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事件 |
平成
30年
(ネ)
10062号
職務発明対価請求控訴事件
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控訴人・被控訴人(一審原告) X (以下「一審原告」という。) 同訴訟代理人弁護士 大野聖二 同 小林英了 同 大野浩之 同 木村広行 同 多田宏文 被控訴人・控訴人(一審被告) ソニー株式会社 (以下「一審被告」という。) 同訴訟代理人弁護士 熊倉禎男 同 富岡英次 同 ?田和彦 同 渡辺光 同 奥村直樹 同 松野仁彦 同 山本飛翔 同補佐人弁理士 鈴木信彦 |
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裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2020/06/30 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 民事訴訟 |
主文 |
- 1 -1 一審被告の控訴に基づき,原判決の1項及び2項を次の2項及び3項のとおり変更する。 2 一審被告は,一審原告に対し,2959万0513円及びこれに対する平成27年1月29日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 3 一審原告のその余の請求を棄却する。 4 一審原告の控訴を棄却する。 5 訴訟費用は,原審及び当審を通じてこれを16分し,その15を一審原告の,その余を一審被告の各負担とする。 6 この判決の2項は,仮に執行することができる。 |
事実及び理由 | |
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控訴の趣旨
1 一審原告 (1) 原判決を次のとおり変更する。 (2) 一審被告は,一審原告に対し,3億円,及び 内4560万9277円に対する平成17年7月30日から支払済みまで, 3912万8186円に対する平成17年8月20日から支払済みまで, 4604万5775円に対する平成17年9月23日から支払済みまで, 3279万2505円に対する平成18年12月16日から支払済みまで, 3088万3606円に対する平成19年1月6日から支払済みまで, 2284万9307円に対する平成19年10月27日から支払済みまで, 2216万1278円に対する平成19年12月15日から支払済みまで, 1681万9536円に対する平成21年2月28日から支払済みまで, 1929万5364円に対する平成22年5月1日から支払済みまで, 996万6364円に対する平成22年8月7日から支払済みまで, 1444万8802円に対する平成22年12月18日から支払済みまで, それぞれ年5分の割合による金員を支払え。 2 一審被告 (1) 原判決中,一審被告敗訴部分を取り消す。 (2) 一審原告の請求を棄却する。 |
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事案の概要等(略語は特に断らない限り原判決の例による。)
1 事案の要旨 ? 本件は,一審被告の従業員であった一審原告が,一審被告に対し,職務発 明について特許を受ける権利を一審被告に承継させたことにつき,平成16 年法律第79号による改正前の特許法(旧法)35条3項の規定に基づき, 相当の対価の未払分296億6976万3400円の一部である5億円及び これに対する請求の日(訴状送達の日)の翌日である平成27年1月29日 から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた 事案である。 ? 原判決は,3181万8836円及びこれに対する遅延損害金の限度で一 審原告の請求を認容し,その余の請求を棄却した。 原判決では,上記認容額の算定過程を説示するに当たって,原判決添付の 別表及び別紙が引用されている。これらを一覧できる形にまとめたものが, 本判決の別紙1である。 本判決別紙1の各表と,原判決添付の別表及び別紙とのおおむねの対応関 係は,次のとおりである。 本判決別紙1 原判決 「表1」 「別表(売上高)」 「表2」 「別表(実施月数)」 「表3」「表4」 「(別紙)対価算定表」の第2表 「表5」 同第3表 「表6」 同第1表 なお,本判決別紙1の「表3」は,原判決「(別紙)対価算定表」の「第 2表(自己実施分)」のうちの「関係売上」の算定経過を明らかにしたもの で,本件各発明ごとに,「表3」の2014(平成26)までの分が「関係 売上」の上段に,「表3」の2015(平成27)以降の分が「関係売上」 の下段にそれぞれ対応する。 ? 原判決に対し,両当事者がそれぞれ控訴した。 一審原告は,控訴に当たり,一部請求の範囲を3億円として不服の範囲を 限定した。また,当審において,遅延損害金について訴えの拡張を行った。 その内容は,当審において請求する相当の対価3億円を関係各特許に割り付 けた上,各特許の特許登録日を遅延損害金の起算日とするものである。 2 前提事実 ? 後記?のとおり改めるほかは,原判決「事実及び理由」「第2 事案の概 要」「2 前提事実」(2頁15行目から6頁末尾まで。ただし,原判決3 頁1行目の「被告の」から同2行目の「共同で,」までを削り,同8行目の 末尾に「なお,これらの発明を一審原告が単独で行ったのか,一審被告の他 の従業員と共同で行ったのかについては争いがある。」を加える。)に記載 のとおりであるから,これを引用する。なお,原判決の引用に当たり,内容 にわたらない加除訂正は別紙5の正誤表に一括して掲げる(以下,本判決に おいて同じ。)。 ? 原判決4頁17行目から末行までを次のとおり改める。 「ア 被告製品について(争いのない事実,弁論の全趣旨) (ア) 一審被告は,原判決別紙被告製品目録1に記載された製品群(以下, 総称して「被告製品1」という。)を製造販売している(この「製造」 には他の事業者への製造委託を含む。)。 被告製品1(商品名FeliCa Standard)の製品群には,「ICチッ プ」,「アンテナモジュール」及び「ICカード」が含まれる。概略, 「ICチップ」にアンテナ等の回路を付加した製品が「アンテナモジュ ール」である。「アンテナモジュール」に他の部品を付加してプラスチ ックカードに一体化した製品が,最終製品としての「ICカード」 (「Suicaカード」「PASMOカード」など)である。すなわち,アンテナ モジュール又はICカードにも,その構成要素としてICチップが必ず 用いられているという関係にある。 被告製品1のうち,早い時期に製造された製品群はICチップ上のメ モリとしてEEPROMを搭載していたが,遅い時期にはFeRAMを 搭載している。 (イ) 一審被告は,原判決別紙被告製品目録2に記載された製品群(以下, 総称して「被告製品2」という。)を製造販売している。 被告製品2(商品名FeliCa Lite)は,被告製品1のセキュリティ機 能の一部を省いた製品群である。 被告製品2の「ICチップ」,「アンテナモジュール」及び「ICカ ード」の関係は,被告製品1と同様である。 (ウ) 一審被告は,原判決別紙被告製品目録3に記載された製品群(以下, 総称して「被告製品3」という。)を製造販売している。 被告製品3(商品名FeliCa Lite-S)は,被告製品2のセキュリティ 機能を強化した製品群である。 被告製品3の「ICチップ」,「アンテナモジュール」及び「ICカ ード」の関係は,被告製品1と同様である。なお,実際には,一審被告 は被告製品3のICカードを製造していない(ICカードは,被告製品 3のICチップ又はアンテナモジュールを用いて,一審被告以外の事業 者が製造している。)。 (エ) 一審被告は,原判決別紙被告製品目録4に記載された製品(以下「被 告製品4」という。)を製造販売している。 被告製品4(商品名FeliCaトークン)は,コイン状の物であり,その 中にはICチップが埋め込まれている。 (オ) 一審被告は,原判決別紙被告製品目録5に記載された製品群(以下, 総称して「被告製品5」という。)を製造販売している。 被告製品5(商品名FeliCaリーダライタ)は,被告製品1〜4,6と 相互に通信する機器及びその構成要素としての製品群である。概略, 「ICチップ」にアンテナ及びメモリ等を付加した製品が「モジュー ル」であり,「モジュール」を用いて最終製品としての機器としたもの が「リーダライタ」である。すなわち,「リーダライタ」及び「モジュ ール」にはその構成要素としてICチップが必ず用いられているという 関係にある。 被告製品5には,セキュアタイプ及びノンセキュアタイプと呼ばれる 二通りの仕様の製品がある(それぞれ「被告製品5セキュア」「被告製 品5ノンセキュア」という。)。 被告製品5セキュア(更に「被告製品5S」と略すことがある。)は, かざされたFeliCaICカード,トークン等が真正なものであることを当 該製品内において認証する機能を有する。被告製品5ノンセキュア(更 に「被告製品5nS」と略すことがある。)は,同機能を有しない。 また,被告製品5Sには,「発券機能」を有する製品と有さない製品 とがある。被告製品5nSは,「発券機能」を有さない。 (カ) 一審被告は,原判決別紙被告製品目録6に記載された製品(以下「被 告製品6」という。)を平成16年1月7日まで製造販売していた。 被告製品6(商品名モバイルFeliCa)は,携帯電話端末などに搭載す るICチップである。 同日以降は,上記?(原判決4頁9行目から15行目まで)のFN社 の設立等に伴い,一審被告では被告製品6を製造していない。 被告製品1と同様に,被告製品6も,早い時期にはEEPROMを搭 載し,遅い時期にはFeRAMを搭載している。 イ 被告製品ごとの本件発明の実施状況」3 争点及び争点に関する当事者の主張 本件の争点及びこれに対する当事者の主張は,後記4及び5のとおり当審に おける当事者の主張を付加するほかは,原判決「事実及び理由」「第2 事案 の概要」「3 争点」及び「4 争点についての当事者の主張」(7頁冒頭か ら48頁1行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。 4 当審における一審原告の主張 ? 消滅時効について ア 原判決は,特許登録前の発明の実施に係る相当の対価の支払請求権につ き,一審被告の発明考案規定の解釈等に基づいて,その支払時期は特許を 受ける権利の一審被告への譲渡時である旨判断し(原判決90頁2行目か ら93頁15行目まで),これを前提として,上記支払請求権は時効消滅 したと判断した。 しかしながら,一審被告の発明考案規定を総合的に解釈すれば,被告発 明考案規定においては,その審査等の対象となる実績について,登録前の ものと,登録後のものとを特段区別していないことが明らかである。そし て,このように解釈することは,当事者の合理的意思に合致するし,一審 被告における上記規定の実際の運用とも整合する。したがって,特許登録 前の発明の実施に係る対価の支払請求権について,登録後のそれとは別個 に消滅時効が進行すると考えるのは誤りである。 イ 原判決は,一審被告による報奨金の支払によって,上記支払請求権の消 滅時効の中断又は時効利益の放棄のいずれの効果も生じない旨判断した (原判決93頁16行目から22行目まで)。 しかしながら,相当の対価について,職務発明規程でどのように定めら れていたとしても,当該規程に基づく対価の支払いは「相当の対価」の一 部であることには変わりない。したがって,仮に,被告発明考案規定に基 づいて,登録後の実績に対応する対価が支払われたとしても,それは「相 当の対価」の一部弁済であるから,「相当の対価」の未払分全額について 時効中断ないし時効援用権の喪失の効果が生じている。 ? 被告製品における本件発明の実施の有無について ア 原判決は,発券機能を有する被告製品5Sについて,本件発明5-3と の関係で,仮に第三者が製造販売していれば特許法101条所定の間接侵 害が成立する製品(以下「間接実施品」という。なお,以下「実施」とい うときは,間接実施を含む。)でない旨判断した(原判決73頁5行目か ら74頁8行目まで)。 しかしながら,本件発明5-3は,被告製品1に該当する「データ記憶 装置に対して」,「管理情報を提供するための処理を行う情報処理方法」 の発明であるところ,仮に発券機能を有する被告製品5Sが,その情報処 理方法における「管理情報作成ステップ」を実行しないとしても,その余 の「暗号化ステップ」と「送信ステップ」の全てを実行することは,一審 被告も認めている。よって,発券機能を有する被告製品5Sが,本件発明 5-3との関係で「その方法の使用に用いる物」に当たることは明らかで ある。 イ 原判決は,発券機能を有する被告製品5Sについて,本件発明10-1 の間接実施品でない旨判断した(原判決84頁2行目から86頁24行目 まで)。 しかしながら,本件発明10は,「複数の事業者で単体のICカード等 を共用使用する場合に,サービス提供元のセキュリティの面を含む各種要 望に対応することができるデータ処理方法およびそのシステム,携帯装置, データ処理装置およびその方法とプログラムを提供することを目的とす る」発明である。本件発明10-1は,かかる課題を解決するため,「第 1のモジュールデータ」を「分割用鍵」で暗号化し,この暗号化されたも のを含む「第2のモジュールデータ」を更に「第1の領域管理鍵データ」 で暗号化し,この暗号化された「第2のモジュールデータ」をICカード の「集積回路」に提供してICカードの「記憶領域」を分割することを可 能にした発明である。そして,発券機能を有する被告製品5Sは,ICカ ードに相当する被告製品1(のICチップ)に対して,暗号化された「第 2のモジュールデータ」に相当するデータを提供して,その「記憶領域」 に相当するメモリの分割を実行するから,まさに「記憶領域」の分割の実 行に用いられ,本件発明10-1の「方法の使用に用いる物」であって 「その発明の課題の解決に不可欠なもの」に当たる。 ? 本件特許の承継によって一審被告が得た利益又は価値について ア 自己実施に係る独占の利益について (ア) 一審被告の売上高を計算する際の単価について 原判決は,自己実施に係る独占の利益の算定に当たって用いる一審被 告の売上高を,ICカードやモジュールについてもICチップの単価に よって計算すれば足りると判断した(原判決96頁12行目から98頁 13行目まで)。 しかしながら,本件各発明は,ICチップのみを対象とした発明では なく,ICカード等もその技術的範囲に含むものである。また,被告各 製品のICカード等は,本件各発明が実施されているからこそ需要が生 じるのであって,本件各発明の1つでも実施されていなければ鉄道事業 者等が被告各製品を購入することはない。そうすると,ICカード等と ICチップの単価の差額についても,専ら本件各発明に帰属する部分で あることは明らかであるから,相当の対価の算定の基礎としては,被告 各製品の全体としての売上高を考慮すべきである。 (イ) 超過売上割合について 原判決は,自己実施に係る独占の利益の算定に当たって用いる超過売 上割合を,40%と認定した(原判決100頁6行目から102頁19 行目まで)。 しかしながら,超過売上高とは,仮に他社に実施許諾した事態を想定 した場合に使用者等が得たであろう仮想の売上高と現実に使用者等が得 た売上高とを比較して算出された差額に相当するものをいう。一審被告 が製造販売するICチップ及びICカードについては,もし本件各発明 の実施許諾がなされれば,これらを製造販売するための技術力及び生産 能力を有する著名な大企業が多数存在しているから,一審被告は,被告 各製品の売上の大半(少なく見積もっても7割程度)を喪失することが 明らかである。したがって,いくら控えめに考えたとしても,超過売上 高の割合は,70%を下ることはない。 (ウ) 仮想実施料率について 原判決は,自己実施に係る独占の利益の算定に当たって仮想実施料率 を用い,その割合を特許1件当たり0.8%と認定した(原判決102 頁20行目から104頁18行目まで)。 しかしながら,本件においては,仮想実施料率ではなく限界利益率 (その率は50%を下回らない)を用いるべきであるし,仮想実施料率 を用いるとしても,その率は25%を下回らない。本件各特許が被告各 製品の市場独占力にとって決定的であることは原審において主張してき たとおりであり,例えば,一審被告の従業員がFeliCa技術の特長を紹介 した記事(甲100)においても,特長として挙げられた内容はいずれ も本件各発明そのものである。 イ FN社への現物出資によって得た利益について 原判決は,一審被告からFN社に対して現物出資された本件特許の実施 権の価値を,現物出資の際に取得した株式の価値●●●●をもとに算出す ることとし,ライセンス事業の価値をそのうち●●●●●●●●●である とした上で,特許とノウハウとの価値の割合が2:1であるとして3分の 2を乗じ,さらに現物出資された特許権150件のうち本件各特許は8件 であることを理由に更に150分の8を乗じて,●●●●●●●●と評価 した(原判決105頁13行目から107頁16行目まで)。 しかしながら,FN社は一審被告のグループ会社であるところ,グルー プ会社間においては,グループ会社間に於ける利益配分により,ライセン サー企業に間接的に利益が還元されることが当然に予定されているから, 単に現物出資に対する対価のみでは,本件各特許権の実施権が評価し尽く されているとはいえない。そして,間接的に還元される利益の額を個別具 体的に確定することは困難であるから,FN社の売上額のうち本件各製品 の売上げに係るものを抽出した上で,この売上げについて一審被告がFN 社から受領すべき相当なライセンス料を基に算出すべきである。本件各証 拠に基づきかかるライセンス料を計算すると●●●●●●●●●にものぼ るのであるから,ライセンス事業の価値を●●●●●●●●●としたこと は,現実から大きくかい離しており明らかに不合理である。 また,原判決の上記評価において,特許とノウハウとの価値の割合を 2:1であるとしたことは,ノウハウに比して特許が圧倒的に大きな価値 を有することに照らして誤りであるし,本件各特許と他の特許との価値の 割合を単に件数によって定めたことは,本件各特許が決定的に重要である ことに照らして誤りである。 ウ 第三者に対する実施許諾に伴う利益について 原判決は,FN社以外の第三者に対するFeliCaOSのライセンスにより 得られる利益に本件発明の実施許諾の対価の趣旨を含んでいるか否かは明 らかでない等として,第三者に対する実施許諾に伴う利益を相当の対価の 算定の基礎としなかった(原判決107頁17行目から108頁3行目ま で)。 しかしながら,一審被告は,ICカードを製造する他社に対し,FeliCa OSについて「OSライセンス」を許諾し,チップ1個当たり少なくとも ●●●を受領している。そして,FeliCaOSでは本件各発明が実施されて いること,OSライセンスには本件各発明の実施を許諾する趣旨が含まれ ていることが明らかであるから,かかるライセンス契約により一審被告が 受領した金員は,そのまま独占の利益として算定されるべきものであり, その金額は●●●●●●●●●を下らない。 ? 本件発明に対する一審被告の貢献度について 原判決は,本件発明に対する一審被告の貢献度を95%と評価した(原判 決108頁4行目から114頁19行目まで)。 しかしながら,評価の前提となる一審原告の関与を「発明者しか行うこと ができない行動」に限るかのように説示するなど,不当に狭く解した上,発 明者としての一審原告の貢献を示す重要な事情や,一審被告の貢献度を低減 させる事情について考慮を欠いている。一審原告は,自らビジネスモデルを 考えながら,それを実現する技術を開発し,そのビジネスモデルで利益を確 保する特許発明をし,実際に営業活動を自ら行うなどして,FeliCa事業を成 功に導いたのであり,その貢献度は他に例をみないほど極めて高い。それに 対し,一審被告は,FeliCaの開発にほとんど貢献しておらず,むしろ,その 事業展開に失敗するなど,その貢献は非常に小さい。ポイントとなる点は, 別紙6「一審原告の貢献度の高さと一審被告の貢献度の低さを示す事情につ いての一審原告の主張」に記載のとおりであり,これらの事情を正しく認定 判断すれば,一審被告の貢献度は80%を超えず,いかに高く評価しても9 0%を超えることはあり得ない。 ? 共同発明者間における一審原告の貢献の割合について 原判決は,共同発明者各自の発明に対する貢献の程度は均等であるとの認定を前提に,一審原告の貢献の割合を算定した(原判決114頁20行目から115頁18行目まで)。しかし,次に述べるとおり,本件各発明は,その全部,あるいはその大部分を一審原告が単独で行ったものであり,貢献の程度が均等であると判断するのは誤りである。 ア 本件発明1〜3,11 これらについて,発明のすべての構成を創作したのは一審原告である。 Aは,一審原告の指示を受けてプログラミングを担当したのにすぎず,そ の行為は,技術的創作活動という評価には値しない。したがって,上記各 発明は,一審原告が行ったものというべきであるし,その貢献を少なく見 積もっても70%を下ることはない。 イ 本件発明4〜7,9,10,12 一審原告は,これらの発明の前提となる非接触式ICカードに関する事 業化モデルを発想し,それを具体化するために,上記各発明を行った。各 発明の具体的構成を創作したのは一審原告であり,他の者は,技術的創作 活動という評価には値しない関与をしたのみである。 すなわち,A及びBは,一審原告の指示を受けてプログラムを作成し, また,A及びCは,本件発明7の縮退鍵についてセキュリティの高さの検 証を行ったが,これらはいずれも技術的創作活動という評価に値するもの ではない。更に,Dは,本件特許10について出願時に関与したことから 発明者として記載されているが,このような出願時の関与が,技術的創作 活動という評価に値しないことは明らかである。 以上の点を考慮すると,上記各発明は一審原告が行ったものというべき であるし,その貢献を少なく見積もっても70%を下ることはない。 ウ 本件発明8 本件発明8も,一審原告が長年携わってきた被告各製品の開発過程にお ける知見に基づいて行われたものであり,一審原告の貢献度は70%を下 らない。 ? 遅延損害金の起算日について 被告発明考案規定の定めによれば,相当の対価の支払時期は,特許権の設 定登録時または特許発明の実施時のいずれか遅い時点である。本件発明は, それぞれの特許登録前から実施されていたから,本件発明についての相当の 対価の支払時期は特許権の設定登録日であり,その日が遅延損害金の起算日 となる。 よって,一審原告は,遅延損害金の起算日を原審での請求よりも遡らせて 本件各特許の設定登録日とすることにより,請求を拡張する。 5 当審における一審被告の主張 ? 被告製品における本件発明の実施の有無について ア 原判決は,FeRAMを搭載した被告製品1及び6について,本件発明 2-2の実施品である旨判断した(原判決53頁17行目から56頁12 行目まで)。 しかしながら,本件発明2-2では,記憶手段が有するデータ領域及び ポインタ領域が同一の「ブロック単位」でデータ及びデータブロック番号 を記憶することを構成要件としているところ,FeRAMでは,ページ単 位ではなく1バイト単位でデータの更新を行っているため,「ブロック領 域」におけるデータブロック容量と「管理テーブル」におけるセグメント の容量が異なっているから,「所定のブロック単位」でデータ及びデータ ブロック番号を記憶しているとはいえない。このように,被告製品1及び 6のうちFeRAMが採用された製品は,本件発明2-2の構成要件を充 足しないから,同発明を実施していない。 イ 原判決は,FeRAMを搭載した被告製品1及び6について,本件発明 3-2の実施品である旨判断した(原判決56頁13行目から60頁9行 目まで)。 しかしながら,特許発明3-2に記載の「消去ステップ」は,古いデー タを更新中に電源が遮断される等の事態が生じてもデータの読み出しが不 安定にならないようにするため,第1の領域又は第2の領域のいずれか一 方に記録されているデータを消去することにより,他方に記録されている データの完全性を保証するという技術的意義を有するものである。しかる に,FeRAMでは,1クロックサイクルで1バイトの書き込みが完全に 行われるため,書き込みの途中で電源が遮断されるとデータの読出しが不 安定になるという事態がそもそも存在しない。このように,FeRAMは, EEPROMとは異なり,第1の領域又は第2の領域のいずれか一方に記 録されているデータを消去することにより,他方に記録されているデータ の完全性を保証するという構成を採用する必要がないため,FeRAMを 搭載した被告製品1及び6では,一方の領域が有効である場合に,他方の 領域が消去済みであるかを判断する必要はなく,当該他方の領域を消去せ ずに,当該他方の領域を更新するという構成を採っており,本件発明3- 2を実施していない。 ? 本件特許の承継によって一審被告が得た利益について ア 超過売上割合について 原判決は,自己実施に係る独占の利益の算定に当たって用いる超過売上 割合を,40%と認定した(原判決100頁6行目から102頁19行目 まで)。 しかしながら,本件各特許の実施品又は間接実施品である被告製品の売 上高のうち,本件特許によって得られた独占の利益に由来する部分はきわ めて限定的である。特に,下記の各事情を考慮すれば,超過売上割合は存 在せず,仮に存在するとしても10%を超えない。 @ FeliCa事業は,JR東日本を始めとする全国交通系の企業が構築した 巨大なインフラストラクチャーの市場影響力に基づき,特許権の排他的 効力を利用することなく,事業が拡大・維持されてきた。 A 本件各発明は,E発明のような基本発明を含む従来技術と比較して, 格別に画期的といえるものではなく,市場における排他的効力は,もと もと低いものであった。 B 非接触型ICカードの市場においては,有力な代替技術が存在し,そ のような代替技術を選択するユーザーないしプラットフォーマーが独占 的な市場を形成している分野もあり,特許権による独占力は低いもので あった。 C FeliCa事業からは多額の損失が生じており,大きな利益を生ずるよう な事業でなかった。 イ 仮想実施料率について 原判決は,自己実施に係る独占の利益の算定に当たって用いる仮想実施 料率を特許1件当たり0.8%と認定し,実施品ごとに実施又は間接侵害 されている特許の件数を累積して計算した(原判決102頁20行目から 104頁18行目まで)。この認定及び計算手法は,上記アの@〜Cのと おりのFeliCa事業の特殊性に照らして誤りである。また,本件各特許が FeliCaという規格を構成する特許の一つであって,その実施料率を高くみ るとロイヤルティスタッキングの問題が生じるにもかかわらず,このこと を看過している点においても誤りである。 本件においては,FeliCa事業に用いる知的財産権の全体について,仮想 実施料率は0.42%ないし0.56%を上回らず(乙53),これらの 知的財産権にはノウハウやハードウェア関連の特許権も含まれ,本件各特 許以外のソフトウェア関連の特許権も多数存在するから,本件各特許(1 1件)合計でもその仮想実施料率は更に低い。このことは,FeliCaやこれ に類似する技術の特許ライセンスの実例(乙346,396,397)と も整合する。 ウ 特許設定登録前の発明の実施に係る相当の対価について 仮に,上記4?の一審原告の主張のとおり,特許設定登録前の実施に係 る相当対価請求権が時効消滅していないとしても,特許設定登録前の発明 の実施には独占の利益がないか,あるとしても特許登録後に補償金請求権 が生じ得ることによる限定的なものにすぎない。したがって,特許設定登 録前の実施に基づく一審被告の売上は,相当対価の算定に当たって考慮す べきでなく,仮に考慮するとしてもその相当対価は僅少なものである。 ? 本件発明に対する一審被告の貢献度について 原判決は,本件発明に対する一審被告の貢献度を95%と評価した(原判 決108頁4行目から114頁19行目まで)。しかしながら,この評価は 低きに過ぎ,本件発明に対する一審被告の貢献を裏付ける事情を正しく認定 した上でその貢献度を評価すれば,99%を超える。 ? 弁済の充当について 原判決は,本件発明について一審被告が支払った報奨金(合計●●●●● ●)を,個別の本件発明の自己実施に関する相当の対価の弁済として扱うと いう計算方法をとっているので,相当の対価よりも報奨金の額が多い本件発 明4及び11の報奨金が過払いとなっている。この過払いは,FN社に対す る現物出資に関する相当の対価の弁済として扱うべきである。 |
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当裁判所の判断
1 争点(1)(被告製品における本件発明の実施の有無)について ? 当裁判所の判断は,下記?のとおり原判決を改め,同?及び?のとおり当 審における各当事者の主張を採用しない理由につき補充するほかは,原判決 の「事実及び理由」の「第3」の1項(原判決48頁3行目から87頁14 行目まで)の記載のとおりであるからこれを引用する。 ? 原判決73頁5行目から74頁8行目まで(被告製品5S(発券機能有り) が本件発明5-3の間接実施品に当たらない旨を判断した箇所)を,当審に おける一審原告の主張にかんがみ,次のとおり改める。 「(ウ) 本件発明5-3の特許請求の範囲の記載によれば,同発明にかかる 「情報処理方法」は,「データ記憶装置」(具体的にはICカード)に 対して,「管理情報を提供するための処理」を行うものである。そして, 管理情報を提供するに当たっては,「管理情報作成ステップ」,「暗号 化ステップ」及び「送信ステップ」の三つの工程が実行される。 被告製品5S(発券機能有り)は,前記ア(ウ)A(原判決70頁19行 目から23行目参照)のとおり,ICカードの製造者がその製造工程で 使用する機器であり,本件発明5-3のうちの「暗号化ステップ」及び 「送信ステップ」を実行する。これに対し,「管理情報作成ステップ」 は,●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●,カード 製造者がその製造工程で実行することはない。 しかしながら,「管理情報作成ステップ」がFN社によって他の機器 によって実行されるとしても,上記三つのステップをすべて実行するこ とによって初めて本件発明5-3の実施が可能になることからすれば, 「暗号化ステップ」及び「送信ステップ」を実施する機器は,本件発明 5-3の「方法の使用に用いる」装置であるといえる。そして,FeliCa のシステム全体の中で,被告製品5S(発券機能有り)以外に「暗号化ス テップ」及び「送信ステップ」を実施する機器が存在するとは想定し難 いから,被告製品5S(発券機能有り)は,本件発明5-3の発明の課題 を解決するために「不可欠な」ものといえる。 したがって,被告製品5S(発券機能有り)は,第三者が製造,販売し ていたとすれば特許法101条5号に該当する物であって,本件発明5 -3の間接実施品に当たる。」? 当審における一審原告の補充主張のうち,被告製品5S(発券機能有り)が 本件発明10-1の間接実施品でない旨の原判決の判断(原判決84頁2行目から86頁24行目まで)の誤りをいうものは,以下の理由により,採用することができない。 すなわち,本件発明10-1は,@「分割用鍵データ」で「第1のモジュールデータ」を暗号化する機能,A「第1の領域管理鍵データ」で「暗号化された第1のモジュールを含む第2のモジュールデータ」を暗号化する機能,B「携帯装置」の「集積回路」に対して「暗号化された第2のモジュールデータ」を提供し,「集積回路」内で第2のモジュールデータ,第1のモジュールデータを順次復号し,第2の領域管理データを用いて第1の記憶領域と第2の記憶領域に分割する機能,という3つの機能から構成されるところ,一審原告は,発券機能を有する被告製品5Sは,ICカードに相当する被告製品1(のICチップ)に対して,暗号化された「第2のモジュールデータ」に相当するデータを提供して,その「記憶領域」に相当するメモリの分割を実行するから,まさに「記憶領域」の分割の実行に用いられ,本件発明10-1の「方法の使用に用いる物」であって「その発明の課題の解決に不可欠なもの」に当たると主張する。 しかしながら,本件発明10-1を構成する機能のうち,@の暗号化とAの暗号化,及びBのうち集積回路内で実行される二次にわたる復号と記憶領域の分割とが,本件発明10-1が有する特徴的工程であるといえるところ,被告製品5(発券機能有り)は●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●関与するにとどまる。 そうすると,被告製品5(発券機能有り)は,本件発明10-1特有の解決手段を構成するものとはいえず,したがって,本件発明10-1の「発明による課題の解決に不可欠なもの」であるとはいえないから,一審原告の主張は採用することができない。 ? 当審における一審被告の補充主張は,次のとおり,いずれも採用すること ができない。 ア FeRAMを採用した被告製品1及び6は本件発明2-2を実施してい ない旨の主張について 本件発明2-2の「データ領域」,「ポイント領域」及び「第1及び第 2の領域」は,それぞれあらかじめ定められたブロック単位で情報を記憶 するものであればよく,各領域のブロック単位が同一であることは要しな い(原判決55頁3行目から6行目まで)。そうすると,FeRAMを採 用した被告製品1及び6が上記各「領域」を有し,それぞれが所定のブロ ック単位で情報を記憶していると認められる以上,上記各領域のブロック 単位が同一でないとしても,FeRAMを採用した被告製品1及び6は本 件発明2-2を実施しているといえる。 したがって,一審被告の上記主張は採用することができない。 イ FeRAMを採用した被告製品1及び6は本件発明3-2を実施してい ない旨の主張について 本件明細書3には,本件発明3-2における消去ステップと,EEPR OMのセル書換えの際の消去工程との関係を示唆する記載はなく,当該消 去ステップが,不揮発性メモリとしてEEPROMを用いたことに起因し て採用されたものであるとする根拠はない。 また,FeRAMが採用され,セル単位の書込みサイクルが短縮された ことにより,「古いデータを更新中に例えば電源が遮断されると,その更 新したデータを読み出したとき,そのデータが正しいデータとして読み出 されたり,誤ったデータとして読み出すことができず前回のデータが読み 出されたり不安定な状態になる」との事象が発生しなくなったことを裏付 ける証拠もない。さらに,仮にかかる事象が発生しないとしても,そのこ とによって直ちにFeRAMを採用した被告製品1及び6が「消去ステッ プ」を「備えていない」ことになるわけではないのであるから,被告製品 1及び6の具体的構成等の推認を妨げる事実が指摘されない限り,「消去 ステップ」が採用されているという推認が覆されるものではない。 したがって,一審被告の上記主張は採用することができない。 2 争点?(登録日前の実施に対応する相当の対価支払請求権の消滅時効の成 否)について ? 関連する被告発明考案規定の内容は,原判決の「事実及び理由」の「第 3」の1項の?(原判決87頁20行目から90頁1行目)までの記載のと おりであるから,これを引用する。 ? 勤務規則等の定めに基づき職務発明について特許を受ける権利を使用者に 承継させた従業者は,使用者に対し相当の対価支払請求権を取得する(旧法 35条3項)ところ,同請求権についての消滅時効の起算点は,特許を受け る権利の承継時であるのが原則であるが,勤務規則等に使用者が従業者に対 して支払うべき対価の支払時期に関する定めがあるときは,その支払時期が 消滅時効の起算点となると解される(最高裁平成15年4月22日第三小法 廷判決・民集57巻4号477頁参照)。そして,特許発明の実施の実績を 考慮して支払われる相当の対価について,対象期間の実績に対応する対価に 関する支払時期の定めが勤務規則等にある場合には,当該所定の支払時期ま では権利行使について法律上の障害があるといえ,当該期間の実績に対応す る対価支払請求権について,所定の支払時期が消滅時効の起算点となると解 される。 上記?の認定事実によれば,一審被告の発明考案規定上,「●●●●●● ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●この規定が,●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●の実施等を問題にしている以上,報奨金が支払われるためには,特許権等の登録がされることが必要であることは明らかである。しかしながら,上記規定が,実施等に関しては,●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●,実質的に見ても,この両者を区別する必要に乏しいと考えられること(一審被告は,登録前の実施等に関しては,独占の利益が極めて小さいと主張するが,後に述べるとおり,この主張をそのまま採用することは困難である。)からすると,上記規定は,登録前の実施等についても報奨金を支給する趣旨を定めたものであると解するのが相当である。 これを前提に検討するに,被告発明考案規定は,上記のとおり,●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●などからすると,特許権等の登録及び実施等がされた後,直ちに報奨金等の支払が行われる(すなわち,特許権等の登録の時又は実施等の時のうち遅い方の時を支払時期とする)旨が定められていると解することも困難である。したがって,対価支払請求権は,上記の原則どおり,特許を受ける権利の承継時に,期限の定めのないものとして発生していると解するほかはない。そうすると,対価支払請求権の消滅時効期間は,特許を受ける権利の承継時から進行することとなるが,被告発明考案規定が,登録前の実施等に対する対価支払請求権と登録後の実施等に対する対価支払請求権を区別することなく,その支払を定めているものと解される以上,被告発明考案規定に基づく報奨金の支払は,登録前後を問わず,実施等に対する対価支払請求権全体に対する一部弁済であって,債務 の承認又は時効援用権の放棄に当たると解すべきである。そして,一審被告 は,本訴が提起された後である平成28年3月ころまで,報奨金の支払をし ていたことは,原判決「事実及び理由」の「第2」の2項?記載の前提事実 のとおりであるから,登録前の実施等に対する対価支払請求権について,時 効の完成を主張できないことは明らかである。 以上により,一審被告の消滅時効の主張は採用することができない。 3 争点?(本件発明により受けるべき利益)について ? 旧法35条4項によれば,相当の対価は「その発明により使用者等が受け るべき利益の額」を考慮して算定すべきところ,本件発明により「使用者等 が受けるべき利益」としては,@使用者等が特許権を自ら独占実施すること によって得る利益,A一審被告がFN社に対して実施権の現物出資をしたこ とに伴う利益,B第三者に対する実施許諾に伴う利益,の三つが考えられる。 @は,いわゆる「独占の利益」である。「独占の利益」の意義及び本件に おけるその基本的な算定方法は,原判決の「事実及び理由」の「第3」の3 項?(原判決94頁1行目から22行目まで)に記載のとおりであるからこ れを引用する。その具体的な算定は下記?のとおりである。 これに加えて,上記Aの利益について下記?で,上記Bの利益について下 記?で,順次検討する。 ? 独占の利益 原判決の上記引用部分に説示されたとおり,独占の利益は,売上高に超過 売上げの割合及び仮想実施料率を乗じることによって算定すべきものである ところ,その具体的内容は,以下のとおりとなる。 ア 実施品の売上高 (ア) 前記第2の2の前提事実及び上記1によれば,本判決別紙2の表Aの 「本件発明」欄記載の発明につき,被告製品1〜6の各欄に「○」が記 載された被告製品はその実施品であり,被告製品1及び6欄に「△」が 記載されたものは,被告製品1及び6のうちEEPROMが搭載された 製品が,その実施品である(なお,以下,本件発明のうちの被告製品に おいて実施された発明を総称して,単に「本件実施発明」ということが ある。また,表Aにおいて,被告製品5Sの「有」「無」は発券機能の 有無を意味する。)。 もっとも,本件発明2ないし6及び10は,本件発明2-1及び2- 2を併せて「本件発明2」というなど複数の発明を総称したものである ところ,原判決「事実及び理由」の第2の2?及び同?記載の前提事実 並びに弁論の全趣旨によれば,総称される発明に含まれる複数の発明は 同一の発明報告書から具体化された発明であると認められることからす ると,総称される発明に含まれる発明が実施されていれば本件実施発明 の実施品であるとして売上高を計上するのが相当といえる。 この点を考慮して,表Aを修正すると表Bのとおりとなる。 (イ) 別紙2の表Bのとおり,被告製品のすべてについて,本件発明1〜1 1が少なくとも一つは実施されている。そして,被告製品はICチップ そのもの又はICチップを部品として用いた製品であることにかんがみ, 被告製品において利用されたICチップの売上高を,証拠(乙332, 400)及び弁論の全趣旨に基づき年度ごとに集計したものが別紙3の 表1である。 別紙3の表1について補足説明する。 a 被告製品全体の売上高ではなく,被告製品において利用されたIC チップの売上高を計上したことの理由は,原判決96頁12行目から 98頁13行目までに記載のとおりであるからこれを引用する。 一審原告は,ICチップを含む製品全体の売上高を計上すべきであ る旨主張するが,ICチップが独立の取引の対象になっていると認め られる以上,その売上高のみを計上すれば足りるというべきである。 b 年度の区切りは一審被告の会計年度によった。平成25年以前は4 月から翌年3月まで,平成26年は4月から12月まで,平成27年 以降は1月から12月までである。 c 平成12年度以前の売上高は計上しなかった。その理由は次のとお りである。 @ 一審被告においても正式な決算書類としては記録が残っておらず, FeliCa事業の売上高として担当者が私的に記録していた金額が判明 するのみであり,被告製品ごとの売上高は不明である(乙340)。 A 後記認定のとおりのFeliCa事業の経過によれば,平成12年度以 前は,JR東日本の改札システムが始動する前の時期であって, FeliCa事業が軌道に乗っていたとはいいがたい。生産ラインを新規 に立ち上げたため(乙16),初期においては生産効率も悪かった であろうこと等の事情も考慮すると,独占の利益を検討する以前の 問題として,そもそも利益が生じていたかどうかに疑問が大きい。 d 平成27年度以降は,平成24年度から26年度までの3か年度の 平均である。 イ 超過売上げの割合 (ア) 超過売上げの割合は40%と認めるのが相当である。その理由は,原 判決100頁6行目から102頁19行目までの記載のとおりであるか らこれを引用する。 (イ) 一審原告は,70ないし100%を主張し,一審被告は10%を主張 する。具体的には,一審原告は,本件各製品のいずれについても,これ らを独自に製造販売し得る技術力を有する著名な大企業が多数存在する から,仮にこれらの競合他社に本件各発明をライセンスした事態を想定 した場合,一審被告が得たであろう仮想の売上高は実際の売上高からい くら少なく見積もっても7割程度は喪失していたことが明らかである旨 主張し,他方,一審被告は,FeliCa事業は,一審被告及びJR東日本の 主導により構築されたインフラストラクチャーの市場影響力及び策定さ れた標準規格の通用力等に基づき,特許権の排他的効力を利用すること なく,事業が拡大・維持されてきたのであるから,独占の利益は極めて 小さく1割を超えることはない旨主張する。 そして,これらの主張が前提とする,強力な競合他社の存在や,一審 被告とJR東日本等が構築した強力な市場影響力の存在や標準規格の通 用力等については,それぞれに裏付けとなる証拠が存在するといえるか ら,本件においては,これらの事情を総合的に考慮した上で,超過売上 げの割合を決定する必要がある。すなわち,双方が主張する事情の一方 のみに基づいて,極端に高い,あるいは極端に低い超過売上げの割合を 決定することはできないのであって,全体としてみれば,原判決が指摘 するとおり,半分をやや下回る40%を超過売上げの割合と認定するの が相当である。 ウ なお,一審被告は,本件各特許の特許権登録前の実施等に関しては,独 占の利益は極めて小さいから,このことを考慮すべきであると主張する。 たしかに,出願公開前の段階においては,特許法上何ら特別な保護は認 められていないのであるから,この段階における特許発明の実施について 独占の利益を肯定することは困難というべきである。しかし,出願公開後 においては,一定の条件の下に補償金支払請求権が認められ,この限度で 特許法上の保護が与えられているのであるから,特許権登録後の2分の1 の限度では独占の利益が認められるというべきである。一審被告は,特許 権登録前の段階では,特許が成立しているかどうかも定かではないと主張 するが,現実に特許が成立している以上,この点を重視するのは相当では ない。 以上を前提に考えると,特許1〜3,5〜7は,対価支払請求権の計算 対象前である平成12年以前に出願公開がされているから(甲1〜3,5 〜7),平成13年以降出願登録までの全期間について2分の1の限度で 独占の利益が認められることになるが,特許4は平成16年12月2日, 特許8は平成20年7月17日,特許9は平成13年7月19日,特許1 0は平成13年10月18日,特許11は平成17年1月27日に出願公 開されているので(甲4,8〜11),出願公開日の翌月である特許4に ついては平成17年1月,特許8については平成20年8月,特許9につ いては平成13年8月,特許10については平成13年11月,特許11 については平成17年2月から各特許権登録までの期間について2分の1 の限度で独占の利益を認めるのが相当である。 エ 仮想実施料率 (ア) 本件実施発明の意義は,原判決102頁21行目から103頁11行 目までに記載のとおりであるからこれを引用する。 (イ) 本件実施発明の実施に係る諸事情を考慮すると,本件実施発明に係る 各発明についてそれぞれ仮想実施料率を定め,その仮想実施料率をいず れも0.3%と認めるのが相当である。この認定に当たって考慮した事 情については,原判決102頁21行目から104頁15行目まで及び 104頁19行目から105頁3行目までの各記載を引用するほか,本 件各証拠(当審で新たに提出された多数の証拠を含む。)に基づき認定 できる事情とそれに基づく判断を次のa以下のとおり補足する。 なお,一審原告は,本件においては仮想実施料率ではなく限界利益率 を用いるべき旨主張するが,限界利益率を用いるべき理由は見当たらず, その主張は採用することができない。 a 当事者双方が提出した資料から認定できる実施料率等のうち,本件 において参考になると思われるものとしては,次のようなものがある。 ? 経済産業省知的財産政策室編「ロイヤルティ料率データハンドブ ック」(甲98)によれば「器械」分野のロイヤルティ料率の平均 値は3.5%,最大値は9.5%,最小値は0.5%,標準偏差は 1.9%であり,「電気」分野の平均値は2.9%,最大値は9. 5%,最小値は0.5%,標準偏差は1.5%であり,「コンピュ ータテクノロジー」分野の平均値は3.1%,最大値は7.5%, 最小値は0.5%,標準偏差は2.0%であり,「精密機器」分野 の平均値は3.5%,最大値は9.5%,最小値は0.5%,標準 偏差は1.9%である。 ? IT業界のライセンスの実務においては,必須特許の累積ロイヤ ルティ料率は最大限5%とされていることが多い(乙381,38 2)。 ? 標準規格であるMPEG(動画圧縮)やデジタルテレビチューナ ーのパテントプールにおいて,きわめて多数の対象特許(ARIB ではピーク時に600件)についてのライセンス料は,最終製品の エンドユーザーに対する販売価格の●●とされた(乙390)。 ? FeliCa開発の過程で一審被告がフランステレコムから同社保有特 許のライセンスを持ち掛けられた際の同社の当初の申出額は,1件 当たり●●●●●●●●であった(乙396)。 b 上記aの?〜?掲記の各証拠はいずれも一審被告が提出したもので あるところ,一審原告は,?及び?については,FRAND宣言の有 無等の点で本件とは事情が異なること,算定の基礎となる製品価格が 最終製品の価格であるからICチップの価格を基礎とする本件には適 用できないこと等を主張し,?については,フランステレコムの有し ていた特許は本件各特許に比してFeliCa事業の実現のための重要性が 格段に劣ること等を主張する。 しかしながら,類似の実施料率に基づいて仮想実施料率を算定しよ うとする場合,仮想実施料率を算定すべき事例と類似事例との間には, 多かれ少なかれ違いが存することは免れないのであるから,違いの存 在を考慮しつつ,仮想実施料率を算定せざるを得ないところ,一審原 告主張の事情が,このような観点から参考資料とするのにも適さない といえるほど決定的な事情であるとは認められない。一審原告の主張 は,採用することができない。 c 両当事者は,aで掲げたもののほかにも,参考とすべき実施料率例 が存在すると主張するが,以下のとおり,その主張を採用することは できない。 ? 一審原告は,一審被告の内部資料(乙329)においてICチッ プのライセンス単価は2004年度で●●●,2010年度で●● ●とされており,各年度のICチップの単価はそれぞれ●●●●, ●●●●であるから,料率としてみるとそれぞれ25%,20%に なる旨主張する。 しかしながら,上記内部資料は,FN社の設立に先立つ一審被告 内部の会議の資料として同社の事業計画を記載したものであって (乙389),不確実な予測にとどまる。そして,同資料にいう 「ICチップ」は,携帯電話用に新たに開発されるものであるから 本件各製品とは別の製品であり(乙389),しかも,携帯電話特 有の技術(その多くは共同出資者のNTTドコモが保有するものと 推認される。)も多数用いられるので,本件各特許がどの程度重要 性を持つか定かでない(なお,携帯電話はそれ自体に電源を有する から,少なくとも,リーダライタ等からICチップへ無線で給電す ることに関連する技術である本件特許2及び8が実施されないこと は確かである。)。 よって,上記資料は,本件の仮想実施料率を認定するための資料 として用いるのは適切でない。 ? 一審原告は,発明協会研究センター編「実施料率(副題)技術契 約のためのデータブック」第5版(甲99)によれば,「電子計算 機・その他の電子応用装置」の実施料率の平均は33%であるから, これも参考にすべき旨主張する。 しかしながら,上記データブックによれば,実施料率は,契約の 件数的に見れば,1%から10%程度の範囲に相当数が集中してい るが,例えば,実施料率40%の契約件数が50件以上あるなど, 高率の実施料率の範囲内で契約件数が突出しているところが数か所 あり,その結果,平均実施料率が高率化していることが認められる ところ(甲99,172頁の図2-20-2参照),高率の実施料 率による契約件数が突出している部分については,特殊な事情が存 在している可能性を否定することができない。そうであるとすると, 特殊事情を考慮しない単純平均としての平均実施料率にどれだけの 意味があるのかは疑問といわざるを得ず,この数値を参考にするこ とはできない。 ? 一審被告は,デロイトトーマツファイナンシャルアドバイザリー 合同会社作成の報告書(乙53)を根拠として,FeliCa関連事業の 累積利益率は●●●●であるから,これを前提に25%ルール(利 益のうち,知的財産権が貢献している部分はその25%であるとし て,その価値を計算する方法)又は利益三分法(営業利益は,資本 力,営業力,技術力の3つから構成されるとして,営業利益の3分 の1が技術力=知的財産権の価値であるとする方法)を適用すると, FeliCa関連の知的財産全体の適正実施料率は0.42%(25%ル ール)〜0.56%(三分法)であるところ,FeliCaに用いられた 知的財産権には特許権以外にノウハウもあること,特許権は本件各 特許のほかに少なくとも20件は存在すること(当審における補充 立証により裏付けられる事実)からすれば,本件各特許の適正実施 料率は更に低い旨主張する。 しかしながら,このように仮想実施料率を算定するベースとなる 利率を利益率とする必然性はないし,この方法によった場合,例え ば,何らかの事情によって事業の利益率がマイナスになってしまっ た場合には,事業に用いられた技術の知的財産権の価値がいくら高 くても仮想実施料率を算定し得ないこととなるという不都合が生ず ることも考慮する必要がある。以上の点を考慮すると,FeliCa関連 特許権の価値が営業利益に適正に反映されているかどうかについて 深刻な争いがある本件においては,営業利益率をベースとして仮想 実施料率を算定することは相当ではないというべきである(なお, aで取り上げた実施料率に基づいて検討する場合に比べると,利益 率をベースとした場合には,それだけで実施料率が一桁小さくなる ことになるが,このような大きな違いを正当化するような事情が存 するかどうかは疑問である。)。 d そこで,aで指摘した料率を前提として,本件における適切な仮想 実施料率を検討する。 aで掲げた各料率のうち,?のパテントプールに関する事例は,最 終製品の価格に対する実施料率が問題とされている点で,料率が低め に設定されている可能性があり,また,?のフランステレコムが申し 出たライセンス料率は,その対象となる発明の意義等が本件実施発明 と比べてどの程度なのかが明らかではなく,いずれも参考資料として の重要性は高くないものといわざるを得ない。したがって,?と?を 中心に検討するのが相当である。 まず,?を見ると,本件実施発明が関連すると考えられる「器械」 「電気」「コンピュータテクノロジー」「精密機器」の分野における 平均実施料率は,2.9%〜3.5%である。また,?によれば,I T業界におけるライセンスの実務においては,必須特許の累積ロイヤ ルティ料率は最大限5%であるというのであるから,平均累積ロイヤ ルティ料率は,上記の平均実施料率とそれほど異ならないであろうこ とが予想される。そして,FeliCa技術は,Suicaを初めとする交通系 カードに採用されたほか,電子マネーカードにも採用されるなど,そ の技術的意義は高いと認められるから,この点は,仮想実施料率を高 める方向に働くと考えられる一方,本件実施発明は,その内容やその 技術的意義に照らし,FeliCa技術の中核的技術に当たると考えられる ものの,FeliCaには本件特許発明以外の技術も用いられており,それ らも相応の意義を有すると考えられるから(一審原告は,他の発明に はほとんど価値がないと主張し,一審被告は,本件実施発明の技術的 意義は極めて低いと主張するが,いずれも極端な主張であって,採用 することはできない。),FeliCa技術に対して支払われるべき実施料 のすべてを本件実施発明に帰属させるべきであると考えることはでき ず,この点は,本件実施発明に対する仮想実施料率を下げる方向に働 く要素であると考えざるを得ない。 これらの点を総合考慮すると,本件実施発明に対して支払われるべ き仮想実施料の料率は,11件の特許発明全体で3.3%,1件当た り0.3%程度と認めるのが相当である。 e 一審原告は,上記a?の実施料率を参考にするとしても,本件実施 発明の価値は極めて高いのであるから,「器械」分野における実施料 率の最大値である9.5%を採用すべきであると主張するが,9. 5%という実施料率は,平均実施料率(3.5%)を3標準偏差分 (標準偏差1.9%×3=5.7%)を超えて上回るものであり,こ のような実施料率の主張は非現実的といわざるを得ない(平均値+3 標準偏差=3.5%+5.7%=9.2%であるから,9.5%は, 3標準偏差分を上回る数値である。なお,統計学上,データの99. 7%は平均値の3標準偏差の範囲内に収まるはずであるから,一審原 告の主張は,その範囲をはずれた,通常では考えられないような例外 的な実施料率を主張していると評価せざるを得ない。)。 他方,一審被告は,被告各製品においては,本件実施特許のほかに も一審被告保有の特許及びノウハウ等が実施されているから,被告各 製品の価格に対するライセンス料が高額となりすぎる「スタッキン グ」の問題が生じ得る旨主張するが,上記の計算は,スタッキングの 問題も考慮した上での計算であるから,一審被告の主張は,上記の結 論を左右するものではない。 ? FN社に対する実施権の現物出資に伴う利益 ア この点に関する認定判断は,原判決106頁17行目の「また,」から 22行目末尾までを次のとおり改めるほか,原判決の認定判断(105頁 14行目から107頁16行目までの記載)のとおりであるからこれを引 用する。 「そして,乙48その他の本件の証拠上,上記の出資に当たり,出資の目 的となった特許出願に係る発明のそれぞれにつきその軽重が考慮された とは認められないものの,これまで認定した諸事情を踏まえると,本件 対象実施権に係る発明の技術的意義は高いと認められる一方,他の出資 の対象となった特許発明は,件数は非常に多いものの,その中に本件対 象実施権に係る発明に匹敵するような技術的価値を有するものが存在し たことを裏付ける的確な証拠は存在しない。そうであるとすると,本件 対象実施権の価値を算出するのに当たり,単純に,件数に応じた計算を するのは相当ではなく,むしろ,本件対象実施権は,現物出資の対象と なった実施権の半分の価値を有するものとみて,その価値は●●●●● ●●●●(●●●●●●●●●×2/3×1/2)であると認めるのが 相当である。」 イ 一審原告は,現物出資後にFN社から一審被告に間接的に還元される利 益の額も考慮に入れるべきであり,具体的には,FN社の売上額のうち本 件各製品の売上げに係るものを抽出した上で,この売上げについて一審被 告がFN社から受領すべき相当なライセンス料を,現物出資に当たっての 評価に基づき計算された価値に加算すべきである旨主張する。 しかしながら,現物出資の後にFN社から一審被告へ利益の還元がなさ れたとしても,それは,一審被告が,FN社へ特許権等の独占実施権を出 資した対価として得たFN社の株式を保有し続け,FN社がその営業努力 により事業利益を上げ,かつその利益の一部を株主である一審被告に還元 することによるものである。かかる利益還元は,あくまで見込みとしてで はあるが,FN社への現物出資の評価に当たって評価され尽くしているも のであるから,これを一審原告の主張のように,現物出資の対価としての 評価額に更に加算するのは相当でない。 したがって,一審原告の上記主張は採用することができない。 ? 第三者に対する実施許諾に伴う利益 両当事者の当審における主張も踏まえて,次のとおり認定判断する。 ア 証拠(乙334,342,425)及び弁論の全趣旨によれば,次の事 実を認定することができる。 (ア) 2008年(平成20年)以降,JR東日本が販売するSuicaカード のうちには,ICチップを一審被告以外の他社(以下「A社」とい う。)が製造し,最終製品としてのカードのJR東日本への納入までの 商流に一審被告が介在していないものがある。 (イ) そのICチップの製造個数は,2019年(平成31年)3月までの 累計で●●●●●●●●●●である。 (ウ) これらのICチップには,一審被告が開発したFeliCaOSが搭載され ている。 (エ) 一審被告はこれらのICチップ1個当たり●●●●●●●●●●●● ●●をA社から受領している。 イ 一審原告は,FeliCaOSでは本件各発明が実施されていること,OSラ イセンスには本件各発明の実施を許諾する趣旨が含まれていることが明ら かであるから,●●●●●●●●●●●●●●●●●●●そのまま独占の 利益として算定されるべきものである旨主張する。 しかしながら,●●●●●●●●●●●を本件各特許の実施許諾料と同 視して独占の利益に加算するのは相当でない。なぜなら,弁論の全趣旨に よれば,●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● ●●●●●●●●●●●●●●,本件各発明を実施するステップも含まれ てはいるが,ICチップの動作に関連するそれ以外のステップも多数含ま れており,本件各発明を実施するステップに対応する部分は極めて少ない と考えられるからである(一審原告は,これに対して的確な反論反証をし ていない。)。 そして,一審被告が●●●●●●●●●●●●●●,本件各発明を実施 するステップが占める割合を具体的に算定するに足りる資料はないが,そ の割合は極めて少ないと考えられることを考慮し,次のとおり,●●●● ●●●●●●●●●●●●●●●●●を第三者に対する実施許諾に伴う独 占の利益と考えることとする。 (計算式) ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●●4 争点?(本件発明について一審被告が貢献した程度)について ? 本件全証拠を総合すると,本件発明について一審被告が貢献した程度を9 5%(発明者らの貢献度を5%)と評価するのが相当である。その理由は, 原判決の108頁5行目から114頁19行目までの記載のとおりであるか らこれを引用する。 ? 当審において,両当事者はそれぞれ,自己に有利な事実を原判決が適切に 認定し考慮していないと主張する。 しかしながら,例えば,一審原告は,FeliCa事業が一審被告の社内で断念 されかかった時期においても一審原告は開発の継続を進言するとともに独力 で研究を続けたこと等を一審原告の貢献として主張するが,これを一審被告 の側から見れば,一審原告の人件費及び研究費用等の負担を甘受して,実用 化・事業化の目途の立たないFeliCaの研究に注力するのを容認していた,と いうことになる。このように,長期継続的な雇用関係のもとでの従業者の職 務発明においては,従業者が独力で成し遂げた発明に見えるものであっても, 使用者による有形無形の貢献が大きく寄与しているのが常態であり,本件各 発明もその例に漏れない。また,逆に,使用者による貢献がいかに大きくて も,個々の従業者の創意工夫なくしては発明は生まれないのであり,このこ とに対する評価を欠いては職務発明制度そのものが成り立ちえない。 以上の点を踏まえ,当事者双方の主張について更に補足すると以下のとお りである。 まず,一審原告は,@非接触式ICカードに関し,一審被告の技術的蓄積 は皆無であったから,本件各発明は,一審原告がほぼ独力で行ったものであ る,A一審原告は,本件各発明を行ったばかりではなく,その事業化につい ても大きな貢献(例えば,香港の主要交通機関におけるFeliCa採用の実現に 当たっては,一審原告は一人で関係者に対する説明等を行ったし,JR東日 本におけるFeliCaの採用に当たっても,一審原告が,関係者に対する説明等 必要な交渉に積極的に関与した。)を行った,B一審被告は,FeliCaの事業 化に関する経営判断を誤るなど,本件各発明から収益を上げるについて大き なマイナスをもたらしており,その貢献は極めて低いなどといった主張をし ている。しかしながら,@についていえば,本件各発明は,仮に直接それに 関わる技術は開発されていなかったとしても,原判決が認定するとおり,そ れまでの関連技術や知識の蓄積があって初めて行われたものと認められるの であって,一審原告の主張は,このような技術や知識の継承の重要性を無視 するものであるといわざるを得ない。また,Aについていえば,香港の主要 交通機関におけるFeliCaの採用に当たっては,一審被告の企業規模や財務の 安定性も大きな要素となっていたこと,JR東日本におけるFeliCaの採用に ついても,一審被告とJR東日本との密接な関係が大きな要素となっていた ことは既に指摘したとおりであるし,一審原告の活動に関しても,その背後 には,一審被告の支援やバックアップ等があったことは容易に推認できると ころである。さらに,Bについては,経営判断は,表面に出ない事情も含め た諸般の事情に基づいて行われるものであって,その当否を軽々に論ずるこ とはできないのであって,一審原告の主張は,これら様々な事情を考慮しな い結果論の嫌いを免れないものといわざるを得ない。以上の点を考慮すると, 一審原告の主張をそのまま採用することは困難である。 他方,本件各発明の重要性も既に指摘したとおりであるし,一審原告が, 関係者に対する技術説明等,単なる技術開発にとどまらない貢献を行ったこ とも事実であると認められる。一審被告の主張は,このような一審原告の貢 献を軽視しているといわざるを得ず,やはり,そのままその主張を採用する ことはできない。 以上の次第であって,両当事者の当審における補充主張は,上記?の判断 を左右しない。 5 争点?(発明者間における一審原告の貢献の程度)について 本件全証拠を総合すると,各本件実施発明の共同発明者間における一審原告 の貢献の程度は,共同発明者各自の貢献の程度を均等として評価するのが相当 である。その理由及び具体的な割合は,原判決の114頁21行目から115 頁18行目までの記載のとおりであるからこれを引用する。 一審原告は,本件各発明に係る技術的創作を行ったのは一審原告であり,他 の者は,一審原告の指示に基づいてプログラミングをするなど,技術的創作に 該当しない関与を行ったにすぎないという趣旨の主張をし,その陳述書(甲9 0〜92)にもこれに沿う部分があるが,F(乙162),A(乙163)は, これに反する陳述をしており,いずれの陳述が正当であるかは,にわかに決し 難いところがある上に,発明報告書(乙27〜36)等の客観的証拠にも一審 原告の主張を裏付けるに足りる記述は存在しない。したがって,一審原告の主 張は,そのまま採用することは困難であるといわざるを得ない。 6 一審原告に支払うべき相当の対価 以上に基づき,一審被告が一審原告に支払うべき相当の対価を検討する。 ? 一審被告が被告製品1〜5を製造したことに関しては,別紙3の表1〜4 による計算のとおりである。別紙3の各表は,原判決の計算過程を一覧化し た別紙1の各表に対応するが,当審の計算につき原判決の計算との相違点を 中心に補足説明すると次のとおりである。 ア 消滅時効についての判断を変更したため(上記2),平成13年(20 01年)から各特許登録までの期間の売上についても対象とした。 イ もっとも,上記期間の売上のうち,出願公開前の期間の売上は対象とせ ず,出願公開の翌月から特許登録の月までの期間については売上の2分の 1を,特許登録の翌月以降は売上の全額を計算の基礎とすることとして (上記3?ウ),表1及び表2の各数値に基づいて表3の関係売上高を計 算するに当たり,表2の月数を,特許登録前の期間については実際の月数 の半分とした。 なお,これによる表2掲記の「修正月数」を,各特許の出願公開及び特 許登録の日の属する年月と併せて再掲した表を本判決の別紙4とする。 ウ 上記イを踏まえて,具体的な計算方法を例示すると次のとおりである。 (ア) 仮定 ・ 特許権Pが,製品A及び製品Bで実施されている。 ・ 製品Aの年間売上高 900万円 ・ 製品Bの年間売上高 300万円 ・ 会計年度 4月から翌年3月まで ・ 出願 元年2月 ・ 出願公開 18年6月 ・ 特許登録 19年8月 ・ 特許権存続期間終了 21年2月 (イ) 18年度の特許権Pの「関係売上」(表3) ・ 修正月数 4.5か月 (出願公開の翌月である18年7月から19年3月までは9か月。そ の2分の1は4.5か月。) ・ 製品AとBの売上高合計 1200万円 ・ 関係売上 1200万円×4.5月/12月=450万円 (ウ) 19年度の特許権Pの「関係売上」(表3) ・ 修正月数 9.5か月 (19年4月から特許権登録の同年8月までは5か月であり,その2 分の1は2.5か月。特許権登録翌月の同年9月から20年3月まで は7か月) ・ 関係売上 1200万円×9.5月/12月=950万円 (エ) 20年度の特許権Pの「関係売上」(表3) ・ 月数 11か月 (20年4月から特許権存続満了の21年2月までは11か月) ・ 関係売上 1200万円×11月/12月=1100万円 (オ) 発明Pに対する「相当の対価」(表4) (450+950+1100)万円×40%×0.3%×5%×50%=750円 エ 仮想実施料率を本件各発明につき等しいものとしたこととの均衡上,報 奨金も本件各発明に対して支払われた総額を均等割して,本件各発明の相 当対価の弁済として扱うべきである。表4では,本件各発明について相当 対価と実際に支払われた報奨金との差額をプラスマイナス通算しており, これによって,最終的な未払額合計は,均等割で計算したのと同様の結果 となる。 ? FN社に本件対象実施権を現物出資したことに関する相当の対価は,上記 3?の判断に従い,表5のとおり計算した。ここで「共同発明者間の原告の 貢献率」38.37%は,現物出資の対象となった特許(本件各特許から特 許2,8及び11を除いたもの)に対する一審原告の貢献率の平均である。 ? 第三者(A社)に対する実施許諾による利益は,上記3?の判断に従い, 表6のとおり計算した。ここで「原告の貢献率」39.27%は,被告製品 1に用いられた特許(本件各特許から特許12を除いたもの)に対する一審 原告の貢献率の平均である。 ? 上記?〜?の各計算結果を合計して,一審被告が一審原告に対して支払う べき相当の対価(未払額)の合計を表7のとおり算出した。 7 遅延損害金の起算日について 一審原告は,当審において,遅延損害金の起算日を本件各特許の登録日に遡 らせて請求している。これは,相当対価請求権の支払期は本件各特許の登録日 であるとの見解に基づくものと解される。 しかしながら,既に説示したとおり,上記2において検討した被告発明考案 規定の定めによれば,相当対価請求権に係る債務は期限の定めがない債務とし て発生するものと解すべきである。したがって,同債務は,債権者の支払催告 によって遅滞に陥ると解されることになるから,遅延損害金の起算日は,原判 決と同様に,訴状送達の日の翌日とするのが相当である。 8 結論 よって,一審原告の請求は,主文第2項記載の限度で理由があり認容すべき であるが,これを超える部分は理由がなく棄却すべきであるから,原判決中, これと異なる部分は不当といわざるを得ない。そこで,一審被告の控訴に基づ いて原判決を一部変更し,一審原告の控訴は理由がないから棄却することとし て,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 鶴岡稔彦 |
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裁判官 | 上田卓哉 |
裁判官 | 石神有吾 |