運営:アスタミューゼ株式会社
  • ポートフォリオ機能


追加

関連審決 無効2000-35690
関連ワード 一定の効果 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  周知技術 /  技術常識 /  パリ条約 /  優先権 /  優先日 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  請求の範囲 /  訂正明細書 /  国際出願 / 
元本PDF 裁判所収録の全文PDFを見る pdf
元本PDF 裁判所収録の別紙1PDFを見る pdf
事件 平成 14年 (行ケ) 262号 審決取消請求事件
原告 三井・デュポンフロロケミカル株式会社
訴訟代理人弁理士 谷 義一
同 阿部和夫
訴訟復代理人弁理士 岩崎利昭
被告 スリーエム・カンパニー(旧商号) ミネソタ マイニング アンド マニ ュファクチャリング カンパニー
訴訟代理人弁理士 中田 隆
同 社本一夫
同 栗田忠彦
同 富田博行
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/04/08
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 特許庁が無効2000−35690号事件について平成14年4月10日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 主文1,2項と同旨 2 被告 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
当事者間に争いのない事実等
1 特許庁における手続の経緯 被告は,発明の名称を「多成分溶剤クリーニング系」とする特許第2680930号の特許(1991年12月2日に米国でした出願に基づく,パリ条約による優先権を主張して,平成4年11月30日国際出願。平成9年8月1日登録。以下「本件特許」という。請求項の数は10である。)の特許権者である。
原告は,平成12年12月21日,本件特許を請求項1ないし10のすべてに関して無効にすることについて審判を請求した。
特許庁は,この請求を無効2000-35690号事件として審理し,その結果,平成14年4月10日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,審決の謄本を同年4月22日に原告に送達した。
2 本件特許の特許請求の範囲(以下,【請求項1】ないし【請求項10】に係る発明を,「本件発明1」,「本件発明2」などという。別紙図面A参照) 【請求項1】次の:(a)部品を,該部品から残留汚れまたは表面汚染物を実質的に除去するのに十分な溶解力を有する有機又は炭化水素クリーニング液の中に導入する工程;(b)前記部品を前記有機又は炭化水素クリーニング液から取り出し,そして該有機又は炭化水素クリーニング液を含有するクリーニング区画とは別のリンス区画中に含有される液体ヒドロフルオロカーボンを基剤とするリンス溶剤中に曝すことにより前記部品をリンスする工程であって,前記の液体ヒドロフルオロカーボンを基剤とするリンス溶剤が前記有機又は炭化水素クリーニング液を前記部品から除去する工程,この際,前記の液体ヒドロフルオロカーボンを基剤とするリンス溶剤が,少なくとも25℃から120℃の沸点範囲で少なくとも2モル%の該有機クリーニング溶剤が相分離を起こすことなく該リンス溶剤と混和する混和性を有し,該部品の表面の該残留汚れまたは汚染物に対して該有機クリーニング液よりも低い溶解性を有し,該ヒドロフルオロカーボンが,水素,炭素,及びフッ素から成り,場合により,酸素,硫黄,窒素,およびリン原子から成る群から選ばれる官能基を含むものである;(c)工程(a)及び(b)の間,燃焼抑制被覆を該クリーニング区画及びリンス区画の上に形成する工程であって,前記燃焼抑制被覆が実質的に純粋なヒドロフルオロカーボン蒸気から本質的になる工程;及び(d)前記部品を乾燥する工程;を含んでなる,部品から残留汚れまたは表面汚染物を除去するための非水系クリーニング法であって,クロロフルオロカーボンまたはヒドロクロロフルオロカーボンを使用しないで行なわれる方法。
【請求項2】クリーニング液が下記成分の混合物を含んでなる,請求項1記載の方法:(a)前記組成物の全量を基準として少なくとも2重量%の量で存在しかつ前記部品から前記残留汚れまたは表面汚染物を実質的に除去することができる有機又は炭化水素成分;及び(b)3〜8の炭素原子と少なくとも60重量%のフッ素を有する直鎖状または分岐状構造を有するヒドロフルオロカーボン成分。
【請求項3】前記ヒドロフルオロカーボン成分が次の群から選ばれる,請求項2記載の方法: (1)次の実験式を有する化合物: C3H nF 8-n 式中1≦n≦4 (2)次の実験式の直鎖状または分岐状化合物: C4H nF 10-n 式中1≦n≦5 (3)次の実験式の直鎖状または分岐状化合物: C5H nF 12-n 式中1≦n≦6 (4)次の実験式の直鎖状または分岐状化合物: C6H nF 14-n 式中1≦n≦7 (5)次の実験式の直鎖状または分岐状化合物: C7H nF 16-n 式中1≦n≦8 (6)次の実験式の直鎖状または分岐状化合物: C8H nF 18-n 式中1≦n≦9。 【請求項4】リンス剤が,約3〜約8の炭素原子を含有して少なくとも60重量%のフッ素を有する1または2以上のヒドロフルオロカーボン化合物から本質的になり,前記化合物が直鎖または分岐鎖を有して約25℃〜約125℃の沸点を有する,請求項1記載の方法。
【請求項5】前記ヒドロフルオロカーボンが次の群から選ばれる,請求項4記載の方法: (1)次の実験式を有する化合物: C3H nF 8-n 式中1≦n≦4 (2)次の実験式の直鎖状または分岐状化合物: C4H nF 10-n 式中1≦n≦5 (3)次の実験式の直鎖状または分岐状化合物: C5H nF 12-n 式中1≦n≦6 (4)次の実験式の直鎖状または分岐状化合物: C6H nF 14-n 式中1≦n≦7 (5)次の実験式の直鎖状または分岐状化合物: C7H nF 16-n 式中1≦n≦8 (6)次の実験式の直鎖状または分岐状化合物: C8H nF 18-n 式中1≦n≦9 。 【請求項6】クリーニング区画が,ヒドロフルオロカーボン溶媒と混合された有機又は炭化水素クリーニング溶剤であってその結果できる混合液が前記部品から汚染物を実質的に除去するクリーニング溶剤を含有する方法であって,該混合液が,該炭化水素液よりも低い沸点を有する少なくとも幾らかの該ヒドロフルオロカーボンを蒸散させるのに十分な温度に加熱される結果,該クリーニング液を覆う蒸気ゾーンが本質的にフルオロカーボンを基剤とする燃焼抑制蒸気ゾーンとなる,請求項4記載の方法。
【請求項7】前記ヒドロフルオロカーボンが次の群から選ばれる,請求項6記載の方法: (1)次の実験式を有する化合物: C3H nF 8-n 式中1≦n≦4 (2)次の実験式の直鎖状または分岐状化合物: C4H nF 10-n 式中1≦n≦5 (3)次の実験式の直鎖状または分岐状化合物: C5H nF 12-n 式中1≦n≦6 (4)次の実験式の直鎖状または分岐状化合物: C6H nF 14-n 式中1≦n≦7 (5)次の実験式の直鎖状または分岐状化合物: C7H nF 16-n 式中1≦n≦8 (6)次の実験式の直鎖状または分岐状化合物: C8H nF 18-n 式中1≦n≦9。 【請求項8】ヒドロフルオロカーボンリンス剤を含有するリンス区画中に存在する有機又は炭化水素クリーニング液が,有機又は炭化水素クリーニング液のヒドロフルオロカーボンに対する予め設定された低濃度で該ヒドロフルオロカーボンから分離して該ヒドロフルオロカーボン上に炭化水素クリーニング液相を形成し,そして該リンス区画の上部に浮かんで該クリーニング区画内に戻るといった炭化水素クリーニング液のカスケード効果を提供するように,前記ヒドロフルオロカーボンリンス剤と前記有機又は炭化水素クリーニング液とを選択する,請求項4記載の方法。
【請求項9】実質的に完全にヒドロフルオロカーボンだけを含有する第二リンス区画を備え,かつ予め設定された第一リンス区画の水準を維持するために及び分離した炭化水素クリーニング液を該クリーニング区画の方に押流す上澄除去作用を指向的に提供するために,実質的に純粋なヒドロフルオロカーボンリンス溶剤の第一リンス区画内へのカスケード効果を提供する工程を含んでなる,請求項4記載の方法。
【請求項10】該リンス区画を含有する構造物とは分離した構造物内に該クリーニング区画を収容する更なる工程を含んでなる,請求項4記載の方法。
3 審決の理由 (1) 別紙審決書写しのとおりである。要するに,本件発明1ないし10のいずれについても,特開平2-191581号公報(本訴甲第4号証・審判甲第1号証。以下「刊行物1」という。)に記載された発明(以下「引用発明1」という。
別紙図面B参照)と同一であるということはできず,これから当業者が容易に発明をすることができたものとすることもできない,また,引用発明1と特公平3-55189号公報(本訴甲第5号証・審判甲第2号証。以下「刊行物2」という。)に記載された発明(以下「引用発明2」という。)とから当業者が容易に発明をすることができたものとすることもできない,と認定判断して,原告主張の無効理由をすべて排斥するものである。
(2) 審決が,上記結論を導くに当たり,本件発明1と引用発明1との一致点及び相違点として認定したところは,次のとおりである。
一致点 「(a)部品を,該部品から残留汚れまたは表面汚染物を実質的に除去するのに十分な溶解力を有する有機クリーニング液の中に導入する工程;(b)前記部品を前記有機クリーニング液から取り出し,そして該有機クリーニング液を含有するクリーニング区画とは別のリンス区画中でヒドロフルオロカーボンを基剤とするリンス溶剤液体により前記部品をリンスする工程であって,前記ヒドロフルオロカーボンを基剤とするリンス溶剤が前記有機クリーニング液を前記部品から除去する工程,この際,前記のヒドロフルオロカーボンを基剤とするリンス溶剤が,少なくとも25℃から120℃の沸点範囲を有し,該部品の表面の該残留汚れまたは汚染物に対して該有機クリーニング液よりも低い溶解性を有し,該ヒドロフルオロカーボンが,水素,炭素,及びフッ素から成り,;(c)工程(a)及び(b)の間,燃焼抑制被覆を該クリーニング区画の上に形成する工程;及び(d)前記部品を乾燥する工程;を含んでなる,部品から残留汚れまたは表面汚染物を除去するための非水系クリーニング法であって,クロロフルオロカーボンを使用しないで行なわれる方法。」 相違点 「(A)本件発明1が,「又は炭化水素」(クリーニング液について),「場合により,酸素,硫黄,窒素,およびリン原子から成る群から選ばれる官能基を含むものである」(ヒドロフルオロカーボンについて),「またはヒドロクロロフルオロカーボンを使用しない」としているのに対し,甲第1号証発明(判決注・引用発明1)はその旨の言及を有さない点。」(以下「相違点(A)」という。) 「(B)本件発明1が,部品をリンス溶剤液体によりリンスする工程に関して,「リンス区画中に含有される液体・・・リンス溶剤中に曝すことによりリンスする」としているのに対し,甲第1号証発明は,「リンス区画中に含有されるリンス溶剤蒸気に曝し凝縮するリンス溶剤液体により部品をリンス・・・する」としている点。」(以下「相違点(B)」という。) 「(C)本件発明1が,「燃焼抑制被覆をリンス区画の上に形成」し,且つ,「燃焼抑制被覆が実質的に純粋なヒドロフルオロカーボン蒸気から本質的になる」としているのに対し,甲第1号証発明は,それらについての言及を有さない点。」(以下「相違点(C)」という。) 「(D)本件発明1が,リンス溶剤について,「少なくとも25℃から120℃の沸点範囲で少なくとも2モル%の該有機クリーニング溶剤が相分離を起こすことなく該リンス溶剤と混和する混和性を有し」としているのに対し,甲第1号証発明は,「大部分の他の溶剤と部分的に混和するにすぎない」としているものの,その程度については言及を有さない点。」(以下「相違点(D)」という。)
原告主張の審決取消事由の要点
審決は,相違点(A)及び相違点(D)については,実質的な相違点ではないと正しく判断したものの,相違点(B)及び相違点(C)については,本件発明1は,引用発明1に基づいて,又は,引用発明1と引用発明2とに基づいて容易に発明することができたものであるにもかかわらず,容易に発明することができたものではないと誤って判断したものであり(取消事由1,2),これらの誤りがそれぞれ【請求項1】ないし【請求項10】のいずれについてもその結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,上記すべての請求項につき,違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(引用発明1に基づく推考の容易性についての判断の誤り) (1) 審決は,「相違点(B),(C)に係る構成を含む本件発明1の構成が,・・・甲第1号証(判決注・刊行物1)の記載から当業者が容易に想到することができたものであるとすることはできない。」(審決書14頁3段)と判断している。しかし,審決は,本件出願に係る優先権主張日である1991年12月2日(以下「本件優先日」という。)当時の技術水準の認定及び引用発明1の理解を誤った結果,相違点(B),(C)についての判断を誤ったものである。
本件優先日当時において,部品の非水系洗浄方法については,単独の槽又は複数の槽を何種類か組み合わせたものの中から,目的に応じて任意に選択することが行われていた。その中でも,湿式洗浄方法として最も汎用的なものは,3槽式洗浄機であり,これの洗浄方法においては浸漬リンス区画が設けられていた。
刊行物1には,リンス溶剤であるハイドロフルオロカーボンの蒸気に富んだ中で蒸気リンスを施すことによりリンスすること(すすぐこと)が開示されている(この蒸気リンスは,易燃性有機溶剤に対しては燃焼抑制被膜を形成している)。刊行物1には,浸漬リンス工程を取り入れることについての記載はない。しかし,上記のような蒸気リンスを行うことにより得られるリンス効果が十分なものであれば,その他のリンス工程を施すことは必要でない。また,リンス効果を更に高める必要があるときに浸漬リンス工程を含む汎用の3槽式洗浄方法を取り入れることは,技術常識である。したがって,相違点(B)に係る本件発明1の構成は,周知慣用の洗浄方法の中から適宜選択され得るものであり,当業者が容易に想到し得るものである。
相違点(C)に係る本件発明1の構成は,相違点(B)に係る上記構成に付随するものである。すなわち,周知の2槽式あるいは3槽式等の多槽式として浸漬リンス区画を設ける洗浄方法においては,燃焼抑制被膜がリンス区画の上に形成されるものであるから,相違点(B)に係る構成に想到することが容易である以上,相違点(C)に係る構成についても当然に容易に想到し得るものであることが明らかである。
(2) 審決は,相違点(D)について,「本件発明1は,・・・特許明細書(特許公報6頁右欄29〜41行参照)の「フルオロカーボンリンス溶剤は,少なくとも25℃から120℃の沸点を有する・・・ヒドロフルオロカーボン・・・から選ばれ,・・・推奨されるヒドロフルオロカーボン・・・は,・・・有機クリーニング溶剤に対してある程度の混合性を有している。そのため,少なくとも2モル%の炭化水素クリーニング溶剤が相分離を起こすことなくフルオロカーボン液と混ざる。」との記載からみて,有機クリーニング溶剤とヒドロフルオロカーボンとの混和性の程度は,「有機クリーニング溶剤に対してある程度の混合性を有している」こと,すなわち,少量の有機クリーニング溶剤が相分離を起こすことなくヒドロフルオロカーボン液と混ざる程度であることを明示したものと解されるところ,甲第1号証発明も,本件発明1と同様の混和性を有するリンス溶剤を用いるものであることは,甲第1号証の上記(ケ)の「有機溶剤とはできるだけ混和しないことが望まれるが,有効なすすぎを与えるとの観点から,有機溶剤にある程度の溶解性を示すものが好ましい」旨の記載から明らかであるから,相違点(D)は実質的な相違点でない。」(審決書13頁末段〜14頁1段)と認定判断している。
審決のこの認定判断は,次に述べるとおり,本件発明1及び引用発明1のいずれについても,有機溶剤とリンス溶剤の相溶性の程度について,誤った判断をしたものである。しかし,相違点(D)は実質的な相違点ではない,とする審決は,その結論において誤りではない,というべきである。
本件発明1の構成における「少なくとも2モル%」は,上限を表すものではなく,下限の値を指しているものである。リンス工程においては,本件出願に係る願書に添付された明細書(以下,同願書に添付された図面と併せて「本件明細書」という。)に「第一溶剤に対する素晴らしい溶解性を有する第二有機溶剤と接触させてリンスされる。」(甲第2号証(訂正明細書)4頁下から5行〜4行)と記載されていることから分かるように,第一溶剤が第二溶剤にできるだけ多く混和することが求められているのであり,本件発明1においては,リンス効果を出すことができる最低限のところを「少なくとも2モル%の該有機クリーニング溶剤が相分離を起こすことなく該リンス溶剤と混和する混和性を有し」(請求項1)と規定しているのである。したがって,本件発明1についての審決の「少量の有機クリーニング溶剤が相分離を起こすことなくヒドロフルオロカーボン液と混ざる程度である」との上記認定は誤りであり,むしろ,本件発明1においては,できるだけ多量の有機クリーニング溶剤が相分離を起こすことなくヒドロフルオロカーボン液と混ざることが求められている,と解釈すべきである。
一方,引用発明1においても,刊行物1に,「上記例の蒸気凝縮工程における有効なすすぎを与える必要性の故に,ペルフルオロカーボンは,選ばれた有機溶剤に最大の溶解性を示すものが好ましい。」(甲第4号証6頁右下欄9行〜12行)と記載されていることから分かるように,リンス溶剤は,有機溶剤に大きい溶解性を示すことが求められているのである。したがって,審決の,引用発明1についての上記解釈は間違っており,引用発明1においても,リンス溶剤は,有効なすすぎを与えるとの観点から,有機溶剤に最大限の溶解性を示すものが好ましいものとされ,有機溶剤とはできるだけ混和することが望まれているのである。
2 取消事由2(引用発明1及び引用発明2に基づく推考の容易性についての判断の誤り) (1) 審決は,相違点(B),(C)に係る本件発明1の構成が刊行物2に記載されていることは認めながらも,「甲第2号証の発明(判決注・引用発明2)における溶剤の組み合わせは,クロロフルオロハイドロカーボンとそれに相溶性を有する有機溶剤であるのに対して,甲第1号証発明(判決注・引用発明1)における溶剤の組み合わせは,ヒドロフルオロカーボンとそれにできるだけ混和しない有機溶剤であるるから,両者は使用する溶剤の組み合わせの点で全く相違し,したがって,その溶剤の回収をも考慮すると,甲第2号証に記載のクリーニング方法の構成を甲第1号証のクリーニング方法に適用しようとすることが当業者に容易に想到できることであるとすることはできない。してみれば,甲第2号証に,前記内容が記載されていることを考慮しても,本件発明1の構成が甲第1,2号証に記載された発明から当業者が容易に想到することができたものであるとすることはできない。」(審決書14頁4段)と判断した。すなわち,審決は,引用発明2の溶剤の相溶性が高く,引用発明1の溶剤の混和性(相溶性)が低いことを根拠として,引用発明2の溶剤を引用発明1に適用することは容易でないと判断した。しかし,審決のこの判断は,誤りである。
そもそも,クリーニング溶剤とリンス溶剤とは,本来,大きな相溶性を有することこそが好ましいものである。なぜなら,クリーニング溶剤は,対象洗浄物の汚れを溶解して除去するためのものであることから,当然のこととして,汚れに対して大きな溶解性を有すべきことが求められ,リンス溶剤は,この汚れを溶解したクリーニング溶剤を対象洗浄物から除くためのものであることから,当然のこととして,当該クリーニング溶剤に対して大きな溶解性を持つことが求められることになるからである。このことは,本件明細書に「次いで,部品は第一液体溶剤より汚れまたは表面汚れに対する溶解力は小さいが,第一溶剤に対する素晴らしい溶解特性を有する第二有機溶剤と接触させてリンスされる。」(甲第2号証(訂正明細書)4頁下から6行〜4行)との記載があり,刊行物1にも,「上記例の蒸気凝縮工程における有効なすすぎを与える必要性の故に,ペルフルオロカーボンは,選ばれた有機溶剤に最大の溶解性を示すものが好ましい。」(甲第4号証6頁右下欄9行〜12行)と記載されていることからも,明らかである。
このように,リンス工程におけるリンス溶剤の選択に当たっては,クリーニング工程におけるクリーニング溶剤に対して大きい溶解性を持つものを選択することがまず考慮されるべき事柄であり,具体的にどの程度の相溶性を持つリンス溶剤とクリーニング溶剤との組合せを選択するかは,上記考慮の下で,対象洗浄物,洗浄方法及び洗浄装置,溶剤の回収方法等を考慮して,当業者が適宜決定すべき任意的選択事項である。したがって,引用発明1と引用発明2との間で,それぞれのクリーニング溶剤とリンス溶剤との相溶性の程度に相違があるとしても,このことは,引用発明2の洗浄方法を引用発明1の洗浄方法に適用することについて,阻害要因となるものではない。
引用発明1の洗浄方法に引用発明2の洗浄方法を適用して本件発明1を構成することは,当業者が容易に想到することができたことである。
(2) 審決は,相違点(D)について,前記のとおり,本件発明1における有機クリーニング溶剤とヒドロフルオロカーボンとの混和性の程度は,少量の有機クリーニング溶剤が相分離を起こすことなくヒドロフルオロカーボン液と混ざる程度であり,引用発明1も,本件発明1と同様の混和性を有するリンス溶剤を用いるものであるから,相違点(D)は実質的な相違点でない,と認定判断した(審決書13頁末段〜14頁1段参照)。
審決のこの認定判断は,相違点(D)は実質的な相違点ではない,とする結論においては正しい。ただし,本件発明1及び引用発明1のいずれについても,有機溶剤とリンス溶剤の相溶性の程度について,誤った判断をしたものであることは,前記のとおりである。
すなわち,本件発明1の構成における「少なくとも2モル%」は,上限を表すものではなく,下限の値を指しているものであり,リンス工程においてはできるだけ多量の有機クリーニング溶剤が相分離を起こすことなくヒドロフルオロカーボン液と混ざることが好ましい,とされていることを示すもの,と解釈すべきである。一方,刊行物1においても,引用発明1のリンス溶剤は,前記のとおり,有機溶剤に大きい溶解性を示すことが求められているのである。
引用発明2における溶剤の組合せは,審決に「甲第2号証の発明における溶剤の組み合わせは,クロロフルオロハイドロカーボンとそれに相溶性を有する有機溶剤である」(審決書14頁26〜27行)とあるように相溶性を有するものである。
以上からすれば,本件発明1,引用発明1及び引用発明2のいずれにおいても,有効なすすぎを与えるとの観点から,リンス工程におけるリンス溶剤はクリーニング工程におけるクリーニング溶剤に対して大きい溶解性を持つことが求められているのであり,この点において何ら差異はない,ということができる。
審決の「甲第2号証の発明における溶剤の組み合わせは,クロロフルオロハイドロカーボンとそれに相溶性を有する有機溶剤であるのに対して,甲第1号証発明における溶剤の組み合わせは,ヒドロフルオロカーボンとそれにできるだけ混和しない有機溶剤である」(審決書14頁5段)との判断が誤りであることは明らかである。
(3) 審決は,「本件発明1は,相違点(B),(C)に係る前記構成を採用することにより,クロロフルオロカーボンを用いることなく,非水クリーニング系で,効率よく,クリーニングできるという特許明細書に記載の効果を奏したものである。」(審決書14頁36行〜15頁2行)と判断した。
しかし,相違点(B)に係る浸漬リンス工程(リンス液に被洗浄物を浸漬する工程)を取り入れた場合のリンス効果は,そもそも溶剤が選択されたときに決定されるものであり,本件発明1は,そのリンス効果を単に確認したにとどまるものである。進歩性を肯定するような「有利なリンス効果」は,そこに何ら見当たらない。むしろ,本件明細書の各実施例においては,浸漬リンス工程に続く蒸気リンスによる効果が述べられており(例えば,本件明細書の実施例1には「次いでフルオロカーボン凝縮蒸気でリンスする方法は非常に有効で」(甲第2号証18頁),同実施例2には「フルオロケミカルス蒸気でのリンス工程が必要なこと」(同19頁)との記載がある。),浸漬リンス工程による作用効果については何も述べられていない。
被告の反論の要点
審決の認定判断に誤りはなく,原告の主張する取消事由には理由がない。
1 取消事由1(引用発明1に基づく推考の容易性についての判断の誤り)について (1) 原告は,相違点(B)について,本件優先日当時において,部品の非水系の洗浄方法については,単独の槽又は複数の槽を何種類か組み合わせたものの中から,目的に応じて任意に選択することが行われており,その中でも,湿式洗浄方法として最も汎用的なものは,3槽式洗浄機であり,これの洗浄方法においては浸漬リンス区画が設けられていた,と主張する。しかし,原告が示した本件優先日当時における技術的背景は,その一面だけに偏ったものである。
非水系クリーニング洗浄方法には,浸漬クリーニング区画,浸漬リンス区画及び蒸気リンス区画の3槽式洗浄方法,3槽式洗浄方法から浸漬リンス区画か蒸気リンス区画を除いた2槽式洗浄方法,浸漬クリーニング区画とその上部の蒸気リンス区画から成る単槽式洗浄方法の三つがある。しかし,本件優先日前の1987年6月30日から1991年12月1日までの特許出願をみると,単槽式に係るものが17件,2槽式に係るものが3件,3槽式に係るものが9件であり,このことから,非水系洗浄方法の技術開発の流れは,浸漬クリーニング区画で気化したフロンが大気中に拡散されるなどの,3槽式の種々の欠点を克服する段階で,浸漬リンス区画を省略する単槽式のものに向けられていたことが明らかである。
引用発明1は,洗浄されるべき部品を液体有機溶剤に接触させて,汚れを除去し,それから高フッ素化化合物に富んだ蒸気層中で蒸気によるすすぎを行い,これを乾燥する方法である。引用発明1の方法のうち,部品の液体有機溶剤との接触は上記浸漬クリーニングに相当し,蒸気によるすすぎは上記蒸気リンスに相当する。この方法は,浸漬クリーニング区画上の空間で乾燥までを行うので,1槽だけで洗浄の全工程を行うものであるから,3槽式洗浄方法のうち,浸漬クリーニング区画だけを残して,その余の浸漬リンス区画等を省くものである。蒸気リンスは,浸漬クリーニング区画上の空間で行われるだけであり,浸漬リンスの機能と同様の機能を完全に果たすことはできない。引用発明1は,明らかに,浸漬リンス工程をなくすことで一定の効果を達成した改良型単槽式洗浄方法である。そうした改良型単槽式洗浄方法である引用発明1について,浸漬リンス区画を戻して再び元の3槽式洗浄方法にすることは,技術開発の流れに逆行するものであり,当業者が容易に想到し得ることではない。
原告の主張は,原始的な単槽式洗浄方法しか考慮していない不当な主張である。
(2) 審決は,刊行物1に,「リンス溶剤が大部分の他の溶剤と部分的に混和するにすぎないヒドロフルオロカーボン(沸点45℃および70℃のものが例示)であり・・・,クリーニング液が液相においてできるだけ前記パーフルオロカーボンと混和しない易燃性の有機溶剤であり・・・,クロロフルオロカーボンを使用しない・・・で行なわれる方法」(審決書10頁18行〜23行)が記載されていると認定している。
確かに,刊行物1には,「HFO(判決注・高フッ素化有機化合物(以下「HFO」ともいう。))は,一般に,非常に乏しい溶解力を有し,大部分の他の液剤と部分的に混和するにすぎない。」(甲第4号証2頁右下欄1行〜3行)と記載されている。
しかし,審決において「大部分の他の溶剤と部分的に混和するにすぎないヒドロフルオロカーボン」として示された,引用発明1における2種のヒドロフルオロカーボン(以下「HFC」ともいう。)である,沸点45℃を有するペルフルオロ-1-ヒドロ-n-ヘプタンと沸点70℃を有するペルフルオロ-1-ヒドロ-n-ヘキサン(甲第4号証第3頁右上欄13〜16行)のうち,後者のペルフルオロ-1-ヒドロ-n-ヘキサンは,有機溶剤であるイソプロピルアルコールと0.99〜50.0モル%のすべての範囲で相分離を起こさず混和するのである(甲第12号証)。したがって,「大部分の他の溶剤と部分的に混和するにすぎない」(前同)とされる一方で,高い混和性を有することが示されている,引用発明1のペルフルオロ-1-ヒドロ-n-ヘキサン及びペルフルオロ-1-ヒドロ-n-ヘプタン(ヒドロフルオロカーボン)が一体どのようなものかは,当業者にとって,刊行物1から理解することができることではないのである。
引用発明1は,クリーニング溶剤とリンス溶剤とができるだけ混和しないときに初めて実施可能になる方法であるから,当業者は,実際は高い混和性を有するヒドロフルオロカーボンを使用して,引用発明1の方法をどのように実施するのか理解することができない。審決の,実際は高い混和性を有するヒドロフルオロカーボンをリンス溶剤に使用することが,刊行物1に「発明」(特許法29条2項)として記載されているとした認定は誤っている。
(3) 原告は,刊行物1には,浸漬リンス工程を取り入れることについて記載はないものの,このような蒸気リンスを行うことによりリンス効果が十分であればその他のリンス工程を施すことは必要ではなく,また,リンス効果を更に高める必要があれば浸漬リンス工程を含む汎用の3槽式洗浄方法を取り入れることは技術常識である,したがって,相違点(B)に係る本件発明1の構成は,周知慣用の洗浄方法の中から適宜選択され得るものであり,当業者が容易に想到し得るものである,と主張している。
しかし,刊行物1に具体的に開示されているのは,ペルフルオロカーボン(以下「pfc」ともいう。)による蒸気リンスについてのみであり,HFCについては,pfcと同様であるとの記載しかなく,具体的な開示がない。しかし,pfcは浸漬リンスでは十分なリンス力を有しないのに対し,次に述べるとおり,HFCは浸漬リンスにより十分なリンス力があり最終的なクリーニング効果を高めることができるのである(このことは,ジョン・オーエンスが作成した実験成績書(甲第13号証)でも明らかにされている。)。
本件明細書には,「部品は第一液体溶剤より汚れまたは表面汚れに対する溶解力は小さいが,第一溶剤に対する素晴らしい溶解特性を有する第二有機溶剤と接触させてリンスされる」(甲第2号証4頁23行〜25行)と記載されている。
本件発明1は,HFCが,部品の表面汚れに対する溶解力は小さいものの,クリーニング溶剤に対して素晴らしい溶解特性を有することを発見したことに基づき,発明されたものである。すなわち,本件発明1は,HFCを基剤とするリンス溶剤が,汚れを含有したまま部品上に付着したクリーニング溶剤を浸漬リンスにより効率よくすすぐことができ,それによって最終的な部品のクリーニング効果が高まる,という発明である。
このことは,刊行物1には記載されていない。引用発明1においては,pfcにより浸漬リンスを行っても,pfcが浸漬リンスでは十分なリンス力を有しないため,クリーニング溶剤のすすぎ効果が十分ではなく,最終的なクリーニング効果を高めることができないのである。HFCが浸漬リンスにより十分なリンス力があり最終的なクリーニング効果を高めることは,刊行物1には記載されていない。
このように,本件発明1では,HFCを浸漬リンス溶剤に使用すると,pfcでは達成できない高い油除去率を達成することから,浸漬クリーニングした部品をHFCを基剤とするリンス溶剤で浸漬することとしたのである。こうしたHFCのリンス効果は,HFCとpfcとを同等なものとして記載している刊行物1からは予測することができないものである。
(4) 甲第8ないし第11号証の記載及び本件明細書の背景技術の説明部分から使用すべき非水系洗浄法のクリーニング溶剤として把握されるのは,単独で使用されるクロロフルオロカーボン(以下「CFC」ともいう。)又はヒドロクロロフルオロカーボン(以下「HCFC」ともいう。)であり,これらは洗浄能力を有するものであるから,クリーニング溶剤にしてもリンス溶剤にしてもよい。また,いずれも非燃焼性である。したがって,それらの一方を使用する原始的単槽式方法に浸漬リンス区画を導入するには,新たな槽を連結してそれまで使用されていたのと同じ溶剤をその新たな槽に分配するだけでよく,燃焼を抑制する手段を講じる必要もない。蒸気層が形成されてもそれは燃焼を抑制する層としてはとらえられない。一方,引用発明1の洗浄方法は,改良型の単槽式洗浄方法である。それを原始的単槽式方法とみなして新たに浸漬リンス区画を導入しようとすると,易燃性有機溶剤とHFOの2種の溶剤を当初の槽と新たに導入した槽にどのように分配すればよいのか,どのように易燃性有機溶剤の燃焼を抑制すればよいかなど,多くの解決すべき問題が発生する。
甲第8ないし第11号証の記載及び本件明細書の背景技術の説明部分から把握される洗浄方法と引用発明1の洗浄方法との間に存在する溶剤又は溶剤系の相違からすれば,引用発明1のものを,浸漬リンス槽を含めて3槽式洗浄方法にするにはかなりの困難が存在する。
したがって,相違点(B)に関する原告の上記主張は明らかに誤りである。
(5) 原告は,相違点(C)に係る構成は,相違点(B)に係る構成に付随するものであるから想到は容易である,と主張する。しかし,相違点(B)に係る構成に想到することが容易でないことは上記のとおりであるから,相違点(C)についての原告の上記主張は誤りである。
(6) 原告は,相違点(D)についての審決の判断について,刊行物1に「上記例の蒸気凝縮工程における有効なすすぎを与える必要性の故に,ペルフルオロカーボンは,選ばれた有機溶剤に最大の溶解性を示すものが好ましい。」(甲第4号証6頁右下欄9行〜12行)と記載されていることから分かるように,引用発明1のリンス溶剤は,有機溶剤に大きい溶解性を示すことが求められているのである,審決の引用発明1についての前記解釈は間違っている,と主張する。
しかし,原告がその根拠としている刊行物1の上記記載の後には,それとは矛盾する記載(後記2(1)(ア)参照)が繰り返されている。結局,引用発明1においては,クリーニング溶剤とリンス溶剤とは「出来るだけ混和しない」(甲第4号証6頁右下欄14行)ものでなければならないと解するのが相当であり,原告の主張には根拠がない。原告の上記主張が誤りであることの理由の詳細は,取消事由2で述べるとおりである。
2 取消事由2(引用発明1及び引用発明2に基づく推考の容易性についての判断の誤り)について (1) 原告は,相違点(B),(C)についての審決の判断が誤りである理由として,クリーニング溶剤とリンス溶剤とが大きな相溶性を有するのが好ましいことを一般論として述べ,その一般論が引用発明1にも当てはまるものとして,その主張を展開している。
しかし,刊行物1の次の記載によれば,そうした一般論は,引用発明1には当てはまらないことが明らかである。
(ア) 刊行物1には,次の記載がある(甲第4号証6頁右下欄12行〜20行)。
「しかしながら,液相においては,有機溶剤とpfcは,下記の理由のために出来るだけ混和しないままであるのが望ましい: 1.有機溶剤の廃棄にともなう高価なpfcの損失を避けるために,二つの液体の可能な限り完全な分離を促進すること, 2.pfcと混合した有機溶剤は,溶解する汚れの濃度を増加させるので,pfcに溶解する汚れを最小にすること。」 上記1.の記載は,汚れを溶かし込んだ有機溶剤は最終的に廃棄され,その際,その中に溶存している高価なpfcも一緒に廃棄されて大きな損失になるため,そのような損失を避けるために,有機溶剤とpfcが混和せずに,完全に相分離して,分液により容易に有機溶剤だけを廃棄することができるのがよい,という意味である。上記2.の記載は,pfcが有機溶剤と混和性である場合には,有機溶剤中に溶け込んだ汚れがpfcにも混和するので蒸気リンスにも悪影響を与えるため,有機溶剤とpfcとができるだけ混和しないようにし,pfcに溶解する汚れを最小限に抑えるようにすれば,そうした問題も起こらない,という意味である。
(イ) 刊行物1には,「損失を避けるために,既知の冷却/凝縮/再循環手段により溶剤およびフツ素化化合物を分離し,維持することが必要である」(甲第4号証3頁左下欄1行〜3行),「第1図は,重質ペルフルオロカーボン層9および易燃性溶剤層5を含有するタンク4を示す。この二つの液体はほとんど混和しないから分離層のままである。」(同3頁右下欄14行〜17行),「重質の,大部分が混和しない凝縮物は,タンク12の底に沈み,ポンプ20により濾過器19をとおして重力分離器14に移送される。」(同4頁左下欄11行〜14行),及び「アルコール/pfcの相互混和性を減じる好ましい方法は,水を加えることである。」(同7頁左上欄末行〜右上欄1行)とも記載され,pfcに代表されるHFOが易燃性有機溶剤と混和しないで相分離すべきものであることが繰り返し示されている。
刊行物1の第1図のほか,第2図ないし第4図の洗浄装置を参照しても,すべてにおいてpfcと易燃性有機溶剤とが相分離しなければ正常に運転できない実施態様が記載されている。
このように,引用発明1では,pfc若しくはそれを包含するHFOと易燃性有機溶剤とは相分離して界面を形成し,その界面が確認されながら分液によりHFOが易燃性有機溶剤から分離されることが要請されている。
(ウ) 刊行物1には,「第3表は,ペルフルオロメチルシクロヘキサン(PP2)とイソプロピルアルコールが,下記の理由により特に有用な対であることを示す。」(甲第4号証7頁右上欄14行〜17行)と記載されている。そして,第3表には,「PP2中のアルコールの0.4%溶解度」(同7頁左下欄)との記載がある。この0.4%という溶解度は,PP2とイソプロピルアルコールとが相溶性ではないことを示すものである。また,「分離後,ボイラーに戻る液体は,実質的にペルフルオロカーボンである。」(同7頁左下欄)と記載され,pfcと易燃性有機溶剤が相溶性でないことを示している。
刊行物1には,「添付図面を参照して,例示のためにのみ,本発明を更に説明する。第1〜第4図は,本発明による装置の略図である。下記の説明において,パーフルオロ化合物というのは,上に規定したような高フッ素化有機化合物への言及を含むものと理解されたい。」(同3頁右下欄6行〜11行)と記載されているので,3種のHFCを包含するHFO全体が,この具体的記載に含まれるpfcの特性と同等の特性を有することを示唆している。したがって,引用発明1においては,すべてのHFOができるだけ易燃性有機溶剤と混和しないような溶解特性を有するものとされている,と解するのが相当である。
(エ) 以上によれば,原告が主張するクリーニング溶剤とリンス溶剤とが大きな相溶性を有することが好ましい,との一般論は,刊行物1の実際の記載と大きく矛盾しており,そうした一般論を引用発明1に当てはめることはできない。審決が認定したとおり,引用発明1においては,クリーニング溶剤とリンス溶剤とは「出来るだけ混和しない」ものでなければならない,と解するのが相当である。
(2) 引用発明1において,クリーニング溶剤とリンス溶剤との相溶性は,できるだけ混和しないのが好ましいという程度のものであるのに対し,刊行物2には,リンス溶剤であるクロロフルオロハイドロカーボンがクリーニング溶剤である有機溶剤と相溶性であることが記載されている(甲第5号証4欄10行〜15行)。したがって,引用発明1と引用発明2との間における,溶剤系の相溶性の程度の相違は,決して,引用発明1に引用発明2を適用することについて阻害要因にならない,というほど小さなものではない。その相溶性は全く逆の関係にあるといってよい。
具体的には,引用発明1で特に有用な対とされているものについて,ペルフルオロメチルシクロヘキサン(PP2)中のイソプロピルアルコールの溶解度が,前記のとおり,「0.4%」とされているのに対し,引用発明2のクリーニング溶剤とリンス溶剤とは,50wt%以上との非常に高い相溶性を有している。クリーニング溶剤とリンス溶剤との相溶性について,引用発明1と引用発明2とは,前者が0.4wt%であるのに対し,後者が50wt%をも上回るというように,全く逆の関係にある。このことが,引用発明2を引用発明1に適用することについて阻害要因にならないはずがない。
したがって,引用発明2を引用発明1に適用して本件発明1を構成することは当業者が容易に想到できたものではない,との審決の前記認定判断は,正当である。
(3) 原告は,相違点(B)に係る浸漬リンス工程(リンス液に被洗浄物を浸漬する工程)を取り入れた場合のリンス効果は,そもそも溶剤が選択されたときに決定されるものであり,本件発明1は,そのリンス効果を単に確認したにとどまるものであり,進歩性を肯定するような「有利なリンス効果」は,そこに何ら見当たらない,と主張している。
しかし,本件発明1は,HFCが表面汚れに対する溶解力が小さく,クリーニング溶剤に対しては素晴らしい溶解特性を有することを発見したことに基づくもので,こうしたことは,刊行物1にも刊行物2にも記載されていない。こうしたHFCのリンス効果を最大にするために,被洗浄物が十分な量のHFCに曝されるように,浸漬リンス区画を設けたのである。その結果,リンス後において,オゾン層破壊性のクロロカーボン,クロロフルオロカーボン(CFC)又はヒドロクロロフルオロカーボン(HCFC)に匹敵する洗浄効果を,非オゾン破壊性の有機溶剤とHFCとの組合せで達成したのである。
このことは,ジョン・オーエンスが作成した実験成績書(甲第13号証)で明らかにされている。それによると,HCFCの一種であるHCFC-225(3)(CF3CF 2CHCl 2とCF 2ClCF 2CHClFの混合物)中に50重量%の重量比率で有機溶媒であるデカン酸メチルを加えたクリーニング液で部品を浸漬クリーニングし,それを純粋なHCFC-225で浸漬リンスした実験結果では,油除去率が99.67%であったのに対し,2種のHFCを使用した対応する実験ではそれぞれ99.68%及び99.22%であった。
こうした本件発明1の「有利なリンス効果」は,「クリーニング区画とは別のリンス区画中に含有される液体ヒドロフルオロカーボンを基剤とするリンス溶剤中に曝すことにより前記部品をリンスする」という構成に基づくものである。
リンス効果を単に確認したにとどまる,との原告の主張は,すべての構成が完全に同じである前後する二つの発明のうち先行する発明で効果が確認されていない場合に,後の発明がその効果を確認したにすぎないことに依拠して進歩性がないことを主張する議論にすぎず,構成の異なる本件発明1と引用発明1及び引用発明2との間に適用できるものではない。しかも,本件発明1は,pfc又はそれと同等の特性を有するHFOを蒸気リンスに使用するという引用発明1からは得られない高いリンス効果や,CFC又はHCFCを使用する引用発明2からは得られない,オゾン層を破壊しないという効果を達成するのである。
原告は,本件明細書においては,いずれの実施例についてみても,述べられている効果は,浸漬リンス工程に続く蒸気リンスによるものであって,浸漬リンス工程によるものについては述べられていない,と主張する。
しかし,まず留意すべきことは,本件発明1は「環境的に見て安全な方法で部品を脱脂または脱融するための非水クリーニング系を提供すること」(甲第2号証(訂正明細書)3頁23行〜24行)を主要な目的にしている,ということである。「環境的に見て安全」とは,具体的には,オゾン層を破壊しないということである。オゾン層を破壊しなければ,リンス効果自体はオゾン層破壊性のクロロフルオロカーボンと同等又はそれを下回る場合であっても,それだけで既に優れた効果を達成していることになるのである。
そして,本件発明1は,HFCがクリーニング溶剤に対して素晴らしい溶解特性を有するという発見に基づき,その特性を最大限発揮させるために浸漬リンス区画を設けるという構成を加えた発明である。引用発明1におけるような蒸気リンスでは,被洗浄物の温度が蒸気と同じ温度になると被洗浄物上へのリンス溶剤の凝縮が止まってリンスそのものが終了してしまうから,HFCの優れたリンス特性を十分に発揮させることができない。浸漬リンス区画を設けることで高いクリーニング効果が得られること,すなわち,効率よくクリーニングできることは,浸漬リンスと引用発明1の蒸気リンスとの比較からも明らかである。加えて,HFCを選択したことの効果がジョン・オーエンスが作成した実験成績書(甲第13号証)に記載されたHFCの油除去率の値から明らかとなっている。
本件明細書には,「本発明を証明するための試験に用いるクリーニング法」(甲第2号証17頁25行〜26行)においては,「試験片を有機クリーニング溶剤に30秒浸漬し,次いでフルオロケミカルス溶剤に30秒浸漬」(甲第2号証17頁26行〜27行)することが記載され,実施例1につき,「メチルエステルでクリーニングし,HFC52-13でリンス,次いでフルオロカーボン凝縮蒸気でリンスする方法は非常に有効で,高沸点エステルの薄膜の99%以上を金属試験片から除去」(同18頁19行〜22行)したことが記載されている。後者における「HFC52-13でリンス」は,前者の「フルオロケミカルス溶剤に30秒浸漬」の浸漬リンスのことであるから,実施例1についての上記記載は,クリーニング,浸漬リンス,それに次ぐ蒸気リンスの3工程により薄膜の99%以上が除去されたことを示している。したがって,実施例1には蒸気リンスだけの効果が示されている訳ではなく,浸漬リンスの効果も包含されているのである。
このことは実施例2についても同じである。
原告の上記主張は誤りであり,審決のいう「効率よく,クリーニングできるという特許明細書の効果を奏したものである」は,浸漬リンス工程を設けたことに基づくものである。
当裁判所の判断
1 取消事由1(引用発明1に基づく推考の容易性についての判断の誤り)について 審決は,本件発明1と引用発明1との相違点として,相違点(A)ないし相違点(D)の4点を挙げ,相違点(A)及び相違点(D)については,実質的な相違点ではないと判断したものの,相違点(B)については,「甲第1号証(判決注・刊行物1)には,リンス区画に予め存在させた液体リンス溶剤で部品をリンスすることを示唆する記載はない。してみると,前記相違点(B)に係る本件発明1の構成が,甲第1号証に記載または示唆されているとすることはできない。」(審決書12頁6段,7段)と判断し,相違点(C)については,「甲第1号証が,リンス区画の上に燃焼抑制被覆の層を形成させることを示唆しているとすることはできない。したがって,甲第1号証に,リンス区画の上に,燃焼抑制被覆として機能する「実質的に純粋なヒドロフルオロカーボン蒸気から本質的になる」層を形成することが示唆されているとすることもできない。してみると,相違点(C)に係る本件発明1の構成が甲第1号証に記載または示唆されているとすることはできない。」(審決書13頁1段〜3段)と判断した。
(1) 本件優先日前に公刊された「特定フロン・クロロカーボン代替品開発の現状とその方向」(化学工業日報社,1990年12月19日発行,甲第8号証54頁)には,「洗浄システム」として「洗浄は湿式洗浄と乾式洗浄に分けられ,湿式洗浄の最もシンプルな方法として手拭き法があるが,洗浄機を使っての方法が一般的である。湿式の洗浄方法としては2-18表に示すようなものがあげられ,この中のいずれかを単独で用いるか,何種類かを組み合わせて使用している。どの方式が良いかは被洗物の性質,被洗物の汚れの程度,清浄要求度などにより決まる。清浄度がどの程度必要であるかは,最終製品への影響で評価されており,各製品により異なる。ある程度の油が落ちれば,商品として問題を生じない程度のものであれば,蒸気槽1槽で足りる場合もあれば,LSI部品の仕上げ工程のように,各種方式を複合させて5槽以上の洗浄機を用いる場合もある。しかし最も汎用的には3槽式洗浄機が用いられており,その構造を2-18図に示す。1槽目は予備洗浄槽であり,大部分の汚れをここで落とす。一般的には,超音波発振器を設置し,超音波により液振動を起こさせ,汚れ成分中への溶剤の浸透を物理的に促進させる。2槽目は被洗物のすすぎ洗浄と,3槽目の蒸気洗浄のための被洗物の冷却を目的とした洗浄槽である。3槽目は蒸気槽であり,溶剤蒸気による仕上げ洗浄と同時に乾燥も行う。蒸気槽では,被洗物表面に溶剤蒸気を凝縮液化させ,仕上げの洗浄を行い,同時に溶剤蒸気のもつ熱により被洗物の乾燥をも行う。蒸気槽にて発生した溶剤蒸気は,洗浄機の上部に設置された凝縮器にて液化回収され,水分離器にて遊離水を分離し,2槽目に回収再利用される。」と記載されている。また,上記2-18表,2-18図は,次のとおりである。
甲第8号証の上記の記載と同趣旨の記載は,「フッ素化合物の最先端応用技術」(甲第9号証),「オゾン層破壊物質使用削減マニュアル」(甲第10号証),「フレオンR用超音波洗浄装置」(甲第11号証)にもみられる。上記各文献に上記のように記載されていることからすれば,洗浄システムの方式は,被洗物の性質,被洗物の汚れの程度,被洗物に対する清浄度の要求の度合により決まること,必要とする洗浄槽等の数もその目的に応じて1槽ないし5槽以上の中から選択され,汎用的には3槽式の洗浄機が用いられていること,その3槽式の洗浄機では,2槽目ですすぎ洗浄が行われ,3槽目で仕上げ洗浄すなわち蒸気洗浄と乾燥とが同時に行われること,及び,すすぎ洗浄の方法には浸漬洗浄と蒸気洗浄があること,これらはいずれも周知の技術であることを,優に認めることができる。そして,上記3槽式洗浄機の2槽目のすすぎ洗浄と3槽目の仕上げ洗浄は,クリーニング液を除去するための工程であり,本件発明1でいう「リンス」に該当する工程であるから,3槽式の洗浄機はリンス工程として浸漬リンスと蒸気リンスを組み合わせているものであるということができる。
上記の周知技術からすれば,湿式洗浄システムにおいて,単槽式,2槽式,3槽式あるいは4槽式以上の方式のいずれとするかは,洗浄する対象物及びその目的に応じて適宜選択して採用され得るものであることが明らかである。
引用発明1は,湿式洗浄に使用されていたクロロフルオロカーボン(CFC)が,1980年以来,大気中のオゾン層の枯渇の一因となる可能性があると認識されてきたことから,その大気中への放出をなくすために,CFCの代わりに,高フッ素化有機化合物(HFO)を使用するものであり,水素含有,易燃性の液体有機溶剤を用いて部品を洗浄した後に,高フッ素化有機化合物に富んだ蒸気層中で,液体有機溶剤を除去し,蒸気によるすすぎ,又は,乾燥をする方法である(刊行物1,甲第4号証2頁右上欄16行〜右下欄1行,3頁左上欄2行〜10行各参照)。引用発明1において,「好ましいHFOは,ペルフルオロ-n-アルカン,ペルフルオロ-脂環式化合物,ペルフルオロ-アミンおよびペルフルオロ-エーテルであり」(同3頁左上欄19行〜右上欄2行),また,「特に適当な水素含有フツ素化有機化合物は,下記を含む:ペルフルオロ-1-ヒドロ-n-ヘプタン 45℃ ペルフルオロ-1-ヒドロ-n-ヘキサン 70℃」(同右上欄10行〜16行。)である(判決注・後者が本件発明1のヒドロフルオロカーボン(HFC)に該当する化合物である。)。
本件発明1も,クロロフルオロカーボン(CFC)及びヒドロフルオロカーボン(HCFC)の使用が規制されたことから,リンス溶剤として,オゾン破壊性のないヒドロフルオロカーボン(HFC)を使用したものであり(甲第3号証),この点は,審決が本件発明1と引用発明1との一致点として認定しているところである(審決書11頁2段)。
本件発明1と引用発明1との相違点の一つ(相違点(B))は,本件発明1が3槽式洗浄方法であり,「リンス区画中に含有される液体・・・リンス溶剤中に曝すことによりリンスする」(審決書11頁3段)のに対し,引用発明1が改良単槽式洗浄方法であり,「リンス区画中に含有されるリンス溶剤蒸気に曝し凝縮するリンス溶剤液体により部品をリンス・・・する」(審決書11頁3段)ということにすぎない。3層式洗浄方法では,液体リンス区画と蒸気リンス区画の双方を設けるのに対し,単槽式洗浄方法では蒸気リンス区画を設け液体リンス区画を設けないこと,及び,3層式を選択するか単槽式を選択するかは,洗浄する対象物及び洗浄の目的に応じて適宜決め得る事柄であることは,上記のとおりである。
以上からすれば,洗浄システムにおけるリンス方式として,引用発明1の改良単槽式すなわち蒸気リンス方法の代わりに,3層式すなわち浸漬リンス方法を採用する程度のことは,洗浄する対象物及び洗浄の目的に応じて当業者が適宜選択する範囲に属することであり,引用発明1から本件発明1に想到することは当業者にとって容易である,というべきである。審決が,刊行物1に「液体リンス溶剤で部品をリンスすることを示唆する記載はない。」ことを根拠としてした,相違点(B)に係る本件発明1の構成が容易に想到することができないとの判断は,当然に考慮に入れるべき技術常識を考慮に入れなかったことにより犯した誤り,というべきである。
(2)(ア) 被告は,本件優先日前の1987年6月30日から1991年12月1日までの特許出願をみると,単槽式に係るものが17件,2槽式に係るものが3件,3槽式に係るものが9件であり,このことから,非水系クリーニング方法の技術開発の流れは,浸漬クリーニング区画で気化したフロンが大気中に拡散されるなど,3槽式の種々の欠点を克服する段階で,浸漬リンス区画を省略する単槽式のものに向けられていたことが明らかである,改良型単槽式洗浄方法である引用発明1について,浸漬リンス区画を戻して再び元の3槽式洗浄方法にすることは,技術開発の流れに逆行するものであり,当業者が容易に想到し得ることではない,と主張する。
しかし,被告が主張する本件優先日直前の4年半の期間における特許出願の件数をみても,3槽式に係るものが9件,2槽式に係るものが2件で,合計11件もあるのであり,単槽式に係るものが17件であるとしても,技術開発の流れから,当業者が3槽式のものに想到し得ないなどとは到底いい得ない状況であることが,明らかである。被告が主張する洗浄方法に関する特許出願の件数だけをみても,被告の上記主張は失当であることが明らかである。
(イ) 被告は,引用発明1は,クリーニング溶剤とリンス溶剤とができるだけ混和しないようにして初めて実施可能になる方法であるから,当業者は,実際は高い混和性を有するヒドロフルオロカーボンを使用して,引用発明1の方法をどのように実施するのか理解することができない,このように,実際には高い混和性を有するヒドロフルオロカーボンにつき,それをリンス溶剤に使用することが刊行物1に「発明」(特許法29条2項)として記載されている,とした審決の認定は誤っている,と主張する。
しかし,刊行物1には,pfcあるいはHFCの溶剤特性に関して,「上記例の蒸気凝縮工程における有効なすすぎを与える必要性の故に,ペルフルオロカーボンは,選ばれた有機溶剤に最大の溶解性を示すものが好ましい。」(甲第4号証6頁右下欄9行〜12行)と記載されており,有利なリンス効果を発揮するためには,pfcあるいはHFCと有機溶剤とができるだけ混和することが好ましいことが明記されているのである(刊行物1におけるpfcについての記載がHFCについての記載でもあるとみてよいことは,刊行物1の「下記の説明において,パーフルオロ化合物というのは,上に規定したような高フツ素化有機化合物への言及を含むものと理解されたい。」(甲第4号証3頁右下欄9行〜11行)との記載から明らかである。以下同じ。)。
確かに,刊行物1には,上記の記載に続いて, 「しかしながら,液相においては,有機溶剤とpfcは,下記の理由のために出来るだけ混和しないままであるのが望ましい: 1.有機溶剤の廃棄にともなう高価なpfcの損失を避けるために,二つの液体の可能な限り完全な分離を促進すること, 2.pfcと混合した有機溶剤は,溶解する汚れの濃度を増加させるので,pfcに溶解する汚れを最小にすること。」(甲第4号証6頁右下欄12行〜20行) との記載がある。しかし,この記載の趣旨は,あくまでも高価なpfc(あるいはHFC)についてその損失をできるだけ少なくするための経済的な観点からの記述,あるいは,簡便な分離回収工程の観点から求められる特性についての記述であり,pfcあるいはHFCが有機溶剤との間でリンス効果を発揮するために必要な相溶性を有することを前提とした上での記述であると解すべきである。刊行物1の上記記載(甲第4号証6頁右下欄12行〜20行)は,いずれも経済性その他の観点から記載されたにすぎないものであり,当業者が刊行物1をみて引用発明1をどのように実施するのか理解することができないとする被告の上記主張は,これらの記載の趣旨を誤って解釈したことによるものであり,採用することができない。
刊行物1の図1ないし図4に示される四つの実施態様は,いずれも,ペルフルオロカーボン(pfc)について,易燃性溶剤層と相分離した後に,再循環させて再使用するための装置を設けるなど,経済性の観点をも重視したものとして記載されている(甲第4号証3頁右下欄6行〜6頁左下欄末行参照)。しかし,刊行物1には,その四つの実施態様の説明に続けて,上記のとおり,「有効なすすぎを与える必要性の故に,ペルフルオロカーボンは,選ばれた有機溶剤に最大の溶解性を示すものが好ましい。」と記載されているのである。刊行物1には,このように,ペルフルオロカーボン(pfc)あるいはHFCについて,有効なすすぎをさせるために,有機溶剤との間に溶解性を有する必要があることと,しかし,経済的な観点からは,効率よく分離回収し,再使用するために,有機溶剤とできるだけ混和しないことが望ましい,ということとが,同時に記載されているにすぎないのである。
(ウ) 被告は,刊行物1には,ペルフルオロカーボン(pfc)による蒸気リンスについてのみ具体的な開示があり,HFCについてはpfcと同様であるとの記載しかなく,具体的な開示がない,しかし,pfcは浸漬リンスでは十分なリンス力を有しないのに対し,HFCは浸漬リンスにより十分なリンス力があり最終的なクリーニング効果を高めることができるのである,本件発明1では,HFCを浸漬リンス溶剤に使用すると,pfcでは達成できない高い油除去率を達成することから,浸漬クリーニングした部品をHFCを基剤とするリンス溶剤で浸漬することとしたのである,こうしたHFCのリンス効果は,HFCとpfcとを同等なものとして記載している刊行物1からは予測することができない,と主張する。
しかし,本件発明1におけるHFCによる浸漬リンス工程という構成が,引用発明1と周知の技術とから容易に想到し得る構成である以上,引用発明1にHFCによる浸漬リンス工程を追加することにより生じる効果が,その構成のものとして通常予測し得る範囲を超えた顕著なものでない限り,被告の上記主張は,本件発明1に特許性(進歩性)を認めるための根拠とはなり得ない,というべきである。
本件明細書をみても,HFCによる浸漬リンス工程を設けたことにより,通常予測し得る範囲を超えた顕著な効果が生じたことを示唆する記載はない。
かえって,本件明細書に記載された各実施例においては,次に示すとおり,浸漬リンス工程に続く蒸気リンスによる効果が強調されているのであり,被告の上記主張が理由がないものであることは明らかである。
本件明細書には,実施例1につき,「有機溶剤として(C9〜C 11)のメチルエステルを用いた。・・・フルオロカーボンリンス剤として分岐ヒドロフルオロカーボン(C6F13H)であるHFC52-13が用いられた。このメチルエステルは金属試験片から石油系の油を室温で除去するのに有効であるが,クリーニング処理後にメチルエステル溶剤の薄膜が残る。HFC52-13では試験片の表面から油をクリーニングすることはできない。しかし,メチルエステルでクリーニングし,HFC52-13でリンス,次いでフルオロカーボン凝縮蒸気でリンスする方法は非常に有効で,高沸点エステルの薄膜の99%以上を金属試験片から除去し,測定可能な痕跡量の油汚れも残らない。」(甲第2号証18頁2段)と記載され,浸漬リンスと蒸気リンスを組み合わせることによる有効性が述べられている。また,同実施例2については,「本実施例は,二塩基酸エステルまたは二塩基酸エステルとフルオロケミカルスとの混合物のいずれかの中に浸漬した汚れた試験片を完全に綺麗にするには,フルオロケミカルス蒸気でのリンス工程が必要なこと,そしてエステル単独でもフルオロケミカルス単独でも表面を完全に綺麗にするのには不十分なことを示すものである。」(同19頁3段)と記載され,浸漬リンスに蒸気リンスを組み合わせる必要性について述べられているものの,浸漬リンス工程による作用効果を強調する記載はない。さらに,本件明細書の実施例3ないし実施例11のいずれについても,フルオロケミカルス蒸気でのリンス工程が必要なことが同様に記載されており,浸漬リンス工程による作用効果を強調する記載はないのである(甲第2号証19頁〜29頁参照)。
(エ) 被告は,引用発明1の洗浄方法は,改良型の単槽式洗浄方法である,それを原始的単槽式方法とみなして新たに浸漬リンス区画を導入しようとすると,易燃性有機溶剤とHFOの2種の溶剤を当初の槽と新たに導入した槽にどのように分配すればよいのか,どのように易燃性有機溶剤の燃焼を抑制すればよいかなど解決すべき問題が多い,と主張する。しかし,引用発明1に浸漬リンス区画を設け,これを3槽式とする場合に,浸漬リンス槽に,蒸気リンス溶剤と同じ溶剤を入れることは,当業者が当然に想到するところである,というべきである(甲第8ないし第11号証)。また,易燃性有機溶剤の燃焼抑制については,相違点(C)に係る構成であり,次に述べるとおりである。被告の上記主張は採用することができない。
(3) 相違点(C)に関する構成について,刊行物1には,「いずれの適当なペルフルオロ化合物/有機溶剤の組合せも,蒸気を難燃性にするのに十分なペルフルオロ化合物が溶剤の上の蒸気空間に存在することを条件として,用いることができる。」(甲第4号証4頁左上欄14行〜17行)と記載されており,引用発明1では,クリーニング区画において燃焼抑制被覆が採用されているものと認められる。
クリーニング工程及び浸漬リンス工程を含む多槽式洗浄方法において蒸気リンス工程をも行う場合には,クリーニング区画及び浸漬リンス区画上にリンス溶剤の蒸気被膜(CFC等の難燃性溶剤では燃焼抑制被膜)を形成して蒸気リンス工程を行うことは当業者に周知の技術事項であり(甲第8ないし第11号証),そして,引用発明1において浸漬リンス工程(区画)を追加することは前記のとおり当業者が容易に想到することができることであるから,引用発明1に浸漬リンス工程(区画)を追加したものについて,そのクリーニング区画及び浸漬リンス区画の両方に蒸気リンスによる燃焼抑制被覆を設けることは,当業者であれば当然に想到し得ることである。その際に,燃焼抑制被覆がクリーニング区画のみにあり,リンス区画には存在しない構成を採用するようなことは,燃焼抑制被覆の目的からして考えられないことであるというべきである。
相違点(C)に係る本件発明1の構成は,相違点(B)に係る構成を採用することにより,当然に採用される構成であるから,相違点(B)に係る本件発明1の構成を採用することが容易である以上,審決が,「相違点(C)に係る本件発明1の構成が甲第1号証に記載または示唆されているとすることはできない。」(審決書13頁3段)として,これを根拠にその容易想到性を否定したのは誤りである。
(4) 審決は,クリーニング溶剤とリンス溶剤の混和性に関する相違点(D)について,「本件発明1は,・・・少量の有機クリーニング溶剤が相分離を起こすことなくヒドロフルオロカーボン液と混ざる程度である・・・甲第1号証発明も,本件発明1と同様の混和性を有するリンス溶剤を用いるものであることは,・・・明らかであるから,相違点(D)は実質的な相違点でない。」(審決書13頁末段〜14頁1段)と判断した。
審決の相違点(D)の上記判断について,当事者間に争いがあるので,念のため,判断する。
本件発明1のクリーニング溶剤のリンス溶剤に対する混和性(相溶性)は「少なくとも25℃から120℃の沸点範囲で少なくとも2モル%の該有機クリーニング溶剤が相分離を起こすことなく該リンス溶剤と混和する混和性」(請求項1)であり,その最低の混和性は2モル%である(上限については限定されていないので100%の割合で溶解するものまで含まれる。)。
一方,刊行物1には両溶媒の溶解性に関して,前記のとおり,次のような記載がある。
「上記例の蒸気凝縮工程における有効なすすぎを与える必要性の故に,ペルフルオロカーボンは,選ばれた有機溶剤に最大の溶解性を示すものが好ましい。しかしながら,,液相においては,有機溶剤とpfcは,下記の理由のために出来るだけ混和しないままであるのが望ましい: 1.有機溶剤の廃棄にともなう高価なpfcの損失を避けるために,二つの液体の可能な限り完全な分離を促進すること, 2.pfcと混合した有機溶剤は,溶解する汚れの濃度を増加させるので,pfcに溶解する汚れを最小にすること。」(甲第4号証6頁右下欄9行〜末行) 有機溶剤とpfcとの代表的な組合せとして,刊行物1の第2表に5通りのものが示され,その2番目の例としてペルフルオロメチルシクロヘキサン(PP2)とイソプロピルアルコールが挙げられ,第3表に「PP2中のアルコールの0.4%溶解度」(同7頁左下欄)と記載され,クリーニング溶剤のリンス溶剤に対する溶解度が具体的に示されている。
引用発明1では,上記の記載から明らかなように,すすぎを有効に行うためにはクリーニング溶剤の溶解性が高い方が望ましく,その後のクリーニング溶剤とリンス溶剤の分離に際しては溶解性が小さい方が望ましいという相反した条件が存在する。刊行物1の第3表に具体的に記載されている上記のものは,相反する上記の条件を満たすものと考えられるから,「PP2中のアルコール(イソプロピルアルコール)の0.4%」という溶解度を「モル%」に換算の上,本件発明1の「少なくとも2モル%」の「混和性」の要件を満たしているかどうかを確認する。
上記の「0.4%」とは,PP2が100gにイソプロピルアルコールが0.4g溶解している状態であると推測されるから,PP2(C7F 14 )の分子量の350,イソプロピルアルコール(C3H 6O)の分子量の60から,上記重量をモル数に換算すると,PP2が0.286モル,イソプロピルアルコールが0.0067モルとなり,0.4%(wt%)は,2.3モル%と換算される(仮に,PP2とイソプロピルアルコールとの合計が100gであり,これにイソプロピルアルコール0.4gが溶解している状態であるとすると,0.4%は2.3モル%より大きい溶解度になる。)。
上記のとおり,刊行物1には,クリーニング溶剤のリンス溶剤に対する溶解度が2.3モル%程度のものが,引用発明1の実施例として記載されているのであり,それが相溶性に関する前記の二つの相反する条件を満足するものであることは明らかである。そして,刊行物1の第3表に記載されたものは,本件発明1の「少なくとも2モル%」の「混和性」との要件を満たすものである。したがって,クリーニング溶剤のリンス溶剤に対する溶解性(混和性)に関して,本件発明1と引用発明1とは相違するものではなく,「相違点(D)は実質的な相違点でない。」(審決書14頁4行〜5行)とした審決の判断は,その結論において誤りはない。
2 結論 以上に検討したところによれば,審決が,相違点(B),(C)についてなした判断は誤りであり,この判断の誤りが請求項1ないし請求項10のいずれについても,審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,審決は,請求項1ないし請求項10のいずれについても取消しを免れない。原告の本訴請求は,理由がある。そこで,これを認容することとし,訴訟費用の負担並びに上告及び上告受理の申立てのための付加期間の付与について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条,96条2項を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 山下和明
裁判官 設樂隆一
裁判官 阿部正幸