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関連審決 不服2017-4028
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事件 平成 31年 (行ケ) 10031号 審決取消請求事件

原告日本製鉄株式会社 (旧商号 新日鐵住金株式会社)
同訴訟代理人弁護士 三縄隆
同訴訟代理人弁理士 寺本光生 勝俣智夫
被告 特許庁長官
同 指定代理人栗田雅弘 小川悟史 関口哲生
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2020/01/28
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 特許庁が不服2017−4028号事件について平成31年2月4日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は,被告の負担とする。
事実及び理由
請求
主文第1項と同旨
事案の概要
1 特許庁における手続の経緯等 ? 原告は,平成25年2月15日,発明の名称を「低温靭性に優れたラインパ イプ用溶接鋼管並びにその製造方法」とする発明について特許出願をした(特願2013-28145。請求項数4。甲1,3)。
(2) 原告は,平成28年12月9日付けで拒絶査定を受けたので(甲8),平成29年3月21日,これに対する不服の審判を請求し(甲9),特許庁は,これを不服2017-4028号事件として審理した。原告は,平成30年10月19日付け手続補正書により,特許請求の範囲を補正した(請求項の数3。甲18)。
(3) 特許庁は,平成31年2月4日, 「本件審判の請求は,成り立たない。」との別紙審決書(写し)記載の審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は,同月19日,原告に送達された。
(4) 原告は,平成31年3月20日,本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起した。
2 特許請求の範囲の記載 本件審決が対象とした本件特許請求の範囲の請求項1の記載は,以下のとおりである(甲18)。なお,文中の「/」は,原文の改行箇所を示す(以下同じ。。以下, )請求項1に係る発明を「本願発明」といい,その明細書を,図面を含めて, 「本件明細書」という(甲2,3。ただし,甲15,18による補正後のもの)。
【請求項1】管状に成形された鋼板を溶接した溶接鋼管であって,/管状に成形された前記鋼板の突き合せ部をサブマージアーク溶接で内面外面の順に内外面それぞれ一層溶接され,/溶接部において,内面側溶融線と外面側溶融線との会合部を内外面溶融線会合部とした際,内面側の前記鋼板表層から前記内外面溶融線会合部までの板厚方向距離L1(mm)と,外面側の前記鋼板表層から前記内外面溶融線会合部までの板厚方向距離L2(mm)とが(1)式を満足し,/前記鋼管の周方向を引張方向とした際,前記鋼板の引張強度が570〜825MPaであることを特徴とする低温靭性に優れたラインパイプ用溶接鋼管。
0.1≦L2/L1≦0.86 ・・・ (1) 3 本件審決の理由の要旨 ? 本件審決の理由は,別紙審決書(写し)記載のとおりである。要するに,本願発明は,下記アの引用例1に記載された発明及び引用例2に記載された従来周知の事項に基づいて容易に発明することができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない,というものである。
ア 引用例1:特開2007-44710号公報(甲22) イ 引用例2:特開2008-163456号公報(甲23) ? 本件審決が認定した引用例1に記載された発明(以下「引用発明」という。, )本願発明と引用発明との一致点及び相違点は,次のとおりである。
ア 引用発明 円筒状に成形した鋼板をシーム溶接したUO鋼管であって,/鋼板を円筒状に成形した後に,その鋼板の突き合わせ部を,内面からサブマージアーク溶接により先行するシーム溶接を行い,その後,外面からサブマージアーク溶接により後続するシーム溶接を行うことで,内外面両側から各々1層づつ順番にシーム溶接をし,/溶接部において,先行するシーム溶接により形成された溶接金属の厚さをW1,後続するシーム溶接により形成された溶接金属の厚さをW2とする場合に,0.6≦W2/W1≦0.8,あるいは1.2≦W2/W1≦2.5の関係を満足し,/鋼板の引張強度が850MPa以上1200MPa以下である耐低温割れ性に優れた天然ガス・原油輸送用ラインパイプ用UO鋼管。
イ 一致点及び相違点(一致点) 「管状に成形された鋼板を溶接した溶接鋼管であって,/管状に成形された前記鋼板の突き合せ部をサブマージアーク溶接で内面外面の順に内外面それぞれ一層溶接され,/低温靭性に優れたラインパイプ用溶接鋼管。」である点。
(相違点1) 本願発明が, 「溶接部において,内面側溶融線と外面側溶融線との会合部を内外面溶融線会合部とした際,内面側の前記鋼板表層から前記内外面溶融線会合部までの 板厚方向距離L1(mm)と,外面側の前記鋼板表層から前記内外面溶融線会合部までの板厚方向距離L2(mm)とが(1)式 0.1≦L2/L1≦0.86 を満足し」ているのに対し,引用発明は, 「溶接部において,先行するシーム溶接により形成された溶接金属の厚さをW1,後続するシーム溶接により形成された溶接金属の厚さをW2とする場合に,0.6≦W2/W1≦0.8,あるいは1.2≦W2/W1≦2.5の関係を満足し」ている点。
(相違点2) 本願発明が, 「前記鋼管の周方向を引張方向とした際」「前記鋼板の引張強度が5 ,70〜825MPaである」のに対し,引用発明は, 「鋼板の引張強度が850MPa以上1200MPa以下である」点。
4 取消事由 (1) 手続違背(取消事由1) (2) 引用例1に基づく進歩性判断の誤り(取消事由2)
当事者の主張
1 取消事由1(手続違背)について〔原告の主張〕 (1) 本件審決では,W2/W1とL2/L1は異なる物理量であるが,W2/W1をL2/L1に置き換えるのは,容易に想到できると判断された。
しかし,平成30年8月15日付拒絶理由通知書(甲16。以下「本件通知書」という。)においては,W2/W1とL2/L1は同じ物理量であるので,W2/W1をL2/L1に置き換えるのは,測定手法の変更にすぎず,容易に想到できるとされており,異なる物理量であるが,W2/W1をL2/L1に置き換えるのは,容易に想到できるとの論理は,拒絶理由通知により原告に通知されたことはない。
さらに,引用発明の認定及び相違点の認定についても拒絶理由通知書により原告に通知されたことはない。
(2) また,本件審決は,引用発明の「W2/W1が0.6以上0.8以下」とい う内容を実施した場合,本願発明の「L2/L1が0.1以上0.86以下」という内容を充たすので,進歩性がないかのような判断をしているが,本件通知書においては,引用発明のW2/W1に代えて本願のL2/L1を用いることが容易想到であることが通知されていたのであるから,本件審決の進歩性欠如の論理は,拒絶理由通知により原告に通知されていない。
(3) 小括 よって,本件審決は,特許法159条2項が準用する同法50条本文の規定に違反してなされたものであり,取り消されるべきものである。
〔被告の主張〕 (1) 本件通知書では,W2/W1とL2/L1とが別の測定方法をしているか否かにかかわらず,物としてのUO鋼管自体に変わりはないことを説示しているにすぎず,W2/W1とL2/L1とが同じ物理量などとは記載されていない。
(2) 本件通知書には, 「本願の請求項1に係る発明においては,L2/L1という引用文献1に記載されたW2/W1とは別の測定方法を用いている点で,引用文献1に示された技術とは相違するものの,同一のUO鋼管について,別の測定手法を用いたからといって,UO鋼管そのものの強度等の性質が変化するものではない。
そして,W2/W1が大きくなれば,L2/L1も大きくなるという相関関係があることは明らかであるから,引用文献1に記載された技術において,図5,図6及び図11の横軸をW2/W1に代えてL2/L1とすることは,単なる測定手法の変更に過ぎない。」と記載されているところ,これは,引用文献1の図5,図6及び図11の横軸にL2/L1を持ってきても,W2/W1と同様の傾向となることを説示し,W2/W1で特定されたものが,L2/L1で特定すると別のものに変化するわけでなく,測定手法が異なっても,物としては変わらないことを述べたにすぎず,引用発明のW2/W1に代えて本願発明のL2/L1を用いることの容易想到性を通知したものではない。
(3) 以上によれば,本件審決に,原告が主張する手続違背はない。
2 取消事由2(引用例1に基づく進歩性判断の誤り)について 〔原告の主張〕 (1) 一致点の認定の誤り 本願発明の「低温靭性に優れた」とは,溶接部4の溶接線5を切欠き位置として,ノッチ3が板厚方向と平行でかつ内面溶接および外面溶接のそれぞれについて,母材鋼板1の表面下7mmの位置がシャルピー衝撃試験片2の中心となるように採取した試験片について,-40℃の吸収エネルギー100J以上であることをいう。
これに対して,引用発明の「耐低温割れ性に優れた」とは,衝撃試験片のノッチを,先行するシーム溶接の熱影響部と後続するシーム溶接の熱影響部が重なった位置に来るように採取した試験片について,-30℃の吸収エネルギーの低値(40J以下)の発生率が15%未満であることをいう。
したがって,本件審決が, 「低温靭性に優れた」という発明特定事項を本願発明と引用発明との一致点と認定したことには,誤りがある。
(2) 相違点1の判断の誤り ア L2/L1とW2/W1が異なること W2は,外面側の溶接金属の余盛を含む板厚方向の厚さであるのに対し,L2は,外面側の鋼板表層から内外面溶融線会合部までの板厚方向距離である。また,W1は,全溶接金属の余盛を含む板厚方向の厚さから前記W2を差し引いた厚さであるのに対し,L1は,内面側の鋼板表層から内外面溶融線会合部までの板厚方向距離である。溶接ビード幅中央の位置における溶接金属の厚さであるW2/W1と,母材表面から内外面溶融線会合部までの距離の比であるL2/L1とは,余盛部分の厚さや,内外面溶融線会合部から外面溶接金属の先端までの距離を考慮するか否かにおいて,技術的意義が異なる。
W2/W1を一定とした場合であってもL2/L1は変動し得るものであり,実際の値として,W2/W1の値とL2/L1の値は大きく異なり得る。
よって,W2/W1とL2/L1は異なる物理量であり,W2/W1とL2/L 1が相関関係のある値とした審決は誤っている。
容易想到性判断の誤り (ア) 引用発明は,W2/W1の値で規定することを必須とした発明であるから,これを変える動機付けがない。そして,W2/W1とL2/L1は異なる値であるから,L2/L1がW2/W1の代替可能な値として用いられることはない。L2/L1がW2/W1の代替可能な値であることは周知技術でもない。
引用発明においては,溶接ビード幅中央の位置における溶接線方向に発生する残留応力の制御が重要であるから,余盛部分の厚さや内外面溶融線会合部から外面溶接金属の先端までの距離を含む溶接金属の厚さが重要であり,それゆえ,W2/W1を採用したのであるから,W2/W1に代えてL2/L1を用いると,引用発明の課題を解決できなくなる。
(イ) W2/W1とL2/L1に相関関係がない以上,W2/W1を,L2/L1に置き替えたとしても,同じような傾向にあるとはいえず,当業者は,W2/W1を,L2/L1に置き替えたとしても,同じような傾向にあるとは認識しないから,L2/L1の値を0.1以上0.86以下とすることは当業者によって容易に想到できることではない。
また,W2/W1とL2/L1は値として異なる以上,W2/W1が0.7となるような鋼管を作成した場合に,L2/L1を測定すれば0.1〜0.86の範囲となる蓋然性が高いとはいえない。
(ウ) 以上によれば,相違点1に係る本願発明の構成を想到することが容易であるとはいえない。
(3) 相違点2の判断の誤り ア 本件審決は,引用例2に基づき,鋼管の周方向に対応する方向の引張強度が600〜800MPa程度の鋼板について,その突合せ部を内外面から1パスずつサブマージドアーク溶接することで,低温靭性に優れたラインパイプ用溶接鋼管を製造することが周知技術であると認定したが,周知技術の根拠として1つの文献し か挙げていないから,周知技術の認定は誤りである上,この技術を引用発明に適用できる根拠も示されていない。
容易想到性判断の誤り (ア) 引用発明は溶接金属の引張強度が850MPa以上1200MPa未満であることを必須とした発明であり,引用例1には,この前提を欠いた発明については,何ら記載がないから,引用発明から鋼板の引張強度が570〜825MPaのものを想到することが容易であるとはいえない。低温割れという課題が生じない引張強度が850MPa未満の場合において,W2/W1が0.9をある程度下回った値に設定する動機付けは生じないし,引用例1の図5,図6と同様の傾向がみられるという根拠もない。
(イ) 当業者は,引用例1【0021】の記載から,溶接金属の引張強度が850MPa以上1200MPa未満の場合には,W2/W1の値につき,特定の関係を充たす必要があるが,溶接金属の引張強度が上記範囲外であれば,W2/W1の値につき,上記のような関係を充たす必要がなく,W2/W1の値は自由に設定できると認識するから,引用発明をもとに「鋼板の引張強度が850MPa未満のもの」を採用した場合,W2/W1の値は引用発明と同じにはならない。
(ウ) 以上によれば,相違点2に係る本願発明の構成を想到することが容易であるとはいえない。
(4) 理由不備 本件審決は,進歩性欠如を根拠に請求不成立としているにもかかわらず, 「本願発明は,設計手法としては引用発明とは異なることは確かであるが,本願発明は,鋼管という物の発明である以上,設計手法が異なるからといって引用発明とは別の発明であると認識することはできない」, 「L2/L1を測定した場合に,0.1〜0.86に含まれたとしても,W2/W1を測定した場合に0.6〜0.8であったならば,本願発明に含まれないとする事情がない,すなわち,引用例1に接した当業者が,W2/W1が例えば0.7となるような鋼管を作成した場合に,L2/L1 を測定すれば0.1〜0.86の範囲となる蓋然性が高いところ,L2/L1を意識せずに作成したからといって本願発明から除外されないのであるから,請求人の上記主張を採用することはできない。 などと, 」 新規性欠如のような判断をしており,論理の整合を欠くものであるから,本件審決には理由不備の違法がある。
(5) 小括 以上によれば,本願発明は,引用発明から容易に想到できたものではないから,本件審決は取り消されるべきである。
〔被告の主張〕 (1) 一致点の認定の誤りに対し 引用発明の「耐低温割れ性に優れた天然ガス・原油輸送用ラインパイプ用UO鋼管」は,溶接部の優れた低温靱性を有するUO鋼管を表すことになるから,本願発明の「低温靱性に優れたラインパイプ用溶接鋼管」に相当するものである。
そして,本願発明の「低温靭性に優れた」という文言を, 「溶接部4の溶接線5を切欠き位置として,ノッチ3が板厚方向と平行でかつ内面溶接および外面溶接のそれぞれについて,母材鋼板1の表面下7mmの位置がシャルピー衝撃試験片2の中心となるように採取した試験片について,-40℃の吸収エネルギー100J以上であること」と限定する記載は請求項にはなく,かかる限定解釈をすべき根拠はない。
よって,本件審決が,引用発明の「耐低温割れ性に優れた天然ガス・原油輸送用ラインパイプ用UO管」は,本願発明の「低温靭性に優れたラインパイプ用溶接鋼管」に相当すると判断し, 「低温靱性に優れたラインパイプ用溶接鋼管」を一致点としたことに誤りはない。
(2) 相違点1の判断の誤りに対し 本願発明のL2/L1と引用発明のW2/W1とは,鋼管の内外面の溶接金属の厚さの比を求めている点では両者とも同じであるが,@内外面の溶接金属の厚さの求め方が,本願発明では,鋼板の表面から寸法を測るのに対し,引用発明では,溶接 金属の余盛頂点から寸法を測る点,及び,A本願発明では,L1及びL2の境界を内外面溶融線会合部とするのに対し,引用発明では,W1及びW2の境界を後続の溶接金属の先端とする点で相違している。
しかし,W2/W1とL2/L1とが同様の技術的意義を有するか否かにかかわらず,同じラインパイプ用鋼管について,同じ箇所の溶接金属に対してW2/W1の値を求めると同時にL2/L1の値を求めることは当然行える事項である。その際,実際のW1,W2及びW2/W1の値を用いて,L1,L2及びL2/L1の値を数学的,設計的に計算することを妨げる事情はない。
先行する溶接金属の余盛をα1,後続する溶接金属の余盛をα2とし,L1及びL2の境界とW1及びW2の境界との差をβとして,引用発明の溶接部におけるL2/L1を計算すると,W2/W1が1より小さい(W1>W2)場合, W2/W1>(W2-α2-β)/(W1-α1+β)=L2/L1との数式が成り立ち,0.6≦W2/W1≦0.8を満たす引用発明の鋼管の溶接金属は,本願発明で定義されたL1及びL2で測定した場合のL2/L1値が0.1≦L2/L1≦0.86を満たすから,相違点1の数値範囲の条件を満たすことに関しては,引用発明は本願発明と差異はない。本願発明は物の発明であるから,異なる物理量であるW2/W1とL2/L1で特定したところで,引用発明と「物」として相違する点が認められなければ,実質的に相違するとはいえない。
以上によれば,本願発明と引用発明とを対比すると,引用発明は本願発明と相違点1に係る事項において実質的には相違しない。
(3) 相違点2の判断の誤りに対し 鋼板の突合せ部を内外面から1パスずつサブマージアーク溶接して低温靱性に優れたラインパイプ用溶接鋼管を製造する技術において,鋼管の周方向に対応する方向の引張強度が600〜800MPa(API規格でX70〜X80級)程度の鋼板を用いることは,本願出願時には当然周知であった(乙3〜8)。
そして,低温靱性に優れたラインパイプ用溶接鋼管の製造技術の開発に際し,鋼 板の引張強度は低いものからより高いものが要求されるようになり,その中で必要な範囲が適宜連続的に選択されているところ,本願発明では,鋼板の引張強度は,単に本願出願時に実用化されていたAPI規格X70級(引張強度570MPa)やX80級(引張強度625MPa)等を対象とするよう特定したにすぎず,引張強度の上限値「825MPa」には,特定の根拠はない。
一方,引用発明は,従来のAPI規格X70〜X80級よりもさらに高強度のX100〜X120級を勘案して開発されたものである。引用例1には,引張強度が850MPa未満の低いグレードのものにおいて,溶接金属での低温割れは起こらないとの記載はあるものの,1200MPa以上の高強度になると必要な低温靭性が得られにくいと記載されていることから,溶接金属の引張強度が1200MPa以下である850MPa未満のものにおいて,低温靱性が得られることは否定されていない(【0021】。また, ) 【0041】,図5,図6の記載によれば,引張強度が850MPa未満の低いグレードのものであっても低温靭性は得られること,また,高グレード(X100〜X120級)から低グレードになっても最大残留応力に変化がない傾向となることを理解することができる。そうすると,引用発明において,ラインパイプ用UO鋼管に,鋼板の引張強度が570〜825MPaのものを採用することは,当業者であれば容易に想到し得たものである。
以上によれば,本件審決の相違点2の判断に誤りはない。
(4) 理由不備に対し 本件審決では,本願発明の一部の構成について,引用発明の一部の構成が含まれるとしているが,それがすなわち新規性違反を意味しているものではない。本件審決は,本願発明と引用発明とを対比し,一致点並びに相違点1及び2を認定した上で,相違点1及び2をそれぞれ検討して,本願発明は容易に想到し得たことを判断したのであるから,理由不備の違法はない。
(5) 小括 以上によれば,取消事由2は,理由がない。
当裁判所の判断
1 本願発明について (1) 本件明細書の記載 本願発明に係る特許請求の範囲は,前記第2の2のとおりであるところ,本件明細書の発明の詳細な説明には,以下の記載がある(下記記載中に引用する図及び表は,別紙本件明細書図表目録参照。。
) ア 技術分野 【0001】本発明は,低温靭性に優れたラインパイプ用溶接鋼管並びにその製造方法に関する。特に,鋼材のサブマージアーク溶接方法に関し,UOE,JCO,ベンドロール,スパイラルいずれかの工程で管状に成形したラインパイプ用溶接鋼管の造管溶接に用いて好適なものに関する。
イ 背景技術 【0002】現在,原油および天然ガスの長距離輸送用幹線パイプライン素材として,米国石油協会(API)規格X70(引張強さ570MPa)以上,更にはX80(引張強さ625MPa以上)までのラインパイプ用溶接鋼管が実用化されている。
近年,更なる輸送効率向上のために,ラインパイプ用溶接鋼管の内圧の高圧化が検討されており,これに伴い,API規格X70(以下,X70という)以上,更にはAPI規格X80(以下,X80という)以上の高強度ラインパイプ用溶接鋼管の厚肉化が要求されている。また,今後の原油および天然ガスの掘削域は,北極圏などの極寒地まで及ぶことが予想され,高強度厚肉ラインパイプ用溶接鋼管には-40℃以下での低温靭性保証が要求されると予想される。特に鋼管を製造する際には,厚鋼板をUO,JCO,ベンドロールのいずれかの工程によって管状に成形した後,端部同士を突き合わせて,アーク溶接によるシーム部の溶接を行うが,板厚が厚肉化すると溶接による入熱が大入熱となり,溶接熱影響部(HAZ)の粒径が粗大化するため,低温靭性の低下が重要な問題となる。
【0003】ラインパイプ用溶接鋼管の造管溶接(シーム溶接)には二電極以上のサブマージアーク溶接が適用され,パイプ生産能率向上の観点から内面側を1パス,外面側を1パスで溶接する両面一層盛り溶接とする,高能率な溶接施工がなされている(例えば特許文献1,2)。
【0004】両面一層溶接では,内面溶接金属と外面溶接金属が重なり,未溶融部がないように十分な溶け込み深さを確保する必要があり,このような欠陥の抑制を重視すると内外面の溶接入熱が高くなり,溶接熱影響部の靭性が劣化する傾向にある。また,溶接能率や施工性を考慮すると,サブマージアーク溶接する際の溶融金属の溶け落ち(メルトダウン)を回避するために,先に溶接する内面溶接金属の溶け込み深さを外面溶接金属の溶け込み深さよりも短くし,外面側の溶接入熱が内面側の溶接入熱よりも高くなるのが一般的である。そのため,内面側よりも外面側の溶接熱影響部のほうが靭性の劣化が生じやすくなる。
【0005】溶接熱影響部の高靭性化には,溶接入熱を低減するのが有効であるが,通常行われているシーム溶接の入熱に対して大幅に入熱を低減させなければ,その靭性向上効果は明確とならない。しかしながら,大幅に入熱を低減させると溶着量も減少するため開先断面積を溶着量減少分に合わせて減らす必要が生じる。そのため,さらなる深溶け込み溶接を行わなければ内外面の溶接金属は重ならず,溶け込み不足が生じる危険性が増大する。
【0006】したがって,溶接熱影響部の高靭性化は,投入入熱の大幅な低減と溶け込み深さの増大を両立させなければならず,従来より種々の提案がなされているがその達成は極めて困難である。
【0007】例えば,上記特許文献2では電極径に応じて電流密度を高め,溶け込み深さを増大させるサブマージアーク溶接方法が提案されているが,最近の仕様に対しては,電流および電流密度が不十分で入熱の大幅な低減と溶け込み深さの増大の両立は困難である。
【0008】特許文献3には高電流で更なる高電流密度でのサブマージアーク溶 接方法が提案されており,アークエネルギーをできるだけ板厚方向に投入することにより,必要な溶け込み深さだけを確保し,鋼材幅方向の母材の溶解を抑制することで過剰な溶接入熱を省いて,入熱低減と深溶け込みの両立が図られている。
【0009】特許文献4ではサブマージアーク溶接時に使用するワイヤと電極への給電方法,電流密度を制御することで溶け込み深さを確保しながら溶接入熱を低減し,溶接熱影響部での靭性向上が図られている。
【0010】特許文献5,6では板厚表層のビード幅と溶け込み先端近傍でのビード幅,鋼板板厚との比を制御することで,スラグ巻き込みを抑制しつつ,溶接熱影響部での靭性向上が図られている。
【0011】特許文献7,8では板厚に応じて内外面の溶接金属断面積を制御することで,十分な溶け込みを得ながら鋼板表面でのビード幅を広げ,溶接熱影響部での靭性向上が図られている。
ウ 発明が解決しようとする課題 【0013】しかしながら,特許文献3記載のサブマージアーク溶接方法では,入熱低減と深溶け込みが両立できるものの,鋼板表面でのビード幅が小さくなって鋼板表面から溶け込み先端までほぼ一様なビード幅になりやすく,即ち,溶融線(Fusion Line,FLともいう。)が板厚方向に向くため板厚方向への脆性破壊が進展しやすくなり,低入熱溶接にもかかわらず靭性値が低くなりやすいという問題があった。
【0014】また,特許文献4記載のサブマージアーク溶接方法では,入熱低減と深溶け込みが両立できるものの,内外面溶接金属の重なる位置近傍(会合部)でのビード幅が小さくなるため,内外面の溶接金属を重ねるためにはそれぞれの鋼管軸方向溶接位置が厳密に制御されなければならないという課題があった。
特許文献5〜8記載のサブマージアーク溶接方法では,板厚に対するビード幅,もしくは板厚に対するビード断面積については言及されているものの,内面側溶接部と外面側溶接部各々との相対的な形状関係については言及されておらず,さらに, 主に溶接部全体の形状によって高靭性化を図っているため,特に外面溶接部では大幅な入熱低減効果が得られないという課題があった。
【0015】本発明は,このような事情に鑑みてなされたものであり,内外面の溶接金属における溶け込み深さの比を適正に制御することにより,内外面両方の溶接熱影響部において優れた靭性が得られるものである。
特に,本発明では,管状に成形された鋼板の突合せ部を内外面からサブマージアーク溶接するに際し,特に外面入熱を大幅に低減して外面溶接熱影響部の低温靭性を向上させ,内面溶接熱影響部の低温靭性を劣化させない範囲に内面入熱を制御することで,十分な溶け込みを得ながら内外面両方の溶接熱影響部で優れた低温靭性が得られるラインパイプ用溶接鋼管並びにその製造方法を提供することを目的とする。
エ 課題を解決するための手段 【0016】本発明者らは,サブマージアーク溶接で種々の溶接条件を用いて,鋼板の内外面溶接継手を有する溶接鋼管を作製し,溶接金属断面形状,入熱および溶接熱影響部の靭性について調査した。
その結果,内外面側それぞれの溶接金属における溶け込み深さの比を適正に制御することで,外面溶接熱影響部の低温靭性が向上し,かつ内面溶接熱影響部の低温靭性が劣化せず,十分な溶け込みを得ながら内外面両方の溶接熱影響部で優れた低温靭性が得られることを見出した。
本発明は,得られた知見を基に更に検討を加えてなされたもので,その要旨は以下の通りである。
【0017】[1]管状に成形された鋼板を溶接した溶接鋼管であって,管状に成形された前記鋼板の突き合せ部をサブマージアーク溶接で内外面それぞれ一層溶接され,溶接部において,内面側溶融線と外面側溶融線との会合部を内外面溶融線会合部とした際,内面側の前記鋼板表層から前記内外面溶融線会合部までの板厚方向距離L1(mm)と,外面側の前記鋼板表層から前記内外面溶融線会合部までの板厚 方向距離L2(mm)とが(1)式を満足することを特徴とする低温靭性に優れたラインパイプ用溶接鋼管。
0.1≦L2/L1≦1.0 ・・・ (1)… オ 発明の効果 【0018】本発明によれば,内外面の溶接金属における溶け込み深さの比を適正に制御することで,特に外面入熱を大幅に低減して外面溶接熱影響部の低温靭性を向上させ,内面溶接熱影響部の低温靭性を劣化させない範囲に内面入熱を制御することで,十分な溶け込みを得ながら内外面両方の溶接熱影響部で優れた低温靭性を有する溶接鋼管が得られるため,産業上極めて有用である。
カ 発明を実施するための形態 【0020】以下,本発明のラインパイプ用溶接鋼管並びにその製造方法について説明する。
本発明に係るラインパイプ用溶接鋼管は,管状に成形された鋼板を溶接した溶接鋼管であって,管状に成形された前記鋼板の突き合せ部をサブマージアーク溶接で内外面それぞれ一層溶接され,溶接部において,内面側溶融線と外面側溶融線との会合部を内外面溶融線会合部とした際,内面側の前記鋼板表層から前記内外面溶融線会合部までの板厚方向距離L1(mm)と,外面側の前記鋼板表層から前記内外面溶融線会合部までの板厚方向距離L2(mm)とが(1)式を満足することを特徴とする。
0.1≦L2/L1≦1.0 ・・・ (1) 【0021】前述したように,鋼板の突合せ部をサブマージアーク溶接する場合,溶接能率や施工性を考慮して,溶融金属の溶け落ち(メルトダウン)を回避するために,先に溶接する内面側の溶接金属の溶け込み深さを外面側の溶接金属の溶け込み深さよりも小さくし,外面側の溶接入熱を内面側の溶接入熱よりも高くするのが一般的である。
しかしながら,高靭性化を図るためには,溶接時に投入する入熱量の大幅な低減 を達成しなければならないが,同時に,内外面それぞれの溶接金属が重なり,未溶融部が生じないように十分な溶け込み深さも確保しなければ健全な溶接継手と有する鋼管を得ることができなかった。
そこで本発明者らは,溶接鋼管の溶接部のうち外面側の溶接金属(外面側溶接金属)に着目し,内外面それぞれの溶接金属における溶け込み深さの比を適正に制御することにより,内外面両方の溶接熱影響部の低温靭性を向上させ得ることを見出した。
つまり,本発明によれば,従来では困難とされていた外面側の溶接入熱の大幅な低減を実現させて外面側溶接熱影響部の低温靭性を向上させるとともに,内面側溶接熱影響部の低温靭性を劣化させない範囲に内面入熱を制御することで,十分な溶け込みを確保し,溶接欠陥を生じさせることなく優れた低温靭性を得ることか可能となる。
【0022】以下,上記式(1)を限定した理由について詳細に説明する。
外面側の鋼板表層から内外面溶融線会合部までの板厚方向距離をL2(mm),内面側の鋼板表層から内外面溶融線会合部までの板厚方向距離をL1(mm)とした際,L2をL1で除した値(L2/L1)が大きくなる,つまり,外面側の溶接金属の溶け込み深さが,内面側の溶接金属の溶け込み深さよりも相対的に大きくなると,外面入熱の大幅な低減効果が得られないため,L2/L1の上限を1.0とする。
外面入熱の大幅な低減効果をより得るためには,上限を0.95とすることが好ましく,0.86とすることがさらに好ましい。
【0023】一方,L2/L1が小さいほど,外面入熱の低減効果が大きくなるが,0.1を下回ると外面側溶接金属の溶け込み深さが短いために内面側溶接金属を十分重ねることが困難となり,突合せ部において未溶融部が生じて健全な溶接継手が得られなくなるとともに,内面側の溶接金属の溶け込み深さが過大になり過ぎて内面溶接時にメルトダウンが生じる可能性が高くなるため,下限を0.1とする。
また,L2/L1が小さくなるほど過大な内面入熱を必要とし,溶接速度が低下す るため,下限は0.15とすることが好ましい。
なおここで,上記内外面溶融線会合部とは,図1に示すように,内面側溶融線5aと外面側溶融線5bとの会合部のことを表す。
【0024】また,本発明に係る鋼管の周方向を引張方向とした際,母材とする鋼板の引張強度が570〜825MPaであることが好ましい。
【0025】また,本発明は,上述したような溶接継手を含むラインパイプ用溶接鋼管であり,溶接部において,内外面それぞれの溶接金属における溶け込み深さの比を適正に制御することにより内外面両方の溶接熱影響部の低温靭性を向上させることができる。
実施例 【0030】本実施例においてサブマージアーク溶接する母材鋼板は,引張強さ570〜625MPaの強度を有する板厚26mmのラインパイプ用鋼板を用いた。
… 次に,溶接する母材鋼板の突き合せ部に図2に示す開先形状の開先加工を施した後,管状に成形し,…内外面1層溶接の多電極サブマージアーク溶接を施して溶接継手を作製した。…なお,管状に成形する際の工程は,UOE工程を採用した。… 【0033】作製した継手からシャルピー衝撃試験片2を採取し,JIS Z 2242の金属材料衝撃試験方法に準拠してシャルピー衝撃試験(切欠き位置:溶融線,試験温度:-40℃)を行い,HAZ部における吸収エネルギー(vE_40)を求めた。なお,表3中のHAZ靭性vE_40は,3本の試験片における吸収エネルギーの平均値である。また,HAZにおける低温靭性の評価については,HAZ靭性vE_40が100J以上を良好として評価した。
【0034】図3に上記シャルピー衝撃試験片2の採取位置を示す。溶接部4の溶融線5を切欠き位置として,ノッチ3が板厚方向と平行でかつ内面溶接および外面溶接のそれぞれについて,母材鋼板1の表面下7mmの位置がシャルピー衝撃試験片2の中心となるように採取した。表3に上記シャルピー衝撃試験の結果得られ たHAZ靭性vE_40(上段:内面側,下段:外面側),および溶接金属断面形状の観察結果,開先寸法を示す。
(2) 前記(1)によれば,本願発明の概要は,低温靭性に優れたラインパイプ用溶接鋼管に関し(【0001】,ラインパイプ用溶接鋼管について,輸送効率向上のため )の内圧の高圧化に伴う板厚の厚肉化,及び,極寒地での使用に伴う低温靭性保証が要求される中,板厚が厚肉化すると溶接による入熱が大入熱となり,溶接熱影響部(HAZ)の粒径が粗大化するため,低温靭性の低下が重要な問題となるが,溶接熱影響部を高靭性化するために必要な投入入熱の大幅な低減と溶け込み深さの増大との両立が困難であるいう課題を解決するために(【0002】〜【0006】,ラ )インパイプ用溶接鋼管を,管状に成形された鋼板の突き合せ部をサブマージアーク溶接で内面外面の順に内外面それぞれ一層溶接され,溶接部において,内面側溶融線と外面側溶融線との会合部を内外面溶融線会合部とした際,内面側の前記鋼板表層から前記内外面溶融線会合部までの板厚方向距離L1(mm)と,外面側の前記鋼板表層から前記内外面溶融線会合部までの板厚方向距離L2(mm)とが0.1≦L2/L1≦0.86を満足し,前記鋼管の周方向を引張方向とした際,前記鋼板の引張強度が570〜825MPaであるように構成したことにより(【請求項1】,十分な溶け込みを得ながら内外面両方の溶接熱影響部で優れた低温靭性を有 )する溶接鋼管が得られる(【0018】)というものである。
2 取消事由2(引用例1に基づく進歩性判断の誤り)について 事案に鑑み,取消事由2から判断する。
(1) 引用発明について ア 引用例1には,次の記載がある(下記記載中に引用する図4〜6,11,12は,別紙引用例1図面目録参照。。
) 【0001】本発明は,天然ガス・原油輸送用ラインパイプ等に用いられる,引張強度が850MPa以上1200MPa以下の鋼板を円筒状に成形した後に,その鋼板の突き合わせ部を引張強度が850MPa以上1200MPa以下の溶接金属 を用いて突き合わせ部の内外面両側から各々1層づつ順番にシーム溶接をした後,拡管あるいは縮管などの矯正して製造するUO鋼管において,シーム溶接部に低温割れのないUO鋼管の製造方法とその製造方法により製造されたUO鋼管に関するものである。
【0004】従来では,X65やX80グレード(米国石油協会規格,API規格)のものが使用されてきたが,近年輸送効率の向上,ラインパイプの建設コストの低減あるいは輸送コストの低減を目的として,母材の引張強度が850MPa以上のX100からX120級の高強度のUO鋼管の開発が進められている。
【0005】これらの高強度UO鋼管のシーム溶接に使用される溶接金属は当然母材と同等以上の引張強度を有する事が要求されるため高強度の溶接金属が採用される。
【0006】しかし,高強度の溶接金属では溶接後に溶接金属の硬さ,溶接金属に含まれる拡散性水素及び溶接時に溶接部に発生する引張の溶接残留応力の3者により起こる低温割れが発生する。そのため,高強度UO鋼管のシーム溶接部にも低温割れが発生する。
【0014】本発明者らは,上記目的を達成するためにUO鋼管のシーム溶接時における低温割れの発生状況を詳細に検討した結果,シーム溶接金属に発生する低温割れは先行するシーム溶接の溶接金属で発生することが判明した。さらに,詳細に検討した結果,先行するシーム溶接の溶接金属に存在する拡散性水素量の上限を規定すると共に,先行するシーム溶接の溶接金属に発生する残留応力を溶接条件あるいは開先形状を制御して低減することによりUO鋼管のシーム溶接部に発生する低温割れを防止できることを見いだした。
【0017】 本発明の第3の特徴は,引張強度が850MPa以上1200MPa以下の母材部と,内外面両側から各々1層づつのシーム溶接により形成された引張強度が850MPa以上1200MPa以下のシーム溶接部からなるUO鋼管において,先行するシーム溶接により形成された溶接金属中の拡散性水素量が溶接金 属100gあたり2.0cc以下であり,かつ先行するシーム溶接により形成された溶接金属の厚さをW1,後続するシーム溶接により形成された溶接金属の厚さをW2とする場合に,0.6≦W2/W1≦0.8,あるいは1.2≦W2/W1≦2.5の関係を満足することを特徴とする耐低温割れ性に優れたUO鋼管,である。
【0021】本発明では,適用する母材および溶接金属の強度の範囲を850MPa以上1200MPaに限定した。この理由は,溶接金属の引張強度が850MPa未満の場合は強度が低く溶接金属で低温割れは起こらず,母材の溶接熱影響部に発生し易くなるため,本発明の適用範囲外である。一方,1200MPa以上の高強度になると,UO鋼管に必要な低温靭性が得られにくいためである。
【0041】そこで,本発明者らは,さらに詳細に数値解析を行い先行するシーム溶接の溶接金属内に発生する溶接線方向の残留応力の変化を調査した。その結果,図4で図示した,先行するシーム溶接の溶接金属の厚さW1と後続するシーム溶接の溶接金属の厚さW2の比により,先行するシーム溶接の溶接金属内に発生する溶接線方向の残留応力が変化することが判った。図5に,数値解析により求めた,W2/W1と先行するシーム溶接の溶接金属内に発生する溶接線方向の最大残留応力の関係を示す。両面の溶接金属の引張強度は1000MPaの場合を想定している。
溶接線方向の最大引張応力はW2/W1により変化し,W2/W1が約0.9で最大値を示した。図6は両面の溶接金属の引張強度が850MPaの仮定で計算した結果であるが,1000MPaと同様の傾向を示した。
【0042】W2/W1の違いにより,溶接線方向の応力に相違がある理由について考察した。その結果,以下の様に推論した。先行するシーム溶接は後続するシーム溶接の熱により加熱される。そのため,先行するシーム溶接には後続するシーム溶接の熱により熱膨張,収縮が起こり,再度溶接線方向に引張応力が発生する。
これに起因する引張応力は,W2/W1が大きくなるに従い増加する。しかし,一方では,後続するシーム溶接内には溶接線方向に引張の残留応力が発生する。この引張の応力により先行するシーム溶接は圧縮され,先行するシーム溶接の溶接金属 に発生している溶接線方向の引張応力は緩和される。そのためW2/W1が大きくなるに従い先行するシーム溶接内の溶接線方向の引張応力は低減される。この両者の和が,先行するシーム溶接の溶接金属内に発生する溶接線方向の引張応力となるため,W2/W1が増加するに従い,最初は前者の効果のため溶接線方向の引張応力は増加するが,W2/W1が1付近で,後者の効果が強くなり溶接線方向の引張応力が低減されると考えられる。
【0056】次に,W2/W1の上限と下限についての限定理由を以下に述べる。
UO鋼管のシーム溶接部には優れた低温靭性が要求される。しかし,高強度UO鋼管の両面1層のシーム溶接部では後続のシーム溶接により再加熱された先行シーム溶接の熱影響部の靭性を測定すると,溶接条件等が適切でないと,靭性に低値が発生し易くなるという問題がある。図11は表1に示す鋼板Bを,表3に示す溶接金属Vを持つ両面1層のシーム溶接部の,溶接金属W2/W1と溶接熱影響部の-30℃の吸収エネルギーの低値の発生率の関係を示す。衝撃試験片は図12に示すように,衝撃試験片のノッチを,先行するシーム溶接の熱影響部と後続するシーム溶接の熱影響部が重なった位置に来るように採取した。衝撃試験片は一つのW2/W1の条件で,27本実施し,その内40J以下の吸収エネルギーの発生率を百分率で示した。W2/W1は表4および表5の開先形状および溶接条件を選択して調整した。図12が示す様に,W2/W1が0.6未満と2.5超で低値の発生頻度が急激に増加している。また,W2/W1が2.5超の場合は,先行するシーム溶接が後続するシーム溶接により加熱されすぎて高温になり,先行するシーム溶接の溶接金属が溶けてしまうメルトダウン現象(以後,本発明ではMDと略する)が起こる危険性が高くなる。この観点からもW2/W1は2.5以下が望ましい。
【0057】以上の検討から,W2/W1の範囲を,0.6≦W2/W1≦0.8,および1.2≦W2/W1≦2.5,とした。
【0076】シーム溶接は,先ず市販の50kg級のCO2溶接ワイヤで仮付け溶接を実施した後,内面からサブマージアーク溶接により先行するシーム溶接を行い, その後,外面からサブマージアーク溶接により後続するシーム溶接を行った。… イ 引用発明の認定 以上によれば,引用例1には,本件審決が認定したとおりの引用発明(前記第2の3(2)ア)が記載されていることが認められ,この点については当事者間に争いがない。
ウ 本願発明と引用発明との対比 (ア) 本願発明と引用発明との一致点及び相違点は,本件審決が認定したとおりのもの(前記第2の3(2)イ)と認められる。
(イ) 原告は,「低温靭性に優れた」という発明特定事項が本願発明と引用発明とにおける一致点であるとした本件審決の認定には誤りがあると主張する。
しかし,本願発明には, 低温靭性に優れた」 「 の評価方法について何ら特定はない。
そして,引用例1の「W2/W1の上限と下限についての限定理由を以下に述べる。UO鋼管のシーム溶接部には優れた低温靭性が要求される。しかし,高強度UO鋼管の両面1層のシーム溶接部では後続のシーム溶接により再加熱された先行シーム溶接の熱影響部の靭性を測定すると,溶接条件等が適切でないと,靭性に低値が発生し易くなるという問題がある。…図12が示す様に,W2/W1が0.6未満と2.5超で低値の発生頻度が急激に増加している。 ( 」 【0056】)との記載によれば,0.6≦W2/W1≦0.8あるいは1.2≦W2/W1≦2.5とした引用発明の溶接鋼管も,低温靭性の低値の発生頻度が抑制されたものといえ,引用発明も,「低温靭性に優れた」ものであると認められる。
よって,原告の主張は採用できない。
(2) 相違点1及び相違点2の容易想到性について 引用発明は,引張強度が850MPa以上1200MPa以下という条件の下で,W2/W1の値の最適範囲を特定したものであるから,引用発明において,引張強度とW2/W1の値は相互に関連しているため,相違点1と相違点2を併せて判断する。
ア 本願発明は,管状に成形された鋼板の突き合せ部をサブマージアーク溶接で内面外面の順に内外面それぞれ一層溶接したラインパイプ用溶接鋼管において,溶接による熱影響部(HAZ)で優れた低温靭性を得るため,溶接部において,内面側溶融線と外面側溶融線との会合部を内外面溶融線会合部とした際,内面側の前記鋼板表層から前記内外面溶融線会合部までの板厚方向距離L1と,外面側の前記鋼板表層から前記内外面溶融線会合部までの板厚方向距離L2とが0.1≦L2/L1≦0.86を満足し,前記鋼管の周方向を引張方向とした際,前記鋼板の引張強度が570〜825MPaであるように規定したものである。
一方,引用発明は,管状に成形された鋼板の突き合せ部をサブマージアーク溶接で内面外面の順に内外面それぞれ一層シーム溶接した,ラインパイプに用いられるUO鋼管において,シーム溶接部に発生する低温割れを防止するため 【0014】, ( )溶接部において,先行するシーム溶接により形成された溶接金属の厚さをW1,後続するシーム溶接により形成された溶接金属の厚さをW2とする場合に,0.6≦W2/W1≦0.8,あるいは1.2≦W2/W1≦2.5の関係を満足し,鋼板の引張強度が850MPa以上1200MPa以下と規定したものである。
そうすると,本願発明と引用発明とは,いずれも,管状に成形された鋼板の突き合せ部をサブマージアーク溶接で内面外面の順に内外面それぞれ一層溶接したラインパイプ用溶接鋼管に関するものであり,技術分野において共通する。
しかしながら,本願発明は,外面入熱を大幅に低減して外面溶接熱影響部の低温靭性を向上させ,内面溶接熱影響部の低温靭性を劣化させない範囲に内面入熱を制御することで,十分な溶け込みを得ながら内外面両方の溶接熱影響部で優れた低温靭性を得ることを目的として(【0015】,内面側の前記鋼板表層から前記内外面 )溶融線会合部までの板厚方向距離L1と,外面側の前記鋼板表層から前記内外面溶融線会合部までの板厚方向距離L2の比を検討し,内外面両方の溶接熱影響部の低温靭性を向上させることができるよう,L2/L1の上限及び下限を設定したものである。これに対し,引用発明は,シーム溶接部に発生する低温割れを防止するた め,先行するシーム溶接の溶接金属内に発生する溶接線方向の残留応力の変化に着目して,先行するシーム溶接の溶接金属の厚さW1と後続するシーム溶接の溶接金属の厚さW2の比を検討し(引用例1【0041】,残留応力が大きくならない範 )囲であり,かつ,低温における吸収エネルギーの低値の発生頻度が大きくない範囲において,W2/W1の上限及び下限を設定したものである(引用例1【0042】。
) そうすると,本願発明と引用発明とは,本願発明が,外面溶接熱影響部における低温靭性の向上を課題として,L2/L1の上限及び下限を規定しているのに対し,引用発明は,内面溶接金属内におけるシーム溶接部に発生する低温割れの防止を課題として,W2/W1の上限及び下限を規定しているのであるから,両者はその解決しようとする課題が異なる。また,その課題を解決するための手段も,本願発明は,外面熱影響部において,外面入熱を低減して粒径の粗大化を抑制するものであるのに対し,引用発明は,先行するシーム溶接(内面)の溶接金属に発生する溶接線方向の引張応力を低減するものである。したがって,引用例1には,外面溶接熱影響部における低温靭性の向上のため,W2/W1をL2/L1に置き換えることの記載も示唆もない。
そして,溶接ビード幅中央の位置における溶接金属の厚さであるW2/W1と,母材表面から内外面溶融線会合部までの距離の比であるL2/L1とは,余盛部分の厚さや,内外面溶融線会合部から外面溶接金属の先端までの距離を考慮するか否かにおいて,技術的意義が異なるところ,引用発明においてW2/W1に替えてL2/L1を採用するなら,余盛部分の厚さや内外面溶融線会合部から外面溶接金属の先端までの距離を含む溶接金属の厚さが考慮されないことになる。
また,W2/W1が一定であっても,内面側溶接金属の溶け込み量が変化すると,L2/L1は変動するから,W2/W1とL2/L1とは相関がなく,W2/W1に対してL2/L1は一義的に定まるものではない。
以上によれば,引用発明のW2/W1をL2/L1に置き換える動機付けがあるとはいえないというべきである。
イ 引用発明のW2/W1は,鋼板の引張強度が850MPa以上1200MPa以下という条件下での溶接金属内での残留応力を根拠として最適化されたものであり,引用例1には,これを850MPa未満のものに変更することの記載も示唆もない。
そうすると,本願出願時において,鋼管の周方向に対応する引張強度が600〜800MPaの鋼板について,その突合せ部を内外面から1パスずつサブマージドアーク溶接することで,低温靭性に優れたラインパイプ用溶接鋼管を製造することが知られていたこと(引用例2【0002】, 【0009】, 【0059】, 【0071】)を考慮しても,鋼板の引張強度が850MPa以上1200MPa以下という条件下でW2/W1を最適化した引用発明において,鋼板の引張強度が570〜825MPaのものに変更することについて,動機付けがあるとはいえない。
ウ よって,相違点1及び2は,引用発明及び引用例2の技術事項に基づいて,当業者が容易に想到できたものであるとはいえない。
? 被告の主張について ア 相違点1について 被告は,余盛部分の厚さや,内外面溶接線会合部から外面溶接金属の先端までの距離を踏まえて,引用発明の溶接部におけるL2/L1を計算すると,W2/W1>L2/L1(ただし,W1>W2)の関係が成立し,引用発明の0.6≦W2/W1≦0.8を充たす鋼管は,0.1≦L2/L1≦0.86をも充たすから,引用発明と本願発明は物として区別できるものではなく,相違点1は実質的な相違点ではない旨主張する。
しかし,仮に,同じ溶接鋼管の溶接部についてW2/W1とL2/L1とを測定した場合に,両者の数値範囲には必ず重なる部分が存在するとしても,本願発明の溶接鋼管は,鋼板の引張強度が570〜825MPaであるのに対して,引用発明の溶接鋼管は,鋼板の引張強度が850MPa以上1200MPa以下であって,用いる鋼板の引張強度の範囲が異なる以上(相違点2),引用発明と本願発明は物と して異なることは明らかであるから,被告の主張は採用できない。
イ 相違点2について 被告は,引用発明について,鋼板の引張強度が850MPa未満の場合でも,溶接金属での低温割れが全く生じなくなるわけではないと考えるのが妥当であるから,引用発明において,引張強度が850MPa未満の鋼管を適用する動機付けは存在する旨主張する。
引用例1には, 「低温割れは,従来から言われているように,溶接金属の硬さ,溶接金属中の拡散性水素量及び溶接金属に加わる引張応力の3種類の要因が重なり発生する。このため,3種類の要因でいずれか1種類以上の要因を緩和することにより低温割れの発生を防止することができる。( 」【0032】, )「この3種類の要因のうち,溶接金属の硬さは溶接金属の機械的特性を左右する重要な因子であり,安易に規制することは好ましくはない。そのため,拡散性水素と引張残留応力の両者を低減する方法を検討した。 【0033】 との記載があり, 」 ( ) これらの記載によれば,引用発明のUO鋼管の溶接部における低温割れに対する対策が,引張強度が850MPa以上の溶接部を用いた場合に限定されていたとまではいえない。
もっとも, 「溶接金属の引張強度が850MPa未満の場合は強度が低く溶接金属で低温割れは起こらず,母材の溶接熱影響部に発生し易くなる」【0021】 ( )との記載によれば,引用発明において引張強度が850MPa未満の鋼板を用いる場合には,母材の溶接熱影響部での低温割れの抑制をも考慮することになると解される。
そして,前記のとおり,引用発明の0.6≦W2/W1≦0.8という数値範囲は,溶接金属における低温割れを防止するために,溶接金属内の残留応力に着目して最適化したものであるから,引張強度850MPa未満の鋼板を用いた場合に,母材の溶接熱影響部での低温割れの抑制を考慮した溶接条件を採用しても,溶接金属でのW2/W1の値が,引張強度850MPa以上1200MPa以下の鋼板について最適化した上記の範囲と全く同じになるとはいえないというべきである。
したがって,引用発明において,溶接金属でのW2/W1の範囲はそのままにし て,鋼板の引張強度だけを850MPa未満とすることはできないから,被告の主張は採用できない。
(4) なお,原告は,本件審決に理由不備の違法がある旨主張する。
しかし,審決の取消事由と評価される理由不備とは,審決の結論を導き出すための理由の全部又は一部が欠けていることをいうものであるところ,本件審決は,本願発明は,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないと判断して原告の請求を不成立としたものであって,判断の当否はともかく,審決を導き出すための理由の全部又は一部が欠けているとはいえないから,理由不備の違法はない。
(5) 小括 よって,本件審決の進歩性判断には誤りがあるから,取消事由2は理由がある。
3 結論 以上によれば,その余の取消事由について判断するまでもなく,本件審決は取り消されるべきものである。
よって,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 高部眞規子
裁判官 小林康彦
裁判官 関根澄子
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