関連審決 |
無効2016-800066 無効2016-800004 |
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審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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平成29ワ27378 特許権持分1部移転登録手続等請求事件 | 判例 | 特許 |
令和2ネ10029 特許権侵害差止等請求控訴事件 | 判例 | 特許 |
令和3行ケ10093 審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成30ネ10043 特許権侵害差止等請求控訴事件 | 判例 | 特許 |
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事件 |
平成
31年
(ネ)
10014号
特許権侵害差止請求控訴事件
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控訴人サノフィ株式会社 同訴訟代理人弁護士 三村量一 東崎賢治 中島慧 浜崎翔多 同訴訟代理人弁理士 南条雅裕 同補佐人弁理士 瀬田あや子 伊波興一朗 被控訴人 アムジエン・インコーポレーテッド 同訴訟代理人弁護士 大野聖二 山口裕司 多田宏文 同補佐人弁理士 森田裕 |
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裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2019/10/30 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 民事訴訟 |
主文 |
1 本件控訴を棄却する。 2 控訴費用は,控訴人の負担とする。 -1-事実及び理由第1 控訴の趣旨1 原判決中,控訴人敗訴部分を取り消す。 2 前項の部分に係る被控訴人の請求をいずれも棄却する。 3 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。 第2 事案の概要(略称は,特に断らない限り,原判決に従う。)1 本件は,発明の名称を「プロタンパク質コンベルターゼスブチリシンケクシン9型(PCSK9)に対する抗原結合タンパク質」とする2件の特許権を有する被控訴人が,控訴人に対し,控訴人による被告製品及び被告モノクローナル抗体の生産,譲渡,輸入又は譲渡の申出が,本件各特許権を侵害する旨主張して,上記各行為の差止め並びに被告製品及び被告モノクローナル抗体の廃棄を求める事案である。 原判決は,被告モノクローナル抗体及び被告製品は,本件発明1及び2,本件訂正発明1及び2の技術的範囲にそれぞれ属し,控訴人の主張する無効理由はいずれも理由がないなどとして,控訴人に対し,被告製品及び被告モノクローナル抗体の生産,譲渡,輸入又は譲渡の申出の差止め並びに被告製品の廃棄を命じ,被控訴人のその余の請求を棄却した。 控訴人は,原判決を不服として,控訴を提起した。 2 前提事実以下のとおり補正するほか,原判決「事実及び理由」第2の1に記載のとおりであるから,これを引用する。 (1) 原判決5頁12行目から15行目を次のとおり改める。 「ア 訂正請求被控訴人は,平成29年5月8日付けで,本件特許1の無効審判請求事件(無効2016−800004号事件。以下「本件無効審判事件1」という。)において,特許請求の範囲の請求項1ないし4及び9からなる一群の請求項のうち,請求項1-2-及び9を訂正し,請求項2ないし4を削除する,請求項5ないし8からなる一群の請求項を削除する旨の訂正請求をし(甲11の1。以下「本件訂正1」という。,)本件特許2の無効審判請求事件(無効2016−800066号事件。以下「本件無効審判事件2」という。)において,特許請求の範囲の請求項1,2及び5からなる一群の請求項のうち,請求項1及び5を訂正し,請求項2を削除する,請求項3及び4からなる一群の請求項を削除する旨の訂正請求をした(甲11の2。 「本以下件訂正2」という)。 特許庁は,同年8月2日,本件無効審判事件1について,本件訂正1を認めた上,本件請求項1,9に係る発明についての審判請求は成り立たず,請求項2ないし8に係る審判請求を却下するとの審決を行い,本件無効審判事件2について,本件訂正2を認めた上,本件請求項1,5に係る発明についての審判請求は成り立たず,請求項2ないし4に係る審判請求を却下するとの審決を行った。 控訴人は,平成29年12月8日,無効審判事件1について,審決のうち本件特許1の請求項1及び9に係る部分の取消しを求める審決取消訴訟(当庁平成29年(行ケ)第10225号。以下「本件審決取消訴訟1」という。)を提起するとともに,無効審判事件2について,審決のうち本件特許2の請求項1及び5に係る部分の取消しを求める審決取消訴訟(当庁平成29年(行ケ)第10226号。以下「本件審決取消訴訟2」という。)を提起した。 知的財産高等裁判所は,平成30年12月27日,本件審決取消訴訟1及び2のいずれについても控訴人の請求を棄却する判決をし,控訴人は,それぞれの判決に対し,上告受理の申立てを行った。 イ 訂正後の本件特許1」(2) 原判決6頁3行目の「イ 本件特許2」を「ウ 訂正後の本件特許2」に改める。 (3) 原判決6頁16行目から26行目を次のとおり改める。 「(5) 以下においては,本件発明1の「配列番号368,175及び180のア-3-ミノ酸配列からそれぞれなるCDR1,2及び3を含む重鎖と,配列番号158,162及び395からそれぞれなるCDR1,2及び3を含む軽鎖とを含む抗体」(構成要件1B)を「参照抗体1」,本件発明2の「配列番号247,256及び265のアミノ酸配列からそれぞれなるCDR1,2及び3を含む重鎖と,配列番号222,229及び238からそれぞれなるCDR1,2及び3を含む軽鎖とを含む抗体」(構成要件2B)を「参照抗体2」といい,本件訂正発明1の「配列番号49のアミノ酸配列からなる重鎖可変領域を含む重鎖と,配列番号23のアミノ酸配列からなる軽鎖可変領域を含む軽鎖とを含む抗体」(構成要件1B’)を「参照抗体1’」,本件訂正発明2の「配列番号67のアミノ酸配列からなる重鎖可変領域を含む重鎖と,配列番号12のアミノ酸配列からなる軽鎖可変領域を含む軽鎖とを含む抗体」(構成要件2B’)を「参照抗体2’」という。 また,本件発明1と本件発明2を併せて「本件各発明」,本件訂正発明1と本件訂正発明2を併せて「本件各訂正発明」と総称することがある。」3 争点(1) 本件各発明及び本件各訂正発明の技術的範囲の属否被告製品及び被告モノクローナル抗体は,本件各発明及び本件各訂正発明の技術的範囲にそれぞれ属するか。 (2) 特許無効理由の有無本件各特許は,以下のアないしエの事由により無効にされるべきものといえるか。 ア サポート要件違反イ 実施可能要件違反ウ Thomas A. Lagace ほか”Secreted PCSK9 decreases the number of LDLreceptors in hepatocytes and in livers of parabiotic mice” The Journal of ClinicalInvestigation116巻11号2995頁〜3005頁(乙1。平成18年11月発行)記載の発明に基づく進歩性欠如エ Yue-Wei Qian ほか“Secreted PCSK9 downregulates low density-4-lipoprotein receptor through receptor-mediated endocytosis” Journal ofLipid Research 48巻1488〜1498頁(乙27。平成19年4月発行。以下「乙27文献」という。)記載の発明に基づく進歩性欠如(当審において追加された争点)(3) 差止請求の当否ア 差止めの必要性イ 権利濫用(当審において追加された争点)第3 当事者の主張1 原判決の引用(1) 以下のとおり補正し,下記2ないし7のとおり,当審における当事者の主張を付加するほかは,原判決「事実及び理由」の第2の3記載のとおりであるから,これを引用する。 引用にかかる原判決中,「本件各発明」 「本件各発明及び本件各訂正発明」は, と,「本件参照抗体」は「参照抗体1(1’)又は2(2’)」とそれぞれ読み替える。 (2) 原判決8頁14行目から15行目,18行目,20行目,15頁10行目,13行目の「21B12参照抗体」を「21B12」と改める。 (3) 原判決8頁15行目,19行目,21行目,15頁11行目,13行目の「31H4参照抗体」を「31H4」と改める。 (4) 原判決19頁6行目「のであった」の後に「こと」を付加する。 2 争点(1)(本件各発明及び本件各訂正発明の技術的範囲の属否)について〔当審における被控訴人の主張〕(1) 被告モノクローナル抗体は,「PCSK9とLDLRとの結合を中和し,PCSK9との結合に関して,参照抗体1(1’)と競合し,かつ,PCSK9との結合に関して,参照抗体2(2’ と競合する,) 単離されたモノクローナル抗体」であり,この点は当事者間に争いはない。したがって,被告モノクローナル抗体は,本件発明1−1及び2−1,本件訂正発明1−1及び2−1の構成要件を全て満たし,そ-5-の技術的範囲に含まれるし,被告製品は,本件発明1−2及び2−2,本件訂正発明1−2及び2−2の構成要件を全て満たし,その技術的範囲に含まれる。 (2) 本件各発明及び本件各訂正発明は,サポート要件及び実施可能要件を充たすものであり,違法に広いものではない。本件各発明及び本件各訂正発明は,本件各明細書の記載に沿ってその範囲内で権利化されたものであり,参照抗体1又は参照抗体2と競合する抗体が,EGFaドメインと同様の場所に結合して,PCSK9とLDLRとの結合を中和するという技術的思想を超える発明を権利化したものではない。本件各発明及び本件各訂正発明は,むしろ,参照抗体と競合する抗体が,LDLRのEGFaドメインと同様の位置でPCSK9に結合し,PCSK9とLDLRとの結合を中和するという,新しい抗体群の新しい作用機序を見出してなされたものである。 発明の技術的範囲は,特許請求の範囲の記載に基づき,明細書の記載を考慮して解釈すれば足り,機能的クレームであることを理由として解釈の手法を変更する必要はない。本件各明細書の記載及び図面を考慮すれば,本件各発明及び本件各訂正発明は,アミノ酸配列にかかわらないものであり,技術的範囲が「特定の位置のアミノ酸の1若しくは数個のアミノ酸が置換されたアミノ酸配列を有する抗体」に限定されると解釈することは妥当ではない。また,本件各発明及び本件各訂正発明は,参照抗体1(1’)又は2(2’)と競合し,かつPCSK9とLDLRとの結合を中和する抗体以外のものまでをその技術的範囲に含むものではない。 したがって,被告モノクローナル抗体及び被告製品を本件各発明及び本件各訂正発明の技術的範囲から除外して解釈する理由は存在しない。 〔当審における控訴人の主張〕(1) 特許請求の範囲が作用的又は機能的な表現で記載されている場合(いわゆる機能的クレーム),当該機能ないし作用効果を果たし得る構成全てを技術的範囲に含まれると解すると,明細書に開示された技術思想と異なるものも発明の技術的範囲に含まれ得ることとなり,出願人が発明した範囲を超えて特許権による保護を与-6-える結果となるから,機能的クレームについては,クレームの記載に加え,明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌し,出願人が明細書で開示した具体的な構成に示された技術思想に基づいて当該発明の技術的範囲を確定すべきであり,明細書の記載から当業者が実施し得る範囲に限定解釈すべきである。 抗体は,それぞれ特定の抗原と特異的に結合するものであるところ,抗体がどの抗原と特異的に結合するのかを決定付けるのは,抗体の両腕の先端に存在する抗原との結合領域,すなわち,重鎖可変領域及び軽鎖可変領域のアミノ酸配列であり,その中でも,重鎖及び軽鎖にそれぞれ3箇所存在する相補性決定領域(CDR)と呼ばれる部分のアミノ酸配列である。したがって,抗体を内容とする発明は,少なくとも重鎖CDR1〜3及び軽鎖CDR1〜3のアミノ酸配列をもって特定することが一般的である。 ところが,本件各明細書を見ても,どのような構造(アミノ酸配列)を有する抗体であれば,「PCSK9とLDLRの結合を中和することができる」抗体で,「PCSK9との結合に関して,参照抗体1又は参照抗体2と競合する」という要件を充たすのかは,明らかではない。 (2) 被控訴人が本件各明細書において開示したのは,PCSK9−LDLR結合中和抗体であって,参照抗体1(1’)又は2(2’)と競合するいくつかの具体的な抗体であり,本件各発明及び本件各訂正発明が新たに見出したのは,本件各明細書に開示された具体的な抗体そのものであるというほかない。本件各明細書において開示された技術思想は,被控訴人が本件各明細書において開示したいくつかの具体的な抗体がPCSK9とLDLRの結合を中和することができ,特に,参照抗体1(1’)及び参照抗体2(2’)がPCSK9とLDLRの結合を中和することができる優れた抗体であることであり,これらの具体的な抗体を超えて,「PCSK9−LDLR結合中和抗体のうち,参照抗体と競合するもの」一般が優れた結合中和能力を有するという発明は,一切記載がない。したがって,被控訴人に対し,「PCSK9−LDLR結合中和抗体のうち,参照抗体と競合するもの」一般について独-7-占権を与える合理的な根拠は存在しない。 (3) 被告モノクローナル抗体は,本件各発明及び本件各訂正発明とは別個独立に発明されたものであり,本件各明細書に開示された具体的な抗体とは構造(アミノ酸配列)が大きく異なる。 また,本件各明細書においてPCSK9−LDLR結合中和抗体の具体例とされた参照抗体1(1’,2(2’) )と競合する抗体は,いずれも,PCSK9の表面上におけるLDLR結合部位とその一部を重複する形で結合するものにすぎないのに対し,被告モノクローナル抗体は,LDLRが認識するPCSK9上のアミノ酸の大部分を認識する抗体であり,PCSK9へのLDLRのEGFaドメインの結合をそっくり模倣する抗体である,EGFaミミック(EGFa模倣抗体)である。 よって,被告モノクローナル抗体は,本件発明1−1及び2−1,本件訂正発明1−1及び2−1の技術的範囲に属するものではなく,被告製品も,本件発明1−2及び2−2,本件訂正発明1−2及び2−2の技術的範囲に属しない。 3 争点(2)ア(サポート要件違反)について〔当審における控訴人の主張〕本件各発明及び本件各訂正発明は,抗体の構造(アミノ酸配列)の特定がなく,有すべき特性,機能によって発明を特定する機能的クレームであり,「参照抗体と競合する」というパラメータ要件と,「結合中和することができる」という解決すべき課題(所望の効果)のみによって特定される抗体の発明である。 したがって,本件各特許のサポート要件の充足性については,「参照抗体と競合する」というパラメータ要件を充足する抗体であれば,「PCSK9とLDLRとの結合を中和することができる」という所望の効果が達成できると当業者が認識できるように本件各明細書が記載されているといえるか否かが判断基準となる。 しかしながら,本件明細書1には,「参照抗体1と競合する」とのパラメータ要件を充足する結合中和抗体として,3グループ(3種類)の抗体が,本件明細書2には,「参照抗体2と競合する」というパラメータ要件を充足する抗体として2グルー-8-プ(2種類)の抗体が,それぞれ記載されているにすぎず,しかも予め結合中和活性のある抗体として選別された抗体の例でしかない。このような実施例が示されたとしても,結合中和活性の低い(更には結合中和活性のない)抗体までをも含む「参照抗体1(1’)又は2(2’)と競合する」抗体全般について,「参照抗体1(1’)又は2(2’)と競合する」というパラメータ要件を充足すれば結合中和できると認識することは到底できない。 また,本件各発明及び本件各訂正発明においては,解決すべき課題(有すべき効果)である「結合中和することができる」ことが発明特定事項として規定されているが,そのことによって,クレームの全範囲において課題が解決でき,サポート要件を充足すると解することはできない。 したがって,当業者は,本件各明細書における発明の詳細な説明から,「参照抗体と競合する」というパラメータ要件を充足すれば,「結合中和することができる」という所望の効果が得られるものとは認識できないから,本件各発明及び本件各訂正発明は,いずれもサポート要件違反である。 〔当審における被控訴人の主張〕(1) 本件各明細書で開示されたのは,特定の抗体ではなく,参照抗体1(1’)や参照抗体2(2’)と同様のメカニズムによってPCSK9とLDLRとの結合を中和して,血漿LDL−Cの濃度を低下させることができる抗体である。 具体的には,本件各明細書には,@PCSK9とLDLRとの結合を中和(遮断)する抗PCSK9モノクローナル抗体が得られたこと,A参照抗体1(1’)及び参照抗体2(2’)が,極めて良好にPCSK9とLDLRのEGFaドメインとの結合を遮断すること,BPCSK9とLDLRのEGFaドメインとの結合を遮断する抗PCSK9抗体が,LDLRレベルを増加させ,このLDLRレベルの増加は,血清コレステロールレベルの減少に有効であること,C参照抗体1(1’)又は参照抗体2(2’)と競合する抗体が得られること,D参照抗体1(1’)又は参照抗体2(2’)と競合する抗体は,LDLRのEGFaドメインと相互作用するPCSK-9-9上の小さな領域に結合するため,PCSK9とLDLRのEGFaドメインとの結合を抑制できることが,当業者に理解できるように記載されている。 したがって,本件各明細書は,本件発明1−1及び2−1,本件訂正発明1−1及び2−1の抗体であれば,PCSK9の活性を抑制し,発明の課題を解決することができると当業者が理解できるように記載されたものであるから,本件発明1−1及び2−1,本件訂正発明1−1及び2−1は,サポート要件に適合する発明であり,これを引用する本件発明1−2及び2−2,本件訂正発明1−2及び2−2も,サポート要件に適合する発明である。 (2) 本件各明細書の記載に基づけば,当業者は,参照抗体1(1’)又は2(2’)と競合する抗体は,PCSK9とLDLRとの結合を,参照抗体1(1’ や2) (2’)と同じ方式で中和するであろうことを理解することができる。仮に,PCSK9とLDLRとの結合を中和できない抗体が存在したとしても,本件各明細書には,そのような抗体は,過度の試行錯誤を要することなく技術的に容易に除外できるように,本件各発明及び本件各訂正発明が記載され,かつ,請求項の文言上も,本件各発明及び本件各訂正発明の技術的範囲に含まれないようになっているのであるから,本件各発明及び本件各訂正発明は,サポート要件に適合するというべきである。 4 争点(2)イ(実施可能要件違反)について〔当審における控訴人の主張〕(1) 実施可能要件は,特許請求の範囲に記載された発明の全範囲について,発明の詳細な説明に基づいて当業者が実施可能であるか否かを,判断するものであり,一部についてのみ実施できる程度に記載されれば足りると解すべきではない。加えて,実施可能要件の判断において重要であるのは,明細書の発明の詳細な説明と技術常識とに基づいて特許発明を実施しようとする場合に,過度の試行錯誤や実験を要するか否かである。特許請求の範囲に記載された発明の全範囲について当業者が容易に得られるような技術を開示する必要があり,過度の試行錯誤や実験をしなければ当該発明に含まれる全てを実施できない場合には,実施可能要件を欠く。 - 10 -本件各発明及び本件各訂正発明は,抗体の構造を特定することなく,機能的にのみ定義されており,抗体の構造(アミノ酸配列)は何ら特定されていないから,いかなる構造の抗体であっても,結合中和することができ,「 参照抗体と競合する抗体」でありさえすれば,本件各発明及び本件各訂正発明に該当し,極めて広範な抗体を含む。それゆえ,本件各発明及び本件各訂正発明には,過度の実験なくして取得できない抗体までもが含まれる。 (2) 本件各明細書の発明の詳細な説明において,本件各発明及び本件各訂正発明に含まれ得る抗体としていくつかの抗体が具体的に記載されていたとしても,当業者が,当該実施例抗体以外の,構造が特定されていない本件各発明及び本件各訂正発明の範囲の全体に含まれる抗体を取得するには,抗体を最初から作製しスクリーニングする必要がある。そして,本件各発明及び本件各訂正発明に該当する抗体は,多種多様であり,かつ,膨大な数である。 本件各発明及び本件各訂正発明に文言上含まれ得る抗体を得るためには,基本的に全長のPCSK9抗原を調製した上で,多くの抗体を取得し,その中から結合中和抗体を選別し,参照抗体1(1’)や参照抗体2(2’)と競合する抗体を選別することになるが,本件各発明及び本件各訂正発明の特許請求の範囲の全体に含まれる,ありとあらゆる抗体を得るためには,この作業を膨大な回数,数限りなく繰り返す必要がある。 また,本件各明細書に記載された方法を最初から繰り返しても,せいぜい本件各明細書に記載されたような抗体が得られるにすぎず,本件各明細書とは異なる方法を用いて得たEGFaミミック抗体を含む,ありとあらゆる抗体が得られるとはいえない。本件各明細書を解析すると,本件各明細書に記載された方法によってEGFaミミック抗体は1つも取得できなかったことが明らかである。 したがって,本件各明細書に開示されていない,本件各発明及び本件各訂正発明に該当する抗体を取得するには,膨大な時間と労力を要するのであり,過度の試行錯誤ないし実験に該当するから,本件各発明及び本件各訂正発明は,その全範囲に- 11 -ついて,過度の試行錯誤や実験を要することなく実施できるものではない。 〔当審における被控訴人の主張〕本件各発明及び本件各訂正発明の技術思想の下では,当業者が本件各発明及び本件各訂正発明の抗体をアミノ酸配列の内容によって区別する理由はなく,当業者は,得られた抗体をアミノ酸配列によらずに同じ効果を奏するものとして用いることができる。したがって,全ての抗体のアミノ酸配列を知るまでは実施できない発明ではなく,全ての可能なアミノ酸配列を得ることが求められる理由はない。 したがって,本件各発明及び本件各訂正発明を実施するために,当業者の期待を超える過度の試行錯誤は必要ではない。 むしろ,本件各明細書の記載に基づけば,当業者が再現性をもって取得することができ,取得したものはいずれも同様の発明の効果を奏するものとして用いることができる。したがって,当業者は,本件各明細書の開示に基づき,アミノ酸配列を設計することなく,本件各発明及び本件各訂正発明を実施することができる。 よって,本件各発明及び本件各訂正発明は,実施可能要件を満たす発明である。 5 争点(2)ウ(乙1文献に基づく進歩性欠如)について〔当審における控訴人の主張〕乙1文献には,高コレステロール血症の治療のため,当業者がPCSK9−LDLR結合中和抗体を取得し,その有用性を試験することの動機付けがある。また,抗体の代表例としてモノクローナル抗体が含まれることは周知であるから,モノクローナル抗体であることは,乙1文献に記載されているに等しく,少なくともその取得を動機付けられている。したがって,当業者は,本件優先日当時の周知技術を用いて,PCSK9−LDLR結合中和抗体をモノクローナル抗体として容易に取得することができた。 そして,当業者は,何らかのPCSK9−LDLR結合中和抗体をいくつか作製するだけで,参照抗体1(1’)又は2(2’)と競合する結合中和抗体を取得することができ,本件発明1−1及び2−1,本件訂正発明1−1及び2−1に含まれ- 12 -る抗体を容易に想到し得た。 〔当審における被控訴人の主張〕(1) 本件各発明及び本件各訂正発明と乙1文献の記載事項とを対比すると,一致点は存在せず,相違点は,以下のとおりである。 ア 本件各発明及び本件各訂正発明は,PCSK9とLDLRとの結合を中和する単離されたモノクローナル抗体又は当該抗体を含む医薬組成物であるのに対して,乙1文献には,単離されたモノクローナル抗体について記載していない点。 イ 本件各発明及び本件各訂正発明は,PCSK9に結合する抗体又は当該抗体を含む医薬組成物であるのに対して,乙1文献には,結合を中和する抗体をPCSK9に結合させることが記載されていない点。 ウ 本件発明1及び本件訂正発明1は,参照抗体1(1’)と競合する抗体又は当該抗体を含む医薬組成物であるのに対して,乙1文献には,抗体が参照抗体1(1’)と競合することが記載されていない点。 本件発明2及び本件訂正発明2は,参照抗体2(2’)と競合する抗体又は当該抗体を含む医薬組成物であるのに対して,乙1文献には,抗体が参照抗体2(2’)と競合することが記載されていない点。 (2) 容易想到性について乙1文献には,PCSK9タンパク質及びLDLRタンパク質が記載されているが,PCSK9とLDLRとの結合を中和する単離されたモノクローナル抗体については,全く開示されていない。さらに,乙1文献には,参照抗体1(1’)又は2(2’ と競合するとの抗体の結合特性や,) そのような結合特性を有する抗体についても開示されていない。 したがって,乙1文献には,上記(1)の各相違点について,何ら開示も示唆もないから,本件各発明及び本件各訂正発明は,乙1文献から当業者が容易に想到できた発明ではない。 6 争点(2)エ(乙27文献に基づく進歩性欠如)について- 13 -〔控訴人の主張〕(1) 乙27文献に記載された発明乙27文献は,細胞外に分泌されたPCSK9が,細胞表面に存在するLDLRに結合し,LDLRの分解を生じ,コレステロール濃度が上昇することを示した文献である。 LDLRは,細胞外ドメイン,細胞膜貫通ドメイン,C末端部分(細胞内に存在する部分)を有するタンパク質であるところ,乙27文献は,LDLRの細胞外ドメイン部分のみから成るタンパク質を作成し,PCSK9がLDLRの細胞外ドメイン部分と直接結合することを実証した。 その上で,乙27文献は,細胞外において,細胞表面に存在するLDLRへのPCSK9の結合を阻害(中和)するタンパク質(LDLR細胞外ドメインタンパク質)を用いることにより,当該タンパク質がPCSK9に結合し,PCSK9が細胞表面LDLRに結合して当該LDLRの細胞内での分解を促進する機能を著しく弱めることができたことを示し,結論として,PCSK9のこの特定の機能を阻害する薬は,LDLを減少させ,アテローム性動脈硬化症を減少させるための適当な方法として開発されるであろうことを示した。 したがって,乙27文献には,「PCSK9とLDLRとの結合を中和することができ,参照抗体と競合する」タンパク質が開示されている。 (2) 乙27文献の記載事項と本件発明1−1及び2−1,本件訂正発明1−1及び2−1との対比乙27文献の記載事項と本件発明1−1及び2−1,本件訂正発明1−1及び2−1とを対比すると,PCSK9とLDLRとの結合を中和するもの(PCSK9−LDLR結合中和タンパク質ないし結合中和剤)が記載されている点において一致するが,以下の点において相違する。 ア 本件発明1−1及び2−1,本件訂正発明1−1及び2−1では,結合中和抗体が単離されたモノクローナル抗体であるのに対し,乙27文献には,結合中和- 14 -剤が,単離されたモノクローナル抗体であることの明示的な記載はない点(構成要件1A,1C,2A,2C)。 イ 本件発明1−1の抗体は参照抗体1と,本件訂正発明1−1の抗体は参照抗体1’と競合するのに対し,乙27文献には,(結合中和剤がモノクローナル抗体として取得された場合に)参照抗体1(1’)と競合することの明示的な記載はない点(構成要件1B,1B’)。 本件発明2−1の抗体は参照抗体2と,本件訂正発明2−1の抗体は参照抗体2’と競合するのに対し,乙27文献には,(結合中和剤がモノクローナル抗体として取得された場合に)参照抗体2(2’)と競合することの明示的な記載はない点(構成要件2B,2B’)。 (3) 容易想到性についてア 乙27文献は,細胞外において,PCSK9に結合することにより,細胞表面に存在するLDLRへのPCSK9の結合を阻害(中和)する阻害剤(PCSK9−LDLR阻害剤)であるタンパク質(PCSK9−LDLR結合中和タンパク質)を用いて,PCSK9の機能を著しく弱めることを実証している。 細胞外(血液中)において,タンパク質とタンパク質との結合を阻害し得る阻害剤の代表例として,抗体が含まれること(特に医薬用途のものは通常モノクローナル抗体であること)は優先日当時周知の事項であり,PCSK9−LDLR阻害剤を医薬に用いることを提案する乙1文献及び”Structural and biophysical studies ofPCSK9 and its mutants linked to familial hypercholesterolemia” Nature Structural &Molecular Biology 乙28。以下「乙28文献」という。)においては,PCSK9−LDLR阻害剤として抗体を明示的に提案している。 したがって,乙27文献に接した当業者であれば,PCSK9−LDLR結合中和タンパク質として,モノクローナル抗体(PCSK9に結合して,そのLDLRへの結合を阻害するモノクローナル抗体)の取得を動機付けられる。 そして,乙27文献に抗体医薬分野の周知技術を用いて,PCSK9に結合する- 15 -モノクローナル抗体を多数作成し,結合中和アッセイによりスクリーニングすることにより,PCSK9−LDLR結合中和モノクローナル抗体を取得することは,当業者が容易になし得ることであるから,相違点アに係る構成は当業者が容易に想到できるものである。 イ PCSK9−LDLR結合中和モノクローナル抗体は,具体的な種々の抗体であり,それぞれがPCSK9の表面上の特定の位置に結合する。その抗体がどのようなアミノ酸配列を有する抗体で,PCSK9の表面上のどの部位に結合するものであるかは客観的に決まっており,参照抗体と競合するか否かも,客観的に定まる事項にすぎない。 そして,乙27文献において用いられたPCSK9−LDLRタンパク質は,LDLRのうちのPCSK9に結合する部分そのものであり,PCSK9の表面上におけるLDLR結合部位に,LDLRと同じ態様で結合するから,PCSK9との結合に関して参照抗体1(1’)又は2(2’)と競合する。 したがって,当業者が乙27文献の記載事項及び周知技術に基づき容易に想到し得たPCSK9−LDLR結合中和モノクローナル抗体は,結果的に参照抗体とも競合する抗体を包含するから,相違点イに係る構成も当業者が容易に想到できるものである。 (4) 小括以上によれば,本件発明1−1及び2−1,本件訂正発明1−1及び2−1は,いずれも,乙27文献の記載事項及び周知技術に基づいて当業者が容易に想到し得たものであり,進歩性を欠く。そして,乙27文献は,「PCSK9のこの特定の機能を阻害する薬は,LDLを減少させ,アテローム性動脈硬化症を減少させるための適当な方法として開発されるであろう」と述べているから,本件発明1−1及び2−1,本件訂正発明1−1及び2−1が進歩性を欠く以上,本件発明1−2及び2−2,本件訂正発明1−2及び2−2も進歩性を欠く。 〔被控訴人の主張〕- 16 -(1) 時機に後れた攻撃防御方法控訴人による乙27文献の記載事項及び周知技術に基づく進歩性欠如の主張は,令和元年7月3日の口頭弁論期日において陳述された平成31年3月22日付け控訴理由書(2)において,訴え提起から2年以上経過して初めてされたものであり,控訴人の故意又は重大な過失に基づく時機に後れた攻撃防御方法に当たり,本件訴訟の完結を遅延させるものであることは明らかであるから,却下されるべきである。 (2) 乙27文献においては,単にLDLRの特定の部位(「デコイ」分子)を発現させた実験が記載されているのみであり,抗体については示唆も開示もなされていない。 したがって,乙27文献の記載事項と本件各発明及び本件各訂正発明とを対比すると,一致点は存在せず,以下の点において相違する。 ア 本件各発明及び本件各訂正発明は,単離されたモノクローナル抗体であるのに対し,乙27文献には,単離されたモノクローナル抗体について記載していない点。 イ 本件各発明及び本件各訂正発明は,PCSK9に結合する抗体又は当該抗体を含む医薬組成物であるのに対し,乙27文献には,抗体をPCSK9に結合させることが記載されていない点。 ウ 本件発明1の抗体は,参照抗体1と競合する抗体であり,本件訂正発明1の抗体は,参照抗体1’と競合する抗体であるのに対し,乙27文献には,抗体が参照抗体1(1’)と競合することが記載されていない点。 本件発明2の抗体は,参照抗体2と競合する抗体であり,本件訂正発明2の抗体は,参照抗体2’と競合する抗体であるのに対し,乙27文献には,抗体が参照抗体2(2’)と競合することが記載されていない点。 (3) 容易想到性について乙27文献に記載されているのは,LDLRの細胞外ドメインの作用であり,これを上位概念化してPCSK9とLDLRとの結合を中和するものが開示されてい- 17 -ると認定することは許されない。 乙27文献には,「PCSK9の当該特定の機能を阻害するように作用する薬」との表現があるが,薬が,単離されたモノクローナル抗体を含むことの記載はなく,PCSK9とLDLRとの結合を中和する単離されたモノクローナル抗体の記載はないのであって,LDLRの細胞外ドメインの代わりに抗体を用いることの示唆は何らなされていない。 また,仮に,PCSK9の当該特定の機能を阻害するために抗体を用いることを考えることができたとしても,LDLRに結合して,PCSK9とLDLRとの結合を中和して,「PCSK9の当該特定の機能を阻害するように作用する薬」を開発することについて,乙27文献には何らの示唆もない。 さらに,乙27文献には,参照抗体1(1’)又は2(2’)と競合するとの抗体の結合特性や,かかる結合特性を有する抗体についても開示されていない。 乙27文献と乙1文献を組み合わせても同じである。 したがって,乙27文献の記載事項に基づいて,本件各発明及び本件各訂正発明の技術思想に容易に想到し得たということはできない。 7 争点(3)(差止請求の当否)について〔当審における控訴人の主張〕医薬品は,同一の分野のものであっても,ある患者について,A医薬品は効かないが(一次無効),B医薬品は効くというケースがあり,また,A医薬品は当初は効いたが,徐々に効かなくなり(二次無効),B医薬品に切り替えると効くというケースもある。 PCSK9−LDLR結合中和抗体としては,被告製品「プラルエント」と,被控訴人が製造販売する「レパーサ」の2つの医薬品が市場に存在するところ,これらについては,患者の症状等に照らして,より当該患者に適した製品が処方されている。低容量投与が可能なPCSK9−LDLR結合中和抗体製品は,被告製品しか市場に存在しないため,被告製品及び被告モノクローナル抗体の生産,譲渡等が- 18 -差し止められると,低容量投与が適当である患者に対して適切な治療を行うことが不可能となる。 仮に被告製品が本件特許権の技術的範囲に属するとしても,本件特許権に基づき被告製品及び被告モノクローナル抗体の製造・譲渡を差し止めることは,現に被告製品の投与を受けている患者に重大な健康上の不利益を生じさせるとともに,現在「レパーサ」の投与を受けている患者にも将来の治療上の不安をもたらすものであり,公共の利益に反する結果を招く。 したがって,本件各特許権に基づく差止請求は,権利の濫用(民法1条3項)に当たり,許されない。 〔当審における被控訴人の主張〕本件において,被告製品及び被告モノクローナル抗体は,本件各発明及び本件各訂正発明の技術的範囲に含まれ,本件各特許権を侵害するものであり,かつ,本件各発明及び本件各訂正発明は新規性及び進歩性を有し,サポート要件及び実施可能要件を満たすものであるから,本件特許権に基づく差止請求権等(特許法100条)の行使は当然に法が予定し許容するものであって,権利濫用に該当することはない。 たとえ特許権を侵害する違法な製品であっても,医療現場や患者にとっては,選択可能なオプションが存在する方が望ましいから,これに対する差止請求権の行使は権利濫用に当たるとするなら,医薬品に関しては,選択可能なオプションを提供するという理由で,特許侵害品の製造販売等を全て許容することになってしまう。 そうすると,特許権者である製薬会社は,多大な人材と費用を投下し,他社に先駆けて医薬品を開発して特許を取得しても,市場を独占することができないこととなるため,その研究開発のインセンティブが大幅に削がれ,医薬分野の発達を大きく阻害し,「発明を奨励し,もつて産業の発達に寄与する」という特許法の目的(特許法1条)に反する事態を招く。 そもそも,被告製品と被控訴人が製造販売する「レパーサ」は作用機序が全く同一であり,その臨床実験における効能,効果にも差がないのであるから,控訴人の- 19 -主張は理由がない。 第4 当裁判所の判断当裁判所も,被告モノクローナル抗体は,本件発明1−1及び2−1の,被告製品は,本件発明1−2及び2−2の技術的範囲に属し,また,本件各特許は特許無効審判により無効にされるべきものとは認められないものと判断する。その理由は,以下のとおりである。 1 本件発明について(1) 本件各明細書の記載本件各明細書の記載は,以下のとおり補正するほか,原判決22頁22行目から36頁7行目までに記載のとおりであるから,これを引用する。 ア 原判決22頁23行目の「以下の記載がある」の後に, (以下の記載中に引「用する表2,表3については別紙を参照。」と付加し,別紙に表2,表3を掲記す)る。 イ 原判決29頁15行目末尾を改行し,以下を付加する。 「「抗原結合領域」は,特定の抗原(例えば,パラトープ)を特異的に結合するタンパク質又はタンパク質の一部を意味する。例えば,抗原と相互作用し,抗原に対するその特異性及び親和性を抗原結合タンパク質に対して付与するアミノ酸残基を含有する抗原結合タンパク質のその部分は,「抗原結合領域」と称される。抗原結合領域は,通例,1つ又はそれ以上の「相補性結合領域」「CDR」( )を含む。ある種の抗原結合領域は,1つ又はそれ以上の「フレームワーク」領域も含む。「CDR」は,抗原結合特異性及び親和性に寄与するアミノ酸配列である。「フレームワーク」領域は,CDRの適切な立体構造の維持を補助して,抗原結合領域と抗原の間の結合を促進することができる。構造的には,フレームワーク領域は,抗体中においてCDR間に位置することができる。フレームワーク及びCDR領域の例は,図2Aから3D,3CCC−JJJ及び15Aから15Dに示されている。…」「可変領域は,3つの超可変領域(相補性決定領域又はCDRとも称される。)に- 20 -よって連結された,相対的に保存されたフレームワーク領域(FR)の同じ一般的構造を典型的に呈する。各対の2つの鎖から得られるCDRは,フレームワーク領域によって通例並列され,これにより,特異的なエピトープへの結合が可能となり得る。N末端からC末端へ,軽鎖及び重鎖可変領域は何れも,通例,ドメインFR1,CDR1,FR2,CDR2,FR3,CDR3及びFR4を含む。…」(段落【0123】【0127】, )「「軽鎖」という用語は,完全長の軽鎖及び結合特異性を付与するのに十分な可変領域配列を有するその断片を含む。完全長軽鎖は,可変領域ドメイン,V L及び定常領域ドメイン,CLを含む。軽鎖の可変領域ドメインは,ポリペプチドのアミノ末端に位置する。軽鎖は,κ 鎖及び λ 鎖を含む。」「「重鎖」という用語は,完全長の重鎖及び結合特異性を付与するのに十分な可変領域配列を有するその断片を含む。完全長の重鎖は,可変領域ドメインV H及び3つの定常領域ドメインCH1,CH2及びCH3を含む。VHドメインはポリペプチドのアミノ末端に,及びCHドメインはカルボキシル末端に位置し,CH3がポリペプチドのカルボキシ末端に最も近い。重鎖は,IgG(IgG1,IgG2,IgG3及びIgG4サブタイプを含む。,IgA(IgA1及びIgA2サブタイプを含)む。,IgM及びIgEなどのあらゆるイソタイプのものであり得る。 (段落【0) 」132】【0133】」, )ウ 原判決32頁23行目末尾を改行し,以下を付加する。 「「PCSK9に対する抗原結合タンパク質プロタンパク質コンベルターゼスブチリシンケクシン9型(PCSK9)は,低密度リポタンパク質受容体(LDLR)タンパク質のレベルの制御に関与しているセリンプロテアーゼである(Horton et al, 2007; Seidah and Prat, 2007)。PCSK9は,セリンプロテアーゼのスブチリシン(S8)ファミリーのプロホルモン−プロタンパク質コンベルターゼである(Seidah et al.,2003)。…PCSK9タンパク質の構造は,- 21 -2つのグループによって最近解決された(…)。PCSK9は,シグナル配列,N末端プロドメイン,スブチリシン様触媒ドメイン及びC末端ドメインを含む。 (段落」【0154】」)エ 原判決33頁22行目末尾を改行し,以下を付加する。 「「…幾つかの実施形態において,ABPは,本明細書中に論述されている抗体によって結合されるエピトープの何れか1つに結合する。幾つかの実施形態において,これは,本明細書中に開示されている抗体と他の抗体の間の競合アッセイによって測定することができる。…」(段落【0157】)「提供されている抗体の軽鎖及び重鎖の可変領域の幾つかの具体例及びそれらの対応するアミノ酸配列は表2中に要約されている。」「同じく,表2に列記されている典型的な可変重鎖の各々は,抗体を形成するために,表2に示されている典型的な可変軽鎖の何れとも組み合わせることができる。 表2は,本明細書中に開示されている抗体の幾つかの中に見出される典型的な軽鎖及び重鎖の対を示している。…」(段落【0170】【0172】」, )オ 原判決34頁6行目末尾を改行し,以下を付加する。 「「幾つかの実施形態において,ABP21B12は,残基162から167(例えば,配列番号1の残基D162−E167)を含むエピトープに結合する。…」(段落【0268】」)カ 原判決36頁7行目末尾を改行し,以下を付加する。 「(実施例3)PCSK9抗体の選択…抗体の選択は,結合データ及びLDLR「へのPCSK9の結合の阻害及び親和性を基礎とした。…」(段落【0325】)「大規模受容体リガンド遮断スクリーニング LDLRへのPCSK9結合を遮断する抗体をスクリーニングするために,D374YPCSK9変異体を用いたアッセイを開発した。…スクリーニングによって,PCSK9とLDLRウェル間での相互作用を遮断する384の抗体が同定され,100の抗体は相互作用を強く遮断した…」(段落【0332】)- 22 -「(実施例11)D374YPCSK9/LDLR結合を遮断する31H4及び21B12の効果 本実施例は,PCSK9D374YがLDLRに結合する能力を遮断する上での,抗体の2つに対するIC50価を提供する。…」(段落【0377】」)(2) 前記?の本件各明細書の記載によれば,本件各発明の概要は,以下のとおりであると認められる。 すなわち,PCSK9(プロタンパク質コンベルターゼスブチリシンケクシン9型)は,LDLR(低密度リポタンパク質受容体)と結合して,相互作用し,LDLRとともに肝臓の細胞内に取り込まれ,肝臓中のLDLRのレベルを低下させ,さらには,細胞表面(細胞外)でLDLへの結合に利用可能なLDLRの量を減少させることにより,対象中のLDLの量を増加させる(【0002】【0003】, ,【0071】。参照抗体1(本件発明1)又は参照抗体2(本件発明2)と「競合」)する,単離されたモノクローナル抗体は,PCSK9がLDLRに結合するのを妨げる位置及び/又は様式で,PCSK9に結合し,PCSK9とLDLR間の相互作用(結合)を遮断し,又は低下させ,「競合的に中和する」中和抗原結合タンパク質(中和ABP)である(【0138】【0140】【0155】【0157】【0, , , ,261】,【0262】,【0269】 表2) このPCSK9に対する中和ABPは,, 。 PCSK9とLDLRとの結合を中和し,LDLRの量を増加させることにより,対象中のLDLの量を低下させ,対象中の血清コレステロールの低下をもたらす効果を奏し,また,この効果により,高コレステロール血症などの上昇したコレステロールレベルが関連する疾患を治療し,又は予防し,疾患のリスクを低減することができるので,治療的に有用であり得る(【0155】【0270】【0271】, , ,【0276】。 )2 争点(1)(本件各発明の技術的範囲の属否)について(1) 本件各発明の解釈についてア 「中和」の意義- 23 -本件各特許の特許請求の範囲(請求項1)には,「PCSK9とLDLRタンパク質の結合を中和することができ」と記載されている(構成要件1A,2A)。 また,本件各明細書には,「中和抗原結合タンパク質」又は「中和抗体」という「用語は,リガンドに結合し,そのリガンドの生物学的効果を妨げ,又は低下させる,それぞれ,抗原結合タンパク質又は抗体を表す。…PCSK9抗原結合タンパク質の場合には,このような中和分子は,PCSK9がLDLRを結合する能力を低減させることができる。…抗体又は抗原結合タンパク質は,PCSK9へ結合し,PCSK9がLDLRに結合するのを妨げる(又はPCSK9がLDLRに結合する能力を低下させる)ことによって中和する。 (」【0138】)との記載があるほか,実施例においても,(実施例3)PCSK9抗体の選択…抗体の選択は,結合デー「タ及びLDLRへのPCSK9の結合の阻害及び親和性を基礎とした。 (」 【0325】 ,) 「大規模受容体リガンド遮断スクリーニング LDLRへのPCSK9結合を遮断する抗体をスクリーニングするために,D374YPCSK9変異体を用いたアッセイを開発した。…スクリーニングによって,PCSK9とLDLRウェル間での相互作用を遮断する384の抗体が同定され,100の抗体は相互作用を強く遮断した」【0332】,(実施例11)D374YPCSK9/LDLR結合( )「を遮断する31H4及び21B12の効果 本実施例は,PCSK9D374YがLDLRに結合する能力を遮断する上での,抗体の2つに対するIC50価を提供する。(」【0377】)との記載がある。 そうすると,PCSK9とLDLRの結合を「中和」するとは,PCSK9とLDLRタンパク質の結合を妨げる,あるいは,LDLRへのPCSK9の結合を遮断するという意味であると理解することができる。 よって,本件各発明において,PCSK9とLDLRの結合を「中和」するとは,PCSK9とLDLRとの間の結合を妨げることを意味するものと認められる。 イ 「競合」の意義本件各特許の特許請求の範囲(請求項1)には,「PCSK9との結合に関して」- 24 -参照抗体1又は2と「競合する」という記載があり,PCSK9との結合に関して,特定の参照抗体と競合することが記載されているが,「抗体と競合する」ことの意義を規定した記載はない。 そして,本件各明細書には,「同じエピトープに対して競合する抗原結合タンパク質(例えば,中和抗原結合タンパク質又は中和抗体)という文脈において使用される場合の「競合する」という用語は,検査されている抗原結合タンパク質…が共通の抗原(例えば,PCSK9…)への参照抗原結合タンパク質(例えば,リガンド又は参照抗体)の特異的結合を妨げ,又は阻害するアッセイ(例えば,低下させる)によって測定された抗原結合タンパク質間の競合を意味する。…競合アッセイによって同定される抗原結合タンパク質(競合抗原結合タンパク質)には,基準抗原結合タンパク質と同じエピトープに結合する抗原結合タンパク質及び立体的妨害が生じるのに,基準抗原結合タンパク質に結合されるエピトープに十分に近接した隣接エピトープに結合する抗原結合タンパク質が含まれる。 (」 【0140】,)「中和ABPは,PCSK9がLDLRに結合するのを妨げる位置及び/又は様式で,PCSK9に結合する。このようなABPは,「競合的に中和する」ABPと特に記載することができる。(」【0155】,)「幾つかの実施形態において,ABPは,本明細書中に論述されている抗体によって結合されるエピトープの何れか1つに結合する。 幾つかの実施形態において,これは,本明細書中に開示されている抗体と他の抗体の間の競合アッセイによって測定することができる。(」【0157】)との記載があるほか,実施例においても,「PCSK9への特異的結合に関して,本明細書中に記載されているエピトープに結合する例示された抗体…と競合する抗原結合タンパク質が提供される。このような抗原結合タンパク質は,本明細書中に例示されている抗原結合タンパク質の1つと同じエピトープ又は重複するエピトープにも結合し得る。(」【0269】)との記載がある。 以上の特許請求の範囲の記載及び本件各明細書の記載事項を総合すると,本件各発明の「抗体と競合する」とは,競合アッセイによって測定された抗原結合タンパ- 25 -ク質間の競合をいい,参照抗体がPCSK9に結合するエピトープと同一又は重複するエピトープに結合することや,参照抗体とPCSK9との結合の立体的障害となる隣接エピトープに結合することを意味するものと認められる。 なお,免疫学辞典第2版には,「競合阻止試験」について,「競合阻害試験ともいう。たとえば,あるものが抗原分子と競合して抗体分子の抗原結合部位を取合う型の阻害や,あるものが抗体分子と競合して抗原分子の抗原決定基を取合う型の阻害である」との記載があり,生化学辞典第4版には,「競合阻害」について,「拮抗阻害,競争阻害ともいう。酵素は種々の化合物によってその触媒活性が可逆的に阻害される場合が多い。酵素活性の阻害にはいろいろな形式があるが,阻害剤分子が基質分子と競合して基質結合部位を取合う型の場合が競合阻害である」との記載があり,「競合」は,結合部位を取り合うという意味で用いられている。しかし,前記のとおり,本件各明細書においては,「競合」は,競合アッセイによって測定された抗原結合タンパク質間の競合を意味し,同じ結合部位を取り合う場合に限らず,参照抗体とPCSK9との結合の立体的障害となる隣接エピトープに結合することを含む意味で用いられていることが明らかである。 (2) 本件各発明の構成要件充足性ア 被告モノクローナル抗体及び被告製品の構成控訴人は,被告モノクローナル抗体が,「a PCSK9とLDLRタンパク質の結合を阻害し,b PCSK9との結合に関して,配列番号49のアミノ酸配列から成る重鎖可変領域を含む重鎖と,配列番号23のアミノ酸配列から成る軽鎖可変領域を含む軽鎖とを含む抗体と競合し,b’ PCSK9との結合に関して,配列番号67のアミノ酸配列から成る重鎖可変領域を含む重鎖と,配列番号12のアミノ酸配列から成る軽鎖可変領域を含む軽鎖とを含む抗体と競合する,c 単離されたモノクローナル抗体。」であること,また,被告製品が,「a PCSK9とLDLRタンパク質の結合を阻害し,b PCSK9との結合に関して,配列番号49のアミノ酸配列から成る重鎖可変領域を含む重鎖と,配列番号23のアミノ酸配列か- 26 -ら成る軽鎖可変領域を含む軽鎖とを含む抗体と競合し,b’ PCSK9との結合に関して,配列番号67のアミノ酸配列から成る重鎖可変領域を含む重鎖と,配列番号12のアミノ酸配列から成る軽鎖可変領域を含む軽鎖とを含む抗体と競合する,c 単離されたモノクローナル抗体 d を含む,医薬組成物。 であることについ」て,明らかに争わない。 イ 構成要件充足性について(ア) 被告モノクローナル抗体は,PCSK9に結合し,LDLRへのPCSK9の結合を阻害するから(上記a),PCSK9とLDLRの結合を「中和」しているといえ,構成要件1A,2Aを充足する。 (イ) 被告モノクローナル抗体において,PCSK9との結合に関して競合の基準とされる抗体は,配列番号49のアミノ酸配列から成る重鎖可変領域を含む重鎖と,配列番号23のアミノ酸配列から成る軽鎖可変領域を含む軽鎖とを含む抗体(上記b)と,配列番号67のアミノ酸配列から成る重鎖可変領域を含む重鎖と,配列番号12のアミノ酸配列から成る軽鎖可変領域を含む軽鎖とを含む抗体(上記b’)である。 前記のとおり,「競合」とは,参照抗体がPCSK9に結合するエピトープと同一又は重複するエピトープに結合することや,参照抗体とPCSK9との結合の立体的障害となる隣接エピトープに結合することであるから,被告モノクローナル抗体において,PCSK9との結合に関して競合の基準とされる「抗体」が本件各発明の参照抗体を充足するか否かが問題となる。 本件発明1の参照抗体は,参照抗体1(配列番号368,175及び180のアミノ酸配列からそれぞれなるCDR1,2及び3を含む重鎖と,配列番号158,162及び395からそれぞれなるCDR1,2及び3を含む軽鎖とを含む抗体)であり,本件発明2の参照抗体は,参照抗体2(配列番号247,256及び265のアミノ酸配列からそれぞれなるCDR1,2及び3を含む重鎖と,配列番号222,229及び238からそれぞれなるCDR1,2及び3を含む軽鎖とを含む- 27 -抗体)であるところ,上記bの抗体は,参照抗体1を可変領域のアミノ酸配列によってさらに限定するものであり,上記b’の抗体は,参照抗体2を可変領域のアミノ酸配列によってさらに限定するものであるから(争いがない。,bの抗体は参照抗)体1を,b’の抗体は,参照抗体2を,それぞれ充足するものと認められる。 したがって,被告モノクローナル抗体は,PCSK9との結合に関して参照抗体1及び参照抗体2と競合するものであるから,構成要件1B,2Bを充足する。 (ウ) 被告モノクローナル抗体は,そのいずれの製造工程に由来する不純物も,被告製品の製造工程で十分に除去され,単離されたモノクローナル抗体であるから(上記c),構成要件1C,2Cを充足する。 (エ) 被告製品は,被告モノクローナル抗体を含む医薬品組成物であるから(上記d),構成要件1AないしC,2AないしCに加えて,構成要件1D,2Dを充足する。 (オ) 以上によれば,被告モノクローナル抗体は本件発明1−1及び2−1の構成要件を,被告製品は本件発明1−2及び2−2の構成要件を,それぞれ全て充足する。 (3) 控訴人の主張についてア 控訴人は,本件各発明は,参照抗体1又は2と競合する機能のみによって発明を特定する機能的クレームであり,このような機能的クレームの場合,当該機能ないし作用効果を果たし得る構成全てを技術的範囲に含まれると解すると,明細書に開示された技術思想と異なるものも発明の技術的範囲に含まれ得ることとなり,出願人が発明した範囲を超えて特許権による保護を与える結果となるから,機能的クレームについては,クレームの記載に加え,明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌し,出願人が明細書で開示した具体的な構成に示された技術思想に基づいて当該発明の技術的範囲を確定すべきであり,明細書の記載から当業者が実施し得る範囲に限定解釈すべきであると主張する。そして,本件各明細書の記載から当業者が実施可能な範囲は,本件各明細書記載の実施例である具体的な抗体又は当該抗体に- 28 -対して特定の位置のアミノ酸の1若しくは数個のアミノ酸が置換されたアミノ酸配列を有する抗体に限られるから,本件各発明の技術的範囲は,上記各抗体又は当該抗体に対して特定の位置のアミノ酸の1若しくは数個のアミノ酸が置換されたアミノ酸配列に限られ,これらとはアミノ酸配列が異なる被告モノクローナル抗体及び被告製品は,本件各発明の技術的範囲に属しない旨主張する。 本件各発明をいわゆる「機能的クレーム」と呼ぶかはさておき,特許発明の技術的範囲は,特許請求の範囲の記載に基づいて定めなければならず,明細書の記載及び図面を考慮して,そこに開示された技術的思想に基づいて解釈すべきであって,控訴人の主張は,サポート要件又は実施可能要件の問題として検討されるべきものである。本件各明細書に開示された技術的思想は,参照抗体1又は2と競合する単離されたモノクローナル抗体が,PCSK9がLDLRに結合するのを妨げる位置及び/又は様式で,PCSK9に結合し,PCSK9とLDLR間の結合を遮断し(中和) 対象中のLDLの量を低下させ,, 対象中の血清コレステロールの低下をもたらす効果を奏するというものである。そして,被告モノクローナル抗体及び被告製品は,上記技術的思想に基づいて解釈された本件各発明の技術的範囲に属することは,前記のとおりである。 本件各発明は,PCSK9とLDLRタンパク質の結合を中和し,本件各参照抗体と競合する,単離されたモノクローナル抗体を提供するものであり,PCSK9とLDLR間の結合を遮断して「中和」すること(構成要件1A,2A)と,PCSK9との結合に関して参照抗体と「競合」すること(構成要件1B,2B)の双方を構成要件としている。そして,本件各明細書には,本件各発明が,参照抗体1又は2と競合する機能のみによって発明を特定するものであることをうかがわせる記載があるとはいえず,そのことを前提に実施例に限定されるとする控訴人の主張は採用できない。 また,本件各発明は,アミノ酸配列によって特定されるものではないから,本件各明細書記載の具体的な抗体又は当該抗体に対して特定の位置のアミノ酸の1若し- 29 -くは数個のアミノ酸が置換されたアミノ酸配列を有する抗体に限られると解すべき理由はない。 さらに,本件各明細書には,免疫プログラムの手順及びスケジュールに従った免疫化マウスの作製,免疫化マウスを使用したハイブリドーマの作製,参照抗体1又は2と競合するPCSK9−LDLRとの結合を強く遮断する抗体を同定するためのスクリーニング及びエピトープビニングアッセイの方法が記載され(後記3(2)),これらの記載に基づき,一連の手順を繰り返し行うことによって,本件各明細書に具体的に記載された参照抗体と競合する中和抗体以外にも,参照抗体1又は2と競合する中和抗体を得ることができること,上記エピトープビニングアッセイの結果確認された,15個の本件発明1の具体的抗体,7個の本件発明2の具体的抗体が得られることに加えて,上記2441の安定なハイブリドーマから得られる残りの抗体についても,同様のエピトープビニングアッセイを行えば,参照抗体1又は2と競合する中和抗体を得られるものと認識できることは,後記3,4のとおりである。 そうすると,本件各明細書の記載から当業者が実施可能な範囲が,本件各明細書記載の具体的な抗体又は当該抗体に対して特定の位置のアミノ酸の1若しくは数個のアミノ酸が置換されたアミノ酸配列を有する抗体に限られるとはいえず,控訴人の主張は,この点においても採用することができない。 イ 控訴人は,本件各明細書では,参照抗体1又は2と競合する抗体であれば,PCSK9とLDLRの結合を中和することができるとの技術的思想を読み取ることはできず,本件各明細書の実施例に記載された3グループないし2グループの抗体のみによって,参照抗体1又は2と競合する膨大な数の抗体全てがPCSK9−LDLR結合中和抗体であるとはいえないとも主張する。 しかし,前記アのとおり,本件各明細書には,参照抗体1又は2と競合する単離されたモノクローナル抗体が,PCSK9がLDLRに結合するのを妨げる位置及び/又は様式で,PCSK9に結合し,PCSK9とLDLR間の結合を遮断し(中- 30 -和) 対象中のLDLの量を低下させ,, 対象中の血清コレステロールの低下をもたらす効果を奏するという技術的思想が開示され,記載された一連の手順を繰り返し行うことによって,本件各明細書に具体的に記載された参照抗体と競合する中和抗体以外にも,参照抗体1又は2と競合する中和抗体を得ることができることの開示があるから,参照抗体1又は2と競合する中和抗体は,本件各明細書の実施例に記載された3グループないし2グループの抗体のみに限られるものではない。 そして,本件発明1は,PCSK9−LDLR結合中和抗体であること及び参照抗体1と競合する抗体であることを,本件発明2は,PCSK9−LDLR結合中和抗体であること及び参照抗体2と競合する抗体であることを,それぞれ構成要件とするものであるから,参照抗体1又は2と競合するが,PCSK9−LDLR結合中和抗体でないものは,そもそも本件各発明の技術的範囲に含まれるものではなく,控訴人の主張は,理由がない。 ウ 控訴人は,本件各明細書においてPCSK9−LDLR結合中和抗体の具体例とされた参照抗体1又は2と競合する抗体は,PCSK9の表面上におけるLDLR結合部位とその一部を重複する形で結合するものにすぎないのに対し,被告モノクローナル抗体は,LDLRが認識するPCSK9上のアミノ酸の大部分を認識する抗体(EGFaミミック)であるから,被告モノクローナル抗体及び被告製品は本件各発明の技術的範囲に属するものではないとも主張する。 しかし,本件各発明は,抗体が認識するPCSK9上の結合部位によって特定されるものではないから,本件各明細書に開示された実施例と被告モノクローナル抗体が認識するPCSK上の結合部位が異なるとしても,本件各発明の技術的範囲に属しないとはいえず,控訴人の主張は理由がない。 エ よって,控訴人の主張は,いずれも採用することができない。 (4) なお,本件訂正1及び本件訂正2は,いずれも本件口頭弁論終結時において確定していないが,本件事案に鑑み,被告モノクローナル抗体及び被告製品の本件各訂正発明の技術的範囲への属否についても検討する。 - 31 -本件訂正発明1の構成要件1A,1C,1Dは,本件発明1の構成要件1A,1C,1Dと,本件訂正発明2の構成要件2A,2C,2Dは,本件発明2の構成要件2A,2C,2Dと,それぞれ同一であるから,被告モノクローナル抗体及び被告製品は,いずれも構成要件1A,2A,1C,2Cを充足し,また,被告製品は,構成要件1D,2Dも充足する。 被告モノクローナル抗体において,PCSK9との結合に関して競合の基準とされる抗体は,「配列番号49のアミノ酸配列から成る重鎖可変領域を含む重鎖と,配列番号23のアミノ酸配列から成る軽鎖可変領域を含む軽鎖とを含む抗体」(b)と「配列番号67のアミノ酸配列から成る重鎖可変領域を含む重鎖と,配列番号12のアミノ酸配列から成る軽鎖可変領域を含む軽鎖とを含む抗体」(b’)の2つであるところ,上記bは,参照抗体1’と,上記b’は,参照抗体2’とそれぞれ同一であるから,被告モノクローナル抗体及び被告製品は,構成要件1B’,2B’を充足するものと認められる。 以上によれば,被告モノクローナル抗体は,本件訂正発明1−1及び2−1の構成要件を,被告製品は,本件訂正発明1−2及び2−2の構成要件を,それぞれ全て充足する。 (5) 小括以上によれば,被告モノクローナル抗体は本件発明1−1及び2−1,本件訂正発明1−1及び2−1の技術的範囲に,被告製品は本件発明1−2及び2−2,本件訂正発明1−2及び2−2の技術的範囲に,それぞれ属する。 3 争点(2)ア(サポート要件違反)について(1) 本件各明細書には,本件各発明に関し,以下の記載がある(以下の記載中に引用する表8.3,表37.1については別紙を参照)。 ア PCSK9(プロタンパク質コンベルターゼスブチリシンケクシン9型)は,セリンプロテアーゼであり,LDLR(低密度リポタンパク質受容体)と結合して,相互作用し,LDLRとともに肝臓の細胞内に取り込まれ,肝臓中のLDLRのレ- 32 -ベルを低下させ,さらには,細胞表面(細胞外)でLDLへの結合に利用可能なLDLRの量を減少させることにより,対象中のLDLの量を増加させる(【0002】【0003】【0071】。 , , )「中和抗体」という用語は,リガンドに結合し,リガンドの生物学的効果を妨げ,又は低下させる抗体を表し,抗PCSK9抗体においては,PCSK9とLDLRの結合を妨げることによる中和と,PCSK9とLDLRの結合は妨げず,LDLRのPCSK9媒介性分解を妨げることによる中和がある(【0138】。 )「競合する」という用語は,検査されている抗体が抗原への参照抗体の特異的結合を妨げ,又は阻害する程度を測定する各種アッセイによって決定された,抗体間の競合を意味するものであり,競合アッセイによって同定される抗体には,参照抗体と同じエピトープに結合する抗体や,参照抗体がエピトープに結合するのを立体的に妨害するのに十分なほど近接した隣接エピトープに結合する抗体が含まれる(【0140】。 )「エピトープ」という用語は,抗体によって結合される抗原の領域であり,抗原がタンパク質の場合,抗体に直接接触する特定のアミノ酸を含む(【0142】。 )イ 配列番号49のアミノ酸配列から成る重鎖可変領域と,配列番号23のアミノ酸配列から成る軽鎖可変領域とを含む抗体(「21B12」)と「競合」する,単離されたモノクローナル抗体,配列番号67のアミノ酸配列から成る重鎖可変領域と,配列番号12のアミノ酸配列から成る軽鎖可変領域とを含む抗体「31H4」( )と「競合」する,単離されたモノクローナル抗体は,いずれも,PCSK9がLDLRに結合するのを妨げる位置及び/又は様式で,PCSK9に結合し,PCSK9とLDLR間の相互作用(結合)を遮断し,又は低下させ,「競合的に中和する」中和抗原結合タンパク質(中和ABP)である(【0138】【0140】【015, ,5】【0269】, ,表2)。 PCSK9に対する中和ABPは,PCSK9とLDLRとの結合を中和し,LDLRの量を増加させることにより,対象中のLDLの量を低下させ,対象中の血- 33 -清コレステロールの低下をもたらす効果を奏し,また,この効果により,高コレステロール血症などの上昇したコレステロールレベルが関連する疾患を治療し,又は予防し,疾患のリスクを低減することができるので,治療的に有用であり得る(【0066】【0155】【0270】【0271】【0276】。 , , , , )ウ 表3記載の免疫化プログラムの手順及びスケジュールに従って,ヒト免疫グロブリン遺伝子を含有する二つのグループのマウスにヒトPCSK9抗原を11回注射して免疫化マウスを作製し,PCSK9に対して特異的な抗体を産生するマウス(10匹)を選択した(実施例1,【0312】【0313】, ,【0320】 表3), 。 これらの選択された免疫化マウスを使用して,PCSK9に対する抗原結合タンパク質を産生するハイブリドーマを作製し(実施例2,【0322】 【0324】,〜 )ニュートラビジン被覆したプレートに結合させたV5タグを持たないビオチン化合されたPCSK9を捕捉試料とするELISAによる「一次スクリーニング」によって,合計3104の抗原特異的ハイブリドーマが得られた(実施例3,0325】【〜【0328】。 )安定なハイブリドーマが確立されたことを確認するため,「一次スクリーニング」によって得られた上記ハイブリドーマのうち,合計3000の陽性を再スクリーニングし,更に合計2441の陽性を第二のスクリーニング(「確認用スクリーニング」)で反復し,次いで,「マウス交叉反応スクリーニング」によって579の抗体がマウスPCSK9と交叉反応することを確認し(【0329】【0330】,さら, )に,LDLRへのPCSK9結合を遮断する抗体をスクリーニングするために,「大規模受容体リガンド遮断スクリーニング」を行い,PCSK9とLDLRウェル間での相互作用を強く遮断する384の抗体が同定され,100の抗体は,PCSK9とLDLRの結合相互作用を90%超阻害した(【0332】。 )同定された384の中和物質(遮断物質)のサブセットに対して,「遮断物質のサブセットに対する受容体リガンド結合アッセイ」を行い,90%を超えて,PCSK9変異体酵素とLDLR間の相互作用を遮断する85の抗体が同定された(【0- 34 -333】【0334】。 , )これらのアッセイの結果に基づいて同定されたPCSK9との所望の相互作用を有する抗体を産生するいくつかのハイブリドーマ株中に含まれていた参照抗体(21B12,31H4)【0336】( ,表2)は,PCSK9とLDLRとの結合を強く遮断する中和抗体である(実施例11,【0138】【0377】【0378】。 , , )エ 表2(PCSK9との所望の相互作用を有する抗体を産生するいくつかのハイブリドーマ株)記載の32の抗体のうち,27B2,13H1,13B5及び3C4は非中和抗体,3B6,9C9及び31A4は弱い中和抗体,その他(参照抗体を含む。)は,強い中和抗体である(【0138】【0336】。 , )これらの32の抗体に対するエピトープビニングの結果によれば,21B12と競合するもの(ビン1)が19個,31H4と競合するもの(ビン3)が7個であり,これらは互いに排他的であり,21B12と31H4のいずれとも競合するもの(ビン2)が1個,21B12と31H4のいずれとも競合しないもの(ビン4)が1個である(実施例10,【0373】【0494】, ,表8.3)。 上記実施例10中の組に加えて,これとは別の組(合計39抗体)に実施したエピトープビニングの結果によれば,21B12と競合するが,31H4と競合しないもの(ビン1)が19個,21B12と31H4のいずれとも競合するもの(ビン2)が3個,31H4と競合するが21B12と競合しないもの(ビン3)が10個である。そして,ビン1に含まれる抗体のうち16個は,表2に掲げられた抗体であり,そのうち27B12抗体を除く15個は中和抗体であること,ビン3に含まれる抗体のうち7個は,表2に掲げられた抗体であり,中和抗体であることが確認されている(実施例37,【0138】【0489】〜【0495】, ,表37.1)。 (2) 上記(1)の認定事実によれば,本件発明1は,PCSK9とLDLRタンパク質の結合を中和し,参照抗体1と競合する,単離されたモノクローナル抗体及びこれを使用した医薬組成物を,本件発明2は,PCSK9とLDLRタンパク質の結- 35 -合を中和し,参照抗体2と競合する,単離されたモノクローナル抗体及びこれを使用した医薬組成物を,それぞれ提供するものである。そして,本件各発明の課題は,かかる新規の抗体を提供し,これを使用した医薬組成物を作製することをもって,PCSK9とLDLRとの結合を中和し,LDLRの量を増加させることにより,対象中の血清コレステロールの低下をもたらす効果を奏し,高コレステロール血症などの上昇したコレステロールレベルが関連する疾患を治療し,又は予防し,疾患のリスクを低減することにあると理解することができる。 本件各明細書には,本件各明細書の記載に従って作製された免疫化マウスを使用してハイブリドーマを作製し,スクリーニングによってPCSK9に結合する抗体を産生する2441の安定なハイブリドーマが確立され,そのうちの合計39抗体について,エピトープビニングを行い,21B12と競合するが,31H4と競合しないもの(ビン1)が19個含まれ,そのうち15個は,中和抗体であること,また,31H4と競合するが,21B12と競合しないもの(ビン3)が10個含まれ,そのうち7個は,中和抗体であることが,それぞれ確認されたことが開示されている。また,本件各明細書には,21B12と31H4は,PCSK9とLDLRのEGFaドメインとの結合を極めて良好に遮断することも開示されている。 21B12は参照抗体1に含まれ,31H4は参照抗体2に含まれるから,21B12と競合する抗体は参照抗体1と競合する抗体であり,31H4と競合する抗体は参照抗体2と競合する抗体であることが理解できる。そうすると,本件各明細書に接した当業者は,上記エピトープビニングアッセイの結果確認された,15個の本件発明1の具体的抗体,7個の本件発明2の具体的抗体が得られることに加えて,上記2441の安定なハイブリドーマから得られる残りの抗体についても,同様のエピトープビニングアッセイを行えば,参照抗体1又は2と競合する中和抗体を得られ,それが対象中の血清コレステロールの低下をもたらす効果を有すると認識できると認められる。 さらに,本件各明細書には,免疫プログラムの手順及びスケジュールに従った免- 36 -疫化マウスの作製,免疫化マウスを使用したハイブリドーマの作製,21B12や31H4と競合する,PCSK9−LDLRとの結合を強く遮断する抗体を同定するためのスクリーニング及びエピトープビニングアッセイの方法が記載され,当業者は,これらの記載に基づき,一連の手順を最初から繰り返し行うことによって,本件各明細書に具体的に記載された参照抗体と競合する中和抗体以外にも,参照抗体1又は2と競合する中和抗体を得ることができることを認識できるものと認められる。 以上によれば,当業者は,本件各明細書の記載から,PCSK9とLDLRタンパク質の結合を中和し,参照抗体1又は2と競合する,単離されたモノクローナル抗体を得ることができるため,新規の抗体である本件発明1−1及び2−1のモノクローナル抗体が提供され,これを使用した本件発明1−2及び2−2の医薬組成物によって,高コレステロール血症などの上昇したコレステロールレベルが関連する疾患を治療し,又は予防し,疾患のリスクを低減するとの課題を解決できることを認識できるものと認められる。よって,本件各発明は,いずれもサポート要件に適合するものと認められる。 (3) 控訴人の主張について控訴人は,本件各発明は,「参照抗体と競合する」というパラメータ要件と,「結合中和することができる」という解決すべき課題(所望の効果)のみによって特定される抗体及びこれを使用した医薬組成物の発明であるところ,競合することのみにより課題を解決できるとはいえないから,サポート要件に適合しない旨主張する。 しかし,本件各明細書の記載から,「結合中和することができる」ことと,「参照抗体と競合する」こととが,課題と解決手段の関係であるということはできないし,参照抗体と競合するとの構成要件が,パラメータ要件であるということもできない。 そして,特定の結合特性を有する抗体を同定する過程において,アミノ酸配列が特定されていくことは技術常識であり,特定の結合特性を有する抗体を得るために,その抗体の構造(アミノ酸配列)をあらかじめ特定することが必須であるとは認め- 37 -られない(甲34,35)。 前記のとおり,本件各発明は,PCSK9とLDLRタンパク質の結合を中和し,本件各参照抗体と競合する,単離されたモノクローナル抗体を提供するもので,参照抗体と「競合」する単離されたモノクローナル抗体であること及びPCSK9とLDLR間の相互作用(結合)を遮断(「中和」)することができるものであることを構成要件としているのであるから,控訴人の主張は採用できない。 (4) 本件各訂正発明のサポート要件適合性なお,本件訂正発明1は,本件発明1の参照抗体1(構成要件1B)を可変領域のアミノ酸配列によってさらに限定した参照抗体1’(構成要件1B’)とするものであり,本件訂正発明2は,本件発明2の参照抗体2(構成要件2B)を可変領域のアミノ酸配列によってさらに限定した参照抗体2’(構成要件2B’)とするものであるから,本件各訂正発明も,いずれもサポート要件に適合するものと認められる。 (5) 小括以上によれば,本件各発明及び本件各訂正発明は,いずれもサポート要件に適合するというべきである。 4 争点(2)イ(実施可能要件違反)について(1) 前記3(1)の認定事実によれば,本件各明細書の記載から,本件発明1−1及び2−1の抗体及び本件発明1−2及び2−2の医薬組成物を作製し,使用することができるものと認められるから,本件各明細書の発明の詳細な説明の記載は,当業者が本件各発明を実施することができる程度に明確かつ十分に記載したものであるということができる。 したがって,本件各発明は,いずれも,実施可能要件に適合するものと認められる。 (2) 控訴人の主張について控訴人は,本件各発明は,抗体の構造を特定することなく,機能的にのみ定義さ- 38 -れており,極めて広範な抗体を含むところ,当業者が,実施例抗体以外の,構造が特定されていない本件各発明の範囲の全体に含まれる抗体を取得するには,膨大な時間と労力を要し,過度の試行錯誤を要するのであるから,本件各発明は実施可能要件を満たさない旨主張する。 しかし,明細書の発明の詳細な説明の記載について,当業者がその実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものであるとの要件に適合することが求められるのは,明細書の発明の詳細な説明に,当業者が容易にその実施をできる程度に発明の構成等が記載されていない場合には,発明が公開されていないことに帰し,発明者に対して特許法の規定する独占的権利を付与する前提を欠くことになるからである。 本件各発明は,PCSK9とLDLRタンパク質の結合を中和することができ,PCSK9との結合に関して,参照抗体と競合する,単離されたモノクローナル抗体についての技術的思想であり,機能的にのみ定義されているとはいえない。そして,発明の詳細な説明の記載に,PCSK9とLDLRタンパク質の結合を中和することができ,PCSK9との結合に関して,参照抗体1又は2と競合する,単離されたモノクローナル抗体の技術的思想を具体化した抗体を作ることができる程度の記載があれば,当業者は,その実施をすることが可能というべきであり,特許発明の技術的範囲に属し得るあらゆるアミノ酸配列の抗体を全て取得することができることまで記載されている必要はない。 また,本件各発明は,抗原上のどのアミノ酸を認識するかについては特定しない抗体の発明であるから,LDLRが認識するPCSK9上のアミノ酸の大部分を認識する特定の抗体(EGFaミミック)が発明の詳細な説明の記載から実施可能に記載されているかどうかは,実施可能要件とは関係しないというべきである。 そして,前記(1)のとおり,当業者は,本件各明細書の記載に従って,本件各明細書に記載された参照抗体と競合する中和抗体以外にも,本件各特許の特許請求の範囲(請求項1)に含まれる参照抗体と競合する中和抗体を得ることができるのであ- 39 -るから,本件各発明の技術的範囲に含まれる抗体を得るために,当業者に期待し得る程度を超える過度の試行錯誤を要するものとはいえない。 よって,控訴人の主張は採用できない。 (3) 本件各訂正発明の実施可能要件の適合性なお,前記3(4)のとおり,本件訂正発明1は,本件発明1の参照抗体1(構成要件1B)を可変領域のアミノ酸配列によってさらに限定した参照抗体1’(構成要件1B’)とするものであり,本件訂正発明2は,本件発明2の参照抗体2(構成要件2B)を可変領域のアミノ酸配列によってさらに限定した参照抗体2’(構成要件2B’)とするものであるから,当業者は,本件各明細書の記載から,本件訂正発明1−1及び2−1の抗体及び本件訂正発明1−2及び2−2の医薬組成物を作製し,使用することができるものと認められ,本件各訂正発明も,いずれも実施可能要件に適合するものと認められる。 (4) 小括以上によれば,本件各発明及び本件各訂正発明は,いずれも実施可能要件に適合するというべきである。 5 争点(2)ウ(乙1文献に基づく進歩性欠如)について(1) 乙1文献の記載事項原判決42頁22行目から46頁23行目までに記載のとおりであるから,これを引用する。 (2) 乙1発明の認定ア 上記(1)の認定事実によれば,乙1文献には,@精製されたPCSK9をHepG2細胞の培養液へ添加する実験により,精製されたPCSK9が,用量及び時間依存的な態様で,HepG2細胞の細胞表面のLDLRの数を減少させたことを確認したこと(図2及び3),A@の実験結果から,分泌されたPCSK9は,LDLRと結合して肝臓のLDLRタンパク質のレベルを減少させるとの結論に至ったこと,BPCSK9の機能喪失型変異体を有するヒトからの遺伝学的データとPC- 40 -SK9を欠損したノックアウトマウスにおける研究を組み合わせると,高コレステロール血症の治療として,細胞内におけるPCSK9のプロテアーゼ活性の阻害剤がLDLRのレベルを減少させる能力を阻害するのに十分であろうが,本研究のデータが示唆するとおり,PCSK9とLDLRとの相互作用(結合)を遮断する抗体又は血漿におけるその活性を遮断する阻害剤の開発などのPCSK9の活性を中和する追加の手法も,高コレステロール血症の治療として探求し得ることの開示があることが認められる。 よって,乙1文献には,「LDLRと結合するPCSK9タンパク質」(以下「乙1発明」という。)が記載されている。 イ 控訴人は,乙1文献には,PCSK9−LDLR結合中和抗体の開示があり,この点で本件各発明と一致する旨主張する。 しかしながら,前記(1)(引用にかかる原判決46頁19〜23行)のとおり,乙1文献には,PCSK9とLDLRとの相互作用(結合)を遮断する抗体の開発などのPCSK9の活性を中和する追加の手法も,高コレステロール血症の治療として探求し得ることについての開示があるが,このような作用を有する具体的な抗体の記載や示唆はない。したがって,乙1文献にはPCSK9とLDLRとの相互作用(結合)を遮断する抗体自体の開示はなく,控訴人の主張は採用することができない。 (3) 本件各発明と乙1発明との対比本件各発明と乙1発明とを対比すると,いずれも,タンパク質である点において一致し,以下の点において相違する。 (相違点1)本件各発明は,「単離されたモノクローナル抗体」であって,「PCSK9とLDLRタンパク質との結合を中和することができ」る抗体であるのに対して(構成要件1A,1C,2A,2C),乙1発明は,PCSK9とLDLRタンパク質の結合を中和できる単離されたモノクローナル抗体ではない点。 (相違点2A)本件発明1−1は,「PCSK9との競合に関して」,参照抗体1- 41 -と「競合する」抗体であるのに対して(構成要件1B),乙1発明は,PCSK9との競合に関して,参照抗体1と競合するかどうか明らかでない点。 (相違点2B)本件発明2−1は,「PCSK9との競合に関して」,参照抗体2と「競合」する抗体であるのに対して(構成要件2B),乙1発明は,PCSK9との競合に関して,参照抗体2と競合するかどうか明らかでない点。 (4) 本件優先日当時の周知技術についてア 乙15ないし19には,次のような記載がある。 (ア) 乙15(Antibodies A LABORATORY MANUAL(抗体 実験マニュアル),1988年(昭和63年))「ある特定の抗原に対する反応性を操り適合させるために研究者が介入できるところはわずかに限られている。そのような介入のタイプは,2つの大きなカテゴリーに分けられる。すなわち,抗原を改変すること,又は,注射の条件を変えることである。…介入の2番目の種類は,動物の選択,抗原の投与量及び形態,免疫補助剤(アジュバント)の使用,注射の経路及び回数,及び,注射の間におかれる期間を含む。(92頁1行〜11行)」「モノクローナル抗体の作成のためには,マウス及びラットの両方を用いることができる。(…)(94頁14行〜15行)」(イ) 乙16(Antibody Engineering Methods and Protocols,2004年(平成16年))「ヒト免疫グロブリン遺伝子が導入された遺伝子導入マウスは,十分に確立されたハイブリドーマ技術を用いて完全ヒト抗体を得る機会を研究者に提供する。そのようなマウスのいくつかの異なる系統が利用可能であり,さまざまな営利企業から一定の条件の下で入手することができる。これらのマウスのブランド名は,XenoMouse ?,HuMAbマウス ?,…,及びKMTMマウスである。(191頁本」文1〜6行)「3.方法- 42 -3.1 免疫化のための全細胞の調製…3.2 免疫化…3.3 リンパ系細胞の調製…3.4 B細胞の単離…3.5 細胞融合…3.6 抗原結合の一次スクリーニング…3.7 二次ELISAスクリーニング…3.8 ハイブリドーマクローニング…」(194頁下から4行〜198頁9行)「3.6 抗原結合の一次スクリーニング1.適切な数のELISAプレートを,プレートコーティングバッファー(プレートの表面を被覆する緩衝液)中に…可溶性抗原,又は,ストレプトアビジンでコート(表面を被覆)されたプレート(…)を用いる場合には,100〜300ng/mLのビオチン化抗原を,50μL/ウェルでコート(表面を被覆)する。(1」97頁12行〜17行)「3.7 二次ELISAのスクリーニング1.一次スクリーニング(…)に用いられたものと同様の条件を用いて,培養プレートの数の2倍に等しい数のELISAプレートを,可溶性又はビオチン化された抗原の50μL/ウェルでコート(表面を被覆)する。」(197頁33行〜36行)(ウ) 乙17(Phage Display of Peptides and Proteins A Laboratory Manual(ペプチド及びタンパク質のファージディスプレイ 実験マニュアル) 1996年, (平成8年))「抗体は,ペプチドディスプレイの最初の実証(…)に続いて,ファージの表面にディスプレイ(表示ないし呈示)された細胞の機能的タンパク質であった(…)。 …抗体の結合特異性を決定する領域は,重鎖及び軽鎖の可変領域と呼ばれる部分であり,各鎖のそれぞれのN末端に存在する。重鎖及び軽鎖の可変領域(それぞれ,VH及びVL)の結合は,ヘテロダイマー分子を生じさせ,Fvフラグメントと呼- 43 -ばれ,元の抗体の結合特異性を保持する…。 抗体は,シグナルペプチドの影響下において,別々のVH及びVLドメインの発現によるFvフラグメントの形態で大腸菌に発現させることができる。(79頁1」〜12行)「別の方法として,抗体は,多様な重鎖が第1定常領域とともに,軽鎖全体と結合したFAbフラグメントの形態で発現させることもできる。(80頁1〜3行)」「抗体遺伝子の産生及びライブラリの調製…PCRテンプレートの調製…プロトコル2 ヒト末梢血リンパ球の調製…プロトコル3 マウスまたはヒト抗体cDNAの調製…ヒトV遺伝子レパートリーの構築…プロトコル4 一次VH及びVL PCR産物の調製…プロトコル11 「免疫チューブ」における選択(パンニング)によるファージ抗体ライブラリの選択…プロトコル12 ビオチン選択によるファージ−抗体ライブラリの選択…」(81頁34行〜101頁下から5行)。 「選択されたクローンのスクリーニング及び発現選別(パンニング)に続き,個々のコロニーは,特定の抗原に結合する能力のために直接的にアッセイされ得る。これらは,ファージ粒子として,又は,可溶性フラグメントとして,ELISAのような免疫アッセイ技術によって,スクリーニングされ得る。(105頁24行〜27行)」(エ) 乙18(REVIEW Selecting and screening recombinant antibody libraries(総説遺伝子組み換え抗体ライブラリの選択及びスクリーニング) 2005年, (平成17年)9月)「これまでの10年の間に,ディスプレイ法及び他のライブラリスクリーニング技術が,組み換え抗体フラグメントの大規模なコレクションから,モノクローナル- 44 -抗体(mAbs)を単離するために開発されてきた。これらの技術は,高い親和性及び特異性を有するヒト抗体を構築するために広く開発されている。(1105頁」要旨1〜3行)「ファージディスプレイ2種類のバクテリオファージであるfd及びM13の表面における抗体のディスプレイは,抗体の大規模のコレクションのディスプレイ及び選択のために,及び,選択された抗体のエンジニアリングのために,一般に最も広く用いられる方法である(…)」。(1106頁左欄10行〜右欄2行)「図3結合のための生体外(in vitro)選択の方法。ディスプレイライブラリからの選択は,いくつかの方法(又はそれらの組合せ)を用いて行われてきている。 (…)(b)ビオチン化された抗原(ビオチン(赤)はストレプトアビジンでコート(被覆)されたビーズ(グレー)を介して捕捉される)(1111頁)」(オ) 乙19(REVIEWS Potent antibody therapeutics by design(総説 計画による,効果的な抗体医療),2006年(平成18年)5月)「表1 米国において治療用途のために承認されたモノクローナル抗体」(344頁)「ヒト抗体を作製するための遺伝子導入マウスの使用は,比較的シンプルであり広く用いられている技術に基づく。(347頁左欄18行〜19行)」「ファージディスプレイライブラリからのヒト抗体」(347頁左欄下から9行)「ファージディスプレイライブラリから単離後,いくつかの抗体フラグメントは,治療適用として,十分に高い結合親和性や生物学的効力を有する。(347頁右欄」30行〜33行)「現在の抗体の親和性成熟とそれに続く機能的スクリーニングが,抗体の有効性を高めるための,広く用いられ,かつ,高い頻度で成功する戦略である。(350」- 45 -頁右欄下から2行〜351頁左欄2行)イ 前記アの記載事項を総合すると,本件優先日当時,抗原に対して特異的な結合を有するモノクローナル抗体を作製する方法として,ハイブリドーマを利用する方法(乙15,16)やファージディスプレイ法(乙17〜19)があること,ハイブリドーマ法においては,対象とする抗原で免疫された動物から採集した細胞を用いて多数のハイブリドーマを作製し,それらのハイブリドーマの産生する抗体の中からスクリーニングによって,抗原に対する結合能を有する抗体を選択する手段が採用されること,ファージディスプレイ法においても,ヒトや動物から得た抗体遺伝子を元に,抗体遺伝子とライブラリを調製し,スクリーニングによって,抗原に対する結合能を有する抗体を選択する手段が採用されることは,周知の技術事項であったと認められる。 (5) 相違点についての判断ア 相違点1について前記のとおり,乙1文献には,「高コレステロール血症の治療として,細胞内におけるPCSK9のプロテアーゼ活性の阻害剤がLDLRのレベルを減少させる能力を阻害するのに十分であろうが,本研究のデータが示唆するとおり,PCSK9とLDLRとの相互作用(結合)を遮断する抗体又は血漿におけるその活性を遮断する阻害剤の開発などのPCSK9の活性を中和する追加の手法も,高コレステロール血症の治療として探求し得ること」の開示があり,この開示事項は,PCSK9とLDLRとの相互作用(結合)を遮断し,PCSK9の活性を中和する抗体は,高コレステロール血症の治療に有用であり得ることを示唆するものといえるから,乙1文献に接した当業者に対し,PCSK9とLDLRとの結合中和抗体を得ることの動機付けとなるものと認められる。 また,前記(4)のとおり,本件優先日当時,ハイブリドーマ法又はファージディスプレイ法により,モノクローナル抗体を作製する一般的な方法は,周知であったことが認められる。 - 46 -そうすると,乙1発明に周知技術を適用することにより,PCSK9とLDLRタンパク質との結合を中和することができる,何らかの単離されたモノクローナル抗体を得ること自体は,可能であるといえる。 イ 相違点2A及び2Bについてしかしながら,乙1文献には,PCSK9との結合に関して参照抗体1又は2と競合することの記載や示唆はなく,PCSK9とLDLRの結合を中和する抗体の中から,参照抗体1又は2と競合する抗体を得るための手掛かりとなるような情報は何ら記載されていない。 また,前記(4)イのとおり,周知技術である一般的なモノクローナル抗体の取得手段においては,いずれも,多数の抗体が生じるようにする工程と,それらの多数の抗体の中から,スクリーニングによって抗体を選択する工程とを有し,スクリーニングによって抗体が選択されて初めて特定のモノクローナル抗体が得られるものであると認められるところ,本件優先日前に,参照抗体1又は2が得られていたことを認めるに足りる証拠はなく,競合アッセイによるスクリーニングによって参照抗体1又は2と競合する抗体を選択することができたとはいえない。 したがって,乙1発明及び周知技術に基づいて,当業者が,参照抗体1又は2と競合する抗体を得ることを容易に想到できたと認めることはできない。 ウ 以上によれば,乙1文献に接した当業者は,乙1発明及び周知技術に基づいて,PCSK9とLDLRとの結合を中和することのできる,何らかのモノクローナル抗体(相違点1)を得ることが可能であったとしても,参照抗体1又は2と「競合する」抗体(相違点2A,B)について,容易に想到することができたものと認めることはできない。 エ 控訴人は,@本件各明細書には,参照抗体1又は2と競合するか否かを指標とすることなく,PCSK9−LDLR結合中和抗体を複数作製したところ,そのほとんどが参照抗体1又は2と競合するものであったことが記載されていること,AAの供述書によれば,PCSK9−LDLR結合中和抗体を取得した場合,その- 47 -中には参照抗体1又は2と競合する抗体が多く含まれるとされることを根拠に,当業者は,乙1及び本件優先日当時の周知技術に基づき,何らかのPCSK9−LDLR結合中和抗体をいくつか作製するだけで,参照抗体1又は2と競合する結合中和抗体を容易に想到できた旨主張する。 しかし,本件各明細書の表37.1は,確認用スクリーニングによってPCSK9に結合する抗体を産生する2441の安定なハイブリドーマが確立したことを確認し(【0329】,そのうちの一部(合計39抗体)についてエピトープビニング)した結果を要約したものであり 【0489】 【0493】,( 〜 ) この表を分析しても,PCSK9とLDLRとの結合中和抗体のうち,参照抗体と競合する抗体の割合を導き出すことはできないから,PCSK9−LDLR結合中和抗体のほとんどが参照抗体1又は2と競合するものであったことが記載されているとはいえない。 また,Aの供述書は,PCSK9とLDLRとの結合を中和する抗PCSK9抗体は,(本件各明細書の)図27Dに図示されるとおり,それらの抗体の結合の態「様及びLDLRのPCSK9表面上の結合部位から,PCSK9とLDLRとの結合を中和する抗PCSK9抗体のほとんどが21B12又は31H4のいずれかと競合することは明らかである。」旨を述べたものであって(乙4),PCSK9とLDLRとの結合を中和する抗PCSK9抗体が参照抗体1又は2のいずれかと競合することを述べたにすぎず,PCSK9−LDLR結合中和抗体のほとんどが参照抗体1又は2と競合するということは示されていない。 したがって,控訴人の主張するように,PCSK9−LDLR結合中和抗体を作りさえすれば,本件発明1−1又は2−1に到達するとはいえない。 かえって,乙15の記載によれば,動物免疫法による抗体の作製においては,動物の選択,抗原の投与量及び形態,免疫補助剤(アジュバント)の使用,注射の経路及び回数及び注射の間に置かれる期間を含む(動物に対する)「注射の条件」の違いによって,抗原に対する反応性の異なる抗体が得られることが認められ(前記(4)ア(ア)),このことは,ファージディスプレイ法において,抗体の作製に用いる抗体- 48 -遺伝子を得るための動物についても同様であると理解することができる。ところが,乙1文献には,動物免疫の具体的な条件を含め,参照抗体と競合する抗体を得るための工程について何ら記載がないのであるから,乙1発明に,モノクローナル抗体の作製に関する一般的な周知技術を適用しても,可変領域に特定のアミノ酸配列を有する抗体である参照抗体1又は2を得ることが容易であるとはいえず,参照抗体1又は2と競合する抗体を得ることができたとはいえない。 よって,控訴人の主張は採用できない。 (6) 本件各訂正発明の進歩性についてア 本件各訂正発明と乙1発明との対比本件各訂正発明と乙1発明とを対比すると,いずれも,タンパク質である点において一致し,本件各発明と乙1発明との相違点1において相違するほか, 以下の相違点において相違する。 (相違点2A’)本件訂正発明1−1は,「PCSK9との競合に関して」,参照抗体1’と「競合する」抗体であるのに対して(構成要件1B’),乙1発明は,PCSK9との競合に関して,参照抗体1’と競合するかどうか明らかでない点。 (相違点2B’)本件訂正発明2−1は,「PCSK9との競合に関して」,参照抗体2’と「競合」する抗体であるのに対して(構成要件2B’),乙1発明は,PCSK9との競合に関して,参照抗体2’と競合するかどうか明らかでない点。 イ 相違点2A’及び相違点2B’の容易想到性について参照抗体1’は,参照抗体1を可変領域のアミノ酸配列によってさらに限定したものであり,参照抗体2’は,参照抗体2を可変領域のアミノ酸配列によってさらに限定したものであるから,参照抗体1又は2と競合する抗体を得ることが容易でないことと同様の理由により,参照抗体1’又は2’と競合する抗体を得ることも容易でないというべきである。 したがって,乙1発明及び周知技術に基づいて,当業者が,参照抗体1’又は2’と競合する抗体を得ることを容易に想到できたと認めることはできない。 - 49 -(7) 小括以上によれば,本件各発明及び本件各訂正発明は,いずれも,乙1発明及び周知技術に基づいて容易に想到することができたものとはいえない。 6 争点(2)エ(乙27文献に基づく進歩性欠如)について(1) 時機に後れた攻撃防御方法の却下の申立てについて被控訴人は,控訴人による乙27文献の記載事項及び周知技術に基づく進歩性欠如の主張は,故意又は重大な過失に基づく時機に後れた攻撃防御方法の提出であり,本件訴訟の完結を遅延させるものであるから,却下されるべきであると主張する。 しかしながら,本件訴訟は,上記主張がされた口頭弁論期日に弁論が終結されており(顕著な事実) 上記主張が本件訴訟の完結を遅延させるものということはでき,ないから,被控訴人の上記主張は採用することができない。 (2) 乙27文献の記載事項乙27文献には,次の記載がある。 ア 分泌されたPCSK9は,HEK293細胞に添加されると,濃度依存的かつ時間依存的な態様で,細胞表面のLDLRの分解をもたらした。それに応じて,LDRの細胞内取り込みは,著しく減少した。精製されたヒトPCSK9は,C57B6マウスに直接に注入されると,肝臓のLDLRタンパク質レベルを実質的に減少させ,血漿中LDLコレステロールを上昇させるという結果をもたらした。 (1488頁左欄7〜14行)イ PCSK9は,LDLR細胞外ドメインと相互作用する。 …LDLR細胞外ドメインを分泌型として発現させ,当該タンパク質を精製した(図6A) リコンビナントPCSK9とともにインキュベーションした後,。 LDLRを,…共免疫沈降させた。PCSK9抗体を用いたウェスタンブロット解析は,PCSK9が共免疫沈降したことを明確に示し,そのことは,PCSK9がLDLR細胞外ドメインに直接結合することを示すものである(図6B)(1493頁右。 欄1行〜1494頁左欄2行)- 50 -ウ 追加の実験において,我々は,LDLR細胞外ドメインの過剰発現を通じて,細胞表面LDLRへのPCSK9の結合を阻害することが,PCSK9の機能を著しく弱めるのに充分であったことを示すことによって,この直接の相互作用の決定的な役割を特徴づけることができた。したがって,PCSK9のLDLR細胞外ドメインへの結合は,それによってPCSK9がLDLRタンパク質レベルを減少させるように作用するプロセスにおいて重要なステップである。(1497頁左欄8〜15行)エ PCSK9の当該特定の機能阻害する薬は,LDLを減少させ,アテローム性動脈硬化症を減少させるための適当な方法として開発されるであろう。(1497頁右欄1〜4行)(3) 乙27発明の認定上記(2)の認定事実によれば,乙27文献には,細胞外において,PCSK9に結合することによって,PCSK9が細胞表面のLDLRに結合することを阻害するタンパク質を用いて,PCSK9の機能を著しく弱めることを実証し,結論として,PCSK9のこの特定の機能を阻害する薬を医薬組成物として用いることを提案していることの記載があることが認められる。 よって,乙27文献には,「PCSK9に結合するLDLR細胞外ドメインタンパク質」(以下「乙27発明」という。)が記載されているものと認められる。 (4) 本件各発明と乙27発明との対比乙27発明と,本件発明1−1及び2−1とを対比すると,いずれも,PCSK9に結合するタンパク質である点において一致し,以下の点において相違する。 (相違点1)本件各発明は,「単離されたモノクローナル抗体」であって,「PCSK9とLDLRとの結合を中和することができ」る結合中和抗体であるのに対し(構成要件1A,1C,2A,2C),乙27発明は,PCSK9とLDLRタンパク質の結合を中和できる,単離されたモノクローナル抗体ではない点。 (相違点2A)本件発明1−1は,「PCSK9との競合に関して」,参照抗体1- 51 -と「競合する」抗体であるのに対し(構成要件1B),乙27発明は,PCSK9との競合に関して,参照抗体1と競合するかどうか明らかではない点。 (相違点2B)本件発明2−1は,「PCSK9との競合に関して」,参照抗体2と「競合する」抗体であるのに対し(構成要件2B),乙27発明は,PCSK9との競合に関して,参照抗体2と競合するかどうか明らかではない点。 (5) 相違点についての判断ア 乙27文献には,PCSK9とLDLRの結合を中和する抗体についての記載はなく,LDLR細胞外ドメインに結合するタンパク質を抗体に置き換えることを示唆する記載はないから,乙27発明のPCSK9に結合するLDLR細胞外ドメインタンパク質を,PCSK9−LDLR結合中和抗体に置き換えることの動機付けはないというべきである。 したがって,当業者が,相違点1に係る構成を想到することが容易であったとは認められない。 よって,本件発明1−1及び2−1は,乙27発明から当業者が容易に発明をすることができたものではなく,これらの抗体を含む医薬組成物である本件発明1−2及び2−2も,乙27発明から当業者が容易に発明をすることができたものではないことは明らかである。 イ 控訴人は,細胞外(血液中)において,タンパク質とタンパク質との結合を阻害し得る阻害剤の代表例として,抗体が含まれること(特に医薬用途のものは通常モノクローナル抗体であること)は優先日当時周知の事項であり,乙1文献,乙28文献において,PCSK9−LDLR阻害剤として抗体を明示的に提案しているから,置換えの動機付けがある旨主張する。 しかし,前記のとおり,乙1文献には,PCSK9とLDLRとの相互作用を遮断する抗体又は血漿におけるその活性を遮断する阻害剤の開発などのPCSK9の活性を中和する追加の手法も,高コレステロール血症の治療として探求し得ることの開示があり,また,乙28文献には,「血漿中のPCSK9に結合し,PCSK9- 52 -のLDLRとの結合を阻害する抗体又は低分子は,PCSK9の機能の効果的な阻害剤となり得る」との記載があるものの,いずれも,阻害剤を抗体で置き換えること自体を開示するものではないから,これらの記載により,阻害剤を抗体で置き換えることが周知技術であるとはいえず,控訴人の主張は採用できない。 ウ 仮に,阻害剤を抗体で置き換えることが周知技術であり,かかる周知技術や,前記5(4)で認定した一般的なモノクローナル抗体の作製方法についての周知技術を適用することにより,PCSK9−LDLR結合中和抗体を得ること自体(相違点1)は可能であると解したとしても,乙27文献には,PCSK9との結合に関して参照抗体1又は2と競合することの記載や示唆はなく,PCSK9とLDLRの結合を中和する抗体の中から,参照抗体1又は2と競合する抗体を得るための手掛かりとなるような情報は何ら記載されていない。また,本件優先日前に,参照抗体1又は2が得られていたことを認めるに足りる証拠はなく,周知技術である一般的なモノクローナル抗体の取得手段を適用しても,競合アッセイによるスクリーニングによって参照抗体1又は2と競合する抗体を選択することができたとはいえないことは,前記5(5)イのとおりである。 したがって,当業者が,参照抗体1又は2を得ることを容易に想到することができたとはいえず,相違点2に係る構成を想到することが容易であったとは認められない。 (6) 本件各訂正発明の進歩性についてア 本件各訂正発明と乙27発明との対比本件各訂正発明と乙27発明とを対比すると,いずれも,PCSK9に結合するタンパク質である点において一致し,本件各発明と乙27発明との相違点1において相違するほか, 以下の相違点において相違する。 (相違点2A’)本件訂正発明1−1は,「PCSK9との競合に関して」,参照抗体1’と「競合する」抗体であるのに対して(構成要件1B’,乙27発明は,PC)SK9との競合に関して,参照抗体1’と競合するかどうか明らかでない点。 - 53 -(相違点2B’)本件訂正発明2−1は,「PCSK9との競合に関して」,参照抗体2’と「競合」する抗体であるのに対して(構成要件2B’,乙27発明は,PC)SK9との競合に関して,参照抗体2’と競合するかどうか明らかでない点。 イ 相違点2A’及び相違点2B’の容易想到性について参照抗体1’は,参照抗体1を可変領域のアミノ酸配列によってさらに限定したものであり,参照抗体2’は,参照抗体2を可変領域のアミノ酸配列によってさらに限定したものであるから,参照抗体1又は2と競合する抗体を得ることが容易でないことと同様の理由により,参照抗体1’又は2’と競合する抗体を得ることも容易でないというべきである。 したがって,乙27発明及び周知技術に基づいて,当業者が,参照抗体1’又は2’と競合する抗体を得ることを容易に想到できたと認めることはできない。 (7) 小括以上によれば,本件各発明及び本件各訂正発明は,乙27発明及び周知技術に基づいて容易に想到することができたものとはいえない。 7 争点(3)(差止請求の当否)について(1) 前記1ないし6によれば,被告モノクローナル抗体は本件発明1−1及び2−1の,被告製品は本件発明1−2及び2−2の技術的範囲にそれぞれ属し,本件特許1及び2が無効にされるべきものとは認められない。 前記のとおり,控訴人は,被告製品を輸入し,譲渡し,譲渡の申出をしていることは,当事者間に争いがなく(引用にかかる原判決7頁2行目),これらの行為は,本件特許権1及び2の侵害行為に該当する。 (2) 被告製品についての生産差止め及び被告モノクローナル抗体についての生産,輸入,譲渡,譲渡の申出の差止めの必要性について控訴人は,被告製品の生産をしておらず,その原料となる被告モノクローナル抗体の生産,輸入,譲渡,譲渡の申出もしていないと主張する。 しかし,弁論の全趣旨によれば,控訴人は,被告製品の原薬である被告モノクロ- 54 -ーナル抗体を,親会社であるフランスのサノフィ等から輸入することができること,また,被告モノクローナル抗体は,被告モノクローナル抗体産生細胞株をクローン培養することにより容易に作製できることが認められるから,控訴人が,被告モノクローナル抗体を輸入あるいは生産した上で,被告製品を生産したり,被告モノクローナル抗体を譲渡する可能性は否定できず,控訴人が,被告製品の生産や,被告モノクローナル抗体の生産,輸入,譲渡,譲渡の申出の各行為を行うおそれがあるというべきである。 そうすると,これらの行為により,本件特許権1及び2が侵害されるおそれはあり,その差止めの必要性が認められる。 (3) 権利濫用について控訴人は,被告製品及び被告モノクローナル抗体の生産・譲渡等を差し止めることは,現在及び将来被告製品の投与を受ける患者に重大な健康上の不利益や将来の治療上の不安をもたらすから,被控訴人による差止請求は,権利濫用に当たり,許されない旨主張し,B作成の意見書(乙33)を提出する。 しかしながら,乙33は,被告製品の譲渡等が差し止められることにより,患者にとっての選択肢が減り,被告製品を使用している患者の困惑が予想されるなどの問題点を指摘するものの,被告製品に代えて被控訴人が製造販売している製品を使用することにより,具体的に患者の健康上の不利益等が生じることまで指摘するものではないから,被告製品の使用を差し止めることにより,公共の利益が損なわれるとの具体的な事実が立証されているとはいえない。 そして,医薬品の分野においては,公共の利益の観点から差止請求権を制限すべき場合もあり得ると解されるものの,具体的な事実を立証することなく,単に患者にとって選択可能なオプションが存在する方が望ましいとの理由により,侵害品の生産,譲渡等の差止請求が許されないと解することはできない。よって,控訴人の主張は採用できない。 (4) 小括- 55 -以上によれば,被控訴人が,控訴人に対し,本件各特許権に基づき,特許法100条1項及び2項により,被告製品及び被告モノクローナル抗体の生産,譲渡,輸入,譲渡の申出をすることの差止めと,被告製品の廃棄を求める請求は,いずれも理由がある。 8 結語以上によれば,被控訴人の被告製品及び被告モノクローナル抗体の生産,譲渡,輸入,譲渡の申出の差止請求並びに被告製品の廃棄請求を認め,その余の請求を棄却した原判決は相当であるから,本件控訴を棄却することとして,主文のとおり判決する。 知的財産高等裁判所第1部裁判長裁判官 高 部 眞 規 子裁判官 小 林 康 彦裁判官 関 根 澄 子- 56 -別紙【表2】- 57 -【表3】- 58 -【表8.3】- 59 -【表37.1】- 60 - |
事実及び理由 | |
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全容
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