関連審決 | 不服2001-22529 |
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関連ワード | 新規性 / 進歩性(29条2項) / 容易に発明 / 相違点の認定 / 相違点の判断 / 寄せ集め / 周知技術 / 公知技術 / 技術常識 / 発明の詳細な説明 / 技術的意義 / 発明の要旨認定 / 置換 / 容易に想到(容易想到性) / 実施 / 構成要件 / 拒絶査定 / 請求の範囲 / 変更 / 要旨変更 / |
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事件 |
平成
15年
(行ケ)
256号
審決取消請求事件
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原告 シャープ株式会社 訴訟代理人弁理士 深見久郎,森田俊雄,堀井豊 被告 特許庁長官今井康夫 指定代理人 畑井順一,平井良憲,高橋泰史,林栄二,大橋信彦 |
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裁判所 | 東京高等裁判所 |
判決言渡日 | 2004/04/26 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
原告の請求を棄却する。 訴訟費用は原告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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原告の求めた裁判
「特許庁が不服2001-22529号事件について平成15年4月30日にした審決を取り消す。」との判決。 |
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事案の概要
本件は,原告が,後記本願発明の特許出願をしたところ,拒絶査定を受け,これを不服として審判請求をしたところ,審判の請求は成り立たないとの審決がされたため,同審決の取消しを求めた事案である。 1 特許庁における手続の経緯 (1) 本願発明 出願人:シャープ株式会社(原告) 発明の名称:「pn接合型発光ダイオード」 出願番号:特願平3-164622号 出願日:平成3年7月4日 (2) 本件手続 手続補正:平成9年10月6日 手続補正:平成11年10月4日 手続補正:平成13年6月25日 拒絶査定日:平成13年11月12日 審判請求日:平成13年12月17日(不服2001-22529号) 手続補正:平成13年12月17日 審決日:平成15年4月30日 審決の結論:「本件審判の請求は,成り立たない。」 審決謄本送達日:平成15年5月20日(原告に対し) 2 本願発明の要旨(前記各手続補正後のもの。請求項は1から5まであるが,請求項1のみを記載。以下「本願発明」という。)【請求項1】光透過性の基板上に,n型半導体層及びp型半導体層が形成されたpn接合型発光ダイオードであって,前記n型半導体層及び前記p型半導体層は気相成長により形成されており,かつ,前記基板と反対側の表面を構成するいずれかの前記半導体層表面に,光透過性を有する金属膜からなるオーム性電極が形成されていることを特徴とするpn接合型発光ダイオード。 3 審決の理由の要点 (1) 審決は,引用例として1ないし3を摘示した。引用例1は特開昭56-81986号公報(本訴甲3),引用例2は特開平2-215169公報(本訴甲4),引用例3は特開平1-268121公報(本訴甲5)である(引用例1記載に係る発明を「引用発明1」という。)。 (2) 審決は,本願発明と引用発明1とを対比し,一致点を次のとおり認定した。 「引用例1の『p形GaAs基板11』『p形Ga1-x Al xAs発光層12』『n形Ga1-y Al yAs窓層13』が,それぞれ本願発明の『基板』『n型半導体層』『p型半導体層』に相当することは明らかである。 引用例1のものは,『pn接合面15』を有するものであるから,引用例1の『面発光ダイオード』は,本願発明の『pn接合型発光ダイオード』に相当する。 引用例1には,p形GaAs基板11の反対側の表面を構成するn形Ga1-y AlyAs窓層13に『pn接合15からの発光を吸収することなく透過させる厚さ』の『オーム性の良好な電極金属』である『合金薄層17』を形成することが記載されており,これが本願発明の『光透過性を有する金属膜』に相当する。 よって,両者は,『基板上に,n型半導体層及びp型半導体層が形成されたpn接合型発光ダイオードであって,前記基板と反対側の表面を構成するいずれかの前記半導体層表面に,光透過性を有する金属膜からなるオーム性電極が形成されているpn接合型発光ダイオード』である点で一致する。」 (3) 審決は,本願発明と引用発明1との相違点を次のとおり認定した。 「相違点1:本願発明は,『前記n型半導体層及び前記p型半導体層は気相成長により形成されて』いるのに対し,引用例1には,n型半導体層及びp型半導体層を気相成長で形成するとの記載がない点。 相違点2:『基板』が,本願発明は,『光透過性』であるのに対し,引用例1には,それが光透過性との記載がない点。」 (4) 審決は,上記相違点につき,次のとおり判断した。 (a)「相違点1について:引用例1には,『なお以下の実施例においてはGaAlAs系赤色発光ダイオードを例にとって説明するが,本発明はこの実施例に限らず,他の種々の素材を用いた面発光ダイオードに適用されるものである。』と記載されるように,素材に依存しないことすなわち他の材料を用いた発光ダイオードとの技術の共通性が示唆されている。また,引用例3にも記載されるように,半導体層を気相成長により形成することは周知のことでしかない。してみれば,上記相違点1の技術的事項とすることは,周知技術に基づき当業者が任意に設計し得る事項である。」 (b)「相違点2について:発光ダイオードの基板を透光性のもので構成することは,周知のことにすぎないから,この点は周知技術に基づき当業者が任意に設計し得る事項である。」 (c)「本願発明が奏する効果も,引用発明1及び周知技術から予想し得る程度のものである。」 (5) 審決は,次のとおり結論付けた。 「本願発明は,引用発明1及び周知技術に基いて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。」 |
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原告の主張(審決取消事由)の要点
1 前提となる事情 半導体材料による半導体プロセスを用いる構造の構築は,その過程がある種の化学的,物性的性格を有する。半導体装置の構造の発明の特許性の考察に当たっては,化学的,物性的性格に由来する困難性を考慮する必要がある。化学的,物性的性格はある種の「実験の科学」の性格を有し,試してみるまで実現性が予測できないことが多いからである。 気相成長による半導体層の形成は,任意に選ばれた基板材料と任意に選ばれた半導体材料の間で常に実現できるとは限らない。また,半導体層表面上の光透過性の金属膜のオーム性電極の形成も,任意に選ばれた半導体材料と任意に選ばれた金属材料の間で任意の形成方法が常に実現できるとは限らない。 半導体装置の構造の発明の新規性及び進歩性を2以上の引用例の組合せにより否定するためには,各引用例に特定された半導体材料間で前記の形成条件が整うことの論証,立証が原則として必須であり,半導体装置の積層構造自体が公知技術と構成,作用効果において進歩性の相違を含まないことの論証,立証が必須である。 前記のような半導体分野の知見,技術常識に基づけば,本願発明の要旨の認定を本願発明の特許請求の範囲の記載に基づいてなすとき,特許請求の範囲の記載が一義的に明確に理解できる(本願発明の要旨認定において,特許請求の範囲に記載の技術的意義が一義的に明確に理解することができない「特段の事情」があるから,明細書の発明の詳細な説明の記載を参照することが許されるべきであるとの点は,取消事由の主張とはしない〔第1回弁論準備手続調書参照〕。)。このようにして要旨が認定された本願発明は,引用例1ないし3の組合せによって,新規性,進歩性が失われることはない。 2 取消事由1(相違点1についての判断の誤り) (1) 審決は,前記第2,3(4)(a)のとおり判断する。 確かに,一般的に,半導体分野で「気相成長」の語自体は周知である。しかしながら,審決は,ある半導体材料がある基板に常に気相成長が可能であるとは限らないという化学的,物性的性格を看過している。特定材料の基板に特定半導体材料が気相成長できるかの知識は技術の発展に伴って増えるけれども,必ずしも当初から予測できるものではない。 「気相成長」の語が半導体分野で周知であることのみの理由で引用例1の半導体材料における「気相成長」の可能性の論証も立証もなく,引用例1の半導体材料における「気相成長」のために引用例3の半導体材料の「気相成長」の技術をそのまま適用できる立証もなく,相違点1を設計事項と断じるのは根本的な誤りである。 (2) 引用例3は,SiC基板へのSiC半導体層の気相成長を開示するものである。したがって,仮に引用例3の気相成長を引用例1のGaAs基板に適用した場合,引用例1のGaAs基板の上に引用例3のSiC半導体層を気相成長することになるが,かかる成長が可能であるとは材料の相性の点から直ちには理解できない。さらに,GaAs基板へのSiC半導体層の気相成長ではGaAsの融点(1238℃)よりもSiC半導体層の気相成長のときの基板温度(1400℃〜1500℃)の方が高いから,SiC半導体層の気相成長でGaAs基板が融解し,もはやSiC半導体層の成長は期待できない。 上記の理由で,一般に,GaAs基板の上にSiC半導体層を気相成長することは困難であるとするのが通常の理解である。したがって,化学的,物性的性格に由来する困難性の点で,引用例3の気相成長を引用例1の基板に適用するには別途の検証が必要となり,両者の組合せには阻害要因が存在する。 なお,引用例1も引用例3も本願発明の作用効果を有していないので,この点でも引用例1と引用例3との組合せに阻害要因がある。 (3) 本願発明は,@光透過性基板にn型半導体層及びp型半導体層を気相成長により形成すること(「第1の形成」),並びにA前記半導体層表面に光透過性を有する金属膜からなるオーム性電極を形成すること(「第2の形成」)を構成要件とする。第1の形成(気相成長)及び第2の形成(金属膜のオーム性電極の形成)は,同一ダイオード素子内において一連一体に実現される。したがって,第1の形成において「光透過性基板」と当該基板に半導体層を気相成長可能な「半導体材料」の組合せが限定されるべきであり,第2の形成において「半導体材料」,とりわけpn接合層の「半導体材料」を前提条件として,当該半導体層に光透過性金属膜のオーム性電極を形成可能な「金属材料」の組合せがさらに限定されなければならない。すなわち,第2の形成は,任意の半導体層へのオーム性電極の形成ではなく,第1の形成の前提条件を充足する半導体層へのオーム性電極の形成である。第1の形成による前提条件の充足が第2の形成の実現を困難にするのであって,第1の形成と第2の形成の一連一体の実現の阻害要因となる。 (4) 被告は,あたかも乙5の文献(米津宏雄著「光通信素子工学」工学図書株式会社刊,昭和59年初版)に照らして引用例1の実施例のGaAlAsがいかなる半導体材料の基板に対しても常に気相成長による形成が可能かのような主張をしている。 しかしながら,乙5における教示は,せいぜい引用例2のGaAlAsが引用例1の基板GaAsに気相成長できることを示すにすぎない。引用例1の基板GaAsは,不透明であって,本願発明にとっておよそ関連のないものである。 また,乙5及び乙2(特公昭61-34276号公報)は,気相成長法を開示するにとどまり,本願発明の作用効果を有していない。 乙5及び2は,引用例1ないし3の組合せの阻害要因に影響するものでない。 (5) 被告は,また,引用例1の「なお以下の実施例においてはGaAlAs系赤色発光ダイオードを例にとって説明するが,本発明はこの実施例に限らず,他の種々の素材を用いた面発光ダイオードにも適用されるものである。」との記載を引用して反論するが,この記載は,化学的,物性的考慮の必要な半導体の分野では,全く妥当しない。実験,データなどによる推量でない記載を,半導体分野の化学的,物性的考慮の必要な発明に,容易推考性の根拠とすることは明らかに誤りである。 3 取消事由2(相違点2についての判断の誤り) (1) 審決は,基板の光透過性は引用例2,3で周知であるとして,引用例1の教示との寄せ集めを設計事項と認定している。 審決は,ここでも光透過性のある基板にある半導体材料が常に気相成長可能であるとは限らないことを看過している。「光透過性」の基板が周知であることのみの理由で,引用例2,3の基板材料が引用例1のp型,n型半導体層の基板材料として置換可能で,かつ,気相成長が可能であることの論証も立証もなく,相違点2を設計事項と断じることもまた根本的な誤りである。 (2) 引用例2は,光透過性基板(AlGaAs)を開示しているが,この基板は,その上に半導体層(AlGaAs)を液相成長させるためのものでもある。したがって,仮に,引用例2を引用例1に適用した場合,引用例2の光透過性基板の上に半導体層が液相成長法により形成され,その上に引用例1の合金薄層(AuGe)が形成されることになる。しかしながら,この場合に液相成長層の平坦度からその合金薄層が良質の薄層として得られるかは直ちには理解できない。 液相成長法により形成された半導体層の上に光透過性のオーム性電極を形成する場合には,当該半導体層の表面の平坦性が悪いため,薄い金属膜を均質に被着することができず,あるいは欠損のある金属膜になる。そのような金属膜は,光透過性に劣り,あるいは自身の電気抵抗が増大して電極からの電流を充分に拡げる効果において劣る。 したがって,化学的,物性的性格に由来する困難性の点で,引用例2の光透過性基板を引用例1の透明電極に適用するには,別途の検証が必要となり,両者の組合せには阻害要因が存在する。 なお,引用例1も引用例2も本願発明の作用効果を有していないので,この点でも引用例1と引用例2との組合せに阻害要因がある。 (3) 被告は,乙3の文献(今井哲二ほか編著「化合物半導体デバイスU」工業調査会刊,昭和60年初版)を引用して,あらゆる材料からなるpn接合型発光ダイオードのための基板を光透過性の材料からなるもので構成することに何ら困難性がないと主張する。 しかし,乙3は,透明のSiC基板に一般的表現のpn接合半導体層が積層された(半導体プロセスは不明)構造を示すにすぎない。いかなる半導体材料,半導体プロセスでSiC基板にpn接合半導体層が気相成長可能なのか,何ら記載していない。乙3に基づいて,直ちにpn接合半導体に対する光透過性基板を何ら困難性なく組み合わせることが可能と断じるのは,半導体分野の発明の特許性の考察を,発明の構成要件としてでなく,半導体材料,半導体プロセスの組合せの考察なしに,単なる「用語」の寄せ集めとして行うに等しく,誤りである。 4 取消事由3(相違点の看過) (1) 本願発明は,「光透過性の基板と上面の光透過性を有する金属膜からなるオーム性電極」の両者を同時に用いることを主要構成要件とするが,引用例1はこの点を欠如するものであり,審決は,この相違点を看過したものである。 (2) 引用例1は,基板が不透明であり,入射光のほとんどを吸収するので,上向きに導出光が導出されるにすぎない。また,引用例1は,pn接合型発光ダイオードの気相成長が開示されていない。 引用例2は,基板が光透過性であり,コンタクト層も光透過性であるが,厚いコンタクト層が多重反射の間に光を大量に吸収する。また,引用例2は,pn型発光ダイオードが気相成長されない。 これに対して,本願発明は,引用例1及び引用例2に対し,導出光が大幅に増大する。このような本願発明のpn接合型発光ダイオードにおける発光効率の改善の特有の効果は,基板を光透過性にするとともに上表面に光透過性の金属膜のオーム性電極を設けたことにより,発光の基板と金属膜による多重反射光を金属膜が大きく吸収することなく外部に効果的に導出することによって,達成される。このように本願発明では光透過性の金属膜のオーム性電極が多重反射光を有効に利用するために用いられるが,光透過性の金属膜のオーム性電極のこのような利用は,いずれの引用例にも教示も示唆もない。 また,本願発明は,透過性基板にp型半導体層及びn型半導体層を気相成長させることで,pn接合型発光ダイオード層を形成する。その結果,表面の平坦度が改善され,低平坦度に起因する問題が生じなくなり,また,光透過性の金属膜からなるオーム性電極表面の平坦度の改善により反射率の制御性が改善し,結果的に,安定して発光効率に優れたpn接合型発光ダイオードが実現できる。 本願発明は,以上のような新しい効果を奏するものである。 審決は,上記相違点の構成とそれによって奏される新しい特有の効果を看過する点で誤っている。 (3) 被告は,引用例1に記載されていない「基板が光透過性である点」を相違点として判断しているのであるから,相違点の判断に誤りはなく,原告が看過したと主張する相違点の効果は,明細書に記載されていないと主張する。 しかし,被告は,半導体分野の発明での化学的,物性的考慮の必要性を看過している。本願発明の主題は,半導体装置の構造の改良であり,その構造を発明として保護を求めるものであって,一度改良された構造が教示されれば,その特有の効果は,当業者が論理的に又は実験的に検証することができる。明細書に直接その記載がないとの論難は当たらない。 |
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被告の主張の要点
1 原告は,本願発明があたかも特定の材料から形成されるかのように主張しているが,本願発明は,特許請求の範囲請求項1に記載されているとおり,光透過性の基板,n型半導体層及びp型半導体層が特定の材料により形成されることを規定するものではない。原告の主張は,本願発明の構成に基づかない主張であるので,失当である。 2 取消事由1(相違点1についての判断の誤り)に対して 審決は,SiC層をエピタキシャル成長させる点を引用例3により引用したものではない。審決は,「半導体層を気相成長により形成することは周知のこと」と判断した上で,単に例示として引用例3を示したにすぎない。 そして,本願発明は,n型半導体層及びp型半導体層が特定の材料により形成したものではなく,適宜の半導体層を気相成長により形成するものとして把握できるが,これは,乙5,2によれば極めて周知の事項であって,引用例3によるまでもないことである。なお,乙5には,引用例1の実施例に記載されたGaAlAsを気相成長により形成することも記載されている。 そして,引用例1には,「なお以下の実施例においてはGaAlAs系赤色発光ダイオードを例にとって説明するが,本発明はこの実施例に限らず,他の種々の素材を用いた面発光ダイオードにも適用されるものである。」と記載されるように,素材に依存しないこと,すなわち他の材料を用いた発光ダイオードにも適用されることが示唆されており,そのような種々の材料からなる半導体層を気相成長により形成することは,上記のように周知の技術にすぎないのであるから,この周知技術を引用例1に適用することにより,相違点1の構成とすることに何ら困難性はない。 3 取消事由2(相違点2についての判断の誤り)に対して 原告は,「光透過性のある基板にある半導体材料が常に気相成長可能であるとは限らないことを看過している。」と主張するが,光透過性のある基板にある半導体材料を気相成長することが予測困難であることの根拠は,何ら示されていないし,本願発明は特定の基板や特定の半導体材料を限定するものでもないから,失当である。 また,pn接合型発光ダイオードの基板を光透過性の材料からなるもので構成する点については,引用例2,引用例3のみならず,本件出願前に公知である乙3にも記載されており,乙3には,SiC基板にn型半導体層及びp型半導体層を形成したものが記載されている。そして,乙3には,本願発明と同様に,光透過性の材料上のp型,n型半導体が特定の材料でなければならないことは記載されていない。したがって,pn接合型発光ダイオードの基板を光透過性の材料からなるもので構成することに何ら困難性のないことがわかる。 4 取消事由3(相違点の看過)に対して 審決は,本願発明には「光透過性の基板」と,「上面の光透過性を有する金属膜からなるオーム性電極」とが共存することを前提に,作用効果を考慮しつつ本願発明と引用発明1とを対比し,引用例1に記載されていない「基板が光透過性である点」を相違点2として判断しているのであるから,相違点の認定に誤りはない。 また,原告は,本願発明の効果について主張するが,原告が主張するような,両者が共存するとの事項及びその効果は,明細書に記載された事項ではない。本願明細書において,光透過性の基板については,従来技術の説明として説明があるのみであって,本願発明に関する説明には,基板が透過性であることや光透過性の基板が入射光のほとんどを反射すること及びその効果に関する説明はない(その効果等につき補正しようとすれば要旨変更となるおそれがある。)。よって,明細書の記載事項からその関連する効果を判断することはできない。 もし,原告の主張が,明細書に明確な記載はなくとも潜在した効果を判断すべきであるというのであれば,それは,特許請求の範囲にも明細書の記載事項にも基づかない主張であるから,当を得ないものである。 |
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当裁判所の判断
1 取消事由1(相違点1についての判断の誤り)について (1) 相違点1の判断につき,審決は,引用例1にGaAlAs系以外の素材を用いた面発光ダイオードに適用される旨の記載があって,GaAlAs系以外の材料を用いた発光ダイオードとの技術の共通性が示唆されていることを示した上,半導体層を気相成長により形成することの周知例として引用例3を挙げて,「相違点1の技術的事項とすることは,周知技術に基づき当業者が任意に設計し得る事項である。」としたものである。 (2) 検討するに,上記判断は是認し得るものである。 (a) まず,乙5(奥書によれば,本件特許出願前である昭和59年2月15日に初版として発行された文献であると認められる。)には,次のような記載がある。 「気相成長法 ハロゲン化合物または水素化合物を用いる通常の気相成長法(…略してMH-CVD)と有機化合物の熱分解による気相成長法(…略してMO-CVD)とがある。」(88頁下から3行〜89頁1行) 「b.MO-CVD AlyGa1-yAs/AlxGa1-xAsダブルへテロ接合を成長させるための装置概念図の1例が図2.29に示されている。トリメチルアルミニウム(Al(CH3)3)およびトリメチルガリウム(Ga(CH 3)3)が,H 2ガスで反応管内に運ばれて熱分解し,AsH3と次式の反応をしてAlGaAsが得られる。 Al(CH3)3+Ga(CH 3)3+AsH 3→Al xGa 1-x As+CH 4(2.104) 一般に,ダブルヘテロ接合用の多層成長は,ガス流量の切り替えによって制御される。n形およびp形不純物の添加には,H2Sなどの水素化合物またはZn(C 2H5)2などの有機化合物が用いられる。」(90頁3〜11行) そして,図2.29「AlGaAsダブルヘテロ接合用MO-CVD装置概念図」には,GaAs基板上にAlGaAsダブルヘテロ接合を成長させることが示されている。 ちなみに,甲9(特開昭61-170080号公報)においても,次のような記載がある。 「DH構造(第4図)はより高効率かつ高速応答性を計ったもので,P型GaAs基板11上に液層成長法により…Ga1-vAl vAs…を成長させ,その上へP型Ga1-wAl wAs,クラッド層13(…),アンドープGa 1-x Al xAs活性層14(…),n型Ga1-yAl yAsクラッド層15(…),n型Ga 1-zAl zAsキャップ層16(…)を形成後,GaAs基板11をエッチングにより全面的に除去する。」(2頁右上欄2〜11行) 「DH構造GaAlAs素子に関しては,…成長方式を従来の液相成長法によらず,近年レーザ素子等の分野において開発が進んでいるMOCVD法等を導入した場合においても…」(2頁左下欄末行〜右下欄11行) そうすると,本件特許出願当時,MO-CVD法によりGaAs基板上にGaAlAsダブルヘテロ接合を成長させることは周知であったものと認められる。 (b) そして,甲10(光通信ハンドブック,昭和59年8月10日第2刷発行)によれば,一般に気相成長法は,液相成長法と比較して,エピタキシャル結晶表面の平滑性がすぐれているという利点があることが認められる(145頁下から7〜5行)。 (c) 引用例1には,GaAs基板上にGaAlAsのpn接合を形成するGaAlAs系面発光ダイオードを成長させることが開示されているところ,上記認定したところによれば,引用発明1において,上記成長方式として,エピタキシャル結晶表面の平滑性を改善すべく,従来周知の気相成長法を適用することに何ら阻害要因はなく,これを適用する動機もあるというべきである。 よって,審決の相違点1の判断に誤りはない。 (3) 原告は,前記のとおり,引用例1の半導体材料における気相成長の可能性の論証も立証もなく,引用例3の半導体材料の気相成長の技術をそのまま適用して,相違点1を設計事項と断じるのは誤りであること,引用例3の気相成長を引用例1のGaAs基板に適用した場合,GaAs基板の上に引用例3のSiC半導体層を気相成長することになるが,かかる成長は期待できず,引用例3の気相成長を引用例1の基板に適用するには阻害要因が存在することなどを主張する。 しかし,審決は,前記(1)のとおり説示しているのであって,引用例3の気相成長技術を引用例1の基板に適用することが設計事項に該当すると判断しているのではない。審決は,半導体層を気相成長により形成することの周知例として引用例3を挙げたにすぎず,GaAs基板の上にSiC半導体層を気相成長することが可能であることを前提とした判断をしたのではない。 原告の主張は,失当というほかない。 (4) 原告は,本願発明は,前記のような第1の形成及び第2の形成が一連一体に実現されるものであり,第1の形成において「光透過性基板」と当該基板に半導体層を気相成長可能な「半導体材料」の組合せが限定されるべきであり,第2の形成において「半導体材料」を前提条件として光透過性金属膜のオーム性電極を形成可能な「金属材料」の組合せがさらに限定されなければならないと主張する。 しかし,引用例1において,光透過性を有する金属膜からなるオーム性電極が形成されていることは明らかであり(原告もこの点は争わない。),引用例1のGaAs基板上に気相成長法によりGaAlAsを成長させることを容易に想到し得ることは前判示のとおりであるところ,この場合には,材料の変更はないので,引用例1において第2の形成が可能であることは自明であり,原告のいう一連一体の成長を実現することになる。そして,半導体材料の化学的,物性的性格を考慮しても,相違点1についての審決の判断に誤りがあるとはいえない。よって,原告の主張は,採用の限りではない。 なお,相違点1(この認定自体は原告も争わない。)においては,基板の透明性は問題とならないのであり,引用発明1において,基板を光透過性とすることが容易か否かは相違点2に関する事項であるから,この点は後に触れることとする。 (5) 原告は,GaAlAsが引用発明の基板GaAsに気相成長できても,引用例1の基板GaAsは不透明であるから,本願発明にとっておよそ関連がないとも主張するが,前判示のとおり,相違点1においては,基板の透明性は問題とならない(基板の透明性の点は,相違点2に関連して後に触れる。)。 (6) 原告は,引用例1のGaAlAs系以外の面発光ダイオードにも適用されるとの記載は,実験,データなどによる根拠を有するものではないから,他の材料を用いた発光ダイオードにも適用されることを示唆するものではないと主張する。 しかし,前判示のとおり,引用例1のGaAs基板上にGaAlAsを成長させる方式として,気相成長法を適用することに何ら阻害要因はなく,適用することの動機もあるのであるから,原告主張の事情をもって直ちに相違点1に関する上記判断が左右されるものではない。 2 取消事由2(相違点2についての判断の誤り)について (1) 相違点2についての審決の判断は,以下のとおり是認し得るものである。 (a) 引用例2には,次のような記載がある。 「発光ダイオードの中で赤色発光ダイオードとして一般的なものは,GaAs単結晶基板上にAlGaAs単結晶層が形成されたものである。しかし,GaAs基板は発光光に対して禁制帯幅が小さいため光吸収体となり,その分発光効率が低い。そのため,例えば発光ダイオードの高輝度化を図るために,GaAs基板上に発光光に対して透明であるように所定の禁制帯幅を持つAlGaAs単結晶層を約200μmと厚く成長させた基板を一旦形成したのち,更にその上に発光ダイオードの層構造を形成する。その後,GaAs基板部分を除去した構造が提案されている。…第6図に上記構造の半導体装置の一例を示す。図中,61はp型AlzGa 1-zAs基板(0.4≦z≦0.6),62はp型Al 0.8Ga 0.2Asクラッド層,63はアンドープAl0.35 Ga 0.65 As活性層,64はn型Al 0.8Ga 0.2Asクラッド層,65はn型Al0.65 Ga 0.35 Asキャップ層,66と67は電極である。」(1頁右下欄6行〜2頁左上欄6行) (b) また,甲9には,前記の事項に加え,次の記載がある。 「従来のSH構造GaAlAs素子に関しては,p-n接合及びp層内において発光した光のうち,基板側へ向うものがGaAsにより100%吸収されて言うまでもなく外部効率の点で不利である。」(2頁左下欄5〜9行) 「本発明による素子構造,即ち光吸収体である基板を除去した広禁制帯幅材料によるp-n接合素子構造とすることにより,従来素子に比し,素子の製造コストを上げることなく高効率化を計ることができ…」(3頁右下欄5〜9行) (c) 以上によれば,引用発明1のような上面から光を導出するGaAlAs系面発光ダイオードにおいて,GaAs基板が光を吸収するため発光効率が低くなること,及び高効率化を図るために基板を光透過性にすることは,周知の事項であったものと認められる。 (d) そうすると,引用発明1においても,発光効率を改善すべく基板を光透過性のものとすることは,当業者が当然に想到することにすぎないというべきである。 その具体的方法につき,本件証拠に示された範囲でみても,次のような示唆がうかがわれる。例えば,引用例2や甲9に記載されているように,GaAs基板上に発光光に対して透明である禁制帯幅のAlGaAs単結晶層を厚く成長させて基板とし,その上に発光ダイオードの層構造を形成した後,GaAs基板を除去すればよいと考えられる。このように,周知技術の適用は容易であるというべきである。 したがって,相違点2についての審決の判断は,是認し得るものである。そして,半導体材料,半導体プロセスの組合せの考察をしても,相違点2についての審決の判断に誤りがあるとはいえない。 (e) なお,相違点2の判断とは直接の関連はないが,気相成長が可能であるか否かの点について検討しても,可能であるといい得る。すなわち,取消事由1に関して判示したとおり,GaAs基板上に,気相成長によってGaAlAsのpn接合を形成することは,周知である。よって,GaAs基板上に透明なGaAlAsを厚く成長させて基板とし,その上にGaAlAs系pn接合発光ダイオードの層構造を形成する際に気相成長法を適用し得ることも明らかである。 (2) 原告は,引用例2は基板上にAlGaAsを「液相成長」させることを開示しているので,引用例2を引用例1に適用した場合,引用例2の光透過性基板上に半導体層が「液相成長法」により形成されることになり,このような半導体層の上に光透過性のオーム性電極を形成する場合には,欠損のある金属膜などになると主張する。 しかし,審決は,相違点2の判断として,発光ダイオードの基板を透光性のもので構成することは,周知のことにすぎないから,この点は周知技術に基づき当業者が任意に設計し得る事項であるとして,基板を透光性のもので構成するとの周知技術に基づき当業者が任意に設計し得るとしているのであり,引用例2,3は,周知技術を裏付けるための参照として触れられているものであって,引用例2の光透過性基板上にAlGaAsが「液相成長法」により形成されることを引用例1に適用するとしているのではない。原告の主張は,採用の限りではない。 (3) その他,上記判示したところに照らせば,原告が取消事由2として主張するところは,いずれも採用することができない。 3 取消事由3(相違点の看過)について (1) 原告は,本願発明と引用発明1には,「光透過性の基板と上面の光透過性を有する金属膜からなるオーム性電極」の共存という相違点が存在し,審決がこの相違点を看過していると主張する。 しかしながら,引用発明1が,「上面の光透過性を有する金属膜からなるオーム性電極」という構成要件を具備することは明らかである(原告もこの点自体を争うものではない。)。そして,審決は,相違点2として,「『基板』が,本願発明は,『光透過性』であるのに対し,引用例1には,それが光透過性との記載がない点。」を挙げているのであるから,審決に相違点の看過があるということはできない。 (2) また,原告は,本願発明は,基板を光透過性にするとともに上表面に光透過性の金属膜のオーム性電極を設けているため,引用例1及び引用例2よりも,導出光が大幅に増大するという顕著な作用効果を奏すると主張する。 しかし,既に判示したとおり,引用例1において,GaAs基板上に透明なGaAlAs単結晶層を厚く気相成長させて基板とし,その上に発光ダイオードの層構造を気相成長により形成した後,GaAs基板を除去して,面発光ダイオードとすることは,容易に想到し得ることであり,その際,発光ダイオード層の上には,AuGeからなる光透過性を有するオーム性電極が形成されているから,このように形成された発光ダイオードは,本願発明のpn接合型発光ダイオードと同じ構造になることは明らかである。そうすると,原告の主張する顕著な作用効果は,引用発明1に周知の技術を適用したものが奏する作用効果であり,引用発明1及び周知技術から予測可能な作用効果であることが認められる。 (3) 原告が取消事由3として主張するところも,採用することができない。 4 結論 以上のとおり,原告主張の審決取消事由は理由がないので,原告の請求は棄却されるべきである。 |
裁判長裁判官 | 塚原朋一 |
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裁判官 | 田中昌利 |
裁判官 | 佐藤達文 |