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関連審決 異議2001-71569
関連ワード 進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  相違点の認定 /  相違点の判断 /  発明の詳細な説明 /  発明の概要 /  優先権 /  特許出願日 /  置換 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  構成要件 /  設定登録 /  請求の範囲 /  変更 /  訂正明細書 /  取消決定 /  国際公開 / 
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事件 平成 15年 (行ケ) 149号 特許取消決定取消請求事件
原告 デカプロダクツ リミテッド パートナーシップ
訴訟代理人弁理士 赤岡迪夫,赤岡和夫
被告 特許庁長官今井康夫
指定代理人 石川好文,田中秀夫,高橋泰史,林栄二,大橋信彦
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/04/14
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 特許庁が異議2001−71569号事件について平成14年11月29日にした決定のうち,請求項14,16ないし19に係る部分を取り消す。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用は,これを2分し,その1を原告の負担とし,その余を被告の負担とする。
原告のために,この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
原告の求めた裁判
「特許庁が異議2001-71569号事件について平成14年11月29日にした決定のうち,請求項1ないし5,14,16ないし19に係る部分を取り消す。」との判決。
事案の概要
原告は,後記本件発明の特許権者であるが,その請求項1ないし5,14ないし33に係る発明の特許について特許異議の申立てがあった。これを受けた特許庁は,請求項1ないし5,14,16ないし19に係る特許を取り消し,請求項15,20ないし33に係る特許を維持する旨の決定をした。そこで,原告が同決定のうち,請求項1ないし5,14,16ないし19に係る部分の取り消しを求めて本訴を提起したものである。
本判決においては,請求項の記載,決定の記載及び書証等を引用する場合を含め,公用文の用字用語例に従って表記を変えた部分がある。例えば,「および」は「及び」に,「真似」は「まね」に,「または」は「又は」に,「もしくは」は「若しくは」に表記を統一した。また,「ローラ」は「ローラー」に表記を統一した。
1 特許庁における手続の経緯 (1) 本件特許 特許権者:原告 発明の名称:「ポンピングカセットを使用する腹膜透析システム」 特許出願日:平成6年2月28日(特願平6-520077号。優先権主張:平成5年3月3日,米国) 設定登録日:平成12年9月29日 特許番号:第3113887号 (2) 本件手続 特許異議事件番号:異議2001-71569号 訂正請求日:平成14年1月21日(甲3) 訂正請求書の補正:平成14年10月21日(甲4) 異議の決定日:平成14年11月29日 決定の結論:「訂正を認める。特許第3113887号の請求項1ないし5,14,16ないし19に係る特許を取り消す。同請求項15,20ないし33に係る特許を維持する。」 決定謄本送達日:平成14年12月18日(原告に対し。出訴期間90日附加) 2 本件発明の要旨(上記補正後の訂正請求に係る訂正明細書に記載の請求項1ないし5,14,16ないし19を記載し,その余の請求項は省略。以下,請求項番号に対応して,それぞれの発明を「本件発明1」などという。)【請求項1】ポンプ室及び膜,ポンプ室と連通している弁手段を含んでいるポンピング機構;ポンピング機構を通って患者腹腔と流れ連通を確立するための手段;透析液を患者腹腔から又は透析液を患者腹腔へ動かすようにポンピング機構を作動させるため膜へ流体圧力を適用することにより選択された重力流条件をまねするための作動化手段;及び固定ヘッド高条件又は異なるヘッド圧条件をまねするように流体圧を適用するため作動化手段を選択的に作動する制御手段;を備えている腹膜透析を実施するためのシステム。
【請求項2】作動化手段は空気流体圧を適用する請求項1のシステム。
【請求項3】作動化手段は大気圧より下の流体圧を適用する請求項1のシステム。
【請求項4】作動化手段は大気圧より上の流体圧を適用する請求項1のシステム。
【請求項5】第1の作動モードにおいて,作動化手段は第1の大きさの流体圧を適用し,第2の作動モードにおいて作動化手段は第1の大きさとは異なる第2の大きさの流体圧を適用する請求項1のシステム。
【請求項14】膜を有するポンプ室を形成する手段;ポンプ室と連通している少なくとも一つの弁;ポンプ室と患者腹腔の間に流体連通を確立するための患者導管手段;ポンプ室と患者腹腔外部の外部部品の間に流体連通を確立するための他の導管手段;患者導管手段及び他の導管手段を通って透析液をポンプするため膜へ流体圧を適用するための作動化手段;液が患者導管手段を通って輸送されるとき膜へ第1の大きさの流体圧変動を適用し,液が他の導管手段を通って輸送される時膜へ第1の大きさとは異なる第2の大きさの流体圧を適用するための圧力制御手段;を備えている腹膜透析システム。
【請求項16】異なるヘッド高条件をまねするように膜へ適用する圧力の大きさを変化させるための手段をさらに含んでいる請求項14のシステム。 【請求項17】作動化手段が空気圧を適用する請求項14のシステム。 【請求項18】作動化手段は大気圧より下の流体圧を適用する請求項14のシステム。 【請求項19】作動化手段は大気圧より上の流体圧を適用する請求項14のシステム。 3 決定の理由の要点 (1) 決定は,前記訂正請求及びその補正を適法であるとして認めた上,以下のように,特許異議の申立てについての判断をした。
(2) 決定は,まず,引用された刊行物の記載内容を認定した。
(a) 決定は,刊行物1(実願昭62-58563号(実開昭63-166249号)のマイクロフィルム 。本訴甲5)には,下記の[発明A]が記載されていると認定した。
[発明A] 合成樹脂材の導管41からなるポンプ室及びポンプ室と連通している第1弁39,第2弁43を含んでいる注液・排液機構;注液・排液機構を通ってポンプ室と患者腹腔の間に流路を形成するための導管41及び腹腔カテーテル,ポンプ室と患者腹腔外部の排液容器44の間に流路を形成するための導管42;灌流液を患者腹腔から又は灌流液を患者腹腔へ動かすように注液・排液機構を作動させ適宜所望の液圧を得るための一対のローラーからなる作動手段;及び所定の液圧を得るように作動手段を設定に基づき作動する制御部46;を備え,液が導管41を通って輸送される注液モード時,腹腔内圧力が30mmHg以上にならないように制御され,液が導管42を通って排液容器44へ輸送される排液モード時,腹腔内圧力を10mmHg以下にしないように制御される作動手段とした腹膜灌流装置。 (b) 決定は,刊行物2(国際公開WO90/13795号明細書。本訴甲6)には,下記の[発明B]が記載されていると認定した。なお,決定は,刊行物2の参考資料として添付された特表平5-502096号公報(本訴甲6にも添付)の邦訳に従って説示した(以下,本判決においても,刊行物2を引用する場合には,決定と同様,邦語で記載された上記公報の記載をもって説示する。)。
[発明B] 容器2の液体で満たされる部分,膜3,容器2の液体で満たされる部分と連通しているバルブA,Bを含んでいるユニット124;点滴ライン1を通って液体を送るようにユニット124を作動させ,膜3へ所望の空気圧を適用するための容器2の空気で満たされる部分を含んでおり,かつ,液体の容器2に対する入出を促すために,周囲圧より高い正圧源と周囲圧より低い負圧源が適用されるようにしたユニット125;及び点滴ライン1を通って送られる液体に所望の液体圧を適用するためユニット125を選択的に作動する制御装置;を備えている,点滴等の医学的な注入制御装置。 (3) 決定は,「対比・判断」として,次のように説示し,本件発明1ないし5,14,16ないし19についての特許を取り消すべきものと判断した(その余の発明に関する説示の引用は省略する。)。
(a) 本件発明1について 本件発明1と上記発明Aとを対比すると,発明Aにおける「第1弁39,第2弁43」が本件発明1の「弁手段」に相当し,以下同様に,「注液・排液機構」が「ポンピング機構」に,「ポンプ室と患者腹腔の間に流路を形成するための導管41及び腹腔カテーテル」が「患者腹腔と流れ連通を確立するための手段」に,「灌流液」が「透析液」に,「適宜所望の液圧を得るための一対のローラーからなる作動手段」が「選択された重力流条件をまねするための作動化手段」に,「所定の液圧を得るように作動手段を設定に基づき作動する制御部46」が「固定ヘッド高条件又は異なるヘッド圧条件をまねするように作動化手段を選択的に作動する制御手段」に,「腹膜灌流装置」が「腹膜透析を実施するためのシステム」に,それぞれ相当すると認められる(なお,特許権者は,本件発明1における制御手段は,自動制御工学の分野で「セットポイント制御」と呼ばれる制御であり,発明Aにおける制御手段である「フィードバック制御」とは異なる旨主張しているが,かかる主張は請求項の記載に基づくものではない。)から,両者は,「ポンプ室及びポンプ室と連通している弁手段を含んでいるポンピング機構;ポンピング機構を通って患者腹腔と流れ連通を確立するための手段;透析液を患者腹腔から又は透析液を患者腹腔へ動かすようにポンピング機構を作動させるため選択された重力流条件をまねするための作動化手段;及び固定ヘッド高条件又は異なるヘッド圧条件をまねするように作動化手段を選択的に作動する制御手段;を備えている腹膜透析を実施するためのシステム。」である点で一致し,以下の点で相違している。
本件発明1では,ポンピング機構が,ポンプ室及びポンプ室と連通している弁手段の他に「膜」を含んでおり,作動化手段が,「膜へ流体圧力を適用する」構成とされ,制御手段が,「流体圧を適用するため」とされているのに対し,発明Aでは,ポンピング機構,作動化手段及び制御手段がそのような構成となっていない点(以下,「相違点a」という。)。
以下,相違点aについて検討する。
前記発明Bは,ポンピング機構(「ユニット124」が相当)が,ポンプ室(「容器2の液体で満たされる部分」が相当)及び膜(「膜3」が相当),ポンプ室と連通している弁手段(「バルブA,B」が相当)を含み,作動化手段(「ユニット125」が相当)がポンピング機構の膜へ流体圧力(「所望の空気圧」が相当)を適用するように構成され,制御手段(「制御装置」が相当)が流体圧(「所望の液体圧」が相当)を適用するためとされている点滴等の医学的な注入制御装置に関するものであると認められる。
そうすると,上記発明A及びBは,点滴等の医学的な注入制御装置という共通の技術分野に属するものであるから,発明Aにおけるポンピング機構,作動化手段及び制御手段を上記発明Bに倣って,相違点aに係る本件発明1の構成とする程度のことは,当業者であれば容易に推考し得たものと認められる。
そして,本件発明1により奏される効果は,発明A及びBから当業者が予測し得る範囲内のものである。
したがって,本件発明1は,発明A及びBに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められる。
(b) 本件発明2〜4について 本件発明2〜4は,本件発明1に,「作動化手段は空気流体圧を適用する」構成,「作動化手段は大気圧より下の流体圧を適用する」構成,「作動化手段は大気圧より上の流体圧を適用する」構成,をそれぞれ限定付加したものであるが,上記各構成は,上記発明Bにおいて,膜3へ空気流体圧(「所望の空気圧」が相当)を適用するための容器2の空気で満たされる部分を含んでおり,かつ,大気圧より上の流体圧である第1の大きさの流体圧(「周囲圧より高い正圧」が相当)源と,大気圧より下の流体圧である第1の大きさとは異なる第2の大きさの流体圧(「周囲圧より低い負圧」が相当)源が適用されるようにした作動化手段(「ユニット125」が相当)として,実質的に開示されているところである。
したがって,本件発明2〜4も,上記(a)での検討内容を踏まえれば,発明A及びBに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められる。
(c) 本件発明5について 本件発明5は,本件発明1に,「第1の作動モードにおいて,作動化手段は第1の大きさの流体圧を適用し,第2の作動モードにおいて作動化手段は第1の大きさとは異なる第2の大きさの流体圧を適用する」構成を限定付加したものであるが,かかる限定された構成は,上記発明Aにおける,「注液モード時,腹腔内圧力が30mmHg以上にならないように制御され,排液モード時,腹腔内圧力を10mmHg以下にしないように制御される作動手段」及び上記発明Bにおける,「膜3へ所望の空気圧を適用するためのユニット125」の各構成から,当業者が容易に想到し得るところである。
したがって,本件発明5も,上記(a)での検討内容を踏まえれば,発明A及びBに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められる。
(d) 本件発明14について 本件発明14と上記発明Aとを対比すると,発明Aにおける「合成樹脂材の導管41からなるポンプ室」が本件発明14の「ポンプ室を形成する手段」に相当し,以下同様に,「第1弁39,第2弁43」が「少なくとも一つの弁」に,「流路を形成するための導管41及び腹腔カテーテル」が「流体連通を確立するための患者導管手段」に,「排液容器44」が「外部部品」に,「流路を形成するための導管42」が「流体連通を確立するための他の導管手段」に,「灌流液を動かす」が「透析液をポンプする」に,「適宜所望の液圧を得るための一対のローラーからなる作動手段」が「圧を適用するための作動化手段」に,「液が導管41を通って輸送される注液モード時,腹腔内圧力が30mmHg以上にならないように制御され」が「液が患者導管手段を通って輸送されるとき第1の大きさの圧変動を適用し」に,「液が導管42を通って排液容器44へ輸送される排液モード時,腹腔内圧力を10mmHg以下にしないように制御される」が「液が他の導管手段を通って輸送される時第1の大きさとは異なる第2の大きさの圧を適用する」に,「制御部46」が「圧力制御手段」に,「腹膜灌流装置」が「腹膜透析システム」に,それぞれ相当すると認められるから,両者は,「ポンプ室を形成する手段;ポンプ室と連通している少なくとも一つの弁;ポンプ室と患者腹腔の間に流体連通を確立するための患者導管手段;ポンプ室と患者腹腔外部の外部部品の間に流体連通を確立するための他の導管手段;患者導管手段及び他の導管手段を通って透析液をポンプするため圧を適用するための作動化手段;液が患者導管手段を通って輸送されるとき第1の大きさの圧変動を適用し,液が他の導管手段を通って輸送される時第1の大きさとは異なる第2の大きさの圧を適用するための圧力制御手段;を備えている腹膜透析システム。」である点で一致し,下記の点で相違している。
本件発明14では,ポンプ室を形成する手段が「膜を有する」ものであり,作動化手段がその「膜へ流体」圧を適用するように構成されているのに対し,発明Aでは,ポンプ室を形成する手段及び作動化手段がそのような構成でない点(以下,「相違点b」という。)。
以下,相違点bについて検討する。
前記発明Bは,「容器2の液体で満たされる部分」と「膜3」によりポンプ室が形成されており,作動化手段(「ユニット125」が相当)が「膜3」へ流体圧(「所望の空気圧」が相当)を適用するように構成された点滴等の医学的な注入制御装置であると認められる。
上記発明A及びBは,点滴等の医学的な注入制御装置という共通の技術分野に属するものであるから,発明Aにおける,ポンプ室を形成する手段及び作動化手段を上記発明Bに倣って,相違点bに係る本件発明14の構成とする程度のことは,当業者であれば容易に推考し得たものと認められる。
そして,本件発明14により奏される効果は,発明A及びBから当業者が予測し得る範囲内のものである。
したがって,本件発明14は,発明A及びBに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められる。
(e) 本件発明16〜19について 本件発明16〜19は,本件発明14に,「異なるヘッド高条件をまねするように膜へ適用する圧力の大きさを変化させるための手段をさらに含んでいる」構成,「作動化手段が空気圧を適用する」構成,「作動化手段は大気圧より下の流体圧を適用する」構成,「作動化手段は大気圧より上の流体圧を適用する」構成,をそれぞれ限定付加したものであるが,上記各構成は,上記発明Bにおいて,「膜3へ所望の空気圧を適用するためのユニット125」或いは「周囲圧より高い正圧源と周囲圧より低い負圧源が適用されるようにしたユニット125」として,実質的に開示されているところである。
したがって,本件発明16〜19も,上記(d)での検討内容を踏まえれば,発明A及びBに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められる。
原告の主張(決定取消事由)の要点
1 取消事由1(本件発明1ないし5と発明Aとの相違点の看過) (1) 決定は,発明Aの「一対のローラー」が本件発明1の「作動化手段」に相当し,発明Aの「適宜所望の液圧を得るための一対のローラーからなる作動手段」が本件発明1の「選択された重力流条件をまねするための作動化手段」に相当すると認定したが,誤りであり,相違点を看過したものである。
(a) ポンピング機構 本件発明1で使用される「ポンプ室及び膜,ポンプ室と連通している弁手段を含んでいるポンピング機構」は,膜の往復運動によって膜と接する液体(本件発明1においては透析液)を動かす「膜ポンプ」である。したがって,本件発明1において透析液を動かすためのポンプ作動化の対象は,膜ポンプの「膜」である。
発明Aで使用される「ローラーポンプ」は,一対の回転ローラーが,液体の充填されている可撓性チューブをしごくことによって,チューブを通る液体を強制的に動かすポンプであるから,発明Aにおいてローラーポンプの一対の回転ローラーは本件発明1の膜に対応し,「作動化手段」でないことは明らかである。
(b) ポンピング機構の作動化手段 本件発明1においては,作動化の対象である「膜」を往復運動又は停止(作動化)させるための原動力,すなわちエネルギーは,透析液に接する膜の反対側に交互に適用される正圧,負圧の気体圧力であるから,本件発明1における作動化手段は,膜ポンプの膜へ適用される気体圧力,すなわち流体圧を意味する。
発明Aの作動化の対象は,上記の一対の回転ローラーであるから,ローラーを回転運動又は停止(作動化)させるための原動力は,電気モーターによって与えられる回転エネルギーであり,発明Aにおける作動化手段は,一対の回転ローラーに回転エネルギーを伝達する電気モーターであることは明らかである。
(c) 重力流条件をまねすること 発明Aの「一対のローラーからなる作動手段」は,原理的に「選択された重力流条件をまねする」ことができない。
本件発明1において,まねされるべき「重力流条件」とは,実際のヘッド高差に関係して液体が高所から低所へ流れ出るような条件を意味するのであって,初期状態では液体を上流側から下流側へ動かすための初期圧力条件であり,かつ,収束状態では,この圧力に下流側にある液体の圧力が等しくなることによって液体の移動を停止させることができる終期圧力条件を意味する。すなわち,本件発明1で使用するのは「膜ポンプ」であり,膜の片面に正圧又は負圧の気体圧力が適用され,膜の反対側に存在する透析液の圧力との間の圧力差が膜を動かすエネルギー源となる。そして,注液時の透析液の圧力が膜に適用される気体圧力に等しくなると膜の動きは自然と停止し,その結果,膜と接する透析液の移動も必然的に停止することとなる(収束系の作動化手段)。このように重力条件をまねするのである。したがって,重力流条件下では,液体の流れ状態を制御するために,外部検出器を用いて液体の圧力を検出するための外部感知手段を設ける必要が全くない。
これに対し,発明Aの「一対のローラー」は,本来,患者腹腔内圧力とはエネルギー的に無関係な電気モーターによって回転駆動されるから,ある時点でモーターを停止しない限り,電気モーターの回転エネルギーとローラーの回転によって動かされる透析液の圧力(エネルギー)とが平衡状態に達して,電気モーターが自然に停止するということはなく,透析液の圧力が患者腹腔内圧力を上回ることもあり,排液時に患者腹腔内圧力を下回ることもある(発散系の作動化手段)。そこで,発明Aの「一対のローラーからなる作動手段」においては,事故を防止するために,ローラーポンプ(電気モーター)を電気的に強制停止させるための条件(患者腹腔内圧力の上限値及び下限値)をあらかじめ定め,外部感知手段である圧力検出手段49による検出を経て,電気モーターを外部信号により強制的に停止させる(フィードバック制御)。このような発明Aの「一対のローラー」を作動するモーターは,自然に停止するものではないから,本件発明1における「重力流条件をまねする」ことができない。
(2) 決定は,発明Aの「所定の液圧を得るように作動手段を設定に基づき作動する制御部46」が本件発明1の「制御手段」に相当し,本件発明1と発明Aとは,「固定ヘッド高条件又は異なるヘッド圧条件をまねするように作動化手段を選択的に作動する制御手段:である点で一致する。」と認定するが,誤りである。
(a) 発明Aにおける「所定の液圧」とは,ポンプ45と患者カテーテル23との間の第1導管41内の灌流液(透析液)の圧力であるのに対し,本件発明1の制御手段の制御対象は,膜の反対側に適用する流体(空気)の圧力であって,透析液の圧力ではない。また,本件発明1の制御手段は,膜に固定ヘッド高条件又は異なるヘッド圧条件をまねする流体圧(空気流体圧)を選択的に適用するものであるのに対し,発明Aの制御部46は,一対のローラーを支承するポンプローターを回転駆動する電気モーターの回転/停止,回転方向,回転数を制御するものであるから,両者はその機能を全く異にし,相互に置換可能な対応関係にないことは明らかである。発明Aの制御部46は,本件発明1の制御手段に相当するものではない。
(b) 本件発明1における「固定ヘッド高条件又は異なるヘッド圧条件」とは,「重力流条件をまねする」ことができることを前提として,膜ポンプの膜に適用される2組の正圧,負圧の気体圧力条件を意味し,一つの「固定ヘッド高条件をまねする」条件とは,膜を往復運動させる正圧,負圧の気体圧力条件(例えば,低相対圧力モード)をいい,「異なるヘッド圧条件をまねする」条件とは,先の正圧,負圧の気体圧力条件とは異なる他の正圧,負圧の気体圧力条件(例えば,高相対圧力モード)を意味する。
これに対し,発明Aは,そもそも重力流条件をまねすることができない。そして,発明Aの「腹腔内圧力の上限値30mmHg」及び「腹腔内圧力の下限値10mmHg」は,電気モーターの回転を,外部信号により強制的に停止させるための条件であって,自然に透析液の流れが停止する本件発明1でいう「固定ヘッド高条件又は異なるヘッド圧条件をまねする」条件に相当しない。
また,本件発明1の「固定ヘッド高条件をまねする」条件と「異なるヘッド圧条件をまねする」条件とでは,それぞれ膜ポンプの膜に適用される2種類の気体圧力が互いに異なることを意味するから,膜の作動速度,すなわち,透析液の流速も注液時及び排液時の区別なくそれぞれに異なる。
これに対し,発明Aにおける腹腔内圧力の上限値30mmHg及び下限値10mmHgは,ローラーポンプを停止させるための条件であって,作動化手段である電気モーターの出力を制御する条件でないから,2つの液圧条件(30mmHgと10mmHg)によって透析液の流速,すなわち,電気モーターの回転速度が変化することもない。
このように発明Aは,「選択された重力流条件」をまねするための作動化手段を持たず,当然にこのような作動化手段を選択的に作動する制御手段を備えていない。
(3) 以上のとおり,決定は,本件発明1と発明Aとの相違点を看過したものであり,本件発明2ないし5は,本件発明1を引用しているので,同様の相違点の看過がある。
2 取消事由2(本件発明1ないし5と発明Aとの相違点の判断の誤り) (1) 発明Bに関する認定の誤り (a) 決定は,刊行物2(甲6,発明B)には「点滴ライン1を通って送られる液体に所望の液体圧を適用するためのユニット(作動化手段)を選択的に作動する制御装置」を備えているシステムが記載されていると認定したが,誤りである。
(b) 発明Bは,供給源から点滴ライン1を通って患者の静脈へ輸液を注入するためのシステムである。このようなシステムは,液体を供給源から患者へ一方向のみに輸送するものであるのに対し,腹膜透析に使用するシステムは,透析液を患者腹腔へと患者腹腔からとの二方向に輸送することを要し,そのように液体を二方向に輸送する機能を持っている本件発明1及び発明Aの腹膜透析システムとは,この点において明らかに相違する。
(c) 発明Bの制御手段(「制御装置」が相当)は,本件発明1の制御手段のように,固定ヘッド高条件又は異なるヘッド圧条件をまねするように膜に流体圧を適用するため作動化手段を選択的に作動するということはない。
本件発明1において,「固定ヘッド高条件」とは,「低相対圧力(低相対的正圧及び低相対的負圧)モード」の間選択され,「異なるヘッド圧条件」とは「高相対圧力(高相対的正圧及び高相対的負圧)モード」の間選択される重力流条件を指す。透析液が患者腹腔へ充填され又は患者腹腔から排出される充填フェーズ又は排液フェーズでは,患者の快適性及び安全性が優先されるから,低相対圧力モードが適用され,例えば滞留フェーズの間液源バッグからヒーターバッグへ新しい透析液を供給する間は,処理スピードが優先されるから,高相対圧力モードが適用される。このように本件発明1の制御手段は,固定ヘッド高条件又は異なるヘッド圧条件をまねするように流体圧を適用するため作動化手段を選択的に作動する。
一方,発明Bは,液体測定(ポンプ)サイクルの間,膜3に適用される測定ガスの圧力は,測定ガスの圧力によって決まっており,この圧力が対応する重力流条件をまねするものであっても,1種類すなわち固定ヘッド高条件をまねするものでしかなく,2種類目の異なるヘッド圧条件はまねできない。しかも,発明Bの装置には,排液フェーズが存在しない。
決定の認定は,発明Bの負圧及び正圧を,本件発明1の「固定ヘッド高条件又は異なるヘッド圧条件」であるとしたものであり,誤りである。
(2) 本件発明1と発明Aとの相違点aの判断の誤り 刊行物1(発明A)には,本件発明1の「選択された重力流条件をまねするための作動化手段」が記載されておらず,刊行物1(発明A)及び2(発明B)には,いずれも「固定ヘッド高条件又は異なるヘッド圧条件をまねする流体圧を適用するように,作動化手段を選択的に作動する」ように構成された制御手段が記載されていない。したがって,発明Aにおけるポンピング機構,作動化手段及び制御装置を発明Bの対応する構成要素に置換したところで,本件発明1と同じ作用効果は得られない。よって,本件発明1は,発明A及びBに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと認められるとした決定の判断は,誤りである。
(3) 本件発明2ないし4の進歩性の判断の誤り 前記のとおり,本件発明1についてした認定判断が誤りである以上,本件発明1の構成要件を限定付加した本件発明2ないし5についての認定判断にも誤りがあることになる。
本件発明2ないし4は,本件発明1において,「作動化手段」が適用する流体圧をそれぞれ限定付加したものであるが,前記のとおり,本件発明1についての判断が誤りである以上,本件発明2ないし4についての判断も同じく誤りである。
(4) 本件発明5の進歩性の判断の誤り 本件発明5は,本件発明1に,「第1の作動モードにおいて作動化手段は第1の大きさの流体圧を適用し,第2の作動モードにおいて作動化手段は第1の大きさとは異なる第2の大きさの流体圧を適用する」構成を限定付加したものであるが,本件発明1についての判断が誤りである以上,本件発明5についての判断もやはり誤りである。
3 取消事由3(本件発明14,16ないし19と発明Aとの相違点の看過) (1) 決定は,発明Aの「流路を形成するための導管42」が本件発明14の「流体連通を確立するための他の導管手段」に相当し,発明Aの「液が導管41を通って輸送される注液モード時,腹腔内圧力が30mmHg以上にならないように制御され」が本件発明14の「液が患者導管手段を通って輸送されるとき第1の大きさの流体圧変動を適用し」に相当し,発明Aの「液が導管42を通って排液容器に輸送される排液モード時,腹腔内圧力を10mmHg以下にしないように制御される」が本件発明14の「液が他の導管手段を通って輸送される時第1の大きさとは異なる第2の大きさの流体圧を適用する」に相当すると認定したが,誤りである。
(2) 本件発明14の「他の導管手段」には直前に記載の「患者導管手段」を含まず,「液が他の導管手段を通って輸送される時」には「液が患者導管手段を通って輸送される時」を含まず,別物であることは明らかである。
本件発明14の「患者導管手段」及び「他の導管手段」は,その直後に記載されているとおり,「患者導管手段及び他の導管手段を通って透析液をポンプするため」のものでなければならない。したがって,「患者導管手段」とは,透析液を直接患者へ又は患者から輸送するための種々の導管を指称することを前提とし,かつ,その中で「ポンプ室と患者腹腔の間に流体連通を確立するため」のものを必須の構成要件として指称している。
また,「他の導管手段」とは,「他の」という意味から,「患者導管手段」を含まず,透析液を直接患者へ又は患者から輸送しない種々の導管を前提とし,かつ,その中で「ポンプ室と患者腹腔外部の外部部品の間に流体連通を確立するため」のものを必須の構成要件として指称している。
これに対し,発明Aの導管42は,仮に「ポンプ室と患者腹腔外部の排液容器44の間に流路を形成するための導管42」であると解しても,本件発明14でいうところの「他の導管手段を通って透析液をポンプする」ように機能するためには,発明Aの「ポンプ室と患者腹腔の間に流体連通を確立するための導管41及び腹腔カテーテル」を含まなければならないことは明らかである。そうすると,発明Aの導管42は,透析液を直接患者へ又は患者から輸送しない種々の導管には該当せず,本件発明14の必須の構成要件である「他の導管手段」であることの要件を具備しないことも明らかである。
(3) 発明Aには本件発明14でいう「他の導管手段」が存在しない以上,発明Aが「液が他の導管手段を通って輸送される時第1の大きさとは異なる第2の大きさの圧を適用するための圧を適用するための圧力制御手段」を備えているはずもないことも明らかである。
さらに,発明Aの「腹腔内圧力が30mmHg以上」及び「腹腔内圧力が10mmHg以下」とは,エネルギー受給側に当たる透析液の圧力であって直接的には透析液の圧力や流れを制御するものでないから,本件発明14において透析液の圧力や流れを直接に制御するためにエネルギー供給側で膜に適用される「流体圧変動」及び「流体圧」に該当することはない。 (4) 以上のとおり,発明Aは,本件発明14でいう「他の導管手段」及び「液が他の導管手段を通って輸送される時第1の大きさとは異なる第2の大きさの流体圧を適用するための圧力制御手段」のいずれも欠いている。
決定は,本件発明14と発明Aとの相違点を看過したものであり,本件発明16ないし19は,本件発明14を引用しているので,同様の相違点の看過がある。
4 取消事由4(本件発明14,16ないし19と発明Aとの相違点の判断の誤り) (1) 発明Bについて 発明Aも発明Bも,本件発明14でいう「圧力制御手段」を備えていない。決定は,発明Bが本件発明14の必須の構成要素である「圧力制御手段」を備えているか否かを認定せずに,本件発明14は,発明A及び発明Bに基づいて当業者が容易に発明することができたものと認められると誤って判断したものである。
(2) 本件発明14と発明Aとの相違点bの判断の誤り 前記のとおり,刊行物1(発明A)及び2(発明B)には,本件発明14の「ポンプ室と患者腹腔外部の外部部品の間に流体連通を確立するための他の導管手段」及び「液が患者導管手段を通って輸送されるとき第1の大きさの圧変動を適用し,液が他の導管手段を通って輸送される時第1の大きさとは異なる第2の大きさの圧を適用するための圧力制御手段」が記載されていない。したがって,発明Aの構成を発明Bの対応する構成要素に置換又は変更しても,本件発明14の構成に達し得ないことは明らかであるから,本件発明14は,発明A及びBに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとした決定の判断は,誤りである。
(3) 本件発明16ないし19の進歩性の判断の誤り 本件発明16ないし19は,本件発明14に,「異なるヘッド高条件をまねするように膜へ適用する圧力の大きさを変化させるための手段をさらに含んでいる構成」,「作動化手段が空気圧を適用する構成」,「作動化手段は大気圧より下の流体圧を適用する構成」,「作動化手段は大気圧より上の流体圧力を適用する構成」をそれぞれ限定付加したものである。本件発明14についての判断が誤りである以上,本件発明16ないし19についての判断もやはり誤りである。
被告の主張の要点
1 取消事由1(本件発明1ないし5と発明Aとの相違点の看過)に対して (1) 決定は,発明Aの「適宜所望の液圧を得るための一対のローラーからなる作動手段」が,本件発明1の「選択された重力流条件をまねするための作動化手段」に相当すると認定しているのであって,発明Aの「一対のローラー」が本件発明1の「選択された重力流条件をまねするための作動化手段」に相当すると認定したのではない。
発明Aにおける一対の回転ローラーは,液体の充填されている合成樹脂材の導管をしごくことによって,液体を動かしており,液体に直接作用するものは合成樹脂材の導管である。発明Aの「合成樹脂材の導管」が本件発明1の「膜」に対応し,これを作動させる手段としては,発明Aの「適宜所望の液圧を得るための一対のローラーからなる作動手段」が本件発明1の「選択された重力流条件をまねするための作動化手段」に対応することは明らかである。
本件発明1の「重力流条件」については,特許請求の範囲の記載からは明確ではなく,発明の詳細な説明においても,「重力流条件」についての定義はない。そして,本件明細書の記載及び「重力流条件」の文言からあえて解釈すると,位置エネルギーに起因する流体の流れに相当する条件と推測できるにすぎない。
本件発明1における「重力流条件」とは,ヘッド高差などの位置エネルギーに起因する流体の流れに相当するものであるから,「重力流条件をまね」るとは,患者腹腔から又は患者腹腔へ動く透析液の流れがヘッド高差などの位置エネルギーに起因する流体の流れ(流体圧,流速など)を再現していると解釈するのが相当である。そして,発明Aは,一対のローラーからなる作動手段を作動させ適宜所望の液圧を得るものであることから,選択された重力流条件をまねするようにヘッド高差などの位置エネルギーに起因する流体の流れ(流体圧,流速など)を再現して作動手段を作動させることは,適宜所望の液圧を得るのと同様になし得るものである。
決定の認定判断に誤りはない。
(2) 本件発明1の「固定ヘッド高条件又は異なるヘッド圧条件」については,特許請求の範囲の記載には何ら解釈の手掛かりとなるものはなく,発明の詳細な説明においても,「固定ヘッド高条件又は異なるヘッド圧条件」についての定義はなく,あえて文言から解釈すると,ヘッド高による位置エネルギーに起因する流体の流れに相当するものが,「固定ヘッド高条件」といわれるものと「異なるヘッド圧条件」といわれるものとの2種類があると推測できるにすぎない。原告主張のように解釈しなければならない根拠は,本件明細書に何ら記載がない。
本件発明1における「固定ヘッド高条件又は異なるヘッド圧条件をまね」るとは,患者腹腔から又は患者腹腔へ動く透析液の流れが2種類のヘッド高差などの位置エネルギーに起因する流体の流れ(流体圧,流速など)を再現していると解釈することが相当である。
そして,発明Aは,所定の液圧(具体的には,注液モードでは透析液圧力条件である腹腔内圧力の上限値30mmHg,排液モードでは腹腔内圧力の下限値10mmHgの2種類)を得るように作動手段を設定に基づき作動する制御部46を有するものであることから,固定ヘッド高条件又は異なるヘッド圧条件をまねするように2種類のヘッド高による位置エネルギーに起因する流体の流れ(流体圧,流速など)を再現して作動手段を設定に基づき選択的に作動させることは,所定の液圧を得るのと同様になし得るものである。
決定に相違点の看過はない。
2 取消事由2(本件発明1ないし5と発明Aとの相違点の判断の誤り)に対して (1) 発明Bの正圧源,負圧源は,それぞれの圧力を正圧源,負圧源ごとに任意に設定し得るものであり,膜に適用される測定ガスの圧力は,任意に設定された正,負圧源の圧力に依存して所望の複数種類の設定が可能となるものであって,制御装置によって発明Bのユニットを作動させ,点滴ラインを通って送られる液体に所望の液体圧を選択的に適用し得る構成を持つものである。また,膜ポンプは,膜を流体圧力により往復運動させることにより作動するものであって,膜を往復させる正圧,負圧の圧力条件は一組のものとして捉えることができるから,膜を往復させる正圧,負圧の一組の圧力条件は,膜の作動によって流れが生じる一つの液体の圧力に対応するものである。発明Bの「所望の液体圧」とは,正圧,負圧からなる圧力条件を適宜選択することにより得られる所望の液体圧を意味するものであり,複数種類の液体圧が,正圧,負圧からなる圧力条件を変えることにより得ることができることを意味している。発明Bは,正圧,負圧を任意に設定できるものであり,正圧,負圧からなる圧力条件に基づく「所望の液体圧」を得ることができることは明らかである。決定の認定判断に誤りはない。
(2) 刊行物1には,本件発明1の「選択された重力流条件をまねするための作動化手段」及び「固定ヘッド高条件又は異なるヘッド圧条件をまねするように作動化手段を選択的に作動する制御手段」が記載されており,刊行物2には,「点滴ライン1を通って送られる液体に所望の液体圧を適用するためユニット125を選択的に作動する制御装置」が記載されているので,刊行物1に記載された発明を「発明A」とし,刊行物2に記載された発明を「発明B」とした認定判断に誤りはない。決定の本件発明1についての相違点の判断に誤りはない。
(3) 決定には,本件発明1に関する刊行物の認定,一致点,相違点の認定及び対比・判断に誤りはないから,本件発明2ないし5についての認定判断にも誤りはない。
3 取消事由3(本件発明14,16ないし19と発明Aとの相違点の看過)に対して (1) 本件発明14の「他の導管手段」とは,特許請求の範囲に記載されたとおりの「ポンプ室と患者腹腔外部の外部部品の間に流体連通を確立する」ものであり,発明Aの構成としては「ポンプ室と患者腹腔外部の排液容器44の間に流路を形成するための導管42」がこれに対応している。また,本件発明14の「患者導管手段」とは,特許請求の範囲に記載されたとおりの「ポンプ室と患者腹腔の間に流体連通を確立する」ものであり,発明Aの構成としては「ポンプ室と患者腹腔の間に流路を形成するための導管41及び腹腔カテーテル」がこれに対応している。発明Aについて導管41,導管42なる符号が付されているが,これは刊行物1の1図又は2図において,ポンプ室と患者腹腔の間に流路を形成するための導管,又はポンプ室と患者腹腔外部の排液容器44の間に流路を形成するための導管を参照するに当たって,便宜上その導管に当たる位置にある符号を用いたのであり,厳密な意味での第1導管及び第2導管そのものを指すものではない。
原告は,「他の導管手段」は,透析液を直接患者へ又は患者から輸送しない種々の導管を指称すると主張するが,根拠がない。「患者導管手段」とは,ポンプ室と患者腹腔との間の導管を指しており,「透析液を直接患者へ又は患者から輸送する導管」であってもポンプ室と患者腹腔の間にないものを含まない。
よって,発明Aの「ポンプ室と患者腹腔外部の排液容器44の間に流路を形成するための導管42」は,本件発明14の「ポンプ室と患者腹腔外部の外部部品の間に流体連通を確立するための他の導管手段」に相当するものである。
さらに,原告は,本件発明14の「液が他の導管手段を通って輸送される時」は「液が患者導管手段を通って輸送される時」を含まないと主張するが,そのように限定して解釈しなければならない根拠はない。特許請求の範囲の記載からは「液が他の導管手段を通って輸送される時」とは,他の導管手段を通って,ポンプ室と患者腹腔外部の外部部品が流体連通し,液が輸送される時をいうものにすぎず,患者導管手段におけるポンプ室と患者腹腔との流体連通がどのような状態であるかは一切関係のないことである。そうすると,本件発明14の「液が他の導管手段を通って輸送される時」は,「液が患者導管手段を通って輸送される時」を排除するものではなく,発明Aの「液が導管42を通って排液容器44へ輸送される排液モード時,腹腔内圧力を10mmHg以下にしないように制御される」は,本件発明14の「液が他の導管手段を通って輸送される時第1の大きさとは異なる第2の大きさの圧を適用する」に相当するものである。
(2) 原告は,発明Aの「腹腔内圧力が30mmHg以上」及び「腹腔内圧力が10mmHg以下」が,本件発明14の膜ポンプの膜への適用する流体圧(気体圧力)に相当しない旨主張する。
しかし,発明Aは,注液モード時には腹腔内圧力が30mmHg以上にならないように,また,排液モード時には腹腔内圧力が10mmHg以下にならないように,制御部46によりポンプ45の回転を制御するものであるから,制御部46がポンプ45に2種類の制御信号を供給することは明らかであり,この2種類の制御信号が本件発明14にいう膜ポンプの膜へ適用する流体圧に対応するものである。そして,決定は,作動化手段が,本件発明14においては「膜へ流体圧」を適用するのに対して,発明Aにおいてはポンプ45へ制御信号を供給する点について,相違点bとして認定し,この相違点bは発明Bから容易に想到し得るとしたものである。
(3) 以上のとおり,発明Aは,「他の導管手段」及び「液が他の導管手段を通って輸送される時第1の大きさとは異なる第2の大きさの圧を適用するための圧力制御手段」のいずれをも備えるものであり,決定の認定判断に誤りはない。
4 取消事由4(本件発明14,16ないし19と発明Aとの相違点の判断の誤り)に対して (1) 発明Bについて 決定は,発明Bが本件発明14の「圧力制御手段」を備えているか否かについては触れておらず,また,その事項が決定の結論に影響を与えるものではない。なお,発明Aは,本件発明14の「圧力制御手段」を備えるものである。
(2) 本件発明14と発明Aとの相違点bの判断について 前記のとおり,発明Aは,「ポンプ室と患者腹腔外部の外部部品の間に流体連通を確立するための他の導管手段」及び「液が患者導管手段を通って輸送されるとき第1の大きさの圧変動を適用し,液が他の導管手段を通って輸送される時第1の大きさとは異なる第2の大きさの圧を適用するための圧力制御手段」のいずれをも備えるものであるから,決定の認定判断に誤りはない。
(3) 本件発明16ないし19の進歩性の判断について 上記(2)のとおりであるから,本件発明16ないし19についての決定の認定判断にも誤りはない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(本件発明1ないし5と発明Aとの相違点の看過)について (1) 原告は,発明Aの「一対のローラー」が本件発明1の「作動化手段」に相当し,発明Aの「適宜所望の液圧を得るための一対のローラーからなる作動手段」が本件発明1の「選択された重力流条件をまねするための作動化手段」に相当するとした決定の認定が誤りであり,相違点の看過があると主張するので,この点について検討する。
(a) ポンピング機構及びその作動化手段について 原告は,本件発明1においては,ポンプ作動化の対象は膜ポンプの「膜」であり,作動化手段は流体圧であるのに対して,発明Aにおいては,ポンプ作動化の対象はローラーポンプの一対の回転ローラーであり,作動化手段は電気モーターであるから,一対のローラーが作動化手段ではないことは明らかであると主張する。
原告の主張は,直接液体と接触してこれを動かすものが作動化の対象であり,その作動化の対象を動かす原動力,すなわちエネルギーが作動化手段であることを前提としていると解される。
しかし,発明Aで使用される「ローラーポンプ」は,原告も認めるとおり,一対の回転ローラーが液体の充填されている可撓性チューブをしごくことによって,液体を強制的に動かすポンプである。よって,液体に直接作用するものは可撓性チューブである導管であり,一対のローラーがこれをしごく作動化手段といえることは明らかである。電気モーターは,一対のローラーに回転エネルギーを与えるものであるが,本件発明1においても,流体圧を与えるには正負圧タンクや空気圧力源としてのポンプが存在し,電気モーターはこれらに相当するといえる。
原告の主張は,採用することができない。
(b) 重力流条件をまねすることについて 原告は,本件発明1でいう重力流条件とは,初期状態では液体を上流側から下流側へ動かすための初期圧力条件であって,収束状態では,この圧力に下流側にある液体の圧力が等しくなることによって液体の移動を停止させることができる終期圧力条件を意味し,このように圧力が等しくなると膜の動きは自然と停止し,透析液の移動も停止するのであって,発明Aの「一対のローラーからなる作動手段」は,原理的に,選択された重力流条件をまねすることができないものであると主張する。
(b1) 本件発明1の「重力流条件」について 本件明細書(訂正明細書,甲4)において,透析液を患者腹腔から又は透析液を患者腹腔へ動かす「重力流条件」に関する記載として,次のようなものがある。
「本発明の概要 本発明は,腹膜透析を実施するための改良されたシステム及び方法に関する。本発明の一面によれば,改良されたシステム及び方法は,ポンプ室及び膜を含むポンピング機構を通って患者の腹腔と流れ連通を確立するのに役立つ。システム及び方法は,透析液を腹腔から動かすか,それとも透析液を患者へ動かすようにポンプ室を作動させるために膜へ圧力を加えることにより,選択した重力流条件をまねする。本発明のこの面を具体化するシステム及び方法は,固定ヘッド高条件又は異なるヘッド高条件をまねすることができる。システム及び方法は,患者の腹腔と外部液源又は目的地の間に存在する実際のヘッド高差に関係なく,選択されたヘッド高差をまねすることができる。」(8頁23行〜9頁5行) 「図1が示すように,サイクラー14は溶液源バッグ20をその上の決められたヘッド高さにつるすためのハンガーを必要としない。これはサイクラー14が重量流システムでないためである。代わりに,静かな信頼できる空気ポンピング作用を使用し,サイクラー14はたとえ溶液源バッグがそのすぐそばに又は任意の他の相互配向に横たわっている時でも,重力流をまねする。サイクラー14は与えられた操作の間固定したヘッド高さをまねすることができる。代わりに,サイクラー14は操作中流速を増加又は減少するためヘッド高さを変えることができる。サイクラー14は,患者の腹腔と外部液源若しくは目的地の間に存在する実際のヘッド高差に関係なしに一以上の選択したヘッド高差をまねすることができる。サイクラー14は実質上人工的ヘッド高を確立するため,特定の生理学及び患者の相対的高度に相互作用し,そして急速に適応する融通性を有する。」(13頁21行〜14頁3行) 「(B)APDサイクルの制御 1.充填フェーズ 典型の3フェーズAPDの充填フェーズにおいて,サイクラー14はヒーターバッグ22から患者へ暖めた透析液を移換する。ヒーターバッグ22は第1(最上段)カセットポート27へ接続されている。患者ライン34は5番目(最下段)カセットポート35へ接続されている。図32が示すように,充填フェーズは暖められた透析液を枝液体通路F6を介してカセットポンプ室P1中へ一次液体通路F1を通って引くことを含む。次にポンプ室P1は枝流体通路F8を介して暖められた透析液を一次液体通路F5を通って押出す。ポンピング作業を速くするため,制御器16は好ましくはポンプ室P2をポンプ室P1と2頭立てで使用する。制御器16は暖められた透析液を枝液体通路F7を介して一次液体通路F1を通ってポンプ室P2中へ引く。次にポンプ室P2は枝液体通路F9を介して一次液体通路F5を通って暖めた透析液を押出す。制御器16はポンプ室P2がポンプストロークにある間に,ポンプ室P1を吸引ストロークに,又はその逆に使用する。この意味で,暖めた透析液は常にポンプ室P1及びP2の頂部に導入される。暖めた透析液は常に空気なしでポンプ室P1及びP2の底部分から患者へ送られる。さらに,患者の直接の液体移換の間,制御器16はポンプアクチュエーターPA1及びPA2へ低相対正及び負圧のみを供給し得る。……2.滞留フェーズ プログラムした充填体積を患者へ移した時,サイクラー14は第2の若しくは滞留フェーズへ入る。」(54頁3〜23行,56頁4〜6行) 上記の本件明細書の記載によれば,本件発明1でいう「重力流条件」とは,透析液を患者の腹腔へ入れるか又は腹腔から排出する際に,透析液バッグを決められたヘッド高さにつるすことに代えて,ポンプ室及び膜を含むポンピング機構を使用し,空気ポンピング作用を利用して膜へ圧力を加えることにより,選択されたヘッド高条件をまねするものであり,膜へ加える圧力を変化させることで,ヘッド高条件を変化させるものであると認められる。そして,上記記載,特に,APDサイクルの制御における充填フェーズに関する具体的な記載内容を精査しても,原告が主張するような,重力流条件がヘッド高の圧力と下流側にある液体の圧力とが等しくなると,自然と膜の動きが停止し,透析液の移動を停止させることまでを意味しているものと解することはできない。
なお,本件明細書の「c.液体体積測定」の項における制御器16の働きを説明する記載(40頁11〜22行),「充填フェーズの間,サイクラーは患者の腹腔へ新鮮な暖めた透析液をあらかじめ決められた容積を移換する。」(7頁9〜10行)との記載,「プログラムした充填体積を患者へ移した時,サイクラー14は第2の若しくは滞留フェーズへ入る。」(56頁5〜6行)との記載があるほか,治療パラメータとして「患者の腹腔寸法に基づいて,各充填フェーズの間注入すべき体積(ml)である充填体積」は挙げられているが(46頁2〜3行),最終腹腔内圧力は挙げられていないことなどからすれば,本件明細書には,むしろ,本件発明1における充填フェーズは,腹腔内圧力がヘッド高圧力に等しくなったときに自然に終了するのではなく,患者の腹腔に充填される透析液の量を監視し,充填量が一定体積になったときに終了させることをうかがわせる記載が存在するというべきである。
付言するに,次の2点を考えても,以上のように解すべきである。
まず,本件発明1の充填フェーズにおける圧力は2.0psig(最低でも1.3psig)であると解されるが(本件明細書32頁27行〜33頁3行,50頁27〜28行〔この部分の「ヒーターを除く」との記載は誤記であり,「患者からヒーターバッグへのラインを除く」との趣旨であると認める。〕),この圧力を換算すると約103.4mmHg(67.2mmHg)となる。仮に,下流側にある液体の圧力がヘッド高圧力と等しくなることによって液体の移動が自然に停止するのであれば,下流側の圧力が103.4mmHg(最低でも67.2mmHg)まで上がることになるが,それでは適切でないはずである(刊行物1によれば,腹腔内圧力は,20mmHg程度が正常とされており,注液によって30mmHg以上になることがないように制御することとされている。)。
また,本件明細書によれば,「充填フェーズにおいては,閉塞流条件は20ml/分未満の流速を表すことができる」(52頁3〜4行)というのであるから,仮に,上記のように自然に停止して終了するのであれば,充填フェーズの終盤には,圧力差がほとんどなくなって流速が小さくなり,常に閉塞流と判断される事態が生じることになり,不都合である。
以上を要するに,本件発明1でいう重力流条件とは,透析液を患者の腹腔に出し入れするために,空気ポンピング作用による膜へ加える圧力を,選択されたヘッド高条件と同じにすることを意味すると解するのが相当であって,充填フェーズを自然に終了させることを意味すると解することはできない。
(b2) 発明Aの構成について 刊行物1(甲5)の記載(6頁5行〜8頁5行,9頁16行〜10頁7行,10頁13行〜11頁8行)によれば,発明Aにおいて,ポンプは,圧力検出手段で測定される患者の腹腔内圧力に基づいて制御され,注液モードでは,腹腔内圧力が30mmHgを超えないように患者の腹腔内に注液し,設定注液量に達したときにポンプを停止させ,排液モードでは,腹腔内圧力が10mmHg以下にならないように排液し,排液速度が所定値以下になるとポンプを停止させるものであることが認められる。
そして,発明Aの一対の回転ローラーは,可撓性チューブをしごくことにより液体に圧力を加えて強制的に動かすものであり,刊行物1の従来技術に記載された「加温容器19からの灌流液は弁21を開き,自然落差により導管22を通じて患者の腹腔内へ送られる」(3頁9〜11行)ことに代えて,ローラーポンプが使用されていることからも,選択されたヘッド高条件を作り出すことができるものであることは明らかである。
(b3) そうすると,発明Aの「一対のローラーからなる作動手段」は,選択された重力流条件をまねするものであるというべきであり,原告の主張は,採用することができない。
(c) 以上のとおり,発明Aの「適宜所望の液圧を得るための一対のローラーからなる作動手段」は,本件発明1の「選択された重力流条件をまねするための作動化手段」に相当するとの決定の認定に誤りはない。
(2) 原告は,発明Aの「所定の液圧を得るように作動手段を設定に基づき作動する制御部46」が本件発明1の「制御手段」に相当し,本件発明1と発明Aとは,「固定ヘッド高条件又は異なるヘッド圧条件をまねするように作動化手段を選択的に作動する制御手段:である点で一致する。」とした決定の認定は誤りであると主張するので,この点について検討する。
(a) 制御対象について 原告は,発明Aにおいて「所定の液圧」とは灌流液(透析液)の圧力であるのに対し,本件発明1の制御手段の制御対象は,膜の反対側に適用する流体(空気)の圧力であって,透析液の圧力ではないと主張する。
発明Aにおいて,所定の液圧が灌流液の圧力であることはそのとおりであるが,灌流液の圧力を所定の圧力とするために,一対のローラーからなる作動手段を制御しており,作動手段が選択されたヘッド高条件を作り出すことができるものであることは前判示のとおりである。そして,本件発明1の流体の圧力の制御も,選択されたヘッド高条件を作り出すためのものであるから,発明Aの制御手段と本件発明1の制御手段との間に,制御対象の相違があるとすることはできない。
(b) 「固定ヘッド高条件又は異なるヘッド圧条件」について 原告は,本件発明1における「固定ヘッド高条件又は異なるヘッド圧条件」とは,例えば,低相対圧力モード及び高相対圧力モードを意味し,制御手段はこれら2つのモードを採用するように,作動化手段を選択的に作動させることができ,透析液の流速も異なるのに対し,発明Aにおける腹腔内圧力の上限値30mmHg及び下限値10mmHgは,電気モーターの回転を停止させるための条件であり,2つの液圧条件によって透析液の流速が変化することもないと主張する。
検討するに,そもそも,本件発明1(請求項1)には,液が患者導管手段を通って輸送されるときの構成要件しか規定されていない(この点,本件発明14とは明らかに異なる。)。そして,本件明細書における発明の詳細な説明欄をみても,「固定ヘッド高条件又は異なるヘッド圧条件」についての説明はない。したがって,「固定ヘッド高条件又は異なるヘッド圧条件」とは,請求項1の記載に照らし,選択された重力流(ヘッド高)条件をまねするときの対象である二つのヘッド高を意味していると解するのが相当である。そして,本件発明1は,上記のような構成であるから,いわゆる低相対圧力モードのみが適用される場合であると解するほかなく,異なるヘッド圧とは,低相対圧力モード中に「サイクラー14は操作中流速を増加又は減少するためヘッド高さを変える」ときの圧力を意味しているものと解するほかない。
本件発明1における「固定ヘッド高条件又は異なるヘッド圧条件」とは,例えば,低相対圧力モード及び高相対圧力モードを意味するとの原告の主張は,請求項1の記載に基づかないものというべきである。
上記解釈に立って発明Aをみるに,腹腔内圧力の上限値30mmHg及び下限値10mmHgはポンプを停止させる条件とはいえるが,刊行物1の「なお腹腔内圧力が20〜30mmHgの間,注液速度を徐々に減少させるようにしてもよい。他方排液の放出時も,急速に排出しないように圧力検出手段49でポンプ45を比例的に制御する。」(7頁19行〜8頁3行)との記載によれば,発明Aにおいては,ポンプの回転数を制御し,注液速度を変化させることが開示されているものと認められる。そして,注液速度を変化させることが,ヘッド高条件を変えることに相当することは明らかであるから,発明Aは,複数のヘッド高を選択して制御することを開示しているといえる。
(c) 以上のとおり,本件発明1と発明Aとは,「固定ヘッド高条件又は異なるヘッド圧条件をまねするように作動化手段を選択的に作動する制御手段:である点で一致する。」とした決定の認定に誤りはなく,原告の主張は,採用することができない。
2 取消事由2(本件発明1ないし5と発明Aとの相違点の判断の誤り)について (1) 発明Bに関する認定の誤りについて 原告は,発明Bには,透析液を患者腹腔へと患者腹腔からとの二方向に輸送する機能や,固定ヘッド高条件又は異なるヘッド圧条件をまねするように膜に流体圧を適用するため作動化手段を選択的に作動する制御手段が開示されていないのに,決定は,これら相違点を看過していると主張する。
しかし,決定の本件発明1と発明Aとの相違点aの認定及びその判断は,前記のとおりであって(第2,3(3)(a)),その判断をするに当たっては,発明Bが液体を二方向に輸送する機能を有するか否かは結論に影響しない事項であり,本件発明1との相違点として認定する必要のないものであることは明らかである。
次に,刊行物2(甲6)の記載(2頁右下欄12行〜3頁左上欄7行,4頁左上欄2〜12行,4頁右上欄14行〜左下欄2行)によれば,発明Bは,点滴等の医学的な注入制御装置に関する発明であり,本件発明1と同様,点滴バッグをヘッド高さにつるす代わりに膜ポンプを用いたものであると解され,ポンプは測定ガスを負圧タンクから正圧タンクに移動させることによって,正圧タンクに一段と高い圧力を,また負圧タンクに一段と低い圧力を作り出し,所望の正,負圧を得るものであるから,正圧タンク及び負圧タンクに複数の所望の圧力を作り出すことができ,それによって,容器内の圧力を変化させ,注入速度を制御しているものと認められる。
なお,原告は,決定では,発明Bにおける負圧及び正圧の一方が「固定ヘッド高条件」,他方が「異なるヘッド圧条件」と認定していると主張するが,決定のどの箇所の記載を根拠にするのか不明であり,それが発明B中の「周囲圧より高い正圧源と周囲圧より低い負圧源が適用されるようにしたユニット125」を指しているとすれば,請求項3,4の大気圧より上か下かに関する認定であり,明らかな誤解である。
以上のように,発明Bには,本件発明1にいう固定ヘッド高条件又は異なるヘッド圧条件をまねする作動化手段を選択的に作動する制御手段が開示されているといえるから,決定の認定に誤りはない。
(2) 本件発明1と発明Aとの相違点aの判断の誤りについて 原告は,発明Aには,本件発明1の「選択された重力流条件をまねするための作動化手段」が記載されておらず,発明A及び発明Bには,いずれも「固定ヘッド高条件又は異なるヘッド圧条件をまねする流体圧を適用するように,作動化手段を選択的に作動する」ように構成された制御手段が記載されていないから,決定の相違点の判断は誤りであると主張する。
しかし,前判示のとおり,発明Aには,選択された重力流条件をまねするための作動化手段が記載されており,発明A及び発明Bには,いずれも,固定ヘッド高条件又は異なるヘッド圧条件をまねする流体圧を適用するように,作動化手段を選択的に作動するように構成された制御手段が記載されている。
よって,原告の主張は,採用することができない。
(3) 本件発明2ないし5の進歩性の判断の誤りについて この点に関する原告の主張は,本件発明1についての決定の判断に誤りがあることを前提とするものであるところ,その前提を欠くことは,前判示から明らかである。原告の主張は,採用することができない。
3 取消事由3(本件発明14,16ないし19と発明Aとの相違点の看過)について (1) 本件発明14と発明Aとの相違点の看過の有無について検討する。
(a) 原告は,決定には,発明Aが本件発明14の「他の導管手段」及び「液が他の導管手段を通って輸送される時第1の大きさとは異なる第2の大きさの流体圧を適用するための圧力制御手段」のいずれも欠いているのに,これらを相違点として挙げなかった誤りがあると主張する。要するに,本件発明14の「他の導管手段」とは,透析液を直接患者へ又は患者から輸送しない種々の導管を指称することを前提とし,かつ,その中で「ポンプ室と患者腹腔外部の外部部品の間に流体連通を確立するため」のものであるのに対し,発明Aの「流路を形成するための導管42」は,「ポンプ室と患者腹腔外部の排液容器44の間に流路を形成するための導管42」であると解しても,「他の導管手段を通って透析液をポンプする」ように機能するためには,患者腹腔の間に流体連通を確立するための導管41及び腹腔カテーテルを含むことになるから,本件発明14の「他の導管手段」には相当しないこと,また,発明Aに「他の導管手段」が存在しない以上,「液が他の導管手段を通って輸送される時第1の大きさとは異なる第2の大きさの圧を適用するための圧力制御手段」を備えていないことをいうものである。
(b) 検討するに,請求項14には,「ポンプ室と患者腹腔の間に流体連通を確立するための患者導管手段;ポンプ室と患者腹腔外部の外部部品の間に流体連通を確立するための他の導管手段」及び「液が患者導管手段を通って輸送されるとき膜へ第1の大きさの流体圧変動を適用し,液が他の導管手段を通って輸送される時膜へ第1の大きさとは異なる第2の大きさの流体圧を適用するための圧力制御手段」との記載がされている。これに加えて,本件明細書(甲4)における低相対圧力モードと高相対圧力モードに関する記載(9頁6〜12行),チューブ26ないし34の接続に関する記載(14頁13〜15行),カセット24の内部液体通路に関する記載(19頁8〜13行),サイクラー14による液体の循環と制御器16の作動状況に関する記載(31頁16〜26行),ヒーターバッグ再補給フェーズに関する記載(56頁8〜24行),充填フェーズに関する記載(54頁3行〜56頁6行),さらに,「流体連通を確立する」との用語にもかんがみれば,本件発明14の「患者導管手段」及び「他の導管手段」とは,単にポンプ室と患者腹腔とを接続するチューブ及びポンプ室と外部部品とを接続するチューブを意味しているものとは解されず,サイクラーが液体を患者の埋め込みカテーテルを通って循環させる(患者充填及び排液フェーズ)ときの導管全体及びサイクラーが液体を患者の埋め込みカテーテル外部を循環させる(供給バッグからヒーターバッグへの液体移動)ときの導管全体を意味していると解するのが相当である。
したがって,「他の導管手段」とは,例えば,透析液バッグに接続されたチューブ,4番目のカセットポート,一次液体通路F4,枝液体通路F8,カセットポンプ室P1,枝液体通路F6,一次液体通路F1,第1のカセットポート,ヒーターバッグに接続されたチューブからなる,液体を供給バッグからヒーターバッグへ移すのに使用される導管を意味していると解される。そして,「液が他の導管手段を通って輸送される時膜へ第1の大きさとは異なる第2の大きさの流体圧を適用する」とは,液体を患者の埋め込みカテーテル外部を循環させ,患者との直接の液体移換がないときに,患者導管手段を通って輸送されるときの流体圧とは異なる流体圧(処理スピードを優先して高相対圧力モード)を適用することであると解される。
(c) 一方,発明Aは,灌流液源を加温器内に配してヒーターバッグを不要としたものであり,患者の腹腔内を通過せずに灌流液が輸送されるルートはないから,本件発明14の「他の導管手段」は存在せず,したがって,「液が他の導管手段を通って輸送される時膜へ第1の大きさとは異なる第2の大きさの流体圧を適用するための圧力制御手段」を具備していないことは,明らかである。
(d) 被告は,本件発明14の「患者導管手段」とは,特許請求の範囲に記載されたとおりの「ポンプ室と患者腹腔の間に流体連通を確立する」ものであり,ポンプ室と患者腹腔との間の導管を指しており,「透析液を直接患者へ又は患者から輸送する導管」であってもポンプ室と患者腹腔の間にないものを含まず,「他の導管手段」も同様に,ポンプ室と患者腹腔外部の外部部品の間の導管であるから,発明Aの構成としては「ポンプ室と患者腹腔の間に流路を形成するための導管41及び腹腔カテーテル」が「患者導管手段」に,「ポンプ室と患者腹腔外部の排液容器44の間に流路を形成するための導管42」が「他の導管手段」に,それぞれ対応していると主張する。
しかし,前判示のとおり,本件発明14の「他の導管手段」とは,サイクラーが液体を患者の埋め込みカテーテル外部を循環させる(供給バッグからヒーターバッグへの液体移動)ときの導管全体を意味していると解されるのであり,被告の主張は採用することができない。
なお,本件発明14において,患者導管手段及び他の導管手段を被告の主張のとおり解すると,「液が患者導管手段を通って輸送されるとき膜へ第1の大きさの流体圧変動を適用し,液が他の導管手段を通って輸送される時膜へ第1の大きさとは異なる第2の大きさの流体圧を適用するための圧力制御手段」の意味が不明瞭となる。すなわち,液が患者導管手段のみを通って輸送されることはあり得ず,「他の導管手段」であるポンプとヒーターバッグとを接続するチューブ,又は,ポンプとドレーンとを接続するチューブを併用せざるを得ない。そうすると,「液が患者導管手段を通って輸送されるとき」とは「液が患者導管手段及び他の導管手段を通って輸送されるとき」を意味することになる。また,「液が他の導管手段を通って輸送される時」とは,「液が患者導管手段を通って輸送されるとき」とは異なる流体圧を適用すると記載されている以上,同じ経路の導管手段を通る時とは解されないので,「液が2個の他の導管手段を通って輸送される時」を意味することになる。
このように,被告の解釈を前提とすると,請求項14の記載が不明瞭になり,かつ,不自然であって,被告の主張は,採用することができない。
(e) また,被告は,本件発明14の「液が他の導管手段を通って輸送される時」とは,「液が患者導管手段を通って輸送される時」を排除するものではないと主張し,発明Aの注液モードが第1の大きさの流体圧変動を適用するときであり,排液モードが本件発明14の「液が他の導管手段を通って輸送される時第1の大きさとは異なる第2の大きさの圧を適用する」に相当するものであると主張する。
しかし,この主張は,「患者導管手段」及び「他の導管手段」につき,前記の被告の主張を前提とするものであり,それ自体が採用し得ないことは前判示のとおりであるから,失当であるというほかない。
(f) 以上のとおり,本件発明14の「他の導管手段」及び「液が他の導管手段を通って輸送される時第1の大きさとは異なる第2の大きさの流体圧を適用するための圧力制御手段」が発明Aに開示されていないのであるから,相違点として認定すべきであったにもかかわらず,決定は,これを看過し,この相違点についての判断を行っていないことになる。この誤りが決定の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,決定の本件発明14に係る部分は取消しを免れない。
(2) 本件発明16ないし19は,本件発明14にさらに限定付加したものであるから,決定の本件発明16ないし19に係る部分も,本件発明14と同様の意味において,取消しを免れない。
4 結論 以上判示したように,決定のうち,本件発明1ないし5に係る特許を取り消した部分の取消しを求める原告主張の取消事由1及び2は理由がない。しかし,決定のうち,本件発明14,16ないし19に係る特許を取り消した部分の取消しを求める原告主張の取消事由3は理由があり,取消事由4の当否を判断するまでもなく,決定の当該部分は,取消しを免れない。
よって,決定のうち,請求項14,16ないし19に係る部分は取り消されるべきであるが,原告のその余の請求は棄却されるべきである。
裁判長裁判官 塚原朋一
裁判官 塩月秀平
裁判官 田中昌利