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関連審決 異議2002-72940
関連ワード 技術的思想 /  進歩性(29条2項) /  同一技術分野(同一の技術分野) /  技術常識 /  参酌 /  技術的意義 /  容易に想到(容易想到性) /  実施 /  加工 /  構成要件 /  設定登録 /  請求の範囲 /  変更 /  取消決定 / 
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事件 平成 15年 (行ケ) 413号 特許取消決定取消請求事件
原告 株式会社豊田自動織機
同訴訟代理人弁護士 上谷清
同 宇井正一
同 笹本摂
同 山口健司
同訴訟代理人弁理士 篠崎正海
被告 特許庁長官今井康夫
同指定代理人 西野健二
同 飯塚直樹
同 大野克人
同 立川功
同 涌井幸一
裁判所 東京高等裁判所
判決言渡日 2004/04/27
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
当事者の求めた裁判
1 原告 (1) 特許庁が異議2002-72940号事件について平成15年7月30日にした決定を取り消す。 (2) 訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告 主文と同旨
前提となる事実
1 特許庁における手続の経緯(甲1,2,乙2,弁論の全趣旨) (1) 原告は,出願日が平成5年7月14日である実用新案登録出願(実願平5-38592号)について,平成9年7月9日に平成5年法律第26号による改正前の特許法46条1項に基づく特許出願への変更手続を行い,発明の名称を「斜板式圧縮機」とする特許出願をした(その後,発明の名称は「可変容量斜板式圧縮機」と変更された。)。特許庁は,同出願につき,特許すべき旨の査定をし,平成14年3月29日,特許第3292096号として設定登録をした(以下,この特許を「本件特許」という。)。
(2) 本件特許については,平成14年12月9日付けで,サンデン株式会社から特許異議の申立てがされた。特許庁は,同申立てを異議2002-72940号事件として審理した上,平成15年7月30日,「特許第3292096号の請求項1に係る特許を取り消す。」との決定(以下「本件決定」という。)をし,同年8月16日,その謄本は原告に送達された。
2 本件特許に係る発明の要旨は,特許請求の範囲の請求項1に記載された次のとおりのものである(甲2。以下,この発明を「本件発明」という。)。
【請求項1】 クランク室と,吸入室及び吐出室との間に位置する複数のシリンダボアを回転軸の周りに配列し,シリンダボア内に片頭ピストンを往復直線運動可能に収容し,クランク室内において回転軸上に斜板を傾動可能に支持すると共に,ピストン端部の首部において,球の一部を構成する形状に形成された一対のシューを介して片頭ピストンを斜板の周縁部に係合し,さらにクランク室内の圧力を制御することによってピストンストロークを変更するようにした可変容量斜板式圧縮機において, 前記片頭ピストンをアルミニウム系材料で形成すると共に,前記斜板を前記片頭ピストンよりも比重の大きな銅系材料で形成し,さらに前記シューを鉄系材料で形成したことを特徴とする可変容量斜板式圧縮機。
3 本件決定の理由の要旨は,次のとおりである(甲1)。
(1) 本件発明と特開昭61-171886号公報(甲3。以下「刊行物1」という。)記載の発明(以下「引用発明1」という。)とを対比すると,両者は,「クランク室と,吸入室及び吐出室との間に位置する複数のシリンダボアを回転軸の周りに配列し,シリンダボア内に片頭ピストンを往復直線運動可能に収容し,クランク室内において回転軸上に斜板を傾動可能に支持すると共に,ピストン端部の首部において,球の一部を構成する形状に形成された一対のシューを介して片頭ピストンを斜板の周縁部に係合し,さらにクランク室内の圧力を制御することによってピストンストロークを変更するようにした可変容量斜板式圧縮機。」の点で一致し,次の点で相違する。
すなわち,本件発明においては,前記片頭ピストンをアルミニウム系材料で形成すると共に,前記斜板を前記片頭ピストンよりも比重の大きな銅系材料で形成し,さらに前記シューを鉄系材料で形成したのに対して,引用発明1においては,前記片頭ピストン,前記斜板,及び前記シューをどのような材料で形成したのか明らかでない点(以下「本件相違点」という。)で相違する。
(2) 本件相違点について検討する。
実願平3-75218号(実開平5-19573号)のCD-ROM(甲4。以下「刊行物2」という。)には,高速域での容量制御を確実に行うことが可能な可変容量斜板式圧縮機を提供することを目的として,「上記斜板の回転慣性力によって生じる上記斜板の傾斜角を減少させる方向に働くモーメントを,上記ピストン及び上記変換部材の往復動慣性力によって生じる上記斜板の傾斜角を増大させる方向に働くモーメントと等しいかそれよりも大きくする」という技術事項が開示されている。ここで,上記斜板の回転慣性力によって生じる上記斜板の傾斜角を減少させる方向に働くモーメントを,上記ピストン及び上記変換部材(本件発明の「シュー」に相当する。)の往復動慣性力によって生じる上記斜板の傾斜角を増大させる方向に働くモーメントと等しいかそれよりも大きくするには,従来装置の斜板の質量を従来装置のピストン及び変換部材の質量に比べて相対的に大きくすればよいことは,技術常識というべきものである。すなわち,ピストン及び変換部材の質量はそのままにして斜板の質量を大きくする,または斜板の質量はそのままにしてピストン及び変換部材の質量を小さくするなどが考えられる。そして,特開平1-110879号公報(甲5。以下「刊行物3」という。),特開平5-52183号公報(甲8。以下「刊行物6」という。)には,往復動慣性力に影響を与えるコンロッドの質量を小さくするためにコンロッドの少なくとも一部を中空とするという技術事項が,同じく刊行物6には,回転慣性力に影響を与える斜板の質量を大きくするために斜板の板厚を少し大きくしたり,斜板の材料として比重の大きい材料を使用するという技術事項が,それぞれ,開示されているところである。
以上のことを踏まえて,さらに検討する。従来の可変容量斜板式圧縮機においては,実願平1-56010号(実開平2-145674号)のマイクロフィルム(甲6。以下「刊行物4」という。)の記載事項(「従来から斜板,半球シュー及び両頭ピストンのうち互いに接触する部位が同材質であると焼付を起こしやすいことが知られている。また圧縮機自体の軽量化を考慮して,従来の斜板式圧縮機においては斜板及び両頭ピストンをアルミニウム合金で形成し,硬度が要求される半球シューは鉄系の金属で形成し,前記斜板及びピストンとは材質を異にしている。」(明細書3頁3〜10行)),本件特許明細書で引用した実公昭61-43981号公報によれば,斜板及びピストンをアルミニウム系材料で,シューを鉄系材料で形成しているところである。このような,従来の可変容量斜板式圧縮機において,上記斜板の回転慣性力によって生じる上記斜板の傾斜角を減少させる方向に働くモーメントを,上記ピストン及び上記変換部材(本件発明の「シュー」に相当する。)の往復動慣性力によって生じる上記斜板の傾斜角を増大させる方向に働くモーメントと等しいかそれよりも大きくするには,上記ピストン及び上記シューの質量はそのままにして上記斜板の質量を大きくすること,しかも上記斜板の質量を大きくするために上記斜板の材料として比重の大きい材料を使用することが一つの選択枝であることは明らかである。そして,刊行物4,特開平2-267371号(甲7。以下「刊行物5」という。)には,斜板を形成する母材金属としてアルミニウム系材料でなくアルミニウム系材料より比重の大きい鉄系材料を使用するという技術事項が,特公昭63-40943号公報(甲9。以下「刊行物7」という。)には,斜板を形成する母材金属としてアルミニウム系材料でなくアルミニウム系材料より比重の大きい銅系材料を使用するという技術事項が,それぞれ開示されているところである。
以上のとおりの検討事項からみて,刊行物2における「上記斜板の回転慣性力によって生じる上記斜板の傾斜角を減少させる方向に働くモーメントを,上記ピストン及び上記変換部材の往復動慣性力によって生じる上記斜板の傾斜角を増大させる方向に働くモーメントと等しいかそれよりも大きくする」という技術事項に接した当業者は,ピストンをアルミニウム系材料,シューを鉄系材料,斜板を鉄系材料若しくは銅系材料で形成することを適宜なし得るものと認められる。<なお,刊行物4記載の斜板は,斜板の強度を確保するためにアルミニウム系材料に代えて鉄系材料を使用し,耐焼付性を考慮して斜板本体の周縁部にアルミニウム合金の層を形成するというものであり,刊行物5記載の斜板は,斜板の強度確保やコスト等の関係で鉄系材料を使用し,耐焼付性を考慮してシューとの摺動部に銅系軸受合金の層を形成するというものであり,刊行物7記載の斜板は,耐摩耗性,耐焼付性,靱性,低熱膨張性に優れた斜板を提供するために第1,第2繊維集積体を設け,母材金属として銅系金属を使用するというものであり,いずれも高速域での容量制御を確実に行うことが可能な可変容量斜板式圧縮機を提供することを目的として斜板を鉄系材料,銅系材料で形成するというものではないが,斜板を鉄系材料,銅系材料で形成し得るということを少なくとも開示しているところである。また,斜板を鉄系材料で形成するか,銅系材料で形成するかは,斜板・シュー・ピストンの寸法,質量等を考慮して当業者が適宜選択する単なる設計的事項である。> そして,引用発明1及び刊行物2記載の発明(以下「引用発明2」という。)は,「可変容量斜板式圧縮機」という同一技術分野に属するものであるから,しかも刊行物2には,片頭ピストンを用いた可変容量斜板式圧縮機にも適応可能である旨の示唆があるから,刊行物1記載の発明に刊行物2記載の上記技術事項を適用し,さらに当該適用に際し刊行物3ないし7記載の上記技術事項を参酌して,本件発明のような構成とする程度のことは当業者が格別困難なく想到し得るものと認められる。
なお,本件発明の効果は,引用発明1,及び刊行物2ないし7記載の上記技術事項から当業者が予測し得る程度のものである。
(3) 以上のとおりであるから,本件発明は,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。
当事者の主張
(原告主張の取消事由) 本件決定は,本件相違点に係る構成の容易想到性の判断を誤っており,違法であるから取り消されるべきである。
1 本件発明について (1) 本件発明の技術課題 本件発明が前提とするクランク室圧制御型片頭ピストン式圧縮機では,運転中に斜板傾角を増大させるモーメントは,ピストン往復動慣性力に基づくモーメントMp,圧縮反力に基づくモーメントMgであり,逆に斜板傾角を減少させるモーメントは,クランク室圧の制御圧力に基づくモーメントMc及び斜板回転慣性力に基づくモーメントMsである。ここで,容量を適宜選択するために作用するモーメントは斜板傾角減少方向のMcである。従来のように斜板がピストンと同じアルミニューム系材料で形成されている場合,通常は,Mpの方がMsよりも大きい(すなわちMp>Ms)ため,増角方向のモーメントである(Mp-Ms)(以下「M」という。)及びMgを利用して斜板傾角を増大し,減角側のモーメントであるMcによって斜板傾角を減少させることで,容量制御を行う。ところが,Mは回転数の2乗に比例して増大していくため,高速回転時には必要以上の大きさとなり,斜板傾角が増大傾向となり,容量が過剰傾向になってしまう。そこで,Mcをさらに大きくして増角方向のモーメントM及びMgを凌駕するようにしなければ斜板傾角減少ができず,結果として設定しようとした容量よりも大きな容量で運転されることになってしまう。本件発明では,この現象を「特に高速回転時には斜板に働くピストンの慣性力が増大するため,圧縮機が必要以上の大容量で運転されてしまうことがある」(甲2,2頁3欄15〜17行)と表現し,解決すべき課題としている。
(2) 本件発明の技術思想 従来のように斜板がピストンと同じアルミニウム系材料で形成されていた場合には,斜板の比重が小さいために,高速回転時には,Mが必要以上に大きくなり,必要以上の大容量で運転されてしまうという問題があったが,本件発明は,「斜板の材料に従来より比重の大きな材料を採用して斜板遠心力を増大させ,ピストン慣性力に対抗させる」との基本的思想に基づき,「斜板を従来のアルミニウム系材料より比重の大きな銅系材料で形成」するという具体的構成を採用すれば,従来よりMの大きさが小さくなるので,高速回転時にも Mが必要以上に大きくならず,制御圧力モーメントMcに応じた正確な容量制御が可能になるとの,課題を解決するための技術思想を開示するものである。
2 刊行物2記載の発明(引用発明2)の技術事項について (1) 引用発明2の技術課題 引用発明2が前提とする両頭ピストン式圧縮機では,運転中に斜板傾角を増大させるモーメントは,ピストン往復動慣性力に基づくモーメントMp,アクチェータ71の制御圧力に基づくモーメントMcであり,逆に,斜板傾角を減少させるモーメントは,斜板回転慣性力に基づくモーメントMs,圧縮反力に基づくモーメントMgである。ここで,容量を適宜選択するために作用するモーメントは斜板傾角増大方向のMcである。各モーメントが上記のように作用する両頭ピストン式圧縮機においては,Mp>Msである場合,MとMcが斜板傾角を増大する方向に作用し,Mgがこれらに対抗して斜板傾角を減少する方向に作用することになり,Mcの大きさを適宜調整することで,容量を制御するものである。ところで,Mは回転速度の2乗に比例して増大するため,運転速度を上げていくと,いずれ必ずM>Mgとなる。そして,いったんこの状態になると,斜板に働くモーメントは傾角増大方向の{(Mp-Ms)-Mg}と,傾角増大方向にしか調整できないMcしか存在しなくなることから,もはやMcでは斜板の傾斜角を減少することはできず,両頭ピストン式圧縮機の容量は制御不能になってしまう(最大容量で運転される)。刊行物2では,この現象を,「特に圧縮機の高速運転時に,斜板の傾斜角を増大させる方向のモーメントが生じると,斜板の傾斜角の制御が困難になり,この結果,圧縮機の高速運転時に容量制御が困難になる問題」と表現している。
(2) 引用発明2の技術思想 引用発明2は,両頭式ピストン式圧縮機において,Mp>Msであると,高速運転によってM>Mgとなったときに圧縮機の容量が制御不能になるという問題を,Ms≧Mpとすることにより解決したものである。つまり,Mp=Msとすれば,MpとMsがそれぞれを打ち消すため,斜板の傾斜角に影響を与えるモーメントは,MgとMcのみとなる。この状況は高速運転時においても変らないので,この場合には,容量の増大方向の調整はMcによって,また減少方向の調整はMcを0としMgを利用することによって制御が可能となる。また,Ms>Mpとすれば,斜板の傾斜角に影響を与えるモーメントは,減角方向のモーメント(Ms-Mp),同じく減角方向のモーメントMg,増角方向のモーメントMcとなる。
この状況は高速運転時においても変らないので,この場合も,容量の増大方向の調整はMcによって,また減少方向の調整はMcを0としMg+(Ms-Mp)を利用することによって制御が可能となる。
(3) 被告は,引用発明2には,Ms≧Mpという技術思想のみならず,Mp>Msであっても,従来よりMを小さくし,斜板傾角を減少する方向の作用を増大しさえすれば,特に高速域で容量制御が困難になる問題を改善し得るという技術思想まで含まれている旨主張するが誤りである。なぜなら,Mp>Msである限り,運転速度を上げていくと,どこかで必ずM>Mgとなってしまい,減角方向のモーメントが存在しなくなるため,「高速運転時に容量が制御不能になる」という刊行物2の技術課題は解決されないからである。
3 このように,クランク室圧制御型片頭ピストン式圧縮機に関する本件発明では,高速回転によって増角方向のモーメントMが増大しても,これに対抗して適宜その大きさを制御できる減角方向のモーメントMcが存在するので,斜板傾角を減少させることができることから,「高速運転時でも容量の制御自体は可能であるが,設定容量よりも過剰に運転されてしまう状態を改善し,設定どおりの正確な制御を行うこと」を技術課題としているのに対し,両頭式ピストン式圧縮機に関する引用発明2では,Mp>Msだと高速運転時に容量の制御が不能となることから,「高速運転時の容量制御が不能な状態を,制御可能にすること」を技術課題にしており,両者は前提とする技術課題を異にするものであり,したがって,その解決手段として開示された技術思想も全く異なる。すなわち,刊行物2の技術思想は,「Ms≧Mp」とすることを絶対条件としているのに対し,本件発明の技術思想は,「斜板を従来より比重の大きな銅系材料で形成することで,従来よりMの値を小さくする」というものであって,Mp>Msを否定するものではなく,むしろ,Mp>Msが事実上の前提になっているものである。
4 引用発明2の技術事項を引用発明1に適用することはできないことについて (1) 引用発明1に係る圧縮機は本件発明と同じクランク室圧制御型片頭ピストン式圧縮機であり,同圧縮機においては,MsがMpよりも大きいと,(Ms-Mp)は減角側に作用することになるので,唯一の増角側モーメントMgを打ち消す作用を及ぼすことになる。そして,(Ms-Mp)の大きさは回転速度の2乗に比例して増大していくから,回転速度が上昇していくといずれ必ず(Ms-Mp)>Mgとなってしまい,斜板の傾斜角を増大させる増角側のモーメントが発生せず,傾斜角を減少させる減角側モーメントであるMcの制御では,容量を増大することができなくなる。
(2) 被告は,クランク室圧制御型片頭ピストン式圧縮機においても,(Ms-Mp)≒0という前提であれば,容量を増大できると主張する。確かに,(Ms-Mp)≒0,すなわち,Ms≒Mpであれば,圧縮反力Mgを利用することで斜板傾角を増大することは理論上可能といえる。しかし,技術的にあらゆる諸元(斜板の形状や密度,ピストンの形状や密度等)を適宜変更しても,一時的にMs=Mp,または,ある斜板傾角範囲でMs≒Mpとなることはあっても,現実的には回転速度の変動及び斜板の傾角変動が常にある圧縮機の運転中全般においてMs≒Mpとすることはできない。そして,Ms>Mpの場合,速度が上昇していくと,いずれ必ず(Ms-Mp)>Mgとなってしまい,増角側への制御,すなわち容量の増大が不可能となるのは前記のとおりである。
なお,刊行物2には,「尚,本実施例は,ハウジングの両側にシリンダを有するタイプの斜板式可変容量圧縮機であるが,これに限定されず,本考案は,ハウジングの一方にシリンダを有する通常の斜板式可変容量圧縮機にも適応可能である。」(甲4,10頁6〜8行)との記載があるが,該記載が虚偽であることは既述の説明から明らかである。
(3) 以上のとおり,引用発明2の技術事項(Ms≧Mp)のうち,Ms=Mpを運転中常に適用することは事実上不可能であり,またMs>Mpを引用発明1に適用すると高速運転時に容量を増大させる等の容量制御ができなくなるから,引用発明1のクランク室圧制御型片頭ピストン式圧縮機に引用発明2の技術事項(Ms≧Mp)を適用することはできない。
5 引用発明2の技術事項を引用発明1に適用しても本件相違点に係る本件発明の構成を導くことは不可能なことについて 仮に,引用発明2の技術事項を引用発明1に適用したとしても,そこから,本件相違点に係る本件発明の構成を想到することは不可能である。
甲11(「斜板及びピストンの慣性乗積検討」と題する書面)は, [検討1]ピストン材料としてアルミニウム系材料を,シュー材料及び斜板材料として鉄系材料をそれぞれ採用した原告の現行製品(片頭ピストン式可変容量圧縮機,型式名6S14) [検討2]斜板材料を純粋な銅(比重:8.93)とした以外は,上記現行製品と全く同じ片頭ピストン式可変容量圧縮機 [検討3]ピストン質量を22.5グラム(上記現行製品は40.5グラム)とし,斜板材料を純粋な銅(比重:8.93)とした以外は,上記現行製品と全く同じ片頭ピストン式可変容量圧縮機 [検討4]斜板材料の比重を14.5(ほぼタングステンの比重に相当)とした以外は,上記現行製品と全く同じ片頭ピストン式可変容量圧縮機 のそれぞれについて,ピストン慣性力モーメントMp及び斜板遠心力モーメントMsの大小関係等を検証した結果を記載したものである。
その検証結果によれば,@検討1及び検討2においては,Ms また,B同圧縮機において,斜板材料の比重の調整によりMs=Mpを充たそうとすると,比重を14.5にしなければならない(検討4)。この事実は,刊行物2の技術事項(Ms≧Mp)は,片頭ピストン式可変容量圧縮機において,本件発明のようにピストンにアルミニウム系材料,シューに鉄系材料を選択使用した場合には,斜板の材料はタングステン以上の比重の材料を選択すべきことを示唆するものである。
以上より,引用発明2の技術事項(Ms≧Mp)を引用発明1に適用しても,本件相違点に係る本件発明の構成,すなわち「前記片頭ピストンをアルミニウム系材料で形成すると共に,前記斜板を前記片頭ピストンよりも比重の大きな銅系材料で形成し,さらに前記シューを鉄系材料で形成」するという構成を導くことができないことは明らかである。
6 その他の刊行物について (1) 刊行物3 刊行物3に記載されているのは,ワッブル式斜板圧縮機であり,斜板に増角側モーメントを発生させるピストン,コンロッド,ピストンサポート等からなる往復動運動体の質量が片頭ピストン式よりも大きく,これに対抗するために減角側モーメントを大きくしようとすると,斜板の質量をかなり大きくしなければならない。このため,刊行物3では,コンロッドの重量の低減を図ることによって斜板本体の軽量化を図ろうとするものである。しかし,コンロッドはワッブル式斜板圧縮機には存在するが,引用発明1に係るクランク室圧制御型片頭ピストン式斜板式圧縮機には存在しない部品であるから,当該技術事項を同圧縮機の斜板に適用させることはできない。
(2) 刊行物6 確かに,刊行物6には,「回転慣性力に影響を与える斜板の質量を大きくするために斜板の板厚を少し大きくしたり,斜板の材料として比重の大きい材料を使用するという技術事項」が記載されている。しかしながら,斜板の板厚を大きくするという技術事項は,ワッブル式の可変容量斜板式圧縮機だからこそ採用できる考えであり,本件発明のような片頭ピストン式の可変容量斜板式圧縮機においては採用できない。また,比重の大きい材料を使用するとの技術事項は,斜板の材料として銅系材料の使用を示唆するものではない。刊行物6記載の発明の目的は,Ms(斜板の回転運動モーメント)≧Mp(ピストン及びピストンサポートの慣性力モーメント)とすることであり,上記のようにワッブル式ではMpが片頭ピストン式より相当に大きいから,銅程度の比重では到底足りるものではない。さらに,上記発明の目的たるMs≧Mpという技術事項が引用発明1のクランク室圧制御型片頭ピストン式斜板式圧縮機に適用できず,また適用しても本件相違点に係る本件発明の構成を想到し得ないことも既述のとおりである。
(3) 刊行物4 刊行物4に記載の両頭ピストン式の可変容量斜板式圧縮機には,両頭ピストンをアルミニウム合金で形成し,シューを鉄系の金属で形成していることにかんがみ,斜板本体を鉄系の金属で形成し,斜板本体の周縁部にアルミニウム合金の層を形成することにより,斜板揺動力や制御圧に対して十分な強度を有し,鉄系の金属で形成されたシューとの摺動性を良くするものが記載されているが,本件発明のようにピストンをアルミニウム系材料,シューを鉄系材料としたときに,斜板を銅系材料で形成することについては,記載も示唆もない。
(4) 刊行物5 刊行物5に記載の両頭ピストン式の可変容量斜板式圧縮機には,斜板本体はシューとの摺動部以外が鉄系材料で形成され,摺動部を銅系軸受合金で形成することで,斜板の摺動部の潤滑不良時や高負荷荷重時に焼付き等の不具合が発生するのを防止することが記載されている。しかしながら,刊行物5記載の発明は,互いに鉄系材料で形成される斜板本体とシューとの摺動部を銅系軸受合金で形成するというものであり,斜板本体を形成する材料が鉄系材料であることを前提とした発明であって,本件発明のように斜板全体を銅系材料で形成するという発想は皆無であり,また,ピストンの材料も示されていないことから斜板をピストンよりも比重の大きな材料で作成するという意図すらないものである。
(5) 刊行物7 刊行物7記載の発明は,固定斜板式圧縮機に関するものであり,耐摩耗性,耐焼付性,靭性及び低熱膨脹性に優れた斜板を得るため,母材金属表面に第1繊維集積体及び第2繊維集積体からなる繊維成形体が埋設された繊維強化金属の表面部を設けたものであり,母材金属と表面部とは一体不離の関係にあり,母材金属としてアルミニウム系や銅系が例示されていても,ここから,低熱膨張性とは相反する,斜板全体を熱膨張性のよいアルミニウム系又は銅系材料のみで形成するという技術的思想を抽出することは不可能である。
また,固定斜板式圧縮機においては,斜板の傾斜角が固定されているため,高速域で斜板の遠心力を利用して容量制御性を向上させるとの課題が存在しないばかりでなく,斜板の質量の増大は圧縮機駆動に要する動力増につながるためこれを避ける傾向にある。そのような意味で,刊行物7には,軽量性を考慮すると,母材金属としてアルミニウム合金がより好ましいと記載されているのであり,刊行物7記載の発明は,斜板全体を鉄系材料よりも比重が大きい銅系材料のみで構成することを示唆するものではない。刊行物7に示される斜板の材料構成は,本件発明が技術的課題としている容量制御性の向上にはそぐわないものである。
さらに,刊行物7記載の発明は,斜板を繊維強化金属複合材料から形成することにより,斜板の機械的強度等を向上させることに特徴があり,このことは,繊維を配合しないアルミニウムや銅などの母材金属のみで斜板を形成すると機械的強度が十分でないとの認識を示すものである。したがって,刊行物7記載の発明から斜板全体を銅系材料のみで形成しようとする動機付けは得られない。
(6) 上記のとおり,刊行物3ないし刊行物7記載の技術事項を参酌しても,本件相違点に係る本件発明の構成を導くことは不可能である。
7 本件発明の顕著な効果について 本件相違点に係る本件発明の構成を採ることによって,本件発明は,「片頭ピストン式圧縮機において,慣性力の作用が顕著であるエンジンの高速回転時においても,容量制御弁による正確な容量制御が可能となる」という効果を奏するものである(@容量制御性の向上)。また同時に,シューが鉄系材料,斜板が銅系材料とされたことから,刊行物5のように斜板のシューとの摺動部に銅系軸受合金の層を形成するといった面倒な構成を採用することなく,シューと斜板の耐焼付性を向上させることを可能にしたものである(A耐焼付性の向上)。さらに,斜板を銅系材料としたことにより,斜板を一般的な材料である鉄系材料で形成した可変容量圧縮機を自動車空調用等として用いた場合に発生することのある,斜板が磁化されて他の構成部品の磨耗粉が斜板に付着するという事態を回避でき,耐久性の向上を図れるという作用効果をも同時に図れるものである(B磁化回避による耐久性の向上)。それだけでなく,C銅は加工性が良いので表面がきれいで研磨の必要がなく,またバリ取りの必要もないという効果まで奏する(C加工性の向上)。
このように,本件発明は,上記@ないしCの効果を同時に奏するという顕著な効果を奏するものであるから,効果の面から見ても本件発明が進歩性を有することは明らかである。
(被告の反論) 本件決定に原告主張の違法はない。
1 引用発明2について (1) 刊行物2には,従来の可変容量斜板式圧縮機においては,ピストン及び変換部材の往復動慣性力によって生じる斜板の傾斜角を増大させる方向に働くモーメントが,斜板の回転慣性力によって生じる斜板の傾斜角を減少させる方向に働くモーメントより大きく,特に圧縮機の高速運転時に容量制御が困難になる問題が生じるという知見に基づいて,斜板の回転慣性力によって生じる斜板の傾斜角を減少させる方向に働くモーメントを,ピストン及び変換部材の往復動慣性力によって生じる斜板の傾斜角を増大させる方向に働くモーメントと等しいかそれよりも大きくすることが記載されている。そうすることで,斜板の傾斜角に影響を与えるモーメントは,圧縮機の高速運転時に,生じないか,生じた場合でも斜板の傾斜角を小さくする方向のモーメントになるのである。特に高速域で容量制御が困難になる問題を,往復動慣性力による斜板傾角を増大する方向の作用,及び回転慣性力による斜板傾角を減少させる方向の作用に着目するだけで,完全に解消しようとするものである。上記問題を完全に解消しようとするということは,斜板の回転慣性力によって生じる斜板の傾斜角を減少させる方向に働くモーメントを,ピストン及び変換部材の往復動慣性力によって生じる斜板の傾斜角を増大させる方向に働くモーメントに比べて,従来より相対的に大きくすれば,特に高速域で容量制御が困難になる問題を改善し得るという技術思想を含むものである。してみると,従来の可変容量斜板式圧縮機において,往復動慣性力による斜板傾角を増大する方向の作用を減少,若しくは回転慣性力による斜板傾角を減少させる方向の作用を増大すれば,すなわち斜板傾角を減少する方向の作用を増大すれば,容量制御が困難になる問題を,改善し得るということは明白である。
(2) 刊行物2には,「-Fs・L(注:原告のいう「Ms」)と,Fp・r・n(注:原告のいう「Mp」)の2つのモーメントにおいて,後者が大きいと,斜板42は,更に傾斜角が増大する方向に付勢される。この傾向は,回転数の2乗に比例して増大するため,結局,回転数が増大すると容量が最大の方向に移行し,高速で最大容量になる望ましくない特性が生じる。」(甲4,9頁24〜27行)との知見が記載されている。この知見によれば,Mが大きくなればなるほど,高速運転時の容量制御が困難になるという問題が生じ, Mが小さくなればなるほど,高速運転時の容量制御が困難になるという問題を改善し得ることは,明白である。
引用発明2は,Mを従来に比べて小さくすることで,高速運転時の容量制御が困難になるという問題を改善し得るという技術思想を前提とし,さらに,Ms≧Mpとすることで,斜板の傾斜角に影響を与えるモーメントは,圧縮機の高速運転時に,生じないか,生じた場合でも斜板の傾斜角を小さくする方向のモーメントであるようにし,高速域での容量制御を確実に行うというものである。
(3) 原告は,引用発明2が解決しようとする技術課題とは,「両頭ピストン式の可変容量圧縮機における,高速運転時に容量の制御が不可能になるという問題」であって,その解決手段として,刊行物2には,Ms≧Mpとすることで,「容量制御を可能にする」という技術思想が開示されている旨主張するが,刊行物2には,「高速運転時に容量制御が困難になる問題」,「容量制御を確実に行うことが可能」と記載されているのであり,原告の主張する技術課題や技術思想は記載されていない。
2 引用発明2の技術事項を引用発明1に適用することはできない旨の主張について (1) 原告の主張は,引用発明2の技術思想がMs≧Mpであることを前提としたものであり,失当である。また,原告は,引用発明2の技術事項(Ms≧Mp)を,引用発明1の片頭ピストン式可変容量圧縮機に適用すると,Ms-Mp)の大きさは回転速度の2乗に比例して増大していくから,回転速度が上昇していくと必ず(Ms-Mp)がMgより大きくなってしまい,容量を増大することができなくなると主張するが,当該主張は,(Ms-Mp)がMgよりも大きいという前提での主張であり,(Ms-Mp)≒0という前提であれば容量を増大することができるから失当である。
(2) 刊行物2には,片頭ピストンを用いた可変容量斜板式圧縮機への適応について,「尚,本実施例は,ハウジングの両側にシリンダを有するタイプの斜板式可変容量圧縮機であるが,これに限定されず,本考案は,ハウジングの一方にシリンダを有する通常の斜板式可変容量圧縮機にも適応可能である。」(甲4,10頁6〜8行)と明確に記載されている。
(3) 引用発明2は,Ms≧Mpとすることで容量制御を確実に行うという技術思想を開示するだけでなく,Mを従来に比べて小さくすれば,高速運転時の容量制御が困難になるという問題を改善し得るという技術思想も開示するものであるから,仮に,原告が主張するようにMs≧Mpという技術思想をそのまま引用発明1のクランク室圧制御型片頭ピストン式圧縮機に適用することはできないとしても,当業者であれば,Mを従来に比べて小さくすれば,高速運転時の容量制御が困難になるという問題を改善し得るという技術思想に着目し,これを引用発明1に適用することは何ら困難なことではない。すなわち,銅系材料を選択し,Mを従来に比べて小さくなるように斜板・シュー・ピストンの寸法,質量等を考慮すればよいことである。
3 引用発明2の技術事項を引用発明1に適用しても本件発明の構成とはなり得ない旨の主張について (1) 原告は,甲11の「斜板及びピストンの慣性乗積検討」と題する書面を提出し,引用発明2の技術事項(Ms≧Mp)を引用発明1に適用しても本件相違点に係る本件発明の構成とはなり得ない旨主張するが,これも引用発明2の技術思想がMs≧Mpであることを前提とした主張であり,失当である。
(2) 従来の可変容量斜板式圧縮機においては,斜板及びピストンをアルミニウム系材料で,シューを鉄系材料で形成している。そして,上記のとおり,引用発明2は,Mを従来に比べて小さくすれば,高速運転時の容量制御が困難になるという問題を改善し得るという技術思想をも開示しているから,従来の可変容量斜板式圧縮機において,斜板をアルミニウム系材料で形成するのに代えて,鉄系材料又は銅系材料で形成することは,引用発明2の上記技術思想に接した当業者が,高速運転時の容量制御を確実に行う,若しくは容量制御が困難になるという問題を改善することを目的として,刊行物3ないし7記載の技術事項を参酌して適宜なし得るものである。
4 その他の刊行物について (1) 刊行物7には,ロータ,すなわち斜板を形成する母材金属としてアルミニウム系材料より比重の大きい銅系材料を使用することが開示されている。ここで,用語「銅系材料」について本件特許に係る明細書(以下「本件明細書」という。)には格別の定義がなされていないが,通常の意味,すなわち,銅そのもの,銅を主成分とする銅合金等が含まれるものと解される。刊行物7記載の繊維強化金属は,耐摩耗性,耐焼付性,靱性及び低熱膨張性に優れた斜板を提供するためのものではあるが,母材金属として銅系金属を選択し,その表面に第1,第2繊維を埋設するものであるから,銅系金属を主成分とするものであり,一種の「銅系材料」といえる。仮に,上記繊維強化金属が,「銅系材料」といえないとしても,「銅系材料」を各種の機械部品に用いることは,周知・慣用の技術事項(乙1の「金属材料学」参照)であるから,刊行物7に接した当業者は,ロータの斜板を形成する材料として繊維を含まない銅系材料を選択することを適宜想到し得るといえる。
(2) 原告は,刊行物7に開示された斜板の比重は鉄より小さく,容量制御性の向上にはそぐわないものであると主張する。しかしながら,本件発明は,斜板をピストンより比重の大きな材料で形成し,斜板に働く遠心力を増大させることにより,容量制御をより正確に行うことの可能な可変容量斜板式圧縮機を提供するものであり,さらに比重の大きな材料として銅系材料を選ぶというものである。してみると,斜板をピストンより比重の大きな材料で形成すれば,従来の斜板式圧縮機よりも容量制御性を向上し得るものであり,その向上度はどのような比重の材料を選択するかによって影響を受けるものである。そして,どのような比重の材料を選択するかは,容量制御性の向上度等を勘案して,当業者が適宜選択することと解される。ちなみに,本件の出願当初の明細書(乙2)には,ピストンより比重の大きな斜板材料として,鉄系材料,銅系材料を選択することが記載され,どちらの材料を選択しても「斜板式可変容量圧縮機の吐出容量を設定容量に保ち,容量制御を正確に行うことができる。」という効果を奏する旨記載されている。原告の主張は,この点からみても失当である。
(3) 原告は,本件発明の可変容量斜板式圧縮機と刊行物3及び刊行物6のワッブル式の可変容量圧縮機とは,モーメントの解析が異なっており,斜板自体の構成や機能も異なっているから,ワッブル式圧縮機の斜板に関する技術事項を,本件発明の圧縮機の斜板に適用させることはできないと主張する。しかしながら,本件決定においては,本件決定において認定した刊行物3,刊行物6記載の技術事項の限度において参酌するものであるから,原告の主張は失当である。
5 本件発明の顕著な効果について (1) @容量制御性の向上についての効果は,前述したところを参酌すれば,引用発明1,引用発明2及び刊行物3ないし7記載の技術事項から当業者が予測し得る程度のものであることは,明らかである。
(2) A耐焼付性の向上,B磁化回避による耐久性の向上,C加工性の向上についての効果は,本件明細書及び図面に記載されていない効果であり,原告の当該主張は失当である。
なお,A耐焼付性の向上の効果については,シューを形成する材料と斜板を形成する材料とを異種の材料とすることで耐焼付性の向上を図るということが,当該技術分野の技術常識であることにかんがみれば,自明の効果であることは明らかである。
また,上記B磁化回避による耐久性の向上の効果については,刊行物4に「従来の斜板式圧縮機においては斜板及び両頭ピストンをアルミニウム合金で形成し」(甲6,3頁6〜8行)と記載され,また刊行物7にも従来の技術として「ロータ(即ち斜板),中間部材は・・・アルミニウムやアルミニウム合金が使用されている。」(甲9,1頁2欄20〜22行)と記載されているように,斜板を,アルミニウムやアルミニウム合金等の非磁性の材料で形成することが従来から行われていること,銅系材料は非磁性であることにかんがみれば,自明の効果であることは明らかである。
さらに,C加工性の向上の効果についても,自明の効果であることは明らかである。
当裁判所の判断
1 本件発明について (1) 本件明細書(甲2)には以下の記載がある。
ア 「【従来の技術】従来のこの種の斜板式圧縮機としては,例えば実公昭61-43981号公報に示すような構成のものが知られている。・・・この従来構成においては,一対のシューは双方で球の一部を構成する形状に形成され,ピストンはこのシューを介して斜板の周縁部に係合されている。そして,ピストンは斜板の回転に伴って前後に往復直線運動されるようになっている。この構成において,斜板及びピストンはアルミニウム系材料,シューは鉄系材料で形成されている。・・・【発明が解決しようとする課題】この斜板式圧縮機で斜板を回転させると,斜板には自重による遠心力とピストン重量による往復動慣性力が働く。その他にも斜板には吸入及び圧縮行程における吸入反力及び圧縮反力が働くが,この2力は互いにその作用を相殺し合うため,ここでは問題にしない。遠心力は斜板に傾角を減少させる作用を及ぼし,慣性力は斜板に傾角を増加させる作用を及ぼす。通常は,慣性力の方が斜板に及ぼす作用が大きく,斜板傾角が増大し圧縮機容量が圧縮機の設定容量よりも増加してしまう傾向にある。特に,可変容量圧縮機の場合は,高速回転時に吐出流量が増加するため,容量を減少させるように斜板傾角を小さくする制御が行なわれることが望ましいが,特に高速回転時には斜板に働くピストンの慣性力が増大するため,圧縮機が必要以上の大容量で運転されてしまうことがある。・・・この発明は上記従来技術に存在する問題点に着目してなされたものであって,その目的は,斜板をピストンより比重の大きな材料で形成し,斜板に働く遠心力を増大させることにより,容量制御をより正確に行うことの可能な可変容量斜板式圧縮機を提供することにある。」(1頁右欄7行〜2頁左欄23行) イ 「(作用)上述のように構成された本発明の可変容量斜板式圧縮機では,斜板の比重が片頭ピストンの比重よりも大きくなったため,斜板に働く遠心力の作用も大きくなる。それにより,遠心力が慣性力に対抗する。したがってクランク室内の圧力に応じて適正なピストンストロークが得られる。」(2頁左欄40〜46行) ウ 「片頭ピストン16のストロークはクランク室2a内の圧力とシリンダボア1a内の吸入圧との差圧に応じて変わる。即ち,圧縮容量を左右する斜板11の傾角が変化する。クランク室2a内の圧力はリヤハウジング3に取り付けられた制御弁18により制御される。・・・容量制御弁18には,吐出圧導入ポート19a,吸入圧導入ポート19b及び制御ポート19cが設けられている。吐出圧導入ポート19aは吐出圧導入通路20を介して吐出室3bに連通している。吸入圧導入ポート19bは吸入圧導入通路21を介して吸入室3aに連通しており,制御ポート19cは制御通路22を介してクランク室2aに連通している。そして,容量制御弁18は,吸入圧導入ポート19bから導入した吸入冷媒ガス圧を検知して,吐出圧導入ポート19aから導入した高圧の吐出冷媒ガスを必要量だけ制御ポート19c,制御通路22を介してクランク室2aに導くことにより,圧縮機が適正な容量で運転されるように斜板11を適正な傾角に設置する。」(2頁右欄末行〜3頁左欄17行) エ 「この実施形態においては,斜板11が銅系材料で形成されると共に,シュー17が鉄系材料で形成されているため,片頭ピストン16よりも比重が大きく,従来のものと比較して斜板11とシュー17の自重による遠心力が増大し,片頭ピストン重量による往復動慣性力に対抗することができる。従って,圧縮機は容量制御弁18によって制御される通りの容量で運転される。・・・この実施形態では,斜板11が銅系材料で形成されると共に,シュー17が鉄系材料で形成されているため,慣性力の作用が顕著であるエンジンの高速回転時においても,容量制御弁18による正確な容量制御が可能である。・・・【発明の効果】以上詳述したように,この発明によれば,可変容量斜板式圧縮機の吐出容量を設定容量に保ち,容量制御を正確に行うことができるという優れた効果を奏する。」(3頁右欄16〜32行) (2) 上記の本件明細書の記載によれば,片頭ピストン可変容量斜板式圧縮機で斜板を回転させると,斜板には,斜板に傾角を減少させる作用を及ぼす自重による遠心力Msと,斜板に傾角を増加させる作用を及ぼすピストン重量による往復動慣性力Mpが働くが,従来のこの種の斜板式圧縮機においては回転時にMp>Msとなり,高速回転時にはM(Mp-Ms)が増大するため,斜板式圧縮機が必要以上の大容量で運転されてしまうとの問題点があったこと,本件発明は上記の問題点に着目し,斜板をピストンより比重の大きな材料で形成し,斜板に働く遠心力を増大させることにより,MsをMpに対抗させ,容量制御をより正確に行うことの可能な可変容量斜板式圧縮機を提供することを目的としてなされたものであること,この目的を達成するため,本件発明は,上記斜板式圧縮機において,片頭ピストンをアルミニウム系材料で形成するとともに,斜板をピストンより比重の大きな銅系材料で形成するなどの構成を採用し,斜板に働く遠心力を増大させることにより,MsをMpに対抗させ,エンジンの高速回転時においても,圧縮機の吐出容量を設定容量に保ち,容量制御弁による正確な容量制御が可能になるという作用効果を奏するようにしたものであることが認められる。
(3) 原告は,本件発明においては,Ms≧Mpとするのではなく,従来の片頭ピストン可変容量斜板式圧縮機の場合よりMの大きさを小さくするものであると主張する。
しかしながら,本件明細書(甲2)にMsをMpに対抗させるとの記載があることから,本件発明が,MsをMpより大きくすることを意図しているとは解されないが,原告の上記主張が,従来のこの種の斜板式圧縮機の場合よりMの大きさが少しでも小さければよいとの趣旨のものであるのならば,本件明細書の上記(1)の記載と整合しないものである。すなわち,本件明細書における上記(1)の「それにより,遠心力が慣性力に対抗する。したがってクランク室内の圧力に応じて適正なピストンストロークが得られる。」,「従来のものと比較して斜板11とシュー17の自重による遠心力が増大し,片頭ピストン重量による往復動慣性力に対抗することができる。従って,圧縮機は容量制御弁18によって制御される通りの容量で運転される。」,「この実施形態では,斜板11が銅系材料で形成されると共に,シュー17が鉄系材料で形成されているため,慣性力の作用が顕著であるエンジンの高速回転時においても,容量制御弁18による正確な容量制御が可能である。」及び「可変容量斜板式圧縮機の吐出容量を設定容量に保ち,容量制御を正確に行うことができるという優れた効果を奏する。」との各記載は,斜板を銅系材料で形成すると,エンジンの高速回転時においてもMsとMpが拮抗し(Msが増大してMが0に近くなる。),クランク室内の圧力に応じた正確な容量制御が可能となることを意味するものと解される。この記載からすれば,Mを従来のものよりある程度小さくしただけでは,高速回転時にM(Mp-Ms)が増大し,斜板式圧縮機が必要以上の大容量で運転されてしまうとの問題点は解消されず,正確な容量制御を実現することは困難であると解される。
また,原告は,片頭ピストン可変容量斜板式圧縮機においては,高速回転によって増角方向のモーメントMが増大しても,これに対抗して適宜その大きさを制御できる減角方向のモーメントMcが存在するので,斜板傾角を減少させることができると主張するが,クランク室圧は吐出圧以上にはならないから,これに依存するMcには上限が存在し,Mがその値以上に増大すると,斜板傾角を減少させる制御は不可能となるものである。原告のこの点の主張は適切を欠くというべきである。
2 引用発明2について (1) 刊行物2(甲4)には以下の記載がある。
ア 「【考案が解決しようとする課題】近年,斜板式可変容量圧縮機の実用化が検討される段階になったが,この場合,固定容量タイプと異なり,斜板の傾斜角が自在に変わるため,ピストンの往復動慣性力と斜板の回転慣性力とのバランスが不充分な場合,不要な不釣合振動が発生するだけでなく,モーメントの不釣合によって,斜板の傾斜角が変化するという問題を生じる。特に,圧縮機の高速運転時に,斜板の傾斜角を増大させる方向のモーメントが生じると,斜板の傾斜角の制御が困難になり,この結果,圧縮機の高速運転時に容量制御が困難になる問題が生じた。・・・それ故,本考案の課題は,高速域での容量制御を確実に行うことが可能な斜板式可変容量圧縮機を提供することにある。」(4頁17〜27行) イ 「【課題を解決するための手段】本考案によれば,シリンダを有するハウジングと,該ハウジング内方に回転自在に配置された主軸と,該主軸に傾斜角可変に備えられた斜板と,上記シリンダ内に摺動自在に挿入されたピストンと,該ピストンと上記斜板との間に介在して上記主軸の回転に伴なう上記斜板の運動を往復運動に変換して上記ピストンに伝達する変換部材とを含む斜板式可変容量圧縮機において,上記斜板の回転慣性力によって生じる上記斜板の傾斜角を減少させる方向に働くモーメントを,上記ピストン及び上記変換部材の往復動慣性力によって生じる上記斜板の傾斜角を増大させる方向に働くモーメントと等しいかそれよりも大きくしたことを特徴とする斜板式可変容量圧縮機が得られる。」(4頁末行〜5頁9行) ウ 「【作用】本考案の斜板式可変容量圧縮機の場合,圧縮機の運転状態において,斜板の回転慣性力によって生じる斜板の傾斜角を減少させる方向に働くモーメントが,ピストン及び変換部材の往復動慣性力によって生じる斜板の傾斜角を増大させる方向に働くモーメントと等しいかそれよりも大きくなるので,斜板の傾斜角に影響を与えるモーメントは,圧縮機の高速運転時に,生じないか,生じた場合でも斜板の傾斜角を小さくする方向のモーメントである。従って,圧縮機の高速運転時に,斜板には,傾斜角に影響を与えるモーメントが生じないか,生じたとしても傾斜角を小さくするモーメントであるので,斜板の傾斜角の制御が確実に行われる。」(5頁11〜20行) エ 「加圧室72内には,コイルスプリング73が備えられている。このコイルスプリング73は,アクチェータ71を弁板装置14から引き離す方向にアクチェータ71を付勢する。加圧室72は,連通路74を通じて吐出室17に連通している。・・・制御弁76によって加圧室72と吸入室16との間の連通を制御することにより,加圧室72内の圧力が制御され,この結果,アクチェータ71の位置が制御される。・・・リアシリンダブロック6の中央部には,複数のアクチェーティングピン80が軸方向に摺動自在に備えられている。これらのアクチェーティングピン80の一端は,夫々,アクチェータ71に固定されている。アクチェーティングピン80とスリーブ60との間には,スラストニードルベアリング81が介在する。・・・スラストニードルベアリング81の固定輪82は,アクチェーティングピン80の他端に固定されている。スラストニードルベアリング81の回転輪83は,スリーブ60に固定されている。従って,アクチェータ71の軸方向の動きは,アクチェーティングピン80及びスラストニードルベアリング81を介してスリーブ60に伝達される。この結果,加圧室圧を制御弁76によって制御することにより,斜板42の傾斜角を制御することができる。」(8頁20行〜9頁12行) オ 「主軸20が回転すると,斜板42も回転するが,その傾斜した質量分布により,図面上,斜板42の上下において,慣性力Fs,-Fsが生じ,これによって,図面上,左巻きモーメント-Fs・Lが生じる・・・一方,両頭ピストン50の往復動慣性力によって生じる,図面上,右巻きのモーメントFp・r・nがある(nはピストン数)。-Fs・Lと,Fp・r・nの2つのモーメントにおいて,後者が大きいと,斜板42は,更に傾斜角が増大する方向に付勢される。この傾向は,回転数の2乗に比例して増大するため,結局,回転数が増大すると容量が最大の方向に移行し,高速で最大容量になる望ましくない特性が生じる。反対に,本実施例の場合の様に,-Fs・LがFp・r・nよりも大きくなるようにすると,高速域では,斜板42が容量減少に移行する特性が得られる。以上のように,斜板42の慣性力によるモーメントをピストン50のそれよりも等しいか,大きくすることにより,高速域での容量制御性を確保するとともに,超高速での容量低減効果による耐久性向上,振動,騒音の低減という大きな効果を得ることができる。・・・尚,本実施例は,ハウジングの両側にシリンダを有するタイプの斜板式可変容量圧縮機であるが,これに限定されず,本考案は,ハウジングの一方にシリンダを有する通常の斜板式可変容量圧縮機にも適応可能である。」(9頁17行〜10頁8行) カ 「【考案の効果】本考案の場合,斜板の傾斜角に影響を与えるモーメントは,圧縮機の高速運転時に,生じないか,生じた場合でも斜板の傾斜角を小さくする方向のモーメントである。従って,圧縮機の高速運転時に,斜板には,傾斜角に影響を与えるモーメントが生じないか,生じたとしても傾斜角を小さくするモーメントであるので,斜板の傾斜角の制御が確実に行うことができ為(注:「できる為」の誤記と認める。),本考案は,高速域での容量制御を確実に行うことができる。」(10頁10〜16行) (2) 上記の刊行物2の記載によれば,斜板式可変容量圧縮機は,斜板の傾斜角が自在に変わるため,MpとMsとのバランスが不充分な場合,モーメントの不釣合によって,斜板の傾斜角が変化するという問題を生じ,特に,高速運転時に,斜板の傾斜角を増大させる方向のモーメントが生じると,斜板の傾斜角の制御が困難になり,容量制御が困難になる問題が生じた(MsよりMpが大きいと,斜板は傾斜角が増大する方向に付勢され,この傾向は,回転速度の2乗に比例して増大するため,高速回転時に最大容量になる特性が生じる。)こと,引用発明2は,この問題に着目し,高速域での容量制御を確実に行うことが可能な可変容量斜板式圧縮機を提供することを課題としてなされたものであること,上記課題を解決するため,引用発明2は,Msによって生じる斜板の傾斜角を減少させる方向に働くモーメントが,Mpによって生じる斜板の傾斜角を増大させる方向に働くモーメントと等しいかそれよりも大きくする(Ms≧Mp)という構成を採用し,高速運転時に,斜板には,傾斜角に影響を与えるモーメントが生じないか,生じたとしても傾斜角を小さくするモーメントであるので,斜板の傾斜角の制御を確実に行うことができるという作用効果を奏するようにしたものであることが認められる。
(3) 原告は,引用発明2は,Mp>Msであると,高速運転によって M(Mp-Ms)>Mgとなったときに圧縮機の容量が制御不能になるという問題を,Ms≧Mpとすることにより解決したものであると主張する。
確かに,上記のとおり,引用発明2は,Ms≧Mpとすることにより,高速運転時にも,斜板の傾斜角の制御を確実に行うことができるようにしたものであり,刊行物2には,被告の主張する,Mp>Msであっても,従来よりMを小さくして,特に高速域で容量制御が困難になる問題を改善し得るという技術思想は明示されていない。
しかしながら,刊行物2には,MpがMsより大きいと,Mは回転速度の2乗に比例して増大するため,圧縮機の高速運転時に,斜板の傾斜角の制御が困難になることが記載されている。引用発明2の実施例の両頭ピストン斜板式圧縮機では,加圧室圧により斜板の傾斜角を大きくする制御が行われており,また,斜板の傾斜角を減少するモーメントMgが存在することは明らかであるから,上記記載は,MpがMsより大きければ圧縮機が所定の回転速度に達するとM>Mgとなる事態が生じ,斜板の傾斜角を減少する制御が不能になることを意味していると解される。そうすると,両頭ピストン式斜板圧縮機において,いかに高速回転してもM>Mgとなる事態が生じないようにするには,Ms≧Mpとすることが必要であるといえるが,Mp>Msであっても,従来よりMsを大きくしてMを小さくすれば,M>Mgとなる回転速度が従来より大きくなり,容量制御性が向上することも技術常識に照らし明らかであり,刊行物2には,このことが示唆されているものというべきである。
なお,引用発明2においては,Ms=Mpであれば充分その課題を解決することができるものであり,Msをあまり大きくすると,容量を増大する制御が正確に行われなくなるおそれがあると考えられるから,Ms>Mpの条件設定を行うとしても,(Ms-Mp)をあまり大きくすることは想定されていないものと考えられる。
3 引用発明2の技術事項を引用発明1に適用することはできない旨の主張について (1) 刊行物1(甲3)には,引用発明1,すなわち「クランク室1aと,吸入室27及び吐出室28との間に位置する複数のシリンダボア2aをシャフト軸4の周りに配列し,シリンダボア2a内にピストン21を往復直線運動可能に収容し,クランク室1a内においてシャフト軸4上に斜板10を傾動可能に支持すると共に,ピストンロッド20において,球の一部を構成する形状に形成された一対のスライディングシュー19を介してピストン21を斜板10の周縁部に係合し,さらにクランク室1a内の圧力を制御することによってピストンストロークを変更するようにした片頭ピストン可変容量斜板式圧縮機。」の発明が記載されていると認められるところ,原告は,引用発明1は本件発明と同じクランク室圧制御型片頭ピストン式斜板圧縮機であるが,Ms=Mpを運転中常に適用することは事実上不可能であり,またMs>Mpを適用すると高速運転時に容量を増大させる制御ができなくなるから,引用発明2の技術事項を引用発明1に適用することはできないと主張する。
上記主張は,引用発明2により開示された技術事項がMs≧Mpであることを前提とし,片頭ピストン可変容量斜板式圧縮機において,回転速度の変動及び斜板の傾角変動が常にある可変容量斜板式圧縮機の運転中全般においてMs=Mpとすることはできず,また,片頭ピストンの上記斜板式圧縮機において,Ms>Mpであれば,(Ms-Mp)の大きさは回転速度の2乗に比例して増大していくから,いずれ(Ms-Mp)>Mgとなってしまい,容量の増大が不可能になるというものである。
(2) そこで検討するに,刊行物6(甲8)には,可変容量形圧縮機に関し,「Mp(注:ピストン,コンロッドなどの往復運動及びピストンサポートなどの揺動運動によるモーメント,Mp=C1×sinα×cosα×ω2),Ms(注:斜板の質量分布により生じるモーメント,Ms=C2×sinα×cosα×ω2)は,それらが互いに逆方向のモーメントであること及びそれぞれ斜板傾転角αに対してほぼ直線的に変化するので,各部の寸法,質量を調整して比例定数C1,C 2を操作すれば,図17に示すように,いずれの斜板傾転角でも完全に打ち消すことができる。すなわち,MpとMsとの和を零とすることができる。換言すれば,Mp=-Msとすることである。」(6頁段落【0039】)と,上記圧縮機の運転中全般においてMs=Mpとすることができる旨が記載されている。また,上記圧縮機において,運転中全般においてMs=Mpとすることができないとしても,技術常識に照らせば,(Ms-Mp)を小さくすることは可能であり,上記圧縮機の回転速度には上限があるから,(Ms-Mp)を小さくして,上限の回転速度において,Mg>(Ms-Mp)を実現することは可能であると認められる。いずれ(Ms-Mp)>Mgとなってしまうとの原告の主張は,回転速度の上限を無視するものであり,採用することはできない。
さらに,本件明細書(甲2)には,前記1(1)アに認定したとおり,「可変容量圧縮機の場合は,高速回転時に吐出流量が増加するため,容量を減少させるように斜板傾角を小さくする制御が行なわれることが望ましい」と記載されており,また,刊行物6(甲8)に,「自動車空調機等に使用される場合には,低速回転(エンジンのアイドル回転)時には最大冷力が必要であるが,高速回転時にはあまり冷力は必要としない」(6頁右欄44〜46行),「圧縮機の回転速度がある値を超えると自動的(ある意味では強制的)に圧縮機を容量制御する」(6頁右欄34〜36行)と記載されているように,高速回転時には容量を小さくすることが望ましいのであるから,高速回転時に容量を増大させる制御ができなくなることが,引用発明2の適用を妨げる要因ともいえない。回転速度が低速の範囲内にあれば,容量を増大させる制御は可能である。
(3) さらに,前記2(1)で認定したとおり,引用発明2の両頭ピストン式圧縮機においては,制御弁によって加圧室内の圧力を制御することにより,斜板傾角を大きくする制御を行うものであるから,Ms>Mpとしても,制御が不可能にはならない(ただし,Mcに上限があるから限度はある。)のに対し,本件発明及び引用発明1のクランク室圧制御型片頭ピストン式圧縮機においては,クランク室圧を昇圧することにより,斜板傾角を小さくする制御を行うものであるから,Ms>Mpであると,高速回転時に容量制御ができなくなる可能性があることは技術常識である。そうすると,当業者であれば,引用発明2を引用発明1に適用する際に,上記技術常識に基づいて,Ms≒Mp(ただし,Mp≧Ms)となるように設計変更するものと認められる。刊行物2(甲4)の,「尚,本実施例は,ハウジングの両側にシリンダを有するタイプの斜板式可変容量圧縮機であるが,これに限定されず,本考案は,ハウジングの一方にシリンダを有する通常の斜板式可変容量圧縮機にも適応可能である。」(10頁6〜8行)との記載も,かかる技術常識を前提としているものと解される。
(4) 以上のとおり,引用発明2の技術事項をMs≧Mpと解したとしても,引用発明2を引用発明1に適用することができないとはいえず,また,当業者の技術常識を考慮すれば,引用発明2を引用発明1に適用することは可能である。
4 引用発明2の技術事項を引用発明1に適用しても本件発明の構成とはなり得ない旨の主張について (1) 原告は,甲11(「斜板及びピストンの慣性乗積検討」と題する書面)を提示して,原告の現行製品(ピストン材料としてアルミニウム系材料,シュー材料及び斜板材料として鉄系材料をそれぞれ採用した片頭ピストン式可変容量圧縮機)の斜板に鉄系材料に代え純粋な銅を採用した場合に,Mp>Msであり,Ms=Mpを充たそうとすれば,ピストン重量を上記現行製品からほぼ半減させなければならないが現在の技術レベルでは実現不可能であり,また,斜板材料の比重の調整によってMs=Mpを充たそうとすると,比重を14.5にしなければならないから,引用発明2の技術事項を引用発明1に適用しても本件相違点に係る本件発明の構成(可変容量斜板式圧縮機において斜板を銅系材料とする。)を導くことはできない旨主張する。
確かに,甲11によれば,検討対象とされた検討1に係る上記現行製品の斜板に鉄系材料に代え純粋な銅を採用した場合(検討2)に,Mp>Msであり,しかも,斜板の傾角が大きくなればMは急速に増大することが図示されている。
しかしながら,斜板材料を純粋な銅とした以外上記現行製品と同じ構成とした検討2に係る圧縮機が,本件発明に係る実施品であることを認めるに足りる的確な証拠はない。
また,甲11には,斜板の傾斜角0度のときにMが正の値であることが示されている。これは,傾斜角0度ではMpが0であり,斜板が対称であるとMsも0となるため,斜板を傾斜角0度で起動した場合に傾斜角を増加させることができないので,斜板を非対称にして斜板の傾斜角0度のときに傾斜角を増加させるモーメントを生じさせたものであると認められる。この場合,傾斜角の増加と共に,やがてMsは傾斜角を減少させるモーメントになるが,前記非対称の影響により,Msはそれほど大きくならないと考えられる。これに対し,本件発明では,斜板の最小傾角が最小傾角規制リングによって規制されており(本件明細書の段落【0011】),斜板を非対称にして上記モーメントを発生させる必要はないから,Msをより大きくでき(甲12の段落【0006】〜【0008】及び図4,刊行物6(甲8)の段落【0010】参照),したがって,斜板の傾角が大きくなっても,甲11に図示されているほど,Mは急速には増大しないはずである。
さらに,前記1(2)に説示したとおり,本件発明は,斜板を銅系材料で形成することにより,エンジンの高速回転時においてもMsとMpが拮抗し,クランク室内の圧力に応じた正確な容量制御を可能としたものであり,この点からみても,甲11の検討2が本件発明に係る実施品を対象としたものとは考えられない。
結局,甲11は,原告が設定した一定の条件の下での上記現行製品についての検討事例にすぎず,一般的な片頭ピストン可変容量斜板式圧縮機において,斜板に銅を採用しても,Ms≒Mpとならないことを示す証拠とはいえない。
(2) 本件発明と引用発明1との相違点である本件相違点は,「本件発明においては,前記片頭ピストンをアルミニウム系材料で形成すると共に,前記斜板を前記片頭ピストンよりも比重の大きな銅系材料で形成し,さらに前記シューを鉄系材料で形成したのに対して,刊行物1記載の発明においては,前記片頭ピストン,前記斜板,及び前記シューをどのような材料で形成したのか明らかでない点」である。
しかして,刊行物4(甲6)の「従来から斜板,半球シュー及び両頭ピストンのうち互いに接触する部位が同材質であると焼付を起こしやすいことが知られている。
また圧縮機自体の軽量化を考慮して,従来の斜板式圧縮機においては斜板及び両頭ピストンをアルミニウム合金で形成し,硬度が要求される半球シューは鉄系の金属で形成し,前記斜板及びピストンとは材質を異にしている。」との記載(3頁3〜10行)及び本件明細書(甲2)の前記1(1)アの記載(斜板及びピストンはアルミニウム系材料,シューは鉄系材料で形成されている。)により,斜板及びピストンをアルミニウム系材料で,シューを鉄系材料で形成した圧縮機は周知であると認められるから,本件発明の特徴は,斜板を銅系材料で形成した点のみというべきところ,原告は,この点に関して,刊行物3ないし刊行物7記載の技術事項を参酌しても,本件発明の斜板を銅系材料とする構成を導くことは不可能である旨主張する。
ア そこで,検討するに,刊行物3(甲5)には以下の記載がある。
(ア) 「斜板本体12の傾転角度の調整は,斜板室内とシリンダ室内の圧力 差によっておこなわれる。・・・複数のピストンに作用するガス圧縮力の合力をFgとし,スリーブピン17の中心からこのFgの作用点までの距離をLgとすると,斜板本体12にはガス圧縮力により第3図において半(注:「反」の誤記)時計方向(ピストンストロークを減少させる方向)のモーメントMg Mg=Fg×Lg …(1)が作用する。
一方,斜板本体の耳軸121にはドライブプレート14に加えられる力Feが作用する。スリーブピン17中心と耳軸に結合されたピボットピン16との距離をLeとし,Feと主軸13に平行な直線とのなす角をγとすると,力Feにより斜板本体には時計回り(ピストンストロークを増加させる方向)のモーメントMe Me=-Fe cosγ・Le …(2)が作用する。また,ピストン31,コンロッド32及びピストンサポート21の揺動運動などにより,主軸に沿った軸線方向の慣性力により斜板本体には時計回りのモーメントMIが,斜板本体の偏心質量など自身の質量分布により反時計回りのモーメントMJが,斜板本体に加わる。したがって,スリーブピン17中心回りのモーメントが釣り合っている状態では次の関係がある。
Me+MI+Mg+MJ=0 …(3) 一方,各ピストンの裏側に作用する斜板室10の圧力の合力をFcとする(このFcはモーメントは発生させない)と,主軸13の同軸方向の力の釣り合いからFg=Fe cosγ+Fc …(4)なる関係がある。
式(1),(2),(3),(4)よりMI+M J+Fc・Le=Fg(Le-Lg)…(5)なる関係が求まる。
ピストンに作用する圧縮力の合力Fgは吐出圧力を一定とすると,制御弁41上流側の圧力すなわち斜板室の圧力Pcと,シリンダ入口圧力Psの差Pc=Pc-Ps…(6)の関数として表わされるので,(5)式は,さらにMI+M J+Fc・Le=Fg(Pc)・(Le-Lg)…(7)とできる。
この制御弁41上流側の圧力すなわち,斜板室10の圧力Pcとシリンダ入口圧力Psとの差を以後制御差圧Pcと称する。」(5頁右上欄6行〜右下欄10行) (イ) 「ピストン31,コンロッド32の往復動部は,主軸13に沿った軸線方向の慣性力により斜板本体12を時計方向に回そうとするモーメントMp(Mpは前記MIの一部)を生じさせる。」(6頁左上欄14〜17行) (ウ) 「モーメントMpは,ピストン及びコンロッドなどの重量Wに比例し,しかも主軸の回転速度の2乗に比例する。コンロッドの重量を低減することによって前記Wを小さくし,したがってMpを小さくすることにより前記(5)式のMIを減少できる。その結果,制御差圧Pcを小さくすることができる。」(6頁左下欄6〜12行) (エ) 「第7図は最大ストローク(最大斜板傾転角)時における圧縮機回転 速度Ncと(6)式より定義される制御差圧Pcの関係を示す曲線であり,同図(イ)で示す曲線が従来例であり(ロ)は本発明の実施例を示す。両者の制御差圧Pcの差は圧縮機回転速度Ncの上昇と共に大きくなっている。これは(12)式からも明らかなようにNcの2乗に比例して大きくなっている。このことは,コンロッド部を軽量化することによって,小さい制御差圧でも最大ストロークで圧縮機を運転することができることを意味し,高速回転時の容量制御特性が向上することになる。」(7頁左上欄17行〜右上欄8行) (オ) 「従来のカーエアコン用可変ストローク斜板式圧縮機においては高速回転機で圧縮機を運転すると,制御差圧Pcが不足することからピストンが最大ストロークになってしまい」(7頁右上欄20行〜左下欄3行) イ また,刊行物6(甲8)には,以下の記載がある。
(ア) 「【発明が解決しようとする課題】上記従来技術では図14に示すように,各ピストン31,コンロッド32,及びピストンサポート21等の往復運動や揺動運動に伴って発生する慣性偶力による斜板面の傾転モーメントMs(注:「Mp」の誤記)に対し,斜板12の回転運動に伴って発生する遠心力による逆方向の斜板面の傾転モーメントMp(注:「Ms」の誤記)が小さく,慣性力によるピストンストロークを増大させる方向の不釣合な傾転モーメント(Mp-Ms)が残るという問題があった。」(2頁段落【0003】) (イ) 「上記の慣性力による不釣合な傾転モーメント(Mp-Ms)は,駆動軸回転速度の二乗に比例して増加し,かつ斜板傾転角を増大する方向のモーメントであるため,高速回転時に斜板傾転角を減少する方向に制御することが困難となるという容量制御性を左右する因子となる。」(2頁段落【0006】) (ウ) 「【課題を解決するための手段】上記目的を達成するための本発明の手段は,ピストンと,前記ピストンを駆動するピストンサポートと,前記ピストンサポートを揺動させるための斜板とを揺動角を変えて支持するサポートスリーブと,前記斜板を主軸に対する傾斜角を変えて支持する斜板スリーブにより構成され,前記斜板の傾転角を変えることにより容量制御を行う可変容量形圧縮機において,前記ピストンなどの往復運動及びピストンサポートなどの揺動運動の慣性力により生じるモーメントをMp,前記斜板の回転運動に伴い斜板自身の質量分布により生じるモーメントをMsとしたとき,Ms≧Mpとなる関係を満足させることである。」(2頁段落【0008】) (エ) 「図11において,複数のピストン31に作用するガス圧縮力の合力 をFg,斜板スリーブピン17の中心から合力Fgの作用点までの距離をLgとすると,斜板12にはガス圧縮力により図11で反時計方向(ピストンストロークを減少させる方向)のモーメントMg Mg=Fg×Lg …(数1)が作用する。
一方,斜板12の半球シュー16側面には力Feが作用する。斜板スリーブピン中心とピストンサポート21の瞬間傾転中心までの距離をLcとすると,力Feにより斜板(あるいはピストンサポート)には時計回り(ピストンストロークを増加させる方向)のモーメントMeは,斜板傾転角をαとすると,Me=-Fe×cosα×Lc…(数2)が作用する。また,図13に示すように,ピストン31,コンロッド32などの往復運動やピストンサポート21などの揺動運動などにより,主軸に沿った軸方向の慣性力により斜板には,時計回りのモーメントMpが作用する。
さらに,図12に示すように,斜板12の質量分布により反時計回りのモーメントMsが斜板12に加わる。従って,斜板スリーブピン17の中心回りのモーメントが釣り合っている状態では,次式が成立する。Me+Mp+Mg+Ms=0 …(数3) 一方,各ピストン31の裏側(斜板室側)に作用する斜板室10の圧力の合力をFcとすると,主軸13の軸方向の力の釣合いから,Fg=Fe×cosα+Fc …(数4)なる関係が成立する。このような構成で,熱負荷の低下あるいは圧縮機回転速度の上昇などにより,制御弁400上流の圧力が設定値よりも低下すると,制御弁400の開度が小さくなり,制御弁上流の圧力を一定に保つ。一方,下流側の圧力は冷媒流路が制御弁により絞られて小さくなるため低下する。この結果,斜板室の圧力は一定に保たれるのにたいし,ピストン31に作用するガス圧縮力Fgは低下するため,数1においてMgが低下するため釣り合う位置まで斜板が反時計方向に傾転し,ピストンストロークが減少する。このように,常に,制御弁400上流側の圧力が一定値以下とならないように,制御弁400の下流側の圧力,すなわち,シリンダ33の吸入圧力を変えることにより,ピストン31のストロークが制御される。この制御弁400の上流側の圧力,すなわち,斜板室10の圧力Pcとシリンダ入口圧力Psとの差を,以後,制御差圧と称する。
なお,数1,数2,数3,数4より, Mp+Ms+Fc×Lc=Fg×(Lc-Lg) =F(Pc)×(Lc-Lg) …(数5)なる関係が求まる。
ピストンに作用するガス圧縮力の合力Fgは,吐出圧力を一定とすると,制御弁400の上流側の圧力,すなわち,斜板室10の圧力Pcと,シリンダ入口の圧力の差,Pc=Pc-Ps…(数6)の関数として表され,差圧(制御差圧)を変えることによりピストンストロークが制御される。」(5頁段落【0029】〜【0035】 (オ) 「Mp(注:ピストン,コンロッドなどの往復運動及びピストンサポートなどの揺動運動によるモーメント,Mp=C1×sinα×cosα×ω2),Ms(注:斜板の質量分布により生じるモーメント,Ms=C2×sinα×cosα×ω2)は,それらが互いに逆方向のモーメントであること及びそれぞれ斜板傾転角αに対してほぼ直線的に変化するので,各部の寸法,質量を調整して比例定数C1,C 2を操作すれば,図17に示すように,いずれの斜板傾転角でも完全に打ち消すことができる。すなわち,MpとMsとの和を零とすることができる。換言すれば,Mp=-Msとすることである。」(6頁段落【0039】) (カ) 「次に,本発明の他の実施例について説明する。本実施例は,図18に示すように,往復運動及び揺動運動によるモーメントMpよりも大きい逆向きのモーメントである斜板の質量分布によるモーメントMsを生じさせるように構成することである。つまり,斜板傾転角に対して常に,Ms+Mp>0なる関係になるように構成することにある。Mp及びMsの大きさは,数7及び数8に示すように,各部材の寸法,質量によって決まる値C1及びC 2で決まるので,これらの値を適当に操作することで容易に達成できる。例えば,Msを大きくする場合,斜板12の板厚を少し大きくしたり比重の大きい材料を使用するなどすればよい。ただし,斜板の板厚さを大きくしても斜板の重心位置は,常に,斜板の回転中心に合わせる。また,本実施例では,Msに対しMpを小さくすることでも達成することができ,例えば,コンロッドなどを中空化するなどの方法により往復動,あるいは,揺動部材を軽量化するのも一つの手段である。なお,本実施例を達成するためには,前述したように慣性力による不釣合な遠心力を零にする。図18には,図14の従来例との比較を示しているが,慣性力によるモーメントの和(Ms+Mp)の斜板傾転角に対する傾きが従来例と逆特性になっていることが特徴である。本実施例では,斜板傾転角が最大,つまり,最大容量側で,モーメントの和(Ms+Mp)が反時計回り,つまり,斜板傾転角を減少させる方向に作用するようにした。」(6頁段落【0041】 (キ) 「図19は,本実施例による効果を従来例及び前述した実施例を併記して示したものである。縦軸に示した制御差圧Pcは,数5及び数6により得られ,この制御差圧が小さいほど容量制御性が良いことを示す。・・・本実施例では,制御差圧を圧縮機回転速度の増加に対して減少するようにすることができ,ある回転速度以上になると制御差圧が負,つまり制御差圧をかけなくても容量制御することができる。」(6頁段落【0042】 (ク) 「本実施例によれば,慣性力による不釣合な遠心力を零とすることができ,さらに,つねに斜板傾転角を減少させる方向に作用する傾転モーメントを発生させることができ,振動及び騒音が大幅に低減され,容量制御性,特に高速回転での容量制御性が向上する。」(7頁段落【0043】) ウ 上記ア,イ認定の刊行物3及び刊行物6の記載によれば,可変容量斜板式圧縮機で斜板を回転させると,斜板傾転角を増大させる方向の Mのモーメントが作用し,高速回転時には,回転速度の2乗に比例してMが増大するため,斜板傾転角を減少する方向に制御することが困難となるという容量制御性の問題点があることは周知であると認められ,刊行物3ではMを減少させることにより,刊行物6では,Mp=Ms又はMs>Mpとすることにより容量制御を可能とし,制御性を向上させることが記載されている。刊行物3及び刊行物6は,ワッブル式圧縮機であるが,高速回転時にMが増大するため,斜板傾転角を減少する方向に制御することが困難となるという容量制御機構において,本件発明のシュー式片頭ピストン斜板圧縮機と異なるものではないから,シュー式片頭ピストン斜板圧縮機においても,上記問題点があることは周知であると認められる。
エ 本件発明において,斜板を銅系材料で形成した技術的意義は,エンジンの高速回転時においてもMsとMpが拮抗し,クランク室内の圧力に応じた正確な容量制御を可能とするものと解されることは前示のとおりであり,MsとMpが拮抗すればよいのであって,本件発明の圧縮機においては,斜板として,たまたま銅系材料の比重を有する材料が適していたというにすぎない。そうすると,前記2に説示したとおり,引用発明2には,Ms≒Mpとすることにより,高速運転時にも,斜板の傾斜角の制御を確実に行うことができるとの技術事項が開示されており,また,その技術事項は片頭ピストン斜板式圧縮機にも適応可能であることが開示されているから,引用発明1において,上記周知の問題点を解決すべく,引用発明2のMs≒Mpとの技術事項を引用発明1に適用することに困難性はなく,これを適用すれば,本件相違点に係る本件発明の構成要件が有する技術的意義を具備するものとなる。斜板の素材として銅系材料を選択することは,上記技術事項を適用する圧縮機の構造に応じてなされる単なる材料選択であり,また,銅系材料を選択することを阻害する要因もないから,設計的事項と認められる。
オ また,本件発明において,斜板を銅系材料で形成したのが,従来よりMを小さくするためであるとしても,前記2(3)に説示したとおり,刊行物2の記載からすれば,Mp>Msであっても,従来よりMsを大きくしてMを小さくすれば,斜板式圧縮機の容量制御性が向上することは技術常識に照らして明らかであり,しかも,前記エのとおり,刊行物2には引用発明2の技術事項は片頭ピストン斜板式圧縮機にも適応可能であることが開示されているから,引用発明1において,上記周知の問題点を解決すべく,引用発明2の,Msを大きくしてMを従来より小さくするという技術事項を抽出して適用することは,当業者が容易に想到し得るものと認められる。さらに,本件発明においては,従来よりMsがMpに拮抗するようにMを小さくすればよいのであるから,斜板の材料としては,上記目的に沿うようにアルミニウムの比重より大きな材料を使用すればよいのであり,銅系材料を選択したこと自体には何ら進歩性を認めるべき特徴はないものと解される。
それ故,アルミニウムの比重より大きな材料として,銅系材料を選択することは単なる材料選択であり,また,銅系材料を選択することを阻害する要因もないから,設計的事項と認められる。
さらに,刊行物3(甲5)には,前記アのとおり,従来の可変容量斜板式圧縮機では高速回転時に制御差圧Pcが不足してピストンが最大ストロークになってしまうこと,コンロッド部を軽量化してMpを小さくすることによって,小さい制御差圧でも最大ストロークで圧縮機を運転することができ,高速回転時の容量制御特性が向上することが記載されているところ,Mpを小さくすることとMsを大きくすることは容量制御の観点からすれば同じことであるから,本件発明が,Mc>MとなるようにMsを大きくするものであるとしても,本件相違点に係る本件発明の構成を想到することは,引用発明1に刊行物3,刊行物6記載の発明を適用すれば容易にできるということができる。
5 本件発明の顕著な効果について 原告は,本件発明は,@容量制御性の向上,A耐焼付性の向上,B磁化回避による耐久性の向上,C加工性の向上,という顕著な作用効果を奏すると主張する。
しかしながら,上記@については,刊行物2,刊行物3及び刊行物6には,可変容量斜板式圧縮機の高速運転時に,斜板の傾斜角を増大させる方向のモーメントが大きくなると斜板の傾斜角の制御が困難になる問題点を,MsをMpに対して相対的に大きくすることにより解決することが開示されており,本件発明の上記@の作用効果は,引用発明1のシュー式片頭ピストン斜板圧縮機に,引用発明2の技術事項を適用すれば奏されるものであることは明らかである。また,上記A,B及びCの作用効果は,本件明細書の記載に基づかないものであるし,しかも,それらは,斜板に銅系材料を選択したことにより奏される自明な作用効果と認められ,格別のものとは認められない。
6 以上のとおり,原告の主張する取消事由には理由がなく,本件決定には他に取り消すべき瑕疵も見当たらない。
よって,原告の本件請求は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 北山元章
裁判官 青蜉]
裁判官 沖中康人