期相の中等度のブロックを生じたのみであった。」(5頁47行〜6頁10行) e 「ギャバペンチンおよびCI-1008のカラゲニン誘発痛覚過敏に対する効果試験日にラット(雄性Sprague-Dawley70〜90g)に2〜3のベースライン測定を行ったのち,2%カラゲニン100μlを右後肢の足蹠表面に皮下注射した。痛覚過敏のピークの発症後,動物に試験薬物を投与した。機械的およ び熱的痛覚過敏に対する試験には別個の動物群を使用した。
A.機械的痛覚過敏侵害受容圧閾値を,ラット足蹠加圧試験により鎮痛計(Ugo Basile)を用いて測定した。足蹠への傷害を防止するため,250gのカットオフ点を使用した。カラゲニンの足蹠内注射は注射後3〜5時間の間侵害受容圧閾値を低下させ,痛覚過敏の誘発を示した。モルヒネ(3mg/kg,皮下)は痛覚過敏の完全なブロックを生じた(図2)。ギャバペンチン(3〜300mg/kg,皮下)およびCI-1008(1〜100mg/kg,皮下)は用量依存性に痛覚過敏に拮抗し,MEDはそれぞれ10および3mg/kgであった(図2)。
B.熱痛覚過敏ベースライン足蹠回避潜時(PWL)を各ラットについてHargreavesモデルを用いて測定した。上述のようにカラゲニンを注射した。カラゲニン投与2時間後に,動物を熱痛覚過敏について試験した。ギャバペンチン(10〜100mg/kg)またはCI-1008(1〜30mg/kg)は,カラゲニン投与後2.5時間に皮下に投与し,PWLをカラゲニン投与3および4時間後に再評価した。
カラゲニンは注射後2,3および4時間に足蹠回避潜時の有意な低下を誘発し,熱痛覚過敏の誘発を示した(図3)。ギャバペンチンおよびCI-1008は用量依存性に痛覚過敏に拮抗し,MEDは30および3mg/kgを示した(図3)。
これらのデータはギャバペンチンおよびCI-1008が炎症性疼痛の処置に有効であることを示す。」(6頁11行〜32行) f 「Bennet G.J.のアッセイはヒトに認められるのと類似の疼痛感覚の障害を生じるラットにおける末梢性単発神経障害の動物モデルを提供する(Pain,1988;33:87-107)。
Kim S.H.らのアッセイは,ラットにおける分節脊椎神経の結紮によって生じる末梢神経障害の一つの実験モデルを提供する(Pain,1990;50:355-363)。」(6頁33行〜36行) g 「術後疼痛のラットモデルも報告されている(Brennanら,1996)。それには,後肢足蹠面の皮膚,筋膜および筋肉の切開が包含される。これは数日間続く再現可能かつ定量可能な機械的痛覚過敏の誘発を招く。このモデルはヒトの術後疼痛状態にある種の類似性を示す。本研究においては,本発明者らは術後疼痛のこのモデルでギャバペンチンおよびS-(+)-3-イソブチルギャバの活性を調べ,モルヒネの場合と比較した。
方法Bantin and Kingmen(Hull,U.K.)から入手した雄性Sprague-Dawleyラット(250〜300g)をすべての実験に使用した。手術の前に動物は6匹の群として飼育ケージに入れ,12時間明暗サイクル(07時00分に点灯)下に置いて飼料および水は自由に与えた。動物は手術後,同じ条件下に,空気を含んだセルロースから構成される“Aqua-sorb”床(Beta Medical and Scientific,Sale,U.K.)上に対で収容した。すべての実験は薬物処置に盲検とした観察者により行われた。
手術動物は2%イソフルオランおよび1.4O 2 /NO2 混合物で麻酔し,鼻円錐により手術中を通じて麻酔下に維持した。右後肢足蹠表面を50%エタノールで準備して踵の端から0.5cmに開始し足指の方向に皮膚および筋膜を通して1-cm縦に切開した。足蹠の筋肉は鉗子によって持ち上げ縦に切開した。傷口を編んだ絹の縫合糸によりFST-02の針を用いて2個所で閉じた。傷口の部位はテラマイシンスプレーおよびオーロマイシン末で被覆した。手術後,すべての動物において感染の徴候は認められず,創傷は24時間後には良好に治癒した。縫合糸は48時間後に抜糸した。
熱痛覚過敏の評価熱痛覚過敏はラット足蹠試験(Ugo Basile,Italy)を用い,Ha rgreavesらの方法(1988)の改良法に従い評価した。ラットは上方に傾斜したガラステーブル上3個の個々のパースペックスの箱からなる装置に順化させた。テーブルの下に可動性放射熱源を置き,後肢足蹠に焦点を合わせ足蹠回避潜時(PWL)を記録した。組織の傷害を回避するため,自動カットオフ点を22.5秒に設定した。各動物の両後肢について2〜3回PWLを測定し,その平均を左右後肢のベースラインとした。装置は約10秒のPWLが得られるように検量した。
PWL(秒)は上述のプロトコールに従い術後2,24,48および72時間に再評価した。
接触異痛の評価接触異痛はシーメンス・ワインシュタイン・フォン・フライの毛(Stoelting,Illinois,USA)を用いて測定した。動物は,針金の網の底のケージに収容して,足蹠に接触できるようにした。動物は実験の開始前に,この環境に順化させた。接触異痛試験は動物の後肢の足蹠表面に,順次力を増大させて(0.7,1.2,1.5,2,3.6,5.5,8.5,11.8,15.1,および29g)フライの毛で触れ,後肢の回避が誘発されるまで試験した。フライの毛はそれぞれ6秒間または反応が起こるまで後肢に適用した。回避反応が確立されたならば,後肢を次に下降するフライの毛で試験を始めて反応が起こらなくなるまで再試験した。したがって,後肢を上げて反応が誘発される最高の力29gがカットオフ点となった。各動物を,この様式で両後肢について試験した。反応が誘発されるのに必要な最低の力量を回避閾値としてグラムで記録した。化合物を手術前に投与する場合には,接触痛覚過敏,接触異痛および熱痛覚過敏に対する薬物効果の試験に同一の動物を使用し,各動物について熱痛覚過敏試験の1時間後に接触異痛の試験を行った。術後にS-(+)-3-イソブチルギャバを投与する場合には,接触異痛および熱痛覚過敏の検査に別個の群の動物を使用した。
統計熱痛覚過敏試験で得られたデータは一元(分散分析)ANOVAに付し,ついでD unnett‘s t-検定を実施した。フライの毛で得られた接触異痛の結果は個別のMann Whitney t-検定に付した。
結果ラット足蹠筋肉の切開は熱痛覚過敏および接触異痛を生じた。いずれの侵害受容反応も手術後1時間以内にピークに達し,3日間維持された。実験期間中,動物はすべて良好な健康状態を維持した。
手術前に投与したギャバペンチン,S-(+)-3-イソブチルギャバおよびモルヒネの熱痛覚過敏に対する効果手術1時間前におけるギャバペンチンの単回用量投与(3〜30mg/kg,皮下)は,用量依存性に熱痛覚過敏の発生を遮断し,MEDは30mg/kgであった(図4b)。最大用量のギャバペンチン30mg/kgは痛覚過敏の反応を24時間防止した(図4b)。S-(+)-3-イソブチルギャバを同様に投与した場合も用量依存性(3〜30mg/kg,皮下)に熱痛覚過敏の発生が遮断され,MEDは30mg/kgであった(図4c)。30mg/kg用量のS-(+)-3-イソブチルギャバは3日まで有効であった(図4c)。手術0.5時間前のモルヒネの投与は,用量依存性(1〜6mg/kg,皮下)は熱痛覚過敏の発生に拮抗し,MEDは1mg/kgであった(図4a)。この作用は24時間維持された(図4a)。
手術前に投与したギャバペンチン,S-(+)-3-イソブチルギャバおよびモルヒネの接触異痛に対する効果接触異痛の発生に対する薬物の効果は上述の熱痛覚過敏に用いたのと同じ動物で測定した。熱痛覚過敏試験と接触異痛試験の間には1時間の間隔を置いた。ギャバペンチンは,用量依存性に接触異痛の発生を防止し,MEDは10mg/kgであった。ギャバペンチン10および30mg/kgの用量はそれぞれ25および49時間有効であった(図5b)。S-(+)-3-イソブチルギャバも同様に用量依存性(3〜30mg/kg)に接触異痛の発生を遮断し,MEDは10mg/kgで あった(図5c)。この侵害受容応答の遮断は30mg/kg用量のS-(+)-3-イソブチルギャバにより3日間維持された(図5c)。これに反して,モルヒネ(1〜6mg/kg)は,6mg/kgの最大用量で術後3時間,接触異痛の発生を防止したのみであった(図5a)。
手術1時間後に投与したS-(+)-3-イソブチルギャバの接触異痛および熱痛覚過敏に対する効果接触異痛および熱痛覚過敏はすべての動物で1時間以内にピークに達し,以後5〜6時間維持された。30mg/kgのS-(+)-3-イソブチルギャバの手術1時間後における皮下投与は接触異痛および熱痛覚過敏の維持を3〜4時間ブロックした。この時間後に,侵害受容の両応答はいずれも対照レベルに復し,これは抗熱痛覚過敏および抗接触異痛作用の消失を示す(図6)。
ギャバペンチンおよびS-(+)-3-イソブチルギャバは,すべての実験で試験された最大用量まで,対側後肢の熱痛覚過敏試験または接触異痛評点におけるPWLに影響しなかった。これに反して,モルヒネ(6mg/kg,皮下)は熱痛覚過敏試験おける対側後肢のPWLを増大させた(データは示していない)。
ここに掲げた結果はラット足蹠筋肉の切開は少なくとも3時間続く熱痛覚過敏および接触異痛を誘発することを示している。本試験の主要な所見は,ギャバペンチンおよびS-(+)-3-イソブチルギャバがいずれの侵害受容反応の遮断に対しても等しく有効なことである。これに反し,モルヒネは接触異痛よりも熱痛覚過敏に有効であることが見出された。さらに,S-(+)-3-イソブチルギャバは接触異痛および熱痛覚過敏の誘発および維持を完全に遮断した。」(6頁37行〜8頁23行)(イ) 検討 a(a) 前記(ア)bのとおり,本件明細書には,発明の概要として,本件化合物2が使用される疼痛性障害の中に神経障害及び線維筋痛症が含まれる旨の記載があるが,この部分には,本件化合物2が神経障害又は線維筋痛症による痛覚過敏又は 接触異痛の痛みの処置において効果を奏する旨の記載はない(なお,本件化合物2が使用される疼痛性障害の中に神経障害及び線維筋痛症が含まれるとの一般的な記載があっても,そのことから,本件化合物2が神経障害又は線維筋痛症による痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置において効果を奏すると解することはできない。)。
(b) 前記(ア)cのとおり,本件明細書には,発明の詳述として,本件化合物2が鎮痛剤として使用される対象の痛みに神経障害の痛みが含まれる旨の記載があるが,この部分にも,本件化合物2が神経障害又は線維筋痛症による痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置において効果を奏する旨の記載はない。
(c) 前記(ア)dのとおり,本件明細書には,ホルマリン試験に関し,本件化合物2がホルマリン試験の後期相において効果を奏し,初期相においては影響がなかった旨の記載があるが,この部分にも,本件化合物2が神経障害又は線維筋痛症による痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置において効果を奏する旨の記載はない。
(d) 前記(ア)eのとおり,本件明細書には,カラゲニン試験に関し,本件化合物2が機械的痛覚過敏及び熱痛覚過敏の痛みに対して効果を奏した旨の記載があるが,この部分にも,本件化合物2が神経障害又は線維筋痛症による痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置において効果を奏する旨の記載はない(なお,本件明細書の当該部分には,本件化合物2が「炎症性疼痛」の処置に有効であることを示す旨の記載がある。)。
(e) 前記(ア)gのとおり,本件明細書には,術後疼痛試験に関し,本件化合物2が熱痛覚過敏及び接触異痛の痛みに対して効果を奏した旨の記載があるが,この部分にも,本件化合物2が神経障害又は線維筋痛症による痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置において効果を奏する旨の記載はない。
(f) その他,本件明細書及び図面には,本件化合物2が神経障害又は線維筋痛症による痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置において効果を奏する旨の記載がないから,本件明細書及び図面には,その旨の明示の記載がないと認めるのが相当である。
b この点に関し,原告は,本件明細書には,ホルマリン試験において中枢性感作及びこれによる痛覚過敏や接触異痛の痛みを反映する後期相に対する本件化合物2の効果が確かめられている旨,カラゲニン試験において痛覚過敏の痛みに対する本件化合物2の効果が確かめられている旨並びに術後疼痛試験において痛覚過敏及び接触異痛の痛みに対する本件化合物2の効果が確かめられている旨の記載があるから,本件明細書には,本件化合物2を痛覚過敏や接触異痛の痛みに対して用いることも,神経障害性疼痛や線維筋痛症に対して用いることも明示されていると主張する。
しかしながら,ホルマリン試験の後期相が中枢性感作及びこれによる痛覚過敏や接触異痛の痛みを反映するものであることが本件出願日当時の技術常識であったとの原告の主張が認められないことは,後記イ(ア)bにおいて説示するとおりであるし,前記a(c)ないし(e)において説示したところに照らすと,ホルマリン試験,カラゲニン試験及び術後疼痛試験の結果に係る記載を考慮しても,本件化合物2が神経障害又は線維筋痛症による痛覚過敏又は線維筋痛症の痛みの処置において効果を奏することが本件明細書又は図面に明示されていると認めることはできない。原告の上記主張は,採用することができない。
イ 本件化合物2が「神経障害又は線維筋痛症による,痛覚過敏又は接触異痛の痛み」の処置において効果を奏することが本件明細書又は図面に記載されているに等しいと本件出願日当時の当業者が理解したといえるかについて (ア) 原告が主張する本件出願日当時の技術常識の存否について 原告は,本件化合物2が「神経障害又は線維筋痛症による,痛覚過敏又は接触異痛の痛み」の処置において効果を奏することが本件明細書に明記されていないとしても,本件出願日当時の技術常識に照らせば,これが記載されているに等しいと当業者は理解したといえるとして,様々な技術常識の存在について主張し,また,これを認定しなかった本件審決が誤りであると主張するので,以下,原告が主張する技術常識の存否について順次検討する。
a(a) 原告は,痛覚過敏や接触異痛の痛みはその原因にかかわらず共通して抹消や中枢の神経細胞の感作によって引き起こされる神経の機能異常により生じることが本件出願日当時の技術常識であったと主張する。
(b) 甲 2 の 文 献 ( IASP PRESS 発 行 の 「 CLASSIFICATION OF CHRONIC PAINDESCRIPTIONS OF CHRONIC PAIN SYNDROMES AND DEFINITIONS OF PAIN TERMS SecondEdition 」 ( 1 9 9 4 年 ) に 掲 載 さ れ た 「 PAIN TERMS A CURRENT LIST WITHDEFINITIONS AND NOTES ON USAGE」(Harold Merskey ら著))には,次の記載がある。
「現在の証拠は,痛覚過敏が末梢若しくは中枢の感作又はその両方を伴う侵害受容系の混乱の結果であることを示唆している。」 しかしながら,上記記載によっても,「末梢又は中枢の感作」そのものが痛覚過敏の痛みの発症メカニズムであると理解することはできないし,また,発症の原因を異にする痛覚過敏の痛みのいずれにおいても「末梢若しくは中枢の感作又はその両方を伴う侵害受容系の混乱」が生じ,それが発症の原因を異にする全ての痛覚過敏の痛みの発症メカニズムであるとまで理解することはできない(なお,上記記載は,「…示唆している(「suggests」)」との語を用いており,痛覚過敏の痛みが末梢若しくは中枢の感作又はその両方を伴う侵害受容系の混乱の結果であると断定するものではない。)。
(c) 甲39の文献(Elsevier Science Publishers 発行の「Pain, 44」(1991年)に掲載された「The induction and maintenance of central sensitizationis dependent on N-methyl-D-aspartic acid receptor activation; implicationsfor the treatment of post-injury pain hypersensitivity states」(CliffordJ. Woolf ら著))には,次の記載がある。
i 「中枢性感作は,ヒトにおける損傷後疼痛過敏状態の原因となる可能性がある…。」 ii 「末梢組織の損傷に続いて生じる痛覚過敏は,損傷付近の一次求心性侵害受 容器の感受性の増大(末梢性感作)及び脊髄におけるニューロンの興奮性の増大(中枢性感作)の結果生じる。中枢性感作は,侵害受容の求心性入力によって引き起こされ,閾値の長期的減少,範囲の拡大,後角ニューロンの皮膚受容野の応答性の増大となって現れる。」 しかしながら,上記記載によると,末梢組織の損傷に続いて生じる痛覚過敏の痛みが末梢性感作及び中枢性感作の結果生じるとの知見を読み取ることができるのみで,上記記載によっても,末梢性感作及び中枢性感作が発症の原因を異にする全ての痛覚過敏の痛みの発症メカニズムであると理解することはできない(なお,上記のとおり,甲39の文献には,「…可能性がある」との記載がみられる。)。
(d) 原告は,上記(b)及び(c)のほか,甲6の文献(Little Brown and Company発行の「The Massachusetts General Hospital Handbook of Pain Management」(1996年),甲12の文献(W.B. SAUNDERS COMPANY 発行の「InterventionalPain Management」(1996年)に掲載された「Pharmacology of the PainProcessing System 」 ( Tony L. Yaksh 著 ) ) , 甲 2 6 の 文 献 ( ScandinavianUniversity Press 発行の「Scand J Rheumatol」(1995年)に掲載された「 Pain Analysis in Patients with Fibromyalgia Effects of intravenousmorphine, lidocaine, and ketamine」(J. Sorensen ら著)),甲41の文献( Oxford University Press 発 行 の 「 Brain 」 ( 1 9 9 4 年 ) に 掲 載 さ れ た「Nociceptor modulated central sensitization causes mechanical hyperalgesiain acute chemogenic and chronic neuropathic pain」(Martin Koltzenburg ら著)),甲42の文献(Elsevier Science Publishers 発行の「Pain, 56」(1994年)に掲載された「Response of chronic neuropathic pain syndromes toketamine: a preliminary study」(Miroslav Backonja ら著)),甲46の文献(Elsevier Science Publishers 発行の「Brain Research, 518」(1990年)に掲載された「Evidence for spinal N-methyl-D-aspartate receptor involvementin prolonged chemical nociception in the rat」(Jane E. Haley ら著)),甲 55の文献(Elsevier Science Publishers 発行の「Pain, 61」(1995年)に掲 載 さ れ た 「 Continuous subcutaneous administration of the N-methyl-D-aspartic acid (NMDA) receptor antagonist ketamine in the treatment of post-herpetic neuralgia」(Per Kristian Eide ら著)),甲59の文献(ElsevierScience Publishers 発行の「Pain, 63」(1995年)に掲載された「Effects ofintravenous ketamine, alfentanil, or placebo on pain, pinprick hyperalgesia,and allodynia produced by intradermal capsaicin in human subjects」(KarenM. Park ら著)),甲88の1及び2の文献(Elsevier Science Publishers 発行の「Pain, 64」(1996年)に掲載された「Characterization of a rat modelof incisional pain 」 ( Timothy J. Brennan ら 著 ) ) , 甲 1 3 3 の 文 献( 「 British Journal of Anaesthesia 」 ( 1 9 9 2 年 ) に 掲 載 さ れ た 「 PAINSENSATION AND NOCICEPTIVE REFLEX EXCITABILITY IN SURGICAL PATIENTS AND HUMANVOLUNTEERS」(J. B. DAHL ら著)),甲134の文献(Oxford University Press発行の「Brain」(1992年)に掲載された「THE PLASTICITY OF CUTANEOUSHYPERALGESIA DURING SYMPATHETIC GANGLION BLOCKADE IN PATIENTS WITHNEUROPATHIC PAIN」(ROLF-DETLEF TREEDE ら著))及び甲161の文献(ElsevierScience Publishers 発行の「Brain Research 666」(1994年)に掲載された「Research report Descending modulation of central neural plasticity in theformalin pain test」(Anthony L. Vaccarino ら著))をも根拠に,上記(a)の技術常識が本件出願日当時に存在したと主張する。
しかしながら,これらの文献には,発症の原因を異にする痛覚過敏及び接触異痛の痛みの全てについて,具体的に抹消や中枢の神経細胞にどのような共通の変化等が生じ,これに薬剤がどのような共通の作用を及ぼし得るのかなどについての具体的かつ説得的な記載はみられず,これらの文献によっても,発症の原因を異にするあらゆる痛覚過敏や接触異痛の痛みがその原因にかかわらず共通して末梢や中枢の神経細胞の感作によって引き起こされる神経の機能異常により生じるものと本件出 願日当時の当業者が認識していたとはいえない。
(e) かえって,甲4の文献(株式会社金芳堂発行の「病態生理よりみた内科学」(平成8年)(内野治人編著)),甲5の文献(株式会社朝倉書店発行の「最新脳神経外科学」(平成8年)(坪川孝志ら編))及び甲6の文献(前掲)には,次の記載がある。
i 「このような病的な痛みは,しばしば慢性疼痛となる。これらの慢性疼痛は極めて多彩な特徴を持ち,その基礎となる病態生理に著しい差異があることを示す。
これらを大別すると,侵害受容性(nociceptive),神経障害性(neuropathic),心因性(psycogenic)の3つの異なった疼痛機序が考えられる。」(甲4) ii 「生理的な感覚としての痛みは,生体にとって有害刺激(noxious stimuli)により痛覚求心系が興奮し,痛みとして認知される原始的で,かつ生体にとって警告的な感覚である。感覚としての痛みと比較して,病的な痛みは現象的にみて,不快,不安,苦悩,恐怖などの情動変動が激しい点で異なっている。しかし,病的な痛みのうちには,感覚としての痛みの認知と同様の機序によって発生するものがある。痛覚レセプターへの病的刺激量の増大による侵害受容性疼痛(noxious pain)と痛覚求心神経を病変によって刺激する神経性疼痛(neurogenic pain)とがある。
これらを一括して病変による刺激過剰による病的痛みで,過剰刺激性疼痛(excesspain)と言われるものである。そのほかに,病的痛みとして重要なものは,末梢神経から大脳知覚領野までの生理的痛覚認知経路を遮断した後で発生するもので,痛覚障害を認める部位に対応して激しい痛みが発生することがある。除神経性疼痛(deafferentation pain)といわれ,脳神経外科領域で対処すべき痛みのなかで最も一般的なものである。… b.病的痛みの発生機序 病的な痛みを発生機序よりみると,炎症や組織損傷による感覚レセプターを異常に刺激することにより,感覚求心系を激しく興奮させる侵害受容性疼痛(nociceptive pain),神経痛などに認められる感覚求心系,とくに末梢神経での 圧迫や絞扼によって発生する神経性疼痛(neurogenic pain)がある。さらにそのほかに痛覚求心系が末梢神経で遮断された後に発生する末梢神経除 神経性疼痛(peripheral deafferentation pain)と痛覚求心系が中枢神経内で遮断される中枢神経除神経性疼痛(central deafferentation pain)に分類される。
(1) 侵害受容性疼痛 組織損傷による機械的な侵害レセプターへの過剰刺激や炎症による内因性発痛物質や発痛増強物質がレセプターを刺激することにより発生する痛みが侵害受容性疼痛である。この侵害レセプターの過剰な興奮が,感覚求心系を興奮させて,情動反応を伴う痛みとなる。したがって,刺激となる組織障害に対処し,抗炎症療法を施行し,それらが効果をみる前には,モルフィンなどの鎮痛薬で対処することが可能である。
(2) 神経性疼痛 神経性疼痛は,末梢神経に対する圧迫や絞扼によって発生するもので,脱髄や虚血のために異常知覚が発生したり,細系線維と太系線維との間でエファプス伝達(ephatic transmission)が発生したり,細系線維に過剰興奮を惹起させたりして,脊髄後角へ有害刺激の信号を大量に送り込み,脊髄視床路を介して,激しい痛みとして確認されるわけである。
その代表的な疾患は特発性三叉神経痛(tic douloureux),椎間板ヘルニアによる疼痛などがあげられる。三叉神経や脊髄後角が中枢神経系へ入る部分では,髄鞘がミエリン鞘から,グリア細胞性の鞘に移行する部分にあたり,この部分での絞扼や圧迫は簡単に脱髄に陥り,線維間の短路伝達(ephatic conduction)を誘発し,触刺激などの非侵害性刺激によっても,Aδ・C線維が興奮し,中枢神経内での生理的痛覚系を異常興奮させて,激しい痛みとして感じられることになる。
(3) 除神経性疼痛 末梢神経から大脳皮質知覚野までの新脊髄視床路-視床皮質路が病変や障害によって遮断されると,その遮断された神経経路に一致する末梢部での痛覚障害が発生 する。遮断発生後一定の期間を経ると,その痛覚障害部を中心に激しい痛みが発生する。それを除神経性疼痛といい,その遮断部が末梢神経にあるとき,末梢性除神経性疼痛といい,中枢神経内で遮断されている場合,中枢性除神経性疼痛という。」(甲5)iii 「痛みのタイプ(定義)侵害受容性-侵害受容器の活性化によって発生する痛み。侵害受容器は,中枢神経系を除く全ての組織に存在する。痛みは,皮膚や内臓の求心性神経線維の化学的,熱的又は機械的な活性化の程度と臨床的に比例し,急性又は慢性である(体性痛,癌性疼痛,術後疼痛)。
神経障害性-末梢又は中枢の痛みの経路に対する損傷に起因する痛み。進行中の疾病がなくても痛みが持続する(例えば,糖尿病性神経障害)。
カウザルギー,反射交感神経ジストロフィー又は交感神経依存性疼痛-末梢神経損傷に起因し,アロディニア,痛覚過敏,灼熱感及び血管運動性変化,そして発汗を含む交感神経系の機能亢進の証拠をしばしば伴う。
求心路遮断性-中枢神経系の痛みの経路(末梢又は中枢の)に対する求心性入力が喪失する結果生じる慢性疼痛(例えば,神経捻除や脊髄損傷)。
神経痛-神経分布における神経障害や刺激に伴う電撃痛(例えば,三叉神経痛)。
神経根障害-神経根の圧迫や分断により生じる痛み(例えば,椎間板疾患)。
中枢性-通常,脊髄視床皮質経路を含む中枢神経系での障害により生じる痛み(例えば,視床梗塞)。
心因性-神経系の解剖学的分布と一致しない痛み。しばしば,十分な検索を行っても,痛みを説明する器質的障害を認めない。」(甲6) これらの記載からすると,慢性疼痛とも呼ばれる病的な痛みは,侵害受容性疼痛(痛覚レセプターへの病的刺激量の増大による過剰な侵害刺激の受容を伴う痛み),神経障害性疼痛(神経を病変によって刺激する神経自体の障害を原因とする疼痛),心因性疼痛等に分類されるところ,これらは,極めて多彩な特徴を持ち,その基礎 となる病態生理にも著しい差異があり,その発生機序も異なることが,本件出願日当時の技術常識であったものと認められるというべきである。
(f) また,甲11の文献(株式会社南雲堂発行の「ペインクリニック療法の実際-痛みをもつ患者への集学的アプローチ-」(平成8年)(十時忠秀ら編))には,「同じ chronic pain といっても,組織の炎症による痛みと神経損傷による痛みでは,Fos 発現のパターンは異なるようである。」との記載,すなわち,原因を異にする慢性疼痛においては,脊髄後角ニューロンにおける遺伝子の発現パターンに違いがある旨の記載があるのであって,本件出願日当時,原因を異にする痛覚過敏や接触異痛の痛みについては,生理的な痛みの認知と同様に,異なる機序で痛みが発現すると考えられていたことがうかがわれる。
(g) 以上によると,本件出願日当時,痛覚過敏や接触異痛の痛みがその原因にかかわらず共通して抹消や中枢の神経細胞の感作によって引き起こされる神経の機能異常により生じるということが当業者の技術常識であったと認めることはできず,その他,そのような技術常識が存在したものと認めるに足りる的確な証拠はない(なお,本件明細書及び図面にも,痛覚過敏や接触異痛の痛みが末梢や中枢の神経細胞の感作によって引き起こされる旨の記載はない。)。
b(a) 原告は,ホルマリン試験の後期相は中枢の神経細胞の感作を反映したものであり,ホルマリン試験は痛覚過敏及び接触異痛の痛みに対する薬剤の効果を確認するための試験であることが本件出願日当時の技術常識であったと主張する。
(b) 甲45の文献(Elsevier Science Publishers 発行の「Pain, 51」(1992年)に掲載された「Review Article The formalin test: an evaluation of themethod」(Arne Tjolsen ら著))には,次の記載がある。
i 「ホルマリンへの応答は,初期相と後期相を示す。初期相は,主に末梢刺激によるC-線維活性化によって引き起こされるように思われるが,後期相は,末梢組織における炎症反応と脊髄後角の機能的変化の組合せに依存するように思われる。」 ii 「結論として,ホルマリン試験は,侵害受容を研究するために利用可能な一連の方法への価値ある追加である。」 iii 「第2相は,末梢の炎症と中枢プロセスの変化に依存する。」 (c) 甲43の文献(Elsevier/North-Holland Biomedical Press 発行の「Pain,4」(1977年)に掲載された「THE FORMALIN TEST: A QUANTITATIVE STUDY OFTHE ANALGESIC EFFECTS OF MORPHINE, MEPERIDINE, AND BRAIN STEM STIMULATIONIN RATS AND CATS」(DAVID DUBUISSON ら著))には,次の記載がある。
「要するに,ホルマリンテストは,…疼痛の閾値を測定するものではないけれども,むしろ比較的長く続く疼痛刺激に対する行動的反応を定量化するものである。
したがって,これは,実際の病的な状態において見られるような痛みに類似している。このテストは,それ故に,疼痛を評価するために現在利用可能な方法への価値ある追加である。」 (d) 甲46の文献(前掲)には,次の記載がある。
i 「ホルマリンによって生成される求心性集中砲火は,比較的短いタイムスパンでNMDA介在性の中枢性活性を誘発し,この誘発された活性が長期間の痛みの状態における侵害受容とその調節の変化の一つの基礎となっている可能性があると思われる。」 ii 「ホルマリンの皮下注射は,短時間持続する一過性の活性を生み出すことが示されてきており,侵害受容の長引く持続期がこの後に発生し,これは,様々な種における行動学的研究によって評価されており,持続した侵害刺激の有用なモデルであると考えられる。」 (e) 甲47の文献(「The Journal of Neuroscience, September 1992」(1992年)に掲載された「The Contribution of Excitatory Amino Acids to CentralSensitization and Persistent Nociception after Formalin-induced TissueInjury」(Terence J. Coderre ら著))には,次の記載がある。
i 「ラットにおける組織損傷に反応した中枢の感作と持続性侵害受容の発生へ の興奮性アミノ酸の寄与が後肢へのホルマリンの皮下注射後に調べられた。」 ii 「我々は,以前,損傷に誘導される中枢性感作の行動モデルとして,ホルマリン試験を用いた。」 iii 「リドカイン又は μ-オピオイドDAMGOのいずれかのくも膜下腔投与が,ホルマリン試験の第1相の直後ではなく,前に投与されれば,皮下ホルマリンに対する行動反応及び後角ニューロン反応を阻害することが証明された。これは,ホルマリン応答の初期相の間に生じた神経作用が中枢神経系の機能の変化(すなわち,中枢性感作)を引き起こし,それが次いで後期相の間の処理に影響することをもたらし得ることを示唆する。」 (f) 甲48の文献(Elsevier Science Ireland Ltd.発行の「NeuroscienceLetters 208」(1996年)に掲載された「Formalin induces biphasic activityin C-fibers in the rat」(W.D. McCall ら著))には,次の記載がある。
i 「ホルマリン誘発性の行動の第1相は,ホルマリン誘発性のC線維の一次求心性侵害受容器の活性化を反映しており,第2相は,第1相の間の一次求心性インプットの初期の集中砲火により後角ニューロンが感作(中枢性感作)した結果か,炎症に誘発された一次求心性侵害受容器の活性化の結果か,又はその両方の組合せであるとの仮説が立てられてきた。ホルマリンに対する行動反応の第2相への末梢性侵害受容作用の寄与については,議論が引き起こされている。」 ii 「総合すれば,これらのデータは,一次求心性作用が第2相の侵害受容行動の発現に必要とされること及び中枢性感作が第2相の単独の根拠ではないことを示唆している。」 (g) 甲49の文献(「The Journal of Neuroscience, September 1992」(1992年)に掲載された「The Role of NMDA Receptor-operated Calcium Channelsin Persistent Nociception after Formalin-induced Tissue Injury」(TerenceJ. Coderre ら著))には,次の記載がある。
i 「ラットにおける組織損傷に対する応答である中枢性感作及び持続性侵害受 容への細胞内カルシウムの貢献が,後肢へのホルマリンの皮下注射の後に調べられた。」 ii 「ホルマリン損傷により誘発された組織損傷後の中枢性感作及び持続性侵害受容は,主にNMDA受容体作動性(比較的程度は低いが電位依存性の)カルシウムチャネルを介したカルシウム流入に依存することを示す。」 (h) 甲51の文献(European Neuroscience Association 発行の「EuropeanJournal of Neuroscience, vol. 6」(1994年)に掲載された「IntracellularMessengers Contributing to Persistent Nociception and Hyperalgesia Inducedby L-Glutamate and Substance P in the Rat Formalin Pain Model」(Terence J.Coderre ら著))には,次の記載がある。
「この結果は,ホルマリン損傷により誘発された組織損傷後の中枢性感作及び持続性侵害受容並びにL-グルタミン酸及びサブスタンスPにより引き起こされたホルマリン試験における痛覚過敏は,細胞内メッセンジャーである一酸化窒素,アラキドン酸及びプロテインカイネースCに依存することを示す。」 (i) 上記(b)ないし(h)の各文献の記載によると,本件出願日当時,ホルマリン試験の後期相を中枢の神経細胞の感作(中枢性感作)を反映するものと捉える知見が存在したことがうかがわれるものの,ホルマリン試験の後期相は,それにとどまらず,持続する侵害刺激の受容を研究するために有用なモデルとして考えられていたとも認められるから,これらの文献によっても,原告が主張するようにホルマリン試験の後期相が専ら中枢性感作を反映したものであると本件出願日当時の当業者が認識していたと認めることはできない。
また,前記aにおいて説示したとおり,痛覚過敏や接触異痛の痛みがその原因にかかわらず共通して末梢や中枢の神経細胞の感作によって引き起こされる神経の機能異常により生じるとの技術常識は,本件出願日当時に存在しなかったから,ホルマリン試験の後期相に中枢性感作を反映する面がみられるとしても,これをもって,本件出願日当時,ホルマリン試験が原因を異にするあらゆる痛覚過敏や接触異痛の 痛みに対する薬剤の効果を確認するための試験であったと認めることはできない。
以上のとおりであるから,本件出願日当時,ホルマリン試験の後期相が専ら中枢性感作を反映したものであることや,ホルマリン試験が痛覚過敏及び接触異痛の痛みに対する薬剤の効果を確認するための試験であることが当業者の技術常識であったと認めることはできず,その他,そのような技術常識を認めるに足りる的確な証拠はない。
c(a) 原告は,カラゲニン試験及び術後疼痛試験により神経障害性疼痛や線維筋痛症による痛覚過敏や接触異痛の痛みに対する薬剤の効果を確かめられることは本件出願日当時の技術常識であったと主張する。
(b) しかしながら,前記aにおいて説示したとおり,本件出願日当時,痛覚過敏や接触異痛の痛みがその原因にかかわらず共通して抹消や中枢の神経細胞の感作によって引き起こされる神経の機能異常により生じるということが当業者の技術常識であったと認めることはできないから,上記共通性(神経細胞の感作)を根拠に,カラゲニン試験及び術後疼痛試験において薬剤が示した効果をあらゆる痛覚過敏及び接触異痛の痛みの処置に一般化できるものではない。そうすると,本件出願日当時の当業者は,本件化合物2がカラゲニン試験や術後疼痛試験において効果を奏した旨の本件明細書の記載に触れても,そのことから,本件化合物2が原因を異にするあらゆる痛覚過敏及び接触異痛の痛みの処置においても当然に効果を奏すると理解することはできないといわざるを得ない。
(c) また,本件明細書の記載(前記ア(ア)e)によると,カラゲニン試験は,ラットの後肢の足蹠表面にカラゲニンを皮下注射して炎症性疼痛を生じさせる試験であり(なお,甲44の文献(Elsevier 発行の「Pain, 32」(1988年)に掲載された「A new and sensitive method for measuring thermal nociception incutaneous hyperalgesia」(K. Hargreaves ら著)),甲56の文献(ElsevierScience Publishers 発行の「European Journal of Pharmacology, 194」(1991年)に掲載された「Spinal opioid analgesic effects are enhanced in a model of unilateral inflammation / hyperalgesia: possible involvement ofnoradrenergic mechanisms」(Janice L.K. Hylden ら著))及び甲57の文献(Elsevier Science Publishers 発行の「Pain, 50」(1992年)に掲載された「Alterations in neuronal excitability and the potency of spinal mu, deltaand kappa opioids after carrageenan-induced inflammation 」 ( Louise C.Stanfa ら著))にも,同旨の記載がある。),これは,甲4の文献ないし甲6の文献の記載(前記a(e))によると,侵害受容性疼痛の動物モデルに該当するというべきであるから,この点からも,カラゲニン試験において薬剤が示した効果をあらゆる痛覚過敏及び接触異痛の痛みの処置に一般化できるものではなく,したがって,本件出願日当時の当業者は,本件化合物2がカラゲニン試験において効果を奏した旨の本件明細書の記載に触れても,そのことから,本件化合物2が原因を異にするあらゆる痛覚過敏及び接触異痛の痛みの処置においても当然に効果を奏すると理解することはできないといわざるを得ない。
同様に,本件明細書の記載(前記ア(ア)g)によると,術後疼痛試験は,ラットの後肢の足蹠面の皮膚,筋膜及び筋肉を切開し,機械的痛覚過敏の誘発を招くという試験であり(なお,甲88の1及び2の文献(前掲)にも,同旨の記載がある。),これも,甲4の文献ないし甲6の文献の記載(前記a(e))によると,侵害受容性疼痛の動物モデルに該当するというべきであるから,カラゲニン試験の場合と同様,本件出願日当時の当業者は,本件化合物2が術後疼痛試験において効果を奏した旨の本件明細書の記載に触れても,そのことから,本件化合物2が原因を異にするあらゆる痛覚過敏及び接触異痛の痛みの処置においても当然に効果を奏すると理解することはできないというべきである。
(d) なお,甲146の文献(American Society of Anesthesiologists, Inc.発行 の 「 Anesthesiology 83 」 ( 1 9 9 5 年 ) に 掲 載 さ れ た 「 IntrathecalAmitriptyline Acts as an N-Methyl-D-Aspartate Receptor Antagonist in thePresence of Inflammatory Hyperalgesia in Rats」(James C. Eisenach ら著)) には,カラゲニン試験につき,「NMDAレセプターアンタゴニストのくも膜下腔内注射により,長く続く神経障害性疼痛の患者の痛覚過敏や異痛が減少するという事実は,これらのモデルが臨床と関係することを示す。」及び「くも膜下腔内のアミトリプチリン投与により,足底内にカラゲニン注射を受けたラットにおける炎症性浮腫に影響を与えることなく,熱痛覚過敏は元に戻った。…この薬剤のくも膜下腔内注射は,慢性の神経障害性疼痛の治療に対する新たなアプローチを提供することができる。」との記載があるが,このカラゲニン試験は,NMDAレセプターアンタゴニストとして働くアミトリプチリンについて行われたものであり,これをもって,NMDAレセプターの阻害との関連が明らかでない本件化合物2についても,カラゲニン試験が神経障害性疼痛の痛みに係る動物モデルであると認めることはできない。
d(a) 原告は,神経障害性疼痛は痛覚過敏や接触異痛の直接の原因となる神経の機能異常による疼痛であると定義されることが本件出願日当時の技術常識であったと主張する。
? この点に関し,甲2の文献(前掲)には,「神経障害性疼痛 神経系の一次的な損傷あるいはその機能異常が原因となって生じた疼痛」との記載があるところ,甲5の文献の記載(前記a(e)ii)及び甲6の文献の記載(前記a(e)iii)に加え,甲25の文献(真興交易株式会社医書出版部発行の「ペインクリニック入門-ペインクリニシャンを目指して-」(平成8年)(宮崎東洋著))の記載(「neuropathic pain は神経因性疼痛または神経障害(損傷)性疼痛と呼んでもよいのではないかと思われる。ニューロパシックペインは疾病によるものであれ,外傷によるものであれ,神経の障害の結果生じる痛みを意味していることは明確であ…る。」)も併せ考慮すると,本件出願日当時,神経障害性疼痛は,圧迫,絞扼等の何らかの原因による神経自体の障害を原因とする痛みであると認識されていたものと認めるのが相当である(なお,神経障害性の痛みについての本件明細書の記載(前記ア(ア)c)も,これと同旨である。)。したがって,原告が主張するよう に,本件出願日当時,神経障害性疼痛が「痛覚過敏や接触異痛の直接の原因となる神経の機能異常」(原告の主張に照らせば,これは,「末梢や中枢の神経細胞の感作」をいうものと解される。)による疼痛であると理解されていたものと認めることはできない(なお,本件出願日当時,痛覚過敏や接触異痛の痛みの原因が末梢や中枢の神経細胞の感作によって引き起こされる神経の機能異常であるとの技術常識が存在しなかったことは,前記aにおいて説示したとおりである。)。
e(a) 原告は,ケタミンは中枢性感作を阻害する物質であり,本件出願日当時,原因にかかわらず疼痛に対して効果を奏することが知られていたと主張する。
? この点に関し,甲26の文献(前掲),甲42の文献(前掲),甲46の文献(前掲),甲52の文献(Elsevier 発行の「Pain, 36」(1989年)に掲載さ れ た 「 Comparison of ketamine and pethidine in experimental andpostoperative pain 」 ( Atle Maurset ら 著 ) ) , 甲 5 3 の 文 献 ( 「 CANADIANJOURNAL OF ANAESTHESIA 」 ( 1 9 9 0 年 ) に 掲 載 さ れ た 「 Continuoussubcutaneous injection of ketamine for cancer pain」(Eiji Oshima ら著)),甲54の文献(Elsevier Science Publishers 発行の「Pain, 54」(1993年)に掲載された「Ketamine hydrochloride in the treatment of phantom limb pain」(Catherine F. Stannard ら著)),甲55の文献(前掲)及び甲70の文献(Elsevier Science 発行の「Brain Research 715」(1996年)に掲載された「Systemic ketamine attenuates nociceptive behaviors in a rat model ofperipheral neuropathy」(Jin Qian ら著))には,次の記載がある。
i 「疼痛の強度,筋力,静的筋持久力,圧痛閾値及び圧痛点と対照点での疼痛耐性を,線維筋痛症(FM)を有する患者31例において,モルヒネ(9例),リドカイン(11例)及びケタミン(11例)の静脈内投与の前後で評価した。…ケタミン試験では,試験期間中に疼痛強度の有意な低下が示された。圧痛点の圧痛は軽減し,持久力は有意に上昇したが,筋力に変化はなかった。これらの結果は,NMDA受容体が線維筋痛症の疼痛機構に関与するという仮説を支持する。これらの 知見から,FMに中枢性感作があること及び圧痛点が二次痛覚過敏を示すことも示唆される。…非競合的アンタゴニストであるケタミンを使用して,N-メチル-D-アスパラギン酸(NMDA)受容体系の遮断の効果の研究を開始することは論理的であった。NMDA受容体の活性化は,後角における侵害受容ニューロンの中枢性感作をもたらすと考えられる。…局所麻酔による硬膜外ブロックが完全にFMの患者における痛みと圧痛点での圧痛を封じたという事実は,FMの中枢性感作と二次痛覚過敏が一次求心性神経のインパルスに依存しているという仮説を支持するだろう。」(甲26)ii 「ケタミンは,ヒトの医療に広く用いられるNMDA遮断薬である。ケタミン…を慢性神経障害性疼痛症候群の管理のため,…6例の患者に投与した。末梢神経系(PNS)疾患に関連する疼痛を有する患者全3例と,中枢痛及び異常感覚症候群を有する患者3例のうち2例が,継続する疼痛の評価で一時的な軽減を示した。
患者5例にみられた接触異痛,痛覚過敏及び残感覚は,ケタミンの投与後改善した。
PNSに関連する神経障害性疼痛を有する患者2例での用量反応評価で,ケタミンは,用量依存的に効果を示すことが明らかになった。…動物の神経障害性疼痛モデルにおいて示唆されるように…,痛覚過敏はNMDA受容体によって介在される「ワインドアップ現象」の提示である可能性がある。これに関して,神経障害性疼痛症候群における痛覚過敏は,ホルマリン誘発性の痛みの第2相…と局所貧血の間の痛覚過敏…に類似する。これらは,全てNMDA受容体介在性の中枢性促進による脊髄レベルでのワインドアップ現象によって生じると思われる。」(甲42) iii 「後角深層の多種感覚受容(収束)の侵害受容ニューロンである後肢末梢受容野へのホルマリンの皮下注射は,この細胞の持続的活性化(1時間)のため使用された。この化学的侵害刺激は,発火の最初のピークを生み出し,これは,10分間持続して,その後に長く続く活性の第2のピークが発生し,これは,50分間観測された。…非競合的なNMDA受容体チャネル阻害剤であるケタミンとMK801は,発火の第2相中に静脈内投与された。ケタミン(1〜8mg/kg)は, ホルマリンへのニューロン反応に短期間ではあるが顕著で投与量依存的な阻害を生み出した…。…ホルマリンによって生成される求心性集中砲火(barrage)は,比較的短いタイムスパンでNMDA介在性の中枢性活性を誘発し,この誘発された活性が長期間の痛みの状態における侵害受容とその調節の変化の一つの基礎となっている可能性があると思われる。…NMDAチャネルブロッカーであるケタミンもまた,ワインドアップを阻害し,明らかにホルマリン応答の第2相の間のこれらのニューロンの活性を減少させた。…ケタミンとMK801が麻酔領域以下の量でホルマリン応答の第2相を阻害する能力は,この反応におけるNMDAレセプターのシステムの関与を示しており,そのレセプターアンタゴニストであるAP5により得られた結果を確認している。」(甲46) iv 「ケタミン及びペチジンの鎮痛効果を実験的虚血性疼痛及び口腔手術後の術後疼痛において比較した。…ケタミン0.3mg/kg及びペチジン0.7mg/kgは,ともに,検討した2種の疼痛に対する鎮痛薬として効果を示した。ナロキソンは,ペチジンの鎮痛作用を妨げたが,ケタミンの鎮痛作用への影響はなかった。
この結果は,ケタミンの鎮痛作用が非オピオイド機構によって仲介され,おそらくはPCP受容体により仲介されるNMDA受容体作動性イオンチャネルの遮断が関与するとの仮説と一致する。…ケタミン鎮痛の薬理学的機序は不明である。」(甲52) v 「低用量ケタミンの皮下投与は,多くの癌患者(18例中13例)において,有効な鎮痛をもたらした。脊髄神経領域で疼痛を緩和したケタミンの用量は,三叉神経痛及び舌咽神経の領域でも鎮痛作用を示した。」(甲53) vi 「ケタミン塩酸塩で幻肢痛の治療が成功した3例について述べる。…ケタミン塩酸塩は,容易に利用可能なNMDAレセプターサイトの非競合アンタゴニストであり…,この薬剤の鎮痛効果は,NMDAレセプターで媒介されるであろう…。
また,特に末梢の神経損傷に続いて,鎮痛効果がこの場所で媒介されることを示す証拠もある…。これは,幻肢痛への明らかな有益作用の観察を裏付けるだろう。ま た,痛みのある術前実験の中枢に現れる神経構造の長期変化を減少させる試みにおいて,手術前に用いる論理的薬物のように思われる。…この薬物が鎮痛を引き起こす機序は証明されていない。薬物の鎮痛効果がナロキソンによって部分的に拮抗されるという観察は,オピオイド受容体との相互作用がその鎮痛活性の一部を説明することを示唆する。」(甲54) vii 「神経損傷性疼痛へのケタミンの連続皮下(s.c.)投与の効果を,帯状疱疹後神経痛を有する患者で検討した。ケタミンの急性静脈内注射後に疼痛の緩和を報告した5例の患者をこの非盲検前向き研究の対象とした。…全ての患者がケタミンによる持続痛の強度の低下と自発痛発作の強度と回数の低下を報告した。…接触異痛は,…59〜100%の最大の軽減を示し,ワインドアップ様疼痛は,…60〜100%の最大の軽減を示した。…興奮性アミノ酸(EAA)は,神経系における侵害受容情報の伝達に関与する。N-メチル-D-アスパラギン酸(NMDA)受容体は,EAAグルタミン酸の受容体サブタイプの一つであり,神経傷害性疼痛の発症において重要な役割を果たすと考えられている…。中枢性NMDA受容体の遮断は,神経傷害によって引き起こされる侵害受容挙動を低減し…,一次求心性C線維の刺激の延長によって引き起こされる侵害受容細胞における過剰興奮性を減少させる…。最近,NMDA遮断剤が神経傷害によって引き起こされる疼痛を低減させるという臨床的証拠が蓄積されてきた。…非競合的NMDA受容体遮断剤であるケタミンは,末梢又は中枢神経系(CNS)の傷害を有する患者における連続的疼痛及び誘発性疼痛を低減させ…,幻肢痛…又は慢性口腔顔面痛…を有する患者における疼痛を低減させた。我々は,…ケタミンの急性静脈内(i.v.)注射が異痛及びワインドアップ様疼痛を含む疼痛を低減させることを見出した…。…幾つかの証拠が,NMDA受容体の遮断が一次求心性C線維における活性増加の延長によって引き起こされる侵害受容ニューロンの過剰興奮性を低減し得ることを示している…。…NMDA受容体の遮断が,中枢性感作が起こった後に確立された侵害受容ニューロンの過剰興奮性を逆転させることができることを示唆する実験データが 提示されている…。」(甲55) viii 「末梢の神経障害のラットモデルにおいて,全身のケタミンが侵害受容行動を減衰させた。…ケタミン,非競合NMDAレセプターチャネルブロッカーの効果を,L5及びL6脊髄神経をきつく結紮した神経障害ラットにおける侵害受容行動の軽減で評価した。…全身性KETは,機械的異痛及び痛覚過敏の行動徴候を減少させるのに最も効果的であり,さらに,冷感アロディニア,冷感ストレス誘発痛,そして自発痛にも効果を奏した。本研究の結果は,NMDA受容体の遮断が末梢神経障害のラットモデルにおける侵害受容行動を効果的に軽減し,神経障害性疼痛の維持の根底にある中枢性感作におけるこれらの受容体の重要な役割を実証している。
加えて,様々な侵害行動を大幅に軽減するKETの能力は,この臨床的に安全な薬剤が神経障害患者の疼痛管理に使用できることを示している。」(甲70) ? 上記?の各文献の記載によると,本件出願日当時,ケタミンが神経障害性疼痛,線維筋痛症等による様々な痛みの処置において効果を奏すること及びその機序がケタミンによりNMDA受容体を遮断し,これによりNMDA受容体を介在する中枢性活性の痛みが軽減されることがあり得るとの知見が存在したと認めることができる。しかしながら,これらの文献によっても,「NMDA受容体を介在する中枢性活性」が発症の原因を異にするあらゆる痛みの共通の原因であるとまで認めることはできず,その他,そのような事実を認めるに足りる的確な証拠はない。そうすると,ケタミンによるNMDA受容体の遮断をもって,これが原告の主張する中枢性感作の阻害であると認めることもできない。また,上記?の各文献によっても,ケタミンが原因にかかわらずあらゆる疼痛に対して効果を奏するとまで認めることはできず(かえって,本件出願日後の文献である乙F5の文献(American Societyof Anesthesiologists, Inc. Lippincott Williams & Wilkins, Inc. 発 行 の「 Anesthesiology 2005 」 ( 2 0 0 5 年 ) に 掲 載 さ れ た 「 Topical 2%Amitriptyline and 1% Ketamine in Neuropathic Pain Syndromes A Randomized,Double-blind, Placebo-controlled Trial」(Mary E. Lynch ら著))には,「糖 尿病性ニューロパチー,帯状疱疹後神経痛,異痛症,痛覚過敏又はピンプリック感覚鈍麻を伴う術後/外傷後神経障害性疼痛92人の患者を4つのクリーム(プラセボ,2%アミトリプチリン,1%ケタミン又は2%アミトリプチリンと1%ケタミンの併用)のいずれかを投与するようにランダムに割り当てた。」,「グループ間に差はみられなかった。」)との記載がある。),その他,そのような事実を認めるに足りる証拠はない。なお,「NMDA受容体を介在する中枢性活性」が,NMDA受容体との関連が明らかでない本件化合物2のような薬剤の作用に関連すると認めるに足りる証拠はない。
以上のとおりであるから,ケタミンが中枢性感作を阻害する物質であり,本件出願日当時,原因にかかわらず疼痛に対して効果を奏することが知られていたということはできない。
f(a) 原告は,痛みを炎症や神経損傷といった原因により区別できないことが本件出願日当時に知られていたと主張する。
(b) しかしながら,甲4の文献ないし甲6の文献の記載(前記a(e))によると,本件出願日当時,痛みは,その発生機序,症状等に基づき,侵害受容性疼痛,神経障害性疼痛,心因性疼痛等に分類されていたものと認められ,これを覆すに足りる的確な証拠はない。
(c) 原告は,上記(a)の技術常識が存在した根拠として,痛覚過敏や接触異痛の痛みはこれを生ずる原因にかかわらず末梢や中枢の神経細胞の感作によるとの技術常識があったと主張するが,そのような技術常識が存在したと認められないことは,前記aにおいて説示したとおりであるから,この点からも,原告が主張する上記(a)の技術常識が存在したということはできない。
(d) なお,原告は,上記(a)の技術常識が存在したことを根拠に,本件出願日当時の当業者は痛覚過敏や接触異痛の痛みを発現する動物モデル試験で特定の化合物の効果を確認できれば,その動物モデル試験におけるのとは別の原因によって生じた痛覚過敏や接触異痛の痛みに対しても当該化合物が同様に効果を奏するものと理 解していたとも主張するが,上記(a)の技術常識が存在したものとは認められないから,原告の主張は,前提を欠くものとして失当である。
(イ) 原告が主張する各技術常識が存在しなかったことは,前記(ア)において説示したとおりであるから,これを前提に,本件出願日当時の当業者において,本件化合物2が「神経障害又は線維筋痛症による,痛覚過敏又は接触異痛の痛み」の処置において効果を奏することが本件明細書又は図面に記載されているに等しいと理解したといえるかについて以下検討する。
a 原告は,ホルマリン試験によって引き起こされた後期相に本件化合物2を用いることにより効果が確認された旨の本件明細書の記載を根拠に,痛覚過敏及び接触異痛の痛みの処置に本件化合物2を用いることは,本件明細書の記載から自明であると主張する。
原告の上記主張は,本件出願日当時にホルマリン試験の後期相が中枢性感作によって生じる痛覚過敏及び接触異痛の痛みに対する薬剤の効果を確認する試験として広く知られていたことを根拠とするものである。しかしながら,前記(ア)bにおいて説示したとおり,ホルマリン試験の後期相が専ら中枢性感作を反映したものであることや,ホルマリン試験が痛覚過敏及び接触異痛の痛みに対する薬剤の効果を確認するための試験であることが本件出願日当時の技術常識であったと認めることはできないから,原告の上記主張は,その根拠を欠くものといわざるを得ない。
そして,本件明細書の記載(前記ア(ア)d)によると,ホルマリン試験は,ラットの後肢の足蹠表面にホルマリンを皮下注射して疼痛を生じさせる試験であり,これは,甲4の文献ないし甲6の文献の記載(前記(ア)a(e))によると,侵害受容性疼痛の動物モデルに該当するというべきであるから,この点からも,ホルマリン試験において薬剤が示した効果をあらゆる痛覚過敏及び接触異痛の痛みの処置に一般化できるものではなく,したがって,本件出願日当時の当業者は,本件化合物2がホルマリン試験において効果を奏した旨の本件明細書の記載に触れても,そのことから,本件化合物2が原因を異にするあらゆる痛覚過敏及び接触異痛の痛みの処 置においても当然に効果を奏すると理解することはできなかったといわざるを得ない。
したがって,ホルマリン試験によって引き起こされた後期相に本件化合物2を用いることにより効果が確認された旨の本件明細書の記載があるからといって,本件出願日当時の当業者にとって,原因を異にするあらゆる痛覚過敏及び接触異痛の痛みの処置においても本件化合物2が効果を奏することは自明であると認めることはできない。
b 原告は,カラゲニン試験において痛覚過敏の痛みの処置に本件化合物2を用いることにより効果が確認された旨の本件明細書の記載並びに術後疼痛試験において痛覚過敏及び接触異痛の痛みの処置に本件化合物2を用いることにより効果が確認された旨の本件明細書の記載を根拠に,本件明細書には本件化合物2を痛覚過敏及び接触異痛の痛みの処置に用いることが明示されていると主張する。
しかしながら,前記(ア)cにおいて説示したとおり,カラゲニン試験及び術後疼痛試験において薬剤が示した効果をあらゆる痛覚過敏及び接触異痛の痛みの処置に一般化することはできないから,本件出願日当時の当業者は,本件化合物2がカラゲニン試験や術後疼痛試験において効果を奏した旨の本件明細書の記載に触れても,そのことから,本件化合物2が原因を異にするあらゆる痛覚過敏及び接触異痛の痛みの処置においても当然に効果を奏すると理解することはできない。
したがって,カラゲニン試験において痛覚過敏の痛みの処置に本件化合物2を用いることにより効果が確認された旨の本件明細書の記載並びに術後疼痛試験において痛覚過敏及び接触異痛の痛みの処置に本件化合物2を用いることにより効果が確認された旨の本件明細書の記載があるからといって,本件明細書に原因を異にするあらゆる痛覚過敏及び接触異痛の痛みの処置においても本件化合物2が効果を奏することが明示されているとも,自明であるとも認めることはできない。
c 原告は,痛覚過敏や接触異痛の痛みがその原因にかかわらず共通して末梢や中枢の神経細胞の感作によって引き起こされる神経の機能異常により生じることは 本件出願日当時の技術常識であったとして,本件明細書には疼痛の原因にかかわらず痛覚過敏及び接触異痛の痛みの処置に本件化合物2を用いることが開示されているといえると主張する。
しかしながら,原告が主張する技術常識が存在したと認められないことは,前記(ア)aにおいて説示したとおりであるから,原告の上記主張は,その前提を欠くものとして失当である。
d 原告は,本件明細書には本件化合物2を神経障害及び線維筋痛症による痛みの処置に用いる旨の記載があるから,本件化合物2が神経障害又は線維筋痛症による痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置に用いられることはこの記載から自明であると主張する。
原告の上記主張は,@神経障害性疼痛や線維筋痛症の主症状として痛覚過敏又は接触異痛の痛みが生じること,A神経障害性疼痛は,痛覚過敏や接触異痛の直接の原因となる神経の機能異常による疼痛であると定義されること,B線維筋痛症による痛みは,痛覚過敏を伴う疼痛であると定義されることが本件出願日当時の技術常識であったことを根拠とするものである。
しかしながら,上記@及びBについては,神経障害性疼痛や線維筋痛症の主症状が痛覚過敏又は接触異痛の痛みであるとしても,また,線維筋痛症による痛みが痛覚過敏を伴う疼痛であると定義されていたとしても,そのことから直ちに,本件化合物2を神経障害及び線維筋痛症による痛みの処置に用いる旨の本件明細書の一般的な記載をもって,これが,本件化合物2が神経障害又は線維筋痛症による痛覚過敏又は接触異痛の痛みの処置において効果を奏することを意味すると解することはできない。上記Aについては,そのような技術常識が存在したと認められないことは,前記(ア)dにおいて説示したとおりである。
したがって,原告の上記主張を採用することはできない。
e その他,本件出願日当時の当業者において,本件化合物2が「神経障害又は線維筋痛症による,痛覚過敏又は接触異痛の痛み」の処置に効果を奏することが本 件明細書又は図面に記載されているに等しいと理解したといえるものと認めるに足りる的確な証拠はない。
ウ 以上のとおりであるから,訂正事項2-2に係る本件訂正が願書に添付した明細書又は図面に記載した事項の範囲内の訂正であるということはできない。したがって,訂正事項2-2に係る本件訂正は,特許法134条の2第9項において準用する同法126条5項に違反し,許されない。
(3) 訂正事項2に係る本件訂正について 訂正事項2-2に係る本件訂正が許されないことは,前記(2)において説示したとおりであるから,訂正事項2-2を含む訂正事項2に係る本件訂正も,特許法134条の2第9項において準用する同法126条5項に違反し,許されない。これと同旨の本件審決の判断に誤りはない。
(4) 訂正事項1に係る本件訂正について 本件訂正前の請求項1及び2は,請求項2が請求項1の記載を引用する関係にあるから,請求項1及び2に係る本件訂正(訂正事項1及び2に係る本件訂正)は,一群の請求項1及び2についてされるものであるところ,前記(3)において説示したとおり,訂正事項2に係る本件訂正は許されないから,請求項2と共に一群の請求項を構成する請求項1に係る本件訂正(訂正事項1に係る本件訂正)も,許されない。これと同旨の本件審決の判断に誤りはない(なお,原告も,請求項2に係る本件訂正(訂正事項2に係る本件訂正)が許されない場合には,請求項2と共に一群の請求項を構成する請求項1に係る本件訂正(訂正事項1に係る本件訂正)も許されないことになることを争うものではない。)。
(5) 小括 以上のとおり,訂正事項1及び2に係る本件訂正を許さなかった本件審決の判断に誤りはない。取消事由1は理由がない。
2 取消事由2(実施可能要件についての判断の誤り)について (1) 平成14年法律第24号による改正前の特許法36条4項は,明細書の発 明の詳細な説明は,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載しなければならないと定めるところ,この規定にいう「実施」とは,物の発明については,その物の使用等をする行為をいうのであるから(特許法2条3項1号),物の発明について実施可能要件を満たすためには,明細書の発明の詳細な説明の記載が,当業者において,その記載及び出願時の技術常識に基づいて,過度の試行錯誤を要することなく,当該発明に係る物を使用することができる程度のものでなければならない。
そして,医薬用途発明においては,一般に,物質名,化学構造等が示されることのみによっては,その有用性を予測することは困難であり,発明の詳細な説明に,医薬の有効量,投与方法等が記載されていても,それだけでは,当業者において当該医薬が実際にその用途において使用できるかを予測することは困難であるから,当業者が過度の試行錯誤を要することなく当該発明に係る物を使用することができる程度の記載があるというためには,明細書において,当該物質が当該用途に使用できることにつき薬理データ又はこれと同視することができる程度の事項を記載し,出願時の技術常識に照らして,当該物質が当該用途の医薬として使用できることを当業者が理解できるようにする必要があると解するのが相当である。
これを本件についてみると,本件各発明は,前記第2の2のとおり,本件化合物を「痛みの処置における鎮痛剤」の用途に使用する医薬用途発明であるから,本件各発明について本件明細書の発明の詳細な説明の記載が実施可能要件を満たすといえるためには,本件明細書において,本件化合物が「痛みの処置における鎮痛剤」の用途に使用できることにつき薬理データ又はこれと同視することができる程度の事項を記載し,本件出願日当時の技術常識に照らして,本件化合物が当該用途の医薬として使用できることを当業者が理解できるようにする必要がある。
(2) 原告は,本件明細書の記載に加え,本件出願日当時の技術常識を併せ考慮すれば,本件明細書の記載を見た当業者は本件化合物が原因にかかわらず痛覚過敏や接触異痛の痛みに対して効果を奏するものと理解し,また,本件化合物が少なく とも神経障害や線維筋痛症による痛覚過敏や接触異痛の痛みに対して効果を奏するものと理解するといえるとして,本件明細書の発明の詳細な説明が本件各発明について実施可能要件を満たすと主張するので,まず,原告が主張する技術常識の存否について,以下検討する(もっとも,前記(1)のとおり,本件各発明は,「痛み」の処置における鎮痛剤の用途に使用されるものであり,当該「痛み」には何らの特定もされていないのであるから,実施可能要件を満たすか否かを判断するに当たって検討すべき本件出願日当時の当業者の理解の対象は,本件化合物が「痛覚過敏や接触異痛の痛み」又は「神経障害や線維筋痛症による痛覚過敏や接触異痛の痛み」に対して効果を奏することではなく,本件化合物が「痛み」に対して効果を奏することである。)。
ア 原告は,神経障害性疼痛や線維筋痛症による痛覚過敏や接触異痛の痛みはその原因にかかわらず抹消や中枢の神経細胞の感作によって生じることが本件出願日当時に知られていたと主張するが,そのような事実が認められないことは,前記1(2)イ(ア)aにおいて説示したとおりである。
なお,原告は,特発性疼痛についても,神経細胞の感作により痛みの症状が生じるものであると主張するが,前記1(2)イ(ア)aにおいて説示したところに照らすと,そのような事実を認めることはできず,その他,そのような事実を認めるに足りる的確な証拠はない。
イ 原告は,中枢性感作に対して効果を奏するケタミンが原因にかかわらず痛覚過敏や接触異痛の痛みに対して効果があることが本件出願日当時に知られていたと主張するが,そのような事実が認められないことは,前記1(2)イ(ア)eにおいて説示したとおりである。
ウ 原告は,上記ア及びイの技術常識が存在したことを根拠に,本件出願日当時の当業者は痛みに共通の治療法があることを理解していたと主張するが,上記ア及びイの技術常識は認められないから,原告の主張は根拠を欠くものとして失当である。
エ 原告は,本件出願日当時,ホルマリン試験の後期相は中枢性感作を反映するものであるとの技術常識が存在し,これは仮説ではなかったと主張するが,ホルマリン試験の後期相が専ら中枢性感作を反映したものであることが技術常識であったと認めることができないことは,前記1(2)イ(ア)bにおいて説示したとおりである。
なお,原告は,カラゲニン試験及び術後疼痛試験についても,神経の機能異常に基づく痛覚過敏や接触異痛の痛みを反映するものであったと主張するが,前記1(2)イ(ア)a及びcにおいて説示したところに照らすと,そのような事実を認めることはできず,その他,そのような事実を認めるに足りる的確な証拠はない。
オ 原告は,痛みを原因によって区別できないことは本件出願日当時の技術常識であったと主張するが,そのような技術常識が認められないことは,前記1(2)イ(ア)fにおいて説示したとおりである。
カ 原告は,本件出願日当時の当業者は疼痛の原因にかかわらず,痛覚過敏や接触異痛の痛みを発現する動物モデル試験で特定の化合物の効果を確認できれば,その動物モデル試験におけるのとは別の原因によって生じた痛覚過敏や接触異痛の痛みに対しても当該化合物が同様に効果を奏するものと理解していたと主張するが,原告の主張が前提を欠き失当であることは,前記1(2)イ(ア)f(d)において説示したとおりである。
キ なお,原告は,本件明細書においてベネットモデルやチャングモデルへの言及があれば,本件出願日当時の当業者は炎症や手術とは異なる原因によって生じた痛覚過敏や接触異痛の痛みに対しても本件化合物が有用であることを十分に理解できたと主張する。しかしながら,前記1(2)ア(ア)fのとおり,本件明細書には,ベネットモデル及びチャングモデルについて,「Bennet G.J.のアッセイはヒトに認められるのと類似の疼痛感覚の障害を生じるラットにおける末梢性単発神経障害の動物モデルを提供する(Pain,1988;33:87-107)。
Kim S.H.らのアッセイは,ラットにおける分節脊椎神経の結紮によって生 じる末梢神経障害の一つの実験モデルを提供する(Pain,1990;50:355-363)。」との記載があるのみであり,本件化合物がベネットモデルやチャングモデルにおいてどのような結果を示したのかについての記載は全くないから,上記記載をもって,本件出願日当時の当業者が炎症や手術とは異なる原因によって生じた痛覚過敏や接触異痛の痛みに対しても本件化合物が有用であることを理解できたと認めることはできない。
この点に関し,原告は,本件出願日後の文献である甲28の文献(ElsevierScience B.V.発行の「pain 83」(1999年)に掲載された「Detection ofstatic and dynamic components of mechanical allodynia in rat models ofneuropathic pain: are they signaled by distinct primary sensory neurons?」(Mark J. Field ら著))の記載は本件化合物が実際にベネットモデルやチャングモデルにおいて効果を奏したことを裏付けるものであるから,これを参酌すべきであると主張するが,上記のとおり,本件明細書には,本件化合物がベネットモデルやチャングモデルにおいて効果を奏した旨の記載が全くないのであるから,甲28の文献の記載が本件明細書の記載内容を裏付けるとはいえない。原告の主張は,前提を誤るものとして失当である。
(3) 原告が主張する各技術常識が存在しなかったことは,前記(2)において説示したとおりであるから,これを前提とした上,本件明細書の発明の詳細な説明において,本件化合物が「痛みの処置における鎮痛剤」の用途に使用できることにつき薬理データ又はこれと同視し得る程度の事項が記載され,本件出願日当時の当業者において,本件化合物が当該用途の医薬として使用できることを理解できたかについて検討する。
ア 前記1(2)ア(ア)d,e及びgのとおり,本件明細書には,薬理データ又はこれと同視し得る程度の事項として,本件化合物がホルマリン試験,カラゲニン試験及び術後疼痛試験において効果を奏した旨の記載がある。しかしながら,前記(2)エにおいて説示したとおり,本件出願日当時,ホルマリン試験の後期相が専ら 中枢性感作を反映するものであるとの技術常識並びにカラゲニン試験及び術後疼痛試験が神経の機能異常に基づく痛覚過敏や接触異痛の痛みを反映するものであるとの技術常識は存在せず,また,前記(2)オにおいて説示したとおり,本件出願日当時,痛みを原因によって区別できないとの技術常識も存在しなかったから,本件化合物がホルマリン試験,カラゲニン試験及び術後疼痛試験において引き起こされた各痛みの処置において効果を奏した旨の記載があるからといって,そのことをもって,当業者において,本件化合物が原因を異にするあらゆる「痛み」の処置においても効果を奏すると理解したとは到底いえない。したがって,ホルマリン試験,カラゲニン試験及び術後疼痛試験の結果に係る上記記載をもって,本件明細書の発明の詳細な説明において,本件化合物が「痛みの処置における鎮痛剤」の用途に使用できることにつき薬理データ又はこれと同視し得る程度の事項が記載され,本件出願日当時の当業者において,本件化合物が当該用途の医薬として使用できることを理解できたと認めることはできない。
イ なお,前記1(2)ア(ア)fのとおり,本件明細書には,ベネットモデル及びチャングモデルへの言及があるが,本件化合物がベネットモデル及びチャングモデルにおいてどのような結果を示したのかについての記載は全くないから,本件明細書におけるベネットモデル及びチャングモデルへの言及をもって,薬理データ又はこれと同視し得る程度の記載であるとみることはできない。
ウ また,原告は,本件明細書には,@本件化合物が「抗痛覚過敏作用」を有するものであること,A本件化合物が慢性疼痛に対して効果を奏するものであること,B本件化合物が神経障害性疼痛を生ずる様々な疾患(線維筋痛症を含む。)の痛みに使用できること,C本件化合物を麻薬性鎮痛剤やNSAIDに代わる新規の鎮痛剤として提案することが記載されているとも主張するが,これらの記載をもって,薬理データ又はこれと同視し得る程度の記載であるとみることはできない。
エ その他,本件明細書の発明の詳細な説明に,本件化合物が「痛みの処置における鎮痛剤」の用途に使用できることにつき,薬理データ又はこれと同視し得る程 度の事項が記載され,本件出願日当時の当業者において,本件化合物が当該用途の医薬として使用できることを理解できたと認めるに足りる的確な証拠はない。
(4) 原告のその余の主張について ア 原告は,医学専門家作成の陳述書(甲67〜69)の記載を採用せず,痛覚過敏や接触異痛の痛みが中枢性感作によって生じること,本件明細書に記載されたホルマリン試験,カラゲニン試験及び術後疼痛試験が痛覚過敏や接触異痛の痛みに対する薬剤の効果を確かめる試験として周知であったことなどの技術常識を認定しなかった本件審決は誤りであると主張する。
確かに,甲67(A作成の陳述書)には,「我々の研究では,強い持続性疼痛タイプを誘発するために,マスタードオイルの局所投与を使用し,我々は,これらの疼痛が動的機械的痛覚過敏(異痛)の特徴的な症状をもたらす疼痛情報の中枢処理の変化に関連することを実証した。…マスタードオイル刺激は,急性局所刺激であったが,実験モデルは,長期にわたる神経障害性疼痛を患う患者における症状と区別できない症状の提示を誘発した。したがって,それらは,共通のメカニズムである中枢性疼痛感作を共有する。」などの記載があり,甲68(Bの陳述書)には,「優先日当時,中枢性感作の予防は,痛覚過敏(ワインドアップ様疼痛)及び異痛の両方を実質的に排除することが知られていた…。これは,端緒の要因にかかわらず,同じ中枢性感作メカニズムが両方のタイプの疼痛メカニズムにおいて作用していることが技術常識であったことを示す。」などの記載があり,甲69(C作成の陳述書)には,「ホルマリンモデルは,客観的証拠に基づいて,中枢性感作に関連する慢性疼痛状態の治療のための薬物の有効性を評価するための便利かつ有効なモデルとして広く受け入れられていた。…カラゲニン及び術後疼痛モデルもまた,薬物開発に使用された。両方について,ホルマリンモデルと同様に中枢性感作が引き起こされる。」などの記載がある。
しかしながら,甲67の記載は,上記のとおり,マスタードオイル試験に基づく知見をいうものであるところ,マスタードオイル試験(甲67によると,対象動物 の局所に化学的な刺激を与えて疼痛を発生させるものと認められる。)の結果から,原因を異にするあらゆる痛みが中枢性感作によって引き起こされると結論付けることはおよそできない(なお,原告は,マスタードオイル試験はホルマリン試験と同一の原因に基づく試験であると主張するが,ホルマリン試験が専ら中枢性感作を反映するものといえないことは,前記1(2)イ(ア)bにおいて説示したとおりである。)。甲68の記載は,その根拠として甲55の文献(前掲)を引用するものであるが,甲55の文献は,帯状疱疹後神経痛を有する患者に対するケタミンの投与結果等を述べるものにすぎず,帯状疱疹後神経痛に対するケタミンの効果のみをもって,原因を異にするあらゆる痛みに中枢性感作が作用しているということは困難である。甲69の記載のうちホルマリン試験に係る部分は,その根拠として,甲45の文献ないし甲47の文献(いずれも前掲)を引用するものであるが,これらの文献の記載によっても,本件出願日当時にホルマリン試験が痛覚過敏及び接触異痛の痛みに対する薬剤の効果を確認するための試験であったといえないことは,前記1(2)イ(ア)bにおいて説示したとおりである。また,甲69の記載のうちカラゲニン試験及び術後疼痛試験に係る部分は,その根拠として甲57の文献並びに甲88の1及び2の文献(いずれも前掲)を引用するものであるが,甲57の文献にも甲88の1及び2の文献にも,カラゲニン試験及び術後疼痛試験において引き起こされた疼痛の原因が中枢性感作であることの根拠となる確たる記載はみられず,甲57の文献並びに甲88の1及び2の文献の記載をもって,カラゲニン試験及び術後疼痛試験において引き起こされた疼痛の原因が中枢性感作であると断ずることはできない。
以上のとおりであるから,甲67ないし69の各陳述書の記載を採用せず,原告が主張する技術常識を認定しなかった本件審決に誤りはない。
イ 原告は,症状に着目した動物モデルを基に実施可能要件を具備するものとして登録がされた先例特許の存在や審査ハンドブックの記載は本件明細書の発明の詳細な説明の記載が本件各発明について実施可能要件を満たさないとの結論を左右し ないとした本件審決の判断は誤りであると主張するが,原告が主張する先例特許の存否及び内容や審査ハンドブックの記載内容はともかく,原告の主張は,本件明細書の発明の詳細な説明の記載自体が本件各発明について実施可能要件を満たす旨をいうものではないから,主張自体失当である。
ウ 原告は,本件各発明は技術進歩の著しい分野におけるいわゆるパイオニア発明であるところ,そのような発明については,実施可能要件等の記載要件を厳格に適用するのは相当でないし,記載要件を満たすか否かにつきわずかな疑義があることを理由として当該発明に係る特許を無効とするのは誤りであると主張するが,本件各発明が原告の主張するようなパイオニア発明であるか否かはともかく,実施可能要件やサポート要件は,特許法が規定する独占的権利を付与する前提として課されるものであるから,パイオニア発明についてはその厳格な適用を回避すべきであるなどと解することはできない。原告の主張は,独自の見解であり,採用することができない(なお,前記(1)ないし(3)において説示したところに照らすと,本件は,実施可能要件を満たすか否かにつきわずかな疑義があるにすぎない事案ではない。)。
(5) 小括 以上のとおりであるから,本件明細書の発明の詳細な説明の記載が本件各発明について実施可能要件を満たさないとした本件審決の判断に誤りはない。取消事由2は理由がない。
3 取消事由3(サポート要件についての判断の誤り)について (1) 特許請求の範囲の記載がサポート要件(平成14年法律第24号による改正前の特許法36条6項1号)を満たすか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が発明の詳細な説明に記載された発明であって,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくても当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識で きる範囲のものであるか否かを検討して判断するのが相当である(知財高裁平成17年(行ケ)第10042号同年11月11日判決)。
(2) 特許請求の範囲の記載(前記第2の2)及び本件明細書の記載(前記1(2)ア(ア))によると,本件各発明は,本件化合物を「痛みの処置における鎮痛剤」として提供することを課題とするものであると認められる。
そして,前記2において説示したところに照らすと,本件各発明は,本件明細書の発明の詳細な説明の記載により当業者が上記課題を解決できると認識できる範囲のものであるとはいえず,かつ,当業者が本件出願日当時の技術常識に照らし上記課題を解決できると認識できる範囲のものであるともいえない。
そうすると,本件各発明に係る特許請求の範囲の記載は,サポート要件を満たさないというべきである。
(3) 小括 したがって,本件各発明に係る特許請求の範囲の記載がサポート要件を満たさないとした本件審決の判断に誤りはない。取消事由3は理由がない。
4 結論 以上の次第であるから,原告の請求は理由がない。
追加
(別紙)当事者目録原告ワーナー-ランバートカンパニーリミテッドライアビリティーカンパニー同訴訟代理人弁護士飯村敏明磯田直也森下梓同訴訟代理人弁理士小野新次郎泉谷玲子同訴訟復代理人弁護士永島太郎被告沢井製薬株式会社同訴訟代理人弁護士松葉栄治被告日新製薬株式会社被告日本ジェネリック株式会社 被告Meファルマ株式会社上記3名訴訟代理人弁護士柏延之砂山麗被告日新製薬株式会社訴訟代理人弁理士佐藤俊彦辻?茉莉子被告サンド株式会社同訴訟代理人弁護士?田和彦相良由里子松野仁彦同訴訟代理人弁理士志村将小林真知被告日本ケミファ株式会社同訴訟代理人弁護士牧野知彦服部謙太朗被告テバ・ホールディングス合同会社 同訴訟代理人弁護士長沢幸男笹本摂向多美子同訴訟代理人弁理士実広信哉被告大原薬品工業株式会社被告東和薬品株式会社上記両名訴訟代理人弁護士吉澤敬夫川田篤同訴訟代理人弁理士紺野昭男井波実被告ダイト株式会社被告辰巳化学株式会社被告株式会社フェルゼンファーマ上記3名訴訟代理人弁理士草間攻被告日医工株式会社 同訴訟代理人弁護士新保克芳小倉拓也被告ニプロ株式会社被告共和薬品工業株式会社上記両名訴訟代理人弁護士岡田春夫中西淳熊谷仁孝同訴訟代理人弁理士田中康子被告小林化工株式会社同訴訟代理人弁護士飯田秀郷森山航洋清水紘武村山顕人以上
裁判長裁判官 本多知成
裁判官 浅井憲
裁判官 中島朋宏