関連審決 | 無効2019-800035 |
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審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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令和4ネ10002特許権侵害差止請求控訴事件 | 判例 | 特許 |
令和2行ケ10144 審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
令和3行ケ10021 審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
令和2行ケ10079 審決取消請求事件 令和2行ケ10083 審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
令和4ネ10003特許権侵害差止請求控訴事件 | 判例 | 特許 |
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事件 |
令和
2年
(行ケ)
10094号
審決取消請求事件
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当事者の表示 別紙当事者目録記載のとおり | |
裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2021/06/29 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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請求
特許庁が無効2019-800035号事件について令和2年7月9日にした審決を取り消す。 |
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事案の概要
本件は,特許無効審決の取消訴訟である。主たる争点は,進歩性についての認定判断の誤りの有無である。 1 特許庁における手続の経緯 (1) 原告は,平成29年4月4日,発明の名称を「逆流性食道炎の再発抑制剤」とする特許出願(特願2017-74712号。優先権主張 平成28年10月27日[以下「本件優先日」という。)をし,平成30年2月2日,その設定登録を ]受けた(特許第6283440号。以下「本件特許」といい,本件特許に係る明細書及び図面を「本件明細書」という。甲33)。なお,本件特許は,プロトンポンプ阻害剤(プロトンポンプインヒビター。Proton Pump Inhibitor:PPI)を有効成分とする医薬品に関するものである。 (2) 被告沢井製薬は,平成31年4月15日,本件特許の無効審判の請求(以下「本件審判請求」といい,本件審判請求により開始された審判手続を「本件審判手続」という。)をし(無効2019-800035号事件。甲34),被告大原薬品は,令和元年8月27日,本件審判手続への特許法148条1項による参加を許可された。 その後,原告は,令和2年4月17日付けで訂正の請求(甲38。以下,同請求による訂正を「本件訂正」という。)をした。 (3) 特許庁は,令和2年7月9日,本件訂正を認めた上で,「特許第6283440号の請求項1ないし6に係る発明についての特許を無効とする。」との審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は,同月20日に原告に送達された。 2 本件特許に係る発明の要旨 本件訂正後の本件特許の特許請求の範囲の記載は,次のとおりである(以下,各請求項に係る発明を,それぞれ請求項の番号に応じて「本件発明1」などといい,本件発明1〜6を併せて「本件発明」という。。 ) 【請求項1】 ラベプラゾールナトリウムを有効成分とし,維持療法を行う前の治療により治癒したプロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎患者に対する維持療法のために,ラベプラゾールナトリウム10mgを1日2回,4週間以上投与されることを特徴とする,プロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎の再発抑制剤。 【請求項2】 維持療法を行う前の治療期において,前記プロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎患者は,ラベプラゾールナトリウムを,8週間,20mgを1日2回投与,又は10mgを1日2回投与されている,請求項1に記載のプロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎の再発抑制剤。 【請求項3】 前記プロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎患者の治療期における治癒前の食道粘膜の炎症が,ロサンゼルス分類でGradeBより重症である,請求項1又は2に記載のプロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎の再発抑制剤。 【請求項4】 前記プロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎患者が,食道裂孔ヘルニアを併発している,請求項1〜3のいずれか一項に記載のプロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎の再発抑制剤。 【請求項5】 前記プロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎患者が,逆流性食道炎の罹病期間が1年以上である,請求項1〜4のいずれか一項に記載のプロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎の再発抑制剤。 【請求項6】 前記プロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎患者が,シトクロムP450(CYP)2C19遺伝子型がホモ接合体EMである,請求項1〜5のいずれか一項に記載のプロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎の再発抑制剤。 3 本件審決の理由の要旨等 (1) 引用発明の認定 ア 甲1(Webページ「ClinicalTrials.gov archive」の出力物[NCT02135107,H28.9.28 版,URL:https:以下省略])に記載された発明(以下「甲1発明」という。)の認定 「PPI抵抗性逆流性食道炎患者に対する維持療法における,E3810 10mg1日2回投与の有効性と安全性を検討するための第V相臨床試験に供される E3810であって, 前記第V相臨床試験は,PPI抵抗性逆流性食道炎患者に,維持療法期間中,E381010mgを1日2回52週間投与するものであり, 前記患者は,治療期間中は E3810 10mgを1日2回投与された患者である,E3810。」 イ 甲2(Webページ「一般財団法人日本医薬情報センター臨床試験情報」の出力物[JapicCTI-142540,H28.8.29 改訂版,URL:https:以下省略])に記載された発明(以下「甲2発明」という。)の認定 「PPI抵抗性逆流性食道炎患者に対する維持療法における,ラベプラゾールナトリウム10mgを1日2回投与の有効性及び安全性を検討するための第V相臨床試験に供されるラベプラゾールナトリウムであって, 前記第V相臨床試験は,PPI抵抗性逆流性食道炎患者に,維持療法期間中,10mgを1日2回52週間投与するものである,ラベプラゾールナトリウム。」 (2) 本件発明と引用発明との対比 ア 甲1発明との対比 (ア) 本件発明1との対比 本件発明1と甲1発明との一致点及び相違点は,次のとおりである。 (一致点) 「維持療法を行う前の治療により治癒したプロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎患者に対して,維持療法期に,10mgを1日2回,4週間以上投与される,ラベプラゾールナトリウム」 (相違点1) 本件発明1は,「ラベプラゾールナトリウム」を有効成分とする,「維持療法のために」投与される「プロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎の再発抑制剤」であるのに対して,甲1発明は, 「PPI抵抗性逆流性食道炎患者に対する維持療法における」「有効性と安全性を検討するための第V相臨床試験に供されるラベプラゾールナトリウム(E3810)」である点。 (イ) 本件発明2との対比 本件発明2と甲1発明とは,相違点1に加え,次の相違点2において更に相違する。 (相違点2) 本件発明2は, 「維持療法を行う前の治療期において,前記プロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎患者は,ラベプラゾールナトリウムを,8週間,20mgを1日2回投与,又は10mgを1日2回投与されている」ことを特定しているのに対し,甲1発明は,「治療期間中はラベプラゾールナトリウム(E3810)10mgを1日2回投与された」ことを特定している点。 (ウ) 本件発明3との対比 本件発明3と甲1発明とは,相違点1及び2に加え,次の相違点3において更に相違する。 (相違点3) 本件発明3は,「前記プロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎患者の治療期における治癒前の食道粘膜の炎症が,ロサンゼルス分類でGradeBより重症である」と特定しているのに対し,甲1発明は,当該特定をしていない点。 (エ) 本件発明4との対比 本件発明4と甲1発明とは,相違点1〜3に加え,次の相違点4において更に相違する。 (相違点4) 本件発明4は, 「前記プロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎患者が,食道裂孔ヘルニアを併発している」と特定しているのに対し,甲1発明は,当該特定をしていない点。 (オ) 本件発明5との対比 本件発明5と甲1発明とは,相違点1〜4に加え,次の相違点5において更に相違する。 (相違点5) 本件発明5は, 「前記プロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎患者が,逆流性食道炎の罹病期間が1年以上である」と特定しているのに対し,甲1発明は,当該特定をしていない点。 (カ) 本件発明6との対比 本件発明6と甲1発明とは,相違点1〜5に加え,次の相違点6において更に相違する。 (相違点6) 本件発明6は, 「前記プロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎患者が,シトクロムP450(CYP)2C19遺伝子型がホモ接合体EMである」と特定しているのに対し,甲1発明は,当該特定をしていない点。 イ 甲2発明との対比 (ア) 本件発明1との対比 本件発明1と甲2発明との一致点及び相違点は,次のとおりである。 (一致点) 「維持療法を行う前の治療により治癒したプロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎患者に対して,維持療法期に,ラベプラゾールナトリウム10mgを1日2回,4週間以上投与される,ラベプラゾールナトリウム」 (相違点1’) 本件発明1は,「ラベプラゾールナトリウム」を有効成分とする,「維持療法のために」投与される「プロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎の再発抑制剤」であるのに対して,甲2発明は, 「PPI抵抗性逆流性食道炎患者に対する維持療法における」「有効性及び安全性を検討するための第V相臨床試験に供されるラベプラゾールナトリウム」である点。 (イ) 本件発明2との対比 本件発明2と甲2発明とは,相違点1’に加え,次の相違点2’において更に相違する。 (相違点2’) 本件発明2は, 「維持療法を行う前の治療期において,前記プロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎患者は,ラベプラゾールナトリウムを,8週間,20mgを1日2回投与,又は10mgを1日2回投与されている」ことを特定しているのに対し,甲2発明は,当該特定をしていない点。 (ウ) 本件発明3〜6との対比 本件発明3〜6と甲2発明との相違点1’及び2’以外の相違点は,本件発明3〜6と甲1発明との相違点である相違点3〜6と同じである。 (3) 無効理由1(甲1に基づく新規性欠如)について 甲1には,第V相の臨床試験計画が記載されているのみで,当該計画を実施した結果については,全く記載されていない。また,本件優先日当時,PPI抵抗性逆流性食道炎患者に対する維持療法としてラベプラゾールナトリウム10mgを1日2回投与することについて,何らかの技術常識があったとはいえない。 そうすると,甲1の記載及び本件優先日当時の技術常識からは,甲1発明に係る第V相臨床試験に供されるラベプラゾールナトリウムを,PPI抵抗性逆流性食道炎患者の再発抑制剤として用いることができることが,明らかであるとはいえないから,相違点1は,実質的な相違点である。 したがって,本件発明1は,甲1発明と同一ではない。 本件発明2〜6は,本件発明1を引用して更に限定した発明であるから,上記と同様の理由により,甲1発明と同一ではない。 (4) 無効理由2(甲2に基づく新規性欠如)について 相違点1’は,相違点1と実質的に同じであり,上記(3)と同様の理由により,相違点1’は実質的な相違点であるから,本件発明1は,甲2発明と同一ではない。 本件発明2〜6は,本件発明1を引用して更に限定した発明であるから,上記と同様の理由により,甲2発明と同一ではない。 (5) 無効理由3(甲1に基づく進歩性欠如)について ア 本件発明1について (ア) 相違点1について a 甲1に記載の臨床試験計画が第V相であることについて 甲15(椿広計他編集「これからの臨床試験 医薬品の科学的評価―原理と方法」3頁〜4頁,朝倉書店,平成11年10月1日),甲16(折井孝男編「医薬品情報学―基礎・評価・応用―」69頁〜70頁,南山堂,平成17年10月5日)及び甲17(日本臨床薬理学会編「臨床薬理学 第2版」66頁〜68頁,医学書院,平成15年4月1日)によると,臨床試験における第V相の主たる目的は,第U相までに得られた医薬品候補薬の適応症や対象患者群における有効性と安全性の成績を検証することであり,有効性が期待される疾患を有すると診断された多数の患者を対象とすることが,本件優先日当時の技術常識であった。 そうすると,甲1発明の第V相臨床試験における患者は,当該試験を行う前に得られた情報から,「維持療法期間中,ラベプラゾールナトリウム(E3810)10mgを1日2回52週間投与」の有効性や安全性がある程度期待される疾患を有する患者であることが理解できる。 b 本件優先日当時の治療期と維持療法期の用法・用量について (a) 甲10(藤本一眞「逆流性食道炎の維持療法(長期投与)におけるパリエット?錠の安全性と有効性の検討―特定使用成績調査結果―」薬理と治療37巻10号829頁〜845頁,平成21年10月20日)及び甲18(「パリエット?錠5mg,パリエット?錠10mg」添付文書,平成28年4月改訂)によると,本件優先日当時,ラベプラゾールナトリウムについては,次の事項が技術常識となっていたといえる。 (技術常識a)ラベプラゾールナトリウムの治療期における用法・用量について PPI抵抗性ではない逆流性食道炎患者の治療期には,ラベプラゾールナトリウム10mgを1日1回投与し,また,PPI抵抗性逆流性食道炎患者の治療期には,ラベプラゾールナトリウム10mgを1日2回,8週間投与すること。 (技術常識b)ラベプラゾールナトリウムの維持療法期における用法・用量について PPI抵抗性ではない逆流性食道炎患者の維持療法期には,ラベプラゾールナトリウム10mgを1日1回投与すること。 (b) 上記(a)の技術常識a及びbに照らすと,PPI抵抗性ではない逆流性食道炎患者においては,維持療法期の用法・用量(ラベプラゾールナトリウム10mgを1日1回)を治療期の用法・用量と同じとして,再発抑制を図っていたものと解される。 また,本件優先日当時,PPI抵抗性逆流性食道炎患者の場合,治療期の用法・用量はラベプラゾールナトリウム10mgを1日2回投与するものであったが,維持療法期の用法・用量は明らかではなかった。 c 甲1発明は,PPI抵抗性逆流性食道炎患者において,維持療法期の用法・用量(ラベプラゾールナトリウム10mgを1日2回)を,治療期の用法・用量と同じとしたものである。 上記a及びbを併せ考慮すると,PPI抵抗性逆流性食道炎患者において,維持療法期の用法・用量を,治療期のそれと同じとして52週間継続して投与する第V相臨床試験に供される甲1発明のラベプラゾールナトリウムは,本件発明1の医薬の用途発明に必要とされる程度の再発抑制効果を有することを,当業者が容易に予測できたものといえる。 d そうすると,甲1発明のラベプラゾールナトリウムを,PPI抵抗性逆流性食道炎患者の維持療法期に投与する再発抑制剤として用い,相違点1に係る本件発明1の発明特定事項を採用することは,当業者が容易に想到することができたものといわざるを得ない。 (イ) 効果について 本件明細書の実施例1において,有効性及び安全性を検討する二重盲検比較試験(1日2回投与群N=181)の結果,ラベプラゾールナトリウム10mgを1日2回52週間投与する方法は,従来の維持療法(10mgを1日1回52週間投与)と比較して,顕著に優れた再発抑制効果が得られ,安全性プロファイルは大きく異ならないと判断され,忍容性が認められたことが示されている。 PPI抵抗性の患者の逆流性食道炎を治療できない用法・用量である「10mg1日1回」よりも,治療できる用法・用量である「10mg1日2回」の方が再発抑制においても優れた効果があることは,当業者の予測の範囲内である。 また,ラベプラゾールナトリウムの製造販売承認されていた用法・用量は,(i) 逆流性食道炎の治療においては10mgを1日1回投与を8週間まで,維持療法においては10mgを1日1回投与する,(ii) PPI抵抗性逆流性食道炎の治療(PPIによる治療で効果が不十分な場合)においては,10mgを1日2回,重度の粘膜傷害を有する場合には20mgを1日2回,さらに8週間投与できる,というものであったことを考慮すると(甲18),本件発明1が,PPI抵抗性逆流性食道炎患者に対する維持療法のために,4週間程度あるいはそれ以上の期間,10mgを1日2回投与しても安全性が過度に損なわれることがないことは,当業者が予測し得たものといえる。 そうすると,本件発明1の効果は,当業者が予測し得ない格別顕著なものということはできない。 (ウ) したがって,本件発明1は,甲1発明及び技術常識に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。 イ 本件発明2について (ア) 相違点1については,前記ア(ア)のとおりである。 (イ) 相違点2について 前記ア(ア)b(a)の技術常識aのとおり,PPI抵抗性逆流性食道炎患者の治療期には,ラベプラゾールナトリウム10mgを1日2回,8週間投与することが,本件優先日当時の技術常識となっていたから,相違点2に係る本件発明2の発明特定事項を採用することは,当業者が適宜なし得た事項にすぎない。 (ウ) 効果について 相違点1及び2を併せ考慮しても,本件発明2の効果は,当業者が予測し得ない格別顕著なものとはいえない。 (エ) したがって,本件発明2は,甲1発明及び技術常識に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。 ウ 本件発明3について (ア) 相違点1及び2については,前記ア(ア)及びイ(イ)のとおりである。 (イ) 相違点3について 甲20(Kazuma Fujimoto 他「Risk factors for relapse of erosive GERD duringlong-term maintenance treatment with proton pump inhibitor: a prospectivemulticenter study in Japan」Journal of Gastroenterology 45巻1193頁〜1200頁,平成22年7月6日)によると,本件優先日当時, 「食道裂孔ヘルニア」や「過去のびらん性GERDの重症度(グレードC又はD)」などの条件が,再発リスクの高さに関連していることは,周知であった。 そうすると,甲1発明において,治療期の治癒前の食道粘膜の炎症がロサンゼルス分類でGradeBより重傷な患者である,GradeC又はDの患者とし,相違点3に係る本件発明3の発明特定事項を採用することは,当業者が適宜なし得た事項にすぎない。 (ウ) 効果について 本件明細書の実施例1の表6において,内視鏡所見がロサンゼルス分類でGrade B〜Dの被験者群では,非再発率の群間差(1日1回投与群と1日2回投与群との差)が30%以上と大きく,1日1回投与群よりも,1日2回投与群の方が再発抑制効果が顕著であったことが示されている(本件明細書の段落【0058】,【0059】。 ) しかし,上記(イ)のとおり,びらん性GERDの重症度(すなわちロサンゼルス分類のGrade)が再発リスクの高さに関係していることは周知であるから,重症度が高いほど,有効成分を多くしないと再発することは,当業者の予測の範囲内であった。 本件明細書の表6に示されるように,GradeAの患者は10mgを1日1回投与することで,既にある程度の再発抑制効果が得られていることから非再発率の群間差が小さいのに対し,GradeB・C・Dは,10mgを1日1回投与することでは再発抑制効果が不十分であるが,10mgを1日2回投与することで十分に再発抑制効果が得られるから非再発率の群間差が大きいことは,当業者が予測可能な程度のものにすぎない。 そうすると,相違点1〜3を併せ考慮しても,本件発明3の効果は,当業者が予測し得ない格別顕著なものとはいえない。 (エ) したがって,本件発明3は,甲1発明及び技術常識(周知技術を含む。)に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。 エ 本件発明4について (ア) 相違点1〜3については,前記ア(ア)並びにイ及びウの各(イ)のとおりである。 (イ) 相違点4について 前記ウ(イ)と同様に,甲1発明の患者を,食道裂孔ヘルニアを併発している患者とし,相違点4に係る本件発明4の発明特定事項を採用することは,当業者が適宜なし得た事項にすぎない。 (ウ) 効果について 相違点1〜4を併せ考慮しても,本件発明4の効果は,当業者が予測し得ない格別顕著なものとはいえない。 (エ) したがって,本件発明4は,甲1発明及び技術常識(周知技術を含む。)に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。 オ 本件発明5について (ア) 相違点1〜4については,前記ア(ア)及びイ〜エの各(イ)のとおりである。 (イ) 相違点5について 甲19(Yoshikazu Kinoshita 他「Efficacy of Twice-Daily Rabeprazole forReflux Esophagitis Patients Refractory to Standard Once-DailyAdministration of PPI: The Japan-Based TWICE Study」The American Journal ofGASTROENTEROLOGY 107巻4号522頁〜530頁,平成24年3月20日)によると,PPI抵抗性逆流性食道炎患者において,罹患期間が1年以上である患者は一般的であったから,甲1発明の患者を,罹患期間が1年以上である者に特定し,相違点5に係る本件発明5の発明特定事項を採用することは,当業者が適宜なし得た事項にすぎない。 (ウ) 効果について 相違点1〜5を併せ考慮しても,本件発明5の効果は,当業者が予測し得ない格別顕著なものとはいえない。 (エ) したがって,本件発明5は,甲1発明及び技術常識(周知技術を含む。)に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。 カ 本件発明6について (ア) 相違点1〜5については,前記ア(ア)及びイ〜オの各(イ)のとおりである。 (イ) 相違点6について 甲 1 1 ( Toshihito Saitoh 他 「 Influences of CYP2C19 Polymorphism onRecurrence of Reflux Esophagitis during Proton Pump Inhibitor MaintenanceTherapy」Hepato-Gastroenterology 56巻91-92号703頁〜706頁,平成21年5月〜6月)によると,CYP2C19ホモ接合体EM(高代謝)患者は,ヘテロ接合体EM患者やPM(低代謝)患者に比べて,再発しやすいことは周知であったから,甲1発明の患者を,CYP2C19ホモ接合体EM患者とし,相違点6に係る本件発明6の発明特定事項を採用することは,当業者が適宜なし得た事項にすぎない。 (ウ) 効果について 相違点1〜6を併せ考慮しても,本件発明6の効果は,当業者が予測し得ない格別顕著なものとはいえない。 (エ) したがって,本件発明6は,甲1発明及び技術常識(周知技術を含む。)に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。 キ 小括 以上によると,本件発明は,甲1発明及び技術常識(周知技術を含む。)に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,本件特許は,無効理由3によって無効とすべきものである。 (6) 無効理由4(甲2に基づく進歩性欠如)について ア 本件発明1について (ア) 相違点1’について a 甲2に記載された臨床試験計画が第V相であることについて 前記(5)ア(ア)aの本件優先日当時の技術常識によると,甲2発明の第V相臨床試験における患者は,当該試験を行う前に得られた情報から, 「維持療法期間中,ラベプラゾールナトリウム10mgを1日2回52週間投与」の有効性や安全性がある程度期待される疾患を有する患者であることが理解できる。 b 本件優先日当時の治療期と維持療法期の用法・用量について 前記(5)ア(ア)bのとおりである。 c 甲2には,甲2発明における患者の治療期の用法・用量がどのようなものであったかについて記載されていない。しかし,前記(5)ア(ア)b(a)の技術常識aからすると,甲2発明における患者も,当然,治療期の用法・用量がラベプラゾールナトリウム10mgを1日2回であった患者を含むものと想定される。 そうすると,甲2発明は,PPI抵抗性の患者の維持療法期において,治療期と同じ用法・用量を継続し,ラベプラゾールナトリウム10mgを1日2回投与する場合を含むものと解される。 上記a及びbを併せ考慮すると,PPI抵抗性の患者において,維持療法期の用法・用量を,治療期のそれと同じとして52週間継続して投与する第V相臨床試験に供される甲2発明のラベプラゾールナトリウムは,本件発明1の医薬の用途発明に必要とされる程度の再発抑制効果を有することを,当業者が容易に予測できたものといえる。 d そうすると,甲2発明のラベプラゾールナトリウムを,PPI抵抗性逆流性食道炎患者の維持療法期に投与する再発抑制剤として用い,相違点1’に係る本件発明1の発明特定事項を採用することは,当業者が容易に想到することができたものといわざるを得ない。 (イ) 効果について 前記(5)ア(イ)のように,本件発明1の効果は,当業者が予測し得ない格別顕著なものということはできない。 (ウ) したがって,本件発明1は,甲2発明及び技術常識に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。 イ 本件発明2について (ア) 相違点1’については,前記ア(ア)のとおりである。 (イ) 相違点2’について 前記(5)ア(ア)b(a)の技術常識aからすると,相違点2’に係る本件発明2の発明特定事項を採用することは,当業者が適宜なし得た事項にすぎない。 (ウ) 効果について 前記(5)イ(ウ)のように,本件発明2の効果は,当業者が予測し得ない格別顕著なものということはできない。 (エ) したがって,本件発明2は,甲2発明及び技術常識に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。 ウ 本件発明3〜6について (ア) 相違点1’及び2’については,前記ア(ア)及びイ(イ)のとおりである。 (イ) 相違点3〜6について 甲2発明において,相違点3〜6に係る本件発明3〜6の発明特定事項を採用することは,当業者が容易に想到することができたといえる。 (ウ) 効果について 前記(5)ウ〜カの各(ウ)のように,本件発明3〜6の効果は,当業者が予測し得ない格別顕著なものとはいえない。 (エ) したがって,本件発明3〜6は,甲2発明及び技術常識(周知技術を含む。)に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである。 エ 小括 以上によると,本件発明は,甲2発明及び技術常識(周知技術を含む。)に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,本件特許は,無効理由4によって無効とすべきものである。 |
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原告主張の取消事由等
1 取消事由1(無効理由3における判断の誤り) (1) 本件発明1について ア 相違点1に対する容易想到性の判断の誤り (ア) 臨床試験の「相」に関する技術常識の判断の誤り a 新医薬品の個々の臨床試験及び包括的な開発戦略に関する国際的な原則と具体的なあり方を記述した「臨床試験の一般指針」 (甲27の1。以下,単に「一般指針」ということがある。)に示されているとおり,医薬品が製品として承認されるための安全性,有効性のデータを得るための臨床試験は,論理的で段階的な手続により進められ,一般的には,第T相試験(臨床薬理試験など) 第U相試験 , (探索的試験など)及び第V相試験(検証的試験など)の段階に分けられて実施される(同7頁〜10頁)。これらの臨床試験において,被験対象の医薬品が,医薬品としての安全性,有効性を有しているか判断するためのデータが取得され,得られたデータから医薬品としての安全性,有効性を有していると判断された場合にのみ医薬品としての承認を受けて製品となる。 b 本件審決は,甲15〜17を根拠として,臨床試験における第V相の主たる目的は,第U相までに得られた医薬品候補薬の適応症や対象患者群における有効性と安全性の成績を検証することであり,有効性が期待される疾患を有すると診断された多数の患者を対象とすることが,本件優先日当時の技術常識であったと判断した。 しかし,甲15〜17では,医薬品の臨床試験の段階について一般的な説明がされているにすぎず,実際の臨床試験の進め方は,対象となる疾患の種類や,使用する薬剤,治療方法の内容等により様々であることが当業者の常識である。 一般指針(甲16[69頁,70頁]や甲17[66頁]でも引用されている。)には, 「3.1.3 臨床開発における相」において, 「ある種の臨床試験は複数の相において実施されることもあることから,開発の相という概念が臨床試験の分類の基礎としてふさわしくないことを認識するのは重要である(図1参照)」「医薬品 。,によっては典型的な開発順序が不適切,又は不必要であったりすることから,逐次的な相とは試験が決まった順序で行われることを意味しているわけではないことを認識することも重要である。などという記載があり, 」 一般指針の記載を踏まえると,臨床試験の種類と開発の相は必ずしも一律に対応するものではなく,この点については本件優先日当時の当業者の常識であった。なお,甲16(69頁)でも,「相」は,治験の分類ではなく,開発段階を示す時間的な概念として使用されているといった旨の説明がされている。 (イ) 甲1に記載された臨床試験は有効性や安全性がある程度期待される疾患を有する患者に対して投与がなされる試験ではないこと a 甲1に記載された臨床試験計画は,本件審決が前記(ア)bのように技術常識として述べる第V相とは異なるものである。 まず,甲1に記載の試験計画に基づき実施された臨床試験については,第U相試験に相当する前段階の臨床試験は存在していない。したがって,本件審決が,甲1の試験計画に基づく第V相臨床試験における患者について,「当該試験を行う前に得られた情報」から,「維持療法期間中,ラベプラゾールナトリウム(E3810)10mgを1日2回52週間投与」の有効性や安全性がある程度期待される疾患を有する患者であると判断した根拠は示されていないといえる。この点,本件審決は,上記「当該試験を行う前に得られた情報」とは,単に第U相試験で得られた結果のみを意味するわけではなく,甲1発明の第V相臨床試験を行う前に得られた情報の全てを意味するとするが,具体的にどのような情報をいうのか説明しておらず,上記根拠が示されていないことに変わりはない。 甲1に記載された臨床試験計画の概要の記載(甲1の3頁)から,甲1に基づく臨床試験が有効性と安全性を評価する試験であることは,明らかである。 b 前記(ア)に加え,臨床試験の第V相試験から承認を得るまでの一般的な成功確率等を踏まえると,甲1に記載された試験計画が第V相試験の段階にあることから,直ちに,有効性や安全性がある程度期待されるともいえない。 医薬品の臨床試験の各段階において,次の段階に進むための結果が得られない場合には臨床試験は中止され,医薬品として製品化はされないところ,過去に実施された臨床試験の実績(甲26によると第V相試験から承認までの確率は49.6%,甲49のTable3によると第V相試験から承認までの確率は50%)を踏まえると,本件優先日当時,たとえ第V相試験を実施する医薬品であっても,被験対象の医薬品が実際に製品になるかどうかは全く不明であった。医薬品については,法規制の下,製造販売のための承認を得るには,その有効性及び安全性が有意なものであるかを確認するために,一定規模の患者数を確保して(本件発明では,360名程度の被験者を確保している[本件明細書の段落【0048】。,臨床試験を実 ])施する必要があるが,そのような臨床試験の実施に必要な費用の膨大さや時間,それらに加えて,実際に試験に参加する被験者が負担する安全性リスクの点を考慮すると,当業者である製薬企業等にとっては,製品にならない(投資した臨床試験の費用が全く回収できない)可能性が相当程度あるのである。 この点,甲1に記載された臨床試験計画は,既に逆流性食道炎の治療についての適応を取得している(医薬品としての承認を得ている)ラベプラゾールに関し,新たにプロトンポンプ阻害剤抵抗性の逆流性食道炎の維持療法について適応を取得するための第V相試験ではあるが,既に承認を得ている治療法についての用法・用量が存在しているとしても,それは既承認の用法・用量については安全性や有効性が確認されているにとどまり,新たに実施する第V相臨床試験について,安全性や有効性が未確認であることには違いがなく,新たに実施する第V相の臨床試験の成功確率が当然に高い確率になるとはいえない。 新たに実施する第V相臨床試験については,安全性や有効性が未確認であるからこそ,巨額の費用と長期の時間をかけることに加え,実際に試験に参加する被験者各自が安全性リスクを負担してまで実施されるのである。 (ウ) 本件優先日当時の治療期と維持療法期の用法・用量の判断の誤り a 技術常識の認定の誤り 本件審決が認定する,本件優先日当時のラベプラゾールナトリウムについての技術常識のうち,ラベプラゾールナトリウムの治療期における用法・用量についての技術常識aは,本件優先日当時に公知であったラベプラゾールナトリウムの治療期における用法・用量の一部のみを切り出したもので,正確な内容ではない。正しくは,次の技術常識a’のようになる(本件明細書の段落【0002】, 【0003】,甲22,23,甲41[図2],甲42[70頁,xvii頁のフローチャート,xviii頁]。 ) (技術常識a’)ラベプラゾールナトリウムの治療期における用法・用量について PPI抵抗性ではない逆流性食道炎患者の治療期には,ラベプラゾールナトリウム10mgを1日1回投与するが,病状により1回20mgを1日1回経口投与することができる。なお,通常,8週間までの投与とする。また,PPIによる治療で効果不十分な患者(PPI抵抗性逆流性食道炎患者)の治療期には,ラベプラゾールナトリウム1回10mg又は1回20mgを1日2回,さらに8週間投与する。 ただし,20mg1日2回投与は重度の粘膜傷害を有する場合に限る。 b 容易想到性に関する判断の誤り (a) 本件審決は,次の@及びAのような判断をする。 @ 「技術常識a及びbに照らすと,PPI抵抗性ではない逆流性食道炎患者においては,維持療法期の用法・用量(ラベプラゾールナトリウム10mgを1日1回)を治療期の用量 ・用量と同じとして,再発抑制を図っていたものと解される。 , 」「また,本件優先日当時,PPI抵抗性逆流性食道炎患者の場合,治療期の用法・用量はラベプラゾールナトリウム10mgを1日2回投与するものであったが,維持療法期の用法・用量は明らかではなかった。」 A 「甲1発明は,PPI抵抗性逆流性食道炎患者において,維持療法期の用法・用量(ラベプラゾールナトリウム10mgを1日2回)を,治療期の用法・用量と同じとしたものである。, 」「PPI抵抗性逆流性食道炎患者において,維持療法期の用法・用量を,治療期のそれと同じとして52週間継続して投与する第V相臨床試験に供される甲1発明のラベプラゾールナトリウムは,本件発明1の医薬の用途発明に必要とされる程度の再発抑制効果を有することを,当業者が容易に予測できたものといえる。」 (b) しかし,そもそも,上記(a)の判断の前提となる第V相試験に関する理解に誤りがあることは,前記(ア)及び(イ)のとおりである。 また,技術常識a’の内容を踏まえると,本件優先日当時,我が国において承認され,一般的に行われていた,PPI抵抗性ではない逆流性食道炎患者に対する維持療法(ラベプラゾールナトリウム10mgを1日1回経口投与)は,逆流性食道炎患者に対する治療期に投与される常用量と同量又はその半量を1日1回投与するというもの(本件明細書の段落【0004】,甲22,23)であり,PPI抵抗性ではない逆流性食道炎患者の治療期の用法・用量は,維持療法期の用法・用量と同じではなかった。PPI抵抗性ではない逆流性食道炎患者の治療期の用法・用量には,症状により1回20mgを1日1回投与することも含まれており,かつ,投与期間の上限も8週間と定められていたもので,PPI抵抗性ではない逆流性食道炎患者の維持療法期の用法 用量と一部重なるものであったにすぎない。 ・ したがって,上記(a)@は誤りである。 同様に,技術常識a’の内容を踏まえると,PPI抵抗性逆流性食道炎患者の治療期の用法・用量は,甲1発明における維持療法期の用法・用量(ラベプラゾールナトリウム10mgを1日2回)と同じではなかった。PPI抵抗性逆流性食道炎患者の治療期の用法・用量には,重度の粘膜傷害時には1回20mgを1日2回投与することも含まれ,かつ,その投与期間の上限も8週間とされていたもので,甲1発明における維持療法期の用法・用量と一部重なるものであったにすぎない。したがって,上記(a)Aも誤りである。 さらに,技術常識a’の内容を踏まえると,PPI抵抗性の逆流性食道炎患者には,20mgの1日1回投与でも治癒しない患者も含まれている。したがって,仮に上記(a)@及びAの考え方が正しいとした場合でも,PPI抵抗性ではない逆流性食道炎患者の維持療法期の用法・用量の定め方を基にして定めたPPI抵抗性逆流性食道炎患者に対する維持療法期の用法・用量が,PPI抵抗性逆流性食道炎患者に対して, (PPI抵抗性ではない逆流性食道炎患者の維持療法期の用法・用量で投与した場合に比して)有意な再発抑制効果や優れた安全性を有することが予測できるとすることは,およそ論理的な帰結ではない。 したがって,本件審決の上記(a)の判断は誤りである。 (エ) 有意な再発抑制効果や優れた安全性を予測することは困難であること a 本件発明1の再発抑制効果予測についての判断の誤り (a) 本件審決は,PPI抵抗性逆流性食道炎患者とそうでない逆流性食道炎患者の病態の具体的な相違などを何ら考慮することなく,極めて安易に, 「本件発明1の医薬の用途発明に必要とされる程度」の再発抑制効果を有することを当業者が容易に予測できたものといえると判断したが,上記用途発明に必要とされる程度の具体的内容は不明であり,かつ,そのような予測ができる根拠も示されていない。 (b) 本件優先日当時,PPI抵抗性逆流性食道炎に対する維持療法期の用法・用量は確立していなかったものの,再発抑制効果は不十分と認識されながらも,暫定的な措置として,PPI抵抗性ではない逆流性食道炎に対する維持療法期の用法・用量により維持療法が実施されていた(本件明細書の段落【0004】,【0006】。 ) したがって,容易想到性の判断との関係で,当業者の予測対象となる発明の構成としての「本件発明1の医薬の用途発明に必要とされる」再発抑制効果の程度としては,本件優先日当時に実施されていた(PPI抵抗性ではない逆流性食道炎に対する)維持療法期の用法・用量により得られていた(不十分な)PPI抵抗性逆流性食道炎の再発抑制効果に比して,再発抑制効果の点だけでなく,安全性の面からも優れた効果を示し,既存の維持療法期の用法・用量から転換されるような効果の程度が要求されるというべきである。そのようなレベルでない場合には,医薬品の新たな用法・用量として承認されず,少なくとも医薬の用途発明として完成したということはできない。 しかし,後記bのとおり,甲1発明について,上記のような程度の再発抑制効果を有することの予測は,困難であった。 b 本件発明による再発抑制効果の予測困難性について (a) 本件優先日当時,PPI抵抗性逆流性食道炎患者の維持療法期におけるプロトンポンプ阻害剤の用法・用量については,何ら明らかとなっておらず(甲24,29〜31),PPI抵抗性逆流性食道炎に対して有効な維持療法は,存在していなかった。このことは,本件優先日前に米国消化器病学会及び日本消化器病学会が公表していた胃食道逆流症に関するガイドライン中のPPI抵抗性患者に対する治療法の記載箇所において,維持療法についての明確な記載がされていないこと(甲42,44)からも明らかであり,本件優先日以後に公開された文献等にもその記載がないこと(甲45,46)からも裏付けられる。 したがって,甲1の臨床試験計画で開示されていたラベプラゾールナトリウムの用法・用量のみから,その再発抑制効果が「本件発明1の医薬の用途発明に必要とされる」再発抑制効果の程度を有することを「容易に予測」することはできない。 本件審決は,当該予測が容易であったとの具体的な根拠を明らかにしていない。 (b) 加えて,本件発明は,維持療法期の用法・用量であることから,投与開始時に食道粘膜傷害といった顕在化した所見を治癒するための「治療における有効性(効果)」と異なり,投与開始の時点で,治療期の治療により食道粘膜傷害が治癒した患者においてその治癒の状態をどの程度の期間維持し,粘膜傷害が再発することを防ぐことができるかという「再発防止剤における有効性(効果)」を予測することが,より一層困難であることは明らかである。 上記の予測の困難さには,投与により得られる効果自体の予測の困難さだけでなく,プロトンポンプ阻害剤の投与量を決めるに際し,有効性を得るという点及び安全性確保の点を考慮した上,その両者のバランスをとった最適な投与量を臨床試験の結果を得る前に(臨床試験の開始前に)設定することが困難であることも含まれる。なお,このバランスをとった投与量の設定については,平成7年5月24日付け厚労省通知「致命的でない疾患に対し長期間の投与が想定される新医薬品の治験段階において安全性を評価するために必要な症例数と投与期間について」(薬審第592号)においても「当該医薬品を長期にわたり投与すると発現率が変わってくるような事象については,その重症度及び医薬品の有効性と安全性の総合的評価(リスク・ベネフィットアセスメント)における重要性を勘案して,その特徴を明らかにすることが必要な場合もある。(甲28の1頁)との内容で言及されている。 」 (c) 安全性についても,維持療法期においては,食道粘膜傷害が認められる患者に対して投与を開始する治療期と異なり,食道粘膜傷害が治癒した患者に対して高い投与量(1回10mgを1日2回)を長期間投与するため,既存の維持療法期の用法・用量と同程度の高い安全性が要求されるものと考えられる。 この点,上記(a)のとおり,本件優先日当時,プロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎に対する有効な維持療法が存在していなかった理由の一つとしては,プロトンポンプ阻害剤は強力な胃酸分泌抑制作用を有するため,本件優先日当時,その長期投与については,注意深い観察が必要とされ,様々な副作用の発生が懸念されていたことが挙げられる。本件優先日当時,各種ガイドラインにおいて,プロトンポンプ阻害剤の長期投与についての様々な副作用発生の懸念や,プロトンポンプ阻害剤の投与に関連する複数の有害事象への懸念が示されていた(甲42,44)ほか,プロトンポンプ阻害剤の添付文書中の重要な基本的注意の記載において,特に逆流性食道炎の維持療法に関する注意事項として,対象患者の選択,用量の選択,治療中の定期的な観察が記載されていた(甲23,29〜31)。また,本件発明に係る医薬品の用法・用量に関する承認申請の審査報告書の別紙(甲47)の「注目すべき有害事象」の記載からも,プロトンポンプ阻害剤の逆流性食道炎の維持療法期における投与による有害事象の発生が懸念されていたことが示されている。 したがって, 「本件発明1の医薬の用途発明に必要とされる程度の」安全性についても予測することは,より一層困難であったといえる。 c 医薬用途発明の構成に関する知財高裁判決の判断に反すること 医薬用途発明の構成に関する知財高裁平成29年2月28日判決(平成28年(行ケ)第10107号。以下「平成29年判決」という。)は,医薬用途発明の効果の有無については,臨床効果を確認しない限り知ることは困難であるから,引用発明の組成物である「GP2」を投与することによって本願発明の組成物である「E75」を投与した場合と同様の効果が得られるものということはできない旨を判断した。平成29年判決は,医薬品の用途発明については,その医薬品の構成のみでなく,臨床効果の確認により完成する場合があることを支持する内容であって,医薬品の用途発明のうち,特に用法・用量に特徴のある医薬発明については,使用される薬剤の性質,対象となる疾患の病態など様々な要因が関係することから,実際に人に投与された結果をもって,有効性,安全性が認められ,発明として完成するという,医薬用途発明の完成の経緯を支持するものと考えられる(甲51[「先端医療分野における特許保護の在り方について」知的財産戦略本部 知的財産による競争力強化専門調査会 先端医療特許検討委員会,平成11年5月29日]の17頁3行目〜5行目,20頁18行目〜21行目参照)。 本件発明も,そのような経緯で完成する発明の典型例といえるもので,平成29年判決を踏まえると,本件発明のように用法・用量に特徴のある医薬の用途特許発明の容易想到性の判断においては,当業者が想到する発明の構成として,用法・用量に加え,その効果が必要不可欠な要素として含まれており,そして,その効果については,臨床効果を確認しない限り,知ることが困難である。 したがって, 「本件発明1の医薬の用途発明に必要とされる程度」の再発抑制効果を甲1発明が有することを当業者が容易に予測できたとする,本件審決の判断は誤りである。 d まとめ 以上のように,容易想到性の判断との関係において,本件発明1の医薬の用途発明に必要とされる再発抑制効果の程度については,逆流性食道炎の再発抑制効果の点だけでなく,安全性の点からも優れた効果を示し,既存の維持療法期の用法・用量から転換されるような効果の程度が要求され,また,そのような効果は,臨床効果を確認しない限り知ることは困難なものである。しかるに,何らの具体的な根拠を示すことなく,甲1の記載と技術常識から,相違点1の構成を採用することについて当業者が容易に想到できるとした本件審決の判断は,誤りである。 (オ) よって,相違点1に関する容易想到性に対する本件審決の判断が誤りであることは明らかである。 (カ) 被告らの主張について a 維持療法は治療の延長にすぎないとの主張について 逆流性食道炎の治療期の治療と維持療法との間に明確な違いがあることは,既に主張した点のほか,甲52(大阪市立大学のA教授[以下「A教授」という。]の意見書3頁19行目〜4頁5行目) 甲54及び甲55における, , 両者での治療目標や治療の考え方の違いに関する記載からも明らかである。 また,一般的に長期投与が想定される医薬品については,治験の段階での安全性評価方法について,長期投与が想定されていない短期間投与の医薬品とその取扱いが区別されている(甲28の1頁16行目〜18行目,22行目及び23行目)が,このことは,ラベプラゾールの投与期間の上限が8週間と定められている逆流性食道炎の治療期の治療(短期間投与)と,投与期間の上限が定められていない維持療法(長期間投与)については,安全性評価の観点でも,異なるものとして区別されることを示している。 以上のような逆流性食道炎の治療期の治療と維持療法との違いに関する技術常識を前提とせずに,両者を同質のものとして議論しようとする被告らの主張は,その前提からして明らかに誤りである。 b PPI抵抗性逆流性食道炎患者に対する維持療法に関する技術常識について 次のとおり,被告らが引用する各証拠の記載から,本件優先日当時にPPI抵抗性逆流性食道炎患者に対する維持療法としてラベプラゾールナトリウム10mgを1日2回投与することについて,何らかの技術常識があったとは認めることはできない。 (a) 甲5 「第88回日本消化器病学会総会プログラム及び抄録」 ( 日本消化器病学会雑誌・第99巻臨時増刊号(総会),平成14年3月20日)には,GERDの内科的治療は酸分泌抑制薬が主体になること,患者の(食道での)pHモニタリング試験の結果,重症の逆流性食道炎では,PPIのhalf dose(半量)の投与では酸逆流を抑えられない症例が多く,full dose(全量)の投与を必要としたといった記載があるのみで,PPI抵抗性逆流性食道炎患者に対する維持療法に関する記載は存在しない。 (b) 甲 6 ( A 他 「 Sleep Disturbances and RefractoryGastroesophageal Reflux Disease Symptoms in Patients Receiving Once-DailyProton Pump Inhibitors and Efficacy of Twice-Daily Rabeprazole Treatment」Digestion 88巻145頁〜152頁,平成25年9月5日)には,胃内pHモニタリング試験の結果等から,ラベプラゾールの1日2回投与が夜間の胃酸分泌を抑制することが示され,その結果から,夜間の胃酸分泌抑制がGERD患者の睡眠障害の改善に関与することを示唆することが記載されているのみで,PPI抵抗性逆流性食道炎患者に対する維持療法に関する記載は存在しない。 (c) 甲7(C. Wilder-Smith他「The effects of dose and timing ofesomeprazole administration on 24-h, daytime and night-time acid inhibitionin healthy volunteers」Alimentary Pharmacology and Therapeutics 32巻1249頁〜1256頁,平成22年9月28日)には,健常成人での胃内pHモニタリング試験の結果から,エソメプラゾールの投与において,用量増加させると胃酸分泌抑制が強力になること,夜の投与又は分割投与により,夜間の胃酸分泌を改善することが示されることが記載されているのみで,PPI抵抗性逆流性食道炎患者に対する維持療法に関する記載及びラベプラゾールに関する記載は存在しない。 (d) 甲8(T. SHIMATANI他「Rabeprazole 10 mg twice daily issuperior to 20 mg once daily for night-time gastric acid suppression」Alimentary Pharmacology and Therapeutics 19巻113頁〜122頁,平成16年)には,健常成人での胃内pHモニタリング試験の結果から,ラベプラゾールの1日2回投与の方が1日1回投与よりも優れた胃酸分泌抑制を示したことが記載されているのみで,PPI抵抗性逆流性食道炎患者に対する維持療法に関する記載は存在しない。 なお,甲5〜8で用いられている食道又は胃でのpHモニタリング試験とは,胃酸の分泌状態を食道又は胃内でのpHの変動により評価するものであり,本件明細書の実施例に記載の内視鏡検査による食道粘膜傷害の治癒状態を評価する試験(本件明細書の段落【0047】【0049】 , )とは異なる評価方法である(甲35)。 また,本件発明は,逆流性食道炎の再発抑制剤であるから,その効果の有無の評価については食道又は胃でのpHモニタリングのみでは不十分であり,内視鏡検査による食道粘膜傷害の評価が必須である(本件明細書の段落【0049】。 ) (e) 甲9(平成15年4月24日付け国立医薬品食品衛生研究所長作成のパリエット錠10mgに関する審査報告書[衛研発第2625号]の記載では, )治療期の投与量はラベプラゾール20mgとされ,維持療法期の投与量はラベプラゾール10mg又は20mgとされており,治療期と維持療法期で投与量は異なっているのであり,逆流性食道炎患者の1日当たりの投与回数及び用量が治療期と維持療法期で同じ旨の記載はない。また,甲9には,ラベプラゾールの類薬(ランソプラゾール,オメプラゾール)に関する情報として,逆流性食道炎の維持療法における再発率について,投与量が多いほど再発率が低くなることが記載されているのみであり,PPI抵抗性逆流性食道炎患者に対する維持療法に関する記載及びラベプラゾールに関する記載はない。 むしろ,甲9には,H2受容体拮抗薬抵抗性のびらん・潰瘍型逆流性食道炎患者を対象とした第V相臨床試験において,治療期(ラベプラゾールナトリウム20mgの1日1回投与を8週間)で内視鏡的治癒が認められた症例に対して,維持療法期としてラベプラゾールナトリウム10mg又は20mgを1日1回24週間投与したところ,非再発率に関し,ラベプラゾールナトリウムの用量間の差は認められなかったこと,すなわち10mg投与で効果が頭打ちになっていることが記載されている。また,上記結果に関する考察として「逆流性食道炎の発生にかかわる因子として,胃酸分泌亢進以外にも下部食道括約筋圧など他の因子も関与していることを考慮すると,維持療法中の再発が胃酸分泌抑制効果の不足によるものだけであったかどうかは示されていないと考える。(12頁16行目〜18行目)と記載されて 」おり,胃酸分泌抑制のみが逆流性食道炎の再発防止に効果を示すものではないと本件優先日前に考えられていたことを示している。このことは,単にPPIの投与回数や投与量を増やすことのみをもって再発抑制効果が高まることを容易に予測し得たものとはいえないことを示している。 (f) 甲14(平成22年11月8日付け独立行政法人医薬品医療機器総合機構作成のパリエット錠10mg及びパリエット錠20mgに関する審査報告書)には,PPI抵抗性の逆流性食道炎患者に対する治療期においてラベプラゾール10mg又は20mgを1日2回投与したときの安全性について特段の問題は認められないといった記載があるのみで,PPI抵抗性逆流性食道炎患者に対する維持療法に関する記載は存在しない。 c 安全性について (a) 甲9及び甲13(平成21年9月24日付け医薬品医療機器総合機構作成のパリエット錠10mgに関する再審査報告書)に記載されているのは,PPI抵抗性ではない逆流性食道炎患者に対する維持療法としてラベプラゾールナトリウム10mgの1日1回投与(甲9では,20mgの1日1回投与も含む。)をした場合の安全性評価の結果であり,甲14に記載されているのは,PPI抵抗性の逆流性食道炎患者の治療期の治療としてラベプラゾールナトリウムを10mg又は20mgの1日2回投与を8週間行った場合の安全性評価の結果のみであり,いずれもPPI抵抗性の逆流性食道炎患者の維持療法としてラベプラゾールナトリウム10mgの1日2回投与を長期間行った場合の安全性評価の結果ではない。それらは,いずれも,甲1発明や本件発明とは,対象とする患者,投与量,投与期間が一致するものではなく,甲1に記載された臨床試験計画についての長期投与の安全性が,当業者にとって期待し得たものであることが明白であるとはいえない。 (b) 甲42及び44のガイドライン中の各記載は,本件優先日以前の,甲1発明及び本件発明のラベプラゾールナトリウムの長期投与結果がない段階において,消化器疾患の専門医がPPIの長期投与時の安全性の懸念に関して記載したものであるところ,それらガイドライン中にPPI抵抗性逆流性食道炎における維持療法に関する明確な記載がないことから,本件優先日当時においては,PPI抵抗性逆流性食道炎における維持療法に対する専門医による安全性の認識が確立されていなかったものと認められる。 したがって,甲42及び44の記載について,一般的な懸念を示すものにすぎないとはいえない。なお,甲42のガイドラインの作成委員を担当しているA教授の意見書(甲52)でも,平成28年当時,プロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎の維持療法が確立されていなかった理由について,副作用の発生の懸念等の指摘がされている。 (c) 甲23及び29〜31に記載された各PPIの添付文書における逆流性食道炎の維持療法に関する注意書きは,維持療法と治療期の治療の違いに係るPPIの性質を考慮した背景事情のもとに記載されたもので,一般的な注意書きにとどまるものではない。 イ 効果に対する判断の誤り (ア) 最高裁の判断内容に反すること a 最高裁平成30年(行ヒ)第69号令和元年8月27日第三小法廷判決・裁判集民事262号51頁(以下「令和元年最判」という。)は,「本件各発明の効果,取り分けその程度が,予測できない顕著なものであるかについて,優先日当時本件各発明の構成が奏するものとして当業者が予測することができなかったものか否か,当該構成から当業者が予測することができた範囲の効果を超える顕著なものであるか否かという観点から十分に検討することなく,本件化合物を本件各発明に係る用途に適用することを容易に想到することができたことを前提として,本件化合物と同等の効果を有する本件他の各化合物が存在することが優先日当時知られていたということのみから直ちに,本件各発明の効果が予測できない顕著なものであることを否定して本件審決を取り消したものとみるほかなく,このような原審の判断には,法令の解釈適用を誤った違法があるといわざるを得ない。 と判断し 」た。 b 本件審決は,本件発明1の奏する効果について,本件明細書中の実施例1の記載を引用する他に特に具体的な根拠を何ら示すことなく,PPI抵抗性の患者の逆流性食道炎を治療できない用法・用量である「10mg1日1回」よりも,治療できる用法・用量である「10mg1日2回」の方が再発抑制においても優れた効果があることは当業者の予測の範囲内であると判断した。 また,本件審決は,安全性についても,ラベプラゾールナトリウムの添付文書中の用法・用量の記載の一部を切り出して言及する他に特に具体的な根拠を何ら示すことなく,本件発明1が,PPI抵抗性逆流性食道炎患者に対する維持療法のために,4週間程度あるいはそれ以上の期間,10mgを1日2回投与しても安全性が過度に損なわれることがないことは,当業者が予測し得たものといえるとの判断をした。 以上のように,具体的な根拠を示すことなく本件発明1の効果について顕著な作用効果の存在を否定した本件審決の判断は,令和元年最判の判断内容に反するものである。より具体的には,以下のとおりである。 (イ) 本件発明の奏する効果の具体的内容について a 本件明細書の実施例から効果の違いを定量的に評価できること 前記ア(エ)bのとおり,本件優先日当時,PPI抵抗性逆流性食道炎患者の維持療法におけるプロトンポンプ阻害剤による再発抑制効果を容易に予測することはできず,安全性についても予測することは困難であったところ,本件明細書の実施例に記載された【表1】〜【表8】から,ラベプラゾール10mgの1日1回投与群と1日2回投与群における効果の違いを定量的に評価することが可能とされている(本件明細書の段落【0051】〜【0067】。具体的には,次のとおりである。 ) (a) 本件明細書の【表1】から,52週間投与後の1日1回投与群の再発率は55.2%,1日2回投与群の再発率は26.1%であり,1日2回投与により再発率が半分以下に低下したことが認められる(本件明細書の段落【0051】【0052】。 , ) (b) 本件明細書の【表2】から,1日2回投与群は投与期間全体を通して,1日1回投与群に対して再発率を低下させていたことが認められる。これは,1日2回投与群では再発までの期間が長いことを意味する(本件明細書の段落【0051】〜【0053】。 ) (c) 本件明細書の【表5】及び【表6】から,1日2回投与群は,特に再発率が高いことが懸念されていた重症(重症度がA,Bの場合)の食道裂孔ヘルニア併発の患者,シトクロム(CYP)2C19遺伝子型がホモ接合体EM(extensive metabolizers[高代謝群]。本件明細書の段落【0042】)の患者において非再発率の増加について顕著な効果が認められ(同【表5】,治癒前の食道 )粘膜の炎症がロサンゼルス分類でGrade Bより重症である患者において(同【表6】,1日2回投与による再発率低下の効果が一層顕著であったことが認めら )れる(同段落【0054】【0057】〜【0059】。 , ) (d) 治療期開始時点と再発時における食道粘膜の炎症の程度を比較した結果を示す本件明細書の【表8】の結果から,1日2回投与群では,再発した場合であっても,治療期前より軽症で再発する割合が1日1回投与群に比して高いことが認められる。この結果から,1日2回投与による維持療法を行うことで,再発した場合でも軽症で済むことが期待される(本件明細書の段落【0066】【00 ,67】。 ) (e) 本件明細書の【表7】では,投与期間が長期化しても有害事象・副作用が増加する傾向は観察されなかった。1日2回投与群では,1日1回投与群に比べて,鼻咽頭炎等の有害事象や副作用の発現頻度が若干高かったが,死亡や高度な副作用,重篤な副作用はみられなかった(本件明細書の段落【0064】【0 ,065】。また,1日2回投与群で発現した各事象の内訳も,1日1回投与群とほ )ぼ同様であった(同段落【0064】。これらの結果から,1日2回投与群の安全 )性プロファイルは,1日1回投与群とは大きく異ならないと判断され,ラベプラゾールを,従来の倍量投与を長期間行う維持療法の忍容性が認められたものである。 b 安全性の面だけに着目しても当業者の予測を超えた顕著に優れた効果があること 本件発明で投与されている薬剤は,前記ア(エ)b(c)のとおり,長期投与により有害事象の発生が懸念されるプロトンポンプ阻害剤である。本件明細書の実施例の本件発明の維持療法の対象となる患者は,逆流性食道炎発症後,治療期に常用量のプロトンポンプ阻害剤の投与を8週間受けた後,さらにプロトンポンプ阻害剤抵抗性患者の治療としてプロトンポンプ阻害剤の投与を8週間受け,治癒が確認された後に維持療法を開始し,52週間の投与を受けていることから,プロトンポンプ阻害剤の投与は通算68週間(8+8+52週間)にも及ぶ。そのような長期間にわたりプロトンポンプ阻害剤であるラベプラゾール10mgを1日2回投与されていたにもかかわらず,安全性プロファイルが1日1回投与群とは大きく異ならない結果であったことは,安全性の面だけに着目した場合でも,当業者の予想を超えた顕著に優れた効果であるといえる。 c 小括 以上のように,本件発明の奏する有効性及び安全性に対する効果は,プロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎患者の維持療法におけるプロトンポンプ阻害剤の用法・用量について何ら明らかとなっていなかった本件優先日以前の段階では,当然に当業者は予測することはできず,本件発明の完成により初めて明らかとなったものである。 (ウ) 甲9との対比での評価について a 甲9の被験者は,あくまでH2受容体拮抗薬抵抗性の患者群であり,プロトンポンプ阻害剤とは異なる作用機序の薬剤であるH2受容体拮抗薬で治療したところ症状が改善しなかった患者を意味するが,その中には,潜在的にはPPI抵抗性を示す患者も含まれていることが想定されるものの,PPI抵抗性の患者に限定されているわけではない点には留意が必要である。もっとも,@本件優先日当時の時点では,維持療法期としてラベプラゾールナトリウムを逆流性食道炎の薬物治療(甲9ではH2受容体拮抗薬による治療)に抵抗性を示した患者に対して長期投与した臨床試験結果は,甲9のみであったこと,A維持療法期における1日当たりのラベプラゾールナトリウムの投与量(10mg又は20mg)及び治療期と維持療法期を合わせた投与期間の長さ(治療期は20mg1日1回を8週間,維持療法期は24週間で合計32週間の投与期間となる。)といった甲9の臨床試験の内容を踏まえると,甲1の臨床試験計画に記載された投与期間及び用法・用量によるラベプラゾールナトリウムのPPI抵抗性の患者に対する投与により得られる再発抑制効果については,甲9の結果こそが,本件優先日当時,本件発明に関し,本件発明の構成が奏するものとして当業者が予測し得る結果であったといえる。 したがって,本件優先日当時,薬物治療抵抗性の逆流性食道炎患者へのラベプラゾールナトリウムの維持療法としての長期投与の唯一の先例である甲9の結果(10mg投与群と20mg投与群で同程度の効果であったこと)からしても,本件発明の奏した効果は,本件優先日当時,本件発明の構成が奏するものとして当業者が予測することができなかったもの又は当該構成から当業者が予測することができた範囲の効果を超える顕著なものに該当するといえる。 上記について,本件審決は,PPI抵抗性ではない患者を含む場合においては,10mgで既に十分な再発抑制作用があったから,10mgと20mgとで用量依存性がないとされたとも解されるなどとするが,具体的な根拠のない憶測にすぎない。 b 被告らは,甲9に記載の患者群(H2受容体拮抗薬抵抗性の逆流性食道炎患者群)とPPI抵抗性逆流性食道炎の患者群と同一視することはできないと主張する。 しかし,被告らは,用いた薬剤の作用機序の違いがあることとそれらの各薬剤が投与されていた患者群を同一視することができないこととの論理的な関係について,説明をしていない。甲9にも記載されているように, 2受容体拮抗薬抵抗性の逆流 H性食道炎患者に対しても,維持療法としてのラベプラゾールナトリウムの投与は効果を示していたことから,当該患者群を,逆流性食道炎の薬物治療に抵抗性を示した患者群に対する維持療法としてのラベプラゾールナトリウムの投与対象として取り扱うことについて,特段の問題点は認められない。 また,甲9は,本件審判手続において,被告らが,本件発明の容易想到性に関する主張において逆流性食道炎の維持療法に関する技術常識の存在を立証するために提出した証拠であり,被告らは,維持療法として投与されるPPI抵抗性逆流性食道炎の再発抑制剤という相違点の容易想到性の主張立証のために,甲9を用いていた。したがって,PPI抵抗性逆流性食道炎患者の維持療法としてPPIを投与した場合の効果の検討において,甲9の対象患者が逆流性食道炎の治療期に服用していた治療薬の作用機序の違いが影響しないことは,被告らも当然に理解し,認識しているものである。 (エ) A教授の意見 平成28年時点において,どのような用法・用量が安全で再発抑制効果が高いかの確証がない状況であったことから,PPI抵抗性逆流性食道炎の維持療法の精密な検討はいっさい実現しておらず,最適なレジメン(投与量や投与期間を含む治療計画)が見つかるかどうかも予測がつかない状況であった。これを踏まえると,本件発明の奏する効果が,安全性の点でも問題がなく,その再発抑制効果についても従前のプロトンポンプ阻害剤を用いたPPI抵抗性逆流性食道炎患者に対する治療実績からは予測できない顕著なものであったこと,その結果,それまでの維持療法に比べて画期的な治療方法を確立したという点で,本件発明が医療及び社会に与えた影響が大変意義のあるものであったことは,甲1に記載された臨床試験に治験責任医師として参加した専門医であるA教授の意見書(甲52)の内容からも明らかである。 (オ) 以上より,本件発明1の奏する効果に対する本件審決の判断は誤りである。 ウ その他 (ア) 臨床試験情報の公開について a 医薬品の開発における,治験・臨床研究については,原則として事前にそれらの情報を適切に公開することで,その透明性を確保し,被験者の保護と治験・臨床研究の質が担保されるように,また,患者に広くそれらの情報を提供するために,世界保健機関(WHO)主導の下に世界的な取り組みが実施されており,我が国でも平成20年以前からそのような取り組みを実施している(甲48) その 。 一例として,一般社団法人日本医薬情報センターが運営する医薬品等に関する臨床試験 情 報を 収 録 した デー タ ベー ス 「 臨床 試験 情 報 」 Japic Clinical Trials (Information:JapicCTI)において臨床試験(治験及び非治験)に関する情報公開がされている(甲25)。同様に,米国では,アメリカ国立衛生研究所(NationalInstitute of Health:NIH)のアメリカ国立医学図書館(United States NationalLibrary of Medicine:NLM)が提供する臨床試験登録・公開サイトであるClinicalTrials.govが,WHOによる基準を満たす登録サイトとして認定されている。 b 甲1及び2に記載された内容は,いずれもエーザイ株式会社が日本で実施する臨床試験計画(治験プロトコル)について作成した情報が,日本ではJapicCTI,米国ではClinicalTrials.govにおいて公開されたものである。 上記aのように,原則として治験計画を事前に公開することが事実上義務付けられている状況下で,通常の医薬品の承認申請のために臨床試験計画(治験プロトコル)を公開した場合に,その臨床試験の結果を待たなければ医薬品発明が完成しないにもかかわらず,公開された試験計画を根拠として特許発明の進歩性が否定されるのであれば,極めて不合理な結論となる。 加えて,上記のような判断は,医薬品の用法・用量に特徴のある発明を物の発明として特許の保護対象とすることで,医薬品の研究開発への投資に対するインセンティブを高め,革新的な医薬品の開発促進を図るという我が国の知財及び医薬品開発戦略に反するものであり,製薬企業のみならず,革新的な医薬品の治療効果を享受できないという我が国の多くの患者にとってもデメリットを生ずるものである。 (イ) 医薬品の用法・用量特許について a 平成27年10月1日以降,我が国の特許制度では, 「特定の用法又は用量で特定の疾病に適用するという医薬用途に特徴を有する医薬」について「引用発明と比較した有利な効果が,出願時の技術水準から予測される範囲を超えた顕著なものである等,他に進歩性の存在を推認できる事情がある場合は,請求項に係る医薬発明の進歩性は肯定される」こととされている(甲50の1・2)。これは,専門家の予測を超える効果を示す新用法・用量の医薬の発明を特許対象とすることにより,企業にとってリスクの高い研究・開発への投資に対するインセンティブとなり,革新的な医薬の開発が促進され,ひいては我が国の患者の治療のための選択肢を広げようとするものである(甲51)。 b 上記aのような制度趣旨から,新用法・用量の医薬用途の発明の進歩性の審査基準が規定されている。特許庁の「特許・実用新案審査ハンドブック」の附属書B第3章医薬発明「(4) 特定の用法又は用量で特定の疾病に適用するという医薬用途に特徴を有する医薬」においては,「引用発明と比較した有利な効果が,出願時の技術水準から予測される範囲を超えた顕著なものである等,他に進歩性の存在を推認できる事情がある場合は,請求項に係る医薬発明の進歩性は肯定される。」と記載された上で,併せて,具体的な事例や,それぞれの医薬品の特徴などの個別具体的な内容に応じて審査が実施されていることが示されており,また,判断において考慮すべき要素について,備考として, 「どの程度の効果が『技術水準から予測される範囲を超えた顕著なもの』であるかは,本願明細書の開示内容,先行技術調査の結果,出願時の技術常識等を考慮して個別に判断される。」と説明されている(甲50の2)。 ところが,本件審決は,既に指摘したとおり,その認定や判断についての具体的な根拠や考慮した個別の事情等の内容を何ら示すことなく,極めて安易に誤った判断を行ったもので,上記審査基準からも,本件審決の判断が誤りであることは明らかである。 c 本件発明は,従前存在していなかったPPI抵抗性を示した逆流性食道炎患者に対する維持療法として,再発抑制効果が従来の維持療法よりも有意に高く,かつ,安全性の点からも優れた逆流性食道炎の再発抑制剤を提供することに成功したもので, 「専門家の予測を超える効果を示す新用法・用量の医薬の発明」であることから,まさに医薬品の用法・用量特許発明として,保護されるべき対象のものである。 また,医薬品の用法・用量特許については,事前に作成した試験計画に基づき実施した臨床試験において,その効果が確認されて,初めて,発明が完成したといえるのであり,臨床試験で得られた結果を踏まえて,発明が完成され,その後に出願を行うより他に選択肢はない。他方で,前記アのように,現在制度上,医薬品の臨床試験の計画は原則として事前に公開することとなっている。 したがって,本件審決のように,未完成の発明でしかない臨床試験の計画の公表により,医薬品の用法・用量特許発明の進歩性が容易に否定されることになるのであれば,我が国における革新的な医薬品の開発は阻害され,結果として,我が国の患者の治療の選択肢が狭まるという不当な結果に至ることとなる。このような観点からも,本件審決に判断の誤りがあることは明らかである。 エ 小括 よって,本件発明1は,本件優先日当時の技術常識を考慮しても,甲1発明に基づき,当業者が容易に発明できたものではない。 (2) 本件発明2〜6について 前記(1)のとおり,本件発明1は,本件優先日当時の技術常識を考慮しても,甲1発明に基づいて当業者が容易に発明できたものではない。 したがって,治療期の投与期間を明確にした本件発明2及び本件発明1を更に限定した本件発明3〜6は,いずれも,甲1発明及び技術常識に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。 2 取消事由2(無効理由4における判断の誤り) 前記1で取消事由1について主張した事項は,甲1を甲2と,甲1発明を甲2発明と,相違点1を相違点1’と読み替えると,そのまま無効理由4についても当てはまる。 よって,本件発明1並びに治療期の投与期間を明確にした本件発明2及び本件発明1を更に限定した本件発明3〜6は,いずれも,甲2発明及び技術常識に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではない。 3 被告らの予備的主張に対する反論 (1) 被告らは,物の発明の新規性・進歩性の検討においては,刊行物に記載された発明と本願発明との客観的構成及び技術的事項の同一性のみが問題とされ,その有効性及び安全性が確立した態様で記載されている必要はないと主張するが,上記主張の具体的な根拠はなく,被告らの独自の見解にすぎない。 甲1及び2には,臨床試験計画のみが記載され,当該臨床試験の結果は何ら記載されておらず,本件発明の技術的事項である「PPI抵抗性逆流性食道炎の再発抑制効果」について,甲1及び2には何ら記載されていないから,仮に,引用例と本願発明の客観的構成及び技術的事項の同一性のみが問題とされるとの判断枠組みに従ったとしても,甲1発明及び甲2発明と本件発明が同一ではないことは明らかである。 (2) 本件発明の奏する具体的な効果が,「優先日当時本件各発明の構成が奏するものとして当業者が予測することができなかったもの」又は「当該構成から当業者が予測することができた範囲の効果を超える顕著なもの」に該当するものであったことは,前記1で主張したとおりである。また,被告らの引用する証拠の記載から,本件優先日当時にPPI抵抗性逆流性食道炎患者に対する維持療法としてラベプラゾールナトリウム10mgを1日2回投与することについて,何らかの技術常識があったと認められないことも,前記1で主張したとおりである。 (3) したがって,相違点1及び相違点1’はいずれも実質的な相違点であり,甲1発明及び甲2発明と本件発明が同一ではないことは明らかである。本件発明1〜6が甲1発明及び甲2発明と同一ではないとした本件審決の判断に誤りはない。 |
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被告らの主張
1 取消事由1(無効理由3における判断の誤り)について (1) 本件発明1について ア 相違点1に対する容易想到性について 逆流性食道炎患者に対する維持療法期における用法・用量としては,従来から,ラベプラゾールナトリウム10mgを1日1回投与する方法が承認されていたところ,本件発明の特徴は,投与回数を従来の1日1回から1日2回に増やした(それに伴い1日当たりの総投与量も増加した)ことにより,その分だけ再発抑制効果が高まったというものにすぎないものであり,甲1の記載から,ラベプラゾールナトリウムを逆流性食道炎の再発抑制剤として用い,本件発明の構成を採用することは,当業者であれば容易に想到し得たものである。原告の主張に対する反論を含め,より具体的には,次のとおりである。 (ア) 甲1発明の臨床試験が第V相試験であったことについて 甲1における臨床試験は,既承認薬剤に関する試験であるところ,当該薬剤について,PPI抵抗性逆流性食道炎に対する至適用量(1回10mg1日2回)は公知であり,治療効果や安全性を有することは明らかであった。 したがって,一般論としての臨床試験の種類と開発の相の対応関係がどうであれ,このような臨床試験が,その薬理活性の推測を行う「臨床薬理試験」や治療効果の探索を行う「探索的試験」 (甲16の70頁,甲17の66頁)であるとは考えられない。 (イ) 甲1に記載された臨床試験は有効性や安全性がある程度期待される疾患を有する患者に対して投与がなされる試験ではないとの原告の主張について a 用途発明を含む物の発明の場合,引用例と本願発明との客観的構成及び技術的事項の同一性のみが問題とされるのであり,その有効性及び安全性については,医薬品製造販売承認が得られるほどに確立した態様で記載されている必要はない。 したがって,第V相試験を実施する医薬品であっても実際に製品になるかどうかは不明であるとか,医薬用途発明について,既存の維持療法の用法・用量から転換されるような有効性及び安全性に優れた効果の程度が要求されるべきで,そのようなレベルでない場合には,医薬品の新たな用法・用量として承認されず,少なくとも医薬の用途発明として未完成であるといった旨の原告の主張は,いわば医薬の製造販売承認の要件として求められる有効性・安全性の程度と,引用例の認定方法を混同するものであり,認められるものではない。既に製造承認を得ている治療薬が存在するのに,同じ医薬化合物についての本件発明における維持療法薬という用途(しかも用法・用量の違いのみ)に関して,その有効性と安全性を満たすことが不可欠であるとの前提に立つ原告の主張は,製造販売承認における要件と特許発明における進歩性(容易想到性)の問題とを混同するものというほかない。 引用例に当該医薬用途発明が記載されているか否かの判断においては,出願当時の技術常識の下で,当業者が当該効果を奏することを合理的に理解できる程度の記載があれば足り,それ以上に,薬理試験又はそれと同等に有効性及び安全性が確立していることや,それが発明として完成していること等まで要求されるものではない。 b 現に,特許登録がされていながら,医薬品の製造販売承認がされなかった事例も複数存在しており(乙2〜5),このことからも,特許要件との関係においては,医薬品製造販売承認において必要とされる程度に有効性及び安全性が確立している必要はないことが実務上も当然の前提とされていることが分かる。 c A教授の意見書(甲52)も,医薬品製造販売承認のレベルにおいて,その有効性及び安全性に確証がなかった旨を述べるにすぎず,特許要件との関係で問題とすべき程度の有効性及び安全性の予測可能性を阻害するものではない。 d そもそも,先願主義のもとで,医薬発明において,特許要件としてその有効性や安全性の確証を求めるとする原告の立論は,著しく特許要件が高度でなければならないとするものであり,特許制度の趣旨にも反する。 (ウ) 本件優先日当時の治療期と維持療法期の用法・用量の判断に誤りがあるとの原告の主張について a 本件審決の技術常識a及びbを踏まえた判断過程は,次のようなものと解されるところ,このような判断過程から容易想到性を導くためには,治療期と維持療法期の用法・用量が全く同一である必要はない。 @ 技術常識bにおけるPPI抵抗性ではない逆流性食道炎患者の維持療法期における用法・用量(10mg1日1回)は,技術常識a前段のPPI抵抗性ではない逆流性食道炎患者に対する治療期の用法・用量と同一のものである。 A 治療期においては,PPI抵抗性逆流性食道炎患者には1日1回投与であると効果が不十分であるために,1日2回投与とするということが既に技術常識となっていた(技術常識a後段)。 B 上記@及びAからすると,維持療法期においても,PPI抵抗性逆流性食道炎患者に対しては,1日1回投与では効果が不十分である場合があり得ることは当然想定し得るところであるし,このような課題を解決するため,治療期同様に1日2回投与とすることでその再発抑制効果が発揮されるであろうことは,当業者であれば容易に予測し得るところである。 b 本件優先日当時には,例えば, 「胃食道逆流症(GERD)診療ガイドライン2015改訂第2版」の記載(甲42の74頁)や「プロトンポンプ阻害薬のすべて」の記載(乙6の108頁)などから,PPIを維持療法に用いることは,当業者において既に知られているところであった。そして,逆流性食道炎の治療としては,胃酸分泌を抑制する対症療法がとられていたが(本件明細書の段落【0002】,甲5),再発を繰り返すGERD(胃食道逆流症)患者の胃酸分泌は,発症時と同様に,寛解時においても亢進していることから,逆流性食道炎は,再発を繰り返しやすく,治癒後も継続した投薬が必要とされていた(甲9)。維持療法はまさしくその役割を果たすもの,すなわち,酸分泌抑制剤の投薬を継続し,胃酸分泌を抑えることで,その再発を抑制するというものであった(本件明細書の段落【0004】。したがって,維持療法は治療の延長にすぎず,治療期と「同一の薬剤」 )が有する「同一の薬効」を用いて, 「同一の方法」によって再発を抑えるものであるから,両者の同質性・近接性は容易に認められる。なお,逆流性食道炎以外の症状の場合においても,根治が難しかったり,治癒後も再発可能性が高い疾患(消化性潰瘍や精神疾患)において,治療後に,治療時に用いる薬剤を継続投与し,引き続き維持療法を行うことが技術常識として存在していた(乙7の1・2,乙8の1・2)もので,一般論としても,治療と維持療法の近接性は認められていた。 このことを本件審決が認定した技術常識と併せ考えると,@PPI抵抗性逆流性食道炎患者に対する治療期における用法・用量を,同患者の維持療法にも用いた場合や,あるいは,A治療期における用法・用量(技術常識a)にならって(この点,本件明細書の【0003】にも, 「プロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎に対する治療として,プロトンポンプ阻害剤の倍量投与(常用量の倍量を1日1回投与)やその分割投与(常用量1日2回投与)の有効性が報告されている(例えば,非特許文献1及び2参照。」との記載がある。,維持療法期において,1日1回投与で ) )は効果不十分な場合に1日2回投与した場合にも,再発抑制効果が発揮されることは,当業者であれば当然に予測できたものといわざるを得ない。 c 治療期においては,10mg1日1回投与が「通常」の用法・用量とされており(甲18),当業者としては,まず,通常の用法・用量(10mg1日1回)に基づき検討することが当然であるといえるから,その通常の用法・用量のみが重なるものであるとしても,容易想到であることに変わりはない。 d 以上より,技術常識a及びbについての原告の主張は,結論に影響しない些末な点の指摘にすぎない。 (エ) 有意な再発抑制効果や優れた安全性を予測することは困難であるとの原告の主張について a 再発抑制効果の予測について 原告は, 「本件発明1の医薬の用途発明に必要とされる」再発抑制効果の程度としては,従来の維持療法の用法・用量に比して,再発抑制効果の点だけでなく,安全性の面からも優れた効果を示し,既存の維持療法の用法・用量から転換されるような効果の程度が要求されるべきであるという旨を主張するが,原告の主張する効果の程度は,まさしく医薬品の製造販売承認に際して求められるような程度をいうものである。 しかし,前記(イ)のとおり,引用例に基づく進歩性判断の場面と医薬品の製造販売承認の場面とは全く別次元のものであり,進歩性判断において,医薬品の製造販売の承認に必要なものと同程度の有効性が確認されている必要はない。 b 本件発明による再発抑制効果の予測について (a) 本件発明の有効性については,本件優先日当時の技術常識からすすると,当業者であれば当然に予測できたものであることが明らかである。 すなわち,従来から逆流性食道炎の治療は胃酸分泌を抑制する対症療法がとられており(本件明細書の段落 【0002】,甲5),重症患者の治療には酸逆流を抑えるため高用量の投与が必要であったこと(甲5,本件明細書の段落【0003】, )胃酸分泌抑制及び胃内pH>4 holding timeが用量依存的であること(甲9),1日当たりの投与量が同じであっても,1日2回投与の方が胃酸分泌抑制効果が高いこと(甲6〜8),逆流性食道炎患者の1日当たりの投与回数及び用量は,治療期と維持療法期で同じであり(甲9) PPI抵抗性逆流性食道炎患者の治療期において ,10mgを1日2回投与することの有効性及び安全性は確認されていたこと(甲14)などは,技術常識として,当業者において知られていたところであった。そのような技術常識からすると,投与回数を増やすことにより再発抑制効果が高まることは,容易に予測し得たものといえる。 上記に関し,PPI抵抗性逆流性食道炎患者であっても,PPI抵抗性ではない逆流性食道炎患者と同様に,PPIによる対症療法がとられ,単に,その投与量が多くなるという違いがあるというにすぎない。また,前記(ウ)で指摘したとおり,治療と維持療法の同質性も認められる。そうすると,直接的にはPPI抵抗性逆流性食道炎患者の維持療法に関する記載がないとしても,当業者であれば,甲5〜9及び14に記載された技術常識に基づき,PPI抵抗性逆流性食道炎患者に対する維持療法としてラベプラゾールナトリウム10mgを1日2回投与する場合の有効性及び安全性を当然に期待することができたというほかない。 なお,甲7のエソメプラゾールもラベプラゾールナトリウムと同じPPIであり,当業者であれば,同文献及び他文献の記載から,同じPPIであるラベプラゾールナトリウムも用量依存的であろうことは容易に導き得る。また,pHモニタリングは,PPIによる胃酸分泌抑制効果を評価しているところ,胃酸分泌抑制の結果として胃食道逆流症(GERD)や逆流性食道炎を治療できることは本件優先日当時の技術常識であった(甲5〜8,本件明細書の段落【0002】)から,甲5〜8において内視鏡検査による評価がされていなくとも,pHモニタリングによって,PPIの胃食道逆流症(GERD)や逆流性食道炎に対する効果を評価することは可能である。 (b) 安全性について,甲9,13及び14の記載からすると,PPIのうち,少なくとも甲1発明及び本件発明が対象とするラベプラゾールナトリウムの長期投与の安全性については,懸念は存在していたものの,当業者であれば安全性を期待し得たことが明らかである。 すなわち,甲9はパリエット錠10mg(ラベプラゾールナトリウム)を維持療法として長期投与した場合の有効性及び安全性を報告する審査報告書であるところ,同19頁「D」においては, 「本薬の治療効能に対する国内市販後における安全性情報と比較しても,長期投与によって有害事象の発現頻度及び内容に変化は生じていないと判断している」として,長期投与の安全性が確認された旨が明記されている。 また,同薬の再審査報告書である甲13においては,104週間にもわたる長期投与の安全性が審査されたが,「機構は,・・・本剤の『逆流性食道炎の維持療法』の対象となる患者に対する安全性及び有効性について現時点では特段の対応が必要となるような問題点はないと判断した」として,その安全性が確認された旨が記載されている(同9頁5行目以下)。 したがって,PPI長期投与の安全性について,少なくとも甲1の試験対象であるラベプラゾールナトリウムに関しては,甲9及び13記載の審査によって,その懸念が払拭されたといえることが明らかである。 そして,PPI抵抗性逆流性食道炎患者の治療期において10mgを1日2回投与することの安全性は確認されていたこと(甲14)も併せ考えると,甲1における1日2回の長期投与の安全性が,当業者にとって当然期待し得たものであることは明白である。 なお,原告が指摘する甲42及び44は,いずれもPPI全般の長期投与に関する一般的な懸念を示すものにすぎず,その内容は「わずかにリスクが増える」という程度にとどまるものばかりであり,このような記載によって,ラベプラゾールナトリウムを対象として実際に行われた上記審査結果を覆し得るものではない。 また,甲23及び29〜31の副作用の記載は,いずれも,あらゆる薬剤の添付文書において記載されているような一般的な注意書きにとどまるものであり,その内容も, 「維持療法の必要のない患者に行うことのないよう」にするというものであるところ,投薬の必要のない患者に何らかの薬剤を投与することが推奨されないことは常識的に考えても当然のことであり,このような記載を基にPPI長期投与の安全性が懸念されていたと根拠付けることは強引である。 c 平成29年判決の判断に反するとの原告の主張について 平成29年判決は, 「ペプチドにより特異的CTLが誘導されたとしても,そのCTLは必ずしもがん細胞を攻撃するとは限らない」という優先日当時の技術常識が存在することを前提として,引用発明には,出願発明に係る組成物(ペプチド)が,特異的CTLを誘導したことまでしか示されておらず,上記技術常識に照らすと,当該ペプチドにワクチンとしての臨床効果があるかが不明であり,当業者が特定用途(乳がん再発の予防用ワクチン)への使用の適否を予測することができないと認定したものである。 他方,本件における甲1発明は,既承認薬剤にかかる第V相試験に関する文献であるところ,その臨床効果は期待されていたのであり,単にこれまで1日1回とされていた用法・用量を1日2回とした場合の安全性・有効性が,医薬品製造販売承認を受けるレベルまでは確立していなかったというのみである。本件において,平成29年判決のような技術常識は存在せず,むしろ投与回数を増やせばより効果が高まるとする技術常識が存在するのみであって(甲6〜8),全く事案が異なる。 (オ) よって,相違点1に関する容易想到性に対する本件審決の判断は相当である。 イ 効果に対する判断について (ア) 令和元年最判では,進歩性判断における効果の顕著性について, 「当該構成から当業者が予測することができた範囲の効果を超える顕著なものであるか否か」という判断基準が示されているところ,本件明細書の段落【0051】〜【0067】に記載されている本件発明の奏する効果は,いずれも,本件発明と甲1発明の医薬化合物が同じ化学構造式のラベプラゾールナトリウムであり,維持療法期に,従来よりもラベプラゾールナトリウムの投与回数を増やした結果(あるいはそれに伴って投与総量が増えた結果)として,その分だけ再発抑制効果が高まっているにすぎないものである。 そして,上記のような結果が本件優先日当時の技術常識から当然に予測できたことは,前記ア(エ)b(a)のとおりである。 なお,本件審決が認定した技術常識a及びbは,甲1又は2に甲10及び18を加えたものであるが,これらはいずれも同じ化学構造のラベプラゾールナトリウムであるから,令和元年最判とは全く事案を異にする。 したがって,令和元年最判の判断基準に基づくとしても,上記の程度の効果の発現にとどまる本件発明について,全く異なる効果に係る非予測可能性が問題とならないことはもとより,当業者の予測を超える格別に顕著な効果を奏するものと解することはできない。 (イ) 甲9は,H2受容体拮抗薬抵抗性の逆流性食道炎患者に関するものであるところ,H2受容体拮抗薬とPPIはそもそも作用機序が全く異なる薬剤であり(甲9の7頁等) 2受容体拮抗薬抵抗性の逆流性食道炎と本件発明のPPI抵 ,H抗性逆流性食道炎の患者群を同一視することはできない。 ラベプラゾールナトリウムについて,投与用量よりも投与回数を増加させる方がより有効であることは,本件優先日当時,技術常識となっていた(甲6〜8及び14)。また,本件優先日当時,治療期においては,PPI抵抗性逆流性食道炎患者に対し1日2回投与するということが技術常識となっており(技術常識a後段) これ ,が同患者に対してより優れた治療効果を発揮することも知られていた(甲14) さ 。 らに,前記ア(ウ)の治療と維持療法の同質性・近接性にも鑑みると,維持療法の場合についても,治療期同様に投与回数の増加の有効性が認められることは,当業者であれば容易に予測し得えた。 この点,甲9には,「逆流性食道炎の維持療法における再発率については,・・・投与量が多いほど再発率が低くなる」との知見があること(11頁30行目以下),「維持療法における再発率についてもPPI投与量増加に伴う胃酸分泌抑制作用の強さと関連しているものと考えられる。20mgの胃酸分泌抑制作用は10mgと比較して強いことが確認されていることから,10mg投与で胃酸分泌抑制が十分でないために再発したと考えられる場合は,20mg投与による維持療法が行われることが予想される」こと(12頁5行目)「審査センターは,申請者が提示した ,論文から,20mg投与は10mg投与より酸分泌抑制及び胃内pH>4 holdingtimeについて高い効果を示す可能性は示唆されていると考える」(12頁9行目以下)こと等が記載されており,逆流性食道炎の再発率の抑制が用量依存的であるとの技術的知見の存在が開示されている。その上で,甲9は,上記技術的知見が認められることを前提としても,第V相試験において,ラべプラゾールの維持療法における20mg投与の追加を直ちに承認できるレベルでの再発抑制効果の差が確認できなかったという結果を報告するものでしかない。 原告の指摘する点は,いずれも当業者の予測可能性を否定し得るものではなく,原告の主張は,当業者の有効性への予測可能性に何らの影響も及ぼさない。 ウ 原告は,開示が義務付けられている臨床試験計画の開示を根拠に進歩性が否定されることは極めて不合理な結果を導くことになる旨主張するが,特許法に従い解釈すると,少なくとも甲1発明については,引用発明の適格性が認められるものと解するほかない。明文の規定がないにもかかわらず,原告の主張するような政策的考慮のみで進歩性を肯定することになれば,法的根拠に基づかずして第三者の予測可能性を著しく害する結果を導くことになり,許されない。 エ 小括 以上のとおり,本件発明1は,本件優先日当時の技術常識から容易に想到できるものであり,また,これにより顕著な効果を奏するものでもないから,進歩性は認められない。 (2) 本件発明2〜6について 前記(1)のとおり,本件発明1についての原告の主張は認められないところ,このことは,本件発明2〜6との関係においても当然に当てはまる。 (3) まとめ 以上のとおり,本件発明1〜6は,甲1発明から容易に想到し得るもので,本件審決の判断に誤りはなく,原告主張の取消事由1には理由がない。 2 取消事由2(無効理由4における判断の誤り)について 取消事由1と同様の理由により,本件発明1〜6は,甲2発明から容易に想到し得るものであったといえるため,本件審決の判断は正当であり,取消事由2に関する原告の主張にも理由はない。 3 予備的主張(新規性欠如) (1) 甲1及び2には,試験概要として,「PPI抵抗性胃食道逆流症患者」(甲2では「PPI抵抗性逆流性食道炎患者」「に対する維持療法におけるE3810 10 )mg1日1回又は1日2回投与の有効性と安全性を評価すること」と記載されていることからも明らかなとおり,当該薬剤を「逆流性食道炎の再発抑制」に用いるという用途も含め,本件発明の構成が全て開示されていた。 (2) 新規性の検討においては,公知発明が当該発明に対応する構成を有するかどうかのみが問題とされるのであり,臨床試験によって期待されたとおりの効果が得られるか否かは,問題とならない。 そして,引用例に作用効果の記載がない場合であっても,引用例に記載された発明の効果が当業者に当然予測される効果に止まる場合には,効果について記載されているに等しいものとして,特許発明との同一性が認められ,新規性は否定される。 (3) 本件発明と比較して,甲1及び2に唯一記載されていないのは,臨床試験の結果のみであるが,その結果は,維持療法期における治療において投与回数を増やしたことによって再発抑制効果が高まったというだけである。そして,前記1で指摘したとおり,このような効果は,本件優先日当時の技術常識等からすると,当業者に当然に期待されていた効果にすぎない。したがって,相違点1は実質的な相違点とはなり得ない。 また,本件審決のいう相違点2〜6は,甲1発明が,本件発明2〜6の各発明の特定事項を特定していない点を相違点とするもののようであるところ,甲1発明はこれらの構成を除外しているものではなく,本件発明2〜6の構成も甲1の記載に当然に含まれているものと解すべきである。したがって,甲1に,これらの客観的構成が開示されていることも明白であり,相違点2〜6も,実質的な相違点とはなり得ない。 したがって,甲1及び2には本件発明の客観的構成が全て開示されているといえる。 (4) 本件発明は医薬用途発明であるところ,用途発明に特許性を認めるためには,高度の創作性が必要であり顕著な効果がなければならない(知財高裁平成23年3月23日判決[平成22年(行ケ)第10256号]。しかるに,本件発明に )顕著な効果が認められないことは,前記1で主張したとおりである。 (5) 以上によると,本件発明は,本件優先日当時に存在した甲1発明及び甲2発明と同一であるから,仮に,本件審決における進歩性欠如の判断に誤りがあるとしても,新規性を欠くものとして無効となるべきものである。 |
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当裁判所の判断
1 本件発明について (1) 本件明細書の記載(甲33) 【発明の詳細な説明】 【技術分野】 【0001】 本発明は,プロトンポンプ阻害剤(PPI)抵抗性逆流性食道炎患者に対し,維持療法期に服用されるベンズイミダゾール系プロトンポンプ阻害剤を有効成分とする逆流性食道炎の再発抑制剤に関する。 【背景技術】 【0002】 逆流性食道炎は,胃酸が食道内に逆流・停滞し,食道粘膜傷害(食道粘膜の炎症)が引き起こされる疾患である。逆流性食道炎は胸やけ,胸痛,呑酸等の症状によって生活の質(QOL)が低下するだけでなく,食道狭窄,食道出血,バレット食道,食道腺癌といった重篤な合併症をもたらす危険性がある。主な病因は胃内から食道への胃酸逆流のため,治療は胃酸分泌を抑制することが重要とされている。このため,逆流性食道炎の診断が確定した患者に対する治療の第一選択薬としてはプロトンポンプ阻害剤が使用されている。プロトンポンプ阻害剤としては,例えば,ラベプラゾールを始めとするベンズイミダゾール系プロトンポンプ阻害剤が,一般に処方され使用されている。プロトンポンプ阻害剤により胃酸分泌を抑制して胃酸逆流を防止し,食道粘膜傷害を治癒させるのが一般的な治療法である。通常,成人には,以下に示す常用量をプロトンポンプ阻害剤の1日1回経口投与,病状により常用量の倍量を1日1回経口投与する治療が行われるが,いずれも,投与期間は8週間までである。本邦において,逆流性食道炎に対して承認されている薬剤の常用量と用法は,ラベプラゾールナトリウム1回10mgを1日1回,病状により1回20mgを1日1回,オメプラゾール1回20mgを1日1回,エソメプラゾールマグネシウム水和物1回20mgを1日1回,ランソプラゾール1回30mgを1日1回,である。 【0003】 しかし,逆流性食道炎の約1割は,流性性食道炎の治療として承認されているプロトンポンプ阻害剤の常用量(1日1回投与)を8週間行っても治癒が認められないプロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎である。このようなプロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎に対する治療として,プロトンポンプ阻害剤の倍量投与(常用量の倍量を1日1回投与)やその分割投与(常用量1日2回投与)の有効性が報告されている・・・。本邦において,プロトンポンプ阻害剤による治療で効果不十分な逆流性食道炎に対して承認されている薬剤はラベプラゾールナトリウムのみであり,その用法・用量は,1回10mg又は1回20mgを1日2回であり,さらに8週間経口投与することができる。ただし,1回20mgを1日2回投与は,重度の粘膜傷害を有する場合に限る。 【0004】 プロトンポンプ阻害剤による治療は疾患の根本治療では無いため,食道粘膜傷害の治癒後に薬物治療を中止すると,多くは食道粘膜傷害や胸やけなどの症状が再発・再燃する。このため,食道粘膜傷害を治癒した後も,酸分泌抑制剤の投与を継続し,再発を抑制すること(維持療法)が重要とされている。現在承認されており,一般的に行われている維持療法は,プロトンポンプ阻害剤抵抗性ではない逆流性食道炎患者に対する治療期に投与される常用量と同量又はその半量を1日1回投与する方法である。 【発明の概要】 【発明が解決しようとする課題】 【0006】 プロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎の場合,プロトンポンプ阻害剤の倍量投与やその分割投与によって治療されたとしても,その後の維持療法を現在承認されている用法・用量(常用量1日1回投与)で行った場合に得られる再発抑制効果は十分とはいえなかった。 【0007】 本発明は,プロトンポンプ阻害剤の常用量による治療終了後にプロトンポンプ阻害剤抵抗性を示した逆流性食道炎患者に対する維持療法期において再発抑制のために投与される逆流性食道炎の再発抑制剤において,ベンズイミダゾール系プロトンポンプ阻害剤を有効成分とし,従来よりも再発抑制効果が有意に優れている逆流性食道炎の再発抑制剤を提供することを目的とする。 【課題を解決するための手段】 【0008】 本発明者らは,上記課題を解決すべく鋭意検討した結果,維持療法期において,ラベプラゾールを有効成分とする逆流性食道炎の再発抑制剤として現在承認されている用量,即ち10mgを,1日2回,4週間以上服用することにより,従来の1日1回服用した場合に比べて,逆流性食道炎の再発抑制効果が有意に高いことを見出し,本発明を完成させた。 【発明の効果】 【0010】 本発明に係る逆流性食道炎の再発抑制剤は,プロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎の治療期終了後の維持療法で服用されるものであり,常用量1日1回投与という従来の維持療法に比べて,再発抑制効果が統計学的に有意に高い。このため,本発明に係る逆流性食道炎の再発抑制剤は,治療により治癒したプロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎に対する再発抑制を目的とした維持療法のための治療剤として非常に優れている。 【発明を実施するための形態】 【0012】 本発明及び本願明細書において, 「プロトンポンプ阻害剤」とは,プロトンポンプ(H+,K+-ATPase)のSH基を修飾して酵素活性を阻害し,酸分泌を抑制する薬剤をいう。 【0013】 逆流性食道炎の診断や治療効果を客観的に評価する方法としては,内視鏡検査が標準的な手法である。食道粘膜の状態の診断基準(内視鏡的重症度分類)として,ロサンゼルス分類が世界で最も普及している。ロサンゼルス分類は,Grade N,M,A,B,C,Dの6段階(Grade Dになるほど重症)に分類されており,Grade A以上は食道粘膜傷害があり,逆流性食道炎と診断され,GradeN及びMは食道粘膜傷害が無い(又は治癒している状態)とされる。 【0014】 本発明及び本願明細書において,「プロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎患者」とは,日本国内で承認されているプロトンポンプ阻害剤の常用量を,1日1回,8週間以上投与したにもかかわらず内視鏡的に治癒に至らない患者(一般財団法人日本消化器病学会の「GERD診療ガイドライン」による定義)を意味する。また,「治癒」とは,内視鏡観察により,食道粘膜の炎症がロサンゼルス分類でGrade N又はMになることを意味する。 【0015】 本発明に係る逆流性食道炎の再発抑制剤(以下, 「本発明に係る再発抑制剤」ということがある。)は,ベンズイミダゾール系プロトンポンプ阻害剤を有効成分とし,治療期終了後の維持療法期に,逆流性食道炎の再発を抑制するために投与されるものである。具体的には,治療期終了後の食道粘膜傷害が治癒したプロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎患者に対して,逆流性食道炎の再発抑制のために,常用量(プロトンポンプ阻害剤抵抗性ではない逆流性食道炎患者に対する治療期の1回投与量)又は常用量の半量のベンズイミダゾール系プロトンポンプ阻害剤を1日2回,一定期間投与されることを特徴とする。一定期間としては,4週間以上,好ましくは4週間から100週間,より好ましくは4週間から80週間,さらに好ましくは4週間から70週間,特に好ましくは4週間から60週間,最も好ましくは,52週間を挙げることができる。本発明に係る再発抑制剤は,ベンズイミダゾール系プロトンポンプ阻害剤を常用量1日1回,投与する従来の維持療法の倍量を1日2回に分けて投与することにより,従来の維持療法よりも,プロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎患者に対し,有意に高い再発抑制効果を奏することができる。本発明に係る再発抑制剤は,常用量の倍量を長期間投与することになるが,従来の維持療法と比較して重篤な副作用を奏することはなく,臨床上比較的安全に服用することができる。 【0021】 ベンズイミダゾール系プロトンポンプ阻害活性化合物の常用量,すなわち,本邦において,逆流性食道炎の治療期に投与される1日1回当たりの投与量は,成人に対して,ラベプラゾールナトリウムが10mg,ただし,症状が著しい場合及び再発性・難治性の場合は20mg,オメプラゾールが20mg,エソメプラゾールマグネシウム水和物が20mg,ランソプラゾールが30mgである。つまり,本発明において,維持療法期の治療のために投与される1日1回当たりの投与量は,成人に対して,ラベプラゾールが10mg,オメプラゾールが10又は20mg,エソメプラゾールが10又は20mg,ランソプラゾールが15又は30mgである。 【0035】 本発明に係る再発抑制剤は,治療期終了後の維持療法期に,食道粘膜の炎症が治癒したプロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎患者に対して,食道粘膜の状態を維持し,再発を抑制するために投与される。プロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎患者に対しては,治療期には,ベンズイミダゾール系プロトンポンプ阻害剤を,常用量の倍量投与がなされる。具体的には,ベンズイミダゾール系プロトンポンプ阻害剤を,8週間,1回投与時の常用量を1日2回投与する治療が行われる。 【0039】 本発明に係る再発抑制剤は,患者の食道粘膜の炎症の程度にかかわらず,従来の維持療法(常用量を1日1回投与)よりも高い再発抑制効果が得られるが,プロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎患者のうち,特に,症状が重症な患者に投与した場合に,従来の維持療法よりも優れた再発抑制効果がより顕著に得られる。例えば,治療期における治癒前において,内視鏡観察による食道粘膜の炎症の程度がロサンゼルス分類でGrade Aの患者では,従来の維持療法でもある程度の再発抑制効果が得られるが,Grade Bより重症な患者では,従来の維持療法では充分な再発抑制効果は得られない。これに対して,本発明に係る再発抑制剤は,Grade Bより重症な患者であっても,強い再発抑制効果が得られる。 【0040】 また,本発明に係る再発抑制剤は,食道裂孔ヘルニアを併発しているプロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎患者のうち,より重症な患者(重症度がBやA)では,従来の維持療法よりもより有効な再発抑制効果を得ることができる。食道裂孔ヘルニアは,本来,横隔膜の下にある胃の一部が食道裂孔から上の胸部側に脱出している状態であり,通常の状態に比べ,胃の内容物が逆流しやすくなり,逆流性食道炎の重症化因子の1つである。食道裂孔ヘルニアがより重度な患者は,逆流性食道炎の重症度も高く,再発抑制には長期的に強力な酸分泌抑制が必要であり,従来の常用量の1日1回投与では十分な再発抑制効果が得られなかったと推察される。 【0041】 また,本発明に係る再発抑制剤は,逆流性食道炎に長期間罹患しているプロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎患者に対して,より充分な再発抑制効果を奏する。 中でも,逆流性食道炎の罹病期間(一番最初に逆流性食道炎と診断された日からの経過期間)が1年以上のプロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎患者の維持療法期に本発明に係る再発抑制剤を投与することにより,従来の維持療法に対して有意に強い再発抑制効果を得ることができる。 【0042】 本発明に係る再発抑制剤は,プロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎患者のうち,シトクロムP450(CYP)2C19遺伝子型がホモ接合体EM(高代謝群:extensive metabolizers)及びヘテロ接合体EMである患者において,当該遺伝子の他の遺伝子型の患者PM(低代謝群:poor metabolizers)よりも,本発明に係る再発抑制剤を用いることによって従来の維持療法に比較して強い再発抑制効果を得ることができる。特に,CYP2C19遺伝子型がホモ接合体EMの患者では,非常に良好な再発抑制効果が得られる。 【0043】 維持療法を本発明に係る再発抑制剤を投与して行った場合には,従来の維持療法を行った場合と比較して,再発してもより軽症となる傾向がある。 【実施例】 【0045】 [実施例1]無作為化二重盲検多施設共同並行群間比較試験 プロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎患者に対する維持療法として,ラベプラゾールナトリウム10mgを1日2回,52週間投与する方法の有効性及び安全性を検討する二重盲検比較試験を実施した。比較対象は,従来の維持療法である,ラベプラゾールナトリウム10mgを1日1回,52週間投与する方法とした。プロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎患者に対して,まず8週間の治療を行った後,治癒した患者に対してのみ,52週間の維持療法を行った。 【0046】 <被験者> 内視鏡検査で粘膜傷害(びらん,潰瘍)を有する逆流性食道炎と診断された患者のうち,下記(1)と(2)のいずれかの条件を満たすプロトンポンプ阻害剤抵抗性逆流性食道炎患者を被験者とし,以降の試験を行った。 (1) ラベプラゾールナトリウム10mgの1日1回投与,ラベプラゾールナトリウム20mgの1日1回投与,ランソプラゾール30mgの1日1回投与,オメプラゾール20mgの1日1回投与,又はエソメプラゾール20mgの1日1回投与を,少なくとも8週間実施したにもかかわらず,内視鏡的に未治癒(ロサンゼルス分類でGrade A〜D)の患者。 (2) ラベプラゾールナトリウム10mgの1日1回投与,ランソプラゾール30mgの1日1回投与,オメプラゾール20mgの1日1回投与,又はエソメプラゾール20mgの1日1回投与の維持療法中に,内視鏡的に再発(ロサンゼルス分類でGrade A〜D)を認めた患者。 【0047】 <治療期> 治療期は,被験者を対象に,内視鏡的に治癒(食道粘膜傷害を治癒)させることを目的として,ラベプラゾールナトリウム10mgを1日2回又は20mgを1日2回投与する非盲検試験とした。ロサンゼルス分類でGrade A又はBの被験者に対しては,ラベプラゾールナトリウム10mg錠を1回1錠で1日2回,朝食後及び夕食後に経口投与した。ロサンゼルス分類でGrade C又はDの被験者に対しては,ラベプラゾールナトリウム20mg錠を1回1錠で1日2回,朝食後及び夕食後に経口投与した。 【0048】 <維持療法期> 治療期8週時の内視鏡検査にて治癒(ロサンゼルス分類でGrade N又はMであること)が確認された被験者に対して,治療期開始時の内視鏡所見を層別因子とした層別割付を行い,ラベプラゾールナトリウム10mgの1日1回投与群と,ラベプラゾールナトリウム10mgの1日2回投与群のいずれかに1:1の割合で無作為に割付けた。1日1回投与群(N=178)では,ラベプラゾールナトリウム10mg錠を1錠,朝食後に経口投与し,プラセボ錠を1錠,夕食後に経口投与した。1日2回投与群(N=181)では,ラベプラゾールナトリウム10mg錠を1回1錠で1日2回,朝食後及び夕食後に経口投与した。 【0049】 維持療法期12週時,24週時,及び52週時に,内視鏡検査を行い,再発の有無を調べ,非再発率を求めた。無作為割付から再発までの期間について,投与群ごとにKaplan-Meierプロットを作成した。また,投与群ごとにKaplan-Meier法を用いて12週,24週及び52週の累積非再発率及びその95%信頼区間を算出した。さらに,ログランク検定を用いて,群間比較を行い,Cox比例ハザードモデルに基づくハザード比及びその95%信頼区間を算出した。 【0050】 維持療法期開始時に日中及び夜間に胸やけのない被験者を対象に,維持療法期の各評価時期で,胸やけの発現率についてχ2検定を用いて群間比較を行った。また,日中又は夜間のどちらかに胸やけのある被験者を対象に,維持療法期の各評価時期で,胸やけの消失率についてχ2検定を用いて群間比較を行った。 【0051】 <結果> 維持療法期52週時における,1日1回投与群と1日2回投与群における非再発率の結果を表1に示す。また,各群の非再発率の経時的な変化を表2に示す。表1及び表2に示すように,1日2回投与群では,1日1回投与群よりも有意に非再発率が高く,また,再発までの期間も有意に長かった。これらの結果から,維持療法をラベプラゾールの常用量の1日2回投与で行うことにより,従来の維持療法に比べて顕著に優れた再発抑制効果が得られることが確認された。 【0052】 【表1】 【0053】 【表2】 【0054】 被験者の背景因子ごとに,各群の非再発率(維持療法52週時)を求め,群間差を調べた。結果を表3〜5に示す。表中, 「前治療PPI」は,治療期開始前に受けていた治療において投与されていたプロトンポンプ阻害剤を示す。また,治療期開始時における食道粘膜の炎症のロサンゼルス分類のGradeごとに分けた各群について,非再発率の経時的な変化を表6に示す。 【0055】【表3】【0056】【表4】 【0057】 【表5】 【0058】 【表6】 【0059】 この結果,CYP2C19遺伝子型がPMの被験者群以外では,いずれのカテゴリーであっても,1日1回投与群よりも1日2回投与群のほうが,非再発率が高かった。特に,逆流性食道炎の罹病期間が1年以上の被験者群や,内視鏡所見がロサンゼルス分類でGrade B〜Dの被験者群,食道裂孔ヘルニアの重症度がB又はAの被験者群,及びCYP2C19遺伝子型がホモ接合体EMの被験者群では,非再発率の群間差が30%以上と大きく,1日2回投与群のほうが,再発抑制効果が顕著であった。また,表6に示すように,維持療法期12週時において既に,1日1回投与群よりも1日2回投与群のほうが高い再発抑制効果を奏することが確認された。 【0060】 また,各群における,維持療法期間内に胸やけがあった被験者の割合の経過時的変化を図1〜3に示す。図1は,1日のうち,日中又は夜間のいずれかの時点において胸やけがあった被験者の割合(%)を,図2は日中に胸やけがあった被験者の割合(%)を,図3は夜間に胸やけがあった被験者の割合(%)を,それぞれ示す。 維持療法期間の全期間において,1日2回投与群のほうが1日1回投与群よりも,胸やけ発現率は低く,特に,日中の胸やけの発現率は非常に低かった。 【0061】 維持療法期開始時に日中と夜間のいずれも胸やけが無かった被験者について,1日1回投与群と1日2回投与群における胸やけの発現率(胸やけが発現した被験者の割合,%)の経時的変化を図4に示す。また,維持療法期開始時に日中と夜間のいずれかに胸やけがある被験者について,1日1回投与群と1日2回投与群における胸やけの消失率(胸やけが消失した被験者の割合,%)の経時的変化を図5に示す。さらに,各群の維持療法期間において,一の被験者に胸やけが発現した時点を一のイベントとしてカウントすることにより,胸やけの累積発現率(Kaplan-Meierplot)を調べた。図6は,維持療法期開始時に日中と夜間のいずれも胸やけが無かった被験者について,日中又は夜間に生じた胸やけの累積発現率を示す。図7は,維持療法期開始時に日中に胸やけが無かった被験者について,日中に生じた胸やけの累積発現率を示す。図8は,維持療法期開始時に夜間に胸やけが無かった被験者について,夜間に生じた胸やけの累積発現率を示す。図6〜8のKaplan-Meier plotの下の数値は,各時点における評価対象の被験者数を示す。図4〜8に示すように,維持療法期の全期間において,1日2回投与群のほうが1日1回投与群よりも,胸やけ発現率が有意に低く(図4),また胸やけ消失率も高く(図5),累積発現率で評価した場合も,逆流性食道炎による胸やけ症状を抑制する効果は,1日2回投与群のほうが高いことが確認された(図6〜8)。 【0062】 また,全ての被験者において,維持療法期間中の有害事象の有無を記録した。なお, 「有害事象」とは,同意取得後に認められた好ましくない又は意図しない徴候(臨床検査値異常を含む) 症状又は疾病であり, , ベンズイミダゾール系プロトンポンプ阻害剤との因果関係の有無は問わない。例えば,新たに認められた疾病又は既に認められている疾病の増悪,何らかの症状が認められるような臨床検査値又はその他の検査の悪化,治療法の変更あるいは治験の中止に至るような臨床検査値又はその他の検査の悪化,同意取得時には認められていなかった間欠的な医学的症状の再発,何らかの処置を要するような臨床検査値異常は, 「有害事象」として記録した。ただし,内視鏡検査,日中の胸やけ,夜間の胸やけ,夜間の胸やけ又は呑酸による睡眠障害から認められた原疾患の悪化については,それぞれ独立した評価したため, 「有害事象」とはしなかった。また,有害事象のうち,ベンズイミダゾール系プロトンポンプ阻害剤の投与との関連があるかもしれない又はおそらく関連ありと判断された有害事象を,「副作用」とした。 【0063】 有害事象の中でも,死に至るもの,生命を脅かすもの,入院又は入院期間の延長が必要となるもの,永続的又は顕著な障害/機能不全に陥るもの,被験者の子供に先天異常を来すものを,「重篤な有害事象」とした。その他の医学的に重要な事象,すなわち直ちに生命を脅かしたり死亡又は入院には至らなくとも,適切な医学的判断の結果,被験者を危機にさらしたり,上記のような結果に至らぬように処置を必要とするような重大な医学的事象の場合には,それらも重篤とみなした。なお, 「生命を脅かすもの」とは,被験者にその事象が起こった際に死に至るリスクを伴っていた場合であり,さらに重症だったら死に至ったかもしれない又は治験薬の投与を継続していた場合には死に至ったかもしれないという仮定的な意味を指すものではない。 【0064】 1日2回投与群では,1日1回投与群に比べて,鼻咽頭炎等の有害事象や副作用の発現頻度が若干高かったが,死亡や高度な副作用,重篤な副作用は見られなかった。各群の有害事象と副作用の発現について,発現時期別に集計した結果を表7に示す。表中,被験者数の後ろの括弧内の数値は,発現率(%)を示す。また, 「0-12週」は,維持療法期0週目から12週目までの期間を意味する。表7に示すように,投与期間が長期化しても有害事象・副作用が増加する傾向は観察されなかった。また,1日2回投与群で発現した各事象の内訳も,1日1回投与群とほぼ同様であった。これらの結果から,1日2回投与群の安全性プロファイルは,1日1回投与群とは大きく異ならないと判断され,ベンズイミダゾール系プロトンポンプ阻害剤を,従来の倍量投与を長期間行う維持療法の忍容性が認められた。 【0065】 【表7】 【0066】 さらに,各群で再発した被験者について,治療期開始時点と再発時における食道粘膜の炎症の程度(ロサンゼルス分類によるGrade)を比較した。結果を表8に示す。治療期前よりもより軽症で再発する割合が,1日2回投与群では1日1回投与群に比べて高かった。この結果から,本発明に係る再発抑制剤を用いて維持療法を行うことにより,再発しても軽症ですむことが期待される。 【0067】 【表8】 (2) 本件発明の概要 前記第2の2で認定した本件訂正後の特許請求の範囲の記載及び前記(1)で認定した本件明細書の記載からすると,本件発明の概要は,次のとおりである。 ア 技術分野 本件発明は,PPI抵抗性逆流性食道炎患者に対し,維持療法期に服用されるベンズイミダゾール系PPIを有効成分とする逆流性食道炎の再発抑制剤に関する。 (本件明細書の段落【0001】) イ 背景技術 (ア) 逆流性食道炎の治療 胃酸が食道内に逆流・停滞し,食道粘膜傷害(食道粘膜の炎症)が引き起こされる疾患である逆流性食道炎について,その主な病因は胃内から食道への胃酸逆流のため,PPIにより胃酸分泌を抑制して胃酸逆流を防止し,食道粘膜傷害を治癒させるのが一般的な治療法であるが,逆流性食道炎の約1割は,本邦において治療として承認されているPPIの常用量(1日1回投与)を8週間行っても治癒が認められないPPI抵抗性逆流性食道炎である。PPI阻害剤抵抗性逆流性食道炎に対する治療として,PPIの倍量投与(常用量の倍量を1日1回投与)やその分割投与(常用量1日2回投与)の有効性が報告されているが,本邦において,PPIによる治療で効果不十分な逆流性食道炎に対して承認されている薬剤はラベプラゾールナトリウムのみで,その用法・用量は,1回10mg又は1回20mgを1日2回(ただし,後者は,重度の粘膜傷害を有する場合に限る。)であり,さらに8週間経口投与することができる。(同【0002】【0003】 , ) (イ) 維持療法 PPIによる治療は疾患の根本治療ではなく,食道粘膜傷害の治癒後に薬物治療を中止すると,多くは食道粘膜傷害や胸やけなどの症状が再発・再燃するため,食道粘膜傷害を治癒した後も,酸分泌抑制剤の投与を継続し,再発を抑制すること(維持療法)が重要とされているところ,現在承認され,一般的に行われている維持療法は,PPI抵抗性ではない逆流性食道炎患者に対する治療期に投与される常用量と同量又はその半量を1日1回投与する方法である。(同【0004】) ウ 発明が解決しようとする課題 PPI抵抗性逆流性食道炎の場合,維持療法を現在承認されている用法・用量(常用量1日1回)で行った場合に得られる再発抑制効果は十分といえなかった。(同【0006】。 ) 本件発明は,PPIの常用量による治療終了後にPPI抵抗性を示した逆流性食道炎患者に対する維持療法期において再発抑制のために投与される逆流性食道炎の再発抑制剤において,ベンズイミダゾール系PPIを有効成分とし,従来よりも再発抑制効果が有意に優れている逆流性食道炎の再発抑制剤を提供することを目的とする。(同【0007】) エ 課題解決のための手段 本件発明は,維持療法期において,ラベプラゾールを有効成分とする逆流性食道炎の再発抑制剤として現在承認されている用量すなわち10mgを,1日2回,4週間以上服用するものである。(同【0008】) オ 発明の効果 本件発明に係る逆流性食道炎の再発抑制剤は,常用量1日1回投与という従来の維持療法に比べて,再発抑制効果が統計学的に有意に高いため,治療により治癒したPPI抵抗性逆流性食道炎に対する再発抑制を目的とした維持療法のための治療剤として非常に優れている。常用量の倍量を長期間投与することになるが,従来の維持療法と比較して重篤な副作用を奏することはなく,臨床上比較的安全に服用することができる。(同【0010】【0015】 , ) 2 甲1発明について (1) 甲1は,本件優先日前に,エーザイ株式会社が実施する臨床試験計画(治験プロトコル)について作成した情報を,米国のClinicalTrials.govが公開したものであり,甲1には,次の事項が記載されている。 ア 表題等 「NCT02135107試験 日付:2016年9月28日(第6版)」 イ 「試験の識別」 「固有のプロトコルID: E3810-J081-311 簡易な試験の名称: PPI抵抗性胃食道逆流症患者に対する維持療法におけるE3810 10mg1日1回又は1日2回の有効性と安全性に関する二重盲検比較試験 正式な試験の名称: PPI抵抗性胃食道逆流症患者に対する維持療法におけるE3810 10mg1日1回又は1日2回の有効性と安全性に関する二重盲検比較試験」 ウ 「試験状況」 「記録バージョン 2016年9月 総合状況 完了 試験開始 2013年9月 一次完了 2016年5月(実績) 試験終了 2016年6月(実績) 最初の提出 2014年3月24日 QC基準に適合する最初の提出 2014年5月7日 最初の提出 2014年5月9日(見積) QC基準に適合する,提出された最終更新 2016年9月28日 提出された最終更新 2016年9月30日(見積)」 エ 「スポンサー/共同開発者」 「スポンサー エーザイ 責任当事者 スポンサー」 オ 「試験の内容」 「概要 本研究の目的は,PPI抵抗性胃食道逆流症患者に対する維持療法におけるE3810 10mg1日1回及び1日2回投与の有効性と安全性を評価することである。 詳細な説明 これは無作為化多施設並行群間二重盲検試験であり,52週間にわたるE3810 10mg1日2回投与の有効性及び安全性を検討する。内視鏡的に確認した52週目の非再発率を主要評価項目とし,これはE3810 10mg1日2回52週間の有効性及び安全性を調査する無作為化多施設並行群間二重盲検試験により検討する。」 カ 「(患者の)状態」 「(患者の)状態 胃食道逆流症」 キ 「試験デザイン」 「試験の種類 介入試験 主目的 治療 試験のフェーズ 第V相 介入試験モデル 並行群間比較試験 群数 4 マスキング 二重 対象患者,調査者 割付 無作為化 被験者数 317(実績)」 ク 「治療群及び介入試験」「治療群 割り当てられた介入 試験:A群 薬剤:E3810 治療期間中はE3810 10mgを1日2回(非盲検), 維持療法期間中は10mgを1日1回(二重盲検)経口投与する。 試験:B群 薬剤:E3810 治療期間中はE3810 10mgを1日2回, 維持療法期間中は10mgを1日2回経口投与する。 試験:C群 薬剤:E3810 治療期間中はE3810 20mgを1日2回, 維持療法期間中は10mgを1日1回経口投与する。 試験:D群 薬剤:E3810 治療期間中はE3810 20mgを1日2回, 維持療法期間中は10mgを1日2回経口投与する。」 ケ 「評価項目」「主要評価項目 1 維持療法52週目後の内視鏡所見(修正ロサンゼルス分類)による非再発率 E3810 10mgを1日2回52週間投与し,その有効性及び安全性を検討 する維持療法期を通じて,52週目における内視鏡的に確認された非再発 率を検討する。 [時間枠:52週目] 副次評価項目 2 維持療法12週目及び24週目の内視鏡所見(修正ロサンゼルス分類)に よる非再発率 12週目及び24週目 3 無作為化から疾患の再発までの期間 52週目まで 4 維持療法期間中の胸やけの発生率(日中/夜間) 維持療法期間の0週目に日中及び夜間の胸やけを認めなかった被験者に ついて,維持療法期間の各評価期間における胸やけの発生率をX2検定を 用いて,E3810 10mg1日1回投与群とE3810 10mg1日2回投与群 との比較を行う。日中と夜間の胸やけ,夜間の睡眠障害も同様に比較する。 [時間枠:52週目まで]」 コ 「適格」 「基準 適合基準 以下の基準を全て満たす被験者を本治験の対象とする。 1.胃食道逆流症と診断され,内視鏡検査で粘膜病変(びらん,潰瘍)が認めら れた患者 2.PPIを1日1回8週間投与しても内視鏡検査で回復が認められなかっ た患者」 (2) 上記(1)からすると,甲1には,本件審決が認定した前記第2の3(1)アの甲1発明が記載されていると認められる。 その上で,@本件発明1と甲1発明とを比較すると,本件審決が認定した前記第2の3(2)ア(ア)の一致点及び相違点1が,A本件発明2と甲1発明とを比較すると,相違点1に加えて同(イ)の相違点2が,B本件発明3と甲1発明とを比較すると,相違点1及び2に加えて同(ウ)の相違点3が,C本件発明4と甲1発明とを比較すると,相違点1〜3に加えて同(エ)の相違点4が,D本件発明5と甲1発明とを比較すると,相違点1〜4に加えて同(オ)の相違点5が,E本件発明6と甲1発明とを比較すると,相違点1〜5に加えて同(カ)の相違点6がそれぞれ存することが認められる。 上記認定に反する被告らの主張を採用することはできない。 3 本件優先日当時の技術常識等に係る証拠の記載事項 (1) 甲4の記載事項 甲4(財団法人日本消化器病学会編「患者さんと家族のための胃食道逆流症(GERD)ガイドブック」南江堂,平成22年12月1日)には,次の事項が記載されている。 ア 「GERDは,逆流性食道炎があるものと,食道炎ははっきりしないものの逆流によっておこる胸やけがあるものとの両方を含みます。(4頁4行目〜5 」行目) イ 「内視鏡で食道炎がみとめられるものが「逆流性食道炎」で,ひどい胸やけがあるものの内視鏡で食道炎が確認できないものを「非びらん性胃食道逆流症」とよびます。・ 非びらん性胃食道逆流症は英語では ・・ 「non-erosive reflux disease」とよび,その頭文字をとってNERD(ナード)とよぶこともあります。(4頁下 」から6行目〜末行) (2) 甲5の記載事項 甲5のうち,「S2-1 24時間pHモニタリングを用いた難治性逆流性食道炎に対する各種PPI投与の検討」には,次の事項が記載されている。 ア 「GERDは一過性の下部食道括約筋弛緩など,motilityの異常の疾患である。しかし,この異常を正常化させる薬剤はないためGERDの内科的治療は酸分泌抑制薬が主体となる。」 イ 「Grade C-Dの重症の逆流性食道炎ではPPIのhalf doseでは酸逆流を抑えられない症例が多く,full doseの投与を必要とした。」 (3) 甲6の記載事項 甲6には,次の事項が記載されている。 「いくつかのpHモニタリング試験で,胃酸分泌,特に夜間の抑制効果は,ラベプラゾール10mg又は20mgを1日1回投与するよりも,ラベプラゾール10mg又は20mgを1日2回投与する方が高いことが示されている。(150頁右 」欄9行目〜13行目) (4) 甲7の記載事項 甲7には,次の事項が記載されている。 ア 「標準的な1日1回の治療にもかかわらず症状が持続する患者では,例えば,用量を2倍にするか,分割投与を考慮してもよい。この試験では,エソメプラゾール40mg1日1回は20mg1日1回よりも薬力学的効果の観点から一般的に優れていたが,エソメプラゾール20mg1日2回は,全ての40mg1日1回レジメンと比較して24時間の酸阻害作用を改善した。 (1253頁の 」「DISCUSSION」の項の6行目〜13行目) イ 「結論として,本研究は,健康成人において,エソメプラゾールの用量を増加させると酸抑制が強力になり,朝の投与は24時間及び日中の酸阻害作用を改善し,一方で夜の投与又は分割投与は夜間の酸抑制を改善することを示す。(1 」255頁の右欄25行目〜29行目) (5) 甲8の記載事項 甲8には,次の事項が記載されている。 ア 「これらの結果は,ラベプラゾール10mgを朝及び夕方の1日2回が,胃酸抑制に関して,朝の20mgの1日1回又は夕方の20mgの1日1回よりも優れているかもしれないことを示している。実際,CYP2C19の遺伝子型状態も考慮した本試験では,全ての遺伝子型群において,胃内pHの中央値及びpH>4保持時間比率は,ラベプラゾール10mg1日2回投与の方が高かった。(11 」9頁右欄下から5行目〜120頁左欄4行目) イ 「これらの結果から,胃食道逆流症がラベプラゾール10mg1日1回に反応しなければ,20mg1日1回ではなく10mg1日2回を投与して,より強力で持続的な酸抑制を達成すべきである。(120頁右欄33行目〜37行目) 」 (6) 甲9の記載事項 甲9には,次の事項が記載されている。 ア 「[審査結果]」「有効性 H2受容体拮抗薬抵抗性のびらん・潰瘍型逆流性食道炎患者を対象とした第V相試験において,治療期(本薬20mg,8週間投与)で内視鏡的治癒が認められた症例に対して維持療法期として本薬10mg,20mg又はファモチジン40mgを24週間投与したところ,いずれの本薬群もファモチジン群に対して有意に高い内視鏡的非再発率を示し,用量間の差は認められなかった(10mg群78.6%及び20mg群78.9%に対し,ファモチジン群18.2%)。 安全性 24週間の維持療法期において認められた有害事象は,治療期に認められたものと内容及び頻度共に差は認められず,既承認の治療効能における副作用のほかに問題となるものはなかった。(3頁7行目〜17行目) 」 イ 「審査報告(1) 平成15年3月11日」 (ア) 「2.審査の概要」 「2) 審査センターにおける審査内容 (1) 用法・用量の設定根拠について 逆流性食道炎の維持療法における申請用法・用量が「通常,成人にはラベプラゾールナトリウムとして1日1回10mgを経口投与するが,病状により1日1回20mgを経口投与することができる。 とされていることについて, 」 第V相試験では20mg群と10mg群の間で有効性及び安全性に差が認められなかったことから,審査センターは,20mgへの増量を可能としたことの妥当性を説明するよう申請者に求めた。申請者は,以下の各項目について述べ,10mg投与では胃酸分泌抑制が十分でないために早期に内視鏡的再発が認められた患者,または胸やけ等の症状が再発してきた患者には,20mgを投与することが妥当であると回答した。 @胃酸分泌抑制作用 申請者は,本薬による胃酸分泌抑制作用について,公表文献をもとに次のように説明した。 ・ ・H2受容体拮抗薬抵抗性の逆流性食道炎患者8名に対して本薬10mgを投 ・与したところ8名中2名でpH>4 holding time ratio(胃内pHが4以上を示す時間の長さの1日に対する割合)が4%以下と正常化し,正常化しなかった6名に20mgを投与したところ6名中5名が正常化した(B他. ・・・)との報告がある。また,類薬に関する情報として,逆流性食道炎患者の維持療法における再発率については,・・・,投与量が多いほど再発率が低くなることが示されている(C.・・・)・・・逆流性食道炎の治癒率は胃内pH>4 holding timeと相関す 。 るとの報告(NJB Bell,et al.・・・)を踏まえると,維持療法における再発率についてもPPI投与量増加に伴う胃酸分泌抑制作用の強さと関連しているものと考えられる。20mgの胃酸分泌抑制作用は10mgと比較して強いことが確認されていることから,10mg投与で胃酸分泌抑制が十分でないために再発したと考えられる場合は,20mg投与による維持療法が行われることが予想される。 審査センターは,申請者が提示した論文から,20mg投与は10mg投与より酸分泌抑制及び胃内pH>4 holding timeについて高い効果を示す可能性は示唆されていると考える。しかしながら,本薬の第V相試験における再発抑制効果において20mg群と10mg群との間に類薬で認められたような用量間の差が全く認められなかったことから,再発にかかわる胃酸分泌抑制効果は10mg投与で十分に得られている可能性がある。維持療法中に再発した症例に対し,20mg投与により治療を受け治癒した後,再度維持療法を行う際に20mgへ増量することによって得られる程度の胃酸分泌抑制が必要であるかどうかは疑問であると考えている。 また,逆流性食道炎の発生にかかわる因子として,胃酸分泌亢進以外にも下部食道括約筋圧など他の因子も関与していることを考慮すると,維持療法中の再発が胃酸分泌抑制効果の不足によるものだけであったかどうかは示されていないと考える。 したがって,10mgによる維持療法中に再発した患者に対して,本薬を増量することにより改善する可能性があるかどうかは,得られた試験結果では明らかではないと考えている。(11頁2行目〜12頁20行目) 」 「(3) 維持療法の期間について 逆流性食道炎の維持療法における本薬の投与は,胃酸分泌を抑制することにより食道への酸逆流を抑制するという対症療法であり根治療法ではないことから,審査センターは,維持療法における本薬の投与期間及び投与を中止する場合の判断方法について申請者に照会した。 申請者は,次のように回答した。逆流性食道炎は胃酸の食道への逆流によって生じ,胃酸分泌の亢進のほかに胃酸逆流防止機構としての下部食道括約筋(LES)圧の低下によって発生する疾患であることから,本薬による維持療法を中止すると再び食道への酸逆流が生じ,容易に逆流性食道炎が再発すると考えられる。(15 」頁11行目〜19行目) 「(4) 長期投与時の安全性について @第V相試験の維持療法期における安全性 有害事象及び臨床検査値異常変動について,発現頻度は治療期に比べ維持療法期で上昇するものの,試験期間の長さに関連するものと考えられ,その内容自体には治療期との間に差を認めず,また20mgと10mgでも差は認められなかった。 因果関係の否定できない有害事象及び臨床検査値異常についても同様であった。 ・・・ なお,国内では維持療法についての長期投与試験は実施されていない。申請者は長期投与の安全性について,Bに示す海外試験の成績を参考資料として提出している。 ・・・ B海外試験における安全性 逆流性食道炎が治癒した患者に対する再発防止効果の検証を目的とした海外4試験の結果が参考資料として提出されている。 米国では本薬20mg,10mg及びプラセボについて52週間の二重盲検比較試験が2試験実施され,1つの試験(参考資料ト-1)では,有害事象発現率は20mg群82%(77/94例)10mg群84%(80/95例)及びプラセボ群59%(58/99例)と本薬群間では差を認めなかった。・・・ ・・・ 欧州では,本薬20mg,10mg及びOPZ(オメプラゾール)20mgについて,52週間の二重盲検比較試験とそれに引き続く52週間の延長試験が実施されている。・・・ ・・・ C海外長期投与試験における安全性 欧州では,参考資料として提出された試験の後さらに計5年間にわたる延長試験が実施されていることから,審査センターは,5年間投与時の安全性について説明するよう申請者に求めた。 申請者は以下のように説明した。・・・・・・ 以上より,申請者は本薬の長期投与時の安全性について,臨床上問題となる重大な所見は認められないとした。 D長期投与時の安全性についてのまとめ 長期投与時の安全性データについては,試験によって有害事象や臨床試験値異常変動の発現頻度にばらつきがあるが,10mg群と20mg群の間に臨床的に問題となる差は認められず,対照薬及び20mgと10mgの間に安全性に差は認められないと考えている。また,本薬の治療効能に対する国内市販後における安全性情報と比較しても,長期投与によって有害事象の発現頻度及び内容に変化は生じていないと判断している。しかしながら,国内において第V相試験で検証された本薬の安全性は32週(8週+24週)までであることから,維持療法に対し長期に使用される際の安全性については,国内においても市販後に十分に情報収集する必要があると考えている。(16頁1行目〜19頁14行目) 」 (イ) 「4.総合評価」 「審査センターは,本薬の逆流性食道炎の維持療法に対する有効性について,第V相試験の結果より有効性が認められたと判断するが,20mg群及び10mg群の再発抑制率がそれぞれ78.9%及び78.6%と差が認められなかったことから,20mgまでの増量を認めることの妥当性については確認されず,用量としては10mgとすることで承認して差支えないのではないかと考えている。また,安全性については,第V相試験において維持療法に関連して問題となる有害事象の増加又は発生が認められていないことから,海外における5年間の試験結果も考慮し,特段の問題はないものと考えている。しかしながら,第V相試験では血清ガストリン値の高値が持続しているなど,海外とは異なる傾向を示す可能性があることから,医療現場に対して,維持療法を行う際にはその必要性を検討するよう促すと共に維持療法中は定期的な検査を実施するよう注意喚起することが必要であり,市販後には長期投与時の安全性について調査することが必要であると考えている。(23頁 」22行目〜32行目) ウ 「審査報告(2) 平成15年4月23日作成」 (ア) 「2.審査内容」 「維持療法の用量としては10mgとすることが妥当であり,「効果不十分の場合は20mgへ適宜増量」とすることの妥当性は示されていないとした審査センターの判断は,専門委員により支持された。 専門委員からは,第V相試験の再発抑制効果において20mg群と10mg群との間に類薬で認められたような用量間の差が全く認められず,再発にかかわる胃酸分泌抑制効果は10mgで十分であるとする意見が出された。さらに,20mgへ増量するための妥当性について検証するためには,国内で24週間を超える長期投与時の非再発率を比較検討する必要があること,また,10mgで効果不十分であった症例を対象にその有用性を検討するなどの案が出された。 ・・・ 以上の議論を踏まえ,審査センターは維持療法の用量を10mgのみとすることが妥当と判断し,この旨を申請者に伝達した。申請者は20mgの申請を取り下げると回答し,審査センターはこれを了承した。(25頁22行目〜26頁6行目) 」 (イ) 「4.総合判断」 「以上の審査結果より,審査センターは,H 2受容体拮抗薬抵抗性のびらん・潰瘍型逆流性食道炎患者に対して本薬10mgを24週間投与した第V相試験において対照薬と比較して高い再発抑制効果が認められ,本薬の有効性が示されたことから,承認して差し支えないと判断する。(30頁7行目〜10行目) 」 (7) 甲10の記載事項 甲10には,次の事項が記載されている。 ア 「そこで,われわれはパリエット?錠10mgの製造販売後の適正使用情報を把握する目的で,再発・再燃を繰り返す逆流性食道炎の維持療法に対し,製造販売後の使用実態下における安全性・有効性の検討を目的とした特定使用成績調査を実施した。(830頁左欄本文25行目〜29行目) 」 イ 「再発・再燃を繰り返す逆流性食道炎患者[ロサンゼルス分類(改) 3)<以下LA分類(改)>でGradeA〜D]で,本剤を含む治療剤で内視鏡的に治癒[LA分類(改)でGrade0]を確認した後,長期の維持療法が必要と判断された患者を対象とした。(830頁左欄下から1行目〜右欄4行目) 」 ウ 「調査薬はパリエット?錠10mgとした。投与方法は,再発・再燃を繰り返す逆流性食道炎の維持療法の用法・用量である「1日1回10mgを経口投与する。」とした。 なお,投与期間および観察期間は6ヵ月以上,最長2年間とした。(830頁右 」欄17行目〜22行目) エ 「逆流性食道炎の維持療法に関してPPIの常用量,PPIの半量投与,H2RAの効果を検討したメタアナリシスでは,PPI常用量6ヵ月以上投与で再発率は約20%,PPI半量投与での再発率は約30%6)である。・・・ 本調査では,1468例を収集し解析した結果,パリエット?錠10mgは長期間投与においても,忍容性があり,かつ再発防止への貢献に寄与することが確認された。(839頁右欄下から3行目〜末行目,841頁右欄1行目〜9行目) 」 (8) 甲13の記載事項 甲13には,次の事項が記載されている。 ア 「承認年月日」 「1.平成15年7月17日:用法・用量の追加「さらに再発・再燃を繰り返す逆流性食道炎の維持療法においては1日1回10mgを経口投与する。 (パリエッ 」ト錠10mg)」 。(2頁) イ 「3.製造承認後臨床試験の概要」 「逆流性食道炎の維持療法に対して本剤は長期間投与することが想定されるが,承認時までの国内試験では24週までの安全性を確認しているのみであった。 ・・・ 3-1.試験計画の概要 ・・・ 試験薬の用法・用量 本剤10mgを1日1回経口投与した。 投与期間:104週間 ・・・ 3-3.安全性 ・・・ 3-4.有効性 ・・・ 機構は,以上の申請者の説明を了承し,本剤の『逆流性食道炎の維持療法』の対象となる患者に対する安全性及び有効性について現時点では特段の対応が必要となるような問題点はないと判断した。なお,重篤な副作用及び未知の副作用については「4.副作用及び感染症」の項にて詳述する。 (6頁〜9頁) 」 ウ 「4.副作用及び感染症」 「機構は,製造販売後臨床試験及び特定使用成績調査(逆流性食道炎の予後因子に関する調査)により,国内の逆流性食道炎患者の維持療法に対する本剤の6ヵ月を超える長期投与における安全性が確認されたことから,申請者の要望を了承した。」(11頁) (9) 甲14の記載事項 甲14には,次の事項が記載されている。 ア 「審査結果」(2頁〜3頁) (ア) [審査結果] 「提出された資料から,逆流性食道炎における本薬1日2回投与の有効性は示され,認められたベネフィットを踏まえると,安全性は許容可能と判断する。 以上,医薬品医療機器総合機構における審査の結果,本品目については,以下の効能・効果及び用法・用量で承認して差し支えないと判断した。」 (イ) [用法・用量] 「@パリエット錠10mg ・・・ 逆流性食道炎 逆流性食道炎の治療においては,通常,成人にはラベプラゾールナトリウムとして1回10mgを1日1回経口投与するが,病状により1回20mgを1日1回経口投与することができる。なお,通常,8週間までの投与とする。また,プロトンポンプインヒビターによる治療で効果不十分な場合,1回10mg又は1回20mgを1日2回,さらに8週間経口投与することができる。ただし,1回20mgを1日2回投与は重度の粘膜傷害を有する場合に限る。 再発・再燃を繰り返す逆流性食道炎の維持療法においては,通常,成人にはラベプラゾールナトリウムとして1回10mgを1日1回経口投与する。」 イ 「審査報告(1) 平成22年9月10日」 (ア) 「[申請時用法・用量]」 「@パリエット錠10mg ・・・ ・逆流性食道炎 ・・・既存治療で効果不十分な場合,1回10mgを1日2回又は1回20mgを1日2回,経口投与することができる。なお,通常,それぞれ8週間までの投与とする。(4頁) 」 (イ) 「U.提出された資料の概略及び審査の概要」 a 「1.起原又は発見の経緯及び外国における使用状況等に関する資料」(5頁〜6頁) 「逆流性食道炎(reflux esophagitis:以下,「RE」)は胃酸の食道内への逆流により食道粘膜の傷害を来す疾患であり・・・」 「 R E に 対 す る 薬 物 治 療 と し て は , プ ロ ト ン ポ ン プ 阻 害 剤 ( proton pumpinhibitor:以下, 「PPI」,ヒスタミンH2受容体拮抗剤(以下, 2受容体拮抗 ) 「H剤」)等の胃酸分泌抑制剤及び消化管運動機能改善剤が使用されるが,本邦では,・・・診療ガイドライン・・・においてPPIが第一選択薬として推奨されている。」 「ラベプラゾールナトリウム(以下,「本薬」)は申請者により開発されたPPIであ・・・る。REの治療に対する承認用法・用量は,1日1回10mgを8週間投与,ただし,病状が著しい場合や再発性・難治性のREに対しては20mgに増量することが可能とされている。しかし,現在までに申請者が実施したRE患者を対象とした臨床試験では,本薬1日1回20mgの8週間投与によっても, 1% 9.の患者で内視鏡的治癒が得られていないため,申請者は,これら既存の治療に抵抗性を示す難治性のREに対し,本薬の1日2回投与について開発を行い,本申請に至った。」 b 「4.臨床に関する資料」(7頁〜11頁) 「(ii)有効性及び安全性試験成績の概要 <提出された資料の概略> (1)難治性RE患者を対象とした第U/V相試験(5.3.5.1.1:試験番号E3810-J081-304<以下,「304試験」>・・・) PPI抵抗性のRE患者(目標症例数300例)を対象として,本薬の有効性及び安全性を検討する目的で,多施設共同無作為化二重盲検並行群間比較試験が国内71施設で実施された。 用法・用量は,本薬20mgを1日1回朝食後(以下,「20mg1回投与群」, )本薬10mgを1日2回朝食後及び夕食後(以下, 「10mg2回投与群」,又は本 )薬20mgを1日2回朝食後及び夕食後(以下「20mg2回投与群」)に8週間経口投与することとされた。 ・・・ <審査の概略> (1) 本申請用法・用量の臨床的位置付けについて ・・・ 機構は,以下のように考える。 通常用法・用量のPPI治療に抵抗性のRE患者は,本邦では少ないと考えられるものの,臨床試験においても存在が確認されていることから,そのような患者に対する治療手段を提供することは臨床的に意義があると考える。当該患者を対象に実施された304試験において,20mg1回投与群に対する10mg2回投与群及び20mg2回投与群の優越性が示されたことから,本薬の1日2回投与は,通常用法・用量のPPI治療に抵抗性のRE患者において治療選択肢の一つになり得ると考える。ただし,1日2回投与時の用量については,専門協議の議論も踏まえて判断する必要があると考える・・・。 (2) 有効性について 1) 有効性評価項目について ・・・ 以上より,機構は,通常用法・用量のPPI治療に抵抗性のRE患者における本薬10mg1日2回投与及び本薬20mg1日2回投与による有効性は示されたと考える。 ・・・ (3) 安全性について 304試験における有害事象の発現率は,20mg1回投与群39.3%(44/112例),10mg2回投与群47.7%(53/111例)及び20mg2回投与群54.4%(62/114例)であり,投与回数及び用量の増加に伴い,主に便秘及び血中TSH増加等の有害事象の発現率が増加する傾向が認められた(表2)・・・ 。 死亡例は認められず,重篤な有害事象に一定の傾向は認められなかった。 ・・・ 本薬10mg又は20mgを1日2回投与したときの安全性については,専門協議での議論も踏まえて最終的に判断したい。」 ウ 「審査報告(2) 平成22年11月8日」 「(1) 有効性について 機構は,通常用法・用量のPPIによる治療に抵抗性のRE患者を対象にした304試験において,主要評価項目である「投与8週後の内視鏡所見による治癒率」について,20mg1回投与群に対する10mg2回投与群及び20mg2回投与群の優越性が検証されたことから,通常用法・用量のPPIによる治療に抵抗性のRE患者に対する10mg及び20mgの1日2回投与の有効性は示されたと考えた。 以上の機構の判断は,専門委員より支持された。 (2) 安全性について 機構は,304試験における有害事象の発現状況から(表2),1日2回投与については,1日1回投与と比較して甲状腺機能へ与える影響に注意する必要があると考え,添付文書の【使用上の注意】・・・において注意喚起する必要があると考えた。・・・ その他,本薬10mg又は20mgを1日2回投与したときの安全性に,1日1回投与時に加えて更なる問題は現時点では認められないと考えた。 以上の機構の判断は,専門委員より支持された。 (18頁) 」 (10) 甲18の記載事項 甲18には,次の事項が記載されている。 ア 用法・用量 「逆流性食道炎の治療においては,通常,成人にはラベプラゾールナトリウムとして1回10mgを1日1回経口投与するが,病状により1回20mgを1日1回経口投与することができる。なお,通常,8週間までの投与とする。また,プロトンポンプインヒビターによる治療で効果不十分な場合,1回10mg又は1回20mgを1日2回,さらに8週間経口投与することができる。ただし,1回20mg1日2回投与は重度の粘膜傷害を有する場合に限る。 再発・再燃を繰り返す逆流性食道炎の維持療法においては,通常,成人にはラベプラゾールナトリウムとして1回10mgを1日1回経口投与する。(1頁右欄下 」から10行目〜2頁左欄2行目) イ 使用上の注意 「(4) 逆流性食道炎の維持療法については,再発・再燃を繰り返す患者に対し行うこととし,本来,維持療法の必要のない患者に行うことのないよう留意すること。・・・」(2頁右欄4行目〜7行目) ウ 薬効薬理 「1.作用機序 本剤は酸分泌細胞の酸性領域で活性体(スルフェンアミド体)になり,プロトンポンプ(H+,K+-ATPase)のSH基を修飾して酵素活性を阻害し,酸分泌を抑制する。・・・ 2.ヒトでの作用 (1)胃酸分泌抑制作用 ・・・ (2)胃内pH上昇作用」(6頁右欄10行目〜26行目) (11) 甲19の記載事項 甲19には,次の事項が記載されている。 ア 要約 「目的: 逆流性食道炎患者のおよそ10%が,8週間の1日1回のプロトンポンプ阻害剤(PPI)の標準的な投与によって治癒しない。そのため,1日2回投与がしばしば抵抗性逆流性食道炎患者に適用されるが,1日2回のPPI投与による治癒を内視鏡的に確認した報告はこれまでにない。本研究は,日本において,常用量PPI治療に抵抗性の逆流性食道炎患者らにおける,ラベプラゾールナトリウム20mg1日1回投与と比較した,ラベプラゾール20mg1日2回又は10mg1日2回投与による8週間の治療の有効性と安全性を評価することを目的とする。 方法: 常用量PPI治療を少なくとも8週間受けたことのある,内視鏡的に確認された抵抗性逆流性食道炎患者(ロサンゼルス分類グレードA-D)は,無作為に二重盲検法により,8週間,ラベプラゾールを20mg,10mg1日2回投与されるグループと,20mgを1日1回投与されるグループ(対照群)とに分けられた。一次主要有効性評価項目は,8週間後の内視鏡的に確認される治癒率とした。 ・・・ 結論: ラベプラゾール20mg及び10mg1日2回8週間の治療は,20mg1日1回に比べ,常用量PPI治療に抵抗性の逆流性食道炎における,内視鏡的に確認される治癒及び症状の解消に関して,より効果的だった。 (522頁の要約 」の「OBJECTIVES」「METHODS」及び「CONCLUSIONS」の項) , イ 表1 患者数の統計とベースライン特性(・・・) 「項目 20mg1日1回 10mg1日2回 20mg1日2回 (n=110) (n=111) (n=111) 逆流性食道炎の期間(年) 1年未満 13(11.8) 16(14.4) 22(19.8) 1年から5年 53(48.2) 49(44.1) 44(39.6) 5年以上 44(40.0) 46(41.4) 45(40.5) 」(524頁。翻訳の一部は,本件審決による。) 4 取消事由1(無効理由3における判断の誤り)について (1) 相違点1の容易想到性について ア 本件優先日当時におけるラベプラゾールナトリウムを利用しての逆流性食道炎の治療についての技術常識 前記1(1)の本件明細書の記載及び前記3の本件優先日当時の技術常識等に係る証拠の記載事項を踏まえると,本件優先日当時におけるラベプラゾールナトリウムを用いた逆流性食道炎の治療についての技術常識として,次のとおり認められる。 (ア) 逆流性食道炎の治療におけるラベプラゾールナトリウムの利用等 a PPIは,酸分泌細胞による酸分泌を抑制するという作用を利用することで,逆流性食道炎の治療に用いられる薬剤であり,ラベプラゾールナトリウムは,ベンズイミダゾール系のPPIである(本件明細書の段落【0001】【0 ,002】,前記3(10)ウ[甲18]。逆流性食道炎の治療は,酸分泌抑制薬を主体と )し,PPIを第一選択薬として行われている 【0002】 前記3(2)ア (同 , [甲5])が,対症療法である(同【0004】,前記3(6)イ(ア)[甲9]。 ) b 逆流性食道炎は,内視鏡検査により食道粘膜傷害が認められるもの(ロサンゼルス分類のGrade A〜D。AからDに向かってより重症となる。)であり,内視鏡的に,食道粘膜傷害がない状態(同分類のGrade N又はM)となると「治癒」に至ったものと取り扱われる(本件明細書の段落【0013】【0 ,014】,前記3(1)イ[甲4]。 ) c ただし,上記bの「治癒」に至った患者についても,薬物治療を中止すると,多くは食道粘膜傷害等の症状が再発・再燃するため,酸分泌抑制剤の投与を継続して再発を抑制するという維持療法が重要とされている(本件明細書の段落【0004】。この点に関し,維持療法を中止して再発に至る機序に関しては, )中止により,再び食道への酸逆流が生じて再発に至るものと考えられていた(前記3(6)イ(ア)[甲9]。 ) (イ) ラベプラゾールナトリウムの用法・用量 a ラベプラゾールナトリウムの用法・用量について,逆流性食道炎の治療期においては,通常,1回10mg又は病状により1回20mgを1日1回,8週間まで経口投与されるが,PPI抵抗性逆流性食道炎患者(日本国内で承認されているプロトンポンプ阻害剤の常用量を,1日1回,8週間以上投与したにもかかわらず内視鏡的に治癒に至らない患者[本件明細書の段落【0003】【001 ,4】)に対しては,治療のため,1回10mg又は1回20mg(重度の粘膜傷害 ]を有する場合に限る。 を1日2回, ) さらに8週間経口投与することができる 【0 (同002】【0003】 , ,前記3(10)ア[甲18]。 ) b 上記(ア)bの「治癒」に至ったものの,再発・再燃を繰り返す逆流性食道炎の維持療法におけるラベプラゾールナトリウムの用法・用量は,1回10mgを1日1回経口投与するというものである(本件明細書の段落【0004】,前記3(10)ア[甲18]。 ) (ウ) ラベプラゾールナトリウムの用法・用量等と有効性の関連性について a 胃酸分泌の抑制効果は,PPIの用量や投与回数と正の相関関係にあるとみられていた(前記3(2)イ[甲5],同(3)[甲6],同(5)[甲8],同(6)イ(ア)[甲9])し,このような相関性は,ラベプラゾール以外のPPIについてもみられていた(前記3(4)[甲7] 本件明細書の段落 , 【0002】 なお, , 甲5〜8は,pHモニタリング試験を用いて胃酸分泌の抑制効果を評価しているが,そうであるからといって,上記技術常識を認定することができないというべき理由はない。 。 ) そして,維持療法における再発率についても,PPI投与量増加に伴う胃酸分泌抑制作用の強さと関連しているものと考えられていた(前記3(6)イ(ア)[甲9]。 ) b また,同量を投与する場合,1日1回の投与(例えば,20mgを1日1回)を1日2回(例えば,10mgを1日2回)とすることで,より高く持続的な胃酸分泌抑制効果があることがうかがわれ(前記3(5)ア[甲8],PPI抵 )抗性逆流性食道炎患者の治療期においても,20mg1回投与群に対する10mg2回投与群の優越性が認められていた(前記3(9)イ・ウ[甲14],同(11)[甲19]。 ) (エ) ラベプラゾールナトリウムの安全性について a ラベプラゾールナトリウムについて,8週間にわたり20mgを投与した後,24週間にわたって10mg又は20mgを投与しても,臨床上,問題となるような副作用は認められなかった(前記3(6)ア[甲9]。そして,その後, )維持療法期において,52週以上,104週間(2年間)にわたり10mgを1日1回投与した場合の臨床上の安全性が国内でも確認されるに至っていた(前記3(6)イ(ア)[甲9],同(7)[甲10],同(8)[甲13]。 ) b ラベプラゾールナトリウムについて,維持療法期の長期投与に関し,20mg投与と10mg投与の間で,臨床上,副作用に大きな差はないと考えられていた(前記3(6)イ(ア)[甲9]。 ) c ラベプラゾールナトリウムについて,PPI抵抗性逆流性食道炎患者に対する治療期における投与に関し,1日2回投与については,1日1回投与と比較して,甲状腺機能へ与える影響への注意は要したものの,その他の安全性に問題はないと考えられていた(前記3(9)ウ[甲14]。 ) イ 相違点1に係る構成の容易想到性について (ア) 本件優先日当時の技術常識として,@逆流性食道炎の治療について,ラベプラゾールナトリウムは,治療期と維持療法期のいずれにおいても,酸分泌抑制作用という共通の作用によって,治療効果や再発防止効果をもたらすものとみられたこと(前記ア(ア)a,c),A胃酸分泌の抑制効果は,ラベプラゾールナトリウムの投与量や投与回数と正の相関関係にあり(同(ウ)a),治療期における用法・用量もそのような理解に沿うものとなっていたこと(同(イ)a),B胃酸分泌抑止作用の強さは,維持療法における再発率とも関連していると考えられていたこと(同(ウ)a),CPPI抵抗性逆流性患者の治療期において,20mgの1日1回投与より,10mgの1日2回投与の抑制効果の優越性が認められていたこと(同(ウ)b)を指摘することができる。 上記の点を踏まえると,本件優先日当時,当業者においては,PPI抵抗性逆流性食道炎患者の維持療法期におけるラベプラゾールナトリウムの利用について,従来の逆流性食道炎患者に対する維持療法期における「1回10mgを1日1回」という用法・用量を,特にそのうちPPI抵抗性逆流性食道炎患者については「1日2回」に増やすという方向で,あるいは,PPI抵抗性逆流性食道炎患者の治療期における「1回10mg又は1回20mg(重度の粘膜傷害を有する場合に限る。)を1日2回」という用法・用量を踏まえ,それをPPI抵抗性逆流性食道炎患者の維持療法期にも広げるという方向で, 「1回10mgを1日2回」という用法・用量を設定し,もって,PPI抵抗性逆流性食道炎患者に対してより高い再発抑制効果を有する薬剤として利用することを,容易に想到することができたといえる。 (イ) 前記ア(エ)の安全性に関する技術常識を踏まえると,本件優先日当時,ラベプラゾールナトリウムの維持療法における20mg1日1回長期投与の忍容性は,当業者に明らかであった(前記ア(エ)a,b)ところ,1日2回投与と1日1回投与とでは安全性に差異はないと考えられていたこと(前記ア(エ)c)をも考慮すると,「1回10mgを1日2回」 「4週間以上」投与することについて,臨床上の安全性の観点から阻害されたといった事情も見受けられない。なお,甲42及び44のガイドラインには,PPIの長期投与の安全性に関する懸念についての記載があるが,「いずれの懸念もPPI投与との直接的な因果関係が明らかとはいいがたい」(甲42)などとされており,上記判断を左右するものではないし,甲23及び29〜31の各PPIの添付文書における注意書きも,薬剤の添付文書における一般的な副作用等についての記載にすぎず,上記判断を左右するものではない。 (ウ) そうすると,甲1発明のラベプラゾールナトリウムを,PPI抵抗性逆流性食道炎患者の維持療法期に投与する再発抑制剤として用い,相違点1に係る本件発明1の発明特定事項を採用することは,当業者が容易に想到することができたものということができる。 (エ) ラベプラゾールナトリウムを有効成分とするパリエット錠10mgの維持療法期における投与に係る審査の際,申請者において,10mg投与では胃酸分泌抑制が十分でないために一定の場合には20mgを投与することが妥当であるとの見解を示したところ,20mg投与による胃酸分泌抑制効果が10mg投与によるものより高い可能性は示唆されているが,再発に関わる胃酸分泌抑制にその程度の胃酸分泌抑制が必要かどうかに疑問があるとされ,1日1回20mgの申請が取り下げられたという経緯(前記3(6)イ(ア)及びウ(ア)[甲9])は,本件優先日当時,当業者において,PPI抵抗性逆流性食道炎患者を含めた逆流性食道炎患者の維持療法期におけるラベプラゾールナトリウムの利用について,「1回20mgを1日1回」という用法・用量を設定し,もって,PPI抵抗性逆流性食道炎患者に対してより高い再発抑制効果を有する薬剤として利用することを容易に想到することができたことを示す事情ということができ,それを分割投与する「1回10mgを1日2回」という用法・用量の設定による再発抑制効果の向上も,同様に,当業者において容易に想到することができたとみることに沿う事情であるといえる。 ウ 本件発明1の効果について 本件明細書の段落【0015】には,本件発明に係る再発抑制剤について,従来の維持療法よりも有意に高い再発抑制効果を奏することができること及び臨床上比較的安全に服用することができることの記載があり, 【0051】 【0067】 同 〜においても,顕著に優れた再発抑制効果が得られること及び長期投与の安全性が記載されている。 しかし,前記ア(ア)〜(ウ)の技術常識及びこれから認められる前記イ(ア)@〜Cの点を踏まえると,上記各段落に記載された再発抑制効果が,本件優先日当時,PPI抵抗性逆流性食道炎患者の維持療法期にラベプラゾールナトリウムについて「1回10mgを1日2回」という用法・用量で用いることによって達成され得るであろうと当業者において予測し得た範囲の再発抑制効果を超える顕著な効果であったとは認められない。また,前記ア(エ)の技術常識を踏まえると,上記各段落に示された安全性に係る効果が,本件優先日当時,PPI抵抗性逆流性食道炎患者の維持療法期にラベプラゾールナトリウムについて「1回10mgを1日2回」という用法・用量で用いることによってもなお達成され得るであろうと当業者において予測し得た範囲の安全性を上回る顕著な効果であったとも認められない。 したがって,本件発明1の効果が,当業者が予測し得ない顕著なものということはできない。 エ よって,本件発明1は,甲1発明及び技術常識に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるといえる。 (2) 原告の主張について ア 甲1発明の臨床試験の「相」に係る主張について 原告は,本件審決が,第V相試験について,有効性や安全性が期待される疾患を有すると診断された多数の患者を対象とするものであるという技術常識を前提に判断した点において,誤っている旨を主張する。 しかし,前記(1)のとおり,甲1発明の臨床試験が第V相であることを考慮しなくとも,本件発明1は,甲1発明及び技術常識に基づいて,当業者が容易に発明することができたものといえる。 イ 本件優先日当時の用法・用量に係る主張について 原告は,本件審決について,ラベプラゾールナトリウムの治療期における用法・用量についての技術常識aの認定に誤りがあると主張する。 しかし,本件優先日当時の逆流性食道炎の治療期におけるラベプラゾールナトリウムの用法・用量についての前記(1)ア(イ)aの認定は,原告の主張に沿うものであるところ,それを前提としても,前記(1)のとおり,本件発明1は,甲1発明及び技術常識に基づいて,当業者が容易に発明することができたものといえる。 ウ 再発抑制効果や安全性の予測に係る主張について (ア) 原告は,本件優先日当時,PPI抵抗性逆流性食道炎患者の維持療法期におけるPPIの用法・用量については,何ら明らかとなっておらず(甲24,29〜31),PPI抵抗性逆流性食道炎に対して有効な維持療法は存在していなかった(甲42,44〜46)と主張し,それを前提として,本件明細書の段落【0051】〜【0067】に記載された本件発明に係る再発抑制剤の有効性や安全性に対する効果は,当業者において予測することができず,本件発明の完成により初めて明らかとなったものであると主張する。 しかし,前記(1)ア(イ)bのとおり,本件優先日当時,再発・再燃を繰り返す逆流性食道炎の維持療法におけるラベプラゾールナトリウムの用法・用量は,1回10mgを1日1回経口投与するというものであったところ,当該維持療法の対象となる患者から,PPI抵抗性逆流性食道炎患者が除外されていたというべき事情は認められず,PPI抵抗性逆流性食道炎に対して有効な維持療法が存在していなかったとはいえない。そして,従来の逆流性食道炎患者に対する維持療法期における「1回10mgを1日1回」という用法・用量を,特にそのうちPPI抵抗性逆流性食道炎患者については「1日2回」に増やすという方向で,あるいは,PPI抵抗性逆流性食道炎患者の治療期における「1回10mg又は1回20mg(重度の粘膜傷害を有する場合に限る。)を1日2回」という用法・用量を踏まえ,それをPPI抵抗性逆流性食道炎患者の維持療法期にも広げるという方向で,「1回10mgを1日2回」という用法・用量を設定し,もって,PPI抵抗性逆流性食道炎患者に対してより高い再発抑制効果を有する薬剤として利用することを,容易に想到することができたといえることは,前記(1)イ(ア)で判示したとおりであり,また,本件明細書の段落【0051】〜【0067】に記載された再発抑制剤の有効性や安全性が,当業者の予測を超える顕著なものであると認められないことも,前記(1)ウで判示したとおりであって,原告の主張を採用することはできない。 (イ) 上記に関し,原告は,甲9に記載された試験結果(10mg投与群と20mg投与群で同程度の効果であったこと)が,本件優先日当時において当業者が予測することができた範囲の効果であり,それゆえに,本件発明に係る再発抑制剤の効果は当業者が予測することができなかった顕著なものである旨の主張をするが,甲9は,PPI抵抗性逆流性食道炎患者に対する「1回20mgを1日1回」投与するという用法・用量について,本件優先日当時において当業者が予測することができた効果が実験によって的確に裏付けられなかったという一例を示すにとどまり,上記(ア)の判断を左右するに足りるものとはいえない。 (ウ) 原告は,A教授の意見書(甲52)を提出するが,同意見書の内容を踏まえても,上記(ア)の判断が左右されるものではない。 エ 原告が引用する判決について 原告は,平成29年判決を引用して主張するが,同判決は「新規性」について判断したもので「進歩性」について判断したものではないから,事案を異にすることは明らかである。また,以上の本件発明1の進歩性についての判断が令和元年最判に反するものではないことも明らかである。 オ 原告がその他主張する点について 原告は,臨床試験情報の公開の制度との関係や医薬品の用法・用量に係る特許の意義などについて主張するが,本件発明1は,既に判示したとおり,甲1発明及び技術常識に基づいて進歩性を否定されるものであって,そのことが不合理であるとか,我が国の患者の選択肢を不当に狭めるものであるなどということはできない。 (3) 本件発明2〜6について 原告は,本件発明1は,本件優先日当時の技術常識を考慮しても,甲1発明に基づいて当業者が容易に発明できたものではないから,治療期の投与期間を明確にした本件発明2及び本件発明1を更に限定した本件発明3〜6は,いずれも,甲1発明及び技術常識に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものではないと主張する。 しかし,前記(1)のとおり,本件発明1についての原告の主張は認められず,原告の上記主張は,いずれもその前提を欠くものである。 (4) まとめ よって,原告の主張する取消事由1は認められない。 |
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結論
以上の次第で,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求には理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 森義之 |
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裁判官 | 中島朋宏 |
裁判官 | 勝又来未子 |