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関連審決 無効2017-800021
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事件 平成 31年 (行ケ) 10018号 審決取消請求事件
平成 31年 (行ケ) 10029号 審決取消請求事件
甲事件原告 シージェイジャパン株式会社 乙事件原告 シージェーチェイルジェダン コーポレーション 甲事件原告及び乙事件原告訴訟代理人弁護士 飯村敏明
同 末吉剛
訴訟代理人弁理士 山本修
同 鶴喰寿孝
訴訟復代理人弁護士 高橋聖史 甲事件・乙事件被告 味の素株式会社
訴訟代理人弁護士 森崎博之
同 津城尚子
訴訟代理人弁理士 白石真琴
訴訟復代理人弁理士 北谷賢次
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2020/03/19
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 11 甲事件原告及び乙事件原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は甲事件原告及び乙事件原告の負担とする。
3 乙事件原告につき,この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
請求
特許庁が無効2017-800021号事件について平成31年1月8日 にした審決のうち,特許第3651002号の請求項1〜2及び4に係る部分 を取り消す。
事案の概要
1 特許庁における手続の経緯等 ? 甲事件・乙事件被告(以下「被告」という。)は,平成11年9月22日 にした特許出願(特願2000-572382号。優先日平成10年9月2 5日(以下「本件優先日」という。),優先権主張国日本)の一部を分割し て,平成16年7月8日,発明の名称を「アミノ酸生産菌の構築方法及び構 築されたアミノ酸生産菌を用いる醗酵法によるアミノ酸の製造法」とする発 明について特許出願(特願2004-202121号。以下「本件出願」と いう。)をし,平成17年3月4日,特許権の設定登録(特許第36510 02号。請求項の数8。以下,この特許を「本件特許」という。甲1)を受 けた。
? 甲事件原告は,平成29年2月24日,本件特許について特許無効審判を 請求(無効2017-800021号事件。以下「本件審判」という。)し た。
被告は,同年7月7日付けで,請求項1ないし8からなる一群の請求項に ついて,請求項1,2及び4を訂正し,請求項3及び5ないし8を削除する 旨の訂正請求(以下「本件訂正」という。甲46)をした。
2 乙事件原告は,同年11月2日,本件審判に参加を申請し,本件審判に参 加した。
その後,特許庁は,平成31年1月8日,本件訂正を認めた上で,「特許 第3651002号の請求項1〜2及び4に係る発明についての審判請求は 成り立たない。」,「特許第3651002号の請求項3及び5〜8に係る 発明についての審判請求を却下する。」との審決(乙事件原告に対し,出訴 期間として90日を附加。以下「本件審決」という。)をし,その謄本は, 同月18日,甲事件原告及び乙事件原告(以下,併せて「原告ら」という。) に送達された。
? 甲事件原告は,平成31年2月14日,乙事件原告は,同年3月8日,そ れぞれ,本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起した。
2 特許請求の範囲の記載 本件訂正後の特許請求の範囲の請求項1,2及び4の記載は,以下のとおり である(以下,請求項の番号に応じて,請求項1に係る発明を「本件発明1」 などという。甲46)。
【請求項1】 コリネ型細菌の染色体上の, グルタミン酸デヒドロゲナーゼ(GDH)遺伝子のプロモーター配列の-3 5領域にTTGTCA配列及び-10領域にTATAAT配列,並びに/或い は クエン酸合成酵素(CS)遺伝子のプロモーター配列の-10領域にTAT AAT配列を導入したコリネ型細菌を,培地で培養し,培地中にL-グルタミ ン酸を生成蓄積させ,これを該培地から採取することを特徴とする発酵法によ るL-グルタミン酸の製造方法
【請求項2】 GDH遺伝子のプロモーターが,-35領域にTTGTCA配列及び-10 3 領域にTATAAT配列を有するものである請求項1記載の方法。
【請求項4】 CS遺伝子のプロモーターが,-10領域にTATAAT配列を有するもの, 又は-35領域にTTGACA配列及び-10領域にTATAAT配列を有 するものであり, GDH遺伝子のプロモーターが,-35領域にTTGTCA配列及び-10 領域にTATAAT配列を有するものである請求項1記載の方法。
3 本件審決の理由の要旨 (1) 本件審決の理由は,別紙審決書(写し)のとおりである。
その要旨は,請求人(甲事件原告)及び参加人(乙事件原告)の主張する 本件発明1,2及び4に係る無効理由1(本件優先日前に頒布された刊行物 である甲2(Microbiology(1996)142「Promoters from Corynebacterium glutamicum:cloning,molecular analysis and search for a consensus motif」(訳文:「コリネバクテリウム・グルタミカム由来のプロモーター: クローニング,分子解析及びコンセンサスモチーフの探索」))を主引用例 とする進歩性の欠如),無効理由2(本件優先日前に頒布された刊行物であ る甲5(国際公開第95/34672号)を主引用例とする進歩性の欠如), 無効理由3(サポート要件違反),無効理由4(実施可能要件違反)などは, いずれも理由がないというものである。
(2)ア 本件審決は,本件発明1には以下の3つの発明が含まれると認定した。
(本件発明1-1) 「コリネ型細菌の染色体上の,グルタミン酸デヒドロゲナーゼ(GDH) 遺伝子のプロモーター配列の-35領域にTTGTCA配列及び-10 領域にTATAAT配列を導入したコリネ型細菌を,培地で培養し,培地 中にL-グルタミン酸を生成蓄積させ,これを該培地から採取することを 特徴とする発酵法によるL-グルタミン酸の製造方法」に係る発明 4 (本件発明1-2) 「コリネ型細菌の染色体上の,クエン酸合成酵素(CS)遺伝子のプロ モーター配列の-10領域にTATAAT配列を導入したコリネ型細菌 を,培地で培養し,培地中にL-グルタミン酸を生成蓄積させ,これを該 培地から採取することを特徴とする発酵法によるL-グルタミン酸の製 造方法」に係る発明 (本件発明1-3) 「コリネ型細菌の染色体上の,グルタミン酸デヒドロゲナーゼ(GDH) 遺伝子のプロモーター配列の-35領域にTTGTCA配列及び-10 領域にTATAAT配列,並びにクエン酸合成酵素(CS)遺伝子のプロ モーター配列の-10領域にTATAAT配列を導入したコリネ型細菌 を,培地で培養し,培地中にL-グルタミン酸を生成蓄積させ,これを該 培地から採取することを特徴とする発酵法によるL-グルタミン酸の製 造方法」に係る発明 イ なお,本件発明1-1〜1-3における酵素遺伝子及びプロモーター配 列の領域の関係を図示すると,以下のとおりとなる。
本件発明 GDH CS -35 領域 -10 領域 -35 領域 -10 領域 1-1 TTGTCA TATAAT (特定無し) 1-2 (特定無し) (特定無し) TATAAT 1-3 TTGTCA TATAAT (特定無し) TATAAT? 本件審決が認定した甲2に記載された発明(以下「甲2発明」という。), 本件発明1-1と甲2発明の一致点及び相違点,本件発明1-2と甲2発明 の一致点及び相違点は,以下のとおりである。
ア 甲2発明 「コリネ型細菌の染色体上の,グルタミン酸デヒドロゲナーゼ(GDH) 5 遺伝子のプロモーター配列の-35領域にTGGTCA配列及び-10 領域にCATAAT配列を有し,クエン酸合成酵素(CS)遺伝子のプロ モーター配列の-35領域にTGGCTA配列及び-10領域にTAG CGT配列を有する,コリネ型細菌」の発明イ 本件発明1-1と甲2発明の一致点及び相違点 (一致点) コリネ型細菌の染色体上の,グルタミン酸デヒドロゲナーゼ(GDH) 遺伝子のプロモーター配列の-35領域に特定の塩基配列及び-10領 域に特定の塩基配列を有する,コリネ型細菌に係る発明である点。
(相違点1) 本件発明1-1のコリネ型細菌は,GDH遺伝子のプロモーター配列の -35領域にTTGTCA配列及び-10領域にTATAAT配列を導 入したものであるのに対し,甲2発明のコリネ型細菌は,GDH遺伝子の プロモーター配列の-35領域にTGGTCA配列及び-10領域にC ATAAT配列を有するものである点。
(相違点2) 本件発明1-1は,コリネ型細菌を培地で培養し,培地中にL-グルタ ミン酸を生成蓄積させ,これを該培地から採取することを特徴とする発酵 法によるL-グルタミン酸の製造方法の発明であるのに対し,甲2発明は, コリネ型細菌の発明である点。
ウ 本件発明1-2と甲2発明の一致点及び相違点 (一致点) コリネ型細菌の染色体上の,クエン酸合成酵素(CS)遺伝子のプロモ ーター配列の-10領域に特定の塩基配列を有する,コリネ型細菌に係る 発明である点。
(相違点1) 6 本件発明1-2のコリネ型細菌は,CS遺伝子のプロモーター配列の- 10領域にTATAAT配列を導入したものであるのに対し,甲2発明の コリネ型細菌は,CS遺伝子のプロモーター配列の-10領域にTAGC GT配列を有するものである点。
(相違点2) 本件発明1-2は,コリネ型細菌を培地で培養し,培地中にL-グルタ ミン酸を生成蓄積させ,これを該培地から採取することを特徴とする発酵 法によるL-グルタミン酸の製造方法の発明であるのに対し,甲2発明は, コリネ型細菌の発明である点。
? 本件審決が認定した甲5に記載された発明(以下「甲5発明」という。), 本件発明1-1と甲5発明の一致点及び相違点,本件発明1-2と甲5発明 の一致点及び相違点は,以下のとおりである。
ア 甲5発明 「染色体上に存在するα-ケトグルタル酸デヒドロゲナーゼ活性を有 する酵素をコードする遺伝子又はそのプロモーターの塩基配列中に1又 は2以上の塩基の置換,欠失,挿入,付加又は逆位が生じたことにより, α-ケトグルタル酸デヒドロゲナーゼ活性が欠損したコリネ型L-グル タミン酸生産菌を,培地で培養し,培地中にL-グルタミン酸を生成蓄積 させ,これを該培地から採取することを特徴とするL-グルタミン酸の製 造方法」の発明 イ 本件発明1-1と甲5発明の一致点及び相違点 (一致点) コリネ型細菌の染色体上の,遺伝子のプロモーター配列に1又は2以上 の塩基の置換させた配列を導入したコリネ型細菌を,培地で培養し,培地 中にL-グルタミン酸を生成蓄積させ,これを該培地から採取することを 特徴とする発酵法によるL-グルタミン酸の製造方法である点。
7 (相違点) 本件発明1-1のコリネ型細菌は,グルタミン酸デヒドロゲナーゼ(G DH)遺伝子のプロモーター配列の-35領域にTTGTCA配列及び- 10領域にTATAAT配列を導入したものであるのに対し,甲5発明の コリネ型細菌は,そのような特定がされていない点。
ウ 本件発明1-2と甲5発明の一致点及び相違点 (一致点) コリネ型細菌の染色体上の,遺伝子のプロモーター配列に1又は2以上 の塩基の置換させた配列を導入したコリネ型細菌を,培地で培養し,培地 中にL-グルタミン酸を生成蓄積させ,これを該培地から採取することを 特徴とする発酵法によるL-グルタミン酸の製造方法である点。
(相違点) 本件発明1-2は,クエン酸合成酵素(CS)遺伝子のプロモーター配 列の-10領域にTATAAT配列を導入したものであるのに対し,甲5 発明は,そのような特定がされていない点。
当事者の主張
1 取消事由1(本件発明1のサポート要件及び実施可能要件の判断の誤り)に ついて ? 取消事由1-1(GDH遺伝子のプロモーターへの変異導入について) ア 原告らの主張 本件審決は,本件出願の願書に添付した明細書(以下,図面と併せて「本 件明細書」という。)の実施例等には,コリネ型細菌の染色体上のグルタ ミン酸デヒドロゲナーゼ(GDH。以下,単に「GDH」ということがあ る。)遺伝子のプロモーター配列の-35領域にTTGTCA配列及び- 10領域にTATAAT配列を有する変異株が,L-グルタミン酸の収率 を向上させたことが示されており(表5(別紙1を参照)),本件発明1 8 (本件発明1-1)はかかる内容に対応するものであるから,本件発明1 は,発明の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された 範囲を超えるものではなく,本件特許請求の範囲の記載は,特許法36条 6項1号に規定する要件を満たしていないとすることはできない(サポー ト要件に適合する),また,本件明細書の発明の詳細な説明は,当業者が 本件発明1の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されて いるといえ,本件発明の詳細な説明の記載は,同条4項1号に規定する要 件を満たしていないとすることはできない(実施可能要件に適合する)旨 判断した。
しかしながら,原告らの実験(甲49)によれば,本件明細書に記載さ れた実施例の親株(AJ13029)と異なるコリネ型細菌の菌株(ATCC13869) を親株として,当該親株と,親株のGDH遺伝子のプロモーター配列に上 記実施例と同一の条件で本件発明1-1と同じ変異を導入した菌株とを 比較したところ,後者のL-グルタミン酸生産量は,親株と比較して増加 しておらず,むしろ低下した。
したがって,グルタミン酸の収率を向上させるという発明の課題は,G DH遺伝子のプロモーター配列にのみ特定の配列を導入するという,本件 発明1-1の態様全体にわたって解決できるものではなく,また,本件明 細書の発明の詳細な説明は,グルタミン酸の収率が向上できる程度に十分 かつ明確に記載されていないといえる。
イ 被告の主張 原告らの実験(甲49)は,本件明細書の実施例に記載された親株 (AJ13029)と異なる菌株(ATCC13869)について,培養温度をシフトする 誘導条件を採用している。
しかしながら,本件優先日において,ATCC13869 が,AJ13029 とは異なり, 培養温度をシフトしてもL-グルタミン酸生成が誘導されない菌株であ 9 ることは,当業者にとって技術常識であった(乙10,16)。そのため, コリネ型細菌を用いてグルタミン酸を生産する当業者であれば, ATCC13869 を培養・誘導するに際し,甲49に示される条件を採用しない ことは明らかである。
そして,ATCC13869 について,温度シフトではなく,界面活性剤の添加 によってGDH遺伝子のプロモーターの-10領域及び-35領域に本 件発明1-1の変異を導入した被告の実験(乙14)によれば,AJ13029 を 親株に用いた本件明細書の実施例と同様に,親株と比較してL-グルタミ ン酸生成の顕著な増加を示したことが確認されている。
以上のとおり,原告らの主張は,誤った培養条件を採用した実験結果に 基づくものであって理由がなく,本件審決の判断に誤りはないから,原告 ら主張の取消事由1-1は理由がない。
? 取消事由1-2(CS遺伝子のプロモーターへの変異導入について) ア 原告らの主張 本件審決は,@本件明細書の実施例3は,コリネ型細菌の染色体上のG DH遺伝子のプロモーターに本件発明1-1の変異が導入された変異株 (FGR2)を基にした物であるものの,染色体上のクエン酸合成酵素(CS。
以下,単に「CS」ということがある。)遺伝子のプロモーターの-10 領域のみに変異を有する株(GB02)が,同領域に変異を有しない株(上記 FGR2)に比べて,CS比活性が1.9倍増強され,L-グルタミン酸の収 率を向上させたことが記載されており(表10及び12(別紙1を参照), ) Aまた,コリネ型細菌のCS遺伝子のプロモーターに特定の変異を導入す ることが,L-グルタミン酸の生産性の向上に寄与することは,当業者で あれば理解できるから,本件発明1(本件発明1-2)は,発明の課題が 解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えるもの ではなく,サポート要件に適合し,かつ,本件発明の詳細な説明は,当業 10 者が本件発明1の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載されているといえるものであって実施可能要件に適合する旨判断した。
しかしながら,本件明細書の実施例3は,コリネ型細菌の染色体上のGDH遺伝子及びCS遺伝子のプロモーターに変異を導入して,GDH活性及びCS活性の双方を増強した変異株によるL-グルタミン酸の生産性を示すものであって,CS遺伝子を単独で増強させた変異株の生産性を示すものではない。
また,L-グルタミン酸は,別紙2のとおり,クエン酸回路(トリカルボン酸回路。以下「TCA回路」という。)という一連の反応によって生産されるものであり,TCA回路において,CSは,オキサロ酢酸とアセチルCoAとを縮合してクエン酸を合成する働きを持つ酵素であり,GDHは,アンモニアをα-ケトグルタル酸に還元的に固定し,L-グルタミン酸を生成する反応を促進する酵素である(甲13)。
ここで,ある反応の生成物が後続の反応の反応物(原料)となり,反応が順に進行する場合,一連の反応全体の反応速度は,最も遅い反応と実質上等しくなる(律速段階。甲66〜68)。そのため,TCA回路において,CSの発現のみを強化してクエン酸の生成を促進しても,後続の反応のいずれかの速度が遅い場合には,L-グルタミン酸の生成速度は増加しないものである。
そして,CSの発現のみを増強してもL-グルタミン酸の生産量が増加しないことは,甲4(Microbiology(1994)140)及び甲34(特開昭63-214189号公報)にも明示されている。すなわち,甲4では,CS活性の増強とL-グルタミン酸の生産量との相関に関する過去の研究を引用して,「C.グルタミカムのグルタミン酸を分泌する能力は,単にCS酵素レベルを上昇させるのみでは,促進することはできない。」と記載され(1821頁左欄〜右欄),甲34では,CS遺伝子の発現は強化する 11 ものの,GDH遺伝子の発現は強化しなかった菌株(801(pAG4003))と その親株(801)との間で,L-グルタミン酸の生産量に変化が見られなか ったことが記載されている(第13表(別紙3を参照))。
したがって,本件発明1-2のようにCS遺伝子のプロモーター配列に のみ特定の配列を導入することによって,グルタミン酸の収率を向上させ るという発明の課題を解決することを,当業者が認識できるものではなく, また,本件明細書の発明の詳細な説明は,グルタミン酸の収率が向上でき る程度に十分かつ明確に記載されていないといえる。
イ 被告の主張 本件明細書の実施例3には,GDH遺伝子の活性が一定の状態で,CS 遺伝子のプロモーター配列の-10領域のみに本件発明1-2の変異を 導入して,CS活性を適度な範囲に調節すると,グルタミン酸生産量が増 大することが示されている。
また,TCA回路の回転の強さは,回路に含まれる物質の量に依存する。
そこで,例えば,CS遺伝子の活性が高まってCS酵素による反応産物が 増加すれば,回路は強く回転することになるため,GDH遺伝子の活性を 高めずとも,回路の回転で生産されるグルタミン酸は増加する。
そうすると,上記知見を有する当業者であれば,本件明細書の記載から, GDH遺伝子のプロモーター配列の変異と組み合わせずとも,CS遺伝子 のプロモーター配列の変異によってその活性を適度に増強することで,グ ルタミン酸生産能の向上に寄与することを理解できる。
なお,甲4及び甲34に記載されたCS遺伝子の発現の増強は,プラス ミド導入によるものであるところ,ある遺伝子をプラスミドで増強させた 結果から,染色体上の同遺伝子のプロモーター配列を改変させた結果は予 測し得ないものであるから,甲4及び34の記載は,本件発明1-2によ る上記効果を何ら否定するものではない。
12 以上によれば,本件審決の判断に誤りはなく,原告ら主張の取消事由1 -2は理由がない。
? 取消事由1-3(プロモーター-35領域及び-10領域の周辺領域につ いて) ア 原告らの主張 本件審決は,本件発明1は,GDH遺伝子,CS遺伝子のプロモーター の-35領域及び/又は-10領域に特定の配列の変異を導入したコリ ネ型細菌変異株を用いて,L-グルタミン酸の収率を向上させたL-グル タミン酸の製造方法を提供するものであって,-35領域及び-10領域 の周辺領域の配列や長さを発明特定事項とするものではなく,これらの領 域の周辺領域の配列や長さについては,本件明細書の記載 【0017】 ( , 【0018】,【0022】,【0025】〜【0048】,表5,6, 10及び12)及び技術常識に基づき,当業者であれば容易に理解するこ とができるから,本件発明1はサポート要件に適合し,また,本件明細書 の発明の詳細な説明実施可能要件に適合する旨判断した。
しかしながら,本件発明1では,GDH遺伝子のプロモーターの-35 領域及び-10領域に特定の配列を導入し,並びに/あるいはCS遺伝子 の-10領域に特定の配列を導入することが規定されているものの,-3 5領域と-10領域の間の配列,-35領域の上流領域及び-10領域の 下流領域は何ら特定されていないため,これらの領域には,いずれの配列 及び長さを有するものも包含される。
一方,-35領域と-10領域の間の配列や長さは,プロモーター活性 に大きく影響することが知られており(甲26(1頁12行〜17行), 甲27(4頁15行〜22行),甲28(実施例2,表1),甲32(1 91頁(b)及び(c),図2及び3)),コリネ型細菌においても,プ ロモーターの-35領域と-10領域の間の領域が重要であると報告さ 13 れている(甲2(1306頁左欄39行〜59行))。
また,-35領域の上流領域及び-10領域の下流領域の配列や長さが, プロモーター活性に大きく影響することも知られており(甲32(191 頁(d),図2〜5)),コリネ型細菌においても,プロモーターの-3 5領域の上流領域が保存され,重要性が示唆されている(甲2(1306 頁左欄39行〜59行))。
ところが,-35領域と-10領域の間の配列,-35領域の上流領域 及び-10領域の下流領域の具体例として本件明細書の実施例に示され ているのは,それぞれ,GDH遺伝子のプロモーターに関する,配列番号 1における「TATCTGCGACACTGC」(15bp),同「TTAATTCTTTG」(11bp)及 び同「TTGAACGT」(8bp)のみであって(【0025】),CS遺伝子に関 するものは示されておらず,上記配列を採用すべきことを示唆するような 記載もない。そして,本件明細書のその他の部分には,これらの領域に関 する記載は見当たらず,プロモーターの-35領域及び-10領域の周辺 領域の配列や長さがプロモーター活性に影響を与えない範囲が,技術的背 景として明らかであったわけでもないから,これを当業者が適宜定めるこ とはできない。
以上によれば,本件明細書の実施例及びその他の記載並びに技術常識を 参照しても,本件発明1におけるように,GDH遺伝子及びCS遺伝子の プロモーターの-35領域と-10領域の間の配列,-35領域の上流領 域及び-10領域の下流領域を任意の配列や長さにした場合に,L-グル タミン酸の生産性が向上することを当業者は認識することができない。
したがって,本件発明1はサポート要件に適合するものとはいえず,同 様の理由により,本件明細書の発明の詳細な説明実施可能要件に適合す るものとはいえない。
イ 被告の主張 14 本件発明1は,目的遺伝子のプロモーターの特異的領域である-35領 域及び/又は-10領域に特定の配列の変異を導入し,目的遺伝子の発現 量の適度な強化及び調節を行うことで,L-グルタミン酸を高収率で生産 する能力を有するコリネ型細菌変異株を提供するものであって,-35領 域及び-10領域の周辺領域の長さや配列を発明特定事項とするもので はない。
そして,原告らが挙げる甲26等に,プロモーターの-35領域及び- 10領域の周辺領域の配列や長さがプロモーター活性に影響を与えるこ とが記載されていたとしても,GDH遺伝子,CS遺伝子のプロモーター の-35領域及び-10領域の周辺領域の配列や長さは,本件明細書の記 載及び技術常識に基づき,L-グルタミン酸の収率に影響を与えない範囲 で当業者が適宜定めることができる。
なお,GDH遺伝子の-35領域と-10領域の間の配列については, 本件明細書の【0025】だけでなく,【0032】(表6)にも記載さ れている。また,野生型のGDH遺伝子及びCS遺伝子の配列は,-35 領域と-10領域の周辺領域も含めて公知であった。
以上によれば,本件審決の判断に誤りはなく,原告ら主張の取消事由1 -3は理由がない。
2 取消事由2(甲2を主引用例とする本件発明1の進歩性の判断の誤り)につ いて ? 取消事由2-1(本件発明1-1について) ア 原告らの主張 本件審決は,@甲2,4〜8及び34の記載は,コリネ型細菌の染色体 上のGDH遺伝子等のグルタミン酸生合成系遺伝子のプロモーター配列の -35領域及び-10領域の塩基配列をコリネ型細菌のコンセンサス配列 に改変することや,コンセンサス配列に基づき上記各領域の塩基配列を改 15 変することを示唆する記載であるとはいえない,Aまた,技術常識ないし周知事項を示す証拠として原告らが提出した甲3,9〜12,16〜19,23〜28,30〜33及び35にも,上記@の各領域の塩基配列をコリネ型細菌のコンセンサス配列に改変することや,コンセンサス配列に基づき上記各領域の塩基配列を改変することの動機付けとなるような記載はないから,甲2,4〜8及び34の記載及び本件優先日前の周知事項に基づいても,甲2発明のコリネ型細菌において,GDH遺伝子のプロモーター配列の-35領域及び-10領域の塩基配列の一部を置換して,本件発明1-1の構成とすることは,当業者が容易に想到し得ることとはいえない旨判断した。
しかしながら,以下のとおり,甲2発明及び甲2中の示唆に基づいて,又は甲2発明に甲5,甲6又は甲8記載の発明等を適用して,本件発明1-1の構成を採用することは,当業者が容易に想到し得た事項である。
(ア) -10領域について a 主引用例(甲2)中の示唆 (a) 技術常識 前記1?アのとおり,L-グルタミン酸は,TCA回路という一 連の反応によって生産されるものである。そして,L-グルタミン 酸の生産を増強するためには,L-グルタミン酸に至るまでの各反 応に関与する酵素(CS,GDH,ICDH等)の発現を強化する ことが望ましいことは,本件優先日前において技術常識であった (甲5(11頁11行〜20行),甲11(3頁左上欄5行〜10 行),甲34(3頁右下欄))。
また,E.coli(大腸菌)において,プロモーターの-10領域及 び-35領域をコンセンサス配列に変更ないし近づけることによ って,目的遺伝子の発現を強化できることも,本件優先日前におい 16 て技術常識であった(甲6,甲9(1120頁右欄5行〜9行), 甲17(Abstract),甲18(図1〜2,804頁左欄12行〜2 0行),甲19(Abstract,6229頁右欄最終行〜6230頁左 欄8行),甲27(4頁1行〜4行,7頁24行〜28行),甲3 1(Abstract)等)。
? 甲2の記載 甲2には,コリネ型細菌と E.coli のコンセンサス配列が同等で あることが示されている(1297頁 Abstract11行〜18行)。
また,甲2には,コリネ型細菌のプロモーターの-10領域のコ ンセンサス配列が「TA.aaT」であること,この3番目の塩基「.」は, 突出して頻度の高いものは存在しないものの, 「T」 33% が (11/33) を占めており,相対的に最も頻度の高い塩基であることが記載され ている(Abstract,Table2)。
加えて,本件優先日前において,E.coli 等の細菌のプロモーター -10領域のコンセンサス配列は「TATAAT」であり,3番目の塩基 は「T」であること(甲2(Table2) , ) -10領域の配列が「TATAAT」 であるプロモーター(例えば,tac,lacUV5)が,コリネ型細菌で強 力に機能し,下流の遺伝子の発現を増強することが知られていた ? 小括 以上によれば,前記?の甲2の記載は,当業者に対し,甲2発明 のGDH遺伝子のプロモーター配列の-10領域(CATAAT)の1番 目の塩基「C」を「T」に変異して,コンセンサス配列,すなわち本 件発明1-1の構成(「TATAAT」)とすることを示唆するものとい える。
b 副引用例について (a) 甲5の記載 17 甲5には,コリネ型細菌によるL-グルタミン酸の生産性を向上させるためには,L-グルタミン酸生合成系遺伝子を増強することが有利であり,その具体的な手段として,TCA回路に関わるGDH遺伝子,CS遺伝子等の発現を増強することが記載されている(11頁11行〜20行)。
さらに,甲5には,目的遺伝子の発現を強化するには,当該遺伝子をコリネ型細菌で機能する強力なプロモーターの下流に連結すればよいことが記載され,そのようなプロモーターとして,大腸菌の lac,lacUV5,tac,trp プロモーター等が例示されている(12頁9行〜16行) そして, 。 上記の大腸菌の lac プロモーター等は,-10領域に「TATAAT」配列を有する(甲7)。
加えて,甲5には,目的遺伝子を相同組換えによって染色体上へ固定することも記載されている(9頁29行〜10頁13行)。しかも,本件優先日当時,目的遺伝子の発現をプラスミドDNA上により増強する技術には,目的遺伝子や菌株によっては,脱落,不十分な発現,過剰発現による菌の生育や物質への悪影響といった問題が生じる場合があること,この課題を解決するための手段として,相同組換えにより目的遺伝子を染色体上へ固定する方法が,既に知られていた(甲5(9頁最終行〜10頁13行),甲10(【0003】,【0004】))。また,コリネ型細菌のCS遺伝子については,その発現増強をプラスミドにより行うと,過剰発現により菌の生育が悪くなったことから(甲4(1820頁右欄32行〜36行)),染色体上での変異導入により解決すべき具体的課題が存在することも知られていた。
そのため,L-グルタミン酸の生産に当たり,目的遺伝子(とりわけ,CS遺伝子)の発現のためにプラスミドではなく染色体上へ 18 の変異導入を行うことは,当業者が当然に採用する手段であった。
以上によれば,L-グルタミン酸の生産量を向上させる目的で, TCA回路に関わるGDH遺伝子の発現を強化するため,甲2発明 に対し,甲5記載の lac プロモーター等の-10領域 「TATAAT」 ( ) を適用し,甲2発明の染色体上のプロモーターに変異を導入して, 相違点1に係る本件発明1-1の構成を採用することは,当業者が 容易に想到し得たものである。
? 甲6の記載 甲6には,E.coli のプロモーター配列の-10領域のコンセンサ ス配列が「TATAAT」であること,E.coli のプロモーター配列の-1 0領域を「TACAAT」から上記コンセンサス配列に変異させたことに より,活性が7倍上昇したことが記載されている(875頁左欄 Abstract4行〜10行)。
そして,前記a(a)のとおり,本件優先日前において,コリネ型細 菌において,TCA回路に関与する複数の酵素の遺伝子(例えば, GDH遺伝子及びCS遺伝子)の発現を強化することによって,L -グルタミン酸の生産性が向上することが知られており,また,コ リネ型細菌と E.coli との間で,プロモーターの機能と構造に共通 性があり転用が可能であることも知られていた(甲2(1305頁 右欄11行〜24行,1306頁左欄18行〜38行),甲5(1 2頁9行〜16行),甲16(Abstract(607頁),結果(60 8頁) Table1 , (610頁) , ) 甲20(3頁左上欄5行〜右上欄), 甲21(2頁左上欄12行〜右上欄8行),甲22(請求項8,1 2)等)。
以上によれば,L-グルタミン酸の生産量を向上させる目的で, TCA回路に関わるGDH遺伝子の発現を強化するため,甲2発明 19 に対し,甲6記載の発明を適用し,甲2発明の染色体上のプロモー ターに変異を導入して,相違点1に係る本件発明1-1の構成を採 用することは,当業者が容易に想到し得たものである。
? 甲8の記載 甲8には,コリネ型細菌内で機能するプロモーターの配列(-3 5領域「TAGACA」,-10領域「TATAAT」)の発明や,プロモータ ー配列の-10領域を「TATAAT」にすることにより,目的遺伝子の 発現が14倍上昇することが記載されている(請求項1,実施例2, 実施例3)。
そして,前記a(a)のとおり,本件優先日前において,コリネ型細 菌において,TCA回路に関与する複数の酵素の遺伝子(例えば, GDH遺伝子及びCS遺伝子)の発現を強化することによって,L -グルタミン酸の生産性が向上することが知られていた。
以上によれば,L-グルタミン酸の生産量を向上させる目的で, TCA回路に関わるGDH遺伝子の発現を強化するため,甲2発明 に対し,甲8記載の発明を適用し,甲2発明の染色体上のプロモー ターに変異を導入して,相違点1に係る本件発明1-1の構成を採 用することは,当業者が容易に想到し得たものである。
c 相違点の容易想到性 以上によれば,コリネ型細菌のGDH遺伝子のプロモーター配列の -10領域を本件発明1-1の構成「TATAAT」に改変することは,当 業者が甲2発明及び甲2の示唆に基づき,又は,甲2発明及び甲5, 甲6若しくは甲8記載の発明に基づいて,容易に想到し得たものであ る。
(イ) -35領域について a 前記(ア)a(a)のとおり,本件優先日前において,L-グルタミン酸 20 の生産を増強するためには,L-グルタミン酸に至るまでの各反応に 関与する酵素(CS,GDH,ICDH等)の発現を強化することが 望ましいこと,E.coli において,プロモーターの-10領域及び-3 5領域をコンセンサス配列に変更ないし近づけることによって,目的 遺伝子の発現を強化できることは,技術常識であった。
b 野生型コリネ型細菌のプロモーターの-35領域のコンセンサス配 列は「TTGCCA」であり,1番目〜3番目の塩基は「TTG」である。そし て,コリネ型細菌を含む複数の細菌において,プロモーター-35領 域の1番目〜3番目の塩基「TTG」の保存性が高いことが知られていた (甲2(Table2),甲6(introduction))。
そうすると,当業者が野生型コリネ型細菌のプロモーター-35領 域の変異を試みる場合,1番目〜3番目の塩基については保存性の高 い「TTG」を採用するはずである。
c 以上によれば,L-グルタミン酸の生産性を向上させるために,各 酵素の発現を強化する一環として,甲2発明のコリネ型細菌における 野生型GDH遺伝子のプロモーター-35領域の1番目〜3番目の塩 基を保存性の高い「TTG」にするために,2番目の塩基「G」を「T」に 変異して,本件発明1-1の構成(「TTGTCA」)とすることは,当業 者が容易に想到し得た事項である。
(ウ) 本件発明1-1の効果 本件明細書の記載によれば,野生型の親株(AJ13029)のGDH遺伝子 のプロモーター配列に変異を導入して本件発明1-1の構成とした菌株 (FGR2(実施例2))のL-グルタミン酸生産量は,親株の1.15倍 に過ぎない(表5及び6(別紙1を参照))。
そして,従来技術でも,GHD遺伝子の発現の強化により,L-グル タミン酸生産量が1.20倍に増加することが知られていた(甲34)。
21 以上によれば,相違点1に係る本件発明1-1の構成を採用すること による効果は,顕著なものとはいえない。
イ 被告の主張 (ア) -10領域について a 主引用例(甲2)中の示唆について (a) 技術常識 L-グルタミン酸の生産を増強するために,L-グルタミン酸に 至るまでの各反応に関与する酵素(CS,GDH,ICDH等)の 活性をどの程度増強すればよいかについては,本件優先日当時,明 らかではなかった。
また,E.coli において,プロモーターの-10領域及び-35領 域をコンセンサス配列に変更ないし近づけることによって,目的遺 伝子の発現を強化できることが,本件優先日前において技術常識で あったとはいえない。この点に関し原告らが提出する証拠(甲6, 9,17〜19,27,31)には,E.coli のプロモーターの-3 5領域及び-10領域の配列が,コンセンサス配列に近づく程活性 が高まることは記載されていない。
E.coli に関しても,プロモーター配列の-35領域及び-10領 域の配列とコンセンサス配列との類似性が高まることで,プロモー ター活性の向上が必ず引き起こされるとは考えられていなかったも のである(乙7の1〜7の3)。
? 甲2の記載 甲2には,単に E.coli 等と,コリネ型細菌の TS サイトから約3 5塩基対上流及び約10塩基対上流のモチーフの位置及びモチーフ 自体が比較可能であるという程度のことが示されているに過ぎない。
また,甲2には,コリネ型細菌のプロモーターの-10領域のコ 22 ンセンサス配列が「TA.aaT」であることが記載されているが,この3番目の塩基「.」は,塩基が不安定であることを示し,また,小文字で記載される塩基は,甲2で検討した多数の酵素の各プロモーターにおいて,保存性の低い塩基であることを示している。
なお,甲2の Table2 に示される C.グルタミカムプロモーターの各塩基の保存割合は,Fig.1 に示される33個のプロモーター中の頻度から計算しているが,これは,Fig.1 の-10領域の3番目の塩基が「T」である数と,「G」である数を数え間違え,「T」を11個,「G」を9個として算出した割合と考えられる。しかしながら,実際には,Fig.1 に示される-10領域の3番目の塩基の「T」は10個であるから,その保存割合は30%(10/33)であり,また, 「G」も実際は10個であるから同様に30%であって,「T」が相対的に最も頻度の高い塩基というわけでもない。
また,本件優先日当時,コリネ型細菌の遺伝子発現のためのプロモーターの配列構造についての研究は進んでおらず,大腸菌や枯草菌のような他の産業用微生物とは異なり,公知ではなかったものであり,コリネ型細菌のCS遺伝子のプロモーターの-10領域は,必ずしも甲2に開示される配列に確定していなかった(甲3,4,乙8)。
甲2には,コリネバクテリウム・グルタミカムの複数の遺伝子のプロモーターについて,-35領域及び-10領域の塩基配列を解析した結果が記載されているだけであって,コリネ型細菌の染色体上の遺伝子のプロモーター配列の-35領域及び-10領域の塩基配列をコリネ型細菌のコンセンサス配列に改変することや,コンセンサス配列に基づきこれらの領域の塩基配列を改変することを示唆する記載はない。
23 かえって,甲2には,コリネ型細菌において,プロモーター活性 と,各プロモーターの-35領域及び-10領域とコンセンサス配 列との類似性との間に相関が確認できなかったことが記載されて いる(1306頁右欄下から2行〜1307頁左欄6行)。
? 小括 以上によれば,当業者が,甲2の記載に基づき,コリネバクテリ ウム・グルタミカムの多数の遺伝子のうち,特にGDH遺伝子のプ ロモーター配列を改変しようとする動機付けがあったとはいえな い。
b 副引用例について (a) 甲5の記載 甲5は,α-ケトグルタル酸デヒドロゲナーゼ(α-KGDH) 活性が欠失したコリネ型細菌及び当該菌を用いたL-グルタミン 酸の製造法等に関する文献である(請求項1,2等)。
そして,甲5には,α-KGDH活性が欠失したコリネ型細菌を 得る方法として,染色体上の配列と相同性を有する配列を持つプラ スミドを用いて相同性組換えを起こすことにより,変異が導入され て改変又は破壊された遺伝子が,染色体上の正常な遺伝子と置換さ れた菌株を取得することができる旨が記載されているが,かかる記 載は,α-KGDH活性を欠損させる手段として記載されているだ けで,コリネ型細菌の染色体上のGDH遺伝子等のグルタミン酸生 合成系遺伝子に変異を導入する手段として記載されているわけで はない。
また,甲5には,遺伝子自体を改変又は破壊する手段として,上 記の相同性組換えを開示しているに留まり,遺伝子のプロモーター の特定の領域を変異させることや,染色体上にもともと存在する遺 24 伝子のプロモーターの特定の領域を変異させて発現を適度に調整 するという解決手段については,開示も示唆もない。
なお,甲5は,α-KGDH活性の欠失とともに,グルタミン酸 生合成系遺伝子を強化し得ることを開示し,そのような遺伝子とし て,他の多数の遺伝子に加えてCS及びGDHを例示するが,これ らの遺伝子を染色体から取得し,これをコリネ型細菌で利用可能な ベクターに連結した後,目的遺伝子の発現を増強したい場合には, ベクター上の遺伝子を強力なプロモーターの下流に連結すること ができることを開示するにとどまる(11頁21行〜12頁4行, 12頁9行〜16行)。
したがって,甲5には,コリネ型細菌の染色体上のGDH遺伝子 等のグルタミン酸生合成系遺伝子のプロモーター配列に関し,その -35領域及び-10領域の塩基配列を改変することの開示も示 唆もない。
? 甲6の記載 甲6には,大腸菌の特定の遺伝子のプロモーターについての結果 が記載されているだけであって,コリネバクテリウム・グルタミカ ムのプロモーターのコンセンサス配列に関する記載はない。
また,E.coli と C.グルタミカムとではコンセンサス配列が異な り,コリネ型細菌に E.coli のコンセンサス配列と一致させる変異 を導入する動機付けもない。
そもそも,前記a(a)のとおり,E.coli においてさえも,目的遺 伝子のプロモーター配列をコンセンサス配列に変更した際に,必ず しも,遺伝子の活性が増強されるとはいえなかった。
このような状況下において,E.coli に関する甲6の開示を,コリ ネ型細菌に適用する動機付けはなく,コリネ型細菌に E.coli のコ 25 ンセンサス配列と一致させる変異を導入して,相違点1に係る本件 発明1-1の構成とすることを想到するのは,容易でない。
? 甲8の記載 甲8は,特定の配列を有するプロモーターがコリネ型細菌内で機 能することを示すに過ぎず,コンセンサス配列とは無関係の文献で ある。また,甲8は,コリネ型細菌内で機能するプロモーターの配 列として特定の配列を採用した結果,目的遺伝子の発現が14倍に 上昇したことを示すものではない。
本件発明は,目的遺伝子の発現を適度に増加して,グルタミン酸 を高収率で得る発明であり,目的遺伝子の発現と生成物の収率が連 動しているわけではない。また,ある微生物のプロモーターが,他 の微生物のプロモーターとして機能する例が知られていることと, そのプロモーターが他の微生物においてコンセンサス配列である ことは無関係である。
加えて,甲8でブレビバクテリウム菌株に導入されている遺伝子 (CAT)は,その株に全く存在しない外来遺伝子であるから,甲8の 記載は,染色体上のGDH遺伝子等のプロモーター配列の-10領 域の塩基配列を改変することを示唆する記載ではない。
(イ) -35領域について a 前記(ア)と同様の理由により,当業者が,甲2の記載に基づき,コ リネバクテリウム・グルタミカムの多数の遺伝子のうち,特にGDH 遺伝子のプロモーター配列を改変しようとする動機付けがあったとは いえず,また,甲5,甲6及び甲8には,コリネ型細菌の染色体上の GDH遺伝子等のグルタミン酸生合成系遺伝子のプロモーター配列に 関し,その-35領域の塩基配列を改変することの開示や示唆はない。
b また,甲2には,@-35領域のコンセンサス配列は,E.coli が 26 「TTGACA」であり,C.グルタミカムでは「ttGcca」であること,AE.coli の-35領域では,1番目〜3番目の「TTG」の保存性が高い一方,C. グルタミカムの-35領域では,「TTG」のうち,1番目の「T」と2 番目の「T」は,いずれも保存性が48%であり,6塩基の中でも5番 目の「C」(45%)と並んで最も保存性が低いことが示されている (Table2)。
そうすると,仮に,甲2発明のGDH遺伝子のプロモーターの-3 5領域の配列(TGGTCA)を,コンセンサス配列の各塩基の保存性の高 さを考慮して改変するとしても,コンセンサス配列(ttGcca)と相違 する塩基(2番目の「G」及び4番目の「T」)のうち,保存性のより 高い4番目の塩基(Table2)を維持して「TGGCCA」とするはずである から,相違点1に係る本件発明1-1の構成に至るものではない。
(ウ) 本件発明1-1の効果 アミノ酸生産菌の染色体上でプロモーター配列を改変することにより アミノ酸の収率を実際に向上させた例は,本件発明以前に存在せず,ま た,本件発明は,目的遺伝子の発現を最適な発現量に調節することによ り,目的とするアミノ酸であるL-グルタミン酸の収率を高めるのみな らず,目的とするアミノ酸以外の副生を抑制することができるという従 来技術から全く予想することができなかった顕著なものである。
(エ) 小括 以上によれば,甲2発明及び甲2の記載中の示唆に基づいて,又は甲 2発明に甲5,甲6又は甲8記載の発明等を適用して,本件発明1-1 の構成を採用することは,当業者が容易に想到し得たものであるとはい えない。
したがって,この点に関する本件審決の判断に誤りはなく,原告ら主 張の取消事由2-1は理由がない。
27 ? 取消事由2-2(本件発明1-2について) ア 原告らの主張 本件審決は,@甲2,4〜8及び34の記載は,コリネ型細菌の染色体 上のCS遺伝子等について,グルタミン酸生合成系遺伝子のプロモーター 配列の-10領域における塩基配列をコリネ型細菌のコンセンサス配列に 改変することや,コンセンサス配列に基づき上記領域の塩基配列を改変す ることを示唆する記載であるとはいえない,Aまた,技術常識ないし周知 事項を示す証拠として原告らが提出した甲3,9〜12,16〜19,2 3〜28,30〜33及び35にも,上記@の各領域の塩基配列をコリネ 型細菌のコンセンサス配列に改変することや,コンセンサス配列に基づき 上記領域の塩基配列を改変することの動機付けとなるような記載はないか ら,甲2,4〜8及び34の記載及び本件優先日前の周知事項に基づいて も,甲2発明のコリネ型細菌において,CS遺伝子のプロモーター配列の -10領域における塩基配列の一部を置換して,本件発明1-2の構成と することは,当業者が容易に想到し得ることとはいえない旨判断した。
しかしながら,甲2発明及び甲2中の示唆に基づいて,又は甲2発明に 甲5,甲6若しくは甲8記載の内容を適用して,相違点1に係る本件発明 1-2の構成を採用することは,当業者が容易に想到し得た事項である。
その理由は,前記?ア(ア)と同様である。
なお,本件発明1-2の効果に関し,本件明細書の実施例3では,GD H遺伝子のプロモーターを本件発明1-1の構成とした菌株(FGR2)に対 し,更にCS遺伝子のプロモーターを本件発明1-2の構成とした菌株 (GB02)が比較されているが,後者のL-グルタミン酸の生産性は,前者 の約1.1倍に過ぎない。
そして,従来技術でも,CS遺伝子の発現の強化により,L-グルタミ ン酸生産量が1.23倍に増加することが知られていた(甲34)。
28 以上によれば,相違点1に係る本件発明1-2の構成を採用することに よる効果は,顕著なものとはいえない。
また,前記1?アのとおり,GDH遺伝子の発現を強化することなく, CS遺伝子の発現のみを強化した例は,本件明細書に記載されていないた め,本件発明1-2の効果は,本件明細書では実証されていない。
そのため,相違点1に特段の技術的意義はなく,CS遺伝子のプロモー ターの-10領域に変異を導入して本件発明1-2の構成とすることは, 当業者が適宜変更できる事項に過ぎない。
イ 被告の主張 前記?イ(ア)と同様の理由により,甲2発明及び甲2中の示唆に基づい て,又は甲2発明に甲5,甲6又は甲8記載の発明等を適用して,本件発 明1-2の構成を採用することは,当業者が容易に想到し得たものである とはいえない。
なお,本件発明1-2が顕著な効果を奏するものであることは,前記? イ(ウ)のとおりである。また,本件明細書の記載から,GDH遺伝子のプ ロモーター配列の変異と組み合わせずとも,CS遺伝子のプロモーター配 列の変異によってその活性を適度に増強することで,グルタミン酸生産能 の向上に寄与することを理解できることは,前記1?イのとおりである。
したがって,この点に関する本件審決の判断に誤りはなく,原告ら主張 の取消事由2-2は理由がない。
? 取消事由2-3(本件発明1-3について) ア 原告らの主張 本件審決は,本件発明1-3は,本件発明1-1に更なる限定を加えた 発明であるから,本件発明1-1が当業者が容易に発明をすることができ たものであるとはいえない以上,本件発明1-3も,当業者が容易に発明 をすることができたものであるとはいえない旨判断した。
29 したがって,本件発明1-3についても,前記?アと同様の理由により, 本件審決は,違法なものとして取り消されるべきである。
イ 被告の主張 前記?イ及び?イのとおり,甲2発明及び甲2中の示唆に基づいて,又 は甲2発明に甲5,甲6又は甲8記載の発明等を適用して,本件発明1- 1及び本件発明1-2の構成を採用することは,当業者が容易に想到し得 たものであるとはいえないから,本件発明1-3についても,当業者が容 易に想到し得たものであるとはいえない。
したがって,この点に関する本件審決の判断に誤りはなく,原告ら主張 の取消事由2-3は理由がない。
3 取消事由3(甲5を主引用例とする本件発明1の進歩性の判断の誤り)につ いて ? 取消事由3-1(本件発明1-1について) ア 原告らの主張 (ア) 甲5発明の認定及び本件発明1-1と甲5発明の対比の誤り 本件審決は,前記第2の3?ア及びイのとおり,甲5発明並びに本件 発明1-1と甲5発明の一致点及び相違点を認定した。
しかしながら,以下のとおり,本件審決における甲5発明の認定及び 本件発明1-1と甲5発明の一致点及び相違点の認定には誤りがある。
a 甲5に記載された発明 (a) 前記2?ア(ア)b(a)のとおり,当業者であれば,甲5には,L -グルタミン酸の生産量の向上を目的として,CS遺伝子及びGD H遺伝子を増強させる手段が記載されていると理解するところ,さ らに,甲5には,目的遺伝子を相同組換えによって染色体上へ固定 することも記載されており,L-グルタミン酸の生産に当たり,目 的遺伝子(とりわけ,CS遺伝子)の発現のためにプラスミドでは 30 なく染色体上への変異導入を行うことは,当業者が当然に採用する 手段であった。
? 以上によれば,甲5に記載された発明は,以下のとおり認定され るべきである(以下「甲5発明’」という。)。
「コリネ型細菌の染色体上のグルタミン酸デヒドロゲナーゼ(G DH)又はクエン酸合成酵素(CS)遺伝子のプロモーター配列に 変異を導入したコリネ型細菌を培地で培養し,培地中にL-グルタ ミン酸を生成蓄積させ,これを該培地から採取することを特徴とす る発酵法によるL-グルタミン酸の製造方法。」 b 本件発明1-1と甲5発明’との対比 本件発明1-1と甲5発明’との対比によると,相違点は,以下の とおり認定されるべきである(以下「相違点1’」という。下線部は, 本件審決が認定した相違点(前記第2の3?イ)と異なる箇所である。。
) 「本件発明1-1のコリネ型細菌は,GDH遺伝子のプロモーター 配列の-35領域にTTGTCA配列及び-10領域にTATAAT 配列を導入したものであるのに対し,甲5発明’のコリネ型細菌は, GDH遺伝子のプロモーター配列に変異が導入されているものの,- 35領域及び-10領域の配列が特定されていない点。」 c 相違点1’の容易想到性 前記2?アと同様の理由により,相違点1’に係る本件発明1-1 の構成は,当業者が容易に想到することができたものである。
(イ) 相違点の容易想到性の判断の誤り 本件審決は,甲2を主引用例とする本件発明1-1の進歩性の判断(前 記2?ア)と同様の理由により,甲2,4〜8及び34の記載及び本件 優先日前の周知事項に基づいても,甲5発明のコリネ型細菌において, GDH遺伝子のプロモーター配列の-35領域及び-10領域の塩基配 31 列の一部を置換して,本件発明1-1の構成とすることは,当業者が容 易に想到し得ることとはいえない旨判断した。
しかしながら,前記2?ア(ア)と同様の理由により,本件審決が認定 した相違点に係る本件発明1-1の構成は,当業者が容易に想到するこ とができたものである。また,上記相違点に係る本件発明1-1の構成 を採用することによる効果は,顕著なものとはいえない(前記2?ア (ウ))。
したがって,本件審決の上記判断には誤りがある。
イ 被告の主張 (ア) 甲5発明の認定及び本件発明1-1と甲5発明の対比について a 甲5に記載された発明 (a) 前記2?イ(ア)b(a)のとおり,甲5は,α-KGDH活性の欠 失とともに,グルタミン酸生合成系遺伝子を強化し得ることを開示 し,そのような遺伝子として,他の多数の遺伝子に加えてCS及び GDHを例示するが,これらの遺伝子を染色体から取得し,これを コリネ型細菌で利用可能なベクターに連結した後,目的遺伝子の発 現を増強したい場合には,ベクター上の遺伝子を強力なプロモータ ーの下流に連結することができることを開示するにとどまるもので あって,コリネ型細菌の染色体上にあるGDH遺伝子等グルタミン 酸生合成系遺伝子のプロモーター配列に関し,その-35領域及び -10領域の塩基配列を改変することの開示や示唆はない。
? 以上によれば,甲5に甲5発明’が記載されているものとは認め られず,本件審決における甲5発明の認定に誤りはない。
b 本件発明1-1と甲5発明との対比 前記aのとおり,本件審決における甲5発明の認定に誤りはない。
そして,本件発明1-1と甲5発明とを対比すると,本件審決が認 32 定したとおりの一致点及び相違点が認められるものであって,本件審 決の認定に誤りはない。
(イ) 相違点の容易想到性の判断について 前記2?イ(ア)と同様の理由により,本件審決が認定した相違点に係 る本件発明1-1の構成は,甲5と他の従来技術を組み合わせても,当 業者が容易に想到することができたものであるとはいえない。また,そ の効果も従来予測し得なかった顕著なものである(前記2?イ(ウ))。
したがって,これと同旨の本件審決の判断に誤りはなく,原告ら主張 の取消事由3-1は理由がない。
? 取消事由3-2(本件発明1-2について) ア 原告らの主張 (ア) 甲5発明の認定及び本件発明1-2と甲5発明の対比の誤り a 本件審決は,前記第2の3?ア及びウのとおり,甲5発明並びに本 件発明1-2と甲5発明の一致点及び相違点を認定した。
しかしながら,前記?ア(ア)のとおり,本件審決における甲5発明 の認定には誤りがあり,甲5に記載された発明として,甲5発明’を 認定するのが相当である。
b そして,本件発明1-2と甲5発明’とを対比すると,相違点は, 以下のとおり認定されるべきである(以下「相違点1’」という。下 線部は,本件審決が認定した相違点(前記第2の3?ウ)と異なる箇 所である。)。
「本件発明1-2のコリネ型細菌は,CS遺伝子のプロモーター配 列の-10領域にTATAAT配列を導入したものであるのに対し, 甲5発明’のコリネ型細菌は,CS遺伝子のプロモーター配列に変異 が導入されているものの,-10領域の配列が特定されていない点。」 c 相違点1’の容易想到性 33 前記2?アと同様の理由により,相違点1’に係る本件発明1-2 の構成は,当業者が容易に想到することができたものである。
(イ) 相違点の容易想到性の判断の誤り 本件審決は,甲2を主引用例とする本件発明1の進歩性の判断(前記 2?ア)と同様の理由により,甲2,4〜8及び34の記載及び本件優 先日前の周知事項に基づいても,甲5発明のコリネ型細菌において,C S遺伝子のプロモーター配列の-10領域の塩基配列の一部を置換して, 本件発明1-2の構成とすることは,当業者が容易に想到し得ることと はいえない旨判断した。
しかしながら,以下のとおり,本件審決の上記判断には誤りがある。
a 主引用例(甲5)の示唆 前記2?ア(ア)b(a)と同様の理由により,甲5の記載中の示唆に従 い,tac プロモーターの配列を導入することにより,コリネ型細菌の CS遺伝子のプロモーター配列の-10領域を「TATAAT」に改変して 本件発明1-2の構成とすることは,当業者が容易に想到し得たもの である。
b 甲2,甲6及び甲8 前記2?ア(ア)a,b?及び?と同様の理由により,コリネ型細菌 のCS遺伝子の野生型プロモーターの-10領域を「TATAAT」に変異 させて,本件発明1-2の構成とすることは,当業者が容易に想到し 得たものである。
c 本件発明1-2の効果 前記2?ア(ウ)と同様の理由により,本件審決が認定した相違点に 係る本件発明1-2の構成を採用することによる効果は,顕著なもの とはいえない。
また,前記2?アのとおり,上記相違点に特段の技術的意義はなく, 34 CS遺伝子のプロモーターの-10領域に変異を導入して本件発明1 -2の構成とすることは,当業者が適宜変更できる事項に過ぎない。
イ 被告の主張 (ア) 甲5発明の認定及び本件発明1-2と甲5発明の対比について 前記?イのとおり,本件審決における甲5発明の認定に誤りはない。
そして,本件発明1-2と甲5発明とを対比すると,本件審決が認定 したとおりの一致点及び相違点が認められるものであって,本件審決の 認定に誤りはない。
(イ) 相違点の容易想到性の判断について 前記2?イ(ア)と同様の理由により,本件審決が認定した相違点に係 る本件発明1-2の構成は,甲5と他の従来技術を組み合わせても,当 業者が容易に想到することができたものであるとはいえない。また,そ の効果も従来予測し得なかった顕著なものである(前記2?イ(ウ))。
したがって,これと同旨の本件審決の判断に誤りはなく,原告ら主張 の取消事由3-2は理由がない。
? 取消事由3-3(本件発明1-3について) ア 原告らの主張 本件審決は,本件発明1-3について,本件発明1-1の認定判断を引 用するのみである。
したがって,前記?アと同様の理由により,本件審決は,違法なものと して取り消されるべきである。
イ 被告の主張 前記?イ及び?イのとおり,甲5発明及び甲5の記載中の示唆に基づい て,又は甲5発明に甲2,甲6又は甲8記載の発明等を適用して,本件発 明1-1及び本件発明1-2の構成を採用することは,当業者が容易に想 到し得たものであるとはいえないから,本件発明1-3についても,当業 35 者が容易に想到し得たものであるとはいえない。
したがって,この点に関する本件審決の判断に誤りはなく,原告ら主張 の取消事由3-3は理由がない。
4 取消事由4(本件発明2及び4の進歩性,サポート要件及び実施可能要件の 判断の誤り)について ? 原告らの主張 本件審決は,本件発明2は本件発明1-1と実質的に同一の発明であり, 本件発明4は本件発明1-1に更なる限定を加えた発明であるから,本件発 明1が,当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない以 上,本件発明2及び本件発明4も,当業者が容易に発明をすることができた ものであるとはいえない旨判断した。
しかしながら,取消事由2及び3に関する原告らの主張と同様の理由(前 記2及び3)により,本件発明2及び本件発明4についても,甲2を主引用 例として,又は甲5を主引用例として,当業者が容易に発明をすることがで きたものである。また,本件発明2にサポート要件違反及び実施可能要件違 反があることは,前記1?ア及び?アのとおりであり,本件発明4にサポー ト要件違反及び実施可能要件違反があることは,前記1?アのとおりである。
したがって,本件審決は,違法なものとして取り消されるべきである。
? 被告の主張 取消事由1ないし3に関する被告の主張と同様の理由(前記1ないし3) により,本件審決の判断に誤りはなく,原告ら主張の取消事由4は理由がな い。
当裁判所の判断
1 取消事由1(本件発明1のサポート要件及び実施可能要件の判断の誤り)に ついて ? 本件明細書の記載事項等について 36 ア 本件発明1の特許請求の範囲(請求項1)の記載は,前記第2の2のと おりである。
本件明細書(甲1)の発明の詳細な説明には,次のような記載がある(下 記記載中に引用する「表1,5ないし7,10,12,23及び26」に ついては別紙1を参照)。
(ア) 【技術分野】 【0001】 本発明は,アミノ酸を高収率で生産する能力を有する変異株を構築す る方法及びその変異株を用いる発酵法によるL-アミノ酸の製造方法に 関するものである。
【背景技術】 【0002】 発酵法によるアミノ酸の生産に用いられる変異株の構築方法は,大別 すると2通りあり,1つは化学変異剤をもちいて DNA にランダムに変異 を導入する方法であり,もう1つは遺伝子組換えを用いる方法である。
遺伝子組換えを用いる方法では,目的物質の生合成に関与する代謝経路 上の遺伝子を強化したり,分解に関与する酵素の遺伝子を弱化したりす ることにより,目的物質の生産性が向上した菌株を開発出来る。また, その際に,目的遺伝子を強化する方法として,細胞内で,染色体とは独 立して自立複製可能なプラスミドが主に用いられてきた。
しかし,プラスミドを用いた目的遺伝子の強化方法には問題点がある。
具体的には目的遺伝子の強化の程度はプラスミド自体のコピー数によっ て決まるため,目的遺伝子の種類によってはコピー数が高過ぎて,発現 量が高くなり過ぎることにより,生育が著しく抑制されたり,逆に目的 物質の生産能が低下したりする例が多くある。この様な場合,コピー数 が低い種類のプラスミドを用いることにより,目的遺伝子の強化の程度 37 を下げることが可能であるが,プラスミドの種類は多くの場合限定的で あり,目的遺伝子の発現レベルを自由に調節することは不可能である。
【0003】 もう一つの問題点は,プラスミドの複製が不安定であることがしばし ばであり,プラスミドが脱落してしまうことである。…(イ) 【発明が解決しようとする課題】 【0006】 本発明は,プラスミドを用いることなく目的遺伝子の発現量の適度な 強化および調節を行うことができ,アミノ酸を高収率で生産する能力を 有する変異株を遺伝子組換え又は変異により構築する方法を提供するこ とを目的とする。
本発明は,副生アスパラギン酸およびアラニンの著しい増加を引き起 こすことなく,コリネバクテリア菌株にグルタミン酸を高収率で生産す る能力を付与することができるGDH用プロモーターを提供することを 目的とする。
本発明は,又,上記GDH用プロモーター配列を持つGDH遺伝子を 提供することを目的とする。
本発明は,又,上記遺伝子を有するL-グルタミン酸生産性コリネバク テリア菌株を提供することを目的とする。
本発明は,構築されたアミノ酸生産菌を用いる醗酵法によるアミノ酸 の製造法を提供することを目的とする。
本発明は,コリネ型グルタミン酸生産菌を用いる,グルタミン酸の収 率を向上させ,より安価にグルタミン酸を製造するグルタミン酸発酵法 を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】 【0007】 38 本発明は,染色体上のアミノ酸生合成系遺伝子のプロモーターを様々に改変し,目的とする遺伝子の発現量を調節することにより上記課題を効率的に解決できるとの知見に基づいてなされたものである。特に,プロモーターの特異的領域である-35領域および/または-10領域に特定の変異を導入することにより上記課題を効率的に解決できるとの知見に基づいてなされたものである。
すなわち,本発明は,コリネ型細菌の染色体上のアミノ酸又は核酸生合成系遺伝子のプロモーター配列に,コンセンサス配列に近づくような変異を起こさせるか又は遺伝子組換えにより導入して,コリネ型細菌の変異体を調製し,該変異体を培養して目的とするアミノ酸又は核酸の産生量の多い変異体を採取することを特徴とするアミノ酸又は核酸産生能が向上したコリネ型細菌の調製方法を提供する。
【0008】 本発明は,又,-35領域に CGGTCA ,TTGTCA,TTGACA 及び TTGCCA からなる群から選ばれる少なくとも一種のDNA配列及び/又は-10領域に TATAAT 配列若しくは該配列の ATAAT の塩基が別の塩基で置換されており,プロモーター機能を阻害しない配列を有することを特徴とするグルタミン酸デヒドロゲナーゼ(GDH)産生遺伝子用プロモーターを提供する。
本発明は,又,上記プロモーターを有するグルタミン酸デヒドロゲナーゼ産生遺伝子を提供する。
本発明は,又,上記遺伝子を有するコリネ型L-グルタミン酸生産菌を提供する。
【0009】 本発明は,また,上記の方法で構築したアミノ酸又は核酸産生能が向上したコリネ型細菌を,培地で培養し,培地中に目的のアミノ酸又は核 39 酸を生成蓄積させ,これを該培地から採取することを特徴とする発酵法 による該アミノ酸又は核酸の製造方法を提供する。
本発明は,また,4-フルオログルタミン酸に対して耐性を有するコリ ネ型L-グルタミン酸生産菌を,液体培地で培養し,培地中にL-グルタ ミン酸を生成蓄積させ,これを該培地から採取することを特徴とする発 酵法によるL-グルタミン酸の製造方法を提供する。
(ウ) 【発明を実施するための最良の形態】 【0010】 本発明でいうコリネ型グルタミン酸生産菌とは,従来ブレビバクテリ ウム属に分類されていたが現在コリネバクテリウム属細菌として統合さ れた細菌を含み(Int. J.Syst. Bacteriol., 41, 255(1981)),またコ リネバクテリウム属と非常に近縁なブレビバクテリウム属細菌を含む。
… 【0012】 目的物質としてのアミノ酸としては,生合成に関与する遺伝子および そのプロモーターが明らかになっているものであれば何でもよい。生合 成に関与する酵素の例として具体的には,グルタミン酸発酵の場合には, GDH,クエン酸合成酵素(CS),イソクエン酸デヒドロゲナーゼ(I CDH),ピルビン酸デヒドロゲナーセ(PDH),アコニターゼ(A CO)等が有効である。
【0015】 本発明では,コリネ型アミノ酸生産菌の染色体上の所望のアミノ酸生 合成系遺伝子のプロモーター配列,例えば,上記GDH用プロモーター などのプロモーター配列に,コンセンサス配列に近づくような変異を, 化学薬品などを用いる変異により起こさせるか又は該変異を遺伝子組換 えにより導入して,コリネ型アミノ酸生産菌の変異体を調製する。
40 ここで,コンセンサス配列は,多くのプロモーター配列を比較して最も高頻度で出現する塩基を並べた配列である。このようなコンセンサス配列としては,大腸菌,バチルス サブチリスなどのコンセンサス配列があげられる。… 上記変異は,1つのプロモーター配列,例えば,GDH用プロモーターのみに起こさせてもよいが,2つ以上のプロモーター配列,例えば,GDH用プロモーター,クエン酸合成酵素(CS)やイソクエン酸デヒドロゲナーゼ(ICDH)に起こさせてもよい。
本発明では,このようにして得られた該変異体を培養して目的とするアミノ酸の産生量の多い変異体を採取する。
【0016】 グルタミン酸発酵の場合に,コリネ型グルタミン酸生産菌のGDHはそれ自身のプロモーター配列をその上流域に持つことが明らかになっている(Sahm et al. Molecular Microbiology(1992), 6,317-326)。
…GDH遺伝子のプロモーター配列を,部位特異的変異法を用いて各種変異を導入した配列に置換したものを多数作製し,それぞれの配列とGDH活性との関係を調べて,L-グルタミン酸生産性の高いものを選択することができる。
【0017】 本発明では,特に,GDH遺伝子のプロモーターの-35領域のDNA配列が CGGTCA,TTGTCA,TTGACA 及び TTGCCA からなる群から選ばれる少なくとも一種のDNA配列となっているか,及び/又は該プロモーターの-10領域のDNA配列が TATAAT となっているか,若しくは-10領域に TATAAT 配列の ATAAT の塩基が別の塩基で置換されており,プロモーター機能を阻害しない配列となっているものが好ましい。… GDH遺伝子のプロモーター配列は,例えば,前出の Sahm et al. 41 Molecular Microbiology(1992), 6,317-326 に記載されており,又,配列番号1に記載されている。 GDH遺伝子自体の配列は, 又, 例えば,同じく Sahm et al. Molecular Microbiology(1992), 6, 317-326 に記載されており,又,配列番号1に記載されている。
同様にして,クエン酸合成酵素(CS)やイソクエン酸デヒドロゲナーゼ(ICDH)のプロモーターについても変異を起こさせることができる。
このようにして ,GDH用プロモーターとしては, -35領 域 にCGGTCA ,TTGTCA,TTGACA 及び TTGCCA からなる群から選ばれる少なくとも一種のDNA配列及び/又は-10領域に TATAAT 配列若しくは該配列の ATAAT の塩基が別の塩基で置換されており,プロモーター機能を阻害しない配列を有するものがあげられる。又,上記プロモーターを有するグルタミン酸デヒドロゲナーゼ産生遺伝子を提供する。
【0018】 CS用プロモーターとしては,-35領域に TTGACA 配列及び/又は-10領域に TATAAT 配列を有しており,プロモーター機能を阻害しない配列を有するものがあげられる。又,上記プロモーターを有するCS遺伝子を提供する。… 本発明は,又,上記遺伝子を有するコリネ型L-グルタミン酸生産菌を提供する。
【0020】 コリネ型細菌は一般に,ビオチン制限下でL-グルタミン酸を生産する。
従って,培地中のビオチン量を制限するか,界面活性剤やペニシリンなどのビオチン作用抑制物質を添加する。… 本発明によれば,コリネ型アミノ酸生産菌のアミノ酸生合成遺伝子のプロモーター領域に変異を導入し,目的遺伝子の発現量を調節すること 42 により,目的アミノ酸を高収率で得ることができ,又プラスミドのよう に脱落がなく,安定して目的アミノ酸を高収率で得ることができるので, 工業的に大きな利点がある。
【0021】 また,本発明によれば,副生アスパラギン酸およびアラニンの増加を 引き起こすことなく,コリネバクテリア菌株にアミノ酸,特にグルタミ ン酸を高収率で生産する能力を付与することができる各種プロモーター, 特にGDH用プロモーターを提供することができる。
また,本発明によれば,コリネ型L-グルタミン酸生産菌に変異処理を 施し,変異がGDH遺伝子のプロモーター領域に起こった,4-フルオロ グルタミン酸に対して耐性を有する菌株を採取し,この菌株を培養する ことによりグルタミン酸を高収率で得ることができるので,工業的に大 きな利点がある。
(エ) 【0022】 次に実施例により本発明を説明する。
実施例1:変異型GDHプロモーターの作製 部位特異変異法を用い:次の方法で変異型GDHプロモーターを調製 した。
(1)各種変異型のプロモーターを持つGDH遺伝子の作製 コリネ型細菌のGDH遺伝子のプロモーターの-35領域および-10 領域の野生型配列を配列1に示す。… 変異型プロモーターを持つGDH遺伝子を運ぶプラスミドの作製方法 は,以下の通りである。…コリネ型細菌野生株 ATCC13869 株の染色体遺 伝子を鋳型とし,GDH遺伝子の上流と下流とでPCRにより遺伝子を 増幅し,両端を平滑末端化した後に,それをプラスミド pHSG399 (宝酒 造社製) SmaI 部位に挿入した。
の 次にこのプラスミドの SalI部位に, 43 コリネ型細菌で複製可能な複製基点をもつプラスミド pSAK4 から取得した複製起点を導入することによりプラスミドpGDHを作製した。この方法において,GDH遺伝子の上流側のプライマーとして配列表1から6に示す配列を持つプライマーを用いることにより,上記のおのおのプロモーター配列を持つGDH遺伝子を作製することが出来る。…【0023】(2)各プロモーター配列を有するGDHの発現量の比較 上記の様にして作製したプラスミドをコリネ型細菌野生株 ATCC13869株にそれぞれ導入した。…作製したこれらの菌株のGDHの発現量を比較するために,GDHの比活性を調べた。…その結果を表1に示す。
【0025】 上記 ATCC 13869/p6-2〜ATCC 13869/p6-8 は配列番号2〜6に対応するものであり,これらの配列は配列番号1記載の配列(野生型)を基に下線部を下記の通り変更したものである。
尚,これらの配列は,直鎖状,2本鎖の合成DNAである。
【0026】実施例2:変異株の取得(1)4-フルオログルタミン酸に対する耐性を有する変異株の誘導 AJ13029 株は WO96/06180 に記載されるグルタミン酸生産株で,培養温度が31.5℃ではグルタミン酸を生産しないが,培養温度を37℃にシフトするとビオチン作用抑制物質の非存在下でもグルタミン酸を生産する変異株である。本実施例では,ブレビバクテリウム・ラクトファーメ 44 ンタム AJ13029 株を変異株誘導の親株として用いた。もちろん,AJ13029株以外のグルタミン酸生産株であっても4-フルオログルタミン酸に対する耐性を有する変異株誘導の親株となりうる。
AJ13029 株を CM2B 寒天培地(…)上にて31.5℃で24時間培養して菌体を得た。得られた菌体を250μg/ml のN-メチル-N′-ニトロ-N-ニトロソグアニジンの水溶液で30℃で30分間処理した後,生存率1%の当該菌体の懸濁液を4-フルオログルタミン酸(4FG)を含む寒天平板培地(…)に播種し,31.5℃で20〜30時間培養しコロニーを形成させた。この際,初めに1mg/ml の4FGを含む培地を傾斜をつけて作製し,その上に4FGを含まない同培地を水平に重層した。これにより,寒天培地表面は4FGの濃度勾配が作製される。このプレート上に上記変異処理菌体を播種すると,菌株の生育限界の領域を境に境界線が出来る。この境界よりも高濃度の4FGが存在する領域でコロニーを形成した株を採種した。かくして約10,000個の変異処理菌株から約50株の4FG耐性株を取得した。
【0029】(2)4FGに対して耐性を示す変異株によるL-グルタミン酸の生産能の確認 上記(1) において得られた約50株の変異株及びその親株であるAJ13029 株について,グルタミン酸の生産能を以下のようにして確認した。…この約50株を培養しグルタミン酸収率が親株より高く,GDH活性も高い株を2株分離した(…)。それぞれのGDH活性を測定したところ両株ともGDHの比活性が上昇していた(表5)。…そこでGDH遺伝子の塩基配列を解析したところGDHのプロモーター領域内にのみ変異点が存在していた(表6)。
【0033】 45 実施例3 コリネ型グルタミン酸生産菌のCS遺伝子プロモーター領域への変異の導入 本実施例ではグルタミン酸デヒドロゲナーゼ(GDH)およびクエン酸合成酵素(CS)をコードする遺伝子のプロモーター強化株を作成した例を示す。
(1)gltA 遺伝子のクローニング コリネ型細菌のクエン酸合成酵素をコードする遺伝子 gltA の塩基配列は既に明らかにされている(Microbiol. 140 1817-1828(1994))。…【0034】(2)gltA プロモーターへの変異導入 gltA プロモーター領域への変異導入には宝酒造社製の Mutan-SuperExpress Km を用いた。…【0035】 …gltA プロモーター領域が表7に示す配列に置換されたものを,それぞれ pKF19CS1,pKF19CS2,pKF19CS4 と名づけた。
【0043】(7)gltA プロモーター置換株の取得 相同組換えにより,変異型 gltA 遺伝子を組み込んだ BLCS11,BLCS12,BLCS14 株より,まず,カナマイシン感受性株を取得した。… カナマイシン感受性になった株から,染色体を抽出し,配列番号7および配列番号8に示すプライマーを用いて PCR を行ない gltA 遺伝子断片を調製した。得られた増幅断片は宝酒造社製の SUPREC02 にて精製した後,配列番号13に示すプライマーを用いてシーケンス反応を行ない,そのプロモーター領域の配列を決定した。その結果,表7中の pKF19CS1と同じプロモーター配列をもつ株を GB01,pKF19CS2 と同じプロモーター配列をもつ株を GB02,pKF19CS4 と同じプロモーター配列をもつ株を 46 GB03 と名づけた。…【0044】(8)gltA プロモーター変異株のクエン酸合成酵素活性測定(7)で得られた FGR2, GB01, GB02,GB03 株及び FGR2/pSFKC 株を…クエン酸合成酵素の活性を測定した。測定結果を表10に示す。gltA プロモーター置換株はその親株に比しクエン酸合成酵素活性が上昇していることが確認された。
【0046】(9)gltA プロモーター置換株の培養成績 …表12に示すように GB01 や FGR2/pSFKC 株よりは,むしろ GB02 やGB02 株(判決注:GB03 株の誤記と認められる。)ではL-グルタミン酸の大幅な収率向上が認められた。以上のことより,これらの株のグルタミン酸収率向上において,プロモーターに変異を導入し CS 活性を2〜4倍に強めることで好成績となりうることが示された。
【0087】実施例7:コリネ型グルタミン酸生産菌の GDH 遺伝子プロモーター領域への変異の導入(1)変異型 gdh プラスミドの構築 上記実施例2に示した FGR1 株および FGR2 株がもつ GDH プロモーター配列を有するプラスミドを部位特異的変異手法により構築した。FGR1 株の GDH プロモーター配列を得るためには,…をプライマーとして用いATCC13869 の染色体 DNA を鋳型として PCR を行なった。さらにこの PCR産物を混合したものを鋳型として…PCR を行なった。こうして得られたPCR 産物を pSFKT2(特願平 11-69896)の Smal 部位に挿入した pSFKTG11を構築した。FGR2 株の GDH プロモーター配列を得るためには,…をプライマーとして用い ATCC13869 の染色体 DNA を鋳型として PCR を行なっ 47 た。さらにこの PCR 産物を混合したものを鋳型として…PCR を行なった。
こうして得られた PCR 産物を pSFKT2(特願平 11-69896)の Smal 部位に 挿入した pSFKTG07 を構築した。なお,pSFKTG11 および pSFKTG07 の Smal 部位に挿入した DNA 断片の塩基配列決定を行ない,GDH のプロモーター 領域以外に変異が導入されていないことを確認している。
【0088】 (2)gdh プロモーター変異株の構築 次に pSFKTG11 および pSFKTG07 を電気パルス法により AJ13029 株に導 入し,25℃で 25μg/ml のカナマイシンを含む CM2B プレート上に生育す る形質転換体を選択した。この形質転換体を 34℃で培養し,34℃でカナ マイシン耐性を示す株を選択した。34℃でカナマイシン耐性を示すこと は pSFKTG11 あるいは pSFKTG07 が AJ13029 株の染色体上に組み込まれた ことを意味する。このような染色体上にプラスミドが組み込まれた株よ りカナマイシン感受性株を取得した。これらの株の GDH プロモーター配 列を決定し,pSFKTG11 および pSFKTG07 と同じ gdh プロモーター配列を 持つ株をそれぞれ GA01,GA02 とした。
(3)gdh プロモーター変異株のL-グルタミン酸生産能の確認 GA01 株,GA02 株およびその親株 AJ13029 株についてグルタミン酸の 生産能を上記実施例2(2)と同じ方法で確認した。その結果,GA01 お よび GA02 では顕著なグルタミン酸の蓄積向上が認められた(表23)。
イ 前記アの記載事項によれば,本件明細書の発明の詳細な説明には,本件 発明1に関し,次のような開示があることが認められる。
(ア) 発酵法によるアミノ酸の生産に用いられる変異株の構築方法とし て遺伝子組換えを用いる場合,目的遺伝子を強化するために,細胞内で 染色体とは独立して自律複製が可能なプラスミドが主に用いられてきた が,目的遺伝子の強化の程度はプラスミド自体のコピー数によって決ま 48 るため,目的遺伝子の種類によっては,コピー数が高過ぎて生育が著し く抑制されたり,逆に目的物質の生産能が低下したりする例が多くあり, また,プラスミドの複製は,しばしば不安定であり,プラスミドが脱落 してしまうという問題がある(【0002】)。
(イ) 「本発明」は,目的遺伝子の発現量の適度な強化及び調節を行うこ とができ,アミノ酸を高収率で生産する能力を有する変異株を,プラス ミドを用いることなく,遺伝子組換え又は変異によって構築する方法の 提供を目的とする(【0006】)。
そして,「本発明」は,上記課題を解決するために,コリネ型細菌の 染色体上のアミノ酸又は核酸生合成系遺伝子のプロモーター配列に,コ ンセンサス配列に近づくような変異を起こさせるか,又は遺伝子組換え により変異を導入して,コリネ型細菌の変異体を調製し,該変異体を培 養して,目的とするアミノ酸又は核酸の産生量の多い変異体を採取する という構成を採用した(【0007】)。
(ウ) アミノ酸の生合成に関与する酵素の例として,グルタミン酸発酵の 場合には,グルタミン酸デヒドロゲナーゼ(GDH),クエン酸合成酵 素(CS)等が有効である(【0012】)。また,上記の変異は,1 つの遺伝子のプロモーター配列のみに起こさせてもよいし,2つ以上の プロモーター配列に起こさせてもよい(【0015】)。
「本発明」では,GDH遺伝子のプロモーターの-35領域のDNA 配列が,TTGTCA 等からなる群から選ばれる少なくとも一種のDNA配列 となっているか,及び/又は該プロモーターの-10領域のDNA配列が TATAAT 等となっているものが好ましい(【0017】)。
また,CS遺伝子のプロモーターについては,-35領域に TTGACA 配 列及び/又は-10領域に TATAAT 配列を有するものが挙げられる(【0 018】)。
49 「本発明」は,コリネ型アミノ酸生産菌のアミノ酸生合成遺伝子のプ ロモーター領域に変異を導入し,目的遺伝子の発現量を調節することに より,目的アミノ酸を高収率で得ることができ,又プラスミドのように 脱落がなく,安定して目的アミノ酸を高収率で得ることができるので, 工業的に大きな利点がある(【0020】)。
また,「本発明」によれば,副生アスパラギン酸及びアラニンの増加 を引き起こすことなく,コリネバクテリア菌株にアミノ酸,特にグルタ ミン酸を高収率で生産する能力を付与できる(【0021】)。
(エ)a 「本発明」の実施例1である「ATCC 13869/p6-8」は,コリネ型細 菌野生株(ATCC13869)に,プロモーター配列の-35領域(TGGTCA 配 列)が TTGTCA 配列に改変され,かつ,同-10領域(CATAAT 配列) が TATAAT 配列に改変されたGDH遺伝子のプラスミドを導入したも のである。また,「ATCC 13869/p6-8」のGDH比活性(401.3)は, 親株(ATCC13869)の約49倍であることが示されている。(【002 2】,【0023】,【0025】,表1)。
b 「本発明」の実施例2である「FGR2」は,ブレビバクテリウム・ラ クトファーメンタム(AJ13029)を変異処理したものであって,AJ13029 のGDH遺伝子のプロモーター配列の-35領域(TGGTCA 配列)に TTGTCA 配列への変異を有し,かつ,同-10領域(CATAAT 配列)に TATAAT 配列への変異を有するものである。また,FGR2 のGDH比活性 は,親株(AJ13029)の約3.4倍であり,L-グルタミン酸生成(3.0 g/dl) AJ13029 は, (2.6 g/dl)より増大したことが示されている。【0 ( 026】,【0029】,表5,6)。
c 「本発明」の実施例3である「GBO2」及び「GB03」は,いずれも, FGR2 (前記b)のCS遺伝子のプロモーター配列の-10領域(TATAGC 配列)を改変して,TATAAT 配列を導入したものであり,「GB03」は, 50 さらに,同-35領域(ATGGCT 配列)を改変して,TTGACA 配列を導入 したものである。なお,GBO2 及び GB03 のGDH遺伝子のプロモータ ー配列の-35領域及び-10領域は,FGR2 と同一である。
また,@GBO2 のクエン酸合成酵素の比活性は,FGR2 の約1.9倍で あり,GBO3 のクエン酸合成酵素の比活性は,同約4.0倍であること, AGBO2 及び GBO3 のL-グルタミン酸生成(各 9.4 g/l)は,FGR2(8.9 g/l)より増大したことが示されている。
(以上につき,【0033】〜【0035】,【0043】,表7, 10,12)。
d 「本発明」の実施例7である「GA02」は,FGR2(前記b)が持つG DH遺伝子のプロモーター配列を用いて,AJ13029(前記a)の染色体 上に変異を導入したものであって,GDH遺伝子のプロモーター配列 の-35領域及び-10領域は,FGR2 と同一である。また,GAO2 のG DH比活性は,親株(AJ13029)の約3.5倍であること,GAO2 のL- グルタミン酸生成(2.9 g/dl)は, AJ13029(2.6 g/dl)より増大し たことが示されている。(【0087】,【0088】,表10,2 3)。
? 取消事由1-1(GDH遺伝子のプロモーターへの変異導入の実施可能性 について) ア 前記?イのとおり,本件明細書の発明の詳細な説明には,@「本発明」 の課題は,目的遺伝子の発現量の適度な強化及び調節を行うことができ, アミノ酸を高収率で生産する能力を有する変異株を,プラスミドを用いる ことなく,遺伝子組換え又は変異によって構築する方法を提供することで ある旨,A「本発明」は,上記@の課題を解決するために,コリネ型細菌 の染色体上のアミノ酸又は核酸生合成系遺伝子のプロモーター配列に,コ ンセンサス配列に近づくような変異を起こさせるか,又は遺伝子組換えに 51 より変異を導入して,コリネ型細菌の変異体を調製し,該変異体を培養し て,目的とするアミノ酸又は核酸の産生量の多い変異体を採取するという 構成を採用したものであり,また,上記の変異は,1つの遺伝子のプロモ ーター配列のみに起こしてもよいし,2つ以上の遺伝子のプロモーター配 列に起こしてもよい旨,Bかかる変異の構成として,GDH遺伝子のプロ モーター配列の-35領域が TTGTCA であって,かつ,同-10領域が TATAAT となっているものが好ましい旨,C実施例2の「FGR2」は,親株 (AJ13029)のGDH遺伝子のプロモーター配列の-35領域及び-10領 域に本件発明1-1の配列への変異を有するものであって,そのGDH活 性比は親株の3.4倍であり,L-グルタミン酸生産能も親株より増大し た旨が記載されている。
かかる記載を総合すると,本件明細書に接した当業者は,本件発明1- 1の構成を有するL-グルタミン酸の製造方法,すなわち,コリネ型細菌 の染色体上のGDH遺伝子のプロモーター配列の-35領域に TTGTCA 配 列を導入し,かつ,同-10領域に TATAAT 配列を導入する方法によって, 目的遺伝子の発現量の適度な強化及び調節を行うことができ,アミノ酸を 高収率で生産する能力を有する変異株を,プラスミドを用いることなく, 遺伝子組換え又は変異によって構築する方法を提供するという課題を解 決できることを認識できるものと認められる。
また,同様の理由により,本件明細書の発明の詳細な説明は,当業者が 本件発明1(本件発明1-1)の実施をすることができる程度に明確かつ 十分に記載されているといえる。
イ これに対し原告らは,原告らの実験(甲49)によれば,本件明細書に 記 載 さ れ た 実 施 例 の 親 株 ( AJ13029 ) と 異 な る コ リ ネ 型 細 菌 の 菌 株 (ATCC13869)を親株として,親株のGDH遺伝子のプロモーター配列に本 件発明1-1と同じ変異を導入した菌株のL-グルタミン酸生産量が,親 52 株より低下したことが認められるから,グルタミン酸の収率を向上させるという発明の課題は,本件発明1-1の態様全体にわたって解決できるものではなく,また,本件明細書の発明の詳細な説明は,グルタミン酸の収率が向上できる程度に十分かつ明確に記載されていない旨主張する。
しかしながら,証拠(乙10(実施例2,表6及び7),乙16(1頁左下欄末行〜右下欄5行,2頁右上欄9行等))によれば,コリネ型細菌がグルタミン酸を生産する条件(培養・誘導条件)は,菌株によって異なるものであり,例えば,AJ13029 は,培養温度を最適生育温度から上昇させることによって,グルタミン酸生産が誘導されるものである一方,ATCC13869 は,界面活性剤の添加によって,グルタミン酸生産が誘導されるものであることが,本件出願当時から公知であったことが認められる。
一方,甲49の実験では,ATCC13869 を親株とする変異導入株のグルタミン酸産生を誘導するに当たり,界面活性剤を添加する方法ではなく,31.5℃で培養を開始し,8時間後に37℃にシフトさせる方法を用いている。
そうすると,甲49の実験において,ATCC13869 を親株とする変異導入株に採用されている培養・誘導条件は,当業者が通常採用しないものであるといえる。そして,被告の実験報告書(乙14)によれば,ATCC13869 を親株とする変異導入株のグルタミン酸産生を誘導するに当たり,界面活性剤を添加する方法を用いたところ,本件明細書に記載された実施例(AJ13029 を親株に用いたもの)と同程度の,グルタミン酸生産能の増大が確認されたことが認められる。
以上によれば,本件明細書に接した当業者が,本件発明1-1の構成を有するL-グルタミン酸の製造方法によって,発明の課題を解決できることを認識できるものと認められる旨の前記アの判断は,甲49の実験結果をもって,左右されるものではない。
53 したがって,原告らの上記主張は採用することができない。
? 取消事由1-2(CS遺伝子のプロモーターへの変異導入の実施可能性に ついて) ア 本件明細書の記載事項 前記?イ及び(2)アのとおり,本件明細書には,@「本発明」の課題は, アミノ酸を高収率で生産する能力を有する変異株を,遺伝子組換え又は変 異によって構築する方法を提供することであり,そのために,コリネ型細 菌の染色体上のアミノ酸又は核酸生合成系遺伝子のプロモーター配列に, コンセンサス配列に近づくような変異を起こさせるか,又は遺伝子組換え により変異を導入して,コリネ型細菌の変異体を調製し,該変異体を培養 して,目的とするアミノ酸又は核酸の産生量の多い変異体を採取するとい う構成を採用したものである旨,Aかかる構成として,CS遺伝子のプロ モーター配列の-10領域が TATAAT であるものなどが挙げられる旨,B 実施例2の「FGR2」は,親株(AJ13029)のGDH遺伝子のプロモーター配 列の-35領域及び-10領域に本件発明1-1の配列への変異を有す るものであって,そのGDH活性比は親株の3.4倍であり,L-グルタ ミン酸生産能は親株より増大した旨,C実施例3の「GBO2」及び「GB03」 は,FGR2 のCS遺伝子のプロモーター配列の-10領域を改変して,本件 発明1-2の配列を導入したものであって,そのクエン酸合成酵素比活性 は,GB02 が FGR2 の約1.9倍,GBO3 が同約4.0倍であり,いずれも, L-グルタミン酸生産能は FGR2 より増大した旨が記載されている。
イ L-グルタミン酸の生成過程に関する技術常識 (ア) 甲13(岩波生物学辞典第4版 平成8年7月12日発行)によれ ば,本件出願時において,L-グルタミン酸の生合成に関し,以下のよ うな技術常識が存在したものと認められる。
a 別紙2のとおり,解糖及びその他の異化作用によって生じたアセチ 54 ルCoAを完全に水と二酸化炭素に分解する酸化的過程であるクエン 酸回路(TCA回路)は,8段階からなり,アセチルCoAが,オキ サロ酢酸と縮合してクエン酸になり,この後,イソクエン酸,α-ケ トグルタル酸,スクシニルCoA,コハク酸,フマル酸,L-リンゴ 酸,オキサロ酢酸に順次変換され,再びクエン酸が生成するサイクル が繰り返される。
b TCA回路においては,前記aのそれぞれの酸への変換を行う8つ の酵素が存在する。また,この回路の回転の強さ(速度)は,その含 まれる物質の量に依存する。
c L-グルタミン酸は,TCA回路の中間生成物であるα-ケトグル タル酸から生成する。
d クエン酸生成酵素(CS)は,TCA回路において,オキサロ酢酸 とアセチルCoAとを縮合して,クエン酸を合成する反応を触媒する 酵素であって,CSの活性が増加すると,クエン酸の合成反応が促進 される。
e α-ケトグルタル酸をL-グルタミン酸に変換するGDHは,アン モニアをα-ケトグルタル酸に還元的に固定し,L-グルタミン酸を 生成する反応を促進する酵素である。
(イ) 前記(ア)の技術常識に鑑みると,TCA回路において,CSの活性 が増加すると,クエン酸の合成反応が促進され,クエン酸の生成が増加 するのに伴い,クエン酸から生じるイソクエン酸の生成が増加し,それ に伴い,イソクエン酸から生じるα-ケトグルタル酸の生成が増加する ことになるため,α-ケトグルタル酸をL-グルタミン酸に変換するG DHが増加しなくとも,L-グルタミン酸の生成が増加するであろうこ とは,本件出願時において,当業者が予測できたものといえる。
ウ 当業者の理解 55 前記アの本件明細書の記載及び前記イの本件出願当時の技術常識に鑑み ると,本件明細書に接した当業者は,本件発明1-2の構成を有するL- グルタミン酸の製造方法,すなわち,コリネ型細菌の染色体上にあるCS 遺伝子のプロモーター配列の-10領域を改変して TATAAT 配列を導入す る方法によって,目的遺伝子の発現量の適度な強化及び調節を行うことが でき,アミノ酸を高収率で生産する能力を有する変異株を,プラスミドを 用いることなく,遺伝子組換え又は変異によって構築する方法を提供する という課題を解決できることを認識できるものと認められる。
また,同様の理由により,本件明細書の発明の詳細な説明は,当業者が 本件発明1(本件発明1-2)の実施をすることができる程度に明確かつ 十分に記載されているといえる。
エ 原告らの主張について これに対し原告らは,TCA回路のような一連の反応における全体の反 応速度は,最も遅い反応と実質上等しくなるため(律速段階。甲66〜6 8),CSの発現のみを強化してクエン酸の生成を促進しても,後続の反 応のいずれかの速度が遅い場合には,L-グルタミン酸の生成速度は増加 しないものであって,CSの発現のみを増強してもL-グルタミン酸の生 産量が増加しないことは,甲4及び甲34にも明示されている旨主張する。
そこで,かかる主張の当否について検討する。
(ア) 律速段階について a 各文献の記載 (a) 甲66(化学大辞典 平成元年10月20日発行)には,次のよ うな記載がある。
「化学反応が,複数の素反応が順に進行することにより成り立っ ている時(複合反応),ある素反応の速度が他のすべての素反応の 速度よりも格段に遅ければ,全体としての反応速度はこの素反応の 56 速度と実質上等しくなる。」? 甲67(岩波理化学辞典第5版 平成10年2月20日発行)に は,次のような記載がある。
「律速段階… 化学反応などの動的過程がいくつかの段階によって構成されてい るとき,そのうちの1つがほかの段階にくらべて非常に緩慢に進行 するために,それによって全過程の進行が実際上支配されてしまう ような段階をいう。」? 甲68(P.W.ATKINS 物理化学(下)第2版 昭和60年1月1 0日発行)には,次のような記載がある。
「逐次反応と定常状態 ある種の反応は,つぎの二つの連続一次反応のように中間体の形 成を経て進行する。
…[B]0=0なる条件を課すと,次式が得られる。
…[C]tは[A]と[B]に対する解から直接得られる。
…上の計算から“律速段階”の意味が明らかになる。まず,速度 定数k’1がk1よりずっと大きいとすると,B分子ができると,こ れはすぐに崩壊してCになってしまう。よって,生成物Cのできる 速度はほぼ完全に中間体Bが形成される速度によって決まる。この ことはk’1≫k1の場合について(27・3・7c)式を調べてみれば確認 できる。この条件のもとではexp(-k’1t)は,exp(-k 1 t)よりずっと小さいので無視できてつぎのようになる。
57 ただし,分母のk1がk’1に比べて小さいとして無視した。この 式から,予期した通りCの生成の仕方が小さい方の速度定数にだけ 依存することがわかる。このようなわけで,もっとも小さい速度定 数をもつ段階を反応の律速段階という。
Bの生成速度がCへの崩壊速度よりずっと速いなら律速段階はB の生成物への崩壊である。k’1≪k1として上で行ったのと同じ議 論から次式が得られる。
この場合にもやはり予測通りに全反応の速度は遅い方の,律速段 階に対する速度定数により支配される。この過程,すなわち速い段 階に遅い段階がつづく過程は1車線の橋しかないところに6車線 の高速道路を接続したものに似ている。この場合の交通の流れは橋 を渡る速度で決まる。」 b 前記aの記載事項によれば,律速段階とは,他の段階の反応と比べ て格段に遅い反応をいうものであり,律速段階が存在する場合には, その他の段階の反応速度を上げても,全反応の速度は上がらないこと を理解できる。
一方,本件証拠上,TCA回路中のコリネ型細菌のグルタミン酸の 生合成系路における,各段階の反応速度は明らかにされておらず,C Sによるクエン酸の生成反応の後続の反応に,律速段階すなわち,他 の段階の反応と比べて格段に遅い反応が存在することを認めるに足り る証拠はない。
(イ) 甲4及び甲34について a 甲4には,次のような記載がある。
58 「我々は,制御,クエン酸合成酵素遺伝子(gltA)の単離,その核酸配列,同種及び異種発現,並びにその転写機構との関連で,C.グルタミカムのクエン酸合成酵素を記載する。」(1818頁左欄36行〜40行) 「C.グルタミカムを過剰発現する gltA 株は,試験したすべての培地(例えば,LB 培地では 80 分ではなく 120 分の倍増時間)で生育が悪くなったことを示し,CSのレベルの上昇による細胞の軽度な障害を示したことは注目に値する。」(1820頁右欄32行〜36行) 「CS酵素活性の上昇がグルタミン酸分泌に及ぼす影響を試験するために,標準的なグルタミン酸醗酵…を C.グルタミカム WT と WT pJC- (gltA3A)で行った。これらの実験では,両方の菌株で, 17μmol 約 min-1 (g乾燥重量)-1 の同じグルタミン酸分泌速度が認められた。したがって,C.グルタミカムのグルタミン酸を分泌する能力は,単にCS酵素レベルを上昇させるのみでは,促進することはできない。この知見は,C.グルタミカムのCS酵素は非常に活性が高く,恒常的に形成され,弱い調節しか受けない(前述)という観察と合わせて,(i)染色体にコードされたCS酵素活性は,この生物のグルタミン酸生産に十分であり,(ii)CS酵素以外の因子がクエン酸サイクルへの炭素流入速度を制限していることを示している。」(1821頁左欄17行〜右欄5行)b 甲34には,次のような記載がある(下記記載中に引用する「第2 表,第10表,第11表及び第13表」については別紙3を参照)。
(a) 「L-グルタミン酸は調味料として幅広い用途があり,グルタミ ン酸生産性コリネ型細菌を培養して該細菌にL-グルタミン酸を 生産せしめ,生成するL-グルタミン酸を該細菌の培養物から分離 する発酵法により工業的に生産されている。」(2頁左下欄10行 59 〜14行) 「…グルタミン酸生合成に関与する酵素の活性を強化すること によりL-グルタミン酸の生産速度を高めるとともに効率良くL -グルタミン酸を生成させる試みも近年行われるようになり,この 目的を達成するためにグルタミン酸の生合成経路に関与する各種 酵素遺伝子のクローニングが行われつつある。」(2頁右下欄13 行〜19行)? 「しかしながら,L-グルタミン酸発酵においてその生産性を十 分向上することのできる菌株については,これまでに報告された例 がなかった。
(問題点を解決するための手段および作用) 本発明者らは上記問題を解決すべく鋭意研究を重ねた結果,グル タミン酸生合成経路に関与する酵素遺伝子のうち,少なくとも2種 以上の酵素遺伝子を組換えDNA技術を用いることにより同時に 強化した種々の菌株を作製することに成功し,これらの菌株を用い てグルタミン酸発酵を行ったところ,少なくともグルタミン酸デヒ ドロゲナーゼ(…GDH)遺伝子とイソクエン酸デヒドロゲナーゼ (…ICDH)遺伝子を含む少なくとも2種以上のグルタミン酸生 合成経路に関与するグルタミン酸生産性コリネ型細菌由来の酵素 遺伝子を含む組換え体DNAで形質転換された菌株を用いてグル タミン酸発酵を行なった場合には親株を使用した場合に比較して 培地中へのL-グルタミン酸の蓄積レベルのみならず対糖収率も 著しく向上していることを見出し,本発明を完成するに到った。」 (3頁右上欄5行〜左下欄6行)? 「多重強化株を作製する際の材料となる組換えプラスミドとして, GDH遺伝子を含む pAG1001,ICDH遺伝子を含む pAG3001,AH 60 遺伝子を含む pAG5001,およびCS遺伝子を含む pAG4003 等が挙げ られる。」(6頁右下欄8行〜12行) 「本発明のグルタミン酸生産性コリネ型細菌が保有する組換え体 DNAの例としては,後述のプラスミド pIG101,pAIG321,pCIG231, pCAIG4 等が挙げられる。pIGl01 は pAG50 にグルタミン酸生産性コ リネ型細菌由来のGDH遺伝子とICDH遺伝子が同時に組込まれ たものである。pAIG321 は同時にAH遺伝子,ICDH遺伝子およ びGDH遺伝子が同時に組込まれたものである。また,pCIG231 は 同時にCS,ICDH,GDHの3種の酵素の遺伝子が pAG50 に同 時に組込まれたものである。さらに pCAIG4 は pAG50 にCS,AH, ICDH,およびGDHの4種の酵素の遺伝子が同時に組込まれた ものである。」(7頁左上欄7行〜19行) 「(実施例) 実施例1 本実施例では,グルタミン酸生産性コリネ型細菌で,GDHとI CDHの活性が同時に強化された2重強化株を作製した例を示す。
GDH遺伝子およびICDH遺伝子を含む組換えプラスミドとし てそれぞれ pAG1001 および pAG3001 を使用した。」(8頁右上欄1 行〜8行) 「GDH活性は,…で測定することにより求めた。…結果を第2 表に示す。」(17頁左上欄11行〜18行)? 「実施例3 実施例では,CS+ICDH+GDHの3重強化株を作成した例 を示す。またCS+ICDHの2重強化株およびCS+GDHの2 重強化株を作成した例についても同時に示す。
組換えプラスミドを作製する際の材料としては前述の pAG1001, 61 pAG3001 の他にCS遺伝子を含む組換えプラスミド pAG4003 を用い た。」(35頁左下欄1行〜8行) 「(6)プラスミド pAG4001 保有菌株のCS活性の測定」 …第10表に示した様に,プラスミド pAG4001 保持菌株は,ベク ターpAG50 保持菌株やプラスミド非保持菌に比べて,高いCS比活 性を示した。」(41頁左上欄7行〜右上欄4行) 「pCI31 および pCG5 はそれぞれCSとICDHを同時に含む組換 えプラスミドおよびCSとGDHを同時に含む組換えプラスミド である。」(42頁右下欄12行〜14行) 「pCI31,pCG5,および pCIG231 の各プラスミドを保持する宿主菌 (Corynebacterium melassecola 801)よりそれぞれ細胞抽出液を調 製し,CS,ICDH,GDHの酵素活性をプラスミドを保持しな い宿主菌の細胞抽出液を用いた場合と比較した。
…第11表の結果により pCI31 保持株,pCG5 保持株,pCIG231 保 持株はそれぞれ目的の酵素活性が全て強化されていることが確認 された。」(43頁左上欄9行〜右上欄5行)(e) 「実施例5 本実施例では,実施例1〜4で得られた多重強化株を用いたグル タミン酸発酵の例を示す。
…得られた結果を第13表に示す。
…第13表から明らかなように,少なくともGDHとICDHの 両酵素が同時に強化された菌株では,他の菌株に比較してグルタミ ン酸蓄積量,対糖収率ともに高い成績を示した。」(44頁左上欄 7行〜45頁左上欄4行)c 甲4及び甲34に開示された事項 前記a及びbの記載事項によれば,甲4及び甲34には,CS遺伝 62 子のみを増強しても,グルタミン酸の生産が増加しなかったことが開 示されていると見られなくもない。
しかしながら,甲4は,C.グルタミカムというコリネ型細菌の一種 について,CS酵素の活性がもともと非常に高かったために,遺伝子 操作によるCS酵素レベルの上昇が効果を発揮しなかったことを述 べているのにとどまるから,律速段階の存在を裏付けるに足りるもの ではないし,そもそも,一細菌に関するものにすぎない甲4の結論を 一般化できるかどうかにも疑問がある。また,甲34は,GDHとI CDHの両酵素が同時に強化された菌株では,グルタミン酸蓄積量, 対糖収率ともに高い成績を示したと述べているのみで,CS酵素が強 化された菌株については,何らの結論を述べるものではない上,その 記述を詳細に検討すると,GDH遺伝子,ICDH遺伝子,AH遺伝 子を同時に組み込んだ細菌(pAIG321)よりも,上記3遺伝子に加え, CS遺伝子を組み込んだ細菌(pCAIG4)の方が,グルタミン酸濃度, 対糖収率ともに高くなっている(第13表参照)というように,CS 遺伝子を組み込むことにより効果が発揮されているように見える実 験結果も紹介されている。これらのことを考慮すると,上記各書証の 記載は,いずれも,TCA回路中のコリネ型細菌のグルタミン酸の生 合成系路における,CSによるクエン酸の生成反応の後続の反応に, 律速段階が存在することを裏付けるものであるとはいえない。
(ウ) 小括 以上によれば,原告らの上記主張は,その前提を欠くものであって, 採用することはできない。
? 取消事由1-3(プロモーター-35領域及び-10領域の周辺領域につ いて) ア 前記?ア及び?ウのとおり,本件明細書の発明の詳細な説明は,当業者 63 が本件発明1(本件発明1-1ないし1-3)の実施をすることができる 程度に明確かつ十分に記載されているといえる。
イ これに対し原告らは,本件明細書の実施例及びその他の記載並びに技術 常識を参照しても,GDH遺伝子及びCS遺伝子のプロモーターの-35 領域と-10領域の間の配列,-35領域の上流領域及び-10領域の下 流領域を任意の配列や長さにした場合に,L-グルタミン酸の生産性が向 上することを当業者は認識することができないから,本件発明1はサポー ト要件に適合するものとはいえず,同様の理由により,本件明細書の発明 の詳細な説明は実施可能要件に適合するものとはいえない旨主張する。そ こで,かかる主張の当否について検討する。
(ア) 前記?イ(エ)aのとおり,「本発明」の実施例1である「ATCC13869 /p6-8」は,コリネ型細菌野生株(ATCC13869)に,プロモーター配列の -35領域及び-10領域を改変して,本件発明1-1の配列としたG DH遺伝子を組み込んだプラスミドを導入したものである。そして,本 件明細書には,「ATCC13869 /p6-8」のGDH遺伝子のプロモーター配列 の-35領域及び-10領域の周辺領域の配列は,親株(ATCC13869)と 同一であることが示されている(【0025】)。
また,前記?イ(エ)bのとおり,実施例2の「FGR2」 親株 は, (AJ13029) のGDH遺伝子のプロモーター配列の-35領域及び-10領域に本件 発明1-1の配列への変異を有するものである。そして,本件明細書に は,「FGR2」のGDH遺伝子のプロモーター配列の-35領域と-10 領域の間の領域の配列は,1塩基の欠失があるほかは, (ATCC13869) 親株 と同一であることが示されている(表6)。
さらに,「本発明」の実施例3である「GB02」及び「GB03」は,FGR2 のCS遺伝子のプロモーター配列の-10領域を改変して,本件発明1 -2の配列を導入したものであり,「GB03」は,さらに,同-35領域 64 を改変して,本件発明4の配列を導入したものである。そして,本件明 細書には,GBO2 及び GB03 の作製に当たり,FGR2 のCS遺伝子のプロモ ーター配列の-35領域と-10領域の間の領域に変異を加えた旨の記 載はないことから(【0033】〜【0047】),-35領域と-1 0領域の周辺領域は,1塩基の欠失があるほかは,親株(AJ13029)と同 じ配列を有していることを理解できる。
加えて,前記?イ(エ)dのとおり, 「本発明」の実施例7である「GAO2」 は,FGR2 が持つGDH遺伝子のプロモーター配列を用いて,AJ13029 の 染色体上に変異を導入したものであって,GDH遺伝子のプロモーター 配列の-35領域及び-10領域は FGR2 と同一である。そして,本件明 細書には,GAO2 及び GAO3 は,GDHのプロモーター領域以外に変異が 導入されていないことを確認した上で,AJ13029 に変異が導入されて, 作製されたものであることが記載されている(【0087】〜【009 3】)。
(イ) 以上によれば,遺伝子のプロモーターの-35領域及び-10領域 の周辺領域の配列や長さがプロモーター活性に影響を与えることが,仮 に公知であったとしても,本件明細書に接した当業者は,GDH遺伝子 のプロモーター配列の-35領域及び-10領域と,CS遺伝子の-1 0領域を特定の配列とする変異を染色体上に導入することを解決手段と する本件発明1において,プロモーター配列の-35領域と-10領域 の周辺領域については,野生株と同様でよいことを理解できるのである から,本件発明1の構成を有するL-グルタミン酸の製造方法によって, 発明の課題(前記?ア)を解決できることを認識できるものといえる。
また,同様の理由により,当業者は,本件明細書の記載から,GDH 遺伝子のプロモーター配列の-35領域及び-10領域と,CS遺伝子 のプロモーター配列の-10領域の周辺領域は野生株と同様でよいこと 65 を前提にして本件発明1の実施をすることができるといえる。
したがって,原告らの上記主張は採用することができない。
? 小括 前記?ないし?のとおり,特許請求の範囲の請求項1の記載は,サポート 要件に適合するものと認められ,また,本件明細書の発明の詳細な説明の記 載は,実施可能要件に適合するものと認められる。
したがって,これと同旨の本件審決の判断に誤りはなく,原告ら主張の取 消事由1は理由がない。
2 取消事由2(甲2を主引用例とする本件発明1の進歩性の判断の誤り)について ? 甲2の記載事項について ア 甲2には,以下のような記載がある(下記記載中に引用する「図1及び 図5」並びに「表2」については別紙4を参照)。
(ア) 「これまでのところ,コリネバクテリウム・グルタミカム(C.グル タミカム)のプロモーターの構造に関しては限られた情報しか入手可能 ではなかった。…C.グルタミカム由来の新たに特徴づけられたプロモー ター配列と共に公開されたプロモーターを比較分析することにより,保 存された配列は,TS(転写開始)サイト上流のおよそ 35bp(ttGcca)及 び 10bp(TA.aaT)であることが明らかになった。これらモチーフの位置 及びモチーフ自体は,他のグラム陽性及びグラム陰性細菌の-35 及び-10 プロモーターコンセンサス配列に相当し,それらは C.グルタミカムでの 転写開始シグナルを表すことを示唆している。
しかし,C.グルタミカムは,-35 領域のコンセンサスヘキサマー保存 量が,大腸菌…,バチルス…,ラクトバチルス…及び連鎖球菌…よりも はるかに少ない。」(1297頁,要約1行〜20行) (イ) 「緒言… 66 C.グルタミカムは,特にさまざまなアミノ酸の生産菌として知られて いるグラム陽性無芽胞微生物である。さまざまな C.グルタミカム遺伝子 の特徴が明らかにされてきたが…,遺伝子発現シグナルに関する知見は 未だ不十分であり,C.グルタミカムプロモーターの一般的構造,すなわ ち典型的なコンセンサス配列は,今のところ定義されていない。…これ までに得られているわずかなデータによれば,C.グルタミカムのプロモ ーター配列は,大腸菌又は枯草菌と異なっているか,あるいは少なくと もグラム陰性菌とグラム陽性菌両方に共通する典型的なプロモーターコ ンセンサスパターンと低い一致を示す。
この試験では,C.グルタミカムから 18 個,溶原性コリネファージφ GA1 から 4 個のプロモーターを単離し…,各 TS 領域のマップを作成し た。次に,新たに開発されたコンピュータプログラムを用いて,コリネ バクテリウムのプロモーターコンセンサス配列を示す共通パターンを見 つけるために,以前報告されているプロモーター配列と合わせて,これ らのプロモーター配列に関する比較解析を実施した。」(1297頁左 欄1行,1298頁左欄12行〜44行)(ウ) 「C.グルタミカム及び大腸菌でのプロモーター活性の評価 クローン化されたプロモーターの相対強度は,Cm の MIC を定量し,さ まざまな C.グルタミカムクローンの特異的な CAT 活性を測定すること によって評価した。…C.グルタミカム染色体及びファージφGA1 から単 離されたフラグメント全てに,C.グルタミカムでも大腸菌でも機能した プロモーターが含まれることが示された。」(1300頁左欄3行〜8 行,右欄14行〜18行)(エ) 「プロモーター運搬フラグメントの配列決定及び TS 部位のマッピ ング …図1に,プライマー伸長法…から推定されるように配列のプロモー 67 ター関連部を示している。
図1.TS サイトに従って並べられた C.グルタミカムプロモーターの 核酸配列。プロムスキャンプログラムにより同定された推定-35 及び-10 領域に下線を引いた。hom,thrC,fda,lysA,ask,gdh,glt,gap,pgk, 及び trp のプロモーター配列は,本文で参照したレファレンスより取得 した。 (1300頁右欄19行〜24行, 」 1301頁左欄1行〜2行, 図1)(オ) 「プロモーター配列の解析 …さらに,上のSrel 平均値を持つ2つ目のk文字パターンワード領域 が,-10 領域の上流約 20bp で検出された。この領域はこれ以降,-35 領 域と呼ぶ。-10 領域で最も多いヘキサマーは GGTATA,GGTACA,TATAAT 及 び TACAAT であり,-35 領域で最も多いヘキサマーは TCTTGG,TTTTGC, TTTGCC,TTGCCA,GGCCAA 及び GCCAAA であった。… 少なくとも相関している位置での切断がある-10 及び-35 のモチーフ を基点として,プロモーター配列のアライメントを行った。図5に示し ているように,最もよく保存されている配列は-35 領域の tttGcca.a 及 び-10 領域の ggTA.aaT であった。図5からも,-35 及び-10 のコンセン サス配列にある各塩基の保存量がかなり異なっていることがわかる。し かし,これら2つのモチーフは,配列自体から明らかな C.グルタミカム プロモーターの主な情報を運搬する領域の特徴を示していると結論づけ ることができる。
図5.PROMSCAN によってみられた-10 領域及び-35 領域を基点として アライメントを行った C.グルタミカムの塩基分布。切断は少なくとも相 関している位置で導入した。ヒストグラムには,各位置でも最も顕著な 塩基の発生数を示している。ヒストグラムの上に,同じ位置で少なくと も 42%(33 個中 14 個)のプロモーターに発生している塩基を記載してい 68 る。同じ位置で 70%(33 個中 23 個)を超えるプロモーターに発生してい る塩基は大文字で記載している。」(1302頁左欄9行,1304頁 右欄3行〜1305頁左欄3行,同頁左欄21行〜右欄6行,図5)(カ)a 「考察 我々の試験の目的は,C.グルタミカムプロモーターを単離して分子 的特徴を明らかにすることにあった。プロモータープローブベクター pEKplCm を用いて,多種多様なプロモーター活性 DNA フラグメントを 単離することができた。試験した全 18 フラグメントは,E.coli にお いて cat の転写を作動させ,単離されたプロモーターがこの生物にお いても活性であったことが示唆される。この結果は予想できないもの ではなかった。なぜなら,C.グルタミカムからクローン化された遺伝 子の多くは,適切な栄養要求体の異種相補性により示唆されるように …,E.coli で発現したからである。反対に,いくつかの E.coli 遺伝 子は,C.グルタミカムで効率的に出現し…,そして E.coli tac, lacUV5,及び trp プロモーターはコリネバクテリアで機能的であるこ とが示されている…。これら全ての結果は,C.グルタミカムのプロモ ーターの一般的構造は,E.coli のプロモーターのものと類似してい ることを示唆する。しかしながら,コリネ型細菌特有のプロモーター が E.coli では明らかに機能しなかったという複数の報告もある…。」 (1305頁右欄7行〜1306頁左欄2行) b 「C.グルタミカム由来のプロモーターと他の細菌由来のプロモータ ーの一次構造の類似性は,比較コンピュータ分析により立証された。
本研究で適用した両プログラムは,C.グルタミカムプロモーターの 我々のセットにおいて,最も関連する領域が,TS 部位の上流 10bp 周 辺に位置し,ヘキサマーTA.AAT を含むことを示した。当該または類似 のモチーフをすべてのプロモーターで見つけることができる。別の保 69 存領域は TS 部位の上流およそ 35pb で検出された。この領域で見いだ されたコンセンサスヘキサマーTTGCCA は,E.coli のコンセンサス TTGACA と,4番目の位置でのみ異なる。この TTGCCA モチーフはプロ モーター33 種のうち 14 種にしか明確に(3塩基対より大きいマッチ ングで)は見出されず,その機能が明確ではない。他のいくつかのプ ロモーターにおいては,このモチーフは容易に識別できず,C.グルタ ミカムのプロモーターにおける,より低い保存性を示唆する。」(1 306頁左欄3行〜18行)c 「しかしながら,TS 部位に関連する位置から,スペーシング(17・ 35bp の平均)から,及び2つの保存されたヘキサマーモチーフの配列 から,C.グルタミカムにおけるこれらのシグナルは,E.coli…及びそ の他の真正細菌,e.g.バシラス…,ラクトバチルス…,及びストレプ トコッカス…の-10 及び-35 プロモーターコンセンサス配列に相当す ることが明らかである。我々の分析により明らかになった C.グルタミ カムのコンセンサスモチーフの優位性は,tac プロモーター(12 個の 位置中 11 がコンセンサスと同一)が C.グルタミカムで非常に効率的 であることが判明し…,並びに E.coli lac プロモーターにおいて-10 ヘキサマーを TATGTT から TATATT へ変更し,コンセンサス配列との類 似性を高めることは,C.グルタミカムでのプロモーターのより高い効 率を導く…という事実により裏付けられる。」(1306頁左欄18 行〜38行)d 「-10 及び-35 ヘキサマーはさておき,その他の位置も C.グルタミ カムプロモーターにおいて保存されているようである:-10 エレメン トの 5’末端に隣接する二つのG,-35 エレメントの 2bp 下流のA残基 及び-35 エレメントの直ぐ上流のT残基(図5)。実際,-10 及び-35 ヘキサマー付近の保存された塩基は,コンセンサスモチーフを ggTA. 70 aaT 及び tttGcca.a にそれぞれ拡張する。多数のバチルス及びラクト バチルスのプロモーターにおいて,-10 ヘキサマーの上流に又は 1bp 隔てて見いだされた TG モチーフの存在により,伸張されたプロモー ターコンセンサスがグラム陽性細菌で提案されている…。ここで分析 した 33 プロモーターのうち 11 が,-10 ヘキサマーの 5’近傍で TG モ チーフを含む,したがって,-10 ヘキサマーに隣接する TG ダブレット は,C.グルタミカムにおいても,プロモーター機能に有意性を有する かもしれない。-10 領域上流の比較的高い A+T 含量も有意なようであ る,特に,C.グルタミカムの平均 A+T 含量はほんの約 43.5%だからで ある…」(1306頁左欄39行〜59行)e 「例えばバチルス及びストレプトコッカスのようないくつかのグラ ム陽性細菌では,殆どの-10 及び-35 プロモーター領域は,それらのコ ンセンサス配列である TATAAT 及び TTGACA のそれぞれと,ほぼ完全に 一致する…。一方,本論文で研究した C.グルタミカムのプロモーター のセットにおいて,これは当てはまらなかった。C.グルタミカムのプ ロモーターのコンセンサスモチーフにおけるいくつかの塩基は,中程 度にしか保存されておらず(図5参照),全体として,比較的中程度 にしかモチーフが保存されていないことを示唆する。プロモーターの コンセンサス配列の保存レベルは,所与の細菌における主要 RNA ポリ メラーゼのσ因子の要求を反映している可能性があることから…, 我々の研究におけるポジションごとのコンセンサスの保存の程度を, 他の細菌からのプロモーターの編集物におけるものと比較することは 興味深い。表2に示すとおり,-35 及び-10 コンセンサスヘキサマーに おけるほぼすべての塩基は,C.グルタミカムのプロモーターのセット と比較して,バチルス,ラクトバチルス及びストレプトコッカスのプ ロモーターでは非常に高く,E.coli プロモーターではかなり高く,保 71 存されていた。これらのデータは,リストした微生物における主要 RNA ポリメラーゼの認識特異性が,バチルス/ラクトバチルス/ストレプ トコッカス>E.coli>C.グルタミカムの順で低下することを示唆す る。」(1306頁右欄18行〜42行) f 「表2.異なる生物に由来するプロモーターのコンパイルでの,-35 及び-10 モチーフにおけるコンセンサス保存の程度 異なる生物のプロモーターコンパイルを以下のレファレンスより取 得した:C.グルタミカム,33 プロモーター(本研究);E.coli,263 プ ロモーター…;バチルス・サブチリス,237 プロモーター…;ラクトバ チルス, プロモーター… ストレプトコッカス, プロモーター…」 30 ; 17 (1307頁,表2) g 「E.coli におけるプロモーターの活性は,-35 及び-10 コンセンサ スヘキサマーとの類似性と大部分は相関し得るため…,我々は,観察 された CAT 活性は,所定のプロモーターと,予測コンセンサスプロモ ーター配列との類似性スコアとおおよそ相関すると推測した。しかし ながら,そのような相関は確認できなかった。」(1306頁右欄5 9行〜1307頁左欄6行) h 「本論文において提供したデータから明らかなとおり,C.グルタミ カムにおけるプロモーター(又はプロモータークラス)の構造-機能 相関について詳細な情報を得て,それによりこの産業上重要な微生物 における遺伝子発現をより良く理解するためには,例えば,選択プロ モーターの厳密な変異分析及び生化学的分析のようなさらなる研究が 必要であることが明らかである。」(1307頁右欄4行〜10行)イ 前記アの記載事項によれば,甲2には,以下の開示があると認められる。
(ア) C.グルタミカムの遺伝子発現シグナルに関する知見は未だ不十分で あり,C.グルタミカムプロモーターの一般的構造,すなわち典型的なコ 72 ンセンサス配列は,今のところ定義されていない。これまでに得られて いるわずかなデータによれば,C.グルタミカムのプロモーター配列は, 大腸菌又は枯草菌と異なっているか,あるいは少なくともグラム陰性菌 とグラム陽性菌両方に共通する典型的なプロモーターコンセンサスパタ ーンと低い一致を示す(前記ア(イ))。
(イ) この試験では,C.グルタミカムから 18 個,溶原性コリネファージφ GA1 から 4 個のプロモーターを単離し,各 TS 領域のマップを作成した (前記ア(イ))。
図1は,TS サイトに従って並べられた C.グルタミカムプロモーター の核酸配列である(前記ア(エ))。
図1には,グルタミン酸デヒドロゲナーゼ(GDH)遺伝子のプロモ ーター配列(「p-gdh」)の-35領域に「TGGTCA」配列及び-10領域 に「CATAAT」配列を有し,クエン酸合成酵素(CS)遺伝子のプロモー ター配列「p-glt」の-35領域に「TGGCTA」配列及び-10領域に「TAGCGT」 配列を有することが示されている。
(ウ) 試験した全 18 フラグメントは,E.coli において cat の転写を作動 させ,単離されたプロモーターがこの生物においても活性であったこと が示唆される(前記ア(カ)a)。
反対に,いくつかの E.coli 遺伝子は,C.グルタミカムで効率的に出現 し, E.coli tac,lacUV5,及び trp プロモーターはコリネバクテリア で機能的であることが示されている。これら全ての結果は,C.グルタミ カムのプロモーターの一般的構造は,E.coli のプロモーターのものと 類似していることを示唆する。他方,コリネ型細菌特有のプロモーター が E.coli では明らかに機能しなかったという複数の報告もある(前記 ア(カ)a)。
(エ) 本研究で適用したプログラムは,C.グルタミカムプロモーターのセ 73 ットにおいて,最も関連する領域が,TS 部位の上流 10bp 周辺に位置す ることを示した。また,別の保存領域は TS 部位の上流およそ 35pb で検 出された。
図5に示しているように,最もよく保存されている配列は-35 領域の ttGcca.a 及び-10 領域の ggTA.aaT であった(前記ア(カ)b)。
これらモチーフの位置及びモチーフ自体は,他のグラム陽性及びグラ ム陰性細菌の-35 及び-10 プロモーターコンセンサス配列に相当し,そ れらは C.グルタミカムでの転写開始シグナルを表すことを示唆してい る。しかし,C.グルタミカムは,-35 領域のコンセンサスヘキサマー保 存量が,大腸菌,バチルス,ラクトバチルス及び連鎖球菌よりもはるか に少ない(前記ア(ア))。
(オ) しかしながら,我々の分析により明らかになった C.グルタミカムの コンセンサスモチーフの優位性は,tac プロモーター(12 個の位置中 11 がコンセンサスと同一) C.グルタミカムで非常に効率的であることが が 判明し,並びに E.coli の lac プロモーターにおいて-10 ヘキサマーを TATGTT から TATATT へ変更し,コンセンサス配列との類似性を高めるこ とは,C.グルタミカムでのプロモーターのより高い効率を導くという事 実により裏付けられる(前記ア(カ)c)。
(カ) 一方,バチルス及びストレプトコッカスのようないくつかのグラム 陽性細菌では,殆どの-10 及び-35 プロモーター領域は,それらのコンセ ンサス配列である TATAAT 及び TTGACA とほぼ完全に一致するのに対し, 本論文で研究した C.グルタミカムにこれは当てはまらず,C.グルタミカ ムのプロモーターのコンセンサスモチーフにおけるいくつかの塩基は, 中程度にしか保存されていなかった(図5参照)(前記ア(カ)e)。
表2に示すとおり,-35 及び-10 コンセンサスヘキサマーにおけるほ ぼすべての塩基は,C.グルタミカムのプロモーターのセットと比較して, 74 バチルス,ラクトバチルス及びストレプトコッカスのプロモーターでは 非常に高く,E.coli プロモーターではかなり高く,保存されていた(前 記ア(カ)e)。
(キ) E.coli におけるプロモーターの活性は,-35 及び-10 コンセンサス ヘキサマーとの類似性と大部分は相関し得るため,我々は,C.グルタミ カムの CAT 活性は,所定のプロモーターと,予測コンセンサスプロモー ター配列との類似性スコアとおおよそ相関すると推測したが,そのよう な相関は確認できなかった(前記ア(カ)g)。
本論文において提供したデータから明らかなとおり,C.グルタミカム におけるプロモーターの構造-機能相関について詳細な情報を得て,そ れによりこの産業上重要な微生物における遺伝子発現をより良く理解す るためには,更なる研究が必要であることが明らかである(前記ア(カ) h)。
? 甲5の記載事項について ア 甲5には,次のような記載がある。
(ア) 請求の範囲 「1. 染色体上に存在するα-ケトグルタル酸デヒドロゲナーゼ活性 を有する酵素をコードする遺伝子又はそのプロモーターの塩基配列中に 1 又は 2 以上の塩基の置換,欠失,挿入,付加又は逆位が生じたことに より,α-ケトグルタル酸デヒド口ゲナーゼ活性が欠損したコリネ型L -グルタミン酸生産菌。
2. 請求項 1 記載のコリネ型L-グルタミン酸生産菌を液体培地中に 培養し,培養液中にL-グルタミン酸を生成蓄積させ,これを採取する ことを特徴とするL-グル夕ミン酸の製造法。」(55頁2行〜8行) (イ) 明細書 a 「技術分野 75 本発明は,L-グルタミン酸…の発酵生産に用いられるコリネ型細菌の育種と利用に関する。更に詳しくは,本発明は,α-ケトグルタル酸デヒドロゲナーゼ(α-KGDH)活性が欠失したコリネ型L-グルタミン酸生産菌,該菌を用いたL-グルタミン酸の製造法…に関する。」(1頁3行〜11行) 「背景技術 従来よりL-グルタミン酸はブレビバクテリウム属又はコリネバクテリウム属に属するコリネ型細菌を用いた発酵法により工業的に生産されている。
近年,α-KGDH活性が欠損もしくは低下し,かつL-グルタミン酸分解活性が低下した大腸菌変異株が,高いL-グルタミン酸生産能を持つことが明らかとなった…。
これに対し,ブレビバクテリウム属の細菌においては,α-KGDH活性の低下した変異株のL-グルタミン酸生産能は親株とほぼ同じであったとの報告があり…,コリネ型細菌では,α-KGDH活性のレベルはL-グルタミン酸の生産に重要ではないものと考えられていた。
一方,α-KGDH活性が低下し,かつL-グルタミン酸生産能を有する変異株をビオチン過剰原料を炭素源とする培地中で培養すると,ぺニシリン類や界面活性剤等のビオチン作用抑制物質を培地に添加することなく,高収率でL-グルタミン酸が生産されることが見い出されている…。しかしながら,上述したようにコリネ型細菌では,α-KGDH活性のレベルはL-グルタミン酸の生産に重要ではないものと考えられていたため,コリネ型L-グルタミン酸生産菌のα-KGDH遺伝子をクローニングし解析した例はなかった。また,α-KGDHを欠失したコリネホルム細菌の変異株も知られていなかった。」 76 (1頁12行〜2頁5行)b 「発明の開示 本発明の目的は,コリネ型L-グルタミン酸生産菌由来のα-KG DH遺伝子を取得し,該遺伝子を含む組換えDNAを作製し,該組換 えDNAで形質転換した微生物を用いてα-KGDH活性のレベルが L-グルタミン酸の発酵生産に及ぼす影響を明らかにし,もってコリ ネ型L-グルタミン酸生産菌の育種において新たな方法論を提供する ことにある。より具体的には,本発明の目的は,染色体上に存在する α-KGDH遺伝子を破壊することによりα-KGDH活性を欠失さ せたコリネ型L-グルタミン酸生産菌を取得し,該菌を用いたL-グ ルタミン酸の製造法を提供することにある。… 本発明者らは,コリネ型L-グルタミン酸生産菌由来のα-KGD H遺伝子を取得しその構造を明らかにするとともに,該遺伝子を組み 込んだ組換え体プラスミドでコリネ型L-グルタミン酸生産菌を形質 転換し,得られた形質転換体のα-KGDH活性のレベルとL-グル タミン酸の生産能を調べた結果,α-KGDH活性がL-グルタミン 酸の生産に顕著な影響を及ぼすことを見いだした。また,本発明者ら は,コリネ型L-グルタミン酸生産菌において染色体上に存在するα -KGDH遺伝子を破壊することによりα-KGDH活性を欠失させ た株が,過剰量のビオチンを含有する培地に培養する際,界面活性剤 やぺニシリンのようなビオチン作用抑制物質を培地に添加することな く著量のL-グルタミン酸を生成蓄積することを見いだした。」(2 頁6行〜27行)c 「すなわち,本発明は, (1)染色体上に存在するα-KGDH活性を有する酵素をコードす る遺伝子又はそのプロモー夕ーの塩基配列中に1又は2以上の塩基の 77 置換,欠失,挿入,付加又は逆位が生じたことにより,α-KGDH 活性が欠損したコリネ型L-グル夕ミン酸生産菌, (2)上記(1)記載のコリネ型L-グルタミン酸生産菌を液体培地中に 培養し,培養液中にL-グルタミン酸を生成蓄積させ,これを採取す ることを特徴とするL-グルタミン酸の製造法, …を提供するものである。」(3頁3行〜18行)d(a) 「α-KGDH活性が欠失した株の取得は,化学薬剤を用いて変 異を誘導する方法でも,遺伝子組換えによる方法でも取得可能であ る。しかし,化学薬剤による変異誘導法ではα-KGDH活性が低 下した株を得ることは比較的容易であるが該活性が完全に欠失し た株の取得は困難であり,このような株を取得するには上記のよう にして明らかとなったα-KGDH遺伝子の構造を基に,遺伝子相 同組換え法により染色体上に存在するα-KGDH遺伝子を改変 又は破壊する方法が有利である。相同組換えによる遺伝子破壊は既 に確立しており直鎖DNAを用いる方法や温度感受性プラスミド を用いる方法などが利用できる。
具体的には,部位特異的変異法…や次亜硫酸ナトリウム,ヒドロ キシルアミン等の化学薬剤による処理…によって,α-KGDH遺 伝子のコーディング領域又はプロモーター領域の塩基配列の中に 1つ又は複数個の塩基の置換,欠失,挿入,付加又は逆位を起こさ せ,このようにして改変又は破壊した遺伝子を染色体上の正常な遺 伝子と置換することにより遺伝子産物であるα-KGDHの活性 を欠失させるかα-KGDH遺伝子の転写を消失させることがで きる。」(8頁24行〜9頁10行) ? 「このようにして取得した変異が導入されて改変又は破壊された 遺伝子をコリネ型L-グルタミン酸生産菌の染色体上の正常な遺伝 78 子と置換する方法としては,相同性組換えを利用した方法…がある。
相同性組換えは,染色体上の配列と相同性を有する配列を持つプラ スミド等が菌体内に導入されると,ある頻度で相同性を有する配列 の箇所で組換えを起こし,導入されたプラスミド全体を染色体上に 組み込む。この後さらに染色体上の相同性を有する配列の箇所で組 換えを起こすと,再びプラスミドが染色体上から抜け落ちるが,こ の時組換えを起こす位置により変異が導入された遺伝子の方が染色 体上に固定され,元の正常な遺伝子がプラスミドと一緒に染色体上 から抜け落ちることもある。このような菌株を選択することにより, 塩基の置換,欠失,挿入,付加又は逆位を持つ変異が導入されて改 変又は破壊された遺伝子が染色体上の正常な遺伝子と置換された菌 株を取得することができる。」(9頁29行〜10頁13行) ? 「かくして得られるα-KGDH活性が欠失したコリネ型L-グ ルタミン酸生産菌は,α-KGDH活性が部分的に低下した株に比 ベて特に過剰量のビオチンを含有する培地においてL-グルタミン 酸生産能が顕著に優れている。」(10頁14行〜16行)e(a) 「なお,L-グルタミン酸生産性を向上させるには,グルタミン 酸生合成系遺伝子を強化することが有利である。グルタミン酸生合 成系遺伝子を強化した例としては,解糖系のホスフォフルクトキナ ーゼ(PFK…),アナプレロティック経路のホスホエノールピル ビン酸カルボキシラーゼ(PEPC…),TCA回路のクエン酸合 成酵素(CS…),アコニット酸ヒドラターゼ(ACO…),イソ クエン酸デヒドロゲナーゼ(ICDH…),アミノ化反応としては グルタミン酸デヒドロゲナーゼ(GDH…)等がある。」(11頁 11行〜20行) ? 「上記の遺伝子を取得するためには以下に示す様な方法が考えら 79 れる。
(1)目的遺伝子に変異が起こり特徴的な形質を示す変異株で,目的遺伝子を導入することによりその形質が消失するような変異株を取得し,その変異株の形質を相補するような遺伝子をコリネ型細菌の染色体から取得する方法。
(2)目的遺伝子が他の生物において既に取得され塩基配列が明らかになっている場合,相同性の高い領域のDNAをプローブとしてハイブリダイゼーションの手法により目的の遺伝子を取得する方法。
(3)目的遺伝子の塩基配列がかなり詳細に判明している場合は目的遺伝子を含む遺伝子断片をコリネ型細菌の染色体を鋳型としPCR法…により取得する方法。
ここで用いる染色体の取得方法は上記の方法を用いることができる。また,宿主-べクター系としては,コリネ型細菌で利用可能なものであればよく,上記で述べたものが用いられる。本発明の実施例においては塩基配列が既に明らかになっている場合に有効である上記(3)の方法を用いた。
また,上記(2)及び(3)の方法で遺伝子を取得する場合,目的遺伝子が独自のプロモーターを持たない時にはコリネ型細菌でプロモーター活性を持つDNA断片を目的遺伝子の上流に挿入することにより目的遺伝子を発現させることができる。目的遺伝子の発現を強化するには,強力なプロモーターの下流に目的遺伝子を連結することが考えられる。コリネ型細菌の細胞内で機能するプロモーターのうち強力なものとしては,大腸菌のlacプロモーター,tacプロモーター,trpプロモーター等がある…。また,コリネバクテリウム属細菌のtrpプロモーターも好適なプロモーターであ 80 る…。本発明の実施例においては,PEPC遺伝子の発現にコリネ 型細菌のtrpプロモーターを用いた。」(11頁21行〜12頁 16行)f(a) 「発明を実施するための最良の形態 以下, 実施例により本発明をさらに具体的に説明する。」(14 頁15行〜16行) ? 「実施例3 α-KGDH遺伝子欠損株の作製 α-KGDH遺伝子増幅によりL-グルタミン酸生成が抑制され たことから,逆にα-KGDH遺伝子を破壊する事によりグルタミ ン酸収率を向上させることが期待された。遺伝子破壊株は,特開平 5-7491号に示される温度感受性プラスミドを用いた相同組 換え法により取得した。」(23頁18行〜22行) ? 「実施例4 gdh,gltA及びicd遺伝子増幅用プラスミ ドの作製」(24頁26行) ? 「実施例7 pGDH,pGLTA,pPPC,pICD,pG DH+GLTA+ICD及びpGDH+GLTA+PPC上の各 遺伝子の発現の確認 pGDH,pGLTA,pPPC,pICD,pGDH+GLT A+ICD及びpGDH+GLTA+PPC上の各遺伝子がブレ ビバクテリウム・ラクトファーメンタムの細胞内で発現し,これら のプラスミドが遺伝子増幅の機能を果たしていることの確認を行 った。」(28頁1行〜6行)g 「産業上の利用性 コリネ型L-グルタミン酸生産菌のα-KGDH活性のレベルがL -グルタミン酸の発酵生産に影響を及ぼすことが明らかとなった。従 って,薬剤遺伝子の挿入等によるα-KGDH遺伝子活性欠失株の取 81 得,in vitro 変異による活性弱化株の取得,プロモーターの改変によ る発現低下株の取得等により,従来のコリネ型L-グルタミン酸生産 菌と比較してさらにL-グルタミン酸生産能が向上した菌株を効率よ く育種することが可能となる。」(33頁12行〜18行)イ 前記アの記載事項によれば,甲5には,以下の開示があると認められる。
(ア) 近年,α-ケトグルタル酸デヒドロゲナーゼ(α-KGDH。以下, 単に「α-KGDH」ということがある。)活性が欠損又は低下し,か つL-グルタミン酸分解活性が低下した大腸菌変異株が,高いL-グル タミン酸生産能を持つことが明らかとなったが,コリネ型細菌では,α -KGDH活性のレベルはL-グルタミン酸の生産に重要ではないと考 えられていたため,コリネ型L-グルタミン酸生産菌のα-KGDH遺 伝子をクローニングし解析した例はなく,α-KGDHを欠失したコリ ネホルム細菌の変異株も知られていなかった(前記ア(イ)a)。
(イ) 本発明者らは,コリネ型L-グルタミン酸生産菌由来のα-KGD H遺伝子の活性が,L-グルタミン酸の生産に顕著な影響を及ぼすもの であり,このα-KGDH活性を欠失させた株が,著量のL-グルタミ ン酸を生成蓄積することを見いだした。「本発明」の目的は,染色体上 に存在するα-KGDH遺伝子を破壊することによりα-KGDH活性 を欠失させたコリネ型L-グルタミン酸生産菌を取得し,該菌を用いた L-グルタミン酸の製造法を提供することにある(前記ア(イ)b)。
(ウ) 「本発明」は,@コリネ型L-グル夕ミン酸生産菌の染色体上に存 在するα-KGDH活性を有する酵素をコードする遺伝子又はそのプロ モーターの塩基配列中に1又は2以上の塩基の置換,欠失,挿入,付加 又は逆位を生じさせて,α-KGDH活性を欠損させ,A上記@のコリ ネ型L-グルタミン酸生産菌を液体培地中に培養し,培養液中にL-グ ルタミン酸を生成蓄積させ,これを採取することを特徴とするL-グル 82 タミン酸の製造法等を提供するものである(前記ア(ア),同(イ)c) (エ) コリネ型L-グルタミン酸生産菌のα-KGDH活性のレベルがL -グルタミン酸の発酵生産に影響を及ぼすことが明らかとなったため, 薬剤遺伝子の挿入等によるα-KGDH遺伝子活性欠失株の取得,in vitro 変異による活性弱化株の取得,プロモーターの改変による発現低 下株の取得等により,従来よりもL-グルタミン酸生産能が向上した菌 株を効率よく育種することが可能となる(前記ア(イ)g)。
(オ) なお,L-グルタミン酸生産性を向上させるには,グルタミン酸生 合成系遺伝子を強化することが有利であり,グルタミン酸生合成系遺伝 子を強化した例としては,TCA回路のクエン酸合成酵素(CS),ア ミノ化反応としてはグルタミン酸デヒドロゲナーゼ(GDH)等がある (前記ア(イ)e)。
? 甲6の記載事項について ア 甲6(EMBO j.(1982)1(7))には,次のような記載がある。
「野生型と比較してプロモーター強度が21倍に増強した6つの変異体 は,-35プロモーター領域において,TTGTCA からコンセンサス配列 TTGACA に変異されていた。野生型より7倍強い ampC プロモーターを示す 3つの変異体において,-10領域配列 TACAAT は,コンセンサス配列 TATAAT に変異されていた。」(875頁,要約4行〜10行) 「-35領域の非常に保存された TTG 配列の下流には,3つのより厳密 でない保存されたヌクレオチドが続く。(875頁左欄40行〜42行) 」 イ 前記アの記載事項によれば,甲6には,大腸菌において,-35領域の TTGTCA 配列がコンセンサス配列 TTGACA に変異した変異体では,プロモー ター強度が21倍に増強したこと,-10領域の TACAAT 配列がコンセン サス配列 TATAAT に変異した変異体では,プロモーター強度が7倍に増強 したこと,-35領域に TTG 配列が保存されていることの開示がある。
83 ? 甲8の記載事項について ア 甲8(特開平3-147792号公報)には,次のような記載がある。
(ア) 特許請求の範囲 「1.TAGACAで示される塩基配列(a)と,該塩基配列(a) の15〜20塩基対下流のTATAATで示される塩基配列(b)とを 有することを特徴とするコリネ型細菌細胞内でプロモーターとして機能 するDNA断片(c)。」(1頁左欄5行〜9行) (イ) 発明の詳細な説明実施例2 合成プロモーターのpPR3への導入: プロモーターはDNA合成装置…を用いて合成した(その両末端がB amHI断片になるようにした)。そのDNA断片の塩基配列を下記に 示す。
実施例1で調製したプラスミドpPR3 0.5μgに制限酵素Ba mHI(5units)を37℃で1時間反応させ,プラスミドDNA を完全に分解した。
上記合成プロモーターDNAとプラスミドDNA解物を混合し,制限 酵素を不活化するために65℃で10分間加熱処理した後,該失活溶液 中の成分が最終濃度として各々50mMトリス緩衝液pH7.6,10 mM MgCl2,1.0mMジチオスレイトール,1mM ATP及び T4リガーゼ1unitsになるように各成分を強化し,16℃で15 時間保温した。この溶液を用いてエシェリヒア・コリHB101コンピ テントセル(宝酒造製)を形質転換した。
84 形質転換株は50μg/ml(最終濃度)のカナマイシンを含むL培地(トリプトン10g,酵母エキス5g,NaCl5g,純水1l,pH7.2)で37℃にて24時間培養し,生育株として得られた。これら生育株のプラスミドをアルカリ-SDS法…により抽出した。
得られたプラスミドは実施例1の(E)項に記載の方法に従い,ブレビバクテリウム フラバムMJ-233株 ・ (FERM BP-1497)プラスミド除去株へ形質転換し,実施例1の(A)項に記載の方法を用いてプラスミドを抽出した。
このプラスミドの制限酵素BamHI,KpnI,SacI等の制限酵素による切断パターンによってpPR3に合成DNAが組み込まれていることを確認し,このプラスミドを“pPR3BT2”と命名した。
実施例3 合成プロモーター強度の測定: 実施例2でpPR3に挿入したプロモーターの強度を,クロラムフェニコールアセチルトランスフェラーゼ(CAT)の活性を測定することによって調べた。
pPR3を保有するブレビバクテリウム フラバムMJ-233株とpPR3BT2を保有するブレビバクテリウム・フラバムMJ-233株をそれぞれ,実施例1の(A)項に記載の半合成培地Aにカナマイシンを50μg/ml 加えた培地10m1 の入った試験管で一晩前培養し,その培養液を上記の培地100ml の入った三角フラスコで約6時間培養後集菌し,活性測定に用いた。CATの活性はW.V.Shawらの方法…により測定した。その結果,pPR3BT2を有するMJ-233株は,プロモーターの挿入されていないpPR3を有するMJ-233株の約14倍のCAT活性をもっていた。」(6頁右上欄13行〜7頁左上欄11行) 85 イ 前記アの記載事項によれば,甲8には,-10領域に TATAAT 配列を有す るプロモーターがコリネ型細菌で機能し,目的遺伝子の発現を14倍に高 めたことの開示がある。
? 相違点の容易想到性について ア 取消事由2-1(本件発明1-1について) (ア) 主引用例(甲2)の記載事項 a 前記?イのとおり,甲2には,C.グルタミカムプロモーターの核酸 配列(図1)が記載されており,コリネ型細菌の染色体上の,GDH 遺伝子のプロモーター配列の-35領域に「TGGTCA」配列及び-10 領域に「CATAAT」配列を有し,CS遺伝子のプロモーター配列の-3 5領域に「TGGCTA」配列及び-10領域に「TAGCGT」配列を有するこ とが示されている。また,甲2には,C.グルタミカムプロモーターの セットにおいて,最もよく保存されている配列は-35 領域の「ttGcca.a」 及び-10 領域の「ggTA.aaT」であることが記載されている(図5)。
一方,甲2には,コリネ型細菌を用いた発酵法によるグルタミン酸 の製造方法において,グルタミン酸生合成系遺伝子であり,コリネ型 細菌の染色体上の特定の遺伝子であるGDH遺伝子及びCS遺伝子の プロモーター配列について,その-35領域及び-10領域の塩基配 列をコリネ型細菌のコンセンサス配列に改変することの動機付けとな るような記載はない。
したがって,甲2発明に接した当業者は,甲2の原告ら指摘箇所を 認識していたとしても,甲2発明において,GDH遺伝子のプロモー ター配列の-35領域及び-10領域の配列と目的遺伝子の発現量の 強化の程度及びそれによるグルタミン酸生産能の向上との関係に着目 し,グルタミン酸を高収率で生産する能力を有する変異株を得るため に,GDH遺伝子のプロモーター配列の-35領域及び-10領域の 86 配列を本件発明1-1の配列に置換する動機付けはないから,当業者 は上記構成を容易に想到できたものとは認められない。
b これに対し原告らは,@L-グルタミン酸の生産を増強するために は,L-グルタミン酸に至るまでの各反応に関与する酵素(CS,G DH,ICDH等)の発現を強化することが望ましいことは,本件優 先日前において技術常識であったこと,AE.coli において,プロモー ターの-10領域及び-35領域をコンセンサス配列に変更ないし近 づけることによって,目的遺伝子の発現を強化できることも,本件優 先日前において技術常識であったこと,B甲2には,コリネ型細菌と E.coli のコンセンサス配列が同等であることや,コリネ型細菌のプロ モーターの-10領域のコンセンサス配列が「TA.aaT」であり,この 3番目の塩基「.」として,相対的に「T」が最も頻度が高いことが記 載されていることからすると,甲2の記載は,当業者に対し,甲2発 明のGDH遺伝子のプロモーター配列の-10領域(CATAAT)の1番 目の塩基「C」を「T」に変異して,コンセンサス配列,すなわち本件 発明1-1の構成(「TATAAT」)とし,同-35領域(「TGGTCA」) の1番目〜3番目の塩基を保存性の高い「TTG」にするために,2番目 の塩基「G」を「T」に変異して,本件発明1-1の構成(「TTGTCA」) とすることを示唆するものである旨主張する。
しかしながら,仮に,本件優先日前において,L-グルタミン酸の 生産を増強するために,L-グルタミン酸の生成反応に関与する酵素 (CS,GDH,ICDH等)の発現を強化することが望ましいこと が知られていたとしても,当該酵素の遺伝子を増強する具体的な方法 は,相当多数のものが想定し得たものと考えられるのであって,かか る方法として,本件発明1のように,目的遺伝子のプロモーターの特 定の領域に変異を導入する方法が知られていたことは認められない。
87 また,E.coli において,プロモーターの-10領域及び-35領域 をコンセンサス配列に変更ないし近づけることによって,目的遺伝子 の発現を強化できる場合があることが,本件優先日前において知られ ていたとしても,コリネ型細菌について,これと同様の知見が存在し ていたことを認めるに足りる証拠はない。かえって,前記?イのとお り,甲2には,C.グルタミカムにおけるプロモーターの活性と-35 及 び-10 のコンセンサス配列との類似性の間には,E.coli と異なり,相 関は確認できなかった旨が記載されている。
したがって,原告らの上記主張は採用することができない。
(イ) 甲5の記載事項との組合せ a 前記?イ(オ)のとおり,甲5には,L-グルタミン酸生産性を向上 させるには,グルタミン酸生合成系遺伝子を強化することが有利であ り,グルタミン酸生合成系遺伝子を強化した例として,CS,GDH 等があることが記載されている。
他方,甲5において,CS,GDH等を増強する方法として具体的 な開示があるのは,これらの遺伝子を染色体から取得し,これをコリ ネ型細菌で利用可能なベクターに連結した後,目的遺伝子の発現を増 強したい場合には,ベクター上の遺伝子を強力なプロモーターの下流 に連結することにとどまる。
また,甲5には,α-KGDH活性が欠失したコリネ型細菌を得る 方法として,染色体上の配列と相同性を有する配列を持つプラスミド を用いて相同性組換えを起こすことにより,変異が導入されて改変又 は破壊された遺伝子が,染色体上の正常な遺伝子と置換された菌株を 取得することができる旨が記載されている(前記?ア(イ)d(a), 。
?) しかしながら,かかる記載は,α-KGDH活性を欠損させる手段 として記載されているに過ぎず,コリネ型細菌の染色体上のGDH遺 88 伝子等のグルタミン酸生合成系の酵素活性を増強する手段として記載 されているわけではない。
そして,そのほかに,甲5には,グルタミン酸生合成系遺伝子であ り,コリネ型細菌の染色体上の特定の遺伝子であるGDH遺伝子及び CS遺伝子のプロモーター配列について,その-35領域及び-10 領域の塩基配列をコリネ型細菌のコンセンサス配列に改変することの 動機付けとなるような記載はない。
したがって,甲2発明に接した当業者は,甲5の記載を認識してい たとしても,甲2発明において,GDH遺伝子のプロモーター配列の -35領域及び-10領域の配列と目的遺伝子の発現量の強化の程度 及びそれによるグルタミン酸生産能の向上との関係に着目し,グルタ ミン酸を高収率で生産する能力を有する変異株を得るために,GDH 遺伝子のプロモーター配列の-35領域及び-10領域に本件発明1 -1の配列を導入する動機付けはないから,当業者は上記構成を容易 に想到できたものとは認められない。
b これに対し原告らは,L-グルタミン酸の生産量を向上させる目的 で,TCA回路に関わるGDH遺伝子の発現を強化するため,甲2発 明に対し,甲5記載の lac プロモーター等の-10領域 「TATAAT」 ( ) を適用し,甲2発明の染色体上のプロモーターに変異を導入して,相 違点1に係る本件発明1-1の構成を採用することは,当業者が容易 に想到し得たものである旨主張する。
しかしながら,甲5において,CS,GDH等を増強する方法とし て開示されているのは,これらの遺伝子を染色体から取得し,これを コリネ型細菌で利用可能なベクターに連結した後,目的遺伝子の発現 を増強したい場合には,ベクター上の遺伝子を強力なプロモーターの 下流に連結することにとどまることについては,前記aのとおりであ 89 る。
したがって,原告らの上記主張は採用することができない。
(ウ) 甲6の記載事項との組合せ 甲6の開示事項については,前記?イのとおりである。
一方,甲6は,コリネバクテリウム・グルタミカムのプロモーターに 関する文献ではなく,特定の遺伝子のプロモーターの配列とプロモータ ー活性の関係を調べた結果が記載されているだけであって,コリネバク テリウム・グルタミカムのプロモーターの-35領域及び-10領域の コンセンサス配列について,開示ないし示唆するものではない。
したがって,前記(ア)及び(イ)と同様に,甲2発明に接した当業者は, 甲6の記載を認識していたとしても,甲2発明において,GDH遺伝子 のプロモーター配列の-35領域及び-10領域に本件発明1-1の配 列を導入する動機付けはないから,当業者は上記構成を容易に想到でき たものとは認められない。
(エ) 甲8の記載事項との組合せ 甲8の開示事項については,前記?イのとおりである。
一方,甲8は,コリネバクテリウム・グルタミカム由来のプロモータ ーに関する文献ではなく,特定の配列を有するプロモーターとプロモー ター活性の関係を調べた結果が記載されているだけであって,コリネバ クテリウム・グルタミカムのプロモーターの-35領域及び-10領域 のコンセンサス配列について,開示ないし示唆する記載はない。
したがって,前記(ア)及び(イ)と同様に,甲2発明に接した当業者は, 甲8の記載を認識していたとしても,甲2発明において,GDH遺伝子 のプロモーター配列の-35領域及び-10領域に本件発明1-1の配 列を導入する動機付けはないから,当業者は上記構成を容易に想到でき たものとは認められない。
90 イ 取消事由2-2(本件発明1-2について) 前記アと同様の理由により,甲2発明に接した当業者は,甲2の原告ら 指摘箇所や,甲5,甲6又は甲8の記載を認識していたとしても,甲2発 明において,CS遺伝子のプロモーターの-10領域の配列と目的遺伝子 の発現量の強化の程度及びそれによるグルタミン酸生産能の向上との関 係に着目し,グルタミン酸を高収率で生産する能力を有する変異株を得る ために,CS遺伝子のプロモーターの-10領域に本件発明1-2の配列 を導入する動機付けはないから,当業者は上記構成を容易に想到できたも のとは認められない。
したがって,本件発明1-2は,甲2発明に基づいて,当業者が容易に 発明をすることができたものであるとはいえない。
ウ 取消事由2-3(本件発明1-3について) 本件発明1-3は,本件発明1-1及び1-2の発明特定事項を更に限 定したものである。
したがって,前記ア及びイと同様の理由により,本件発明1-3は,甲 2発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであると はいえない。
エ 小括 以上によれば,甲2発明及び甲2の記載中の示唆に基づいて,又は甲2 発明に甲5,甲6又は甲8記載の発明等を適用して,本件発明1の構成を 採用することは,当業者が容易に想到し得たものであるとはいえない。
したがって,これと同旨の本件審決の判断に誤りはなく,原告ら主張の 取消事由2は理由がない。
3 取消事由3(甲5を主引用例とする本件発明1の進歩性の判断の誤り)につ いて ? 取消事由3-1(本件発明1-1について) 91 原告らは,本件審決における甲5発明の認定に誤りがある,また,仮に同認定に誤りがないとしても,相違点の容易想到性の判断に誤りがある旨主張する。そこで,かかる主張の当否について検討する。
ア 甲5に記載された発明 (ア) 甲5の記載事項(前記2?ア(ア)及び(イ)c)によれば,甲5には, 本件審決が認定した甲5発明が記載されているものと認められる。
(イ) これに対し原告らは,甲5に記載された発明として,以下の甲5発 明’を認定すべきである旨主張する。
「コリネ型細菌の染色体上のグルタミン酸デヒドロゲナーゼ(GDH) 又はクエン酸合成酵素(CS)遺伝子のプロモーター配列に変異を導入 したコリネ型細菌を培地で培養し,培地中にL-グルタミン酸を生成蓄 積させ,これを該培地から採取することを特徴とする発酵法によるL- グルタミン酸の製造方法。」 そして,原告らは,その根拠となる甲5の記載として,@9頁29行 〜10頁13行(前記2?ア(イ)d?)及びA11頁11行〜20行(前 記2?ア(イ)e(a))を挙げる。
しかしながら,上記Aの記載は,グルタミン酸生合成系遺伝子を強化 した例として,TCA回路のクエン酸合成酵素(CS),グルタミン酸 デヒドロゲナーゼ(GDH)を挙げているに過ぎず,これらの遺伝子を 強化する具体的な方法を記載したものではない。
また,上記@の記載は,その前後の記載(前記2?ア(イ)d)に鑑み ると,化学薬剤による変異誘導法では得ることが困難な,α-KGDH 活性が完全に欠失した株を取得する方法として,遺伝子相同組換え法に より染色体上に存在するα-KGDH遺伝子を改変又は破壊する方法が 有利であることを記載したものであると理解できる。
以上によれば,上記@及びAの記載を考慮しても,甲5には,相同組 92 換えによる染色体への変異の導入は,α-KGDH活性が欠失したコリ ネ型L-グルタミン酸生産菌を得る手段として記載されているにとどま り,クエン酸合成酵素(CS),グルタミン酸デヒドロゲナーゼ(GDH) を増強する手段として記載されているとはいえない。
したがって,原告らの上記主張は,採用することができない。
イ 本件発明1-1と甲5発明の対比 本件発明1-1と甲5発明を対比した場合の一致点及び相違点は,本件 審決の認定(前記第2の3?イ及びウ)どおりであると認められる。
ウ 相違点の容易想到性 前記2?(イ)のとおり,甲5には,L-グルタミン酸生産性を向上させ るには,グルタミン酸生合成系遺伝子を強化することが有利であり,グル タミン酸生合成系遺伝子を強化した例として,CS,GDH等があること が記載されているものの,CS,GDH等を増強する方法として開示され ているのは,これらの遺伝子を染色体から取得し,これをコリネ型細菌で 利用可能なベクターに連結した後,目的遺伝子の発現を増強したい場合に は,ベクター上の遺伝子を強力なプロモーターの下流に連結することにと どまるのであって,そのほかに,グルタミン酸生合成系遺伝子であり,コ リネ型細菌の染色体上の特定の遺伝子であるGDH遺伝子及びCS遺伝 子のプロモーター配列について,その-35領域及び-10領域の塩基配 列をコリネ型細菌のコンセンサス配列に改変することの動機付けとなる ような記載はない。
したがって,甲5発明に接した当業者は,甲5の原告ら指摘箇所や,甲 2,甲6又は甲8の記載を認識していたとしても,甲5発明において,G DH遺伝子のプロモーター配列の-35領域及び-10領域の配列と目 的遺伝子の発現量の強化の程度及びそれによるグルタミン酸生産能の向 上との関係に着目し,グルタミン酸を高収率で生産する能力を有する変異 93 株を得るために,GDH遺伝子のプロモーター配列の-35領域及び-1 0領域に本件発明1-1の配列を導入する動機付けはないから,当業者は 上記構成を容易に想到できたものとは認められない。
? 取消事由3-2(本件発明1-2について) 前記?ア及びイと同様の理由により,本件審決における甲5発明の認定及 び本件発明1-2と甲5発明の対比について,誤りはないと認められる。
また,前記?ウと同様の理由により,甲5発明に接した当業者は,甲5の 原告ら指摘箇所や,甲2,甲6又は甲8の記載を認識していたとしても,甲 5発明において,CS遺伝子のプロモーターの-10領域の配列と目的遺伝 子の発現量の強化の程度及びそれによるグルタミン酸生産能の向上との関係 に着目し,グルタミン酸を高収率で生産する能力を有する変異株を得るため に,CS遺伝子のプロモーターの-10領域に本件発明1-2の配列を導入 する動機付けはないから,当業者は上記構成を容易に想到できたものとは認 められない。
? 取消事由3-3(本件発明1-3について) 本件発明1-3は,本件発明1-1及び1-2の発明特定事項を更に限定 したものである。
したがって,前記?及び?と同様の理由により,本件発明1-3は,甲5 発明に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるとはい えない。
? 小括 以上のとおり,甲5の記載から甲5発明を認定することができ,また,本 件発明1-1と甲5発明及び本件発明1-2と甲5発明を対比した場合の一 致点及び相違点は,前記第2の3?イ及びウのとおりであると認められる。
そして,甲5発明及び甲5の記載中の示唆に基づいて,又は甲5発明に甲2, 甲6又は甲8記載の発明等を適用して,本件発明1の構成を採用することは, 94 当業者が容易に想到し得たものであるとはいえない。
したがって,これと同旨の本件審決の認定及び判断に誤りはなく,原告ら 主張の取消事由3は理由がない。
4 取消事由4(本件発明2及び4の進歩性,サポート要件及び実施可能要件の 判断の誤り)について ? 本件発明2について 本件発明2は,本件発明1-2と実質的に同一の発明である。
したがって,前記1ないし3と同じ理由により,本件発明2は,甲2発明 又は甲5発明に基づき,当業者が容易に発明をすることができたものである とは認められず,かつ,サポート要件及び実施可能要件に適合するものであ ると認められる。
? 本件発明4について 本件発明4は,本件発明1を引用して,本件発明1-1及び本件発明1- 2の内容を更に限定した発明である。
したがって,前記1ないし3と同じ理由により,本件発明4は,甲2発明 又は甲5発明に基づき,当業者が容易に発明をすることができたものである とは認められず,かつ,サポート要件及び実施可能要件に適合するものであ ると認められる。
? 小括 以上によれば,前記?及び?の判断と同旨の本件審決の判断に誤りはない から,原告ら主張の取消事由4は理由がない。
5 結論 以上のとおり,原告ら主張の取消事由1ないし4は,いずれも理由がなく, 本件審決にこれを取り消すべき違法は認められない。
したがって,原告らの請求は棄却されるべきものである。
95
裁判長裁判官 鶴岡稔彦
裁判官 上田卓哉
裁判官 山門優
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