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関連審決 無効2016-800136
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事件 平成 30年 (行ケ) 10043号 審決取消請求事件

原告 アレクシオンファーマシューテ ィカルズ,インコーポレイテッド
同訴訟代理人弁護士 山本健策 福永聡 井高将斗
同訴訟代理人弁理士 長谷部真久 石川大輔 向野颯馬
被告中外製薬株式会社
同訴訟代理人弁護士 末吉剛 星埜正和
同訴訟代理人弁理士 寺地拓己 一宮維幸 小寺秀紀 小林智彦 伊藤圭 清水初志 1春名雅夫 刑部俊
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2019/06/26
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 特許庁が無効2016−800136号事件について平成29年11月22日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
請求
主文同旨
事案の概要(後掲証拠及び弁論の全趣旨から認められる事実)
1 特許庁における手続の経緯等 (1) 被告は,名称を「複数分子の抗原に繰り返し結合する抗原結合分子」とす る発明に係る特許権(特許第4954326号。出願日 平成21年4月1 0日(優先権主張 平成20年4月11日,平成20年9月26日,平成2 1年3月19日)(以下,出願日を「本件出願日」という。),設定登録日 平成24年3月23日。請求項の数6。以下,「本件特許権」といい,同特 許権に係る特許を「本件特許」という。)の特許権者である(甲16)。
(2) 原告は,平成28年12月19日,本件特許につき特許庁に無効審判請求 をし,特許庁は上記請求を無効2016-800136号事件として審理し た。
(3) 特許庁は,平成29年11月22日,審判請求は成り立たない旨の審決(以 下「本件審決」という。)をし,その謄本は,同月30日,原告に送達され た。出訴期間として90日が附加された。
(4) 原告は,平成30年3月29日,本件審決の取消しを求めて本件訴訟を提 起した。
2 特許請求の範囲の記載 2 本件特許の特許請求の範囲の請求項1〜6の記載は,次のとおりである。以 下,各請求項に係る発明を請求項の番号に従い「本件発明1」,「本件発明2」 などといい,「本件発明」と総称する。本件特許の明細書(甲17)を,図面 を含めて「本件明細書」という。
【請求項1】 少なくとも可変領域の1つのアミノ酸がヒスチジンで置換され又 は少なくとも可変領域に1つのヒスチジンが挿入されていることを特徴とする, 抗原に対するpH5.8でのKDとpH7.4でのKDの比であるKD(pH5.8)/KD(pH7.4)の値が 2以上,10000以下の抗体であって,血漿中半減期が長くなった抗体を含 む医薬組成物。
【請求項2】 前記抗体の抗原に対するpH5.8でのKDとpH7.4でのKDの比である KD(pH5.8)/KD(pH7.4)の値が10以上である請求項1に記載の医薬組成物。
【請求項3】 前記抗体の抗原に対するpH5.8でのKDとpH7.4でのKDの比である KD(pH5.8)/KD(pH7.4)の値が40以上である請求項1に記載の医薬組成物。
【請求項4】 前記抗体がアンタゴニスト活性を有することを特徴とする請求項 1〜3いずれかに記載の医薬組成物。
【請求項5】 前記抗体が膜抗原又は可溶型抗原に結合することを特徴とする請 求項1〜4いずれかに記載の医薬組成物。
【請求項6】 前記抗体が,IL-1,IL-2,IL-3,IL-4,IL-5,IL-6,IL-7,IL-8, IL-9,IL-10,IL-11,IL-12,IL-15,IL-31,IL-23,IL-2受容体,IL-6受容体, OSM受容体,gp130,IL-5受容体,CD40,CD4,Fas,オステオポンチン,CRTH2, CD26,PDGF-D,CD20,単球走化活性因子,CD23,TNF-α,HMGB-1,α4インテグ リン,ICAM-1,CCR2,CD11a,CD3,IFNγ,BLyS,HLA-DR,TGF-β,CD52,IL- 31受容体からなる群より選択される抗原に結合する抗体であることを特徴とす る請求項1〜5いずれかに記載の医薬組成物。
3 本件審決の理由の要旨 原告は,@ 本件発明1〜6についての実施可能要件及びサポート要件違反 3 (無効理由1) A , 本件発明1〜5についての以下の甲6に対応する出願(特 願2009-531851号。 「先願1」 以下 という。翻訳は甲7文献による。) に基づく拡大先願違反(無効理由2),B 本件発明1,2,4〜6について の以下の甲8〜11文献及び技術常識に基づく進歩性欠如(無効理由3),C 本件発明1〜6についての明確性要件違反(無効理由4)を主張した。
本件審決の理由は,別紙審決書(写し)記載のとおりであり,要するに,@ 無効理由1に関し,本件発明1〜6は実施可能要件及びサポート要件に適合す る,A 無効理由2に関し,本件発明1〜5は先願1の明細書等に記載された 発明と同一であるとはいえず拡大先願違反は認められない,B 無効理由3に 関し,本件発明1,2,4〜6について,以下の甲8〜11文献及び技術常識 に基づいて容易に発明することができたとはいえず,進歩性を欠くとはいえな い,C 無効理由4に関し,本件発明1〜6は明確性要件に適合するというも のである。
甲6: 国際公開第2008/043822号 甲7: 特表2010-505436号公報 甲8: Ito et al., FEBS Lett., 1992, 309(1), p.85-88 甲9: 米国特許出願公開第2006/0141456号明細書 甲10: Junghans et al., Proc. Natl. Acad. Sci. USA (1996) Vol. 93, p5512-5516 甲11: Sarkar et. al., Nature Biotechnology (2002) Vol 20, p908- 9134 取消事由 取消事由1:無効理由4(明確性要件違反)についての判断の誤り 取消事由2:無効理由1(実施可能要件違反及びサポート要件違反)につい ての判断の誤り 取消事由3:無効理由3(進歩性欠如)についての判断の誤り 4 取消事由4:無効理由2(拡大先願)についての判断の誤り
原告主張の取消事由
1 取消事由1(無効理由4(明確性要件違反)についての判断の誤り)につい て (1) 「少なくとも可変領域の1つのアミノ酸がヒスチジンで置換され又は少な くとも可変領域に1つのヒスチジンが挿入されていることを特徴とする」に ついて ア 本件発明1の「少なくとも可変領域の1つのアミノ酸がヒスチジンで置 換され又は少なくとも可変領域に1つのヒスチジンが挿入されていること」 という記載は,単に状態を示すことにより構造又は特性を特定しているに 過ぎないものである。そして,本件発明1の特許請求の範囲の記載からは, ヒスチジン置換前のアミノ酸配列も置換後のアミノ酸配列も把握すること ができないため,物である抗体の構造,すなわちアミノ酸配列が特定され ることはない。このように,ヒスチジンを「置換」又は「挿入」する対象 である基準となる抗体が特定されていないため,第三者は,どの抗体を基 準にして,どの残基が置換又は挿入された抗体が本件発明1の技術的範囲 に含まれるかを特許請求の範囲の記載から判断することができず,不測の 不利益を被ることになる。
イ 本件審決は,「本件発明1に係る抗体に該当するか否かを判断するため の手段として抗体の改変履歴が存在する以上,抗体の改変に携わっておら ず,その改変履歴を直接把握していない第三者も,その抗体の改変履歴を 調べることにより,当該抗体が本件発明1に係る抗体に該当するか否かを 判断できる」としたが,抗体の改変履歴は,特許請求の範囲の記載にも, 本件明細書にも開示されておらず,本件出願日の技術常識でもない。
また,仮に,医薬組成物である抗体の改変履歴を把握することで比較対 象の基準となる抗体を特定することができるとしても,医薬組成物に含ま 5 れる抗体について出発材料から目的の抗体に至る全ての改変履歴が開示さ れているわけではないから,第三者は必ずしも改変履歴を知ることができ ない。
(2) 「血漿中半減期が長くなった抗体」について ア 本件発明1における「血漿中半減期が長くなった」のうち,「長くなっ た」という表現は,比較対象となる抗体の血漿中半減期を特定して初めて, 特性を特定できるものである。しかし,本件発明1の特許請求の範囲にお いて,比較対象となる抗体は特定されていないのであるから,本件発明1 における「血漿中半減期が長くなった」という記載は,物を特定する特性 として全く不十分である。
イ 本件審決は,「血漿中半減期が長くなった抗体」を,「可変領域へのヒ スチジン変異の導入により,所定のpH依存的結合特性(抗原に対するp H5.8でのKDとpH7.4でのKDの比であるKD(pH5.8)/KD(pH7.4)の 値が2以上,10000以下に該当するpH依存的結合特性のことをいう。
以下においても同様。)を獲得することを通じて血漿中半減期が長くなっ たという特性を備えるに至った抗体」であると解釈している。これは,医 薬組成物という物の発明について「可変領域へのヒスチジン変異の導入」 という製造方法を経ることが条件となっていると解するものであるから, 本件発明1をいわゆるプロダクト・バイ・プロセス・クレーム(以下「P BPクレーム」という。)として理解するものである。
しかし,PBPクレーム明確性要件に適合するというために不可能性 及び非実際性の要件を必要とするのが判例(最高裁平成24年(受)第1 204号平成27年6月5日第二小法廷判決・民集69巻4号700頁) であるところ,本件発明1の抗体は,アミノ酸配列によってその構造を特 定することが可能であり,抗体の血漿中半減期の長さという特性について も,血漿中半減期の長さを具体的な数値をもって特定することが可能であ 6 って,このように特定することがおよそ実際的でないという事情もないか ら,不可能性及び非実際性の要件を満たさない。
このように,本件発明1は,明確性要件に適合するものとはいえない。
ウ また,本件審決の上記説示に基づくと,同一の出発材料から数回に分け て可変領域にヒスチジン置換又は挿入とヒスチジン以外の置換又は挿入を 導入して作製されるような,同一の出発材料から複数の方法により作製さ れ得る抗体は,作製方法によって当該抗体が特許請求の範囲に含まれるか が決定されることになる。そうすると,本件審決は,本件発明1をPBP クレームと解釈した上で,PBPクレーム技術的範囲については製法限 定説を採用しているものと解されるが,このような判断はPBPクレーム技術的範囲について物同一性説をとっている最高裁判例に反し,違法で ある。
エ 被告の主張について 被告は,アミノ酸配列が特定された抗体の製造は,既に得られている当 該抗体の遺伝子を宿主細胞に導入するなどして行われるものであり,当該 既に得られている抗体の遺伝子を用いて抗体を再生産するために可変領域 へのヒスチジン変異という製造方法を経ることはないと主張する。しかし, 本件発明1の抗体を再生産するためには,被告が「既に得られている」と する抗体の遺伝子を得ることが必要であり,当該抗体の遺伝子を得るため には可変領域へのヒスチジン変異という製造方法を経る必要があることは 明らかである。
2 取消事由2(無効理由1(実施可能要件違反及びサポート要件違反)につい ての判断の誤り)について (1) 本件発明1における実施可能要件 本件発明1は,ヒスチジンの置換又は挿入をする場所と数の組み合わせに よって,不特定多数の医薬に用いることができる抗体を特許発明の範囲に含 7 む。そうすると,実施可能要件を充足するためには,本件発明1に含まれる 物の全体について実施できる程度に本件明細書の記載がされていなければな らず,特許請求の範囲に属する技術の全体を実施することに,当業者に期待 し得る程度を越える過度の試行錯誤や創意工夫を強いる事情のある場合には, 実施可能要件を充足しないというべきである。
(2) 本件明細書に記載された実施例について ア 実施例2 本件明細書の実施例2にはホモロジーモデリングにより立体構造モデル を作成し,pH依存的結合特性を備えた抗体を得るための変異箇所を選定 する方法が記載されている。
しかし,本件明細書には,どのようにしてヒスチジン置換又は挿入の場 所及び数を決定したのかが一切記載されておらず,本件明細書の記載のみ では,ヒスチジン置換又は挿入をする場所及び数を特定することができず, 立体構造モデリングによる変異体の作製を再現することが出来ない。
また,目的の抗体について立体構造モデルを構築するためには,目的の 抗体と構造が類似する(高いホモロジーを有する)ことが既に解明されて いるテンプレートとなる抗体の立体構造情報が必要となるが,立体構造情 報が解明された抗体は一部であるため,ホモロジーが高い抗体の立体構造 情報は把握できない場合が多い。また,抗体の抗原結合部位はループ構造 を有しているため,正確な立体構造モデルを作成することは極めて困難で ある。
そのため,当業者は,実施例2に記載された立体構造モデリングの方法 により,本件明細書に開示されたH53/PF1L抗体以外の抗体に対し て本件発明1を実施することを実現できない(甲14のAbstract 参照)。
仮に抗体の立体構造モデルを作成できたとしても,このような立体構造 8 モデルは抗原と相互作用しているアミノ酸残基を推定することができない し,仮に抗原と相互作用しているアミノ酸残基を推定できたとしても,所 定のpH依存的結合特性を備えるためにヒスチジン置換又は挿入をする場 所及び数を決定することはできない。
したがって,当業者が,本件明細書の記載に基づき,立体構造モデリン グによって本件発明を実施することは不可能である。
実施例3について (ア) 本件明細書の実施例3では,ヒスチジンスキャニングにより,@ 結 合能に大きく影響のないヒスチジン置換箇所を同定するためのライブラ リーを構築してスクリーニングを行い,A その結果に基づきCDR配 列のヒスチジン改変ライブラリーを構築して,pH依存的な結合を示す 抗体をスクリーニングする,という二段階のスクリーニングを経てpH 依存的結合特性を備えた抗体を作製している。
これによれば,実施例3では,膨大な数のクローンを含むライブラリ ーの構築と,そのライブラリーから所望の機能を有するクローンのスク リーニングという期待される以上の過度の試行錯誤複雑高度な実験が 必要である。
(イ) 本件明細書の実施例3の二段階のスクリーニングの結果,クローンC L5が得られている。
クローンCL5は,PF1H/PF1Lに次のヒスチジン変異を導入 したクローンである。
・重鎖(CLH5 配列番号5)H31,H50,H62,H95, H100b,H102 ・軽鎖(CLL5 配列番号8)L32,L53,L56,L92 上記ヒスチジン変異は,PF1H/PF1Lに導入された場合には, 所望のpH依存的結合特性をもたらすが,PF1H/PF1Lの元とな 9 った野生型クローンPM1に導入しても,所望のpH依存的結合特性を もたらさない。
@ 野生型PM1,A 実施例3においてヒスチジン変異を導入する 元となったPF1H/PF1L,B 実施例3においてヒスチジン変異 を導入することによって所望のpH依存的結合特性を獲得したクローン CL5,C クローンCL5の作成に用いられたヒスチジン変異のみを 野生型PM1に導入したクローンHTM865の関係は次のとおりであ る(括弧内の数字は,各抗体のKD比(KD(pH5.5)/KD(pH7.4))を示す。) ヒスチジン変異 以外の変異 出発材料 PF1H/PF1LPM1(0.97) (0.34) ヒスチジン変異 ヒスチジン変異 ヒスチジン変異ヒスチジン変異1(0.97) HTM865 目的抗体 (1.41) CL5(32.75) クローンCL5を作製した元の配列PF1H/PF1Lは,野生型P M1の重鎖及び軽鎖のそれぞれにヒスチジン変異ではない16の変異及 び11の変異を導入したクローンである。PF1H/PF1Lにヒスチ ジン変異を導入した場合には,KD比=32.75の変異体が得られた が,野生型PM1に同じヒスチジン変異を導入して得られた変異体のK 10 D比は1.41であった(甲33)。これは,変異体のpH依存的結合 特性は,ヒスチジン変異を導入したことのみによって獲得されるもので はなく,ヒスチジン変異以外の変異の有無に依存することを示すもので あることを示している。
したがって,@ 本件明細書に記載されるヒスチジン変異は,特定の 抗体にのみ有効であり,異なる抗体に導入しても同様の効果は得られな いこと,A ヒスチジン変異による影響は,変異を導入する元の配列に より異なること,B ヒスチジン変異の結果,所定のpH依存的結合特 性が獲得されるか否かは,変異を導入する配列によって異なることがい える。
このように,実施例3に記載された二段階のスクリーニング法は,特 定の出発材料にのみ適用可能であるに過ぎず,それ以外の出発材料には 適用することができない。
ウ このように,本件明細書に記載された方法は特定の出発材料にのみ適用 可能である。
(3) 実施可能要件及びサポート要件適合性の検討 ア 目的の抗原に対する結合活性を十分に維持しつつ,所望の機能を持たせ た抗体を具体的に作製すること,すなわち,ヒスチジンの置換又は挿入を する「場所」及び「数」を特定することには種々の試行錯誤が必要であり, かつ,個々の抗体ごとに創意工夫が必要である。
したがって,所望する効果を持った抗体を作製するためには,抗体の可 変領域へのヒスチジン置換又は挿入による所定のpH依存的結合特性の獲 得と,それによる血漿中半減期の延長といったメカニズムを理解するのみ では不十分であり,個々の抗体に応じた,過度の試行錯誤及び創意工夫を 要することが技術常識であるといえる。
そして,網羅的にヒスチジン置換を含む抗体を作製する場合,およそ1. 11 2×1019通りの異なる抗体を作製し,その各々について試験して,一定 のpH依存的結合特性を有するか否かを調べる必要があるから,膨大な数 の試行錯誤及び複雑高度な実験が必要である。
イ 本件発明の抗体は,基準となる抗体並びにヒスチジンの置換又は挿入を 行う具体的位置及び数のいずれもが特定されていない。本件明細書の実施 例3においてパンニングを用いたスクリーニング法は記載されているが, その方法では本件明細書において所望の機能が実証された抗体を取得する ことはできない。
特許制度は,発明を公開した者に独占的な権利である特許権を付与する ことによって,特許権者の発明を保護し,一方で第三者には特許に係る発 明の内容を把握させることにより,その発明の利用を図ることを通じて, 発明を奨励し,もって産業の発達に寄与することを目的とするものである ところ(特許法1条参照),目的物質を網羅的に取得する事ができないス クリーニング方法のみの開示に対して,目的物質全般にわたる独占権を付 与することは上記目的に反する。被告は審判段階において,本件発明の抗 体を実施例3記載のスクリーニング法によって取得できる旨主張しており, この主張は,本件発明が「リーチ・スルー」クレーム(現在開示された発 明に基づいた,将来なされるであろう発明に対するクレーム)に該当する ことを自認するに等しい。
「リーチ・スルー」クレームについての,欧州特許庁,日本国特許庁及 び米国特許商標庁による比較研究についての比較研究報告書(バイオテク ノロジー関連特許の審査運用に関する比較研究報告書,テーマ:「リーチ・ スルー」クレームについての比較研究,2001年11月5〜9日)にお いても,スクリーニング方法で同定された化合物に関するクレームについ ては,実際に同定された化合物以外の化合物については実施可能要件,明 確性要件等を満たさないと結論付けている。この点からも,スクリーニン 12 グによって得られた変異抗体を有効成分とする医薬に係る本件発明は,実 施可能要件及びサポート要件を充足しないというべきである。
ウ 本件発明は,ヒスチジン置換のみならずヒスチジンが挿入された抗体を 含むものであるが,本件明細書にはヒスチジン挿入についても何ら記載が ないため,少なくともヒスチジンの挿入については,実施可能要件及びサ ポート要件を充足しないことは明らかである。
(4) 被告の主張について ア 本件明細書の開示 本件明細書には,後記第4の2(1)記載の被告の主張するヒスチジンスキ ャニング(以下「被告主張ヒスチジンスキャニング」という。)のように 可変領域のアミノ酸を1つずつ網羅的にヒスチジンに置換するようなヒス チジンスキャニングは開示されていない。
また,本件発明は,複数のヒスチジン置換や挿入を含む抗体も包含され る。そして,同定されたヒスチジン置換又は挿入を組み合わせた結果は個々 のヒスチジン置換又は挿入の結果から予測できないから,複数のヒスチジ ン置換又は挿入を含む抗体を発見するためには,同定されたヒスチジン置 換又は挿入を組み合わせる実験がさらに必要になる。したがって,被告主 張ヒスチジンスキャニングは,実施例3のヒスチジンスキャニングに比べ て多くの時間と費用を要するものである。
本件明細書に接した当業者は,本件明細書に開示された実施例3のヒス チジンスキャニングを実施することはあっても,これに比べて多くの時間 と費用を要する被告主張ヒスチジンスキャニングを実施することはない。
イ 複数のヒスチジン置換又は挿入がされた抗体について (ア) 被告は,本件発明の抗体に含まれる,複数のヒスチジン置換又は挿入 がされた抗体については,被告主張ヒスチジンスキャニングで特定でき た単独のヒスチジン置換又は挿入箇所を組み合わせれば足りると主張す 13 るが,そのようにいうことはできない。
(イ) 甲38について 甲38の記載(1627頁左欄下21行〜下13行,1626頁左欄 6行〜10行)から,単独のヒスチジン置換がpH依存的結合特性に影 響を与えないものの,複数のヒスチジン置換が互いに協働することでは じめてpH依存的結合特性に影響を与えるヒスチジン置換が多数存在す ることがわかる。また,甲38の図2(A)ではpH依存的結合特性を 獲得した抗体においてヒスチジン置換された残基が緑色で示されている が,A28Hが含まれるときは常にY29Hが含まれ,E102Hが含 まれるときは常にY101Hが含まれており,Y29Hと対をなさない A28Hのみを含む抗体がpH依存的結合特性を有する抗体であるとは 記載されておらず,同様にY101Hと対をなさないE102Hのみを 含む抗体がpH依存的結合特性を有する抗体であるとは記載されていな い。甲38からは,A28Hのみ又はE102HのみではpH依存的結 合特性をもたらさず,pH依存的結合特性をもたらすためには隣接する ヒスチジン置換(Y29H又はY101H)が必要であると考えられる。
このように,複数のヒスチジン置換が互いに協働することではじめてp H依存的結合特性に影響を与えるヒスチジン置換が多数存在することが わかる。
被告も無効審判の平成29年6月1日付け口頭審理陳述要領書(甲2 3)において,「いずれのヒスチジンが特性を付与するに至らしめる原 因となったかの判断に際しては,単純に導入された各ヒスチジンの相加 効果による場合のみならず,各ヒスチジンが協働することで初めてもた らされる効果(相乗効果等)による場合もあることが想定される」と主 張しており,各ヒスチジン置換又は挿入が協働することで初めてもたら される相乗効果の存在を認めている。
14 このように,単独のヒスチジン置換又は挿入では,所定のpH依存的 結合特性を獲得することがないものの,その他の箇所のヒスチジン置換 又は挿入を併せた場合にはじめて所定のpH依存的結合特性を獲得する 抗体が存在することがわかる。
したがって,被告主張ヒスチジンスキャニングで特定できたヒスチジ ン置換又は挿入箇所を組み合わせるだけでは,本件発明に含まれる複数 のヒスチジン置換又は挿入がされた抗体を全て発見することはできない。
(ウ) 甲43について a 被告主張ヒスチジンスキャニングでは作製できない,複数のヒスチ ジン置換又は挿入がされた抗体が現に存在することは,甲43([0 282]のTable.3.)からもいうことができる。
(a) 参照抗体において,軽鎖のN28をヒスチジン置換した場合, KD(pH5.5)/KD(pH7.4)は,2.6から2.49に低下することがわか る。そのため,被告主張ヒスチジンスキャニングでは上記N28の ヒスチジン置換箇所は見落とされることになる。
一方で,軽鎖のN28に加え,重鎖のF100及び軽鎖のS26 をヒスチジン置換した場合,KD(pH5.5)/KD(pH7.4)は参照抗体の2. 6から14.79に上昇する。
このように,N28Hは,F100HやS26Hといった他のヒ スチジン置換と互いに協働することではじめてpH依存的結合特性 に影響を与えるヒスチジン置換である。
(b) 同様に,重鎖のE62,N63,D66及びS104並びに軽鎖 のI29,A51及びA55も,重鎖のF100及び軽鎖のS26 といった他のヒスチジン置換と互いに協働することではじめてpH 依存的結合特性に影響を与えるヒスチジン置換である。
b 個々の置換の組み合わせを検証する必要があること 15 被告は,ヒスチジンスキャニングによって有望であることが判明した個々の置換又は挿入を組み合わせた場合の効果は相加的なものであるから,その組み合わせた抗体を改めて検証する必要はないと主張するが,誤りである。
参照抗体において,重鎖のE59をヒスチジン置換した場合 ,KD(pH5.5)/KD(pH7.4)は16.08であるから,参照抗体の値(2.6)との差は13.48である。参照抗体の重鎖のF100をヒスチジン置換した抗体のKD(pH5.5)/KD(pH7.4)は6.8であるから,参照抗体との差は4.2である。また,参照抗体の軽鎖のS26をヒスチジン置換した抗体のKD(pH5.5)/KD(pH7.4)は4.01」であるから,参照抗体との差は1.41である。
複数のヒスチジン置換によるKD(pH5.5)/KD(pH7.4)の増加が各ヒスチジン置換によるKD(pH5.5)/KD(pH7.4)の増加分を相加することで算出できるのであれば,参照抗体の重鎖のF100,軽鎖のS26及び重鎖のE59をヒスチジン置換した場合,KD(pH5.5)/KD(pH7.4)は「21.69」(=2.6+13.48+4.2+1.41)と算出できるはずである。
しかし,重鎖のF100,軽鎖のS26及び重鎖のE59をヒスチジン置換した抗体の KD(pH5.5)/KD(pH7.4)は2.13であるから,KD(pH5.5)/KD(pH7.4)は,相加的に増加することはなく,むしろ低下している。
このように,単独のヒスチジン置換を組み合わせた抗体におけるKD(pH5.5)/KD(pH7.4)は,各ヒスチジン置換によるKD(pH5.5)/KD(pH7.4)の増加分を相加して算出できるものではないから,被告主張ヒスチジンスキャニングによって有望であることが判明した個々の置換の組み合わせについてKD(pH5.5)/KD(pH7.4)を改めて検証する必要がある。
16 (エ) 本件発明に含まれる複数のヒスチジン置換又は挿入がされた抗体を全 て発見するためには,重鎖可変領域及び軽鎖可変領域の合計220個の ヒスチジン置換の全ての組み合わせについて抗体を作製し,全ての組み 合わせ抗体について所定のpH依存的結合特性を備えているかを確かめ る必要がある。
以上のとおり,本件発明を実施するためには,当業者に期待し得る程 度を超える過度の試行錯誤や創意工夫を強いる事情が認められる。
3 取消事由3(無効理由3(進歩性欠如)についての判断の誤り)について (1) 引用発明の認定について ア KD(pH5.8)/KD(pH7.4)の開示について 甲8文献の図3A(a)からは,CDR中の塩基をヒスチジン置換し た変異抗体(以下「ヒスチジン置換抗体」という。)L2BのpH7. 4における結合定数の対数値(logK)は,およそ8.7と,pH5.8 における結合定数の対数値(logK)は,およそ7.3と読み取ることが 可能である。これらの結合定数の対数値(logK)(それぞれ8.7及び 7.3)を,結合定数Kの実数値に引き直すと,pH7.4について約 5.0×108(≒108.7),pH5.8について約2.0×107(≒ 107.3)となる。そして,一般的に解離定数は結合定数と逆数の関係に あるので,各pHにおける解離定数は,KD(pH7.4)=1/K(pH 7.4),KD(pH5.8)=1/K(pH5.8)になる。
したがって,ヒスチジン置換抗体L2BのKD(pH5.8)/KD(pH7.4)は,約 25(=5.0×108÷2.0×107)となる。
イ 「血漿中半減期が長くなった」について (ア) 甲8文献の図3Bによれば,ヒスチジン置換抗体L2Bの logK は, pH7.4における野生型抗体の logK と比較すると0.35も高い一方 で,pH5.8における野生型抗体の logK と比較すると0.05程度し 17 か高くなっていないから,ヒスチジン置換抗体L2Bは,野生型と比較 した場合,中性付近(pH7.4)で抗原と強く結合する一方で,酸性 付近(pH5.8)では抗原との結合は弱いため,野生型抗体と比較し た場合,ヒスチジン置換抗体L2Bは酸性条件下で抗原と解離しやすく なっていることが理解できる。
(イ) 甲10文献の記載 本件特許の優先日前に発行された甲10文献の記載(5515頁右欄 図4の説明)によれば,最初に抗原と結合した単量体 IgG は,細胞内に 取り込まれ(インターナライズされる),その後pHが低くなる細胞内 (エンドソーム)で抗原と抗体(IgG)が解離すると,抗原のみが細胞内 で分解される一方で,抗体(IgG)は FcRp と結合し,抗体は抗原がない 状態で細胞表面に戻り,抗体はリサイクルされることが理解できる。そ して,上記のような抗体はリサイクルされ,結果的に血漿中に長くとど まることになるので,血漿中半減期の長い抗体と考えられる。
このように,甲10文献には,pHが低くなる細胞内(エンドソーム) において,抗原と抗体(IgG)の結合が弱まり,抗原と抗体が解離するこ とが抗体のリサイクルにとって重要な要素であることが開示されている といえる。
そして,細胞外ではpHが中性(pH7)である一方で,細胞内では pHは酸性(pH5)であることは,本件特許の優先日当時の技術常識 である。
そうすると,抗体の抗原との結合能が, (pH7)時よりも酸性 中性 (p H5)時の方が低い場合には,細胞内(エンドソーム)での結合状態が 弱くなるため,抗原と抗体が解離しやすくなるために,必然的にそのよ うな抗体は血漿中半減期の長い抗体になる。
したがって,抗原に対するpH5.8でのKD(解離定数)とpH7. 18 4でのKD(解離定数)の比である KD(pH5.8)/KD(pH7.4)が大きくなれば なるほど,細胞内(エンドソーム)での結合能は弱くなるので,抗原と 抗体は,解離されやすくなり,結果として当該抗体の血漿中半減期が長 くなるのである。
(ウ) 上記のように酸性条件下での結合定数が低下する場合には抗体はリサ イクルされやすくなり血漿中半減期が長くなる,ということが自然法則 であり,本件特許の優先日当時の技術常識であった。かかる技術常識を 前提とすると,甲8文献に開示されるヒスチジン置換抗体L2Bは,ヒ スチジン置換により,野生型抗体と比較した場合,酸性条件下で抗原と 解離しやすくなっているため,甲8文献に開示されるヒスチジン置換抗 体L2Bは,野生型抗体のCDR中の塩基のヒスチジン置換によって, 野生型抗体と比較して血漿中半減期が長くなった抗体であることが客観 的に理解できる。
ウ 以上によれば,甲8文献には次の引用発明が記載されている(以下,「原 告主張引用発明」という。)。
「CDRのアミノ酸がヒスチジンで置換されていることを特徴とする,抗 原に対するpH5.8でのKDとpH7.4でのKDの比である KD(pH5.8)/KD(pH7.4)が約25の抗体であって,血漿中半減期が長くなっ た抗体。」(2) 原告主張引用発明と本件発明1の対比 本件発明1と原告主張引用発明は,「少なくとも可変領域の1つのアミ ノ酸がヒスチジンで置換されていることを特徴とし,抗原に対するpH5. 8でのKDとpH7.4でのKDの比であるKD(pH5.8)/KD(pH7.4)が2以上, 10000以下の抗体であり,血漿中半減期が長くなった抗体である」点 で一致し,次の点で相違する。
[相違点] 19 本件発明1は抗体を医薬組成物に用いられるものであるが,原告主張引 用発明はそのような用途について記載されていない点(3) 相違点に係る構成の容易想到性 ア いわゆる用途発明の進歩性について,特定の発明に係る物が有する本来 の性質,機能と異なる性質,機能を利用するといっても,その性質,機能 が従来の公知技術から当業者において容易に想到できるものである場合や, それらが周知事項に属するものである場合には,少なくとも,その用途に 係る発明に進歩性を認めることはできない。
そうすると,一致点にかかる抗体である,KD(pH5.8)/KD(pH7.4)が2以上, 10000以下であり,かつヒスチジン置換前の抗体よりも血漿中半減期 が長くなった抗体を医薬組成物に用いた場合の機能等が,従来の公知技術 から当業者において容易に想到できるものである場合や,それらが周知事 項に属するものである場合には,医薬組成物に用いることについて進歩性 は認められないことになる。
イ 甲10文献によれば,最初に抗原と結合した抗体が細胞内に取り込まれ た後,pHが低くなる細胞内(エンドソーム)で抗原と抗体(IgG)が解離 すると,抗原のみが細胞内で分解される一方で,抗体(IgG)はFcRpと結合 し,抗体は抗原がない状態で細胞表面に戻り,抗体はリサイクルされる, という自然現象は技術常識であった。
ウ また,甲11文献の記載(908頁左欄15〜17行,908頁右欄2 0〜24行,910頁右欄下2行〜下1行)に接した当業者は,pH依存的 結合特性を有する治療用タンパク質について,最初にレセプターと結合し た治療用タンパク質(リガンド)が細胞内に取り込まれた後,pHが低く なる細胞内(エンドソーム)でレセプターと治療用タンパク質(リガンド) が解離すると,レセプターのみが細胞内で分解される一方で,治療用タン パク質(リガンド)はレセプターと解離した状態で細胞表面に戻るから, 20 リガンドと同様にレセプターに結合する抗体(治療用タンパク質)もまた レセプターと解離することによってリサイクルされることを理解する。
これによれば,KD(pH5.8)/KD(pH7.4)が2以上,10000以下であり, かつヒスチジン置換前の抗体よりも血漿中半減期が長くなった抗体を医薬 組成物に用いた場合の,抗体のリサイクル性が向上し,1の抗体で,変異 導入前の抗体よりも多くの回数,抗原の中和を可能とし,投与量の低減及 び持続性が延長するという効果は,当業者であれば予測できるものに過ぎ ないというべきである。
(4) 以上によれば,本件発明1は,原告主張引用発明及び技術常識に基づいて 容易に発明をすることができたものであるから,進歩性を欠くものであり, この点に関する本件審決の判断は誤りである。
4 取消事由4:無効理由2(拡大先願)についての判断の誤り (1) 先願発明について ア 先願である特願2009-531851の内容は甲6(国際公開第20 08/043822号)に開示されているところ,国内公表公報である甲 7文献は,その日本語訳に相当する。
甲7文献の記載(【特許請求の範囲】請求項1,27及び40,【00 01】,【0055】,【0083】,【0069】,【0137】,【0 258】,【0270】,【0279】,【0314】の表1,85頁表 1のケースB)によれば,先願1の願書に最初に添付した明細書等には, 以下の発明(以下「原告主張先願発明」という。)が開示されている。
「推定結合部位を操作して,ヒスチジンを含むように改変されているこ とを特徴とする, 5.0〜6.0の範囲の生理学的pHで,7.2〜7.4の範囲の生 理学的pHで抗原に結合する解離定数よりも少なくとも10倍を超え る解離定数(KD)で抗原に結合する抗体であって, 21 pHの減少時に抗体とその抗原の間の相互作用が失われ,エンドソー ムコンパートメント中に放出される結果,抗原自体は分解されるが, 抗体は分解から救出される, 医薬組成物。」イ 本件審決は,サポート要件及び実施可能要件について,可変領域のど の部分にヒスチジン導入を行うかが不明であってもスキャニング工程や スクリーニング工程を行うことによって当業者は所望のpH依存的結合 特性を有する抗体を取得することができると判断している。そうすると, 先願明細書等に,「pH感受性のためのヒスチジンを含むように改変さ れたデザイナータンパク質ライブラリーから単離」する方法などのスク リーニング工程(甲7【0069】)が記載されているのであるから, かかるライブラリーを用いたスクリーニングの手法により,ヒスチジン を改変する場所が特定できるといえる。
さらに,本件審決は実施可能要件に関し,「抗原に対するpH5.8 でのKDとpH7.4でのKDの比であるKD(pH5.8)/KD(pH7.4)が2以上, 10000以下の抗体」であれば,「血漿中半減期が長く」なると認定 している。このような認定を前提とすれば,所定のpH依存的結合特性 を有する抗体であれば,血漿中半減期が長くなることは当然の科学的帰 結ということになる。したがって,原告主張先願発明においても,ヒス チジンの改変により「5.0〜6.0の範囲の生理学的pHで,7.2 〜7.4の範囲の生理学的pHで抗原に結合する解離定数よりも少なく とも10倍を超える解離定数(KD)」を有するに至った抗体が,pH の減少によって抗体とその抗原の間の相互作用が失われ,エンドソーム コンパートメント中に放出される結果,「エンドソーム内で抗原から解 離して,ライソソームに移行することなく,エンドソーム内に発現して いるFcRnに結合し,細胞表面へ移行して,再び血漿中に戻り,新た 22 な抗原への結合を繰り返すことができ」ること,およびその結果「薬物 動態(血漿中半減期)が向上する」という特徴を有することは,先願明 細書等の記載から読み取ることができるということになる。
(2) 原告主張先願発明と本件発明1の同一性 ア 原告主張先願発明を構成要件に分説すると以下のとおりである。
7A:推定結合部位を操作して,ヒスチジンを含むように改変されているこ とを特徴とする, 7B:5.0〜6.0の範囲の生理学的pHで,7.2〜7.4の範囲の生 理学的pHで抗原に結合する解離定数よりも少なくとも10倍を超え る解離定数(KD)で抗原に結合する抗体であって, 7C:pHの減少時に抗体とその抗原の間の相互作用が失われ,エンドソー ムコンパートメント中に放出される結果,抗原自体は分解されるが,抗 体は分解から救出される, 7D:医薬組成物。
イ 本件発明1は,次のとおり分説することができる。
A 少なくとも可変領域の1つのアミノ酸がヒスチジンで置換され又は少な : くとも可変領域に1つのヒスチジンが挿入されていることを特徴とする, B:抗原に対するpH5.8でのKDとpH7.4でのKDの比である KD(pH5.8)/KD(pH7.4)が2以上,10000以下の抗体であって, C:血漿中半減期が長くなった抗体を含む D:医薬組成物。
ウ 先願1の実施例では,pH依存的結合特性を有する目的物質のスクリー ニングのための「2つの代表的な条件」として,pH5.8とpH7.3 を用いている(甲7文献【0303】)。さらに,甲8文献の図3に示さ れるとおり,pHと解離定数(KD)は,ほぼ直線的な関係にあることを読 み取ることが出来るのであるから,わずかなpHの違いにより劇的に解離 23 定数が変化するということはおよそ考えられない。また,先願1には, 5. 「 0〜6.0の範囲の生理学的pHで,7.2〜7.4の範囲の生理学的p Hで抗原に結合する解離定数よりも少なくとも10倍を超える解離定数(K D)で抗原に結合する」抗体のみならず,解離定数の比が「少なくとも1 00倍以上」「少なくとも1000倍以上」である抗体も記載されている (甲7文献請求項2および3)。
以上によれば,先願明細書等には,「KD(pH5.8)/KD(pH7.4)が10以上」 なる条件を満たす抗体が記載されているといえるのであるから,構成要件 7Bは本件発明1の構成要件Bに相当する。
さらに,構成要件7A,7C及び7Dは,本件発明1の構成要件A,C 及びDに相当するから,原告主張先願発明と本件発明1の同一性を否定し た本件審決の判断は誤りである。
被告の反論
1 取消事由1(無効理由4(明確性要件違反)についての判断の誤り)につい て (1) 特許請求の範囲の請求項1の記載から,本件発明1の医薬組成物に含まれ る抗体が,「可変領域へのヒスチジン変異の導入により,所定のpH依存的 結合特性を獲得することを通じて血漿中半減期が長くなったという特性を備 えるに至った抗体」であることがわかる。さらに,上記記載は,pH依存的 結合特性を獲得することを通じて「血漿中半減期が長くなった」か否かが, 可変領域へのヒスチジン変異の導入前と後の抗体の比較によって決められる ことを示しているから,本件発明1は,本件明細書の記載を考慮するまでも なく明確である。
(2) また,本件明細書の【0019】及び【0029】の記載を考慮すると, 本件発明1の医薬組成物に含まれる抗体が,「可変領域へのヒスチジン変異 の導入により,所定のpH依存的結合特性を獲得することを通じて血漿中半 24 減期が長くなったという特性を備えるに至った抗体」であることはより明ら かである。なお,血漿中半減期の延長は,薬物動態の向上(抗原結合分子が 投与されてから血漿中から消失するまでの間に抗原に結合可能な状態で血漿 中に滞留する時間が長くなることも含まれる。 を示している 【0035】 ) ( 及び【0036】)。
(3) 本件発明1は,リサイクリング抗体創製技術によって改良された配列をそ の配列の改良によって特定したものである。リサイクリング抗体創製技術の 特徴は,その適用対象が特定の抗体に限らず幅広い抗体に及ぶという点にあ るのであり,ある抗体が本件発明1の技術的範囲に含まれるか否かを判断す るに際し,ヒスチジンの置換又は挿入前の抗体及びその配列(つまり,元と なる(基準となる)抗体及びその配列)は,判断対象に応じて決まるのであ り,予め固定する必要はない。
本件発明1において,個々の抗体が本件発明1の技術的範囲に含まれるか 否か,ひいては本件発明1が明確であるか否かを判断するに際し,ヒスチジ ンが置換又は挿入される前の元となる抗体及びその配列は,判断対象に応じ て決まるのであり,予め固定する必要はない。個別のヒスチジンの置換又は 挿入ごとに,ヒスチジンの置換又は挿入前後において,所定のpH依存的結 合特性を獲得し,血漿中半減期が長くなっているか否かを判断すれば足りる。
また,特許請求の範囲の記載は,その記載それ自体及び明細書の記載に基 づいて明確であれば明確性要件に適合するのであり,ある実在する(流通し ている)抗体医薬組成物が特定の構成要件を充足していることを第三者にお いて立証することが困難であるか否かは,明確性要件適合性とは関わりがな い。
(4) 本件審決は,「血漿中半減期が長くなった抗体」を,「可変領域へのヒス チジン変異の導入により,所定のpH依存的結合特性を獲得することを通じ て血漿中半減期が長くなったという特性を備えるに至った抗体」であると認 25 定した。原告は,この本件審決の認定に基づいて,本件発明1の抗体は「可 変領域へのヒスチジン変異の導入」という製造方法を経ることが条件となっ ていると主張する。
しかし,請求項1の「少なくとも可変領域の1つのアミノ酸がヒスチジン で置換され又は少なくとも可変領域に1つのヒスチジンが挿入されているこ とを特徴とする」との記載は,抗体の配列の特定であって,製造方法の特定 ではない。抗体の製造は,配列が特定された後,例えば,宿主細胞に目的と する抗体の遺伝子を導入し,当該抗体産生細胞株を樹立し,その細胞株によ って行われるのであり,元の抗体を発現させてからヒスチジン変異を導入す るわけではない。
以上のとおり,請求項1はPBPクレームではないから,これを前提とす る原告の主張は当たらない。
2 取消事由2(無効理由1(実施可能要件違反及びサポート要件違反)につい ての判断の誤り)について (1) ヒスチジンスキャニング(被告主張ヒスチジンスキャニング)による実施 が可能であること ア ヒスチジンスキャニングは,抗体のアミノ酸の配列において,各アミノ 酸を順にヒスチジンに置換し,置換された各抗体を評価する方法であり(本 件明細書【0029】及び【0288】),可変領域のアミノ酸の数は, 重鎖及び軽鎖の各々について約110個の合計約220個である。本件出 願日の技術水準において,これらの各アミノ酸についてヒスチジンスキャ ニングを適用する場合,置換又は挿入の各々の効果は,次の(ア)のヒスチジ ン置換位置の特定に必要な試験(前半の試験),(イ)のヒスチジン置換のさ れたpH依存性抗体の血中動態の試験(後半の試験)を行うことで確認で きる。これらの実験は,周知技術によって行うことができ,特別な技術を 新たに開発する必要はない。
26 そして,以下のとおり,前半の試験及び後半の試験を併せて合計約14週で行うことができるから,本件出願日当時,当業者に合理的に期待し得る程度未満の人員,期間及び労力により,可変領域全体にわたってヒスチジンの置換又は挿入箇所を特定することができる。
(ア) ヒスチジン置換位置の特定に必要な試験(前半) ヒスチジン置換された抗体を作製し,そのpH依存性を同定するため には,以下の@ないしBの工程が必要である。各項目について,2名の 研究員が担当する場合,約1週間の期間で足りる。1回の@の工程では, 約24個の抗体を取得できる。
@ 基準となる抗体の可変領域のアミノ酸の1部位をヒスチジンに置換 するよう発現ベクターを作成する工程 A 構築したベクターを細胞に導入し,導入した細胞から抗体を精製し 取得する工程 B 製品名「Biacore T100」とする表面プラズモン共鳴による分子間相 互作用解析装置により,精製した抗体のKD値を算出する工程 @〜Bは,並列的に進めることができるから,研究員2名のチームに おいて,工程@の終了後に,工程Aと並行して,新たな工程@に着手す ることができる。
したがって,3週目以降は,24個/週の速度にて,ヒスチジン置換 がされた抗体を取得できる。そのため,可変領域における220個のア ミノ酸残基の各々について,ヒスチジン置換がなされた抗体を取得する ためには,約11週で足りる(220÷24+2=11.1)。4名の 研究員を投入する場合,約7週で足りる(220÷48+2=6.6)。
本件出願日当時の技術水準(甲31の8)に照らし,220個のアミ ノ酸の置換は,当業者にとって負担となるものではない。
(イ) ヒスチジン置換のされたpH依存性抗体の血中動態の試験(後半) 27 ヒスチジン置換のされた抗体が所望のpH依存性を示す(有望である こと(pH依存的結合特性がもたらされたこと)が判明した)場合に, 実際に動物に投与して血中動態を試験するためには,以下の工程を要す る。
@ 動物投与用抗体の調製 A 動物に抗体を投与し,一定期間後に血液サンプルを回収する工程 B Aで回収した血液サンプル中の残存抗体量を定量する工程 ヒスチジンスキャニングによる置換位置の特定において,所定のpH 依存性に有望な部位として特定される部位の数は,抗体及び抗原に依存 するものの,概ね10箇所以下である(このことは,甲3において,C DR領域についてのヒスチジンスキャニングにより8個の位置が特定さ れたにとどまることからもいえる。)。
そして,12個の抗体について試験を行うものとすると,動物に投与 できる量の抗体の作製並びに実際の投与及び分析には,合計7週で足り る。具体的には,@の工程について,2名の研究員により2週間,Aの 工程について,2〜3名の研究員により4週間,Bの工程について,1 名の研究員により2週間である。実際には,Aの工程の途中でBの工程 の一部を行うことができるため,合計期間はさらに短縮できる。Bの工 程において,抗体濃度を測定した研究員が,抗原濃度も測定する場合, 1名の研究員により,さらに1週間を要するため,合計8週要すること になるが,実際には,Bの工程において抗体濃度と抗原濃度は同時に測 定することができるため,その合計期間は約7週に短縮できる。
イ ヒスチジンの挿入について 本件明細書【0029】,【0116】,【0150】,【0179】 及び【0281】の記載に照らし,ヒスチジンの挿入についても,置換に ついて述べた上記の手法をそのまま適用すれば足りる。
28 ウ 置換及び挿入位置の特定に要する期間 以上によれば,ヒスチジン置換に加えて挿入についてもヒスチジンスキ ャニングを行う場合,研究員の人数を前述の倍にし,両者を並行して行う と,実験は,合計約14週で終了する。あるいは,同じ人員にて置換及び 挿入のヒスチジンスキャニングを行う場合でも,前半(ヒスチジン置換位 置の特定に必要な試験)を担当するチームが,置換の試験の終了後,直ち に挿入の試験に着手することができるため,必要な期間は2倍よりも圧縮 でき,約21週で足りる。
エ 複数のヒスチジン置換又は挿入がされた抗体について 複数のヒスチジン置換又は挿入がされた抗体については,置換及び挿入 の各々について約220箇所のヒスチジンスキャニングで特定できた位置 を組み合わせれば足り,ヒスチジンスキャニングによって有望であること が判明した個々の置換又は挿入について,その組み合わせを改めて検証す る必要はない。
(ア) 複数のアミノ酸の導入は,一般に,各残基の検討によって有望である と判明した導入を組み合わせることによって同定することができる。ア ラニンスキャニングの研究でも,大半の場合,単独の変異の影響は相加 的であると報告されている(乙20)。原告も一般名エクリズマブとす る抗体について,各残基のヒスチジン置換を行い,次にそれらを組み合 わせている(甲3)。
(イ) 甲38について 甲38は,各ヒスチジン置換の重ね合わせ(各ヒスチジン置換の効果 の大小は,タンパク質間の結合におけるpKaの変化の程度で評価され る。)による実験結果を説明しているのであって,複数のヒスチジン置 換の組み合わせによって初めて効果が発現する事象を見出したものでは ない。
29 すなわち,甲38では,より高いpH依存的結合には複数のイオン化 可能な残基が必要であるとの仮説に基づいて,研究が行われた (Introductionの最終パラグラフ(1620頁左欄)及びDiscussionの 第1パラグラフ(1626頁左欄))。そして,イオン化可能な残基の 数が増える場合,その効果は,各イオン化可能な残基の重ね合わせであ る(1627頁の”Simulation”の式)とされており,原告の主張する 「各ヒスチジン置換が互いに協働することではじめてpH依存的結合特 性に影響を与えるヒスチジン置換」が考慮されているわけではない。甲 38において,相加効果を超えた相乗作用が明らかにされているわけで はないし,まして,単独の置換では効果を全く奏さないにもかかわらず, それらの組み合わせによって初めて効果が発現した事例が示されている わけではない。
仮に,近接するヒスチジンが相乗作用を示すとしても,それぞれのヒ スチジンが単独でも効果を奏しており,近接することによってその効果 がより増進されるという可能性が高い。
(ウ) 甲43について a 甲43のTable.3について,参照抗体においてKD(pH5.5)/KD(pH7.4) に及ぼす影響を縦軸に,重鎖F100及び軽鎖S26をヒスチジン置 換した抗体においてKD(pH5.5)/KD(pH7.4)に及ぼす影響を横軸にプロッ トしたものは次のとおりである。なお,甲43では,酸性側のpHと して,本件発明でのpH5.8ではなく,より酸性の強いpH5.5 が採用された。そのため,pH依存的結合に寄与するヒスチジン導入 では,甲43のKD(pH5.5)/KD(pH7.4)は,KD(pH5.8)/KD(pH7.4)よりも やや大きい値となる可能性が高い。
30 I29HN28H E29H Y軸で参照 E59H 抗体に対 応する値 (-12.09) これによれば,あるヒスチジン置換の参照抗体に及ぼす影響が小さい場合には,当該ヒスチジン置換が重鎖F100及び軽鎖S26をヒスチジン置換した抗体に及ぼす影響も,概ね小さい。その一方,あるヒスチジン置換の参照抗体に及ぼす影響が大きい場合には,当該ヒスチジン置換が重鎖F100及び軽鎖S26をヒスチジン置換した抗体に及ぼす影響も,概ね大きい。
参照抗体で,KD(pH5.5)/KD(pH7.4)を低下させ,かつ重鎖F100及び軽鎖S26をヒスチジン置換した抗体ではKD(pH5.5)/KD(pH7.4)を増加させるという例は,軽鎖のN28H及びI29Hのみであった。しかし,I29HのプロットはほぼY軸上にあり,N28Hにいたってはほぼ原点上にあるから,これらの変異は実験誤差の範囲で参照抗体には影響を及ぼしていない。
重鎖F100及び軽鎖S26をヒスチジン置換した抗体にさらにヒスチジン置換を加えた結果,KD(pH5.5)/KD(pH7.4)が参照抗体の値(2.6;Y軸では-12.09に当たる。)を下回った例は,重鎖のE59Hのみである。この点でも,E59Hの測定が正確か否か自体,疑わしい。
31 原告は,甲43に基づいて縷々主張するが,その主張は,誤差の範囲内で意味のない違いを議論しているだけであるか,特異な例外(測定の信頼性も疑われる。 を取り上げているにすぎない。
) 上記のプロットによれば,甲43は,むしろ,原告の主張と矛盾する。
b 重鎖F100H及び軽鎖S26Hは,単独でもpH依存的結合特性 をもたらすから,重鎖F100及び軽鎖S26をヒスチジン置換した 抗体にさらに軽鎖のN28H又はI29Hを加えても,上記のヒスチ ジン置換が,当該ヒスチジン置換後の抗体のpH依存的結合に寄与し ている。したがって,軽鎖N28H及びI29Hに関するデータは, 「各ヒスチジン置換が互いに協働することではじめてpH依存的結合 特性に影響を与える」例を示すものではない。
c ヒスチジンスキャニングによって有望であること(pH依存的結合 特性がもたらされたこと)が判明した個々の置換を組み合わせた結果, やはりpH依存的結合特性がもたらされた抗体(組み合わせでもKD の比が増加するものの,単独の置換のそれぞれがもたらす増加分の合 計値未満である場合を含む。)は,単独の置換について被告主張ヒス チジンスキャニングによって有望であること(pH依存的結合特性が もたらされたこと)が判明する場合,当該置換を含む抗体は,特許発 明の技術的範囲に属する。そして,上記aのとおり,ある置換が単独 ではpH依存的結合特性を損なうものの他の置換と組み合わせるとp H依存的結合特性をもたらすという例は見当たらない。
したがって,置換の組み合わせについて検証する必要はない。複数 のヒスチジン置換の組合せでのKD(pH5.5)/KD(pH7.4)の増加が各ヒスチ ジン置換での増加の単純な和と異なることがあるとしても,ヒスチジ ンスキャニングによって有望であること(pH依存的結合特性がもた らされたこと)が判明した個々の置換を組み合わせた結果,やはりp 32 H依存的結合特性がもたらされるのであれば,追加の検証は不要であ り,実施可能要件には影響しない。
他方,ヒスチジンスキャニングによって有望であること(pH依存 的結合特性がもたらされたこと)が判明した個々の置換を組み合わせ た結果,pH依存的結合特性がもたらされなくなる場合には,この抗 体は,本件発明の「抗原に対するpH5.8でのKDとpH7.4でのKDの比であ るKD(pH5.8)/KD(pH7.4)が2以上,10000以下の抗体」という構成 要件を充たさないため,本件発明の技術的範囲に属さない。特許要件 の判断においても,クレームに含まれないこのような抗体は実施可能 要件とは関係がなく,検証する必要もない。
d 実施可能要件の充足性は,出願日を基準として判断されるところ, 甲43は,本件出願日より8年以上後である平成29年8月3日に公 開された。このように本件出願日より8年ほど後に公開された甲43 においても,原告が主張する「各ヒスチジン置換が互いに協働するこ とではじめてpH依存的結合特性に影響を与えるヒスチジン置換が具 体的に存在すること」は示されていない。このことは,原告主張の事 象が存在しないことをむしろ裏付けている。
(2) その他の手法による実施が可能であること ア ヒスチジンが出現する頻度を高めたライブラリーを作製し,抗原との結 合のpH依存性を測定することにより,所定のpH依存性をもたらす置換 又は挿入を特定することができる(本件明細書【0191】及び【019 2】)。さらに,既存のライブラリーやそれにヒスチジンを導入したライ ブラリーを使用することもできる(【0183】)。
イ 立体構造モデルから,可変領域を構成するアミノ酸残基のうち,可変領 域表面に露出し抗原と相互作用し得るものを絞り込むこともできる(実施 例2)。本件発明は,医薬品に使用される抗体について,可変領域におけ 33 るヒスチジンの導入により,1つの抗体が繰り返し抗原と結合することを 可能とし,それにより薬効を持続させている。医薬品に使用できる抗体に ついては,通常,その立体構造,抗原,抗原-抗体相互作用について研究 が行われ,立体構造の概略も解明されている。したがって,立体構造モデ ルも,有効に利用することができる。
(3) 特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合すること 本件発明の課題は,アミノ酸改変前と比較して,1つの抗体が複数回にわ たって抗原と結合し,薬物動態を向上させることにある(【0009】)。
本件発明は,可変領域へのヒスチジン導入により,この課題を解決している。
当業者は,本件明細書及び技術常識を参照し,可変領域へのヒスチジン導入 によって上記課題を解決できることを認識できる。しかも,前述のとおり, 当業者は,可変領域全体にわたり,ヒスチジンを導入すべき位置を過度の試 行錯誤なしに特定することができる。したがって,本件特許の特許請求の範 囲の記載は,サポート要件に適合する。
(4) 原告の主張について 原告は,本件明細書はスクリーニング方法を開示するにすぎず,本件発明 はいわゆる「リーチ・スルー」クレームであると主張する。
しかし,本件発明は,可変領域へのヒスチジンの導入という具体的な課題 解決手段に基づくものであり,単にスクリーニング方法で抗体を特定した発 明ではないし,個々の抗体でのヒスチジンの導入位置は,過度の試行錯誤な しに特定できるのは,上記(1)のとおりである。本件発明は,スクリーニング 方法ではなく具体的な課題解決手段に基づいているから,本件発明が「リー チ・スルー」クレームであることを前提とした原告の主張は失当である。本 件発明は,可変領域へのヒスチジンの導入という配列の特徴によって発明を 特定しているから,「リーチ・スルー」クレームとは異なる。
3 取消事由3(無効理由3(進歩性欠如)についての判断の誤り)について 34 (1) 引用発明の認定について 甲8文献には,抗卵白リゾチーム抗体であるHyb・C1のうち1つのア ミノ酸をヒスチジンに置換した合計12種類の抗体について,いくつかのp Hでの結合定数(KD)が記載されているが,甲8文献は,これら12種類 の抗体以外の抗卵白リゾチーム抗体を開示しておらず,まして,他の抗原に 対する抗体には触れていない。さらに,結合定数のpH依存性に関し,特に pH5.8での値とpH7.4での値との比(KD(pH5.8)/KD(pH7.4))に着目 することも記載されていない。
これによれば,甲8文献には,「KD(pH5.8)/KD(pH7.4)が約25の抗体」全 般が記載されているわけではなく,原告主張引用発明は記載されていない。
(2) 容易想到性 本件発明は,医薬組成物に関する発明であって,抗卵白リゾチーム抗体の 用途発明ではない。
原告は,引用発明の認定に際しては,甲8文献に記載された12種類の抗 卵白リゾチーム抗体のうち,L2Bという特定の抗体の実験結果に専ら依拠 しているにもかかわらず,相違点の認定においては,L2Bから逸脱し,さ らには甲8文献からも乖離して抽象的な主張をしており,「抗体」の意味を すり替えている。
また,甲10文献は,変異の導入による天然抗体と比較した血中半減期の 延長とは無関係である。さらに,甲11文献は,抗体ではなく,GCSF(顆 粒球コロニー刺激因子)に関する文献であり,また,そのヒスチジン置換は, GCSFだけでなく,そのレセプター(GCSFR)のライソソーム内での 分解を抑制することも目的とする。本件発明は抗原のライソソーム内での分 解を促進することを目的とするものであるから,甲11文献は動機付けの根 拠とはならない。
したがって,仮に甲8文献に原告主張引用発明が記載されていたとしても, 35 本件発明1は,原告主張引用発明及び甲9〜11文献の技術に基づいて当業 者が容易に発明をすることができたものではない。
4 取消事由4(無効理由2(拡大先願)についての判断の誤り)について (1) 先願発明について 原告は,様々な実施態様にわたる記載から,原告の主張に都合のよい技術 的思想の断片を抽出し,それらを寄せ集めたものを原告主張先願発明として 主張しているものであり,先願1の出願時の明細書には,原告主張先願発明は 具体的な技術思想として開示されていない。
甲7文献の請求項1には, 「所望の分子に対して向けられたアミノ酸配列」 が記載されているが,請求項1に記載された発明及び実施例のいずれにおい ても,「所望の分子」及び「アミノ酸配列」は,それぞれ医薬品のための抗体 及び抗原に特定されておらず,相互作用は,医薬品のための抗体,特に可変領 域と抗原との結合に特定されていない。また,甲7文献における「ヒスチジン を含むように改変されたデザイナータンパク質ライブラリー」 抗体の可変 は, 領域を改変したものに特定されていないし,またpH感受性も,低いpHで結 合を弱くする場合に特定されていない。さらに,甲7文献において,抗体の可 変領域のヒスチジン置換又は挿入により低いpHで抗原との相互作用を低下 させること,またそれにより抗体の血漿中半減期が長くなることは実証されて いない。
(2) 原告主張先願発明と本件発明の同一性 甲7文献には,pH5.8におけるKDとpH7.4におけるKDとの比 は記載されておらず,実施例により実証されてもいない。また,原告は,原 告主張先願発明の「推定結合部位」は可変領域と同義であるか,少なくとも 抗体の可変領域を含むと主張するが,甲7文献における「推定結合部位」は 抗体の可変領域には特定されていないから,本件発明1のヒスチジン置換又 は挿入箇所が少なくとも可変領域の1つのアミノ酸である点も,相違点であ 36 る。原告主張先願発明と本件発明1は同一ではない。
当裁判所の判断
1 本件発明について (1) 特許請求の範囲の記載 本件発明の特許請求の範囲の記載は,前記第2の2に記載のとおりである。
(2) 本件明細書の記載 本件明細書には以下の記載がある(甲17)。
ア 【技術分野】 【0001】 本発明は,抗原結合分子の薬物動態を向上する方法,抗原結 合分子の抗原への結合回数を増やす方法,薬物動態が向上した抗原結合分 子,抗原結合分子の抗原への結合回数が向上した抗原結合分子,および, それらの製造法等に関する。
イ 【背景技術】 【0002】 抗体は血漿中での安定性が高く,副作用も少ないことから医 薬品として注目されている。中でもIgG型の抗体医薬は多数上市されており, 現在も数多くの抗体医薬が開発されている。抗体医薬は一般に投与量が非 常に高いものであるところ,抗体医薬の投与量を低減させる方法として, 抗体の薬物動態を向上する方法と抗体と抗原の親和性(アフィニティー) を向上する方法が考えられる。
【0003】 抗体の薬物動態を向上させる方法として,定常領域の人工的 なアミノ酸置換が報告され,抗原結合能,抗原中和能を増強させる技術と して,アフィニティーマチュレーション技術が報告されている。可変領域 のCDR領域などのアミノ酸に変異を導入することで抗原への結合活性を増強 し,投与量の低減,薬効の向上が可能である。
【0004】 一方,抗体1分子あたりが中和できる抗原量はアフィニティ ーに依存し,アフィニティーを強くすることで少ない抗体量で抗原を中和 37 することが可能であり,様々な方法で抗体のアフィニティーを強くするこ とが可能である。さらに抗原に共有結合的に結合し,アフィニティーを無 限大にすることができれば1分子の抗体で1分子の抗原(2価の場合は2 抗原)を中和することが可能である。しかし,これまでの方法では1分子 の抗体で1分子の抗原(2価の場合は2抗原)の化学量論的な中和反応が 限界であり,抗原量以下の抗体量で抗原を完全に中和することは不可能で あった。つまり,アフィニティーを強くする効果には限界が存在していた (非特許文献9)。中和抗体の場合,その中和効果を一定期間持続させる ためには,その期間に生体内で産生される抗原量以上の抗体量が投与され る必要があり,上述の抗体の薬物動態向上,あるいは,アフィニティーマ チュレーション技術だけでは,必要抗体投与量の低減には限界が存在して いた。
【0005】 そのため,抗原量以下の抗体量で抗原の中和効果を目的期間 持続するためには,一つの抗体で複数の抗原を中和する必要がある。1つ の抗体で複数の抗原を中和する方法として,抗体に触媒機能を付与した触 媒抗体による抗原の不活化が挙げられる。タンパク質抗原の場合,抗原の ペプチド結合を加水分解することで不活化することが可能であり,この加 水分解反応を抗体が触媒することで,繰り返し抗原を中和(不活化)する ことが可能であると考えられている(非特許文献8)。これまでに多くの 触媒抗体および触媒抗体作製技術に関する報告がされているが,医薬品と して十分な触媒活性を有する触媒抗体の報告はない。すなわち,ある抗原 に対する抗体のin vivo試験において,通常の触媒機能を有さない中和抗体 と比較して,低用量で同等以上の効果を発揮する,あるいは,同じ投与量 でより持続的に効果を発揮することができる触媒抗体の報告はこれまでに ない。
【0006】 このように,1分子の抗体で複数の抗原を中和し,通常の中 38 和抗体より優れたin vivo効果を発揮することができる抗体に関する報告は なく,投与量の低減および持続性の延長のためには1抗体で複数の抗原を 中和し, vivoで通常の中和抗体よりも効果を発揮する新規な抗体作製技 in 術が望まれていた。
ウ 【課題を解決するための手段】【0010】 本発明者らは,抗原結合分子などの抗原結合能を有するポリ ペプチドの抗原に複数回結合する方法,血漿中半減期(血中半減期)を改 善(薬物動態を向上)する方法について,鋭意研究を行った。その結果, 本発明者らは,血漿中(血中)でのpHにおける抗原結合活性と比較して早 期エンドソーム内でのpHにおける抗原結合活性が弱い抗原結合分子は抗原 に複数回結合し,血漿中半減期が長いことを見出した。
エ 【発明の効果】【0012】 本発明によって,1分子の抗原結合分子を複数の抗原に繰り 返し結合させる方法が提供された。1分子の抗原結合分子が複数の抗原に 結合することで抗原結合分子の薬物動態を向上させ, vivoにおいて通常 in の抗原結合分子よりも優れた効果を発揮させることができる。
オ 【発明を実施するための形態】【0025】 本発明において,酸性pHにおける抗原結合活性が中性pHにお ける抗原結合活性よりも弱い限り,酸性pHにおける抗原結合活性と中性pH における抗原結合活性の差は特に限定されないが,好ましくは抗原に対す るpH5.8でのKDとpH7.4でのKD(Dissociation constant:解離定数)の比で あ る KD(pH5.8)/KD(pH7.4) の 値 が 2 以 上 で あ り , さ ら に 好 ま し く は KD(pH5.8)/KD(pH7.4) の 値 が 1 0 以 上 で あ り , さ ら に 好 ま し く は KD(pH5.8)/KD(pH7.4)の値が40以上である。KD(pH5.8)/KD(pH7.4)の値の 上限は特に限定されず,当業者の技術において作製可能な限り,400,1000, 10000等,いかなる値でもよい。・・・ 39 【0029】 抗原結合分子のpH5.8における抗原結合活性をpH7.4における 抗原結合活性より弱くする方法(pH依存的な結合能を付与する方法)は特 に限定されず,如何なる方法により行われてもよい。例えば抗原結合分子 中のアミノ酸をヒスチジンに置換する,又は抗原結合分子中にヒスチジン を挿入することによりpH5.8における抗原結合活性をpH7.4における抗原結 合活性より弱くする方法を挙げることができる。抗体中のアミノ酸をヒス チジンで置換することによりpH依存性の抗原結合活性を抗体に付与できる ことは既に知られている(FEBS Letter, 309(1), 85-88, (1992))。ヒ スチジン変異(置換)又は挿入が導入される(行われる)位置は特に限定 されず,変異又は挿入前と比較してpH5.8における抗原結合活性がpH7.4に おける抗原結合活性より弱くなる (KD(pH5.8)/KD(pH7.4)の値が大きくなる) 限り,如何なる部位でもよい。例えば,抗原結合分子が抗体の場合には, 抗体の可変領域などを挙げることができる。ヒスチジン変異又は挿入が導 入される(行われる)数は当業者が適宜決定することができ,1箇所のみ をヒスチジンで置換してもよいし,又は1箇所のみにヒスチジンを挿入し てもよいし,2箇所以上の複数箇所をヒスチジンで置換してもよいし,又 は2箇所以上の複数箇所にヒスチジンを挿入してもよい。又,ヒスチジン 変異以外の変異(ヒスチジン以外のアミノ酸への変異)を同時に導入して もよい。さらに,ヒスチジン変異とヒスチジン挿入を同時に行ってもよい。
ヒスチジンへの置換又はヒスチジンの挿入は当業者に公知のアラニン scanningのアラニンをヒスチジンに置き換えたヒスチジンscanningなどの 方法によりランダムに行ってもよく,ヒスチジン変異又は挿入がランダム に導入された抗原結合分子ライブラリーの中から,変異前と比較して KD(pH5.8)/KD(pH7.4)の値が大きくなった抗原結合分子を選択してもよい。
【0030】 抗原結合分子のアミノ酸をヒスチジンに置換又は抗原結合分 子のアミノ酸にヒスチジンを挿入する場合,特に限定されないが,ヒスチ 40 ジン置換又は挿入後の抗原結合分子のpH7.4における抗原結合活性が,ヒス チジン置換又は挿入前の抗原結合分子のpH7.4における抗原結合活性と同等 であることが好ましい。・・・ヒスチジン置換又は挿入により抗原結合分 子の抗原結合活性が低くなった場合には,抗原結合分子中の1又は複数の アミノ酸の置換,欠失,付加及び/又は挿入などにより抗原結合活性をヒ スチジン置換又は挿入前の抗原結合活性と同等にしてもよい。本発明にお いては,そのようなヒスチジン置換又は挿入後に1又は複数のアミノ酸の 置換,欠失,付加及び/又は挿入を行うことにより結合活性が同等となっ た抗原結合分子も含まれる。
【0070】 本発明においてヒスチジン又は非天然アミノ酸に置換される 箇所の例として,抗原結合分子が抗体の場合には,抗体のCDR配列やCDRの 構造を決定する配列が改変箇所として考えられ,例えば以下の箇所を挙げ ることができる。なお,アミノ酸位置はKabatナンバリング(Kabat EA et al. 1991. Sequences of Proteins of Immunological Interest.NIH) で示している。
【0071】 重鎖:H27,H31,H32,H33,H35,H50,H58,H59,H61,H62, H63,H64,H65,H99,H100b,H102 軽鎖:L24,L27,L28,L32,L53,L54, L56,L90,L92,L94【0072】 これらの改変箇所のうち,H32,H61,L53,L90,L94は普遍性 の高い改変箇所と考えられる。
【0073】 又,特に限定されないが,抗原がIL-6受容体(例えば,ヒト IL-6受容体)の場合の好ましい改変箇所として以下の箇所を挙げることが できる。
【0074】 重鎖:H27,H31,H32,H35,H50,H58,H61,H62,H63,H64, H65,H100b,H102 軽鎖:L24,L27,L28,L32,L53,L56,L90,L92,L94【0075】 複数の箇所を組み合わせてヒスチジン又は非天然アミノ酸に 41 置換する場合の好ましい組み合わせの具体例としては,例えば,H27,H31, H35の組み合わせ,H27,H31,H32,H35,H58,H62,H102の組み合わせ,L32, L53の組み合わせ,L28,L32,L53の組み合わせ等を挙げることができる。
さらに,重鎖と軽鎖の置換箇所の好ましい組み合わせの例としては,H27, H31,L32,L53の組み合わせを挙げることができる。
【0076】 又,特に限定されないが,抗原がIL-6(例えば,ヒトIL-6) の場合の好ましい改変箇所として以下の箇所を挙げることができる。
【0077】 重鎖:H32,H59,H61,H99 軽鎖:L53,L54,L90,L94【0078】 又,特に限定されないが,抗原がIL-31受容体(例えば,ヒト IL-31受容体)の場合の好ましい改変箇所としてH33を挙げることができる。
【0106】 特に,本発明者らは血漿中のpHとエンドソーム内のpHが異な ることに着目し,血漿中のpH条件では抗原に強く結合し,エンドソーム内 のpH条件では抗原に弱く結合する抗体は1抗体分子が複数の抗原に結合す ることができ,血漿中滞留性が優れていることを見出した。
【0108】 従って,酸性pHにおける抗原結合活性が中性pHにおける抗原 結合活性よりも弱い抗原結合分子は,中性pHの血漿中において抗原に結合 し,細胞内に取り込まれた後に,酸性pHのエンドソーム内で抗原と解離す る。抗原と解離した抗原結合分子はFcRnに結合して細胞表面に移行し,抗 原と結合していない状態で再び血漿中に戻り,結果として抗原と複数回結 合することができ,薬物動態が向上する。
【0183】 本発明のスクリーニング方法でスクリーニングされる抗原結 合物質はどのように調製されてもよく,例えば,あらかじめ存在している 抗体,あらかじめ存在しているライブラリー(ファージライブラリー等), 動物への免疫から得られたハイブリドーマや免疫動物からのB細胞から作製 された抗体又はライブラリー,これらの抗体やライブラリーにヒスチジン や非天然アミノ酸変異を導入した抗体又はライブラリー(ヒスチジン又は 42 非天然アミノ酸の含有率を高くしたライブラリーや特定箇所にヒスチジン 又は非天然アミノ酸変異を導入したライブラリー等)などを用いることが 可能である。
【0191】 さらに,本発明は元のライブラリーと比較してヒスチジンを 含む割合を上昇させたライブラリーを提供する。ライブラリー中に含まれ る抗原結合分子が有するヒスチジンの割合が高くなっているライブラリー は上述のスクリーニング方法や後述の製造方法に用いることが可能である。
【0192】 ヒスチジンを含む割合を高めたライブラリーの作製方法は, 当業者に公知の方法を用いることにより作製することが可能であり,例え ば以下の方法が挙げられる。ライブラリー作製のための核酸を合成する際 に,トリヌクレオチド法(J Mol Biol. 2008 Feb 29;376(4):1182-200.) により,20種類のアミノ酸をコードする20種類の3塩基コドン(トリ ヌクレオチド)を等しい確率で含有させることによって,ライブラリー化 した部位に20種類のアミノ酸が等しい確率で含有させることが可能であ る。このとき20種類のうちヒスチジンをコードするトリヌクレオチドの 割合を他のアミノ酸よりも高くすることによって,ライブラリー化した部 位にヒスチジンが出現する可能性を高めることが可能である。
【0254】 <医薬組成物> また本発明は,本発明の抗原結合分子,本発明のスクリーニング方法に より単離された抗原結合分子,または本発明の製造方法により製造された 抗原結合分子を含む医薬組成物に関する。本発明の抗原結合分子または本 発明の製造方法により製造された抗原結合分子は血漿中滞留性に優れてお り,抗原結合分子の投与頻度を減らせることが期待されるので医薬組成物 として有用である。本発明の医薬組成物は医薬的に許容される担体を含む ことができる。
43 カ 【実施例】【0264】 以下本発明を実施例により具体的に説明するが,本発明はこ れら実施例に制限されるものではない。
【0265】 〔実施例1〕改変ヒト化PM1抗体の作製・・・【0272】 ヒト化抗IL-6レセプター抗体の作製 Cancer Res. 1993 Feb 15;53(4):851-6においてヒト化されたマウスPM1 抗体(以降Wild type,WTと略,H鎖WTをH(WT)(アミノ酸配列 配列番号: 9)とし,L鎖WTをL(WT)(アミノ酸配列 配列番号:10)とする)のフレ ームワーク配列とCDR配列に変異を導入し,改変H鎖としてH53(アミノ酸配 列 配列番号:1),PF1H(アミノ酸配列 配列番号:11),改変L鎖とし てL28(アミノ酸配列 配列番号:12),PF1L(アミノ酸配列 配列番号: 2)を作製した。・・・【0274】 〔実施例2〕pH依存的結合抗体H3pI/L73の作製 複数回抗原を中和できる抗体の創製方法 IgG分子は2価であるため2ヶ所で抗原に結合した場合,1分子のIgG分 子で最大2分子の抗原を中和することが可能であるが,3分子以上の抗原 を中和することは出来ない。そのため中和抗体の場合,その中和効果を一 定期間持続させるためには,その一定期間に産生される抗原量以上の抗体 量が投与される必要があり,抗体の薬物動態向上やアフィニティー向上技 術だけでは,必要抗体投与量の低減には限界が存在する。そこで1分子の IgG分子で2分子以上の抗原を中和することができれば,同じ投与量であれ ば中和効果の持続性が向上し,また,同じ持続性を達成するために必要な 投与量を低減することが可能である。
44 【0275】 中和抗体の場合,ターゲットとなる抗原の種類として,抗原 が血漿中に存在する可溶型抗原場合〔判決注:原文のまま〕と抗原が細胞 表面に発現している膜型抗原の場合の2種類が存在する。
【0276】 抗原が膜型抗原の場合,投与した抗体は細胞表面上の膜抗原 に結合して,その後,抗体は膜抗原に結合したまま抗原と一緒にインター ナライゼーションによって細胞内のエンドソームに取り込まれ,その後, 抗原に結合したままライソソームへ移行し抗体は抗原と一緒にライソソー ムにより分解される。膜抗原によるインターナライゼーションを介した血 漿中から〔判決注:原文のまま〕消失は抗原依存的な消失と呼ばれており, 多くの抗体分子で報告されている(Drug Discov Today. 2006 Jan;11(1- 2):81-8)。1分子のIgG抗体は2価で抗原に結合した場合2分子の抗原に 結合し,インターナライズされそのままライソソームで分解されることか ら,通常の抗体の場合,1分子のIgG抗体が2分子以上の抗原を中和するこ とは出来ない(図1)。
【0277】 IgG分子の血漿中滞留性が長い(消失が遅い)のは,IgG分子 のサルベージレセプターとして知られているFcRnが機能しているためであ る(Nat Rev Immunol. 2007 Sep;7(9):715-25)。ピノサイトーシスによっ てエンドソームに取り込まれたIgG分子は,エンドソーム内の酸性条件下に おいてエンドソーム内に発現しているFcRnに結合する。FcRnに結合できな かったIgG分子はライソソームへと進みそこで分解されるが,FcRnへ結合し たIgG分子は細胞表面へ移行し血漿中の中性条件下においてFcRnから解離す ることで再び血漿中に戻る(図2)。
【0278】 膜抗原に結合したIgG分子はインターナライゼーションによっ て細胞内のエンドソームに取り込まれ,抗原に結合したままライソソーム に移行し分解され,IgG抗体が2価で抗原に結合した場合は2分子の抗原を 中和して抗原と共に分解される。インターナライゼーションによって細胞 45 内のエンドソームに取り込まれた際に,エンドソーム内の酸性条件下にお いてIgG抗体が抗原から解離することが出来れば,解離した抗体はエンドソ ーム内に発現しているFcRnに結合することが出来ると考えられる。抗原か ら解離しFcRnへ結合したIgG分子は細胞表面へ移行し血漿中の中性条件下に おいてFcRnから解離することで再び血漿中に戻り,血漿中に戻ったIgG分子 は再度新たな膜抗原へ結合することが可能である。これを繰り返すことに よって,1分子のIgG分子が繰り返し膜型抗原に結合することが可能になる ため,1分子のIgG分子が複数個の抗原を中和することが可能となる (図3)。
【0279】 抗原が可溶型抗原の場合,投与した抗体は血漿中で抗原に結 合し,抗原と抗体の複合体の形で血漿中を滞留する。通常,抗体の血漿中 滞留性は上述のとおりFcRnの機能により非常に長い(消失速度が非常に遅 い)のに対して,抗原の血漿中滞留性は短い(消失速度が速い)ため,抗 体に結合した抗原は抗体と同程度の血漿中滞留性を有する(消失が非常に 遅い)ことになる。抗原は生体内で常に一定の速度で産生されており,抗 体非存在下では抗原の産生速度と抗原の消失速度が釣り合った状態の濃度 で抗原が血漿中に存在する。抗体存在下では,ほとんどの抗原が抗体に結 合し,抗原の消失は非常に遅くなるため血漿中の抗原濃度は抗体非存在下 に比べて上昇する(Kidney Int. 2003, 64, 697-703, National Cancer J. Institute 2002 , 94(19) , 1484-1493 , J. Allergy and Clinical Immunology 1997, 100(1), 110-121,Eur. J. Immunol. 1993, 23; 2026- 2029 )。仮に抗体の抗原へのアフィニティーが無限大であったとしても, 抗原の濃度が上昇し,抗体が血漿中から徐々に消失し,抗体と抗原の濃度 が一致した時間以降,抗体の抗原中和効果が切れてしまう。可溶型抗原に 対する中和効果は,解離定数(KD)が強いほど少ない抗体濃度で中和する ことが可能であるが,アフィニティーをどれだけ強くしても存在する抗原 濃度の1/2以下の抗体濃度では抗原を中和することができない(Biochem 46 Biophys Res Commun. 2005 Sep 9;334(4):1004-13)。抗原が結合していな いIgG分子同様,抗原が結合したIgG分子も血漿中においてピノサイトーシ スによってエンドソームに取り込まれ,エンドソーム内の酸性条件下にお いてエンドソーム内に発現しているFcRnに結合する。FcRnへ結合したIgG分 子は抗原に結合したまま,細胞表面へ移行し血漿中の中性条件下において FcRnから解離することでIgG分子は抗原に結合したまま再び血漿中に戻るた め,血漿中で新たな抗原に結合することは出来ない。この際,エンドソー ム内の酸性条件下においてIgG分子が抗原から解離することが出来れば,解 離した抗原はFcRnに結合することが出来ないため,その抗原はライソソー ムによって分解されると考えられる。一方,IgG分子はFcRnに結合すること により再び血漿中に戻ることが可能である。血漿中に戻ったIgG分子は,す でにエンドソーム内で抗原を解離していることから,血漿中において再度 新しい抗原に結合することが可能になる。これを繰り返すことによって, 1分子のIgG分子が繰り返し可溶型抗原に結合することが可能になるため, 1分子のIgG分子が複数個の抗原を中和することが可能となる(図4)。
【0280】 このように抗原が膜型抗原,可溶型抗原であるに関わらず, エンドソーム内の酸性条件下においてIgG抗体が抗原から解離することが出 来れば,1分子のIgG分子が繰り返し抗原を中和することが達成できると考 えられた。エンドソーム内の酸性条件下においてIgG抗体が抗原から解離す るためには,酸性条件下において抗原と抗体の結合が中性条件下と比較し て大幅に弱くなる必要がある。細胞表面では膜抗原を中和する必要がある ため,細胞表面のpHであるpH7.4においては抗原に強く結合する必要がある。
エンドソーム内のpHは一般的にpH5.5〜pH6.0であることが報告されている (Nat Rev Mol Cell Biol. 2004 Feb;5(2):121-32.)ことから,pH5.5〜 pH6.0において抗原に弱く結合する抗体であれば,エンドソーム内の酸性条 件下において抗原から抗体は解離すると考えられる。すなわち,細胞表面 47 のpHであるpH7.4においては抗原に強く結合し,エンドソーム内のpHである pH5.5〜pH6.0において抗原に弱く結合する抗体であれば,1分子のIgG分子 が複数個の抗原を中和し,薬物動態を向上することが可能であると考えら れた。
【0281】 一般的にタンパク質-タンパク質相互作用は疎水相互作用, 静電相互作用,水素結合からなり,その結合の強さは一般的に結合定数 (affinity),あるいは見かけの結合定数(avidity)で表現される。中性 条件下(pH7.4)と酸性条件下(pH5.5〜pH6.0)とで結合の強さが変化する pH依存的な結合は,天然に存在するタンパク質-タンパク質相互作用に存 在する。例えば上述したIgG分子とIgG分子のサルベージレセプターとして 知られているFcRnの結合は,酸性条件下(pH5.5〜pH6.0)で強く結合し中 性条件下(pH7.4)で極めて結合が弱い。これら多くのpH依存的に結合が変 化するタンパク質-タンパク質相互作用においては,その相互作用にヒス チジン残基が関与している。ヒスチジン残基のpKaは6.0〜6.5付近に存在す るため,中性条件下(pH7.4)と酸性条件下(pH5.5〜pH6.0)との間でヒス チジン残基のプロトンの解離状態が変化する。すなわち,ヒスチジン残基 は中性条件下(pH7.4)においては電荷を帯びず中性で水素原子アクセプタ ーとして機能し,酸性条件下(pH5.5〜pH6.0)においては正電荷を帯び水 素原子ドナーとして機能する。上述のIgG-FcRn相互作用においても,IgG側 に存在するヒスチジン残基がpH依存的結合に関与していることが報告され ている(Mol Cell. 2001 Apr;7(4):867-77.)。
【0282】 そのためタンパク質-タンパク質相互作用に関与するアミノ 酸残基をヒスチジン残基に置換する,あるいは,相互作用する箇所にヒス チジンを導入することによってタンパク質-タンパク質相互作用にpH依存 性を付与することは可能である。抗体-抗原間のタンパク質-タンパク質 相互作用においてもそのような試みがされており,抗卵白リゾチウム抗体 48 のCDR配列にヒスチジンを導入することによって,酸性条件下で抗原に対す る結合性が低下した抗体変異体を取得することに成功している (FEBS Letter (vol.309, No.1, 85-88, 1992))。また,CDR配列にヒスチジンを導入 することによって,ガン組織の低いpHで特異的に抗原に結合し中性条件下 では弱く結合する抗体が報告されている(WO2003105757)。
【0283】 このように抗原抗体反応にpH依存性を導入する方法は報告さ れているが,これまでに体液中のpHであるpH7.4においては抗原に強く結合 し,エンドソーム内のpHであるpH5.5〜pH6.0において抗原に弱く結合する ことで,1分子のIgG分子が複数個の抗原を中和する抗体は報告されていな い。すなわち,中性条件下での結合を維持しつつ酸性条件下での結合のみ を大きく低下させる改変を導入することで,改変前の抗体と比較して改変 後の抗体が, vivoにおいて抗原に複数回結合することで薬物動態が向上 in し,同じ投与量で中和効果の持続性が向上した抗体の改変に関する報告は 無い。
【0284】 IL-6レセプターは生体内に可溶型IL-6レセプターおよび膜型 IL-6レセプターの両方の形で存在する(Nat Clin Pract Rheumatol. 2006 Nov;2(11):619-26.)。抗IL-6レセプター抗体は可溶型IL-6レセプターおよ び膜型IL-6レセプター両方に結合してそれらの生物学的な作用を中和する。
抗IL-6レセプター抗体は膜型IL-6レセプターに結合後,膜型IL-6レセプタ ーに結合したままインターナライゼーションによって細胞内のエンドソー ムに取り込まれ,その後,抗IL-6レセプター抗体は膜型IL-6レセプターに 結合したままライソソームへ移行し一緒にライソソームにより分解される と考えられている。実際,ヒト化抗IL-6レセプター抗体は,非線形なクリ アランスを示し,抗原依存的な消失がヒト化抗IL-6レセプター抗体の消失 に大きく寄与していることが報告されている (The Journal of Rheumatology, 2003, 30;71426-1435)。すなわち,1分子のヒト化抗IL-6レセプター抗 49 体は1分子ないしは2分子の膜型IL-6レセプターに (1価ないしは2価で) 結合し,インターナライズ後,ライソソームで分解されると考えられる。
そこで,天然型のヒト化抗IL-6レセプター抗体の中性条件下での結合を維 持しつつ酸性条件下での結合のみを大きく低下させる改変抗体(pH依存的 結合抗IL-6レセプター抗体)を作製することが出来れば,1分子のヒト化 抗IL-6レセプター抗体で複数分子のIL-6レセプターを中和できると考えら れ,これにより天然型のヒト化抗IL-6レセプター抗体と比較して,pH依存 的結合抗IL-6レセプター抗体はin vivoにおいて同じ投与量で中和効果の持 続性が向上できると考えた。
【0285】 pH依存的結合ヒト化IL-6レセプター抗体H3pI/L73の作製 pH依存的な結合を抗原抗体反応に導入する方法として,CDRにヒスチジン を導入する方法が報告されている(FEBS Letter (vol.309, No.1, 85- 88, 1992))。実施例1で作製したH53/PF1Lの可変領域表面に露出するア ミノ酸残基および抗原と相互作用していると考えられる残基を確認するた めに,MOEソフトウェア(Chemical Computing Group Inc.)を用いて,ホ モロジーモデリングによりH53/PF1LのFv領域モデルを作製した。H53/PF1L の配列情報を元に作成した立体構造モデルより,ヒスチジン導入により抗 原とのpH依存的結合を導入できると考えられる変異箇所をH27,H31,H35, L28,L32,L53(Kabatナンバリング,Kabat EA et al. 1991. Sequences of Proteins of Immunological Interest.NIH)に選定した。H27,H31, H35の残基をヒスチジンに置換する変異を実施例1で作成したH53に対して 導入したものをH3pI(アミノ酸配列 配列番号:3)とし,L28,L32,L53 の残基をヒスチジンに置換する変異を実施例1で作成したPF1Lに対して導 入したものをL73(アミノ酸配列 配列番号:6)とした。
【0286】 H3pI/L73の発現ベクターの作製・発現・精製 50 選定された箇所について改変抗体を作製するためのアミノ酸改変を行っ た。実施例1において作製したH53(塩基配列 配列番号:13)およびPF1L (塩基配列 配列番号:14)に変異を導入して,H3pI(アミノ酸配列 配 列番号:3)とL73(アミノ酸配列 配列番号:6)を作製した。具体的に は,QuikChange Site-Directed Mutagenesis Kit(Stratagene)を用いて, 添付説明書記載の方法で作製し,得られたプラスミド断片を動物細胞発現 ベクターに挿入し,目的のH鎖発現ベクターおよびL鎖発現ベクターを作製 した。得られた発現ベクターの塩基配列は当業者公知の方法で決定した。
H鎖としてH3pI,L鎖としてL73を用いたH3pI/L73の発現・精製は実施例1に 記載した方法で行った。
【0287】 〔実施例3〕ファージディスプレイ技術を用いたCDR His改変によるpH依存 的抗原結合能の付与 ヒト化PM1抗体のscFv分子の作製 ヒ ト 化 抗 IL-6R 抗 体 で あ る ヒ ト 化 PM1 抗 体 ( Cancer Res. 1993 Feb 15;53(4):851-6)のscFv化を行った。VH,VL領域をPCRによって増幅し,リ ンカー配列GGGGSGGGGSGGGGS(配列番号:15)をVH,VLの間に持つヒト化 PM1 HL scFvを作製した。
【0288】 ヒスチジンscanningによるヒスチジン導入可能箇所の選定 作製したヒト化PM1 HL scFv DNAを鋳型にしたPCRにより,各CDRアミノ酸 のうちの一つのアミノ酸がヒスチジンとなるヒスチジンライブラリーを作 製した。ライブラリー化したいアミノ酸のコドンをヒスチジンに相当する コドンであるCATとしたプライマーを用いたPCR反応によってライブラリー 部分を構築,それ以外の部分を通常のPCRによって作製し,assemble PCR法 により連結して構築した。構築したライブラリーをSfi Iで消化し,同様に 51 Sfi Iで消化したphagemideベクターpELBG lacIベクターに挿入し,XL1-Blue (stratagene)にtransformした。得られたコロニーを用い,phage ELISA による抗原結合性評価とHL scFv配列解析を行った。J.Mol.Biol 1992 ; 227 : 381-388に習い,SR344を1μg/mLでcoatingしたプレートを用いた phage-ELISAを行った。SR344への結合性が認められたクローンについて, 特異的プライマーを用い,配列解析を行った。
【0289】 anti-Etag抗体(GE Healthcare)とanti-M13抗体(GE Healthcare) によるELISA法により,phage titerを求めた。この値を用い,SR344に対す るphage ELISAの結果から,ヒト化PM1 HL scFvと比べ,CDRの残基をヒスチ ジンに置換しても結合能に大きな変化がない箇所を選定した。これらの箇 所を表2に示した。各残基のナンバリングはKabatナンバリング(Kabat EA et al. 1991. Sequences of Proteins of Immunological Interest.NIH) に従った。
【0290】 [表2]結合能に大きく影響のないヒスチジン置換箇所 H31, H50, H54, H56, H57, H58, H59, H60, H61, H62, H63, H64, H65, H100a, H100b, H102 L24, L26, L27, L28, L30, L31, L32, L52, L53, L54, L56, L90, L92, L93, L94【0291】 CDRヒスチジン改変ライブラリーの構築 表2に示した,ヒスチジンに置換しても結合能に大きな変化がないCDR残 基(ヒスチジン導入可能箇所)のアミノ酸を,元の配列(天然型配列)も しくはヒスチジンとなるライブラリーの設計を行った。実施例1で作製し たH鎖PF1H,L鎖PF1Lの配列を元にし,ライブラリー箇所において,元の配 列あるいはヒスチジン(元の配列かヒスチジンのどちらか一方),となる 52 ようにライブラリーを構築した。
【0292】 ライブラリー化したい箇所を,元のアミノ酸のコドン,もし くはヒスチジンのコドン,となるよう設計したプライマーを用いたPCR反応 によってライブラリー部分を構築,それ以外の場所を通常のPCR,もしくは ライブラリー部分と同様に合成プライマーを用いたPCR反応によって作製し, assemble PCR法により連結して構築した(J.Mol.Biol 1996 ; 256 : 77- 88)。
【0293】 こ の ラ イ ブ ラ リ ー を 用 い , J. Immunological Methods 1999 ;231:119-135に習い,ribosome display用ライブラリーを構築した。
大腸菌無細胞系in vitro translationを行うために,SDA配列(ribosome binding site),T7 promoterを5'側に付加し,ribosome display用のリン カーとして3'側にgene3部分配列をSfi Iを用いてligationした。
【0294】 ビーズパンニングによるライブラリーからのpH依存的結合scFvの取得 SR344 へ の 結 合 能 を も つ scFv の み を 濃 縮 さ せ る た め , Nature Biotechnology 2000 Dec ; 18 : 1287-1292 に習い,ribosome display法 によるパンニングを2回行った。調製されたSR344を,NHS-PEO4-Biotin (Pierce)を用いてビオチン化し抗原とした。ビオチン化抗原量を40 nM使 用し,パンニングを行った。
【0299】 しかしながらこの磁気ビーズに固定化した抗原を用いたパン ニングでは,強いpH依存的結合能を有するクローンは得られなかった。弱 いながらpH依存的結合能が認められたクローンについて,特異的プライマ ーを用い,配列解析を行った。これらのクローンにおいて,高い確率でヒ スチジンとなっていた箇所を表3に示した。
【0300】 [表3] ファージライブラリー(磁気ビーズパンニング)により見出された 53 ヒスチジン置換箇所 H50, H58, H61, H62, H63, H64, H65, H102 L24, L27, L28, L32, L53, L56, L90, L92, L94【0301】 カラムパンニングによるライブラリーからのpH依存的結合scFvの取得 一般的な磁気ビーズに固定化した抗原を用いたパンニングでは強いpH依 存的結合能を有するクローンは得られなかった。磁気ビーズに固定化した 抗原を用いたパンニングやプレートに固定化した抗原を用いたパンニング の場合は,磁気ビーズあるいはプレートから酸性条件下で解離したファー ジを全て回収するため,pH依存性が弱いクローンのファージであっても回 収されてしまい,最終的に濃縮されるクローンに強いpH依存性を有するク ローンが含まれる可能性が低いことが原因と考えられる。
【0302】 そこで,より厳しい条件でのパンニング方法として抗原を固 定化したカラムを用いたパンニングを検討した(図5)。・・・【0305】 ファージELISAによる評価 ファージELISAにより,得られたphageの評価をおこなった。pH依存性が 強く認められたクローンについて,特異的プライマーを用い,配列解析を 行った。その結果,WTと比較してpH依存的な結合が強く見られたクローン が複数得られた。図6に示すとおり,WTと比較してクローンCL5 (H鎖CLH5, L鎖CLL5)(CLH5:アミノ酸配列 配列番号:5,CLL5:アミノ酸配列 配列 番号:8)は特に強いpH依存的な結合が確認された。一般的な磁気ビーズ に固定化した抗原を用いたパンニングでは取れなかった強いpH依存的結合 を示す抗体が,抗原を固定化したカラムを用いたパンニングにより取得で きることが分かり,pH依存的結合抗体をライブラリーから取得する方法と しては抗原を固定化したカラムを用いたパンニングが非常に有効であるこ 54 とが分かった。pH依存的な結合が見られた複数のクローンのアミノ酸配列 解析の結果,濃縮されたクローンにおいて高い確率でヒスチジンとなって いた箇所を表4に示した。
【0306】 [表4] ファージライブラリー(カラムパンニング)によるヒスチジン置換 箇所 H31, H50, H58, H62, H63, H65, H100b, H102 L24, L27, L28, L32, L53, L56, L90, L92, L94【0307】 〔実施例4〕ヒト化IL-6レセプター抗体のヒスチジン改変体の発現と精製 ヒト化IL-6レセプター抗体のヒスチジン改変抗体の発現ベクターの作製・ 発現・精製 ファージELISAにてpH依存性が強く認められたクローンについて,IgG化 するために,VH,および,VLをそれぞれPCRによって増幅し,XhoI/NheI消 化およびEcoRI消化により動物細胞発現用ベクターに挿入した。各DNA断片 の塩基配列は,当業者公知の方法で決定した。H鎖としてCLH5,L鎖として 実施例2で得られたL73を用いたCLH5/L73をIgGとして発現・精製した。発 現・精製は実施例1に記載した方法で行った。
【0308】 変異箇所の組み合わせにより,さらに高いpH依存性をもつ抗 体作製を行った。ファージライブラリーでHisが濃縮された箇所,構造情報, などから,H鎖として実施例2で得られたH3pIのH32,H58,H62,H102をヒ スチジンに置換し,さらにH95をバリンに,H99をイソロイシンに置換し, H170(配列番号:4)を作製した。改変体の作製は実施例1に記載した方 法で行った。また,L鎖として実施例2で作成したL73の28番目のヒスチジ ンをアスパラギン酸に置換したL82(配列番号:7)を作製した。改変体の 作製は実施例1に記載した方法で行った。実施例1に記載した方法で,H鎖 55 としてH170,L鎖としてL82を用いたH170/L82をIgGとして発現・精製を行っ た。
【0311】 〔実施例6〕pH依存的結合抗体のBiacore解析 pH依存的結合クローンの可溶型IL-6レセプターへの結合解析 ヒト化PM1抗体(野生型:WT) および, , 実施例2,4で作製したH3pI/L73, CLH5/L73,H170/L82の4種類について,Biacore T100(GE Healthcare)を 用いてpH5.8とpH7.4における抗原抗体反応の速度論的解析を実施した(バ ッファーは10 mM MES pH7.4あるいはpH5.8, 150 mM NaCl, 0.05% Tween20)。・・・【0312】 それぞれについてpH5.8とpH7.4のaffinity比を算出した結果, SR344に対するH3pI/L73,H170/L82,CLH5/L73のpH依存性結合(affinity) はそれぞれ41倍,394倍,66倍であり,いずれのクローンもWTと比較して15 倍以上の高いpH依存的結合を示した。
【0313】 これまでに血漿中のpHであるpH7.4においては抗原に強く結合 し,エンドソーム内のpHであるpH5.5〜pH6.0において抗原に弱く結合する 抗IL-6レセプター抗体は報告されていない。本検討において,WTのヒト化 IL-6レセプター抗体と同等の生物学的中和活性およびpH7.4でのaffinityを 維持したまま,pH5.8でのaffinityのみを特異的に10倍以上低下させた抗体 が得られた。
【0314】 [表5] SR344に対するpH依存的結合クローンの可溶型IL-6レセプターへ 結合比較 56 【0335】 〔実施例10〕可変領域の最適化による膜型IL-6レセプターへのpH依存的 結合の向上 可変領域H3pI/L73およびCLH5/L82の最適化 実施例9において,pH依存的結合能を有する抗体が優れた効果を発揮す ることが示されたことから,さらにpH依存的結合能を向上させるため,実 施例3で得られたCLH5のCDR配列に変異を導入し,VH1-IgG1(配列番号:2 1),VH2-IgG1(配列番号:22)を作製した。また,H3pIのフレームワ ーク配列とCDR配列に変異を導入し,改変H鎖としてVH3-IgG1(配列番号: 23),VH4-IgG1(配列番号:24)を作製した。L73,L82のCDR配列に変 異を導入し,改変L鎖としてVL1-CK(配列番号:25),VL2-CK(配列番号: 26),VL3-CK(配列番号:27)を作製した。・・・【0336】 H鎖としてVH2-IgG1(配列番号:22),L鎖としてVL2-CK(配 列番号:26)を用いたものをFv1-IgG1,H鎖としてVH1-IgG1(配列番号: 21),L鎖としてL82を用いたものをFv2-IgG1,H鎖としてVH4-IgG1(配列 番号 24) L鎖としてVL1-CK 配列番号:25) : , ( を用いたものをFv3-IgG1, H鎖としてVH3-IgG1(配列番号:23),L鎖としてVL3-CK(配列番号:2 7)を用いたものをFv4-IgG1とした。これらのうちFv2-IgG1とFv4-IgG1の 発現・精製を行った。発現・精製は実施例1に記載した方法で行った。 ・ ・ ・【0391】 〔実施例18〕pH依存的結合抗体による抗原への繰り返し結合 マウス投与抗体の発現と精製 57 ヒト化IL-6レセプター抗体として,以下の4種類を作製した。IL-6レセプターに対してpH依存的な結合を示さない通常の抗体としてH(WT) アミノ酸 (配列 配列番号:9)とL(WT)(アミノ酸配列 配列番号:10)からなるWT-IgG1,H54(アミノ酸配列 配列番号:70)とL28(アミノ酸配列 配列番号:12)からなるH54/L28-IgG1を,IL-6レセプターに対してpH依存的な結合を示す抗体として実施例3〔判決注:原文のまま。〕で作製したH170(アミノ酸配列 配列番号:4)とL82(アミノ酸配列 配列番号:7)からなるH170/L82-IgG1,および,実施例10で作製したVH3-IgG1(配列番号:23)とVL3-CK(配列番号:27)からなるFv4-IgG1を実施例1に示した方法で発現と精製を行った。
【0392】各種抗体の可溶型IL-6レセプターへの結合解析 調製したWT-IgG1,H54/L28-IgG1,H170/L82-IgG1,および,Fv4-IgG1の4種類について,Biacore T100 (GE Healthcare) を用いてpH7.4およびpH5.8における抗原抗体反応の速度論的解析を実施した (バッファーは10 mMMES pH7.4,またはpH5.8, 150 mM NaCl, 0.05% Surfactant-P20)。アミンカップリング法によりrecomb-proteinA/G (Pierce) を固定化したセンサーチップ上に種々の抗体を結合させ,そこにアナライトとして適切な濃度に調製したSR344を注入した。各種抗体のSR344への結合および解離をリアルタイムに観測した。測定は全て37℃で実施した。Biacore T100 EvaluationSoftware (GE Healthcare)を用い,結合速度定数 ka (1/Ms) ,および解離速度定数 kd (1/s) を算出し,その値をもとに 解離定数 KD (M) を算出した(表17)。
【0393】[表17] SR344に対する各種抗体の可溶型IL-6レセプターからの結合速度(ka)・解離速度(kd),解離定数(KD)比較 58 【0394】 それぞれについてpH5.8とpH7.4のアフィニティー(KD値)比 を算出した結果,SR344に対するWT-IgG1,H54/L28-IgG1,H170/L82-IgG1, および,Fv4-IgG1のpH依存性結合(KD値の比)はそれぞれ1.6倍,0.7倍, 61.9倍および27.3倍であった。また,それぞれについてpH5.8とpH7.4の解 離速度(kd値)比を算出した結果,SR344に対するWT-IgG1,H54/L28-IgG1, H170/L82-IgG1,および,Fv4-IgG1のpH依存性解離速度(kd値の比)はそれ ぞれ2.9倍,2.0倍,11.4倍および38.8倍であった。これより,通常の抗体 で あ る WT-IgG1 と H54/L28-IgG1 は pH 依 存 的 な 結 合 を ほ と ん ど 示 さ ず , H170/L82-IgG1とFv4-IgG1はpH依存的な結合を示すことが確認された。また, これらの抗体のpH7.4におけるアフィニティー(KD値)はほぼ同等であった から,血漿中におけるSR344への結合は同程度であると考えられた。
(3) 本件発明の特徴 上記(1)及び(2)によれば,本件発明について,以下の事項が認められる。
本件発明は,抗原結合分子の薬物動態を向上する方法,抗原結合分子の抗 原への結合回数を増やす方法,薬物動態が向上した抗原結合分子,抗原結合 分子の抗原への結合回数が向上した抗原結合分子,および,それらの製造法 等に関する。(【0001】) 抗体医薬は一般に投与量が非常に高いものであるところ,抗体の薬物動態 を向上させる方法として,定常領域の人工的なアミノ酸置換が報告され,抗 原結合能,抗原中和能を増強させる技術として,アフィニティーマチュレー ション技術が報告され,投与量の低減,薬効の向上が可能である。(【000 59 2】【0003】) これまでの方法では1分子の抗体で1分子の抗原(2価の場合は2抗原) の化学量論的な中和反応が限界であり,中和抗体の場合,その中和効果を一 定期間持続させるためには,その期間に生体内で産生される抗原量以上の抗 体量が投与される必要があり,上述の抗体の薬物動態向上,あるいは,アフ ィニティーマチュレーション技術だけでは,必要抗体投与量の低減には限界 が存在していた。(【0004】) 投与量の低減および持続性の延長のためには1抗体で複数の抗原を中和し, in vivoで通常の中和抗体よりも効果を発揮する新規な抗体作製技術が望まれ ていた。(【0006】) 本発明者らは,血漿中(血中)でのpHにおける抗原結合活性と比較して早 期エンドソーム内でのpHにおける抗原結合活性が弱い抗原結合分子は抗原に 複数回結合し,血漿中半減期が長いことを見出した。(【0010】) 本件発明は,1分子の抗原結合分子が複数の抗原に結合することで抗原結 合分子の薬物動態を向上させ, vivoにおいて通常の抗原結合分子よりも優 in れた効果を発揮させることができる。(【0012】)2 取消事由2(無効理由1(実施可能要件違反及びサポート要件違反)につい ての判断の誤り)について 事案に鑑み,まず,取消事由2について判断する。
(1) 実施可能要件について ア 特許法36条4項1号は,発明の詳細な説明の記載は,発明が解決しよ うとする課題及びその解決手段その他のその発明の属する技術の分野にお ける通常の知識を有する者が発明の技術上の意義を理解するために必要な 事項を,その発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者がそ の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したものでなければ ならないことを規定するものであり,同号の要件を充足するためには,明 60 細書の発明の詳細な説明に,当業者が,明細書の発明の詳細な説明の記載 及び出願当時の技術常識に基づいて,過度の試行錯誤を要することなく, その発明を実施することができる程度に発明の構成等の記載があることを 要する。
イ 本件発明1の特許請求の範囲には,元の抗体及びヒスチジン置換又は挿 入の位置や数についての限定がないから,本件発明1に係る医薬組成物に 含まれる抗体についても,元の抗体及びヒスチジン置換又は挿入の位置や 数は限定されないことが理解できる。よって,本件発明1の技術的範囲に は,1個又は複数のヒスチジン置換及び/又は挿入がされ,所定のpH依 存的結合特性を有し,血漿中半減期が長くなったあらゆる抗体を含む医薬 組成物が含まれることになる。
そうすると,本件発明1が実施可能要件に適合するためには,このよう な本件発明1に含まれる医薬組成物の全体について実施できる程度に本件 明細書の発明の詳細な説明の記載がされていなければならないものと解さ れる。
(2) 本件明細書の発明の詳細な説明の記載について ア 【発明を実施するための形態】の記載 (ア) 本件明細書の【0029】には,抗原結合分子のpH5.8におけ る抗原結合活性をpH7.4における抗原結合活性より弱くする方法 (pH依存的な結合能を付与する方法)について,@ ヒスチジン置換 又は挿入が行われる位置は特に限定されないこと,A その位置として は,抗原結合分子が抗体の場合には抗体の可変領域などを挙げることが できること,B ヒスチジン置換又は挿入が行われる数は当業者が適宜 決定することができること,C ヒスチジン変異以外の変異(ヒスチジ ン以外のアミノ酸への変異)を同時に導入してもよいこと,D ヒスチ ジン置換及び挿入を同時に行ってもよいことなどが記載されている。さ 61 らに,ヒスチジン置換又は挿入は当業者に公知のアラニンスキャニング のアラニンをヒスチジンに置き換えたヒスチジンスキャニングなどの方 法によりランダムに行ってもよく,ヒスチジン置換又は挿入がランダム に導入された抗原結合分子ライブラリーの中から,置換前と比較して KD(pH5.8)/KD(pH7.4)の値が大きくなった抗原結合分子を選択してもよ いことが記載されている。
そして,ヒスチジンに置換される箇所に関しては,【0070】〜 【0078】に,抗原結合分子が抗体の場合には,抗体のCDR配列や CDRの構造を決定する配列が考えられ,例として重鎖について16箇 所,軽鎖について10箇所が挙げられること,さらに,このうち4箇所 は普遍性の高い改変箇所と考えられること,複数の箇所を組み合わせて ヒスチジンに置換する場合の好ましい組み合わせの具体例をいくつか挙 げることができることなどが記載されている。
(イ) しかし,上記のCDR配列は,あくまでも例にすぎず,これ以外の箇 所の改変によって所望の抗体が得られることもあり得るから,本件発明 1に含まれる医薬組成物全体に当てはまるものではない。
イ 【実施例】の記載 (ア) 実施例に記載された抗体のうちの,H3pI/L73に関する【02 85】の記載,CLH5/L73に関する【0287】〜【0291】, 【0294】,【0305】,【0307】の記載,H170/L82 に関する【0308】の記載,H170/L82-IgG1に関する【0 308】 【0391】 , の記載,Fv4-IgG1に関する【0335】, 【0336】,【0391】の記載によれば,本件発明1の「少なくと も可変領域の1つのアミノ酸がヒスチジンで置換され又は少なくとも可 変領域に1つのヒスチジンが挿入されていることを特徴とする,抗原に 対するpH5.8でのKDとpH7.4でのKDの比であるKD(pH5.8)/KD(pH7.4)の値が 62 2以上,10000以下の抗体」,すなわち,ヒスチジン置換又は挿入 がされたことを特徴とする,所定のpH依存的結合特性を有する抗体に 関し,ヒスチジン置換又は挿入位置の特定方法が示されているのは,実 施例2及び実施例3の方法であることがいえる。
(イ) 実施例2について 実施例2にはホモロジーモデリング及び立体構造モデルを用いる方法 が記載されている(【0285】)。
しかし,ホモロジーモデリングとは,アミノ酸配列に相同性のある構 造既知タンパク質の立体構造をもとに,構造未知タンパク質の立体構造 を計算機上で予測する手法であり,構造予測を行うタンパク質とアミノ 酸配列に相同性のあるタンパク質の立体構造の情報があることが前提と なる技術である(当事者間に争いがない。)。
そうすると,ホモロジーモデリングを用いる実施例2の方法について は,構造未知の抗体一般についてヒスチジン置換位置を検討する場合に 常に利用できるとは限らないものである。
よって,実施例2の方法は,本件発明1に係る医薬組成物全体に適用 できるものではない。
(ウ) 実施例3について 実施例3には,ヒスチジンスキャニングの手法によって,CDRの残 基をヒスチジンに置換しても結合能に大きな変化がない箇所を予め選び 出し,当該箇所のいずれか1か所がヒスチジン置換された抗体を作製す る方法が記載されている(【0288】〜【0290】)。この方法は, 上記(イ)の実施例2の方法とは異なり,構造未知の抗体に対しても適用可 能であるということができる。
しかし,本件明細書の記載からは,実施例3における「CDRの残基 をヒスチジンに置換しても結合能に大きな変化がない箇所」(【028 63 9】)に,本件発明1の抗体のヒスチジン置換箇所が必ず含まれるかは 不明である。また,本件発明1の抗体のヒスチジン置換箇所が,本件明 細書にいう「CDRの残基をヒスチジンに置換しても結合能に大きな変 化がない箇所」に必ず含まれるとの技術常識を認めるに足りる証拠もな い。
したがって,実施例3の方法は,本件発明1に含まれる医薬組成物全 体に適用できるものではない。
ウ 以上のとおりであるから,本件明細書の発明の詳細な説明に,当業者が, 明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願当時の技術常識に基づいて,過 度の試行錯誤を要することなく,本件発明1を実施することができる程度 に発明の構成等の記載があるということはできない。
(3) 被告の主張について ア 被告は,【0029】及び【0116】を含む本件明細書の記載並びに 技術常識からすれば,当業者は,@ ヒスチジンの置換箇所を特定するた めに,抗体の可変部位のアミノ酸残基220個について1つずつ網羅的に ヒスチジン置換した抗体を作製し,そのKD値を測定して置換位置を特定 する試験(以下「前半の試験」という。),及びA 上記@により所望のp H依存性を示す(有望であることないしpH依存的結合特性がもたらされ たことが判明した)場合に血中動態の試験(以下「後半の試験」という。) を行うことにより,本件発明1を実施することができると主張する(被告 主張ヒスチジンスキャニング)。
そこで検討するに,本件明細書の【0029】にはアラニンスキャニン グに関する記載があり,本件出願日当時,アミノ酸配列の各残基を1つず つアラニンに置換して各残基の役割を解析する手法としてアラニンスキャ ニングは技術常識であったと認められる(乙19〜23)。したがって, 本件明細書に接した当業者は技術常識に基づき,抗体の可変部位のアミノ 64 酸残基220個について1つずつ網羅的にヒスチジン置換をした抗体を作 製することは可能であるということができる。
被告は,抗体を作製した後のヒスチジン置換位置の特定について,「所 望のpH依存性を示す(有望であること,ないし,pH依存的結合特性が もたらされたことが判明した)箇所」という基準により行うことを主張し ているが,本件明細書にはこのような記載はないし,本件明細書や証拠上 現れた技術常識によってもどのような基準に基づいてヒスチジン置換位置 を特定すれば,本件発明1に含まれる医薬組成物全体について実施するこ とができるのかが明らかではない。
このように,本件明細書には,被告主張ヒスチジンスキャニングによっ て,どのようにヒスチジン置換位置を特定するかの情報が不足しており, 本件明細書の発明の詳細な説明に,当業者が,明細書の発明の詳細な説明 の記載及び出願当時の技術常識に基づいて,過度の試行錯誤を要すること なく,本件発明1を実施することができる程度に発明の構成等の記載があ るということはできない。
イ 仮に,被告主張ヒスチジンスキャニングの前半の試験におけるヒスチジン置換位置の特定について,@本件明細書の【0029】に記載された「変異前と比較してKD(pH5.8)/KD(pH7.4)の値が大きくなった」箇所,あるいは,A特許請求の範囲に記載された「所定のpH依存的結合特性を有する」箇所を意味すると理解するとしても,次のとおり,このような被告主張ヒスチジンスキャニングにより本件発明1に係る医薬組成物全体を実施できるとはいえない。
(ア) 本件発明1の「少なくとも可変領域の1つのアミノ酸がヒスチジンで 置換され又は少なくとも可変領域に1つのヒスチジンが挿入されている ことを特徴とする」「抗体」は,複数のヒスチジン置換がされた抗体を含 むものであるところ,被告は,複数のヒスチジン置換がされた抗体のヒ 65 スチジン置換位置の特定については,前半の試験により特定された単独 のヒスチジン置換位置を組み合わせれば足りると主張する。
(イ) そこで,被告の主張する単独の置換位置を組み合わせる方法により, 本件発明1の複数のヒスチジン置換がされた抗体における,ヒスチジン 置換位置を常に特定することができるかを検討する。
a 本件明細書には,本件発明1の,複数のヒスチジン置換がされたこ とを特徴とする,所定のpH依存的結合特性を有する抗体におけるヒ スチジン置換箇所について,必ず被告主張ヒスチジンスキャニングの 前半の試験により特定できることを示す記載は見当たらない。また, このことについての本件出願日当時の技術常識を示す的確な証拠もな い。
そうすると,本件明細書の発明の詳細な説明に,複数のヒスチジン 置換がされた場合について実施することができる程度に発明の構成等 の記載があるということはできない。
b なお,本件出願日後の文献ではあるが,甲43の複数のヒスチジン 置換がされた抗C5抗体に関する記載(甲43[0276],[02 81] [0282] Table.3) , , も上記判断を裏付けるものといえる。
(a) すなわち,参照抗体について,重鎖のE62,D66,S104, 軽鎖のN28,I29又はA55のいずれか1か所についてヒスチ ジンで置換した抗体のKD(pH5.5)/KD(pH7.4)は参照抗体の値(2.6) を下回るが,これらのいずれか1か所に重鎖F100及び軽鎖S2 6を加えた3か所についてヒスチジン置換した抗体の KD(pH5.5)/KD(pH7.4)は,6.73〜19.4であることが記載され ている。
また,参照抗体について重鎖N63又は軽鎖A51のヒスチジン 置換を単独で行った場合のKD(pH5.5)/KD(pH7.4)はそれぞれ1.83 66 及び1.8であり,2よりも小さい値である。これに対し,参照抗 体について,上記重鎖N63に加えて重鎖F100及び軽鎖S26 の3か所をヒスチジンで置換した抗体のKD(pH5.5)/KD(pH7.4)は10. 03であり,上記軽鎖A51に加えて重鎖F100及び軽鎖S26 の3か所をヒスチジンで置換した抗体のKD(pH5.5)/KD(pH7.4)は4. 02であることも記載されている。
(b) これによれば,本件発明1に含まれる複数のヒスチジン置換がさ れた抗体のヒスチジン置換箇所には,@単独のヒスチジン置換によ ればKD(pH5.8)/KD(pH7.4)の値が置換前の抗体の値を下回る箇所や, A単独のヒスチジン置換によっては所定のpH依存的結合特性を有 しない箇所が含まれる場合があることが推測される(なお,上記(a) の記載はKD(pH5.5)/KD(pH7.4)に関するものではあるが,これは本件 発明1におけるKD(pH5.8)/KD(pH7.4)の値よりやや高くなる可能性が あるものであり,上記のとおり推測することが可能であるものと解 される(乙34及び弁論の全趣旨))。
そして,上記@やAの箇所は,前半の試験におけるヒスチジン置 換位置の特定の基準(@「変異前と比較してKD(pH5.8)/KD(pH7.4)の 値が大きくなった」箇所,あるいは,A「所定のpH依存的結合特 性を有する」箇所)には当てはまらないから,前半の試験によって ヒスチジン置換位置として特定されることはない。
したがって,被告の主張する単独の置換位置を組み合わせる方法 によっては,これらの箇所の置換を含む抗体が含まれた本件発明1 に係る医薬組成物を実施することができない。
(c) 甲43の信用性に関し,被告は,参照抗体においては KD(pH5.5)/KD(pH7.4)を低下させ,かつ,重鎖F100及び軽鎖S2 6をヒスチジン置換した抗体ではKD(pH5.5)/KD(pH7.4)を増加させる 67 例は軽鎖のN28H及びI29Hのみであるなどと主張するが,上 記(a)のとおり,同様の置換位置は他に複数存在する。
また,被告は,置換によりKD(pH5.5)/KD(pH7.4)が低下する度合い は誤差範囲であるとも主張するが,上記(a)のとおり,参照抗体の KD(pH5.5)/KD(pH7.4)は2.6であるのに対し,軽鎖A51Hや重鎖 F100HのKD(pH5.5)/KD(pH7.4)は約1.8であり,これをもって 誤差範囲といえるかは疑問である。
ウ 被告は,複数のヒスチジン置換又は挿入が導入された抗体について,大 半の場合単独の置換又は挿入の影響は相加的であるから,被告主張ヒスチ ジンスキャニングによって有望であることが判明した個々の置換又は挿入 の組み合わせについてKD(pH5.8)/KD(pH7.4)の値を改めて検証する必要はな いと主張する。
しかし,複数のヒスチジン置換又は挿入がされた抗体について,単独の 置換又は挿入の影響が相加的である場合が多いとしても,被告主張ヒスチ ジンスキャニングによって複数のヒスチジン置換位置を常に特定できると いえないのは上記イに説示したとおりであるから,被告の主張は上記(2)の 判断を左右するものではない。
エ 被告は,ライブラリー(【0183】,【0191】,【0192】) や立体構造モデル(実施例2)の利用についても言及するが,ヒスチジン 置換位置を特定する情報が不足していることには変わりがないから,上記 (2)の判断を左右するものではない。
(4) 以上によれば,本件発明1は実施可能要件に適合しないものである。そし て,本件発明2〜6は,いずれも本件発明1を引用する発明であるから,本 件発明2〜6の実施可能要件適合性についても,上記に説示したところが当 てはまる。よって,本件発明は実施可能要件に適合しない。
3 以上のとおり,本件発明は無効理由1によって無効とされるべきところ,こ 68 れを否定した本件審決の判断には誤りがあるから,取消事由2には理由があり,その余の取消事由について判断するまでもなく,本件審決は取り消されるべきことになる。
よって,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 鶴岡稔彦
裁判官 山門優
裁判官 高橋彩
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