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事件 |
平成
31年
(ワ)
2675号
特許権侵害差止等請求事件
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5 原告株式会社ダイセイコー 上記訴訟代理人弁護士 小林幸夫 同 木村剛大 10 上記訴訟復代理人弁護 士河部康弘 被告株式会社トラストクルー 上記訴訟代理人弁護士 服部謙太朗 15 上記訴訟代理人弁理士 藤野清規 上記補佐人弁理士山本洋三 |
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裁判所 | 東京地方裁判所 |
判決言渡日 | 2021/05/18 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 民事訴訟 |
主文 |
1 被告は,別紙被告製品目録記載1及び2の各製品を製造し,譲渡し,輸入し,輸出し,譲渡の申出をし,又は譲渡のために展示してはならない。 20 2 被告は,前項の各製品及びその半製品(前項の各製品の構造を具備しているが製品として完成するに至らないもの)を廃棄せよ。 3 被告は,原告に対し,3596万0360円及びこれに対する令和2年6月25日から支払済みまで年3分の割合による金員を支払え。 4 原告のその余の請求をいずれも棄却する。 25 5 訴訟費用はこれを4分し,その1を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。 16 この判決は,第3項に限り,仮に執行することができる。 |
事実及び理由 | |
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請求
1 主文第1項同旨5 2 被告は,前項の各製品及びその半製品(前項の各製品の構造を具備しているが 製品として完成するに至らないもの),前項の各製品の製造に供する金型を廃棄 せよ。 3 被告は,原告に対し,4565万3456円及びこれに対する令和2年6月2 5日から支払済みまで年3分の割合による金員を支払え。 10 第2 事案の概要等 1 事案の概要 本件は,発明の名称を「吹矢の矢」とする特許権(特許第4910074号。 以下, 「本件特許権」といい,この特許を「本件特許」といい,その特許出願の願 書に添付された明細書及び図面を「本件明細書」という。 の特許権者である原告 )15 が,被告が製造,販売等する別紙被告製品目録記載の各製品(以下,これらを「被 告製品」と総称し,個別の商品を表記する場合には同目録の符号に従い「被告製 品1」などという。)は本件特許の請求項2の技術的範囲に属するものであると 主張して,被告に対し,特許法100条1項及び2項に基づき,被告製品の譲渡 等の差止め及び被告製品並びにその製造に供する金型等の廃棄を求めるととも20 に,民法709条に基づき,損害賠償金及び遅延損害金の支払を求める事案であ る。 2 前提事実(争いがない事実については証拠番号を付さない。以下同じ。) 原告は,昭和53年7月4日に設立され,スポーツ用具の製造,販売等をそ の目的とする株式会社である。 25 被告は,平成30年5月25日に設立され,スポーツ用具企画,製造,販売 等をその目的とする株式会社であり,「WorldFukiyaLab」とい 2 う屋号で吹矢用具の製造,販売を行っている。 原告は,以下の本件特許権を有している。 ア 登録番号 特許第4910074号 イ 発明の名称 吹矢の矢5 ウ 出願日 平成23年9月13日 エ 登録日 平成24年1月20日 本件特許権の請求項2に記載された発明 本件特許の請求項2の記載は,以下のとおりである(以下,同請求項に記載 された発明を「本件発明」という。。 )10 「吹矢に使用する矢であって,長手方向断面が楕円形である先端部と該先端 部から後方に延びる円柱部とからなるピンであって,該円柱部の横断面の直径 が前記楕円形の先端部の横断面の直径よりも小さいピンと,円錐形に巻かれた フィルムであって,先端部に前記ピンの円柱部すべてが差し込まれ固着された フィルムと,からなり,前記フィルムの先端部に連続して前記ピンの楕円形の15 部分が錘として接続された矢。」 本件発明を分説すると,以下のとおりである(以下,分説された各構成を, その符号に従い「構成要件A」などと表記する。。 ) A 吹矢に使用する矢であって, B 長手方向断面が楕円形である先端部と該先端部から後方に延びる円柱部20 とからなるピンであって,該円柱部の横断面の直径が前記楕円形の先端部の 横断面の直径よりも小さいピンと, C 円錐形に巻かれたフィルムであって,先端部に前記ピンの円柱部すべてが 差し込まれ固着されたフィルムと,からなり, D 前記フィルムの先端部に連続して前記ピンの楕円形の部分が錘として接25 続された E 矢。 3 被告は,業として,遅くとも平成31年1月15日から令和2年6月25日 まで,被告製品を製造し,譲渡し,譲渡の申出をし,又は譲渡のために展示し ていた(以下,上記期間を「本件販売期間」という。(争いがない事実,乙2 ) 5)5 被告製品1の形状,寸法等は,別紙「被告製品1説明図」のとおりである(な お,被告製品2は,被告製品1と比較して,フィルム部分の長さが4ミリメー トル程度長くなっているが,その他の構成は被告製品1と同一である。。これ ) らによれば,被告製品は,以下の構成を有すると認められる。 a 吹矢に使用する矢であり,10 b 長手方向断面が,前部が曲率の緩い曲線形状,後部が略円錐形となるよう に円弧を描き,後部の円柱部との接合面が上下に角を有し,前記後部の角と 角とを直線で結んだ形状である先端部と,該先端部から後方に延びる円柱部 とからなるピンであって,該円柱部の横断面の直径が前記先端部の横断面の 直径よりも小さいピンと,15 c 円錐形に巻かれたフィルムであって,そのフィルムの先端部に前記ピンの 円柱部すべてが差し込まれ固着されたフィルムと,からなり, d 前記フィルムの先端部に連続して前記ピンの先端部が錘として接続され た, e 矢20 被告製品は,構成要件A,C及びEを充足する。(争いがない) 3 争点 被告製品が本件発明の技術的範囲に属するか(争点1) ア 被告製品のピンが,長手方向断面が「楕円形」 (構成要件B,D)である先 端部を有しているか(争点1-1)25 イ 均等侵害の成否(争点1-2) 本件特許が特許無効審判により無効にされるべきものか(争点2) 4 ア 無効理由1(原告作成の吹矢のカタログ 「2008. ( 7スポーツ吹矢カタ ログ 社団法人日本スポーツ吹矢協会公認用具」 乙11。以下「乙11カ タログ」という。)に掲載されている吹矢(以下「乙11吹矢」という。)に 係る発明(以下「乙11発明」という。 に基づく進歩性欠如) ) (争点2-1)5 イ 無効理由2(実用新案公開公報(実開昭57-114294号) (乙4。以 下「乙4公報」という。)に記載された発明(以下「乙4発明」という。)に 基づく進歩性欠如)(争点2-2) 特許法102条2項に基づく原告の損害額(争点3) ア 特許法102条2項の適用の有無(争点3-1)10 イ 推定覆滅事由の有無(争点3-2) 4 争点に関する当事者の主張 被告製品が本件発明の技術的範囲に属するか ア 被告製品のピンが,長手方向断面が「楕円形」 (構成要件B,D)である先 端部を有しているか(争点1-1)15 (原告の主張) 本件明細書の記載(【0003】ないし【0006】【0008】【001 , , 2】【0014】【0016】【0035】及び【0062】 , , , )によれば,本件 発明の技術的特徴は,矢が的や前の矢に刺さった際にそれらに食い込んでしま うカエシ部分が存在せず,矢が的や前の矢から引き抜きやすい球形ないし楕円20 形の長手方向断面形状を有する先端部と,当該先端部の略中心部を円柱部が通 る形状のピンを備えた点にある。本件発明の「楕円形」も,上記の技術的特徴 に基づいて解釈すべきである。 また, 「楕円形」の一般的な意味は, 「楕円状をなす形,あるいは,それに近 い形。 や, 」 「楕円のような形。また,そのような形のさま。小判がた。長円形。 25 側円形。 とされており, 」 楕円に近い形状を含む広い概念である。実際にタマゴ 型,水滴,雫のような形状も「楕円形」と表現されることがある。 5 これらによれば,本件発明の「楕円形」は, 「矢が的や前の矢に刺さった際に それらに食い込んでしまうカエシ部分が存在せず,矢が的や前の矢から引き抜 きやすい楕円状をなす形,あるいは,それに近い形(タマゴ型や水滴,雫等の 形状を含む)」と解釈すべきである。 5 被告製品のピンの先端部は,矢が的や前の矢に刺さった際にそれらに食い込 んでしまうカエシ部分が存在せず,矢が的や前の矢から引き抜きやすい形状と なっている。また,被告製品のピンの先端部の長手方向断面は,タマゴ型や水 滴,雫の形状であり,「楕円形」に含まれる形状である。 したがって,被告製品は本件発明の構成要件B,Dの「楕円形」の文言を充10 足する。 被告は,本件発明の「楕円形」について, 「楕円」の一般的な意味(一平面状 で二定点(F,F’)からの距離の和(FP+F’P)が一定であるようなPの 軌跡)と同義であると主張するが,本件発明の実施例の一つである「楕円ピン 12」の先端部分を構成している「楕円型ヘッド14」の形状は上記の「楕円」15 の一般的な意味とは異なるものであり,本件発明の「楕円形」は「楕円」の一 般的な意味と同じ意味で用いられていないことは明らかであるから,被告の主 張は妥当でない。 (被告の主張) 本件明細書において「楕円形」の意味は定義されていないし,ピンの先端部20 を楕円形にすることによる独自の作用効果についての記載もない。本件発明は 本件特許の請求項1に係る発明(先端部が球形の発明)の変形例であるとされ ており,本件明細書の図3において,ピンの先端部につき,@両端が同じ形状 の丸みを備えており,A長手方向中央部に重心の位置があり,B中央部で縦に 分割した場合,両分割片同士が同一の形状(線対象)である形状のみが開示さ25 れている。 また,楕円形の一般的な意味について, 「円」は「まるいこと。丸いもの」と 6 定義され, 「楕円」は「円錐曲線(二次曲線)の一。幾何学的には一平面状で二 定点(F,F’)からの距離の和(FP+F’P)が一定であるような点Pの軌 跡」とされている。被告製品のピンの先端部のように角部を有する形状を楕円 形とする使用例はない。 5 これらによれば,本件発明の「楕円形」は,上記@ないしBの要件を満たす 形状に限定されるべきである。 被告製品のピンの先端部は,@長手方向前部が曲率の緩いドーム型であるの に対し,後部は略円錐形である涙滴形となる円弧を描いており,円柱部との接 合面が上下に角を有するとともに,角と角とを直線で結んだ形状となっている10 から,先端部と後部とで形状が異なり,A長手方向中央部よりも前方に重心の 位置があり,B中央部で縦に分割した場合,両分割片同士が同一の形状(線対 象)ではない。 したがって,被告製品は,本件発明の構成要件B,Dの「楕円形」の文言を 充足しない。 15 原告は,本件発明の「楕円形」について, 「矢が的や前の矢に刺さった際にそ れらに食い込んでしまうカエシ部分が存在せず,矢が的や前の矢から引き抜き やすい楕円状をなす形,あるいは,それに近い形(タマゴ型や水滴,雫等の形 状を含む)」と解釈すべきであるとするが,そのような解釈は「楕円状」という 文言を用いている点でトートロジーであるから妥当でない。 20 イ 均等侵害の成否(争点1-2) (原告の主張) 均等侵害は,@特許請求の範囲に記載された構成中に,相手方が製造等をす る製品又は用いる方法と異なる部分が存在する場合であっても,異なる部分が 特許発明の本質的部分ではないこと(以下「第1要件」という。,A上記部分 )25 を対象製品等におけるものと置き換えても,特許発明の目的を達することがで き,同一の作用効果を奏するものであること(以下「第2要件」という。,B ) 7 上記のように置き換えることに,当該発明の属する技術の分野における通常の 知識を有する者(当業者)が,対象製品等の製造等の時点において容易に想到 することができたものであること(以下「第3要件」という。,C対象製品等 ) が,特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから当該5 出願時に容易に推考できたものではないこと(以下「第4要件」という。,D ) 対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に 除外されたものに当たるなどの特段の事情もないこと(以下「第5要件」とい う。)の各要件を満たす場合に成立する。第1要件から第3要件までは均等侵 害を主張する者が主張立証責任を負い,第4要件及び第5要件については均等10 侵害を否定する者が主張立証責任を負う。以下のとおり,被告製品に均等侵害 が成立する。 第1要件 特許発明の本質的部分は,当該特許発明の特許請求の範囲の記載のうち従 来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分であると解す15 べきである。 本件発明の特徴的部分は,矢が的や前の矢に刺さった際にそれらに食い込 んでしまうカエシ部分が存在せず,矢が的や前の矢から引き抜きやすいなめ らかな曲線状の長手方向断面形状を有する先端部と,当該先端部の略中心部 を円柱部が通る形状のピンを備えた点にあり,この点が第 1 要件にいう本件20 発明の本質的部分である。本件発明のようにピンの先端部の後方側の形状 (矢の抜けやすさ)に着目した技術や,ピンの円柱部が先端部の略中心部を 通るようにする技術は皆無である。本件発明は,従来技術が全く着目してい なかった課題を解決するものであり,従来技術と比較して貢献の程度が大き い。 25 被告製品は,被告製品のピンの先端部の根元側の径(1.6mm)と円柱 部の径(1.45mm)との差(0.15mm)によって生じている極めて 8 僅かな段差部分を備える点で本件発明と相違する。しかし,当該段差部分は フィルムによって隠れているから,被告製品を的や前の矢から引き抜く際に この部分が的等に食い込んで抵抗になることはない。また,被告製品のピン の先端部は,根元側の径(1.6mm)よりも矢の進行方向側の径(3.05 mm)の方が大きくなっているため,仮に当該段差部分がフィルムによって 隠れていなくても,被告製品を的や前の矢から引き抜く際に当該段差部分が 的や前の矢に干渉することはない。 したがって,本件発明と被告製品との相違点は,本件発明の本質的部分に ついてのものではなく,第1要件を満たす。 10 第2要件 本件発明の課題及び作用効果は,@ピンの先端部が球形ないし楕円形であ り,的に刺さった矢を的から外すときにカエシ部分がないので,矢が抜きや すくなり,ピンだけが的に残ってフィルムだけ引き抜かれることが極力防止 できること,Aダブル突入の状態になっても,後ろの矢を引き抜いたときに15 フィルムだけが引っ張られて後ろのフィルムからピンが抜け,ピンが前の矢 のフィルム内に残ることも極力防止できること,B球形ないし楕円形の中心 部に対する円柱部の配置誤差が極めて小さくなるように製造でき,矢全体の 重心も前寄りになるので矢の飛行中におけるフィルム後端の上下左右方向 のブレが少なくなり,的への命中率が高まることである。 20 被告製品は,被告製品のピン先端部の根元側の径(1.6mm)と円柱部 の径(1.45mm)との差(0.15mm)によって生じている極めて僅 かな段差部分を備える点で本件発明と相違する。しかし,当該段差部分はフ ィルムによって隠れているし,仮にフィルムによって隠れていなくても,ピ ン先端部の根元側の径(1.6mm)よりもピン先端部の矢の進行方向側の25 径(3.0mm)の方が大きくなっているため,被告製品を的や前の矢から 引き抜く際に当該段差部分が的等に食い込んで抵抗になることはなく,当該 9 相違点は作用効果に影響を及ぼすものではない。 原告が実施した実験によれば,吹矢が的に刺さった状態から引き抜くのに 必要な力は,釘型ピン(従来技術),球型ピン(原告製品),涙滴型ピン(被 告製品)の中で涙滴型ピン(被告製品)が最も小さく,的から最も引き抜き5 やすかった。なお,被告が実施した実験を前提としても,涙滴型ピン(被告 製品)は,釘型ピン(従来技術)より軽い荷重で引き抜くことができるもの であり,従来技術と比較して「的に刺さった矢を的から外すときに矢が抜き やすくなり,ピンだけが的に残ってフィルムだけ引き抜かれることが極力防 止できる」 (【0016】 ものであるから, ) 被告製品と本件発明の作用効果は10 同一である。 したがって,本件発明のピン先端部を被告製品におけるものと置き換えて も,本件発明の目的を達することができ,同一の作用効果を奏するから,第 2要件を満たす。 第3要件15 本件発明は,矢が的や前の矢から引き抜きやすいピンの先端部を提供する ものであり,そのための先端部の形状は,引き抜く際の抵抗が小さくなるよ うな滑らかな曲線状で形成されていればよく,球形や楕円形に限られないこ とは本件発明に触れたスポーツ吹矢業界における当業者であれば容易に想 到できる。また,一般的にタマゴ型や水滴,雫の形状も, 「楕円形」と表現さ20 れていることからすれば,本件発明の「楕円形」という文言に触れたスポー ツ吹矢業界における当業者であれば,ピンの先端部の長手方向断面形状を涙 滴形とすることについて容易に想到できる。被告製品のピンは,旋盤で削り 出して作成されているから,先端部の根元側の径(1.6mm)と円柱部の 径(1.45mm)とに僅かな差(0.15mm)を設けることは困難では25 ない。 したがって,本件発明のピンの先端部を被告製品のそれと置き換えること 10 について,スポーツ吹矢業界における当業者は,被告製品の製造等の時点に おいて容易に想到することができるから,第3要件を満たす。 第4要件 被告は第4要件について主張,立証をしない。なお,本件特許権は,特許5 出願手続において拒絶理由が通知されずに登録査定となっており,本件特許 権の出願時に本件発明の技術的思想に類する技術は存在していなかったこ とは明らかであり,被告製品は,本件発明の特許出願時における公知技術と 同一又は当業者がこれから当該出願時に容易に推考できたものとはいえな いから,第4要件を満たす。 10 第5要件 被告は第5要件について主張,立証をしない。なお,本件特許権は,審査 請求後に拒絶理由が通知されずに登録査定となっており,補正も行われてい ないことから,被告製品が本件発明の特許出願手続において特許請求の範囲 から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情はなく,第5要件を15 満たす。 (被告の主張) 以下のとおり,被告製品に均等侵害は成立しない。 第1要件 本件明細書に記載のない従来技術も参酌すると,本件発明の出願前からカ20 エシが存在せず,矢が的や前の矢から引き抜きやすい滑らかな曲線状の長手 方向断面形状を有する先端部と,当該先端部の略中心部を円柱部が通る形状 のピンは多数存在した。本件発明特有の技術的特徴は,公知技術である「先 端部が楕円形のピン」を,公知技術である「円錐形に巻かれたフィルムにピ ンの円柱部すべてを差し込む」点にある。本件発明は公知技術の寄せ集めに25 すぎないから,従来技術と比較して特許発明の貢献の程度がそれ程大きくな いと評価されるべきものである。 11 したがって,特許発明の本質的部分は,特許請求の範囲の記載とほぼ同義 のものとして認定されるべきであり,本件発明について,ピンの先端部の形 状が楕円形以外のものについて均等侵害を主張することは,第1要件に反す る。 5 第2要件 本件明細書には,矢を引き抜く際の抵抗に関する記載や実験方法について の記載がないため,原告において作用効果の同一性を立証することは不可能 である。 被告が実施した実験によれば,被告製品のピンの先端部は,球形や俵型(本10 件発明の実施品と仮定したもの)と比べて有意に引き抜くための力を必要と した。これは,被告製品と俵型(本件発明の実施品と仮定したもの)を比較 すると,直径最大部分から軸部分までの長さ(矢を引き抜く際に抵抗を受け る部分)の面積が広い被告製品の方が,より摩擦が大きくなるため,引き抜 きにくくなったものである。 15 原告が主張するように被告製品が,釘型ピン(従来技術)より引き抜きや すいとしても,第2要件を満たすには特許発明と同じ作用効果を奏すること が必要であるところ,引き抜くために必要な力は,特許発明の実施品よりも 釘型ピン(従来技術)に近いものであったから,同じ作用効果を奏するとは いえない。 20 したがって,被告製品と本件発明とは,作用効果が同一とはいえないから 第2要件を充足しない。 第3要件 本件明細書において,ピンの先端部の形状を球形または楕円形以外とする 構成については,明示的な記載も示唆もない。競技用吹矢の分野においては25 ピンの先端部の形状が的への的中率等に重大な影響を及ぼすため,楕円形の 先端部を有する吹矢から被告製品の形状に変更し,被告製品のような重心位 12 置とすることは容易に想到できるものではない。したがって,第3要件を充 足しない。 本件特許が特許無効審判により無効にされるべきものか(争点2) ア 無効理由1(乙11発明に基づく進歩性欠如)(争点2-1)5 (被告の主張) 乙11吹矢に係る乙11発明は,以下のとおりであり,乙11発明は公然 と実施されていた。 11a 吹矢に使用する矢であって, 11b 長手方向断面が半円形である先端部と該先端部から後方に延び10 る円柱部とからなるピンであって,該円柱部の横断面の直径が前記半 円形の先端部の横断面の直径よりも小さいピンと, 11c 円錐形に巻かれたフィルムであって,先端部に前記ピンの円柱部 すべてが差し込まれ固着されたフィルムと,からなり, 11d 前記フィルムの先端部に連続して前記ピンの半円形の部分が錘15 として接続された 11e 矢 本件発明と乙11発明を対比すると,「吹矢に使用する矢であって,先端 部と該先端部から後方に延びる円柱部とからなるピンであって,該円柱部の 横断面の直径が前記先端部の横断面の直径よりも小さいピンと,円錐形に巻20 かれたフィルムであって,先端部に前記ピンの円柱部すべてが差し込まれ固 着されたフィルムと,からなり,前記フィルムの先端部に連続して前記ピン の先端部が錘として接続された矢」である点で一致し,本件発明では前記ピ ンの先端部の形状が「楕円形」であるのに対し,乙11発明ではピンの先端 部は丸釘を用いているため,その形状が「半円形」となっている点で相違す25 る。 発明の名称を「蓄気吹き矢」とする特許出願の公開公報(特開平11-2 13 01692号) (以下「乙6公報」という。)には,ピンの先端部の形状を原 告主張の「楕円形」とすることが開示されており,発明の名称を「吹矢」と する特許出願の公開公報(特開2000-130989号)(以下「乙7公 報」という。 には, ) 吹矢についてピンの先端部の形状を原告主張の「楕円形」5 とすることが開示されており,発明の名称を「玩具の吹矢」とする米国特許 の特許公報(USP4586482) (以下「乙9公報」という。 )には,玩 具の吹矢についてピンの先端部の形状を原告主張の「楕円形」とすることが 開示されている。これらによれば,本件発明の出願前には,吹矢の先端部の 形状を,原告主張の「楕円形」とすることは周知又は公知であったといえる。 10 乙11発明と,乙6公報,乙7公報及び乙第9公報に開示された周知又は 公知技術は,いずれも吹矢に関する発明であり,同一の技術分野に属するも のである。 乙11発明は,スポーツ吹矢の安全性を担保するため,矢の先を丸くする ことにより人などに当たっても大丈夫なように開発されたものであり,安全15 性を課題としている。他方,乙6公報,乙7公報及び乙9公報に開示された 周知又は公知技術も,安全性を課題として先端部の形状を「楕円形」にして おり,課題を共通にする。 競技用の吹矢においては,当業者は吹矢の命中精度をより良いものにする 必要がある。このため,当業者は先端部の形状につき,安全性という課題に20 対応しつつ,より命中精度の良い吹矢とするために,公然知られた構成を試 行錯誤するのは当然であるから,乙11発明の「半円形」に代えて,先端部 の形状を乙6公報,乙7公報及び乙9公報に開示された周知又は公知技術で ある「楕円形」とすることは容易に想到できるものである。 以上のとおり,本件発明は,乙11発明を主引例として,乙6公報,乙725 公報及び乙9公報の周知技術又は公知技術を組み合わせることにより,容易 に想到できるものであるから進歩性を欠く。 14 (原告の主張) 本件発明の「錘」とは,従来製品(釘型ピン)よりも長手方向の重心を 前寄り(先端方向)に位置づけるピンの先端部を指しているから,乙11 発明のピンの先端部は本件発明の「錘」に該当しない。 5 乙6公報及び乙7公報に開示されたヘッド部分は,真鍮製ないし鉄製の 丸釘よりも軽い材質からなるものであり,従来製品(釘型ピン)よりも長 手方向の重心を前寄り(先端方向)に位置づけるものではないから,本件 発明の「錘」に該当しない。また,乙9公報には,先端部の形状を「楕円 形」とすることは開示されていない。 10 これらによれば,乙11発明に乙6公報,乙7公報及び乙9公報の周知 技術又は公知技術を組み合わせても,本件発明の構成には想到しない。 本件発明は,矢を的から外す際やいわゆるダブル突入の際に,ピンとフ ィルムとを一体で引き抜くことができるようにするために,ピンの先端部 の後方側の形状に着目した技術である 【0012】。 ( ) しかし,乙11発明15 には,本件発明の課題やピンの先端部の後方側の形状に関しての示唆がな い。また,乙6公報,乙7公報及び乙9公報にもピンの先端部の後方側の 形状に着目した記載はない。したがって,主引用発明,副引用発明のいず れにも組合せの示唆がない。 乙11発明と乙6公報,乙7公報及び乙9公報の周知技術又は公知技術20 は,原理,機構,作用,機能等が異なっているため,技術分野の関連性が ない。 安全性という課題は,吹矢の性質上,レクリエーションを目的とした吹 矢全般に内在する一般的な課題であるから,これをもって乙11発明と乙 6公報,乙7公報及び乙9公報に記載された周知技術又は公知技術との課25 題が共通しているとはいえない。 これらによれば,乙11発明に乙6公報,乙7公報及び乙9公報記載の 15 周知技術又は公知技術を組み合わせる動機付けがない。 イ 無効理由2(乙4発明に基づく進歩性欠如)(争点2-2) (被告の主張) 乙4公報には,以下の乙4発明が記載されている。 5 4a 吹矢に使用する矢であって, 4b 長手方向断面が円頭形の矢じりと該矢じりから後方に延びる矢軸 とからなるピンであって,該矢軸の横断面の直径が前記円頭形の矢じり の横断面の直径よりも小さいピンと, 4c 中空円錐状に巻かれた紙又は合成樹脂材及び金属箔の単独又は組10 合せにより形成した羽根であって,先端部に前記ピンの矢軸が途中まで 差し込まれ固着された羽根と,からなり, 4d 前記羽根の先端部の先に矢軸を介して前記ピンの円頭形の部分が 錘として接続された 4e 矢15 本件発明と乙4発明とを対比すると,「吹矢に使用する矢であって,先端 部と該先端部から後方に延びる円柱部とからなるピンであって,該円柱部の 横断面の直径が前記の先端部の横断面の直径よりも小さいピンと,円錐形に 巻かれたフィルムであって,先端部に前記ピンの円柱部が差し込まれ固着さ れたフィルムと,からなり,前記フィルムの先端部前方に前記ピンの先端部20 が錘として接続された矢」である点で一致する。他方,本件発明と乙4発明 は,以下の点で相違する。 (相違点1) 本件発明ではピンの先端部の形状が「楕円形」であるのに対し,乙4発明 では先端部の形状は「円頭形」であり,これが「楕円形」に相当するかが明25 らかではない点。 (相違点2) 16 本件発明ではピンの円柱部は全て円錐形に巻かれたフィルムに差し込ま れているのに対し,乙4発明ではピンの円柱部は途中までフィルムに差し込 まれている点。 (相違点3)5 本件発明ではフィルムの先端部に連続してピンの楕円形の部分が錘とし て接続されているのに対し,乙4発明ではピンの円柱部は途中までしかフィ ルムに差し込まれていないため「連続」していない点。ただし,相違点3は 相違点1及び相違点2の帰結であり,独自の相違点とはいえない。 相違点1について,乙4発明の先端部では球形に近い円頭形が開示されて10 いるところ,本件発明では球形か楕円形であるかにより作用効果は変わらな い。本件発明の出願前に吹矢の先端部の形状を原告主張の「楕円形」とする ことは周知又は公知であったことを踏まえると,相違点1につき乙4発明の 球形に近い円頭形を楕円形とすることは容易想到であるといえる。 相違点2について,乙11発明にはフィルムの先端部にピンの円柱部分が15 全て差し込まれ固着された構成が開示されている。乙4発明と乙11発明は いずれも吹矢に関する発明であり,同一の技術分野に属する。乙4発明も乙 11発明も安全性を課題としており,課題を共通にする。乙4発明のように フィルムに円柱部の一部を差し込む構成だと吹矢を量産する際にフィルム に差し込む円柱部の長さを一定にするための位置決めが困難であるのに対20 し,乙11発明のようにフィルムに円柱部を全て差し込んだ場合には同じ長 さの吹矢を容易に製造することが可能となることから,乙4発明の構成に代 えて乙11発明の構成を採用する動機付けがある。これらによれば,フィル ムに円柱部の一部を差し込む構成に代えて,フィルムに円柱部を全て差し込 む構成とすることは容易想到である。 25 相違点3は,上記のとおり独自の相違点とはいえないから,相違点1及び 相違点2に係る構成につき容易想到である場合には,相違点3も解消される。 17 以上のとおり,本件発明は,乙4発明を主引例として,乙6公報,乙7公 報及び乙9公報の周知技術又は公知技術や,乙11発明に開示された構成を 組み合わせることにより,容易に想到できるものであるから進歩性を欠くと いえる。 5 (原告の主張) 本件発明の「錘」とは,従来製品(釘型ピン)よりも長手方向の重心を 前寄り(先端方向)に位置づけるピンの先端部を指している。乙4公報に は,矢軸が途中まで中空円錐形状の羽根に差し込まれ固着されていること が開示されているのみであり,フィルムの先端部に連続して接続された錘10 は開示されていない。 乙6公報,乙7公報及び乙11発明の構成にも,フィルムの先端部に連 続して接続された錘は開示されていない。乙9公報には吹矢の矢の先端部 の形状を「楕円形」とすることは開示されていない。 したがって,乙4発明に,乙6公報,乙7公報,乙9公報及び乙11発15 明の構成を組み合わせても,本件発明の構成には至らない。 仮に,乙4公報に記載された矢軸が,「錘」として機能しているとして も, 「錘」に該当する乙4公報の矢軸の部分を, 「錘」ではない乙11発明 や,乙6公報及び乙7公報に記載されたピンの先端部の構成に置き換える ことはできない。 20 乙4公報には,本件発明の課題やピンの先端部の後方側の形状に関して 全く示唆がない。乙6公報,乙7公報及び乙11発明にも,ピンの先端部 の後方側の形状に着目した記載はない。したがって,主引用発明,副引用 発明のいずれにも組合せの示唆がない。 乙4発明と乙6公報,乙7公報,乙9公報及び乙11発明の周知技術又25 は公知技術とは,原理,機構,作用,機能等が異なっており,技術分野の 関連性がない。 18 安全性という課題は,吹矢の性質上,レクリエーションを目的とした吹 矢全般に内在する極めて一般的な課題であるから,これをもって乙4発明 と乙6公報,乙7公報,乙9公報及び乙11発明に開示された構成の周知 技術又は公知技術との課題が共通しているとはいえない。 5 これらによれば,乙4発明に乙6公報,乙7公報,乙9公報,乙11発 明の周知技術又は公知技術を組み合わせる動機付けがない。 特許法102条2項に基づく原告の損害額(争点3) ア 特許法102条2項の適用の有無(争点3-1) (原告の主張)10 原告は,本件発明の実施品である吹矢の矢を製造,販売しているため,原 告には,被告の侵害行為がなかったならば利益が得られたであろうという事 情があり,特許法102条2項の推定が働く。原告の矢は,長年にわたり社 団法人日本スポーツ吹矢協会(令和元年4月1日以降は一般社団法人日本ス ポーツウエルネス吹矢協会。以下,名称変更の前後を通じて「吹矢協会」と15 いう。)の公認用具として会員が親しんできた矢であるから,吹矢協会の公 認の有無にかかわらず,会員はそれを購入する。 スポーツとして行う吹矢(以下,このような目的でされる吹矢を「スポー ツ吹矢」ということがある。 は, ) 楽しく健康を得る方法として提唱されてお り,全ての会員が競技者を目指し,昇級・昇段試験や競技会に挑戦するわけ20 ではない。吹矢協会の公認の有無が用具選定の際の決定的な基準になること はない。 (被告の主張) 原告は,平成30年12月以降は同社の矢に吹矢協会の公認マークを付 した製品の追加生産ができなかったところ,原告が令和元年7月30日を25 納期として公認マークを付した矢の追加生産を発注していたことからす ると,本来であれば,原告は遅くとも同年8月には吹矢協会の公認マーク 19 を付した吹矢の在庫が尽きていたと考えられ,同月以降は,被告製品の販 売がなかったとしても原告は自社の製品をほとんど販売することできな かったはずである。原告が,不正な手段により吹矢の販売を継続していた にもかかわらず,特許法102条2項の適用を認めることは,公序良俗,5 クリーンハンズの原則に照らして妥当でない。 したがって,令和元年8月以降の被告製品の売上げについては,特許法 102条2項の適用はない。 原告及び被告の吹矢は吹矢協会の規格に適合するように製造されてい るため,他の団体の大会等で使用することはできず,顧客のほぼ全てが吹10 矢協会の会員である。原告及び被告の吹矢の需要者(市場)は,吹矢協会 の会員に限られる。そして,吹矢会員においては,昇級・昇段試験や競技 会で使用できる用具か否か(吹矢協会の公認の有無)が用具選定の際の決 定的な基準になる。 原告の吹矢は,令和元年12月1日以降,吹矢協会の公認用具として販15 売することができなくなり,また,原告が同日より前に販売した吹矢も令 和3年10月1日以降の吹矢協会の公式行事において使用することがで きなくなった。 したがって,仮に令和元年8月以降の被告製品の売上げについて特許法 102条2項の適用があるとしても,同年12月1日以降の被告製品の売20 上げについては特許法102条2項の適用はない。 イ 推定覆滅事由の有無(争点3-2) (被告の主張) 上記ア(争点3-1)の被告の主張のとおり,令和元年8月以降の限界 利益については原告の損害額との因果関係がないというべきであるが,そ25 うでないとしても,少なくとも90%の推定覆滅がされるべきである。 仮に,令和元年8月以降の限界利益について推定覆滅がされないとして 20 も,吹矢協会の用具公認の有無は,推定覆滅事情として最大限評価される べき事由である。吹矢協会の会員だけでなく,他団体の会員等が原告や被 告の吹矢の需要者(市場)であるとしても,他団体の会員数は吹矢協会の 会員数と比較して極めて少ない。そして,吹矢協会の会員は吹矢協会の用5 具公認の有無に着目する。したがって,同年12月1日以降の限界利益に ついては原告の損害額との因果関係がなく,少なくとも90%の推定覆滅 がされるべきである。 本件発明は,吹矢のうち,主としてピンの先端部の形状に関する発明で あり,その作用効果は的から抜く際にピンが的に残ることを防止するとも10 に,いわゆるダブルの際に後ろの矢のピンが前の矢のフィルム内に残るこ とを防止することにある。被告製品において本件発明の果たす上記の作用 効果は重要ではない。すなわち,ピンが的や矢のフィルム内に残ること(ピ ン抜け)を防止するには,ピンの先端部の形状よりも適切な接着剤の塗布 の仕方が重要である。また,被告製品ではストッパーを用いてダブルの際15 に前矢と後矢の過剰な食い込みやピン抜けの防止を図っている。 被告は,令和2年7月以降,被告製品の販売を中止し,設計変更品のみ を販売している。原告の主張によれば,設計変更品はピン抜け防止という 観点からみると本件発明の実施品と比べて性能が劣るはずである。ところ が,同月の設計変更品の売上げは,セット品を含まない矢単体の売上げだ20 けで1200万1505円(税込)となり,単月の矢の売上げとしては, 被告創業以来最大の売上げとなった。これは本件発明の作用効果が被告製 品ではごくわずかにしか機能していないことを裏付ける。 したがって,被告製品の販売期間の全期間を通じて,被告は本件発明の 作用効果を享受しておらず,接着剤の接着強度やストッパーを利用するこ25 とで同様の作用効果を得ていることから,少なくとも90%の推定覆滅が されるべきである。 21 被告は,ピンの先端部を涙滴型とした矢について特許権を取得した。上 記特許権の実施例と比較例を見ると,原告の吹矢よりも被告製品の方が6. 4点高い得点が得られたから,被告製品は原告の吹矢よりも機能的に優れ ているといえる。このような性能差は需要者の商品選択に際して重要な影5 響を及ぼす。 被告製品では矢の内部に軸固定チューブを配置し,これによりピンの軸 を矢の中心に固定することにより,飛行中のブレを抑えている。被告はこ の軸固定チューブについても特許出願をしており,カタログ等でも訴求し ている。 10 被告は,ピンの先端部の涙滴型の形状について意匠権を取得した。矢じ りの具体的形状の差異は需要者が強い関心を持って観察する点であり,商 品購入時・使用時に需要者に心理的に与える影響は大きい。被告製品にお ける涙滴型は,球形・楕円形の商品に比べ,重心が前寄りに寄っている印 象を与え,需要者に安心感を与える。 15 したがって,被告製品の販売期間の全期間を通じて,被告製品の機能や デザインなどの特徴により,少なくとも95%の推定覆滅がされるべきで ある。 吹矢協会以外の団体の会員等も他団体(原告)の用具を購入するとの原 告の主張を前提とすれば,吹矢協会以外にも吹矢を販売している団体が複20 数存在し,これらの競合団体が販売する吹矢は,市場における競合品に該 当する。 競合品の存在による推定覆滅の程度を決定する場合,本来,原告の吹矢 のマーケットシェアや売上額と,競合品を販売する団体の商品のマーケッ トシェアや売上額とを対比すべきであるが,それらが明らかではない本件25 では,マーケットシェアや売上額に代わる指標として,各団体の規模(会 員数)をもって推定覆滅の程度を決定すべきである。被告が調査したとこ 22 ろによれば,各団体の規模(会員数)は,以下のとおりである。吹矢協会 の会員は6万7350人であるから,各種吹矢団体の会員のうち,ほぼす べてが吹矢協会の会員である。 @ NPO法人日本吹矢検定 400名程度5 A 全国吹矢クラブ連合会 250名程度 B 一般社団法人日本吹矢レクリエーション協会 70〜80名程度 C 三ヶ島流健康吹矢道協会 不在のため確認できず D ヒューストン日本安全吹矢協会 同上 E 国際吹矢道協会 1250名を下ることはない10 F 日本吹き矢連盟 1000名程度 G 一般社団法人銀座スポーツ吹矢倶楽部 2000名 (原告の主張) 上記ア(争点3-1)のとおり,吹矢協会の公認の有無が用具選定の際 の決定的な基準になることはない。 15 被告は本件発明の作用効果が重要であると考えたからこそ,本件訴訟で 侵害心証が示されるまで設計変更をしなかったと考えられる。被告はピン の抜け防止のためには適切な接着剤の塗布のほうが重要であると主張し, それを裏付けるものとして実験結果(乙37)を提出するが,これは被告 自身が行った実験結果にすぎないから信用性に疑問がある。また,被告は20 ダブル時のピン抜け防止はストッパーを用いることにより達成している と主張するが,ストッパーは従来技術にすぎない。実際,原告の吹矢もス トッパーを採用しており,被告製品とストッパーの有無によって差がつく ことはない。 被告は,ピンの先端部の形状が涙滴型であることについて特許権を取得25 し,軸固定チューブについて特許出願をしており,これらにより吹矢の得 点が向上すると主張するが,それらの公報に記載された実験結果は,被告 23 自身が行ったものにすぎずその信用性に疑問があるし,スポーツ吹矢のよ うな競技では成績はメンタル面などの要素によって大きく左右される。ま た,軸固定チューブについては審査請求もされておらず,誰でも真似でき る技術であるから,この技術によって商品間に差はつかない。 5 被告がピンの先端部の涙滴型の形状について意匠権を取得していたと しても,原告のピンの先端部の球形や楕円形の形状の方が,需要者にバラ ンスの取れた印象を与え,デザインとして優れているとも考えられる。ど ちらのデザインが優れているか証明されていない以上,ピンの先端部のデ ザインを理由として推定が覆滅することはない。 10 単に原告及び被告以外に吹矢の矢が販売されているからといって,原告 製品,被告製品と同じような競技に使用する吹矢の矢であるかも不明であ るし,その性能も不明であり,原告製品,被告製品の代替品になり得るか も不明であり,直ちに競合品に当たるとはいえない。また,被告は,被告 協会の会員数として,実際とかけ離れた多くの会員数を主張している。 15 第3 当裁判所の判断 1 本件発明の概要 本件明細書には,本件発明の課題及びその解決手段等について,以下の記載 があり,別紙図面のとおりの図がある。(甲2) ア 背景技術20 「スポーツや娯楽としての吹矢は,フィルムを円錐状に巻いてフィルムの 先端に錘としてのピンを差し込んだ矢を用いて行われ,この矢を筒に入れ, 筒の後端部から筒内に息を吹き込むことにより,矢を発射させてウレタン製 の的に当てる。矢としては,略長方形状のプラスチックフィルムを円錐状に 巻いてその先端に錘としての釘を脚の部分から差し込み固着したものが用25 いられている(例えば,特許文献1参照)。釘としては,一般に真鍮製か鉄製 の丸釘が用いられる。この従来の矢は次の3つの課題がある。 【0003】 」 ( ) 24 「まず,上述した従来の矢24は,図20に示すように,フィルム28の 先端部に丸釘26が差し込まれた形状になっている。丸釘26は,図21に 示すように,頭部29にカエシが形成されており,頭部29には後方に向か って尖っている円柱部30が一体接続されている。このカエシの存在により,5 次の2つの事象がしばしば生じている。( 」【0004】) 「1.的に刺さった矢を的から外すときに丸釘のピンだけ的に残ってフィ ルムだけ引き抜かれてしまう。( 」【0005】) 「2.的に刺さっている矢に次に吹いた矢が前の矢のフィルムの円錐形奥 深くに突入し(この事象を以降「ダブル突入」と呼ぶ),丸釘の頭部のカエシ10 が前の矢のフィルムに食い込んでしまう(図23参照) この場合, 。 後ろの矢 を引き抜いたときにフィルムだけが引っ張られてフィルムが丸釘のピンか ら抜け,後ろの矢のピンが前の矢のフィルム内に残ってしまう。 (【0006】) 「上述の1の場合,ピンが抜けた矢は以降,使用できなくなる。上述の2 の場合,前の矢のフィルム内にはピンが2本存在する状態になり,後ろの矢15 にはピンが存在しない状態になるため,前の矢,後ろの矢共に使用できなく なる。( 」【0007】) 「また,丸釘は市販のJIS規格のものを用いているが,市販のものは木 材などの固定が主な目的であるので,円柱部30が頭部29の中心を必ずし も通っているわけではなかった。( 」【0008】)20 「さらに,特許文献1に開示の略長方形状のプラスチックフィルムを円錐 状に巻くと,巻いた状態でのフィルム28後端部のフィルム重なりしろ36 が図22に示すように大きくなっていた。( 」【0009】) 「3.この構造だと上下方向の重心に偏りがあり,フィルムを転がしたと きに同じ箇所で止まる傾向があった。矢が飛行中にもこの重心の偏りは影響25 しており,ブレの原因になっていた。( 」【0010】) イ 発明が解決しようとする課題 25 「本発明は,このような事情に鑑みてなされたもので,1.矢を的から外 すときにピンとフィルムとを一体で引き抜くことができ,2.ダブル突入の 場合でも後ろの矢のピンが前の矢のフィルムに食い込みにくい,3.円柱部 がヘッドの中心を通り飛行中のブレを少なくする,矢を提供することを目的5 とする。( 」【0012】) ウ 課題を解決するための手段 「請求項2に係る発明は,前記目的を達成するために,吹矢に使用する矢 であって,長手方向断面が楕円形である先端部と該先端部から後方に延びる 円柱部とからなるピンであって,該円柱部の横断面の直径が前記楕円形の先10 端部の横断面の直径よりも小さいピンと,円錐形に巻かれたフィルムであっ て,先端部に前記ピンの円柱部すべてが差し込まれ固着されたフィルムと, からなり,前記フィルムの先端部に連続して前記ピンの楕円形の部分が錘と して接続された矢,からなる。( 」【0015】) 「本発明によれば,円錐形の前記フィルムの先端部に前記ピンの縦断面楕15 円形の部分が錘として接続されている。1.ピンの先端部が縦断面楕円形の ため,的に刺さった矢を的から外すときに矢が抜きやすくなり,ピンだけが 的に残ってフィルムだけ引き抜かれることが極力防止できる。2.的に刺さ っている矢に次に吹いた矢が重なって前の矢のフィルム奥深くに食い込ん でダブル突入の状態になっても,後ろの矢を引き抜いたときにフィルムだけ20 が引っ張られて後ろのフィルムからピンが抜け,当該ピンが前の矢のフィル ム内に残る事態も極力防止できる。3.前記楕円形の中心部に対する前記円 柱部の配置誤差が極めて小さく製造でき,矢全体の重心も前寄りになるので 矢の飛行中におけるフィルム後端の上下方向のブレが少なくなり,的への命 中率が高まる。( 」【0016】)25 エ 発明の効果 「本発明によれば,矢を的から外すときにピンとフィルムとを一体で引き 26 抜くことができ,ダブル突入の場合でも後ろの矢のピンが前の矢のフィルム に食い込みにくい矢を得ることができる。また,前記球形や前記楕円形の中 心部に対する前記円柱部の配置誤差が極めて小さく製造できる。さらに,本 発明によれば,上下方向の重心を均等にすると共に長手方向の重心を前寄り5 に寄せた,飛行中のブレの少ない的中率の高い矢を得ることができる。 【0 」 ( 035】) オ 実施形態 「図1は,本実施の形態(判決注:請求項1に記載された発明)の矢の構 成を示す縦断面図である。 10 同図に示すように,矢2は丸ピン4と円錐形に巻かれたフィルム6とから なる。 丸ピン4は,図2に示すように,球形である丸型ヘッド8と該丸型ヘッド 8と連続していて該丸型ヘッド8から後方に延びる円柱部10とからなる。 丸ピン4は鉄製で表面にメッキが施されている。該円柱部10の横断面の直15 径は前記丸型ヘッド8の直径よりも小さい。円柱部10の,丸型ヘッド8の 横断面中心に対する配置誤差は,一体成型のため1/100mm以下に抑え ることができる。( 」【0038】〜【0040】) 「ここで,従来の矢の重心比率及び本実施形態の矢(判決注:請求項1に 記載された発明)の重心比率をそれぞれ実際に製造した矢5本をサンプル抽20 出して調べた結果を検討する。図16は従来型の矢24を5本抽出して重心 比率を調べた結果を示した表,図18は本実施形態の矢2を5本抽出して重 心比率を調べた結果を示した表,である。 これらの表において「重心」は,重心が矢の先端から何cmの位置にある かを示している。 「比率」は,重心位置が矢先端から矢全長の何%の位置にあ25 るかを示している。 従来例,本実施形態共に5本のなかで若干の個体差はあるものの,重心 27 比率は本実施形態の矢2が従来の矢24よりも平均で5.0%先端方向に位 置した状態になっている。( 」【0052】〜【0054】) 「上述の実施形態では,矢2のピンに丸ピン4を用いたが,丸ピン4の代 わりに楕円ピン12を用いることもできる。図3は,楕円ピン12の側面図5 である。( 」【0065】) 「楕円ピン12は,図3に示すように,長手方向断面楕円形であって横断 面が円形である楕円型ヘッド14と該楕円型ヘッド14と連続していて該 楕円型ヘッド14から後方に延びる円柱部10とからなる。楕円ピン12も 鉄製で表面にメッキが施されている。該円柱部10の横断面の直径は前記楕10 円型ヘッド14の横断面の直径よりも小さい。楕円ピン12の全長は21m mで,フィルムを含めると平均で201mmである。円柱部10の,楕円型 ヘッド14の横断面中心に対する配置誤差は,一体成型のため1/100m m以下に抑えることができる。( 」【0066】) 「<変形例の矢の明細>下記±の値は手作業製造による製造誤差範囲で15 ある。 全長・・・201mm±5mm 手元側外径・・・13.0mm±0.2mm 重量・・・0.89g±0.02g 楕円ピンの重量・・・0.406g20 重心の位置・・・先端から52.8mm±2mm ここで,本変形例の矢の重心比率をそれぞれ実際に製造した矢5本をサン プル抽出して調べた結果を検討する。図17は本変形例の矢16を5本抽出 して重心比率を調べた結果を示した表である。この例ではフィルムは従来の ものを用いた。( 」【0068】【0069】)25 「これらの表において「重心」は,重心が矢の先端から何cmの位置にあ るかを示している。 「比率」は,重心位置が矢先端から矢全長の何%の位置に 28 あるかを示している。5本のなかで若干の個体差はあるものの,重心比率は 本変形例の矢16が従来の矢24よりも平均で5.1%先端方向に位置した 状態になっている。重量は平均で従来型の矢24よりも0.174g増加し た。( 」【0070】)5 「この変形例の矢16を用いて実際に矢を飛ばした。図19は,6段・男 性が立ち姿勢の腹式呼吸で従来型の矢と楕円ピンを装着した本変形例の矢 とを飛ばした実施結果の比較を示した表である。実施は,各499回のプレ イのなかで10mの距離で7点(的の中心の直径は6cm)に何本当たった かを測定することによって行った。( 」【0071】)10 「結果は,7点的中率が格段に上がった。これによって,ピンを丸釘から 楕円ピンに変更するだけでも的中率はかなり良くなることがわかる。( 」【0 072】) 本件発明の課題,解決手段及び効果 の記載等によれば,従前の吹矢の矢として,プラスチックフィルムを15 円錐状に巻いてその先端に丸釘を固着したものが用いられていたが,その矢に は,@矢を的から外すときに丸釘のピンだけ的に残り,Aダブル突入の場合に 後ろの矢のピンが前の矢のフィルムに食い込み,後ろの矢を引き抜くときに後 ろの矢のピンが前の矢のフィルム内に残り,B円柱部が必ずしも頭部の中心を 通っていないという課題があった。本件発明は,本件発明の構成をとることに20 よって,@ピンの先端部が楕円形であるため,的に刺さった矢を的から外すと きに釘の頭部に「かえし」がなく,それにより矢が抜きやすくなり,ピンだけ が的に残ってフィルムだけ引き抜かれることが極力防止でき,Aダブル突入の 状態になっても,後ろの矢を引き抜いたときにフィルムだけが引っ張られて後 ろのフィルムからピンが抜け,当該ピンが前の矢のフィルム内に残ることを極25 力防止でき,B上下方向の重心を均等にするとともに,矢全体の長手方向の重 心を前寄りに寄せて,飛行中のブレの少ない的中率の高い矢を得られるという 29 効果を奏するものであると解される。 2 被告製品のピンが,長手方向断面が「楕円形」 (構成要件B,D)である先端部 を有しているか(争点1-1)について 「楕円」とは,一般的に「円錐曲線(二次曲線)の一。幾何学的には一平面5 上で二定点(F,F’)からの距離の和(FP+F’P)が一定であるような点 Pの軌跡。 を意味する 」 (乙2)。また, 「楕円形」について, 「楕円状をなす形, あるいは,それに近い形。(デジタル大辞泉)「楕円のような形。また,その 」 , ような形のさま。小判がた。長円形。側円形。(精選版日本国語大辞典)と説 」 明されたりする(甲9)。 10 また,長手方向の端の一方が他方よりも緩い曲率の形状のこたつの天板につ いて, 「楕円形こたつ」「楕円形 , たまご型 卵型天板」と記載されたり,長手 方向の端の一方が他方よりも緩い曲率の形状の水色の画像について,「楕円形 ブルー水滴」と記載されたりしたものがある(甲10の1,4)。 これらによれば, 「楕円形」は,一般的には,幾何学的意味での楕円の形のほ15 か,水滴などともいわれるそれに近い形も含むものであり,また,長手方向の 端が同じ曲率ではない形状も楕円形と呼ばれることがあるといえる。 本件明細書には,「楕円形」の意義につき特段の定義はない。 本件発明の実施例として,「楕円形ヘッド14」とそれと連続して後方に伸 びる「円柱部10」を有する「楕円ピン12」が示され,その形状は【図3】20 のとおりである。この「楕円ピン12」は鉄製で一体成型されたことが記載さ れている(段落【0066】。 )【図3】のとおり, 「楕円ピン12」は,直線の 上辺,下辺を有していて,幾何学的な楕円ではなく,楕円に近い形といえるも のである。 なお,本件発明のピンは,先端部と先端部から後方に延びる円柱部とからな25 るが(構成要件B) 一定の強度が必要な吹矢の矢のピンにおいて, , 先端部と円 柱部は,一点のみで接するものではなく,一定の範囲で接する。円柱部と先端 30 部が接している部分について,円柱部を基準とすると,円柱部のうちの最も先 端部側と接している部分まで円柱部が伸びているとみることができる。本件明 細書の【図3】においても,円柱部と楕円型ヘッドは一定の範囲で接しており, 円柱部が楕円型ヘッドの最も先端部側と接している部分を基準として,円柱部5 がそこまで伸びているということもできる。また,本件発明で先端部と円柱部 の素材が異なることは定められておらず,実施例でも先端部と円柱部は鉄を一 体成型したとされており,先端部と円柱部が材質等で限定されるものではない。 そして,前記1 意義は, 「かえし」がないために矢が抜きやすいこと,上下方向の重心が均等で10 あり,また,従来技術の釘形状の先端部と比べて錘として重くなり,矢全体の 長手方向の重心を前寄りに寄せることにあるといえる。 被告製品のピンの先端部は, 「長手方向断面が,前部が曲率の緩い曲線形状, 後部が略円錐形となるように円弧を描き,後部の円柱部との接合面が上下に角 を有し,前記後部の角と角とを直線で結んだ形状」(構成b)である。 15 このうち円柱部との接合面の「角」は,被告製品のピンの先端部の根元側の 径(1.6mm)と円柱部の径(1.45mm)との差(0.15mm)によ って生じている極めて僅かな段差部分である(甲7の2,乙1) その段差の小 。 ささからも,被告製品を的や前の矢から引き抜く際に上記段差部分が抵抗にな ることはないと認められる。したがって,被告製品には, 「かえし」があるとは20 いえない。なお,実際の被告製品では,吹矢として使用するためにピンの円柱 部にフィルム(ポリプロピレン製,厚さ:約0.04mm)が複数回巻きつけ られており,それによってピンの先端部の根元側の径(1.6mm)よりもフ ィルムを巻きつけた部分の方が大径(2.1mm)になっていて,該段差部分 はフィルムにより全面的に隠れている(甲11)。 25 また,被告製品では,前記被告製品の先端部との円柱部との接合面が直線で 結んだ形状とされている(構成b)のであるが,本件発明についても, 31 のとおり,円柱部が楕円型ヘッドの最も先端部側と接している部分まで伸びて いるとみると,その接合面は直線状であるということもできるのであり,本件 発明で先端部と円柱部の材質等が異なることが定められているわけではない ことにも照らし,この点において,本件発明の被告製品との間に差はないとい5 うことが相当と解される。 さらに,被告製品では,前部が曲率の緩い曲線形状,後部が略円錐形となる ように円弧を描いている。しかし,楕円形については,幾何学的意味での楕円 の形のほか,それに近い形も含むものであり,水滴と似た形状など,長手方向 の端が同じ曲率ではない形状も楕円形と呼ばれることもある(前記ア)。そし10 て,本件明細書によっても,本件発明の「楕円形」は幾何学的意味での楕円に 近い形を含む。また,本件明細書によれば,本件発明の先端部は「楕円形」と することで, 「かえし」がなくなるほか,上下方向の重心が均等であり,従来技 術の釘形状の先端部と比べて錘として重くなり,矢全体の長手方向の重心を前 寄りに寄せるという技術的意義を有するところ,構成bを有する被告製品の先15 端部も同じ効果を奏するものであり,被告製品の先端部は,本件発明において は,楕円に近い形であるとして「楕円形」 (構成要件B,D)の先端部であると いうことが相当と解される。 被告は,本件発明の先端部の「楕円形」について,@両端が同じ形状の丸み を備えており,A長手方向中央部に重心の位置があり,B中央部で縦に分割し20 た場合,両分割片同士が同一の形状(線対称)を満たすものというと主張する。 しかし,本件発明では「楕円形」の先端部だけが独立して存在するわけでは なく,その後方には円柱部が伸びていて,先端部と円柱部が一定の範囲で接し ていること,本件発明における先端部を「楕円形」としたことの技術的意義に 照らすと, のとおり解することができ,被告が主張するように限定する25 ことには理由がない。被告の上記主張は採用できない。 小括 32 以上によれば,被告製品は,本件発明の技術的範囲に属する。 3 本件発明に係る特許が特許無効審判により無効にされるべきものか(争点2) 無効理由1(乙11発明に基づく進歩性欠如)(争点2-1) ア 乙11カタログは,本件発明の出願前から原告が販売を開始し,現在も販5 売し続けている吹矢に関する平成20年(2008年)7月発行のカタログ である。上記カタログ(5頁)には,本件発明で従来技術として【図20】 として記載されている吹矢と同じ吹矢である乙11吹矢が掲載されており, その構成は,円錐形に巻かれたフィルムの先端に,丸釘を錘として利用し, 丸釘の円柱部を全て差し込んで固着したものである。証拠(乙11ないし110 3)によれば,平成20年当時,乙11吹矢が相手方を限定せずに譲渡され ていたと認められ,以下の乙11発明が公然実施されていたといえる。 11a 吹矢に使用する矢であって, 11b 長手方向断面が半円形である先端部と該先端部から後方に延び る円柱部とからなるピンであって,該円柱部の横断面の直径が前記半円15 形の先端部の横断面の直径よりも小さいピンと, 11c 円錐形に巻かれたフィルムであって,先端部に前記ピンの円柱部 全てが差し込まれ固着されたフィルムと,空なり, 11d 前記フィルムの先端部に連続して前記ピンの半円形の部分が錘 として接続された20 11e 矢。 イ 本件発明と乙11発明を対比すると,「吹矢に使用する矢であって,先端 部と該先端部から後方に延びる円柱部とからなるピンであって,該円柱部の 横断面の直径が前記先端部の横断面の直径よりも小さいピンと,円錐形に巻 かれたフィルムであって,先端部に前記ピンの円柱部すべてが差し込まれ固25 着されたフィルムと,からなり,前記フィルムの先端部に連続して前記ピン の先端部が錘として接続された矢」である点で一致し,本件発明では前記ピ 33 ンの先端部の形状が「楕円形」であるのに対し,乙11発明ではピンの先端 部は丸釘を用いているため,その形状が「半円形」となっている点で相違す る(以下「相違点1」という。。 ) ウ 原告は,乙11発明のピンの先端部は本件発明の「錘」に該当しないと主5 張する。 しかし, 「錘」とは,一般的に「物の重さを増すために付け加えるもの」を いう(乙17)ことなどに照らせば,乙11発明のピンの先端部の丸釘は「錘」 に該当するというべきであるから,原告の上記主張は採用できない。 エ 乙6公報には,以下の記載がある。(乙6)10 「旧来の吹矢が戦闘用であり,又は狩猟用であり,下って射的ゲーム用で あったという歴史的由来に起因して,矢じりが鋭利であり,硬質であったこ と等を原因とする傷害・物損等が発生するおそれがあるという問題点があっ た。( 」【0004】) 「前項の0007に記載した呼気コンプレッサーとドッキングする飛び15 道具の矢のドッキング部材は半球体のテールカップとし,そしてヘッドも相 似の球体を形づくることとしている。それ故,仮に人体その他の器物と衝突 してもそれらに損傷を与える恐れがなくなる。( 」【0008】) 「テールカップ7とヘッド10はいずれも飛翔方向の軸の長さが,直交す る軸よりも長い長球体乃至は軸の長短が逆の稍扁平な短球体に成型する。…20 飛び道具の矢Bはテールカップ7とシャフト9及びヘッド10とをプラス チックスで一体成型して作ることができるが,テールカップ7が中空である のとは逆にヘッド10の内部を充実させ,重心を飛翔の方向に寄せて製す る。( 」【0017】) オ 乙7公報には,以下の記載がある。(乙7)25 「吹矢の原初が武器又は狩具であり,後に射的ゲーム機となったという歴 史的由来に起因して,その矢じりが鋭利であり,硬質であるという元来の形 34 質を残存すること等に対する危険性がなお払拭されていないという問題点 があった。( 」【0005】) 「矢じりが木竹,獣骨,石器,銅器,鉄器その他の強固且つ鋭利なもので なければいけないという固定観念を排し,飛び道具の矢の矢じり及び矢羽双5 方をソフトヘッドで代替し,実質ばかりでなく感覚的にも十分な安全性を追 求する。( 」【0008】) 「素材としては木材・ゴム等自然物類を初め,比較的柔軟な合成樹脂類に 至るまで特に限定しない」【0011】 ( ) 「シャフト33両端切り口にゴム又はポリエチレンその他の軟質材料で10 作る長径10mm短径7mmの円柱体乃至長球体ヘッドa34とヘッドb 44とを固着してある」【0016】 ( ) カ 乙9公報には,以下の記載がある。(乙9の1,2) 「飛翔体の形状は,好ましくは,実質的に円錐形であり,また,飛翔体の 閉止端は尖らせていない。最も好ましくは,飛翔体の尖らせていない閉止端15 部は,実質的に球状である」 (原文4欄21〜24行。乙9の2(訳文)8頁 32〜33行) 「射出物22の尖らせていない閉止端24の考案における主要な関心事は, 安全性である」(原文4欄55〜57行。乙9の2(訳文)9頁1〜2行) キ 相違点1について,被告は,乙11吹矢の「半円形」に代えて,先端部の20 形状を乙6公報,乙7公報及び乙9公報に開示された「楕円形」を採用する ことにより,本件発明の構成に容易に想到できると主張する。 本件発明は,従来技術として,乙11吹矢と同じ吹矢である,先端部に丸 釘が差し込まれた形状になっている吹矢が知られていたところ,矢を的から 外すときにピンとフィルムを一体で引き抜くことができるなどの課題を解25 決するため,ピンの先端部が楕円形であり,的から外すときに釘の頭部に「か えし」がないなどの本件発明の構成を有するものである。乙11吹矢におい 35 て,本件発明の上記課題等についての示唆があったと認めることはできない。 被告は,乙11吹矢は,従前の吹矢の矢は矢の先が尖ったものだったとこ ろ,矢の先を丸くして当たっても大丈夫なように開発したもの(乙14)で あり,安全性を課題としていたことを挙げた上で,乙6公報,乙7公報及び5 乙9公報に開示された技術を適用することができると主張する。しかし,乙 11吹矢の「半円形」の先端部(11b)は,矢の先が尖ったものではない から,安全性の課題は既に解決されている。したがって,乙11吹矢が安全 性を課題としたものであったとしても,乙11吹矢に触れた当業者がその課 題を更に解決するために乙6公報,乙7公報及び乙9公報の周知技術を組み10 合わせようとする動機付けはないといえる。 当業者が,乙11吹矢の「半円形」に代えて,先端部の形状を乙6公報, 乙7公報及び乙9公報に開示された「楕円形」を採用することで,本件発明 の構成に容易に想到できるとは認められない。 ク 以上によれば,本件発明は,乙11発明に基づき進歩性が欠如していると15 はいえないから,無効理由1は認められない。 無効理由2(乙4発明に基づく進歩性欠如)(争点2-2) ア 乙4公報は,考案の名称を「競技用安全吹矢」とする実用新案公開公報で あり,その実用新案登録請求の範囲及び考案の詳細な説明には,以下の記載 がある。(乙4)20 「先端に円頭状の金属製の矢じりを備え,その後部に紙又は合成樹脂材 及び金属箔の単独又は組合せにより形成した前記吹矢筒内にフィットする 中空円錐形状の羽根を一体に設けた吹矢」(実用新案登録請求の範囲) 「本案は吹矢筒と吹矢と簡単に取替え出来る標的とよりなる競技用安全 吹矢に係り,競技勝負の妙味とスリル感及び精神的鍛練と健康維持を兼ね25 た一種のスポーツ競技として普及せしめる事を目的としたものである。」 (1頁最終段落) 36 「先端に危険の無いよう円頭形の矢じり(4)を有した金属製の矢軸(5) の後方に紙又は合成樹脂材及び金属箔の単独又は組合せにより次第に拡大 形成された前記吹矢筒(3)にフィットする最大外径10〜12mmの軽量 な中空円錐状の羽根部(6)を篏合固着して全長約10cmに形成してなる5 吹矢(7)(2頁下から11行以下) 」 「以上の説明から明らかなように,この考案の競技用吹矢は矢じり先端 が危険な突起のない円頭状としてあるので安全であるばかりでなく,之れ が標的面に当たると発泡性素材のクッションボードに突き刺さると同時に 小気味の良い音を発して爽快感と競技勝負のスリル感も高く,一般の人は10 もとより身体障害者の屋外スポ-ツ競技一種として興味を与え充分楽しむ 事が出来,又吹矢は肺活量や精神統ーも必要で心身の鍛錬にも最適である」 (5頁第4段落) イ 上記アの記載及び乙4公報の【図3】に照らせば,乙4公報には,以下の 乙4発明が記載されている。 15 4a 吹矢に使用する矢であって, 4b 長手方向断面が円頭形の矢じりと該矢じりから後方に延びる矢軸 とからなるピンであって,該矢軸の横断面の直径が前記円頭形の矢じり の横断面の直径よりも小さいピンと, 4c 中空円錐状に巻かれた紙又は合成樹脂材及び金属箔の単独又は組20 合せにより形成した羽根であって,先端部に前記ピンの矢軸が途中まで 差し込まれ固着された羽根と,からなり, 4d 前記羽根の先端部の先に矢軸を介して前記ピンの円頭形の部分が 錘として接続された 4e 矢25 ウ 本件発明と乙4発明を対比すると,「吹矢に使用する矢であって,先端部 と該先端部から後方に延びる円柱部とからなるピンであって,該円柱部の横 37 断面の直径が前記の先端部の横断面の直径よりも小さいピンと,円錐形に巻 かれたフィルムであって,先端部に前記ピンの円柱部が差し込まれ固着され たフィルムと,からなり,前記フィルムの先端部前方に前記ピンの先端部が 錘として接続された矢」である点で一致する。他方,本件発明と乙4発明は5 以下の点で相違する。 (相違点2-1) 本件発明ではピンの先端部の形状が「楕円形」であるのに対し,乙4発明 では先端部の形状は「円頭形」であり,これが「楕円形」に相当するかが明 らかではない点。 10 (相違点2-2) 本件発明ではピンの円柱部は全て円錐形に巻かれたフィルムに差し込ま れているのに対し,乙4発明ではピンの円柱部は途中までフィルムに差し込 まれている点。 (相違点2-3)15 本件発明ではフィルムの先端部に連続してピンの楕円形の部分が錘とし て接続されているのに対し,乙4発明ではピンの円柱部は途中までしかフィ ルムに差し込まれていないため「連続」していない点。 エ 原告は,乙4公報には,フィルムの先端部に連続して接続された「錘」が 開示されていないと主張する。しかし,乙4公報の「矢じり4」は金属製で20 あるとされているから,これを「錘」と認めることができる。原告の主張は 採用できない。 オ 相違点2-1について,本件発明は,従来技術として,先端部に丸釘が差 し込まれた形状になっている吹矢が知られていたところ,矢を的から外すと きにピンとフィルムを一体で引き抜くことができるなどの課題を解決する25 ため,ピンの先端部が楕円形であり,的から外すときに釘の頭部に「かえし」 がないなどの本件発明の構成を有するものである。乙4公報には,「この考 38 案の競技用吹矢は矢じり先端が危険な突起のない円頭状としてあるので安 全であるばかりでなく」との記載があることなどに照らせば,乙4発明は, 安全性を課題としていたものと認められる。乙4公報において,上記の本件 発明の課題等についての示唆があったと認めることはできない。そして,乙5 4発明の「矢じり」は円頭形であり,先が尖ったものではないから,無効理 由1についての説示と同様の理由により,乙4発明に接した当業者が,安全 性を課題として,乙6公報,乙7公報及び乙9公報に記載された技術を組み 合わせようとする動機付けがあるとは認められない。 したがって,当業者が,乙4発明の「円頭形」に代えて,先端部の形状を10 乙6公報,乙7公報及び乙9公報に開示された「楕円形」を採用することで 本件発明の構成に容易に想到できるとは認められない。 カ 以上によれば,他の相違点について検討するまでもなく,本件発明は,乙 4発明に基づき進歩性が欠如しているとはいえないから,本件発明の無効理 由2は認められない。 15 結論 本件発明についての無効理由1及び2はいずれも認められないから,本件特 許が特許無効審判により無効にされるべきものであるとはいえない。 4 特許法102条2項に基づく原告の損害額(争点3) 後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,争点3に関連して,以下の事実が認20 められる。 ア 原告の前代表取締役であり,現在の原告代表者の父である X は,スポーツ 吹矢について,平成10年4月に任意団体として日本スポーツ吹矢協会を設 立し,その後,文部科学省の認可を得て,平成19年4月に社団法人日本ス ポーツ吹矢協会を設立した。(乙44)25 原告は,これまで,吹矢協会に対し,原告の事務所の一部に吹矢協会の本 部を設けるなどして,吹矢協会の賃料,人件費を実質的に負担するなどして 39 きた。(甲35) イ 吹矢協会は,令和3年3月時点で,会費を支払っている会員数が3万人を 超える団体であり,国内や海外に支部を有している。吹矢協会は,スポーツ 吹矢の普及活動や練習会,競技会を開催している。また,段位,級位の認定5 を行っている。(乙44,69) 吹矢協会が名称を「一般社団法人日本スポーツウエルネス吹矢協会」に変 更した理由の一つに,スポーツ吹矢を単にスポーツ競技として捉えるのでは なく,吹矢を楽しむことで,心身の健康のみならず,生活の質の向上や生き がいの創造など,多元的な健康観を追求するという意味を持たせることが挙10 げられていた。(乙45) ウ 原告は,平成22年頃,吹矢協会との間で,スポーツ吹矢等の用具につい ての取引基本契約(以下「本件基本契約」という。)を締結した。本件基本契 約では,スポーツ吹矢等の用具についての企画や開発,販売を全て原告に委 ねることとされており,原告に吹矢協会の公認用具の独占販売権が認められ15 ていた。 本件基本契約に基づいて,吹矢協会の会員に対し,原告が製造した吹矢の 矢等の用具が販売され,また,大会や段級位認定試験等でも,原告が製造し た用具が使用されていた。(乙44) エ 平成27年6月,X は死亡した。平成30年5月当時,X の子である原告20 の代表取締役は,吹矢協会の理事であった。 吹矢協会は,平成30年5月31日に行われた臨時理事会において,@名 称を日本スポーツ吹矢協会から日本スポーツウエルネス吹矢協会に変更す ること,A本件基本契約について,同年11月末日の契約期間満了の際に更 新せず,公認用具の販売について複数企業による競争を導入し,原告のほか,25 原告以外の企業との間でも公認企業認定について交渉を行うこと,B吹矢協 会の本部を現在地から移転することについて,議論をした。 40 原告代表者は,上記臨時理事会において, 「ダイセイコー(判決注:原告) 外しという印象を受けた」などと述べたが,上記@ないしBの方針について は,いずれも賛成多数により上記臨時理事会で承認され,平成30年6月1 4日に開催された第22回社員総会で,正式に承認された。(以上につき乙5 43ないし45) オ 原告は,平成30年7月,吹矢協会の支部長,公認指導員に対し, 「弊社は 名称変更など今回の協会の急な方針転換で多大な用具の在庫も抱えること になりそうです。こうした在庫は用具を安定して供給するための備えでした。 弊社は唯一のスポーツ吹矢用具の研究開発と供給者として協会とのパート10 ナーシップに基づいて皆様と一緒にスポーツ吹矢の普及につとめてまいり ました。これまで支部長・公認指導員の皆様と一緒に築いてきた用具ご購入 の際の割引システム(普及促進費)も,その一つです。しかし,このたびの 協会の方針転換により協会と,これまでのようなパートナーシップを維持す ることは難しくなりました。つきましては,誠に残念なことですが,割引の15 システム(「普及促進費」)も,協会が弊社との用具供給契約の更新をしない ことを決めたため今年,30年11月末日(同契約の満了期日)をもって, 一旦,解消させていただかざるを得なくなりました。」などと記載された文 書を送付した。(乙33) カ 吹矢協会は,平成30年6月から7月頃,当時,原告に代わって用具を供20 給する会社が存在しなかったことや,原告が保有する在庫の問題があったこ とから,同年11月末日までに原告が製造していた用具については,同年1 2月以降も吹矢協会の公認用具として販売することを認めた。 原告と吹矢協会は,本件基本契約が満了した平成30年12月以降も,原 告が公認企業の一つとして用具を供給することについての取引条件を協議25 していた。(以上につき乙34,44) キ 吹矢協会は,原告のほかに,新たな用具供給企業を探すこととして,平成 41 30年7月頃,原告を退社した被告代表者に対し,吹矢に関する用具の製造 を依頼し,同年9月頃に内諾を得た。被告は,吹矢用具の開発を進め,遅く とも平成31年1月15日以降,被告製品の譲渡を行うようになった。(乙 42,44)5 ク 原告と吹矢協会の間における用具供給についての協議は,本件基本契約の 期間満了日である平成30年11月末日までに合意に至らなかった。吹矢協 会では,同年12月1日以降,被告が唯一の公認企業として用具の供給を始 めるとともに,原告も上記カの特例により用具を供給し続けることになった。 (乙34,44)10 ケ 原告は,平成30年12月1日, 「東京・銀座スポーツ吹矢倶楽部」を設け て,顧客が原告から吹矢用具を購入した際に,同倶楽部から代金の還元を行 うこととした。(乙34) 原告は,平成31年3月頃, 「東京・銀座スポーツ吹矢倶楽部」の会員に向 けて, 「NEW 矢 たまごピンLタイプ」などの販売を開始した。その案内15 書の末尾には, 「弊社販売の吹矢の矢は,公認マークの有無にかかわらず,一 定のクオリティの基に製造しておりますので,安心してご利用いただけます。 ただし,上記商品での大会などでのご利用につきましては,大会主催者等に ご確認ください。」などと記載されていた。(乙44,49) コ 吹矢協会では,令和元年6月に開催された第23回社員総会で,原告及び20 原告代表者が吹矢協会と類似する団体の設立や運営等を禁じる内容を含む 覚書を締結することを条件として,原告との間で用具供給に関する契約を締 結する方針が決定した。(乙44) サ 上記カの特例では,平成30年11月末日までに原告が製造していた用具 については同年12月以降も吹矢協会の公認用具として販売できることに25 なっていたところ,吹矢協会は,原告が同月以降も用具を製造し,公認用具 として販売していたのではないかと考え,原告に対する質問をするなどした。 42 原告は,吹矢協会の質問に対し,吹矢用具について新たな増産はしていない と回答し,在庫数の開示を拒否した。(乙44,46) シ 吹矢協会は,令和元年9月12日に開催された臨時理事会,臨時社員総会 で,原告との間の公認用具取扱認定契約の交渉を打ち切り,認定契約を締結5 しないことを決議した。その際,議案の説明として,吹矢協会との約束に反 して原告が平成30年12月以降も吹矢用具を増産し,それを販売していた ことから原告との設定契約を締結しないことを考えていること,令和元年1 2月1日以降は,公認用具としての販売を認めず,矢などに関しては,令和 2年10月以降,吹矢協会の段級位認定試験や,協会公認の大会,競技会,10 講習会では使用禁止とすることを考えていることなどが説明された。(乙3 5,44,46) 上記の理事会では,原告の商品について,出席者間で, 「12月から使用が できない。会員の持っている矢が困る。, 」「だから1年の猶予をもっている。, 」 「腐るものじゃないのでたくさん持っている。1年後捨てるしかない。, 」「そ15 れが心配。どこかで切らないといけない。練習で使ってください。大会・試 験ではできないということ。ご心配もあるが,大体矢が3万5千ケース,1 年で大体消化できるだろうという判断。どこかで切らないといけない。先ほ ども言った通り,公式大会である。地方大会ではいいが試験はダメ。そのよ うにしていかないとならない。, 」「賛成。ただ,心配なのはラボ。4月以降に20 は品揃えを増やすと聞いたが,先日カタログをもらったが,まだ揃っていな い印象を受ける。新しく入会した人は,ラボを使ってもらうが,スタンドも まだない。ブロック大会で買ってくれと言うようにするが,そういうものは 大きな溝ができてしまう。総力を挙げて商品生産体制をきちんとやらないと 大変なことになると思う。品揃えはきちんとしなければ皆さん納得しない。, 」25 「ワールドフキヤラボに確認した。筒は400gは出ているが中間の300 gがない。女性で欲しい方がいる。用具審査委員会には出ている。会報でい 43 つ頃出るか流してはどうかと話したが,発売のタイミングに合わせてダイセ イコーが安売りをかけてくる。前も格安の値段でだされた。そういうことを 言っていた。, 」「公式だけ使用禁止とするといつまでたっても公認の矢にな らないので,試合と名のつくものは全てはっきりとしたほうが良い。, 」「公5 式は地方でも禁止。お願いするしかない。, 」「全て禁止にしてほしい。, 」「● ●さん(判決注・ママ)の気持ちはわかるが,規制できない。公式の大会し かない。試験で使えないとなれば公式の用具を使っていくと思う。, 」「甘い と思う」「すこしでも反感を緩やかにしたい。幹部会議できまった。使う側 , が問題ないよう猶予を持たせる。, 」「今の状態がずっと続く。ダイセイコー10 も売るし,公認指導員に斡旋をしている。, 」「今の段階で末端まで支部長・公 認指導員まで言う。それ以上にどうしろとおっしゃっているのか。, 」「試合 と名のつくものは全て禁止にしてほしい。そういう表現にしてほしいという こと。, 」「そこまで規制できない。練習試合ではないか。, 」「法的には,協会 主催は規制が及ぶ,主催しない地方大会は拘束しない(会員でも) 試合を任 。 15 意の団体が主催する大会がお願いレベルである。, 」「後援はどうなるのか」, 「任意の団体と一緒である。, 」「規定では,支部,市,サークルも県が統括す る。その解釈も明確にしなければならない。規定を見直して,来年提案する。, 」 「協会の公式行事。当然支部の大会も公式行事となる。これから提案・案内 を出そうと思っている。理事会でもめること自体がおかしい。, 」「12月に20 ダメとするが,来年までに買う人がいると思う。安売りをしてくる。そこら へんをどうするか。公認指導員をきちんと指導。向こうもアタックをかけて くる。そのバランスをとらなければならない。, 」「買うのはだめとは言えな い。公認用具として認めないという表現になる。公式行事では使えない。あ る程度買う人はいる。徐々に本当の公認用具にしていく。」などといった議25 論がされていた。(乙46) ス 吹矢協会は,令和元年9月13日付けで,吹矢協会のブロック長,都道府 44 県協会長等の関係者に対し,「契約不成立のお知らせ」と題する文書を送付 した。そこには,同年12月1日以降に購入した原告の商品は公認用具とし て認められなくなることや,原告の商品は令和3年10月1日以降の公式行 事(段級位認定試験,協会本部主催大会・競技会の他,ブロック・都道府県5 協会をはじめとする地域での大会・競技会/講習会等)では使用できないこ とが記載されていた。また。そこには「本協会といたしましては株式会社ト ラストクルー(判決注:被告)/ワールドフキヤラボに,より充実した商品 の品揃えを促進するとともに,新しい認定企業の開拓に努力してまいりま す。」との記載があった。(乙35,44)10 セ 被告製品の売上げは,令和元年9月分は1151万7682円であり,前 月の売上げ(453万3134円)の約2.5倍であった。なお,同年10 月分は483万9328円,同年11月分は830万8911円,同年12 月分は776万2619円であった。(乙42) 被告は,令和2年7月に吹矢の矢の設計を変更し,カエシのあるピンを利15 用した吹矢の矢にして,その矢を販売し始めた。同月分の売上げは,吹矢の 矢単体(セット品に占める吹矢の矢の売り上げは含まない)で1200万1 505円であった。なお,被告製品の売上げは,同年3月分は246万90 47円,同年4月分は92万7888円,同年5月分は101万3056円, 同年6月分は195万7817円であった。(乙42,弁論の全趣旨)20 ソ 原告は,令和元年10月から11月にかけて,吹矢用具についてのセール 販売を行った後,同年12月1日に一般社団法人銀座スポーツ吹矢倶楽部を 設立した。(乙36,44) タ 令和2年以降に原告の吹矢の矢を購入した顧客として,NPO法人たぶん かネット加賀,日野市老人クラブ連合会,豊里地区自治会連合会,株式会社25 北欧スポーツが存在する。原告がこれらの顧客に対して販売した吹矢の矢の 代金は,1か所当たり数千円から多くても数万円である。(甲26ないし2 45 9) チ スポーツ吹矢については,吹矢協会のほかに,NPO法人日本吹矢検定, 全国吹矢クラブ連合会,一般社団法人日本吹矢レクリエーション協会,三ヶ 島流健康吹矢道協会,ヒューストン日本安全吹矢協会,国際吹矢道協会,日5 本吹き矢連盟,一般社団法人銀座スポーツ吹矢倶楽部などの団体があり,そ れらの会員数は,それぞれ,おおよそ400名程度,250名程度,70〜 80名程度,不明,不明,1250名以上,1000名程度,2000名程 度であることがうかがわれる。それらの団体では,団体が主催する大会を開 催したりするほか,その団体の公認用具を定めて,その用具を販売している10 ところがある。そのような公認用具の矢は,基本的に吹矢協会が公認する矢 の形状や筒の長さとは異なる。 (乙44,50ないし54,58ないし61, 62) ツ 被告は,本件販売期間に,被告製品を販売したことにより,4150万3 142円の利益を得た。(争いがない事実)15 特許法102条2項の適用の有無(争点3-1) 被告は,令和元年8月以降の被告の売上げについては,特許法102条2項 の推定規定が適用されないと主張する。 被告は,令和元年8月以降は,原告が吹矢協会との合意に従えば吹矢協会の 公認マークを付した原告の製品を製造,販売できなかったことを理由として,20 同月以降の被告の売上げについては,特許法102条2項の推定規定が適用さ れないと主張する。しかし,仮に被告が主張する事情が認められるとしても, それは,原告と吹矢協会との間における債権的な問題を生じ得るにとどまるも のであり,同項の適用を左右するものとは認められない。 被告は,令和元年12月1日以降,原告が原告の製造する吹矢用具を吹矢協25 会の公認用具として販売することができなくなったことを理由として,同日以 降の被告の売上げについては,特許法102条2項の推定規定が適用されない 46 と主張する。しかし,原告が製造,販売した吹矢用具は令和3年9月30日ま で吹矢協会の公式行事で使用することができ ,令和元年12月1 日以降も,吹矢協会の会員も公式行事の練習用その他の目的で原告の吹矢の矢 を購入する可能性が十分にあるといえる(上5 会において原告の吹矢用具が練習用として使用される可能性についての発言 がある。。このことからしても,被告製品と原告の吹矢の矢には競合関係があ ) るといえ,被告の主張は採用できない。 特許法102条2項に基づく損害額の推定 ツのとおり,本件で対象となる期間の被告の利益額は4150万3110 42円であり,同額が原告の損害と推定される。 推定覆滅事由の有無(争点3-2) ア 被告は,令和元年8月以降は,原告が吹矢協会との合意に従えば吹矢協会 の公認マークを付した原告の製品を製造,販売できなかったことを理由とし て,同月以降の売上げについて,少なくとも90%の推定覆滅がされるべき15 であると主張する。 しかし,被告が主張する事情は,仮にそれが認められるとしても,原告と 吹矢協会との間における債権的な問題を生じ得るにとどまるものであり,原 告から被告に対する請求における特許法102条2項に基づく推定の覆滅 の事由となるものとは認められない。 20 イ 被告は,令和元年12月1日以降,原告が原告の製造する吹矢用具を吹矢 協会の公認用具として販売することができなくなり,また,原告が同日より 前に販売した吹矢用具も令和3年10月1日以降の吹矢協会の公式行事に おいて使用することができなくなったから,令和元年12月1日以降の売上 げについては少なくとも90%の推定覆滅がされるべきであると主張する。 25 上 イのとおり,スポーツ吹矢は,スポーツ競技というだけでなく, 心身の健康を目的としたものでもある。健康を目的とした需要者の場合, 47 競技団体の公認があるか否かは商品選択の基準にはならないが,吹矢に関 する団体の状況に照らすと,吹矢の矢の需要者には,吹矢に関する団体に 属して,その団体の構成員同士で吹矢を楽しみ,また,その団体における 段級位の認定を目指したり,団体等が主催する大会への出場やそこでの好5 成績を目指したりする者も多いと認められる。そして,吹矢に関する団体 には公認用具を販売していることが多いところ,そのような者は,所属す る団体が公認用具を販売している場合,通常はその団体の公認用具を購入 するといえる。 ウ,ク,スのとおり,遅くとも平成22年頃から10 平成30年11月30日までは,原告に吹矢協会の公認用具の独占販売権 が認められ,吹矢協会の会員に対して原告が製造した吹矢の矢等の用具が 販売され,また,大会や段位認定試験等でも,原告が製造した用具が使用 されていた。同年12月1日以降は,被告が吹矢協会の公認企業となった が,原告も前記 のとおり,その製造する用具を吹矢協会の公認用具と15 して販売することが認められ,原告と被告の販売する用具の他に吹矢協会 が公認している用具はなかった。 吹矢協会の公認用具についてはこのような状況であったところ,令和元 年9月の理事会を経て,吹矢協会は,同年12月1日以降に購入された原 告の商品が吹矢協会の公認用具として認められなくなること,それより前20 に購入した原告の吹矢用具も令和3年10月1日以降は公式行事では使 用できないことを決定し,令和2年12月1日までには,このことが吹矢 協会の会員等に周知されたと認められる。他方,被告の製造販売する用具 は吹矢協会の公認用具であった。 吹矢協会に所属して吹矢を楽しむ者は,用具を購入する場合には所属す25 る吹矢協会が公認用具としている用具を購入することが多いと考えられ る。また,吹矢協会の年会費は大人1名につき3000円であり(甲25), 48 その年会費の支払に見合う活動として,協会主催の大会や競技会に出場し たり段級位認定試験を受験したりすることを予定する者も多いと認めら れる。これらのことに,吹矢協会の前記の決定内容等を考慮すると,吹矢 協会の会員が令和2年12月1日以降に被告製品を購入する場合には,吹5 矢協会が公認しているものであることを理由とすることが非常に多かっ たと認められる。被告製品を購入したのがこのような理由である場合には, 原告の製品は吹矢協会の公認を受けていないのであるから,被告製品の需 要の全てが原告の製品に向かうとはいえない。 他方で, と関10 係が深く,原告と吹矢協会の会員との間には長年にわたる信頼関係があっ たと シのとおり,公式 行事で原告の吹矢の使用を認めない方針について,「すこしでも反感を緩 やかにしたい。幹部会議できまった。使う側が問題ないよう猶予を持たせ る。, 」「買うのはだめとは言えない。公認用具として認めないという表現15 になる。公式行事では使えない。ある程度買う人はいる。徐々に本当の公 認用具にしていく。 などとの発言がされていた。 」 これらは,原告に対する 信頼などから,吹矢協会の会員の中に原告の吹矢用具を引き続き使用した いという意見も存在していることをうかがわせる。そのような事情も考慮 すると,令和元年11月末日までに購入した原告の吹矢用具は,令和3年20 9月30日まで吹矢協会の公式行事で使用することができるのであるか ら,吹矢協会に所属する需要者において,公式行事の練習用等として原告 の吹矢の矢を引き続き購入する可能性があったと認められる。 シの とおり,吹矢協会の理事会においても,原告の吹矢用具について「練習で 使ってください。大会・試験ではできないということ。 との発言があり, 」25 これは原告の吹矢が今後も練習用として使用される可能性を示唆するも のといえる。さらに,吹矢協会が令和元年9月13日付けで送付した「契 49 約不成立のお知らせ」と題する文書では,原告の吹矢用具の使用が禁止さ れる「公式行事」の範囲も明らかで シの吹矢協会の理事会 での議論を見ても,使用が禁止される範囲については様々な意見があり, 吹矢協会が後援する大会などで原告の吹矢用具を使用することが可能で5 あるか否かは,解釈や今後の規約改正に委ねられる部分があることがうか がわれる。吹矢協会に所属する需要者において,公式行事に該当しない一 部の大会では令和3年10月以降も原告の吹矢用具を使用することがで きることを期待して,原告の吹矢の矢を購入する可能性も否定できない。 被告製品をどのような者が購入していたか10 イのとおり,スポーツ吹矢は,スポーツ競技というだけでなく,心身の健 康をも目的としたものでもあり,健康を目的とした需要者の場合,競技団 体の公認の有無は必ずしも商品選択の基準にはならないともいえる。 会の依頼に応じる形で,吹矢用具の製造,販売を受諾して,その製造販売15 を開始した。そして,平成31年1月に被告製品の販売を開始して同月か ら一定額の売上げがある一方(乙42),令和元年9月頃に至っても吹矢 協会の公認用具についてのカタログや商品ラインアップが不十分な状態 であり,理事会においても商品供給が不安視されていた。また,吹矢の矢 の製造等を長年行っていた原告においてすら,専ら健康を目的とした需要20 者に対する販売数量やその額は大きいとはいえない。これらを踏まえると, 吹矢協会と関係のない需要者に対する被告製品の訴求力は相当に小さい というべきであり,被告製品は基本的には吹矢協会の関係者が購入してお り,吹矢協会と関係がない需要者が多数ある競合品(吹矢の矢)の中から あえて被告製品を購入していた割合は極めて小さいと推認することがで25 きる。 以上によれば,被告製品は,そのほとんどが吹矢協会と関係がある需要 50 者により購入されたと認めることが相当である。そして,被告製品は,吹 矢協会の関係者において吹矢協会の公認用具であることを理由として購 入された割合が相当に高いと認められる。原告の製造販売する吹矢用具は 令和2年12月1日以降は吹矢協会の公認用具でなかったから上記の理5 由で購入された被告製品の需要の全てが原告の製造販売する吹矢の矢に 向かうとは認められない。他方,原告の製造する吹矢の矢については,吹 矢協会の公認がなくとも購入するとする者もいたことがうかがわれ,被告 製品の需要が全く原告の製造販売する吹矢用具に向かわないとはいえな い。 10 被告は,原告の吹矢用具が吹矢協会の公認用具でないことを理由として 令和2年12月1日以降の被告の売上げについての推定覆滅を主張する ところ,上記事情に照らせば,同日以降の利益については,65%の割合 で損害額の推定が覆滅すると認めるのが相当である。 ウ 被告は,本件販売期間の全期間を通じて,ピン抜け防止のための接着剤の15 接着強度やストッパーの使用による推定覆滅や,被告製品の機能やデザイン などが優れていることによる推定覆滅を主張する。 しかし,原告の吹矢の矢でもストッパーが使用されている(甲33,34)。 また,接着剤の塗布やストッパーの使用などの被告が実施していると主張す るピン抜け防止のための処理が,需要者に対して強く訴求されていたことを20 認めるに足りる証拠はない。被告製品のピンの先端部の形状や軸固定チュー ブの存在についても,それらが原告の吹矢の矢と比較して優れていると認め るに足りる的確な証拠はなく,それらにより需要者が積極的に被告製品を選 択すると認めるに足りない。 仮に,被告製品に上記のようなピン抜け防止のための接着剤の接着強度や25 ストッパーの使用,機能やデザインなどに優れた点があったとしても,それ らの点のみをもって需要者に対して被告製品を購入しようとする強い動機 51 付けになったことを認めるに足りない。 以上によれば,被告が主張する上記の推定覆滅事由は認められない。 エ 競合品の存在を理由とする推定覆滅 被告は,吹矢協会と競合する団体が販売する吹矢の矢が,市場における競5 合品に該当するとして,特許法102条2項の推定が覆ると主張する。 スポーツ吹矢については,複数の団体があるところ,団体ごとに吹矢用具 に独自の規格を定めることがあり(前記 ) 吹矢の矢に, , 一般的な規格が あるとは認められない。そして,原告は,吹矢協会の規格に従った矢を製造 していた。被告も,前記 の経緯で,吹矢協会の会員が使用する規格に従10 った吹矢の矢等を製造,販売することになったのであり,その販売開始から すぐに一定額の売上げがあり,被告製品はそのほとんどが吹矢協会の会員に 対して販売されたと推認できる 。また,吹矢協会の会員に対して は,原告及び被告が製造した矢以外の吹矢の矢が公認されたことはなく,そ の会員が,原告又は被告ではない製造者から吹矢の矢を購入することが多か15 ったとは認められない。これらからすると,スポーツ吹矢の矢を製造してい る者が原告以外にいることを理由として,競合品があるとして特許法102 条2項の推定が覆滅されことはない。 オ 小括 上記のとおり,被告が主張する推定覆滅事由は,上記イについて認められ20 る。 原告の損害額の推定は,これによって,令和元年12月分から 令和2年6月分の利益につき,65%覆滅されると認めるのが相当である。 被告が本件販売期間に被告製品を販売したことにより4150万314 2円の利益を得たことは当事者間に争いがなく,そのうち令和元年11月ま でに2797万5785円,同年12月以降1352万7357円の利益を25 得たと認められるから(乙28,29,42,弁論の全趣旨),原告の損害額 は,以下のとおり,2972万6848円となる(計算の過程で端数が生じ 52 た場合は四捨五入する。以下同じ。。 ) (平成31年1月15日から令和元年11月30日まで) 2797万5785円 (令和元年12月1日から令和2年6月25日まで)5 1352万7357円×(1-0.65)=473万4575円 (合計) 3271万0360円 弁護士費用 本件にあらわれた一切の事情を勘案すれば,本件の弁護士費用としては3210 5万円をもって相当と認める。 以上によれば,原告の被告に対する損害賠償請求は3596万0360円の 限度で理由がある。 5 差止め及び廃棄請求について 被告は,被告製品については知的財産高等裁判所で非侵害又は無効の判断若15 しくは特許庁での無効の審決が得られるまでの間,販売を中止することを決定 し,被告のホームページでも終売の告知をしていること(乙43)から,原告 の差止請求及び廃棄請求は認められないと主張して,上記差止請求等を争う。 もっとも,既に製造された被告製品が被告の手元に現存していることなどから, 被告製品の製造,譲渡等による権利侵害のおそれがあると認められる。 20 原告は,被告製品の製造に供する金型の廃棄を請求するところ,被告は,被 告製品を製造する際には金型を使用せず,一本ずつ旋盤で削り出していると主 張して,上記の廃棄請求を争う。被告が被告製品を製造する際に金型を使用し ていることを認めるに足りる証拠はなく,原告の金型に対する廃棄請求は認め られない。 25 第4 結論 よって,原告の請求は主文掲記の限度で理由があるからその限度で認容し(主 53 文第1項及び第2項についての仮執行宣言は相当でないから付さない。,その余 ) は理由がないからいずれも棄却することとして,主文のとおり判決する。 |