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関連審決 不服2000-13979
関連ワード 製造方法 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  相違点の判断 /  周知技術 /  参酌 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  拒絶査定 / 
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事件 平成 14年 (行ケ) 206号 審決取消請求事件
原告 セイコーインスツルメンツ株式会社
同訴訟代理人弁理士 松下 義治
被告 特許庁長官今井康夫
同指定代理人 國島 明弘
同 末政 清滋
同 立川 功
同 涌井 幸一
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/04/22
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が不服2000-13979号事件について、平成14年3月18日にした審決を取り消す。
事案の概要
1 争いのない事実 (1) 原告は、平成5年2月22日、発明の名称を「ゲート絶縁膜の形成方法」とする発明について、特許出願をした(平成5年特許願第32302号、以下「本願」という。)が、平成12年8月8日付けで拒絶査定を受けたので、同年9月4日、これに対する不服の審判の請求をした。
特許庁は、同請求を不服2000-13979号審判として審理した上、
平成14年3月18日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし、その謄本は、同年4月2日、原告に送達された。
(2) 本願の平成14年2月4日付け補正明細書の請求項1に記載された発明(以下「本願発明」という。)の要旨は、本件審決に記載された以下のとおりである。
【請求項1】MOSトランジスタに用いられるゲート絶縁膜の形成方法において、真空又は減圧雰囲気中で高温熱処理することにより、又は水素等の還元作用を有する雰囲気、又はその減圧雰囲気中で高温熱処理することにより単結晶Si基板上に存在する汚染層、及び自然酸化膜の不用層を除去し、清浄な単結晶Si基板表面を露出させる工程と、前記清浄な単結晶Si基板表面が露出された状態を保持しながらゲート絶縁膜を高温酸化炉内で形成する工程よりなり、前記清浄な単結晶Si基板表面が露出された状態を保持しながらゲート絶縁膜を形成する工程に移行する方法として、外気と遮断された同一チャンバー内にて不用層の除去からゲート絶縁膜形成までの一連の工程を行う事を特徴とするMOS集積回路のゲート絶縁膜の形成方法。
(3) 本件審決は、別紙審決書写し記載のとおり、本願発明が、特開平4-188772号公報(甲6、以下「引用例1」という。)及び特開平3-270236号公報(甲7、以下「引用例2」という。)に記載された発明(以下「引用発明1」及び「引用発明2」という。)に基づいて、当業者が容易に発明をすることができたものであり、特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとした。
2 原告主張の本件審決の取消事由の要点 本件審決は、本願発明と引用発明1との相違点の判断において、本願発明と引用発明2との相違点を看過した結果、引用発明1及び2から本願発明を容易になし得ると誤って判断し(取消事由1)、本願発明の有する顕著な作用効果も看過した(取消事由2)ものであるから、違法として取り消されるべきである。
(1) 本願発明と引用発明2との相違点の看過(取消事由1) ア 引用発明2と本願発明との対比において、本件審決認定(4〜5頁)のとおり、「該発明の「シリコン基板表面」は、本願発明の「Si基板表面」に相当し、該発明の「自然酸化膜を除去」は、不用層の除去であり、「清浄なシリコン基板表面の出現」は、本願発明の「清浄なSi基板表面を露出」に対応し、また、該発明の「GaAs層をMOCVD装置内で成長させる」ことと、本願発明の「ゲート絶縁膜を高温酸化炉内で形成する」ことは、その形成する半導体層(膜)が異なり、該層(膜)の形成方法も異なるものである」ことは認める。
しかし、本件審決が、「実質的に「トランジスタに用いられる半導体層を所定装置内で形成する」という概念においては同じ」と判断した(5頁)ことは、ゲート絶縁膜(酸化膜)とGaAs層とがトランジスタに用いられ得る層(膜)であることのみを理由とするものであって、誤った認識に基づいたものである。
すなわち、本件審決の上記判断は、GaAs層が用いられ得るトランジスタ、ダイオード及びキャパシタ等種々の半導体デバイスを含む「半導体装置」という技術的概念、その下位の、MOSトランジスタ、バイポーラトランジスタ等を含む「トランジスタ」という技術的概念、さらに、その下位の、本願発明が対象とするゲート絶縁膜を特有の構成として有する「MOSトランジスタ」という技術的概念の相違を全く無視するものである。
また、本願発明における、熱拡散(熱酸化)により形成されるゲート絶縁膜(酸化膜)と、引用発明2における、堆積(エピタキシャル成長)により形成されるGaAs層との、形成方法及びその性質の相違をも無視するものである。具体的には、熱酸化は、初期段階では、シリコン基板と酸化種である酸素分子が反応し、
シリコン基板にゲート絶縁膜(酸化膜)が形成され、反応が進むと、該酸化膜中に酸素分子が拡散して、反応により浸食されて沈下したSi/SiO2界面 に到達し、該酸素分子とシリコンが反応して酸化膜(非晶質)を形成するものである。これに対し、エピタキシャル成長は、GaAs層(結晶)がシリコン基板表面に、シリコンの結晶性を受け継ぎながら成長(堆積)することにより形成されるものであり、清浄度が要求され、Siの結晶性を受け継ぐべきシリコン基板表面の位置は変化しないのである。
イ さらに、本件審決が、「半導体装置における半導体層(膜)の形成である技術の関連性」を理由に、引用発明2を引用発明1に適用することが容易と判断した(5頁)ことも誤りである。
すなわち、引用発明1は、シリコン基板の結晶性が基板内において分布がある場合に、熱酸化法で酸化膜を形成する際に生じ得る基板面内の酸化膜の膜厚の部分的な差異を均一にし、酸化膜の段差部分に電界が集中することにより絶縁耐圧が劣化するのを防いで、ゲート絶縁膜の特性を向上させることを目的とするものである。これに対し、引用発明2は、均一な結晶方位を有するシリコン基板の表面を露出させ、結晶欠陥を起こさせないようにしてGaAs層(半導体層)を堆積(エピタキシャル成長)させることを目的とするものである。
このようにゲート酸化膜とGaAs層とは、膜(層)の形成原理が全く異なるものであるから、ゲート酸化膜に関する引用発明1に、GaAs層に関する引用発明2の技術を適用する動機づけに欠ける。
(2) 顕著な作用効果の看過(取消事由2) ア 本件審決が、「「破壊電界強度及びTDDB特性の良いMOS集積回路を得る」という明細書記載の効果の予測が容易である」(5頁)ことを理由に、引用発明2を引用発明1に適用することが容易と判断したことは、誤りである。
すなわち、本願発明は、微細化されたMOSトランジスタの絶縁破壊特性及びTDDB特性に影響を与え得るシリコン基板上の自然酸化膜等の不用層の生成を防止し、該シリコン基板に良質なゲート絶縁膜(熱酸化膜)のみを熱酸化により形成することを目的とするものであり、引用発明1及び2によっても、本願発明における、「清浄化」を行なった後の工程、すなわち、「前記清浄な単結晶Si基板表面が露出された状態を保持しながらゲート絶縁膜を形成する工程に移行する方法として、外気と遮断された同一チャンバー内にて不用層の除去からゲート絶縁膜形成までの一連の工程を行う」ことを当業者が容易に想到できたものではない。
イ また、本願発明においては、ゲート絶縁膜の薄膜化という要求から生じた課題を解決するために、その問題となるMOSトランジスタのゲート絶縁膜の製造工程において、洗浄後、熱酸化までの間に生じ得る自然酸化膜等の不用層をその要因の1つとして特定し、その改善策を講ずることによって、はじめてゲート絶縁膜の薄膜化という要求における破壊電界強度及びTDDB特性の向上という効果が奏されるのであり、例えば、引用発明1におけるゲート絶縁膜の絶縁破壊に関する記載を参考にしたとしても、本願発明の上記効果の予測は容易ではない。
なお、被告の主張する周知事項による効果(乙1〜3)は、「清浄化」によって奏されるにとどまるものであるのに対し、本願発明の効果は、「清浄化」した場合であっても、該「清浄化」後、「清浄化」の工程とゲート絶縁膜の工程との間で、TDDB特性等に影響を与え得る自然酸化膜等の生成を抑えることにより奏されるものである。したがって、本願発明の効果と周知事項による効果とは全く異なるものであり、本願発明の効果の予測が容易であるとはいえない。しかも、このような新証拠(乙1〜3)の提出は、単に技術水準を知るとか刊行物の記載内容を明らかにするという類のものとは異なり、原告(出願人)に対して新たな拒絶理由を示すことになるから、補正の機会のない審決取消訴訟の手続において許されるべきものではない(東京高等裁判所昭和63年(行ケ)119号平成2年7月31日判決(以下「東京高裁判決」という。)では、審決取消訴訟において、新証拠として提出された周知技術参酌することが許されない旨判示されている。)。
3 被告の反論の要点 本件審決の認定・判断は正当であり、原告主張の取消事由は、いずれも理由がない。
(1) 取消事由1について ア 本件審決は、引用発明2における、「他に悪影響を与えず、シリコン表面に存在する自然酸化膜を除去する方法(前処理)」の点を引用したものである。
すなわち、集積回路の半導体層(膜)を形成するに際して、前処理に続いて、エピタキシャル成長をさせるためにMOCVD装置を使用することも、ゲート絶縁膜を高温酸化炉内で形成することも、いずれも周知のごく普通に採用されている技術であるから、前処理後に、「何らかの半導体製造装置を使って膜(層)を形成する概念においては同じ」ということができる。引用発明2において、前処理の後に、シリコン基板に、引用発明1や本願発明のゲート絶縁膜と異なる半導体層(膜)を形成するものが例として記載されているとしても、引用発明2についての本件審決の認定が誤っているとはいえない。
イ トランジスタの微細化に対応してゲート絶縁膜が薄くなり、該ゲート絶縁膜が薄くなるに従って、シリコン基板表面の清浄度が重要になるところ、自然酸化膜等の不用層を除去することにより、破壊電界強度、TDDB等の特性が良くなることは、本願出願前に周知の事項と認められる(乙1〜3)。
そして、破壊電界強度及びTDDBの特性を向上することを目的として自然酸化膜等の不用層を除去することが、本願発明の出願時点において、周知の事項である以上、引用発明1に記載されたゲート絶縁膜の形成方法に接した当業者は、上記周知の事項、すなわち、ゲート絶縁膜の形成に先立って不用層を除去する必要性を認識しているから、ゲート絶縁膜形成の前処理として自然酸化膜等の不用層を除去しようとする十分な動機が存在する。したがって、該除去の方法として、引用発明2に示されたシリコン表面上の自然酸化膜除去方法を採用することに困難性はない。 (2) 取消事由2について トランジスタの微細化に対応してゲート絶縁膜が薄くなり、該ゲート絶縁膜が薄くなるに従って、シリコン基板表面の清浄度が重要になって、自然酸化膜等の不用層を除去することにより、破壊電界強度、TDDB等の特性がよくなることは周知の事項(乙1〜3)であるから、本願発明の明細書に記載された効果の予測が容易であるとした本件審決に、誤りはない。
当裁判所の判断
1 本願発明と引用発明2との相違点の看過(取消事由1)について (1) 本願発明と引用発明1との一致点及び相違点が、本件審決認定(4頁)のとおりであることは、当事者間に争いがない。
(2) 原告は、本件審決が、上記相違点の判断において、引用発明2と本願発明とを対比し、「実質的に「トランジスタに用いられる半導体層を所定装置内で形成する」という概念においては同じ」と判断した(5頁)ことは、ゲート絶縁膜(酸化膜)とGaAs層とがトランジスタに用いられ得る層(膜)であることのみを理由とするものであって、誤りであると主張する。
ア そこで検討するに、本願の願書に最初に添付した明細書(甲2)には、
「【従来の技術】従来、ゲート絶縁膜形成は、洗浄槽で必要な前洗浄を行った後、
高温酸化炉内でゲート絶縁膜を形成するという方法が行われている。(段落【0002】)、【発明が解決しようとする課題】しかし、従来のゲート絶縁膜形成方法においては、洗浄工程で一旦汚染層、自然酸化膜等の不用層を除去した後、高温酸化炉内でゲート絶縁膜形成が開始されるまでの間に、再び単結晶Si基板上に自然酸化膜等の不用層が形成され、ゲート絶縁膜の膜質が低下するという問題点があった。(段落【0003】)、【課題を解決するための手段】上記課題を解決するために本発明は、単結晶Si基板上の汚染層、自然酸化膜等の不用層を除去し、清浄な単結晶Si基板表面を露出させた後、表面を清浄な単結晶Siの状態に保ちながらゲート絶縁膜形成工程に移行し、ゲート絶縁膜形成を行った。(段落【0004】)」と記載されている。
上記記載及び前示本願発明の要旨からすると、本願発明は、ゲート絶縁膜形成方法において、洗浄槽で必要な前洗浄を行った後、高温酸化炉内でゲート絶縁膜を形成することが、従来方法であることを前提として、高温酸化炉内でゲート絶縁膜形成が開始されるまでの間、清浄な単結晶Si基板表面が露出された状態を保持することに特徴を有しているものと認められ、ゲート絶縁膜の形成が開始された後の工程、すなわち、ゲート絶縁膜形成工程についても、従来方法を用いるものと認められる。
イ 一方、引用発明2が、本件審決認定のとおり、「半導体装置における半導体層の形成方法において、減圧雰囲気中で高温熱処理することにより、又はGeH4、NF3、H2ガス等の還元作用を有する雰囲気、又はその減圧高温熱処理することによりシリコン基板表面に存在する自然酸化膜を除去し、清浄なシリコン基板表面を出現させる工程と、前記清浄なシリコン基板表面が出現された状態を保持しながらGaAs層をMOCVD装置内で成長させる工程よりなり、前記清浄なシリコン基板表面が出現される状態を保持しながら、GaAs層を成長させる工程に移行する方法として、外気と遮断された同一装置内にて自然酸化膜の除去からGaAs層成長までの一連の工程を行う構成。」であることは、当事者間に争いがない。
また、引用例2(甲7)には、「〔概要〕半導体装置の製造方法、特にシリコンの表面に存在する自然酸化膜を除去する方法に関し、他に悪影響を与えず、前記自然酸化膜を除去することを目的とし、シリコンをGeH4またはNF3を含む雰囲気中でアニールし、前記シリコン表面の自然酸化膜を除去することを特徴とする半導体装置の製造方法を提供するものである。」(1頁右下欄)、「シリコン基板あるいはシリコン層の表面は、搬送時や保管時においては大気中で保持される場合が多い。従って、シリコンの表面には自然酸化膜(酸化珪素)が形成されており、
特に、成長界面の清浄度が要求される半導体層の成長を行う場合には、これを除去する必要がある。特に、シリコン基板上に良好なGaAsをヘテロエピタキシャル成長する場合には、上記自然酸化膜の除去工程は必須の事項である。」(2頁左上欄)、「[従来技術]シリコン基板上にGaAsをヘテロエピタキシャル成長する場合を例に、従来のシリコン表面の自然酸化膜を除去する方法を説明する。」(2頁右上欄)、「本実施例は、シリコンを基板とし、その表面にGaAsをヘテロエピタキシャル成長する場合に本発明を適用したものである。」(3頁左上欄)、「以上の処理によって、シリコン基板1上の酸化珪素よりなる自然酸化膜が除去されて清浄なシリコン表面が出現する。第2図(C)参照 次いで、MOCVD装置内にトリメチルガリウム(TMG)およびAsH3ガスを導入し、成長温度700°C、圧力76Torrの条件で、前記シリコン基板1上にGaAs層3を成長する。」(3頁右上欄)、「本実施例によれば、シリコン基板1の表面が低抵抗化することも無く、従来技術のように、
容量が増大してデバイスの動作速度を劣化させることも無い。また、自然酸化膜の除去とGaAs層の成長を同一の装置内で行うため、自然酸化膜が除去されて清浄化されたシリコンを大気中に晒すことによる自然酸化膜の再発生を生じることなく連続的にGaAsを成長することができる。」(3頁左下欄)、「また、上記実施例はシリコン基板上にGaAs層を成長するにおいて、本発明を適用した例であるが、本発明はこれに限定されるものではない。他の例としては、@シリコン層上に更にシリコン層をエピタキシャル成長する場合の前処理。・・・Cシリコン上にコンタクト電極を形成する場合の前処理。」(3頁右下欄)と記載されている。
これらの記載等によれば、本件審決が認定した引用発明2は、シリコン基板あるいはシリコン層の表面が、搬送時や保管時においては大気中で保持される場合が多く、その表面には自然酸化膜(酸化珪素)が形成され、特に、成長界面の清浄度が要求される半導体層の成長を行う場合には、これを除去する必要があることを、公知の技術課題として、自然酸化膜とGaAs層の成長を同一の装置内で実施することにより、MOCVD装置内でGaAs層の成長が開始されるまでの間、清浄なシリコン基板表面が出現された状態を保持することに特徴を有しているものと認められ、GaAs層の成長が開始された後の工程、すなわち、GaAs層成長工程自体は、従来方法を用いるものと認められる。しかも、引用例2においては、シリコン基板上にGaAs層を成長させることを半導体層の形成の実施例の1つとしたものであり、その発明本来の目的は、自然酸化膜を除去した状態の清浄度の保持を特徴とする一般的な半導体層の製造方法を開示することにあるものと認められる。
ウ そうすると、本願発明及び引用発明2は、いずれもゲート絶縁膜の形成あるいは半導体層の成長が開始されるまでの間、清浄な単結晶Si基板表面が露出された状態を保持することに特徴を有するものであって、単結晶Si基板表面に対する前処理技術として共通するものと認められ、本願発明における高温酸化炉内でのゲート絶縁膜形成工程自体及び引用発明2におけるMOCVD装置内でのGaAs層成長工程自体は、いずれも従来技術に属するものであることが明らかである。そして、最終的に得られるトランジスタの種類、形成される半導体層(膜)の相違は、この前処理技術の後の工程である上記従来技術の相違に基づくものであり、本願発明及び引用発明2の特徴となる前処理技術とは無関係に生ずるものであることも明白である。
エ ところで、本件審決は、本願発明と引用発明1との一致点が、「MOSトランジスタに用いられるゲート絶縁膜の形成方法において、単結晶Si基板表面にゲート絶縁膜を高温酸化炉内で形成する工程よりなるMOS集積回路のゲート絶縁膜の形成方法」であり、その相違点が、「本願発明のゲート絶縁膜の形成方法は、真空又は減圧雰囲気中で高温熱処理することにより、又は水素等の還元作用を有する雰囲気、又はその減圧雰囲気中で高温熱処理することにより単結晶Si基板上に存在する汚染層、及び自然酸化膜の不用層を除去し、清浄な単結晶Si基板表面を露出させる工程を有し、また、前記清浄な単結晶Si基板表面が露出された状態を保持しながらゲート絶縁膜を高温酸化炉内で形成する工程を有し、さらに、前記清浄な単結晶Si基板表面が露出された状態を保持しながらゲート絶縁膜を形成する工程に移行する方法として、外気が遮断された同一チャンバー内にて不用層の除去からゲート絶縁膜形成までの一連の工程を行うものであるのに対し、引用例1に記載された発明のゲート絶縁膜の形成方法は、単結晶Si基板表面にゲート絶縁膜を高温酸化炉内で形成する工程を有するものであるが、該工程内容が上述のようなものであるのか格別の記載がなく明かでない点。」(4頁)であることを前提として、その相違点の判断に当たって、引用発明2から、「トランジスタに用いられる半導体層(膜)の形成方法として、真空又は減圧雰囲気中で高温熱処理することにより、又は水素等の還元作用を有する雰囲気、又はその減圧雰囲気中で高温熱処理することによりSi基板上に存在する汚染層、及び自然酸化膜の不用層を除去し、清浄な単結晶Si基板表面を露出させる工程と、前記清浄な単結晶Si基板表面が露出された状態を保持しながらトランジスタに用いられる半導体層(膜)を所定装置内で形成する工程よりなり、前記清浄な単結晶Si基板表面が露出された状態を保持しながらトランジスタに用いられる半導体層(膜)を形成する工程に移行する方法として、外気と遮断された同一チャンバー内にて不用層の除去から上記半導体層(膜)形成までの一連の工程を行う、構成」(5頁)を抽出したものであるが、前示引用発明2に関する認定に照らして、このような構成を抽出した判断に誤りがないことは明らかである。
そして、本件審決は、その抽出の判断の前提として、引用発明2と本願発明とが「その形成する半導体層(膜)が異なり、該層(膜)の形成方法も異なるものであるが、実質的に「トランジスタに用いられる半導体層を所定装置内で形成する」という概念においては同じ」(4〜5頁)と判断したものであるが、前示のとおり、本願発明及び引用発明2が、いずれもゲート絶縁膜の形成あるいは半導体層の成長が開始されるまでの間、清浄な単結晶Si基板表面が露出された状態を保持することという単結晶Si基板表面に対する前処理技術に特徴を有するものであって、本願発明における高温酸化炉内でのゲート絶縁膜形成工程自体及び引用発明2におけるMOCVD装置内でのGaAs層成長工程自体は、いずれも従来技術に属するものであることを考慮すると、高温酸化炉内でゲート絶縁膜を形成することとMOCVD装置内でGaAs層を成長させることを、実質的に「トランジスタに用いられる半導体層を所定装置内で形成する」という共通概念において同じと判断したことは、極めて当然のことと認められ、これに反する原告の前記主張は、採用することができない。
オ また、原告は、本件審決の上記判断が、GaAs層が用いられ得る「半導体装置」という技術的概念とゲート絶縁膜を特有の構成とする「MOSトランジスタ」という技術的概念との相違を無視するものであり、本願発明における熱拡散(熱酸化)により形成されるゲート絶縁膜(酸化膜)と、引用発明2における堆積(エピタキシャル成長)により形成されるGaAs層との、形成方法及びその性質の相違をも無視すると主張する。
しかしながら、前記説示のとおり、最終的に得られるトランジスタの種類や形成される半導体層(膜)の相違は、本願発明及び引用発明2の特徴となる前処理技術とは無関係のことであり、しかも、いずれも半導体層(膜)形成における従来技術にすぎないから、原告主張の上記相違により、本件審決の上記判断が誤りとなるものではなく、この主張もまた採用することができない。
(3) 原告は、本件審決が、「半導体装置における半導体層(膜)の形成である技術の関連性」(5頁)を理由に、引用発明2を引用発明1に適用することが容易と判断したことも、誤りであると主張する。
しかしながら、引用発明1と本願発明とが、「MOSトランジスタに用いられるゲート絶縁膜の形成方法において、単結晶Si基板表面にゲート絶縁膜を高温酸化炉内で形成する工程よりなるMOS集積回路のゲート絶縁膜の形成方法」として一致することが当事者間に争いがなく、前示のとおり、この高温酸化炉内でゲート絶縁膜を形成することと、引用発明2に開示されたMOCVD装置内でGaAs層を成長させることが、いずれも半導体装置における半導体層(膜)の形成手段として従来技術に属し、関連性を有するものであることを考慮すると、本件審決の前記判断に誤りはなく、原告の上記主張もこれを採用する余地はない。
また、上記の説示に照らして、ゲート酸化膜とGaAs層とは、膜(層)の形成原理が全く異なるものであるから、ゲート酸化膜に関する引用発明1に、GaAs層に関する引用発明2の技術を適用する動機づけに欠けるとする原告の主張が採用できないことも明らかである。
2 顕著な作用効果の看過(取消事由2)について (1)ア 原告は、本件審決が、「「破壊電界強度及びTDDB特性の良いMOS集積回路を得る」という明細書記載の効果の予測が容易である」(5頁)ことを理由に、
引用発明2を引用発明1に適用することが容易と判断したことについて、本願発明は、微細化されたMOSトランジスタの絶縁破壊特性及びTDDB特性に影響を与え得るシリコン基板上の自然酸化膜等の不用層の生成を防止し、該シリコン基板に良質なゲート絶縁膜(熱酸化膜)のみを熱酸化により形成することを目的とするものであり、引用発明1及び2によっても、本願発明における、「清浄化」を行なった後の工程、すなわち、「前記清浄な単結晶Si基板表面が露出された状態を保持しながらゲート絶縁膜を形成する工程に移行する方法として、外気と遮断された同一チャンバー内にて不用層の除去からゲート絶縁膜形成までの一連の工程を行う」ことを当業者が容易に想到できたものではないと主張する。
しかしながら、引用発明2には、前示のとおり、シリコン基板あるいはシリコン層の表面が、搬送時や保管時において大気中で保持される場合が多く、その表面には自然酸化膜が形成されることから、これを除去する必要があることが、
公知の技術課題として開示されており、この課題解決のために、シリコン基板あるいはシリコン層の表面に各種半導体層(膜)を形成するに際して、その前処理技術として、シリコンの表面に存在する自然酸化膜を除去した上、半導体層(膜)を形成するまでの間、清浄な単結晶シリコン基板表面が露出された状態を保持するという方法を採択するものであり、引用例2には、その前処理の後にシリコン基板上に各種半導体層(膜)を形成する実施例の1つとしてGaAs層が記載されているのであって、引用発明2の上記方法が、GaAs層の形成に限定されると解することはできない。すなわち、引用発明2は、シリコン基板表面に形成される半導体層(膜)や得られるトランジスタの相違にかかわらず、自然酸化膜の除去の後にシリコン基板表面に半導体層(膜)を形成するものであれば適用することが可能な、汎用性の高い前処理技術を含むものと認められる。
一方、引用発明1は、本願発明と同様に、「単結晶Si基板表面にゲート絶縁膜を高温酸化炉内で形成する」ものであって、Si基板表面を処理対象とするものであるから、引用発明2に開示された、シリコン基板あるいはシリコン層表面の自然酸化膜の除去の必要性という公知の技術課題の観点から、引用発明2に開示された、シリコン基板における自然酸化膜等の不用層の除去及び清浄表面の保持という汎用性の高い前処理技術を適用することは、当業者にとって容易に想到し得るところであり、引用発明1に対し引用発明2を組み合わせることの動機づけは存在するものといわなければならない。
したがって、原告の上記主張は、採用することができない。
イ しかも、特開平2-2130号公報(乙1)、特開平5-36678号公報(乙2)及び西澤潤一・財団法人半導体研究振興会編株式会社工業調査会発行・半導体研究21巻「超LSI技術8-プロセスの低温化」(乙3)によれば、
トランジスタの微細化に対応してゲート絶縁膜が薄くなり、該ゲート絶縁膜が薄くなるに従って、シリコン基板表面の清浄度が重要になるところ、自然酸化膜等の不用層を除去することにより、破壊電界強度、TDDB等の特性が改善されることは、本願出願前に周知の事項と認められるから、シリコン基板に形成されるゲート絶縁膜において、自然酸化膜等の不用層が前記ゲート絶縁膜の性能に悪影響を及ぼすことは、当業者に十分認識された技術課題であったといえる。
したがって、当業者にとって、上記の周知の技術課題の観点からも、
「単結晶Si基板表面にゲート絶縁膜を高温酸化炉内で形成する」引用発明1に対して、引用発明2に開示された、シリコン基板における自然酸化膜等の不用層の除去及び清浄度の保持という前処理技術を適用することは、容易に想到し得ることといわなければならない。
なお、原告は、被告による前記証拠(乙1〜3)の提出が、単に技術水準を知るとか刊行物の記載内容を明らかにするという類のものとは異なり、原告(出願人)に対して新たな拒絶理由を示すことになるから、補正の機会のない審決取消訴訟の手続において許されるべきではないと主張する。
しかしながら、本件審決は、本願発明の進歩性を、引用発明1及び2により否定するものであり、上記各証拠(乙1〜3)は、自然酸化膜等の不用層が、
ゲート絶縁膜を形成する際の不適切な要因となることが周知の技術的課題であることを立証する趣旨のものであって、引用発明1又は2の構成に代わる引用例として提出されたものではないことが明らかであるから、原告の上記主張は失当といわなければならない(原告が指摘する東京高裁判決は、審決に示された周知技術等に基づく認定が誤りであった場合に、新たに提出された証拠に基づいて改めて周知技術を認定することが許されない旨判示するものであって、本件と事案を異にする。)。
ウ 原告は、上記の周知事項による効果は、「清浄化」によって奏されるにとどまるものであるのに対し、本願発明の効果は、「清浄化」した場合であっても、該「清浄化」後、「清浄化」の工程とゲート絶縁膜の工程との間で、TDDB特性等に影響を与え得る自然酸化膜等の生成を抑えることにより奏されるものであるから、本願発明の効果と周知事項による効果とは全く異なるものであり、本願発明の効果の予測が容易であるとはいえないと主張する。
しかしながら、本願発明の効果も周知事項による効果も、自然酸化膜等の不用層を除去することにより、破壊電界強度、TDDB等の特性を改善する点では、
全く同一である。原告の上記主張は、その効果を達成するために本願発明が採用した自然酸化膜等の除去後の清浄表面の保持という手段の相違を、発明の効果の相違として指摘するものであり(上記の手段が、引用発明2に開示された公知のものであることは、前示のとおりである。)、それ自体失当なものであるから、到底採用することができない。
3 結論 以上のとおり、原告主張の取消事由にはいずれも理由がなく、本願発明は、
特許法29条2項の規定により特許を受けることができないものであるから、これと同旨の本件審決には誤りがなく、その他本件審決にこれを取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 北山元章
裁判官 清水節
裁判官 上田卓哉