• この表をプリントする
  • ポートフォリオ機能


追加

関連審決 不服2016-5871
元本PDF 裁判所収録の全文PDFを見る pdf
元本PDF 裁判所収録の別紙1PDFを見る pdf
元本PDF 裁判所収録の別紙2PDFを見る pdf
元本PDF 裁判所収録の別紙3PDFを見る pdf
事件 平成 30年 (行ケ) 10117号 審決取消請求事件

原告 アーシャニュートリション サイエンシーズ,インコーポ レイテッド
同訴訟代理人弁理士 園田吉隆 石岡利康 中田博子
被告特許庁長官
同 指定代理人紀本孝 山崎勝司 井上哲男 半田正人 原賢一
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2019/04/12
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 特許庁が不服2016−5871号事件について平成30年4月3日にした審決を取り消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
事実及び理由
請求
1 主文第1項と同旨
事案の概要
1 特許庁における手続の経緯等 (1) 原告は,平成26年5月12日,発明の名称を「脂質含有組成物およびその使用方法」とする特許出願(平成21年4月20日(優先権主張:平成20年4月21日,米国。同年6月25日,米国。同年11月5日,米国。)に出願した特願2011-506377号の分割出願)をした(特願2014-99072号。甲1)。
(2) 原告は,平成27年12月17日付けで拒絶査定を受け(以下「本件拒絶査定」という。),平成28年4月20日,これに対する不服審判を請求し,不服2016-5871号事件として係属した(甲4,5)。
(3) 特許庁は,平成29年4月17日付け拒絶理由を通知した(以下「本件拒絶理由通知」という。甲11)。
(4) 原告は,平成29年11月9日付け手続補正書により,請求項1の内容を変更し,新たに請求項19ないし47を追加するなど,特許請求の範囲を補正した(以下「本件補正」という。請求項の数47。甲13)。
(5) 特許庁は,平成30年4月3日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との別紙審決書(写し)記載の審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は,同月17日,原告に送達された。なお,出訴期間として90日が附加された。
(6) 原告は,平成30年8月15日,本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起した。
2 特許請求の範囲の記載 本件補正後の特許請求の範囲【請求項1】の記載は,下記のとおりである。以下,この請求項に係る発明を「本願発明」といい,その明細書(甲1)を「本願明細書」という。
記 2 対象の一つ以上の要素の,前記対象への投与のための脂質含有配合物を選択するための指標としての使用であって,前記対象の一つ以上の要素は,以下: 前記対象の年齢,前記対象の性別,前記対象の食餌,前記対象の体重,前記対象の身体活動レベル,前記対象の脂質忍容性レベル,前記対象の医学的状態,前記対象の家族の病歴,および前記対象の生活圏の周囲の温度範囲から選択され, ここで前記配合物が,1又は複数の,相互に補完する一日用量のω-6脂肪酸およびω-3脂肪酸を含む脂肪酸を含み,ここでω-6脂肪酸対ω-3脂肪酸の比,およびそれらの量が,前記一つ以上の要素に基づいており; ここでω-6対ω-3の比が, 4:1以上,ここでω-6の前記用量が40グラム以下であり;または 前記対象の食餌および/または配合物における抗酸化物質,植物化学物質,およびシーフードの量に基づいて1:1〜50:1;または ここでω-6の増加が緩やかおよび/またはω-3の中止が緩やかであり,かつω-6の用量が,40グラム以下であり;または ここで前記脂肪酸の含有量は,下記表6: 【表1】と適合する,前記使用。
3 本件審決の理由の要旨 本件審決の理由は,別紙審決書(写し)のとおりである。要するに,@本願発明は明確ではなく,その特許請求の範囲の記載は,特許法36条6項2号に規定する 3 要件(以下「明確性要件」という。)に適合しない,また,A本願発明は本願明細書の発明の詳細な説明に記載されたものではなく,その特許請求の範囲の記載は,同項1号に規定する要件(以下「サポート要件」という。)に適合しないから,特許を受けることができない,というものである。
4 取消事由 (1) 手続違反(取消事由1) (2) 明確性要件の判断の誤り(取消事由2) (3) サポート要件の判断の誤り(取消事由3)
当事者の主張
1 取消事由1(手続違反)について 〔原告の主張〕 (1) 審査の不実施 原告は,請求項19ないし47を追加する本件補正をした。しかし,被告は,本件補正で追加した請求項について,新たに拒絶理由通知をせず,また本件審決においても判断しなかった。
原告は,審判請求後にした本件補正の際,特許法195条2項に基づき,請求項増加分に対応する審判請求料(15万9500円)及び審査請求料(11万6000円)を支払った。仮に,審判請求料について,審判請求人が当該審判で主張する利益を手数料の額に反映させたものとしても,審査請求料については,根拠のない一方的な賦役を課したものといわざるを得ない。
したがって,本件審決には,特許法47条の規定に実質的に違反する手続違背があり,取り消されるべきである。
(2) 審理不尽 本件は,実質的に審理したとみなすことはできない。すなわち,本件拒絶査定では,新規性要件,進歩性要件,明確性要件の各違反が拒絶理由とされたが,本件拒絶理由通知では,明確性要件の一部及び同趣旨のサポート要件しか判断されず,本 4 件審決でも,請求項1に係る発明の表現上の明確性しか実質的に判断されていない。
審判便覧には,発見した全ての拒絶理由を通知しなければならないなどと規定されている。審判合議体は,本件の審理に当たり,当業者の技術認識を的確に捉えようと努め,その上で,本件拒絶査定の理由の成否を判断し,また,発見した全ての拒絶理由を通知しようとした,とみなすことはできない。
さらに,本件は,当業者の技術認識が重要な事件であるにもかかわらず,本願発明の技術分野とは全く異なる技術分野を専門とする審判官のみにより,更に先行技術調査等を通じた正しい技術認識の知得もなく,審理が行われた。
したがって,本件審決は,当事者が申し立てた理由について審理していないから,特許法153条1項に違反する。さらに,事件が審決をするのに熟していなかったにもかかわらず,審理の終結が通知され,審決されたことは,同法156条1項に違反する。よって,本件審決は違法であり,取り消されるべきである。
〔被告の主張〕 (1) 審査の不実施 本件補正は審判段階でなされたから,この段階で追加された請求項19ないし47に係る発明について,審査を経ていないことは当然である。
特許法は,一つの特許出願に対し,一つの行政処分としての特許査定又は特許審決がされ,これに基づいて特許が付与されるという基本構造を前提としており,請求項ごとに個別に特許が付与されるものではない。一部の請求項に係る発明について特許をすることができない事由がある場合には,他の請求項に係る発明についての判断いかんにかかわらず,特許出願全体について拒絶査定をすべきことになる。
本件審決は,本願発明について明確性要件違反及びサポート要件違反を理由に特許を受けることができない旨判断したのであるから,他の請求項に係る発明について判断するまでもなく,本願が全体として特許法49条4号に該当し,拒絶をすべきであることは明らかである。
(2) 審理不尽 5 本件審決は,本願の特許請求の範囲の記載が,明確性要件及びサポート要件を満たさない旨審理判断し,特許を受けることができないという結論を導いたものである。
そして,原査定で示された他の拒絶理由についての判断を示さなくとも,何ら審理不尽には当たらない。また,本願は,特許請求の範囲の記載が明確でなく,新規性及び進歩性の判断の前提としての本願発明の認定ができないものである。なお,本件審決の審理は,本願発明の技術分野の担当部門の合議体により審理されたものであるし,そもそも,審判官の技術分野が異なる旨の主張は,何ら手続の違法性と関係するものではない。
したがって,本件審決に審理不尽の違法はない。
2 取消事由2(明確性要件の判断の誤り)について 〔原告の主張〕 (1) 「対象の一つ以上の要素の,前記対象への投与のための脂質含有配合物を選択するための指標としての使用」との記載について ア 本願発明は,「年齢,前記対象の性別,前記対象の食餌,前記対象の体重,前記対象の身体活動レベル,前記対象の脂質忍容性レベル,前記対象の医学的状態,前記対象の家族の病歴,および前記対象の生活圏の周囲の温度範囲」という要素を,「脂質含有配合物を選択するための指標として使用」することに関する発明である。
(ア) まず,本願発明は,上記要素を,脂質含有配合物を選択するための指標として(何らかの形で)用いたか否かにより,本願発明の範囲に入るか否かが定まるから,明確である。
これに対し,本願発明が,上位概念的に記載されていたとしても,そのような記載が許されないということはない。本願発明は,請求項1に列記された要素のうちの少なくとも一つを,脂質含有配合物を選択するための指標(判断するための目印)として使用することに関する。そして,例えば,一見ありふれた行為であろうとなかろうと,いかなる形であろうと,「年齢」を「指標(判断するための目印)」と 6 して使用し,本願発明の量的限定を満たす範囲で脂質含有配合物を選択するならば,その行為は当然に本願発明の技術的範囲に属することは明らかであり,疑義が生じる余地はない。
(イ) また,本願発明では,上記使用について,「前記配合物が,1又は複数の,相互に補完する一日用量のω-6脂肪酸およびω-3脂肪酸を含む脂肪酸を含み,ここでω-6脂肪酸対ω-3脂肪酸の比,およびそれらの量が,前記一つ以上の要素に基づいて」いるという特徴により限定されている。本願発明の範囲に入るか否かにつき,「ω-6脂肪酸対ω-3脂肪酸の比,およびそれらの量」が「要素」に(何らかの形で)基づいて定められているか否かであるから,明確である。
さらに,本願発明では,上記使用について,ω-6やω-3の用量・比が,「4:1以上…40グラム以下であり」,「前記対象の食餌…〜50:1」,「ここでω-6の…40グラム以下であり」又は「ここで前記脂肪酸の含有量は…と適合する」という4つの態様のいずれかであるという技術的特徴により,いわば数値限定されている。これも,主に数値上の限定にすぎないので,本願発明の技術的範囲に入るか否かは明確である。明確性の観点からは,全ての「基づき方」を請求項に記載しなければならないわけではない。
請求項では,より広い,抽象的な特徴から,より狭い,具体的な特徴へと順に特徴を記載していくことが一般的に行われている。したがって,「ω-6脂肪酸対ω-3脂肪酸の比,およびそれらの量が,前記一つ以上の要素に基づいており」との記載に続けて,上記4つの態様が記載されていても,このような記載順序から,「ω-6脂肪酸対ω-3脂肪酸の比」及び「それらの量」が「一つ以上の要素」にどのように基づいているのかを特定しようとするものということはできない。
また,上記4つの態様が「;」で区切られていたとしても,本願発明の全ての特徴が「;」で区切られて記載されているから,「ここで前記配合物が,…前記一つ以上の要素に基づいており;」の「;」だけが,異なる意味を持つということはできない。
7 さらに,本願明細書には,被告主張のように,本願発明は「ω-6脂肪酸対ω-3脂肪酸の比」及び「それらの量」が「一つ以上の要素」に基づくものである,と限定解釈すべき記載もない。上記4つの態様は,本願発明において取り得るω-6,ω-3の量的範囲の限定であることは明らかである。
イ このように,本願発明は,特定の要素の,脂質含有配合物を選択するための指標としての使用であって,ω-6脂肪酸対ω-3脂肪酸の比,およびそれらの量が要素に何らかの形で基づき,さらに,ω-6やω-3の量が限定された発明であるから,本願発明の技術的範囲は明確である。
ウ 本件審決は,「対象の生活圏の周囲の温度範囲」(気候)以外の「対象の一つ以上の要素」について,「脂質含有配合物を選択するための指標として」どのように使用するかは何ら特定されておらず,「対象の一つ以上の要素」を「脂質含有配合物を選択するための指標として」使用する方法の内容は明確でないとした。
しかし,請求項でその特定の下位態様を記載しなければ不明確であるとする理由はない。具体的な下位態様的な使用方法は,当業者が,技術常識や明細書や請求項の記載等に基づいて適宜決定することである。本願発明をどのようにして実施できるかは実施可能要件の問題であり,技術的思想として広すぎるから先行技術と一致すると考えるのであれば,それは新規性進歩性等の問題である。
(2) 「ここで前記配合物が,1又は複数の,相互に補完する一日用量のω-6脂肪酸およびω-3脂肪酸を含む脂肪酸を含み」との記載について ア 上記記載は,本件拒絶理由通知において,「ω-6脂肪酸およびω-3脂肪酸を含む脂肪酸の一日量が合わされ」が不明確とされたことに対し,これをより明確な形で書き換えるために行われた本件補正によるものである。
また,「相互に補完する一日用量」との用語は,複数に分割された一日用量の意味であることは明らかである。本願明細書【0037】には「この脂質配合物は,1,2,3,4またはそれを超える相互補完的な1日用量で包装してもよい」とあるところ,これは,本願発明の脂質配合物(複数の脂肪酸が配合されたもの。上記 8 記載における「脂肪酸」)が,1又は複数の用量で包装される態様を表し,複数の包装された用量が,相互補完的に1日用量を成すことを意味している。かかる態様は,「この望ましい脂質組成物の送達は,一部または複数部分の相互補完する送達系により達成してもよい」と示され(【0040】),【0065】,【0071】,【0072】でも具体的に示されている。「複数部分の形態」(【0037】),「毎日投与(1つまたは複数の構成要素)」(【0063】),「1回または複数回の毎日の投与(例えば, 2または3つの構成要素の毎日摂取用配合物) ( 1, 」 【0072】)と多数の関連する記載もある。
そうすると,「ここで前記配合物が,1又は複数の,相互に補完する一日用量のω-6脂肪酸およびω-3脂肪酸を含む脂肪酸を含み」との記載は,脂肪酸を複数回投与するような態様では,脂肪酸(ω-6脂肪酸及びω-3脂肪酸を含む)の一日量を合計して,請求項に記載の限定を満たすかどうかを考える,という特徴を表すものである。したがって,上記記載が,「ω-6脂肪酸及びω-3脂肪酸の必ず含まれている,一又は複数分割された形態の(one-part or multi-part)一日用量の脂肪酸(他の脂肪酸が更に含まれていてもよい)」を意味することは,明確である。
イ これに対し,本件審決は,「一日用量」とは,「ω-6脂肪酸およびω-3脂肪酸」の量のことをいうのか,それらを含む「脂肪酸」の量のことをいうのかが明確でないと判断したが,上記のとおり,本件補正前の請求項の記載及び本願明細書【0037】の記載から,一日用量は「脂肪酸」の一日用量であることは明らかである。
また,本件審決は,「ω-6脂肪酸の用量とω-3脂肪酸の用量とが相互補完的である」,「配合物に含まれる種々の脂肪酸の用量が相互補完的である」,「対象が摂取すべき一日用量に対して食事から摂取する脂肪酸を補完する用量」などの態様が解釈し得ると述べるが,いずれも,「相互補完的な一日用量」と関連して本願明細書に直接記載されていない態様ばかりである。また,ω-6脂肪酸とω-3脂 9 肪酸の関係は,請求項において別途記載されているから,「ω-6脂肪酸の用量とω-3脂肪酸の用量とが相互補完的である」と解釈することは不合理である。さらに, 「対象が摂取すべき一日用量に対して食事から摂取する脂肪酸を補完する用量」と解釈することは,本願発明の要素につき「前記対象の食餌」とした場合の態様と同一のことを,更に限定するものであるから,不合理である。
(3) よって,本願発明に係る特許請求の範囲の記載は,明確性要件に適合する。
〔被告の主張〕 (1) 「対象の一つ以上の要素の,前記対象への投与のための脂質含有配合物を選択するための指標としての使用」との記載について ア 本願発明は,「対象の一つ以上の要素の,前記対象への投与のための脂質含有配合物を選択するための指標としての使用であって,前記対象の一つ以上の要素は,…周囲の温度範囲から選択され,」と特定されるだけではなく,さらに「ここで,前記配合物が,1又は複数の,…と適合する,前記使用」と特定されるものである。原告が主張するように,「特定の要素を,脂質含有配合物を選択するための指標として用いること」が本願発明であるとか,「要素を,脂質含有配合物を選択するための指標として(何らかの形で)用いたか否かにより,本願発明の範囲に入るか否かが定まる」とはいえない。
また,「要素を,脂質含有配合物を選択するための指標として(何らかの形で)用いたか否か」を明確に判別することはできない。すなわち,本願発明のうち,「対象の一つ以上の要素の,前記対象への投与のための脂質含有配合物を選択するための指標としての使用であって,前記対象の一つ以上の要素は,…周囲の温度範囲から選択され,」とは,「年齢」や「性別」のような属性を,ありふれた油脂を選択するための指標として使用する方法をいうものである。しかし,「指標として」という記載は抽象的であって,「年齢」や「性別」のような属性を使用する行為のうち,いかなる行為までが「指標として」使用する行為に含まれ得るのかも明確でないから,本願発明の外延は明確でない。
10 イ 本願発明は,「前記配合物が,1又は複数の,相互に補完する一日用量のω-6脂肪酸およびω-3脂肪酸を含む脂肪酸を含み,ここでω-6脂肪酸対ω-3脂肪酸の比,およびそれらの量が,前記一つ以上の要素に基づいており」というものであるから,「脂質含有配合物」に含まれる「ω-6脂肪酸対ω-3脂肪酸の比」及び「それらの量」が「一つ以上の要素」に基づいているといえる。
そして,「ω-6脂肪酸対ω-3脂肪酸の比,およびそれらの量が,前記一つ以上の要素に基づいており」との記載に続けて,「ω-6脂肪酸対ω-3脂肪酸の比」については,「4:1以上…40グラム以下であり」及び「前記対象の食餌…〜50:1」との発明特定事項に,「それらの量」については,「4:1以上…40グラム以下であり」,「ここでω-6の…40グラム以下であり」及び「ここで前記脂肪酸の含有量は…と適合する」との発明特定事項に,それぞれ選択肢として「;」で区切って記載されている。したがって,本願発明の「ここで,ω-6対ω-3の比が,…と適合する,前記使用。」との記載は,「ω-6脂肪酸対ω-3脂肪酸の比」及び「それらの量」が「一つ以上の要素」に,どのように基づいているのかを特定しようとする記載と解すべきである。上記4つの発明特定事項は,比及び量が,どのように基づいているのかを特定しようとする記載であるから,比及び量が,要素に(何らかの形で)基づいて定められればよいということはできないし,(何らかの形で)「基づいて」というだけでは抽象的であって,どのような場合に「基づいて」いるといえるかを判別することはできない。
このように,本願発明の「ここで,ω-6対ω-3の比が,…と適合する,前記使用。」との記載は,「ω-6脂肪酸対ω-3脂肪酸の比」及び「それらの量」が「一つ以上の要素」に,どのように基づいているのかを特定しようとする記載であるところ,「4:1以上…40グラム以下であり」及び「ここでω-6の…40グラム以下であり」との発明特定事項には,「一つ以上の要素」に関する記載が全くない。加えて,前記4つの発明特定事項には,「一つ以上の要素」のうち「年齢」,「性別」,「体重」,「身体活動レベル」,「脂質忍容性レベル」,「医学的状態」 11 及び「家族の病歴」について何ら記載がない。そうすると,「ω-6脂肪酸対ω-3脂肪酸の比」及び「それらの量」が「一つ以上の要素」(年齢,性別等)に基づくとしながらも,どのように基づくのかについて,全く不明である。
ウ さらに,本願明細書の記載及び技術常識参酌しても,「対象の一つ以上の要素の,前記対象への投与のための脂質含有配合物を選択するための指標としての使用」に,いかなる行為までが含まれ得るのかは明確でない。
すなわち,本願明細書には,「要素」に関して【0010】,【0011】,【0035】に記載されているが,これらの記載は,「要素」の使用方法を明らかにするものではない。そして,本願明細書には,他に「要素」の使用方法を説明する記載はなく,「要素」の使用方法技術常識であるともいえない。また,本願明細書の実施例を参照して脂質含有配合物を選択する行為は,「対象の一つ以上の要素の,前記対象への投与のための脂質含有配合物を選択するための指標としての使用」に含まれるであろうと解し得るものの,単に,当該実施例に係る表に記載された条件を満たす脂質含有配合物を提供するだけの行為も上記使用に含まれるのかについては明確ではない。
エ 以上のとおり,「対象の一つ以上の要素の,前記対象への投与のための脂質含有配合物を選択するための指標としての使用」との記載につき,いかなる行為が,当該「使用」に含まれるのかを判別することができないから,本願発明の技術的範囲は不明確である。
(2) 「ここで前記配合物が,1又は複数の,相互に補完する一日用量のω-6脂肪酸およびω-3脂肪酸を含む脂肪酸を含み」との記載について ア 「ここで前記配合物が,1又は複数の,相互に補完する一日用量のω-6脂肪酸およびω-3脂肪酸を含む脂肪酸を含み」との記載は,多義的に解釈し得ることから,その意味が明確ではない。
すなわち,「一日用量」は,「ω-6脂肪酸およびω-3脂肪酸」の一日用量であるとも,「脂肪酸」の一日用量であるとも解釈し得るし,「相互に補完する一日 12 用量」とは,ω-6脂肪酸の用量とω-3脂肪酸の用量とが相互補完的であることをいうとも,配合物に含まれる種々の脂肪酸の用量が相互補完的であることをいうとも,対象が摂取すべき一日用量に対して食事から摂取する脂肪酸を補完する用量のことをいうとも解釈できるところ,いずれに解釈すべきかが明確でない。
なお,請求項1は,ω-6脂肪酸とω-3脂肪酸の用量や比を特定しようとする趣旨が認められるから,上記記載を,「ω-6脂肪酸の用量とω-3脂肪酸の用量とが相互補完的である」と解釈することには合理性がある。また,請求項1には「ここで前記脂肪酸の含有量は…と適合する」と,ω-9脂肪酸の含有量が示されているから,上記記載を,ω-6脂肪酸やω-3脂肪酸に限らず,「配合物に含まれる種々の脂肪酸の用量が相互補完的である」と解釈することには合理性がある。さらに,本願明細書【0037】【0040】によれば,「対象が摂取すべき一日用量に対して食事から摂取する脂肪酸を補完する用量のことをいう」と解釈することも不合理とはいえない。
イ これに対し,原告は,一日用量は「脂肪酸」の一日用量であり,それぞれの包装が相互補完的に(合計して)1日用量を成すという意味である旨主張する。
しかし,本願明細書【0037】の記載は,「脂質配合物」を1日用量で包装してもよいという趣旨であって,「脂肪酸」の一日用量に言及しているわけではない。
「脂肪酸」も「ω-6脂肪酸およびω-3脂肪酸」も「脂質配合物」に含まれる成分であるから,上記記載からは,「一日用量」が,「ω-6脂肪酸およびω-3脂肪酸」の一日用量であるのか,「脂肪酸」の一日用量であるのかを決定することはできない。また,請求項1は,「包装」について全く触れていないのであるから,「包装」されることを前提に請求項1の解釈をすべきではない。
また,本願明細書【0040】の記載は,それぞれの包装が相互補完するという意味ではなく,「パン,サラダ,主料理および/またはデザートなど」の食事を含めた「送達系」において相互補完するとの意味で,「相互補完」について記載されているにすぎない。
13 ウ 以上のとおり,「ここで前記配合物が,1又は複数の,相互に補完する一日用量のω-6脂肪酸およびω-3脂肪酸を含む脂肪酸を含み」との記載は,本願明細書を参酌しても,一義的に解釈することはできない。
(3) よって,本願発明に係る特許請求の範囲の記載は,明確性要件に適合しない。
3 取消事由3(サポート要件の判断の誤り)について 〔原告の主張〕 (1) 本件審決は,「ω-6の増加が緩やかおよび/またはω-3の中止が緩やかであり,かつω-6の用量が,40グラム以下であり」との技術的事項が,本願明細書の発明の詳細な説明には記載されていないと判断した。
(2) しかし,本願明細書に記載の上位概念的発明は,ω-6やω-3の量を限定するものではない(【0009】等)。
そして,「ω-6の増加が緩やかおよび/またはω-3の中止が緩やか」である態様については,本願明細書(【0042】【0079】【0090】【0096】)に記載されている。また,「ω-6の用量が,40グラム以下」である態様については,本願明細書(表9,表11,表13)に記載され,高用量のω-6がもたらし得る弊害について,本願明細書(【0081】【0093】【0098】【0103】【0106】【0111】)に記載されている。
これら二つの限定は,それぞれの観点からの,基本的に独立した二つの限定であり,いわば本願明細書に記載された発明の好ましい態様に関する限定といえる。【0042】の文脈,あるいは,【0081】,【0093】,【0098】,【0103】,【0106】,【0111】に照らした表9〜13の文脈から,それぞれの好ましい態様に関する限定が,発明の特定の下位態様のみに適用されるものではなく,一般的なものであることは明らかである。したがって,これら二つの限定を併せ持つことは,明細書に記載された事項,あるいはそこから自明な事項の範囲内である。
なお,これらの二つの限定は,基本的には互いに独立した二つの限定であるが, 14 双方とも,有害作用を生じさせないための脂肪酸の量の限定(特にω-6脂肪酸の量の限定)という点で,その大きな目的の上では一致している。
したがって,「ω-6の増加が緩やかおよび/またはω-3の中止が緩やかであり,かつω-6の用量が,40グラム以下であり」との技術的事項は,本願明細書の発明の詳細な説明に記載されたもの,又は,記載された事項から自明なものである。
(3) よって,本願発明に係る特許請求の範囲の記載は,サポート要件に適合する。
〔被告の主張〕 本願発明は,「対象の一つ以上の要素」を「対象への投与のための脂質含有配合物を選択するための指標として」使用する方法の発明であり,「脂質含有配合物」に含まれる「ω-6脂肪酸対ω-3脂肪酸の比」及び「それらの量」が「一つ以上の要素」に基づいて定められるといえる。
そうすると,「ω-6の増加が緩やかおよび/またはω-3の中止が緩やか」と,「ω-6の用量が,40グラム以下」は,同じ対象の要素に基づいて定められたものと解するのが自然である。本願明細書に,「ω-6の増加が緩やかおよび/またはω-3の中止が緩やかであり」に該当する限定事項と,「ω-6の用量が,40グラム以下であり」に該当する限定事項とが,同じ対象の要素に基づいて定められたものといえなければ,上記二つの限定事項を同時に満たす脂質含有配合物,すなわち「ω-6の増加が緩やかおよび/またはω-3の中止が緩やかであり,かつω-6の用量が,40グラム以下であり」との技術事項が記載されているということはできない。
しかし,本願明細書において,これら二つの限定事項は,それぞれ異なる対象の要素と関連して記載されている。「ω-6の用量が,40グラム以下であり」の根拠である本願明細書の表9,11,13には対象の要素が特定されているが,「ω-6の増加が緩やかおよび/またはω-3の中止が緩やか」の根拠である【0042】には対象の要素との関係が記載されておらず,【0079】,【0090】, 15 【0096】は,個々のケースタディにおける特定の「宿主対象」について記載されているにすぎない。したがって,本願明細書に,これら二つの限定事項を同時に満たす脂質含有配合物が記載されているとはいえない。
よって,本願発明に係る特許請求の範囲の記載は,サポート要件に適合しない。
当裁判所の判断
1 本願発明について (1) 本願発明に係る特許請求の範囲の記載は,前記第2の2【請求項1】に記載のとおりであるところ,本願明細書(甲1)には,次の記載がある。なお,本願明細書には,別紙本願明細書表目録のとおり,表9ないし13が記載されている。
ア 背景技術 脂肪酸は,重要な生理機能を果たす。…(【0002】) ヒトおよび動物の体は,多様な数および位置の二重結合を有する多様な長さの炭素鎖である多くの種類の脂肪酸を合成する。二重結合が脂肪酸の鎖の中に加わると,脂肪酸は,生理機能において顕著な役割を果たす不飽和脂肪酸に変換される。 ( … 【0003】) …リノール酸(LA)およびα-リノレン酸(ALA)は,ω-6脂肪酸およびω-3脂肪酸すべての前駆体である。LAおよびALAが「必須」脂肪酸であることは十分確立されている。LAおよびALAは食餌で補給しなければならないが,その理由は,ヒトおよび他の哺乳動物はLAおよびALAを他の供給源から合成できないからである。この2つの必須脂肪酸が食餌に欠乏するかまたは過剰にあると,多くの疾病が引き起こされる可能性がある。…(【0004】) イ 発明が解決しようとする課題 ω-3脂肪酸を増やしω-6脂肪酸の摂取を減らすことについての伝統的な強調は十分な解決策…とならないことが多いが,食餌的および人口統計学的な要素によりもたらされる不確実性がその理由である。したがって,改善された脂質組成物を使用する,医学的状態および予防のための改善された方法および治療が未だに必要 16 とされている。…現在の方法論は摂取者を混乱させるものであることから,重大な健康上の結果を伴う,決定的に重要な栄養素の過剰摂取または摂取不足を招く。
(【0008】) ウ 課題を解決するための手段 本開示は,他の要素と関わりのある1つまたは複数の脂質の不均衡と関連する医学的状態を予防および/または治療するための組成物および方法に関する。 ( … 【0009】) エ 発明を実施するための形態 (ア) 脂質配合物 一態様では,本開示は,ω-6脂肪酸およびω-3脂肪酸両方の最適な1日送達量を維持しながら,ω-3脂肪酸に対して比較的高率のω-6脂肪酸を組み込む。
…(【0022】) いくつかの実施形態では,本開示の組成物は,以下の最適に均衡のとれた脂肪酸およびその組合せを含む。飽和脂肪酸:酪酸…;一価不飽和脂肪酸:ミリストレイン酸…ω-9脂肪酸のオレイン酸…;ならびに多価不飽和脂肪酸:ω-6脂肪酸のリノール酸…ω-3脂肪酸のα-リノレン酸…。(【0030】) (イ) 投与 いくつかの実施形態では,本明細書中で開示する脂質配合物を含む組成物は,経口的に許容される任意の形態で個体に投与できる。この脂質配合物は,1,2,3,4またはそれを超える相互補完的な1日用量で包装してもよい。…(【0037】) この望ましい脂質組成物の送達は,一部または複数部分の相互補完する送達系により達成してもよい。例えば,この望ましい配合物は,パン,サラダ,主料理および/またはデザートなど,食事の多様な構成部分に多様な成分を加えることにより達成してもよい。(【0040】) 本開示の一態様は,この脂質組成物からのω-6およびω-3の1日送達量の合計およびそれ以外の食餌が1日推奨量に関して最適であるような方式で脂肪酸を送 17 達することである。(【0041】) …体は2〜3週間以上かけた変化には適応するものの,最適範囲外の変化/摂取の長期的な効果は有害である場合がある。さらに,脂肪酸摂取が突然大きく変動すると,急性的な有害作用を有する可能性もある。長鎖ω-3脂肪酸または免疫抑制性の植物性化学物質/栄養素の習慣的で多量の供給が宿主に対して突然行われなくなるか,またはω-6脂肪酸が突然増加すると,全身性の炎症応答(毛細血管漏出,発熱,頻脈,呼吸促迫),多臓器不全(消化器,肺,肝臓,腎臓,心臓)および関節の結合組織損傷を含む重篤な結果を伴うサイトカインストームの応答が生じることがある。…(【0042】) オ 実施例 (ア) 本願明細書の実施例1ないし10には,次のとおり,配合物の調整に関する実施例が記載されている。
a 実施例1(【0043】〜【0045】) 多様な脂質比率の配合物 …この配合物は,およそ10〜100グラムの1日総脂肪の,均衡のとれた脂肪酸組成物を供給できる。… b 実施例2(【0045】〜【0050】) 気候による脂質組成物 c 実施例3(【0050】〜【0053】) 年齢,性別および食餌に基づく脂質組成物 …下記の表9は,…菜食主義者,または,多量の抗酸化物質および/または多量の植物性化学物質を摂取する非菜食主義者対象用の,総脂肪酸内容物についての用量範囲(単位:グラム),一価不飽和脂肪酸対多価不飽和脂肪酸の比率範囲および一価不飽和脂肪酸対飽和脂肪酸の比率範囲,ω-6脂肪酸含有量の範囲(単位:グラム),ω-9脂肪酸対ω-6脂肪酸の比率範囲,ω-3脂肪酸含有量の範囲(単位:グラム)およびω-6脂肪酸対ω-3脂肪酸の比率範囲を,性別および年齢群 18 により示すものである。… 表10は,…非菜食主義者(すなわち雑食者),または,少量の抗酸化物質および/または少量の植物性化学物質を摂取している菜食主義者対象用の,総脂肪酸内容物についての用量範囲(単位:グラム),一価不飽和脂肪酸対多価不飽和脂肪酸の比率範囲および一価不飽和脂肪酸対飽和脂肪酸の比率範囲,ω-6脂肪酸含有量の範囲(単位:グラム),ω-9脂肪酸対ω-6脂肪酸の比率範囲,ω-3脂肪酸含有量の範囲(単位:グラム)およびω-6脂肪酸対ω-3脂肪酸の比率範囲を,性別および年齢群により示すものである。… 表11は,…多量のシーフード摂取者用の,総脂肪酸内容物についての用量範囲(単位:グラム),一価不飽和脂肪酸対多価不飽和脂肪酸の比率範囲および一価不飽和脂肪酸対飽和脂肪酸の比率範囲,ω-6脂肪酸含有量の範囲(単位:グラム),ω-9脂肪酸対ω-6脂肪酸の比率範囲,ω-3脂肪酸含有量の範囲(単位:グラム)およびω-6脂肪酸対ω-3脂肪酸の比率範囲を,性別および年齢群により示すものである。
d 実施例4(【0053】〜【0060】) 食餌配合物 e 実施例5(【0060】【0061】) ω-3脂肪酸含有量を変えた配合物 表12は,ヒト対象が自身の食餌に最もふさわしい組成物を選ぶことができる…ようにω-3の強度を低,中および高に増やした場合の,年齢および性別により設計された,総脂肪酸内容物についての用量範囲(単位:グラム),一価不飽和脂肪酸対多価不飽和脂肪酸の比率範囲および一価不飽和脂肪酸対飽和脂肪酸の比率範囲,ω-6脂肪酸含有量の範囲(単位:グラム),ω-9脂肪酸対ω-6脂肪酸の比率範囲,ω-6脂肪酸対ω-3脂肪酸の比率範囲,ω-3脂肪酸含有量の範囲(単位:グラム)を示すものである。
f 実施例6(【0061】〜【0063】) 19 医学的状態に基づく配合物 表13は,…医学的適応を有する対象について,総脂肪酸内容物についての用量範囲(単位:グラム),一価不飽和脂肪酸対多価不飽和脂肪酸の比率範囲および一価不飽和脂肪酸対飽和脂肪酸の比率範囲,ω-6脂肪酸含有量の範囲(単位:グラム),ω-9脂肪酸対ω-6脂肪酸の比率範囲,ω-3脂肪酸含有量の範囲(単位:グラム)およびω-6脂肪酸対ω-3脂肪酸の比率範囲を示すものである。
g 実施例7(【0063】〜【0065】) 食餌および医学的状態による脂質組成物 h 実施例8(【0065】〜【0069】) 食餌および医学的状態による2つの構成要素の脂質配合物 一例では,1日2回投与…を意図して,液体脂質および固形脂質の組成物のパラメーターを,食餌または医学的状態毎に構築した。… i 実施例9(【0069】【0070】) 食餌に基づく特別配合物 この実施例では,1つの液体脂質組成物のパラメーターを構築し,自身の食餌が抗酸化物質/植物性化学物質の多いものであり,および/または菜食主義者である個体,および,ナッツおよび種子を好まないか,または忍容できない個体に1日1回,2回,3回またはそれを超えて投与することを意図した1つの配合物を調製した。… j 実施例10(【0071】【0072】) 毎日摂取用配合物 液体脂質および固形脂質の組成物のパラメーターを,1日2回投与…用に構築した。… (イ) 本願明細書の実施例11ないし27には,生理機能に障害を有する者に特定の脂質含有配合物を投与し,その結果を分析するなど個別のケーススタディーが実施例として記載されている。
20 (2) 前記(1)によれば,本願明細書には,本願発明について,少なくとも次の事項が開示されているものと認められる。
ア 背景技術 脂肪酸は,ヒトの生理機能において重要な役割を果たす。ヒトは,ω-3脂肪酸及びω-6脂肪酸を得るために,その前駆体を食餌から補給しなければならないところ,その補給量の欠乏又は過剰は,多くの疾病を引き起こす可能性がある。(【0002】〜【0004】) イ 発明が解決しようとする課題 ω-3脂肪酸を増やし,ω-6脂肪酸を減らすという従来の摂取方法では,健康に悪影響を与える可能性があった。したがって,改善された脂質組成物を使用する改善された方法及び治療が,いまだに必要とされている。(【0008】) ウ 課題を解決するための手段 本願発明は,脂質の不均衡によってもたらされる医学的状態の予防・治療のための組成物及び方法に関するものであって,「他の要素と関わりのある」ものである。
(【0009】) 2 取消事由1(手続違反)について (1) 原告は,拒絶査定不服審判事件において,本件拒絶理由通知を受けたことから,新たに請求項19ないし47を追加する本件補正をしたところ,審判合議体が,本件補正で追加した請求項について,新たに拒絶理由通知をせず,また本件審決において判断しなかったことが,特許法47条に実質的に違反する旨主張する。
しかし,特許法は,一つの特許出願に対し,一つの行政処分としての特許査定又は特許審決がされ,これに基づいて一つの特許が付与され,一つの特許権が発生するという基本構造を前提としており,請求項ごとに個別に特許が付与されるものではない。このような構造に基づき,複数の請求項に係る特許出願であっても,特許出願の分割をしない限り,当該特許出願の全体を一体不可分のものとして特許査定又は拒絶査定をするほかなく,一部の請求項に係る特許出願について特許査定をし, 21 他の請求項に係る特許出願について拒絶査定をするというような可分的な取扱いは予定されていない。このことは,特許法49条,51条の文言のほか,特許出願の分割という制度の存在自体に照らしても明らかである(最高裁平成19年(行ヒ)第318号同20年7月10日第一小法廷判決 民集62巻7号1905頁参照) ・ 。
そうすると,審判合議体は,拒絶査定不服審判において,一の請求項について拒絶理由があると判断すれば,それのみで請求不成立審決をすることができ,その余の補正で追加された請求項について判断しなくても,違法ではないというべきである。
なお,特許出願人は,請求項の数を増加する補正をする際には,手続補正書を提出する際に手数料を納付しなければならない(特許法施行規則11条4項)。そして,拒絶査定不服審判請求後において請求項の数を増加する補正の場合,手続補正書の提出によって,審査の続審である審判手続が,その増加した請求項について潜在的に係属するといえる。そうすると,その際に納付すべき手数料を,出願審査の請求に当たり必要な手数料及び審判の請求に当たり必要な手数料とすることは,不合理なものといえず,また,手数料の納付時期を,手続補正書の提出時点とする同規則の規定は,立法政策の問題というべきである。
本件において,審判合議体は,特許請求の範囲【請求項1】の記載は明確性要件及びサポート要件に適合しないなどとする本件拒絶理由通知(甲11)をし,本件補正により補正された同請求項の記載も,明確性要件及びサポート要件に適合しないとして,本件審決をしたものである。審判合議体が,本件補正で追加した請求項について,新たに拒絶理由通知をせず,また本件審決について判断しなかったことをもって,審判手続に違法があるということはできない。
(2) 原告は,審判合議体が本件拒絶査定における理由の一部についてしか判断していないこと,審判官が専門とする技術分野が本願発明の技術分野とは異なることなどから,本件は実質的に審理されたものということはできず,審理不尽の違法があると主張する。
22 しかし,審判合議体は,特許請求の範囲【請求項1】の記載は明確性要件及びサポート要件に適合しないなどとする本件拒絶理由通知をし,本件補正により補正された同請求項の記載も,明確性要件及びサポート要件に適合しないとして,本件審決をしたものである。審判合議体は,拒絶査定不服審判において,拒絶査定に挙げられた全ての理由について判断することが求められているものではない。また,本件審決をした審判官につき除斥又は忌避事由があったことを窺わせる証拠はない。
その他,審判合議体が本件を実質的に審理しなかったことを認めるに足りる証拠もない。
したがって,本件につき審理不尽の違法がある旨の原告の主張は採用できない。
(3) よって,取消事由1は,理由がない。
3 取消事由2(明確性要件の判断の誤り)について (1) 特許を受けようとする発明が明確であるか否かは,特許請求の範囲の記載だけではなく,願書に添付した明細書の記載及び図面を考慮し,また,当業者の出願当時における技術常識を基礎として,特許請求の範囲の記載が,第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるか否かという観点から判断されるべきである。
そこで,本願発明に係る特許請求の範囲の記載が,第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるか否かについて,検討する。なお,以下,本願発明の発明特定事項について,次のとおり分説し,それぞれ「特定事項A」ないし「特定事項I」ということがある。
A 対象の一つ以上の要素の,前記対象への投与のための脂質含有配合物を選択するための指標としての使用であって, B 前記対象の一つ以上の要素は,以下:前記対象の年齢,前記対象の性別,前記対象の食餌,前記対象の体重,前記対象の身体活動レベル,前記対象の脂質忍容性レベル,前記対象の医学的状態,前記対象の家族の病歴,および前記対象の生活圏の周囲の温度範囲から選択され, C ここで前記配合物が,1又は複数の,相互に補完する一日用量のω-6脂肪 23 酸およびω-3脂肪酸を含む脂肪酸を含み, D ここでω-6脂肪酸対ω-3脂肪酸の比,およびそれらの量が,前記一つ以上の要素に基づいており; E ここでω-6対ω-3の比が,4:1以上,ここでω-6の前記用量が40グラム以下であり; F または前記対象の食餌および/または配合物における抗酸化物質,植物化学物質,およびシーフードの量に基づいて1:1〜50:1; G またはここでω-6の増加が緩やかおよび/またはω-3の中止が緩やかであり,かつω-6の用量が,40グラム以下であり; H またはここで前記脂肪酸の含有量は,下記表6:(表は略)と適合する, I 前記使用。
(2) 「対象の一つ以上の要素の,前記対象への投与のための脂質含有配合物を選択するための指標としての使用」との記載(特定事項A)の明確性 ア 特定事項A及びB 本願発明は,「対象の一つ以上の要素の,前記対象への投与のための脂質含有配合物を選択するための指標としての使用であって,」と特定され(特定事項A),続いて,「前記対象の一つ以上の要素は,以下:前記対象の年齢,前記対象の性別,前記対象の食餌,前記対象の体重,前記対象の身体活動レベル,前記対象の脂質忍容性レベル,前記対象の医学的状態,前記対象の家族の病歴,および前記対象の生活圏の周囲の温度範囲から選択され,」と特定されている(特定事項B)。
そうすると,特定事項A及びBは,本願発明が,少なくとも,下記の方法である旨特定するものと解釈するのが合理的である。
記 脂質含有配合物を対象に投与するに当たり,当該脂質含有配合物を選択するために,当該対象の「要素」,すなわち,年齢,性別,食餌,体重,身体活動レベル,脂質忍容性レベル,医学的状態,家族の病歴及び生活圏の周囲の温度範囲のうち, 24 一つ又は複数を「指標」として使用する方法 イ 特定事項C 本願発明は,「ここで前記配合物が,1又は複数の,相互に補完する一日用量のω-6脂肪酸およびω-3脂肪酸を含む脂肪酸を含み,」と特定されている(特定事項C)。そして,「ここで前記配合物」とは,特定事項A及びBで特定された方法によって選択される対象物である「脂質含有配合物」をいうものである。
そうすると,特定事項Cは,本願発明の方法によって選択される対象物である脂質含有配合物がω-6脂肪酸及びω-3脂肪酸を含む脂肪酸を含むなどと,本願発明の方法によって選択される対象物の構成を特定するものということができる。
ウ 特定事項DないしHによって特定される目的物 特定事項DないしHは,ω-6脂肪酸とω-3脂肪酸の用量の比率を特定したり(特定事項D,E,F),ω-6脂肪酸及び/又はω-3脂肪酸の用量を特定したり(特定事項D,E,G),脂肪酸に含まれるω-9脂肪酸,ω-6脂肪酸及びω-3脂肪酸の重量%を特定したり(特定事項H),ω-6脂肪酸及び/又はω-3脂肪酸の摂取量の経時的変化(特定事項G)を特定したりするものである。
そうすると,特定事項DないしHは,特定事項Cによって特定された本願発明の方法によって選択される対象物の構成,すなわち,対象物である脂質含有配合物がω-6脂肪酸及びω-3脂肪酸を含む脂肪酸を含むという構成について,ω-6脂肪酸,ω-3脂肪酸又は脂肪酸に含まれるω-9脂肪酸等の比率,用量,重量%又は摂取量の経時的変化に着目することにより,更に特定するものということができる。
エ 特定事項DないしHの関係 (ア) 特定事項DないしHは,それぞれ「;」で区切られているから,それぞれの発明特定事項ごとに,個別の技術的意義を有すると解すべきものである。
(イ) そして,特定事項Dは「ここで」で始まり,特定事項Eは「ここで」で始まり,特定事項FないしHは「または」で接続されているから,特定事項Dないし 25 Hは,特定事項Dと特定事項EないしHに更に区別され,特定事項EないしHは選択関係にあるものである。
(ウ) さらに,特定事項Dと特定事項EないしHとの関係について検討する。
これらの特定事項は,特定事項Cによって特定された本願発明の方法によって選択される対象物の構成について,ω-6脂肪酸,ω-3脂肪酸又は脂肪酸に含まれるω-9脂肪酸等の比率,用量,重量%又は摂取量の経時的変化に着目することにより,更に特定するものである。
そして,特定事項Dは,特定事項Cによって特定された本願発明の方法によって選択される対象物の構成について,脂質含有配合物が投与される対象の「要素」,すなわち,年齢,性別,食餌,体重,身体活動レベル,脂質忍容性レベル,医学的状態,家族の病歴及び生活圏の周囲の温度範囲のうち,一つ又は複数に基づいて特定しようとするものである。
一方,特定事項EないしHは,特定事項Cによって特定された本願発明の方法によって選択される対象物の構成について,客観的な比率,用量,重量%又は摂取量の経時的変化に基づいて特定しようとするものである。
このように,特定事項Dと特定事項EないしHは,いずれも特定事項Cによって特定された本願発明の方法によって選択される対象物の構成について,更に特定するものであるところ,その特定の仕方が異なり,特定事項Dと特定事項EないしHによる特定の間で矛盾が生じるものではないから,重畳して適用されるものというべきである。
オ 特定事項I 特定事項A及びBは,本願発明が,脂質含有配合物を対象に投与するに当たり,当該脂質含有配合物を選択するために,当該対象の「要素」のうち,一つ又は複数を「指標」として使用する方法である旨特定するものであるところ,特定事項Cは,本願発明の方法によって選択される対象物である脂質含有組成物の構成を特定し,特定事項D及び特定事項EないしHは,重畳的に,これに更に特定を加えるもので 26 ある。
そうすると,特定事項Iは,脂質含有配合物を対象に投与するに当たり,脂質含有配合物を選択するために,当該対象の「要素」のうち一つ又は複数を「指標」として使用する方法について,これが,特定事項CないしHによって特定された構成を有する脂質含有配合物を対象に投与するに当たり,当該脂質含有配合物を選択するための方法である旨更に特定するものということができる。
カ 特定事項Aの明確性 以上によれば,特定事項Aは,「脂質含有配合物を対象に投与するに当たり,当該脂質含有配合物を選択するために,当該対象の「要素」のうち,一つ又は複数を「指標」として使用する方法」と解釈するのが合理的であって,特定事項Aを,このように解釈することは,その余の特定事項の解釈とも整合するものということができる。
キ 被告の主張について (ア) 被告は,本願発明は「年齢」や「性別」のような属性を,ありふれた油脂を選択するための指標として使用する方法をいうところ,「指標として」という記載は抽象的であり,いかなる行為までが「指標」として使用する行為に含まれ得るのか明確ではないから,本願発明の外延は明確ではない,要素を何らかの形で脂質含有配合物を選択するための指標として用いたか否かについては,明確に判別することはできない旨主張する。
しかし,脂質含有配合物を対象に投与するに当たり,年齢,性別等の対象の要素をメルクマールにして,その脂質含有配合物の構成を決定すれば,要素を「指標として」使用したといえる。また,これにより決定される脂質含有配合物の構成がありふれたものであったとしても,ありふれていることを理由に発明の外延が不明確であると評価されるものではない。そうすると,「指標として」という記載が,第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるということはできない。
また,対象方法が本願発明の特許発明技術的範囲に属するか否かは,本願発明 27 の技術的範囲を画定し,対象方法を認定した上で,これらを比較検討して判断するものである。そして,脂質含有配合物を選択するための指標として本願発明の要素をメルクマールとして用いたか否かは,対象方法の認定に係る問題であって,本願発明の技術的範囲の画定の問題,すなわち,明確性要件とは無関係である。
したがって,被告の上記主張は採用できない。
(イ) 被告は,特定事項EないしIは,特定事項Dにおける「ω-6脂肪酸対ω-3脂肪酸の比」及び「それらの量」が「一つ以上の要素」に,どのように基づいているのかを特定しようとする記載と解すべきである旨主張する。
しかし,特定事項Dと特定事項EないしHは,いずれも特定事項Cによって特定された本願発明の方法によって選択される対象物の構成について,更に,それぞれ異なる観点から特定するものである。特定事項E及びGには「一つ以上の要素」に関する記載が全くないのであるから,これらと選択関係にある特定事項EないしHとの関係から,特定事項Dの技術的意義を解すべきとはいえない。
したがって,被告の上記主張は採用できない。
(ウ) 被告は,本願明細書は「要素」の使用方法を明らかにするものではなく,それが技術常識でもない旨主張する。
被告の上記主張は,本願発明は,対象に投与する脂質含有配合物を選択するために,どのように「要素」を使用するかについて特定した方法であるという解釈を前提とするものである。
しかし,特定事項F及びHに係る特許請求の範囲の記載においては,「要素」である食餌及び生活圏周囲の温度範囲を,どのように使用するかについて特定されているものの,これらの特定事項と選択関係にある特定事項E及びGには,「要素」の使用方法に関する記載はない。特定事項F及びHは,本願発明の方法によって選択される対象物である脂質含有組成物の構成を特定するものにすぎないと解すべきである。そして,その余の本願発明に係る特許請求の範囲の記載には,「要素」の使用方法に関する記載はない。
28 したがって,被告の上記主張は,特許請求の範囲の記載を離れた本願発明の解釈を前提とするものであるから,採用できない。なお,本願発明の課題を解決するためには,脂質含有配合物の選択に当たり,特定の「要素」をどのように使用するかについてまで特定しなければならないにもかかわらず,特許請求の範囲に記載された発明が,脂質含有配合物の選択に当たり,特定の「要素」を使用する方法について特定するにとどまるというのであれば,それは,サポート要件の問題であって,明確性要件の問題ではない。明確性要件は,出願人が当該出願によって得ようとする特許の技術的範囲が明確か否かについて判断するものであって,それが,発明の課題を解決するための構成又は方法として十分か否かについて判断するものではない。
ク 小括 以上によれば,特定事項Aは,脂質含有配合物を対象に投与するに当たり,当該脂質含有配合物を選択するために,当該対象の「要素」のうち,一つ又は複数を「指標」として使用する方法である旨特定するものである。特定事項Aに係る特許請求の範囲の記載が,第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるということはできない。
(3) 「ここで前記配合物が,1又は複数の,相互に補完する一日用量のω-6脂肪酸およびω-3脂肪酸を含む脂肪酸を含み」との記載(特定事項C)の明確性 ア 特定事項Cの意義 特定事項Cは,前記配合物,すなわち対象に投与される脂質含有配合物が,1又は複数の,「相互に補完」する「一日用量」のω-6脂肪酸及びω-3脂肪酸を含む脂肪酸を含むと特定する。
特定事項Cは,対象に投与される脂質含有配合物が脂肪酸を含むことを特定するとともに,当該脂肪酸の構成を特定するものである。
イ 「相互に補完」について (ア) 特定事項Cで特定される脂肪酸の構成は「相互に補完」されるものである 29 ところ,特定事項Cに係る特許請求の範囲の記載だけからでは,@脂質含有配合物に含まれる1又は複数の下位概念の脂肪酸が「相互に補完」して一日用量の上位概念の脂肪酸となるのか,それともA脂質含有配合物の1又は複数の部分に含まれる脂肪酸同士が「相互に補完」して脂質含有配合物全体に含まれる一日用量の脂肪酸となるのか,について,一義的に明らかではない。
(イ) そこで,本願明細書の記載を考慮する。
a 本願明細書には,「この脂質配合物は,1,2,3,4またはそれを超える相互補完的な1日用量で包装してもよい。」(【0037】),「この望ましい脂質組成物の送達は,一部または複数部分の相互補完する送達系により達成してもよい。」(【0040】),「一例では,1日2回投与…を意図して,液体脂質および固形脂質の組成物のパラメーターを,食餌または医学的状態毎に構築した。 ( 」 【0065】),「1日1回,2回,3回またはそれを超えて投与することを意図した1つの配合物を調製した。」(【0069】),「液体脂質および固形脂質の組成物のパラメーターを,1日2回投与…用に構築した。」(【0071】),「1回または複数回の毎日の投与…についても,いくつかのパラメーターが構築された。」(【0072】)と記載されている。
そうすると,本願明細書は,上記Aを前提に,脂質含有配合物が,分割して投与され得ること,各投与部分に含まれるパラメーターが,一日用量の範囲内で調整されることを開示するものということができる。
b 一方,本願明細書には,下位概念の脂肪酸が相互に補完関係にあることを示す記載はなく,上記@を前提とした開示はない。
(ウ) このように,特定事項Cに係る特許請求の範囲の記載に加え,本願明細書の記載を考慮すれば,特定事項Cは,A脂質含有配合物の1又は複数の部分に含まれる脂肪酸同士が「相互に補完」して脂質含有配合物全体に含まれる一日用量の脂肪酸になる旨特定するものということができる。
ウ 「一日用量」について 30 (ア) 特定事項Cで特定される脂質含有配合物に含まれる脂肪酸の構成は「一日用量」の脂肪酸を含むものであるところ,特定事項Cに係る特許請求の範囲の記載だけからでは,@脂質含有配合物が,「一日用量」に相当する「ω-6脂肪酸およびω-3脂肪酸」を含み,更にその余の脂肪酸を含んでもよいのか,それともA脂質含有配合物が,「一日用量」に相当する「脂肪酸」を含み,かつ,当該「脂肪酸」が「ω-6脂肪酸およびω-3脂肪酸」を含むのか,について,一義的に明らかではない。
(イ) そこで,本願明細書の記載を考慮する。
a 本願明細書において,対象に投与される脂質含有配合物に含まれる脂肪酸の量について具体的に明示する記載は,実施例1,3,5及び6のみである。
そして,実施例1には,「この配合物は,およそ10〜100グラムの1日総脂肪の,均衡のとれた脂肪酸組成物を供給できる。」と記載され,脂質含有配合物に含まれる「脂肪酸」の「一日用量」について記載されている。一方,「ω-6脂肪酸」及び「ω-3脂肪酸」の「一日用量」に関する記載はない。
また,実施例3,5及び6には,【表9】ないし【表13】が記載され,各表について,「総脂肪酸内容物についての用量範囲(単位:グラム),一価不飽和脂肪酸対多価不飽和脂肪酸の比率範囲および一価不飽和脂肪酸対飽和脂肪酸の比率範囲,ω-6脂肪酸含有量の範囲(単位:グラム),ω-9脂肪酸対ω-6脂肪酸の比率範囲,ω-3脂肪酸含有量の範囲(単位:グラム)およびω-6脂肪酸対ω-3脂肪酸の比率範囲を,性別および年齢群により示すものである。 と説明されている。
実施例3,5及び6の各表は,脂質含有配合物に含まれる「脂肪酸」の「一日用量」を示した上で,当該「脂肪酸」の内訳として,一価不飽和脂肪酸,多価不飽和脂肪酸,飽和脂肪酸,ω-6脂肪酸,ω-9脂肪酸及びω-3脂肪酸の量を示すものである。
b 一方,本願明細書には,発明を実施するための形態として「脂質配合物」について開示されている(【0022】〜【0036】)。その中で,「ω-6脂肪 31 酸およびω-3脂肪酸両方の最適な1日送達量」と記載されているが,同記載は「一態様」として開示されているものであって(【0022】),「ω-6脂肪酸」及び「ω-3脂肪酸」以外の「脂肪酸」の均衡について言及する「実施形態」も開示されている(【0030】)。
また,実施例3,5及び6の各表は,脂質含有配合物に含まれる「ω-6脂肪酸」及び「ω-3脂肪酸」の用量を示すものであるが,その余の脂肪酸の用量についても示されている。
そうすると,ω-6脂肪酸及びω-3脂肪酸の用量を開示するこれらの本願明細書の記載は,その余の脂肪酸の用量を適宜定めてよいとするものではないから,上記@を前提とするものではないというべきである。
c したがって,本願明細書は,脂質含有配合物に含まれる脂肪酸の量について,まず「脂肪酸」の「一日用量」に着目した上で説明するものであって,上記Aを前提とするものということができる。
(ウ) このように,特許請求の範囲の記載に加え,本願明細書の記載を考慮すれば,特定事項Cは,A脂質含有配合物が,「一日用量」に相当する「脂肪酸」を含み,かつ,当該「脂肪酸」が「ω-6脂肪酸およびω-3脂肪酸」を含む旨特定するものということができる。
エ 被告の主張について (ア) 被告は,「相互に補完」するについて,ω-6脂肪酸及びω-3脂肪酸が「相互に補完」する,又は,種々の脂肪酸が「相互に補完」すると解釈することもできると主張する。
しかし,本願明細書には,脂質含有配合物に含まれるω-6脂肪酸及びω-3脂肪酸が相互に補完関係にあることや,種々の脂肪酸が相互に補完関係にあることを示す記載はない。また,本願発明の発明特定事項には,ω-6脂肪酸とω-3脂肪酸の量や比,ω-9脂肪酸の量を特定するものがあるが,これらの脂肪酸の補完関係まで特定するものではない。
32 (イ) 被告は,「相互に補完」するについて,食事から摂取する脂肪酸を補完すると解釈することもできる旨主張する。
しかし,特定事項Cは,その特許請求の範囲の記載から,対象に投与される脂質含有配合物に含まれる脂肪酸の構成を特定したものであって,対象に投与される脂質含有配合物に含まれない食事に含まれる脂肪酸との関係性を特定したものではないことは明らかである。本願明細書【0041】は,後者の関係性をいうものであるが,これをもって,特定事項Cに係る特許請求の範囲の記載から明らかに導かれる解釈が否定されるものではない。
(ウ) 被告は,「一日用量」について,「ω-6脂肪酸およびω-3脂肪酸」の「一日用量」と解釈することもできる旨主張する。
しかし,本願明細書には,「脂肪酸」の一日用量を含め,「ω-6脂肪酸およびω-3脂肪酸」以外の脂肪酸の量にも着目する記載があり,特定事項Cが「ω-6脂肪酸およびω-3脂肪酸」のみの一日用量に限定するものということはできない。
(エ) したがって,被告が主張する上記解釈は,いずれも採用できない。
オ 小括 以上によれば,特定事項Cは,対象に投与される脂質含有配合物が脂肪酸を含み,当該脂肪酸は,具体的には,ω-6脂肪酸及びω-3脂肪酸とともに,その余の脂肪酸を含むことができ,これらの脂肪酸全体の量が脂肪酸の一日用量に相当し,これらの脂肪酸は,当該脂質含有配合物の1又は複数の部分に含まれる旨特定するものである。特定事項Cに係る特許請求の範囲の記載が,第三者の利益が不当に害されるほどに不明確であるということはできない。
(4) よって,取消事由2は理由があり,本願発明は明確性要件違反を理由に拒絶すべきものとはいえない。
4 取消事由3(サポート要件の判断の誤り)について (1) 本件審決は,サポート要件について,「ω-6の増加が緩やかおよび/またはω-3の中止が緩やかであり,かつω-6の用量が,40グラム以下であり」と 33 の技術的事項が,本願明細書の発明の詳細な説明には記載されていないから,本願発明の特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合しないと判断した。
そして,本件審決は,本願発明が,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できる範囲のものであるか否か,また,発明の詳細な説明に記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かについて,何ら検討判断していない。
(2) しかしながら,特許請求の範囲の記載がサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できる範囲のものであるか否か,また,発明の詳細な説明に記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである。
そうすると,本願発明が,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できる範囲のものであるか否か,また,発明の詳細な説明に記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かについて,何ら検討することなく,選択関係にある特定事項EないしHのうち特定事項G「ω-6の増加が緩やかおよび/またはω-3の中止が緩やかであり,かつω-6の用量が,40グラム以下であり」との技術的事項が,本願明細書の発明の詳細な説明には記載されていないことの一事をもって,サポート要件に適合しないとした本件審決は,誤りである。
(3) 加えて,以下のとおり,「ω-6の増加が緩やかおよび/またはω-3の中止が緩やかであり,かつω-6の用量が,40グラム以下であり」との特定事項Gの技術的事項は,本願明細書の発明の詳細な説明に記載されている。
すなわち,まず,本願明細書【0042】には,「長鎖ω-3脂肪酸または免疫抑制性の植物性化学物質/栄養素の習慣的で多量の供給が宿主に対して突然行われ 34 なくなるか,またはω-6脂肪酸が突然増加すると,全身性の炎症応答(毛細血管漏出,発熱,頻脈,呼吸促迫),多臓器不全(消化器,肺,肝臓,腎臓,心臓)および関節の結合組織損傷を含む重篤な結果を伴うサイトカインストームの応答が生じることがある。」と記載され,「ω-6の増加が緩やかおよび/またはω-3の中止が緩やかであ」る投与方法を採らない場合だけでも,様々な疾患が生じ得ることが記載されている。このように,「ω-6の増加が緩やかおよび/またはω-3の中止が緩やかであ」る投与方法に関する技術的事項は,本願明細書【0042】に記載されている。
また,本願明細書には,菜食主義者又は特定の非菜食主義者であって19〜30歳及び31〜50歳の男性に投与する脂質組成物のω-6脂肪酸の用量を40g以下とすること(実施例3【表9】),多量のシーフード摂取者であって上記と同年齢の男性に投与する脂質組成物のω-6脂肪酸の用量を40g以下とすること(実施例3【表11】),及び,医学的適応として肥満を有する者に投与する脂質組成物のω-6脂肪酸の用量を40g以下とすること(実施例6【表13】)が,それぞれ記載されている。このように,「ω-6の用量が,40グラム以下であ」る投与方法に関する技術的事項は,本願明細書の実施例3【表9】【表11】及び実施例6【表13】のそれぞれ一部の対象に対するものとして記載されている。
さらに,上記のとおり,本願明細書【0042】には,「ω-6の増加が緩やかおよび/またはω-3の中止が緩やかであ」る投与方法を採らない場合だけでも,様々な疾患が生じ得ることが記載されており,これは,「ω-6の増加が緩やかおよび/またはω-3の中止が緩やかであ」る投与方法が,特定の対象に限らず,一般的に好ましい旨開示するものというべきである。そうすると, このような投与方法と,実施例3【表9】【表11】及び実施例6【表13】のそれぞれ一部に記載された「ω-6の用量が,40グラム以下であ」るという投与方法を組み合わせた投与方法,すなわち,例えば,菜食主義者又は特定の非菜食主義者であって19〜30歳及び31〜50歳の男性に,40g以下の用量のω-6脂肪酸を投与し,そ 35 の際,ω-6脂肪酸を緩やかに増加させ及び/又はω-3脂肪酸を穏やかに中止するという,脂質含有組成物の投与方法に関する技術的事項は,本願明細書に記載されているということができる。
(4) したがって,本件審決は,サポート要件を形式的に判断した部分について誤りがあるだけではなく,そもそも同要件を実質的に検討判断しておらず,その判断枠組み自体に問題がある。よって,取消事由3は,その趣旨をいうものとして理由がある。
5 結論 以上のとおり,原告主張の取消事由2及び3は理由があるから,原告の請求を認容することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 高部眞規子
裁判官 杉浦正樹
裁判官 片瀬亮
  • この表をプリントする