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関連審決 無効2003-35197
関連ワード 発明者 /  産業上利用(29条1項柱書) /  自然法則 /  容易に実施 /  技術常識 /  発明の詳細な説明 /  参酌 /  実施 /  交換 /  構成要件 /  設定登録 /  請求の範囲 / 
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事件 平成 15年 (行ケ) 469号 審決取消請求事件
原告 直本工業株式会社
同訴訟代理人弁護士 松本司
同 山形康郎
被告 日清フーズ株式会社
同訴訟代理人弁護士 大場正成
同 尾崎英男
同 嶋末和秀
同 飯塚暁夫
同訴訟代理人弁理士 高野登志雄
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/04/27
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が無効2003―35197号事件について平成15年9月22日にした審決を取り消す。
争いのない事実等
1 特許庁における手続の経緯 被告は,発明の名称を「冷凍麺類の解凍・加熱処理方法」とする(甲1)特許第2138015号(昭和63年1月14日特許出願,平成10年8月28日設定登録,以下「本件特許」という。)の特許権者である。
原告は,平成15年5月14日,本件特許について無効審判の請求をした(無効2003―35197号)ところ,特許庁は,同年9月22日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下「本件審決」という。)を行い,その謄本は,同年10月2日,原告に送達された。
2 特許請求の範囲 本件特許出願の願書に添付した明細書(以下「本件明細書」という。)の特許請求の範囲の請求項1(以下「本件請求項1」という。)の記載は,次のとおりである(以下,この発明を「本件発明」という。)。
【請求項1】冷凍麺類に温度101〜125℃の水蒸気を噴射接触せしめることを特徴とする冷凍麺類の解凍・加熱処理方法。
3 本件審決の理由の要旨 (1) 平成2年法律第30号による改正前の特許法36条第3項及び第4項第1号又は第2号に規定する要件の不備についての原告の主張は次のとおりである。
すなわち,本件請求項1の「冷凍麺類に温度101〜125℃の水蒸気を噴射接触せしめる」という記載は,前記温度範囲が,水蒸気の噴射前の温度か,冷凍麺類への水蒸気の接触温度か,水蒸気の噴射直後の温度か不明である。発明の詳細な説明参酌すれば「冷凍麺類表面での接触温度が101〜125℃」を必須構成要件とすべきであるが,そうすると審判甲第2号証(「食品工業のスチーム・システム」平山一政著,株式会社光琳発行(昭和59年8月)36頁)ないし甲第3号証(「蒸気・高温水システム」千葉孝男著,財団法人省エネルギーセンター発行(平成13年2月20日)14頁)によれば,大気圧下の開放装置内に蒸気を噴射した場合,100℃以上の温度にならないのであるにもかかわらず,発明の詳細な説明には,水蒸気の接触温度を101〜125℃にするための手段が記載されていない。
したがって,本件請求項1の「冷凍麺類に温度101〜125℃の水蒸気を噴射接触せしめる」という記載は,不明瞭であり,かつ,発明の詳細な説明に記載されたものではなく,また,発明の詳細な説明には,本件請求項1に記載された発明を当業者が容易に実施できる程度にその目的,構成及び効果が記載されていない。
(2) よって審究するに,本件請求項1には,「【請求項1】冷凍麺類に温度101〜125℃の水蒸気を噴射接触せしめることを特徴とする冷凍麺類の解凍・加熱処理方法」と記載されており,これが文言上「温度101〜125℃の水蒸気を噴射させ,その噴射している水蒸気を冷凍麺類に接触させること」を意味することは,明確である。
このことは,発明の詳細な説明の「本発明に用いられる水蒸気は,温度101〜125℃,好ましくは103〜118℃のものである。」(特許公報2頁3欄10〜11行),「本発明でいう温度101〜125℃の水蒸気は絶対圧力が1.1〜2.0kg/cm2程度のものである。」(特許公報2頁3欄19〜20行),「その具体的操作としては,温度101℃,絶対圧力1.2kg/cm2の水蒸気を発生させて,」(特許公報2頁4欄13〜14行)という記載によっても,明確に支持されている。
なお,原告は「冷凍麺類に温度101〜125℃の水蒸気を噴射接触せしめる」という記載は「冷凍麺類表面での接触温度が101〜125℃」を意味しているものとして議論しているが,原告がそのような解釈をする具体的根拠を示していない。
また,原告が指摘するように,前記審判甲第2乃至3号証によれば,大気圧下の開放装置内に蒸気を噴射した場合,100℃以上の温度にならないのであるのが技術常識であるというのであれば,「冷凍麺類に温度101〜125℃の水蒸気を噴射接触せしめる」という記載は「冷凍麺類表面での接触温度が101〜125℃」という意味でないことは明らかである。
したがって,原告の上記主張は採用しない。
(3) 以上のとおりであるから,原告の主張する理由及び証拠方法によっては,本件請求項1についての特許を無効とすることができない。
原告主張に係る本件審決の取消事由の要点
本件審決は,本件請求項1の「温度101〜125℃」との記載は,水蒸気の噴射の際の温度であるか,水蒸気が冷凍麺類に接触する際の温度であるか不明確である(むしろ,上記温度は,後者の接触の際の温度であると解することができる。)から,本件明細書の記載は,平成2年法律第30号による改正前の特許法36条(以下,単に「特許法36条」という。)所定の要件を具備していないことになるにもかかわらず,上記温度は水蒸気の噴射の際の温度であることが明確であり,本件明細書の記載に不備はないと誤って判断したものであり,その誤りは本件審決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから,違法として取り消されるべきである。
1 本件明細書には,「本発明に用いられる水蒸気は,温度101〜125℃,好ましくは103〜118℃のものである。温度が101℃未満のものは常圧の飽和水蒸気状態であり,所謂セイロによる蒸気と同様なものであって,解凍調理に時間がかかり効率が悪く,得られる麺の食感も弾力性が低下してやわらかくなりすぎて,好ましいものが得られない。一方温度が125℃を超えると高圧状態の蒸気となり,冷凍表面での熱交換される効率が低下すると共に麺の表面が乾き易くなり好ましくない。本発明でいう温度101〜125℃の水蒸気は絶対圧力が1.1〜2.0kg/cm2程度のものである。」(3欄10〜20行)と記載されており,温度が101℃未満でも,125℃超でも好ましい結果が得られないが,「101〜125℃」なら好ましい結果が得られる,すなわち,温度により結果が異なると説明されている。
本件発明を実施するに当たり使用される水蒸気が飽和水蒸気であれば,冷凍麺類への接触の際の温度は,噴射の際の温度(密閉空間の温度)とは無関係に,冷凍麺に接触させる空間の圧力に対応する温度となり(冷凍麺に接触させる空間の圧力が常圧なら,水蒸気の温度は100℃になる。),噴射の際の温度により,結果には差異が出ないことになるから,本件明細書の上記記載が温度により結果が異なると説明している以上,上記記載中の温度は,むしろ,噴射の際の温度ではなく,冷凍麺類への接触の際の温度であると解することができる。(なお,水蒸気が過熱水蒸気であれば,上記温度が噴射の際の温度であっても冷凍麺類への接触の際の温度であっても,圧力が特定されていない以上,「101℃〜125℃」の水蒸気とは,どのような水蒸気か不明であるということになる。) 2 本件明細書の表lでは,実施例1と「茹で処理」等との比較が示され,「解凍・加熱手段」の項では,実施例1は「温度101℃,絶対圧力1.2kg/cm2の水蒸気」とされているのに対して,「茹で処理」では「100℃の熱湯(15)」とされている。しかるに,「茹で処理」での「100℃の熱湯(15 )」とは,100℃の熱湯が冷凍麺に接触して解凍・加熱されていることが明らかであるから,これと対比されている実施例1の「温度101℃」も,むしろ冷凍麺に接触する際の解凍・加熱の水蒸気の温度と解することができる。同様に,表3の比較例1及び2のセイロでの水蒸気温度とは,冷凍麺に接触する際の温度であることが明らかであるところ,これと対比されている実施例2〜4の「101」,「110」及び「125」℃との温度も,むしろ冷凍麺に接触する際の温度であると解することができる。
3 本件審決は,本件請求項1の温度の記載は水蒸気の噴射の際の温度であることが明確であるとする根拠として,本件明細書の発明の詳細な説明における,@「本発明でいう温度101〜125℃の水蒸気は絶対圧力が1.1〜2.0kg/cm2程度のものである。」(3欄19〜20行),A「その具体的操作としては,温度101℃,絶対圧力1.2kg/cm2の水蒸気を発生させて,」(4欄13〜14行)との各記載を挙げる。
しかしながら,上記各記載は,いずれも自然法則に反するものであるなど,本件審決の判断の根拠となり得ない。
すなわち,@については,本件発明を実施するに当たり使用される水蒸気が飽和水蒸気であるとすると,最低の温度の水蒸気は最低の圧力下の水蒸気であり,逆に最高の温度の水蒸気は最高の圧力下の水蒸気であるから,温度の上限値と圧力の上限値,温度の下限値と圧力の下限値は1対1に対応する関係にあるところ,「温度101〜125℃」の飽和水蒸気とは,約1.07〜2.37kg/cm2の圧力下の水蒸気である反面,「1.1〜2.0kg/cm2程度」の圧力下の飽和水蒸気とは,温度101.8〜119.61℃の飽和水蒸気を意味するから,上記記載の水蒸気の温度範囲と圧力範囲は対応していないことになる。一方,上記水蒸気が過熱水蒸気であるとすると,圧力の最低限として記載された1.1kg/cm2の圧力下では,飽和水蒸気であっても既に101℃を超えているから,飽和水蒸気を更に加熱した過熱水蒸気ではあり得ないため,上記記載の圧力の最低限1.1kg/cm2の意味が不明となる。
Aについても,同記載に係る実施例において使用された装置は,過熱水蒸気を使用する装置であるところ,飽和水蒸気であっても絶対圧力1.2kg/cm2では104.5℃であり,過熱水蒸気は飽和水蒸気を加熱して得られるものであるから,温度101℃,絶対圧力1.2kg/cm2の過熱水蒸気は,自然法則上あり得ない。また,上記装置は,大気圧下で過熱水蒸気を発生させ,かつ,食品に接触させるものであるから,噴射時の温度と接触時の温度は同一になるはずであり,したがって,「温度101℃の水蒸気を発生させて,」との記載は,接触時の温度も同一であることを意味するので,同記載をもって,本件請求項1の温度の記載が接触時の温度ではなく噴射時の温度であることの根拠とすることはできない。
4 本件審決は,「原告が指摘するように,大気圧下の開放装置内に蒸気を噴射した場合,100℃以上の温度にならないのであるのが技術常識であるというのであれば,本件請求項1の温度の記載が冷凍麺類表面での接触温度を意味しないことは明らかである。」と説示する。しかしながら,本件発明の実施に当たり使用される水蒸気は,飽和水蒸気に限らず,過熱水蒸気も含まれるものである(現に,実施例でも,過熱水蒸気が使用されている。)ところ,上記説示が妥当するのは,飽和水蒸気を大気圧下に噴射させる場合のみであり,過熱水蒸気の場合や,飽和水蒸気でも大気圧より高圧の雰囲気下の場合は,水蒸気の接触温度を101℃〜125℃とすることは可能であるから,本件審決の上記説示は,本件審決の結論を導く根拠とはならない。
被告の反論の要点
本件審決の判断に誤りはなく,原告の主張する本件審決の取消事由には理由がない。
1 本件請求項1記載の温度が,水蒸気の噴射時の温度,具体的には,水蒸気発生器の噴射口の内部における温度であることは,明らかである。なぜなら,水蒸気が一旦噴射口の外側に出れば,噴射した後の水蒸気の温度は様々な要因により影響を受けて変化する上,その一部が凝縮して生じた微小な水滴や空気などと直ちに混合するため,水蒸気自体の温度は事実上測定不可能だからである。
本件請求項1についての上記解釈が妥当であることは,発明の詳細な説明の,「本発明に用いられる水蒸気は,温度101〜125℃,好ましくは103〜118℃のものである。」(3欄10〜11行)及び「その具体的操作としては,温度101℃……の水蒸気を発生させて……噴射接触させ」(4欄13〜15行)との記載からも明らかである。また,本件審決も指摘するように,大気圧下の開放装置内に蒸気を噴射した場合,100℃以上にならないという技術常識に従えば,当業者が本件請求項1記載の温度を冷凍麺類表面での接触温度であると理解するはずがない。
2 原告は,前記第3の1記載のとおり,「本件明細書には,温度により結果が異なる旨の記載があるところ,水蒸気が飽和水蒸気であれば,噴射の際の温度により結果には差異が出ないことになるから,本件明細書に記載された温度は,噴射の際の温度ではなく,冷凍麺類への接触の際の温度であると解することができる。」旨主張する。しかしながら,本件発明の発明者は,「101〜125℃」の水蒸気を噴射して冷凍麺類に接触させたところ,本件明細書記載の実施例に見られるような良好な作用効果を得ることができたものであるから,噴射の際の温度により結果に差異が出ないということはできない。したがって,原告の上記主張は失当である。
3 原告は,前記第3の2記載のとおり,「本件明細書の実施例の表の記載において,茹で処理,セイロ等を実施例と比較していることによれば,本件明細書の温度の記載は,冷凍麺類への接触時の温度であると解することができる。」旨主張する。しかしながら,上記表の記載においては,産業上利用される解凍・加熱手段等の各々に応じた態様で調理した場合の効果が比較されているにすぎず,冷凍麺類への接触温度による効果の相違を比較したわけではない。このことは,接触温度が観念できない電子レンジとの比較があることからも明らかである。したがって,原告の上記主張も失当である。
4 原告は,前記第3の3記載のとおり,「本件明細書における,@「本発明でいう温度101〜125℃の水蒸気は絶対圧力が1.1〜2.0kg/cm2程度のものである。」(3欄19〜20行),A「その具体的操作としては,温度101℃,絶対圧力1.2kg/cm2の水蒸気を発生させて,」(4欄13〜14行)の各記載は,自然法則に反するなど,本件審決の判断の根拠にならないものである。」旨主張する。
しかしながら,@の記載は,温度と圧力の各上限値,温度と圧力の各下限値を対応させたものでないから,上記各上限値,各下限値が対応しているという誤った前提に立った原告の主張は,その前提を欠き失当である。
Aの記載も,水蒸気発生装置の噴射口での水蒸気の圧力を実測した結果であるところ,実際の圧力計測の場面において圧力ゲージの針が変動して安定しないことはしばしば見られるから,上記記載の実測値が,安定な平衡状態を前提とした蒸気表の数値と一致しなくても,自然法則に反するものであるということはできない。また,実施例において使用された装置では,水蒸気を大気中に噴射させるため,噴射時の圧力は,当然大気圧より高いから,「上記装置は,大気圧下で過熱水蒸気を発生させ,かつ,食品に接触させるものである。」という原告の主張の前提は,誤りである。
5 原告は,前記第3の4記載のとおり,「@過熱水蒸気の場合や,A飽和水蒸気でも大気圧より高圧の雰囲気下の場合は,水蒸気の接触温度を101℃〜125℃とすることは可能である。」旨主張する。しかしながら,@については,原告自身が審判段階で「大気圧下の開放装置内に蒸気を噴射した場合,100℃以上の温度にならないのであるのが技術常識である。」旨主張していたことと矛盾するものであるから,失当である(そもそも,本件訴訟の審理が進んだ段階において,このような新主張を追加することは,時機に後れた攻撃防御方法の提出として許されない。)。また,Aについても,一般に,特に加圧ないし減圧するとの記載がない場合は,大気圧であると理解するのが自然であるところ,本件明細書においては,水蒸気を冷凍麺類に接触させる空間の圧力の調整について言及がないから,本件発明は,水蒸気を大気圧下に噴射して冷凍麺類に接触させるものと解すべきであるので,不自然な加圧を前提にする上記主張は失当である。
当裁判所の判断
1 原告は,「本件請求項1の「温度101〜125℃」との記載は,水蒸気の噴射の際の温度であるか,水蒸気が冷凍麺類に接触する際の温度であるか不明確であるから,本件明細書の記載は,特許法36条所定の要件を具備していないことになる。」旨主張するので,検討する。
(1) まず,特許請求の範囲の記載を見ると,本件請求項1の記載は,次のとおりである。
「【請求項1】冷凍麺類に温度101〜125℃の水蒸気を噴射接触せしめることを特徴とする冷凍麺類の解凍・加熱処理方法。」 ところで,「温度101〜125℃の水蒸気を」との記載は,「噴射接触」の語の直前に置かれているから,上記水蒸気の温度は,「噴射時」,「接触時」及び「噴射時及び接触時」の各温度の3通りの解釈が成り立つ余地がある。しかるに,上記記載の「水蒸気を噴射接触せしめること」からみて,本件発明には,水蒸気を「噴射」せしめる工程と「接触」せしめる工程の2つの工程が存在することが明らかであり,また,2つの工程の順序は「噴射」が先で「接触」が後であることは技術常識からみて,当然のことというべきである。そして,本件請求項1記載の「温度101〜125℃の水蒸気」を「噴射」「接触」せしめる,という語順に照らせば,本件請求項1の記載をもって,「噴射する水蒸気の温度にかかわらず,接触時の水蒸気の温度が101〜125℃である。」ことを意味すると解するよりも,むしろ「接触時の水蒸気の温度にかかわらず,噴射する際の水蒸気の温度が101〜125℃である。」ことを意味すると解する方が自然である。
また,当業者が本件発明を実施するためには,当該水蒸気の温度を測定することができるとともに,同温度を制御することができることが必要不可欠である。しかるに,冷凍麺類に水蒸気が接触する場所では,冷凍麺の温度ばかりでなく,冷凍麺に熱量を与えた水蒸気の温度もまた,時間の経過と共に変化しており,通常,接触場所全体が一様な温度の状態にはならないこと(水蒸気を供給している状態で,接触場所全体が一様な温度になるのは,既に冷凍麺類の解凍が終了した上,供給される水蒸気と解凍された麺類の温度が同じ温度になっている状態であるから,このような場合における温度は,冷凍麺類との 接触温度ということができない。)から,そのような接触場所での水蒸気の温度を測定することは困難であるといわざるを得ない。一方,噴射時の水蒸気の温度についてみると,水蒸気を発生させる装置における水蒸気の噴射口内の温度を一定範囲に保つことは可能であり,噴射口内ではほぼ一様な温度状態が存在すると考えられるから,そこに温度センサーを設置して水蒸気の温度を測定することも比較的容易であると認められる。
したがって,本件請求項1の記載内容の自然な解釈及び同項が規定する温度範囲の測定,調節の技術面での容易性の観点からみて,上記3通りの解釈のうち,「噴射時」の温度と解するのが相当であるということができる。
(2)ア 以上のとおり,本件請求項1の「温度101〜125℃」との記載は,特許請求の範囲の記載自体から,水蒸気の噴射の際の温度を意味することが明らかであるため,本件明細書の発明の詳細な説明の記載を参酌するまでもないが,念のため,発明の詳細な説明の記載を参酌しても,上記判断を左右するところはない。
イ むしろ,発明の詳細な説明には,実施例として, 「得られた冷凍スパゲテイを,アメリカ・アンチューネス社製ラウンドアツプステイーマーVS-200型内に収納し,約40秒間解凍・加熱を行なつた。
その具体的操作としては,温度101℃,絶対圧力1.2kg/cm2の水蒸気を発生させて,前記冷凍スパゲテイに約6秒間噴射接触させ次いで,約4秒間休止するという操作を4回くり返した。」(4欄10〜16行,実施例1) との記載があり,温度101℃の水蒸気を発生させた上,噴射接触させる旨が明記されているから,上記温度は,「噴射時」の温度であることが明らかである。このことは,本件請求項1の水蒸気の温度についての上記(1)の解釈に沿うものというべきである。
ウ なお,原告は,前記第3の3記載のとおり,「実施例において使用された装置は,過熱水蒸気を使用する装置であるところ,温度101℃,絶対圧力1.2kg/cm2の過熱水蒸気は,自然法則上あり得ない。また,上記装置は,大気圧下で過熱水蒸気を発生させ,かつ,食品に接触させるものであるから,噴射時の温度と接触時の温度は同一になるはずであり,したがって,「温度101℃の水蒸気を発生させて,」との記載は,接触時の温度も同一であることを意味するので,同記載をもって,本件審決の判断の根拠とすることはできない」旨主張する。
しかしながら,原告の主張する水蒸気の存在する空間の圧力と温度の関係は,いわゆる蒸気表に記載された飽和水蒸気における圧力と温度の関係であって,「一定の温度で水蒸気と液体の水とが共存して安定な平衡にあるとき」(甲3-2,1387頁),すなわち,密封空間での静的な安定状態(気液平衡状態)でのみ成り立つものであるから,上記実施例のように,開放空間において連続的に過熱水蒸気を発生させるという動的な不安定状態における水蒸気について,原告の主張する温度と圧力の関係が当てはまる条件がないことは当然である。したがって,原告の上記主張は,その前提を欠き理由がない。
なお,仮に,上記実施例における温度と圧力の関係が上記平衡状態の下での両者の関係とは若干整合していないとしても,当業者は,そのような不整合は,圧力計測の場面ではしばしば圧力ゲージの針が変動して安定しないこと(乙1)や,刻々と温度及び圧力が変動する水蒸気発生装置内での計測のため,別の時点での温度と圧力を測定した可能性があること(原告自身もそのように推測している。)等に基づくものであると容易に理解することができる(本件請求項1における水蒸気の温度が,噴射時の温度であるか,冷凍麺に接触する際の温度であるかを理解するためには,元来水蒸気の種類や圧力は直接関係するものではない。)から,上記不整合をもって,本件請求項1の記載が不明瞭であるとか,当業者が本件発明を容易に実施することができないということは到底できない。
また,証拠(甲5,6)によれば,実施例において使用された装置は,通常大気圧下で動作するように設計され,蒸気発生チャンバ内で発生した過熱水蒸気が,下方の食品蒸気処理チャンバ内に放出され,そこで食品に接触するものと認められるところ,蒸気発生チャンバ内の水蒸気を食品蒸気処理チャンバ内に放出するためには,蒸気発生チャンバ内の圧力は,食品蒸気処理チャンバ内の圧力より高い必要があるから,原告の上記主張は,両圧力が共に同一の大気圧であるとの前提において誤っており,理由がない。
(3)ア これに対し,原告は,まず,前記第3の1記載のとおり,「本件明細書には,温度により結果が異なる旨の記載があるところ,水蒸気が飽和水蒸気であれば,冷凍麺類への接触の温度は,接触させる空間の圧力に対応する温度となり,噴射の際の温度により結果には差異が出ないことになるから,本件明細書に記載された温度は,噴射の際の温度ではなく,冷凍麺類への接触の際の温度であると解することができる。(なお,水蒸気が過熱水蒸気であれば,圧力が特定されていない以上,「101〜125℃」の水蒸気とは,どのような水蒸気か不明である。)」旨主張する。
しかしながら,前記(2)ウ記載のとおり,原告の上記主張の前提となっている水蒸気の存在する空間の圧力と温度の関係は,密封空間での静的な安定状態(気液平衡状態)でのみ成り立つものであって,本件発明のような動的な不安定状態における水蒸気については適用できる条件がないことは当然であるから,原告の上記主張は,その前提を欠き理由がない。(なお,本件請求項1の記載においては,水蒸気を冷凍麺類に接触させる空間の圧力に何ら限定がないため,噴射の際の温度が「101〜125℃」の水蒸気であれば,圧力がどのようなものであっても,本件発明に含まれることが明らかであるから,「圧力が特定されていない以上,101〜125℃の水蒸気とは,どのような水蒸気か不明である。」ということはできない。) イ また,原告は,前記第3の2記載のとおり,「本件明細書の実施例の表の記載において,茹で処理,セイロ等を実施例と比較していることによれば,本件明細書の温度の記載は,冷凍麺類への接触の温度であると解することができる。」旨主張する。
原告の指摘するとおり,本件明細書の〔実施例〕の表1では,「温度101℃,絶対圧力1.2kg/cm2の水蒸気」を用いた「本発明方法(実施例1)」と「100℃の熱湯(15)」を用いた「茹で処理」とが比較されており,また,表3では,「実施例1と同様のスチーマー」を用いた実施例2ないし4と「セイロ」を用いた比較例1,2とが比較されている。
しかしながら,前記(2)イ記載のとおり,実施例1における「温度101℃」との記載は噴射時の温度であると認められること,また,表1では,「本発明方法(実施例1)」,「茹で処理」と共に,接触温度が観念できない「1400Wの電子レンジ」を用いた「マイクロウエーブ処理」も比較されていることによれば,上記各比較は,実用上の見地から,産業上他に利用されている解凍・加熱手段について本件発明の方法と比較しているものにすぎず,特に冷凍麺類への接触温度による効果の相違を比較しているものとは認められない。したがって,原告の上記主張は理由がない。
ウ さらに,原告は,前記第3の3記載のとおり,「本件審決が判断の根拠として挙げた,本件明細書の「本発明でいう温度101〜125℃の水蒸気は絶対圧力が1.1〜2.0kg/cm2程度のものである。」(3欄19〜20行)との記載は,自然法則に反するものであるから,判断の根拠となり得ない。」旨主張する。
しかしながら,前記(2)ウ記載のとおり,原告の主張する水蒸気の存在する空間の圧力と温度の関係は,密封空間での静的な安定状態(気液平衡状態)でのみ成り立つものであって,本件発明のような動的な不安定状態における水蒸気については適用できる条件がないことは当然であるから,原告の上記主張は,その前提を欠き理由がないし,仮に,上記実施例における温度と圧力の関係が上記平衡状態の下での両者の関係とは若干整合していないとしても,このことをもって,本件請求項1の記載が不明瞭であるとか,当業者が本件発明を容易に実施することができないということは到底できない。
エ 加えて,原告は,前記第3の4記載のとおり,「本件審決は,「原告が指摘するように,大気圧下の開放装置内に蒸気を噴射した場合,100℃以上の温度にならないのであるのが技術常識であるというのであれば,本件発明の温度の記載が冷凍麺類表面での接触温度を意味しないことは明らかである。」と説示するが,過熱水蒸気の場合や,飽和水蒸気でも大気圧より高圧の雰囲気下の場合は,水蒸気の接触温度を101℃〜125℃とすることは可能であるから,飽和水蒸気を大気圧下に噴射させる場合のみに妥当する上記説示は,本件審決の結論を導く根拠とはならない。」旨主張する。
しかしながら,本件請求項1の記載においては,水蒸気の種類や,水蒸気を冷凍麺類に接触させる空間の圧力には,何ら限定がないから,本件発明には,飽和水蒸気を大気圧下で冷凍麺類に接触させる場合も含まれることが明らかである。そして,原告自身が主張するように,飽和水蒸気を大気圧下で冷凍麺類に接触させる場合において,「水蒸気が100℃以上の温度にならないのが技術常識である。」というのであれば,その場合には,水蒸気の冷凍麺類への接触温度を101℃〜125℃とすることは不可能ということになる。そうすると,このような場合をも規定した本件請求項1記載の温度を,水蒸気の冷凍麺類への接触温度と解することはできなくなり,むしろ,水蒸気の噴射の際の温度と解すべきことになる。したがって,本件審決の上記説示は,原告自身の審判段階での主張を前提とすれば,「本件請求項1の水蒸気の温度は,水蒸気の噴射の際の温度である。」とする結論を導く根拠になるから,原告の上記主張は理由がない。
(なお,原告の上記主張の提出により,本件訴訟の完結が遅延することとなるとは認められないから,被告の攻撃防御方法の却下の申立ては理由がない。) (4) 以上のとおり,本件請求項1の「温度101〜125℃」との記載は,水蒸気の噴射の際の温度を意味することが明らかであるから,本件明細書の記載に原告主張の不備はない。
2 以上のとおり,原告主張の取消事由は理由がなく,他に本件審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,原告の本件請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 北山元章
裁判官 清水節
裁判官 沖中康人