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関連審決 無効2011-800018
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事件 令和 1年 (行ケ) 10118号 審決取消請求事件

原告X
同 訴訟代理人弁護士名越秀夫 高橋隆二 佐野辰巳
被告 アルコンリサ−チ リミテッド 旧商号協和発酵キリン株式会社
被告協和キリン株式会社
上記両名訴訟代理人弁護士 三村量一 東崎賢治
上記両名訴訟復代理人弁護士 馬渕綾子
上記両名訴訟代理人弁理士 南条雅裕 瀬田あや子
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2020/06/17
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が無効2011-800018号事件について平成28年12月1日にし た審決を取り消す。
事案の概要
本件は,特許無効審判請求に対する不成立審決の取消訴訟である。争点は,本件特許の訂正後の請求項1及び5に係る発明の進歩性(顕著な効果)の有無である。
1 特許庁における手続の概要,訴訟の経緯等 (1) 被告らは,発明の名称を「アレルギー性眼疾患を処置するためのドキセピン誘導体を含有する局所的眼科用処方物」とする発明に係る特許権(特許第3068858号。以下, 「本件特許権」といい,本件特許権に係る特許を「本件特許」という。甲81)の特許権者である。
本件特許は,1995年(平成7年)6月6日に米国でした特許出願に基づく優先権を主張して(以下,優先権主張の基礎となる同出願の日を「本件優先日」という。 , ) 平成8年5月3日に特許出願されたものであり,平成12年5月19日に設定登録がされた(甲81)。
(2) 第1次審決 ア 原告は,平成23年2月3日,本件特許について,特許庁に特許無効審判を請求し,無効2011-800018号事件として係属した。
イ 被告らは,平成23年5月23日付けで,本件特許の特許請求の範囲を訂正する旨の訂正請求(以下,「第1次訂正」という。)をした。
ウ 特許庁は,平成23年12月16日,第1次訂正を認めるとともに,請求項1〜12に係る発明についての特許を無効とする旨の審決(以下,第1次審決」 「という。)をした(甲82)。
エ 被告らは,平成24年4月24日,第1次審決の取消しを求める訴訟(知的財産高等裁判所平成24年(行ケ)第10145号)を提起した後,同年6月29日付けで,本件特許の特許請求の範囲の訂正を内容とする訂正審判請求をした。
オ 知的財産高等裁判所は,平成24年7月11日,平成23年法律第63号による改正前の特許法181条2項に基づき,第1次審決を取り消す旨の決定を した。
(3) 第2次審決 ア 特許庁は,前記(2)オの決定を受けて,無効2011-800018号事件の審理を再開した。被告らは,平成24年8月10日付けで,本件特許の特許請求の範囲について,訂正請求(以下,「第2次訂正」という。)をした。
イ 第2次訂正後の特許請求の範囲の記載は,次のとおりである(甲83)。
【請求項1】ヒトにおけるアレルギー性眼疾患を処置するための局所投与可能な,点眼剤として調製された眼科用ヒト結膜肥満細胞安定化剤であって,治療的有効量の11-(3-ジメチルアミノプロピリデン)-6,11-ジヒドロジベンズ[b,e]オキセピン-2-酢酸またはその薬学的に受容可能な塩を含有する,ヒト結膜肥満細胞安定化剤。
【請求項2】ヒトにおけるアレルギー性眼疾患を処置するための局所投与可能な眼科用組成物であって,治療的有効量の11-(3-ジメチルアミノプロピリデン)-6,11-ジヒドロジベンズ[b,e]オキセピン-2-酢酸またはその薬学的に受容可能な塩を含有し,前記11-(3-ジメチルアミノプロピリデン)-6,11-ジヒドロジベンズ[b,e]オキセピン-2-酢酸が, (Z)-11-(3-ジメチルアミノプロピリデン)-6,11-ジヒドロジベンズ[b,e]オキセピン-2-酢酸であり, (E)-11-(3-ジメチルアミノプロピリデン)-6,11-ジヒドロジベンズ[b,e]オキセピン-2-酢酸を実質的に含まない,ヒト結膜肥満細胞安定化効果を奏する組成物。
(以下において, 「11-(3-ジメチルアミノプロピリデン)-6,11-ジヒドロジベンズ[b, オキセピン-2-酢酸」 「本件化合物」 e] を, ということがある。) ウ 特許庁は,平成25年1月22日,第2次訂正を認めるとともに,第2次訂正後の各発明における「ヒト結膜肥満細胞安定化」という発明特定事項は,甲1(亀井千晃他「モルモットの実験的アレルギー性結膜炎に対する抗アレルギー薬の影響」あたらしい眼科 Vol. 11,No. 4,603-605 頁,1994 年)に記載された発 明(以下,「甲1発明」という。)及び甲4(特開昭63-10784号公報)に記載された発明(以下,「甲4発明」という。)から動機付けられたものとはいえないから,甲1発明を主引例とする進歩性欠如の原告主張の無効理由は理由がないなどと判断し,審判請求を不成立とする審決(以下, 「第2次審決」という。)をした(甲83)。
エ 原告は,平成25年3月1日,第2次審決の取消しを求める訴訟(知的財産高等裁判所平成25年(行ケ)第10058号)を提起した。
オ 知的財産高等裁判所は,平成26年7月30日,甲1及び4に接した当業者は,甲1記載のアレルギー性結膜炎を抑制するためのKW-4679(本件化合物のシス異性体の塩酸塩)を含有する点眼剤をヒトにおけるアレルギー性眼疾患の点眼剤として適用することを試みる動機付けがあり,その適用を試みる際に,KW-4679についてヒト結膜肥満細胞からのヒスタミンの遊離抑制作用(ヒト結膜肥満細胞安定化作用)を有することを確認し,ヒト結膜肥満安定化剤の用途に適用することを容易に想到することができたものと認められるから,「第2次訂正後の各発明における『ヒト結膜肥満細胞安定化』という発明特定事項は,甲1発明及び甲4発明から動機付けられたものとはいえないから,甲1を主引例とする進歩性欠如の原告主張の無効理由は理由がない」とした第2次審決の判断は誤りであるとして,第2次審決を取り消す旨の判決(以下,「前訴判決」という。)をした(甲84)。同判決は,平成28年1月12日,確定した。
(4) 前訴判決後の審決 ア 特許庁は,前訴判決を受けて,無効2011-800018号事件の審理を再開した。被告らは,平成28年2月1日付けで,訂正請求(以下, 「本件訂正」という。訂正後の請求項1及び5は,後記2のとおり。訂正後の請求項1に係る発明を「本件発明1」,請求項5に係る発明を「本件発明2」といい,併せて「本件各発明」という。また,訂正後の明細書及び図面を「本件明細書」という。 をした ) (甲207)。
イ 特許庁は,平成28年12月1日,本件訂正を認めるとともに,審判請求を不成立とする審決(その理由の要旨は後記4のとおり。以下,「本件審決」という。)をし,その謄本は,同月9日,原告に送達された。
ウ 原告は,平成29年1月6日,本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起した。
追加
ア知的財産高等裁判所は,平成29年11月21日,本件各発明の効果は,当業者において,甲1発明及び甲4発明から容易に想到する本件各発明の構成を前提として,予測し難い顕著なものであるということはできないから,本件審決における本件各発明の効果に係る判断には誤りがあるとして,本件審決を取り消す旨の判決(以下「差戻前判決」という。)をした。
イ被告らは,差戻前判決に対して,上告受理申立てをした。
(6)上告審の判断上告審は,差戻前判決が本件各発明の効果が予測できない顕著なものであることを否定して本件審決を取り消した点に,法令の解釈適用を誤った違法があるとして,差戻前判決を破棄し,知的財産高等裁判所に差し戻した。
2特許請求の範囲の記載本件訂正後の本件特許の特許請求の範囲の請求項1及び5の記載は,次のとおりである。
【請求項1】ヒトにおけるアレルギー性眼疾患を処置するための局所投与可能な,点眼剤として調製された眼科用ヒト結膜肥満細胞安定化剤であって,治療的有効量の11-(3-ジメチルアミノプロピリデン)-6,11-ジヒドロジベンズ[b,e]オキセピン-2-酢酸またはその薬学的に受容可能な塩を含有する,ヒト結膜肥満細胞安定化剤(本件訂正前の請求項1と同じ)。
【請求項5】ヒトにおけるアレルギー性眼疾患を処置するための局所投与可能な,点眼剤として調製された眼科用ヒト結膜肥満細胞安定化剤であって,治療的有効量 の11-(3-ジメチルアミノプロピリデン)-6,11-ジヒドロジベンズ[b,e]オキセピン-2-酢酸またはその薬学的に受容可能な塩を含有し,前記11-(3-ジメチルアミノプロピリデン)-6,11-ジヒドロジベンズ[b,e]オキセピン-2-酢酸が,(Z)-11-(3-ジメチルアミノプロピリデン)-6,11-ジヒドロジベンズ[b,e]オキセピン-2-酢酸であり,(E)-11-(3-ジメチルアミノプロピリデン)-6,11-ジヒドロジベンズ[b,e]オキセピン-2-酢酸を実質的に含まない,ヒト結膜肥満細胞からのヒスタミン放出を66.7%以上阻害する,ヒト結膜肥満細胞安定化剤。
3原告が主張した無効理由(1)無効理由1(甲1を主引例とする新規性欠如)本件各発明は,本件優先日前に頒布された刊行物である甲1発明である。
(2)無効理由2(甲1を主引例とする進歩性欠如)本件各発明は,甲1発明及び甲4発明に基づいて当業者が容易に発明できたものである。
(3)無効理由3(甲3を主引例とする進歩性欠如)本件各発明は,甲3(特開昭62-45557号公報)に記載された発明(以下,「甲3発明」という。並びに甲1発明及び甲4発明に基づいて当業者が容易に発明)できたものである。
4本件審決の理由の要旨(1)無効理由1(甲1を主引例とする新規性欠如)本件各発明は,いずれも甲1発明とはいえず,無効理由1には理由がない。
(2)無効理由2(甲1を主引例とする進歩性欠如)ア本件発明1について(ア)原告は,本件発明1と甲1発明との相違点について,以下のとおり主張している。
a相違点1 アレルギー性眼疾患について,本件発明1では「ヒトにおける」と特定されているのに対し,甲1発明ではそのような特定がない点。
b相違点2眼科用組成物(剤)について,本件発明1では「眼科用ヒト結膜肥満細胞安定化剤」と特定されているのに対し,甲1発明ではそのような特定がない点。
c相違点3本件発明1では「点眼剤として調製された」ことが特定されているのに対し,甲1発明ではそのような特定がない点。
(イ)相違点1及び2について前訴判決の拘束力により,本件発明1で「ヒトにおける」と特定されている点(相違点1)及び「眼科用ヒト結膜肥満細胞安定化剤」と特定されている点(相違点2)は,いずれも甲1及び4に接した当業者が容易に想到することができたものであるとされる。
(ウ)相違点3について点眼剤は,眼科領域における局所投与可能な製剤として通常に用いられる剤形であるから,本件発明1で「点眼剤として調製された」ことが特定されている点は,単なる設計事項にすぎない。
(エ)本件発明1により得られる効果についてa本件明細書の表1は,ヒト結膜肥満細胞からのヒスタミンの遊離の阻害率の比較により,ヒト結膜肥満細胞の安定化効果を比較した実験結果を示すものであり,表1に記載されたクロモリンナトリウム及びネドクロミルナトリウムは,本件優先日当時,肥満細胞安定化作用を有する化合物として当業者に広く知られていた化合物である。
表1に示された実験結果のうち,抗ヒトIgE刺激の15分前にヒト結膜肥満細胞を上記各化合物で処理した後に得られたヒスタミン放出阻害率を比較すると,クロモリンナトリウムでは用量10μMで阻害率は最大値10.6%に達するが,さ らなる用量(濃度)上昇に伴い阻害率は低下し,用量100μM以上になると阻害率はマイナス値となりヒスタミン遊離を促進する現象が生じている。また,ネドクロミルナトリウムでは用量100μMで阻害率は最大値28.2%に達するが,さらなる用量(濃度)上昇に伴い阻害率は低下し,用量1000μMでは阻害率7.2%まで低下している。
これに対し,本件化合物では用量300μMで29.6%,600μMで47.5%,1000μMで66.7%,2000μMで92.6%のように,2000μMという高用量(高濃度)に至るまで用量依存的にヒスタミン放出阻害率が上昇し,クロモリンナトリウムやネドクロミルナトリウムのようにヒスタミン放出阻害率の最大値に達した後,さらなる用量上昇に伴い,ヒスタミン放出阻害率が低下する現象は生じていない。
b甲1には,「抗原抗体反応による結膜からのヒスタミン遊離に対する各薬物の効果を検討」したところ「KW-4679は無効であった」と記載されており,KW-4679がモルモットの結膜からのヒスタミン遊離を抑制しないこと,すなわち,KW-4679は,モルモットの結膜肥満細胞を安定化する作用を有しないことが記載されている。
また,甲4に記載の「シス-11-(3-ジメチルアミノプロピリデン)-6,11-ジヒドロジベンズ〔b,e〕オキセピン-2-酢酸」及び「トランス-11-(3-ジメチルアミノプロピリデン)-6,11-ジヒドロジベンズ〔b,e〕オキセピン-2-酢酸」(化合物番号20)は,それぞれ本件化合物のシス異性体及びトランス異性体に相当する化合物である。そして,甲4には,これらの化合物がラットのPCA抑制作用を有し,当該PCA抑制作用は,ラットの皮膚肥満細胞からのヒスタミンなどのケミカルメディエーターの遊離の抑制作用に基づくものと考えられることが記載されている。
このように,甲1にはモルモットの結膜肥満細胞を用いた実験結果,甲4にはラットの皮膚肥満細胞を用いた実験結果が記載されているが,甲1及び4のいずれに も「ヒトの結膜肥満細胞」を用いた実験結果は記載されていない。
前訴判決では,薬剤による肥満細胞に対するヒスタミン遊離抑制作用は,肥満細胞の種又は組織が異なれば異なる場合があり,ある動物種のある組織の肥満細胞の実験結果から他の動物種の他の組織における肥満細胞の実験結果を必ずしも予測することができないことは,本件優先日当時の技術常識であった旨が判示されている。
上記技術常識参酌すると,甲1に記載のモルモットの結膜肥満細胞を用いた実験結果,甲4に記載のラットの皮膚肥満細胞を用いた実験結果を根拠として,甲1のKW-4679によるヒト結膜肥満細胞に対する作用を,当業者が具体的に予測できるとはいえない。
しかも,甲1の記載によると,KW-4679はモルモットの結膜肥満細胞を安定化する作用を有しないのであるから,当業者が,KW-4679がヒト結膜肥満細胞を安定化する作用を有すると予測することはできない。
また,甲4で用いられたラットの「皮膚」肥満細胞は,「結膜」とは異なる組織の肥満細胞であるし,甲4にはラットの皮膚肥満細胞または結膜肥満細胞を用いてヒスタミン遊離抑制作用を確認した実験結果は記載されていないのであるから,当業者が,甲4の「化合物番号20」の化合物(本件化合物のシス異性体及びトランス異性体)がヒト結膜肥満細胞を安定化する作用を有すると予測することはできない。
c甲39(J.M.YANNI他「TheInVitroandInVivoOcularPharmacologyofOlopatadine(AL-4943A),anEffectiveAnti-Allergic/AntihistaminicAgent」JournalofOcularPharmacologyandTherapeuticsVol.12,No.4,389-400頁,1996年)のヒト結膜肥満細胞に対するヒスタミン放出阻害率を調べる実験は,本件明細書の表1の実験と同1条件による実験である。
甲39の図1のグラフBには,AL-4943A(本件化合物のシス異性体)及びケトチフェン(甲1に記載のKetotifen)のヒスタミン放出阻害率が記載されており,AL-4943Aの濃度(用量)が2000μM程度に至っても用量依存的に上昇し,10000μMまで濃度が上昇しても90%程度の阻害率が維 持されたこと,IC50値(阻害率が50%になる濃度)が559±277μMであったことを示す実験結果が記載されている。そして,甲39に記載の「2000μM程度に至っても用量依存的に上昇」したという結果及び「IC50値(阻害率が50%になる濃度)が559±277μMであった」という実験結果は,いずれも,本件明細書の表1で,本件化合物によるヒト結膜肥満細胞のヒスタミン放出阻害率が2000μMに至るまで用量依存的に上昇したこと,600μMでのヒスタミン放出阻害率が47.5%であったことと,同等の実験結果である。
一方,ケトチフェンは,本件優先日当時,アレルギー性結膜炎の治療用途で「ザジテン(R)点眼液0.05%」として市販されていた医薬品の有効成分であり,薬効薬理としてPCA(受動的皮膚アナフィラキシー)反応抑制作用,ヒスタミン等のケミカルメディエーターの遊離抑制作用等が知られていた。そして,甲32(佐久間靖子他「スギ花粉症に対するKetotifen点眼薬の眼誘発反応抑制効果」臨眼43巻8号,1251-1254頁,1989年)には,スギ花粉症患者の涙液中ヒスタミン量測定により,「0.05%Ketotifen(HC)点眼液」は「placebo点眼液」と比較して有意なヒスタミン遊離抑制効果を奏し,このヒスタミン遊離抑制効果は,スギ抗原液によるアレルギー反応誘発後に生ずる肥満細胞からのヒスタミン遊離が抑制された結果であると考えられることが記載されている。
そうすると,甲39に記載のケトチフェンによる実験結果は,本件優先日当時に公知であったケトチフェンによる有意なヒスタミン遊離抑制作用を,「ヒト結膜肥満細胞」を用いて確認したものにすぎない。
以上によると,甲39は,本件優先日後の1996年に頒布された刊行物であるが,甲39に記載の,ケトチフェン及びAL-4943A(本件化合物のシス異性体)による「ヒト結膜肥満細胞」に対するヒスタミン放出阻害率についての実験結果は,本件発明1による効果の顕著性を判断するに当たって参酌すべき実験結果である。
d本件明細書の表1には,本件化合物による「ヒト結膜肥満細胞」に 対するヒスタミン放出阻害率は,2000μMという高用量(高濃度)に至るまで用量依存的に上昇し,ヒスタミン放出阻害率の最大値(2000μMで92.6%)は,対照薬物であるクロモリンナトリウムやネドクロミルナトリウムによる最大値(それぞれ10.6%,28.2%)と比較して著しく高い値であることが示されている。
甲1には,KW-4679がモルモットの結膜肥満細胞を安定化する作用を有しないことが記載されているにもかかわらず,本件化合物が「ヒト結膜肥満細胞」に対してこのように非常に高いヒスタミン放出阻害率を有することは,当業者が予測し得ない格別顕著な効果であるといえる。
一方,甲1には,KW-4679と同様に,ケトチフェンについても,モルモットの結膜からのヒスタミン遊離抑制効果は「無効であった」こと,すなわち,ケトチフェンはモルモットの結膜肥満細胞を安定化する作用を有しないことが記載されている。
甲39の実験結果によると,ケトチフェンもAL-4943Aと同程度に「ヒト結膜肥満細胞」に対して著しく高い,最大値90%程度のヒスタミン放出阻害率を示している。しかし,ケトチフェンでは,「ヒト結膜肥満細胞」に対して最大値のヒスタミン放出阻害率を奏する濃度(100μM程度)の3倍程度の濃度で,ヒスタミン放出阻害率が急激に低下してヒスタミンの深刻な遊離を引き起こすのに対し,AL-4943Aは,「ヒト結膜肥満細胞」に対して最大値のヒスタミン放出阻害率を奏する濃度(2000μM)の数倍高い濃度である10000μMに至っても,最大値のヒスタミン放出阻害率が低下せずに維持されている。
これらによると,甲1では,ケトチフェンとKW-4679が,モルモットの結膜からのヒスタミン遊離抑制効果がいずれも「無効であった」と同等に扱われていたにもかかわらず,「ヒト結膜肥満細胞」に対して,AL-4943Aは最大値のヒスタミン放出阻害率を奏する濃度の範囲がケトチフェンよりも非常に広いという実験結果を,当業者が予測できたとはいえない。
そして,本件明細書には「上記方法によって生産された点眼剤は,代表的には,1度に1から数滴の量を,1日2,3回,眼に適用することだけを必要とする。しかし,より重篤な場合は,点眼薬は1日数回適用され得る。代表的な点眼量は約30μlである」と記載されており,上記記載は,本件化合物を点眼剤に適用した場合,1日2回という少ない点眼回数で有効な効果が得られるだけでなく,必要に応じて1日数回点眼して高用量を投与した場合でも,特段の支障なく有効なヒト結膜肥満細胞安定化効果が得られること,すなわち本件化合物は「医薬品としての高い有用性」を有することを意味している。
そうすると,甲39で示された「AL-4943Aは,最大値のヒスタミン放出阻害率を奏する濃度の範囲が非常に広い」という実験結果は,本件明細書に記載の,本件化合物が「医薬品としての高い有用性」を有することに整合しており,しかも,当業者が予測し得ない格別顕著な効果であるといえる。
以上のように,本件化合物は「ヒト結膜肥満細胞」に対して優れた安定化効果(高いヒスタミン放出阻害率)を有すること,AL-4943Aは最大値のヒスタミン放出阻害率を奏する濃度の範囲が非常に広いことは,いずれも甲1,甲4及び本件優先日当時の技術常識から当業者が予測し得ない格別顕著な効果であり,進歩性を判断するに当たり,甲1発明と比較した有利な効果として参酌すべきものである。
イ本件発明2について本件発明2は,本件発明1に,「ヒト結膜肥満細胞からのヒスタミン放出を66.7%以上阻害する」という発明特定事項を有するものであるが,甲1,甲4及び本件優先日当時の技術常識から,本件化合物が「ヒト結膜肥満細胞からのヒスタミン放出を66.7%以上阻害する」ことを当業者が予測することは非常に困難であるから,本件発明2を得ることが容易想到であるとはいえない。
そして,本件発明2による効果は,本件発明1と同様に,甲1,甲4及び本件優先日当時の技術常識から当業者が予測できない格別顕著な効果であると認められる。
ウ以上によると,甲1,甲4及び本件優先日当時の技術常識からみて,本 件発明2の構成を得ることは容易想到であるとはいえない。また,本件各発明はいずれも,甲1発明と比較した有利な効果を奏するものである。
したがって,本件各発明はいずれも,甲1,甲4及び本件優先日当時の技術常識からみて当業者が容易に発明できたものとはいえない。
(3)無効理由3(甲3を主引例とする進歩性欠如)ア原告は,本件発明1と甲3発明とは,「ヒトにおけるアレルギー性眼疾患(結膜炎)を処置するための局所投与可能な,眼科用組成物(剤)であって,治療的有効量の特定のオキセピン誘導体を含む組成物(剤)」である点で一致し,次の相違点5〜7で相違すると主張している。
(ア)相違点5本件発明1は,オキセピン誘導体が「11-(3-ジメチルアミノプロピリデン)-6,11-ジヒドロベンズ[b,e]オキセピン-2-酢酸」に限定されているのに対し,甲3発明では「11-(3-ジメチルアミノプロピリデン)-6,11-ジヒドロベンズ[b,e]オキセピン-2-酢酸」を含む上位概念で表現されており,甲3発明の実施例では「11-(3-ジメチルアミノプロピリデン)-6,11-ジヒドロベンズ[b,e]オキセピン-2-カルボン酸」が例示されている点。
(イ)相違点6本件発明1では「眼科用ヒト結膜肥満細胞安定化剤」と特定されているのに対し,甲3発明ではそのような特定がない点。
(ウ)相違点7本件発明1では「点眼剤として調製された」と特定されているのに対し,甲3発明では「眼科用液剤」としか特定されていない点。
イ相違点7について点眼剤は,眼科領域における局所投与可能な製剤として通常に用いられる剤形であるから,本件発明1で「点眼剤として調整された」ことが特定されている点は, 単なる設計事項にすぎない。
ウ相違点5について甲3には,マーカッシュ形式の式(I)で示される化合物,あるいはそれらの塩が記載されており,式(I)のR1にはCH2-O-が含まれ,R2及びR3には各々C1アルキルが含まれ,R4にはC1の2価の脂肪族炭化水素基で,芳香族環系に2位において結合するものが含まれることも記載されている。また,当該式(I)で示される化合物について,抗アレルギー活性を有し,マスト細胞からのオータコイド(ヒスタミン,セロトニン等)の放出を阻害するものと信じられていること,アレルギー性結膜炎等のアレルギー状態の症状制御のために使用しうることが記載され,製剤について,眼内投与等に適当なものが挙げられている。
さらに,甲3には,具体的な化合物として,(E)/(Z)11-(3-(ジメチルアミノ)プロピリデン)-6,11-ジヒドロジベンズ〔b,e〕オキセピン-2-カルボン酸を用いて,「アナフィラキシー様活性」の試験,すなわち,ラットにおいて,アナフィラキシー様作用誘導剤である化合物48/80の攻撃による呼吸困難の徴候を抑制するか否かについての試験をしたことが記載されるとともに,製剤例として眼科用液剤としたものが記載されている。
しかし,甲3には本件特許の本件化合物(11-(3-ジメチルアミノプロピリデン)-6,11-ジヒドロジベンズ[b,e]オキセピン-2-酢酸)を用いた実験結果が記載されておらず,甲3のマーカッシュ形式の式(I)で示される化合物あるいはそれらの塩の中から,相違点5の「本件化合物」を選択して用いる動機付けが記載されているとはいえない。
また,甲3に記載の「アナフィラキシー様活性」の試験系は,ラットにおいてアナフィラキシー様作用誘導剤により誘導された呼吸困難の抑制を評価するものであり,ヒト結膜肥満細胞からのヒスタミン等のオータコイド遊離抑制効果,すなわちヒト結膜肥満細胞安定化効果を評価するものではない。
そして,甲3には「本化合物は,マスト細胞からのオータコイド(即ち,ヒスタ ミン,セロトニン等)の放出を阻害し,そしてヒスタミンの抗原-誘導産生を直接阻害するものと信じられる。との記載があるが,」マスト細胞からのオータコイド放出を阻害する効果について具体的に確認した実験結果は示されていないのであるから,上記記載は推測を示したものにすぎず,甲3には,肥満細胞安定化効果について具体的に記載されていない。さらに,肥満細胞の不均一性についての本件優先日当時の技術常識(前記(2)ア(エ)b)を参酌すると,甲3に記載のラットを用いた「アナフィラキシー様活性」の試験系に基づく実験結果を根拠として,甲3に「ヒト結膜肥満細胞」に対する安定化効果が記載されているとはいえない。
そうすると,仮に,甲4の記載を参酌し,甲4の「化合物番号20(本件化合物)」が,甲4の「化合物番号3(甲3の製剤例に記載された活性化合物)」よりも抗アレルギー作用が同等ないしやや優れていることを根拠として,甲3の製剤例に記載された活性化合物(甲4の化合物番号3)を,相違点5の「本件化合物(甲4の化合物番号20)」に置き換えることが容易想到であるとしても,甲3に「ヒト結膜肥満細胞」に対する安定化効果が記載されていないのであるから,甲3発明を相違点6の「眼科用ヒト結膜肥満細胞安定化剤」とすることが容易であるとはいえない。
エ相違点6について前記ウのとおり,甲4の記載に接した当業者が,甲4の「化合物番号20」の化合物(本件化合物)がヒト結膜肥満細胞を安定化する作用を有すると予測することはできないのであるから,甲4の記載を根拠として,甲3発明を相違点6の「眼科用ヒト結膜肥満細胞安定化剤」とすることが容易であるとはいえない。
また,甲1の記載に接した当業者が,甲1のKW-4679(本件化合物のシス異性体)がヒト結膜肥満細胞を安定化する作用を有すると予測することはできないのであるから,甲1の記載を根拠として,甲3発明を相違点6の「眼科用ヒト結膜肥満細胞安定化剤」とすることが容易であるとはいえない。
仮に,甲4及び甲1の記載を参酌して,甲3のマーカッシュ形式の式(I)で示される化合物あるいはそれらの塩の中から,本件化合物を選択して用いて「ヒト結 膜肥満細胞安定化剤」という用途に適用するに至る動機付けが否定されないとしても,本件各発明により奏される効果は,甲3,甲1,甲4及び本件優先日当時の技術常識から当業者が予測できない格別顕著な効果であって,進歩性を判断するに当たり,甲3発明と比較した有利な効果として参酌すべきものである。
オ以上のように,甲3,甲1,甲4及び本件優先日当時の技術常識から,本件各発明を得ることが容易想到であるとはいえず,仮に容易想到であるとしても,本件各発明はいずれも,甲3発明と比較した有利な効果を奏するものである。
したがって,本件各発明はいずれも,甲3,甲1,甲4及び本件優先日当時の技術常識からみて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。
第3原告の主張する取消事由1取消事由1(無効理由2:甲1発明に基づく進歩性判断の誤り)について(1)本件発明1についてア本件発明1の効果の解釈の誤り(ア)本件審決は,本件化合物について,「ヒスタミン放出阻害率の最大値に達した後,さらなる用量上昇に伴い,ヒスタミン放出阻害率が低下する現象が生じていない」として,用量(濃度)が2000μMを超えるときの発明の効果も本件明細書に記載されているに等しいものと判断した。
しかし,本件明細書の表1には,本件化合物について,用量が30μMから2000μMまでのデ-タしか示されていない。本件明細書には,本件化合物は,肥満細胞脱顆粒の濃度依存的な阻害を引き起こしたと記載されているが,「濃度依存的」ということは,本件化合物の用量(濃度)が増加すれば阻害率が増加することを意味しており,阻害率が最大値に達した用量(濃度)よりもさらに用量(濃度)を多くしても,最大値以上には阻害率は増加しえないことから,阻害率が最大値に達した用量(濃度)よりも高い用量(濃度)の領域では,用量(濃度)が増加しても阻害率は増加しないことになる。そうすると,この領域では「濃度依存的」ということはできないから,「濃度依存的」と記載されている本件明細書では,阻害率が最大 値に達した用量(濃度)よりも高用量(濃度)の領域については,何ら言及されていないと解すべきである。
また,本件優先日前には,本件明細書の表1に記載されているネドクロシルナトリウム(「ネドクロミルナトリウム」の誤記と解される。以下同じ。
)やケトチフェンのように,阻害率が最大値に達した用量(濃度)より高用量(濃度)にすると,阻害率がかえって低下する事例が知られていたから,本件優先日当時において,本件明細書の表1を見た当業者は,本件化合物の用量(濃度)を2000μMより高用量(濃度)にしたときに,阻害率がさらに上昇するか,逆に低下するかを予測することはできなかった。
これらによると,本件明細書には,「ヒスタミン放出阻害率の最大値に達した後,さらなる用量上昇に伴い,ヒスタミン放出阻害率が低下する現象が生じていない」という発明の効果は記載されていないことになるから,これを認定した本件審決の判断には誤りがある。
(イ)本件審決は,ケトチフェンでは,「ヒト結膜肥満細胞」に対して最大値のヒスタミン放出阻害率を奏する濃度(100μM程度)の3倍程度の濃度で,ヒスタミン放出阻害率が急激に低下してヒスタミンの深刻な遊離を引き起こすのに対し,AL-4943Aは,「ヒト結膜肥満細胞」に対して最大値のヒスタミン放出阻害率を奏する濃度(2000μM)の数倍高い濃度である10000μMに至っても,最大値のヒスタミン放出阻害率が低下せずに維持されていると認定し,AL-4943Aは最大値のヒスタミン放出阻害率を奏する濃度の範囲がケトチフェンより非常に広いという実験結果を当業者が予測できたとはいえないと判断した。
しかし,本件明細書には,本件化合物の用量(濃度)が30〜2000μMまでの実験結果しか示されておらず,2000μMを超える濃度でヒスタミン放出阻害率がどのような挙動を示すかを予測させる記載はない。「広い濃度範囲で効果がある」ことが記載されているのは甲39である。甲39は,従来技術の効果を参酌するために利用することはできるが,甲39の記載内容が本件明細書に記載されてい るわけではなく,本件明細書に記載された効果の解釈に利用することはできない。
本件審決は,甲39に記載されている事項を本件明細書の記載と混同して,本件発明1の効果を判断しており,誤りがある。
イ効果の顕著性の判断について(ア)平成27年10月1日以降の特許・実用新案審査基準(以下,「審査基準」という。)は,進歩性が否定される方向に働く要素の筆頭に「主引用発明に副引用発明を適用する動機付け」を挙げ,進歩性が肯定される方向に働く要素として「引用発明と比較した有利な効果」を挙げ,当該有利な効果として,「引用発明の有する効果と異質な効果」と「際立って優れた効果」の二つを挙げている。この進歩性の判断に係る基本的な考え方は,同日よりも前に特許出願された発明の進歩性の判断と相違するものではないから,本件各発明の進歩性の判断に用いることができる判断である。
前訴判決は,甲1及び4に接した当業者は,KW-4679についてヒト結膜の肥満細胞からヒスタミンの遊離抑制作用(ヒト結膜肥満細胞安定化作用)を有することを確認し,ヒト結膜肥満細胞安定化剤の用途に適用することを容易に想到することができたものと認められると判断しているから,審査基準の「主引用発明に副引用発明を適用する動機付け」は認められ,残る争点は,「引用発明と比較した有利な効果」の有無のみとなる。そして,引用発明から「ヒト結膜肥満細胞安定化」の用途を容易に想到できたことになるのであるから,「ヒト結膜肥満細胞安定化」という効果に関し,本件発明1は甲1発明の有する効果と異質な効果があるわけではない。したがって,残る争点は,本件発明1の有する効果が甲1発明の有する効果と比べて際立って優れた効果といえるかという効果の量的な問題だけである。
本件化合物とケトチフェンは,いずれも三環式骨格を有する抗アレルギー剤である点で共通すること,ケトチフェンが,甲4と同様の抗アレルギー作用試験に「11-置換6,11-ジヒドロジベンズ[b,e]オキセピン-2-カルボン酸誘導体」(本件化合物の上位概念)の実験の参照化合物として使用されていること(甲 208),KW-4679の抗アレルギー活性プロファイルが,アナフィラキシーのいくつかの生体内モデルで,ケトチフェン等と比較された旨報告されていること(甲209),KW-4679の効果が,実験的結膜炎について,ケトチフェンと比較して研究されたこと(甲210)からすると,ケトチフェンの効果の程度からKW-4679の効果の程度を推認することは可能であった。また,甲1において,「1.抗原誘発結膜炎に対する効果」「2.抗原誘発およびヒスタミン誘発結,膜炎に対する効果」「3.結膜からのヒスタミン遊離の効果」及び「4.涙液中の,ヒスタミン含量に対する効果」のいずれの段落においても,Ketotifen(ケトチフェン)とKW-4679が同列に記述されていることからも,本件優先日当時にケトチフェンの効果の程度から本件化合物の効果の程度を推認できるとする事情が存在する。
本件優先日前に頒布された甲32には,0.05%ケトチフェン点眼液のヒスタミン遊離抑制率は,抗原によるアレルギー反応誘発5分後では平均67.5%,誘発10分後では平均67.2%という記載があり,ヒスタミン放出を67.2%〜67.5%阻害するという効果がケトチフェンで得られていたことが記載されているから,本件発明1の効果が格別顕著な効果ということはできない(イ)本件発明1では,本件化合物の濃度又は用量は「治療的有効量」としか規定されておらず,請求項1の文言中には,他に本件化合物の濃度又は用量を限定する記載はない。他方で,本件明細書中の説明では「本件化合物の濃度は,滅菌精製水に基づいて,0.0001から5w/v%,好ましくは0.001から0.2w/v%」(甲81の7頁左欄36行〜38行)と記載されているから,本件発明1における本件化合物の濃度は0.0001〜5w/v%の範囲と解される。なお,「好ましくは」とされている数値範囲の下限値「0.001w/v%」をμMに換算すると約30μMになる。
そして,発明の構成が容易に想到できた場合において,顕著な効果を有することを理由として進歩性が肯定されるためには,進歩性を有しない発明にまで特許を認 めることにならないように審理対象発明の全範囲において顕著な効果を有する必要があり,その要請を満たすために,格別顕著な効果を奏するような濃度又は用量に限定する必要が生じるから,本件発明1が顕著な効果を有するために進歩性が認められるためには,本件化合物が0.0001〜5w/v%の濃度の全範囲で,ヒスタミン放出阻害率が「顕著な効果」を有さなければならない。また,本件明細書の表1には,本件化合物の300μM,600μM,1000μM,2000μMの「阻害(%)」の欄に,それぞれ「29.6*」「47.5*」「66.7*」「92.,,,6*」と記載されているから,29.6%〜92.6%の全範囲において顕著な効果がなければ本件発明1の進歩性は認められない。
ところが,本件明細書の表1によると,本件化合物が約0.001w/v%である30μMのときにヒスタミン放出阻害率はマイナス3.9%で,かえってヒスタミンの遊離を促進しており,ヒト結膜肥満細胞の安定化が低下している。また,本件明細書の表1には,「ネドクロシルナトリウム」の用量「100(μM)」の処理「15(分)」の行の「阻害(%)」の欄には,「28.2*」との記載があるから,従来技術のネドクロミルナトリウムは,用量100μM,処理時間15分の条件で,生物医学研究的において有意なレベルでヒスタミンの放出阻害の効果を奏しており,本件発明1における「本件化合物の効果」の一部である阻害29.6%と同程度の効果を奏していることが確認できる。
これらによると,本件発明1の効果が格別顕著な効果ということはできない。
(2)本件発明2についてア本件発明2は,「ヒスタミン放出を66.7%以上阻害する」剤であるから,本件発明2における「本件化合物の効果の程度」はヒト結膜肥満細胞からのヒスタミン放出を66.7%以上阻害する程度と解される。
本件優先日当時にケトチフェンの効果の程度から本件化合物の効果の程度を推認できるとする事情が存在することは前記(1)イ(ア)のとおりであり,甲32には,前記(1)イ(ア)のとおり記載されているから,本件発明2の効果が格別顕著な効果という ことはできない。
また,本件審決は,本件発明1の効果の顕著性を判断するに当たって,甲39のヒスタミン放出阻害率についての実験結果を参酌するのに,本件発明2の効果の顕著性を判断するに当たっては,甲39を参酌していない。甲39は本件優先日後に頒布された刊行物であるが,本件優先日前から「ケトチフェンがヒスタミン遊離抑制作用を有すること」は公知(甲32)であり,その公知技術である「ケトチフェンのヒスタミン遊離抑制作用」を確認する範囲で,本件発明2の効果の顕著性の判断に甲39を参酌することができる。甲39には,ケトチフェンがヒスタミン放出阻害率90%を達成していることが記載されているのであるから,それよりもヒスタミン放出阻害率が低い本件発明2の「ヒスタミン放出を66.7%以上阻害する」が,本件優先日当時の技術水準であるケトチフェンに比べて格別顕著なものでないことは明らかである。
イ本件優先日前に頒布された甲20(佐久間靖子他「スギ花粉症に対する塩酸プロカテロール点眼液の眼誘発反応抑制効果」臨眼46巻10号1517-1520頁,1992年),甲34(佐久間靖子他「スギ花粉症に対するインタール(DisodiumCromoglycate)点眼液の眼誘発反応抑制効果について」アレルギー37巻12号1178-1182頁,1988年)及び甲37(佐久間靖子他「スギ花粉症に対するPemirolast点眼液の眼誘発反応抑制効果」臨眼44巻9号1437-1440頁,1990年)には,ペミロラストカリウム点眼液,クロモグリグ酸ナトリウム点眼液及び塩酸プロカテラ-ル点眼液が,抗原によるアレルギー反応誘発5分後又は10分後において70%から90%程度のヒスタミン遊離抑制率を示したという記載がある。
これらによると,本件化合物が約67%のヒスタミン遊離抑制効果を有することは,甲1の記載内容及び本件優先日当時の技術水準から当業者が予想できた効果の範囲内であった。仮に,甲20,34及び37に記載された実験方法は本件明細書に記載された実験方法とは異なるため,測定された数値を直接的に対比することはできないとしても,本件優先日当時の技術水準として参酌することは十分に可能で ある。被告らは,本件化合物がこれらの化合物よりも顕著に高いヒト結膜肥満細胞安定化効果を示すことが記載された文献(乙1,3)を指摘するが,これらの文献の記載は,クロモグリク酸ナトリウム点眼液の臨床試験の客観的な結果に反するものであったり,臨床所見で確認できない事項を臨床上の効果としている点で,信用性に乏しい。
ウ上記ア及びイによると,本件発明2の効果(ヒスタミン放出阻害率66.7%以上)は,甲1の記載内容及び本件優先日当時の技術水準から当業者が予想できた効果の範囲に比べて,顕著な効果を有するということはできない。
エなお,本件審決は,甲1における「KW-4679は有意な効果を示さなかった」との記載及び「KW-4679は無効であった」との記載から,当業者は,KW-4679は「モルモットの結膜肥満細胞を安定化する作用を有しない」ことを意味するものと解すると判断した。
甲1には「KetotifenおよびKW-4679は無効であった」と記載されているが,本件優先日前にはケトチフェンがヒスタミン遊離抑制作用を有することが知られていた(甲32)から,この「無効であった」の表現が「結膜肥満細胞を安定化する作用を有さない」ことを意味すると解する余地はない。甲1の上記各記載は,甲1に記載された実験ではモルモットの結膜からのヒスタミン遊離を阻害する作用が確認できなかったという意味にすぎない。したがって,本件審決の上記判断は不正確である。
2取消事由2(無効理由3:甲3発明に基づく進歩性判断の誤り)について(1)相違点5の容易想到性の判断の誤りア本件審決は,相違点5について,甲3には,本件化合物を用いた実験結果が記載されておらず,甲3のマーカッシュ形式の式(T)で示される化合物あるいはそれらの塩の中から本件化合物を選択して用いる動機付けが記載されているとはいえないと判断した。
しかし,甲4には,化合物番号20(本件化合物)が化合物番号3(甲3の実施 例記載の化合物)よりも抗アレルギー作用が同等ないしやや優れていることが記載されているから,当業者において,甲4に記載された技術的事項を参酌して,甲3の上位概念で記載された化合物の中から本件化合物を選択することの動機付けがあるといえる。したがって,当業者は,甲4を参酌して,甲3に基づいて相違点5の構成を容易に想到することができたものである。
イまた,本件審決は,甲3には肥満細胞安定化効果について具体的に記載されていないと判断した。
しかし,甲3には,「本化合物は,マスト細胞からのオータコイド(即ち,ヒスタミン,セロトニン等)の放出を阻害し,そしてヒスタミンの抗原-誘導産生を直接阻害するものと信じられている」との推測が記載されている。また,前訴判決が認定したとおり,本件優先日当時に知られていた技術常識では,ラット,モルモットの動物結膜炎モデルにおける薬剤の応答性に関する実験結果とヒトの結膜炎における薬剤の応答性に関する実験結果が同様の傾向を示す場合があること及びラット,モルモットのある組織の肥満細胞の実験結果とヒトの結膜における肥満細胞の実験結果が同様の傾向を示す場合があることを否定することはできない。
したがって,甲3に記載された推測に基づいて実験で効果を確認することは,当業者が容易に想到することができたものである。
ウ以上のとおり,本件審決における相違点5の容易想到性の判断には誤りがある。
(2)相違点6の容易想到性の判断の誤り本件審決は,ヒト結膜肥満細胞を安定化する作用を有すると予測することはできないことを根拠として,相違点6は容易に想到できないと判断した。
しかし,前記(1)イのとおり,甲3に記載された推測及び本件優先日当時の技術常識からすると,当業者であれば,実験によりヒト結膜肥満細胞を安定化する作用を確認することを容易に想到することができたものである。
したがって,本件審決における相違点6の容易想到性の判断には誤りがある。
第4被告らの主張1取消事由1(無効理由2:甲1発明に基づく進歩性判断の誤り)について(1)本件発明1についてア本件発明1の効果について(ア)ヒト結膜肥満細胞からのヒスタミンの遊離の阻害率(%)は,ヒト結膜肥満細胞の安定化の指標であり,この阻害率が高ければヒト結膜肥満細胞が安定化されていることを意味する。
本件明細書の表1には,従来,肥満細胞安定化作用を有するものとして分類されていた化合物のうちの代表的なクロモリンナトリウム及びネドクロミルナトリウムのヒスタミン放出阻害率が,クロモリンナトリウムについては10〜1000μMの濃度,ネドクロミルナトリウムについては0.1〜1000μMの濃度の範囲内において,最大値に達した後,更なる用量上昇に伴って低下しているのに対し,本件化合物のヒスタミン放出阻害率が,30μMから2000μMまでの濃度の範囲内において,濃度依存的に一貫して高くなり,ヒト結膜肥満細胞の安定化が向上し,2000μMの濃度においては最大値である100%に迫る92.6%となっていることが記載されている。
(イ)他方,甲1には,抗原体反応による結膜からのヒスタミン遊離に対する各薬物の効果を検討したところ,KW-4679は無効であったとの記載があるから,本件発明1に至る動機付けがあり,本件発明1の構成が容易に想到可能であったとしても,甲1から,本件化合物のヒト結膜肥満細胞の安定化として当業者が予測したであろう効果は,せいぜい,「甲1のとおりヒト結膜肥満細胞安定化を全くしないであろうが,もしかしたら,5%や10%であれ多少なりとも安定化をするかもしれない」という程度のものにすぎない。
また,甲4においては,本件化合物について,ラットの皮膚におけるPCA試験は記載されているが,PCA試験は観察されるアレルギー症状全体を評価するものにすぎず,PCA試験が有効であるとしても,それが抗ヒスタミン効果によるものか, 皮膚の肥満細胞安定化効果によるものか,その他の要因によるものか判断できるものではないから,甲4は,いかなる動物種におけるいかなる組織における肥満細胞についてもその安定化を実証していないことになる。そもそも,甲4は,「ラット」の「皮膚」における肥満細胞の安定化について「実証」なく「言及」したにすぎないところ,甲1は,本件化合物が「モルモット」の「結膜」の肥満細胞を安定化しないことを「実証」したものであるから,これらの先行文献に触れた当業者は,本件化合物の「ヒト」の「結膜」肥満細胞の安定化について予測するに際し,当然に,異種の異組織について何ら実証のない甲4よりも,異種だが同組織について実証を伴う甲1を重視することは明らかである。
以上によると,本件化合物のヒトの結膜肥満細胞の安定化として当業者が予測した効果は,せいぜい,「(甲1どおり)肥満細胞安定化を全くしないであろうが,もしかしたら,5%や10%であれ多少なりとも安定化をするかもしれない」という程度のものにすぎない。
(ウ)上記(ア)と(イ)を比較すると,本件発明1の効果は,本件化合物のヒトの結膜肥満細胞安定化として当業者が予測した効果を格段に上回るものであるから,本件発明1は,当業者の予測を超える格段に顕著な効果を奏するものである。
イ原告の主張に対する反論(ア)原告は,本件明細書には,「ヒスタミン放出阻害率の最大値に達した後,さらなる用量上昇に伴い,ヒスタミン放出阻害率が低下する現象が生じていない」という発明の効果は記載されていないと主張する。
しかし,本件明細書の表1には,クロモリンナトリウムやネドクロミルナトリウムといった,本件優先日当時,肥満細胞安定化剤として周知の代表的な化合物が,それぞれ約10%や約28%の最大の阻害率を示した後は用量上昇に伴いヒスタミン放出阻害率が低下しているのに対し,本件化合物については,300μMにおいて,ネドクロミルナトリウムの最大の阻害率を超える29.6%の阻害率を記録した後も,600μMで47.5%,1000μMで66.7%,2000μMで9 2.6%の阻害率を記録し,理論上の最大値付近まで上昇していることが記載されている。このように,本件明細書の実施例においては,必要かつ十分な実験が行われており,本件審決が,本件化合物によるヒト結膜肥満細胞に対するヒスタミン放出阻害率は,2000μMという高用量(高濃度)に至るまで用量依存的に上昇し,非常に高いヒスタミン放出阻害率を有すると認定したことに違法はない。原告の主張する2000μMを超える濃度範囲についての認定は,原告が甲32及び39を根拠とする主張をしたことに鑑みて,付加的に言及したものにすぎない。
(イ)原告は,本件審決が,甲39に記載の2000μMを超える濃度についての効果を参酌して本件発明1の顕著な効果を認めた点が誤りであると主張する。
しかし,本件審決は,本件化合物が2000μMという高濃度に至るまで用量依存的にヒスタミン放出阻害率が上昇し,また,本件化合物の最大の阻害率がクロモリンナトリウムやネドクロミルナトリウムの最大の阻害率をはるかに凌駕する92.6%を示したことをもって,格別顕著な効果であることを認定し,甲39を参酌するまでもなく,本件発明1が当業者の予測を超える顕著な効果を奏することを認定している。したがって,甲39を参酌した本件発明1の効果の認定がなくとも,本件発明1の効果の顕著性が認められることに変わりはない。
(ウ)原告は,ケトチフェンの効果の程度から本件化合物の効果の程度を推認できるとする事情が本件優先日当時に存在する(甲208〜210)と主張する。しかし,三環式化合物は極めて広範な化合物を含むから,三環式化合物という程度の共通性では,当業者にとって同種の薬効を期待する根拠とはならない。また,ケトチフェンが比較化合物として選ばれたのは,当時,周知な抗アレルギー剤であったからにすぎない。さらに,甲210は本件優先日後の文献であって,本件優先日当時の技術常識を示すものでもない。甲208〜210は,いずれも,ヒト結膜肥満細胞安定化効果に関するものではないし,いかなる動物種のいかなる組織の肥満細胞安定化効果に関するものでもないから,原告の主張は失当である。
仮に,ケトチフェンと比較したとしても,甲39によると,ケトチフェンは,ヒ ト結膜肥満細胞安定化の治療効果が十分に発揮される濃度で用いることができず,臨床上,ヒト結膜肥満細胞安定化剤としての使用を期待し得るものではない。これに対し,本件発明1のヒト結膜肥満細胞安定化剤は,本件明細書に記載のとおり,また,臨床においても実証されているとおり,極めて優れたヒト結膜肥満細胞安定化をもたらすものである。
このように,本件発明1はケトチフェンと比較しても顕著な効果を奏するのであるから,その点においても,原告の上記主張は誤りである。
(エ)原告は,甲1の「KW-4679は有意な効果を示さなかった」との記載及び「KW-4679は無効であった」との記載は,単に甲1に記載された実験ではモルモットの結膜からのヒスタミン遊離を阻害する作用が確認できなかったという意味にすぎず,当業者は「モルモットの結膜肥満細胞を安定化する作用を有しない」ことを意味するものとは解さないと主張する。
しかし,甲1に記載された実験では,モルモットの結膜からのヒスタミン遊離を阻害する作用が確認できず,その結果,甲1の筆者が,「KW-4679は有意な効果を示さなかった」「KW-4679は無効であった」と結論付けているのである,から,「KW-4679はモルモットの結膜肥満細胞を安定化する作用を有しない化合物であることが記載されている」としか理解しようがない。
原告は,上記主張の根拠として,本件優先日前にはケトチフェンがヒスタミン遊離抑制作用を有することが知られていたと指摘するが,ケトチフェンに肥満細胞を安定化する効果があったとしても,甲1の記載から,KW-4679にモルモットの結膜肥満細胞を安定化する効果があると理解できることの根拠とはなり得ない。
現に,甲1において,KW-4679やケトチフェンと同列にモルモットの結膜肥満細胞安定化について無効であると実証されているクロルフェニラミンは,ヒト結膜肥満細胞を安定化するものではない。
(オ)原告は,発明の効果が顕著なものであることにより進歩性が認められるためには,特許を受けようとする発明の全範囲において顕著な効果を奏する必 要性があり,本件化合物が0.0001〜5w/v%の濃度の全範囲で顕著な効果を有さなければならないと主張する。
しかし,医薬用途発明においては,当業者は,通常,濃度(用量)を適宜調節して,所望の効果を奏する濃度(用量)において発明を実施することができ,そのことが想定されているから,医薬用途発明の技術的範囲は,特段,濃度(用量)についての限定を含めていなくとも,黙示的に,所望の効果を奏する濃度(用量)に限定され,無効理由の判断においても,そのような限定が付されたものとして判断される。
本件発明1においても,当業者は,濃度(用量)を適宜調節して,顕著な効果を奏する濃度(用量)において発明を実施することができるのであるから,特許請求の範囲において濃度又は用量の限定がないことが,顕著な効果を否定する理由となるものではない。
また,原告は,本件化合物の効果が最低の用量において29.6%とされたことに関し,ネドクロミルナトリウムの最大の効果である28.2%と比較すると,本件発明1には顕著な効果がないと主張する。
しかし,本件発明1は,「本件化合物が肥満細胞安定化効果を有することそれ自体を見出した発明」であり,本件発明1の効果は,広い濃度範囲において高いヒト結膜肥満細胞安定化効果を有することが示されている点にあるのであるから,個々の用量における肥満細胞安定化効果の程度をもって顕著な効果の有無を判断するのは誤りであり,グラフ全体を見なければならない。しかも,検討すべきなのは,本件化合物のヒト結膜肥満細胞安定化効果と,ネドクロミルナトリウムのヒト結膜肥満細胞安定化効果とを単純に比較することではなく,本件明細書に記載された本件化合物のヒト結膜肥満細胞安定化効果の程度と,本件発明1の構成のものとして当業者が予測した効果(ヒト結膜肥満細胞安定化効果)の程度とを対比することである。
したがって,原告の上記各主張は,いずれも失当である。
(2)本件発明2について ア本件発明2は,本件発明1の実施態様の一つであり,実質的には,本件発明1と比較して,「ヒト結膜肥満細胞からのヒスタミン放出を66.7%以上阻害する」との加重の発明特定事項を有するものといえる。そして,前記(1)のとおり,そのような加重発明特定事項を有さない本件発明1が,顕著な効果を有するものとして進歩性が肯定されるのであるから,本件発明2は,加重発明特定事項について検討を加えるまでもなく,顕著な効果を有するものとして,進歩性が肯定される。
イ原告は,本件発明2とは実験条件が全く異なる甲20,32,34,37の各文献(以下,「甲20等」と総称することがある。)にはそれぞれの化合物について67〜90%程度のヒスタミン放出阻害率が記載されているとして,本件発明2が顕著な効果を欠くと主張する。
しかし,本件発明2の顕著な効果を検討するに当たり,「当該発明の(実際の)効果」と比較されるべきは,「当該発明の構成のものとして当業者が予測した効果」であるから,本件発明2の効果を予測するに当たり,最も参酌すべきものは,本件化合物について結膜肥満細胞安定化効果を評価した旨が記載されている甲1であり,本件発明2の本件化合物とは全く異なる構造である甲20等に記載の化合物の効果を検討する必要はない。
また,仮に,甲20等に記載の化合物の効果を検討するとしても,甲20等に記載された実験は,インビボ試験(実際のヒトの眼球への投与実験)であり,本件発明2が前提とする実験条件とは全く異なるため,本件発明2の比較対象となり得ない。甲20等においては,本件化合物との比較はされておらず,異なる化合物について,異なる実験条件の下で行った実験の結果を比較することは無意味である。もっとも,甲20等に記載された化合物のうちいくつかについては,本件発明2が前提とする実験条件と同一の実験条件において,かつ,本件化合物と比較して測定した実験結果が記載された文献(乙1)や意見書(乙3)があり,これらの文献には,本件化合物がそれらの化合物よりも顕著に高いヒト結膜肥満細胞安定化効果を示すことが記載されている。
さらに,甲20等に記載のインビボ試験においては,実際のヒトの眼球に試験化合物が投与されるが,実際のヒトの眼球は複雑であり,ヒト結膜肥満細胞以外の種々の細胞や様々な夾雑物も存在し,ごく微量の涙液中のヒスタミンを採取する必要があるため,一般に正確な定量・評価・比較が非常に困難である。また,甲20等は,全て同じ著者らによるものであるが,ほとんどヒト結膜肥満細胞安定化を示さないことが本件明細書において明らかにされた化合物(クロモリンナトリウム)を含め,どの試験化合物についても同様に高いヒスタミン遊離抑制率が示されており,実験条件・実験手法の妥当性に疑問が残る。
したがって,甲20等に記載された実験結果に基づいて本件発明2の顕著な効果を否定することはできない。
2取消事由2(無効理由3:甲3発明に基づく進歩性判断の誤り)について甲3及び4は,何ら実証することなく,単に一般論として,様々な動物種における様々な組織における肥満細胞を十把一絡げにして肥満細胞の安定化について記載するにすぎず,実施例も,モルモットの回腸やモルモットのインビボにおける抗ヒスタミン作用の実験(甲3の実施例7)ラットにおけるアナフィラキシー様活性の,試験(甲3の実施例G)ラットの皮膚のPCA試験,(甲4)に関するものにすぎず,これらの実施例は,いずれも肥満細胞の安定化を示す実験ではないし,ヒト結膜肥満細胞とも全く関係しない。
また,当業者は,いかなる動物種の結膜肥満細胞についても記載されておらず,また,いかなる動物種のいかなる組織の肥満細胞についても,肥満細胞の安定化についての実証実験を伴わない甲3及び4よりも,モルモットではあるが,結膜肥満細胞について安定化するかしないかの実証実験を行った甲1をより重要視するであろうところ,甲1は,本件化合物のモルモットの結膜肥満細胞の安定化効果に関し,無効であると結論付けている。
したがって,相違点5及び6について,甲3及び4の記載に基づき,実験によりヒト結膜肥満細胞を安定化する効果を確認することは容易に想到することができた との原告の主張は理由がない。
また,この点を措くとしても,本件各発明は,当業者の予測を超える顕著な効果を有する。
第5当裁判所の判断1本件各発明について(1)本件各発明に係る第2次訂正後の特許請求の範囲の請求項1及び請求項5の記載は,前記第2の2のとおりであるところ,本件明細書には,以下の記載がある(甲205)。
ア発明の分野本発明は,アレルギー性結膜炎,春季カタル,春季角結膜炎,巨大乳頭結膜炎などのアレルギー性眼疾患を処置するために用いられる局所的眼科用処方物に関する。
さらに詳しくは,本発明は11-(3-ジメチルアミノプロピリデン)-6,11-ジヒドロジベンズ[b,e]オキセピン-2-酢酸のアレルギー性眼疾患を処置するためおよび/または予防するための治療上および予防上の局所使用に関する。
(3頁3行〜9行)イ関連技術の説明米国特許第4,871,865号および第4,923,892号・・・「Bur(roughsWellcome特許」)において教示されるように,11-(3-ジメチルアミノプロピリデン)-6,11-ジヒドロジベンズ[b,e]オキセピン-2-カルボン酸および11-(3-ジメチルアミノプロピリデン)-6,11-ジヒドロジベンズ[b,e]オキセピン-2(E)-アクリル酸を含むドキセピンのあるカルボン酸誘導体は,抗ヒスタミン活性および抗喘息活性を有する。これらの2つの特許は,ドキセピンのカルボン酸誘導体を,抗ヒスタミン作用を有する肥満細胞安定剤として分類する。・・・BurroughsWellcome特許は両方とも,開示される様々な薬学的処方物が獣医学的使用およびヒトへの医学的使用の両者に有効であることを請求 しているが,どちらの特許もドキセピンのカルボン酸誘導体がヒトにおいて活性を有することを示す例を含んでいない。・・・しかし,齧歯類に存在する肥満細胞のタイプが,ヒトの肥満細胞のタイプとは異なることは,現在十分に確立されている。・・・さらに,肥満細胞の集団は,表現型,生化学的特性,機能的および薬理学的応答,および個体発生において異なる同じ種内に存在する。種間および種内の両者の肥満細胞で認められるこれらの差異は,肥満細胞の不均一性と呼ばれる。
・・・異なる肥満細胞は薬理学的薬剤に異なる応答を示すため,抗アレルギー剤(「肥満細胞安定剤」)として請求される化合物が,特定の肥満細胞集団における臨床上の有用性を有するかどうかは明らかでない。肥満細胞が同種の集団であり,それゆえにラット肥満細胞における実験で認められた抗アレルギー薬の効果がヒトの細胞における効果を予測するという仮定は,間違っていることが知られている。
(3頁10行〜4頁18行)結膜肥満細胞活性を有する薬物を含有する局所的眼科用処方物は,2〜4時間毎に1回適用する代わりに,12〜24時間毎に1回適用する必要があり得るのみである。実際にはヒトの結膜肥満細胞安定化活性を有しない,報告されている抗アレルギー薬の眼科用の使用の1つの不利な点は,増大した投薬頻度である。結膜肥満細胞活性を有しない薬物を含有する眼科用処方物の効果は主としてプラセボ効果から生じるため,代表的には,結膜肥満細胞活性を示す薬物よりも頻繁な投薬が必要とされる。・・・必要とされるものは,アレルギー性眼疾患を処置するための標的細胞であるヒト結膜から得られる肥満細胞に対して安定化活性を示す,局所的に投与可能な薬物化合物である。
(5頁10行〜6頁5行)ウ発明の要旨本発明は,局所的眼科用処方物を眼に投与する工程により特徴づけられる,アレ ルギー性眼疾患を処置する方法を提供する。ここでこの局所的眼科用処方物は,治療的有効量の11-(3-ジメチルアミノプロピリデン)-6,11-ジヒドロジベンズ[b,e]オキセピン-2-酢酸(以下,化合物Aという),またはその薬学的に受容可能な塩を含有する。この処方物は,化合物Aのシス異性体(Z-11-(3-ジメチルアミノプロピリデン)-6,11-ジヒドロジベンズ[b,e]オキセピン-2-酢酸),化合物Aのトランス異性体(E-11-(3-ジメチルアミノプロピリデン)-6,11-ジヒドロジベンズ[b,e]オキセピン-2-酢酸),または化合物Aのシス異性体及びトランス異性体の両者の組み合わせを含有し得,そして他の点で特定しない限り,「11-(3-ジメチルアミノプロピリデン)-6,11-ジヒドロジベンズ[b,e]オキセピン-2-酢酸」または「化合物A」は,シス異性体,トランス異性体又は両者の混合物を意味する。・・・化合物Aは,ヒト結膜肥満細胞安定化活性を有し,いくつかの場合において,1日1回または2回の数少ない頻度で適用され得る。化合物Aはまた,その肥満細胞安定化活性の他に,顕著な抗ヒスタミン活性を有する。従って,予防効果の他に,化合物Aはまた治療効果も有する。
(6頁7行〜29行)エ発明の詳細な説明化合物Aは,公知の化合物であり,化合物Aのシスおよびトランス異性体の両者は,米国特許第5,116,863号・・・に開示される方法により得ることができる。・・・ヒト結膜から得られた肥満細胞(アレルギー性結膜炎の処置に有用であると請求されている局所的眼科用薬物調製物に対する標的細胞)における,報告されている抗アレルギー性の肥満細胞安定剤の阻害効果を,以下の実験方法に従って試験した。・・・ヒト結膜組織の重量を測定し,・・・培養培地を含有するペトリ皿に移し,・・・平衡化し・・・試験化合物を,抗ヒトIgEによる刺激の1分前あるいは15分前のどちらかに,肥満細胞培養物に与え・・・,薬物処理肥満細胞の,チャレンジで 引き起こされるヒスタミン放出の阻害を,ビヒクルで処理し,抗IgEでチャレンジした肥満細胞からのヒスタミン放出との直接的な比較によって・・・測定した。
結果を以下の表1に報告する。
表1が明らかに示すように,抗アレルギー薬であるクロモグリク酸二ナトリウムおよびネドクロミルは,ヒト結膜肥満細胞脱顆粒を有意に阻害することができなかった。対照的に,化合物A(シス異性体)は,肥満細胞脱顆粒の濃度依存的な阻害を引き起こした。
(7頁1行〜9頁7行) 化合物Aは,溶液,懸濁液またはゲルなどの従来の局所的眼科用処方物によって眼に投与され得る。化合物Aの局所的な眼科用投与のための好ましい処方物は,溶液である。溶液は点眼剤として投与される。本発明の局所的眼科用処方物中での化 合物Aの好ましい形態は,シス異性体である。本発明の点眼剤を調製する一般的な方法を,以下に記載する。
化合物Aおよび等張剤を滅菌精製水に加え,必要ならば,保存剤,緩衝剤,安定剤,粘性のビヒクルなどを溶液に加え,そこに溶解させる。化合物Aの濃度は,滅菌精製水に基づいて,0.0001から5w/v%,好ましくは0.001から0.2w/v%であり,そして最も好ましくは約0.1w/v%である。溶解後,pHを,眼科学的医薬としての使用に許容される範囲内,好ましくは4.5から8の範囲内に,pH調製剤を用いて調製する。・・・上記方法によって生産された点眼剤は,代表的には,1度に1から数滴の量を,1日2,3回,眼に適用することだけを必要とする。しかし,より重篤な場合には,点眼薬は1日数回適用され得る。代表的な点眼量は約30μlである。
(13頁1行〔表部分を除く。〕〜14頁13行)(2)前記(1)によると,本件各発明は,以下のとおりのものであると認められる。
ア本件各発明は,本件化合物のアレルギー性眼疾患を処置するため及び/又は予防するための治療上及び予防上の局所使用に関するものである(前記(1)ア)。
イ本件化合物は,ヒト結膜肥満細胞安定化活性を有し,いくつかの場合において,1日1回又は2回の数少ない頻度で適用され得る。本件化合物は,肥満細胞安定化活性の他に,顕著な抗ヒスタミン活性を有する。したがって,本件化合物は,予防効果のほかに治療効果も有する。(前記(1)ウ)ウヒト結膜から得られた肥満細胞における抗アレルギー性の肥満細胞安定剤の阻害効果について試験したところ,抗アレルギー薬であるクロモグリク酸二ナトリウム及びネドクロミルナトリウム(本件明細書記載の「ネドクロシルナトリウム」は「ネドクロミルナトリウム」の誤記であると認められる。)は,ヒト結膜肥満細胞脱顆粒を有意に阻害することができなかったが,本件化合物(シス異性体)は,肥満細胞脱顆粒の濃度依存的な阻害を引き起こした(表1)(前記(1)エ)。
エ本件各発明の点眼剤を調製する一般的な方法は,本件化合物及び等張剤を滅菌精製水に加え,必要ならば,保存剤,緩衝剤,安定剤,粘性のビヒクルなどを溶液に加え,そこに溶解させる。本件化合物の濃度は,滅菌精製水に基づいて,0.0001から5w/v%,好ましくは0.001から0.2w/v%であり,最も好ましくは約0.1w/v%である。溶解後,pHを,眼科学的医薬としての使用に許容される範囲内,好ましくは4.5から8の範囲内に,pH調製剤を用いて調製される。(前記(1)エ)オ上記方法によって生産された点眼剤は,代表的には,1度に1から数滴の量を,1日2,3回,眼に適用することだけを必要とする。しかし,より重篤な場合には,点眼薬は1日数回適用され得る。代表的な点眼量は約30μlである。
(前記(1)エ)2取消事由1(無効理由2:甲1発明に基づく進歩性判断の誤り)について(1)甲1発明についてア甲1には,以下の記載がある。
(ア)標題モルモットの実験的アレルギー性結膜炎に対する抗アレルギー薬の影響(イ)要約抗原誘発およびヒスタミン誘発結膜炎に対する各種抗アレルギー薬の影響を,モルモットを用いて検討した。その結果,chlorpheniramine,ketotifenおよびKW-4679の点眼は,抗原誘発結膜炎よりもヒスタミン誘発結膜炎に対してより強力な抑制効果を示した。
(要約部分1行〜3行)(ウ)はじめにアレルギー性結膜炎の治療には,chlorpheniramineやketotifenなどの抗ヒスタミン作用を有する薬物が広く用いられている。先に筆者らは,モルモットに抗原およびヒスタミンを点眼することにより著名な結膜炎が誘 発されることを見出した。
(603頁左欄1行〜6行)(エ)T実験方法1.結膜炎の誘発実験には・・・モルモット・・・1群5匹を用いた。・・・2.結膜炎症状の定量化結膜炎の程度は,つぎのように定めた。
Score1:軽度の充血を示すものScore2:強度の充血を示すものScore3:充血に軽度〜中等度の浮腫が加わったものScore4:著明な浮腫が生じたもの3.結膜からのヒスタミン遊離抗原点眼15分後に結膜を切除し,重量を測定した後,生理食塩液で洗浄した。
その後,・・・ホモジナイズし,・・・遠心し,その上清を凍結保存した.その後,・・・解凍遠心分離し,上清のヒスタミン含量をHPLC(高速液体クロマトグラフィー)で定量した。
4.涙液中ヒスタミン含量の測定抗原点眼15分後に,生理食塩液を点眼した後回収し,・・・遠心分離し,上清のヒスタミン含量をHPLCで測定した。
(603頁右欄1行〜604頁右欄2行)(オ)II実験成績1.抗原誘発結膜炎に対する効果感作モルモットの結膜に抗原液(20mg/ml)を点眼して誘発したアレルギー性結膜炎に対する各種抗アレルギー薬の影響を図1に示した。Chlorpheniramineは,10〜100ng/μlの点眼で濃度依存性の抑制作用を示し,50および100ng/μlの濃度で有意差がみられた。Ketotife n,・・・およびKW-4679は10および100ng/μlの濃度で有意な抑制作用を示した。Amelexanoxも,2500および5000ng/μlの濃度で有意差を示した。
2.抗原誘発およびヒスタミン誘発結膜炎に対する効果表1に抗原およびヒスタミン誘発結膜炎に対する各種抗アレルギー薬の効果を,IC50値で示した。Chlorpheniramine,ketotifenおよびKW-4679は,ヒスタミン誘発結膜炎を抗原誘発結膜炎よりもより強く抑制した。
・・・Amelexanoxは抗原誘発結膜炎は抑制したが,ヒスタミン誘発結膜炎には無効であった。
3.結膜からのヒスタミン遊離に対する作用結果は,図2に示したごとく,・・・amelexanox(2500ng/ml)は結膜からのヒスタミン遊離を有意に抑制した。Chlorpheniramine,ketotifenおよびKW-4679の効果は有意ではなかった。
4.涙液中のヒスタミン含量に対する効果抗原点眼前のモルモット涙液中のヒスタミン含量は1.7±0.4ng/mlであったが,抗原点眼後,ヒスタミン含量は約5倍に増加した(8.6±0.8ng/ml)・・・amelexanoxを抗原適用15分前に点眼しておいた場合,。
抗原抗体反応による涙液中のヒスタミン含量の増加は,有意に抑制された。Chlorpheniramine,ketotifenおよびKW-4679は,有意な効果を示さなかった。
(604頁右欄3行〜605頁左欄19行) (カ)図1図1抗原抗体反応による結膜炎に対する抗アレルギー薬の効果(キ)表1表1抗原誘発およびヒスタミン誘発結膜炎に対する抗アレルギー薬の効果(IC50) (ク)図2図2抗原抗体反応により生ずる涙液中のヒスタミン含量の増加に対する抗アレルギー薬の効果(ケ)V考察本研究の結果,chlorpheniramine,ketotifenおよびKW-4679は,抗原誘発結膜炎よりヒスタミン誘発結膜炎に対してより強力な効果を有した。
・・・一方,amlexanoxは抗原誘発結膜炎には効果を示したが,ヒスタミン誘発結膜炎には無効であった。以上の知見により,chlorpheniramine,ketotifenおよびKW-4679は主としてこれらの薬物が有する抗ヒスタミン作用により抗原抗体反応による結膜炎を抑制したのではないかと考えられる。一方,levocabastineおよびamlexanoxは抗原抗体反応による結膜からのヒスタミン遊離を抑制するのではないかと考えられる。そこで,抗原抗体反応による結膜からのヒスタミン遊離に対する各薬物の効果を検討したところ,両薬物は有意な抑制効果を示した。Chlorpheniramine,ketotifenおよびKW-4679は無効であった。
(605頁左欄20行〜34行)イ甲1発明について 証拠(甲2の1・2)及び弁論の全趣旨によると,KW-4679は,「Z-11-(3-ジメチルアミノプロピリデン)-6,11-ジヒドロジベンズ[b,e]オキセピン-2-酢酸」の塩酸塩(本件化合物のZ体〔シス異性体〕の塩酸塩)であり,本件発明1の「11-(3-ジメチルアミノプロピリデン)-6,11-ジヒドロジベンズ[b,e]オキセピン-2-酢酸」(本件化合物)の「薬学的に受容可能な塩」に相当するとともに,本件発明2の「(Z)-「11-(3-ジメチルアミノプロピリデン)-6,11-ジヒドロジベンズ[b,e]オキセピン-2-酢酸」(本件化合物のシス異性体)に相当するものであることが認められる。
そして,前記アによると,甲1には,抗アレルギー薬であるAmelexanox,Chlorpheniramine,Ketotifen,KW-4679(本件化合物のシス異性体の塩酸塩)などを含有する点眼剤を用いた実験結果が記載されており,Chlorpheniramine,Ketotifen及びKW-4679の点眼は,モルモットを用いた実験において,抗原誘発結膜炎よりもヒスタミン誘発結膜炎に対してより強力な抑制効果を示し,結膜からのヒスタミン遊離に対する効果においては,有意な効果を示さなかったことが認められる。
(2)甲4発明について甲4には,以下の記載がある。
ア特許請求の範囲・・・(2)式(式中,Xは=N-,=CH-又は-CH2-を表し,nは0,1,2,3又は4を表し,Zは4-メチルピペラジノ基,4-メチルホモピペラジノ基,ピペリジノ基, ピロリジノ基,チオモルホリノ基,モルホリノ基又は-NR6R7(式中,R6,R7は同一もしくは異なって水素原子又は低級アルキル基を表す)を表す。なお,は一重結合又は二重結合を表す。-Y′-A″はXが=CH-又は-CH2-であるときは-Y-A〔式中,Aはヒドロキシメチル基,低級アルコキシメチル基,トリフェニルメチルオキシメチル基,低級アルカノイルオキシメチル基,低級アルカノイル基,カルボキシ基,低級アルコキシカルボニル基,トリフェニルメチルオキシカルボニル基,-CONR1R2(式中,R1,R2は同一もしくは異なって水素原子又は低級アルキル基を表す)4,,4-ジメチル-2-オキサゾリン-2-イル基又は-CONHOHを表し,Yは母核の2位又は3位に置換した-(CH2)m-,-CHR3-(CH2)m-又は-CR4=CR5-(CH2)m-(式中,R3は低級アルキル基を表す。R4,R5は同一もしくは異なって水素原子又は低級アルキル基を表す。mは0,1,2,3又は4を表す。なお,上記各式の左側が母核に結合しているものとする。)を表す。〕を表し,Xが=N-であるときは母核の2位に結合した場合の-Y-A(式中,Y及びAは前記と同義である)を表す。)で表されるジベンズ〔b,e〕オキセピン誘導体又はその薬理上許容される塩を有効成分として含有する抗アレルギー剤。
・・・イ発明の詳細な説明(ア)本発明は,新規ジベンズ〔b,e〕オキセピン誘導体及びそれを有効成分として含有する抗アレルギー剤及び又は抗炎症剤に関する。
(2頁左下段3行〜5行)(イ)各製造法によって得られる化合物(I)もしくはその薬理上許容される塩の具体例を第1表に,それらの構造を第2表に示す。
(8頁右上欄6行〔化学式部分を除く。〕〜8行)(ウ)第1表a化合物番号3 シス-11-(3-ジメチルアミノプロピリデン)-6,11-ジヒドロジベンズ〔b,e〕オキセピン-2-カルボン酸トランス-11-(3-ジメチルアミノプロピリデン)-6,11-ジヒドロジベンズ〔b,e〕オキセピン-2-カルボン酸b化合物番号20シス-11-(3-ジメチルアミノプロピリデン)-6,11-ジヒドロジベンズ〔b,e〕オキセピン-2-酢酸トランス-11-(3-ジメチルアミノプロピリデン)-6,11-ジヒドロジベンズ〔b,e〕オキセピン-2-酢酸c化合物番号3′化合物3の1/2フマル酸塩1/5水和物(トランス体99%)d化合物番号20′化合物20のフマル酸塩3/2水和物(トランス体95%)(エ)抗アレルギー作用試験抗アレルギー作用はラット48時間homologousPCA(passivecutaneousanaphlaxis)試験に従って検討した。なお,実験動物として,抗血清の採取には体重180〜220gのWistar系雄性ラットを,PCA試験には体重120〜140gのWistar系雄性ラットを用いた。
A)抗EWAラット血清の調製・・・B)ラットの48時間homologousPCA試験1群3匹のラットを用い,除毛した背部皮肉2ヵ所に生理食塩液で8倍に希釈した抗EWAラット血清0.05m?ずつを注射して受動的に感作した。47時間後に本発明化合物又はその溶液(生理食塩液又はCMC溶液)を経口投与し,その1時間後,抗原EWA2mgを含む1%エバンスブル-生理食塩液0.5ml/100 gを尾静脈内投与した。30分後,動物を放血致死させ,皮膚を剥離して青染部の漏出色素量をKatayamaらの方法〔Microbiol.Immunol.22,89(1978)〕に従い測定した。すなわち,青染部をハサミで切り取り,1NKOH1mlを入れた試験管に入れ,24時間,37℃でインキュベートした。0.6Nリン酸・アセトン(5:13)混液9mlを加え,振とう後,2500rpm,10分間遠心分離し,上清の620μmにおける吸光度を測定し,予め作成した検量線より漏出色素量を定量した。2カ所の平均値をもって1個体の値とし,次式より各個体別の抑制率を算出した。
抑制率(%)=なお,抑制率が50%以上の場合をPCA抑制作用陽性とし,3個体中少なくとも1個体に陽性例が認められる最小投与量をもって最小有効量(MED)とした。
その結果を第5表に示す。
(13頁左下欄下から3行〜14頁左上欄下から7行) (オ)第5表(カ)・・・化合物(I)及びその薬理上許容される塩はPCA抑制作用又は/及びカラゲニン足浮腫抑制作用を有する。PCA抑制作用は皮膚肥満細胞からのヒスタミンなどのケミカルメディエーターの遊離の抑制作用に基づくものと考えられ,従って化合物(I)及びその薬理上許容される塩はヒスタミンなどのケミカルメディエーターによる気管収縮作用によって生ずる気管支喘息のようなアレルギー性疾患の治療に有効であると考えられる。
(15頁右上欄1行〔表部分を除く。〕〜10行)(3)本件優先日当時の技術常識アヒトのアレルギー性結膜炎を抑制する薬剤の研究及び開発に係る技術常識(ア)抗アレルギー薬は,その作用機序によって,肥満細胞から産生・遊離されるヒスタミンなどの各種の化学伝達物質(ケミカルメディエーター)に対する拮抗作用を有する薬剤,それらの化学伝達物質の肥満細胞からの遊離抑制作用を有 する薬剤の二つに大別され(甲12,30,31),ヒトのアレルギー性結膜炎を抑制する薬剤の研究及び開発においても,この二つの作用を確認することが一般的に行われていた(甲7,10,12,20,23,30〜32,41,42)。
(イ)ヒトのアレルギー性結膜炎を抑制する薬剤の研究及び開発において,ヒトのアレルギー性結膜炎に類似するモデルとしてラット,モルモットの動物結膜炎モデルが作成され,点眼効果等の薬剤の効果判定に用いられていた(甲13〜18,41,42)。
本件優先日当時販売されていたヒトにおける抗アレルギー点眼剤の添付文書「薬(効・薬理」欄)には,各有効成分がラット,モルモットの動物結膜炎モデルにおいて結膜炎抑制作用を示したことや,ラットの腹腔肥満細胞等からのヒスタミンなどの化学伝達物質の遊離抑制作用を示したことが記載されていた(甲7,10,23)。
(上記(ア),(イ)につき,前訴判決〔甲84〕の83頁18行〜84頁15行)イ肥満細胞の不均一性(ア)本件優先日当時,薬剤による肥満細胞に対するヒスタミン遊離抑制作用は,肥満細胞の種又は組織が異なれば異なる場合があり,ある動物種のある組織の肥満細胞の実験結果から他の動物種の他の組織における肥満細胞の実験結果を必ずしも予測することができないというのが技術常識であった(甲101〜103,127〜129)。
(イ)しかし,前記ア(イ)の事実によると,ラット,モルモットの動物結膜炎モデルにおける薬剤の応答性に関する実験結果とヒトの結膜炎における薬剤の応答性に関する実験結果が同様の傾向を示す場合があることや,ラット,モルモットのある組織の肥満細胞の実験結果とヒトの結膜における肥満細胞の実験結果が同様の傾向を示す場合があることを否定することはできず,肥満細胞の不均一性は,ある動物種のある組織の肥満細胞の実験結果から他の動物種の他の組織における肥満細胞の実験結果を必ずしも予測することができないというのにとどまる。
(上記(ア),(イ)につき,前訴判決〔甲84〕の84頁16行〜86頁3行及び87 頁5行〜12行)(4)前訴判決は,前記(3)の技術常識に基づいて,甲1及び4に接した当業者は,甲1記載のアレルギー性結膜炎を抑制するためのKW-4679(本件化合物のシス異性体の塩酸塩)を含有する点眼剤をヒトにおけるアレルギー性眼疾患の点眼剤として適用することを試みる動機付けがあり,その適用を試みる際に,KW-4679が,ヒト結膜肥満細胞から産生・遊離されるヒスタミンなどに対する拮抗作用を有することを確認するとともに,ヒト結膜の肥満細胞からのヒスタミンの遊離抑制作用を有することを確認する動機付けがあるというべきであるから,KW-4679についてヒト結膜の肥満細胞からのヒスタミンの遊離抑制作用(「ヒト結膜肥満細胞安定化」作用)を有することを確認し,「ヒト結膜肥満安定化剤」の用途に適用することを容易に想到することができたものと認められると判断した。そして,その上で,前訴判決は,「本件各発明における『ヒト結膜肥満細胞安定化』という発明特定事項は,甲1及び4に記載のものからは動機付けられたものとはいえないから,甲1を主引例とする進歩性欠如の原告主張の無効理由は理由がない」とした第2次審決の判断は誤りであると判断している。
上記のとおり,前訴判決は,本件各発明について,その発明の構成に至る動機付けがあると判断しているところ,発明の構成に至る動機付けがある場合であっても,優先日当時,当該発明の効果が,当該発明の構成が奏するものとして当業者が予測することができた範囲の効果を超える顕著なものである場合には,当該発明は,当業者が容易に発明をすることができたとは認められないから,前訴判決は,このような予測できない顕著な効果があるかどうかまで判断したものではなく,この点には,前訴判決の拘束力(行政事件訴訟法33条1項)は及ばないものと解される。
そこで,本件各発明がこのような予測できない顕著な効果を有するかどうかについて判断する。
(5)本件発明1についてア本件明細書の記載によると,本件明細書に記載された実験(ヒト結膜肥 満細胞を培養した細胞集団に薬剤を投じて同細胞からのヒスタミン放出阻害率を測定する実験)において,本件化合物のヒト結膜肥満細胞からのヒスタミン放出阻害率(ヒスタミン遊離抑制率)300μMで29.は,6%,600μMで47.5%,1000μMで66.7%,2000μMで92.6%であって,30μMから2000μMまでの濃度範囲内において濃度の増加と共に上昇し,1000μMでは66.7%という高いヒスタミン放出阻害効果を示し,その2倍の濃度である2000μMでも92.6%という高率を維持していたこと,これに対し,抗アレルギー薬であるクロモグリク酸二ナトリウム(クロモリンナトリウム)は,同じ処理時間において,10μMで10.6%,30μMで1.8%のヒスタミン放出阻害効果を有するが,100μM,300μM,1000μMにおいては,ヒスタミン放出を有意に阻害することができなかったこと,同じく抗アレルギー薬であるネドクロミルナトリウムは,同じ処理時間において,1000μMまでの濃度範囲で,濃度依存的な変化を示さず,ヒスタミン放出阻害率は,100μMのときに最大の28.2%を示したにすぎないことが認められる。
これらによると,本件発明1における本件化合物の効果として,ヒト結膜肥満細胞からのヒスタミン放出阻害率は,30μM〜2000μMの間で濃度依存的に上昇し,最大値92.6%となっており,この濃度の間では,クロモリンナトリウムやネドクロミルナトリウムと異なり,阻害率が最大値に達した用量(濃度)より高用量(濃度)にすると,阻害率がかえって低下するという現象が生じていないことが認められる。
イ(ア)まず,本件優先日当時,本件化合物について,ヒト結膜肥満細胞からのヒスタミン放出阻害率が30〜2000μMまでの濃度範囲において濃度依存的に上昇し,最大で92.6%となり,この濃度の間では,阻害率が最大値に達した用量(濃度)より高用量(濃度)にすると,阻害率がかえって低下するという現象が生じないことが明らかであったことを認めることができる証拠はない。
(イ)次に,ケトチフェンの効果から,本件化合物の効果を予測することが できたかどうかについて判断する。
a甲1によると,Ketotifen(ケトチフェン)とKW-4679(本件化合物のシス異性体の塩酸塩)は,いずれも,モルモットの結膜からのヒスタミンの遊離抑制効果については有意でないと評価がされているが,甲32には,Ketotifen(HC)(ケトチフェン)点眼液のヒスタミンの遊離抑制効果をスギ花粉症患者の眼球への投与実験によって検討したところ,アレルギー反応の誘発後,5分及び10分後の涙液中ヒスタミン量は,対照眼と比べて,有意なヒスタミン遊離抑制効果がみられ,ヒスタミン遊離抑制率は,誘発5分後で67.5%,誘発10分後で67.2%であったことが記載されている。
これらによると,ケトチフェンは,ヒトの場合においては,モルモットの実験結果(甲1)とは異なり,ヒト結膜肥満細胞安定化剤としての用途を備えており,ヒスタミン遊離抑制率は,誘発5分後で67.5%,誘発10分後で67.2%であることが認められる。もっとも,本件優先日当時,ケトチフェンがヒト結膜肥満細胞からのヒスタミン遊離抑制率について30μM〜2000Mの間で濃度依存的な効果を有するのか否かが明らかであったと認めることができる証拠はない。
なお,甲39は,本件優先日後に公刊された刊行物であって,その記載を参酌してケトチフェンが上記で認定したものを超える効果を有していると認めることはできない。
b甲1において,Ketotifen(ケトチフェン)及び本件化合物と同様に,モルモットの結膜におけるヒスタミンの遊離抑制効果を有しないとされているChlorpheniramine(クロルフェニラミン)については,本件優先日当時,ヒト結膜肥満細胞の安定化効果を備えることが当業者に知られていたと認めることができる証拠はない。
また,本件化合物やケトチフェンと同様に三環式骨格を有する抗アレルギー剤には,アンレキサクノス(甲1のAmelexanox),ネドクロミルナトリウムが存在する(甲1,11,19,31,弁論の全趣旨)ところ,アンレキサクノスは 有意なモルモットの結膜からのヒスタミン遊離抑制効果を有している(甲1)が,本件化合物は有意な効果を示さないこと(甲1),ネドクロミルナトリウムは,ヒト結膜肥満細胞を培養した細胞集団に対する実験においてヒトの結膜肥満細胞をほとんど安定化しない(本件明細書の表1)が,本件化合物は同実験においてヒトの結膜肥満細胞に対して有意の安定化作用を有することからすると,三環式化合物という程度の共通性では,ヒト結膜肥満細胞に対する安定化効果につき,当業者が同種同程度の薬効を期待する根拠とはならない。
さらに,ケトチフェンは各種実験において本件化合物(又はその上位概念の化合物)との比較に用いられており(甲208〜210。ただし,甲210は,本件優先日後の文献である。,甲1では,ケトチフェンは本件化合物と並べて記載されて)いるが,ケトチフェンと本件化合物の環構造や置換基は異なるから,上記のとおり比較に用いられていたり,並べて記載されているからといって,当業者が,ケトチフェンのヒスタミン遊離抑制効果に基づいて,本件化合物がそれと同種同程度のヒスタミン遊離抑制効果を有するであろうことを期待するとはいえない。
原告は,ケトチフェンが,三環式骨格を有する抗アレルギー剤である点で本件化合物に共通し,本件化合物の上位概念の化合物やKW-4679などの効果において,比較対象とされている(甲208〜210)ことから,ケトチフェンの効果の程度から,KW-4679(本件化合物)の効果の程度を推認することは可能であったと主張するが,原告の主張を採用することはできない。
したがって,甲1の記載に接した当業者が,ケトチフェンの効果から,本件化合物のヒト結膜肥満細胞に対する効果について,前記アのような効果を有することを予測することができたということはできない。
(ウ)さらに,本件優先日当時,甲20,34及び37の文献があったことから,本件化合物のヒト結膜肥満細胞に対する安定化効果をこれらの文献から予測できたかについて判断する。
a甲20には,スギ花粉症患者の眼球への投与実験における塩酸プロ カテロ-ル点眼液のヒスタミン遊離抑制率が,誘発5分後で0.003%点眼液が平均81.7%,0.001%点眼液が平均81.6%,0.0003%点眼液が平均79.0%,誘発10分後で0.003%点眼液が平均90.7%,0.001%点眼液が平均89.5%,0.0003%点眼液が平均82.5%であることが記載されている。
また,甲34には,スギ花粉症患者の眼球への投与実験におけるDSCG(クロモグリク酸二ナトリウム)2%点眼液のヒスタミン遊離抑制率が,誘発5分後で平均73.8%,誘発10分後で平均67.5%であることが記載されている。
さらに,甲37には,スギ花粉症患者への眼球の投与実験におけるペミロラストカリウム点眼液のヒスタミン遊離抑制率が,誘発5分後で0.25%点眼液が平均71.8%,0.1%点眼液が平均69.6%,誘発10分後で0.25%点眼液が平均61.3%,0.1%点眼液が平均69%であることが記載されている。
bしかし,本件化合物と,塩酸プロカテロ-ル(甲20),クロモグリク酸二ナトリウム(甲34),ペミロラストカリウム(甲37)は,化学構造を顕著に異にするものであり,前記(イ)bのとおり,三環式骨格を同じくするアンレキサクノスと本件化合物のモルモットの結膜からのヒスタミンの遊離抑制効果が異なり,ネドクロミルナトリウムと本件化合物のヒト結膜肥満細胞に対する安定化効果が異なることからすると,ヒト結膜肥満細胞に対する安定化効果も,その化学構造に応じて相違することは,当業者が知り得たことであるから,前記aの実験結果に基づいて,当業者が,本件化合物のヒト結膜肥満細胞に対する安定化効果を,前記a記載の化合物と同様の程度であると予測し得たということはできない。
また,前記aの各記載から,塩酸プロカテロ-ル(甲20),クロモグリク酸二ナトリウム(甲34),ペミロラストカリウム(甲37)がヒト結膜肥満細胞からのヒスタミン放出阻害率について30μM〜2000Mの間で濃度依存的な効果を有するのか否かが明らかであると認めることはできず,他に,これらの薬剤がヒト結膜肥満細胞からのヒスタミン放出阻害率について30μM〜2000Mの間で濃度依 存的な効果を有するのか否かが明らかであると認めることができる証拠はない。
したがって,前記aの各記載から,本件化合物のヒト結膜肥満細胞からのヒスタミン放出阻害について前記アのような効果を有することを予測することができたということはできない。
ウ原告は,本件発明1の顕著な効果が認められるためには,本件化合物が0.0001〜5w/v%の濃度の全範囲で,かつ,本件明細書の表1に記載された29.6%〜92.6%というヒスタミン放出阻害率の全範囲でヒスタミン放出阻害率が顕著な効果を有しなければならないと主張する。
しかし,本件発明1の効果は,30μM〜2000μMの間でヒスタミン放出阻害率が濃度依存的に上昇し,最大値92.6%となり,この濃度の間では,阻害率が最大値に達した用量(濃度)より高用量(濃度)にすると,阻害率がかえって低下するという現象が生じていないことにあるから,0.0001〜5w/v%の濃度の全範囲で,かつ,本件明細書の表1に記載された29.6%〜92.6%というヒスタミン放出阻害率の全範囲で,他の薬物のヒスタミン放出阻害率を上回るなどの効果を有することが必要とされるものではない。
したがって,原告の上記主張を採用することはできない。
エ以上によると,本件発明1の効果は,当該発明の構成が奏するものとして当業者が予測することができた範囲の効果を超える顕著なものであると認められるから,当業者が容易に発明をすることができたものと認めることはできない。
(6)本件発明2について本件発明2は,本件発明1について,本件化合物のZ体(シス異性体)に限定するとともに,「ヒト結膜肥満細胞からのヒスタミン放出を66.7%以上阻害する」という発明特定事項を付加したものであり,本件発明1と同じ効果を奏するものであるところ,前記(5)によると,本件発明2の効果は,甲1,4及び本件優先日技術常識からみて,当業者の予測することができた範囲の効果を超える顕著なものといえる。
そして,当業者がケトチフェンの効果や,甲20,34及び37に基づいて本件化合物の効果を予測することができたと認められないことは,前記(1)のとおりである。
したがって,本件発明2は,当業者が容易に発明をすることができたものと認めることはできない。
(7)以上によると,取消理由1には理由がない。
3取消事由2(無効理由3:甲3発明に基づく進歩性判断の誤り)について(1)甲3発明について甲3には,以下の記載がある。
ア発明の名称三環式芳香族化合物,その製造法,および医薬組成物イ特許請求の範囲(1)式(I)〔式中,R1は-CH2-CH2-,CH2-O-または-O-CH2-であり;R2およびR3は等しいかまたは異ったものであり,そして各々水素,C1〜4アルキルであり,あるいは窒素原子と一緒で4から6員までを有する窒素含有複素環を示し;R4は単結合またはC1〜7の2価の脂肪族炭化水素基であり,そして芳香族環系に2,3,8または9位において結合しえ;nは0から3までである〕の化合物,あるいはそれらの塩,エステルまたはアミド。
発明の詳細な説明(ア)抗アレルギー活性を有する本発明の化合物は,臨床的に使用される 抗喘息化合物と同じ適用のために,・・・気管支収縮および気管支痙攣の症状を制御するのを助けるために使用しうる。本化合物は,マスト細胞からのオータコイド(即ち,ヒスタミン,セロトニン等)の放出を阻害し,そしてヒスタミンの抗原-誘導産生を直接阻害するものと信じられる。従って,それらは,抗ヒスタミン作用を有するマスト細胞安定剤として分類される。
本ヒスタミン活性を有する本発明の化合物は,臨床的に使用される抗ヒスタミン剤と同じ適用のために,即ち風邪および血管運動性鼻炎に基く鼻づまりの不利益な症状(ヒスタミン放出に起因する)を軽減するために,そして鼻アレルギー,多年性鼻炎,じんま疹,血管神経性浮腫,アレルギー性結膜炎,食物アレルギー,医薬および血清反応,虫咬まれおよび刺され,および脱感作反応を包含するアレルギー状態の症状制御のために使用しうる。
(6頁左上欄18行〜同頁右上欄19行)(イ)製剤は,経口,腸内,局所,鼻内,眼内または非経口(皮下,筋肉内および静脉内)投与に適当なものを包含する。
(7頁左上欄7行〜9行)(ウ)例1(E)/(Z)11-(3-(ジメチルアミノ)プロピリデン)-6,11-ジヒドロジベンズ〔b,e〕オキセピン-2-カルボン酸a)・・・b)・・・c)(Z)-11-(3-(ジメチルアミノ)プロピリデン)-6,11-ジヒドロジベンズ〔b,e〕オキセピン-2-カルボン酸(化合物1)(7頁右下欄13行〜8頁左下欄12行)(エ)例7抗ヒスタミン活性A.・・・ B.インビボ抗ヒスタミン活性:モルモット(ハ-トレイ雄300〜350g)を20時間絶食させ,ついで試験化合物を経口または静脉内に投薬した。投薬の1時間後に,個体基準で,モルモットを透明なプラスチックの部屋に入れ,それをエアロゾルネブライザ-からの0.25%ヒスタミンで飽和しそして継続的に通気した。
モルモットのヒスタミンアナフィラキシ-の徴候(たとえば,咳,くしやみ,強い腹部運動,チアノ-ゼあるいは直立の喪失)を監視した。試験条件下に,対照動物は,平均33秒以内に虚脱した。ヒスタミンに対する保護のためのED50は,プロビット検定により計算した。この試験において,ED50は,特定用量において,動物の50%が試験時間内(投薬後1時間)において,ヒスタミン攻撃に対し完全に保護されたことを示す。完全な保護は,エアロゾル室内において6分間無ヒスタミン徴候と限定された(対照動物の虚脱時間の約10X)。
表Uaそれら化合物の純度は,96%以上であった。
b動物の数は,少くとも40匹であった。
それら結果に加えて,化合物1は非常に長時間抗ヒスタミン活性を提供しうることが認められた。
下から10行)(オ)例Gアナフィラキシー様活性絶食させなかったラット(180〜300g)に,化合物48/80攻撃の2時 間前に,試験化合物を投薬(腹腔内または経口)した。攻撃の1時間前に,プロプラノロール5mg/kg腹腔内を投与した。薬理学の技術分野においてよく知られているアナフィラキシー様作用誘導剤,化合物48/80を2mg/kgにおいて静脉内投与し,そして動物は呼吸困難の徴候を監視した。データーをプロビット決定により解析した。応答は,所定の時点において動物の50%を死から保護する試験化合物の用量を決定することにより定量化した。
上記実験設計は,選択的抗ヒスタミン剤について陽性の結果を与えない。また,ラットはアナフィラキシーの徴候で,ヒスタミン(静脉内)に応答しない。化合物48/80の効果を遮断する薬剤は,通常アナフィラキシーメディエイタの阻害剤またはアナフィラキシーメディエイタの放出の阻害剤とし分類される。
表Va化合物48/80により誘導される死に対し50%保護を提供する化合物の用量(経口)b少くとも50匹の動物を各検定において使用した。
化合物1(例1)は,ラットにおいて210mg/kg(腹腔内)および500mg/kg以上(経口)の大略LD50を有した。
(16頁右上欄下から9行〜16頁右下欄7行)(カ)例8製剤 活性化合物は,(Z)-11-(3-(ジメチルアミノ)プロピリデン)-6,11-ジヒドロジベンズ〔b,e〕オキセピン-2-カルボン酸,即ち化合物1である・・・(I)-眼科用液剤成分100.0ml当りの量活性化合物0.1g塩化ナトリウム0.8g防腐剤0.5g注射用水適量全量100.0mlこの製剤は,鼻噴霧剤と同様な方法で製造する。
(16頁右下欄8行〜18頁左上欄13行)(2)本件発明1についてア本件発明1と甲3発明の一致点と相違点が前記第2の4(3)ア記載のとおりであることは,当事者間に争いがない。
イ当業者が相違点5に係る本件発明1の構成を想到する動機付けがあったかどうかについて判断する。
前記2(2)イ(ウ)〜(カ)のとおり,甲4には,「化合物番号20」(本件化合物)「化が合物番号3」(甲3の実施例記載の化合物)よりも抗アレルギー作用が同等又はやや優れていることが記載されていることが認められる。
甲3の式(T)で示される化合物は,本件化合物(11-(3-ジメチルアミノプロピリデン)-6,11-ジヒドロベンズ[b,e]オキセピン-2-酢酸)の上位概念であり,甲3には,「本化合物は,マスト細胞からのオ-タコイド(即ち,ヒスタミン,セロトニン等)の放出を阻害し,そしてヒスタミンの抗原-誘導産生を直接阻害するものと信じられる」との記載(前記(1)ウ(ア))があるほか,(E)/(Z)11-(3-(ジメチルアミノ)プロピリデン)-6,11-ジヒドロジベ ンズ[b,e]オキセピン-2-カルボン酸を用いたモルモットのインビボにおける抗ヒスタミン作用の実験(例7)やラットにおけるアナフィラキシー様活性に関する試験(例G)が記載されている(前記(1)ウ(エ),(オ))。また,製剤例として眼科用液剤としたものが記載されている(前記(1)ウ(カ))。
しかし,甲3には,本件化合物は明記されていないし,式(T)で示される化合物の中で本件化合物を選択することを示唆する記載も存在しない。
また,甲3の例7は,抗ヒスタミン作用の実験であるし,例Gは,アナフィラキシー様作用誘導剤である化合物48/80の効果を遮断する薬剤を,化合物48/80を投与したラットに投与した実験であるが,実際にマスト細胞(肥満細胞)からのオ-タコイドの遊離を抑制(放出阻害)したことやヒト結膜肥満細胞を安定化したことを裏付ける実験結果は示されていない。
一方,甲4では,抗アレルギー作用を試験するためにラットを用いたPCA試験が行われており(前記2(2)イ(オ),(カ))「PCA抑制作用は皮膚肥満細胞からのヒ,スタミンなどのケミカルメディエーターの遊離の抑制作用に基づくものと考えられ」との記載(前記2(2)イ(カ))もあるが,ヒトの結膜肥満細胞とは,動物種,組織が異なるラットの皮膚肥満細胞に関する記載であり,しかも,ラットの皮膚肥満細胞からヒスタミンなどの遊離を抑制できることも推測にすぎず,実際にヒスタミンの遊離を抑制できたことを裏付ける実験結果は,甲4には見当たらない。
そうすると,甲4に,「化合物番号20」(本件化合物)が「化合物番号3」(甲3の実施例記載の化合物)よりも抗アレルギー作用が同等又はやや優れていることが記載されているとしても,甲3に記載された上位概念の化合物から,甲4の化合物20を導き出すと同時に,この化合物を,甲3及び4に明示のない「ヒト結膜肥満細胞安定化剤」として用いることを,本件優先日の当業者が動機付けられたとは認められない。そして,このことは,甲1の記載を考慮しても変わるものではない。
ウまた,前記2のとおり,本件化合物が備えるヒト結膜肥満細胞に対する効果は,当該発明の構成が奏するものとして当業者が予測することができた範囲の 効果を超える顕著なものであると認められる。
エしたがって,当業者が,甲3に基づいて,本件発明1を容易に発明をすることができたものと認めることはできない。
(3)本件発明2についてア本件発明2と甲3発明の一致点及び相違点は,上記(2)アの相違点6及び7のほか,@本件発明2は,オキセピン誘導体が本件化合物のZ体(シス異性体)に限定されているのに対し,甲3発明では本件化合物を含む上位概念で表現されており,甲3発明の実施例では,「11-(3-ジメチルアミノプロピリデン)-6,11-ジヒドロベンズ[b,e]オキセピン-2-カルボン酸」が例示されている点,A本件発明2は,ヒト結膜肥満細胞からのヒスタミン放出を66.7%以上阻害するのに対し,甲3発明にはそのような特定がない点であることは,当事者間に争いがない。
イ本件発明2は,本件発明1について,本件化合物のZ体(シス異性体)に限定するとともに,「ヒト結膜肥満細胞からのヒスタミン放出を66.7%以上阻害する」という発明特定事項を付加したものであり,本件発明1と同じ効果を奏するものである。そして,前記(2)イのとおり,甲3に記載された上位概念の化合物から,甲4の化合物20を導き出すと同時に,この化合物を,甲3及び4に明示のない「ヒト結膜肥満細胞安定化剤」として用いることを,本件優先日の当業者が動機付けられたとは認められない。また,本件発明2の効果も,当該発明の構成が奏するものとして当業者が予測することができた範囲の効果を超える顕著なものであるといえる。したがって,本件発明2は,当業者が容易に発明をすることができたものと認めることはできない。
(4)以上によると,取消理由2は理由がない。
4結論以上の次第で,原告の請求には理由がない。よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第2部裁判長裁判官森義之裁判官眞鍋美穂子裁判官佐野信
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