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関連審決 異議2001-73222
関連ワード 発明者 /  技術的思想 /  創作性(創作) /  容易に発明 /  技術常識 /  クレーム /  参酌 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  設定登録 /  請求の範囲 /  拡張 /  変更 /  取消決定 /  異議申立 / 
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事件 平成 14年 (行ケ) 448号 特許取消決定取消請求事件
原告 株式会社メニコン
訴訟代理人弁理士 中島三千雄,中島正博
被告 特許庁長官今井康夫
指定代理人 高橋泰史,大橋信彦,谷山稔男
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/04/14
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
原告の求めた裁判
特許庁が異議2001-73222号事件について平成14年7月16日にした決定中「特許第3171629号の請求項1ないし5に係る特許を取り消す。」との部分を取り消す,との判決。
事案の概要
1 特許庁における手続の経緯 (1) 原告が特許権者である本件特許第3171629号(発明の名称「マルチフォーカル眼用レンズおよびその製作方法」)は,平成3年12月28日に特許出願(特願平3-358651号)され,平成13年3月23日に設定登録された。
(2) 本件特許について異議申立てがされ,特許庁はこれを異議2001-73222号として審理し,平成14年7月16日,「特許第3171629号の請求項1ないし5に係る特許を取り消す。同請求項6ないし10に係る特許を維持する。」との決定をし,その謄本を同年8月2日原告に送達した。
2 特許請求の範囲 (請求項1ないし5に係る発明を,順に「本件発明1」ないし「本件発明5」という。請求項6以下は記載省略。)【請求項1】 眼球或いは眼内に装着または埋殖されるレンズであって,同心円上に複数の度数が存在する同時観察型のマルチフォーカル眼用レンズにして,遠用視力補正域と近用視力補正域およびそれらの間の中間視力補正域を,該遠用視力補正域がレンズの中心部分に位置し,また該近用視力補正域が外周部分に位置するように,それぞれ径方向に所定幅をもって互いに同心的に設け,更に該遠用視力補正域の直径が2〜6mmとなるように設定する一方,それら各補正域を,各々径方向に連続して変化する度数分布曲線を示すと共に,各補正域間の境界で度数分布曲線が連続するレンズ面形状と為し,且つ,前記遠用視力補正域および近用視力補正域における径方向の度数変化率を,前記中間視力補正域における径方向の度数変化率よりも小さくしたことを特徴とするマルチフォーカル眼用レンズ。 【請求項2】 前記遠用視力補正域が,レンズの光学部全体の面積の10〜30%を占めるように,また前記近用視力補正域が,レンズの光学部全体の面積の20〜50%を占めるように,構成されている請求項1に記載のマルチフォーカル眼用レンズ。
【請求項3】 前記遠用視力補正域および近用視力補正域における径方向の度数変化率が,1D(ディオプター)/mm以下であることを特徴とする請求項1または2に記載のマルチフォーカル眼用レンズ。
【請求項4】 前記同心的に設けられた遠用視力補正域,中間視力補正域及び近用視力補正域の中心が,レンズ中心から偏心させられている請求項1乃至3に記載のマルチフォーカル眼用レンズ。
【請求項5】 請求項1乃至4の何れかに記載のマルチフォーカル眼用レンズを製作するに際して,前記遠用視力補正域,近用視力補正域および中間視力補正域における度数分布曲線を決定すると共に,レンズにおける一方の側の面形状を決定した後,該レンズにおける他方の側の面形状を,前記度数分布曲線に対応した度数が得られるように,光線追跡法によって定めることを特徴とするマルチフォーカル眼用レンズの製作方法。
3 決定の理由の要旨(本件発明1ないし5に関する判断部分) 本件発明1ないし4は,刊行物1(英国特許第939016号明細書。本訴甲3),刊行物3(特開平2-240625号公報。本訴甲5)及び刊行物4(特開平3-11315号公報。本訴甲6)に記載された発明に基づいて,本件発明5は,上記各刊行物記載の発明及び周知の事項に基づいて,いずれも当業者が容易に発明をすることができたものであるから,それらについての特許は取り消されるべきものである。
【1】刊行物1〜8の記載事項 取消理由通知において引用した刊行物1〜8(異議甲1〜8)には,以下の事項が記載されている。
【1-1】刊行物1: 英国特許第939,016号明細書(本訴甲3) 刊行物1の2頁の特許請求の範囲に,「1.コンタクトレンズの外側のレンズ曲率が連続的または実質上連続的に変化することを特徴とする,異なる曲率の同心帯からなる角膜コンタクトレンズ。
2.レンズの中心点(the centre point)と保持周縁部との間でレンズ曲率が連続的に変化することを特徴とする請求項1に請求された角膜コンタクトレンズ。」とあり,1頁左欄8〜11行に,「本発明は,異なるレンズ曲率をもつ結果,異なる焦点距離を有し,装着者に異なる距離ではっきりした視野を与える角膜コンタクトレンズに関する。」とあり,1頁右欄83行〜2頁左欄21行に,「図面には,本発明により構成される角膜コンタクトレンズが,軸断面の尺度を大きく拡大して図示している。
レンズの中心鎖線の左に,さまざまな環状線がミリメートルで直径の値を付して示される。コンタクトレンズの想定される全直径は9.3mmであり,その結果,幅0.9mmのレンズ保持周縁部が連続的に延長する。レンズの右半分には,さまざまな環状帯に対応するジオプターが,これらのさまざまな環状帯に対して平均値で示される。図示された例は,曲率が中心(the centre)から保持周縁部へ,2ジオプターから4ジオプターまで連続的に増加するようにしたものである。あるいは,中心の曲率は±0ジオプターか,マイナスの値から始めてもよい。それぞれの場合にたとえば0.5ジオプターずつ増加が付随する環状帯は,互いに異なる幅を有し,たとえば幅を増やしたり減らしたりすることも可能である。レンズ表面の曲率は連続的または実質上連続的であることが不可欠である。本発明にとって,光学中心がコンタクトレンズの数学的中心そのものに置かれるか,またはそこからいくらかはずれるかは,重要ではない。」とある。
また,刊行物1の添付図面及びその説明によれば,レンズ中心(0 mm)を中心とする直径3.0mmの円内の領域(0〜3.0mm)の平均度数が2.0ジオプターである。また,直径3.0mmから直径3.5mmまでの間の輪帯状領域の平均度数が2.25ジオプターである。
以下,同様に,3.5〜4.0mm→2.5ジオプター,4.0〜4.5mm→2.75ジオプター,4.5〜5.0mm→3.0ジオプター,5.0〜5.5mm→3.5ジオプター,5.5〜7.5mm→4.0ジオプター」である。
このことから,上記レンズは,いわゆるプラス度数のレンズであり,中心(the centre)が度数が小さく(2.0ジオプター),保持周縁部が度数が大きく(4.0ジオプター),かつ,中心から保持周縁部に向かって,径方向に連続して度数が変化していることがわかる。
すなわち,正の度数の小さい直径3mmの領域は遠くを見るための領域であり,正の度数の大きい直径5.5mmから7.5mmの輪帯状の外周部は近くを見るための領域であり,かつ,これらの中間領域は遠・近の中間を見るための領域であることは明らかである。
【1-2】 刊行物2(A Colour Atlas of CONTACT LENSES & PROSTHETICS Second Edition 第83頁)及び刊行物3(特開平2-240625号公報)(本訴甲4,5) 刊行物2,3は,多焦点コンタクトレンズ等においては,遠用視力矯正領域を中心部に設け,外周部に近用視力矯正領域を設けるようにする代わりに,中心部に小さい近用視力矯正領域を設け,外周部に遠用視力矯正領域を設けるようにしたものもあることを記載している。
すなわち,刊行物2の83頁左欄8〜12行に,「同心二焦点及び多焦点屈折力レンズ-中心部が遠用視力矯正領域で,外周部が近用視力矯正領域であるが,中心部を小さい近用視力領域にし,外周部を遠用視力領域としたものもある。」また,刊行物3は,多焦点のコンタクトレンズ等に関するものであるが,その4頁右下欄18行〜同5頁左上欄1行(実施例の項)に,「第1図に影をつけて概略的に示したように,有用領域10は,四つの別々の同心環状視野領域,すなわち,遠方視野領域ZVL,二つの中間視野領域ZVI1及びZVI2,及び至近視野領域ZVPから成っている。」とある。ここで,第1図によれば,遠方視野領域ZVLは外周部に設けられ,至近視野領域ZVPは中心部に設けられていることが明らかである。第3図,第3B図によれば,ジオプタPが軸線Aからの距離hの変化に対して滑らかに変化していることが読みとれる。
【1-3】刊行物4(特開平3-11315号公報,本訴甲6) 刊行物4のFig6〜Fig18は,眼球内インプラント(眼内レンズ)に関する実施例の,物体の距離(度数)と入射高(H)との関係を示すグラフである。この図において,横軸にジオプトル(度数)をとり,縦軸に光軸からの距離Hをとっている。遠方視に対応する部分TIと近方視に対応する部分TIIの間に部分TIIIが描かれている。これらグラフから,その直径方向の度数の変化率についてみるに,遠方視に対応する部分TIにおいて,他の部分に比べて度数の変化率が小さいことが読み取れる。
【1-4】刊行物5(米国特許第5,050,981号明細書(参考文献;特開平6-201990号公報参照),本訴甲7),刊行物6(日眼会誌93巻5号 平成元年5月10日発行 539〜574頁,本訴甲8),刊行物7(OPTMETRY AND VISION SCIENCE Vol.67,No.4 277〜282頁(1990),本訴甲9),刊行物8(OPTMETRY AND VISION SCIENCE Vol.67,No.9 679〜683頁(1990),本訴甲10) 刊行物5〜8は,コンタクトレンズ等の設計の過程で,レンズ曲面形状を光線追跡法を用いて定める方法について記載している。
【2】対比・判断【2-1】本件発明1と刊行物1に記載された発明との対比・判断 刊行物1の記載からみて,同刊行物には,「眼球に装着される角膜コンタクトレンズであって,同心帯上に複数の度数が存在する,異なるレンズ曲率をもつ結果異なる焦点距離を有し装着者に異なる距離ではっきりした視野を与え,レンズ中心と保持周縁部との間でレンズ曲率が連続的に変化し,曲率が中心から保持周縁部へ,2ジオプターから4ジオプターに連続的に増加するように度数分布した,径方向に連続して変化する度数分布曲線を示すと共に,レンズ中心(0mm)を中心とする直径3.0mmの円内の領域(0〜3.0mm)の平均度数が2.0ジオプターで,直径3.0mmから直径3.5mmまでの間の輪帯状領域の平均度数が2.25ジオプターで,以下,同様に,3.5〜4.0mm→2.5ジオプター,4.0〜4.5mm→2.75ジオプター,4.5〜5.0mm→3.0ジオプター,5.0〜5.5mm→3.5ジオプター,5.5〜7.5mm→4.0ジオプターとなる径方向の度数変化率とした,異なる焦点距離を有し装着者に異なる距離ではっきりした視野を与え,光学中心がコンタクトレンズの数学的中心からいくらかはずれることを許容する角膜コンタクトレンズ。」なる発明が記載されている。
ここで刊行物1記載の発明の角膜コンタクトレンズは,同時観察型であることは明らかである。そして,同発明の「眼球に装着される角膜コンタクトレンズ」及び「異なるレンズ曲率をもつ結果異なる焦点距離を有し装着者に異なる距離ではっきりした視野を与える」ことは,本件発明1の「眼球或いは眼内に装着または埋殖されるレンズ」及び「マルチフォーカル」であることに相当する。
よって,両者は「眼球或いは眼内に装着または埋殖されるレンズであって,複数の度数が存在する,径方向の度数変化率を有する同時観察型のマルチフォーカル眼用レンズ。」である点で一致し,以下の点で相違する。
【相違点1】 本件発明1は同心円上に複数の度数が存在し,各補正域を径方向に連続して変化する度数分布曲線を示すと共に,各補正域間の境界で度数分布曲線が連続するレンズ面形状と為しているのに対して,刊行物1記載の発明は同心帯上に複数の度数が存在し,径方向に連続して変化する度数分布曲線を示す点。
【相違点2】 本件発明1は遠用視力補正域と近用視力補正域およびそれらの間の中間視力補正域を,該遠用視力補正域がレンズの中心部分に位置し,また該近用視力補正域が外周部分に位置するように,それぞれ径方向に所定幅をもって互いに同心的に設け,該遠用視力補正域の直径が2〜6mmとなるように設定し,それら各補正域を,各々径方向に連続して変化する度数分布曲線を示すと共に,各補正域間の境界で度数分布曲線が連続するレンズ面形状と為し,且つ,前記遠用視力補正域および近用視力補正域における径方向の度数変化率を,前記中間視力補正域における径方向の度数変化率よりも小さくしているのに対して,刊行物1記載の発明は,レンズの中心と保持周縁部との間で,レンズ曲率がレンズの中心から保持周縁部へ,2ジオプターから4ジオプターに連続的に増加するように,レンズ中心(0mm)を中心とする直径3.0mmの円内の領域(0〜3.0mm)の平均度数が2.0ジオプターで,直径3.0mmから直径3.5mmまでの間の輪帯状領域の平均度数が2.25ジオプターで,以下,同様に,3.5〜4.0mm→2.5ジオプター,4.0〜4.5mm→2.75ジオプター,4.5〜5.0mm→3.0ジオプター,5.0〜5.5mm→3.5ジオプター5.5〜7.5mm→4.0ジオプターとなる度数分布を有する点で相違する。
相違点1について検討するに,刊行物1には,第1頁右欄83行〜2頁左欄第17行に,「図面には,本発明により構成される角膜コンタクトレンズが,軸断面の尺度を大きく拡大して図示している。レンズの中心鎖線の左に,さまざまな環状線がミリメートルで直径の値を付して示される。コンタクトレンズの想定される全直径は9.3mmであり,その結果,幅0.9mmのレンズ保持周縁部が連続的に延長する。レンズの右半分には,さまざまな環状帯に対応するジオプターが,これらのさまざまな環状帯に対して平均値で示される。図示された例は,曲率が中心(the centre)から保持周縁部へ,2ジオプターから4ジオプターまで連続的に増加するようにしたものである。あるいは,中心の曲率は±0ジオプターか,マイナスの値から始めてもよい。
それぞれの場合にたとえば0.5ジオプターずつ増加が付随する環状帯は,互いに異なる幅を有し,たとえば幅を増やしたり減らしたりすることも可能である。レンズ表面の曲率は連続的または実質上連続的であることが不可欠である。」と記載され,図に示されたジオプターの値は多数の環状帯に対して平均値で表されたものであるから,図上の異なる度数値を示す箇所の間には複数の環状帯が含まれていることは明らかであり,拡大された図の描き方をみても,径方向にジオプター,すなわち曲率が滑らかに変化していることが読みとれる。
したがって,本件発明1の同心円上に複数の度数が存在し,各補正域を径方向に連続して変化する度数分布曲線を示すと共に,各補正域間の境界で度数分布曲線が連続するレンズ面形状と為していることと,刊行物1記載の発明の同心帯上に複数の度数が存在し,径方向に連続して変化する度数分布曲線を示すこととの間には,実質的な相違が認められない。
この点に関し,特許権者は特許異議意見書において,『この刊行物1は,確かに,角膜コンタクトレンズについて明らかにしておりますが,その実施例でも,「various annular zones 」なる表現が用いられている如く,それは,concentric zones(同心帯)であるannular zones(環状帯)の複数にて構成される,コンセントリック型2焦点(バイフォーカル)レンズ,3焦点(トリフォーカル)レンズの延長線上にある,多焦点(マルチフォーカル)レンズと考えるべきものであって,本件発明の対象とする,径方向に連続的に度数分布が変化するプログレッシブ型マルチフォーカルレンズとは,技術的に一線の画されるものであります。』と主張するが,上記理由により当該主張は認められない。
また,刊行物1記載の発明が本件発明1の対象とする径方向に連続的に度数分布が変化するプログレッシブ型マルチフォーカルレンズではないと仮定しても,刊行物3,4において,径方向に度数分布が連続的に変化するマルチフォーカル眼用レンズが公知であるから,径方向に連続的に度数分布が変化するプログレッシブ型とした点に格別の創作力を要したとは認められない。
相違点2を検討するに,刊行物1記載の発明のマルチフォーカル眼用レンズは,レンズ曲率が中心から保持周縁部へ,2ジオプターから4ジオプターまでの範囲で連続的に増加するのであるから,平均2ジオプターの領域(直径3.0mmの円内)が遠用視力補正域に相当する領域であり,保持周縁部に近い平均4ジオプターの領域(直径5.5mm以上7.5mmの輪帯状の領域)が近用視力補正域に相当する領域であることは明らかである。そして,それらの間の領域が,本件発明1の中間視力補正域に対応することも明らかである。してみると,刊行物1記載の発明の遠用視力補正域に相当する領域の直径は3mmであり,各領域は各々径方向に連続して変化する度数分布曲線を示し,各領域間の境界で度数分布曲線が連続するレンズ面形状(この点は,相違点1についての判断を参照)である。
刊行物1記載の発明では,レンズの中心から保持周辺部へ2ジオプターから4ジオプターまでの範囲で連続的に増加するから,レンズの中心の度数は2ジオプターであり,直径3mmの遠用視力補正域に相当する領域の平均のジオプターが2ジオプターと図示されているのであるから,遠用視力補正域における径方向の度数変化率はほぼ0とみなしてよい。同様に,レンズの中心から保持周辺部へ2ジオプターから4ジオプターまでの範囲で連続的に増加するから,保持周辺部の近傍で度数は4ジオプターであり,直径5.5mm以上7.5mmの輪帯状の近用視力補正域に相当する領域の平均のジオプターが4ジオプターと図示されているから,近用視力補正域における径方向の度数変化率もほぼ0とみなしてよい。
また,刊行物1記載の発明の中間視力補正域に相当する領域は直径3.0mm〜5.5mmの部分であるから,その度数変化率を,図の直径5.0mm〜5.5mmのほぼ中間の円(直径5.25mm)上での度数(3.5ジオプター)と,直径3.0mm〜3.5mmのほぼ中間の円(直径3.25mm)上での度数(2.25ジオプター)とに基づいて,上記2つの円周上の点の距離((5.25-3.25)/2)と2つの円上の度数の差(3.5-2.25)とから中間視力補正域近傍の度数変化率を推定すると,約1.25ジオプター/mmとなり,刊行物1記載の発明においても,遠用視力補正域および近用視力補正域に相当する領域における径方向の度数変化率(ほぼ0)は中間視力補正域における径方向の度数変化率(約1.25)よりも小さくなっていることが分かる。
なお,直径5.5mm〜7.5mmの輪帯のほぼ中間の円(直径6.5mm)上の度数はその輪帯の平均の度数である4ジオプターであり当該輪帯の内側の輪帯(直径5.0mm〜5.5mm)のほぼ中間の円(直径5.25mm)上の度数はその輪帯の平均の度数である3.5ジオプターであるから,上記2つの円上の点の距離((6.5-5.25)/2)と2つの円上の度数の差(4-3.5)とから近用視力補正域近傍の度数変化率を推定することもでき,この推定値は,約0.8ジオプター/mmとなる。同様に直径3.0mmの輪帯のほぼ中間の円(直径1.5mm)上の度数はその輪帯の平均の度数である2ジオプターであり当該輪帯の外側の輪帯(直径3.0mm〜3.5mm)のほぼ中間の円(直径3.25mm)上の度数はその輪帯の平均の度数である2.25ジオプターであるから,上記2つの円上の点の距離((3.25-1.5)/2)と2つの円上の度数の差(2.25-2.0)とからから遠用視力補正域近傍の度数変化率を推定することもでき,この推定値は,約0.29ジオプター/mmである。
なお,刊行物1には,角膜に接する側のジオプターが示されていないが,周知のレンズのように一定の値であるものと認められるので上記のとおり,度数変化率が推定される。
したがって,刊行物1記載の発明のレンズの領域を,本件発明1のように3種類の補正域として定義し,それら補正域の度数変化率の関係を規定し,補正域の直径を規定することは,刊行物1記載の発明に基づいて当業者が容易に定義又は規定できたものと認められる。
そして,本件発明1の構成が奏する効果は刊行物1,3,4の記載から予測される範囲のもである。
よって,本件発明1は,刊行物1,3,4に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明できたものである。
【2-2】本件発明2と刊行物1に記載された発明との対比・判断 本件発明2は,本件発明1の構成に,さらに,「前記遠用視力補正域が,レンズの光学部全体の面積の10〜30%を占めるように,また前記近用視力補正域が,レンズの光学部全体の面積の20〜50%を占める」構成を付加したものである。
そこで刊行物1記載の発明の,遠用視力補正域と近用視力補正域のレンズの光学部全体の面積に占める割合を検討する。刊行物1記載の発明において,レンズの光学部全体の直径は7.5mmであり,遠用視力補正域に相当する領域は,直径3mmの円形部であり,近用視力補正域に相当する領域は,直径5.5mm〜7.5mmの輪帯である(【2-1】参照)。よって,前記遠用視力補正域に相当する領域がレンズの光学部全体の面積に占める割合は,((3×3)/(7.5×7.5))×100(%),また,近用視力補正域に相当する領域が,レンズの光学部全体の面積に占める割合は,((7.5×7.5-5.5×5.5)/(7.5×7.5))×100(%)となり,本件発明2の範囲に含まれる値である。
よって,刊行物1記載の発明と本件発明2とを対比すると,前記【2-1】に記載した相違点1及び相違点2において相違し,その余の点で一致し,相違点1及び相違点2についての判断は,前記【2-1】に記載したとおりであるから,本件発明2は,刊行物1,3,4に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明できたものである。
【2-3】本件発明3と刊行物1に記載された発明との対比・判断 本件発明3は,本件発明1の構成に,さらに,「前記遠用視力補正域および近用視力補正域における径方向の度数変化率が,1D(ディオプター)/mm以下であること」を付加したものである。
そこで刊行物1記載の発明の,遠用視力補正域と近用視力補正域の度数変化率を検討する。刊行物1記載の発明において,これら補正域の度数変化率は【2-1】に記載したようにほぼ0とみてよい。また,直径5.5mm〜7.5mmの輪帯のほぼ中間の円(直径6.5mm)上の度数である4ジオプターと,当該輪帯の内側の輪帯(直径5.0mm〜5.5mm)のほぼ中間の円(直径5.25mm)上の度数である3.5ジオプターとから近用視力補正域の度数変化率を推定し,同様に,直径3.0mmの輪帯のほぼ中間の円(直径1.5mm)上の度数である2ジオプターと,当該輪帯の外側の輪帯(直径3.0mm〜3.5mm)のほぼ中間の円(直径3.25mm)上の度数である2.25ジオプターとから遠用視力補正域の度数変化率を推定した場合にも,それらの領域の径方向の度数変化率は,1D(ディオプター)/mm以下である。 (【2-1】参照) よって,刊行物1記載の発明と本件発明3とを対比すると,前記【2-1】に記載した相違点1及び相違点2において相違し,その余の点で一致し,相違点1及び相違点2についての判断は,前記【2-1】に記載したとおりであるから,本件発明3は,刊行物1,3,4に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明できたものである。
【2-4】本件発明4と刊行物1に記載された発明との対比・判断 本件発明4は,本件発明1の構成に,さらに,「前記同心的に設けられた遠用視力補正域,中間視力補正域及び近用視力補正域の中心が,レンズ中心から偏心させられている」ことを付加したものである。
ここで刊行物1記載の発明は,光学中心がコンタクトレンズの数学的中心からいくらかはずれることを許容するのであるから,刊行物1記載の発明は,遠用視力補正域に相当する領域,中間視力補正域に相当する領域及び近用視力補正域に相当する領域の中心が,レンズ中心から偏心させられている角膜コンタクトレンズを含むものである。
よって,刊行物1記載の発明と本件発明4とを対比すると,前記【2-1】に記載した相違点1及び相違点2において相違し,その余の点で一致し,相違点1及び相違点2についての判断は,前記【2-1】に記載したとおりであるから,本件発明4は,刊行物1,3,4に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明できたものである。
【2-5】本件発明5と刊行物1に記載された発明との対比・判断 本件発明5は,本件発明1のカテゴリーを物から製作方法に変更し,さらに,「マルチフォーカル眼用レンズを製作するに際して,前記遠用視力補正域,近用視力補正域および中間視力補正域における度数分布曲線を決定すると共に,レンズにおける一方の側の面形状を決定した後,該レンズにおける他方の側の面形状を,前記度数分布曲線に対応した度数が得られるように,光線追跡法によって定めること」を付加したものである。ここで,発明のカテゴリーの変更自体は何ら技術的差異をもたらすものではない。
したがって,両者を比較すると,前記相違点1及び2で相違し,さらに刊行物1記載の発明は,一方の側(角膜が接する側)の面形状が決定され,前記遠用視力補正域に相当する領域,近用視力補正域に相当する領域および中間視力補正域に相当する領域における度数分布曲線が決定されてはいるものの,「該レンズにおける他方の側の面形状を,前記度数分布曲線に対応した度数が得られるように,光線追跡法によって定めること」が記載されていない点(相違点3)で相違する。
相違点3を検討するに,刊行物5〜8に記載されているように,コンタクトレンズ等の設計の過程で,レンズ曲面形状を光線追跡法を用いて定めることは周知である。
そして当該周知の光線追跡法を,角膜が接する側から遠い側の面,すなわち他方の面の形状を定めるために適用することは当業者が容易に想到できたものと認められる。
ここで,相違点1及び相違点2についての判断は,前記【2-1】に記載したとおりであるから,本件発明5は,刊行物1,3,4に記載された発明及び周知の事項に基づいて当業者が容易に発明できたものである。
原告主張の取消事由の要旨
1 取消事由1(刊行物1記載の発明の認定の誤り) 決定は,刊行物1に,レンズが「中心から保持周縁部に向かって,径方向に連続して度数が変化」し,「径方向に連続して変化する度数分布曲線を示す」ことが記載されていると認定するが,誤りである。刊行物1に開示されている角膜コンタクトレンズは,度数が連続して変化する累進型レンズではなく,階段状に度数が配置されているにすぎないマルチフォーカルレンズ(多焦点レンズ)である。
(1) 決定が上記認定の根拠としているのは,刊行物1の「The example illustrated has assumed a continuous curvature increase from the centre to the bearing rim of from 2 diopters to 4 diopters.」との記載(甲2の2頁左欄6〜9行)と考えられるが,これは,「図示された例は,2ジオプターから4ジオプターの,中心から保持周縁部への,連続された曲率の増大を想定している。」と訳されるべきものであって,「曲率(curvature)」が連続的に増加するようにされていることを指摘しているにすぎず,「度数」が径方向に連続して増大(変化)することを明らかにするものではない。
(2) 「curvature」という単語は,小学館ランダムハウス英和大辞典(甲12)によれば,幾何学では「曲率」という意味で用いられるが,一般的には湾曲(カーブ)や曲がっていることの意味を有するとされている。
刊行物1のクレームでは,「different curvatures」(複数としての使用)と「the lens curvature」(単数としての使用)とが使い分けられ,次のように記載されている。
クレーム: 1.互いに異なる曲率の複数の同心帯(concentric zones of different curvatures)を有している角膜コンタクトレンズであって,コンタクトレンズの外側のレンズ湾曲(カーブ,面)が連続的又は実質上連続的に変化することを特徴とする(characterised by a continuous or substantially continuous change of the lens curvature on the outside of the contact lens.)。
2.該レンズの中心点と周辺縁部の間にてレンズ湾曲(カーブ,面)が連続的に変化する(continuous change of the lens curvature extends between the centre point of the lens and its bearing rim.)ことを特徴とする,クレーム1で請求された角膜コンタクトレンズ。」 また,刊行物1の1頁左欄8〜11行には,次のとおり記載されている。
「本発明は,異なるレンズ曲率を持つ結果,異なる焦点距離を有し,装着者に異なる距離ではっきりした視野を与える角膜コンタクトレンズに関する(This invention relates to corneal contact lenses which have different focal lengths as a result of different lens curvature, to give the wearer sharp vision at different distances.)。」 上記クレーム1は,レンズが「互いに異なる曲率の複数の同心帯(concentric zones of different curvatures)を有している」ことを規定する一方,レンズ外面の全体を一つとして捉えて「the lens curvature」と呼んでおり,そこでは,異なった複数の曲率を持ったカーブによって,レンズ外面全体のカーブ(curvature),すなわちレンズ外面の形状を連続した形状に構成することが意図されているのである。このように,刊行物1にあっては,レンズの外面形状を,ライン(段差)や急激な彎曲のない連続した形状としているのであって,レンズの同心帯ないし環状帯そのものが連続した曲率を持っているわけではない。
(3) 刊行物1の発明は,「互いに異なる曲率の複数の」同心帯ないし環状帯からなる光学部を有していることを必須の構成とするものであり,そのような複数の同心帯を有する角膜コンタクトレンズにおいて,度数分布の変化が連続的であるとする根拠は見いだせない。仮に,刊行物1に記載のコンタクトレンズが連続的な度数分布の変化を示すものであるとすれば,刊行物1におけるレンズには,「複数の同心帯」ではなく,「一つの同心帯」しか見いだせないことになるなど,数々の不合理が生ずる。
刊行物3(甲5)の3頁左上欄10〜15行には,同刊行物の出願当時(1989年),同心円状に環状領域が形成され,段階的な同時視野形式とされたコンタクトレンズが知られていることが明らかにされており,このことを参酌すると,刊行物3よりも以前の技術である刊行物1に開示された角膜コンタクトレンズも,同心帯(concentric zones)である環状帯(annular zones)の複数で構成されるコンセントリック型2焦点レンズや3焦点レンズの延長線上にある多焦点レンズ(図示の例では7焦点レンズ)であると考えることが合理的である。
(4) 刊行物1について以上に述べたことは,刊行物1の発明者(Wilhelm Peter Sohnges)による論文(甲13:「CONTACTO,The International Contact Lens Journal」June,1962, p.156-159, p.170-171, p.173.以下,「甲13文献」という。)の記載を参酌することによっても裏付けられる。すなわち,甲13文献は,刊行物1と同様の角膜コンタクトレンズについての解説であり,そこでは,開示される角膜コンタクトレンズが「有限の多段階カーブ」によって構成されていること(157頁左欄23〜31行)が明らかにされているのである。
同文献には,「・・・見る方向に対し,0.25D〜0.50Dの度数変化は,看者が気づくことは,まずないので・・・」(157頁4〜7行)という刊行物1と同様の記載があり,158頁のSlideTと題する図には,コンタクトレンズの中間補正領域における度数の「同心帯」間に,刊行物1と同一の0.25D又は0.50Dの数値が記載されている。また,同文献の159頁のSlideU及びSlideVにおいて,コンタクトレンズ中心部は,比較的広い領域において一つの焦点距離を示す領域とされ,「機器が補正表示を得るためには,最低でも4mmの幅の面積を有する必要があるために,前面の遠方部のみ,ケラトメータにより測定可能である。したがって,これらの微小な幅により,この方法では,単一ゾーンを測定することは出来ない。」(158頁右欄18〜25行)として,曲率半径を測定する装置であるケラトメータによりレンズ前面の遠方部のみが測定可能であることが指摘され,そのような遠方部が単一曲率であり,なおかつ,単一度数であることが示されている。
このような甲13文献に明らかにされている事実を考慮すれば,刊行物1に開示された角膜コンタクトレンズは,階段状に度数が配置されたマルチフォーカルレンズであると考えざるを得ない。
2 取消事由2(相違点1についての判断の誤り) (1) 決定は,相違点1の判断に当たり,刊行物1について「・・・径方向にジオプター,すなわち曲率が滑らかに変化していることが読みとれる。」と指摘した上で,相違点1は実質的な相違ではない旨判断しているが,誤りである。
刊行物1には前記1に述べたとおり,階段状の度数分布が示さていれるのみで,「径方向に連続して変化する度数分布曲線」を示すレンズは記載されていない。決定は,「ジオプター」(レンズ度数)と「曲率」とを同一視した判断を行っているが,レンズ度数は,レンズ外面の曲率半径によってのみ決定されるものではなく,レンズ内面の形状とレンズ外面の形状とを組み合わせて初めて決まるのであるから,レンズ外面の「曲率」が滑らかに変化しているからといって,「レンズ度数」が連続的に変化しているということはできない。
(2) 決定は,また,「刊行物1記載の発明が本件発明1の対象とする径方向に連続的に度数分布が変化するプログレッシブ型マルチフォーカルレンズではないと仮定しても,刊行物3,4において,径方向に度数分布が連続的に変化するマルチフォーカルレンズが公知であるから,径方向に連続的に度数分布が変化するプログレッシブ型とした点に格別の創作力を要したとは認められない。」と判断するが,誤りである。刊行物3は,本件発明とは遠用視力補正域と近用視力補正域の配置が逆であるから,刊行物3から本件発明の構成が示唆されるものではない。刊行物4についても同様である。
3 取消事由3(相違点2についての判断の誤り) (1) 決定は,相違点2について,「刊行物1記載の発明のレンズの領域を,本件発明1のように3種類の補正域として定義し,それら補正域の度数変化率の関係を規定し,補正域の直径を規定することは,刊行物1記載の発明に基づいて当業者が容易に定義又は規定できたものと認められる。」と判断するが,誤りである。
刊行物1には,前記1で述べたとおり,度数分布曲線が径方向に連続することについて何の開示もないのであるから,「各領域は各々径方向に連続して変化する度数分布曲線を示し,各補正域の境界で度数分布曲線が連続するレンズ面形状」とすることは,容易ではない。
(2) また,決定は,刊行物1記載のコンタクトレンズにおいて遠用視力補正域における径方向の度数変化率,及び近用視力補正域における径方向の度数変化率は,それぞれ「ほぼ0とみなしてよい」と認定しているが,遠用視力補正域や近用視力補正域における径方向の度数変化率を「0」とすることは,本件発明1では全く意図されてない。本件発明1は,遠用視力補正域や近用視力補正域においても径方向に連続して度数が変化するレンズ面形状とされているのであるから,刊行物1記載のコンタクトレンズとは,遠用視力補正域や近用視力補正域におけるレンズ面形状において全く異なるものである。
本件発明1は,遠用視力補正域や近用視力補正域においても,それぞれ,径方向に連続して度数が変化するようなレンズ形状とされることによって,度数の変化点における光学的な不連続性に起因する観察像のボケやゴースト,複視等が可及的に防止され得るのみならず,遠点観察及び近点観察時に鮮明な像を有利に得ることができるのであり,それゆえ,中間点における像の明瞭度を犠牲にすることなく,特に,要求される遠点観察及び近点観察が容易となるという大きな効果を奏し得るのであって,このような作用・効果は,刊行物1に記載の遠用視力補正域や近用視力補正域における径方向の度数変化率がほぼ0であるレンズには期待し得ないものである。
(3) さらに,決定は,刊行物1に開示されたレンズの中間視力補正域近傍の度数変化率を「約1.25ジオプター/mm」と推定しているが,刊行物1には度数変化率について何らの技術的開示も示唆もないから,上記推定には根拠がない。同様に,近用視力補正域近傍の度数変化率の推定値が「約0.8ジオプター/mm」であるとする認定も,全く根拠のないものである。
しかも,前記近用視力補正域近傍の度数変化率の推定値「約0.8ジオプター/mm」,遠用視力補正域近傍の度数変化率の推定値「約0.29ジオプター/mm」は,本件決定における前記した遠用視力補正域や近用視力補正域における径方向の度数変化率が「ほぼ0とみなしてよい」とする判断とは,相反する。加えて,近用視力補正域近傍の度数変化率の推定値「約0.8ジオプター/mm」は,刊行物1における1頁右欄74〜77行の「着用者は,例えば視界の方向に0.25または0.5ジオプター程度の少しのレンズ曲率変化にはほとんど気づかないため,・・・」との記載とも一致せず,そのような度数変化率が刊行物1において採用され得るものでないことは,明らかである。
(4) 決定は,「なお,刊行物1には,角膜に接する側のジオプターが示されていないが,周知のレンズのように一定の値であるものと認められるので上記のとおり,度数変化率が推定される。」とするが,「ジオプター」が「度数」を意味するとすれば,その技術的意味は不明であり,「曲率」を意味するとすれば,「ジオプター=曲率」となり,そのような認識は当業者の技術常識からして正しくないのであり,上記のように推定されるものではない。
決定は,本件発明1の構成が奏する効果は,刊行物1,3,4の記載から予測される範囲のものであるとするが,遠用視力補正域や近用視力補正域における度数変化率が「ほぼ0」であるレンズ,さらには遠用視力補正域や近用視力補正域における径方向の度数変化率が,中間視力補正域における径方向の度数変化率よりも小さいことが明らかではない刊行物1に開示のレンズから,直ちに,前記した本件発明1に係る特徴的な作用・効果が,予測され得るものではなく,この点に関しても,判断に誤りがある。
4 取消事由4(本件発明2ないし5についての判断の誤り) 以上のとおり,本件発明1についての決定の判断は誤っているから,この誤った判断に基づいてされた本件発明2ないし5についての判断も誤りである。
当裁判所の判断
1 取消事由1,2について 原告が取消事由1(刊行物1記載の発明の認定の誤り)及び取消事由2(相違点1についての判断の誤り)として主張するところは,要するに,刊行物1には度数が「段階的」ないし「階段状」に配置された多焦点レンズが示されるのみで,径方向に「連続して」度数が変化する累進型のレンズは開示されていない,というものである。
原告は,@刊行物1に記載された複数の「異なる曲率」の同心帯・環状帯(中心を同じくする環状の領域)を有する角膜コンタクトレンズは,異なった複数の曲率を持ったカーブ(各同心帯・環状帯のカーブ)によってレンズ外面全体のカーブを構成しているというものにすぎず,それら複数の同心帯・環状帯が連続した曲率を有するものではない,A刊行物1に,レンズの中心から周縁部に向けて径方向に「曲率」が連続的に増加(変化)することについての記載があるとしても,径方向に「度数」が連続的に増加することを明らかにした記載は存在しない,などと主張する。
(1) 刊行物1の記載 刊行物1(甲3)には,次のア〜カの記載が認められる(翻訳について争いがあるので,適宜原文を付記する。)。
ア 「本発明は,異なるレンズ曲率をもつ結果,異なる焦点距離を有し,装着者に異なる距離ではっきりした視野を与える角膜コンタクトレンズに関する(This invention relates to corneal contact lenses which have different focal lengths as a result of different lens curvature, to give the wearer sharp vision at different distances.)。」(1頁左欄8〜11行。) イ 「2焦点レンズは,・・・異なる曲率である上方部と下方部があり,下方部は通常読書用レンズである。
角膜コンタクトレンズでは,コンタクトレンズがコンタクトレンズ液体に浮かぶところから,レンズの2つの部位間を分けるライン又は移行領域の位置は,水平に固定又は維持することができないので,レンズ表面をこの方法で分割することは,非実用的である。
2焦点コンタクトレンズでは,したがって,レンズ中央面が与えられた値の焦点距離を持っている一方,中央面とコンタクトレンズの周辺部との間に位置する円環状面が,より短い焦点距離を持っている,つまりより急激に湾曲しているように構築された。
しかしながら,コンタクトレンズが浮かんでいることは避けられないことであるため,2つの異なるレンズ帯は,人眼の光学軸に対して同じ軸に位置することは稀であり,それゆえ,問題の満足のいく解決策は得られていない。
このため,2焦点コンタクトレンズの遠用部と近接部との間の邪魔な分離線は,実質的に視界を横切って常に延びており,障害となる。2つの帯の間の分離線を削り取る(grinding away)ことによっても,この不利益は取り除かれない。」(同1頁左欄12〜42行) ウ 「これに対し,本発明による角膜コンタクトレンズは,コンタクトレンズの外面(レンズ使用時に装着者の眼球から離れているレンズ面)でのレンズ曲率の連続的又は実質的に連続的な変化を特徴としており,それゆえ,同心円状に多数あるいは無数の異なるレンズ曲率及び焦点距離での同心の融合した環状帯からなる多焦点レンズを提供する(the Corneal contact lens according to the invention is characterised by a continuous or substantially continuous change of the lens curvature on the outside of the contact lens (that is the lens surface away from the eye of a wearer when the lens is in use), so as to give a multifocal lens comprising a large number or an infinite number of concentric intermerging annular zones of different lens curvatures and focal lengths.)。」(同1頁左欄43行〜右欄53行。下線付加) エ 「本発明の主題は,公知の2焦点コンタクトレンズとは,その効果において異なるものであって,遠方及び近接作業においては装着者に鮮明な視力を与えるのみでなく,光学的にも移行するので,装着者はいかなる距離においても鮮明な視力が得られることになる。重要な利点は,光学的に妨害する移行部,エッジ,分離線などがなく,装着者により大きな安心と自由な感覚を与えるという点である。着用者は,たとえば視界の方向に0.25又は0.5ジオプター程度の少しのレンズ曲率変化にはほとんど気づかないため,コンタクトレンズが角膜の上に浮かぶことを避けられなくても,位置の変化が小さい場合,装着者の鮮明な視力に全く影響を与えない。」(同頁右欄54行〜77行) オ 「レンズの中心鎖線の左に,さまざまな環状線がミリメートルで直径の値を付して示される。コンタクトレンズの想定される全直径は9.3mmであり,その結果,幅0.9mmのレンズ保持周縁部が連続的に延長する。レンズの右半分には,様々な環状帯に対応するジオプターが,これらの様々な環状帯に対して平均値で示される。
図示された例は,曲率が中心 (the centre )から 保持周縁部 へ,2ジオプター から4ジオプター まで 連続的 に増加 するようにしたものである (注1)(The example illustrated has assumed a continuous curvature increase from the centre to the bearing rim of from 2 diopters to 4diopters.)。あるいは,中心の曲率は±0ジオプターか,マイナスの値から始めてもよい。それぞれの場合にたとえば0.5ジオプターずつ増加が付随する環状帯は,互いに異なる幅を有し,たとえば幅を増やしたり減らしたりすることも可能である。レンズ表面 の曲率 は連続的又 は実質上連続的 であることが 不可欠 である (注2)(It is essential that the curvature of the lense surface should be continuous or substantially continuous.)。」(同1頁右欄86行〜2頁左欄17行。下線付加) (原告は,(注1)の下線部は,「図示された例は,2ジオプターから4ジオプターの,中心から保持周縁部への,連続された曲率の増大を想定している。」と,(注2)の下線部にある「curvature」の語は,「カーブ」ないし「湾曲」と,それぞれ訳されるべきであると主張するが,後記(2)のとおり,審決で採用されている上記訳文の方が原文の意味に忠実な翻訳と認められる。) カ 「クレーム:1.互いに異なる曲率の複数の同心帯(concentric zones of different curvatures)を有している角膜コンタクトレンズであって,コンタクトレンズの外側のレンズの曲率が連続的又は実質上連続的に変化することを特徴とする(characterised by a continuous or substantially continuous change of the lens curvature on the outside of the contact lens.)。
2.該レンズの中心点と周辺縁部の間にてレンズの曲率が連続的に変化する(continuous change of the lens curvature extends between the centre point of the lens and its bearing rim.)ことを特徴とする,クレーム1で請求された角膜コンタクトレンズ。」 (原告は,上記クレーム中の 「レンズの曲率」(the lens curvature)は「レンズのカーブ」と訳すべきであると主張するが,後記(2)のとおり,上記訳の方が原文により忠実な訳と認められる。) (2) 「curvature」の意味(訳語)について 原告は,刊行物1では,「curvature」(単数)と「curvatures」(複数)が使い分けられており,単数で使われた「curvature 」はレンズ面を全体として見たときのカーブ面,湾曲を意味すると主張する。
しかしながら,刊行物1の上記各記載によると,刊行物1においては,角膜コンタクトレンズにおける従来技術である2焦点コンタクトレンズについて,遠用部と近接部との間に視界を横切る分離線が生じており,この分離線を機械的に削り取っても光学的には視界の邪魔になる分離線を取り去ることができないという問題を指摘した上で,この光学的な分離線があることによる不都合を解決するために,レンズに与える「curvature」をどのように設定するかが検討されているのであるから,「curvature 」の語は,レンズ面の形状としての「湾曲」ではなく,光学特性に影響を与えるものとしての「曲率」を意味していると理解するのが当業者の常識に沿った自然な理解というべきである。原告の主張するように,クレーム中の「curvature」の語をレンズ面全体の湾曲と解したのでは,「連続して変化する」との記載を素直に理解することもできない。また,単数と複数とが使い分けられていることも,曲率を問題にするときに,複数の曲率の個々のものに着目するか全部に着目するかの違いとして説明し得るものであるから,刊行物1中の「curvature」の語を上記のようにレンズ面の「曲率」を意味するものと解することの妨げとなるものではない。
刊行物1における「curvature」の語は,前後の文脈及び刊行物1に記載された発明の目的に照らすと,レンズ面の「曲率」を意味しているというべきである。
(3) 曲率が連続的に変化するか否か ア 刊行物1には,前記(1)カのとおり,「レンズの曲率が連続的又は実質上連続的に変化することを特徴とする」角膜コンタクトレンズがクレームされ(クレーム1),同ウのとおり,「本発明による角膜コンタクトレンズは,コンタクトレンズの外面(レンズ使用時に装着者の眼球から離れているレンズ面)でのレンズ曲率の連続的又は実質的に連続的な変化を特徴としており,それゆえ,同心円状に多数あるいは無数の異なるレンズ曲率及び焦点距離での同心の融合した環状帯からなる多焦点レンズを提供する」と記載され,同オのとおり,「図示された例は,曲率が中心(the centre)から保持周縁部へ,2ジオプターから4ジオプターまで連続的に増加するようにしたものである」,「レンズ表面の曲率は連続的又は実質上連続的であることが不可欠である」と記載されているのであるから,刊行物1に示された角膜コンタクトレンズは,レンズの外面(角膜から遠い方の面)の曲率を,「連続的又は実質上連続的」に変化するようにしたものであることが明らかである。
イ なお,原告は,刊行物1に角膜コンタクトレンズは,「互いに異なる曲率の複数の同心帯ないし環状帯」からなる光学部を有していることを必須の構成とすることを指摘し,度数(及び曲率)が連続することと曲率の異なる複数の環状帯が存在することととは両立しないという趣旨の主張をする。
しかし,刊行物1には,レンズが「同心円状に多数あるいは無数の異なるレンズ曲率及び焦点距離での同心の融合した環状帯からなる」ことが記載されるとともに,このような多数又は無数の環状帯が存在するものについて「外面でのレンズ曲率の連続的又は実質的に連続的な変化を特徴としており」とされている(前記(1)ウ)のであるから,その意味するところを合理的に考えれば,刊行物1のレンズが,それぞれの曲率を持った環状帯を互いに隣の環状帯と「intermerge」(融合)する(すなわち,滑らかに続く)ように配置し,レンズという物体の有限の領域の中で環状帯の数を無数(infinite number)又は多数とすることによって,レンズ外面の曲率が連続するか(環状帯が「無数」の場合)又は実質上連続する(環状帯が「多数」の場合)ように構成したものであることは,容易に理解されるところである。
ウ 原告は,また,刊行物1の発明者と同一人物が著した甲13文献の記載を根拠に,刊行物1に示された角膜コンタクトレンズは,曲率が連続して変化するものではないと主張する。
刊行物1に何が記載されているかは,刊行物1に接した当業者が技術常識を踏まえて何を読み取るかという観点から認定判断されるべきであるから,別の文献中の記載は必ずしも刊行物1の内容を理解する上で決定的な解釈資料となるものではないが,念のため甲13文献を検討しても,そこに原告の主張を支持する内容があるとは認められない。
すなわち,同文献には,原告の主張するような「多段階カーブ」についての記述は存在せず,かえって,「スライドW・・・本図面は1から100(無限まで拡張可能)のステップにおける多段カーブの度数が着実に増加していく像の形成を説明したもの(SLIDE W・・The drawing demonstrates the formation of the images by the steadily increasing power of the multicurve in steps from 1 to 100(which could be extended to infinity)」との記載により,「多段」のカーブのステップ数は「無限」まで拡張し得るものであることが明らかにされている。
そして,「レンズの帯状領域(zone)は同心円に配列された。・・・これらの帯状領域の平面は,全体として累進的付加度数を表しており,近接面と無限遠との間に配置される。この有限の物体空間内に,理論的には無限数の平面があり,それらは結合された像(conjugate image)を網膜上に結ぶ(The zones of the lens are arranged as concentric circles. ・・・The object planes of these zones, which overall represent the progressive addition of the lens, are positioned between the proximal near plane and infinity. There is theoretically an infinite number of planes within this finit object spase)。」との記載(157頁左欄11〜21行)によれば,レンズ面は,理論的には「無限数」の平面から成り,各帯状領域の平面が全体としてレンズの「累進的」な付加度数を示すように構成されるというのであるから,甲13文献の記載も,レンズ外面の曲率が「連続又は実質上連続」して変化するレンズを当業者が刊行物1から読み取ることの妨げとなるものではない(むしろ,同文献の記載は,レンズの度数が連続的に変化する「プログレッシブ型」多焦点レンズを示唆するものといってよい。)。
(4) 度数が連続的に変化するか否か ア 原告は,刊行物1に,レンズ面の曲率が径方向に「連続」又は「実質的に連続」して変化する角膜コンタクトレンズが記載されているとしても,レンズの度数は,レンズの片側の面だけで定まるものではないから,片面の曲率が連続していることから刊行物1のレンズにおいて「度数」が連続しているということはできず,曲率の連続的な変化から「度数」の連続的な変化を導き出した決定には,曲率と度数とを同一視した誤りがあると主張する。これに対し,被告は,曲率と度数とは一対一に対応する関係にあり,刊行物1のレンズの角膜側の面の形状(ベースカーブ)は,球面(曲率一定・度数一定)と想定されるから,レンズの外面の曲率が連続的に変化(度数も連続的に変化)すれば,各屈折面の度数の単純な演算によって決まるレンズ(全体)の度数も連続的に変化することになり,刊行物1のレンズにおいて度数が連続的に変化するとした認定に誤りはないと主張する。
確かに,刊行物1には,前示のとおりレンズの外面の曲率が径方向に連続的に変化することが示されているものの,レンズの角膜側の面の形状について明示の記述はない。しかしながら,角膜側の面の形状についての記述がないことは,刊行物1のレンズにおける角膜側の面形状が特別なものではなく,従来普通に採用されてきた形状であることを推認させるものである。そして,球面は,コンタクトレンズのベースカーブとして,従来から普通に使用されてきた形状であるから(このこと自体は原告も争っていない。原告の主張は,後記のとおり,球面以外の面もあり得るというものである。),刊行物1のレンズについてベースカーブとして球面を想定することは,当業者の常識に沿ったものであるということができる。そして,ベースカーブが球面である場合に,レンズの外側の面における曲率の変化が連続的であれば,これに対応する度数の変化も連続的となることは被告の主張するとおりと認められるから,決定が,刊行物1に「レンズの度数が径方向に連続的に変化」し,「連続的に変化する度数分布曲線」を示すレンズが示されているとしたことに誤りがあるとはいえない。
なお,原告は,コンタクトレンズのベースカーブとしては,非球面(楕円面や球面と楕円面との合成面など)も使用されていると主張するが,刊行物1のものにおいて球面を採用し得ないとする理由はないから,刊行物1のレンズのベースカーブとして球面を想定し得ることに変わりはない。また,原告主張のように,刊行物1のコンタクトレンズのベースカーブとして楕円面や,球面と楕円面との合成面を考えても,それらの面が刊行物1の図に示されるような滑らかな面である場合,レンズの外面の曲率(及びこれに対応する度数)の変化が連続的であれば,レンズ(全体)の度数の変化も連続的になると考えられるから,いずれにしても,刊行物1には,レンズの度数を連続的に変化させることが少なくとも示唆されているといってよい。
イ 原告は,また,刊行物1の図面には,レンズの中心からの距離によって区分される7つの領域について,2.0ジオプターから4.0ジオプターまで0.05ジオプター刻みで変化する7つのジオプター値が記載されているから,同刊行物に示された角膜コンタクトレンズは,度数が段階的(階段状)に変化していると考えるべきであると主張する。
しかし,同図面についての刊行物1中の説明によれば,図面に表示された度数は,「様々な環状帯に対応するジオプターが,これらの様々な環状帯に対して平均値で示された」ものとされている(傍点付加,前記(1)オ参照)から,同図面が原告の主張するような階段状の度数分布(すなわち,7つの領域の各領域内では度数が一律不変のもの)を表しているとは,素直に理解し難い。むしろ,「本発明によるコンタクトレンズは,・・・多数又は無数の異なるレンズ曲率及び焦点距離での同心の融合した環状帯からなる」,「レンズ表面の曲率は連続的又は実質上連続的であることが不可欠である。」(前記(1)ウ,オ)として,レンズに環状帯を多数ないし無数に設け,レンズの外面の曲率を連続的に変化させることが発明の特徴として述べられていることを考え合わせると,同図面は,径方向にそれぞれの度数を持った環状帯を複数(多数又は無数)形成し,中心からの距離によって区分した各輪帯状領域についてのそれらの度数の平均値を表示していると理解する方が合理的である。上記のような理解は,図示された例について,「曲率が中心から保持周縁部へ,2ジオプターから4ジオプターまで連続的に変化するようにしたものである。」と記載されていることとも合致する(この記載は,「曲率」の増加と「2ジオプターから4ジオプターまで」の増加とを並列に記載している記載態様からみて,「曲率の変化」と「ジオプター(度数)の変化」を相対応するものとして捉えていることが明らかであり,そのような相対応するものにおいて,「曲率」の変化を連続的としたときに度数の変化のみが段階的であると考えることは,かえって不自然である。)。
なお,仮に,原告の主張するように,図示のものでは,中心からの距離によって区分した7つの領域で度数が段階的に変化すると考えても,刊行物1における技術思想は,レンズ装着者が遠用視力補正域と近用視力補正域との間に邪魔な分離線を意識することのないように,レンズに「コンタクトレンズの外面のレンズ曲率の連続的又は実質的に連続的な変化」を持たせ,レンズを「同心円状に多数あるいは無数の異なるレンズ曲率及び焦点距離での同心の融合(intermerge)した環状帯」で構成することを特徴とするものであるから,この技術思想に従って,コンタクトレンズの有限の領域内で環状帯の数を増やしていって「無数」にすると,曲率の変化は連続的となり,角膜側のレンズ面について特別の形状を採用しない限り(刊行物1において,そのような特別の形状が予定されていないと考えるべきことは前示のとおりである。),「度数」も連続的に変化することになることは明らかである。そうすると,刊行物1は,径方向に度数が連続的に変化するコンタクトレンズを示唆しているということができる。
(5) まとめ 以上に示したところをまとめると,刊行物1には,角膜コンタクトレンズにおいて径方向に度数を「連続的」又は「実質上連続的」に変化させる(径方向に連続して変化する度数分布曲線)という技術的思想が示されているということができる。
したがって,刊行物1記載の発明についての決定の認定に,相違点1の判断に影響を及ぼすべき誤りがあるということはできず,また,相違点1を実質的な相違ではないとした決定の判断に誤りがあるということもできない。
取消事由1,2は理由がない。
2 取消事由3(相違点2の判断の誤り)について 原告は,「刊行物1記載の発明のレンズの領域を,本件発明1のように3種類の補正域として定義し,それら補正域の度数変化率の関係を規定し,補正域の直径を規定することは,刊行物1記載の発明に基づいて当業者が容易に定義し又は規定できたものと認められる。」とした決定の判断は,誤りであると主張する。
(1) 刊行物1の図及びその説明(前記1(1)オ)を参照すると,そこに示されたレンズは,レンズ曲率がレンズの中心から周縁部へ連続的に増加するように構成され,@レンズ中心を中心とする直径3.0mmの円内の領域では,平均度数が2.0ジオプター,A直径3.0mmから直径5.5mmの間にある5つの輪帯状の領域では,直径が0.5mm増える毎に,平均度数が2.25ジオプター,2.5ジオプター,2.75ジオプター,3.0ジオプター,3.5ジオプターと増えていき,B直径5.5mmから直径7.5mmの間の輪帯状の領域では,平均度数が4.0ジオプターとなるように構成されていると認められる。
刊行物1記載の発明の角膜コンタクトレンズは,中心部に遠用部を形成し,その外側に円環状に近用部を配置した2焦点レンズを従来技術とし,これを改良して,「遠方及び近接作業において装着者に鮮明な視力を与えるのみでなく,途切れのない光学的移行(sliding optical transition)ができるので,装着者はいかなる距離においても鮮明な視力を得られる」ようにしたものであるから,そのレンズは,中心部から周縁に向かって,遠用視力補正域,中間域,近用視力補正域という3つの補正域を有することが明らかであり,図示の例では,前記@の領域が遠用視力補正域,同Bの領域が近用視力補正域,@とBの間の領域Aが本件発明1の中間視力補正域にそれぞれ対応するということができる。
そして,遠用視力補正域に相当する@の領域は,直径が3mmであるから,本件発明1の規定する遠用視力補正域2〜6mmの範囲内にある。また,レンズ面の形状が,各補正域の間で度数分布曲線が連続する形状であることは,「本発明による角膜コンタクトレンズは,レンズの外面(・・・)でのレンズ曲率の連続的又は実質的に連続的な変化と特徴としており」との記載(前記1(1)ウ)及び図示されたレンズ形状から明らかである。
各領域の度数変化率については,図面に示された数値(中心からの距離及びこれに対応する平均度数)から,中間視力補正域(前記A)よりも遠用視力補正域(@)及び近用視力補正域(B)の方が度数変化率が小さいことは明白である。
(2) 原告は,刊行物1には,遠用視力補正域及び近用視力補正域における度数変化率は示されておらず,遠用視力補正域,中間視力補正域及び近用視力補正域の各度数変化率について決定が算出した推定値は,不合理であると主張する。
しかしがら,本件発明の請求項との関係においては,各補正域における度数変化率の相対的な大小関係を問題とすれば足りるものであるところ,原告の主張は,決定における個々の推定値について,これとは異なる数値を算出する余地があることを指摘するものにすぎず,遠用視力補正域及び近用視力補正域における径方向の度数変化率が,中間視力補正域における径方向の度数変化率よりも「小さく」なっていないことを積極的に主張,論証するものではない。念のため,決定が各視力補正域の度数変化率の推定した方法を検討しても,その方法及び算出された数値が不合理であるとする理由は見当たらない。
また,決定が遠用視力補正域及び近用視力補正域について,それぞれ2つの推定度数変化率(実質上0と約0.29ジオプター/mm,実質上0と約0.8ジオプター/mm)を挙げていることについては,各領域間の度数変化率の相対的大小関係について,慎重を期して,いくつかの可能性を考えた試算をしたことによるものと認められるから,試算方法によって数値が異なることはむしろ当然であって,そのことを取り上げて矛盾や不合理があるとする原告の主張は,失当というほかない。
(3) 以上によれば,決定が,刊行物1に示されたレンズは,中心側から遠用視力補正域(直径3mmの領域),中間視力補正域,近用視力補正域に相当する領域が同心円的に存在し,各補正域で度数分布曲線が連続しており,遠用視力補正域及び近用視力補正域における径方向の度数変化率が中間視力補正域における径方向の度数変化率よりも小さいものであると認定し,これに基づいて,「刊行物1記載の発明のレンズの領域を本件発明1のように3種類の補正域として定義し,それら補正域の度数変化率の関係を規定し,補正域の直径を規定することは,刊行物1記載の発明に基づいて当業者が容易に定義又は規定できたもの」と判断したことに誤りはないというべきである。
取消事由3は理由がない。
3 取消事由4(本件発明2ないし5についての判断の誤り)について 原告は,決定が本件発明1が想到容易であるとした判断は誤りであるとして,この判断を前提としてされた本件発明2ないし5の想到容易性についての判断も誤りであると主張する。しかしながら,上記のとおり,本件発明1を想到容易とした決定の判断に誤りがないことは前示のとおりであるから,原告の主張は,前提を欠くものであって,理由がない。
取消事由4は理由がない。
4 結論 以上のとおり,原告主張の取消事由1ないし4はいずれも理由がないから,原告の請求は棄却されるべきである。
裁判長裁判官 塚原朋一
裁判官 古城春実
裁判官 田中昌利