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関連審決 無効2013-800118
無効2007-800186
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事件 平成 30年 (行ケ) 10027号 審決取消請求事件

原告日本水産株式会社
同訴訟代理人弁護士 飯村敏明 鈴木修 末吉剛
同訴訟代理人弁理士 松山美奈子
被告 BASFアーエ ス
同訴訟代理人弁護士 大野聖二 金本恵子
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2019/01/28
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 特許庁が無効2013−800118号事件について平成30年1月18日にした審決のうち,「特許第3905538号の明細書及び特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正明細書及び特許請求の範囲のとおり,訂正後の請求項21について訂正することを認める。 との部分,」 及び「特許第3905538号の請求項1,2,4ないし6,9,12ないし21に係る発明についての審判請求は,成り立たない。 との部分を取り消す。
」2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
1事 実 及 び 理 由第1 請求主文第1項と同旨。
第2 前提となる事実(証拠を掲記した以外の事実は,当事者間に争いがないか,弁論の全趣旨から認められる。)1 特許庁における手続の経緯等(1) 被告は,発明の名称を「油または脂肪中の環境汚染物質の低減方法,揮発性環境汚染物質低減作業流体,健康サプリメントおよび動物飼料製品」とする発明について,平成15年7月8日を国際出願日とする特許出願(特願2004−520966号,優先権主張:平成14年7月11日(以下「本件優先日」という。) スウェーデン王国)をし,平成19年1月19日,設定の登録を受けた(特許第3905538号。設定登録時の請求項の数は28。以下「本件特許」という。甲53,54)。
(2) 原告は,平成19年8月31日,本件特許の特許請求の範囲の請求項3に記載された発明についての特許を無効とすることを求めて無効審判請求をした(無効2007−800186号)。
特許庁は,平成20年9月18日,上記請求について,「特許第3905538号の請求項3に係る発明についての特許を無効とする。」との審決をし,その後,同審決は確定した(甲54)。
(3) 原告は,平成25年7月5日,本件特許の特許請求の範囲の請求項1,2,4ないし28に記載された発明についての特許を無効とすることを求めて無効審判請求をした(無効2013−800118号。以下「本件無効審判請求」という。乙3)。
被告は,平成26年12月16日付けで,本件特許の明細書及び特許請求の範囲について訂正の請求をした(以下,この訂正請求に係る訂正を「本件訂正」という。乙21)。
2特許庁は,平成27年5月13日,本件無効審判請求について,次のとおりの審決(以下「一次審決」という。)をした。
「請求のとおり訂正を認める。
特許第3905538号の請求項1,2,4ないし6,9,12ないし27に係る発明についての特許を無効とする。
特許第3905538号の請求項7,8,10,11及び28に係る発明についての審判請求を却下する。」なお,一次審決のうち,請求項7,8,10,11及び28を削除する訂正を認めるとの部分は確定した。
(4) 被告は,平成27年9月17日,知的財産高等裁判所に一次審決の取消しを求めて訴えを提起した(平成27年(行ケ)第10190号)。
同裁判所は,平成29年2月22日,「特許庁が無効2013−800118号事件について平成27年5月13日にした審決のうち,特許第3905538号の請求項1,2,4ないし6,9及び12ないし21に係る部分を取り消す。原告のその余の請求を棄却する。」との判決(以下「前判決」という。)をし,その後,前判決は確定した。
(5) 特許庁において,本件無効審判請求についての審理が再開された。
なお,一次審決のうち,前判決で取り消されていない本件特許の特許請求の範囲の請求項22ないし27に係る部分は,取り消された請求項1,2,4ないし6,9及び12ないし18に係る部分と一群の請求項を形成しているため,一次審決の「特許第3905538号の請求項22ないし27に係る発明についての特許を無効とする。」との部分も確定しないこととなり,「特許第3905538号の請求項1,2,4ないし6,9,12ないし27に係る発明についての審判請求」について再度審理がされた。
同庁は,平成30年1月18日,本件無効審判請求について,次のとおりの審決(以下「本件審決」という。)をした。
3「特許第3905538号の明細書及び特許請求の範囲を訂正請求書に添付された訂正明細書及び特許請求の範囲のとおり,訂正後の請求項〔1,2,4−6,9,12−18,22−27〕,〔19−21〕について訂正することを認める。
特許第3905538号の請求項22ないし27に係る発明についての特許を無効とする。
特許第3905538号の請求項1,2,4ないし6,9,12ないし21に係る発明についての審判請求は,成り立たない。
特許第3905538号の請求項7,8,10,11及び28に係る発明についての審判請求を却下する。
審判費用は,その11分の8を請求人の負担とし,11分の3を被請求人の負担とする。」本件審決の謄本は,平成30年1月26日,原告に送達された。
(6) 原告は,平成30年2月23日,本件訴訟を提起した。
2 特許請求の範囲の記載本件特許につき,本件訂正後の特許請求の範囲の請求項1,2,4〜6,9及び12〜27の記載は,次のとおりである(以下,本件訂正後の請求項1に記載された発明を,請求項の番号に従って「本件発明1」,「本件発明2」などといい,これらを総称して「本件発明」ということがある。)。
【請求項1】環境汚染物質を含有する,食用であるかまたは化粧品中に用いるための海産油中の環境汚染物質の量を低減させるための方法であって:該環境汚染物質が臭素化難燃剤およびPCBからなる群より選択され,− 揮発性作業流体を外部から該海産油に添加する過程であって,該揮発性作業流体が,脂肪酸エステル,脂肪酸アミドおよび遊離脂肪酸のうちの少なくとも1つを含む過程;4および− 該海産油が添加された該揮発性作業流体とともに少なくとも1回のストリッピング処理過程に付される過程であって,該ストリッピング処理過程が150〜270℃の間の温度で実行され,食用であるかまたは化粧品中に用いるための該海産油中に存在するある量の環境汚染物質が,該揮発性作業流体と一緒に該海産油から分離される過程を含むことを特徴とする方法。
【請求項2】前記揮発性作業流体が,前記海産油から分離されるべき環境汚染物質と揮発性が本質的に等しいかまたはより少なく,環境汚染物質が臭素化難燃剤である,請求項1記載の方法。
【請求項4】脂肪酸エステル,脂肪酸アミド,および遊離脂肪酸のうちの少なくとも1つが,植物,微生物,および動物性脂肪または油のうちの少なくとも1つから得られ,前記環境汚染物質が2,2’,4,4’−テトラブロモジフェニルエーテル(BDE47),2,2’,4,4’,5−ペンタブロモジフェニルエーテル(BDE99)および2,2’,4,4’,6−ペンタブロモジフェニルエーテル(BDE100)からなる群より選択される臭素化難燃剤である,請求項1記載の方法。
【請求項5】前記動物性脂肪または油が,魚油および/または海洋哺乳類から得られる油であり,前記環境汚染物質がBDE47である,請求項4記載の方法。
【請求項6】前記揮発性作業流体が,C10〜C22脂肪酸およびC1〜C4アルコールから構成される少なくとも1つの脂肪酸エステル,あるいは各々C10〜C22脂肪酸およびC1〜C4アルコールから構成される2つ以上の脂肪酸エステ5ルの組合せを含み,前記環境汚染物質が臭素化難燃剤である,請求項1記載の方法。
【請求項9】前記海産油が,魚または海洋哺乳類から得られ,トリグリセリドの形態の少なくとも飽和および不飽和脂肪酸を含有し,前記環境汚染物質が臭素化難燃剤である,請求項1記載の方法。
【請求項12】(揮発性作業流体) (食用であるかまたは化粧品中に用いるための海産油):の比が1:100〜15:100であり,前記環境汚染物質が臭素化難燃剤である,請求項1記載の方法。
【請求項13】(揮発性作業流体) (食用であるかまたは化粧品中に用いるための海産油):の比が3:100〜8:100であり,前記環境汚染物質がBDE47,BDE99およびBDE100からなる群より選択される臭素化難燃剤である,請求項12記載の方法。
【請求項14】前記ストリッピング処理過程が,150〜200℃の間の温度で実行され,前記環境汚染物質がBDE47,BDE99およびBDE100からなる群より選択される臭素化難燃剤である,請求項1記載の方法。
【請求項15】前記ストリッピング処理過程が,150〜200℃の間の温度で実行され,前記環境汚染物質がデカクロロビフェニルである,請求項1記載の方法。
【請求項16】前記ストリッピング処理過程が,1mbarより低い圧力で実行され,前記環境汚染物質がBDE47である,請求項1記載の方法。
【請求項17】6少なくとも1つの前記ストリッピング処理過程が,薄膜蒸発法,分子蒸留,またはショートパス蒸留,あるいはこれらの任意の組合せのうちの1つであり,前記環境汚染物質がBDE47,BDE99およびBDE100からなる群より選択される臭素化難燃剤である,請求項1記載の方法。
【請求項18】少なくとも1つの前記薄膜蒸発法が,10〜300kg/h・m2の間の海産油流速で実行され,前記海産油がトリグリセリド形態の脂肪酸である,請求項17記載の方法。
【請求項19】食用であるかまたは化粧品中に用いるための海産油中の,環境汚染物質の量を低減させるための方法における,脂肪酸エステル,脂肪酸アミド,遊離脂肪酸,およびこれらのいずれかの組み合わせのうちの少なくとも1種を含んでいる揮発性環境汚染物質低減作業流体の使用であって,該海産油は環境汚染物質を含有し,該環境汚染物質は臭素化難燃剤であって,該方法において,該揮発性環境汚染物質低減作業流体が外部から該海産油に添加され,次に,該海産油が少なくとも1つのストリッピング処理過程に付され,該ストリッピング処理過程が150〜270℃の間の温度で実行され,そして食用であるかまたは化粧品中に用いるための該海産油中に存在する環境汚染物質の量が,該揮発性環境汚染物質低減作業流体と一緒に該海産油から分離される使用。
【請求項20】前記ストリッピング処理過程が,薄膜蒸発法,分子蒸留またはショートパス蒸留,あるいはこれらの任意の組合せであり,前記海産油がトリグリセリド形態の脂肪酸であり,前記環境汚染物質がBDE47,BDE99およびBDE100からなる群より選択される臭素化難燃剤である,請求項19記載の使用。
【請求項21】前記揮発性環境汚染物質低減作業流体が,エチルおよび/またはメチルエス7テル濃縮物の生産のための方法からの副産物であって,該エチルおよび/またはメチルエステル濃縮物の生産のための方法においては,食用もしくは非食用の魚油が,エチル化および/またはメチル化工程そして二段階分子蒸留に付されて,一次分子蒸留工程からの揮発性画分が二次分子蒸留工程でもう一度蒸留され,該副産物は該二次分子蒸留工程からの揮発性画分である,請求項19もしくは20記載の使用。
【請求項22】請求項1記載の方法に従って調製される海産油製品。
【請求項23】前記海産油製品が医薬品である,請求項22記載の海産油製品。
【請求項24】前記海産油製品が健康サプリメントである,請求項22記載の海産油製品。
【請求項25】前記海産油製品が動物飼料製品である,請求項22記載の海産油製品。
【請求項26】前記動物飼料製品が魚飼料製品である,請求項25記載の海産油製品。
【請求項27】前記海産油製品が化粧品である,請求項22記載の海産油製品。
3 本件審決の理由本件審決の理由は,別紙審決書の写しに記載のとおりであるところ,その概要は次のとおりである(ただし,本件訴訟の争点と関連する部分のみを掲記する。)。
(1) 本件発明1,2,9,12,17,19及び20は,V. F. Stout et al.,“Chapter 4 FRACTIONATION OF FISH OILS AND THEIR FATTY ACIDS”, FishOils In Nutrition (Ed. M. E. Stansby, van Norstrand Reinhold, 1990。
8甲2) 「3.共蒸留物によるサケ頭油からのコレステロールの除去」 (8の の項8頁)に記載された発明(「甲2発明1」及び「甲2発明2」の2つの発明が記載されている。)と同一の発明ではない。
(2) 本件発明1,2,4〜6,9,12〜21は,甲2発明1又は甲2発明2,及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明することができたものではない。
(3) 本件発明1,2,4〜6,9,12〜21は,米国特許第3082228号明細書(甲3)に記載された発明(「甲3発明1」及び「甲3発明2」の2つの発明が記載されている。)及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明することができたものではない。
4 審決が認定した引用発明並びに本件発明と引用発明との一致点及び相違点(1) 甲2発明1との対比ア 甲2発明1食用であるサケ頭油中のコレステロールを除去するための方法であって:−リノール酸を外部から該サケ頭油に添加する過程;−該サケ頭油が添加されたリノール酸とともに分子蒸留に付される過程であって,食用である該サケ頭油中に存在するコレステロールが,リノール酸と一緒に該サケ頭油から除去される過程を含む方法。
イ 本件発明1と甲2発明1との一致点及び相違点<一致点>−脂肪酸を外部から食用である海産油に添加する過程,および−該海産油が添加された脂肪酸とともに少なくとも1回のストリッピング処理過程に付される過程を含む方法。
<相違点6>本件発明1は,環境汚染物質を含有する海産油中の環境汚染物質の量を9低減させるための方法であって:該環境汚染物質が臭素化難燃剤およびPCBからなる群より選択され,該海産油が,脂肪酸エステル,脂肪酸アミドおよび遊離脂肪酸のうちの少なくとも1つを含み,該海産油中に存在するある量の環境汚染物質が,該揮発性作業流体と一緒に該海産油から分離される過程を含むのに対し,甲2発明1は,サケ頭油中のコレステロールを除去するための方法であって:該サケ頭油中に存在するある量のコレステロールが,リノール酸と一緒に該サケ頭油から分離される過程を含むものの,海産油が,臭素化難燃剤およびPCBからなる群より選択される環境汚染物質を含有するのか否か,該環境汚染物質が,該サケ頭油に添加されたリノール酸と一緒に,該サケ頭油から分離される過程を含むのか否か,さらに,リノール酸が揮発性作業流体といえるのか否かが明らかでない点。
<相違点7>「ストリッピング処理過程」を実行する温度範囲につき,本件発明1では,「150〜270℃の間の温度」であるのに対して,甲2発明1では,「ストリッピング処理過程」に相当する分子蒸留の温度につき特定がなされていない点。
(2) 甲2発明2との対比ア 甲2発明2食用であるサケ頭油中の,コレステロールを除去するための方法における,リノール酸の使用であって,該方法において,リノール酸が外部から該サケ頭油に添加され,次に,該サケ頭油が分子蒸留に付され,そして食用である該サケ頭油中に存在するコレステロールが,リノール酸と一緒に該サケ頭油から除去される使用。
イ 本件発明19と甲2発明2との一致点及び相違点<一致点>脂肪酸の使用であって,脂肪酸が外部から食用である海産油に添加され,10次に,該海産油が少なくとも1つのストリッピング処理過程に付される使用。
<相違点6’>本件発明19は,海産油中の,環境汚染物質の量を低減させるための方法における,脂肪酸エステル,脂肪酸アミド,遊離脂肪酸,およびこれらのいずれかの組み合わせのうちの少なくとも1種を含んでいる揮発性環境汚染物質低減作業流体の使用であって,該海産油は環境汚染物質を含有し,該環境汚染物質は臭素化難燃剤であって,該海産油中に存在する環境汚染物質の量が,該揮発性環境汚染物質低減作業流体と一緒に該海産油から分離される使用であるのに対し,甲2発明2は,サケ頭油中の,コレステロールの量を低減させるための方法における,リノール酸の使用であって,該方法において,食用である該サケ頭油中に存在するコレステロールの量が,リノール酸と一緒に該サケ頭油から除去される,リノール酸の使用であるものの,海産油が,臭素化難燃剤である環境汚染物質を含有するのか否か,該海産油中に存在する環境汚染物質の量が,該サケ頭油に添加されたリノール酸と一緒に,該サケ頭油から分離されるのか否か,さらに,リノール酸が揮発性環境汚染物質低減作業流体といえるのか否かが明らかでない点。
<相違点7’>「ストリッピング処理過程」を実行する温度範囲につき,本件発明19では,「150〜270℃の間の温度」であるのに対して,甲2発明2では,「ストリッピング処理過程」に相当する分子蒸留の温度につき特定されていない点。
(3) 甲3発明1との対比ア 甲3発明1食用である魚油中の臭気物を除去するための方法であって:11−単純エステルを外部から該魚油に添加する過程;−該魚油が添加された単純エステルとともにストリッピングに付される過程であって,食用である該魚油中に存在する臭気物が,単純エステルと一緒に該魚油から除去される過程を含む方法。
イ 本件発明1と甲3発明1との一致点及び相違点<一致点>−脂肪酸エステルを外部から食用である海産油に添加する過程,および−該海産油が添加された脂肪酸エステルとともに少なくとも1回のストリッピング処理過程に付される過程を含む方法。
<相違点8>本件発明1は,環境汚染物質を含有する海産油中の環境汚染物質の量を低減させるための方法であって:該環境汚染物質が臭素化難燃剤およびPCBからなる群より選択され,該海産油中に存在するある量の環境汚染物質が,揮発性作業流体と一緒に該海産油から分離される過程を含むのに対し,甲3発明1は,魚油中の臭気物を除去するための方法であって:該魚油中に存在するある量の臭気物が,単純エステルと一緒に該魚油から分離される過程を含むものの,魚油が,臭素化難燃剤およびPCBからなる群より選択される環境汚染物質を含有するのか否か,該環境汚染物質が,該魚油に添加された単純エステルと一緒に,該魚油から分離される過程を含むのか否か,さらに,単純エステルが揮発性作業流体といえるのか否かが明らかでない点。
<相違点9>「ストリッピング処理過程」を実行する温度範囲につき,本件発明1では,「150〜270℃の間の温度」であるのに対して,甲3発明1では,12ストリッピングでの温度につき特定されていない点。
(4) 甲3発明2との対比ア 甲3発明2食用である魚油中の,臭気物を除去するための方法における,単純エステルの使用であって,該方法において,単純エステルが外部から該魚油に添加され,次に,該魚油がストリッピングに付され,食用である該魚油中に存在する臭気物が,単純エステルと一緒に該魚油中から除去される使用。
イ 本件発明19と甲3発明2との一致点及び相違点<一致点>脂肪酸エステルの使用であって,脂肪酸エステルが外部から海産油に添加され,次に,該海産油が少なくとも1つのストリッピング処理過程に付される使用。
<相違点8’>本件発明19は,海産油中の,環境汚染物質の量を低減させるための方法における,脂肪酸エステル,脂肪酸アミド,遊離脂肪酸,およびこれらのいずれかの組み合わせのうちの少なくとも1種を含んでいる揮発性環境汚染物質低減作業流体の使用であって,該海産油は環境汚染物質を含有し,該環境汚染物質は臭素化難燃剤であって,該海産油中に存在する環境汚染物質の量が,該揮発性環境汚染物質低減作業流体と一緒に該海産油から分離される使用であるのに対し,甲3発明2は,魚油の,臭気物を除去するための方法における,単純エステルの使用であって,該方法において,食用である魚油中に存在する臭気物の量が,単純エステルと一緒に該魚油から除去される使用であるものの,魚油が,臭素化難燃剤である環境汚染物質を含有するのか否か,該魚油中に存在する環境汚染物質の量が,該魚油に添加された単純エステルと一緒に該魚油から分離される使用であるのか否か,さらに,単純エステルが揮発性環境汚染物質低減作業流体といえる13のか否かが明らかでない点。
<相違点9’>「ストリッピング処理過程」を実行する温度範囲につき,本件発明19では,「150〜270℃の間の温度」であるのに対して,甲3発明2では,ストリッピングの温度につき特定されていない点。
第3 原告主張の取消事由1 取消事由1(本件発明と甲2記載の発明との相違点の認定の誤り)(1) 相違点6の認定の誤りア 本件審決は,@ 甲2発明1では,サケ頭油がPCB又は臭素化難燃剤を含有するか否かが明らかではない,A 甲2発明1において,サケ頭油にリノール酸を添加して蒸留することにより,リノール酸及びコレステロールを気相に分離する際の蒸留条件において,サケ頭油中のPCB又は臭素化難燃剤が分離されるのか否かが明らかではない,B リノール酸が,甲2発明1における揮発性作業流体といえるのか否かが明らかではない,とした上で,本件発明1と甲2発明1との相違点6を認定した。
しかし,次のとおり,この認定は誤りである。
イ 甲2記載の実験当時の魚油にはPCBが含まれていたこと甲2記載の実験がされた当時,海洋,更には魚類がPCBに汚染されており,その結果,魚油にPCBが含まれていることは技術常識であった。
例えば,1970年代の書籍にも,「PCBは,ほとんどすべての魚油中で,2−5ppmで見出される」と記載されている。
公知の物が特定されているときに,その物が有している性質や属性を付加しても,その物が更に限定されることにはならない。本件審決は,甲2に接した当業者が「認識できたか否か」を問題とするが,甲2記載のサケ頭油は客観的事実としてPCBを含有しているから,当業者のPCBに関する認識は発明の特定と関係がない。
14したがって,相違点6のうち,上記@の点は相違点とならない。
ウ コレステロールを気相に分離する際の蒸留条件でPCB及び臭素化難燃剤も分離されること本件審決も認定しているとおり,コレステロールが蒸留される条件では,PCB及びPBDE(臭素化難燃剤に該当する。 も優先的に蒸留される。
)その一方で,本件審決は,上記Aのように認定しているところ,これは,PCB及びPBDEの蒸留に関する上記認定と矛盾している。
この点に関し,被告は,タラ肝油中のDDT及びビタミンAの蒸留挙動の違いを指摘して,海産油中にわずかに含まれる物質の蒸留挙動を容易に予測することはできないと主張する。しかし,DDTとビタミンAとでは,揮発性が大きく異なっているから,両者の蒸留挙動が異なるのは当然である。
このように,PCB又は臭素化難燃剤が含まれている魚油を,甲2記載の条件で蒸留すると,PCB又は臭素化難燃剤の分離は必ず実現する構成にすぎないから,相違点6のうち,上記Aの点は相違点とならない。
エ リノール酸をどのような名称で呼ぶのかは相違点とならないこと本件発明では,遊離脂肪酸(リノール酸も含まれる。)を魚油に添加して蒸留に付し,PCBと共に魚油から分離する場合,その遊離脂肪酸を「揮発性作業流体」と呼ぶ。
上記イのとおり,甲2記載の魚油にはPCBが含まれている。そして,上記ウのとおり,この魚油にリノール酸を添加して蒸留に付し,コレステロールと共に魚油から分離すると,PCBも分離される。したがって,リノール酸は,本件発明の「揮発性作業流体」としての役割を果たしている。
そして,方法が客観的に特定されている以上,リノール酸にどのような名称を付しても,新たな相違点となることはない。
したがって,相違点6のうち,上記Bの点は相違点とならない。
15オ 小括以上によれば,本件発明1と甲2発明1との間に相違点6は存在しない。
(2) 相違点6’の認定の誤り本件審決が認定した相違点6’についても,上記(1)と同様の誤りがある。
したがって,本件発明19と甲2発明2との間に相違点6’は存在しない。
2 取消事由2(本件発明と甲2記載の発明との相違点の容易想到性判断の誤り)(1) 本件発明1についてア 相違点6の容易想到性判断の誤り上記1(1)のとおり,本件発明1と甲2発明1との間に相違点6は存在しないが,仮に,甲2記載の魚油にPCBが含まれているか否かが明らかではないとしても,相違点6は「海産油が,臭素化難燃剤およびPCBからなる群より選択される環境汚染物質を含有するのか否かが明らかでない点」にとどまる。
本件優先日当時,粗魚油には必然的にPCB及び臭素化難燃剤が含まれていたから,当業者が甲2発明1を実施しようとすると,積極的に意図しなくとも,PCB及び臭素化難燃剤を含有する粗魚油を使用することになった。そして,コレステロールが蒸留される条件で,PCB及び臭素化難燃剤も優先的に蒸留されるから,甲2発明1を実施してコレステロールを分離すると,必然的にPCB及び臭素化難燃剤も気相に分離される。さらに,当業者は,本件優先日当時,甲2発明1を実施すると,蒸留によってコレステロールと共に有害な揮発性成分が分離されることを十分理解しており,しかも,これらの有害成分が分離されることを歓迎していた。
したがって,相違点6は当業者が容易に想到し得た事項である。
イ 相違点7の容易想到性判断の誤りコレステロールを気相に分離するに当たり,蒸留温度を200〜260℃とすることは技術常識であった。なお,PCB及びPBDEはコレステロ16ールより高い揮発性を有している(PCBは175℃で気相へ分離することができる。)から,当該蒸留温度ではPCB及びPBDEも気相に分離される。
一般的な減圧蒸留の条件下では,PCBは180〜220℃で魚油から分離される。また,260℃でコレステロール及びPCBを分離した例も報告されている。このように,魚油に含まれているPCBを気相に分離するに当たり,蒸留温度を180〜260℃とすることは技術常識であった。
したがって,コレステロールの分離という観点でも,PCBの分離という観点でも,魚油から揮発性成分を分離する際の蒸留温度を相違点7の範囲(150〜270℃)とすることは,技術常識であった。
よって,相違点7は,当業者が当然に選択する温度条件であって,実質的な相違点ではないか,少なくとも当業者が容易に想到し得た事項である。
ウ 効果についての認定の誤り(ア) 本件審決は,本件発明1の効果は,コレステロールの除去を行っているとしか認識できない甲2発明1から予測できるものではない格別なものであると認定した。
(イ) しかし,本件発明1の効果は,甲2発明1が既に実現しているものである。
すなわち,魚油中の脂肪酸エステルや脂肪酸(魚油の主成分であるトリグリセリドより揮発性の高い成分)の濃度をより高くすると,より穏和な温度において(同じ温度であれば,より効率的に),魚油に含まれている揮発性成分を分離するための蒸留を行うことができるところ,当該効果は,脂肪酸としてリノール酸を添加している甲2発明1において既に実現されている。そして,この効果は,コレステロールだけではなく,PCB及びPBDEを含む魚油中の揮発性成分全般について生じる。
また,この効果が発揮されるのは,遊離脂肪酸の濃度が非常に低い魚17油を低温で蒸留する場合に限られるから,通常の濃度(1〜7%)で遊離脂肪酸を含有する魚油に,更に「揮発性作業流体」を加えても,その効果は小さい。しかも,脱臭(蒸留)の際に一般的に用いられる温度(260℃)では,「揮発性作業流体」を使用しなくとも,魚油から揮発性成分を十分に分離できるから,高い蒸留温度では効果が失われることになる。
(ウ) 以上のとおり,本件発明1の効果は,甲2発明1が既に実現しているか,請求項で特定されている条件のうち,ごく一部の条件下で生じるものにすぎないから,本件発明1の容易想到性を否定する要素とはならない。
エ 小括したがって,本件発明1は,当業者が容易に発明することができたものであるから,この点についての本件審決の判断は誤りである。
(2) 本件発明2,4〜6,9,12〜18について本件審決は,本件発明2,4〜6,9,12〜18の容易想到性判断において,本件発明1についての認定判断を単に引用しているにすぎない。
そして,上記(1)のとおり,本件発明1についての容易想到性判断は誤りであるから,本件発明2,4〜6,9,12〜18についての容易想到性判断も誤りである。
(3) 本件発明19について本件審決が認定した相違点6’及び7’ 相違点6及び7と同じである。
は,したがって,本件発明19についての容易想到性判断は,本件発明1と同様の理由により誤りである。
(4) 本件発明20及び21について本件審決は,本件発明20及び21の容易想到性判断において,本件発明19についての認定判断を単に引用しているにすぎない。
18そして,上記(3)のとおり,本件発明19についての容易想到性判断は誤りであるから,本件発明20及び21についての容易想到性判断も誤りである。
3 取消事由3(本件発明と甲3記載の発明との相違点の認定の誤り)(1) 相違点8の認定の誤りア 本件審決は,@ 甲3発明1は,「魚油中の臭気物を除去するための方法」であって,A 甲3発明1において,該環境汚染物質が,該魚油に添加された単純エステルと一緒に,該魚油から分離される過程を含むのか否かが明らかではない,B 単純エステルが揮発性作業流体といえるのか否かが明らかではない,とした上で,本件発明1と甲3発明1との相違点8を認定した。
しかし,次のとおり,この認定は誤りである。
イ 甲3発明1の除去対象物質は臭気物に限定されないこと本件審決は,甲3発明1として,「…魚油中の臭気物を除去するための方法…」,すなわち,除去対象の物質が「臭気物」に限定されていると認定した。
しかし,甲3記載の脂肪酸エステルなどの「揮発性不活性有機液体」(請求項6。例として,脂肪酸エステル(実施例5)及び炭化水素(実施例6))を添加した後に行われる蒸留では,臭気物だけでなく,その他の揮発性成分も分離される。そして,遊離脂肪酸は,魚油中の揮発性成分の一つである。
したがって,甲3発明1は,「…魚油中の臭気物,遊離脂肪酸及びその他の揮発性成分を除去するための方法…」と認定されるべきである,その結果,相違点8は,「甲3発明1は,魚油中の臭気物,遊離脂肪酸及びその他の揮発性成分を除去するための方法」と認定されるべきである。
よって,本件審決の上記@の認定は誤りである。
ウ 甲3の実施例6記載の蒸留条件でPCB及び臭素化難燃剤も分離される19こと上記Aの点につき,甲3記載の方法では,「揮発性不活性有機液体」を添加した後の蒸留は200℃で行われている(実施例6)ところ,この蒸留条件では,魚油に含まれているPCBも気相に分離される。そうすると,本件発明1と甲3発明1との相違点として,「該環境汚染物質が,該魚油に添加された単純エステルと一緒に,該魚油から分離される過程を含むのか否か」を認定する必要はない。
したがって,相違点8のうち,上記Aの点は相違点とならない。
エ 単純エステルをどのような名称で呼ぶのかは相違点とならないこと上記1(1)エにおいて主張したところと同様に,甲3発明1の単純エステルは,魚油に含まれている限り,本件発明1の「揮発性作業流体」としての役割を果たすから,本件発明1と甲3発明1との相違点として「さらに,単純エステルが揮発性作業流体といえるのか否かが明らかでない点」を認定する必要はない。
したがって,相違点8のうち,上記Bの点は相違点とならない。
オ 小括以上によれば,相違点8に係る甲3発明1の構成は,「海産油が,臭素化難燃剤およびPCBからなる群より選択される環境汚染物質を含有するのか否か,明らかでない点」にとどまる。
(2) 相違点8’の認定の誤り本件審決が認定した相違点8’についても,上記(1)と同様の誤りがある。
4 取消事由4(本件発明と甲3記載の発明との相違点の容易想到性判断の誤り)(1) 本件発明1についてア 相違点8の容易想到性判断の誤り上記2(1)アにおいて主張したところと同様に,本件優先日当時,当業者が甲3発明1を実施しようとすると,PCB又は臭素化難燃剤を含有する20魚油を使用せざるを得なかったから,相違点8は,当業者が必然的に採用する構成である。また,本件優先日当時の当業者は,魚油に含まれているPCB及び臭素化難燃剤を蒸留によって気相に分離することも意図していた。
したがって,相違点8は当業者が容易に想到し得た事項である。
イ 相違点9の容易想到性判断の誤り(ア) 甲3の実施例6には,請求項6に記載されている「魚油に揮発性不活性有機液体を添加して行う蒸留」を,200℃で実施したことが記載されている。主引例中に実施例として強い示唆がされているから,当業者は当然この示唆に従う。
また,上記2(1)イのとおり,当業者が魚油に含まれているPCBを除去しようとする場合にも,蒸留温度を180〜220℃の範囲に調整するはずであるから,相違点9に係る本件発明1の温度範囲を実現するに至る。
(イ) この点に関連して,本件審決は,甲3の記載によれば100℃未満の温度でストリッピングを行うことが好ましいとしていると判断したが,この判断は次のとおり誤りである。
甲3には,@ 魚油に「揮発性不活性有機液体」(例えば,脂肪酸エステル及び炭化水素)を添加して,遊離脂肪酸を除去し,主成分であるトリグリセリドを精製することを目的とする,200℃で行う蒸留の発明,A トリグリセリドを脂肪酸エステルに変換した後,脂肪酸エステル間の分離を目的とする,100℃未満で行う蒸留の発明,がそれぞれ記載されている。
そして,上記@には蒸留温度を170℃以上とすることが必要であるから,100℃で魚油を蒸留したのでは,遊離脂肪酸のほとんど全てを除去するという甲3記載の発明の目的を実現することができない。
21したがって,本件審決の上記判断は,上記@とAの蒸留を混同し,上記@の蒸留が100℃未満で行われるものと誤解してされたものであり,誤っている。
(ウ) 以上によれば,相違点9は当業者が容易に想到し得た事項である。
ウ 効果についての認定の誤り甲3発明1では,脂肪酸エステルや炭化水素などの「揮発性不活性有機液体」を魚油に添加してから蒸留することによって,穏和な蒸留条件でも,遊離脂肪酸や臭気成分などの揮発性成分を気相に分離することを実現している。
このように,本件発明1の効果は,甲3発明1が既に実現しているものにすぎないから,本件発明1の容易想到性を否定する要素とはならない。
エ 小括したがって,本件発明1は,当業者が容易に発明することができたものであるから,この点についての本件審決の判断は誤りである。
(2) 本件発明2,4〜6,9,12〜18について本件審決は,本件発明2,4〜6,9,12〜18の容易想到性判断において,本件発明1についての認定判断を単に引用しているにすぎない。
そして,上記(1)のとおり,本件発明1についての容易想到性判断は誤りであるから,本件発明2,4〜6,9,12〜18についての容易想到性判断も誤りである。
(3) 本件発明19について本件審決が認定した相違点8’及び9’ 相違点8及び9と同じである。
は,したがって,本件発明19についての容易想到性判断は,本件発明1と同様の理由により誤りである。
(4) 本件発明20及び21について本件審決は,本件発明20及び21の容易想到性判断において,本件発明2219についての認定判断を単に引用しているにすぎない。
そして,上記(3)のとおり,本件発明19についての容易想到性判断は誤りであるから,本件発明20及び21についての容易想到性判断も誤りである。
第4 被告の反論1 取消事由1(本件発明と甲2記載の発明との相違点の認定の誤り)について(1) 相違点6についてア 甲2記載の実験当時の魚油にはPCBが含まれていたとの主張について(ア) 甲2の各実施例では,コレステロールのほかに環境汚染物質も除去する場合には,その旨が明確に記載されている。これに対し,甲2の「3.共蒸留物によるサケ頭油からのコレステロールの除去」の項で使用されたサケ頭油については,PCB又は臭素化難燃剤を含有するか否かが全く記載されていない。
(イ) また,1989年に作成された報告書(甲52)によれば,当時,アラスカの近海で捕獲されたサケには,金属,炭化水素類,殺虫剤残渣,PCB類が含まれていなかった。甲2の3項記載の「ゴーグリッツ及びハンター,ノースウェスト・フィッシャーズ・センター」は,米国ワシントン州シアトルに所在しているところ,同センターでは,最も近く,かつ世界有数の漁場であるアラスカの近海で捕獲されたサケが扱われていたはずである。したがって,同項記載のサケ頭油には,PCBなどの環境汚染物質が含まれていなかった。
(ウ) さらに,本件優先日当時,海産油中のPCBの含有量は,海産油原料の生息地域,個体種や生育状況等によって異なるというのが当業者における技術常識であった。そうすると,技術常識を加味したとしても,甲2記載の「サケ頭油」にPCB又は臭素化難燃剤が含まれていることが,甲2に記載されているに等しい事項であるとはいえない。
イ コレステロールを気相に分離する際の蒸留条件でPCB及び臭素化難燃23剤も分離されるとの主張について本件優先日当時の技術常識によれば,魚油中に多量に含まれるコレステロールの蒸留挙動から,わずかに含まれるPCBや臭素化難燃剤の蒸留挙動を予測することはできなかった。
また,甲2記載の発明の目的は,分子蒸留の際にフィードラインが詰まることを防止するためにサケ頭油からコレステロールを除去するというものであるから,甲2に接した当業者は,魚油から,PCBなどの環境汚染物質を,高度不飽和油でさえ分解されないような穏やかな条件で除去するという本件発明の目的を認識することはできない。
したがって,本件審決が,甲2発明1においてサケ頭油中のPCB又は臭素化難燃剤が分離されるのかが明らかでないと認定したのは正当である。
ウ リノール酸が揮発性作業流体に当たるとの主張について上記アのとおり,そもそも甲2発明1のサケ頭油には,PCBも臭素化難燃剤も含まれていなかったから,甲2発明1のリノール酸が本件発明1の揮発性作業流体の役割を果たしているとはいえない。
その点を措くとしても,上記イのとおり,甲2に接した当業者は,甲2発明1のリノール酸は,分子蒸留の際にフィードラインが詰まることを防止する役割を果たすものと認識できるにとどまり,PCB及び臭素化難燃剤に対する揮発性作業流体としての役割を果たすことを認識できないから,この点が実質的な相違点となることは明らかである。
エ 小括したがって,相違点6は実質的な相違点であるとした本件審決の認定は正当である。
(2) 相違点6’について上記(1)において主張したところと同様に,相違点6’は実質的な相違点であるとした本件審決の認定は正当である。
242 取消事由2(本件発明と甲2記載の発明との相違点の容易想到性判断の誤り)について(1) 本件発明1についてア 相違点6は容易想到でない(ア) 原告は,甲2発明1を実施しようとすると,当然にPCB及び臭素化難燃剤を含有する粗魚油を使用することになったと主張する。
しかし,上記1(1)アにおいて主張したとおり,甲2発明1で使用されているサケ頭油はPCB及び臭素化難燃剤を含んでいないし,本件優先日当時の当業者において,魚油には必ずPCB及び臭素化難燃剤が含まれているとの技術常識もなかった。
したがって,この点についての原告の主張は,前提において誤っている。
(イ) 仮に,本件優先日当時,魚油には必ずPCB及び臭素化難燃剤が含まれているとの技術常識が存在し,甲2発明1を実施しようとすると,当然にPCB及び臭素化難燃剤を含有する粗魚油を使用することになったとしても,次のとおり,当業者が相違点6の構成に想到することは容易でない。
a 解決課題が異なる本件発明1は,目的物を損なうことのない穏やかな条件を用いて,海産油中のPCB及び臭素化難燃剤から選択される環境汚染物質の量を低減するための有効な方法を提供するという課題を解決しようとするものであって,これが相違点6に係る本件発明1の特徴点である。
これに対し,甲2発明1は,サケ頭油にリノール酸を加えてコレステロールを除去することにより,分子蒸留の凝縮器でサケ頭油が固化しフィードラインを詰まらせることを防止するものであって,本件発明1の上記課題について何ら考慮するところはない。
25b 蒸留挙動が異なる甲2発明1では,サケ頭油組成物中のコレステロールの含有量は,mg/g単位という高いレベル(ppbの100万倍)である。これに対し,海産油中にppbレベルで含まれる低揮発性物質の分子蒸留における挙動が,単純な原理から予測できないことは,本件優先日当時の技術常識であった。 このことは,タラ肝油中のDDT及びビタミンAの除去率と蒸留温度との関係を示す実験結果からも明らかである。
そうすると,当業者が,コレステロールのような高濃度で存在する物質と,PCBや臭素化難燃剤などのコレステロールの100万分の1のわずかな量で存在する物質とが,分子蒸留において同じ挙動を示すと予測することはできない。
したがって,当業者は,コレステロールを除去する方法である甲2発明1によって,本件発明1の課題が解決できる,すなわち,PCBなどの環境汚染物質の量を低減するための有効な方法を提供することができるとは予測できない。
c 阻害要因の存在(a) 甲2の「2.メンハーデン油からの精製」の項には,海産油中のPCBなどの環境汚染物質を分子蒸留によって除去する方法が開示されているところ,この方法では,魚油から遊離脂肪酸(すなわち揮発性作業流体)を除去してから分子蒸留に付している。そして,遊離脂肪酸(揮発性作業流体)を除去してから分子蒸留した「2.メンハーデン油からの精製」の項の収率(95%)は,リノール酸を添加して分子蒸留した甲2発明1の収率(79%)より高い。
そうすると,甲2に接した当業者は,魚油からPCB又は臭素化難燃剤などの環境汚染物質を除去するためには,「2.メンハーデン油からの精製」の項に記載された方法,すなわち,遊離脂肪酸を26除去してから分子蒸留する方法を選択すべきであって,脂肪酸などの揮発性作業流体を添加してから分子蒸留する方法は避けるべきであると理解する。
(b) また,分子蒸留を利用してPCBや臭素化難燃剤などの環境汚染物質を油から除去する際には,先に遊離脂肪酸を除去してから分子蒸留に供することが本件優先日当時の技術常識であった。
そして,魚油を精製するに当たり,外部から液体を添加すると様々な問題が生じることも周知であった。
したがって,当業者が,予め魚油から除去しておくべき遊離脂肪酸(リノール酸)を敢えて魚油に添加して分子蒸留に供するという甲2発明1を,PCB又は臭素化難燃剤などの環境汚染物質を除去する目的で適用することはない。
(c) 以上によれば,相違点6に係る構成を採用することには阻害要因がある。
(ウ) したがって,当業者は,相違点6に係る構成を容易に想到することができない。
イ 相違点7は容易想到でない上記ア(イ)bのとおり,本件優先日当時,コレステロールのような海産油中に高濃度で含まれる物質の蒸留挙動に基づいて,PCB及び臭素化難燃剤などのppbレベルで存在する物質の蒸留挙動を予測することは容易でなかったから,コレステロールの除去に適した温度条件が,PCB及び臭素化難燃剤にも同様に適していると予測することは容易でない。
また,上記ア(イ)aのとおり,甲2発明1が解決しようとする課題は,分子蒸留の凝縮器でサケ頭油が固化しフィードラインを詰まらせることを防ぐことであるから,甲2に接した当業者は,目的物を損なうことのない穏やかな条件で海産油中のPCBなどの環境汚染物質の量を低減するため27の有効な方法を提供するという本件発明1の解決課題を認識することはできない。そうすると,当業者は,甲2発明ではコレステロールをできるだけ効率よく除去する温度範囲,すなわち,本件発明1の温度範囲より高い温度範囲が設定されていると認識する。
したがって,当業者は,相違点7に係る構成を容易に想到することができない。
ウ 本件発明1の効果について甲2発明1は,分子蒸留の凝縮器でサケ頭油が固化しフィードラインを詰まらせることを防ぐために,mg/gレベルという高濃度で魚油中に含まれる物質(コレステロール)を分子蒸留する技術である。
また,上記2(1)ア(イ)c(b)のとおり,PCBや臭素化難燃剤などの環境汚染物質を分子蒸留で除去するには,先に遊離脂肪酸を除去してから分子蒸留に供することが本件優先日当時の技術常識であった。
これに対し,本件発明1は,遊離脂肪酸などの揮発性作業流体を出発物質に添加することにより,高度不飽和油を分解しない穏和な条件を用いて,魚油中のダイオキシンの量を95%より多く低減でき,海産油中にppbレベルで存在するPCB及び臭素化難燃剤についても優れた除去効果を発揮するとともに,遊離脂肪酸の除去が容易化され,より高品質の油製品を得ることができるという効果を奏するものであって,こうした効果は,甲2発明1及び周知技術から予測できない顕著なものである。
エ 小括したがって,本件発明1は甲2発明1に基づいて容易に発明をすることができるものではないとの本件審決の判断は正当である。
本件発明2,4〜6,9,12〜18についても同様である。
(2) 本件発明19について当業者が,本件発明19と甲2発明2との相違点6’及び7’に係る構成28を容易に想到できないことや,本件発明19が予測できない顕著な効果を有することは,上記(1)において主張したところと同様である。
したがって,本件発明19は甲2発明2に基づいて容易に発明をすることができるものではないとの本件審決の判断は正当である。
本件発明20及び21についても同様である。
3 取消事由3(本件発明と甲3記載の発明との相違点の認定の誤り)について(1) 相違点8についてア 原告は,甲3発明1の除去対象物質を臭気物に限定した本件審決の認定に誤りがあると主張する。
しかし,本件審決は,甲3には,本件発明1の除去対象であるPCB及び臭素化難燃剤に関する記載も示唆もされていないから,「臭素化難燃剤およびPCBからなる群より選択される環境汚染物質」が分離対象として記載されていないと認定したものであり,この認定に誤りはない。
イ また,原告は,甲3の実施例6の記載を根拠として,甲3記載の方法では,「揮発性不活性有機液体」を添加した後の蒸留は200℃で行われている上に,当該「揮発性不活性有機液体」は,本件発明1の「揮発性作業流体」としての役割を果たしていると主張する。
しかし,本件発明1の「揮発性作業流体」に炭化水素は含まれていないし,甲3には「揮発性作業流体」を添加した後の蒸留に関する温度条件は記載されていないから,原告の主張は前提において誤っている。
ウ したがって,本件審決の相違点8の認定に誤りはない。
(2) 相違点8’について上記(1)において主張したところと同様に,本件審決の相違点8’の認定に誤りはない。
4 取消事由4(本件発明と甲3記載の発明との相違点の容易想到性判断の誤り)について29(1) 本件発明1についてア 相違点8は容易想到でない(ア) 上記1(1)アにおいて主張したとおり,本件優先日当時の当業者において,魚油には必ずPCB及び臭素化難燃剤が含まれていると理解するような技術常識はなかった。
(イ) 仮に,本件優先日当時,魚油には必ずPCB及び臭素化難燃剤が含まれているとの技術常識が存在していたとしても,当業者は,甲3発明1がされた当時は環境汚染物質による海産油の汚染が問題となっておらず,環境汚染物質は甲3発明1による除去対象として考慮されていなかったことを容易に理解する。したがって,当業者は,甲3発明1により魚油からPCB及び臭素化難燃剤を除去できると認識することはないから,甲3発明1を,PCB及び臭素化難燃剤を除去する目的で適用することはない。
また,本件発明1は,目的物を損なうことのない穏やかな条件を用いて,海産油中のPCB及び臭素化難燃剤から選択される環境汚染物質の量を低減するための有効な方法を提供するという課題を解決しようとするものであって,これが相違点8に係る本件発明1の特徴点である。
これに対し,甲3には,PCBや臭素化難燃剤などの環境汚染物質を低減させることに関する開示も示唆もなく,本件発明1の上記課題について何ら考慮するところはない。
(ウ) 以上によれば,当業者は,相違点8に係る構成を容易に想到することができない。
イ 相違点9は容易想到でない(ア) 原告は,甲3の実施例6には,請求項6に記載されている「魚油に揮発性不活性有機液体を添加して行う蒸留」を,200℃で実施したことが記載されていると主張する。しかし,原告が指摘する甲3の請求項630にも,これに対応する明細書の記載部分にも,蒸留温度条件は示されていない。
また,原告は,100℃未満との温度はエステル同士を分離するための条件であると主張するが,甲3にはそのような記載は一切存在しない。
(イ) かえって,甲3発明1は,魚油中の多価不飽和脂肪酸を濃縮することを意図してされたものであり,甲3にも,多価不飽和脂肪酸の異性化により目的とする生理的作用が喪失することを防ぐため,何としても加熱を避ける必要があることが記載されている。そうすると,甲3発明1は,明らかにストリッピングの際の温度をなるべく低くすることを指向するものである。また,甲3には,100℃未満の温度でストリッピングを行うことが好ましいと具体的に記載されている。
したがって,甲3に接した当業者は,甲3発明1の脱臭処理においても,100℃未満の温度が好適であることが開示されていると理解するのが自然である。
(ウ) したがって,当業者は,相違点9に係る構成を容易に想到することができない。
ウ 本件発明1の効果について(ア) 上記2(1)ア(イ)bのとおり,本件優先日当時,当業者は,海産油中の微量低揮発性物質の分子蒸留における挙動を容易に予測することができなかった。
そして,甲3が開示しているのは,揮発性作業流体を添加しなくても分子蒸留等で容易に除去できる物質(臭気物)を除去するための技術にとどまり,環境汚染物質は除去対象として想定されていない。
したがって,甲3に接した当業者は,海産油中にppbレベルでしか含まれず,かつ沸点の低いPCB及び臭素化難燃剤についても,甲3発明1が同様の効果を奏すると予測することはできない。
31(イ) また,上記2(1)ア(イ)c(b)のとおり,PCBや臭素化難燃剤などの環境汚染物質を分子蒸留で除去するには,先に遊離脂肪酸を除去してから分子蒸留に供することが本件優先日当時の技術常識であった。この点からも,当業者は,遊離脂肪酸などの揮発性作業流体を出発物質に添加することで優れた除去効果を奏することを予測できなかった。
(ウ) これに対し,本件発明1では,海産油に揮発性作業流体を添加することにより,海産油中にppbレベルで含まれるPCB及び臭素化難燃剤について,目的の有用物質を損なうことのない穏やかな温度条件であっても,高温条件下と同等の優れた除去効果が発揮される。
こうした効果は,甲3発明1及び周知技術からは予測できない顕著なものである。
エ 小括したがって,本件発明1は甲3発明1に基づいて容易に発明をすることができるものではないとの本件審決の判断は正当である。
本件発明2,4〜6,9,12〜18についても同様である。
(2) 本件発明19について当業者が,本件発明19と甲3発明2との相違点8’及び9’に係る構成を容易に想到できないことや,本件発明19が予測できない顕著な効果を有することは,上記(1)において主張したところと同様である。
したがって,本件発明19は甲3発明2に基づいて容易に発明をすることができるものではないとの本件審決の判断は正当である。
本件発明20及び21についても同様である。
第5 当裁判所の判断当裁判所は,原告の各取消事由の主張はいずれも理由があり,本件審決にはこれを取り消すべき違法があると判断する。その理由は,以下のとおりである。
1 本件発明について32(1) 特許請求の範囲本件発明の特許請求の範囲は,上記第2の2に記載のとおりである。
(2) 本件明細書の記載内容本件明細書には,概ね以下の記載がある(甲53)。
ア 技術分野【0001】本発明は,食用であるかまたは化粧品中に用いるための脂肪または油を含む混合物中の環境汚染物質の量を低減するための方法に関する。本発明は,揮発性環境汚染物質低減作業流体にも関する。さらに本発明は,上記の方法に従って調製される健康サプリメント,医薬品,化粧品および動物飼料製品に関する。
イ 背景技術【0002】DDT(2,2ビス−(p−クロロフェニル)−1,1,1−トリクロロエタン)およびその分解産物は,今日,地球環境のほとんどどこでも見出される。多数の研究も,例えば海洋性生物体の沈殿物(deposit)中の,しばしば比較的高濃度の環境汚染物質,例えばPCB,ダイオキシンおよび臭素化難燃剤,ならびに殺虫剤,例えばトキサフェンおよびDDTならびにその代謝産物の蓄積に関して報告している。ヒトおよび動物の両方に対するこれらの化合物の害毒は,食物および食料品中の有毒物質の含量についての漸増する問題を引き起こしてきた。…【0003】汚染物質を全く含有しないかまたはその量を低減された食物製品が人気を獲得しつつあり,ならびに市場の占有率を増大させつつある。
その結果として,食物製品中の汚染物質の除去または低減は,市場性および価値を実質的に増大させる可能性を有する。
【0004】海産油,例えば魚油中の商業的に重要な多価不飽和脂肪酸は,好ましくはEPA(エイコサペンタエン酸,C20:5n−3)およびDHA(ドコサヘキサエン酸,C22:6n−3)である。…多くの目的の33ために,海産油は,EPAおよび/またはDHAの含量を適切なレベルに増大させるために,あるいは生油中に天然に生じるある種のその他の物質の濃度を低減するかまたは排除さえするために,精製される必要がある。
【0005】脂肪酸EPAおよびDHAはまた,特に製薬および栄養補助食品産業において漸増的に有益性を提供しつつある。工程のいくつかにおいて温度をできるだけ低く保持することも,魚油およびその他の温度感受性油(例えば長鎖多価不飽和脂肪酸を含有する油)にとって非常に重要である。
【0006】高品質の海産油に対する需要は,増大しつつある。…環境汚染物質がこのような魚油から首尾よく除去され得るならば,それらは動物飼料産業に,例えば動物飼料製品に用いるのに適している。
【0007】文献から,分子蒸留,あるいはその技術を言い換えた場合のショートパス蒸留は,魚油から殺虫剤DDTおよびその代謝物を除去するために用いられ得る,ということが知られている…。実用的な上限は65%の除去で,ビタミンAの約25%の損失を伴った。多数の工業的魚油精製法において,65%までのDDTの除去は,満足ではない。
ウ 発明が解決しようとする課題【0013】本発明の一目的は,食用であるかまたは化粧品中に用いるための脂肪または油中の,環境汚染物質の量を低減するための有効な方法を提供することである。
エ 課題を解決するための手段【0014】本発明の第1の態様に従って,この,およびその他の目的は,食用であるかまたは化粧品中に用いるための脂肪または油(環境汚染物質を含有する)を含む混合物中の環境汚染物質の量を低減するための方法であって,以下の:揮発性作業流体を該混合物に添加する過程であって,該揮発性作業流体が脂肪酸エステル,脂肪酸アミド,遊離脂肪酸および炭化34水素のうちの少なくとも1つを含む過程,および該混合物を添加された該揮発性作業流体とともに少なくとも1回のストリッピング処理過程に付す過程であって,食用であるかまたは化粧品中に用いるための脂肪または油中に存在するある量の環境汚染物質が該揮発性作業流体と一緒に該混合物から分離される過程を包含する方法を用いて達成される。本明細書中で,「ある量」とは,いくつかの環境汚染物質の95〜99%までの量の低減,即ち脂肪または油組成物からの特定汚染物質および/または毒性成分の実質的な除去を包含すると解釈される。
【0016】少なくとも1つのストリッピング処理過程を包含する方法における揮発性作業流体の使用の利点は,混合物中のある量の環境汚染物質が,該揮発性作業流体と一緒に容易にストリッピングされ得る,即ち,脂肪または油混合物中に存在する該環境汚染物質が,該作業流体と一緒に該混合物から分離される,ということである。好ましくはこれは,該揮発性作業流体が,脂肪または油混合物から除去されるべき環境汚染物質と揮発性が本質的に等しいかまたはそれより少ない限り可能である。…【0017】さらに,…脂肪酸エステル,脂肪酸アミド,遊離脂肪酸および炭化水素のうちの少なくとも1つを含む揮発性作業流体の使用は,本発明の方法の使用が,魚油中のダイオキシンの量を95%より多く低減することになる。本発明の方法を用いることにより,…塩素化有機殺虫剤(または汚染物質)(該汚染物質はDDTよりさらに低揮発性であり,例えばダイオキシン,トキサフェンおよび/またはPCBである)の量を低減することもできる。高度不飽和油でさえ分解させない穏和な条件を用いて,本発明に従って脂肪または油混合物からこのような重く且つ望ましくない成分を分離することは,驚くべきことである。さらに,先行技術からの既知の技法と比較して,本発明のストリッピング法に従って,遙かにより低温で有効量のPAHを低減させることが可能である。
35【0018】ストリッピング工程前に油または脂肪混合物に揮発性作業流体を添加することのもう1つ別の利点は,遊離脂肪酸の除去が容易化されるということであり,これはより高品質の油製品を結果として与えるであろう。
【0020】本発明の好ましい実施形態では,該揮発性作業流体は,有機溶媒または溶媒混合物,あるいは適切な揮発性を有する組成物である。本発明の該揮発性作業流体は,脂肪酸エステル,脂肪酸アミド,遊離脂肪酸,バイオディーゼルおよび炭化水素のうちの少なくとも1つであり,それらの任意の組合せをも含む。
【0021】もう1つ別の好ましい実施形態では,該揮発性作業流体は,C10〜C22脂肪酸およびC1〜C4アルコールから構成される少なくとも1つの脂肪酸エステル,あるいは各々C10〜C22脂肪酸およびC1〜C4アルコールから構成される2つ以上の脂肪酸エステルの組合せを含む。好ましくは,該揮発性作業流体は,C10〜C22脂肪酸およびC1〜C4アミンから構成されるアミド,C10〜C22遊離脂肪酸,ならびに炭素原子総数10〜40の炭化水素の内の少なくとも1つである。最も好ましくは,該揮発性作業流体は,海産油,例えば魚体油および/または魚肝油からの脂肪酸,および/またはこのような海産脂肪酸のエチルもしくはメチルエステルの混合物である。
【0026】さらに,本発明のもう1つ別の好ましい実施形態では,…好ましくは,食用であるかまたは化粧品中に用いるための脂肪または油は,海産油である。環境汚染物質を全く含有しないかまたはその量を低減された海産油が人気を獲得しつつあり,ならびに市場の占有率を増大させつつある。…したがって,本発明のより好ましい実施形態では,該海産油は,トリグリセリドの形態で少なくとも飽和および不飽和脂肪酸を含有し,魚または海洋哺乳類から得られる。…36【0030】本発明の好ましい実施形態では,上記ストリッピング処理過程は120〜270℃の範囲の温度で実行される。
【0031】最も好ましい実施形態では,該ストリッピング処理過程は,150〜200℃の間の温度で実行される。この温度で該脂肪または油混合物に揮発性作業流体を添加することにより,温度に弱い多価不飽和油でさえ,該油の品質の劣化を生じることなく,良好な効果を伴って処理され得るということを,驚くべきことに本発明は示した。
【0040】好ましくは,該揮発性環境汚染物質低減作業流体は,分留産物として生成される。さらに,該揮発性環境汚染物質低減作業流体は,エチルおよび/またはメチルエステル濃縮物の製造のための通常方法からの副産物,例えば蒸留画分である。本発明のこの副産物は,脂肪または油中の環境汚染物質の量を低減するための新規の方法に用いられ得る。より好ましくは,…揮発性環境汚染物質低減作業流体は,エチルエステル濃縮物の製造のための通常方法からの副産物(留出物画分)であり得るが,この場合,…好ましくは魚油が,エチル化工程,そして好ましくは二段階分子蒸留に付される。該二段階分子蒸留工程において,エチルエステル形態での多数の脂肪酸からなる混合物が,揮発性(軽画分),重(残留物画分)および生成物画分に,お互いに分離される。一次蒸留からの揮発性画分はもう一度蒸留され,そして二次蒸留工程からの揮発性画分はその場合少なくとも該揮発性作業流体,好ましくは脂肪酸エチルエステル画分から構成される。この画分は,…それが適していると思われる場合には,1回以上再蒸留され得る。調製されたこの作業流体は次に,脂肪または油中の環境汚染物質の量を低減するための新規の方法における作業流体として用いられ得る…。
【0047】さらに本発明は,上記の方法のうちの少なくとも1つに従って調製される海産油製品をも開示する。好ましくは,該海産油製品は,魚37油または魚油組成物を基礎にしたものである。
【0048】さらに,高品質の海産油に対する需要が存在する。この問題は,魚油産業に,代替的精製技法を考えるのを余儀なくさせるものである。
さらに,本発明による方法のうちの1つを用いることにより,良好な結果を伴って,例えば低品質を有する海産油中の環境汚染物質の量を同時に低減させ,および/または遊離脂肪酸の量を低減させることが,今や可能である。このような油は,例えば動物飼料製品中に用いられるのに適している。該油または脂肪が多量の遊離脂肪酸で構成される場合,該遊離脂肪酸は,該ストリッピング工程における揮発性作業流体として作用してもよい。
【0049】本発明のもう1つ別の好ましい実施形態では,動物飼料製品は少なくとも海産油を含有するが,該海産油は,該海産油中の環境汚染物質の量および/または遊離脂肪酸の量を低減させるために,前に示された方法のうちの1つに従って調製される。好ましくは,該動物飼料製品は,魚飼料製品である。
オ 定義【0056】[定義]本明細書中で用いる場合,環境汚染物質という用語は,好ましくは,毒性成分および/または殺虫剤,例えばポリ塩素化ビフェニル(PCB),DDTおよびその代謝産物,海洋環境中に見出され,潜在的に有害であるかおよび/または有毒であると同定された有機化合物;ポリ塩素化トリフェニル(PCT),ジベンゾ−ダイオキシン(PCDD)およびジベンゾ−フラン(PCDF),クロロフェノールおよびヘキサクロロシクロヘキサン(HCH),トキサフェン,ダイオキシン,臭素化難燃剤,ポリ芳香族炭化水素(PAH),有機スズ化合物(例えばトリブチルスズ,トリフェニルスズ)ならびに有機水銀化合物(例えばメチル水銀)を意味する。
【0057】本明細書中で用いる場合,油および脂肪という用語は,トリ38グリセリドおよびリン脂質形態のうちの少なくとも1つでの脂肪酸を意味する。…出発原料が海産油である場合,該油は魚またはその他の海洋性供給源からの,そしてトリグリセリドの形態で脂肪酸,例えば多価不飽和脂肪酸を含有するそのまままたは部分的に処理された油のいずれかであってもよい。典型的には,このような海産油中の各々のトリグリセリド分子は,飽和,一価不飽和または多価不飽和であるか,あるいは長鎖または短鎖である異なる脂肪酸エステル部分を,多かれ少なかれ無作為に含有するであろう。…該脂肪または油は,上記のようにストリッピング工程における出発原料を構成する前に,1つまたはいくつかの過程において前処理されてもよい。このような前処理過程の一例は,脱臭工程である。該脂肪または油は,1つまたはいくつかのこのような前処理過程において,および/または本発明による処理過程において,食用のものであってもよいということも留意される。
【0059】本明細書中で用いる場合,作業流体という用語は,C10〜C22脂肪酸およびC1〜C4アルコールから構成されるエステル,C10〜C22脂肪酸およびC1〜C4アミンから構成されるアミド,C10〜C22遊離脂肪酸,鉱油,炭化水素およびバイオディーゼルのうちの少なくとも1つを含む,適切な揮発性を有する溶媒,溶媒混合物,組成物および画分,例えば蒸留工程からの画分を含むものと解釈される。
【0060】本明細書中で用いる場合,「揮発性が本質的に等しいかまたはより少ない」という用語は,脂肪または油混合物からストリッピングされるべき環境汚染物質の揮発性に関係して適切な揮発性を有する揮発性作業流体を含むものと解釈される。さらに一般的に,これは,該作業流体の揮発性が該環境汚染物質の揮発性と同一であるかより低い場合である。しかしながら,「揮発性が本質的に等しいかまたはより少ない」という用語は,該揮発性作業流体が該環境汚染物質より多少(やや)揮発性が高い場39合も含むことが意図される。
【0061】さらに,本明細書中で用いる場合,ストリッピングという用語は,液体流から気体化合物を除去し,分離しまたは(強制的に)追い出すための一般的方法を含むものと解釈される。さらに,本明細書中で好ましい「ストリッピング処理過程」という用語は,1つ以上の蒸留除去または蒸留方法,例えばショートパス蒸留,薄膜蒸留(薄膜ストリッピングまたは薄膜(蒸気)ストリッピング),薄膜降下式蒸留および分子蒸留,ならびに蒸発法により,油または脂肪中の環境汚染物質の量を低減させるための方法/工程に関するものである。
【0064】本明細書中で用いる場合,海産油という用語は,魚類,甲殻貝類(甲殻類)および海洋哺乳類からの油を含む。魚油の非限定例としては,例えば,メンヘイデン油,タラ肝油,ニシン油,カペリン油,サーディン油,アンチョビ油およびサーモン油である。上記の魚油は,魚の器官から回収されてもよく(例えばタラ肝油),ならびに魚肉からまたは魚の体全体から回収されてもよい。
カ 発明を実施するための最良の形態【0076】分子蒸留前に揮発性作業流体を添加することにより,食用であるかまたは化粧品中に用いるための脂肪または油中の環境汚染物質の量を低減させるための方法の第1の実施形態が,図1(判決注:省略。以下同じ。)に示されている。本発明の第1の実施形態における食用であるかまたは化粧品中に用いるための出発原料である脂肪または油は,環境汚染物質のレベルにより特徴化される,新たに精製されたものか,元に戻されたものか,またはこれらの混合物かの魚油である。環境汚染物質の正確な量は,魚種,季節性,地理的捕獲場所等のような因子によって変わる。
【0077】本明細書中で用いる場合,分子蒸留という用語は,高真空で,そして好ましくは低温(120℃を超える)で実施される蒸留工程である。
40本明細書中では,縮合および蒸発表面は,油組成物に対する損害を最小にするために,互いに短距離内にある。この技法は,ショートパス蒸留とも呼ばれ,市販の設備が容易に入手可能である。
【0078】 図1に例示される分子蒸留プラント(1) ミキサーは, (2),予熱器(3),脱気器(4),蒸留ユニット(5)および真空ポンプ(6)を含む。この実施形態に従って,エチルエステル画分(該油に比して6%)を含む揮発性作業流体が,魚油混合物に添加され,ミキサー(2)中で配合される。該油混合物は次に任意に,油供給速度(本明細書中では約400kg/時)を制御するための手段(3),例えば通常の絞り弁に通される。次に該魚油混合物は,予熱手段(3),例えばプレート式熱交換器で予熱されて,予熱された魚油混合物が提供される。該混合物は次に,脱気過程(4)を通されて,分子パス(経路,path)距離エバポレーター(5),管(7)中にアドミットされ,縮合(8)およびエバポレーション(9)表面を包含する。0.1〜0.001mbarの圧力および約200℃の温度で,該ストリッピング工程が実行される。濃縮されるべき該魚油混合物は,回転するブレードにより管(7a)に入ると集められる。該ブレードは該管の底近くまで伸びて,それらの先端と該管の内表面との間に約1.3mmの隙間が存在するよう,据え付けられる。さらに,該ブレードは外部モーターにより駆動される。該魚油混合物は該管の壁に対して投入され,直ちに薄膜へと広げられ,そしてエバポレーション表面に迅速に押さえつけられる。該薄膜は重力により流れ落ち,それが落ちると濃縮されるようになる。加熱された壁および高真空は,環境汚染物質と一緒に該揮発性作業流体をストリッピングし,即ち接近して配置された内部濃縮器(8)に引き出される該揮発性成分(留出物)が多いほど,そのシリンダーを下り続ける該揮発性成分(残渣)は少なくなる。その結果得られる画分,少なくとも脂肪酸EPAおよびDHAを含有するストリッピングされた魚油混41合物が分離され,個々の流出口(10)を通して出る。
実施例【0082】…以下の実施例は,分子蒸留による魚油の異なる精製からの,いくつかの結果を要約するものである。
【0083】[実験室での実験のための設備および条件]以下の実施例1〜3では,デカクロロビフェニル0.60mg/kgを,汚染物質モデル物質として魚油組成物に添加した。デカクロロビフェニル中の高い塩素含量により,この化合物が,環境汚染物質,例えばPCB,DDTおよびその代謝物,トキサフェン,ダイオキシンおよび臭素化難燃剤より,低揮発性であることが確実になる。
【0084】別記しない限り,全ての実施例において,圧力は0.001mbarであった。しかしながら,これは圧力指標の下限であり,実際の圧力は変化するであろう。それが,実施例によって結果が多少(やや)変動する理由である。蒸留設備が安定な条件下に作動している場合,有意の変動は予測されない。しかしながらこれは,一定の圧力が本発明を実行するための非常に強力な条件ではない,ということを指摘するものである。
【0085】[実施例1:作業流体添加の効果]トリグリセリド形態での脂肪酸およびデカクロロビフェニル(0.60mg/kg)を,魚油に比して8%((揮発性作業流体):(魚油)の比が約8:100である),作業流体(本明細書中ではエチルエステル)とともにまたは伴わずに含有する魚油組成物を,実験室規模の分子蒸留により,600ml/時の速度および180℃の温度で蒸留した。用いたエチルエステル混合物は,EPAおよびDHAエチルエステル濃縮物の生成物からの副産物(留出物画分)であった。
【0086】【表1】42【0087】 表1における結果は,魚油組成物への揮発性作業流体の添加が,デカクロロビフェニルの除去に,驚くべきそして劇的な効果を有する,ということを示す。ここで,95%より多くの量のデカクロロビフェニルが,分子蒸留により該魚油混合物から除去されている(「ストリッピングされ」た)。
【0095】[実施例4:サーディン油−工業的フルスケール工程]本実施例は,魚油混合物中の汚染物質の量を低減させるための工業規模工程であって,分子蒸留前に該魚油混合物に揮発性作業流体を添加する過程を含む工程を示す。異なる環境汚染物質を含有するサーディン油63.9トンを,脂肪酸エチルエステル混合物(魚油のエチルエステル(8%))の形態の揮発性作業流体に添加した後,それを分子蒸留工程に付した。次に,温度200℃,圧力0.04mbar,混合物流速300L/時,加熱表面3m2で,該分子蒸留工程を実行した。
【0096】処理後,精製製品61.0トンを収集した。表4における結果は,それぞれストリッピングの前および後の該サーディン油中のビタミンA(トランス−レチノール),コレステロール,トキサフェンおよびダイオキシンの含量を示す。
【0097】【表4】43【0098】結果は,ストリッピング前に油に作業流体を添加することが,多数の魚油中の価値ある成分であるビタミンAの濃度が深刻な影響を及ぼされないのに加えて,同時に揮発性汚染物質の量を低減するのに有効である,ということを確証する。これは,この精製方法が,ビタミンAを含有する製品,例えばタラ肝油のために用いられ得る,ということを意味する。
【0099】いくつかの場合において,一定のコレステロールレベルが,魚油のいくつかの適用,例えば魚飼料,特に仔稚魚用飼料に,有益であり得る。これらの適用において,汚染物質のみの優先的除去を実施することは重要である。
【0100】[実施例5:魚油混合物−工業的フルスケール工程]本実施例も,魚油混合物中の汚染物質の量を低減させるための工業的フルスケール工程であって,該魚油混合物に揮発性作業流体を添加する過程と,該混合物を添加された該揮発性作業流体とともに分子蒸留処理過程に付す過程とを含む過程を示し,この場合,該魚油中に存在する環境汚染物質は,該揮発性作業流体とともに該混合物から分離される。
【0101】異なる環境汚染物質を含有する魚油混合物30トン(図2参照)を,脂肪酸エチルエステル混合物(魚油のエチルエステル(6%))の形態の揮発性作業流体に添加した後,それを分子蒸留工程に付した。次に,温度200℃,圧力0.005mbar,混合物流速400kg油/時,加熱表面11m2で,該分子蒸留工程を実行した。処理後,精製製品29.5トンを収集した。結果を図2に示す。該結果は,該魚油混合物中の44環境汚染物質の含量が,本発明のストリッピング工程後に強力に低減された,ということを確証する。ストリッピング後は,例えば,該魚油混合物中のPCBの含量は約98%低減され,PCDDの含量は約80%低減され,PCDFの含量は約95%低減され,そしてヘキサクロロシクロヘキサン,TE−PCBの量はそれぞれ,ほとんど無視できた。当業者にとっては,いくつかのその他の脂肪または油組成物中の汚染物質の量を低減させるために,揮発性作業流体を用いることにより,本発明に従って同一の効果が得られるということは,明らかである。
【図2】45【0102】[実施例6:サーモン油]本実施例では,大西洋産の(アトランティック)サーモンからの新鮮な副産物からの油を,本発明に従って加工処理した。本発明の方法は,揮発性作業流体を油混合物に添加し,そしてさらに該混合物を,添加された該揮発性作業流体とともに分子蒸留処理過程に付す過程を包含する。8%の作業流体((揮発性作業流体):(サーモン油)の比は,ここでは約8:100である)を該油に添加し,圧力1×10−3mbar,温度180℃,および混合物流速600mL/時で,蒸留工程を実施した。
【0103】臭素化難燃剤,PCBおよびいくつかの塩素化殺虫剤の量に関して,それぞれ蒸留の前および後に,該油混合物の試料を分析した(以下の表5および6参照)。
【0104】【表5】【0105】【表6】46【0106】本発明は,ほとんど全ての分析された環境汚染物質を,分析検出限界より低いレベルにまで除去する,ということが観測される。
【0112】[実施例8]魚油のエチルエステル(8%)からなる作業流体を,養殖サケから生産された油に添加した。実施例1と同一の条件下で蒸留工程を実行し,8.3%の留出物画分を収集した。残留油の酸価は,蒸留前の0.4mgKOH/gから,蒸留後の0.1mgKOH/gへと低減され,そして処理の前および後に,夾雑物に関して該油を分析した。
【0113】【表8】【0114】【表9】47【0115】結果は,ストリッピング(蒸留)工程前の揮発性作業流体の添加が,魚油組成物中の有機塩素殺虫剤の量を低減するのに有効である,ということを示す。さらに,該揮発性作業流体は,該油中の遊離脂肪酸の除去をも容易にする。この点で,その酸価は75%,即ち0.4から0.1へと低減された。これによって,同時にそして同一の方法で,油または脂肪中の環境汚染物質の量を減少させ,そして遊離脂肪酸の量を低減させることが可能である。
【0116】[実施例9:遊離脂肪酸の除去]魚飼料の生産のために購入された魚油を,実施例1に与えられたのと同一の条件下に分子蒸留工程により蒸留し,この出発原料である油は,6.8mgKOH/gの酸価を有していた。4.3重量%に相当する留出物の除去後,残留油の酸価は0.2mgKOH/gへと減少し,そして該出発原料である油中の環境汚染物質の量が低減された。
【0117】同一の蒸留手順において,20.5mgKOH/gの酸価を有する油を蒸留した。10.6%の留出物の除去後,該酸価は約1.0mgKOH/gへと減少し,該出発原料である油中の環境汚染物質の量が低減された。
【0118】実施例8におけるストリッピング工程も,該油中の遊離脂肪酸の除去を容易にし,そして該遊離脂肪酸が揮発性であるという事実により,低品質を有する,即ち高含量の遊離脂肪酸を有する油でさえ,本発明に従って成功裡に処理され得る,と予測され得る。低品質を有する油の一48例は,サイレージ油または長期間保存もしくは運搬された油である。低品質の魚油は,魚飼料の生産に用いられてもよい。
【0119】したがって本実施例は,油または脂肪中の遊離脂肪酸が作業流体として作用するため,高含量の遊離脂肪酸を有する脂肪または油(低品質油または脂肪)を少なくとも含む混合物中の環境汚染物質の量を低減させるためのストリッピング工程は有効である,ということを示す。さらに,該油または脂肪中の遊離脂肪酸は,該ストリッピング工程における内部作業流体として一部作用することにより(または該作業流体の活性部分であることにより),該ストリッピング工程における更なる効果にも寄与する。
【0120】 脂肪または油中の環境汚染物質の量を低減するために,該環境汚染物質を含有する該油または脂肪に,同様の量の適切な遊離脂肪酸を含有する揮発性作業流体を添加することにより,同一のストリッピング効果が得られるということも,当業者は見出すであろう。
2 蒸留及び環境汚染の状況に関する文献の記載(1) 米国特許第2146894号明細書(1939年。甲4)「蒸留されるべき混合物に対し,望まれる蒸留物の沸点の近傍に沸点を有する材料を添加する場合,最適な結果のため,相当に低い温度を使用することができることが見出される。」(1頁右欄14〜18行)「分子蒸留の条件下において,望まれる蒸留物の近傍に沸点を有し,処理を受ける材料に不都合な影響を及ぼさない限り,何れの材料も使用され得る。
したがって,脂肪酸,エステル,鉱油分画…等が有用な結果をもたらすことが見出された。」(1頁右欄41〜48行)「同伴剤(entraining agent)は,除去されるべき物質の沸点と同じか,より高いか又はより低い沸点を有してもよい。沸点の低い同伴剤は,一般に,より低い温度でより優れた結果をもたらすため,好ましくは,望まれる物質49の沸点よりも低い沸点を有する剤が使用される。(2頁左欄25〜31行)」(2) Anthony P. Bimbo, “Chapter 7 PROCESSING OF FISH OILS”,FISH OILSIN NUTRITION (Ed. M. E. Stansby, van Nostrand Reinhold, 1990。甲21)「スチーム脱臭」「ペルーラ(1987)は,様々な温度において,精製されたメンヘーデン油の真空スチーム脱臭の間のコレステロール及びコレステロールエステルの変化を評価し,コレステロールは200℃未満では有意に蒸留されないこと,しかし200℃以上では蒸留が起き,200℃から250℃にかけて除去が進むことを見出した。・・・彼は,数多くの温度において,メンヘーデン油中の塩素化殺虫剤及びPCBの変化を評価し,PCBは175℃で検出レベル未満に減少することを見出した。彼は,有機塩素化物及び有機リン化物が,温和な条件でも容易に除去されることも報告する。」(218頁下から6行〜219頁8行)「真空ストリッピング」「真空ストリッピング技術は,各化学物質が特徴的な蒸気圧を有するという事実を利用している。・・・薄膜蒸発機/分子蒸留機技術は,脂肪及び油からの遊離脂肪酸の除去,油の脱臭,油からの遊離コレステロールの除去のため,40年にわたって成功裡に使用されてきた。…魚油ω−3のための国立衛生研究所/商務省ドラッグマスターファイルには,真空脱臭される魚油の製造プロセスが記載されている。ある程度精製されたメンヘーデン油が,窒素圧力下,55ガロンの容器から,第1段階のフィードポンプを通じて,第1ステージの蒸留機体へ供給される。…図7−16(判決注:省略)は,ワイプド−フィルム・ガラス分子蒸留機の切断面を示し,孔のあいたワイパーブレード,駆動部及び内部凝縮器を示す。…そして油は,第2ステージに入り,ここでカーボンブレードが油を拭いて薄膜とし,下方に移動する。このステージで,油は,0.5Torrの真空で26500℃に加熱される。第2ステージは,熱交換媒体を循環させることによって150℃に加熱された内部凝縮器を含有する。このステージで,コレステロール,殺虫剤及びPCBが気化され,凝縮器の後のトラップに回収される。
非揮発性のトリグリセリドは,第2ステージを出て,ステンレス鋼の熱交換器及び150mmテフロンフィルターを通過し,冷却後,不活性ガスでパージされた容器に回収される(米国商務省,1989,印刷中)。」(219頁10行〜220頁下から6行)(3) 化学大辞典(東京化学同人,第1版,1989年。甲24)「環境中におけるPCB濃度はおよそ次のようである。…魚貝類0.01〜10ppm…などである。食物連鎖の上位に進むにつれて,PCBが濃縮されている。」(2244頁右欄21〜28行)(4) E. M. Brevik,Organohalogen Compounds, Vol.1, p.467-470(1990年。甲29の1及び乙11)「粗及び加工魚油中のポリ塩素化ジベンゾフラン(PCDF)及びジベンゾ−p−ダイオキシン(PCDD)のレベルが決定された。北大西洋と比べ,南太平洋からの粗油には,有意に低い濃度が見出された。 467頁ABSTRACT。
」(訳文は甲29の1参照)「これは,一般に,南半球の方が残留性有機塩素による汚染が少ないことを,さらに示すものである。しかしながら,レベルの変動は,ある程度までは,製造に用いられた海産種の違いによっても生じ得る。」(468頁28〜31行。訳文は乙11参照)(5) D. Santillo., "The presence of brominated flame retardants andorganotin compounds in dusts collected from Parliament buildings fromeight countries" (Greenpease Research Laboratories。2001年3月。
甲35)「デ・ボーア(1989年)は,北海からのタラ肝油中にPBDEが存在す51ることを報告し,1977年から保管された試料中に既にこれらの化合物の存在が存在することを記録し,北海の北部から中央へ,そして南部へ汚染のレベルが増加するという明らかな空間的な傾向を記載した。…・カナダ北極圏の生態系にPBDEが存在することも,近年,確かめられた(アラエら,1999年)。SEバフィン地域からのシロチョウザメ中のPBDE濃度の時間的な分析は(スターンおよびイコノモウ,2000年),1982年から1997年の期間にわたって濃度が約6倍に増加したことを示す。この期間,トリー及びテトラ−BDEの優位の減少と,ペンタ及びヘキサ−BDEの深刻さの増大も生じ,おそらく,高級臭素化同族体への市場のシフトを反映している。」(3頁25〜44行)(6) M. Alaee., Chemosphere, No.46, p.579-582(2002年。甲36)「過去10年間に行われた環境モニタリングプログラムのほとんど全ては,特にノルディック諸国での野生生物中のPBDEが急に増加したことを示しており,この傾向は,海洋哺乳類及び水性野生生物でのダイオキシン,PCB及びいくつかの塩素化殺虫剤の存在が全般的に減少していることに対して,非常に対照的である・・・。」(580頁左欄11〜18行)(7) OECD ENVIRONMENT MONOGRAPH SERIES NO. 102(1995年。甲46)「PeBDPOおよびTeBDPOは主に,日本と北欧において魚類と甲殻類で確認されている。またそれらは,スウェーデンでは陸生の哺乳動物および海洋性の哺乳動物のプールされたサンプルでも見出されている。」(16頁23〜25行)(8) J. Peltola., Pentabromodiphenyl ether as a global POP(2001年。
甲47)「残留性有機汚染物質(POP)は,分解に抵抗する化学物質として記載されており,生物濃縮し,それらの発生源から遠い環境に運ばれる場合があり,ヒトの健康または環境に有害な影響を生じる可能性がある。」(14頁3〜526行)「プールしたバルト海のニシンのサンプル…およびスプラットのサンプル…・からの結果によれば,ペンタBDE同族体の濃度は,海洋性の魚類の年齢とともに増大し,これは,生物蓄積および代謝的変換に対する高い耐性を示している。」(21頁下から4行〜末行)(9) Nutrifish Corp“ALASKAN SALMON AND WHITEFISH OIL MARKETING PROJECT1989”(1989年。甲52)「アラスカ魚油の将来的用途」(7頁19行)「Gwinn氏は,大規模又は体系的なデータはないが,PCB類について分析したいくつかの実例を有しており,その実例では検出不能レベルであったと示した。」(MEETING SUMMARYの3頁4段落3〜5行)(10) R.S. Lees., "Omega-3 Fatty Acids in Health and Disease"(1990年。甲58)「PCBは,ほとんど全ての魚油中で,2−5ppmで見出される(アディソン及びアクマン,1974)。それらは,真空脱臭を除く何れの精製工程でも影響されないが(アディソンら,1974),真空脱臭は,PCBを効果的に除去して検出レベル未満にする。」(219頁下から7〜4行)「我々のハリファクスにおけるポープ6インチのワイプドウォール蒸留 (真空下でストリッパーとして運転される。)を用いた経験は,穏和な(約200℃)の温度で,PCBが魚油から容易に除去され,EPA及びDHAに対する熱の危険を取り除くというものである。」(220頁6〜9行)(11) B. Hjaltason., "NEW PRODUCTS, PROCESSING POSSIBILITIES, AND MARKETSFOR FISH OIL"(MAKING PROFITS out of SEAFOOD WASTES。1990年。甲60)「海洋汚染の増大のため,汚染された水中で捕獲された魚から製造された魚油は,殺虫剤,PCB及び他の望ましくない汚染物質を含有する。」(13536頁左欄19〜22行)(12) E. M. Krummel.,NATURE, Vol.425, p.255(2003年9月18日。甲76)「汚染物は,大気及び海洋によって広く分布している。汚染物質は,サケによって輸送され,食物連鎖によって増幅されることもある。本論文で,我々は,回遊するベニザケ…が,多塩素化ビフェニル(PCB)(ベニザケが,海洋から吸収して,出産のための産卵湖まで広い距離にわたって持ち帰る。)として知られる持続的な工業汚染物のバルク輸送ベクターとして働きうることを示す。」(255頁左欄1〜12行)「1995,1997,1998及び2002年の間,我々は,8つの湖…から堆積物コアを採取した…。PCB分析のため,表面堆積物(0−2cm厚み)…が抽出された。我々は,ベニザケ(n=5)の筋肉組織のPCB濃度の測定も行い,その源のサインを同定した…。」(255頁中欄24〜35行)「アラスカの湖の表面堆積物は,産卵のために帰還するサケで見出されたのと同様の多塩素化ビフェニル(PCB)同族体のパターンを示し,堆積物中のPCB濃度は,サケの帰還密度と強く相関している。」(255頁左欄の図2の説明の1〜4行)3 取消事由1(本件発明と甲2記載の発明との相違点の認定の誤り)(1) 甲2の記載ア 「結晶化,蒸留,超臨界抽出及びクロマトグラフィーの手順が,魚油及びその構成要素である遊離脂肪酸の分画のための主要な調製法である。魚油は,主にトリアシルグリセロール(一般にトリグリセリドと呼ばれる。)からなる。…魚油からのトリグリセリドの混合物は,個々の要素の効率的な分離には複雑すぎる。せいぜい,分画により,控えめな濃縮が期待できるだけである。したがって,大半の努力は,酸又はそのメチル若しくはエ54チルエステル(油から容易に得られる。)の分画に向けられている。主要な利点は,これらのより単純で単一鎖の化合物を扱う場合,鎖長又は不飽和の程度の違いが,効果的に扱われることにある。トリグリセリドでは,この違いは,分離すべき分子中の他の2つの酸により,極小化されるか又は完全に相殺され得る。実用的な利点は,トリグリセリドと比較して,酸及びその単純なエステルの揮発性が高いことである。 73頁(」 「INTRODUCTION」の1〜17行,訳文は甲61参照)イ 「2.メンハーデン油の精製2段階のワイプドフィルム分子蒸留器の蒸留により,非トリグリセリドの物体,有機汚染物及びコレステロールが除去された。…充填物は,特別に加工されたメンハーデン油であり,製造者により脱ろう,アルカリ精製,低温脱色が行われた。第1段階(150℃に運転され,150rpmのワイパー速度及び400μの真空)は,脱ガス,脱水及び油の予備加熱に用いられた。第2段階(260℃,250rpm,200μ)は,塩素化炭化水素及びポリ塩化ビフェニル(PCB)を検出限界未満に低減し,コレステロールを〜5mg/gから〜2mg/gに低減した。収率は,生成速度8−10kg/hrにおいて,供給量の〜95%であった。」(88頁1〜12行,訳文は甲61参照)ウ 「3.共蒸留物によるサケ頭油からのコレステロールの除去注入物に添加されたリノール酸が,19L遠心蒸留器での加工の間のコレステロールの除去を容易にした(ゴーグリッツ及びハンター,ノースウェスト・フィッシャーズ・センター,未公表のデータ)。分子蒸留によってサケ頭油からコレステロールを除去するにあたって実際的な問題の一つは,油が多くのコレステロールを含有するため,凝縮器で固化し,フィードラインを詰まらせることである。コレステロールと共に蒸留しコレステロールを溶解する液体を添加することにより,運転上の問題が減少する。
55リノール酸は,食品グレードの製造に適した純度で容易に入手できるため,選択された。このようにして,約19Lの粗サケ頭油に200mlのリノール酸を添加することにより,コレステロールの含有量は,注入物における4.7mg/gから0.7mg/g未満に減少し,生成物の収率は79%であった。」(88頁13〜24行)エ 「4.トリグリセリド対エステルの大規模分画…メンハーデン油そのもの(トリグリセリド)の蒸留は,EPAの濃度を元来の16.0%からポット残留物の19.5%をもたらした。エチルエステルの蒸留は,EPA含有量を15.9から28.4%に増やした。
DHAの濃度はより劇的であった。DHAは,トリグリセリドでは,8.4から17.3%に2倍になったが,エステルでは,9%から43.9%へ5倍の増加に達した。…」(88頁25〜36行,訳文は甲61参照)(2) 本件発明1との対比についてア 相違点6の認定について(ア) 原告は,相違点6に関し,@ 甲2発明1では,サケ頭油がPCB又は臭素化難燃剤を含有するか否かが明らかではない,A 甲2発明1において,サケ頭油にリノール酸を添加して蒸留することにより,リノール酸及びコレステロールを気相に分離する際の蒸留条件において,サケ頭油中のPCB又は臭素化難燃剤が分離されるのか否かが明らかではない,B リノール酸が,甲2発明1における揮発性作業流体といえるのか否かが明らかではない,との本件審決の認定がいずれも誤りであると主張するので,以下検討する。
(イ) 上記@の点について本件審決は,甲2のうち「3.共蒸留物によるサケ頭油からのコレステロールの除去」の項の記載(上記(1)ウ)に基づいて甲2発明1を認定した。そして,上記(1)イ及びウのとおり,甲2の「2.メンハーデン油56の精製」の項に記載されているメンハーデン油については,PCBが含まれていることを前提とする記載があるものの,「3.共蒸留物によるサケ頭油からのコレステロールの除去」の項のサケ頭油にPCBや臭素化難燃剤が含まれていることは,明示的にも黙示的にも記載されていない。
したがって,「3.共蒸留物によるサケ頭油からのコレステロールの除去」のサケ頭油については,PCB又は臭素化難燃剤を含有するか否かが明らかではないというべきであるから,この点についての本件審決の認定に誤りがあるとはいえない。
(ウ) 上記Aの点について上記(イ)において説示したとおり,甲2発明1の認定の基礎となった,甲2の「3.共蒸留物によるサケ頭油からのコレステロールの除去」の項に記載されているサケ頭油については,PCB又は臭素化難燃剤を含有するか否かが明らかではない。
そうすると,当該PCB又は臭素化難燃剤が,当該サケ頭油に添加されたリノール酸と一緒に,当該サケ頭油から分離される過程を含むのか否かも明らかではないと認めるのが相当である。
したがって,この点についての本件審決の認定に誤りがあるとはいえない。
(エ) 上記Bの点について本件発明1における揮発性作業流体は,ストリッピング処理過程に付す前に海産油に添加される液体であって,当該ストリッピング処理過程において,海産油中に存在するある量の環境汚染物質が当該揮発性作業流体と一緒に該海産油から分離されるものである。また,当該揮発性作業流体はC10〜C22の遊離脂肪酸を含む。さらに,当該揮発性作業流体はストリッピング処理過程で油から分離されるものであるから, 揮「57発性」とはトリグリセリド等の油よりも揮発性が高いことを意味すると解される(本件明細書の段落【0014】 【0021】 【0057】, , ,【0059】〜【0061】)。
これに対し,甲2発明1におけるリノール酸は,ストリッピング処理過程に付す前にサケ頭油に添加される液体であって,当該ストリッピング処理過程において,コレステロールと共に蒸留されるものである(上記(1)ウ)。そして,リノール酸はC18の不飽和脂肪酸であって,トリグリセリドと比較すると揮発性が高い(上記(1)ア)。
そうすると,本件発明1における揮発性作業流体と,甲2発明1におけるリノール酸とは,除去対象物質が環境汚染物質であるかコレステロールであるかとの点で違いがあるものの,いずれもトリグリセリドと比較して揮発性が高く,除去対象物質と共に蒸留される液体であるとの点で共通する。また,リノール酸は,本件明細書において揮発性作業流体として例示された「C10〜C22の遊離脂肪酸」に該当する。
したがって,甲2発明1におけるリノール酸は,本件発明1における揮発性作業流体に当たると認めるのが相当である。
よって,この点についての本件審決の認定には誤りがある。
(オ) 小括以上によれば,本件審決には,相違点6について,リノール酸が揮発性作業流体といえるのか否かが明らかではないと認定した点において,誤りがあるというべきである。
イ 本件発明1と甲2発明1との一致点及び相違点上記アのとおり,甲2発明1におけるリノール酸は,本件発明1における揮発性作業流体に当たると認められる。また,本件発明1と甲2発明1とは,揮発性作業流体を用いて海産油中の除去対象物質の量を低減させるとの点において技術思想が共通する。
58そうすると,本件発明1と甲2発明1との一致点及び相違点は,次のとおりと認めるのが相当である。
<一致点>「食用である海産油中の除去対象物質の量を低減させるための方法であって:−脂肪酸である揮発性作業流体を外部から該海産油に添加する過程;−該海産油が添加された該揮発性作業流体とともに少なくとも1回のストリッピング処理過程に付される過程であって,該海産油中に存在するある量の該除去対象物質が,該揮発性作業流体と一緒に該海産油から分離される過程を含む方法」<相違点6>本件発明1では,海産油中に存在し,揮発性作業流体と一緒に海産油から分離される除去対象物質が,「臭素化難燃剤およびPCBからなる群より選択される環境汚染物質」であるのに対し,甲2発明1では,該除去対象物質が「コレステロール」であって,甲2発明1のサケ頭油が,「臭素化難燃剤およびPCBからなる群より選択される環境汚染物質」を含有するのか否か,該環境汚染物質が,該サケ頭油に添加されたリノール酸と一緒に,該サケ頭油から分離される過程を含むのか否かが明らかでない点。
<相違点7>「ストリッピング処理過程」,すなわち分子蒸留を実行する温度範囲が,本件発明1では,「150〜270℃の間の温度」であるのに対し,甲2発明1では,その温度範囲が特定されていない点。
(3) 本件発明19との対比についてア 相違点6’の認定について上記(2)アにおいて説示したところと同様に,甲2発明2におけるリノール酸は,本件発明19における揮発性作業流体(なお,本件発明19では,59除去対象物質が臭素化難燃剤およびPCBからなる群より選択される「環境汚染物質」であることから,ストリッピング処理過程に付す前に海産油に添加される液体を「揮発性環境汚染物質低減作業流体」と称していると解されるところ,本件明細書によれば,この液体の組成及び奏する作用効果等は,本件発明1と同一であると解されるから,以下,単に「揮発性作業流体」ともいう。)に当たると認めるのが相当であるから,本件審決には,相違点6’について,リノール酸が揮発性作業流体といえるのか否かが明らかでないと認定した点において,誤りがあるというべきである。
イ 本件発明19と甲2発明2との一致点及び相違点上記アのとおり,甲2発明2におけるリノール酸は,本件発明19における揮発性作業流体に当たると認められる。また,本件発明19と甲2発明2とは,揮発性作業流体を用いて海産油中の除去対象物質の量を低減させるとの点において技術思想が共通する。
そうすると,本件発明1と甲2発明2との一致点及び相違点は,次のとおりと認めるのが相当である。
<一致点>「食用である海産油中の,除去対象物質の量を低減させるための方法における,脂肪酸を含んでいる揮発性作業流体の使用であって,該海産油は該除去対象物質を含有し,該方法において,該揮発性作業流体が外部から該海産油に添加され,次に,該海産油が少なくとも1つのストリッピング処理過程に付され,そして該海産油中に存在する該除去対象物質の量が,該揮発性作業流体と一緒に該海産油から分離される使用」<相違点6’>本件発明19では,海産油中に存在し,揮発性作業流体と一緒に海産油から分離される除去対象物質が,「臭素化難燃剤およびPCBからなる群より選択される環境汚染物質」であるのに対し,甲2発明2では,該除去60対象物質が「コレステロール」であって,甲2発明2のサケ頭油が,「臭素化難燃剤およびPCBからなる群より選択される環境汚染物質」を含有するのか否か,該環境汚染物質が,該サケ頭油に添加されたリノール酸と一緒に,該サケ頭油から分離される過程を含むのか否かが明らかでない点。
<相違点7’>「ストリッピング処理過程」,すなわち分子蒸留を実行する温度範囲が,本件発明19では,「150〜270℃の間の温度」であるのに対し,甲2発明2では,その温度範囲が特定されていない点。
(4) したがって,この点についての本件審決の判断には誤りがあるところ,その誤りが結論に影響を及ぼすものであるかどうかについて,次項において引き続き検討する。
4 取消事由2(本件発明と甲2記載の発明との相違点の容易想到性判断の誤り)について(1) 本件発明1についてア 相違点6に係る構成の容易想到性について(ア) 甲2発明1のサケ頭油を,臭素化難燃剤及びPCBが含まれるものとすることについてa 上記2において認定したとおり,本件優先日前に頒布された刊行物である甲24には,魚貝類におけるPCB濃度が0.01〜10ppmであること(上記2(3)),甲58には,ほとんど全ての魚油において2〜5ppmのPCBが見出されること(同(10))がそれぞれ記載されている。また,本件優先日後に頒布された刊行物ではあるものの,甲76には,1995年から2002年の間に捕獲されたアラスカのベニザケの筋肉組織中にPCBが含まれていたこと(同(12))が記載されている。これらの記載がされている刊行物の種類や公開時期等に鑑みれば,本件優先日当時,ほとんど全ての精製前の海産油にPCB61が含まれていることは,周知の客観的事項であったと認められる。
同様に,本件優先日前後に頒布された刊行物に,PBDE,BDPO等の臭素化難燃剤が魚介類等の海洋生物に含まれること(上記2(5)〜(8)。甲35,36,46及び47)が記載されていることからすると,本件優先日当時,ほとんど全ての精製前の海産油に臭素化難燃剤が含まれていることも,周知の客観的事項であったと認めるのが相当である。
b この点に関連して,被告は,海産油におけるPCBの含有量が,海産油原料の生息地域,個体種,生育状況等によって異なることは,本件優先日当時の技術常識であって,甲2発明1の「粗サケ頭油」に,金属,炭化水素類,殺虫剤残渣,PCB類が含まれていなかったことは,客観的な事実であると主張する。
確かに,いくつかのアラスカ魚油ではPCB類が検出不能レベルであったとか(上記2(9)),北大西洋と比べ,南太平洋で捕獲された魚の粗油の残留性有機塩素濃度は有意に低いことが見出された(同(4))との報告がされていることが認められるものの,これらは特定の海域における汚染の状況を示すものにすぎず,本件優先日当時,ほとんど全ての精製前の海産油にPCB及び臭素化難燃剤が含まれていたことを否定するに足りないというべきである。
また,被告は,甲2発明1の粗サケ頭油には,アラスカ海域で捕獲されたサケが使用されたはずであると主張するが,これを認めるに足りる証拠は見当たらない。
したがって,この点についての被告の主張を採用することはできない。
c 以上によれば,甲2発明1のサケ頭油を「臭素化難燃剤およびPCBからなる群より選択される環境汚染物質」を含有するものとするこ62とは,当業者が容易に想到することができたというべきである。
(イ) サケ頭油中のPCB及び臭素化難燃剤はリノール酸と一緒に分離されることについてa 蒸留温度について真空ストリッピングは,各物質が温度に依存する特徴的な蒸気圧を有することを利用して,特定の物質を液相から気相に分離する技術である(上記2(2)。なお,甲37,56参照)。そして,蒸気圧は,当該物質に応じて客観的に決まっている。したがって,ある温度で特定の物質が液相から気相に分離される場合,当該物質よりも蒸気圧が大きい(沸点が低い,あるいは揮発性が高い)物質も,その温度で気相に分離されることになる。
b コレステロールの蒸留温度甲21には,@ 真空スチーム脱臭において,コレステロールは200℃未満では有意に蒸留されないものの,200℃から250℃にかけて除去が進むこと,A 真空ストリッピングにおいて,0.5Torrの真空で260℃に加熱するとコレステロールが気化することが記載されている(上記2(2))。また,甲2にも,分子蒸留を利用してメンハーデン油を260℃で蒸留したところ,コレステロールが低減した旨が記載されている(上記3(1)イ)。
そうすると,圧力条件にも左右されるものの,通常の真空の分子蒸留において,コレステロールは200〜260℃の温度で蒸留されると認めるのが相当である。
c PCB及び臭素化難燃剤の揮発性の程度(a) 甲21には,@ 真空スチーム脱臭において,PCBが175℃で検出レベル未満に減少したこと,A 真空ストリッピングにおいて,0.5Torr,260℃の条件下でPCBがコレステロール63と共に気化することが記載されている(上記2(2))。また,甲2にも,分子蒸留を利用したメンハーデン油の精製において,第2段階(260℃,250rpm,200μ)で,「ポリ塩化ビフェニル(PCB)を検出レベル未満に低減し」たことが記載されている(上記3(1)イ)。
これらの記載によれば,PCBは,コレステロールが有意に蒸留されない175℃で検出レベル未満に減少するというのであるから,コレステロールを上回る揮発性を有する物質であると認められる。
(b) 次に,臭素化難燃剤についてみると,臭素化難燃剤の一種である市販品のPBDEの沸点は,常圧下で310〜425℃である(環境保健クライテリア162(1994年発行)。甲30)。
これに対し,PCBの蒸留範囲(常圧下)は,アロクロール1242が325〜366℃,アロクロール1254が365〜390℃,アロクロール1260が385〜420℃である(The Merck Index,12th Ed.(1996年発行)。甲28)。
そうすると,臭素化難燃剤とPCBの揮発性は同程度であると認めるのが相当である。
d 以上によれば,コレステロールが気化する温度範囲では,より揮発性の高いPCB及び臭素化難燃剤も気化するというべきであるから,「臭素化難燃剤およびPCBからなる群より選択される環境汚染物質」を含有するサケ頭油を使用して,甲2発明1が特定する方法を実行すると,当該環境汚染物質は,当該サケ頭油に添加されたリノール酸と一緒に分離されることとなる。
そして,コレステロール,PCB及び臭素化難燃剤の揮発性の程度は,本件優先日当時において,周知の客観的事項であると認められる(甲21,28及び30は,本件優先日の約6年以上前に頒布された64文献である。)から,当業者は,甲2発明1が特定する方法を実行すると,サケ頭油に含まれているPCB及び臭素化難燃剤が,当該サケ頭油に添加されたリノール酸と一緒に分離されることを容易に理解できたというべきである。
(ウ) 小括したがって,当業者は,相違点6に係る構成を容易に想到することができたと認めるのが相当である。
イ 相違点7に係る構成の容易想到性について(ア) 上記第2,4(1)アのとおり,甲2発明1では,ストリッピング処理過程に相当する分子蒸留の温度について特定がされていない。
(イ) ところで,上記ア(イ)aのとおり,真空ストリッピングは,各物質が温度に依存する特徴的な蒸気圧を有することを利用して,特定の物質を液相から気相に分離する技術であるから,ストリッピング処理過程の温度を,除去又は低減しようとする対象に応じて設定することは,本件優先日当時の技術常識であったというべきである。
(ウ) 本件についてみると,上記2(2)のとおり,コレステロールは200℃から250℃にかけて除去が進み,0.5Torrの真空で260℃に加熱すると気化することが知られていたことに鑑みれば,甲2に接した当業者は,甲2発明1の分子蒸留も,概ね200〜260℃の温度範囲で実行されていると理解すると認めるのが相当である。
また,上記ア(イ)cのとおり,PCBは175℃で蒸留することにより検出レベル未満にまで減少させられること,PCBと臭素化難燃剤の揮発性が同程度であることがそれぞれ知られていた。
(エ) 以上によれば,甲2発明1のサケ頭油から,分子蒸留によってPCBや臭素化難燃剤を除去しようとする場合に,その温度範囲を少なくとも175〜260℃の間の温度とすることは,当業者が容易に想到するこ65とができたというべきである。
そうすると,当該温度範囲(175〜260℃)は,本件発明1が特定する温度範囲(150〜270℃)に含まれているから,当業者は,相違点7に係る構成を容易に想到することができたと認めるのが相当である。
ウ 本件発明1の効果について本件明細書の記載によれば,本件発明1の効果は,揮発性作業流体を海産油に添加し,150〜270℃でストリッピング処理過程に付すことにより,当該油の品質を劣化させることなく,臭素化難燃剤及びPCBからなる群より選択される環境汚染物質を低減するというものである(【0017】,【0030】,【0031】)。
これに対し,上記3(1)ウのとおり,甲2には,添加されたリノール酸が,コレステロールと共に蒸留し,コレステロールが除去されることが記載されている。そうすると,甲2に接した当業者は,上記2(1)記載の技術常識を踏まえると,甲2発明1で使用されているリノール酸は,「望まれる蒸留物」(蒸留によって分離しようとする物質)の同伴剤,すなわち当該蒸留物の蒸留を促す剤として機能するものであることを理解できる。また,コレステロールを上回る揮発性を有する物質(例えば,PCBや臭素化難燃剤)の除去においても,リノール酸が同様の効果を奏する上に,(常圧で固化するコレステロールと比較すると)相当に低い温度で蒸留を実行可能であることについても予測できるというべきである。
したがって,本件発明1が,甲2発明1及び本件優先日当時の技術常識から予測できない顕著な効果を有すると認めることはできない。
エ 被告の主張について(ア) 被告は,甲2発明1の解決すべき課題は,分子蒸留の凝縮器でサケ頭油が固化しフィードラインを詰まらせることを防止することであって,66目的物を損なうことのない穏やかな条件で,海産油中のPCBなどの環境汚染物質の量を低減するための有効な方法を提供するという本件発明1の解決課題と全く異なっていると主張する。
しかし,本件発明1と甲2発明1とは,いずれも,海産油中の除去対象物質の量を低減することを目的として,リノール酸等の揮発性作業流体を用いているから,両者は,技術思想の点で共通している上に,解決課題や技術手段の点においても異なっているとはいえない。
(イ) また,被告は,タラ肝油中のDDT及びビタミンAの除去率と蒸留温度との関係を示す実験結果を指摘して,当業者は,コレステロールのような高濃度で存在する物質と,PCBや臭素化難燃剤などのコレステロールの100万分の1というわずかな量で存在する物質とが,分子蒸留において同じ挙動を示すと予測することはできないと主張する。
しかし,上記ア(イ)において説示したとおり,PCB及び臭素化難燃剤は,コレステロールより揮発性が高いから,当業者は,コレステロールが気化する温度でPCBや臭素化難燃剤も気化するのが通常の挙動であると理解するというべきである。これに対し,揮発性の高低ではなく,混合物中の含有量の多寡によって蒸留挙動が大きく異なることを認めるに足りる的確な証拠は見当たらない(被告が指摘するDDTとビタミンAとでは,揮発性に大きな差異があると認められる(甲25,65))。
(ウ) さらに,被告は,甲2に接した当業者は,魚油からPCBなどの環境汚染物質を除去するためには,遊離脂肪酸を除去してから分子蒸留する方法を選択すべきであって,分子蒸留の前に脂肪酸などの揮発性作業流体を添加してから分子蒸留する方法は避けるべきであると理解するし,魚油を精製するに当たり,外部から液体を添加すると様々な問題が生じることも周知であったと主張する。
しかし,甲2発明1では,脂肪酸であるリノール酸を添加することに67よって,除去対象物質の除去又は低減が実現できているのであるから,甲2に接した当業者が,魚油から分子蒸留を利用して特定の物質を除去しようとする際には,分子蒸留の前に必ず遊離脂肪酸を除去しなければならないと理解するとはいえない。また,本件優先日当時,魚油からPCB又は臭素化難燃剤を除去するに際し,その前に遊離脂肪酸を除去しなければ,その目的を達することが困難であると理解されていたと認めるに足りる的確な証拠は見当たらない。
(エ) したがって,この点についての被告の主張を採用することはできない。
オ 小括以上によれば,本件発明1は,甲2発明1並びに本件優先日当時の技術常識及び周知の事項に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたと認めるのが相当である。
(2) 本件発明19について相違点6’及び7’は,相違点6及び7と実質的に同一であるから,上記(1)ア及びイにおいて説示したところと同様に,当業者は,相違点6’及び7’に係る構成を容易に想到することができたと認めるのが相当である。
また,本件発明19が,甲2発明2及び本件優先日当時の技術常識から予測できない顕著な効果を有すると認めることはできないことについても,上記(1)ウにおいて説示したところと同様である。
以上によれば,本件発明19は,甲2発明2並びに本件優先日技術常識及び周知の事項に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたと認めるのが相当である。
(3) 小括したがって,この点についての本件審決の判断には誤りがあり,その誤りは結論に影響を及ぼすものである。
よって,原告が主張する取消事由1及び2は理由がある。
685 取消事由3(本件発明と甲3記載の発明との相違点の認定の誤り)について(1) 甲3の記載ア クレーム「1.少なくとも炭素数20の多不飽和脂肪酸のモノエステルを少なくとも60%含む製品の製造方法であって,低級アルキルエステルからなる群から選択されるモノエステルと,実質的に非共役の脂肪酸のモノグリセリドとから本質的になる混合物を,100℃未満の温度で,少なくとも1mmHgまでの真空下で,ショートパス分子蒸留器での蒸留に付し,少なくとも炭素数20の多飽和酸のモノエステルの該分画を製造する工程を含む方法。
2.エステルがメチルエステルである,請求項1の方法。
3.エステルがエチルエステルである,請求項1の方法。
…6.グリセリド油が,対応するモノエステルへのエステル交換の前に,少量の揮発性不活性有機液体を用いた蒸留によって脱臭される,請求項1の方法。」(10欄2〜27行)イ「製品が,魚油などの様々なソースから簡単にそして安価に製造できること,そして,これらの製品が,高い効能を有するだけでなく,残存臭気に乏しいことも,本発明の効果である。」(3欄38〜41行)「普通の蒸留は,真空下であるか否かに関わりなく,材料を,蒸留すべき構成物質の分圧が蒸留器中で維持される圧力と同じとなる温度にすることを含み,蒸発が発生するように蒸留器での滞在時間が十分長くなければならない。残念ながら,これこそが,望ましくないことである。なぜなら,加熱は異性化や他の望ましくない反応を促進し,そして何としても避ける必要があるものだからである。」(3欄72行〜4欄5行。訳文は乙13参照)69「蒸留器は普通のデザインであり何ら新しい技術で操作されるものではないが,モノエステルの蒸留はできるだけ穏やかに維持することが望ましく,かつモノエステルの分離は100℃より低い温度で行うべきである。このせいで,分子蒸留器において非常に高い真空度を使用することが望ましく,そして私は水銀柱ミリメートルより十分低い圧力の使用の方がよく,10マイクロ以下のオーダーが好ましい。また,最小の温度及び最短の時間で分子蒸留するために,非常に短経路の分子蒸留器を使用すべきである。…すべての蒸留を一回のパスで行う必要はない。蒸留 で所望の低温と短時間を維持することで,二重結合が共役二重結合を形成する異性が1%未満である本発明の製品を得ることができる。これは,紫外分析でチェックできる。この穏やかな処理は,シス化合物からトランス化合物への異性も,ほとんど生み出さない。」(4欄40〜63行。訳文は乙13参照)「本発明は,その幅広い観点において,特定の出発物質に限定されるものではないが,脱臭された又は部分的に脱臭された天然油から出発することが有益である。改善された脱臭方法は,本発明の好ましい修正の一部に含まれる。今まで,天然油(例えば魚油)の脱臭は,蒸気によるストリッピングを長くすることによって達成されてきた。私は,揮発性の低いいくつかの物質の少量とともに油をストリッピングすることにより,これらの油が脱臭され得ることを見出した。私は,油に添加された揮発性の炭化水素5%とともに蒸留することにより,魚油を脱臭した。同じ脱臭効果は,より少量(2%)の単純エステルを用いた油のストリッピングでも達成することができた。最も経済的には,私は,高度不飽和エステル(私の製品を構成する。 から分離されたより低分子量のエステルを使用する。
) しかし,ストリッピング剤は,低蒸気圧のケトン,アルコール若しくはハライド又は他の不活性物質であってもよい。私の天然脂肪の脱臭方法の追加の利点は,存在する可能性のある遊離脂肪酸のほとんど全てが除去されることで70あり,脂肪の熱履歴が最小化されることである。後者の効果は,不飽和脂肪酸油の構造の保全にとって非常に重要である。」(5欄46〜68行)ウ 実施例「実施例1コールドプレスされたメンハーデン油1200部の試料が,無水メタノール1200部(溶解した水酸化カリウム4部を含有する。)と混合された。混合物は,1.5時間,撹拌され,還流下で沸騰された。…これらの粗メチルエステルは,促進されたフィルムタイプのショートパス,連続型,高真空分子蒸留器(垂直の加熱されたガラスシリンダーからなり,その内側が蒸発表面である。)で蒸留された。…以下のダイアグラム1は,分画の蒸留を繰り返すことによる粗エステルの分離を示す。4回の蒸留の後,32%の粗エステルが,300を超えるヨウ素価を有する濃縮物として分離された(分画G及びH)。
実施例2メンハーデン油の脂肪酸メチルエステルの粗混合物(前述の実施例1で製造された。)の分子蒸留が,実施例1と同じ条件下で,今回は3回のみの蒸留を用いて,繰り返された。…ポリエステルカラムでのガスクロマトグラフィーによって分画が分析された場合,各脂肪酸エステルの重量%で脂肪酸の分布が,以下の表1に報告される。
表1薬理試験の行われたメチルエステル試料の分析パーセントドコサヘキサエン酸エステル 29.6…エイコサペンタエン酸エステル 32.971…」(6欄3行〜7欄43行)「実施例52ガロンのC14−C18酸のメチルエステルが,100ガロンのコールドプレスされたメンハーデン油に添加され,混合物が分子蒸留器でストリップされた。この方法により,臭気物及び遊離酸の全てが,蒸留物中に除去された。この方法により,残留物として,772ポンドの清浄で酸フリーの甘い香りのする油が得られ,25ポンドの酸,臭気物及び単純エステルが,蒸留物として回収された。」(8欄16〜25行)「実施例6軽くプレスされたニシン油のサンプルに,30μ圧,160−180度で蒸留したヌジョール蒸留物5重量%を添加した。その混合物を20μ圧,200度で分子蒸留に1度かけた。蒸留物中にはヌジョールすべてと魚油に含まれるほとんどの酸と臭い成分が含まれていた。残留物には原料のニシン油の96%が含まれていた。この方法により,油脂中の遊離酸含量は0.08meq./g.から0.01meq./g.に減少した。」(9欄21〜31行)(2) 本件発明1との対比についてア 相違点8の認定について(ア) 原告は,相違点8に関し,@ 甲3発明1は,「魚油中の臭気物を除去するための方法」である,A 甲3発明1において,該環境汚染物質が,該魚油に添加された単純エステルと一緒に,該魚油から分離される過程を含むのか否かが明らかでない,B 単純エステルが揮発性作業流体といえるのか否かが明らかでない,との本件審決の認定がいずれも誤りであると主張する。
(イ) 上記@の点について原告は,甲3記載の方法では,臭気物だけでなく,その他の揮発性成72分も分離されるところ,遊離脂肪酸は,魚油中の揮発性成分であるから,甲3発明1は,「魚油中の臭気物を除去するための方法」ではなく,「魚油中の臭気物,遊離脂肪酸及びその他の揮発性成分を除去するための方法」と認定されるべきであると主張する。
しかし,上記(1)イ及びウのとおり,本件審決が甲3発明1の認定の基礎とした甲3の記載部分は,脱臭方法に関するものである。そうすると,実施例5に,臭気物及び遊離酸が蒸留された旨が記載されていることを考慮しても,甲3発明1を臭気の原因となる臭気物を除去するための方法として特定することには合理性があるというべきである。
また,甲3には,原告が指摘する「その他の揮発性成分」に関する記載は見当たらない。
したがって,本件審決の甲3発明1の認定に特段の誤りがあるとはいえず,この点についての原告の主張を採用することはできない。
(ウ) 上記Aの点について上記(1)イ及びウのとおり,本件審決が甲3発明1の認定の基礎とした甲3の記載部分には,魚油にPCBや臭素化難燃剤が含まれていることは明示的にも黙示的にも記載されていない。そうすると,当該魚油がPCB又は臭素化難燃剤を含有するか否かは明らかでないといわざるを得ないから,臭素化難燃剤及びPCBからなる群より選択される環境汚染物質が,当該魚油に添加された単純エステルと一緒に,当該魚油から分離される過程を含むのか否かも明らかではないと認めるのが相当である。
したがって,この点についての本件審決の認定に誤りがあるとはいえない。
(エ) 上記Bの点について甲3発明1における単純エステルは,ストリッピング処理過程に付す前に魚油に添加される液体であって,当該ストリッピング処理過程にお73いて,臭気物と共に蒸留するものである(上記(1)イ)。そして,当該単純エステルは,C14−C18酸のメチルエステルであって,残留物及び蒸留物の記載に鑑みれば,油(トリグリセリド)と比較して揮発性が高い(上記(1)ウ・実施例5)。
上記3(2)ア(エ)において説示した本件発明1における揮発性作業流体の特徴を踏まえ,本件発明1における揮発性作業流体と,甲3発明1における単純エステルとを対比すると,除去対象物質が環境汚染物質であるか臭気物であるかとの点で違いがあるものの,いずれもトリグリセリドと比較して揮発性が高く,除去対象物質と共に蒸留される液体であるとの点で共通する。また,当該単純エステルは,本件明細書において揮発性作業流体として例示された「C10〜C22の脂肪酸およびC1〜C4アルコールから構成されるエステル」に該当する。
したがって,甲3発明1における単純エステルは,本件発明1における揮発性作業流体に当たると認めるのが相当である。
よって,この点についての本件審決の認定には誤りがある。
(オ) 小括以上によれば,本件審決には,相違点8について,単純エステルが揮発性作業流体といえるのか否かが明らかではないと認定した点において,誤りがあるというべきである。
イ 本件発明1と甲3発明1との一致点及び相違点上記アのとおり,甲3発明1における単純エステルは,本件発明1における揮発性作業流体に当たると認められる。また,本件発明1と甲3発明1とは,揮発性作業流体を用いて海産油中の除去対象物質の量を低減させるとの点において技術思想が共通する。
そうすると,本件発明1と甲3発明1との一致点及び相違点は,次のとおりと認めるのが相当である。
74<一致点>「食用である海産油中の除去対象物質の量を低減させるための方法であって:−脂肪酸エステルである揮発性作業流体を外部から該海産油に添加する過程;−該海産油が添加された該揮発性作業流体とともに少なくとも1回のストリッピング処理過程に付される過程であって,該海産油中に存在するある量の該除去対象物質が,該揮発性作業流体と一緒に該海産油から分離される過程を含む方法」<相違点8>本件発明1では,海産油中に存在し,揮発性作業流体と一緒に海産油から分離される除去対象物質が,「臭素化難燃剤およびPCBからなる群より選択される環境汚染物質」であるのに対し,甲3発明1では,該除去対象物質が「臭気物」であって,甲3発明1の魚油が,「臭素化難燃剤およびPCBからなる群より選択される環境汚染物質」を含有するのか否か,該環境汚染物質が,該魚油に添加された単純エステルと一緒に,該魚油から分離される過程を含むのか否かが明らかでない点。
<相違点9>「ストリッピング処理過程」を実行する温度範囲が,本件発明1では,「150〜270℃の間の温度」であるのに対し,甲3発明1では,その温度範囲が特定されていない点。
(3) 本件発明19との対比についてア 相違点8’の認定について上記(2)アにおいて説示したところと同様に,甲3発明2における単純エステルは,本件発明19における揮発性作業流体(なお,上記3(3)ア参照)に当たると認めるのが相当であるから,本件審決には,相違点8’につい75て,単純エステルが揮発性作業流体といえるのか否かが明らかではないと認定した点において,誤りがあるというべきである。
イ 本件発明19と甲3発明2との一致点及び相違点上記アのとおり,甲3発明2における単純エステルは,本件発明19における揮発性作業流体に当たると認められる。また,本件発明19と甲3発明2とは,揮発性作業流体を用いて海産油中の除去対象物質の量を低減させるとの点において技術思想が共通する。
そうすると,本件発明19と甲3発明2との一致点及び相違点は,次のとおりと認めるのが相当である。
<一致点>「食用である海産油中の,除去対象物質の量を低減させるための方法における,単純エステルを含んでいる揮発性作業流体の使用であって,該海産油は除去対象物質を含有し,該方法において,該揮発性作業流体が外部から該海産油に添加され,次に,該海産油が少なくとも1つのストリッピング処理過程に付され,そして該海産油中に存在する除去対象物質の量が,該揮発性作業流体と一緒に該海産油から分離される使用」<相違点8’>本件発明19では,海産油中に存在し,揮発性作業流体と一緒に海産油から分離される除去対象物質が,「臭素化難燃剤およびPCBからなる群より選択される環境汚染物質」であるのに対し,甲3発明2では,除去対象物質が「臭気物」であって,甲3発明2の魚油が,「臭素化難燃剤およびPCBからなる群より選択される環境汚染物質」を含有するのか否か,該環境汚染物質が,該魚油に添加された単純エステルと一緒に,該魚油から分離される過程を含むのか否かが明らかでない点。
<相違点9’>「ストリッピング処理過程」を実行する温度範囲につき,本件発明19で76は,「150〜270℃の間の温度」であるのに対し,甲3発明2では,その温度範囲が特定されていない点。
(4) したがって,この点についての本件審決の判断には誤りがあるところ,その誤りが結論に影響を及ぼすものであるかどうかについて,次項において引き続き検討する。
6 取消事由4(本件発明と甲3記載の発明との相違点の容易想到性判断の誤り)について(1) 本件発明1についてア 相違点8に係る構成の容易想到性について(ア) 甲3発明1の魚油を,臭素化難燃剤及びPCBが含まれるものとすることについて上記4(1)ア(ア)aにおいて認定したとおり,本件優先日当時,ほとんど全ての精製前の海産油にPCB及び臭素化難燃剤が含まれていることは,周知の客観的事項であったと認めるのが相当である。
したがって,甲3発明1の魚油を「臭素化難燃剤およびPCBからなる群より選択される環境汚染物質」を含有するものとすることは,当業者が容易に想到することができたというべきである。
(イ) 魚油中のPCB及び臭素化難燃剤は単純エステルと一緒に分離されることについてまず,臭気物の蒸留温度についてみると,上記5(1)ウにおいて認定したとおり,甲3の実施例6では,「少量の揮発性不活性有機液体」(上記5(1)ア記載のクレーム6)の一例であるヌジョール蒸留物(同イ記載の「揮発性の炭化水素」に相当する。)を用いた脱臭過程において,蒸留温度として200℃が採用されている。また,「食用油脂の精製技術の進歩」と題する総説(1968年2月発行。甲69)にも,通常脱臭は,6mmHg程度の高真空下で,220〜260℃で行われると記載77されていることからすると,圧力条件にも左右されるものの,通常の真空の分子蒸留において,臭気物は200〜260℃の温度で蒸留されると認めるのが相当である。
そして,臭気物が気化する温度範囲では,揮発性が高いPCB及び臭素化難燃剤も気化するというべきであるから(上記2(2),同(10)),上記4(1)ア(イ)において説示したところと同様に,当業者は,甲3発明1が特定する方法を実行すると,魚油に含まれる「臭素化難燃剤およびPCBからなる群より選択される環境汚染物質」が,当該魚油に添加された単純エステルと一緒に分離されることを容易に理解できたというべきである。
(ウ) 小括したがって,当業者は,相違点8に係る構成を容易に想到することができたと認めるのが相当である。
イ 相違点9に係る構成の容易想到性について(ア) 上記第2,4(3)アのとおり,甲3発明1では,ストリッピング処理過程の温度について特定がされていない。
(イ) この点に関連して,上記5(1)ウのとおり,甲3の実施例6では,ヌジョール蒸留物を用いた脱臭過程において,蒸留温度として200℃が採用されている。
単純エステルを用いた脱臭過程を含む実施例5には,当該過程における蒸留温度が明記されていないものの,一連の実験において臭気物の除去という同一の過程に係る蒸留温度に著しい差を設けたとは考え難い上に,上記ア(イ)のとおり,通常脱臭は,6mmHg程度の高真空下で,220〜260℃で行われることが本件優先日当時の技術常識であった(甲69)。
したがって,甲3に接した当業者は,甲3発明1のストリッピング処78理過程も,概ね200〜260℃の温度範囲で実行されていると理解すると認めるのが相当である。
(ウ) そして,上記4(1)イにおいて説示したとおり,ストリッピング処理過程の温度を,除去又は低減しようとする対象に応じて設定することは,本件優先日当時の技術常識であり,また,PCBは175℃で蒸留することにより検出レベル未満にまで減少させられること,PCBと臭素化難燃剤の揮発性が同程度であることがそれぞれ知られていた。
(エ) 以上によれば,甲3発明1の魚油から,ストリッピングによってPCBや臭素化難燃剤を除去しようとする場合に,その温度範囲を少なくとも175〜260℃の間の温度とすることは,当業者が容易に想到することができたというべきである。
そうすると,当該温度範囲(175〜260℃)は,本件発明1が特定する温度範囲(150〜270℃)に含まれているから,当業者は,相違点9に係る構成を容易に想到することができたと認めるのが相当である。
ウ 本件発明1の効果について上記4(1)ウのとおり,本件発明1の効果は,揮発性作業流体を海産油に添加し,150〜270℃の温度でストリッピング処理過程に付すことにより,当該油の品質を劣化させることなく,臭素化難燃剤及びPCBからなる群より選択される環境汚染物質を低減するというものである(【0017】,【0030】,【0031】)。
これに対し,上記5(1)イのとおり,甲3には,「今まで,天然油(例えば魚油)の脱臭は,蒸気によるストリッピングを長くすることによって達成されてきた。」との課題があったところ,「油に添加された揮発性の炭化水素5%とともに蒸留すること」又は「より少量(2%)の単純エステルを用い」ることにより,魚油を脱臭できると共に,「脂肪の熱履歴が最79小化される」ことが利点として挙げられている。
そうすると,甲3に接した当業者は,甲3発明1の単純エステルは,短時間のストリッピングで臭気物を除去する機能を有すると理解できるから,臭気物と共に除去されることが知られているPCB等についても(上記2(2),同(10)),単純エステルが同様の効果を奏すると理解できる。また,甲3発明1で使用されている単純エステルが同伴剤に該当し,相当に低い温度で蒸留を実行可能であることも予測できることは,上記4(1)ウにおいて説示したとおりである。
したがって,本件発明1が,甲3発明1及び本件優先日技術常識から予測できない顕著な効果を有すると認めることはできない。
エ 被告の主張について被告は,甲3に接した当業者は,甲3発明1の脱臭処理には,100℃未満の温度が好適であることが開示されていると理解するのが自然であると主張する。
しかし,クレーム6記載の「少量の揮発性不活性有機液体を用いた蒸留」による「脱臭」が,クレーム1記載の「モノエステルの該分画を製造する工程」の前処理として行われることは,クレーム6に「対応するモノエステルへのエステル交換の前に」と記載されていることからも明らかである。
そして,甲3の実施例6では,ヌジョール蒸留物を用いた脱臭過程において,蒸留温度として200℃が採用されていることに照らすと,専らモノエステルの分画の製造での適用が示唆されている100℃未満との温度が,脱臭処理においても好適な温度であるとはいえない。
かえって,本件優先日前の1968年に頒布された総説に,通常脱臭は,6mmHg程度の高真空下で220〜260℃で行われると記載されている(甲69)ことからすると,甲3発明1の魚油中の臭気物を除去するには,100℃未満では足りず,甲3の実施例6に記載された200℃か,80それを上回る260℃ほどの温度で行う必要があったと解するのが相当である。
したがって,この点についての被告の主張を採用することはできない。
オ 小括以上によれば,本件発明1は,甲3発明1並びに本件優先日当時の技術常識及び周知の事項に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたと認めるのが相当である。
(2) 本件発明19について相違点8’及び9’は,相違点8及び9と実質的に同一であるから,上記(1)ア及びイにおいて説示したところと同様に,当業者は,相違点8’及び9’に係る構成を容易に想到することができたと認められるのが相当である。
また,本件発明19が,甲3発明2及び本件優先日当時の技術常識から予測できない顕著な効果を有すると認めることはできないことについても,上記(1)ウにおいて説示したところと同様である。
以上によれば,本件発明19は,甲3発明2並びに本件優先日技術常識及び周知の事項に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたと認めるのが相当である。
(3) 小括したがって,この点についての本件審決の判断には誤りがあり,その誤りは結論に影響を及ぼすものである。
よって,原告が主張する取消事由3及び4は理由がある。
第6 結論以上によれば,原告が主張する取消事由1〜4はいずれも理由があるから,本件審決のうち,少なくとも本件特許の特許請求の範囲の請求項1及び19に係る部分は取り消されるべきである。そして,請求項1,2,4〜6,9,12〜18に係る部分(訂正事項2参照)及び請求項19〜21に係る部分(訂81正事項6参照)は,本件訂正においてそれぞれ一群の請求項を形成しているから,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第3部裁判長裁判官鶴 岡 稔 彦裁判官高 橋 彩裁判官間 明 宏 充82
事実及び理由
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