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関連審決 不服2019-353
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事件 令和 2年 (行ケ) 10085号 審決取消請求事件

原告ザ ボードオブ トラスティ ーズ オブ ザ レランドス タンフォード ジュニア ユニ バーシティー
同訴訟代理人弁護士・弁理士 小林幸夫
同訴訟代理人弁護士 平田慎二
同訴訟代理人弁理士 中島崇晴 設楽修一 百瀬尚幸
被告特許庁長官
同 指定代理人藤本義仁 尾崎淳史 藤原直欣 小出浩子
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2021/02/09
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
-1-事 実 及 び 理 由第1 請求特許庁が不服2019−353号事件について令和2年2月17日にした審決を取り消す。
第2 事案の概要本件は,特許出願拒絶査定に対する不服審判請求を不成立とした審決の取消訴訟である。
1 特許庁における手続の経緯(1) 米国における手続原告は,米国における出願(出願日:平成22年8月27日,出願番号:61/377,591)を基礎出願(以下「本件基礎出願」という。)とするパリ条約による優先権主張を伴って,発明の名称を「高度なイメージング特性を有する顕微鏡イメージング装置」とする発明につき,平成23年8月25日,特許協力条約に基づき,米国特許商標庁を受理官庁として,外国語により国際出願(以下「本願」という。特願2013−527133)をし(甲1),平成23年9月29日,米国特許商標庁に対し,特許協力条約に基づく規則(以下「条約規則」という。)4.18及び20.6(a)に基づき,本願において欠落していた明細書部分(AppendixA及びAppendix B。これらを併せて以下「本件欠落部分」という。)を「引用により補充」することを求める書面を提出し(甲2,3),米国特許商標庁は,同年11月2日,本件欠落部分が本件基礎出願に含まれているとして,本件欠落部分について,「引用による補充」を認める旨の通知をした。
(2) 国内手続ア 国際出願日の認定についての手続原告は,特許庁長官に対し,平成25年2月27日,特許法184条の5第1項所定の国内書面を提出し(甲4),同年4月30日,同条の4第1項所定の明細書,請求の範囲,図面及び要約の日本語による翻訳文(以下「本件翻訳文」という。)を-2-提出したが,本件翻訳文には,本件欠落部分は含まれていなかった(甲2, 5)3, 。
特許庁長官は,同年9月17日付けで,平成24年経済産業省令第65号による改正前の特許法施行規則38条の2の2(以下「施行規則38条の2の2」という。)第1項に基づき,本願には「引用による補充」の部分が含まれているので,本願の国際出願日を,「引用による補充」の行われた平成23年9月29日と認定する旨の通知(以下「本件通知」という。)をした(甲6)。
原告は,本件通知の指定期間(以下「本件指定期間」という。)内に,意見書や「引用による補充」部分が本願に含まれないものとする請求書を提出しなかった。
イ 実体審査についての手続本願に対しては,平成30年8月31日付けで拒絶査定がされ(甲10)原告は,,平成31年1月11日付けで拒絶査定不服審判請求をしたが(甲11),特許庁は,上記審判請求を不服2019−353号として審理し,令和2年2月17日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし,本件審決の謄本は,同年3月3日,原告に送達された。
2 特許請求の範囲の記載本願の請求項1に係る発明(以下「本願発明」という。)は,以下のとおりである(甲5)。
「光センサのアレイを含むイメージ捕捉手段と,約1mW未満の励起光を,少なくとも0.5mm2 である視野内の対象物体に向けるように,そして,前記励起光によって引き起こされた落射蛍光エミッションを,光センサの前記アレイに向けるように構成された,光学機器とを備え,前記光学機器と,光センサのアレイとは,前記視野のイメージについて,少なくとも2.5μmの解像度を提供するために,それぞれ,前記対象物体に十分に近い,落射蛍光顕微鏡。」3 本件論文の発表本願に係る発明の発明者であるA,B,C,D及びE(以下,本願に係る発明の-3-発明者を「本件発明者ら」と総称する。)を含む7名は,「Miniaturized integration ofa fluorescence microscope」という論文(以下「本件論文」という。)を執筆し,平成22年11月29日に,本件論文を学術誌「Nature Methods(ネイチャー・メソッズ)(以下「本件学術誌」という。
」 )に投稿し,本件論文が掲載された本件学術誌の2011年10月号(871頁〜878頁)は,平成23年9月11日に公開された(甲13)。
4 「引用による補充」の取扱い(1) 「引用による補充」は,平成17年の第34回特許協力条約同盟総会で改正が採択された条約規則(平成19年4月1日発効。なお,改正前後を問わず「条約規則」という。)において新たに導入された手続である。
「引用による補充」とは,優先権主張を伴う国際出願について,出願人が,国際出願の「要素」(明細書の全部又は請求の範囲の全部)又は「部分」(明細書の部分,請求の範囲の部分,図面の部分又は全部)が,当該国際出願に記載されていない(欠落している)が優先権主張の基礎となる先の出願に完全に記載されている場合,欠落した「要素」又は「部分」を先の出願から「引用により補充」することを受理官庁に対して請求することができ,受理官庁がこれを認めた場合には,当該「要素」又は「部分」は,国際出願として提出された書類を受理官庁が最初に受理した日に当該国際出願に含まれていたものとみなされるという手続である。
「引用による補充」により,出願人は,いったん付与された国際出願日を変更することなく「要素」又は「部分」を補充することが可能となる(条約規則4.18,20.6,20.7)。
(2) 「引用による補充」に係る規定について,国内法令との不適合が生じる場合,国内法令に適合しない間,指定官庁からの世界知的所有権機関の国際事務局への通告を条件に,当該指定官庁にされた国際特許出願に上記規定を適用しないとする旨の経過規定が置かれており(条約規則20.8(b)),日本国の特許庁は,「引用による補充」に係る規定と国内法令との間に不適合が生じることを理由に,上記の通告-4-を行い,これにより同規定は日本国の特許庁にされた国際特許出願には適用されないこととなった。
その後,日本国の特許庁は,平成24年10月1日以降,上記の通告を取り下げ,同日以降に受理された国際特許出願につき,受理官庁が認めた「引用による補充」の効果を認めることとなったが,国際特許出願日が同日より前の国際特許出願については,「引用による補充」に関する規定を適用しない旨の経過措置がとられた(平成24年経済産業省令第65号附則2条)。
5 本件審決の理由の要点(1) 前記1(1),(2)のとおりの経緯で,本願がされ,特許庁長官において,本件通知を原告に対してしたが,原告は,本件指定期間内に「引用による補充」の部分が本願に含まれないこととする請求をしなかったから,本願には,引用による補充」「の部分が含まれることになり,本願の国際出願日は,引用による補充がされた平成23年9月29日となる。
(2) 本件論文には,以下の発明(以下「引用発明」という。 が記載されている。
)「ドラムレンズはLEDの発光を集光し,次に4mm×4mmの励起フィルターを通り,ダイクロイックミラーで偏向し,イメージングの経路に入り,勾配屈折率(GRIN)対物レンズは試料上に焦点を結んで照射電力440μW の光を照射し,試料からの蛍光は対物レンズ,ダイクロイックミラー,発光フィルター,及びカスタム品の8.4mm×8.4mmPCB上に実装されたCMOSセンサ(640×480画素;530nmにおける60%の量子効率)に画像を結像させるアクロマティックダブレットレンズを通って戻り,最大視野は600μm×800μm であり,光学倍率は約5.0倍であり,そして,側面方向の分解能は約2.5μm であり,CMOSセンサの性能が向上するにつれて,光学光路も約1.5μm の分解能を達成できる,蛍光顕微鏡。」(3) 本願発明の発明特定事項は,全て引用発明が備えているから,本願発明と,引用発明とに差異はない。
-5-したがって,本願発明は,特許法29条1項3号に該当し,特許を受けることができない。
(4) 原告は,本件論文による本願発明の公表は,意に反して」「 の場合に該当し,本願は,特許法30条1項の適用がされるべきであると主張するが,原告は,新規性喪失の例外適用の申請を行わなかったから,同主張は失当である。
第3 原告主張の審決取消事由1 取消事由1(新規性喪失の例外規定の適用の判断の誤り)(1) 権利者の錯誤による意に反する発明の公知ア 平成23年法律第63号による改正前の特許法30条(以下「改正前特許法30条」という。)2項の「意に反して」については,「発明者の意に反するような事情の下で,発明者自らが発明を公知にした場合にもまた本項の適用があるものと解する。
・・・発明者が若しその事実を知っていたならば,公表はしなかったであろうから,このような場合も『意に反して』の場合に包含されると解すべきであろう。」とされている(蕚優美著「改正工業所有権法解説」帝国地方行政学会)。
したがって,日本国において国際出願の出願日が繰り下がることがあり,出願日が発明の公知日よりも後になることを知らずに,論文発表等により発明を公知にしてしまった場合には,錯誤に陥って発明を公知にしてしまっており,このように錯誤が介在する場合は,特許を受ける権利を有する者の自発的な意思に基づく「発表」とはいえないので,「意に反して」の場合に該当する。
イ 本件発明者らから本願発明の特許を受ける権利承継した原告は,本件論文が平成23年9月11日に発行されるので,それ以前に特許出願をする必要があると考えた。そのため,原告は,米国の弁理士(以下「米国代理人」という。)に依頼して,同年8月25日に,米国特許商標庁を受理官庁として,本願を行った(甲1)。原告は,本願の国際出願日が平成23年8月25日で確定したと考えており,本願の指定国である日本国において出願日が繰り下がることがあることなど知る由もなかった。
-6-本件論文は,同年9月11日に発行され,引用発明が公知となった(甲13)。原告は,本願の国際出願日が同年8月25日で確定したと考えていたため,同年9月11日に本件論文が発行されて,引用発明が公知となっても,本願発明の新規性が喪失することはないと考えていた。
本件発明者らは,本願発明が新規性を喪失しないようにしていたのであり,そのために,本件論文の公表を,本願をした同年8月25日以降とした。本願の国際出願日が平成23年9月29日に繰り下がることを知っていれば,本件論文を同月11日に公表することはなく,同月29日よりも後に公表したはずである。
しかし,日本国の特許庁における本願の手続において,特許庁長官は,施行規則38条の2の2第1項に基づき,本件通知を行い,原告の意に反して,本願の国際出願日を「引用による補充」がされた平成23年9月29日と認定した(甲6)。
このように,原告は,日本国において本願の国際出願日が繰り下がることはないという点で錯誤に陥って,引用発明を公知にしたものであり,日本国における出願日が同日よりも後に繰り下がることがあるという事実を知っていたならば引用発明を同日に公知にはしなかったであろうから,このような場合は「意に反して」に該当する。
したがって,本件論文の発行による引用発明の公知は,原告の意に反するものである。
(2) 意に反する出願日の繰下げによる発明の公知ア 改正前特許法30条2項においては,「特許を受ける権利を有する者の意に反して第29条第1項各号の一に該当するに至った発明」と規定されており,「第29条第1項各号の一に該当するに至った」時について特に時期的な要件は設けられていないから,権利者が発明を公開した後に,権利者の意に反して当該発明が遡及的に特許法29条1項3号に該当する発明に至った場合も含むと解釈できる。
したがって,改正前特許法30条2項は,権利者が発明を公開した後に,権利者の意に反して出願日が繰り下がり,当該発明が遡及的に出願日よりも前の公知発明-7-となってしまった場合にも適用される。
イ(ア) 日本国内における手続の経緯原告は,平成25年2月27日,日本国の弁理士3名を特許管理人として,特許庁長官に対し,特許法184条の5第1項所定の国内書面を提出した(甲4)。
原告の特許管理人は,同年3月28日,原告の米国代理人に電子メールを送信し,@本件欠落部分の翻訳文を提出するべきか否かを知らせてほしいこと,A本件欠落部分の翻訳文を提出した場合には,国際出願日が当初の国際出願日(平成23年8月25日)から平成23年9月29日に変わるため,優先権の利益を得ることができないこと,B国際出願日が変更されてはならない場合には,本件欠落部分の翻訳文を提出するべきではないことなどを連絡した(甲14)。
原告の特許管理人は,平成25年4月3日,原告の米国代理人から,条約規則では,不注意により脱漏した情報(優先権主張の対象である最初に出願された米国特許書類の一部)の追加を許しているのに,日本はなぜそれに従わないのかとの質問を電子メールで受けたので,これに対し,@特許庁は「引用による補充」を認めているので,本件欠落部分の翻訳文を提出すべきであること,Aしかし,本件欠落部分の翻訳文を提出した場合には,本願の国際出願日は,当初の国際出願日(平成23年8月25日)ではなく平成23年9月29日に繰り下がること,Bこの点に関して審査官と面談を済ませている旨,電子メールで回答した(甲15,16)。
原告の特許管理人は,平成25年4月8日,原告の米国代理人に電子メールを送信し,原告の米国代理人から本件欠落部分を翻訳すべきでないとの指示を受けたと理解していると連絡した(甲17)。そして,原告の特許管理人は,同月30日,特許庁長官に対し,特許法184条の4第1項所定の明細書等の翻訳文を提出したが,本件欠落部分については翻訳文を提出しなかった(甲5)。
特許庁長官は,同年9月24日,原告の特許管理人に対し,本件通知を行ったところ,本件通知は,@本願の国際出願日を「引用による補充」がされた平成23年9月29日と認定するので,国際出願時に主張している優先権の主張は,優先日か-8-ら12箇月の経過をもって失効すること,A上記@について意見がある場合には,本件指定期間内に意見書を提出してほしいこと,B本願について「引用による補充」がなかったとする場合には,本件指定期間内に条約規則に基づく請求書に所定の事項を記載して提出するとともに,「引用による補充」がされる前の明細書の全文を手続補正書により提出してほしいこと,C上記の条約規則に基づく請求書を提出した場合には,本願の国際出願日を当初の国際出願日である平成23年8月25日と認定することが記載されている(甲6)。
原告の特許管理人は,平成25年10月23日,原告の米国代理人に電子メールを送信し,@特許庁から,本願に関する通知を受け取ったこと,A特許庁は,国際出願日が平成24年10月1日より前であるPCT出願については,条約規則20.6の適用を受けることができないとしており,本願の国際出願日は,特許庁により平成25年(平成23年の誤記である。 9月29日であると認定されている旨を連)絡した(甲18)上記電子メールには,。 本件通知の内容の詳細が記載されておらず,当初の国際出願日を維持するためには条約規則に基づく請求書を本件指定期間内に提出する必要がある旨が記載されていなかった。
原告は,当初の国際出願日を維持するためには条約規則に基づく請求書を本件指定期間内に提出する必要があることを知らなかったため,本件指定期間内に,原告の米国代理人を通じて原告の特許管理人に対し,意見書及び条約規則に基づく請求書を提出するよう指示しなかった。そのため,原告の特許管理人は,本件指定期間内に,特許庁に対し,意見書及び請求書を提出しなかった。
(イ) 本願の国際出願日に関する原告の認識米国特許商標庁は,平成23年11月2日付けで,原告に対し,本件欠落部分が本件基礎出願に含まれているとして,本件欠落部分について,「引用による補充」を認める旨通知しているから,原告は,日本国の特許庁においても当然,本願の国際出願日が平成23年8月25日となると考えていた。
しかし,原告は,原告の米国代理人を通じて原告の特許管理人より,本件欠落部-9-分の翻訳文を提出した場合には,本願の国際出願日は,当初の国際出願日(平成23年8月25日)ではなく平成23年9月29日に繰り下がるとの連絡を受けた(甲15,16)。
原告は,本件欠落部分の翻訳文を提出してしまうと,出願日が繰り下がってしまい,本件欠落部分について翻訳文を提出しなければ,出願日が繰り下がることを防ぐことができると考えたため,本件欠落部分を除く翻訳文を提出するように指示をした(甲5,17)。
このように,原告は,本件欠落部分を除く翻訳文の提出をもって,本願について「引用による補充」がなかったことになり,出願日が繰り下がることなく,平成23年8月25日と認定されたと考えていた。
このことは,原告代表者の陳述書(甲19)からも裏付けられる。
なお,原告は,本件指定期間内に,原告の特許管理人に対し,意見書及び条約規則に基づく請求書を提出するよう指示しなかったが,本願の国際出願日が,当初の平成23年8月25日から平成23年9月29日に繰り下がることを了承していた訳ではない。原告は,原告の特許管理人から,当初の国際出願日を維持するためには条約規則に基づく請求書を本件指定期間内に提出する必要があることを知らされていなかったため,同請求書を提出しなかっただけである。
したがって,原告が引用発明を公開した後に,本願の国際出願日が,当初の平成23年8月25日から平成23年9月29日に繰り下がり,本願発明が遡及的に出願日よりも前に公知となってしまったことは,原告の意に反するものである。
よって,本願の国際出願日の繰下げによる引用発明の公知は,原告の意に反するものである。
ウ 被告は,改正前特許法30条2項は,「第29条第1項各号の一に該当するに至った」時点において,「特許を受ける権利を有する者の意に反して」公知となったことを要件としていると主張する。
しかし,本件通知に基づく本願の国際出願日の繰り下げによって,本願発明が遡- 10 -及的に出願日よりも前に公知となってしまったのであるから,「第29条第1項各号の一に該当するに至った」時点は,本件学術誌の発行日である平成23年9月11日ではなく,本件通知が発送された平成25年9月24日である。
(3) 被告は,本願発明が,本件論文の公表により特許法29条1項各号に該当するに至らなかったものとするためには,改正前特許法30条4項に規定する手続を,平成23年法律第63号による改正前の特許法184条の14(以下「特許法184条の14」という。)に規定する期間,すなわち,「国内処理基準時」から平成27年経済産業省令による改正前の特許法施行規則38条の6の3(以下「特許法施行規則38条の6の3」という。)に規定する「30日」以内にすることを要すると主張する。
しかし,本件通知によって出願日が繰り下がる認定がされた日は平成25年9月24日であり,この時点では既に「国内処理基準時」から30日が経過している。
したがって,原告が改正前特許法30条4項に規定する手続を行うことは不可能であるから,この手続を行う必要はなく,同項の要件は課されない。
(4) まとめ以上のとおり,@本件論文を掲載した本件学術誌の発行による引用発明の公知,又は,A本願の国際出願日の繰下げによる引用発明の公知は,原告の意に反するものである。
したがって,引用発明が特許法29条1項3号に該当するに至った発明となったことは,二つの意味で原告の意に反するものであるから,引用発明は改正前特許法30条2項の「特許を受ける権利を有する者の意に反して第29条第1項各号の一に該当するに至った発明」に該当する。そして,本件論文の発行による引用発明の公知日から6か月以内に本願が出願されているので,本願には改正前特許法30条2項が適用されるべきである。
よって,仮に,本願の国際出願日が平成23年9月29日と認定されたとしても,本件論文に基づいて本願発明の新規性が否定されることはない。
- 11 -2 取消事由2(本願の出願日の認定の誤り)(1) 本願に係る出願日の認定は無効であることア 本件欠落部分が明細書の範囲外となっていることの見落とし(ア) 翻訳文は,願書に添付して提出した明細書とみなされる(特許法184条の6第2項)上,外国語特許出願に係る明細書等について補正できる範囲は,翻訳文の範囲に限定されている(特許法184条の12第2項)。
したがって,翻訳文に本件欠落部分(AppendixA及びAppendixB)が含まれていなければ,本願の明細書には本件欠落部分が含まれていないとみなされる上,手続補正によって明細書等に本件欠落部分を含めることもできない。
よって,原告が本件欠落部分を翻訳文に含めなかったことにより,「引用による補充」の対象となった本件欠落部分は本願の明細書の範囲外となっている。
(イ) 本件通知には,本願について「引用による補充」がなかったとする場合には,本件指定期間内に条約規則に基づく請求書に所定の事項を記載して提出するとともに,「引用による補充」がされる前の明細書の全文を手続補正書により提出してほしいことが記載されている(甲6)。
しかし,翻訳文の提出により,「引用による補充」の対象である本件欠落部分が本願の明細書の範囲外となることが確定したのは,翻訳文の提出日である平成25年4月30日であり,本件通知の発送日である同年9月24日よりも前である。そうすると,本件通知の発送よりも前に,手続補正により削除すべき本件欠落部分が明細書に存在しないことになるから,本件通知に応答して,「引用による補充」がされる前の明細書の全文を手続補正書により提出することは不可能である。仮に,「引用による補充」がされる前の明細書の全文を手続補正書により提出するのであれば,翻訳文と完全に同一の内容が記載された手続補正書を提出することになり,何ら補正をしないことになるから,そのような手続は手続補正といえない。
(ウ) 国際特許出願について「引用による補充」がなかったとするために,「引用による補充」がされる前の明細書の全文を手続補正書により提出することとして- 12 -いるのは,「引用による補充」の部分を手続補正書により削除することにより,国際特許出願の国際出願日を当初の国際出願日と認定するためであり,特許法17条の2第3項及び39条との間の不適合を解消するためである。
このような法制度の趣旨に鑑みると,本件通知は,「引用による補充」によって,出願後に,願書に添付した明細書等に記載していない内容を明細書等に追加した状態となっている場合にのみ,されるべきものであり,明細書等の内容が,願書に添付した明細書等に記載している範囲内の場合,すなわち,「引用による補充」がされる前の明細書の内容となっている場合には,本件通知はされるべきではない。
(エ) 以上のとおり,本件通知がされる前に,明細書から本件欠落部分が削除され,「引用による補充」がなかったことになっているにもかかわらず,手続補正により本件欠落部分が削除できることを前提として,「引用による補充」がされる前の明細書の全文を手続補正書により提出を求める本件通知は法律に基づいた処分ではなく,また,重要な事実について誤認があり,本件通知に係る認定の瑕疵は重大である。
また,本件欠落部分であるAppendixA及びAppendixBは,それぞれ42頁,28頁にも及ぶ膨大な記載である(甲2,3)のに対し,本願の当初明細書は22頁しかない(甲1)から,本件欠落部分が翻訳文から削除されていることは客観的に明らかであり,本件通知に係る認定の瑕疵は明白である。
したがって,本件通知に係る認定には重大かつ明白な瑕疵があり,無効であるため,本件審決が本件通知に基づいて,出願日を「引用による補充」の行われた平成23年9月29日と認定したことは誤りである。
イ 「引用による補充」がなかったことにする意思表示の見落とし(ア) 国際出願段階で「引用による補充」が行われ,国内移行段階において出願人が「引用による補充」の部分を出願の内容に含める意思を有している場合,翻訳文についても「引用による補充」の部分を含めなければならない。なぜなら,翻訳文は,願書に添付して提出した明細書とみなされる(特許法184条の6第2項)- 13 -ため,翻訳文に「引用による補充」の部分を含めていないと,「引用による補充」の部分が明細書の範囲外となってしまうからである。
これに対し,原告は,翻訳文からあえて膨大な量の本件欠落部分を除いているのであるから,当該翻訳文の提出をもって,「引用による補充」の部分を出願の内容に含める意思を有していない,すなわち,本件欠落部分が本願に含まれないものとする旨の請求をする意思を持っていることが客観的に明らかである。
また,平成28年1月7日付け意見書(甲8)においても,「本件では,出願人は,日本国への移行において付属A Bを追加する意図はそもそもございませんでした。
・ 」と記載し,日本国においては,当初から,「引用による補充」がなかったとする意思があったと主張している。
なお,原告は,本件指定期間内に,原告の特許管理人に対し,前記意見書及び条約規則に基づく請求書を提出するよう指示しなかったが,これは,原告の特許管理人から,当初の国際出願日を維持するためには条約規則に基づく請求書を本件指定期間内に提出する必要があることを知らされていなかったためである。
以上から,原告は,本件通知が発送される前に,施行規則38条の2の2第4項の本願に「引用による補充」がなかったとする請求の黙示的な意思表示をしている。
(イ) よって,本件通知がされる前に,翻訳文の提出によって明細書から本件欠落部分を削除し,本願に「引用による補充」がなかったとする意思表示をしているにもかかわらず,「引用による補充」があることを前提として,本件指定期間内に条約規則に基づく請求書の提出を求めることは,重要な事実について誤認があり,本件通知に係る認定の瑕疵は重大である。
また,本件欠落部分であるAppendixA及びAppendixBは,それぞれ42頁,28頁にも及ぶ膨大な記載である(甲2,3)のに対し,本願の当初明細書は22頁しかない(甲1)から,本件欠落部分が翻訳文から削除されており,「引用による補充」がなかったことにする黙示的な意思表示があったことは客観的に明らかであるから,本件通知に係る認定の瑕疵は明白である。
- 14 -したがって,本件通知に係る認定には重大かつ明白な瑕疵があり,無効であるため,本件審決が本件通知に基づいて,出願日を「引用による補充」の行われた平成23年9月29日と認定したことは誤りである。
(2) 本件通知に対する応答があったとみなされるべきであること仮に,本件通知に係る認定が無効ではないとしても,原告は,本件通知の発送前に,施行規則38条の2の2第4項の請求の黙示的な意思表示をしており,その意思表示は本件通知がされた後も当然に維持されているから,本件指定期間内に,黙示的に施行規則38条の2の2第4項の請求があったとみなされるべきである。
また,本件通知の発送前に,「引用による補充」がされる前の明細書の全文を翻訳文として提出しているから,本件指定期間内に,「引用による補充」がされる前の明細書の全文の手続補正書の提出があったとみなされるべきである。実際に,翻訳文の明細書(甲5)と「引用による補充」がされる前の明細書の全文の手続補正書(甲9)は同一である。
なお,原告が本件指定期間内に請求書及び手続補正書を提出しなかった理由は,本件欠落部分を除く翻訳文の提出をもって,本願について「引用による補充」がなかったことになり,出願日が平成23年8月25日と認定されたと考えていたためであるから,「引用による補充」がなかったという意思が維持されていることに変わりない。
したがって,本件通知発送前における翻訳文の提出をもって,本件指定期間内に施行規則38条の2の2第4項の請求及び手続補正書の提出は完了しているとみなされるべきであるから,本願の国際出願日は平成23年8月25日と認定されるべきである。
よって,本件審決が,施行規則38条の2の2第4項の請求及び手続補正書の提出がなかったことを理由として,出願日を「引用による補充」の行われた平成23年9月29日と認定したことは誤りである。
3 取消事由3(本件審決の理由不備)- 15 -(1) 特許法157条2項4号が審決をする場合には審決書に理由を記載すべき旨定めている趣旨は,審判官の判断の慎重,合理性を担保しその恣意を抑制して審決の公正を保障すること,当事者が審決に対する取消訴訟を提起するかどうかを考慮するのに便宜を与えること及び審決の適否に関する裁判所の審査の対象を明確にすることにある(最高裁昭和54年(行ツ)第134号同59年3月13日第三小法廷判決・裁判集民事141号339頁)。
したがって,審決に記載すべき理由には,@当該事件の適用に関係する法律の根拠及びその解釈,A当事者が提出し,又は職権で調査した証拠に基づいて認定した事実,B認定した事実を法律に適用した場合の論理過程及び判断結果等を過不足なく記載することが不可欠である。
(2) 審判請求書の請求の理由(甲12)において,改正前特許法30条2項の「特許を受ける権利を有する者の意に反して」に該当すると主張されているにもかかわらず,本件審決はこの点について理由を一切記載していない。
本件審決には,@改正前特許法30条2項の解釈,A証拠に基づいて認定した事実,B認定した事実を改正前特許法30条2項に適用した場合の論理過程及び判断結果等が過不足なく記載されるべきであった。
(3) 審判請求書の請求の理由(甲12)において,@特許庁長官が,本件通知において,本願の国際出願日を,「引用による補充」の行われた平成23年9月29日と認定したことは,無効である,A本件通知に対して出願人は応答する必要はない,と主張されているにもかかわらず,本件審決はこれらの点について理由を一切記載していない。
本件審決には,@本件通知の有効性の解釈,A証拠に基づいて認定した事実,B認定した事実を本件通知の有効性の解釈に適用した場合の論理過程及び判断結果等が過不足なく記載されるべきであった。
また,本件審決には,@本件通知に対する応答義務の解釈,A証拠に基づいて認定した事実,B認定した事実を本件通知に対する応答義務の解釈に適用した場合の- 16 -論理過程及び判断結果等が過不足なく記載されるべきであった。
(4) よって,本件審決は,審判請求書の請求の理由に対して,法律の解釈,事実認定,論理過程等を一切記載していないから,特許法157条2項4号の趣旨に反しており,理由不備の違法があるものとして,取り消されるべきである。
第4 被告の主張1 取消事由1(新規性喪失の例外規定の適用の判断の誤り)について(1) 改正前特許法30条2項は,発明者等において,特許出願をするまでは発明を秘密にしようとしたにもかかわらず,意に反して発明が公知等となる場合があることから,特許を受ける権利を有する者の意に反して公知等となった場合には本条の例外規定の適用を受けることができるようにした規定である。
同項の上記の趣旨からすると,同項の「意に反して」とは,発明者あるいは出願人が当該発明を公表する意思がなかったにもかかわらず,その自発的意思に反して当該発明が公知となった場合を意味するというべきである。
以上に加えて,改正前特許法30条1項は,「特許を受ける権利を有する者が」,「試験」あるいは,「発表」することによって公知となった場合を規定している一方で,同条2項は「特許を受ける権利を有する者の意に反して」公知となった場合を規定していることから,特許を受ける権利を有する者の自発的意思に基づく「発表」と「意に反して」公知となった場合は文言上,截然と区別されているといわざるを得ない。
したがって,改正前特許法30条2項に規定する「意に反して」公知となった場合に,特許を受ける権利を有する者」「 の意思に基づく公表行為が含まれないことは,その文言及び趣旨から明らかというべきである。
(2) 改正前特許法30条2項には,「特許を受ける権利を有する者の意に反して第29条第1項各号の一に該当するに至った発明」「その該当するに至つた日から,6月以内」と規定されており,公知に該当することとなった日を期間の起算点としていることから,「第29条第1項各号の一に該当するに至った」時点において,「特- 17 -許を受ける権利を有する者の意に反して」公知となったことを要件としているものであって,「第29条第1項各号の一に該当するに至った」その後における特許を受ける権利を有する者の意思をその要件とするものでないことは文理上明らかである。
したがって,本件発明者らの本件論文公表後の日本国における出願日の繰り下げ等の事情は,改正前特許法30条2項の要件に無関係であって,同項該当性の判断を左右しない。
(3) 本件論文の公表は,本願発明の発明者である本件発明者らによる公表の意思に基づく行為であることは明らかである。
したがって,本件論文の公表が,本件発明者らの本願発明を公表する意思がなかったにもかかわらず,その自発的意思に反して公表された場合とはいえないことも明らかである。
(4) 原告は,本件においては,@権利者の錯誤に基づく論文発行による発明の公知,又は,A日本国における出願日の繰下げによる発明の公知によって,新規性が喪失しているため,原告の意に反するものである旨主張する。
しかし,上記@については,上記のとおり,改正前特許法30条2項に規定する「特許を受ける権利を有する者の意に反する」公表に,「特許を受ける権利を有する者」による自発的意思に基づく公表は含まれない。
それに加えて,本件発明者らから本願発明の特許を受ける権利承継した原告は,本件論文が平成23年9月11日に発行されるので,それ以前に特許出願をする必要があると考えたため,原告の米国代理人に依頼して,同年8月25日に,米国特許商標庁を受理官庁として,本願を行い,その結果,予定通り,同年9月11日に本件論文が発行され,本件論文に記載された引用発明が公知となった(甲13)というのであるから,本件論文の公表時において「錯誤」があったとはいえない。
また,同項に規定する「特許を受ける権利を有する者の意に反する」との規定が,当該公表行為時点についての意思を要件とするものであり,公表行為後の意思を要件とするものではないから,上記Aは,前提において誤りである。
- 18 -(5) 以上のとおり,本願発明が,本願発明の発明者による公表(本件論文の公表)に起因して公知となるに至ったのであるから,本願発明が,本件論文の公表により特許法29条1項各号に該当するに至らなかったものとするためには,改正前特許法30条4項に規定する手続を,特許法184条の14に規定する期間,すなわち,「国内処理基準時」から30日(特許法施行規則38条の6の3)以内にすることを要することは明らかである。
そして,原告は,改正前特許法30条4項で規定される書面の提出を特許法184条の14に規定する期間に行わなかったのであるから,本件論文について改正前特許法30条を適用して特許法29条1項各号に該当しなかったものとすることはできないとした本件審決の判断に誤りはない。
2 取消事由2(本願の出願日の認定の誤り)について(1) 本願については,施行規則38条の2の2が適用されるところ,同条は,「引用による補充」の手続により国際出願日が認定された国際特許出願が日本国に国内移行された場合,@特許庁長官は,出願人に対し,国際特許出願の国際出願日を条約規則20.3(b)(@),20.5(b)又は(c)のいずれかの規定により認定された国際出願日とする旨を通知しなければならないこと,A出願人に対して意見書を提出して意見を述べる機会を与えること,B出願人は,「引用による補充」部分が当該国際特許出願に含まれないものとする請求をすることができること,C特許庁長官は,上記Bの請求があった場合,「引用による補充」がなかったものとして国際出願日を認定することを規定している。
(2)ア 特許庁長官は,平成25年9月24日,原告の特許管理人に対し,本件通知(甲6)を行い,原告の特許管理人は,その頃,本件通知を受領した。
本件通知は,@本願の国際出願日を「引用による補充」がされた平成23年9月29日と認定するので,国際出願時に主張している優先権の主張は,優先日から12箇月の経過をもって失効すること,A上記@について意見がある場合には,本件指定期間内に意見書を提出してほしいこと,B本願について「引用による補充」が- 19 -なかったとする場合には,本件指定期間内に条約規則に基づく請求書に所定の事項を記載して提出するとともに,「引用による補充」がされる前の明細書の全文を手続補正書により提出してほしいこと,C条約規則に基づく請求書を提出した場合には,本願の国際出願日を当初の国際出願日である平成23年8月25日と認定するというものである。
イ 原告は,本件指定期間内に,原告の特許管理人に対し,意見書及び条約規則に基づく請求書を提出するよう指示しなかった。そのため,原告の特許管理人は,本件指定期間内に,特許庁に対し,上記意見書及び請求書を提出しなかった。
(3) 施行規則38条の2の2第4項及び第6項の規定からすると,「引用による補充」がなかったこととするには,同条1項の通知に対して2項の指定期間内に,出願人が「引用による補充」を国際特許出願に含まれないものとする請求をしなければならないのであり,本件通知は,これらの規則に基づくものである。
ところが,原告の特許管理人は,本件指定期間内にこの請求を行わなかったのであるから,本願の国際出願日を,「引用による補充」の行われた平成23年9月29日とした本件審決に誤りはない。
(4) 原告は,「引用による補充」のない国際特許出願とする黙示的な意思表示があったと主張するが,施行規則38条の2の2には,同条1項の規定に基づく特許庁長官の通知において指定した期間内に「引用による補充」の部分が当該国際特許出願に含まれないものとする請求手続をすることが規定されており,当該請求手続を行う機会を所定の期間を示して与えられたにもかかわらず,所定の期間内に行わなかった以上,「黙示的な意思表示」があったとは評価できない。
むしろ,原告は,上記の指定期間を徒過した後である平成28年1月7日,同日付け意見書において,提出期間の延長願いの上申書及び「引用による補充」がなかったとする請求書の受理を求めている一方で,同意見書において黙示的意思表示の主張はされていないことに鑑みると,原告の一連の手続行為は,「引用による補充」を含めた国際特許出願の明示的な意思表示であったことを裏付けているといわざる- 20 -をえない。
3 取消事由3(審決の理由不備)について(1) 「意に反して」に該当しない理由について前記1のとおり,「意に反して」とは,発明者又は出願人が当該発明を公表する意思がなかったにもかかわらず,その自発的意思に反して公表された場合であるから,本件論文の公表は,改正前特許法30条1項の規定に該当するものであって,本願の発明者による公表であることからすると,「意に反し」た公表といえないことは明らかである。
そして,原告は,新規性喪失の例外適用の申請を行わなかったのであるから,その前提において,失当であると判断したものである。
したがって,「意に反して」に該当しない理由を記載していないことをもって,本件審決に違法性があるとはいえない。
(2) 「国際出願日」の認定について本件審決においては,国際出願日の認定に係る手続について,本件通知がされたこと及び原告が本件指定期間内に意見書や請求書を提出しなかったことという,国際出願日の認定の根拠を説示した上で,国際出願日の認定を行っているのであるから,本件審決には,国際出願日の認定の理由は示されているといえる。
そして,「引用による補充」に係る規定が特許庁にされた国際特許出願に適用しないこととされていたことは,原告の特許管理人においても知るべきところ,原告は,本件指定期間内に,施行規則38条の2の2第4項で規定される請求を行わなかったことも事実であるから,本件審決が,本願の国際出願日を本件通知で認定した日と認定することに何ら違法性はない。
第5 当裁判所の判断1 後掲証拠によると,本件の経緯について,以下の各事実が認められる。
(1) 原告は,平成22年8月27日,本件基礎出願をし,平成23年8月25日,特許協力条約に基づき,米国特許商標庁を受理官庁として,本件基礎出願に基- 21 -づくパリ条約による優先権主張を伴う本願を行った(甲1)。原告は,同年9月29日,米国特許商標庁に対し,条約規則4.18及び20.6(a)に基づき,本件欠落部分を「引用により補充」することを求める書面を本件欠落部分と共に提出した(甲2,3,19)ところ,米国特許商標庁は,同年11月2日付けで,本件欠落部分が本件基礎出願に含まれているとして,本件欠落部分について,「引用による補充」を認める旨の通知をした。
なお,本件欠落部分の頁数は,合計で70頁であるが,当初明細書の頁数は22頁である(甲1〜3)。
(2) 本件発明者らのうちの5名を含む7名は,本件論文を執筆してこれを本件学術誌に投稿し,平成23年9月11日,本件論文が掲載された本件学術誌の2011年10月号が公開された(甲13)。
本件論文には,引用発明が記載されているが(甲13),本願発明と引用発明とは同一である(争いがない。。
)また,原告は,改正前特許法30条4項の書面を特許庁長官に提出していない。
(3) 原告は,平成25年2月27日,特許庁長官に対し,特許法184条の5第1項所定の国内書面を提出した(甲4)。
原告の特許管理人は,同年3月28日,原告の米国代理人に対し,電子メールで,@本件欠落部分の翻訳文を提出するべきか否かを知らせてほしいこと,A本件欠落部分の翻訳文を提出した場合には,国際出願日が当初の国際出願日(平成23年8月25日)から同年9月29日に変わるため,優先権の利益を得ることができないこと,B国際出願日が変更されてはならない場合には,本件欠落部分の翻訳文を提出するべきではないことなどを連絡した(甲14)ところ,平成25年4月3日,原告の米国代理人から,電子メールで,条約規則では,不注意により脱漏した情報の追加を許しているのに,日本はなぜそれに従わないのかとの質問を受けたため,同日,同人に対し,電子メールで,@特許庁は「引用による補充」を認めているので,本件欠落部分の翻訳文を提出すべきである,Aしかし,本件欠落部分の翻訳文- 22 -を提出した場合には,本願の国際出願日は,当初の国際出願日(平成23年8月25日)ではなく同年9月29日に繰り下がる,Bこの点に関して審査官と面談を済ませていると回答した(甲15,16)。
原告の特許管理人は,平成25年4月8日,原告の米国代理人に対し,電子メールで,原告の米国代理人から本件欠落部分を翻訳すべきでないとの指示を受けたと理解していると連絡し(甲17),同月30日,特許庁長官に対し,特許法184条の4第1項所定の本件翻訳文を提出したが,その中に本件欠落部分は含まれていなかった(甲2,3,5)。
(4) 特許庁長官は,平成25年9月24日頃,原告に対し,施行規則38条の2の2第1項に基づき,本件通知をした(甲6)。
本件通知は,@本願の国際出願日を「引用による補充」がされた平成23年9月29日と認定するので,国際出願時に主張している優先権の主張は,優先日から12箇月の経過をもって失効すること,A上記@について意見がある場合には,本件指定期間内に意見書を提出してほしいこと,B本願について「引用による補充」がなかったとする場合には,本件指定期間内に条約規則に基づく請求書に所定の事項を記載して提出するとともに,「引用による補充」がされる前の明細書の全文を手続補正書により提出してほしいこと,C条約規則に基づく請求書を提出した場合には,本願の国際出願日を当初の国際出願日である同年8月25日と認定することを内容とするものであった(甲6)。
原告の特許管理人は,平成25年10月23日,原告の米国代理人に対し,電子メールで,@特許庁から,本願に関する通知を受け取ったこと,A特許庁は,国際出願日が平成24年10月1日より前であるPCT出願については,条約規則20.6の適用を受けることができないとしており,本願の国際出願日は,特許庁により平成25年(判決注:平成23年の誤記であると認められる。)9月29日であると認定されていることを伝えたが,本件通知の内容や,本件指定期間内に施行規則38条の2の2第4項の請求をすれば,「引用による補充」がなかったとすることがで- 23 -き,そうすれば本願の国際出願日は平成23年8月25日となることは説明しなかった(甲18,19)。
原告は,本件指定期間内に,意見書や請求書を提出しなかった。
2 取消事由1(新規性喪失の例外規定の適用の判断の誤り)について(1)ア 前記第2の4のとおり,平成24年10月1日より前の国際特許出願である本願には,特許協力条約の「引用による補充」に関する規定は適用されないから,本願について「引用による補充」によって本件欠落部分を含んだ出願の出願日が本願の国際出願日である平成23年8月25日になることはなく,本件欠落部分を受理官庁に提出した同年9月29日となるが,本件欠落部分を含まない場合には,本願の出願日が同年8月25日となる。
そして,本願に本件欠落部分を含まないようにする手段として施行規則38条の2の2第4項の手続が定められているのであるから,同手続によることなく本件欠落部分を含まないようにすることはできないものと解される。
前記1のとおり,原告は,施行規則38条の2の2第1項に基づいて本件通知を受けたにもかかわらず,本件指定期間内に本件欠落部分が本願に含まれないものとする旨の同条4項の請求をしなかったのであるから,本願の出願日が平成23年9月29日となることは明らかである。
イ 前記1のとおり,本願発明と同一の発明である引用発明が掲載された本件学術誌が,本願の出願日の前の平成23年9月11日に公開されたのであるから,本願発明には,新規性が認められない。
(2) 原告は,@出願日が発明の公知日よりも後になることを知らずに,論文発表等により発明を公知にしてしまった場合は,錯誤に陥って発明を公知にしてしまったのであるから,改正前特許法30条2項の「意に反して」に該当する,A改正前特許法30条2項の「意に反して」とは,権利者が発明を公開した後に,権利者の意に反して出願日が繰り下がり,当該発明が遡及的に出願日よりも前の公知発明となってしまった場合も含むとして,本願においては,同項が適用されるべきであ- 24 -ると主張する。
しかし,本件において,原告は,引用発明が掲載された本件学術誌が公開されたことを認識していたことは明らかである。原告は,当初の出願後に「引用による補充」を求めた行為によって出願日が繰り下がることを認識し得たのであり,また,改正前特許法30条4項に規定する手続を,特許法184条の14に規定する期間内に行うことも可能であったといえる。したがって,本件においては,改正前特許法30条2項の「意に反して」には当たらず,同項は適用されないというべきである。
この点について,原告は,出願日が繰り下がることがあることを知らなかったと主張するが,それは日本の特許法についての知識が乏しかったということにすぎず,上記判断を左右するものではない。
(3) 原告は,本件通知によって出願日が繰り下がる認定がされた日は平成25年9月24日であり,この時点では既に「国内処理基準時」から30日が経過しているから,原告が改正前特許法30条4項に規定する手続を行うことは不可能であると主張する。
しかし,原告は,米国特許商標庁に対し,平成23年9月29日に,本件欠落部分につき「引用により補充」を求める書面を提出しているのであるから,この時点で,将来,施行規則38条の2の2第4項の請求をしない限り,本願の国際出願日が平成23年9月29日となり,本件論文が本願の国際出願日前に公開されたことになることを認識し得たものである。したがって,原告は,国内処理基準時(特許法184条の4第6項)から30日以内(特許法184条の14,特許法施行規則38条の6の3)に,改正前特許法30条1項の適用を受けることができる発明であることを証明する書面を特許庁長官に提出することができたものということができる。
よって,原告の上記主張は理由がない。
(4) 以上より,取消事由1は認められない。
- 25 -3 取消事由2(本願の出願日の認定の誤り)について(1) 前記2(1)アのとおり,本願の国際出願日は,平成23年9月29日である。
(2) 原告は,特許庁長官に提出した翻訳文には,本件欠落部分が含まれていなかったから,本願の明細書には本件欠落部分が含まれていないとみなされ,また,特許法184条の6第2項により,本件翻訳文は,願書に添付して提出した明細書とみなされるから,本件欠落部分は本願の明細書の範囲外となっていると主張する。
しかし,前記2(1)アのとおり,本願の国際出願日は平成23年9月29日であり,このことは,特許法184条の4第1項に基づき指定官庁である特許庁長官に提出した本件翻訳文に本件欠陥部分の翻訳が含まれていたか否かや,本件翻訳文が特許法36条2項の明細書とみなされ(特許法184条の6第2項) 外国語特許出願に,係る明細書等について補正できる範囲は,翻訳文の範囲に限定されている(特許法184条の12第2項)ことで影響を受けるものではない。
したがって,原告の上記主張は理由がない。
(3) 原告は,本件通知には,本願について「引用による補充」がなかったとする場合には,本件指定期間内に条約規則に基づく請求書に所定の事項を記載して提出するとともに,「引用による補充」がされる前の明細書の全文を手続補正書により提出してほしいことが記載されているが,本件通知の発送よりも前に,手続補正により削除すべき本件欠落部分が明細書に存在しないことになるから,本件通知に応答して,「引用による補充」がされる前の明細書の全文を手続補正書により提出することは不可能であり,「引用による補充」がされる前の明細書の全文を手続補正書により提出することを求める本件通知は法律に基づいた処分ではなく,重大かつ明白な瑕疵があると主張する。
しかし,本件通知の文書に上記の記載があるからといって,本願の国際出願日の認定が左右される理由はない。
(4) 原告は,翻訳文からあえて膨大な量の本件欠落部分を除いているのである- 26 -から,本件翻訳文の提出をしたことにより,本件欠落部分が本願に含まれないものとする旨の請求をする意思を持っていることが客観的に明らかであるところ,原告は,本件翻訳文の提出により,本願に「引用による補充」がなかったとする黙示的な意思表示をしており,同意思表示は,施行規則38条の2の2第4項の請求に当たるから,本件通知には重大かつ明白な瑕疵があるとともに,本件通知に対する応答があったとみなされるべきであると主張する。
しかし,施行規則38条の2の2第4項は,特許庁長官が,認定された国際出願日を通知する際に指定した期間内に,条約規則20.5(c)の規定によりその国際特許出願に含まれることとなった明細書等が当該国際特許出願に含まれないものとする旨の請求をすることができる旨を規定しており,本件通知前にした本件翻訳文の提出行為が,上記の請求に当たらないことは明らかである。このことは,本件欠落部分の分量が70頁であり,一方,本願の当初の明細書の分量が22頁であることによって左右されるものではない。
したがって,原告の上記主張は理由がない。
(5) 以上より,取消事由2は認められない。
4 取消事由3(本件審決の理由不備)について原告は,審判請求書の理由において,@本件論文の公表について,改正前特許法30条2項により新規性は喪失されないこと,A特許庁長官が本願の国際出願日を平成23年9月29日と認定したことは無効であること,B原告は,本件通知に対して応答する必要はないことを主張したにもかかわらず,本件審決は,これらの主張に対する判断の理由を記載していないから,本件審決には理由不備の違法があると主張する。
しかし,「審決の理由」(特許法157条2項4号)は,最終的な結論を導き出すのに必要な限度で示されれば足り,その判断の過程についての当事者の主張に対する判断を全て示さなければ,「審決の理由」を記載したことにならないというものではない。
- 27 -そして,本件審決は,特許庁長官が本願の国際出願日を認定した経緯を認定した上で,本件論文が本願の国際出願日前に頒布されたこと,本願発明は本件論文に記載された発明(引用発明)と差異はないことを認定し,また,新規性喪失の例外に当たるかについては,原告は,新規性喪失の例外適用の申請を行わなかったことから,改正前特許法30条1項に基づく新規性喪失の例外の適用はされない旨の判断をしている。したがって,本件審決には,本願発明に新規性が認められないことを導き出す理由が記載されているということができる。上記@について,原告は,審判請求書において,「30条2項」ではなく「30条1項」と主張しており(甲12),そのため,本件審決は,上記のとおり「30条1項」に基づく新規性喪失の例外の適用はされない旨の判断をしたものと解される上,「30条1項」の適用の可否について判断することにより「30条2項」の適用は排斥されることが示されているということができる。また,上記A,Bについては,特許庁長官が本願の国際出願日を認定した経緯を認定してその国際出願日の認定が正しい旨の判断をしており,それによって上記A,Bの主張が排斥されるべきことが理由と共に示されているということができる。
したがって,本件審決に,理由不備の違法があるとは認められない。
以上より,原告の上記主張は理由がなく,取消事由3は認められない。
第6 結論よって,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第2部裁判長裁判官- 28 -森 義 之裁判官佐 野 信裁判官中 島 朋 宏- 29 -
事実及び理由
全容
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