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関連審決 異議2001-71360
関連ワード 進歩性(29条2項) /  同一技術分野(同一の技術分野) /  容易に発明 /  周知技術 /  公知技術 /  出願公開 /  発明の詳細な説明 /  容易に想到(容易想到性) /  構成要件 /  設定登録 /  請求の範囲 /  拡張 /  訂正明細書 /  取消決定 / 
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事件 平成 13年 (行ケ) 543号 特許取消決定取消請求事件
原告 マツダ株式会社
訴訟代理人弁護士 松尾 和子
同 渡辺 光
同 相良 由里子
訴訟代理人弁理士 弟子丸健
同 大塚 文昭
同 倉澤 伊知郎
被告 特許庁長官今井康夫
指定代理人 粟津 憲一
同 溝渕 良一
同 藤井 昇
同 大野 克人
同 涌井 幸一
同 立川 功
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/04/20
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 (1) 特許庁が異議2001-71360号事件について平成13年10月17日にした審決を取り消す。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする 2 被告 主文と同旨
当事者間に争いのない事実等
1 特許庁における手続の経緯 原告は,名称を「車体側部のエネルギ吸収構造」とする特許第3107383号の特許(平成2年3月26日出願(以下「本件出願」という。同出願に係る願書に添付された明細書及び図面を併せて「本件明細書」という。甲第2号証は,登録時のその内容を示す特許公報である。登録後,後記本件訂正により,請求項1の訂正及びこれに伴う発明の詳細な説明の記載の訂正がなされている。),平成12年9月8日設定登録。以下「本件特許」という。請求項の数は5である。)の特許権者である。
平成13年4月27日,本件特許に対し,請求項1につき特許異議の申立てがなされた。特許庁は,これを異議2001-71360号事件として審理した。
原告は,審理の過程で,請求項1の文言の訂正を含む,本件明細書の訂正を請求した(以下,「本件訂正請求」という。本件訂正請求の内容は,甲第3号証(訂正請求書)記載のとおりである。)。特許庁は,審理の結果,平成13年10月17日,「訂正を認める。特許第3107383号の請求項1に係る特許を取り消す。」との決定をし,同年11月5日,その謄本を原告に送達した。
2 特許請求の範囲(請求項1。別紙1,2参照) 車両の側面衝突時に車内側に展開して車室内の乗員を拘束するエアバッグを,車室の上側側部に位置するルーフサイドレール部と該ルーフサイドレールから下方に延びるピラー部との間に跨がって配設される単一の袋体で構成し,上記エアバッグを,該エアバッグの展開時にその車室側への膨出を許容する許容部を設けたトリムによって覆い,上記エアバッグの上記ピラー部に位置する部分は,ピラーに取り付けられたシーミングウェルトにより固定されるピラートリムによって覆われており,上記エアバッグの展開時に該ピラートリムが上記シーミングウェルトから外れることにより,上記エアバッグの車室への膨出が許容されるように構成されている ことを特徴とする車体側部のエネルギ吸収構造。
(判決注・下線部が本件訂正による追加訂正部分である。以下「本件発明」という。) 3 決定の理由 別紙決定書の写しのとおりである。要するに,本件発明は,英国特許出願公開第2191450号の明細書(異議手続の甲第1号証・本訴甲第4号証,以下,これを「甲4明細書」という。決定にいう「引用発明」である。)に記載された発明(以下「甲4発明」という。)と,特開昭47-14843号公報(異議手続の甲第2号証・本訴甲第5号証,以下「甲5公報」という。)に記載された発明(以下「甲5発明」という。)と,周知技術とに基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものである,というものである。
4 決定が認定した,甲4発明の内容,本件発明と甲4発明との一致点・相違点 (1) 甲4発明の内容(別紙3参照) 「車両の横方向の衝突時に展開して車室内の乗員を拘束するflexible tube22を,車室の上側側部に位置するcant rail14とcant rail14から下方に延びるB-post16の部分との間に跨がって配設される単一の袋体で構成し,上記flexible tubeを,flexible tubeの展開時に破裂する破裂可能なtrim pice(判決注・"piece"の誤記と認める。以下同じ。)28で覆い,B-postの部分に設けられたflexible tubeも展開が許容される車体側部のエネルギを吸収する構造」(決定書6頁16行目〜22行目) (2) 本件発明と甲4発明との一致点 「車両の側面衝突時に車内側に展開して車室内の乗員を拘束するエアバッグを,車室の上側側部に位置するルーフサイドレール部と該ルーフサイドレールから下方に延びるピラー部との間に跨がって配設される単一の袋体で構成し,上記エアバッグを,該エアバッグの展開時にその車室側への膨出を許容するトリムによって覆った車体側部のエネルギ吸収構造」(決定書7頁3行目〜7行目) (3) 本件発明と引用発明との相違点 「相違点1 本件請求項1に係る発明の「トリム」は,エアバッグの展開時にその車室側への膨出を許容する許容部を設けたものであるのに対して,引用文献1(判決注・甲4明細書)のもの(判決注・甲4発明)のtrim piceは,flexible tubeの展開時に破裂するものである点 相違点2 本件請求項1に係る発明(判決注・本件発明)のエアバッグの上記ピラー部に位置する部分は,ピラーに取り付けられたシーミングウェルトにより固定されるピラートリムによって覆われており,上記エアバッグの展開時に該ピラートリムが上記シーミングウェルトから外れることにより,上記エアバッグの車室への膨出が許容されるように構成されるのに対して,引用文献1のものでは,B-postの部分に設けられたflexible tubeも展開が許容されるものではあるものの,それを覆うことに関する特段の記載はない点」(決定書7頁9行目〜21行目) (以下,それぞれ「相違点1」,「相違点2」という。)
原告の主張の要点
決定は,相違点2についての判断を誤り(取消事由1),また,本件発明の奏する格別の効果を看過している(取消事由2)。これらの誤りは,それぞれ決定の結論に影響することが明らかである。したがって,決定は違法として取り消されるべきである。
1 前提となる事実 (1) 本件発明について ア 本件発明は,エアバッグを用いた車体側部のエネルギ吸収構造に関する発明であり,車体の側面衝突における乗員の保護性能のより一層の向上を図るようにしたものである。
本件発明では,単一の袋体から成るエアバッグが,車室のルーフサイドレール部と当該ルーフサイドレールから下方に延びるピラー部との間にまたがって配置され,車両側面衝突時に,そのエアバッグが展開して,ルーフサイドレール部側とピラー部側との間において安定した支持力をもって張設された状態となり,乗員がエアバッグに向かって移動してきたときに,乗員を確実に受け止めることができる。すなわち,車両の側面衝突時に乗員の体(肩,頭部等)を確実に拘束でき,高水準の乗員保護性能を得ることができる。
イ このエアバッグは,通常時には,トリムによって覆われているので,乗員が違和感を感じることはない。他方,このトリムには許容部が設けられているので,側面衝突時におけるエアバッグの展開が,このトリムにより阻害されることもない。
このエアバッグのピラーに位置する部分は,ピラーに取り付けられたシーミングウェルトにより固定されるピラートリムに覆われているため,シーミングウェルトとピラートリムが協働してエアバッグを覆い,乗員に違和感を与えることがない。また,エアバッグの展開時に,ピラートリムがシーミングウェルトから外れることにより,エアバッグの車室への膨出が許容されるようになっている。
(2) 本件発明の先進性 ア エアバッグは,そのアイディアは,既に1950年代に登場し,1970年代中ころにはその製品も出たものの,問題が発生して販売中止となり,広く普及するには至らなかった。
運転席用のエアバッグを装備する車が本格的に普及し始めたのは,1980年代に入ってからであり,これを特別の注文による部品としてではなく標準的な部品として装備する車が登場したのは,1980年代末ころである。1990年代に入って,助手席用エアバッグを登載する車が,1990年代後半には,これを標準的部品として装備する車が,それぞれ登場した。
サイドエアバッグを装備する車が市販されるようになったのは,1990年代後半からである。
本件発明は,この,車両の側面衝突に対応するサイドエアバッグに関するものである。本件出願のなされた平成2年(1990年)当時は,サイドエアバッグを装備した実車がなかったばかりか,サイドエアバッグの概念自体,先進的であった。まずこの点で,本件発明は進歩的なものである,というべきである。
イ 前記のとおり,本件発明は,エアバッグを覆うトリム(カバー)が外れて,エアバッグが展開するものである。他方,運転席エアバッグに関して,本件出願前に,実車に採用されていたものは,本件発明とは構造が異なり,エアバッグのカバーに脆弱部を設け,それが破断してエアバッグが展開するようにした構造のものであって,これが最も実用性が高いと考えられていた。
助手席エアバッグについては,例えば,ダッシュボードのところに設けられているグローボックスの位置に設けられ,この蓋を押し開けて展開するものが提案され(甲第7号証),実車において採用されたものも,蓋を押し開けて展開する構造であった。現在は,ダッシュボードのパネルに,V字状の脆弱部を設けて,これが破断してエアバッグが展開する構造のものが採用されている(すなわち,運転席エアバッグと同様の構造である。)。
ウ 1990年代後半においては,実車に装備されたサイドエアバッグの構造は,座席の背もたれに収納され(すなわち,本件発明のようにピラー収納式になっているものではない。),座席の生地の縫い目を断裂して展開するものが主流であった。本件出願前に,ピラー収納式のサイドエアバッグで,実車に搭載されたものはない。
文献レベルに限っていえば,甲4明細書,甲5公報,特公昭47-18130号公報(甲第8号証,以下「甲8公報」という。)等,数は少ないものの,ピラー収納式エアバッグを提案する例はあった。
しかし,これらは,いずれも,本件発明と異なり,シーミングウェルトを用いることなく,ピラートリムを直接ピラー構造体に固定し,ピラートリムにより覆われているエアバッグが展開する際,ピラートリムは,外れるのではなく,破断する,という構造のものであった。
(3) 相違点2に係る本件発明の構成の要点 相違点2に係る本件発明の構成の要点は, (A)シーミングウェルトによりピラートリムを固定する構造とし, (B)このピラートリムによりエアバッグを覆い, (C)エアバッグの展開時にピラートリムがシーミングウェルトから外れることにより,エアバッグが車室への膨出が許容されるようにした, ということである。
2 取消事由1(相違点2についての判断の誤り) 決定は,「相違点2について検討すると,引用文献1(判決注・甲4明細書)のものは,B-postの部分に設けられたflexible tubeを覆うことに関する特段の記載はないものの,その展開が許容されるものではあることは明らかであり,しかも,cant railには,flexible tubeを展開を許容するように覆うことが示されているから,B-postの部分も,flexible tubeの展開を許容するようにtrim piceで覆うことは,引用文献1に示唆される事項であり,さらに,エアバッグを覆う部材がエアバッグの展開を許容する手段として,覆う部材の固定が外れることによることは,従来周知の技術である(参考例 実公昭49-9320号公報(判決注・甲第6号証,以下「甲6公報」という。)(従来技術部分)から,相違点2は,引用文献1のもの及び周知の技術に基づいて,当業者が容易になしえたものと認める。」(決定書7頁30行目〜8頁5行目),と認定判断した。しかし,これは誤りである。
(1) 甲4明細書,甲5公報及び甲8公報の開示内容と本件発明の容易推考性について ア 甲4明細書,甲5公報及び甲8公報のいずれをみても,そこに開示されているのは,ピラーの内装として,トリムを直接ピラー構造体に取り付ける構造のものである。ピラートリムの固定に,シーミングウェルトを使用していない。
例えば,甲4明細書には,A-post部分,cant rail部分及びB-post部分において,チューブ(エアバッグ)22が,破裂可能なトリムピース28により覆われており,チューブ(エアバッグ)22の展開時には,トリムピース28が破裂し,チューブの車室内への膨出を許容する構成が開示されている。破裂可能なトリムピース28は,甲4明細書の図2及び図3(別紙3参照)によれば,A-post12に直接的に取り付けられた構造となっている。すなわち,甲4明細書には,ピラーパネルの端部を覆うシーミングウェルトは,開示されていない。
甲5公報においても,前部柱(フロントピラー)24に,シーミングウェルトは設けられていない。トリム材料は,接着剤により,内側柱形成部材62に固定されている(別紙4参照)。
イ 甲4明細書,甲5公報及び甲8公報に開示されているのが上記のようなものである以上,ピラー構造体の溶接部にシーミングウェルトを取り付けること自体,これらから容易に思い付くことができないことというべきである。
ウ 前記のとおり,甲4発明は,ピラートリムに破断線(脆弱部)を設け,ここが破断して,エアバッグが展開するものである。そこには,本件発明のように,ピラートリム自体が外れる構成は,開示も示唆もされていない。
エ 被告は,甲4明細書には,エアバッグの展開許容のための技術を付加することの動機付けが示唆されている,と主張する。
しかし,前記のとおり,甲4明細書に開示されているのは,ピラートリムに破断線を設けてエアバッグを展開させる構成だけである。その他の手段が存在し,これも許容し得ることなど,どこにも記載も示唆もされていない。
(2) 甲第9号証ないし第12号証の開示内容と相違点2に係る本件発明の構成の容易推考性 ア シーミングウェルトは,閉断面を形成するピラーアウタとピラーインナを接合した溶接端部を覆って見栄えを良くするための部材である。これに対し,ピラートリムは,ピラーの車室内面を覆う内装材であり,シーミングウェルトとピラートリムとは,それぞれ,覆う対象箇所が異なっている。これらは,組み合わされるのが当然であるという関係に立つものではない。現に,本件出願当時,ピラートリムのピラー構造体への取付形態には,以下のとおり,三つのものがあった。
@ ピラートリムはクリップ等によりピラーインナに直接固定され,一方,シーミングウェルトは,溶接部に別個に取り付けたもの(実開昭61-68946号)のマイクロフィルム・甲第9号証(以下「甲9公報」という。)) A ピラートリムがシーミングウェルトにより固定されているもの(実開昭56-60651号のマイクロフィルム・甲第10号証(以下「甲10公報」という。),実開昭56-118146号のマイクロフィルム・甲第11号証(以下「甲11公報」という。),実開昭56-35449号のマイクロフィルム・甲第12号証(以下「甲12公報」という。)) B トリムはピラーインナに直接固定され,シーミングウェルトは使用していないもの(甲4明細書,特開昭47-14843号公報・甲第5号証(以下「甲5公報」という。),甲8公報) 以上の状況の下では,仮に,ピラートリムとシーミングウェルトとの両方を採用することに想到したとしても,当然に,ピラートリムをシーミングウェルトにより固定することについてまで想到できる,というわけのものではない。すなわち,上記@の,シーミングウェルトは,ピラー構造体の溶接フランジ部分のみを覆うものであり,ピラートリムはクリップ等によりピラーインナに直接固定する,という態様も存在するのである。
イ もともと,ピラートリムもシーミングウェルトも,自動車が製造ラインで組み立てられ市販された後になって取り外す必要の生ずる部材ではない。むしろ,その後の長期間にわたる使用にも耐え得るよう,外れないように強固に固定される部材である。そのため,ピラートリムをシーミングウェルトによりピラー構造体に固定する態様を開示する甲10公報ないし甲12公報においても,シーミングウェルトを強固に固定する構造が提案され,その結果,ピラートリムがシーミングウェルトから外れないようになっているのである。
このようなピラートリム及びシーミングウェルトの本来の目的を認識している当業者が,それに反することになる本件発明の構成(C)(エアバッグの展開時には,これを阻害しないようシーミングウェルト及びピラートリムが外れる構成)に想到することが,容易であるなどということはあり得ない。
このことは,前記のとおり,ピラー収納式サイドエアバッグを提案する甲4明細書,甲5公報及び甲8公報がいずれもシーミングウェルトを採用していないことからも裏付けられる。
ウ 被告は,シーミングウェルトにより,ピラートリムをピラーに取り付けることは,甲10公報ないし甲12公報にもあるように,周知技術であり,その採用は慣用的であって,格別の事項とは認められない,と主張する。
しかし,上記各公報に開示されているのは,ピラートリムがシーミングウェルトから外れて脱落する問題点が当業者間で認識されていた,ということを前提に,それが容易に外れないようにする,という程度のことである。
これに対し,甲4発明では,エアバッグが展開する力を,カバーの破断線(脆弱部)に集中させるため,ピラートリムをピラー構造体に強固に固定する構成を採用している。
ピラートリムがシーミングウェルトから容易に外れないようにする程度の上記技術を,ピラートリムをピラー構造体に直接的にしっかりと固定するという甲4発明の技術に適用しようとすることは,甲4発明の上記の趣旨(エアバッグが展開する力をトリムの破断線に集中させる)に反するものというべきである。
(3) 甲6公報の開示内容と相違点2に係る本件発明の構成の容易推考性 ア 甲6公報には,運転席エアバッグにおいて,エアバッグ展開時に,収納ケース2に止められた蓋3が外れる構成が開示されているにすぎない(別紙5参照)。
甲6公報には,運転席エアバッグ(ステアリングに装備されるエアバッグ)の構造を,ピラー収納型エアバッグの内装構造に結びつける記載ないしこれを示唆する記載は全くなされていない。むしろ,両者において,カバーが外れる方式を採用した場合と,カバーが破断する方式を採用した場合とでは,作用効果が大きく異なる(後記3の主張参照)。甲6公報に従来技術として記載されたエアバッグの構造が,運転席エアバッグのものとして周知であったとしても,この構造をピラーの内装構造と結び付けて,上述した本件発明の構成(A)(B)及び(C)に想到することは,当業者といえども容易でないとみるのが合理的である。
イ かえって,甲6公報には,「従来のものは第1図に示すようにエアバツグ1の収納ケース2の前面に蓋3がスプリング等の止め具4により装備せられ,エアバツグ膨張時該蓋3が脱れ飛出して運転者に激突する危険があつた。又該蓋3(パツド)をエアバツグが作用しない衝突範囲に於いてクツシヨン性を向上させて安全パツドとして機能させるため,蓋厚を大とする事は前記飛出し時のパンチ力を大とし,益々危険である。」(1頁左欄27行目〜35行目),との記載がある。
すなわち,エアバッグ展開時に,収納ケース2に止められた蓋3が外れて飛出す構造の運転席エアバッグという従来技術に対し,その蓋3が運転者に激突する危険がある,という欠点が指摘されているのである。
甲6公報に示された従来技術の構造は,蓋3が外れて飛び出すと,運転者に激突する危険がある,という欠点を持つものとして説明されているのであるから,この周知技術は,相違点2に係る本件発明の構成(トリム(カバー)が外れる構成)に当業者が想到することを,むしろ阻害するものである。
ウ 自動車製造業の業界において,エアバッグの開発の過程で,エアバッグをステアリングホイールに内蔵する構造として,エアバッグ展開時に「覆う部材」を「外れる」ように構成することも検討された事実はある。しかし,甲6公報に明確に述べられているように,この構成は,エアバッグ展開時に運転者に危険を与えるため好ましくないと認識され,その結果,この外れる構成は,開発段階で既に,問題がある技術として捨て去られたものである(原告知的財産部特許グループP作成の報告書・甲第13号証)。
このように,本件出願の時点においては,エアバッグ展開時に「覆う部材」を「外れる」ようにする構成が,設計上任意選択的に採用できる技術の一つとして,当業者に認識されていた,という事実は全くなく,上記構成は,むしろ,選択すべきでないものと認識されていたのである。
エ 以上の点に関し,付言する。
(ア) 本件発明のピラー収納式エアバッグにおいては,ピラートリムが外れても,一般的にセンターピラーの位置は運転席及び助手席のシートバッグ(背もたれ)より多少後方に位置するため,外れたピラートリムが乗員に直接当たることはない。甲6公報で指摘されているような問題点はない。
(イ) 被告は,甲6公報記載の技術の甲4発明への適用について,「周知技術」,「選択可能な周知技術」という語を使用している。
ある事項が,周知技術と認められるとしても,これが,問題となっている発明を特許法29条2項に該当するものとするための根拠となるためには,当該周知技術公知技術との組合せが,特許出願の時点で,当業者の容易に想到できるものであった,と認められる必要がある。
前記のとおり,エアバッグの展開につき,甲4公報は,そこに記載されたもの以外の手段を採用することについて,何ら開示も示唆もしていない。また,甲6公報及び乙第1号証記載の技術は,欠点を抱えた技術であり,利用されることはおろか,ほとんど考慮されることもなかったものである。
これらの技術を組み合わせることには,技術上も理論上も合理性がない。これらを組み合わせることを容易に推考できるものとすることは到底できない。
3 取消事由2(本件発明が奏する格別の作用効果の看過) 決定は,「本件請求項1に係る考案(判決注・本件発明)の奏する効果は,各引用文献のもの及び周知の技術から予測される以上の格別のものとは認められない。」(決定書8頁6行目〜7行目),とした。
しかし,この認定は誤りである。本件発明は,甲4発明,甲5発明及び周知技術から予測することのできない,格別の作用効果を有する。決定は,これを看過し,そのために,本件発明の進歩性についての判断を誤ったものである。
本件発明が有する上記格別の作用効果を,甲第3号証の訂正明細書の記載に即し,具体的に説明すると,以下のとおりである。
(1) ピラートリム収納型のエアバッグにおいて,従来型のようにピラートリムの全長に破断線を設けて,これが,エアバッグ展開時に破れるようにしたものでは,破断線の全長が破れるのに時間がかかる。
これに対し,本件発明によれば,トリムが細長形状であっても,エアバッグ展開時には,ピラートリム自体がその全長に沿って,シーミングウェルトから一気に外れるため,エアバッグの展開が速やかに行われる。
(2) 破断する方式の一つとして,破断線を短くするため,これをピラートリムの中間部にだけ破断線を設けるようにする構成も考えられる。しかし,これでは,十分に大きな開口面積を確保することができない。
これに対し,本件発明では,ピラートリムがシーミングウェルトから外れるようにしているので,エアバッグ展開のための大きな開口面積を確保することができる。
なお,破断線が短い運転席エアバッグにおいては,以上のような問題はもともと存在していなかった。本件発明は,破断線が長いピラー収納式エアバッグ装置特有の問題について,その解決を図ったものである。
(3) 本件発明は,破断線を設けていないため,ピラートリム自体が比較的高い剛性を保有することができ,所望の衝撃吸収性を確保することもできる。
被告は,本件発明において,ピラートリムは,エアバッグの展開の際に外れてしまうものであるから,車体の剛性を保たせることについて特段の効果を有しない,と主張する。しかし,この主張は的外れである。
ピラートリムが,エアバッグの展開の際に外れるものであるとしても,展開しない場合は,ピラートリム自体が,人体の衝突に対し,潰れながら抗力を発生させて,衝撃を吸収することになる。そのためには,ある程度の剛性を有することが不可欠なのである。
被告の反論の要点
1 取消事由1(相違点2についての判断の誤り)に対して (1) 決定が認定するとおり,甲4公報には,ピラー部にエアバッグが配設されることが示されている。エアバッグをピラートリムが覆うことも,甲4公報に開示されている(なお,ピラーにトリムを設けることは,慣用されている技術である。)。
(2) トリムのピラーへの取付けを,シーミングウェルトにより行うことは,取付けの一つの方法として周知であり(甲10公報ないし甲12公報),当業者が適宜選択して採用し得る事項である。
(3) 甲4発明には,エアバッグ(フレキシブルチューブ22)を覆うトリムピース28が破断する構成が開示されている。トリムピースは,それ自体としては,本来,破断可能である必要の全くない部材である。トリムを破断可能とするのは,ひとえに,これにエアバッグを覆わせ,かつ,その展開を許容させるためである。
このことから,甲4発明は,エアバッグの展開を可能にするものであることの必然的な結果として,それを覆うピラートリムがこの展開を許容するよう,何らかの手段を講じる(通常のトリムにはない性質を備えさせる)ことを,示唆しているということができる。
(4) エアバッグが展開することを許容する手段として,甲4発明におけるトリム(エアバッグを覆う部材)の破断のほかに,エアバッグを覆う部材が外れるようにすることも,甲6公報に従来周知のものとして開示されている。同様の技術を開示するものとして,乙第1号証も存在する(別紙6,7参照)。
(5) トリムは,本来,取り付けられた後は取り外すべき部材ではないとしても,甲4公報に,エアバッグを覆う部材が,エアバッグの展開を可能とすべきことが示されており,かつ,展開を可能とする周知の技術として,覆う部材を外れるようにすることが知られていたのであるから,エアバッグの展開に際し,甲4発明に,甲6公報にも示されている周知の技術を適用して(そのような適用を妨げる特段の事情は認められない。),エアバッグを覆うピラートリムが外れるようにすることは,当業者が容易になし得る範囲のことである,というべきである。
したがって,当業者が,甲4発明と周知技術とに基づいて,ピラー部に設けるエアバッグを,ピラーに取り付けられたシーミングウェルトにより固定されるピラートリムで覆い,エアバッグの展開時にピラートリムがシーミングウェルトから外れるようにする構成に想到することは,容易であるというべきである。決定に,原告の主張する判断の誤りはない。
(6) 原告は,甲6公報に示されている,エアバッグを覆う部材が外れる構成は,欠点があるものと認識されており,このようなものを甲4発明に適用することは,当業者が容易に想到できることではない,と主張する。
決定は,エアバッグの展開を許容する手段として,エアバッグを覆う部材の固定を外すことによることが,従来周知の技術であることの一例として,甲6公報において従来技術とされているものを例示したのである。
甲6公報は,原告が主張するとおり,エアバッグの展開を許容する手段として,覆う部材の固定が外れることの欠点を挙げた上,その解決手段として,別異の手法を提案している。
しかし,このこと自体は,エアバッグの展開を許容する手段として,それを覆う部材が外れるようにするものが,甲6公報の公開以前から知られた周知の技術であることを否定するものではない。しかも,同技術が周知であることは,乙第1号証からも明らかである。
さらに,覆う部材を外れるようにすることに関する周知の技術が,運転席エアバッグのものとして示されているとしても,それはエアバッグの展開を許容する技術手段の一つとして把握されるものであり,その後に提案された別の種類のエアバッグへの適用が否定されるべきものではない。
(7) サイドエアバッグの概念自体が先進的であり,製品化された運転席・助手席エアバッグが,エアバッグの展開のための破断用の溝を有する方式のものであったとしても,そのことは,甲4明細書に決定が認定した発明が記載されているとの認定,エアバッグを覆う部材を外す方式が周知の技術であったとの認定,これを甲4発明に組み合わせることは容易であったとの判断に,何らの影響も及ぼすものではない。
2 取消事由2(本件発明が奏する格別の作用効果の看過)に対して (1) 原告は,本件発明は,破裂線が破れる構成のものと比較して, ア 短時間でスムーズに,エアバッグを膨出させる イ エアバッグ展開のための大きな開口が得られる ウ ピラートリムは,衝撃吸収性を確保するための高い剛性を得ることができる という,従来技術からは予測されない効果を奏する,と主張する。
(2) しかし,上記各効果は,ピラートリムを外すという構成の採用により得られるものと,当然予測されるものである。
ウの効果は,衝撃により外れるピラートリムを,衝撃に対する強度を高める部材として採用して,車体の剛性を高める,という考えに基づくものである。ピラートリムが,通常,強度を高める部材の一つとして考慮されているとしても,特段の効果を発揮するとは認められない。
なお,この点は,ピラートリムの材質等にもよる。破断線の有無のみにより定まるものではない。
当裁判所の判断
1 原告の主張する取消事由 原告の主張する取消事由は,要するに,@ピラートリム収納式のエアバッグにおいて,ピラートリムをシーミングウェルトにより固定すること自体,容易に想到できるものではなく(甲4明細書にはそれを開示する記載も示唆する記載もない。),Aシーミングウェルトによりピラートリムを固定する構成に通常伴われる,あるいは期待されている効果(強力な固定)を考慮すると,当業者は,むしろこの方法を採用することを避ける,Bエアバッグのカバー(本件発明のピラートリム)が外れる構成は,この外れた部材が人体に衝突してかえって危険であると考えられていたため,このことからも,当業者がこの構成を採用することに想到するのは困難である,等として,相違点2についての認定判断の誤りをいい,また,本件発明の顕著な効果の看過をいうものである。
2 取消事由1(相違点2についての判断の誤り)について 原告は,相違点2に係る本件発明の構成要件を, (A)シーミングウェルトによりピラートリムを固定する構造とする (B)このピラートリムによりエアバッグを覆う (C)エアバッグの展開時にピラートリムがシーミングウェルトから外れることにより,エアバッグが車室への膨出が許容されるようにした と分説している。
本件発明と甲4発明との一致点が,「車両の側面衝突時に車内側に展開して車室内の乗員を拘束するエアバッグを,車室の上側側部に位置するルーフサイドレール部と該ルーフサイドレールから下方に延びるピラー部との間に跨がって配設される単一の袋体で構成し,上記エアバッグを,該エアバッグの展開時にその車室側への膨出を許容するトリムによって覆った車体側部のエネルギ吸収構造」であることには,両当事者間に争いがない。
そして,甲4発明は,上記分節に基づく構成のうち, (B)ピラートリムによりエアバッグを覆う 構成と, (C)の一部である,ピラートリムが,エアバッグの展開時にエアバッグの車室への膨出を許容する 構成を有していることにも,当事者間に争いがない。
以上からは,本件で検討すべき点は,(A)の構成と,(C)の構成の残りの部分,すなわち,エアバッグの展開時にシーミングウェルトが外れるようにする構成という,二つの構成の容易推考性,ということになる。
(1) 取消事由1の(1)(甲4明細書,甲5公報及び甲8公報の開示内容と相違点2に係る本件発明の構成の容易推考性) ア 上記(A)の点が,甲4明細書,甲5公報,甲8公報に開示されておらず,また,示唆がないことについては,原告が主張するとおりである。しかし,そのような点が開示ないし示唆されていないからといって,当然に本件発明の容易推考性が否定されることになるわけではないことは,いうまでもないところである。
イ 原告は,甲4発明と,他の技術である周知技術とを組み合わせることの動機付け自体も,甲4明細書等から得ることができない,と主張する。
一般的に,引用発明と周知技術とを組み合わせる,何らかの積極的な動機付けが存在することが,容易推考性を肯定する一つの有力な要因となり得ることは,いうまでもないところである。しかし,そのような積極的な動機付けがなくても,例えば,ある構成が,周知技術として一般的に採用されているものであり,引用発明が,それを適用できる分野のものであれば,当業者が,一つの選択肢として,当該構成を適用することを考えること自体は,これまた一般的に容易なことというべきである。
もちろん,何らかの阻害要因が存在するなどの事情があれば,実際には適用しないことになるから,当業者が,一つの選択肢として,当該構成を適用することを考えるということは,容易推考性の判断の出発点にすぎないものである。容易推考性についての最終的な有無の判断に至るまでには,上記阻害要因の有無等,事案に応じて種々の要素を検討する必要があることはもちろんである。
(2) 取消事由1の(2)(甲第9公報ないし第12公報の開示内容と相違点2に係る本件発明の構成の容易推考性)について ア 甲10公報には, 「この考案はウエルトボデイサイド(センターピラー等を自動車のボデイパネルに挟み込んで固定する紐状のもの)の改良に関するものである。・・・ボデイパネル1は中空のピラー部1aを構成するとともに,その両端にフランジ部1bを形成してあり,このボデイパネル1の室内側ピラー部1aを合成樹脂製のセンターピラー2で覆い,かつその両端フランジ部2aを上記フランジ部1bに重合してある。そして,この状態で両フランジ部1b,2aに上述のウエルトボデイサイド3を挟圧することにより両者間の固定を行つている。」(甲10公報添付の実用新案登録願1頁14行目〜2頁10行目) と記載されている。このウェルトボディサイド3が,本件発明のシーミングウェルトに,センターピラー2が本件発明のピラートリムに相当することは明らかである。
イ 甲11公報には, 「この考案はセンターピラー等を自動車のボデイパネルに挟み込んで固定するウエルトボデイサイドの改良に関するものである。・・・ボデイパネル1は中空のピラー部1aを構成するとともに,その両端にフランジ部1bを形成してあり,このボデイパネル1の室内側ピラー部1aを合成樹脂製のセンターピラー2で覆い,かつその両端フランジ部2aを上記フランジ部1bに重合してある。そして,この状態で両フランジ部1b,2aを上述のウエルトボデイサイド3で挟圧することにより両者間の固定を行なつている。」(甲11公報添付の実用新案登録願1頁17行目〜2頁13行目) と記載されている。
甲12公報には, 「この考案は,紐状のウエルトボデイサイドを用いボデイパネルの端縁に重ね合せて挟圧固定されるセンターピラー,ダツシユサイド,ボデイサイドリヤー,リヤーコーナー等の自動車用内装部品の取付構造の改良に関する。・・・1,1は予め固着され,中空のピラー部1aを構成するボデイパネル,2は合成樹脂成形品からなり,上記ピラー部1aの室内側を覆うセンターピラー,3は上記ピラー部1aの両側に沿つて取付けられ,上記センターピラー2を固定する上述のウエルトボデイサイドである。」(甲12公報添付の実用新案登録願1頁14行目〜2頁11行目) と記載されている。
ウ 上記各公報のこれらの記載によれば,本件出願前,自動車の内装において,ピラーへのピラートリムの取付け・固定を,シーミングウェルトにより行うこと自体は,周知であったものと認められる。そうすると,シーミングウェルトによりピラートリムを固定するという,周知の構成を採用することは,当業者が適宜行う設計的事項にすぎないものというべきである。
原告の主張するとおり,ピラートリムをピラーに固定する方法が数種類あるとしても,なお,甲4発明において,ピラートリムをピラーに固定する方法の一つとして,シーミングウェルトにより固定する方法を採用することに思い至ること自体は,当業者にとって容易なことである,と認めることができるのである(現実に採用することに困難があるか否かについては,後記のとおりである。)。
エ 原告は,もともと,ピラートリム及びシーミングウェルトは,強固に外れないように固定されることが追求される部材であり,このようなピラートリム及びシーミングウェルトの本来の機能を認識している当業者が,これに反するというべき本件発明の構成(C)に到達することは容易でない,と主張する(この論点は,甲6公報に記載されている周知の技術を適用できるか否かとも密接に関連するものである。しかし,必要な範囲で検討する。)。
(ア) 自動車において,安全対策の一つかつ最終的なものとして,乗員を衝突時の衝撃から保護することは,大多数の消費者が,内装などよりも強い関心を寄せている事項であり,したがって,自動車メーカーにとっても,最優先の研究・開発課題であることは,周知の事実であると認められる。
このことは,甲4発明が,本件発明の構成の(C)の一部として,ピラートリムが,エアバッグの展開時にエアバッグの車室への膨出を許容する構成,具体的にピラートリムに破断線(脆弱部)を設け,エアバッグの展開時にそれが破断する構成を有していること,すなわち,美観の向上・維持という観点からは,本来容易に破断すべきでないピラートリムを,そうしていることからも明らかである(ただし,甲4発明は,ピラートリム自体が外れる構成を開示も示唆もしていない。このことは,原告主張のとおりである。)。
(イ) そうすると,甲4発明のピラー収納式のサイドエアバッグにおいて,シーミングウェルトによりピラートリムを固定する構成を採用する場合(一つの選択肢として,この方法に思い至ること自体が容易であることは,前記のとおりである。),ピラートリム及びシーミングウェルトの本来の機能がどうであれ,これらは,エアバッグの展開時にエアバッグの車室への膨出を許容するように構成されなければならないものであるから,これらを,外れないように強固に固定したりせず,むしろ,エアバッグが車室へ膨出することを阻害しないように,エアバッグの展開時にピラートリムがシーミングウェルトから外れるようにすることは,エアーバッグを覆うカバーが外れる構成が周知であるという状況の下では(周知であることは,後記(3)のとおりである。),当業者が,極めて強い動機付けにより,容易に想到できる事項であることが明らかである。
(ウ) しかも,原告自ら指摘するとおり,甲10公報ないし甲12公報は,シーミングウェルトにはもともと外れやすいという問題があることを指摘し,この問題を解決するための技術を開示するものである。そうすると,当業者が,(特別工夫をしなけれは)シーミングウェルトが外れやすい,ということを想起することは容易であり,かつ,外れやすくすることについて,技術上困難があると認めることはできないのである(もっとも,通常の使用においては,美観維持のために容易に外れないようにし,エアバッグ展開時にはそれを阻害しないために確実かつ速やかに外れるように,シーミングウェルトを固着させるには,その材質や接合の方法等について,格別の工夫を要するであろうことは,容易に推測することができる。
しかし,本件発明は,その具体的内容について開示するものではないから,この格別の工夫の内容及びその想到の容易性について考慮する必要はない。)。
したがって,原告の,ピラートリム及びシーミングウェルトの本来の機能に反する本件発明の構成(C)に到達することは容易でない,との主張には理由がない(ピラートリムが外れるようにする構成の周知性と,それが人体に衝突する危険があり,これが容易推考性の阻害理由になるとの点については,次項で併せて検討する。)。
オ 原告は,甲10公報ないし甲12公報に記載されたシーミングウェルトは,容易に外れるようなものを前提として,その改良を目指す発明であり,これに対し,甲4発明は,ピラートリムの破断線にエアバッグの展開力を集中させるため,ピラートリムをピラー(構造体)に強固に固着する必要があるから,これに容易に外れるようなシーミングウェルトを用いることは,当業者が避けることである,と主張する。
前記のとおり,シーミングウェルトが容易に外れるものと認識されることは,エアバッグのカバーが外れて,エアバッグが展開するという構成が周知であり,これが甲4発明に適用できるとの前提があれば,むしろ容易推考性を肯定する方向に働くものである。原告の主張は,それ自体失当である。
(3) 取消事由1の(3)(甲6公報の開示内容と相違点2に係る本件発明の構成の容易推考性)について ア 甲6公報(実公昭49-9320号公報)には, 「従来のものは第1図に示すようにエアバツグ1の収納ケース2の前面に蓋3がスプリング等の止め具4により装備せられ,エアバッグ膨張時該蓋3が脱れ飛び出して運転者に激突する危険があつた。・・・本考案は該蓋を開閉式とし,飛出さないようにする事により上記従来の欠点を凡て解決するものである。」(甲第6号証の考案の詳細な説明の項,1頁左欄4行目〜右欄2行目) と記載されている。
乙第1号証(実開昭50-70636号のマイクロフィルム)には, 「特公昭47-28857号公報に示された発明では車輌のハンドル部分に備えられたハウジング内に折り畳まれたガスバツグが納入されており,このハウジングは脆所を有するカバー部材を備えているので,該ガスバツグが膨張するとこのガスバツグが該カバー部材に衝突し,これに圧力を加えて,このカバー部材の脆所において数個の区画片に破断し,ハウジングの外方へ突出拡張するように構成されている。ガスバツグの膨張圧力によりカバー部材が脆所で破断したとき,意図した区画片の他に更に細かく分裂した破細片が急速に飛散しそれが乗員に直接衝突して乗員に負傷を負わせる危険があつた。本考案はこのような従来の欠点を解消した乗物用安全装置を提供するものである。本考案を図面により詳細に説明をすれば,折り畳まれ,内部にガスを圧入することにより急速に膨張可能なガスバツグ(1)と,そのガスバツグ(1)を納入する容器とから構成され,その容器は容器本体(2)と蓋体(3)とで成り,該容器本体(2)と蓋体(3)とは接続具(4)により連結され,また該蓋体(3)は該容器本体(2)のガスバッグ突出口(5)に,該容器の外方へ離脱可能に嵌着してなる乗物用安全装置に係るものである。」(2頁14行目〜3頁17行目) 「蓋体(3)の側周面は凸条部(11)が形成されており容器本体(2)のガスバツグ突出口(5)の内周面には,この凸条部(11)に合致する凹条部(12)が形成されている。・・・容器本体(2)の内部に納入されたガスバツグ(1)の膨張により蓋体(3)が容器の内方から押されるとこの蓋体(3)の凸条部(11)が凹んでガスバツグ突出口(5)の凹条部(12)から外れ,この蓋体(3)は,容器から外方へ容易に離脱する。・・・しかもその蓋体(3)は容器本体(2)と接続具(4)によつて連結しているので,離脱した蓋体(3)が乗物内に飛散したりすることがないので,乗員がその蓋体(3)にぶつかつて負傷したり乗物内の構造物が損傷したりすることを防止することができる。」(7頁8行目〜9頁3行目) と記載されている。
これらの記載によれば,運転席エアバッグの展開を許容する手段として,エアバッグの膨張圧力によりエアバッグを覆う部材(蓋)とエアバッグ収納容器との係合を解除し,エアバッグを覆う部材(蓋)が開く,あるいは更に進んで離脱するようにすることは,本件出願前に,周知であったことが認められる。
イ 本件全証拠によっても,運転席エアバッグにおける上記周知の技術を,エアバッグの展開を許容する技術手段として,他のタイプのエアバッグに適用できないとする理由は認められない。また,これを甲4発明に適用することを阻害する要因があるとも認められない。
この点につき,原告は,運転席エアバッグの技術をピラー収納型エアバッグに適用することについては,甲6公報その他の文献に,これを開示も示唆する記載もなく,そればかりか,運転席エアバッグとピラー収納式エアバッグとは,エアバッグの短時間,かつスムーズな展開という作用効果の点で,破裂線を設けた場合とカバーが外れるようにした場合との差の大小が全く異なる(すなわち,カバーが外れる方式を,ピラー収納式エアバッグに採用した場合,同方式を運転席エアバッグに採用した場合より,はるかに大きな作用効果を奏することができる。)から,運転席エアバッグの技術を直ちにピラー収納型エアバッグに適用できるとはいい難い,と主張する。
しかし,運転席エアバッグとピラー収納型(サイド)エアバッグとは,車両衝突時に乗員を拘束して衝撃を緩和する保護装置である点で共通しており,同一の技術分野に属する技術といってよい関係にあることが,明らかである。このことから,特段の事情がない限り,一方で公知あるいは周知の技術を他方に適用することを想到することは,容易であるというべきである。
原告が,本件発明の顕著な効果として述べている,運転席エアバッグにおけるカバーが外れる方式と破断する方式とを比較した場合よりも,ピラー収納式エアバッグにおけるそれら両方式を比較した場合の方が,カバーが外れる方式が優れる度合がはるかに大きい(すなわち,ピラー収納式エアバッグにおいて,カバーが外れる方式を採用することは,運転席エアバッグにおいてその方式を採用することより,はるかに優れた作用効果を奏することができる。)ということは,後者の構成の容易推考性を積極的に裏付ける方向に働くことはあり得ても,容易推考性の判断を否定する方向に働くことは,あり得ない。すなわち,これを,前記特段の事情に該当すると認めることはできない。
ウ 原告は,甲6公報自体に,収納ケースの蓋が外れるような構造は,運転席エアバッグにおいて,蓋が運転者に激突する危険があり好ましくないものとの指摘がなされているにとどまらず,自動車業界でも,エアバッグ展開時にエアバッグを覆う部材を外れるように構成することは,エアバッグ展開時に運転者に危険を与えるため好ましくないと認識されており,エアバッグの開発段階において問題がある技術として捨て去られたものであるから,当業者が,選択すべきでないものと認識されていた,運転席エアバッグの収納ケースの蓋が外れる構造を,他のタイプのエアバッグに適用しようと考えることはない,と主張する。
しかし,甲6公報は,上記のような問題点を指摘するとともに,それを解決するため,「本考案は該蓋を開閉式とし,飛び出さないようにする事により上記従来の欠点を凡て解決するものである。」(1頁1欄36行目〜2欄2行目)とし,さらに,「本考案においては平時は左右のケース蓋3はシヤーピン5により結合されているが,エアバツグ作動時は第2図ロの如くエアバツグ1の膨張展開圧力によりシヤーピン5は切断され,蓋3はヒンジ4により廻動保持される。従つて運転者に向つて飛来するのはエアバツグだけであり,運転者は安全にエアバツグに受止められる。
蓋の分割個数又はシヤーピンの内蔵位置,取付方法,ケースの形状等は多種考えられるが,それらは本考案に含まれるものとする。即ち分割せずに片側をヒンジで固定し,蓋全体が一体に開くようにしてもよい。」(1頁2欄12行目〜23行目)としており,蓋が分割されることなく,その片側がヒンジで固定されることにより開く構成が開示されている。乙第1号証にも,前記のとおり,蓋体がエアバッグの容器本体から離脱しつつも,これが接続具により連結されているため,乗員にぶつからない構成が開示されている。
そうすると,エアバッグの収納ケースの蓋が外れるような構造が,乗員に危険を与えるものと当業者に認識されていたとも,そのため捨て去られた技術になっていたとも認めることはできない(なお,乙第1号証には,「ガスバツグの膨張圧力によりカバー部材が脆所で破断したとき,意図した区画片の他に更に細かく分裂した破細片が急速に飛散しそれが乗員に直接衝突して乗員に負傷を負わせる危険があつた。」(3頁2行目〜6行目)とし,エアバッグがカバーの脆弱部を破断して展開する方式にも,問題点があったことを指摘している。)。
エ 上記アないしウによれば,甲4発明の,ピラートリムが破断して,エアバッグの展開時にエアバッグの車室への膨出を許容する,という構成に代わり,甲6公報に記載されている上記周知の技術を適用して,エアバッグの展開時にピラートリムがシーミングウェルトから外れることにより,エアバッグが車室へ膨出することが許容される構成(前記(C)の構成の一部)とすることは,当業者が容易に想到し得たものと認められる。
(4) 相違点2に係る本件発明の構成の容易推考性についてのまとめ 以上のとおりであるから,甲4発明に,甲10公報ないし甲12公報に記載されたシーミングウェルトによりピラートリムを固定する周知技術,甲6公報及び乙第1号証に記載された,エアバッグを覆う蓋を離脱させる周知技術を適用して,本件発明の構成(A)(B)及び(C)に想到することは,当業者にとって容易なことというべきである。これに反する原告の主張は採用できない。
3 取消事由2(本件発明が奏する格別の作用効果の看過)について 原告は,本件発明は, ア トリムが細長形状であっても,エアバッグ展開時には,ピラートリムがその全長に沿って,シーミングウェルトから一気に外れ,短時間,確実且つスムーズに,エアバッグを室内に展開させることができる イ ピラートリムがシーミングウェルトから外れるようにしているので,エアバッグ展開のための大きな開口面積を確保することができ, ウ 従来の破断線を設けたものより,比較的高い剛性を保有しつつ,所望の衝撃吸収性を確保することができる, という顕著な効果を有していると主張する。
原告の主張によっても,上記効果ア及びイは,エアバッグの展開時にピラートリムがシーミングウェルトから外れるようにしたことによる当然の効果であり,上記効果ウは,ピラートリムに破断線を設けなかったことによる徒然の効果であるから,引用発明に,甲10公報ないし甲12公報に記載されたシーミングウェルトによりピラートリムを固定する周知技術,甲6公報及び乙第1号証に記載されたエアバッグを覆う蓋を離脱させる周知技術を適用して,相違点2に係る構成を有するようにすれば,当然奏される効果であり,およそ,構成につき容易推考と認められる発明に特許性(進歩性)を与え得る顕著な効果とはなり得ない(なお,厳密には,ア,イはシーミングウェルトの外れやすさと,破断方式における破断線の長さと破断のしやすさとの比較の問題であり,しかも,本件発明は,前者について具体的に開示するものではないから,それが,破断方式と比較して優れた効果を持つとは必ずしも認められない。)。
4 結論 以上のとおりであるから,原告主張の取消事由は,いずれも理由がなく,その他,決定には取消の原因となる誤りは認められない。そこで,原告の本訴請求を棄却することとし,訴訟費用の負担について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 山下和明
裁判官 設樂隆一
裁判官 高瀬順久