運営:アスタミューゼ株式会社
  • ポートフォリオ機能


追加

関連審決 無効2017-800014
元本PDF 裁判所収録の全文PDFを見る pdf
元本PDF 裁判所収録の別紙1PDFを見る pdf
元本PDF 裁判所収録の別紙2PDFを見る pdf
元本PDF 裁判所収録の別紙3PDFを見る pdf
事件 平成 30年 (行ケ) 10061号 審決取消請求事件

原告ニプロ株式会社
訴訟代理人弁理士 三嶋眞弘
同 堤之達也
同 飛彈図茂子
同 木ノ村尚也
被告 国立大学法人千葉大学
被告 扶桑薬品工業株式会社
被告両名訴訟代理人弁護士 森本純
同 中紀人
同 橋本芳則
同 安井祐一郎
同 加藤卓
同 藤田雄功
同 芳賀彩
被告両名訴訟代理人弁理士 後藤幸久
同 片岡泰明 1
同 羽明由木
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2019/04/25
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 特許庁が無効2017−800014号事件について平成30年3月29日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
事実及び理由
請求
主文第1項と同旨
事案の概要
1 特許庁における手続の経緯等 ? 被告らは,発明の名称を「安定な炭酸水素イオン含有薬液」とする発明に ついて,平成20年10月6日(優先日平成19年10月5日(以下「本件 優先日」という。),優先権主張国日本)を国際出願日とする特許出願(特 願2009-536137号。以下「本件出願」という。)をし,平成25 年8月2日,特許権の設定登録(特許第5329420号。請求項の数17。
以下,この特許を「本件特許」という。甲35)を受けた。
? 原告は,平成29年1月30日,本件特許について特許無効審判の請求(無 効2017-800014号事件)をした(甲13)。
被告らは,平成29年10月20日付けの無効理由通知(職権審理結果通 知)(甲22)を受けたため,同年11月24日付けで,請求項1ないし5 及び8ないし10からなる一群の請求項を,請求項11ないし17からなる 一群の請求項をそれぞれ訂正する旨の訂正請求(以下「本件訂正」という。
甲24)をした。
その後,特許庁は,平成30年3月29日,本件訂正を認めた上で,「本 件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。) をし,その謄本は,同年4月6日,原告に送達された。
2 ? 原告は,平成30年5月2日,本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起 した。
2 特許請求の範囲の記載 ? 設定登録時(本件訂正前) 本件特許の設定登録時の特許請求の範囲の請求項1ないし17の記載は, 次のとおりである(甲12)。
【請求項1】 ナトリウムイオン,塩素イオン,炭酸水素イオンおよび水を含むA液と, ナトリウムイオン,カルシウムイオン,マグネシウムイオン,塩素イオン, ブドウ糖および水を含むB液を含み,そしてA液およびB液の少なくとも一 方がさらにカリウムイオンを含有し,A液およびB液の少なくとも一方がリ ン酸イオンを含有し,かつA液およびB液のいずれもが酢酸イオンを含有せ ず, A液とB液を合した混合液において,カリウムイオン濃度が3.5〜5. 0mEq/Lであり,無機リン濃度が2.3〜4.5mg/dLであり,そ して少なくとも27時間にわたって不溶性微粒子や沈殿の形成が実質的に抑 制される, 用時混合型急性血液浄化用薬液。
【請求項2】 A液がナトリウムイオン,カリウムイオン,塩素イオン,炭酸水素イオン および水を含み,そしてB液がナトリウムイオン,カリウムイオン,カルシ ウムイオン,マグネシウムイオン,塩素イオン,リン酸イオン,ブドウ糖お よび水を含む,請求項1に記載の薬液。
【請求項3】 A液が炭酸水素ナトリウム,塩化カリウム,塩化ナトリウムおよび水を含 み,B液が塩化ナトリウム,塩化カリウム,塩化カルシウム,塩化マグネシ 3 ウム,リン酸二水素ナトリウム,ブドウ糖および水を含む,請求項2に記載の薬液。
【請求項4】 A液がナトリウムイオン,カリウムイオン,塩素イオン,炭酸水素イオン,リン酸イオンおよび水を含み,そしてB液がナトリウムイオン,カリウムイオン,カルシウムイオン,マグネシウムイオン,塩素イオン,ブドウ糖および水を含む,請求項1に記載の薬液。
【請求項5】 A液が炭酸水素ナトリウム,塩化カリウム,塩化ナトリウム,リン酸水素二ナトリウムおよび水を含み,B液が塩化ナトリウム,塩化カリウム,塩化カルシウム,塩化マグネシウム,ブドウ糖および水を含む,請求項4に記載の薬液。
【請求項6】 A液1000mL中に,塩化ナトリウム(NaCl)4.640g,塩化カリウム(KCl)0.298g,炭酸水素ナトリウム(NaHCO?)5.377gおよび水が含まれ,そしてB液1000mL中に,塩化ナトリウム(NaCl)7.598g,塩化カリウム(KCl)0.298g,塩化カルシウム(CaCl?・2H?O)0.368g,塩化マグネシウム(MgCl?・6H?O)0.203g,リン酸二水素ナトリウム(NaH?PO?・2H?O)0.403g,ブドウ糖(C?H??O?)2.00gおよび水が含まれ,A液およびB液のいずれもが酢酸イオンを含有しないことを特徴とする,用時混合型急性血液浄化用薬液。
【請求項7】 A液1000mL中に,塩化ナトリウム(NaCl)4.382g,塩化カリウム(KCl)0.298g,炭酸水素ナトリウム(NaHCO?)5.377g,リン酸水素二ナトリウム(Na?HPO?・12H?O)0.925 4 gおよび水が含まれ,そしてB液1000mL中に,塩化ナトリウム(NaCl)7.706g,塩化カリウム(KCl)0.298g,塩化カルシウム(CaCl?・2H?O)0.368g,塩化マグネシウム(MgCl?・6H?O)0.203g,ブドウ糖(C?H??O?)2.00gおよび水が含まれ,A液およびB液のいずれもが酢酸イオンを含有しないことを特徴とする,用時混合型急性血液浄化用薬液。
【請求項8】 A液およびB液の混合液が急性血液浄化療法の透析液または補充液として哺乳動物(ヒトを含む)に投与された場合,急性血液浄化療法開始から24時間にわたって,該哺乳動物の血漿中カリウムイオン濃度が正常範囲内であり,かつ,血漿中リン酸イオン濃度の増減が急性血液浄化療法開始時と比べて有意に変動しない,請求項1〜7のいずれかに記載の薬液。
【請求項9】 低カリウム血症および/または低リン血症の発生を抑制する,請求項1〜8のいずれかに記載の薬液。
【請求項10】 酢酸不耐症患者に適用可能な,請求項1〜9のいずれかに記載の薬液。
【請求項11】 隔壁により上室と下室に区分けされ,かつ,当該下室の底部に密閉された開口部を備えた容器であって,当該下室には,ナトリウムイオン,カリウムイオン,塩素イオン,炭酸水素イオンおよび水を含有するA液を充填し,当該上室には,ナトリウムイオン,カリウムイオン,カルシウムイオン,マグネシウムイオン,塩素イオン,ブドウ糖および水を含有するB液を充填してなり,そしてA液およびB液の少なくとも一方にはさらにリン酸イオンが含有されており,かつA液およびB液のいずれにも酢酸イオンが含有されておらず,用時,上記隔壁を破壊もしくは剥離してA液とB液を混合するように 5 しており, A液とB液を合した混合液において,カリウムイオン濃度が3.5〜5.0mEq/Lであり,無機リン濃度が2.3〜4.5mg/dLであり,そして少なくとも27時間にわたって不溶性微粒子や沈殿の形成が実質的に抑制される,用時混合型急性血液浄化用薬液充填容器。
【請求項12】 上室の頂部に容器の係止手段を設けた,請求項11に記載の薬液充填容器。
【請求項13】 上室と下室の容積が同等となるように隔壁を設けた,請求項11または12に記載の薬液充填容器。
【請求項14】 容器が軟質の透明プラスチック製である,請求項11〜13のいずれかに記載の薬液充填容器。
【請求項15】 A液が炭酸水素ナトリウム,塩化カリウムおよび塩化ナトリウムを含む水溶液からなり,B液が塩化ナトリウム,塩化カリウム,塩化カルシウム,塩化マグネシウムおよびブドウ糖を含む水溶液からなり,A液およびB液の少なくとも一方にリン酸イオンが含有されている,請求項11〜14のいずれかに記載の薬液充填容器。
【請求項16】 薬液が低カリウム血症および/または低リン血症の発生を抑制する,請求項11〜15のいずれかに記載の薬液充填容器。
【請求項17】 薬液が酢酸不耐症患者に適用可能な,請求項11〜16のいずれかに記載の薬液充填容器。
6 ? 本件訂正後 本件訂正後の特許請求の範囲の請求項1ないし17の記載は,次のとおり である(下線部は本件訂正による訂正箇所である。以下,請求項の番号に応 じて,請求項1に係る発明を「本件訂正発明1」などという。なお,本件訂 正の対象とされていない請求項6及び7についても,これと同様とする。甲 24)。
【請求項1】 ナトリウムイオン,塩素イオン,炭酸水素イオンおよび水を含むA液と, ナトリウムイオン,カルシウムイオン,マグネシウムイオン,塩素イオン, ブドウ糖および水を含むB液を含み,そしてA液およびB液の少なくとも一 方がさらにカリウムイオンを含有し,A液およびB液の少なくとも一方がリ ン酸イオンを含有し,かつA液およびB液のいずれもが酢酸イオンを含有せ ず, A液とB液を合した混合液において,カリウムイオン濃度が4.0mEq/ Lであり,無機リン濃度が4.0mg/dLであり,カルシウムイオン濃度 が2.5mEq/Lであり,マグネシウムイオン濃度が1.0mEq/Lで あり,炭酸水素イオン濃度が32.0mEq/Lであり, そして少なくとも 27時間にわたって不溶性微粒子や沈殿の形成が実質的に抑制される,用時 混合型急性血液浄化用薬液。
【請求項2】 A液がナトリウムイオン,カリウムイオン,塩素イオン,炭酸水素イオン および水を含み,そしてB液がナトリウムイオン,カリウムイオン,カルシ ウムイオン,マグネシウムイオン,塩素イオン,リン酸イオン,ブドウ糖お よび水を含む,請求項1に記載の薬液。
【請求項3】 A液が炭酸水素ナトリウム,塩化カリウム,塩化ナトリウムおよび水を含 7 み,B液が塩化ナトリウム,塩化カリウム,塩化カルシウム,塩化マグネシウム,リン酸二水素ナトリウム,ブドウ糖および水を含む,請求項2に記載の薬液。
【請求項4】 A液がナトリウムイオン,カリウムイオン,塩素イオン,炭酸水素イオン,リン酸イオンおよび水を含み,そしてB液がナトリウムイオン,カリウムイオン,カルシウムイオン,マグネシウムイオン,塩素イオン,ブドウ糖および水を含む,請求項1に記載の薬液。
【請求項5】 A液が炭酸水素ナトリウム,塩化カリウム,塩化ナトリウム,リン酸水素二ナトリウムおよび水を含み,B液が塩化ナトリウム,塩化カリウム,塩化カルシウム,塩化マグネシウム,ブドウ糖および水を含む,請求項4に記載の薬液。
【請求項6】 A液1000mL中に,塩化ナトリウム(NaCl)4.640g,塩化カリウム(KCl)0.298g,炭酸水素ナトリウム(NaHCO?)5.377gおよび水が含まれ,そしてB液1000mL中に,塩化ナトリウム(NaCl)7.598g,塩化カリウム(KCl)0.298g,塩化カルシウム(CaCl?・2H?O)0.368g,塩化マグネシウム(MgCl?・6H?O)0.203g,リン酸二水素ナトリウム(NaH?PO?・2H?O)0.403g,ブドウ糖(C?H??O?)2.00gおよび水が含まれ,A液およびB液のいずれもが酢酸イオンを含有しないことを特徴とする,用時混合型急性血液浄化用薬液。
【請求項7】 A液1000mL中に,塩化ナトリウム(NaCl)4.382g,塩化カリウム(KCl)0.298g,炭酸水素ナトリウム(NaHCO?)5. 8 377g,リン酸水素二ナトリウム(Na?HPO?・12H?O)0.925gおよび水が含まれ,そしてB液1000mL中に,塩化ナトリウム(NaCl)7.706g,塩化カリウム(KCl)0.298g,塩化カルシウム(CaCl?・2H?O)0.368g,塩化マグネシウム(MgCl?・6H?O)0.203g,ブドウ糖(C?H??O?)2.00gおよび水が含まれ,A液およびB液のいずれもが酢酸イオンを含有しないことを特徴とする,用時混合型急性血液浄化用薬液。
【請求項8】 A液およびB液の混合液が急性血液浄化療法の透析液または補充液として哺乳動物(ヒトを含む)に投与された場合,急性血液浄化療法開始から24時間にわたって,該哺乳動物の血漿中カリウムイオン濃度が正常範囲内であり,かつ,血漿中リン酸イオン濃度の増減が急性血液浄化療法開始時と比べて有意に変動しない,請求項1〜7のいずれかに記載の薬液。
【請求項9】 低カリウム血症および/または低リン血症の発生を抑制する,請求項1〜8のいずれかに記載の薬液。
【請求項10】 酢酸不耐症患者に適用可能な,請求項1〜9のいずれかに記載の薬液。
【請求項11】 隔壁により上室と下室に区分けされ,かつ,当該下室の底部に密閉された開口部を備えた容器であって,当該下室には,ナトリウムイオン,カリウムイオン,塩素イオン,炭酸水素イオンおよび水を含有するA液を充填し,当該上室には,ナトリウムイオン,カリウムイオン,カルシウムイオン,マグネシウムイオン,塩素イオン,ブドウ糖および水を含有するB液を充填してなり,そしてA液およびB液の少なくとも一方にはさらにリン酸イオンが含有されており,かつA液およびB液のいずれにも酢酸イオンが含有されてお 9 らず,用時,上記隔壁を破壊もしくは剥離してA液とB液を混合するようにしており, A液とB液を合した混合液において,カリウムイオン濃度が4.0mEq/Lであり,無機リン濃度が4.0mg/dLであり,カルシウムイオン濃度が2.5mEq/Lであり,マグネシウムイオン濃度が1.0mEq/Lであり,炭酸水素イオン濃度が32.0mEq/Lであり,そして少なくとも27時間にわたって不溶性微粒子や沈殿の形成が実質的に抑制される,用時混合型急性血液浄化用薬液充填容器。
【請求項12】 上室の頂部に容器の係止手段を設けた,請求項11に記載の薬液充填容器。
【請求項13】 上室と下室の容積が同等となるように隔壁を設けた,請求項11または12に記載の薬液充填容器。
【請求項14】 容器が軟質の透明プラスチック製である,請求項11〜13のいずれかに記載の薬液充填容器。
【請求項15】 A液が炭酸水素ナトリウム,塩化カリウムおよび塩化ナトリウムを含む水溶液からなり,B液が塩化ナトリウム,塩化カリウム,塩化カルシウム,塩化マグネシウムおよびブドウ糖を含む水溶液からなり,A液およびB液の少なくとも一方にリン酸イオンが含有されている,請求項11〜14のいずれかに記載の薬液充填容器。
【請求項16】 薬液が低カリウム血症および/または低リン血症の発生を抑制する,請求項11〜15のいずれかに記載の薬液充填容器。
【請求項17】 10 薬液が酢酸不耐症患者に適用可能な,請求項11〜16のいずれかに記載 の薬液充填容器。
3 本件審決の理由の要旨 ? 本件審決の理由は,別紙審決書(写し)のとおりである。
その要旨は,@請求項1及び11の「A液とB液を合した混合液において, カリウムイオン濃度が3.5〜5.0mEq/Lであり,無機リン濃度が2. 3〜4.5mg/dLであり,」を,それぞれ「A液とB液を合した混合液 において,カリウムイオン濃度が4.0mEq/Lであり,無機リン濃度が 4.0mg/dLであり,カルシウムイオン濃度が2.5mEq/Lであり, マグネシウムイオン濃度が1.0mEq/Lであり,炭酸水素イオン濃度が 32.0mEq/Lであり,」に訂正し,請求項1の記載を直接的又は間接 的に引用する請求項2ないし5及び8ないし10,請求項11の記載を直接 的又は間接的に引用する請求項12ないし17も同様に訂正する本件訂正 (以下,請求項1に係る訂正事項を「訂正事項1」といい,請求項11に係 る訂正事項を「訂正事項2」という。)を認める,A平成29年10月20 日付けの取消理由通知で通知した職権無効理由1(明確性要件違反),職権 無効理由2(実施可能要件違反)及び職権無効理由3(サポート要件違反) 並びに請求人(原告)の主張する請求人無効理由1(実施可能要件違反及び サポート要件違反),請求人無効理由2(本件優先日前に頒布された刊行物 である甲2(国際公開第2004/108059号公報)を主引用例とする 新規性及び進歩性の欠如)及び請求人無効理由3(本件優先日前に頒布され た刊行物である甲3(国際公開第2006/041409号公報)を主引用 例とする新規性及び進歩性の欠如)は,いずれも理由がないというものであ る。
? 「請求人無効理由3」に関し,本件審決が認定した甲3に記載された発明 (以下「引用発明2」という。,本件訂正発明1と引用発明2の相違点は, ) 11 以下のとおりである。
ア 引用発明2 (ア) 「実施例4 表9〜11に従って,以下の対の単一溶液を調製した。これらは,本発明 の種々の実施形態を構成するものである。これら溶液対における,第一単 一溶液と第二単一溶液との体積比は,20:1である。したがって,今回, 第二単一溶液の体積は小さく,第一単一溶液の体積はより大きい。
」 の発明 (イ) 引用発明2における第一単一溶液と第二単一溶液の混合液中の各イ オンの濃度(mM)を「Eq/L」又は「mg/dL」の単位に換算す ると,次のとおりである。
「カルシウムイオン濃度 2.50mEq/L」 (=1.25(Ca??のモル濃度)×2(Ca??の原子価)) 12 「マグネシウムイオン濃度 1.2mEq/L」 (=0.6(Mg??のモル濃度)×2(Mg??の原子価)) 「カリウムイオン濃度 4.0mEq/L」 (=4.0(K?のモル濃度)×1(K?の原子価)) ) 「炭酸水素イオン濃度 30.0mEq/L」 (=30.0(HCO??のモル濃度)×1(HCO??の原子価)) ) 「無機リン濃度 3.72mg/dL」 (={1.20mM(HPO 42-の濃度)×96.08(HPO 42- のモル質量)}mg/L×{30.97(Pのモル質量)/96.08 (HPO42-のモル質量)}×(1L/10dL))イ 本件訂正発明1と引用発明2の相違点 (相違点(甲3-1-1’) ) 本件訂正発明1では,ナトリウムイオンはA液にもB液にも配合されて いるのに対し,引用発明2では,第一単一溶液にしか配合されていない点。
(相違点(甲3-1-2’) ) 本件訂正発明1では,A液およびB液のいずれもが水を含むものである ことが発明特定事項とされているのに対し,引用発明2では,発明特定事 項とされていない点。
(相違点(甲3-1-3’) ) 本件訂正発明1では, 「A液とB液を合した混合液において,……,少な くとも27時間にわたって不溶性微粒子や沈澱の形成が実質的に抑制され る」ことが発明特定事項とされているのに対し,引用発明2では,それに 対応する発明特定事項がない点。
(相違点(甲3-1-4’) ) 本件訂正発明1は「急性血液浄化用薬液」であるのに対し,引用発明2 は「医薬溶液」である点。
13 (相違点(甲3-1-6’) ) 混合液中の無機リン濃度が,本件訂正発明1では4.0mg/dLで あるのに対し,引用発明2では3.72mg/dLであると算出される点。
(相違点(甲3-1-7’) ) 混合液中のマグネシウムイオン濃度が,本件訂正発明1では1.0m Eq/Lであるのに対し,引用発明2では1.2mEq/Lであると算出 される点。
(相違点(甲3-1-8’) ) 混合液中の炭酸水素イオン濃度が,本件訂正発明1では32.0mE q/Lであるのに対し,引用発明2では30.0mq/Lであると算出さ れる点。
当事者の主張
1 取消事由1(訂正要件の判断の誤り)について (1) 原告の主張 本件審決は,本件出願の願書に添付した明細書(以下,図面を含めて「本 件明細書」という。)の発明の詳細な説明には,実施例1の混合液及び実施 例2の混合液として,カリウムイオン濃度が4.0mEq/L,無機リン濃 度が4.0mg/dL,カルシウムイオン濃度が2.5mEq/L,マグネ シウムイオン濃度が1.0mEq/L,炭酸水素イオン濃度が32.0mE q/LであるA液とB液の混合液が示されているから 【0073】 表7) ( , , 訂正事項1及び2は,本件出願の願書に最初に添付した明細書,特許請求の 範囲又は図面(以下,これらを併せて「本件明細書等」という。)に記載し た事項の範囲内の訂正であり,本件訂正は,特許法134条の2第9項にお いて準用する同法126条5項の要件に適合する旨判断した。
しかしながら,本件審決は,「本件特許の出願時において,リン酸イオン, カリウムイオン,カルシウムイオン,マグネシウムイオン,炭酸水素イオン 14 のみならず,ナトリウムイオン,塩素イオン等も存在する系における,各イ オン濃度と沈殿形成との定量的な関係が知られていたとはいえない。」(2 2頁24行〜28行)と認定していることに照らすと,本件明細書の表7の 記載は,実施例1の混合液及び実施例2の混合液のそれぞれについて,ナト リウムイオン,カリウムイオン,カルシウムイオン,マグネシウムイオン, 塩素イオン,炭酸水素イオン及び無機リンの各濃度が一体となって開示して いると見るべきであり,そのうちの一つでも濃度が変動すれば,沈殿形成が 抑制されるかどうかを改めて確認しなければ分からない。
そうすると,表7の実施例1の混合液及び実施例2の混合液の中から, 「カ リウムイオン,無機リン,カルシウムイオン,マグネシウムイオン,および 炭酸水素イオンの濃度」のみを取り出すことは,新たな技術的事項の導入に 当たるから,本件訂正は上記要件に適合しない。
したがって,本件訂正を認めた本件審決の判断は誤りである。
(2) 被告らの主張 本件訂正後の請求項1及び11の記載は,ナトリウムイオン,塩素イオン 等,他のイオンの濃度を何らの限定なく,許容するものではなく,「A液と B液を合した混合液において,…少なくとも27時間にわたって不溶性微粒 子や沈殿の形成が実質的に抑制される」ものに限定しているから,訂正事項 1及び2に係る訂正は,新たな技術的事項を導入するものではない。
したがって,本件訂正を認めた本件審決の判断に誤りはない。
2 取消事由2-1(甲3を主引用例とする本件訂正発明1の進歩性の判断の誤 り)(請求人無効理由3関係)について ? 原告の主張 ア 相違点の容易想到性の判断の誤り (ア) 相違点(甲3-1-1’)について 本件審決は,一般に,ある配合成分が,第一単一溶液にのみ配合され 15 ているものと,第一単一溶液及び第二単一溶液の両方に配合されている ものは,異なるものとして扱われることが技術常識であるところ,ナト リウムイオンが第一単一溶液にのみ配合されている引用発明2に対し て,あえて製造工程を複雑にしてまで,ナトリウムイオンを第一単一溶 液及び第二単一溶液の両方に配合すること(相違点(甲3-1-1’) に係る本件訂正発明1の構成)は,当業者が容易に想到し得たことでは ない旨判断した。
しかしながら,ナトリウムイオンは,カルシウムイオンやマグネシウ ムイオンのように炭酸水素イオンとの沈殿形成が懸念されるイオンで はなく,甲3にも,「他方,ナトリウムイオンおよび/または塩化物イ オンは,通常は,第一単一溶液および第二単一溶液の両方に配合され る。」(8頁24行〜25行:訳文(甲3の2。以下同じ。)7頁)と 記載されており,甲3には,現にナトリウムイオンを両方に配合した実 施例1ないし3及び5の記載(表1ないし5,7,8,12)もある。
そうすると,ナトリウムイオンを,混合前の二つの薬液のいずれに配 置するかは,当業者が適宜行う設計事項であるといえるから,当業者は, 引用発明2において,相違点(甲3-1-1’)に係る本件訂正発明1 の構成とすることを容易に想到することができたものである。
したがって,本件審決の上記判断は誤りである。
(イ) 相違点(甲3-1-3’)について 本件審決は,甲3には「医療溶液」が「A液とB液を合した混合液において,…,少なくとも27時間にわたって不溶性微粒子や沈澱の形成が実質的に抑制される」ことを求められるものであることを示す記載はなく,引用発明2における第一単一溶液と第二単一溶液の混合液を,あえて「少なくとも27時間にわたって不溶性微粒子や沈澱の形成が実質的に抑制される」ものとする必要性を見出すことはできないから,引用 16 発明2における第一単一溶液と第二単一溶液の混合液において「少なくとも27時間にわたって不溶性微粒子や沈澱の形成が実質的に抑制される」ものとすること(相違点(甲3-1-3’)に係る本件訂正発明1の構成)は,当業者が容易に想到し得たことではない旨判断した。
しかしながら,甲3の「医療溶液」では,「沈殿形成しない」という性質が重要であり,実施例2及び3において,混合後の医療溶液の安定性(混合後24時間後の安定性)が,pHやリン酸塩濃度の観点から詳細に検討されている。かかる記載に接した当業者は,引用発明2も,リン酸塩の濃度やpHの値が実施例2及び3で示された数値範囲に入ることから,混合後少なくとも24時間にわたり不溶性微粒子の形成の観点から安定であると理解するものといえる。
そして,原告が,本件明細書の実施例2記載のA液とB液の混合液及び引用発明2記載の混合液の各検体について,本件明細書記載の「安定性試験」の方法に従って,保存期間27時間までの粒子数(個/mL)及びpHを測定した試験結果(甲9)によれば,いずれの検体も,10μm以上の粒子の個数が,保存開始時に平均2個/mL,保存期間27時間後に平均1個/mLであり,この間に10μm以上の粒子の増加は認められず,25μm以上の粒子は,全く観察されなかった。
そうすると,引用発明2記載の混合液においても,「27時間にわたって不溶性微粒子や沈澱の形成が実質的に抑制される」ものといえるから,相違点(甲3-1-3’)は,実質的な相違点ではない。
したがって,本件審決の上記判断は誤りである。
(ウ) 相違点(甲3-1-4’)について 本件審決は,甲3には,引用発明2が「急性血液浄化用薬液」である ことは記載されておらず,引用発明2が,その組成等に基づき,「急性 血液浄化用薬液」であることが技術常識から明らかであるともいえない 17 から,「医療溶液」として記載された引用発明2を「急性血液浄化用薬 液」にすること(相違点(甲3-1-4’)に係る本件訂正発明1の構 成)は,当業者が容易に想到し得たことではない旨判断した。
しかしながら,甲3の「医療溶液」という用語は,「腎疾患集中治療 室内での透析用の溶液」を含むものであるが(5頁16行〜19行:訳 文4頁),「腎疾患集中治療室内での透析」とは,救急・集中治療領域 において,急性腎不全の患者に対して行う持続的な血液浄化を含むもの であるから,甲3の「医療溶液」は,「急性血液浄化法に用いられる透 析液」を含むといえる。
また,引用発明2は,高濃度のカリウムイオン及びリン酸イオンを含 むものであるから,慢性腎不全患者への間欠的治療のためのものでない ことは明らかであり,急性腎不全に対し緊急に実施される血液浄化に使 用される透析液であることが分かる。
したがって,相違点(甲3-1-4’)は,実質的な相違点ではない から,本件審決の上記判断は誤りである。
(エ) 相違点(甲3-1-6’)ないし(甲3-1-8’)について 本件審決は,甲3には,マグネシウムイオンと炭酸水素イオン及びリ ン酸塩との相互作用によって沈殿が発生することが記載されている上に (8頁6行〜23行:訳文6頁〜7頁),引用発明2において,無機リ ン濃度,マグネシウムイオン濃度及び炭酸水素イオン濃度を変更する必 要性は記載されておらず,まして,本件訂正発明1における無機リン濃 度,マグネシウムイオン濃度及び炭酸水素イオン濃度と同じ濃度に変更 する必要性は記載されていないから,引用発明2の無機リン濃度,マグ ネシウムイオン濃度及び炭酸水素イオン濃度を,本件訂正発明1におけ る無機リン濃度,マグネシウムイオン濃度及び炭酸水素イオン濃度とす ること(相違点(甲3-1-6’)ないし(甲3-1-8’)に係る本 18 件訂正発明1の構成)は,当業者が容易に想到し得たことではない旨判断した。
しかしながら,混合液中の無機リン濃度,マグネシウムイオン濃度及び炭酸水素イオン濃度における,相違点(甲3-1-6’)ないし(甲3-1-8’)程度の差異は,以下に述べるとおり,いずれも当業者が適宜実施する設計的事項の範囲のものであるといえる。
したがって,当業者は,引用発明2において,上記各相違点に係る本件訂正発明1の構成とすることを容易に想到することができたものであるから,本件審決の上記判断は誤りである。
a 無機リン濃度について 甲3において,リン酸塩濃度が2.8mM以下(無機リン濃度が8. 7mg/dL以下)であれば,そのような混合液は24時間安定であ ることが示されており(13頁14行〜16行:訳文11頁),引用 発明2の無機リン濃度(「3.7mg/dL」)及び本件訂正発明1 の無機リン濃度(「4.0mg/dL」)は,いずれもこの範囲に収 まる。
b マグネシウムイオン濃度 市販されている通常の透析液・補充液において,マグネシウムイオ ン濃度は「1.0〜1.5mEq/L」の範囲で変動することが確認 されており(甲10の表1),引用発明2のマグネシウムイオン濃度 (「1.2mEq/L」)及び本件訂正発明1のマグネシウムイオン の濃度(「1.0mEq/L」)は,いずれもこの範囲に収まる。
c 炭酸水素イオン濃度 市販されている通常の透析液・補充液において,炭酸水素イオン濃 度は「25.0〜35.0mEq/L」の範囲で変動することが確認 されており(甲10の表1),引用発明2の炭酸水素イオン濃度(「3 19 0.0mEq/L」 及び本件訂正発明1の炭酸水素イオンの濃度 「3 ) ( 2.0mEq/L」)は,いずれもこの範囲に収まる。
(オ) まとめ 前記(イ)及び(ウ)のとおり,相違点(甲3-1-3’)及び(甲3-1 -4’)については,実質的な相違点ではなく,また,前記(ア)及び(エ) のとおり,相違点(甲3-1-1’)及び(甲3-1-6’)ないし(甲 3-1-8’)については,当業者が,甲3に基づいて,引用発明2に おいて,上記各相違点に係る本件訂正発明1の構成とすることを容易に 想到することができたものである。
そして,相違点(甲3-1-2’)については,本件審決は実質的な 相違点ではないと判断している。
以上によれば,本件訂正発明1は,甲3に基づいて,当業者が容易に 発明をすることができたものである。
したがって,これと異なる本件審決の判断は誤りである。
(カ) 被告らの主張について a 引用発明2の引用発明としての適格性に関する主張について 被告らは,甲3の実施例4は,現在形を用いた文章で記載されてい るから,紙上で作文した実施例(米国特許審査便覧(乙1))に過ぎ ず,本件審決が甲3の実施例4に基づいて認定した引用発明2は,引 用発明としての適格性を欠く旨主張する。
しかしながら,甲3の実施例4では,まず,「表9〜11に従って, 以下の対の単一溶液を調製した。」と記載されているから,実施例4 は,全体として「過去形」で記載されているものである。
また,甲3には,実施例4の表9の医療溶液(引用発明2)につい て,直接の実験結果は示されていないものの,当業者は,甲3の記載 全体から,混合液を調製後少なくとも24時間にわたり安定な医療溶 20 液であると認識するものであるから,引用発明としての適格性を備え るものである。
したがって,被告らの上記主張は理由がない。
b 相違点(甲3-1-6’)ないし(甲3-1-8’)は一まとまり の相違点であるとの主張に対し 被告らは,本件訂正発明1の混合液の各成分濃度は,各成分の濃度 の組合せを一つのまとまりのある構成として,引用発明2と対比すべ きである旨主張する。
しかしながら,混合液の各成分の濃度は成分ごとに区々別々に対比 されてしかるべきであり,各成分の濃度の組合せをまとまりのある構 成とし,一つの単位として認定する必要はない。
また,仮に混合液における無機リン濃度,カルシウムイオン濃度, マグネシウムイオン濃度及び炭酸水素イオンの濃度を一まとまりの構 成として認定するとしても,カルシウムイオン,マグネシウムイオン, 炭酸水素イオン及びリン酸イオンを共存させることで,不溶性微粒子 の形成が抑制される安定な薬液が得られること(甲3)が知られてい た状況下では,同じ4種のイオンを共存させて同じく安定な薬液を得 るために,当該4種のイオンの濃度を調整し,本件訂正発明1の濃度 とすることは,当業者が適宜なし得る設計事項であり,容易に想到し 得ることである。
したがって,被告らの上記主張は理由がない。
イ 本件訂正発明1の顕著な効果に関する判断の誤り 本件審決は,本件訂正発明1は,「急性血液浄化用薬液」として有用で あるという,甲3の記載からは予想し得ない効果を奏するものである旨判 断した。
しかしながら,本件明細書には,「リン酸イオンの存在により,炭酸水 21 素イオンとカルシウムイオンやマグネシウムイオンが共存」し,「不溶性 炭酸塩の生成が抑制される。これらの効果は,全く予想しなかった効果」 である旨の記載(【0021】)があるが,一方で,甲3には,実施例4 の表9等において,リン酸イオン,炭酸水素イオン,カルシウムイオン及 びマグネシウムイオンをすべて含む安定な医療溶液が具体的に示されて いるほか,これら4種のイオンは,条件を整えれば,共存させることがで きることも記載されている(8頁6行〜25行:訳文6頁〜7頁)。
そうすると,本件優先日当時,本件明細書記載の上記効果が甲3の記載 からは予想し得ない効果であったとはいえないし,本件訂正発明1は,顕 著な効果を奏するものともいえない。
したがって,本件審決の上記判断は,誤りである。
ウ 小括 以上のとおり,本件訂正発明1は,甲3に基づいて,当業者が容易に発 明をすることができたものであるから,これと異なる本件審決の判断は誤 りである。
? 被告らの主張 ア 相違点の容易想到性の判断の誤りの主張に対し (ア) 引用発明2が引用発明としての適格性を欠くこと 引用発明2は,甲3の実施例4記載の組成表によって特定される発明 であるところ,同実施例は,現在形を用いた文章で記述されており,米 国特許審査便覧608.01(P1)(乙1)に照らすと,紙上で作文 した実施例であり,単なる仮想実施例に過ぎない。また,甲3記載の図 面1Aないし1Cは,実施例2の試験結果に過ぎず,甲3には,実施例 4の効果が全く示されていない。
このように引用発明2は,単なる仮想実施例として記載された発明に 過ぎず,発明の効果も示されていないから,甲3の記載から具体的な技 22 術的思想を抽出することができず,そもそも,引用発明としての適格性 を欠くものである。
(イ) 相違点(甲3-1-1’)について 甲3の「他方,ナトリウムイオンおよび/または塩化物イオンは,通常は,第一単一溶液および第二単一溶液の両方に配合される」との記載は,表1〜5,7,8及び12において,ナトリウム化合物が,第一単一溶液及び第二単一溶液の両方に配合されていることから,ナトリウム化合物が第一単一溶液及び第二単一溶液の両方に配合されているのが通常のパターンである旨を示したものに過ぎず,一旦,第一単一溶液にのみ配合したナトリウム化合物について,その配合を変更するのが通常である旨を記載ないし示唆するものではない。
また,用時混合型薬液では,混合後の薬液が体内に分布されるよう,浸透圧は血液に近い値(血漿浸透圧の基準範囲275〜290mOsm/kg H2O)となるように設定されていること(乙3の31頁右欄1行以下,乙4の添付資料1の668頁20行)に照らすと,第一単一溶液に配合されているナトリウム化合物を,第一単一溶液に替えて第二単一溶液に配合するとなれば,浸透圧が,体内に注入する薬液として使用することができない値となってしまうから,そのような構成の変更には阻害要因がある。
さらに,一旦,浸透圧が適正な値となるよう検討して定めた配合であるにもかかわらず,特定の一種類のナトリウム化合物を,製造工程を複雑にしてまで,第一単一溶液及び第二単一溶液の双方に配合するよう変更することなど,当業者は検討しない。
したがって,当業者は,引用発明2に基づいて,相違点(甲3-1-1’)に係る本件訂正発明1の発明特定事項を想到することは困難であるから,本件審決における相違点(甲3-1-1’)の容易想到性の判 23 断に誤りはない。
(ウ) 相違点(甲3-1-3’)について 相違点(甲3-1-3’)に係る本件訂正発明1の発明特定事項は, 「混合後長時間が経過してpHが上昇しても,不溶性微粒子や沈殿の生 成を抑制することができる用時混合型急性血液浄化用薬液」であること を明確にしたものである(本件明細書の【0055】,【0086】)。
これに対し,引用発明2は,「粒子の形成を抑制するためには,混合 された即時使用溶液のpHを制御する必要がある」との前提の下で, 「所 定のリン酸塩の濃度に対し,粒子の形成が24時間内抑制される,混合 時の即時使用溶液のpHの範囲を特定した発明」に過ぎず,引用発明2 においては,24時間を超える長時間の経過によるpHの上昇は,全く 想定されていない。
このように,引用発明2には,「混合後長時間が経過してpHが上昇 しても,不溶性微粒子や沈殿の生成を抑制することができる用時混合型 急性血液浄化用薬液」を想到する基礎がない。
また,粒子の形成が24時間内抑制されれば,pHの上昇にかかわら ず,少なくとも27時間にわたって,不溶性微粒子や沈殿の生成が抑制 されるとする技術常識もない。
したがって,当業者は,引用発明2に基づいて,相違点(甲3-1- 3’)に係る本件訂正発明1の発明特定事項を想到することは困難であ るから,本件審決における相違点(甲3-1-3’)の容易想到性の判 断に誤りはない。
(エ) 相違点(甲3-1-4’)について 甲3記載の発明は,広く医療溶液について,リン酸塩の濃度に応じて,混合時の最適なpHの範囲を特定しようとする発明であり,そのため,甲3には,実施例ごとに,リン酸塩の濃度につき様々な設定(3.7〜 24 8.1mg/dL)がされているに過ぎない。また,急性血液浄化用薬液は,各成分を所定の濃度で組み合わせて配合することによって,急性血液浄化用の用途を実現するものであり,引用発明2におけるカリウムイオン濃度が4.0mEq/L,無機リン濃度が3.72mg/dLであるとの一事をもって,引用発明2が急性血液浄化用薬液であることの根拠となるものではない。
また,甲3には,引用発明2が「腎疾患集中治療室内での透析用の溶液」あるいは「急性血液浄化用薬液」である旨を明示した記載はなく,単なる「医療溶液」に過ぎない引用発明2が,「急性血液浄化用薬液」として使用することができると解すべき技術常識はない。
したがって,引用発明2を「急性血液浄化用薬液」(相違点(甲3-1-4’)に係る本件訂正発明1の発明特定事項)とすることは,当業者が容易に想到し得たことではないから,本件審決における相違点(甲3-1-4’)の容易想到性の判断に誤りはない。
(オ) 相違点(甲3-1-6’)ないし(甲3-1-8’)について a 相違点(甲3-1-6’)ないし(甲3-1-8’)に係る本件訂 正発明1の発明特定事項は,混合液の配合及び各成分の濃度を特定す るものであり,これにより,本件訂正発明1は,長時間かけて大量の 薬液を使用する急性血液浄化用薬液となり,血液・体液を浄化して生 体の恒常性を保ち病態を改善することができる上,血清カリウムイオ ン値の低下や低リン血症を防止することができ,かつ,「長時間使用 するなかでpHが上昇しても不溶性微粒子や沈殿の生成が抑制するこ とができる」というものである。
これに対し,引用発明2は,「粒子の形成を抑制するためには,混 合された即時使用溶液のpHを制御する必要がある」との前提の下で, 「所定のリン酸塩の濃度に対し,粒子の形成が24時間内抑制される, 25 混合時の即時使用溶液のpHの範囲を特定した発明」である。
このように,引用発明2と本件訂正発明1とは,技術的意義を全く異にする発明であるから,各成分の濃度の相違は,設計事項となるものではない。
また,引用発明2に基づき,その各成分の濃度を変更して,技術的意義を全く異にする本件訂正発明1に到達しようとする動機付けは,そもそも観念できない。
さらに,引用発明2は,低リン血症を防止するとともに粒子の形成を抑制する旨の課題に対し,所定の配合及び各成分の濃度を定めるとともに,「溶液混合時のpHの範囲を定めることにより」,既に上記課題を解決しているものであるから,引用発明2に接した当業者が,上記課題を解決するために本件訂正発明1の各成分の濃度を変更する動機付けもない。
b この点について,原告は,本件訂正発明1と引用発明2との各成分 の濃度の相違は,通常の透析液 補充液の濃度の変動範囲内であって, ・ 設計的事項である旨主張する。
しかしながら,化学の分野では,各成分の濃度の差異によって,予 期しない効果を奏する可能性があるというのが技術常識であり,本件 において,本件訂正発明1と引用発明2との各成分の濃度の相違が設 計的事項の範囲内であると認めるに足りる根拠はない。
また,本件訂正発明1は,従来の通常の透析液・補充液では,低カ リウム血症及び低リン血症を生じない安定的な急性血液浄化用薬液と ならなかったことに対し,その課題解決手段を提供するものであり, 引用発明2とは技術的意義を異にしているから,引用発明2から,設 計的事項としての適宜の選択によって,相違点(甲3-1-6’)な いし(甲3-1-8’)に係る本件訂正発明1の発明特定事項に想到 26 することは困難である。
したがって,原告の上記主張は理由がない。
c 以上によれば,引用発明2の無機リン濃度,マグネシウムイオン濃 度及び炭酸水素イオン濃度を,本件訂正発明1の無機リン濃度,カル シウムイオン濃度,マグネシウムイオン濃度及び炭酸水素イオン濃度 とすること(相違点(甲3-1-6’)ないし(甲3-1-8’)に 係る本件訂正発明1の発明特定事項)は,当業者が容易に想到し得た ことではないから,相違点(甲3-1-6’ ないし ) (甲3-1-8’) は当業者が容易に想到し得たものとはいえないとした本件審決の判断 に誤りはない。
なお,本件訂正発明1は,配合及び混合液の各成分の濃度が所定の 組合せであることによって,混合後長時間が経過してpHが上昇して も,不溶性炭酸塩の生成を抑制することができる用時混合型急性血液 浄化用薬液を実現したものであるから,混合液の各成分の濃度は,成 分ごとに区々別々に対比するのではなく,各成分(カリウムイオン, 無機リン,カルシウムイオン及びマグネシウムイオン)の濃度の組合 せを一つの単位として認定して,対比するのが相当である。
この場合でも,混合液の成分ごとに相違点を把握したときに係る被 告らの上記主張は妥当する。
イ 本件訂正発明1の顕著な効果に関する判断の誤りの主張に対し (ア) 仮に相違点(甲3-1-1’),(甲3-1-3’),(甲3-1 -4’)及び(甲3-1-6’)ないし(甲3-1-8’)が,いずれ も,実質的な相違点ではないか,又は当業者において容易に想到し得た ものであるとしても,本件訂正発明1は,当業者が予測し得ない顕著な 効果を奏するものであるから,進歩性が認められる。
すなわち,本件訂正発明1は,血清カリウムイオン値の低下や低リン 27 血症を防止するとともに,「単に,不溶性微粒子や沈殿の生成が抑制す ることができた」というものではなく,「混合後長時間が経過してpH が上昇しても,不溶性微粒子や沈殿の生成が抑制することができる用時 混合型急性血液浄化用薬液」を実現した発明である。
これに対し,引用発明2は,「粒子の形成を抑制するためには,混合 された即時使用溶液のpHを制御する必要がある」との前提の下で, 「粒 子形成に影響が生ずるようなpHの上昇が想定されない環境下において, 所定のリン酸塩の濃度に対し,粒子の形成が24時間内抑制される,混 合時の即時使用溶液のpHの範囲を特定した発明」に過ぎない。
また,用時混合型急性血液浄化用薬液の技術分野では,本件優先日当 時,所定の配合により,混合後長時間が経過してpHが上昇しても,不 溶性微粒子や沈殿の生成が抑制することができる旨の技術常識はなかっ た。
以上によれば,本件明細書の【0086】に係る「混合後長時間が経 過してpHが上昇しても,不溶性微粒子や沈殿の生成が抑制することが できる」という本件訂正発明1の効果は,引用発明2に比して,質的に 差のある当業者が予測できない顕著な効果である。
(イ) 本件訂正発明1が当業者が予測できない顕著な効果を奏することは, 被告らが,本件明細書記載の実施例2の検体と甲3記載の実施例4(表 9)の検体について行った不溶性微粒子の形成の対比試験の結果(甲1 8の参考資料3)によっても基礎付けられる。
すなわち,両検体のpHは,混合後,同様の上昇推移を経て,54時 間経過後に約8.7まで上昇したところ,@本明細書記載の実施例2の 検体では,10μmの微粒子が,混合後27時間経過時に8個,54時 間経過時に12個形成されるにとどまり,25μmの微粒子が,混合後 54時間経過時でも1個形成されるにとどまったのに対し,A甲3の実 28 施例4(表9)の検体では,10μmの微粒子が,混合後27時間経過 時に17個,54時間経過時に78個も形成され,25μmの微粒子が, 混合後54時間経過時には5個も形成されていた。
したがって, 「混合後長時間が経過してpHが上昇しても,不溶性微粒 子や沈殿の生成が抑制することができる」という本件訂正発明1の効果 は,甲3の記載から予測できない格別の効果であるだけでなく,引用発 明2の配合や各成分の濃度では実現することができない,当業者の予測 を超えた顕著な効果である。
(ウ) したがって,本件訂正発明1は,甲3の記載からは予想し得ない効 果を奏するものであるとした本件審決の判断に誤りはない。
ウ 小括 以上のとおり,相違点(甲3-1-1’),(甲3-1-3’),(甲 3-1-4’)及び(甲3-1-6’)ないし(甲3-1-8’)は当業 者が容易に想到し得たものではなく,また,本件訂正発明1は,甲3の記 載からは予想し得ない顕著な効果を奏するものであるから,本件訂正発明 1は,引用発明2及び甲3に記載された技術的事項に基づいて,当業者が 容易に発明をすることができたものではない。
したがって,これと同旨の本件審決の判断に誤りはない。
3 取消事由2-2(甲3を主引用例とする本件訂正発明2ないし17の進歩性 の判断の誤り)(請求人無効理由3関係)について ? 原告の主張 ア 本件訂正発明2ないし10について 本件審決は,本件訂正発明2ないし10は,本件訂正発明1の発明特定 事項をすべてその発明特定事項とするものであるから,本件訂正発明1と 同様に,本件訂正発明2ないし10も,引用発明2及び甲3に記載された 技術的事項に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものでは 29 ない旨判断した。
しかしながら,前記2?のとおり,本件審決のした本件訂正発明1の容 易想到性の判断に誤りがある以上,本件訂正発明2ないし10の容易想到 性を否定した本件審決の上記判断は,その前提を欠くものであって,誤り である。
イ 本件訂正発明11ないし17について (ア) 本件審決は,@本件訂正発明11と引用発明2とは,本件訂正発明 1と引用発明2の相違点(甲3-1-1’)ないし(甲3-1-4’), (甲3-1-6’)ないし(甲3-1-8’)と同様の相違点(甲3- 2-1’)ないし(甲3-2-4’),(甲3-2-6’)ないし(甲 3-2-8’)並びに相違点(甲3-2-5’)(「本件訂正発明11 では,カリウムイオンはA液にもB液にも配合されているのに対し,引 用発明2では,第一単一溶液にしか配合されていない点」及び相違点 ) (甲 3-2-10’)(「本件訂正発明11は,隔壁により上室と下室に区 分けされ,かつ,当該下室の底部に密閉された開口部を備えた容器であ って,用時,上記隔壁を破壊もしくは剥離してA液とB液を混合するよ うにしてある容器の下室にA液を,上室にB液を充填したものであるこ とが明示されているのに対し,引用発明2では,容器についての記載が ない点」)において少なくとも相違すると認定した上で,相違点(甲3- 2-1’),(甲3-2-3’)ないし(甲3-2-8’)について, 引用発明2の発明特定事項を本件訂正発明11の発明特定事項変更す ることは当業者が容易に想到し得たことではない,A本件訂正発明11 は,「急性血液浄化用薬液」として有用であるという,甲2,3及び5 ないし8の記載からは予想し得ない効果を奏するとして,本件訂正発明 11は,引用発明2に基づいて,又は引用発明2と甲2,3及び5ない し8に記載された技術的事項に基づいて,当業者が容易に発明をするこ 30 とができたものではない旨判断した。
しかしながら,前記2?アと同様の理由により,相違点(甲3-2- 3’)及び(甲3-2-4’)は,実質的な相違点とはいえないし,相 違点(甲3-2-1’)及び(甲3-2-6’)ないし(甲3-2-8’) は,当業者が,甲3に基づいて,引用発明2において,上記各相違点に 係る本件訂正発明11の構成とすることを容易に想到することができた ものである。
また,カリウムイオンは,医療事故防止の観点から,二つの溶液に同 じ濃度で配合するのが好ましいと考えられているところ,甲3には,甲 3の実施例として,カリウムイオンが第一単一溶液に配合されている引 用発明2と,カリウムイオンが第二単一溶液に配合されている実施例5 (表12)が記載されていることからすると,カリウムイオンは,甲3 記載の第一単一溶液と第二単一溶液の双方に配合してもよいものである。
そうすると,引用発明2において,カリウムイオンを第一単一溶液と第 二単一溶液の双方に配合することは,甲3に記載されているに等しい事 項であって,相違点(甲3-2-5’)は,実施的な相違点ではないか, 又は当業者の通常の創作能力の発揮の範囲内で行われる設計的事項に過 ぎないから,当業者は相違点(甲3-2-5’)に係る本件訂正発明1 1の構成を容易に想到することができたものである。
さらに,前記2(1)イと同様の理由により,本件訂正発明11は予想し 得ない顕著な効果を奏するものといえない。
以上によれば,本件訂正発明11は,引用発明2と甲2,3及び5な いし8に記載された技術的事項に基づいて,当業者が容易に発明をする ことができたものである。
したがって,本件審決の上記判断は誤りである。
(イ) 本件訂正発明12ないし17について 31 本件審決は,本件訂正発明12ないし17は,本件訂正発明11の発 明特定事項のすべてを発明特定事項とするものであるから,本件訂正発 明11と同様に,当業者が容易に発明をすることができたものではない 旨判断した。
しかしながら,前記(ア)のとおり,本件審決のした本件訂正発明11 の容易想到性の判断に誤りがある以上,本件訂正発明12ないし17の 容易想到性を否定した本件審決の上記判断は,その前提を欠くものであ って,誤りである。
ウ 小括 以上のとおり,本件訂正発明2ないし17は,甲3に基づいて,当業者 が容易に発明をすることができたものであるから,これと異なる本件審決 の判断は誤りである。
? 被告らの主張 本件訂正発明2ないし17は,いずれも,本件訂正発明1の発明特定事項 のすべてを発明特定事項とするものであるから,前記2(2)のとおり,本件訂 正発明1は,引用発明2及び甲3に記載された技術的事項に基づいて,当業 者が容易に発明をすることができたものではない以上,本件訂正発明2ない し17も,当業者が容易に発明をすることができたものではない。
したがって,これと同旨の本件審決の判断に誤りはない。
4 取消事由3(明確性要件の判断の誤り)(職権無効理由1関係)について (1) 原告の主張 本件審決は,本件訂正発明1ないし5及び8ないし10は,少なくとも発 明特定事項アないしウを発明特定事項とし,本件訂正発明11ないし17は, 少なくとも発明特定事項ア’,イ及びウを発明特定事項とするものであると ころ,本件明細書の記載事項(【0079】〜【0086】)によれば,当 業者は,【0086】記載の「リン酸イオンを濃度4mg/dLで含有する 32 薬液」は,【0079】〜【0085】に記載された薬液とリン酸イオン以外のイオン組成が同様のものであると理解し,そのイオン組成の薬液(カリウムイオン濃度が4.0mEq/L,無機リン濃度が4.0mg/dL,カルシウムイオン濃度が2.5mEq/L,マグネシウムイオン濃度が1.0mEq/L,炭酸水素イオン濃度が32.0mEq/Lである薬液)は,発明特定事項ウ(「A液とB液を合した混合液において,…少なくとも27時間にわたって不溶性微粒子や沈殿の形成が実質的に抑制される,」)を満たすものあることを理解すること及び血液浄化用薬液においては浸透圧,pH等を一定に保つ必要のあることが技術常識であることを考慮すると,薬液における不溶性の微粒子や沈殿の形成に影響を及ぼすことが想定されるナトリウムイオン,塩素イオン等,他のイオンの濃度も自ずと一定の狭い範囲内のものとなり,その狭い範囲内で発明特定事項ウを満たすものは自ずと定まるから,発明特定事項ア及びイを満たす薬液,又は発明特定事項ア’及びイを満たす薬液充填容器における薬液のうち,具体的にどのような組成を有し,どのような調製法による薬液であれば,発明特定事項ウを満たすものになるかを明確に把握することができるとして,本件訂正発明1ないし5,8ないし10及び11ないし17は,明確であるから,明確性要件に適合する旨判断した。
しかしながら,本件明細書の【0086】記載の「リン酸イオンを濃度4mg/dLで含有する薬液」が【0079】〜【0085】に記載された薬液とリン酸イオン以外のイオン組成が同じであるとすれば,【0086】記載の「別途,リン酸イオンを含有しない薬液と,リン酸イオンを濃度4mg/dLで含有する薬液との対比試験を行った」にいう「リン酸イオンを含有しない薬液」は,【0080】記載の「リン酸イオン濃度が0mEq/Lの試験液」と同じはずであるから,当該薬液とリン酸イオン以外のイオン組成が同じ組成である旨を言及すればよいはずであるにもかかわらず,わざわざ 33 「別途,リン酸イオンを含有しない薬液」と表現していることに照らすと,【0086】に記載された「リン酸イオンを濃度4mg/dLで含有する薬液」が,【0079】〜【0085】に記載された薬液とリン酸イオン以外のイオン組成が同様のものであるとは考えられない。
また,本件審決が「本件特許の出願時において,リン酸イオン,カリウムイオン,カルシウムイオン,マグネシウムイオン,炭酸水素イオンのみならず,ナトリウムイオン,塩素イオン等も存在する系における,各イオン濃度と沈殿形成との定量的な関係が知られていたとはいえない。」(22頁24行〜28行)と認定していることに照らすと,本件訂正発明1ないし5,8ないし10及び11ないし17においては,ナトリウムイオン,塩素イオン等の他のイオンの濃度も,決して自ずと決まるものではなく,不明のままである。
したがって,本件訂正発明1ないし5,8ないし10及び11ないし17は明確であるとした本件審決の上記判断は,誤りである。
? 被告らの主張 ア 本件明細書の【0079】〜【0085】及び【0086】は,いずれ も安定性試験について記載したものであるが,【0079】〜【0085】 には,冒頭の「<安定性試験> 急性血液浄化用剤の開放系におけるpH 及び性状(色調及び澄明性)をリン酸水素二ナトリウムの濃度を変化させ て測定した」との記載に続いて,リン酸イオンを0.31〜2mg/dL 含む薬液を使用した試験の結果,27時間にわたって沈殿が形成されなか ったことの記載がある。これらの段落では,同試験に使用した薬液の配合 及び各成分の配合量等が具体的に記載されている。
そして,これに続く【0086】では,冒頭に「なお,別途,」との記 載がされていて,リン酸イオン以外の配合については特別な記載がなく, リン酸イオンを4mg/dL含む薬液において7日間にわたって不溶性微 34 粒子の増加が実質的に認められなかったことが記載されている。
また,明細書の発明の詳細な説明において,実際に行った試験の前提条 件を何ら示さないまま試験結果のみを記載するようなことは通常考えられ ない。
以上を踏まえると,【0086】に記載された「リン酸イオンを濃度4 mg/dLで含有する薬液」は,【0079】〜【0085】に記載され た薬液と,リン酸イオン以外のイオン組成が同様のものであると解するの が明細書の記載の客観的かつ合理的な解釈である。
イ 本件審決は,本件訂正発明1については,既に,カリウムイオン濃度, 無機リン濃度,カルシウムイオン濃度,マグネシウムイオン濃度,炭酸水 素イオン濃度が特定されている上,血液浄化用薬液においては浸透圧,p H等を一定に保つ必要のあることが技術常識であることを考慮すると,そ の余のナトリウムイオン,塩素イオン等,他のイオンの濃度は自ずと一定 の狭い範囲のものとなり,その狭い範囲内で発明特定事項ウを満たすもの は自ずと定まる旨判断したものであり,かかる判断は相当である。
したがって,本件訂正発明1ないし5,8ないし10及び11ないし1 7は明確であるとした本件審決の判断に誤りはない。
5 取消事由4(実施可能要件の判断の誤り)(職権無効理由2関係)について (1) 原告の主張 本件審決は,本件明細書の【0086】記載の「カリウムイオン濃度が4. 0mEq/L,無機リン濃度が4.0mg/dL,カルシウムイオン濃度が 2.5mEq/L,マグネシウムイオン濃度が1.0mEq/L,炭酸水素 イオン濃度が32.0mEq/Lである薬液」は,発明特定事項ウ(「A液 とB液を合した混合液において,…少なくとも27時間にわたって不溶性微 粒子や沈殿の形成が実質的に抑制される,」)を満たすものあることを理解 すること,血液浄化用薬液においては浸透圧,pH等を一定に保つ必要のあ 35 ることが技術常識であることを考慮すると,薬液における不溶性の微粒子や 沈殿の形成に影響を及ぼすことが想定されるナトリウムイオン,塩素イオン 等,他のイオンの濃度も自ずと一定の狭い範囲内のものとなり,その狭い範 囲内で発明特定事項ウを満たすものは自ずと定まるとして,本件明細書の発 明の詳細な説明は,当業者が本件訂正発明1ないし5,8ないし10及び1 1ないし17を実施することができる程度に明確かつ十分に記載されたもの であるから,実施可能要件に適合する旨判断した。
しかしながら,前記4(1)で述べたとおり,本件明細書の【0086】に記 載された「リン酸イオンを濃度4mg/dLで含有する薬液」が,【007 9】〜【0085】に記載された薬液とリン酸イオン以外のイオン組成が同 様のものであるとは考えられないし,また,本件訂正発明1ないし5,8な いし10及び11ないし17においては,ナトリウムイオン,塩素イオン等 の他のイオンの濃度も,決して自ずと決まるものではなく,不明のままであ る。
したがって,本件審決の上記判断は,誤りである。
? 被告らの主張 前記4?と同様の理由により,本件審決における実施可能要件の判断に誤 りはない。
6 取消事由5(サポート要件の判断の誤り)(職権無効理由3関係)について (1) 原告の主張 本件審決は,本件明細書の【0086】記載の「カリウムイオン濃度が4. 0mEq/L,無機リン濃度が4.0mg/dL,カルシウムイオン濃度が 2.5mEq/L,マグネシウムイオン濃度が1.0mEq/L,炭酸水素 イオン濃度が32.0mEq/Lである薬液」は,発明特定事項ウ(「A液 とB液を合した混合液において,…少なくとも27時間にわたって不溶性微 粒子や沈殿の形成が実質的に抑制される,」)を満たすものであることを理 36 解すること,血液浄化用薬液においては浸透圧,pH等を一定に保つ必要の あることが技術常識であることを考慮すると,薬液における不溶性の微粒子 や沈殿の形成に影響を及ぼすことが想定されるナトリウムイオン,塩素イオ ン等,他のイオンの濃度も自ずと一定の狭い範囲内のものとなり,その狭い 範囲内で発明特定事項ウを満たすものは自ずと定まるとして,本件訂正発明 1ないし5,8ないし10及び11ないし17は,当業者が発明の詳細な説 明の記載及び技術常識から,その課題を解決できると認識できるものである から,サポート要件に適合する旨判断した。
しかしながら,前記5(1)で述べたのと同様の理由により,本件審決の上記 判断は,誤りである。
? 被告らの主張 前記4?と同様の理由により,本件審決におけるサポート要件の判断に誤 りはない。
7 取消事由6(実施可能要件及びサポート要件の判断の誤り)(請求人無効理由1関係)について ? 原告の主張 ア 実施可能要件の判断の誤り 本件審決は,本件明細書の【0086】に記載された「リン酸イオンを 濃度4mg/dLで含有する薬液」 実施例1及び2に示された薬液と, は, 薬液の具体的組成及び製造方法は異なるが,カリウムイオン,カルシウム イオン,マグネシウムイオン及び炭酸水素イオンの濃度がほぼ同じであり, ナトリウムイオンの濃度も極めて近いものであって,極めて類似のものと いえるから,実施例1及び2の薬液が本件訂正発明1の発明特定事項1- 3(「少なくとも27時間にわたって不溶性微粒子や沈殿の形成が実質的 に抑制される,」)も満たすことを裏付けるものといえる,当業者は,本 件明細書の記載に基づき,本件訂正発明1の発明特定事項をすべて満たす 37 薬液を製造することができるとともに,その薬液について,「用時混合型 急性血液浄化用薬液」としての有用性を理解することができるとして,本 件明細書の発明の詳細な説明の記載は,当業者が本件訂正発明1ないし1 7を実施できる程度に明確かつ十分に記載されているから,実施可能要件 に適合する旨判断した。
しかしながら,本件明細書の【0086】に記載された「リン酸イオン を濃度4mg/dLで含有する薬液」は,【0079】〜【0085】に 記載された薬液とリン酸イオン以外のイオン組成が同様のものであると 考えられないことは,前記4?のとおりである。
したがって,本件審決の上記判断は,誤りである。
イ サポート要件の判断の誤り 本件審決は,前記アと同様の理由により,本件訂正発明1ないし17は, 発明の詳細な説明に記載された発明であって,発明の詳細な説明の記載に より当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものである といえるから,サポート要件に適合する旨判断した。
しかしながら,前記アで述べたのと同様の理由により,本件審決の上記 判断は,誤りである。
? 被告らの主張 前記4?と同様の理由により,本件審決における実施可能要件及びサポー ト要件の判断に誤りはない。
当裁判所の判断
1 取消事由1(訂正要件の判断の誤り)について (1) 本件明細書の記載事項等について ア 本件訂正発明1の特許請求の範囲(請求項1)の記載は,前記第2の2 ?のとおりである。
本件明細書(甲12)の「発明の詳細な説明」には,次のような記載が 38 ある(下記記載中に引用する「図1」及び「表1ないし7」については別紙1を参照)。
(ア) 【技術分野】 【0001】 本発明は,安定な炭酸水素イオン含有薬液,特にリン酸イオンの存在 により安定性を向上させた炭酸水素塩含有透析用薬液に関する。また, 本発明は,当該薬液からなる急性血液浄化用薬液,特に用時混合型急性 血液浄化用透析液および補充液に関する。なおまた,本発明は,混合後 も長時間にわたり不溶性微粒子や沈澱の生成が抑制される,低カリウム 血症および低リン血症を生じない用時混合型の急性血液浄化用透析液 および補充液に関する。
【背景技術】 【0002】 急性心不全,急性腎不全,急性肝不全,術後肝不全,敗血症,熱傷, 中毒,劇症肝炎,急性膵炎などにより体内に急激に毒物や病因物質が蓄 積すると,体液の恒常性が著しく損なわれる。このような急性疾患ある いは慢性疾患の急性憎悪に対しては,緊急に血液・体液を浄化して生体 の恒常性を保ち,病態を改善することが求められるため,急性血液浄化 療法が試みられる。
【0003】 急性血液浄化療法は,主に救命救急・集中治療領域において経験的に 発展してきた血液浄化法であり,透析,濾過,吸着または分離により血 液から不要あるいは有毒な物質を除去する療法である(非特許文献1)。
【0004】 急性血液浄化療法の具体的な治療法としては,持続的血液透析(CH D),持続的血液濾過(CHF),持続的血液透析濾過(CHDF),血液 39 透析(HD),血液吸着(HA),血漿吸着(PA),血漿交換(PE),白血球除去療法(LC)などの血液体外循環による血液浄化法が挙げられる。近年は適用の拡大や病態解明の進展などにより,CHDFやPEが主流となっている(非特許文献2)。
【0005】 急性血液浄化療法では拡散や限外濾過,精密濾過,吸着の原理を利用して有害物質を除去することから,大量の透析液や補充液を使用する。
【0006】 急性血液浄化療法に使用する透析液・補充液の必要条件は, (1)不要物質や余剰物質を低下させることが可能なこと,(2)必要物質や不足物質が補充できること,(3)有害な物質が含まれていないか,問題とならないほど低濃度であること,(4)生体内にある必要な物質を正常値下限濃度より低下させないこと,(5)生体内に取り込まれて代謝される物質は,代謝系に負荷とならない量であること,(6)浸透圧が血液に近い値であること,(7)安定していて,取扱いが簡便であることなどが挙げられる。慢性腎不全の治療用として市販されている人工腎臓用透析液(キンダリー(登録商標)液:扶桑薬品工業)や濾過型人工腎臓用補液(サブラッド(登録商標)-B,サブラッド(登録商標)-BS:扶桑薬品工業)は,これらの条件を満たし,かつ入手が容易であることから,急性血液浄化療法時の透析液・補充液にも用いられている。
【0007】 これらの透析液・補充液の多くは,炭酸水素ナトリウムが配合されている。従って,時間の経過と共に補充液中のカルシウムイオンおよびマグネシウムイオンと炭酸水素イオンが反応し,不溶性の炭酸塩の微粒子や沈殿が生じる。そこで,カルシウムイオン(Ca??)およびマグネシウムイオン(Mg??)を含む溶液(本明細書において「B液」と呼ぶ) 40 と炭酸水素イオン(HCO??)を含む溶液(本明細書において「A液」と呼ぶ)とが別々に収納された,用時混合型の製剤として供給されている(…)。…【0008】 市販されている透析液・補充液の成分組成の一例は,ナトリウムイオン(Na?):132〜143mEq/L,カリウムイオン(K?):2.0〜2.5mEq/L,カルシウムイオン(Ca??):2.5〜3.5mEq/L,マグネシウムイオン(Mg??):1.0〜1.5mEq/L,塩素イオン(Cl?) :104〜114.5mEq/L,炭酸水素イオン(HCO??) :0〜35.0mEq/L,酢酸イオン(CH?COO?) :3.5〜40mEq/L,ブドウ糖:0〜200mg/dLを含むものである。
【0009】 例えば,上記のサブラッド(登録商標)-BSは,隔壁を介して連結する上下二室を有する複室容器にB液とA液が収容されており,B液(上室)は1010mL中に 塩化ナトリウム(NaCl) 7.88g 塩化カルシウム(CaCl?・2H?O) 519.8mg 塩化マグネシウム(MgCl?・6H?O)205.4mg 酢酸ナトリウム(CH?COONa) 82.8mg ブドウ糖(C?H??O?) 2.02g および 氷酢酸(CH?COOH) 360.0mgを含み(pH:3.8〜3.9,浸透圧比:0.9〜1.0),そしてA液(下室)は1010mL中に 塩化ナトリウム(NaCl) 4.460g 塩化カリウム(KCl) 0.30g および 41 炭酸水素ナトリウム(NaHCO?) 5.940g を含んでいる(pH:7.9〜8.5,浸透圧比:0.9〜1.0)。
【0010】 使用前に上下室間の隔壁を開通してA液とB液を混合し,下室側から 投与する。このような複室容器を使用するのは,同時に配合すると変質 が予想される薬剤,すなわちカルシウムイオンやマグネシウムイオンと 炭酸水素イオンを個別に収納するためである。
(イ) 【発明が解決しようとする課題】 【0012】 しかしながら,これらの透析液・補充液は,慢性腎不全患者を対象と した電解質濃度で調整されており,急性血液浄化が必要とされる患者に 適合させた処方ではないため,急性血液浄化療法においては不具合が生 じる場合があった。
【0013】 例えば,市販の透析液・補充液のカリウムイオン濃度は,高カリウム 血症の是正のため,2.0〜2.5mEq/Lと低く設定されており, 透析前血清カリウムイオン値が4.0mEq/L未満のような急性血液 浄化症例の場合では,カリウムの除去にアシドーシスの改善が加わるた め,急速な血清カリウムイオン値の低下をきたし,不整脈誘発やジギタ リス中毒の危険性がある。
【0014】 また,市販の透析液・補充液は,慢性腎不全患者向けに処方されてい ることから,高リン血症を改善するために,リン成分を全く含まない。
そのため,透析前血清無機リン値が3.0mg/dL以下を呈するよう な急性血液浄化症例では,低リン血症となり免疫能の低下や重篤な場合 には意識消失に至る危険性があった。
42 【0015】 このため,市販の透析液・補充液を用いた急性血液浄化療法では,低カリウム血症や低リン血症を防ぐために,血液回路からカリウムイオンやリン酸イオンを補給して電解質組成を補正しなければならないという問題点があった。
【0016】 また,透析液のアルカリ化剤(血液緩衝剤)は古くは酢酸塩が使用されていた。酢酸は透析膜から血中に移行し,炭酸水素イオンに代謝されるが,ダイアライザーの大面積,高性能化により,生体の処理能力を超える量の酢酸が負荷されるようになり,血圧低下,気分不快,頭痛,嘔気などの酢酸不耐症状が発生するようになった(Earnest DLet al.:Trans. Am. Soc. Artif. Intern. Organs 14:434-437, 1968)。現在はアルカリ化剤として酢酸塩に代わって炭酸水素塩が用いられるようになったが,pHの安定化のためになお少量の酢酸が含有されている。
従って,酢酸不耐症状を避けるために,酢酸塩を全く含有しない透析液・補充液が求められていた。
【0017】 これらの課題は,従来の透析液・補充液のカリウムイオン濃度を高め,リン酸イオンを配合し,また,酢酸イオンを生成する化合物を使用しないことによって解決できるのではないかと考えられるが,透析液・補充液は,生体の生理状態に微妙かつ重大な影響を及ぼす可能性のあるものであるから,そのような変更により直ちに所期の効果が得られるか否か定かではない。しかも,よく知られているように,リン酸イオンは炭酸水素イオンと同様,カルシウムイオンやマグネシウムイオンと反応してリン酸塩の不溶性沈殿を形成するものであるから,透析液・補充液中に 43 リン酸イオンを含有させた場合,安定な薬液が得られるとは考え難い。
【0018】 さらに前述のように,炭酸水素ナトリウムを含有する薬液では,炭酸水素イオンとカルシウムイオンやマグネシウムイオンとを長時間にわたって安定に共存させることが困難である。このため,炭酸水素イオンを含む薬液と,カルシウムイオンやマグネシウムイオンを含む薬液を別々に分けて調製し,患者に投与する直前に両薬液を混合する作業を行っている。しかしながら,混合後においても時間の経過とともに溶液中の炭酸水素イオンが炭酸ガスとなって放出されるため,pHが上昇し,7.5を越えたあたりから不溶性の微粒子や結晶が生成するようになる。
とりわけ,急性血液浄化療法では,炭酸水素イオンとカルシウムイオンやマグネシウムイオンとを長時間共存させて血液浄化を行うため,炭酸カルシウムや炭酸マグネシウムのような不溶性微粒子や沈澱の発生が大きな問題となる。
【0019】 最近,炭酸水素イオンとカルシウムイオンやマグネシウムイオンとを共存させた一剤型薬液に関する発明が開示されている(特許第3003504号)。これは,クエン酸および/またはクエン酸イオンを“pH調整剤”として使用することでpHを7.0〜7.8に調整し,不溶性微粒子の発生を防止し,かつ安定な電解質輸液を提供するというものである。
【0020】 このように,クエン酸は輸液製剤のpH調整剤として使用されているが,特に注意すべきことは,クエン酸による副作用(クエン酸中毒,クエン酸のキレート作用によるカルシウムイオン濃度の低下など)が発生しないように,かつpH調整作用のみを発揮するように使用されなけれ 44 ばならないことである。クエン酸中毒の症状としては,血圧低下,心機 能抑制,心電図異常などが見られ,これらはクエン酸による血液中のカ ルシウムイオン濃度の低下が原因であることが報告されている(検査と 技術,第19巻,第2号,1991)。特に,血管内に直接投与される 輸液製剤にあっては,投与量が1〜2Lを超える場合も珍しくなく,ま た,急性血液浄化療法においては数十Lの液置換を伴うこともあること から,使用量が多くなるにつれて体内にクエン酸が多量に投与されるこ とになり,それによってクエン酸中毒の発生やクエン酸のキレート作用 による血液中カルシウムイオン濃度の低下などを起こす可能性があり, 安全性に問題がある。
(ウ) 【課題を解決するための手段】 【0021】 本発明者らは,上記の課題を解決すべく種々研究を重ねた結果,カリ ウムイオンとリン酸イオンをそれぞれ一定範囲の濃度に保持すること により,低カリウム血症や低リン血症の発症を防ぐことができる安定性 の良好な急性血液浄化用薬液を提供できることを見出した。また,当該 薬液において,酢酸イオンを生成するような酢酸化合物を使用しないこ とにより,酢酸不耐症状を生じない,安定性の良好な急性血液浄化用薬 液を提供できることを見出した。当該薬液中には,カルシウムイオンや マグネシウムイオンが存在するにも拘わらず,リン酸イオンを含有させ ても不溶性のリン酸塩を生じない。また,リン酸イオンの存在により, 炭酸水素イオンとカルシウムイオンやマグネシウムイオンが共存し,p Hが7.5を超えるような長時間後であっても,不溶性炭酸塩の生成が 抑制される。これらの効果は,全く予想しなかった効果である。本発明 は,これらの知見に基づいて完成されたものである。
【0022】 45 従って,本発明は,炭酸水素イオンとカルシウムイオンおよび/またはマグネシウムイオンが共存する薬液に対してリン酸イオンを含有させたことを特徴とする,長時間にわたり不溶性微粒子や沈澱の生成が抑制された安定な薬液を提供する。
本発明はまた,従来の透析液・補充液と比較して,カリウムイオン濃度が高く,リン酸イオンを含有することを特徴とする,長時間にわたり不溶性微粒子や沈澱の生成が抑制された安定な急性血液浄化用薬液を提供する。
上記急性血液浄化用薬液中のカリウムイオン濃度は3.5〜5.0mEq/Lに保持され,無機リン濃度は2.3〜4.5mg/dLの範囲に保持されることが好ましい。カリウムイオン濃度を上記の範囲に保持するのは,低カリウム血症の発症を防ぐためである。無機リン濃度を上記の範囲に保持するのは,低リン血症の発症を防ぐと同時に,薬液の安定性を維持するためである。少なくとも上記の範囲では,無機リン濃度が高いほど,長時間にわたって薬液の安定性が維持される傾向が認められる。また,当該薬液において,酢酸イオンを含有しないものとすることが酢酸不耐症の防止のために好ましい。
【0023】 本発明の薬液には,炭酸水素イオンとカルシウムイオンおよび/またはマグネシウムイオンが必須成分として含まれるから,リン酸イオンが存在していても,なおその間の反応で不溶性の微粒子や沈澱が形成される可能性を残している。従って,好ましくは炭酸水素イオンを含む水溶液とカルシウムイオンおよび/またはマグネシウムイオンを含む水溶液を別々に収容し,用時,両者を合して混合液とすることが好ましい。
通常は,複室容器の下室に収容されるA液中に炭酸水素イオンを含有させ,上室に収容されるB液中にカルシウムイオンおよび/またはマグネ 46 シウムイオンを含有させる。カリウムイオンとリン酸イオンは,両者同 時にまたは別々に,A液とB液のいずれかまたは両方に含有させること ができる。
(エ) 【発明の効果】 【0024】 本発明により得られる急性血液浄化用透析液・補充液は,低カリウム 血症や低リン血症を生じることがなく,従って急性血液浄化療法施行中 に電解質を補正する必要がない。また,酢酸イオンを含有しない場合, 酢酸不耐症症例においても安全に使用することができる。さらに本発明 により得られる用時混合型の炭酸水素イオン配合薬液は,混合後も炭酸 カルシウムおよび/または炭酸マグネシウムのような不溶性微粒子や 沈澱の生成が長時間にわたって抑制されるので,長時間の血液浄化を伴 う急性血液浄化療法に好適に用いられる。
(オ) 【発明を実施するための最良の形態】 【0027】 本発明の一つの実施態様において,B液中にリン成分,好ましくはリ ン酸イオンまたはリン酸塩が含まれていることを特徴とする用時混合型 薬液,特に用時混合型急性血液浄化用透析液または補充液が提供される。
好ましい実施態様において,少なくともナトリウムイオン,炭酸水素イ オンおよび水を含むA液と,少なくともナトリウムイオン,塩素イオン, リン酸イオンおよび水を含むB液からなる用時混合型薬液,特に用時混 合型急性血液浄化用透析液または補充液が提供される。
【0033】 他の実施態様において,上記の薬液のいずれかであって,A液および B液の混合液のカリウムイオン濃度が3.5〜5.0mEq/Lの範囲 内である用時混合型薬液,特に用時混合型急性血液浄化用透析液または 47 補充液が提供される。
【0034】 他の実施態様において,上記の薬液のいずれかであって,A液およびB液の混合液の無機リン濃度が2.3〜4.5mg/dLの範囲内である用時混合型薬液,特に用時混合型急性血液浄化用透析液または補充液が提供される。
【0037】 本発明の好ましい実施態様において,A液およびB液の混合液が急性血液浄化療法の透析液および/補充液として哺乳動物(ヒトを含む)に投与された場合,急性血液浄化療法開始から24時間の間にわたって,該哺乳動物の血漿中カリウムイオン濃度が正常範囲内であり,かつ,血漿中無機リン(iP)濃度の増減が急性血液浄化療法開始時と比べて有意に変動しない,用時混合型薬液,特に用時混合型急性血液浄化用透析液または補充液が提供される。
【0044】 本発明の用時混合型薬液を収容する容器は,2つ以上の薬液収容室を有する。例えば,本発明の用時混合型薬液を収容する容器は,上室(B室)と下室(A室:投与側)の間が連通可能な隔壁で隔てられている容器である。上室は,投与の際に上側に配置される薬液収容室であり,例えば図1における3’である。連通可能な隔壁の形態は特に制限はなく,例えば易剥離性を有するような弱溶着によりシール形成された隔壁,クリップ等で挟むことにより形成された隔壁,破断等により開通可能となるような連通部材を備えた隔壁などが挙げられる。これらのうち,特に易剥離的に熱溶着された隔壁部(弱シール部)でシール分画された容器が簡便性の点で好適に用いられる。易剥離性の熱溶着された隔壁部を備える容器は,一方の薬液収納室を外部から押圧することによりシール部 48 が剥離し,薬液が無菌的に混合される。
(カ) 【0055】 本明細書で言う「不溶性微粒子や沈澱の生成が長時間にわたって抑制 される」とは,投与対象に適用すべき最終薬液の調製後,たとえば上記 A液とB液の混合後,少なくとも27時間にわたり不溶性微粒子や沈澱 の生成が抑制されること,またはpHが7.5以上になっても不溶性微 粒子や沈澱の生成が抑制されることを意味する。
【0056】 本明細書において使用される「用時混合型薬液」なる用語は,A液お よびB液からなり,A液およびB液を混合した後に使用される薬液を意 味する。
【0057】 「急性血液浄化用薬液」なる用語は,急性血液浄化療法において使用 される透析液または補充液を意味する。急性血液浄化療法は,当分野に おいて通常使用される意義と同一である。なお,「補充液」は「補液」, 「置換液」と呼ばれることもある。
また,「用時混合型急性血液浄化用薬液」なる用語は,用時混合型薬 液のうち,急性血液浄化療法において使用される透析液または補充液を 意味する。
【0058】 本明細書において使用される「A液」なる用語は,少なくともナトリ ウムイオン,炭酸水素イオンおよび水を含む薬液を意味する。好ましく は,A液は,ナトリウムイオン,カリウムイオン,塩素イオン,炭酸水 素イオンおよび水を含む。
【0059】 「B液」なる用語は,少なくともカルシウムイオンおよび/またはマ 49 グネシウムイオンならびに水を含む薬液を意味する。好ましくは,B液 は,ナトリウムイオン,カルシウムイオン,マグネシウムイオン,塩素 イオン,ブドウ糖および水を含む。… 【0060】 上記したように,本発明の薬液は,カリウムイオンとリン酸イオンを 含むことを特徴としているが,カリウム源としては,水溶液中でカリウ ムイオンを与える化合物,たとえば塩化カリウムのような無機カリウム 塩,乳酸カリウム,グルコン酸カリウムのような有機酸カリウム塩など から選択して使用することができる。また,リン源としては,水溶液中 でリン酸イオンを与える化合物,たとえばリン酸,リン酸ナトリウム, リン酸二水素ナトリウム,リン酸水素二ナトリウムなどから選択して使 用することができる。カリウム源とリン源を兼ねるカリウムイオンとリ ン酸イオンを含む化合物,例えばリン酸カリウム,リン酸二水素カリウ ム,リン酸水素二カリウムなどの使用も考慮されてよい。
【0061】 本発明薬液中のカリウムイオン濃度は,通常,3.5〜5.0mEq /Lであり,好ましくは3.5〜4.5mEq/Lである。また,無機 リン濃度は,通常,2.3〜4.5mg/dL,好ましくは2.5〜4. 0mg/dL(特に3.0mg/dL以上)である。本発明は,上記し たように,通常,A液とB液の二液に分けて調製されるが,カリウムイ オンもリン酸イオンも両液を合したとき,混合液中で上記の濃度となる ように適宜調整すればよい。
(キ) 【実施例】 【0063】 <急性膵炎モデル動物の作製> 雄性ビーグル犬(体重10kg前後,日本農産)21頭を扶桑薬品工 50 業株式会社内の大動物施設の飼育室(温度23±5℃,湿度50±2 0%RH,換気15〜20回/hr,照明12時間(7:00〜19: 00))においてステンレス飼育ケージに1頭ずつ収容して飼育した。
飼料は固形飼料(CREA Dog Diet CD-5M(商標),日本 クレア)を使用し,約300g/日を摂取させた。飲料水は上水道水を 使用し,飼育期間中自由に飲水させた。
【0064】 イソフルラン吸入麻酔下でビーグル犬を背位に固定し,腹部を切開し, 総胆管を露出させ,クレンメで閉塞した。十二指腸を切開し,小十二指 腸乳頭よりポリエチレン製チューブ(PE50,ベクトン・ディッキン ソン)を副膵管に挿入し,逆行性に3%タウロコール酸ナトリウム生理 食塩液溶液を1.0mL/kg/5minで注入し,急性膵炎を惹起し た。
【0065】 モデル作製術中および術後には適切な輸液を適切量投与した。
【0066】 術後,感染防止のためにベンジルペニシリンカリウム注射液(50万 単位/動物)を1日1回2日間,筋肉内投与することにより急性膵炎モ デル動物を作製した。
(ク) 【0067】 実施例1 (i)上室液(B液)の調製・充填・密封 下記の表1に記載の成分分量を量り,日局注射用水にブドウ糖,塩化 ナトリウム,塩化カリウム,塩化マグネシウム,塩化カルシウム,リン 酸二水素ナトリウムを順次加えて溶解し,粗濾過し,濾液に注射用水を 加えて定量とした。得られた液を1000mL/1000mLの無色プ 51 ラスチック製ダブルバッグの上室に精密フィルターで無菌濾過後充填し,充填口をシール溶着により密封した。本明細書において,表1の処方にて作製された薬液を「実施例1の上室液(B液)」と称する。
【0068】 (ii)下室液(A液)の調製・充填・密封 下記の表2に記載の成分分量を量り,日局注射用水に塩化ナトリウム,塩化カリウムおよび炭酸水素ナトリウムを順次加えて溶解した後,粗濾過し,濾液に注射用水を加えて定量とした。得られたA液を,(i)において上室液が充填され,そして密封された1000mL/1000mLの無色プラスチック製ダブルバッグの下室に精密フィルターで無菌濾過後充填し,ポート部にゴム栓体を挿入後,閉塞により密封し,ゴム栓体ヘッド部にオーバーシールを溶着した。本明細書において,表2の処方にて作製された薬液を「実施例1の下室液(A液)」と称する。
【0069】 実施例2 (i)上室液(B液)の調製・充填・密封 下記の表3に記載の成分分量を量り,日局注射用水にブドウ糖,塩化ナトリウム,塩化マグネシウムおよび塩化カルシウムを順次加えて溶解し,塩酸を添加した後,粗濾過し,濾液に注射用水を加えて定量とした。
得られた液を1000mL/1000mLの無色プラスチック製ダブルバッグの上室に精密フィルターで無菌濾過後充填し,充填口をシール溶着により密封した。本明細書において,表3の処方にて作製された薬液を「実施例2の上室液(B液)」と称する。
【0070】 (ii)下室液(A液)の調製・充填・密封 下記の表4に記載の成分分量を量り,日局注射用水に塩化ナトリウム, 52 塩化カリウム,リン酸水素二ナトリウムおよび炭酸水素ナトリウムを順次加えて溶解した後,粗濾過し,濾液に注射用水を加えて定量とした。
得られたA液を,(i)において上室液が充填され,そして密封された1000mL/1000mLの無色プラスチック製ダブルバッグの下室に精密フィルターで無菌濾過後充填し,ポート部にゴム栓体を挿入後,閉塞により密封し,ゴム栓体ヘッド部にオーバーシールを溶着した。本明細書において,表4の処方にて作製された薬液を「実施例2の下室液(A液)」と称する。
【0071】 比較例 (i)上室液(B液)の調製・充填・密封 下記の表5に記載の成分分量を量り,日局注射用水に塩化カルシウム,塩化マグネシウム,酢酸ナトリウム,ブドウ糖および氷酢酸を順次加えて溶解し,粗濾過後,濾液に注射用水を適量加えて,全量を1010mLとした。得られた液を1010mL/1010mLの無色プラスチック製ダブルバッグの上室に精密フィルターで無菌濾過後充填し,充填口をシール溶着により密封した。本明細書において,表5の処方にて作製された薬液を「比較例の上室液(B液)」と称する。…【0072】 (ii)下室液(A液)の調製・充填・密封 下記の表6に記載の成分分量を量り,日局注射用水に塩化ナトリウム,塩化カリウムおよび炭酸水素ナトリウムを順次加えて溶解した後,粗濾過し,濾液に注射用水を加えて定量とした。得られたA液を,(i)において上室液が充填され,そして密封された1010mL/1010mLの無色プラスチック製ダブルバッグの下室に精密フィルターで無菌濾過後充填し,ポート部にゴム栓体を挿入後,閉塞により密封し,ゴム栓体ヘ 53 ッド部にオーバーシールを溶着した。本明細書において,表6の処方に て作製された薬液を「比較例の下室液(A液)」と称する。…(ケ) 【0073】 <定性試験> 「実施例1の上室液(B液)」と「実施例1の下室液(A液)」の混合 調整液(本明細書において「実施例1の混合液」と呼ぶ。, )「実施例2の 上室液(B液)」と「実施例2の下室液(A液)」の混合調整液(本明細 書において「実施例2の混合液」と呼ぶ。,および「比較例の上室液(B ) 液)」と「比較例の下室液(A液)」の混合調整液(本明細書において「比 較例の混合液」と呼ぶ。)の糖・電解質濃度(理論値)を表7に示す。
【0074】 (方法1) ビーグル犬急性膵炎モデル(3頭)を膵炎惹起2日後に動物の体重を 測定し,その後,イソフルランによる吸入麻酔を行った。右大腿動脈に 血圧トランスジューサに接続したカニューレを,直腸に直腸温プローブ を挿入し,各々血圧および体温をモニターした。心電図の測定は第 II 誘 導で行った。左大腿動脈から右大腿静脈に採血用ポートをつけた動静脈 シャント(中央部で取り外し可能)を作製した。血液凝固防止のため適 正量のヘパリンナトリウム注射液(ヘパリン)を動静脈シャントの採血 部より投与し,その後血液回路内に持続注入した。ヘパリン投与5分後 にブラッドアクセスと血液回路(JCH-26S,ウベ循研)およびダ イアライザー(APS-08MD,旭化成メディカル)とを接続した。
【0075】 (方法2) 方法1に続いて,血液流量20mL/min,透析液(実施例1の混 54 合液)流量1200mL/hr,補充液(実施例1の混合液)流量300mL/hr,濾液(実施例1の混合液)流量1500mL/hr,除水量ゼロの条件でCHDFを24時間行った。CHDF開始の0,3,6,9,12,15,18,21および24時間後に,採血用ポートからヘパリン加血液1.5mLを採取した(脱血側静脈血)。採取したヘパリン加血液につき,各種機器分析を行った。
【0076】 また,透析液および補充液を「比較例の混合液」に換えて,同様にCHDFを施行し,各種機器分析を行った。
【0077】 検査項目:pH,PCO?(mmHg),PO?(mmHg),HCO??(mmol/L),tCO?(mmol/L),sO?(%),BE(mmol/L),Hct(%),Hb(g/dL) ,Na?(mEq/L) ,K?(mEq/L),Cl?(mEq/L),Ca??(mEq/L),Mg??(mEq/L),Lac(mEq/L),Ca(mg/dL),Mg(mg/dL),iP(mg/dL),GPT(U/L),LDH(U/L),AMY(U/L),BUN(mg/dL),ALB(g/dL),GLU(mg/dL)。結果を表8に示す。値は,ビーグル犬3頭の平均値を表している。
【0078】(結果) CHDF開始後のカリウム濃度の低下は,実施例1の混合液の方が比較例よりも緩やかであり,低カリウム血症を生じにくいことが示唆された。
また,CHDF開始後の無機リン(iP)濃度の低下も同様に実施例1の混合液の方が比較例よりも緩やかであり,低リン血症を生じにくい 55 ことが示唆された。
その他の測定値は両者間で差はなかった。
以上のことから,本発明の急性血液浄化用補充液は低カリウム血症や 低リン血症の発生を良好に抑制できることが示唆された。
(コ) 【0079】 <安定性試験> 急性血液浄化用剤の開放系におけるpH 及び性状(色調及び澄明性) をリン酸水素二ナトリウムの濃度を変化させて測定した。
【0080】 (1.試験検体) 1-1.塩化ナトリウム77.0625g,塩化カリウム2.9804 g,塩化カルシウム・2水和物3.6827g,塩化マグネシウム・6 水和物2.0315g,ブドウ糖20.0015g及び1mol/L塩 酸2mLを取り,水を加えて2Lとする。(5倍濃度B原液) 1-2.塩化ナトリウム43.8236g,塩化カリウム2.9797 g及び炭酸水素ナトリウム53.7711gを取り,水を加えて2Lと した。(5倍濃度A原液) 1-3.リン酸水素二ナトリウム・12水和物3.5804gを取り, 水を加えて100mLとした。(リン酸水素二ナトリウム溶液) 1-4.リン酸水素二ナトリウム・12水和物0.1153gを取り,5倍濃度A原液100mL及び水を加えて500mLとし,炭酸ガスをバブリングしてpHを約7.5にした(A液-1)。5倍濃度B原液100mL及び水を加えて500mLとした(B液-1)。A液-1及びB液-1各500mLを静かに混合した(P 1mg/dL)炭酸ガスをバブリングして混合後のpHを約7.25にした。
1-5.リン酸水素二ナトリウム・12水和物0.2312gを取り, 56 5倍濃度A原液100mL及び水を加えて500mLとし,炭酸ガスをバブリングしてpHを約7.5にした(A液-2)。5倍濃度B原液100mL及び水を加えて500mLとした(B液-2)。A液-1及びB液-1各500mLを静かに混合した(P 1mg/dL)。炭酸ガスをバブリングして混合後のpHを約7.25にした。
1-6.リン酸水素二ナトリウム液0,1,2.5,5mLを取り,5倍濃度A原液100mL及び水を加えて500mLとし,炭酸ガスをバブリングしてpHを約7.5にした(A液-2〜5)。5倍濃度B原液100mL及び水を加えて500mLとしたものを4個用意した(B液-2)。A液-2及びB液-2各500mLを静かに混合した(P 1mg/dL)炭酸ガスをバブリングして混合後のpHを約7.25にした。
A液-3〜5も同様に試験液を調製した。
(リン酸イオン0, 1, 0. 0.25,0.5mEq/L)【0081】(2.試験実施日)2007年7月9日〜12日(無機リン 1mg/dL,2mg/dL)2007年7月9日〜13日(リン酸イオン 0,0.1,0.25,0.5mEq/L)【0082】(3.試験方法)3-1.それぞれの試験検体を1Lプラスチック製ボトルに静かに注ぎ,回転子(9mm)で緩やかに攪拌した。
3-2.pH及び性状(澄明性)を測定した。
【0085】(5. 考察)上記表9および表10の結果から,薬液にリン酸イオンを含有させるこ 57 とにより,沈澱の生成が顕著に抑制され,0.1mEq/L(0.31 mg/dL)の低濃度であっても,ある程度の沈澱生成の抑制が認めら れることが理解できる。
【0086】 なお,別途,リン酸イオンを含有しない薬液と,リン酸イオンを濃度 4mg/dLで含有する薬液との対比実験を行ったところ,7日間でp Hが7.23〜7.29から7.89〜7.94までほぼ直線的に上昇 し,その間にリン酸イオン不含有薬液では不溶性微粒子の粒径も数も顕 著に増加したが,リン酸イオン含有薬液ではpHの上昇にもかかわらず, 不溶性微粒子の増加は実質的に認められなかった。
(サ) 【産業上の利用可能性】 【0087】 本発明により,リン酸イオンを配合した炭酸水素ナトリウムを含有する 用時混合型の薬液が提供される。また,本発明により,急性血液浄化用 透析液および補充液,特に低カリウム血症および低リン血症を生じない 急性血液浄化用透析液および補充液が提供される。さらにまた,本発明 により,混合後長時間にわたり,不溶性微粒子や沈澱の生成が抑制され る用時混合型の急性血液浄化用透析液および補充液が提供される。
イ 前記アの記載事項によれば,本件明細書の発明の詳細な説明には,本件 訂正発明1に関し,次のような開示があることが認められる。
(ア) 急性疾患あるいは慢性疾患の急性憎悪に対して,緊急に血液・体液 を浄化して生体の恒常性を保ち,病態を改善するため,透析,濾過,吸 着又は分離により血液から不要あるいは有毒な物質を除去する急性血液 浄化療法においては,大量の透析液や補充液を使用するが,従来の市販 の透析液・補充液は,高カリウム血症の是正のためにカリウムイオン濃 度を低く設定し,高リン血症を改善するためにリン成分を全く含まない 58 など,慢性腎不全患者を対象とした電解質濃度で調整され,急性血液浄 化が必要とされる患者に適合させた処方ではないため,急性血液浄化療 法においては,低カリウム血症や低リン血症などの不具合が生じる場合 があった(【0002】【0003】【0005】【0012】〜【00 , , , 15】。
) また,透析液のアルカリ化剤(血液緩衝剤)として,現在は,酢酸塩 に代わって炭酸水素塩が用いられるようになったが, 透析液には,pH の安定化のために少量の酢酸が含有されており,酢酸不耐症状を避ける ために,酢酸塩を全く含有しない透析液・補充液が求められていた(【0 016】。
) さらに,急性血液浄化療法では,炭酸水素イオンとカルシウムイオン やマグネシウムイオンとを長時間共存させて血液浄化を行うため,炭酸 カルシウムや炭酸マグネシウムのような不溶性微粒子や沈澱の発生が大 きな問題であった(【0018】。
)(イ) 「本発明者ら」は,カリウムイオンとリン酸イオンをそれぞれ一定 範囲の濃度に保持することにより,低カリウム血症や低リン血症の発症 を防ぐことができる安定性の良好な急性血液浄化用薬液を提供できるこ とを見出し,また,当該薬液において,酢酸イオンを生成するような酢 酸化合物を使用しないことにより,酢酸不耐症状を生じない,安定性の 良好な急性血液浄化用薬液を提供できることを見出し,さらには,当該 薬液中には,カルシウムイオンやマグネシウムイオンが存在するにも拘 わらず,リン酸イオンを含有させても不溶性のリン酸塩を生ぜず,リン 酸イオンの存在により,炭酸水素イオンとカルシウムイオンやマグネシ ウムイオンが共存し,pHが7.5を超えるような長時間後であっても, 不溶性炭酸塩の生成が抑制されることを見出し,これらの知見に基づい て,「本発明」を完成した(【0021】。
) 59 「本発明」は,従来の透析液・補充液と比較して,カリウムイオン濃 度が高く,リン酸イオンを含有することを特徴とし,リン酸イオン,炭 酸水素イオン,カルシウムイオン及び/又はマグネシウムイオンを含有 し,酢酸イオンを含有せず,カリウムイオンとリン酸イオンをそれぞれ 一定範囲の濃度に保持し,炭酸水素イオンを含む水溶液とカルシウムイ オン及び/又はマグネシウムイオンを含む水溶液を別々に収容し, 用時, 両者を合して混合液とする構成を採用した(【0022】【0023】。
, ) 「本発明」により得られる用時混合型急性血液浄化用薬液は,低カリ ウム血症や低リン血症を生じることがなく,酢酸不耐症症例においても 安全に使用することができ,さらに,混合後も炭酸カルシウム及び/又 は炭酸マグネシウムのような不溶性微粒子や沈澱の生成が長時間にわた って抑制されるという効果を奏するため,長時間の血液浄化を伴う急性 血液浄化療法に好適に用いられる(【0024】。
)? 訂正の適否について 本件訂正の訂正事項1は,本件訂正前の請求項1に記載された用時混合型 急性血液浄化用薬液について, 「A液とB液を合した混合液において,カリウ ムイオン濃度が3.5〜5.0mEq/Lであり,無機リン濃度が2.3〜 4.5mg/dLであり,」とされており,他のイオン濃度について特定され ていないものを, 「A液とB液を合した混合液において,カリウムイオン濃度 が4.0mEq/Lであり,無機リン濃度が4.0mg/dLであり,カル シウムイオン濃度が2.5mEq/Lであり,マグネシウムイオン濃度が1. 0mEq/Lであり,炭酸水素イオン濃度が32.0mEq/Lであり,」と 訂正するものであり,訂正事項2は,本件訂正前の請求項11に記載された 用時混合型急性血液浄化用薬液充填容器について,A液とB液を合した混合 「 液において,カリウムイオン濃度が3.5〜5.0mEq/Lであり,無機 リン濃度が2.3〜4.5mg/dLであり,」とされており,他のイオン濃 60 度について特定されていないものを,「A液とB液を合した混合液において,カリウムイオン濃度が4.0mEq/Lであり,無機リン濃度が4.0mg/dLであり,カルシウムイオン濃度が2.5mEq/Lであり,マグネシウムイオン濃度が1.0mEq/Lであり,炭酸水素イオン濃度が32.0mEq/Lであり,」に訂正するものである。
原告は,訂正事項1及び2は本件明細書等に記載されていない新たな技術的事項を導入するものであるから,特許法134条の2第9項において準用する同法126条5項の要件に適合しないものであって,本件訂正を認めた本件審決の判断は誤りである旨主張する。
ア そこで検討するに,本件訂正前の特許請求の範囲(請求項1)の記載(前 記第2の2?)と本件訂正後の特許請求の範囲(請求項1)の記載(前記 第2の2(2))を対比すると,本件訂正の前後で,A液とB液の組成(「ナ トリウムイオン,塩素イオン,炭酸水素イオンおよび水を含むA液と,ナ トリウムイオン,カルシウムイオン,マグネシウムイオン,塩素イオン, ブドウ糖および水を含むB液を含み,そしてA液およびB液の少なくとも 一方がさらにカリウムイオンを含有し,A液およびB液の少なくとも一方 がリン酸イオンを含有し,かつA液およびB液のいずれもが酢酸イオンを 含有」しないこと)及び「そして少なくとも27時間にわたって不溶性微 粒子や沈殿の形成が実質的に抑制される,用時混合型急性血液浄化用薬 液。」である点において変更はなく,本件訂正により,A液とB液を合し た混合液のイオン濃度について,一定の数値範囲を定めていたカリウムイ オン及びリン酸イオンについて,当該数値範囲の中の特定の数値に限定し, イオン濃度が限定されていなかった炭酸水素イオン,カルシウムイオン及 びマグネシウムイオンについて,特定の数値に限定するものであるから, 訂正事項1に係る訂正は,本件訂正前の特許請求の範囲に記載された事項 の範囲内においてしたものである。
61 そして,本件訂正前の特許請求の範囲(請求項1)の記載は,本件明 細書等(甲33)の特許請求の範囲の請求項12(同請求項において引 用する請求項4〜6,8,11),請求項17,[0055]及び[00 86]に記載された事項の範囲内のものである。
そうすると,訂正事項1に係る訂正は,本件明細書等のすべての記載 を総合することにより導かれる技術的事項との関係において,新たな技 術的事項を導入するものとはいえないから,本件明細書等に記載した事 項の範囲内においてしたものと認められる。
イ また,前記アと同様の理由により,訂正事項2に係る訂正は,本件明細 書等のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項との関係 において,新たな技術的事項を導入するものとはいえないから,本件明細 書等に記載した事項の範囲内においてしたものと認められる。
ウ これに対し原告は,本件明細書の表7の記載は,実施例1の混合液及び 実施例2の混合液のそれぞれについて,ナトリウムイオン,カリウムイオ ン,カルシウムイオン,マグネシウムイオン,塩素イオン,炭酸水素イオ ン及び無機リンの各濃度が一体となって開示していると見るべきであり, そのうちの一つでも濃度が変動すれば,沈殿形成が抑制されるかどうかを 改めて確認しなければ分からないものであるから,表7の実施例1の混合 液及び実施例2の混合液の中から, 「カリウムイオン,無機リン,カルシウ ムイオン,マグネシウムイオン,および炭酸水素イオンの濃度」のみを取 り出すことは,新たな技術的事項の導入に当たるから,特許法134条の 2第9項において準用する同法126条5項の要件に適合しない旨主張す る。
しかしながら,前記ア及びイのとおり,訂正事項1及び2に係る訂正は, 本件明細書等に記載した事項の範囲内の訂正であるものと認められるから, 原告の上記主張は採用することができない。
62 ? 小括 以上によれば,本件訂正は,特許法134条の2第9項において準用する 特許法126条5項に規定する訂正要件に適合するとした本件審決の判断に 誤りはないから,原告主張の取消事由1は理由がない。
2 取消事由2-1(甲3を主引用例とする本件訂正発明1の進歩性の判断の誤 り)(請求人無効理由3関係)について (1) 甲3の記載事項について ア 甲3には,次のような記載がある(下記記載中に引用する「図1Aない し3C」及び「表1ないし9及び12」については別紙2を参照)。
(ア) 「技術分野 本発明は,医療溶液,溶液の製造方法,使用方法に関する。特に,本 発明は透析用の医療溶液に関する。(1頁4行〜6行,訳文1頁) 」 (イ) 「発明の背景 透析は,腎機能が損なわれている患者に対して適応される治療法であ る。血液からの老廃物の除去は,外液への移行または外液による血漿液 の置換によって実施される。様々な透析技術を,付随する透析液と共に 識別することができ,これらは患者のタイプに応じて使用される。長期 的な腎不全に罹患している患者の場合,使用される透析技術は,通常週 に数回(2〜3回),数時間(3〜5時間)の間欠的治療である。…」 (1 頁9行〜22行,訳文1頁) 「急性腎不全に罹患している患者の場合,適応となる治療法は,数週 間を通しての持続的治療である持続的腎機能代替療法(CRRT)であ る。これには,血液透析以外の技術,具体的には,血液濾過が用いられ る。血液濾過の場合,老廃物が,高度な透過性を有する膜を介して濾過 によって,血液から除去される。この方法では,老廃物はより多量に取 り除かれ,また(より)大きな分子も除去される。加えて,血液濾過の 63 場合は,1時間に1〜5リットルにわたり得る,かなりの量の液体が,血流から取り除かれる。このことは,血液濾過の場合,血液透析とは対照的に,置換液を大量に患者に返還しなければならないことを要求する。
場合によっては,透析と濾過の組み合わせを使用することができる。これは,血液濾過透析と呼ばれる。血液濾過透析の具体的なタイプとしては,持続的静静脈血液濾過透析があり,CVVHDFと略記される。
定期的な週3回の血液透析治療を受けている患者では,特定の条件下,低リン血症が起こり得る。また,CRRTを受けている患者では,より高い頻度で,低リン血症が起こり得る。前者は,主として,リン酸塩結合剤の過剰摂取や,非経口栄養法におけるリン酸塩の不十分な投与や,透析によるリンの持続的な除去に起因するものである。後者は,主として,当初から正常な腎機能を有するが故に血清リンレベルが正常な患者から,リンを効率的に除去してしまう結果である。(1頁23行〜2頁 」8行,訳文1頁) 「低リン血症は,主に経口および静脈内経路によって,例えばリンに富む食品の摂取によって,経口リン製剤によってまたはリン酸ナトリウム(もしくはカリウム)塩の静脈内投与によって予防され,治療される。
しかし,全体的なリン欠乏の厳密な程度を測定することは不可能であり,患者に投与すべきリンの正確な量を決定することは難しいので,経口および静脈内経路によるリンの投与は極めて慎重に実施しなければならない。多すぎるリンが投与された場合は高リン血症を発症することがあり,患者に対して深刻な影響を及ぼす,例えば低カルシウム血症,転移性石灰化および低血圧をもたらすことがあり,また投与されるリンが少なすぎる場合は低リン血症が矯正されない。(2頁9行〜19行,訳文 」1頁〜2頁) 「カルシウムイオンとリン酸塩の両方を含む溶液は,完全非経口栄養 64 法(TPN)のための溶液において使用される。TPN溶液はマルチコンパートメントバッグに充填され,1番目の区画には脂質,2番目の区画にはアミノ酸とリン酸塩およびカルシウムを除く電解質の大部分,そして3番目の区画にはカルシウムとグルコースが含まれる。本発明による医療溶液と比較した主たる相違は,最終的な即時使用溶液のpHが本発明で示される溶液よりもはるかに低いことである。TPN溶液は通常5.2〜6のpHを有する。
米国特許第6,743,191号には,置換輸液が開示されており,該輸液は,中でも特に,0.2〜1.0mM,好ましくは0.5〜0.9mMのリン酸二水素イオンおよび1.6〜2.6mM,好ましくは1.9〜2.4mMのカルシウムイオンを含んでなるものである。ここに開示された置換輸液は,当業者の専門知識の範囲内で,各塩を所望の濃度が達成されるように水に溶解することによって,簡便に調製することができる。調製の間は,無菌環境を維持することが望ましい。(2頁20 」行〜34行,訳文2頁)「医療溶液にリンを導入する場合の問題は,沈殿する様々なリン酸カルシウムの形成であり,このような沈殿の危険性は,該液剤が終末加熱滅菌に供される場合には,さらに増大する。リン酸カルシウムの溶解度は,カルシウムおよびリン酸塩の濃度にそれぞれ依存し,さらには他の電解質の存在,温度およびpHにも依存する。TPN溶液におけるように,pHが約5.2〜6である場合には沈殿の危険性はないが,約7〜7.6の生理的pHに等しいpH値を有する生理溶液では,沈殿の危険性が高くなる。したがって,滅菌および保存の間におけるpHだけを制御すればよいのではなく,混合された即時使用溶液のpHも制御する必要がある。また,これらの液剤の多くは,2年に渡る長期保存の間安定でなければならないという問題もある。 3頁1行〜11行, 」 ( 訳文2頁) 65 (ウ) 「発明の概要 本発明の目的の1つは,滅菌されかつ沈殿物を含まず,保存および使 用の間に渡り良好な安定性を保証する医療溶液を提供することである。
本発明は医療溶液に関する。本発明によれば,該即時使用溶液は,1. 0〜2.8mMの濃度のリン酸塩を含んでなるものであり,滅菌されか つ6.5〜7.6のpHを有するものである。(3頁26行〜31行, 」 訳文3頁) 「本発明の1つの実施形態では,前記医療溶液は,その即時使用溶液 の状態で,1.2〜2.6mMの濃度のリン酸塩を含み,6.5〜7. 6のpHを有する。
別の実施形態では,前記医療溶液は,その即時使用溶液の状態で,約 2.8mMまでの濃度のリン酸塩を含み,6.5〜7.4のpHを有す る。
別の実施形態では,前記医療溶液は,その即時使用溶液の状態で,約 1.3mMまでの濃度のリン酸塩を含み,6.5〜7.6のpHを有す る。(3頁32行〜4頁3行,訳文3頁) 」 「さらなる実施形態では,医療溶液は,使用前には少なくとも2つの 単一溶液に分けられており,第一単一溶液は,酢酸塩,乳酸塩,クエン 酸塩,ピルビン酸塩,炭酸塩および重炭酸塩を含む群から選択される少 なくとも1つの緩衝剤を含んでなるものであり,第二単一溶液は酸を含 んでなるものであって,前記第一および第二単一溶液は,終末滅菌後使 用する際に混合されて,即時使用溶液を形成し,該即時使用溶液は6. 5〜7.6のpHを有する。(4頁4行〜10行,訳文3頁) 」 「さらなる実施形態では,前記即時使用溶液は1以上の電解質をさら に含んでなるものであり,前記1以上の電解質は,ナトリウム,カルシ ウム,カリウム,マグネシウムおよび/または塩化物のイオンの1以上 66 を含む。前記1以上の電解質は,即時使用溶液に混合される前は,前記 第二単一溶液中に配合される。1つの実施形態では,ナトリウムイオン および/または塩化物イオンは,即時使用溶液に混合される前は,第一 単一溶液および第二単一溶液の両方に配合される。(4頁25行〜31 」 行,訳文3頁〜4頁)(エ) 「定義 「医療溶液」という用語は,血液透析,血液透析濾過,血液濾過およ び腹膜透析用の透析液,腎疾患集中治療室内での透析用の溶液,通常は 緩衝物質を含む置換液または輸液,ならびに栄養目的のための溶液を意 味することが意図されている。
「単一溶液」という用語は,使用の直前まで他の溶液から分離して保 持される1つの溶液を意味することが意図されている。
「重炭酸塩および炭酸塩」という用語は,アルカリ重炭酸塩およびア ルカリ炭酸塩,特に重炭酸ナトリウムおよび炭酸ナトリウムを意味する ことが意図されている。
「即時使用溶液」という用語は,必要とされる異なる単一溶液を含み, 即時使用できる溶液を意味することが意図されている。(5頁16行〜 」 26行,訳文4頁)(オ) 「図面の簡単な説明 図1A〜Cは,最終的な即時使用溶液におけるpH値と,混合により 1.3mMリン酸塩を含む溶液としてから24時間後までに生成された 粒子の量との関係を示すグラフである。(6頁5行〜7行,訳文5頁) 」 「図2A〜Cは,最終的な即時使用溶液におけるpH値と2.6mMリ ン酸塩を含む溶液用に混合してから24時間後に生成された粒子の量と の関係を示すグラフである。」(6頁8行〜10行,訳文5頁) 「図3A〜Cは,リン酸塩濃度と7.6のpHを有する溶液用に混合 67 してから24時間後に生成された粒子の量との関係を示すグラフであ る。」(6頁11行〜13行,訳文5頁)(カ) 「発明の詳細な説明 本発明の発明者らは,特定の環境,濃度,pH範囲およびパッケージングにおいて,滅菌の安定なリン酸塩含有医療溶液を提供できることを見出し,これが本発明の基礎を構成する。
最も有利な環境,濃度,pH範囲およびパッケージングを探索するより重要な事柄の1つは,生産,保存および即時使用溶液の調製の間の粒子の形成である。粒子の量は,粒子の大きさならびに粒子の量の両方に関して特定の範囲内にとどまらねばならない。これはヨーロッパ薬局方の中で規定されており,10μmの大きさの粒子については,限界は25計数/mlである。粒子の形成を最小限に保つことは非常に重要であり,さもなければ免疫系の引き金が引かれ,炎症カスケードの開始を導き得る。粒子の存在に関するさらなる問題は,透析治療の間に使用されるフィルターを目詰まりさせる危険性である。
粒子形成の問題を生じさせる主要な成分は,炭酸塩および/またはリ ン酸塩のいずれかと組み合わせたカルシウムイオンである。
問題を解決するためにまず最初に考えられるのは,言うまでもなく生 産および保存の間カルシウムイオンを炭酸塩およびリン酸塩から切り離 して保持することであるが,即時使用溶液を調製するときにまだ問題が 残り,固体の炭酸カルシウムおよびリン酸カルシウムが混合の間にまだ 形成され得る。
発明者は,即時使用溶液中約2.8mMまでのリン酸塩濃度により, 即時使用溶液中のpH値が最大でも7.4,好ましくは最大でも7.2 に保持される場合は,形成される粒子の量が許容される限界内であるこ とを見出した。
68 リン酸塩濃度が即時使用溶液中約1.3mMまでである場合は,即時 使用溶液のpH値が最大でも7.6,好ましくは最大でも7.4に保持 されれば,許容される量の粒子が形成される。 6頁16行〜7頁5行, 」 ( 訳文5頁) 「本発明の1つの実施形態では,医療溶液は,使用前には少なくとも 2つの単一溶液,第一単一溶液と第二単一溶液に分けられており,前記 第一および第二単一溶液は,終末滅菌後および使用の直前に,混合され て6.5〜7.6のpHを有する最終的な溶液を形成する。(7頁10 」 行〜13行,訳文6頁) 「本発明の別の実施形態では,前記第一単一溶液は,第一単一溶液中 の二酸化炭素,CO?の分圧が大気の二酸化炭素,CO?の分圧と同じ桁 数となる割合で重炭酸塩および炭酸塩を含む。重炭酸塩および炭酸塩は, 好ましくは重炭酸ナトリウムおよび炭酸ナトリウムとして混合され,1 つの実施形態では,前記第一単一溶液は10.1〜10.5の範囲内, 好ましくは10.3のpHを有する。」 (7頁17行〜23行,訳文6頁) 「この実施形態における前記第一および第二単一溶液を混合して即時 使用溶液にした後,前記即時使用溶液は7.0〜7.6の範囲内のpH を有する。さらに,前記即時使用溶液は,好ましくは,少なくとも25 mM,好ましくは少なくとも30mM,および最大でも45mM,好ま しくは最大でも40mMの重炭酸塩濃度を有する。」 (7頁30行〜34 行,訳文6頁)(キ) 「1つの実施形態では,前記即時使用溶液は,1以上の電解質をさ らに含んでなるものである。該電解質は,ナトリウム,カルシウム,カ リウム,マグネシウムおよび/または塩化物のイオンの1またはそれ以 上である。それぞれのコンパートメント中への電解質の配合は,その電 解質が該単一溶液中に存在する他の物質との間で示すそれぞれの挙動, 69 すなわち,1またはそれ以上の電解質と特定の単一溶液中に存在する他 の物質との間に何らかの反応が起こり得るかどうか,に依存する。通常, 該電解質は,前記第二単一溶液中に含まれる。例えば,第一単一溶液が 重炭酸塩と炭酸塩との組合せを含む場合や,重炭酸塩および/またはリ ン酸塩のみを含む場合には,カルシウムイオンおよびマグネシウムイオ ンは,該第一単一溶液を除くその他のいずれの単一溶液にも,好適に入 れることができる。この理由は,カルシウムおよびマグネシウムと,重 炭酸塩/炭酸塩や重炭酸塩および/またはリン酸塩とを一緒にすると, 炭酸カルシウム,炭酸マグネシウム,リン酸カルシウムおよびリン酸マ グネシウムの沈殿を引き起こし得るからである。しかし,カルシウムイ オンおよびマグネシウムイオンは,特定のpH範囲等の如き一定の条件 下では,重炭酸塩と共に保持し得るものであり,このことは,参照によ り本明細書に組み込まれる欧州特許第EP0437274号に開示され ている。さらに,カルシウムおよびマグネシウムは,一定の条件下では, リン酸塩とも一緒に保持することができ,これについても上記を参照さ れたい。
他方,ナトリウムイオンおよび/または塩化物イオンは,通常は,第 一単一溶液および第二単一溶液の両方に配合される。」 (8頁6行〜25 行,訳文6頁〜7頁) 「本発明による医療溶液は,良好な安定性および良好な生体適合性を 保証するという利点を有する。(9頁6行〜7行,訳文7頁) 」(ク) 「実施例 本発明による溶液の種々の例を以下に示す。
実施例1 下記の単一溶液の対を以下の表1〜5に従って調製した。第一単一溶 液と第二単一溶液との体積関係は1:20である。… 70 溶液を121℃のオートクレーブで40分間滅菌した。滅菌後,各々の対の第一溶液と第二溶液を混合し,それぞれ2,5および10μmの大きさの粒子の量を測定した。結果を以下の表6に提示する。… 粒子の計数は,HIAC 9703型Liquid Particle Counting System(シリーズ番号F08504)をソフトウェアバージョンPharm,Spec.1,4と共に用いて実施した。
上記表6の結果から明らかなように,本発明の即時使用溶液についての結果は,ヨーロッパ薬局方において与えられている限界よりも十分に下である。(9頁17行〜11頁16行,訳文7頁〜10頁) 」 「実施例2 粒子の形成を最小限に保つために即時使用溶液の最適pH範囲を見出すことを目指して,表7に従った以下の対の単一溶液を調製し,混合した。第一単一溶液と第二単一溶液との体積関係は1:20である。… 混合した溶液を2つの部分に分け,一方の部分には1,3mM NaH?PO?を添加し,他方の部分には2,6mM NaH?PO?を添加した。2つの異なる溶液を50mlガラスビンにプールし,2つの異なる濃度のNaH?PO?を含む各群のビンにおいてpHを6.8,7.0,7.2,7.4,7.6,7.8,8.0および8.2に調整した。24時間後に粒子の量を測定した。
付属の図面1A〜1Cにおいて,1.3mMリン酸塩を含む溶液に関するこの測定からの結果を示す。付属の図面2A〜2Bでは,2.6mMリン酸塩を含む溶液に関するこの測定からの結果を示す。
図面から明らかなように,1.3mMのリン酸塩濃度を有する即時使用溶液のpHは,7.6またはそれより下,好ましくは7.4またはそれより下であるべきである。2.6mMのリン酸塩濃度を有する即時使 71 用溶液では,pHは,7.4またはそれより下,好ましくは7.2またはそれより下であるべきである。粒子形成は,通常は最初に非常に小さなサイズで認められ,その後凝集してより大きな粒子を形成する。選択された7.4および7.6のpH上限はそれぞれ,絶対値ではなく粒子プロフィールの変化に基づく。測定したすべての粒子サイズを評価に含め,より大きな粒子の形成に先立つ小さな粒子にいくぶん重点を置いた。(12頁2行〜27行,訳文10頁〜11頁) 」 「実施例3 粒子の形成を最小限に保つために即時使用溶液のリン酸塩濃度の最適上限を見出すことを目指して,表8に従った以下の対の単一溶液を調製した。第一単一溶液と第二単一溶液との体積関係は1:20であった。
… 第一と第二の単一溶液を混合し,5つの異なる部分に分けて,リン酸塩を以下の濃度:2.6,2.8,3.0,3.5および4.0で添加した。pHを7.6に調整し,混合の0時間後および24時間後に粒子の量を測定した。
結果を図3A〜Cに示しており,図面から,溶液が2.8mM以下のリン酸濃度および7.6のpHで24時間安定であると結論づけることができた。
したがって,最終的な即時使用溶液中1.0〜2.8のリン酸塩濃度および6.5〜7.6のpHを有することにより,滅菌で安定なリン酸塩含有医療溶液を提供することができた。(13頁2行〜19行,訳文 」11頁) 「実施例4 表9〜11に従って,以下の対の単一溶液を調製した。これらは,本発明の種々の実施形態を構成するものである。これら溶液対における, 72 第一単一溶液と第二単一溶液との体積比は,20:1である。したがっ て,今回,第二単一溶液の体積は小さく,第一単一溶液の体積はより大 きい。(13頁22行〜26行,訳文12頁) 」 「実施例5 表12に従って,以下の対の単一溶液を調製した。これは,本発明 の1つの実施形態を構成する。この対における第一単一溶液と第二単一 溶液との体積比は,1:20である。(17頁3行〜6行,訳文14頁) 」 (ケ) 「本明細書で述べる現在好ましい実施形態への様々な変更および修 正は当業者に明らかであることが理解されるべきである。そのような変 更および修正は,本発明の精神および範囲から逸脱することなくおよび その付随する利点を減じることなく実施することができる。それゆえ, そのような変更および修正は付属の特許請求の範囲に含まれることが意 図されている。(17頁16行〜21行,訳文15頁) 」イ 前記アの記載事項によれば,甲3には,以下の開示があるものと認めら れる。
(ア) 急性腎不全に罹患している患者に適応となる治療法は,数週間を通 しての持続的腎機能代替療法(CRRT)であり,血液濾過が用いられ るが,かなりの量の液体を血流から取り除き,置換液を大量に患者に返 還しなければならず,血清リンレベルが正常な患者からリンを効率的に 除去してしまう結果,定期的な週3回の血液透析治療を受けている患者 よりも高い頻度で,低リン血症が起こり得る(前記ア(イ))。
低リン血症は,主に経口及び静脈内経路によるリンの投与によって予 防,治療されるが,全体的なリン欠乏の厳密な程度を測定することは不 可能であり,患者に投与すべきリンの正確な量を決定することは難しい ため,経口及び静脈内経路によるリンの投与は極めて慎重に実施しなけ ればならないが,一方で,医療溶液にリンを導入する場合,沈殿する様々 73 なリン酸カルシウムの形成の問題があり,リン酸カルシウムの溶解度は, カルシウム及びリン酸塩の濃度にそれぞれ依存し,さらには他の電解質 の存在,温度及びpHにも依存し,生理的pHに等しいpH値を有する 生理溶液では,リン酸カルシウムの沈殿の危険性が高くなるという問題 があり,また,これらの液剤の多くは,2年に渡る長期保存の間安定で なければならないという問題もある(前記ア(イ))。
(イ) 「本発明」の目的の1つは,滅菌されかつ沈殿物を含まず,保存及 び使用の間に渡り良好な安定性を保証する「医療溶液」 (血液透析,血液 透析濾過,血液濾過及び腹膜透析用の透析液,腎疾患集中治療室内での 透析用の溶液,通常は緩衝物質を含む置換液又は輸液,並びに栄養目的 のための溶液)を提供することである(前記ア(ウ),(エ))。
「本発明」の発明者らは,特定の環境,濃度,pH範囲及びパッケー ジングにおいて,滅菌の安定なリン酸塩含有医療溶液を提供できること を見出した(前記ア(カ))。粒子形成の問題を生じさせる主要な成分は, 炭酸塩及び/又はリン酸塩のいずれかと組み合わせたカルシウムイオン であるが,カルシウムイオン及びマグネシウムイオンは,特定のpH範 囲等の如き一定の条件下では,重炭酸塩と共に保持し得るものであり, さらに,一定の条件下では,リン酸塩とも一緒に保持することができる (前記ア(カ))。
そして, 「本発明」は,上記課題を解決するため, 「即時使用溶液」 (必 要とされる異なる「単一溶液」 (使用の直前まで他の溶液から分離して保 持される1つの溶液)を含み,即時使用できる溶液)が,1.0〜2. 8mMの濃度(無機リン濃度に換算すると「3.1〜8.7mg/dL」) のリン酸塩を含み,滅菌され,かつ6.5〜7.6のpHを有するとい う構成を採用した(前記ア(ウ),(エ))。
上記構成により, 「本発明」は,良好な安定性及び良好な生体適合性を 74 保証するという効果を奏する(前記ア(キ))。
(ウ) ナトリウムイオン,塩素イオン,カルシウムイオン,マグネシウム イオン,炭酸水素イオン及び炭酸イオンを含む「本発明」の実施例2の 即時使用溶液において,混合した溶液を2つの部分に分け,一方の部分 には1,3mM NaH?PO?を添加し,他方の部分には2,6mM N aH?PO?を添加し,pHを6.8,7.0,7.2,7.4,7.6, 7.8,8.0及び8.2に調整して,24時間後に粒子の量を測定し た結果,1.3mMのリン酸塩濃度を有する即時使用溶液のpHは,7. 6又はそれより下,好ましくは7.4又はそれより下であるべきであり, 2.6mMのリン酸塩濃度を有する即時使用溶液では,pHは,7.4 又はそれより下,好ましくは7.2又はそれより下であるべきであると 結論づけられた(前記ア(ク))。
また,ナトリウムイオン,塩素イオン,カルシウムイオン,マグネシ ウムイオン,炭酸水素イオン及び炭酸イオンを含む「本発明」の実施例 3の即時使用溶液を,5つの異なる部分に分け,リン酸塩を2.6mM, 2.8mM,3.0mM,3.5mM及び4.0mMで添加し,pHを 7.6に調整して,混合の0時間後及び24時間後に粒子の量を測定し た結果,溶液が2.8mM以下のリン酸濃度及び7.6のpHで24時 間安定であった(前記ア(ク))。
(エ) 「本発明」の実施例4(表9)は,ナトリウムイオン,塩素イオン, 炭酸水素イオン,カリウムイオン及びリン酸イオンを含む第一単一溶液 と,カルシウムイオン,マグネシウムイオン,塩素イオン,グルコース (ブドウ糖)を含む第二単一溶液からなり,第一単一溶液及び第二単一 溶液のいずれもが酢酸イオンを含有せず,第一単一溶液と第二単一溶液 を混合した即時使用溶液において, 「K?」 (カリウムイオン濃度) 「4. が 0mM」 (4.0mEq/L)「HPO???」 , (リン酸イオン濃度)が「1. 75 20mM」(無機リン濃度3.72mg/dL)「Ca??」 , (カルシウム イオン濃度)が「1.25mM」(2.50mEq/L)「Mg??」 , (マ グネシウムイオン濃度)が「0.6mM」 (1.2mEq/L)「HCO , ??」(炭酸水素イオン濃度)が「30.0mM」(30.0mEq/L) である用時混合型の医療溶液である(前記ア(ク))。
ウ 前記ア及びイの記載事項を総合すれば,甲3には,実施例4に基づいて 特定される引用発明2が記載されていることが認められる。
この点に関し,被告らは,甲3の実施例4は,現在形を用いた文章で記 述されていることからすると,単なる仮想実施例として記載された発明に 過ぎず(米国特許審査便覧608.01(P1)),発明の効果も示され ていないから,甲3の記載から具体的な技術的思想を抽出することができ ず,引用発明2は,引用発明としての適格性を欠く旨主張する。
しかしながら,甲3には,実施例4について,冒頭に「表9〜11に従 って,以下の対の単一溶液を調製した。 との記載があることに照らすと, 」 実施例4が,全体として「現在形」で記載されているものとは認められな い。
また,甲3の記載から,実施例4の医療溶液は,具体的な組成が特定さ れた用時混合型の医療溶液であることを理解することができるから,引用 発明2は,甲3の記載から,抽出し得る具体的な技術的思想であると認め られる。もっとも,甲3には,実施例4の医療溶液に関し,混合液を調製 後も一定時間にわたり安定な医療溶液であることを確認した実験結果の 記載はないが,このことは,引用発明2が甲3の記載から抽出し得る具体 的な技術的思想であるとの上記認定を左右するものではない。
したがって,被告らの上記主張は採用することができない。
? 本件優先日当時の技術常識及び周知技術について ア 甲10の開示事項について 76 甲10 「急性血液浄化法徹底ガイド ( 新装版」2007年(平成19年)8月17日発行)には,次のような記載がある(下記記載中に引用する「表1」については別紙3を参照)。
(ア) 「透析液の組成は,患者の病態に応じて調整されるのが理想であり, 市販製剤の組成での治療に適さない患者も少なくありません。特に導入 期や急性血液浄化では,患者の病態に合わせたきめ細かな透析液の処方 を要することが多く,透析液や補充液の組成と使用上の注意を理解して おくことは,極めて重要です。(36頁上段左欄1行〜右欄4行) 」(イ) 「血液-透析液間の物質移動は,拡散現象(diffusion) を原理としているため,透析液と血液の濃度差が大きい物質ほど移動速 度(除去速度)は速くなります。体内分布スペースが広く,またより積 極的に除去すべき物質は,その濃度差を大きくするために透析液中に含 まないのが原則ですが,極めて狭い範囲で血中濃度を維持することが要 求される電解質は,透析液の成分として一定の濃度が設定されています。
表1に,現在市販されている主な透析液の組成を示します。(36頁下 」 段左欄1行〜11行)(ウ) 「1.ナトリウム(Na) …現在では,血清Na値の正常値に相当する140〜143mEq/ Lの正Na透析液が主流となっています。(36頁下段左欄12行,右 」 欄1行〜3行)(エ) 「2.カリウム(K) 7mEq/Lを超える高K血症は緊急的な処置を要する重篤な病態で あり,血液透析が最も安全かつ迅速な治療法といえます。…市販透析液 のK濃度は2.0〜2.5mEq/Lとして血清K値との差を維持しな がら,Kの過剰除去を防いでいます。(36頁下段右欄4行〜14行) 」(オ) 「3.カルシウム(Ca) 77 …現在は2.5〜3.0mEq/Lの透析液が多く使用されています。」 (36頁下段右欄20行,37頁左欄3行〜右欄1行) (カ) 「4.マグネシウム(Mg) …市販透析液のMg濃度は1.0〜1.5mEq/Lの設定となって います。(38頁上段左欄2行,5行〜6行) 」 (キ) 「6.アルカリ化剤」 …代謝性アシドーシスの状態にある腎不全患者では,蓄積したH?を緩 衝するバッファーとしてHCO??を補充する必要があります。このため NaHCO?をアルカリ化剤とした重炭酸透析液が広く用いられていま す。現在市販されている透析液HCO??濃度は30mEq/L前後に設 定され,拡散により透析液から血中へHCO??が補給されます。(38 」 頁上段右欄5行〜13行) (ク) 「血液濾過(透析)用の補充液は細胞外液に類似した組成を有し, 透析液とほぼ同じ組成,濃度といえます。現在市販されている補充液を 表1に示します。(40頁上段左欄1行〜4行) 」 (ケ) 表1には,市販の透析液及び補充液の組成として,例えば, 「AK- ソリタFL」 味の素) カルシウムイオン濃度が ( は, 「2.5mEq/L」, マグネシウムイオン濃度が「1.0mEq/L」,炭酸水素イオン濃度が 「27.5mEq/L」であることが,「リンパック(ニプロ)」は,カ ルシウムイオン濃度が「2.5mEq/L」,マグネシウムイオン濃度が 「1.0mEq/L」,炭酸水素イオン濃度が「28.0mEq/L」で あることが,「サブラッドB(扶桑薬品工業)」は,カルシウムイオン濃 度が「3.5mEq/L」,マグネシウムイオン濃度が「1.0mEq/ L」,炭酸水素イオン濃度が「35.0mEq/L」であることが示され ている。
イ 透析液及び補充液の組成に係る技術常識又は周知技術 78 前記アの記載事項を総合すれば,本件優先日当時,@市販されている透 析液及び補充液は, 「急性血液浄化」のための血液濾過(透析)用に使用さ れ得ること,A市販されている透析液及び補充液の組成は,ナトリウムイ オン,カリウムイオン,カルシウムイオン,マグネシウムイオン,炭酸水 素イオンを含むものであり,これらの電解質は,極めて狭い範囲で血中濃 度を維持することが求められるため,一定の濃度が設定されていること, B市販されている透析液及び補充液において,カルシウムイオン濃度を「2. 5〜3.5mEq/L」,マグネシウムイオン濃度を「1.0〜1.5mE q/L」,炭酸水素イオン濃度を「30mEq/L」前後の範囲の中で調整 することは,技術常識又は周知であったものと認められる。
? 相違点の容易想到性について ア 相違点(甲3-1-1’)について (ア) 甲3の実施例4(表9)では,第一単一溶液及び第二単一溶液のう ち,ナトリウムイオンは,第一単一溶液のみに配合されている。
一方で,甲3には,ナトリウムイオンについて, 「ナトリウムイオンお よび/または塩化物イオンは,通常は,第一単一溶液および第二単一溶 液の両方に配合される。(前記?ア(キ))との記載があり,実施例1な 」 いし3及び5では,ナトリウムイオンが第一単一溶液及び第二単一溶液 の両方に配合されていること(表1ないし5,7,8,12)が示され ている。
また,甲3には, 「カルシウムおよびマグネシウムと,重炭酸塩/炭酸 塩や重炭酸塩および/またはリン酸塩とを一緒にすると,炭酸カルシウ ム,炭酸マグネシウム,リン酸カルシウムおよびリン酸マグネシウムの 沈殿を引き起こし得る。(前記?ア(キ))という沈殿の問題の記載があ 」 るが,ナトリウムイオンについては,このような沈殿の問題の記載はな い。
79 以上の点に照らすと,甲3記載の実施例4(引用発明2)において, ナトリウムイオンを,通常のように,第一単一溶液及び第二単一溶液の 両方に配合させる構成とすることは,当業者が適宜選択し得る設計的事 項であるものと認められる。
したがって,当業者は,引用発明2において,第一単一溶液のみに配 合されているナトリウムイオンを第一単一溶液及び第二単一溶液の両方 に配合する構成(相違点(甲3-1-1’ に係る本件訂正発明1の構成) ) に変更することを容易に想到することができたものと認められる。
これと異なる本件審決の判断は誤りである。
(イ) これに対し,被告らは,@甲3の「ナトリウムイオンおよび/また は塩化物イオンは,通常は,第一単一溶液および第二単一溶液の両方に 配合される」との記載は,ナトリウム化合物が第一単一溶液及び第二単 一溶液の両方に配合されているのが通常のパターンである旨を示したも のに過ぎず,一旦,第一単一溶液にのみ配合したナトリウム化合物につ いて,その配合を変更するのが通常である旨を記載ないし示唆するもの ではない,A用時混合型薬液では,混合後の薬液が体内に分布されるよ う,浸透圧は血液に近い値(血漿浸透圧の基準範囲275〜290mO sm/kg H2O)となるように設定されていることに照らすと,第 一単一溶液に配合されているナトリウム化合物を,第一単一溶液に替え て第二単一溶液に配合するとなれば,浸透圧が,体内に注入する薬液と して使用することができない値となってしまうから,そのような構成の 変更には阻害要因がある,B一旦,浸透圧が適正な値となるよう検討し て定めた配合であるにもかかわらず,特定の一種類のナトリウム化合物 を,製造工程を複雑にしてまで,第一単一溶液及び第二単一溶液の双方 に配合するよう変更することなど,当業者は検討しないことからすると, 当業者は,引用発明2に基づいて,相違点(甲3-1-1’)に係る本件 80 訂正発明1の構成に想到することは困難である旨主張する。
しかしながら,前記(ア)のとおり,引用発明2において,ナトリウム イオンを,通常のように,第一単一溶液及び第二単一溶液の両方に配合 させる構成とすることは,当業者が適宜選択し得る設計的事項であるも のと認められる。
また,甲3には,引用発明2の第一単一溶液及び第二単一溶液の配合 及び各イオン濃度が浸透圧を検討して定められたことを明示した記載は ないが,透析液及び補充液の組成を設定する際に浸透圧を考慮すること は技術常識であるから,引用発明2において,浸透圧を考慮しながら, ナトリウムイオンを第一単一溶液及び第二単一溶液の両方に配合させる 構成とすることに格別の困難はないものと認められる。
したがって,被告らの上記主張は理由がない。
イ 相違点(甲3-1-4’)について (ア) 甲3には,引用発明2(実施例4記載の用時混合型の医療溶液)が 「急性血液浄化用薬液」であることを明示した記載はない。
一方で,甲3には,前記(1)イ(イ)認定のとおり, 「本発明」の目的の1 つは,滅菌されかつ沈殿物を含まず,保存及び使用の間に渡り良好な安 定性を保証する「医療溶液」 (血液透析,血液透析濾過,血液濾過及び腹 膜透析用の透析液,腎疾患集中治療室内での透析用の溶液,通常は緩衝 物質を含む置換液又は輸液,並びに栄養目的のための溶液)を提供する ことにあることの開示がある。この「医療溶液」中の「腎疾患集中治療 室内での透析用の溶液」とは,救急・集中治療領域において,急性腎不 全の患者に対して行う持続的な血液浄化のための透析用の溶液を含むこ とは自明である。
また,甲3には,前記?イ(ア)及び(イ)認定のとおり,@急性腎不全に 罹患している患者に適応となる治療法は,数週間を通しての持続的腎機 81 能代替療法(CRRT)であり,血液濾過が用いられるが,血清リンレ ベルが正常な患者からリンを効率的に除去してしまう結果,定期的な週 3回の血液透析治療を受けている患者よりも高い頻度で,低リン血症が 起こり得るものであること,A低リン血症は,リンの投与によって予防, 治療されるが,医療溶液にリンを導入する場合,沈殿する様々なリン酸 カルシウムの形成の問題があり,生理的pHに等しいpH値を有する生 理溶液では,リン酸カルシウムの沈殿の危険性が高くなるという問題が あること,B「本発明」の発明者らは,特定のpH範囲等の如き一定の 条件下では,カルシウムイオン及びマグネシウムイオンを重炭酸塩及び リン酸塩重炭酸塩と共に保持し得ることができ,滅菌の安定なリン酸塩 含有医療溶液を提供できることを見出したことの開示があることからす ると, 「本発明」の実施例である引用発明2の「医療溶液」は,急性腎不 全に罹患している患者に適応し得るものと理解できる。
以上の点に照らすと,甲3に接した当業者においては,甲3記載の実 施例4(引用発明2)において,当該「医療溶液」を「用時混合型急性 血液浄化用薬液」にすることを試みる動機付けがあるものと認められる。
したがって,当業者は,引用発明2において,相違点(甲3-1-4’) に係る本件訂正発明1の構成とすることを容易に想到することができた ものと認められる。
これと異なる本件審決の判断は,誤りである。
(イ) これに対し,被告らは,引用発明2が具体的に「腎疾患集中治療室 内での透析用の溶液」あるいは「急性血液浄化用薬液」である旨示した 記載はないこと,引用発明2が,明示的な記載なくして,当然に「急性 血液浄化用薬液」であると解すべき技術常識はないことからすると, 「医 薬溶液」として記載された引用発明2を「急性血液浄化用薬液」にする ことは,当業者が容易に想到し得たことではないから,相違点(甲3- 82 1-4’)は当業者が容易に想到し得たものではない旨主張する。
しかしながら,前記(ア)のとおり,甲3の記載事項に照らすと,当業 者は,引用発明2において,相違点(甲3-1-4’)に係る本件訂正 発明1の構成とすることを容易に想到することができたものと認めら れるから,被告らの上記主張は採用することができない。
ウ 相違点(甲3-1-6’)ないし(甲3-1-8’)について (ア) 相違点(甲3-1-7’)及び(甲3-1-8’)について 引用発明2(実施例4記載の用時混合型の医療溶液)における第一単 一溶液と第二単一溶液を混合した即時使用溶液の各成分のイオン濃度は, 「K?」(カリウムイオン濃度)が「4.0mM」(4.0mEq/L), 「HPO???」 (リン酸イオン濃度) 「1. が 20mM」 (無機リン濃度3. 72mg/dL), 「Ca??」 (カルシウムイオン濃度)が「1.25mM」 (2.50mEq/L)「Mg??」 , (マグネシウムイオン濃度)が「0. 6mM」 (1.2mEq/L)「HCO??」 , (炭酸水素イオン濃度)が「3 0.0mM」(30.0mEq/L)である。
一方,前記?イ(イ)の認定事実によれば,甲3には,@「本発明」の 目的の1つは,滅菌されかつ沈殿物を含まず,保存及び使用の間に渡り 良好な安定性を保証する「医療溶液」を提供することであること, 「本 A 発明」の発明者らは,カルシウムイオン及びマグネシウムイオンは,特 定のpH範囲等の如き一定の条件下では,重炭酸塩と共に保持し得るも のであり,一定の条件下では,リン酸塩とも一緒に保持することができ, 特定の環境,濃度,pH範囲及びパッケージングにおいて,滅菌の安定 なリン酸塩含有医療溶液を提供できることを見出したこと, 「本発明」 B は,上記課題を解決するため, 「即時使用溶液」が,1.0〜2.8mM の濃度(無機リン濃度に換算すると「3.1〜8.7mg/dL」)のリ ン酸塩を含み,滅菌され,かつ6.5〜7.6のpHを有するという構 83 成を採用したことの開示があることが認められる。
加えて,甲3には,C「本明細書で述べる現在好ましい実施形態への様々な変更および修正は当業者に明らかであることが理解されるべきである。そのような変更および修正は,本発明の精神および範囲から逸脱することなくおよびその付随する利点を減じることなく実施することができる。(前記(1)ア(ケ))との記載があることに照らすと,甲3に接し 」た当業者は,引用発明2(実施例4記載の用時混合型の医療溶液)における上記即時使用溶液の各成分のイオン濃度を最適なものに変更し得るものと理解するものといえる。
しかるところ,前記(2)イ認定のとおり,本件優先日当時,「急性血液浄化」のための血液濾過(透析)用に使用され得る,市販されている透析液及び補充液において,カルシウムイオン濃度を「2.5〜3.5mEq/L」,マグネシウムイオン濃度を「1.0〜1.5mEq/L」,炭酸水素イオン濃度を「30mEq/L」前後の範囲の中で調整することは,技術常識又は周知であったものである。
そして,上記技術常識又は周知技術を踏まえると,引用発明2における上記即時使用溶液のマグネシウムイオン濃度(「1.2mEq/L」)及び炭酸水素イオン濃度(「30.0mEq/L」)を市販されている透析液及び補充液のそれぞれの数値範囲の中で調整することは,当業者が適宜選択し得る設計事項であるものと認められる。
そうすると,甲3に接した当業者は,引用発明2における上記即時使用溶液のマグネシウムイオン濃度を市販されている透析液及び補充液の上記数値範囲内の「1.0mEq/L」(相違点(甲3-1-7’)に係る本件訂正発明1の構成)に,炭酸水素イオン濃度を市販されている透析液及び補充液の上記数値範囲に含まれる「32.0mEq/L」 (相違点(甲3-1-8’)に係る本件訂正発明1の構成)にすることを容易に 84 想到することができたものと認められる。
したがって,これと異なる本件審決の判断は,誤りである。
(イ) 相違点(甲3-1-6’)について 甲3には,@「本発明」の目的の1つは,滅菌されかつ沈殿物を含ま ず,保存及び使用の間に渡り良好な安定性を保証する「医療溶液」を提 供することであること,A「本発明」の発明者らは,カルシウムイオン 及びマグネシウムイオンは,特定のpH範囲等の如き一定の条件下では, 重炭酸塩と共に保持し得るものであり,一定の条件下では,リン酸塩と も一緒に保持することができ,特定の環境,濃度,pH範囲及びパッケ ージングにおいて,滅菌の安定なリン酸塩含有医療溶液を提供できるこ とを見出したこと,B「本発明」は,上記課題を解決するため, 「即時使 用溶液」 1. が, 0〜2.8mMの濃度(無機リン濃度に換算すると「3. 1〜8.7mg/dL」 のリン酸塩を含み, ) 滅菌され,かつ6.5〜7. 6のpHを有するという構成を採用したこと,C「本明細書で述べる現 在好ましい実施形態への様々な変更および修正は当業者に明らかである ことが理解されるべきである。そのような変更および修正は,本発明の 精神および範囲から逸脱することなくおよびその付随する利点を減じる ことなく実施することができる」ことの開示又は記載があることは,前 記(ア)のとおりである。
そうすると,甲3に接した当業者においては,滅菌の安定なリン酸塩 含有医療溶液を得るために,引用発明2における第一単一溶液と第二単 一溶液を混合した即時使用溶液の「HPO???」リン酸イオン濃度)1. ( 「 20mM」 (無機リン濃度3.72mg/dL)を上記Bの「1.0〜2. 8mM」 (無機リン濃度3.1〜8.7mg/dL)の範囲内で調整する ことを試みる動機付けがあるものと認められるから,引用発明2におけ る無機リン濃度を上記数値範囲内の「4.0mEq/L」 (相違点(甲3 85 -1-6’ に係る本件訂正発明1の構成) ) にすることを容易に想到する ことができたものと認められる。
したがって,これと異なる本件審決の判断は,誤りである。
(ウ) 被告らの主張について 被告らは,@引用発明2は, 「所定のリン酸塩の濃度に対し,粒子の形 成が24時間内抑制される,混合時の即時使用溶液のpHの範囲を特定 した発明」であり,本件訂正発明1とは,技術的意義を異にする発明で あるから,引用発明2に基づき,その各成分の濃度を変更して,本件訂 正発明1に到達しようとする動機付けは観念できない,A引用発明2は, 低リン血症を防止するとともに粒子の形成を抑制する旨の課題に対し, 所定の配合及び各成分の濃度を定めるとともに,溶液混合時のpHの範 「 囲を定めることにより」既に上記課題を解決しているものであるから, 引用発明2に接した当業者が,上記課題を解決するために引用発明2の 各成分の濃度を変更する動機付けもない,B本件訂正発明1は,従来の 通常の透析液・補充液では,低カリウム血症及び低リン血症を生じない 安定的な急性血液浄化用薬液とならなかったことに対し,その課題解決 手段を提供するものであるから,通常の透析液・補充液の配合や各成分 の濃度の変動範囲に収まるとして,これが設計的事項となるものではな い,C本件訂正発明1の混合液の各成分濃度は,各成分の濃度の組合せ を一つのまとまりのある構成として,引用発明2と対比するのが相当で ある旨主張する。
しかしながら,前記(ア)及び(イ)のとおり,甲3に接した当業者におい ては,甲3記載の実施例4(引用発明2)において,マグネシウムイオ ン濃度及び炭酸水素イオン濃度を市販されている透析液及び補充液の それぞれの数値範囲の中で調整することは,当業者が適宜選択し得る設 計事項であり,また,滅菌の安定なリン酸塩含有医療溶液を得るために, 86 無機リン濃度を甲3記載の「3.1〜8.7mg/dL」の範囲内で調 整することを試みる動機付けがあるものと認められるから,当業者は, 引用発明2において,相違点(甲3-1-6’)ないし(甲3-1-8’) に係る本件訂正発明1の構成とすることを容易に想到することができ たものと認められる。このことは,相違点(甲3-1-6’)ないし(甲 3-1-8’ をひとまとまりの相違点と認定した場合でも同様である。
) したがって,被告らの上記主張は採用することができない。
エ 相違点(甲3-1-3’)について (ア) 本件訂正発明1の特許請求の範囲(請求項1)の記載中には,本件 訂正発明1の「そして少なくとも27時間にわたって不溶性微粒子や沈 殿の形成が実質的に抑制される,」との構成の意義を規定した記載はな い。
次に,本件明細書(甲12)には, 「時間の経過と共に補充液中のカル シウムイオンおよびマグネシウムイオンと炭酸水素イオンが反応し,不 溶性の炭酸塩の微粒子や沈殿が生じる」こと(【0007】, )「当該薬液 中には,カルシウムイオンやマグネシウムイオンが存在するにも拘わら ず,リン酸イオンを含有させても不溶性のリン酸塩を生じない。また, リン酸イオンの存在により,炭酸水素イオンとカルシウムイオンやマグ ネシウムイオンが共存し,pHが7.5を超えるような長時間後であっ ても,不溶性炭酸塩の生成が抑制される」こと(【0021】, )「不溶性 微粒子や沈澱の生成が長時間にわたって抑制される」とは,投与対象に 適用すべき最終薬液の調製後,たとえば上記A液とB液の混合後,少な くとも27時間にわたり不溶性微粒子や沈澱の生成が抑制されること, またはpHが7.5以上になっても不溶性微粒子や沈澱の生成が抑制さ れること」を意味すること(【0055】)の記載がある。
また,本件明細書には,本件訂正発明1に規定する「無機リン濃度が 87 4.0mg/dL」の薬液と「リン酸イオンを含有しない薬液」との対 比実験を行ったところ, 「7日間でpHが7.23〜7.29から7.8 9〜7.94までほぼ直線的に上昇し,その間にリン酸イオン不含有薬 液では不溶性微粒子の粒径も数も顕著に増加したが,リン酸イオン含有 薬液ではpHの上昇にもかかわらず,不溶性微粒子の増加は実質的に認 められなかった。( 」【0086】)との記載があり,この記載は,本件訂 正発明1に規定する「無機リン濃度が4.0mg/dL」の薬液では, 「7日間」にわたって「リン酸イオン含有薬液ではpHの上昇にもかか わらず,不溶性微粒子の増加は実質的に認められなかった」ことを示す ものである。もっとも,本件明細書には,本件訂正発明1の「用時混合 型急性血液浄化用薬液」が「27時間」にわたって不溶性微粒子や沈殿 の形成が実質的に抑制されたことを明示した記載はない。
以上の本件訂正発明1の特許請求の範囲(請求項1)の記載及び本件 明細書の記載を総合すると,本件訂正発明1の「そして少なくとも27 時間にわたって不溶性微粒子や沈殿の形成が実質的に抑制される,」と の構成は,本件訂正発明1のA液及びB液の成分組成及びそれらのイオ ン濃度を請求項1に記載されたものに特定することによって実現される ものと理解できる。
(イ) そして,前記ウのとおり,甲3に接した当業者は,引用発明2にお いて,ナトリウムイオンを第一単一溶液及び第二単一溶液の両方に配合 すること(相違点(甲3-1-1’)に係る本件訂正発明1の構成)「用 , 時混合型急性血液浄化用薬液」として使用すること(相違点(甲3-1 -4’)に係る本件訂正発明1の構成) ,マグネシウムイオン濃度,炭 酸水素イオン濃度及び無機リン濃度を本件訂正発明1の濃度とすること (相違点(甲3-1-6’)ないし(甲3-1-8’)に係る本件訂正発 明1の構成)を容易に想到することができたものである。
88 加えて,引用発明2のカリウムイオン濃度と本件訂正発明1のカリウ ムイオン濃度は,「4.0mM」(4.0mEq/L)で一致する。
以上によれば,本件訂正発明1の「少なくとも27時間にわたって不 溶性微粒子や沈殿の形成が実質的に抑制される」という構成は,引用発 明2において,相違点(甲3-1-1’, )(甲3-1-4’, )(甲3-1 -6’)ないし(甲3-1-8’)に係る本件訂正発明1の構成とした場 合に,自ずと備えるものといえる。
したがって,引用発明2において,相違点(甲3-1-3’)に係る本 件訂正発明1の構成とすることは,当業者が容易に想到することができ たものと認められる。
したがって,これと異なる本件審決の判断は,誤りである。
(ウ) これに対し,被告らは,引用発明2には,同発明から「混合後長時 間が経過してpHが上昇しても,不溶性微粒子や沈殿の生成を抑制する ことができる用時混合型急性血液浄化用薬液」を想到する基礎がなく, 粒子の形成が24時間内抑制されれば,pHの上昇にかかわらず,少な くとも27時間にわたって,不溶性微粒子や沈殿の生成が抑制されると する技術常識もないから,相違点(甲3-1-3’)は当業者が容易に想 到し得たものではない旨主張する。
しかしながら,前記(ア)及び(イ)で説示したとおり,引用発明2におい て,相違点(甲3-1-3’)に係る本件訂正発明1の構成とすることは 容易に想到することができたものと認められるから,被告らの上記主張 は採用することができない。
? 本件訂正発明1の顕著な効果について 被告らは,@本件訂正発明1は, 「混合後長時間が経過してpHが上昇して も,不溶性微粒子や沈殿の生成が抑制することができる用時混合型急性血液 浄化用薬液」を実現した発明であるのに対し,引用発明2は, 「所定のリン酸 89 塩の濃度に対し,粒子の形成が24時間内抑制される,混合時の即時使用溶液のpHの範囲を特定した発明」に過ぎず,また,用時混合型急性血液浄化用薬液の技術分野では,本件優先日当時,所定の配合により,混合後長時間が経過してpHが上昇しても,不溶性微粒子や沈殿の生成が抑制することができる旨の技術常識はなかったことからすると,本件明細書の【0086】に係る「混合後長時間が経過してpHが上昇しても,不溶性微粒子や沈殿の生成が抑制することができる」という本件訂正発明1の効果は,引用発明2に比して,質的に差のある当業者が予測できない格別の効果である,A被告らが,本件明細書記載の実施例2の検体と甲3記載の実施例4(表9)の検体について行った不溶性微粒子の形成の対比試験の結果(甲18の参考資料3)によると,両検体のpHは,混合後,同様の上昇推移を経て,54時間経過後に約8.7まで上昇したところ,本明細書記載の実施例2の検体では,10μmの微粒子が,混合後27時間経過時に8個,54時間経過時に12個形成されるにとどまり,25μmの微粒子が,混合後54時間経過時でも1個形成されるにとどまったのに対し,甲3の実施例4(表9)の検体では,10μmの微粒子が,混合後27時間経過時に17個,54時間経過時に78個も形成され,25μmの微粒子が,混合後54時間経過時には5個も形成されていたことからすると,「混合後長時間が経過してpHが上昇しても,不溶性微粒子や沈殿の生成が抑制することができる」という本件訂正発明1の効果は,引用発明2の配合や各成分の濃度では実現することができない,当業者の予測を超えた顕著な効果である旨主張する。
しかしながら,上記@の点については,人体に投入される血液浄化用薬液においては,そのpH値が人の生理的pH値(甲3によると「約7〜7.6」(3頁1行〜11行,訳文2頁) 甲30 , (特開平11-197240号公報)によると「7.2〜7.4付近」【0006】)と同程度の範囲内のものと ( )する必要があることは自明であることに照らすと,本件明細書の【0086】 90 に記載された,患者に対する混合液の使用を「7日間」継続し,その間に「p Hが7.23〜7.29から7.89〜7.94までほぼ直線的に上昇した 状況」に置くことは,用時混合型急性血液浄化用薬液の通常の使用方法とし ては想定されないものといえる。そうすると,かかる状況下で7日間にわた り不溶性微粒子や沈殿の形成が抑制されたという効果は,用時混合型急性血 液浄化用薬液に通常求められる効果であるとはいえないから,用時混合型急 性血液浄化用薬液の効果として,優れたものであるとは認められない。
次に,上記Aの点については,本件明細書には,本件訂正発明1の成分組 成及びイオン濃度を有する用時混合型急性血液浄化用薬液において,混合後 「 27時間経過時」及び「54時間経過時」のpHの推移,微粒子の形成状況 について明示した記載はないから,上記対比試験の結果(甲18の参考資料 3)に基づく効果は,本件明細書に記載された本件訂正発明1の効果である とは認められない。
さらに,本件審決は,本件訂正発明1は, 「急性血液浄化用薬液」として有 用であるという,甲3の記載からは予想し得ない効果を奏するものである旨 判断したが,前記?イのとおり,当業者は,引用発明2を「用時混合型急性 血液浄化用薬液」として使用することを容易に想到することができたものと 認められるから,甲3の記載からは予想し得ない効果であるとは認められず, 本件審決の上記判断は,誤りである。
したがって,被告らの上記主張は採用することができない。
? 小括 以上によれば,本件訂正発明1は,当業者が,甲3に基づいて,容易に発 明をすることができたものと認められるから,これと異なる本件審決の判断 は誤りである。
したがって,原告主張の取消事由2-1は理由がある。
3 取消事由2-2(甲3を主引用例とする本件訂正発明2ないし17の進歩性 91 の判断の誤り)(請求人無効理由3関係)について 本件審決は,@本件訂正発明2ないし10は,本件訂正発明1の発明特定事項のすべてを発明特定事項とするものであるから,本件訂正発明1と同様に,引用発明2及び甲3に記載された技術的事項に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものではない,A本件訂正発明11は,本件訂正発明1と同様の理由により,引用発明2に基づいて,又は,引用発明2と甲3に記載された技術的事項に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものではない,B本件訂正発明12ないし17は,本件訂正発明11の発明特定事項のすべてを発明特定事項とするものであるから,本件訂正発明11と同様に,引用発明2に基づいて,又は,引用発明2と甲3に記載された技術的事項に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものではない旨判断した。
しかしながら,前記2?のとおり,本件審決のした本件訂正発明1の容易想 到性の判断に誤りがある以上,本件訂正発明2ないし17の容易想到性を否定 した本件審決の上記判断は,その前提を欠くものであって,誤りである。
したがって,原告主張の取消事由2-2は理由がある。
4 結論 以上によれば,原告主張の取消事由2-1及び2-2は理由があるから,取 消事由3ないし6について判断するまでもなく,本件審決は取り消されるべき である。
追加
92 裁判官筈井卓矢93 (別紙1)【図1】【表1】【表2】94 【表3】【表4】【表5】95 【表6】【表7】96 (別紙2)図1A図1B図1C97 図2A図2B図2C98 図3A図3B図3C99 表1(溶液1)第一単一溶液(塩基性部分)第二単一溶液(酸性部分)(mM)(mM)Na+1461.070.5Cl--113.6*Ca2+-1.8Mg2+-0.5HCO3-139.0-CO32-661.0-H2PO4---*塩化物イオンはNaCl,CaCl2,MgCl2およびHClとして添加した。
表2(溶液2)第一単一溶液(塩基性部分)第二単一溶液(酸性部分)(mM)(mM)Na+1487.070.5Cl--113.6*Ca2+-1.8Mg2+-0.5HCO3-139.0-CO32-661.0-H2PO4-26-*塩化物イオンはNaCl,CaCl2,MgCl2およびHClとして添加した。
100 表3(溶液3)第一単一溶液(塩基性部分)第二単一溶液(酸性部分)(mM)(mM)Na+1513.070.5Cl--113.6*Ca2+-1.8Mg2+-0.5HCO3-139.0-CO32-661.0-H2PO4-52-*塩化物イオンはNaCl,CaCl2,MgCl2およびHClとして添加した。
表4(溶液4)第一単一溶液(塩基性部分)第二単一溶液(酸性部分)(mM)(mM)Na+1461.071.8Cl--113.6*Ca2+-1.8Mg2+-0.5HCO3-139.0-CO32-661.0-H2PO4--1.3*塩化物イオンはNaCl,CaCl2,MgCl2およびHClとして添加した。
101 表5(溶液5)第一単一溶液(塩基性部分)第二単一溶液(酸性部分)(mM)(mM)Na+1461.073.1Cl--113.6*Ca2+-1.8Mg2+-0.5HCO3-139.0-CO32-661.0-H2PO4--2.6*塩化物イオンはNaCl,CaCl2,MgCl2およびHClとして添加した。
表6混合した即時使用溶液(mM)粒子数/mlNa+Cl-Ca2+Mg2+HCO3-CO32-H2PO4-2μm5μm10μm溶液1143.6108.01.70.56.933.0-1405913溶液2144.8108.01.70.56.933.01.375305溶液3146.2108.01.70.56.933.02.675295溶液4144.8108.01.70.56.933.01.21948416溶液5146.2108.01.70.56.933.02.51997211102 表7第一単一溶液第二単一溶液混合した(塩基性部分)(酸性部分)即時使用溶液(mM)(mM)(mM)Na+1461.070.5143.6Cl--113.6*108.0Ca2+-1.81.7Mg2+-0.50.5HCO3-139.0-6.9CO32-661.0-33.0*塩化物イオンはNaCl,CaCl2,MgCl2およびHClとして添加した。
表8第一単一溶液第二単一溶液混合した(塩基性部分)(酸性部分)即時使用溶液(mM)(mM)(mM)Na+1461.070.5143.6Cl--113.6*108.0Ca2+-1.81.7Mg2+-0.50.5HCO3-139.0-6.9CO32-661.0-33.0*塩化物イオンはNaCl,CaCl2,MgCl2およびHClとして添加した。
103 表9第一単一溶液第二単一溶液混合した(塩基性部分)(酸性部分)即時使用溶液(mM)(mM)(mM)Na+1)147.3140.0Ca2+25.01.25Mg2+12.00.6K+4.214.0Cl-2)114.374.0115.9HCO3-34.744)30.0乳酸塩0HPO42-3)1.261.20グルコース100.05.00HCl72.0pH7.7-8.21.3-1.67.0-7.61)ナトリウムは,NaCl,NaHCO3,およびNa2HPO4として添加する。
2)塩化物は,NaCl,KCl,CaCl2,MgCl2,およびHClとして添加する。
3)リン酸塩は,Na2HPO4として添加するが,2つの単一溶液を混合した後は,主としてHPO42-として存在する。しかし,H2PO4-およびPO33-も,これらのイオンの間の平衡により存在する。各々のイオンの濃度はpHに依存する。
4)一部の重炭酸塩は,混合の間にCO2に変換されるが故に溶液から出ていくので,重炭酸塩の量は過剰投与される。
104 表12第一単一溶液第二単一溶液混合した(塩基性部分)(酸性部分)即時使用溶液(mM)(mM)(mM)Na+1)147.4140.0Ca2+25.01.25Mg2+12.00.6K+4.24.0Cl-2)149.174.0145.9HCO3-0乳酸塩36.835.0HPO42-3)1.261.2グルコース100.05.0HCl12.0pH7.4-7.91.9-2.26.5-7.01)ナトリウムは,NaCl,NaHCO?,Na?CO?,およびNa?HPO?として添加する。
2)塩化物は,NaCl,KCl,CaCl?,MgCl?,およびHClとして添加する。
3)リン酸塩は,Na?HPO?として添加するが,2つの単一溶液を混合した後は,主としてHPO??-として存在する。しかし,H?PO??およびPO???も,これらのイオンの間の平衡により存在する。各々のイオンの濃度はpHに依存する。
105 (別紙3)106
裁判長裁判官 大鷹一郎
裁判官 山門優