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関連審決 無効2017-800120
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事件 平成 30年 (行ケ) 10098号 審決取消請求事件

原告 テバ・ホールディングス合同会社
同代表者代表社員 テバ・ファーマスーティカル・ インダストリーズ・リミテッド
同訴訟代理人弁護士 長沢幸男 笹本摂 向多美子
同 弁理士 今村正純 藍原誠 室伏良信
被告 大日本住友製薬株式会社
同訴訟代理人弁護士 片山英二 北原潤一 黒田薫
同 弁理士 小林浩 西澤恵美子
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2019/03/25
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
1事実及び理由第1 請求特許庁が無効2017−800120号事件について平成30年6月13日にした審決を取り消す。
第2 事案の概要1 特許庁における手続の経緯等(1) 被告は,平成10年12月21日,発明の名称を「神経変性疾患治療薬」とする特許出願(優先権主張:平成9年12月26日,日本)をし,平成14年10月25日,設定の登録を受けた(特許第3364481号。請求項の数6。甲56。
以下,この特許を「本件特許」という。)。
(2) 原告は,平成29年8月30日,本件特許について特許無効審判請求をし,無効2017−800120号事件として係属した(甲57)。
(3) 特許庁は,平成30年6月13日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との別紙審決書(写し)記載の審決(以下「本件審決」という。)をし,同月22日,その謄本が原告に送達された。
(4) 原告は,平成30年7月20日,本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起した。
2 特許請求の範囲の記載本件特許の特許請求の範囲請求項1ないし6の記載は,次のとおりである(甲56)。以下,各請求項に係る発明を「本件発明1」などといい,併せて「本件各発明」という。また,その明細書(甲56)を,図面を含めて「本件明細書」という。
【請求項1】ゾニサミドまたはそのアルカリ金属塩を有効成分とする神経変性疾患治療薬。
【請求項2】有効成分がゾニサミドである請求項1に記載の治療薬。
【請求項3】神経変性疾患がパーキンソン病である請求項1または2に記載の治療薬。
2【請求項4】神経変性疾患治療薬の製造のためのゾニサミドまたはそのアルカリ金属塩の使用。
【請求項5】神経変性疾患治療薬の製造のためのゾニサミドの使用。
【請求項6】神経変性疾患がパーキンソン病である請求項4または5に記載の使用。
3 本件審決の理由の要旨(1) 本件審決の理由は,別紙審決書(写し)のとおりである。要するに,本件各発明は,下記アの引用例に記載された発明(以下「引用発明」という。)並びに下記イの甲3文献に記載された事項及び技術常識に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものではない,というものである。
ア 引用例:M・Okadaほか「ドパミン作動系に対するゾニサミドの影響」Epilepsy Research22巻193〜205頁(平成7年発行。甲1)イ 甲3文献:岡田元宏「抗てんかん薬carbamazepineおよびzonisamideのラット脳内monoamine系機能に与える効果」日本神経精神薬理学雑誌14巻337〜354頁(平成6年発行。甲3)(2) 本件発明1と引用発明との対比本件審決は,引用発明及び本件発明1と引用発明との一致点及び相違点を以下のとおり認定した。なお,「\」は,原文の改行部分を示す。
ア 引用発明ゾニサミドを有効成分とする抗てんかん薬であって,\ゾニサミドの投与量が20mg/kg,50mg/kgであり,雄のwistarラットの線条体のドパミンの細胞外濃度が上昇する作用を示す,\抗てんかん薬。
イ 本件発明1と引用発明との一致点及び相違点(ア) 一致点ゾニサミドまたはそのアルカリ金属塩を有効成分とする医薬。
3(イ) 相違点医薬について,本件発明1では「神経変性疾患」を治療対象とするのに対して,引用発明では「てんかん」を治療対象としている点。
4 取消事由(1) 本件発明1の進歩性判断の誤り(取消事由1)(2) 本件発明2ないし6の進歩性判断の誤り(取消事由2)第3 当事者の主張1 取消事由1(本件発明1の進歩性判断の誤り)〔原告の主張〕(1) 本件発明1と引用発明との対比ア 本件明細書ではドパミン濃度が線条体内のドパミン全体量を測定する方法で測定されているから,本件発明1では,ドパミンの線条体内濃度が重要である。
一方,引用例(図1)に,ドパミンの細胞外濃度の上昇作用を示す抗てんかん薬の開示があることは否定されないが,本件発明1との対比との関係では,引用例(図3,図5)から,引用発明は,ドパミンの線条体内濃度の上昇作用を示す抗てんかん薬と認定すべきである。
イ 本件発明1は,ゾニサミドを有効成分とするパーキンソン病を含む神経変性疾患治療薬である。一方,引用例には,ゾニサミドを有効成分とするてんかん治療薬である引用発明が記載されている。したがって,本件発明1と引用発明とは,「ゾニサミドを有効成分とする脳神経関連疾患の治療薬である点」で一致し,「対象疾患を,「パーキンソン病を含む神経変性疾患」とするか,「てんかん」とするかという点」で相違する。本件審決における本件発明1と引用発明との対比に誤りはない。
(2) 動機付けア 技術常識の斟酌当業者は,技術常識A(パーキンソン病の病因は線条体ドパミンの枯渇であるこ4と),技術常識B(パーキンソン病治療薬として線条体ドパミン量を上昇させる薬物が用いられること)及び技術常識C(ドパミンを分解するMAO−Bを阻害する薬剤も,パーキンソン病の症状を改善すること)を背景に,本件発明1の課題(技術常識F:有効なパーキンソン病の治療薬の提供)に沿って創薬研究を行う。
そして,引用例は,ゾニサミドの線条体ドパミン増加作用及びMAO−B阻害作用(技術常識E)をともに教示する。
したがって,当業者は,ゾニサミドをパーキンソン病の治療薬として使用してみることに強く動機付けられる。
また,当時,MPTPモデル動物(パーキンソン病のモデル動物)が容易に入手可能であったことから(技術常識D),パーキンソン病に対するゾニサミドの有効性の確認を行うことは,当業者にとって何らの困難性はない。
よって,当業者であれば,引用発明に基づいて,本件発明1の用途に係る構成(パーキンソン病を含む神経変性疾患)を容易に採用し,本件発明1の構成に容易に想到できる。
なお,技術常識Bは,具体的には,パーキンソン病治療薬として線条体ドパミン量を上昇させる薬物が用いられていること,及び,線条体におけるドパミン濃度が減少しているパーキンソン病患者に対して,線条体ドパミン量を増加させることにより,その症状を改善して治療することができることである。ドパミン増量の程度を限定しない技術常識Bが確立していたものである。
加えて,技術常識Cは,具体的には,ドパミンの分解に関与するMAO−Bを阻害する薬剤が,線条体から放出されたドパミンの分解を抑制してドパミン作用を持続させることによりパーキンソン病の症状を改善することができ,臨床的に使用されていることである。MAO−B阻害の程度を限定しない技術常識Cが確立していたものである。
イ ドパミン増加作用パーキンソン病治療のメカニズムは,優先日当時,線条体のドパミン神経で欠乏5したドパミンの増加,ドパミンの放出促進,ドパミンの分解抑制,ドパミンの作用の増強など,すでに知られていた。ゾニサミドの線条体内におけるドパミンを増加させるメカニズムの解明の有無にかかわらず,ドパミンを増加すれば,パーキンソン病治療が可能であり,かつ,ゾニサミドがドパミン増加作用を有することが知られている以上,ゾニサミドをパーキンソン病に適用することは容易に想到し得る。
技術常識Bは,ドパミンを補う作用を奏すれば,パーキンソン病治療薬として成功する合理的期待をいだくというものである。
一方,ドパミン増加作用を有する化合物(カルバマゼピン)が双極性障害の抗躁効果に臨床応用されており,ゾニサミドを双極性障害の治療薬として提供することが仮に動機付けられたとしても,ゾニサミドをパーキンソン病治療薬に提供することの動機付けを否定することにならない。
また,パーキンソン病の分野において,健常動物での試験結果が,患者や適切な疾患モデル動物での試験結果と異なるとしても,健常動物に対して薬物を投与して何らかの薬理作用が確認されたのであれば,その薬理作用から治療可能な疾患への治療剤としての評価を行おうとの動機付けが生じる。そして,パーキンソン病の分野においては,確立した信頼できるMPTPモデル動物を使って,パーキンソン病治療効果を評価可能であったものである。
さらに,線条体内の細胞外ドパミン量は,細胞内ドパミン量に比べてほぼ無視できる程度に小さいから,引用発明の「ドパミンの線条体内濃度」は,線条体内の細胞内ドパミン濃度とほぼ同義である。そして,既存のパーキンソン病治療薬であるレボドパが,ドパミン神経細胞内でのドパミン量を増加することによって,パーキンソン病を治療することは技術常識であるから,当業者は,ゾニサミドを,レボドパと同様にパーキンソン病治療に適用することを動機付けられる。被告は,甲39・40記載の実験結果から,既存のパーキンソン病治療薬であるレボドパ,トルカポンに比較して,ゾニサミドのドパミン増加作用は極めて低い旨主張する。しかし,甲39は多量のレボドパを投与しているものであるし,甲40は,トルカポン106〜30mg/kgの投与では線条体ドパミン濃度増加に有意差が認められないなどと説明しているから,被告の主張は根拠を欠く。さらに,レボドパによるドパミン増量を示す甲39は,脳全体のドパミン量,すなわち,線条体ドパミン量とその他の部位のドパミン量の増加を示すものである。また,甲1の図1は,ゾニサミドによる線条体の細胞外のドパミン増量を示すものにすぎない。これらをもって,ゾニサミドとレボドパによる線条体のドパミン増量を比較することはできない。なお,ゾニサミドによる線条体の細胞内のドパミン増量(線条体ドパミン量の増量)を示す甲1・図3によれば,その程度は50%になる。
加えて,被告は,当業者はゾニサミドの多様な薬理効果の中からドパミン増加作用のみに着目し,ゾニサミドをパーキンソン病の治療に試そうとは思い至らないと主張する。しかし,ゾニサミドにドパミン増加作用以外に多様な作用があったとしても,パーキンソン病に適用することの動機付けは否定されない。そもそも,引用例に記載されていないゾニサミドの多様な薬理作用に着目して,ドパミン増加作用を選び出すことが困難であるという進歩性の判断手法は誤りである。
ウ MAO−B阻害作用引用例1は,ゾニサミドのMAO−B阻害作用を開示するところ,優先日当時,実用化されていたMAO−B阻害薬は,パーキンソン病治療薬であるセレギリン(デプレニル)のみであった。また,MAO−Bを阻害する薬剤は,パーキンソン病を治療できることが技術常識であった(技術常識C)。さらに,甲7には,MAO−B阻害作用があるラモトリジン(LTG)は,(てんかん治療だけではなく)パーキンソン病の治療にも,その臨床的な有効性を拡大して適用し得るとの趣旨の記載があり,同記載は,有効成分にMAO−B阻害作用があれば,(てんかん治療だけではなく)パーキンソン病治療にも拡大して使用し得るという優先日当時の当業者の思考の方向性を示す。
なお,被告は,ゾニサミドのMAO−B阻害作用は,セレギリンに比較して極めて小さいから,パーキンソン病の症状改善効果を示すなどと思い至ることはないと7主張する。しかし,ゾニサミドの主たる薬効はドパミン濃度の増加であって,MAO−B阻害作用は副次的なものであるから,セレギリンと比較するのは失当である。
そして,引用例にも,ゾニサミドのMAO−B阻害作用が無視できるものとまでは述べられていない。
また,被告は,ゾニサミドについて,MAO−B選択性が低い(MAO−BだけでなくMAO−Aも阻害する)から,チーズ効果という副作用が発生するおそれがあり,パーキンソン病治療に使うことを躊躇したと主張する。しかし,ゾニサミドのMAO−B選択性が低いということはできず,ゾニサミドよりもはるかに強いMAO−A阻害作用を有するセレギリンがパーキンソン病治療薬として使用されている。実際に,てんかん薬としてのゾニサミドの添付文書には,チーズ効果のような副作用は記載されていない。そもそも,MAO−B選択性は副作用の議論であって,MAO−B阻害作用を有する薬物がパーキンソン病治療薬になるか否かとは無関係である。
エ 当業者及び治療効果の合理的期待本件発明1の当業者は,脳神経関連疾患(てんかん,パーキンソン病を包含する)を技術分野とするとともに,脳神経関連疾患治療薬の創製技術の分野に属し,創薬研究に従事する者であり,発明の解決課題に関連した技術分野の基準時の技術水準にあるもの全てを自らの知識とできる者である。
そして,当業者は,前記アのとおり,ゾニサミドの投与によって,ドパミンの線条体内濃度を上昇させて,パーキンソン病の治療効果を達成し得ることを,合理的に期待可能である。そして,成功の合理的期待をもって治療できるのであれば,容易想到性が肯定され得るのであって,本件審決のように,「必ず」対象疾患を治療することができる旨の技術常識までは不要である。引用文献において医薬用途適用の潜在性・可能性の確認・想起がされれば,進歩性は否定される。
また,甲13には,当業者に及ばない村田博士ですら,引用例の記載から,ゾニサミドをパーキンソン病治療薬に提供することを動機付けられた旨の記載がある。
8オ このように,当業者は,ゾニサミドをパーキンソン病に適用しようと動機付けられるから,相違点に係る本件発明1の構成は容易に想到することができる。
(3) 阻害要因ア 本件審決は,引用例には,ゾニサミドを有効成分とする引用発明の医薬がパーキンソニズムをもたらすことが開示されているから,引用発明の治療対象を,パーキンソン病とすることに阻害要因がある旨判断した。
イ 単独投与引用例は,ゾニサミドによるパーキンソニズムの発生を直接報告するものではない。また,引用例の参照文献に記載された甲25は,「振戦」の2症例を報告し,ゾニサミドがパーキンソニズムをもたらすことを開示するが,この「振戦」は,バルプロ酸とゾニサミドの併用投与による「相乗効果」で引き起こされた可能性を否定できない。
したがって,引用例及び甲25は,ゾニサミドの単独投与でパーキンソニズムが生じたことを開示するものではない。また,ゾニサミドがパーキンソニズム発生に寄与する程度を大きく評価できないから,ゾニサミドをパーキンソン病に適用することに阻害要因はない。
ウ 投与量(ア) 引用例は,ラットに対し,ゾニサミドを20mg/kg,50mg/kgを投与するものであり,甲25は,人に対し,ゾニサミドを200mg/日を投与したところ「振戦」が生じたとするものである。
このように,引用例と甲25は種を異にし,一般的に実験動物のほうがより多くの投与量を必要とすることは当業者に周知である。また,ラットに対するゾニサミド20mg/kg,50mg/kgの投与は有効容量(副作用が発生しない範囲で,主作用を発揮すると評価された用量)の範囲内であり,ラットに対するゾニサミドの300mg/kg未満の投与ではパーキンソニズムが発生していない。引用例では,ラットに対するゾニサミド100mg/kgの高容量投与でもパーキンソニズ9ムが発生したとは報告されていない。
したがって,引用例と甲25の投与量を単純に比較して,引用発明はパーキンソニズムの発生可能性があるということはできない。
(イ) また,ゾニサミドを臨床的にヒトに使用した場合に病気治療の効果が上がるか否かという専ら臨床現場で問題になる事項は,進歩性の判断では参酌されない。
実際の患者における治療効果に多少の疑念があっても,当業者において,ゾニサミドをパーキンソン病に適用することの動機付けは否定されない。
エ 原因パーキンソン病を原因とするパーキンソニズムと,薬物投与を原因とするパーキンソニズムとは峻別される。そして,薬物性パーキンソニズムは,薬物投与を中止することで,速やかに回復するが,パーキンソン病を原因とするパーキンソニズムは,薬物投与を中止しても消失せず,その鑑別も容易である。
そして,甲25が報告するのは,2か月で消失し,鑑別も容易な薬物性パーキンソニズムである。パーキンソン病患者において,当該薬物性パーキンソニズムであるか否かは容易に判別可能であること,薬物投与中止により当該薬物性パーキンソニズムは容易に回避可能であることから,甲25で報告された薬物性パーキンソニズムの発現は,ゾニサミドをパーキンソン病治療薬に適用することの阻害要因にはならない。
また,引用例には,ゾニサミド投与により,重篤な副作用が発現することは稀であることが記載され,ゾニサミド投与による「薬物性パーキンソニズム」の発現率は極めて低い。ゾニサミドの臨床使用の有無は,主作用(ゾニサミドによる治療効果・有効性)と副作用の相関で決され,薬物性パーキンソニズムの発生可能性とのただ1点をもって,当業者が,臨床使用を躊躇することはない。実際に,臨床使用されている様々な薬物について,「薬物性パーキンソニズム」の副作用を伴うことが知られている。
オ したがって,ゾニサミドをパーキンソン病に適用することに阻害要因はない。
10なお,引用例1,甲3文献,乙4及び乙5の作成者は,いずれも臨床研究や脳神経関連疾患の診療に携わる者であって当業者ということはできない。創薬に関する技術水準を十分に自らの知識とし,創薬を行うA教授作成に係る意見書(甲67)が,当業者に極めて近い知見を示すものである。
(4) 効果ア 優先日当時の技術常識を前提にすれば,引用例及び甲3文献は,ゾニサミドをパーキンソン病を含む神経変性疾患に適用することを示唆するものである。本件発明1の効果は予測可能である。
イ 本件明細書の実施例には,ゾニサミドがカルバマゼピンとの比較において,MPTPモデル動物の線条体ドパミン濃度の減少抑制について優れている旨記載されているが,このことは甲3文献に開示されている。本件明細書の実施例のデータを解釈するにあたり参照すべき甲3文献のデータは,両者の「脳内」,すなわち,細胞内ドパミン濃度であって,細胞外ドパミン濃度を比較して,ゾニサミドがカルバマゼピンよりも,ドパミン濃度増加効果が劣るということはできない。
そもそも,カルバマゼピンはMAO−B阻害作用を有しないが,ゾニサミドはMAO−B阻害作用を有するから,本件明細書の実施例では,ドパミン枯渇状態の異なる状態の実験動物が使用・比較されていることになる。本件明細書の実施例は,実験系に不備があり,同実施例の実験結果に基づいて,ゾニサミドがカルバマゼピンと比較して顕著な効果を有するとはいえない。MPTPモデルが適切なパーキンソン病モデルであったとしても,異なる薬理作用を有する他の化合物との効果比較の実験系としては適切ではない。
さらに,バルプロ酸はMAO−B阻害作用を有さず,フェニトイン(PHT),ラモトリジン(LTG)等もゾニサミドと同一のMAO−B阻害作用ではないはずであるから,本件明細書の実施例をもって,ゾニサミドと他の各種てんかん薬の薬理作用を比較することはできない。
したがって,ゾニサミドの神経変性抑制の程度について,顕著な効果は認められ11ない。
(5) その余の被告の主張についてア 被告は,原告が主張する技術常識を否定する。しかし,被告は,審判段階において,原告が主張する「技術常識は,それぞれいくつかの条件や限定が加えられるべきものと考える」と述べており,原告が主張する技術常識を否定していなかったのであるから,これを争うことは許されない。
また,技術常識Aにつき,パーキンソン病の病因がいくつかあるとしても,パーキンソン病の主たる病因は線状体ドパミンの枯渇である。さらに,技術常識Dにつき,マウスにおいて,汎用かつ信頼性の高いMPTPモデル動物を構築することができるから,ラットにおいて構築できないとしても,技術常識Dは否定されるものではない。
イ 被告は,下記〔被告の主張〕(3)オのとおり,ゾニサミドに関するその余の知見を新たに主張する。しかし,まず,かかる主張は,本件審決では認定されておらず,審理範囲を逸脱するものである。
また,ゾニサミドがドパミンに対して二相性作用(ドパミン作用とドパミン減少作用)を有していても,当業者は,パーキンソン病患者において薬効範囲の血漿中濃度を達成できる投与量及び用法を適宜選択し,薬効範囲を超える投与量を何ら困難なく回避可能である。ドパミンの二相性作用は,ゾニサミドのパーキンソン病治療への適用を妨げるものではない。
さらに,ゾニサミドにアセチルコリン(ACh)系機能を亢進する作用があったとしても,問題となるアセチルコリン神経は,病因となるドパミンニューロンの線条体からの神経伝達の下流遠方にある。コリン亢進作用が強く発現する患者に対しては,通常使用される抗コリン剤を追加して服用させればよく,下流のターゲットにおいて軽微な作用があるからといって阻害要因にはならない。
加えて,被告は,線条体のドパミン量を増加させる薬物(ハロペリドール,スルピリド,リスペリドン)に,副作用としてパーキンソニズムなどを惹起することが12知られていたと主張する。しかし,上記薬物は,ドパミン受容体に対するドパミンの結合を阻害する作用を有するものであり,ドパミン量が増加するようにみえるだけであって,ドパミン量(生産量,分泌量)を増加させるものではない。また,上記薬物は,発症メカニズムがパーキンソン病とは真逆である統合失調症を治療対象とするものであって,ドパミンがドパミン受容体に結合することを阻害するためにパーキンソニズムが発生する。上記薬物がパーキンソン病治療に使用できないことは容易に理解されるから,そのような化合物があるからといって,ゾニサミドをパーキンソン病治療に用いることの阻害要因にはならない。
(6) 小括よって,本件発明1は,引用発明に基づき容易に発明をすることができたものである。
〔被告の主張〕(1) 本件発明1と引用発明の対比「線条体内」にはドパミンの作用部位が含まれるところ,細胞レベルでドパミンの作用する部位は,線条体内の細胞外に存在するから,本件審決は,技術的に正しく引用発明を認定している。仮に,引用発明が,ドパミンの線条体の細胞外濃度ではなく,ドパミンの線条体内濃度の上昇作用を示す抗てんかん薬であると仮定したとしても,当業者は,ゾニサミドをパーキンソン病の治療薬にすることを動機付けられたとはいえない。なお,本件審決における本件発明1と引用発明との対比は,争わない。
(2) 動機付けア ドパミン増加作用甲4〜6及び8は,パーキンソン病の治療薬の中にドパミンを補う作用を奏するものがあることを示すにとどまり,ドパミンを補う作用を奏する薬物であればパーキンソン病の治療薬になることを示すものではない。甲4〜6及び8は,パーキンソン病の治療薬の作用部位や分類を記載したり,様々なパーキンソン病の成因を記13載したりするものにすぎない。
また,ドパミン増加作用を有する化合物であるカルバマゼピンが,パーキンソン病ではなく,双極性障害の抗躁効果に臨床応用されていた。ドパミン増加作用を有する化合物であれば,パーキンソン病の治療に使用できると当業者が期待するとはいえない。
さらに,パーキンソン病の分野では,病態時のドパミン神経系が変性・消失することから,健常動物での結果が,患者や適切な疾患モデル動物での結果と異なることが知られていた。したがって,薬物が健常動物においてドパミン増加作用を有するとしても,当業者は当該薬物がパーキンソン病の治療に効果的であることを期待するものではなく,その化合物をパーキンソン病の治療に適用しようと動機付けられたとはいえない。そして,引用例は,ゾニサミドの健常動物におけるドパミン増加作用を検討するにとどまる。
加えて,既存のパーキンソン病治療薬であるレボドパはドパミン前駆物質であり,ドパミン量を強力に増加させることが可能である。パーキンソン病治療薬であるトルカポンのドパミン増加作用も高い。一方,ゾニサミドのドパミン増加作用は極めて低い。既存のパーキンソン病治療薬のドパミン増加作用の強さに鑑みれば,当業者は,ゾニサミドがパーキンソン病に対して高い有効性を達成できるとの成功の期待を抱くことはない。
なお,ゾニサミドは多様な生理活性(ドパミン増加作用,抗てんかん作用,アセチルコリン系機能の増強作用,神経保護作用,カルシウムチャネル阻害作用,ナトリウムチャネル阻害作用,神経伝達物質GABAの遊離促進作用,脂質過酸化の抑制など)を有し,ゾニサミドの投与によって双極性躁状態,統合失調感情傷害性躁状態,統合失調性興奮が改善する。当業者はゾニサミドの多様な薬理効果の中からドパミン増加作用のみに着目し,ゾニサミドをパーキンソン病の治療に試そうとは思い至らない。
したがって,ドパミン増加作用を有する化合物であればパーキンソン病治療薬と14して使用できるとの技術常識はなく,当業者は,ゾニサミドのドパミン増加作用に関する引用例の記載に基づいて,引用発明の抗てんかん薬をパーキンソン病の治療薬とすることを動機付けられない。
イ MAO−B阻害作用甲4〜6及び8は,パーキンソン病の治療薬の中にMAO−Bを阻害させることによってドパミンを補う作用を奏するものがあることを示すにとどまり,MAO−B阻害作用を有する化合物であればパーキンソン病治療薬として使用できるとの技術常識はなかった。
また,十分にMAO−Bを阻害する薬物がパーキンソン病の治療薬に用いられているのであり,MAO−Bをわずかでも阻害する薬物であれば臨床的に使用されているとする技術常識はなかった。そして,ゾニサミド(IC50は660μM)は,既存のMAO−B阻害剤(セレギリン。IC50は11nM)の6万分の1程度のMAO−B阻害作用しか示さないことが知られていた。当業者は,ゾニサミドがセレギリンと同様にMAO−Bに対する阻害作用を介したパーキンソン病の症状改善効果を示すなどと思い至ることはない。引用例にも,ゾニサミドの「MAO活性阻害は,DA(注:ドパミン)の細胞外及び細胞内濃度の上昇にあたって,重要な機序ではないことが示された」とされている。
さらに,MAO−B選択性の低い薬物(MAO−BだけでなくMAO−Aも阻害する薬物)は,チーズ効果の副作用のために治療薬として適さないことも知られていた。そして,ゾニサミドについて,MAO−Bへの阻害効果とMAO−Aへの阻害効果の強さの差はせいぜい約3倍にすぎず,MAO−B選択性が低いものである。
なお,甲7は,ラモトリジン(LTG)の神経保護作用や,神経保護作用を示す際の用量に関する所見に基づいて,ラモトリジンの臨床的有用性をパーキンソン病の治療にも広げられる可能性がある旨示唆するものであって,MAO−B阻害作用に関するものではない。
したがって,当業者は,ゾニサミドのMAO−B阻害作用に関する引用例の記載15に基づいて,引用発明の抗てんかん薬をパーキンソン病治療薬とすることを動機付けられない。
ウ その余の技術常識について(ア) 技術常識A線条体ドパミンの枯渇がパーキンソン病の唯一の病因ではない。パーキンソン病の病因が線条体のドパミンの枯渇であるという主張は誤導的である。パーキンソン病の主たる原因は黒質のドパミン神経細胞死であること,それによって線条体だけではなく新皮質や海馬等のドパミン含量が減少すること,さらには黒質のドパミン神経細胞以外にも,青斑核や縫線核などにおいても神経細胞死が認められることも知られていた。
(イ) 技術常識DMPTPモデル動物を,ラットでは構築できないことなどから,技術常識Dは誤りである。
(ウ) 技術常識Eゾニサミドは,健常動物のラット線条体において,既存薬であるレボドパ(約340%,臨床用量相当でも約126%)に比べてごく小さいドパミン増加作用を(14.5%)示すにすぎない。また,ゾニサミドは,既存のMAO−B阻害薬であるセレギリン(デプレニル)に比べて極めて弱い(6万分の1)MAO−B阻害作用を有するにすぎない。ゾニサミドは,既存薬に比較して極めて低い,線条体におけるドパミン増加作用及びMAO−B阻害作用しか有していなかった。
エ 以上によれば,当業者は,ゾニサミドをパーキンソン病に適用しようと動機付けられるものではない。
(3) 反対動機ア 引用例は,ゾニサミドがパーキンソニズムをもたらすことを開示するとともに,関連文献として挙げられた甲25は,ゾニサミドのてんかん用途での有効な臨床用量においてパーキンソニズムが生じた2症例を報告する。
16イ 単独投与甲25で報告された振戦の2症例は,バルプロ酸の血中濃度に変化がないこと等から,バルプロ酸との併用によるものではなく,ゾニサミドに起因するパーキンソニズムであると理解される。ゾニサミドはパーキンソニズムを惹起することが知られていたものである。
ウ 投与量本件で問題となるのは,ヒトでパーキンソニズムが発生したことである。ヒトでパーキンソニズムが発生している以上,ラットでの実験報告はヒトでの症例よりも重きを置かれるものではない。そして,パーキンソニズムが生じた2症例(甲25)におけるゾニサミドの投与量はいずれも200mg/日であり,これはゾニサミドのてんかん用途で承認された投与量である。
エ 原因そもそもゾニサミドにより発生するパーキンソニズムが本態性であるか,薬物性であるかとは無関係に,ゾニサミドのパーキンソン病への有効性が明らかではない優先日当時,治療対象のパーキンソン病の症状を悪化させるようなゾニサミドをパーキンソン病の治療薬とすることは考えられない。原告の主張は,主作用がすでに確立されており,患者にとってのメリットが十分に確認できている薬物を前提としており失当である。
また,臨床現場で「本態性」であるか「薬物性」であるかの判断は必ずしも容易でない上,「薬物性パーキンソニズム」は予後の悪さ等の様々なリスクが知られており,パーキンソン病患者にパーキンソニズムを生じさせるような薬剤を投与することは避けるべきであった。
オ ゾニサミドに関するその余の知見ゾニサミドは用量に応じてドパミン増加作用とドパミン減少作用という,相反する作用を発揮することが知られていた。このことは,用量又は薬剤反応性の個人差によっては投与によるドパミン量の減少を招き,パーキンソン病をかえって悪化さ17せるとの懸念を生じさせる。当業者は,用量により反対の作用を奏するゾニサミドをパーキンソン病の治療薬とすることを躊躇するのが自然である。
また,パーキンソン病の治療にはアセチルコリン(ACh)系機能を阻害する「抗コリン剤」も使用されるところ,ゾニサミドはアセチルコリン系機能を増強(機能亢進)することが知られていた。アセチルコリン系機能を増強する作用を有する薬物をパーキンソン病の治療に使用すると,パーキンソン病の症状を悪化させると予想されるため,当業者はゾニサミドをパーキンソン病治療薬とすることをむしろ避けたといえる。
さらに,ゾニサミド以外のドパミン増加作用を有することが知られている薬物(ハロペリドール,スルピリド,リスペリドン)についても,パーキンソニズムが生じることが知られており,それらの中にはパーキンソン病の患者に対して禁忌となっている薬物も存在した。
加えて,甲41は,ゾニサミドを臨床で使用した場合にパーキンソニズムなどの副作用の発生に十分留意するように注意を促している。
カ したがって,当業者はパーキンソニズムを発生するおそれのあったゾニサミドを,パーキンソン病の治療に用いることを避けたと考えるのが自然である。
(4) 効果引用例及び甲3は,ゾニサミドを,パーキンソン病を含む神経変性疾患に適用することを示唆するものではない。
そして,本件明細書試験例2において,抗けいれん作用を有しかつドパミン増加作用を有する化合物のうち,ゾニサミドは,カルバマゼピンやバルプロ酸ナトリウムと比較して,ドパミン系神経変性に対する高い抑制作用を示している。一方,甲3文献には,ゾニサミドがカルバマゼピンよりも,線条体ドパミン濃度増加効果が劣ることも開示されていたものである。当業者は,本件明細書の記載から,本件発明1の神経変性疾患治療薬(ゾニサミド)が,パーキンソン病治療等について,格別顕著な効果を奏することを理解する。
18なお,MPTPモデルは適切なパーキンソン病モデルであり,代表的なMAO−B阻害剤であるセレギリン(エフピー)の効果がMPTPモデルで評価されていること,ゾニサミドのMAO−B阻害作用は極めて小さく,MPTP動物モデルにおけるMAO−B阻害の程度が低いことからも,本件明細書の実施例の評価系は,適切な評価系である。
(5) 小括以上によれば,ゾニサミドをパーキンソン病の治療に使用する動機付けはなく,また使用できることへの合理的な期待があったとは到底いえない。
よって,本件発明1は,引用発明に基づき容易に発明をすることができたものではない。
2 取消事由2(本件発明2ないし6の進歩性判断の誤り)〔原告の主張〕前記1〔原告の主張〕と同様に,本件発明2ないし6は,引用発明に基づき,当業者が容易に発明をすることができたものである。
〔被告の主張〕前記1〔被告の主張〕と同様に,本件発明2ないし6は,引用発明に基づき,当業者が容易に発明をすることができたものではない。
第4 当裁判所の判断1 本件発明1について本件発明1に係る特許請求の範囲は,前記第2の2【請求項1】のとおりであるところ,本件明細書(甲56)には,本件発明1の特徴について,次のとおり開示されている。
(1) パーキンソン病は,黒質−線状体系のドパミン産生ニューロンの崩壊・脱落による線状体ドパミンの枯渇を起因とした,協調性の運動機能が障害される進行性の疾患である。従来,パーキンソン病の治療においては,ドパミン補充薬,ドパミン受容体作動薬,ドパミン遊離促進薬,抗コリン薬,B型モノアミンオキシダーゼ19(MAO−B)阻害薬等を用いた薬物治療が行われていたが,効力や副作用の面で必ずしも満足できるものではなかった。(背景技術)(2) 本件発明1は,パーキンソン病等の神経変性疾患の新規な薬物を提供することを目的とする。そして,本件発明1は,抗てんかん薬,虚血性脳障害治療薬としての有用性が知られていたゾニサミド及びそのアルカリ金属塩を,神経変性疾患の治療薬の有効成分に用いることを技術的特徴とするものである。(技術分野,背景技術,発明の開示)(3) パーキンソン病動物モデルであるドパミン枯渇マウスにおいて,ゾニサミド及びそのアルカリ金属塩は,抗けいれん作用発現用量で,MPTPにより惹起される線状体中のドパミン(DA)及びその代謝物(DOPAC)の含有量の減少に対して抑制作用を示す。この抑制作用は,カルバマゼピン,ラモトリジン及びフェニトイン等の他の抗てんかん薬よりも強いものである。(試験例2,表1,図2)(4) ゾニサミド及びそのアルカリ金属塩は,神経変性疾患治療薬として,原発性又は続発性パーキンソン病等の哺乳動物(ヒトを含む)の各種神経変性疾患の予防及び治療に有用である。(産業上の利用可能性)2 取消事由1(本件発明1の進歩性判断の誤り)について(1) 引用例の記載引用例(甲1)には,おおむね次の記載がある。
ア 序文ゾニサミド(ZNS)…は,新規の抗てんかん薬であり,部分発作の治療の際に効果を発揮すると共に,全身性強直性間代性発作,全身性強直性発作,複雑/複合発作に対しても,様々な程度に効果を発揮する。有効性と安全性の観点から見て,ゾニサミドは,部分発作患者の場合,カルバマゼピン(CBZ)と同等であることが証明されており,小児の全身性発作患者を対象とした研究では,バルプロ酸ナトリウム(VPA)と同等であることが証明されている。ゾニサミド投与の際に,重篤な副作用が発現したり,強力な抗てんかん作用が発揮されたりすることは稀であ20るため,ゾニサミドは日本では主要な抗てんかん薬のひとつとみなされている。また,ゾニサミドは気分安定作用,および他のドパミン作動性副作用(例:パーキンソニズム[39](判決注:[39]では,甲25が参照文献として挙げられている。 ,)妄想的観念)をもたらすことも示唆されている。
現時点ではゾニサミドの作用機序はほとんど知られていない。…そこで,今回の研究の目的は,ゾニサミドの作用機序を検討することによって,ドパミン作動系に対するゾニサミドの影響を明らかにすることであった。
イ 材料と方法(ア) 実験動物雄Wistarラット176頭(体重:250〜300g,日本クレア株式会社)…(イ) 長期投与ラットを集団飼育…して,自由に摂食・摂水させた。…食餌には,ゾニサミド0,20,50又は100mg/kg体重/日を添加した。ゾニサミド処理食を21日間提供した後,ラットにマイクロ波を照射した。
(ウ) 短期投与20%DMSOを含有している生理食塩水…に,ゾニサミド0,20,50又は100mg/kg体重を溶解して,雄Wistarラットに腹腔内投与した。投与から2時間後にマイクロ波を照射した。
ウ 図1:ドパミン(DA)と3,4−dihydroxyphenylalanine(DOPA。判決注:ドパミンの前駆体)の細胞外濃度に対するゾニサミドの影響…ゾニサミドを治療用量(20mg/kg,50mg/kg)で投与した結果,線条体のDA及びDOPAの細胞外濃度が上昇した。ゾニサミドを治療用量を超える用量(100mg/kg)で投与した結果,線条体のDAおよびDOPAの細胞外濃度は,投与から20〜40分間は上昇したが,投与から100〜120分後に21は低下した。
エ 図3:ゾニサミドの腹腔内投与から2時間後の線条体と海馬におけるドパミン,ドパミンの代謝物(DOPAC,HVA),ドパミンの前駆体の細胞内濃度…治療用量のゾニサミド(20mg/kg,50mg/kg)を投与したところ,線条体と海馬のDA,DOPA,HVAの細胞内濃度は対照よりも高かったのに対し,線条体と海馬のDOPACの細胞内濃度は対照よりも低かった。治療用量を超えるゾニサミド(100mg/kg)を投与したところ,線条体のDA,DOPA,DOPACの細胞内濃度,及び海馬のDAの代謝物(DOPAC,HVA)の細胞内濃度は対照よりも低かったが,線条体のHVAの細胞内濃度,及び海馬のDAとDOPAの細胞内濃度は対照と変わりなしであった。
オ 図5:ゾニサミドの経口投与を3週間行った後の線条体と海馬におけるドパミン,ドパミンの代謝物,ドパミンの前駆体の各細胞内濃度…ゾニサミドを治療用量(20mg/kg/日,50mg/kg/日,po)で投与したところ,DA,DOPA,DOPAC,HVAの各細胞内濃度は,対照の値よりも有意に高かったのに対し,ゾニサミドを治療用量を超える用量(100mg/kg,po)で投与したところ,線条体のDA,DAの代謝物(DOPAC,HVA),DAの前駆体の各細胞内濃度,及び海馬のDA,DOPA,DOPACの各細胞内濃度は,対照の値よりも低かったが,海馬のHVAの細胞内濃度は対照の値と変わりなしであった。
カ 考察…これらの結果から,ゾニサミド20〜50mg/kgを短期投与すると,DA合成が促進されることが示唆される。…ゾニサミドは,MAO−B活性を低下させることによって,DA分解経路を阻害する。短期投与実験の場合,ゾニサミドはDOPACの細胞外濃度と細胞内濃度を低下させるのに対し,5−HIAAの細胞外濃度を上昇させるという,我々の既報の結果および今回の研究結果は,このMAO活性に対するゾニサミドの阻害作用によって説明可能である。
22今回の研究の結果,ゾニサミドを治療用量で短期投与したところ,線条体と海馬のDA,DOPA,HVAのそれぞれの細胞内濃度及び細胞外濃度が上昇したのに対し,DOPACの濃度は低下した。これらの結果は2つの機序(すなわち,DA合成の促進および/またはDA分解の阻害)によってもたらされたと考えられる。
…MAO活性阻害が長期投与実験で観察されなかったことから,MAO活性阻害は,DAの細胞外濃度と細胞内濃度の上昇にあたって,重要な機序ではないことが示された。……ゾニサミドは,ゾニサミドの用量に依存して,DAの機能に対して二相性作用を発揮することが,我々のデータから示された(すなわち,治療用量(20mg/kg,50mg/kg)ではDAの機能が亢進するのに対し,治療用量を超える用量(100mg/kg)ではDAの機能が阻害される)。ゾニサミドの治療用量の抗痙攣作用と気分安定作用,及び治療用量を超える用量の副作用(鎮静,痙攣促進作用(逆説中毒)など)は,DAの機能に対するゾニサミドの二相性作用によって説明できると考えられる。
(2) 本件発明1と引用発明との対比本件発明1と引用発明との一致点及び相違点が前記第2の3(2)イのとおりであることは,当事者間に争いがない。
なお,引用例には,ゾニサミドが抗てんかん薬であることが開示されており(前記(1)ア) 本件発明1と引用発明との一致点及び相違点が上記のとおりであること,によれば,本件発明1と対比すべき引用発明は,「ゾニサミドを有効成分とする抗てんかん薬」と認定するのが相当である。
(3) 引用発明において,相違点に係る本件発明1の構成を採用する動機付けの有無ア 引用例における示唆前記(1)によれば,引用例は,抗てんかん薬であるゾニサミドについて,ドパミン作動系に対する作用機序を解明することを目的として((1)ア),健常動物を用いた23実験を行い((1)イ),線条体におけるドパミン,ドパミン前駆体,ドパミン代謝物の挙動を測定することにより((1)ウ〜オ),ゾニサミドによるドパミン合成促進を検討するとともに,ゾニサミドのMAO活性阻害作用によるドパミン分解阻害を検討し,ゾニサミドの用量と薬理作用,副作用との関係を考察するもの((1)カ),ということができる。
そうすると,引用例は,ゾニサミド20〜50mg/kgを短期投与すると,線条体ドパミン量が増加すること,MAO−B活性の阻害によりドパミン分解が阻害されることを示唆するものではあるが((1)カ),その示唆は,あくまでも,健常動物を用いた実験に基づくものということができる。
イ 甲3文献(ア) 甲3文献に開示された事項甲3文献は,抗てんかん薬であるカルバマゼピン及びゾニサミドの作用機序解明を目的として,両剤のmonoamine(MA)遊離,代謝,再取り込みに対する効果について,雄性Wistar系ラットを用いて検討したものである。(要約)そして,甲3文献には,治療用量(20及び50mg/kg/day)のゾニサミドの投与により線条体ドパミン濃度は有意に増加するが,過剰用量(100mg/kg/day)のゾニサミドの投与により線条体ドパミンが減少したことが実験結果とともに示されている。(図1−a,図6)また,甲3文献には,ゾニサミドが,モノアミン酸化酵素(MAO−A)とモノアミン酸化酵素(MAO−B)の両方の酵素活性を阻害し,MAO−Aに比べるとMAO−Bの阻害は強いものの,MAO活性の阻害は軽度であることが実験結果とともに示されている。(349頁右欄2行〜8行,図9)そして,甲3文献には,実験結果から,ゾニサミドのMAO−Bに対するIC50が660μMであり,このMAO−B阻害作用により,細胞外DOPAC濃度の低下は説明し得るが,これが細胞外DA濃度増加の主要機序とは考え難く,過剰用量の投与によるMAの細胞外濃度減少にも直接的な関与は少ないなどと考察された上24で,治療濃度のゾニサミドによるMA系機能増強作用が抗てんかん作用の一部を説明し得るものと考えられるなどと要約されている。(要約,考察(350頁右欄下から5行〜351頁左欄3行))。
(イ) 甲3文献における示唆前記(ア)によれば,甲3文献は,ゾニサミド20又は50mg/kg/日を投与すると,線条体ドパミン量が増加すること,ゾニサミドのMAO−Bに対するIC50 が660μMであることを示すものであるが,これらの実験結果は,あくまでも,健常動物を用いた実験に基づくものということができる。
技術常識(ア) 健常動物と疾患モデル動物の相違甲29(亀井千晃ほか「新薬開発における動物実験の問題点」岡実動研報第4号14〜17頁(昭和61年))には,薬理実験を行う際の問題点について「薬物は疾患時に用いるのに,動物実験を行う場合には正常動物を用いているというギャップがある。これらの欠点を補う為,最近では数多くの疾患モデル動物が作成され,薬物の評価判定に用いられている。」と記載されている(17頁)。甲30(「医薬品の開発」鹿取信ほか編「標準薬理学第5版」35〜37頁(株式会社医学書院,平成9年発行))には,「医薬品は病気のヒトに用いられるのに,薬効管理,安全性試験は,主に正常な動物が用いられるという点が問題である。最近は…いろいろな方法でヒトの病気に近い状態を起こした疾患モデル動物が用いられている。」と記載されている(37頁)。
そして,甲8(久野貞子「Parkinson病の治療,現状と新しい流れ」神経精神薬理Vol.14,No.12,773〜781頁(星和書店,平成4年発行))には,「Parkinson病患者では大部分(80%以上)の黒質線条体ドーパミン神経は消失しているが…」と記載され(776頁),健常動物とパーキンソン病疾患モデル動物とでは,黒質線条体内のドパミン神経の量に大幅な相違があることが示されている。また,甲31(G.GERHARDTほか「Dopaminergic Neuroto25xicity of 1-Methyl-4- Phenyl-1,2,3,6-Tetrahydropyridine(MPTP) in the Mouse: An in vivo Electrochemical Study」THE JOURNAL OF PHARMACOLOGY AND EXPERIMENTAL THERAPEUTICS Vol.235, No.1,259〜265頁(昭和60年))には,健常マウスとパーキンソン病疾患モデルマウスとの間では,KCl(塩化カリウム)によるドパミン量の増加量に大きな相違があることが示されている(図5)。さらに,甲32(David S. Rothblatほか「Regional Differences in Striatal Dopamine Uptake and Release Associated with Recovery from MPTP-Induced Parkinsonism: An In Vivo Electrochemical Study」Journal of Neurochemistry Vol.72, No.2,724〜733頁(平成11年))には,健常ネコでは,KClによるドパミン増加量は大きかったのに対し,パーキンソン病疾患モデルネコでは,増加がほとんど生じなかったことが示されている(表3)。
加えて,甲7(Stacey A. Jones-Humbleほか「THE NOVEL ANTICONVULSANT LAMOTRIGINE PREVENTS DOPAMINE DEPLETION IN C57 BLACK MICE IN THE MPTP ANIMAL MODEL OF PARKINSON’S DISEASE」Life Sciences Vol.54,No.4,245〜252頁(平成6年))では,パーキンソン病疾患モデル動物を用いた実験結果を基にして,ラモトリジンの臨床的有用性をパーキンソン病の治療にも広げられる可能性があることを示唆するとの結論を得るに至っている(245,251頁)。
一方で,健常動物における線条体ドパミン量の挙動が,パーキンソン病疾患モデル動物における線条体ドパミン量の挙動と相関することを示す証拠は見当たらない。
そうすると,当業者は,本件優先日当時,健常動物で得られた線条体ドパミン量の挙動は,パーキンソン病疾患モデル動物における線条体ドパミン量の挙動を必ずしも示すものではないとの技術常識を有していたというべきである。
(イ) 線条体ドパミン量の増加とパーキンソン病治療薬の関係a パーキンソン病の病因当業者は,本件優先日当時,パーキンソン病の病因の一つが線条体ドパミンの枯渇であるとの技術常識を有していたと認められる(甲4(水柿道直「パーキンソン26病と薬剤」社団法人日本薬剤師会編「病気と薬剤改訂第4版」(株式会社薬事日報社,平成8年発行))の306頁,甲5(「特集・パーキンソン病の治療」医薬ジャーナルVol.31,No.12(医薬ジャーナル社,平成7年発行))の30頁,甲6(田中千賀子ほか編「NEW薬理学改訂第3版」(株式会社南江堂,平成9年発行))の289頁)。
b 線条体ドパミン量を増加させる薬物(ハロペリドール)ハロペリドールは,線条体ドパミン量を増加させる薬物と認められる(甲23(Bita Moghaddamほか「Acute Effects of Typical and Atypical Antipsychotic Drugs on the Release of Dopamine from Prefrontal Cortex, Nucleus Accumbens, and Striatum of the Rat: An In Vivo Microdialysis Study」Journal of Neurochemistry Vol.54,No.5,1755〜1760頁(平成2年))の図1)。
しかし,ハロペリドールは,薬物性パーキンソニズムを引き起こし,パーキンソン病患者への使用は禁忌とされていたものである(乙3(「薬の副作用事典」(株式会社産業調査会事典出版センター,平成2年発行))の1184,1185頁)。
そして,本件優先日当時,ハロペリドールとゾニサミドが異なる作用機序で線条体ドパミン量を増加させること,更に線条体ドパミン量を増加させる作業機序によってはパーキンソン病の治療効果に差異が生じることを当業者が認識していたことを示す具体的な証拠はない。
そうすると,当業者は,本件優先日当時,具体的な作用機序の差異を意識することなく,線条体ドパミン量を増加させる薬物には,パーキンソン病患者への使用が禁忌とされるものがあることを認識していたというべきである。
c 線条体ドパミン量を増加させる抗てんかん薬(カルバマゼピン)甲3文献には,抗てんかん薬であるカルバマゼピンには線条体ドパミン量の増加作用がある旨記載されている(図1−a,図6)。
しかし,本件優先日後の平成13年時点においても,パーキンソン病に対するゾニサミドの有効な作用が抗痙攣作用のメカニズムと関連しているのではないかと推27測することもできるものの,「現時点でパーキンソン病患者の症状を改善すると報告されている抗痙攣薬は他にない。」とされており(甲13(Miho Murataほか「Zonisamide has beneficial effects on Parkinson’s disease patients」Neuroscience Research 41(平成13年))の399頁),本件優先日当時,カルバマゼピンがパーキンソン病に対して治療効果を奏するか否かは不明であると理解されていたものと認められる。
そうすると,当業者は,本件優先日当時,線条体ドパミン量を増加させる抗てんかん薬とパーキンソン病治療薬の関係は不明であると認識していたというべきである。
d ゾニサミドが有する線条体ドパミン量の増加作用引用例及び甲3文献における前記示唆から,本件優先日当時,抗てんかん薬であるゾニサミドの投与が,健常動物以外であっても,線条体ドパミン量を僅かでも増加させる可能性があることまでは否定できない。また,当業者は,本件優先日当時,パーキンソン病の病因の一つが線条体ドパミンの枯渇であるとの技術常識を有していたものである。
しかし,当業者は,本件優先日当時,具体的な作用機序の差異を意識することなく,線条体ドパミン量を増加させる薬物には,パーキンソン病患者への使用が禁忌とされるものがあること,線条体ドパミン量を増加させる抗てんかん薬とパーキンソン病治療薬との関係は不明であること,を認識していたというべきである。
そうすると,当業者は,本件優先日当時,健常動物以外において線条体ドパミン量を増加させる可能性を否定できない抗てんかん薬であるゾニサミドであっても,線条体ドパミン量の増加作用の観点からは,パーキンソン病に対して治療効果を奏する可能性は低いとの技術常識を有していたというべきである。
(ウ) MAO−B活性の阻害とパーキンソン病治療薬の関係a パーキンソン病の病因当業者は,本件優先日当時,パーキンソン病治療薬の薬理作用の一つとしてドパ28ミンを分解するMAO−B活性を阻害するものが存在するとの技術常識を有していたと認められる(甲6の295頁,甲8の表1)。
b MAO−B活性を阻害する抗てんかん薬(ラモトリジン)甲7には,抗てんかん薬であるラモトリジン(LTG)がMAO−B活性を阻害する作用がある旨記載されている(245・250頁)。さらに,甲7によれば,本件優先日当時,ラモトリジンのパーキンソン病疾患モデル動物に対する投与試験の結果を検討することで,ラモトリジンをパーキンソン病の治療薬として使用できる可能性が示唆されていたということができる(250・251頁)。
しかし,上記示唆は,「LTGで得られる保護がすべてMAO−Bに対する作用によるものとは考えられない。」,「新規抗てんかん薬であるLTGは,C57BLマウスにおけるMPTP誘発性ドパミン枯渇に対して保護作用をもつ。さらに,LTGがドパミンの取り込みやMAOを阻害するであろう濃度よりも低い濃度で脳内に存在するような用量でも,LTGには神経保護効果が認められる。」という検討の上で導かれたものである(甲7の250・251頁)。したがって,上記示唆は,ラモトリジンがMAO−B阻害作用を有することのみから,パーキンソン病の治療薬として使用できる可能性があると指摘するものではないというべきである。
そうすると,当業者は,本件優先日当時,抗てんかん薬であって,MAO−B阻害作用を有するラモトリジンであっても,MAO−B阻害作用を有することから,直ちにパーキンソン病に対して治療効果を奏するものではないことを認識していたというべきである。
c MAO−B活性を阻害するパーキンソン病治療薬(セレギリン)本件優先日当時,セレギリン(商品名デプレニル)がパーキンソン病治療薬として知られており(甲8の表1),セレギリンがMAO−B活性を阻害することも知られていたものである(甲44(Richard E. Heikkilaほか「PREVENTION OF MPTP-INDUCED NEUROTOXICITY BY AGN-1133 AND AGN-1135, SELECTIVE INHIBITORS OF MONOAMINE OXIDASE-B」European Journal of Pharmacology 116,313〜317頁(昭29和60年))の表1)。
そして,セレギリンのMAO−Bに対するIC50値は11nMである(甲44の表1)。そうすると,当業者は,MAO−B阻害作用を有する薬物を投与するパーキンソン病治療においては,セレギリンと同程度,すなわち,IC 50値が11nM以下にMAO−B活性を阻害する程度の薬理作用を有する薬物が必要であると認識していたものである。
しかし,ゾニサミドのMAO−Bに対するIC50値は660μMである(甲3の350頁)。また,引用例の「考察」の欄には,ゾニサミドの「MAO活性阻害は,DAの細胞外濃度と細胞内濃度の上昇にあたって,重要な機序ではないことが示された。」と記載されている。さらに,甲3文献には,ゾニサミドのMAO−B阻害作用について「細胞外DA濃度増加の主要機序とは考え難」くと記載されている(351頁)。
そうすると,当業者は,本件優先日当時,ゾニサミドのMAO−B阻害作用がセレルギンよりも顕著に弱く,また,それがパーキンソン病の治療に有用なドパミン量の増加に果たす程度も低いことを認識していたというべきである。
したがって,当業者は,ゾニサミドが,MAO−B阻害作用の観点から,他のパーキンソン病治療薬と同程度の薬理効果を奏する可能性が低いことを認識していたというべきである。
d ゾニサミドが有するMAO−B阻害作用引用例及び甲3文献における前記示唆から,本件優先日当時,抗てんかん薬であるゾニサミドの投与が,健常動物以外であっても,MAO−B阻害作用を僅かでも有する可能性があることまでは否定できない。また,当業者は,本件優先日当時,パーキンソン病の治療薬の薬理作用の一つとしてドパミンを分解するMAO−B活性を阻害するものが存在するとの技術常識を有していたものである。
しかし,当業者は,本件優先日当時,抗てんかん薬であって,MAO−B阻害作用を有するラモトリジンであっても,MAO−B阻害作用を有することから,直ち30にパーキンソン病に対して治療効果を奏するものではないこと,当業者は,ゾニサミドが,MAO−B阻害作用の観点から,他のパーキンソン病治療薬と同程度の効果を奏する可能性が低いこと,を認識していたというべきである。
そうすると,当業者は,本件優先日当時,健常動物以外において,MAO−B阻害作用を有する可能性を否定できない抗てんかん薬であるゾニサミドであっても,MAO−B阻害作用の観点からは,パーキンソン病に対して治療効果を奏する可能性は低いとの技術常識を有していたというべきである。
エ 引用発明において,相違点に係る本件発明1の構成を採用する動機付け(ア) 引用例及び甲3文献は,いずれも,ゾニサミドが,健常動物において,線条体ドパミン量の増加作用を有すること,MAO−B阻害作用を有することを示唆するにとどまるものである。
そして,前記ウ(ア)のとおり,本件優先日当時の当業者は,健常動物で得られた線条体ドパミン量の挙動が,パーキンソン病疾患モデル動物における線条体ドパミン量の挙動を必ずしも示すものではないとの技術常識を有していたものである。
そうすると,当業者は,引用例及び甲3文献から上記示唆を受けても,そもそもパーキンソン病疾患を有する患者において,ゾニサミドが線条体ドパミン量を増加させたり,ゾニサミドがMAO−B活性を阻害したりするとは理解しないから,ゾニサミドがパーキンソン病の治療薬になる可能性を認識し得ないというべきである。
(イ) また,引用例及び甲3文献における前記示唆から,健常動物以外であっても,ゾニサミドの投与が線条体ドパミン量の増加作用及びMAO−B阻害作用を僅かでも有する可能性があることまでは否定できない。
しかし,前記ウ(イ)及び(ウ)のとおり,本件優先日当時の当業者は,抗てんかん薬であるゾニサミドについて,線条体ドパミン量の増加作用の観点からも,MAO−B阻害作用の観点からも,パーキンソン病に対して治療効果を奏する可能性は低いとの技術常識を有していたというべきである。
そうすると,このような技術常識を有する当業者は,引用例及び甲3文献から,31ゾニサミドがパーキンソン病の治療薬になると合理的に期待し得ないというべきである。
(ウ) よって,当業者は,引用発明において,相違点に係る本件発明1の構成を採用することを動機付けられることはないというべきである。
オ 原告の主張について(ア) 原告は,パーキンソン病の分野において,健常動物での試験結果が,患者や適切な疾患モデル動物での試験結果と異なるとしても,健常動物に対して薬物を投与して何らかの薬理作用が確認されたのであれば,その薬理作用から治療可能な疾患への治療薬としての評価を行おうとの動機付けが生じる旨主張する。
しかし,前記ウ(ア)のとおり,当業者は,本件優先日当時,健常動物で得られた線条体ドパミン量の挙動は,パーキンソン病疾患モデル動物における線条体ドパミン量の挙動を必ずしも示すものではないとの技術常識を有していたというべきである。
また,ゾニサミドの投与による線条体ドパミン量の挙動を健常動物に対する実験により確認した引用例1及び甲3文献は,抗てんかん薬であるゾニサミドの作用機序解明を目的とするものである。引用例1及び甲3文献は,ゾニサミドの薬理作用を解明することで,てんかん以外の疾患についても,ゾニサミドが治療薬として用いることができるか否かについて評価を行おうとするものではなく,これに関する示唆もない。
したがって,当業者は,引用例1及び甲3文献から,ゾニサミドの健常動物に対するドパミン増加作用やMAO−B阻害作用を理解したとしても,そのことのみでは,パーキンソン病に対するゾニサミドの評価を行おうとの動機付けは生じないというべきである。
(イ) 原告は,線条体ドパミン量を増加させる薬物であれば,その程度を問わず,パーキンソン病の症状を改善できる,MAO−B阻害作用を有する薬物であれば,その程度を問わず,パーキンソン病の症状を改善できるという,技術常識B及びC32が確立していた旨主張する。
しかし,パーキンソン病の治療において,線条体ドパミン量をどの程度増加させればその症状を改善できるか,また,MAO−B活性をどの程度阻害させればその症状を改善できるかについて,これを裏付けるような証拠はない。甲4,6及び8には,線条体ドパミン量の増加作用及びMAO−B阻害作用とパーキンソン病の治療との関係について,一般的な記載があるにとどまり,これらの記載から,当業者が,少しでもこれらの作用を有する薬物であれば,パーキンソン病に対する治療効果が奏せられると理解できるものではない。
そして,ゾニサミドが,既存のパーキンソン病治療薬であるレボドパと同程度の線条体ドパミン量の増加作用を有することを認めるに足りる証拠はなく,本件優先日当時,ゾニサミドが,既存のパーキンソン病治療薬であるセレルギンと比較してMAO−B阻害作用が顕著に劣ることは明らかであったものである。
したがって,原告主張に係る技術常識B及びCは認めることができず,また,当業者は,既存のパーキンソン病治療薬であるレボドパやセレルギンと同様の機序から,ゾニサミドがパーキンソン病の症状を改善できると考え,これをパーキンソン病治療薬として使用することを動機付けられるものとはいえない。
(ウ) 原告は,甲13に基づき,当業者に及ばない村田博士であっても,引用例の記載から,ゾニサミドをパーキンソン病治療薬に提供することを動機付けられている旨主張する。
しかし,村田博士ら作成に係る報告書(甲13)は,ゾニサミドがパーキンソン病に対して有効な作用を示したことを前提に,引用例記載の実験結果を引用して,その作用機序を考察しているにすぎない。同報告書は,村田博士が,引用例の記載から,ゾニサミドをパーキンソン病治療薬に提供することを動機付けられたことを示すものではないことは明らかであり,原告の前記主張は失当というほかない。
(エ) 原告は,本件明細書の実施例は,各種てんかん薬のMAO−B阻害作用の相違を考慮してしないから実験系に不備があり,同実施例の実験結果に基づいて,33ゾニサミドがその他のてんかん薬と比較して顕著な効果を有するとはいえない旨主張する。
しかし,そもそも,ゾニサミドの治療対象をパーキンソン病等の神経変性疾患とすることを動機付けられないのであるから,ゾニサミドのパーキンソン病治療に対する効果について,その他のてんかん薬と比較して顕著なものを求める原告の主張は失当である。
そして,MPTP投与によるドパミン枯渇マウスがパーキンソン病の疾患モデル動物として適当であることは当事者間に争いがないところ,本件明細書の試験例2には,かかるマウスに対し,ゾニサミドを投与すれば,溶媒を投与する場合と比較して,線条体のドパミン含有量の減少を抑制できたことが示されている。したがって,本件明細書には,ゾニサミドがパーキンソン病の治療薬としての用途を有することが示されているというべきである。
(オ) 原告は,被告は審判段階で技術常識Bや技術常識Cを否定していなかったから,これを争うことは許されないなどと主張し,また,被告がドパミン増加作用を有するハロペリドールがパーキンソン病の患者に対して禁忌であったことを主張することは,審理範囲を逸脱するなどと主張する。
しかし,被告は,審判段階で技術常識B及びCを認めていたものではない(甲58)。また,審決が判断した本件発明の進歩性について,引用発明から本件発明1に至る動機付けがないことを基礎付ける事実を新たに主張することは,審決取消訴訟の審理範囲を逸脱するものとはいえない。原告の上記主張は採用し得ない。
カ 小括以上によれば,引用発明において,相違点に係る本件発明1の構成を採用することの阻害要因について検討するまでもなく,本件発明1は,引用発明並びに甲3文献に記載された事項及び技術常識に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものではない,というべきである。
よって,取消事由1は理由がない。
343 取消事由2(本件発明2ないし6の進歩性判断の誤り)について本件発明2ないし6は,いずれも,本件発明1と同様に,ゾニサミド又はそのアルカリ金属塩を神経変性疾患治療薬に用いることを,その発明特定事項とするものである。したがって,本件発明2ないし6と引用発明とは,少なくとも,前記第2の3(2)イ(イ)の点で相違する。そして,前記2で説示したとおり,この相違点に係る構成を採用することを,引用発明並びに甲3文献に記載された事項及び技術常識から,当業者が動機付けられることはない。
したがって,本件発明2ないし6は,いずれも,引用発明並びに甲3文献に記載された事項及び技術常識に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものではない,というべきである。
よって,取消事由2は理由がない。
4 結論以上のとおり,取消事由はいずれも理由がない。原告の請求は棄却されるべきものである。
よって,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第1部裁判長裁判官 高 部 眞 規 子裁判官 杉 浦 正 樹裁判官 片 瀬 亮35
事実及び理由
全容