関連審決 | 無効2017-800022 |
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審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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令和4ネ10002特許権侵害差止請求控訴事件 | 判例 | 特許 |
令和2行ケ10144 審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
令和3行ケ10021 審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
令和2行ケ10079 審決取消請求事件 令和2行ケ10083 審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
令和4ネ10003特許権侵害差止請求控訴事件 | 判例 | 特許 |
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事件 |
平成
31年
(行ケ)
10019号
審決取消請求事件
平成 31年 (行ケ) 10030号 審決取消請求事件 |
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第1事件原告 シージェイジャパン株式会社 第2事件原告 シージェーチェイルジェダン コーポレーション 上記両名訴訟代理人弁護士 飯村敏明 末吉剛 上記両名訴訟復代理人弁護士 橋聖史 上記両 名訴訟 代理人弁 理士 山本修 鶴喰寿孝 第1・2事件被告味の素株式会社 (以下「被告」という。 ) 同訴訟代理人弁護 士森ア博之 津城尚子 同訴訟代理人弁理 士白石真琴 同訴訟復代理人弁理士 北谷賢次 |
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裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2020/03/25 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
1 原告らの請求をいずれも棄却する。 -1-2 訴訟費用は原告らの負担とする。 3 第2事件原告について,この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。 |
事実及び理由 | |
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請求
特許庁が無効2017-800022号事件について平成31年1月8日にした審決を取り消す。 |
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事案の概要
本件は,特許無効審判請求に対する不成立審決の取消訴訟である。争点は,サポート要件及び実施可能要件違反の有無,進歩性の有無並びに明確性要件違反の有無である。 1 手続の経緯 (1) 被告は,名称を「L-グルタミン酸生産菌及びL-グルタミン酸の製造方法」とする発明について,平成17年12月28日(以下「本件出願日」という。,特 )許出願をし(優先権主張:平成17年9月9日[以下「本件優先日」という。,優 ]先権主張国:日本国),平成25年8月23日,その特許権の設定登録(特許第5343303号)を受けた(以下「本件特許」という。。 ) (2) 第1事件原告は,平成29年2月24日に本件特許の無効審判請求(無効2017-800022号)をし,第2事件原告が同審判に参加した。同審判手続において,被告は,平成29年7月7日付け訂正請求書(甲39,甲39の2・3)で,請求項3を削除することを含む訂正請求(以下「本件訂正」という。)をした。 特許庁は,本件訂正を認めた(以下,訂正後の明細書及び図面を併せて「本件明細書」という。)上,平成31年1月8日,「特許第5343303号の請求項1,2及び4〜12に係る発明についての審判請求は,成り立たない。特許第5343303号の請求項3に係る発明についての審判請求を却下する。」との審決(以下「本件審決」という。 をし, ) 本件審決の謄本は,同月18日に原告らに送達された。 2 発明の要旨 本件訂正後の本件特許の請求項1,2,4〜12(甲39の2,以下,請求項の番号に従い「本件発明1」などといい,併せて「本件発明」という。)は,次のとおりのものである。 【請求項1】L-グルタミン酸生産能を有するコリネ型細菌であって,変異型yggB遺伝子が導入されたことにより非改変株と比較してL-グルタミン酸生産能が向上したコリネ型細菌であって 前記変異型yggB遺伝子は,(i),(i’),(i’’)または(ii)の変異が導入された,コリネ型細菌: (i)配列番号6,68,84もしくは85のアミノ酸配列のアミノ酸番号419-533の領域もしくは配列番号62のアミノ酸番号419-529の領域の欠失, (i’)配列番号6,68,84もしくは85のアミノ酸配列のアミノ酸番号419-533の領域もしくは配列番号62のアミノ酸番号419-529の領域へのインサーションシーケンス又はトランスポゾンの挿入, (i’’)配列番号6,68,84もしくは85のアミノ酸配列のアミノ酸番号419-533の領域もしくは配列番号62のアミノ酸番号419-529の領域に存在するプロリンを他のアミノ酸に置換する変異,または (ii)配列番号6,62,68,84もしくは85のアミノ酸配列のアミノ酸番号1-23,86-108,及び110-132からなる群から選ばれる領域における1〜5個のアミノ酸の置換,欠失,又は挿入。 【請求項2】前記(i’’)の変異は,配列番号6,62,68,84もしくは85のアミノ酸配列において,424位のプロリンをアラニン,グリシン,バリン,ロイシン,及びイソロイシンからなる群から選ばれる1個のアミノ酸に置換し,及び/または437位のプロリンをスレオニン,セリン及びチロシンからなる群から選ばれる1個のアミノ酸に置換する変異である,請求項1に記載のコリネ型細菌。 【請求項4】L-グルタミン酸生産能を有するコリネ型細菌であって,変異型yggB遺伝子が導入されたことにより非改変株と比較してL-グルタミン酸生産能が向上したコリネ型細菌であって, 前記変異型yggB遺伝子の変異は,配列番号6,62,68,84もしくは85のアミノ酸配列において,100位のアラニンをスレオニンに,及び/または111位のアラニンをスレオニンもしくはバリンに置換する変異である,コリネ型細菌。 【請求項5】L-グルタミン酸生産能を有するコリネ型細菌であって,変異型yggB遺伝子が導入されたことにより非改変株と比較してL-グルタミン酸生産能が向上したコリネ型細菌であって, 前記変異型yggB遺伝子の変異は,配列番号6,62,68,84もしくは85のアミノ酸配列において,14位のロイシンと15位のトリプトファンの間に1〜5アミノ酸を挿入する変異である,コリネ型細菌。 【請求項6】前記変異型yggB遺伝子が,下記(a)〜(n)より選ばれる変異型yggB遺伝子である請求項1,2,4及び5のいずれか一項に記載のコリネ型細菌: (a) 配列番号8のアミノ酸配列をコードするDNA, (b) 配列番号8のアミノ酸配列において,1〜5個のアミノ酸が置換,欠失,挿入もしくは付加されたアミノ酸配列を有するタンパク質をコードし,コリネ型細菌に導入することにより,過剰量のビオチンを含む培地で培養したときの該コリネ型細菌のL-グルタミン酸生産能を向上させるDNA。 (c) 配列番号20のアミノ酸配列をコードするDNA, (d) 配列番号20のアミノ酸配列において,1〜5個のアミノ酸が置換,欠失,挿入もしくは付加されたアミノ酸配列を有するタンパク質をコードし,コリネ型細菌に導入することにより,過剰量のビオチンを含む培地で培養したときの該コリネ型細菌のL-グルタミン酸生産能を向上させるDNA。 (e) 配列番号22のアミノ酸配列をコードするDNA, (f) 配列番号22のアミノ酸配列において,1〜5個のアミノ酸が置換,欠失,挿入もしくは付加されたアミノ酸配列を有するタンパク質をコードし,コリネ型細菌に導入することにより,過剰量のビオチンを含む培地で培養したときの該コリネ型細菌のL-グルタミン酸生産能を向上させるDNA。 (g) 配列番号24のアミノ酸配列をコードするDNA, (h) 配列番号24のアミノ酸配列において,1〜5個のアミノ酸が置換,欠失,挿入もしくは付加されたアミノ酸配列を有するタンパク質をコードし,コリネ型細菌に導入することにより,過剰量のビオチンを含む培地で培養したときの該コリネ型細菌のL-グルタミン酸生産能を向上させるDNA。 (i) 配列番号64のアミノ酸配列をコードするDNA, (j) 配列番号64のアミノ酸配列において,1〜5個のアミノ酸が置換,欠失,挿入もしくは付加されたアミノ酸配列を有するタンパク質をコードし,コリネ型細菌に導入することにより,過剰量のビオチンを含む培地で培養したときの該コリネ型細菌のL-グルタミン酸生産能を向上させるDNA。 (k) 配列番号70のアミノ酸配列をコードするDNA, (l) 配列番号70のアミノ酸配列において,1〜5個のアミノ酸が置換,欠失,挿入もしくは付加されたアミノ酸配列を有するタンパク質をコードし,コリネ型細菌に導入することにより,過剰量のビオチンを含む培地で培養したときの該コリネ型細菌のL-グルタミン酸生産能を向上させるDNA。 (m) 配列番号74のアミノ酸配列をコードするDNA, (n) 配列番号74のアミノ酸配列において,1〜5個のアミノ酸が置換,欠失,挿入もしくは付加されたアミノ酸配列を有するタンパク質をコードし,コリネ型細菌に導入することにより,過剰量のビオチンを含む培地で培養したときの該コリネ型細菌のL-グルタミン酸生産能を向上させるDNA。 【請求項7】前記変異型yggB遺伝子の導入により,L-グルタミン酸アナログ耐性が向上したことを特徴とする,請求項1,2及び4〜6のいずれか一項に記載のコリネ型細菌。 【請求項8】さらに(i)のsymA遺伝子が不活化するように改変された,請求項1,2及び4〜7のいずれか一項に記載のコリネ型細菌。 (i) 配列番号86の塩基番号585〜1121の塩基配列を含むDNA。 【請求項9】さらにα-ケトグルタル酸デヒドロゲナーゼ活性が低下するように改変された,請求項1,2及び4〜8のいずれか一項に記載のコリネ型細菌。 【請求項10】コリネバクテリウム属またはブレビバクテリウム属に属する,請求項1,2及び4〜9のいずれか一項に記載のコリネ型細菌。 【請求項11】請求項1,2及び4〜10のいずれか一項に記載のコリネ型細菌を培地で培養し,L-グルタミン酸を該培地中に生成蓄積させ,該培地からL-グルタミン酸を回収することを特徴とするL-グルタミン酸の製造法。 【請求項12】下記(a)〜(n)より選ばれる変異型yggB遺伝子: (a) 配列番号8のアミノ酸配列をコードするDNA, (b) 配列番号8のアミノ酸配列において,1〜5個のアミノ酸が置換,欠失,挿入もしくは付加されたアミノ酸配列を有するタンパク質をコードし,コリネ型細菌に導入することにより,過剰量のビオチンを含む培地で培養したときの該コリネ型細菌のL-グルタミン酸生産能を向上させるDNA。 (c) 配列番号20のアミノ酸配列をコードするDNA, (d) 配列番号20のアミノ酸配列において,1〜5個のアミノ酸が置換,欠失,挿入もしくは付加されたアミノ酸配列を有するタンパク質をコードし,コリネ型細菌に導入することにより,過剰量のビオチンを含む培地で培養したときの該コリネ型細菌のL-グルタミン酸生産能を向上させるDNA。 (e) 配列番号22のアミノ酸配列をコードするDNA, (f) 配列番号22のアミノ酸配列において,1〜5個のアミノ酸が置換,欠失,挿入もしくは付加されたアミノ酸配列を有するタンパク質をコードし,コリネ型細菌に導入することにより,過剰量のビオチンを含む培地で培養したときの該コリネ型細菌のL-グルタミン酸生産能を向上させるDNA。 (g) 配列番号24のアミノ酸配列をコードするDNA, (h) 配列番号24のアミノ酸配列において,1〜5個のアミノ酸が置換,欠失,挿入もしくは付加されたアミノ酸配列を有するタンパク質をコードし,コリネ型細菌に導入することにより,過剰量のビオチンを含む培地で培養したときの該コリネ型細菌のL-グルタミン酸生産能を向上させるDNA。 (i) 配列番号64のアミノ酸配列をコードするDNA, (j) 配列番号64のアミノ酸配列において,1〜5個のアミノ酸が置換,欠失,挿入もしくは付加されたアミノ酸配列を有するタンパク質をコードし,コリネ型細菌に導入することにより,過剰量のビオチンを含む培地で培養したときの該コリネ型細菌のL-グルタミン酸生産能を向上させるDNA。 (k) 配列番号70のアミノ酸配列をコードするDNA, (l) 配列番号70のアミノ酸配列において,1〜5個のアミノ酸が置換,欠失,挿入もしくは付加されたアミノ酸配列を有するタンパク質をコードし,コリネ型細菌に導入することにより,過剰量のビオチンを含む培地で培養したときの該コリネ型細菌のL-グルタミン酸生産能を向上させるDNA。 (m) 配列番号74のアミノ酸配列をコードするDNA, (n) 配列番号74のアミノ酸配列において,1〜5個のアミノ酸が置換,欠失,挿入もしくは付加されたアミノ酸配列を有するタンパク質をコードし,コリネ型細菌に導入することにより,過剰量のビオチンを含む培地で培養したときの該コリネ型細菌のL-グルタミン酸生産能を向上させるDNA。 3 本件審決の理由の要点 以下,無効理由3〜6のうち,争点に関する部分についてのみ摘示する。 (1) 無 効 理 由 3 ( 甲 8 [ Susanne RUFFERT,Reinhard Kr?mer 他 「 Efflux ofcompatible solutes in Corynebacterium glutamicum mediated by osmoregulatedchannel activity」European Journal of Biochemistry 247,p572-580,1997年]を主引例とする本件発明1,4,6〜7,9,12の進歩性欠如)について ア 甲8に記載された発明(以下「甲8発明」という。) 甲8には,「大腸菌のMscSとの類似性が示唆される浸透圧調節チャネルを有するコリネバクテリウム・グルタミカム」の発明が記載されている。なお,甲8にコリネバクテリウム・グルタミカムの浸透圧調節チャネルが,L-グルタミン酸の排出に関わることが記載されているとは認められない。 イ 本件発明1と甲8発明との対比及び相違点についての判断 (ア) 一致点 浸透圧調節チャネル遺伝子を有するコリネ型細菌である点。 (イ) 相違点 本件発明1は,「L-グルタミン酸生産能を有するコリネ型細菌であって,変異型yggB遺伝子が導入されたことにより非改変株と比較してL-グルタミン酸生産能が向上したコリネ型細菌であって,前記変異型yggB遺伝子は,(i)配列番号6,68,84もしくは85のアミノ酸配列のアミノ酸番号419-533の領域もしくは配列番号62のアミノ酸番号419-529の領域の欠失,(i’)配列番号6,68,84もしくは85のアミノ酸配列のアミノ酸番号419-533の領域もしくは配列番号62のアミノ酸番号419-529の領域へのインサーションシーケンス又はトランスポゾンの挿入,(i’’)配列番号6,68,84もしくは85のアミノ酸配列のアミノ酸番号419-533の領域もしくは配列番号62のアミノ酸番号419-529の領域に存在するプロリンを他のアミノ酸に置換する変異,または(ii)配列番号6,62,68,84もしくは85のアミノ酸配列のアミノ酸番号1-23,86-108,及び110-132からなる群から選ばれる領域における1〜5個のアミノ酸の置換,欠失,又は挿入の変異が導入された,コリネ型細菌である。」のに対し,甲8発明は,そのような特定がされていない点。 (ウ) 相違点についての判断 甲8に記載の浸透圧調節チャネルの遺伝子が,yggB遺伝子であることを示す記載はないし,甲8は,L-グルタミン酸生産能を向上させるために,変異型yggB遺伝子を作製し,その変異型yggB遺伝子をコリネ型細菌に導入することを開示も示唆もしていない。 甲2(国際公開第95/34672号),甲10(Reinhard Kr?mer 他「Molecularand biochemical characterization of mechanosensitive channels inCorynebactreium glutamicum」FEMS Microbiology Letters 218 p305-309,2003年),甲13(Randal B.Bass 他「Crystal Structure of Escherichia coli MscS,a Voltage-Modulated and Mechanosensitive Channel」Science 298 p1582-1587,2002年),甲14(Samantha Miller 他「Domain organization of the MscSmechanosensitive channel of Escherichia coli」The EMBO Journal Vol.22 No.1p36-46,2003年),甲15(Marcos Sotomayor 他「Molecular Dynamics Study ofGating in the Mechanosensitive Channel of Small Conductance MscS」BiophysicalJournal 87 p3050-3065,2004年)の記載は,コリネバクテリウム・グルタミカムのyggB遺伝子がL-グルタミン酸の排出に関与することを示す記載であるとはいえず,また,L-グルタミン酸生産能を向上させるために,変異型yggB遺伝子を作製し,その変異型yggB遺伝子をコリネ型細菌に導入することを示唆する記載であるとはいえない。 周知技術又は技術常識を示す証拠として提出された甲3(特開昭61-268185号公報) 甲4 , (特開昭62-201585号公報) 甲7 , (E.H.Muslin 他「Theeffect of proline insertions on the thermostability of a barely α-glucosidase 」 Protein Engineering Vol.15 No.1 p29-33, 2 0 0 2 年 ) , 甲 9(Kuniyuki Okada 他「Functional Design of Bacterial Mechanosensitive Channels」The JOURNAL OF BIOLOGICAL CHEMISTRY Vol.277 No.31,p27682-27688,2002年),甲12(Pascale Lapujadae 他「Glutamate Excretion as a Major Kinetic Bottleneckfor the Thermally Triggered Production of Glutamic Acid by Corynebacteriumglutamicum」Metabolic Engineering 1,p255-261,1999年),甲17(特表2002-508921号公報),甲18(特開昭62-166890号公報),甲19(特開昭63-214189号公報),甲20(特開2004-313202号公報)甲21 , (M.Marquet 他「Glutamate excretion by Corynebacterium glutamicum :a study of glutamate accumulation during a fermentation course」Appl MicrobiolBiotechnol 25 p220-223,1986年) 甲22 , (Ralf Kelle 他「Reaction EngineeringAnalysis of L-Lysine Transport by Corynebacterium glutamicum」Biotechnologyand Bioengineering 51 p40-50, 1 9 9 6 年 ) , 甲 2 3 ( Susanne Morbach 他「 L-Isoleucine Production with Corynebacterium glutamicum:Further FluxIncrease and Limitation of Export」APPLIED AND ENVIRONMENTAL MICROBIOLOGYp4345-4351,1996年12月)甲24 , (Dieter J. Reinscheid 他「Stable Expressionof hom-1-thrB in Corynebacterium glutamicum and Its Effect on the Carbon Fluxto Threonine and Related Amino Acids」APPLIED AND ENVIRONMENTAL MICROBIOLOGYp126-132,1994年1月) 甲25の1 , (国際公開第2003/046123号),甲30(特開昭63-214189号公報) ,甲35(Abdul Haleem Shah 他「 Optimization of Culture Conditions for L-Lysine Fermentation byCorynebacterium glutamicum 」 Online Journal of Biological Science 2(3)p151-156,2002年)にも,コリネバクテリウム・グルタミカムのyggB遺伝子がL-グルタミン酸の排出に関与することを示す記載はなく,また,L-グルタミン酸生産能を向上させるために,変異型yggB遺伝子を作製し,その変異型yggB遺伝子をコリネ型細菌に導入することの動機付けとなるような記載はない。 したがって,甲2,10,13〜15の記載及び本件優先日前の周知技術に基づいても,甲8発明において,浸透圧調節チャネルの遺伝子として,yggB遺伝子を選択し,さらに,L-グルタミン酸生産能を向上させるために,変異型yggB遺伝子を作製し,その変異型yggB遺伝子をコリネ型細菌に導入することは,当業者が容易に想到し得ることとはいえない。 (エ) 本件発明1の効果 本件明細書の実施例2〜13の記載から,本件発明1は,L-グルタミン酸生産能を向上させたコリネ型細菌を提供することができるという,甲8発明に比べて格別顕著な効果を奏するといえる。 (オ) したがって,本件発明1は,甲8,2,10,13〜15に記載された発明及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものとはいえない。 ウ 本件発明6,7,9〜11について 本件発明6,7,9〜10は,本件発明1に更なる限定を加えた発明であり,本件発明11は,本件発明1のコリネ型細菌を使用する方法の発明であるから,本件発明1が,甲8,2,10,13〜15に記載された発明及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない以上,本件発明6,7,9〜11も,甲8,2,10,13〜15に記載された発明及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。 エ 本件発明4について 本件発明4は,訂正前の請求項1を引用する記載であったものを独立請求項とした発明であり,実質的に本件発明1の(ii)の「配列番号6,62,68,84もしくは85のアミノ酸配列のアミノ酸番号1-23,86-108,及び110-132からなる群から選ばれる領域における1〜5個のアミノ酸の置換,欠失,又は挿入」の変異の下位概念に該当する「配列番号6,62,68,84もしくは85のアミノ酸配列において,100位のアラニンをスレオニンに,及び/または111位のアラニンをスレオニンもしくはバリンに置換する変異」を有する変異型yggB遺伝子が導入されたコリネ型細菌に係る発明であるから,本件発明1が,甲8,2,10,13〜15に記載された発明及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない以上,本件発明4も,甲8,2,10,13〜15に記載された発明及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。 オ 本件発明12について (ア) 甲8発明との一致点 浸透圧調節チャネル遺伝子である点。 (イ) 甲8発明との相違点 本件発明12は,「下記(a)〜(n)より選ばれる変異型yggB遺伝子:(a) 配列番号8のアミノ酸配列をコードするDNA,(b) 配列番号8のアミノ酸配列において,1〜5個のアミノ酸が置換,欠失,挿入もしくは付加されたアミノ酸配列を有するタンパク質をコードし,コリネ型細菌に導入することにより,過剰量のビオチンを含む培地で培養したときの該コリネ型細菌のL-グルタミン酸生産能を向上させるDNA。 (c) 配列番号20のアミノ酸配列をコードするDNA,(d) 配列番号20のアミノ酸配列において,1〜5個のアミノ酸が置換,欠失,挿入もしくは付加されたアミノ酸配列を有するタンパク質をコードし,コリネ型細菌に導入することにより,過剰量のビオチンを含む培地で培養したときの該コリネ型細菌のL-グルタミン酸生産能を向上させるDNA。 (e) 配列番号22のアミノ酸配列をコードするDNA,(f) 配列番号22のアミノ酸配列において,1〜5個のアミノ酸が置換,欠失,挿入もしくは付加されたアミノ酸配列を有するタンパク質をコードし,コリネ型細菌に導入することにより,過剰量のビオチンを含む培地で培養したときの該コリネ型細菌のL-グルタミン酸生産能を向上させるDNA。 (g) 配列番号24のアミノ酸配列をコードするDNA,(h) 配列番号24のアミノ酸配列において,1〜5個のアミノ酸が置換,欠失,挿入もしくは付加されたアミノ酸配列を有するタンパク質をコードし,コリネ型細菌に導入することにより,過剰量のビオチンを含む培地で培養したときの該コリネ型細菌のL-グルタミン酸生産能を向上させるDNA。 (i) 配列番号64のアミノ酸配列をコードするDNA,(j) 配列番号64のアミノ酸配列において,1〜5個のアミノ酸が置換,欠失,挿入もしくは付加されたアミノ酸配列を有するタンパク質をコードし,コリネ型細菌に導入することにより,過剰量のビオチンを含む培地で培養したときの該コリネ型細菌のL-グルタミン酸生産能を向上させるDNA。 (k) 配列番号70のアミノ酸配列をコードするDNA,(l) 配列番号70のアミノ酸配列において,1〜5個のアミノ酸が置換,欠失,挿入もしくは付加されたアミノ酸配列を有するタンパク質をコードし,コリネ型細菌に導入することにより,過剰量のビオチンを含む培地で培養したときの該コリネ型細菌のL-グルタミン酸生産能を向上させるDNA。 (m) 配列番号74のアミノ酸配列をコードするDNA,(n) 配列番号74のアミノ酸配列において,1〜5個のアミノ酸が置換,欠失,挿入もしくは付加されたアミノ酸配列を有するタンパク質をコードし,コリネ型細菌に導入することにより,過剰量のビオチンを含む培地で培養したときの該コリネ型細菌のL-グルタミン酸生産能を向上させるDNA。 であるのに対し, 」 甲8発明は,そのような特定がされていない点。 (ウ) 相違点についての判断 甲8には,甲8記載の浸透圧調節チャネルの遺伝子が,yggB遺伝子であることを示す記載はないし,甲8は,L-グルタミン酸生産能を向上させるために,変異型yggB遺伝子を作製することを開示も示唆もしていない。 甲2,10,13〜15の記載は,コリネバクテリウム・グルタミカムのyggB遺伝子がL-グルタミン酸の排出に関与することを示す記載であるとはいえず,また,L-グルタミン酸生産能を向上させるために,変異型yggB遺伝子を作製することを示唆する記載であるとはいえない。また,周知技術又は技術常識を示す証拠として提出された甲3,4,7,9,12,17〜24,甲25の1,甲30,35にも,コリネバクテリウム・グルタミカムのyggB遺伝子がL-グルタミン酸の排出に関与することを示す記載はないし,L-グルタミン酸生産能を向上させるために,変異型yggB遺伝子を作製することの動機付けとなるような記載はない。したがって,甲2,10,13〜15の記載及び本件優先日前の周知技術に基づいても,甲8発明において,浸透圧調節チャネルの遺伝子として,yggB遺伝子を選択し,さらに,L-グルタミン酸生産能を向上させるために,変異型yggB遺伝子を作製することは,当業者が容易に想到し得ることとはいえない。 (エ) 本件発明12の効果について 本件明細書の実施例2〜13の記載から,本件発明12は,L-グルタミン酸生産能を向上させたコリネ型細菌を提供することができるという,甲8発明に比べて格別顕著な効果を奏するといえる。 (オ) したがって,本件発明12は,甲8,2,10,13〜15に記載された発明及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない。 (2) 無効理由4(実施可能要件)及び無効理由5(サポート要件)について ア 本件発明の課題 本件発明の課題は,コリネ型細菌を用いたL-グルタミン酸の製造において,L-グルタミン酸生産能力を向上させる新規な技術を提供することである。 イ(ア) 本件明細書の実施例8の実験結果について 本件明細書の実施例8の実験結果では,各菌株培養後のグルタミン酸濃度は,野生株が0.5g/Lであるのに対し,19型yggB変異株は0.7g/Lを示しており (表7)19型YggB変異の導入によりグルタミン酸生産能が野生型の1. ,4倍になったことが明確に記載されていて,発明の詳細な説明は,当業者がL-グルタミン酸の生産能力を向上させて発明を実施できる程度に明確かつ十分に記載されているといえる。 甲28,34の実験結果は, 「三角フラスコ」を用いた低速での撹拌培養による実験結果であって,そもそも本件明細書には, 「三角フラスコ」を用いて培養を行うことは全く記載されておらず,本件明細書に記載されている「坂口フラスコ」を用いて,本件明細書の実施例8の実験条件に沿った実験を行っても,本件明細書の実施例8の実験結果が再現できなかった証拠は提出されていないので,甲28,34の記載事項が,本件発明11は, 「L-グルタミン酸生産能力を向上させる新規な手段を提供する」という課題が解決できない範囲に及ぶことの根拠になるとはいえない。 (イ) コリネ型細菌の培養条件について 本件発明は,課題を解決するための手段として, 「yggB遺伝子がコリネ型細菌のL-グルタミン生産に関与していることを明らかにし,yggB遺伝子を用いてコリネ型細菌を改変することにより,L-グルタミン酸の生産能が大幅に向上することを見出し」たものであり,コリネ型細菌の培養条件といった好適条件は発明特定事項として課題解決に必要な事項ではない。また,本件明細書の実施例10は,Tween40を添加した条件又はビオチン制限条件というL-グルタミン酸生成を誘導できる条件(以下,このようなグルタミン酸の生産を誘導できる条件を「誘導条件」といい,そうでない場合を「非誘導条件」という。 を試験した実験であり, )その条件下でのみL-グルタミン酸生産量の向上が見られないことを示すものではないし,実施例8の実験結果は,非誘導条件下で19型YggB変異体によるコリネ型細菌のグルタミン酸生産能の向上を示したものといえるから,本件発明11は,「L-グルタミン酸生産能力を向上させる新規な手段を提供する」という課題が解決できない範囲に及ぶとはいえないし,発明の詳細な説明は,当業者がTween40添加又はビオチン制限なしでもL-グルタミン酸の生産能力を向上させて発明を実施できる程度に明確かつ十分に記載されていないともいえない。 (ウ) 以上からすると,本件発明11は,発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えるものではなく,また,本件発明の詳細な説明は,当業者が本件発明11の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているといえる。 ウ 2A-1型変異(本件発明1の(i)及び(i’)の変異)について 本件明細書の実施例5及び6には,配列番号6のアミノ酸配列のアミノ酸番号419から下流部分のC末端側にトランスポゾンにより挿入されたIS(インサーションシークエンス)である5個のアミノ酸が挿入された2A-1型変異が開示され,当該変異を導入したコリネ型細菌のグルタミン酸生産能の向上を確認したことが記載されている。この2A-1型変異は,その変異の態様からすると,実質的にはYggBタンパク質のアミノ酸番号419以降のC末端領域が欠失した変異であるといえるから,当業者は,実施例5及び6の記載から,実施例5及び6の結果は,YggBタンパク質のアミノ酸番号419以降のC末端領域の立体構造が改変されることで生じたもので,YggBタンパク質のアミノ酸番号419以降のC末端領域が欠失した変異について同様の効果が得られることを認識できるから,YggBタンパク質のアミノ酸番号419以降のC末端領域にIS又はトランスポゾンの挿入を導入したコリネ型細菌について,アミノ酸番号419以降のC末端領域の立体構造が改変された場合には,上記実施例に記載の変異と同様の効果が得られることを認識できる。したがって,当業者は,本件明細書の上記実施例の記載及び本件明細書の段落【0069】〜【0079】の記載から, (i)及び(i’)の変異により,L-グルタミン酸の生産能力向上という課題が解決できることを認識でき,また,発明の詳細な説明は,(i)及び(i’)の変異により,L-グルタミン酸の生産性が向上することが理解できる程度に明確かつ十分に記載されているといえる。 エ 66型変異,22型変異(本件発明1の(i’)の変異)について ’ (ア) 本件明細書の実施例12及び13には,アミノ酸番号424のプロリンがロイシンに置換された66型変異を導入したコリネ型細菌を構築したことが記載され,アミノ酸番号437のプロリンがセリンに置換された22型変異を導入したコリネ型細菌を構築したこと,そのL-グルタミン酸生産能が向上したことが記載されている。また,配列番号6等のアミノ酸配列のアミノ酸番号419-533の領域に存在するプロリンの位置については,本件明細書の段落【0072】に具体的に記載されているから,当業者が,本件明細書の上記実施例の記載及び本件明細書の段落【0069】〜【0079】の記載に従って,配列番号6等のアミノ酸配列のアミノ酸番号419-533の領域に存在するプロリンを他のアミノ酸に置換する変異を導入したコリネ型細菌を構築し,その中からL-グルタミン酸の生産能が向上したコリネ型細菌を取得することに,当業者に期待し得る程度を超える試行錯誤や複雑高度な実験を行う必要があると認められない。 (イ) 本件明細書には,上記 のとおり,配列番号6等のアミノ酸配列のアミノ酸番号419-533の領域に存在するプロリンを他のアミノ酸に置換する変異を導入したコリネ型細菌がL-グルタミン酸の生産能を向上させることができた実施例が少なくとも一つ存在し,また,本件明細書の段落【0072】には,yggB遺伝子のC末端側のプロリンは,YggBタンパク質の立体構造維持のために重要な役割を果たしていると考えられることが記載されているから,当業者は,本件明細書の上記実施例12及び13の記載,本件明細書の段落【0069】〜【0079】の記載並びにタンパク質の構造におけるプロリンの役割についての乙19等の記載から,配列番号6等のアミノ酸配列のアミノ酸番号419-533の領域に存在するプロリンを他のアミノ酸に置換する変異を導入したコリネ型細菌について,アミノ酸番号419以降のC末端領域の立体構造が改変された場合には,本件明細書の上記各実施例に記載の変異と同様の効果が得られることを認識でき,L-グルタミン酸生産能の向上という課題が解決できることが認識できるといえる。 (ウ) したがって,本件発明1の(i’)の変異について,本件発明1は, ’発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えるものではなく,また,本件発明の詳細な説明は,当業者が本件発明1の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているといえる。 オ 膜貫通領域の変異(本件発明1の(ii)の変異)について (ア) 本件明細書の実施例7〜9及び11には,配列番号6のアミノ酸配列の14番目のロイシンと15番目のトリプトファンの間に3アミノ酸からなるIS(Cys-Ser-Leu)が挿入されたA1型変異を導入したコリネ型細菌を構築し,そのL-グルタミン酸生産能が向上したこと(実施例7),配列番号6のアミノ酸配列の100番目のアラニンがスレオニンに置換された19型変異を導入したコリネ型細菌を構築し,そのL-グルタミン酸生産能が向上したこと(実施例8),配列番号6のアミノ酸配列の111番目のアラニンがバリンに置換されたL30型変異を導入したコリネ型細菌を構築し,そのL-グルタミン酸生産能が向上したこと(実施例9) 配列番号62のアミノ酸配列の111番目のアラニンがスレオニン ,に置換された8型変異を導入したコリネ型細菌を構築したこと(実施例11)がそれぞれ記載されている。また,配列番号6等のアミノ酸配列のアミノ酸番号1-23,86-108,110-132の領域は,23個のアミノ酸からなるアミノ酸配列という限定された領域であり,さらに,本件訂正により,アミノ酸番号1-23,86-108,110-132の領域に導入されるアミノ酸の置換,欠失,又は挿入の個数は1〜5個に限定されている。したがって,当業者が,本件明細書の上記実施例の記載及び本件明細書の段落【0069】〜【0079】の記載に従って,配列番号6等のアミノ酸配列のアミノ酸番号1-23,86-108及び110-132からなる群から選ばれる領域において,1〜5個のアミノ酸の置換,欠失,又は挿入した変異を導入したコリネ型細菌を構築し,その中からL-グルタミン酸の生産能が向上したコリネ型細菌を取得することに,当業者に期待し得る程度を超える試行錯誤や複雑高度な実験を行う必要があると認められない。 (イ) 本件明細書には,上記のとおり,配列番号6等のアミノ酸配列のアミノ酸番号1-23,86-108,110-132の領域における1〜5個のアミノ酸の変異を導入したコリネ型細菌がL-グルタミン酸の生産能を向上させることができた実施例がそれぞれ少なくとも一つ存在し,また,配列番号6等のアミノ酸配列のアミノ酸番号1-23,86-108,110-132の領域は,23個のアミノ酸からなるアミノ酸配列という限定された領域で,かつ,上記実施例の変異の位置の近傍の領域であり,さらに,本件訂正により,アミノ酸番号1-23,86-108,110-132の領域に導入されるアミノ酸の置換,欠失,又は挿入の個数は1〜5個に限定されているから,当業者は,本件明細書の上記実施例の記載及び本件明細書段落【0069】〜【0079】の記載から,配列番号6等のアミノ酸配列のアミノ酸番号1-23,86-108,及び110-132からなる群から選ばれる領域において,1〜5個のアミノ酸の置換,欠失,又は挿入した変異を導入したコリネ型細菌について,L-グルタミン酸生産能の向上という課題が解決できることが認識できるといえる。 (ウ) したがって,本件発明1の(ii)の変異について,本件発明1は,発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えるものではなく,また,本件発明の詳細な説明は,当業者が本件発明1の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているといえる。 カ 配列番号85のアミノ酸配列について 配列番号85のアミノ酸配列は,コリネ型細菌に保存されるYggBタンパク質のアミノ酸配列を示したものであり,配列番号6等で示すYggBタンパク質のアミノ酸配列のうち,アミノ酸置換・欠失が起こっていてもよい箇所をXaaで示したものである(本明細書の段落【0035】〜【0036】 【0078】〜【00 ,79】等)から,配列番号85のアミノ酸配列についても,他の配列番号のアミノ酸配列と同様にYggBタンパク質としての機能を有すると当業者は認識することができる。また,本件発明1の(i)(i’, , )(i’)又は(ii)の変異を導入し ’た場合についても,L-グルタミン酸の生産能力向上という課題が解決できることを認識することができ,発明の詳細な説明は,L-グルタミン酸の生産性が向上することが理解できる程度に明確かつ十分に記載されているといえる。 したがって,配列番号85のアミノ酸配列について,本件発明1は,発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えるものではなく,また,本件発明の詳細な説明は,当業者が本件発明1の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているといえる。 (3) 無効理由6(本件発明6〜12の明確性要件違反)について ア 本件発明6,12の記載について 本件明細書の段落【0032】の記載及び出願時の技術常識を考慮すると, 「過剰量のビオチン」という記載の意味内容を理解することができるから,本件発明6,12は明確に記載されている。 イ 本件発明7の記載について 本件明細書の段落【0068】の記載及び出願時の技術常識を考慮すると, 「L-グルタミン酸アナログ」に包含される具体的な物質を理解することができるから,本件発明7は,明確に記載されている。 ウ 本件発明8の記載について 本件発明8は, 「コリネ型細菌」に係る発明であることは明らかであり,また,本件発明8の「(i)のsymA遺伝子」は,訂正後の請求項1の(i)ではなく,訂正後の請求項8の (i) 「 配列番号86の塩基番号585〜1121の塩基配列を含むDNA。」を示すものであることは明らかであるから,本件発明8は,明確に記載されている。 エ 本件発明9の記載について 本件明細書の段落【0083】の記載及び出願時の技術常識を考慮すると, 「α-ケトグルタル酸デヒドロゲナーゼ活性が低下する」という記載の意味内容を理解することができるから,本件発明9は,明確に記載されている。 オ 本件発明10,11の記載について 本件発明10,11は,訂正後の請求項6〜9を引用するものであるが,上記ア〜エで述べたように,本件発明6〜9は,明確に記載されているといえる以上,本件発明10,11も明確に記載されている。 カ 本件発明6の請求項4,5を引用する部分の記載について 本件明細書の記載及び出願時の技術常識を考慮すると,本件発明6の請求項4を引用する部分については,(e)〜(j)の変異型yggB遺伝子が対応し,また,本件発明6の請求項5を引用する部分については, (c)(d)の変異型yggB遺 ,伝子が対応することは明らかであるから,本件発明6及び請求項6を引用する本件発明7〜11は,明確に記載されている。 4 原告ら主張の審決取消事由 (1) 19型変異に関する実施可能要件及びサポート要件違反の認定判断の誤り(取消事由1) (2) 進歩性欠如の認定判断の誤り(取消事由2,3) (3) 19型変異以外に関する実施可能要件及びサポート要件違反の認定判断の誤り(取消事由4) (4) 明確性要件違反についての認定判断の誤り(取消事由5) |
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当事者の主張
1 19型変異に関する実施可能要件及びサポート要件違反の認定判断の誤り (取消事由1)(原告らの主張) (1) 非誘導条件下である実施例8(本件明細書の段落【0119】 【0121】 〜及び【表7】)では,L-グルタミン酸の生産能力向上がみられないこと ア 請求項11において,製造方法の発明におけるグルタミン酸(以下,L-グルタミン酸とグルタミン酸を特に区別することなく,単に「グルタミン酸」ということがある。)生成条件は,特定の条件に限定されておらず,実施例8の非誘導条件において,課題が解決できず効果が奏されない場合には,特許請求の範囲の記載はサポート要件に適合しない。 本件明細書の実施例8では, 【表7】のとおり,グルタミン酸生産量は,野生株であるATCC13869では0.5g/L,19型yggB変異株であるATCC13869-19では0.7g/Lであって,両者の差(0.2g/L)は,誤差の範囲内にすぎず,ATCC13869-19によってL-グルタミン酸の生産能力が向上したとはいえない。 実施例8と同様の方法によって行われた実施例2における野生株及びブランクの値からすると,実施例8におけるATCC13869とATCC13869-19とのわずか0.2g/Lの差は,誤差の範囲内といえる。 また,実施例8でのATCC18369-19のグルタミン酸生産量の絶対値(0.7g/L)は,実施例3でのブランク値(0.6g/L)とほぼ一致しており,極めて低いレベルといえ,他の変異株の結果(実施例2,3,5,7,9)と比較しても,ATCC13869-19のようにブランクとほぼ一致するレベルでは,グルタミン酸生産量が向上しているとはいえない。 イ 実施例8の結果を検証するため,一般的な三角フラスコを用い,かつ本件明細書の実施例8が言及する実施例2の条件(段落【0097】)及び実施例12の振とう速度(段落【0146】)に従うという適切な条件下で再現実験が行われた(甲28)ところ,非誘導条件下では,ATCC13869及びATCC13869-19のいずれについても,グルタミン酸の生成は観測できなかった。 (2) 本件審決の認定判断の誤り及び被告の主張に対する反論 ア 本件審決は,実施例2及び8は全て同1条件で行われたとはいえず,実施例8の実験結果を誤差の範囲とはいえないと判断したが,実施例8は, 「実施例2と同様の方法で」行われたから(本件明細書の段落【0120】,両者を比較する )ことができる。 被告は,大豆加水分解物中のグルタミン酸濃度が変動することは技術常識であると主張するが,何ら具体的な証拠を示していない。 本件明細書の実施例3及び実施例8には,「実施例2と同様の方法」(本件明細書の段落【0100】及び【0120】)との記載があり,実施例6には「実施例2記載の方法」【0109】 ( )との記載があるから,実施例8での大豆分解組成物は,実施例2と同じロットであるか又は同等のもの(L-グルタミン酸濃度の点でも同等のもの)が使用されたはずである。したがって,実施例2,3及び6での測定値は,実施例8の検討にも参照されるべきである。 イ また,実施例8では,変異株(ATCC13869-19)とコントロールである親株(ATCC13869)とのグルタミン酸生産量が比較されているのみで,実施例8におけるブランク値は記載されていない。しかし,ブランク値と変異株及び親株の結果とを対比しないと,実施例の信用性を評価することはできない。仮に,変異株での値がブランク値を下回っていたのであれば,変異株がグルタミン酸を生産したとしても,その量はごく僅かであり,変異株と親株との僅かな違いを議論する意味はないからである。 ウ 本件審決や被告は,実施例8において,19型変異によりグルタミン酸の生産能が野生型の1.4倍になった(0.7/0.5=1.4)とするが,0.2g/Lは,上記のとおり,誤差の範囲であり,誤差の多い値同士の割り算を有効数字2桁まで求めても意味はない。 エ(ア) 甲36,乙6は,被告が本件侵害訴訟を提起してから行った実験結果に関するものであり,本件明細書には,甲36,乙6のような詳細なデータは記載されていない。 (イ) 本件審決は,追試の結果(甲28,34)は「三角フラスコ」を用いた低速での撹拌培養による実験結果に関し,本件明細書の「坂口フラスコ」が使用されていないと認定し,甲28,34を排斥したが,本件明細書の実施例2は,フラスコの種類や振とう速度も特定されていない。 坂口フラスコは,本件明細書上,実施例15で初めて登場する(段落【0146】。 )本件明細書に接した当業者は,実施例14までは,通常使われる三角フラスコのようなフラスコが使用されており,実施例15において,坂口フラスコという特殊なフラスコが使用されたため,実施例15にて特にその記載がされたと理解する。 コリネ型細菌によるL-グルタミン酸の生産において,坂口フラスコを用い,特定の振とう速度で培養することが周知であることの証拠もない。 坂口フラスコは,国際的には知られておらず,グルタミン酸発酵生産の分野で技術常識ではない(乙17,18)。しかも,坂口フラスコによる往復振とうは,アミノ酸の発酵生産のために開発されたものではない。 したがって,本件明細書の実施例2及び8に接した当業者は,合理的には三角フラスコを使用することを想定し,坂口フラスコを用いることは考えない。本件審決は,実施例8では坂口フラスコが使用されていて,その追試でも坂口フラスコが使用されるべきであるとの独自の前提に依拠しており,前提において誤っている。 また,グルタミン酸生産がフラスコの選択に影響を受けるとしたら,第三者は本件明細書の実施例を検証できない。 オ コリネ型細菌の培養条件について 本件審決は,コリネ型細菌の培養条件といった好適条件は発明特定事項として課題解決に必ずしも必要な事項ではないとしたが,本件発明11は,L-グルタミン酸の製造方法の発明である。L-グルタミン酸自体は周知の物質であるから,その課題は,生産量を増大させることに尽きる。仮に,新たな菌株を用いても,L-グルタミン酸の生産量が増大しないのであれば,製造方法の発明としての課題は解決していない。コリネ型細菌の培養条件(Tween40を添加した条件又はビオチン制限条件)は,単なる好適条件ではなく,発明特定事項として課題解決に必ず必要な事項であり,本件審決の判断は誤っている。 (被告の主張) (1) 実施例8からL-グルタミン酸の生産能力の向上が分かること 実施例2及び3のブランク値が示しているものは,グルタミン酸生産菌を接種しない培養開始時点の培地(以下「初発培地」という。)でのグルタミン酸の濃度であり,菌体の培養のために栄養分として培地に添加した大豆加水分解物(T-N) (本件明細書の段落【0097】)由来のグルタミン酸の値であるところ,@初発培地に添加物由来のグルタミン酸が含まれていること,A培地に含まれる大豆加水分解物は,全窒素量を基準に調製されるものである(本件明細書の段落【0055】)が,天然物由来の原料であり,加水分解の程度によっても,含有されるアミノ酸(グルタミン酸を含む)やタンパク質の量には変動があるため,使用する大豆加水分解物が異なると,ブランク値のグルタミン酸濃度が異なることは,いずれも技術常識である。 本件明細書の実施例8にある「同様の方法」とは,単に実験の手順やその他の条件がほぼ同じであることを意味し,実施例2及び3と大豆加水分解物などの材料が同じロットのもので実験されることまでを意味するものではない。 したがって,原告らが主張するように,実施例8のグルタミン酸生産量を,異なる大豆加水分解物が使用された実施例2及び実施例3のブランク値等と比較することは意味がない。上記のとおり,培地に含まれる大豆加水分解物におけるグルタミン酸濃度が実験ごとに異なるものであることは技術常識であるから,本件明細書においては,各実験において,個別に初発培地によるブランク値の測定をし,対照として野生型の菌体の培養,グルタミン酸濃度の測定を個別に行っているのである。 19型yggB変異の導入によりグルタミン酸産生能が野生型の1.4倍になったことが実施例8から確認できるし,実施例8の結果は,被告の実施した非誘導条件下での再現実験により複数回再現されている(甲36,乙6)。 (2) 甲28は,培養条件として当業者が通常選択しない条件を選択しているため,その実験結果は主張の根拠とならないこと ア グルタミン酸は,酸素供給不足下での培養において生産阻害が最も著しいアミノ酸の一つであって,酸素要求充足度が低下するに伴い,グルタミン酸の生成速度も大幅に低下すること(乙14,15),コリネ型細菌の培養の際に,培養用容器として坂口フラスコを用いた場合,撹拌速度が約115rpmのときに最大の酸素供給速度が得られるとされている(甲36,乙6)一方で,三角フラスコを培養用容器として用いた場合に,坂口フラスコと同等の酸素供給速度を得るためには,280rpm以上の回転速度を要するとされていること(乙16,17),低速で振とうさせた三角フラスコで培養した場合には,同等の速度で振とうさせた坂口フラスコでの培養結果と比較して,菌体の生育が半分程度となること(乙18)は,いずれも当業者にとって周知である。 甲28の実験者は,坂口フラスコを用いて速度115rpmにて振とう培養を行ったことが明記されている本件明細書の実施例15の条件を確認した上で,敢えて坂口フラスコを用いずに,適正に使用するために倍以上の振とう速度が必要な三角フラスコを用いた上で,坂口フラスコに適した振とう速度で実験を行ったため,甲28の培養実験では培地への酸素供給が不足する状況となってグルタミン酸生産が著しく低下したと考えられる。 イ 被告がした,培養用容器として,坂口フラスコと三角フラスコを用いた比較実験において,三角フラスコを用いた培養条件下では,大幅なOD620値(菌体生育)の低下,培地中の糖消費速度の低下,L-グルタミン酸蓄積の低下が観察され,甲28の表1と同様の結果が観察された(甲36,乙6)。 また,被告が,坂口フラスコ及び三角フラスコをそれぞれ培養用容器として使用し,115rpmの回転速度で培養した場合の各培養液中の有機酸の分析を行ったところ,三角フラスコ使用の培養液では,坂口フラスコ使用時の培養液と比較して,酸素供給が不足する場合に生じるとされる有機酸,特に乳酸,コハク酸の著しく高い蓄積が認められた(甲36,乙6)。 さらに,甲28の表1では,各測定時点(培養後12,14及び17時間)のいずれにおいても,グルタミン酸濃度がすべて検出限界(0.1g/L)未満となっているが,被告が三角フラスコを用いた培養試験の各時点でのグルタミン酸濃度から初発培地含有のグルタミン酸濃度を差し引いたところ,いずれの時点においてもグルタミン酸濃度が0.1g/L未満となったこと(甲36,乙6)から,甲28の表1に示された各時点のグルタミン酸濃度も同様に,初発培地に含まれていたL-グルタミン酸濃度との差を表示していることによるものと考えられる。 ウ 以上のとおり,甲28の培養実験は,当業者が,コリネ型細菌を用いてグルタミン酸の製造を行う際に技術常識として通常用いる培養条件と大きく異なる条件,特に,坂口フラスコではなく三角フラスコを用いて低速での撹拌培養を行うとの条件を採用し,培養を行った上で,YggB変異体の評価を行った結果,実施例8に記載の結果を再現できなかったものと考えられる。甲34の結果も,実施例8に記載の結果を再現できておらず,甲28と同様,当業者が通常採用しない培養条件で実施された実験である。 2 進歩性欠如の認定判断の誤り(取消事由2,3)(原告らの主張) (1) 甲8発明の認定の誤り(取消事由2) ア 甲8のTable 1.には, before”の状態から低浸透圧状態 “ (540mOsm)へと浸透圧が変化することにより,20%のグルタミン酸が菌体外に排出されるという事実が,実験データによって示されている。他方,ATPとの対比からも,グルタミン酸における20%の減少は有意であり,グルタミン酸は,浸透圧に依存して菌体外に移動することが分かる。 したがって,甲8発明は, 「L-グルタミン酸の排出に関わる,E.coli(大腸菌)のMscSとの類似性が示唆される浸透圧制御チャネルを有する,コリネバクテリウム・グルタミカム」と認定されるべきであった。 イ 甲8発明の認定の誤りが結論に影響を及ぼす理由 上記アからすると,本件発明1と甲8発明の相違点は,以下のとおり認定されるべきであった。 (相違点) 「本件発明1は,L-グルタミン酸生産能を有するコリネ型細菌であって,変異型yggB遺伝子が導入されたことにより非改変株と比較してL-グルタミン酸生産能が向上したコリネ型細菌であって,前記変異型yggB遺伝子は, (i)配列番号6,68,84もしくは85のアミノ酸配列のアミノ酸番号419-533の領域もしくは配列番号62のアミノ酸番号419-529の領域の欠失,(i’)配列番号6,68,84もしくは85のアミノ酸配列のアミノ酸番号419-533の領域もしくは配列番号62のアミノ酸番号419-529の領域へのインサーションシーケンス又はトランスポゾンの挿入, (i’)配列番号6,68,84もしくは ’85のアミノ酸配列のアミノ酸番号419-533の領域もしくは配列番号62のアミノ酸番号419-529の領域に存在するプロリンを他のアミノ酸に置換する変異,または(ii)配列番号6,62,68,84もしくは85のアミノ酸配列のアミノ酸番号1-23,86-108,及び110-132からなる群から選ばれる領域における1〜5個のアミノ酸の置換,欠失,又は挿入の変異が導入された,コリネ型細菌であるのに対し, 甲8発明では,コリネバクテリウム・グルタミカムが,L-グルタミン酸の排出に関わる,E.coliのMscSとの類似性が示唆される浸透圧制御チャネルを有しているものの,yggB 遺伝子が特定されておらず,L-グルタミン酸の生産能力が特定されていない点。」 上記のように認定できる甲8発明に接した当業者は,後述するようにグルタミン酸の排出がボトルネックであるという技術常識を踏まえ,浸透圧調節チャネルに着目して排出速度を高めようと動機付けられたはずである。本件審決は,引用発明の認定を誤り,それによって相違点の認定及び判断を誤ったから,取り消されるべきである。 ウ 被告は,@1860mOsmの欄の値からの変化を確認すべきである,A540mOsmという極端な低浸透圧ショックがかかるまで,グルタミン酸の排出はほとんどない,B甲8にはグルタミン酸の流出は顕著に制限されていたことが明記されている,C浸透圧調節チャネルと,大腸菌のMscS(後記(2)イ a)との,チャネルからの排出機構が類似性を有することまで示唆しているものではない,Dコリネバクテリウム・グルタミカムの浸透圧調節チャネルと,大腸菌のMscSとは,チャネルからの排出機構が異なるものであろうことが明記されていると主張する。 しかし,甲8のTable 1.では “before”の列の0.46 μmol・mg dm-1の値が基準とされており,1860mOsmの値は,その91%であることが明示されているから,甲8の実験データの検討に当たっては“before”の列の値が基準となる。 また,甲8のTable 1.は,540mOsmでは,20%のグルタミン酸が排出されたことを,データに基づいて示している。 甲8のグルタミン酸及びリジンの排出は,かなり限られていたとの記載は,アラニンも,グルタミン酸及びリジンの排出がアラニン等と比較して,相対的に制限されることを記載しているにすぎず,この記載は,グルタミン酸がコリネバクテリウム・グルタミカムから排出されないということを意味しない。甲8は,大腸菌とは異なり,コリネバクテリウム・グルタミカムでは,溶質に応じて排出速度に違いが生じることを説明しているにすぎず,排出速度の溶質依存性に関し,例えば,ATPは,大腸菌とは異なり,コリネバクテリウム・グルタミカムでは排出されないが,グルタミン酸については,甲8のTable 1.の実験において20%が排出されることが実証されている。 甲8の時点において,担体系(特定の溶質分子を結合して一連の構造変化を行って細胞膜を通過させるタンパク質である担体による排出を指す。 によるコリネバク )テリウム・グルタミカムからのグルタミン酸の排出が提唱されていたが,甲8のTable 1.は,担体系とは別に,浸透圧調節チャネルという新たな排出経路を実験的に明らかにしたから,甲8に接した当業者は,この浸透圧調節チャネルを排出経路として利用するよう動機付けられたはずである。 甲8には,Gd3+の感受性を根拠として,コリネバクテリウム・グルタミカムの浸透圧調節チャネルが大腸菌のMscSと類似することが記載されているから,MscSとしての機能の類似性から,甲8には,大腸菌のMscSと同様に,コリネバクテリウム グルタミカムの浸透圧調節チャネルも, ・ 浸透圧に応じた開口により,溶質を排出することが示唆されている。 (2) 容易想到性の判断の誤り(取消事由3) ア 本件発明11について 前記1のとおり,19型変異は,非誘導条件下では,L-グルタミン酸の生産能力が向上しないものであるから,L-グルタミン酸の生産能力の向上の効果は,請求項11全体に及ぶものではないため,これを相違点の判断において考慮することはできず,相違点は,請求項11全体にわたってL-グルタミン酸の生産量の増大に寄与しているわけではなく,本件発明11は進歩性を欠く。 イ 本件発明1の容易想到性の判断の誤り 19型変異は,配列番号6のアミノ酸配列での100番目のアミノ酸の置換(A100T)であるが,これは以下のとおり,当業者が容易に想到し得たものである。 (ア) 技術的背景 本件優先日当時,コリネ型細菌がL-グルタミン酸生産能を有することは技術常識であり(甲2〜4,18〜20),コリネ型細菌によるアミノ酸の生産能を高めるに当たって,生成したアミノ酸の菌体内での過剰蓄積や菌体外への排出がボトルネックとなっていることも広く知られており,このボトルネックを解消してアミノ酸の生産能を高めるため,アミノ酸を菌体外に効率的に排出することも,周知の課題であった(甲12,21〜24,45,46)。 (イ) コリネバクテリウム・グルタミカムのYggBに関する技術常識 a 大腸菌には,浸透圧の変化に応じて溶質を通過させる機械受容チャネルとして,MscM,MscS,MscLの三つがあり(甲10),YggBは,MscSと同義である(甲14)。 また,甲10には,コリネバクテリウム・グルタミカムに,大腸菌のyggB遺伝子のホモログ(相同体)が存在し,YggBタンパク質がメカノセンシティブチャネルとして機能することが記載されている。yggB遺伝子ホモログのオープンリーディングフレームはCgl1270として知られ,コリネバクテリウム・グルタミカムの533個のアミノ酸より構成されるタンパク質である(甲10,11)が,このCgl1270のアミノ酸配列は,本件特許の請求項1の配列番号84及び85と一致し(甲11,16),配列番号6とも非常に高い相同性(99%)を有する(甲33)。そして,甲25の1にも,Cgl1270と同一のアミノ酸配列が配列番号340として開示され,当該アミノ酸配列をコードする遺伝子が配列番号339として開示されていた(甲25の1・2)。 したがって,コリネバクテリウム・グルタミカムでも,YggBがメカノセンシティブチャネル(浸透圧制御チャネル)として機能しており,当業者は,甲8発明の浸透圧制御チャネルがYggBであることを認識できた。 b 被告は,@甲10では細胞からの排出能力はベタインのみについて検討されており,グルタミン酸に関する記載は存在しない,A甲10には,Cgl1270のアミノ酸配列の記載はあるものの,その機能は記載されておらず,コリネバクテリウム・グルタミカムにはYggB及びMscとは異なるチャネルの存在が示唆されている,B甲14には,大腸菌のYggBがMscSと同義であるとの記載があるものの,コリネバクテリウム・グルタミカムについての記載はないと主張する。 しかし,仮に,甲10でベタインのみが詳細に検討されているとしても,コリネバクテリウム・グルタミカムにおいて,YggBがメカノセンシティブチャネル(浸透圧制御チャネル)として機能していることに変わりはなく,YggBによるL-グルタミン酸の排出は否定されない。 また,Cgl1270のアミノ酸配列が大腸菌のYggBの配列に対応することから,当業者は,このタンパク質が,大腸菌のYggBと同様,浸透圧調節チャネルであることを理解することができる。 そして,コリネバクテリウム・グルタミカムのYggBホモログは,大腸菌のYggB(MscSと同義)に対応するから,コリネバクテリウム・グルタミカムについても,大腸菌のMscSの知見が適用できる。 (ウ) 浸透圧制御チャネルがグルタミン酸の排出に関係することが周知であったこと 甲47(Manfred Schleyer 他「Transient,specific and extremely rapid release ofosmolytes from growing cells of Escherichia coli K-12 exposed to hypoosmotic shock」ArchMicrobiol 160 p424-431,1993年),甲48(Piotr Koprowski 他「Glutathione (GSH)reduces the open probability of mechanosensitive channels in Escherichia coli protoplasts」Pfl?gers Arch-Eur J Physiol 438 p361-364,1999年),甲49(Catherine Berrier 他「 Gadolinium ion inhibits loss of metabolites induced by osmotic shock and largestretch-activated channels in bacteria」Eur.J.Biochem.206 p559-565,1992年),甲50(Dirk Schiller Osomosensorische Eigenschaften des Glycinbetain-Transporters BetP 「aus Corynebacterium glutamicum」Inaugural-Dissertation zur Erlangung des Doktorgradesder Mathematisch-Naturwissenschaftlichen Fankult?t der Universit?t zu K?ln,2004年)からすると,コリネバクテリウム・グルタミカムも,大腸菌と同様,浸透圧調節チャネル(メカノセンシティブチャネル)としてYggB(MscS)を有するところ,本件優先日当時,コリネバクテリウム・グルタミカム及び大腸菌において,グルタミン酸が浸透圧に応じて,浸透圧制御チャネルから排出されることは周知であった。 (エ) 大腸菌の膜貫通領域の変異を甲8発明に適用して19型変異の構成を得ることが容易想到であったこと a 大腸菌のYggBのうち膜貫通領域のアミノ酸(とりわけ,第3膜貫通領域[TM3]の100番目付近のアラニン)に変異を加えると,チャネルが開きやすい状態(ゲイン・オブ・ファンクション[GOF])が実現し,細胞内の溶質が外部へ容易に排出されるという知見は,大腸菌では,以下のとおり,先行文献(甲13〜15)で繰り返し報告されており,周知であった。 (a) 甲14には,大腸菌のYggBは,286個のアミノ酸より構成され,3回膜貫通(TM1,TM2,TM3)タンパク質であることが記載されている上,3種のGOF変異体があり,同変異体では,細胞内の溶質が容易に外部に排出されることも記載されている。また,甲14には,当該YggBのペリプラズムループ又は第3膜貫通領域(TM3)に存在する3種類のアミノ酸置換により,GOF変異体を得る発明(以下「甲14発明」という。)が記載されている。 甲15には,大腸菌のYggBのTM3は,TM3A及びTM3Bで構成されること,TM3のうちA部分(96-113番目のアミノ酸)がチャネルの疎水性ポアを形成し,細胞内の溶質の排出に寄与すること,TM3のA部分はヘリックスを形成しており,少なくとも101番目のグリシン,102番目のアラニン,105番目のロイシン及び106番目のアラニンが,チャネルのポアの遮蔽に関与していることが記載されている。また,甲15は,甲14を引用し,アミノ酸置換を行うと,YggBがGOFになること及び93,102及び109の残基がポアを内張りするヘリックスに位置することから,これらがチャネルの伝導特性に影響を与えることは驚くことではないこと(以下「甲15発明」という。)が記載されている。 甲13には,大腸菌において,YggBのTM3が溶質の透過経路を形成していること,TM3中に位置する106番目のアラニンは,カリウムに対する超過敏チャネルを形成しており,機能的に重要であることが記載されている。 ? 大腸菌のYggBでは,102番目のアラニン(A)をプロリン(P)で置換された変異体は,強力なGOFを示す。102番目のアラニンは,第3膜貫通領域(TM3)の中で,チャネルのポアの内壁に当たり,溶質の透過経路を形成するTM3Aに位置するものである。TM3Aがポアの中央に向けて変形することによりポアが閉じるが,102番目のアラニン及び106番目のアラニンは,その際,ポアの中央に向けて移動する領域に位置する(甲14,15)。 また,膜貫通領域のうち,グリシン及びアラニンは,透過状態の間の切替えを促進する可能性があることが知られていた(甲13)し,メカノセンシティブチャネルであるMscS(YggB)及びMscLに共通して,膜貫通領域のうちポアを狭める箇所に,グリシン及びアラニンが現れることも知られていた(甲41)。 b したがって,当業者は,コリネバクテリウム・グルタミカムのYggBを改変する場合,TM3領域内のアラニンに着目することになる。そして,コリネバクテリウム・グルタミカムのYggBのアミノ酸配列は,本件優先日当時,既に知られていた(甲10)。したがって,当業者は,コリネバクテリウム・グルタミカムのYggBアミノ酸配列のうち,大腸菌のTM3又はTM3Aの箇所に対応する領域内のアラニンを特定することができた。 c 大腸菌のTM3は,らせんの軸方向で隣接するC=OとN-Hとの間に水素結合が働き,構造を安定化するα-ヘリックス構造を有するところ,アラニンをスレオニンで置換することにより,α-ヘリックスの構造が不安定となり,ポアの構造にも影響を及ぼす。また,MscLでは,22番目のグリシンを親水性の残基に置換することにより,チャネルが開きやすくことが知られていた (甲42)。 したがって,100番目のアラニンを他のアミノ酸で置換するに際し,当業者は,スレオニンに着目した。 d また,大腸菌のMscLのTM1は,YggBのTM3と類似の機能(メカノセンシティブチャネルの透過経路の形成)と構造(α-ヘリックス構造)を有するものである上,大腸菌のMscLの20-36番目の残基(TM1に当たる。 とコリネバクテリウム グルタミカムのMscSの98-114番目の残基 ) ・ (TM3に当たる。)を比較すると,前者の22番目の位置は,後者の100番目の位置に対応する。 甲43(Christopher D.Pivetti 他「Two Families of Mechanosensitive Channel Proteins」Microbiology and Molecular Biology Reviews p66-85,2003年3月)では,YggBのTM3の配列はMscLのTM1と類似すること,その類似性がゲーティング・メカニズムにとって必須である可能性があることが指摘されており,MscLのTM1の配列は,YggB(MscS)のTM3の配列と直接に比較され,両者の類似性が示されていた。 e 大腸菌のMscLのTM1に当たる22番目のグリシンをより親水性のアミノ酸に置換することで,チャネルが開きやすい状態(GOF)を実現できることは,本件優先日前において,甲42(Kenjiro Yoshimura 他「Hydrophillicity ofa Single Residue within MscL Correlates with Increased Channel Mechanosensitivity」Biophysical Journal Volume 77 p1960-1972,1999年)に記載されており,しかも,甲42には,いくつかの生物(コリネバクテリウム・グルタミカムと同じコリネバクテリウム亜目に属する黄色ブドウ球菌,シアノバクテリア及び結核菌)では,22番目のグリシンの代わりにアラニンがこの位置に存在することが記載されていたから,MscLのTM1の22番目の位置に相当する位置にあるアラニンは,GOFのための置換の有力な候補である。 f コリネバクテリウム・グルタミカムも,大腸菌のMscS(YggB)のホモログを有し,そのMscS(YggB)が機械受容チャネルとして機能し,かつ,そのGOF変異体により,大腸菌と同じ効果が期待できるのであるから,当業者は,大腸菌に関する甲13〜15の記載から,L-グルタミン酸生産能を向上させるために,変異型yggB遺伝子を作製し,その変異型yggB遺伝子をコリネ型細菌に導入することについての示唆を得ることができる。 g 被告は,@甲14は,大腸菌のMscSにおける変異体に関する文献であり,かつ,当該変異体の知見とコリネバクテリウム・グルタミカムにおけるグルタミン酸排出との関連性を示す記載はない上,甲14によると,L109S(109番目のロイシンをセリンに置換する変異)及びA102P(102番目のアラニンをプロリンに置換する変異)は菌の生育に深刻な影響を与えるほどのGOFをもたらす,A甲15は,大腸菌に関する記載はあるもの,コリネバクテリウム・グルタミカムにおけるYggBがメカノセンシティブチャネルとしてグルタミン酸排出に関与することを示す記載はない,B甲13には,大腸菌のYggBのTM3 が溶質の透過経路を形成していること,TM3中に位置する106番目のアラニンがカリウムに対する超過敏チャネルを形成しており,機能的に重要といった記載はない,C大腸菌のMscSとコリネバクテリウム・グルタミカムのYggBでは残基の数が異なり,同一性が低く,コリネバクテリウム・グルタミカムのYggBにおいてどの残基がチャネルの開閉等の機能に関与するか判断することができないと主張する。 しかし,甲14について,コリネバクテリウム・グルタミカムは,大腸菌のYggBのホモログを有しているから,そのGOF変異体により,大腸菌と同じ効果が期待できる。また,L109S及びA102Pの変異は,GOF変異体での開口の促進,そしてそれによるグルタミン酸の排出の促進において,大きな効果が期待できるものである。 甲15について,コリネバクテリウム・グルタミカムも,大腸菌のMscSのホモログを有し,そのMscS(YggB)は,メカノセンシティブチャネル(浸透圧調節チャネル)として機能する。したがって,甲15の大腸菌のMscSに関する記載は,コリネバクテリウム・グルタミカムのYggBにも当てはまる。 甲13には, 「MscSにおけるAla106に相当する,ホモログタンパク質KefAにおける922番目の位置での変異は,圧力に対してより感受性であるチャネルを形成し,カリウムに対して超過敏の細胞を形成することが報告されており,チャネルのこの領域の機能的な重要性を強調している」との記載があり。これは,KefAの922番目のアミノ酸と同様,MscSの106番目のアラニンがカリウムに対する超過敏チャネル形成していることを示している。 当業者は, 「PredictProtein」のウェブサイト(甲51)を使用することにより,コリネバクテリウム・グルタミカムのYggBの構造を予測することができ,C末端側の配列が大腸菌のMscSのC末端側の配列と高い同一性を有することから,機能を予測することができた。実際,被告も, 「PredictProtein」を使用して,大腸菌のMscSとコリネバクテリウム・グルタミカムのYggBとを対比し,構造の類似性を検証していた(甲52)。 (オ) 小括 以上のとおり,コリネ型細菌がL-グルタミン酸生産能を有することは技術常識であり,L-グルタミン酸の生産性を高めるに当たり,菌体内に蓄積したL-グルタミン酸の菌体外へ排出がボトルネックになっていることが周知の課題であったことからすると,同課題の解決に当たり,当業者が,甲8発明におけるL-グルタミン酸の排出能を有する浸透圧制御チャネルを標的とし,それによりL-グルタミン酸の排出効率を高めようとすることは当然である。 その手段として,甲8発明に対し,浸透圧制御チャネルかつ機械受容チャネルであるYggB(MscS)のTM3のアラニンに変異を導入する周知技術を適用し,GOFを実現し,相違点の構成を採用することは,当業者が容易に想到し得た事項である。そして,YggBとして,甲10のCgl1270(配列番号84及び85)のYggBを採用することも,当業者が容易に想到し得た事項である。 相違点のうち,L-グルタミン酸生産能の向上は,L-グルタミン酸の排出に関わるYggBが変異を導入し,GOFにすることにより当然に達成される効果を説明しているにすぎず,実質的な相違点とはいえない。L-グルタミン酸生産能の向上は,当業者の目的に沿ったものであり,YggB(MscS)のTM3のアラニンに変異を導入する周知技術の適用によって当然に実現する。 したがって,本件発明1は進歩性を欠くものであり,本件審決の認定判断は誤っている。 ウ 本件発明4,6,7及び9〜11の容易想到性 本件発明1について述べた理由により,本件発明4,6,7及び9〜11に関する本件審決の認定判断も誤っている。 エ 本件発明12 本件発明12は,yggB遺伝子の発明であり,そのうち, (e)が,19型変異に関するDNAである。 (f)は,配列番号22のアミノ酸配列に1〜5個のアミノ酸配列の置換,欠失,挿入又は付加されたアミノ酸配列をコードするDNAである。 本件審決が認定した本件発明12と甲8発明との相違点には,上記の(e)及び(f)も含まれるところ,本件発明1について述べたとおり,コリネバクテリウム・グルタミカムのYggBとして配列番号84及び85に類似の配列番号6を使用し,さらに19型変異を導入することは,当業者が容易に想到し得た事項であるから,本件発明1と同様の理由により,本件発明12に関する本件審決の認定判断も誤っている。 (3) 本件発明の効果の判断の誤り(取消事由3) ア 本件明細書に開示されたコリネ型細菌の変異株のうち,L-グルタミン酸の生産性が具体的に確認されたのは,YggBについて以下の変異が導入されたもののみである。そのため,特許請求の範囲全体にわたる効果は,本件明細書により裏付けられておらず,進歩性の判断において考慮することができない。 (ア) 本件発明1の(i’)の変異に関し, 配列番号6の419-533番目のアミノ酸が欠失し,C末端側に5アミノ酸からなるインサーション配列(Gly-Leu-Phe-Leu-Phe)が挿入された変異(配列番号8,実施例5〜6) (イ) 本件発明1の(i’)に関し, ’ 配列番号5の437番目のプロリンがセリンに置換された変異(配列番号74,実施例13) (ウ) 本件発明1の(ii)に関し, 配列番号6の14番目のロイシンと15番目のトリプトファンの間にIS(Cys-Ser-Leu)が挿入された変異(配列番号20,実施例7) 配列番号6の100番目のアラニンがスレオニンに置換された変異(配列番号22,実施例8) 配列番号6の111番目のアラニンがバリンに置換された変異(配列番号24,実施例9) イ 本件明細書には,L-グルタミン酸の生産能力を向上させるメカニズムは開示されていない。一般に,タンパク質を構成するアミノ酸は,それぞれ固有の構造及び性質に基づいて,タンパク質の2次構造の形成や3次元構造の安定化に密接に関わり,タンパク質の機能に影響することが知られている(甲6)。しかし,yggBに本件請求項1の(i)(i’, , )(i’)(ii)に包含される変異を導入し ’,た場合に共通して起こるメカニズム等については本件明細書には説明されていない。 したがって,請求項1の(i)(i’, , )(i’)(ii)に包含されるyggBの ’,変異の全範囲において,当業者はL-グルタミン酸の生産能が向上することを理解できない。 また,前記のとおり,19型変異が導入されたコリネ型細菌のL-グルタミン酸の生産能は0.7g/Lであり,非改変株のコリネ型細菌の生産性(0.5g/L)に対して実質的に差がない。 以上より,本件発明が奏する効果は,その全範囲において,格別顕著なものではない。 (被告の主張) (1) グルタミン酸の排出に関する技術常識 菌体の細胞内で生産されたグルタミン酸が細胞外へ排出されることが,グルタミン酸生産の継続には重要であるが,本件発明の完成時以前は,コリネ型細菌を用いたグルタミン酸生産のメカニズムにおいて,コリネ型細菌の細胞膜からのグルタミン酸排出のメカニズムの詳細は不明であり(本件明細書の段落【0006】 また, ),コリネ型細菌の保有するyggB遺伝子の役割自体も不明であった。排出メカニズムの探索に当たっても,その主たる対象は,その存在が予測されていた担体であり,その排出に担体ではなく「チャネル」が関与していること自体も明らかにはされていなかった。現に,本件発明の完成まで知られていたコリネ型細菌のアミノ酸排出機構はすべて担体であり,チャネルが関与する例は全く知られていなかった(甲22,24,乙1,2)。 担体による溶質の輸送とYggBのようなチャネルタンパクによる溶質の輸送は全く異なる機構であり,従来,大腸菌のMscSや,コリネ型細菌のYggBは,アミノ酸の輸送に関するものとは考えられておらず,コリネ型細菌からのアミノ酸の排出機構は,エネルギーを用いた,担体を介した能動輸送と考えられていた(甲22,乙39〜41)。 本件発明は,コリネ型細菌の保有するyggB遺伝子産物であるYggBタンパク質が,同細菌の細胞膜上に存在し,グルタミン酸排出において重要な役割を果たしていることを明らかにし,その上,yggB遺伝子の特定の変異によりyggB遺伝子産物によるグルタミン酸排出機能が高まり,結果として,そのような変異型yggB遺伝子を有するコリネ型細菌がグルタミン酸の高い生産能力を有することを見いだしたもので,産業上の極めて重要かつ画期的な発明であるだけでなく,学術的な観点においても,重要な発見を含むものである。 (2) 甲8発明の認定について ア 甲8では,グルタミン酸についての浸透圧の変動幅は,正しくは,1860mOsmから540mOsmまでである。また,グルタミン酸について,浸透圧変化による溶質の排出は, 「before」の欄の値(0.46)ではなく,低浸透圧ショックのかかっていない,1860mOsmの欄の値(0.42)からの変化を確認すべきである。 甲8のTable 1.から明らかなとおり,540mOsmという極端な低浸透圧ショックがかかるまで,グルタミン酸の排出はほとんどない上,1860mOsmから540mOsmに浸透圧を低下させた場合であっても,グルタミン酸の変化は,0.42(91%)→0.37(80%) (すなわち,11%の減少)でしかなく,これを20%とする原告らの主張には,誤りがある。 甲8には,グルタミン酸の排出が顕著に制限されていたことが明記されている。 イ 甲8には,コリネバクテリウム グルタミカムの浸透圧制御チャネルが, ・L-グルタミン酸の排出とは無関係であることが複数回記載されている。 ウ 本件審決は,甲8発明について, 「大腸菌のMscSとの類似性が示唆される」と認定しているが,甲8には,コリネバクテリウム・グルタミカムの浸透圧調節チャネルについて,非特異的チャネル阻害剤であるGd 3+に対する感受性がないことから,大腸菌のMscLチャネルとは異なるとした上で,Gd 3+により阻害されない他のタイプであるMscSに類似するかもしれないと記載されているにとどまり,コリネバクテリウム・グルタミカムの浸透圧調節チャネルと大腸菌のMscSとの,チャネルからの排出機構が類似性を有することまで示唆しているものではない。 むしろ,甲8には,コリネバクテリウム・グルタミカムの浸透圧調節チャネルと,大腸菌のMscSとは,チャネルからの排出機構が異なるものであろうことが明記されている。 エ 以上のとおり,甲8には,コリネバクテリウム・グルタミカムには複数の溶質排出のためのチャネルが存在していること,甲8が研究の対象とした浸透圧調節チャネルはグルタミン酸を排出溶質としていないこと,更には,グルタミン酸排出は浸透圧に依存するのではなく,エネルギー依存性の特定の担体によりされていることが記載されている。 したがって,甲8に開示されている甲8発明は, 「L-グルタミン酸の排出とは無関係であることが明らかな,E.coliのMscSとの類似性が示唆される浸透圧調節チャネルを有するコリネバクテリウム・グルタミカム。」と認定されるべきであるが,本件審決もL-グルタミン酸の排出との関係についてはその認定において触れられていないので,本件審決の認定も間違いではない。 (3) 容易想到性について ア 技術的背景について 原告らは,甲12,21〜24の記載に基づき,コリネ型細菌が生成したアミノ酸の菌体内での過剰蓄積や菌体外への排出がボトルネックとなっており,生成したアミノ酸を菌体外に効率的に排出することは周知の課題であったと主張するが,甲12は,菌体外への排出としては,エネルギー依存的な輸送体の改良等が示唆されているにとどまり,コリネ型細菌からのグルタミン酸排出を改善するための具体的な手段については言及がなく,本件発明に容易に想到し得るような開示や示唆もない。また,甲12には,コリネバクテリウム・グルタミカムによるグルタミン酸排出では,排出系が同定されていないため代謝制御解析は不可能であることも記載されており,これは,コリネ型細菌の細胞膜からのグルタミン酸排出のメカニズムの詳細は不明であったという本件優先日前の技術常識の存在を裏付けるものである。 甲21〜24についても,甲21には,グルタミン酸生産において,界面活性剤の添加によってアミノ酸の排出を誘導したことが開示されているにすぎないし,甲22は,リジンの生産,甲23は,イソロイシンの生産,甲24は,スレオニンの生産に関する文献であり,これらはいずれもグルタミン酸の生産とは関係のない文献である上,これらの文献に開示されるアミノ酸排出系は,すべてエネルギー依存的な担体である。したがって,原告らの主張するとおり,アミノ酸を菌体外に効率的に排出することが周知の課題であったとしても,その解決方法としては,エネルギー依存的な担体によるか又は界面活性剤の添加が示唆されていたにすぎない。 甲45,46の原告らが引用する箇所に記載されているのは,本件発明が,解決課題を有する従来技術として指摘している技術(本件明細書の段落【0003】及び【0004】)にすぎず,コリネ型細菌からのグルタミン酸排出を改善するための具体的な手段についての言及はなく,動機付けを基礎付けるようなものではない。 イ コリネバクテリウム・グルタミカムのyggBに関する技術常識について (ア) 前記(2)のとおり,甲8発明でL-グルタミン酸の排出は認められないのであるから,原告らの主張は,その前提において誤っている。 (イ) コリネバクテリウム・グルタミカムにおける浸透圧調節チャネルは,浸透圧の突然の低下に際して特定の溶質の排出に関与し,低浸透圧ショック時に,グリシンベタインや,プロリンのような溶質を一気に排出して細胞の破裂を防ぐチャネルである。一方,コリネ型細菌を用いたグルタミン酸発酵において,低浸透圧ショックが継続的に起こることはあり得ず,発酵が進んで生産されたグルタミン酸が蓄積されると,高浸透圧状態になるのであり,このようなグルタミン酸発酵において,低浸透圧ショックで誘導される浸透圧調節チャネルをグルタミン酸の放出に用いることは,たとえ当業者であっても決して容易に想到し得ない。 本件発明の完成前の時点では,コリネ型細菌におけるグルタミン酸排出の機構については,チャネルではなく,特異的な担体が関与していると考えられており,メカノセンシティブチャネルも含め,何らかのチャネルをコリネ型細菌のL-グルタミン酸産生能の向上のための手段として選択すること自体,当業者には想定し得なかった(乙1,2)。 (ウ) 原告らの主張に対する反論 a 甲10には,コリネバクテリウム・グルタミカムのyggB遺伝子の機能の検討結果が記載されているところ,細胞からの排出能力の検討対象とする溶質としてはベタインのみを検討しており,細胞から排出される溶質としてグルタミン酸を検討対象とするような記載は存在しない。 また,甲10には,コリネバクテリウム・グルタミカムは大腸菌とは異なり,メカノセンシティブチャネルとしてYggB,MscLとは異なるチャネルの存在が示されていること,大腸菌のYggBとは異なる配列のYggBを有していることも記載されており,これらを踏まえると,メカノセンシティブチャネルに関し,大腸菌とコリネバクテリウム・グルタミカムは異なった機構を有していることが認められる。 b 甲14は,大腸菌のYggBについての記載である。また,甲14には,大腸菌のMscS自体は286アミノ酸残基からなり,533アミノ酸残基からなるコリネバクテリウム・グルタミカムのYggBとは実質的に異なるタンパク質であることが示されている上,甲14には,L-グルタミン酸の排出に関する記載もない。 c 甲10に記載のコリネバクテリウム・グルタミカムのCgl1270のアミノ酸配列やそれをコードする遺伝子が,甲11や甲25の1に示され,本件発明1の配列番号84及び85と一致する(甲16)ものの,これらの甲号証に開示されているのは,アミノ酸配列又は塩基配列のみであり,その配列を有するタンパク質がどのような機能を有するかといったことやグルタミン酸排出への関係を示唆する記載はない。 d 甲47は,大腸菌において,低浸透圧ショック後に,カリウムイオン(K+),グルタミン酸及びトレハロースが放出されたことを記載しているが,大腸菌についての文献であり,コリネバクテリウム・グルタミカムについては, 「コリネバクテリウム・グルタミカムがグルタミン酸を排出した観察結果(Shiio ら 1962)は我々の研究と関連している。」との言及があるにすぎず,そこから,コリネバクテリウム・グルタミカムの浸透圧制御チャネルがL-グルタミン酸の排出能を有していることが基礎付けられるものではない。 e 甲48,49は,大腸菌に関する文献であり,コリネ型細菌の浸透圧調節チャネルは全く開示も示唆もない。 甲50も,原告らの主張する内容が記載されているとは認められない。また,甲50の5頁の図には,コリネバクテリウム・グルタミカムには,MscSとMscL以外に少なくとも一つの機械受容チャネル(メカノセンシティブチャネル)があることが示されているが,当該第3のチャネルについて, 「?」と記載されているとおり,コリネバクテリウム・グルタミカムのメカノセンシティブチャネルについては,生化学的な解析がされていないことが示されている。 ウ 原告らは,甲13〜15の記載からすると,YggBのうち膜貫通領域のアミノ酸(とりわけ,第3膜貫通領域(TM3)の100番目付近のアラニン)に変異を加えると,チャネルが開きやすい状態(GOF)が実現し,細胞内の溶質が外部へ容易に排出されると主張し,この知見は大腸菌では先行文献に繰り返し報告されており,周知であったと主張しているが,以下のとおり,当業者が甲14等に記載の大腸菌のMscSに係る知見を,コリネ型細菌に適用することはない。 (ア) 甲14には,大腸菌のYggBの名称については,先に電導度が判明していた大腸菌のMscSと同じ電導度であったことから,名称を同一のものにする旨の提案がされたといった程度のことが記載されているにすぎない。 甲14には,大腸菌のMscSタンパクは,286アミノ酸であることが記載されており,同タンパクは,33アミノ酸であるコリネバクテリウム・グルタミカムのYggBに比べ約半分程度の大きさしかないものであるから,大腸菌のMscSとコリネバクテリウム・グルタミカムのYggBは実質的には異なるタンパク質であることが甲14から明らかになっている。現に,大腸菌のMscSの286アミノ酸残基について,コリネバクテリウム・グルタミカムのYggBの533アミノ酸残基との配列を比較したとしても,その同一性は部分同士のみの比較でもわずか29%にすぎないし(甲10),被告が,大腸菌のMscSとコリネバクテリウム・グルタミカムのYggBの全アミノ酸残基(それぞれ,286及び533アミノ酸残基)を初期設定にて比較したところ,同一性は18%と算出された(乙30)。このように低い同一性を有する配列に基づいて,どの残基がチャネルの開閉等の機能に関与するか判断することができないことは,当業者であれば容易に理解できる事項である。 また,甲14は,あくまで大腸菌のMscSにおける変異体に関する文献であり,かつ,当該変異体の知見とコリネバクテリウム・グルタミカムにおけるL-グルタミン酸排出との関連性を示す記載はないから,これをコリネ型細菌のYggBに適用するための示唆はない。 原告らは,甲14では,TM3に存在する3種のアミノ酸置換のいずれかにより,GOF変異体を得る発明が記載されていると主張しているが,上記3種のアミノ酸置換のうち,2種の変異,すなわち,109番目のロイシンをセリンへ置換する変異(L109S)と102番目のアラニンをプロリンへ置換する変異(A102P)は,深刻な菌の生育阻害を引き起こすもので,当業者が極めて高効率な生産を求められるコリネバクテリウム・グルタミカムを用いたグルタミン酸の製造に適用するものではなく,大腸菌においても,コリネ型細菌においても,周知技術とはいえないものである。 (イ) a 甲15は大腸菌のMscSに関する文献である。甲15にあるのは,大腸菌に関する記載だけであり,コリネバクテリウム・グルタミカムのYggBに関する記載はない。また,甲15には,コリネバクテリウム・グルタミカムにおけるグルタミン酸排出との関連性を示す記載は一切なく,コリネバクテリウム・グルタミカムのYggBが,グルタミン酸を排出対象となる溶質とするメカノセンシティブチャネルであることを示唆する記載も一切ないから,これをコリネ型細菌のYggBに適用するための示唆はない。 b 甲15の図1の説明に記載されているとおり,MscSは,ホモヘプタマーであり,七つのサブユニットが結合して一つのチャネルを形成しているから,シンプルな単一ユニットからなるタンパク質と比較して,そのアミノ酸配列から構造機能相関を予測することが一般的に困難であり,同一性が非常に低い他のタンパク質に関する知見をYggBに適用することは極めて困難である。しかも,甲15の図6(B)の説明から明らかなとおり,七つのサブユニットのうち,サブユニットA,C及びEは,他の四つと異なり顕著なねじれを示しており,更には,MscSは膜タンパク質であることから膜の脂質との相互作用も非常に重要であり,同一性の低い他のアミノ酸配列に基づく構造機能相関の予測は困難を極める。 c 原告らは,甲15の図6に示されたTM3Aに着目し,101番目のグリシン等がチャネルのポアの遮蔽に関与していると主張しているが,原告らがコリネ型細菌のYggBとして言及している甲10のCgl1270(配列番号84及び85)には,このモチーフが保存されていない。なお,乙30の比較表の下段のコリネバクテリウム・グルタミカム(C.glutamicum)のYggBの配列は,本件明細書の配列番号6の配列の29番目から230番目(配列番号84及び85においても同じ)に一致するものであり,赤枠で囲った部分(103番目から113番目)の配列が,上段の大腸菌のMscSのGxxGxxxGxxxxG(GAAGLAVGLALQG)に相当する部分であるが,その相違が著しく,MscSのTM3Aにおいて構造変化に重要とされる配列に関する情報を,コリネ型細菌のYggBに適用できないことは明らかである。 また,原告らは,YggB(MscS)のTM3のアラニンに変異を導入する甲14発明や甲15発明のような周知技術を適用することは当業者が容易に想到し得たと主張しているが,「YggB(MscS)のTM3のアラニン」がコリネ型細菌のYggBのアミノ酸配列のどの部分に該当するのかを特定しておらず,どのように適用するかが不明である。 d 甲15には,105番目のロイシンがポアの中央に向けて移動する際に,101番目のグリシン,102番目のアラニン,106番目のアラニンも一緒に移動すると記載されているにすぎず,その105番目のロイシンの役割を知ることは,大腸菌のMscSにおいてさえ不可能である以上,コリネ型細菌のYggBに適用することは不可能であるし,同引用箇所は102番目のアラニンと106番目のアラニンに注目するような記載にもなっていない。むしろ,甲15の3055頁にGxxGxxxGxxxxGというモチーフが記載されている以上,当業者は,アラニン(A)ではなく,むしろグリシン(G)に着目する。 (ウ) 甲13は大腸菌のMscSに関する文献であり,原告らが主張するようなことは甲13には記載されていない。原告らが指摘する箇所には,メカノセンシティブチャネルの一種であるKefAタンパクでの特定の変異が,圧力に対してより感受性であるチャネルを形成し,カリウムに対して超過敏の細胞を形成することが記載されているが,当該記載は,MscSではなくKefAの変異に関し,そのチャネルの排出対象とする溶質も,グルタミン酸ではなくカリウムであることから,チャネル本体及び排出対象のいずれについても,原告らの主張する記載とは異なる。 また,甲13にも,甲14と同様に大腸菌のMscSタンパク質が286アミノ酸であることが記載されており,大腸菌のMscSタンパクがコリネバクテリウム・グルタミカムのYggBに比べ約半分程度の大きさしかない,実質的には異なるタンパクであることが示されている。 そして,甲13の原告らが引用する箇所には,グリシン及びアラニンについて,「クローズ状態とオープン状態の間で,ポア領域において相当なコンフォメーションの再配列を受けることが示唆される」と記載されているにとどまり,透過状態の切り替えについては記載されていない。 (エ) 原告らは,本件訴訟で新たに甲40〜44に基づく主張をするが,同主張は無効審判においてされておらず,無効審判で提出されていなかった証拠に基づいているから,本件訴訟の審理範囲外であり,排除されるべきものである。 甲41の右欄37行目〜46行目には,機能に密接な関係がある孔形成ヘリックスの配列の特徴として,MscL及びMscSについて,それぞれ,AxGXxxGAAxG及びGAAGXAxGXAxxGのパターンが観察されたことが記載されているにとどまる。しかも,このような配列パターンはコリネバクテリウム・グルタミカムには存在しない。したがって,当業者が上記の記載から,コリネバクテリウム・グルタミカムのYggBの改変に至ることはない。 甲42についても,MscLの22番目の残基はグリシンでありアラニンではないし,MscLとMscSには配列上の相同性がない。大腸菌のMscSの知見をコリネ型細菌のYggBに適用する動機付けもないから,MscLの知見をコリネ型細菌のYggBに適用する動機付けは見いだせない。 甲42のFig.1Bによると,22番目のグリシンをスレオニンに置換した場合,菌体の成長はほぼ完全に停止している。Fig.1Cも,同様に,スレオニンに置換した場合,単位時間当たりのOD650値が0であることを示しており,スレオニンに着目する理由は見いだせない。 なお,甲8には, 「コリネバクテリウム・グルタミカムの浸透圧調節チャネルについて,非特異的チャネル阻害剤であるGd 3+に対する感受性がないことから,E.coliのMscLチャネルとは異なる」と記載されており,ここからして当業者がMscLを参照する動機付けはない。 (オ) 原告らは,大腸菌のMscLのTM1について主張するが,同主張は無効審判においてされておらず,無効審判で提出されていない証拠に基づいているから,本件訴訟の審理範囲外であり,排除されるべきものである。 原告らは,大腸菌のMscLの20-36番目の残基がTM1に当たり,コリネバクテリウム・グルタミカムのYggBの98-114番目の残基がTM3に当たるとして,両者の配列を並べ,対比するが,上記コリネバクテリウム・グルタミカムのYggBの98-114番目の残基がTM3に当たるとの主張には根拠がなく,しかも,原告らが比較した17残基のうち,一致しているものは,5残基にしかすぎない。 大腸菌のMscLの部分がコリネ型細菌のYggBのどの部分に該当するかは不明であり,原告らは後知恵的に両者を対比させているにすぎない。 原告らは,甲43の図6と図9を参照して,MscLのTM1の配列は,YggB(MscS)のTM3の配列と直接に比較され,両者の類似性が示されていたとも主張するが,甲43の図6及び図9は,複数の配列からの保存配列を導き出した結果を示しているにとどまり,コリネ型細菌のYggBの配列は全く開示されていない。 (4) 本件発明4,6,7,9〜12の容易想到性について 本件発明1の容易想到性に関する原告らの主張は,理由がないから,本件発明4,6,7,9〜12の容易想到性に関する原告らの主張も失当である。 (5) 本件発明の効果について 前記2及び後記3のとおり,本件発明は本件明細書記載の各実施例により裏付けがされているから,発明の効果に関する原告らの主張は,理由がない。 3 19型変異以外に関する実施可能要件及びサポート要件違反の認定判断の誤り(取消事由4)(原告らの主張) (1) 2A-1型変異(本件発明1の(i)及び(i’)の変異)について 2A-1型変異に関し,本件明細書には,配列番号6の419番目から下流のアミノ酸が欠失され,そのC末端側に五つのアミノ酸(Gly-Leu-Phe-Leu-Phe)からなるIS(インサーションシークエンス)が挿入された例が記載されている(本件明細書の実施例5及び6)。 しかし,本件発明1の(i)及び(i’)は,419-529領域の欠失や,実施例5以外のアミノ酸配列の挿入にも及ぶ。この態様は,本件明細書では裏付けられていない。 実施例で開示されている以外の変異を導入した場合に実施例と同じ効果が得られるのか,当業者であっても予測することはできない。 したがって,本件発明1の(i)及び(i’)に関し,発明の詳細な説明は実施可能要件に適合せず,特許請求の範囲はサポート要件に適合しない。 (2) 66型変異,22型変異(本件発明1の(i’)の変異)について ’ ア 本件明細書には,本件発明1の(i’)に対応する実施例として,実施例 ’13(22型変異,配列番号6のアミノ酸配列の437番目のプロリンをセリンに置換する変異)が記載され,実施例13についてのみ具体的に培養結果(L-グルタミン酸生産性)が示されている。 しかし,本件発明1の(i’)は,配列番号6等のアミノ酸配列の419-53 ’3領域又は配列番号62の419-529の領域に存在するプロリンを他のアミノ酸に置換する変異全般に及ぶ。419-533番目のアミノ酸には,多数のプロリンが存在しているから,実施例13の437番目のプロリンの置換のみでは(表13) その他の箇所のプロリンの置換のサポートや実施可能性を説明することはでき ,ず,本件発明1の(i’)の幅広い態様は,本件明細書には裏付けられていない。 ’したがって,本件発明1の(i’)に関し,発明の詳細な説明は実施可能要件に適 ’合しないし,特許請求の範囲はサポート要件に適合しない。 イ 本件審決は,実施例12及び13の存在並びにプロリンの位置の特定に関する記載(本件明細書の段落【0072】)に依拠して,当業者は,各プロリンを置換する変異を導入したコリネ型細菌を構築して生産能を測定すればよいと判断したが,多数のコリネ型細菌の構築及び測定は,過度の試行錯誤というべきである。 大多数のプロリンについて,立体構造の形成への寄与は,検証されていない。また,ある位置のプロリンが立体構造の形成に寄与し,そのプロリンを他のアミノ酸で置換することにより,立体構造に変化が生じるとしても,それによって生じる効果がグルタミン酸の生産にとって望ましいものであるとは限らない。そうすると,当業者は,各プロリンについて,逐一,効果が得られるのか否か,実験を繰り返さなければならない。このような負担は,過度というべきである。 ウ 被告は,本件明細書の段落【0114】に言及するが,当該箇所には,66型変異をATCC17965株に導入して効果を確認したとの記載があるにすぎず,L-グルタミン酸の生産性が増強したことは示されていない。まして,いずれの位置のプロリンをいかなるアミノ酸で置換するのかについてすら示されていない。 また,被告は,グルタミン酸の生産能が向上しない変異体は, 「非改変株と比較してL-グルタミン酸生産能が向上したコリネ型細菌」という構成要件を充足しないと主張するが,上記の構成要件の下でも,当業者は,グルタミン酸生産能が向上したか否かを検証するため,各プロリンについて実験を行わなければならない。構成要件として望ましい効果を付加したからといって,発明の詳細な説明の記載が実施可能要件に適合するわけではなく,特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するわけでもない。 さらに,被告は,ISによる置換に関する2A-1型変異(実施例5,6)も引用するが,被告自ら,2A-1型変異は66型及び22型変異とは異なるものとして本件明細書に記載しているから,2A-1型変異に基づく主張は失当である。 (3) 膜貫通領域の変異(本件発明1の(ii)の変異)について 本件発明1の(ii)に関し,本件明細書には,以下の例しか記載されていない。 ア アミノ酸番号1-23に関し,実施例7(配列番号6に対し,14番目と15番目のアミノ酸の間にCys-Ser-Leuの挿入) イ アミノ酸番号86-108に関し,実施例8(配列番号6に対し,100番目のAlaをThrで置換) ウ アミノ酸番号111-132に関し,実施例9及び11(配列番号6に対し,111番目のAlaをValで置換) しかし,本件発明1の(ii)は,配列番号6等のアミノ酸配列の1-23,86-108及び111-132領域の様々な置換,欠失及び挿入に及ぶ。わずか四つの実施例から,本件発明1の(ii)に包含される全ての態様について,L-グルタミン酸の生産性が向上することを当業者は認識することはできない。ごく少数の実施例から本件発明1の(ii)の幅広い態様にまで一般化することはできず,特許請求の範囲が広すぎる。 本件審決は,上記各実施例に依拠して,当業者は,実際に各種の置換,欠失又は挿入の変異を導入したコリネ型細菌を構築して生産能を測定すればよいと判断したが,多数のコリネ型細菌の構築及び測定は,過度の試行錯誤というべきである。 (4) 配列番号85のアミノ酸配列について ア 野生型YggBタンパク質として具体的に示されているのは,配列番号6,68,84及び62のみであり,配列番号6のアミノ酸に関して,置換・欠失が起こっていてもよい箇所をXaaで示している配列番号85のアミノ酸配列については,任意のアミノ酸への置換又は欠失を行ったことは,具体的に示されていない。また,上記の箇所において1〜5個のアミノ酸を任意に置換又は欠失させた場合に共通して起こるメカニズム等については,本件明細書には説明されていない。 タンパク質に変異を導入する場合,同じ変異であっても,導入する位置が異なると結果が異なる。例えば,プロリンは,タンパク質の立体構造の形成に関与する特異なアミノ酸であり,側鎖分子内で環状構造をとり,他のアミノ酸と水素結合できないという特殊な構造を有することが周知である。プロリンの他のアミノ酸への置換又は欠失,任意のアミノ酸のプロリンへの置換,あるいはプロリンの挿入により,タンパク質の立体構造は著しく変化する。したがって,配列番号6の457番目又は520番目に存在するプロリンを他の任意のアミノ酸に置換又は欠失した場合,変異タンパク質の立体構造は著しく変化し,YggBとして機能しない蓋然性が極めて高い。また,配列番号6の48番目,275番目,298番目,343番目,396番目,438番目,445番目,454番目,474番目又は517-519番目のアミノ酸をプロリンに置換した場合にも,変異タンパク質の立体構造は著しく変化し,YggBとして機能しない蓋然性が極めて高い。 したがって,配列番号6の複数箇所(48番目,275番目,298番目,343番目,396番目,438番目,445番目,454番目,457番目,474番目及び517〜520番目)において,任意のアミノ酸で置換した場合や欠失させた場合に,YggBタンパク質として機能するのかを当業者は認識することができない。ましてや,そのような置換や欠失が導入されたアミノ酸配列に対して,請求項1の(i)(i’, , )(i’) ’,又は(ii)で規定されるような変異をさらに導入した場合に,L-グルタミン酸の生産性が向上することを当業者は認識することができない。 イ 被告は,保存性の低い位置のアミノ酸は,置換や欠失が可能であると当業者が理解可能であるとするが,そのような保存性の低い位置のアミノ酸も立体構造に影響を及ぼし得る。したがって,配列番号85に含まれる個別具体的な配列について,変異の効果を検証する必要がある。しかも,配列番号85において,置換や欠失が起こってもよいとされる箇所(Xaaで示される箇所)は多数存在し,配列番号85が採り得るバリエーションは膨大な数となる。当業者は,その膨大なバリエーション全てにおいて,変異の効果を検証せざるを得ない。また,アミノ酸が立体構造に及ぼす影響は様々であるから,当業者は,これらのバリエーション全てにおいて,L-グルタミン酸の生産能力が向上するとは認識できない。 (被告の主張) (1) 2A-1型変異(本件発明1の(i)及び(i’)の変異)について 2A-1型変異は,その変異の態様からすると,本件審決が認定するとおり,実質的にはYggBタンパク質のアミノ酸番号419以降のC末端領域が欠損した変異であると考えられる。したがって,当業者は,実施例5及び6の記載から,YggBタンパク質のアミノ酸番号419以降のC末端領域が欠損した変異について同様の効果が得られることを認識できる。また,2A-1型変異は5個のアミノ酸が「挿入」されたものであり,アミノ酸番号419―533のYggBタンパク質のC末端領域が,5個のアミノ酸に「置換」されたものでもあることから,サポート要件を充足している。 (2) 66型変異,22型変異(本件発明1の(i’’)の変異)について 実施例12は,66型変異であり,C.melassecola ATCC17965を用いて効果を確認している(本件明細書の段落【0114】 。 ) 配列番号6等のアミノ酸配列のアミノ酸番号419-533の領域に存在するプロリンの位置については,本件明細書の段落【0072】に具体的に記載されている上,同段落には,yggB遺伝子のC末端側のプロリンは,YggBタンパク質の立体構造維持の為に重要な役割を果たしていると考えられることも記載されている。 また,プロリンが,その側鎖分子内で環状構造をとるため,他のアミノ酸との間で水素結合ができないという他のアミノ酸とは異なる構造上の特徴があり,その結果,タンパク質の立体構造であるα-へリックス構造の破壊や,β-ターン構造のようなタンパク質鎖の折り畳みを促進する主たる構造上の役割を果たすなど,タンパク質の立体構造形成に関与するといった特異な性質を有するアミノ酸であることは,従前からの周知の事項であり(乙19〜22),原告らも,プロリンが,タンパク質の立体構造の形成に関与する特異なアミノ酸であることが知られていることを認めている。このようなプロリンに関する周知事項からも,当業者は,上記領域に存在するプロリンをプロリン以外の他のアミノ酸に置換することにより,当該領域のアミノ酸の立体構造に対する著しい変化が生じ,結果として実施例と同様の効果が得られることを認識できる。 さらに,本件明細書の実施例5及び6として(段落【0107】【0108】及 ,び配列8)開示される2A-1変異が,実質的にはYggBタンパク質のアミノ酸番号419以降のC末端領域が欠損した変異であることから,当業者は,実施例5,6,12及び13の記載から,YggBタンパク質のアミノ酸番号419以降のC末端領域に存在するプロリンを他のアミノ酸に置換することにより,当該領域のアミノ酸構造が改変され,これらの実施例と同様の効果が得られることを認識できる。 特に,本件明細書の実施例5及び6として示した2A-1型変異の結果から,当業者は,YggBタンパク質のC末端側の領域に含まれるプロリンを他のアミノ酸に置換することで,コリネ型細菌の細胞膜の低い緊張状態でも,高い頻度でYggBタンパク質のチャネルが開閉するGOF変異体の状態が引き起こされる可能性が高いことを当然に理解する。 仮に,プロリンの置換を行っても,L-グルタミン酸の生産能が向上しない変異体が一部存在したとしても,そもそも,そのような変異体は, 「非改変株と比較してL-グルタミン酸生産能が向上したコリネ型細菌であって」という本件発明の発明特定事項を充足しないため,本件発明のクレームの範囲外とされるものである。また,本件明細書には,変異型yggB遺伝子の効率的な取得,評価方法について,詳細に記載し,かつ,置換の対象となるYggBタンパク質のC末端側の領域(配列番号6,68,8若しくは85のアミノ酸番号419-533,又は配列番号62のアミノ酸番号419-529の領域)に含まれるプロリンは,わずか13個であるため(本件明細書の段落【0035】【0072】,当業者にとって,そのよ , )うな変異型yggB遺伝子を取得して評価することに関し,過度な試行錯誤を必要とするものではない。 したがって,本件発明1の(i’)の変異について,本件訂明1は,発明の課題 ’が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えるものではなく,また,本件発明の詳細な説明は,当業者が本件発明1の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているものである。 (3) 膜貫通領域の変異(本件発明1の(ii)の変異)について 本件明細書で,膜貫通領域に対する変異の導入によるアミノ酸産生能向上の効果として開示されている四つの実施例(実施例7〜9及び実施例11)は,導入される変異の内容及び導入されるアミノ酸配列の箇所がそれぞれ明確に異なっている。 本件明細書には,実施例として,配列番号6等のアミノ酸配列のアミノ酸番号1-23,86-108,110-132のそれぞれの領域について,1〜5個のアミノ酸の変異を導入したコリネ型細菌が,L-グルタミン酸の生産能を向上させることができたことが記載されており,また,配列番号6等のアミノ酸配列のアミノ酸番号1-23,86-108,110-132の領域は,23個のアミノ酸からなるアミノ酸配列という限定された領域で,かつ,上記実施例の変異の位置の近傍の領域であり,さらに,アミノ酸番号1-23,86-108,110-132の領域に導入されるアミノ酸の置換,欠失,又は挿入の個数は1〜5個に限定されているから,当業者は,本件明細書の上記実施例の記載及び本件明細書の記載から,配列番号6等のアミノ酸配列のアミノ酸番号1-23,86-108及び110-132からなる群から選ばれる領域において,1〜5個のアミノ酸の置換,欠失,又は挿入した変異を導入したコリネ型細菌について,L-グルタミン酸生産能の向上という課題が解決できることが認識できる。 また,本件明細書に記載されているような部位特異的変異法(段落【0021】,【0036】【0080】等)や領域を限定したランダム変異の導入法(段落【0 ,064】【0131】【0136】等)によって,当業者が,過度の試行錯誤を経 , ,ずに容易にそのような変異体を取得することは可能である。 さらに,上記のような膜貫通領域における任意の位置の1〜5個のアミノ酸について置換,欠失,又は挿入がされた変異型YggBタンパク質を有するコリネ型細菌のL-グルタミン酸の生産能の評価は,当業者が,本件明細書に記載の説明に基づき,容易に実施することが可能であり,過度の試行錯誤を必要とするものではない。仮に,一部,膜貫通領域でのアミノ酸変異によっても,L-グルタミン酸の生産能が向上しない場合が存在するとしても,そのような変異であれば, 「非改変株と比較してL-グルタミン酸生産能が向上したコリネ型細菌であって」という本件発明の発明特定事項を充足しないため,本件発明の範囲外とされるものである。 (4) 配列番号85のアミノ酸配列について 配列番号85のアミノ酸配列は,コリネ型細菌に保存されるYggBタンパク質のアミノ酸配列を示したものであり,タンパク質の機能的制約(一般的に,一定の機能を有するタンパク質について,異なる種間において高度に保存されているアミノ酸は,タンパク質の機能に重要なものであると考えられており,このように進化の過程でタンパク質の保有する固有の機能の保存が,アミノ酸の変化に対し制約を課すとの理論[乙23])を把握すると,当業者は,そのような配列について,Xaaと表示される箇所が,進化の過程で許容される置換や欠失が可能な部位であることを理解できる(本件明細書の段落【0035】。 ) また,原告らは,プロリンへの置換等によりYggBとして機能しない蓋然性が高いと主張しているが,本件明細書に示されたXaaと表示される箇所について望ましいアミノ酸置換又は欠失について例示された内容(本件明細書の段落【0035】 及び各アミノ酸番号での保存的置換 ) (一般的にアミノ酸残基の化学構造の比較から,アミノ酸として極めて類似の性質を有していることが知られており,また,進化の過程や異なる種間で同じ機能を持つタンパク質間で許容される置換として見いだされているアミノ酸間の変換をいう[乙26の段落【0026】 。 ] )となるアミノ酸の例示(本件明細書の段落【0034】【0078】 , )の内容を参照して,本件明細書の各実施例の記載を踏まえ,配列番号85についても,他の配列番号のYggBと同様に,本件発明1の(i)(i’, , )(i’)又は(ii)に規定されるような ’変異を導入した場合に,L-グルタミン酸の生産性が向上することを認識できる。 さらに,配列番号85についても,請求項に規定される各変異を導入した変異型YggBタンパク質を有するコリネ型細菌のL-グルタミン酸の生産能の評価は,当業者が,本件明細書に記載の説明に基づき,容易に実施することが可能であるため,過度な試行錯誤を必要とするものではない。仮に,一部,上記のようなアミノ酸変異の導入によっても,L-グルタミン酸の生産能が向上しない場合が存在するとしても,そのような変異は「非改変株と比較してL-グルタミン酸生産能が向上したコリネ型細菌であって」という本件発明の発明特定事項を充足しないため,本件発明の範囲外とされるものである。 4 明確性要件違反についての認定判断の誤り(取消事由5)(原告らの主張) (1) 本件発明6,12の記載について 本件審決は,本件明細書の段落【0032】及び本件出願日当時の技術常識からすると,本件発明6,12の「過剰量のビオチン」という記載の意味内容を理解することができるとしたが,本件明細書の段落【0032】に記載された事項は,本件発明6に記載されていないのであるから,特許請求の範囲に記載された「過剰量のビオチン」における「過剰量」とは,いかなる量をいうのか不明であることに変わりはなく,本件審決の認定は誤りである。 (2) 本件発明7の記載について 本件審決は,本件明細書の段落【0068】及び本件出願日当時の技術常識からすると,本件発明7の「L-グルタミン酸アナログ」に包含される具体的な物質を理解することができるとしているが,本件明細書の段落【0068】には,L-グルタミン酸アナログに包含される化合物の一部が例示列挙されているにすぎないから,L-グルタミン酸アナログに包含される化合物の範囲は不明確であって,本件審決の判断は誤りである。また,被告が主張する本件明細書の段落【0139】,【0040】の記載を参照しても,同様に不明確である。 (3) 本件発明8の記載について 本件審決は,本件発明8の「(i)のsymA遺伝子」は,本件発明8の「(i)配列番号86の塩基番号585〜1121の塩基配列を含むDNA」を示すものであることは明らかであると判断しているが,請求項8には,「(i)配列番号86の塩基番号585〜1121の塩基配列を含むDNA」とあるから,当該DNAが配列番号86の塩基番号585〜1121の塩基配列以外にどのような配列を含むのか不明である。したがって,本件発明8の記載は不明確であり,本件審決の判断は誤りである。 (4) 本件発明9の記載について本件審決は,本件明細書の段落【0083】及び出願時の技術常識を考慮すると,本件発明9の「α-ケトグルタル酸デヒドロゲナーゼ活性が低下する」という記載の意味が,α-ケトグルタル酸デヒドロゲナーゼの活性が野生株又は親株等の非改 「変株に対して低下していること」であることを理解することができるとしたが,本件審決が認定した上記事項は,請求項9に記載されていない。 「低下」についての比較の対象が,非改変株であるというのであれば,その旨請求項に明確に規定すべきである。したがって,本件発明9の記載は不明確であり,本件審決の判断は誤りである。 (5) 本件発明10,11の記載について上記のとおり,本件発明8及び9はいずれも不明確であるから,これらを引用する本件発明10及び11についても,同様に不明確である。 (6) 本件発明6の請求項4,5を引用する部分の記載について ア 本件発明4には,配列番号6,62,68,84又は85の100位のアラニンをスレオニンに,及び/又は,111位のアラニンをスレオニン若しくはバリンに置換する変異を有するコリネ型細菌が記載されている。当該変異は,膜貫通領域の変異(19型及び/又はL30型)に相当する。したがって,本件発明6の本件発明4に従属する部分については,19型又はL30型の膜貫通領域の変異を規定する本件発明6の(e)〜(j)以外のもの,すなわち,2A-1型変異の(a)及び(b),A1型の膜貫通領域の変異の(c)及び(d),並びにプロリン置換の(k)〜(n)との関係が不明である。 イ 本件発明5には,配列番号6,62,68,84又は85の14位のロイシンと15位のトリプトファンとの間に1〜5アミノ酸配列が挿入された変異を有するコリネ型細菌が記載されている。当該変異は,膜貫通領域(A1型)の変異に相当する。したがって,本件発明6の本件発明5に従属する部分については,A1型の膜貫通領域の変異を規定する(c)及び(d)以外のもの,すなわち,2A-1型変異に関する(a)及び(b),19型又はL30型の膜貫通領域の変異に関する(e)〜(j)並びにプロリン置換に関する(k)〜(n)との関係が不明である。 ウ 以上のとおり,本件発明6の記載は不明確であり,本件審決の判断は誤りである。本件発明6に従属する本件発明7〜11についても,同様の理由により,本件審決の判断は誤っている。 (被告の主張) (1) 本件発明6,12の記載について 本件明細書の段落【0003】にも記載のとおり,コリネ型細菌とビオチン制限との関係は,本件優先日前からよく知られており,どのような量のビオチンが,グルタミン酸生産との関係において過剰量となるかは技術常識であり,本件発明6,12は明確に記載されている。 (2) 本件発明7の記載について 当業者は,本件明細書の段落【0068】の記載及び出願時の技術常識から, 「L-グルタミン酸アナログ」に包含される具体的な物質を理解することができる。 本件発明7は, 「・・・L-グルタミン酸アナログ耐性が向上したことを特徴とする・・・コリネ型細菌。」であり,段落【0068】においてL-グルタミン酸アナログとして記載され,特に使用が推奨されている4-フルオログルタミン酸を用いた実験で,4-フルオログルタミン酸に対する感受性が低下(4-フルオログルタミン酸耐性が向上)していることが確認されていること(本件明細書の実施例14[段落【0139】及び【0140】)からも,当業者は発明の範囲を十分理解で ]きる。 (3) 本件発明8の記載について 本件明細書の段落【0082】に「C.glutamicum ATCC13869の symA遺伝子を配列番号86の塩基番号585〜1121に示す。」と記載されているとおり,配列番号86の塩基番号585〜1121がsymA遺伝子の塩基配列であるから,本件発明8は明確に記載されている。 (4) 本件発明9の記載について 本件明細書の段落【0083】の記載及び出願時の技術常識を考慮すると,本件発明8の記載は明確である。 (5) 本件発明10,11の記載について 前記(3)及び(4)のとおり,本件発明8,9は明確であるから,これを引用する本件発明10,11も明確である。 (6) 本件発明6の請求項4,5を引用する部分の記載について 本件明細書からすると,請求項6のうち,請求項4に従属する部分については,本件発明6の(e)〜(j)に規定された変異型遺伝子が対応することが,当業者には容易に理解できる。また,請求項5に従属する部分についても,同様に,本件発明6の(c)及びこれに対応する(d)に規定された変異型遺伝子が対応することが,当業者には容易に理解できる。 |
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当裁判所の判断
1 本件発明について (1) 本件明細書の記載(甲1,甲39の3) ア 技術分野【0001】 本発明は,発酵工業に関し,詳しくは,L-グルタミン酸の製造法及びそれに用いる細菌に関する。L-グルタミン酸は調味料原料等として広く用いられる。 イ 背景技術【0002】 従来,L-グルタミン酸は,L-グルタミン酸生産能を有するブレビバクテリウム属やコリネバクテリウム属に属するコリネ型細菌を用いて発酵法により工業生産されている。これらのコリネ型細菌は,生産性を向上させるために,自然界から分離した菌株または該菌株の人工変異株が用いられている。 【0003】 コリネ型細菌の野生株は,一般的にビオチンが存在している条件ではグルタミン酸を生成しない。したがって,コリネ型細菌によるグルタミン酸生産は,ビオチン制限,界面活性剤添加,ペニシリン添加等によってグルタミン酸生成を誘導した状態で行われる(非特許文献1)。また,これらの方法を適用しなくてもビオチンが十分存在している条件でL-グルタミン酸を生成できる株として,界面活性剤温度感受性株(特許文献 1),ペニシリン感受性株(特許文献2),セルレニン感受性株(特許文献3)リゾチーム感受性株(特許文献4)等が開発されている。 【0004】 しかし,これらの手法により開発されたL-グルタミン酸生産菌は,脂肪酸合成能の低下や細胞壁合成能の低下を伴っている場合が多く,L-グルタミン酸生産と引き換えに環境変化への適応力の低下を引き起こしている可能性が高い。したがって,これらの手法を用いてL-グルタミン酸を著量蓄積できる菌株を開発するには相当の労力を要していた。 【0005】 一方,ビオチン十分条件でL-グルタミン酸を生成する株は,α-ケトグルタル酸デヒドロゲナーゼをコードする遺伝子を欠損させることによっても達成される (特許文献5) しかし, 。 TCA サイクルを途中で遮断する α-ケトグルタル酸デヒドロゲナーゼ欠損株は生育が遅いことから菌体量の確保が困難などの課題があった。 【0006】 コリネ型細菌の yggB 遺伝子は,エシェリヒア・コリの yggB 遺伝子のホモログであり (非特許文献2, , 3)メカノセンシティブチャンネル(mechanosensitive channel)の一種として解析されているが,(非特許文献4),L-グルタミン酸に及ぼす影響については知られていなかった。 ウ 発明が解決しようとする課題【0007】 本発明は,コリネ型細菌を用いたL-グルタミン酸の製造において,L-グルタミン酸生産能力を向上させる新規な技術を提供することを課題とする。 エ 課題を解決するための手段【0008】 本研究者らは,上記課題を解決するために鋭意検討を行った。その結果,yggB遺伝子がコリネ型細菌のL-グルタミン(判決注: 「L-グルタミン酸」の誤記と認める。 生産に関与していることを明らかにし, ) yggB遺伝子を用いてコリネ型細菌を改変することにより,L-グルタミン酸の生産能が大幅に向上することを見出し,本発明を完成するに至った。 オ 発明の効果【0010】 本発明のyggB遺伝子を用いて改変したコリネ型細菌を用いることにより,L-グルタミン酸を効率よく生産することが出来る。 カ 発明を実施するための形態 (ア) 本件発明のコリネ型細菌【0011】 本発明のコリネ型細菌は,L-グルタミン酸生産能を有するコリネ型細菌であって,yggB遺伝子を用いて改変されたことにより,非改変株と比較してL-グルタミン酸生産能が向上したコリネ型細菌である。 【0012】 本発明において, 「コリネ型細菌」とは,従来ブレビバクテリウム属に分類されていたが,現在コリネバクテリウム属に分類された細菌も含み( Int. J. Syst.Bacteriol., 41, 255(1991)),またコリネバクテリウム属と非常に近縁なブレビバクテリウム属細菌を含む。このようなコリネ型細菌の例として以下のものが挙げられる。・・・【0015】 本発明において, 「L-グルタミン酸生産能」とは,本発明のコリネ型細菌を培養したときに,培地中または菌体内にL-グルタミン酸を蓄積する能力をいう。コリネ型細菌の多くは後述する「L-グルタミン酸生産条件」でL-グルタミン酸を生産することができるため, 「L-グルタミン酸生産能」は,コリネ型細菌の野生株の性質として有するものであってもよい。ただし,育種によって付与または増強された性質であってもよく,さらに後述するようにして,yggB遺伝子を用いた改変によって,L-グルタミン酸の生産能が付与されたものでもよい。 「L-グルタミン酸生産能が向上した」とは,野生株などの非改変株と比較して,L-グルタミン酸生産能が上昇したことを意味する。ここで,コリネ型細菌の野生株としては,コリネバクテリウム・グルタミカム ATCC13032 株,13869 株,14067株,コリネバクテリウム・メラセコーラ ATCC17965 株などが挙げられる。なお, 「非改変株」としては,上記のような野生株と同程度のyggB遺伝子の発現量を示すような株,yggB遺伝子のコード領域内に変異が導入されていない株も含む。 (イ) yggB遺伝子の発現量の増強【0030】 yggB遺伝子は,メカノセンシティブチャンネル(mechanosensitive channel)の一種として知られ,mscS とも呼ばれるタンパク質をコードする(FEMS MicrobiolLett. 2003 Jan 28;218(2):305-9.)。 yggB遺伝子の発現量を増加させることにより,コリネ型細菌のL-グルタミン酸生産能が非改変株に比べて向上する。すなわち,yggB遺伝子の発現量が増加するように改変されたコリネ型細菌を培養することにより,非改変株に比べて多くの量のL-グルタミン酸を培地中に蓄積するか,あるいは,非改変株に比べて速い速度でL-グルタミン酸を生産する。例えば,yggB遺伝子発現増強株は,親株あるいは非改変株と比べて,対糖収率でL-グルタミン酸の収率が 2%以上上昇していることが好ましく,4%以上上昇していることがより好ましく,6%以上向上していることが特に好ましい。yggB遺伝子発現増強株は,非改変株と比べて,除菌体収率が向上していてもよい。除菌体収率とは,対糖収率から菌体生成に用いられた炭素収率を除いたものを意味する。 【0031】 yggB遺伝子の発現量が上昇したことの確認は,yggBの m-RNA の量を野生型,あるいは非改変株と比較することによって確認出来る。発現量の確認方法としては,ノーザンハイブリダイゼーション,RT-PCR が挙げられる(Molecular cloning(Cold spring Harbor Laboratory Press,Cold spring Harbor(USA),2001)。発現 )量については,野生株あるいは非改変株と比較して,上昇していればよいが,例えば野生株,非改変株と比べて1.5倍以上,より好ましくは2倍以上,さらに好ましくは3倍以上上昇していることが望ましい。 【0032】 yggB遺伝子の発現量が上昇するように改変されたコリネ型細菌は,L-グルタミン酸生産条件と過剰量のビオチンを含む条件の少なくとも 1 つの条件で,非改変株と比べてL-グルタミン酸生産能が向上していればよい。 ここで, 「L-グルタミン酸生産条件」とは炭素源,窒素源,無機塩類,その他必要に応じてアミノ酸,ビタミン等の有機微量栄養素を含有する培地に,L-グルタミン酸生産を誘導する物質を添加したり,あるいはL-グルタミン酸生産を阻害する物質の培地中の量を制限した条件を意味し,L-グルタミン酸生産を誘導するために添加する物質には,ペニシリン G や Tween40 等の飽和脂肪酸を含む界面活性剤が挙げられ,L-グルタミン生産を阻害するために制限する物質とはビオチンが挙げられる(アミノ酸発酵 学会出版センター 1986 年)。L-グルタミン酸生産条件でのこれらの物質の培地中の添加濃度は,ビオチンは,15μg/L 未満,好ましくは,10μg/L 未満,さらに好ましくは,5μg/L 未満であり,培地中にビオチンを全く含まなくてもよい。ペニシリンの培地中の添加濃度は,0.1U/ml 以上,好ましくは,0.2U/ml 以上,さらに好ましくは,0.4U/ml 以上であり,界面活性剤の添加濃度は,0.5g/L 以上,好ましくは,1g/L 以上,さらに好ましくは,2g/L 以上である。 一方, 「過剰量のビオチンを含む条件」とは,例えば,培地中にビオチンを 30μg/L以上,好ましくは 40μg/L,さらに好ましくは 50μg/L 含む条件をいう。 【0033】 コリネ型細菌のyggB遺伝子としては,例えば,配列番号6,62,68,または84のアミノ酸配列を有するタンパク質をコードする遺伝子が挙げられる。より具体的には,配列番号5の塩基配列 1437-3035 番目の配列を有する遺伝子,配列番号61の塩基配列 507-2093 番目の配列を有する遺伝子,配列番号67の塩基配列403-2001 番目の配列を有する遺伝子,配列番号83の塩基配列 501-2099 番目の配列を有する遺伝子などが挙げられる。配列番号5の塩基配列 1437-3035 番目の配列を有する遺伝子は,コリネバクテリウム・グルタミカム ATCC13869 株のyggB遺伝子であり,配列番号61の塩基配列 507-2093 番目の配列を有する遺伝子は,コリネバクテリウム・グルタミカム(ブレビバクテリウム・フラバム)ATCC14967 株のyggB遺伝子であり,配列番号67の塩基配列 403-2001 番目の配列を有する遺伝子は,コリネバクテリウム・メラセコーラ ATCC17965 株のyggB遺伝子である。 配列番号83の塩基配列 501-2099 番目の配列を有する遺伝子は,コリネバクテリウム・グルタミカム ATCC13032 の Genbank Accession No. NC_003450 として登録されているゲノム配列中の塩基番号 1336092-1337693 にコードされており,NCgl 1221として登録されている (NP_600492. Reports small-conductance...[gi:19552490])。 また,コリネ型細菌の種や菌株によってyggB遺伝子の塩基配列に差異が存在することがあるため,yggB遺伝子は配列番号5の塩基番号 1437-3035 番目からなる塩基配列のバリアントであってもよい。yggB遺伝子のバリアントは,配列番号5の塩基番号 1437-3035 番目からなる塩基配列の配列を参考にして,BLAST 等によって検索出来る(http://(以下略)。また,yggB遺伝子のバリアントは, )yggB遺伝子ホモログ,例えばコリネ型細菌の染色体を鋳型にして例えば配列番号75,76の合成オリゴヌクレオチドを用いて PCR で増幅可能な遺伝子を含む。 また,本発明の遺伝子は,コリネ型細菌のyggB遺伝子が望ましいがコリネ型細菌で機能を有する限り,他の微生物由来の遺伝子を用いてもよい。また,後述する変異型yggB遺伝子を用いてもよい。 【0034】 yggB遺伝子は,コリネ型細菌のL-グルタミン酸生産能を向上させるものである限り,配列番号6,62,68または84に示すアミノ酸配列において,1若しくは数個のアミノ酸の置換,欠失,挿入,または付加を含むアミノ酸配列を有するものであってもよい。ここで,数個とは,例えば,2〜20個,好ましくは2〜10個,より好ましくは2〜5個を意味する。 上記置換は保存的置換が好ましく,保存的置換としては,ala から ser 又は thrへの置換,arg から gln,his 又は lys への置換,asn から glu,gln,lys,his 又はasp への置換,asp から asn,glu 又は gln への置換,cys から ser 又は ala への置換,gln から asn,glu,lys,his,asp 又は arg への置換,glu から gly,asn,gln,lys 又は asp への置換,gly から pro への置換,his から asn,lys,gln,arg 又はtyr への置換,ile から leu,met,val 又は phe への置換,leu から ile,met,val又は phe への置換,lys から asn,glu,gln,his 又は arg への置換,met から ile,leu,val 又は phe への置換,phe から trp,tyr,met,ile 又は leu への置換,serから thr 又は ala への置換,thr から ser 又は ala への置換,trp から phe 又は tyrへの置換,tyr から his,phe 又は trp への置換,及び,val から met,ile 又は leuへの置換が挙げられる。 さらに,本発明のyggB遺伝子は,配列番号 6,62,68,または84のアミノ酸配列全体に対して,80%以上,好ましくは90%以上,より好ましくは95%以上,特に好ましくは97%以上の相同性を有するタンパク質をコードし,コリネ型細菌のL-グルタミン酸生産能を向上させる遺伝子も含む。ここで,ホモロジ ー は,Karlin と Altschul による BLAST (Pro. Natl. Acad. Sci. USA, 90,5873(1993)) や Pearson による FASTA (Methods Enzymol., 183, 63 (1990))などによって計算することができる。これらのアルゴリズムによるホモロジー検索プログラム(BLASTN ,BLASTP など)が,NCBI などより入手できる(以下略)。 なお,上記のようなアミノ酸の置換,欠失,挿入,付加,または逆位等には,yggB遺伝子を保持する微生物の個体差,種の違いに基づく場合などの天然に生じる変異(mutant 又は variant)によって生じるものも含まれる。 【0035】 特に配列番号6の以下の位置のアミノ酸は置換・欠失していてもよい。コリネ型細菌に保存されるYggBタンパク質のアミノ酸配列を配列番号85に示し,アミノ酸置換・欠失が起こっていてもよい箇所を Xaa で示す。 48番目のグルタミン残基(望ましくはアルギニン残基への置換)275番目のアスパラギン残基(望ましくはセリン残基への置換)298番目のグルタミン酸残基(望ましくはアラニン残基への置換)343番目のアラニン残基(望ましくはバリン残基への置換)396番目のフェニルアラニン残基(望ましくはイソロイシン残基への置換)438番目のセリン残基(望ましくはグリシン残基への置換)445番目のバリン残基(望ましくはアラニン残基への置換)454番目のアラニン残基(望ましくはバリン残基への置換)457番目のプロリン残基(望ましくはセリン残基への置換)474番目のセリン残基(望ましくはアスパラギン残基への置換)517番目のバリン残基(望ましくは欠失)518番目のグルタミン酸残基(望ましくは欠失)519番目のアラニン残基(望ましくは欠失)520番目のプロリン残基(望ましくは欠失)【0036】 上記のようなyggB遺伝子ホモログは,例えば,部位特異的変異法によって,コードされるタンパク質の特定の部位のアミノ酸残基が置換,欠失,挿入または付加を含むように配列番号5の塩基配列の 1437-3035 番目の配列を有する遺伝子,配列番号61の塩基配列の 507-2093 番目の配列を有する遺伝子,配列番号67の塩基配列の 403-2001 番目の配列を有する遺伝子,または配列番号83の塩基配列の501-2099 番目の配列を有する遺伝子を改変することによって取得することができる。 また,以下のような従来知られている変異処理によっても取得され得る。変異処理としては,配列番号5の塩基配列の 1437-3035 番目の配列を有する遺伝子,配列番号61の塩基配列の 507-2093 番目の配列を有する遺伝子,配列番号67の塩基配列の 403-2001 番目の配列を有する遺伝子,または配列番号83の塩基配列の501-2099 番目の配列を有する遺伝子を有する遺伝子をヒドロキシルアミン等でインビトロ処理する方法,および該遺伝子を保持する微生物,例えばエシェリヒア属細菌を,紫外線または N-メチル-N’-ニトロ-N-ニトロソグアニジン(NTG)もしくはエチルメタンスルフォネート(EMS)等の通常変異処理に用いられている変異剤によって処理する方法が挙げられる。また,上記のようなアミノ酸の置換,欠失,挿入,付加,または逆位等には,yggB遺伝子を保持する微生物の個体差,種の違いに基づく場合などの天然に生じる変異(mutant 又は variant)によって生じるものも含まれる。これらの遺伝子がコリネ型細菌に導入したときにL-グルタミン酸生産能を向上させるか否かは,例えば,これらの遺伝子をコリネ型細菌の野生株に導入し,上述の条件でL-グルタミン酸の生産能が向上するかどうかを調べることにより,確かめることができる。 (ウ) 変異型yggB遺伝子の導入【0050】 yggB遺伝子を用いた改変として,コリネ型細菌への変異型yggB遺伝子の導入も挙げられる。ここで, 「変異型yggB遺伝子の導入」とは,コリネ型細菌の染色体上のyggB遺伝子への変異の導入であってもよいし,変異型yggB遺伝子を含むプラスミドのコリネ型細菌への導入であってもよいし,染色体上のyggB遺伝子の変異型yggB遺伝子への置換であってもよい。 本発明において, 「変異型yggB遺伝子」とは,yggB遺伝子のコード領域内の変異であって,コリネ型細菌のビオチンを過剰量含む条件下でのL-グルタミン酸生産能を向上させる機能をyggB遺伝子に付与する変異,を含むyggB遺伝子を意味する。なお,変異型yggB遺伝子は,コリネ型細菌に導入したときに,ビオチンを過剰量含む条件下だけでなく,上述したようなL-グルタミン酸生産条件でもL-グルタミン酸生産能を向上させる遺伝子であってもよい。 「過剰量のビオチンを含む条件下でのL-グルタミン酸生産能が向上した」とは,本発明のコリネ型細菌を,非改変株がL-グルタミン酸を蓄積できないような濃度のビオチンを含む条件,例えば,30μg/L 以上の濃度のビオチンを含む培地で培養したときに,本発明のコリネ型細菌が,非改変株に比べて多くの量のL-グルタミン酸を培地中に蓄積するか,あるいは,非改変株に比べて速い速度でL-グルタミン酸を生産することを意味する。 【0051】 以下,本発明の変異型yggB遺伝子の取得方法,yggB遺伝子に変異を導入する方法について記載する。しかしながら,変異型yggB遺伝子の取得方法,yggB遺伝子に変異を導入する方法は以下の方法には限定されない。 a odhA 遺伝子欠損株を利用する方法【0051】 変異型yggB遺伝子を取得する方法として,α-ケトグルタル酸デヒドロゲナーゼの E1o サブユニットをコードしている odhA 遺伝子(sucA 遺伝子)を欠損した株(以下 odhA 破壊株という)が利用出来ることを本発明者は発見した。odhA 破壊株の構築は,上述したような sacB 遺伝子などを用いる方法によって行うことが可能である。 b 転移因子を利用する方法【0058】 また,変異型yggB遺伝子を有するコリネ型細菌はコリネ型細菌で機能する転移因子を用いてスクリーニングしてもよい。転移因子とはインサーションシーケンス(IS 因子),トランスポゾンを含む。変異型yggB遺伝子は,野生型のyggB遺伝子にインサーションシーケンス(IS 因子),トランスポゾンが偶然挿入されることによって取得できるものでもよいし,人工トランスポゾンを用いて,人為的に構築したものでもよい。転移因子が挿入された株は,例えばL-グルタミン酸アナログに対する感受性の低下を指標として選択することができる。L-グルタミン酸のアナログとしては,4-フルオログルタミン酸が利用できる。また,薬剤耐性遺伝子含む人工トランスポゾンを用いて薬剤耐性株をランダムに選択し,耐性株のyggB遺伝子長を PCR で確認することによっても転移因子挿入株を選択できる。 c in vitro でyggB遺伝子にランダムに変異を導入する方法【0064】 また,変異型yggB遺伝子は,in vitro でランダムに変異を導入し,その中から界面活性剤等の添加なしにL-グルタミン酸生産が可能となるクローンから選択することも出来る。スクリーニングに用いる親株としては,ビオチンが過剰量含まれた条件でL-グルタミン酸を蓄積することが出来ない株,例えば,C.glutamicum 野生株である ATCC13869 株,ATCC13032 株,ATCC14067 株,C.melasecola 野生株である ATCC17965 が望ましい。 d L-グルタミン酸アナログ耐性株を取得する方法【0068】 変異型yggB遺伝子は,野生型のyggB遺伝子を有するコリネ型細菌をL-グルタミン酸アナログを含む培地で培養し,同培地で生育可能なL-グルタミン酸アナログ耐性株を取得することによっても取得することができる。スクリーニングに用いる親株としては,上述のコリネ型細菌野生株が好ましいが,野生型のyggB遺伝子を有するものであれば,いずれでもよい。また野生型のyggB遺伝子を搭載したプラスミドを有するコリネ型細菌でもよい。 L-グルタミン酸アナログとしては,L-グルタミン酸-γ-メチルエステル,α-メチルグルタミン酸,β-ヒドロキシグルタミン酸,メチオニンスルホキシミン,グルタミン酸-γ-モノヒドロキサメ-ト,2-アミノ-4-ホスホノ酪酸,L-グルタミン酸-γ-モノエチルエステル,L-グルタミン酸ジメチルエステル,L-グルタミン酸-ジ-t-ブチルエステル,モノフロログルタミン酸,L-グルタミン酸ジエチルエステル,D-グルタミン酸,4-フルオログルタミン酸が挙げられ,特に4-フルオログルタミン酸アナログが使用できる。 L-グルタミン酸アナログ耐性株は以下のような手法で行う。コリネ型細菌をL-グルタミン酸アナログを添加した最小培地に接種し, 時間〜48 時間後にコロニ 24ーを形成した株を取得する。培地中に含まれるL-グルタミン酸アナログの濃度は,yggB遺伝子が改変されていないコリネ型細菌が生育できず,yggB遺伝子に変異が導入されたコリネ型細菌が生育できる濃度が好ましい。より具体的には,4-フルオログルタミン酸を用いる場合は,1.25mM,好ましくは 2.5mM,より好ましくは 5mM が好ましい。ここで,本発明のL-グルタミン酸アナログ耐性とは,最少培地に4-フルオログルタミン酸を添加して一昼夜培養した際に,親株の生菌数(コロニー形成能を有する菌数)を 1/100 まで抑制できるような濃度においても 1/10以上の増殖を示すことを意味する。 取得できたL-グルタミン酸アナログ耐性株をビオチンを過剰量含むL-グルタミン酸生産液体培地に接種し,しんとう培養したのち,グルタミン酸濃度を定量する。L-グルタミン酸は野生株では殆ど増加しないが,L-グルタミン酸アナログ耐性株では,L-グルタミン酸を有意に蓄積する株が存在する。そのような株よりyggB遺伝子を PCR によって増幅し,そのyggB遺伝子の塩基配列を決定することで,新規な変異型yggB遺伝子が取得できる。 (エ) 本件発明の変異型yggB遺伝子【0069】 以下,変異型yggB遺伝子の具体例を挙げる。ただし,変異型yggB遺伝子は,コリネ型細菌においてビオチンが過剰量存在する条件で,L-グルタミン酸生産能を向上させうる変異であれば特に制限されない。 a C末端側変異【0070】 この変異は,配列番号6,68,84もしくは85のアミノ酸番号419-533の配列,または配列番号62のアミノ酸番号419-529の配列をコードする領域の塩基配列の一部に導入された変異である。例えば,この領域は,配列番号5の塩基配列においては,塩基番号 2692-3035 番目に相当する。上記領域の塩基配列中の少なくとも一部に変異が導入されていればいずれでもよいが,インサーションシーケンス(以下 IS という)や,トランスポゾンが挿入されたものが好ましい。変異は,アミノ酸置換を伴うもの(ミスセンス変異)や,上記 IS の挿入によってフレームシフト変異が導入されたもの,ナンセンス変異が導入されたものの何れでもよい。 (a) 転移因子の挿入による変異(2A-1型変異)【0071】C 末端側変異の一例として,配列番号5の2691番目の G の次に IS が挿入された変異が挙げられる。この変異が導入された変異型yggB遺伝子の塩基配列を配列番号7に,該遺伝子にコードされる変異型YggBタンパク質のアミノ酸配列を配列番号8に示す。配列番号8においては,配列番号6の 419 位のバリンから下流の領域が短い IS に由来する配列に置換されている。なお,配列番号7にて挿入されたIS は,IS1207(Genbank accession No. X96962) ,IS719: (Genbank accession NoE12759)と相同性の高い配列である。 上記変異型yggB遺伝子を2A-1型変異と呼ぶ。2A-1型変異には,配列番号6,62,68,84および85の C 末端側の該領域を欠失または置換する変異が含まれる。 また,上記領域に他の IS が挿入されたもの,例えば上述したような transposaseをコードする IS が挿入されたものも,本発明の範囲に含まれる。transposase が導入される位置は上記領域のいずれの位置でもよいが,それぞれの transposase が認識しやすい箇所や IS が挿入しやすいホットスポットの位置が好ましい。 ? プロリン残基を他のアミノ酸に置換する変異(66型変異,22型変異)【0072】 また C 末端側変異の一例として,配列番号6,68,84もしくは85のアミノ酸番号419-533の配列,または配列番号62のアミノ酸番号419-529の領域内に存在するプロリンを他のアミノ酸に置換する変異が挙げられる。置換してもよいプロリンは,配列番号6の以下の位置に存在する。 424番目のプロリン残基(配列番号62,68,84,85の424番目)437番目のプロリン残基(配列番号62,68,84,85の437番目)453番目のプロリン残基(配列番号62,68,84,85の453番目)457番目のプロリン残基(配列番号62,68,84,85の457番目)462番目のプロリン残基(配列番号62,68,84,85の462番目)469番目のプロリン残基(配列番号62,68,84,85の469番目)484番目のプロリン残基(配列番号62,68,84,85の484番目)489番目のプロリン残基(配列番号62,68,84,85の489番目)497番目のプロリン残基(配列番号62,68,84,85の497番目)515番目のプロリン残基(配列番号62,68,84,85の515番目)529番目のプロリン残基(配列番号68,84,85の529番目,配列番号62番目の525番目)533番目のプロリン残基(配列番号68,84,85の533番目,配列番号62番目の529番目)yggB遺伝子の C 末端側のプロリン残基は,YggBタンパク質の立体構造維持の為に重要な役割を果たしていると考えられる。Protein Eng. 2002 Jan;15(1):29-33, (J Biol Chem. 1991 Dec 25;266(36):24287-94.)中でも424番目と437番目のプロリンが他のアミノ酸に置換することが望ましい。 ここで他のアミノ酸とは,プロリン以外のアミノ酸で天然型アミノ酸であればいずれのアミノ酸でもよく,Lys,Glu,Thr,Val,Leu,Ile,Ser,Asp,Asn,Gln,Arg,Cys,Met,Phe,Trp,Tyr,Gly,Ala,His から選択される残基に置換すればよい。特に,424 番目のプロリンは,疎水性アミノ酸である Ala,Gly,Val,Leu,Ile に置換されることが望ましく,中でも分岐鎖アミノ酸である Leu,Val,Ile が望ましい。(66型変異)424 番目のプロリンをロイシンに置換する変異として,例えば,配列番号67の 1673位の“C”を“T”に置換する変異が挙げられる。この変異型yggB遺伝子を配列番号69に,該遺伝子にコードされる変異型YggBタンパク質のアミノ酸配列を配列番号70に示す。 また, 番目のプロリンは, 437 側鎖にヒドロキシル基を有するアミノ酸(Thr,Ser,Tyr)に置換することが望ましく,中でも Ser への置換が望ましい。 (22型変異)437 番目のプロリンをセリンに置換する変異としては,例えば配列番号5の 2745 位の Cを T に置換する変異が挙げられる。また,本変異は,3060 位の C を T に置換する変異を伴っていてもよい。この変異型yggB遺伝子を配列番号73に,該遺伝子にコードされる変異型YggBタンパク質のアミノ酸配列を配列番号74に示す。 b 膜貫通領域の変異【0073】 yggB遺伝子がコードするYggBタンパク質は,5 個の膜貫通領域を有していると推測される。配列番号6,62,68,84,85の野生型のYggBタンパク質のアミノ酸配列において,膜貫通領域はそれぞれ,アミノ酸番号1〜23(第1膜貫通領域),25〜47(第2膜貫通領域),62〜84(第3膜貫通領域),86〜108(第4膜貫通領域),110〜132(第5膜貫通領域)の領域に相当する。これらをコードする DNA は配列番号5の 1437-1505,1509-1577,1620-1688,1692-1760,1764-1832 番目の塩基に該当する。本発明の変異は,この膜貫通領域をコードする DNA 内に変異を有していることが望ましく,変異導入は1若しくは数個のアミノ酸の置換,欠失,付加,挿入又は逆位を含む変異で,フレームシフト変異,ナンセンス変異を伴わないものが望ましい。従って,ここでアミノ酸配列の置換の場合は,アミノ酸置換を伴うミスセンス変異が好ましく,上記数個の置換,欠失,付加,挿入又は逆位とは,2〜20個,好ましくは2〜10個,より好ましくは2〜5個,さらに好ましくは2〜3 個を意味する。またアミノ酸の挿入,欠失変異は,1〜数塩基のポイントミューテーションの導入や,フレームシフト変異を伴わない塩基配列導入,例えば,3,6,9,12,15,18,または21塩基の挿入または欠失,好ましくは,3,6,または9塩基の欠失または挿入,より好ましくは3塩基の塩基配列の欠失または挿入が望ましい。 【0074】 例えば,以下のような変異が例として挙げられる。 (a) 第1膜貫通領域の変異(A1型変異)【0074】 この変異は,配列番号6,62,68,84,85に示されるアミノ酸配列において, 番目のロイシン残基, 番目のトリプトファン残基間に1又は数アミノ酸 14 15挿入された変異である。 具体例としては,14 番目のロイシン残基,15 番目のトリプトファン残基間に,3アミノ酸導入されたもの,例えば Cys-Ser-Leu が挿入されたものが挙げられ,この変異の例として,配列番号5の1480番目の G の次にTTCATTGTGが挿入された変異が挙げられる。この変異が導入された変異型yggB遺伝子の塩基配列を配列番号19に,該遺伝子にコードされる変異型YggBタンパク質のアミノ酸配列を配列番号20に示す。 ? 第4膜貫通領域の変異(19型変異)【0075】 この変異は,配列番号6,62,68,84,85に示されるアミノ酸配列において,100番目のアラニン残基が,他のアミノ酸残基へ置換した変異である。他のアミノ酸とは,アラニン以外のアミノ酸残基であればいずれでもよく,他のアミノ酸とはアルギニン,アスパラギン酸,アスパラギン,システイン,グルタミン酸,グルタミン,グリシン,ヒスチジン,イソロイシン,メチオニン,ロイシン,リジン,フェニルアラニン,プロリン,セリン,トリプトファン,チロシン,バリン,スレオニンを意味するが,中でも側鎖にヒドロキシル基を有するアミノ酸(スレオニン,セリン,チロシン)に置換されていることが望ましく,特にスレオニン残基に置換されていることが望ましい。一例として配列番号5の1734番目のGがAに置換された変異が挙げられる。 この変異が導入された変異型yggB遺伝子の塩基配列を配列番号21に,該遺伝子にコードされる変異型YggBタンパク質のアミノ酸配列を配列番号22に示す。 ? 第5膜貫通領域の変異(L30型変異,8型変異)【0076】 この変異は,配列番号6,62,68,84,85に示されるアミノ酸配列において,111番目のアラニン残基が,他のアミノ酸残基へ置換した変異である。他のアミノ酸とは,アラニン以外のアミノ酸残基であれば,いずれでもよく,他のアミノ酸とはアルギニン,アスパラギン酸,アスパラギン,システイン,グルタミン酸,グルタミン,グリシン,ヒスチジン,イソロイシン,メチオニン,ロイシン,リジン,フェニルアラニン,プロリン,セリン,トリプトファン,チロシン,バリン,スレオニンを意味するが,中でも分岐鎖アミノ酸(バリン,イソロイシン,ロイシン)特にバリン残基や, , 側鎖にヒドロキシル基を有するアミノ酸(スレオニン,セリン,チロシン),特にスレオニン残基に置換されていることが望ましい。この変異の例として,配列番号5の1768番目のCがTに置換された変異(L30 型変異)や,配列番号61の837番目の G が A に置換された変異(8 型変異)が挙げられる。L30 型変異が導入された変異型yggB遺伝子の塩基配列を配列番号23に,該遺伝子にコードされる変異型YggBタンパク質のアミノ酸配列を配列番号24に示す。 型変異が導入された変異型yggB遺伝子の塩基配列を配列番号63に, 8該遺伝子にコードされる変異型YggBタンパク質のアミノ酸配列を配列番号64に示す。 【0078】 変異型yggB遺伝子がコードするタンパク質としては,同タンパク質の活性がビオチンが過剰量存在する条件においてL-グルタミン酸生産能を向上させる機能を有する限り,機能的に均等なタンパク質例えば,配列番号8,20,22,24,64,70,74から選択されるアミノ酸配列において,上記変異点のアミノ酸以外にさらに,1若しくは数個のアミノ酸の置換,欠失,挿入,または付加を含むアミノ酸配列を有するものであってもよい。ここで,数個とは,例えば,2〜20個,好ましくは2〜10個,より好ましくは2〜5個を意味する。上記置換は保存的置換(中性変異)が好ましく,保存的置換としては,ala から ser 又は thr への置換,arg から gln,his 又は lys への置換,asn から glu,gln,lys,his 又は asp への置換,asp から asn,glu 又は gln への置換,cys から ser 又は ala への置換,gln から asn,glu,lys,his,asp 又は arg への置換,glu から gly,asn,gln,lys 又はasp への置換,gly から pro への置換,his から asn,lys,gln,arg 又は tyr への置換,ile から leu,met,val 又は phe への置換,leu から ile,met,val 又は pheへの置換,lys から asn,glu,gln,his 又は arg への置換,met から ile,leu,val又は phe への置換,phe から trp,tyr,met,ile 又は leu への置換,ser から thr又は ala への置換, から ser 又は ala への置換, から phe 又は tyr への置換, thr trptyr から his,phe 又は trp への置換,及び,val から met,ile 又は leu への置換が挙げられる。また,上述したように,配列番号85の Xaa のアミノ酸が置換されてもよい。さらに,本発明のyggB遺伝子は,配列番号8,20,22,24,64,70,74のアミノ酸配列全体に対して,80%以上,好ましくは90%以上,より好ましくは95%以上,特に好ましくは97%以上の相同性を有するタンパク質をコードし,コリネ型細菌で変異型yggBがコードするタンパク質と同等の活性を有するタンパク質をコードするホモログも含む。 (オ) 変異型yggB遺伝子のコリネ型細菌への導入方法【0080】 上記のような変異を有する変異型yggB遺伝子は,例えば,部位特異的変異導入法などによって得ることができる。より具体的には,yggB遺伝子の該当領域に変異を含む配列を有する PCR プライマーを用いて,該当箇所を増幅するオーバーラップエクステンション PCR 法などを用いて,変異を含むyggB遺伝子を増幅してクローニングすることができる (Urban, A., Neukirchen, S. and Jaeger, K. E.,A rapid and efficient method for site-directed mutagenesis using one-stepoverlap extension PCR. Nucleic Acids Res, 25, 2227-8. (1997).)。 得られた変異型yggB遺伝子をコリネ型細菌に導入することにより本発明のコリネ型細菌を得ることができる。導入の方法としては,変異型yggB遺伝子で染色体上の野生型のyggB遺伝子を置換する方法が挙げられる。染色体上の野生型のyggB遺伝子を破壊した株に変異型yggB遺伝子を導入してもよい。なお,一回組換え株のように,野生型のyggB遺伝子を染色体上に残したまま,変異型yggB遺伝子を導入してもよく,野生型遺伝子と,変異型遺伝子が組み込まれる1コピーずつ染色体上に存在してもよい。染色体上のyggB遺伝子の置換は,例えば,上述したレバンシュークラーゼをコードする sacB 遺伝子を含む温度感受性プラスミドを用いて行うことができる。 【0082】 さらに上記変異型yggB遺伝子の機能を抑制する遺伝子が不活化するように改変された細菌を用いてもよい。ここで「yggB遺伝子の機能を抑制する」とは,その遺伝子の増幅により変異型yggB遺伝子導入株のグルタミン酸生成を抑制することを意味する。変異型yggB遺伝子の機能を抑制する遺伝子とは,symA 遺伝子が挙げられる(supresser of yggB mutation)。symA 遺伝子は,コリネバクテリウム・グルタミカム ATCC13032 の Genbank Accession No. NC_003450 として登録されているゲノム配列中の塩基番号 2051306..2051845 にコードされており,NCgl1867 として登録されている(NP_601149. hypothetical prot...[gi:19553147])。 C.glutamicum ATCC13869 の symA 遺伝子を配列番号86の塩基番号 585〜1121 に示す。遺伝子の不活化は,遺伝子を破壊するあるいは,発現量を低下するように改変することで達成でき,symA 遺伝子の破壊や発現量を低下させるような変異の導入は,上述の酵素活性の低下と同様の方法で行うことができる。 【0083】 また,本発明においては,yggB遺伝子を用いた改変に加えて,さらに α-ケトグルタル酸デヒドロゲナーゼ(以下 α-KGDH と呼ぶ)の活性が低下するように改変された細菌を用いてもよい。 α‐ケトグルタル酸デヒドロゲナーゼ活性が低下す 「る」とは,α-ケトグルタル酸デヒドロゲナーゼの活性が野生株又は親株等の非改変株に対して低下していることをいう。α-ケトグルタル酸デヒドロゲナーゼ活性は,Shiio らの方法(Isamu Shiio and Kyoko Ujigawa-Takeda, Agric.Biol.Chem.,44(8),1897-1904,1980)に従って測定することができる。α-KGDH 活性は,野生株又は親株等の非改変株に対して低下していればよいが,親株に対して約 1/2 以下,好ましくは 1/4 以下,さらに好ましくは 1/10 以下に低下していることが望ましく,全く活性を有しなくてもよい。 (カ) 本発明のL-グルタミン酸の製造方法【0085】 上記のようにして得られるコリネ型細菌をを培地に培養し,培地中にL-グルタミン酸を生成蓄積せしめ,L-グルタミン酸を該培地から採取することにより,L-グルタミン酸を製造することが出来る。 【0086】 培養に用いる培地は,炭素源,窒素源,無機塩類,その他必要に応じてアミノ酸,ビタミン等の有機微量栄養素を含有する通常の培地を用いることができる。合成培地または天然培地のいずれも使用可能である。培地に使用される炭素源および窒素源は培養する菌株が利用可能であるものならばいずれの種類を用いてもよい。 【0087】 炭素源としては,グルコース,グリセロール,フラクトース,スクロース,マルトース,マンノース,ガラクトース,澱粉加水分解物,糖蜜等の糖類が使用でき,その他,酢酸,クエン酸等の有機酸,エタノール等のアルコール類も単独あるいは他の炭素源と併用して用いることができる。窒素源としては,アンモニア,硫酸アンモニウム,炭酸アンモニウム,塩化アンモニウム,りん酸アンモニウム,酢酸アンモニウム等のアンモニウム塩または硝酸塩等が使用することができる。有機微量栄養素としては,アミノ酸,ビタミン,脂肪酸,核酸,更にこれらのものを含有するペプトン,カザミノ酸,酵母エキス,大豆たん白分解物等が使用でき,生育にアミノ酸などを要求する栄養要求性変異株を使用する場合には要求される栄養素を補添することが好ましい。無機塩類としてはりん酸塩,マグネシウム塩,カルシウム塩,鉄塩,マンガン塩等が使用できる。 また,用いるyggB遺伝子改変株の性質にあわせて適当な濃度の界面活性剤,ペニシリンを加えてもよいし,用いるyggB遺伝子改変株の性質にあわせてビオチン濃度も調節すればよい。 【0088】 培養は,好ましくは,発酵温度20〜45℃,pHを3〜9に制御し,通気培養を行う。培養中にpHが下がる場合には,例えば,炭酸カルシウムを加えるか,アンモニアガス等のアルカリで中和する。このような条件下で,好ましくは10時間〜120時間程度培養することにより,培養液中に著量のL-グルタミン酸が蓄積される。 【0089】 また,L-グルタミン酸が析出するような条件に調整された液体培地を用いて,培地中にL-グルタミン酸を析出させながら培養を行うことも出来る。L-グルタミン酸が析出する条件としては,例えば,pH5.0〜4.0,好ましくはpH4.5〜4.0,さらに好ましくはpH4.3〜4.0,特に好ましくはpH4.0を挙げることができる。(欧州特許出願公開第 1078989 号明細書)【0090】 培養終了後の培養液からL-グルタミン酸を採取する方法は,公知の回収方法に従って行えばよい。例えば,培養液から菌体を除去した後に濃縮晶析する方法あるいはイオン交換クロマトグラフィー等によって採取される。L-グルタミン酸が析出するような条件下で培養した場合,培養液中に析出したL-グルタミン酸は,遠心分離又は濾過等により採取することができる。この場合,培地中に溶解しているL-グルタミン酸を晶析した後に,併せて単離してもよい。 キ 実施例 (ア) 【実施例1】【0092】 【0093】(B)pBS4S の構築 pBS3 上に存在するカナマイシン耐性遺伝子配列中の SmaI 部位をアミノ基置換を伴わない塩基置換(SmaI により切断されない変異)によりカナマイシン耐性遺伝子を破壊したプラスミドをクロスオーバーPCR で取得した。まず,pBS3 を鋳型として配列番号 15,16 の合成 DNA をプライマーとして PCR を行い,カナマイシン耐性遺伝子の N 末端側の増幅産物を得る。一方 Km 耐性遺伝子の C 末端側の増幅産物を得るために pBS3 を鋳型として配列番号 17, の合成 DNA を鋳型として PCR を行った。 18 PCR反応は Pyrobest DNA Polymerase(宝バイオ社製)を用い,98 ℃で 5 分保温を 1 サイクル行った後,変性 98℃ 10 秒,会合 57℃ 30 秒,伸長 72℃ 1 分からなるサイクルを 25 回繰り返すことにより目的の PCR 産物を得ることができる。配列番号16と17は部分的に相補的であり,またこの配列内に存在する SmaI 部位はアミノ酸置換を伴わない塩基置換を施すことにより破壊されている。次に SmaI 部位が破壊された変異型カナマイシン耐性遺伝子断片を得るために,上記カナマイシン耐性遺伝子 N 末端側及び C 末端側の遺伝子産物を,それぞれほぼ等モルとなるように混合し,これを鋳型として配列番号 15, の合成 DNA をプライマーとして PCR を行い変異導入さ 18れた Km 耐性遺伝子増幅産物を得た。PCR 反応は Pyrobest DNA Polymerase(宝バイオ社)を用い,98 ℃で 5 分保温を 1 サイクル行った後,変性 98℃ 10 秒,会合 57℃ 30秒,伸長 72℃ 1.5 分からなるサイクルを 25 回繰り返すことにより目的の PCR 産物を得ることができる。 【0094】 PCR 産物を常法により精製後 BanII で消化し,上記の pBS3 の BanII 部位に挿入した。この DNA を用いて,エシェリヒア・コリ JM109 のコンピテントセル(宝バイオ社製宝バイオ社製)を用いて形質転換を行い,カナマイシン 25μg/ml を含む LB 培地に塗布し,一晩培養した。その後,出現したコロニーを釣り上げ,単コロニー分離し,形質転換体を得た。得られた形質転換体よりプラスミドを抽出し,目的の PCR産物が挿入されていたものを pBS4S と命名した。pBS4S の構築過程を図 2 に示す。 (イ) 【実施例2】【0095】 公開されている odhA 遺伝子の配列を基に,配列番号1,2に記載のプライマーを設計し ATCC13869 株の染色体 DNA を鋳型として PCR を行い,odhA 遺伝子の内部配列のみを増幅した。増幅した PCR 断片を BamHI で完全分解し,実施例1で構築した pBS4Sの BamHI 部位に挿入したプラスミド pBS4SΔsucAint を構築した(構築図は図3に記載)。 【0096】 電気パルス法(特開平 2-207791)にて C.glutamicum ATCC13869 へ pBS4SΔsucAintを導入し,カナマイシン 25μg/ml を含む CM-Dex 寒天培地(グルコース 5g/l,ポリペプトン 10g/l,酵母エキス 10g/l,KH2PO4 1g/l,MgSO4・7H2O 0.4g/l,FeSO4・7H2O0.01g/l,MnSO4 4-5H2O 0.01g/l, ・ 尿素 3g/l,大豆蛋白加水分解液 1.2g/l,寒天 20g/l,NaOH を用いて pH7.5 に調整:オートクレーブ 120℃20 分)上に塗布した。31.5℃にて培養後,生育してきた株を,相同組換えによって染色体上に pBS4SΔsucAint が組み込まれた 1 回組換え株であることを PCR にて確認した。なお 1 回組換え株であることの確認は,候補株の染色体を鋳型にし,pBS4S 上の特異的配列(配列番号 3)と染色体上の配列(配列番号 4)をプライマーにした PCR を行うことによって,容易に確認することが出来る(非組み換え株の染色体上には pBS4S の配列が存在していないため,PCR によって増幅される断片が出現しないことから判別可能となる)。 【0097】 こうして取得した 1 回組換え株を 2A-1 株と名付けた。野生株 ATCC13869 および2A-1 株を 20ml のフラスコ培地(グルコース 30g/l, 硫酸アンモニウム 15g/l, KH2PO41g/l, MgSO4 ・7H2O 0.4g/l, FeSO4 7H2O 0.01g/l, MnSO4 4〜5H2O 0.01g/l, VB1 200μg/l, ・ ・Biotin 300μg/l, 大豆加水分解物(T-N)0.48g/l, KOH を用いて pH8.0 に調整:オートクレーブ 115℃10 分)に接種した後,予め乾熱滅菌しておいた炭酸カルシウムを 1g 加え,31.5℃で振とう培養した。完全に糖を消費したのち,培地中のL-グルタミン酸濃度を測定した。結果を表1に示す(OD620 は 101 倍希釈の濁度で菌体量の指標であり,Glu(g/L)はL-グルタミン酸の蓄積量を示す)。親株の ATCC13869ではL-グルタミン酸を全く生成しない条件においても 2A-1 株ではL-グルタミン酸生産能を有することが確認された。 【0098】【表1】 (ウ) 【実施例3】【0099】 <2A-1 由来 odhA 復帰株の構築> 取得した 2A-1 株は,染色体上の odhA 遺伝子が pBS4SΔT¥sucAint によって破壊されている。この株から染色体上のプラスミドを脱落させれば odhA は野生型に復帰する。一方,odhA が欠損した株では,糖を含まない培地での生育が著しく遅いが,odhA が野生型に復帰すれば糖を含まない CM2B(ポリペプトン 10g/l,酵母エキス10g/l,NaCl 5g/l,Biotin 10μg/L,寒天 20g/l,KOH を用いて pH7.0 に調整)のような培地でも良好に生育すると推測される。そこで,2A-1 株を CM2B プレートに塗布し,生育改善株を誘導した。こうして出現した生育改善株 2A-1R 株を CM2B プレートで純化し,そのカナマイシン感受性を調べたところ,すべてカナマイシン感受性であり,スクロース耐性であることが明らかとなった。 【0100】 pBS4SΔsucAint にはカナマイシン耐性遺伝子とレバンシュークラーゼをコードする sacB 遺伝子が含まれているため,pBS4SΔsucAint を有する株ではカナマイシン耐性とスクロース感受性を示し,脱落した株ではカナマイシン感受性を示し,またスクロース耐性を示すこととなる。これらの結果から 2A-1R 株では odhA が野生型に復帰していることが示唆された。さらに odhA 遺伝子の配列を確認した結果,odhA遺伝子には変異がないことが確認されたことから,2A-1R 株では odhA は野生型に復帰していると結論した。2A-1R 株のグルタミン酸生産能を実施例2と同様の方法で確認した。結果を表2に示す。 (OD620 は 101 倍希釈の菌体量,Glu(g/L)はL-グルタミン酸の蓄積量を示す)2A-1R 株のグルタミン酸蓄積は 2A-1 株には劣るものの野生株 ATCC13869 よりも遥かに高いことが示された(表2)。また,糖を完全に消費した後も振とうを続けたところ,2A-1R ではグルタミン酸の分解が認められ,odhA が野生型に復帰していることが裏付けられた(図4)。 【0101】【表2】 (エ) 【実施例4】【0102】<2A-1R 株のグルタミン酸生成に関与する遺伝子の単離> 2A-1R 株は,CM2B プレート培地上においては,野生株 ATCC13869 とほぼ変わらない速度でコロニーを形成できる。しかし,最少培地(グルコース 20g/l,硫酸アンモニウム 2.64g/L, KH2PO4 0.5g/L, K2HPO4 0.5g/L, MgSO4・7H2O 0.25g/L, FeSO4・7H2O0.01g/L, MnSO4・7H2O 0.01g/L, CaCl2 0.01g/L, CuSO4 0.02mg/L, MOPS 40g/L, プロトカテク酸 30mg/L, VB1・HCl200μg/L, Biotin 300μg/L, 寒天 20g/L, NaOH を用いて pH6.7 に調整)プレート上では野生株 ATCC13869 に比し著しくコロニー形成速度が低下していることが明らかとなった。そこで,最少培地で 2A-1R 株の生育を回復できる遺伝子の探索をおこなった。 【0103】 ATCC13869 株の染色体 DNA を Sau3AI で部分分解し,シャトルベクターpVK9 を BamHIで処理したものとライゲーションし,ライゲーション反応液をエタノール沈殿した後,E.coli DH5α(タカラバイオ)のエレクトロコンピテントセルを電気パルス法で形質転換した。pVK9 は,pHSG299(タカラバイオ)の AvaII 部位を平滑末端化し,pHK4(特開平 05-007491)に含まれるコリネ型細菌内で自律複製可能な領域を BamHIおよび KpnI で切り出し平滑末端化した断片を挿入したシャトルベクターである。形質転換後の菌体はカナマイシン 25μg/ml を含む LB プレート培地(ポリペプトン 10g/l,酵母エキス 5g/l,NaCl 5g/l,寒天 20g/l,NaOH を用いて pH7.0 に調整)に塗布し,37℃で一晩培養した。翌日出現したコロニーを全てエーゼでかきとり,プラスミドを抽出し ATCC13869 のライブラリーとした。このライブラリーを実施例3で得られた 2A-1R 株に電気パルス法にて形質転換し,カナマイシン 25μg/ml を含む最少培地プレートに塗布し,コロニー形成速度が向上した株をスクリーニングした。コロニー形成速度が向上した株よりプラスミドを抽出した結果,配列番号5に記す断片がpVK9 の BamHI 部位に挿入されていたことが明らかとなった。このプラスミドを pL5kと命名した。 【0104】 pL5k の挿入配列と,既に公開されているコリネバクテリウム・グルタミカムATCC13032 のゲノム配列(Acc.No. NC_003450)を比較した結果,pL5k には完全長の ORF として,配列番号6に示すアミノ酸配列をもつ ORF のみが含まれていることが明らかとなった。ORF が膜タンパク質か否かは,インターネット上で利用可能なプログラム「SOSUI」によって予測可能である(2004/10/07 現在 http://(以下略)にリンクされている)「SOSUI」でこの ORF を解析した結果,5回の膜貫通領域が存 。 在していることが示唆された。配列番号6のアミノ酸配列において,膜貫通領域はそれぞれ,アミノ酸番号1〜23,25〜47,62〜84,86〜108,110〜132の領域に相当する。これらをコードするDNA配列は,配列番号5の1437-1505,1509-1577,1620-1688,1692-1760,1764-1832 番目の塩基配列に,膜貫通領域のアミノ酸配列は配列番号25-29,表3に示した【0105】【表3】 (オ) 【実施例5】【0107】<2A-1R 株のYggB遺伝子の変異点同定> 2A-1R 株の最少培地における生育を pL5K が相補したことから,2A-1R 株のyggB遺伝子には何らかの変異がある可能性が示唆された。そこで,2A-1R 株のyggB遺伝子の塩基配列を決定した。その結果 2A-1R 株ではYggB遺伝子の C 末端側の領域に IS が挿入されていることが明らかとなった(図 5) 2A-1R 株の変異型yg 。 gB遺伝子の塩基配列を配列番号7に,アミノ酸配列を配列番号8に記した。このことから,2A-1R 株のグルタミン酸生産能は,yggB遺伝子の変異によって維持されていた可能性が示唆された。なお,この変異は 2A-1R 株のみならず 2A-1 株にも存在していた。odhA 遺伝子に変異を導入した際に,安定してグルタミン酸を細胞外に放出するためのサプレッサー変異として起こった変異であると推測される。ここで,ISが挿入されたこの変異を,2A-1 型変異とした。 (カ) 【実施例6】【0108】<2A-1 型yggB変異株構築とL-グルタミン酸生産能評価>(6-1) 2A-1 型変異の野生株への導入と評価(1回組換え株) 2A-1 株の染色体 DNA を鋳型として,配列番号9と配列番号10に示す合成 DNA をプライマーとして PCR を行い,2A-1 型変異を有するyggB遺伝子断片を増幅した。 増幅産物は SacI で処理し,実施例1の pBS3 の SacI 部位に挿入した。2A-1 型変異を有するyggB断片がクローニングされたプラスミドを pBS3yggB2A と名付けた。 電気パルス法にて C.glutamicum ATCC13869 に pBS3yggB2A を導入し,カナマイシン25μg/ml を含む CM-Dex 寒天培地上に塗布した。31.5℃にて培養後生育してきた株を,相同組換えによって染色体上に pBS3yggB2A が組み込まれた 1 回組換え株であることを PCR で確認した。得られた一回組換え株を 13869-2A とした。この株では,野生型のyggB遺伝子と変異型のyggB遺伝子の両方が発現していることとなる。 【0109】 取得したyggB変異導入株 13869-2A のグルタミン酸生産能を,実施例2記載の方法にて確認した。その結果を表4に示す(OD620 は 101 倍希釈の菌体量,Glu(g/L)はL-グルタミン酸の蓄積量を示す) 13869-2A 株では, 。 ATCC13869 株がL-グルタミン酸を生成しない条件でも,明確なグルタミン酸生産能が確認できた。このことから,YggB遺伝子の変異により,グルタミン酸生産が誘導できることが示された。 【0110】【表4】【0111】(6-2)2A-1 型変異の野生株への導入と評価(2回組換え株) 変異型遺伝子のみを有する株を構築する為,13869-2A 株を CM-Dex 液体培地で一夜培養した懸濁液を S10 寒天培地(スクロース 100g/l,ポリペプトン 10g/l,酵母エキス 10g/l,KH2PO4 1g/l,MgSO4・7H2O 0.4g/l,FeSO4・7H2O 0.01g/l,MnSO4・4-5H2O0.01g/l,尿素 3g/l,大豆蛋白加水分解液 1.2g/l,寒天 20g/l,NaOH を用いて pH7.5に調整:オートクレーブ 120℃20 分)上に塗布し 31.5℃で培養した。出現したコロニーのうち,カナマイシン感受性を示す株をs2B 寒天培地上で純化した。これらの株より染色体DNAを調整し,配列番号9と配列番号10に示す合成 DNA をプライマーとして PCR を行い変異を確認し,yggB遺伝子にIS様配列が挿入されていた株を 13869-2A-7 とした。 【0112】 取得した 13869-2A-7 株のグルタミン酸生産能を,実施例2記載の方法にて確認した。その結果を表5に示す。 (OD620 は 101 倍希釈の菌体量,Glu(g/L)はL-グルタミン酸の蓄積量を示す) 13869-2A-7 株では, 。 2A-1R 株と同等以上のグルタミン酸生産能を示したことから,ビオチン過剰量存在下でのL-グルタミン酸生産は,yggB遺伝子の変異によって引き起こされることが確認できた。 【0113】【表5】 (キ) 【実施例7】【0114】 【0115】 A1 型変異は,配列番号5の1480番目の G の次にTTCATTGTGが挿入された変異であり,配列番号6のアミノ酸配列の 14 番目のロイシン残基,15 番目のトリプトファン残基間にシステイン,セリン,ロイシン残基が挿入された変異である。この変異が導入された変異型yggB遺伝子の塩基配列を配列番号19に,該遺伝子にコードされる変異型YggBタンパク質のアミノ酸配列を配列番号20に示す。 【0116】 A1 型変異遺伝子の取得は次のようにすれば行うことが出来る。配列番号 30 に示す合成 DNA と配列番号 31 に示す合成 DNA をプライマーとして,ATCC13869株の染色体 DNA を鋳型として PCR を行い,N 末端側断片を調製する。同様に配列番号 32と配列番号 33 の合成 DNA をプライマーとして,C 末端側断片を調製する。続いて N末端側断片と C 末端側断片を等量混合したものを鋳型として,配列番号9と配列番号 34 の合成 DNA をプライマーとして PCR を行えば A1 型YggB遺伝子の部分断片を取得できる。得られたYggB断片は SacI で処理して pBS4S の SacI 部位に挿入することにより,変異導入用のプラスミドが構築可能である。このようにして得られた pBS4 YggBA1 を実施例6記載の方法と同様に ATCC13869 株の染色体に挿入した後,脱落させる。得られたカナマイシン感受性株のyggB遺伝子の配列を決定し,A1 型に置換されていた株を選択すれば, 型変異を有する株を構築することができ A1る。このような変異を持つ A1 型変異株を ATCC13869-A1 株とした。 【0117】 ATCC13869-A1 株と親株の ATCC13869 株を実施例2と同様の方法で培養を行った。 培養終了後,培養液中に含まれるL-グルタミン酸の量を公知の方法で測定した。 A1 変異を染色体上に導入した,ATCC13869-A1 株は親株の ATCC13869 株と比べてL-グルタミン酸蓄積が大幅に向上していた。 【0118】【表6】 (ク) 【実施例8】【0119】<19 型YggB変異株の構築と評価> 19型変異は,配列番号5の1734番目のGがAに置換された変異であり,配列番号6のアミノ酸配列の 100 番目のアラニンがスレオニンに置換された変異である。この変異が導入された変異型YggB遺伝子の塩基配列を配列番号21に,該遺伝子にコードされる変異型YggBタンパク質のアミノ酸配列を配列番号22に示す。実施例7と同様の方法にて,19型変異が導入されたyggB変異株を構築した。具体的には,配列番号 30 に示す合成 DNA と配列番号 35 に示す合成 DNA をプライマーとして,ATCC13869株の染色体 DNA を鋳型として PCR を行い,N 末端側断片を調製する。同様に配列番号 33 と配列番号 36 の合成 DNA をプライマーとして,C 末端側断片を調製する。続いて N 末端側断片と C 末端側断片を等量混合したものを鋳型として,配列番号 9 と配列番号 34 の合成 DNA をプライマーとして PCRを行えば 19 型YggB遺伝子の部分断片を取得できる。得られたYggB断片はSacI で処理して pBS4S の SacI 部位に挿入することにより,変異導入用のプラスミドが構築可能である。このようにして得られた pBS4 YggB19 を実施例6記載の方法と同様に ATCC13869 株の染色体に挿入した後,脱落させる。得られたカナマイシン感受性株のyggB遺伝子の配列を決定し, 型に置換されていた株を選択すれば, 1919 型変異を有する株を構築することができる。このような変異を持つ 19 型変異株を ATCC13869-19 株とした。 【0120】 ATCC13869-19 株と親株の ATCC13869 株を実施例2と同様の方法で培養を行った。 培養終了後,培養液中に含まれるL-グルタミン酸の量を公知の方法で測定した。 19 変異を染色体上に導入した,ATCC13869-19 株は親株の ATCC13869 株と比べてL-グルタミン酸蓄積が大幅に向上していた。 【0121】【表7】 (ケ) 【実施例9】【0122】 実施例7と同様の方法にて,L30型変異が導入されたyggB変異株を構築した。具体的には,配列番号 30 に示す合成 DNA と配列番号 37 に示す合成 DNA をプライマーとして,ATCC13869株の染色体 DNA を鋳型として PCR を行い,N 末端側断片を調製する。同様に配列番号 34 と配列番号 38 の合成 DNA をプライマーとして,C 末端側断片を調製する。続いて N 末端側断片と C 末端側断片を等量混合したものを鋳型として,配列番号 9 と配列番号 34 の合成 DNA をプライマーとして PCR を行ないL30型YggB遺伝子の部分断片を取得する。得られた変異型YggB断片はSacI で処理して pBS4S の SacI 部位に挿入することにより,変異導入用のプラスミドを構築した。このようにして得られた pBS4 YggB-L を実施例6記載の方法と同様に ATCC13869 株の染色体に挿入した後,脱落させる。得られたカナマイシン感受性株のyggB遺伝子の配列を決定し,L30 型に置換されていた株を選択し,L30 型変異を有する株を構築した。このような変異を持つ L30 型変異株を ATCC13869-L 株とした。 【0123】 ATCC13869 株と,ATCC13869-L 株を実施例2と同様の方法で培養を行い,培養終了後,培養液中に含まれるL-グルタミン酸の量を公知の方法で測定した。結果を表8に示す。 (OD620 は 101 倍希釈の菌体量,Glu(g/L)はL-グルタミン酸の蓄積量を示す) L-30変異を導入した ATCC13869-L30 株は親株の ATCC13869 株と比べてL 。 -グルタミン酸蓄積が大幅に向上していた。 【0124】【表8】 (コ) 【実施例10】【0125】<変異型yggB遺伝子導入株のL-グルタミン酸生成条件における培養評価> コリネ型細菌は Tween40 等の脂肪酸系界面活性剤の添加や,ビオチン制限によりグルタミン酸生成を誘導できる。そこで,ATCC13869 株と ATCC13869-19 株について,Tween40 添加条件およびビオチン制限条件での培養も行った。シード培養は,20mlのフラスコ培地(グルコース 80g/l, 硫酸アンモニウム 30g/l, KH2PO4 1g/l, MgSO4 ・7H2O 0.4g/l, FeSO4・7H2O 0.01g/l, MnSO4・4〜5H2O 0.01g/l, VB1 200μg/l, Biotin60μg/l, 大豆加水分解物(T-N)0.48g/l, KOH を用いて pH8.0 に調整:オートクレーブ 115℃10 分)に接種した後,予め乾熱滅菌しておいた炭酸カルシウムを 1g 加え,31.5℃で振とう培養した。完全に糖を消費した培養液を種培養液とした。Tween40添加培養においては,種培養液 2ml を 20ml のフラスコ培地(グルコース 80g/l, 硫酸アンモニウム 30g/l, KH2PO4 1g/l, MgSO4・7H2O 0.4g/l, FeSO4・7H2O 0.01g/l,MnSO4・4〜5H2O 0.01g/l, VB1 200μg/l, Biotin 60μg/l, 大豆加水分解物(T-N)0.48g/l, KOH を用いて pH8.0 に調整:オートクレーブ 115℃10 分)に接種した後,予め乾熱滅菌しておいた炭酸カルシウムを 1g 加え,31.5℃で振とう培養した。培養開始後,OD620(x101)=0.2 に到達した時点で,最終濃度 5g/L となるように Tween40を添加し培養を継続した。ビオチン制限培養においては,種培養液 1ml を 20ml のフラスコ培地(グルコース 80g/l, 硫酸アンモニウム 30g/l, KH2PO4 1g/l, MgSO4・7H2O 0.4g/l, FeSO4・7H2O 0.01g/l, MnSO4・4〜5H2O 0.01g/l, VB1 200μg/l, 大豆加水分解物(T-N)0.48g/l, KOH を用いて pH8.0 に調整:オートクレーブ 115℃10分)に接種した後,予め乾熱滅菌しておいた炭酸カルシウムを 1g 加え,31.5℃で振とう培養した。この条件ではビオチンの終濃度が約 2.9μg/L となる。 Tween40 添加培養およびビオチン制限培養ともに,培養開始後 40 時間後の培地中のL-グルタミン酸濃度を測定した。結果を表9に示す(OD620 は 101 倍希釈の菌体量,Glu(g/L)はL-グルタミン酸の蓄積量を示す)。ATCC13869-19 株では,L-グルタミン酸生産条件でもL-グルタミン酸の蓄積の増大が認められた。 【0126】【表9】【0127】 ATCC13869 株,ATCC13869-L30,ATCC13869-A1 株,ATCC13869-19 株,プラスミドによるyggB増幅株についても,Tween40 添加培養を行なった。CM-Dex プレートに一夜培養した菌体を 1/6 プレート分かきとり,20ml のフラスコ培地(グルコース80g/l, 硫酸アンモニウム 30g/l, KH2PO4 1g/l, MgSO4・7H2O 0.4g/l, FeSO4・7H2O 0.01g/l, MnSO4・4〜5H2O0.01g/l, VB1 200μg/l, Biotin 60μg/l, 大豆加水分解物(T-N)0.48g/l, KOH を用いて pH8.0 に調整:オートクレーブ 115℃10 分)に接種した後,予め乾熱滅菌しておいた炭酸カルシウムを 1g 加え,31.5℃で振とう培養した。培養開始5時間後にTween40 を終濃度 1g/L となるように添加し,培養開始から 24 時間後の菌体量とL-グルタミン酸の収量を分析した。その結果,表10に示すように,ATCC13869-19,ATCC13869-L30, ATCC13869-A1 株 , 野 生 型 の y g g B 遺 伝 子 増 幅 株(ATCC13869/pL5k-1)ともにL-グルタミン酸生産条件でのL-グルタミン酸の収量が向上していることが示された。 【0128】【表10】 (サ) 【実施例11】【0129】<8型YggB変異株の構築> 8型変異は,配列番号61の 837 位の G が A に置換された変異であり,配列番号62の111位のアラニンがスレオニンに置換されている。この変異が導入された変異型YggB遺伝子の塩基配列を配列番号63に,該遺伝子にコードされる変異型YggBタンパク質のアミノ酸配列を配列番号64に示す。 実施例7と同様の方法にて,8 型変異が導入されたyggB変異株を構築する。 具体的には,配列番号 30 に示す合成 DNA と配列番号65に示す合成 DNA をプライマーとして,Brevibacterium flavumATCC14067 株の染色体 DNA を鋳型として PCR を行い,N 末端側断片を調製する。同様に配列番号 34 と配列番号66の合成 DNA をプライマーとして,C 末端側断片を調製する。続いて N 末端側断片と C 末端側断片を等量混合したものを鋳型として,配列番号 9 と配列番号 34 の合成 DNA をプライマーとして PCR を行い,8型YggB遺伝子の部分断片を取得する。得られた変異型YggB断片は SacI で処理して pBS4S の SacI 部位に挿入することにより,変異導入用のプラスミドを構築する。このようにして得られた pBS4 YggB8を実施例6記載の方法と同様に ATCC14067 株の染色体に挿入した後,脱落させる。得られたカナマイシン感受性株のyggB遺伝子の配列を決定し,8型に置換されていた株を選択し,8型変異を有する株を構築する。このような変異を持つ8型変異株を ATCC14067yggB8株とする。 (シ) 【実施例12】【0130】<66型YggB変異株の構築> 66型変異は,配列番号67の 1673 番目の C が T に置換された変異であり,配列番号68の424番目のプロリンがロイシンに置換されている。この変異が導入された変異型YggB遺伝子の塩基配列を配列番号69に,該遺伝子にコードされる変異型YggBタンパク質のアミノ酸配列を配列番号70に示す。 実施例7と同様の方法にて,66 型変異が導入されたyggB変異株を構築する。 具体的には,配列番号 30 に示す合成 DNA と配列番号71に示す合成 DNA をプライマーとして,C.melassecolaATCC17965 株の染色体 DNA を鋳型として PCR を行い,N 末端側断片を調製した。同様に配列番号34と配列番号72の合成 DNA をプライマーとして,C 末端側断片を調製する。続いて N 末端側断片と C 末端側断片を等量混合したものを鋳型として,配列番号 9 と配列番号 10 の合成 DNA をプライマーとしてPCR を行えば66型yggB遺伝子の部分断片を取得できる。得られた変異型YggB断片を SacI で処理して pBS4S の SacI 部位に挿入することにより,変異導入用のプラスミドを構築する。このようにして得られた pBS4 YggB66を実施例6記載の方法と同様に ATCC17965 株の染色体に挿入した後,脱落させる。得られたカナマイシン感受性株のyggB遺伝子の配列を決定し,66型に置換されていた株を選択することで,66型変異を有する株を構築できる。このような変異を持つ66型変異株をyggB66 株とする。 (ス) 【実施例13】【0131】 【0132】 得られた PCR 断片は SacI で処理して pBS4S の SacI 部位に挿入することにより,欠損変異導入用のプラスミドを構築した。このようにして得られた pBS4ΔYggB を実施例6記載の方法で ATCC13869 株の染色体に挿入した後,脱落させた。得られたカナマイシン感受性株の染色体 DNA を鋳型として,配列番号 39 と配列番号 42 の合成DNA をプライマーとして PCR を行い,yggB遺伝子が欠損していることを確認した。得られたyggB遺伝子欠損株を ATCC13869ΔyggB 株とした。 【0133】(13-2)変異型yggB遺伝子の in vitro スクリーニング 一方,yggB遺伝子の変異処理は以下のようにして行った。まず,プラスミドpL5k はyggB遺伝子以外の領域を若干含んでいるため,pL5k を XhoI と SalI で処理し,セルフライゲーションすることにより,プラスミド pL5kXS を得た。なお SalI認識部位は,配列番号 5 の塩基配列上には存在しないが,pBS3 のマルチクローニングサイトに存在している。得られた pL5kXS 約 10μg を 500mM リン酸緩衝液,400mMヒドロキシルアミン,1mM EDTA (pH6.0)に溶解し,75℃で30分から90分処理することにより変異を導入した。変異導入後のプラスミドは,SUPREC-02(タカラバイオ)で脱塩した後,実施例6記載の方法で ATCC13869ΔyggB 株に導入し,Km25μg/mlを含む CM2B 培地で形質転換体を選択した。また,対照として変異処理前の pL5kXSについても ATCC13869ΔyggB 株に導入した。出現した形質転換体を,CM2BGU2 培地(実施例3記載の CM2B 培地にグルコース 10g/L と 15g/L の Urea を含む)2ml の液体培地に接種し,31.5℃で5時間しんとう培養したのち,グルタミン酸濃度を定量した。 表11に,ATCC13869ΔyggB を変異処理した pL5kXS で形質転換した株を CM2BGU2培地にて試験管培養評価した結果を示す。変異処理時間60分と90分のプラスミド混合物から得られた形質転換体の中には,1g/L 以上のL-グルタミン酸を蓄積するクローンが3クローンが存在していた。なお,培地中にもともと含まれていたグルタミン酸は 0.16g/L であり,ATCC13869ΔyggB/pL5kXS(変異処理なし)のグルタミン酸蓄積量は 0.31g/L であった。 表12に,ATCC13869ΔyggB を変異処理した pL5kXS で形質転換した株を CM2BGU培地(Urea が 1.5g/L である以外は CM2BGU2 培地と同組成)にて試験管培養評価した結果を示す。変異処理時間90分のプラスミド混合物から得られた形質転換体の中に,1g/L 以上のL-グルタミン酸を蓄積するクローンが1クローン存在していた。 【0134】【表11】【0135】【表12】【0136】 表11において,60分の変異処理時間を行うことで 1g/L 以上のL-グルタミン酸を蓄積する生産能を獲得したプラスミドを pL5kXSm-22, 表12において,90分の変異処理時間を行うことで 0.9g/L 以上のL-グルタミン酸生産能を獲得したプラスミドを pL5kXSm-27 とした。ATCC13869ΔyggB/pL5kXS 株,ATCC13869ΔyggB/pL5kXSm-27 株,ATCC13869ΔyggB/pL5kXSm-22 株を,実施例2記載の条件で培養し,4時間後の菌体量とL-グルタミン酸蓄積を分析した。表13に,独立した3回の実験による平均値を示した。ATCC13869ΔyggB/pL5kXSm-27 株,ATCC13869ΔyggB/pL5kXSm-22 株では有意にL-グルタミン酸蓄積が上昇していることが確認でき, vitro inでのランダムな変異導入によってもL-グルタミン酸に有利な変異型遺伝子が構築可能であることが示された。なお,pL5kXSm-22 が含む yggB 遺伝子の配列は,配列番号73に示した。(22型変異)22 型変異は,437 番目のプロリンをセリンに置換する変異であり,例えば配列番号5の 2745 位の C を T に置換する変異である。また,本変異は,3060 位の C を T に置換する変異を伴っている。この変異型 yggB 遺伝子を配列番号73に,該遺伝子にコードされる変異型YggBタンパク質のアミノ酸配列を配列番号74に示す。 【0137】【表13】【0138】(13-3)変異型遺伝子のコリネ型細菌への導入とL-グルタミン酸生産確認 (13-2)で得られた新規変異型yggB遺伝子をコリネ型細菌に導入する。 導入方法は,実施例 6 に記載された方法で pBS4S に変異型遺伝子を導入し,ATCC13869の染色体上の野生型のyggB遺伝子と置換した。この新規変異型遺伝子を導入した株と親株の ATCC13869 株を実施例2と同様の方法で培養を行う。培養終了後,培養液中に含まれるL-グルタミン酸の量を公知の方法で測定し,変異導入株がL-グルタミン酸の蓄積が向上していることを確認する。このような方法でL-グルタミン酸生産能の向上したyggB変異株を取得することが出来る。 (セ) 【実施例14】【0139】<変異型yggB遺伝子保持株のグルタミン酸アナログ感受性>(14-1)固体培地における4-フルオログルタミン酸感受性 yggB変異によってL-グルタミン酸の生産能が向上している株では,L-グルタミン酸アナログ感受性が低下していることが予測された。そこで,yggB変異によるL-グルタミン酸のアナログとして,4-フルオログルタミン酸に対する感受性の変化を検討した。実施例4記載の最少培地に,NaOH で pH6.7 に調整しフィルター滅菌した4-フルオログルタミン酸を終濃度 7.5mM となるように添加した。 ATCC13869 株,ATCC13869-L30 株,ATCC13869-A1 株を CM-Dex 培地に塗布して一夜培養した後集菌し,滅菌した 0.85%の NaCl 溶液で洗浄し,図6上部に記載の菌濃度となるように希釈してプレートにスポットした。プレートは 31.5℃で培養し,その経時変化を図6に示した。4-フルオログルタミン酸を無添加の条件では,ATCC13869株が最も生育が速いのに対し,4-フルオログルタミン酸添加条件では ATCC13869 株の生育が抑えられ,ATCC13869-L 株および ATCC13869-A1 株の方が生育が良好であることが示された。 【0140】(14-2)液体培地における4-フルオログルタミン酸感受性 実施例4記載の最少培地(ただし寒天を含まない)に,NaOH で pH6.7 に調整しフィルター滅菌した4-フルオログルタミン酸を終濃度 1.25mM, 2.5mM, 5mM, 10mM,20mM となるように添加した。ATCC13869 株,ATCC13869ΔyggB 株,ATCC13869-L30株,ATCC13869-A1 株を CM-Dex 培地に塗布して 31.5℃で一夜培養した後集菌し,滅菌した 0.85%の NaCl 溶液で洗浄し,液体培地に接種し 31.5℃にて振とう培養した。 各菌株において,4-フルオログルタミン酸を無添加の培地での OD660 の値が1に到達した時点で培養を終了し,培養液を適当に希釈して CM-Dex プレートに塗布した。 翌日出現したコロニー数を計測し,液体培養終了時の生菌数とした。4-フルオログルタミン酸無添加区の生菌数を1として,4-フルオログルタミン酸添加による相対生菌数の変化を図7に示した。ATCC13869-A1 株および ATCC13869-L30 株では,4-フルオログルタミン酸に対する感受性が低下(4フルオログルタミン酸耐性が向上)していることが明らかとなった。 これらの結果から,4-フルオログルタミン酸等,グルタミン酸の構造類縁体の感受性を指標としたスクリーニングによっても本発明のyggB変異株が取得できることが示された。 (ソ) 【実施例15】【0141】 まず,ATCC13869-L 株の odhA 遺伝子に表14に示す変異を導入した株を構築した。 なお,表14では,配列番号43の塩基番号2528〜2562に相当する領域の配列を示した。また,表15では配列番号44のアミノ酸番号696〜707に相当する領域の配列を示した。 配列番号45の塩基配列を有する変異型 odhA 遺伝子が導入された L30sucA8 株を構築するには以下のようにすればよい。まず配列番号53と配列番号54に示す合成 DNA をプライマーとして PCR を行い,odhA 断片を調整する。得られた odhA 断片を BamHI 処理して,タカラバイオ製 Mutan-Super Express Km に付属のプラスミドpKF19m の BamHI 部位にクローニングした後,5'末端がリン酸化された配列番号55の合成 DNA と Mutan-Super Express Km に添付されているセレクションプライマーを用いて PCR を行い,得られた PCR 産物で sup0 の E.coli 例えば MV1184 株を形質転換することで変異型 odhA 断片を含むプラスミドを構築する。次にこの断片を BamHIで切り出し,pBS4S の BamHI 部位に挿入することで変異導入用プラスミドが構築できる。このプラスミドを用いて実施例1記載の方法と同様にして ATCC13869-L 株を形質転換し,染色体に変異導入用プラスミドが挿入された株を取得する。次に,これらの染色体にプラスミドが挿入された株から,スクロースに耐性を示し,かつカナマイシンに感受性を示す株を分離する。さらに odhA 遺伝子の配列を確認し,目的フレームシフトが導入された株を選択することにより odhA 遺伝子が欠損したL30sucA8(odhA8)株が構築できる。 【0143】 また,以下の方法で yggB 変異株を用いて,他の odhA 変異株を得ることができる。 配列番号47の塩基配列を有する変異型 odhA 遺伝子が導入された L30sucA801 株の取得には,5'末端がリン酸化された配列番号55の合成 DNA の代わりに 5'末端がリン酸化された配列番号56の合成 DNA を用いて上記方法を適用すればよい。 配列番号49の塩基配列を有する変異型 odhA 遺伝子が導入された L30sucA805 株の取得には,5'末端がリン酸化された配列番号55の合成 DNA の代わりに 5'末端がリン酸化された配列番号57の合成 DNA を用いて上記方法を適用すればよい。 配列番号51の塩基配列を有する変異型 odhA 遺伝子が導入された L30sucA77 株の取得には,5'末端がリン酸化された配列番号55の合成 DNA の代わりに 5'末端がリン酸化された配列番号58の合成 DNA を用いて上記方法を適用すればよい。 L30sucA8 株の odhA 遺伝子はフレームシフト変異であるために,αKGDH 活性を有さない。しかし,L30sucA801 株,L30sucA805 株,L30sucA77 株は odhA 遺伝子に欠失があるものの,フレームシフトが起こらない変異となっており,αKGDH 活性を有しているが活性は非改変株より低下している。(データは示さず)【0144】【表14】【0145】【表15】【0146】 (タ) 【実施例16】【0148】 ATCC14067 株の染色体 DNA を鋳型として,配列番号77と配列番号78の合成 DNAを用いて PCR を行い,sucA 遺伝子の上流側断片を調製した。続けて,ATCC14067 株の染色体 DNA を鋳型として,配列番号79と配列番号80の合成 DNA を用いて PCRを行い,sucA 遺伝子の下流側断片を調製した。次に,上流側断片と下流側断片を等モルとなるように混合し,これを鋳型として配列番号81と配列番号82の合成 DNAを用いて PCR を行い,odhA を欠失した遺伝子断片を調製した。得られた PCR 断片をBamHI で処理した後,実施例1で構築した pBS4S にクローニングした。こうして得られるプラスミドを pBSΔsucA47 とした。 pBSΔsucA47 を実施例6記載の方法と同様に ATCC14067 株または ATCC14067yggB8株の染色体に挿入した後,脱落させた。得られたカナマイシン感受性株より染色体DNA を調製し,これを鋳型として配列番号77および配列番号80の合成 DNA を用いて PCR を行い,odhA 領域が欠損している株を選択した。こうして構築した odhA欠損株をそれぞれ ATCC14067ΔodhA 株および ATCC14067ΔodhA yggB8株とした。 構築した ATCC14067ΔodhA 株および ATCC14067ΔodhA yggB8株を実施例3記載の方法で培養した結果を表17に示した。yggB8 変異によって odhA 変異株の L-グルタミン酸収量を向上できることが明らかとなった。 【0149】【表17】 (チ) 【実施例17】【0150】<2A-1R 株からの symA 欠損株の構築> 実 施 例 3 で 構 築 し た , y g g B に IS 挿 入 変 異 を 有 す る 2 A-1R 株 よ り ,symA(suppressor of ygg mutation A)遺伝子を欠損した株を構築し,2A-1R 株と比較培養を行なった。ATCC13869 株の NCgl1867 遺伝子の核酸配列およびアミノ酸配列はそれぞれ配列番号86および87に記した。まず,symA 遺伝子を完全欠損するためのプラスミドを構築した。ATCC13869 株の染色体 DNA を鋳型として,配列番号88と配列番号89の合成 DNA を用いて PCR を行い,symA 遺伝子の上流側断片を調製した。続けて,ATCC13869 株の染色体 DNA を鋳型として,配列番号90と配列番号91の合成 DNA を用いて PCR を行い,symA 遺伝子の下流側断片を調製した。次に,上流側断片と下流側断片を等モルとなるように混合し,これを鋳型として配列番号88と配列番号91の合成 DNA を用いて PCR を行い,symA 遺伝子を欠失した遺伝子断片を調製した。得られた PCR 断片を BglII で処理した後,実施例1で構築した pBS4Sにクローニングした。こうして得られるプラスミドを pBSΔsymA とした。 pBSΔsymA を実施例6記載の方法と同様に 2A-1R 株の染色体に挿入した後,脱落させた。得られたカナマイシン感受性株より染色体 DNA を調製し,これを鋳型として配列番号88および配列番号91の合成 DNA を用いて PCR を行い,symA 領域が欠損している株を選択した。こうして構築した symA 欠損株を 2A-1RΔsymA 株とした。 構築した 2A-1RΔsymA 株および親株の 2A-1R 株を実施例3記載の方法で培養した結果を表18に示した。symA 遺伝子の欠損によって,変異型yggB遺伝子を有する株のグルタミン酸生産能を向上できることが明らかとなった。 【0151】【表18】 ク 図面【図1】【図2】【図3】【図4】【図5】【図6】【図7】 (2) 本件発明の概要 前記?によると,本件発明の概要は,以下のとおりである。 ア 技術分野・背景技術 本件発明は,発酵工業に関し,調味原料等として広く用いられるL-グルタミン酸の製造法及びそれに用いる細菌に関するものである(段落【0001】。 ) 従来から,L-グルタミン酸は,L-グルタミン酸生産能を有するブレビバクテリウム属やコリネバクテリウム属に属するコリネ型細菌を用いて発酵法により工業生産されていた(段落【0002】。 ) コリネ型細菌によるL-グルタミン酸生産は,ビオチン制限,界面活性剤添加,ペニシリン添加等による誘導条件下で行われており,これらの方法を適用しなくてもビオチンが十分存在している非誘導条件下でL-グルタミン酸を生成できる株として,界面活性剤温度感受性株,ペニシリン感受性株,セルレニン感受性株,リゾチーム感受性株等が開発されていたものの,これらの株は,L-グルタミン酸生産と引き換えに環境変化への適応力の低下を引き起こしている可能性が高く,L-グルタミン酸を著量蓄積できる菌株を開発するには相当の労力を要していた(段落【0003】【0004】。 , ) ビオチン十分条件でL-グルタミン酸を生成する株は,α-ケトグルタル酸デヒドロゲナーゼをコードする遺伝子を欠損させることによっても達成されるが,TCAサイクルを途中で遮断する α-ケトグルタル酸デヒドロゲナーゼ欠損株は生育が遅いことから菌体量の確保が困難などの課題があった(段落【0005】。 ) コリネ型細菌のyggB遺伝子は,エシェリヒア・コリ(大腸菌)のyggB遺伝子のホモログであり,メカノセンシティブチャンネル(mechanosensitive channel)の一種として解析されているが,L-グルタミン酸に及ぼす影響については知られていなかった(段落【0006】。 ) イ 本件発明の課題 本件発明は,コリネ型細菌を用いたL-グルタミン酸の製造において,L-グルタミン酸生産能力を向上させる新規な技術を提供することを課題とする(段落【0007】。 ) ウ 課題を解決するための手段等 yggB遺伝子がコリネ型細菌のL-グルタミン酸生産に関与していることを明らかにし,yggB遺伝子を用いてコリネ型細菌を改変することにより,L-グルタミン酸の生産能が大幅に向上することを見いだし,本件発明を完成するに至った(段落【0008】。 ) 本件発明のコリネ型細菌は,L-グルタミン酸生産能を有するコリネ型細菌であって,yggB遺伝子に変異を導入して改変されたことにより,非改変株と比較してL-グルタミン酸生産能が向上したコリネ型細菌である(段落【0011】。変 )異型yggB遺伝子は,コリネ型細菌においてビオチンが過剰量存在する条件で,L-グルタミン酸生産能を向上させ得る変異であれば特に制限されない(段落【0069】。 ) (ア) 本件発明でyggB遺伝子に導入される変異の一形態は,yggB遺伝子のC末端領域に変異を導入するC末端側変異であり,この変異は,配列番号6,68,84,85のアミノ酸番号419-533の配列,又は配列番号62のアミノ酸番号419-529の配列をコードする領域の塩基配列の一部に導入された変異である(段落【0070】。C末端側変異の一例としては,@転移因子の挿入に )よる変異(2A-1型変異)とAプロリンを他のアミノ酸に置換する変異(66型変異,22型変異)がある( 【請求項1】,段落【0070】〜【0072】【実施 ,例2】〜【実施例6】【実施例12】【実施例13】【実施例17】 。 , , , ) (イ) 本件発明でyggB遺伝子に導入される変異のもう一つの形態は,yggB遺伝子がコードするYggBタンパク質が有すると推測される5個の膜貫通領域(配列番号6,62,68,84,85の野生型のYggBタンパク質のアミノ酸配列において,膜貫通領域はそれぞれ,アミノ酸番号1〜23[第1膜貫通領域],25〜47[第2膜貫通領域],62〜84[第3膜貫通領域],86〜108[第4膜貫通領域],110〜132[第5膜貫通領域])をコードする部分に変異を導入するものであり,@第1膜貫通領域の変異(A1型変異),A第4膜貫通領域の変異(19型変異),B第5膜貫通領域の変異(L30型変異,8型変異)が例として挙げられている(【請求項1】,段落【0073】〜【0076】【実施例7】 ,〜【実施例11】【実施例15】【実施例16】 。 , , ) エ 本件発明の効果 本件発明のyggB遺伝子を用いて改変したコリネ型細菌を用いることにより,L-グルタミン酸を効率よく生産することができる(段落【0010】。 ) 2 19型変異に関する実施可能要件及びサポート要件違反の認定判断の誤り (取消事由1)について (1) コリネ型細菌を用いた発酵法によるグルタミン酸生産についての本件優先日及び本件出願日当時の技術常識 ア コリネ型細菌を用いた発酵法によるグルタミン酸の工業的生産は,1960年代頃から行われていた(乙2,24,弁論の全趣旨)。 イ 発酵法によるグルタミン酸の生産は,炭素源や窒素源となる各種原料やその他の物質を加えてグルタミン酸生産性コリネ型細菌を培養し,生成されたL-グルタミン酸を培養物から分離するというものであるところ,ビオチンが十分に存在している条件であってもグルタミン酸を生成できる株が開発されるまでは,培地中のビオチン量を制限するか,界面活性剤やペニシリンなどを添加するといった誘導条件下でグルタミン酸の生産が行われることが一般的であった(甲1,19〜21,乙2,24,弁論の全趣旨)。 (2) 19型変異に関する本件発明11のサポート要件適合性について ア 特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。 イ(ア) 本件発明の課題は,「コリネ型細菌を用いたL-グルタミン酸の製造において,L-グルタミン酸生産能力を向上させる新規な技術を提供すること」であり,本件発明11の中には,誘導条件下のみならず,非誘導条件下においても生産能力の向上を図るものが含まれているところ,誘導条件下において,19型変異を導入した株であるATCC13869-19株の生産能力が野生株に比して向上していることは,本件明細書の実施例10(段落【0125】〜【0128】【表 ,9】【表10】 , )に開示されているといえるから,当業者は,19型変異について,誘導条件下でグルタミン酸の生産能力向上がみられるものであることを認識できるといえる。 (イ) 次に,非誘導条件下における19型変異の生産能力の向上について検討するに,本件明細書の実施例8の培養は,実施例2と同様の方法で実施されたとされていて,その培地には,請求項6などにいう「過剰量のビオチン」に該当する300μg/lのビオチンが存在していた上,界面活性剤等は添加されていなかったと認められるから,実施例8は,非誘導条件下での19型変異株の生産能力向上についてした実験である(本件明細書の段落【0120】 0097】 0032】。 , 【 【 , ) そして,実施例8の【表7】には,以下のとおり,19型変異株であるATCC13869-19株が,野生株に比して0.2g/L多くのL-グルタミン酸を生産したことが示されている。そして,それを受けて本件明細書の段落【0120】には, ATCC13869-19株は親株のATCC13869株と比べてL-グ 「ルタミン酸蓄積が大幅に向上していた。と記載されているから, 」 それらの記載から,当業者は,19型変異について,非誘導条件下でも本件発明の課題を解決できるものであることを認識するといえる。 ウ 原告らは,実施例8に関して,@実施例2における野生株のグルタミン酸生産量の値及びブランク値,実施例3におけるブランク値並びに実施例2,3,5,7,9の値からみて,実施例8における野生株と19型変異株のグルタミン酸生産量の違いは誤差の範囲内にすぎず,当業者は,実施例8からグルタミン酸の生産能力が向上したとは認識できない,Aブランク値と変異株及び親株の結果とを対比しないと,実施例8の信用性を評価することはできない,B甲28の実験や甲34の実験の結果からも19型変異株が非誘導条件下でグルタミン酸を生成しないことが裏付けられていると主張する。 (ア) 上記@について 本件明細書上,実施例3,6〜9は,いずれも実施例2記載の方法又は同様の方法で,培地中に300μg/lのビオチンが存在するなどの非誘導条件下で実施されたものである(本件明細書の段落【0097】【0100】【0109】【01 , , ,12】【0117】【0120】【0123】。そして,実施例2,3,6の【表 , , , )1】【表2】【表4】【表5】に記載されているブランク値について,本件明細書 , , ,に明示的な説明はされていないものの,菌体量を示すOD620値がいずれも0.002と極めて低い値になっていることからすると,被告が主張するとおり,グルタミン酸生産菌を接種しない培養開始時の培地(初発培地)でのグルタミン酸の濃度を表すものであると認められる。また,甲36,乙6によると,非誘導条件下での野生株(ATCC13869)のグルタミン酸生産量の値は,培養が進むにつれてグルタミン酸が分解された後の値であると認められる。 上記四つのブランク値が,それぞれ異なっていること(【表1】が0.4g/L,【表2】と【表4】が0.6g/L, 【表5】が0.7g/L)からすると,実施例3,6〜9について,実施例2記載の方法又は同様の方法で実施されたと記載されているものの,初発培地におけるグルタミン酸の濃度などの培養条件は実施例又は各培養ごとに異なるものであったと認められる。本件明細書の段落【0097】の記載及び甲36,乙6の記載からすると,上記のような各実施例におけるブランク値の違いは,天然物を起源とする大豆加水分解物に由来するものであると認められる。 そもそも,本件明細書のブランク値及び野生株のグルタミン酸生産量の値は,上記認定のとおりのものであって,これらの値を根拠に,これらの値とは異なる実施例8における野生株と19型変異株とのグルタミン酸生産量の違いが誤差に基づくものということはできない。その上,上記認定のとおり,培養条件は,実施例又は各培養ごとに異なるから,なおさら,実施例2や実施例3に表れた数値を根拠に,実施例8における野生株と19型変異株におけるグルタミン生産量の0.2g/Lの違いが誤差に基づくものであるということはできない。 さらに,実施例2,3,5,7,9のその他の数値からみても,実施例8の野生株と19型変異株のグルタミン酸生産量の0.2g/Lの違いが誤差に基づくものということはできない。 以上からすると,上記@は,前記イの判断を左右するものとはいえない。 (イ) 上記Aについて 本件発明の課題は, 「コリネ型細菌を用いたL-グルタミン酸の製造において,L-グルタミン酸生産能力を向上させる新規な技術を提供すること」であるところ,ここでいう「生産能力の向上」とは, 「野生株などの非改変株と比較して,L-グルタミン酸生産能が上昇したこと」を意味する 【請求項1】 ( , 【請求項4】, 【請求項5】及び本件明細書の段落【0015】【0031】 , )から,実施例8において,19型変異株が,野生株に比してより多くのグルタミン酸を生産することが示されている以上,ブランク値が記載されていないとしても,実施例8の結果が信用できないものということはできない。 (ウ) 上記Bについて a 甲19(特開昭63-214189号公報)に, 「このようにして得られた本発明の多重強化株を用いてグルタミン酸発酵を行なってL-グルタミン酸を製造する方法は,公知の従来のグルタミン酸生産菌を使用する場合とほとんど同じである。 ・・・培養を行う装置としては試験管やフラスコ,ジャーファーメンター等が使用可能であり工業化スケールで運転することも当然可能である。 ・・・培養の方法としては好気的であればよく,振盪培養でも通気攪拌振培養でもよい。(503 」頁右上欄下から4行〜右下欄12行)と記載され,甲20(特開2004-313202号公報) 「発酵は, にも 振とう培養や通気攪拌培養等による好気条件下にて ・ ・・行うのがよい。(段落【0020】 」 )と記載されていることに,本件出願日前に刊行された発酵法に関する文献(乙14,15)の記載及び弁論の全趣旨を総合すると,発酵法の実施に当たっては各種の容器や装置が使用可能であり,用いる容器に応じた適宜の方法により十分な酸素を供給する必要があることは,本件出願日当時において,技術常識になっていたと認められる。 b 甲28の実験では,三角フラスコを用いながら,振とう速度については,本件明細書の段落【0146】の記載を根拠に坂口フラスコの振とう速度を採用している上,どのような振とう方式を採用したかも甲28からは明らかではない。上記本件出願日当時の技術常識からすると,当業者は,本件明細書の段落【0146】に明示されている容器が坂口フラスコであるとしても,それにとらわれずに自己が培養に用いる容器や装置に応じた適切な酸素供給方法を選択して発酵法を行うはずであるのに,甲28の実験では,坂口フラスコの振とう速度として記載されたものを三角フラスコでの培養に当たって機械的に適用しており,その振とう方式も不明であることからすると,甲28の実験が適切な方法で行われたものとは認められず,甲28の実験結果は,前記イの判断を左右するものとはいえない。 なお,この点に関連して,原告らは坂口フラスコが国際的には知られておらず,本件明細書に接した当業者は三角フラスコのような通常のフラスコが用いられたと理解するとも主張するが,上記のとおり,本件出願日当時,当業者は,各種の容器や装置を用いてグルタミン酸の生産に必要な好気条件を適宜設定できたと認められるから,本件明細書において,段落【0146】以外に培養容器の記載がないとしても,それが三角フラスコによるものと理解するとはいえず,ましてや三角フラスコを用いて同段落の振とう速度を適用したものと理解するということはできない。 甲34の実験についても, 当業者が用いる通常の好気的培養条件であるbaff 「led flaskを活用した31.5度,200rpm条件」で培養を行ったことが記載されているものの,その他の培養条件の詳細は明らかでなく,また,グルタミン酸の生産量をどのように測定したのかなども明らかではないから,直ちに信用することができず,やはり,前記イの認定を左右するものではない。 (3) 実施可能要件充足性について ア 本件発明11は方法の発明であるところ,方法の発明における発明の実施とは,その方法の使用をする行為をいう(特許法2条3項2号)から,方法の発明について実施可能要件を充足するか否かについては,当業者が明細書の記載及び出願当時の技術常識に基づいて,過度の試行錯誤を要することなく,その方法の使用をすることができる程度の記載が明細書の発明の詳細な説明にあるか否かによるというべきである。 イ 前記1(1)の本件明細書の記載内容,前記(1),(2)で検討したところからすると,当業者は,19型変異について,本件明細書に開示されたところと本件出願日当時の発酵法に関する技術常識から,過度の試行錯誤をすることなく,本件発明11を実施できるといえる。 (4) 小括 以上からすると,19型変異に関して,本件発明11にサポート要件違反や実施可能要件違反があるとはいえないから,原告らが主張する取消事由1は理由がない。 3 進歩性欠如の認定判断の誤り(取消事由2,3)について (1) 本件優先日当時のコリネ型細菌におけるグルタミン酸排出に関する知見について ア(ア) コリネ型細菌を用いた発酵法によるグルタミン酸の工業的生産は早くから実用化されていたものの,細菌がどのようなメカニズムでグルタミン酸を菌体外へ排出するのかは長らく解明されていなかった(甲12,乙1,2,33)。 (イ) 発酵法において,発酵が進んでグルタミン酸の排出が進むと,菌体外の方が,浸透圧が高い状態となるが,そのような状態になった後もグルタミン酸の排出が進行することが本件優先日以前に知られていたが,これは菌体外が低浸透圧の状態になった場合に,浸透圧調節チャネルからグルタミン酸が排出されることだけでは説明することができない現象である(乙28,39,弁論の全趣旨)。 (ウ) 本件優先日以前,Reinhard Kr?mer 博士(以下「クラマー博士」という。)らは,コリネバクテリウム・グルタミカムにおいて,L-リジン,L-スレオニン,L-イソロイシンなどのアミノ酸を輸送する担体を発見するとともに,グルタミン酸についても担体によって排出されるものであることを主張する乙39(Reinhard Kr?mer 他「Carrier-mediated glutamate secretion by Corynebacteriumglutamicum under biotin limitation」Biochimica et Biophysica Acta 1112 p115-123,1992年)と乙40(Reinhard Kr?mer「Secretion of amino acids by bacteria:Physiology and mechanism」FEMS Microbiology Reviews 13 p75-94,1994年)の二つの論文を発表していた(甲22,乙1,2,39〜41)。 1997年(平成9年)に執筆された甲8の共同執筆者の一人は,クラマー博士であるところ,甲8は,上記乙39,40を引用し,後述のとおり,甲8の実験で観察されたグルタミン酸の排出が担体によるものであるとの結論を導いている(甲8,乙39,40,42)。 イ 上記アに関連し,原告らは,証拠(甲47〜50)からすると,本件優先日当時,コリネバクテリウム・グルタミカムにおいて,グルタミン酸が,浸透圧に応じて浸透圧調節チャネルから排出されることが周知となっていたと主張する。 しかし,甲47には, 「特別な条件下で,大腸菌がトレハロースを排出した観察結果(StyrvoldとStrem 1991)およびコリネバクテリウム・グルタミカムがグルタミン酸を排出した観察結果(Shiioら 1962)は我々の研究と関連している。」との記載があるにすぎず,これだけで,原告らが主張するような技術常識があったと認めるには足りない。 また,甲48,49はいずれも大腸菌に関する文献であって,そこからコリネバクテリウム・グルタミカムをはじめとするコリネ型細菌におけるグルタミン酸排出の技術常識の存在を認めることはできない。 甲50には,その5頁の図に関して,コリネバクテリウム・グルタミカムの低浸透圧における相溶性溶質の排出が,少なくとも3種類の機械受容チャネル(浸透圧調節チャネル)を通じて起こる旨の記載がある。しかし,後述する甲8の記載からすると,浸透圧調節チャネルを通じた排出は全ての溶質について等しく行われるものではなく,特定の溶質について選択的に行われるのであると認められるから,上記排出されるべき「相溶性の溶質」の中にグルタミン酸が含まれるのかは,上記図だけからでは必ずしも明らかになっているとはいえず,甲50から原告らの主張する技術常識の存在を認めることはできない。 以上からすると,原告らの上記主張を認めるに足りる証拠はない。 (2) 甲8発明の認定の誤りについて(取消事由2) 前記(1)の事実関係を踏まえて,甲8において,原告らが主張するように,グルタミン酸が浸透圧調節チャネルから排出されたと認定できるかについて検討する。 ア 甲8の記載事項(甲8,乙31,乙31の2) (ア) Abstract a 572頁1行〜6行 「細菌は,低浸透圧ストレスに対して,低分子量の溶質を遊離し,一定の膨脹圧を維持することによって応答する。我々は,コリネバクテリウム・グルタミカムにおいて,浸透圧の突然の低下による様々な溶質の排出に関わる,浸透圧調節チャネルの機能を研究している。当該チャネルは,グリシンベタイン及びプロリンのような相溶性の溶質の排出を優先的に媒介する。同じような大きさの分子,例えば,グルタミン酸又はリジンの遊離は,制限され,ATPは,厳しい浸透圧ショックの後であっても,完全に維持された。」 b 572頁13行〜14行 「これらの結果は,大腸菌のメカノセンシティブチャネルに類似の浸透圧調節チャネルが,C.グルタミカムに存在することを示唆する。」 (イ) Results a 575頁のTable 1. b 575頁右欄19行〜576頁1行 「表1のデータは,C.グルタミカムにおいて浸透圧により引き起こされる溶質の排出は,特定の溶質について明確な選択性があることを示す。 ・・・表1のデータは,浸透圧により引き起こされる排出において,グリシンベタインがエクトインよりも選択的であることを実証する。 ・・・アラニンの放出の度合いは,エクトインと類似していたが,一方,グルタミン酸とリジンの流出は顕著に制限されていた。」 c 576頁左欄43行〜52行 「化学的または放射化学的方法による本研究における排出の測定において,すべての主要な排出溶質が考慮されたことを確認するため,低浸透圧ショック後の細胞外の培地を1HNMRによって分析した・・・。得られたスペクトルから,対応する実験において細胞により放出された主要な化合物は,グリシンベタイン,プロリン及びエクトインであることが証明された。わずかな乳酸塩以外の化合物は,これらの実験において,顕著な量で検出されることはなかった。」 (ウ) Discussion a 578頁左欄50行〜60行 「低分子質量化合物の流出は,原理的には,膜漏出によって,タンパク質性チャネルによって,又は流出担体によって,媒介されることができる。三つの全ての可能性の例が既報である。この流出は,特定の基質に対して顕著な優先傾向を示すことが見出されたため,C.グルタミカムについては,単純な膜漏出の可能性は排除された。担体の関与は,複数の実験結果から非常に可能性が低いことが示された。この排出速度は非常に速く,すなわち,C.グルタミカムについてこれまでに既報の全ての担体(最速のものは,完全に誘導されたベタイン取り込み担体((BetP)の110μmol・min-1・gdm-1(Farwickら,1995)である)よりもずっと速い。」 b 578頁右欄26行〜40行 「このシステムの興味深い特性は,特定の溶質に対するその選択性である。E.coliにおいては,激しい浸透圧ショックのもとでは,多かれ少なかれ,全ての低分子量化合物は放出された。 グルタミカムでは, C. そのようなことは起こらず,補償溶質が主に排出された。グリシンベタインやプロリンと大きさが類似している分子,例えば,グルタミン酸も,あるいはより小さい無機イオン(Na +,K+)でさえも,明らかにこのチャネルをグリシンベタインやプロリンと同じ程度には使用していない。E.coliにおいて,激しい低浸透圧ショック後にやはり放出されるATPのような分子は(Berrierら,1992),C.グルタミカムにおいては完全に保持されていた。結果として,このチャネルの特性は,E.coliシステムとは異なるに違いない。 グルタミカムのチャネルの分子としての正体 C. (アイデンティティ)は判明していないが,観察されたC.グルタミカムのチャネルを介した透過性の順序については,異なる特異性を有する複数のチャネルが存在することにより説明可能である。」 c 578頁右欄46行〜55行 「非特異的チャネル阻害剤Gd3+に対するこのチャネルの感受性の欠如は(Berrierら,1992;Schleverら,1993;Haseら,1995),E.coliにおいて記載されクローン化されたGd3+感受性MscLチャネルとは異なるものとして,それをさらに定義する(Sukharevら,1994)。しかしながら,この非特異的遮蔽剤が作用しないその他の例も存在する(Berrierら,1996)。したがって,C.グルタミカムのチャネルは,電気生理学的技術を用いることにより大腸菌において同定されたその他のタイプ,即ち,MscSと類似するかもしれない(Martinacら,1987,1990;ZorattiとPetronilli,1988;Berrierら,,1996)」 。 d 579頁左欄39行〜46行「最後に,ここで強調されるべきは,ここで述べた排出チャネルは,よく知られた特定の代謝条件下で観察されるC.グルタミカムのグルタミン酸排出とは関係がないことである。継続的なグルタミン酸生産の条件下でのグルタミン酸排出は,その活性に関し浸透圧変化に応答しているようにも見えるが(ランバートら,1995年) その排出は, , 以前から示されているエネルギーに依存する特定の担体系によりなされるものである(グートマンら,1992年,クラマー,1994年)」 。 イ 検討 甲8のTable 1.には,上記のとおり,低浸透圧の状態になった際にグルタミン酸が排出されていることが記載されているが,beforeの値を基準にその排出量を検討すべきとする原告らの主張を前提としても,グルタミン酸は,浸透圧が540mOsmになるまでほとんど排出されず,540mOsmになって20%が排出されているにすぎないところ,これは,全部で11種類検討されている溶質の中でATPに次いで小さな値である。そして,上記のようなTable 1.の結果を受けて,クラマー博士をはじめとする甲8の執筆者らは,グリシンベタインなど多くが排出されている溶質については浸透圧調節チャネルから排出されたとしつつ,グルタミン酸の排出については,浸透圧調節チャネルではなく,担体による排出であるとの結論を導いている。 Table 1.でグルタミン酸に次いで排出が制限されていることが観察されたリジンについては,前記(1)ア で認定したとおり,本件優先日当時までに,その輸送を担う担体がクラマー博士らによって発見されており,グルタミン酸の排出についてもリジンなどと同様に担体によるものであるとの説がクラマー博士らによって提唱されていた。そのクラマー博士が,自ら実験をした上でTable 1.の結果を分析し,甲8の共同執筆者の一人として上記のような結論を導いていることからすると,甲8に接した当業者が,それと異なる結論を敢えて着想するとは通常は考え難いところである。 以上からすると,原告らが主張するように,当業者が,Table 1.の結果を受けて,甲8に記載された浸透圧調節チャネルをグルタミン酸の排出と関連付けて認識すると認めることはできないというべきである。 そして,上記アで認定した甲8の記載内容からすると,本件審決の甲8発明の認定に誤りはなく,原告ら主張の取消事由2は理由がない。 (3) 容易想到性判断の誤りについて(取消事由3) 本件発明1と甲8発明との間には,本件審決が認定した前記第2の3(1)イの一致点及び相違点があることが認められる。 上記相違点の容易想到性について検討するに,前記(1),(2)で検討したとおり,本件優先日当時に,コリネバクテリウム・グルタミカムをはじめとするコリネ型細菌において,浸透圧調節チャネルがグルタミン酸の排出に関与しているということが当業者において周知になっていたとは認められないし,甲8に浸透圧調節チャネルがグルタミン酸の排出に関与していることが記載されているとも認められない。 原告らは,甲8発明に,甲10,13〜15及び周知技術・技術常識を適用することで,19型変異の構成を得ることができると主張するが,甲10,13〜15に,コリネ型細菌において,浸透圧調節チャネルからグルタミン酸が排出されることを示唆する記載はなく,他に,そのような周知技術・技術常識が存したとも認められない。 そうすると,当業者が,甲8発明に甲10,13〜15及び周知技術・技術常識を適用して,コリネ型細菌において浸透圧調節チャネルをコードするyggB遺伝子に着目し,それにグルタミン酸の排出を促すような変異を導入することを動機付られることはないというべきである。 その他,この点に関する原告らの主張は,上記認定を何ら左右するものではない。 したがって,上記相違点を容易想到ではないとした本件審決の判断に誤りはない。 (4) 本件発明4の容易想到性について 本件発明4は,本件発明1の(ii)の「配列番号6,62,68,84もしくは85のアミノ酸配列のアミノ酸番号1-23,86-108,及び110-132からなる群から選ばれる領域における1〜5個のアミノ酸の置換,欠失,又は挿入」の変異の下位概念である「配列番号6,62,68,84もしくは85のアミノ酸配列において,100位のアラニンをスレオニンに,及び/または111位のアラニンをスレオニンもしくはバリンに置換する変異」を有する変異型yggB遺伝子が導入されたコリネ型細菌の発明であるから,本件発明1が,甲8や甲10,13〜15及び周知技術・技術常識から当業者が容易に想到することができたものとはいえない以上,容易想到とはいえない。 (5) 本件発明6,7,9〜11の容易想到性について 本件発明6, 9〜11は, 7, 本件発明1に更なる限定を加えた発明であるから,前記(3)のとおり,本件発明1が,甲8や甲10,13〜15及び周知技術・技術常識から当業者が容易に想到することができたものとはいえない以上,いずれも容易想到とはいえない。 なお,原告らは,本件発明11について,19型変異が非誘導条件下ではグルタミン酸を生産能力が向上しないものであるから,本件発明11が進歩性を欠くとも主張しているが,前記2のとおり,19型変異は非誘導条件下でもグルタミン酸を非改変株より多く生産するものであるから,その主張は採用することができない。 (6) 本件発明12の容易想到性について 前記(2)で検討したとおり,甲8にグルタミン酸が浸透圧調節チャネルから排出されていることが記載されていると認められないことからすると,本件審決の前記第2の3(1)エ記載の本件発明12と甲8発明の相違点の認定に誤りはない。 また,前記(3)のとおり,当業者が,甲8発明に甲10,13〜15及び周知技術・技術常識を適用して,コリネ型細菌において浸透圧調節チャネルをコードするyggB遺伝子に着目し,それにグルタミン酸の排出を促すような変異を導入することを動機付られることはない。 したがって,本件発明12が甲8発明に甲10,13〜15及び周知技術・技術常識を適用して容易に想到することができたものとはいえない。 (7) 小括 以上からすると,その余の点について判断するまでもなく,原告らの主張する取消事由2,3はいずれも理由がない。 4 19型変異以外に関する実施可能要件及びサポート要件違反の認定判断の誤り(取消事由4)について (1) 2A-1型変異(本件発明1の(i)及び(i’ )について ) ア 前記1,3で検討したところに照らすと,本件発明は,コリネ型細菌において,yggB遺伝子によりコードされる浸透圧調節チャネルであるYggBタンパク質が,L-グルタミン生産の排出に関与しているという知見に基づき,yggB遺伝子に変異を導入してYggBタンパク質を改変し,よりグルタミン酸を排出しやすい菌株を作成することをその技術思想とするものといえる。 そして,本件発明1では,yggB遺伝子に導入すべき変異として,遺伝子の領域と膜貫通の観点から大別し,@yggB遺伝子のうち,C末端領域をコードする部分に変異を導入するもの(2A-1型変異[本件発明1の(i)及び(i’] ),66型変異,22型変異[本件発明1の(i’)。C末端側変異)とAyggB遺伝 ’]子のうち,第1,第4,第5の膜貫通領域をコードする部分に変異を導入するもの(本件発明1の(ii)。膜貫通領域の変異)の二種類を示している。 イ 本件明細書には,yggB遺伝子に導入すべき変異のうち,段落【0070】にC末端側変異一般についての説明があるほか,段落【0071】に2A-1型変異について,C末端領域において419位より下流の領域が五つのアミノ酸に置換されたもののほか,配列番号6,62,68,84及び85のC末端領域を欠失又は置換する変異が含まれると記載され,さらに,本件明細書の実施例5,6には,C末端領域において419位より下流の領域が五つのアミノ酸に置換された2A-1型変異において,グルタミン酸の生産能力が向上したことが確認されたことが記載されている(段落【0107】〜【0113】。 ) 上記アのような基本となる技術思想を踏まえつつ,本件明細書の上記記載に接した当業者は,2A-1型変異(本件発明1の(i)及び(i’)においては,C末 )端領域に欠失や置換等の変異が導入されることで,C末端領域の立体構造が改変されてグルタミン酸が排出されやすくなり,その生産能力の向上が図られるものと認識すると認められるし,本件明細書の記載を手掛かりに過度の試行錯誤をすることなく,2A-1型変異に係る本件発明1の(i)及び(i’)の変異を実施することができるといえる。 ウ 原告らは,2A-1型変異(本件発明1の(i)及び(i’ の変異) ) は,欠失や本件明細書に記載された五つのアミノ酸への置換以外の変異の態様を含むが,それらについて同じ効果が得られるのかは予測不可能であるし,欠失の実施例は存在しないと主張する。 しかし,上記のとおり,2A-1型について,当業者は,本件明細書の記載から,C末端領域の立体構造の変化によって,グルタミン酸生産能力の向上が図られるという,その基本的な原理を認識できるといえる。 また,本件明細書の実施例5,6では,上記のとおり,C末端領域において419位より下流の領域が五つのアミノ酸からなる短いアミノ酸残基に置換されたタイプの2A-1型変異について生産能力が向上したことが開示されているから,その変異の態様からすると,当業者は,生産能力の向上は,C末端領域の立体構造が改変されたことによるものと認識でき,C末端領域が欠失した場合でも,同様に,C末端領域の立体構造が改変されることを認識し,グルタミン酸生産能力が向上すると予測することができるといえる。 上記に加えて,変異を導入する領域についても一定の限定が付されていることも考え併せると,本件明細書で開示されていない他の態様についてもサポート要件及び実施可能要件が欠けるとはいえず,原告らの上記主張は採用することができない。。 (2) 66型変異,22型変異(本件発明1の(i’)の変異)について ’ ア 本件明細書の段落【0072】には,置換可能なyggB遺伝子のC末端側のプロリンが12個開示されるとともに,同プロリンがYggBタンパク質の立体構造維持のために重要な役割を果たしていると考えられることが記載されている。また,本件明細書の実施例12,13では,424番目のプロリンをロイシンに(66型変異),437番目のプロリンをセリンに(22型変異)それぞれ置換した変異株を作成したことが記載され,実施例13の22型変異株については,実際にグルタミン酸の生産能力が向上したことが記載されている(段落【0130】〜【0138】。 ) 以上の本件明細書の記載に加えて,証拠(乙19〜22)及び弁論の全趣旨によると,一般にプロリンが,タンパク質の立体構造形成に関与する特異な性質を有するアミノ酸であることは当業者に周知であり,これが上記本件明細書の段落【0072】の記載と整合的であることからすると,当業者は,前記(1)の本件発明の基本的な技術思想も踏まえ,C末端領域のプロリンを他のアミノ酸に置換することでC末端領域の立体構造が改変されて,YggBタンパク質からグルタミン酸が排出されやすくなって本件発明の課題が解決できると認識するといえるし,上記明細書の記載及び技術常識から,過誤の試行錯誤をすることなく,本件発明1の(i’)の ’変異を実施することができるものと認められる。 イ 原告らは,大多数のプロリンについて立体構造形成への寄与は検証されていないことなどから,当業者は,各プロリンの置換がグルタミン酸生産能力の向上をもたらすのかについて,これを逐一確認する必要があると主張する。 しかし,上記のとおり,基本的な原理は明らかにされている上,置換可能なプロリンの数が限定されていることからすると,原告らが主張するような点をもって,過度な試行錯誤であるということはできない。 (3) 膜貫通領域の変異(本件発明1の(ii)の変異)について ア yggB遺伝子に導入すべき変異のうち,本件発明1における膜貫通領域の変異は,アミノ酸配列の1-23(第1膜貫通領域),86-108(第4膜貫通領域),110-132(第5膜貫通領域)の各領域において1〜5個のアミノ酸を置換,欠失又は挿入するというものである。 本件明細書においては,変異の実施例が,それぞれの膜貫通領域に対応して一つ又は二つ記載されており(段落【0074】〜【0076】,第1膜貫通領域の変 )異の例としてA1型変異(配列番号6のアミノ酸配列の14番目のロイシン,15番目のトリプトファン間にシステイン,セリン,ロイシンが挿入された変異)が,第4膜貫通領域の変異の例として19型変異(配列番号6のアミノ酸配列の100番目のアラニンがスレオニンに置換された変異)が,第5膜貫通領域の変異の例としてL30型変異(配列番号6のアミノ酸配列の111番目のアラニンがバリンに置換された変異)及び8型変異(配列番号62のアミノ酸配列の111位のアラニンがスレオニンに置換された変異)がそれぞれ記載されている。 さらに,本件明細書では,実施例7として,A1型変異株の作成方法と同株でグルタミン酸の生産能力が向上していること(段落【0114】〜【0118】,実 )施例8として,19型変異株の作成方法と同株でグルタミン酸の生産能力が向上していること(段落【0119】〜【0121】,実施例9として,L30型変異株 )の作成方法と同株でグルタミン酸の生産能力が向上していること(段落【0122】〜【0124】)及び実施例11として,8型変異の作成方法(段落【0129】)が,それぞれ記載されている。 前記(1)のとおり,本件発明の基本的な技術思想は,yggB遺伝子に変異を導入することで,浸透圧調節チャネルを形成するYggBタンパク質に改変を加えて,グルタミン酸を排出しやすくするというものであり,本件発明1の(ii)は,膜貫通領域に改変を加え,膜貫通領域の立体構造を改変するというものである。このように課題を解決するための基本的な原理が明らかにされていることに加え,グルタミン酸の生産能力の向上がみられた実施例が,上記のように三つの膜貫通領域に対して一つ又は二つ記載されていること,変異を導入する領域が限定されていて,置換,欠失又は挿入するアミノ酸の数も1〜5個と限定されたものであることからすると,当業者は,本件発明1の(ii)について,本件発明1の課題を解決できるものであると認識すると認められるし,本件明細書の上記各記載を手掛かりに,過度の試行錯誤をすることなく,本件発明1の(ii)の変異を実施することができるものと認められる。 イ 原告らは,多数のコリネ型細菌を構築して生産能を測定すればよいというのは過度の試行錯誤であると主張する。 しかし,上記アのとおり,基本的な原理は明らかにされている上,かつ変異を導入する領域や置換等するアミノ酸の個数が限定されていることからすると,原告らが主張するような点をもって,過度な試行錯誤であるということはできない。 (4) 配列番号85のアミノ酸配列について ア 本件明細書の段落【0035】は,配列番号85のアミノ酸配列について,置換又は欠失してよい箇所をXaaで示している。証拠(乙23,26)によると,タンパク質の活性中心や機能上重要な部位では進化の過程の中でアミノ酸置換が起きない(タンパク質の機能的制約)一方で,それ以外の部位ではタンパク質の立体構造を保存するような,大きさや極性のよく似たアミノ酸同士による置換(保存的置換)が観察されるとされており,これは当業者にとって周知であったと認められる。これに加えて,本件明細書の段落【0034】【0078】に「上記置換 ,は保存的置換が好ましく」などとして,保存的置換の具体例が開示されていることを考え併せると,当業者は,配列番号85のXaaで示された箇所は,上記のようなタンパク質にとって機能上重要ではなく,置換・欠失が許容されている部位であり,どのような置換をすることが許容されるかについても,上記の保存的置換の意義を踏まえ,一定の範囲のものを認識することができるといえる。 そうすると,本件明細書には,yggB遺伝子に導入すべき変異として,他の配列と同列で配列番号85のアミノ酸配列のC末端側変異と膜貫通領域変異について記載され,前記(1)〜(3)のとおり,他の配列の実施例があることを考え併せると,本件発明1の配列番号85のアミノ酸配列について,本件明細書に実施例がなくても,当業者は,配列番号85のXaaで示された箇所は,置換・欠失が許容されている部位であるとして,保存的置換の意義を踏まえ,一定の範囲のものを認識し,本件発明1の(i)(i’, , )(i’) ’(ii)の変異を導入した場合に本件発明1の課題を解決できると認識するし,過度の試行錯誤をすることなく本件発明1を実施することができるものと認められる。 イ 原告らは,タンパク質の立体構造の形成に関与するプロリンを置換,欠失,挿入したりすると,タンパク質の立体構造が著しく変化し,浸透圧調節チャネルとして機能しなくなる可能性がある上,配列番号85が採り得るバリエーションは膨大な数となると主張する。 しかし,当業者は,上記アの保存的置換に関する知見から,無制限に置換可能ではなく,浸透圧調節チャネルとしての機能を喪失させるようなものについては,本件発明1の範囲に含まれるものではないと認識するものと認められるし,バリエーションの数についても,上記アのとおり,一定範囲のものに限られると認められるから,原告らの主張は採用することができず,上記アの認定は左右されない, (5) 小括 以上からすると,本件訴訟で原告らが主張する事由に基づいて,本件発明が,サポート要件及び実施可能要件に違反するとはいえず,原告らが主張する取消事由4は理由がない。 5 明確性要件違反についての認定判断の誤り(取消事由5)について (1) 本件発明6,12の記載について ア 特許を受けようとする発明が明確であるか否かは,特許請求の範囲の記載のみならず,明細書の記載及び図面を考慮し,また,当業者の出願時における技術常識を基礎として,特許請求の範囲の記載が,第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきである。 本件明細書の段落【0032】には,『過剰量のビオチンを含む条件』とは,例 「えば,培地中にビオチンを30μg/L以上,好ましくは40μg/L,さらに好ましくは50μg/L含む条件をいう。」と記載されている。 また,前記2(1)で認定したとおり,発酵法を用いたグルタミン酸の工業的生産は1960年代頃から行われており,ビオチンが十分に存在する条件下でもグルタミン酸を生産できる株が開発されるまでは,誘導条件の一つとして,ビオチンを制限してグルタミン酸を生産することが広く行われていたと認められる。このことに前記1(1)の本件明細書の記載を総合すると,本件発明6,12は,非誘導条件下でも生産能力の向上を図ることができる発明であると認められる。 したがって,当業者は,本件発明6,12にいう「過剰量のビオチン」とは,本件明細書の段落【0032】にあるような誘導条件に当たらないような量のビオチンを指すものであると理解できるものと認められる。 以上からすると,本件発明6,12が明確性要件を欠くとはいえない。 イ 原告らは,本件明細書の段落【0032】に記載された事項が【請求項6】に記載されていないから不明確であると主張するが,上記アのとおり,特許請求の範囲が不明確か否か判断するに当たって,明細書の記載や技術常識を参酌することが許されないということはないから,その主張は採用することができない。 (2) 本件発明7の記載について ア 本件発明7にいう「L-グルタミン酸アナログ」について,本件明細書の段落【0068】には, 「L-グルタミン酸アナログ」に該当する具体的な物質が13種類列挙されている上,段落【0139】【0140】には,列挙された物質 ,の一つである4-フルオログルタミン酸に対する耐性が向上している菌株についての実施例が記載されている。したがって,当業者は本件発明7にいう「L-グルタミン酸アナログ」にどのような物質が含まれるかを理解することができるといえ,本件発明7が明確性要件を欠くとはいえない。 イ 原告らは,本件明細書の段落【0068】 【0139】【0140】に , ,は「L-グルタミン酸アナログ」に包含される物質の一部しか列挙されていないから不明確であると主張するが,明確性の要件に違反するかは,第三者に不測の不利益を及ぼすほどに不明確であるか否かという観点から検討されるべきものであり,本件では,上記アのように具体的な物質が数多く列挙されているから,当業者は,どのような物質が「L-グルタミン酸アナログ」に含まれるのかを認識できるものということができる。 したがって,原告らの上記主張は採用することができない。 (3) 本件発明8の記載について ア 本件明細書の段落【0082】には,請求項8にあるsymA遺伝子について, 「変異型yggB遺伝子の機能を抑制する遺伝子とは,symA遺伝子が挙げられる(supresser of yggB mutation)。symA遺伝子は,コリネバクテリウム・グルタミカムATCC13032の Genbank Accession No. NC_003450 として登録されているゲノム配列中の塩基番号 2051306..2051845 にコードされており,NCgl1867として登録されている (NP_601149. hypothetical prot...[gi:19553147])。 C.glutamicum ATCC13869のsymA遺伝子を配列番号86の塩基番号 585〜1121 に示す。」と記載され,さらに,段落【0150】では,symA欠損株の作成方法が具体的に記載されている。当業者は,これらの記載から請求項8の記載内容を明確に理解することができると認められるから,本件発明8が明確性要件を欠くとはいえない。 イ 原告らは,請求項8には,(i)配列番号86の塩基番号585〜11 「21の塩基配列を含むDNA」との記載があるから,当該DNAが配列番号86の塩基番号585〜1121の塩基配列以外にどのような配列を含むのか不明であるから,本件発明8の記載は不明確であると主張するが,上記のとおり, 「symA遺伝子」の意味は明確であるから,本件発明8が明確性要件を欠くということはできない。 (4) 本件発明9の記載について ア 請求項9にいう「α-ケトグルタル酸デヒドロゲナーゼ活性が低下する」について,本件明細書の段落【0083】に「『α-ケトグルタル酸デヒドロゲナーゼ活性が低下する』とは,α-ケトグルタル酸デヒドロゲナーゼの活性が野生株又は親株等の非改変株に対して低下していることをいう。 と記載されているから, 」 当業者はその意味を理解することができるといえる。 したがって,本件発明9が明確性要件を欠くとはいえない。 イ 原告らは, 「低下」についての比較の対象が,非改変株であるというのであれば,その旨請求項に明確に規定すべきであると主張するが,前記(1)アのとおり,特許請求の範囲の記載が不明確か否かを判断するに当たって,明細書の記載を考慮することが許されないということはないから,その主張を採用することができない。 (5) 本件発明10,11の記載について 前記(3),(4)のとおり,本件発明8,9はいずれも明確であるから,本件発明8,9を引用する本件発明10,11についても明確性要件を欠くとはいえない。 (6) 本件発明6の請求項4,5を引用する部分の記載について 請求項4は,本件明細書の段落【0075】【0076】に記載された19型変 ,異,L30型変異及び8型変異を特定したものであるから,当業者は,本件発明6の請求項4を引用する部分には,(e)〜(j)の変異型yggB遺伝子が対応し,同引用部分とその他の(a)〜(d)(k)〜(n)とは関係がないことを理解で ,きる。 同様に,請求項5は,本件明細書の段落【0074】に記載されたA1型変異を特定したものであるから,当業者は,本件発明6の請求項5を引用する部分には,(c)(d)の変異型yggB遺伝子が対応し,同引用部分と(a)(b)(e) , , ,〜(n)とは関係がないことを理解できる。 以上からすると,本件発明6の請求項4,5を引用する部分の記載及び請求項6を引用する本件発明7〜11が明確性要件を欠くとはいえない。 (7) 小括 以上のとおり,本件発明6〜12はいずれも明確性要件を欠くものとはいえず,原告らが主張する取消事由5は理由がない。 |
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結論
よって,原告らの請求にはいずれも理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 森義之 |
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裁判官 | 眞鍋美穂子 |
裁判官 | 熊谷大輔 |