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関連審決 異議2000-73430
関連ワード 製造方法 /  新規性 /  29条1項3号 /  進歩性(29条2項) /  容易に発明 /  一致点の認定 /  相違点の認定 /  公知技術 /  技術常識 /  特許出願日 /  数値限定 /  技術的意義 /  置き換え /  容易に想到(容易想到性) /  構成要件 /  設定登録 /  取消決定 / 
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事件 平成 15年 (行ケ) 12号 特許取消決定取消請求事件
原告 日本精工株式会社
訴訟代理人弁理士 森哲也,内藤嘉昭,崔秀 ,廣瀬一
被告 特許庁長官今井康夫
指定代理人 奥井正樹,綿谷晶廣,一色由美子,林栄二,大橋信彦
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/04/26
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
原告の求めた裁判
「特許庁が異議2000-73430号事件について平成14年11月25日にした決定を取り消す。」との判決。
事案の概要
1 特許庁における手続の経緯 原告が特許権者である本件特許第3018355号「軸受用鋼及び転がり軸受」の出願は,平成1年10月11日になされ,平成12年1月7日に特許の設定登録がなされたが,その後,本件特許について特許異議の申立てがあって,取消理由通知があり,平成13年11月5日に訂正請求がされたところ,平成14年11月25日,「訂正を認める。特許第3018355号の請求項1ないし9に係る特許を取り消す。」との決定があり,同年12月11日,その謄本が原告に送達された。
2 本件発明の要旨(上記訂正請求に係るもの) 【請求項1】平均粒子径15μm以上30μm以下の酸化物系介在物が単位体積(100mm3)当たり10個以下であることを特徴とする軸受用鋼。
【請求項2】平均粒子径10μm以上15μm以下の酸化物系介在物が単位体積(100mm3)当たり100個以下であることを特徴とする軸受用鋼。 【請求項3】平均粒子径3μm以上30μm以下の酸化物系介在物が単位面積(160mm2)当たり80個以下であり,かつ,その内平均粒子径10μm以上の前記酸化物系粒子の構成比率が2%未満であるとともに,平均粒子径15μm以上30μm以下の酸化物系介在物が単位体積(100mm3)当たり10個以下であることを特徴とする軸受用鋼。
【請求項4】平均粒子径15μm以上30μm以下の酸化物系介在物が単位体積(100mm3)当たり10個以下であり,かつ,平均粒子径10μm以上15μm以下の酸化物系介在物が単位体積(100mm3)当たり100個以下であることを特徴とする軸受用鋼。
【請求項5】平均粒子径3μm以上30μm以下の酸化物系介在物が単位面積(160mm2)当たり80個以下であり,かつ,その内平均粒子径10μm以上の前記酸化物系粒子の構成比率が2%未満であるとともに,平均粒子径10μm以上15μm以下の酸化物系介在物が単位体積(100mm3)当たり100個以下であることを特徴とする軸受用鋼。
【請求項6】平均粒子径3μm以上30μm以下の酸化物系介在物が単位面積(160mm2)当たり80個以下であり,かつ,その内平均粒子径10μm以上の前記酸化物系粒子の構成比率が2%未満であるとともに,平均粒子径15μm以上30μm以下の酸化物系介在物が単位体積(100mm3)当たり10個以下であり,かつ,平均粒子径10μm以上15μm以下の酸化物系介在物が単位体積(100mm3)当たり100個以下であることを特徴とする軸受用鋼。
【請求項7】単位体積当たりの酸化物系介在物の個数が前記範囲内にあることを電子ビーム溶解抽出評価法によって保証したことを特徴とする請求項1ないし6のいずれか記載の軸受用鋼。
【請求項8】鋼中酸素含有量が9ppm以下であることを特徴とする請求項1ないし7のいずれか記載の軸受用鋼。
【請求項9】軌道輪及び転動体の少なくとも一つが前記請求項1ないし8のいずれか記載の軸受用鋼で構成されたことを特徴とする転がり軸受。
以下,請求項番号に対応して,それぞれの発明を「本件第1発明」などと表記する。
3 決定の理由の要点 (1) 訂正請求に係る訂正は,特許法120条の4第2項及び同条3項で準用する126条2項及び3項の規定に適合するので,当該訂正を認める。
(2) 特許異議の審理において平成13年8月23日付けで通知した取消理由の〔理由3〕の一つは,本件請求項1〜10に係る発明は,刊行物1に記載された発明であるというものであり,また,〔理由1〕は,本件請求項1〜10に係る発明は,刊行物1〜7に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,本件請求項1〜10に係る発明の特許は,特許法29条1項3号又は2項の規定に違反してなされたものである,というものである。 (3) 刊行物に記載された発明 取消理由において引用された刊行物1(Effect of Steel Manufacturing Processes on the Quality of Bearing Steels,ASTM STP 987,1988,p.149〜165)には, 「溶解方法,介在物の種類及びサイズと軸受鋼の疲労抵抗との関係」と題し, 「本報文は,鋼製造プロセスと方法とともに,疲労寿命と非金属介在物の含有量との関係の観点からみた鋼の性質のみを取り扱う。」 「図10では,著者らはRBF試験片を用いて別の取り組み方法を採用したものである。RBF試験片は2つの鋼製造プロセスA及びBによって製造されたものである。上段の図は,試験片の横断面で顕微鏡により観察された,酸化物の介在物の直径の分布の比較である。縦軸の対数目盛からは,プロセスAにおいて5μm以下の介在物がプロセスBよりも10倍多くあることがわかる。プロセスAにおけるB法(細かいシリーズ)の指標は2.5であり,一方プロセスBの指標は1である。下段の図は,割れ目の発端にある酸化物の介在物の直径の分布の比較である。両方とも,直径は最大断面寸法を意味する。プロセスAは830MPaの疲労限界をもち,一方プロセスBは750MPaの疲労限界をもつ。」(157頁13〜21行)と記載されており, 158頁の図10には,介在物寸法分布の例が示され,図10の上段左側の図を参照すると,プロセスAの酸化物系介在物のサイズ分布は,1cm2当たり,3〜4μmのもの6.3個,4〜5μmのもの3.6個,5〜6μmのもの0.6個,6〜7μmのもの0.8個,7〜15μmのもの(7μmを超えるもの)が0.1個未満(表示がない)と読み取ることができ,また, 「図11は,種々の鋼製造方法の疲労限界に関する多くの異なった酸素含有量範囲を示している。約20ppmの酸素含有量をもつ鋼(LD及びRH)が非常に良好な疲労限界をもっていることがわかる。さらに,ケイ素カルシウム処理用いることにより,低酸素含有量の鋼を製造することができるが,そのことによって不十分な疲労限界が生じる可能性がある。しかし,鋼製造(EF及びRH/Fos)のやり方の中では,その多くの結果からは酸素含有量と疲労特性の相関関係を求めること可能であることが確認されるかもしれない。」(158頁7〜16行)と記載されており, 図11には,EF+RH(Fos),EF+RH(Fos-Si Ca TREATED)で10ppm以下(9ppm以下の場合もある)の鋼中酸素が得られることが示されている。
同じく引用された刊行物2(「鉄と鋼」63年13号,昭和52年11月1日,282〜293頁)には, 「プラズマアークによる鋼および超合金の再溶解」と題し, 「本研究で用いた材料は・・・SUJ3・・・の4鋼種である。・・・これら母材化学成分は再溶解後の化学成分と合わせてTable4に示す。PPC再溶解の条件は・・・各鋼種とも再溶解出力を・・・の間にとり,さらに溶解速度も変えて,出力と溶解速度の条件の組合わせがインゴットの性質,性能にどのように影響するか調べられるようにした。」(284頁左欄14行〜右欄1行) 「4.1.5 酸化物系介在物の形態変化 酸化物系介在物の形態がその性能に大きく影響するSUJ3について再溶解による形態変化を調べた。
・・・ この結果は,O分析値からもある程度推定できるが,酸化物系介在物を減少すると同時に,大きさを細かくすることが重要である。すなわち,SUJ3の転動疲労寿命に対しては大型酸化物系介在物が有害で,ある程度以下のものではそれ程有害でないといわれている。この臨界寸法がどの程度かについては種々の意見があるが5〜10μ位のものと考えられる。そこで,大きさの変化を調べるため,光学顕微鏡により酸化物系介在物の大きさの分布を調べた。その結果をTable6に示す。再溶解により酸化物系介在物が細かくなっていることは明らかであり,とくに8μ以上の介在物が少なくなっている。」(289頁左欄下から17行〜右欄下から16行)と記載されており, Table4には,SUJ3について,PPC後の(J-3)のO量は0.0008%(8ppm)であること,Table6には,酸化物系介在物の大きさの分布は,J-3(PPC)について,100mm2(視野150mm2)当たり,2μを超え4μ以下のものは36.0個,4μを超え6μ以下のものは12.0個,6μを超え8μ以下のものは3.0個,8μを超え10μ以下,10μを超え12μ以下のもの,12μを超え14μ以下のものはいずれも0個であることが示されている。
同じく引用された刊行物4(「鉄と鋼」75第10号,平成1年10月1日,83〜90頁)には, 「エレクトロンビーム法による鋼中介在物の分離と評価法の開発」と題し, 「Fig.1に示したように,メタル試料を高真空下の銅製ハース内でEBによりボタン状に溶解するとメタル中の介在物はメタルの上部表面に浮上して集まるので,その量,形態,粒径,組成などを定量化する。」(83頁右欄5行〜84頁左欄3行) 「メタルの表面に浮上した介在物の量,粒径は映像解析装置により測定した。また,介在物の形態と組成は目的に応じてSEMにより分析した。」(84頁左欄下から7〜5行) 「EB法は顕微鏡法と比較しておよそ5倍強能率の向上することがわかる。
・・・・・ EB法は顕微鏡法の数十万以上の測定視野数と同等の情報を得ることになり,データの信頼性は高いといえる。」(88頁左欄14行〜右欄4行) 「EB法による介在物の粒径や形態を詳細に解析することにより,介在物減少対策の効果を従来以上に分離できる可能性があり,今後,これらの分野への新たな解析手段として期待できる。」(89頁右欄9〜12行)と記載されている。
(4) 本件第1発明についての決定の判断 刊行物1の図10の上段左の介在物分布のグラフを参照すると,粒子径7μmを超える粒子の個数は表示されておらず,1cm2当たり0.1個未満であるから,平均粒子径15μm以上30μm以下の介在物を合計しても,1cm2当たり0.1個未満,すなわち,20cm2当たり2個未満しか存在しない場合があると認められる。
そこで,本件第1発明と刊行物1に記載された発明とを対比すると,両者は,「平均粒子径15μm以上の酸化物系介在物が少ない軸受用鋼。」である点で一致し,本件第1発明が,「平均粒子径15μm以上30μm以下の酸化物系介在物が単位体積(100mm3)当たり10個以下である」のに対し,刊行物1に記載された発明は,平均粒子径15μm以上30μm以下の介在物が20cm2当たり2個未満である点で一応相違する。
上記相違点について検討する。
極値統計の考え方により,観測領域を増大させれば最大介在物径が増加することも考えられるので,本件請求項1に係る発明の100mm3の観測領域と刊行物1の図10の観測視野(20cm2)との差異について検討する。
2次元平面の観測領域を立体化する具体的な推定手段については,例えば,村上敬宜著「金属疲労,微小欠陥と介在物の影響」239〜240頁,1993年,養賢堂発行(参考資料,本訴甲第6号証)に記載され,一般的に平均観察領域は,介在物の平均的直径相当の厚みを有する立体の観察に相当すると考えられている。
そこで,刊行物1の図10に示された酸化物系介在物のサイズ分布について,その被検領域が相当する立体について検討すると,前記図10で観察された粒径の上限は15μmであり,被検面積は20cm2であるから,被検領域は,20×102×0.015=30mm3となり,本件第1発明の30%に当たり,被検領域に大きな差異はなく,前記のとおり,平均粒子径15μm以上30μm以下の介在物が20cm2当たり2個未満の場合があるから,被検領域を100mm3に拡大したとしても,2×100/30=6.6個未満となり,本件第1発明における「単位体積(100mm3)当たり10個以下」と重複する。
したがって,本件第1発明は,刊行物1に記載された発明である。
また,刊行物2には「SUJ3の転動疲労寿命に対しては大型酸化物系介在物が有害で,ある程度以下のものではそれ程有害でないといわれている。この臨界寸法がどの程度かについては種々の意見があるが5〜10μ位のものと考えられる。」と記載されているように,軸受用鋼の転動疲労寿命の向上のためには,平均粒子径15μm以上の介在物はできるだけ少ない方がよいことは明らかであるから,平均粒子径15μm以上30μm以下の酸化物系介在物を「単位体積(100mm3)当たり10個以下」とすることは当業者が容易に想到し得るものである。
したがって,本件第1発明は,刊行物1及び2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
(5) 本件第2発明についての決定の判断 本件第2発明は,軸受用鋼において,「平均粒子径10μm以上15μm以下の酸化物系介在物が単位体積(100mm3)当たり100個以下」とするものであるが,刊行物1には,7μm以下の酸化物系介在物のみが示されているから,上記(4)に記載された理由と同様の理由により,刊行物1に記載された発明であるか,又は,刊行物1及び2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
(6) 本件第3発明についての決定の判断 本件第3発明は,本件第1発明の構成要件に加え,「平均粒子径3μm以上30μm以下の酸化物系介在物が単位面積(160mm2)当たり80個以下であり,かつ,その内平均粒子径10μm以上の前記酸化物系粒子の構成比率が2%未満である」点を構成要件とする発明であるが,かかる点は刊行物1の第10図に示されているから,上記(4)に記載された理由と同様の理由により,刊行物1に記載された発明であるか,又は,刊行物1及び2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
(7) 本件第4発明についての決定の判断 本件第4発明は,本件第1発明の構成要件に,本件第2発明の構成要件を付加した発明であるから,上記(4)及び(5)に記載された理由と同様の理由により,刊行物1に記載された発明であるか,又は,刊行物1及び2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
(8) 本件第5発明についての決定の判断 本件第5発明は,本件第2発明の構成要件に加え,「平均粒子径3μm以上30μm以下の酸化物系介在物が単位面積(160mm2)当たり80個以下であり,かつ,その内平均粒子径10μm以上の前記酸化物系粒子の構成比率が2%未満である」点を構成要件とする発明であるが,かかる点は刊行物1の第10図に示されているから,上記(5)に記載された理由と同様の理由により,刊行物1に記載された発明であるか,又は,刊行物1及び2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
(9) 本件第6発明についての決定の判断 本件第6発明は,本件第1発明及び本件第2発明の構成要件に加え,「平均粒子径3μm以上30μm以下の酸化物系介在物が単位面積(160mm2)当たり80個以下であり,かつ,その内平均粒子径10μm以上の前記酸化物系粒子の構成比率が2%未満である」点を構成要件とする発明であるが,かかる点は刊行物1の第10図に示されているから,上記(4)及び(5)に記載された理由と同様の理由により,刊行物1に記載された発明であるか,又は,刊行物1及び2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
(10) 本件第7発明についての決定の判断 本件第7発明は,本件第1〜6発明において,「単位体積当たりの酸化物系介在物の個数が前記範囲内にあることを電子ビーム溶解抽出評価法によって保証した」ものであるが,鋼中介在物の量,粒径等を解析する場合に,電子ビーム溶解抽出評価法を採用することは,刊行物4に記載されているように周知であるから,刊行物1,2及び4に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
(11) 本件第8発明についての決定の判断 本件第8発明は,本件第1〜7発明において,「鋼中酸素含有量を9ppm以下」に限定したものであるが,酸素含有量が9ppm以下の軸受用鋼は,刊行物1及び2に記載されているように周知である(特開昭62-63650号公報,3頁右下欄19行〜4頁左上欄6行の記載も参照)から,刊行物1及び2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
(12) 本件第9発明についての決定の判断 本件第9発明は,転がり軸受において,「軌道輪及び転動体の少なくとも一つ」を本件第1〜8発明の軸受用鋼で構成したものであるが,軌道輪及び転動体が転がり軸受を構成する部材であることは周知であり,刊行物1に記載された軸受用鋼を周知の部材に用いたにすぎないから,刊行物1及び2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。
(13) 決定のむすび 以上のとおり,本件第1〜9発明は,刊行物1に記載された発明であるか,又は,刊行物1,2及び4に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,本件第1〜9発明の特許は,特許法29条1項又は2項の規定に違反してなされたものであり,同法113条2号に該当し,取り消されるべきものである。
原告主張の決定取消事由
1 取消事由1(刊行物1の認定の誤り) (1) 決定で採用した刊行物1の図10の上段左の認定の誤り 刊行物1(本訴甲第4号証,乙第4号証)にあっては,鋼の性質を疲労寿命と非金属介在物の含有量との関係から報告していると認められるものの,刊行物1の図10の上段左にあっては,本件発明が目的にしている軸受の転がり疲れ寿命(L10寿命)の向上とは何らその関係が示されていないから,決定で採用した刊行物1の図10の上段左の認定,つまり決定における新規性又は進歩性の有無の判断の根拠として「刊行物1の図10の上段左の介在物分布のグラフを参照」したことに誤りがある。
(2) 刊行物1の図10の上段左の認定の誤り 決定は,本件第1発明についての項で,「刊行物1の図10の上段左の介在物分布のグラフを参照すると,粒子径7μmを超える粒子の個数は表示されておらず,1cm2当たり0.1個未満であるから,平均粒子径15μm以上30μm以下の介在物を合計しても,1cm2当たり0.1個未満,すなわち,20cm2当たり2個未満しか存在しない場合があると認められる」と認定した。
しかし,図10の上段左においては,棒グラフ1個につき1μm幅に目盛られていることから,15〜30μmの間に,1μm幅に目盛られるべき幅数は15個となり,この各々の幅に1cm2当たり0.1個未満の介在物が存在することになると認定できる場合もある。そうすると,結果的に15μm〜30μmの介在物範囲に存在する介在物数は15×0.1個/cm2未満になる場合も存在することになり,これを被検領域20cm2に拡大すれば,20×15×0.1個/cm2未満,すなわち20cm2当たり30個未満であると認められる場合もある。
以上のように,図10の上段左のグラフでは,横軸が15μm付近までしか目盛っていないにもかかわらず,決定において,15μm以上30μm以下の介在物径の範囲へ拡大解釈し,その範囲での介在物の合計数を1cm2当たり0.1個未満と認定すること自体に論理の飛躍がある。
また,1μm幅の目盛数が平均粒子径15μm以上30μm以下の間に15間隔存在すると考えることもできる図10の上段左の多義的な記載にもかかわらず,決定が,平均粒子径15μm以上30μm以下の間における1μm幅の目盛数を1個のみと解し,1cm2当たりの介在物数を0.1個未満と限定的に解釈したこと,及び具体的に開示されていない介在物径の範囲へ拡大解釈したことに,妥当性は存在しない。
したがって,決定における刊行物1の図10上段左に関する決定の認定は誤りである。
2 取消事由2(本件第1発明と刊行物1の同一性の認定の誤りと,刊行物1と刊行物2とを組み合わせることの容易性の認定の誤り) (1) 本件第1発明と刊行物1の同一性の認定の誤り (1)-1 本件第1発明と刊行物1の一致点についての認定の誤り 決定は,本件第1発明と刊行物1に記載された発明を対比した場合に,両者は「平均粒子径15μm以上の酸化物系介在物が少ない軸受用鋼。」である点で一致すると認定した。
しかし,原告の計算によれば,15μm〜30μmの介在物範囲に存在する介在物数は20cm2当たり30個未満であると認められる場合もあることは,上記1の(2)で述べたとおりである。
したがって,本件第1発明と刊行物1に記載された発明を対比した場合に,「両者が「平均粒子径15μm以上の酸化物系介在物が少ない軸受用鋼。」である点で一致し」という認定は誤りであり,「一致し」ていない。
(1)-2 本件第1発明と刊行物1の相違点についての認定の誤り @ 決定は,「本件第1発明が,「平均粒子径15μm以上30μm以下の酸化物系介在物が単位体積(100cm3)当たり10個以下である」のに対し,刊行物1に記載された発明は,平均粒子径15μm以上30μm以下の介在物が20cm2当たり2個未満である点で一応相違する」と認定した。
しかしながら,刊行物1に記載された発明に関する認定自体が取消事由1の(2)で述べたように誤りであるから,これを基礎とする上記相違点の認定も誤りである。
ただし,本件第1発明が酸化物系介在物の存在率を単位体積当たりの個数(体積法)で規定しているのに対し,刊行物1が同存在率を単位面積当たりの個数(面積法)で規定している点での相違は認める。
A 決定は,「上記相違点について検討する。...2次元平面の観測領域を立体化する具体的な推定手段については,例えば,村上敬宜著「金属疲労,微小欠陥と介在物の影響」239〜240頁,1993年,養賢堂発行(参考資料,本訴甲第6号証)に記載され,一般的に平均観察領域は,介在物の平均的直径相当の厚みを有する立体の観察に相当すると考えられている。」と認定した。
まず,面積法を体積法に換算するに際して用いた参考資料(甲第6号証)は,本件特許出願日以前に公知となっておらず,これを引用し,当業者の技術常識とすることに違法性が存在する。
仮に引用可能であっても,参考資料(甲第6号証)の239頁第A3章には,二次元的検査の結果を三次元的検査の結果に置き換えることの困難性を示唆するとともに,立体中に含まれる√areamaxの推定方法はあくまで簡便さを目的とした推定方法であることが,また,刊行物1の157頁25行〜158頁3行には,三次元的検査による介在物検査法が二次元的検査によるものよりも優れている点が,それぞれ述べられている。
以上より,体積法が面積法よりも優れるとともに,面積法から体積法に換算する方法はあくまで簡便な推定方法でありその取扱いにも注意を払わなければならないことが理解される。
B 決定で判断された「被検領域は,20×102×0.015=30mm3となり,本件第1発明の30%に当たり,被検領域に大きな差異はなく,」との認定は誤りである。
原告が,参考資料で提案されている平面を立体化する考え方に沿って,刊行物1の図10で観察された酸化物系介在物の,平面を立体化するための仮想的厚さを算出したところ,同厚さhは, h=Σ√areamax,j/n=2611μm未満/4150回=0.63μm未満となる。
これは,決定で採用された15μmに対して1/24以下の極めて小さな値となる。そして,決定においては,図10で観察された粒径の上限を15μmとして被検領域を30mm3と導いたのに対し,同様の考え方を適用すれば,仮想的厚さ0.63μm未満に対して被検領域は1.26mm3未満となり,本件第1発明の被検領域100mm3に対して1.26%未満となるから,被検領域に大きな差異が存在することになる。
したがって,決定における「被検領域は,・・・本件第1発明の30%に当たり,被検領域に大きな差異はなく,」との認定は誤りである。
C 決定は,「被検領域を100mm3に拡大したとしても,2×100/30=6.6個未満となり,本件第1発明における「単位体積(100mm3)当たり10個以下」と重複する。したがって,本件第1発明は,刊行物1に記載された発明である。」と認定したが,誤りである。
上記Bで述べたように,20cm2に相当する被検領域1.26mm3未満は,決定による被検領域30mm3に対して大幅に小さく1/24以下である。そして,15μm〜30μmの介在物範囲に存在する介在物数30個/20cm2未満を100mm3当たりの存在個数に拡大すると,{100mm3/1.26mm3}×30個=2381個/100mm3未満となり,決定で示された6.6個/100mm3未満と比較して桁違いに大きい。
すなわち,決定は,2381個/100mm3未満とも示せるところを6.6個/100mm3未満と桁違いに小さい値として認定しており,刊行物1の図10上段左の多義的な記載を一義的に示しているところに誤りがある。
この認定の誤りは,取消事由1の(2)で述べたように刊行物1の図10の上段左の介在物分布のグラフの解釈を誤り,その誤りに起因して本件第1発明と刊行物1との一致点の認定を誤り,そして,刊行物1の図10の上段左の介在物分布のグラフが単位面積あたりとなっているものを参考資料を用いて無理に単位体積当たりに変換して解釈しようとしたことに起因するものである。
(2) 刊行物1と刊行物2とを組み合わせることの容易性の判断の誤り 刊行物2(本訴甲第5号証)には,「SUJ3の転動疲労寿命に対しては大型酸化物系介在物が有害で,ある程度以下のものではそれ程有害ではないといわれている。この臨界寸法がどの程度かについては種々の意見があるが5〜10μ位のものと考えられる。」とあることから,SUJ3の転動疲労寿命に対する酸化物系介在物の臨界寸法は5〜10μのものと考えられることがわかる。また,「再溶解により,酸化物系介在物が細かくなっていることは明らかであり,とくに8μ以上の介在物が少なくなっている。8μ以下のものはそれ程変化はなく,試料によって母材より多くなっているものもある」とあることから,8μの酸化物系介在物が臨界寸法として取り上げられていることがわかる。
しかしながら,Table6を参照すると,いずれの試料においても酸化物系介在物の大きさの分布の上限ランクは12μを超え14μ以下となっていることから,本件第1発明での15μm以上30μm以下の領域における酸化物系介在物の寸法についての調査は刊行物2においてはなされていない。
また,刊行物2には,本件第1発明における酸化物系介在物の下限寸法である15μm及び上限寸法である30μmの技術的意義について一切開示されていない。
したがって,決定における「平均粒子径15μm以上の介在物はできるだけ少ない方がよいことは明らか」との判断には飛躍がある。
また,本件第1発明のような数値限定発明における進歩性の判断に際しては,公知技術における当該構成の技術的意義が開示又は示唆されていることが必要であると解するのが相当であるとされているところ,刊行物1,2の双方に本件第1発明の特徴である「平均粒子径15μm以上30μm以下の酸化物系介在物を「単位体積(100m3)当たり10個以下」とすることが開示されていないとともに,刊行物1,2のいずれにあっても本件第1発明における酸化物系介在物の下限寸法である15μm及び上限寸法である30μmの技術的意義については一切開示されていないので,「本件第1発明は,刊行物1及び2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。」との認定は誤りである。
3 取消事由3(刊行物1に基づく本件第2〜第6発明の新規性,刊行物1,2に基づく本件第2〜第6発明,第8発明及び第9発明の進歩性,刊行物1,2及び4に基づく本件第7発明の進歩性の認定の誤り) (1) 本件第2発明の新規性,進歩性の判断の誤り 決定は,本件第2発明は,軸受鋼において,「平均粒子径10μm以上15μm以下の酸化物系介在物が単位体積(100mm3)当たり100個以下とするものであるが,刊行物1には,7μm以下の酸化物系介在物のみが示されているから,本件第1発明と同様の理由により,刊行物1に記載された発明であるか,又は,刊行物1及び2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。」と認定した。
しかしながら,上記認定は以下の理由により誤りである。
@ 刊行物1の図10の上段左にあっては,本件発明が目的にしている軸受の転がり疲れ寿命(L10 寿命)の向上とは何らその関係が示されていない。
A 面積法を体積法に換算するに際して用いた参考資料は,本件特許の出願日よりも後に発行されたものであり,本件特許出願日以前に公知になっていない資料を引用して当業者の技術常識とした点に違法性がある。
B 刊行物1に,軸受用鋼において,「平均粒子径10μm以上15μm以下の酸化物系介在物が単位体積(100m3)当たり100個以下」とすることが記載されていない。
面積法を体積法に換算するに際して,参考資料を用いたことに違法性があるが,敢えて参考資料を用いて取消事由1,2と同様の手法により,刊行物1の図10上段左における単位体積(100mm3)当たりの平均粒子径10μm以上15μm以下の酸化物系介在物の個数を計算すると,10〜15μmの間に1μm幅に目盛られるべき幅数は5個となり,この各々の幅に1cm2当たり0.1個未満の介在物が存在することになる。そうすると,結果的に10〜15μmの介在物範囲に存在する介在物数は5×0.1個/cm2未満になる場合も存在し,これを図10の上段左の被検領域である20cm2に拡大すれば,20×5×0.1個/20cm2=10個/20cm2未満となる。そして,取消事由2で指摘したように,参考資料に基づく刊行物1の図10の上段左における,平面を立体化するための仮想的な厚さは0.63μm未満であり,これを決定と同様の考えを適用して求めた被検領域は1.26mm3未満となる。そして20cm2が被検体積で1.26mm3未満に相当するから,100mm3当たりに換算すると794個/100mm3未満となり,決定で示された100個以下と比較して桁違いに大きいことになる。
したがって,本件第2発明が刊行物1に記載された発明であるとの認定は誤りである。
C さらに,刊行物1と2とを組み合わせることの容易性の判断の誤りについて検討すると,刊行物1及び2の双方に本件第2発明の特徴である「平均粒子径10μm以上15μm以下の酸化物系介在物が単位体積(100mm3)当たり100個以下」とすることが開示されていないとともに,刊行物1及び2のいずれにあっても本件第2発明における酸化物系介在物の下限寸法である10μm及び上限寸法である15μmの技術的意義については一切開示されていないので,本件第2発明が刊行物1及び2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとの認定は誤りである。
(2) 本件第3発明の新規性,進歩性の判断の誤り 決定は,「本件第3発明は,本件第1発明の構成要件に加え,「平均粒子径3μm以上30μm以下の酸化物系介在物が単位面積(160mm2)当たり80個以下であり,かつ,その内平均粒子径10μm以上の前記酸化物系介在物粒子の構成比率が2%未満である」点を構成要件とする発明であるが,かかる点は刊行物1の第10図に示されているから,上記(4)に記載された理由と同様の理由により,刊行物1に記載された発明であるか,又は,刊行物1及び2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。」と認定した。
しかしながら,本件第3発明は,本件第1発明の構成要件を備えており,取消事由1及び2で指摘したように,本件第1発明が刊行物1に記載された発明であるとの認定及び刊行物1,2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとの認定には誤りが存在するので,決定の上記認定もまた誤りである。
(3) 本件第4発明の新規性,進歩性の判断の誤り 決定は,「本件第4発明は,本件第1発明の構成要件に,本件第2発明の構成要件を付加した発明であるから,上記(4)及び(5)に記載された理由と同様の理由により,刊行物1に記載された発明であるか,又は,刊行物1及び2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。」と認定した。
しかしながら,本件第4発明は,本件第1発明及び第2発明の構成要件を備えており,取消事由1及び2,さらには取消事由3の(1)で述べたように,本件第1及び2発明は,それぞれ刊行物1に記載された発明であるとの認定及び刊行物1及び2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとの認定には誤りが存在するので,決定の上記認定もまた誤りである。
(4) 本件第5発明の新規性,進歩性の判断の誤り 決定は,「本件第5発明は,本件第2発明の構成要件に加え,「平均粒子径3μm以上30μm以下の酸化物系介在物が単位面積(160mm2)当たり80個以下であり,かつ,その内平均粒子径10μm以上の前記酸化物粒子の構成比率が2%未満である」点を構成要件とする発明であるが,かかる点は刊行物1の図10に示されているから,上記(5)で記載された理由と同様の理由により,刊行物1に記載された発明であるか,又は,刊行物1及び2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。」と認定した。
しかしながら,本件第5発明にあっては,本件第2発明の構成要件を備えており,取消事由3の(1)で指摘したように,本件第2発明が刊行物1に記載された発明であるとの認定及び刊行物1,2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとの認定には誤りが存在するので,決定の上記認定もまた,誤りである。
(5) 本件第6発明の新規性,進歩性の判断の誤り 決定は,「本件第6発明は,本件第1発明及び本件第2発明の構成要件に加え,「平均粒子径3μm以上30μm以下の酸化物系介在物が単位面積(160mm2)当たり80個以下であり,かつ,その内平均粒子径10μm以上の前記酸化物系粒子の構成比率が2%未満である」点を構成要件とする発明であるが,かかる点は刊行物1の第10図に示されているから,上記(4)及び(5)で記載された理由と同様の理由により,刊行物1に記載された発明であるか,又は,刊行物1及び2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである」と認定した。
しかしながら,本件第6発明にあっては,本件第1及び第2発明の構成要件を備えており,取消事由1,2及び3の(1)で指摘したように,本件第1発明及び第2発明が刊行物1に記載された発明であるとの認定及び刊行物1,2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとの認定には誤りが存在するので,決定の上記認定もまた,誤りである。
(6) 本件第7発明の進歩性の判断の誤り 決定は,「本件第7発明は,本件第1〜6発明において,「単位体積当たりの酸化物系介在物の個数が前記範囲内にあることを電子ビーム溶解抽出評価法によって保証した」ものであるが,鋼中介在物の量,粒径等を解析する場合に,電子ビーム溶解抽出法を採用することは,刊行物4に記載されているように周知であるから,刊行物1,2及び4に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。」と認定した。
しかしながら,本件第7発明にあっては,本件第1〜6発明のいずれかに従属する発明であり,少なくとも本件第1発明の構成要件及び本件第2発明の構成要件のうちいずれか1つを備えている。そして,上記取消事由1,2及び3の(1)で指摘したように,本件第1発明及び第2発明が刊行物1に記載された発明であるとの認定及び刊行物1,2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとの認定には誤りが存在するので,たとえ本件第7発明の特徴が刊行物4に記載されていたとしても,本件第7発明が刊行物1,2及び4に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとの認定は誤りである。
(7) 本件第8発明の進歩性の判断の誤り 決定は,「本件第8発明は,本件第1〜7発明において,「鋼中酸素含有量を9ppm以下」に限定したものであるが,酸素含有量が9ppm以下の軸受用鋼は,刊行物1,2に記載されているように周知であるから,刊行物1,2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである」と認定した。
しかしながら,本件第8発明にあっては,本件第1〜7発明のいずれかに従属する発明であり,少なくとも本件第1発明の構成要件及び本件第2発明の構成要件のうちいずれか1つを備えている。そして,取消事由1,2及び3の(1)で指摘したように,本件第1発明及び第2発明が刊行物1に記載された発明であるとの認定及び刊行物1,2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとの認定には誤りが存在するので,たとえ本件第8発明の特徴が刊行物1及び2に記載されていたとしても,本件第8発明が刊行物1,2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとの認定は誤りである。
(8) 本件第9発明の進歩性の判断の誤り 決定は,「本件第9発明は,転がり軸受において,「軌道輪及び転動体の少なくとも一つ」を本件第1〜8発明の軸受用鋼で構成したものであるが,軌道輪及び転動体が転がり軸受を構成する部材であることは周知であり,刊行物1に記載された軸受用鋼を周知の部材に用いたにすぎないから,刊行物1及び2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。」と認定した。
しかしながら,本件第9発明にあっては,「軌道輪及び転動体の少なくとも一つ」を本件第1〜7発明のいずれかに記載の軸受用鋼で構成したものであり,「起動輪及び転動体の少なくとも一つ」が少なくとも本件第1発明及び本件第2発明の軸受用鋼のうちいずれか1つで構成されている。そして,取消事由1,2及び3の(1)で指摘したように,本件第1発明及び第2発明が刊行物1に記載された発明であるとの認定及び刊行物1,2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとの認定には誤りが存在するので,たとえ軌道輪及び転動体が転がり軸受を構成する部材であることは周知であっても,本件第9発明が刊行物1,2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるとの認定は誤りである。
当裁判所の判断
1 取消事由1について (1) 決定で採用した刊行物1の図10の上段左の認定の誤りについて 原告は,「刊行物1の図10の上段左にあっては,本件発明が目的にしている軸受の転がり疲れ寿命(L10 寿命)の向上とは何らその関係が示されていないから,決定で採用した刊行物1の図10の上段左の認定,つまり決定における新規性又は進歩性の有無の判断の根拠として「刊行物1の図10の上段左の介在物分布のグラフを参照」したことに誤りがある。」と主張する。
しかしながら,原告も,刊行物1の記載に関して,「種々の製鋼法の違いにもかかわらず,軸受の転がり疲れ寿命(L10 寿命)とRBF試験による疲労限界との間には相関があり,かつ,完成した軸受を直接試験して転がり疲れ寿命を求めるよりもRBF試験が時間がかからず,低コストであることから,軸受の転がり疲れ寿命(L10 寿命)の評価を,RBF試験による疲労限界の評価に置き換え,軸受の転がり疲れ寿命をRBF試験によって導かれる疲労限界により間接的に評価している」(平成15年2月28日付け準備書面3頁)と主張し,また,「図10の上段の図では,プロセスAは830MPaの疲労限界を持ち,一方プロセスBは750MPaの疲労限界を持つので,軸受の転がり疲れ寿命(L10 寿命)と,RBF試験による疲労限界との間には相関があることを考慮すれば,プロセスAの方がプロセスBよりも軸受の転がり疲れ寿命が長いと理解される。」(同準備書面4頁)と主張するところである。
そうすると,図10の上段左に図示されたプロセスAは,少なくとも同図右に図示されたプロセスBよりもL10 寿命が長いことが明らかであり,同図上段左のグラフが,L10 寿命の向上とはその関係が示されていないとする原告の主張は理由がなく,決定が刊行物1の図10の上段左のグラフを参照した点に誤りはない。
(2) 刊行物1の図10の上段左の要旨認定の誤りについて (2)-1 原告は,被告が決定において,「刊行物1の上段左の介在物分布のグラフを参照すると,..平均粒子径15μm以上30μm以下の介在物を合計しても,1cm2当たり0.1個未満,すなわち,20cm2当たり2個未満しか存在しない場合がある」と認定したのは誤りであり,プロセスAの断面の酸化物系介在物の平均的直径においても,16μmを超える直径の酸化物系介在物は0個であると断言できず,また,15〜16μmの介在物数は,1cm2当たり0.1個未満とすることも妥当ではないので,平均粒子径15μm以上30μm以下の介在物を合計した場合に1cm2当たり0.1個未満になるとは限らない旨主張する。
(2)-2 図10の上段のグラフは,断面の酸化物系介在物の最大断面直径分布のグラフ,下段のグラフは,割れ目発端の酸化物系介在物の最大断面直径分布のグラフを表している。
そして,上段のグラフは,試験片の任意のポリッシング面を観察した酸化物系介在物の直径分布を示すのに対し,下段のグラフは転がり疲れ寿命(L10 寿命)と相関のあるRBF試験において破断起点となった断面に存在する破断原因となった酸化物系介在物の直径分布を示すものとされている。
そうすると,上段のグラフにおいては,ポリッシング面,すなわち観察面の取り方によっては,ストレスがかかる部分に存在する最も有害な酸化物系介在物を見落とすことも充分に考えられるのに対し,下段のグラフにおいては実際に破断起点となった断面に存在する酸化物系介在物の最大断面直径分布を表しており,かつ,軸受鋼では,疲れき裂は,ストレスがかかっている部分に存在する最も有害な介在物に起因して起こる(被告が主張するところであり,この点について原告も争っていない。)のであるから,下段のグラフは,正に軸受鋼のストレスがかかる部分に含まれる最も有害な酸化物系介在物の最大直径分布を示していることになる。
ところで,「材質上軸受寿命に最も悪影響を持つと考えられるのは酸化物系の介在物で,特に所定粒径(30μm,10μm,8μm)以上の介在物である。」との点が周知事項であることについては,被告準備書面の(A-2)として主張されているところである。被告がその根拠として挙げる文献(乙第1号証=「改訂3版金属便覧」(丸善・昭和53年9月20日第4刷発行)471頁,534〜540頁,乙第2号証=「電気製鋼」46巻3号(電気製鋼研究会・昭和50年7月発行)210〜215頁,乙第3号証=特開昭63-62847号公報)において,ある境界粒径以上の介在物が寿命に最も悪影響を与えるという点では一致しており,各文献における境界粒径の相違は,どの程度の寿命を閾値とするかによって,当然に変動するものであることは当業者であれば容易に理解し得るものであるから,「特に所定粒径以上の介在物が寿命に最も悪影響を持つ」ことも,周知事項であると認められる。
(2)-3 してみれば,図10の下段のグラフにおける最も有害な酸化物系介在物の最大直径分布は,ストレスがかかる部分に存在する最も大きな酸化物系介在物の最大直径分布を表していることになる。
ここで,図10の上段左のグラフと下段左のグラフとは,ともにプロセスAによって製造された軸受鋼にかかるものであることから,統計的には同一材質のものであり,図10の上段左のグラフにおいては,光顕観察によって見落とされた可能性のある,ストレスがかかる部分に存在する最も大きな酸化物系介在物についても,同図下段のグラフにおいては,理論的には見落としなく発見されていることになる。そのような図10の下段左のグラフにおいて,16μmを超える介在物が0であるということは,そのような寸法の介在物が試験対象の軸受鋼にもともと存在しなかったことを表しているのであるから,図10の上段左に示された光顕観察においても観察されないことは当然であり,上段左のグラフにおいて16μmを超える寸法のグラフが表示されていないことは,観察面の取り方等によって見落とされた結果でも,0.1個未満でもなく,文字どおり0個であったと解釈するのが合理的である。
(2)-4 原告は,図10の上下段のグラフは,酸化物系介在物の抽出方法が異なる条件から導かれたものであるから,両者の比較自体,意味をなさず,また同列に扱うことはできないと主張するが,上述のとおり,上段左のグラフにおける光顕観察によって見落とされる可能性のある最も有害な酸化物系介在物について,下段左のグラフにおいては漏れなく観察されると考えるのが合理的であるから,酸化物系介在物の抽出方法が異なることことだけから,両者の比較が無意味であるとはいえない。
このことは,上段のグラフにおいて観察されていない粒径の酸化物系介在物が,下段のグラフにおいて,割れ目発端の破断原因と考えられる酸化物系介在物として記録されていることからも,妥当であると考えられ,図10の左側に示されたプロセスAのグラフのみならず,同図右側に示されたプロセスBにおいても,上下段のグラフで,プロセスAと同様の傾向が見て取れることからも明らかである。
(2)-5 そうすると,本件第1発明が個数限定対象とする15μm以上30μm以下の酸化物系介在物について,16μm以上30μm以下の部分については,0個とすることが妥当と考えられる。残る15μm以上16μm以下については,図10の上段左のグラフの右端部分に相当するが,同グラフにおいて棒グラフ成分の表示がなく,高々1cm2当たり0.1個以下であることが明らかであるから,1cm2当たりの数を20cm2当たりに拡大するために20倍して,結局,刊行物1の図10の上段左のグラフに示されたプロセスAによる軸受鋼は,15μm以上30μm以下の酸化物系介在物を20cm2当たり高々2個以下のものを含むものと理解するのが相当である。
これと同旨の決定の認定判断に誤りはない。
2 取消事由2について (1) 本件第1発明と刊行物1の同一性の認定の誤りについて (1)-1 本件第1発明と刊行物1の一致点についての認定の誤りについて 決定が,本件第1発明と刊行物1に記載された発明を対比して,両者は「平均粒子径15μm以上の酸化物系介在物が少ない軸受用鋼」である点で一致するとした点について,原告は独自の計算によって,15〜30μmの介在物範囲に存在する介在物数は20cm2当たり30個未満であると認められる場合もあるから,決定に対してその比が15倍もあるので,決定における「一致し」なる認定は誤りであると主張している。
しかしながら,15〜30μmの酸化物系介在物数が20cm2当たり2個以下であるとした決定の認定に誤りがないことは,上記1の(2)において説示したとおりであるから,原告の上記主張は採用できず,決定における認定に誤りはない。
(1)-2 本件第1発明と刊行物1の相違点についての認定の誤りについて (1)-2-1 決定が,「本件第1発明が,「平均粒子径15μm以上30μm以下の酸化物系介在物が単位体積(100mm3)当たり10個以下である」のに対し,刊行物1に記載された発明は,平均粒子径15μm以上30μm以下の介在物が20cm2当たり2個未満である点で一応相違する。」と認定したことに対し,原告は,独自の計算法によって,刊行物1に記載された発明における平均粒子径15μm以上30μm以下の介在物の個数を20cm2当たり「30個未満」と認定した結果,決定の認定は誤りである旨主張するが,まず,刊行物1に記載された発明に関する単位面積当たりの15μm以上30μm以下の介在物数に関する上記原告の計算法が誤りであり,決定による計算法が正しいことは,上記(1)-1においても繰り返したとおりである。
ただし,本件第1発明が酸化物系介在物の存在率を単位体積当たりの個数(体積法)で規定しているのに対し,刊行物1が同存在率を単位面積当たりの個数(面積法)で規定している点の相違に関しては,原,被告の間で争いはない。
(1)-2-2 ここで,決定が引用した参考資料(本訴甲第6号証)は,刊行物1に記載された所定断面積(被検面積)における介在物分布の二次元的観測がいかなる体積(被検領域)の三次元的観測に相当するかを算出するための算出方法に関して引用したものであって,その算出方法は,それが記載された文献の発行時期によって変化しないし,また,その方法が適用される事項の意味内容を変化させるわけでもないから,参考資料の発行日が本件特許の出願日より後であることをもって,決定の認定に誤りがあるということはできない。
また,この参考資料には,「...推定方法として二次元的介在物検査を基にした現実的で簡便な推定方法を提案する」と記載されているのみであって,両検査の間の優劣や推定方法の取扱いに関する注意などに関して具体的記載や示唆があるとは認められない。
(1)-2-3 原告は,参考資料で提案されている平面を立体化する考え方に沿って,刊行物1の図10で観察された酸化物系介在物の,平面を立体化するための仮想的厚さを算出したところ,その厚さhは,0.63μmとなるから,被検領域は1.26mm3となり,同厚さを,刊行物1の図10で観察された粒径の上限である15μm(0.015mm)とし,被検領域を30mm3と算出,認定した決定は誤りであると主張する。
平成15年6月16日付け原告技術説明書に添付された参考資料(甲第6号証の参考資料と同じ書物)の234〜235頁及び240〜241頁には,以下の記載がある。
「以下に極値統計を利用した介在物評価法の手順を示す。
(1)試料から主応力方向に垂直な面を切り出す。...(2)検査基準面積S0を決める。普通,検査基準面積S 0は顕微鏡写真やビデオカメラの1視野に取るとよい。検査はS0中で最大の面積を占める介在物を選び,最大介在物の面積の平方根√areamax(μm)を測定する。この測定を検査部分が重複しないようにn回繰り返し行う。図A1.1には√areamaxの検査例を示している。
(3)測定したn個の√areamaxを小さいものから順に並べ直し,それぞれ√areamax,j(j=1〜n)とする。すなわち,式(A1.1)となるように並べ直す。
√areamax,1≦√areamax,2≦..≦√areamax,n(A1.1)(以上,234頁) 図A3.1(a)に示す検査基準面積S0(mm2)の介在物検査は,平面に厚さh(mm)を付けて考えることにより図A3.1(b)に示す検査基準体積V 0(=h・S 0)(mm3)を対象にした三次元的検査と考える。具体的な手順は以下のとおりである。
(1)平面を立体化するための仮想的な厚さh(mm)としては,測定した√areamax,jの平均値を丸めて使うとよい。ここで,hの単位を(mm)とすることに注意しなくてはいけない。
h=Σ√areamax,j/n (A3.1)(2)検査基準体積V0(mm3)を計算する。
V0=h・S 0 (A3.2) ここで,S0は2次元検査基準面積(mm2),hは(1)で計算した厚さである。
(3)予測を行う体積V(mm3)を計算する。計算方法は第A4章による。
(4)...以下略(以上,240頁)」 ここで重要なのは,上記摘記部分における「n」は,被検領域を検査基準面積で割った検査回数であるとともに,各回検査によって測定した√areamaxの個数でもあるということである。
そして,n個の√areamaxの和をnで除算するということは,測定した各√areamaxの平均値を計算していることにほかならない。
一方,原告の主張は,刊行物1の被検面積20cm2(=2000mm2)を100倍の顕微鏡の1視野面積である0.482mm2で除算した4150回をnの値として採用し, h=Σ√areamax,j/n=2611μm未満/4150回 =0.63μm未満とするものである。
しかしながら,上記参考資料記載の手順では,√areamax,jの総和Σをnで除算して平均値が算出される以上,検査回数と同じ数の介在物データが得られていることが前提となっている。
平成15年2月28日付け原告準備書面29頁に「1.図10の上段左のプロセスAのデータ解析」と表題した一覧表があるので,この表の値に従って,1〜7μmに至る介在物数を合算してみると, 230+194+128+72+12+14=650個となる。
原告主張のとおり,値が図示されない範囲についても0.1個/cm2まで介在物が存在するとしても,上記値650に,0.1×20×24=48を足した698個となるにすぎない。原告の計算は,高々698個の平均値を算出するのに4150で除算しており,無意味である。
そもそも,刊行物1の図10の左上のグラフを見ると,同グラフ上で介在物の存在が図示される介在物の最大断面直径分布の最小値は1〜2μmの部分であり,かつこの部分のグラフが存在数の最大値を示すとともに,2〜3μm,3〜4μm,4〜5μmの順でグラフが低くなっていることからすると,介在物の最大断面直径の平均直径は,グラフの存在する1〜7μmの間のいずれかの値となるであろうことが自ずと明らかである。
他方,被告は,測定対象範囲である直径15μm以上30μm以下なる範囲の下限値15μmをもって,仮想的な厚さとしているが,原告が平成15年6月16日付け技術説明書において主張するとおり,仮想的な厚さが介在物直径によって変化し,また,平面的観察においては常に最大直径以下の断面が観察されることからして,仮想的厚さを測定対象範囲の直径の下限値とすることにも,合理的理由は見いだせない。
そこで,原告が算出した「1.図10の上段左のプロセスAのデータ解析」に記載された数値に基づいて,上記参考資料に開示された計算方法に則り,改めて√areamax,jの総和Σをnで除算して平均値を算出してみると, h=2611μm/698=3.74μmとなり,被検領域は,20×102×0.00374=7.48mm3となって,本件第1発明の100mm3と比較して,その7.48%に相当することになる。
このことと,上記1の(2)で説示した,「刊行物1の図10の上段左のグラフに示されたプロセスAによる軸受鋼は,15μm以上30μm以下の酸化物系介在物を20cm2当たり高々2個以下含むものである」との判断結果を併せ考察すると,図10の上段左に示されたプロセスAによる軸受鋼は,15μm以上30μm以下の介在物を,100mm3当たり,高々26.7個未満含むということができる。
この数値は,本件第1発明の,同介在物を単位体積(100mm3)当たり10個以下とする数値と比較して,上限値が若干大きい値となってはいるが,オーダーにおいて等しい上に,10個以下の範囲において重複するものであり,また,図10の上段左のグラフの読み取りにおいて,図示されていない値,すなわち0とも把握できる値を,その最大値をとって算出したものであることを勘案すると,両者の間の数値の違いを有意なものとすることはできない。
(1)-3 よって,本件第1発明と刊行物1との間の同一性認定についてした決定の認定判断に,原告主張の誤りはない。
(2) 刊行物1と刊行物2とを組み合わせることの容易性の認定の誤りについて 刊行物2(本訴甲第5号証)には,以下の記載がある。
「....酸化物系介在物を減少すると同時に,大きさを細かくすることが重要である。すなわち,SUJ3(判決注:刊行物2の研究で用いた材料鋼種の1種)の転動疲労寿命に対しては大型酸化物系介在物が有害で,ある程度以下のものではそれ程有害ではないといわれている。この臨界寸法がどの程度かについては種々の意見があるが5〜10μ位のものと考えられる。そこで,大きさの変化を調べるため,光学顕微鏡により酸化物系介在物の大きさの分布を調べた。その結果をTable6に示す....一方,組成の変化についても調べた。ただし,本試料中の酸化物系介在物はほとんど10μ以下であるため,EPMAによる定量分析が困難であり定性分析のみ行い,....」(289頁) そして,Table6には,SUJ3の酸化物系介在物の寸法分布の調査表が示され,酸化物系介在物の直径は,「2μを超え4μ以下」から「12μを超え14μ以下」に至る6欄が設けられ,試料J-4の「8μを超え10μ以下」が0であって,同試料の「10μを超え12μ以下」が0.8であるのを唯一の例外として,100mm2当たりの酸化物系介在物の個数は,直径が小さいものほど多く,直径区分が大きくなるに従って個数が減少している傾向が認められ,J-1とJ-2は「12μを超え14μ以下」の欄が,また,J-3は「8μを超え10μ以下」以上の3欄が,それぞれ0個となっている。
以上によれば,大型のものが有害とされている酸化物系介在物について,Table6に14μを超える直径の酸化物系介在物の調査欄が設けられていない理由は,14μを超える直径の酸化物系介在物については,調査の結果,いずれの試料についても0個であったためと解釈するのが,自然である。
刊行物2には,SUJ3の転動疲労寿命に関して,上記のとおり,「大型酸化物系介在物が有害で,ある程度以下のものではそれ程有害ではないといわれている。
この臨界寸法がどの程度かについては種々の意見があるが5〜10μ位のものと考えられる。」との記載があるから,その上限である10μを超える15μm以上の介在物はできるだけ少ない方がよいのは当業者にとって当然の事理であると認められる。「平均粒子径15μm以上の介在物はできるだけ少ない方がよいことは明らか」とした決定の判断に誤りはない。
したがって,「本件第1発明は,刊行物1及び2に記載された発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。」とした決定の判断の誤りに関する原告の主張はいずれも理由がなく,決定のこの判断に誤りはない。
3 取消事由3について (1) 本件第2発明の新規性,進歩性の認定の誤りについて この点に関する原告の主張は,概ね本件第1発明についてされた取消事由1及び2と軌を一にするものであるが,本件第2発明は,本件第1発明とで,個数限定する酸化物系介在物の平均粒子径範囲が相違しているので,この点について以下判断する。
刊行物1の図10の上段左のグラフを参照すると,10〜15μmの部分にグラフの表示はなく,1cm2当たりの存在個数は0.1個未満であることが認められる。原告の主張を最大限に取り入れて,10〜15μmの各1μm幅の部分に0.1個/cm2の酸化物系介在物が存在すると仮定しても,20cm2当たりの酸化物系介在物は高々合計10個未満となる。そして,前記参考資料により,平面法を立体法に換算した結果,刊行物1の図10上段左のグラフに示された20cm2当たりの検査結果は,7.48mm3当たりの被検領域に相当することは,前記2(取消事由2についての判断の項)の(1)-2-3において説示したとおりであるから,10×100/7.48=133.7個未満/mm3となる。この数値の上限値は,本件第2発明の上限値より約1.3倍大きな数値であるが,100個未満の部分において本件第2発明と一致するとともに,算定するに際して,グラフ未表示,すなわち0とも解釈できるものを,10〜15μmのすべての範囲において,0.1個の存在を仮定したものである点を考慮すると,有意な差異とすることはできない。
よって,本件第2発明について新規性,進歩性を否定した決定の認定判断に誤りがあるということはできない。
(2) 本件第3発明の新規性,進歩性の誤りについて 本件第3発明に関する原告の主張は,本件第1発明に新規性又は進歩性があることを前提にするものであるが,本件第1発明に新規性及び進歩性がないとした決定の認定判断に原告主張の誤りがないことは,上記1及び2において説示のとおりである。本件第3発明に関する原告の主張は理由がない。
(3) 本件第4発明の新規性,進歩性の認定の誤りについて 本件第4発明に関する原告の主張は,本件第1及び第2発明に新規性及び進歩性があることを前提にするものであるが,本件第1及び第2発明に新規性及び進歩性がないとした決定の認定判断に原告主張の誤りがないことは,上記1及び2,並びに上記(1)に説示のとおりである。本件第4発明に関する原告の主張は理由がない。
(4) 本件第5発明の新規性,進歩性の認定の誤りについて 本件第5発明に関する原告の主張は,本件第2発明が,新規性及び進歩性を有するものであることを前提にするものであるが,本件第2発明に新規性及び進歩性がないとした決定の認定判断に原告主張の誤りのないことは,上記(1)で説示のとおりである。本件第5発明に関する原告の理由がない。
(5) 本件第6発明の新規性,進歩性の認定の誤りについて 本件第6発明に関する原告の主張は,本件第1及び第2発明が,新規性及び進歩性を有するものであることを前提にするものであるが,本件第1及び第2発明に新規性及び進歩性がないとした決定の認定判断に原告主張の誤りがないことは,上記1及び2,並びに上記(1)に説示のとおりである。本件第6発明に関する原告の主張は理由がない。
(6) 本件第7発明の進歩性の認定の誤りについて 本件第7発明に関する原告の主張は,本件第1及び第2発明が進歩性を有することを前提にするものであるが,本件第1及び第2発明に新規性及び進歩性がないとした決定の認定判断に原告主張の誤りがないことは,上記1及び2,並びに上記(1)に説示のとおりである。本件第7発明に関する原告の主張は理由がない。
(7) 本件第8発明の進歩性の認定の誤りについて 本件第8発明に関する原告の主張は,本件第1及び第2発明に新規性及び進歩性があることを前提にするものであるが,本件第1及び第2発明に新規性及び進歩性がないとした決定の判断に原告主張の誤りがないことは,上記1及び2,並びに上記(1)に説示のとおりである。本件第8発明に関する原告の主張は理由がない。
(8) 本件第9発明の進歩性の認定の誤りについて 本件第9発明に関する原告の主張は,本件第1及び第2発明に新規性及び進歩性があることを前提にするものであるが,本件第1及び第2発明に新規性及び進歩性がないとした決定の判断に原告主張の誤りがないことは,上記1及び2,並びに上記(1)に説示のとおりである。本件第9発明に関する原告の主張は理由がない。
結論
以上のとおり,原告主張の決定取消事由は理由がないので,原告の請求は棄却されるべきである。
裁判長裁判官 塚原朋一
裁判官 塩月秀平
裁判官 野輝久