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関連審決 不服2017-13795
この判例には、下記の判例・審決が関連していると思われます。
審判番号(事件番号) データベース 権利
平成31行ケ10011 審決取消請求事件 判例 特許
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事件 平成 31年 (行ケ) 10010号 審決取消請求事件

原告 ザ・ブロード・インスティテュート ・インコーポレ イテッド
原告 マサチューセッツ・インスティテュート ・オブ・テクノロジー
原告 プレジデントアンド フェローズ オブ ハーバード カレッジ
原告ら訴訟代理人弁護士 大野聖二 多田宏文
原告ら訴訟代理人弁理士 森田裕 今野智介 大木信人 実広信哉 堀江健太郎 楠田大輔 佐伯圭
被告 特許庁長官
同 指定代理人小暮道明 長井啓子 田村聖子 原賢一
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2020/02/25
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
3 原告らに対し,この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
請求
特許庁が不服2017-13795号事件について平成30年9月14日にした審決を取り消す。
事案の概要
1 特許庁における手続の経緯等 ? 原告らは,平成28年6月14日,発明の名称を「配列操作のための系,方法および最適化ガイド組成物のエンジニアリング」とする特許出願をした(特願2016-117740。特願2015-547573(優先権主張:平成24年12月12日,米国)の分割。公開日:平成28年9月15日。甲9)。
? 原告らは,平成29年4月28日付けで拒絶査定を受けたことから(甲14),同年9月15日,これに対する不服審判の請求をし(甲15),特許庁は,上記請求を不服2017-13795号事件として審理した。
? 特許庁は,平成30年9月14日,本件審判請求は成り立たないとする別紙審決書(写し)記載の審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は,同年10月1日に原告らに送達された。
? 原告らは,平成31年1月29日,本件審決の取消しを求める本件訴えを提起した。
2 特許請求の範囲の記載 本件審決が対象とした特許請求の範囲請求項1の記載は,以下のとおりである(甲12。以下,上記請求項1に記載された発明を「本願発明」といい,この出願に係る明細書(甲9)を,図面を含めて「本願明細書」という。。なお,文中の「/」は, )原文の改行箇所を示す(以下同じ)。
【請求項1】 エンジニアリングされた,天然に存在しないクラスター化等間隔短鎖回分リピート(CRISPR)-CRISPR関連(Cas) (CRISPR-Cas)ベクター系であって,/a)ガイド配列,tracrRNA及びtracrメイト配列を含むCRISPR-Cas系ポリ-ヌクレオチド配列をコードするヌクレオチド配列に作動可能に結合している第1の調節エレメントであって,前記ガイド配列が,真核細胞中のポリヌクレオチド遺伝子座中の1つ以上の標的配列にハイブリダイズする,第1の調節エレメント,/b)II型Cas9タンパク質をコードするヌクレオチド配列に作動可能に結合している第2の調節エレメント,/c)組換えテンプレート/を含む1つ以上のベクターを含み,/成分(a)(b)及び(c)が,前 ,記系の同じ又は異なるベクター上に位置し,前記系が,前記Cas9タンパク質をコードする前記ヌクレオチド配列とともに発現される1つ以上の核局在化シグナル(複数の場合も有り)(NLS(複数の場合も有り))をさらに含み,/それによって,前記ガイド配列が,真核細胞中の前記1つ以上のポリヌクレオチド遺伝子座を標的とし,前記Cas9タンパク質が,前記1つ以上のポリヌクレオチド遺伝子座を開裂し,それによって,前記1つ以上のポリヌクレオチド遺伝子座の配列が,改 変される,/CRISPR-Casベクター系。
3 本件審決の理由の要旨 ? 本件審決の理由は,別紙審決書(写し)記載のとおりである。要するに,本願発明は,@先願の下記引用例1に記載された発明(以下「引用発明1」という。)と同一であるから,特許法29条の2に該当し,A下記引用例2に記載された発明(以下「引用発明2」という。)及び本願優先日(2012年12月12日)前の周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,同法29条2項に該当するので,特許を受けることができない,というものである。
ア 引用例1:PCT/US2013/073307号(国際公開第2014/089290号。出願日:2013年12月5日(優先権主張:2012年12月6日),公開日:2014年6月12日。甲1の1) イ 引用例2“A Programmable Dual-RNA‐Guided DNA Endonuclease in Adaptive :Bacterial Immunity”(Science, Aug 2012, Vol.337, p.816-821。甲2の1)及び“Supplementary Materials”(甲2の2)(オンラインによる公開:2012年6月28日) ? 本件審決は,引用発明1について,以下のとおり認定した。
(i)少なくとも1つの核局在化シグナルを含む少なくとも1つのII型Cas9タンパク質をコードする核酸に操作可能に連結されたプロモーター調節配列を含むベクター,/(A)真核細胞中の染色体配列中の標的部位に相補的である5’末端における第一の領域,ステムループ構造を形成する第二の内部領域,及び本質的に一本鎖のままである第三の3’領域を含む少なくとも1つのガイドRNAをコードするDNAに操作可能に連結されたプロモーター調節配列を含むベクター,及び,/(B)少なくとも1つのドナーポリヌクレオチドを含むベクター,/を含むベクター系であって,前記ガイドRNAが,II型Cas9タンパク質を真核細胞中の染色体配列中の標的部位へ誘導し,そこで該II型Cas9タンパク質が,該標的部位にて染色体DNA二本鎖の切断を誘導し,該二本鎖の切断が,染色体配列が修 飾されるようにDNA修復過程により修復される,ベクター系。
? 本件審決は,引用発明2,本願発明と引用発明2との対比について,以下のとおり認定した。
ア 引用発明2の認定 エンジニアリングされた,天然に存在しないクラスター化等間隔短鎖回分リピート(CRISPR)-CRISPR関連(Cas) (CRISPR-Cas)系であって,/a)標的認識配列を5’末端に含み,その下流にtracrRNAとcrRNAの間に生じる塩基対相互作用を保持するヘアピン構造を含むキメラRNAであって,前記標的認識配列が緩衝液中で標的配列にハイブリダイズするキメラRNAと,/b)II型Cas9タンパク質,/を含み,/それによって,前記Cas9タンパク質が前記標的配列を開裂する,/CRISPR-Cas系。
イ 本願発明と引用発明2との一致点 エンジニアリングされた,天然に存在しないクラスター化等間隔短鎖回分リピート(CRISPR)-CRISPR関連(Cas) (CRISPR-Cas)系であって,/a)ガイド配列,tracrRNA及びtracrメイト配列を含むCRISPR-Cas系ポリ-ヌクレオチドであって,前記ガイド配列が,標的配列にハイブリダイズするCRISPR-Cas系ポリ-ヌクレオチドと,/b)II型Cas9タンパク質,/を含み,/それによって,前記Cas9タンパク質が,前記標的配列を開裂する,/CRISPR-Cas系。
ウ 本願発明と引用発明2との相違点 (相違点1) 本願発明は,ガイド配列が, 「真核細胞中のポリヌクレオチド遺伝子座中の1つ以上の標的配列にハイブリダイズ」し, 「前記Cas9タンパク質をコードする前記ヌクレオチド配列とともに発現される1つ以上の核局在化シグナル(複数の場合も有り) (NLS(複数の場合も有り) をさらに含」むことによって, ) ガイド配列が, 「真核細胞中の前記1つ以上のポリヌクレオチド遺伝子座」を標的とし,Cas9タン パク質がこれを開裂するのに対し,引用発明2では,標的配列が緩衝液中に存在し,Cas9タンパク質が核局在化シグナルを有していない点。
(相違点2) 本願発明は,「組換えテンプレート」を含み,「前記1つ以上のポリヌクレオチド遺伝子座の配列が,改変される」のに対し,引用発明2では,組換えテンプレートを含まず,標的配列を開裂するにとどまる点。
(相違点3) 本願発明は,CRISPR-Cas系ポリ-ヌクレオチド配列を「コードするヌクレオチド配列に作動可能に結合している第1の調節エレメント」と,II型Cas9タンパク質を「コードするヌクレオチド配列に作動可能に結合している第2の調節エレメント」を含む「1つ以上のベクターを含み,成分(a)(b)及び(c) ,が,前記系の同じ又は異なるベクター上に位置」する,CRISPR-Cas「ベクター」系であるのに対し,引用発明2では, 「キメラRNA」と「Cas9タンパク質」を用いるCRISPR-Cas系である点。
4 取消事由 ? 引用発明1に基づく特許法29条の2の判断の誤り(取消事由1) ? 引用発明2に基づく進歩性の判断の誤り(取消事由2)
当事者の主張
1 取消事由1(引用発明1に基づく特許法29条の2の判断の誤り)について 〔原告らの主張〕 ? 引用例1は,後記?で詳述するとおり,標的部位において組換えが生じたことを実験データによって示していない。引用発明1は,当業者が反復継続して所定の効果を挙げることができる程度まで具体的・客観的なものとして構成されていないから,特許法29条の2による後願排除効を有していないというべきである(東京高裁平成13年4月25日判決・平成10年(行ケ)第401号)。
? 原核生物のCRISPRシステムを真核細胞において作動するように適合さ せられるか否かは,本願発明の発明者であるA博士(A博士)が2013年の論文(Bほか)において報告するまでは明らかでなく,引用例1に接した当業者は,引用例1のFACS実験とPCR実験の矛盾した結果を検討し,CRISPR-Cas9システムが真核細胞において作動するか否かが未解決であると結論したはずである。引用例1の結果は,それが開示された2012年当時の技術常識に基づき,後知恵を入れることなく検討されなければならない。
? 引用例1は,本願発明の構成「前記ガイド配列が,真核細胞中の前記1つ以上のポリヌクレオチド遺伝子座を標的とし,前記Cas9タンパク質が,前記遺伝子座を開裂し,それによって,遺伝子座の配列が改変される」を開示していない。
引用例1には,ヒトのK562細胞の6つのトランスフェクション処理(処理A〜F。表7.トランスフェクション処理)が記載されているところ,このうち本願発明のクレームと同じベクター系に係るものは処理Dである。引用例1には,処理A〜Fに対して行われた2つの実験が開示されており,これらの実験の目的は,CRISPR-Cas9系がゲノムDNAの標的ポリヌクレオチド配列を開裂し,コード配列をそこに組み込むかどうかを確認することにある。
ところが,実施例4の蛍光活性化細胞選別(FACS)実験の処理Dの蛍光は,細胞の死による自家蛍光とGFPの自家蛍光を区別することができず,組換えがされたか否かや,組換えが標的部位でされたか否かを判断することができない。むしろ,実施例5のPCR実験は,処理Dで標的部位の編集がされていないことを示しており,処理Dの蛍光が標的部位の遺伝子編集によるものでないことを裏付ける。
引用例1のFACS実験とPCR実験により得られた結果には矛盾があるので,当業者は,この矛盾点を検討し,CRISPR-Cas9システムが真核細胞において作動するか否かにはなお疑問があると判断したはずである。
このように,引用例1には,真核細胞内でのゲノムDNAの標的部位での配列の編集ができなかった系が記載されているにすぎないから,上記のとおりの配列の編集ができる本願発明と実質的に同一であるということはできない。
? 被告は,実施例5の処理Dにおいて,標的部位へのドナー配列の挿入が実験で確認されていないとしても,それは,処理Dで採用した実験プロトコルに適切でない部分があったことに起因するものにすぎない旨主張するが,本願優先日当時の技術水準において,適切な実験プロトコルは存在しなかった。
CRISPR-Cas9のような複雑な系をエンジニアリングするには,多くの系の設計の選択が必要である。本願発明は,Cas9に複数のNLSを付加することやtracrRNAの長さを長くすることの技術的意義,キメラRNAの3’末端にターミネーターとして例えばポリTを挿入することなど,CRISPR-Cas9システムを真核細胞内環境において真核生物のゲノムDNAに適合させるガイダンスを開示し,引用発明1のCRISPR-Cas9系とは異なる。
適切なプロトコル下に置かれた場合に引用発明1の系が真核細胞でも機能すると考えることは,本願発明と引用発明1の系の相違を見誤っている。
〔被告の主張〕 引用例1には, (i)少なくとも1つの核局在化シグナルを含む少なくとも1つのII型Cas9タンパク質をコードする核酸に操作可能に連結されたプロモーター調節配列を含むベクター, (A)真核細胞中の染色体配列中の標的部位に相補的である5’末端における第一の領域,ステムループ構造を形成する第二の内部領域,及び本質的に一本鎖のままである第三の3’領域を含む少なくとも1つのガイドRNAをコードするDNAに操作可能に連結されたプロモーター調節配列を含むベクター,及び, (B)少なくとも1つのドナーポリヌクレオチドを含むベクター,を含むベクター系が記載されている。
そして,引用例1には,上記のベクター系であって, 「ガイドRNAが,II型Cas9タンパク質を真核細胞中の染色体配列中の標的部位へ誘導し,そこで該II型Cas9タンパク質が,該標的部位にて染色体DNA二本鎖の切断を誘導し,該二本鎖の切断が,染色体配列が修飾されるようにDNA修復過程により修復される」との機能を発揮するように構成されているものが,引用発明として認定し得る程度 十分に,技術思想として開示されている。
実施例5の処理Dにおいて,標的部位へのドナー配列の挿入が実験で確認されていないとしても,それは,処理Dで採用した実験プロトコルに適切でない部分があったことに起因するものであり,上記の認定を左右することはない。
2 取消事由2(引用発明2に基づく進歩性の判断の誤り)について 〔原告らの主張〕 ? 引用発明の認定の誤り 本件審決がした引用発明2の認定は,引用例2に記載された発明を上位概念で認定している点において不当である。引用発明2は,次のとおり,下線部を有するものとして認定されるべきである。
a)標的認識配列を5’末端に含み,その下流にtracrRNAとcrRNAの間に生じる塩基対相互作用を保持するヘアピン構造を含み,前記標的認識配列が緩衝液中で標的配列にハイブリダイズするキメラRNAであるキメラAであって,試験管内で事前に95℃で加熱してその後室温にまで冷却させて得られるキメラAと,/b)大腸菌(E. Coli)に産生させ,できるだけ純度高く精製したII型Cas9タンパク質と,/を複合体形成に適した緩衝液中で混合して得られる複合体を含み,/それによって,前記Cas9タンパク質が,開裂に適した緩衝液中で,オリゴヌクレオチドDNA又はプラスミドDNA中の前記標的配列を開裂する,/CRISPR-Cas系。
? 相違点の看過等 ア 相違点4 引用例2においては,試験管内で転写されたキメラAをCas9と混合してCas9複合体を形成し,それを標的DNAと共に緩衝液環境に導入しているのに対し,本願発明では,真核細胞内において構成要素がまず別々に,かつ適切に発現し,その後,発現した構成要素が,真核細胞の核内においてCRISPR-Cas9複合体を形成しなければならない。
したがって,本願発明と引用発明2の相違点としては,本件審決が認定した相違点1ないし3のほかに, 「本願発明は,CRISPR-Casベクター系であり,ベクターで真核細胞の核内にCRISPR-Casの構成要素を送達するものであり,本願発明で用いる複合体はあらかじめ形成させたものではないのに対して,引用発明2では,用いる複合体は複合体形成に適した緩衝液中で構成要素を混合して得られる,事前に形成された複合体である点」(相違点4)を認定すべきである。
そして,引用発明2では,真核細胞内でのベクター系を用いたときにCas9とcrRNAとtractRNAとの複合体が適切に形成するか否か,仮に形成できたとしても活性な複合体を形成し得るか不明であること,真核細胞には,二本鎖RNAを検知し,破壊し,除去する免疫機構が備わっており,CRISPR複合体を形成する前に,crRNAとtractRNAのような二本鎖RNAが十分な時間,存在することができたとはいえないことから,この相違点は容易に想到できない。
イ 相違点5 引用例2で用いられたオリゴヌクレオチドDNAやプラスミドDNAは,染色体構造(特に真核細胞の染色体構造)を形成するものではないのに対し,本願発明の開裂対象は,真核細胞中の染色体配列中の標的部位であり,オリゴヌクレオチドDNAでもプラスミドDNAでもなく,真核細胞のゲノムDNAは,真核細胞の核に存在し,かつ,染色体という構造を形成して安定化されていること,さらに,引用例2が,開裂に適した環境下の試験管内の緩衝液中で行われるのに対し,本願発明は,開裂に適した環境であるかが不明な真核細胞内で行う。
したがって,本願発明と引用発明2の相違点としては,更に, 「本願発明のCRISPR-Casベクター系は,真核細胞内環境下で,真核生物のゲノムDNA中の標的部位を開裂するものであり,開裂に適した環境下の緩衝液中で開裂を行うものではなく,開裂対象はオリゴヌクレオチドDNAでもプラスミドDNAでもないのに対して,引用発明2は,開裂に適した緩衝液中で,オリゴヌクレオチドDNA又はプラスミドDNA中の標的部位を開裂するものである点」 (相違点5)を認定すべ きである。
そして,引用例2で開示されているのは,緩衝液において予め形成させた複合体が,切断に適した緩衝液中でDNAを切断したということだけであり,真核細胞において機能するかどうかを当業者に予測させるものではないから,相違点5は,引用発明2から容易に想到することができない。
? 相違点1ないし3の判断の誤り ア 相違点1に関する容易想到性判断の誤り (ア) 本件審決は,本願発明は「真核細胞中のポリヌクレオチド遺伝子座中の1つ以上の標的配列にハイブリダイズ」するものであるのに対して,引用発明2はこのような構成を有しない点で相違すると認定する。
引用例2に開示されたのは,複合体形成に適した緩衝液中で予め形成させた複合体を用いて,切断に適した緩衝液中で,オリゴヌクレオチドDNA又はプラスミドDNAを切断したことであり, 「真核細胞中のポリヌクレオチド遺伝子座中の1つ以上の標的配列にハイブリダイズ」させることとは大きく異なる。
ベクター系を用いてCas9タンパク質や,crRNAとtracrRNAを真核細胞内で発現させた場合,これらの構成要素は,複合体として合成されるのではなく,それぞれが個別のものとして合成され,完成した後に,@真核細胞内で互いに接触する必要があり,かつ,A接触後,適切に複合体形成することにより,活性な複合体を形成する必要がある。仮に,当該複合体が形成されたとしても,B複合体がゲノム全体をスキャンするに十分な時間存在していなければならない。その後に初めて, 「真核細胞中のポリヌクレオチド遺伝子座中の1つ以上の標的配列にハイブリダイズ」するために,標的配列に結合することができる。
@真核細胞内において複合体を形成することは困難で,A原核細胞ではDNAからmRNAへの転写及びタンパク質の翻訳が細胞質で同時に起こるのに対し,真核細胞では核内で転写が行われ,細胞質で翻訳が行われるように,転写と翻訳のシステムが異なり,Bゲノム構造と標的とされた遺伝子座への接触やCゲノムサイズと 遺伝子座への接触も困難で,D原核生物における遺伝子ターゲティングシステムを真核細胞に適用することについては失敗例も存在する。
(イ) 本件審決は,本願発明と引用発明2との相違点1が周知技術に基づいて容易に想到できると判断する。
しかし,本件審決の上記判断において,Cas9タンパク質に核局在化シグナルを付加することにより,真核細胞の核内のゲノムにCRISPR-Cas9系を到達させることができるとする科学的根拠は示されていない。
本件審決では,核局在化シグナルをCas9タンパク質に付加することが,タンパク質を核内に移行させるための常套手段であるというが,常套手段として挙げられているものは,いずれも細胞内で複合体を形成する必要がなく,かつ,細胞内で機能するためにRNAの必要のない技術に関するものであって,単にタンパク質のみを核に移行させればその機能を発揮することが明白な技術であるから,細胞内において複合体形成を必要とするCas9複合体とは異なる。
第1優先日当時にはNLSがCas9複合体を真核細胞内で機能させる手法であるかは不明であり,引用例2では,核局在化シグナルについて開示も示唆もない。
イ 相違点2に関する容易想到性判断の誤り ゲノム編集技術において,組換えテンプレートで「相同組換え」を行うには,その前提として,相同組換えの標的である「標的配列」がヌクレアーゼによって切断されることが必須である。ところが,引用例2の記載及び第1優先日当時の技術水準を考慮しても,組換えテンプレート以外の発明の構成において,真核細胞においては標的配列においてゲノムが切断されると当業者は理解することができなかったから,これにさらに組換えテンプレートを組み合わせようとすることはない。
さらに,DNAのランダム組込みは,真核細胞内にDNAが導入された後,真核細胞のゲノムの標的部位以外のどこかの個所が開裂されれば,生じることが知られていた。組換えテンプレートが,ランダムな組換え(ランダムインテグレーション)によってランダムな部位に挿入されたことは明らかであり,そのため,引用発明2 は,本願発明の「前記1つ以上のポリヌクレオチド遺伝子座の配列が,改変される」という構成を有さない。
ウ 相違点3に関する容易想到性判断の誤り 細胞の内部で複合体を形成することなく機能する所望のタンパク質や核酸などの因子を機能させようとする場合に,それらを発現するベクターを用いることは常套手段であるとしても,CRISPR-Cas9システムは複合体でなければ機能しないことが,引用例2において明確に実証されているのであるから,CRISPR-Cas9システムをベクターで,しかも,原核細胞ではなく真核細胞に導入することが,同様に常套手段であるとか,容易になし得たということはできない。
〔被告の主張〕 ? 本願優先日である平成24年12月12日当時,真核細胞のゲノム編集を行うために,人工酵素であるジンク-フィンガーヌクレアーゼ(ZFN)や転写活性化様エフェクターヌクレアーゼ(TALEN)を使用することは,周知であった。したがって,当業者には,同様にゲノム編集のツールである引用発明2のCRISPR-Cas系を,真核細胞中のゲノムに対して機能させようと試みることに動機付けがあった。このことは,本願発明の発明者とは異なる少なくとも3つの研究グループが,本願優先日前から,CRISPR-Cas系を真核細胞中のゲノムに対して機能させようと試みていたことが示されていることからも裏付けられる。
? 細胞の内部で所望のタンパク質や核酸を機能させようとする場合に,それらを発現するベクターを用いることは常套手段であり,本願優先日当時,ゲノム編集のための成分を導入するために,ベクター系を用いることも一般的であった。したがって,当業者は,適宜,引用発明2のCRISPR-Cas系や組換えテンプレートをベクター系とすることができた。
? 原告らが示す問題点は,いずれも引用発明2のCRISPR-Cas系を真核細胞中のゲノムに対して機能させようと試みる際に生じるおそれのあるものを挙げているにすぎない。当業者は,CRISPR-Cas9の真核細胞への適用の成 否について,確信までは持てなかったとしても,上記の問題点は,当業者に真核細胞への適用ができないとの認識を生じさせるほどのものではない。
当裁判所の判断
1 本願発明について ? 本願明細書の記載 本願明細書には,以下の記載がある(甲9)。
ア 技術分野 【0003】本発明は,一般に,クラスター化等間隔短鎖回分リピート(ClusteredRegularly Interspaced Short Palindromic Repeat)(CRISPR)及びその成分に関するベクター系を使用し得る配列ターゲティング,例えば,ゲノム摂動又は遺伝子編集を含む遺伝子発現の制御に使用される系,方法及び組成物に関する。
イ 背景技術 【0005】正確なゲノムターゲティング技術は,因果的遺伝子変異の体系的なリバースエンジニアリングを可能とするため,並びに合成生物学,バイオテクノロジー及び医薬用途を進歩させるために必要とされる。ゲノム編集技術,例えば,デザイナー亜鉛フィンガー,転写アクチベーター様エフェクター(TALE),又はホーミングメガヌクレアーゼが利用可能であるが,安価で,設定が容易で,スケーラブルで,真核ゲノム内の複数位置をターゲティングしやすい新たなゲノムエンジニアリング技術が依然として必要とされている。
ウ 発明が解決しようとする課題 【0007】CRISPR/Cas又はCRISPR-Cas系は,単一Cas酵素を短鎖RNA分子によりプログラミングして特異的DNA標的を認識させることができ,換言すると,Cas酵素は,前記短鎖RNA分子を使用して特異的DNA標的にリクルートすることができる。
エ 課題を解決するための手段 【0008】一部の実施形態において,CRISPR酵素は,II型CRISP R系酵素である。一部の実施形態において,CRISPR酵素は,Cas9酵素である。一部の実施形態において,Cas9酵素は,肺炎連鎖球菌(S.pneumoniae),化膿性連鎖球菌(S.pyogenes),又はS.サーモフィラス(S.thermophilus)Cas9であり,それらの生物に由来する突然変異Cas9を含み得る。
一部の実施形態において,CRISPR酵素は,真核細胞中の発現のためにコドン最適化されている。
一部の実施形態において,ガイド配列は,少なくとも15,16,17,18,19,20,25ヌクレオチド,又は10〜30,もしくは15〜25,もしくは15〜20ヌクレオチド長である。
一般に,及び本明細書全体で,用語「ベクター」は,それが結合した別の核酸を輸送し得る核酸分子を指す。
あるタイプのベクターは, 「プラスミド」であり,それは,付加DNAセグメントを例えば標準分子クローニング技術により挿入することができる環状二本鎖DNAループを指す。別のタイプのベクターは,ウイルスベクターであり,それにおいてウイルス由来DNA又はRNA配列がウイルス(‥)中へのパッケージングのためにベクター中に存在する。
組換えDNA技術において有用な一般的な発現ベクターは,プラスミドの形態であることが多い。
【0010】用語「調節エレメント」は,プロモーター,エンハンサー,内部リボソーム進入部位(IRES),及び他の発現制御エレメント(例えば,転写終結シグナル,例えば,ポリアデニル化シグナル及びポリU配列)を含むものとする。
一部の実施形態において,ベクターは,1つ以上のpolIIIプロモーター(‥),1つ以上のpolIIプロモーター(‥),1つ以上のpolIプロモーター(‥)又はそれらの組合せを含む。polIIIプロモーターの例としては,限定されるものではないが,U6及びH1プロモーターが挙げられる。polIIプロモーターの例としては,限定されるものではないが,レトロウイルスのラウス肉腫ウイル ス(RSV)LTRプロモーター(‥),サイトメガロウイルス(CMV)プロモーターが挙げられる。用語「調節エレメント」により,エンハンサーエレメント,例えば,WPRE;CMVエンハンサー;HTLV-IのLTR中のR-U5’セグメント;SV40エンハンサー;も包含される。ベクターを宿主細胞中に導入し,それにより本明細書に記載の核酸によりコードされる転写物,融合タンパク質又はペプチドを含むタンパク質,又はペプチドを産生することができる。
【0012】一態様において,本発明は,1つ以上の核局在化配列を含むCRISPR酵素をコードする酵素コード配列に作動可能に結合している調節エレメントを含むベクターを提供する。
【0023】本発明の態様において,改変は,エンジニアリングされた二次構造を含む。例えば,改変は,tracrメイト配列とtracr配列との間のハイブリダイゼーションの領域の低減を含み得る。例えば,改変は,人工ループを通すtracrメイト配列及びtracr配列の融合も含み得る。改変は,40〜120bpの長さを有するtracr配列を含み得る。
ある実施形態において,tracRNAの長さは,野生型tracRNAの少なくともヌクレオチド1〜67を含み,一部の実施形態において,少なくともヌクレオチド1〜85を含む。
改変は,配列最適化を含み得る。
配列最適化は,tracrメイト配列とtracr配列との間のハイブリダイゼーションの領域の低減;例えば,tracr配列の長さの低減と組み合わせることができる。
【0025】一態様において,本発明は,改変が,ポリTターミネーター配列を付加することを含むCRISPR-Cas系又はCRISPR酵素系を提供する。
【0035】本発明の一部の態様において,本発明の構築物,例えば,キメラ構築物において要求されるtracRNAの長さは,必ずしも固定する必要はなく,本発明の一部の態様において,それは40〜120bpであり得,本発明の一部の態 様において,最大で全長のtracrであり,例えば,本発明の一部の態様において,細菌ゲノム中の転写終結シグナルにより中断されるtracrの3’末端までである。ある実施形態において,tracRNAの長さは,野生型tracRNAの少なくともヌクレオチド1〜67を含み,一部の実施形態において,少なくともヌクレオチド1〜85を含む。一部の実施形態において,少なくとも野生型化膿性連鎖球菌(S.pyogenes)Cas9tracRNAのヌクレオチド1〜67又は1〜85に対応するヌクレオチドを使用することができる。
tracr+tracrメイト転写物中のポリTターミネーター配列,例えば,ポリTターミネーター(TTTTT又はそれより多い数のT)の存在に関して,本発明の一部の態様において,2つのRNA(tracr及びtracrメイト)であろうと単一ガイドRNA形態であろうと,このようなものを転写物の末端に付加することが有利である。tracr及びtracrメイト転写物中のループ及びヘアピンに関して,本発明の一部の態様において,最少の2つのヘアピンがキメラガイドRNA中に存在することが有利である。第1のヘアピンは,tracrとtracrメイト(ダイレクトリピート)配列との間の相補性により形成されるヘアピンであり得る。第2のヘアピンは,tracrRNA配列の3’末端におけるものであり得,これは,Cas9との相互作用のための二次構造を提供し得る。追加のヘアピンは,ガイドRNAの3’に付加し,例えば,本発明の一部の態様において,ガイドRNAの安定性を増加させることができる。
オ 発明を実施するための形態 【0065】一般に, 「CRISPR系」は,集合的に,CRISPR関連(「Cas」)遺伝子の発現又はその活性の指向に関与する転写物及び他のエレメント,例として,Cas遺伝子をコードする配列,tracr(トランス活性化CRISPR)配列(例えば,tracrRNA又は活性部分tracrRNA),tracrメイト配列(内因性CRISPR系に関して「ダイレクトリピート」及びtracrRNAによりプロセシングされる部分ダイレクトリピートを包含),ガイド配列(内因 性CRISPR系に関して「スペーサー」とも称される),又はCRISPR遺伝子座からの他の配列及び転写物を指す。
一部の実施形態において,CRISPR系の1つ以上のエレメントは,内因性CRISPR系を含む特定の生物,例えば,化膿性連鎖球菌(Streptococcus pyogenes)に由来する。一般に,CRISPR系は,標的配列(内因性CRISPR系に関してプロトスペーサーとも称される)におけるCRISPR複合体の形成を促進するエレメントを特徴とする。CRISPR複合体の形成に関して, 「標的配列」は,ガイド配列が相補性を有するように設計される配列を指し,標的配列とガイド配列との間のハイブリダイゼーションがCRISPR複合体の形成を促進する。
標的配列を含むターゲティングされる遺伝子座中への組換えに使用することができる配列又はテンプレートは,「編集テンプレート」又は「編集ポリヌクレオチド」又は「編集配列」と称される。本発明の態様において,外因性テンプレートポリヌクレオチドを編集テンプレートと称することができる。本発明の一態様において,組換えは,相同組換えである。
【0066】理論により拘束されるものではないが,tracr配列は,野生型tracr配列の全部又は一部(例えば,野生型tracr配列の約又は約20,26,32,45,48,54,63,67,85,又はそれよりも多い数を超えるヌクレオチド)を含み得,又はそれからなっていてよく,例えば,ガイド配列に作動可能に結合しているtracrメイト配列の全部又は一部とのtracr配列の少なくとも一部に沿うハイブリダイゼーションによりCRISPR複合体の一部も形成し得る。
【0071】一部の実施形態において,ベクターは,1つ以上の核局在化配列(NLS),例えば,約また約1,2,3,4,5,6,7,8,9,10,又はそれよりも多い数を超えるNLSを含むCRISPR酵素をコードする。
NLSの非限定的な例としては,アミノ酸配列PKKKRKVを有するSV40ウイルスラージT抗原のNLSが挙げられる。
【0072】一般に,1つ以上のNLSは,真核細胞の核中の検出可能な量のCRISPR酵素の蓄積をドライブするために十分な強度である。
【0076】一般に,tracrメイト配列は, (1)対応するtracr配列を含有する細胞中でtracrメイト配列によりフランキングされているガイド配列の切り出し;及び(2)標的配列におけるCRISPR複合体の形成(CRISPR複合体は,tracr配列にハイブリダイズされるtracrメイト配列を含む)の1つ以上を促進するためにtracr配列との十分な相補性を有する任意の配列を含む。
一部の実施形態において,tracr配列は,約又は約5,6,7,8,9,10,11,12,13,14,15,16,17,18,19,20,25,30,40,50,又はそれよりも大きい数を超えるヌクレオチド長である。一部の実施形態において,tracr配列及びtractメイト配列は,単一転写物内に含有され,その結果,2つの間のハイブリダイゼーションが二次構造,例えば,ヘアピンを有する転写物を産生する。ヘアピン構造において使用される好ましいループ形成配列は,4ヌクレオチド長であり,最も好ましくは,配列GAAAを有する。しかしながら,代替配列であり得るようにより長い又は短いループ配列を使用することができる。配列は,好ましくは,ヌクレオチドトリプレット(例えば,AAA),及び追加のヌクレオチド(例えば,C又はG)を含む。ループ形成配列の例としては,CAAA及びAAAGが挙げられる。本発明の一実施形態において,転写物又は転写されるポリヌクレオチド配列は,少なくとも2つ以上のヘアピンを有する。好ましい実施形態において,転写物は,2,3,4又は5つのヘアピンを有する。本発明の別のさらなる実施形態において,転写物は,多くとも5つのヘアピンを有する。一部の実施形態において,単一転写物は,転写終結配列をさらに含み;好ましくは,これはポリT配列,例えば,6つのTヌクレオチドである。このようなヘアピン構造の例示的説明を,図8B(別紙1のとおり)の下方位置に提供し,最後の「N」及びループの上流の5’側の配列の部分は,tracrメイト配列に対応し,ループの3’側 の配列の部分は,tracr配列に対応する(原文では, 「図13B」であるが,前後の文脈から図8Bであると認められる。。
) カ 実施例 (ア) 実施例1:真核細胞の核中のCRISPR複合体活性 【0146】哺乳動物細胞中のCRISPR成分の発現を改善するため,化膿性連鎖球菌(Streptococcus pyogenes(S.pyogenes))SF370遺伝子座1からの2つの遺伝子Cas9(SpCas9)及びRNアーゼIII(SpRNアーゼIII)をコドン最適化した。核局在化を促進するため,核局在化シグナル(NLS)をSpCas9及びSpRNアーゼIIIの両方のアミノ(N)又はカルボキシル(C)末端に含めた(図2B)。
N及びC末端の両方に付着しているNLSを有するSpCas9のバージョン(2×NLS-SpCas9)も生成した。
C末端NLSは標的SpRNアーゼIIIを核にターゲティングするために十分であった一方,SpCas9のN又はC末端のいずれかへのこれらの特定のNLSの単一コピーの付着は,この系中の適切な核局在化を達成し得なかった。この例において,C末端NLSは,ヌクレオプラスミンのもの(KRPAATKKAGQAKKKK)であり,C末端NLSは,SV40ラージT抗原のもの(PKKKRKV)であった。試験されたSpCas9のバージョンのうち,2×NLS-SpCas9のみが核局在化を示した(図2B)。
(イ) 実施例4:複数のキメラcrRNA-tracrRNAハイブリッドの評価 【0165】本実施例は,異なる長さの野生型tracrRNA配列を取り込むtracr配列を有するキメラRNA(chiRNA;ガイド配列,tracrメイト配列,及びtracr配列を単一転写物中で含む)について得られた結果を記載する。
Cas9はCBhプロモーターによりドライブされ,キメラRNAはU6プロモ ーターによりドライブされる。
ガイド及びtracr配列は,tracrメイト配列GUUUUAGAGCUAと,それに続くループ配列GAAAにより離隔している。ヒト遺伝子座EMX1及びPVALB遺伝子座におけるCas9媒介インデルについてのSURVEYORアッセイの結果を,それぞれ図18b及び18cに説明する。
chiRNAをそれらの「+n」表記により示し,crRNAは,ガイド及びtracr配列が別個の転写物として発現されるハイブリッドRNAを指す。トリプリケートで実施されたこれらの結果の定量を,図11a及び11bにヒストグラムにより示し,それぞれ図10b及び10c(別紙1のとおり)に対応する(「N.D.」は,インデルが検出されなかったことを示す)。
【0171】最初に,ヒトHEK293FT細胞中のEMX1遺伝子座内の3つの部位をターゲティングした。それぞれのchiRNAのゲノム改変効率は,DNA二本鎖切断(DSB)及び非相同末端結合(NHEJ)DNA損傷修復経路によるその後続の修復から生じる突然変異を検出するSURVEYORヌクレアーゼアッセイを使用して評価した。chiRNA(+n)と表記される構築物は,野生型tracrRNAの最大+n個のヌクレオチドがキメラRNA構築物中に含まれることを示し,nについては48,54,67,及び85の値が使用される。野生型tracrRNAのより長い断片を含有するキメラRNA(chiRNA(+67)及びchiRNA(+85))は,3つ全てのEMX1標的部位におけるDNA開裂を媒介し,特にchiRNA(+85)は,ガイド及びtracr配列を別個の転写物中で発現する対応するcrRNA/tracrRNAハイブリッドよりも顕著に高いレベルのDNA開裂を実証した(図10b及び10a)。ハイブリッド系(別個の転写物として発現されるガイド配列及びtracr配列)を検出可能な開裂を生じなかったPVALB遺伝子座中の2つの部位も,chiRNAを使用してターゲティングした。chiRNA(+67)及びchiRNA(+85)は,2つのPVALBプロトスペーサーにおける顕著な開裂を媒介し得た(図10c及び10b)。
【0172】EMX1及びPVALB遺伝子座中の5つ全ての標的について,tracr配列長さの増加に伴うゲノム改変効率の一貫した増加が観察された。いかなる理論によっても拘束されるものではないが,tracrRNAの3’末端により形成される二次構造は,CRISPR複合体形成の比率の向上における役割を担い得る。本実施例において使用されるキメラRNAのそれぞれについての予測二次構造の説明を,図21に提供する。より長いtracr配列を有するchiRNAは,天然CRISPRcrRNA/tracrRNAハイブリッドにより開裂されない標的を開裂し得たため,キメラRNAをCas9上にその天然ハイブリッド相当物よりも効率的にロードすることができることが考えられる。
【0173】図11(別紙1のとおり)及び21は,最大+85ヌクレオチドの野生型tracrRNA配列,及び核局在化配列を有するSpCas9を含むキメラRNAの発現のための例示的なバイシストロニック発現ベクターを説明する。SpCas9は,CBhプロモーターから発現され,bGHポリAシグナル(bGHpA)により終結される。模式図の直下に説明される拡大配列は,ガイド配列挿入部位を包囲する領域に対応し,5’から3’でU6プロモーターの3’部分(最初の陰影領域),BbsI開裂部位(矢印),部分ダイレクトリピート(tracrメイト配列GTTTTAGAGCTA,下線付き),ループ配列GAAA,及び+85tracr配列(ループ配列後の下線付き配列)を含む。例示的なガイド配列インサートを,ガイド配列挿入部位の下方に説明し,選択される標的についてのガイド配列のヌクレオチドを「N」により表す。
? 本願発明の特徴 本願発明は,CRISPR-Casベクターを用いたゲノム編集技術に関する発明である。
本願発明においては,短鎖RNA分子(ガイド配列,tracrRNA配列及びtracrメイト配列を含むCRISPR-Cas系ポリ-ヌクレオチド配列)により,Cas酵素(II型Cas9タンパク質)に,真核細胞中の特異的DNA標的 (ポリヌクレオチド遺伝子座)を認識させ,前記Cas酵素が前記DNA標的を開裂し,それにより前記DNA標的が改変する。
本願発明は,a)前記CRISPR-Cas系ポリ-ヌクレオチド配列をコードするヌクレオチド配列に作動可能に結合している第1の調節エレメント,b)前記II型Cas9タンパク質をコードするヌクレオチド配列に作動可能に結合している第2の調節エレメント,及びc)組換えテンプレート,が1つ以上の同じ又は異なるベクター上に位置し,前記Cas9タンパク質をコードするヌクレオチド配列とともに発現される核局在化シグナルを含むこと,を要件とする。
2 取消事由1(引用発明1に基づく特許法29条の2の判断の誤り)について ? 引用例1の記載(甲1の1。なお,段落番号は,国内公表公報である特表2016-502840号公報(甲1の2)の段落番号である。
【0151】は,引用例1の優先基礎明細書(甲105)による。) ア 技術分野 【0001】本発明は,標的ゲノム修飾に関する。特に,本発明は,RNA誘導型エンドヌクレアーゼ又はCRISPR/Cas様タンパク質を含む融合タンパク質,及び標的染色体配列を修飾又は調節するための該タンパク質の使用方法に関する。
イ 背景技術 【0002】標的ゲノム修飾は,真核細胞,胚及び動物の遺伝子操作のための強力なツールである。現在の方法は,例えば,ジンクフィンガーヌクレアーゼ(ZFN)又は転写アクティベーター様エフェクターヌクレアーゼ(TALEN)のような人工ヌクレアーゼの使用に依存している。しかしながら,それぞれの新規ゲノム標的は,新規の配列特異的DNA結合分子を含む新規ZFN又はTALENの設計を必要とする。したがって,これらのカスタム設計されたヌクレアーゼは,割高な費用が掛かり,製造に時間を要する傾向がある。さらに,ZFN及びTALENの特異性は,それらがオフターゲット(‥)の切断を仲介し得る程度のものである。
【0003】したがって,それぞれの新しい標的ゲノム部位に対する新しいヌク レアーゼの設計を必要としない標的ゲノム修飾技術‥,オフターゲット作用が殆ど又は全くない,向上した特異性を有する技術が必要とされている。
発明の概要 【0004】本開示の種々の面には,単離されたRNA誘導型エンドヌクレアーゼの提供であって,該エンドヌクレアーゼが,少なくとも1つの核局在化シグナル,少なくとも1つのヌクレアーゼドメイン,及び切断のために特定のヌクレオチド配列にエンドヌクレアーゼを標的化するガイドRNAと相互作用する少なくとも1つのドメインを含む,エンドヌクレアーゼの提供が含まれる。
他の態様において,RNA誘導型エンドヌクレアーゼをコードする核酸配列は,プロモーター調節配列に操作可能に連結されていてよく,要すれば,ベクターの一部であってよい。他の態様において,プロモーター調節配列に操作可能に連結されていてよいRNA誘導型エンドヌクレアーゼをコードする配列を含むベクターはまた,プロモーター調節配列に操作可能に連結されていてよいガイドRNAをコードする配列も含み得る。
【請求項13】真核細胞又は胚において染色体配列を修飾するための方法であって,/a)真核細胞又は胚に, (@)少なくとも1つの核局在化シグナルを含む少なくとも1つのRNA誘導型エンドヌクレアーゼ,又は少なくとも1つの核局在化シグナルを含む少なくとも1つのRNA誘導型エンドヌクレアーゼをコードする核酸,(A)少なくとも1つのガイドRNA又は少なくとも1つのガイドRNAをコードするDNA,及び任意に, B) ( 少なくとも1つのドナーポリヌクレオチドを導入し,/b)真核細胞又は胚を,各ガイドRNAが,RNA誘導型エンドヌクレアーゼを染色体配列中の標的部位へ誘導し,そこでRNA誘導型エンドヌクレアーゼが,該標的部位にて二本鎖の切断を誘導し,該二本鎖の切断が,染色体配列が修飾されるようにDNA修復過程により修復されるように培養することを含む,/方法。
【請求項14】RNA誘導型エンドヌクレアーゼがCas9タンパク質に由来する,請求項13に記載の方法。
【請求項15】RNA誘導型エンドヌクレアーゼをコードする核酸がmRNAである,請求項13又は14に記載の方法。
【請求項16】RNA誘導型エンドヌクレアーゼをコードする核酸がDNAである,請求項13又は14に記載の方法。
【請求項17】DNAが,ガイドRNAをコードする配列をさらに含むベクターの一部である,請求項16に記載の方法。
【0005】本発明の別の面は,真核細胞又は胚において染色体配列を修飾するための方法を包含する。該方法は,真核細胞又は胚に, (i)本明細書に記載の,少なくとも1つの核局在化シグナルを含む少なくとも1つのRNA誘導型エンドヌクレアーゼ又は少なくとも1つのRNA誘導型エンドヌクレアーゼをコードする核酸,(A)少なくとも1つのガイドRNA又は少なくとも1つのガイドRNAをコードするDNA,及び要すれば, (B)ドナー配列を含む少なくとも1つのドナーポリヌクレオチド,を導入することを含む。該方法はさらに,細胞又は胚を,各ガイドRNAが,RNA誘導型エンドヌクレアーゼを染色体配列中の標的部位に誘導され,そこでRNA誘導型エンドヌクレアーゼが,標的部位に二本鎖の切断を導入し,二本鎖の切断が,染色体配列が修飾されるようなDNA修復過程により修復されるように培養することを含む。一態様において,RNA誘導型エンドヌクレアーゼは,Cas9タンパク質に由来し得る。別の態様において,細胞又は胚に導入されているRNA誘導型エンドヌクレアーゼをコードする核酸は,mRNAであり得る。さらなる態様において,細胞又は胚に導入されているRNA誘導型エンドヌクレアーゼをコードする核酸はDNAであり得る。さらなる態様において,RNA誘導型エンドヌクレアーゼをコードするDNAは,ガイドRNAをコードする配列をさらに含むベクターの一部であり得る。
エ 発明を実施するための形態 【0014】一態様において,RNA誘導型エンドヌクレアーゼは,II型CRISPR/Casシステム由来である。特定の態様において,RNA誘導型エンド ヌクレアーゼは,Cas9タンパク質に由来する。
【0022】任意の態様において,RNA誘導型エンドヌクレアーゼは,ガイドRNAを含むタンパク質-RNA複合体の一部であり得る。ガイドRNAは,RNA誘導型エンドヌクレアーゼと相互作用し,エンドヌクレアーゼを,特定の標的部位(ガイドRNA塩基対の5’末端にある特定のプロトスペーサー配列)へ誘導する。
【0060】任意のドナーポリヌクレオチドが存在する態様において,ドナーポリヌクレオチドにおけるドナー配列は,二本鎖の切断の修復中に標的部位において染色体配列で置換されるか,又は染色体配列中に挿入され得る。例えば,ドナー配列が,染色体配列中の標的部位の上流及び下流配列のそれぞれと実質的に同一の配列を有する上流及び下流配列に挟まれている態様において,該ドナー配列は,相同組換え修復過程により仲介される修復中に標的部位において染色体配列で置換されるか,又は染色体配列に挿入され得る。
(ア) RNA誘導型エンドヌクレアーゼ 【0063】本方法は,細胞又は胚に,少なくとも1つの核局在化シグナルを含む少なくとも1つのRNA誘導型エンドヌクレアーゼ又は少なくとも1つの核局在化シグナルを含む少なくとも1つのRNA誘導型エンドヌクレアーゼをコードする核酸を導入することを含む。
【0064】ある態様において,RNA誘導型エンドヌクレアーゼは,細胞又は胚に単離されたタンパク質として導入されてよい。他の態様において,RNA誘導型エンドヌクレアーゼは,細胞又は胚にmRNA分子として導入され得る。さらに他の態様において,RNA誘導型エンドヌクレアーゼは,細胞又は胚にDNA分子として導入され得る。DNA配列は直鎖であってよく,又はDNA配列はベクターの一部であってよい。
(イ) ガイドRNA 【0066】本方法は,また,細胞又は胚に,少なくとも1つのガイドRNA又は 少なくとも1つのガイドRNAをコードするDNAを導入することも含む。ガイドRNAは,RNA誘導型エンドヌクレアーゼと相互作用して,エンドヌクレアーゼを,染色体配列中の特定のプロトスペーサー配列を有するガイドRNA塩基対の5’末端である特定の標的部位へ導く。
【0067】各ガイドRNAは,3つの領域:染色体配列中の標的部位に相補的である5’末端における第一の領域,ステムループ構造を形成する第二の内部領域及び本質的に一本鎖のままである第三の3’領域を含む。‥第一の領域は,各ガイドRNAが融合タンパク質を特定の標的部位へ誘導するように異なっている。‥第二及び第三の領域は,全てのガイドRNAで同じであってよい。
【0068】ガイドRNAの第一の領域は,ガイドRNAの第一の領域が標的部位と塩基対を形成し得るように,染色体配列中の標的部位で配列(すなわち,プロトスペーサー配列)に相補的である。例示的態様において,ガイドRNAの第一の領域は,約19,20又は21のヌクレオチド長である。
【0069】ガイドRNAは,また,二次構造を形成する第二の領域を含む。ある態様において,該二次構造は,ステム(又はヘアピン)及びループを含む。例えば,ループは,約3から約10ヌクレオチド長の範囲であってよく,ステムは,約6から約20塩基対長であってよい。したがって,第二の領域の全体の長さは,約16から約60ヌクレオチド長の範囲であり得る。例示的態様において,ループは,約4ヌクレオチド長であり,ステムは,約12塩基対を含む。
【0070】ガイドRNAは,また,本質的に一本鎖のままである第三の領域を3’末端に含む。したがって,第三の領域は,目的の細胞内の染色体配列に相補性を有しておらず,ガイドRNAの残りの部分に相補性を有していない。第三の領域の長さは可変である。一般的に,第三の領域は,約4ヌクレオチド長以上である。例えば,第三の領域の長さは,約5から約60ヌクレオチド長の範囲である。
【0071】ガイドRNAの第二及び第三領域の合わせた長さは,約30から約120ヌクレオチド長の範囲であり得る。一面において,ガイドRNAの第二及び 第三領域を合わせた長さは,約70から約100ヌクレオチド長の範囲である。
【0072】ある態様において,ガイドRNAは,全ての3つの領域を含む単一分子からなる。他の態様において,ガイドRNAは,2つの別個の分子を含み得る。
第一のRNA分子は,ガイドRNAの第一の領域及びガイドRNAの第二の領域の“ステム”の半分を含んでいてよい。第二のRNA分子は,ガイドRNAの第二の領域の“ステム”の他の半分及びガイドRNAの第三の領域を含んでいてよい。したがって,この態様において,第一及び第二のRNA分子はそれぞれ,互いに相補的なヌクレオチド配列を含む。例えば,一態様において,第一及び第二のRNA分子はそれぞれ,他の配列と塩基対をつくって機能的ガイドRNAを形成する配列(約6から約20ヌクレオチド)を含む。
【0073】ガイドRNAは,RNA分子として細胞又は胚に導入され得る。
【0074】他の態様において,ガイドRNAは,DNA分子として細胞又は胚に導入され得る。かかる場合において,ガイドRNAをコードするDNAは,目的の細胞又は胚においてガイドRNAを発現させるためにプロモーター調節配列に操作可能に連結されていてよい。例示的態様において,配列をコードするRNAは,マウス又はヒトU6プロモーターに連結されている。
【0075】ある態様において,ガイドRNAをコードするDNA配列は,ベクターの一部であり得る。好適なベクターには,プラスミドベクター及びウイルスベクターが含まれる。
【0076】RNA誘導型エンドヌクレアーゼ及びガイドRNAの両方がDNA分子として細胞に導入される態様において,それぞれが,別個の分子の一部であるか又は両方が同じ分子の一部であってよい。
(ウ) 標的部位 【0077】ガイドRNAと結合させたRNA誘導型エンドヌクレアーゼは,染色体配列中の標的部位に導かれ,そこで,RNA誘導型エンドヌクレアーゼは,染色体配列中に二本鎖の切断を導入する。
(エ) 任意のドナーポリヌクレオチド 【0085】標的染色体配列と配列類似性を有する上流及び下流配列を含むドナーポリヌクレオチドは,直鎖又は環状であり得る。ドナーポリヌクレオチドが環状である態様において,それは,ベクターの一部であり得る。例えば,ベクターは,プラスミドベクターであり得る。
【0088】典型的に,ドナーポリヌクレオチドはDNAであり得る。DNAは,一本鎖若しくは二本鎖及び/又は直鎖若しくは環状であり得る。ドナーポリヌクレオチドは,DNAプラスミド,細菌の人工染色体(BAC),酵母の人工染色体(YAC) ウイルスベクター, , DNAの直鎖状断片,PCRフラグメント, (naked) 裸の核酸,又はリポソーム又はポロキサマーのような送達ビークルと複合体を形成した核酸であり得る。ある態様において,ドナー配列を含むドナーポリヌクレオチドは,プラスミドベクターの一部であり得る。これらの状況のいずれかにおいて,ドナー配列を含むドナーポリヌクレオチドは,少なくとも1つのさらなる配列をさらに含み得る。
(オ) 実施例1:哺乳動物発現のためのCas9遺伝子の修飾 【0138】化膿性連鎖球菌株MGAS15252(受託番号YP_005388840.1)由来のCas9遺伝子を,哺乳動物細胞におけるその翻訳を強化するためにヒトのコドンで優先的に最適化した。Cas9遺伝子は,また,哺乳動物細胞の核に該タンパク質を標的化するためにC末端に核局在化シグナルPKKKRKV(配列番号1)を付加することにより修飾された。
【0140】修飾されたCas9DNA配列を,哺乳動物細胞における構成的発現のために,サイトメガロウイルス(CMV)プロモーターの制御下に置いた。修飾されたCas9 DNA配列は,また,T7RNAポリメラーゼを用いるインビトロでのmRNA合成のためにT7プロモーターの制御下に置いた。
(カ) 実施例2:Cas9のターゲティング 【0141】アデノ随伴ウイルス挿入部位1(AAVS1)遺伝子座を,Cas9 仲介性ヒトゲノム修飾のための標的として用いた。ヒトAAVS1遺伝子座は,タンパク質ホスファターゼ1,調節サブユニット12C(PPP1R12C)のイントロン1(4427bp)に位置する。
【0143】Cas9ガイドRNAは,ヒトAAVS1遺伝子座を標的とするために設計された。標的認識配列(すなわち,標的配列の非コーディング鎖に相補的な配列)及びプロトスペーサー配列を含む42ヌクレオチドのRNA(本明細書中“crRNA”配列という。(5’から3’;crRNAの3’配列に相補的な5’ ) )配列及び付加的ヘアピン配列を含む85ヌクレオチドのRNA(本明細書中“tracrRNA”配列という。;並びに,crRNAのヌクレオチド1-32,GAA )Aループ及びtracrRNAのヌクレオチド19-45を含むキメラRNAを調製した。キメラRNAコーディング配列はまた,ヒト細胞におけるインビボ転写のためのヒトU6プロモーターの制御下に置いた。
【0144】【表8】(別紙2のとおり) (キ) 実施例3:ゲノム修飾をモニターするためのドナーポリヌクレオチドの調製 【0145】PPP1R12CのN末端へのGFPタンパク質の特異的挿入を,Cas9仲介性ゲノム修飾をモニターするために用いた。相同組換えによる挿入を仲介するために,ドナーポリヌクレオチドを調製した。AAVS1-GFP DNAドナーは,5’ (1185bp)のAAVS1遺伝子座の相同アーム,RNAスプライシング受容体,ターボGFPコーディング配列,3’転写ターミネーター及び3’(1217bp)のAAVS1遺伝子座の相同アームを含んでいた。
【0147】特異的遺伝子導入は,PPP1R12Cの最初の107アミノ酸とターボGFPの融合タンパク質をもたらし得る。予期される融合タンパク質は,PPP1R12Cの第一エクソンと設計されたスプライス受容体の間のRNAスプライシングからPPP1R12Cの最初の107アミノ酸残基(網掛け灰色部分)を含む(‥)。
(ク) 実施例4:Cas9仲介性特異的導入 【0149】トランスフェクションをヒトK562細胞で行った。K562細胞株を American Type Culture Collection(ATCC)より入手し,10%FBS及び2mMのL-グルタミンを添加したイスコフ改変ダルベッコ培地中で増殖させた。
培養物をトランスフェクションの1日前に(1mL当たり約50万個の細胞で)分割した。細胞を,T-016プログラムを用いて Nucleofector Lonza) Nucleofector ( のソリューションV(Lonza)を用いてトランスフェクションした。トランスフェクション処理を表7に詳述する。
【0150】【表7】(別紙2のとおり) 【0151】蛍光活性化細胞選別(FACS)をトランスフェクションの4日後に行った。FACSデータを図4に示す。4つの実験処理群(A-D)のそれぞれで検出されたGFPの割合は,対照処理群(E,F)よりも多かった(甲105)。
(ケ) 実施例5:標的組換えのPCR確認 【0152】ゲノムDNAを,トランスフェクションの12日後に GenEluteMammalian Genomic DNA Miniprep Kit(Sigma)を用いてトランスフェクション細胞から抽出した。その後,ゲノムDNAを,AAVS1-GFPプラスミドドナーの5’相同アームの外側に位置するフォワードプライマー及びGFPの5’領域に位置するリバースプライマーを用いて,PCR増幅させた。フォワードプライマーは,5’-CCACTCTGTGCTGACCACTCT-3’ 配列番号18) ( であり,リバースプライマーは,5’-GCGGCACTCGATCTCCA-3’ (配列番号19)であった。ジャンクションPCRから予期されるフラグメントサイズは,13 88bpであった。増幅 を,以下のサイクル条件を用いて JumpStart TaqReadyMix(Sigma)を用いて行った:最初の変性のために98℃で2分間;98℃で15秒間,62℃で30秒間,及び72℃で1分30秒を35サイクル;そして,最後の伸張を72℃で5分間。PCR産物を1%アガロースゲル上で分離した。
【0153】アンチリバースキャップアナログ(ARCA)を用いて転写されたCas9 mRNA(10μg),0.3nmolのプレアニーリングされたcrR NA-tracrRNAの二本鎖,及び10μgのAAVS1-GFP プラスミドDNAをトランスフェクトされた細胞は,予期されたサイズのPCR産物を示した(図5のレーンAを参照のこと)。
? 引用例1の記載のまとめ及び本件審決が認定した引用発明1 ア 引用例1には,ゲノム編集技術として,ガイドRNAにより誘導されるRNA誘導型エンドヌクレアーゼを提供することを主な目的とし,これによれば,従来のゲノム編集技術であるZFN又はTALENのように,標的ゲノム部位に対する新しいヌクレアーゼの設計を要せず,特異性にも優れる技術が記載されている(【0001】〜【0004】。
) イ 具体的には,?真核細胞に核局在化シグナルを含むRNA誘導型エンドヌクレアーゼ(Cas9タンパク質)を導入すること,?ガイドRNAがRNA誘導型エンドヌクレアーゼを標的部位に誘導すること及び?真核細胞において,RNA誘導型エンドヌクレアーゼが標的部位に二本鎖の切断を導入し,ドナーDNAにより標的部位の染色体配列が修飾されることが記載されている(【請求項13】【請求項 ,14】【0005】。
, ) このうち,?のRNA誘導型エンドヌクレアーゼを真核細胞に導入する方法として,@タンパク質を導入する方法,Aタンパク質をコードするmRNAを導入する方法及びBタンパク質をコードするDNAをベクターの一部にして導入する方法が開示されている(【請求項15〜17】【0005】【0064】。
, , ) また,?のガイドRNAを真核細胞に導入する方法として,@単一分子(キメラRNAの一本鎖)を導入する方法及びA2つの別個の分子(crRNA-tracrRNAの二本鎖)を導入する方法が開示され 【0072】 実施例2, ( , 実施例4),B上記@又はAのRNA(一本鎖又は二本鎖)をコードするDNAをベクターの一部にして導入する方法が開示されている(【0074】【0075】。
, ) さらに,?のドナーDNAについては,ベクターの一部にして真核細胞に導入することが開示されている(【0085】【0088】。
, ) そして,上記?から?の調製方法は,実施例1〜3に記載されている。
実施例4及び5においては,?及び?の導入方法を変更した処理A(?A,?A),処理B及びC(?@,?@)並びに処理D(?B,?B)について,対照処理群(E,F)と対比して,蛍光活性化細胞選別(FACS) (実施例4),PCR試験(実施例5)を用いて,真核細胞の染色体配列の修飾の有無が確認されている。なお,処理AないしDのうち,処理AないしCはベクター系ではなく,処理Dのみがベクター系である。
エ 本件審決は,引用例1から前記第2の3?のとおり引用発明1を認定した。
? 引用発明1の認定 ア 引用例1には,標的ゲノム編集に関する発明が記載されている 【0001】 ( )ところ,その発明につき,真核細胞又は胚に,少なくとも1つの核局在化シグナルを含む少なくとも1つのRNA誘導型エンドヌクレアーゼ,又は少なくとも1つの核局在化シグナルを含む少なくとも1つのRNA誘導型エンドヌクレアーゼをコードする核酸を導入することを含み(【請求項13】【0005】,このうちRNA誘 , )導型エンドヌクレアーゼがCas9タンパク質に由来し(【請求項14】 【000 ,5】,RNA誘導型エンドヌクレアーゼをコードする核酸がDNAであり,DNA )がガイドRNAをコードする配列をさらに含むベクターの一部である(【請求項16】【請求項17】 , 【0075】)という構成が記載され,RNA誘導型エンドヌクレアーゼをコードする核酸配列がプロモーター調節配列に操作可能に連結され,ベクターの一部となっている(【0004】)という構成も記載されている。
よって,引用例1には, 「少なくとも1つの核局在化シグナルを含む少なくとも1つのTT型Cas9タンパク質をコードする核酸に操作可能に連結されたプロモーター調整配列を含むベクター」が記載されている。
イ 引用例1には,その発明につき,真核細胞又は胚に,少なくとも1つのガイドRNA又は少なくとも1つのガイドRNAをコードするDNAを導入することを含み 【請求項13】 ( , 【0005】, ) このうちガイドRNAが3つの領域,すなわち, 染色体配列中の標的部位に相補的である5’末端における第一の領域,ステムループ構造を形成する第二の内部領域及び本質的に一本鎖のままである第三の3’領域を含み(【0067】,目的の細胞又は胚においてガイドRNAを発現させるために )プロモーター調節配列に操作可能に連結され(【0074】,ガイドRNAをコード )するDNA配列がベクターの一部である(【0075】)構成が記載されている。
よって,引用例1には, 「真核細胞中の染色体配列中の標的部位に相補的である5’末端における第一の領域,ステムループ構造を形成する第二の内部領域,及び本質的に一本鎖のままである第三の3’領域を含む少なくとも1つのガイドRNAをコードするDNAに操作可能に連結されたプロモーター調節配列を含むベクター」が記載されている。
ウ 引用例1には,その発明につき,真核細胞又は胚に,少なくとも1つのドナーポリヌクレオチドを導入することを含み(【請求項13】【0005】,このドナ , )ーポリヌクレオチドが環状である態様において,それがベクターの一部である(【0085】)という構成が記載されている。
よって,引用例1には, 「少なくとも1つのドナーポリヌクレオチドを含むベクター」が記載されている。
エ 引用例1には,その発明が「ベクター系」であることが記載されている。
オ 引用例1には,その発明につき,真核細胞又は胚を,各ガイドRNAが,RNA誘導型エンドヌクレアーゼを染色体配列中の標的部位へ誘導し,そこでRNA誘導型エンドヌクレアーゼが,該標的部位にて二本鎖の切断を誘導し,該二本鎖の切断が,染色体配列が修飾されるようにDNA修復過程により修復されるように培養するという機能を有することが記載されている(【請求項13】【0005】。
, ) よって,引用例1には, 「前記ガイドRNAが,II型Cas9タンパク質を真核細胞中の染色体配列中の標的部位へ誘導し,そこで該II型Cas9タンパク質が,該標的部位にて染色体DNA二本鎖の切断を誘導し,該二本鎖の切断が,染色体配列が修飾されるようにDNA修復過程により修復される」が記載されている。
カ 以上によれば,引用例1には,上記アないしオの構成の記載があるから,本件審決が認定したとおりの発明(引用発明1)が記載されているものと認められる。
? 本願発明と引用発明1との対比 ア 本願発明は,前記第2の2のとおりであり,構成要件に分説すれば次のとおりである。
A エンジニアリングされた,天然に存在しないクラスター化等間隔短鎖回分リピート(CRISPR)-CRISPR関連(Cas) (CRISPR-Cas)ベクター系であって, B-a ガイド配列,tracrRNA及びtracrメイト配列を含むCRISPR-Cas系ポリ-ヌクレオチド配列をコードするヌクレオチド配列に作動可能に結合している第1の調節エレメントであって,前記ガイド配列が,真核細胞中のポリヌクレオチド遺伝子座中の1つ以上の標的配列にハイブリダイズする,第1の調節エレメント, B-b II型Cas9タンパク質をコードするヌクレオチド配列に作動可能に結合している第2の調節エレメント, B-c 組換えテンプレート C を含む1つ以上のベクターを含み, D 成分 a),b)及びc)が,前記系の同じ又は異なるベクター上に位置し, E 前記系が,前記Cas9タンパク質をコードする前記ヌクレオチド配列とともに発現される1つ以上の核局在化シグナル(複数の場合も有り) (NLS(複数の場合も有り))をさらに含み, F それによって,前記ガイド配列が,真核細胞中の前記1つ以上のポリヌクレオチド遺伝子座を標的とし,前記Cas9タンパク質が,前記1つ以上のポリヌクレオチド遺伝子座を開裂し,それによって,前記1つ以上のポリヌクレオチド遺伝子座の配列が,改変される, G CRISPR-Casベクター系。
構成要件A(C)について (ア) 本願発明は,エンジニアリングされた,天然に存在しないクラスター化等間隔短鎖回分リピート(CRISPR)-CRISPR関連(Cas) (CRISPR-Cas)系である。
他方,引用発明1は,天然に存在するII型CRISPR/Casシステム由来のCas9タンパク質に,核局在化シグナルを含むなどの改変を行い 【0014】 ( ,【0063】,エンジニアリングされた,天然に存在しないCas9タンパク質を )用いるから,引用発明1のこの部分は,本願発明の構成要件Aのうちベクター系が「クラスター化等間隔短鎖回分リピート(CRISPR)-CRISPR関連(Cas)(CRISPR-Cas)」のものであるという部分に相当する。
(イ) 本願発明の構成要件Aのうち「ベクター系」の部分(同Cも同じ。)は,引用発明1の構成「ベクター系」に相当する。
構成要件B-aについて 引用発明1の「真核細胞中の染色体配列中の標的部位に相補的である5’末端における第一の領域」は,本願発明の「真核細胞中のポリヌクレオチド遺伝子座中の1つ以上の標的配列にハイブリダイズする」「ガイド配列」に相当する。
引用発明1の「ステムループ構造を形成する第二の内部領域」と「本質的に一本鎖のままである第三の3’領域」を合わせた第二及び第三領域は,本願明細書の【0076】における「図13B(判決注: 「図8B」の誤記である。)の下方位置に提供し,最後の「N」およびループの上流の5’側の配列の部分は,tracrメイト配列に対応し,ループの3’側の配列の部分は,tracr配列に対応する。」の記載から,本願発明の「tracrRNA」配列及び「tracrメイト配列」に「ループ」を加えた配列に相当する。
そうすると,引用発明1の「真核細胞中の染色体配列中の標的部位に相補的である5’末端における第一の領域,ステムループ構造を形成する第二の内部領域及び本質的に一本鎖のままである第三の3’領域を含む少なくとも1つのガイドRNA」 は,本願発明の構成要件B-aの「ガイド配列,tracrRNA及びtracrメイト配列を含むCRISPR-Cas系ポリ-ヌクレオチド配列」であり, 「前記ガイド配列が,真核細胞中のポリヌクレオチド遺伝子座中の1つ以上の標的配列にハイブリダイズする」ものに相当する。
したがって,引用発明1の「(A)真核細胞中の染色体配列中の標的部位に相補的である5’末端における第一の領域,ステムループ構造を形成する第二の内部領域及び本質的に一本鎖のままである第三の3’領域を含む少なくとも1つのガイドRNAをコードするDNAに操作可能に連結されたプロモーター調節配列を含むベクター」は,本願発明の「a)ガイド配列,tracrRNA及びtracrメイト配列を含むCRISPR-Cas系ポリ-ヌクレオチド配列をコードするヌクレオチド配列に作動可能に結合している第1の調節エレメントであって,前記ガイド配列が,真核細胞中のポリヌクレオチド遺伝子座中の1つ以上の標的配列にハイブリダイズする,第1の調節エレメント」「を含む1つ‥のベクター」に相当する。
構成要件B-bについて 本願発明の第2の調節エレメントは,核局在化配列(NLS)を含むCRISPR酵素をコードするものを含む(【0071】)から,核局在化配列を含むCRISPR酵素をコードする酵素コード配列に作動可能に結合している調節エレメント(【0012】)である。
他方,引用発明1の「(@)少なくとも1つの核局在化シグナルを含む少なくとも1つのII型Cas9タンパク質をコードする核酸に操作可能に連結されたプロモーター調節配列を含むベクター」は,本願発明の「b)II型Cas9タンパク質をコードするヌクレオチド配列に作動可能に結合している第2の調節エレメント」 「を含む1つ‥のベクター」であり, 「Cas9タンパク質をコードする前記ヌクレオチド配列とともに発現される1つ以上の核局在化シグナル(複数の場合も有り) (NLS(複数の場合も有り))をさらに含」むものに相当する。
構成要件B-cについて 引用発明1の「 (B)少なくとも1つのドナーポリヌクレオチド」は,本願発明の「標的配列を含むターゲティングされる遺伝子座中への組換えに使用することができる配列またはテンプレート」に当たる(本願明細書の【0065】にその旨の説明がある。)から, 「組換えテンプレート」に相当する。したがって,引用発明1の「少なくとも1つのドナーポリヌクレオチドを含むベクター」は,本願発明の「c)組換えテンプレート」「を含む1つ‥のベクター」に相当する。
構成要件Dについて 引用例1には, (i) (B) 〜 のベクターを,異なるベクターとする態様のほかに,同じベクターとする態様も記載されている(【0005】【0088】 , )から,本願発明の構成要件Dに相当する。
構成要件Eについて 引用発明1は,前記エのとおり,少なくとも1つの核局在化シグナルを含み,その核局在化シグナルは,Cas9タンパク質をコードする前記ヌクレオチド配列とともに発現されるものであるから,本願発明の構成要件Eに相当する。
構成要件Fについて 引用発明1は,上記(i)〜(B)の3つのベクターを構成要素とし,これら3つのベクターを含むベクター系が, 「ガイドRNAが,II型Cas9タンパク質を真核細胞中の染色体配列中の標的部位へ誘導し,そこで該II型Cas9タンパク質が,該標的部位にて染色体DNA二本鎖の切断を誘導し,該二本鎖の切断が,染色体配列が修飾されるようにDNA修復過程により修復される」という機能を備えるものであるところ,引用発明1の「真核細胞中の染色体配列中の標的部位」 切断」 , 「 ,「修飾」 本願発明の は, 「真核細胞中の前記1つ以上のポリヌクレオチド遺伝子座」,「開裂」「改変」にそれぞれ相当する。
, したがって,引用発明1の上記機能は,本願発明が備える「ガイド配列が,真核細胞中の前記1つ以上のポリヌクレオチド遺伝子座を標的とし,前記Cas9タンパク質が,前記1つ以上のポリヌクレオチド遺伝子座を開裂し,それによって,前記 1つ以上のポリヌクレオチド遺伝子座の配列が,改変される」機能と同じ機能を有するものであり,構成要件Fに相当する。
構成要件Gについて 引用発明1がCRISPR-Casベクター系であることは明らかであり,本願発明の構成要件Gにも相当する。
コ 以上によれば,本願発明と引用発明1は,同一であると認められる。
? 原告らの主張について ア 原告らは,引用例1は,標的部位の配列の改変がされたことにつき実験データの裏付けがなく,CRISPR-Cas9システムを真核生物用途に適応することができたとする合理的根拠を示していないとして,@引用発明1には,本願発明の機能である「ガイドRNAが,II型Cas9タンパク質を真核細胞中の染色体配列中の標的部位へ誘導し,そこで該II型Cas9タンパク質が,該標的部位にて染色体DNA二本鎖の切断を誘導し,該二本鎖の切断が,染色体配列が修飾されるようにDNA修復過程により修復される」ことが含まれていないから,本願発明と引用発明1が実質的に同一であるとはいえない,A引用例1に開示された系は,本願発明の課題を解決することができないものであるから,特許法29条の2の後願排除効を有しているとはいえない,と主張する。
イ 上記ア@の主張について (ア) 実施例4及び実施例5 引用例1は,新しいゲノム編集技術の提供,具体的には,ガイドRNAにより誘導されるRNA誘導型エンドヌクレアーゼの提供を主たる目的とした特許文献であるところ,その実施例4の処理Dでは,真核細胞に核局在化シグナルを含むRNA誘導型エンドヌクレアーゼ(Cas9タンパク質)を導入する方法として,タンパク質をコードするDNAをベクターの一部にして導入する方法が開示され,真核細胞にガイドRNAを導入する方法として,U6-キメラRNAプラスミドDNAを用いることが開示されている。
実施例4では,蛍光活性化細胞選別(FACS)が行われ,実施例5でPCR実験が行われている。
(イ) 蛍光活性化細胞選別(FACS) 標的配列にドナー配列が導入されると,PPP1R12Cの最初の107アミノ酸とターボGFPの融合タンパク質がもたらされ(実施例3),当該融合タンパク質(発現したGPFタンパク質)に,レーザー光を照射すると,特定波長の蛍光を発する(甲103の5頁2行〜5行)。このGFPタンパク質が発する蛍光を測定すれば,GFPタンパク質が細胞内で発現していることや標的配列にドナー配列(GFP遺伝子など)が組み込まれていることなどの推測が可能となる。
引用例1の実施例4には,処理D(処理E〜Fは対照処理群)において,実施例1〜3にて調製されたCas9,ガイドRNA,ドナーポリヌクレオチドを用いて蛍光活性化細胞選別(FACS)を行ったことが記載されている。
実施例4の実験結果を示す図4-1〜3(別紙2のとおり)によれば,処理Dの数値7.47%は,対照処理群である「AAVS1-GFPプラスミドDNA」 (ドナーDNA)のみを用いた処理E(1.92%)や試薬なしの処理F(0.159%)よりも相当高く,これによれば,標的配列にドナー配列(GFP遺伝子など)が組み込まれていると認められる。
(ウ) PCR実験の結果について PCR実験では,実験で得られるPCR産物の有無をゲル上のバンドで検出することにより,ドナー配列(GFP遺伝子)が標的配列又はその近傍に組み込まれていることを推測することが可能となる(甲103の18頁10行〜20頁16行)。
実施例5には,実施例4と同じサンプルを用いてPCR実験を行ったことが記載されているところ,実施例5の実験結果を示す図5(別紙2のとおり)によると,処理Dについて予想される1388bp(塩基長)のバンドが検出されなかった。
しかしながら,実施例5の処理Dにおいては,本願明細書のnが+48のキメラRNA(tracr配列が26ヌクレオチド長)や+54のキメラRNA(tra cr配列が32ヌクレオチド長)と同様に,ガイドRNAや標的配列などの違いにより,ゲノム改変効率が不足していた結果として,所定のゲル上のバンドが検出されなかった可能性も否定できない。よって,実施例5の処理Dの結果があるからといって,引用発明1のベクター系が,標的配列にドナー配列(GFP遺伝子など)を組み込む機能を有することは否定されない。
(エ) 以上によれば,引用例1の記載から,ガイドRNAにより誘導されるRNA誘導型エンドヌクレアーゼが真核細胞における標的部位の染色体配列を修飾できる機能を備えることを理解することができる。
(オ) 引用例1においては,(i)のベクターとして,化膿性連鎖球菌株から得られたCas9遺伝子を,哺乳動物細胞での翻訳を強化するために最適化し,C末端に核局在化シグナルPKKKRKV(配列番号1)を付加した後,プロモーターの制御下において得られたベクターが用いられている(実施例1)。
また,引用例1では, (A)のベクターとして,crRNAのヌクレオチド1-32,GAAAループ及びtracrRNAのヌクレオチド19-45を含むキメラRNAをヒトU6プロモーターの制御下においた得られたベクターが用いられている(実施例2)。
さらに,引用例1では, (B)のベクターとして,目的遺伝子を標的配列に相同組換えにより挿入する「AAVS1-GFPプラスミドDNA」が用いられている(実施例3)。
そして,引用例1の実施例4には,実施例1〜3に記載された各ベクターを含むベクター系が,真核細胞中の標的配列を開裂し,当該標的配列の改変を行う機能を備えていることが実験例をもって開示されている。
このように,引用発明1の(i)〜(B)の各ベクターは,真核細胞内で適切に転写,翻訳,核移行等がなされるに必要な技術手段,及び,真核細胞内で適切に標的配列の改変がなされるに必要な技術手段を備えたものであり,したがって,それらが真核細胞中の標的配列を開裂し,当該標的配列の改変を行う機能を有していること も開示されていると理解することができる。
(カ) 小括 以上によれば,引用例1には, 「ガイドRNAが,II型Cas9タンパク質を真核細胞中の染色体配列中の標的部位へ誘導し,そこで該II型Cas9タンパク質が,該標的部位にて染色体DNA二本鎖の切断を誘導し,該二本鎖の切断が,染色体配列が修飾されるようにDNA修復過程により修復される」ことが,形式的な記載だけでなく,実体を伴って記載されていたというべきであり,引用発明1のベクター系も,上記機能を含むものとして開示されていると理解することができる。
ウ 上記アAの主張について (ア) 特許法29条の2は,特許出願に係る発明が,当該特許出願の日前の他の特許出願又は実用新案登録出願であって,当該特許出願後に特許掲載公報,実用新案掲載公報の発行がされたものの願書に最初に添付した明細書又は図面(以下「先願明細書等」という。)に記載された発明又は考案と同一であるときは,その発明について特許を受けることができないと規定する。
同条の趣旨は,先願明細書等に記載されている発明は,特許請求の範囲以外の記載であっても,出願公開等により一般にその内容は公表されるので,たとえ先願が出願公開等をされる前に出願された後願であっても,その内容が先願と同一内容の発明である以上,さらに出願公開等をしても,新しい技術をなんら公開するものではなく,このような発明に特許権を与えることは,新しい発明の公表の代償として発明を保護しようとする特許制度の趣旨からみて妥当でない,というものである。
同条にいう先願明細書等に記載された「発明」とは,先願明細書等に記載されている事項及び記載されているに等しい事項から把握される発明をいい,記載されているに等しい事項とは,出願時における技術常識参酌することにより,記載されている事項から導き出せるものをいうものと解される。
したがって,特に先願明細書等に記載がなくても,先願発明を理解するに当たって,当業者の有する技術常識参酌して先願の発明を認定することができる一方, 抽象的であり,あるいは当業者の有する技術常識参酌してもなお技術内容の開示が不十分であるような発明は,ここでいう「発明」には該当せず,同条の定める後願を排除する効果を有しない。そして,ここで求められる技術内容の開示の程度は,当業者が,先願発明がそこに示されていること及びそれが実施可能であることを理解し得る程度に記載されていれば足りるというべきである。
(イ) これを本件についてみると,引用発明1の実施例1〜3には,引用発明1の(i)〜(B)の各ベクターを製造する方法が詳細に記載されており,実施例4には,ドナー配列(GFP遺伝子)が標的配列又はその近傍に組み込まれていることを確認するための具体的な試験方法も明記されている。
また,前記のとおり,実施例4の実験結果から,核局在化シグナルを含むRNA誘導型エンドヌクレアーゼ,ガイドRNA,ドナーポリヌクレオチドの組合せが,真核細胞に組み込まれ,標的部位にて二本鎖の切断及び修復が生じていると理解することができ,実施例5の実験結果も上記の理解の妨げになるものとは解されない。
さらに,上記(i)〜(B)のベクターを含むベクター系は,真核細胞内で適切に転写,翻訳,核移行等がなされるに必要な技術手段,及び,真核細胞内で適切に標的配列の改変がなされるに必要な技術手段を備えたものであるから,ベクター系にした場合でも,真核細胞中の標的配列を開裂し,標的配列の改変を行う機能を有するものと理解できることも,上記のとおりである。
そうすると,引用例1には,当業者が,先願発明がそこに示されていること及びそれが実施可能であることを理解し得る程度の記載があるといえるから, 「ガイドRNAが,II型Cas9タンパク質を真核細胞中の染色体配列中の標的部位へ誘導し,そこで該II型Cas9タンパク質が,該標的部位にて染色体DNA二本鎖の切断を誘導し,該二本鎖の切断が,染色体配列が修飾されるようにDNA修復過程により修復される」機能の部分も含めて,後願を排除するに足りる程度の技術が公開されていたものと認めるのが相当である。
エ 原告らのその他の主張について (ア) 原告らは,引用例1の優先基礎明細書(甲105)によれば,実施例4に「ドナー配列の挿入および融合タンパク質の発現が確認された」という文言がなく,実施例4で採用されたFACSだけでは,検出された蛍光が標的部位への組込み以外の他の要因によるものでないことが示されているとはいえず,また,対象と比較して約10倍以上の蛍光が検出されなければ,標的部位への組込みが生じていないと理解すべきであるとして,これに沿う研究者の意見書(甲103)を提出する。しかし,引用例1に記載された実験結果について,技術内容の開示が不十分であるとまではいえない。
原告らは,実施例5のPCR実験の結果で,処理DにおいてPCR産物が確認されなかったことから,標的部位にはドナー配列の遺伝子が組み込まれなかったことが示されていると主張するが,実施例5の処理Dにおいては,前記イ(ウ)のとおり,ガイドRNAや標的配列などの違いにより,ゲノム改変効率が不足していた結果として,所定のゲル上のバンドが検出されなかった可能性があるから,実施例5の処理Dの結果から,引用発明1のベクター系が,標的配列にドナー配列(GFP遺伝子など)を組み込む機能を有することまで否定されないと解すべきである。
(イ) 原告らは,当業者であれば,引用例1のFACS実験とPCR実験により得られた矛盾する結果を検討し,CRISPR-Cas9システムが真核細胞において作動するか否かの疑問は未解決であると結論したはずである,あるいは,他の科学者らが他の技術又は構築物を用いて真核細胞で成功を収めることができたことに基づいて引用例1の実験が成功したと推論することもできないとも主張する。
しかし,実施例4の実験結果は,核局在化シグナルを含むRNA誘導型エンドヌクレアーゼ,ガイドRNA,ドナーポリヌクレオチドが,真核細胞に組み込まれ,標的部位において二本鎖の切断及び修復が生じていることを理解するに足りるものであるし,実施例5の実験結果も上記の理解の妨げになるものとまでは解されない。
また,引用発明1の(i)〜(B)のベクターを含むベクター系は,前記イ(オ)のとおり,真核細胞内で適切に転写,翻訳,核移行等がなされるに必要な技術手段,及 び,真核細胞内で適切に標的配列の改変がされるに必要な技術手段を備えるから,引用発明1のベクター系が,真核細胞中の標的配列を開裂し,当該標的配列の改変を行う機能を有するものと理解することができ,引用例1には,引用発明1の実施が可能であることを理解するに足りる記載がある。
そうすると,引用発明1において,CRISPR-Cas9システムが真核細胞でも作動するか否かが解決していないとはいえない。
(ウ) 原告らは,本願発明は,CRISPR-Cas9システムを真核細胞内環境において真核生物のゲノムDNAに適合させるガイダンスを開示しているとして,引用例1のCRISPR-Cas9系との機能の相違を強調するが,本願発明は,請求項1の記載から判断して,Cas9に複数のNLSを付加する,tracrRNAを長くする,キメラRNAの3’末端にターミネーターとして例えばポリTを挿入する等の選択を行ったものではなく,むしろ,本願発明と引用発明1は,発明の構成上,共通のベクターを含むベクター系を使用するものである。
両者の相違を強調する原告らの主張は理由がない。
? 小括 以上のとおり,本願発明は,引用発明1と同一であるから,特許法29条の2の規定により特許を受けることができない。
よって,取消事由1は理由がない。
3 結論 以上によれば,本件審判請求が成り立たないとした本件審決の結論に誤りはなく,原告らの請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 高部眞規子
裁判官 小林康彦
裁判官 関根澄子