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関連審決 不服2020-1633
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事件 令和 3年 (行ケ) 10072号 審決取消請求事件

原告X
同訴訟代理人弁護士 大川直
同訴訟代理人弁理士 大木健一
被告特許庁長官
同 指定代理人丸山高政 佐藤智康 梶尾誠哉 伊藤隆夫 山田啓之
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2022/02/21
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が不服2020-1633号事件について令和3年4月20日にした審決を取り消す。
事案の概要
本件は,特許出願拒絶査定に対する不服審判請求を不成立とした審決の取消訴訟である。争点は,明確性の要件違反及び進歩性についての認定判断の誤りの有無である。
1 特許庁における手続の経緯 (1) 原告は,発明の名称を「増幅器の出力回路」とする発明について,国際出願日を2016年(平成28年)2月22日とする特許出願(国際公開番号:WO2017/145241。特願2018-501430号。以下「本願」といい,本願の際に添付された明細書をこれに添付された図面と併せて「本願明細書」という。)をしたが,令和元年11月1日付けで拒絶査定を受けた。そこで,原告は,令和2年2月6日,同拒絶査定に対する不服審判の請求(不服2020-1633号。以下「本件審判請求」といい,本件審判請求に係る審判手続を「本件審判手続」という。)をし,同年10月21日付けで手続補正(以下「本件補正」という。)をした。
(甲11,弁論の全趣旨) (2) 特許庁は,令和3年4月20日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は,同年5月11日に原告に送達された。
2 本願に係る発明 本件補正後の本願の特許請求の範囲の請求項1(以下「本願の請求項1」という。)に係る発明(以下「本願発明」という。)は,次のとおりである。(甲11,弁論の全趣旨) 「入力端子と出力端子と共通端子を有する3端子増幅素子と, 前記3端子増幅素子の前記共通端子に接続されて前記3端子増幅素子に略一定の電流を流す定電流回路とを備え, 前記3端子増幅素子の前記出力端子は接地され, 前記3端子増幅素子の前記共通端子と前記定電流回路の接続点と接地の間で増幅出力が取り出され, 前記接続点と前記増幅出力の端の間に,直流を遮断するコンデンサが設けられ, 前記定電流回路により,前記増幅出力の端に流す出力の反作用を吸収し,出力に伴う消費電流の変化をなくし,電源回路に信号に相関した電流を流さない出力部を 構成したことを特徴とするオーディオ用増幅器の出力回路。」 3 本件審決の理由の要旨 (1) 明確性要件について 本願の請求項1の記載においては, 「・・・を特徴とする」が「オーディオ用増幅器」を修飾しているのか「出力回路」を修飾しているのか不明瞭であるため,本願明細書の記載から修飾関係を一意特定できないかを検討する。
ア 本願明細書の段落[0012][0017]及び[0020]の記載を踏まえても,本願 ,明細書の図1〜図3が「出力回路」の全体を示しているのか一部を示しているのかは,直ちに明らかとはいえない。
イ 本願明細書の段落[0015]の記載によると,トランジスタQのエミッタEに定電流回路CSが接続された回路が「出力部」を構成していると理解できるが,当該「出力部」と本願発明の「出力回路」との異同はその記載から明らかとはいえず,本願発明の「出力回路」がトランジスタQ及び定電流回路CSを含むのか否かについても明らかではない。このことは,本願明細書の段落[0018]の記載についても同様である。
ウ 本願明細書の段落[0021]の記載に関し, 「コンプリメンタリ出力回路」と本願発明の「出力回路」との異同は不明である。また,同[0023]の記載に関し, 「コンプリメンタリ出力回路」が「出力部」を構成することは理解できるものの, 「コンプリメンタリ出力回路」及び「出力部」と,本願発明の「出力回路」との異同は不明である。
エ 本願明細書のその他の記載を参照しても,本願発明の「出力回路」が図1〜図3のどの範囲を意味しているのかは,明らかではない。
オ 以上によると,本願の請求項1の「・・・を特徴とする」という記載(「3端子増幅素子」「定電流回路」及び「コンデンサ」による構成を特定する記載)が「オ ,ーディオ用増幅器」を修飾しており,本願発明は前記構成の一部分ないしそれとは別体の「出力回路」を特定しているのか, 「・・・を特徴とする」という記載が「出 力回路」を修飾しており, 「出力回路」自体が「3端子増幅素子」「定電流回路」及 ,び「コンデンサ」の全てを備えているのかが,明らかとはいえない。
カ 本願発明の技術的範囲は,第三者に不測の不利益を及ぼす程度にまで,不明確であり,本願の特許請求の範囲の記載は,特許法36条6項2号に規定する要件を満たしていない。
(2) 進歩性について ア 甲1(特開2003-243944号公報。本件審決における「引用文献1」)に記載された発明の認定 甲1には,甲1の【図6】に関する次の発明(以下「引用発明」という。)が記載されている。
「エレクトレットコンデンサマイクロフォンであって, バイポーラトランジスタ(15)と, 前記バイポーラトランジスタ(15)のベースにマイクコンデンサ(2)が接続され, 前記バイポーラトランジスタ(15)のエミッタに接続された固定電流源(11)とを備え, 前記バイポーラトランジスタ(15)のコレクタは接地され, 前記バイポーラトランジスタ(15)のエミッタと前記固定電流源(11)の接続点で出力が取り出され, 前記バイポーラトランジスタ(15)のベースにショットキーバリアダイオード(6)のアノードが接続され, 前記ショットキーバリアダイオード(6)のカソードが接地され, 前記バイポーラトランジスタ(15)のエミッタとコレクタとの間にコンデンサ(9)が接続され, 前記ショットキーバリアダイオード(6),前記バイポーラトランジスタ(15)及びコンデンサ(9)によりインピーダンス変換回路(3)が構成され, 前記マイクコンデンサ(2)に音声信号が入力され, 前記インピーダンス変換回路(3)は,音声信号によるマイクコンデンサ(2)の静電容量の変化により生ずる信号電圧をインピーダンス変換し, 前記コンデンサ(9)は,RFバーストノイズを抑制するためのものであり, ショットキーバリアダイオード(6)を高抵抗素子として採用した エレクトレットコンデンサマイクロフォン。」 イ 周知技術 甲2(特開平11-298991号公報。本件審決における「引用文献2」)及び甲3(実願昭50-025797号(実開昭51-107248号)のマイクロフィルム。本件審決における「引用文献3」)の記載から明らかなように,「出力信号の直流を遮断する目的で出力端子と負荷との間にコンデンサを設けること」(以下「本件周知技術」という。)は,オーディオ技術分野で周知である。
ウ 対比 本願発明が請求人(原告)の主張するように一体としての「オーディオ用増幅器の出力回路」であると仮定した上で,本願発明と引用発明とを対比すると,次の一致点で一致し,相違点1〜3で相違する。
(一致点) 「入力端子と出力端子と共通端子を有する3端子増幅素子と, 前記3端子増幅素子の前記共通端子に接続されて前記3端子増幅素子に略一定の電流を流す定電流回路とを備え, 前記3端子増幅素子の前記出力端子は接地され, 前記3端子増幅素子の前記共通端子と前記定電流回路の接続点で増幅出力が取り出されることを特徴とするオーディオ用増幅器の出力回路。」 (相違点1) 本願発明では「前記3端子増幅素子の前記共通端子と前記定電流回路の接続点」と「接地」の間で増幅出力が取り出されるのに対し,引用発明の「バイポーラトラ ンジスタ(15)のエミッタと前記固定電流源(11)の接続点で」の出力が,どことの間で取り出されるのか特定されていない点。
(相違点2) 本願発明では「前記接続点と前記増幅出力の端の間に,直流を遮断するコンデンサが設けられ」るのに対し,引用発明にはそのようなコンデンサが存在しない点。
(相違点3) 本願発明は「前記定電流回路により,前記増幅出力の端に流す出力の反作用を吸収し,出力に伴う消費電流の変化をなくし,電源回路に信号に相関した電流を流さない出力部を構成した」ものであるのに対し,引用発明ではそのような構成が特定されていない点。
エ 判断 (ア) 相違点1について 引用発明におけるバイポーラトランジスタ(15)のエミッタと固定電流源(11)との接続点での出力が,どことの間で取り出されるのかに関し,甲1で明示はないものの,電子回路の技術分野において,接地が基準電位として機能し,当該基準電位との間で出力を取り出すことは,技術常識であるから,相違点1は実質的な相違点ではない。
(イ) 相違点2について オーディオ技術分野において,「出力信号の直流を遮断する目的で出力端子と負荷との間にコンデンサを設けること」は周知技術(本件周知技術)であり,引用発明において,同様の目的のため,出力の際にコンデンサを設けることは当業者が容易になし得ることである。
(ウ) 相違点3について 引用発明において,前記(ア)及び(イ)で示した出力形態をとる場合,固定電流源(11)からバイポーラトランジスタ(15)へ流れる電流と,固定電流源(11)から直流を遮断するためのコンデンサ及び負荷を経て接地へ流れる電流との和は一定 となるから,固定電流源(11)の作用によって,前記出力の反作用を吸収し,出力に伴う消費電流の変化をなくし,電源回路に信号に相関した電流を流さないという,本願発明と同様の作用効果が得られるものと認められる。したがって,相違点3に係る構成は容易になし得る。
(エ) 効果について 相違点1〜3を総合的に勘案しても,本願発明の奏する作用効果は,引用発明及び本件周知技術による作用効果から予測される範囲内のものにすぎず,格別顕著なものではない。
(オ) 以上のとおりであるから,本願発明は,引用発明及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明することができたものであって,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。
原告主張の取消事由
1 取消事由1(明確性要件について) (1) 次のとおり,特許請求の範囲の記載,明細書の記載及び図面,当業者の出願時における技術常識からして,本願発明は明確である。しかるに,第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であると判断した本件審決には,その結論に影響を及ぼすことが明らかな誤りがある。
ア 特許請求の範囲の記載について (ア) 本願発明のうち「・・・を特徴とする」との記載が何を修飾するかについては, 「・・・」の部分,すなわち本願発明の「3端子増幅素子」「定電流回路」及び ,「コンデンサ」並びにそれらの接続関係について考慮する必要があり,本願発明の構成要素及びそれらの接続関係に基づいて合理的に解釈すると,次のとおり,本願の請求項1の記載は明確である。
「・・・を特徴とする」との記載について,本願発明の構成要素及びそれらの接続関係を離れた国語的解釈のみを問題にすることは相当でない。
a 「オーディオ用増幅器の出力回路」において, 「の」は格助詞であり,前の語 句の内容を後の体言に付け加え,その体言の内容を限定するものである。
「オーディオ用増幅器の」は,連体修飾語であり「出力回路」を修飾しており, 「出力回路」の動作及び作用効果,すなわち駆動する負荷がスピーカーなどの音響デバイスであること,必要とされる出力の電圧・電流値,入力信号がカットされてはいけないことを意味する。このように,「オーディオ用増幅器の出力回路」は一体であって,「オーディオ用増幅器」と「出力回路」に分かれるものではない。
b そして,本願発明の「3端子増幅素子」「定電流回路」及び「コンデンサ」 ,は,いずれも「出力回路」(一体としての「オーディオ用増幅器の出力回路」)を修飾するものというべきである。
この場合,「出力回路」が「3端子増幅素子」「定電流回路」及び「コンデンサ」 ,を含み, 「オーディオ用増幅器」が「出力回路」を含む。そして, 「3端子増幅素子」の「共通端子と定電流回路の接続点と接地の間で増幅出力が取り出され」る。
本願明細書によると,この増幅出力は,スピーカーなどの負荷,本願明細書に基づけば「従来のオーディオ用増幅器の出力回路に接続したとき,その電源回路に信号電流を流し,音質に影響を与えていた負荷」に接続される。
この点,本願発明の「オーディオ用増幅器の出力回路」 本願明細書の段落 は, [0017]並びに図2及び図3に記載されているスピーカーなどの負荷を駆動するものであるが,負荷はスピーカーに限定されない。本願明細書には,先行技術として,甲6(飯野高臣 「クロストーク キャンセル回路搭載 ・ MCヘッドアンプの製作 ACT-2」ラジオ技術昭和63年12月号75頁〜79頁,株式会社ラジオ技術社,昭和63年12月1日発行。本願明細書における「非特許文献1」が挙げられているところ, )MCヘッドアンプとは,アナログレコードに刻まれている溝から音響信号を拾い出すカートリッジ(アナログレコードプレーヤーのアームの先端についているもの)の微弱な信号を増幅するもので,その増幅出力はプリメインアンプなどに入力され,その場合の負荷はプリメインアンプなどである。その上で,本願明細書の段落[0002]〜[0004]の記載に基づくと,本願発明の負荷とは,従来のオーディオ用増幅器の 出力回路に接続したとき,その電源回路に信号電流を流し,音質に影響を与えていた負荷(このような負荷にはある程度大きな信号電流が流れる。)のことであり,当該負荷を駆動するのは,増幅器の最終段である出力段に当たる。したがって,本願発明の「オーディオ用増幅器の出力回路」は,上記の電源回路に信号電流を流していた負荷,例えばスピーカーを駆動する回路であり,増幅器の最終段である出力段に相当するものである。
c 上記の理解は,自然な解釈であって,合理的なものであり,後記ウの技術常識にも沿うものである。なお,後記(2)のとおり, 「オーディオ用増幅器の出力回路」という表現は「オーディオ用増幅器」や「出力回路」よりも実務上好ましいとされている。
(イ) これに対し,@「・・・を特徴とする」が, 「オーディオ用増幅器」を修飾すると理解する場合については, 「出力回路」が宙ぶらりんとなって日本語として不自然であり,また, 「オーディオ用増幅器」 「3端子増幅素子」 が の出力と「出力回路」の二つの出力を有することになり,技術的にも問題がある。この点, 「3端子増幅素子」から取り出される増幅出力はスピーカーなどの負荷に接続されるところ,本願明細書には,出力回路」 「 が接続されるべき他の負荷について全く記載されていない。
したがって,前記理解は合理的でない。
また,A「・・・を特徴とする」が,「出力回路」を修飾するものの,「オーディオ用増幅器」と「出力回路」とは別体であると理解する場合については, 「オーディオ用増幅器」の前後で意味内容を区切ることは日本語として不自然であり,また,前記@と同じ理由により,技術的にもおかしい。加えて,別体であるとの解釈は,本願明細書の段落[0012][0016][0017][0019]及び[0020]の記載とも矛盾 , , ,する。上記のうち,段落[0016]の「プリアンプ等」及び[0019]の「パワーアンプ等」は,「オーディオ用増幅器」に相当するものである。
(ウ) 甲7(特許第5848546号公報)の特許請求の範囲の請求項1は, 「差動増幅器」「演算増幅器」「絶縁伝達器」「バイアス電圧源」 , , , 「を備えたことを特徴と する」 「電力増幅器のバイアス回路」というものであり,国語的解釈の点で本願発明と異なるところはない。これについては,特許査定がされていることからも,本件審決が問題とする国語的解釈には理由がない。
イ 本願明細書の記載について (ア) 本願明細書には,図1〜図3がいずれも「増幅器の出力回路の回路図」を示していることが明記されている。
(イ) 本願明細書の記載から,本願明細書の実施例における「出力部」や「コンプリメンタリ出力回路」と本願発明における「出力回路」とが同じものであると理解できる。すなわち,本願明細書の段落[0008][0009][0011][0015][0016] , , , , ,[0018][0019][0023]及び[0027]においては, , , 「出力部」と「出力回路」について,一貫してその消費電流が変化しないと記載されており,その回路は図面等に明確に示されているところである。
なお,同[0016]及び[0019]のいずれにおいても, 「図示しない前段の増幅部についても」「信号による消費電流の変化がない回路を選択すれば」とあり,そうす ,ることで「増幅部とこの出力部の全体で,信号に相関した電流を電源回路に流さない」「プリアンプ等」や「パワーアンプ等」を構成できると述べている。これらは,本願明細書の図1や図2に図示しない前段の増幅部について本願発明を適用した場合について述べるものであり,その場合,信号に相関した電流を電源回路に流さないようにしているのは,図示しない前段の増幅部と出力部である。
技術常識について 前記ア(ア)の解釈は,次のとおり,オーディオ用増幅器分野における技術常識からも妥当である。
(ア) 甲4(ネルソン・パス/中村吉光訳「初めてアンプを作る人のためのアンプキャンプ・アンプ#1の製作」ラジオ技術平成25年6月号57頁〜62頁,株式会社アイエー出版,平成25年5月12日。本願明細書における「非特許文献2」)の記載 甲4は,パワーアンプを自作する記事であるところ,甲4の「〈第4図〉負帰還回路を加えた最終回路」は,当該パワーアンプの回路全体を示しており,それに含まれる増設段が,〈第1図〉本機の基本回路」及び「 「 〈第2図〉第1の回路にMOS-FETの定電流回路を加える」に示されている。そこにおいて,パワーアンプは「オーディオ用増幅器」,増幅段は「出力回路」,増幅段のMOS-FET(トランジスタ。前記の第1図,第2図及び第4図のいずれにおいてもQ1の符号が付されている。)は「3端子増幅素子」であって,これらの包含関係は,前記ア(ア)の解釈と一致している。
(イ) 甲5(ネルソン・パス/中村吉光訳「3極管に似た特性のV-FETの音を堪能できる2SK82/2SJ28 A級PPアンプ」ラジオ技術平成27年12月号101頁〜108頁,株式会社アイエー出版,平成27年11月12日。本願明細書における「非特許文献3」)の記載 甲5は,パワーアンプを自作する記事であるところ,甲5の「〈第1図〉アンプ部の簡略図」が,当該パワーアンプの回路全体を簡略に示している。そこにおいて,右側の四つのトランジスタ(二つのN SITと二つのP SIT)は,出力段であり,パワーアンプ全体が,四つのトランジスタからなる出力段を含むことが理解できる。そこにおいて,パワーアンプは「オーディオ用増幅器」,出力段は「出力回路」,四つのトランジスタは「3端子増幅素子」であって,これらの包含関係は,前記ア(ア)の解釈と一致している。
(2) 本件審決が指摘するように,本願の請求項1の「・・・を特徴とする」との記載が「オーディオ用増幅器」を修飾するのか「出力回路」を修飾するのか不明瞭であるというのであれば,どちらかを削除すれば形式的には問題は解消することになるが, 「オーディオ用増幅器の出力回路」を「オーディオ用増幅器」に補正した場合には,サポート要件違反となるおそれや,新規事項の追加とされるおそれがある。
「出力回路」に補正した場合はそのようなおそれはないが,本願発明の動作及び作用効果並びに用途が不明確となる。
この点,甲8(弁理士会研修所「基本テキスト」38頁〜39頁,弁理士会研修 所,平成6年11月22日発行)に記載された実務指針に照らしても,「出力回路」は漠然とした記載であって好ましくなく, 「オーディオ用増幅器の出力回路」が最良であると解される。
(3) 被告の主張について ア 被告は, 「○○の回路図」であると説明されている図が必ずしも「○○の回路図」のみを示すわけではないという例として,乙1(特開2005-348054号公報)の図1等を指摘するが,そのような解釈が生じるのは,同図が三つのトランジスタを備えているためであり,トランジスタが一つである本願には当てはまらない。
イ 被告は,トランジスタそのものを「出力回路」と認定するが,トランジスタは3端子増幅素子であり,それ単体で回路を構成できないから「出力回路」ではない。
ウ 被告は,乙4の1(実願昭52-146118号[実開昭54-72451号]のマイクロフィルム)を指摘して,パワーアンプがオーディオ用増幅器の出力段として記載されることもあると主張するが,乙4の1の第1図における出力段は,シングルエンデッドプッシュプル(SEPP)回路に係るトランジスタTr1とTr2である。
2 取消事由2(進歩性について) (1) 引用発明の認定の誤り 本件審決による引用発明の認定のうち,高抵抗素子(ショットキーバリアダイオード(6) を備えるエレクトレットコンデンサマイクロフォンが甲1に記載されて )いるとの認定には誤りがある。
すなわち,甲1の図2から明らかなように,ショットキーバリアダイオード(6)は,しきい値(同図によると0.3V程度)より大きな順方向電圧に対しては抵抗が急速に小さくなってほぼゼロとみなせるようになり,単なる電線のような手段として機能するのであって,そもそも抵抗素子ではない。通常,抵抗素子の抵抗値が 印加される電圧によって変化しないのに対し,ショットキーバリアダイオードの抵抗値は著しく変化し,両者は全く異なる。
甲1の段落【0014】における「高抵抗素子として採用した」といった記載は,同【0016】の記載と併せて理解しなければならず,比喩的な表現であって,技術的に正確なものではない。引用発明は,0.1〜0.2V程度の低電圧レンジを対象とする発明であり,しきい値を超えるオーディオ信号の電圧には,全く適用できないことに留意すべきである。
したがって,本件審決には,引用発明の認定を誤った違法がある。
(2) 相違点の看過 ア 看過された相違点 本件審決は,原告が本件審判手続において提出した令和3年2月5日付け意見書(乙8)で主張した次の相違点ア及びイを看過している。
(相違点ア) 本願発明は,ショットキーバリアダイオードを備えないのに対し,甲1に記載の回路は,「バイポーラトランジスタ(15)」のベース端子に,必須の構成要素として「ショットキーバリアダイオード(6)」を備える点。
(相違点イ) 本願発明は,その「前記増幅出力の端」に負荷であるスピーカーが接続され,当該スピーカーを駆動する,増幅器の最終の段である出力段に相当するのに対し,甲1に記載の回路は,「マイクコンデンサ(2)」の音声信号を増幅する,増幅器の最初の段である入力段に相当する点。
イ 相違点アについて (ア) 本願発明が,ショットキーバリアダイオードを備えることを除外していないことを理由として,本願の請求項1に記載されていない回路素子を備えるものと認定することは,請求項の記載に基づかない解釈であって,特許庁の「特許・実用新案審査基準」における,請求項に係る発明の認定についての「審査官は,請求項に 係る発明を,請求項の記載に基づいて認定する。という基準にも反し, 」 違法である。
仮に,除外していないものを請求項に記載された発明の構成要素として任意に追加できるのであれば,審査において発明を都合のよいように自由に変形できることとなり,明らかに不合理である。
(イ) ショットキーバリアダイオードを,本願明細書の実施例1に記載されているが本願発明の特定事項には含まれていない抵抗R1及びR2と同じに扱うことはできない。前記(1)のとおり,ショットキーバリアダイオードは,高抵抗素子ではない。
また,本願明細書にショットキーバリアダイオードは全く記載されていないから,本願の請求項1にショットキーバリアダイオードを追加するような補正は,明らかに,サポート要件違反となるし,新規事項の追加にも該当するのであり,このことからも,ショットキーバリアダイオードを抵抗R1及びR2と同じに扱うことができないことが分かる。
(ウ) 次のとおり,本願発明と,ショットキーバリアダイオード(6)を備えた引用発明は,動作,特に入出力電圧の点で全く異なっている。
a 引用発明について マイクコンデンサの電圧範囲は狭いため,引用発明は0.1〜0.2Vという範囲の信号を扱うように設定されており,引用発明は,低電圧レンジ内で使用されるものである(甲1の段落【0016】。上記範囲を超える信号が入力された場合, )前記(1)のとおり,ショットキーバリアダイオード(6)は短絡手段として機能し,しきい値より大きな信号は接地に流れ,バイポーラトランジスタ(15)のベースに入力されないこととなることから,しきい値を超える部分に係る出力信号が大きくカットされてしまうことになる。引用発明は,しきい値を超える信号が入力されても増幅できないし,しきい値を超える信号を出力することもできない。
したがって,引用発明は,0.1〜0.2Vという狭い範囲でのみ使用可能なもので(同【0016】,一般的なオーディオ用増幅器の出力信号の範囲が数V程度 )であること(後記b参照)からすると,引用発明は,一般的なオーディオ用増幅器 とはいえず,一般的なオーディオ用増幅器には使用できない,エレクトレットコンデンサマイクロフォンの用途に限られた,特殊なインピーダンス変換器であるというべきである。
b 本願発明について 具体的な電圧は負荷及び出力によって異なるが,本願発明は,数ボルト程度(実効値。瞬時値の2乗を1周期の間で平均し,その平均値の平方根をとったもの。)の範囲で使用される。負荷がインピーダンス8Ωのスピーカーの場合の電圧(約2.8V〜28V)及び電流(約350mA〜約3.5A),負荷がインピーダンス32Ωのヘッドフォンの場合の電圧(約1.8V)及び電流(約55mA)や,プリアンプ(コントロールアンプ)の出力(2〜5V程度)を踏まえ,実効値が正弦交流の場合には電流・電圧ともにその最大値の各1/√2すなわち約0.7倍に当たることも考慮すると,本願発明の数ボルトとは,約2.5V〜約40Vの範囲となる。
同様に,電流は,約77mA〜約5Aの範囲となる。
しかるに,仮に,本願発明について,ショットキーバリアダイオードを備えるものとした場合には,前記aの場合と同様,出力信号が大きくカットされてしまい,数ボルトの出力の出力回路としては動作しなくなってしまう。ショットキーバリアダイオードを備えるとした場合には,本願発明は,オーディオ用増幅器の出力回路として動作できなくなる。
(エ) 被告は,本願発明では入出力電圧の範囲が限定されていない旨を述べるのみで,本願発明の入出力電圧がどのようなもの(何ボルト)であるのか一切示していないが,引用発明を本願発明と対比し,進歩性の判断を行うためには,0.3V以下なのか,それとも0.3Vより大きいのかを,その根拠とともに示すことが最低限求められるというべきである。
また,被告が,本願発明はショットキーバリアダイオードを備えないことについて何も限定していないから,ショットキーバリアダイオードを備えることを含むものであると述べる一方で,本件審決は,本願発明がショットキーバリアダイオード を必須の構成要素としているとは認定していない,その有無について限定していないと述べるのは,明らかに矛盾している。
ウ 相違点イについて (ア) 本願発明は,増幅器の最終の段である出力段に相当する。前記1(1)ア(ア)bのとおり,本願発明の負荷とは,従来のオーディオ用増幅器の出力回路に接続したとき,その電源回路に信号電流を流し,音質に影響を与えていた負荷のことであり,本願発明の効果は,当該負荷を接続したときでも音声信号に相関した電流を電源回路に流さないので電源回路による音質への影響を排除でき,これまでにない良好な音質を得られることである。
本願発明が出力段に相当することは,本願発明が「前記3端子増幅素子の前記共通端子と前記定電流回路の接続点と接地の間で増幅出力が取り出され」る「オーディオ用増幅器の出力回路」であることから明確である。本願明細書においては, 「前記増幅出力の端」に負荷であるスピーカーなどが接続され,当該スピーカーなどを駆動することが記載されている。
(イ) これに対し,引用発明は, 「インピーダンス変換回路」であり,甲1の段落【0010】及び【0016】の記載から,音声信号を増幅する増幅回路の最初の段である入力段に相当するものであることが明らかである(後記(4)イの図も参照)。
(ウ) 被告は,本願発明がオーディオプリアンプ等に適用できることを根拠に,入力段として用いられることを包含していると主張するが,オーディオプリアンプ等はその内部に複数の増幅段を備え(甲4〜6) 本願発明はその最終の段に使用され ,る(これにより電源回路に信号に相関した電流を流さない出力部を構成できる)のであり,最終の段は出力段であるから,被告の指摘は当たらない。
また,被告は,引用発明が増幅器の最終の段である出力段に相当すると主張するが,引用発明は,信号に相関した電流を電源回路に流さないから,本願発明でいう増幅器の最終の段である出力段には相当しない。
(3) 容易想到性の判断の誤り 次のとおり,引用発明と本願発明は,技術分野を異にし,解決課題や効果も異なり,引用発明の内容中に示唆もない一方,阻害要因があるから,当業者が引用発明に基づき本願発明を容易に想到することはない。
ア 動機付けがないこと (ア) 前記(2)イ(ウ)aのとおり,引用発明は,一般的なオーディオ用増幅器には使用できない,エレクトレットコンデンサマイクロフォンの用途に限られた特殊なインピーダンス変換器であるから,当業者において,引用発明をオーディオ用増幅器の出力回路に適用しようとはしない。
(イ) 引用発明は,半導体チップ(集積回路)に関するもので,個別部品で構成されるオーディオ用増幅器(甲4〜6参照)とは技術分野も異なり,解決課題(甲1の段落【0008】)と効果(同【0025】)の点でも,本願発明とは全く異なる。
当業者が,オーディオ用増幅器の改良のために,引用発明を出発点とするとは解されない。
(ウ) 引用発明の内容中には,引用発明を本願発明のオーディオ用増幅器に適用することの記載も示唆も存在しない。
他方で,ショットキーバリアダイオード(6)は,甲1において,明細書と図面に記載されているだけでなく請求項にも記載されている,引用発明の最重要構成要素である。したがって,甲1に接した当業者において,ショットキーバリアダイオード(6)を抜いて引用発明を評価することはないと解される。事後分析的かつ非論理的思考を排除し,ショットキーバリアダイオード(6)を含めて引用発明の作用効果を評価する必要がある。
イ 阻害要因があること 前記(2)イ(ウ)aのとおり,引用発明が,ショットキーバリアダイオード(6)の作用により,オーディオ用増幅器としては到底使い物にならない回路である一方,甲2及び3における回路の負荷はスピーカーであり(甲2の段落【0009】【0 ,041】及び【0054】,甲3の2頁下から8行目〜6行目,同頁下から2行目, 4頁下から3行目) 甲2及び3が示す周知技術は, , スピーカーを駆動する出力回路にコンデンサを設けるものである。
前記(2)イ(ウ)bのとおり,スピーカーを駆動するためにパワーアンプが出力する信号の電圧は数ボルトであって,引用発明が扱うことのできる範囲をはるかに超えているから,引用発明に上記周知技術を採用すると,ショットキーバリアダイオードは使用できず,半導体チップ上の面積が大きくなり,半導体チップの集積化ができなくなってしまうのであって,動作範囲を0.1〜0.2Vに限定することで高抵抗に代えてショットキーバリアダイオードを使用でき,半導体チップ上の面積を小さくし,半導体チップに集積化を可能にしたという引用発明の技術思想に反することになる。
特許庁の「特許・実用新案審査基準」には,阻害要件の例として, 「主引用発明に適用されると,主引用発明が機能しなくなる副引用発明」が挙げられているところであって,上記の点は,引用発明への上記周知技術の適用の阻害要因に当たる。引用発明をカップリングコンデンサを介してスピーカーに接続しても,スピーカーを駆動できないのは明らかである。引用発明から出発して得たものが,本願発明における負荷の一つとして本願明細書及び図面に明記されているスピーカーを駆動できないということは,本願発明に到達できていないことを意味する。引用発明に周知のカップリングコンデンサを適用したとしても,本願発明を容易に想到することはできない。
(4) 顕著な作用効果の看過 ア 本願発明の効果は,スピーカー等の負荷を接続したときでも音声信号に相関した電流を電源回路に流さないので電源回路による音質への影響を排除でき,これまでにない良好な音質を得られることであるところ,これは,引用文献や周知技術にも開示されていない新たな作用効果である。
イ 上記に関し,技術常識に基づき検討すると,引用発明において,出力に伴う消費電流の変化は無視できる程度に小さいから,出力の反作用はなく,それを吸収 するといった効果はなく,引用発明において本願発明と同様の作用効果が得られるとはいえない。
すなわち,甲10(「マイクの種類と使い方」CQ出版社オンライン・サポート・サイト CQ connect[https://以下省略],令和3年6月4日閲覧)に記載された,エレクトレットコンデンサマイクロフォンの音声信号を電気信号として取り出すための回路であるマイク・アンプの具体的な回路(甲10の図8)を,引用発明に係る甲1の【図6】に接続する(同図8の負荷抵抗RLは,引用発明の固定電流源(11)と重複するので取り除く。)と,次のようになる。
上図において,R1〜R3は抵抗,C1はコンデンサ,U1は演算増幅器(オペアンプ[operational amplifier]。高い直流安定性をもち,発振を極力おさえた増幅器)であるところ,演算増幅器の入力インピーダンスは極めて高く,電流は流れ込まないから,引用発明の出力端を通る電流は,全て抵抗R3を流れる。出力電圧が0.2Vであるとすると,その電流値は最大で0.2V÷100kΩ=2μAとなるから,引用発明の負荷電流は極めて小さく,電源回路に信号電流を流すことはない。前記(2)イ(ウ)bのとおり,オーディオ用増幅器にスピーカーやヘッドフォンを接続したときの負荷電流は,約77mA〜約5Aであって,引用発明の負荷電流との間には,3万8500倍〜250万倍もの差があるのである。
ウ(ア) 被告は,バイポーラトランジスタにより構成される増幅器は入力インピーダンスが低いため,エレクトレットコンデンサマイクユニットから流出する負荷電流を無視できなくなると主張するが,誤りである。バイポーラトランジスタにより構成される増幅器であっても,負荷電流は数μAであって,前記イで指摘した2μAよりも小さいか同程度であり,無視できる程度である。
(イ) 被告は,本願の請求項1に規定される作用効果は,その多寡を問題にしていないなどと主張するが,被告の主張は,あたかも乙17(特開平11-298991号公報)の増幅器しか本願発明には接続されないかのような主張であって,妥当でない。そもそも,被告は,電源回路に流れる信号電流に関し,本願発明の3端子増幅素子(トランジスタ)を流れる電流を考慮しておらず,失当である。
被告の主張
1 取消事由1(明確性要件について)について (1) 本願発明の不明確性 ア 日本語としての観点について 本願の請求項1のうち,「・・・を特徴とする」は,連体修飾節であるが,「オーディオ用増幅器」を修飾しているとも「出力回路」を修飾しているとも解釈でき,本願の請求項1の記載のみからどちらの解釈が正しいのかを直ちに判断することはできない。本願の請求項1において, 「3端子増幅素子」及び「定電流回路」を「備え」る主体については記載がなく,その全体を通して,その主体が「オーディオ用増幅器」なのか「出力回路」なのかを明確に規定する記載はない。
イ 本願明細書の記載について 次のとおり,本願明細書を参照しても,本願発明の「オーディオ用増幅器」及び「出力回路」が本願明細書に記載された回路のどの部分に対応するのかについては多義的に解釈することができ,本願明細書の段落[0012][0017]及び[0020]の ,記載を踏まえても,本願明細書の図1〜図3が本願発明の「出力回路」そのものを図示していると直ちに解釈することはできず,本願の請求項1のうち「・・・を特 徴とする」が「オーディオ用増幅器」と「出力回路」のいずれを修飾するのかは不明確である。
(ア) 特許出願に添付される明細書及び図面において, 「○○の回路図」であると説明されている図が必ずしも「○○の回路図」のみを示すわけではないから(例えば,乙1[特開2005-348054号公報]の段落【0030】 0032】 図1) , 【 , ,本願明細書の図1〜図3は,本願発明の「出力回路」とは別の回路を含んでいる図であるかもしれず,それを否定する記述は本願明細書に存在しない。
(イ) 本願明細書の実施例1及び実施例2の説明においては, 「出力回路」との記載がその冒頭(本願明細書の段落[0012]及び[0017] にあるのみで, ) それ以降に「出力回路」の記載はない。また, 「オーディオ用増幅器」の文言は,本願明細書になく,「増幅器」の文言も,実施例1及び実施例2についてはその冒頭にあるのみである。
したがって,本願発明の「オーディオ用増幅器の出力回路」が図面のどの範囲に対応しているのかが不明である。
(ウ) 本願明細書の実施例1及び実施例2の冒頭以外の記載(本願明細書の段落[0013] [0016][0018] 〜 , , [0019] において, ) 本願発明の「オーディオ用増幅器」又は「出力回路」に対応しそうな文言としては,「オーディオプリアンプ等」(同[0015], )「出力部」 (同[0015][0016][0018][0019], , , , )「増幅部」 (同[0016],[0019], )「プリアンプ等」 (同[0016], )「出力トランジスタ」 (同[0018], )「オーディオパワーアンプ」 (同[0018])及び「パワーアンプ等」 (同[0019])があるが,それらの段落を踏まえても,本願発明の「オーディオ用増幅器」及び「出力回路」が本願明細書に記載された回路のどの部分に対応するのかについては,多義的に解釈することができ,上記各文言と本願発明の「オーディオ用増幅器」及び「出力回路」との対応関係も一義的に明確ではない。なお,上記に関し,例えば,パワーアンプがオーディオ用増幅器の出力段として記載されることもある(乙4の1の3頁8行目)。
(エ) 本願明細書の実施例3の説明では, 「出力回路」との記載がその冒頭(本願明 細書の段落[0020])にあるが,それ以降に「出力回路」は単独で現れず,これと類似した記載として「コンプリメンタリ出力回路」(同[0021]〜[0023])との記載が現れる。これらの記載からすると,本願発明の「オーディオ用増幅器」及び「出力回路」の意義の解釈は,更に多義的なものとなり得る。
ウ 本件審判手続の審理経過について 本件審判手続において,審判合議体が,令和2年12月7日付けの拒絶理由通知書(乙7)により,本願の請求項1の「・・・を特徴とする」が「オーディオ用増幅器」と「出力回路」のいずれを修飾しているのか不明確である旨を通知したのに対し,原告は,特許請求の範囲の補正をしなかった。
「・・・を特徴とする」が「出力回路」を修飾するという旨を明らかにしたいならば,原告においては,例えば,本願の請求項1の冒頭に, 「オーディオ用増幅器の出力回路であって,該オーディオ用増幅器の出力回路は,」という文言を加入するのみの簡単な補正をすることにより,権利範囲を変えることなく,前記の不明確性を解消することができたにもかかわらず,そのような補正をせず,本願の請求項1を多義的に解釈する余地を残したものと認識される。
そうすると,原告においては,権利取得のためには「・・・を特徴とする」が「出力回路」を修飾するという旨を主張しつつも,権利行使の際にはこれとは異なる解釈を採用することが考えられる。そして,第三者が権利取得後の本願の請求項1の記載を読んだときにも,その解釈を誤る可能性があり,第三者に不測の不利益を及ぼすことになる。
エ 以上のとおり,本願発明は不明確であり,明確性要件を満たしていないと判断した本件審決に誤りはない。
(2) 原告の主張について ア 本願発明における負荷について 本件審判手続において,原告は,本願発明の「オーディオ用増幅器の出力回路」が,負荷であるスピーカーを駆動する回路であり,増幅器の最終段である出力段に 相当するものであると主張していた(乙8)。しかるに,原告は,本件訴訟においては,本願発明の負荷にはスピーカーも含まれるが,スピーカーに限定されないとして,上記の主張を変更したもので,本願発明について首尾一貫した主張をしていない。
また,原告が本件訴訟における主張の根拠として指摘する本願明細書の段落[0002]〜[0004]には,出力回路の電源回路が音質に影響を与えることについて記載はあるが,当該出力回路の負荷が何であるかについては一切説明がない。加えて,それらの段落で引用されている甲6(非特許文献1)をみても, 「MCヘッドアンプ」の負荷が何であるかは明確に記載されていない。さらに,本願明細書は,甲6について,「電源回路に関連した研究のなかで特殊な増幅回路を対象にその消費電流が変化しないように設定して音質を改善する試みもあったが継続的な検討はなされていない。 [0004] と記載しているところ, 」 (同 ) 甲6に開示される「MCヘッドアンプ」が本願発明の「オーディオ用増幅器」及び「出力回路」とどのような対応関係にあるのかは,明らかでない。
以上によると,原告の主張は,首尾一貫しておらず,根拠も明らかではなく,失当である。
イ 他の解釈について (ア) 原告は,@「・・・を特徴とする」が「オーディオ用増幅器」を修飾するという理解が合理的ではないと主張する。
しかし,拒絶査定不服審判事件の対象となる出願は,審理の途中にあり,拒絶の理由を発見しない(特許法51条)とされたものではないから,特許請求の範囲の記載に過誤や錯誤による不備が存在することを想定せざるを得ない。本願の請求項1の複数の文法的解釈のうち, 「出力回路」が宙ぶらりんとなって接続関係が不明であるような解釈についても, 「オーディオ用増幅器」と「出力回路」との接続関係を過誤や錯誤により記載し忘れている可能性等を考慮すべきであって,接続関係が不明で合理的ではないという理由だけでそのような文法的解釈の可能性を切り捨てる ことはできない。上記の観点から,審理の過程においては,多義的に解釈できる文について,どの解釈を意図しているのかを明らかにして文法的な明確性要件が満たされてから,他の要件(技術的な明確性要件,サポート要件等)の拒絶理由を改めて通知し,段階的に瑕疵のないクレームへと補正するよう促すことも少なからず行われており,本件についてもそのように審理をしている。
したがって,上記@の解釈が不合理であるという理由で,同解釈を除外すべきとする原告の主張は失当である。
(イ) 原告は,A「・・・を特徴とする」が,「出力回路」を修飾するものの,「オーディオ用増幅器」と「出力回路」とは別体であると理解する場合について,本願明細書の段落[0016]の「プリアンプ等」及び[0019]の「パワーアンプ等」は,「オーディオ用増幅器」に相当すると主張するが,本願明細書の「プリアンプ」及び「パワーアンプ」が単体で本願発明の「オーディオ用増幅器」に対応するものであるとの説明は,本願明細書にない。
ウ 甲7について 甲7の図1には,図の符号として100が明確に記載されており,符号100は「バイアス回路100」(甲7の段落【0021】【0030】 , )であると明確に示されている。そして,「バイアス回路100」は,「差動増幅器110」「演算増幅 ,器120」「フォトカプラ140」及び「定電圧源150」を含んでいることが明 ,示されており(同【0021】【0030】 , ,図1),それぞれが甲7の特許請求の範囲の請求項1に記載される「差動増幅器」「演算増幅器」「絶縁伝達器」及び「バ , ,イアス電圧源」に対応することが,甲7の明細書の記載(同【0021】〜【0026】)から明らかである。そして,甲7の段落【0021】の記載によると,「トランジスタQ11」及び「トランジスタQ12」を用いたSEPP回路が同請求項1に記載される「電力増幅器」に対応することも明らかである。
したがって,甲7は,その明細書及び図面の記載から, 「電力増幅器」と「バイアス回路」の範囲が一意に特定できるものであって,同請求項1の「・・・を特徴と する」が「電力増幅器」ではなく「バイアス回路」を修飾することが明らかである。
甲7と本願では,明細書の開示の程度が全く異なっており,同列に議論をすることはできず,甲7は本願に関する反例とはならない。
エ 本願明細書における「出力部」と「出力回路」について 原告は,本願明細書において, 「出力部」と「出力回路」について,一貫してその消費電流が変化しないと記載されているからそれらは同じものであると理解できる旨を主張するが,本願明細書によると, 「プリアンプ等」 (本願明細書の段落[0016])や「パワーアンプ等」(同[0019])も信号に相関した電流を電源回路に流さないとされており,これらの消費電流も変化しないと認められ, 「プリアンプ等」及び「パワーアンプ等」も本願発明の「出力回路」と同じものであることになる。そうすると,本願の請求項1の「出力回路」の解釈が一意に定まらないことに変わりはない。
オ 甲4及び甲5について 原告は,甲4のパワーアンプが「オーディオ用増幅器」,増幅段が「出力回路」であり,甲5のパワーアンプが「オーディオ用増幅器」,出力段が「出力回路」であるなどと主張するが,甲4及び甲5のパワーアンプが本願発明の「オーディオ用増幅器」に対応することや,甲4の増幅段及び甲5の出力段が本願発明の「出力回路」に対応することについて,客観的に説明していない。
この点,本願明細書では,甲4(非特許文献2)及び甲5(非特許文献3)を先行技術文献として挙げた上で, 「非特許文献2の回路は,ソース接地回路であり,本発明の実施の形態に係るドレイン接地回路又はコレクタ接地回路とは異なる。(本 」願明細書の段落[0030], )「非特許文献3の回路は,一般的なコンプリメンタリのコモン・ドレイン(ソース・フォロア)で,本発明の実施の形態に係る回路とは全く異なる。(同[0031] 」 )との説明を加えているだけで,甲4及び甲5の回路と本願発明の回路との対応関係は説明されていない。
したがって,原告の主張は,原告の主観に基づいたものにすぎず,客観性を欠き,失当である。
カ 補正をした場合の問題点等について (ア) 原告は, 「オーディオ用増幅器の出力回路」を「オーディオ用増幅器」に補正して, 「・・・を特徴とする」が「オーディオ用増幅器」を修飾することとする場合の弊害(「出力回路」を修飾する場合とは技術的範囲が異なり,サポート要件違反や新規事項の追加のおそれがあること)を明確に認識しているのであって,そのような主張をする時点で,原告が本願発明の多義性を認めているも同然である。
他方, 「オーディオ用増幅器の出力回路」を「出力回路」に補正することについての原告の主張は,動作,作用効果及び用途を不明確にする補正のみを意図的に抽出して論じるものにすぎない。それらを現状のままとして補正が可能なことは,前記(1)ウで指摘したとおりである。
(イ) 原告は, 「出力回路」が漠然とした記載であり実務上好ましくないなどと主張する。
しかし,原告がその根拠として挙げる甲8は, 「発明の名称」についての弁理士会の指針を示したもので,「特許請求の範囲」の書き方についての指針ではない。
また,特許請求の範囲の記載は,出願人又は拒絶査定不服審判の請求人が決めるべきもので,請求項の末尾を ・ 「・ ・を特徴とする出力回路。 としたからといって, 」直ちに不明確になるものでもない。請求項の末尾に至るまでに請求項中にどの様な記載ぶりで発明の構成を特定しているのかが,発明の明確性の判断を左右するのであって,請求項の末尾の表現のみが発明の明確性の判断を左右するものではない。
2 取消事由2(進歩性について)について 本願発明の「・・・を特徴とする」が「出力回路」を修飾すると仮定しても,次のとおり,原告の主張には理由がない。
(1) 引用発明の認定の誤りについて ア 本件審決は,引用発明を,甲1の明細書における第4の実施形態(段落【0024】,図6)に基づいて,正しく認定している。
引用発明は,エレクトレットコンデンサマイクロフォンであり,その入出力電圧 は,甲1に記載された他の実施形態と同様,0.1〜0.2(V)程度の低電圧レンジ内である(甲1の段落【0016】)ところ,上記入出力電圧の範囲内で「ショットキーバリアダイオード(6)を高抵抗素子として採用」することが可能なことは,甲1の明細書及び図面の記載から明らかである。
本願発明は入出力電圧について限定されていない(後記(2))から,本件審決は,対比の際に不要となる入出力電圧の範囲を引用発明として認定しなかったにすぎない。
イ 原告は,ショットキーバリアダイオードのしきい値(0.3V程度)を超える場合について主張するが,引用発明は0.1〜0.2V程度の入出力電圧で用いるものであるから,0.3V以上の電圧について引用発明を認定すること自体が前提として失当である。本件審決において想定する引用発明の入出力電圧は,0.1〜0.2V程度であり,引用発明をそれよりも大きな入出力電圧に適用することは本件審決も想定していない。
(2) 相違点の看過について ア 相違点アについて (ア) 本願発明は,ショットキーバリアダイオードを備えないことについて何も限定していないから,ショットキーバリアダイオードを備えることを含むものである。
(イ) 次のとおり,本願発明の入出力電圧が約2.5V〜約40Vの範囲であるという原告の解釈は失当であり,本願発明の入出力電圧に,そのような範囲の限定はないと解釈すべきである。
a 本願の請求項1には,入出力電圧の範囲について何も記載がない。本願明細書を参照しても,入出力電圧の範囲について何ら説明はない。
b 原告は,本願発明における負荷について,スピーカー又はヘッドフォンを前提とするが,本願の請求項1に負荷に関して限定をする記載はない。本願明細書には,スピーカーを負荷とする例が記載されている(本願明細書の段落[0017],図2及び図3)ものの,図1にはスピーカーが記載されておらず,スピーカー以外を負 荷とすることが示唆されている。この点,図1に対応する同[0012]〜[0016]の説明にも,負荷に特段の限定があることを窺わせる記載はない。なお,前記1(2)アのとおり,本願発明における負荷についての原告の主張は,一貫していない。
c 増幅器に関して,本願発明は「オーディオ用増幅器」と限定しているにすぎない。オーディオとは「音の録音・再生・受信。また,そのための装置。(乙9) 」のことであるから,本願発明は音の録音・再生・受信用の増幅器であることを限定しているにすぎず,本願発明の「オーディオ用増幅器」をプリアンプに限定解釈する理由も,その入出力電圧を限定解釈する理由もない。
また,本願明細書の段落[0001]には,本願発明の技術分野が音の信号を増幅するアナログ増幅器であることが記載されている。実施例においては, 「オーディオプリアンプ等」(同[0015], )「プリアンプ等」(同[0016], )「オーディオパワーアンプ」(同[0018], )「パワーアンプ等」(同[0019])との具体例が見られるものの,「等」が付してあることからも明らかなように,これらに限定されるものではない。
加えて,本願明細書が引用する甲6(非特許文献1)に記載の回路は,原告の主張によると「オーディオ用増幅器」ないし「オーディオ・アンプ」であるところ,甲6は,MCカートリッジからの出力信号を電圧増幅するためのヘッドアンプであるMCヘッドアンプの製作記事であり,MCカートリッジの出力信号は0.1〜0.3mV程度である(乙10の1[「林正儀のオーディオ講座 第28回」https://以下省略])から,原告の主張する「オーディオ用増幅器」には,入力電圧が0.1〜0.3mV程度のMCヘッドアンプも含まれている。
(ウ) したがって,0.1〜0.2V程度の入力電圧で動作する回路も本願発明に含まれるところ,0.1〜0.2V程度の入力電圧での動作であれば,ショットキーバリアダイオードがベースと接地との間に接続されていても,本願発明の出力回路が正常に動作することは明らかであるから,そのような構成が本願発明から排除されていると考えることに合理的理由はない。
(エ) 前記(ウ)のとおり,本願発明はベースと接地との間にショットキーバリアダ イオードを接続した回路をも含むものであるから,「ショットキーバリアダイオード(6)を備える引用発明との相違点として, 」 相違点アを認定するのは誤りであり,相違点アを認定しなかった審決に誤りはない。
(オ) 原告の主張について a 原告は, 「ショットキーバリアダイオード(6)は高抵抗素子ではない」と主張するが,前記(1)のとおり,原告の主張は失当である。
b 本願発明が,その動作から見てもショットキーバリアダイオードを排除していないことは,前記(イ)及び(ウ)のとおりである。
また,入力される音声信号と出力される音声信号との関係において,ショットキーバリアダイオードは,影響を与えるものではない。この点において,ショットキーバリアダイオードは,本願明細書の図1等に示されるバイアス抵抗R1及びR2と変わるところがない。
なお,甲1の段落【0010】の「該インピーダンス変換素子の入力端子を直流電圧にバイアスするショットキーバリアダイオード」との記載からして,引用発明の「ショットキーバリアダイオード(6)はバイアス抵抗であると認められるから, 」これを本願発明のバイアス抵抗R1及びR2と対応させて論じることに論理の飛躍はない。
c 本件審決は,本願発明がショットキーバリアダイオードを必須の構成要素としているとは認定しておらず,本願発明がショットキーバリアダイオードの有無について限定していないことから,引用発明との対比において「ショットキーバリアダイオード(6)」を相違点として認定しなかったにすぎない。そして,ショットキーバリアダイオードに関しては,前記bのとおり,本願発明の動作に影響を与えるものではない。したがって,本件審決は,本願発明を都合のよいように変形するものではない。
d 本願の請求項1に「ショットキーバリアダイオード」を追加する補正についての原告の主張は,新規性及び進歩性の判断における本願発明と引用発明との対比 の手法と,サポート要件及び補正の際の新規事項追加の判断における明細書等に記載されているか否かの判断の手法とを混同したもので,前提において失当である。
e 原告は,引用発明と本願発明とが,動作,特に入出力電圧の点で全く異なる旨を主張する。
しかし,前記(イ)aのとおり,本願発明の入出力電圧に限定はない。また,本願発明は「一般的なオーディオ用増幅器」において使用されることに限定されていない。
本願発明は, 「オーディオ用増幅器の出力回路」と規定されているにすぎず, 「オ 当該ーディオ用増幅器」 「一般的な」 が ものであるとは限定されていない。したがって,本願発明は,入出力電圧の範囲が限定されていない単なる「オーディオ用増幅器の出力回路」である。
他方で,後記イ(イ)のとおり,引用発明は,「オーディオ用増幅器の最終の段である出力段」であって,当該「出力段」は電子回路により構成されているから「出力回路」と称し得る。
したがって,本願発明と引用発明との間には, 「オーディオ用増幅器の出力回路」である点において相違はなく,原告の主張は失当である。
イ 相違点イについて (ア) 本願発明について,負荷としてスピーカーを駆動することに限定されていないことは,前記1(2)ア及び前記ア(イ)bのとおりである。
(イ) 次のとおり,引用発明は, 「オーディオ用増幅器の最終の段である出力段」に相当する。
すなわち,まず,甲1の段落【0001】の記載から,その第4の実施の形態である引用発明のエレクトレットコンデンサマイクロフォンも,「高入力インピーダンス増幅器」を用いたエレクトレットコンデンサマイクロフォンであると認められる。そして,上記「高入力インピーダンス増幅器」は,エレクトレットコンデンサマイクロフォンからの音声信号を増幅するから, 「オーディオ用増幅器」であるといえる。
その上で,甲1の段落【0010】の記載によると,上記「高入力インピーダンス増幅器」と「インピーダンス変換回路」とは同一の回路を指すものと解され,引用発明においては「インピーダンス変換回路(3)」が「高入力インピーダンス増幅器」であると解される。加えて,「インピーダンス変換回路(3)」は,バイポーラトランジスタ(15)をコレクタ接地で使用しているものであり,電流増幅作用を持つことが明らかであるから,この観点からも「インピーダンス変換回路(3)」が増幅器であるといえる。
そして,引用発明の「インピーダンス変換回路(3)」は,バイポーラトランジスタ(15)のエミッタから出力端子(引用発明の最終的な出力を得る端子)が引き出されていることから見て,最終の段である出力段である。
引用発明のエレクトレットコンデンサマイクロフォンは,マイクコンデンサ(2)及び固定電流源(11)を除く大部分が「インピーダンス変換回路(3)」により構成されており,該「インピーダンス変換回路(3)」以外に増幅作用を有する回路を含まないから,引用発明全体としてもインピーダンス変換回路(3)としての機能,すなわち,高入力インピーダンス増幅器の最終の段である出力段としての機能を有することが明らかである。
そうすると,引用発明は「オーディオ用増幅器の最終の段である出力段」であるといえる。
(ウ) 加えて,本願発明は「増幅器の最終の段である出力段」であると限定されていないが,仮にそのように解釈されるとしても,前記(イ)のとおり,引用発明は「増幅器の最終の段である出力段」に相当する。
(エ) 以上によると,相違点イは存在せず,本件審決に誤りはない。
(オ) 原告は,引用発明が増幅回路の最初の段である入力段に相当する旨を主張するところ,引用発明は,マイクコンデンサ(2)から音声信号を入力するという意味では,入力段であるが,同時に,前記(イ)のとおり,出力段でもある。
この点,本願発明は, 「オーディオ用増幅器の出力回路」と規定しているにすぎず, 当該出力回路が入力段としての機能を持つことを排除していない。本願明細書によると,本願発明の実施例1は,オーディオプリアンプ等における出力部を構成する(本願明細書の段落[0015])ところ,プリアンプは,例えば,演算増幅器の入力段として用いられ(乙11[特開2011-55057号公報]の段落【0006】, )演算増幅器がオーディオ用の増幅器として用いられる(乙12[特開2008-148147号公報]の段落【0031】,図1)ことに鑑みると,本願発明がプリアンプのような増幅器の入力段として用いられることを包含していることは明らかである。
(3) 容易想到性の判断の誤りについて ア オーディオ(すなわち,音の録音・再生・受信)の技術分野で,直流を遮断する目的でコンデンサを用いることは,甲2(引用文献2)及び甲3(引用文献3)に示されるように,周知である(本件周知技術)。これは,音の録音・再生・受信における極めて一般的な周知技術であって(例えば,乙13[「コンデンサの基礎知識(1) 仕組み・使い方・特性」 https://industrial.panasonic.com/jp/ss/technical/b2]の【カップリング回路】参照。この技術は, 「カップリング・コンデンサー」と呼ばれ,古くから知られた初歩的な技術である。乙14[「トランジスター技術100問100答 第10版」株式会社誠文堂新光社,昭和52年7月5日] ,負荷の種類や増 )幅器の種類に関わらずに用いられる。なお,エレクトレットコンデンサマイクロフォンへのカップリング回路としてのコンデンサの適用例については,例えば,乙15(特開2007-124500号公報)の段落【0002】【0039】 , ,図3が挙げられる。
したがって,音声信号を出力する引用発明のエレクトレットコンデンサマイクロフォンに対して,直流成分による影響を排除する目的で本件周知技術を適用し,出力にコンデンサを設けることは,当業者が容易になし得ることであり,相違点2についての本件審決の判断に誤りはない。
イ 原告の主張について (ア) 原告は,引用発明が一般的なオーディオ用増幅器には使用できない特殊なインピーダンス変換器である旨を主張するが,前記(2)ア(オ)e及び同イ(イ)のように,引用発明は,高入力インピーダンス増幅器の出力回路であり,音声信号を増幅して出力するのであるから,単体でオーディオ用増幅器の出力回路である。そして,本件審決は,引用発明を一般的なオーディオ用増幅器に適用するなどと判断しておらず,引用発明に対して,周知のカップリングコンデンサを適用することを示したにすぎない。
(イ) 原告は,引用発明は半導体チップ(集積回路)に関するもので,個別部品で構成されるオーディオ用増幅器とは技術分野も異なり,解決課題と効果の点でも本願発明とは異なる旨を主張するが,本件審決は,引用発明と甲4〜6(非特許文献1〜3)に記載されたオーディオ用増幅器とを組み合わせるなどとは判断しておらず,引用発明に対して,周知のカップリングコンデンサを適用することを示したにすぎない。
(ウ) 原告は,引用発明の内容中には引用発明を本願発明のオーディオ用増幅器に適用することの示唆等がない旨を主張するが,本件審決は,引用発明を本願発明のオーディオ用増幅器に適用するなどとは判断しておらず,引用発明に対して,周知のカップリングコンデンサを適用することを示したにすぎない。
(エ) 原告は,「ショットキーバリアダイオード(6)」が引用発明の最重要構成要素であり,甲1に接した当業者においてこれを抜いて引用発明を評価することはなく,これを含めて引用発明の作用効果を評価すれば,当業者が引用発明に基づいて本願発明を容易に想到することはないといった旨を主張するが,原告の上記主張は,引用発明を0.3V以上の入出力電圧で動作させることを前提とする点において失当である。甲1の明細書に記載のとおりに引用発明の入出力電圧を0.1〜0.2V程度としている限り,「ショットキーバリアダイオード(6)」はバイアス抵抗として働くものである(甲1の段落【0010】)から,交流増幅動作においては無視できるものである。また,本願発明はショットキーバリアダイオードの有無につい て限定していない。
(オ) 原告は,接続される負荷に係る電圧の差異を指摘して,引用発明に本件周知技術を採用することには阻害要因がある旨を主張するが,そもそも本件審決が認定した本件周知技術は,出力信号の直流を遮断する目的で出力端子と負荷との間にコンデンサを設けることであって,スピーカーを駆動する出力回路にコンデンサを設けることではない。本件周知技術におけるコンデンサ(カップリングコンデンサ)が,引用発明のエレクトレットコンデンサマイクロフォンを含め,負荷や増幅器の種類に関わらずに用いられることは,前記アのとおりである。本件審決は,引用発明に本件周知技術を適用した結果,スピーカーを駆動するように構成されることなどは想定しておらず,原告の主張は,その前提において失当である。
(4) 顕著な作用効果の看過について ア(ア) 引用発明の動作について,甲1の図6を参照すると,コンデンサ(9)はRFバーストノイズを抑制するためのものである(甲1の段落【0013】)から,強いRFバーストノイズが発生しない限り無視できる。
このとき,固定電流源(11)からの電流(以下「ICS」という。)は,出力端子へ流れる電流(以下「IL」という。)と,バイポーラトランジスタ(15)のエミッタからコレクタへ流れる電流(以下「IQ」という。)とに分かれる(厳密には,エミッタ電流とコレクタ電流との間には,ベース電流分の差があるが,トランジスタの増幅率により,ベース電流はコレクタ電流に比べて圧倒的に小さく,無視できる。。
)この場合,キルヒホッフの電流則により,ICS=IL+IQが成立する。
出力に流れた電流ILは,図示されない負荷を通り,やはりキルヒホッフの電流則により,最終的に全て電源へと戻ることになる。また,コレクタに流れた電流I Qが電源へ戻ることは,コレクタが接地されていることから明らかである。そうすると,電源へ戻る電流の合計はIL+IQであり,出力に流れた電流ILの値によらず,一定値(ICS)となる。
他方,電源から流れ出る電流の値が固定電流源(11)の電流値(ICS)であるこ とは明らかである。
以上によると,引用発明では,出力電流(IL)と電源回路に流れる電流(流れ込む電流と流れ出る電流の双方ともICS)とは相関しておらず,電源回路に流れる電流値が固定電流源(11)により一定に定められているため,消費電流が変化しない。
(イ) なお,RFノイズが無視できない場合でも,コンデンサ(9)に流れるRFノイズ電流をIRFとした場合,ICS=IL+IQ+IRFが成立し,電源回路に流れる電流は出力電流IL及びRFノイズ電流IRFの影響を受けず,一定値ICSである。
(ウ) そうすると,引用発明は,固定電流源(11)により,出力の反作用を吸収し,出力に伴う消費電流の変化をなくし,電源回路に信号に相関した電流を流さないものであって,本願発明の奏する効果と同様の効果を発揮する。
イ 原告は,引用発明に,甲10の図8に示される演算増幅器U1,抵抗R1ないしR3及びコンデンサC1からなる回路を接続した場合について主張するが,引用発明はその出力に何を接続するかについて,何ら限定していない。
この点,エレクトレットコンデンサマイクユニットに接続する増幅器は,演算増幅器に限定されることはなく,例えば,バイポーラトランジスタにより構成される 増幅器も広く知られている(乙16の1[「マイクアンプの製作 その1」https://以下省略]の3〜7頁)。バイポーラトランジスタにより構成される増幅器は,入力インピーダンスが低いため,エレクトレットコンデンサマイクユニットから流出する負荷電流が無視できなくなる。このような増幅器を負荷とした場合でも,引用発明は,前記アのとおり,出力に伴う消費電流の変化をなくすことができる。
原告の主張は,あたかも甲10の増幅器しか引用発明には接続されないかのような主張であって,一般的に成立するものではない。
さらに,本願の請求項1に規定される作用効果は,その多寡を問題にしていない。
本願発明は,オーディオプリアンプにおける出力部を構成することも想定されるところ(本願明細書の段落[0015],プリアンプは後段にパワーアンプ等を接続して )使用するものであって,パワーアンプは演算増幅器(オペアンプ)によって構成されることもある(乙17の段落【0007】 から, ) 本願発明における負荷としては,演算増幅器も想定されている。演算増幅器の入力インピーダンスは極めて高く電流は流れ込まないから,本願発明においても,負荷電流が極めて小さく,電源回路に信号電流を流さない場合がある。それにもかかわらず,本願の請求項1に規定される作用効果を奏するとされるのであるから,効果の多寡は,本願発明の作用効果を評価する上で不必要な要素である。
当裁判所の判断
1 本願発明について (1) 本願明細書の記載 本願明細書(甲11)には,以下の記載がある。
ア 技術分野 [0001] 本発明は,音響信号を増幅する増幅器の出力回路に関し,特に,その消費電流がほぼ一定であるアナログ信号の増幅器の出力回路に関する。
イ 背景技術 [0002] アナログ信号の増幅器の出力回路では電源回路がその音質に与える影 響は大きい。電源回路に信号電流を流さない事が重要であると広く信じられている。
(非特許文献1) [0003] 一般的な出力回路であるエミッタフォロアー回路ではその消費電流には出力電流と相似の変化があり,それが電源に流れているオーディオパワーアンプに広く使われている正負の2電源コンプリメンタリー・エミッタフォロアー回路ではその消費電流は出力電流に相関した更に複雑な変化をしている。
[0004] 電源回路に関連した研究のなかで特殊な増幅回路を対象にその消費電流が変化しないよう設定して音質を改善する試みもあったが継続的な検討はなされていない。(非特許文献1) ウ 発明の概要 (ア) 発明が解決しようとする課題 [0007] 従来のオーディオ用のアナログ増幅器の出力回路ではその消費電流が出力信号に相関して変化する。この変化は避けられなかった。
[0008] 本発明は,信号に相関した電流を電源回路に流さないように,消費電流が変化しない増幅器の出力回路を提供することを目的とする。
(イ) 課題を解決するための手段 [0009] この発明に係る増幅器の出力回路は,入力端子と出力端子と共通端子を備える3端子増幅素子の共通端子(エミッタ,ソース)に定電流回路を接続し,この接続点と出力端子(コレクタ,ドレイン)との間で出力電流を取り出す。この発明に係る増幅器の出力回路の消費電流は定電流回路を流れる電流のみなので,出力電流に相関した消費電流の変化は無い。この発明に係る増幅器の出力回路は,定消費電流出力回路(Constant Consumption Current Output Circuit,CCC出力回路)である。
(ウ) 発明を実施するための形態 [0011] 消費電流が変化しないという目的を,最小の部品点数で実現した。
a 実施例1 [0012] 実施例1に係る増幅器の出力回路の回路図を,図1に示す。
トランジスタ(3端子増幅素子)Qは,ベース(入力端子)Bとコレクタ(出力端子)Cとエミッタ(共通端子)Eを備える。トランジスタQのエミッタEに定電流回路CSが接続されている。この接続点Pに増幅出力端10aが接続されている。
コレクタCは接地されている。
[0013] 信号源SIGの信号はトランジスタQで増幅される。増幅された信号は,増幅出力端10aと10bの間に現れる。増幅出力端10bは接地である。接続点Pと増幅出力端10aの間に,直流を遮断するコンデンサC2を設けてもよい。
[0014] コンデンサC1は信号源SIGの直流を遮断する。抵抗R1及びR2はバイアス回路を構成する。
[0015] 実施例1のトランジスタQのエミッタEに定電流回路CSが接続されているのでトランジスタQの消費電流が変化しない。実施例1によれば,オーディオプリアンプ等において,信号に相関した電流を電源回路に流さない出力部を構成出来る。
[0016] 更に,図示しない前段の増幅部についても同様にトランジスタのエミッタに定電流回路S[判決注:原文ママ]が接続されるようにして,信号による消費電流の変化がない回路を選択すれば,増幅部とこの出力部の全体で,信号に相関した電流を電源回路に流さないプリアンプ等を構成出来る。
b 実施例2 [0017] 実施例2に係る増幅器の出力回路の回路図を,図2に示す。
トランジスタQ2及びQ3はダーリントン接続である。後段のトランジスタQ3のエミッタに定電流回路CSが接続されている。この接続点Pに増幅出力端10aが接続されている。増幅出力端10a,10bにはスピーカSPが接続されている。
[0018] 出力トランジスタをダーリントン接続にする等で出力電流を大きく取れるようにすれば,オーディオパワーアンプで,信号に相関した電流を電源回路に流さない出力部を構成出来る。
[0019] 更に,図示しない前段の増幅部についても同様に,トランジスタのエミッタに定電流回路S[判決注:原文ママ]が接続されるようにして,信号による消費電流の変化がない回路を選択すれば,増幅部とこの出力部の全体で,信号に相関した電流を電源回路に流さないパワーアンプ等を構成出来る。
c 実施例3 [0020] 実施例3に係る増幅器の出力回路の回路図を,図3に示す。
[0021] 実施例3は,実施例2をコンプリメンタリ出力回路に適用したものである。コンプリメンタリ回路は,PNP型(第1極性)トランジスタQ2,Q3及びNPN型(第2極性)トランジスタQ2’,Q3’とを備える。
[0022] コンプリメンタリ出力回路のトランジスタQ2及びQ3,並びに,トランジスタQ2’及びQ3’はダーリントン接続である。後段のトランジスタQ3,Q3’のエミッタに定電流回路CS,CS’が接続されている。これらの接続点P,P’に増幅出力端10aが接続されている。
[0023] トランジスタの電流増幅率は電流依存性がありそれが出力信号の歪となる。出力トランジスタをPNPとNPNの組み合わせとし,コンプリメンタリ出力回路を構成することにより,電流依存性による特性の曲りを打ち消して歪を改善した出力信号を得ることが出来る。コンプリメンタリ出力回路においても,信号に相関した電流を電源回路に流さない出力部を構成出来る。
[0025] 電源が供給する電流は定電流回路で規定される電流のみであるので,音声出力に伴う消費電流の変化はなく,電源回路による音質への影響は排除される。
[0026] 本発明の実施の形態は,負荷に流す音声出力の反作用を定電流源で吸収し,音声信号に相関した電流を電源回路に流さない様にしているとも云える。
[0027] 本発明の実施の形態によれば,音声信号に相関した電流を電源回路に流さないので電源回路による音質への影響を排除できる。この結果,これまでにない良好な音質を得られる。また音声出力が電源ラインに与える悪影響を防止する事が出来る。
エ 図面[図1][図2] [図3] (2) 本願発明の概要 前記第2の2の本願の請求項1及び前記(1)の本願明細書の記載からすると,本願発明について,次のとおり認められる。
ア 本願発明の課題 音響信号を増幅する増幅器の出力回路,特にアナログ信号の増幅器の出力回路に関しては,電源回路がその音質に与える影響は大きいところ,従来のオーディオ用のアナログ増幅器の出力回路ではその消費電流が出力信号に相関して変化することを避けられなかったことから,信号に相関した電流を電流回路に流さないように,消費電力が変化しない増幅器の出力回路を提供することを目的とする(本願明細書の段落[0001]〜[0004][0007][0008]。
, , ) イ 課題を解決するための手段 本願発明に係る増幅器の出力回路は,入力端子と出力端子と共通端子を備える3 端子増幅素子の共通端子(エミッタ,ソース)に定電流回路を接続し,この接続点と出力端子(コレクタ,ドレイン)との間で出力電流を取り出すものであり,消費電流は定電流回路を流れる電流のみなので,出力電流に相関した消費電流の変化のない,定消費電流出力回路(CCC出力回路)である(本願の請求項1,本願明細書の段落[0009],図1)。
ウ 本願発明の効果 電源が供給する電流は定電流回路で規定される電流のみであるので,音声出力に伴う消費電流の変化はなく,電源回路による音質への影響は排除される。これは,負荷に流す音声出力の反作用を定電流源で吸収し,音声信号に相関した電流を電源回路に流さないようにしているともいえる。本願発明によると,音声信号に相関した電流を電源回路に流さないので電源回路による音質への影響を排除でき,これまでにない良好な音質を得られるほか,音声出力が電源ラインに与える悪影響を防止することができる(本願明細書の段落[0025]〜[0027]。
) 2 引用発明について (1) 平成15年8月29日に公開された甲1は,発明の名称を「高入力インピーダンス増幅器及びエレクトレットコンデンサマイクロフォン用の半導体集積回路。」とする特許出願に係るもので,甲1には,次の記載がある。
発明の詳細な説明】 【0001】 【発明の属する技術分野】本発明は高入力インピーダンス増幅器及び該高入力インピーダンス増幅器を用いたエレクトレットコンデンサマイクロフォン用のICにおける抵抗素子に関する。
【0002】 【従来の技術】近年携帯電話は,ますます小型化する傾向にある。エレクトレットコンデンサマイクロフォン(以下,ECMと称す)は一般的に,携帯電話の送話側のマイクロフォンとして利用され,携帯電話の小型化の需要に伴い,ECM自体 も当然,小型化特に薄型化されることが要求されてきた。
【0003】図7は,従来のエレクトレットコンデンサマイクロフォン用のIC(以下,ECM用のIC(101)と称す)を示す回路図である。ECM用のIC(101)は音声信号が入力されるマイクコンデンサ(102)と,音声信号によるマイクコンデンサ(102)の静電容量の変化によって生ずる音声信号電圧を伝達するインピーダンス変換回路(103)から構成されている。
【0004】 ・・・インピーダンス変換回路(103)は,マイクコンデンサ(102)の一端がゲートに接続された接合型電界効果トランジスタ(以下,J-FET(104)と称す)と,J-FET(104)のゲート(105)とアース間に接続された抵抗素子(106)とから構成されている。・・・ 【0005】 【発明が解決しようとする課題】上記のECM用のIC(101)において,ドレイン(108)側から・・・リーク電流Iが生じる。
・・・ゲート電圧をGND電位に保ち,このリーク電流IをいかにJ-FET(104)内部から流出させるかが一つの課題である。従って,インピーダンス変換回路(103)は, (に流入するリーク電流Iの)入力インピーダンスが低ければ,リーク電流Iの流出によるゲート電圧の上昇を防ぐことができる。また,ECM用のIC(101)は携帯電話のマイクロフォンとして利用するため,信号を検波してから,通話可能となるまでの時間(いわゆる「立ち上がり時間」)が短いほど,性能に優れた携帯電話であると言える。しかし,この立ち上がり時間はインピーダンス変換回路(103)内の入力部の容量と入力抵抗との積(時定数)によって決まり,その時定数が低いほど,立ち上がり時間が短く済む。
【0006】また,一方で低域特性を考慮すると100Hz以上の低域音声信号を入力させるためには,マイクロフォンの容量と入力抵抗とのHPF(ハイパスフィルター)構成となるためインピーダンスが高い方が好適である。
【0007】従って,これらの2つの要求(@リーク電流Iに対しては低インピ ーダンスを実現し,いわゆる「立ち上がり時間」を短くすること,A低域特性に対しては高インピーダンスを実現すること)に応えるためには,抵抗素子(106)の抵抗値が数百M(メガ)〜数G(ギガ)Ωが必要となる。
【0008】上述した状況のもとにおいて,J-FET(104)及び抵抗素子(106),コンデンサ(109)等を同一半導体装置チップ内に設置し,IC化することはこれまで困難であった。なぜならば,数百M(メガ)〜数G(ギガ)Ωを有する抵抗素子(106)素子(判決注:「抵抗素子(106)」の誤記と認める。)は,素子面積が非常に大きくなるからである。従って,数百M(メガ)〜数G(ギガ)Ωの抵抗素子(106)を接続する場合は,J-FET(104)の外に設置せざるを得ない。これでは,近年の小型化のニーズ(特にIC化)に十分に応えることはできない。また,抵抗素子(106)自体の面積が大きくなると,それに伴い寄生容量が増大するという欠点もある。・・・ 【0009】そこで,本発明は上記欠点に鑑み,為されたものであり,ゲート(105) ・ソース(107)間に数百M(メガ)〜数G(ギガ)Ω程度の高抵抗素子として,ショットキーバリアダイオードを用いることで,IC化を実現した。
【0010】 【課題を解決するための手段】本発明の高入力インピーダンス増幅器は,入力信号をインピーダンス変換,又は増幅するインピーダンス変換回路において,インピーダンス変換素子と,該インピーダンス変換素子の入力端子を直流電圧にバイアスするショットキーバリアダイオードと,を備えることを特徴とするものである。
【0011】 【発明の実施の形態】以下,本発明の第1の実施の形態について図面を参照しながら説明する。図1は,本発明の第1の実施の形態に係るエレクトレットコンデンサマイクロフォン用のIC(以下,ECM(1)用のICと称す)を示す。
【0012】ECM(1)用のICは音声信号が入力されるマイクコンデンサ(2)と,音声信号によるマイクコンデンサ(2)の静電容量の変化により生ずる信号電 圧をインピーダンス変換するインピーダンス変換回路(3)から構成されている。
【0013】マイクコンデンサ(2)は,音声信号によって振動する振動板と対向する容量電極板との間にエレクトレット層を介して構成されている。また,インピーダンス変換回路(3)は,マイクコンデンサ(2)の一端がゲートに接続された接合型電界効果トランジスタ(以下,J-FET(4)と称す)と,J-FET(4)のゲート(5)とアース間に接続されたショットキーバリアダイオード(6)とから構成されている。J-FET(4)のソース(7)とドレイン(8)との間にはRFバーストノイズを抑制するためのコンデンサ(9)が接続されている。また,J-FET(4)はソース接地回路を構成している。このJ-FET(4)は入力された信号に対して増幅する機能を有する。
【0014】本発明の特徴とする点は抵抗素子(106)に代えて,ショットキーバリアダイオード(6)を高抵抗素子として採用した点である。ショットキーバリアダイオード(6)は金属と半導体との成す接合ダイオードであり,通常のPN接合ダイオードに比して高抵抗である。これにより,高抵抗素子を小さな素子面積で形成することが可能となる。
【0016】図2はショットキーバリアダイオード(6)のV-I(電圧・電流)特性を示す図である。この図の横軸は電圧(V)を,縦軸は電流(μA)を表す。
通常,ショットキーバリアダイオード(6)は0.35(V)に対し,電流10(μA)となるように立ち上がる。本発明ではショットキーバリアダイオード(6)を0.1〜0.2(V)程度の低電圧レンジ内で使用する。この電圧レンジでは流れる電流は700p(ピコ)〜30n(ナノ) (A)となる。このときのショットキーバリアダイオード(6)の抵抗値は7〜143M(メガ) (Ω)となる。ショットキーバリアダイオード(6)の電流が立ち上がり,その特性を表す曲線が急峻になるまでの0.1〜0.2(V)程度の低電圧レンジ内で,ショットキーバリアダイオード(6)を動作させることが必要であるから,図1に示したECM(1)用のICにおいてはマイクコンデンサ(2)を介して入力される交流信号の振幅は,その ような低電圧レンジ内に入るものである。そのため,図2に示すような低電圧,低電流が実現でき,その結果インピーダンス変換回路に適した高抵抗値を実現できる。
【0024】図6は本発明の第4の実施の形態に係るエレクトレットコンデンサマイクロフォンを示す図である。 図において図1と同一の構成部分については, 尚,同一の符号を付してその説明を省略する。本実施形態はバイポーラトランジスタ(15)とショットキーバリアダイオード(6)とを接続するものである。図6では,コレクタ接地(エミッタフォロア)について開示したが,エミッタ接地,ベース接地であってもなんら問題はない。(また,固定電流源(11)はベース,エミッタ,コレクタのどの端子に接続されてもよい。 図6では, ) コレクタ接地のバイポーラトランジスタ(15)に,エミッタと電源との間に固定電流源(11)を接続したものを開示した。尚,図6ではPNP型のバイポーラトランジスタ(15)について開示したが,NPN型のバイポーラトランジスタ(15)であってもよい。
【0025】 【発明の効果】以上より,本発明によれば,インピーダンス変換回路(3)に用いる高抵抗素子として,ショットキーバリアダイオード(6)を採用したので,素子面積を大幅に縮小することができ,半導体チップに集積化することが可能となる。
【図1】 【図2】 【図6】 (2) 上記(1)(特に甲1の段落【0012】〜【0014】及び【0024】,図6)によると,甲1には,前記第2の3(2)アのように本件審決が認定したとおりの下記の発明(引用発明)が記載されていると認められる。
「エレクトレットコンデンサマイクロフォンであって, バイポーラトランジスタ(15)と, 前記バイポーラトランジスタ(15)のベースにマイクコンデンサ(2)が接続され, 前記バイポーラトランジスタ(15)のエミッタに接続された固定電流源(11)とを備え, 前記バイポーラトランジスタ(15)のコレクタは接地され, 前記バイポーラトランジスタ(15)のエミッタと前記固定電流源(11)の接続点で出力が取り出され, 前記バイポーラトランジスタ(15)のベースにショットキーバリアダイオード(6)のアノードが接続され, 前記ショットキーバリアダイオード(6)のカソードが接地され, 前記バイポーラトランジスタ(15)のエミッタとコレクタとの間にコンデンサ(9)が接続され, 前記ショットキーバリアダイオード(6),前記バイポーラトランジスタ(15)及びコンデンサ(9)によりインピーダンス変換回路(3)が構成され, 前記マイクコンデンサ(2)に音声信号が入力され, 前記インピーダンス変換回路(3)は,音声信号によるマイクコンデンサ(2)の静電容量の変化により生ずる信号電圧をインピーダンス変換し, 前記コンデンサ(9)は,RFバーストノイズを抑制するためのものであり, ショットキーバリアダイオード(6)を高抵抗素子として採用した エレクトレットコンデンサマイクロフォン。」 (3) 原告の主張について 原告は,取消事由2の主張の一内容として,高抵抗素子(ショットキーバリアダイオード(6) を備えるエレクトレットコンデンサマイクロフォンが甲1に記載さ )れているとの認定は誤りである旨を主張する。その根拠は,ショットキーバリアダイオード(6)は,しきい値より大きな順方向電圧に対しては抵抗が急速に小さくなってほぼゼロとみなせるようになるから抵抗素子ではない,この点,甲1の段落【0014】の記載は,同【0016】の記載と併せて理解すべきもので,比喩的な表現であって技術的に正確なものではないなどというものである。
しかし,甲1の段落【0016】の「本発明ではショットキーバリアダイオード(6)を0.1〜0.2(V)程度の低電圧レンジ内で使用する」「ショットキー ,バリアダイオード(6)の電流が立ち上がり,その特性を表す曲線が急峻になるまでの0.1〜0.2(V)程度の低電圧レンジ内で,ショットキーバリアダイオード(6)を動作させることが必要である」といった記載のほか,数百M(メガ)〜数G(ギガ)Ωという抵抗素子の抵抗値を実現する一方で,小型化のニーズ(特にIC化)に十分に応えるために,抵抗素子としてショットキーバリアダイオードを用いるという甲1記載の発明の特徴(甲1の段落【0007】〜【0009】参照)を踏まえると,引用発明は,ショットキーバリアダイオード(6)を,あくまで高抵抗素子として機能する範囲内で用いることを前提としたものと認められる。
したがって,ショットキーバリアダイオード(6)について,抵抗が急速に小さくなるような電圧で用いることを想定した原告の前記主張は,引用発明における上記前提の範囲外の電圧で用いることをいうもので,引用発明と関連しない事項を前提とするものであって,採用することができない。
3 甲2及び3の記載事項 (1) 甲2の記載事項 平成11年10月29日に公開された甲2は,発明の名称を「低域補正回路,ステレオパワーアンプの低域補正方法,及びデジタルオーディオ機器」とする特許出願に係るもので,甲2には,次の記載がある。
発明の詳細な説明】 【0002】 【従来の技術】・・・ 【0006】図6は,従来のC-カップル方式パワーアンプの回路図である。
【0007】このパワーアンプは,オペアンプ101で構成され,その非反転端子には入力信号Vinが印加され,反転端子にはゲイン設定用の抵抗R1,R2が接続されている。そして,オペアンプ101の出力端子100に出力された信号Voutは,大容量の出力カップリングコンデンサC1で直流分がカットされ,スピーカなどの負荷102を鳴らすようになっている。
【図6】 (2) 甲3の記載事項 昭和50年2月26日出願に係る甲3は,考案の名称を「音響機器における異常音防止装置」とする実用新案登録出願に係るもので,甲3には,次の記載がある。
ア 考案の詳細な説明 「 この考案は音響機器において電源投入時に生ずる異常音を防止する装置に関するものである。
第1図は従来の音響機器における要部を示す接続図で,図において,(1)は商用電源,(2)は音響機器の電源スイッチ,(3)は電源スイッチ(2)に一次側巻線が接続された電源トランス,(4)は電源トランス(3)の二次側巻線に接続されたブリッジ整流回路,(5)は平滑用コンデンサである。また,(6)は音声信号が供給される入力端,(7)は直流阻止用コンデンサ,(8)は平滑用コンデンサ(5)を介して直流電源が供給され,直流阻止用コンデンサ(7)を介して供給される音声信号を増幅する音声出力回路で,シングル・エンデッド・プッシュプル出力回路を形成するトランジスタ(8a) (8b)およびトランジスタ(8a) (8b)を駆動する駆動トランジスタ(8c)などから構成されている。(9)は音声出力回路(8)の出力端子に接続された直流阻止用コンデンサ,(10)は直流阻止用コンデンサ(9)を通して音声信号が供給され,音声を再生するスピーカである。(1頁下から5行目〜2頁15行目) 」 イ 第1図 4 取消事由1(明確性要件について)について (1) 特許出願における特許請求の範囲の記載については,「特許を受けようとする発明が明確であること」という要件に適合することが求められるが(特許法36条6項2号),これは,特許制度が,発明を公開した者に独占的な権利である特許権を付与することによって,特許権者についてはその発明を保護し,一方で第三者については特許に係る発明の内容を把握させることにより,その発明の利用を図ることを通じて発明を奨励し,もって産業の発達に寄与することを目的とするものであることを踏まえたものである(最高裁平成24年(受)第1204号同27年6月5日第二小法廷判決・民集69巻4号700頁)。同要件については,同目的の見地を踏まえ,請求項の記載のほか,明細書及び図面の記載並びに出願当時の技術常識を考慮して判断されることになる。
これを本願発明についてみると,前記第2の2の本願の請求項1の記載及び本願明細書の図1の内容に加え,本願明細書中,本願発明の特徴について説明する段落において, 「増幅器の出力回路」 (又は「アナログ増幅器の出力回路」)という表現がひとまとまりの語として用いられていること(本願明細書の段落[0001][0002] , ,[0007]〜[0009][0012] , 。同[0017][0020]も参照。なお,本願明細書[甲1 ,1]中に,本願発明の内容に関して, 「出力回路」の語が単体で用いられている個所はない。, ) 前記1(2)の本願発明の概要からすると,本願発明の技術的特徴の最たる部分は,出力電流に相関した消費電流の変化がないという点にあり,その旨が本願の請求項1にも明記されているところ,本願明細書の段落[0009]の記載からすると,本願発明が上記の技術的特徴を回路の構成によって実現するものであることは明らかであることのほか,実施例についても, 「信号に相関した電流を電源回路に流さない出力部」という記載がある(本願明細書の段落[0015]。同[0018][0023] ,も参照)一方で,前段の増幅部については図示されていない旨の記載があること(同[0016]。同[0019]も参照)を踏まえると,本願の請求項1中,「・・・を特徴とするオーディオ用増幅器の出力回路」という記載において,「・・・を特徴とする」という部分は,オーディオ用増幅器の出力回路」すなわち,オーディオ用増幅器」 「 , 「 におけるものであるという特定の付加された「出力回路」を修飾するものであることが,明確であるというべきである。
そうすると,本願の請求項1の記載は,第三者が特許に係る発明の内容を把握することを困難にするものとはいえず,第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確なものであるとは認められず,本願発明に係る特許請求の範囲の記載は,特許法36条6項2号に規定する要件を満たしている。
(2) 前記(1)の判断に反する被告の主張は,いずれも採用することができない。被告の主張は,本願の請求項1の記載が,第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確なものであることを根拠づけるものとはいえない。
(3) したがって,取消事由1には理由がある。
もっとも,前記第2の3(2)の本件審決の進歩性についての判断は,本願の請求項1の記載の明確性についての前記(1)の判断を前提としても,なお問題となるものであって,前記進歩性についての判断に誤りがない場合には,本件審決の結論に誤りはないこととなるから,次に,取消事由2について検討する。
5 取消事由2(進歩性について)について (1) 本願発明と引用発明の対比 ア 本願発明と前記2(2)の引用発明とを対比すると,それらの間には,前記第2の3(2)ウのように本件審決が認定した次の一致点及び相違点1〜3が存在すると認められる。
(一致点) 「入力端子と出力端子と共通端子を有する3端子増幅素子と, 前記3端子増幅素子の前記共通端子に接続されて前記3端子増幅素子に略一定の電流を流す定電流回路とを備え, 前記3端子増幅素子の前記出力端子は接地され, 前記3端子増幅素子の前記共通端子と前記定電流回路の接続点で増幅出力が取り出されることを特徴とするオーディオ用増幅器の出力回路。」 (相違点1) 本願発明では「前記3端子増幅素子の前記共通端子と前記定電流回路の接続点」と「接地」の間で増幅出力が取り出されるのに対し,引用発明の「バイポーラトランジスタ(15)のエミッタと前記固定電流源(11)の接続点で」の出力が,どことの間で取り出されるのか特定されていない点。
(相違点2) 本願発明では「前記接続点と前記増幅出力の端の間に,直流を遮断するコンデンサが設けられ」るのに対し,引用発明にはそのようなコンデンサが存在しない点。
(相違点3) 本願発明は「前記定電流回路により,前記増幅出力の端に流す出力の反作用を吸収し,出力に伴う消費電流の変化をなくし,電源回路に信号に相関した電流を流さない出力部を構成した」ものであるのに対し,引用発明ではそのような構成が特定されていない点。
イ 原告の主張について (ア) 引用発明の認定の誤りについて 原告の主張を採用することができないことは,前記2(3)のとおりである。
(イ) 相違点アについて a 原告は,相違点ア(本願発明は,ショットキーバリアダイオードを備えないのに対し,甲1に記載の回路は,「バイポーラトランジスタ(15)」のベース端子に,必須の構成要素として「ショットキーバリアダイオード(6)」を備える点。)が存在すると主張する。
b しかし,本願の請求項1及び本願明細書の図1を踏まえると,本願発明は,同図中,3端子増幅素子の入力端子より信号SIG側の回路の構成要素を発明特定事項として含むものとは解されない。
また,仮に,本願発明について,3端子増幅素子の入力端子にショットキーバリアダイオードを接続したとしても,そのことから,入出力電圧の数値的範囲等を発 明特定事項として含まない本願発明の前記1(2)のような技術的特徴やその効果が妨げられるものとは認められない。
以上を踏まえると,相違点アを認定しなかった点で本件審決に誤りがあるとはいえない。なお,仮に,形式的に引用発明と本願発明を対比して,相違点アを認定したとしても,引用発明におけるショットキーバリアダイオードが高抵抗素子として機能するものであることを含めて既に述べた点のほか,本願発明についても3端子増幅素子の入力端子より信号SIG側にバイアス回路として抵抗R1及びR2を設けることが示されていること(本願明細書の段落[0015],図1)に照らし,相違点アが本願発明の進歩性を基礎付けるものとはいえない。
c 前記bは,あくまで本願発明がショットキーバリアダイオードの構成を付加することを排除していない旨をいうものにすぎず,同構成を本願発明の構成要素として追加するものではない。後者の理解を前提とする原告の主張(それゆえにそれが前者の理解と矛盾しているという主張を含む。)は,採用することができない。
また,特に入出力電圧の点で引用発明と本願発明が異なるという原告の主張は,本願発明の発明特定事項に含まれていない構成を前提に本願発明についていうものであって,その前提を欠き,採用することができない。引用発明との対比のために,本願発明の入出力電圧の範囲を具体的に検討する必要がある旨をいう原告の主張も,同様に,本願発明の発明特定事項に含まれていない構成をいうもので,採用することができない。
(ウ) 相違点イについて 原告は,相違点イ(本願発明は,その「前記増幅出力の端」に負荷であるスピーカーが接続され,当該スピーカーを駆動する,増幅器の最終の段である出力段に相当するのに対し,甲1に記載の回路は,「マイクコンデンサ(2)」の音声信号を増幅する,増幅器の最初の段である入力段に相当する点。)が存在すると主張するが,負荷としてスピーカーが接続されることは,本願発明の発明特定事項とはされていない。むしろ,本願明細書の段落[0015]には,実施例1により,オーディオプリ アンプ等において,信号に相関した電流を電源回路に流さない出力部を構成できる旨の記載があり,本願発明がプリアンプに用いられること(換言すると,スピーカーを駆動する増幅器の最終の段より前に用い得ること)が示唆されている。
したがって,その余の点について判断するまでもなく,原告の上記主張は,その前提を欠くものであって採用することができない。
(2) 相違点に係る構成の容易相当性について ア(ア) 相違点1について,電子回路の技術分野において,基準電位である設置との間で出力を取り出すことは,技術常識であるから,相違点1は実質的な相違点ではない。
(イ) 相違点2について,前記3の甲2及び3の記載事項(なお,乙13,14も参照)からすると,前記第2の3(2)イのように本件審決が認めたとおり,本願の出願前に,オーディオ技術分野において, 「出力信号の直流を遮断する目的で出力端子と負荷との間にコンデンサを設けること」が周知であること(本件周知技術)が認められるから,引用発明において相違点2の構成を採用することは,当業者が容易になし得ることである。
(ウ) 相違点3について,引用発明において,固定電流源(11)からバイポーラトランジスタ(15)へ流れる電流と,固定電流源(11)から出力端子へ流れる電流の和は一定となるから,出力電流と電源回路に流れる電流とは相関しておらず,出力に伴う消費電流の変化はない。したがって,相違点3は,実質的な相違点でないか,少なくとも,引用発明において相違点3の構成を採用することは,当業者が容易になし得ることであるといえる。
イ 原告の主張について (ア) 動機付け等について a 原告は,引用発明は,一般的なオーディオ用増幅器には使用できない,エレクトレットコンデンサマイクロフォンの用途に限られた特殊なインピーダンス変換器であるから,当業者において,引用発明をオーディオ用増幅器の出力回路に適用 しようとはしないと主張する。
しかし,前記2(2)の引用発明の内容及び甲1の図6からして,引用発明は,マイクコンデンサ(2)から出力される音声信号をバイポーラトランジスタ(15)が増幅して出力する回路であり,オーディオ用増幅器といえるものであって(なお,甲1の段落【0001】も参照),本願発明と技術分野を共通にするものといえる。
したがって,原告の前記主張は採用することができない。
b 原告は,引用発明は,半導体チップ(集積回路)に関するもので,個別部品で構成されるオーディオ用増幅器とは技術分野も異なり,解決課題(甲1の段落【0008】)と効果(同【0025】)の点でも,本願発明とは全く異なるから,当業者が,オーディオ用増幅器の改良のために,引用発明を出発点とするとは解されない,甲1には,引用発明を本願発明のオーディオ用増幅器に適用することの記載も示唆も存在しない,甲1に接した当業者において,ショットキーバリアダイオード(6)を抜いて引用発明を評価することはないといった旨を主張する。
しかし,引用発明と本願発明とが技術分野を共通にするものといえることは,前記aのとおりである。
そして,甲1の従来技術の記載(甲1の段落【0002】〜【0004】)及び発明が解決しようとする課題の記載(同【0005】〜【0009】)を踏まえると,引用発明は,抵抗値を数百M〜数GΩとする抵抗素子を用いるという従来技術を前提に,小型化のニーズに対応するため,ショットキーバリアダイオードを高抵抗素子として用いるというものであり,甲1に接した当業者においてもそのことを容易に理解し得るから,引用発明が目的とする程度の小型化の必要がない場合に,ショットキーバリアダイオードを採用することなく通常の抵抗素子を用いるなどして他の点においては引用発明と同様の構成をとることは,当業者に容易になし得ることといえる。上記に関し,前記2(3)で指摘した点からすると,甲1に接した当業者においては,引用発明が,高抵抗素子として機能する範囲内でショットキーバリアダイオード(6)を用いることを前提としたものであることも,容易に理解するとい うべきである。
したがって,原告の前記主張は,いずれも前記アの各判断を左右するものではない。
(イ) 阻害要因について 原告は,引用発明が,ショットキーバリアダイオード(6)の作用により,オーディオ用増幅器としては到底使い物にならない回路である一方,甲2及び3における回路の負荷はスピーカーであるから,引用発明に甲2及び3が示す周知技術を採用することはできないなどと主張する。
しかし,前記ア(イ)の認定判断に係る本件周知技術は,あくまでオーディオ技術分野において,「出力信号の直流を遮断する目的で出力端子と負荷との間にコンデンサを設けること」が周知であることである。本件周知技術の適用が,特定の負荷に係る回路に限定されるものというべき事情は認められない。
むしろ,平成19年5月17日に公開された乙15(特に乙15の段落【0002】及び【0039】,図3)には,引用発明の用途に含まれているエレクトレットコンデンサマイクロフォンについて,本件周知技術に係るカップリングコンデンサを採用することが記載されているところである。
したがって,原告の前記主張は,そもそもその前提を欠くものであるか,前記アの判断を左右するものではなく,いずれも採用することができない。
(3) 本願発明の効果について 前記(2)ア(ウ)で指摘した点も踏まえると,本願発明の奏する作用効果は,引用発明及び周知技術による作用効果から予測される範囲内のものにすぎないというべきであり,格別顕著なものであるとは認められない。
上記について,原告は,オーディオ用増幅器にスピーカーやヘッドフォンを接続したときの負荷電流と引用発明の負荷電流の差が大きいことを指摘するが,本願発明は,入出力電圧の数値的範囲等を発明特定事項として含むものではないから,本願発明の効果について,原告の主張するような負荷電流を前提に検討することは相 当でない。
(4) まとめ 以上によると,本願発明は,引用発明及び周知技術に基づいて,当業者が容易に想到することができたものと認められる。取消事由2は理由がない。
結論
よって,原告の請求には理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 本多知成
裁判官 中島朋宏
裁判官 勝又来未子