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関連審決 不服2018-7539
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審判番号(事件番号) データベース 権利
令和4ネ10002特許権侵害差止請求控訴事件 判例 特許
令和2行ケ10144 審決取消請求事件 判例 特許
令和3行ケ10021 審決取消請求事件 判例 特許
令和2行ケ10079 審決取消請求事件 令和2行ケ10083 審決取消請求事件 判例 特許
令和4ネ10003特許権侵害差止請求控訴事件 判例 特許
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事件 令和 2年 (行ケ) 10063号 審決取消請求事件

原告東レ株式会社
同訴訟代理人弁護士 重冨貴光 長谷部陽平 鷲見健人
同訴訟代理人弁理士 皆川量之
被告特許庁長官
同 指定代理人長井啓子 田村聖子 滝口尚良 原賢一 小出浩子
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2021/03/25
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 特許庁が不服2018−7539号事件について令和2年3月30日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
請求
主文第1項と同旨
事案の概要
本件は,存続期間延長登録の出願に対する拒絶査定に係る不服審判請求について,特許庁がした請求不成立審決の取消訴訟である。争点は,存続期間延長登録の出願が,平成28年法律第108号による改正前の特許法(以下「旧特許法」という。)67条の3第1項1号に該当する否かである。
1 手続の経緯 (1) 原告は,発明の名称を「止痒剤」とする発明につき,平成9年11月21日(優先日:平成8年11月25日[以下「本件優先日」という。],優先権主張国:日本)に特許出願し(特願平10-524506号),平成16年3月12日に特許第3531170号として設定登録を受けた(甲2,3。請求項の数36。以下「本件特許」といい,各請求項に係る発明を,請求項の順に「本件発明1」などといい,これらをまとめて「本件発明」という。また,本件特許に係る明細書及び図面を「本件明細書」という。)。
(2) 原告は,平成29年6月29日,本件特許について,存続期間延長登録の出願(出願番号2017-700154号。以下「本件延長登録出願」という。)をし(甲1,弁論の全趣旨),令和元年10月15日付け手続補正書(甲57)及び令和2年2月10日付け(甲94)により補正した。
上記補正後の本件延長登録出願は,延長を求める期間及び特許発明実施について旧特許法67条2項の政令に定める処分を受けることが必要であった処分(以下「本件処分」という。)を次のとおりとするものである。
ア 延長を求める期間 4年11月26日 イ 延長登録の理由となる処分 医薬品,医療機器等の品質,有効性及び安全性の確保等に関する法律(以下「薬機法」という。)14条1項に規定する医薬品に係る同項の承認 ウ 処分を特定する番号 22900AMX00538000 エ 処分を受けた日 平成29年3月30日 オ 処分の対象となった医薬品(以下「本件医薬品」という。) 販売名 レミッチOD錠2.5μg 有効成分 ナルフラフィン塩酸塩(一般名称INN nalfuraf ine)(有効成分に関し,レミッチOD錠2.5μgの添 付文書(延長の理由を記載した資料の参考文献4。以下「本 件添付文書」という。)[組成・性状]には,ナルフラフィ ン塩酸塩2.5μg(ナルフラフィンとして2.32μg) と記載されている。) 構造式 カ 処分の対象となった医薬品について特定された用途 次の患者におけるそう痒症の改善(既存治療で効果不十分な場合に限る) 血液透析患者,慢性肝疾患患者 (3) 原告は,本件延長登録出願について平成30年3月5日付けで拒絶査定を受けたため(甲21),同年6月1日に拒絶査定不服審判(以下「本件審判」という。)を請求した(甲22)。特許庁は,この請求を不服2018-7539号事件として審理し,令和2年3月30日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は,同年4月14日,原告に 送達され,原告は,本件訴訟を提起した。
2 本件発明の要旨 本件特許の請求項1〜10,15,21,26,31〜36の特許請求の範囲の 記載は,次のとおりである。
【請求項1】 下記一般式(I)[式中,は二重結合又は単結合を表し,R1 は炭素数1から5のアルキル,炭素数4から7のシクロアルキルアルキル,炭素数5から7のシクロアルケニルアルキル,炭素数6から12のアリール,炭素数7から13のアラルキル,炭素数4から7のアルケニル,アリル,炭素数1から5のフラン-2-イルアルキルまたは炭素数1から5のチオフェン-2-イルアルキルを表し,R2 は水素,ヒドロキシ,ニトロ,炭素数1から5のアルカノイルオキシ,炭素数1から5のアルコキシ,炭素数1から5のアルキルまたは-NR9R10 を表し,R9 は水素または炭素数1から5のアルキルを表し,R10 は水素,炭素数1から5のアルキルまたは-C(=O)R11-を表し,R11 は,水素,フェニルまたは炭素数1から5のアルキルを表し,R3 は水素,ヒドロキシ,炭素数1から5のアルカノイルオキシまたは炭素数1から5のアルコキシを表し,Aは-XC(=Y)-,-XC(=Y)Z-,-X-または-XSO2-(ここでX,Y,Zは各々独立して NR4,SまたはOを表し,R4 は水素,炭素数1から5の直鎖もしくは分岐アルキルまたは炭素数6 から 12 のアリールを表し,式中 R4 は同一または異なっていてもよい)を表し,Bは原子価結合,炭素数1から14の直鎖または分岐アルキレン(ただし炭素数1から5のアルコキシ,炭素数1から5のアルカノイルオキシ,ヒドロキシ,弗素,塩素,臭素,ヨウ素,アミノ,ニトロ,シアノ,トリフルオロメチルおよびフェノキシからなる群から選ばれた少なくとも一種以上の置換基により置換されていてもよく,1から3個のメチレン基がカルボニル基でおきかわっていてもよい),2重結合および/または3重結合を1から3個含む炭素数2から14の直鎖もしくは分岐の非環状不飽和炭化水素(ただし炭素数1から5のアルコキシ,炭素数1から5のアルカノイルオキシ,ヒドロキシ,弗素,塩素,臭素,ヨウ素,アミノ,ニトロ,シアノ,トリフルオロメチルおよびフェノキシからなる群から選ばれた少なくとも一種以上の置換基により置換されていてもよく,1から3個のメチレン基がカルボニル基でおきかわっていてもよい),またはチオエーテル結合,エーテル結合および/もしくはアミノ結合を1から5個含む炭素数1から14の直鎖もしくは分岐の飽和もしくは不飽和炭化水素(ただしヘテロ原子は直接Aに結合することはなく,1から3個のメチレン基がカルボニル基でおきかわっていてもよい)を表し, 5 は水素または下記の基本骨格 R :のいずれかを持つ有機基(ただし炭素数1から5のアルキル,炭素数1から5のアル コキシ,炭素数1から5のアルカノイルオキシ,ヒドロキシ,弗素,塩素,臭素,ヨウ素,アミノ,ニトロ,シアノ,イソチオシアナト,トリフルオロメチル,トリフルオロメトキシ,メチレンジオキシからなる群から選ばれた少なくとも一種以上の置換基により置換されていてもよい)を表し,R6 は水素,R7 は水素,ヒドロキシ,炭素数1から5のアルコキシ,炭素数1から5のアルカノイルオキシ,もしくは, R6 と R7は一緒になって-O-,-CH2-,-S-を表し,R8 は水素,炭素数1から5のアルキルまたは炭素数1から5のアルカノイルを表す。また,一般式(I) (+) (-) は 体,体, (±)体を含む]で表されるオピオイド κ 受容体作動性化合物を有効成分とする止痒剤。
【請求項2】前記一般式(I)において,R1 がメチル,エチル,プロピル,ブチル,イソブチル,シクロプロピルメチル,アリル,ベンジルまたはフェネチルであり,R2,R3 が各々独立して水素,ヒドロキシ,アセトキシまたはメトキシであり,Aが-XC(=Y) (こ -こで,Xは NR4,S,またはOを表し,YはOを表し,R4 は水素または炭素数1から5のアルキルを表す),-XC(=Y)Z-,-X-または-XSO2-(ここで,Xは NR4を表し,YはOまたはSを表し,Zは NR4 またはOを表し,R4 は水素または炭素数1から5のアルキルを表す)であり,Bが炭素数1から3の直鎖アルキレンであり,R6と R7 とは一緒になって-O-であり,R8 が水素であるものである請求項1記載の止痒剤。
【請求項3】前記一般式(I)において,Aが-XC(=Y)-または-XC(=Y)Z-(ここで,Xは NR4 を表し,YはOを表し,ZはOを表し,R4 は炭素数1から5のアルキルを表す)であるものである請求項2記載の止痒剤。
【請求項4】前記一般式(I)において, R2 が水素または下記の基本骨格: のいずれかを持つ有機基(ただし炭素数1から5のアルキル,炭素数1から5のアルコキシ,炭素数1から5のアルカノイルオキシ,ヒドロキシ,弗素,塩素,臭素,ヨウ素,アミノ,ニトロ,シアノ,イソチオシアナト,トリフルオロメチル,トリフルオロメトキシ,メチレンジオキシからなる群から選ばれた少なくとも一種以上の置換基により置換されていてもよい)で表されるものである請求項2記載の止痒剤。
【請求項5】前記一般式(I)において,Aが-XC(=Y)-または-XC(=Y)Z-(ここで,Xは NR4 を表し,YはOを表し,ZはOを表し,R4 は炭素数1から5のアルキルを表す)で表されるものである請求項4記載の止痒剤。
【請求項6】前記一般式(I)において,R1 がメチル,エチル,プロピル,ブチル,イソブチル,シクロプロピルメチル,アリル,ベンジルまたはフェネチルであり,R2 および R3 が各々独立して水素,ヒドロキシ,アセトキシまたはメトキシであり,Aが-XC (=Y)-(ここで,Xは NR4 を表し,YはOを表し, 4 は炭素数1から5のアルキルを表す) Rであり,Bが-CH=CH-,-C≡C-,-CH2O-,または-CH2S-であり,R6 と R7 が一緒になって-O-であり,R8 が水素であるものである請求項1記載の止痒剤。
【請求項7】前記一般式(I)において,R5 が水素または下記の基本骨格:のいずれかを持つ有機基(ただし炭素数1から5のアルキル,炭素数1から5のアルコキシ,炭素数1から5のアルカノイルオキシ,ヒドロキシ,弗素,塩素,臭素,ヨ ウ素,アミノ,ニトロ,シアノ,イソチオシアナト,トリフルオロメチル,トリフルオロメトキシ,メチレンジオキシからなる群から選ばれた少なくとも一種以上の置換基により置換されていてもよい)で表されるものである請求項6記載の止痒剤。
【請求項8】前記一般式(I)において,Bが-CH=CH-または-C≡C-のものである請求項6記載の止痒剤。
【請求項9】前記一般式(I)において,R5 が水素または下記の基本骨格:のいずれかを持つ有機基(ただし炭素数1から5のアルキル,炭素数1から5のアルコキシ,炭素数1から5のアルカノイルオキシ,ヒドロキシ,弗素,塩素,臭素,ヨウ素,アミノ,ニトロ,シアノ,イソチオシアナト,トリフルオロメチル,トリフルオロメトキシ,メチレンジオキシからなる群から選ばれた少なくとも一種以上の置換基により置換されていてもよい)で表されるものである請求項8記載の止痒剤。
【請求項10】下記一般式(II)[式中 は二重結合又は単結合を表し,R1 は炭素数1から5のアルキル,炭素数4から7のシクロアルキルアルキル,炭素数5から7のシクロアルケニルアルキル,炭素数7から13のアラルキル,炭素数4から7のアルケニルまたはアリルを表し,R2 は水素,ヒドロキシ,ニトロ,炭素数1から5のアルカノイルオキシ,炭素数1から5のアルコキシまたは炭素数1から5のアルキルを表し,R3 は水素,ヒドロキシ,炭素数1から5のアルカノイルオキシ,または炭素数1から5のアルコキシを表し,R4 は水素,炭素数1から5の直鎖もしくは分枝アルキル,または炭素数6から12のアリールを表し,Aは炭素数1から6のアルキレン,-CH=CH-または-C≡C-を表し,R5 は下記の基本骨格:のいずれかを持つ有機基(ただし炭素数1から5のアルキル,炭素数1から5のアルコキシ,炭素数1から5のアルカノイルオキシ,ヒドロキシ,弗素,塩素,臭素,ヨウ素,ニトロ,シアノ,イソチオシアナト,トリフルオロメチル,トリフルオロメトキシ,メチレンジオキシからなる群から選ばれた少なくとも一種以上の置換基により置換されていてもよい)を表し,R6 は炭素数1から5のアルキル,アリルであり,X-はその薬理学的に許容される対イオン付加塩を表す。また,一般式(II)は(+) 体, (-)体, (±)体を含む]で表されるオピオイドκ受容体作動性化合物を有効成分とする止痒剤。
【請求項15】下記一般式(III)[式中,は二重結合又は単結合を表し,R1 は炭素数1から5のアルキル,炭素数4から7のシクロアルキルアルキル,炭素数5から7のシクロアルケニルアルキル,炭素数7から13 のアラルキル,炭素数4から7のアルケニルまたはアリルを表し, 2 は水素,ヒド Rロキシ,ニトロ,炭素数1から5のアルカノイルオキシ,炭素数1から5のアルコキシまたは炭素数1から5のアルキルを表し,R3 は水素,ヒドロキシ,炭素数1から5のアルカノイルオキシまたは炭素数1から5のアルコキシを表し,R4 は水素,炭素数1から5の直鎖もしくは分岐アルキルまたは炭素数6から12のアリールを表し,Aは炭素数1から6のアルキレン,-CH=CH-または-C≡C-を表し,R5 は下記の基本骨格: のいずれかを持つ有機基(ただし炭素数1から5のアルキル,炭素数1から5のアルコキシ,炭素数1から5のアルカノイルオキシ,ヒドロキシ,弗素,塩素,臭素,ヨウ素,ニトロ,シアノ,イソチオシアナト,トリフルオロメチル,トリフルオロメトキシ,メチレンジオキシからなる群から選ばれた少なくとも一種以上の置換基により置換されていてもよい)を表す。また,一般式(III)は(+)体,(-)体,(±)体を含む]で表されるオピオイドκ受容体作動性化合物またはその薬理学的に許容される酸付加塩を有効成分とする止痒剤。
【請求項21】一般式(II) [式中,は二重結合又は単結合を表し,R1 は炭素数1から5のアルキル,炭素数4から7のシクロアルキルアルキル,炭素数5から7のシクロアルケニルアルキル,炭素数7から13のアラルキル,炭素数4から7のアルケニルまたはアリルを表し,R2 は水素,ヒドロキシ,ニトロ,炭素数1から5のアルカノイルオキシ,炭素数1から5のアルコキシまたは炭素数1から5のアルキルを表し,R3 は水素,ヒドロキシ,炭素数1から5のアルカノイルオキシまたは炭素数1から5のアルコキシを表し,R4 は水素,炭素数1から5の直鎖もしくは分枝アルキル,または炭素数6から12のアリールを表し,Aは炭素数1から6のアルキレン,-CH=CH-または-C≡C-を表し,R5 は下記の基本骨格:のいずれかを持つ有機基(ただし炭素数1から5のアルキル,炭素数1から5のアルコキシ,炭素数1から5のアルカノイルオキシ,ヒドロキシ,弗素,塩素,臭素,ヨウ素,ニトロ,シアノ,イソチオシアナト,トリフルオロメチル,トリフルオロメト キシ,メチレンジオキシからなる群から選ばれた少なくとも一種以上の置換基により置換されていてもよい)を表し, 6 は炭素数1から5のアルキルまたはアリルであり, RX?はその薬理学的に許容される対イオン付加塩を表す。また,一般式(II)は(+)体,(-)体,(±)体を含む]で表されるモルヒナン4級アンモニウム塩誘導体。
【請求項26】一般式(III)[式中,は二重結合又は単結合を表し,R1 は炭素数1から5のアルキル,炭素数4から7のシクロアルキルアルキル,炭素数5から7のシクロアルケニルアルキル,炭素数7から13 のアラルキル,炭素数4から7のアルケニルまたはアリルを表し, 2 は水素,ヒド Rロキシ,ニトロ,炭素数1から5のアルカノイルオキシ,炭素数1から5のアルコキシまたは炭素数1から5のアルキルを表し,R3 は水素,ヒドロキシ,炭素数1から5のアルカノイルオキシまたは炭素数1から5のアルコキシを表し,R4 は水素,炭素数1から5の直鎖もしくは分岐アルキルまたは炭素数6から12のアリールを表し,Aは炭素数1から6のアルキレン,-CH=CH-または-C≡C-を表し,R5 は下記の基本骨格: のいずれかを持つ有機基(ただし炭素数1から5のアルキル,炭素数1から5のアルコキシ,炭素数1から5のアルカノイルオキシ,ヒドロキシ,弗素,塩素,臭素,ヨウ素,ニトロ,シアノ,イソチオシアナト,トリフルオロメチル,トリフルオロメトキシ,メチレンジオキシからなる群から選ばれた少なくとも一種以上の置換基により置換されていてもよい)を表す。また,一般式(III)は(+)体,(-)体,(±)体を含む]で表されるモルヒナン-N-オキシド誘導体またはその薬理学的に許容される酸付加塩。
【請求項31】請求項21ないし25記載のモルヒナン4級アンモニウム塩誘導体を含んでなる医薬。
【請求項32】請求項26ないし30記載のモルヒナン-N-オキシド誘導体またはその薬理学的に許容される酸付加塩を含んでなる医薬。
【請求項33】 一般式(VIII)で表される3級アミンを,アルキル化剤を用いて4級アンモニウム塩化することを特徴とする一般式(II)(上記一般式(VIII)および(II)において,は二重結合又は単結合を表し,R1 は炭素数1から5のアルキル,炭素数4から7のシクロアルキルアルキル,炭素数5から7のシクロアルケニルアルキル,炭素数7から13 のアラルキル,炭素数4から7のアルケニルまたはアリルを表し, 2 は水素,ヒド Rロキシ,ニトロ,炭素数1から5のアルカノイルオキシ,炭素数1から5のアルコキシまたは炭素数1から5のアルキルを表し,R3 は水素,ヒドロキシ,炭素数1から5のアルカノイルオキシまたは炭素数1から5のアルコキシを表し,R4 は水素,炭素数1から5の直鎖もしくは分岐アルキル,または炭素数6から12のアリールを表し,Aは炭素数1から6のアルキレン,-CH=CH-または-C≡C-を表し,R5 は下記の 基本骨格:のいずれかを持つ有機基(ただし炭素数1から5のアルキル,炭素数1から5のアルコキシ,炭素数1から5のアルカノイルオキシ,ヒドロキシ,弗素,塩素,臭素,ヨウ素,ニトロ,シアノ,イソチオシアナト,トリフルオロメチル,トリフルオロメトキシ,メチレンジオキシからなる群から選ばれた少なくとも一種以上の置換基により置換されていてもよい)を表す。)で表される化合物の製造法。
【請求項34】アルキル化剤が炭素数1から5のヨウ化アルキル,炭素数1から5の臭化アルキル,炭素数1から5の塩化アルキル,炭素数1から5のメタンスルホン酸アルキル,炭素数1から5のジアルキル硫酸,ヨウ化アリル,臭化アリルまたは塩化アリルである請求項33記載の製造法。
【請求項35】一般式(IX) で表される3級アミンを,酸化剤を用いて酸化することを特徴とする一般式(III)で表される化合物の製造法。
(上記一般式(IX)および(III)において,は二重結合又は単結合を表し,R1 は炭素数1から5のアルキル,炭素数4から7のシクロアルキルアルキル,炭素数5から7のシクロアルケニルアルキル,炭素数7から13のアラルキル,炭素数4から7のアルケニルまたはアリルを表し,R2 は水素,ヒドロキシ,ニトロ,炭素数1から5のアルカノイルオキシ,炭素数1から5のアルコキシまたは炭素数1から5のアルキルを表し,R3 は水素,ヒドロキシ,炭素数1から5のアルカノイルオキシまたは炭素数1から5のアルコキシを表し,R4 は水素,炭素数1から5の直鎖もしくは分岐アルキルまたは炭素数6から12のアリールを表し,Aは炭素数1から6のアルキレン,-CH=CH-または-C≡C-を表し,R5 は下記の基本骨格: のいずれかを持つ有機基(ただし炭素数1から5のアルキル,炭素数1から5のアルコキシ,炭素数1から5のアルカノイルオキシ,ヒドロキシ,弗素,塩素,臭素,ヨウ素,ニトロ,シアノ,イソチオシアナト,トリフルオロメチル,トリフルオロメトキシ,メチレンジオキシからなる群から選ばれた少なくとも一種以上の置換基により置換されていてもよい)を表す。)【請求項36】酸化剤が有機カルボン酸の過酸化物,過酸化水素,第3ブチルヒドロペルオキシド,クメンヒドロペルオキシドまたはオゾンである請求項35記載の製造法。
3 本件審決の理由の要点 (1) 本件発明は,@一般式(I)で表される化合物に関する発明(本件発明1〜 9),A一般式(II)で表される化合物に関する発明(本件発明10〜14,2 1〜25,33及び34),B一般式(III)で表される化合物に関する発明(本 件発明15〜20,26〜32,35及び36)に大別されるところ,ナルフラフ ィンは,一般式(I)に含まれ,本件発明2〜9はすべて本件発明1に従属するか ら,本件医薬品が本件発明1の発明特定事項を備えているといえるか否かについて 判断する。
(2) ア 本件医薬品の有効成分は,ナルフラフィン塩酸塩であり,「一般式(I)で表されるオピオイドκ受容体作動性化合物の薬理学的に許容される酸付加塩」に該当するものである。
イ 本件発明1の「一般式(I)で表されるオピオイドκ受容体作動性化合物を有効成分とする止痒剤。」にナルフラフィン塩酸塩が含まれるかどうかについて (ア) 本件特許について,出願当初は,一般式(I),(II),(III),(IV),(V),(VI)及び(VII)で表されるいずれのオピオイドκ受容体作動性化合物についても,その薬理学的に許容される塩を有効成分とする止痒剤は一律に特許請求の範囲及び明細書に記載されていたが(乙1),平成13年4月24日付け拒絶理由通知(甲153)に応答してされた同年7月16日付けの補正(乙3。以下「本件補正」という。)により,一般式(I)で表される化合物の場合のみ薬理学的に許容される塩を有効成分とする止痒剤が特許請求の範囲から削除され,そのまま特許権が設定登録された。
このような出願経過に照らすと,ナルフラフィン塩酸塩などの「一般式(I)で表されるオピオイドκ受容体作動性化合物の薬理学的に許容される酸付加塩」を有効成分とする止痒剤は,出願当初は特許請求の範囲に含まれていたものの,本件補正により特許請求の範囲から除外されたものと解される。
(イ) 本件明細書には,ナルフラフィン塩酸塩などの「一般式(I)で表されるオピオイドκ受容体作動性化合物の薬理学的に許容される酸付加塩」を有効成分とする止痒剤が記載されているが,本件明細書は一度も補正されておらず,一般式(IV),(V),(VI)及び(VII)で表されるオピオイドκ受容体作動性化合物やその塩を有効成分とする止痒剤のように,出願当初の特許請求の範囲には含まれていたが,特許権設定登録時の特許請求の範囲には含まれない事項も記載されたまま残っている例があることからすると,「一般式(I)で表されるオピオ イドκ受容体作動性化合物の薬理学的に許容される酸付加塩」を有効成分とする止痒剤が本件明細書に記載されているからといって,そこから直ちに本件発明に上記酸付加塩を有効成分とする止痒剤が包含されるということはできない。
(ウ) 原告は,本件発明の「有効成分」とは,体内で効果を発揮する実体(ナルフラフィン)のことをいい,本件医薬品である「止痒剤」に含有される作動薬(ナルフラフィン塩酸塩)とは一致しないと主張する。
しかし,「成分」とは,一般に,混合物を構成する各物質のことを意味し,医薬品の場合,その「有効成分」とは,医薬品という混合物を構成する各物質のうち,薬効を示す物質をいうことが技術常識である(「広辞苑 第二版増訂版」1230頁「成分」の項[乙7],「廣川薬科学大辞典」855頁「成分」の項[乙8],1584頁「有効成分」の項[甲103])。したがって,本件発明1における「止痒剤」の「有効成分」とは,医薬品という混合物である「止痒剤」に含有され,「止痒剤」を構成する物質であって,一般式(I)で表される,塩の付加していない化合物を意味すると解するべきである。
本件明細書では,「作動薬」が受容体に働きかけて効果を発揮するものとして記載されている上,「作動薬」と「有効成分」は同義で用いられている。また,「作動薬」が医薬品を構成する成分を意味し,「有効成分」が体内で医薬作用を発揮する実体であるという技術常識があるとも認められず,ナルフラフィン塩酸塩を「作動薬」,ナルフラフィンを「有効成分」として区別する原告の上記主張はこの点からも採用することができない。
ウ 以上からすると,本件発明はナルフラフィン塩酸塩を有効成分とする本件医薬品を含むものではないといえるから,本件発明の実施に旧特許法67条2項の政令で定める処分を受けることが必要であったとは認めることができず,本件延長登録出願は,旧特許法67条の3第1項1号に該当し,特許権の存続期間の延長登録を受けることができない。
4 原告主張の審決取消事由 (1) 取消事由1(本件医薬品の有効成分に関する事実認定の誤り) (2) 取消事由2(本件発明1の解釈の誤り) (3) 取消事由3(法令解釈の誤り)
当事者の主張
1 取消事由1(本件医薬品の有効成分に関する事実認定の誤り)について (原告の主張) (1) 本件審決の事実認定の誤り 本件医薬品は,ナルフラフィン(フリー体)を有効成分とする医薬品であり,本件発明1の発明特定事項を備えているものである。本件審決は,本件医薬品の有効成分がナルフラフィン塩酸塩であると誤って認定している。
以下で詳述するとおり,医薬品の有効成分に関する技術常識,ナルフラフィン塩酸塩の有効成分に関する科学的・客観的な理解,本件医薬品の製造販売承認書(以下「本件承認書」という。)の記載等からすると,本件医薬品がナルフラフィンを有効成分とする止痒剤であることは明らかである。
(2) 医薬品における「有効成分」の意義についての技術常識 医薬分野の当業者において,「有効成分」の用語は,以下のとおり,薬効を生じる薬理作用を奏する成分を意味するものとして理解されて用いられており,それが技術常識となっている。
すなわち,「有効成分」との用語は,ドイツ人薬剤師であるAによって,生薬において薬効を生じさせる物質(フリー体)を指す用語として用いられ始めたものである(甲99〜101)。
その後も,「有効成分」の語は,医療分野の当業者において,生薬や製剤中の形態にかかわらず,血中に吸収されて生体内で薬効となる薬理作用を奏する成分を指す用語として一貫して使用されてきた(甲102〜113)。
薬事行政を担う厚生労働省(旧厚生省。以下,単に「厚労省」という。)でも,「有効成分」について,薬効となる薬理作用を奏する成分を意味する用語としてこれ を用い,医薬品の有効成分を測定・評価するためのガイドラインを作成してきた(甲114)。また,厚労省では,所轄する国家試験である「医薬品の登録販売者試験」の「試験問題作成に関する手引き」において,「有効成分」について,消化管から吸収されて血液中に移行して薬効となる薬理作用を奏する成分を意味する用語として一貫して用いている(甲115,116)。上記試験の実際の試験問題は,上記手引きの記載に準拠して出題されており(甲117),上記試験対策の参考書にも同旨の記載がある(甲119)。
(3) 塩を付加する意義について 一般に,医薬品に用いられる原薬の開発は,初期段階として薬効及び当該薬効に係わる薬理作用を奏する化合物が見いだされ,次に,化合物の酸化・分解の防止や水に対する溶解度の向上などを期待して塩や結晶形などのスクリーニングが行われる(甲120〜125)。
もっとも,スクリーニングによって選択される塩の形態いかんによって,化合物における薬効となる薬理作用が失われるものではなく,化合物が製剤中において塩の形態をとったとしても,薬効となる薬理作用を奏するのは,塩が付加されない化合物(=生体内において塩から遊離する化合物)であることは,当業者には技術常識になっていた(甲120,126〜128)。
(4) ナルフラフィン塩酸塩の製造過程及び有効成分に関する科学的 客観的な理 ・解 ナルフラフィン塩酸塩は,●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●であって,ヒトに投与されると直ちにナルフラフィンと塩化物イオンに解離し,ナルフラフィンが血液中に取り込まれて薬効となる薬理作用を奏する(甲129〜131)。
(5) 本件承認書等の記載 本件承認書(甲4,96,148)では,●●●●●●●●●●●●●●●●● ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● 溶出試験は,一般には「経口製剤の溶出性を評価し,規格に適合しているか判定するとともに,併せて著しい生物学的非同等を防ぐことを目的」とする試験(甲132)とされていて,溶出試験について,「医薬品から溶け出す有効成分の濃度を経時的に測定」する(甲113),「溶出した有効成分量を測定する」(甲132,133)とされている。
また,本件添付文書(甲5)の【組成・性状】欄の「有効成分・含量」の箇所には,原薬である「ナルフラフィン塩酸塩2.5μg」と並記する形で「ナルフラフィンとして2.32μg」と明記されている。この記載は,本件医薬品の有効成分がナルフラフィンであるとの理解に基づき本件医薬品の添付文書が作成されていることを示すものである。
さらに,本件医薬品の医薬品インタビューフォーム(甲134。以下「本件インタビューフォーム」という。)においては,本件医薬品の一般名(INN[International Nonproprietary Name]表記)を「nalfurafine」(ナルフラフィン)と記載されている(甲134)。INN表記は,「原薬の活性本体部分に対して命名される」ものとされ(甲135),また,世界保健機関(以下「WHO」という。)のガイダンスにおいても,薬効を発揮する部分の名称が付与されるルールとなっている(甲136)から,この記載は,本件医薬品の有効成分がナルフラフィンであるとの理解に基づき本件インタビューフォームが作成されていることを示すものである。
(6) 当業者において本件医薬品がナルフラフィンを有効成分とする止痒剤であると理解されていること 各文献(甲137〜147)には,本件医薬品,「レミッチカプセル2.5μg」(以下「本件カプセル製剤」という。),レミッチカプセルの同一製剤における有効成分がナルフラフィンであることが記載されており,当業者において,本件医薬品はナルフラフィンを有効成分とする止痒剤であると理解されていることが分かる。
(7) 本件審決の認定について 本件審決は,本件医薬品の製造販売承認申請書(甲148。以下「本件承認申請書」という。)の有効成分欄に基づいて記載された本件添付文書(甲5)の【組成・性状】欄の「有効成分・含量」欄の「ナルフラフィン塩酸塩2.5μg」との記載を根拠として,本件医薬品の有効成分が,「ナルフラフィン塩酸塩」であると認定したものと推察される。
薬機法においては,「有効成分」の用語は,効能・効果と直接の関係のない賦形剤,安定剤,溶剤等の製剤補助剤を含まない,「効能,効果を薬理的に生ぜしめる有効な成分」であると定義されており,効能・効果とは関係しない他の「成分」と区別するために用いられるものであり(甲149,150),本件承認申請書においても,他の成分(添加剤)と区別する形で,有効成分欄「000(有効成分)」に原薬の「ナルフラフィン塩酸塩」が記載されている(甲148)。
もっとも,前記(2)のとおり,厚労省は有効成分とは薬効となる薬理作用を奏する成分という意味であるとの理解を当然の前提としているから,上記のような本件承認申請書の有効成分欄の記載から,直ちに有効成分が「ナルフラフィン塩酸塩」であって,@生体内で薬効となる薬理作用を奏する成分を有効成分とはしない,又は,A生体内で薬効となる薬理作用を奏する成分を有効成分から除外していると理解されることにはならない。本件承認申請書の有効成分欄に原薬である「ナルフラフィン塩酸塩」が記載されているのは,それが薬理作用を有する有効成分を含んでいるので,他の成分と区別するために記載されているのである。
(8) B意見書について 以上のような「有効成分」の意義及び本件医薬品の有効成分に係る理解は,長年にわたり医薬品の製造販売承認実務を含む薬事行政に関与してきた元昭和薬科大学学長のB名誉教授(以下「B名誉教授」という。)の鑑定意見書(甲151。以下「B意見書」という。)においても述べられている。
(9) アミン及びモルヒナン骨格を有する化合物に関する技術常識 ア アミンを有する化合物に関する技術常識 本件一般式(T)の化合物のように,アミンを有する化合物は,遊離塩基であり,水溶液中で塩基性を示す(甲163)ところ,遊離塩基は,一般に,空気酸化や光で分解されたり,空気中の二酸化炭素と塩を形成したりして不安定であるため,塩化して(何らかの酸との塩にして)用いられるが,塩化した場合にも,投与後の生体内においては,塩のまま存在するわけではなく遊離塩基が遊離し,粘膜からは遊離塩基が吸収される(甲164)このことは, 。 本件優先日当時の技術常識であった。
イ モルヒナン骨格を有する化合物に関する技術常識 本件一般式(I)の化合物のように,モルヒナン骨格を有する化合物を有効成分とし,オピオイド受容体に作用する本件優先日当時の公知の医薬品は,いずれも,当該有効成分を酸付加塩の形態で含有する医薬品であり,本件優先日当時,モルヒナン骨格を有する化合物を医薬品の有効成分として用いる場合,塩化することが技術常識であった(甲166〜175)。
また,モルヒナン骨格の環構造が一部除去されたベンゾモルファン骨格又はフェニルピペリジン骨格を有する化合物は,モルヒネ則と呼称される共通の構造的特徴を有し(甲165),いずれも3級アミン(第三級窒素)を有するものであるところ,このベンゾモルファン骨格又はフェニルピペリジン骨格を有する化合物を有効成分とし,オピオイド受容体に作用する本件優先日当時の公知医薬品の多くも当該有効成分を酸付加塩の形態で含有する医薬品である(甲176〜183)。
ウ 上記ア,イのとおり,本件優先日当時,本件一般式(T)の化合物のようなアミン及びモルヒナン骨格を有する化合物を有効成分とする医薬品を製造するに当たっては,当該化合物を塩酸等の酸で塩を形成して用いるのが通常であるとの技術常識が存在した。
(10) 被告の主張に対する反論 ナルフラフィン塩酸塩を「有効成分」とする記載がある本件添付文書(甲5), 治験計画届書(甲10)及び原告作成文書(甲83,88,90)は,いずれも医薬品製造販売承認申請に当たって作成された文書であるところ,医薬品製造販売承認実務においては,有効成分とその他の成分(添加剤)とを区別する観点から承認書等に有効成分欄が設けられており,当該有効成分欄にナルフラフィン塩酸塩が記載されていることは本件医薬品の有効成分がナルフラフィンであることを何ら否定するものではない。
(被告の主張) (1) 原告の主張の前提についての誤り 本件医薬品を構成する各物質のうちの有効成分とされる物質は,以下のア及びイのとおり,ナルフラフィン塩酸塩という化合物であり,原告自身も,本件延長登録出願の審査経緯において,審決の拒絶の理由が通知されるまで,一貫してそのように主張していた。
ア 本件承認書 本件承認書の1頁の「成分及び分量又は本質」の「成分」の欄には,「成分名」として「ナルフラフィン塩酸塩」と記載されている。この「成分」は,「分量」とともに記載されていることから,本件医薬品に配合され,本件医薬品を構成する物質である。
イ 本件添付文書(甲5)の1頁左欄【組成・性状】には,次のとおりの記載がある。
「有効成分・含量 ナルフラフィン塩酸塩2.5μg (1錠中) (ナルフラフィンとして2.32μg)」 この記載は,本件医薬品1錠中に,有効成分としてナルフラフィン塩酸塩が2.5μg含有されることを表す。「(ナルフラフィンとして2.32μg)」とは,ナルフラフィン塩酸塩2.5μgが体液に溶解して遊離するナルフラフィンの量を,ナルフラフィンの分子量(476.5)とナルフラフィン塩酸塩の分子量(513.0)とから算出した値であると解される(2.5μg×476.5/513.0= 2.32μg)。ナルフラフィン塩酸塩は,本件発明1の発明特定事項である「有効成分」の「一般式(I)で表されるオピオイドκ受容体作動性化合物」であるナルフラフィンとは別の化合物であり,本件医薬品にナルフラフィンが含有されることを意味するものではない。
したがって,本件医薬品は,本件発明1の発明特定事項である「一般式(I)で表されるオピオイドκ受容体作動性化合物を有効成分とする」を備えていないから,本件審決の判断に誤りはない。
(2) 原告の主張について ア 取消事由1に関する本件審決の判断に誤りがあるか否かは,本件医薬品が本件発明1の発明特定事項としての「有効成分」を備えているか否かであって,その前提として,本件発明1の発明特定事項である「有効成分」の意味する内容を確定することが必要である。原告は,本件医薬品の有効成分がナルフラフィンであることについて主張するが,これらは,いずれも,本件発明1の発明特定事項としての有効成分を本件医薬品が備えていることを主張・立証するものではなく,本件審決の判断に誤りはない。
イ 原告は,本件優先日当時,当業者が一般式(I)で表される化合物を塩酸塩等,酸で塩を形成して用いるのが通常であった旨主張するが,本件特許の出願日の約5年前に原告によって出願され,約1年半前に特許権の設定登録がされた特許明細書の記載(乙26)によると,本件特許の出願日前に,一般式(I)で表される化合物は,フリー体として合成されており,フリー体自体のみならず,フリー体を有効成分として含んで成る医薬組成物にまで特許が付与されていたことが分かる。
また,薬効を奏する化合物は,例えば,経口投与剤のように製剤中に親水系で存在させる場合には塩の形態で使用し,例えば,局所投与剤のように製剤中に疎水系で存在させる場合にはフリー体の形態で使用することが通常であり(乙33〜35),ナルフラフィンのフリー体を有効成分として含有する局所投与用医薬品が各種知ら れている。
したがって,本件発明1の発明特定事項としての有効成分はナルフラフィン塩酸塩であるとの本件審決の認定に誤りはない。
2 取消事由2(本件発明1の解釈の誤り)について(原告の主張) (1) 本件発明1における「有効成分」の意義 ア 本件発明1の技術的意義 本件発明1が,一般式(I)で表されるオピオイドκ受容体作動性化合物に止痒の薬理作用を見いだした医療用途発明であることからすると,薬理作用を奏する成分がフリー体であるか,酸付加塩の形態をとっているかは,医薬用途発明の作用効果とは無関係であり,何ら重要ではない。本件特許の請求項1の「有効成分」は,薬効となる薬理作用を奏する成分を意味するものと一義的に理解されるし,少なくとも,本件特許の請求項1の「有効成分」が製剤中に含有される形態の化合物を特定したものとは理解されない。
本件審決は,本件特許の他の請求項から帰納的に請求項1を解釈することを試みているが,そのような解釈方法は,改善多項制を採用している現行の特許法制度下のクレーム解釈方法として妥当ではない。
イ 本件明細書(甲2)の記載 以下のように,本件明細書の記載からも,本件発明1の「有効成分」が「薬効となる薬理作用を奏する成分」であると解釈することができる。
(ア) 本件明細書の総論部分では,オピオイド系作動薬とオピオイド系拮抗薬のいずれについても,製剤中に含有される化合物が塩の形態を取っているかなどは一切注目されておらず,各医薬の薬理作用及び薬理作用を奏する成分が直接的に注目されている。本件明細書においては,このような技術分野及び背景技術の記述を踏まえて,「発明の開示」において,本件発明を「本発明はオピオイドκ受容体作動性化合物およびこれを有効成分とする止痒剤である。」と特定している。
(イ) 本件明細書においては,各論の具体例・実施例として,薬理作用を奏するオピオイドκ受容体作動性化合物を有効成分とする止痒剤について,酸付加塩等の様々な実施形態についても記載されているが,その場合であっても,当業者は,上記(ア)の総論部分の理解を踏まえ,当該止痒剤はオピオイドκ受容体作動性化合物(フリー体)を有効成分とするものと理解するのであって,各論における具体例・実施例の記載は,医薬用途発明の文脈における有効成分に関する当業者の理解を何ら変更するものではない。
なお,実施例9,10及び12においては,投与対象物として酸付加塩が選択されているが,それらは,生理食塩水又は10%ジメチルスルホキシド(DMSO)に溶解させてから投与されている。酸付加塩は,概ね中性溶液である生理食塩水等の溶液中で塩酸塩等の付加された塩が解離するから,投与対象物の形態を厳密にとらえると,実施例9,10及び12において,生体中に投与されているのは,酸付加塩ではなく,塩が解離した化合物である。しかし,実施例9,10及び12の各記述は,そのような投与対象物の形態の違い,すなわち,生理食塩水等に溶解させることにより,投与対象物が,塩が付加されていない化合物となったことに,一切触れておらず,投与対象物の形態に注目していないから,本件明細書に接した当業者は,実施例が,(溶液等中で解離した)オピオイドκ受容体作動性化合物が薬効を生じる薬理作用を奏する成分として作用していることを示すものであると理解する。
(ウ) 前記1(原告の主張)(2),(3)でみたような,「有効成分」の意義についての当業者や厚労省の理解,化合物が製剤中において塩の形態をとったとしても,薬効となる薬理作用を奏する成分が塩を付加しないフリー体であることといった技術常識を踏まえて,本件明細書をみると,本件明細書には溶解度や溶解速度の向上等,塩を付加することの意義に関する記述は皆無であって,このことからすると,本件発明1は,塩の付加の有無について何ら注目しておらず,塩の付加の有無は,本件発明1の作用効果とも技術的特徴とも無関係であることが理解できる。
ウ 本件審決が説示する辞書における「有効成分」 (ア) 本件審決が援用する「廣川薬科学大辞典 第5版」(甲103)は,「有効成分〔医薬品の〕」を「1つの医薬品の意図された作用を起こす物質。また,成分の中で薬効を示す成分。」と記載しており,製剤中に含有される形態を何ら問題としておらず,単に薬効となる薬理作用を奏する成分との理解を示している。
また,廣川薬科学大辞典は,「有効濃度〔薬物の〕」について,「薬効を発現するに十分な濃度で,多くは血中濃度を対象」,「薬物の薬効発現,持続には有効濃度に到達し,その維持が必要で,有効濃度の最小限度を最小有効濃度といい,それ以上の濃度が必要。」として,成分の「血中濃度」と薬効(薬理作用)との関係性を説明しているが,前記のとおり,生体内(血中を含む)において塩酸塩は遊離し,血中濃度はフリー体の濃度を意味する。したがって,「有効濃度〔薬物の〕」の説明を踏まえると,廣川薬科学大辞典が「有効成分」について,製剤中に含有される形態を何ら問題とせず,単に薬理作用を奏する成分と理解していることがより一層明らかである。
(イ) 本件審決は,「広辞苑 第2版増訂版」に記載された「成分」の項の記載を参照し,「廣川薬科学大辞典」の「有効成分」の意義に組み合わせて,「有効成分」とは,医薬品という混合物を構成する各物質のうち,薬効を示す物質をいうことが技術常識である旨説示する。
しかし,そもそも特定の用語の意義を検討するに当たって,単純に当該用語を構成している用語の意義を組み合わせて理解を試みること自体妥当ではない上,本件審決は,異なる辞書の異なる用語の意義を組み合わせて「有効成分」の意義を理解しようとしているのであって,本件審決が説示する「有効成分」の意義は何ら技術常識とはなり得ない。
「広辞苑 第6版」(甲152)には,「成分」の項に「@一つのものを構成する部分となる要素。A〔化〕化合物や混合物を構成している元素・物質。」と記載されており,前記1(原告の主張)(4)のナルフラフィン塩酸塩の製造過程及び本件 医薬品の有効成分に係る客観的 科学的な理解等に照らすと, ・ 本件医薬品において,ナルフラフィンが本件医薬品を構成している物質の一つであることは否定されない。
(2) 本件特許の出願経過 原告は,平成13年4月24日付け拒絶理由通知(甲153)の理由2,3(実施可能要件違反,明確性要件違反)に対応するために,出願時の請求項1及び2を削除し,本件特許の請求項1を「一般式(I)・・・で表されるオピオイドκ受容体作動性化合物を有効成分とする止痒剤。」とする本件補正を行ったが,この補正は,上記理由2,3の拒絶理由を解消するために,オピオイドκ受容体作動性化合物(モルヒナン誘導体を含む。)の基本骨格を明らかにしてその構成を特定する趣旨で行われたものであり,オピオイドκ受容体作動性化合物(フリー体)を酸付加塩とは異なるものとして限定したものでなく,本件審決が指摘するような「一般式(T)で表されるオピオイドκ受容体作動性化合物の酸付加塩を有効成分とする止痒剤」を除外したものではない。
なお,原告が本件補正について,出願時の請求項1及び2を削除し,出願時の請求項3の記載を修正するという方法を採用したのは,「一般式(I)」の記載が長文であることから,出願時の請求項1に「一般式(I)」の記載を追加するのではなく,出願時の請求項1及び2を削除した上で,元々「一般式(I)」が記載されていた出願時の請求項3を修正したほうが全体の修正量を抑えることができるという,単なる補正の実務的・技術的な理由に基づくものである。
(3) 被告の主張に対する反論 ア 被告の主張する「特許・実用新案審査ハンドブック」の記載は,原告の主張する「有効成分」の定義でも整合的に説明することが可能であるし,原告の他の特許出願(乙26)の請求項20及び21の「モルヒナン誘導体・・・を有効成分として含んで成る鎮痛剤(利尿剤)」との文言は,その有効成分の製剤中の含有形態に着目した文言であって,本件発明1の「有効成分とする」との文言とは使い分けられており,本件特許の「有効成分とする」という文言がその製剤中の含有形 態に全く着目していないことが理解できる。
イ 本件特許の請求項10及び請求項15に発明は,改善多項制の下では,本件発明1と異なる特許発明であるから,請求項10及び請求項15の記載をもって請求項1の意義を断じる解釈は適切ではない。
ウ 本件明細書について,仮に「有効成分」を本件審決のように「医薬品という混合物を構成する各物質のうち薬効を示す物質」と理解した場合,本件明細書の「技術分野」や「背景技術」において製剤中に含有される有効成分の存在形態等が一切問題視されていないにもかかわらず,「発明の開示」の箇所で突如として有効成分の存在形態等が被混合物でなければならないといったように問題とされることになり,本件明細書の一連の記述が論理的に極めて不自然なものとなってしまうのであって,かえって本件明細書全体を矛盾なく統一して理解することはできない。
エ 本件特許の特許請求の範囲の解釈に当たり,特許登録後の事情である延長登録出願の出願経過参酌されるべき事柄ではないし,これまで述べてきた「有効成分」についての理解からすると,本件延長登録出願の出願経過において,原告の主張は変遷していない。
オ 後発品企業のうち,1グループ(沢井製薬株式会社及び扶桑薬品工業株式会社。以下「沢井・扶桑グループ」という。)を除く全ての企業(9社)は,後発医薬品としてカプセル製剤又はODフィルムの製造販売を開始したにすぎず,OD錠剤については,その製造販売承認を受けていない(甲184)。また,いずれの後発医薬品も,その「効能又は効果」は「血液透析患者におけるそう痒症の改善(既存治療で効果不十分な場合に限る)」であり(乙14〜21),原告が本件特許権に関し存続期間延長登録(甲185)を受けている「慢性肝疾患患者」及び「腹膜透析患者」におけるそう痒症改善の用途については,後発医薬品の「効能又は効果」に含まれていない。
また,沢井・扶桑グループも,原告に対し,事前に本件特許権の効力がナルフラフィン(フリー体)にのみ及ぶとの回答は一切していない上,沢井・扶桑グループ が製造販売承認を受けたOD錠剤は,原告が本件特許権に関し存続期間延長登録を受けている「慢性肝疾患患者」及び「腹膜透析患者」におけるそう痒症改善の用途を「効能又は効果」に含んでいない(甲185,乙12,13)。
したがって,沢井・扶桑グループも含めた後発品企業は,いずれも本件特許権の効力がナルフラフィン塩酸塩に及ぶことを認識した上で後発医薬品の製造販売を開始しているのであって,全く予測可能性を害していない。
(被告の主張) 以下のとおり,本件発明1の有効成分は,ナルフラフィン塩酸塩とは別の化合物であるフリー体としてのナルフラフィンである。
(1) 本件特許の請求項1の常識的な解釈 請求項1の「下記一般式(I)で表されるオピオイドκ受容体作動性化合物を有効成分とする止痒剤。」という記載は,「止痒剤」という物の発明を,その構成(組成)により表現したもの,すなわち,効果を発揮できる割合で「下記一般式(I)で表されるオピオイドκ受容体作動性化合物」を「有効成分」として含有する「止痒剤」を意味すると解釈するのが,ごく自然なことである。本件審決の本件発明1の解釈は,請求項1に記載された文言からごく自然に理解される常識的な解釈である。
(2) 本件特許の請求項1,10及び15の統一的な解釈 ア 特許請求の範囲を含めた明細書の記載要領を定めた,特許法施行規則の様式29の備考8において,用語は,特許請求の範囲を含めて明細書全体を通じて統一して使用することが求められている 。そして,本件特許の請求項1,10及び15には,「下記一般式(○)で表されるオピオイド κ 受容体作動性化合物を有効成分とする止痒剤。」という統一した形式で止痒剤の発明が記載されているから,これら三つの請求項に記載された「有効成分」という用語を同一の意味で統一して解釈するのは当然である。それにもかかわらず,原告の「有効成分」という用語の解釈は,以下のとおり,止痒剤に係る請求項1,10及び15のうち,請求項10 及び15では通用しないものであるから,誤りである。
(ア) 本件特許の請求項1,10及び15には,互いに化学構造の異なる,一般式(I),(II)及び(III)で表されるオピオイドκ受容体作動性化合物を有効成分とする三つの止痒剤が記載されており,請求項1には,一般式(I)のフリー体を有効成分とする止痒剤,請求項10には,一般式(II)の対イオン付加塩を有効成分とする止痒剤,請求項15には,一般式(III)のフリー体又はその薬理学的に許容される酸付加塩を有効成分とする止痒剤がそれぞれ記載されていて,本件特許の特許請求の範囲においては,有効成分の化学構造(一般式(I),(II)又は(III))ごとにフリー体であるか塩であるかについて,区別して書き分けられている。
(イ) 化合物が製剤中において塩の形態をとったとしても,薬効となる薬理作用を奏する成分は,体液に溶解して塩から遊離したフリー体であるという,原告も認める技術常識を踏まえると,「有効成分」は,必然的にフリー体としてしか記載できないことになる。それにもかかわらず,上記アのとおり,請求項10及び15には有効成分が塩である場合が記載されているから,原告の「有効成分」の解釈では,請求項10及び15の記載は,上記技術常識と矛盾することになり,技術的に正しく理解することができない。したがって,原告の「有効成分」の解釈は,止痒剤に係る請求項1,10及び15のうち,明らかに請求項10及び15においては通用しないものである。
(ウ) 本件特許の請求項1,10及び15をすべて統一的に技術的に正しく理解するには,「有効成分」を本件審決のとおり,「医薬品という混合物を構成する各物質のうち薬効を示す物質」と,常識的に解釈するよりほかない。
イ 以下のような本件特許の出願経過に照らすと,原告の主張が許されないことは明らかである。
(ア) 本件特許の請求項1,10及び15は,いずれも,出願当初,請求項1を引用する請求項2を引用して記載されていた請求項3,12及び17を独立 項に書き改めたものである(甲2,153,乙1,3,4,6)。したがって,本件特許の請求項1,10及び15の「下記一般式(○)で表されるオピオイドκ受容体作動性化合物を有効成分とする止痒剤。」という統一した形式の記載は,全て出願当初の請求項1「オピオイドκ受容体作動性化合物を有効成分とする止痒剤。」に由来するのであって,原告主張のように,本件特許の請求項1,10及び15において,「有効成分」の意味が異なることはあり得ない。
(イ) 一般式(II)(対イオン付加塩のみ)及び(III)(フリー体又は酸付加塩)は,出願当初と特許査定時点で,形態(フリー体であるか塩であるか)に関して変化がないのに対して,本件発明1の有効成分である一般式(I)は,出願当初は,フリー体又は酸付加塩であったものが,本件補正により「または薬理学的に許容される酸付加塩」が削除されたことで,フリー体のみとなっているから,出願当初は特許請求の範囲に記載されていた「一般式(I)で表されるオピオイドκ受容体作動性化合物の薬理学的に許容される酸付加塩を有効成分とする止痒剤」は,本件補正により削除されて,特許権が設定登録されたことが,外形的に明らかである。
(3) 本件延長登録出願の出願経過 以下のとおり,本件延長登録出願の出願経過において,令和元年12月4日付け拒絶理由通知(甲92)がされるまで,原告自身が,一貫して,本件発明1の「有効成分」を本件審決と同じ「医薬品という混合物を構成する各物質のうち薬効を示す物質」という普通の意味で解釈していた。
原告は,本件審決の理由である,本件医薬品は本件発明1の発明特定事項を備えていない旨の拒絶理由を解消するために,それまでの一貫した本件発明1の常識的な解釈を覆して現在の特異な解釈に変更したのであり,許されるべきでない。
ア 本件延長登録出願当初の「延長の理由を記載した資料」(甲1) 本件延長登録出願当初の「延長の理由を記載した資料」(甲1)における原告の説明は,以下のとおりであり,本件発明1は一般式(I)の化合物を有効成分とし て含有する止痒剤であるという,本件審決のとおりの常識的な解釈を前提とするものである。
発明特定事項@における一般式(I)の化合物は,その薬学的に許容される酸付加塩(例えば塩酸塩)も包含するため,特徴@'のナルフラフィン塩酸塩は,発明特定事項@における一般式 の・ ・が単結合であり, 1が・ ・であり, ・ (I) ・ R ・ ・ ・,R8が水素である化合物に包含される。・・・また,当該添付文書の第1頁,【組成・性状】,「有効成分・含量」に記載されている通り,ナルフラフィン塩酸塩はレミッチOD錠2.5μgの有効成分である。
従って,本件医薬品は発明特定事項@を備える。」(5頁4行〜22行) イ 平成30年1月9日付け意見書(甲19) 原告は,本件発明1及び本件医薬品の「有効成分」に関する上記アの説明を変更することなく,先行処分の対象となった軟カプセル剤と本件処分の対象となったOD錠(本件医薬品)を共に「ナルフラフィン塩酸塩を有効成分として含む経口剤」と記載した。
ウ 令和元年10月15日付け手続補正書(甲57) 原告は,補正後の「延長の理由を記載した資料」においても,本件発明1及び本件医薬品の「有効成分」に関する上記アの説明を変更することなく,先行処分の対象となった軟カプセル剤と本件処分の対象となったOD錠(本件医薬品)を共に「ナルフラフィン塩酸塩の経口剤」,「ナルフラフィン塩酸塩を有効成分として含む経口剤」と記載した。
エ 令和2年2月10日付け意見書(甲93)及び手続補正書(甲94) 原告は,令和元年12月4日付けの拒絶理由通知(甲92)に応答する手続補正書(甲94)及び意見書(甲93)において,本件発明1の発明特定事項の「有効成分」である「一般式(I)で表されるオピオイドκ受容体作動性化合物」は塩の場合も包含し,本件医薬品の「有効成分」はナルフラフィン塩酸塩であるとのそれまでの主張を覆し,本件発明1の「有効成分」は「一般式(I)で表される化合物 (ナルフラフィン)」であり,本件医薬品は,ナルフラフィンを有効成分とし,ナルフラフィン塩酸塩を作動薬として含有する止痒剤であるとの新たな主張に変更した。
(4) 第三者に与える重大な影響 以下のとおり,原告の本件発明1の解釈は,第三者の予測可能性や法的安定性を著しく害し,第三者に不測の損害を与えるおそれがあるから,許されない。
ア 第三者は,「有効成分」という用語は,本件特許の特許請求の範囲の全体を通じて統一した普通の意味(医薬品という混合物を構成する各物質のうち薬効を示す物質)で使用されていると解すると認められる。これに反して,本件特許の請求項1に記載された「有効成分」という用語を,請求項10及び15では通用しない,原告主張の特異な意味で解釈することは,第三者の予測可能性や法的安定性を著しく害し,第三者に不測の損害を与えるおそれがある。
イ 前記(2)のとおり,一般式(I)のオピオイドκ受容体作動性化合物の酸付加塩を有効成分とする止痒剤は,本件補正により特許請求の範囲から削除されたから,原告は,有効成分が酸付加塩の形態である場合を本件発明1の範囲から意識的に除外したと解され,第三者もそのように理解する。
ウ 前記(3)の本件延長登録出願の出願経過のとおり,原告は,本件医薬品が本件発明1の発明特定事項を備えていることにするために,それまでの一貫した,本件審決と同じ本件発明1の常識的な解釈を覆して現在の特異な解釈に変更したが,これは,第三者の予測可能性や法的安定性を確保する見地から許されない。
エ 医薬品業界においては特許権に対する関心が非常に高く,特に,後発医薬品メーカーは,特許権存続期間の満了を待って後発医薬品を販売するため,特許権の有効性や技術的範囲を注視し,存続期間が延長された場合には延長された特許権の有効性や技術的範囲を注視している状態にあり,出願経過は,特許権自体や延長された特許権の有効性や技術的範囲を判断するために不可欠な情報である(乙10,11)。
ナルフラフィン塩酸塩を有効成分として含有する止痒剤の後発医薬品は多数販売 されており(甲145),本件特許権の存続期間が平成29年11月21日(延長のない場合)に満了したわずか半年後の平成30年6月に,10種類もの後発医薬品が一斉に販売開始された(乙12〜21)。このうち,特に,「ナルフラフィン塩酸塩OD錠2.5μg『サワイ』」及び「ナルフラフィン塩酸塩OD錠2.5μg『フソー』」は,本件医薬品と分量,剤形,用量・用法及び効能・効果が同一である(甲5,乙12,13)。
本件医薬品が平成29年6月に販売開始されたことは周知であり(甲5),当業者は,原告が,本件医薬品を対象とした医薬品製造販売承認に基づいて,本件特許権の存続期間延長登録を求める可能性を当然予測したと認められる。それにもかかわらず,本件特許権が満了したわずか半年後に,10社もが一斉に後発医薬品の製造販売を開始し,そのうち2社の製品が本件医薬品と分量,剤形,用量・用法及び効能・効果が同一であるという事実は,ナルフラフィン塩酸塩を有効成分として含有する止痒剤がいかに医薬品業界で重要な位置を占め,競争の激しい医薬品であるか,また,本件特許権の存続期間延長登録の可否が医薬品業界にいかに重大な影響を与えるかを物語っている。
(5) 本件審決の本件発明1の解釈に誤りがないこと ア 特許の分野で慣用される「・・・を有効成分とする」という表現の普通の意味 「有効成分」を,本件審決のとおり,医薬品という混合物を構成する各物質のうち薬効を示す物質という普通の意味で解釈すると,「・・・を有効成分とする」は,自ずと「・・・を有効成分として含有する」という意味になる。そして,これは,特許の分野において慣用される表現である「・・・を有効成分とする」の普通の意味である。このことは,@特許庁が公開した「特許・実用新案審査ハンドブック」の「附属書B 第3章 医薬発明」(乙22)の〔事例12〕,「附属書A 記載要件に関する事例集」(乙23)の〔事例45〕,「附属書A 新規性に関する事例集」(乙24)の〔事例34〕,「附属書A 進歩性に関する事例集」(乙25) の〔事例24〕及び〔事例25〕並びにA原告自身の特許出願における記載(乙26〜32)からも明らかである。
医薬品の分野において,薬効を有する化合物が製剤中において塩の形態をとっていたとしても,薬効となる薬理作用を奏する成分は,体液に溶解して塩から遊離したフリー体であることは,原告も認める技術常識である。そうすると,本件審決が解釈した意味での「有効成分」(医薬品という混合物を構成する各物質のうち薬効を示す物質)は,フリー体であっても塩であってもよいが,原告が主張する意味での「有効成分」(薬効を生じる薬理作用を奏する部分)は,必然的にフリー体でしかあり得ないものである。それにもかかわらず,原告は,医薬に関する多くの特許出願の特許請求の範囲に,「塩を有効成分とする」という記載をしており,これは,上記技術常識に照らすと,「・・・を有効成分とする」を,本件審決と同様に「・・・を有効成分として含有する」という普通の意味で使用したものであるといえる。
イ 「有効成分」という用語の普通の意味 医薬品という物を表すにあたって,「有効成分」という用語を,本件審決の解釈どおり「医薬品という混合物を構成する各物質のうち,薬効を示す物質」という普通の意味で使用することは,以下のとおり,ごく一般的なことである。
(ア) 医薬品添付文書 医薬品添付文書の【組成・性状】欄においては,「有効成分」をその「含量」と共に記載することが求められており(甲75),「有効成分」という用語が,医薬品という混合物を構成する各物質のうち薬効を示す物質の意味で使用されている。
本件添付文書においても同様である(甲5)。
(イ) 治験計画届書 治験を行う者が厚労省に提出する治験計画届書には,治験対象医薬の成分及び分量を記載する。例えば,甲10の治験計画届書の「成分及び分量」欄には,治験対象医薬1カプセルの中に,(-)-17-(cyclopropylmethy1)-3,14β-dihydroxy-4,5α-epoxy-6β-[N-methyl-trans-3-(3-furyl)acrylamido]-morhinan-hydrochloride ナ ( ルフラフィン塩酸塩の別名)が■μgという量で含有されていることが記載され,「成分」という用語が,医薬品という混合物を構成する物質の意味で使用されている。
(ウ) 原告が作成した文書 原告が本件延長登録出願の当初に提出した「延長の理由を記載した資料」 (甲1)には,「当該添付文書の第1頁,【組成・性状】,「有効成分・含量」に記載されている通り,ナルフラフィン塩酸塩はレミッチOD錠2.5μgの有効成分である。」との記載があり,原告が作成した他の文書(甲83,88,90)には,「有効成分名:ナルフラフィン塩酸塩」と記載されている。
ナルフラフィン塩酸塩のような塩は,投与された後に体液に溶解して遊離したフリー体が薬効を奏することが技術常識であるから,上記の各文書における「有効成分」は,原告が主張する意味(薬効を生じる薬理作用を奏する成分)ではなく,医薬という混合物を構成する各物質のうち薬効を示す物質という本件審決の解釈どおりの普通の意味で使用されていることが明らかである。
ウ 本件特許の特許請求の範囲及び本件明細書の記載 本件特許の特許請求の範囲の記載から本件審決の解釈が支持されることは,前記(1),(2)のとおりである。
本件明細書(甲2)を通じて,「有効成分」という用語の記載は次の(ア)〜(ウ)の三か所しかなく,「有効成分」や「有効成分とする」を原告が主張する特異な意味で使用することを定義付ける記載はない。そして,これらの記載は,いずれも,「有効成分」を本件審決のとおりの「医薬品という混合物を構成する各物質のうち薬効を示す物質」という意味で解釈すると,矛盾なく統一して理解できるものである。
また,止痒剤中のオピオイドκ受容体作動性化合物(有効成分)の存在形態に関連する(エ)〜(カ)の記載も,本件明細書において「有効成分」が本件審決どおりの「医薬品という混合物を構成する各物質のうち薬効を示す物質」という普通の意味で統一して使用され,特許請求の範囲における「・・・を有効成分とする」という記載が,通常どおり「・・・を有効成分として含有する」という意味で使用さ れていることを示す。
(ア)「本発明はオピオイドκ受容体作動性化合物およびこれを有効成分とする止痒剤である。」(13頁25行) (イ)「これらκ受容体作動薬は一種のみならず数種を有効成分として使用され得る。」(17頁13行〜14行) (ウ)「本発明の止痒剤は,オピオイドκ受容体作動薬を有効成分とすることを特徴とし,」(63頁29行) (エ)「本発明は,各種の痒みを伴う疾患における痒みの治療に有用なオピオイドκ受容体作動性化合物およびこれを含んでなる止痒剤に関する。」(12頁9行〜10行) (オ)「本発明の目的は,上記の問題点を解決した止痒作用が極めて速くて強いオピオイドκ受容体作動薬およびこれを含んでなる止痒剤を提供することにある。」(13頁22行〜23行) (カ)「医薬組成物中のκ受容体作動薬の含量は特に限定されないが,経口剤で は 1 服 用 あ た り 通 常 0.1 μ g 〜 1000mg , 外 用 剤 で は 1 回 塗 布 あ た り 通 常0.001ng/m2〜10mg/m2 となるように調製される。」(52頁13行〜15行) (6) 原告の主張に対するその他の反論 ア 本件発明1の技術的意義に対して オピオイドκ受容体作動性化合物が一般式(I),(II)及び(III)のいずれで表される場合においても,それに止痒の薬理作用を見いだしたことに意義があるという点では同じである。原告は,フリー体のみが記載された請求項1を殊更に取り上げて,発明の意義を踏まえると,「有効成分」とは薬効となる薬理作用を奏する成分であって,製剤中に存する形態を問わないなどと主張するが,「有効成分」として塩の形態を記載した請求項10及び15について,発明の意義を踏まえてどのように解釈できるのか不明であって,その主張に合理性はない。
イ「本件明細書の記載」に対して 仮に,原告が主張するように本件明細書において製剤中における有効成分の存在形態について着目していないとしても,前記(2)のとおり,本件特許の特許請求の範囲においては,有効成分の化学構造(一般式(I),(II)又は(III))ごとにフリー体であるか塩であるかについて着目し,区別して書き分けている。
ウ 「審決が説示する辞書における『有効成分』」に対して (ア) 原告が指摘する「廣川薬科学大辞典 第5版」(甲103)の箇所は,「有効成分」ではなく「薬物」の有効濃度を説明するものであって,「有効成分」に関する記載は一切含まれていないから,「有効成分」という用語の解釈とは無関係である。
(イ) 本件審決は,「成分」という一般用語の普通の意味を示すために,念のため「広辞苑 第2版増訂版」の「成分」の項(乙7)を参照したのである。「廣川薬科学大辞典」が「成分」という用語の意味まで記載していないのは,それが説明するまでもなく一般的な意味で用いられているからであって,用語の一般的意味を示す「広辞苑 第2版増訂版」を参照することには何の問題もない。
(ウ) 原告は,「広辞苑 第6版」(甲152)の「成分」の項の「@一つのものを構成する部分となる要素。A〔化〕化合物や混合物を構成している元素・物質。」という記載から,ナルフラフィンが本件医薬品を構成している物質の一つであることは否定されない旨主張するが,本件における「有効成分」は化学物質であるから,上記Aの意味をあてはめるべきところ,本件医薬品という混合物を構成している物質の一つであるナルフラフィン塩酸塩は「成分」である。
エ 本件特許の出願経過に対して 本件特許の請求項1に記載されたオピオイドκ受容体作動性化合物の基本骨格,すなわち一般式(I)は,もともと出願当初の請求項3に記載されていた。したがって,本件特許の請求項1は,出願当初の請求項3に直接対応するものであり,本件補正により,補正後の請求項1をオピオイドκ受容体作動性化合物の基本骨格を特定したとする原告の主張は誤りである。
オ 前記1(被告の主張)(2)イのとおり,本件出願日当時,当業者が一般式(I)で表される化合物を塩酸塩等,酸で塩を形成して用いるのが通常であった旨の原告の主張は誤りであるから,本件発明1の「有効成分」は,一般式(I)で表される化合物のフリー体であるとの本件審決の解釈は,化学的にも誤りのないものである。
3 取消事由3(法令解釈の誤り)について(原告の主張) (1) 仮に,本件発明1がナルフラフィン(フリー体)を有効成分とする止痒剤であり,本件医薬品がナルフラフィン塩酸塩を有効成分とする止痒剤であるとしても,本件医薬品と本件発明1の止痒剤とは実質的に同一であると評価されるものであるから,延長登録制度の趣旨に照らすと,本件延長登録出願は,旧特許法67条の3第1項1号における「その特許発明実施第67条第2項の政令で定める処分を受けることが必要であった」に当たると解すべきであり,延長登録が認められるべきである。
(2) 本件審決は, 「処分の対象となった医薬品が特許発明実施に当たらない」ときに該当すると判断しているところ,「処分の対象となった医薬品が特許発明実施に当たらない」ことに関しては,@「特許発明実施」の法解釈,A「処分の対象となった医薬品」の法解釈が問題となる。
ア 上記@について,拡大先願(特許法29条の2)や先願(特許法39条)についての審査基準における実質的同一の考え方からすると,延長登録要件充足性における発明の同一性に関しても,特許発明実質的に同一といえる場合には, 「処分の対象となった医薬品が特許発明実施に当たらない」とはいえず,延長登録の拒絶事由該当性は否定されるものと解すべきである。
また,上記Aに関し,「処分の対象となった医薬品」の同一性の観点から見ても,存続期間延長登録の制度趣旨(法意)に鑑み,処分で定められた審査事項のうち,医薬品としての実質的同一性に直接関わることとなる審査事項に係る構成の一部に ついて,処分対象物と異なる構成(差異)を有する医薬品であっても,それが僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異にすぎない場合には,当該医薬品は「処分の対象となった医薬品」との実質的同一性が肯定されるとの考え方が承認されている。
僅かな差異又は全体的にみて形式的な差異にすぎないか否かは,特許発明の内容に基づき,その内容との関連で,政令で定める処分において定められた審査事項のうち,医薬品としての実質的同一性に直接関わることとなる審査事項によって特定された「物」と当該医薬品との技術的特徴及び作用効果の同一性を比較検討して,当業者の技術常識を踏まえて判断されるべきである。アバスチン最高裁判決(最高裁平成26年(行ヒ)第356号同27年11月17日第三小法廷判決・民集69巻7号1912頁)で示された政令で定める処分の対象物の同一性について実質的に判断するとする考え方やオキサリプラチン大合議判決(知財高裁平成28年(ネ)第10046号同29年1月20日特別部判決)が示した実質的同一の判断要素等によって実質的同一物に保護を及ぼす考え方は,原告の上記主張を支持するものである。
イ 上記@について,前記2(原告の主張)(1)で検討した本件発明1の技術的意義や本件明細書の記載からすると,本件発明1の有効成分をフリー体(ナルフラフィン)と解し,かつ,本件医薬品の有効成分をナルフラフィン塩酸塩であると解したとしても,両医薬品の有効成分の相違は,課題解決(止痒)のための具体化手段における微差にすぎず,本件医薬品と本件発明1に係る止痒剤とは発明として実質的に同一である。この点に関し,特許庁薬品化学審査長等を歴任した特許庁担当者らが執筆した文献(甲157)には,単剤医薬でその医薬用途が同一である場合には,有効成分(物質)の同一性の幅は,広めに認めてよい旨が記載されている。
また,上記Aについて,本件医薬品の有効成分をナルフラフィン塩酸塩であると解した場合にも,本件医薬品において止痒作用を発揮する成分はナルフラフィンであるから,本件医薬品は,ナルフラフィンにより止痒効果を生じさせる医薬品(止痒剤)である点で,本件発明1の止痒剤と,技術的特徴及び作用効果を同一とする ものであり,既述の薬効を奏する成分に関する当業者の技術常識を踏まえると,処分対象物として実質的に同一である。また,前記1(原告の主張)(3)のとおり,原薬開発過程のスクリーニングによって選択される塩の形態いかんによって,化合物における薬効となる薬理作用が失われるものではなく,化合物が製剤中において塩の形態をとったとしても,薬効となる薬理作用を奏するのは塩が付加されない化合物(=生体内において塩から遊離する化合物)であることには何ら変わりはないことは,当業者における技術常識であり,独立行政法人医薬品医療機器総合機構(PMDA)も,塩違いについては,承認申請資料の添付資料省略の扱いを柔軟に認める運用としており,処分対象物としての医薬品の実質的同一性に直接影響を与えるものではないとの立場をとっている(甲158)。医薬品の実質的同一性を厳格に審査する厚労省の通知においても,塩違いは実質的同一性に直接影響を与えないことが示されている(甲159)。
ウ 以上のとおり,本件発明1の止痒剤と本件医薬品とは,@発明としても,A処分対象物としても,実質的に同一である。したがって,本件延長登録出願は,旧特許法67条の3第1項1号に該当しない。
(3) 米国の特許存続期間延長制度では,FDA(食品医薬品局)の審査を受けた医薬品の有効成分及びその塩又はエステルを含めて延長制度の対象とすることが明文で定められており,塩違いについて,延長制度の対象となる医薬品該当性に何ら影響を与えず,保護対象とすることが明らかとされていて,有効成分がフリー体又はその塩形態をとっているか否かは,延長許否に際して何ら問題とされないとの考え方が一般に承認されている(甲160〜162)。
(被告の主張) (1) 原告が主張する実質的同一論は,本件医薬品を発明としてみたり,本件発明1を医薬品としてみたりしている点で,本件医薬品という個別具体的な物の製造販売行為が,技術的思想創作である本件発明1の実施行為に当たるか否かを判断すべき旧特許法67条の3第1項1号該当性の判断手法を逸脱しており,誤った ものである。
(2) 以下のとおり,原告が主張するように,塩を有効成分として含有する本件医薬品を,フリー体を有効成分とする本件発明1の発明特定事項を実質的に備えたものと判断することは許されない。
ア 本件特許の特許請求の範囲の記載 前記2(被告の主張)(1),(2)アのとおり,本件特許の請求項1の「下記一般式(I)で表されるオピオイドκ受容体作動性化合物を有効成分とする止痒剤。」という記載は,「下記一般式(I)で表されるオピオイドκ受容体作動性化合物」というフリー体を「有効成分」として含有する「止痒剤」という物の発明を記載したものであると常識的に解され,原告が,最終的に特許請求の範囲に記載して特許による保護を求めた発明は,請求項1では,一般式(I)で表されるフリー体であるオピオイドκ受容体作動性化合物を有効成分として含有する止痒剤,請求項10では,一般式(II)で表される対イオン付加塩であるオピオイドκ受容体作動性化合物を有効成分として含有する止痒剤,請求項15では,一般式(III)で表されるフリー体またはその薬理学的に許容される酸付加塩であるオピオイドκ受容体作動性化合物を有効成分として含有する止痒剤と理解される。
原告は,請求項15と同様に,請求項1にも「またはその薬理学的に許容される酸付加塩」という文言を記載することができたのに,自身の判断で敢えて請求項1に記載しなかったのであるから,「実質的に」という言葉を用いて,請求項1に記載された事項を備えていないものまで,本件発明1の発明特定事項を備えたものと主張することは許されない。原告の主張を許容することは,第三者の予測可能性や法的安定性を著しく害し,第三者に不測の損害を与えるおそれがあるから,その点からしても無理である。
イ 本件特許の出願経過 前記2(被告の主張)(2)イのとおり,本件特許の出願経過に照らすと,原告は,本件補正で有効成分が酸付加塩の形態である場合を本件発明1の範囲から意識的に 除外したと解される。そして,本件特許の上記出願経過に接した第三者は,「一般式(I)で表されるオピオイドκ受容体作動性化合物の薬理学的に許容される酸付加塩を有効成分とする止痒剤」は本件発明1の範囲から除外されたと理解するものと認められる。
このような状態にあって,塩酸塩を有効成分とする本件医薬品を本件発明1の発明特定事項を実質的に備えたものであるとすることは,本件補正により削除した「一般式(I)で表されるオピオイドκ受容体作動性化合物の薬理学的に許容される酸付加塩を有効成分とする止痒剤」を復活させることであり,本件補正と相反する行為である。これを認めることは,医薬品業界において,出願経過に接した第三者の予測可能性や法的安定性を著しく害し,第三者に不測の損害を与えるおそれのあることであって,許されない。
当裁判所の判断
1 本件発明について (1) 本件明細書(甲2)には,以下のような記載がある。
ア 技術分野「本発明は,各種の痒みを伴う疾患における痒みの治療に有用なオピオイド κ 受容体作動性化合物およびこれを含んでなる止痒剤に関する。」(12頁9行〜10行) イ 背景技術 「痒み(そう痒)は,皮膚特有の感覚で,炎症を伴う様々な皮膚疾患に多く見られるが,ある種の内科系疾患(悪性腫瘍,糖尿病,肝疾患,腎不全,腎透析,痛風,甲状腺疾患,血液疾患,鉄欠乏)や妊娠,寄生虫感染が原因となる場合や,ときには薬剤性や心因性で起きることもある。
痒みは主観的な感覚であるため数量的に客観的に評価することが難しく,痒みの発現メカニズムはまだ十分に解明されていない。
現在のところ,痒みを引き起こす刺激物質としては,ヒスタミン,サブスタンス P,ブラジキニン,プロテイナーゼ,プロスタグランジン,オピオイドペプチドなどが知られている。痒みとしての知覚は,これらの痒み刺激物質が表皮-真皮境界部に存在する多刺激対応性の神経終末(痒み受容器)に作用し,生じたインパルスが脊髄視床路→視床→大脳皮質の順に達することで起こると考えられている ・・ 。
(・) ・・・そう痒が治療対象となる具体的な皮膚疾患としては,アトピー性皮膚炎,神経性皮膚炎,接触皮膚炎,脂漏性皮膚炎,自己感作性皮膚炎,毛虫皮膚炎,皮脂欠乏症,老人性皮膚そう痒,虫刺症,光線過敏症,蕁麻疹,痒疹,疱疹,膿痂疹,湿疹,白癬,苔癬,乾癬,疥癬,尋常性座瘡などが挙げられる。また,そう痒を伴う内臓疾患としては,悪性腫瘍,糖尿病,肝疾患,腎不全,腎透析,妊娠が特に問題となる。
このようなそう痒の治療には,内服剤として抗ヒスタミン剤,抗アレルギー剤などが主に用いられ,また外用剤としては,抗ヒスタミン剤,副腎皮質ステロイド外用剤,非ステロイド系抗消炎剤,カンフル,メントール,フェノール,サリチル酸,タール,クロタミトン,カプサイシンなど保湿剤(尿素,ヒルドイド,ワセリンなど)が用いられる。しかし内服剤の場合,作用発現までに時間のかかることや,中枢神経抑制作用(眠気,倦怠感),消化器系に対する障害などの副作用が問題となっている。一方,外用剤の場合では,止痒効果が十分でないことや特にステロイド外用剤では長期使用における副腎機能低下やリバウンドなどの副作用が問題となっている。
オピオイドと痒みについては,オピオイドが鎮痛作用を有する一方で痒みのケミカルメディエーターとしても機能することが知られていた。β-エンドルフィンやエンケファリンのような内因性オピオイドペプチドが痒みを起こすことが報告された(・・・)のを始めとして,モルヒネやオピオイド化合物を硬膜外や髄腔内に投与した場合も副作用として痒みが惹起されることが明らかとなった(・・・)。その一方で,モルヒネの髄腔内投与によって惹起された痒みがモルヒネ拮抗薬であるナロキソンによって抑制されたこと(・・・)や肝障害の胆汁鬱血患者で内因性オ ピオイドペプチドの上昇によって惹起された強い痒みが,オピオイド拮抗薬であるナルメフェンによって抑制されたこと(・・・)も明らかとなり,統一的見解として,オピオイド系作動薬は痒みを惹起する作用があり,逆にその拮抗薬には止痒作用があるとされた。・・・ このように,従来よりオピオイド系作動薬は痒みを惹起し,その拮抗薬が止痒剤としての可能性があるとされてきた。しかし,オピオイド系拮抗薬を止痒剤として応用することは現在までのところ実用化されていない。」(12頁12行〜13頁21行) ウ 発明の目的 「本発明の目的は,上記の問題点を解決した止痒作用が極めて速くて強いオピオイドκ受容体作動薬およびこれを含んでなる止痒剤を提供することにある。」(13頁22行〜23行) エ 発明を実施するための最良の形態 「オピオイド受容体には,μ,δ,およびκ受容体の存在が知られており,それぞれを選択的に刺激する内因性オピオイドペプチドが既に発見されている。 ・・ 即ち ・μおよびδ受容体作動薬として同定されたβ-エンドルフィンやエンケファリン,およびκ受容体作動性の内因性オピオイドペプチドとして同定されたダイノルフィンである。しかし,ダイノルフィン自体を含め,κ受容体作動薬の痒みに対する作用は何ら明らかにされておらず,本発明によって初めて明らかにされた。
本発明でいうκ受容体作動薬はオピオイドκ受容体に作動性を示すものであればその化学構造的特異性にとらわれるものではないが,μおよびδ受容体よりもκ受容体に高選択性であることが好ましい。より具体的には,オピオイドκ受容体作動性を示すモルヒナン誘導体またはその薬理学的に許容される酸付加塩が挙げられ,中でも一般式(I) [式中,は二重結合又は単結合を表し,R1 は炭素数1から5のアルキル,炭素数4から7のシクロアルキルアルキル,炭素数5から7のシクロアルケニルアルキル,炭素数6から12 のアリール,炭素数7から13のアラルキル,炭素数4から7のアルケニル,アリル,炭素数1から5のフラン-2-イルアルキルまたは炭素数1から5のチオフェン-2-イルアルキルを表し,R2 は水素,ヒドロキシ,ニトロ,炭素数1から5のアルカノイルオキシ,炭素数1から5のアルコキシ,炭素数1から5のアルキルまたは-NR9R10 を表し,R9 は水素または炭素数1から5のアルキルを表し,R10 は水素,炭素数1から5のアルキルまたは-C(=O)R11 を表し,R11 は,水素,フェニルまたは炭素数1から5のアルキルを表し,R3 は水素,ヒドロキシ,炭素数1から5のアルカノイルオキシまたは炭素数1から5のアルコキシを表し,Aは-XC(=Y)-,- XC(=Y)Z-,-X-または-XSO2-(ここでX,Y,Zは各々独立して NR4,SまたはOを表し,R4 は水素,炭素数1から5の直鎖もしくは分岐アルキルまたは炭素数6から 12 のアリールを表し,式中 R4 は同一または異なっていてもよい)を表し,Bは原子価結合,炭素数1から14の直鎖もしくは分岐アルキレン(ただし炭素数1から5のアルコキシ,炭素数1から5のアルカノイルオキシ,ヒドロキシ,弗素,塩素,臭素,ヨウ素,アミノ,ニトロ,シアノ,トリフルオロメチルおよびフェノキシからなる群から選ばれた少なくとも一種以上の置換基により置換されていてもよく,1から3個のメチレン基がカルボニル基でおきかわっていてもよい),2重結合および/ または3重結合を1から3個含む炭素数2から14の直鎖もしくは分岐の非環状不飽和炭化水素(ただし炭素数1から5のアルコキシ,炭素数1から5のアルカノイルオキシ,ヒドロキシ,弗素,塩素,臭素,ヨウ素,アミノ,ニトロ,シアノ,トリフルオロメチルおよびフェノキシからなる群から選ばれた少なくとも一種以上の置換基により置換されていてもよく,1から3個のメチレン基がカルボニル基でおきかわっていてもよい),またはチオエーテル結合,エーテル結合および/もしくはアミノ結合を1から5個含む炭素数1から14の直鎖もしくは分岐の飽和もしくは不飽和炭化水素(ただしヘテロ原子は直接Aに結合することはなく,1から3個のメチレン基がカルボニル基でおきかわっていてもよい)を表し,R5 は水素または下記の基本骨格:のいずれかを持つ有機基(ただし炭素数1から5のアルキル,炭素数1から5のアルコキシ,炭素数1から5のアルカノイルオキシ,ヒドロキシ,弗素,塩素,臭素,ヨウ素,アミノ,ニトロ,シアノ,イソチオシアナト,トリフルオロメチル,トリフルオロメトキシ,メチレンジオキシからなる群から選ばれた少なくとも一種以上の置換基により置換されていてもよい)を表し, 6 は水素, 7 は水素, R R ヒドロキシ,炭素数1から5のアルコキシまたは炭素数1から5のアルカノイルオキシ,もしく は,R6 と R7 は一緒になって-O-,-CH2-,-S-を表し R8 は水素,炭素数1から5のアルキルまたは炭素数1から5のアルカノイルを表す。また,一般式(I)は(+)体,(-)体,(±)体を含む]で表されるオピオイド κ 受容体作動性化合物またはその薬理学的に許容される酸付加塩であり,・・・これらκ受容体作動薬は一種のみならず数種を有効成分として使用され得る。
治療対象となる具体的なそう痒を伴う皮膚疾患としては,アトピー性皮膚炎,神経性皮膚炎,接触皮膚炎,脂漏性皮膚炎,自己感作性皮膚炎,毛虫皮膚炎,皮脂欠乏症,老人性皮膚そう痒,虫刺症,光線過敏症,蕁麻疹,痒疹,疱疹,膿痂疹,湿疹,白癬,苔癬,乾癬,疥癬,尋常性座瘡などが挙げられる。また,そう痒を伴う内臓疾患としては,悪性腫瘍,糖尿病,肝疾患,腎不全,腎透析,妊娠に起因するそう痒が特に対象として挙げられる。さらに,眼科や耳鼻咽喉科の疾患に伴うで痒みにも適用し得る。」(13頁29行〜17頁20行) 「上記κ受容体作動薬の中で,一般式(I),(III),(IV),(V),(VI)および(VII)で表される物質に対する薬理学的に好ましい酸付加塩としては,塩酸塩,硫酸塩,硝酸塩,臭化水素酸塩,ヨウ化水素酸塩,リン酸塩等の無機酸塩,酢酸塩,乳酸塩,クエン酸塩,シュウ酸塩,グルタル酸塩,リンゴ酸塩,酒石酸塩,フマル酸塩,マンデル酸塩,マレイン酸塩,安息香酸塩,フタル酸塩等の有機カルボン酸塩,メタンスルホン酸塩,エタンスルホン酸塩,ベンセンスルホン酸塩,p-トルエンスルホン酸塩,カンファースルホン酸塩等の有機スルホン酸塩等があげられ,中でも塩酸塩,臭化水素酸塩,リン酸塩,酒石酸塩,メタンスルホン酸塩等が好まれるが,もちろんこれらに限られるものではない。
これらκ受容体作動薬は,医薬品用途にまで純化され,必要な安全性試験に合格した後,そのまま,または公知の薬理学的に許容される酸,担体,賦形剤などと混合した医薬組成物として,経口または非経口的に投与することができる。
経口剤として錠剤やカプセル剤も用いるが,皮膚疾患治療用としては外用剤が好ましい。・・・ 医薬組成物中のκ受容体作動薬の含量は特に限定されないが,経口剤では1服用あたり通常0.1μg〜1000mg,外用剤では1回塗布あたり通常0.001ng/m2〜10mg/m2となるように調製される。」(51頁25行〜52頁15行) オ 実施例 「実施例9 選択的なκ受容体作動性オピオイド化合物である(-)-17-(シクロプロピルメチル)-3,14β-ジヒドロキシ-4,5α-エポキシ-6β-[N-メチル-トランス-3-(3-フリル)アクリルアミド]モルヒナン塩酸塩7を生理食塩水に溶解し,40μg/ml濃度の水溶液を調製した。この水溶液を成人男子下肢に生じた蕁麻疹の発赤部位3か所に,薬物濃度0.2μg/cm 2で塗布した。
その結果,塗布前,中等度の痒み(グレードとして++と設定)を感じていたが,塗布5分で痒みを全く感じなくなった(グレードとして-と設定)。痒みのない状態は約5時間持続した。
実施例10 女性アトピー性皮膚炎患者の腕および脚で強い痒み(グレードとして+++と設定)を感じる皮膚表面病巣に化合物7水溶液を塗布した。塗布部位は5ヶ所で,10cm2に約50μl溶液で,塗布薬物濃度は0.2μg/cm 2であった。また比較として,インドメタシン・クリーム(薬物濃度7.5mg/g)を同様に75μ g/cm2で塗布した。
その結果,表5のように,全塗布部分において,化合物7水溶液では塗布後5分で痒みは完全になくなり,強力な止痒作用を有することが判明した。また,痒みのない状態は少なくとも3時間は持続した。一方,インドメタシン・クリームでは痒みが残る感じがあり,止痒作用は化合物7の方が優れていることが判明した。
・・・ 実施例12 ddY系雄性マウスを日本SLCより4週齢で入荷し,予備飼育をした後5週齢で使用した。・・・被験薬物あるいは溶媒のいずれかをマウスの吻側背部皮下に投与し,その30分後に生理食塩水に溶解した Compound48/80(100μg/site)を50μLの用量で除毛部位に皮内投与した。その後直ちに観察用ケージ(10×7×16cm)に入れ,以後30分間の行動を無人環境下にビデオカメラで撮影した。ビデオテープを再生し,マウスが後肢で Compound48/80 投与部位の近傍を引っかく行動の回数をカウントした。1群8匹から10匹で実験を行った。
各被検化合物による引っかき行動の抑制率は下式で計算した。引っかき行動を減らす作用をもって被験化合物の止痒効果の指標とした。
引っかき行動抑制率(%)={1-(A-C/B-C)}×100 A=被験薬物投与群の平均引っかき行動回数 B=被験薬物の代わりに溶媒を投与した群の平均引っかき行動回数 C=起痒剤の代わりに溶媒を投与した群の平均引っかき行動回数・・・ 結果を表6にまとめる。試験に用いた化合物は用いた用量で止痒効果を示した。
」(58頁18行〜63頁27行) カ 産業上の利用可能性 「本発明の止痒剤は,オピオイドκ受容体作動薬を有効成分とすることを特徴とし,各種の痒みを伴う皮膚疾患,例えばアトピー性皮膚炎,神経性皮膚炎,接触皮膚炎,脂漏性皮膚炎,自己感作性皮膚炎,毛虫皮膚炎,皮脂欠乏症,老人性皮膚そう痒,虫刺症,光線過敏症,蕁麻疹,痒疹,疱疹,膿痂疹,湿疹,白癬,苔癬,乾癬,疥癬,尋常性座瘡など,および,痒みを伴う内臓疾患,例えば悪性腫瘍,糖尿病,肝疾患,腎不全,腎透析,妊娠などの痒みの治療に有用である。」(63頁29行〜34行) (2) 前記(1)の記載からすると,本件発明は,以下のとおりのものであると認められる。
ア 皮膚疾患や内科系疾患,妊娠などが原因で起こる痒み(そう痒)の治療には,抗ヒスタミン剤,抗アレルギー剤などの内服剤,抗ヒスタミン剤,副腎皮質ステロイド外用剤,非ステロイド系抗消炎剤などの外用剤が用いられているが,内服剤の場合は,作用発現までに時間のかかることや中枢神経抑制作用や副作用が問題となっており,外用剤の場合は,止痒効果が十分でないことやステロイド外用剤の長期使用による副作用が問題となっていた(背景技術)。
また,オピオイドと痒みについて,オピオイド系作動薬は痒みを惹起する作用があり,逆にその拮抗薬には止痒作用があるとされていたが,オピオイド系拮抗薬を止痒剤として応用することは実用化されていなかった(背景技術)。
イ μ,δ及びκの3種類があるオピオイド受容体には,それぞれを選択的に刺激する内因性オピオイドペプチドが既に発見されていたが,κ受容体作動性の内因性オピオイドペプチドとして同定されたダイノルフィンを含め,オピオイドκ受容体作動薬(以下「κ作動薬」という。)の痒みに対する作用は何ら明らかにされておらず,本件発明によってκ作動薬に止痒作用があることが初めて明らかにされた(発明を実施するための最良の形態)。
本件発明は,止痒作用が極めて速くて強いκ作動薬及びこれを含んでなる止痒剤 を提供することを目的としたものであり,下記式で示される化合物7(実施例9のもの。ナルフラフィン塩酸塩に相当する。 などを含むオピオイドκ受容体作動性化 )合物(以下「κ作動性化合物」ともいう。)又はその薬理学的に許容される酸付加塩を有効成分とする,アトピー性皮膚炎等の皮膚疾患,悪性腫瘍等の内科系疾患,及び,妊娠などにおける痒みの治療に有用な止痒剤(ただし,一般式(I)で示される化合物の酸付加塩を有効成分とする止痒剤が本件発明の技術的範囲に属するかについては前記第3でみたように争いがある。)に関するものである(発明の目的,発明を実施するための最良の形態,実施例,産業上の利用可能性)。
ウ 選択的なκ作動性化合物である化合物7は,アトピー性皮膚炎患者において,インドメタシン・クリームと比べて,優れた止痒効果を示し(実施例10),痒みを引き起こす刺激物質である Compound48/80 をマウスの皮内に投与した動物実験において,化合物7を含む各種のκ作動性化合物は,止痒効果を示す(実施例12)。
2 取消事由1(本件医薬品の有効成分に関する事実認定の誤り)について (1) 事実関係 証拠及び弁論の全趣旨によると,以下の事実が認められる。
ア 本件承認書(甲4,96,148)の記載等 (ア) 本件承認書には,「平成28年3月31日付けで申請のあった医薬品の製造販売を,医薬品,医療機器等の品質,有効性及び安全性の確保等に関する法律(・・・)第14条第1項の規定により,別途申請書のとおり承認する。」と記載されており,同申請書には,@「販売名」として「レミッチOD錠2.5μg」 と記載され,A「成分」として「配合目的:000(有効成分)」,「成分名:ナルフラフィン塩酸塩」と記載され,B「標準物質及び類縁物質の一覧」及びC●●●●●●として,以下の記載がされている(なお,下線は原告が付したものである。。
)(省略) (イ) 本件承認の申請は,先に承認を受けていた本件カプセル製剤の「剤形追加に係る医薬品」としてされたものであり,申請に当たっては,●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● イ 本件添付文書(甲5)の記載 薬機法52条1項に基づいて原告により作成された本件添付文書には,以下のような記載がある。
(ア)【組成・性状】の「有効成分・含量(1錠中)」の欄には,「ナルフラフィン塩酸塩2.5μg(ナルフラフィンとして2.32μg)」と記載されている。
(イ)【薬物動態】の欄には,ナルフラフィン塩酸塩を経口投与や静脈内投与した場合のナルフラフィンの血中濃度推移や薬物動態パラメータなどが記載されている。
なお,本件添付文書には,上記血中濃度推移等がナルフラフィンを測定したものであることについて,明示されていないが,甲164(太田俊作「薬品製造学」さんえい出版 234頁〜244頁,1990年)に, 「塩化された薬物について,服用または投与後の生体内で,塩ではなくなり,遊離塩基が分離する」旨が記載されており,後述するとおり,ナルフラフィン塩酸塩についても同様にヒトの体内でナルフラフィンと塩化物イオンに分離するものであるから,本件添付文書に記載された,ナルフラフィン塩酸塩が経口投与又は静脈内投与されることで得られる上記血中濃度推移等は,ナルフラフィンを測定して得られたものであると認められる。
(ウ)【薬効薬理】の「1.そう痒に対する作用」として「既存の止痒薬である抗ヒスタミン薬が有効なヒスタミン皮内投与誘発マウス引っ掻き行動及び抗ヒスタミン薬が効き難いサブスタンスP皮内投与誘発マウス引っ掻き行動を抑制した。また,抗ヒスタミン薬が無効な中枢性のかゆみモデルであるモルヒネ大槽内投与誘発マウス引っ掻き行動も抑制した。」と記載され,「2.作用機序」の欄には,「ヒトオピオイド受容体発現細胞を用いた in vitro の受容体結合試験及び受容体作動性試験の結果から,選択的なオピオイドκ受容体作動薬であることが示されている。」と記載されている。
(エ)【有効成分に関する理化学的知見】一般名:ナルフラフィン塩酸塩 Nalfurafine Hydrochloride化 学 名 : ( 2E ) -N- [ ( 5R,6R ) -17- ( Cyclopropylmethyl ) -4,5-epoxy-3,14- dihydroxymorphinan-6-yl ] -3- ( furan-3-yl ) -N-methylprop-2-enamidemonohydrochloride分子式:C28H32N2O5・HCl性状:白色〜ごくうすい黄色の粉末である。吸湿性が高く,光にやや不安定である。
溶解性は,水,メタノールに対して溶けやすく,エタノール(95)に対しては溶けにくく,酢酸エチルとジエチルエーテルにはほとんど溶けない。
ウ 本件インタビューフォーム(甲134)の記載 (ア) インタビューフォームとは,「添付文書等の情報を補完し,薬剤師等の医療従事者にとって日常業務に必要な,医薬品の品質管理のための情報,処方設計のための情報,調剤のための情報,医薬品の適正使用のための情報,薬学的な患者ケアのための情報等が集約された総合的な個別の医薬品解説書として,日本病院薬剤師会が記載要領を策定し,薬剤師等のために当該医薬品の製薬企業に作成及び提供を依頼している学術資料」である(甲134)。
(イ) 本件インタビューフォームは,本件医薬品であるレミッチOD錠2.5μgと本件カプセル製剤であるレミッチカプセル2.5μgについてのものであって,以下のような記載がある。
a 「II.名称に関する項目」に,本件医薬品及び本件カプセル製剤の「2.一般名」として,「(1)和名(命名法) ナルフラフィン塩酸塩(JAN) , 」「(2)洋名(命名法) Nalfurafine Hydrochloride(JAN) nalfurafine(INN)」と記載されている。
b 「III.有効成分に関する項目」として,本件添付文書の「性状」(前記イ(エ))と同様の記載がある。
c 「IV.製剤に関する項目」として「2.製剤の組成 (1)有効成分(活性成分)の含量 カプセル:1カプセル中ナルフラフィン塩酸塩2.5μg(ナルフラフィンとして2.32μg)含有 OD錠:1錠中ナルフラフィン塩酸塩2.5μg(ナルフラフィンとして2.32μg)含有」と記載されている。
d 「VI.薬効薬理に関する項目」として,本件添付文書の「薬効薬理」(前記イ(ウ))と同様の記載がある。
e 「VII.薬物動態に関する項目」として,本件添付文書の「薬物動態」(前記イ(イ))と同様の記載がある。なお,前記イ(イ)で認定したのと同様に,血漿中濃度推移などは,ナルフラフィンを測定して得られたものと認められる。
(ウ) 医薬品について,日本薬局方における原薬の日本名は,我が国における医薬品の一般的名称(JAN)の日本語名及び国際一般的名称(INN)を参考に命名されるとされており,JANは水和物や塩などの形態で実際に流通している医薬品に対して命名され,INNは原薬の活性部分本体に対して命名されることとされていて,医薬品がアミン類の無機酸塩又は有機酸塩の場合の医薬品の日本名は,「○○〇***塩」〇〇〇アミン類に対応するINN, ( ***は無機酸又は有機酸)と命名することとされている(甲135,136)。
なお,INNについては,WHOによりガイダンスが出されており,医薬物質又は医薬有効成分を特定するものとして定義されている(甲136)。
エ ナルフラフィンとナルフラフィン塩酸塩との関係等について (ア) 一般に,医薬品の開発は,医薬品探索初期の段階では,基本的にフリー体を用いて薬理,物性,安全性の評価が実施され,リード化合物の最適化が完了し,候補化合物が数化合物に絞られてきた段階で,原薬形態のスクリーニングを開始する(下記図2)。それにより見いだされた複数の候補形態の中から良好な物性と安定性を有する原薬形態を選択し,その後の製剤開発を進めるのが一般的である。市 販又は開発されている低分子医薬品の原薬形態の種類は,下記の図1に示すとおりに分類されるが,実際に利用されている原薬形態は,フリー体又は水和物若しくは塩が大勢を占めている。(甲120,弁論の全趣旨) (イ) 塩基性化合物の溶解性や安定性を向上させるために塩酸等により付加塩を形成すること,生体内では,酸付加塩から遊離塩基(フリー体)が解離し,遊 離塩基(フリー体)の形態で粘膜に吸収され,薬効及び薬理作用を奏することは,医薬品分野における技術常識である(甲121〜128,164,弁論の全趣旨)。
(ウ) 本件医薬品のナルフラフィンのようなモルヒナン骨格を有する化合物(モルヒナン化合物) モルヒナン骨格の環構造が一部除去されたベンゾモルファン ,骨格を有する化合物(ベンゾモルファン化合物),フェニルピペリジン骨格を有する化合物(フェニルピペリジン化合物)などの3級アミン(第三級窒素)を含む塩基性化合物については,塩酸等で酸付加塩を形成して水溶性を高め,安定性を増したものが多数知られていた(甲166〜183,弁論の全趣旨)。
(エ) ナルフラフィン塩酸塩も,ヒトに投与されると体内で直ちにフリー体であるナルフラフィンと塩化物イオンに解離し,ナルフラフィンが吸収され,作用部位である中枢神経系に到達してオピオイドκ受容体と結合して薬効及び薬理作用を奏するのであって,ナルフラフィン塩酸塩の塩酸部分は,薬効の存否や薬理作用には影響を及ぼさず,原薬の溶解性や安定性といった物性の改善のために付されたものである。これらのことは,平成28年3月31日に本件医薬品の製造販売の承認申請がされた時までには,当業者には広く知られており,本件医薬品の製造販売の承認に当たってされた審査もそのことを前提にしている。(甲129,130,甲151[B意見書],弁論の全趣旨) オ 「有効成分」という用語についての当業者の理解を推認させる事情 当業者が,「有効成分」についてどのように理解しているのかを推認させるものとして,以下のような各種文献の記載がある。
(ア) 薬科学大辞典編集委員会編「廣川薬科学大辞典 第5版」廣川書店,平成25年(甲103) 「有効成分[医薬品の] 単体又は1種類以上の他の成分と組み合わせ,1つの医薬品の意図された作用を起こす物質。また,成分の中で薬効を示す成分,例えば生薬の薬効をもつ成分をいうことが多く,生薬中の有効成分の分離は新薬開発の一方法。」 (イ) 塩路雄作「続・医薬品工業と粉体工学」粉体工学研究会誌14巻7号409頁,昭和52年(甲104) 「医薬品の有効性とは治療効果であり,治療効果は医療品の臨床試験結果より評価されるのが通常であるが,臨床試験の前段階として,製剤より有効成分がどの程度生体内へ利用されているかを測定する必要がある。・・・・この生体への医薬品有効成分の利用率を Bioavailability と称し, 通常は投薬後一定時間おきに血液や尿を採取し,血清中や尿中に存在する(吸収され, 代謝をうけ, また排泄された)有効成分の含量の時間的推移をしらべることにより測定され,いろいろのパラメーターを用いて,もっとも吸収されやすい形で投与した場合(一般には,水溶液)や他の剤形との相対的比較で評価される。」 (ウ) 石崎高志ほか「3.新薬の開発と臨床薬理」ファルマシアレビューNo.1 39頁,昭和53年(甲105) 「米国FDAの定義では,「生物学的利用能とは,活性を有する薬物成分あるいは治療有効成分が医薬品製剤から吸収され,薬の作用部位で利用されるようになる速さや量である」とされている。具体的には,有効成分の血中濃度,尿中排泄あるいは薬理効果を測定することが定められている・・・」 (エ) 緒方宏泰「先発医薬品と臨床上の有効性・安全性が『同等』であるジェネリック医薬品の評価〜生物学的同等性を考える〜」後発医薬品品質情報No.2 3頁〜4頁,平成26年(甲111) 「製剤中に含まれている有効成分は,投与された後に,製剤から放出あるいは溶出される必要があります。そのため,試験管内での放出速度や溶出速度を比較検討することで,それら製剤を投与後の有効成分の血中濃度や作用発現部位中の濃度は推定でき,ヒト試験の代わりになるのではと期待される面があります。」 (オ) 井上勝央「医薬品の吸収機構の解明とその吸収性改善・予測への応用を目指して」Tokyo University of Pharmacy and Life Sciences 124号 5頁,平成28年(甲112) 「飲み薬は,きちっと服用すれば,有効成分がすべて腸で吸収されて,すべて全身を巡る。」 (カ) その他,佐久間昭「薬の効果・逆効果 臨床薬理学入門」講談社 21頁,昭和56年(甲106)及び當瀬規嗣「よくわかる薬理学の基本としくみ」秀和システム 43頁,平成20年(甲109)並びに賀川義之「飲み方守って効果発揮」静岡新聞夕刊5頁,平成25年(甲110)には,人体内部で血液中に取り込まれるのが「有効成分」であるとする趣旨の記載がある。
カ ナルフラフィン塩酸塩を含む医薬品について記載した各種の文献の記載 ナルフラフィン塩酸塩を含む本件医薬品及び本件カプセル製剤について記載した各種の文献では,「有効成分であるナルフラフィン」(甲137[成川衛「革新的医薬品 審査のポイント」日経BP社 338頁〜341頁,平成27年], )「ナルフラフィン2.5μg」「ナルフラフィン5μg」「ナルフラフィン10μg」(甲1 , ,38[熊谷裕生ほか「新しいかゆみ治療薬ナルフラフィン(レミッチ)の臨床開発と有効性」透析療法ネクスト? 94頁〜108頁,平成23年],甲139[熊谷裕生ほか「血液透析患者のかゆみの病態生理とナルフラフィンの臨床効果」週刊日本医事新報4538号72頁〜80頁,平成23年],甲140[熊谷裕生ほか「血液透析患者のかゆみの病態とナルフラフィンの効果」モダンフィジシャン32巻4号 442頁〜445頁,平成24年] 甲141 , [深川雅史ほか「EBM透析療法」中外医学社 232頁,平成22年], )「レミッチOD錠2.5μg 成分 ・ (・ ・)ナルフラフィン(2.5μg/錠)(甲146[大館市立総合病院薬剤科「薬局ニ 」ュース」28巻4号,平成29年])などとして,ナルフラフィン塩酸塩とナルフラフィンを必ずしも区別することなく記載している例がある。
キ 薬事行政における「有効成分」の取扱い (ア) 厚生省薬務局が編纂した「逐条解説 薬事法」(ぎょうせい,昭和58年)は,平成18年法律第69号による改正前の薬事法50条7号(薬機法50条10号)に記載された「有効成分」の解釈について,「『有効成分』とは,医薬 品の目的たる効能,効果を薬理学的に生ぜしめる有効な成分を意味する。したがって,効能,効果と直接の関係のない賦形剤,安定剤,溶剤等の製剤補助剤は含まれない。」と記載している(甲149)。
(イ) 厚生省薬務局審査第一課長及び生物製剤課長が,各都道府県衛生主管部(局)長あてに,昭和63年3月11日付けで通知した,承認申請の目的で実施される徐放性製剤(経口投与製剤)の設計及び評価に関するガイドラインである「徐放性製剤(経口投与製剤)の設計及び評価に関するガイドライン」(薬審―第五号)には,以下のような記載がある(甲114)。
「医薬品の徐放化は有効成分の血中濃度を適正水準に維持することに主要な意義がある。従つて,薬物あるいは活性代謝物を含めた有効成分の血中濃度と薬効との関係について検討し,平均的な最低有効濃度,最適治療濃度等を明らかにしておくことが望ましい。」「原則として健康人を対象とし,速放性製剤あるいは原薬と比較し,当該製剤の薬物速度論的特性を評価すること。薬物速度論的評価は,作用部位における有効成分の濃度測定が可能で,且つその有効濃度が明らかになつている場合を除いて,原則として血液データに基づいて行う。尿,唾液等の血液以外の体液データは,有効成分の作用部位濃度または血中濃度とそれらの体液中濃度との間に関連性が認められる場合に用いることができる。」 ク 専門家の意見書 B名誉教授,神戸学院大学薬学部のC教授及び熊本大学薬学部のD教授は,本件医薬品や本件カプセル製剤について,フリー体であるナルフラフィンが「有効成分」であると鑑定意見書(甲129,130,151)に記載している。
B名誉教授は,B意見書(甲151)において,「医薬品における「有効成分」とは,消化管から吸収され,循環血液に移行し,受容体などのタンパク質と結合することで薬理作用を発揮する化学物質を表すことが昭和49年から現在に至るまでの技術常識です。」と記載している。
ケ 本件延長登録出願の出願経過 (ア) 原告は,@本件延長登録出願の願書(甲1)において,「6.特許法第67条第2項の政令で定める処分の内容」の項目の「(3)処分の対象となった医薬品」として「販売名 レミッチOD錠2.5μg 有効成分 ナルフラフィン塩酸塩」と記載し,A同願書に添付された「延長の理由を記載した資料」中の「(2)政令で定める処分を受けていること」の項目の「A処分の対象となった医薬品」として,以下のとおり記載した。
「販売名 レミッチOD錠2.5μg 有効成分 ナルフラフィン塩酸塩 構造式 」 また,原告は,B上記「延長の理由を記載した資料」中で,「ナルフラフィン塩酸塩は,レミッチOD錠2.5μgの有効成分である。」と説明した。
(イ) その後,令和2年2月10日に,本件審判において,原告は,上記(ア)@〜Bについて,上記(ア)@,Aの「有効成分」の記載事項を,それぞれ「ナルフラフィン塩酸塩(一般名称INN nalfurafine)(有効成分に関し,レミッチOD錠2.5μgの添付文書(延長の理由を記載した資料の参考文献4)[組成・性状]には,ナルフラフィン塩酸塩2.5μg(ナルフラフィンとして2.3 2μg)と記載されている。)」と補正するとともに,「レミッチOD錠2.5μgの有効成分がナルフラフィン,作動薬がナルフラフィン塩酸塩である」旨の説明をした(甲93,94)。
(2) 検討 前記(1)で認定した事実関係をもとにして,本件発明の実施に本件処分を受けることが必要であったかどうかについて検討する。
ア 特許権の存続期間の延長登録の制度は,政令処分を受けることが必要であったために特許発明実施をすることができなかった期間を回復することを目的とするものであるから,本件発明の実施に本件処分を受けることが必要であったかどうかは,このような特許法の存続期間延長の制度が設けられている趣旨に照らして判断されるべきであり,その場合における本件処分の内容の認定についても,このような観点から実質的に判断されるべきであって,本件承認書の「有効成分」の記載内容のみから形式的に判断すべきではない。このように解することは,最高裁平成26年(行ヒ)第356号同27年11月17日第三小法廷判決・民集69巻7号1912頁の趣旨にも沿うものということができる。
イ 前記(1)エで認定した事実からすると,医薬品について,良好な物性と安定性の観点からフリー体に酸等が付加されて,フリー体とは異なる化合物(付加塩)が医薬品とされる場合があること,そのような医薬品が人体に取り込まれたときには,付加塩からフリー体が解離し,フリー体が薬効及び薬理作用を奏すること,ナルフラフィンとナルフラフィン塩酸塩についても同様の関係にあり,ナルフラフィンとナルフラフィン塩酸塩で薬効及び薬理作用に違いがないことは,本件医薬品の製造販売の承認申請がされた平成28年3月31日までに,当業者に広く知られていたものと認められる。
ウ 上記イで述べたところに,前記(1)オ,カ,キで認定した事実や前記(1)クの専門家の意見書の内容を総合すると,医薬品分野の当業者は,医薬品の目的たる効能,効果を生ぜしめる作用に着目して,医薬品に配合される付加塩だけでなく, そのフリー体も「有効成分」と捉えることがあるものと認められる。
エ 前記(1)ア〜ウのとおり,本件承認書には,「有効成分」として「ナルフラフィン塩酸塩」と記載されており,本件添付文書にも「有効成分に関する理化学的知見」として,「ナルフラフィン塩酸塩」と記載され,その構造式や性状などが記載されているが,これは,賦形剤などの製剤補助剤と区別する観点から,実際に医薬品に配合されている原薬(付加塩)を有効成分として捉えていることに基づく記載であると解される。これに対し,本件添付文書の「有効成分・含量(1錠中)」の欄に, 「ナルフラフィン塩酸塩2.5μg(ナルフラフィンとして2.32μg)」と記載されており,本件インタビューフォームには,和名は「ナルフラフィン塩酸塩」と記載されているものの,洋名については「ナルフラフィン塩酸塩」と「ナルフラフィン」が併記されているし,「有効成分(活性成分)の含量」として カプセル:1カプセル中ナルフラフィン塩酸塩2.5μg(ナルフラフィンとして2.32μg)含有 OD錠:1錠中ナルフラフィン塩酸塩2.5μg(ナルフラフィンとして2.32μg)含有」と記載されている。そして,前記(1)アのとおり,本件承認書における●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●同じく,前記(1)イ,ウのとおり,本件添付文書や本件インタビューフォームにおける,本件医薬品の「薬物動態」の血漿中濃度や薬物動態パラメータもナルフラフィン塩酸塩ではなく,ナルフラフィンを測定して得られたものとなっている。
オ 以上のことを考え併せると,本件処分の対象となった本件医薬品の有効成分は,本件承認書に記載された「ナルフラフィン塩酸塩」と形式的に決するのではなく,実質的には,本件医薬品の承認審査において,効能,効果を生ぜしめる成分として着目されていたフリー体の「ナルフラフィン」と,本件医薬品に配合されている,その原薬形態の「ナルフラフィン塩酸塩」の双方であると認めるのが相当である。
したがって,「ナルフラフィン塩酸塩」のみを本件医薬品の有効成分と解し,「ナ ルフラフィン」は,本件医薬品の有効成分ではないと認定して,本件発明の実施に本件処分を受けることが必要であったとはいえないと判断した本件審決の認定判断は誤りであり,取消事由1は理由がある。
(3) 被告の主張について 被告は,原告が本件延長登録出願に当たって,本件医薬品の「有効成分」を「ナルフラフィン塩酸塩」と主張していたことや原告が作成した書類(甲83,88,90)で有効成分をナルフラフィン塩酸塩としていたと主張する。
しかし,本件延長登録出願の経緯は,前記(1)ケ認定のとおりであって,この経緯に照らして,原告が取消事由1の主張をすることや裁判所が同取消事由1に理由があると判断することを妨げられる理由はなく,前記(2)の上記判断を左右するものではない。また,被告が主張する文書(甲83,88,90)は,本件医薬品の製造販売の承認申請に向けて作成された文書であるところ、本件医薬品の有効成分は,本件医薬品の承認審査の経緯や内容等を踏まえると,実質的にはナルフラフィン塩酸塩とナルフラフィンの双方と解するのが妥当であるから、本件承認書(甲4,96,148)の記載が前記(2)の認定判断を左右しないことと同様に,上記の文書も、
前記(2)の認定判断を左右するものではない。
結論
以上の次第で,取消事由1は理由があり,その余の点について判断するまでもなく,本件審決にはその結論に影響を及ぼす違法があるから,原告の請求を認容することとして,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 森義之
裁判官 眞鍋美穂子
裁判官 熊谷大輔