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関連審決 不服2000-7070
関連ワード 製造方法 /  インターネット /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  技術常識 /  実施 /  加工 /  請求の範囲 / 
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事件 平成 15年 (行ケ) 365号 審決取消請求事件
原告A
訴訟代理人弁理士 竹中一宣
被告 特許庁長官今井康夫
指定代理人 柿澤惠子
同 河野直樹
同 一色由美子
同 伊藤三男
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/04/12
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が不服2000-7070号事件について平成15年7月9日にした審決を取り消す。
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,平成3年4月24日,発明の名称を「塩化マグネシウムを利用した穀物の発酵方法」とする特許出願(特願平3-94061号,以下「本件特許出願」という。)をしたが,平成12年4月26日に拒絶の査定を受けたので,同年5月11日,これに対する不服の審判の請求をした。
特許庁は,同請求を不服2000-7070号事件として審理した上,平成15年7月9日に「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同月23日,原告に送達された。
2 本件特許出願の願書に添付した明細書(平成12年5月11日付け手続補正書による補正後のもの。以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の【請求項1】記載の発明(以下「本願発明」という。)の要旨 水に所定量の塩化マグネシウムを添加して生成される混合水に,稲,麦,トウモロコシ,ヒエ,アワ(注,「オワ」とあるのは誤記と認める。),キビ,大豆,インゲンマメ等の穀物を浸漬し,この混合水を穀物にほぼ完全に沁み込ませて発酵仕込物を生成する浸漬工程と,この浸漬工程で生成された混合水が含浸された発酵仕込物を,80℃以上で蒸煮し,この蒸煮を介して前記発酵仕込物に含有する蛋白質の均質乳化と,菌の死滅を図る均質乳化工程と,この均質乳化工程を介して前記発酵仕込物よりほぼ完全に糖分が遊離し,かつ滅菌され,当該発酵仕込物が,60℃以下になった時点でこうじを添加し,このこうじ添加の発酵仕込物を,軽く撹拌して,ほぼ完全に遊離した糖分を利用して発酵仕込物中の蛋白質を,効率よく酵素に変換し,この酵素作用を介して発酵を促進する熟成発酵工程と,によって構成される塩化マグネシウムを利用した穀物の発酵方法。
3 審決の理由 審決は,別添審決謄本写し記載のとおり,@本件明細書の「遊離した糖分を利用して発酵仕込物中の蛋白質を,効率よく酵素に変換し」との記載及び「遊離した糖分を利用して発酵仕込物中の蛋白質を,効率よくプロテアーゼという酵素に変換し」との記載はその意味するところが不明であり,特許請求の範囲の記載が,特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項のみを記載していないから,特許法36条5項2号(平成6年法律第116号附則6条2項の規定により,同法施行前の特許出願についてはなお従前の例によるとされる,同法による改正前の特許法36条5項2号〔以下「旧36条5項2号」という。〕の趣旨と解される。)に規定する要件を満たさないものであり,また,A本願発明は,特開昭61-170384号公報(審判引用例1・本訴甲13,以下「引用例1」という。)及び特開昭50-53546号公報(審判引用例2・本訴甲14,以下「引用例2」という。)記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであるとした。
原告主張の審決取消事由
審決は,本件明細書の記載について旧36条5項2号所定の記載要件の充足性の判断を誤り(取消事由1),本願発明と引用例1記載の発明(以下「引用例1発明」という。)との相違点2ないし4についての判断を誤った(取消事由2ないし4)ものであるから,違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(旧36条5項2号所定の記載要件の充足性の判断の誤り) (1) 審決は,「本願明細書中における,『遊離した糖分を利用して発酵仕込物中の蛋白質を,効率よく酵素に変換し』という記載,及び『遊離した糖分を利用して発酵仕込物中の蛋白質を,効率よくプロテアーゼという酵素に変換し』なる記載は,上記した周知事項や技術常識から導き出される自明な事項である,麹が産生する酵素(プロテアーゼ等々)が,穀物中の蛋白質をオリゴペプチドやアミノ酸に変換(加水分解)するという技術事項に反することは明らかである」(審決謄本3頁第3段落)と認定判断した上,本件明細書(甲6添付)の「遊離した糖分を利用して発酵仕込物中の蛋白質を,効率よく酵素に変換し」(【請求項1】,段落【0015】)との記載及び「遊離した糖分を利用して発酵仕込物中の蛋白質を,効率よくプロテアーゼという酵素に変換し」(段落【0024】,【0030】,【0035】,【0039】,【0044】)との記載はその意味するところが不明であり,特許請求の範囲の記載が,特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項のみを記載していないとして,旧36条5項2号所定の記載要件の充足性を否定したが,誤りである。
(2) 大和化成株式会社のインターネットのホームページ「酵素について」〈URL:http:-/www.daiwa-enzymes.co.jp/enzymes/3.shtml〉(甲8,以下「甲8ホームページ」という。)に,酵素は,国際生化学連合(IUBMB)発行の酵素命名法において,酸化還元酵素,転移酵素,加水分解酵素,リアーゼ(脱離酵素),異性化酵素,リガーゼ(合成酵素)の6種類に分類されるとした上,「IV)産業用酵素のその利用」として「そのほとんどが前項で述べました酵素分類上で加水分解酵素に属しています」と記載されているように,酵素は一般的には加水分解の働きがあるが,すべての酵素が加水分解酵素に分類されるとは述べられておらず,例外の酵素も存在する。原告は,この例外の酵素が蛋白質を変換する働きを有するということを発見したのである。平成13年7月10日東京大学出版会発行,遠藤秀紀著「アニマルサイエンス2 ウシの動物学」98頁〜101頁(甲9-2,以下「甲9-2文献」という。)には,植物の塊より得られる蛋白質を細胞群に一時的に引き渡し,菌体という新たな蛋白質に作り変えることが記載され,インターネットのホームページ〈URL:http:-/rms2.agsearch.agropedia.affrc.go.jp/contents/kaidai/nikuyouusi/11-2-1-1_h.html〉(甲10,以下「甲10ホームページ」という。)には,微生物等と結合しながら蛋白質を変換させるという,牛特有の胃内の仕組みについて的確な記載があり,これらの記載は,蛋白質が,発酵後,分解されるだけでなく,他の要素との組合せで別の蛋白質へと変換されることを証明している。また,飼料中の塩化マグネシウムが,反すう動物の胃内の糖を媒介とする菌と結び付き,微生物体蛋白質へと変換させるから,甲10ホームページは,塩化マグネシウムが蛋白質を酵素へ変換する働きを説明するものである。審決が技術常識として引用する特開平1-257441号公報(甲11,以下「甲11公報」という。)及び特開昭52-114098号公報(甲12,以下「甲12公報」という。)には,こうじ由来の酵素が,100%蛋白分解酵素の働きをすることは記載されていない。これに対し,本願発明は,酵素の蛋白質変換作用を新たに見いだしたものである。
2 取消事由2(相違点2についての判断の誤り) (1) 審決は,本願発明と引用例1発明の相違点2として認定した,「蒸煮工程とこうじ添加工程間にある工程を,本願発明では,前記発酵仕込物に含有する蛋白質の均質乳化と,菌の死滅を図る均質乳化工程と,この均質乳化工程を介して前記発酵仕込物よりほぼ完全に糖分が遊離し,かつ滅菌される『蛋白質の均質乳化・滅菌工程』としているのに対して,引用例1発明では,蛋白凝固すると共に,塩化マグネシウムの殺菌性を利用して無菌状態が生成され,そうして,この無菌状態で,かつ前記蛋白凝固することにより蛋白質が直ちに糖質に溶ける『蛋白凝固・殺菌工程』としている点」(審決謄本6頁第3段落)について,「本願発明における,均質乳化・滅菌工程とは,言葉を換えて表現すると,蛋白凝固・殺菌工程に他ならないことは明らかであるから,引用例1・・・に記載された蛋白凝固・殺菌工程と何ら実質的に相異するものではない」(同7頁第1段落)と判断したが,誤りである。
(2) 引用例1(甲13)においては,蛋白凝固した後,糖質に溶けるのであって,本願発明の糖蛋白質(蛋白質に糖が結合した状態)の乳化とは異なっている。
本願発明においては,こうじ菌を添加する前提条件が,塩化マグネシウムを利用した静菌と糖蛋白質の均質乳化である。すなわち,本願発明では,蛋白質と糖は既に結合しており,均質乳化された発酵仕込物からその糖を遊離させるため,最終的に蛋白質が糖から分離する結果となる。したがって,本願発明における「蛋白質の均質乳化・滅菌工程」と引用例1における「蛋白凝固・殺菌工程」とは,明らかに相違する。
3 取消事由3(相違点3についての判断の誤り) (1) 審決は,本願発明と引用例1発明の相違点3として認定した,「こうじ添加を,本願発明では,発酵仕込物の温度が60℃以下になった時点でこうじを添加しているのに対して,引用例1発明では,このような記載がない点」(審決謄本6頁第4段落)について,「こうじの発酵に適切な温度{上記(1-3)から約38〜40℃},即ち60℃以下で添加する程度のことは,当業者が適宜なし得る技術常識にすぎない」(同8頁第1段落)と判断したが,誤りである。
(2) 引用例1(甲13)には,こうじを添加する際の温度として「38〜40℃」(3頁左上欄第1段落)が記載されているが,「41〜60℃」については記載されておらず,本願発明は,先行文献には記載されていない範囲も含む広い温度範囲で発酵が可能である。
4 取消事由4(相違点4についての判断の誤り) (1) 審決は,本願発明と引用例1発明の相違点4として認定した,「熟成発酵工程において,本願発明では,ほぼ完全に遊離した糖分を利用して発酵仕込物中の蛋白質を,効率よく酵素に変換し,この酵素作用を介して発酵を促進するとしているのに対して,引用例1発明では,このような記載になっていない点」(審決謄本6頁第5段落)について,「両者は,このような酵素作用の記載の有無に相違があっても,出発原料及び最終発酵製品自体に違いがない以上,蛋白質を酵素により発酵させて最終発酵製品を得る製造方法として何ら相違するところはない」(同8頁第4段落)と判断したが,誤りである。
(2) 本願発明では,蛋白質と糖が結合した状態から糖を遊離させ,その遊離した糖分を利用することによって蛋白質変換が可能となる。引用例1(甲13)のように,蛋白凝固が糖質に溶けた状態では,蛋白質を効率よく酵素へと変換することができない。この点において,本願発明と引用例1発明とは大きく異なっている。
被告の反論
審決の認定判断は正当であり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
1 取消事由1(旧36条5項2号所定の記載要件の充足性の判断の誤り)について 甲8ホームページには,産業用に主に使われる酵素のほとんどが酵素分類上で加水分解酵素に属していること,その他の酵素としては,グルコースイソメラーゼ,カタラーゼ,ペニシリンアミダーゼ等々が具体的に記載されているにすぎず,甲9-2文献及び甲10ホームページには,反すう動物の第一胃内には多くの種類の微生物が生息し,これらは細菌(バクテリア)と原虫(プロトゾア)に大別できること,及び反すう動物の第一胃内における飼料蛋白質は消化されて,良質な微生物体蛋白質に換えられることが記載されているにすぎず,しかも,微生物体蛋白質は,酵素それ自体ではないから,これら上記文献等には,本願発明の「蛋白質を酵素に変換する」ような作用を有するものについての記載はない。本願発明に係る特定の発酵仕込物を離れて,蛋白質を変換させる働きを有する例外の酵素について論じても意味はなく,反すう動物の第一胃内における系は,本願発明に係る発酵仕込物の系とは無縁のものである。また,審決は,甲11公報及び甲12公報を技術常識を示すために引用したにすぎず,これらと本願発明との相違をいう原告の主張は失当である。
2 取消事由2(相違点2についての判断の誤り)について 本件明細書(甲6添付)には,原告が主張する,本願発明においては,蛋白質と糖とは既に結合しており,均質乳化された発酵仕込物からその糖を遊離させるため,最終的に蛋白質から糖が分離する結果となっているとか,糖蛋白質(蛋白質に糖が結合した状態)の乳化といった内容をうかがわせる記載はない。むしろ,本件明細書の「発酵仕込物を,80℃以上で蒸煮し,この蒸煮を介して前記発酵仕込物に含有する蛋白質の均質乳化と,菌の死滅を図る均質乳化工程」(段落【0015】),「この蒸煮工程で前記発酵仕込物に含有されている蛋白質を,完全に蛋白凝固させる。これにより,必然的に,発酵仕込物に含有する蛋白質の均質乳化現象が生成される」(段落【0019】),「この混合水が含浸された大豆,いわゆる発酵仕込物を80℃以上で蒸煮し,この蒸煮過程で,塩化マグネシウムの均質乳化という現象によって,蛋白凝固させるとともに,発生する殺菌性を利用して前記発酵仕込物中に含有する菌の中で,水を媒介として繁殖する,例えば耐塩性微生物,乳酸菌,大腸菌等の繁殖を抑制するいわゆる滅菌する」(段落【0034】)との記載から,本願発明における均質乳化・滅菌工程が,蛋白凝固・滅菌工程と同じであることは明らかである。そして,本件明細書における「蛋白凝固とは,前記穀物中に含まれる蛋白質を,糖分,脂肪,脂質,繊維とともに,水分中にコロイド状態に分散し,かつ穀物中の糖分を媒介する菌の死滅を図る均質乳化である。この均質乳化は,塩化マグネシウムが,水に対して,一定の組成を保つ特性を利用する」(段落【0021】)との記載内容からみても,蛋白凝固とは,塩化マグネシウムによる均質乳化であることが明らかであるし,「発酵仕込物を,80℃以上で蒸煮する意味は,塩化マグネシウムが,水にしか溶けないためになす蒸煮工程であり,この蒸煮工程によって・・発酵仕込物に含有される蛋白質の均質乳化と,ほぼ完全な殺菌が図れる。この発酵仕込物を80℃以上の低い温度による蒸煮でも,蛋白凝固及び滅菌が図れることが判明した」(段落【0022】)との記載内容から,蛋白質の均質乳化は,蒸煮工程によって惹起するものであることが分かる。一方,引用例1(甲13)の実施例には,「蛋白質原料・・・を従来と同様に浸漬,蒸煮等する。尚この種植物性蛋白質は好ましくは約80℃とする。・・・このような発酵用仕込物を所定量準備し,これに所定量の塩化マグネシウムを添加して好ましくは1〜3分撹拌して蛋白凝固させると共に,塩化マグネシウムの殺菌性を利用して無菌状態を生成し,かつ蛋白質原料中に含有する脂質が乳化された状態の油となっていることから,これが塩化マグネシウムと反応してある程度のエネルギーを発生し」(2頁右上欄最終段落〜左下欄)との記載から,引用例1においても,蒸煮とそれに続く塩化マグネシウムの添加により,蛋白凝固と共に,蛋白質原料中に含有する脂質の乳化が惹起していることは明らかであるから,結局,本願発明と同様に蛋白質の均質乳化が惹起しているいうことができる。
3 取消事由3(相違点3についての判断の誤り)について 本願発明の「60℃以下」には,引用例1(甲13)の「38〜40℃」(3頁左上欄第1段落)の場合が実施の態様として当然に含まれてくるから,両者に差異はない。引用例1発明においては,こうじの旺盛な発酵が生ずる最適温度である約38〜40℃近辺の温度のみに限定されているものではないのみならず,「41〜60℃」の温度範囲を特に除外しているものでもなく,本願発明では,「38〜40℃」の温度範囲を除外した,「41〜60℃」の温度範囲に規定又は限定しているものでもないから,両者に実質的な相違はない。しかも,本願発明において,「41〜60℃」の温度範囲で添加したことにより予想外の効果が奏されたわけでもない。
4 取消事由4(相違点4についての判断の誤り)について 本願発明は,熟成発酵工程の記載内容にかかわらず,発酵仕込物中の蛋白質を酵素により発酵させている熟成発酵工程としては,引用例1発明と何ら異なるところはない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(旧36条5項2号所定の記載要件の充足性の判断の誤り)について (1) 原告は,甲8ホームページに,例外の酵素が存在することが記載されており,この例外の酵素が蛋白質を変換する働きを有すること,甲9-2文献及び甲10ホームページに,蛋白質が他の要素との組合せで別の蛋白質へと変換されることが記載され,これにより塩化マグネシウムが蛋白質を酵素へ変換する働きが説明されること,審決が技術常識であるとして引用した甲11公報及び甲12公報には,こうじ由来の酵素が100%蛋白分解酵素の働きをするとは記載されていないことを挙げて,審決の「本願明細書中における,『遊離した糖分を利用して発酵仕込物中の蛋白質を,効率よく酵素に変換し』という記載,及び『遊離した糖分を利用して発酵仕込物中の蛋白質を,効率よくプロテアーゼという酵素に変換し』なる記載は,上記した周知事項や技術常識から導き出される自明な事項である,麹が産生する酵素(プロテアーゼ等々)が,穀物中の蛋白質をオリゴペプチドやアミノ酸に変換(加水分解)するという技術事項に反することは明らかである」(審決謄本3頁第3段落)との認定判断を誤りであると主張するので,検討する。
(2) 審決が引用する甲11公報及び甲12公報は,いずれも,発酵仕込物である「みそ」について記載したものであって,甲11公報には,「麹は主に蛋白分解酵素としてのプロテアーゼ及び炭水化物分解酵素としてのアミラーゼを主に生じ,それに脂肪分解酵素としてのリパーゼを少量生じる」(2頁右下欄第1段落)と記載され,甲12公報には,そば米こうじ及び白米こうじに存在するプロテアーゼの力価が記載され(2頁左上欄第2段落),これらの記載によれば,こうじから生ずる酵素の主なものとして蛋白質分解酵素プロテアーゼがあることは,技術常識であると認められる。そして,昭和52年7月5日岩波書店発行「岩波生物学辞典第2版」1071頁(乙2)には,「プロテアーゼ」の説明として,「蛋白質分解酵素(proteolytic enzyme)ともいう。・・・全生物にわたって多種多様のものが存在する。作用様式に従って分類すれば,ポリペプチド鎖の末端から作用して行くエキソペプチダーゼと,内部に作用するエンドペプチダーゼとになる。・・・エンドペプチダーゼには従来プロテイナーゼに分類されていたものの多くが属し,酵素作用の主な生産物はオリゴペプチドである。・・・エキソペプチダーゼには従来ペプチダーゼに分類されていたものの多くが属し,基質の末端から1個ずつアミノ酸を遊離させる」と記載されていることから,蛋白質はプロテアーゼにより分解されてオリゴペプチドやアミノ酸に変換されることも技術常識であると認められる。そうすると,本願発明における「こうじ添加の発酵仕込物」中の蛋白質は,こうじから生ずる酵素により分解されてオリゴペプチドやアミノ酸に変換されるものと理解するのが,上記技術常識にかなうものというべきである。
他方,原告が引用する甲8ホームページには,「産業用に主に使われる酵素を挙げてみたいと思います。糖質分解酵素・・・蛋白質分解酵素・・・脂質分解酵素・・・その他・・・となっており,そのほとんどが前項で述べました酵素分類上で加水分解酵素に属しています」と記載され,分解酵素ではない酵素が存在することを示すものの,蛋白質を変換する働きを有する例外の酵素が存在するという原告の主張を裏付けるものではない。また,甲9-2文献には,「植物の塊から得られるタンパク質を一度細菌群に引き渡し,菌体という利用しやすいタンパク質につくりかえさせ,それをウシが摂取するのが,ルーメンの窒素代謝の基本戦略である」(100頁第2段落)と記載され,甲10ホームページには,「反芻動物の第一胃内にはきわめて多くの種類の微生物が生息している。これらは細菌(バクテリア)と原虫(プロトゾア)に大別できる」,「反芻動物の第一胃内における蛋白質の消化の特徴は,飼料蛋白質の微生物体蛋白質への質的な転換である。とくに低質な飼料蛋白質をも良質な微生物体蛋白質に換えるという点では好ましいシステムと考えることができる」と記載され,これらの記載からは,反すう動物の胃内で蛋白質が菌体ないし微生物体蛋白質に変換されることは読み取れるものの,甲9-2文献及び甲10ホームページにおいて蛋白質が変換される「菌体ないし微生物体蛋白質」は,本願発明において蛋白質が変換される「酵素」とは異なるものであるし,上記文献等は,原告が主張するように,塩化マグネシウムが蛋白質を酵素へと変換する働きをすることを説明するものでも,反すう動物の胃内以外における現象について何らかの示唆を与えるものでもない。したがって,原告の引用する甲8ホームページ,甲9-2文献及び甲10ホームページは,いずれも,本件明細書の特許請求の範囲の【請求項1】に記載された「遊離した糖分を利用して,発酵仕込物中の蛋白質を,効率よく酵素に変換する」ことを裏付けるものとはいうことはできない。
(3) 以上検討したところによれば,本件明細書(甲6添付)の「遊離した糖分を利用して発酵仕込物中の蛋白質を,効率よく酵素に変換し」(【請求項1】,段落【0015】)との記載及び「遊離した糖分を利用して発酵仕込物中の蛋白質を,効率よくプロテアーゼという酵素に変換し」(段落【0024】,【0030】,【0035】,【0039】,【0044】)との記載は,技術常識に反するものであることが明らかであるから,その技術的内容は不明であるというほかない。したがって,本件明細書の特許請求の範囲の記載は,特許を受けようとする発明の構成に欠くことができない事項のみを記載しておらず,旧36条5項2号所定の記載要件を充足しないというべきであるから,これと同旨の審決の判断に誤りはない。
2 以上のとおり,原告主張の取消事由1は理由がないから,その余の点について判断するまでもなく,本件特許出願は拒絶すべきものであり,これと同趣旨の審決の判断に誤りはなく,他に審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 岡本岳
裁判官 早田尚貴