審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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平成29ワ27378 特許権持分1部移転登録手続等請求事件 | 判例 | 特許 |
令和3行ケ10093 審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
令和3行ケ10094 審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成30ネ10043 特許権侵害差止等請求控訴事件 | 判例 | 特許 |
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事件 |
令和
2年
(ネ)
10052号
特許権持分1部移転登録手続等請求控訴事件
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控訴人X 訴訟代理人弁護士 町田健一 牧野知彦 被控訴人 小野薬品工業株式会社 訴訟代理人弁護士 重冨貴光 古庄俊哉 辻居幸一 田中伸一郎 補佐人弁理士小松邦光 被控訴人Y 訴訟代理人弁護士 岩瀬ひとみ 葛西陽子 湯村暁 石井将介 井垣太介 |
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裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2021/03/17 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 民事訴訟 |
主文 |
1 本件控訴を棄却する。 2 控訴費用は控訴人の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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控訴の趣旨
1 原判決中主文第2,3項を取り消す。 1 2 被控訴人らは,控訴人に対し,原判決別紙特許権目録記載の特許権につき, それぞれ持分4分の1の移転登録手続をせよ。 3 被控訴人らは,控訴人に対し,連帯して,1000万円及びこれに対する被 控訴人小野薬品工業株式会社(以下「被控訴人小野薬品」という。)について平 成29年9月5日から,被控訴人Y(以下「被控訴人Y」という。)について同 月3日からそれぞれ支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 |
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事案の概要(略称は,特に断りのない限り,原判決に従う。)
1 事案の要旨 本件は,控訴人が,特許権者を被控訴人ら両名として設定登録された,発明 の名称を「癌治療剤」とする特許(特許第5885764号。請求項の数18。 以下,この特許を「本件特許」といい,本件特許に係る特許権を「本件特許権」 という。)に係る発明(以下「本件発明」という。)の共同発明者であり,本件 特許は,共同出願違反によりされた旨主張して,被控訴人らに対し,控訴人が 本件発明の発明者であることの確認及び特許法74条1項に基づく本件特許権 の持分各4分の1の移転登録手続を求めるとともに,被控訴人らによる上記共 同出願違反の特許出願が控訴人に対する不法行為を構成する旨主張して,共同 不法行為に基づく損害賠償として1000万円及びこれに対する不法行為の後 の訴状送達の日の翌日(被控訴人小野薬品につき平成29年9月5日,被控訴 人Yにつき同月3日)から各支払済みまで平成29年法律第44号による改正 前の民法(以下,単に「民法」という。)所定の年5分の割合による遅延損害金 の連帯支払を求める事案である。 原判決は,本件訴えのうち,発明者確認請求に係る部分について,訴えの利 益を欠くものとして,訴えを却下し,特許権一部移転登録手続請求及び損害賠 償請求に係る部分について,控訴人は本件発明の発明者であるとは認められな いとして,いずれも棄却した。 控訴人は,原判決中,特許権一部移転登録手続請求及び損害賠償請求を棄却 2 した部分のみを不服として,本件控訴を提起した。 2 前提事実 以下のとおり訂正するほか,原判決の「事実及び理由」の第2の2記載のと おりであるから,これを引用する。 (1) 原判決3頁末行末尾に「A教授は,平成14年に京都大学の副学長に就任 した後,令和2年10月1日,同大学の学長に就任した(甲110) 」を加 。 える。 (2) 原判決5頁13行目の「筆頭著者」の次に「「equal contribution」とし ( て明示されていれば,複数名でも可)」を加える。 (3) 原判決5頁16行目から6頁13行目までを次のとおり改める。 「(3) 本件特許権等 ア(ア) 被控訴人らは,平成15年7月2日(優先日平成14年7月3 日及び平成15年2月6日,優先権主張国日本)を国際出願日とす る特許出願(特願2004-519238号。以下「原出願1」と いう。甲3)の一部を分割して出願した特許出願(特願2009- 203514号。以下「原出願2」という。甲4)の一部を更に分 割して出願した特許出願(特願2012-197861号。 「原 以下 出願3」という。甲5)の一部を分割して,平成26年1月20日, 新たに本件特許の特許出願(特願2014-7941号。以下「本 件出願」という場合がある。)をし,平成28年2月19日,本件特 許権の設定登録(請求項の数18)を受けた(甲6,126)。 (イ) 原出願1については,平成21年11月20日に特許第440 9430号(以下,この特許に係る特許権を「関連特許権1」とい う。)として,原出願2については,平成24年12月21日に特許 第5159730号(以下,この特許に係る特許権を「関連特許権 2」という。)として,原出願3については,平成27年2月27日 3 に特許第5701266号(以下,この特許に係る特許権を「関連 特許権3」という。)としてそれぞれ設定登録がされた(甲3ないし 5)。 (ウ) 本件特許権及び関連特許権1ないし3に係る特許公報(甲3な いし6)の「発明者」欄には,発明者として「Y」(被控訴人Y), 「A」 (A教授)「B」 , (B氏)及び「C」 (被控訴人小野薬品の従業 員(当時))の4名が記載されている。 イ 本件特許の特許請求の範囲の請求項1ないし18の記載は,次のと おりである。 【請求項1】 PD-1の免疫抑制シグナルを阻害する抗PD-L1抗体を有効成 分として含む癌治療剤。 【請求項2】 抗PD-L1抗体が,PD-1およびPD-L1の相互作用を阻害 する請求項1記載の癌治療剤。 【請求項3】 抗PD-L1抗体が,キメラ抗体,ヒト化抗体または完全ヒト型抗 体である請求項1または2記載の癌治療剤。 【請求項4】 癌が,癌腫,扁平上皮癌,腺癌,肉腫,白血病,神経腫,メラノー マ,リンパ腫および骨髄腫から選択されるいずれかの癌である請求項 1〜3のいずれか1項記載の癌治療剤。 【請求項5】 扁平上皮癌が,子宮頚管,瞼,結膜,膣,肺,口腔,皮膚,膀胱, 舌,喉頭または食道の癌である請求項4記載の癌治療剤。 【請求項6】 4 腺癌が,前立腺,小腸,子宮内膜,子宮頚管,大腸,肺,膵,食道,直腸,子宮, 乳房または卵巣の癌である請求項4記載の癌治療剤。 胃,【請求項7】 癌が,肺癌,大腸癌,食道癌,卵巣癌,メラノーマまたはリンパ腫である請求項1〜3のいずれか1項記載の癌治療剤。 【請求項8】 肺癌が,肺扁平上皮癌または肺腺癌である請求項7記載の癌治療剤。 【請求項9】 癌が,PD-L1を発現する癌である請求項1〜3のいずれか1項記載の癌治療剤。 【請求項10】 さらに,免疫賦活剤と組み合わせることを特徴とする請求項1記載の癌治療剤。 【請求項11】 免疫賦活剤が,サイトカインまたは癌抗原である請求項10記載の癌治療剤。 【請求項12】 サイトカインが,GM-CSF,M-CSF,G-CSF,インターフェロン-α,インターフェロン-β,インターフェロン-γ,IL-1,IL-2,IL-3またはIL-12である請求項11記載の癌治療剤。 【請求項13】 癌抗原が,MAGE-1もしくはMAGE-3由来のHLA-A1またはHLA-A2拘束ペプチド,MART-1,gp100,HER2/neuペプチド,MUC-1ペプチドおよびNY-ESO-1から選択される一または二以上の癌抗原である請求項11記載の癌治 5 療剤。 【請求項14】 免疫賦活剤が,抗CTLA-4抗体である請求項10記載の癌治療 剤。 【請求項15】 さらに,化学療法剤と組み合わせることを特徴とする請求項1記載 の癌治療剤。 【請求項16】 化学療法剤が,アルキル化剤,ニトロソウレア剤,代謝拮抗剤,抗 癌性抗生物質,植物由来アルカロイド,トポイソメラーゼ阻害剤,ホ ルモン療法剤,ホルモン拮抗剤,アロマターゼ阻害剤,P糖蛋白阻害 剤および白金錯体誘導体から選択される一または二以上の化学療法剤 である請求項15記載の癌治療剤。 【請求項17】 さらに,白血球減少症治療薬,血小板減少症治療薬,制吐剤または 癌性疼痛治療薬から選択される一または二以上と組み合わせることを 特徴とする請求項1記載の癌治療剤。 【請求項18】 インビボにおいて癌細胞の増殖を抑制する作用を有する請求項1記 載の癌治療剤。 ウ 被控訴人小野薬品が製造及び販売している医薬品「オプジーボ」は, 関連特許権1及び2に係る発明の実施品である。」(4) 原判決8頁14行目冒頭からから15行目の「誘導されること」までを 「同論文には,抗原受容体を介したTリンパ球及びBリンパ球の刺激により PD-1の発現が誘導されること,PD-1の発現はアポトーシスの一般的 経路には必要でないこと」と改める。 6(5) 原判決9頁1行目末尾に「また,同論文には,感作されたT細胞上のPD -1は,特定の抗原提示細胞の刺激によるTCR介在の増殖反応を負に調節 することが強く示唆されること,PD-1は,免疫応答の負の調節遺伝子と して,末梢性自己寛容の維持に示唆されたことなどの記載がある(乙B6) 」 。 を加え,同頁6行目の「PD-1の」から7行目の「ところ,」までを削り, 同頁9行目の「PD-L1遺伝子を譲り受けた上で,」を「PD-L1遺伝子 情報の提供を受けた上で,」と,同頁21行目から22行目にかけての「1- 111抗体及び1-167抗体を得た。 を 」 「1-111抗体及び1-167 抗体を産生するハイブリドーマを得た。」と改める。 (6) 原判決10頁8行目の「同論文には,」から9行目の「記載がある」までを 「JEM論文には, 「ヒト卵巣腫瘍から3つのESTがみられるように,PD -L1は,いくつかの癌において発現されている。このことは,腫瘍が,抗 腫瘍免疫応答を阻害するために,PD-L1を使用している可能性を提起す る。」との記載がある」と,同頁25行目の「確認作業」を「確認実験」と改 める。 (7) 原判決11頁7行目から8行目にかけての「ランダムに多数のがん細胞」 を「A研に保存されていた複数の細胞株(甲83(7-1頁〔H12.9.29〕) )」 と改め,同頁21行目から末行までを次のとおり改める。 「 控訴人は,平成12年9月頃,D助手から, 「1.ピロリン酸モノエステ ル系抗原のヒトγδ型T細胞に及ぼす影響の検討 (1) ヒトγδ型T細 胞をピロリン酸モノエステル系抗原で刺激した際のシグナル解析,(2) ヒ トγδ型T細胞を腫瘍細胞株にパルスしたピロリン酸モノエステル系抗原 で刺激した際のシグナル解析」 「2.PD-1遺伝子のヒトγδ型T細胞 , に及ぼす影響 (1) ヒトγδ型T細胞上のPD-1分子の発現の解析,(2) PD-L1によるヒトγδ型T細胞の調節機構の解析」 「3.マウスPD , -L1のNK細胞に及ぼす影響 (1) マウスPD-L1を発現するYA 7 C細胞株の樹立,(2) マウスNK細胞上のPD-1分子の発現の解析,(3) マウスPD-L1によるマウスNK細胞の調節機構の解析」 (甲28)を控 訴人の研究テーマとして与えられた。控訴人は,その頃から,ヒトγδ型 T細胞及びNK細胞を使用した具体的な実験に従事するようになった。」(8) 原判決12頁2行目の「また,」の次に「NK細胞においても,PD-1の 発現を観察することができず,」を加え,同頁8行目から9行目にかけての 「(実施例1関係)」を「(本件出願の願書に添付した明細書(以下,図面を含 めて「本件明細書等」という。甲6)記載の「実施例1関係」 (以下「実施例」 と表記する場合は,本件明細書等記載の「実施例」を意味する。 ) ) 」と改め, 同頁10行目から13頁5行目までを次のとおり改める。 「(ア) 2C細胞におけるPD-1の発現の確認 控訴人は,ヒトγδ型T細胞上のPD-1分子の発現及びマウスNK 細胞上のPD-1分子の発現をいずれも観察できなかった後,平成12 年10月から11月にかけての頃,2C細胞にP815細胞で刺激を与 えるなどしてPD-1分子が発現していることを確認する実験を開始し, 同月17日,A研のグループミーティングで2C細胞にPD-1が発現 したことを報告した(甲50,甲83(7-12頁〔H12.11.17〕) )。 2C細胞は,遅くとも1999年(平成11年)までに,A教授がE 教授から入手し,A研に所属するF氏によって維持されていた(乙B1 3(10頁),証人A) 」 。 (9) 原判決13頁7行目から12行目までを次のとおり改める。 「 A教授は,平成12年11月17日,A研のグループミーティングで, 控訴人から,2C細胞にPD-1分子が発現したことを確認したとの報告 を受けたこと,P815細胞にはPD-L1を発現していないことが確認 されていたことから,PD-1/PD-L1の相互作用について確認する 実験を行うには,P815細胞にPD-L1を遺伝子導入した細胞(以下 8 「P815/PD-L1細胞」という。)を作製した上で,PD-L1を発 現していない野生型のP815細胞との対比を行うことが必要であると考 え,控訴人に対し,P815/PD-L1細胞の作製をするよう助言,指 導した。(甲83(7-12頁〔H12.11.17〕 ) ) 2C細胞は,B6系マウスに,主要組織適合抗原遺伝子複合体(MHC) クラスI分子のH-2L dを認識するT細胞受容体(TCR)をコードする 遺伝子を導入した2Cマウスに由来するキラーT細胞であり,その細胞表 面に発現したH-2L d を認識するTCRを介して,異系のマウス由来の 細胞上に発現するH-2L d を認識し,本来免疫応答する同系のB6系マ ウス由来の細胞のみならず,異系のマウス由来の細胞にも免疫応答する。 P815細胞は,DBA/2マウス由来のがん細胞であり,PD-L1 を発現していないことは,上記ア(イ)の実験により確認されていた。P8 15細胞は,2C細胞が認識するH-2L d を発現し,かつ,NK抵抗性で T細胞感受性という性質を備えたがん細胞であるため,NK細胞による影 響を考慮する必要がなく,キラーT細胞の解析に適していた。 上記のとおり,B6系マウスに由来する2C細胞とDBA/2マウスに 由来するP815細胞とは,その由来するマウスの系が異なり,この2つ の細胞を組み合わせた実験は,異なるMHCを有する細胞を標的細胞とす る異系の細胞の組合せによる実験である。 (以上,乙B13(10〜16頁), 乙B14(25〜26頁),証人A)」(10) 原判決13頁18行目から19行目にかけての「バリアナンス」を「バ リアンス」と改める。 (11) 原判決16頁4行目の「必要がある。」を「必要があることについて,控 訴人は,A教授から助言を受けた。」と改める。 (12) 原判決17頁2行目から3行目にかけての「PNAS論文Fig.3B に掲載され,本件明細書等の実施例3に関する【図3】 (B)にも」を「本件 9 明細書等の実施例3に関する【図3】(B)に」と改める。 ? 原判決18頁20行目の「開始した。」を「開始した。(甲83(7-44 [H13.6.8]) 」と改める。 )? 原判決19頁25行目の「上記実験の結果」から末行の「得られた。」まで を「控訴人は,J558L細胞にPD-L1を強く発現していることを確認 し,J558L細胞を皮下移植したBalb/Cマウスにおいて,F [ (ab’) 2 型の]抗PD-L1抗体によって腫瘍が大きくなるのが阻害されることを 示すデータを得た。」と改める。 ? 原判決20頁11行目末尾に行を改めて次のとおり加える。 「? 本件訴訟に至る経緯等 ア 米国法人のダナ・ファーバー・キャンサー・インスティテュート社 (以下「ダナ・ファーバー癌研究所」という。 及びジェネティックス・ ) インスチチュート社(以下「GI社」という。)は,発明の名称を「P D-1,B7―4の受容体,およびその使用」とする発明について,平 成12年8月23日(優先日平成11年8月23日及び同年11月1 0日,優先権主張国米国)を国際出願日とする特許出願(特願200 1-518870号。 「ダナ・ファーバー癌研究所等の特許出願」 以下 という。)をした(甲60,61)。 上記特許出願に係る公表特許公報(甲61)の「発明者」欄には, 発明者としてG(以下「G博士」という。)及びH(以下「H博士」と いう。)の2名が記載されている。 イ(ア) ダナ・ファーバー癌研究所は,2015年(平成27年)9月2 5日頃,米国マサチューセッツ州地区連邦地方裁判所(以下「マサ チューセッツ州連邦地裁」という。 において, ) 被控訴人ら, R. E. スクイブ社及びサンズブリストル・マイヤーズスクイブ社を被告と して,ダナ・ファーバー癌研究所に所属していたH博士及びGI社 10 に所属していたG博士が,被控訴人らが保有する関連特許権1ない し3及び本件特許権の米国対応特許(以下「米国特許」という。)に 係る発明の共同発明者である旨主張して,米国特許の発明者名の訂 正を求める訴訟(以下「別件米国訴訟」という。)を提起した(甲1 00・訳文甲100の2)。 (イ) 京都大学の代理人弁護士は,平成28年4月,控訴人に対し, 別件米国訴訟に関し,被控訴人らのために本件発明に関連する実験 ノートを提出すること及びデポジションを受けることを依頼した (甲16,68の1)。 控訴人の代理人弁護士は,同年8月22日到達の内容証明郵便 (甲16の1,2)で,被控訴人小野薬品に対し,控訴人は,京都 大学の代理人弁護士からの上記依頼を受けて,本件特許権及び関連 特許権1ないし3の存在を知ったが,これらの特許権に係る発明は, いずれも控訴人が京都大学大学院に在籍中に発明したものであり, 控訴人は少なくとも共同発明者としての権利を有しているので,こ の点について協議をしたい旨の申入れをした。 その後,同年10月7日頃から,控訴人の代理人弁護士と被控訴 人らの代理人弁護士との間で,交渉を行ったが,合意に至らなかっ た(甲18の1,2,19,22の1ないし3等)。 控訴人は,平成29年8月14日,本件訴訟を提起した。 (ウ) マサチューセッツ州連邦地裁は,2019年(令和元年)5月, 別件米国訴訟について,G博士及びH博士によるPD-L1の発見, G博士によるPD-1/PD-L1結合が免疫応答を阻害するこ との発見,G博士及びH博士による抗PD-1抗体及び抗PD-L 1抗体が阻害経路のシグナルを阻害できることの発見,H博士によ る腫瘍細胞におけるPD-L1の発現の確認実験を通じて,米国特 11 許に係る特許発明の着想に多大な貢献をしたから,G博士及びH博 士は共同発明者である旨判断して,ダナ・ファーバー癌研究所の請 求を認容する判決(甲100・訳文甲100の2,甲108・訳文 甲108の2)をした。 被控訴人ら,E.R.スクイブ社及びサンズブリストル・マイヤ ーズスクイブ社は,上記判決を不服として控訴したが,米国連邦巡 回区控訴裁判所は,2020年(令和2年)7月14日,上記判決 を維持する旨の判決(甲108・訳文甲108の2)をした。」 3 争点 ? 控訴人の共同発明者性(争点1) ? 本件特許権の持分移転登録手続請求の可否(争点2) ? 被控訴人らの不法行為の成否及び控訴人の損害額(争点3) |
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争点に関する当事者の主張
1 争点1(控訴人の共同発明者性)について 以下のとおり「当審における当事者の補充主張」を付加するほか,原判決の 「事実及び理由」の第3の2記載のとおりであるから,これを引用する。 【当審における当事者の補充主張】 (1) 控訴人の主張 原判決は,本件発明の発明者を認定するに当たっては,@抗PD-L1抗 体がPD-1分子とPD-L1分子の相互作用を阻害することによりがん免 疫の賦活をもたらすとの技術的思想の着想における貢献,APD-1分子と PD-L1分子の相互作用を阻害する抗PD-L1抗体の作製・選択におけ る貢献,B仮説の実証のために必要となる実験系の設計・構築における貢献 及び個別の実験の遂行過程における創作的関与の程度などを総合的に考慮し, 認定されるべきであるとした上で,@について,本件発明の技術的思想を着 想したのは,被控訴人Y及びA教授であって,控訴人は関与していない,A 12について,抗PD-L1抗体の作製・選択に貢献した主体は,A教授及びD助手である,Bについて,本件発明を構成する個々の実験の設計及び構築をしたのはA教授であったものと認められ,控訴人は,本件発明において,実験の実施を含め一定の貢献をしたと認められるものの,その貢献の度合いは限られたものであり,本件発明の発明者として認定するに十分なものであったということはできないとして,控訴人が本件発明の発明者であると認めることはできない旨判断した。 しかしながら,以下に述べるとおり,抗PD-L1抗体がPD-1分子とPD-L1分子の相互作用を阻害することによりがん免疫の賦活をもたらすとの「知見」ないし「着想」は,本件出願当時,公知であったことに照らせば,本件発明の技術的思想の特徴的部分は,具体的な免疫細胞と標的となるがん細胞を用いた実験によってがん免疫の効果を実証し,上記着想を具体化した点にあり,かかる実験の着想及び遂行に貢献した控訴人は,本件発明の発明者であるというべきであるから,原判決の判断は誤りである。 ア 抗PD-L1抗体がPD-1分子とPD-L1分子の相互作用を阻害す ることによりがん免疫の賦活をもたらすとの「知見」ないし「着想」は, 公知であったこと @2000年(平成12年)10月2日に公表された「新しいB7ファ ミリーメンバーによるPD-1免疫抑制性受容体の関与が,リンパ球活性 化の負の制御を導く」と題するJEM論文(甲66)には, 「ヒト卵巣腫瘍 から3つのESTがみられるように,PD-L1は,いくつかの癌におい て発現されている。このことは,腫瘍が,抗腫瘍免疫応答を阻害するため に,PD-L1を使用している可能性を提起する。 との記載があること, 」 Aダナ・ファーバー癌研究所等の特許出願の優先権主張の基礎出願は,1 999(平成11)年9月に出願され,この出願に係る明細書には, 「PD -1を介するシグナリングを阻害する作用剤を対象の免疫細胞に投与し 13 て,免疫応答のアップレギュレーションから利益を受けるであろう症状を 治療することを特徴とする…1の具体例において,該症状は,腫瘍…から なる群より選択される。 (甲61の【0009】参照)との記載があるこ 」 とからすると,抗PD-L1抗体がPD-1分子とPD-L1分子の相互 作用を阻害することによりがん免疫の賦活をもたらすとの「知見」ないし 「着想」は,本件出願前に公知であったといえる。 そうすると,抗PD-L1抗体がPD-1分子とPD-L1分子の相互 作用を阻害することによりがん免疫の賦活をもたらすとの着想は,本件発 明の技術的思想の特徴部分となるものではないから,控訴人が上記着想に 関与していないことは,控訴人が本件発明の発明者であることの認定判断 において重要ではない。 そして,本件発明の技術的思想の特徴部分は,具体的な免疫細胞と標的 となるがん細胞を用いた実験によってがん免疫の効果を実証し,上記着想 を具体化した点にあるというべきである。 イ 抗PD-L1抗体の作製・選択における控訴人の貢献 本件発明の完成には抗PD-L1抗体の樹立とその機能を実証すること が必要であるところ,控訴人は,抗PD-L1抗体の作製に貢献している。 ウ 本件発明を構成する個々の実験の構想及び具体化における控訴人の貢献 学生が行う研究室での活動において,研究の基となる実験を実際に担 当し,着想を具体化した者は,その具体化することが当業者にとって見れ ば自明のことである場合など特段の事情がない限り,単なる補助にとどま るものとはいえない。 控訴人が,A研に所属する学生であった以上,指導教官であるA教授か ら,一定程度の技術的な指導があったことは当然であるが,これを受けて 控訴人は,種々の試行錯誤を重ねて本件発明に係る実験系を構築し,主要 な実験のほぼすべてを単独で行ったのであり,特に2C細胞とP815細 14胞の組合せ実験の着想に関しては,以下に述べるとおり,A教授からの指示はなく,この実験の成功により,本件発明は具体化したのであって,これに対する控訴人の貢献の度合いは大きいというべきである。 (ア) 控訴人は,A研のF氏から,F氏が2C細胞を活性化するためにP 815細胞との組合せを利用している旨を聞いて,2C細胞とP815 細胞を組み合わせてPD-1/PD-L1の相互作用を検証する実験 系を着想した。これは,控訴人は,@A研に入る前にA教授から渡され たJEM論文のアブストラクト(概要)の部分から,活性化されたT細 胞にPD-1が発現することを学んでおり,T細胞を活性化すると,P D-1が発現することを知っていたこと,AP815細胞にはPD-L 1が発現していないことを知っていたことから,2C細胞がT細胞の一 種である以上,2C細胞とP815細胞を組み合わせれば,2C細胞に もPD-1が発現するのではないかと考えたことによるものである。 また,2C細胞を培養する際,そのキラー活性を維持するために,限 界稀釈法でクローニングして一部を廃棄することになるが,廃棄する分 については,特段分量を記録するようなことはなく,控訴人がF氏から 自由に譲り受けられる状況にあった。 そして,2C細胞を含むキラーT細胞を用いた実験はD助手の課題メ モ(甲28)に記載されていないこと,平成12年11月17日より前 のグループミーティングメモに2C細胞を用いた実験に関する記載がみ られないことは,A教授やD助手が,2C細胞とP815細胞とを用い た実験の指示をしておらず,控訴人が独自にこの組合せを着想して2C 細胞におけるPD-1の発現を確認する実験を行ったことを裏付ける重 要な事実である。 (イ) 控訴人が平成12年11月17日のグループミーティングメモに 「YAC-1,YAC-1/PD-L1」と通常の細胞と遺伝子導入し 15 た細胞を連記していることからもうかがえるとおり,控訴人は,同日の グループミーティングで2C細胞とP815細胞を用いた実験を提案 した際,PD-L1を遺伝子導入した細胞と比較することも視野に入れ ていたが,グループミーティングメモに明記していなかったため,A教 授から,P815細胞にPD-L1を遺伝子導入した細胞(P815/ PD-L1細胞)との比較をするよう助言されたものである。このよう な助言がされたことから,2C細胞とP815細胞の組合せ実験が控訴 人の着想であることを否定されるものではない。 また,控訴人が2C細胞とP815細胞の組合せ実験を着想した時点 では,その後の展望を有していなかったとしても,本来,発明に至る過 程は試行錯誤の連続であるから,上記着想の具体化に関する控訴人の創 作的な関与が否定されるものではない。 そして,本件発明は,2C細胞とP815細胞の組合せ実験を行った ことがブレークスルーになって実際に抗PD-L1抗体がPD-1分子 とPD-L1分子の相互作用を阻害することによるがん免疫の賦活化の 効果を実証したことに価値があるから,控訴人による上記組合せ実験の 着想及び遂行の重要性は十分に評価されるべきである。 エ PNAS論文の共同第一著者であること等 (ア) 科学者の世界では,論文の筆頭著者がその研究において重要な貢献 をしたものと推認されるという経験則がある。 しかるところ,控訴人は,本件発明と同内容のPNAS論文の共同第 一著者(筆頭著者)であり,同論文を根拠論文として京都大学から博士 号を授与されている。これらの事実だけでも控訴人が本件発明の発明者 であることを認められるべきである。 (イ) 被控訴人Y及びA教授は,PNAS論文の共著者である。A教授は本 件訴訟の当事者ではないが,被控訴人Yに代わって原審で人証の取調べ 16 を受けるなど,実質的には被控訴人Yと一体となる立場の者である。 そして,被控訴人Y及びA教授は,控訴人をPNAS論文の筆頭著者 として認め,京都大学において博士号を授与できる根拠となる文書を作 成して,論文公聴会では主査として博士論文を審査したこと,研究科会 議における採決により,京都大学が控訴人に博士号を授与していること (甲102)からすれば,被控訴人Yが,控訴人が本件発明の発明者で あることを否定し,これと相反する主張をすることは信義則に違反する。 オ 小括 以上のとおり,@抗PD-L1抗体がPD-1分子とPD-L1分子の 相互作用を阻害することによりがん免疫の賦活をもたらすとの「知見」な いし「着想」は,本件出願当時,公知であったから,本件発明の技術的思 想の特徴的部分は,上記公知の課題について具体的な免疫細胞と標的とな るがん細胞を用いて抗PD-L1抗体がPD-1分子とPD-L1分子 の相互作用を阻害することによるがん免疫の賦活化の効果を実証した点 にあること,A控訴人は,抗PD-L1抗体の作製に貢献し,指導教官で あるA教授から指導を受けながら,試行錯誤を重ねて本件発明を構成する 個々の実験系を構築し,主要な実験のほぼすべてを単独で行い,特に2C 細胞とP815細胞の組合せ実験に関しては,A教授から指示を受けるこ となく着想して,遂行し,この点に関する控訴人の貢献の程度は大きいこ と,B控訴人が本件発明と同内容のPNAS論文の筆頭著者(共同第一著 者)であること等からすると,控訴人は,本件発明の具体化に創作的に関 与したものといえるから,本件発明の発明者であるというべきである。 これを否定した原判決の判断は誤りである。 ? 被控訴人Yの主張 ア 抗PD-L1抗体がPD-1分子とPD-L1分子の相互作用を阻害す ることによりがん免疫の賦活をもたらすとの「知見」ないし「着想」が公 17 知であったとの主張に対し JEM論文における単にPD-L1ががん免疫応答に関与する可能性 を抽象的に示唆するのみの記載をもって,具体的かつ論理的に実証可能な 抗PD-L1抗体がPD-1分子とPD-L1分子の相互作用を阻害す ることによりがん免疫の賦活をもたらすとの技術的思想の「着想」が公知 であったといえないことは明らかである。 これと異なる控訴人の主張は失当である。 イ 抗PD-L1抗体の作製・選択における控訴人の貢献の主張に対し モノクローナル抗体は,クローン化された(単一の細胞由来の)抗体産 生細胞(ハイブリドーマ)が産生する抗体のことをいい,限界希釈を経て, このようなハイブリドーマが得られた時点で,モノクローナル抗体が樹立 できたものといえるところ,遅くとも平成12年(2000年)4月22 日の時点までには,A研において,実際に機能を満たす抗PD-L1抗体 (1-111抗体,1-167抗体)が樹立されていた。 この樹立までの過程に控訴人の関与は一切なかったから,抗PD-L1 抗体の作製に控訴人が創作的に関与したとはいえない。 ウ 本件発明を構成する個々の実験の構想及び具体化における控訴人の貢献 の主張に対し (ア) 控訴人は,A教授から指示を受けることなく,2C細胞とP815 細胞の組合せ実験を着想して,遂行したこと,本件発明は,2C細胞と P815細胞の組合せ実験を行ったことがブレークスルーになって実際 に抗PD-L1抗体がPD-1分子とPD-L1分子の相互作用を阻害 することによるがん免疫の賦活化の効果を実証したことに価値があるこ と等からすると,控訴人は,2C細胞とP815細胞の組合せ実験に創 作的に関与した旨主張する。 しかしながら,2C細胞とP815細胞を用いた実験を構築したのは 18A教授であり,実験目的にふさわしい細胞の組合せとして2C細胞とP815細胞を採用したのもA教授である。A教授が2C細胞とP815細胞の組合せを採用した理由は,@活性化したキラーT細胞上のPD-1の発現が既に確認されていたこと(乙B5・Int.Immunol論文),AImmunity論文(乙B6)に報告したPD-1遺伝子欠失マウスを用いた実験において,既に2Cマウスが使用されていたこと,BP815細胞は,A教授が1970年代から研究に使用してきた経験からその性状を熟知していたがん細胞であったこと,CP815細胞は代表的なNK細胞抵抗性がん細胞であって,細胞傷害性T細胞の解析に最適であったこと,D当時A研で維持されていたP815細胞はPD-L1を発現していないことが確認されたこと,E当時既に2C細胞とP815細胞の組合せによる細胞傷害性アッセイが標準的な実験系であったこと等によるものである。 他方,控訴人は,2C細胞及びP815細胞の性状に関する知識を欠いており,P815/PD-L1細胞と組み合わせた実験等のその後の一連の実験についても,具体的なプランはなかった上,ADCC効果による可能性を除外するための抗体の断片化実験の必要性もA教授が説明したものであること等からすると,控訴人が2C細胞とP815細胞を用いた実験について創作的に関与したとはいえない。 また,2C細胞とP815細胞を用いた実験系は,PD-1/PD-L1相互作用によりT細胞の細胞傷害性活性機能自体が抑制されることを証明するための手段の1つにすぎないし,2C細胞とP815細胞を組み合わせた実験系は,当時既にT細胞による細胞傷害性を検証するための標準的な実験系であり,当該検証に非常に適したモデルではあるが,この実験系でなければならなかったわけではないから,当該細胞を実験系に採用したことそれ自体は「ブレークスルー」と評されるべきもので 19 はない。 したがって,控訴人の上記主張は失当である。 (イ) 控訴人は,指導教官であるA教授から指導を受けながら,試行錯誤 を重ねて本件発明を構成する個々の実験系を構築し,主要な実験のほぼ すべてを単独で行ったから,本件発明の具体化に創作的に関与した旨主 張する。 しかしながら,控訴人が行ったと主張する「試行錯誤」とは,研究室 において既に用意されていた試料・サンプルを用いて行う標準的な実験 の手順の範囲内において,細部の条件を至適化しながら実験作業を行っ たということであり,本件発明に対する創作的な関与と評価できるもの ではないから,控訴人の上記主張は失当である。 エ PNAS論文の共同第一著者であること等の主張に対し A教授が,控訴人をPNAS論文の筆頭著者(共同第一著者)としたの は,控訴人が実際に多くの実験作業を行ったからであるにすぎないし,博 士論文の審査に際してA教授が提出した文書(甲1の2)の「equal contributionとして,分担担当した。」との記載も,控訴人が PNAS論文の共同の筆頭筆者であるということを説明するものにすぎ ず,学位の取得は,学位授与に関する所定の要件を満たしているかという 点を判断するものであって,当該研究を行うに当たって創作的な関与があ ったかを審査するものではない。 したがって,控訴人がPNAS論文の筆頭著者(共同第一著者)である からといって,控訴人が本件発明の発明者であるということはできない。 オ 小括 以上のとおり,控訴人は,本件発明の発明者であるとはいえない。 ? 被控訴人小野薬品の主張 ア 抗PD-L1抗体がPD-1分子とPD-L1分子の相互作用を阻害す 20 ることによりがん免疫の賦活をもたらすとの「知見」ないし「着想」が公 知であったとの主張に対し JEM論文は, 「腫瘍が,抗腫瘍免疫応答を阻害するために,PD-L1 を使用している可能性」について言及しているにすぎず,PD-1とPD -L1の相互作用の阻害によって治療に有効ながん免疫を誘導する可能 性については何ら言及がなく,しかも,JEM論文では,抗腫瘍免疫応答 からの逃避機構が現実に存在することについて実証されていない。 したがって,JEM論文の記載をもって,抗PD-L1抗体がPD-1 分子とPD-L1分子の相互作用を阻害することによりがん免疫の賦活 をもたらすとの「知見」が公知であったということはできない。 イ 本件発明を構成する個々の実験の構想及び具体化における控訴人の貢献 の主張に対し (ア) 平成12年(2000年)4月に京都大学生命科学研究科に修士課 程の学生として入学した控訴人は,同年11月頃に2C細胞とP815 細胞の組合せ実験に関与しているが,その当時,控訴人は,2C細胞と P815細胞に関する基本的な知識・理解すら有しておらず,2C細胞 とP815細胞の組合せ実験を適切に策定し,その実験結果を適切に評 価することはおよそ不可能であったことからすると,2C細胞とP81 5細胞との組合せ実験の実験計画を適切に策定し,同実験の結果を適切 に評価したのは,控訴人ではなく,がん免疫の分野において圧倒的な経 験,知見を有していたA教授であり,控訴人は,D助手の実技指導の下, A教授の補助者として同実験の作業を行ったにすぎないから,本件発明 の技術的思想の創作行為に現実的な加担をしたとはいえない。 この点に関し控訴人は,2C細胞とP815細胞を組み合わせること を発案したのは控訴人である旨主張するが,そのような発案をしただけ では本件発明に係る科学的知見を実証するための2C細胞とP815 21 細胞の組合せ実験の計画を策定したといえない。 また,控訴人は自らが実験を繰り返したと縷々主張するが,本件発明 の技術的思想の創作行為に現実的な加担をしたといえるためには,明ら かにすべき科学的知見(発明)を確認するに当たり,その前提として適 切かつ具体的な実験系を構築し,当該実験を遂行した結果を適切に評価 することが必要であるところ,控訴人はそのような知識・理解を備えて いなかったから,控訴人が実験作業を繰り返し行ったとしても本件発明 の技術的思想の創作行為に現実的な加担をしたとはいえない。 その他の実験(DBA/2マウスへのP815/PD-L1細胞移植 実験(実施例2関係) P815特異的細胞傷害性T細胞及びP815移 , 植DBA/2マウスに対する抗PD-L1抗体の投与実験(実施例3関 係),J558L細胞を使用した実験(実施例5関係))に関しても,控 訴人は,これらの実験について,具体的にどのように策定し,遂行し, その結果を評価したのかについて具体的な主張立証をしていない。 したがって,控訴人は,本件発明の発明者ではない。 (イ) なお,別件米国訴訟の控訴審判決(甲108・訳文甲108の2) は,共同発明者になるには,@発明の着想又は実用化に何らかの重要な 貢献をすること,A発明に対する貢献が発明全体の規模に比して,質的 にみて些細とはいえないものであること及びB実際の発明者に周知の概 念及び/又は先行技術を単に説明する以上のことを行うことが必要であ ると判示しているが,このような発明者性の判断基準は,我が国におけ る発明者性の判断基準とは異なるものである。また,別件米国訴訟では, 共同発明者であることを主張するH博士とG博士が発明の着想において 重要な貢献をしたか否かが主に争われているのに対し,本件では,本件 発明の着想に基づく効果の確認において控訴人が貢献したか否かが主な 争点であり,争点となっているポイントも異なる。 22 したがって,別件米国訴訟の判決は,控訴人の本件発明の発明者性を 検討するに当たって,およそ考慮する必要のないものである。 2 争点2(本件特許権の持分移転登録手続請求の可否)について 原判決の「事実及び理由」の第3の3記載のとおりであるから,これを引用 する。 3 争点3(被控訴人らの不法行為の成否及び控訴人の損害額)について 以下のとおり訂正するほか,原判決の「事実及び理由」の第3の4記載のと おりであるから,これを引用する。 (1) 原判決82頁10行目から11行目にかけての「この被告らによる特許出 願」を「この被控訴人らによる共同出願違反の特許出願」と改める。 (2) 原判決82頁20行目末尾に行を改めて次のとおり加える。 「? したがって,控訴人は,被控訴人らに対し,共同不法行為に基づく損 害賠償として1000万円及びこれに対する不法行為の後の訴状送達の 日の翌日(被控訴人小野薬品につき平成29年9月5日,被控訴人Yに つき同月3日)から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延 損害金の連帯支払を求める。」 |
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当裁判所の判断
当裁判所も,控訴人が本件発明の発明者に該当するものと認めることはでき ず,控訴人の特許権一部移転登録手続請求及び損害賠償請求はいずれも棄却す べきものと判断する。その理由は,以下のとおりである。 1 本件明細書等の記載事項等について 以下のとおり訂正するほか,原判決「事実及び理由」第4の1記載のとおり であるからこれを引用する。 (1) 原判決82頁25行目の「本件特許の請求の範囲の記載に加え, を削る。 」 (2) 原判決86頁8行目末尾に行を改めて次のとおり加える。 「 「本発明中のPD-1,PD-L1,またはPD-L2による免疫抑制 23シグナルは,少なくともPD-1とPD-L1またはPD-1とPD-L2との相互作用,PD-1の細胞内シグナルから構成される。さらに,PD-1,PD-L1,またはPD-L2分子自身の産生もこれに含まれる。」(【0017】)「本発明中のPD-1,PD-L1,またはPD-L2による免疫抑制シグナルは,PD-1とPD-L1またはPD-1とPD-L2との相互作用またはPD-1の細胞内シグナルの直接的あるいは間接的な阻害によって阻害される。これらの阻害活性を有する物質として,PD-1,PD-L1,またはPD-L2にそれぞれ選択的に結合する物質が挙げられる。 好ましくは,例えば,タンパク質,ポリペプチド若しくはペプチド,ポリヌクレオチド若しくはポリヌクレオシド,抗体若しくはそれら誘導体,有機合成化合物,無機化合物,または天然物が挙げられる。特に,特異性に優れた物質として,PD-1,PD-L1,またはPD-L2に対する抗体が挙げられる。 ( 」 【0018】)「PD-1,PD-L1,またはPD-L2に対する抗体は,PD-1,PD-L1,またはPD-L2による免疫抑制シグナルを阻害するものであれば,ヒト由来抗体,マウス由来抗体,ラット由来抗体,ウサギ由来抗体またはヤギ由来抗体のいずれの抗体でもよく,さらにそれらのポリクローナル若しくはモノクローナル抗体,完全型若しくは短縮型(例えば,F(ab')2,Fab',FabまたはFv断片)抗体,キメラ化抗体,ヒト化抗体または完全ヒト型抗体のいずれのものでもよい。 ( 」 【0020】)「そのような抗体は,PD-1,PD-L1,またはPD-L2の細胞外領域の部分タンパク質を抗原として,公知の抗体または抗血清の製造法に従って製造することができる。細胞外領域の部分タンパク質は,公知のタンパク質発現ならびに精製法によって調製することができる。 ( 」 【0021】) 24「抗体製剤としては,モノクローナル抗体あるいはその修飾体がより好ましい。 モノクローナル抗体産生細胞の作製は,抗原で免疫された動物から抗体価の認められた個体を選択し,最終免疫の2〜5日後に脾臓またはリンパ節を採取し,それらに含まれる抗体産生細胞を同種または異種動物の骨髄腫細胞と融合させることにより,継代培養可能なモノクローナル抗体産生ハイブリドーマを作製することにより行なうことができる。抗原タンパク質の投与は,抗体産生が可能な部位にそれ自体あるいは担体,希釈剤と共に行なう。投与には,抗体産生能を高めるため,完全フロイントアジュバントや不完全フロイントアジュバントを投与するのが一般的である。また,“DNA免疫”と呼ばれる方法によっても,動物を免疫することができる。 この方法は,免疫動物の後足前脛骨筋にカルジオトキシン(Cardiotoxin)を処置し,さらに抗原タンパク質を発現するベクターを導入した後,組織修復の過程でベクターが筋細胞に取りこまれ,タンパク質を発現する現象を利用した方法である(Nature Immunology,2001 年,第 2 巻,第 3 号,p.261〜267) 」【0023】 。( )「免疫される動物としては,マウス,ラット,ヒツジ,ヤギ,ウサギまたはモルモットが可能であるが,好ましくはマウスまたはラットが用いられる。融合操作は,コーラー(Kohler)とミルシュタイン(Milstein)の方法(Nature,1975 年,第 256 巻,第 5517 号,p.495〜497)で実施することができ,融合促進剤としては,ポリエチレングリコール(PEG)やセンダイウィルスなどが用いられる。骨髄腫細胞としては,P3U1,NS1,SP2/0,AP1などの骨髄腫細胞が挙げられるが,通常P3U1がよく利用される。モノクローナル抗体産生細胞の選別は,例えば,抗原タンパク質を直接あるいは担体と共に吸着させた固相にハイブリドーマ培養上清を添加することによるELISA法などにより検出して行なう 25ことができる。さらに,ハイブリドーマ培養上清の抗体価は,ELISA法によって測定できる。モノクローナル抗体の分離精製は,上記のポリクローナル抗体の分離精製と同様の免疫グロブリンの分離精製法に従って行なうことができる。具体的には,国際受託番号 FERM BP-8392 で識別されるハイブリドーマが産生する抗ヒトPD-1抗体あるいは国際受託番号FERM BP-8396 で識別されるハイブリドーマが産生する抗マウスPD-L1抗体である。 ( 」【0024】)「抗体断片とは,F(ab')2,Fab',FabまたはscFv抗体フラグメントであり,プロテアーゼ酵素により処理し,場合により還元して得ることができる。 ( 」 【0026】)「F(ab')2 抗体フラグメントは,精製されたモノクローナル抗体をペプシンで完全に消化し,イオン交換クロマトグラフィー,ゲルろ過,プロテインAあるいはプロテインGカラムなどのアフィニティークロマトグラフィーのいずれかの方法により精製することができる。ペプシンの消化時間は,Igサブタイプにより異なるため,適当に調製することが必要である。Fab'抗体フラグメントは,調製したF(ab')2 を2-メルカプトエチルアミンで部分還元することによって作製することができる。また,Fab抗体フラグメントは,システイン存在下で消化酵素パパインで直接消化し,精製して作製することができる。 ( 」【0027】)「本発明のスクリーニング法で使用されるリンパ球細胞としては,T細胞またはB細胞であり,好ましくは,細胞傷害性Tリンパ球細胞(CTL)である。また,本発明のスクリーニング法におけるリンパ球細胞の免疫反応は,細胞傷害反応(例えば,腫瘍免疫反応),混合リンパ球反応,サイトカイン,抗体,補体若しくはその他細胞表面抗原の産生,または細胞増殖が挙げられる。 ( 」 【0041】)「本発明の免疫賦活または癌治療組成物の有効成分のスクリーニング法 26 は,具体的には,細胞傷害性Tリンパ球の対象細胞に対する細胞傷害活性 を測定し,その活性に対する被験物質の効果を定量することによって行な うことができる。この方法は,PD-1を自然に発現する細胞傷害性Tリ ンパ球細胞(CTL)あるいは細胞株(例えば,2C細胞)および同系マ ウス由来であってPD-L1またはPD-L2を自然に発現するもしく は強制的に発現させた細胞の混合培養に対して,被験物質を添加すること による細胞傷害活性の回復あるいは増強を定量するものである。本法の特 徴は,PD-L1またはPD-L2を発現していない細胞に対する細胞傷 害活性に比べ,PD-L1またはPD-L2を発現している細胞に対する 細胞傷害活性が低く,被験物質による細胞傷害活性の回復(上昇幅)をよ り明確に測定できるところにある。被験物質による細胞傷害性の回復は, 本発明の特徴とするPD-L1またはPD-L2による細胞傷害性の抑 制の阻害に相当するものとして評価することができる。さらに,被験物質 による細胞毒性を任意に測定することがより望ましい。これに使用される 細胞としては,自然にPD-L1またはPD-L2を発現する腫瘍細胞株 または癌細胞株(Nature Immunology,2001 年,第 2 巻,第 3 号,p.261〜 267),例えば,P38D1細胞,P815細胞,NB41A3細胞,MD A-231細胞,SKBR-3細胞,MCF-7細胞,BT474細胞, J558L細胞,P3U1細胞,PAI細胞,X63細胞,またはSP2 /0細胞を用いることができるが,PD-L1またはPD-L2を安定的 にあるいは一過的に発現するように形質転換させた腫瘍細胞株または癌 細胞株も使用することができる。 ( 」 【0042】 」 )(3) 原判決96頁5行目から97頁1行目までを次のとおり改める。 「(2) 本件特許の特許請求の範囲の請求項1の記載及び前記(1)の本件明細書 等の記載事項を総合すれば,本件発明(請求項1に係るもの。以下,特 に断りのない限り同じ。)の技術的思想は,従来,PD-1による抑制シ 27 グナルを誘導する分子の1つであるPD-L1リガンド刺激は,PD- 1を発現しているTリンパ球細胞の活性化(細胞増殖,各種サイトカイ ン産生誘導)を抑制することが示されており,また,PD-1に代表さ れる共役抑制分子からの抑制シグナルは,抗原レセプター(TCR)及 び共役刺激分子によるポジティブなシグナルを適性に制御するメカニズ ムによって,リンパ球発生又は成熟過程での免疫寛容や自己抗原に対す る異常な免疫反応を制御していると考えられていたところ,本件発明は, PD-1,PD-L1による抑制シグナルを阻害して,免疫賦活させる 組成物及びこの機構を介した癌治療のための組成物を提供することを課 題とし,この課題を解決するための手段として,抗PD-L1抗体がP D-1分子とPD-L1分子の相互作用を阻害することによりがん免疫 の賦活をもたらすことを見出した点にあること 【0007】 0009】 ( , 【 , 【0012】 【0013】 【0046】 , , )が認められる。」2 本件明細書等の実施例1ないし3及び5の記載とPNAS論文の記載の対比 について 原判決の「事実及び理由」第4の2記載のとおりであるから,これを引用す る。 3 争点1(控訴人の共同発明者性)について 以下のとおり訂正するほか,原判決の「事実及び理由」第4の4記載のとお りであるから,これを引用する。 (1) 原判決108頁12行目から21行目までを次のとおり改める。 「 特許法2条1項は,「発明」とは,「自然法則を利用した技術的思想の創 作のうち高度のもの」をいうと規定し,同法70条1項は, 「特許発明の技 術的範囲は,願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定めなけれ ばならない。」と規定している。これらの規定によれば,特許発明の「発明 者」といえるためには,特許請求の範囲の記載によって具体化された特許 28 発明の技術的思想(技術的課題及びその解決手段)を着想し,又は,その 着想を具体化することに創作的に関与したことを要するものと解するの が相当であり,その具体化に至る過程の個々の実験の遂行に研究者として 現実に関与した者であっても,その関与が,特許発明の技術的思想との関 係において,創作的な関与に当たるものと認められないときは,発明者に 該当するものということはできない。」(2) 原判決111頁14行目から20行目までを削り,同頁21行目の「オ」 を「エ」と,112頁9行目の「カ」を「オ」と改める。 (3) 原判決113頁18行目の「その程度は,」から19行目末尾まで,同頁 22行目の「その貢献の」から23行目末尾までをいずれも「その貢献は創 作的な関与に当たるものと認めることはできない。」と改める。 ? 原判決114頁3行目から115頁3行目までを次のとおり改める。 「(ア)a 控訴人は,平成12年11月17日のグループミーティングで, 2C細胞にPD-1が発現したことを報告した際,2C細胞とP81 5細胞を用いた実験を行うことを提案した旨主張する。 これに沿うように控訴人は,原審の本人尋問において,控訴人が2 C細胞とP815細胞を用いた実験を思いついた点に関し,2000 年(平成12年)10月頃,当時の控訴人の研究課題であったヒトγ δ型T細胞及びマウスNK細胞に関する実験はいずれの細胞にもPD -1分子が発現してこないため,行き詰っていたところ,A研のF氏 と雑談をしていたときに,F氏から2C細胞を活性化するのにP81 5細胞を使って増やしており,2C細胞はP815細胞を殺して増え ると聞いた際,活性化したT細胞にはPD-1が発現するというJE M論文があったこともあり,もしかしたら2C細胞がP815細胞を 殺すときにPD-1,PD-L1が関係しているのではないか,2C 細胞においても活性化をするとPD-1が発現してくるのではないか 29 と思い,2C細胞にPD-1が発現しているかを調べることにした旨 を供述する。 しかるところ,控訴人作成の平成12年11月17日付けグループ ミーティングメモの「今後の計画」に「2CとP815,FBL3, YAC-1,YAC-1/PD-L1細胞を使って細胞障害性を調べる」 との記載があること(甲83(7-12頁〔H12.11.17〕) ) ,D助手が 同年9月頃に控訴人に与えた研究テーマ(甲28)には,2C細胞に おけるPD-1の発現の解析は含まれておらず,同年11月17日以 前にA教授又はD助手が,控訴人に対し,2C細胞におけるPD-1の 発現を確認する実験を行うことを指導,助言したことを客観的にうか がわせる証拠もないことに鑑みると,控訴人の上記供述はおおむね信 用できるというべきであるから,ヒトγδ型T細胞及びマウスNK細 胞に関する実験に行き詰っていた控訴人は,A教授又はD助手の指導, 助言に基づかずに,2C細胞にPD-1分子が発現していることを確 認する実験を行い,同日のグループミーティングにおいて,2C細胞 にPD-1が発現したことを報告し,2C細胞とP815細胞を用い た実験を行うことを提案したものと認めるのが相当である。 b これに対し被控訴人Yは,@活性化したキラーT細胞上へのPD- 1発現が既に確認されていたこと(乙B5・Int.Immunol 論文),AImmunity論文(乙B6)に報告したPD-1遺伝子 欠失マウスを用いた実験において,既に2Cマウスが使用されていた こと,BP815細胞は,A教授が1970年代から研究に使用して きた経験からその性状を熟知していたがん細胞であったこと,CP8 15細胞は代表的なNK細胞抵抗性がん細胞であって,細胞傷害性T 細胞の解析に最適であったこと,D当時A研で維持されていたP81 5細胞はPD-L1を発現していないことが確認されたこと,E当時 30既に2C細胞とP815細胞の組合せによる細胞傷害性アッセイが標準的な実験系であったこと等から,A教授が2C細胞とP815細胞の組合せ実験を採用したものであり,2C細胞とP815細胞を用いた実験を行うことを提案したのは控訴人ではない旨主張する。 しかしながら,被控訴人Yが挙げる@ないしEの事情は,控訴人が,A教授又はD助手の指導,助言に基づかずに,2C細胞にPD-1分子が発現していることを確認する実験を行い,上記グループミーティングにおいて,2C細胞とP815細胞を用いた実験を行うことを提案したことと相反するものではなく,控訴人が,2C細胞とP815細胞を用いた実験を行うことを提案したこと自体を否定すべき事情に当たらない。 もっとも,証人Aの供述中には,A教授が,おそらく2000年(平成12年)の夏ぐらいには,控訴人に対し,2CにPD-1が発現しているかどうかの確認をするよう指示を出した旨の供述部分があり,また,証人Dの供述中には,2CにPD-1が出ていることは,もうかなり前から論文に出ているので,A教授が,控訴人に対し,それを再確認してくださいということを指示したと思う旨の供述部分があるが,A教授が2CにPD-1が発現しているかどうかの確認をするよう指示を出したという具体的な時期はもとより,その具体的な経緯等については,証人A及び証人Dの供述全体をみても明確に述べるものではないこと,本件で証拠として提出されたグループミーティングメモ(甲83)にも上記各供述部分に対応する記載はなく,他に上記各供述部分を裏付ける証拠はないことに鑑みると,上記各供述部分は措信することはできないというべきである。 したがって,被控訴人Yの上記主張は採用することができない。 他に上記認定を覆すに足りる証拠はない。」 31(5) 原判決115頁4行目の「2C細胞と」を「(イ)a 2C細胞と」と,同 頁8行目の「前提とした上で」から10行目末尾までを「前提とするものと 考えられる。」と改め,同頁18行目から24行目までを次のとおり改める。 「 しかるところ,控訴人の供述中には,@A研に入る前に2C細胞及びP 815細胞を使用した経験はなかった,A2C細胞にPD-1が発現して いることは知らなかった,BP815細胞がH-2L d を発現していると いう認識はなかった,C2C細胞とP815細胞の組合せがキラーT細胞 の活性を検証するために以前から使用されていたことは知らなかった,D 2C細胞とP815細胞の組合せ実験が移植免疫系であるとの認識はなか った,E2C細胞とP815細胞との組合せを思い付いたときにはPD- L1を導入する実験のことは想定しておらず,A教授からP815細胞に PD-L1を導入してみてはどうかとの助言を受けた,F2C細胞とP8 15細胞との組合せの実験でうまくいっても,その先における具体的なプ ランはなかった旨の供述部分があることに照らすと,控訴人は,2C細胞 とP815細胞を使用してどのような実験を実施するかというアイデアや, 2C細胞とP815細胞の組合せ実験の後の展望を有していなかったもの と認められるから,控訴人が2C細胞とP815細胞を用いた実験を行う ことを提案したことは,本件明細書等の実施例1に係る2C細胞とP81 5細胞の組合せ実験の出発点となったものと認められるが,そのことのみ から,控訴人が上記組合せ実験の策定又は構築について創作的に関与した ものと評価することはできない。」(6) 原判決115頁25行目の「(イ)」を「b」と改める。 ? 原判決116頁末行の「以上のとおり,」から117頁1行目の「原告であ るとしても,」までを「以上によれば,2C細胞とP815細胞との組合せ自 体を最初に提案したのが控訴人であるからといって,」と改める。 ? 原判決119頁9行目の「原告の貢献は」から10行目末尾までを「控訴 32 人の貢献は,本件発明の技術的思想との関係において,創作的な関与に当た るものと認めることはできない。」と改める。 ? 原判決120頁14行目の「原告の貢献は」から15行目末尾まで,12 2頁2行目の「原告の貢献は」から3行目末尾まで及び同頁22行目の「原 告の貢献は」から23行目末尾までを,いずれも「控訴人の貢献は創作的な 関与に当たるものと認めることはできない。」と改める。 ? 原判決123頁1行目から2行目までを「控訴人の関与は創作的な関与に 当たるものと認めることはできない。 と, 」 同頁8行目から9行目にかけての 「その貢献の度合いは限られたものであり, を 」 「控訴人の貢献は創作的な関 与に当たるものと認めることはできず,」と改める。 ? 原判決123頁18行目から124頁2行目までを次のとおり改める。 「 しかしながら,前記?の認定事実及び控訴人が第一共同著者として執筆 したPNAS論文には,本件明細書等の実施例1ないし3及び5に係る実 験データと概ね同一の実験データが記載されていること(前記2?)に照 らすと,控訴人は,A教授の指導,助言を受けながら,自らの研究として 本件発明を構成する個々の実験を現実に行ったものと認められるから,A 教授の単なる補助者にとどまるものとはいえないが,一方で,前記?認定 のとおり,上記実験の遂行に係る控訴人の関与は,本件発明の技術的思想 との関係において,創作的な関与に当たるものと認めることはできないか ら,控訴人の上記主張は採用することができない。」? 原判決128頁13行目から15行目までを次のとおり改める。 「 以上のとおり,控訴人は,本件発明の発明者に該当するものと認める ことはできない。 (8) 控訴人の当審における補充主張について 控訴人は,@抗PD-L1抗体がPD-1分子とPD-L1分子の相 互作用を阻害することによりがん免疫の賦活をもたらすとの「知見」な 33いし「着想」は,本件出願当時,公知であったから,本件発明の技術的思想の特徴的部分は,上記公知の課題について具体的な免疫細胞と標的となるがん細胞を用いて抗PD-L1抗体がPD-1分子とPD-L1分子の相互作用を阻害することによるがん免疫の賦活化の効果を実証した点にあること,A控訴人は,抗PD-L1抗体の作製に貢献し,指導教官であるA教授から指導を受けながら,試行錯誤を重ねて本件発明を構成する個々の実験系を構築し,主要な実験のほぼすべてを単独で行い,特に2C細胞とP815細胞の組合せ実験に関しては,A教授から指示を受けることなく着想して,遂行し,この点に関する控訴人の貢献の程度は大きいこと,B控訴人が本件発明と同内容のPNAS論文の筆頭著者(共同第一著者)であること等からすると,控訴人は,本件発明の具体化に創作的に関与したものといえるから,本件発明の発明者であるというべきである旨主張する。 しかしながら,以下のとおり,控訴人の主張は,理由がない。 ア @について 控訴人は,抗PD-L1抗体がPD-1分子とPD-L1分子の相 互作用を阻害することによりがん免疫の賦活をもたらすとの「知見」 ないし「着想」が,本件出願当時(原出願1の優先日平成14年7月 3日及び平成15年2月6日) 公知であったことについて, , JEM論 文及び1999(平成11)年9月に出願されたダナ・ファーバー癌 研究所等の特許出願の優先権主張の基礎出願に係る明細書の記載を根 拠として挙げる。 しかしながら,JEM論文(甲66)は, 「新しいB7ファミリーメ ンバーによるPD-1免疫抑制性受容体の関与が,リンパ球活性化の 負の制御を導く」ことに関する論文であり,JEM論文中には, 「ヒト 卵巣腫瘍から3つのESTがみられるように,PD-L1は,いくつ 34かの癌において発現されている。このことは,腫瘍が,抗腫瘍免疫応答を阻害するために,PD-L1を使用している可能性を提起する。」との記載部分があるが,一方で,JEM論文には,腫瘍に発現したPD-L1が抗腫瘍免疫応答を阻害することを実際に実証する実験データやその分析結果等の記載がないことに照らすと,JEM論文の上記記載部分は,腫瘍が抗腫瘍免疫応答を阻害するためにPD-L1を使用している可能性があることの仮説を述べたものにとどまるというべきである。 次に,控訴人提出の甲60は,ダナ・ファーバー癌研究所等を出願人,2000年(平成12年)8月23日を国際出願日,2001年(平成13年)3月1日を国際公開日とする国際出願 (PCT/US (/23347)の国際公開公報,甲61は,その公表特許公報であって,本件においては,上記国際出願の優先権主張の基礎出願に係る明細書の提出はないし,また,控訴人の指摘する甲61の「PD-1を介するシグナリングを阻害する作用剤を対象の免疫細胞に投与して,免疫応答のアップレギュレーションから利益を受けるであろう症状を治療することを特徴とする…1の具体例において,該症状は,腫瘍…からなる群より選択される。(段落【0009】 」 )との記載から直ちに抗PD-L1抗体がPD-1分子とPD-L1分子の相互作用を阻害することによりがん免疫の賦活をもたらすとの「知見」を導出することはできない。 したがって,控訴人の@の主張のうち,抗PD-L1抗体がPD-1分子とPD-L1分子の相互作用を阻害することによるがん免疫の賦活化の効果が,本件出願当時,公知であったとの点は,採用することはできない。 そして,前記1(2)認定のとおり,本件発明の技術的思想は,PD- 35 1,PD-L1による抑制シグナルを阻害して,免疫賦活させる組成 物及びこの機構を介した癌治療のための組成物を提供するという課題 を解決するための手段として,抗PD-L1抗体がPD-1分子とP D-L1分子の相互作用を阻害することによりがん免疫の賦活をもた らすことを見出した点にあるものと認められ,本件発明の発明者であ るというために,上記技術的思想を着想し,又は,その着想を具体化 することに創作的に関与したことを要するものと解されるところ(前 記(1)),控訴人が上記技術的思想の着想に関与していないことは,前 記(2)オで説示したとおりである。 イ Aについて (ア) 前記(3)認定のとおり,D助手は平成12年4月22日までに抗 PD-L1抗体である1-111抗体及び1-167抗体の作製 を完了したこと,控訴人は,同月にA研に入室した後,抗PD-L 1抗体の性状確認及び性能のより良い抗体の探索のための実験を 行ったが,1-111抗体及び1-167抗体以外の有望な抗体を 見出すことはできなかったことに照らすと,控訴人の上記実験によ る抗PD-L1抗体の作製・選択における貢献は本件発明の技術的 思想の着想の具体化の創作的な関与に当たるものと認めることは できない。 (イ) 次に,前記(4)ア(ア)認定のとおり,控訴人は,平成12年10月 頃ないし11月頃,A教授又はD助手の指導,助言に基づかずに, 2C細胞にPD-1分子が発現していることを確認する実験 を行 い,同月17日のグループミーティングにおいて,2C細胞にPD -1が発現したことを報告し,2C細胞とP815細胞を用いた実 験を行うことを提案したことは,本件明細書等の実施例1に係る2 C細胞とP815細胞の組合せ実験の出発点となったことが認め 36られる。 しかしながら,他方で,前記(4)ア(イ)認定のとおり,当時P815細胞はPD-L1を発現していないことは既に確認されていたのであるから,PD-L1の機能を確認・解析するには,PD-L1遺伝子をP815細胞に導入するなどして,PD-L1を発現する細胞を予め作製することが必要となり,また,実験結果を評価する方法を選択したり,抗PD-L1抗体を投与した場合の効果がADCC効果によるものではないことを確認する実験を行うなど,必要となる一連の実験を想起した上で,その具体的な設計・構築をする必要があるが,控訴人は,2C細胞とP815細胞を使用してどのような実験を実施するかというアイデアや,2C細胞とP815細胞の組合せ実験の後の展望を有していなかったのであるから,2C細胞とP815細胞との組合せ自体を最初に提案したのが控訴人であるからといって,控訴人が上記組合せ実験に創作的な関与をしたということはできず,上記組合せ実験を設計及び構築したのはA教授であるものと認められる。 また,前記(4)ア(イ)ないし(キ)認定のとおり,控訴人は,2C細胞とP815細胞との組合せ実験を構成する個々の実験について,A教授から指導,助言を受け,実際の作業についても,A教授から指導,助言を受けながら進めたこと,クロミウムリリースによる細胞傷害性アッセイの前にLDHキットを用いたことなど,控訴人が主張する個々の実験における試行錯誤は,標準的な実験の手順の範囲内の実験手技上の工夫にすぎないことに鑑みると,控訴人が本件発明を構成する個々の実験を実際に行ったことは,本件発明の技術的思想の関係において,創作的な関与に当たるものと認めることはできない。 37 (ウ) したがって,控訴人のAの主張は採用することができない。 ウ Bについて (ア) 前記第2の2(2)認定のとおり,PNAS論文(甲13の1,2) は,米国科学アカデミー紀要(PNAS)の2002年(平成14 年)9月17日号に掲載された「腫瘍細胞中のPD-L1と宿主免 疫システムからの回避との関係及びPD-L1をブロックするこ とによるがん免疫治療について」と題する論文であり, 「PD-L1 の発現が,潜在的に免疫原性のある腫瘍が宿主の免疫反応から免れ るための強力なメカニズムとして機能し得ることを示唆し,また, PD-1とPD-L1間の相互作用を遮断することが,特定のがん 免疫療法のための有望な戦略を提供することを示唆している」こと を要旨とするものである。 そして,PNAS論文には,著者として,B氏,控訴人,D助手, 被控訴人Y及びA教授の順に記載され,B氏及び控訴人は,共同第 一著者であること,B氏及び控訴人は,研究に等しく貢献した旨の 記載(1293頁の脚注の「Y.I. and M.I. contributed equally to this work」との記載)があること,本件明細書等の実施例1な いし3及び5に係る実験データと概ね同一の実験データが記載さ れていることは,前記認定のとおりである。 一方で,本件明細書等の【0013】には, 「本発明者らは,癌治 療または感染症治療における新たな標的として,PD-1,PD- L1,またはPD-L2に注目し,PD-1,PD-L1,または PD-L2による抑制シグナルを阻害する物質が,免疫機能の回復, さらには賦活機構を介して癌の増殖を阻害することを見出した。さ らに,感染したウイルスの排除にPD-1シグナル,具体的にはP D-1とPD-L1またはPD-1とPD-L2の相互作用が関 38 与していることを見出した。これら事実に基づいて,PD-1,P D-L1,またはPD-L2による抑制シグナルを阻害する物質が, 癌または感染症に対して治療効果を有することを見出し,本発明を 完成した。」との記載があり,かかる記載は,PNAS論文の上記要 旨と異なること等からすると,PNAS論文の研究内容は,PD- 1の免疫抑制シグナルを阻害する抗PD-L1抗体を有効成分と して含む癌治療剤である本件発明の内容と必ずしも同一であると いうことはできない。 加えて,先に説示したとおり,特許発明の「発明者」といえるた めには,特許請求の範囲の記載によって具体化された特許発明の技 術的思想(技術的課題及びその解決手段)を着想し,又は,その着 想を具体化することに創作的に関与したことを要するものと解さ れ,本件発明の発明者に該当するかどうかは,この観点からの検討 が必要であることに鑑みると,控訴人がPNAS論文に共同第一著 者として記載されていることから直ちに本件発明の発明者に該当 するものと認めることはできない。なお,本件特許権及び関連特許 権1ないし3に係る特許公報(甲3ないし6) 「発明者」 の 欄には, 発明者として,PNAS論文の共同第一著者であるB氏の記載もあ るが,このことから直ちに控訴人が本件発明の発明者に該当するも のと認めることもできない。 (イ) 次に,控訴人は,PNAS論文の共著者である被控訴人Y及び A教授は,控訴人をPNAS論文の筆頭著者として認め,京都大学 において博士号を授与できる根拠となる文書を作成し,論文公聴会 で主査として博士論文を審査し,研究科会議における採決により, 京都大学が控訴人に博士号を授与していることからすれば,被控訴 人Yが,控訴人が本件発明の発明者であることを否定し,これと相 39 反する主張をすることは信義則に違反する旨主張する。 しかしながら,前記(ア)で説示したのと同様の理由により,控訴人 が挙げる事情から直ちに本件発明の発明者に該当するものと認め ることはできないし,また,かかる事情から被控訴人Yが控訴人が 本件発明の発明者であることを認めていたものということもでき ないから,控訴人の上記主張は採用することができない。 (ウ) したがって,控訴人のBの主張は理由がない。 エ まとめ 以上によれば,控訴人は,A教授の指導,助言を受けながら,自ら の研究として本件発明を具体化する個々の実験を現実に行ったものと 認められるから,A教授の単なる補助者にとどまるものとはいえない が,一方で,上記実験の遂行に係る控訴人の関与は,本件発明の技術 的思想との関係において,創作的な関与に当たるものと認めることは できないから,控訴人は,本件発明の発明者に該当するものと認める ことはできない。 したがって,控訴人の前記主張は理由がない。」4 結論 以上のとおり,控訴人が,本件発明の発明者に該当するものと認められない から,その余の点について判断するまでもなく,控訴人の特許権一部移転登録 手続請求及び損害賠償請求はいずれも理由がない。 したがって,これらの請求を棄却した原判決は相当であり,本件控訴は理由 がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 大鷹一郎 |
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