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関連審決 不服2000-6500
関連ワード 進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  一致点の認定 /  相違点の判断 /  発明の詳細な説明 /  優先権 /  容易に想到(容易想到性) /  拒絶査定 /  請求の範囲 / 
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事件 平成 14年 (行ケ) 480号 審決取消請求事件
原告 トムソンコンシューマ エレクトロニク ス インコーポレイテッド
訴訟代理人弁理士 谷義一
同 阿部和夫
同 濱中淳宏
同復代理人弁理士 佐藤久容
同 市原政喜
被告 特許庁長官今井康夫
指定代理人 小林秀美
同 藤内光武
同 小曳満昭
同 宮川久成
同 伊藤三男
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/04/19
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
請求
特許庁が不服2000-6500号事件について平成14年5月14日にした審決を取り消す。
当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯 原告は,平成3年5月29日,名称を「ビデオ信号制御装置」とする発明につき特許出願(優先権主張1990年〔平成2年〕6月1日・英国)をしたが,平成12年2月1日に拒絶査定を受けたので,同年5月1日,不服の審判の請求をし,不服2000-6500号事件として特許庁に係属した。
特許庁は,同事件について審理した結果,平成14年5月14日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本は,同月24日,原告に送達された。
2 本件特許出願の願書に添付した明細書(平成12年5月31日付け手続補正書により補正されたもの。以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の【請求項1】記載の発明(以下「本願発明」という。)の要旨 調節可能(注,「調整可能」とあるのは誤記である。以下同じ。)な垂直画像拡大表示特性を有するビデオ表示手段と; レターボックスのビデオ信号素材を検出するために,有効画像の走査期間(注,「走査基間」とあるのは誤記である。以下同じ。)中にビデオ信号のビデオルミナンスレベルに応動する手段を含み,前記レターボックスビデオ信号素材を自動的に検出する手段と; 前記検出手段に応動して,前記調節可能な垂直画像拡大表示特性を自動制御する手段と; を含むビデオ制御システム。
3 審決の理由 審決は,別添審決謄本写し記載のとおり,本願発明は,特開昭63-193779号公報(甲5,以下「引用例」という。)に記載された発明(以下「引用発明」という。)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。
原告主張の審決取消事由
審決は,本願発明と引用発明との一致点の認定を誤り(取消事由1),相違点の判断を誤った(取消事由2)結果,本願発明の進歩性を誤って否定したものであるから,違法として取り消されるべきである。
1 取消事由1(一致点の認定の誤り) (1) 審決は,「引用例に記載された発明(注,引用発明)の『テレビジョン映像信号の垂直ブランキング期間を検出する検出手段』は,本願発明の『レターボックスのビデオ信号素材を検出するために』『レターボックスビデオ信号素材を自動的に検出する手段』に対応している」(審決謄本4頁第2段落)と認定したが,誤りである。
(2) 引用例(甲5)に,「垂直ブランキング期間の検出は,基準の信号を得,その信号のパルス幅より映像信号の垂直ブランキング期間が長いか短かいかを判定する」(3頁右上欄第1段落)と記載されているとおり,引用発明は,垂直ブランキング期間の長さを検出して,その期間長により垂直・水平の振幅を自動的に変化させるものである。引用例の第2図の(a)は,本件特許出願の願書に添付した図面(甲2)の図12(以下「本願図面12」という。)に相当するところ,第2図の(a)に記載された垂直ブランキング期間aは垂直帰線消去期間に等しい。しかしながら,引用例には,基準信号のパルスと比較するために,どのようにして映像信号の垂直ブランキング期間を特定するかについての記載はない。引用例の第2図の(b)に記載された垂直ブランキング期間bは,黒のバー又はそれ以下のレベルである等価期間と垂直同期期間とを含み,さらに,黒のバー又は映像信号以外の信号が重畳されている無信号期間と,本願図面12に表示された領域A及びC(以下,本願図面12の表示に従い,単に,「領域A」などという。)を含んでいるが,このように,様々なフォーマットの信号で構成された垂直帰線消去期間と,映像信号と映像信号以外の信号を含む領域A及びCとを,どのように特定して,基準信号のパルスと比較するかについて何ら記載されていない。一方,本願発明は,領域A,B及びCの期間中に,ビデオ信号の輝度信号のレベルに応動して,レターボックスのビデオ信号素材を検出するものである。すなわち,有効画像期間中の各ラインの輝度信号が,有効な映像信号を有するか否かの判定を行うのであって,垂直帰線消去期間又は垂直ブランキング期間の長さを検出して,レターボックスのビデオ信号素材か否かを判定するものではない。したがって,引用例に記載された,基準信号のパルス幅より映像信号の垂直ブランキング期間の長さを検出することと,本願発明の有効ビデオの有無を検出することとは,異なる検出手段というべきであり,審決の上記一致点の認定は,誤りである。
2 取消事由2(相違点の判断の誤り) (1) 審決は,本願発明と引用発明との相違点として認定した,「『レターボックスのビデオ信号素材を検出するために,前記レターボックスビデオ信号素材を自動的に検出する手段』が,本願発明では,『有効画像の走査期間中にビデオ信号のビデオルミナンスレベルに応動する手段』を含むものであるのに対し,引用例に記載された発明(注,引用発明)では,特に記載されていない点」(審決謄本4頁下から第2段落)について,「ブランキング期間であるかどうかを輝度信号のレベルに応動して検出することは,当業者が適宜採用しうることである。よって,引用例に記載された発明において,輝度信号に着目して,有効画像の走査期間中にビデオ信号のビデオルミナンスレベルに応動する手段を含むようにすることは,当業者が容易に想到しうることである」(同5頁第1段落〜第2段落)と判断したが,誤りである。
(2) 引用例の垂直ブランキング期間に含まれる,垂直帰線消去期間,領域A及びCは,必ずしも輝度信号がゼロレベル(黒のバー)であるとは限らないから,輝度信号レベルに基づいてブランキング期間であるかどうかを検出することは,当業者が容易に想到し得るものではない。すなわち,本願発明は,有効画像の走査期間中にビデオ信号のビデオルミナンスレベルに応動して,レターボックスのビデオ信号素材を検出するため,字幕放送情報やVCRのヘッドの切換え遷移に基づく誤った検出を防止することができるという格別の効果を奏し,この検出結果に応じて,ビデオ表示手段の垂直画像拡大表示特性を制御するものである。ビデオ信号素材について,NTSC方式を例にとると,テレビジョン映像は,毎秒30フレームの画像から構成されており,1フレームは,垂直帰線消去期間と有効画像期間とからなるフィールド二つから構成されている。垂直帰線消去期間は,3ラインの長さ(以下,ラインの長さを「3H」などという。)の等価期間,3Hの垂直同期期間,3Hの等価期間及び12Hの無信号期間から構成され,それぞれ異なるフォーマットの信号で構成されている。レターボックスのビデオ信号素材において,領域A及びCは,有効画像期間中のラインであり,それぞれ10Hの長さである。領域A及びCの信号は,無信号期間と同じ,いわゆる黒のバーである。レターボックスフォーマットにおける領域A及びCには,映画を放送する際の字幕などの信号が重畳されている場合もあり,無信号期間は,文字多重放送などの付加サービスが併せて提供される場合には,映像信号以外の信号が重畳されている場合もある。
(3) 本願発明は,有効画像期間中の各ラインについて,有効な映像信号を有するか否かを判定し,領域A及びCの期間に有効な映像信号がない場合に,レターボックスのビデオ信号素材であると判定するものである。具体的には,領域Bの様々な映像信号と,黒のバー又は映像信号以外の信号が重畳されている領域A及びCの信号とを識別するため,所定のルミナンス閾値を設定して,このルミナンス閾値と輝度信号のレベルとを比較する。領域A及びCと領域Bにおける信号波形は,1ラインごとに様々な波形を有しており,有効画像期間においては,さらに,ビデオ素材によって様々な波形を有している。したがって,単に,輝度信号レベルに基づいて,ブランキング期間であるかどうかを検出することは,当業者が容易に想到し得るものではない。
(4) 被告が提出した特開昭63-198487号公報(以下「乙1公報」という。),特開平1-302975号公報(以下「乙2公報」という。)及び特開平1-305786号公報(以下「乙3公報」という。)によっては,相違点に係る,ブランキング期間であるかどうかを輝度信号のレベルに応動して検出することの容易想到性を基礎付けることはできない。すなわち,乙1公報には,垂直同期パルスがあることを確認して,ブランキング幅を算出したり,垂直同期パルスの前後をカウントして上下のブランキング幅の差を算出することが記載されてはいるが(3頁左下欄最終段落),入力映像信号が映画サイズか否かを,カウント数に基づいてどのようにして判定するのかについては,明確には記載されていない。また,乙2公報及び乙3公報に記載された信号検出回路は,ゲート回路41〜43において選択された期間,すなわち,ゲートが開いている期間において,コア回路47〜49が,所定の閾値以上の信号が存在するか否かを判定するものであり,例えば,ゲート回路41は領域A,ゲート回路43は領域Cに相当する期間ゲートを開くようになっているが,これらは,有効画像期間の間,ゲート回路によってあらかじめ定められた期間において信号の有無を調べるのに対して,本願発明は,ビデオルミナンスレベルを調べることにより,有効画像期間中の領域A及びCと領域Bを判定して,レターボックスのビデオ信号素材か否かを検出する点で異なっている。
被告の反論
審決の認定判断は正当であり,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
1 取消事由1(一致点の認定の誤り)について 原告は,本願発明が,領域A,B及びCの期間中に,ビデオ信号の輝度信号のレベルに応動して,レターボックスのビデオ信号素材を検出するものであり,有効画像期間中の各ラインの輝度信号が,有効な映像信号を有するか否かの判定を行うのであって,垂直帰線消去期間又は垂直ブランキング期間の長さを検出して,レターボックスのビデオ信号素材か否かを判定するものではない旨主張するが,審決は,本願発明の「有効画像の走査期間中にビデオ信号のビデオルミナンスレベルに応動する手段」については,別途,これを本願発明と引用発明との相違点として挙げ,当該相違点についての判断を行っているから,上記主張は失当である。
2 取消事由2(相違点の判断の誤り)について (1) 本件明細書(甲4添付)には,「発明の1つの構成では,レターボックスフォーマット・ビデオ信号検出器は,レターボックスフォーマット・ビデオ信号がA,B及びCで示す3つの領域を持っているという想定に基づいている。領域AとCは有効なビデオを全く持たないか,あるいは,予め定められたルミナンス閾値より小さい最小ビデオルミナンスレベルを持ち,黒のバーに対応する。領域Bは有効ビデオを持つか,あるいは,最小ビデオルミナンスレベルが予め定められたルミナンス閾値より大きい領域で,黒いバーの間の領域に対応する」(3頁第3段落),「レターボックスフォーマット・ビデオ信号検出器は,このビデオ信号が図12に示すものに全体として対応しているものと想定する」(28頁第3段落)と記載され,本願発明が前提としているレターボックスのビデオ信号は,基本的に,領域AとCで黒いバーであることが開示されている。また,本件明細書には,レターボックスフォーマットについて,「図1(a)は,4×3の通常のフォーマットの表示比を有する直視型,あるいは,投写型テレビジョンを示す。16×9フォーマット表示比画面が4×3フォーマット表示比信号として伝送される場合は,上部と下部に黒のバーが現れる。これを一般にレターボックスフォーマットと呼ぶ」(5頁第3段落)と記載されている。一般に,垂直帰線消去期間内の無信号期間にデータ信号を入れたり,映画サイズのソフトの黒い帯部分に字幕を入れたりする場合があることは,知られているが,本願発明が前提としているレターボックスのビデオ信号の基本的特徴は,上記のとおり,領域A及びCで黒いバーであるから,たとえ,垂直帰線消去期間,領域A及びCで必ずしも輝度信号がゼロレベルでないとしても,当業者は,まず,この基本的特徴に基づいて,レターボックスビデオ信号か否かを検出しようとするものと認めるのが相当である。したがって,ブランキング期間(黒い帯)である領域A及びCで黒いバー,すなわち,輝度信号が実質的にゼロレベルであることから,ブランキング期間であるかどうかをビデオ信号のビデオルミナンスレベルに応動して検出することは,当業者が適宜採用し得ることである。
(2) ブランキング期間であるかどうかを輝度信号のレベルに応動して検出することは,本件特許出願前に普通に行われていたことである。すなわち,乙1公報には,「垂直ブランキングの幅を検出する方法は,例えば第2図aにおいて信号の直流電圧がVaよりも低い時にクロックカウンタを動作させ,Vaよりも低い時のカウント数を読むことによりブランキング幅を算出できる。・・・一方,上下の垂直ブランキング幅の差は第2図bにおいて,前述の方法によりブランキング幅を算出する」(3頁左下欄最終段落〜右下欄第1段落)と記載され,第2図(a)(通常映像ソフトの垂直レートの映像・同期信号波形図)及び第2図(b)(映像サイズソフトの垂直レートの映像・同期信号波形図)を引用して説明されている。また,乙2公報には,シネマスコープのNTSC信号が入力された場合,自動的に同信号を検出する信号検出回路14の具体例として,「ゲートが開かれている間誤動作を抑えるために第2図(a)でLPF21を通過した映像信号a11 の振幅が第2図(b)の加算回路44〜46によってそれぞれ加算されていく。加算回路44〜46の出力a21 〜a 23 はコア回路47〜49に入力され,コア回路47〜49はそれぞれに設定された閾値Th1,Th 2,Th 3(図示してない)を境として入力が閾値以上の場合に信号が存在するとして“1”を,入力が閾値未満の場合は信号が存在しないとして“0”を出力する(a24 〜a 26 )。・・・信号検出回路14(注,「4」とあるのは誤記と認める。)の出力a15 となる」(3頁右上欄第2段落)と記載されている。さらに,乙3公報には,シネマスコープのNTSC信号が入力された場合,自動的に同信号を検出する信号検出回路として,乙2公報と同様の記載(2頁左下欄最終段落〜右下欄第1段落)がある。
(3) 原告は,本願発明に係るビデオ制御システムは,字幕放送情報やVCRのヘッドの切換え遷移に基づく誤った検出を防止することができるという格別の効果を奏する旨主張するが,本願発明の要旨に規定する構成に基づいて奏する作用効果であるということはできない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(一致点の認定の誤り)について (1) 原告は,引用発明の「テレビジョン映像信号の垂直ブランキング期間を検出する検出手段」が,本願発明の「レターボックスのビデオ信号素材を検出するために」「レターボックスビデオ信号素材を自動的に検出する手段」に対応するとした審決の一致点の認定の誤りを主張する。
(2) しかしながら,本願発明の要旨は,上記第2の2のとおり,「調節可能な垂直画像拡大表示特性を有するビデオ表示手段と;レターボックスのビデオ信号素材を検出するために,有効画像の走査期間中にビデオ信号のビデオルミナンスレベルに応動する手段を含み,前記レターボックスビデオ信号素材を自動的に検出する手段と;前記検出手段に応動して,前記調節可能な垂直画像拡大表示特性を自動制御する手段と;を含むビデオ制御システム」であり,本件明細書(甲4添付)の発明の詳細な説明の記載に照らすと,本願発明の「レターボックスのビデオ信号素材を検出するために,有効画像の走査期間中にビデオ信号のビデオルミナンスレベルに応動する手段を含み,前記レターボックスビデオ信号素材を自動的に検出する手段」が,ビデオ信号素材を検出対象とし,レターボックスフォーマットであるか否かを検出して,レターボックスフォーマットであると検出した場合に,その垂直画像拡大表示特性を自動制御するものであることは,明らかである。
他方,引用例(甲5)によると,引用発明の特許請求の範囲は,「テレビジョン映像信号の垂直ブランキング期間を検出する検出手段と,検出された垂直ブランキング期間の時間幅に応じて,テレビジョン映像信号の水平振幅と垂直振幅を可変するテレビジョン受像機」であり,発明の詳細な説明中,審決が認定した(イ)〜(キ)の記載事項(審決謄本2頁〜3頁)によれば,垂直ブランキング幅検出回路が,映像信号を検出対象とし,上下にブランキング(黒い帯)を入れた映画サイズのソフトであるか否かを検出して,映像信号が映画サイズであると検出した場合に,その垂直振幅を自動的に引き伸ばすように制御するものであることも,明らかである。また,引用例の「映像信号」が本願発明の「ビデオ信号素材」に相当し,引用例の「上下にブランキングを入れた映画サイズのソフト」であることが本願発明の「レターボックスフォーマット」であることに相当することは,当事者間に争いがない。
そうすると,引用例の垂直ブランキング幅検出回路と,本願発明の検出手段とは,検出目的,検出対象及び検出結果による制御を同じくするから,両者を対応させて上記(1)のとおり一致点を認定した審決に誤りはない。
(3) 原告は,引用発明の「垂直ブランキング期間を検出する検出手段」は,基準信号のパルス幅より映像信号の垂直ブランキング期間が長いか短いかを判定するものであるのに対し,本願発明は,ビデオ信号の輝度レベルに応動して,レターボックスのビデオ信号素材を検出するものであり,有効画像期間中の各ラインの輝度信号が,有効な映像信号を有するか否かの判定を行うものであるから,両発明は一致しないと主張する。しかしながら,本願発明のレターボックスビデオ信号素材を検出する手段が,「有効画像の走査期間中にビデオ信号のルミナンスレベルに応動する手段」を含むものである点については,審決は相違点として認定した上,これについて判断をしている(その当否は後記2において検討するとおりである。)から,審決に原告主張の誤りがあるとはいえない。
(4) 以上によれば,原告の取消事由1の主張は理由がない。
2 取消事由2(相違点の判断の誤り)について (1) 審決は,相違点の判断において,「引用例に記載された発明(注,引用発明)では・・・レターボックスのビデオ信号は,垂直方向上下にブランキングが入っている引用例の第2図(b)に示される映像信号波形を示すものであり,垂直方向上下にブランキングがあるということ自体が,垂直方向上下では黒い帯すなわち輝度信号がゼロレベルであり,映画等の有効画像部分では輝度信号が所定レベルであることにほかならないことであるので,ブランキング期間であるかどうかを輝度信号のレベルに応動して検出することは,当業者が適宜採用しうることである」(審決謄本4頁最終段落〜5頁第1段落)としたのに対し,原告は,引用例の垂直ブランキング期間は,垂直帰線消去期間,領域A及びCを含み,必ずしも輝度信号がゼロレベル(黒のバー)であるとは限らないから,ビデオ信号のビデオルミナンスレベル(輝度信号レベル)に基づいてブランキング期間であるかどうかを検出することは,当業者が容易に想到し得るものではないと主張する。
(2) そこで,引用例(甲5)についてみると,「本発明(注,引用発明)では映像のソフトの内容で垂直方向上下にブランキングが入っている時,そのブランキング期間の長さを検出しその期間長より垂直・水平の振幅を自動的に変化させることにより,従来のディスプレイのアスペクト比と異なるアスペクト比を持つワイドなディスプレイで,見る人の手をわずらわせずに迫力ある画面を提供できる」(2頁左上欄末行〜右上欄第1段落)ものであり,「垂直ブランキング期間の検出は,基準の信号を得,その信号のパルス幅より映像信号の垂直ブランキング期間が長いか短かいかを判定するようにしたり,あるいはA/D変換した後の垂直ブランキング期間のクロックをカウントすることにより,達することができる」(3頁右上欄第1段落)と記載され,また,第2図には,通常映像ソフトの映像信号のブランキング幅a(第2図(a))と映画サイズソフトの映像信号のブランキング幅b(第2図(b))とが図示されている。引用発明において,垂直ブランキング期間の幅の検出は,基準信号のパルス幅と比較したり,クロックをカウントすることにより行うが,この検出処理には,垂直方向上下に対応する部分の映像信号が垂直ブランキング期間であるかどうかの判定が必要であり,この判定が,その期間の映像信号に黒い帯に対応する信号があるかどうか,すなわち,有効な映像信号がないかどうかを輝度信号のレベルに応動して検出することにより行われることは,後記(3)において改めて検討するとおり,本件特許出願当時における技術水準というべきであるばかりでなく,引用例の第2図(a),(b)の同期信号波形図からも明らかというべきである。また,原告が主張するように,映像信号が様々なフォーマットを含むものであるとしても,当業者にとって,まず,その基本的特徴である黒い帯が検出できるように考慮することは,自明の技術事項であると認められるから,いずれにしても,原告の主張は採用することができない。
(3) 本件特許出願当時における技術水準についてみると,乙1公報には,「垂直ブランキングの幅を検出する方法は,例えば第2図aにおいて信号の直流電圧がVaよりも低い時にクロックカウンタを動作させ,Vaよりも低い時のカウント数を読むことによりブランキング幅を算出できる。・・・一方,上下の垂直ブランキング幅の差は第2図bにおいて,前述の方法によりブランキング幅を算出する」(3頁左下欄第3段落)と記載され,通常映像ソフトの垂直レートの映像・同期信号波形図を示す第2図(a),及び,映像サイズソフトの垂直レートの映像・同期信号波形図を示す第2図(b)を引用して,垂直ブランキング期間であるかどうかをビデオ信号の直流電圧,すなわち,輝度信号のレベルに応動して判定することが示されている。また,乙2公報には,シネマスコープのNTSC(National Television System Committee)信号が入力された場合,自動的に同信号を検出する信号検出回路14の具体例として,「ゲートが開かれている間誤動作を抑えるために第2図(a)でLPF21を通過した映像信号a11 の振幅が第2図(b)の加算回路44〜46によってそれぞれ加算されていく。加算回路44〜46の出力a21 〜a 23 はコア回路47〜49に入力され,コア回路47〜49はそれぞれに設定された閾値Th1,Th 2,Th 3(図示してない)を境として入力が閾値以上の場合に信号が存在するとして“1”を,入力が閾値未満の場合は信号が存在しないとして“0”を出力する(a24 〜a 26 )。コア回路出力信号a 24 ,a 26 はNOR回路50に入力され,NOR回路50の出力a27 はコア回路48の出力信号a 25 とAND回路51に入力され信号検出回路4の出力a15 となる」(3頁右上欄第2段落),「コア回路出力信号a24 及びa 26 が共に“0”でありコア回路出力信号a 25 が“1”の時にシネマスコープ用画面なので,第5図における画面の大きさとして高品位テレビジョン出力画面61と同様に画面表示する」(同頁左下欄の表1に続く第1段落)と記載されており,これによれば,コア回路の出力信号,すなわち,加算された映像信号の振幅が閾値以上であるか否かにより,シネマスコープであるか否かを判定するから,輝度信号のレベルに応動して検出することが示されている。さらに,乙3公報にも,上記乙2公報と同様の記載(2頁左下欄最終段落〜3頁左上欄第1段落)がある。以上によれば,ブランキング期間であるかどうかを輝度信号のレベルに応動して検出することは,本件特許出願当時における技術水準であったと認められる。
原告は,乙1公報の記載について,入力映像信号が映画サイズか否かをカウント値に基づいてどのように判定するのか明確でないと主張するが,この点は,垂直ブランキング期間であるか否かを輝度信号のレベルに応動して判定することと何ら関係するものではない。また,原告は,乙2公報及び乙3公報の「有効画像期間の間,ゲート回路によって予め定められた期間において信号の有無を調べる」ことと,本願発明の「ビデオルミナンスレベルを調べることにより,有効画像期間中の領域A及びCと領域Bを判定して,レターボックスのビデオ信号素材か否かを検出する」こととは異なるとも主張するが,前者の「ゲート回路によって予め定められた期間」は,後者の「領域A及びCと領域B」に相当し,前者の「(映像信号の振幅を加算して閾値を超えるか否かにより)信号の有無を調べる」ことは,後者の「ビデオルミナンスレベルを調べる」ことに相当するから,原告の主張は失当というほかはない。
(4) 原告は,引用例の垂直ブランキング期間に含まれる,垂直帰線消去期間,領域A及びCは,必ずしも輝度信号がゼロレベル(黒のバー)であるとは限らないから,輝度信号レベルに基づいてブランキング期間であるかどうかを検出することは,当業者が容易に想到し得るものではないと主張する。
しかしながら,本願発明の「有効画像の走査期間中にビデオ信号のビデオルミナンスレベルに応動する手段」が検出する領域A,B及びCのビデオルミナンスレベルについて,本件明細書(甲4添付)には,「発明の1つの構成では,レターボックスフォーマット・ビデオ信号検出器は,レターボックスフォーマット・ビデオ信号がA,B及びCで示す3つの領域を持っているという想定に基づいている。領域AとCは有効なビデオを全く持たないか,あるいは,予め定められたルミナンス閾値より小さい最小ビデオルミナンスレベルを持ち,黒のバーに対応する。
領域Bは有効ビデオを持つか,あるいは,最小ビデオルミナンスレベルが予め定められたルミナンス閾値より大きい領域で,黒いバーの間の領域に対応する」(3頁第3段落),「レターボックスフォーマット・ビデオ信号検出器は,このビデオ信号が図12に示すものに全体として対応しているものと想定する。領域AとCには有効ビデオが全くないか,あるいは,予め定められたルミナンス閾値よりも小さい最小ルミナンスレベルを持つ。領域Bは有効ビデオ,あるいは,少なくとも,予め定められたルミナンス閾値よりも大きいビデオルミナンスレベルを持っている。領域A,B及びCのそれぞれの時間の長さは,16×9から21×9までの範囲とすることのできるレターボックスフォーマットの相関的要素である。16×9レターボックスフォーマットの場合では,領域AとCの各々の持続時間はライン約20本分である。レターボックスフォーマット・ビデオ信号検出器は領域A及び/またはCのルミナンスレベルを調べる。領域A及び/またはCに有効ビデオあるいは少なくとも最小ビデオルミナンスレベルが検出(注,「見出」とあるのは誤記と認める。)された場合には,レターボックスフォーマット・ビデオ信号検出器は,通常の4×3フォーマット表示比NTSC信号素材であることを示す出力信号,例えば,論理0を供給する。しかし,領域Bではビデオが検出されたが,領域AとCではビデオが検出されない場合には,そのビデオ信号はレターボックスフォーマットのビデオ信号であると考えられる。この場合,出力信号は論理1となろう」(同28頁第3段落)と記載されている。
上記記載によれば,本願発明では,レターボックスフォーマットの上部と下部の黒のバーに対応して,領域A及びCには有効なビデオが全くないか,あるいは,領域A及びCにおいて,あらかじめ定められたルミナンス閾値より小さい最小ビデオルミナンスレベルを持つものであると認められる。そうすると,引用発明について,審決が,「レターボックスのビデオ信号は,垂直方向上下にブランキングが入っている引用例の第2図(b)に示される映像信号波形を示すものであり,垂直方向上下にブランキングがあるということ自体が,垂直方向上下では黒い帯すなわち輝度信号がゼロレベルであり,映画等の有効画像部分では輝度信号が所定レベルであることにほかならないことであるので,ブランキング期間であるかどうかを輝度信号のレベルに応動して検出することは,当業者が適宜採用しうることである」(審決謄本5頁第1段落)と判断したことに原告主張の誤りがあるとはいえない。
また,原告は,無信号期間は,文字多重放送などの付加サービスが併せて提供される場合には,映像信号以外の信号が重畳されている場合もあるとして,無信号期間,領域A及びCが必ずしも黒のバーであるとは限らない旨主張するが,垂直ブランキング期間に含まれる無信号期間について,文字多重放送などの付加サービスが併せて提供される場合があるとしても,本願発明は,「有効画像の走査期間中にビデオ信号のビデオルミナンスレベルに応動する手段」を含むものであって,原告も自認するように,無信号期間は垂直帰線消去期間に含まれ,有効信号の走査期間に含まれるものではないから,この点は,相違点の判断を左右するものではない。
さらに,原告は,本願発明は,有効画像の走査期間中にビデオ信号のビデオルミナンスレベルに応動して,レターボックスのビデオ信号素材を検出するため,字幕放送情報やVCRのヘッドの切換え遷移に基づく誤った検出を防止することができるという格別の効果を奏し,この検出結果に応じて,ビデオ表示手段の垂直画像拡大表示特性を制御するものであると主張する。しかしながら,本願発明の要旨が,この点について,単に,「有効画像の走査期間中にビデオ信号のビデオルミナンスレベルに応動する手段を含む」と規定するものであることは,上記第2の2のとおりであり,原告の上記主張のような格別の構成を備えるものではないから,本願発明の要旨に基づかない主張というほかはなく,採用の限りではない。
(5) 以上によれば,原告の取消事由2の主張は理由がない。
3 以上のとおり,原告主張の審決取消事由はいずれも理由がなく,他に審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 篠原勝美
裁判官 古城春実
裁判官 岡本岳