関連審決 | 無効2017-800059 |
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事件 |
平成
30年
(行ケ)
10106号
審決取消請求事件
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原告株式会社前川製作所 同訴訟代理人弁護士 山ア順一 金子明 木村祐太 平井佑希 同訴訟代理人弁理士 石橋克之 大木利恵 被告株式会社神戸製鋼所 同訴訟代理人弁護士 松本好史 松井保仁 岩崎浩平 同訴訟代理人弁理士 言上惠一 前堀義之 奥西祐之 |
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裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2019/08/08 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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請求
特許庁が無効2017-800059号事件について平成30年6月26日にした審決を取り消す。 |
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事案の概要
本件は,特許無効審判請求を不成立とした審決の取消訴訟である。争点は,新規性,進歩性の有無である。 1 特許庁における手続の経緯 被告は,発明の名称を「油冷式スクリュ圧縮機」とする発明につき,平成8年10月25日(以下「本件出願日」という。,特許出願(特願8-283677号) )をし,平成18年2月3日,設定登録(特許第3766725号)を受けた(請求項の数2。甲25。以下「本件特許」という。。 ) 原告は,平成29年4月28日,本件特許の請求項1について特許無効審判請求をした(無効2017-800059号。甲26)。 特許庁は,平成30年6月26日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)をし,同審決謄本は,同年7月5日,原告に送達された。 2 本件発明の要旨 本件特許の請求項1に係る特許請求の範囲の記載は,次のとおりである(甲25。 以下,同発明を「本件発明」といい,本件特許の明細書及び図面を「本件明細書」という。。 ) 「油とともに吐出された圧縮ガスから油を分離回収し,一旦下部の油溜まり部に溜め,油分離された圧縮ガスを送り出す油分離回収器を吐出流路に設ける一方,スクリュロータの両側に延びるロータ軸をラジアル軸受により回転可能に支持して入力軸を吸込側のロータ軸とし,吐出側のロータ軸を上記ラジアル軸受よりもスクリュロータから離れた位置にてスラスト軸受により回転可能に支持するとともに,上記スラスト軸受よりもスクリュロータから離れた位置にて上記ロータ軸にバランスピストンを取り付け,かつ上記スラスト軸受とこのバランスピストンとの間に圧力遮断する仕切り壁を設け,このバランスピストンの仕切り壁側の空間に,上記油溜まり部の油を加圧することなく導く均圧流路を設けて形成したことを特徴とする油冷式スクリュ圧縮機。」 3 本件審決の理由の要点 (1) Howden Compressor 社(以下「ハウデン社」という。)の発行した平成7年5月付けのパンフレットである「HOWDEN AUTO VARIABLE Vi OPTIONS FOR XRVRANGE COMPRESSORS」 (甲8。以下「甲8パンフレット」という。)に基づく新規性欠如の主張について 甲8パンフレットが本件出願日前に頒布された刊行物であるか否かについては争いがあるが,事案に鑑み,新規性の有無について判断する。 ア 甲8パンフレットには,以下の発明(以下「甲8発明」という。)が開示されている。 「油とともに吐出された冷媒ガスから油を分離回収し,油を一旦下部の油溜まり部に溜め,油分離された圧縮ガスを送り出す油分離回収器を吐出流路に備える一方, スクリュロータの両側に延びるロータ軸を円筒ころ軸受により回転可能に支持して入力軸を吸込側のロータ軸とし, 吐出側のロータ軸を上記円筒ころがり軸受よりもスクリュロータから離れた位置にてスラスト玉軸受により回転可能に支持するとともに, 上記スラ スト玉 軸受 よりもス クリュ ロー タから離 れた位 置に て上記ロ ータ軸にバランスピストンを設け, かつ上記スラスト玉軸受とこのバランスピストンとの間に壁を設け, バランスピストンに向かって上記油溜まり部の油を加圧することなく導く流路の途中に並列に始動ポンプを介して導く流路を設けて形成した, 油冷式スクリュ圧縮機。」 イ 本件発明と甲8発明との対比 (ア) 一致点 「油とともに吐出された冷媒ガスから油を分離回収し,一旦下部の油溜まり部に溜め,油分離された圧縮ガスを送り出す油分離回収器を吐出流路に設ける一方, スクリュロータの両側に延びるロータ軸をラジアル軸受により回転可能に支持して入力軸を吸込側のロータ軸とし, 吐出側のロータ軸を上記ラジアル軸受よりもスクリュロータから離れた位置にてスラスト軸受により回転可能に支持するとともに, 上記スラスト軸受よりもスクリュロータから離れた位置にて上記ロータ軸にバランスピストンを取り付け, かつ上記スラスト玉軸受とこのバランスピストンとの間に壁を設け, このバランスピストンに向けて上記油溜まり部の油を導く流路を設けて形成した, 油冷式スクリュ圧縮機。」の点 (イ) 相違点8-1 本件発明では「上記スラスト軸受とこのバランスピストンとの間に圧力遮断する仕切り壁を設け,このバランスピストンの仕切り壁側の空間に,上記油溜まり部の油を加圧することなく導く均圧流路を設けて形成した」のに対して,甲8発明では,「壁」がスラスト軸受とバランスピストンの間を圧力遮断する「仕切り壁」か否か特定されず,少なくとも起動直後には均圧流路が形成されず,流路が導かれる空間も特定されていない点 ウ 相違点についての判断 甲8パンフレットには,本件発明の「油溜まり部の油を加圧することなく導く均圧流路」については記載も示唆もないし,また,これが技術常識であるともいえないから,相違点8-1における本件発明の構成は,甲8パンフレットに記載されたに等しい事項とはいえない。 エ したがって,本件発明は,甲8パンフレットに記載された発明(甲8発明)ではない。 (2) ハウデン社の発行する宣伝リーフレットである「HOWDEN COMPRESSORSINTRODUCES ITS LATEST RANGE OF REFRIGERATION COMPRESSORS The XRV」(甲9。 以下「甲9文献」という。)に基づく新規性欠如の主張について 甲9文献が本件出願日前に頒布された刊行物であるか否かについては争いがあるが,事案に鑑み,新規性の有無について判断する。 ア 甲9文献には,以下の発明(以下「甲9発明」という。)が開示されている。 「スクリュロータの両側に延びるロータ軸を円筒ころ軸受により回転可能に支持して入力軸を吸込側のロータ軸とし, 吐出側のロータ軸を上記円筒ころ軸受よりもスクリュロータから離れた位置にてスラスト玉軸受により回転可能に支持するとともに, 上記スラスト玉軸受よりもスクリュロータから離れた位置にて上記ロータ軸にバランスピストンを設け, かつ上記スラスト玉軸受とこのバランスピストンとの間に壁を設け, 吐出圧があまり高くない範囲(5〜9bara以下)の領域では,オイルポンプが使用される, スクリュ圧縮機。」 イ 本件発明と甲9発明との対比 (ア) 一致点 「スクリュロータの両側に延びるロータ軸をラジアル軸受により回転可能に支持して入力軸を吸込側のロータ軸とし, 吐出側のロータ軸を上記円筒ころ軸受よりもスクリュロータから離れた位置にてスラスト軸受により回転可能に支持するとともに, 上記スラスト軸受よりもスクリュロータから離れた位置にて上記ロータ軸にバランスピストンを取り付け, かつ上記スラスト玉軸受とこのバランスピストンとの間に壁を設けた, スクリュ圧縮機。」の点 (イ) 相違点 a 相違点9-1 本件発明では, 「油とともに吐出された圧縮ガスから油を分離回収し,一旦下部の油溜まり部に溜め,油分離された圧縮ガスを送り出す油分離回収器を吐出流路に設ける」「油冷式スクリュ圧縮機」であるのに対して,甲9発明では,スクリュ圧縮 ,機であるものの,「油分離回収器」についての特定がなされていないとともに,「油冷式」であることも特定されていない点 b 相違点9-2 本件発明では「上記スラスト軸受とこのバランスピストンとの間に圧力遮断する仕切り壁を設け,このバランスピストンの仕切り壁側の空間に,上記油溜まり部の油を加圧することなく導く均圧流路を設けて形成した」のに対して,甲9発明では,「上記スラスト玉軸受(スラスト軸受)とこのバランスピストンとの間に壁を設け」るものの,壁」 「 がスラスト軸受とバランスピストンの間を圧力遮断する「仕切り壁」か否か特定されず,吐出圧があまり高くない範囲(5〜9bara以下)の領域では,オイルポンプが使用されるものであって,「油溜まり室からバランスピストンに向けて油を導く流路」及び当該流路の導かれる空間も特定されていない点 ウ 相違点についての判断 (ア) 相違点9-1について 相違点9-1の本件発明の構成は,甲9文献に記載も示唆もなく,甲9発明が「油分離回収器」を備えているのか否かや「油冷式」であるかのか否かは不明といわざるを得ないから,甲9文献に記載されているに等しい事項ともいえない。 (イ) 相違点9-2について 甲9文献において,本件発明の「油溜まり部の油を加圧することなく導く均圧流路」については記載も示唆もなく, 「油溜まり部の油を加圧することなく導く均圧流路」が設けられているのかは不明といわざるを得ないから,相違点9-2における本件発明の構成は,甲9文献に記載されたに等しい事項とはいえない。 エ したがって,本件発明は,甲9文献に記載された発明(甲9発明)ではない。 (3) 特開昭57-159993号公報(甲1。以下「甲1文献」という。)に基づく進歩性欠如の主張について ア 甲1文献には,以下の発明(以下「甲1発明」という。)が記載されている。 「吐出された油を多量に含む圧縮ガスから油を分離し,油を一旦油溜まり部に溜め,油と分離された圧縮ガスを吐出す油分離器52を吐出配管50に接続する一方, スクリューロータの両側に延びる軸部4a,4b,5a,5bをジャーナル軸受6,7,8,9により回転可能に支持して入力軸を吐出側の軸端部4cとし, 吐出側の上記軸部4a,5aを上記ジャーナル軸受8,9よりもスクリュロータから離れた位置にてスラスト玉軸受12,13により回転可能に支持するとともに, 上記吸引側のジャーナル軸受6,7よりもスクリューロータから離れた位置にて上記軸部4bの端にバランスピストン32を係止し, かつ,このバランスピストン32の上記吸引側のジャーナル軸受6側とは反対側の位置にカバー21を設け, このバランスピストン32のカバー21側の空間に,上記油溜まり部の油を加圧することなく導く配管58を設けて形成した, 油冷式スクリュー圧縮機。」 イ 本件発明と甲1発明との対比 (ア) 一致点 「油とともに吐出された圧縮ガスから油を分離回収し,一旦油溜まり部に溜め,油と分離された圧縮ガスを送り出す油分離回収器を吐出流路に設ける一方, スクリュロータの両側に延びるロータ軸をラジアル軸受により回転可能に支持して入力軸をロータ軸とし, 吐出側のロータ軸を上記ラジアル軸受よりもスクリュロータから離れた位置にてスラスト軸受により回転可能に支持するとともに, スクリュロータから離れた位置にて上記ロータ軸にバランスピストンを取り付け, かつ,壁を設け, このバランスピストンの壁側の空間に,上記油溜まり部の油を加圧することなく導く均圧流路を設けて形成した, 油冷式スクリュ圧縮機。」の点 (イ) 相違点 a 相違点1-1 油分離回収器に関して,本件発明では,油を一旦「下部の」油溜まり部に溜めているのに対して,甲1発明では,油を一旦油溜まり部に溜めるものの,油溜まり部が「下部」にあることが特定されていない点 b 相違点1-2 本件発明では, 「入力軸を吸込側のロータ軸とし,」 「上記スラスト軸受よりもスクリュロータから離れた位置にて上記(吐出側の)ロータ軸にバランスピストンを取り付け,かつ上記スラスト軸受とこのバランスピストンとの間に圧力遮断する仕切り壁を設け,このバランスピストンの仕切り壁側の空間に,上記油溜まり部の油を加圧することなく導く均圧流路を設けて形成した」のに対して,甲1発明では,入力軸を「吐出側」の軸端部4c(ロータ軸)とし, 「上記吸引側のジャーナル軸受6,7(ラジアル軸受)」よりもスクリューロータ(スクリュロータ)から離れた位置にて上記軸部4b(ロータ軸)の端にバランスピストン32を係止し(取り付け),かつ,「このバランスピストン32の上記吸引側のジャーナル軸受6側とは反対側の位置にカバー21(壁) を設け, 」 このバランスピストン32の「カバー21(壁)」側の空間に,上記油溜まり部の油を加圧することなく導く配管58(均圧配管)を設けて形成したものの,入力軸が吸込側でなく,バランスピストンの取り付け位置が異なり,壁が上記スラスト軸受とこのバランスピストンとの間を圧力遮断するものではなく,均圧流路を導く空間が,バランスピストンと上記スラスト軸受とこのバランスピストンとの間に圧力遮断する仕切り壁側ではない点 ウ 相違点についての判断 (ア) 相違点1-1について 甲1文献の第5図を参照すると油分離器52の下部から油圧の配管58,53が出ているから,油分離器52(油分離回収器)の油溜まり部を下部に設けることが自然であり,相違点1-1における本件発明の構成とすることは,甲1発明及び甲1文献に記載された事項から当業者が適宜なし得る事項にすぎない。 (イ) 相違点1-2について a(a) 甲1発明の課題と本件発明の課題とは,逆スラスト荷重の発生をなくす点では共通している。 (b) しかし,相違点1-2における本件発明の構成について検討すると,次のとおり,当業者が適宜選択しえる事項とまではいえない。 甲1発明における入力軸を「吐出側」のロータ軸から「吸込側」のロータ軸にすることについては, 「吐出側」「吸込側」のどちらに入力軸を設けることも知られて ,いるから,それ自体は,単なる設計変更であるといえる余地はある。しかし,入力軸を「吸込側」のロータ軸にすると,甲1発明の課題解決手段であるバランスピストン室34(吸込側に設けられている。 をそのまま維持することができないことに )なるし,また,バランスピストン室を吐出側に移転させようとしても,どのように構成すればよいのかは,多くの改変を要することからして,当業者であっても,困難であるといわざるを得ない。これらの多くの改変を行って,甲1発明から相違点1-2における本件発明の構成とすることは,当業者が適宜選択し得る事項とまではいえない。 @ 例えば,バランスピストン室を吐出側に移転する際に,甲1発明における「上記吸引側のジャーナル軸受6,7(ラジアル軸受)」よりもスクリューロータ(スクリュロータ)から離れた位置にて上記軸部4b(ロータ軸)の端にバランスピストン32を係止し(取り付け)」たものをどこに配置するのかは,バランスピストンとしての作用効果を得ることができるものであればどこでもよいところ,あえて,相違点1-2のような「上記スラスト軸受よりもスクリュロータから離れた位置にて上記(吐出側の)ロータ軸にバランスピストンを取り付け」るような箇所とする動機付けは存在しない。 A また,本件発明の上記「スラスト軸受とこのバランスピストンの間に圧力遮断する仕切り壁」との文言からすると,「仕切り壁」は,「スラスト軸受」のすべての部分を含む空間と「バランスピストン」のすべての部分を含む空間とを圧力遮断するものと解するのが自然である。そして,甲1発明における「このバランスピストン32の上記吸引側のジャーナル軸受6側とは反対側の位置にカバー21(壁)」を設けたものを,「スラスト軸受とこのバランスピストンの間に圧力遮断する仕切り壁」とすること,いいかえると,壁を「スラスト軸受」のすべての部分を含む空間と「バランスピストン」のすべての部分を含む空間とを圧力遮断する仕切り壁とすることには,相当の困難が伴う。 B さらに,甲1発明におけるバランスピストン32の「カバー21(壁) 側の空間に, 」 油溜まり部の油を加圧することなく導く配管58(均圧配管)を設けて形成したものを, 「このバランスピストンの仕切り壁側の空間に,上記油溜まり部の油を加圧することなく導く均圧流路を設けて形成した」とすることにも,困難が伴う。 (c) 相違点1-2における本件発明の構成のうち, 「入力軸を吸込側のロータ軸とし,「スラスト軸受とこのバランスピストンの間に圧力遮断する仕切り 」壁」とすること,いいかえると,壁を上記「スラスト軸受」のすべての部分を含む空間と「バランスピストン」のすべての部分を含む空間とを圧力遮断する「仕切り壁」とすること,及び, 「このバランスピストンの仕切り壁側の空間に」上記油溜まり部の油を加圧することなく導く均圧流路を設けて形成した構成により,甲1発明では奏することのない,負荷容量の大きなスラスト軸受を採用し,単純かつコンパクトな構造のスクリュ圧縮機とする格別な効果を奏するものである。 (d) そうすると,本件発明は,甲1発明のみから容易に想到し得たものではない。 b 国際公開第93/10333号(甲2。以下「甲2文献」という。)に開示された事項を適用した場合について (a) 甲2文献には,以下の事項(以下「甲2文献に開示された事項」という。)が開示されている。 「スクリュロータの両側に延びるロータ軸を軸受又はラジアル軸受により回転可能に支持して入力軸を吸入側のロータ軸とし, 吐出側のロータ軸をラジアル軸受よりもスクリュロータから離れた位置にてスラスト軸受により回転可能に支持するとともに, 上記スラスト軸受よりもスクリュロータから離れた位置にてスラスト玉軸受11の外側リング17にバランスピストンを取り付け, かつ上記スラスト軸受とバランスピストンとの間に壁を設け, カップスプリング12は,上記スラスト軸受の外側リングをクランプし,そのクランプ力は,スリーブ20及び壁によって伝達され, バランスピストンの壁側の空間に,圧縮機の吐出側の作動流体を加圧することなく導く均圧流路を設けて形成した,スクリュ圧縮機。」 (b) 甲1発明の構成に甲2文献に開示された事項を適用しても,バランスピストンをロータ軸ではなく,スラスト玉軸受11を介してロータ軸に取り付けるものとなる上に,壁が上記スラスト軸受とこのバランスピストンとの間を圧力遮断するものではなく,均圧流路を導く空間が,バランスピストンと上記スラスト軸受とこのバランスピストンとの間に圧力遮断する仕切り壁側ではない点が依然として解消しないから,本件発明の構成とはならない。 (c) また,甲2文献は,ガスが環状チャンバ23に導かれる構成となっているため,環状部材19はロータ軸に取り付けられず回転しない構造(以下「非回転式」という。)にせざるを得ないのであり,したがって,非回転式であることを捨象して,甲2文献の「バランスピストン」(環状部材19)及び「壁」(環状部材18)の配列をそれぞれ「(吐出側の)上記スラスト軸受よりもスクリュロータから離れた位置」や「上記スラスト軸受とバランスピストンの間」の位置と抽象化して認定することはできない。 (d) さらに,甲1発明の「バランスピストンを(吸込側の)ロータ軸に取り付けた」ものに甲2文献に開示された事項の「上記スラスト軸受よりもスク リ ュロータから離れた位置にてスラスト玉軸受11の外側リングにバ ラ ンスピストンを取り付け」たことを適用する際に, 「バランスピストンを上記(吐出側の)スラスト軸受よりもスクリュロータから離れた位置」のロータ軸に取り付けたものとすることは,甲1発明の「バランスピストンをロータ軸に取り付けた」ままで,甲2文献の「(吐出側の)上記スラスト軸受よりもスクリュロータから離れた位置」に取り付けるという,都合の良い方を選択して適用するものであり,無条件に組み合わせられるものではないから,当業者が容易に想到し得るものではない。 エ したがって,本件発明は,甲1発明のみから,又は,甲1発明に甲2文献に開示された事項を適用することにより,本件出願日前に当業者が容易に想到し得たものとはいえない。 (4) 甲9文献に基づく進歩性欠如の主張について ア(ア) 国際公開第95/10708号(甲3。以下「甲3文献」という。)には,以下の事項(以下「甲3文献に開示された事項」という。)が開示されている。 「油とともに吐出された圧縮ガスから油を分離回収し,油を一旦下部の油溜まり部に溜め,油分離された圧縮ガスを送り出すオイルセパレータ10を出口配管8に接続し, シリンダ14のバランスピストン11の第1圧力表面12側に,上記油溜まり部の油を加圧することなく導く配管6及び分岐配管7を設けて形成した, 油冷式スクリュー圧縮機1。」 (イ) 米国特許第4462769号明細書(甲4。 「甲4文献」 以下 という。)には,以下の事項(以下「甲4文献に開示された事項」という。 が開示されている。 ) 「オイルセパレータをスクリュー圧縮機の吐出配管システムに設け, バランスピストン19に面する圧力スペース21に,オイルセパレータからの油を導くための油入口孔22を設けて形成した,油冷式スクリュー圧縮機。」 (ウ) 実願昭62-128114号(実開昭64-34493号)のマイクロフィルム(甲5。以下「甲5文献」という。)には,以下の事項(以下「甲5文献に開示された事項」という。)が開示されている。 「油とともに吐出された圧縮ガスから油を分離回収し,油を一旦下部の油溜30に溜め,油分離された圧縮ガスを送り出すセパレータタンク29を吐出配管に接続し, スペーサ16に面する吸入側の作用室19に,油溜30の油を加圧することなく導く配管28を接続した,油冷式スクリュ圧縮機。」 イ 相違点9-2についての判断 (ア) 甲9文献には,油ポンプは通常不要,最小限の油ポンプ要求という記載はあるが,吐出圧(縦軸; 「DISCHARGE PRESSURE」)があまり高くない範囲(5〜9bar a以下)の領域では,油ポンプ(オイルポンプ)を使用することは当業者からみれば不可欠である。 それに対して,甲1文献,甲3文献〜甲5文献に開示された事項の課題又は目的は,スクリュ圧縮機におけるスラスト荷重を均衡させるためのバランスピストンへの油の加圧方法といえる。甲9発明は,油ポンプを通常不要とするものであるとしても,起動直後等の吐出圧があまり高くない領域においては,油ポンプを使用することは当業者からみれば不可欠であるから,甲1文献,甲3文献〜甲5文献に開示された事項を適用して,起動直後に油ポンプを使用せずに加圧することなく導く均圧流路を設けることとするためには阻害事由があるといえる上に,積極的な動機付けがあるともいえない。 (イ) 甲1文献,甲3文献〜甲5文献は,スラスト軸受とバランスピストンとの間に「圧力遮断する仕切り壁」を設けるという構成,及び,バランスピストンの当該「仕切り壁」側の空間に油溜まり部の油を加圧することなく導く均圧流路を設けたという構成を開示していないから,仮に,甲9発明に甲1文献,甲3文献〜甲5文献に開示された事項を適用できたとしても,本件発明のスラスト軸受とバランスピストンとの間に「圧力遮断する仕切り壁」を設けるという構成,バランスピストンの「仕切り壁」側の空間に油溜まり部の油を加圧することなく導く均圧流路を設けたという構成にはならない。 ウ したがって,本件発明は,甲9発明に,甲1文献,甲3文献〜甲5文献に開示された事項を適用することにより,当業者が容易に発明をすることができたとはいえない。 |
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原告主張の審決取消事由
1 取消事由1(甲8発明に基づく新規性欠如の主張を否定した判断の誤り) (1) 甲8パンフレットは,本件出願日前に頒布された刊行物であること ア 一体性 (ア) 甲8パンフレットには,文書としての完全な一体的連続性がある一方,1枚目表面と以降の頁における使用フォントの相違, 「Index」と本文の間の意味内容に影響しない僅かな用語の不一致等から,それは,ハウデン社が平成7年5月頃,XRVレンジの新機構である自動可変Vi機構について,既に作成されたものを含む複数の文書を合体し,パッケジャー等の冷凍・冷蔵用圧縮機業界関係者向けに作成した一体の販売促進文書であると認められる。 (イ) 各種資料について a 原告の姉妹会社であるマエカワ・イタリア社の社員であるA(以下「A」という。)は,甲8パンフレットのほか,以下の資料を保管していた。 (a) 「典型的自動可変Viシステム配置(オイルクーラー及び始動ポンプ付き)(図面番号:XR21000-0,作成時期:平成8年4月)と題する図 」面(甲59の1。以下「甲59-1図面」という。) (b) 「典型的自動可変Viシステム配置(オイルクーラー付き)(図面 」番号:XR21001-0,作成時期:平成8年4月)と題する図面(甲59の2。 以下「甲59-2図面」という。) (c) ハウデン社の発行した平成8年4月付けのパンフレットである「HOWDEN AUTO VARIABLE Vi CONTROL FOR XRV RANGE COMPRESSORS」(甲60。以下「甲60パンフレット」という。) b ハウデン社は,取引先に対し,XRV圧縮機についての技術資料を綴った「XRV圧縮機データブック」と題したバインダーを提供していたが,Aは,同バインダーを保管しており(Aが保管していたバインダーを,以下「バインダー1」という。,同バインダーには,甲59-1図面及び甲59-2図面が綴られ, )そのクリアポケットには,甲8パンフレットと甲60パンフレットが収めて綴じられていた。また,ハウデン社が,他の取引先に提供した技術資料のバインダー(以下「バインダー2」という。)には,甲59-1図面及び甲59-2図面と同一の図面(甲61の1・2。以下,同図面をそれぞれ, 「甲61-1図面」「甲61-2図 ,面」という。)が綴られていた。 甲8パンフレット及び甲60パンフレットは,一体穿孔された21の長方形綴穴が穿たれた文書であり,綴穴がバインダーに合う丸4穴ではなく,バインダー1のデータブック用資料とは別に提供されたことが明らかである。 c 甲60パンフレットの1枚目は甲8パンフレットの1枚目に酷似した目次に相当する「INDEX(索引)」があり,発行日として「1996年4月」と記載され,以降は1〜29まで頁数が記され,本文は1枚目の索引の記載項目どおりの構成となっており,その23頁には甲8パンフレットの10枚目表面の図面(以下「図8-A」という。)と同一の図面が記載されており,そのほか少なくとも3〜5頁,19頁裏面,20頁は甲8パンフレットと同一である。 このように,甲60パンフレットは,甲8パンフレットの記載事項に加えてより詳細な技術情報を販売業者及びパッケジャーに広く提供する内容のものであること,その発行日として「1996年4月」と記載されていることからすると,甲8パンフレットも,甲60パンフレットと同様に,文書として一体であり,甲60パンフレットに先立ち「1995年5月」に発行された刊行物であることが認められる。 d 甲59-1図面,甲59-2図面,甲61-1図面,甲61-2図面は,いずれも,作成時期として平成8年4月と記載され,このうち甲59-1図面,甲61-1図面は図8-Aと同一の圧縮機を中心とするほぼ同一のシステム配置図面である。 イ 発行時期 甲8パンフレットの1枚目表面の記載から,甲8パンフレットは,平成7年5月頃に発行されたものと認められる。そして,この時期は,ハウデン社のグローバル・プロダクト・リーダー兼社長であるBの平成28年12月20日付け書面(甲22。 以下「甲22書面」という。)の「XRV圧縮機のVi自動可変機能は1995年初め頃に導入されました。」との記載とも符合する。 また,バインダー1には, 「XRV/163 自動Vi垂直断面配置」 (甲66。以下「甲66図面」という。)が入っており,同図面には,「日付 95/2」と記載されているから,甲66図面は,遅くとも平成7年2月には存在していることが認められるところ,甲8パンフレットは,甲66図面のコンプレッサーの新機構として紹介するためのパンフレットであるから,甲8パンフレットの上記発行日の記載は信用できる。 ウ 刊行物性 特許法29条1項3号にいう「頒布された刊行物」とは,公衆に対し,頒布により公開することを目的として複製された文書,図画等を意味するところ,甲8の2枚目表面の「INTRODUCTION(イントロダクション)」の下の冒頭の段落には, 「本パンフレットは,Howden Compressors XRVレンジ(製品群)の販売業者及びパッケージ業者の方々に採用可能となった代替的な可変体積率(Vi)制御装置・・・をご紹介するためにご提供申し上げるものです。」とあるとおり,従来型のXRV圧縮機にはなかった機能が新たに利用可能となったことを広く宣伝する文書であり,コンプレッサー・冷凍機業界においてハウデン社製品を取り扱う可能性のある不特定の者に対して頒布するために作成された販促文書であることは明確である。文書に秘密であることの表示はなく,その閲覧につき格別の身分,資格も要求されておらず,これを更に他者に交付し,閲覧させることについて何らの制約も付されていないことから,それが「外国において頒布された刊行物」に該当することは明白である。 また,甲8パンフレットが公開されたものであることは,平成7年5月頃に作成された一般公開宣伝パンフレットであることが明白な「HOWDEN COMPRESSORS」(甲49の1。以下「甲49の1パンフレット」という。)の7頁には,甲8パンフレットに記載されているグラフや図がそのまま記載されていることからも裏付けられる。 エ 被告の主張について (ア) 被告は,甲8パンフレットを現物確認すると,一部が相当程度破損している状態にあり,クリアポケットに収められて手付かずのまま保管されていたとは考えられないから,甲8パンフレットは,個人ファイルに入れ,ほとんど手付かずのままにしていたとの原告の主張は信用できないと主張する。 しかし,本件訴訟において意味があるのは,甲8のハウデン社作成の頒布文書としての存在とその記載内容であり,その綴じ穴外の数箇所が破損していることの経緯などではない。 また,甲8パンフレットは,1枚目の長方形21穴の外側の細い帯状の紙が数箇所でなくなっていたり,残ったままであるが切れた状態となっている他は,目立った破損はないことから文書の毀損は皆無であり,被告の「相当程度破損している」との主張は明らかな誇張であり,この程度の文書の状態の変化が,その取扱い中で発生することは何の不思議もない。 したがって,甲8パンフレットの書証としての信用性が損なわれることはなく,被告の上記主張は理由がない。 (イ) 被告は,バインダー1は「個人ファイル」ではないから,Aがスルツァー・イタリアSpA退職後にも「個人ファイル」としてバインダー1を保持し続けていた経緯,理由,権限等が不明であるなどと主張する。 しかし,本件訴訟との関係において肝心な点は,バインダー1がハウデン社からの配布文書として客観的に存在することであり,Aによる入手経緯などではないから,被告の上記主張は意味がない。 (ウ) 被告は,甲8パンフレットには,ハウデン社の所在地・電話番号・ファックス番号の記載が一切ないから,甲8パンフレットが,ハウデン社の一般的な販売促進活動のための文書とは考え難いと主張するが,既に取引のある冷凍業者に対する販売促進文書であれば,所在地,電話番号等は,必ずしも必須の記載ともいえないから,被告の上記主張は理由がない。 (2) 甲8パンフレットに基づく新規性欠如 以下のとおり,甲8発明は,本件発明の構成要件をすべて具備しているから,両発明は同一の発明である。 ア 甲8発明の始動ポンプを使用する流路は付加的オプション流路であること (ア) 甲8発明においてポンプ非加圧流路が設けられていることは,図8-Aにおいて,「分離器/油溜まり」から下方へ伸びる緑色の流路が油冷却器を経て,ポンプを経ることなく, 「バランスピストン及び軸受供給」流路につながっているとおりである。このように非加圧流路の油が油冷却器を経て供給されるのは,この油がローターによる圧縮によって加熱,加圧されて吐出され,冷却を要する高熱の油であるからである。 したがって,甲8発明の圧縮システムにおいては,定常運転時には,専ら非加圧流路(本件発明にいう「均圧流路」)のみが流路として使用されるのであり,油冷却器を経ない始動ポンプ加圧流路は使用することができず,それがシステムに補助的に付加された従たる流路であることは明らかである。 (イ) 始動ポンプは,その語から圧縮機システムの起動時に油を加圧し供給する機能を有することは理解でき,原告の争うところではない。しかし,甲8パンフレットには,その具体的な使用方法,使用条件は記載されていない上,甲8パンフレットの7枚目の裏面,8枚目の表面及び9枚目の表面には,もし始動ポンプが必須であれば,その言及がないはずはないにもかかわらず,一切その記載がないことからすると,この付加的流路が圧縮機の使用条件によって選択的に使用されるにすぎないものではなく,起動時に必ず使用しなければならないものであると判断する根拠はない。 この点について,図8-Aについては,甲8パンフレットの表紙に「典型的システム構成」との記載があり,図8-Aの前頁にも「典型的システム構成」との標題が記されているところ,XRV圧縮機等の圧縮機を使用した冷媒圧縮システムは,一般に, 「パッケージャー」と呼ばれる業者により,圧縮機を中心として,冷凍プラント毎にシステムが設計され,圧縮機と組み合わせる油分離器,フィルター,さらに,凝縮器,蒸発器もシステム毎に選択し調達され,納入先工場で組み立てられるのであり,圧縮機には構造上油ポンプを必須とするものがあるが,それ以外の圧縮機において始動ポンプをシステムに設けるか否かは,システムの使用条件に応じてパッケージャーが行うシステム設計上の選択事項であり,圧縮機の選択により一義的に決定されるものではないことは,当業者の常識である。したがって,図8-Aが「典型的システム構成」であるとされることは,XRV圧縮機を使用するシステムとしては図示以外の構成とすることが可能であることが当業者に対して明示されているといえる。 (ウ) 平成7年5月(甲8パンフレットの発行月)〜平成8年10月25日の本件出願日までの当業者の油冷式スクリュ圧縮機に関する技術常識からすると,甲8パンフレットに示された構成の圧縮機を使用するシステムにおいては,使用条件に応じて,始動ポンプを使用することなく起動し,定常運転に移ることができるシステムであり得ることは容易に理解できるところであった。 上記技術常識を示す文献としては,以下のものがある。 a 実全昭51-105602(甲42。以下「甲42文献」という。) 「ここで,ロータの軸受部への給油を油ポンプPを介して行なうのは,この部分は高圧(吐出圧)が作用していることと,スクリュー圧縮機においては特に圧縮比が大きくロータの軸受部分の荷重が大であるため,ほとんどすべり軸受が使用され,大なる油圧を必要とするからである。 しかし,大なる油量が必要でない軸受を使用した場合,あるいは軸受部をシールして閉じ込み後のロータの低圧部と連通した場合には,油ポンプを使用しなくてよい。(5頁6行〜15行) 」 「本考案によれば高圧多量の油を必要とする部分にのみ油ポンプで昇圧して油を供給し,その他の部分には圧縮機の吐出圧を用いて給油するため油ホンプ容量は小さなものを使用するか廃止することができ,安価な注油式スクリュー冷凍圧縮機とすることができ,圧縮機起動時において軸受部に充分に油を供給できる。(5頁1 」6行〜6頁3行) b 森山浩三「スクリュ圧縮機(二軸型)(社団法人日本冷凍協会機関 」紙「冷凍」,平成6年9月号)(甲43。以下「甲43文献」という。) 「スクリュー圧縮機の軸受については,従来ラジアル荷重を受けるスリーブ軸受とスラスト荷重を受けるアンギュラ型玉軸受とで構成されていた。比較的小形のものについては,高負荷タイプのころがり軸受が開発されていたこともあり,従来のスリーブ軸受に替わってころがり軸受でラジアル荷重を受ける事が可能となり,全ころがり軸受で構成されるようになった。これは,従来のスリーブ軸受では潤滑に必要な油膜保持の為,油ポンプが必要であったものが,不要になったことを意味する。潤滑油は吐出圧力に近い給油圧力と,吸込圧力に近い排油圧力との差圧により自給される。」 c 甲4文献 「例えば,外付けの油ポンプ又は油注入スクリュ圧縮機の吐出配管システムに従来から用いられているオイルセパレータのような任意の適切な手段によって供給可能である。(甲4の3枚目右欄9行〜12行,抄訳14行〜16行) 」 d 常富実外3名「日立パッケージ形スクリュー圧縮機『OS-Pシリーズ』(日立評論59巻10号。昭和52年発行) 」 (甲44。以下「甲44文献」という。) 「オイルセパレーターで分離された油はオイルクーラで冷却され,オイルセパレータ内の圧力と圧縮機本体の圧力差によって圧縮機内に噴射され,圧縮空気の冷却,ロータの潤滑,ロータシールラインのシール及びベアリングの潤滑を行なう。(5 」8頁右欄8行〜11行) 59頁の図4「フローシート」には,ポンプを具備せず,オイルセパレータ内の油を油供給先に差圧によって給油するようにしたスクリュー圧縮機が記載されている。 e ピーター・A・オニール「INDUSTRIAL COMPRESSORS(産業用コンプレッサ)(平成5年発行) 」 (甲47。以下「甲47文献」という。) 「吐出圧給油システムは,オイルタンク/セパレータに存在する圧縮機自身の吐出圧力を用いてオイルを循環させる。(376頁の「15.13.13.1」の次 」の行とその次の行,抄訳5頁9行〜10行) f 甲48の添付資料 @ 添付資料1(スタール社の平成3年6月配布の同社製スクリュ圧縮機「Stal-Mini Mk U」カタログ) 「要求‐運転油ポンプは, 「スタール・ミニ圧縮機」の追加オプションです。オイル供給は,通常,コンプレッサを横断する圧力差によって提供されますが,例えば,圧力差の小さい場合にブースター運転をする場合には,要求―運転油ポンプが必要になります。」 A 添付資料2-1(フリック社製圧縮機「RXB SCREW COMPRESSOR UNIT」のカタログ。添付資料2-2から,同圧縮機は平成4年9月3日以前に存在したことは明らかである。) 「通常の高(圧力)段階での使用において,油ポンプは必要ありません。」 (エ) XRVコンプレッサーにおいて,実際にポンプを具えないVRVコンプレッサーを使用した冷凍・冷蔵システムが国外において製作,納入された事実はCの宣誓供述書(甲11),D(以下「D」という。)の宣誓供述書(甲45)記載のとおりである。 また,本件出願日前に作成されたXRVコンプレッサを使用したポンプ非装備システム4例の使用配置図面は多数存在する(甲51〜54)。 さらに,甲49の1の7頁右上には「XRVコンプレッサーの特徴及び長所」として,「ローラーベアリングの使用 90%超の設置例についてオイルポンプなし」と記載されており(甲49の2),同頁の二つの圧力包絡線グラフ,二つの装置断面は,甲8パンフレットにおけるものと同一であり,また,11頁下段の表は甲8パンフレットの6枚目の表面の図の製品型式番号と同じであることから,甲8記載のXRVコンプレッサー設置例において油ポンプ非装備システムは,設置例の90%を超えていたことになる。 イ 甲8パンフレットに「流路が導かれる空間」が特定されていること (ア) 甲8パンフレットの「流路が導かれる空間」 以下の は, 「参考図8-C」のバランスピストンの仕切り壁側の空間と特定することができる。 (イ) 被告は,油が供給される場所は,参考図8-Cのバランスピストンの右側であり,ケーシングが圧力遮断する仕切り壁であると主張する。 しかし,被告の主張は,以下のとおり不合理である。 a 被告の主張によると,バランスピストンはスラスト力(FTH)と同方向(左方向)の力をスラスト軸受に加えることになり,不自然である。 b L字形状の部材とロックナットはスラスト方向の力に対してバランスピストンを支えるようには働かない一方,バランスピストンに働く左方向の力は,軸径が大きくなっているロータ軸の段差によって受け止められるため,右側でロックナットにより締付ける必要がない。 c 被告の主張によると,スラスト軸受との間に図のような仕切り壁をわざわざ設けて閉鎖空間である別の室を形成する理由がないばかりか,バランスピストン室の油は,ピストン外周とケーシング内壁と間に設けられたラビリンスシールを通って室外に流出し循環するようにしなければならないため,壁側のこの閉鎖空間にもラビリンスシールを通じて油が供給され,バランスピストンがスラスト力と同方向に圧されるとバランスピストン室にはこれとは反対方向の圧力が発生してバランスピストンを押し返し,その作用を相殺することになるから不合理である。 d バランスピストンとケーシングとの間の空間がバランスピストン室であるとすれば,参考図8-Cに見られるとおり,その空間はスラスト軸受側の壁とバランスピストンにより形成される空間に比してはるかに容積が大きく,形状も複雑であり,このような空間全部に油を満たして圧力を保持しなければならないという点でも極めて不合理な設計となる。 e 被告は,原告主張の仕切り壁は,スラスト軸受に供給される潤滑油が吐出側バランスピストンの内側の空間に漏洩することを防ぐものであると主張するが,バランスピストンと仕切り壁の間の空間は圧力が高いから,この空間にスラスト軸受に供給される潤滑油が漏洩することはない。 (ウ) 原告の社員であるE(以下「E」という。)がハウデン社のスクリュー圧縮機XRV204145を調査したところ,油が吐出側ケーシングのオイル供給口からバランスピストンと仕切り壁(バランスピストンとスラスト軸受の間に設けられた壁)の間に供給されていることが明らかになった(甲63,64)。 ウ 甲8発明には「スラスト軸受とバランスピストンの間に設けられた圧力遮断する仕切り壁」が設けられていること 前記イのとおり,甲8発明の壁が圧力遮断する仕切り壁であることについては,明確な開示がある。 (3) したがって,甲8発明に基づく新規性欠如を否定した本件審決の判断は誤りである。 2 取消事由2(甲9発明に基づく新規性欠如の主張を否定した判断の誤り) (1) 甲9文献は,本件出願日前に頒布された刊行物であること 甲9文献は展示会来訪者等に向けた一般公開宣伝リーフレットであることは一見して明らかである。 そして,その刊行時期についての記載はないが,それが遅くとも本件出願日である平成8年10月25日より前であることは,以下の証拠から明らかである。 ア 甲9文献には,冒頭に見る人の注目を特に惹くよう,赤色大文字で「NEW(新製品) と斜めに印刷されXRVコンプレッサーが新製品であることが強調 」されているが,裏面のコンプレッサーの断面図2枚には,自動可変Vi機構が装備されていない。この機構は,甲22書面によると,平成7年初め頃に導入したとされることから,甲9文献記載の圧縮機は旧型に属し,それが甲8パンフレットが刊行された平成7年において「新製品」として宣伝されるはずはなく,したがって,それは,平成7年より前のXRV圧縮機の宣伝リーフルレットであると判断される。 イ 「HOWDEN COMPRESSORS/XRV REFRIGERATION COMPRESSORS」と題されたハウデン社による製品紹介パンプレット(甲23。以下「甲23パンフレット」という。)の4頁,5頁には,甲9文献の裏面に記載されたものと同一の旧型コンプレッサーの断面図2枚が記載されているところ,甲23パンフレットの刊行時期は,平成7年4月16日以前であると判断され(甲23パンフレット裏表紙のハウデン社本社の電話及びファックス番号の市外局番は「+44(0)41」で始まっているが,英国において「0」で始まる地域コード(市外局番)は,平成7年4月16日をもって一斉に「01」で始まるよう変更され(甲50),ハウデン社が所在するグラスゴーの市外局番は「041」から「0141」となったため,甲23パンフレットが同日より前に刊行されたことは間違いない。 ,したがって,甲2 )3パンフレットとの対比からも,甲9文献は,平成7年4月16日以前の旧型XRVコンプレッサーを「新製品」として宣伝するリーフレットであると判断される。 ウ 甲9文献の裏面に印刷された米国のハウデン社の住所は,コネチカット州ブルームフィールドであるが,同社は,Dの宣誓供述書(甲19)記載のとおり,平成7年にペンシルベニア州ラングホーンに移転した。 エ 甲9文献の裏面の図に続く段落には「ハウデン社が世界で最初にロータリスクリュ圧縮機を商業的に製造してから今や50年を超えました。」と記載されており,他方,甲23パンフレットの2頁左欄には「1939年に,ハウデン社がスクリュー回転圧縮機を商業的に生産した世界初の会社となった。」との記載があり,1939年から50年後に当たるのは1989年であるところから,甲9文献は平成3年(1991年)に米国のハウデン社が作成したものであるとのDの各宣誓供述書(甲10,19)の記載は作成に関与した当事者の供述として疑う理由がない。 (2) 甲9文献に基づく新規性欠如 ア 甲9文献には油冷式の圧縮機が記載されていること等 甲9文献においては, 「油ポンプは通常不要」との記載により,甲9文献に記載された圧縮機が油冷式であることが明瞭に記載されている。なぜなら,もし甲9文献記載の圧縮機が油冷式でないとすると,油冷式における圧縮機―油分離器―冷却器を循環する冷却・潤滑油の流路は存在しないことになるから,油ポンプは圧縮機の運転のために潤滑油を独立に供給する独立の不可欠なポンプであることになり,需要者向け文書である甲9文献に「ポンプは通常不要」などの記載が用いられることはあり得ないからである。 また,甲9文献の圧縮機は,ハウデン社のXRV圧縮機であるところ,同社のXRVシリーズの圧縮機は油冷式である(甲12,13)。 そして,圧縮機が油冷式である場合に,吐出口から圧縮媒体と共に吐出される油を分離する「油分離回収器」を設けることは,必須かつ自明の構成である。 イ 甲9文献には,「スラスト軸受とバランスピストンの間に設けられた壁」が存すること 甲9文献には,以下の図面が記載されており,同図面には,スラスト軸受とバランスピストンの間に設けられた壁が存在する。 仕切り壁 バランスピストン 仕切り壁 バランスピストン ウ 甲9発明の冷凍システムは通常油ポンプ不要であること (ア) 甲9文献には「油ポンプは通常不要」「最小限の油ポンプ要求」と記載 ,されており,この記載からは,甲9文献の圧縮機を使用する冷凍システムにおいては,通常油ポンプが不要であるが,必要となるシステムの場合であっても必要となる範囲は最小限でよいことが記載されていると理解することが当然であり,もし,起動に必ずポンプを要するのであれば, 「最小限の油ポンプ要求」と記載することはあっても,それと併せて需要者に対して, 「油ポンプは通常不要」などと記載することはあり得ないというべきである。 甲9文献の裏面に記載された運転圧力範囲図(以下「甲9グラフ」という。)は起動後の通常運転時において吐出圧と吸込圧の圧力差が4bar a 以上確保できない通常運転においては,差圧給油を補助するためのポンプを要する範囲を示したものであることは明らかであり,上記の図から甲9文献記載のXRV圧縮機において起動時には常に油ポンプを使用することを要するとの判断を導くことは論理的に不可能である。 (イ) そして,前記1(2)ア(ウ)のとおり,甲9文献記載の圧縮機のように,ラジアル軸受をローラー式とし,スラスト軸受をボールベアリング式とする圧縮機においては,油ポンプを使用しないで起動するシステムとすることが可能であり,かつ,定常運転時において吐出圧と吸込圧の圧力差が十分であれば,起動後に油ポンプは不要とすることができることは,当業者にとっては既に周知であったのであるから,使用者が設定又は想定する定常運転条件における吐出圧と吸込圧の圧力差が小さい範囲(甲9グラフの青色の領域)である圧縮システムにおいては,油ポンプが必要となるが,それ以外の通常のシステムにおいては,始動ポンプ及び定常運転用ポンプのいずれも不要であると解するのが当然である。このことは,Dの宣誓供述書(甲45)にも記載されている。 (ウ) バインダー1には,甲59の3の図面(図面番号:XR21002-0。以下「甲59-3図面」という。)及び甲59の4の図面(図面番号:XR21003-0。以下「甲59-4図面」という。)が,バインダー2には,甲59-3図面と同一の図面である甲61の3の図面(図面番号:XR21002-0。以下「甲61-3図面」という。 及び甲59-4図面と同一の図面である甲61の4の )図面(図面番号:XR21003-0。以下「甲61-4図面」という。)がそれぞれ綴られている。 これらの図面におけるXRV圧縮機本体は,自動可変Vi機構を備えないほかは,図8-A,甲59-1図面,甲59-2図面,甲61-1図面,甲61-2図面の圧縮機と同一であり,甲9文献に記載されたXRV圧縮機とも同じであることは図面の比較から明らかであるところ,甲59-3図面及び甲61-3図面には,図面名として「典型的手動Viシステム配置(オイルクーラー及び始動ポンプ付き)」と記載され,甲59-4図面及び甲61-4図面のシステムには,「START UP PUMP(始動ポンプ)」がなく,図面名は「典型的手動Viシステム配置(オイルクーラー付き)」と記載されている。これらの証拠からすると,甲9文献記載のXRV圧縮機を使用した圧縮システムにとって始動ポンプが必須の構成でなく,非加圧回路のみを使用して始動し通常運転することが可能であることは明白であり,かつ, このことは本件出願日前の技術常識により,甲9文献に接した当業者が当然に理解するところであったということができる。 エ 甲9文献には,バランスピストンに向けて油を導く流路及び当該流路の導かれる空間が開示されていること 以上からすると,甲9文献記載の圧縮機を使用して構成される圧縮システムにおいては,油冷式スクリュー圧縮機であることにより,油分離器からの油を軸受及びバランスピストンへ導く流路が設けられることは自明であり,かつ,そのシステムにおいては油ポンプによる加圧が通常不要なのであるから,甲9文献には,本件発明の均圧流路が開示されているといえる。 なお,Eがハウデン社のスクリュー圧縮機XRV204145を調査した結果は,前記1(2)イ(ウ)のとおりである。 オ 被告の主張について 被告は,甲9グラフについて,起動直後であるにもかかわらず,突如として,吐出圧力が吸込圧力を大きく上回る状態,例えば,吸込圧力が2bar a,吐出圧力が10bar a などという状態にはならないと主張する。 しかし,被告の上記主張は,始動ポンプの要否と定常運転におけるポンプの要否を混同しているうえ,突如」 「 とはいかなる時間をいうのか基準がなく不明であるし,吸込圧力が2bar a,吐出圧力が10bar a などという組合せも不自然である(吐出圧力が10bar a に対応する吸込圧力は6bar a 強であると解するのが自然である。。 ) 甲9グラフにおいて「OIL PUMP」不要の領域の下端辺は吐出圧5bar a 付近・吸込圧力1bar a 付近の点と吐出圧約9.5bar a 付近・吸込圧力約6.5bar a 付近を結んだ斜線であるから,甲9グラフにおいては,定常運転時において最低吐出圧力5bar a 付近・吸込圧力1bar a 付近を超える圧力と約4bar a 程度の圧力差があれば 「OIL PUMP」が不要であることが表示されていることは明らかである。 そして,圧縮機の駆動モーターは,50ヘルツ交流電源では,毎秒50回転(1分間3,000回転) 60ヘルツ交流電源では毎秒60回転 , (1分間3,600回転)し,これに直接駆動される雄ローターは毎秒50回転,60回転して圧縮が行われる(ただし,最近においては,インバーターにより回転数は電源周波数に制限されることなく大幅な増減が可能である。 のであり, ) 甲8発明のようにころがり軸受を使用したスクリュー圧縮機においては,軸受への事前給油を要さず直ちにモーターを起動して速やかに定常回転に入ることができ,ローターによる圧縮が開始されるのであるから,通常であれば,1,2分以内に4bar a 程度の吐出圧・吸込圧差は容易に実現できることは,技術常識である。ただし,主に,油流路の中間機器による減圧や,蒸発器,凝縮器等の冷媒循環系統における使用者側の圧力設定,装置の設置環境等の圧縮機にとって外部的要因のため,吐出圧力が低く,吸込側の圧力差が4bara 以上にとれず,圧力差による潤滑油の循環が確保できない場合があるため,甲9グラフは,そのような圧力条件で使用するシステムにおいては,定常運転時において油ポンプが必要であることを表示しているものであり,始動時の問題でないことは,当業者であれば容易に理解できることである。 XRV圧縮機の通常の設置例(甲49の1によると90%超)における定常運転時の吐出圧力,吸込圧力条件は,上記グラフの「OIL PUMP」不要の領域にあり,それ故に,甲9文献の表面には,「油ポンプは通常不要」 と記載されたものと解するのが当然である。もし,甲9文献のXRV圧縮機使用のシステムには始動ポンプが必ず必要であったとすれば, 「油ポンプは通常不要」との表示は,需要者からすれば明らかな虚偽広告となる。 (3) したがって,甲9発明に基づく新規性欠如を否定した本件審決の判断は誤りである。 3 取消事由3(甲9発明に基づく進歩性欠如の主張を否定した判断の誤り) (1) 前記2(1)のとおり,甲9文献は,本件出願日前に頒布された刊行物である。 (2)ア 前記2(2)のとおり,甲9文献においては,バランスピストン及びスラスト軸受とバランスピストンの間を圧力遮断する仕切り壁が設けられているのであるから,この仕切り壁とバランスピストンとの間に油を導く流路を設けることは甲9文献自体から当然に動機付けられることである。 そして,上記流路と油分離器を設けることは,甲1文献,甲3文献〜甲5文献に開示されているから,甲9発明に,甲1文献,甲3文献〜甲5文献に開示された上記構成を適用して本件発明の構成に想到することは容易である。 イ 本件審決は,甲1文献,甲3文献〜甲5文献には,「『スラスト軸受とバランスピストンとの間に圧力遮断する仕切り壁』を設けるという構成及びバランスピストンの『仕切り壁』側の空間に油溜まり部の油を加圧することなく導く均圧流路を設けるという構成を開示していない。」と判断する。 しかし,甲1文献,甲3文献〜甲5文献は,甲9文献の開示を前提として,バランスピストン室に油を加圧することなく導く流路を設けることの容易性を証する公知例として意味があり,これら公知例における仕切り壁やスラスト軸受の部材配列順や位置に係わるものではないから,本件審決の上記理由付けは的外れである。 (3) したがって,甲9発明に基づく進歩性欠如の主張を否定した本件審決の判断は誤りである。 4 取消事由4(甲1発明に基づく進歩性欠如の主張を否定した判断の誤り) (1) 入力軸位置変更の容易性 ア(ア) スクリュ圧縮機の入力軸を吐出側とするか吸込側とするかは単純かつ周知の設計上の二者択一的選択事項であり,自動車の右ハンドルと左ハンドルの選択と大差がなく,設計変更により,入力軸吸込側モデルの圧縮機については吐出側モデルを,吐出側モデルについては吸込側モデルを製品群の選択肢に加える動機が常にあるいうことができる。 そして,吐出側モデルである甲1発明の実施例において,吸込側モデルとする設計変更をする場合,ロータの回転安定のため「スクリュロータの両側に延びるロータ軸をラジアル軸受により回転可能に支持」 スラスト力が発生する側にある し, 「吐出側ロータ軸を上記ラジアル軸受よりもスクリュロータから離れた位置にてスラスト軸受により回転可能に支持」することは必然的構成であり,甲2,4,6〜9,23,46にも使用されている慣用技術であって,甲1発明も同じ部材配列をとっており,その吸込側モデルへの設計変更においてこの配列を変更する理由も必要もない。 次に,バランスピストンをシャフトの中間部に取り付けることが当然に排除されるわけではないが,スラスト軸受よりもスクリュロータから離れた位置にて,ロータ軸にバランスピストンを取り付けることは,吐出側モデルと反対のローター軸端に設けることが,設計上の自由度も大きく,特に考えることもなく想到する最も自然で合理的な選択であるということができる。そして,バランスピストンとは,これに対面する仕切り壁との間に形成されるバランスピストン室に油が供給され,その圧力の作用により,圧縮媒体の吐出圧力のためロータに対して吐出側から吸込側方向へ働くスラスト力を緩和する装置であるから,圧力保持のための仕切り壁は,バランスピストンを吐出側に設ける場合(入力軸吸込側モデル)にはバランスピストンを挟んでロータ側に,吸込側に設ける場合(入力軸吐出側モデル)にはバランスピストンを挟んでロータとは反対側に設けられなければならず,バランスピストンの仕切り壁側の空間に上記油溜まり部の油を加圧することなく導く均圧流路を設けることも必然である。そして,バランスピストンと仕切り壁により形成されるバランスピストン室に圧力媒体を導く流路が設けられなければならないことは,自明の事理である。 そうすると,甲1発明の実施例を前提として,その入力軸取付位置を吐出側から吸込側へ設計変更する(同変更を, 「原告甲1変更」 以下 という。 選択をした場合, )これに伴う他の部材配置の変更は,基本的に次の3点で足り,かつ,この3点は独立のものではなく,不可分的であり,単なる一つの変更の3側面にすぎないといえるものであるから,多くの改変を要することはなく,それらはすべて,格別の設計上の検討を要しない自明かつ必然の変更であり,当業者にとって何の技術的困難もないことが明らかである。 変更@ バランスピストンを吐出側ロータ軸端に取り付ける。 (以下「変更@」という。) 変更A バランスピストンとスラスト軸受の間に圧力遮断する仕切壁を設ける。 (以下「変更A」という。) 変更B バランスピストンと仕切壁の間に油分離器からの油が導かれる流路を設ける。(以下「変更B」という。) (イ) 前記の変更@〜Bを,入力軸をIS,ラジアル軸受をRB,ローターをSR,スラスト軸受をTB,圧力遮断する仕切り壁をPW,バランスピストンをBPと略記し,甲1発明の部材配列を甲1文献の【図3】のとおり表すと [PW-BP]-[RB-SR-RB-TB]-[IS]であり,本件発明の部材配列は, [IS]-[RB-SR-RB-TB]-[PW-BP]である。しかして,[PW-BP]の配列順序は,前述のとおり,バランスピストンがスラスト力に対抗するよう動作するためには必須であり,RB-SR-RB-TB] [の配列順序も上記のとおり慣用のものであり,本件発明に接してはじめて想到するようなものでなく,合理的理由のある配列であるから,必要な変更は,結局, [PW-BP]と[IS]を[RB-SR-RB-TB]を中心として左右反転するという実質的に一つの変更のみである。 これを図3に基づき図示すると,以下のとおりであり,その結果は,本件発明の構成と完全に一致する圧縮機となるから,本件発明が甲1発明の圧縮機の設計変更例の一つにすぎないことは明らかというべきである。 甲1【図3】入力軸吐出側モデル【入力軸吸込側モデル】 仕切り壁 油供給非加圧流路 イ そして,前記アの変更@〜Bは,以下のとおりいずれも容易である。 (ア) 変更@について 吐出側ロータ軸にバランスピストンを取り付ける場合,ラジアル軸受をロータの両側に直結して設けることは当然の配置であり,残るのは,スラスト軸受をラジアル軸受に続く位置に配するか,バランスピストン室をその間に配するかの選択でしかなく,いずれの配置も可能ではあるが,スラスト力を主に支えるのはスラスト軸受であること,また,バランスピストン室をラジアル軸受側に配置した場合にはバランスピストンを貫通するロータ軸をスラスト軸受部まで延長しなければならないことからすると,ロータ-ラジアル軸受-スラスト軸受-バランスピストン室(仕切り壁-バランスピストン)の部材配置順とすることに本来合理的動機があり,かつそのために格別の工夫を要しないから,上記の部材配置順とすることは設計上の選択事項にすぎない。このような配置は,甲2,4,6〜9,23,46において採用されており,慣用技術にすぎない。 (イ) 変更Aについて 甲1文献の図3におけるカバー21は,バランスピストンとの関係においては,バランスピストンのカバー21側の面と対面してバランスピストン室34を構成する圧力遮断する仕切り壁として機能しており,上記図の入力軸吸込側モデル圧縮機において,このような仕切り壁を,スラスト軸受とバランスピストンとの間に設けることに技術的困難がないことは明らかである。 甲1発明において,入力軸を吸込側に替えることに伴い,部材配列順をロータ-ラジアル軸受-スラスト軸受-バランスピストンという設計事項に属する選択をした場合,バランスピストンのロータ側の面に対面する仕切り壁を設けてバランスピストン室を形成し,バランスピストン室の油の漏出を抑止して室内圧力を保持することは,バランスピストンを配置するというのと同義といえる当然の設計事項である。そして,そうすることにより甲1文献の実施例を設計変更した吸込側入力軸モデルにおいて, 「『スラスト軸受』のすべての部分を含む空間と『バランスピストン』のすべての部分を含む空間とを圧力遮断する仕切り壁」が形成されることは,前記ア(イ)の図【入力軸吸込側モデル】のとおりである。 (ウ) 変更Bについて 甲1の壁(カバー)とバランスピストンとの配置関係(PW-BP)をそのままロータの反対側に移し,カバーではなく独立の仕切り壁を設けてバランスピストン室を形成し,甲1文献の図3の入口48からバランスピストン室34に至るポンプ加圧のない油供給路を,このバランスピストン室への油供給がされる位置に形成することは当然の設計事項である。 ウ また,本件明細書の段落【0006】には, 「図9に示すスクリュ圧縮機は,図7に示す圧縮機とは,図面上,入力軸15を吐出側に配置した点,バランスピストン17を入力軸15とは反対側の吸込側に配置した点を除き,他は実質的に同一であり,互いに対応する部分については同一番号を付して説明を省略する。 と 」あり,被告自身が,両者を「実質的に同一」として認識していることが示されている。 エ 被告の主張について (ア) 被告は,原告甲1変更に従うと,甲 1 発明の構成上は明らかに不要な構成である独立した仕切り壁を追加して設けなければならなくなると主張する。 しかし,以下の設計変更図1のとおり仕切壁を設けることを想到し,実施することに何ら困難はない。 設計変更図1 (イ) 被告は,油流路について,原告甲1変更に従えば,@吐出側にバランスピストン室を形成するために,カバー16が物理的に分断されることになり,通路42に至る構成が不明である,A室45と見るべきものが存在しない,B油路38から吸込側に位置する軸封装置18に至る構成が不明である,C吸込側にライナーリングが不存在であるようにも見え,ライナーリング19と軸部4aの隙間にいたる構成も不明で,通路42に至る構成も不明であると主張する。 a しかし,甲1文献の油流路の基本構成は,以下の甲1.第5図に示されるとおりであり,入力軸取付位置の設計変更に伴い必要となる変更は,以下の設計変更図2のとおり,バランスピストン室への流路58の接続位置を吐出側に設計変更するだけでよく,それ以外の甲1.第5図の流路の基本構成の変更は不要である。 この変更は,変更Bに必然的に付随する自明の設計変更であり,かつその実施に何の困難もない。 甲1.第5図 設計変更図2 b そして,以下のとおり,被告の主張する上記@〜Cは,何らこの点を左右するものではない。 (a) 通路42に至る構成とは,甲1文献の第3図において「入口35より供給された圧油は油路36より(ラジアル)軸受8,9へ流れて潤滑冷却し,夫々の軸受端よりスラスト玉軸受12,13をとおり,カバー16内より(第2図の)通路42をとおり,吐出通路25に出る。(甲1の4頁上右欄15行〜19行)と 」いうものであって,ラジアル軸受,スラスト軸受に供給された油が吐出路を通じて排出されて油溜まりに回収される経路のことであるところ,油冷式スクリュー圧縮機において,軸受部の油や軸封部及びバランスピストンから漏出した油は圧力差により低圧側であるローター室の吸込側に流れローターに吸い込まれて回収されるのが通常の構成であり,そのためには油がローター室に流れる通路を設ければ足りるのであり,これは周知かつ自明の構成であって格別の変更ではなく,甲1文献の第3図の通路42を設けなくとも,油の循環に何ら支障をきたすような点はない。 (b) 室45は,甲1発明においてバランスピストン室の油がラビリンスシールを通過して漏出する空間であり,上記設計変更図1においては,バランスピストンの右側とケーシングの間の空間として形成されている。この空間の圧力は甲3文献が開示するとおり,ラビリンスシールを通じてバランスピストン室につながっているためバランスピストン室よりは低く,ローター室よりは高い関係にあるから,両室をつなぐ流路をローター室の下に設けることで油は自然にローター室に流れ,循環することになる。 (c) 甲1文献の第3図の油路38から吸込側に位置する軸封装置18に至る構成は,入力軸の取付け位置変更に伴い,上記設計変更図1のとおり,入口35から入って図左に延びる流路に軸封部に至る流路を設ける構成となることは自明である。そして軸封部からの油も圧力差によりローター室に流れローターに吸い込まれて回収されることも自明である。 (d) 吸込側のライナーリングについては,設計変更図1には甲1文献の第3図のライナーリング19と同様の構成が記載されている。 (ウ) 被告は,甲1文献の第2図のスライドバルブ機構の設計変更図1に示される変更について,原告甲 1 変更では,スライドバルブ31・ピストンロッド29等が吸込側から吐出側にすベて付け替えられることになり問題があると主張する。 a しかし,スライドバルブは,被告のいうとおり「吸込側容積を変化させて吸込量を調節する」ための機構であるから,スライドバルブ本体をローター吸込側との位置関係において付け替えるなどということはあり得ないことであり,被告の主張はその前提において誤りである。 b また,ピストンロッド取付け位置の変更は,スライドバルブの機能自体からすれば,以下の設計変更図3-2に示すとおり,甲1文献の第2図と同じ配置のままでも全く問題はなく,必須の変更ではないが,その場合,甲1文献の第2図のローター室の下で左側に突出しているピストンロッドのカバー部と入力軸及びモーターとの上下の位置的重なりから,甲1発明の設計変更としては,以下の設計変更図3-1のようにしたほうがより自然な選択と考えられるという程度の変更にすぎない。 なお,設計変更図3-1は,スライドバルブはローター吸込側との位置関係はそのままにして,ピストンロッド29とピストン28を吐出側に反転したものである。 この場合,ピストンロッドは,吐出通路25の空間を通して吐出側方向に延びるように取り付ければよく,問題なく維持できる。また,シリンダー部26は,そのままのとおり吐出側に平行移動させることにより確保される。 なお,ピストンロッドの取付けを吸込側とするか,吐出側とするかは,等価の設計上の選択でしかないことは,特開平5-157072(甲56)からも明らかである。 設計変更図3-1 設計変更図3-2 (2) 本件発明の部材配列に構造上格別の効果がないこと ア 入力軸を吸込側とすることに新規性・進歩性がないこと 入力軸を吸込側に配置することにより,抽象的,観念的には設計上の自由度がいくらかは大きくなり得るとしても,それは,入力軸を吸込側に配置するという慣用の設計上の選択に必ず伴うものであるから,本件発明が入力軸を吸込側とすることを構成要件の一つとして選択しているからといって,そのこと自体にいかなる新規性,進歩性も認められないのであり,このような選択をしたことに格別の作用効果を認める余地もない。 甲1発明との比較については,本件明細書の図2「本件発明の実施形態」のスラスト軸受の形状からすると,そこで想定されているスラスト軸受はローター軸に取り付けられたディスク状の面により支承するすべり軸受であると解されるところ,甲1発明の実施例の圧縮機のスラスト軸受は甲1文献の第3図のとおりボールベアリングを用いるころがり軸受であり,ロータに取り付けられたものでもないという重大な相違があり,支承態様を異にするものであるから,このような軸受構造の相違を無視して,本件発明のスラスト軸受が甲1発明では得られない負荷容量の大きなスラスト軸受であるといえる根拠はない。また,バランスピストンについては,甲1発明の実施例のバランスピストンの受圧面がローターシャフト端の外側にある構造のため,シャフトの軸径に影響されることなく定めることができ,設計自由度は高いので,本件発明に優位性は全くない。 イ スラスト軸受とバランスピストンの間の圧力遮断する仕切り壁に格別の効果はないこと 油冷式圧縮機のバランスピストンにおいて,バランスピストと仕切り壁の間のバランスピストン室が圧縮機の他のすべての空間から圧力遮断されることは必須の構成であり,この点は,甲1発明を含め本件で公知例として提出されたバランスピストンを備えるすべての油冷式圧縮機に該当するものであり,本件発明に特有のものではない。 ウ 均圧流路は「単純かつコンパクト構造とする」こと等と無関係であること 甲1発明の「油溜まり部の油を加圧することなく導く配管58」が本件発明の「油溜まり部の油を加圧することなく導く均圧流路」に相当し,この流路を設けることにより,圧縮機を「単純かつコンパクト構造とする」効果を奏するという根拠がない。 エ 以上のとおり,本件発明の入力軸-ラジアル軸受-ロータ-ラジアル軸受-スラスト軸受-仕切り壁-バランスピストンの部材配列は周知であり,同配置自体に格別の作用効果はなく,かつ,この配列と「均圧流路」の構成とが組み合わせによる格別の作用効果はなく,両者の構成は単に並存するだけである。 (3) 以上のとおり,本件発明は,甲1発明に基づき容易に想到できたものであるから,甲1発明に基づく進歩性欠如の主張を否定した本件審決の判断は誤りである。 5 取消事由5(特許法153条2項違反) 本件審決は,@甲8発明について,被告が甲8パンフレットに本件発明の構成要件A〜E,Gが記載されていることを認め,唯一の相違点として構成要件Fについて,均圧流路の油がバランスピストンの仕切り壁側の空間に導かれることが記載されていないことのみを主張したにもかかわらず,始動ポンプを経由する流路の存在が別の相違点となるか否かを審理事項とすることのないまま,本件審決において突如一方的に甲8発明と本件発明との相違点であると認定し,A甲9発明について,被告が甲9文献に構成要件A〜E,Gが記載されていることを認めているにかかわらず,甲9文献記載の圧縮機が油冷式であるか否かを審理事項とすることのないまま,油冷式であるとの特定がないとして,これを相違点と認定し,B甲9発明について,甲9文献記載の運転圧力範囲図の意味について被告が何らの主張もしていないにかかわらず,これを審理事項とすることのないまま,同図を理由に甲9発明においては起動時にポンプによる給油が必要であるとし,これを相違点として認定した。 上記@〜Bの判断は,すべて,無効請求が成り立たないとの結論の理由となる本件発明と引用例との相違点の認定判断であり,主要事実であり,無効事由を定めた法条に該当する具体的事実の認定判断である。また,上記各判断は,いずれも,審決の結論に直接影響するものである。 したがって,本件審決は,特許法153条2項に違反し,取り消されるべきである。 |
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被告の主張
1 取消事由1について (1) 甲8パンフレットは,本件出願日前に頒布された刊行物とはいえないこと ア 原告は,A作成に係る宣誓供述書(甲20。以下「A供述書」という。)によって,甲8パンフレットの入手経緯等を立証しようとしているが,以下のとおり,A供述書の内容は信用できない。 (ア) A供述書によると,Aは, 「2012年以来,マエカワ・イタリアs.r.l.の地域マネージャーとして働いて」いるのであるから,Aは,原告と高度の利害関係を有している。 (イ) Aは,甲8パンフレットの入手時期,入手態様及び入手経緯については,何ら正確に記憶しておらず,原告の主張に沿う形で憶測に基づき主張しているにすぎない。 Aの供述内容は,20数年も過去の他社勤務時の事柄で,また,甲8パンフレットは,Aの主張を前提にしても,Aの職務と無関係で,個人ファイルに入れ,ほとんど手付かずのままにしていた書類にすぎなかったのであるから,Aが甲8パンフレットの入手時期,入手態様及び入手経緯について正確に記憶していないことは当然である。 イ A供述書及び原告の主張によると,甲8パンフレットは,個人ファイルに入れ,ほとんど手付かずのままにしていたとのことであるが,甲8パンフレットを現物確認すると,一部(特に1枚目長方形21穴の箇所)が相当程度破損している状態にあり,クリアポケットに収められて手付かずのまま保管されていたとは考えられない。 このことは,甲8パンフレットの入手経緯等に関するAの説明及び原告の主張の信用性に疑義を生じさせるものである。 ウ バインダー1については,表面に「XRV圧縮機データブック」と明記され(甲58の写真1) ハウデン社の機密として保持されるべき技術資料が複数含 ,まれ,原告も「ハウデン社が,かつて取引先のパッケージャー(冷凍設備業者)等に対して不定期差替え形式で提供していたXRV圧縮機についての技術資料の加除式バインダー」 (甲58)と述べているように,冷凍設備業者等がその内部で保持すべきXRV圧縮機のデータブックであると認められるから,バインダー1は, 「個人ファイル」ではない。 A供述書には, 「ハウデンXRVコンプレッサは,主に食品冷蔵システム用で,私の専門である化学・石油化学分野の冷蔵用施設とは異なっており,私の当時の日常業務からするとXRVについての情報は,特に必要なものではなかった」 (甲8パ , 「ンフレットも)実務的に私の職務と無関係だった」と記載されているが,平成7年5月頃のAの「職務」は「スルツァー・イタリアSpA」の「セールス・マネージャー」であったとのことであるから,上記のようなバインダー1を,Aがスルツァー・イタリアSpA在籍時に「個人ファイル」として保持していたということは,不合理である。さらに,上記のようなバインダー1を,Aがスルツァー・イタリアSpA退職後にも「個人ファイル」として更に保持し続けていたということは,その経緯,理由,権原等も不明であって,尚一層不合理である。 このことは,甲8パンフレットの入手経緯等に関するAの説明及び原告の主張の信用性に疑義を生じさせるものである。 エ 甲8パンフレットは,粗雑な複写物である上,甲8パンフレットには,ハウデン社の所在地・電話番号・ファックス番号の記載が一切ないなど,ハウデン社の他のパンフレット(甲49の1)の体裁と明らかに異なるから,甲8パンフレットが,ハウデン社という企業の営業担当者が業界関係者への一般的な販促活動の一部として手渡しする文書とは考え難い。 オ Dの各宣誓供述書(甲10,19)の甲8パンフレットに係る供述も,Dが高度の利害関係を有していることや,Dがハウデン社退職後の事実であることなどからすると信用することができない。 カ したがって,甲8パンフレットの頒布等の事実は認められない。 (2) 原告の甲8パンフレットに基づく新規性欠如の主張について ア 起動直後の油ポンプ使用について 本件発明は,少なくとも起動直後においては,油溜まり部の油を加圧することなく導くことを要するところ,以下のとおり,甲8発明においては,少なくとも起動直後には均圧流路が形成されておらず,この点は,本件発明との相違点となる。 (ア) 甲8パンフレットの図8-Aでは,「始動ポンプ」「ポンプ」と明記して,少なくとも起動直後の「ポンプ」の使用が必須であることを示している。 (イ) 甲8パンフレットの3枚目表面のグラフ(以下「甲8グラフ」という。)のうち, 「OIL PUMP」と表記される領域(平行四辺形で赤色の領域)は,甲9文献の裏面の甲9グラフのうち, 「OIL PUMP」と表記される領域(平行四辺形で色の濃い領域)と同様である。甲8グラフの横軸(蒸発器圧力),縦軸(凝縮器圧力)は,甲9グラフの横軸(吸込圧力) 縦軸 , (吐出圧力)にそれぞれ対応する。 したがって,甲8グラフも,やはり,少なくとも起動直後の「OIL PUMP」の使用が必須であることを示している。 (ウ) 甲8パンフレットでは, 「始動ポンプ」を使用しない構成は何ら記載されておらず,「始動ポンプ」を使用する構成が記載されているのみである。 (エ) 原告は,別件侵害訴訟(大阪地裁平成28年(ワ)第4815号)において, 「乙19発明においては,バランスピストン室への油の供給は,起動時にのみ油ポンプによる加圧が使用され,通常運転時には,非加圧流路が使用されると解するのが合理的である。そうである以上,この点を乙19発明と本件発明との相違点として認定することが誤りであるとはいえない。」と主張している(上記の「乙19発明」は甲8発明を意味する。。 ) (オ) 甲48の添付資料2-1には, 「定常の高(圧)段階での使用のためには,油ポンプは必要ありません。」との記載がある。当該記載は,起動直後等の「定常の高(圧)段階での使用」以外の場面では油ポンプが必要になることを示すものである。 イ 流路接続先について (ア) 甲8発明における流路接続先は,吸込側バランスピストンの外側の空間及び吐出側バランスピストンの外側の空間になるのであって,甲8パンフレットには,流路接続先が吐出側バランスピストンの内側の空間(仕切り壁側の空間)であることは何ら記載されていない。 (イ) 原告の主張について a 原告は,被告の主張によると,バランスピストンはスラスト力(FTH )と同方向(左方向)の力をスラスト軸受に加えることになり,不自然であると主張する。 しかし,甲8発明は吸込側バランスピストンを有することから,FTHに対抗する力(→方向)を吸込側バランスピストンに付与するために,流路接続先は,甲8パンフレットの10枚目の図(図8-A)中,吸込側バランスピストン付近を拡大した下図のとおり,吸込側バランスピストンの(内側ではなく)外側の空間とする必要がある。吸込側バランスピストンの外側の空間とは,吸込側バランスピストンが下記の図@に示す部分である場合であっても,あるいは吸込側バランスピストンが下記の図Aに示す部分である場合であっても,吸込側バランスピストンの図において左側の空間を意味する。 【図@】 【図A】 このように,甲8発明においては,吸込側バランスピストンが平常運転時のFTHに対抗する設計となっているため,これと反対側の吐出側バランスピストンに関しては,運転状況によって起こり得るFTHとは逆方向の荷重,すなわち,ロータ軸の吸込側から吐出側に掛かる荷重に対抗する力(←方向)を吐出側バランスピストンに付与する設計とするのが合理的であり,流路接続先は,吐出側バランスピストンの(内側ではなく)外側の空間になる。 流路接続先を,無理に吸込側バランスピストン及び吐出側バランスピストンの各左側の空間として揃え,これら二つのバランスピストンを同時に作用させてF THに対抗する力(→方向)を付与しようとすることは,FTHに対抗する力として過剰であり,しかも,運転状況によって起こり得るFTHとは逆方向の荷重及びこれに対抗する力の必要性を殊更無視することになるため,不合理である。甲8発明において,仮に吐出側バランスピストンの内側の空間に油回収器の油を供給してしまうと,逆スラスト荷重を助長するのみでこれを抑制する手段を欠くことになる。 したがって,甲8パンフレットにおいては,流路接続先が明示されていないばかりか,その具体的な構成を前提とすると,流路接続先は,本件発明とは異なり,吐出側バランスピストンの外側の空間であって,吐出側バランスピストンの「仕切り壁側の空間」ではない。 b 原告は,バランスピストンに働く左方向の力は,軸径が大きくなっているロータ軸の段差によって受け止められるため,右側でロックナットにより締付ける必要がないと主張する。 しかし,吐出側バランスピストンをロータ軸(回転体)に取り付けるためには,吐出側バランスピストンを「ロータ軸の段差」と「ロックナット」とで挟み込んで固定する必要がある。仮に「ロックナット」がなければ,スクリュ圧縮機の運転中にロータ軸とバランスピストンとの結合部で緩みが発生した際にバランスピストンにがたつきが生じ,場合によってはバランスピストンがロータ軸から外れて機械損傷という重大事故に繋がる。 「ロックナット」は,上記結合部で緩みが発生した際でもバランスピストンにがたつきが生じることを防ぐという重要な役割を担う部品であって,バランスピストンへの負荷方向に合わせて不要とされるものではない。 c 原告は,被告の主張によると,スラスト軸受との間に仕切り壁を設けて閉鎖空間である別の室を形成する理由がないと主張する。 しかし,原告がスラスト軸受と吐出側バランスピストンとの間に位置する「仕切り壁」と称する壁は,吐出側バランスピストンよりも内側(ロータ側)に位置するスラスト軸受に供給される潤滑油が,吐出側バランスピストンの内側の空間に漏洩し,当該内側の空間に充満するのを防止していると考えられる。仮に,スラスト軸受に供給される潤滑油が吐出側バランスピストンの内側の空間に充満すると,吐出側バランスピストン等による潤滑油の攪拌に起因する損失を生じ得るし,スラスト軸受に対する潤滑油の総供給量も増大する。このように,原告がスラスト軸受と吐出側バランスピストンとの間に位置する「仕切り壁」と称する壁は,潤滑油の攪拌に起因する損失低減と,潤滑油の総供給量の低減のために設けられていると考えられる。 d 原告は,被告の主張によると,バランスピストン室の油は,ピストン外周とケーシング内壁と間に設けられたラビリンスシールを通って室外に流出し循環するようにしなければならないため,壁側のこの閉鎖空間にもラビリンスシールを通じて油が供給され,バランスピストンがスラスト力と同方向に圧されるとバランスピストン室にはこれとは反対方向の圧力が発生してバランスピストンを押し返し,その作用を相殺することになるから不合理であると主張する。 しかし,バランスピストン室(甲8発明における吐出側バランスピストンの外側の空間)から内側の空間に「ラビリンスシール」を通じて油が一定量漏れたところで, 「ラビリンスシール」がシールとして機能する以上,バランスピストンの両側の空間の相対的な圧力差が失われバランスピストンの機能が損なわれるはずがない。 e 原告は,バランスピストンとケーシングとの間の空間がバランスピストン室であるとすれば,参考図8-Cに見られるとおり,その空間はスラスト軸受側の壁とバランスピストンにより形成される空間に比してはるかに容積が大きく,形状も複雑であり,このような空間全部に油を満たして圧力を保持しなければならないという点でも極めて不合理な設計となると主張する。 しかし,甲8パンフレットの記載内容の不明確性等を無視して,吐出側バランスピストンの外側の空間の形状が「複雑」であると断ずる根拠を欠く上に,吐出側バランスピストンの外側の空間には流体である油が多量に導かれ続けるのであるから,当該空間を油で満たすことは容易であって,何ら不合理ではない。 ウ 仕切り壁について 原告は,甲8発明の壁が圧力遮断する仕切り壁であることについては,明確な開示があると主張するが,原告の同主張は,流路接続先が吐出側バランスピストンの内側の空間であるとの前提に立っており,前記イのとおり,同前提が誤りであるから,理由がない。 エ 以上のとおり,甲8発明は本件発明と上記ア〜ウのとおりの相違があるから,仮に,甲8パンフレットが本件出願日前に頒布された刊行物であるとしても,本件発明は,甲8発明を根拠に新規性が欠如することはない。 2 取消事由2について (1) 甲9文献は,本件出願日前に頒布された刊行物とはいえないこと Dの宣誓供述書(甲10)には,甲9文献は,平成3年1月にニューヨーク市で行われた展示会のために準備した旨記載されているが,同展示会についての裏付資料は提出されていないから,Dの宣誓供述書を根拠に甲9文献が本件出願日前に頒布された刊行物と認めることはできない。 (2) 原告の甲9文献に基づく新規性欠如の主張について ア 本件発明は,少なくとも起動直後においては,油溜まり部の油を加圧することなく導くことを要するところ,甲9グラフは,以下のとおり,少なくとも起動直後の「油ポンプ」の使用が必須であることを示しており,この点は本件発明との相違点となる。 (ア) 甲9グラフは,冷凍機等の作動条件による吸込圧力(SUCTIONPRESSURE)の変化を想定して,所定の範囲,具体的には1.5bar a 程度から6.0bar a 程度の範囲を横軸に表記し,吐出圧力(DISCHARGE PRESSURE)の範囲を縦軸に表記している。また,甲9グラフ中の「OIL PUMP」と表記される領域(平行四辺形で色の濃い領域)は,現に「OIL PUMP」が使用される状態にあることを示している。 スクリュ圧縮機は,起動後,吸込口からガスが吸い込まれ,スクリュロータが回転することによりガスが圧縮され,吐出口から圧縮ガスが吐出されるものであって,これらの過程を経ることで吐出圧力が吸込圧力を大きく上回る状態になるものであるから,起動直後であるにもかかわらず,突如として,吐出圧力が吸込圧力を大きく上回る状態にはならない。 甲9グラフに即していえば,甲9の圧縮機の起動直後は,吐出圧力が吸込圧力と同程度の圧力にとどまるから, 「OIL PUMP」と表記される領域(平行四辺形で色の濃い領域)内に入る状態,すなわち,現に「OIL PUMP」が使用される状態になる。甲9の圧縮機が,起動直後であるにもかかわらず,突如として, 「OIL PUMP」と表記されない領域(台形で色の薄い領域)に含まれる状態,例えば,吸込圧力が2bar a,吐出圧力が10bar a などという状態に至ることはない。 (イ) 甲9文献の表面には, 「最小限の油ポンプ要求」として,油ポンプが必要であることが示されている。甲9文献の表面の「油ポンプは通常不要」との記載は,甲9グラフの「OIL PUMP」と表記される領域(平行四辺形で色の濃い領域)(起動直後等)内では油ポンプが使用され,「OIL PUMP」と表記されない領域(台形で色の薄い領域)内では油ポンプが使用されないことを示すにすぎず,油ポンプが必要であること自体を否定するものにはなり得ない。 (ウ) 仮に,甲9発明においては,起動直後等に「OIL PUMP」が不要であるのであれば,甲9文献に,その旨明記し,その技術的優位性を需要者に対して明確に宣伝するはずであるが,そのような記載はない。 イ 均圧流路,流路接続先について (ア) 甲9文献における流路接続先については,吐出側バランスピストンの内側の空間(仕切り壁側の空間)であることは何ら記載されておらず,また,甲8発明における流路接続先について主張したところが妥当する。 したがって,甲9発明では,油溜まり室からバランスピストンに向けて油を導く流路及び当該流路の導かれる空間も特定されていない点で,本件発明と相違する。 (イ) 原告は,甲9文献記載の圧縮機を使用して構成される圧縮システムにおいては,油冷式スクリュー圧縮機であることにより,油分離器からの油を軸受及びバランスピストンへ油を導く流路が設けられることは自明であり,かつ,そのシステムにおいては油ポンプによる加圧が通常不要であるから,甲9文献には,均圧流路が開示されていると主張するが,同主張によっても,甲9文献において,均圧流路が特定されておらず,また,流路接続先が吐出側バランスピストンの内側の空間(仕切り壁側の空間)であることが記載されていないことには,何ら変わりがない。 ウ 仕切り壁について 本件発明の「上記スラスト軸受とこのバランスピストンとの間に圧力遮断する仕切り壁を設け,このバランスピストンの仕切り壁側の空間に,上記油溜まり部の油を加圧することなく導く均圧流路を設けて形成した」という構成において, 「仕切り壁」は,「スラスト軸受とこのバランスピストンとの間」に位置して,「バランスピストン」との間の空間が流路接続先となるものである。 ところが,甲9発明における流路接続先は吐出側バランスピストンの(内側ではなく)外側の空間であるから,原告の主張する「壁」は, 「スラスト軸受とこのバランスピストンとの間」に位置するものの, 「バランスピストン」との間の空間が流路接続先となっていないため,本件発明の仕切り壁にならない。 エ 以上のとおり,甲9発明は本件発明と相違するから,本件発明は,甲9を根拠に新規性が欠如することはない。 3 取消事由3について (1) 前記2のとおり,甲9文献が,本件出願日前に頒布された刊行物とは認められない。 (2) 甲9発明において,起動直後に油ポンプを使用せずに加圧することなく導く均圧流路を設けることとするためには阻害事由があるといえる上に積極的な動機付けがあるともいえず,さらには,甲1文献,甲3文献〜甲5文献には,バランスピストンの当該「仕切り壁」側の空間に油溜まり部の油を加圧することなく導く均圧流路を設けたという構成等が開示されていないため,甲1文献,甲3文献〜甲5文献の開示事項を甲9発明に適用しても本件発明の構成にはならない。 (3) したがって,本件発明が,甲9文献に基づいて進歩性を欠如することはない。 4 取消事由4について (1) 甲1発明について,入力軸吐出側モデルを入力軸吸込側モデルに変更すること(原告甲1変更)は,設計事項ではないこと ア 甲1発明について問題とされる点は,本件特許の出願より前に,入力軸を吸込側とするスクリュ圧縮機が存在したか否かではない。甲1発明について問題とされるべきは,甲1発明が明らかに入力軸を吐出側とするスクリュ圧縮機として具体的構成 配置が確定されているにもかかわらず, ・ これに反する原告甲1変更が,当業者が適宜選択し得る事項といえるかである。 そもそも,原告の主張する「入力軸吸込側モデル」なるものが,スクリュ圧縮機の具体的構成・配置を自ずと確定できる「モデル」として存在しないことは,例えば,甲3文献において,吸込側の入力軸(シャフト延長部15)にバランスピストン11が設置されていることのみからも明らかである。 この点,原告は,スラスト力が発生する側(高圧側)にある吐出側ロータ軸をラジアル軸受よりもスクリュロータから離れた位置にてスラスト軸受により回転可能に支持することは必然的構成であると主張して,甲4文献等を根拠に挙げるが,甲4文献は,低圧側にスラスト軸受(アキシャル軸受18)を組み込んでいるのであって,何ら必然的構成ではない。 イ 原告甲1変更を行うには,原告が主張する変更@〜B以外にも,例えば,以下のとおり,多くの改変を要し,この改変は困難である。 (ア) スライドバルブ31,ピストンロッド29,ピストン28,カバー27,シリンダ26 a スクリュ圧縮機においては,圧縮ガスの吐出量制御(容量制御)の一つとして,スライドバルブ(スライド弁)による方法が存在する。スライドバルブによる容量制御は,スライドバルブをスクリュ圧縮機の吸込側(かつ雄ロータ・雌ロータの噛み合い部分下部)に取り付け,これをスクリュロータの軸方向にスライドさせることにより,ガスの吸込量を制御し,ひいては圧縮ガスの吐出量を制御するものである(甲47)。 甲1発明では,スライドバルブによる容量制御が採用されており,そのために,以下の図のとおり,スライドバルブ31・ピストンロッド29・ピストン28・カバー27・シリンダ26という各構成(以下「スライドバルブ31・ピストンロッド29等」と総称する。)の配置が確定されている。 スライドバルブ31 ピストンロッド29 ピストン28 カバー27 シリンダ26 吐出通路25 スライドバルブ31 雄ロータ5 雌ロータ4 b スライドバルブ31・ピストンロッド29等は,甲1発明の「起動時,運転中に限らずロータが移動せず,油ポンプの容量を増大させないようなバランスピストンの加圧方法を得る」という目的・課題解決手段に直接関連するものである。 また,スライドバルブ31・ピストンロッド29等は, 「吸込側容積を変化させて吸込量を調節する」ため,吸込側に配置されている(甲1の3頁右上欄下から1行)。 甲1文献の第2図,第4図を見れば明らかなように,スライドバルブ31は,雄ロータ4・雌ロータ5の噛み合い部分下部に配置され,また,ピストンロッド29は,スライドバルブ31に固定されて吸込ケーシング2の孔に嵌め込まれた密封輪を通じて吸込側に延出されている(甲1の3頁右上欄下から2行〜3行)。 ところが,原告甲1変更では,このようなスライドバルブ31・ピストンロッド29等が吸込側から吐出側にすべて付け替えられることになり,そのまま維持されていない。そもそも,スライドバルブ31・ピストンロッド29等は, 「吸込側容積を変化させて吸込量を調節する」ための構成であって,甲1発明において吐出側にそのまま付け替えて機能させることはできない。さらには,原告甲1変更のように,スライドバルブ31・ピストンロッド29等を無理に吐出側に付け替えようとしても,吐出通路25と干渉することになってしまうため,吐出通路25をそのまま維持することもできない。加えて,スライドバルブ31・ピストンロッド29等を無理に吐出側に付け替えたときには,油路をどのように構成すればよいのかも不明である。 (イ) 油路 a 甲1発明においては, 「高温の油は・・・油ポンプ57により・・・入口35・・・よりスクリュー圧縮機内に入り・・・各軸受,軸封装置に送られ,冷却,潤滑され,又,ロータ圧縮空間に送られロータの潤滑,シールが計られる。」(甲1の4頁左下欄下から2行〜右下欄6行)という構成であるため,油ポンプ57→入口35→油路36,37,38→・・・という構成とされている。 入口35 油路36 油路37 油路38 吐出口24 吐出通路25 b まず,油路36については,概要,次の流路となる(甲1の3頁右下欄下から7行以下,4頁右上欄下から6行以下)。 油ポンプ57→入口35→油路36→軸受8,9→スラスト玉軸受12,13→カバー16内→通路42→吐出通路25 ところが,原告甲1変更によると,吐出側にバランスピストン室を形成するために,カバー16が物理的に分断されることになり,通路42に至る構成が不明である。 c 次に,油路37については,概要,次の流路となる(甲1の4頁左上欄7行以下,4頁右上欄下から1行以下)。 油ポンプ57→入口35→油路37→ロータケーシング1中→ジャーナル軸受6,7→油溝43,44→室45,46→油路47→吐出口24→吐出流路25 ところが,原告甲1変更によると,吸込側には,室45と見るべきものは存在しない。 d また,油路38については,概要,次の流路となる(甲1の4頁右上欄2行以下,4頁左下欄上から10行以下)。 油ポンプ57→入口35→油路38→カバー16中→カバー17中→軸封装置18→ライナリング19と軸部4aの隙間→カバー16内→通路42→吐出通路25 ところが,原告甲1変更によると,吐出側へ向かう油路38から,吸込側に位置する軸封装置18に至る構成が不明である上に,原告甲1変更では吸込側にライナリング19が不存在であるようにも見え,ライナリング19と軸部4aの隙間に至る構成も不明で,通路42に至る構成も不明である。 (ウ) 仕切り壁 原告甲1変更では,変更前のバランスピストン室34を構成する壁(カバー21の一部)がカバー21として削除されないまま,吐出側にバランスピストン室を形成するために,「圧力遮断する仕切り壁」を別途設けなければならない。 当業者から見れば,原告甲1変更に従うと,甲1発明の構成上は明らかに不要な構成(「カバーではなく独立の仕切り壁」)を追加して設けなければならなくなる。 ウ 以上より,原告甲1変更は,当事者が適宜選択し得る事項ではない。 (2) 格別の効果を奏すること 本件発明は,その各構成(位置関係を含む。)をすべて採用することにより,入力軸,ラジアル軸受,スラスト軸受の各径に左右されず,バランスピストンの軸径を小さくすることができる,バランスピストンのロータ軸への直接的な取付構造(審決45頁参照)によりバランスピストンの内径をロータ軸の軸径として小さくすることができる,バランスピストンがスラスト軸受から独立してスラスト軸受の負荷容量に依存せずに機能を発揮することができる,スラスト軸受の内径を小さくしてその負荷容量を大きくすることができる,バランスピストン(吐出側)の仕切り壁側の空間に均圧流路を導く構成等により逆スラスト荷重状態の発生を防止することができる,従来技術で必要な油ポンプ及びその稼働を一部不要とし,ケーシング内に内部流路を形成するなどして,単純かつコンパクトな構造で,振動,騒音を低減させることができるなど,格別の効果を奏するものである。 そして,上記の格別の効果は,甲1発明の場合には,例えば,流路48が吸込側のバランスピストン32の外側の空間に導かれること,吐出側のスラスト軸受12の内径を軸端部4cの径よりも大きくする構成であること(スラスト軸受の負荷容量が小さくなる)などから,甲1発明では奏することのないものである。 (3) 以上より,本件発明は,甲1発明に基づき容易に想到できたものとはいえない。 5 取消事由5について 原告の挙げる@〜Bは,いずれも,本件審決が原告の主張に係る無効理由を否定すべきであるとの結論に至るまでの論理過程を具体的に説示したにすぎないものであって,登録無効事由を定めた法条に該当する具体的事実を認定したものではない。 また,原告は,上記@について,本件発明は,起動直後に均圧流路を使用しないものであることを主張していた(甲30,41)。 したがって,本件審決の判断は特許法153条2項に反するものではない。 |
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当裁判所の判断
1 本件明細書及び甲1文献の記載 (1) 本件明細書には,以下のとおりの記載がある(甲25)。 【0001】【発明の属する技術分野】本発明は,スクリュロータに作用するスラスト力を軽減するようにした油冷式スクリュ圧縮機に関するものである。 【0002】【従来の技術】従来,スクリュロータに作用するスラスト力を軽減するようにした図6〜図10に示すスクリュ圧縮機が公知である。 まず,図6,7に示す油冷式スクリュ圧縮機は,一方が吸込流路1に,他方が吐出流路2に接続した圧縮機本体3および吐出流路2に設けた油分離回収器4の下部の油溜まり部5から油ポンプ6を経由して圧縮機本体3内の軸受,軸封部等の給油箇所に通じる油供給流路7により形成されている。さらに詳説すれば,図7に示すように,圧縮機本体3内には,互いに噛合う雌雄一対のスクリュロータ11 ,12が,各々の両側に延びるロータ軸にてラジアル軸受13 ,14により回転可能に支持されている。図7において,左側が吸込側で,右側が吐出側になっており,左側の二つの矢印は吸込ガスの流入,右側の矢印は吐出ガスの流出を示している。 【0003】また,図7に示す圧縮機の場合,雄ロータ12の左側に延びるロータ軸が図示しないモータによる回転駆動力を受ける入力軸15となっている。さらに,雌ロータ11 ,雄ロータ12の吐出側のラジアル軸受14の右側のロータ軸にはスラスト軸受16が設けてあり,かつラジアル軸受14とスラスト軸受16との間のロータ軸にはスクリュロータ11 ,12に作用するスラスト力,即ち吐出側から吸込側に向かう方向に作用するスラスト力を軽減するバランスピストン17が設けてある。 【0004】図6に示すように,多少の圧力変化はあるとしても,基本的には,吸込流路1は吸込圧力Ps,吐出流路2は吐出圧力Pd,油供給流路7の油ポンプ6の一次側は吐出圧力Pd ,油ポンプ6の二次側は給油圧力Pd+α(α>0)の状態にあり,各圧力の大小関係はPs 【0006】図9に示すスクリュ圧縮機は,図7に示す圧縮機とは,図面上,入力軸15を吐出側に配置した点,バランスピストン17を入力軸15とは反対側の吸込側に配置した点を除き,他は実質的に同一であり,互いに対応する部分については同一番号を付して説明を省略する。 そして,図9においてバランスピストン17の左側の面,即ちラジアル軸受13とは反対側の面に圧力を作用させて,上記スラスト力を軽減するようになっている。 【0008】【発明が解決しようとする課題】上述した図6,7に示すスクリュ圧縮機の場合,ラジアル軸受14と隣合わせでバランスピストン17を配置した構造になっており,かつバランスピストン17のラジアル軸受14側の面が受圧面になっている。このため,バランスピストン17において受圧のための十分な表面積を確保するのが難しい。また,圧縮機の起動後は,ラジアル軸受13 ,14には給油圧力Pd+αが常に作用する一方,起動直後,或はアンロード運転時等のように圧縮機の負荷が小さくスラスト力が小さい場合がある。このような場合,吐出側から吸込側に向かう方向にスクリュロータ11 ,12に作用する力より大きい力がバランスピストン17に作用し,いわゆる逆スラスト荷重状態となりスクリュロータ11, 12を吐出側に押すようになる。スクリュロータ11,12の吐出側端面とこれらを収容するロータ室との間の隙間は,圧縮機の性能の向上のためにできるだけ狭くしてあり,軸受摩耗が進行した状態下では,スクリュロータ11,12とロータ室の壁部とが接触し,破損事故を起こしかねないという問題がある。 【0011】【課題を解決するための手段】上記課題を解決するために,第1発明は,油とともに吐出された圧縮ガスから油を分離回収し,一旦下部の油溜まり部に溜め,油分離された圧縮ガスを送り出す油分離回収器を吐出流路に設ける一方,スクリュロータの両側に延びるロータ軸をラジアル軸受により回転可能に支持して入力軸を吸込側のロータ軸とし,吐出側のロータ軸を上記ラジアル軸受よりもスクリュロータから離れた位置にてスラスト軸受により回転可能に支持するとともに,上記スラスト軸受よりもスクリュロータから離れた位置にて上記ロータ軸にバランスピストンを取り付け,かつ上記スラスト軸受とこのバランスピストンとの間に圧力遮断する仕切り壁を設け,このバランスピストンの仕切り壁側の空間に,上記油溜まり部の油を加圧することなく導く均圧流路を設けて形成した。 【0013】【発明の実施の形態】次に,本発明の実施の一形態を図面にしたがって説明する。 図1〜3は,第1発明の第1の実施形態に係るスクリュ圧縮機を示し,図6,7に示すスクリュ圧縮機と互いに共通する部分については,同一番号を付して説明を省略する。 この圧縮機の場合,油ポンプ6の一次側にて油供給流路7から分岐させた均圧流路8が設けてあり,油ポンプ6の二次側に続く油供給流路7の部分はラジアル軸受13,14の箇所に導き,均圧流路8はバランスピストン17の箇所に導くように形成してある。この圧縮機本体3内の構造について,さらに詳説すれば,図2,3に示すように,圧縮機本体3の吐出側のロータ軸に,スクリュロータ11,12側から順番に,ラジアル軸受14,スラスト軸受16,バランスピストン17を設けるとともに,スラスト軸受16とバランスピストン17との間に仕切り壁31を設けてある。この仕切り壁31は内周部に軸封手段32を備え,スラスト軸受16を収容している空間Aとバランスピストン17を収容している空間Bとを圧力遮断して,空間Bを,入力軸15,スラスト軸受16,ラジアル軸受13,14等の他の構成要素とは独立させてある。 【0014】そして,空間Aには吸込圧力Psを導き,空間Bのバランスピストン17のスラスト軸受16側の面には均圧流路8により吐出圧力Pd を導いている。 上述したように,入力軸15を吸込側に配置してあるためスラスト軸受部の径はラジアル軸受14,入力軸15の径によって左右されず,スラスト軸受16の内径を小さくして,その負荷容量を大きくすることができる。また,空間Bを他の構成要素から独立させてあるので,バランスピストン17の軸径,外径を他の構成要素に左右されることなく定めることができる。 バランスピストン17に作用する力Fは,次式で表される。 F=(D2-d2)(π/4)×Pd ・ここで,Dはバランスピストン17の外径,dはバランスピストン17の軸径であり,したがって,十分にスラスト力を軽減するためには,力Fを大きくすればよく,そのためには(D2-d2) を大きくして,バランスピストン17の必要な受圧面積を確保すればよい。即ち,バランスピストン17の外径Dを大きく,軸径dを小さくすればよい。 【0015】また,この圧縮機では,バランスピストン17には吐出圧力Pd を作用させるようにしてあり,上記力Fは吐出圧力に比例するため,上述した圧縮機の起動直後,アンロード運転時等のように,吐出側から吸込側に向かう方向にスクリュロータ11,12に作用する力が小さい場合には,力Fも小さくなり,逆スラスト荷重状態が発生せず,軸受の摩耗時でもスクリュロータ11,12とロータ室の壁部との接触事故は防止される。 【0019】【発明の効果】以上の説明より明らかなように,第1発明によれば,油とともに吐出された圧縮ガスから油を分離回収し,一旦下部の油溜まり部に溜め,油分離された圧縮ガスを送り出す油分離回収器を吐出流路に設ける一方,スクリュロータの両側に延びるロータ軸をラジアル軸受により回転可能に支持して入力軸を吸込側のロータ軸とし,吐出側のロータ軸を上記ラジアル軸受よりもスクリュロータから離れた位置にてスラスト軸受により回転可能に支持するとともに,上記スラスト軸受よりもスクリュロータから離れた位置にて上記ロータ軸にバランスピストンを取り付け,かつ上記スラスト軸受とこのバランスピストンとの間に圧力遮断する仕切り壁を設け,このバランスピストンの仕切り壁側の空間に,上記油溜まり部の油を加圧することなく導く均圧流路を設けて形成してある。 このため,バランスピストンの受圧面積を大きくし,負荷容量の大きなスラスト軸受を採用し,逆スラスト荷重状態の発生をなくし,単純かつコンパクトな構造で,振動, 騒音を低減させることができる等の効果を奏する。 【図1】【図2】【図3】【図6】【図7】【図9】 (2) 上記(1)の記載によると,本件発明は,次のようなものであると認められる。 ア 本件発明は,スクリュロータに作用するスラスト力を軽減するようにした油冷式スクリュ圧縮機に関するものである(段落【0001】。 ) イ 従来,スクリュロータに作用するスラスト力を軽減するようにしたスクリュ圧縮機が公知である(段落【0002】〜【0004】【0006】。 , ) ウ 上記イの公知のスクリュ圧縮機の場合,ラジアル軸受と隣合わせでバランスピストンを配置した構造になっており,かつバランスピストンのラジアル軸受側の面が受圧面になっている。このため,バランスピストンにおいて受圧のための十分な表面積を確保するのが難しい。また,圧縮機の起動後は,ラジアル軸受には給油圧力Pd+αが常に作用する一方,起動直後,又はアンロード運転時等のように圧縮機の負荷が小さくスラスト力が小さい場合がある。このような場合,吐出側から吸込側に向かう方向にスクリュロータに作用する力より大きい力がバランスピストンに作用し,いわゆる逆スラスト荷重状態となりスクリュロータを吐出側に押すようになる。スクリュロータの吐出側端面とこれらを収容するロータ室との間の隙間は,圧縮機の性能の向上のためにできるだけ狭くしてあり,軸受摩耗が進行した状態下では,スクリュロータとロータ室の壁部とが接触し,破損事故を起こしかねないという問題がある。さらに,吐出側のスラスト軸受部の径が,入力軸の径,ラジアル軸受の径によって決まるため,内径の大きなスラスト軸受を採用せざるを得ず,その結果,スラスト軸受の負荷容量を大きくすることができないという問題がある。(以上につき,段落【0008】【0009】 , ) エ 上記ウの課題を解決するために,本件発明は,油とともに吐出された圧縮ガスから油を分離回収し,一旦下部の油溜まり部に溜め,油分離された圧縮ガスを送り出す油分離回収器を吐出流路に設ける一方,スクリュロータの両側に延びるロータ軸をラジアル軸受により回転可能に支持して入力軸を吸込側のロータ軸とし,吐出側のロータ軸を上記ラジアル軸受よりもスクリュロータから離れた位置にてスラスト軸受により回転可能に支持するとともに,上記スラスト軸受よりもスクリュロータから離れた位置にて上記ロータ軸にバランスピストンを取り付け,かつ上記スラスト軸受とこのバランスピストンとの間に圧力遮断する仕切り壁を設け,このバランスピストンの仕切り壁側の空間に,上記油溜まり部の油を加圧することなく導く均圧流路を設けて形成した(段落【0011】。 ) オ 本件発明によると,バランスピストンの受圧面積を大きくし,負荷容量の大きなスラスト軸受を採用し,逆スラスト荷重状態の発生をなくし,単純かつコンパクトな構造で,振動,騒音を低減させることができる等の効果を奏する(段落【0019】。 ) (3) 甲1文献には,以下のとおりの記載がある(甲1)。 ア 「本発明は,互に噛み合う一対のスクリューロータをロータ室で回転せしめて気体を圧縮する噴射式スクリュー圧縮機の運転中に生じる軸方向推力を打消すバランスピストンに関するものである。」(1頁右欄11行〜15行) イ 「従来,この種の圧縮機は雄ロータを含む縦断面図の第1図に示されるようにロータケーシング1の両側は吸込側端壁及び吐出側端壁をなしており,吸込ケーシング2,吐出ケーシング3により密閉され,雄ロータ4と図示されない雌ロータがかみ合っており,両ロータはケーシング1の吐出し側の双円弧形外周と接している。雄ロータ4は吸込ケーシング1中のジャーナル軸受6,吐出ケーシング3中のジャーナル軸受8,スラスト玉軸受12により支承され,軸封装置18にて軸封され駆動端が機外に突出している。軸受6側の軸部4bは延出され軸端にはバランスピストン32が固定され,吸込ケーシング2に直接又は固定されたシリンダ中を滑動して回転するようになっている。 ・・・31はスライドバルブである。スクリュー圧縮機が運転されると雄ロータ4と雌ロータはかみ合ってその間の作用空間が吐出側へ移行して冷媒は圧縮され吐出口より吐出通路25へ吐出される。一方,軸受及びロータ間及びロータとロータケーシング1間の潤滑,冷却,密封を行う油は吐出されたガスと共に吐出配管50をとおり油分離器52に入りそこで分離されて油配管53により油冷却器55に送られて冷却され,フイルタ56にて?過されて,油ポンプ57により昇圧されて,軸受6,8,12等の各軸受,軸封装置18,スライドバルブ31ほかを介してロータ作用空間へ送られる。同じく送油された油ポンプ57からの圧油はバランスピストン室34に送られ,発生するロータの推力と均衡するようになっており,これらの給油は吐出通路25に再び出て合流する。 」(1頁右欄12行〜2頁右上欄10行) ウ 「このような従来のスクリュー圧縮機のバランスビストンは油ポンプで加圧された潤滑・冷却・シール用の圧油を作動油として供給しているため次の欠点があった。 (1) 設計圧縮比より小さい圧縮比での運転が必要になった場合油ポンプの油圧を利用するとむしろ吐出側に押される傾向になる。 (2) 特に起動時圧縮機の吸入側と吐出側の圧力差が大きくならないうちに油ポンプにより吐出された圧力の高い油がバランスピストンにかかることによりロータが吐出側に推されスラスト軸受およびスラスト軸受抑え金などに過大な応力がかかりしかも起動のたびに繰返えされるため疲労変形の恐れがある。また,ロータ吐出側端面と吐出ケーシング端面が接触し,両端面が損傷したり発熱し,その発熱によりラジアル軸受メタルが溶融して流出することも起り得る。(2頁右上欄11行〜左 」下欄8行) エ 「本発明はスクリュー圧縮機における従来のバランスピストンの加圧方法の問題点に鑑みなされたもので吐出圧の変動によるロータ推力に均衡し,従って起動時,運転中に限らずロータが移動せず,油ポンプの容量を増大させないようなバランスピストンの加圧方法を得ることを目的とするものである。(2頁左下欄1 」6行〜右下欄2行) オ 「本発明はスクリュー圧縮機において,吐出流体と共に潤滑,冷却,密封用の油が油分離機により回収され,油ポンプにより圧縮機各部に給油され,吸込ケーシングに設けたロータ軸端の突出する空間にロータ軸に固定したピストンと吸込ケーシングに固定したシリンダをすきま少く嵌入してピストンの反吐出側に圧縮機の吐出圧力を受けた油を供給したことを特徴とするものである。(2頁右下欄3 」行〜11行) カ 「以下,本発明の実施例について図面に従って説明する。図面は何れもスクリュー圧縮機を示し,第2図は縦断面図,第3図は第2図のA-A断面図,第4図は第2図のB-B断面図である。 ・・・雄ロータ4,雌ロータ5は一体となった軸部4a,4b,5a,5bが夫々吸込ケーシング2に嵌入したジャーナル軸受6,7及び夫々吐出ケーシング3に嵌入したジャーナル軸受8,9によりラジアル方向荷重を支承され,吐出ケーシング3に嵌入したスラスト玉軸受12,13の内輪に雄ロータ4の軸部4a,雌ロータ5の軸部5aの軸部が嵌入して段部との間において夫々の軸部にねじ込まれたナット14,15により軸方向移動を制止されている。 雄ロータ4の一体となった軸部4aは機外に突出して軸端部4cとなっており,軸端部4cにより雄ロータ4が駆動されるようになっている。(2頁右下欄12行 」〜3頁左上欄18行) キ 「軸部4a端には雄ロータ4と雌ロータ5の推力のバランスをとるためのバランスピストン32が係止され,ピストン32は吸込ケーシング2中に固定せられたシリンダ33に滑入していてバランスピストン室34,及びその背部に軸受6側の室45が形成されている。(3頁左下欄7行〜12行) 」 ク 「第5図は油圧回路図を示す図面である。吐出通路25に吐き出された油を多量に含む圧縮ガスは吐出配管50を通り油分離器52に導かれ,圧縮ガスと油とに分離されたのち圧縮ガスは配管51から吐出され,油は油配管53により油冷却器55に導かれる。高温の油は油冷却器55で冷却水により冷却されたのち,フイルタ56を経由して油ポンプ57により吐出圧力より1〜3kg/cm2加圧され入ロ35,47よりスクリュー圧縮機内に入り既にのべたように各軸受,軸封装置に送られ,冷却,潤滑され,又,ロータ圧縮空間に送られロータの潤滑,シールが計られる。(4頁左下欄14行〜右下欄6行) 」 ケ 「油分離器52より分離された油の一部はフイルタ59を途中に備える配管58を通じてバランスピストン室34へ送られる。バランスピストン32には従って吐出圧縮ガス圧力に追従して変化する油圧力が加わる。バランスピストン32とシリンダ33はバランスピストン32の外周に備える複数のラビリンス群とそれらの間の少ない隙間により若干量の油がバランスピストン室34から室45に洩れる。 圧縮により発生する雄雌ロータ4,5の推力は夫々スラスト玉軸受12,13にて担持されるがその推力を減少させるためバランスピストン室34に圧力流体が供給されるが本発明によれば発生する吐き出しガス圧に従うロータ推力の増滅に従って油分離器52の圧力が増減し,分離された油もその圧力を受けているのでバランスピストン室34にはロータ推力の増減に従って増減する圧力をもつ油が供給され,バランスピストン32はロータ推力の増減につれてその対抗推力を増減させる。バランスピストン32の背圧は吸込ガス圧よりわずかに高い圧力である。(4頁右下 」欄7行〜5頁左上欄7行) コ 「以上のとおり,本発明のスクリュー圧縮機においては圧縮機吐き出しガスを導いた油分離機より分離した吐き出しガス圧を受ける油をバランスピストン室に導いたので,吐き出し圧に従って変化するロータ推力に対抗応動してバランスピストンに推力が生ずるので,起動時,負荷変動時に生ずるロータ推力とバランスピストンの推力差は少く,雄ロータ4,雌ロータ5が推力軸受12,13に過大負荷を与えたり,バランスピストン室のみ油の圧力が高くなってロータを吐出側の吐出ケーシング端壁に衝接させるということがなくなり,耐久性の向上に寄与する処が大である。(5頁右上欄2行〜14行) 」- 73 - 2 取消事由1(甲8発明に基づく新規性欠如の主張を否定した判断の誤り)について (1) 甲8パンフレットは,本件出願日前に頒布された刊行物といえるかについて ア 原告は,甲8パンフレットは,ハウデン社が,平成7年5月頃,既に作成されたものを含む複数の文書を合体し,パッケジャー等の冷凍・冷蔵用圧縮機業界関係者向けに作成した一体の販売促進文書であり,原告の姉妹会社であるマエカワ・イタリア社の社員であるAが保管していたものであると主張する。 イ 証拠(甲8,20)及び弁論の全趣旨によると,以下の各事実が認められる。 (ア)a 甲8パンフレットは,10枚の書面から成るが,同書面は綴じられておらず,また,頁番号も付されていない。 甲8パンフレットの1〜6,9枚目はA4であり,7,8,10枚目はA3であるが,2〜5,7〜9枚目には裏面がある。甲8パンフレットの7枚目の表面と10枚目の表面は,圧縮機の図面となっている(10枚目表面の図面は図8-Aである。。 ) b 甲8パンフレットには,以下のとおりの記載がある。 1枚目の表面には,「XRVレンジ圧縮機のためのHOWDEN自動可変Viオプション」との表題の下に,「索引」との表示があり,同索引として,以下の9個の項目が記載されている。 @イントロダクション,A概説,B節電,C部分負荷運転,D自動Vi制御モジュール,EXRV163圧縮機の縦断面,F典型的な運転シーケンス,G制御原理,H典型的なシステム配置 (b) 2枚目の表面には「イントロダクション」,2枚目の裏面には「HOWDEN自動可変内部容積比システム概説」,3枚目の裏面には「節電」,4枚目の裏面には「部分負荷運転」,5枚目の裏面には「自動Vi制御モジュール」,7枚目の表面には「XRV圧縮機の縦断面図」,7枚目の裏面には「典型的な運転シーケンス」 8枚目の裏面には , 「制御原理」 9枚目の裏面には , 「典型的なシステム配置」,10枚目の表面には「自動可変Viシステム配置」との各表題が表示されている。 (c) 5枚目の裏面には, 「163型と204型で使用されている自動Vi制御モジュールが反対頁とその次の頁に示されています。,7枚目の裏面には, 」「典型的な運転シーケンスが本頁と続く2頁に示されています。,9枚目の裏面に 」は,「典型的なシステム配置が反対頁に示されています。」との各記載がある。 (d) 1枚目の表面には,「発行日:1995年5月」との記載がある。 (イ) A供述書には,以下のとおりの記載がある。 a Aは,昭和60年から平成13年までスルツァー・イタリアSpAで,同年から平成16年までスルツァー・シッティン・レフリジェレーションで働き,平成24年以降,マエカワ・イタリア社で働いている。スルツァー・イタリアSpAでは,セールスマネージャーの地位にあった。 b Aは,平成7年5月頃,ハウデン社から,甲8パンフレットを受領した。ハウデン社は,業界関係者への一般的な販売促進活動の一部として,甲8パンフレットをAに交付した。 c 甲8パンフレットは,リング綴用の1列の長方形の穴が付いているが,綴じられていない,ばらのルーズリーフの状態であった。 d 甲8パンフレットは,Aの職務と無関係であったため,Aは,個人ファイルに入れ,ほとんど手付かずのままにしていた。甲8パンフレットは,1枚目表ページのインデックスに1〜9と記載されたとおりの九つの創作部分からなる一体の文書である。 ウ 上記イの事実を前提に検討する。 (ア)a 製品のパンフレットであれば,綴じられた状態で作成されるのが通常であると考えられるが,甲8パンフレットは,バインダーで綴るための穴が開いており,綴じられていない状態である。そして,このことに,甲8パンフレットを構成する各書面の変色の度合いが一定ではないことを総合すると,甲8パンフレットは加除式であって,書面の一部を差し替えたり,付け加えることを予定したものであると認められる。 b また,甲8パンフレットの5枚目の裏面には, 「163型と204型で使用されている自動Vi制御モジュールが反対頁とその次の頁に示されています。 との記載があり, 」 9枚目の裏面には「典型的なシステム配置」との表題のもと,「典型的なシステム配置が反対頁に示されています。 と記載されているが, 」 5枚目の表面及び9枚目の表面には,上記各記載に対応する記載はない(甲8)。さらに,7枚目の裏面には,典型的な運転シーケンスが本頁と続く2頁に示されています。 「 」と記載されているが,8枚目裏面には上記記載に対応する記載はない(甲8)。 このように,甲8パンフレットの各書面の記載は整合しておらず,この点からも,甲8パンフレットが加除式のものであり,差し替えれられたり,付け加えることを予定したものであると認められる。 c この点,A供述書には,甲8パンフレットをハウデン社から受領した後,個人ファイルに入れ,ほとんど手付かずのまま保管しており,甲8パンフレットは,1枚目表ページのインデックスに1〜9と記載されたとおりの九つの創作部分からなる一体の文書であるとの記載がある。 しかし, A供述書によると,Aが当時勤務していたスルツァー・イタリアSpAの取引先であるハウデン社から販売促進活動の一環として受領した製品のパンフレットである甲8パンフレットを個人として保管していたことになるが,取引先から販売促進活動として製品についてのパンフレットの交付を受けたのであれば,同パンフレットは会社が保管すべき資料となり,従業員が個人の資料として保管することにはならないから,A供述書の上記部分は不自然である。また,A供述書によると,甲8パンフレットは,Aの職務と無関係であったため,個人ファイルに入れ,ほとんど手付かずのままにしていたということであるが,それにもかかわらず,Aは,甲8パンフレットをスルツァー・イタリアSpAを退職してから15年以上も保管していたことになり,この点も不自然である。さらに,Aは原告の関連会社の社員であることをも総合すると,A供述書は信用性が低く,その記載内容を直ちに信用することはできない。 (イ) また,原告は,甲8パンフレットの10枚目の図面である図8-Aに均圧油路が記載されているとして,本件発明の新規性の欠如を主張するところ,証拠(甲8,甲59の1・2,甲61の1・2)及び弁論の全趣旨によると,図8-Aは,甲59-1図面,甲59-2図面,甲61-1図面及び甲61-2図面の図面部分とほぼ同一であると認められる(ただし,甲59-2図面及び甲61-2図面には,図8-Aの始動ポンプは記載されていないが,この点以外はほぼ同一であると認められる。)が,証拠(甲59の1・2,甲61の1・2)によると,これらの甲59-1図面,甲59-2図面,甲61-1図面及び甲61-2図面には, 「?ハウデンコンプレッサーズリミテッド 本図面は,機密であり,かつ,ハウデンコンプレッサーズリミテッドの財産である。該図面又はその如何なる部分も,複写その他の再製が禁じられ,如何なる他者への漏洩も禁じられ,該会社の明確な書面による許可なく製造若しくはその他の目的での使用も禁じられている。」と記載されているから,これらの図面は,これらが作成された平成8年4月の時点では,機密文書であったと認められる。したがって,図8-Aは,平成8年4月の時点では,未だ機密文書であったと認められるから,それより前の平成7年5月頃に図8-Aが販売促進活動として取引先に頒布されたというのは著しく不自然である。 (ウ) 以上のとおり,甲8パンフレットは,加除式のもので,差替えや追加が予定されているものである上,図8-Aは平成8年4月当時機密文書であったのであるから,図8-Aを含む内容の甲8パンフレットが本件出願日前に「頒布された刊行物」に当たると認めることはできない。 (エ) なお,平成6年2月までハウデン社に勤務していたDの各宣誓供述書(甲10,19)には,甲8パンフレットは,平成7年5月にハウデン社が作成し,取引先等に頒布された旨の記載があるが,Dが,ハウデン社を退職した後の,しかも20年以上も前の事実に関する記載であるから,上記供述書によっても,図8-Aを含む内容の甲8パンフレットが本件出願日前に「頒布された刊行物」に当たると認めることはできない。 エ 原告の主張について (ア) 原告は,Aが,甲8パンフレットと同様に,バインダー1のクリアポケットに入れて保管していた甲60パンフレットは,その発行日として「1996年4月」と記載されているところ,甲60パンフレットは,一体の文書であり,甲8パンフレットの記載事項に加えてより詳細な技術情報を販売業者及びパッケジャーに広く提供する内容のものであることからすると,甲8パンフレットも甲60パンフレットと同様に,一体の文書であった旨主張する。 しかし,証拠(甲8,60)によると,甲60パンフレットも,バインダーで綴るための穴が開いており,綴じられていない状態であること,甲60パンフレットを構成する各書面の変色の度合いが一定ではないこと,甲60パンフレットの23頁の図面は図8-Aと同一の図面であることが認められるから,甲60パンフレットも,差替えや追加を予定した加除式のものであって,本件出願日前に,図8-Aと同様の図面である23頁の図面を含む内容の甲60パンフレットが頒布されたとは認められない。したがって,甲60パンフレットの存在は,上記ウ(ウ)の判断を左右するものではない。 (イ) 原告は,Aが,甲8パンフレットと同様に,バインダー1に綴って保管していた甲59-1図面及び甲59-2図面は,図8-Aとほぼ同一の図面であるところ,甲59-1図面及び甲59-2図面には,作成時期として平成8年4月と記載されていると主張し,また,甲59-1図面及び甲59-2図面と同一の図面である甲61-1図面及び甲61-2図面が,ハウデン社が取引先に提供したバインダー2に綴られていた旨主張する。 しかし,上記ウ(イ)のとおり,甲59-1図面,甲59-2図面,甲61-1図面及び甲61-2図面は,これらの文書が作成された平成8年4月の時点では機密文書であったと認められるから,同図面とほぼ同一の図面である図8-A も機密文書であったと認められ,したがって,甲8パンフレットが,本件出願日前に「頒布された刊行物」に当たると認めることはできない。 (ウ) 原告は,甲22書面の「XRV圧縮機Vi自動可変機能は1995年初め頃に導入されました。」との記載や,バインダー1には甲66図面が入っており,同図面には, 「日付 95/2」と記載されていることを主張するが,これらは,Vi自動可変機能を有するXRV圧縮機が平成7年2月頃存在していたことを示すのみであって,何ら上記ウ(ウ)の判断を左右するものではない。 (エ) 原告は,平成7年5月頃に作成された甲49-1パンフレットに甲8パンフレットと同じグラフや図が記載されていると主張するが,図8-Aは,甲49-1パンフレットには記載されていないから,このことは,かえって,図8-Aを含む甲8パンフレットが本件出願日前に「頒布された刊行物」に当たらないことを示しているということができる。 (2) 以上のとおり,図8-Aを含む内容の甲8パンフレットは,本件出願日前に「頒布された刊行物」とは認められず,したがって,そのことを前提とする原告の取消事由1の主張は,理由がない。 なお,甲8パンフレットには,圧縮機の図面として,甲8-Aのほかに7枚目表面の図面があるが,同図面は,油の流路が全く記載されておらず,甲8パンフレット中にそのことについて説明があるとも認められないから,バランスピストンとスラスト軸受の間に仕切り壁があるか,その壁とバランスピストンとの間の空間に油を導く流路が存在するかどうか,仮にその流路が存在するとしてもその流路が均圧流路であるかどうかは明らかでなく,上記の7枚目表面の図面から本件発明が新規性を欠くものということはできない。 3 取消事由2(甲9発明に基づく新規性欠如の主張を否定した判断の誤り)及び取消事由3(甲9発明に基づく進歩性欠如の主張を否定した判断の誤り)について (1) 甲9文献は,次のようなものであることが認められる。 甲9文献は, 「新製品 紹介:HOWDEN COMPRESSORS 社の最新レンジの冷凍圧縮機 TheXRV」と題する表裏から成る文書であり,以下の事項が記載されているほか,ハウデン社の住所,電話番号等が記載されている。 ア 「油ポンプは通常不要」「最小限の油ポンプ要求」(表面) イ XRV圧縮機横断面 XRV圧縮機縦断面 XRV運転圧力範囲 (裏面) (2) 甲9文献は,本件出願日前に頒布された刊行物といえるかについて ア Dの各宣誓供述書(甲10,19,24,45)には,以下のとおりの記載がある。 (ア) Dは,平成6年2月まで,ハウデン社の米国子会社に勤務していたが,現在は,冷蔵,空調分野において工業製品の販売やコンサルティングを業とするD社のCEOに就任しており,また,平成28年7月からは,Maekawa USA のビジネス市場開拓に携わっている。 (イ) Dは,ハウデン社を退職した後も,ハウデン社とは仕事上関係があり,ハウデン社の製品を販売しており,ハウデン社の事務所にもよく出かけていた。 (ウ) 甲9文献は,展示会のような機会に新しい機械を宣伝するためのリーフレットであり,Dが,コネチカット州ブルームフィールドの事務所で勤務していた平成3年1月に,新しい油冷式圧縮機であるXRVレンジの販売促進をするために作成した。 甲9文献は,平成3年1月にニューヨーク市の Jacob Javitt センターで行われたASHRAE ショー(展示会)のために準備されたものである。この展示会は,XRVシリーズの圧縮機を米国市場に紹介する機会として活用し,同展示会で,XRV204圧縮機を展示した。同展示会の反応は好評であった。Dがハウデン社の退職前に甲9文献が発行されたことは間違いがない。 イ 特許法29条1項3号の「頒布」とは,一般公衆による閲覧可能な状態に置かれることをいうところ,本件において,甲9文献が一般公衆による閲覧可能な状態に置かれたことを認めるに足る客観的証拠は提出されていない。 この点,前記アのとおり,Dの宣誓供述書には,D自身が甲9文献を,平成3年1月にニューヨーク市の Jacob Javitt センターで行われた ASHRAE ショー(展示会)のために作成した旨記載されているが,同展示会が実際に開催されたことを示す客観的な証拠は提出されておらず,同展示会の内容等も不明であり,さらに,同供述書には,「私の記憶が正しければ,」と記載されており,Dの記憶が必ずしも確かなものではないことが示されている。 したがって,甲9文献が,本件出願日前に「頒布された刊行物」に当たると認めることはできない。 この点,原告は,甲9文献の刊行時期は,本件出願日前であると主張する(前記第3の2(1)ア〜エ)が,これらの主張によっても甲9文献に記載されている事項が本件出願日前の事実であることが認められるにすぎず,甲9文献が「頒布」されたことまでが認められるものではない。 したがって,甲9発明に基づく新規性及び進歩性欠如の主張は理由がない。 (3) 前記(2)のとおり,甲9文献は,本件出願日前に「頒布された刊行物」と認めることはできないが,事案に鑑み,甲9発明に基づき,本件発明の新規性,進歩性が欠如するかについて検討する。 ア 本件発明の新規性の有無について (ア) 前記第2の2で認定した本件発明の構成及び甲9によると,甲9発明の構成並びに本件発明と甲9発明との一致点及び相違点は,以下のとおりであると認められる。 a 甲9発明の構成 「スクリュロータの両側に延びるロータ軸を円筒ころ軸受により回転可能に支持して入力軸を吸込側のロータ軸とし, 吐出側のロータ軸を上記円筒ころ軸受よりもスクリュロータから離れた位置にてスラスト玉軸受により回転可能に支持するとともに, 上記スラスト玉軸受よりもスクリュロータから離れた位置にて上記ロータ軸にバランスピストンを設け, かつ上記スラスト玉軸受とこのバランスピストンとの間に壁を設け, 吐出圧があまり高くない範囲(5〜9bara以下)の領域では,油ポンプが使用される, スクリュ圧縮機。」 b 一致点 「スクリュロータの両側に延びるロータ軸をラジアル軸受により回転可能に支持して入力軸を吸込側のロータ軸とし, 吐出側のロータ軸を上記ラジアル軸受よりもスクリュロータから離れた位置にてスラスト軸受により回転可能に支持するとともに, 上記スラスト軸受よりもスクリュロータから離れた位置にて上記ロータ軸にバランスピストンを取り付け, かつ上記スラスト軸受とこのバランスピストンとの間に壁を設けた,スクリュ圧縮機。」 c 相違点 (a) 本件発明では, 「油とともに吐出された圧縮ガスから油を分離回収し,一旦下部の油溜まり部に溜め,油分離された圧縮ガスを送り出す油分離回収器を吐出流路に設ける」, 「油冷式スクリュ圧縮機」であるのに対して,甲9発明では,スクリュ圧縮機であるものの, 「油分離回収器」についての特定がされていないとともに,「油冷式」であることも特定されていない点(相違点9-1)。 (b) 本件発明では,スラスト軸受とバランスピストンとの間に圧力遮断する仕切り壁を設け,このバランスピストンの仕切り壁側の空間に,上記油溜まり部の油を導く流路としては油ポンプを使用しない均圧流路を設けたのに対して,甲9発明では,上記スラスト軸受と上記バランスピストンとの間に壁を設けるものの,この壁がスラスト軸受とバランスピストンの間を圧力遮断する仕切り壁か否か特定されず,吐出圧があまり高くない範囲(5〜9bara以下)の領域では,油ポンプが使用されるものであって,また,油溜まり室からバランスピストンに向けて油を導く流路及び当該流路の導かれる空間も特定されていない点(相違点9-2)。 (イ) 相違点9-2についての説明 a 加圧油路(相違点9-2)について 前記(ア)のとおり,甲9文献からは,甲9文献記載のスクリュ圧縮機には,バランスピストンとスラスト軸受との間に壁があるが,この壁がスラスト軸受とバランスピストンの間を圧力遮断する仕切り壁であるか否か,この壁とバランスピストンとの間の空間に油が導かれるのか否かは不明である。 また,仮に,上記の壁が,スラスト軸受とバランスピストンの間を圧力遮断する仕切り壁であり,この仕切り壁とバランスピストンとの間の空間に油が導かれるとしても,甲9文献には, 「油ポンプは通常不要」「最小限の油ポンプ要求」との記載 ,があることから,甲9文献のスクリュ圧縮機は,通常の運転時には油ポンプを使用せず,そうでない場合は油ポンプを使用するものと認められる。したがって,同スクリュ圧縮機には,油ポンプによって加圧される流路と油ポンプによって加圧されない流路が存在しているものと認められるが,それらの流路を通過する油が,どの部位に導かれるかについては全く特定されておらず,油ポンプによる加圧を不要とする流路が,バランスピストンの仕切り壁側の空間に油を導く流路(以下「バランスピストン室導入流路」という。)であるかは明らかではないから,甲9文献には,バランスピストン室導入流路を均圧流路とする構成(以下「均圧流路構成」という。)が記載されているとはいえない。 以上の点は,甲9発明と本件発明との間の実質的な相違点である。 b 油ポンプの使用(相違点9-2)について 本件特許の請求項1は,前記第2の2で認定したとおり,「・・・このバランスピストンの仕切り壁側の空間に,上記油溜まり部の油を加圧することなく導く均圧流路を設けて形成したことを特徴とする油冷式スクリュ圧縮機」というものであり,均圧流路構成を設けること,すわなち,バランスピストン室導入流路を均圧流路とすることをその構成としている。 そして,前記1(1)で認定した本件明細書の記載によると,本件発明は,スクリュ圧縮機においては,バランスピストン室導入流路を加圧流路とすると,起動直後やアンロード運転時等のように圧縮機の負荷が小さくスラスト力が小さい場合に,吐出側から吸込側に向かう方向にスクリュロータに作用する力より大きい力がバランスピストン17に作用するため,いわゆる逆スラスト荷重状態となって,スクリュロータを吐出側に押すようになり,その結果,スクリュロータとロータ室の壁部とが接触し,破損事故を起こす可能性が生じることから,同課題を解決するために,バランスピストン室導入流路を均圧流路とする構成(均圧流路構成)を採用したものと認められる。 以上のような特許請求の範囲及び明細書の記載によると,本件発明は,少なくとも,起動直後やアンロード運転時のような圧縮機の負荷が小さい場合には,油を加圧しない構成を有するものと認められる。 (b) ところで,甲9文献には,前記(1)のとおり,以下の甲9グラフが記載されている。 甲9グラフは,横軸を吸込圧力とし,縦軸は吐出圧力とし,また, 「OIL PUMP」と表記される領域(平行四辺形で色の濃い領域)は,現に「OIL PUMP」が使用される状態にあることを示しているものと認められるから,甲9グラフは,吐出圧力があまり高くない範囲(5〜9bara以下)の領域では,油ポンプが使用されることを意味しているものと理解される。 このことに,甲9文献には, 「油ポンプは通常不要」「最小限の油ポンプ要求」と ,の記載があることを併せ考慮すると,甲9発明は,吐出圧力が高い領域では油ポンプは使用されないが,同圧力が高くない範囲(5〜9bara以下)の領域では,油ポンプが使用される構成を有しているものと認められる。そして,起動直後等の圧縮機の負荷が小さい場合は,吐出圧力が高くない場合に当たるものと認められる。以上に反するDの宣誓供述書(甲45)の記載を採用することはできない。 (c) したがって,仮に,甲9発明において,バランスピストン室に加圧をしない流路を通じて油が導かれると認められるとしても,起動直後等の圧縮機の負荷が小さい場合に加圧流路を設けている点で本件発明と実質的に相違する。 (ウ) 原告の主張について a 原告は,甲9グラフは,起動後の通常運転時において吐出圧と吸込圧の圧力差が4bar a 以上確保できない通常運転においては,差圧給油を補助するためのポンプを要する範囲を示したものであることは明らかであり,同図から甲9文献記載の圧縮機において起動時には常に油ポンプを使用することを要するとの判断を導くことは論理的に不可能であると主張する。 しかし,前記(イ)b(b)のとおり,甲9グラフには,吐出圧力があまり高くない範囲(5〜9bara以下)の領域では,油ポンプが使用されることが示されており,甲9グラフを見た当業者も,そのように理解するものと認められるところ,圧縮機の起動直後は,吐出圧力は高くないものと認められるから,甲9グラフは,圧縮機の起動直後は,油ポンプを使用することを示しているものと認められる。 そして,吐出圧力が高くない場合に油ポンプを使用することは,本件発明の技術思想に反するものであるから,甲9発明においてこの場合に常に油ポンプを使用するかどうかにかかわらず,実質的な相違点となるというべきである。 この点,原告は,ころがり軸受を使用したスクリュー圧縮機においては,通常であれば,1,2分以内に4bar a 程度の吐出圧・吸込圧差は容易に実現できる旨主張するが,原告の同主張によっても,起動直後は,吐出圧・吸込圧差は4bar a を超えていないし,また,仮に,起動直後に油ポンプを使用しない場合があったとしても,油ポンプの使用が甲9発明と本件発明の実質的な相違点となることは上記のとおりである。 したがって,原告の上記主張は理由がない。 b 原告は,甲9文献記載の圧縮機においては,油ポンプを使用しないで起動するシステムとすることが可能であり,かつ,定常運転時において吐出圧と吸込圧の圧力差が十分であれば,起動後に油ポンプは不要とすることができることは,周知であったと主張し,その証拠として,甲4,42〜44,47,48を挙げる。 しかし,甲9文献記載の圧縮機は,吐出圧力があまり高くない範囲において油ポンプを使用するものと解され,また,以下のとおり,原告が挙げる上記各文献には,油ポンプによって加圧されていない油路からの油が,バランスピストン室へ送られることについての記載がなく,上記各文献は,バランスピストン室導入流路を均圧流路とするという技術思想から油ポンプを不要としたものではない。 したがって,上記各文献に記載された油ポンプを不要とするという技術を参酌して,甲9発明が,均圧流路構成を実質的に備えていると認めることはできない。 甲4文献について 甲4文献には, 「前記バランスピストン19は,加圧された油が油入口孔22を介して外部から供給可能な圧力スペース21に設けられている。加圧された油は,例えば,外付けの油ポンプ又は油注入スクリュ圧縮機の吐出配管システムに従来から用いられているオイルセパレータのような任意の適切な手段によって供給可能である。」との記載がある。 上記記載からすると,甲4文献においては,加圧するための油ポンプが外付けでもよいことが記載されているにすぎないというべきであり,油ポンプの要否までを開示するものではない。 (b) 甲42文献について @ 甲42文献には,以下の記載がある。 「2.実用新案登録請求の範囲 吐出気体中の油分を油回収器により分離したのち,圧縮機本体部分に注入させて油を循環させるようにした注油式スクリュー冷凍機において,該圧縮機の本体注油部分の全部または一部に上記油回収器で分離した油を油回収器の圧力を利用して給油する一方,本体注油配管中に絞り装置を設けると共に運転中に油回収器内圧力よりも高くなる配管部分に逆流防止装置を設けたことを特徴とする注油式スクリュー圧縮機」(明細書1頁3行〜12行) 「冷凍用圧縮機においては,一般に使用条件によって吸込側圧力と吐出側圧力との差が最大1:40程度になる。従って,軸受荷重が大きくほとんどの注油式スクリュー冷凍圧縮機においては,ころがり軸受では使用に耐えず,すべり軸受が用いられている。(2頁12行〜17行) 」 「このようにすベり軸受を用いた場合には常に軸受部で有効な油膜を確保するために充分な油量を供給しなければならず,油ポンプを用いて確実に油を供給していた。(3頁1行〜4行) 」 「図面は従来公知の注油式スクリュー冷凍圧縮機により冷凍装置を構成したもので,圧縮機1の吐出側は油回収器2に連通し,吐出冷媒中の油分を上記油回収器2により除去したのち,凝縮器3,受液器4,膨張弁5,蒸発器6を経て上記圧縮機1の吸込側7に吸込まれる。また,上記油回収器2の下部に貯留された油は油回収器2内の圧力により油冷却器8を介して一部は絞り弁9により流量調節されて圧縮機1へ連通する。また,上記油冷却器8からの油の一部は油ポンプ P により昇圧されて圧縮機1の雌雄一対のロータにおける吐出側軸受部12a,12bに連通している。なお,上記油冷却器8から昇圧されないで注油される油は上記ロータのロータ室等に連通している。(4頁9行〜5頁2行) 」 「ここで,ロータの軸受部への給油を油ポンプPを介して行なうのは,この部分は高圧(吐出圧)が作用していることと,スクリュー圧縮機においては特に圧縮比が大きくロータの軸受部分の荷重が大であるため,ほとんどすべり軸受が使用され,大なる油圧を必要とするからである。 しかしながら,大なる油量が必要でない軸受を使用した場合,あるいは軸受部をシールして閉じ込み後のロータの低圧部と連通した場合には,油ポンプを使用しなくてよい。(5頁6行〜15行) 」 「本考案によれば高圧多量の油を必要とする部分にのみ油ポンプで昇圧して油を供給し,その他の部分には圧縮機の吐出圧を用いて給油するため油ホンプ容量は小さなものを使用するか廃止することができ,安価な注油式スクリュー冷凍圧縮機とすることができ,圧縮機起動時において軸受部に充分に油を供給できる。(5頁1 」6行〜6頁3行) A 前記@からすると,甲42文献には,油回収器から油冷却器に送られた油は,複数の油路を通じて,軸受部やロータ室に送られていること,それらの油路には,油ポンプによって加圧されるものと,加圧されないものがあることが記載されていることが認められるが,甲42文献の他の記載を併せて参照しても,加圧されない油路からの油が,バランスピストン室へ送られることについては記載がないものと認められる。 したがって,甲42文献には,均圧流路構成が開示されているとは認められない。 (c) 甲43文献について 甲43文献には, 「スクリュー圧縮機の軸受については,従来ラジアル荷重を受けるスリーブ軸受と,スラスト荷重を受けるアンギュラ型玉軸受とで構成されていた。 比較的小形のものについては,高負荷タイプのころがり軸受が開発されていたこともあり,従来のスリーブ軸受に替わってころがり軸受でラジアル荷重を受ける事が可能になり,全ころがり軸受で構成されるようになった。これは,従来のスリーブ軸受では潤滑に必要な油膜保持の為,油ポンプが必要であったものが,不要になったことを意味する。潤滑油は吐出圧力に近い給油圧力と,吸込圧力に近い排油圧力との差圧により自給される。との記載があるが, 」 同記載からすると,甲43文献は,軸受を円滑に作動させるために必要な油の油路について加圧が不要であることを示したものと認められ,甲43文献に,バランスピストン室へ送られる油の油路について加圧を不要とすることは記載されていない。 したがって,甲43文献には,均圧流路構成が開示されているとは認められない。 (d) 甲44文献について 甲44文献には,「オイルセパレーターで分離された油はオイルクーラで冷却され,オイルセパレータ内の圧力と圧縮機本体の圧力差によって圧縮機内に噴射され,圧縮空気の冷却,ロータの潤滑,シールラインのシール及びベアリングの潤滑を行なう。(58頁右欄8行〜11行)との記載があり,また,甲44文献の59頁の 」図4「フローシート」には,ポンプを具備せず,オイルセパレータ内の油を油供給先に差圧によって給油するようにしたスクリュー圧縮機が記載されている。 甲44文献の上記記載からすると,甲44文献には,圧縮空気の冷却,ロータの潤滑,シールラインのシール及びベアリングの潤滑のための油の油路について,加圧が不要であることが記載されていると認められるが,スラスト力を軽減させるためにバランスピストン室へ送られる油の油路については何ら記載されていないから,甲44文献に,均圧流路構成が開示されているとは認められない。 (e) 甲47文献について @ 甲47文献には,以下のとおりの記載がある(甲47)。 「スクリュ圧縮機に一般的に使用される軸受には,減摩式(anti-friction)と流体力学式又は油膜式(oil film)の2種類がある。(32 」6頁下から8行〜9行,訳文1枚目4行〜5行) 「減摩式とは,ボール,アンギュラコンタクトボール,平行ローラ,ニードルローラ,テーパーローラなどのボール,ローラ軸受,それらから派生した軸受に与えられる総称である。(326頁下から5行〜6行,訳文1枚目7行〜8行) 」 「給油システムには圧縮機の構造と用途に応じて使用される2種類がある。減摩軸受を備えスライドバルブのない圧縮機において最も頻繁に使用される吐出圧給油システムと,すべり(スリーブ)軸受とスライドバルブを備えた圧縮機のためのポンプ給油システムである。 (376頁下から19行〜22行,訳文5枚目5行〜7 」行) 「吐出圧給油システムは,オイルタンク/セパレータに存在する圧縮機自身の吐出圧力を用いてオイルを循環させる。(376頁下から16行〜17行,訳文5枚 」目9行〜10行) 「このシステムは,一般に減摩軸受を使用し,スライドバルブを備えていない小型冷凍/ガスオイル注入スクリュ圧縮機にも使用されている。 (376頁下から5 」行〜6行,訳文5枚目18行〜19行) 「ポンプ潤滑システムは,オイルセパレータはやはりオイルタンクであり,これが常に吐出圧力下にある点では同じである。しかし,吐出圧力を使用してオイルを循環させ,圧縮機のガス吐出圧力マイナスの油圧とする代わりに,圧縮機のガス吐出圧力プラスの油圧を生成するオイルポンプが組み込まれる。(377頁7行〜1 」1行〔図を除く〕,訳文6枚目4行〜7行) A 甲47文献の上記記載によると,甲47文献には,スクリュ圧縮機の給油システムにおいて,圧縮機の吐出圧力を用いてオイルを循環させることが記載されていると認められるが,バランスピストン室導入流路についての加圧の要否については記載されていないから,甲47文献に,均圧流路構成が開示されているとは認められない。 (f) 甲48の報告書に添付された添付資料1,2-1にも,バランスピストン室へ送られる油の油路について加圧が不要であることが開示されているとは認められない。 c 原告は,甲59-3図面及び甲61-3図面には,図面名として「典型的手動Viシステム配置(オイルクーラー及び始動ポンプ付き)」と記載され,甲59-4図面及び甲61-4図面のシステムには,始動ポンプがなく,図面名として「典型的手動Viシステム配置(オイルクーラー付き)」と記載されていることからすると,甲9文献記載の圧縮機は,始動ポンプが必須の構成でなく,非加圧回路のみを使用して始動し通常運転することが可能であることは明白であると主張する。 しかし,原告の挙げる上記各図面には,いずれも機密である旨の記載がある(甲59の3・4,甲61の3・4)から,同図面から,油ポンプを使用しない圧縮機が周知であると認めることはできず,これらの各図面を基に甲9文献の記載を理解することはできないというべきである。 したがって,原告の上記主張は理由がない。 d 原告は,Eがハウデン社のスクリュー圧縮機XRV204145を調査した結果について主張するが,それに基づいて甲9文献の記載を解釈すべきとはいえないから,理由がない。 (エ) したがって,仮に,甲9文献が本件出願日前に頒布された刊行物であるとしても,甲9発明に基づき本件発明の新規性が欠けるとする原告の主張は理由がない。 イ 本件発明の進歩性の有無について (ア) 甲1文献には前記1(3)のとおりの記載があり,甲4文献には前記ア(ウ)b(a)のとおりの記載がある。 a 甲3文献には,以下のとおりの記載がある。 「公知の装置によれば,通常のケースにおいて,スラスト荷重を適切に低減することができる。しかしながら,出口圧が変化し,特に入口圧も変化するとき,問題が発生する。このような運転条件では,軸方向ガス力が変化し,結果として,バランスピストンの寸法や種々の運転条件によって,ロータがアンダーバランス又はオーバーバランスの状態になってしまうかもしれない。この結果は,スラスト軸受の寿命を減少させるであろう。(1頁7行〜12行) 」 「本発明の目的は,問題になっている圧縮機における種々の運転条件(特に,高い入口圧及び出口圧で運転するための運転条件)へのスラストバランスの自動的な適応のための簡素且つ信頼性の高い手段を達成することである。 (1頁25行〜2 」7行) 「圧縮機1は,互いに噛み合う一対のスクリュロータを備えた回転スクリュータイプのものであり,低圧入口2と高圧出口3とを有する。一方のロータは不図示の駆動手段に連結されるシャフト延長部15を有し,シャフト延長部はシリンダ14内にバランスピストン11を有する。圧縮機には油が注入され,オイルセパレータ10が出口配管8に設けられている。オイルセパレータからのガスはデリバリパイプ9を介して排出され,分離された油は配管6及び油注入手段4を介して作動スペースに戻るようになっている。配管6には,オイルセパレータに隣接して第1スロットル5が設けられており,油注入手段が第2スロットル4を構成している。 第1スロットル5及び第2スロットル4の間において,配管6には,シリンダ14まで分岐配管が到達している。(2頁18行〜26行) 」 「運転時,圧縮機の高圧端から低圧端に向かう方向(即ち,図中左側)の軸方向のガス力Fが各ロータに作用し,このガス力はps及びpdの関数である。ピストン11からのバランス力Fbは,ピストンの有効加圧面積12に依存し,pb及びpaの関数である。バランス力はガス力未満であるべきであり,合力FR=F-FBはスラスト軸受によって負担されるべきである。合力は,所定範囲(Fmin この油溝26は,前記軸封カラーの略中央部に全周にわたって形成されているもので,吐出ケーシング9に穿設した給油孔27と連通し,さらに配管28を介してセパレータタンク29内の油溜30と接続している。(6頁12行〜7頁8行) 」 「圧縮機を運転すると,吸入口45から吸入されたガスはオス・メスロータ3・4の噛み合いによって圧縮され,吐出口46より吐出され,図示せざる吐出配管を介してセパレータタンク29内に圧送される。 これにより,油溜30内の潤滑油は前記圧縮ガス圧力により押し出され,配管28,給油孔27を介してメスロータ4の軸封カラー25外周部に形成された油溝26を経て,オスロータ3に設けられたスペーサ16の作用室19内に圧送される。 したがって,オスロータ3には常時圧縮ガス圧力に比例した図中A方向のスラスト荷重が作用する。 一方,前記したオス・メスロータの噛み合い回転に伴う圧縮作用により,両ロータには圧縮ガス反力としてラジアル荷重と図中B方向へのスラスト荷重が作用するが,このオスロータ側のスラスト荷重を前記作用室19内の油圧によってスペーサ16に作用する図中A方向のスラスト力が相殺し,ベアリング12に加わるスラスト荷重を軽減する。 即ち,前記A及びB方向のスラスト荷重は常に圧縮ガス圧に比例した力で作用するので,前記圧縮ガス圧力の変動に係わらず常に均衡のとれた釣合が成される。」(7頁12行〜8頁16行) (イ) 原告は,甲1文献,甲3文献〜甲5文献には,仕切り壁とバランスピストンとの間に油を導く流路(バランスピストン室導入流路)と油分離器を設ける構成,及び上記のバランスピストン室導入流路を均圧流路とする構成(均圧流路構成)が開示されており,甲9発明に上記の均圧流路構成を適用して本件発明の構成とすることは容易に想到できると主張する。 しかし,前記ア(イ)のとおり,甲9文献には,「油ポンプは通常不要」「最小限の ,油ポンプ要求」との記載があり,また,吐出圧力が高くない領域では油ポンプを使用することを示した甲9グラフが記載されていて,吐出圧力が高くない場合に油ポンプを使用しないことについての説明はないことからすると,甲9文献を見た当業者は,吐出圧力が高くない場合には,油ポンプを使用することを所与のものと理解するほかなく,甲1文献,甲3文献及び甲5文献に記載された技術を適用して,バランスピストン室導入流路を均圧流路とする構成にしようとは考えないというべきである。なお,甲4文献にバランスピストン室導入流路を均圧流路とする構成が開示されていないことは前記ア(ウ) また,前記ア(イ)aのとおり,甲9文献からは,甲9文献記載のスクリュー圧縮機には,バランスピストンとスラスト軸受との間に壁があるが,この壁がスラスト軸受とバランスピストンの間の圧力遮断する仕切り壁であるか否か,この壁とバランスピストンとの間の空間に油が導かれるのか否かは不明であるところ,甲1文献,甲3文献〜甲5文献のいずれにも,スラスト軸受とバランスピストンとの間に圧力を遮断する仕切り壁を設けるという構成やバランスピストンの当該仕切り壁側の空間に油が導かれる構成は記載されていないから,甲9文献に甲1文献,甲3文献〜甲5文献に記載されている事項を適用しても本件発明に至らないことは明らかである。 (ウ) したがって,仮に,甲9文献が本件出願日前に頒布された刊行物であるとしても,甲9発明に甲1文献,甲3文献〜甲5文献記載の技術事項を適用すると,本件発明の進歩性が欠けるとする原告の主張は理由がない。 (4) 以上より,原告の主張する取消事由2,3は理由がない。 4 取消事由4(甲1発明に基づく進歩性欠如の主張を否定した判断の誤り)について (1) 甲1文献には,前記1(3)のとおりの記載があり,同記載によると,甲1文献には,以下のとおりの発明(甲1発明)が開示されていると認められる。 「吐出された油を多量に含む圧縮ガスから油を分離し,油を一旦油溜まり部に溜め,油と分離された圧縮ガスを吐出す油分離器52を吐出配管50に接続する一方, スクリューロータの両側に延びる軸部4a,4b,5a,5bをジャーナル軸受6,7,8,9により回転可能に支持して入力軸を吐出側の軸端部4cとし, 吐出側の上記軸部4a,5aを上記ジャーナル軸受8,9よりもスクリュロータから離れた位置にてスラスト玉軸受12,13により回転可能に支持するとともに, 上記吸引側のジャーナル軸受6,7よりもスクリューロータから離れた位置にて上記軸部4bの端にバランスピストン32を係止し, かつ,このバランスピストン32の上記吸引側のジャーナル軸受6側とは反対側の位置にカバー21を設け, このバランスピストン32のカバー21側の空間に,上記油溜まり部の油を加圧することなく導く配管58を設けて形成した, 油冷式スクリュー圧縮機。」 (2) 本件発明と甲1発明との一致点及び相違点 前記第2の2で認定した本件発明の構成及び前記(1)の甲1発明の構成によると,本件発明と甲1発明の一致点及び相違点は以下のとおりとなる。 ア 一致点 「油とともに吐出された圧縮ガスから油を分離回収し,一旦油溜まり部に溜め,油と分離された圧縮ガスを送り出す油分離回収器を吐出流路に設ける一方, スクリュロータの両側に延びるロータ軸をラジアル軸受により回転可能に支持して入力軸をロータ軸とし, 吐出側のロータ軸を上記ラジアル軸受よりもスクリュロータから離れた位置にてスラスト軸受により回転可能に支持するとともに, スクリュロータから離れた位置にて上記ロータ軸にバランスピストンを取り付け, かつ,壁を設け, このバランスピストンの壁側の空間に,上記油溜まり部の油を加圧することなく導く均圧流路を設けて形成した, 油冷式スクリュ圧縮機。」の点 イ 相違点 (a) 相違点1-1 油分離回収器に関して,本件発明では,油を一旦「下部の」油溜まり部に溜めているのに対して,甲1発明では,油を一旦油溜まり部に溜めるものの,油溜まり部が「下部」にあることが特定されていない点 (b) 相違点1-2 本件発明では, 「入力軸を吸込側のロータ軸とし,」 「上記スラスト軸受よりもスクリュロータから離れた位置にて上記(吐出側の)ロータ軸にバランスピストンを取り付け,かつ上記スラスト軸受とこのバランスピストンとの間に圧力遮断する仕切り壁を設け,このバランスピストンの仕切り壁側の空間に,上記油溜まり部の油を加圧することなく導く均圧流路を設けて形成した」のに対して,甲1発明では,入力軸を「吐出側」の軸端部4c(ロータ軸)とし, 「上記吸引側のジャーナル軸受6,7(ラジアル軸受)」よりもスクリューロータ(スクリュロータ)から離れた位置にて上記軸部4b(ロータ軸)の端にバランスピストン32を係止し(取り付け),かつ,「このバランスピストン32の上記吸引側のジャーナル軸受6側とは反対側の位置にカバー21(壁) を設け, 」 このバランスピストン32の「カバー21(壁)」側の空間に,上記油溜まり部の油を加圧することなく導く配管58(均圧配管)を設けて形成したものの,入力軸が吸込側でなく,バランスピストンの取り付け位置が異なり,壁が上記スラスト軸受とこのバランスピストンとの間を圧力遮断するものではなく,均圧流路を導く空間が,バランスピストンと上記スラスト軸受とこのバランスピストンとの間に圧力遮断する仕切り壁側ではない点 (3) 相違点1-2についての検討 ア 前記1(3)で認定した甲1文献の記載からすると,甲1発明は,従来技術においては,圧縮機の起動時等の吸入側と吐出側の圧力差が大きくない場合に,油ポンプにより吐出された圧力の高い油がバランスピストンにかかることにより,ロータが吐出側に押され,ロータ吐出側端面と吐出ケーシング端面が接触し,両部材が損傷するなどの課題があったため,油ポンプによる加圧をせずに,吐き出しガス圧を受ける油をバランスピストン室に導くという構成を採用して,吐き出し圧に従って変化するロータ推力に対抗応動してバランスピストンに推力を生じさせることにより,ロータが吐出側の吐出ケーシング端面に接触することを避けようとしたものであることが認められる。 また,前記1(1)で認定した本件明細書の記載からすると,本件発明も,甲1発明と同様に,起動直後等における逆スラスト荷重状態による部材の接触を避けるために,均圧流路構成を採用したことが認められるが,さらに,上記記載からすると,本件発明は,バランスピストンとスラスト軸受の配置について,バランスピストンをスラスト軸受よりもスクリュロータに近い位置に設置すると,バランスピストンにおいて受圧のための十分な表面積を確保するのが困難であることから,これを解決するために,バランスピストンをスラスト軸受よりもスクリュロータから離れた位置に設置する構成を採用したことが認められる。 イ(ア) 甲1発明は,前記(1)のとおり,入力軸を吐出側とした圧縮機であり,吸込側を左側,吐出側を右側として見た場合,左から,バランスピストン室,バランスピストン,ジャーナル軸受(ラジアル軸受),スクリュロータ,ジャーナル軸受(ラジアル軸受),スラスト玉軸受の順に配置され,バランスピストン室は,圧縮機の外面を構成するカバーとバランスピストン等の部材によって形成され,圧縮機の吸込側端部に配置されているところ,甲1発明において,入力軸を吸込側に変更した場合は,バランピストン室を圧縮機の吸込側端部に配置することはできないため,その配置を変更する必要が生じるが,変更後の位置としては,種々の位置が考えられ,必ずしも,スラスト玉軸受の右側とする必要はない。 (イ) そして,甲1文献には,バランスピストンの受圧のための表面積を大きくするために,バランスピストンをスラスト軸受よりもスクリュロータから離れた位置に配置するとの技術思想に関する記載はなく,甲1文献の実施例においても,スクリュロータの左側には,スラスト玉軸受は存在しないから,甲1文献からは,バランスピストンをスラスト玉軸受よりもスクリュロータから離れた位置に配置するという本件発明の上記技術思想を読み取ることはできないというべきである。 したがって,甲1発明において,バランスピストンを吐出側(スクリュロータの右側)に設置することとした場合,甲1文献からは,バランスピストンの位置を,スラスト玉軸受よりもスクリュロータから離れた位置に設置しようとする動機は生じないというべきである。 (ウ) また,バランスピストンは,吐出側(右側)から吸込側(左側)へ向かうスラスト力を緩和するために設置されるのであるから,吸込側を左側,吐出側を右側として見た場合,甲1発明のように,バランスピストン室を吸込側に配置するときは,バランスピストン室は,必然的にバランスピストンの左側に形成する必要があり,そうすると,入力軸を吐出側とした場合は,バランスピストン室を吸込側端部に配置することができるのであって,そのような配置にすれば,圧縮機の外面を構成するカバーを利用してバランスピストン室を形成することができる。これに対し,本件発明のように,バランスピストンを吐出側(スクリュロータの右側)に設置する場合は,バランスピストン室はその左側に形成する必要があるから,その形成のために圧縮機の外面を構成するカバーを利用することはできず,バランスピストンをどの位置に配置する場合でも,別途,軸受部材との間に圧力遮断をするための仕切り壁を設置する必要があるから,バランスピストンを吐出側端部に形成する合理性は失われ,また,そのように形成する動機も生じない。 (エ) 以上からすると,甲1発明において,入力軸を吸込側に変更した場合に,バランスピストンをスラスト玉軸受よりもスクリュロータから離れた位置に配置する構成を採用することの動機付けはないというべきであり,このことは,甲2文献,甲4文献,甲6〜9,23及び46に開示された事項を考慮しても同様である。 ウ 原告の主張について (ア) 原告は,甲1発明の入力軸を吸込側に変更した場合に,バランスピストンをスラスト軸受よりもスクリュロータから離れた位置に取り付けることは,設計上の自由度も大きく,最も自然で合理的な選択であると主張する。 しかし,前記アのとおり,本件発明は,バランスピストンの受圧のための表面積を大きくするために,バランスピストンをスラスト軸受よりもスクリュロータから離れた位置に配置したものであるが,本件出願日当時,この技術思想が周知であったとは認めるに足りない。そして,上記の観点を離れて,バランスピストンをスラスト軸受よりもスクリュロータから離れた位置に配置することが最も自然で合理的であると認めるに足りる証拠もない。 したがって,原告の上記主張は理由がない。 (イ) 原告は,吐出側ロータ軸にバランスピストンを取り付ける場合,ラジアル軸受をロータの両側に直結して設けることは当然の配置であり,残るのは,スラスト軸受をラジアル軸受に続く位置に配するか,バランスピストン室をその間に配するかの選択でしかなく,いずれの配置も可能ではあるが,スラスト力を主に支えるのはスラスト軸受であること,また,バランスピストン室をラジアル軸受側に配置した場合にはバランスピストンを貫通するロータ軸をスラスト軸受部まで延長しなければならないことからすれば,ロータ-ラジアル軸受-スラスト軸受-バランスピストン室(仕切り壁-バランスピストン)の部材配置順とすることに本来合理的動機があり,かつそのために格別の工夫を要しないと主張する。 しかし,スラスト力を主に支えるのはスラスト軸受であることや,バランスピストン室をラジアル軸受側に配置した場合にはバランスピストンを貫通するロータ軸をスラスト軸受部まで延長しなければならないことから,直ちに,バランスピストンをスラスト軸受よりもスクリュロータから離れた位置に取り付けることが合理的であるということはできない。 したがって,原告の上記主張は理由がない。 (ウ) 原告は,甲1発明の入力軸を吸込側に変更した場合に,スラスト軸受とバランスピストンとの間に,圧力遮断をする仕切り壁を設けることに技術的困難はないと主張する。 しかし,スラスト軸受とバランスピストンとの間に,圧力遮断をする仕切り壁を設けることに技術的な困難性はないとしても,そのことのみで動機付けを基礎付けることはできないというべきである。 エ したがって,相違点1-2については,容易に想到することはできないというべきである。 (4) 以上より,本件発明は,甲 1 発明に基づき,容易に発明できたとはいえず,原告の主張する取消事由4は理由がない。 5 取消事由5(特許法153条2項違反)について 特許法153条2項の「当事者の申し立てない理由」とは,新たな無効理由の根拠法条の追加や引用例の追加等,不利な結果を受ける当事者にとって不意打ちとなりあらかじめ通知を受けて意見を述べる機会を与えなければ著しく不公平となるような重大な理由を意味し,容易想到性の判断の過程における相違点の認定や相違点認定の判断過程における証拠に基づく事実の認定は,上記の「当事者の申し立てない理由」には当たらないと解するのが相当である。 原告が特許法153条2項に違反すると主張する前記第3の5の@〜Bの点は,相違点の認定又は相違点認定の判断過程における証拠に基づく事実の認定に係るものであるから,同項の「当事者の申し立てない理由」に当たらないというべきである。 したがって,本件審決は,特許法153条2項に違反せず,原告の主張する取消事由5は理由がない。 |
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結論
よって,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 森義之 |
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裁判官 | 佐野信 |
裁判官 | 熊谷大輔 |