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関連審決 無効2016-800128
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事件 特許権侵害損害賠償請求事件
平成30年12月27日判決言渡 同日原本交付 裁判所書記官 平成28年(ワ)第25956号 特許権侵害損害賠償請求事件(甲事件) 平成29年(ワ)第27366号 特許権侵害損害賠償請求事件(乙事件) 口頭弁論終結日 平成30年10月19日 5判決 甲事件・乙事件原告 ソニー株式会社 (以下「原告」という。) 10 同訴訟代理人弁護士 鮫島正洋 小栗久典 蜑コ彰彦 和田祐造 高橋正憲 15 丸山真幸 甲事件被告 富士フイルム株式会社 (以下「被告富士フイルム」という。) 20 乙事件被告 富士フイルムメディア マニュファクチャリング株式会社 (以下「被告FFMM」という。) 25 被告ら訴訟代理人弁護士 片山英二 服部誠 1中村閑 黒田薫 佐志原将吾 高岸亘 5 被告ら訴訟代理人弁理士黒川恵 古橋伸茂
裁判所 東京地方裁判所
判決言渡日 2018/12/27
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
10 事 実 及 び 理 由第1 請求1 被告富士フイルムは,原告に対し,1億円及びこれに対する平成28年8月13日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告FFMMは,原告に対し,1億円及びこれに対する平成29年9月2日か15 ら支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要本件は,発明の名称を「磁気記録媒体」とする特許権を有する原告が,被告らに対し,被告らによる別紙物件目録記載1ないし6の各製品(以下,それぞれの製品を同目録記載の番号に従い「被告製品1」などといい,各製品を併せて「被20 告製品」と総称する。)の製造,販売等が特許権侵害に当たると主張して,民法709条及び特許法102条2項に基づく損害賠償金1億円(内金請求)及びこれに対する不法行為後の日である被告富士フイルムについては平成28年8月13日,被告FFMMについては平成29年9月2日(各被告に対する訴状送達の日の翌日)から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支25 払を,それぞれ求める事案である。
1 前提事実(当事者間に争いのない事実並びに後掲の証拠及び弁論の全趣旨によ2り容易に認められる事実)当事者等原告は,磁気テープカートリッジ等を業として販売する株式会社である。
被告富士フイルムは,磁気テープカートリッジ等を業として製造,販売する5 株式会社である。
被告FFMMは,被告富士フイルムがその発行済株式の100%を保有する株式会社であり,磁気テープカートリッジ等を業として製造する。
原告の特許権ア 原告は,以下の特許権(以下「本件特許権」といい,その特許を「本件特10 許」といい,本件特許に係る明細書及び図面を「本件明細書」という。)を有している。(甲1,2)特 許 番 号 第4370851号発明の名称 磁気記録媒体出 願 日 平成15年8月8日(特願2003−289577)15 登 録 日 平成21年9月11日イ 本件特許権の特許請求の範囲請求項1の記載は以下のとおりである(以下,同請求項に記載された発明を「本件発明」という。。
)「非磁性支持体の一主面上に,少なくとも無機粉末と結合剤とを含有する非磁性層と,少なくとも強磁性粉末と結合剤とを含有する磁性層と20 が形成されてなり,上記非磁性支持体の他の一主面上に,バック層が形成されてなり,保磁力Hc〔kA/m〕と,SFD(スイッチング・フィールド・ディストリビューション)が,下記式(1)の関係を有し,上記磁性層の保磁力Hc〔kA/m〕と,角形比Rs〔%〕とが,下記25 式(2)の関係を有し,全厚12μm以下である磁気記録媒体。
3230≦Hc×(1+0.5×SFD)・・・(1)2.2≦Hc/Rs≦2.6・・・(2)」ウ 本件発明は,以下の構成要件に分説される(以下,それぞれの構成要件を「構成要件A」などという。。
)5 A 非磁性支持体の一主面上に,B 少なくとも無機粉末と結合剤とを含有する非磁性層と,C 少なくとも強磁性粉末と結合剤とを含有する磁性層とが形成されてなり,D 上記非磁性支持体の他の一主面上に,バック層が形成されてなり,10 E 保磁力Hc〔kA/m〕と,SFD(スイッチング・フィールド・ディストリビューション)が,下記式(1)の関係を有し,F 上記磁性層の保磁力Hc〔kA/m〕と,角形比Rs〔%〕とが,下記式(2)の関係を有し,G1 全厚12μm以下である15 G2 磁気記録媒体。
H 230≦Hc×(1+0.5×SFD)・・・(1)I 2.2≦Hc/Rs≦2.6・・・(2)訂正請求及び訂正後の特許請求の範囲構成要件ア 被告富士フイルムは,本件特許について,平成28年11月9日付けで特20 許無効審判を請求した(無効2016−800128。 「本件無効審判」以下という。。
)原告は,本件無効審判において,平成29年1月20日付けで本件特許の明細書及び特許請求の範囲を訂正することを請求し(甲12〜14。 「第以下1次訂正請求」という。,その後,平成30年4月9日付けで改めて本件明)25 細書及び特許請求の範囲を訂正することを請求した(甲33。以下「本件訂正請求」といい,その訂正を「本件訂正」という。。本件訂正請求に伴い,)4第1次訂正請求は,取り下げられたものとみなされた(特許法134条の2第6項)。
イ 本件訂正請求に係る請求項1記載の発明(以下「本件訂正発明」という。)は以下のとおりである(下線部は訂正箇所。以下,請求項1に係る訂正を「訂5 正事項1」といい,そのうち,保磁力Hcの範囲に係る訂正を「訂正事項1−1」といい,非磁性層の厚みに係る訂正を「訂正事項1−2」といい,Hc/Rsの範囲に係る訂正を「訂正事項1−3」という。。また,訂正事項)1に整合するように本件明細書の段落【0010】を訂正した(以下「訂正事項2」という。。
)10 「非磁性支持体の一主面上に,少なくとも無機粉末と結合剤とを含有する非磁性層と,少なくとも強磁性粉末と結合剤とを含有する磁性層とが形成されてなり,上記非磁性支持体の他の一主面上に,バック層が形成されてなり,保磁力Hc〔kA/m〕と,SFD(スイッチング・フィールド・ディス15 トリビューション)が,下記式(1)の関係を有し,上記磁性層の保磁力Hc〔kA/m〕と,角形比Rs〔%〕とが,下記式(2)の関係を有し,上記保磁力Hc〔kA/m〕が,210以上,221以下であり,全厚12μm以下である磁気記録媒体(ただし,上記非磁性層の厚みが1.20 1〜2μmである磁気記録媒体を除く。。
)230≦Hc×(1+0.5×SFD)・・・(1)2.5≦Hc/Rs≦2.6・・・(2)」ウ 本件訂正発明は,以下の構成要件に分説される(下線部は訂正箇所)。
A 非磁性支持体の一主面上に,25 B 少なくとも無機粉末と結合剤とを含有する非磁性層と,C 少なくとも強磁性粉末と結合剤とを含有する磁性層とが形成されて5なり,D 上記非磁性支持体の他の一主面上に,バック層が形成されてなり,E 保磁力Hc〔kA/m〕と,SFD(スイッチング・フィールド・ディストリビューション)が,下記式(1)の関係を有し,5 F1 上記磁性層の保磁力Hc〔kA/m〕と,角形比Rs〔%〕とが,下記式(2)の関係を有し,F2 上記保磁力Hc〔kA/m〕が,210以上,221以下であり,G1 全厚12μm以下であるG2 磁気記録媒体10 G3 (ただし,上記非磁性層の厚みが1.1〜2μmである磁気記録媒体を除く。)。
H 230≦Hc×(1+0.5×SFD)・・・(1)I’2.5≦Hc/Rs≦2.6・・・(2)被告らの行為15 被告富士フイルムは,被告製品1,被告製品2,被告製品5及び被告製品6の製造,販売,輸出及び販売の申出をしている。
また,被告富士フイルムは,被告製品3及び被告製品4の製造をし,同製品をアメリカ合衆国法人であるOracle Corporation又はその子会社である日本オラクル株式会社に対して販売,輸出及び販売の申出をし20 ている。
2 争点被告製品の本件発明の技術的範囲への属否(なお,被告らは以下のアないしウ以外の構成要件の充足性について争っていない。)ア 構成要件Cの充足性25 イ 構成要件G2の充足性ウ 構成要件Hの充足性6本件特許の無効理由の有無ア 特開2002−183929号公報(乙5。平成14年6月28日公開。
以下「乙5文献」という。)に記載の発明に基づく新規性欠如(特許法29条1項)5 イ 特開平11−185240号公報(乙6。平成11年7月9日公開。以下「乙6文献」という。)に記載の発明に基づく新規性欠如ウ 特開平9−22522号公報(乙7。平成9年1月21日公開。以下「乙7文献」という。)に記載の発明に基づく進歩性欠如(特許法29条2項)エ サポート要件(特許法36条6項1号)違反10 オ 実施可能要件(特許法36条4項1号)違反訂正の再抗弁の成否ア 本件訂正請求の適法性イ 本件訂正による無効理由の解消の有無イ−1 乙5文献に記載の発明に基づく新規性欠如(争点 −ア)について15 イ−2 サポート要件違反(争点 −エ)についてウ 被告製品1,2,5及び6の本件訂正発明の技術的範囲への属否(なお,原告は,被告製品3及び4が本件訂正発明の技術的範囲に属するとは主張していない。)本件訂正発明と特許法123条1項所定の事由の有無20 ア 乙5文献に記載の発明に基づく進歩性欠如イ 乙6文献に記載の発明に基づく進歩性欠如ウ 乙7文献に記載の発明に基づく進歩性欠如被告FFMMの不法行為責任(共同不法行為の成否)原告の損害額25 3 争点に関する当事者の主張被告製品の本件発明の技術的範囲への属否)について7ア −ア(構成要件Cの充足性)について(原告の主張)被告製品は構成要件Cの「磁性層」を充足する。
被告らは,構成要件Cの「磁性層」は多磁区粒子によって構成される磁性5 層に限られ,被告製品は,磁性層が単磁区粒子によって構成されるから構成要件Cの「磁性層」を充足しないと主張するが,理由がない。
すなわち,磁性体粒子における粒子単体の元素組成,結晶構造,形状は必ずしも同一ではなく,現実の磁気記録媒体の磁性層には単磁区粒子のみならず多磁区粒子も存在する上,磁性層中に磁性体粒子を分散させた場合,各磁10 性体粒子が配向する方向は必ずしも同一ではないから,磁性体全体(磁性層)の磁化を検討する場合には,磁性体粒子一つ一つのHcがばらつく事情や,磁性体粒子の磁性層中での配向の状態を考慮する必要がある。本件発明はこの点に着目した発明であって,磁性層が多磁区粒子によって構成される場合にのみ技術的意義を有するというものではない。本件発明における構成要件15 Cの「磁性層」を多磁区粒子によって構成される磁性層であると限定する理由はなく,被告製品は構成要件Cの「磁性層」を充足する。
(被告らの主張)式(1)は,以下のとおり,磁気記録媒体の磁性層が多磁区粒子によって構成される場合にのみ技術的意義を有するため,本件発明における構成要件20 Cの「磁性層」は,多磁区粒子によって構成される磁性層であると解釈すべきである。被告製品の磁性層は単磁区粒子によって構成されるものであるから,構成要件Cを充足しない。
原告は,式(1)の技術的意義について,磁性層のHcを大きくしつつもそのばらつき(ΔH)を大きくすることで良好なオーバーカレント特性を得25 ることにあると主張しており,この主張は,磁気記録媒体に使用されている磁性体粒子において,外部磁場の大きさに応じて,記録が消えやすい磁性体8粒子の磁化の程度が連続的に変化することを前提としている。
一般的に,高密度型の磁気記録媒体の磁性層に使用される磁性体粒子はμオーダー以下のサイズであり,1つの粒子が1つの磁区を構成する単磁区粒子である。単磁区粒子の粒子1個の磁化は磁化の回転によってのみ行われ,5 磁性体粒子の長軸が長手方向に配列した磁性層内における単磁区粒子の磁化は,ある方向に磁化するか,その逆方向に反転するかのいずれかであるため,外部磁場の大きさに応じて,磁性体粒子の長軸が長手方向に配列した磁性層内において,単磁区粒子である磁性体粒子の磁化の程度が連続的に大きくなったり,小さくなったりするという事態は生じない。
10 もっとも,磁性体粒子のサイズがμオーダー以上であり1つの粒子が磁壁で区切られた複数の磁区を有する多磁区粒子であれば,外部磁場の大きさに応じて磁化の程度が変わることになるから,外部磁場の大きさに応じて,記録が消えやすい磁性体粒子の磁化の程度が連続的に変化する状況もあり得る。
15 そうすると,式(1)は,磁気記録媒体の磁性層が多磁区粒子によって構成される場合にのみ技術的意義を有することとなる。
イ 争点 −イ(構成要件G2の「磁気記録媒体」の充足性)について(原告の主張)磁性層の膜厚について20 被告製品は,構成要件G2の「磁気記録媒体」を充足する。
被告らは,構成要件G2の「磁気記録媒体」には,記載されざる構成要件として「磁性層の膜厚が0.10μmを超えること」が要件として付加されていると主張するが,理由がない。
特許請求の範囲の記載には磁性層の膜厚の限定はなく,本件明細書の記25 載からも,磁性層の膜厚は本件発明の技術的意義と無関係である。
被告らは,被告製品を本件明細書記載の記録再生装置(HDW−5009VTR)で記録及び再生する実験を行い,いずれもサーボロックはずれが引き起こされたとして,被告製品は構成要件G2を充足しない旨主張するが,被告製品と上記記録再生装置では規格が異なるにすぎない。
また,被告らは,使用する記録再生装置によっては,磁性層の膜厚が薄5 すぎるとCTL信号が検出不能となり,サーボロックはずれが引き起こされ,磁気テープが正しく再生されなくなるなどと主張するが,記録再生装置の出力に対してその許容値(閾値)を定め,許容値以上の信号が検出できなかったものをサーボはずれと判定するものであるから,磁性層の膜厚を薄くしても,それに対応して許容値を定めればサーボ信号の検出は可能10 である。磁性層の膜厚を薄くしてもサーボの許容値を変更することでサーボの検出は可能であり,磁性層の膜厚は,本件発明における必須の構成要件ではない。
磁気ヘッドについて被告らは,構成要件G2の「磁気記録媒体」は,ヘリカル・スキャン方15 式の磁気記録媒体に限定される旨主張し,式(1)の技術的意義が,磁気テープとの接触により摩耗した磁気ヘッドにおける記録が摩耗前の最適記録電流値よりもオーバーカレント側での記録となるような関係がある場合に限られ,このような関係はヘリカル・スキャン方式の磁気記録媒体の場合にしか発生しないと主張するが,理由はなく,「磁気記録媒体」は,20 ヘリカル・スキャン方式の磁気記録媒体に限られない。
特許請求の範囲の記載に磁気ヘッドの方式の限定はなく,本件明細書にも磁気ヘッドの方式に関する記載はない。本件発明の技術的意義は記録電流値の裕度及び充分な再生出力を得るための最適記録電流を有する磁気記録媒体を提供することにあり,記録電流値の裕度とは,入出力特性にお25 いて出力一定の範囲を広げること又は記録電流設定マージンを広くすることを意味するから,本件発明の技術的意義は磁気ヘッドが摩耗した場合10に限定されない。
被告らの主張は,被告製品は本件発明の技術的範囲には属するものの,被告製品が利用される顧客の記録システムの仕様又は選択によっては,オーバーカレントでの記録が行われないというものにすぎない。原告は,本5 件訴訟において,被告らの顧客による記録システムの仕様又は選択に起因する被告らの顧客における特許権侵害を問題としているのではなく,被告製品を製造・販売等する被告らの行為自体を問題としているから,被告らの主張は失当である。
また,固定ヘッド方式の磁気記録媒体も,磁気ヘッドは磁気テープとの10 接触によって摩耗し,磁気ヘッドがその両サイドに位置する部材に対して相対的に奥に引っ込むことにより,磁気ヘッドと磁気テープとの間に隙間が生じ,記録電流(記録磁界)が最適記録電流(最適記録磁界)からずれていくのと同じ事態が起こり,固定ヘッド方式の磁気記録媒体にも記録電流値の裕度の課題は生じるから,被告らの主張は失当である。
15 (被告らの主張)磁性層の膜厚について本件発明は記録再生が可能な磁気記録媒体であることが前提であるから,構成要件G2の「磁気記録媒体」は,記録再生が実用的に不可能な磁気記録媒体が除かれるように限定的に解釈すべきである。
20 一般的に,記録再生可能な磁気記録媒体であるためには,磁気再生装置において,テープ送りが適切に行われる必要があるが,磁気テープ上に磁気信号が記録されるトラック(ビデオトラック)の幅は狭く,再生時のテープ送りと磁気再生ヘッドの回転位置との関係を,記録時のテープ送りと磁気記録ヘッドの回転位置との関係と合わせるように調整する必要があ25 る。そこで,記録時に基準となる信号(コントロール信号(CTL信号))を取り出して記録し,再生時にCTL信号が記録されるトラック(コント11ロールトラック)からCTL信号を読み出してテープの走行速度を検出し,磁気再生ヘッドがトラックからはずれないようにテープの走行速度が調整される。再生時のテープ送りと磁気再生ヘッドの回転位置との関係を,記録時のテープ送りと磁気記録ヘッドの回転位置との関係と合わせた状5 態をサーボロックといい,記録再生装置において,磁気テープに記録されている磁気信号を正しく再生させるためにはサーボロックがされていることが必須となる。
一般的に,CTL信号は波長が長い信号が使用されるが,磁気ヘッドから空間に広がる漏れ磁束の大きさは,記録したい信号の波長が長いほど大10 きくなることが知られており,CTL信号を記録する際に磁気記録ヘッドからの漏れ磁束が到達する距離は1μmに満たない磁性層の膜厚より遥かに大きいものとなるため,磁性層の磁化の程度は磁性層の膜厚の厚さに応じることになる。検出可能なCTL信号が記録されるためには磁性層の膜厚がある程度厚いことが必要であり,磁性層の膜厚が薄すぎると,CT15 L信号の出力が小さすぎて検出不能となる,いわゆるサーボロックはずれを引き起こし,磁気テープが正しく再生されなくなる場合がある。
本件明細書の実施例では,磁性層の膜厚を0.10μmとした実験例3のサンプルでは磁性層が薄すぎるため充分なCTL信号の再生出力が得られず,サーボロックはずれを引き起したことが報告されている(本件明20 細書の段落【0086】。つまり,本件明細書記載の記録再生装置を用い)た場合,磁気記録媒体の磁性層の膜厚が0.10μm程度であると当該磁気記録媒体は再生不能ということになる。
そして,被告製品の磁性層の膜厚はいずれも0.10μm未満であることから,本件明細書記載の記録再生装置を用いるとサーボロックはずれが25 引き起こされることになる。実際に,本件明細書記載の記録再生装置を用いて,被告製品において記録再生を行い,CTL信号の再生出力について12確認したところ,CTL信号は検出できず,サーボロックはずれが引き起こされていることが判明した。
そうすると,構成要件Hに係る「磁気記録媒体」の磁性層の膜厚は0.10μmを超えるものと解釈されるべきである。そして,被告製品の磁性5 層の膜厚はいずれも0.10μm未満であるから,被告製品は構成要件G2の「磁気記録媒体」を充足しない。
磁気ヘッドについて式(1)の技術的意義は,本件明細書の記載(段落【0079】【図4】)を踏まえても,磁気記録媒体の磁気ヘッドが摩耗し,オーバーカレント状10 態になった場合の磁気記録特性を改善すること(オーバーカレント特性を良好にすること)にあり,本件発明に係る「磁気記録媒体」とは,磁気ヘッドが継続的な使用により摩耗することによって,オーバーカレント状態で使用されるものを指すと解釈すべきである。そして,このことを前提とすれば,本件発明の構成要件G2の「磁気記録媒体」とはヘリカル・スキ15 ャン方式の磁気記録媒体に限られる。
すなわち,ヘリカル・スキャン方式の磁気記録媒体は,磁気テープとの接触により磁気ヘッドが摩耗する現象が生じ,磁気ヘッドからの漏れ磁束が次第に強くなるため,最適記録電流値として設定したものと同じ電流値で記録したとしても,磁気ヘッド摩耗後は,磁気テープ上に生じる漏れ磁20 界が強くなり,磁気テープにとってはオーバーカレント状態での記録となる。
他方,磁気ヘッドブロックを含む磁気テープ送り機構を有する固定ヘッド方式の場合,磁気テープとの接触によって磁気ヘッドが摩耗すると磁気テープと磁気ヘッドとの間の空間が増大する。その結果,固定ヘッド方式25 の場合,磁気ヘッドが摩耗すると,ヘリカル・スキャン方式の場合と反対に,磁気テープ上に生じる漏れ磁界が弱くなる。したがって,固定ヘッド13の場合は,長期間使用したとしても,オーバーカレント状態になることはない。かえって,固定ヘッドが摩耗した場合,磁気ヘッドのコイルに摩耗前と同じ記録電流を流した場合であっても,磁気テープに及ぶ漏れ磁束が弱くなり,摩耗前に比べて記録しにくくなるため,磁性体のHcを大きく5 すると,摩耗前の場合よりも,新たな記録が更に一層行いにくくなり,磁気記録特性は悪化することになるから,固定ヘッド方式の磁気記録媒体の場合,本件発明によって磁気記録特性を改善することは不可能である。
したがって,構成要件G2の「磁気記録媒体」は,本件明細書の段落【0079】記載の「VTR用磁気ヘッド」に代表される磁気ヘッド用の磁気10 記録媒体,すなわち,継続的な使用による摩耗により最適記録電流が変化して,摩耗前の最適記録電流値よりもオーバーカレント側での記録となるヘリカルヘッド方式の磁気記録媒体に限定されると解釈すべきである。そして,被告製品は,いずれも固定ヘッド方式の磁気記録媒体であるから,構成要件G2の「磁気記録媒体」を充足しない。
15 ウ 争点 −ウ(構成要件Hの充足性−式(1)の上限値)について(原告の主張)被告製品は,構成要件Hの式(1)を充足する。被告らは,式(1)には記載されざる構成要件として上限値が要件として付加されている旨主張するが,特許請求の範囲の記載には式(1)の上限値は特定されておらず,本20 件明細書においても式(1)の上限値に関する記載はない。
被告らは,被告製品について,本件明細書に記載された記録再生装置を用いて記録再生を試みたところ,いずれについても実用的な記録再生が不可能であることが判明したから,本件発明に係る磁気記録媒体が記録再生可能な磁気記録媒体であるためには,Hc×(1+0.5×SFD)の数値が,被25 告製品における値である270未満である必要があると主張する。しかし,実施例は本件発明の技術的意義を裏付けるための実験例であり,また,被告14製品と本件明細書記載の記録再生装置は規格が異なるにすぎない。
したがって,構成要件Hの式(1)には,記載されざる構成要件として,上限値が要件として付加されるとはいえず,被告らの主張は失当である。
(被告らの主張)5 前記イの被告らの主張のとおり,構成要件G2の「磁気記録媒体」は,記録及び再生が可能な磁気記録媒体であることが前提であるから,「磁気記録媒体」は,記録再生が実用的に不可能な磁気記録媒体が除かれるように限定的に解釈すべきである。
オーバーカレント特性は,磁気記録媒体の磁気特性のみでは定まらず,使10 用される具体的な記録再生装置の仕様,特に磁気記録ヘッドの仕様と磁気記録ヘッドと磁気記録媒体上の磁性層間の距離等に強く依存する。原告も,平成20年7月31日起案の拒絶理由通知に対する意見書(乙2)において,本件発明は,所定の記録再生装置を用いた実施例1に対して出力,最適記録電流及び高い再生出力が得られる記録電流範囲が適切な範囲内に収まるよ15 うな磁気記録媒体を特定したものであることを明らかにしている。
そして,本件明細書の実施例におけるHc×(1+0.5×SFD)の最大値は247.5(実施例3)であり,被告製品のHc×(1+0.5×SFD)の数値は270〜298.3である。被告製品を本件明細書記載の記録再生装置を用いて記録再生を試みたところ,実用的な記録再生が不可能で20 あった。そうすると,本件発明に係る磁気記録媒体が記録再生可能な磁気記録媒体であるためには,Hc×(1+0.5×SFD)の数値が270未満である必要があるといえる。
したがって,構成要件Hの「磁気記録媒体」には書かれざる構成要件として,式(1)の上限値が存在するところ,被告製品のHc×(1+0.5×25 SFD)の数値は当該上限値を上回るものであるから,被告製品は構成要件Hを充足しない。
15争点 (本件特許の無効理由の有無)についてア 争点 −ア(乙5文献に記載の発明に基づく新規性欠如)について(被告らの主張)乙5文献の実施例1,比較例1,比較例3,実施例2,実施例5,比較例5 8及び比較例9には,いずれも,非磁性支持体の一方の面上に,非磁性粉体であるα−酸化鉄及び結合剤を含む下層非磁性層を有し,当該下層非磁性層上に強磁性粉末及び結合剤を含む磁性層(上層)を有し,前記非磁性支持体の磁性層側と反対側の面上にバックコート層を有する磁気記録媒体が記載されている。
10 そして,上記実施例及び比較例の磁気記録媒体の全厚(総厚さ)及び上記実施例及び比較例の各数値に基づき,Hc×(1+0.5×SFD)及びHc/Rsの数値を算出した結果は以下の表のとおりであり,乙5文献には,実施例1,比較例1,比較例3,実施例2,実施例5,比較例8及び比較例9において,以下の発明(以下,それぞれの実施例や比較例の番号に合わせ15 て「乙5−実1発明」「乙5−比1発明」などという。
, )が記載されているといえる。これらの発明は本件発明の構成要件を全て備えているから,本件発明は乙5−実1発明等に基づき新規性を欠く。
a 非磁性支持体の一方の面上にb 非磁性粉体であるα−酸化鉄及び結合剤を含む下層非磁性層を有し,20 c 当該下層非磁性層上に強磁性粉末及び結合剤を含む磁性層(上層)を有し,d 前記非磁性支持体の磁性層側と反対側の面上にバックコート層を有し,e 保磁力Hc〔kA/m〕と,SFD(スイッチング・フィールド・デ25 ィストリビューション)が,下記式(1)の関係を有し,f 上記磁性層の保磁力Hc〔kA/m〕と,角形比Rs〔%〕とが,下16記式(2)の関係を有し,g1 全厚が以下の数値であるg2 磁気記録媒体。
h Hc×(1+0.5×SFD)=以下の数値・・・(1)5 i Hc/Rs=以下の数値・・・(2)乙 5-実 1 乙 5-比 1 乙 5-比 3 乙 5-実 2 乙 5-実 5 乙 5-比 8 乙 5-比 9発明 発明 発明 発明 発明 発明 発明全厚 8.76 8.73 8.76 8.76 8.75 8.75 8.76Hc×(1+0.5×SFD) 237.9 257.6 245.4 240.7 246.8 238.6 237.7Hc/Rs 2.45 2.57 2.48 2.55 2.59 2.33 2.34(原告の主張)乙5文献の実施例1,比較例1,比較例3,実施例2,実施例5,比較例8及び比較例9に記載されている各発明が構成要件E, H及びI (1)F, (式及び式(2))を備えるという点は否認ないし争う。被告らは,乙5文献の実10 施例及び比較例記載の各数値から,Hc×(1+0.5×SFD)及びHc/Rsの値を算出して,乙5−実1発明等を認定できると主張するが, (1)式及び式(2)は乙5文献に記載されておらず,当業者の技術常識に基づき記載された事項から導き出すこともできないから,式(1)及び式(2)は記載されているに等しい事項でもない。
15 したがって,乙5文献に記載の発明と本件発明は構成要件E,F,H及びI(式(1)及び式(2)を満たすようにした点)で相違するから,本件発明は乙5−実1発明等に基づき新規性を欠くとはいえない。
イ 争点 −イ(乙6文献に記載の発明に基づく新規性欠如)について(被告らの主張)20 乙6文献には,ポリエチレンナフタレート支持体の一方の面上に,非磁性無機粉末と結合剤樹脂を含む非磁性層(下層)を有し,当該非磁性層(下層)上に強磁性金属粉末と結合剤樹脂を含む磁性層(上層)を有し,前記ポリエチレンナフタレート支持体の磁性層側と反対側の面上にバック層を有する磁17気記録媒体が開示されている。
そして,乙6文献の比較例2の数値に基づいて算定すると,Hc×(1+0.5×SFD)=230.4,Hc/Rs=2.56となり,いずれも本件発明の構成要件H及びIの式(1)及び式(2)を満たす。
5 そうすると,乙6文献記載の比較例2には以下の発明(以下「乙6−比2発明」という。 が記載されており,) 本件発明の構成要件を全て備えているから,本件発明は乙6−比2発明に基づき新規性を欠く。
a ポリエチレンナフタレート支持体の一方の面上に,b 非磁性無機粉末と結合剤樹脂を含む非磁性層(下層)を有し,10 c 当該非磁性層(下層)上に強磁性金属粉末と結合剤樹脂を含む磁性層(上層)を有し,d 前記ポリエチレンナフタレート支持体の磁性層側と反対側の面上にバック層を有し,e 保磁力Hc〔kA/m〕と,SFD(スイッチング・フィールド・デ15 ィストリビューション)が,下記式(1)の関係を有し,f 上記磁性層の保磁力Hc〔kA/m〕と,角形比Rs〔%〕とが,下記式(2)の関係を有し,g1 全厚が6.99μmであるg2 磁気記録媒体。
20 h Hc×(1+0.5×SFD)=230.4・・・(1)i Hc/Rs=2.56・・・(2)(原告の主張)乙6−比2発明が構成要件E,F,H及びI(式(1)及び式(2))を備えるという点は否認ないし争う。被告らは,乙6文献の比較例2記載の数25 値から,Hc×(1+0.5×SFD)及びHc/Rsの値を算出して,乙6−比2発明を認定できると主張するが,式(1)及び式(2)は乙6文献18に記載されておらず,当業者の技術常識に基づき記載された事項から導き出すこともできないから,記載されているに等しい事項でもない。
したがって,乙6−比2発明と本件発明は構成要件E,F,H及びI(式(1)及び式(2)を満たすようにした点)で相違するから,本件発明は乙5 6−比2発明に基づき新規性を欠くとはいえない。
ウ 争点 −ウ(乙7文献に記載の発明に基づく進歩性欠如)について(被告らの主張)乙7文献記載の実施例1−3,実施例1−4及び比較例1−4には,いずれも,非磁性支持体の一方の面上に,無機質非磁性無機粉末と結合剤樹10 脂を含む非磁性層を有し,当該非磁性層上に強磁性金属粉末と結合剤樹脂を含む磁性層を有する磁気記録媒体が記載されている。
また,上記実施例及び比較例記載の各数値に基づき,Hc×(1+0.5×SFD)及びHc/Rsの値を算出した結果は以下の表のとおりである。
15 そうすると,乙7文献記載の実施例1−3,実施例1−4及び比較例1−4には以下の発明(以下,それぞれの実施例の番号に合わせて「乙7−実3発明」「乙7−実4発明」「乙7−比4発明」という。
, , )が記載されており,いずれも本件発明の構成要件A,B,C,E,F及びG2を備える点で,本件発明と一致し,他方,@乙7−実3発明等はいずれもバック層20 が形成されていない点(構成要件D)及びA全厚がバック層を含まないという点(構成要件G1)で,本件発明と相違する。
a 非磁性支持体の一方の面上にb 無機質非磁性無機粉末と結合剤樹脂を含む非磁性層を有し,c 当該非磁性層上に強磁性金属粉末と結合剤樹脂を含む磁性層を有25 し,e 保磁力Hc〔kA/m〕と,SFD(スイッチング・フィールド・19ディストリビューション)が,下記式(1)の関係を有し,f 上記磁性層の保磁力Hc〔kA/m〕と,角形比Rs〔%〕とが,下記式(2)の関係を有し,g1 全厚が8.95μmである5 g2 磁気記録媒体。
h Hc×(1+0.5×SFD)が以下の数値・・・(1)i Hc/Rsが以下の数値・・・(2)乙7−実3発明 乙7−実4発明 乙7−比4発明Hc×(1+0.5×SFD) 246.8 237.2 238.8Hc/Rs 2.49 2.42 2.35相違点@について,乙7文献には,非磁性支持体の磁性層側と反対側にバックコート層を設けてもよいことが記載されている(乙7文献の段落10 【0062】。
)相違点Aについて,乙7文献におけるバックコート層の厚みは「0.1〜2μm,好ましくは0.3〜1.0μm」との記載(乙7文献の段落【0062】 から,) 乙7文献記載の発明にバックコート層を設けた場合,磁気記録媒体の全厚は,乙7−実3発明は9.05〜10.95μm(好まし15 い厚さのバックコート層を設けた場合,9.25〜9.95μm),乙7−実4発明は9.05〜10.95μm(好ましい厚さのバックコート層を設けた場合, 25〜9.9. 95μm) 乙7−比4発明は9., 05〜10.95μm(好ましい厚さのバックコート層を設けた場合,9.25〜9.95μm)となり,いずれも磁気記録媒体の全厚は12μm以下となる。
20 そうすると,上記各相違点は,乙7文献に記載されている発明から容易に想到できるから,本件発明は乙7−実3発明等に基づき進歩性を欠く。
(原告の主張)乙7文献記載の発明が構成要件E,F,H及びI(式(1)及び式(2))を備えるという点は否認ないし争う。被告らは,乙7文献の実施例及び比較20例記載の各数値から,Hc×(1+0.5×SFD)及びHc/Rsの数値を算出しているが,式(1)及び式(2)は乙7文献に記載されておらず,当業者の技術常識に基づき記載された事項から導き出すこともできないから,式(1)及び式(2)は記載されているに等しい事項でもない。
5 したがって,乙7−実3発明等と本件発明は,被告主張の相違点@及びA(構成要件D,G1)に加え,構成要件E,F,H及びI(式(1)及び式(2)を満たすようにした点)で相違する。
そして,当業者が,乙7文献に記載された発明の磁気記録媒体の磁気特性を, (1)式 及び式(2)の関係とすることが容易であるとはいえないから,10 本件発明は乙7−実3発明等に基づき進歩性を欠くとはいえない。
エ 争点 −エ(サポート要件違反)について(被告らの主張)式(1)及び式(2)が示す範囲と得られる効果式(1)を変形すると,SFD≧2×(230×(1/Hc)−1)と15 なり,実施例及び比較例に記載されたHcの値から1/Hc及びSFDの各数値を算出し,グラフで表記した場合,実施例(実施例2及び実施例4)と比較例(実施例1及び比較例1,2)との間には,式(1)を表す線以外にも,他の数式による直線又は曲線等を無数に描くことが可能であり,本件明細書には式(1)によって所望の効果が得られることの根拠が示さ20 れておらず,当業者は式(1)の技術的意義を認識することができない。
また,式(2)におけるHcとRsとの関係をグラフで表記した場合,実施例(実施例2及び実施例4)と比較例(比較例1)との間には, (2)式を表す線で囲まれた領域以外にも,無数に線により無数の領域を描くことが可能であり,本件明細書には,式(2)によって所望の効果が得られる25 ことの根拠が示されておらず,当業者は式(2)の技術的意義を認識することができない。
21原告は,式(1)及び式(2)は,磁気記録媒体のヒステリシス曲線に関連付けられて設計されたものであり,式自体に技術的意義があり,当業者は,技術常識参酌して本件明細書からその技術的意義を容易に認識することができると主張するが,当業者は本件明細書から式(1) (2)及び5 の技術的意義を理解することはできない。
実施例及び比較例の記載式(1)及び式(2)によって画される数値範囲は極めて広範囲であり,当業者において,本件明細書記載の実施例及び比較例の記載のみで, (1)式と式(2)によって画される数値範囲の全体について所望の効果が得られ10 ると認識することはできない。特に,式(1)は,Hcの上限値やSFDの下限値を特定してないから,SFDの値を大きくせず,Hcの値を230以上の数値にして式(1)を満たすことも可能である。そして,Hcが230を上回る数であり,SFDが実施例の数値を大きく下回るような小さい数値をとる場合にも,式(1)によって所望の効果が得られると本件15 明細書の記載から認識することは困難である。
式(1)の上限値本件明細書には,Hc×(1+0.5×SFD)の値について,記録電流特性については実施例1に対しての差異が±20%以内であれば実用上良好であると評価したことが記載されているところ(段落【00720 5】),実施例3,4の記録電流特性は1.2であり,上記差異を許容し得る上限値となっている。そして,本件明細書に,本件発明の最適記録電流は実施例1に対しての差異が15%以内であれば実用上良好であると評価したことが記載されているところ(段落【0075】),実施例3の最適記録電流は実施例1との差異が16%であり本件発明の実施25 例とはならないから,当業者は,本件明細書の記載から,本件発明の式22(1)について,実施例4のHc×(1+0.5×SFD)の値である245.8が本件発明の上限値があると認識する。しかしながら,本件発明の特許請求の範囲及び本件明細書において上限値を何ら特定していないから,本件発明はサポート要件に違反する。
5 式(2)の上限値の根拠式(2)の上限値である2.6の数値である実施例は実施例3のみである。しかし, ,実施例3は本件発明の実施例ではない。なお,実施例3のHc/Rsを正確に算出すると2.63であり,式(2)の上限値2.6を上回るから,この点からも実施例3は式10 (2)の上限値の根拠にはならない。そして,本件明細書において,実施例3以外に式(2)の上限値を2.6とする記載は見当たらないから,式(2)の上限値を2.6とすることの技術的意義が当業者に認識できる程度に記載されておらず,サポート要件に違反する。
記録再生装置の特定15 前記 のとおり,本件発明は,本件発明記載の記録再生装置かそれと同等の装置を用いることが必須の前提となるが,本件発明及び本件明細書には記録再生装置の特定がされていないから,サポート要件に違反する。
磁性層の膜厚20 本件明細書には,磁性層の膜厚を0.10μm(実験例3),0.15μm(実験例1),0.25μm(実験例2),0.30μm(実験例4)と変化させて作成したサンプルに関して,サーボロックの評価を行ったことが記載されている。そして,磁性層の膜厚を0.10μmとした実験例3のサンプルでは,磁性層が薄すぎるため充分なCTL信号25 の再生出力が得られず,サーボロックはずれを引き起したことが報告されている(段落【0086】)。つまり,本件明細書記載の記録再生装23置を用いた場合,磁気記録媒体の磁性層の膜厚が0.10μm程度であると正しく再生させることができなくなり,当該磁気記録媒体は再生不能になる。現に,膜厚が0.10μm未満である被告製品について,本件明細書記載の記録再生装置を用いて記録再生を行ったところ,いずれ5 もCTL信号は検出できず,サーボロックはずれが引き起こされていることが判明した。しかし,本件発明の特許請求の範囲及び本件明細書において,膜厚は何ら特定されていないから,本件発明はサポート要件に違反する。
固定ヘッド方式の磁気記録媒体に関する記載10 前記 イの被告らの主張のとおり,構成要件G2の「磁気記録媒体」に固定ヘッド方式の磁気記録媒体は含まれないが,仮に,構成要件G2の「磁気記録媒体」に固定ヘッド方式の磁気記録媒体が含まれると解釈されるのであれば,本件明細書には固定ヘッド方式の磁気記録媒体の場合の課題解決手段を何ら示しておらず,サポート要件に違反する。
15 エラーレート特性本件明細書には,「安定したエラーレート特性を実現可能」(段落【0009】)とすることも本件発明の課題であると記載されている。しかしながら,本件明細書には,どのような場合に「安定したエラーレート特性を実現」しているといえるのかについての説明が全くなく,実施例に20 挙げられた磁気記録媒体が「安定したエラーレート特性を実現」しているかを検証するための実験データもない。そのため,当業者は,本件発明の磁気記録媒体が「安定したエラーレート特性を実現」しているのかを認識することができず,サポート要件に違反する。
(原告の主張)25 式(1)及び式(2)が示す範囲と得られる効果式(1)及び式(2)は,磁気記録媒体のヒステリシス曲線に関連付け24られて設計されたものであり,式自体に技術的意義がある。具体的には,式(1)及び式(2)は,以下の機序により,記録電流値の裕度を確保し,記録電流値を大きくすることなく,充分な再生出力を得ることができ,実用上消費電力を低減化できるという効果を奏するものであり,当業者は,5 その技術的意義を,技術常識参酌して本件明細書から容易に認識することができる。
a 式(1)は,ヒステリシス曲線(本件明細書の【図2】)において,Hc+0.5ΔHの数値を230以上にするものである。
磁気記録媒体のHcは,磁化された磁性体を磁化されていない状態10 (消去状態)に戻すために必要な反対向きの外部磁場の強さを意味し,Hcを大きくすることで記録が一旦されれば記録が消えにくい磁気記録媒体を得られる作用が奏されること,他方,Hcを大きくし過ぎると,記録電流が大きくなるために実用上の消費電力が低減しにくくなることは技術常識である。
15 そこで,式(1)では,Hcと併せてΔHを大きくすることで,実用上の消費電力の増加を抑制しつつ,記録が一旦されれば記録が消えにくい磁気記録媒体を得られるようにする。
ΔH(Hc×SFD)は,磁性層中に存在する磁性体粒子一つ一つの保磁力のばらつきの指標であり,Hc+0.5ΔHを230以上とする20 ためにはΔHを大きくする必要があるが,これはHc近傍のヒステリシス曲線の傾きを小さく(緩く)することを意味する。ΔHが大きくなってヒステリシス曲線のHcの近傍の傾きを小さく(緩く)すると,磁性体粒子自体のHcのばらつきが大きくなり,磁気記録媒体のHcより大きなHcを有する磁性体粒子が多く存在するようになる。その結果,隣25 接する記録領域からの漏れ磁界が加わっても(記録磁界が大きくなっても),上記磁気記録媒体のHcよりも大きなHcを有する磁性体粒子の25磁化反転が起きないので,一旦記録がされれば当該記録が消えにくくなる。
なお,式(1)は,Hcの上限値やSFDの下限値を特定してないから,SFDの値を大きくせず,Hcの値を230以上の数値にして式(1)5 を満たすことも可能である。しかしながら,Hcのみを大きくすると,記録電流設定マージンが広くなる(電流の裕度が改善する)というメリットはあるものの,消費電力が増加するというデメリットがあるから,本件発明は,HcのみならずSFDも制御するという式(1)を採用して,Hc及び0.5ΔHの合算値を230以上とするという手法で記録10 電流値の裕度の改善を図るものであり,当業者は,実施例2及び実施例4の記載に接することで,SFDが実施例の数値を大きく下回った場合でも,HcとSFDとで式(1)が満たされれば,Hcによる電流の裕度改善作用とSFD(ΔH)による電流の裕度改善作用が同時に奏されることを理解することできる。また,磁気記録媒体のSFDは0.1〜15 0.6程度の値をとるのが技術常識であるから(甲35の段落【0076】,甲36文献の段落【0017】及び乙6の【表2】,当業者は,技)術常識に基づき,SFDを0.1に近い0.083程度の値をとる磁気記録媒体を想定することができる。
b 式(2)は,ヒステリシス曲線の横軸の交点であるHcと縦軸の交点20 である残留磁束密度Br及び飽和磁束密度Bmとの比率(Rs=Br/Bm)との比率を2.2から2.6の範囲にするものである。Hcを大きくし過ぎないことは実用上消費電力の低減に寄与するものである一方,安定した記録を確保し,再生出力を向上させるためにはHcを一定程度は大きくする必要がある。他方,Rsの分子であるBrは,外部磁25 場をゼロとした際に磁気記録媒体に残留する磁束密度ゆえ,Brが大きい程(換言すればRsが大きい程),外部磁場ゼロになっても磁気記録26が消失しないことを意味し,再生出力が向上することとなる。また,ヒステリシス曲線から明らかなとおり,Rsを大きくすることは消費電力の低減にも寄与するものである。
式(2)のHcを大きくし過ぎると,最適記録電流が大きくなるため5 に実用上の消費電力が低減しにくくなる一方, (=Br/Bm)Rs は,再生出力の向上及び消費電力の低減の観点から大きい方が好ましい。こうした関係から,Hc/Rsは上限値2.6を有することになる。他方,安定した記録を確保すること,再生出力を向上させること及び式(1)における,記録が一旦されれば記録が消えにくい磁気記録媒体が得られ10 ることから式(2)の分子であるHcは大きいほうが望ましい。これが,Hc/Rsにおいて下限を定める技術的意義である。そして,本件発明においてはその下限値を2.2とする。
このように,式(2)の上・下限値のいずれにおいても,Rsを大きくすることで,再生出力を確保し,消費電力の軽減に寄与できる。
15 他方,式(2)の分子のHcは,実用上の消費電力の低減の観点からはあまり大きくし過ぎないことが好ましいので,式(2)に上限値が設けられることになる。もっとも,式(2)のHcは,安定した記録を確保し,再生出力を向上させ,式(1)における記録が一旦されれば記録が消えにくい磁気記録媒体を得るために,一定以上の大きさである必要20 があるので,式(2)に下限値が設けられることになる。そして,Hcにこうした上・下限値を設けることで,再生出力を確保しつつも,実用上の消費電力の低減が図られることになる。
実施例及び比較例の記載式(1)及び式(2)の技術的意義は,以下のとおり,本件明細書の実25 施例及び比較例の記載から裏付けられる。
a まず,式(1)について,実施例2は,Hc×(1+0.5×SFD)27が230.1となっているところ,リファレンス(実施例1。最適記録電流:100%,記録電流特性:1)と比較して,最適記録電流が107%と+15%以内の増加に抑えられつつも,記録電流特性は1.05となり記録電流の裕度が5%広がっている。また,実施例4は,Hc×5 (1+0.5×SFD)が245.8となっているところ,実施例1と比較して,最適記録電流が104%と+15%以内の増加に抑えられつつも,記録電流特性は1.2となり記録電流の裕度が20%広がっている。他方,比較例2は,Hc×(1+0.5×SFD)が211.8となっているところ,実施例1と比較して,最適記録電流が88%と−110 5%以内の減少に抑えられつつも,記録電流特性は0.7となり記録電流値の裕度(記録電流設定マージン)が30%狭くなっている。また,実施例2と実施例4のHc,SFD(ΔH)及び式(1)の3つの数値を比較すると, (1)式 の数値の差15. (=実施例4の数値245.78−実施例2の数値230.1)は,HcのみならずSFD(ΔH)を15 大きくすることで実現していること,Hc及びSFD(ΔH)の数値を利用して式(1)の値を大きくすることによって,最適記録電流の増加はほとんど変わることなく,記録電流特性(記録電流値の裕度)は15%(=(実施例4の数値1.2−実施例2の数値1.05)×100%)も広くできることが分かる。
20 b 式(2)について,実施例4と比較例1を比較すると,比較例1はRsが小さい分,式(2)の値は2.8となり上限値(2.6)を超えている。他方,実施例4の式(2)の値は2.5であり,式(2)の上限値以下の値である。また,式(2)の分母のRsは,比較例1は75%であり,実施例4は85%となっている。このため,理論上は,実施例25 4の磁気記録媒体の方が,再生出力が確保され,消費電力は低減される傾向になり,他方,式(2)の分子のHcは同一の値なので,Hcによ28る磁気記録媒体に対する記録の安定化,再生出力の向上及び一旦記録された記録の消去のされにくさの程度において,理論上,実施例4と比較例1との間に差はないことになる。そして,実験結果をみると,再生出力は比較例1(0.8dB)と比べて実施例4(2dB)の方が向上し5 ている。また,最適記録電流値の増加(実用上の消費電力の低減への寄与)の程度も,比較例1(124%)と比べて,実施例4(104%)の方が向上しているから,上記理論と実験結果とが一致していることを意味する。さらに,実施例4と比較例2を比較すると,比較例2はHcが小さい分,式(2)の値は2.2(下限値)となっている。他方,実10 施例4の式(2)の値は2.5であり,式(2)の範囲内の値である。
また,式(2)の分子のHcは,比較例2は190(kA/m)であり,実施例4は210(kA/m)となっている。このため,理論上,実施例4の磁気記録媒体の方が,消費電力の低減の観点からは不利であるが,Hcによる磁気記録媒体に対する記録の安定化,再生出力の向上及び一15 旦記録された記録の消去のされにくさは確保され,他方,式(2)の分母のRsは同一の値なので,理論上,Rsによる磁気記録媒体に対する再生出力の確保及び消費電力の低減への寄与について,実施例4と比較例2との間に差はないことになる。そして,実験結果をみると,再生出力は,比較例2(0.8dB)と比べて,実施例4(2dB)の方が向20 上している。また,最適記録電流値については,比較例2(88%)よりも実施例4(104%)の方が大きくなっているが,これはHcの値による寄与である。もっとも,実施例4の最適記録電流値は,実用上省電力化の抑制に寄与するものであり,リファレンス(実施例1)に対して+15%の許容の範囲内であり,上記理論と実験結果とが一致してい25 ることを意味する。
式(1)の上限値29被告らは,式(1)には上限値が存在する旨主張するが,前記 の原告の主張のとおり,式(1)には上限値が存在せず,被告らの主張は失当である。
式(2)の上限値の根拠5 式(2)の上限値を2.6とする根拠は本件明細書の段落【0013】【0017】ないし【0020】の記載にされているとおりであり,実施例3を根拠とするものではない。もっとも,被告らの実験によれば,実施例3のHc/Rsは2.63であり,最適記録電流は実施例1の最適記録電流の±15%をわずかに超える+16%という内容である10 とのことからすれば,実施例3は,上限値を2.6に設定することを裏付ける実験結果となっている。さらに,実施例4ではHc/Rsの値が2.5であり電磁変換特性が規定の範囲内となっている一方で,Hc/Rsの値が2.8である比較例1では電磁変換特性が規定の範囲外となっているから,式(2)の上限値を2.6とすることはこれらの実験結15 果からも裏付けられる。
記録再生装置の特定被告らは,本件発明においては記録再生装置の特定が必須であると主張するが, のとおり,本件発明においては記録再生装置を特定する必要性はなく,被告らの主張は失当である。
20 磁性層の膜厚被告らは,本件発明においては磁性層の膜厚の特定が必須であると主張するが, アの原告の主張のとおり,本件発明においては磁性層の膜厚を特定する必要性はなく,被告らの主張は失当である。
固定ヘッド方式の磁気記録媒体に関する記載25 前記 イの原告の主張のとおり,本件発明の特許請求の範囲や本件明細書に磁気ヘッドの方式に関する限定はなく,本件発明は磁気ヘッドの方式30に関わらず技術的意義を有するから,本件明細書に固定ヘッド方式の磁気記録媒体の場合の課題解決手段を記載していないことはサポート要件に違反しない。
エラーレート特性5 本件明細書の「安定したエラーレート特性を実現可能」(段落【0009】 とは,) 上記再生の際に,磁気記録を正確に読み出す特性が安定して実現できることをいうところ,本件明細書の記載(段落【0078】【0079】【0082】)から,当業者は,式(1)を230以上とすることで,記録電流特性の値を大きくすること(極めて広い記録電流範囲において高10 い再生出力が得られるようになること)で,良好なエラーレート特性が発揮されることを認識することができるといえ,サポート要件に違反しない。
オ 争点 −オ(実施可能要件)について(被告らの主張)前記 の被告らの主張のとおり,オーバーカレント特性は,磁気記録媒15 体の磁気特性のみでは定まらず,使用される具体的な記録再生装置の仕様,特に磁気記録ヘッドの仕様と磁気記録ヘッドと磁気記録媒体上の磁性層間の距離等に強く依存する。
しかしながら,本件明細書には,記録再生装置で使用される磁気記録ヘッド及び磁気再生ヘッドの仕様,記録回路の仕様,磁気記録ヘッドないし磁気20 再生ヘッドと磁気記録媒体上の磁性層間の距離等が記載されておらず,実際に,被告製品について,本件明細書記載の記録再生装置を用いて記録再生を試みたところ,いずれについても実用的な記録再生が不可能であった。
したがって,当業者が本件発明を実施しようとした場合,どのように実施するかを発見するために,当業者に期待し得る程度を超える試行錯誤や複雑25 高度な実験等を行う必要があるから,本件発明について,実施可能要件の違反がある。
31(原告の主張)本件明細書には,本件発明の磁気記録媒体の製造工程及び実施例・比較例が具体的に記載されており(段落【0021】〜【0069】,当業者は当)該記載に基づいて,記録電流値の裕度及び充分な再生出力を得るための最適5 記録電流を有する磁気記録媒体を製造して使用することができるから,本件発明について,実施可能要件に違反するとはいえない。
争点 (訂正の再抗弁の成否)についてア 争点 −ア(本件訂正請求の適法性)について(原告の主張)10 訂正事項1−1のうちHcを210以上とする点は,実施例及び比較例に記載された実験データに基づき,実施例及び比較例において好ましいとされるHcを下限値に特定するものであり,訂正事項1−1のうち,Hc〔kA/m〕を221以下とする点は,明細書の実施例及び比較例のうちの最も大きいRsである85%(【表1】参照)を,式(2)から導15 き出されるHc≦2.6×Rsに代入して算出された値である(221=2.6×85)。
訂正事項1−2は,請求項1に係る「磁気記録媒体」から「非磁性層の厚みが1.1〜2μmである磁気記録媒体」を除く訂正である。本件明細書記載の発明は式(1)及び式(2)を満たすことを必須条件とす20 るものであるが,「非磁性層の厚みが1.1〜2μmである磁気記録媒体」を除く趣旨は,本件明細書記載の技術思想とは全く異なるが,Hc,SFD及びRsを計算するとたまたま式(1)及び式(2)の数値範囲に含まれる乙5文献や乙6文献記載の磁気記録媒体との重複を排除することにあり,請求項1において除かれる部分と除かれた後の部分と25 の間で発明の作用効果に差は生じていない。
訂正事項1−3は,式(2)の下限値を明細書の実施例2及び実施例432に基づき,2.5に訂正するものであり,式(2)をより好ましい範囲に限定するものである。
以上のとおり,訂正事項1は,本件明細書に記載された実施例に基づくものであるなど,訂正要件違反はなく,また,訂正事項2は,訂正事項15 の訂正に伴って特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載との整合を図るものであるから訂正要件違反はない。
(被告らの主張)訂正事項1−1について,Hcの上限値を221とする根拠は本件明細書に記載されていない。
10 原告は,Hcの上限値221は,実施例及び比較例のうちの最も大きいRsである85%(実施例4)を式(2)から導き出される「Hc≦2.6×Rs」に代入して算出できると主張するが,訂正後の特許請求の範囲(式(2))を根拠に明細書に記載のない新たなHcの値を作り出すことは新たな技術的事項を導入するものである。しかも,訂正事項1−1は,15 本件訂正発明にとって唯一の実施例であり,単一の測定値を示す実施例4(Hc:210,Rs:85)のHcの値を下限値として用いながら,その実施例4からRsの値のみを切り出し,訂正後の特許請求の範囲(式(2))に代入して得られたHcの値を上限値とするものであって,唯一の実施例4を根拠に幅を持ったHcの値に特許請求の範囲拡張しよう20 とするものであり,この点からも,新たな技術的事項を導入するものであるといえる。
原告は,比較例(比較例2)のRsの数値85をも根拠としているが,特許請求の範囲外である比較例の数値を根拠に訂正後の特許請求の範囲を画そうとすることは,新たな技術的事項を導入するものである。しかも,25 比較例2(Rs:85)は,式(2)ではなく,式(1)の臨界値を求めるためのサンプルとして本件明細書(段落【0082】 )に挙げられてい33るにすぎない。
さらに,原告がHcの上限値221を算出するための根拠とする,Hc≦2.6×Rsの数値2.6は,前記 のとおり,本件明細書の根拠を欠いた値であり,この点からも,新たな技術的事項を5 導入するものであるといえる。
訂正事項1−2について,当該訂正事項のように除く形式による訂正が適法であるためには先願発明ないしは引用発明の内容を除いた構成において発明特定の効果を奏するものと認められることが必要である。しかしながら,訂正事項1−3によって訂正された特許請求の範囲に係る構成の10 全ての範囲において発明の効果を奏するとは認められないから,訂正事項1−2は,本件発明について新たな技術的事項を付加するものである。
訂正事項2は,訂正事項1−1及び1−2を含む訂正事項1の訂正に伴って,発明の詳細な説明の記載を特許請求の範囲の記載と整合させるものであるが,上記のとおり,訂正事項1−1及び1−3は訂正要件を満たさ15 ないから,訂正事項1の訂正に伴って,発明の詳細な説明の記載を特許請求の範囲の記載と整合させる訂正事項2も本件明細書の範囲内の訂正ではない。
イ −1(本件訂正による無効理由の解消の有無−乙5文献に記載の発明に基づく新規性欠如)について20 (原告の主張)本件訂正によって「上記非磁性層の厚みが1.1〜2μmである磁気記録媒体を除く」旨の訂正がなされた(訂正事項1−2)。乙5文献の実施例・比較例に記載された磁気記録媒体の下層非磁性層の厚さは1.5μmであるから,本件訂正によって,乙5文献,乙6文献の実施例・比較例に25 記載された全ての磁気記録媒体が除かれたことになる。したがって,本件訂正により乙5−実1発明等に基づく新規性欠如の無効理由は解消した。
34被告らは,後記被告らの主張のとおり,乙5文献には,実施例2ないし7に基づく乙5−実2〜7発明,乙5−実2〜7’発明が記載されていて,乙5−実2〜7’発明は本件訂正発明の構成要件を全て備え,本件訂正により新規性欠如の無効理由は解消していない旨主張する。
5 しかしながら,乙5文献の実施例2ないし7の実験結果からHc,SQ及びSFDについて被告らが主張するような連続した範囲の数値の発明を認定することはできない。また,乙5文献は特許請求の範囲や明細書の記載に不自然な点や矛盾点があり,実施例2ないし7の実験結果は架空の数値であると疑われることから,乙5文献から乙5−実2〜7発明を認定10 することはできない。
また,乙5文献には非磁性層の厚みを0.2μm以上1.1μm未満又は2.0μm超4.0μm以下とすることは記載されていないし,これらが技術常識参酌して記載されているに等しい事項であるともいえないから,非磁性層の厚みを0.2μm以上1.1μm未満又は2.0μm超15 4.0μm以下とする乙5−実2〜7’発明を認定することはできない。
被告らは,後記被告らの主張のとおり,乙5文献には,実施例5に基づく乙5−実5a’発明が開示されており,乙5−実5a’発明は本件訂正発明の構成要件を全て備え,本件訂正により新規性欠如の無効理由は解消していない旨主張する。
20 しかしながら,前記 のとおり,乙5文献には,非磁性層の厚みを0.2μm以上1.1μm未満又は2.0μm超4.0μm以下とすることは記載されておらず,これらが技術常識参酌して記載されているに等しい事項であるともいえないから,非磁性層の厚みを0.2μm以上1.1μm未満又は2.0μm超4.0μm以下とする乙5−実5a’発明を認定25 することはできない。
(被告らの主張)35乙5文献の実施例2〜7には,以下の発明(以下「乙5−実2〜7発明」という。)が開示されている。
a 非磁性支持体の一方の面上に,b 非磁性粉末であるα−酸化鉄及び結合剤を含む下層非磁性層を介し5 て,c 強磁性粉末を結合剤中に分散してなる磁性層が設けられ,d 前記非磁性支持体の前記磁性層側と反対側に,厚みが通常0.1〜2μm(実施例ではカレンダ処理前において,0.5μm)のバックコート層が設けられ,10 e 保磁力Hc〔kA/m〕と,SFD(スイッチング・フィールド・ディストリビューション)が,下記式(1)の関係を有し,f1 上記磁性層の保磁力Hc〔kA/m〕と,角形比Rs〔%〕とが,下記式(2)の関係を有し,f2 上記保磁力Hc〔kA/m〕が2580〜2940Oe(2015 3.8〜232.3kA/m)であり,g1 総厚さが通常4.5〜8.5μmであるg2 磁気記録媒体。
g3 ただし,非磁性層の厚みは1.5μmである。
h Hc×(1+0.5×SFD)≒236.4〜274.1・・・20 (1)i Hc/Rs≒2.43〜2.90・・・(2)そして,乙5文献には,非磁性層(下層)の厚みが,通常0.2〜4.0μmであり,好ましくは0.3〜2.0μmであること,さらに好ましくは0.5〜1.5μm(0.8〜2.0μm)であることが記25 載されている(乙5文献の段落【0005】【0006】【0043】【0053】【0054】【0059】。そうすると,乙5文献には,乙5−)36実2〜7発明の構成g3について,非磁性層の厚みが0.2〜4.0μm,0.3〜2.0μm,0.5〜1.5μm又は0.8〜2.0μmである発明(以下「乙5−実2〜7’発明」という。)が開示されているといえる。そして,この非磁性層の厚みは,「0.2μm以上1.1μm5 未満」「2.0μm超4.0μm以下」において本件構成要件G3と重,なるから,乙5−実2〜7’発明は,本件訂正発明の構成要件を全て備える。したがって,本件訂正発明は乙5−実2〜7’発明に基づき新規性を欠く。
乙5の実施例5には,前記 アの被告らの主張のとおり,乙5−実510 発明が開示されており,また,実施例5のHcは210〔kA/m〕であるから,乙5の実施例5には,以下の発明(以下「乙5−実5a発明」という。)が開示されている。
a 非磁性支持体の一方の面上にb 非磁性粉体であるα−酸化鉄及び結合剤を含む下層非磁性層を有し,15 c 当該下層非磁性層上に強磁性粉末及び結合剤を含む磁性層(上層)を有し,d 前記非磁性支持体の磁性層側と反対側の面上にバックコート層を有し,e 保磁力Hc〔kA/m〕と,SFD(スイッチング・フィールド・デ20 ィストリビューション)が,下記式(1)の関係を有し,f1 上記磁性層の保磁力Hc〔kA/m〕と,角形比Rs〔%〕とが,下記式(2)の関係を有し,f2 上記保磁力Hc〔kA/m〕が210であり,g1 全厚が8.75μmである25 g2 磁気記録媒体。
g3 非磁性層の厚みが1.5μmである37h Hc×(1+0.5×SFD)=246.8・・・(1)i Hc/Rs=2.59・・・(2)そして,前記 のとおり,乙5文献には,非磁性層の厚みについて,0.2〜4.0μm,0.3〜2.0μm,0.5〜1.5μmまたは5 0.8〜2.0μmの数値が記載されているから,乙5文献には,乙5−実5a発明の構成g3について,非磁性層の厚みが0.2〜4.0μm,0.3〜2.0μm,0.5〜1.5μm又は0.8〜2.0μmである発明(以下「乙5−実5a’発明」という。)が開示されている。
そして,この非磁性層の厚みは本件構成要件G3と重なるから,乙5−10 実5a’発明は,本件訂正発明の構成要件を全て備える。したがって,本件訂正発明は乙5−実5a’発明に基づき新規性を欠く。
以上のとおり,本件訂正によっても,乙5文献に記載の発明に基づく新規性欠如の無効理由は解消していない。
ウ (本件訂正による無効理由の解消の有無−サポート要件違15 反)について(原告の主張)前記 エの原告の主張のとおり,本件発明はサポート要件に違反しておらず,本件発明よりも特許請求の範囲を限定するものである本件訂正発明にもサポート要件違反はない。
20 (被告らの主張)前記 エの被告らの主張のとおり,本件発明はサポート要件違反の無効理由があり,本件訂正についても,サポート要件違反の無効理由は解消されていない。
エ 争点 −ウ(被告製品1,2,5及び6の本件訂正発明の技術的範囲への25 属否)について(原告の主張)38前記 の原告の主張のとおり,被告製品1,2,5及び6は本件発明の構成要件を全て充足し,また,本件訂正発明の構成要件も全て充足するから,被告製品1,2,5及び6は本件訂正発明の技術的範囲に属する。
(被告らの主張)5 前記 の被告らの主張とおり,被告製品は本件発明の構成要件C,G2及びHを充足しないから,被告製品1,2,5及び6は本件訂正発明の技術的範囲に属しない。
争点 (本件訂正発明と特許法123条1項所定の事由の有無)ア 争点 −ア(乙5文献に記載の発明に基づく進歩性欠如)について10 (被告らの主張)前記 の被告らの主張 のとおり,乙5文献に開示されている乙5−実2〜7発明は,本件訂正発明の構成要件G3を除く,本件訂正発明の構成要件を全て備える点で,本件訂正発明と一致し,本件訂正発明は「上記非磁性層の厚みが1.1〜2μmである磁気記録媒体を除く」(構成要件15 G3)のに対し,乙5−実2〜7発明では,非磁性層の厚みが1.5μmである点で相違する。
上記相違点について,前記 イの被告らの主張 のとおり,乙5文献には,非磁性層の厚みについて,0.2〜4.0μm,0.3〜2.0μm,0.5〜1.5μm又は0.8〜2.0μmの値が開示されており,当業20 者であれば,乙5−実2〜7発明の下層非磁性層の厚さ1.5μmを上記範囲内において本件訂正発明で除かれていない厚みに変更することは,乙5文献の記載自体から容易に想到し得る。
したがって,乙5−実2〜7発明に基づき,当業者は本件訂正発明を容易に想到し得るから,本件訂正発明は乙5−実2〜7発明に基づき進歩性25 を欠く。
前記39実5a発明は,本件訂正発明の構成要件G3を除く,本件訂正発明の構成要件を全て備える点で,本件訂正発明と一致し,本件訂正発明は「ただし,上記非磁性層の厚みが1.1〜2μmである磁気記録媒体を除く」(構成要件G3)のに対し,乙5−実5a発明では,非磁性層の厚みが1.5μ5 mである点で相違する。
上記相違点について,前記イ 乙5文献には,非磁性層の厚みについて,0.2〜4.0μm,0.3〜2.0μm,0.5〜1.5μm又は0.8〜2.0μmの値が開示されており,当業者であれば,乙5−実5a発明の下層非磁性層の厚さ1.5μmを,上記範囲10 内において本件訂正発明で除かれていない厚みに変更することは,乙5文献の記載自体から容易に想到し得る。
したがって,乙5文献に記載された乙5−実5a発明に基づき,当業者は本件訂正発明を容易に想到し得るから,本件訂正発明は乙5−実5a発明に基づき進歩性を欠く。
15 原告は,乙5文献に記載された換算法は,同文献記載の換算法に基づいて算出されているところ,当該換算法は技術常識とは異なる不正確な換算方法であり,当業者が採用する方法ではないなどと主張するが,乙5文献に記載された換算法は技術常識と異なるものではない。
また,仮に原告の主張するとおり,乙5に記載された換算方法を発明の20 認定に用いずに,原告の主張する換算式を用いるとすると,乙5文献の実施例5から以下の発明(以下「乙5−実5b発明」という。)を認定することができる。
a 非磁性支持体の一方の面上にb 非磁性粉体であるα−酸化鉄及び結合剤を含む下層非磁性層を有25 し,c 当該下層非磁性層上に強磁性粉末及び結合剤を含む磁性層(上層)40を有し,d 前記非磁性支持体の磁性層側と反対側の面上にバックコート層を有し,e 保磁力Hc〔kA/m〕と,SFD(スイッチング・フィールド・5 ディストリビューション)が,下記式(1)の関係を有し,f1 上記磁性層の保磁力Hc〔kA/m〕と,角形比Rs〔%〕とが,下記式(2)の関係を有し,f2 上記保磁力Hc〔kA/m〕が210であり,g1 全厚が8.75μmである10 g2 磁気記録媒体。
g3 非磁性層の厚みが1.5μmであるh Hc×(1+0.5×SFD)=249.1・・・(1)i Hc/Rs=2.62・・・(2)本件訂正発明と乙5−実5b発明とを対比すると,@構成要件G3が異15 なるほか,A本件訂正発明は「2.5≦Hc/Rs≦2.6」であるのに対し,乙5−実5b発明のHcは212kA/mであり,Hc/Rsは2.62である点で相違する。
相違点 乙5文献の記載自体から容易に想到し得る。
20 相違点Aについて,乙5文献に記載された発明の目的は良好なエラーレートと耐久性を有する磁気記録媒体の提供であり,これらの記載に接した当業者は,磁気記録媒体をHc197.5〜276.5kA/mの範囲内にRsを0.75〜0.80の範囲内に調整すれば当該目的をよりよく達成できると理解する(乙5文献の【0004】〜【0006】。そうする)25 と,当業者は,乙5文献に記載された実施例5の磁気記録媒体のHc及びRsの値を前記範囲内で適宜調整しようとする。
41したがって,乙5−実5b発明のHcを乙5文献に記載された発明の目的を達成できる範囲内(例えば,Hc210kA/m)に変更することは当業者が適宜調整する事項の範囲内であり,設計事項といえる。そして,このようにHcを210kA/mに変更した磁気記録媒体におけるHc5 /Rsの値は2.59であり,式(2)の条件を満たす。
したがって,乙5文献記載の換算式ではなく,原告が主張する換算式を用いたとしても,本件訂正発明は,当該換算式に基づいて認定される乙5−実5b発明に基づき進歩性を欠く。
乙5文献の実施例9には,以下の発明(以下「乙5−実9発明」という。)10 が記載されている。
a 非磁性支持体の一方の面上にb 非磁性粉体であるα−酸化鉄及び結合剤を含む下層非磁性層を有し,c 当該下層非磁性層上に強磁性粉末及び結合剤を含む磁性層(上層)を有し,15 d 前記非磁性支持体の磁性層側と反対側の面上にバックコート層を有し,e 保磁力Hc〔kA/m〕と,SFD(スイッチング・フィールド・ディストリビューション)が,下記式(1)の関係を有し,f1 上記磁性層の保磁力Hc〔kA/m〕と,角形比Rs〔%〕と20 が,下記式(2)の関係を有し,f2 上記保磁力Hc〔kA/m〕が219であり,g1 全厚が8.75μmであるg2 磁気記録媒体。
g3 上記非磁性層の厚みが1.5μmである25 h Hc×(1+0.5×SFD)=259.3・・・(1)i Hc/Rs=2.84・・・(2)42本件訂正発明と乙5−実9発明とは,@本件訂正発明は「上記非磁性層の厚みが1.1〜2μmである磁気記録媒体を除く」(構成要件G3)ものであるのに対し,乙5−実9発明は非磁性層の厚みが1.5μmである点,A本件訂正発明は「2.5≦Hc/Rs≦2.6・・・(2)」であるのに5 対し,乙5−実9発明のHc/Rsは2.84である点で相違し,他の構成要件は一致する。
相違点@について,前記 の被告らの主張のとおり,乙5文献の記載から,当業者であれば,乙5−実9発明の下層非磁性層の厚さ1.5μmを本件訂正発明で除かれていない厚みに変更することは乙5文献の記載自10 体から容易に想到し得る。
また,相違点Aについて,式(2)で求められる特性に基づいて磁気記録媒体の磁気特性を調整することは当業者の技術常識であること,また,乙5文献の記載(【請求項1】及び段落【0004】【0006】)から,当業者が,乙5−実9発明の磁気記録媒体の磁気特性を,本件訂正発明の目15 的を達成するために肝要とされるRs0.7〜0.85の範囲に調整することは当業者が容易に想到し得るといえ,この調整によって製造される磁気記録媒体のHc/Rsの数値は式(2)の条件を満たすから,当業者は乙5−実9発明のHc/Rsを式(2)の範囲(2.5≦Hc/Rs≦2.6)に変更することは容易に相当し得る。
20 したがって,本件訂正発明は,乙5−9発明に基づき進歩性を欠く。
(原告の主張)前記 の原告の主張 のとおり,乙5文献に乙5−実2〜7発明が開示されているとはいえない。
仮に,乙5文献に乙5−実2〜7発明が開示されているとしても,乙525 −実2〜7発明と本件訂正発明は以下の点で相違する。
@ 本件訂正発明は非磁性層の厚みが1.1〜2μmである磁気記録媒体43を除いているのに対し,乙5−実2〜7発明の非磁性層の厚みはカレンダ処理前で1.5μmであるので,カレンダ処理での厚さの減少を考慮しても,非磁性層の厚みが相違する点A 本件訂正発明においては,Hcを210〜221kA/mとするのに5 対し,乙5−実2〜7発明のHcは205.3〜234kA/mである点(選択的関係になっていること)B 本件訂正発明においては「2.5≦Hc/Rs≦2.6」であるのに対し,乙5−実2〜7発明のHc/Rsは2.43〜2.90程度となる点(選択的関係になっていること)10 そして,当事者間で争いがない相違点@について,乙5文献には,非磁性層の厚みを0.2μm以上1.1μm未満又は2.0μm超4.0μm以下の数値範囲とすることは記載されておらず,乙5文献に基づき相違点@を解消することはできない。
被告らは,乙5文献の実施例5には乙5−実5a発明が開示されており,15 本件訂正発明とは構成要件G3の点で相違すると主張する。
前記 の原告の主張のとおり,乙5文献には,非磁性層の厚みを0.2μm以上1.1μm未満又は2.0μm超4.0μm以下の数値範囲とすることは記載されておらず,乙5文献の記載に基づき上記相違点を解消することはできない。
20 また,乙5文献の実施例5のHc/Rsの2.59(構成i)は,乙5文献記載の換算法に基づいて算出されているところ,当該換算方法は技術常識とは異なる不正確な換算方法であり,当業者は乙5文献の記載に限られた特殊な換算法であると認識する。そして,当業者は,本件訂正発明と乙5文献の記載とを対比する際には,本件訂正発明を特定し,これと乙525 文献に記載された発明を対比する必要があるので,技術常識に従った換算方法を使用する。
44したがって,乙5文献から乙5−実5a発明を正確に認定することはできず,乙5−実5a発明と本件訂正発明を対比すると,被告らが主張する相違点(構成要件G3)のほかに,構成要件I’についても相違し,乙5文献の実施例5に記載された発明から本件訂正発明が容易に想到するこ5 とはできない。
被告らは,乙5に記載された換算方法ではなくても,乙5文献の実施例5から乙5−実5b発明を認定することができ,乙5−実5b発明のHcを乙5文献に記載された発明の目的を達成できる数値範囲内(Hc197.5〜276.5kA/m)の210kA/mに変更することは当業者が適10 宜調整する事項の範囲内であると主張する。
しかしながら,磁気記録媒体の設計においては,Hcのみを制御できず,Hcを変化させるとRs及びSFDも同時に変化する。さらには,Hcの変化の際,Rs及びSFDは,このHcの変化と相関することなく変化するから,式(1)及び式(2)を満たす磁気記録媒体を設計するため,H15 c,Rs及びSFDの数値を制御する必要があるが,乙5文献には式(1)及び式(2)の記載も示唆もなく,式(1)及び式(2)を満たすためにHc,Rs及びSFDの数値を制御する動機付けは存在しない。
被告らは,乙5文献の実施例9には乙5−実9発明が開示されており,本件訂正発明とは@構成要件G3及びA構成要件I’の点で相違すると主20 張する。
相違点@について,前記 の原告の主張のとおり,乙5文献には,非磁性層の厚みを0.2μm以上1.1μm未満又は2.0μm超4.0μm以下の数値範囲とすることは記載されておらず,相違点を解消することはできない。
25 相違点Aについて,被告らは,Rsを0.7〜0.85の範囲に調整することは当業者が容易に想到し得えると主張するが,磁気記録媒体の設計45においてRsの数値のみを意図して変化させることはできない。
イ 争点 −イ(乙6文献に記載の発明に基づく進歩性欠如)について(被告らの主張)乙6文献の実施例4及び実施例5には,それぞれ,以下の発明(以下,5 実施例4記載の発明を「乙6−実4発明」 実施例5記載の発明を, 「乙6−実5発明」という。)が開示されている。
a ポリエチレンナフタレート支持体の一方の面上に,b 非磁性無機粉末と結合剤樹脂を含む非磁性層(下層)を有し,c 当該非磁性層(下層)上に強磁性金属粉末と結合剤樹脂を含む磁性層10 (上層)を有し,d 前記ポリエチレンナフタレート支持体の磁性層側と反対側の面上にバック層を有し,e 保磁力Hc〔kA/m〕と,SFD(スイッチング・フィールド・ディストリビューション)が,下記式(1)の関係を有し,15 f1 上記磁性層の保磁力Hc〔kA/m〕と,角形比Rs〔%〕とが,下記式(2)の関係を有し,f2 上記保磁力Hc〔kA/m〕が以下の数値であり,g1 全厚が6.54μmであるg2 磁気記録媒体。
20 g3 上記非磁性層の厚みが1.2μmであるh Hc×(1+0.5×SFD)=以下の数値・・・(1)i Hc/Rs=以下の数値・・・(2)乙6−実4発明 乙6−実5発明Hc 187 185Hc×(1+0.5×SFD) 205.8 205.9Hc/Rs 2.15 2.13本件訂正発明と乙6−実4発明及び乙6−実5発明は以下の点で相違46し,他の構成要件は一致する。
@ 本件訂正発明は「上記非磁性層の厚みが1.1〜2μmである磁気記録媒体を除く」(構成要件G3)ものであるのに対し,乙6−実4発明及び乙6−実5発明は非磁性層の厚みが1.2μmである点5 A 本件訂正発明はHcが210〜221(構成要件F2)であるのに対し,乙6−実4発明のHcは187,乙6−実5発明のHcは185kA/mである点B 本件訂正発明は「230≦Hc×(1+0.5×SFD)・・・(1)」(構成要件H)であるのに対し,乙6−実4発明は205.8,乙6−10 実5発明は205.9である点C 本件訂正発明は「2.5≦Hc/Rs≦2.6・・・(2)(構成要件」I’)であるのに対し,乙6−実4発明のHc/Rsは2.15,乙6−実5発明のHc/Rsは2.13である点相違点@について,非磁性支持体の上に非磁性層および磁性層が形成さ15 れた磁気記録媒体において,非磁性層の厚みを0.5〜10μm,1〜4μm,0.5〜3μm等に調整することは本件特許出願時において技術常識ないし周知技術といえる。したがって,乙6−実4発明及び乙6−実6発明において,非磁性層の厚みを1.2μmから調整し,上記範囲内において,本件訂正発明で除かれていない厚みに変更することは容易に想到し20 得る。
相違点AないしCについて,磁気記録媒体のHcを,発明の課題を解決するための手段として記載された数値の219kA/mに調整することは当業者が容易に想到することであり,このような調整によって製造される磁気記録媒体のHc×(1+0.5×SFD)及びHc/Rsの値はい25 ずれも本件訂正発明に規定する範囲である。
したがって,乙6文献に記載された発明に基づき,当業者は本件訂正発47明を容易に想到し得るから,本件訂正発明は進歩性を欠く。
(原告の主張)本件訂正発明と乙6−実4発明及び乙6−実5発明の相違点A〜Cについて,被告らは,磁気記録媒体のHcを,発明の課題を解決するための手段5 として記載された数値である219kA/mに調整することは当業者が容易に想到することができると主張するが,式(1)及び式(2)を満たすようにHcの数値を選択すること自体が後知恵を持ち込むものであること,磁気記録媒体の設計においては,Hcのみを意図的に変化させることはできず,SFD(=ΔH/Hc)やRsも同時かつ複雑に変化することから,いすれ10 も当業者にとって容易に想到できるとはいえない。
ウ 争点 −ウ(乙7文献に記載の発明に基づく進歩性欠如)について(被告らの主張)乙7文献の実施例1−1及び1−2には,それぞれ,以下の発明(以下,実施例1−1記載の発明を「乙7−実1発明」 実施例1−2記載の発,15 明を「乙7−実2発明」という。)が開示されている。
a 非磁性支持体の一方の面上にb 無機質非磁性無機粉末と結合剤樹脂を含む非磁性層を有し,c 当該非磁性層上に強磁性金属粉末と結合剤樹脂を含む磁性層を有し,20 e 保磁力Hc〔kA/m〕と,SFD(スイッチング・フィールド・ディストリビューション)が,下記式(1)の関係を有し,f1 上記磁性層の保磁力Hc〔kA/m〕と,角形比Rs〔%〕とが,下記式(2)の関係を有し,f2 上記保磁力Hc〔kA/m〕が以下の数値であり,25 g1 全厚が8.95μmであるg2 磁気記録媒体。
48g3 上記非磁性層の厚みが1.8μmであるh Hc×(1+0.5×SFD)=以下の数値・・・(1)i Hc/Rs=以下の数値・・・(2)乙7−実1発明 乙7−実2発明Hc 164 181Hc×(1+0.5×SFD) 200.9 220.5Hc/Rs 1.98 2.15本件訂正発明と乙7−実1発明及び乙7−実2発明とを対比すると,以5 下の相違点があり,他の構成要件は一致する。
@ 本件訂正発明は「上記非磁性層の厚みが1.1〜2μmである磁気記録媒体を除く」(構成要件G3)ものであるのに対し,乙7−実1発明及び乙7−実2発明は非磁性層の厚みが1.8μmである点A 本件訂正発明はHcが210〜221(構成要件F2)であるのに対10 し,乙7−実1発明はHcが164,乙7−実2発明はHcが181kA/mである点B 本件訂正発明は「230≦Hc×(1+0.5×SFD)・・・(1)」(構成要件H)であるのに対し,乙7−実1発明のHc×(1+0.5×SFD)は200.9,乙7−実2発明のHc×(1+0.5×SF15 D)は220.5である点C 本件訂正発明は「2.5≦Hc/Rs≦2.6・・・(2)(構成要件」I’)であるのに対し,乙7−実1発明のHc/Rsは1.98,乙7−実2発明のHc/Rsは12.15である点D 本件訂正発明はバック層が形成されており,バック層を含めた全厚が20 12μmであるのに対し(構成要件D,G1) 乙7−実1発明及び乙7,−実2発明ではバック層が形成されていない全厚が8.95μmである点相違点@について,乙7文献には,非磁性層の好ましい厚さが1〜4μ49mであることが開示されているから(段落【0062】,乙7−実1発明)及び乙7−実2発明における非磁性層の厚さ1.8μmを上記範囲内において本件訂正発明で除かれていない厚みに変更することは容易に想到し得る。
5 相違点AないしCについて,磁気記録媒体の磁気特性を調整することは当業者の技術常識であること,また,乙7文献には,Hcが2000〜3000Oe,好ましくは2100〜2800Oeとの記載(段落【0015】【0031】)との記載があるから,当業者であれば,乙7文献記載の磁気記録媒体を好ましいHcの範囲内に調整することは容易である。した10 がって,乙7−実1発明及び乙7−実2発明を,乙7文献の上記記載に基づきHcを好ましい範囲に調整することは当業者が容易に想到し得るといえ,この調整によって製造される磁気記録媒体のHc×(1+0.5×SFD)及びHc/Rsの数値は本件訂正発明の構成要件H及びI’の範囲内である。このように,当業者は,相違点Aに係る本件訂正発明の構成15 を容易に想到でき,また,これによって相違点B及びCに係る本件訂正発明の構成を容易に想到できる。
相違点Dについて,乙7文献には,非磁性支持体の磁性層側と反対側にバックコート層を設けてもよいこと,バックコート層の厚みは「0.1〜2μm,好ましくは0.3〜1.0μm」である旨記載されているから(段20 落【0062】,乙7文献の上記記載に基づいて,乙7−実1発明及び乙)7−実2発明の磁気記録媒体に, 1〜2μm,0. 好ましくは0.3〜1.0μmのバック層を設けることは容易に想到でき,この場合の磁気記録媒体の全厚は12μm以下である。
したがって,乙7文献に記載された乙7−実1発明及び乙7−実2発明25 に基づき,当業者は本件訂正発明を容易に想到し得るから,本件訂正発明は進歩性を欠く。
50(原告の主張)本件訂正発明と乙7−実1発明及び乙7−実2発明は,相違点@ないしDのほか,乙7の実施例1−1に記載された発明にはバック層が設けられていない点においても相違する(相違点E)。
5 相違点AないしCについて,被告らは,磁気記録媒体のHcを,発明の課題を解決するための手段として記載された上記Hcの2700Oe(215kA/m)に調整することは当業者が容易に想到することができると主張するが,式(1)及び式(2)を満たすように抗磁力Hcの値を2100〜2800Oeの間から選択すること自体が後知恵を持ち込むものであること,10 磁気記録媒体の設計においては,Hcのみを意図的に変化させることはできず,SFD(=ΔH/Hc)やRsも同時かつ複雑に変化することから,いすれも当業者にとって容易に想到できるとはいえない。
相違点Dについて,乙7文献の実施例の磁気記録媒体にはバックコート層を設ける必要はなく,あえて設ける必要がないバックコート層を実施例に記15 載された磁気記録媒体に設けること及び全厚としてもバック層を含むように構成することは,当業者にとって容易に想到できるとはいえない。
争点 (被告FFMMの不法行為責任(共同不法行為の成否))について(原告の主張)被告FFMMは,被告富士フイルムの子会社であり,同社の指揮監督の下,20 その手足として,被告製品を製造し,製造した被告製品の全量を被告富士フイルムに販売し,被告富士フイルムは被告FFMMから購入した同製品について販売,輸出及び販売の申出をしていることからすると,被告FFMM及び富士フイルムは,被告製品の製造及び販売を業として実施するとの目的の下,一体的に活動しており,被告製品の製造及び販売という一連の侵害行為に関し,互25 いに相手方がどのような行為を分担するかについて共通の認識を有した上でこれを行っていたものであるから,被告FFMMが富士フイルムのために被告51製品を製造し,富士フイルムに販売する行為及び富士フイルムが被告製品を被告FFMMに自己の手足として製造させ,自ら販売する行為のそれぞれにつき,被告FFMM及び富士フイルムによる共同不法行為が成立する(民法719条1 項)。
5 (被告FFMMの主張)被告FFMMは,被告富士フイルムによる被告製品1〜6の第三者への販売等に関与していない。また,被告FFMMは,被告製品1,被告製品2,被告製品5及び被告製品6のテープの製造工程のみ行っており,カートリッジの製造工程には関与していない。さらに,被告FFMMは,被告富士フイルムから10 委託を受けて,被告製品3及び被告製品4の製造を行っているにすぎない。したがって,被告製品の製造,販売等の行為について,被告FFMM及び富士フイルムによる共同不法行為が成立するとはいえない。
争点 (原告の損害額)について(原告の主張)15 ア 被告富士フイルムは,本件特許権の設定登録後から本件訴訟提起時までに,被告製品を日本国内において製造し,日本を含む全世界に出荷して販売し,少なくとも402億3880万円の利益を得たから,同額が原告の損害額であると推定される(特許法102条2項)。
イ 被告FFMMは,本件特許権の設定登録後から本件訴訟提起時までに,被20 告製品を日本国内において製造し,被告富士フイルムに対して同製品を販売し,少なくとも331億9577万5000円の利益を得たから,同額が原告の損害額であると推定される(特許法102条2項)。
ウ 本件訴訟と因果関係のある弁護士費用相当額(被告FFMMについての損害)は2000万円を下らない。
25 エ よって,原告は,被告らに対し,民法709条及び特許法102条2項に基づく損害賠償金1億円(内金請求)及びこれに対する不法行為後の日であ52る被告富士フイルムについては平成28年8月13日,被告FFMMについては平成29年9月2日(各被告に対する訴状送達の日の翌日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を,それぞれ求める。
(被告らの主張)5 否認ないし争う。
第3 当裁判所の判断1 本件発明の技術的意義本件明細書(甲2)の発明の詳細な説明欄には,次の記載がある。
ア 技術分野10 「本発明は,特に大容量データの記録用として好適な高密度型の磁気記録媒体に関するものである。(段落【0001】」 )イ 背景技術「磁気記録技術は,記録媒体が繰り返して使用可能であること,他の記録媒体に比較してランニングコストが安価であること等の利点を有している15 ので,ビデオ,オーディオ,コンピューター用途などを初めとして様々な分野で幅広く利用されている。」「近年においては,特に機器の小型化,記録再生信号の高品位化,及び記録容量の増大等の要求に対応するために,磁気記録媒体を薄層化し,記録密度を向上させる様々な検討がなされている。」20 「記録密度の向上に関しては,例えばビデオ信号の圧縮技術の進歩により,記録データの圧縮が一般的に行われるようになっているが,これと共に,データの圧縮率を比較的低く抑え高い信号品質を維持した,いわゆる高品位のビデオ信号への要求が強まっている。」「記録密度を向上させる方法としては,単位bit当たりの記録データ信25 号の長さを短くする短波長化と,書き込み幅を狭くする狭トラック化とが挙げられる。
53例えば,ソニー社製1/2inchデジタルビデオのHDCAMフォーマットにおいては,トラック幅が約20μm,単位2bit当たりの記録データ信号の長さが約0.5μmである。またデータ転送レートはビデオネットで140Mbpsであるとされている。」5 「上述したことを鑑みて,例えば,ビデオネットで300Mbps,あるいはそれ以上の転送レートを実現するためには,磁気記録媒体について大幅な高密度化を図ることは必須の課題であると言える。そのためには記録データ信号の大幅な短波長化,狭トラック化を図ることが必要であるが,一方において短波長化や狭トラック化は,記録データ信号の再生出力,及びS/Nの10 低下を招来するという問題を有している。」「従来においては,転送レートの向上を図り,同時に良好な電磁変換特性を実現する高密度型の磁気記録媒体として,磁性層の膜厚と磁性層の磁束を規定したものが提案されている(例えば,特許文献1参照。。
)しかしながら,この従来提案されている技術によっては,未だ実用的な磁15 気記録再生システムにおいて高い適応性を有しているとは言えない。すなわち,磁気記録媒体に関して実用的な面から考えれば,記録電流と再生出力とのバランス,すなわち記録電流値の裕度,及び充分な再生出力を得るための最適記録電流を考慮しながら磁気記録媒体の特性を規定することは必須であると言えるが,下記特許文献1に開示されている技術によっては,未だ上20 記のような実用上の特性に関しての検討がなされていない。(段落【000」2】〜【0007】)ウ 発明が解決しようとする課題「そこで本発明においては,上述したような従来技術の問題点に鑑み,磁気記録媒体に関して実用的な面から検討し,電磁変換特性が良好で,かつ安25 定したエラーレート特性を実現可能な,大容量型の磁気記録媒体を提供することとした。(段落【0009】」 )54エ 課題を解決するための手段「本発明においては,非磁性支持体の一主面上に,無機粉末と結合剤とを含有する下層非磁性層と,強磁性粉末と結合剤とを含有する磁性層とが形成されてなり,他の一主面上にバック層が形成された構成を有し,保磁力Hc5 〔kA/m〕とSFD(スイッチング・フィールド・ディストリビューション)が,下記式(1)の関係を有し,磁性層の保磁力Hc〔kA/m〕と,角形比Rs〔%〕とが,下記式(2)の関係を有し,全厚12μm以下である磁気記録媒体を提供する。
230≦Hc×(1+0.5×SFD)・・・(1)10 2.2≦Hc/Rs≦2.6・・・(2)」「本発明によれば,実用上充分な再生出力を得るための記録電流特性の向上が図られ,記録電流値を大きくすることなく,充分な再生出力が得られるようになる。(段落【0010】」 【0011】)オ 発明の効果15 「非磁性支持体上に非磁性層と磁性層とが積層形成されてなる,全厚12μm以下の磁気記録媒体において,磁性層の保磁力HcとSFDが,上記式(1)の関係を満たすようにしたことにより,記録電流vs再生出力特性カーブ,いわゆる記録電流カーブにおいて,良好なオーバーカレント特性が得られた。」20 「また,磁性層2の保磁力Hcと角形比Rsにおいて,上記式(2)の関係を満たすようにしたことにより,記録電流値を大きくすることなく,充分な再生出力を得ることができ,実用上消費電力を低減化できた極めて有用な磁気記録媒体が得られた。」「また,磁性層2の膜厚を0.15〜0.25μmとすることにより,安25 定したエラーレートのマージンが確保され,磁気記録装置のおける媒体走行時のサーボが安定して行うことができた。 段落」( 【0012】 【0014】〜 )55本件発明の技術的意義前記 の記載によれば,本件発明は,記録電流値の裕度(記録電流設定マージン)及び充分な再生出力を得るための最適記録電流を考慮しながら磁気記録媒体の特性を規定する(電磁変換特性が良好な磁気記録媒体を提供すること)5 という課題を解決するため,本件発明の構成,特に式(1)の関係を満たすようにしたことによって,良好なオーバーカレント特性が得られ,記録電流値の裕度を確保し,また,式(2)の関係を満たすようにしたことによって,記録電流値を大きくすることなく,充分な再生出力を得ることができ,実用上消費電力を低減化できるという効果を奏するものである点に技術的意義があると10 認められる。
2 本件発明のサポート )について事案に鑑み,まず,本件発明 について検討する。
特許法36条6項1号は,特許請求の範囲の記載は,特許を受けようとする15 発明が発明の詳細な説明に記載したものでなければならないとしており,いわゆるサポート要件を規定している。
特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の20 記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきである。
本件発明の技術的意義は 1)の関係を満たす25 ことで,良好なオーバーカレント特性が得られ,記録電流値の裕度を確保することができるというものである。被告は,当業者は式(1)の関係を満たすこ56とで上記課題を解決できると認識できないと主張するので,以下,当業者が,式(1)の関係を満たすことで上記課題を解決できることを認識できるかについて検討する。
ア 式(1)について,磁気記録媒体の技術分野で広く知られている式である5 ことを認めるに足りる証拠はない。また,本件明細書において,式(1)の意義に関する記載はない。
イ 原告は,式(1)は,磁気記録媒体のヒステリシス曲線に関連付けられて設計されたものであり,式自体に技術的意義があり,当業者は,技術常識参酌して,磁気記録媒体のヒステリシス曲線に基づき,式(1)によって課10 題を解決できると容易に認識することができると主張する。そして,その内容として,式(1)は,Hc+0.5ΔHの数値を230以上とし(SFDは,ΔH/Hcであるから,式(1)は,Hc+0.5ΔHと変形される。,)Hcと併せてΔHを大きくすることで,実用上の消費電力の増加を抑制しつつ一旦記録がされれば記録が消えにくい磁気記録媒体を得られるようにす15 るものであること,ΔHは,磁性層中に存在する磁性体粒子一つ一つの保持力のばらつきの指標であるところ,ΔHが大きくなってヒステリシス曲線のHcの近傍の傾きを小さくすると,磁性体粒子自体のHcのばらつきが大きくなり,記録が一旦されれば当該記録が消えにくくなることを主張する。
本件発明は,式(1)の関係を満たすことによって,前記 のとおり,オ20 ーバーカレント特性が良好となり,記録電流値の裕度が大きくなるというのであるから,原告の上記主張は,式(1)の意義に関して,オーバーカレント状態において,磁性粒子自体のHcのばらつき(ΔH)が大きくなることによって,そのばらつきが大きくない場合に比べ,再生出力が大きくなり記録電流値の裕度が大きくなるというものといえる。
25 しかし,本件明細書には,上記の内容を述べる記載がないだけでなく,当業者にとって,本件出願当時,Hcが大きくなれば記録電流値の裕度が大き57くなることが技術常識であったとしても(乙9),オーバーカレント状態において,磁性粒子一つ一つのHcのばらつき(ΔH)が大きくなることによって,そのばらつきが大きくない場合に比べ,再生出力が大きくなり記録電流値の裕度が大きくなることが,技術常識であったことを認めるに足りる証5 拠はない。
ア 本件明細書をみると,本件明細書の発明の詳細な説明には,実施例1ないし4及び比較例1及び2を作製し,それぞれ測定及び評価を行ったことが記載されており,各具体例の数値は以下のとおりである。なお,実施例1は,式(1)の関係を満たさず,本件明細書においても「比較例(参考10 例)に相当する例であって,実施例2〜4及び比較例1〜2との比較対象となるリファレンスである。(段落【0054】」 )とされているとおり,比較例である(段落【0054】 【0065】〜 ,【0070】 【0082】。
〜 )Hc/ 磁性層膜 Hc×(1+0.5 出力 最適記録 記録電Hc Rs SFDRs 厚(μm) ×SFD) (dB) 電流(%) 流特性実施例1 190 80 2.4 0.33 0.2 221.2 0 100 1実施例2 200 80 2.5 0.30 0.2 230.1 0.6 107 1.05実施例3 210 80 2.6 0.357 0.2 247.5 1 116 1.2実施例4 210 85 2.5 0.341 0.2 245.8 2 104 1.2比較例1 210 75 2.8 0.350 0.2 246.8 0.8 124 1.2比較例2 190 85 2.2 0.229 0.2 211.8 0.6 88 0.7イ 本件明細書には,「最適記録電流」について,「最適記録電流は,リファレンス(実施例1)に対してのズレが±15%以内であれば,実用上良好であ15 ると評価した。(段落【0075】,」 )「これによると,最適記録電流のリファレンス(実施例1)に対するズレが±15%以内であるものは,2.2≦Hc/Rs≦2.6の範囲であることが分かる。Hc/Rsの値が2.6を超える比較例1のサンプルにおいては,最適記録電流の値が124%と大きくなってしまい,リファレンスとのズレが大きく,充分な出力を得るための20 消費電力が大きくなってしまった。(段落【0080】」 )との記載がある。
これらによれば,最適記録電流については,実施例1の±15%以内が実用58上良好と判断できる上限であるといえる。そうすると,最適記録電流が実施例1の+16%である実施例3は本件発明の実施例とはならないともいえる。そして,実施例3が実施例とならないとすると,実施例となるのは実施例2と実施例4であり,本件明細書上,式(1)によって,記録電流値の裕5 度を確保するという課題を解決できると認識できるHc×(1+0.5×SFD)の範囲は,230.1(実施例2)〜245.8(実施例4)の範囲となる。また,実施例3を本件発明の実施例としても,上記の範囲は,230.1(実施例2)〜247.5(実施例3)となる。
なお,本件明細書には,「記録電流特性」の評価について,「記録電流特性10 については,リファレンス(実施例1)に対してのズレが±20%以内であれば,実用上良好であると評価した。」(段落【0075】 との記載があり,)実施例3,4について,記録電流特性がリファレンス(実施例1)の1に対して1.2となっていることを評価していて(段落【0079】,記録電流)特性における1.2を記録電流特性が実用上良好と判断できる上限であると15 している。
ウ 以上によれば,式(1)には上限値は定められておらず,下限値である230以上の数値の全てにわたり式(1)を満たすことになるにもかかわらず,本件明細書記載の実施例において課題を解決できることが裏付けられるHc×(1+0.5×SFD)の範囲は,230.1〜245.8(又は2420 7.5)に限られることになる。そして,本件明細書にはこの範囲よりも大きい数値の磁気録媒体の記録電流値の裕度を大きくすることができることに関する記載はない。
これらによれば,式(1)には,Hc×(1+0.5×SFD)の値の上限値がないところ,実施例で示されているのは前記の範囲であって,その値25 が実施例で示されたものよりも大きくなった場合などを含めた,式(1)の関係が満たされることとなる場合において,当業者が,前記の課題を解決で59きると認識できたとはいえないとするのが相当である。
エ 更に,本件発明においては,Hcの上限値やSFDの下限値は定められていないから,ΔH,ひいてはSFDの値を大きくせず,Hcの値を例えば230以上の数値にすると,SFDの値が実施例を大きく下回る場合も式(1)5 の関係を満たすこととなる。しかし,このように実施例を大きく下回るSFDの値の場合に当業者が前記課題を解決できると認識できるとはいえない。
原告は,文献(乙9),実施例2及び実施例4の記載に接することで,SFDが実施例の数値を大きく下回るなどの場合でも,式(1)によって課題を解決できると認識することできると主張するが,式(1)の技術的意義実施10 例が示す範囲や本件明細書の記載は前記のとおりであり,採用することができない。
オ したがって,当業者は,本件明細書の記載から,式(1)によって記録電流値の裕度を確保するという課題を解決できると認識できるとはいえず,また,本件出願当時の技術常識から,上記課題を解決できると認識できるとも15 いえない。
以上によれば,本件発明に係る特許請求の範囲の記載が,本件明細書の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるとはいえず,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるともいえな20 いから,本件発明にはいわゆるサポート要件違反がある。
3 本件訂正発明によるサポート要件違反の解消の有無について(争点 )原告は,本件訂正によって,いわゆるサポート要件違反が解消したと主張するので,以下,この点について検討する。
訂正事項1−1は,保持力Hcを210以上,221以下とするものである25 (構成要件F2)。
前記2 アのとおり,式(1)について,磁気記録媒体の技術分野で広く60知られている式であることを認めるに足りる証拠はなく,本件明細書において,式(1)の意義に関する記載はない。また,同イのとおり,原告の主張は,式(1)の意義に関して,オーバーカレント状態において,磁性粒子自体のHcのばらつきが大きくなることによって,そのばらつきが大きくない5 場合に比べ,再生出力が大きくなり記録電流値の裕度が大きくなることをいうものといえるが,本件明細書にそのことを述べる記載がなく,また,本件出願当時,当業者にとってそのことが技術常識であったことを認めるに足りる証拠はない。
イ 本件明細書をみると,本件明細書の発明の詳細な説明には,前記2 アの10 とおり,実施例1ないし4及び比較例1及び2の数値が記載されている。
そして,Hcが210以上という本件訂正事項1−1によって,実施例2は本件訂正発明の実施例でなくなる。したがって,実施例は,実施例3及び実施例4のみであり,また,前記2 のとおり,「最適記録電流」の点から実施例3が実施例とならないとすると,実施例は,実施例4のみとなる。
15 そうすると,式(1)には上限値は定められておらず,下限値である230以上の数値の全てにわたり式(1)を満たすことになるにもかかわらず,本件明細書記載の実施例において課題を解決できることが裏付けられるHc×(1+0.5×SFD)の数値(範囲)は,245.8(又は245.8〜247.5)に限られることになる。そして,本件明細書にはこの数値20 (範囲)よりも大きい数値の磁気録媒体の記録電流値の裕度を確保することができることに関する記載はない。
これらによれば,式(1)には,Hc×(1+0.5×SFD)の値の上限値がないところ,実施例で示されているのは前記の数値(範囲)であり,その値が実施例で示されたものよりも大きくなった場合なども含めた,式25 (1)の関係が満たされるといえる場合において,当業者が,前記の課題を解決できると認識することができたとはいえないとするのが相当である。
61ウ 更に,本件訂正発明においては,Hcの上限値は定められたが,SFDの下限値は定められていない。そして,例えば,Hcが上限値である221の場合,SFDが0.082であっても,式(1)を満たすこととなるが,実施例4のSFDは0.341であり,実施例よりも大幅に小さいSFDの値5 の場合に,当業者が前記の課題を解決できると認識できたとはいえない。被告は,上記のような場合でも,文献(乙9),実施例2及び実施例4の記載に接することで,式(1)によって課題を解決できると認識することできると主張するが,式(1)の技術的意義実施例が示す範囲や本件明細書の記載は前記のとおりであり,採用することができない。
10 以上によれば,当業者は,本件訂正後も,本件明細書の記載から,式(1)によって記録電流値の裕度を確保するという課題を解決できると認識できるとはいえず,また,本件出願当時の技術常識から,上記課題を解決できると認識できるともいえない。
そうすると,本件特許には特許法123条1項4号の事由があり(前記2),15 本件訂正によってもその事由が解消したとは認められないから,本件訂正請求が訂正要件を満たすか(争点 )など,その他の争点を検討するまでもなく,原告は,特許法104条の3第1項により,本件特許権を行使することができない。
4 結論20 よって,原告の請求はいずれも理由がないから,これらを棄却することとし,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第46部裁判長裁判官 柴 田 義 明2562裁判官 佐 藤 雅 浩5裁判官 大 下 良 仁63(別紙)物 件 目 録5 1 被告製品1:以下のいずれかの型番の磁気テープカートリッジLTO FB UL−5 1.5T JLTO FB UL−5 1.5T ECO JLTO FB UL−5 1.5T SE ECO J10 2 被告製品2:以下の型番の磁気テープカートリッジLTO FB UL−5 WORM 1.5T J3 被告製品3:米国法人Oracle Corporation又はその子会社である日本オラクル株式会社)が,以下の型番で(以下が型番の15 一部を構成する場合を含む)販売する磁気テープカートリッジStorageTek T10000 Data4 被告製品4:米国オラクル又は日本オラクルが,以下の型番で(以下が型番の一部を構成する場合を含む)販売する磁気テープカートリッジ20 StorageTek T10000 VolSafe5 被告製品5:以下のいずれかの型番の磁気テープカートリッジLTO FB UL−4 800G ULTO FB UL−4 800G ECO J25 LTO FB UL−4 800G SE ECO J646 被告製品6:以下の型番の磁気テープカートリッジLTO FB UL−4 WORM 800G U以 上65
事実及び理由
全容
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