関連審決 |
無効2016-800004 |
---|
元本PDF | 裁判所収録の全文PDFを見る |
---|---|
元本PDF | 裁判所収録の別紙1PDFを見る |
元本PDF | 裁判所収録の別紙2PDFを見る |
元本PDF | 裁判所収録の別紙3PDFを見る |
事件 |
平成
29年
(行ケ)
10225号
審決取消請求事件
|
---|---|
原告サノフィ 訴訟代理人弁護士 三村量一 同 東崎賢治 同 中島慧 同 松下昂永 訴訟代理人弁理士 南条雅裕 同 瀬田あや子 同 伊波興一朗 被告 アムジエン・インコーポレーテッド 訴訟代理人弁護士 大野聖二 同 多田宏文 同 山口裕司 訴訟復代理人弁理士 森田裕 |
|
裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2018/12/27 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
1 原告の請求を棄却する。 2 訴訟費用は原告の負担とする。 3 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を301日と定める。 |
事実及び理由 | |
---|---|
請求
特許庁が無効2016-800004号事件について平成29年8月2日 にした審決のうち,特許第5705288号の請求項1及び9に係る部分を 取り消す。 |
|
事案の概要
1 特許庁における手続の経緯等 (1) 被告は,平成20年8月22日(優先日平成19年8月23日,同年1 2月21日,平成20年1月9日及び同年8月4日(以下「本件優先日」 という。),優先権主張国米国)を国際出願日とする特許出願(特願20 10-522084号)の一部を分割して,平成25年9月20日,発明 の名称を「プロタンパク質コンベルターゼスブチリシンケクシン9型(P CSK9)に対する抗原結合タンパク質」とする 発明について特許出 願(以下「本件出願」という。)をし,平成27年3月6日,特許権の設 定登録(特許番号第5705288号。請求項の数9。以下,この特許 を「本件特許」という。甲201,211)を受けた。 (2) 原告は,平成28年1月18日,本件特許について特許無効審判(無効 2016-800004号事件)を請求した(甲212)。 被告は,平成29年3月9日付けの審決の予告(甲225)を受けたた め,同年5月8日付けで,特許請求の範囲の請求項1ないし4及び9から なる一群の請求項のうち,請求項1及び9を訂正し,請求項2ないし4を 削除する,請求項5ないし8からなる一群の請求項を削除する旨の訂正請 求(以下「本件訂正」という。甲203)をした。 その後,特許庁は,同年8月2日,本件訂正を認めた上,「本件特許の 請求項1,9に係る発明についての審判請求は成り立たない。請求項2な 2 いし8に係る審判請求を却下する。」との審決(以下「本件審決」とい う。)をし,その謄本は,同月10日,原告に送達された。 (3) 原告は,平成29年12月8日,本件審決のうち,本件特許の請求項1 及び9に係る部分の取消しを求める本件訴訟を提起した。 2 特許請求の範囲の記載 本件訂正後の特許請求の範囲の請求項1及び9の記載は,以下のとおりである(以下,請求項1に係る発明を「本件訂正発明1」,請求項9に係る発明を「本件訂正発明9」という。甲203)。 【請求項1】PCSK9とLDLRタンパク質の結合を中和することができ,PCSK9との結合に関して,配列番号49のアミノ酸配列からなる重鎖可変領域を含む重鎖と,配列番号23のアミノ酸配列からなる軽鎖可変領域を含む軽鎖とを含む抗体と競合する,単離されたモノクローナル抗体。 【請求項9】請求項1に記載の単離されたモノクローナル抗体を含む,医薬組成物。 3 本件審決の理由の要旨 本件審決の理由は,別紙審決書(写し)記載のとおりである。このうち,請求項1及び9に係る部分の要旨は,以下のとおりである。 (1) サポート要件違反(無効理由1)について @(明細書の)発明の詳細な説明には,本件訂正発明1に含まれる具体 的な抗体が多種類記載されているし,その作成方法及びスクリーニング方 法の記載に基づいて本件訂正発明1に含まれる抗体をさらに得ることがで きると当業者は理解できるから,本件訂正発明1はその全体にわたって発 明の詳細な説明に記載したものであり,A本件訂正発明1の抗体が医薬と して使用できることは,理論的にも,実験的にも記載されているから,本 件訂正発明9も,発明の詳細な説明に記載したものである。 したがって,本件訂正発明1及び9は,特許法36条6項1号の規定す 3 る要件(サポート要件)を満たすから,請求人(原告)主張の無効理由1 は理由がない。 (2) 実施可能要件違反(無効理由2)について 発明の詳細な説明には,本件訂正発明1に係る抗体及び本件訂正発明9 に係る医薬組成物について,当業者が作り,使うことができる程度に記載 されているから,本件訂正発明1及び9は特許法36条4項1号の定める 要件(実施可能要件)を満たしていないとの請求人(原告)主張の無効理 由2は理由がない。 (3) 甲1を主引用例とする進歩性欠如(無効理由4)について 本件優先日前に頒布された刊行物である甲1(「J.Clin.Inv est.,vol.116(11),pp.2995-3005(200 6)」・訳文甲1の2)は,高コレステロール血症の治療用医薬を開発す る目的で,PCSK9とLDLRの相互作用を阻害する物質を探索する動 機づけを与えるものであり,生体分子間の相互作用を阻害する物質として 抗体は周知であるから,当業者であれば,PCSK9とLDLRの相互作 用を阻害する抗体の作成を容易に想到し得るとまでは認められる。 しかしながら,技術常識を考慮しても,甲1から,「配列番号49のア ミノ酸配列からなる重鎖可変領域を含む重鎖と,配列番号23のアミノ酸 配列からなる軽鎖可変領域を含む軽鎖とを含む抗体」という特有の構造を 有する抗体を導き出すことはできないし,まして,当該抗体と「競合する 抗体」についてはなおさらであるから,本件訂正発明1及び9は,甲1及 び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものと認 められず,請求人(原告)主張の無効理由4は理由がない。 |
|
当事者の主張
1 取消事由1-1(本件訂正発明1の進歩性の判断の誤り) (1) 原告の主張 4ア 甲1の開示事項について(ア) 甲1の記載事項(2995頁の3行〜14行(「要約」),300 2頁左欄下から7行〜右欄4行,3002頁右欄下から6行〜最終 行)によれば,甲1には,PCSK9がLDLRに対して細胞外で結 合して,LDLRの減少を導くことを実証した上で,PCSK9とL DLRとの相互作用(結合)を阻害(中和)する結合中和抗体が高コ レステロール血症の治療のために有用であり得ることが明示的に開示 されている。 上記開示事項は,PCSK9とLDLRとの結合を阻害する抗体(結 合中和抗体)を取得し,その有用性を試験することを明示的に動機づけ るものといえる。 (イ) 甲1の記載事項によれば,甲1には,「PCSK9とLDLRとの 結合を阻害する抗体」の開示がある。 そして,本件訂正発明1と甲1記載の発明の一致点及び相違点は,次 のとおりである。 (一致点) 「PCSK9とLDLRとの結合を阻害する抗体」である点 (相違点1) PCSK9とLDLRとの結合を阻害する抗体が,本件訂正発明1で は,単離されたモノクローナル抗体であるのに対し,甲1には,その点 が明示的には記載されていない点 (相違点2) PCSK9とLDLRとの結合を阻害する抗体が,本件訂正発明1で は,「配列番号49のアミノ酸配列からなる重鎖可変領域を含む重鎖と, 配列番号23のアミノ酸配列からなる軽鎖可変領域を含む軽鎖とを含む 抗体」(以下「21B12抗体」又は「参照抗体」という場合があ 5 る。)と競合するのに対し,甲1には,その点が明示的には記載されて いない点イ 相違点1の容易想到性について 本件優先日当時,抗原に対して特異的な結合を有するモノクローナル抗体を作成する方法(動物免疫法,ファージディスプレイ法等),種々のモノクローナル抗体の中から結合中和抗体を選別するアッセイ方法(抗体のスクリーニングにおいて抗原をビオチン化により固相化する方法等)は,周知であった(例えば,甲220ないし224)。 そして,甲1に接した当業者は,PCSK9とLDLRとの結合中和抗体を取得し,その有用性を試験することの動機づけがあるから(前記ア(ア)),甲1及び上記周知技術に基づいて,PCSK9とLDLRとの結合を阻害するモノクローナル抗体(相違点1に係る本件訂正発明1の構成)を容易に想到することができたものである。 ウ 相違点2の容易想到性について(ア) PCSK9とLDLRとの結合中和抗体が,PCSK9上のLDL Rと結合する部位又はせいぜいそのごく近傍においてPCSK9に結合 しようとする際に,同様の部位に結合しようとする参照抗体と競合する こと(同時に存在したならば,立体的にぶつかりあうこと)は,当然に 大いに生じ得ることである。 PCSK9とLDLRとの結合中和抗体の多くが,参照抗体と競合す る こ と は ,本 件 出 願の 願 書 に 添付 し た 明細 書 ( 以 下, 図 面 を含め て,「本件明細書」という。甲201)記載の図27D(PCSK9上 のLDLR及び参照抗体の結合部位の位置関係を示した図)及び実施例 37の表37.1(参照抗体と競合するか否かを何ら指標とすることな く,PCSK9とLDLRとの結合中和抗体を複数作成したところ,そ のような抗体の多く(ビン1〜4の抗体の総数に対するビン1〜2の抗 6 体の数の割合が約65%)が,参照抗体と競合するものであったことを 記載したもの)から裏付けられる。 さらには,本件明細書に記載されたデータに基づいて解析を行った, A教授の平成29年11月5日付け及び平成30年4月22日付け各供 述書(甲204,215。以下,これらを併せて,「A教授の供述書」 という。)によっても裏付けられる。 したがって,PCSK9とLDLRとの結合中和抗体を取得した場合, その中には参照抗体と競合する抗体が多く含まれており,少なくとも所 定の割合で含まれているといえるから,当業者は,何らかのPCSK9 とLDLRとの結合中和抗体をいくつか作成するだけで,参照抗体と競 合する結合中和抗体を取得し得たものといえる。 (イ) そして,甲1に接した当業者は,PCSK9とLDLRとの結合中 和抗体を取得し,その有用性を試験することの動機づけがあるから(前 記ア(ア)),甲1及び前記イの周知技術に基づいて,PCSK9とLD LRとの結合中和抗体をいくつか作成するだけで,参照抗体と競合する 結合中和抗体(相違点2に係る本件訂正発明1の構成)を容易に想到す ることができたものである。 (ウ) これに対し,被告は,本件訂正発明1の抗体は,免疫応答を誘導す るための免疫補助剤(アジュバント)の使用など,動物免疫法における 工夫,PCSK9をプレートに付着させる固相化法として,ビオチン- ニュートラビジンリンカーを介してプレートに固相化する方法(ビオチ ン化による固相化法)の採用,変異型PCSK9(D374Y PCS K9)を用いた,参照抗体と競合する抗体のスクリーニング系などに特 徴がある,本件明細書記載の作製方法によって初めて得られたものであ って,本件優先日当時の周知技術のみでは本件訂正発明1の抗体を取得 することはできなかった旨主張する。 7 しかしながら,前記イのとおり,本件優先日当時,動物免疫法,ファ ージディスプレイ法等によりモノクローナル抗体を作成する方法や,ビ オチン化による固相化法は周知であったものであり,動物免疫法におけ る免疫補助剤の使用も,既に行われていたものにすぎない(例えば,甲 220)。 また,本件優先日前のPCSK9とLDLRとの結合中和抗体に関す るメルク社(メルク エンド カンパニー インコーポレーテッド)の 出願(乙7)及びノバルティス社(ノバルティス アーゲー。以下同 じ。)の出願(乙9)では,動物免疫法を採用せずに,いずれもファー ジディスプレイ法を採用し,変異型PCSK9を用いたスクリーニング も行っていないこと,メルク社の出願ではビオチン化による固相化法で はなく,V5-タグを用いた固相化法を採用し,ノバルティス社の出願 では,ビオチン-ストレプトアビジンを用いたビオチン化による固相化 法を採用していることに照らすと,被告主張の動物免疫法の工夫,ビオ チン化による固相化法及び変異型PCSK9を用いたスクリーニングの 採用がなくても,従来技術によって,PCSK9とLDLRとの結合中 和抗体を取得できたことは明らかである。 そして,何らかのPCSK9とLDLRとの結合中和抗体をいくつか 作成するだけで,参照抗体と競合する結合中和抗体を取得し得たことは, 前記ウ(ア)のとおりであるから,被告の上記主張は理由がない。 エ 小括 以上のとおり,当業者は,甲1及び周知技術に基づいて,本件訂正発 明1に含まれる抗体を容易に想到することができたものであるから,こ れと異なる本件審決の判断は誤りである。 (2) 被告の主張 ア 甲1の開示事項の主張に対し 8(ア) 甲1には,PCSK9とLDLRとの相互作用を阻害する抗体を取 得する可能性が記載されているにすぎず,PCSK9とLDLRとの 結合中和抗体を取得したことはもちろんのこと,そのような抗体自体 の記載もない。 また,甲1には,特定の参照抗体と競合する抗体はもちろんのこと, そのような抗体が血清LDLコレステロールの低下に特に適しているこ とについての記載も示唆もない。 さらに,本件優先日当時,体内におけるPCSK9の正確な機能及び 作用機構は判明しておらず,PCSK9が実際に細胞内で機能するのか, 細胞外で機能するのか,そのどちらが有意な経路であるのかは不明であ った。また,甲1に,「現在入手可能なデータは,PCSK9が細胞外 と細胞内とで機能し得ることを示唆するが,しかし,いずれの経路が通 常のおよび/または病的条件下において優勢であるのか分からない。」 などの記載があることからすると,甲1は,PCSK9が細胞外でLD LRに作用することを実証したものとはいえない。むしろ,甲1の著者 らが本件優先日の前後に公表した著作(乙4,5)によれば,甲1の著 者らは,本件優先日時点で,PCSK9が体内の細胞外でLDLRに作 用すると判断できていなかったものである。 以上によれば,甲1の記載事項は,PCSK9とLDLRとの結合中 和抗体を取得し,その有用性を試験することの動機づけとはならない。 (イ) 前記(ア)のとおり,甲1には,PCSK9とLDLRとの結合中和 抗体の記載はないから,原告主張の本件訂正発明1と甲1記載の発明 の一致点は存在しない。 イ 相違点1及び2の容易想到性の主張に対し(ア) 甲1には,PCSK9とLDLRとの結合を中和するモノクローナ ル抗体を得ることについての記載も示唆もない。 9 また,本件訂正発明1の抗体は,本件明細書に開示された特定の方法 を用いて初めて得られたものであり,その方法は,周知慣用技術とは異 なるものである。すなわち,本件明細書の表3に示されるように非常に 強力な免疫計画を確立し,動物の免疫システムにできるだけ多くの表面 領域に結合する抗体を作製させるようにし,PCSK9の投与部位を交 互に入れ替え,強力な免疫応答を誘導するための免疫補助剤(アジュバ ント)を交互に使用することにより,多様な抗PCSK9抗体のプール を得たこと,PCSK9をプレートに付着させる固相化法として,ビオ チン-ニュートラビジンリンカーを介してプレートに固相化する方 法(ビオチン化による固相化法)を採用したこと,変異型PCSK 9(D374Y PCSK9)を用いた,参照抗体と競合する抗体のス クリーニング系の構築において極めて高い基準を設定したことに特徴が ある。 加えて,本件優先日当時,@周知慣用技術のみを用いて取得し得た, 参照抗体又は本件訂正発明1とはLDLRとの結合部位が異なる,PC SK9とLDLRとの結合中和抗体が様々に存在し得たこと(乙7, 9),APCSK9がいずれの箇所でLDLRと結合しているのか知ら れておらず,適したPCSK9の固相化法を選択する必要性も知られて いなかったこと,B参照抗体と競合する特性を有する抗体を得るための スクリーニング系が存在せず,周知慣用技術には,そのような特性を有 する抗体を選択するための他の指標は存在しなかったことに照らすと, 当業者は,甲1及び周知技術に基づいて,本件訂正発明1(「PCSK 9とLDLRタンパク質の結合を中和することができ,PCSK9との 結合に関して,参照抗体と競合する,単離されたモノクローナル抗 体」)を容易に想到することができたものとはいえない。 (イ) この点に関し,原告は,PCSK9とLDLRとの結合中和抗体を 10 取得した場合,その中には参照抗体と競合する抗体が多く含まれており, 少なくとも所定の割合で含まれているから,当業者は,何らかのPCS K9とLDLRとの結合中和抗体をいくつか作成するだけで,参照抗体 とも競合する結合中和抗体を取得し得たから,当業者は,甲1及び周知 技術に基づいて,本件訂正発明1を容易に想到することができた旨主張 する。 しかしながら,原告が根拠として挙げる本件明細書記載の表37.1 は,参照抗体又は31H4抗体と競合するものの一部を記載したもので あって,この表を分析しても,PCSK9とLDLRとの結合中和抗体 のうち,参照抗体と競合する抗体の割合を導き出すことはできない。 また,原告が根拠として挙げるA教授の供述書における本件明細書の 図27Dに基づく分析は,「競合領域」の設定が適切でなく,PCSK 9の表面の立体形状を考慮していない,具体的な実証データに基づく分 析ではないなどの問題(乙1)がある。 したがって,原告の上記主張は,その前提において理由がない。 ウ 小括 以上のとおり,当業者は,甲1及び周知技術に基づいて,本件訂正発 明1に含まれる抗体を容易に想到することができたものとはいえないか ら,これと同旨の本件審決の判断に誤りはない。 2 取消事由1-2(本件訂正発明9の進歩性の判断の誤り)(1) 原告の主張 本件訂正発明9は,本件訂正発明1記載の抗体を含む医薬組成物に関す る発明である。 前記1(1)ア(ア)のとおり,甲1には,PCSK9とLDLRとの結合中 和抗体が高コレステロール血症の治療のために有用であり得ることが明示 的に開示されている。 11 そうすると,前記1(1)と同様の理由により,当業者は,甲1及び周知技 術に基づいて,本件訂正発明9に含まれる医薬組成物を容易に想到するこ とができたものであるから,これと異なる本件審決の判断は誤りである。 (2) 被告の主張 原告の主張は争う。 3 取消事由2(サポート要件の判断の誤り)(1) 原告の主張 ア 本件訂正発明1における解決すべき課題は,「PCSK9とLDLRタ ンパク質の結合を中和することができる抗体」を提供すること,すなわ ち,PCSK9とLDLRとの結合中和抗体を提供することであり,本 件訂正発明9における解決すべき課題も,同様に,PCSK9とLDL Rとの結合中和抗体を含む医薬組成物を提供することである。 イ(ア) 本件訂正発明1の特許請求の範囲(請求項1)は,抗体の構造を特 定することなく,機能ないし特性(「結合中和」及び「参照抗体との競 合」)のみによって定義された発明であるため,文言上ありとあらゆる 構造の膨大な数ないし種類の抗体を含むものである。 すなわち,抗体の結合特異性は,相補性決定領域(CDR)のアミノ 酸配列,主として,重鎖CDR1,重鎖CDR2及び重鎖CDR3(以 下「重鎖CDR1〜3」と総称する場合がある。)と軽鎖CDR1,軽 鎖CDR2及び軽鎖CDR3(以下「軽鎖CDR1〜3」と総称する場 合がある。)によって決定され,重鎖CDR1〜3や軽鎖CDR1〜3 において,1アミノ酸が置換・付加・欠失しただけでも,置換等の位置 や種類によっては,結合特異性をほとんど失うこともごく一般的である ことは,技術常識である。 しかるところ,本件訂正発明1は,抗体の構造を特定していないため, 本件訂正発明1には,参照抗体の重鎖可変領域(重鎖CDR1〜3を含 12 む。)及び軽鎖可変領域(軽鎖CDR1〜3を含む。)とはアミノ酸配 列において全く異なる重鎖可変領域及び軽鎖可変領域を有する多種多様 な結合中和抗体も文言上含まれ得る。さらには,本件訂正発明1には, 未だ知られていない膨大な種類の抗体も文言上含まれ得る。 (イ) 本件明細書の発明の詳細な説明には,本件訂正発明1に文言上含ま れ得る具体的な抗体として,わずか3グループないし3種類の抗体しか 記載されていない。 すなわち,本件明細書記載の実施例37(段落【0489】〜【04 95】)には,表37.1のビン1とビン2に分類された抗体が,本件 訂正発明1の「参照抗体と競合する」との要件を充足する抗体であるこ との記載がある。これらの抗体について,本件明細書記載の重鎖CDR 1〜3及び軽鎖CDR1〜3のアミノ酸配列の同一性を検討し,そのア ミノ酸配列に基づいて,アミノ酸置換が許容され得ると認識される範囲 のものを分類すると,27E7抗体及びその変異体(グループ1),1 A12抗体及びその変異体(グループ2),23B5抗体及びその変異 体(グループ3)の3グループの抗体に分類される。そして,参照抗体 と競合する抗体の多くは,グループ1に含まれ,参照抗体とはわずかの アミノ酸置換の違いしかなく,参照抗体と実質的にほぼ同じものでしか ない。 このような本件明細書に記載された具体的な抗体(わずか3グループ ないし3種類の抗体)から,本件訂正発明1の特許請求の範囲(請求項 1)に含まれ得る抗体全体にまで拡張ないし一般化することはできない。 (ウ) 本件訂正発明1は,特定の参照抗体と「競合する」ことによって特 定されるPCSK9とLDLRとの結合中和抗体の発明であるところ, 参照抗体と「競合する」抗体であれば,PCSK9とLDLRとが結合 中和するとはいえず,参照抗体と「競合する」抗体であることは,「結 13 合中和」の指標にはならない。 すなわち,ある抗体が「PCSK9との結合に関して参照抗体と競合 する」というのは,基本的には,当該ある抗体が,参照抗体と物理的な 障害を生じさせる位置でPCSK9に結合することを意味するが,当該 位置が,PCSK9とLDLRとの結合を阻害する位置とは限らない。 このことは,本件明細書の図27Dを基に作成した別紙3の図A及び Bからも,明らかである。図Aのとおり,参照抗体(21B12抗体) と31H4抗体との結合部位との中間付近がPCSK9とLDLRとの 結合部位であるところ,参照抗体(21B12抗体)の左上側でPCS K9に結合する抗体(紫の楕円で示した仮想の抗体)は,参照抗体(2 1B12抗体)と競合するが,PCSK9とLDLRの結合を中和する ことはできない。さらに,参照抗体と「競合する」としても,PCSK 9とLDLRとが結合中和するとはいえないことは,A教授の供述書に よっても裏付けられる。 加えて,本件明細書の実施例では,抗体の取得の段階においてまずP CSK9とLDLRとの結合を中和する抗体を選別する中和試験を行っ た後に,参照抗体との競合試験を行っているから,本件明細書の発明の 詳細な説明に記載された試験によっては,参照抗体と競合することによ って,PCSK9とLDLRとの結合を中和する抗体であることを示す ことができない したがって,本件明細書の記載から,参照抗体と「競合する」抗体で あれば,PCSK9とLDLRとの結合中和抗体の提供という本件訂正 発明1の課題を解決できると認識し得るものとはいえない。 (エ) 以上によれば,本件明細書に記載されていないありとあらゆる構造 の抗体についてまでも,本件明細書の記載から,PCSK9とLDLR との結合中和抗体の提供という本件訂正発明1の課題を解決できると認 14 識し得るものではない。 ウ 本件訂正発明1は,発明の対象である抗体について,物の構造としての 特定を一切することなく,スクリーニング方法(@PCSK9に結合す る抗体を選別・取得し,それらのうち,APCSK9とLDLRの結合 を中和する抗体であるものを選別・取得し,さらに,それらのうち, B「特定の参照抗体と競合する」抗体を選別・取得して得るというも の)によって特定している物の発明である。 本件明細書記載の実施例の参照抗体(21B12抗体)が,PCSK 9とLDLRとの結合を阻害する結合中和抗体であるとしても,本件訂 正発明1のように「自分の実施例抗体と競合する抗体はありとあらゆる 構造の抗体であっても全て自分のもの」という機能的な限定のみの強力 なクレームがまかりとおれば,公開されていない発明について独占的, 排他的な権利が発生することになり,特許法の目的である産業の発達を 阻害し,特許制度の趣旨に反する事態が生じることは明らかである。 したがって,本件訂正発明1のように,物(抗体)の具体的な構造が 特許請求の範囲において特定されておらず,その物が機能的にのみ定義 され,スクリーニング方法によって特定された物の発明である場合には, 機能的な定義やスクリーニング方法の特定は,サポート要件を基礎付け ることにはならないというべきである。 エ 以上によれば,本件訂正発明1は,サポート要件を充足せず,また,本 件訂正発明9も,これと同様である。 したがって,本件訂正発明1及び9はサポート要件を満たすとした本 件審決の判断は誤りである。 (2) 被告の主張 ア 本件明細書には,@抗PCSK9モノクローナル抗体を得ることができ, その中から良好にPCSK9とLDLRとの結合を遮断するモノクロー 15 ナル抗体を得ることができること(【0325】〜【0336】),A 参照抗体が,極めて良好にPCSK9とLDLRとの結合を遮断するこ と(実施例11,図20A),BPCSK9とLDLRとの結合を遮断 する抗PCSK9モノクローナル抗体が,いずれも細胞膜上のLDLR レベルを増加させ,このLDLRレベルの増加は,血清LDLコレステ ロールレベルの減少に有効であること(実施例12,14,26,図7 A〜D,12A,B,D及びE,14A及びB),C参照抗体と競合す る抗体は,PCSK9とLDLRとの結合を抑制できること(実施例1 0,表8.3)の記載がある。 そうすると,当業者は,本件明細書の記載から,本件訂正発明1の技 術的範囲全体にわたって,本件訂正発明1の課題を解決できると認識で きたものである。 したがって,本件訂正発明1(請求項1)がその発明の効果を奏する であろうことは,本件明細書の記載及び技術常識に基づいて理解できる から,本件訂正発明1は,本件明細書のサポート要件に適合し,これを 引用する本件訂正発明9(請求項9)もサポート要件に適合する。 イ(ア) これに対し原告は,本件訂正発明1の特許請求の範囲(請求項1) は,抗体の構造を特定することなく,機能ないし特性(「結合中和」及 び「参照抗体との競合」)のみによって定義された発明であるため,文 言上ありとあらゆる構造の膨大な数ないし種類の抗体を含むものであり, また,参照抗体と「競合する」抗体であれば,PCSK9とLDLRと が結合中和するとはいえず,参照抗体と「競合する」抗体であること は,「結合中和」の指標にはならないから,本件明細書に記載されてい ないありとあらゆる構造の抗体についてまでも,本件明細書の記載から, PCSK9とLDLRとの結合中和抗体の提供という本件訂正発明1の 課題を解決できると認識し得るものではない旨主張する。 16 しかしながら,抗体の製造プロセスでは,免疫により優れた結合特性を有する抗体が,動物の体内で?み出され得て,その産?過程で発明に適したアミノ酸配列が決定されていくことから,特定の結合特性を有する抗体を得るときに,その抗体のアミノ酸配列を設計しておく必要はない。 また,抗体の特性が分かれば,その特性を試験してスクリーニングすることにより所望の特性を有する抗体を得ることができることは,本件優先日当時の技術常識である。 さらに,抗体の技術分野においては,抗体のアミノ酸配列そのものは,抗体を特定するために必須であるとは考えられていないし,アミノ酸配列を記載しなくても,抗体の特性が分かればその抗体が奏する効果との関係を把握するに十分であると考えられている。 そして,本件訂正発明1(請求項1)は,参照抗体(21B12抗体)とPCSK9との結合に関して競合するとの特性を有することで発明を特定したものであるところ,当業者においては,前記アの本件明細書の記載事項及び技術常識に基づいて,抗体のアミノ酸配列を参照しなくとも,本件訂正発明1の特性を有する抗体を得ることができたといえるし,そのようにして得られた抗体が発明の効果を奏することも十分に理解できたものである。 仮に参照抗体と競合するが,PCSK9とLDLRとの結合を中和できない例外的な抗体が存在していたとしても,そのような例外的な抗体は,本件訂正発明1が「PCSK9とLDLRタンパク質の結合を中和することができ」ることを発明特定事項としているため,その技術的範囲から文言上除外されており,本件明細書の記載に基づいて,PCSK9とLDLRとの相互作用を確認することにより技術的にも困難なく取り除くことができる。また,原告が述べるように抗体のアミノ酸配列の 17 うち1アミノ酸が置換・付加・欠失することにより,抗体の結合特性が 失われる場合があるとしても,本件訂正発明1は,「PCSK9とLD LRタンパク質の結合を中和することができ」る抗体であることを発明 特定事項とし,抗体のそのアミノ酸配列は問わない規定をしているから, アミノ酸配列自体の異同を議論することに意味はない。 したがって,原告の上記主張は理由がない。 (イ) 次に,原告は,本件訂正発明1は,発明の対象である抗体について, 物の構造としての特定を一切することなく,スクリーニング方法によっ て特定している物の発明であり,機能的な定義やスクリーニング方法の 特定は,サポート要件を基礎付けることにはならない旨主張する。 しかしながら,前記(ア)のとおり,当業者は,本件明細書の記載事項 及び技術常識に基づいて,抗体のアミノ酸配列を参照しなくとも,本件 訂正発明1の結合特性を有する抗体を得ることができたといえるし,そ のようにして得られた抗体が発明の効果を奏することも十分に理解でき たものであるから,当業者が,本件訂正発明1がその発明の効果を奏す ることを理解する上で,抗体のアミノ酸配列を参照する必要はない。 また,アミノ酸配列を全く規定せずに,競合等の特性のみによって規 定した請求項の記載形式によって抗PCSK9抗体の特許を取得した実 務例(乙2,3)も存在しており,アミノ酸配列で抗体を限定する場合 のみが,抗体の請求項の記載形式であるとはいえないし,本件訂正発明 1のクレームが過度に広範であるということもできない。 したがって,原告の上記主張は理由がない。 ウ 以上によれば,本件訂正発明1は,サポート要件に適合し,また,本件 訂正発明9も,これと同様である。 したがって,本件訂正発明1及び9は,サポート要件を満たすとした 本件審決の判断に誤りはない。 184 取消事由3(実施可能要件の判断の誤り)(1) 原告の主張 ア 本件訂正発明1は,物の発明であるから,特許請求の範囲に含まれる個 々の抗体の全体について,実施可能要件が充足されていなければならな い。 しかるところ,本件訂正発明1は,抗体の構造を特定することなく, 機能的にのみ定義されており,極めて多種類の抗体を含むものである。 そのような権利範囲には,本件明細書の発明の詳細な説明において本件 訂正発明1に含まれ得る抗体として記載された具体的な抗体(数グルー プないし数種の抗体)とはアミノ酸配列が全く異なる多種多様な構造の 抗体も文言上含まれ得るし,当然ながら,今後発見される,いまだ全く 知られていない抗体も全て含まれている。 しかしながら,本件訂正発明1において,PCSK9とLDLRとの 結合を中和すること及び特定の参照抗体と競合することという抗体が有 すべき機能が特定されたからといって,当該機能を有する抗体の構造を 当業者が理解できるものではない。特に,重鎖CDR1〜3や軽鎖CD R1〜3において,1アミノ酸が置換・付加・欠失しただけでも,置換 等の位置や種類によっては,結合特異性をほとんど失うこともごく一般 的であるため,本件明細書の発明の詳細な説明に本件訂正発明1に含ま れ得る抗体としていくつかの抗体が具体的に記載されていたとしても, 当業者が,当該実施例抗体以外の,構造が特定されていない本件訂正発 明1の特許請求の範囲の全体に含まれる,ありとあらゆる抗体を取得す るには,無数の抗体を製造し続け,各試験を行い続け,抗体を発見しな ければならない。 本件訂正発明1の特許請求の範囲に含まれる全体の抗体を得るために は,当業者に期待し得る程度を超える過度の試行錯誤を要することは明 19 らかであるから,本件訂正発明1は,実施可能要件を満たさない。また, 本件訂正発明9も,これと同様である。 イ 本件訂正発明1は,発明の対象である抗体について,物の構造としての 特定を一切することなく,スクリーニング方法(@PCSK9に結合す る抗体を選別・取得し,それらのうち,APCSK9とLDLRの結合 を中和する抗体であるものを選別・取得し,さらに,それらのうち, B「特定の参照抗体と競合する」抗体を選別・取得して得るというも の)によって特定している物の発明である。 しかるところ,スクリーニング方法の発明が特許を受けられる場合で あっても,スクリーニング方法によって特定される化合物の発明は特許 を受けることができないと解されている(知財高裁平成22年5月10 日判決(平成21年(行ケ)第10170号)参照)。なぜなら,特許 請求の範囲の全体には,多種多様な物が含まれているが,特許請求の範 囲全体に含まれる物がどのような物であるかを当業者が把握できないた め,特許請求の範囲の全体を実施するためには,無数の物を製造し,確 認試験をしなければならず,当業者に過度の試行錯誤を強いることとな り,実施可能要件を満たさないからである。 したがって,本件訂正発明1をスクリーニング方法によって特定され る物(抗体)として特許請求の範囲を記載したとすれば実施可能要件違 反となるのと同様,それと実質的に変わらない本件訂正発明1が実施可 能要件違反であることは当然である。本件訂正発明9も,これと同様で ある。 ウ 本件訂正発明1は,抗体の有すべき機能(解決すべき課題)を発明特定 事項としているが,実施可能要件は実質的な要件であるから,その物が 有すべき機能を発明特定事項に記載したとしても,そのことによって当 業者が当該発明に属する物の全てを使用できるとはいえず,実施可能要 20 件を充足することにはならない。この場合,実施可能要件違反にならな いとすれば,機能的に定義された,いかなる広範囲のクレームであって も,実施可能要件を充足することが可能となり,実施可能要件の判断が 形式的なものに貶められる。本件訂正発明9も,これと同様である。 エ 以上によれば,本件訂正発明1は,実施可能要件を充足せず,また,本 件訂正発明9も,これと同様である。 したがって,本件訂正発明1及び9は,実施可能要件を満たすとした 本件審決の判断は誤りである。 (2) 被告の主張 ア 本件訂正発明1を実施するためには,その技術的範囲に含まれるありと あらゆる抗体のアミノ酸配列を知る必要はなく,また,ありとあらゆる 抗体を取得することも必要ない。例えば,参照抗体(21B12抗体) と競合し,PCSK9とLDLRとの相互作用を中和することができる 抗体は,アミノ酸配列で区別することなく,本件訂正発明1の実施に用 い得る。 したがって,当業者であれば,本件明細書の記載に基づいて,参照抗 体以外の抗体のアミノ酸配列を知ることなく,本件訂正発明1で規定さ れた抗体を作製することができたものである。 本件訂正発明1で規定された抗体を作製するのに,当業者に期待し得 る程度を超える過度の試行錯誤を要することはない。 イ また,抗体取得の再現性に関しては,本件明細書では,参照抗体とPC SK9との結合に関して競合する抗体をどのようにすれば取得できるか が,具体的に開示されており,参照抗体とPCSK9との結合に関して 競合する抗体を複数取得できたことは,表8.3のビン1に複数の抗体 がリストされていることから明らかである。 したがって,本件明細書の記載に基づいて,本件訂正発明1で規定さ 21 れた抗体を再現性を持って取得できることが理解できる。 ウ 以上によれば,本件訂正発明1は,実施可能要件に適合し,また,本件 訂正発明9も,これと同様であるから,これと同旨の本件審決の判断に 誤りはない。 |
|
当裁判所の判断
1 取消事由1-1(本件訂正発明1の進歩性の判断の誤り)について (1) 本件明細書の記載事項等について ア 本件訂正発明1及び9の特許請求の範囲(請求項1及び9)の記載は, 前記第2の2のとおりである。 本件明細書(甲201)の「発明の詳細な説明」には,次のような記 載がある(下記記載中に引用する「表2」,「表3」,「表8. 3」,「表37.1」,「図1A」,「図7AないしD」,「図14A 及びB」,「図20AないしD」及び「図27D」については別紙1参 照)。 (ア) 技術分野 【0002】 本発明は,プロタンパク質コンベルターゼスブチリシンケクシン9 型(PCSK9)に結合する抗原結合タンパク質並びに該抗原結合タ ンパク質を使用及び作製する方法に関する。 (イ) 背景技術 【0003】 プロタンパク質コンベルターゼスブチリシンケクシン9型(PCS K9)は,低密度リポタンパク質受容体(LDLR)タンパク質のレ ベルの制御に関与するセリンプロテアーゼである(Horton e t al.,2007;Seidah and Prat,200 7)。インビトロ実験は,HepG2細胞へのPCSK9の添加は細 22 胞表面LDLRのレベルを低下させることを示している(Benja nnet et al.,2004;Lagace et al., 2006;Maxwell et all.,2005;Park et al.,2004)。マウスを用いた実験は,PCSK9タン パク質レベルを増加させることが肝臓中のLDLRタンパク質のレベ ルを減少させる(Benjannet et al.,2004;L agace et al.,2006;Maxwell et a l.,2005;Park et al.,2004)が,PCSK 9ノックアウトマウスは肝臓中のLDLRの増加したレベルを有す る(Rashid et al.,2005)ことを示した。さらに, 血漿LDLの増加又は減少したレベルの何れかをもたらす様々なヒト PCSK9変異が同定されている(Kotowski et al., 2006;Zhao et al.,2006)。PCSK9は,L DLRタンパク質と直接相互作用し,LDLRとともに細胞内に取り 込まれ,エンドソーム経路全体を通じてLDLRと同時に免疫蛍光を 発する(Lagace et al.,2006)ことが示されてい る。PCSK9によるLDLRの分解は観察されておらず,細胞外L DLRタンパク質レベルを低下させる機序は不明である。 (ウ) 発明を実施するための形態 【0066】 当業者によって理解されるように,本発明の開示に照らせば,PCS K9とLDLRの間の相互作用を変化させることは,LDLへの結合に 利用可能なLDLRの量を増加させ,続いて,これは,対象中の血清L DLの量を減少させ,対象の血清コレステロールレベルの低下をもたら す。従って,PCSK9に対する抗原結合タンパク質は,上昇した血清 コレステロールレベルを有する対象,上昇した血清コレステロールレベ 23ルのリスクを有する対象又は血清コレステロールレベルの低下が有益であり得る対象を治療するための様々な方法及び組成物において使用することができる。…幾つかの実施形態において,抗原結合タンパク質は,LDLRへのPCSK9の結合を妨げ,又は低下させる。 【0071】 「PCSK9活性」という用語は,PCSK9のあらゆる生物学的効果を含む。ある種の実施形態において,PCSK9活性は,基質若しくは受容体と相互作用し,又は基質若しくは受容体に結合するPCSK9の能力を含む。幾つかの実施形態において,PCSK9活性は,LDL受容体(LDLR)に結合するPCSK9の能力によって表される。幾つかの実施形態において,PCSK9は,LDLRを含む反応に結合し,触媒する。幾つかの実施形態において,PCSK9活性は,LDLRの利用可能性を変化させる(例えば,低下させる)PCSK9の能力を含む。幾つかの実施形態において,PCSK9活性は,対象中のLDLの量を増加させるPCSK9の能力を含む。幾つかの実施形態において,PCSK9活性は,LDLへの結合に利用可能なLDLRの量を減少させるPCSK9の能力を含む。幾つかの実施形態において,「PCSK9活性」は,PCSK9シグナル伝達から生じるあらゆる生物活性を含む。典型的な活性には,LDLRへのPCSK9の結合,LDLR又は他のタンパク質を切断するPCSK9酵素活性…が含まれるが,これらに限定されない。 【0109】 本明細書において使用される「抗原結合タンパク質」(「ABP」)は,特定された標的抗原を結合するあらゆるタンパク質を意味する。本願において,特定された標的抗原は,PCSK9タンパク質又はその断片である。「抗原結合タンパク質」には,抗体及びその結合部分(免疫 24学的に機能的な断片など)が含まれるが,これらに限定されない。…本明細書において使用される抗体又は免疫グロブリン鎖(重鎖又は軽鎖)抗原結合タンパク質の「免疫学的に機能的な断片」(又は単に「断片」)という用語は,完全長の鎖中に存在するアミノ酸の少なくとも幾つかを欠如するが,抗原になお特異的に結合することができる抗体の部分(当該部分がどのようにして取得され,又は合成されたかを問わない。)を含む抗原結合タンパク質の種である。このような断片は,標的抗原に結合し,あるエピトープへの結合に関して,完全な状態の抗体を含む他の抗原結合タンパク質と競合し得るという点で生物学的に活性を有する。幾つかの実施形態において,断片は,中和断片である。幾つかの実施形態において,断片は,LDLRとPCSK9の間の相互作用の可能性を遮断し,又は低下させることができる。一態様において,このような断片は,完全長の軽鎖又は重鎖中に存在する少なくとも1つのCDRを保持し,幾つかの実施形態において,単一の重鎖及び/又は軽鎖又はその一部を含む。…【0123】 「抗原結合領域」は,特定の抗原(例えば,パラトープ)を特異的に結合するタンパク質又はタンパク質の一部を意味する。例えば,抗原と相互作用し,抗原に対するその特異性及び親和性を抗原結合タンパク質に対して付与するアミノ酸残基を含有する抗原結合タンパク質のその部分は,「抗原結合領域」と称される。抗原結合領域は,通例,1つ又はそれ以上の「相補性結合領域」(「CDR」)を含む。ある種の抗原結合領域は,1つ又はそれ以上の「フレームワーク」領域も含む。「CDR 」 は , 抗原 結 合 特異 性 及 び 親和 性 に 寄与 す る ア ミノ 酸 配 列である。「フレームワーク」領域は,CDRの適切な立体構造の維持を補助して,抗原結合領域と抗原の間の結合を促進することができる。構造的 25には,フレームワーク領域は,抗体中においてCDR間に位置することができる。フレームワーク及びCDR領域の例は,図2Aから3D,3CCC-JJJ及び15Aから15Dに示されている。…【0127】 可変領域は,3つの超可変領域(相補性決定領域又はCDRとも称される。)によって連結された,相対的に保存されたフレームワーク領域(FR)の同じ一般的構造を典型的に呈する。各対の2つの鎖から得られるCDRは,フレームワーク領域によって通例並列され,これにより,特異的なエピトープへの結合が可能となり得る。N末端からC末端へ,軽鎖及び重鎖可変領域は何れも,通例,ドメインFR1,CDR1,FR2,CDR2,FR3,CDR3及びFR4を含む。各ドメインへのアミノ酸の割り当ては,通例,免疫学的に関心が持たれるタンパク質のKabat配列の定義(National Institutesof Health, Bethesda, Md.(1987 and 1991)),又は「Chothia & Lesk, J.Mol.Biol.,196:901-917 (1987); Chothia et al., Nature, 342:878-883(1989)」に従う。 【0132】 「軽鎖」という用語は,完全長の軽鎖及び結合特異性を付与するのに十分な可変領域配列を有するその断片を含む。完全長軽鎖は,可変領域ドメイン,V L及び定常領域ドメイン,C Lを含む。軽鎖の可変領域ドメインは,ポリペプチドのアミノ末端に位置する。軽鎖は,κ鎖及びλ鎖を含む。 【0133】 「重鎖」という用語は,完全長の重鎖及び結合特異性を付与するのに 26 十分な可変領域配列を有するその断片を含む。完全長の重鎖は,可変領 域ドメインVH及び3つの定常領域ドメインC H1,CH2及びCH 3を 含む。V H ドメインはポリペプチドのアミノ末端に,及びC Hドメイン はカルボキシル末端に位置し,CH3がポリペプチドのカルボキシ末端 に最も近い。重鎖は,IgG(IgG1,IgG2,IgG3及びIg G4サブタイプを含む。),IgA(IgA1及びIgA2サブタイプ を含む。),IgM及びIgEなどのあらゆるイソタイプのものであり 得る。 (エ) 【0138】 「中和抗原結合タンパク質」又は「中和抗体」という用語は,リガン ドに結合し,そのリガンドの生物学的効果を妨げ,又は低下させる,そ れぞれ,抗原結合タンパク質又は抗体を表す。これは,例えば,リガン ド上の結合部位を直接封鎖することによって,又はリガンドに結合し, 間接的な手段(リガンド中の構造的又はエネルギー的変化など)を通じ て,リガンドの結合能を変化させることによって行うことができる。… 幾つかの実施形態において,PCSK9抗原結合タンパク質の場合には, このような中和分子は,PCSK9がLDLRを結合する能力を低減さ せることができる。幾つかの実施形態において,競合アッセイを介して, 中和能力を性質決定し,及び/又は記載する。…幾つかの実施形態にお いて,ABP27B2,13H1,13B5及び3C4は,非中和AB Pであり,3B6,9C9及び31A4は弱い中和物質であり,表2中 の残りのABPは強い中和物質である。幾つかの実施形態において,抗 体又は抗原結合タンパク質は,PCSK9へ結合し,PCSK9がLD LRに結合するのを妨げる(又はPCSK9がLDLRに結合する能力 を低下させる)ことによって中和する。幾つかの実施形態において,抗 体又はABPは,PCSK9に結合し,PCSK9をLDLRへ結合さ 27せながら,LDLRのPCSK9媒介性分解を妨げ,又は低下させることによって中和する。…【0140】 同じエピトープに対して競合する抗原結合タンパク質(例えば,中和抗原結合タンパク質又は中和抗体)という文脈において使用される場合の「競合する」という用語は,検査されている抗原結合タンパク質(例えば,抗体又は免疫学的に機能的なその断片)が共通の抗原(例えば,PCSK9又はその断片)への参照抗原結合タンパク質(例えば,リガンド又は参照抗体)の特異的結合を妨げ,又は阻害する(例えば,低下させる)アッセイによって測定された抗原結合タンパク質間の競合を意味する。ある抗原結合タンパク質が別の抗原結合タンパク質と競合するかどうかを決定するために,競合的結合アッセイの多数の種類,例えば,固相直接又は間接ラジオイムノアッセイ(RIA),固相直接又は間接酵素イムノアッセイ(EIA),サンドイッチ競合アッセイ(例えば,Stahli et al, 1983, Methods in Enzymology 9:242-253参照);固相直接ビオチン-アビジンEIA(例えば,Kirkland et al, 1986,J.Immunol.137:3614-3619参照),…固相直接ビオチン-アビジンEIA(例えば,Cheung, et al.,1990, Virology 176:546-552参照)…を使用することができる。典型的には,このようなアッセイは,これらの何れかを有する固体表面又はセルに結合された精製抗原,標識されていない検査抗原結合タンパク質及び標識された基準抗原結合タンパク質を使用することを含む。競合的阻害は,検査抗原結合タンパク質の存在下で,固体表面又はセルに結合された標識の量を測定することによって測定される。通常,検査抗原結合タンパク質は過剰に存在する。競合アッセイ 28 によって同定される抗原結合タンパク質(競合抗原結合タンパク質)に は,基準抗原結合タンパク質と同じエピトープに結合する抗原結合タン パク質及び立体的妨害が生じるのに,基準抗原結合タンパク質に結合さ れるエピトープに十分に近接した隣接エピトープに結合する抗原結合タ ンパク質が含まれる。… 【0142】 「エピトープ」という用語は,抗体又はT細胞受容体などの抗原結合 タンパク質によって結合され得るあらゆる決定基を含む。エピトープは, その抗原を標的とする抗原結合タンパク質によって結合される抗原の領 域であり,抗原がタンパク質である場合,抗原結合タンパク質に直接接 触する特定のアミノ酸を含む。最も頻繁には,エピトープはタンパク質 上に存在するが,幾つかの事例では,核酸などの分子の他の種類上に存 在することができる。エピトープ決定基は,アミノ酸,糖側鎖,ホスホ リル又はスルホニル基などの分子の化学的に活性な表面基を含むことが でき,特異的な三次元構造の特徴及び/又は特異的な電荷的特長を有す ることができる。一般に,特定の標的抗原に対して特異的な抗体は,タ ンパク質及び/又は高分子の複雑な混合物中において,標的抗原上のエ ピトープを優先的に認識する。 (オ) 【0154】 PCSK9に対する抗原結合タンパク質 プロタンパク質コンベルターゼスブチリシンケクシン9型(PCSK 9)は,低密度リポタンパク質受容体(LDLR)タンパク質のレベル の制御に関与しているセリンプロテアーゼである(Horton et al, 2007; Seidah and Prat, 2007)。 PCSK9は,セリンプロテアーゼのスブチリシン(S8)ファミリー のプロホルモン-プロタンパク質コンベルターゼである(Seidah 29et al.,2003)。…PCSK9タンパク質の構造は,2つのグループによって最近解決された(…)。PCSK9は,シグナル配列,N末端プロドメイン,スブチリシン様触媒ドメイン及びC末端ドメインを含む。 【0155】 ヒトPCSK9を含むPCSK9を結合する抗原結合タンパク質(ABP)は,本明細書中に記載されている。幾つかの実施形態において,提供される抗原結合タンパク質は,本明細書に記載されているように,1つ又はそれ以上の相補性決定領域(CDR)を含むポリペプチドである。同じ抗原結合タンパク質において,CDRは,CDRの適切な抗原結合特性が達成されるようにCDRを方向付ける「フレームワーク」領域中に包埋されている。幾つかの実施形態において,本明細書中に提供されている抗原結合タンパク質は,PCSK9とLDLR間の相互作用を妨害し,遮断し,低下させ,又は調節することができる。このような抗原結合タンパク質は,「中和」と表される。幾つかの実施形態において,抗原結合タンパク質が中和性であり,PCSK9に結合されている場合でさえ,PCSK9とLDLR間の結合はなお起こり得る。例えば,幾つかの実施形態において,ABPは,PCSK9上のLDLR結合部位を封鎖することなく,LDLRに対するPCSK9の悪影響を妨げ,又は低下させる。従って,幾つかの実施形態において,ABPは,PCSK9とLDLR間の結合相互作用を抑制する必要なしに,LDLRの分解をもたらすPCSK9の能力を調節し,又は変化させる。このようなABPは,「非競合的に中和する」ABPと特に記載することができる。幾つかの実施形態において,中和ABPは,PCSK9がLDLRに結合するのを妨げる位置及び/又は様式で,PCSK9に結合する。 このようなABPは,「競合的に中和する」ABPと特に記載すること 30 ができる。上記中和物質は何れも,対象中に存在している遊離のLDL Rのより大きな量をもたらすことができ,これにより,LDLに結合し ているより多くのLDLRがもたらされる(これにより,対象中のLD Lの量を低下させる。)。続いて,これは,対象中に存在する血清コレ ステロールの量の低下をもたらす。 (カ) 【0170】 提供されている抗体の軽鎖及び重鎖の可変領域の幾つかの具体例及び それらの対応するアミノ酸配列は表2中に要約されている。 【0172】 同じく,表2に列記されている典型的な可変重鎖の各々は,抗体を形 成するために,表2に示されている典型的な可変軽鎖の何れとも組み合 わせることができる。表2は,本明細書中に開示されている抗体の幾つ かの中に見出される典型的な軽鎖及び重鎖の対を示している。…(キ) 【0261】 …幾つかの実施形態において,ABPはABP21B12と競合する。 【0268】 幾つかの実施形態において,ABP21B12は,残基162から1 67(例えば,配列番号1の残基D162-E167)を含むエピトー プに結合する。… 【0269】 競合する抗原結合タンパク質 別の態様において,PCSK9への特異的結合に関して,本明細書中 に記載されているエピトープに結合する例示された抗体又は機能的断片 の1つと競合する抗原結合タンパク質が提供される。このような抗原結 合タンパク質は,本明細書中に例示されている抗原結合タンパク質の1 つと同じエピトープ又は重複するエピトープにも結合し得る。例示され 31た抗原結合タンパク質と同じエピトープと競合し,又は結合する抗原結合タンパク質及び断片は,類似の機能的特性を示すと予想される。例示された抗原結合タンパク質及び断片は,重鎖及び軽鎖可変領域ドメイン並びに表2及び/又は図2から3及び15に含まれるCDRを有するものなど,上述されているものを含む。従って,具体例として,提供される抗原結合タンパク質には,(a)図2から3及び15に列記されている抗体に対して列記されているCDRの6つ全て;(b)表2中に列記されている抗体に対して列記されているVH及びVL;又は(c)表2に列記されている抗体に対して明記されている2つの軽鎖及び2つの重鎖を有する抗体又は抗原結合タンパク質と競合するものが含まれる。 【0270】 ある種の治療的用途及び医薬組成物 ある種の事例において,PCSK9活性は,多数のヒトの病状と相関する。例えば,ある種の事例において,高すぎる又は低すぎるPCSK9活性は,高コレステロール血症などのある種の症状と相関する。 従って,ある種の事例において,PCSK9活性を調節することは治療的に有用であり得る。ある種の実施形態において,PCSK9に対する中和的抗原結合タンパク質は,少なくとも1つのPCSK9活性(例えば,LDLRへの結合)を調節するために使用される。このような方法は,上昇した血清コレステロールレベルと関連する,又は上昇したコレステロールレベルが関連する疾患を治療し,及び/又は予防し,及び/又は疾患のリスクを低減することができる。 【0271】 32 当業者によって理解されるように,本開示に照らして,変動したコ レステロール,LDL又はLDLRレベルと関連し,変動したコレス テロール,LDL又はLDLRレベルを伴い,又は変動したコレステ ロール,LDL又はLDLRレベルによって影響を受け得る疾患は, 抗原結合タンパク質の様々な実施形態によって対処することができる。 幾つかの実施形態において,(「血清コレステロール関連疾患」を含 む)「コレステロール関連疾患」には,例えば,上昇した総血清コレ ステロール,上昇したLDL,上昇したトリグリセリド,上昇したV LDL及び/又は低HDLを呈し得る以下のもの:高コレステロール 血症,心臓病,メタボリックシンドローム,糖尿病,冠状動脈性心臓 病,卒中,心血管疾患,アルツハイマー病及び脂質異常症全般の何れ か1つ又はそれ以上が含まれる。… 【0276】 幾つかの実施形態において,PCSK9に対する抗原結合タンパク 質は,異常に高いレベル又は正常なレベルからPCSK9活性の量を 減少させるために使用される。幾つかの実施形態において,PCSK 9に対する抗原結合タンパク質は,高コレステロール血症を治療若し くは予防するために,並びに/又は高コレステロール血症及び/若し くは他のコレステロール関連疾患(本明細書中に記載されているもの など)に対する医薬の調製において使用される。ある種の実施形態に おいて,PCSK9に対する抗原結合タンパク質は,PCSK9活性 が正常である高コレステロール血症などの症状を治療又は予防するた めに使用される。このような症状において,例えば,正常を下回るP CSK9活性の低下は,治療効果を提供することができる。 (ク) 【0312】 (実施例1) 33 免疫化及び力価測定 抗PCKS9抗体及びハイブリドーマの作製PCSK9の成熟形態に対する抗体(図1A中の配列として図示されており,プロドメインに下線が付されている。)を,ヒト免疫グロブリン遺伝子を含有するマウスであるXenoMouse (R)マウス(Abgenix, Fremont, CA)中で作製した。PCSK9に対する抗体を作製するために,XenoMouse (R)マウスの2つのグループ(グループ1及び2)を使用した。グループ1は,完全ヒトIgG2κ及びIgG2λ 抗体を産生するXenoMouse(R)系統XMG2-KLのマウスを含んだ。グループ1のマウスを,ヒトPCSK9で免疫化した。GenBank配列を参照として(NM_174936)を使用する標準的組換え技術を用いて,PCSK9を調製した。グループ2は,完全ヒトIgG4κ及びIgG4 λ抗体を産生するXenoMouse(R)系統XMG4-KLのマウスを含んだ。グループ2のマウスも,ヒトPCSK9で免疫化した。 【0313】 表3中のスケジュールに従って,両グループのマウスに抗原を11回注射した。最初の免疫化において,腹部中に腹腔内送達された抗原計10μgを各マウスに注射した。その後の強化免疫は5μgの用量であり,注射法は,服部内への腹腔内注射と尾の基部への皮下注射間でずらされる。腹腔内注射のために,TiterMax(R)Gold(Sigma,Cat # T2684)を加えたエマルジョンとして抗原を調製し,皮下注射のために,抗原をAlum(リン酸アルミニウム)及びCpGオリゴと混合する。注射2から8及び10において,アジュバントalumゲル中の抗原計5μgを各マウスに注射した。マウス当り抗原5μgの最終注射をリン酸緩衝化された生理的食塩水中に送達し,2つの部 34位に送達する(腹部内へ50%腹腔内及び尾の基部に50%皮下)。免疫化プログラムは,以下に示されている表3中に要約されている。 【0320】 ヒトPCSK9に対する抗体の力価は,記載されている可溶性抗原を用いて免疫化されたマウスに対するELISAアッセイによって検査した。表4は,ELISAデータを要約し,PCSK9に対して特異的であるように見受けられる幾つかのマウスが存在したことを示す。例えば,表4を参照されたい。従って,免疫化プログラムの終わりに,10匹のマウス(表4中の太字)を採集のために選択し,本明細書中に記載されているように,それぞれ,脾臓及びリンパ節から脾細胞及びリンパ球を単離した。 【0322】(実施例2) リンパ球の回収,B細胞の単離,融合及びハイブリドーマの作製 この実施例は,免疫細胞がどのようにして回収され,ハイブリドーマがどのようにして作製されたかについて概説する。選択された免疫化マウスを頚椎脱臼によって屠殺し,各コホートから流入領域リンパ節を採集し,プールした。細胞を組織から放出させるために,DMEM中で磨り潰すことによって,リンパ系組織からB細胞を解離させ,細胞をDMEM中に懸濁した。細胞を計数し,穏やかに,但し,完全に細胞を再懸濁させるために,1億のリンパ球当りDMEM0.9mLを細胞沈降物に添加した。 【0323】 1:4の比で,リンパ球をATCC,cat.#CR11580から購入した非分泌性骨髄腫P3X63Ag8.653細胞(…)と混合した。400×gで,4分の遠心によって,細胞混合物を穏やかに 35沈降させた。容器を傾けて上清を除去した後,1mLピペットを用いて,細胞を穏やかに混合した。1分にわたって,穏やかに撹拌しながら,Sigma(cat#P7306)から得た事前加熱されたPEG/DMSO溶液(B細胞100万個当り1mL)をゆっくり添加した後,1分間混合した。次いで,穏やかに撹拌しながら,2分にわたって,事前加熱されたIDMEM(B細胞100万個当り2mL)(グルタミン,L-グルタミン,ペニシリン/ストレプトマイシン,MEM非必須アミノ酸なしのDMEM)(全て,Invitrogenから得た)を添加した。最後に,3分にわたって,事前加熱されたIDMEM(106個のB細胞当り8mL)を添加した。 【0324】 400×gで6分,融合された細胞を遠心沈降させ,100万個のB細胞当り選択培地20mL(L-グルタミン,ペニシリン/ストレプトマイシン,MEM非必須アミノ酸,ピルビン酸ナトリウム,2-メルカプトエタノール(全て,Invitrogenから入手),HA-アザセリンヒポキサンチン及びOPI(オキサロアセタート,ピルバート,ウシインシュリン)(何れも,Sigmaから入手)及びIL-6(Boeringer Mannheim)が補充された,DMEM(Invitrogen),15%FBS(Hyclone)中に再懸濁した。 37℃で20から30分間,細胞を温置し,次いで,選択培地200mL中に再懸濁し,96ウェルへの播種の前に,T175フラスコ中で3から4日間培養した。このようにして,PCSK9に対する抗原結合タンパク質を産生するハイブリドーマを作製した。 【0325】(実施例3) PCSK9抗体の選択 36 本実施例は,様々なPCSK9抗原結合タンパク質をどのようにして性質決定し,選択したかについて概説する。(実施例1及び2で産生されたハイブリドーマから産生された)分泌された抗体のPCSK9への結合を評価した。抗体の選択は,結合データ及びLDLRへのPCSK9の結合の阻害及び親和性を基礎とした。以下に記載されているように,ELISAによって,可溶性PCSK9への結合を分析した。結合親和性を定量するために,BIAcore(R)(表面プラズモン共鳴)を使用した。 【0326】 一次スクリーニング 野生型PCSK9に結合する抗体に対する一次スクリーニングを行った。2つの採集物に対して,一次スクリーニングを行った。一次スクリーニングは,ELISAアッセイを含み,以下のプロトコールを用いて行った。 【0327】 Costar37-2培地結合384ウェルプレート(Corning Life Sciences)を使用した。40μL/ウェルの容量で,1×PBS/0.05%アジ化物中,4μg/mLの濃度のニュートラビジンでプレートを被覆した。4℃で一晩,プレートを温置した。 次いで,Titertekプレート洗浄装置(Titertek,Huntsville,AL)を用いて,プレートを洗浄した。3サイクルの洗浄を行った。1×PBS/1%ミルク90μLでプレートをブロックし,室温で約30分間温置した。次いで,プレートを洗浄した。再度,3サイクルの洗浄を行った。捕捉試料は,V5タグを持たないビオチン化合されたPCSK9であり,40μL/ウェルの容量で,1×PBS/1%ミルク/10mMCa 2+ 中に0.9μg/mLで添加した。次 37いで,プレートを室温で1時間温置した。次に,3サイクル洗浄を用いて作動されるTitertekプレート洗浄装置を用いて,プレートを洗浄した。1×PBS/1%ミルク/10mMCa 2+ 40μL中に,上清10μLを移し,室温で1.5時間温置した。再度,3サイクル洗浄を用いて作動されるTitertekプレート洗浄装置を用いて,プレートを洗浄した。1×PBS/1%ミルク/10mMCa 2+ 中,100ng/mL(1:4000)の濃度のヤギ抗ヒトIgGFcPOD40μL/ウェルをプレートに添加し,室温で1時間温置した。3サイクル洗浄を用いて,プレートをもう一度洗浄した。最後に,1工程TMB(Neogen, Lexington, Kentucky)の40μL/ウェルをプレートに添加し,室温で30分後に,1N塩酸の40μL/ウェルを用いて消光を行った。Titertekプレートリーダーを用いて,450nmでODを直ちに読み取った。 【0328】 一次スクリーニングによって,2つの採集物から同定された合計3104の抗原特異的ハイブリドーマが得られた。最高のELISAODに基づいて,合計3000の陽性に対して,採集物当り1500のハイブリドーマをさらなる操作に用いた。 【0329】 確認用スクリーニング 次いで,安定なハイブリドーマが確立されたことを確認するために,野生型PCSK9への結合に関して,3000の陽性を再スクリーニングした。…合計2441の陽性を,第二のスクリーニングで反復した。 次いで,その後のスクリーニングにおいて,これらの抗体を使用した。 【0330】 マウス交叉反応スクリーニング 38 次いで,抗体がヒト及びマウスPCSK9の両方に結合できることを確認するために,マウスPCSK9に対する交叉反応性に関して,ハイブリドーマのパネルをスクリーニングした。…579抗体は,マウスPCSK9と交叉反応することが観察された。次いで,その後のスクリーニングにおいて,これらの抗体を使用した。 【0331】 D374Y変異体結合スクリーニング PCSK9中のD374Y変異は,ヒト集団中において文献に記載されている(例えば,Timms KM et al, “A mutation in PCSK9 causing autosomal-dominant hypercholesterolemia ina Utah pedigree”, Hum.Genet.114:349-353, 2004)。抗体が野生型に対して特異的であり,又はPCSK9のD374Y形態に結合されているかどうかを測定するために,次いで,変異D374Yを含む変異体PCSK9配列への結合に関して,試料をスクリーニングした。…野生型PCSK9に対する陽性ヒットの96%以上が,変異体PCSK9も結合した。 【0332】 大規模受容体リガンド遮断スクリーニング LDLRへのPCSK9結合を遮断する抗体をスクリーニングするために,D374YPCSK9変異体を用いたアッセイを開発した。LDLRに対してより高い結合親和性を有するので,このアッセイに対して変異体を使用し,より感度が高い受容体リガンド遮断アッセイの開発を可能とした。受容体リガンド遮断スクリーニングでは,以下のプロトコールを使用した。スクリーニングでは,Costar3702培地結合384ウェルプレート(Corning Life Science 39s)を使用した。40μL/ウェルの容量で,1×PBS/0.05%アジ化物中,2μg/mLのヤギ抗LDLR(R&DCat#AF2148)でプレートを被覆した。4℃で一晩,プレートを温置した。次いで,Titertekプレート洗浄装置(Titertek,Huntsville,AL)を用いて,プレートを洗浄した。3サイクルの洗浄を行った。1×PBS/1%ミルク90μLでプレートをブロックし,室温で約30分間温置した。次いで,Titertekプレート洗浄装置を用いてプレートを洗浄した。3サイクルの洗浄を行った。捕捉試料は,LDLR(R&D,Cat#2148LD/CF)であり,40μL/ウェルの容量で,1×PBS/1%ミルク/10mMCa 2+ 中に0.4μg/mLで添加した。次いで,プレートを室温で1時間10分間温置した。同時に,Nuncポリプロピレンプレート中のハイブリドーマ枯渇上清15μLとともに,ビオチン化されたヒトD374YPCSK9の20ng/mLを温置し,枯渇上清濃度を1:5希釈した。次いで,プレートを室温で約1時間30分間事前温置した。次に,3サイクル洗浄を用いて作動されるTitertekプレート洗浄装置を用いて,プレートを洗浄した。事前温置された混合物50μL/ウェルを,LDLRで被覆されたELISAプレート上に移し,室温で1時間温置した。LDLRに結合されたb-PCSK9を検出するために,アッセイ希釈液中の500ng/mLのストレプトアビジンHRP40μL/ウェルをプレートに添加した。プレートを室温で1時間温置した。再度,Titertekプレート洗浄装置を用いてプレートを洗浄した。3サイクルの洗浄を行った。最後に,1工程TMB(Neogen, Lexington, Kentucky)の40μL/ウェルをプレートに添加し,室温で30分後に,1N塩酸の40μL/ウェルを用いて消光した。Titertekプレートリーダーを用いて,450nmでO 40Dを直ちに読み取った。スクリーニングによって,PCSK9とLDLRウェル間での相互作用を遮断する384の抗体が同定され,100の抗体は相互作用を強く遮断した(OD<0.3)。これらの抗体は,PCSK9とLDLRの結合相互作用を90%超阻害した(90%超の阻害)。 【0333】 遮断物質のサブセットに対する受容体リガンド結合アッセイ 次いで,第一の大規模受容体リガンド阻害アッセイにおいて同定された中和物質の384にサブセットに対して,変異体酵素を用いて受容体リガンドアッセイを反復した。384の遮断物質サブセットアッセイのスクリーニングでは,大規模受容体リガンド遮断スクリーニングにおいて行われたものと同じプロトコールを使用した。この反復スクリーニングによって,最初のスクリーニングデータが確認された。 【0334】 この384メンバーのサブセットのスクリーニングによって,90%を超えて,PCSK9変異体酵素とLDLR間の相互作用を遮断する85の抗体が同定された。 【0335】 野生型PCSK9を結合するが,D374Y変異体を結合しない遮断物質の受容体リガンド結合アッセイ 3000の上清の当初パネル中には,野生型PCSK9に特異的に結合するが,huPCSK9(D374Y)変異体に結合しないことが示された86の抗体が存在していた。LDLR受容体への野生型PCSK9の結合を遮断する能力に関して,これらの86の上清を検査した。…【0336】 スクリーニングの結果 41 記載されているアッセイの結果に基づいて,PCSK9との所望の相互作用を有する抗体を産生するとして,幾つかのハイブリドーマ株が同定された。各株からクローンの管理可能な数を単離するために,限外希釈を使用した。ハイブリドーマ株の数字(例えば,21B12)及びクローン数(例えば,21B12.1)によって,クローンを表記した。 一般に,特定の株の異なるクローン間の差は,本明細書中に記載されている機能的アッセイによって検出された。2,3の事例では,機能的アッセイにおいて異なる挙動を示した特定の株からクローンが同定された。 例えば,25A7.1はPCSK9/LDLRを遮断しないが,25A7.3(本明細書において,25A7と称される。)は中和性であることが見出された。単離されたクローンを,ハイブリドーマ溶媒50から100mL中でそれぞれ増殖させ,枯渇するまで増殖させた(すなわち,約10%未満の細胞生存率)。これらの培養物の上清中でのPCSK9に対する抗体の濃度及び効力を,本明細書中に記載されているようなELISAによって,及びインビトロ機能的検査によって測定した。本明細書に記載されているスクリーニングの結果として,PCSK9に対する抗体の最も高い力価を有するハイブリドーマを同定した。図2Aから3D及び表2中に,選択されたハイブリドーマが示されている。 【0373】(実施例10) エピトープビニング 抗PCSK9抗体のビニングのために,競合ELISAを使用した。 要約すれば,2つの抗体が同じエピトープのビンに属するかどうかを決定するために,一晩の温置によって,2μg/mLで,ELISAプレート(NUNC)上に,まず抗体(mAb1)の1つを被覆した。次いで,プレートを洗浄し,3%BSAでブロックした。一方,ビオチン化 42 されたhPCSK9の30ng/mLを,室温で2時間,第二の抗 体(mAb2)とともに温置した。混合物を被覆されたmAb1に適用 し,室温で1時間温置した。次いで,ELISAプレートを洗浄し,1 :5000の希釈で1時間,Neutravidin-HRP(Pie rce)とともに温置した。さらなる洗浄後,TMB基質とともにプレ ートを温置し,Titertekプレートリーダーを用いて,シグナル を650nmで検出した。同じ結合特性を有する抗体を,同じエピトー プビンの中にグループ分けした。抗体ビニング研究の結果が,表8.3 に示されている。 (ケ) 【0377】 (実施例11) D374YPCSK9/LDLR結合を遮断する31H4及び21B 12の効果 本実施例は,PCSK9D374YがLDLRに結合する能力を遮断 する上での,抗体の2つに対するIC50値を提供する。緩衝液A(1 00mMカコジル酸ナトリウム,pH7.4)中に希釈されたヤギ抗L DL受容体抗体(R&D Systems)2μg/mLで,透明な3 84ウェルプレート(Costar)を被覆した。緩衝液Aでプレート を完全に洗浄した後,緩衝液B(緩衝液A中の1%ミルク)で2時間ブ ロックした。洗浄後,緩衝液C(10mMCaCl 2が補充された緩衝 液B)中に希釈されたLDL受容体(R&D Systems)0.4 μg/mLとともに,プレートを1.5時間温置した。この温置と同時 に,緩衝液A中に希釈された31H4IgG2,31H4IgG4,2 1B12IgG2又は21B12IgG4抗体の様々な濃度又は緩衝液 Aのみ(対照)とともに,ビオチン化されたD374YPCSK9の2 0ng/mLを温置した。LDL受容体を含有するプレートを洗浄し, 43ビオチン化されたD374YPCSK9/抗体混合物をプレートに移し,室温で1時間温置した。LDL受容体へのビオチン化されたD374Yの結合は,緩衝液C中の500ng/mLのストレプトアビジン-HRP(Biosource)とともに,次いで,TMB基質(KPL)とともに温置することによって検出した。1NHClを用いてシグナルを消光し,450nmで吸光度を読み取った。 【0378】 この結合研究の結果が,図6Aから6Dに示されている。要約すると,各抗体に対してIC 50 値を測定し,31H4IgG2に対して199pM(図6A),31H4IgG4に対して156pM(図6B),21B12IgG2に対して170pM(図6C)及び21B12IgG4に対して169pM(図6D)であることが見出された。 【0379】 抗体は,このアッセイにおいて,LDLRへの野生型PCSK9の結合も遮断した。 【0380】(実施例12) 細胞LDL取り込みアッセイ 本実施例は,様々な抗原結合タンパク質が細胞によるLDLの取り込みを低下させ得ることを示す。…【0381】 細胞取り込みアッセイの結果が,図7Aから7Dに示されている。要約すると,各抗体に対してIC 50 値を測定し,31H4IgG2に対して16.7nM(図7A),31H4IgG4に対して13.3nM(図7B),21B12IgG2に対して13.3nM(図7C)及び21B12IgG4に対して18nM(図7D)であることが見出さ 44 れた。これらの結果は,適用された抗原結合タンパク質がPCSK 9(D374Y)の効果を低下させて,細胞によるLDLの取り込みを 遮断できることを示している。抗体は,このアッセイにおいて,野生型 PCSK9の効果も遮断した。 (コ) 【0382】 (実施例13) 6日の研究における31H4抗体の血清コレステロール低下効果 PCSK9タンパク質に対する抗体治療を介した野生型(WT)マウ スにおける総血清コレステロール(TC)低下を評価するために,以下 の手順を行った。 【0383】 Jackson Laboratory(Bar Harbor,M E)から得られた雄のWTマウス(C57BL/6系統,9から10週 齢,17-27g)には,実験の期間を通じて,通常の食餌(Harl and-Teklad, Diet2918)を与えた。t=0におい て,マウスの尾静脈を通じて,10mg/kgのレベルで,抗PCSK 9抗体31H4(PBS中の2mg/mL)又は対照IgG(PBS中 2mg/mL)の何れかをマウスに投与した。ナイーブマウスも,ナイ ーブ対照群として別に分けた。投薬群及び屠殺の時間が,表9に示され ている。 【0385】 表9に示されている所定の時点でのCO 2窒息を用いて,マウスを屠 殺した。大静脈を介して,エッペンドルフチューブの中に血液を集め, 室温で30分間凝固させた。次いで,血清を分離するために,10分間, 12,000×gでの卓上遠心機中で,試料を遠心沈降させた。Hit achi912臨床分析装置及びRoche/HitachiTC及び 45HDL-Cキットを用いて,血清総コレステロール及びHDL-Cを測定した。 【0386】 実験の結果が,図8Aから8Dに示されている。要約すると,抗体31H4が投与されたマウスは,実験の間にわたって,減少した血清コレステロールレベルを示した(図8A及び図8B)。さらに,マウスは減少したHDLレベルを示すことも注目される(図8C及び図8D)。図8A及び図8Cに関して,%変化は,同じ時点での対照IgGに対する(*P<0.01,#P<0.05)。図8B及び8Dに関して,%変化は,t=0時間で,ナイーブ動物中において測定された総血清コレステロール及びHDLレベルに対する( *P<0.01,#P<0.05)。 【0387】 低下したHDLレベルに関して,マウス中でのHDLの減少はHDLの減少がヒトで起きることを示唆せず,この生物中での血清コレステロールが減少したことをさらに反映するに過ぎないことが当業者に理解されることが注目される。マウスは高密度リポタンパク質(HDL)粒子中に血清コレステロールの大半を輸送し,これはLDL粒子上に殆どの血清コレステロールを有するヒトとは異なることが注目される。マウスでは,総血清コレステロールの測定は,血清HDL-Cのレベルを最も近似する。マウスHDLは,LDL受容体(LDLR)に対するリガンドであるアポリポタンパク質E(apoE)を含有しており,LDLRによるHDLの排除を可能とする。従って,HDLを調べることは,マウスにおける,本実施例での適切な指標である(HDLの減少は,ヒトに対しては予測されないことが理解される。)。これに対して,例えば,ヒトHDLは,apoEを含有しておらず,LDLRに対するリガンド 46ではない。PCSK9抗体はマウス中でのLDLR発現を増加させるので,肝臓はより多くのHDLを排除させることができ,従って,血清HDL-Cレベルを低下させる。 【0388】(実施例14) 6日の研究における,LDLRレベルに対する抗体31H4の効果 本実施例は,予想されたように,抗原結合タンパク質が,経時的に,対象中のLDLRのレベルを変化させることを示す。LDLRレベルに対する抗体31H4の効果を確認するために,ウェスタンブロット分析を行った。実施例13で記載した屠殺されたマウスから得られた肝臓組織50から100mgを,完全なプロテアーゼ阻害剤(Roche)を含有するRIPA緩衝液(Santa Cruz Biotechnology Inc.)0.3mL中において均質化した。ホモゲネートを氷上で30分間温置し,細胞破砕物を沈降させるために遠心した。BioRadタンパク質アッセイ試薬(Bio Rad laboratories)を用いて,上清中のタンパク質濃度を測定した。70℃で10分間,タンパク質100μgを変性させ,4から12%Bis-TrisSDS勾配ゲル(Invitrogen)上で分離した。0.45μmPVDF膜(Invitrogen)にタンパク質を移し,室温で1時間,5%無脂肪ミルクを含有する洗浄緩衝液(50mMTrisPH7.5,150mMNaCl, 2mMCaCl2及び0.05%Tween20)中でブロックした。次いで,室温で1時間,ヤギ抗マウスLDLR抗体(R&Dsystem)1:2000又は抗βアクチン(sigma)1:2000を用いて,ブロットのプローブ検査を行った。ブロットを短時間洗浄し,ウシ抗ヤギIgG-HRP(Santa Cruz Biotechnology Inc.)1:2000 47又はヤギ抗マウスIgG-HRP(Upstate)1:2000とともに温置した。室温で1時間の温置後,ブロットを完全に洗浄し,ECLplusキット(Amersham biosciences)を用いて,免疫反応性バンドを検出した。ウェスタンブロットは,図9に図示されているように,抗体31H4の存在下でのLDLRタンパク質レベルの増加を示した。 【0389】(実施例15) 13日の研究における抗体31H4の血清コレステロール低下効果 13日の研究において,PCSK9タンパク質に対する抗体治療を介した野生型(WT)マウスにおける総血清コレステロール(TC)低下を評価するために,以下の手順を行った。 【0390】 Jackson Laboratory…から得られた雄のWTマウス(C57BL/6系統,9から10週齢,17-27g)には,実験の期間を通じて,通常の食餌…を与えた。t=0において,マウスの尾静脈を通じて,10mg/kgのレベルで,抗PCSK9抗体31H4(PBS中の2mg/mL)又は対照IgG(PBS中2mg/mL)の何れかをマウスに投与した。ナイーブマウスも,ナイーブ対照群として別に分けた。 【0391】 投薬群及び屠殺の時間が,表10に示されている。動物を屠殺し,肝臓を摘出し,実施例13のとおりに調製した。 【0393】 6日の実験を13日の研究に延長すると,6日の研究において観察された同じ血清コレステロール低下効果が,13日の研究においても観察 48 された。より具体的には,10mg/kgで投薬された動物は,3日目 に,血清コレステロールの31%の減少を示し,13日までに,投薬前 レベルまで徐々に戻った。図10Aは,この実験の結果を図示する。図 10Cは,31H4の10mg/kg用量を用いた,及び同じく10m g/kgの別の抗体16F12を用いた上記手順を反復した結果を図示 している。投薬群及び屠殺の時間が,表11に示されている。 【0395】 図10Cに示されているように,16F12及び31H4は何れも, 単回投薬のみの後に,総血清コレステロールの著しく,大幅な減少をも たらし,1週以上にわたって(10日又はそれ以上)有益であった。反 復された13日の研究の結果は最初の13日の研究の結果と合致してお り,3日目における26%の血清コレステロールレベルの減少が観察さ れる。図10A及び図10Bに関して,%変化は,同じ時点での対照I gGに対する(*P<0.01)。図10Cに関して,%変化は,同じ 時点での対照IgGに対する(*P<0.05)。 (サ) 【0422】 (実施例26) インビボでLDLを低下させるPCSK9及びABPの能力に対する マウスモデル ヒトPCSK9を過剰発現するマウスを作製するために,マウス中の LDL-コレステロールの測定可能な増加を与える正しい力価を測定す るためにヒトPCSK9を発現するように組換え的に修飾されたアデノ 随伴ウイルス(AAV)の様々な濃度を,尾静脈投与を介して3週齢W TC57B1/6マウスに注射した。ヒトPCSK9を発現するこのウ イルスを用いて,ウイルスの4.5×10E12pfuは循環血液中の 約40mg/dLのLDL-コレステロールレベル(WTマウス中のL 49 DLの正常レベルは,約10mg/dLである。)をもたらすことが決 定された。これらの動物中のヒトPCSK9レベルは,約13μg/m Lであることが見出された。この注射基準を用いて,マウスのコロニー を作製した。 【0423】 注射から1週後に,LDL-コレステロールレベルに関してマウスを 評価し,異なる処理群へ無作為に振り分けた。次いで,尾静脈注射を介 して,16F12,21B12又は31H4抗原結合タンパク質の10 mg/kg又は30m/kgの何れかの単回大量瞬時注射を動物に投与 した。投薬対照として,動物の別個の群にIgG2ABPを投与した。 次いで,ABP動物から24及び48時間後に,動物のサブグルー プ(n=6から7)を安楽死させた。何れの投薬量でも,IgG2投与 後に,LDL-コレステロールレベルに対する影響は存在しなかった。 31H4及び21B12は何れも,IgG2対照(2つの異なる投薬量 で図14A及び14Bに示されている。)と比べて,投与後最大48時 間まで(48時間を含む。)著しいLDL-コレステロール低下を示し た。16F12は,48時間の時点までに,約40mg/dLのベース ラインに復帰するレベルで,中間のLDL-コレステロール低下応答を 示す。このデータは,31H4と21B12の間でヒトPCSK9に対 してほぼ等しい結合親和性を示し,PCSK9に対して16F12のよ り低い親和性を示すインビトロ結合データ(Biacore及びKin exa)と合致している。 (シ) 【0438】 (実施例30) 21B12は,PCSK9の触媒ドメインに結合し,31H4と異な る結合部位を有し,31H4と同時にPCSK9に結合することができ 50る。 【0439】 本実施例は,2.8オングストロームの分解能で測定された(以下の実施例に記載されている条件),31H4及び21B12のFab断片に結合されたPCSK9ProCat(配列番号3の31から449)の結晶構造を表す。図19A及び19Bに図示されているこの結晶構造は,31H4及び21B12がPCSK9上に異なる結合部位を有すること,両抗原結合タンパク質はPCSK9に同時に結合できることを示す。構造は,21B12はPCSK9の触媒ドメイン由来のアミノ酸残基と相互作用することを示す。この構造において,PCSK9と31H4の間の相互作用は上に観察されたものと類似している。 【0440】 21B12との相互作用界面の特異的コアPCSK9アミノ酸残基が,21B12タンパク質の5オングストローム以内に存在するPCSK9残基として定義された。コア残基は,以下のとおりである。S153,S188,I189,Q190,S191,D192,R194,E197,G198,R199,V200,D224,R237,D238,K243,S373,D374,S376,T377及びF379。 【0443】 当業者によって理解されるように,実施例30から得られる結果は,PCSK9に対する抗体結合タンパク質のどこがPCSK9に対して相互作用できるか,及びEGFaとの(従って,LDLRとの)相互作用からPCSK9をなお遮断できることを示す。従って,これらのPCSK9残基の何れかと相互作用し,又はこれらの残基の何れかを遮断する抗原結合タンパク質は,PCSK9とEGFa(従って,LDLR)の相互作用を阻害する抗体として有用であり得る。従って,幾つかの実施 51 形態において,上記残基の何れかと相互作用し,又は上記残基の5オン グストローム以内の残基と相互作用する抗体は,LDLRへのPCSK 9結合の有用な阻害を提供するものと想定される。同様に,上記残基の 何れかを遮断する抗原結合タンパク質(例えば,競合アッセイを介して 測定することができる。)は,PCSK9/LDLR相互作用の阻害の ためにも有用であり得る。 (ス) 【0489】 (実施例37) エピトープマッピング-ビニング 実施例10中の組に加えて,ビニング実験の別の組を実施した。実施 例10におけると同様に,互いに競合するABPは,標的上の同じ部位 に結合するものと考えることができ,一般的な語法では,互いに「ビ ン」を形成していると言われる。 【0490】 Jia他(J. Immunological Methods, 288 (2004) 91-98)によって記載された多重化ビニン グ法の改変を使用した。室温で1時間,暗所にて,0.5μg/mLビ オチン化一価マウス抗ヒトIgG捕捉抗体(BD Pharminge n,#555785)100μL中で,ストレプトアビジンによって被 覆されたLuminexビーズの各ビーズコードを温置し,次いで,P BSA(1%ウシ血清アルブミン(BSA)を加えたリン酸緩衝化生理 的食塩水(PBS))で3回洗浄した。2μg/mL抗PCSK9抗 体(CoatingAntibody)100μLとともに,各ビーズ コードを別々に1時間温置した後,PBSAで3回洗浄した。ビーズを プールした後,96ウェルフィルタープレート(Millipore, #MSBVN1250)に分配した。2μg/mLの精製されたPCS 52K9タンパク質100μLをウェルの半分に添加した。緩衝液を対照として他の半分に添加した。反応を1時間温置した後,洗浄した。2μg/mL抗PCSK9抗体(DetectionAb)100μLを全てのウェルに添加し,1時間温置し,次いで,洗浄した。別の対象として,無関係のヒトIgG(Jackson,#009-000-003)を走行させた。各ウェルに,PE連結された一価マウス抗ヒトIgG(BD Pharmingen,#555787)20μLを添加し,1時間温置し,次いで,洗浄した。PBSA100μL中にビーズを再懸濁し,最低100事象/ビーズコードをBioPlex装置(BioRad)上で収集した。 【0491】 PCSK9を含有する対応する反応のシグナルから,PCSK9なしでの抗体対の中央値蛍光強度(MFI)を差し引いた。抗体対が同時に(従って,異なるビンに)結合したと考えられるためには,差し引かれたシグナルは,それ自身と競合する抗体のシグナルより3倍大きく,且つ無関係の抗体と競合する抗体のシグナルより3倍大きくなければならなかった。 【0492】 上記から得られたデータは,図23Aから23Dに図示されている。 ABPは,5つのビンに属した。影が付いた枠は,PCSK9へ同時に結合することができるABPを示している。影が付いていない枠は,結合に関して互いに競合するABPを示している。結果の要約が,表37.1に示されている。 【0494】 ビン1(ABP21B12と競合する。)及び3(31H4と競合する)は,互いに排他的であり,ビン2はビン1及び3と競合し,並びに 53 ビン4はビン1及び3と競合しない。この実施例において,ビン5は, 他のビンに適合するABPを記載するために,「キャッチオール」ビン として表される。従って,ビンのそれぞれの中の上記ABPは,PCS K9上のエピトープ位置の異なる種類の代表であり,それらの幾つかは 互いに重複する。 【0495】 当業者によって理解されるように,基準ABPがプローブABPの結 合を妨げるのであれば,抗体は同じビン中にあると称される。ABP が使用される順序が重要であり得る。ABPAが基準ABPとして使 用され,ABPBの結合を遮断すれば,逆は必ずしも真ではない。… 一般に,何れの順序においても競合が観察されれば,ABPは互いに ビンであると称され,両ABPが互いに遮断することができれば,エ ピトープはより完全に重複する可能性がある。 (セ) 【0521】 表39.5は,様々な抗体に対するヒットの全ての要約を示してい る。 【0523】 これらの残基が関連するエピトープの一部又は全部をどのようにし て形成するかをさらに調べるために,上記位置を様々な結晶構造モデ ル上にマッピングし,結果が図27Aから27Eに示されている。… 【0526】 図27Dは,31H4及び21B12抗体とのPCSK9の結晶構 造上にマッピングされた,12H11エピトープヒットを図示する。 構造は,PCSK9残基を以下のように同定する。薄い灰色は,変異 を受けていない残基を示し(構造上に明示されている残基を除く。), より濃い灰色は変異を受けた残基を示す(それらの一部は発現できな 54 かった。)。(図の上に示されている影に関わらず)明示されている 残基を検査し,EC50及び/又はBmaxの有意な変化を得た。1 2H11は,上に記載されているビニングアッセイにおいて,21B 12及び31H4と競合する。 イ 前記アの記載事項によれば,本件明細書の発明の詳細な説明には,本 件訂正発明1及び9に関し,次のような開示があることが認められる。 (ア) PCSK9(プロタンパク質コンベルターゼスブチリシンケクシ ン9型)は,セリンプロテアーゼであり,LDLR(低密度リポタン パク質受容体)と結合して,相互作用し,LDLRとともに肝臓の細 胞内に取り込まれ,肝臓中のLDLRのレベルを低下させ,さらには, 細胞表面(細胞外)でLDLへの結合に利用可能なLDLRの量を減 少させることにより,対象中のLDLの量を増加させる(【0002 】,【0003】,【0071】)。 配列番号49のアミノ酸配列からなる重鎖可変領域と,配列番号2 3のアミノ酸配列からなる軽鎖可変領域とを含む抗体(「21B1 2」)(参照抗体)と「競合」する,単離されたモノクローナル抗体 は,PCSK9がLDLRに結合するのを妨げる位置及び/又は様式 で,PCSK9に結合し,PCSK9とLDLR間の相互作用(結 合)を遮断し,又は低下させ,「競合的に中和する」中和抗原結合タ ンパク質(中和ABP)である(【0138】,【0140】,【0 155】,【0261】,【0269】,表2)。 (イ) このPCSK9に対する中和ABPは,PCSK9とLDLRと の結合を中和し,LDLRの量を増加させることにより,対象中のL DLの量を低下させ,対象中の血清コレステロールの低下をもたらす 効果を奏し,また,この効果により,高コレステロール血症などの上 昇したコレステロールレベルが関連する疾患を治療し,又は予防し, 55 疾患のリスクを低減することができるので,治療的に有用であり得 る(【0155】,【0270】,【0271】,【0276】)。 (2) 甲1の開示事項について ア 甲1(訳文甲1の2)には,次のような記載がある(下記記載中に引用 する「図2A」及び「図3」については別紙2参照)。 (ア) 「分泌されたPCSK9が肝細胞及び並体結合マウスの肝臓におけ るLDL受容体の数を減少させる。」(2995頁論文名,訳文1 頁) (イ) 「我々は,HepG2細胞の培養液に添加された精製PCSK9が, 用量及び時間依存的な態様で細胞表面のLDLRの数を減少させるこ とを示す。この活性は,高コレステロール血症を引き起こす機能獲得 型変異体PCSK9(D374Y)において,約10倍大きいもので あった。PCSK9の結合や取り込みは,LDLRの存在に大きく依 存した。共免疫沈降及びリガンドブロッティング試験はPCSK9と LDLRとが直接会合することを示した。…PCSK9が血漿中で活 性であるかを決定するために,PCSK9トランスジェニックマウス を野生型同腹子と並体結合した。並体結合の後,分泌されたPCSK 9は野生型マウスの循環血中に運ばれ,肝臓のLDLRの数を,ほぼ 検出できないレベルにまで減少させた。我々は,分泌されたPCSK 9はLDLRと結合して肝臓のLDLRタンパク質のレベルを減少さ せると結論する。」(2995頁要約3行〜14行,訳文1頁) (ウ) 「PCSK9の生物活性はマウスにおける過剰発現研究をとおして 明らかとなった。転写後のPCSK9過剰発現は,肝臓におけるLD LRの量を減少させた(3,8-10)。PCSK9が,通常時LD LRタンパク質のレベルを制御することの確証は,ヒト及びマウスに おける機能喪失研究により行われた。PCSK9対立遺伝子にナンセ 56 ンス変異のヘテロ接合を有する個体は,著しくより低い血漿LDLコ レステロールレベルを有し,PCSK9活性の低下はLDLRの増加 を導くことが示唆された(11)。これらの結論は,PCSK9ノッ クアウトマウスの研究によっても裏付けられ,当該研究は,PCSK 9の欠失が,肝細胞におけるLDLRの数の増大,血漿LDLクリア ランスの加速,そして著しくより低い血漿コレステロールレベルとい う結果をもたらすことを示した(12)。最近のほとんどの研究にお いて,PCSK9に機能欠失型変異のヘテロ接合を有するヒトは,ア テローム硬化性心疾患を発症する長期的リスクにおける大幅な低減を 有することが示された(13)。 ヒトの遺伝的データ及びマウスのin vivo研究は,PCSK9 の一つの機能はLDLRの数を減少させることであること,及び,この 機能は,基礎状態のヒトにおいても明白であることを示してい る。」(2995頁右欄6行〜25行,訳文1頁〜2頁)(エ) 「図2 細胞培養液に組換え精製PCSK9を添加した後のHepG2細胞にお ける内在性LDLRの減少。(A)HepG2細胞における細胞外PC SK9-仲介型LDLR分解の投与量応答性。」(2996頁左欄,訳 文2頁) 「図2Aに示されるように,生理学的に適切な濃度である,PCSK 9の0.5μg/mlとともにインキュベーションした後,細胞表面の LDLRの数は,約50%減少した(レーン2)。そして,PCSK9 の2.5μg/mlへの接触後には,ほぼ検出不能となった(レーン 4)。HepG2細胞の,PCSK9の5または10μg/mlとの4 時間のインキュベーションは,細胞全体のLDLRタンパク質のレベル を約50%減少させた(レーン11および12)。FLAGタグ化され 57 たPCSK9は,細胞全体抽出物において,濃度依存的に検出された が(レーン7〜12),ビオチンラベル化された細胞表面タンパク質は 検出されなかったので(レーン1〜6),このことは,細胞に結合した PCSK9の大部分が内在化されたことを示唆する。」(2997頁左 欄11行〜21行,訳文2頁〜3頁)(オ) 「序論において議論されたように,PCSK9におけるある種の点 突然変異は,高コレステロール血症を引き起こす。1つのこのような 突然変異が,細胞をベースとしたアッセイにおいて,PCSK9の活 性を増大させるか否かを決定するために,野生型PCSK9及びPC SK9変異体D374Y(4)の種々の量が,HepG2細胞に対し, LDLRタンパク質レベルが測定された後で,添加された(図3)。 D374Y変異体は,この変異を有する個体は重篤な高コレステロー ル血症を示してきたことから(16),研究のために選択された。P CSK9(D374Y)は,細胞表面LDLRの低下において,野生 型PCSK9よりも,少なくとも10倍高い活性を示した。したがっ て,0.25μg/mlのPCSK9(D374Y)は,少なくとも, 2.5μg/mlの野生型PCSK9と同程度に効果的である(レー ン5及び11の比較)。野生型PCSK9とのインキュベーション後 に,LDLRの数は,細胞全体抽出物において著しく低下し,10倍 低い濃度のPCSK9(D374Y)においても同様の結果が得られ た(レーン13〜24)。異なる濃度が用いられたにもかかわらず, 細胞抽出物において測定された野生型及び変異型PCSK9の量は同 様であり,このことは,変異型タンパク質は,細胞によって,野生型 タンパク質と比較して約10倍より効果的に取り込まれたことを示唆 する。」(2997頁左欄30行〜右欄7行,訳文3頁) 「図3 58 精製されたPCSK9(D374Y)変異体のHepG2細胞培養液へ の添加により,増大された細胞結合及びLDLR分解。細胞は,培養液 C中において18時間培養され,その後,示された量の精製されたヒト PCSK9又はPCSK9(D374Y)とともに4時間インキュベー トされた。LDLR,FLAG-タグ化PCSK9,及び,トランスフ ェリン受容体のイムノブロット分析が図2の説明文に記載されているよ うに行われた。アステリスクは,非特異的結合を示す。同様の結果が3 つの独立した実験において得られた。」(2997頁,訳文3頁〜4 頁)(カ) 「共免疫沈降と一致して,PCSK9(D374Y)変異体は,L DLRタンパク質に対してより大きな親和性で結合するとみられた。 組み合わせれば,これらの研究の結果は,PCSK9(D374Y) が,LDLRに対して野生型PCSK9と比較してより高い親和性で 結合することを示し,これは,PCSK9変異体がLDLRを破壊す る能力の増大と相関する知見である。」(2998頁右欄20行〜2 5行,訳文4頁)(キ) 「本報告において,我々は,内因性のPCSK9が細胞から急速に 分泌されること,および,分泌されたPCSK9は培養されたHep G2細胞及びマウス初代肝細胞の培養液に添加されるとLDLRを破 壊すること,を実証する。培養細胞においてLDLRの数を減少させ るのに有効なPCSK9の濃度はヒト血漿中において測定される血漿 PCSK9の濃度と同等の範囲であった。PCSK9の細胞との会合 と細胞への取り込みがLDLRへの結合を介して生じた。そして,両 方のタンパク質は,後期エンドサイトーシス/リソソームのコンパー トメントに共局在化された。PCSK9がLDLRタンパク質レベル を減少させるには,PCSK9がLDLRを伴って,エンドソーム/ 59 リソソームのコンパートメントへ内在化されることが必要であった。 なぜなら,この活性はARHの不存在下においてブロックされたから である。最後に,我々は,PCSK9はトランスジェニックマウスの 血漿中に存在し,当該分泌されたタンパク質は,肝臓のLDLRの破 壊において活性であることを示す。 分泌されたPCSK9の活性のメカニズムについての洞察は,MEF s及びマウス肝細胞における研究に由来し,それらの研究はPCSK9 の大部分が細胞表面に結合するのにLDLRが必要とされることを示し たものである(図4A及び図6B)。これらの研究は,LDLRとPC SK9が直接相互作用しうることを示唆するものであったが,そして, LDLRとPCSK9が直接相互作用することは,LDLRとPCSK 9についての共免疫沈降及びリガンドブロッティングの研究により確認 された(図5)。」(3001頁左欄下から24行〜下から2行,訳文 4頁)(ク) 「これらを合わせ考えると,現在入手可能なデータは,PCSK9 が細胞外と細胞内とで機能し得ることを示唆するが,しかし,いずれ の経路が通常のおよび/または病的条件下において優位であるのか分 からない。現在,当該タンパク質が細胞内で作用することを示唆する すべての研究は,強力なCMVプロモーターを通じたPCSK9過剰 発現を用いて行われたものである。過剰発現は,生理学的に生じない 細胞内分画におけるPCSK9とLDLRとの結合を許容する可能性 がある。本研究において,我々は,生理学的に適切な濃度のPCSK 9がHepG2細胞に添加されたときに細胞表面のLDLRの数を著 しく減少させたことを実証することができた(図2および 3)。」(3002頁左欄下から7行〜右欄4行,訳文4頁〜5頁)。 (ケ) 「PCSK9の機能喪失型変異体を有するヒトからの遺伝学的デー 60 タとPCSK9を欠損したノックアウトマウスにおける研究を組み合 わせると,タンパク質分解酵素の阻害剤が高コレステロール血症の治 療に対して治療学的に有益であり得ることが明確に示される。マウス における酵素的に不活性な形態のPCSK9の過剰発現は,LDLR タンパク質レベルを変化させなかったことのみからすれば(文献[9 ]),小胞体におけるPCSK9のプロテアーゼ活性の阻害剤は,L DLRタンパク質レベルを減少させる能力を阻害するのに十分であろ う。本研究のデータが示唆するとおりに,PCSK9が分泌因子とし て機能するならば,LDLRとの相互作用を遮断する抗体,または血 漿におけるその活性を遮断する阻害剤の開発などの,PCSK9の活 性を中和する追加の手法が,高コレステロール血症の治療として探求 し得る。」(3002頁右欄下から13行〜最終行,訳文5頁) (コ) 「抗体。抗ヒトPCSK9ポリクローナル抗体のために,Prot eanソフトウェア(Lasergene;DNAstar)を用い てヒトPCSK9アミノ酸配列の免疫原性領域を分析した。アミノ酸 165-180(RYRADEYQPPDGGSLV)及び220- 240(ASKCDSHGTHLAGVVSGRDAG)を合成し, Imject Maleimide Activated mcKL H キット(Pierce)を用いてキーホールリンペットヘモシア ニンに結合し,以前に記載した方法(28)により,ウサギに当該ペ プチド(それぞれ20μg)の混合物を注射した。IgG画分を血清 から,ImmunoPure(A/G)IgG精製キット(Pier ce)を用いて精製した。」(3003頁左欄26行〜33行,訳文 5頁)イ 前記アの記載事項によれば,甲1には,@精製されたPCSK9をHe pG2細胞の培養液へ添加する実験により,精製されたPCSK9が, 61 用量及び時間依存的な態様で,HepG2細胞の細胞表面のLDLRの 数を減少させたことを確認したこと(図2及び3)(前記ア(イ),(エ), (オ),(キ),(ク)),A@の実験結果から,分泌されたPCSK9は, LDLRと結合して肝臓のLDLRタンパク質のレベルを減少させると の結論に至ったこと(前記ア(イ)),BPCSK9の機能喪失型変異体 を有するヒトからの遺伝学的データとPCSK9を欠損したノックアウ トマウスにおける研究を組み合わせると,高コレステロール血症の治療 として,細胞内におけるPCSK9のプロテアーゼ活性の阻害剤がLD LRのレベルを減少させる能力を阻害するのに十分であろうが,本研究 のデータが示唆するとおり,PCSK9とLDLRとの相互作用(結 合)を遮断する抗体又は血漿におけるその活性を遮断する阻害剤の開発 などのPCSK9の活性を中和する追加の手法も,高コレステロール血 症の治療として探求し得ること(前記ア(ケ))の開示があることが認め られる。 ウ この点に関し,原告は,甲1の記載事項によれば,甲1には,PCSK9とLDLRとの結合を阻害する抗体(結合中和抗体)の開示がある旨主張する。 しかしながら,甲1には,PCSK9に対する抗体として,ウサギに注射して得た血清から精製して「抗ヒトPCSK9ポリクローナル抗体」が得られたこと(前記ア(コ))の記載があるが,このポリクローナル抗体がPCSK9とLDLRとの結合を中和するものであったことの記載はない。 また,前記イのとおり,甲1には,PCSK9とLDLRとの相互作用(結合)を遮断する抗体の開発などのPCSK9の活性を中和する追加の手法も,高コレステロール血症の治療として探求し得ることについての開示があるが,このような作用を有する具体的な抗体の記載や示唆はない。 したがって,原告の上記主張は採用することができない。 62 エ 本件訂正発明1の特許請求の範囲(請求項1)の記載及び前記ウによれ ば,本件訂正発明1と甲1に記載された抗体(「抗ヒトPCSK9ポリク ローナル抗体」)とは,@本件訂正発明1は,「単離されたモノクローナ ル抗体」であって,PCSK9とLDLRとの「結合を中和」することが できる結合中和抗体であるのに対し,甲1に記載された抗体は,ポリクロ ーナル抗体であって,PCSK9とLDLRとの結合中和抗体であるかど うか明らかでない点(以下「相違点A」という。),A本件訂正発明1 は,「PCSK9との結合」に関して,「配列番号49のアミノ酸配列か らなる重鎖可変領域を含む重鎖と,配列番号23のアミノ酸配列からなる 軽鎖可変領域を含む軽鎖とを含む抗体」(参照抗体)と「競合する」のに 対し,甲1に記載された抗体は,参照抗体と競合するかどうか明らかでな い点(以下「相違点B」という。)で相違するものと認められる。 (3) 本件優先日当時の周知技術について ア 甲220ないし224には,次のような記載がある。 (ア) 甲220(「Antibodies A LABORATORY MANUAL」,1988年(昭和63年)) 「抗体 実験マニュアル」(書籍名,訳文1頁) 「ある特定の抗原に対する反応性を操り適合させるために研究者が介 入できるところはわずかに限られている。そのような介入のタイプは, 2つの大きなカテゴリーに分けられる。すなわち,抗原を改変すること, 又は,注射の条件を変えることである。…介入の2番目の種類は,動物 の選択,抗原の投与量及び形態,免疫補助剤(アジュバント)の使用, 注射の経路及び回数,及び,注射の間に置かれる期間を含む。」(92 頁1行〜11行,訳文1頁) 「モノクローナル抗体の作成のためには,マウス及びラットの両方を 用いることができる。(…)」(94頁14行〜15行,訳文1頁)) 63(イ) 甲221(「Antibody Engineering Met hods and Protocols」,2004年(平成16 年)) 「3.6 抗原結合の一次スクリーニング 1.適切な数のELISAプレートを,プレートコーティングバッファ ー(プレートの表面を被覆する緩衝液)中に…可溶性抗原,又は,ス トレプトアビジンでコート(表面を被覆)されたプレート(…)を用 いる場合には,100〜300ng/mLのビオチン化抗原を,50 μL/ウェルでコート(表面を被覆)する。」(197頁12行〜1 7行,訳文1頁〜2頁) 「3.7 二次ELISAのスクリーニング 1.一次スクリーニング(…)に用いられたものと同様の条件を用いて, 培養プレートの数の2倍に等しい数のELISAプレートを,可溶性 又はビオチン化された抗原の50μL/ウェルでコート(表面を被 覆)する。」(197頁33行〜36行,訳文2頁)(ウ) 甲222(Phage Display of Peptides and Proteins A Laboratory Manua l」,1996年(平成8年)) 「ペプチド及びタンパク質のファージディスプレイ 実験マニュア ル」(書籍名,訳文1頁) 「ビオチン化された抗原を用いた選択」(101頁15行,訳文2 頁) 「プロトコル12 ビオチン選択によるファージ-抗体ライブラリの 選択」(101頁下から5行,訳文2頁)。 (エ) 甲223(「REVIEW「Selecting and scr eening recombinant antibody libr 64 aries」」,2005年(平成17年)9月) 「総説 遺伝子組み換え抗体ライブラリの選択及びスクリーニン グ」(題名,訳文1頁) 「ファージディスプレイ 2種類のバクテリオファージであるfd及びM13の表面における抗体 のディスプレイは,抗体の大規模のコレクションのディスプレイ及び選 択のために,及び,選択された抗体のエンジニアリングのために,一般 に最も広く用いられる方法である(…)。」(1106頁左欄10行〜 右欄2行,訳文1頁) 「図3 結合のための生体外(in vitro)選択の方法。ディスプレイ ライブラリからの選択は,いくつかの方法(又はそれらの組合せ)を用 いて行われてきている。 (中略) (b)ビオチン化された抗原(ビオチン(赤)はストレプトアビジンで コート(被覆)されたビーズ(グレー)介して捕捉される)」(111 1頁,訳文1〜2頁)(オ) 甲224(「REVIEWS「Potent antibody therapeutics by design」」,2006年(平 成18年)5月) 「総説 計画による,効果的な抗体医療」(題名,訳文1頁) 「表1 米国において治療用途のために承認されたモノクローナル抗 体」(344頁,訳文1頁) 「ヒト抗体を作製するための遺伝子導入マウスの使用は,比較的シン プルであり,広く用いられている技術に基づく。」(347頁左欄18 行〜19行,訳文2頁) 65 「ファージディスプレイライブラリからのヒト抗体」(347頁左欄 下から9行,訳文2頁) 「ファージディスプレイライブラリから単離後,いくつかの抗体フラ グメントは,治療適用として,十分に高い結合親和性や生物学的効力を 有する。」(347頁右欄30行〜33行,訳文2頁) 「現在の抗体の親和性成熟とそれに続く機能的スクリーニングが,抗 体の有効性を高めるための,広く用いられ,かつ,高い頻度で成功する 戦略である。」(350頁右欄下から2行〜351頁左欄2行,訳文3 頁) イ 前記アの記載事項を総合すると,本件優先日当時,@動物免疫法又はフ ァージディスプレイ法により,抗原に対して特異的な結合を有するモノク ローナル抗体を作製する方法,Aその作製工程において,ヒト抗体を作製 するための遺伝子導入マウスの使用,抗体のスクリーニングのために抗原 をビオチン化により固相化する方法,遺伝子組み換え抗体のファージディ スプレイライブラリを得る手段は,周知であったことが認められる。 (4) 相違点の容易想到性について ア 本件訂正発明1の特許請求の範囲(請求項1)中には,本件訂正発明1 の「PCSK9とLDLRタンパク質の結合を中和することができ,PC SK9との結合に関して,配列番号49のアミノ酸配列からなる重鎖可変 領域を含む重鎖と,配列番号23のアミノ酸配列からなる軽鎖可変領域を 含む軽鎖とを含む抗体と競合する」にいう「抗体と競合する」との意義を 規定した記載はない。本件明細書を参酌すると,本件明細書には,「競合 アッセイによって同定される抗原結合タンパク質(競合抗原結合タンパク 質)には,基準抗原結合タンパク質と同じエピトープに結合する抗原結合 タンパク質及び立体的妨害が生じるのに,基準抗原結合タンパク質に結合 されるエピトープに十分に近接した隣接エピトープに結合する抗原結合タ 66 ンパク質が含まれる。」(【0140】),「中和ABPは,PCSK9 がLDLRに結合するのを妨げる位置及び/又は様式で,PCSK9に結 合する。このようなABPは,「競合的に中和する」ABPと特に記載す ることができる。」(【0155】)との記載がある。 以上の本件訂正発明1の特許請求の範囲(請求項1)の文言及び本件明 細書の上記記載事項を総合すると,本件訂正発明1の「抗体と競合する」 とは,「配列番号49のアミノ酸配列からなる重鎖可変領域を含む重鎖と, 配列番号23のアミノ酸配列からなる軽鎖可変領域を含む軽鎖とを含む抗 体」(参照抗体)がPCSK9に結合する部位と同一のPCSK9上の部 位又は参照抗体とPCSK9との結合の立体的障害となるPCSK9上の 部位に結合することを意味するものと解される。 イ 甲1には,「高コレステロール血症の治療として,細胞内におけるPC SK9のプロテアーゼ活性の阻害剤がLDLRのレベルを減少させる能力 を阻害するのに十分であろうが,本研究のデータが示唆するとおり,PC SK9とLDLRとの相互作用(結合)を遮断する抗体又は血漿における その活性を遮断する阻害剤の開発などのPCSK9の活性を中和する追加 の手法も,高コレステロール血症の治療として探求し得ること」(前記 (2)イB)の開示があり,この開示事項は,PCSK9とLDLRとの相 互作用(結合)を遮断し,PCSK9の活性を中和する抗体は,高コレス テロール血症の治療に有用であり得ることを示唆するものといえるから, 甲1に接した当業者に対し,PCSK9とLDLRとの結合中和抗体を得 ることの動機づけとなるものと認められる。 加えて,甲1には,PCSK9とLDLRとの結合を中和することので きるモノクローナル抗体の記載はないものの,本件優先日当時,動物免疫 法又はファージディスプレイ法により,モノクローナル抗体を作製する一 般的な方法は周知であったこと(前記(3)イ@)からすると,当業者は, 67 甲1及び上記周知技術に基づいて,PCSK9とLDLRとの結合を中和 することのできる,何らかのモノクローナル抗体(相違点Aに係る本件訂 正発明1の構成)を得ることは可能であったものと認められる。 ウ(ア) 一方で,甲220の記載事項(前記(3)ア(ア))によれば,動物免 疫法による抗体の作製においては,動物の選択,抗原の投与量及び形態, 免疫補助剤(アジュバント)の使用,注射の経路及び回数及び注射の間 に置かれる期間を含む(動物に対する)「注射の条件」の違いによって, 抗原に対する反応性の異なる抗体が得られることは,本件優先日当時, 技術常識であったものと認められる。 この点に関し,本件明細書には,実施例1として,参照抗体及びこれ と競合する,PCSK9とLDLRとの結合中和抗体を得るために,表 3記載の免疫化プログラムのスケジュールに従って,ヒト免疫グロブリ ン遺伝子を含有する二つのグループのマウスにヒトPCSK9抗原を1 1回注射して免疫化マウスを作製し,PCSK9に対して特異的な抗体 を産生するマウス(10匹)を選択したこと(【0312】,【031 3】,【0320】,表3)の記載がある。具体的には,第1回目の強 化免疫において,抗原10μgを各マウスに腹腔内注射したこと,その 後の強化免疫は,尾の基部への皮下注射と腹腔内注射を交互に各5μg の用量で行ったこと,腹腔内注射の際に,TiterMax(R)Gol dを加えたエマルジョンとして抗原を調製し,尾の基部への皮下注射の 際に,抗原をAlum(リン酸アルミニウム)及びCpGオリゴと混合 したこと,第2回目から第8回及び第10回目の強化免疫において,ア ジュバントalumゲル中の抗原各5μgを各マウスに注射したこと, マウス当たり抗原5μgの最終注射をリン酸緩衝化された生理的食塩 水(PBS)中に送達し,腹腔内及び尾の基部の皮下にそれぞれ50% ずつ送達したこと,ヒトPCSK9に対する抗体の力価をELISAに 68よって検査し,免疫プログラムの終わりに,PCSK9に対して特異的であるように見受けられる10匹のマウスを選択したことの記載がある。 そして,本件明細書には,@上記選択された免疫化マウスを使用して,PCSK9に対する抗原結合タンパク質を産生するハイブリドーマを作製したこと(実施例2,【0322】〜【0324】),Aニュートラビジン被覆したプレートに結合させたV5タグを持たないビオチン化合されたPCSK9を捕捉試料とするELISAによる「一次スクリーニング」によって,合計3104の抗原特異的ハイブリドーマが得られたこと(実施例3,【0325】〜【0328】),B安定なハイブリドーマが確立されたことを確認するため,合計3000の陽性を再スクリーニングし,更に合計2441の陽性を第二のスクリーニング(「確認用スクリーニング」)で反復し,次いで,「マウス交叉反応スクリーニング」によって579の抗体がマウスPCSK9と交叉反応することを確認したこと(【0329】,【0330】),CLDLRへのPCSK9結合を遮断する抗体をスクリーニングするために,ヤギ抗LDLRで被覆したプレートに,捕捉試料としてLDLRを結合させ,ハイブリドーマ枯渇上清とともに,ビオチン化されたヒトD374YPCSK9をプレート上に移し,LDLRに結合されたビオチン化PCSK9をストレプトアビジンHRPを用いて検出するスクリーニング(「大規模受容体リガンド遮断スクリーニング」)を行い,PCSK9とLDLRウェル間での相互作用を強く遮断する384の抗体が同定され,100の抗体は,PCSK9とLDLRの結合相互作用を90%超阻害したこと(【0332】),DCにより同定された384の中和物質(遮断物質)のサブセットに対して,大規模受容体リガンド遮断スクリーニングと同じプロトコールを使用して反復スクリーニング(「遮断物質のサブセットに対する受容体リガンド結合アッセイ」)を行い,90%を超え 69て,PCSK9変異体酵素とLDLR間の相互作用を遮断する85の抗体が同定されたこと(【0333】,【0334】),Eこれらのアッセイ(スクリーニング)の結果に基づいて同定されたPCSK9との所望の相互作用を有する抗体を産生するいくつかのハイブリドーマ株中に参照抗体(21B12)が含まれていたこと(【0336】,表2),F参照抗体は,PCSK9とLDLRとの結合を強く遮断する中和抗体であること(実施例11,【0138】,【0378】)の記載がある。 本件明細書の上記記載を総合すると,まず,本件明細書記載の免疫プログラムに従ってPCSK9に対して特異的な抗体を産生する免疫化マウスを作製及び選択し,次に,選択された免疫化マウスを使用してハイブリドーマ(合計3104の抗原特異的ハイブリドーマ)を作製し,このハイブリドーマから産生された抗体に対して,PCSK9とLDLRとの結合相互作用を強く遮断する抗体を同定するために特定のプロトコールのスクリーニングを組み合わせて実施し,その結果に基づいて,同定されたPCSK9との所望の相互作用を有する抗体の一つとして,PCSK9とLDLRとの結合を強く中和する参照抗体が得られたことが認められる。 しかるところ,本件優先日当時の上記技術常識に照らすと,本件明細書記載の免疫化プログラムに従って免疫化された免疫化マウスから産生される抗体とこれと異なる条件及びスケジュールの免疫化プログラムに従って免疫化された免疫化マウスから産生される抗体とでは,PCSK9に対して異なる反応性を示すものと認められ,免疫化プログラムの条件及びスケジュールを最適化し,参照抗体を得るのに適した免疫化マウスを作製するには,通常期待し得る範囲を超えた試行錯誤を要するものと認められる。 また,モノクローナル抗体の作製工程において,ヒト抗体を作製する 70 ための遺伝子導入マウスの使用や抗体のスクリーニングのために抗原を ビオチン化により固相化する方法は,本件優先日当時,周知であったも のの(前記(3)イA),これらの技術を用いて,上記免疫化マウスを使 用して作製されたハイブリドーマから参照抗体を得るのに適したスクリ ーニング系を構築することについても,一定の創意工夫が必要であるも のと認められる。 しかしながら,甲1には,本件明細書記載の免疫化プログラムの条件 及びスケジュールに関する記載や示唆はなく,そもそもPCSK9とL DLRとの結合を阻害する抗体(結合中和抗体)の作製方法の記載はな い。 そうすると,当業者は,甲1及び周知技術(前記(3)イ)に基づいて, 動物免疫法によって,参照抗体を得ることを容易に想到することができ たものと認めることはできない。 (イ) また,ファージディスプレイ法によるモノクローナル抗体の作製に は,抗体のCDRのアミノ酸配列を設計し,当該アミノ酸配列を有する ファージディスプレイライブラリを作製する必要があるが,甲1には, 参照抗体のCDRのアミノ酸配列情報(本件明細書の【0123】,図 3JJ)の記載はなく,また,本件優先日前に,上記アミノ酸配列情報 が広く知られていたことを認めるに足りる証拠はない。 そうすると,当業者は,甲1及び周知技術(前記(3)イ)に基づいて, ファージディスプレイ法によって,参照抗体を得ることを容易に想到す ることができたものと認めることはできない。 エ 前記イ及びウを総合すると,甲1に接した当業者は,甲1及び周知技 術(前記(3)イ)に基づいて,PCSK9とLDLRとの結合を中和する ことのできる,何らかのモノクローナル抗体(相違点Aに係る本件訂正発 明1の構成)を得ることが可能であったとしても,参照抗体を得ることを 71 容易に想到することができたものと認められないから,参照抗体がPCS K9に結合する部位と同一のPCSK9上の部位又は参照抗体とPCSK 9との結合の立体的障害となるPCSK9上の部位に結合する,参照抗体 と「競合する」抗体(相違点Bに係る本件訂正発明1の構成)についても, 容易に想到することができたものと認めることはできない。 オ これに対し原告は,@本件明細書記載の図27D(PCSK9上のLD LR及び参照抗体の結合部位の位置関係を示した図)及び実施例37の表 37.1(参照抗体と競合するか否かを何ら指標とすることなく,PCS K9とLDLRとの結合中和抗体を複数作成したところ,そのような抗体 の多く(ビン1〜4の抗体の総数に対するビン1〜2の抗体の数の割合が 約65%)が,参照抗体と競合するものであったことを記載したもの), A本件明細書に記載されたデータに基づいて解析を行ったA教授の供述書 を根拠として挙げて,PCSK9とLDLRとの結合中和抗体を取得した 場合,その中には参照抗体と競合する抗体が多く含まれており,少なくと も所定の割合で含まれているといえる,したがって,当業者は,何らかの PCSK9とLDLRとの結合中和抗体をいくつか作成するだけで,参照 抗体と競合する結合中和抗体を取得し得たものであるから,甲1に接した 当業者は,甲1及び周知技術に基づいて,参照抗体と競合する結合中和抗 体を容易に想到することができた旨主張する。 しかしながら,本件明細書記載の表37.1は,確認用スクリーニング によってPCSK9に結合する抗体を産生する2441の安定なハイブリ ドーマが確立したことを確認し(【0329】),そのうちの一部(合計 39抗体)についてエピトープビニングした結果を要約したものであ り(【0489】〜【0492】),この表を分析しても,PCSK9と LDLRとの結合中和抗体のうち,参照抗体と競合する抗体の割合を導き 出すことはできない。 72 次に,A教授の供述書における本件明細書の図27Dに基づく分析は, 抗体が,PCSK9とLDLRとの結合を中和するためには,少なくとも 2つのアミノ酸残基においてPCSK9上のLDLRの結合部位と重複し なければならず,その結合部位のサイズは20Å×30Åであることを前 提として,PCSK9とLDLRとの結合を中和する抗PCSK9抗体 は,「図27Dに図示されるとおり,それらの抗体の結合の態様及びLD LRのPCSK9表面上の結合部位から,PCSK9とLDLRとの結合 を中和する抗PCSK9抗体のほとんどが21B12又は31H4のいず れかと競合することは明らかである。」旨を述べたものであるところ(甲 204の「4.1」,訳文3頁),上記の見解は,「21B12又は31 H4のいずれかと競合する」とあるように,PCSK9とLDLRとの結 合を中和する抗PCSK9抗体が参照抗体(21B12抗体)のほとんど と競合することを述べたものではなく,また,そのように参照抗体と競合 することを示す実証的データの裏付けもない。 さらに,ノバルティス社が出願した発明に係る公表特許公報(優先日2 007年(平成19年)4月13日。乙9)によれば,PCSK9とLD LRとの結合相互作用を中和する「H1-Fab」(抗PCSK9抗体) のhPCSK9(ヒトPCSK9)との結合部位(エピトープにおけるア ミノ酸残基101〜107及び123〜132に結合)(段落【0237 】〜【0241】)の領域は,参照抗体(21B12抗体)と競合する領 域(本件明細書の【0440】等)とは異なるものであることに照らすと, PCSK9とLDLRとの結合を中和する抗体であれば,参照抗体と競合 する関係にあるとはいえず,参照抗体と競合する抗体が多く含まれている ということもできない。 したがって,原告の上記主張は,採用することができない。 (5) 小括 73 以上によれば,本件訂正発明1は,甲1及び周知技術に基づいて,容易に 想到することができたものとはいえないから,これと同旨の本件審決の判断 に誤りはなく,原告主張の取消事由1-1は理由がない。 2 取消事由1-2(本件訂正発明9の進歩性の判断の誤り) 原告は,本件訂正発明9は,本件訂正発明1記載の抗体を含む医薬組成物に 関する発明であるところ,甲1には,PCSK9とLDLRとの結合中和抗体 が高コレステロール血症の治療のために有用であり得ることが明示的に開示さ れていることからすると,本件訂正発明1の場合と同様に,当業者は,甲1及 び周知技術に基づいて,本件訂正発明9に含まれる医薬組成物を容易に想到す ることができたものであるから,これと異なる本件審決の判断は誤りである旨 主張する。 しかしながら,本件訂正発明1は,甲1及び周知技術に基づいて,当業者が 容易に想到することができたものとはいえないことは,前記1(5)のとおりで あるから,原告の上記主張は,その前提を欠くものであって,理由がない。 したがって,原告主張の取消事由1-2は理由がない。 3 取消事由2(サポート要件の判断の誤り)について (1) サポート要件の適合性について ア 前記1(1)及び(4)ウ(ア)の認定事実を総合すると,本件明細書の発明の 詳細な説明には,本件訂正発明1及び9に関し,次のとおりの開示がある ことが認められる。 (ア) PCSK9(プロタンパク質コンベルターゼスブチリシンケクシン 9型)は,セリンプロテアーゼであり,LDLR(低密度リポタンパク 質受容体)と結合して,相互作用し,LDLRとともに肝臓の細胞内に 取り込まれ,肝臓中のLDLRのレベルを低下させ,さらには,細胞表 面(細胞外)でLDLへの結合に利用可能なLDLRの量を減少させる ことにより,対象中のLDLの量を増加させる(【0002】,【00 74 03】,【0071】)。 「中和抗体」という用語は,リガンドに結合し,リガンドの生物学的 効果を妨げ,又は低下させる抗体を表し,抗PCSK9抗体においては, PCSK9とLDLRの結合を妨げることによる中和と,PCSK9と LDLRの結合は妨げず,LDLRのPCSK9媒介性分解を妨げるこ とによる中和がある(【0138】)。 「競合する」という用語は,検査されている抗体が抗原への参照抗体 の特異的結合を妨げ,又は阻害する程度を測定する各種アッセイによっ て決定された,抗体間の競合を意味するものであり,競合アッセイによ って同定される抗体には,参照抗体と同じ又は重複するエピトープに結 合する抗体や,参照抗体がエピトープに結合するのを立体的に妨害する の に 十 分 な ほ ど近 接し た 隣 接 エ ピ トー プに 結 合 す る 抗 体が 含ま れ る(【0140】,【0269】)。 「エピトープ」という用語は,抗体によって結合される抗原の領域で あり,抗原がタンパク質の場合,抗体に直接接触する特定のアミノ酸を 含む(【0142】)。 (イ) 配列番号49のアミノ酸配列からなる重鎖可変領域と,配列番号2 3のアミノ酸配列からなる軽鎖可変領域とを含む抗体(「21B1 2」)(参照抗体)と「競合」する,単離されたモノクローナル抗体は, PCSK9がLDLRに結合するのを妨げる位置及び/又は様式で,P CSK9に結合し,PCSK9とLDLR間の相互作用(結合)を遮断 し,又は低下させ,「競合的に中和する」中和抗原結合タンパク質(中 和ABP)である(【0138】,【0140】,【0155】,【0 261】,【0269】,表2)。 このPCSK9に対する中和ABPは,PCSK9とLDLRとの結 合を中和し,LDLRの量を増加させることにより,対象中のLDLの 75 量を低下させ,対象中の血清コレステロールの低下をもたらす効果を奏 し,また,この効果により,高コレステロール血症などの上昇したコレ ステロールレベルが関連する疾患を治療し,又は予防し,疾患のリスク を低減することができるので,治療的に有用であり得る(【0155】, 【0270】,【0271】,【0276】)。 (ウ) 参照抗体及びこれと競合する,PCSK9とLDLRとの結合中和 抗体を得るために,表3記載の免疫化プログラムの手順及びスケジュ ールに従って,ヒト免疫グロブリン遺伝子を含有する二つのグループ のマウスにヒトPCSK9抗原を11回注射して免疫化マウスを作製 し,PCSK9に対して特異的な抗体を産生するマウス(10匹)を 選択した(実施例1,【0312】,【0313】,【0320】, 表3)。 これらの選択された免疫化マウスを使用して,PCSK9に対する抗 原結合タンパク質を産生するハイブリドーマを作製し(実施例2,【0 322】〜【0324】),ニュートラビジン被覆したプレートに結合 させたV5タグを持たないビオチン化合されたPCSK9を捕捉試料と するELISAによる「一次スクリーニング」によって,合計3104 の抗原特異的ハイブリドーマが得られた(実施例3,【0325】〜 【0328】)。 安定なハイブリドーマが確立されたことを確認するため,「一次スク リーニング」によって得られた上記ハイブリドーマのうち,合計300 0の陽性を再スクリーニングし,更に合計2441の陽性を第二のスク リーニング(「確認用スクリーニング」)で反復し,次いで,「マウス 交叉反応スクリーニング」によって579の抗体がマウスPCSK9と 交叉反応することを確認し(【0329】,【0330】),さらに, LDLRへのPCSK9結合を遮断する抗体をスクリーニングするため 76 に,「大規模受容体リガンド遮断スクリーニング」を行い,PCSK9 とLDLRウェル間での相互作用を強く遮断する384の抗体が同定さ れ,100の抗体は,PCSK9とLDLRの結合相互作用を90%超 阻害した(【0332】)。 このように同定された384の中和物質(遮断物質)のサブセットに 対して,「遮断物質のサブセットに対する受容体リガンド結合アッセ イ」を行い,90%を超えて,PCSK9変異体酵素とLDLR間の相 互作用を遮断する85の抗体が同定された(【0333】,【0334 】)。 これらのアッセイ(スクリーニング)の結果に基づいて同定されたP CSK9との所望の相互作用を有する抗体を産生するいくつかのハイブ リドーマ株中に含まれていた参照抗体(21B12)(【0336】, 表2)は,PCSK9とLDLRとの結合を強く遮断する中和抗体であ る(実施例11,【0138】,【0378】)。 (エ) 表2(PCSK9との所望の相互作用を有する抗体を産生するいく つかのハイブリドーマ株)記載の32の抗体のうち,27B2,13H 1,13B5及び3C4は非中和抗体,3B6,9C9及び31A4は 弱い中和抗体,その他(参照抗体を含む。)は,強い中和抗体であ る(【0138】,【0336】)。 そして,上記32の抗体に対するエピトープビニングの結果によれば, 21B12抗体(参照抗体)と競合するもの(ビン1)が19個,31 H4抗体と競合するもの(ビン3)が7個であり,これらは互いに排他 的であり,参照抗体と31H4抗体のいずれとも競合するもの(ビン 2)が1個,参照抗体と31H4抗体のいずれとも競合しないもの(ビ ン4)が1個である(実施例10,【0373】,【0494】,表8. 3)。 77 また,実施例10中の組に加えて,別の組(合計39抗体)に実施し たエピトープビニングの結果によれば,21B12抗体(参照抗体)と 競合するが,31H4抗体と競合しないもの(ビン1)が19個,21 B12抗体と31H4抗体のいずれとも競合するもの(ビン2)が3個, 31H4抗体と競合するが21B12抗体と競合しないもの(ビン3) が10個である。そして,ビン1に含まれる抗体のうち16個は,表2 に掲げられた抗体であり,【0138】の記載によれば,そのうち27 B12抗体を除く15個は中和抗体であることが確認されている(実施 例37,【0489】〜【0495】,表37.1)。 イ 前記アの認定事実によれば,本件訂正発明1及び9は,本件明細書の発 明の詳細な説明に記載したものであることが認められる。 そして,本件明細書記載の表37.1には,本件明細書の記載に従って作製された免疫化マウスを使用してハイブリドーマを作製し,スクリーニングによってPCSK9に結合する抗体を産生する2441の安定なハイブリドーマが確立され(【0329】),そのうちの一部(合計39抗体)について,エピトープビニングをした結果,21B12抗体(参照抗体)と競合するが,31H4抗体と競合しないもの(ビン1)が19個含まれ,そのうち15個は,中和抗体であることを確認されたこと(【0138】,表2)が示されていることに照らすと,甲1に接した当業者は,上記2441の安定なハイブリドーマから得られる残りの抗体についても,同様のエピトープビニングアッセイを行えば,本件訂正発明1の特許請求の範囲(請求項1)に含まれる参照抗体と競合する中和抗体を得られるものと認識できるものと認められる。 さらに,当業者は,本件明細書記載の免疫プログラムの手順及びスケジュールに従った免疫化マウスの作製及び選択,選択された免疫化マウスを使用したハイブリドーマの作製,本件明細書記載のPCSK9とLDLR 78 との結合相互作用を強く遮断する抗体を同定するためのスクリーニング及 びエピトープビニングアッセイ(前記ア(ウ)及び(エ))を最初から繰り返 し行うことによって,本件明細書に記載された参照抗体と競合する中和抗 体以外にも,本件訂正発明1の特許請求の範囲(請求項1)に含まれる参 照抗体と競合する様々な中和抗体を得られるものと認識できるものと認め られる。 以上によれば,本件訂正発明1(請求項1)は,サポート要件に適合す るものと認められる。 また,前記ア(イ)のとおり,本件明細書には,高コレステロール血症な どの上昇したコレステロールレベルが関連する疾患を治療し,又は予防し, 疾患のリスクを低減することができるので,治療的に有用であり得ること の記載があることに照らすと,当業者は,本件明細書の記載から,本件訂 正発明1の抗体を医薬組成物として使用できることを認識できるものと認 められる。 したがって,本件訂正発明9(請求項9)は,サポート要件に適合する ものと認められる。 (2) 原告の主張について ア 原告は,本件訂正発明1の特許請求の範囲(請求項1)は,抗体の構造 を特定することなく,機能ないし特性(「結合中和」及び「参照抗体との 競合」)のみによって定義された発明であるため,文言上ありとあらゆる 構造の膨大な数ないし種類の抗体を含むものであるが,本件明細書に記載 された具体的な抗体はわずか3グループないし3種類の抗体しかなく,ま た,参照抗体と「競合する」抗体であれば,PCSK9とLDLRとが結 合中和するとはいえず,参照抗体と「競合する」抗体であることは,「結 合中和」の指標にはならないから,本件明細書に記載されていないありと あらゆる構造の抗体についてまでも,本件明細書の記載から,PCSK9 79 とLDLRとの結合中和抗体の提供という本件訂正発明1の課題を解決で きると認識し得るものではないとして,本件訂正発明1及び9はサポート 要件に適合しない旨主張する。 しかしながら,動物免疫法によるモノクローナル抗体の作製プロセスで は,動物の体内で特定の抗原に特異的に反応する抗体が産生され,その免 疫化動物を使用して作製したハイブリドーマをスクリーニングし,特定の 結合特性を有する抗体を同定する過程において,アミノ酸配列が特定され ていくことは技術常識であるから,特定の結合特性を有する抗体を得るた めに,その抗体の構造(アミノ酸配列)をあらかじめ特定することが必須 であるとは認められない。 そして,本件訂正発明1(請求項1)は,「PCSK9とLDLRタン パク質の結合を中和することができ」,かつ,「PCSK9との結合に関 して」,参照抗体(21B12抗体)と「競合する」ことを発明特定事項 とするものであり,前記(1)イのとおり,当業者は,抗体のアミノ酸配列 を参照しなくとも,本件明細書の記載から,本件訂正発明1の特許請求の 範囲(請求項1)に含まれる参照抗体と競合する中和抗体を得られるもの と認識できるものと認められる。 また,参照抗体と「競合する」抗体であれば,PCSK9とLDLRと の結合を中和するものといえないとしても,本件訂正発明1は「PCSK 9とLDLRタンパク質の結合を中和することができ」る抗体であること を発明特定事項とするものであるから,そのことは,上記認定を左右する ものではない。 したがって,原告の上記主張は理由がない。 イ 原告は,本件訂正発明1のように,物(抗体)の具体的な構造が特許請 求の範囲において特定されておらず,その物が機能的にのみ定義され,ス クリーニング方法によって特定された物の発明である場合には,機能的な 80 定義やスクリーニング方法の特定は,サポート要件を基礎付けることには ならないし,このような請求項の記載形式を認めることは,特許法の目的 である産業の発達を阻害し,特許制度の趣旨に反する事態が生じる旨主張 する。 しかしながら,前記アのとおり,特定の結合特性を有する抗体を得る ために,その抗体の構造(アミノ酸配列)をあらかじめ特定することが必 須であるとはいえず,当業者は,抗体のアミノ酸配列を参照しなくとも, 本件明細書の記載から,本件訂正発明1の特許請求の範囲(請求項1)に 含まれる参照抗体と競合する中和抗体を得られるものと認識できるものと 認められる。 また,本件訂正発明1の請求項の記載形式によって,原告が述べるよう な特許法の目的である産業の発達を阻害し,特許制度の趣旨に反する事態 を招くということもできない。 したがって,原告の上記主張は理由がない。 (3) 小括 以上によれば,本件訂正発明1及び9がサポート要件に適合するとした本 件審決の判断に誤りはないから,原告主張の取消事由2は理由がない。 4 取消事由3(実施可能要件の判断の誤り)について (1) 実施可能要件の適合性について 前記3(1)アの認定事実によれば,本件明細書の記載から,本件訂正発明 1の抗体及び本件訂正発明9の医薬組成物を作製し,使用することができる ものと認められるから,本件明細書の発明の詳細な説明は,当業者が本件訂 正発明1及び9の実施をすることができる程度に明確かつ十分に記載したも のであることが認められる。 したがって,本件訂正発明1及び9は,実施可能要件に適合するものと認 められる。 81(2) 原告の主張について ア 原告は,本件訂正発明1は,抗体の構造を特定することなく,機能的に のみ定義されており,極めて多種類の抗体を含むものであるが,本件明 細書の発明の詳細な説明において本件訂正発明1に含まれ得る抗体とし て記載された具体的な抗体(3グループないし3種類の抗体)とはアミ ノ酸配列が全く異なる多種多様な構造の抗体も文言上含まれ得るし,当 然ながら,今後発見される,いまだ全く知られていない抗体も全て含む ものであり,本件訂正発明1の特許請求の範囲に含まれる全体の抗体を 得るためには,当業者に期待し得る程度を超える過度の試行錯誤を要す ることは明らかであるから,本件訂正発明1は,実施可能要件を満たさ ず,また,本件訂正発明9も,これと同様である旨主張する。 しかしながら,前記3(2)アの認定事実に照らすと,特定の結合特性を 有する抗体を得るために,その抗体の構造(アミノ酸配列)をあらかじめ 特定することが必須であるとはいえず,当業者は,抗体のアミノ酸配列を 参照しなくとも,本件明細書の記載に従って,本件訂正発明1の特許請求 の範囲(請求項1)に含まれる参照抗体と競合する中和抗体を得ることが できるものと認められる。 また,前記3(1)イの認定事実に照らすと,当業者は,本件明細書の記 載に基づいて,本件明細書に記載された参照抗体と競合する中和抗体以外 にも,本件訂正発明1の特許請求の範囲(請求項1)に含まれる参照抗体 と競合する中和抗体を得られるものと認められるから,本件訂正発明1の 特許請求の範囲(請求項1)に含まれる抗体を得るために,当業者に期待 し得る程度を超える過度の試行錯誤を要するものとはいえない。 したがって,原告の上記主張は,理由がない。 イ 原告は,本件訂正発明1は,抗体の有すべき機能(解決すべき課題)を 発明特定事項としているが,実施可能要件は実質的な要件であるから, 82 その物が有すべき機能を発明特定事項に記載したとしても,そのことに よって当業者が当該発明に属する物の全てを使用できるとはいえず,実 施可能要件を充足することにはならないし,この場合,実施可能要件違 反にならないとすれば,機能的に定義された,いかなる広範囲のクレー ムであっても,実施可能要件を充足することが可能となり,実施可能要 件の判断が形式的なものに貶められるから,本件訂正発明1は,実施可 能要件を満たさず,また,本件訂正発明9も,これと同様である旨主張 する。 しかしながら,前記ア認定のとおり,当業者は,本件明細書の記載に基 づいて,本件明細書に記載された参照抗体と競合する中和抗体以外にも, 本件訂正発明1の特許請求の範囲(請求項1)に含まれる参照抗体と競合 する中和抗体を得ることができるものと認められる。 したがって,原告の上記主張は理由がない。 (3) 小括 以上によれば,本件訂正発明1及び9が実施可能要件に適合するとした本 件審決の判断に誤りはないから,原告主張の取消事由3は理由がない。 5 結論 以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,本件審決にこれ を取り消すべき違法は認められない。 したがって,原告の請求は棄却されるべきものである。 |
|
追加 | |
83裁判官古河謙一裁判官関根澄子84別紙1【表2】85【表3】86【表8.3】87【表37.1】88【図1A】89【図7A】【図7B】90【図7C】【図7D】91【図14A】【図14B】92【図20A】93【図20B】【図20C】94【図20D】95【図27D】96別紙2【図2A】(訳)Cellsurface:細胞表面Whole-cellextract:細胞全体抽出物Transferrinreceptor:トランスフェリン受容体97【図3】(訳)Cellsurface:細胞表面Whole-cellextract:細胞全体抽出物Concentration(μg/ml):濃度(μg/ml)Lane:レーンTransferrinreceptor:トランスフェリン受容体98別紙3【図A】21B12抗体と競合する仮想抗体【図B】31H4抗体と競合する仮想抗体99 |
裁判長裁判官 | 大鷹一郎 |
---|