審判番号(事件番号) | データベース | 権利 |
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平成28行ケ10154 審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成27ネ10014特許権侵害行為差止請求控訴事件 | 判例 | 特許 |
平成27行ケ10014 審決取消請求事件 | 判例 | 特許 |
平成25ワ4040 特許権侵害行為差止請求事件 | 判例 | 特許 |
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事件 |
平成
29年
(ネ)
10098号
特許権侵害行為差止請求控訴事件
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控訴人(一審原告) レオ ファーマ アクティーゼルスカブ 同訴訟代理人弁護士 城山康文 山内真之 後藤直之 同訴訟復代理人弁護士 藤井駿太郎 同訴訟代理人弁理士 小野誠 川嵜洋祐 被控訴人(一審被告) 中外製薬株式会社 被控訴人(一審被告) マルホ株式会社 両名訴訟代理人弁護士 尾崎英男 日野英一郎 佐々木郁 同訴訟代理人弁理士 津国肇 小國泰弘 森田慶子 同補佐人弁理士 三輪繁 |
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裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2018/12/19 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 民事訴訟 |
主文 |
1 本件控訴を棄却する。 2 控訴費用は控訴人の負担とする。 3 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。 |
事実及び理由 | |
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控訴の趣旨
1 原判決を取り消す。 2 被控訴人らは,被告物件を生産,使用,譲渡,貸渡し,輸出若しくは輸入又は譲渡若しくは貸渡しの申出をしてはならない。 3 被控訴人らは,被告物件を廃棄せよ。 |
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事案の概要
1 本件は,発明の名称を「医薬組成物」とする本件特許権を有する控訴人が,被控訴人らが被告物件を製造及び販売しようとしているところ,これらの行為が本件特許権を侵害するものであると主張し,被控訴人らに対し,@特許法100条1項に基づき,被告物件の生産,使用,譲渡,貸渡し,輸出若しくは輸入又は譲渡若しくは貸渡しの申出の差止めを,A同条2項に基づき,被告物件の廃棄を,それぞれ求めた事案である。 原審は,本件発明1〜4,11及び12に係る本件特許には,特許法29条2項違反の無効理由があるから,控訴人は,上記各発明に係る本件特許権を行使することができないとして,控訴人の請求をいずれも棄却し,控訴人は,これに対して控訴を提起した。 2 前提事実(証拠又は弁論の全趣旨により認められる事実)は,原判決の「事実及び理由」欄の第2の1に記載のとおりである。 3 争点 (1) 無効理由1(特許法17条の2第3項違反)の有無 (2) 無効理由2-1(乙15を主引例とする特許法29条2項違反)の有無 (3) 無効理由2-2(乙40を主引例とする特許法29条2項違反)の有無 4 争点に関する当事者の主張 本件の争点に関する当事者の主張は,下記(1)のとおり原判決を補正し,下記(2)〜(5)のとおり当審における当事者の主張を加えるほかは,原判決「事実及び理由」欄の第2の3に記載のとおりである。 (1) 原判決の補正 ア 原判決8頁17行目,9頁21行目,同頁22行目の「乙13」をいずれも「乙13の1」と改める。 イ 原判決13頁10行目「無効理由2(特許法29条2項違反)」を「無効理由2-1(乙15を主引例とする特許法29条2項違反)」と改める。 ウ 原判決13頁20行目「本件特許に」から23行目までを以下のとおり改める。 「請求項4を引用する請求項11に従属する請求項12に係る本件発明12(以下, 「本件発明12」という場合には,上記のような請求項4を引用する請求項11に従属する請求項12に係る発明を指すこととする。)は,請求項1〜4,11に係る発明の特定事項を全て含むものであるから,そのような本件発明12に進歩性欠如の無効理由があることを示せば,無効理由2-1,無効理由2-2の主張としては十分であるため,以下では,本件発明12についての無効理由を主張する。」 エ 原判決18頁21行目「英国製薬工業協会編集医薬品集」の次に, 「及び製品概要」を加える。 (2) 当審における控訴人の主張(乙15を主引例とする特許法29条2項違反について) ア 乙15は先行文献としては不適当なものであること 乙15の研究は,TV-02軟膏(以下,ビタミンD3類似体の一種である 1α,24-dihydroxycholecalciferol[タカルシトール]を含む軟膏について,「TV-02軟膏」又は「タカルシトール軟膏」という。)を単独適用することを目的とし,付随的にTV-02軟膏による効果発現が遅いことに対処するため,経過措置として一時的にステロイド剤を併用することも検討した研究であって,TV-02軟膏とBMV軟膏(ステロイドであるベタメタゾン吉草酸エステルを含む軟膏)の混合による単剤適用よりも改善された治療効果の発揮を検討したものではなく,TV-02軟膏単剤やBMV軟膏単剤に比して,改善された治療効果を確認したものでもないから,マキサカルシトールとベタメタゾンの合剤に関する本件各発明の進歩性を否定する先行文献として,不適当なものである。 イ 相違点1は容易想到ではないこと a 本件優先日当時,至適pHの相違からビタミンD3類似体と局所用ステロイドの各製剤を混合すると,各成分が不安定化するとの技術常識があった(甲16〜19,29〜34,41〜46)。乙15に接した当業者は,至適pHの高いタカルシトールを含むTV-02軟膏と,至適pHの低いベタメタゾン吉草酸エステルを含むBMV軟膏とを混合することで,タカルシトールとベタメタゾンの一方又は双方が不安定化すると理解したはずであり,D3+BMV混合物(乙15に記載されているTV-02軟膏とBMV軟膏との等量混合物)のタカルシトールを,同じくビタミンD3類似体の一種であって低いpHで不安定化するマキサカルシトールに置換しても,この不安定化の問題は解決しないから,当業者は,乙15のD3+BMV混合物におけるタカルシトールをマキサカルシトールに置換する動機付けを持つことはなかった。 甲41の表7によると,乙15で使用されたタカルシトールが活性成分として含まれているボンアルファ軟膏とベタメタゾンが活性成分として含まれているリンデロンVG軟膏の混合について,本件優先日以前に不安定性が確認されている。また,同表9では,マキサカルシトールが活性成分として含まれているオキサロール軟膏と3種類の局所用ステロイド軟膏をそれぞれ混合したところ,4週間後,マキサカルシトールの含量が73.5%ないし78.5%へ「著しい低下」を示したことが記載されている。 ステロイド外用薬が,pHの変化により含有量を著しく低下させてしまうことが一般的知見であったことも明らかであり,特に,ベタメタゾン吉草酸エステル(リンデロンV)については,pHがアルカリ性に傾いてエステル転移が生じると効力が7分の1に低下することが指摘されている(甲42,43)し,ビタミンD3類似体が酸性下で不安定であることは,本件優先日前の公知文献(甲44,45)の記載から明らかであり,その中にはタカルシトールが含まれている。 また,乙16,17にも,タカルシトールその他のビタミンD3類似体をベタメタゾンエステルと混合した場合に,ベタメタゾンエステルが安定に存在する旨の記載はないのであるから,ベタメタゾン(又はそのエステル)とマキサカルシトールを単一処方中に安定に含有する医薬組成物という構成を想定することは,当業者にとって容易ではなかった。 b 被控訴人らは,本件発明1の構成要件Eは,優先権主張の基礎となるデンマーク王国における特許出願(乙32。 「デンマーク特許出願」 以下 という。)の明細書に記載されていない旨主張する。 しかし,本件出願は,デンマーク特許出願の明細書における「少なくとも1つのビタミンD類似体からなる第1の薬理学的活性成分A」を「マキサカルシトールからなる第1の薬理学的活性成分A」に特定したものであり,この特定により, 「少なくとも1つのビタミンD類似体からなる第1の薬理学的活性成分A」と比較して異なった種類の作用効果や際立って優れた作用効果を記載したものではないから,本件発明1の構成要件Eは,デンマーク特許出願の明細書に記載されていたものである。 また,後記の乙34は,単にマキサカルシトールを1日1回適用した場合の乾癬治療効果を記載しているにすぎず,ビタミンD3類似体と局所用ステロイドの合剤の乾癬治療効果を開示するものではなく,同合剤の1日1回適用を開示するものでもない。被控訴人らは,マキサカルシトール軟膏の乾癬治療効果及びマキサカルシトール軟膏のタカルシトール軟膏に対する優位性を前提に,タカルシトール軟膏のマキサカルシトール軟膏への置換容易性を主張するが,乙15において,合剤が優れた乾癬治療効果を有することが記載されておらず,合剤の安定性も記載されていないのであるから,仮に原出願日を基準時としても,当業者には,乙15発明のタカルシトール軟膏をマキサカルシトール軟膏に置換する動機付けはなかったというべきである。 相違点1に係る優れた効果が,進歩性を基礎付けること 仮に,相違点1の構成が容易に想到できたとしても,ビタミンD3類似体とベタメタゾン(又はそのエステル)を単一処方中に含有する医薬組成物は,以下のとおり,乙15の記載から予想できない優れた効果を有している。 a 本件明細書の記載 本件明細書の段落【0028】には, 「1つのみの活性化合物で治療した患者よりもより早い治癒開始及びより有効な斑治癒が得られる」との記載があり,本件明細書の【図1】に示されたPASI変化率によると,ビタミンD3類似体とベタメタゾンを組み合わせた合剤が,ビタミンD3類似体の単剤及びベタメタゾンの単剤それぞれと比較して,治療初期における治療効果が優れていること(より早い治癒開始)及び4週間経過時点における治療効果においても優れていること(より有効な斑治癒)を明らかにしている。また,このような優れた治療効果は,補充データである甲10,11においても確認されており,甲10は,同じビタミンD3類似体の一種であるカルシポトリオールとベタメタゾンの合剤の1日1回適用が,カルシポトリオールとベタメタゾンを1日1回ずつ交互に適用した場合に比して優れた治療効果を有していることを明らかにしている。 加えて,本件明細書の段落【0028】の「カルシポトリオールなどのビタミンD類似体の皮膚刺激副作用がベタメタゾンなどのステロイドの乾癬皮膚への同時適用によって緩和されることが示され, ・・・」との記載によると,本件各発明に副作用緩和の効果があることも明らかにされている。 b 乙15の記載から「より早い治癒開始」は予測できないこと 原判決は,乙15において,本件各発明の「より早い治癒開始」の効果が実質的に開示されていると判断した。しかし,乙15において,D3+BMV混合物と,BMV単剤(ベタメタゾンとワセリンを等量混合したBMV+Petrol混合物)の比較を行っているのは,症例20〜23であるところ,症例20では,D3+BMV混合物とBMV+Petrol混合物との間で,治療開始初期の治癒効果に差がないことが明らかにされている。症例21では,D3+BMV混合物では治療期間14日で治療効果3であり,BMV+Petrol混合物では治療期間21日で治療効果3であったことが記載されているが,BMV+Petrol混合物の治療期間14日の時点での治療効果が3未満であったことは記載されておらず,症例21を根拠に,D3+BMV混合物の方がBMV+Petrol混合物よりも治療開始初期の治療効果が優れていたと認めることはできない。そうすると,残った症例22と症例23というわずか二つの症例から,治療効果の優劣を判断することはできない(甲35)。むしろ,D3+BMV混合物とBMV軟膏(ベタメタゾンが,通常使用される0.12%の濃度で含有される。)を比較した症例24〜26は,D3+BMV混合物とBMV軟膏との間に乾癬治療効果に差異を生じなかったことを表している。 また,乙15が治療効果を比較しているのは,D3+BMV混合物とBMV単剤(BMV+Petrol混合物)とであって,D3+BMV混合物とタカルシトール単剤との比較は行われておらず,乙15は,ビタミンD3類似体の単剤と比較して,ビタミンD3類似体とベタメタゾンとの合剤が,より早い治療効果をもたらすことを示すデータを含んでいない。 乙15において,治療効果2(中等度改善)と治療効果3(著明改善)という数値が,いかなる基準によって評価されているか全く明らかでない。乙36のように,試験期間,評価時期及び評価項目を明示した上で,全ての評価を包み隠さず記載するのが,治療効果の経時的変化を論ずる場合の技術常識であるが,乙15は,試験期間は「塗布期間は最長4週間とした」とする以外,何らの基準も示しておらず,評価時期及び評価項目は何ら示されていない。結果についても,乙15は,各症例について1回の評価を記載するにとどまり,時間的な変化の様子をうかがい知ることはできない。このように,乙15は,試験デザインがほとんど示されておらず,結果も不十分かつ恣意的なデータが示されているにすぎないものであるから,乙15を基礎にして,D3+BMV混合物とBMV軟膏の治療効果の経時的変化を論ずることは不可能である。 c 乙15の記載から「より有効な斑治癒」は予測できないこと 乙15の症例20では,D3+BMV混合物とBMV+Petrol混合物との間で治療効果に差がないことが明らかにされている。症例21でも,D3+BMV混合物では治療期間14日で治療効果3であり,BMV+Petrol混合物では治療期間21日で治療効果3であったことが記載されており,両者の最終的な治療効果に差がないことが明らかにされている。また,症例23では,治療期間21日(3週間)でD3+BMV混合物の治療効果が3である一方,BMV+Petrol混合物の治療効果が2であることが記載されているが,本件明細書の実施例のように,治療期間を28日(4週間)継続した場合に,最終的な治療効果に差が生じるか否かは明らかにされていないし,症例23において,D3+BMV混合物がBMV+Petrol混合物に比べて若干効果に差があるように見えるのは,BMV+Petrol混合物に含まれるPetrolすなわちワセリンによる肥厚の効果が影響している可能性がある。 そうすると,乙15において,D3+BMV混合物がBMV単剤(BMV+Petrol混合物)に比べて,より有効な斑治癒の効果を奏していることを示し得るのは,症例22のみであるが,一つの症例のみでは,D3+BMV混合物の優れた治療効果が裏付けられているとはいえない。 甲47の図3Bによると,市販の0.12%BMV軟膏を4分の1に希釈しても,血管収縮反応陽性率にほとんど変化が見られなかったことが読み取れる。そうすると,乙15のD3+BMV混合物において,BMVの濃度が,0.12%BMV軟膏の半分の0.06%であったことをもって,乾癬治療効果が半分になることを前提とすることはできない。乙15の0.06%BMV軟膏(BMV+Petrol混合物)は,0.12%BMV軟膏にほぼ遜色のない乾癬治療効果を有していたと考えられるのであり,症例22は,0.06%BMV軟膏(BMV+Petrol混合物)の治療効果が下振れした例であるにすぎない。 また,乙15が治療効果を比較しているのは,D3+BMV混合物とBMV+Petrol混合物とであって,D3+BMV混合物とタカルシトール単剤との比較は行われておらず,乙15は,ビタミンD3類似体の単剤と比較して,ビタミンD3類似体とベタメタゾンとの合剤が,より早い治療効果をもたらすことを示すデータを含んでおらず,より有効な斑治癒の効果をもたらすことを予測させるものではない。 d 乙15の記載から「副作用緩和の効果」は予測できないこと 本件各発明の副作用緩和の効果についても,乙15の記載から予測できない。この点,原判決は,本件明細書の段落【0028】の「2成分投薬計画についてある程度の相乗効果(より少ない皮膚刺激)が報告されている場合もある」という記載から,副作用緩和の効果を予想できるとしたが,本件明細書の上記記載は,同時適用ではない場合に関する記載であって,本件各発明の副作用緩和の効果を予測できたことの根拠となるものではない。 また,乙15では,D3+BMV混合物について,寛解維持及び副作用を検討する試験は実施されていない。これは,乙15では,D3+BMV混合物を長期間使用することを目的としていなかったためであると考えられ,本件各発明とは技術的思想を異にする。 ウ 相違点2について 相違点2が認定されるべきこと 乙15は,試験について正確な記載がされた学術論文ではなく,乙15において使用されたTV-02軟膏に水が含まれていたことが記載されていないことをもって,D3+BMV混合物が非水性であったということはできない。 原判決は,乙15において,TV-02軟膏についてワセリン基剤であると記載されていたことなどから,相違点2の存在を否定したが,甲26には,軟膏剤の一種である油脂性軟膏剤について,基剤として油性成分が用いられる旨と共に,水性成分も含まれる場合があることが記載されている。また,ワセリンは,油脂性基剤であるが,100g当たり5〜10g程度の水を含有し得るものであり,ワセリン基剤であることは非水性であることを意味しない(甲27)。実際,ドボネックス軟膏は,ワセリンを基剤とする油脂性軟膏剤であるが,精製水を含んでいる(甲28)。 したがって,乙15に接した当業者は,TV-02軟膏がワセリン基剤であることを理解しても,そのことから,TV-02軟膏について非水性混合物であると読み取ることはできず,TV-02軟膏とBMV軟膏の混合物であるD3+BMV混合物についても,非水性混合物であるとは認められない。 BMV軟膏についても,TV-02軟膏と混合することを理由に,水が添加されていないと推論することはできない。また,仮に,BMV軟膏が油脂性基剤を使用する油脂性軟膏剤であったとしても,油脂性軟膏剤には水も含まれ得るのであるから(甲26,28),水が添加されていないとの推論は成り立たない。 なお,被控訴人らは,乙15の比較試験において活性成分以外の条件は同様である旨主張するが,そのように解すべき根拠はない。 相違点2は容易想到ではないこと 前記のとおり,ビタミンD3類似体と局所用ステロイドとを混合することは避けるべきとするのが,本件優先日当時の技術常識であった。 これに対し,本件各発明の発明者らは,マキサカルシトールとベタメタゾン(又はそのエステル)とを含む医薬組成物を,非水性混合物とすることによって,両者の良好な安定性を維持することを可能にした。すなわち,ビタミンD3類似体を含む軟膏は,ドボネックス軟膏(甲28)のように水を含むことが多く,かつ,ビタミンD3類似体の安定化のために,pHが高く調整されているため,これにベタメタゾンを混合しても,至適pHが低いベタメタゾンが不安定化するという問題が生じていたところ,本件各発明の発明者らは,これを非水性とすることで,ビタミンD3類似体の安定化のためにpHを高く維持する必要性がなくなり,そのため,ベタメタゾンの活性を維持しつつ,これをビタミンD3類似体と混合できることを発見したのであり, 「非水性」との特定は,安定に組み合わせるための構成であるという点において,重要な意味を有している。 乙15には,D3+BMV混合物を非水性とすることについて何らの記載もなく,ビタミンD3類似体と局所用ステロイドを一つの処方物中に組み合わせながら,両者を良好に安定維持する方策についても,何らの記載も示唆もない。また,乙16,17には,いずれもマキサカルシトールとベタメタゾンを混合した上で,これを非水性とすることについても,何らの記載も示唆もない。 被控訴人らは,乙39に基づいて,pHによる不安定化を回避するため非水性にすることは周知技術であったと主張するが,乙39には,非水性の構成を採ることによって不安定化を防ぐという解決案は示されていない。また,仮に本件優先日当時,非水性の構成によって加水分解による不安定化を防ぐという技術的知見があったとしても,ビタミンD3類似体と局所用ステロイドを含む医薬組成物が当然に非水性により安定化するといえるものではないから,ビタミンD3類似体と局所用ステロイドの混合物において加水分解が不安定化の一つの原因になり得るとしても,加水分解を防ぐ方法が必ず有効であるとは限らない。 したがって,乙15発明に乙16発明,乙17発明を組み合わせても,相違点2は容易に想到できなかった。 エ 相違点3について 相違点3は容易想到ではないこと 乙15には,D3+BMV混合物を1日1回塗布とすることについて記載も示唆もなく,また,D3+BMV混合物による副作用について記載していないから,乙15に接した当業者は,D3+BMV混合物について,その塗布回数を1日1回に減らす動機付けを有さなかった。さらに,乙15は,ビタミンD3類似体単剤及びベタメタゾン単剤のそれぞれと比較して,D3+BMV混合物が優れた治療効果を示すことを裏付けるものではないから,このような混合物について,当業者は,適用回数を,乙15において記載された1日2回から,1日1回に減らす動機付けを有したものではない(甲35)。 原判決は,タカルシトールを1日1回適用して乾癬処置をするとしている乙24,25を指摘するが,乙24,25に記載のタカルシトール含有量は,4μg/gである。他方,乙15のD3+BMV混合物に含有されるタカルシトールの濃度は1μg/gにすぎず,高濃度のタカルシトールを含有する軟膏が1日1回適用されていたことが,その4分の1しかタカルシトールを含有しないD3+BMV混合物について,1日2回適用から1日1回適用に減少させる動機付けを当業者に与えるものではない。むしろ,タカルシトール単剤について,1日1回適用とするために4μg/gという高濃度が必要であったことに照らすと,1μg/gしかタカルシトールを含有しないD3+BMV混合物について,1日1回適用とした場合には所望の効果が得られないと,当業者は理解したはずである。 また,乙15には, 「皮膚を通して入り込んだ活性型ビタミンD3が皮膚に蓄積する可能性があることも指摘されているので,長期間高濃度のTV-02軟膏を制限なく使用することはつつしむべきであると考える。(435頁左欄下から19行〜 」15行)との記載があることから,当業者は,D3+BMV混合物におけるタカルシトールの濃度を,あえて4μg/gという高濃度とすることについて,動機付けを有しなかった。ビタミンD3類似体を使用する一つの目的は,局所用ステロイドの使用による副作用を低減することであるが,局所用ステロイドの使用量を増やすと,局所用ステロイドの使用による副作用が大きくなってしまい,不合理であるから,このことからしても,乙15のD3+BMV混合物の各活性成分の濃度を上げて適用回数を減らすことの動機付けはない。 さらに,D3+BMV混合物は合剤であるから,単剤について1日1回適用することが知られていたとしても,合剤について1日1回適用するための動機付けの根拠となるものではない。乙15のD3+BMV混合物におけるタカルシトールの濃度を単純に4μg/gとしても,至適pHの異なる他の製剤との混合によって,当該濃度が低下することが容易に予想される。また,仮にタカルシトールの濃度を4μg/gに維持できたとしても,ベタメタゾンの濃度も同様に4倍の0.24%とすべきか否かは,乙15の記載から不明であるし,副作用が問題視されるステロイド化合物であるベタメタゾンをそのような高濃度とすることが,医薬組成物として適切であるか否かについても,別途の検討が必要となる。 以上からすると,乙15のD3+BMV混合物から出発して,1日1回適用可能なタカルシトールとベタメタゾンの両方を含有する医薬組成物の構成を想到することは,当業者にとって容易ではなかった。 相違点3により,本件発明12が優れた効果を奏すること 本件発明12は, 「1日1回投与により,乾癬患者の大多数,特に非遵守者群の生活の質を実質的に改善し得る,医薬組成物を提供し得たという効果」を奏するものであり,このような効果は,乙15〜17,24及び25の記載から予測できない。 従前からのビタミンD3類似体の単剤とベタメタゾンの単剤を,朝に1回,夕方に1回適用するというような交互方式では,患者の適用遵守が問題となる。他方,ビタミンD3類似体とベタメタゾンを合剤とし,さらに1日1回適用とすれば,その処置指示は,より単純となるので,患者の適用遵守が改善され,より多数の乾癬患者の有効な治療が可能になり,患者の安全性も改善される(甲35)。 乙15では,D3+BMV混合物は1日2回適用とされているから,1日1回適用による効果(特に,患者の適用遵守改善の効果)については,何ら記載も示唆もない。むしろ,当業者は,1日2回適用とされている合剤について,適用回数を1日1回に減らせば,治療効果が得られないと認識したはずである。 カルシポトリオールとベタメタゾンジプロピオネートの合剤を用いた実験により,1日1回適用と1日2回適用との間には,乾癬治療効果に有意差がないことが確認されている(甲48)が,このことは,本件優先日当時には予想することができなかった。 (3) 当審における被控訴人らの主張(乙15を主引例とする特許法29条2項違反について) ア 相違点1の容易想到性について 本件発明1の構成要件Eは,優先権主張の基礎となるデンマーク特許出願の明細書(乙32)に記載されておらず,控訴人は,本件発明1についてデンマーク特許出願に基づく優先権の利益を享受することはできない。したがって,本件発明1及びその従属項の進歩性判断の基準日は,原出願日である平成12年1月27日(以下「本件原出願日」という。)であって,本件優先日以降に公表された論文である乙34(J.N.W.N.BARKER ほか「Topical maxacalcitol for the treatmentof psoriasis vulgaris:a placebo-controlled,double-blind,dose-finding studywith active comparator」British Journal of Dermatology 141:274 頁〜278 頁,1999 年)についても進歩性の判断に当たって考慮できるところ,乙34には,マキサカルシトール軟膏の1日1回適用がカルシポトリオールの1日1回適用よりも乾癬治療において有用性が高いことが記載されている。 また,本件優先日前に頒布された刊行物である乙35(中川秀己「乾癬の新しい治療薬」皮膚病診療 Vol.20 No.8,678 頁〜682 頁,平成10年8月)にもマキサカルシトール軟膏がタカルシトール軟膏よりも効果が高いことが記載されている。A医師(以下「A医師」という。)は,乙15の混合物中のタカルシトールをより治療効果の高いビタミンD3類似体の他の製剤に置き換えて処方しようと思うのは道理であり,平成11年の時点で「本論文に用いられているTV-02・BMV混合物中のタカルシトール軟膏に代えてマキサカルシトール軟膏をBMV軟膏と混合して処方しようと考えるのは想像に難くない」と述べている(乙50)。 控訴人が主張する「本件優先日当時,ビタミンD3類似体と他の成分とを混合することは避けるべきである。 という無条件の包括的な技術常識は存在し 」ない。 控訴人がそのような技術常識の存在の根拠として挙げる各証拠が念頭に置く「ビタミンD3類似体」は,いずれもカルシポトリオール(ドボネックス軟膏)であり,これらの文献に記載されている混合を避ける理由は,ドボネックス軟膏に,pH調整剤として作用するリン酸二ナトリウム水和物及び精製水が添加されているために(甲28)ステロイドのような酸性で安定な薬剤との混合により基剤pHが変化し, ,ビタミンD3類似体やステロイドがもはや最適ではないpHの基剤にさらされて不安定化するからである。これらの文献は,ビタミンD3類似体が酸性(低pH)の基剤にさらされる事態が生じない混合については全く想定していない。したがって,本件優先日当時,一般的に上記技術常識が存在したとはいえない。 乙15発明を構成するTV-02軟膏とBMV軟膏の基剤は,いずれもワセリンをベースとする水を含まない油脂性基剤であるから,甲30,33が指摘するpHの問題は生じない。乙15発明に係る混合軟膏に含まれる活性成分の安定性に特段問題がないことに関し,B医師(以下「B医師」という。)は,臨床現場では,活性型ビタミンD3であるタカルシトール外用薬とステロイド外用薬の混合処方が一般的に行われていたと述べており,乙15に接した本件優先日当時の当業者は,pHの問題の生じない上記TV-02軟膏とBMV軟膏の混合軟膏について,その安定性を特に問題視することはなかった。 また,軟膏の基剤として,白色ワセリンや流動パラフィンという非水性成分を用いることは一般的であり,控訴人が主張するカルシポトリオール軟膏において生じた安定性の問題が,乙15等では起こる条件が存在しない。すなわち,乙15の試験が実施された当時から既に市販されていたベタメタゾン吉草酸エステルを含む軟膏であるリンデロン-V軟膏0.12%(乙4)もベトネベート軟膏(乙22)も,添加物は流動パラフィン及び白色ワセリンである。そして,本件原出願日当時,公知であったマキサカルシトール軟膏の基剤は,無水エタノール及び中鎖脂肪酸トリグリセライドを加えた白色ワセリン(乙16)又は3%ココナッツオイルを含む白色軟パラフィン(白色ワセリン)(乙34)であり,いずれも水が添加されていない。 したがって,公知のマキサカルシトール軟膏を公知のベタメタゾン吉草酸エステル軟膏と混合することで活性成分が分解するリスクは存在しなかったといえる。 以上からすると,当業者が,乙16,17,34及び35に基づき,タカルシトール軟膏よりも優れた乾癬治療効果が報告されているマキサカルシトール軟膏を乙15発明のタカルシトール軟膏と置換して,マキサカルシトール及びベタメタゾンの双方を含む医薬組成物を想到することは容易になし得たものである。 イ 本件発明12の効果について 本件発明12の効果は,以下のとおり,乙15に実質的に開示されているか,他の証拠から予測可能な効果である。 「より早い治癒開始」について 乙15は,D3+BMV混合物とタカルシトール単剤(TV-02軟膏)との比較について,TV-02軟膏は効果発現までの時間がBMV軟膏よりも長くかかったのに対し,D3+BMV混合物は効果発現までの時間についてBMV軟膏と差がなかったとの結果に基づいて,D3+BMV混合物の効果として「TV-02軟膏の遅効性の改善」を認定しているのであるから,本件発明12の「より早い治癒開始」の効果は乙15において実質的に開示されている。 また,D3+BMV混合物とBMV単剤(BMV+Petrol混合物)との比較では,乙15の表3の症例21について,BMV単剤では治療期間21日の時点で治療効果が3であったことが記載されている以上,14日の時点の治療効果は3に達していなかったと考えるのが合理的である。加えて,本件優先日当時,ビタミンD3類似体と局所用ステロイドの併用処置が各単剤の単独処置よりも早い治癒開始効果を示すことは公知であったから(乙43),乙15に接した当業者は,表3の症例20〜23の結果から,D3+BMV混合物の「より早い治癒開始」の効果を肯定的に捉えるものと理解される。 そして,乙15に記載されている治療効果の数値は皮膚科専門医がその知識と経験に基づいて評価したものであり,乙15に接した当業者が,上記のとおり,乙15に記載された治療効果が示唆するD3+BMV混合物のBMV単剤に対する「より早い治癒開始」の効果を理解できないとは考え難い。 乙15と同時期に公表された乙36,49に,TV-02軟膏又はBMV軟膏を単独塗布した場合に,投与期間とともにどのような経過(速度)で改善されるかを示す折れ線グラフ(乙36の図2及び乙49の図3)が開示されていることからすると,本件優先日当時,乙15に接した当業者は,BMV軟膏単独塗布部とTV-02・BMV塗布部の上記比較結果に係る乙15の上記記載と乙36,49の知見に基づいて,TV-02・BMV混合物とBMV軟膏の治療効果の経時的変化をおおよそイメージすることは可能であったと解される。 「より有効な斑治癒」について 本件発明12の効果は,共通の疾患に対して異なる作用機序に基づき治療効果を発揮する単剤を組み合わせれば当然に予測される相加効果にすぎない。 そして,乙15では,表3の症例20〜23中,症例22及び23で,治療効果の大きさの点で,D3+BMV混合物がBMV単剤(BMV+Petrol混合物)に優れていることが示されており,これらの結果について「BMV・ワセリン塗布部での皮疹の改善程度がTV-02・BMV塗布部より若干低い傾向がうかがわれた」と記載されている(433頁右欄10行〜12行)。 また,乙15は,表3の症例24〜26の比較試験結果について, 「TV-02軟膏とステロイド軟膏との等量混合による治療は各々の濃度を半分に下げることにはなるが,その効果は 0.12% betamethasone 軟膏単独塗布の効果に匹敵するものである・・・」(434頁右欄下から1行〜435頁左欄4行)と記載している。 さらに,乙15は,表2のTV-02軟膏塗布部とBMV軟膏塗布部の比較検討において,両者の改善スコアに有意差は認められないと記載している(433頁左欄8行〜17行)。 したがって,乙15からは,TV-02軟膏とステロイド軟膏との等量混合による治療は,各々の濃度を半分に下げることになるが,それでも,TV-02軟膏とステロイド軟膏の各単独塗布の効果に匹敵することが理解される。これは,本件明細書の【図1】による合剤と単剤の比較(合剤に含まれる各活性成分の濃度は単剤のそれと同じ)とは異なるが,濃度が半分になったTV-02軟膏とステロイド軟膏の治療効果が,等量混合において,損なわれることなく,相加的に現れたもの(つまり,1/2+1/2=1)と解され,本件発明12の効果と同じ効果が実質的に開示されているといえる。 副作用緩和の効果 ビタミンD3類似体と局所用ステロイドをそれぞれ朝と夕方に適用した場合に,ビタミンD3類似体を単独で適用した場合に観察される皮膚刺激副作用が緩和されるという効果は,甲16や乙43に記載されているものであり,乙37の「考察」においても,紅斑の原因と考えられているカルシポトリオールの刺激作用が局所用ステロイドの抗炎症作用によって中和される可能性があることが記載されているので,ビタミンD3類似体の皮膚刺激作用は,同時に適用された局所用ステロイドの作用によって緩和されることを合理的に予測できる。 また,皮膚刺激の副作用は,控訴人の扱うカルシポトリオールにおいて特に顕著に見られる副作用である。タカルシトール軟膏について,乙15と同時期に公表された乙36でTV-02軟膏との因果関係が不明な副作用が3例(3.5%)発生したとしか記載されていない。したがって,乙15にステロイドの副作用及びD3+BMV混合物による同副作用の緩和効果は記載されているが,D3+BMV混合物による皮膚刺激の副作用緩和効果が記載されていないのは当然のことである。 ウ 相違点2について 相違点2の存在が認められないこと 基剤にワセリン等の油性成分と水等の水性成分が含まれる場合,保存剤や界面活性剤などの添加物が必要になる(甲26)が,乙15にはTV-02軟膏のワセリン基剤に添加物が含まれている旨の記載がない。したがって,TV-02軟膏のワセリン基剤に添加物は含まれておらず,水も添加されていなかったと理解することができる。 また,乙15のTV-02軟膏塗布とワセリン塗布の比較試験は,TV-02軟膏の活性成分であるタカルシトールの治療効果を明らかにするための試験であるから,対照実験たるワセリン塗布は,タカルシトールを含むこと以外の条件,すなわち,塗布する組成物の基剤及び添加物をはじめ,剤形,用法,用量,評価方法,対象疾患等はTV-02軟膏塗布と同様である必要がある。特に外用薬の活性成分の効果を調査する試験において基剤をそろえることが重要であることは,基剤が活性成分の治療効果に直結する経皮吸収性や安定性に重大な影響を与えることからも明らかである。 そして,乙15で使用された0.12%BMV軟膏は,当時市販されていたベタメタゾンを有効成分とする軟膏「リンデロン-V軟膏0.12%」又は「ベトネベート軟膏」のいずれかであると合理的に推測され,これらの添付文書によると,軟膏の添加物は流動パラフィンと白色ワセリンのみであって「水」は記載されていない(乙4,22)。 相違点2の容易想到性 仮に相違点2が認定されるとしても,前記のとおり「ビタミンD3類似体と他の成分とを混合することは避けるべきである」という技術常識は存在せず,安定性の問題は存在しなかったから,乙15発明に,いずれも非水性の基剤が用いられていた市販のベタメタゾン吉草酸エステル軟膏,乙16,17,34のマキサカルシトール軟膏を組み合わせて,非水性組成物の本件発明12を想到することは,当業者が通常行う基剤の選択であり,何らの困難性もない。 また,仮に安定性の問題が存在するとしても,pHによる安定性の問題は,オキソニウムイオンと水酸化物イオンの存在に起因するので,水がなければそのような問題は除かれるか,少なくとも軽減されるのであり,本件優先日当時,pHに起因する活性成分の分解を回避するために基剤を非水性にすることは周知技術であった(乙39) そして, 。 当時知られていたベタメタゾン吉草酸エステル軟膏やマキサカシトール軟膏の基剤はいずれも非水性であったから,当業者であれば非水性組成物とすることは容易に想到できた。 エ 相違点3について 相違点3の容易想到性について a 動機付け (a) 副作用軽減の観点からの動機付け 乙15には,TV-02軟膏及びBMV軟膏にそれぞれ副作用があることが記載されているところ,D3+BMV混合物はこれらを混合して作製されたものであるから,これらの副作用はそのまま混合物にも当てはまる。上記副作用は本件優先日において周知である(乙35,43,44)から,乙15発明に関して,副作用低減の観点から投与量を減少させるために,適用回数を1日2回から1回にすることは動機付けられる。 (b) 治療効果の観点からの動機付け BMV軟膏の濃度を増加させることで,その乾癬治療効果が高まることが知られており,また,乙15は,TV-02軟膏の乾癬治療効果は1μg/gよりも2μg/gの方が高いことを示しているから,当業者は,D3+BMV混合物に各単剤に含まれる有効成分と同じ濃度の有効成分(すなわち,2μg/gのタカルシトールと0.12%のベタメタゾン吉草酸エステル)が含まれるよう調整すれば,乙15発明の治療効果より高い治療効果が得られることを予測することができる。適用回数を1日1回とするか,1日2回とするかは,所期する治療効果,副作用の程度,適用遵守の容易性を考慮して,当業者が適宜行うことにすぎないから,乙15発明について,D3+BMV混合物に含まれる有効成分の濃度を,安全性が確立されている範囲(単独投与する場合の適正濃度)で増加させることにより治療効果を高めつつ,適用遵守の容易性の観点から1日1回の適用回数を試みることは,当業者が通常行うことである。 (c) 適用遵守の観点からの動機付け 患者の適用遵守は,適用回数を1日1回とする強力な動機付けである。当業者は,他の条件が許せば,外用薬の適用回数を1日1回にしようとする。また,本件原出願日当時,乾癬の外用療法一般について適用遵守の向上が重大な課題であったことは,本件明細書の段落【0005】の記載,乙25,34,45から明らかであり,乾癬治療外用薬であるタカルシトールとベタメタゾンの合剤についても適用遵守の向上のために1日の適用回数を減少させるという動機付けがあった。 (d) マキサカルシトールとベタメタゾンの合剤の適用回数を1日1回とすることの動機付け 本件優先日当時,市販の0.12%ベタメタゾン吉草酸エステル軟膏の1日の適用回数は「1〜数回」とされており,マキサカルシトール軟膏について,乙17,34には,1日1回のマキサカルシトール軟膏が,尋常性乾癬の管理に効果的であり,25μg/gで最大の効果を示すことが記載されている。このことからすると,当業者は,本件原出願日当時,ベタメタゾン吉草酸エステルもマキサカルシトールも,乾癬の治療のために1日1回の処置でその治療効果を発揮し得ることを認識していた。そうすると,乙15に接した当業者は,マキサカルシトール軟膏とベタメタゾン吉草酸エステル軟膏の合剤についても各単剤の治療効果以上の効果が得られると合理的に予測でき,合剤も1日1回の処置でその治療効果を発揮し得ることを予測できたといえ,この予測は,合剤の適用回数を1日1回とする動機付けになる。 b 構成の容易想到性 外用薬の適用回数は臨床上1日1回か2回が通常であり,当業者はそのいずれかを種々の観点から適宜判断して決めるものであって,混合調製した合剤を1日1回適用する場合の各有効成分の最適濃度を選択することは,当業者の通常の創作能力の発揮にすぎない。 乙24,25は,適用遵守の容易性の観点から,4μg/g のタカルシトール軟膏を1日1回適用して良好な治療効果を得たことを開示することで,タカルシトール軟膏の適用に関して,適用回数を減らしても濃度を増加させれば治療効果を維持できることを示している。乙15のD3+BMV混合物では各活性成分濃度が単剤のそれの半分であるから,当業者は,乙15発明において各活性成分濃度を単剤のそれと同等にすることは,安全性及び有効性に問題はなく,その状態で適用回数を1日1回にしても治療効果を維持できることは容易に理解したと解される。 控訴人の主張する副作用との関係では,考慮すべきは投与量(累積使用量)であり,濃度を2倍にする代わりに1日2回適用を1日1回適用に減らす場合でも,1日の投与量は基本的に変わらないから,副作用が大きくなるものではない。 相違点3の効果について 適用回数の減少により,薬剤塗布による患者負担が軽減し,患者の利便性が改善し,適用遵守が向上すること,その結果,正しい用量の適用が確保され,治療効果が改善し,生活の質が改善されることは,理論的に予測可能であり,かつ,先行する公知文献(乙25,34,45)に記載されており,周知な事項である。 したがって,相違点3の効果は当業者にとって容易に予測できるものである。 (4) 当審における被控訴人らの主張(乙40を主引例とする特許法29条2項違反について) ア 乙40発明 乙40(欧州特許出願公開第0129003号明細書)には,以下のような内容の発明(以下「乙40発明」という。)が記載されている。 a ヒトにおいて乾癬を処置するための皮膚用の非水性医薬組成物であって, b 1α-ヒドロキシコレカルシフェロール又は1α,25-ジヒドロキシコレカルシフェロールからなる第1の薬理学的活性成分A,及び c ヒドロコルチゾン又はその酢酸エステルからなる第2の薬理学的活性成分B,並びに d アーモンドオイル及び白色軟パラフィンなどの少なくとも一つの薬学的に受容可能な非水性キャリアを含む, e 医薬組成物 イ 本件発明12との対比 (一致点) a どちらも,ヒトにおいて乾癬などの皮膚障害を処置するための皮膚用の非水性医薬組成物である。 b どちらも,ビタミンD3類似体である第1の薬理学的活性成分Aを含む。 c どちらも,コルチコステロイド又は薬学的に受容可能なそのエステルである第2の薬理学的活性成分Bを含む。 d どちらも,少なくとも一つの薬学的に受容可能な非水性キャリアを含む。 e どちらも,医薬組成物である。 (相違点) 本件発明12と乙40発明は,第1の薬理学的活性成分Aとして,本件発明12では,「マキサカルシトール」が特定されているのに対し,乙40発明では,「1α-ヒドロキシコレカルシフェロール又は1α,25-ジヒドロキシコレカルシフェロール」が特定されている点(相違点1),第2の薬理学的活性成分Bとして,本件発明12では, 「ベタメタゾン又は薬学的に受容可能なそのエステル」が特定されているのに対し,乙40発明では, 「ヒドロコルチゾン又はその酢酸エステル」が特定されている点(相違点2)で相違する。 また,乙40発明において,乙40の表 III 及び表 IV に記載された試験結果について,接触皮膚炎を処置することは具体的に記載されているものの,乾癬を処置することが具体的に記載されているとまではいえないとするならば,上記相違点1,2に加えて,本件発明12では, 「乾癬」と特定されているのに対し,乙40発明では,「接触皮膚炎などの皮膚障害」と特定されている点(相違点3)も相違する。 そして,本件発明12は医学的有効量で1日1回局所適用されるものであるのに対し,乙40発明はそのような特定がされていない点(相違点4)でも相違する。 ウ 乙41(特開昭63-183534号公報)に記載された発明(以下「乙41発明」という。) 乙41には,ビタミンD3類似体であるマキサカルシトールを含有する乾癬を治療するための軟膏の発明が記載されている。 エ 乙42(ベトネベート軟膏の医薬品添付文書)に記載された発明(以下「乙42発明」という。) 乙42には,コルチコステロイドである吉草酸ベタメタゾンを含有する,乾癬を治療するための軟膏の発明が記載されている。 オ 乙37(T.RUZICKA ほか「Comparison of calcipotriol monotherapy anda combination of cacipotriol and betamethasone valerate after 2 week’streatment with calciportriol in the topical therapy of psoriasis vulgaris:amuliticentre, double-blind,randomized study」British Journal of Dermatology138:254 頁〜258 頁,1998 年)に記載された発明(以下「乙37発明」という。) 乙37には,相加的又は相乗的な効果が理論的に期待できるビタミンD受容体に作用するカルシポトリオールとグルココルチコイド受容体に作用する吉草酸ベタメタゾンとを組み合わせて,乾癬を治療する発明が記載されている。 カ 相違点に関する容易想到性の判断 相違点1の容易想到性について 乙41には,ビタミンD3類似体であるマキサカルシトールを含有する,乾癬を治療するための軟膏の発明が記載されており,マキサカルシトールは,1α,25-ジヒドロキシビタミンD3のようにカルシウム上昇作用を示すおそれがないこと,マキサカルシトールの乾癬への治療効果は,1α,25-ジヒドロキシビタミンD3よりも優れていることが記載されている。 そして,医薬の分野において,治療効果の向上は当業者に自明の課題であるから,より治療効果の高い乾癬処置用軟膏を得るために,乙41発明に基づき, 「1α-ヒドロキシコレカルシフェロール又は1α,25-ジヒドロキシコレカルシフェロール」に代えて,マキサカルシトールを用いることは当業者が容易に想起し得たことである。 相違点2の容易想到性について 乙42には,コルチコステロイドである吉草酸ベタメタゾンを含有する,乾癬を治療するための軟膏の発明が記載されている。また,乙37には,相加的又は相乗的な効果が理論的に期待できるビタミンD受容体に作用するカルシポトリオールとグルココルチコイド受容体に作用する吉草酸ベタメタゾンとを組み合わせて,乾癬を治療する発明が記載されている。 したがって,乙40発明において,乙42発明及び乙37発明に基づき, 「ヒドロコルチゾン又は薬学的に受容可能なそのエステル」に代えて,同じコルチコステロイドであり,かつビタミンD3類似体と組み合わせることにより乾癬への相加的又は相乗的な効果が得られることが知られている「ベタメタゾン又はその薬学的に受容可能なそのエステル」を用いることは,当業者が容易に想起し得たことである。 相違点3の容易想到性について 乾癬は,原因が未だ明確に解明されていない疾患であり,通常,ビタミンD3類似体やコルチコステロイドの軟膏で局所処置を行う場合,その処置は生じた皮膚症状を抑える対症療法となる。 乙40の表 III 及び表 IV に記載された症状には,乾癬患者においても見られ得る症状が含まれており,また,乾癬の治療効果をみるための評価方法の一つとして知られているPASIでも当該評価項目に対応又は類似する項目がある。乙40の記載事項の中には, 「乾癬の場合,この発明の皮膚科用組成物の局所適用により,数週間以内にかゆみおよび鱗屑の消失が得られた。との乾癬の処置に対する具体的な言 」及も存在する。 そして,ビタミンD3類似体及びコルチコステロイドは,乾癬の処置に使用できることが本件優先日当時に既に広く知られていた物質である(乙37,41,42)。 したがって,本件優先日当時,乙40発明において,接触皮膚炎などの皮膚障害」 「として,「乾癬」を具体的に採用することは,当業者には格別困難なことではない。 相違点4の容易想到性について 本件発明12と乙15発明の相違点3と同様に,相違点4は容易想到である。 相違点に関する効果 乙40発明より,より早い治癒開始効果,より有効な斑治癒効果,副作用緩和効果が得られることも,当業者が予測し得たことである。 キ なお,控訴人は,乙40を主引例とする被控訴人らの主張は時機に後れたものであると主張する。しかし,乙40は原判決後に見つけた文献であるから,被控訴人らに故意又は重大な過失はない。また,被控訴人らは,乙40に基づく主張を控訴審において被控訴人らが主張を述べる最初の機会に提出しているから,時機に後れたものではない。さらに,控訴審における本件訴訟の進行等に照らすと,訴訟の完結を遅延させるものでもない。 また,控訴人は甲40に基づく主張をするが,甲40の表を誤訳しており,95.1%が分解されているのは,甲40の原文の表から明らかなように,カルシトリオール(1,25-ジヒドロキシコレカルシフェロール)ではなく,カルシポトリオールであり,カルシトリオールの分解率は,同表によると,1か月後に27.5%,3か月後に45.0%である。また,乙40と甲40とでは,活性成分量が40倍又は500倍も異なっている上,甲40の40℃の温度は,加速条件と呼ばれるもので,甲40に記載された加速条件下での1か月又は3か月の安定性の試験結果からでは,乙40に記載された試験期間中の乙40に記載された軟膏の安定性の議論をすることはできない。 (5) 当審における控訴人の主張(乙40を主引例とする特許法29条2項違反について) ア 時機に後れた攻撃防御方法 原審において,本件発明1〜4,11,12の進歩性については,既に一度攻撃防御が尽くされており,被控訴人らは,この点に関する主張立証の機会を十分に有していたから,被控訴人らの乙40を主引例とした進歩性欠如の無効理由の主張は,時機に後れたものであり,かつ,被控訴人らには,故意又は重大な過失がある。 また,控訴人としても反論のために新たな主張立証を行う必要があり,訴訟の完結が遅延することとなることも明らかである。 したがって,乙40を主引例とする被控訴人らの主張は,時機に後れた攻撃防御方法として却下されるべきである。 イ 乙40がビタミンD3類似体と局所用ステロイドを混合した医薬組成物を開示するものではないこと 乙40の表 III,IV では,1α-ヒドロキシコレカルシフェロールを含有する軟膏を,接触皮膚炎の局所処置に使用しているが,1α-ヒドロキシコレカルシフェロールは,活性化のため肝臓において変換される必要があるもので,現在まで,局所投与剤としては,接触皮膚炎を含むいかなる皮膚炎の治療剤としても認可されていない。ビタミンD3類似体は,皮膚刺激性を有し,皮膚の発赤などを引き起こしたり,接触過敏症応答を増加させたりすることが当業者に周知であったため,接触皮膚炎を含むいかなる皮膚炎の治療剤としても使用されていなかった。 また,上記の表 III,表 IV に示される試験では,治療対象とした「接触皮膚炎」がいかなる原因物質で引き起こされたものであるのか,いかなる身体上の部位における接触皮膚炎を治療対象としたのか,さらに,試験の間,患者が当該接触皮膚炎を引き起こした物質に暴露され続けたのか否かについてさえ明らかにされていない。 上記の表 III,IV で試験された組成物は担体として30%アーモンド油及び70%白色軟パラフィンを含むものであり,これらの成分を含む皮膚軟化剤組成物は,接触皮膚炎を和らげ,報告されているような症状を軽減することが知られているので,上記の表 III,表 IV に示される試験は単にこれらの担体成分の効果を確認するものにすぎないと理解される。 乙40において実施例1〜16として具体的にその組成が開示される組成物は,1α-ヒドロキシコレカルシフェロール又は1,25-ジヒドロキシコレカルシフェロールを含むのみであって,酢酸ヒドロコルチゾンを含有するものは開発されておらず,いかなる組成で添加したのか,単に適用時に混合したのみかも明らかではない。 1,25-ジヒドロキシコレカルシフェロールを50μg/g含有する軟膏に0.5%(w/w)となるように酢酸ヒドロコルチゾンを添加すると,40℃での保存条件下で3か月後には,1,25-ジヒドロキシコレカルシフェロールの95.1%が分解される(甲40)ので,有用な治療剤とはなり得ない。 以上からすると,乙40において, 「1α-ヒドロキシコレカルシフェロール0.1μg/g及び0.5%(w/w)酢酸ヒドロコルチゾンを含有する軟膏」が「医薬組成物」として開示されているとはいえない。 ウ 相違点3の容易想到性について 乙40の表 III と表 IV の試験結果が「接触皮膚炎」の治療における何らかの治療効果を表すとしても,原因物質との接触により引き起こされる急性疾患である接触皮膚炎と,自己免疫疾患の一つの慢性疾患である乾癬は異なる病因を有するもので,単にこれらが類似の症状を有するからといって,接触皮膚炎の治療に有効性を示す薬剤が,乾癬の処置においても同様に有効であるとは理解されない。 また,上記の表 III,IV の試験で用いられた軟膏は,0.1μg/gの1α-ヒドロキシコレカルシフェロールを含有するものであるが,当該濃度は,1α-ヒドロキシコレカルシフェロールの活性化化合物である1,25-ジヒドロキシコレカルシフェロール(カルシトリオール)を有効成分とする乾癬治療用局所適用剤の市販品における有効成分濃度の30分の1でしかなく,さらに1α-ヒドロキシコレカルシフェロールは,活性化のために酵素による変換を必要とするものであるが,皮膚においてはこの酵素は極めて少量しか存在しないことからすると,このような低濃度で1α-ヒドロキシコレカルシフェロールを含有する薬剤を局所適用することにより,乾癬が治療し得るということは,技術常識に反していて,当業者には理解されない。 乙40の6頁の最終段落から7頁の最初の段落にかけて,乾癬を有する患者を0.1μg/gの1α-ヒドロキシコレカルシフェロール及び1000U/gのビタミンAを含有する軟膏の局所適用によって治療したことが記載され,1α,25-ジヒドロキシコレカルシフェロールについても同様の記載があることに鑑みると,乙40の1α-ヒドロキシコレカルシフェロール及び1α,25-ジヒドロキシコレカルシフェロールの試験は,ビタミンD3類似体と共にビタミンAを含有する軟膏で行われたものと考えるのが自然である。そして,ビタミンAは乾癬の局所製剤として治療効果を示すことが知られたものであり(甲38),上記のとおり,乙40の試験におけるビタミンD3類似体の濃度は明らかに低すぎるから,ビタミンA成分によってもたらされる乾癬治療効果を示すものにすぎない。 そして,乾癬の治療に用いられる,マキサカルシトールを単一の有効成分とするオキサロール軟膏は,副作用として接触皮膚炎を引き起こすとされ(甲51,乙3),1α,25-ジヒドロキシコレカルシフェロール(カルシトリオール)を含む乾癬治療剤Silkis軟膏の患者用添付文書においても,接触皮膚炎が副作用の一つとして記載されている(甲52)。 したがって,当業者が,乙40組成物を乾癬の局所処置に使用するという動機付けを得たとは認められない。 エ 相違点1,2の容易想到性等について 上記イ,ウのとおり,当業者が乙40に接したとしても,乾癬の治療効果はおろか,接触皮膚炎における治療効果についても理解できないのであるから,乙40を乙41と組み合わせ,1α,25-ジヒドロキシコレカルシフェロールをマキサカルシトールに代えることを動機付けられることはないし,吉草酸ベタメタゾンを含有する乾癬を治療するための軟膏を開示する乙42も,本件発明12についての動機付けを基礎付けるものではない。 また,乙40は,上記のようなものであるから,乙40は,本件発明12の効果を予想させるものではない。 オ 相違点4の容易想到性等について 乙40は, 「接触皮膚炎」において1日2回又は3回の局所適用を示唆するものであるから,1日1回局所適用で「接触皮膚炎」を治療し得ることを何ら示唆するものでなく,さらに, 「乾癬」の治療において,1日1回局所適用を動機付けるものとはいえない。 また,乙40からは, 「1日1回投与により,乾癬患者の大多数,特に非遵守者群の生活の質を実質的に改善し得る,医薬組成物を提供し得た。 という本件発明12 」の効果は予想できない。 カ 乙40発明における「非水性」について,乙40においては,その組成物が非水性である旨の記載はないから,乙40発明を「非水性」と認定することはできず,この点も相違点となる。 |
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当裁判所の判断
無効理由2-1(乙15を主引例とする特許法29条2項違反)の有無から判断するに,当裁判所も,以下に判示するとおり,本件発明12に係る本件特許は,乙15発明を基礎にして本件優先日当時の当業者が容易に発明をすることができたものであって,特許法29条2項違反の無効理由があり,同様に本件発明1〜4,11に係る本件特許にも同項違反の無効理由があると判断する。 1 乙15の記載内容 乙15の記載内容は,以下のとおり補正するほかは,原判決28頁19行目から30頁5行目までと同頁記載の表のとおりであるから,これを引用する。 (1) 原判決29頁4行目「行った」を「行なった」と改める。 (2) 原判決29頁14行目「と0.12%」を「と,0.12%」と改める。 (3) 原判決29頁15行目「残り3例」を「残りの3例」と改める。 (4) 原判決29頁18行目から24行目までを以下のとおり改める。 「エ 行(「結果」) 「TV-02軟膏塗布部の改善スコアーの平均値は2.50±0.46であり,コントロールのBMV軟膏布部スコア―(2.54±0.55)と有意差は認められないが,改善するまでの時間がBMV軟膏塗布よりも長くかかる(TV-02軟膏塗布部:20.2±5.5日;BMV軟膏塗布部:15.5±2.8日)・・・ 。 TV-02軟膏の遅効性の改善を目的として,TV-02軟膏と0.12%のBMV軟膏の相乗効果について検討した(表3)。BMV軟膏単独塗布部とTV-02・BMV塗布部の間には効果発現および有効性に差はなく,TV-02軟膏単独塗布における遅効性がBMV軟膏を加えることによって改善されることがわかった。また,BMV・ワセリン塗布部での皮疹の改善程度がTV-02・BMV塗布部より若干低い傾向がうかがわれた。」 (5) 原判決30頁1行目「下げることになるが」を「下げることにはなるが」と改める。 2 本件発明12と乙15発明の対比 (1) 前記1の記載内容によると,乙15には,「ヒトにおいて乾癬を処置するために皮膚に塗布するための混合物であって,1α,24-dihydroxycholecalciferol(タカルシトール)及びBMV(ベタメタゾン吉草酸エステル)を含有し,ワセリン等を基剤として含有する非水性混合物の軟膏で,皮膚に1日2回塗布するもの」が記載されていると認められる。 また,本件明細書の段落【0022】及び弁論の全趣旨によると,「単相組成物」とは,軟膏などの単一の溶媒系を含む組成物であると認められるところ,乙15発明は,上記のようにワセリン等からなる軟膏であるから, 「単相組成物」に該当するものといえる。 そして,このような乙15発明と本件発明12とを対比すると,両発明は,「ヒトの乾癬を処置するための皮膚用の非水性医薬組成物であり,ビタミンD3の類似体からなる第1の薬理学的活性成分A及びベタメタゾン又は薬学的に受容可能なそのエステルからなる第2の薬理学的活性成分B並びに少なくとも一つの薬学的に受容可能なキャリア,溶媒又は希釈剤を含む単相組成物の形態の軟膏であって,白色ワセリン,パラフィンオイル,ポリエチレンおよび流動パラフィン,又は微晶質ワックスのような基剤を含み,医学的有効量で局所適用されるもの」の点で一致し,相違点1(本件発明12はビタミンD3類似体である第1の薬理学的活性成分Aとしてマキサカルシトールを含有しているのに対して,乙15発明は1α,24-dihydroxycholecalciferol [タカルシトール]を含有している点。 及び相違点3 ) (本件発明12は医学的有効量で1日1回局所適用されるものであるのに対し,乙15発明は医学的有効量で1日2回局所適用されるものである点。 において相違すると認 )められる。 (2) この点について,控訴人は,乙15は,その研究目的がTV-02軟膏を単独適用することであって,TV-02軟膏とBMV軟膏の混合による単剤適用よりも改善された治療効果の発揮を検討し,その治療効果を確認したものではないから,先行文献として不適当なものであると主張する。 確かに,乙15の研究の主目的は,TV-02軟膏の単独適用による乾癬治療にあるが,前記1の乙15の記載内容からすると,乙15には,ビタミンD3の類似体からなる第1の薬理学的活性成分Aとベタメタゾン又は薬学的に受容可能なそのエステルからなる第2の薬理学的活性成分Bの混合物である医薬組成物が記載されていることは明らかであり,後記3(2)のとおり,その効果についても記載されているということができるから,先行文献としての適格性に欠けるところはない。したがって,控訴人の上記主張は採用することができない。 (3) また,控訴人は,相違点2(本件発明12は非水性医薬組成物であるのに対し,乙15発明は非水性組成物であるか定かではない点。 の存在を主張するが, )以下の理由により,相違点2の存在は認められない。 ア まず,乙15で用いられたTV-02軟膏について,乙15には前記1のとおり,帝人より提供されたワセリン基剤の軟膏を用いた旨の記載があるところ,非水性の油脂性基剤であるワセリン以外の成分が添加されていたことをうかがわせる記載はなく,証拠上明らかになっているTV-02軟膏(乙24,25)はいずれも白色ワセリン等の油脂性基剤を含む非水性のものである。また,乙15にTV-02軟膏塗布の比較対象にワセリン塗布が記載されていること(乙15の表2の症例1)も踏まえると,乙15のTV-02軟膏はワセリン等を基剤とする非水性組成物であったと推認することができる。 乙15で用いられたBMV軟膏についても,上記のようにTV-02軟膏がワセリン等を基剤とする非水性のものであることやBMV軟膏がワセリンと混合されていることからすると,それらと混和するのが困難な水を配合した軟膏であったとは考え難い。さらに,当時市販されていた二つのBMV軟膏(リンデロン―V軟膏,ベトネベート軟膏)が,いずれも非水性の油脂性基剤である流動パラフィン及び白色ワセリンを基剤とするものであり(乙4,22),かつA医師も,当時の国立大学病院の慣習を踏まえると,乙15では上記の市販されていたBMV軟膏が用いられたと考えられる旨述べている(乙50)。これらのことからすると,上記BMV軟膏についても,ワセリン等を基剤とする非水性組成物であったと推認することができる。 したがって,乙15発明に係る上記TV-02軟膏とBMV軟膏の混合物(D3+BMV混合物)についても,非水性組成物であったと認めるのが相当である。 イ 控訴人は,軟膏の基剤に油性成分が用いられていても,水性成分が含まれ得る場合があり,ワセリンも水を含有し得る,現にドボネックス軟膏はワセリンを基剤とするものの,精製水を含んでいるから,乙15の「ワセリン基剤」との記載から直ちにTV-02軟膏が非水性組成物とは認められず,BMV軟膏についても水が添加されていた可能性がある旨主張し,甲26〜28を提出する。 しかし,甲26は,外用剤の基剤に油性成分と水性成分が含まれる場合があることを示したものにすぎず,甲27には,ワセリンが少量の水を吸収する性質を有することが記載されているのみであり,甲28もカルシポトリオールの軟膏に関するものであって,乙15で用いられたTV-02軟膏やBMV軟膏に水が含有されていることを示すものではなく,上記アの認定を左右するものではない。 (4)ア 仮に乙15発明が非水性ではなかったとしても,証拠(乙4,16,22,52,56)及び弁論の全趣旨からすると,本件優先日当時,乙15で用いられていたビタミンD3類似体であるタカルシトールを含む非水性の軟膏とベタメタゾンを含む非水性の軟膏のいずれもが市販されていたこと,マキサカルシトールの非水性軟膏の存在も公知となっていたこと,2種類の有効成分が一つの非水性の軟膏中に含まれる市販薬が複数市販されていたことがそれぞれ認められ,これらの事実を考え併せると,当業者がタカルシトール又はマキサカルシトールとベタメタゾンの双方を含む非水性の軟膏を調整することは容易になし得たものと認められる。 イ この点について,控訴人は, 「非水性」との特定は,ビタミンD3類似体と局所用ステロイドを安定に組み合わせるための構成であるという点において,重要な意味を有しているから,相違点2は容易想到ではない旨主張する。 しかし,証拠(甲41の表7,甲54,乙52)及び弁論の全趣旨によると,タカルシトール軟膏(商品名ボンアルファ軟膏)とベタメタゾン軟膏(商品名リンデロンVG軟膏)とを混合した医薬組成物について,非水性であるにもかかわらず,活性型ビタミンD3含量が経時的に低下することが認められる。他方,甲41の表7では,タカルシトールと水性と推認される局所用ステロイドの各種クリームを混合した医薬組成物では,活性型ビタミンD3含量の低下が見られないことも示されている。 そうすると,ビタミンD3類似体と局所用ステロイドの安定配合が,水の有無,すなわち,医薬組成物が水性であるか又は非水性であるかによって左右されるとは認められず,控訴人の上記主張はその前提を欠いている。 3 相違点1の容易想到性等について (1) 動機付けについて ア 乙16の記載事項 原判決32頁20行目の「行った」を「行なった」と補正するほかは,原判決31頁26行目から32頁20行目のとおりであるから,これを引用する。 イ 乙17の記載事項 原判決32頁22行目から34頁3行目のとおりであるから,これを引用する。 ウ 乙35の記載事項 本件優先日以前に頒布された刊行物である「皮膚病診療 Vol.20 No.8 1998」の678頁〜682頁に掲載されたA医師の「乾癬の新しい治療薬」 (乙35)における以下の記載によると,乙35には,乾癬治療剤としてのタカルシトールがカルシポトリオールに比べて効果が弱いものであること,ヨーロッパにおいてタカルシトール軟膏が1日1回外用で承認されていること及びマキサカルシトール(OCT)軟膏がカルシポトリオール軟膏と同等の効果を有することが記載されていると認められる。 「本邦においては1α,24- (OH) D3 2 (tacalcitol)軟膏またはクリーム(1g中に tacalcitol を2μg含有)が発売されているが,残念ながら,効果が弱いため,ステロイド外用剤との併用を行わざるをえない。tacalcitol は1α,25-(OH)2D3と表皮細胞増殖抑制および分化促進作用に対する効果は同等である。(6 」80頁左欄11行〜17行) 「局所的副作用としての発赤,灼熱感などの皮膚刺激性があるが,その頻度はtacalcitol 軟膏は1%であり,顔面にも使用可能である。ヨーロッパにおいてはtacalcitol を4μg含有する軟膏が1日1回外用で承認されているが,これもcalcipotriol 軟膏に比べ,効果が弱い。tacalcitol 軟膏では calcipotriol 軟膏と異なり,顔面に対しての使用も可能である。 (680頁左欄下から10行〜3行) 」 「将来的には本邦においても現在の tacalcitol 軟膏,クリームよりも効果の高いcalcipotriol 軟膏,第 III 相試験がほぼ終了しているOCT(1α,25-(OH)2 -22-(oxavitaminD3:22-Oxacalcitriol)軟膏(1g中にOCTを25μg含有し,calcipotriol 軟膏と同等の効果を有する),高濃度 tacalcitol 軟膏(1g中に tacalcitol20μg含有,現在試験中)が導入され,ステロイド剤に代わって外用療法の主体となるものと考えられる。(680頁右欄2行〜10行) 」 エ 構成の容易想到性 乙16,17,35によると,本件優先日当時の当業者には,乾癬治療剤として,タカルシトールと同じビタミンD3類似体の一種であるマキサカルシトールを含む軟膏の存在が明らかになっていたと認められる。しかも,乙17には,マキサカルシトール(OCT)は,タカルシトール及びカルシポトリオールと比べて,インビトロのケラチノサイトの増殖抑制効果が高く,臨床実験においても,乾癬の顕著な改善又は略治した割合が高い点で,カルシポトリオールよりも優れたものであると記載されていたし,乙35にも,マキサカシトールが,タカルシトールよりも治療効果が高いことが記載されている。そして,当業者はより高い治療効果を求めるものであるから,乙16,17,35に接した当業者は,乙15発明のタカルシトールを同じビタミンD3類似体であって,タカルシトールより高い治療効果を有するマキサカルシトールに置き換えようとすることを容易に想到するといえる。 この点について,控訴人は,本件優先日当時,ビタミンD3類似体と局所用ステロイドとの混合を避けるべきとの技術常識があり,動機付けがなかったと主張する。 a しかし,控訴人が提出する証拠(甲16〜19,29〜34,41〜46)のうち,甲16〜18,31〜34で念頭に置かれているのは,精製水を含むことがあるカルシポトリオールの軟膏(甲28)であると認められ,そこから直ちにビタミンD3類似体一般に共通する不安定化の課題があったと認めることはできない。 b また,その他の証拠を見ても,以下のとおり,一部のビタミンD3類似体とステロイド外用薬の組合せにおいて,不安定化が生じ得ることが本件優先日当時に判明していたとまでは認められるものの,そこから更に進んで本件優先日当時,ビタミンD3類似体を局所用ステロイドと混合すると,通常,不安定化するという技術常識があったとまで認められない。 乙15発明で用いられているものと同種のタカルシトールを含む外用薬(商品名ボンアルファ)を各種ステロイド外用薬と混合した結果を示した甲41の表7によると,実際に顕著に不安定化したのは10ある組合せのうち二つにすぎない。しかも,甲41で用いられているベタメタゾン外用薬(軟膏及びクリーム)のリンデロンVGは,ベタメタゾンの他にゲンタマイシン硫酸塩という抗生物質を含んでいるものであり(乙56) 乙15発明で用いられているBMV軟膏とは ,異なるものである。 また,前記のとおり,甲41の表7によると,控訴人の主張に従えば,水性であることから軟膏より不安定化しやすいとも思われる局所用ステロイドの各種クリームとタカルシトールとを混合した場合に,不安定化は生じなかったとされているし,甲41の表8によると,タカルシトールを高濃度に含む軟膏(商品名ボンアルファハイ軟膏)は,いかなるステロイド軟膏と組み合わせても不安定化していない。 さらに,甲41の表9について,マキサカルシトールが活性成分として含まれているオキサロール軟膏と混合して実際に不安定化したのは,18あるステロイド外用薬のうち三つにすぎない。 以上のような甲41の内容からすると,ビタミンD3類似体を,局所用ステロイドと混合すると,通常,不安定化するとまではいえず,不安定化が生じる場合も,局所用ステロイド以外の他の成分や要因といったものが,それに寄与している可能性を否定できないところである。 ? また,甲42には,リンデロンV等のステロイド外用薬は,pHがアルカリ性に傾くとエステル転移が生じ,効力が7分の1以下に低下することが記載されているものの,前記のとおり非水性である乙15発明のD3+BMV混合物のpHがアルカリ性であるとは認められず,甲42を参酌しても,乙15発明のD3+BMV混合物が不安定な医薬組成物に該当すると当業者が判断するとはいえない。 ? その他の証拠によっても,本件優先日当時,ビタミンD3類似体を局所用ステロイドと混合すると,通常,不安定化するという技術常識があったとまでは認められない。 c 以上からすると,本件優先日当時の当業者が有していた認識とは,せいぜい,ビタミンD3類似体と局所用ステロイドの組合せいかんでは不安定化する場合があり得るというものにすぎないと認められ,乙15発明のD3+BMV混合物の安定性に問題があると本件優先日当時の当業者が認識するとも認められない。 したがって,控訴人が主張するような上記 の動機付けを妨げるような技術常識の存在は認めることができない。 (2) 相違点1に係る顕著な作用効果について 控訴人は,本件発明12には, 「より早い治癒開始」「より有効な斑治癒」「副作 , ,用緩和」の優れた効果を奏するところ,これらの効果は,いずれも乙15等からは予測できない顕著なものであって,本件発明12の進歩性が基礎付けられる旨主張するので,以下検討する。 ア 作用効果に関する本件明細書の記載 原判決36頁20行目から39頁18行目及び同40頁記載の図のとおりであるからこれを引用する。 イ 前記アの本件明細書の記載からすると,カルシポトリオール(52.2μg/g)を含む単剤又はベタメタゾン(0.643mg/g)を含む単剤と比較して,それぞれの単剤と同量のカルシポトリオール(52.2μg/g),ベタメタゾン(0.643mg/g)を含む合剤が,本件明細書の【図1】にあるように, 「より早い治癒開始」及び「より有効な斑治癒」を奏していることが分かる。ただし,合剤の各成分の配合量が単剤の配合量と同じであることから,この変化率に基づく効果が各成分の相加効果であるのか相乗効果であるのかは判然としない。 加えて,本件明細書には,「より早い治癒開始」及び「より有効な斑治癒」の効果の他に,ビタミンD3類似体の皮膚刺激副作用の緩和,ステロイドによる副作用(皮膚萎縮,リバウンドなど)の低減等の「副作用緩和の効果」が得られることも説明されている。 ウ 前記イで認定したような本件発明12の効果が,乙15等から当業者に予測不可能なものであるのかについて検討すると,以下のとおりである。 まず, 「より早い治癒開始」に関して,乙15では,前記のとおり,表3の症例20〜23において,本件明細書と同じ方法,すなわち,0.12%BMV軟膏とワセリンを等量混合したBMV+Petrol混合物(0.06%のベタメタゾンを含むもの)と2μg/g濃度のTV-02軟膏と0.12%BMV軟膏を等量混合したD3+BMV混合物(1μg/gのタカルシトールと0.06%のベタメタゾンを含むもの)との比較が行われているところ,症例22及び23では,28日経過時点のD3+BMV混合物の治療効果が3(著明改善)であるのに対し,BMV+Petrol混合物の治療効果は2(中等度改善)にとどまっている。また,症例21では,D3+BMV混合物が14日経過時点で治療効果3である一方,BMV+Petrol混合物は21日経過時点で治療効果3と記載されており,この記載からすると,当業者において,D3+BMV混合物が,混合物と同濃度のBMV軟膏(BMV+Petrol混合物)より早く治癒開始がされていると理解できるといえる。 また,乙15では,前記のとおり,TV-02軟膏とBMV軟膏とを比較し,TV-02軟膏の方がBMV軟膏より改善するまでの時間が長いことを前提にしつつ,さらにD3+BMV混合物とBMV軟膏との比較を行い,TV-02軟膏単独塗布 「における遅効性が,BMV軟膏を加えることによって改善される」 (433頁右欄7行〜9行)「TV-02軟膏とステロイド軟膏との等量混合による治療は・・・T ,V-02軟膏単独塗布の遅効性も混合することによって改善することができた。 4 ( 」34頁右欄下から1行〜435頁左欄6行)との結論を導いているのであるから,D3+BMV混合物がTV-02軟膏(タカルシトール)に比してより早い治癒開始の効果を持つことについても,乙15において実質的に開示されていたといえる。 この点について,控訴人は,@乙15は,試験デザインがほとんど示されておらず,結果も不十分かつ恣意的なデータが示されているにすぎない,A症例21ではBMV+Petrol混合物も治療期間14日の時点で治療効果3であった可能性もあり,D3+BMV混合物が,BMV+Petrol混合物より早く治療効果を奏することの根拠とはならず,B症例22,23という二つの症例のみをもって,D3+BMV混合物がBMV+Petrol混合物に比べてより早く治療効果を奏したとは理解できない,C症例24〜26では,D3+BMV混合物とBMV軟膏との間に乾癬治療効果に差異はない,DD3+BMV混合物とタカルシトール単剤との比較がされていないと主張する。 a 上記@について,乙15は皮膚科の専門医により執筆されたものであって,A医師が,乙15で用いられた左右比較試験は,皮膚科領域において,個人差の影響を排除できる,現在も広く一般に用いられている確立した試験手法であり,治療効果を0〜3の4段階で評価する方法も妥当なものであるとしていること(乙50)やその記載内容に照らすと,乙15は,信用に値するものということができ,結果が不十分であるとか,データが恣意的であるということはできない。 b 上記Aについて,乙15を素直に読むと,症例21につき,BMV+Petrol混合物を塗布した部位は21日の時点で治療効果3に初めて達したものと十分理解でき,敢えて控訴人の主張のような不自然な解釈をする根拠は乏しい。 c 上記Bの症例の数について,乙15では,D3+BMV混合物が,BMV+Petrol混合物よりもより早く治癒が開始され,治療効果に優れることを示す症例が存在する一方(症例21〜23),逆にBMV+Petrol混合物がD3+BMV混合物よりも治療効果に優れる症例は存在しないから,当業者において,D3+BMV混合物が,希釈したBMV単剤よりも治療効果に優れていると判断することは十分可能である。 d 上記Cについて,乙15の症例24〜26で使用されたBMV軟膏は,D3+BMV混合物に比して2倍の濃度のベタメタゾンを含むものであって,本件明細書とは試験の条件が異なるものである。 以上からすると,本件発明12の効果の一つである「より早い治癒開始」については,本件優先日当時,当業者において,十分に予測可能なものであったといえるのであって,乙15において,D3+BMV混合物とタカルシトール単剤との比較試験がされていないこと(上記D)は,この判断を左右するものではない。 エ 次に,本件発明12の効果のうち, 「より有効な斑治癒」の点について検討するに,前記ウのとおり,乙15では,表3の症例20〜23について,症例21においてD3+BMV混合物の方がより早く最終的な治療効果に達し,症例22及び23では,D3+BMV混合物の方が最終的な治療効果が高いことが開示されており,これを踏まえ,乙15では, 「BMV・ワセリン塗布部での皮疹の改善程度がTV-02・BMV塗布部より若干低い傾向がうかがわれた」 (433頁右欄10行〜12行)との結論を導いている。したがって,乙15には,D3+BMV混合物が,濃度が同じBMV軟膏より優れた治療効果があることが開示されているといえる。 また,乙15では,前記1のとおりTV-02軟膏とBMV軟膏との比較試験が行われており,4週間塗布の場合のTV-02軟膏の皮疹の改善程度がBMV軟膏と比較して差は見られなかったとされている(434頁右欄4行〜6行)のであるから,乙15に接した当業者は,TV-02軟膏とBMV軟膏の効果はせいぜい同程度であると認識すると認められる。そうすると,上記のようにD3+BMV混合物が,濃度が同じBMV軟膏単剤適用より優れた治療効果がある以上,D3+BMV混合物が,濃度が同じTV-02軟膏単剤よりも優れた治療効果を有することも当業者において十分に認識できるといえる。 以上のとおり,本件優先日当時に乙15に接した当業者が,D3+BMV混合物が,混合物と同量のTV-02を含むTV-02軟膏単剤又は同じく混合物と同量のBMVを含むBMV軟膏単剤より優れた治療効果を有するものと理解することは十分に可能であったと認められ,乙15には,本件発明12にいう「より有効な斑治癒」の効果も開示されていたと認められる。 この点について,控訴人は,@乙15の症例21が前記のとおり治療期間14日の時点で治療効果3であった可能性があることや,症例23は,4週間治療を継続した場合の最終的な治療効果を明らかにしておらず,症例23ではワセリンによる肥厚の効果が影響している可能性があるから,乙15で有効な斑治癒の効果を奏していることを示し得るのは症例22のみである,A甲47によると,0.06%BMV軟膏は,0.12%BMV軟膏にほぼ遜色のない乾癬治療効果を有しているから,症例22も単にBMV+Petrol混合物の治療効果が下振れした例である,BD3+BMV混合物とタカルシトール単剤との比較がされていない,C本件明細書の段落【0021】の記載や補充データである甲10からすると,合剤を1日1回適用する本件発明12の乾癬治療効果は,ビタミンD3類似体とベタメタゾンを交互に併用する処置よりも優れたものであって,乙15発明から予測できない効果を有していると主張する。 a 上記@について,症例21が控訴人の主張するように解釈できないことは,前記ウで検討したとおりである。症例23についても,これを素直に読むと,28日経過時点では21日経過時点から変化がなかったために記載がされなかったと解釈でき,控訴人のような解釈を採用する根拠は見当たらない。そして,症例23について肥厚の効果が顕在化する理由は定かではなく,B医師は,ワセリン塗布によって表皮の肥厚が引き起こされる現象は,モルモットのみに認められる現象であると述べ(乙47) A医師もワセリンによる肥厚が患者に起こったことはな ,いとこれに沿う説明をしている(乙50)。 b 上記Aについて,乙15において,BMV軟膏(0.12%BMV)は,症例24〜26の14日時点で治療効果が3となっているのに対し,それを希釈したBMV+Petrol混合物(0.06%BMV)は,症例20を除き,14日を大きく超える21日時点で治療効果が3(症例21),21日時点で治療効果2(症例23),28日時点で治療効果が2(症例22)となっているから,ベタメタゾンの濃度を低くすれば,乾癬の治療効果が低減し,ベタメタゾンの濃度を高くすれば乾癬の治療効果が向上する関係にあることは,乙15から理解できる。 そして,甲47の血管収縮試験の実験結果が,実際の治療効果に正確に対応するものであるかは不明であるから,甲47に基づいて,0.06%BMVの乾癬治療効果が, 12%BMVの乾癬治療効果と大差がないとまでいうことはできない。 0. c 上記Cについて,本件明細書の段落【0021】には, 「このような(図1の)PASI スコアの変化からわかるように,本発明の製剤で処置した患者群においては,カルシポトリオールまたはベタメタゾンのいずれか一方を含む市販の製剤での処置またはこのような市販の製剤での交互処置によって現在まで達成できなかった(cf.)効果的な乾癬処置が達成され,すなわち,同一製剤中に2つの活性成分を有することの利点が示されている」との記載があり,甲10には,カルシポトリオールとベタメタゾンの合剤の1日1回適用が,カルシポトリオールとベタメタゾンを1日のうちで交互に適用した場合よりも効果が高いものであることを補足するデータが記載されている。 しかし,本件明細書において,段落【0021】及び【図1】の記載が,1日2回適用の治療効果を表したものか,1日1回適用の治療効果を表したものかについては明示されておらず,合剤の1日1回適用が,交互処置よりも乾癬治療効果において,いかなる点から優れているといえるのか,この利点は1日2回適用と異なるものであるのかについて特定する記載は何ら存在しない(かえって,乙23,56及び弁論の全趣旨からすると,本件明細書の【図1】及び【0021】は,合剤を1日2回適用した場合の乾癬治療効果を示したものと認められる。)のであるから,本件明細書に接した当業者が,合剤の1日1回適用が,単剤の交互処置よりも,甲10の補充データが示すような意味で効果的な乾癬処置を達成すると理解するとは認められず,甲10を進歩性判断に当たって斟酌することはできないというべきである。したがって,本件発明12に控訴人が主張するような効果が存するものとして,進歩性を判断することはできないというべきである。 以上からすると,本件発明12の効果の一つである「より有効な斑治癒」については,本件優先日当時,当業者において,十分に予測可能なものであったといえるのであって,乙15において,D3+BMV混合物とタカルシトール単剤との比較試験がされていないこと(上記B)は,この判断を左右するものではない。 オ 次に,「副作用緩和の効果」について検討する。 前記1認定の乙15の記載内容からすると,乙15には,TV-02軟膏とBMV軟膏を併用することで,治療効果を減じることなく,両剤の使用量を低減できることが示されているので,ビタミンD3類似体(タカルシトール)の皮膚刺激副作用が緩和し,ステロイドの副作用が軽減するという効果も,両剤の減量に伴い,当業者が容易に予見し得たものといえる。 本件優先日前に頒布された刊行物である乙46(Knud Kragballe「VTAMIN D3ANALOGUES」DERMATOLOGIC CLINICS VOLUME 13・NUMBER 4・OCTOBER 1995:835 頁〜839 頁)には, 「多くの皮膚科医がカルシポトリオールによる治療を局所性コルチコステロイドと併用しているが,その理由は,相加的な治療効果が得られることと皮膚刺激が軽減することである。」(838頁右欄下から39行〜44行)との記載が 」あり,本件優先日前に頒布された刊行物である乙43(Mark Lebwohl「Topicalapplication of calcipotriene and corticosteroids: Combination regimens」Journal of the American Academy of Dermatology Septemtber 1997:S55〜S58)にも「最も重要なことに,局所性皮膚性副作用が生じた患者数は,カルシポトリエン単独処置を受けた42人のうち11人,ハロベタゾール軟膏の単独処置を受けた43人のうち6人であったのに対し,併用処置の治療を受けた患者では42人のうちたったの3人であった。(S58左欄5行〜10行)との記載があり,本件優先 」日前に刊行された前記乙37にも「更にこの併用療法は,カルシポトリオールによる刺激と局所性コルチコステロイドの長期使用による危険(皮膚萎縮及びリバウンド)を軽減させる。(254頁の「概要」下から3行〜1行)との記載がある。こ 」れらの記載からすると,本件優先日前において,ビタミンD3類似体であるカルシポトリオールとステロイドを併用処置した場合に,カルシポトリオールの副作用である皮膚刺激作用が緩和される上,ステロイドの長期使用による危険も軽減できることは既に公知になっていたものと認められる。そうすると,本件発明12のようにビタミンD3類似体とステロイドを合剤として同時適用する場合にも上記と同様の副作用緩和の効果が生じることも当業者において十分に予測可能なものであったといえ,カルシポトリオールの例に基づいても,副作用緩和の効果が顕著なものといえない。 控訴人は,併用処置の場合に副作用緩和の効果があるからといって同時適用の場合に同様の効果が得られるとは予測できない旨主張するが,前記(1)のとおり,ビタミンD3類似体と局所用ステロイドを混合すると通常不安定化するという技術常識は存在していなかったことからすると,併用処置の場合に達成されていた効果が同時適用の場合に達成されなくなると当業者が認識するとは考え難く,控訴人の上記主張は採用することができない。 また,控訴人は,乙15では,D3+BMV混合物について,寛解維持及び副作用を検討する試験は実施されていないと主張するが,そうであるとしても,上の認定が左右されることはないし,本件各発明と技術的思想が異なるということもできない。 (3) 小括 以上からすると,相違点1について,本件発明12に進歩性を認めることはできない。 4 相違点3の容易想到性等について (1) 動機付け及び構成の容易想到性について ア 前記のとおり,本件優先日以前に頒布された刊行物である乙35には,タカルシトールを4μg含有する軟膏を1日1回で用いることがヨーロッパで承認されていたことが記載され,乙24,25にも「タカルシトール4μg/g」の「白色ワセリン」を基剤とした「軟膏」を, 「尋常性乾癬」において「1日1回」適用で用いることが記載されている。 特に,乙25,45(H.Gollnick ほか「Current Experience with TacalcitolOintment in the Treatment of Psoriasis 」 Current Medical Research andOpinion,Vol.14,No.4,213 頁〜218 頁,1998 年)には,4μg/gの濃度のタカルシトールの1日1回適用について, 「1日1回の処置で済むため,患者の52%が1日当たりの治療時間を30分節約することができた。良好な局所的忍容性と簡便な処方計画はコンプライアンスを促進するであろう。 (213頁「概要」の下から3行 」〜1行)「1日1回適用により患者は日々の治療時間を減少させることができる。 ,患者の52%が日々の治療時間を30分節約した。タカルシトール軟膏の適用にかかる時間は1日にたった12分であった。患者の88%が晩又は夜に軟膏を適用していた。試験医師は91.3%の症例において適用遵守が「非常に良好」又は「良好」であると評価した。(216頁右欄10行〜217頁左欄4行) 「非常に良好 」 ,な局所忍容性と1日1回の適用が患者のコンプライアンスに顕著な影響を及ぼし,患者の利便性がより高まるであろう。(218頁左欄40行〜44行)との記載が 」あり,1日1回適用が,適用遵守(コンプライアンス)の促進に顕著な影響を及ぼすと共に,患者の利便性を高めることが示されている。 一方,乙15によると,TV-02(タカルシトール)について,「1μg/g濃度では効果がやや弱い傾向がうかがわれたが,2μg/gと4μg/gの間では差がなかった。(434頁左欄6行〜右欄2行)「TV-02軟膏とステロイド軟膏と 」 ,の等量混合による治療は各々の濃度を半分に下げることにはなるが,その効果は0.12%betamethasone 軟膏単独塗布の効果に匹敵するものであるだけではなく,TV-02軟膏単独塗布の遅効性も混合することによって改善することができた。 4 」 ( と記載され,乙15のTV-02軟膏とBMV軟膏との合剤におけるタカルシトールの濃度1μg/gは,単独では治療効果がやや弱いものの,ベタメタゾンと併用されることで,TV―02軟膏の治療効果が向上し,遅効性の改善がされたものと理解されるといえる。 以上を考え併せると,まず,乙25,45に接した当業者は,乙25,45に開示された適用遵守の促進等の効果を得るため,乙15発明を1日2回適用から1日1回適用へと変更する動機を得るといえる上,乙24,25,35,45によると,4μg/gの濃度のタカルシトールを1日1回適用することで乾癬治療ができることは本件優先日当時において技術常識になっていたと認められる。 そうすると,本件優先日当時の当業者は,乙15発明の合剤を 1 日2回適用から1日1回適用への変更が可能であることを容易に想到し得るといえる。 さらに,マキサカルシトールとの関係でも,本件優先日以前に頒布された刊行物である乙17によると,マキサカルシトールは,1日1回の適用が,尋常性乾癬の管理に効果的であり,25μg/gにおいて,乾癬の顕著な改善又は略治において,最大の効果を示すことが当業者に知られていたから,相違点1の構成であるマキサカルシトールを用いる場合であっても,1日1回適用の方が好ましいものとして,タカルシトールと同様の設定を行うことは,当業者が,容易に想到し得たものといえる。 イ この点について,控訴人は,@高濃度のタカルシトールを含有する軟膏が1日1回適用されていたことが,その4分の1しかタカルシトールを含有しないD3+BMV混合物について,1日2回適用から1日1回適用に減少させる動機付けを当業者に与えるものではない,A副作用の点から当業者は,D3+BMV混合物におけるタカルシトールの濃度を,あえて4μg/gという高濃度とすることについて,動機付けを有しなかった,BビタミンD3類似体を使用する目的の一つは,局所用ステロイドの副作用を低減することであるが,局所用ステロイドの使用量を増やすと,局所用ステロイドの副作用が大きくなってしまうから,乙15発明の合剤の各活性成分の濃度を上げて適用回数を減らすことの動機付けはないと主張する。 まず,上記@,Aについて,1日1回適用による適用遵守の促進等の効果を得るため,乙15発明の合剤中のタカルシトールの濃度を上げようと当業者が試みるであろうことは,前記アで検討したとおりである。また,4μg/gの濃度のタカルシトールを含む軟膏が本件優先日当時実用化されており,その他の証拠をみても,4μg/gの濃度のタカルシトールを1日1回塗布することで副作用のリスクが高まるなどの事実が本件優先日当時に明らかになっていたとは認められず,乙15発明の合剤においてタカルシトールの濃度を上げようと試みることを当業者が妨げられるとはいえない。 上記Bについても,乙15発明の濃度から少しでもベタメタゾンの濃度を上げると副作用のリスクが格段に向上する等の事情は証拠上認められないのであり,当業者は,副作用の問題が顕在化しないようにビタミンD3類似体とベタメタゾンの濃度を適宜調節して,1日1回適用を実現することをなし得るものといえ,控訴人の主張するような事情が動機付けを否定することにはならないというべきである。 したがって,控訴人の上記主張はいずれも採用することができない。 (2) 相違点3に係る顕著な作用効果について 適用遵守の改善について,本件明細書の段落【0029】には, 「1つの製剤を必要とする場合は処置指示はより単純になるので,患者の適用遵守が改善され,さらにより多数の乾癬患者の有効な治療が可能になる。,1つの製剤を必要とする場合 」「は処置指示はより単純になるので,患者の安全性が改善される。 ことが記載されて 」いる。これらの効果については,前記(1)のとおり乙25,45に記載されているものと同様のものであり,1日1回適用とした場合に,当業者において当然に予測し得る範囲のものといえるから,当業者が予測することができない顕著な効果ということはできない。 (3) 小括 以上からすると,相違点3について,本件発明12に進歩性を認めることはできない。 5 まとめ 以上のとおり,本件発明12は,本件優先日における公知文献に記載された乙15発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである。そして,本件発明12は,請求項4を引用する請求項11に従属する請求項12に係るもので,請求項1〜4,11,12の特定事項を全て含むものであるから,本件発明1〜4,11と乙15発明との間には,これまで検討してきた相違点以外の相違点は存在せず,本件発明1〜4,11についても本件発明12と同様の理由により,当業者が容易に発明をすることができたものといえる。 したがって,本件発明1〜4,11,12に係る本件特許には,特許法29条2項違反の無効理由があるから,控訴人は上記各発明に係る本件特許権を行使することができない。 6 結論 以上の次第で,その余の点について判断するまでもなく,控訴人の請求はいずれも理由がない。よって,本件控訴を棄却することとして,主文のとおり判決する。 |