関連審決 | 異議2016-701074 |
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事件 |
平成
29年
(行ケ)
10230号
特許取消決定取消請求事件
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原告宇部興産株式会社 同訴訟代理人弁護士 鮫島正洋 下彰彦 森下梓 同訴訟代理人弁理士 伊藤克博 渡邉伸一 神谷麻子 山本由喜晴 被告 特許庁長官 同 指定代理人岡崎美穂 加藤友也 井上猛 原賢一 板谷玲子 |
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裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2018/11/28 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
1 特許庁が異議2016−701074号事件について平成29年11月9日にした決定を取り消す。 2 訴訟費用は被告の負担とする。 |
事実及び理由 | |
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請求
主文同旨 |
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事案の概要
本件は,特許異議の申立てを認めて特許を取り消した決定に対する取消訴訟である。争点は,進歩性の有無,サポート要件違反の有無及び実施可能要件違反の有無についての判断の当否である。 1 特許庁における手続の経緯 原告は,名称を「ポリイミド,及びポリイミド前駆体」とする発明について,平成23年7月21日に特許出願(特願2011-159837号)をし,平成28年4月28日に設定登録を受けた(特許第5923887号。請求項の数9。以下「本件特許」という。甲11)。 本件特許について,平成28年11月22日及び同月25日,複数の特許異議の申立てがあり,特許庁は,これらを異議2016-701074号事件として審理し,原告は,平成29年8月25日,訂正請求(以下「本件訂正請求」という。甲25)をした。 特許庁は,平成29年11月9日,本件訂正請求を認めた上で, 「特許第5923887号の請求項1ないし9に係る特許を取り消す。」との決定(以下「本件決定」という。)をし,その謄本は,同月20日に原告に送達された。 2 特許請求の範囲の記載(甲25,26) 本件訂正請求に係る訂正後の特許請求の範囲の記載は,次のとおりである(以下,請求項に係る発明を,それぞれの請求項の番号に応じて「本件発明1」などといい,本件発明1〜9を併せて「本件発明」という。また,本件特許の訂正後の明細書及び図面を「本件明細書」という。。 ) 【請求項1】 ジアミン誘導体(ジアミン類及びそれらの誘導体を含む。以下同じ)とテトラカルボン酸誘導体(テトラカルボン酸類及びそれらの誘導体を含む。以下同じ)を反応させてポリイミドを製造する方法であって,(i) 光透過率が90%以上である芳香環を有しないジアミン誘導体(但し,ジアミン誘導体の透過率は,純水もしくはN,N-ジメチルアセトアミドに10質量%の濃度に溶解して得られた溶液に対する波長400nm,光路長1cmの光透過率を表す。以下,同じ。),および 光透過率が80%以上であるテトラカルボン酸誘導体(但し,テトラカルボン酸誘導体の透過率は,2規定水酸化ナトリウム溶液に10質量%の濃度に溶解して得られた溶液に対する波長400nm,光路長1cmの透過率を表す。以下,同じ。 , )または(ii) 光透過率が80%以上である芳香環を有するジアミン誘導体,および 光透過率が80%以上である脂環式テトラカルボン酸誘導体(但し,ビシクロ[2,2,2]オクタンテトラカルボン酸二無水物を除く),または光透過率が80%以上であって且つ3,3’,4,4’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物,2,2’,3,3’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物,2,3’,3,4’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物,3,3’,4,4’-ジフェニルスルホンテトラカルボン酸二無水物,m-ターフェニル-3,3’,4,4’-テトラカルボン酸二無水物,2,2’-ビス(3,4-ジカルボキシフェニル)プロパン,1,4,5,8-ナフタレンテトラカルボン酸二無水物,2,3,6,7-ナフタレンテトラカルボン酸二無水物,(1,1’:3’,1”-ターフェニル)-3,3”,4,4”-テトラカルボン酸二無水物,4,4’-(ジメチルシラジイル)ジフタル酸二無水物および4,4’-(1,4-フェニレンビス(オキシ))ジフタル酸二無水物からなる群より選ばれる芳香族テトラカルボン酸誘導体を使用し, N,N-ジメチルアセトアミド,N,N-ジメチルホルムアミド,N-メチル-2-ピロリドン,N-エチル-2-ピロリドン,γ-ブチロラクトン,γ-バレロラクトン,δ-バレロラクトン,γ-カプロラクトン,ε-カプロラクトン,α-メチル-γ-ブチロラクトン,m-クレゾール,p-クレゾール,3-クロロフェノール,4-クロロフェノール,1,3-ジメチル-2-イミダゾリジノン,スルホラン,およびジメチルスルホキシドからなる群より選ばれる溶媒を使用し, イミド化反応は,200℃〜500℃の温度で実施することを特徴とするポリイミドの製造方法。 【請求項2】 ジアミン誘導体の波長400nm,光路長1cmの光透過率が95%以上であり,テトラカルボン酸誘導体の波長400nm,光路長1cmの光透過率が80%以上であることを特徴とする請求項1に記載のポリイミドの製造方法。 【請求項3】 ジアミン誘導体が芳香環を有しないジアミン誘導体であるか,またはテトラカルボン酸誘導体が脂環式テトラカルボン酸誘導体(但し,ビシクロ[2,2,2]オクタンテトラカルボン酸二無水物を除く)であることを特徴とする請求項1又は2に記載のポリイミドの製造方法。 【請求項4】 テトラカルボン酸誘導体が芳香族テトラカルボン酸誘導体であり,ジアミン誘導体が脂肪族ジアミン誘導体であることを特徴とする請求項1又は2に記載のポリイミドの製造方法。 【請求項5】 テトラカルボン酸誘導体が,3,3’,4,4’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物,2,2’,3,3’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物,2,3’,3,4’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物,3,3’,4,4’-ジフェニルスルホンテトラカルボン酸二無水物,m-ターフェニル-3,3’,4,4’-テトラカルボン酸二無水物,2,2’-ビス(3,4-ジカルボキシフェニル)プロパン,1,4,5,8-ナフタレンテトラカルボン酸二無水物,2,3,6,7-ナフタレンテトラカルボン酸二無水物,(1,1’:3’,1”-ターフェニル)-3,3”,4,4”-テトラカルボン酸二無水物,4,4’-(ジメチルシラジイル)ジフタル酸二無水物および4,4’-(1,4-フェニレンビス(オキシ))ジフタル酸二無水物からなる群より選ばれることを特徴とする請求項1,2又は4に記載のポリイミドの製造方法。 【請求項6】 テトラカルボン酸誘導体がビフェニルテトラカルボン酸誘導体であることを特徴とする請求項1,2,4又は5に記載のポリイミドの製造方法。 【請求項7】 ジアミン誘導体がトランス-1,4-ジアミノシクロヘキサンであることを特徴とする請求項1〜6のいずれかに記載のポリイミドの製造方法。 【請求項8】 膜厚10μmのフィルムにしたときの400nmにおけるポリイミドの光透過率が80%以上であることを特徴とする請求項1〜7のいずれかに記載のポリイミドの製造方法。 【請求項9】 前記ポリイミドが,光学材料用途であることを特徴とする請求項1〜8のいずれかに記載のポリイミドの製造方法。 3 本件決定の理由の要旨 (1) 進歩性欠如 ア 本件発明1について (ア) 日本ポリイミド・芳香族系高分子研究会編「新訂 最新ポリイミド-基礎と応用-」 (甲4。平成22年8月25日株式会社エヌ・ティー・エス発行。以下「甲4文献」という。)に記載された発明(以下「甲4発明」という。)及び周知技術に基づく進歩性の欠如 a 甲4文献の「ポリイミドが酸二無水物とジアミンとの反応により温和な条件で容易に合成することができる」との記載(以下「甲4記載部分」ということがある。)から,同文献には,以下のとおりの甲4発明が記載されている。 「酸二無水物とジアミンとを反応させてなるポリイミドの合成方法」 b 本件発明1と甲4発明との相違点は,以下のとおりである。 (a) 相違点1-1 本件発明1では,「(i) 光透過率が90%以上である芳香環を有しないジアミン誘導体(但し,ジアミン誘導体の透過率は,純水もしくはN,N-ジメチルアセトアミドに10質量%の濃度に溶解して得られた溶液に対する波長400nm,光路長1cmの光透過率を表す。以下,同じ。),および 光透過率が80%以上であるテトラカルボン酸誘導体(但し,テトラカルボン酸誘導体の透過率は,2規定水酸化ナトリウム溶液に10質量%の濃度に溶解して得られた溶液に対する波長400nm,光路長1cmの透過率を表す。以下,同じ。 , )または(ii) 光透過率が80%以上である芳香環を有するジアミン誘導体,および 光透過率が80%以上である脂環式テトラカルボン酸誘導体(但し,ビシクロ[2,2,2]オクタンテトラカルボン酸二無水物を除く),または光透過率が80%以上であって且つ3,3’,4,4’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物,2,2’,3,3’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物,2,3’,3,4’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物,3,3’,4,4’-ジフェニルスルホンテトラカルボン酸二無水物,m-ターフェニル-3,3’,4,4’-テトラカルボン酸二無水物,2,2’-ビス(3,4-ジカルボキシフェニル)プロパン,1,4,5,8-ナフタレンテトラカルボン酸二無水物,2,3,6,7-ナフタレンテトラカルボン酸二無水物,(1,1’:3’,1”-ターフェニル)-3,3”,4,4”-テトラカルボン酸二無水物,4,4’-(ジメチルシラジイル)ジフタル酸二無水物および4,4’-(1,4-フェニレンビス(オキシ))ジフタル酸二無水物からなる群より選ばれる芳香族テトラカルボン酸誘導体を使用し」と特定されているのに対し,甲4発明では特に特定されていない点。 (b) 相違点1-2 本件発明1では,「N,N-ジメチルアセトアミド,N,N-ジメチルホルムアミド,N-メチル-2-ピロリドン,N-エチル-2-ピロリドン,γ-ブチロラクトン,γ-バレロラクトン,δ-バレロラクトン,γ-カプロラクトン,ε-カプロラクトン,α-メチル-γ-ブチロラクトン,m-クレゾール,p-クレゾール,3-クロロフェノール,4-クロロフェノール,1,3-ジメチル-2-イミダゾリジノン,スルホラン,およびジメチルスルホキシドからなる群より選ばれる溶媒を使用し」と特定されているのに対し,甲4発明では特に特定されていない点。 (c) 相違点1-3 本件発明1では,「イミド化反応は,200℃〜500℃の温度で実施する」と特定されているのに対し,甲4発明では特に特定されていない点。 c 相違点1-1についての検討 (a) 甲4文献には,光エレクトロニクスの分野で光透過性が求められているとして,高透明性のポリイミドについて記載されており,このようなポリイミドの可視域における光透過性がモノマー純度等に依存することも記載されている。 ここで,当該モノマー純度の純度とは,少なくとも可視域における光透過性に影響を与える不純物量に着目した純度のことを意味し,高透明性ポリイミドを得る観点からは,当該モノマー純度が高いとは,少なくとも可視域における光透過性に影響を与える不純物量が少ないモノマーのことを意味するものと解するのが自然である。 (b) 一般に,可視光とは,波長域が約400〜800nmのものであることはよく知られたことであり,また,ポリイミドの透明性について,可視域における吸収スペクトルにより評価,判断することは周知慣用のことにすぎないところ,甲4文献の記載からすると,ポリイミドの透明性については,可視光の短波長側(紫外部との境界部分),すなわち波長400nm付近の光透過率が重要であることが理解される。 そして,ポリイミドが一般に溶剤に不溶であるという技術常識に鑑みると,特開2007-80885号公報(甲1。以下「甲1文献」という。)の記載(請求項1,段落【0005】,【0096】),特開2009-191253号公報(甲2。以下「甲2文献」という。)の記載(段落【0152】,【0153】),国際公開2009/107429号(甲6。以下「甲6文献」という。)の記載(請求項1〜8,段落[0062],[0063],[0077]〜[0079],[表1]),特開2006-45198号公報(甲7。以下「甲7文献」という。)の記載(請求項1〜5,13〜19,段落【0083】)からも,透明性に優れたポリイミドにおける透明性の指標として,「フィルムとしたときの波長400nmの光透過率」を採用することは,周知のことにすぎないと認められる。 (c) そして,例えば,特開2006-188502号公報(甲3。以下「甲3文献」という。)の記載(段落【0006】,【0072】),甲6文献の記載(段落[0054]),甲7文献の記載(段落【0042】,【0043】,【0052】),特開2005-163012号公報(甲8。以下「甲8文献」という。)の記載(段落【0027】)にも示されるとおり,透明性に優れるポリイミドを製造するには,その原料モノマーである酸二無水物及びジアミンにも共に透明性に優れたものを使用する必要があることは明らかであって,波長400nm付近の光透過率が高いポリイミドを製造するには,その原料モノマーである酸二無水物及びジアミンも共に同じく波長400nm付近の光透過率が高いものを使用する必要があることは当然に想起する事項にすぎない。 また,甲3文献の記載(請求項1,10,段落【0069】,【0072】),甲7文献の記載(請求項1〜5,13〜19,段落【0042】,【0043】,【0061】 によると, ) 透明性ポリイミドの原料において,透明度の指標として,「溶液の光路長10mmにおける波長400nmの光透過率」を採用することは,周知技術(以下「周知透明度指標」という。)であると認められる。 (d) そうすると,甲4発明において,高い透明性を有するポリイミドを製造することの動機は十分に存在しているといえ,その際,原料モノマーである酸二無水物及びジアミンとして,甲4文献に記載されたものの中から適宜選択し,それらの純度が高いもの,すなわち,少なくとも可視域における光透過性に影響を与える不純物量が少ないものを使用することは,当業者が当然に想起することであって,上記のとおり,当該純度の指標としてポリイミドの透明度において重要であると理解されている「フィルムとしたときの波長400nmの光透過率」と全く同じ波長である波長400nmにおける指標である周知透明度指標を採用し,その透明度を測定する際の溶媒の種類や溶液の濃度を適宜設定することで,本件発明1において特定する測定条件とする程度のことは,当業者であれば容易になし得ることであり,それによる効果も格別のものとはいえない。 (e) 原告は,モノマーの光透過率とモノマーの純度は関連性がないと主張し,s-BPDA(3, , 3’ 4,4’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物)及びDACH(トランス-1,4-ジアミノシクロヘキサン)についての実験の主張をする(甲27)。 しかし,s-BPDAの実験については,純度99.9%のs-BPDAを使用して精製したポリイミドの透明性が満足できないものであれば,さらに精製したs-BPDAを使用して高透明性なポリイミドを製造してみることは,ごく自然なことであって,何ら困難なことではない。 また,DACHについての実験は,純度100%のGC(ガスクロ)分析によるものであり,気化しない成分は検出されないものであるから,同実験の100%の値をそのまま採用することはできない。 したがって,上記実験結果は採用できず,原告の上記主張は採用できない。 (f) 原告は,甲4文献では,光透過性に対して影響の異なる不純物を区別して認識していたとする記載はないから,甲4文献は,モノマー化合物そのものの含有率を記載したと理解する他ない,甲4文献の図2は,ポリイミドの吸収スペクトルであって,モノマーの吸収スペクトルではないから,モノマーにおける400nmの透過率の重要性を見いだせないと主張する(甲27)。 しかし,甲4文献における上記記載は,高透明性のポリイミドについて述べていることが前提となっており,高透明性とは可視域における透明度が高いことを意味し,可視域における光透過性に影響を与える要因について種々述べていることに鑑みると,甲4文献における当該モノマー純度の純度とは,少なくとも可視域における光透過性に影響を与える不純物量に着目した純度のことを意味し,当該不純物量を少なくすれば,得られるポリイミドの透明性が向上することは明らかである。 (g) 原告は,甲3文献及び甲7文献は,高い透明性のポリイミドを得るための指標としてモノマー溶液の400nm透過率を採用することは何ら開示しておらず,周知技術であるとはいえないと主張する(甲27)。 しかし,甲3文献では,ポリアミック酸の光線透過率(400nm)については測定しており,段落【0006】,【0072】の記載からみても,モノマー溶液の400nm光透過率が高い原料ODPAを使用することでポリイミドの透明性の向上がもたらされることが理解できる。 また,甲7文献には,「内径10mmの石英セル」と記載されており,当業者であれば,同記載が光路長10mmのことを意味するものと理解する。そして,甲7文献の段落【0052】,請求項17及び実施例7の記載から,透明性に優れたポリイミドを得るための指標としてモノマー溶液の400nm透過率を採用することを開示しているといえる。 (h) 原告は,ジアミン誘導体についてモノマー溶液の400nm透過率を指標として使用することを記載した文献は一切なく,ジアミン誘導体とテトラカルボン酸誘導体とは性質の全く異なる化合物であるので,両者を完全に同一視するのは根拠がないと主張する(甲27)。 確かに,ジアミンに関しては,モノマー溶液の400nm光透過率を透明度の指標とすることを明記する文献はないものの,透明性に優れたポリイミドを製造するには,その原料モノマーである酸二無水物及びジアミンも共に透明性に優れたものを使用する必要があることは明らかである。そして,例えば,甲6文献の段落[0054],[0077]〜[0079],甲7文献の段落【0056】〜【0059】,甲8文献の段落【0027】にも示されているとおり,透明性に優れるポリイミドを製造するに際し,酸二無水物のみならず,ジアミンについても少なくとも可視域における光透過に影響を与える不純物量ができるだけ少ないものを使用することが好ましいことも,当業者が当然に想起することにすぎない。 そうすると,酸二無水物のみならず,ジアミンについても周知透明度指標を採用することに格別の困難性は見当たらない。 (i) したがって,相違点1-1に係る発明特定事項は,当業者が容易に想到することができる。 d 相違点1-2についての検討 (a) 甲1文献の段落【0041】〜【0048】,甲2文献の段落【0081】,【0152】及び【0153】,甲3文献の段落【0069】及び【0102】〜【0105】,甲6文献の段落[0062],[0063]及び[0077]〜[0079],甲7文献の段落【0056】〜【0059】及び【0083】並びに甲8文献の段落【0033】〜【0035】からすると,酸二無水物とジアミンとを反応させて,ポリアミック酸を経てポリイミドを製造するに際し,使用する溶媒として,N,N-ジメチルアセトアミド,N,N-ジメチルホルムアミド,N-メチル-2-ピロリドン,γ-ブチロラクトンなどの非プロトン性溶媒は周知のものであると認められる。 (b) そして,甲4文献には,酸二無水物とジアミンとを反応させるに際し,特に特定の溶媒を使用するなどといった記載もないから,甲4発明において,酸二無水物とジアミンとを反応させて,ポリイミドを合成するに際し,使用する溶媒として,上記の周知の非プロトン性溶媒を採用する程度のことは,当業者であれば容易になし得ることであり,それによる効果も格別のものとはいえない。 (c) したがって,相違点1-2に係る発明特定事項は,当業者が容易に想到することができる。 e 相違点1-3についての検討 (a) 甲2文献の段落【0089】,【0152】及び【0153】,甲3文献の段落【0102】〜【0105】,甲6文献の段落[0072]及び[0077]〜[0079],甲7文献の段落【0056】〜【0059】及び【0083】並びに甲8文献の段落【0033】〜【0035】からすると,酸二無水物とジアミンとを反応させて,ポリアミック酸を経てポリイミドを製造するに際し,イミド化の温度として,250〜350℃程度の温度は周知のものであると認められる。 (b) そして,甲4文献には,酸二無水物とジアミンとを反応させるに際し,特に特定のイミド化の温度を採用するなどといった記載もないから,甲4発明において,酸二無水物とジアミンとを反応させて,ポリイミドを合成するに際し,イミド化の温度として,周知の温度である250〜350℃程度の温度を採用する程度のことは,当業者であれば容易になし得ることであり,それによる効果も格別のものとはいえない。 (c) したがって,相違点1-3に係る発明特定事項は,当業者が容易に想到することができる。 (イ) QiuJin 他「Polyimides with Alicyclic Diamines.I.Syntheses andThermal Properties」(訳文「脂環式ジアミンのポリイミド T.合成と熱特性」)Journal of Polymer Science;PartA:Polymer Chemistry,Vol.31,2345-2351(甲5。 平成5年発行。以下「甲5文献」という。)に記載された発明(以下「甲5発明」という。)及び周知技術に基づく進歩性の欠如 a 甲5文献には,以下のとおりの甲5発明が記載されている。 「酸二無水物として再結晶により精製されたBPDAとジアミンとして蒸留・再結晶されたtrans-1,4-CHDAとを,N,N-ジメチルホルムアミド(DMF)又はN,N-ジメチルアセトアミド(DMAc)である溶媒中で反応させ, しかる後,得られたポリアミック酸フィルムを,真空中,50℃12時間,100℃1時間,170℃1時間,200℃1時間,そして250℃1時間と段階的に加熱してなる,透明性が改良されたポリイミドの製造方法。」 b 本件発明1と甲5発明とを比較すると,次の相違点(相違点2)がある。 本件発明1では,「(i) 光透過率が90%以上である芳香環を有しないジアミン誘導体(但し,ジアミン誘導体の透過率は,純水もしくはN,N-ジメチルアセトアミドに10質量%の濃度に溶解して得られた溶液に対する波長400nm,光路長1cmの光透過率を表す。以下,同じ。),および 光透過率が80%以上であるテトラカルボン酸誘導体(但し,テトラカルボン酸誘導体の透過率は,2規定水酸化ナトリウム溶液に10質量%の濃度に溶解して得られた溶液に対する波長400nm,光路長1cmの透過率を表す。以下,同じ。 , )または(ii) 光透過率が80%以上である芳香環を有するジアミン誘導体,および 光透過率が80%以上である脂環式テトラカルボン酸誘導体(但し,ビシクロ[2,2,2]オクタンテトラカルボン酸二無水物を除く),または光透過率が80%以上であって且つ3,3’,4,4’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物,2,2’,3,3’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物,2,3’,3,4’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物,3,3’,4,4’-ジフェニルスルホンテトラカルボン酸二無水物,m-ターフェニル-3,3’,4,4’-テトラカルボン酸二無水物,2,2’-ビス(3,4-ジカルボキシフェニル)プロパン,1,4,5,8-ナフタレンテトラカルボン酸二無水物,2,3,6,7-ナフタレンテトラカルボン酸二無水物,(1,1’:3’,1”-ターフェニル)-3,3”,4,4”-テトラカルボン酸二無水物,4,4’-(ジメチルシラジイル)ジフタル酸二無水物および4,4’-(1,4-フェニレンビス(オキシ))ジフタル酸二無水物からなる群より選ばれる芳香族テトラカルボン酸誘導体を使用し」と特定されているのに対し,甲5発明では,酸二無水物としてのBPDAが再結晶により精製されたものであり,ジアミンとしてのtrans-1,4-CHDAが蒸留・再結晶されたものであると特定されている点。 c 相違点2についての検討 (a) 甲5文献には,「脂環式ジアミンのポリイミド I.合成及び熱特性」(2345頁タイトル) ,「我々は,ポリイミドの主鎖に脂環式ジアミンを使用して分子間電荷移動錯体の形成を抑制し,透明性を改良し,誘電率を低くすることを試みた。・・・本論文では,シクロへキシル部分を使用してジアミンの芳香環を置き換え,ピロメリット,ベンゾフェノンテトラカルボキシル,又はビフェニルテトラカルボキシル部分を含有する新しい脂環式ポリイミドを製造した。」(2345頁右欄15行〜2346頁左欄7行)との記載があり,同記載によると,ポリイミドの主鎖に脂環式ジアミンを使用して透明性を改良することが記載されている。 また,甲5文献には,「材料 ポリアミック酸及びポリイミドを製造するために本研究で使用する酸二無水物及びジアミンを図1に示す。芳香族酸二無水物,例えばピロメリット酸二無水物(PMDA),ビフェニルテトラカルボン二無水物(BPDA)及びベンゾフェノンテトラカルボン酸二無水物(BTDA)は,再結晶によって精製した。trans-及びcis-1,4-ジアミノシクロヘキサンの混合物(mix-1,4-CHDA,沸点181℃)を,使用前に減圧下で蒸留し,暗室に保存した。trans-1,4-ジアミノシクロヘキサン(trans-1,4-CHDA,沸点197℃)をmix-1,4-CHDAと同様な方法で蒸留し保存した。4,4’-ジアミノシクロヘキシルメタン(DCHM)は,立体異性体の混合物として市販され,trans-trans:trans-cis比が約65:35である。・・・そのtrans-trans異性体を,立体異性体の混合物からヘキサン溶液からの再結晶によって分離した。再結晶されたtrans-trans異性体は,trans-cis異性体=94:6の組成を有する。」(2346頁左欄17行〜2346頁右欄15行)との記載があり,同記載によると,酸二無水物としてBPDAが,ジアミンとしてtrans-1,4-CHDAがそれぞれ記載されており,BPDAは再結晶により精製したこと,trans-1,4-CHDAは蒸留・再結晶によって分離したことが記載されている。 これらの記載に鑑みると,甲5文献では,単に脂環式ジアミンを使用することのみならず,さらに当該脂環式ジアミンであるtrans-1,4-CHDAを蒸留・再結晶するとともに,併せて,酸二無水物であるBPDAを再結晶により精製することにより,高い透明性を有するポリイミドを製造していることからみて,さらに高い透明性を有するポリイミドを製造することの動機は十分に存在しているといえる。甲5発明において,原料モノマーである酸二無水物としてのBPDAとジアミンとしてのtrans-1,4-CHDAについて,蒸留や昇華・再結晶といった周知の手段によって精製することは,少なくとも可視域における光透過性に影響を与える不純物量に着目し,このような不純物量を少なくすることを意味するものと解するのが自然である。 そうすると,それらの原料モノマーの少なくとも可視域における光透過性に影響を与える不純物量を少なくするに際して,その不純物量の程度の指標として周知透明度指標を採用し,本件発明1において特定する測定条件とする程度のことは,前記の相違点1-1についての検討で述べたとおり,当業者であれば容易になし得ることであり,それによる効果も格別のものとはいえない。 (b) 原告は,前記(ア)c(e)〜(h)で主張したことに加え,甲5文献は,ポリイミドの透明性を改良するために,脂環式ジアミンを使用する文献であって,モノマーの純度を上げることでポリイミドの透明性を改良することを開示した文献ではない,甲5文献では,不純物の種類を区別して認識していたとする記載はない,甲5文献は,原料のモノマーについては,純度が高ければ高い程よいという一般論に基づいて精製しているにとどまるものであり,「可視域における光透過性に影響を与える不純物量を少なくすることを意味する」との開示があると解するのは,甲5文献の開示及び教唆を超えた解釈であると主張する。 しかし,前記(a)のとおり,甲5文献は,単に脂環式ジアミンを使用することを開示するに留まらず,さらに当該脂環式ジアミンであるtrans-1,4-CHDAを蒸留・再結晶するとともに,併せて,酸二無水物であるBPDAを再結晶により精製することにより,高い透明性を有するポリイミドを製造することも開示しているのであるから,甲5文献が,モノマーの純度を上げることでポリイミドの透明性を改良することを開示した文献ではないとはいえない。そして,確かに,CHDAを蒸留するに際し,不純物の種類を区別していることは明記されていないものの,甲5文献は,高い透明性を有するポリイミドを製造することをその前提とするものであることに鑑みると,原料モノマーに含まれる不純物としては,当然に少なくとも可視域における光透過性に影響を与える不純物量に着目することが自然である以上,このような不純物を意味すると解することも自然なことである。 (c) したがって,相違点2に係る発明特定事項は,当業者が容易に想到することができる。 イ 本件発明2〜9について 本件発明2〜9は,いずれも,本件発明1と同様の理由により当業者が容易に発明をすることができたものである。 (2) サポート要件違反 ア 本件発明1について (ア) 本件明細書の記載(段落【0009】,【0054】〜【0071】,【表1】,【表2】)からすると,本件発明の課題である優れた透明性を持つポリイミドとは,膜厚約10μmのポリイミド膜の400nmにおける光透過率で80%以上であることを意味するものであると解される。 しかし,一般に,ポリイミドにおいて,透明性を改良するに際して,モノマーであるジアミン及び酸二無水物各々の純度(少なくとも可視域における光透過性に影響を与える不純物量)のみならず,それらの化学構造の違いやモノマーの組み合わせ,溶媒の違いあるいはイミド化(製膜)条件の違いによっても,得られるポリイミドの透明性が変化すること,そのため,透明性を持つポリイミドを具体的に製造するためには,(i)ジアミンは電子吸引性基を含み,かつm-置換構造のものを用いること,(ii)酸二無水物は電子供与性基を含むものを用いること,(iii)ジアミン,酸二無水物ともに分離基を有するものを用いること,(iv)N-メチル-2-ピロリドン(NMP)などの着色を起こす溶媒を使用せず,着色を起こさない溶媒を用いること,(v)モノマーは見た目きれいな結晶をしていても僅かな不純物が光透過性を悪化する原因となるので充分に精製した純度の高いものを用いること,(vi)イミド化法としては化学イミド化又は不活性雰囲気下の加熱イミド化を行なうことが指針とされ,実際上はこれら複数の要因が複雑に影響し合うものであることは技術常識であるといえる(例えば,「ポリイミド樹脂」(甲9。平成3年2月25日株式会社技術情報協会発行。以下「甲9文献」という。)の103頁1行〜110頁10行)。 そうすると,膜厚約10μmのポリイミド膜の400nmにおける光透過率で80%以上であるという優れた透明性を持つポリイミドを製造するに際し,当該透明性に影響を与える要因が多数存在し,しかもそれらが複雑に影響し合っているという状況,特に,モノマー(ジアミン誘導体やテトラカルボン酸誘導体)自体の透明性のみならず,モノマーに含まれる官能基が複雑に作用した結果としてのポリイミドの分子鎖方向の電子の流れやすさや分子鎖間のCT錯体の形成しやすさの影響もポリイミドの光の吸収に大きく作用することが技術常識であるという状況において,上記の他の複数の要因が複雑に影響し合ったことの影響の結果として,製造されたポリイミドの光透過率が80%を下回る場合があると想定されるのであるから,当該高いレベルでの透明性を有するポリイミドを製造するためには,本件発明1で特定する光透過率の条件を満たすジアミン誘導体やテトラカルボン酸誘導体を使用することに加えて,「N,N-ジメチルアセトアミド,N,N-ジメチルホルムアミド,N-メチル-2-ピロリドン,N-エチル-2-ピロリドン,γ-ブチロラクトン,γ-バレロラクトン,δ-バレロラクトン,γ-カプロラクトン,ε-カプロラクトン,α-メチル-γ-ブチロラクトン,m-クレゾール,p-クレゾール,3-クロロフェノール,4-クロロフェノール,1,3-ジメチル-2-イミダゾリジノン,スルホラン,およびジメチルスルホキシドからなる群より選ばれる溶媒を使用し」と種々の広範囲の溶媒を特定しつつ,「イミド化反応は,200℃〜500℃の温度で実施する」とイミド化反応の温度を広範囲に特定するのみでは,上記の(i)〜(iii)に該当しないものも包含するものであるし,溶媒の種類についても上記の(iv)で適当でないとされたN-メチル-2-ピロリドン等を包含するものであるし,加熱イミド化についても上記の(vi)で適当でないとされた空気中での加熱イミド化を包含するものである。また,そもそも,上記のとおり,透明性に優れたモノマー(ジアミン誘導体やテトラカルボン酸誘導体)を反応させて製造されたポリイミドが必ずしも透明性に優れたものとはいえない。これらのことからすると,本件特許の請求項1の記載は,本件発明1の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えているものである。 (イ) 仮に,本件明細書の実施例において良好な結果が得られているとしても,それらは飽くまでも,当該実施例におけるただ一つの製造条件において実施した場合に限られるものといえ,この良好な結果が,本件発明1で特定する光透過率の条件を満たすあらゆるジアミン誘導体やテトラカルボン酸誘導体の選択の組合せ,溶媒の選択及びイミド化温度条件の選択の全ての組合せにおいてまでも達成されるものとはいえない。 当業者が,本件特許の出願時の技術常識を参酌したとしても,優れた透明性を有する当該ポリイミドの製造方法として,本件明細書の発明の詳細な説明に開示された内容から,請求項1に係る,ジアミン誘導体又はテトラカルボン酸誘導体の光透過率が特定範囲であるものを使用すること,特定の種類の溶媒を使用すること及び特定の温度範囲でイミド化反応を行うこと以外に何ら特定していない全般の範囲にまで,本件発明1の課題が解決できることを当業者が認識できるとはいえない。 したがって,本件特許出願時の技術常識に照らしても,請求項1の記載は,本件発明1の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載された範囲を超えているものである。 (ウ) 以上のとおり,本件発明1は,本件明細書の発明の詳細な説明に記載したものということはできない。 イ 本件発明2〜9について 本件発明2〜9は,直接的あるいは間接的に本件発明1を引用しているものであって,前記アで述べた点についてさらに特定するものでもないから,本件発明1について述べたのと同じ理由によって,本件明細書の発明の詳細な説明に記載したものということはできない。 (3) 実施可能要件違反 ア 本件発明1について (ア) 本件発明1の優れた透明性を持つポリイミドとは,膜厚約10μmのポリイミド膜の400nmにおける光透過率で80%以上であることを意味するものであると解される。 しかし,一般に,ポリイミドにおいて,透明性を改良するに際して,モノマーであるジアミン及び酸二無水物各々の純度(少なくとも可視域における光透過性に影響を与える不純物量)のみならず,それらの化学構造の違いやモノマーの組み合わせ,溶媒の違い又はイミド化(製膜)条件の違いによっても,得られるポリイミドの透明性が変化すること,そのため,透明性を持つポリイミドを具体的に製造するためには,(i)ジアミンは電子吸引性基を含み,かつm-置換構造のものを用いること,(ii)酸二無水物は電子供与性基を含むものを用いること,(iii)ジアミン,酸二無水物ともに分離基を有するものを用いること,(iv)N-メチル-2-ピロリドン(NMP)などの着色を起こさない溶媒を用いること,(v)モノマーは見た目きれいな結晶をしていても僅かな不純物が光透過性を悪化する原因となるので充分に精製した純度の高いものを用いること,(vi)イミド化法としては化学イミド化又は不活性雰囲気下の加熱イミド化を行なうことが指針とされ,実際上はこれらの要因が複雑に影響し合うものであること,特に,モノマー(ジアミン誘導体やテトラカルボン酸誘導体)自体の透明性のみならず,モノマーに含まれる官能基が複雑に作用した結果としてのポリイミドの分子鎖方向の電子の流れやすさや分子鎖間のCT錯体の形成しやすさの影響もポリイミドの光の吸収に大きく作用することが技術常識であるといえる(例えば,甲9文献の103頁1行〜110頁10行)。 そうすると,膜厚約10μmのポリイミド膜の400nmにおける光透過率で80%以上であるという優れた透明性を持つポリイミドを製造するに際し,ジアミン誘導体とテトラカルボン酸誘導体との組合せ,溶媒の選択やイミド化反応の温度などの製造条件の組合せは,複雑に影響し合うことによって,得られるポリイミドの光透過率に影響を与える重要な要因であるということができ,上記の他の複数の要因が複雑に影響し合ったことの影響の結果として,製造されたポリイミドの光透過率が80%を下回る場合があると想定される。上記のとおり,透明性に優れたモノマー(ジアミン誘導体やテトラカルボン酸誘導体)を反応させて製造されたポリイミドが必ずしも透明性に優れたものとはいえないのであるから,当該高いレベルでの透明性を有するポリイミドを製造するためには,ポリイミドの光透過率に影響を与える各要因(原料モノマーの選択及びそれらの組み合わせ並びに製造条件)について,本件発明1で特定する光透過率の条件を満たすジアミン誘導体やテトラカルボン酸誘導体を選択しかつ組み合わせることに加えて,列挙された広範囲の溶媒から最適なものを選択しつつ,イミド化反応の温度として200℃〜500℃の中から最適な温度を選択するという,それらの条件等を変更した実験を逐次行い,得られるポリイミドの透明性について,膜厚約10μmのポリイミド膜の400nmにおける光透過率が80%以上であるかどうか逐一測定することを繰り返す必要がある。 したがって,このような高いレベルでの透明性を有するポリイミドを得るためには,たとえ当業者であっても過度の試行錯誤を要するものというべきである。 (イ) 本件明細書の実施例において良好な結果が得られているとしても,それらは飽くまでも,当該実施例における一つの製造条件において実施した場合に限られるものといえ,この良好な結果をもってして,本件発明1で特定する光透過率の条件を満たすあらゆるジアミン誘導体やテトラカルボン酸誘導体を使用するものの組合せの全て,特定する溶媒の全て,及び特定するイミド化温度の全ての組合せにおいてまでも,実施例と同様に当業者が容易に実施可能なものであるとはいえない。 (ウ) したがって,本件明細書の発明の詳細な説明は,本件発明1を当業者が容易に実施することができる程度に記載されているとはいえない。 イ 本件発明2〜9について 本件発明2〜9は,直接的あるいは間接的に本件発明1を引用しているものであるから,本件発明1について述べたのと同じ理由によって,本件明細書の発明の詳細な説明は,本件発明2〜9を当業者が容易に実施することができる程度に記載されているとはいえない。 |
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原告主張の取消事由
1 取消事由1(甲4文献に基づく進歩性判断の誤り-甲4発明の認定及び相違点の認定の誤り) (1) 甲4発明の認定の誤り 本件決定は,甲4発明について, 「ポリイミドが酸二無水物とジアミンとの反応により温和な条件で容易に合成することができる」との記載のみを参酌して, 「酸二無水物とジアミンとを反応させてなるポリイミドの合成方法」と認定したが,甲4文献に記載されているのは,ポリイミドの分子設計によって光の透過率を上げようとする技術であって,「酸二無水物とジアミンとを反応させてなるポリイミドの合成方法」一般に係る上位概念の発明が記載されているわけではない。 仮に,甲4文献の記載に基づき,本件決定が認定するような引用発明の「上位概念化」が許されるとの前提に立っても,甲4発明は,正しくは以下のとおり認定されるべきである。 「分子内CT遷移ないし分子間CT遷移に着目して酸二無水物成分とジアミン成分とを選択し,酸二無水物と,ジアミンとを用いて反応させてなるポリイミドの合成方法。」 理由は,以下のとおりである。 ア 甲4文献には,以下のとおりの記載がある。 (ア) 「1.はじめに」との見出しの下, 「本章では,PIの紫外〜可視域での光透過性(光吸収)と蛍光発光をPIの電子構造,特に電荷移動(CT)遷移と局所励起(LE)遷移に基づいて説明し,また近赤外域での光透過性を赤外振動吸収に基づいて説明して,近年行われつつある高透明性や高屈折率を示すPIの分子設計と合成,物性評価について解説する。 (102頁左欄18行〜右欄3行)との記 」載があり,同記載からすると,甲4文献がポリイミドの透明度と電子構造との関係を明らかにし,これに基づいて高透明性を達成可能なポリイミドの分子設計を提案するものであることが示されている。 (イ) 「2.ポリイミドの光透過性」では,最初に「2.1 ポリイミドの化学構造と光透過性」として, 「芳香族ポリイミド(PI)薄膜の可視域における光透過性は,PIの化学構造によって決まる分子内の電荷移動(CT)相互作用の強さと薄膜の作製条件(硬化温度,モノマー純度,溶媒の種類,熱処理の雰囲気等)に依存することが知られている。(102頁右欄12行〜16行)との説明がされ 」た上で,1970年代に芳香族ポリイミドの光透過性の研究がスタートして以来,ジアミン部分と酸無水物部分とのCT相互作用が光透過性と相関を有することが明らかにされてきたこと(102頁右欄20行〜23行) 分子間CTを阻害するため ,にモノマー構造を選択する必要があることが見いだされ(103頁左欄3行〜5行),フッ素を含有するポリイミドや脂環式構造を有する原料を用いたポリイミドなどにより高い光透過性が達成されたこと(103頁左欄20行〜右欄9行)などが説明されている。 図2は,芳香族ポリイミド,半芳香族ポリイミド及び脂環式ポリイミドの光吸収スペクトルを比較して,脂環式ポリイミドの光透過性がよいことを説明するものであり,まさに構造によってポリイミドの透明度を確保しようとする試みを説明するものといえる。 (ウ) 「2.2 PIの電子構造とモノマーの電子的性質」として,芳香族,半芳香族,全脂環式のポリイミドの光吸収スペクトルと分子軌道分布とが示され,全芳香族<半芳香族<全脂環式PIの順に可視域の光透過性が増加することがポリイミドの電子状態によって説明されること(105頁左欄1行〜最終行) ポリイミ ,ドの原料物質の電子状態を評価すると,電子受容性の弱い酸無水物と電子供与性の弱いジアミンとを組み合わせれば,光透過性に優れたポリイミドを合成することができると考えられること(108頁左欄5行〜13行)などが説明されている。 また, 「2.3 PIの光透過性とモノマーの電子的性質」の項では,分子内CT遷移と分子間CT遷移がそれぞれポリイミドの着色に与える影響について,圧力印加実験により検討した結果等が示されている。 (エ)「2.4 含フッ素酸無水物から合成されるPIの光透過性」 「2. 及び5 脂環式PIの電子構造と光学的性質」の項では,フッ素を含有する酸無水物である6FDAが分子間CT遷移を抑制し,ポリイミドの透明性に好ましい影響を与えること及び脂環式ポリイミドは光吸収端が300nm付近に存在することから光学的応用が期待されていることが述べられている。 (オ) 「5.おわりに」と名付けられた項では,従来の芳香族PIに見られる紫外から可視域にかけての強い光吸収はCT性のπ→π*遷移に由来することから分子内CT遷移を抑制する脂環構造や分子間CTを抑制する含フッ素PIにより大きく低減されることが述べられ(126頁左欄16行〜20行) “PIの化学構 , 「造と光学的性質”の理解も,この20年で大きく進んだと言って良いであろう・・・今後もPIの物理と化学を基礎においた研究と開発の更なる進展が期待される。」(126頁左欄26行〜33行)と結論付けられている。 イ 上記アからすると,甲4文献は,透明性の高いポリイミドを得る手段として,専ら分子間CT遷移や分子内CT遷移の強弱に着目して,含フッ素酸無水物を利用したり,脂環式構造とするなどのポリイミドの分子設計によることを開示するものであり,甲4文献から,何らの限定もない「酸二無水物とジアミンとを反応させてなるポリイミドの合成方法」という発明を認定することはできない。 (2) 相違点の認定の誤り 甲4発明を,前記(1)のとおり,「分子内CT遷移ないし分子間CT遷移に着目して酸二無水物成分とジアミン成分とを選択し,酸二無水物と,ジアミンとを用いて反応させてなるポリイミドの合成方法。 と認定すると, 」 本件発明1と甲4発明の相違点1-1は,以下のとおりとなる(なお,相違点1-2,1-3は認める。 。 ) (相違点1-1) 本件発明1では,(i) 「光透過率が90%以上である芳香環を有しないジアミン誘導体(但し,ジアミン誘導体の透過率は,純水もしくはN,N-ジメチルアセトアミドに10質量%の濃度に溶解して得られた溶液に対する波長400nm,光路長1cmの光透過率を表す。 以下,同じ。),および 光透過率が80%以上であるテトラカルボン酸誘導体(但し,テトラカルボン酸誘導体の透過率は,2規定水酸化ナトリウム溶液に10質量%の濃度に溶解して得られた溶液に対する波長400nm,光路長1cmの透過率を表す。以下,同じ。, ) または (ii) 光透過率が80%以上である芳香環を有するジアミン誘導体,および 光透過率が80%以上である脂環式テトラカルボン酸誘導体(但し,ビシクロ[2,2,2]オクタンテトラカルボン酸二無水物を除く),または光透過率が80%以上であって且つ3,3’,4,4’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物,2,2’,3,3’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物,2,3’,3,4’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物,3,3’,4,4’-ジフェニルスルホンテトラカルボン酸二無水物,m-ターフェニル-3, , 4’ 3’ 4, -テトラカルボン酸二無水物,2,2’-ビス(3,4-ジカルボキシフェニル)プロパン,1,4,5,8-ナフタレンテトラカルボン酸二無水物,2,3,6,7-ナフタレンテトラカルボン酸二無水物,(1,1’:3’,1”-ターフェニル)-3,3”,4,4”-テトラカルボン酸二無水物,4,4’-(ジメチルシラジイル)ジフタル酸二無水物および4,4’-(1,4-フェニレンビス(オキシ))ジフタル酸二無水物からなる群より選ばれる芳香族テトラカルボン酸誘導体を使用し」として,反応に用いるテトラカルボン酸誘導体及びジアミン誘導体の光透過率が厳密に特定されているのに対し,甲4発明では,分子内CT遷移ないし分子間CT遷移に着目して酸二無水物成分とジアミン成分とを選択している点 (3) 被告の主張について 被告は,甲4文献の469頁左欄1行〜7行(乙1)を引用し,ポリイミドがテトラカルボン酸二無水物とジアミンとを反応させて得られることは周知の合成方法であるから,本件決定の認定に誤りはないと主張する。 しかし,そもそも乙1は本件決定において引用されていない。本件決定は,飽くまで編集委員会の謝辞が記載された「発刊にあたって」と題する部分に含まれている甲4記載部分から「酸二無水物とジアミンとを反応させてなるポリイミドの合成方法」を認定したものであるが,編集委員会の謝辞の記載は,技術的思想としての発明を開示するものではないから,甲4記載部分に基づいて主引例たるべき具体的な発明を認定することはできない。 2 取消事由2(甲4文献に基づく進歩性判断の誤り-相違点1-1に係る容易想到性の判断の誤り) (1) 当業者には甲4発明の実施に当たりモノマーの光透過率を制御する動機がないこと ア 甲4発明は,分子設計により透明性の高いポリイミドを得ることを目的とするものであり,モノマーの光透過率の制御とは課題が異なること 本件発明1は,ポリイミドの製造に用いるジアミン誘導体及びテトラカルボン酸誘導体の所定の波長における光透過率を厳密に制御することにより,透明性の高いポリイミドを得ることができることを明らかにしたものである。一方,甲4発明は,酸二無水物及びジアミンという原料モノマーの光透過率に全く着目することなく,専ら(合成された)ポリイミドの分子設計により透明性の高いポリイミドを得ようとしたものであり,両者は透明性の高いポリイミドを得ようとするアプローチが全く異なり,具体的な課題が全く異なるというべきである。 ポリイミドフィルムを構成する各モノマーの化学構造は,CT相互作用を通してフィルムの透明性に影響することが早くから知られており,古くから研究が進んでいたが,高い透明性を有するポリイミドフィルムを工業的に安定して製造しようとする場合,原料のモノマーの品質管理(着色状況の管理)がより重要となるところ,こうした品質管理の重要性は,ポリイミドの工業生産を志向する場合に初めて認識又は要求される課題であり,甲4文献のようなポリイミドの基礎を論じる解説書が想定するラボスケール(研究レベル)では認識され得ない課題である。 本件発明1は,このような工業的生産における品質管理の分野において,得られるポリイミドの品質を,極めて簡便な手法によりコントロールすることを可能にするものである。 本件発明1と甲4発明とは,甲4発明がモノマー材料の研究であり,本件発明1が工業生産における品質管理の発明であるという点で,前提とする解決課題が全く異なる。 イ 甲4文献には,モノマーの光透過率を制御するという技術思想は開示されていないこと (ア) 甲4文献に記載の「モノマー純度」は,着色に影響を及ぼす不純物の含有量を意味するものでないこと 一般に化学分野において,「純度」との用語は,「物質中の主成分がその中で占める割合,すなわち主成分の含有率」を意味するものであり(甲36),主成分以外にどのような成分が含まれるものであるかについて規定するものではない。 ポリイミドを構成するための原料モノマーには,可視域における光透過性に影響を与える原料モノマー以外にも様々な不純物が含まれている。具体的には,原料モノマー中には,原料モノマーの構造の一部が別の構造に置換され,あるいは別の物質と反応したような,いわゆる「出来損ないのモノマー」が含まれている。また,本件明細書の段落【0004】に記載されているとおり,着色に影響を及ぼすモノマーの酸化物や微量金属等の不純物もまた,原料モノマー中に含まれている。したがって,原料モノマー中には,少なくとも,@所望のモノマー(主成分),A出来損ないのモノマー(不純物),Bモノマーの酸化物(不純物),C微量金属(不純物),Dその他(不純物)が含まれており,「モノマー純度」とは,「@/(@+A+B+C+D),すなわち成分全体に対する所望のモノマーの比であるということができ 」る。そして,Bモノマーの酸化物や,C微量金属等の着色に影響を与える不純物の含有量は極微量であるため,いくらモノマー純度を精製によって向上させ,出来損ないのモノマーを減少させても,光透過率の向上に結び付くとは限らない。 甲4文献は,ポリイミドの分子構造に着目して透明度を向上させようとする文献であり, 「モノマー純度」との文言は102頁右欄の括弧書き中にわずかに一度登場するのみであって,これ以外に純度について述べる記載は皆無であるから,甲4文献に記載の「モノマー純度」の用語は,上記の化学分野における一般的定義を参酌して判断されるべきである。そうすると,甲4文献における「モノマー純度」とは,分子構造に着目して透明度の向上したポリイミドを合成するに当たって用いられる所望の原料モノマーの含有率(上記説明した「@/(@+A+B+C+D」)を意味するものと解釈できる。 (イ) 甲4文献に記載の「モノマー純度」とモノマーの光透過率とは全く異なる指標であること a 甲4文献中には,原料モノマー中の不純物が光透過性に影響を与える旨の記載は一切存在せず,本件発明1において見いだされた,原料のモノマーの着色による原料モノマーの光透過率の低下がポリイミドの光透過性を低下させる旨の記載もこれを示唆する記載もない。 b 本件決定は,モノマー純度が高いとは,可視域における光透過性に影響を与える不純物量が少ないモノマーのことを意味すると判断し,同判断の根拠として,甲9文献の記載を挙げるが,甲9文献には, 「再結晶した後のモノマーを用いたほうが光透過性にやや優れている。光透過性では僅かな差では有るが,着色の差としてはっきりと表れる。」との記載があり,甲9文献には,同記載のとおり,モノマーを再結晶することで純度を上げたとしても,光透過性の改善は僅かな差であることが示されている。 c 原告は,異なる製造元から入手した3種のt-DACH(ジアミン誘導体)について,ガスクロマトグラフィー(GC)及び液体クロマトグラフィー(LC)によって,モノマー純度と,400nmにおける光透過率とを測定し,また,このうち2種のt-DACHを用いて製造したポリイミドの光透過率を測定した(甲37。同実験を,以下「甲37実験」という。)ところ,実験結果から,モノマー純度とモノマー及びポリイミドの光透過率との間に相関関係がないことが確認された。 d 以上のとおり,モノマーの純度と,本件発明1にいう「原料モノマーの着色の抑制によるポリイミドの光透過性の改善」とは関係がない。 仮に,甲4文献の「モノマー純度」が可視域における光透過性に影響を与える不純物量の減少を意味するものであったとしても,甲4文献に,原料モノマー(とりわけジアミン化合物)の着色を極力抑制して原料モノマーの光透過率を厳密に制御することで,ポリイミドの光透過性を改善するという思想が開示されていると理解することは不可能である。 ウ 小括 以上のとおり,当業者は,甲4文献に接した場合,ポリイミドの着色の原因は専ら分子内CT遷移や分子間CT遷移などの電子状態によって引き起こされるものであると認識する。甲4文献には,原料モノマーの着色を抑制することで溶液中における原料モノマーの所定の波長における光透過率を厳密に制御(工程管理)し,それによってポリイミドの透過性を改善することについては記載も示唆もされていないのであるから,当業者は甲4文献を見ても,透明性の高いポリイミドを得るため,原料モノマーの上記光透過率を制御しようという動機付けを得ることはできない。 したがって,当業者には甲4発明を実施するに当たり,ジアミン及び酸二無水物の光透過率を厳密に制御することを開示する各周知技術文献を参酌し,本件発明1を達成する動機がない。 (2) 本件決定が認定に用いている周知技術文献は,いずれも本件発明1の光透過率を満足するジアミン誘導体を開示するものではなく,周知技術を適用しても本件発明1に至らないこと 本件決定が認定に用いている文献中には,ジアミン誘導体(ジアミン化合物)とテトラカルボン酸誘導体との両方について所定の波長における光透過率を制御することはもとより,原料モノマーとしてのジアミン化合物の光透過率について言及した文献さえ存在しない。ポリイミドの原料モノマーとして用いるジアミン化合物について精製することを開示する文献としては,甲6文献,甲7文献及び甲8文献があるが,これらはいずれも着色を防止するために精製することが望ましいとの一般論を開示するにすぎず,ジアミン化合物の所定の波長における光透過率が本件発明1の所定の数値を満足するものであることを開示するものではないし,ポリイミドの製造(工業生産)に当たりジアミン化合物の光透過率を工程上管理することでポリイミドの透明性を改良することを開示するものでもない。 また,甲6文献,甲7文献及び甲8文献に記載のジアミン化合物は,本件発明1の光透過率を満足していない。例えば,甲6文献(段落[0054])及び甲8文献(段落【0027】)に開示されているn-ヘキサンでの再結晶・精製に相当する特開2012-140399(甲34)の参考例2では,トランス-1,4-ジアミノシクロヘキサンをn-ヘキサンで再結晶により精製した結果,400nmにおける光透過率が89%であった事実が開示されている。 したがって,甲6文献等の周知技術文献に開示されている一般的な再結晶・精製に関する技術を甲4文献に適用したとしても,本件発明1に至ることはできない。 (3) 本件発明1は顕著な効果を奏すること 本件発明1は,原料であるジアミン誘導体及びテトラカルボン酸誘導体の不純物量ではなく,ポリイミド製造時における400nmにおける光透過率に着目し,ジアミン誘導体及びテトラカルボン酸誘導体の両方の光透過率を厳密に制御(工程上管理)することにより,簡便な工程管理で大幅に透明性の改善されたポリイミドを工業的に得ることを可能にしたものであり,顕著な効果を奏する。 (4) 本件決定について ア 前記第2の3(1)ア(ア)c(a)について 本件決定は,モノマーの純度とは,少なくとも可視域における光透過性に影響を与える不純物量に着目した純度のことを意味すると判断している。 しかし,前記のとおり,甲4文献の「モノマー純度」とは,分子構造に着目して透明度の向上したポリイミドを合成するに当たって用いられる所望の原料モノマーの含有率を意味するものと解釈できる。甲4文献にわずかに一度登場する「モノマー純度」との文言に基づき, 「可視域における光透過性に影響を与える不純物量に着目した純度」を意味するものと理解することは不可能である。 イ 前記第2の3(1)ア(ア)c(b)について 本件決定は,ポリイミドに関し透明性に影響を与えるのは可視光の短波長側であることが理解されると認定している。 しかし,本件決定がその根拠とする甲4文献の記載は,いずれも単に脂環式構造ポリイミドと半芳香族ポリイミド,そして芳香族ポリイミドで光の吸収端が異なり,脂環式ポリイミドではその他のポリイミドとは異なり,300nm付近の近紫外域においても高い光透過率が得られることを述べているにすぎず,ポリイミドに関し透明性に影響を与えるのは可視光の短波長側であることを述べているわけではない。 当業者がこれらの記載を見ても,用いる材料によって光吸収端が異なることを理解するにすぎず,波長400nm付近の光透過率が重要であると理解するはずがない。 ウ 前記第2の3(1)ア(ア)c(c)について 本件決定は,甲3文献,甲6文献,甲7文献及び甲8文献の記載から,透明性に優れるポリイミドを製造するには,その原料モノマーである酸二無水物及びジアミンも波長400nm付近の光透過率が高いものを使用する必要があることは当業者の当然に想起する事項であるとする。 しかし,本件決定が上記認定の根拠として挙げる文献には,ジアミン誘導体について波長400nmにおける光透過率が高いものを使用することを開示するものはない。上記文献のジアミンは,本件発明1の光透過性要件を満たさないものであり,これらの周知技術を甲4発明に組み合わせても,本件発明1に至ることはできない。 また,原料であるジアミン誘導体の特定波長における光透過率が優れた値を示せば,得られるポリイミドの同波長における光透過率も優れた値となることを示す技術常識は存在しない。 さらに,テトラカルボン酸誘導体について波長400nm付近の光透過率が高いことが望ましいことを開示する文献は甲3文献及び甲7文献であるところ,同文献は,いずれも一般的にテトラカルボン酸誘導体の400nmにおける光透過率が得られるポリイミドの透明性に寄与することを開示するものであるとはいえない。 エ 前記第2の3(1)ア(ア)c(d)について 本件決定は,甲4文献に基づき,原料モノマーとして可視域における光透過性に影響を与える不純物量が少ないものを使用することは当業者が当然に想起することであって,その指標として「周知透明度指標を採用」することは容易になし得ると認定している。 しかし,甲4文献には「モノマー純度」がポリイミドの透明性に影響を与えるとの記載が一行あるだけであって,この「モノマー純度」は「可視域における光透過性に影響を与える不純物量」を意味するものではなく,当該不純物量はモノマーの「光透過性」の指標とはなり得ないものであるから,甲4文献にモノマーの光透過率を制御するとの技術思想が開示されているということはできず,当業者にはモノマーの光透過率を制御する動機がない。 また,本件特許の出願日当時「周知透明度指標」なる指標は存在しなかった。 オ 前記第2の3(1)ア(ア)c(e)について 本件決定は,仮に純度99.9%のs-BPDAを使用して製造したポリイミドの透明性が満足できないものであったとしたら,さらに精製したs-BPDAを使用して高透明性なポリイミドを製造してみようとすることは,ごく自然なことであって,何ら困難なことではないとする。 しかし,ポリイミドの透明性は極めて僅かの不純物に影響されるものであり,クロマトグラフィー等で測定した純度が100.0%のものであっても着色していることがある。単に不純物量に着目してこれを精製により取り除こうとするだけでは望ましい結果を得ることができない。 また,有機合成の技術分野では,純度99.9%は極めて高純度であり,よほど強い動機がない限り,当業者がこれをさらに精製しようとは考えない。 カ 前記第2の3(1)ア(ア)c(f)について 本件決定は,甲4文献は高透明性のポリイミドについて述べていることが前提となっており,高透明性とは可視域における透明度が高いことを意味するから,甲4文献のモノマー純度は可視域における光透過性に影響を与える不純物量に着目した純度のことを意味すると認定している。 しかし,そもそも甲4文献の102頁「2.1」は単にポリイミド薄膜の可視域における光透過性についてCT相互作用の観点から一般的な説明を加えるものであり, 「甲4文献は高透明性のポリイミドについて述べている」との本件決定の認定はその前提を欠く根拠のないものである。従前,光透過性に影響を与えるものと与えないものとを区別することなく,モノマーを単に精製により高純度化することにより,着色をある程度防止することができることが知られていたのであり,甲4文献の記載はこのことを述べているにすぎない。 また,本件決定は,不純物量を少なくすれば得られるポリイミドの透明性が向上すると認定しているが,通常ジアミンの表面着色にかかる不純物量は極微量であって,モノマーの光透過率の指標とはならないのであるから,得られるポリイミドの透明性に関する指標となるものでもない。 キ 前記第2の3(1)ア(ア)c(g)について 本件決定は,甲3文献及び甲7文献は,透明性に優れたポリイミドを得るための指標としてモノマー溶液の400nm透過率を採用することを開示しているとする。 しかし,甲3文献及び甲7文献にはそのことを示唆する記載は存在しない。甲3文献では,得られたポリアミック酸の光透過率を測定しているが,ポリアミック酸とポリイミドの光透過率が相関することは記載されておらず,本件決定の認定は根拠のないものである。実際,本件明細書の実施例4では,ポリアミック酸(ポリイミド前駆体)の400nm透過率が59%であるのに,ポリイミドの透過率は80%となっており,相関していない。また,甲7文献では得られたポリイミドの光透過率がわずか30%である(実施例7) 透明性の高いポリイミドを得ようとする当業 。 者は,そもそも透過性の著しく低いポリイミドしか得られない甲7文献を参照することはしないはずである。 (5) 被告の主張について ア 被告は,甲9文献を引用して, 「光透過性に優れたポリイミドとするためには,可視光を吸収する要因を排除すればよく,そのためには,光透過性を悪化する原因となる不純物がないよう,充分に精製した純度の高いモノマーを用いることは周知である」と主張する。 しかし,被告が引用する甲9文献の109頁最終行〜110頁10行には,モノマーの純度及び光透過率に関連する記載としては,「芳香族ポリイミドを透明化していくには,ポリイミドの光透過性を良くしていけばよく,そのためには光(可視光)を吸収する要因を排除すればよい」との記載,及び「(v)モノマーは充分に精製した純度の高いものを用いる」との記載があるのみであって,前者はモノマーについてではなく,合成されたポリイミドの光透過性が良ければ透明性が増加するという当然のことを述べているにすぎず,後者は一般的なモノマー純度,すなわち光透過性に影響を与える不純物のみならず,出来損ないモノマーなども含めた「所望のモノマーの割合」を高めることが好ましいことを述べているにすぎない。 甲9文献には,被告の主張するような「光透過性を悪化する原因となる不純物」については記載も示唆もされていない。 イ 被告は,甲4文献に記載の「モノマー純度」とは, 「可視域における光透過性に影響を与える不純物量」を意味するものであると主張する。 しかし,実際に「可視域における光透過性に影響を与える不純物」の種類が特定され,又は定量することができているわけではない。 「可視域における光透過性に影響を与える不純物量」という物理量は,甲4文献に記載されていた「モノマー純度」との用語と本件発明1の「モノマーの光透過率」とを結びつけようとして発想した,文献の記載に基づかない存在しない中間項である。実際には,光透過率を測定すること以外に,光透過性に影響を与える不純物量を確認する手段は存在しないのである。 したがって,「モノマー純度」との用語を,「可視域における光透過性に影響を与える不純物量」と読み替えることはできない。被告の主張は,甲4文献における「モノマー純度」を「光透過率」と読み替えるべきであると主張しているのと同じである。 ウ 被告は,周知透明度指数が存在することの根拠として,甲3文献,甲7文献,特開2008-100979号公報(乙2。以下「乙2文献」という。)を引用するが,これらの文献に記載された光透過率の測定方法は,全く異なる二つの測定方法が含まれているのであり,しかも,甲3文献記載の方法は,本件発明1の「10質量%の濃度」における400nmの光透過率を測定することができない(甲51)上,甲7文献及び乙2文献記載の方法は,不純物自体も透過率測定の対象となってしまうので,原理的にモノマー純度の指標とはなり得ないものであるから,周知透明度指数が存在するとの被告の主張は誤りである。 エ 被告は, 「光透過性に優れたポリイミドを合成することは,当業界における周知の課題であるから,甲4発明において,光透過性に優れたポリイミドとするための手段を採用する動機付けがある」と主張する。 しかし, 「光透過性に優れたポリイミドを合成する」という課題は,単に技術開発上のトレンドを述べたものにすぎず,具体的に解決すべき課題との関係で,当業者にどのような手段を用いてこれを解決すべきものであるかについて何らの示唆を与えるものでもないから,このような一般的な課題が存在することをもって,進歩性を否定する動機付けとすることは許されない。 オ 被告は,「ジアミン誘導体についても,再結晶や蒸留等により精製して,純度が高く,着色の少ないものを用いることは周知である」として,甲3文献,甲7文献,甲8文献,甲9文献及び Masatoshi Hasegawa「Semi-aromatic polyimideswith low dielectric constant and law CTE」High Perform.Polym.13(乙3。平成13年発行。以下「乙3文献」という。)を引用したうえで,「ジアミンに含まれる光透過性を悪化する原因となる不純物が,そのままポリイミドにも含まれることとなり,ポリイミドの光透過性に影響することは,テトラカルボン酸二無水物と同様である」から,ジアミンについても,400nmの光透過率に着目し,透過率90%以上のものとすることは当業者であれば容易に理解すると主張する。 しかし,被告の引用する甲3文献,甲7文献,甲8文献,甲9文献及び乙3文献は,ジアミンの着色を取り除くために必要に応じて着色成分を分離することを開示するものであるところ,これらの文献はいずれもジアミンの「モノマー純度」に着目して精製を行うことを述べるものではないから,甲4発明を実施するに当たり,当業者が透明性の向上のためにこれらの文献を参酌することはない。また,甲37実験の2頁の写真からも明らかなとおり,ジアミンの不純物濃度とジアミンの着色との間には相関がないから,これらの文献においてジアミンの着色を取り除くことが開示されているからといって,モノマー純度に着目して精製することが開示されていると考えることもできない。したがって,これらの文献に基づき「ジアミン誘導体についても,再結晶や蒸留等により精製して,純度が高く,着色の少ないものを用いることは周知である」と主張することは,モノマー純度とジアミンの着色とを根拠なく同視する点で,誤っている。 この点について,被告は,ジアミンに含まれる光透過性を悪化する原因となる不純物がそのままポリイミドにも含まれることとなり,ポリイミドの光透過性に影響するから,当業者であればジアミンの光透過率を90%以上とすることを理解するなどと主張するが,ジアミンの純度と光透過率との間に相関はないのであるから,ジアミンに含まれる不純物を取り除くことによって,得られるポリイミドの光透過性を改善するなどという技術常識があるはずもない。 カ 被告は,ポリイミド及びテトラカルボン酸について,波長400nmの光透過率を測定する各文献を参酌すると,当業者は,甲4文献から波長400nmの光透過率が重要であると理解すると主張する。 しかし,前記のとおり,甲3文献及び甲7文献は,一般的に400nmの波長が透明ポリイミドフィルムにとって重要であることを述べるものではない。 また,乙1の469頁を参酌して甲4発明が認定されるべきであるとするならば,同頁には, 「ポリイミドの最大の特徴は耐熱性及び機械的強度にある」と記載されており,透明性は記載も示唆もされていないのであるから,甲4発明において,高い透明性を有するポリイミドを製造することの動機付けは存在しない。 さらに,乙1は,本件決定に挙げられた文献ではなく,取消訴訟に至って被告から提出されたものであり,本件決定の認定を補強するものではない。 キ 被告は,甲9文献の「僅かな差」の記載について, 「僅かな差」とはいえ,原料モノマーの純度が向上すれば,光透過性が改善することを示すものであると主張する。 しかし,甲9文献における「活性炭を用いて再結晶した後のモノマーを用いた方が光透過性にやや優れている。光透過性では僅かな差ではあるが,着色の差としてはっきりと表れる。(109頁7行〜10行)との記載は,活性炭を用いて精製す 」ることによりモノマー純度を高めたとしても,光透過性では僅かな差であったことを述べているのであり, 「モノマー純度」との概念が,光透過性に影響を与える不純物のみならず,出来損ないのモノマーや,モノマーの酸化物その他様々な不純物を含んだ概念,すなわち「原料モノマーの全体に対する,ポリイミドの反応に用いることができる所望のモノマーの割合(主成分の割合) を意味するものとして用いら 」れていることの根拠となるものである。仮に,甲9文献の「モノマーの純度」が,本件決定が述べるとおり「光透過性に影響を与える不純物量」を意味するものであるとすれば,モノマー純度を高めれば,光透過性が「僅か」しか改善しないはずはなく,モノマー純度に比例して光透過性が改善するはずである。 ク 被告は,ジアミンに含まれる不純物がLCで検出に用いる光の波長により検出できなければ,不純物量と光透過率が相関しないという結果が得られることもあり得ると主張する。 しかし,甲37実験で原告がLC分析に用いた検出器はコロナ荷電化粒子検出器(CAD)と呼ばれるものであり,当該検出器は,クロマトグラフィーによって分離された成分を噴霧,微粒子化した後,荷電化し,荷電化した粒子の電流量を測定することで成分の検出を行うものである(甲42)。この検出器は,原理上,光の波長によって不純物量を測定するものではなく,不純物の吸収波長にかかわらず不純物量を測定することが可能である。 また,甲37実験に係るLC分析の目的は,ジアミンに含まれる不純物量と光透過率に相関関係がないことを明らかにすることであるから,LC検出器によって不純物が検出できなければならないことは,被告の主張するとおりである。しかし,その前提として,LC検出器によってモノマー原料が検出できなければ,モノマー純度を測定することができないところ,甲37実験において測定したt-DACHは,250nmの波長に吸収を持たない。被告は乙5を参照して,LCの検出器測定波長が250nmであると述べるが,乙5ではt-DACHではなく,1,3-ビス(4-アミノフェノキシ)ベンゼンが測定されている。この化合物は,芳香環を含んでいるため,吸収端が長波長化し,UV検出器により検出可能である。一方,t-DACHは,不飽和結合や芳香環を持たないため,波長250nm程度のUV域に吸収端を持たず,UV検出器で測定することができない。原告は,確認のため,t-DACHについてUV検出器を用いたHPLC測定を実施したところ,220nm,250nmのいずれの波長でも検出することはできなかった(甲48)。 ケ 被告は,甲37実験で用いた三つのt-DACHには,400nm光透過率への影響が異なる不純物が含まれていると解され,光透過性を悪化させない不純物の量が多くても,モノマーの光透過性に影響しないことは十分あり得るから,甲37実験からモノマー純度は透過率と相関しないとはいえないと主張する。 被告の上記主張のとおり,不純物の中には,光透過性を悪化させるものも,悪化させないものもあり,さらに不純物によって,波長400nmの光透過率への影響が異なるものである。 被告の上記主張により,モノマー純度と光透過率との間に相関関係がないことは一層明らかになったといえる。 (6) 以上より,本件発明1は甲4発明に基づいて,当業者が容易に想到することができたものとはいえない。 (7) 本件発明2〜9について 本件発明2〜9は,いずれも本件発明1と同様に,より進歩性を有するものである。 3 取消事由3(甲5文献に基づく進歩性判断の誤り-甲5発明の認定及び相違点の認定の誤り) (1) 甲5発明の認定 ア 甲5文献の2345頁右欄5行〜2346頁左欄15行の記載からすると,脂環式ジアミンを用いることによる透明性の改善は,甲5文献ではなく,同一の著者による以前の研究成果,すなわち甲5文献の従来技術について言及したものにすぎず,甲5文献自体は専ら脂環式ジアミンを用いたポリイミドの熱特性について芳香族ポリイミドと比較して検討したものである。 また,酸二無水物をモノマー原料として使用するためには,ジアミンと反応させるために,末端の1対のカルボキシル基が脱水されて無水物を形成している必要があるが,モノマー中には,水分等により開環しているものが存在する。甲5文献には無水酢酸中での再結晶工程についての記載があるが,同記載の意味は,酸二無水物を無水酢酸中で再結晶させることにより,無水化して閉環するものであり,テトラカルボン酸誘導体とは異なる別個の不純物を取り除くためのものではない。 また,ジアミンについては,減圧蒸留によって精製したことが開示されている。 イ したがって,甲5発明は,以下のとおり認定すべきである。 「BPDAを無水酢酸中で再結晶させることで開環したカルボキシル基を無水化により閉環させたBPDAと,減圧蒸留したtrans-1,4-CHDAとを,これをN,N-ジメチルホルムアミド(DMF)又はN,N-ジメチルアセトアミド(DMAc)である溶媒中で反応させ, しかる後,得られたポリアミック酸フィルムを,真空中,50℃12時間,100℃1時間,170℃1時間,200℃1時間,そして250℃1時間と段階的に加熱してなる,熱特性が改良されたポリイミドの製造方法。」 (2) 相違点の認定 前記(1)の甲5発明の認定を前提とすると,本件発明1と甲5発明との相違点は,以下のとおりである。 「本件発明1では,(i) 『 光透過率が90%以上である芳香環を有しないジアミン誘導体(但し,ジアミン誘導体の透過率は,純水もしくはN,N-ジメチルアセトアミドに10質量%の濃度に溶解して得られた溶液に対する波長400nm,光路長1cmの光透過率を表す。以下,同じ。, ) および 光透過率が80%以上であるテトラカルボン酸誘導体(但し,テトラカルボン酸誘導体の透過率は,2規定水酸化ナトリウム溶液に10質量%の濃度に溶解して得られた溶液に対する波長400nm,光路長1cmの透過率を表す。以下,同じ。, ) または (ii) 光透過率が80%以上である芳香環を有するジアミン誘導体,および 光透過率が80%以上である脂環式テトラカルボン酸誘導体(但し,ビシクロ[2,2,2]オクタンテトラカルボン酸二無水物を除く),または光透過率が80%以上であって且つ3,3’,4,4’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物,2,2’,3,3’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物,2,3’,3,4’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物,3,3’,4,4’-ジフェニルスルホンテトラカルボン酸二無水物,m-ターフェニル-3, , 4’ 3’ 4, -テトラカルボン酸二無水物,2,2’-ビス(3,4-ジカルボキシフェニル)プロパン,1,4,5,8-ナフタレンテトラカルボン酸二無水物,2,3,6,7-ナフタレンテトラカルボン酸二無水物,(1,1’:3’,1”-ターフェニル)-3,3”,4,4”-テトラカルボン酸二無水物,4,4’-(ジメチルシラジイル)ジフタル酸二無水物および4,4’-(1,4-フェニレンビス(オキシ))ジフタル酸二無水物からなる群より選ばれる芳香族テトラカルボン酸誘導体を使用し』と特定されているのに対し, 甲5発明では,無水酢酸中で再結晶させることで開環したカルボキシル基を無水化により閉環させたBPDAと,減圧蒸留したtrans-1,4-CHDAとを利用して,熱特性を改良することが特定されている点。」 4 取消事由4(甲5文献に基づく進歩性判断の誤り-相違点2に係る容易想到性の判断の誤り) (1) 甲5発明はポリイミドの熱特性を改善することを目的としており,当業者にはモノマーの光透過率を制御する動機がないこと 本件発明1は,ポリイミドの製造(工業生産)に当たり,ジアミン誘導体及びテトラカルボン酸誘導体の10質量%溶液中での波長400nm,光路長1cmの光透過率を厳密に制御(工程管理)することにより,透明性の高いポリイミドを得ることができることを明らかにしたものである。 一方,甲5発明は,酸二無水物及びジアミンの光透過率に全く着目することなく,専ら脂環式ジアミンを用いて芳香族ポリイミドの熱特性を改善しようとしたものであり,両者は課題が全く異なる。 さらに,仮に甲5発明のジアミン及び酸二無水物の精製工程について,モノマーの純度を高める目的があるものと理解してみたとしても,「純度」とは,「物質中の主成分がその中で占める割合,すなわち主成分の含有率」を意味するものであって可視域における光透過性に影響を与える不純物量という意味を持つものではないし,モノマーの純度とモノマーの光透過率とは無関係であるから,甲5文献の記載からモノマーの光透過率を制御するとの技術思想を導くことは不可能である。 甲5発明は熱特性の改善に係る発明であり,モノマーの溶液中の光透過率はおろか,ポリイミドの透明性についても全く言及がないのであるから,当業者は甲5発明を見て,透明性の高いポリイミドを得ようとすることはない。 したがって,当業者には甲5発明に基づいて光透過性に関する周知技術文献を参酌し,ジアミン及び酸二無水物の光透過率を厳密に制御して本件発明1を達成する動機がない。 (2) 本件決定が認定に用いている周知技術文献は,いずれも本件発明1の光透過率を満足するジアミン誘導体を開示するものではなく,周知技術を適用しても本件発明1に至らないこと 本件決定において引用された文献には,テトラカルボン酸誘導体とジアミン誘導体の両方の光透過率について制御することはおろか,ジアミン誘導体の光透過率についての言及すらない。また,甲6文献,甲7文献及び甲8文献のジアミンは,本件発明1の光透過率を満足することはできない。 したがって,仮に甲5発明のジアミン及び酸二無水物の精製工程について,モノマーの純度を高める目的があるものと理解したうえで,甲6文献等の周知技術文献に開示されている一般的な再結晶・精製に関する技術を甲5発明に適用したとしても,本件発明1に至ることはできない。 (3) 本件発明1は顕著な効果を奏すること 本件発明1は,原料であるジアミン誘導体及びテトラカルボン酸誘導体の不純物量ではなく,その両方の400nmにおける光透過率に着目したことにより,簡便な工程管理で大幅に透明性の改善されたポリイミドを得ることを可能にしたものであり,顕著な効果を奏する。 (4) 本件決定について ア 本件決定は,甲5文献には「ポリイミドの主鎖に脂環式ジアミンを使用して透明性を改良すること」 「BPDAは再結晶により精製したこと」 「tran , ,s-1,4-CHDAは蒸留・再結晶により分離したこと」等が記載されているから,酸二無水物やジアミンを精製して高い透明性を有するポリイミドを製造することの動機が存在すると認定している。 しかし,甲5文献は透明性を改良することを開示する文献ではなく,脂環式ジアミンを使用して芳香族ポリイミドの熱特性を改善する文献であり,BPDAやtrans-1,4-CHDAの精製はいずれも透明性を向上させるために実施しているものではないから,甲5文献に高い透明性を有するポリイミドを製造することの動機が存在するはずがない。 イ 本件決定は,甲5文献について,単に脂環式ジアミンを使用することを開示するにとどまらず,ジアミンを蒸留・再結晶するとともに,酸二無水物を再結晶していることから,透明性を改良することを開示した文献であるとする。 しかし,蒸留や再結晶は,透明性を改良する目的でなくとも単に不純物を取り除く目的で実施することがあるものであり,実際,甲5文献のBPDAの再結晶は,無水酢酸の作用によりカルボン酸を閉環させるために実施されている。 また,ジアミンについて,本件決定は甲5文献においてジアミンを蒸留・再結晶すると認定しているが,本件決定がその根拠として挙げる甲5文献の記載部分(2346頁左欄17行〜2346頁右欄15行)は,ジアミンであるtrans-1,4-CDHAをmix-1,4-CDHAと同様の方法,すなわち「減圧下で蒸留」することを開示しているにすぎず,再結晶することは開示していない。再結晶されているのはDCHMのtrans-trans異性体であり,trans-1,4-CDHAではない。 (5) 以上より,本件発明1は甲5発明に基づいて,当業者が容易に想到することができたものとはいえない。 (6) 本件発明2〜9について 本件発明2〜9は,いずれも本件発明1と同様に,甲5発明に基づいて,当業者が容易に想到することができたものとはいえない。 5 取消事由5(サポート要件違反についての判断の誤り) (1) 本件発明1について ア (ア) 本件明細書の段落【0009】【0025】【0053】及び【00 , ,72】の記載からすると,本件発明1の課題は,フレキシブルディスプレイ用や,太陽電池用,タッチパネル用の透明基材に適した,優れた透明性と高い機械強度,低熱線膨張係数を併せ持つ工業的に適用可能なポリイミドの製造方法を提供することである。そして, 「フレキシブルディスプレイ」 「太陽電池」及び「タッチパネル」の各工業製品用途に適用可能な,透明基材に用いるポリイミドを提供することを目的としていることから明らかなとおり,本件発明1のポリイミドの製造方法は,ポリイミドの工業生産において生じる課題を対象とすることを前提としている。 (イ) 本件明細書には,「光透過率が90%以上である芳香環を有しないジアミン誘導体と,光透過率が80%以上であるテトラカルボン酸誘導体」又は「光透過率が80%以上である芳香環を有するジアミン誘導体と,光透過率が80%以上である脂環式テトラカルボン酸誘導体(特定のものを除く)又は光透過率が80%以上である特定のものから選択される芳香族テトラカルボン酸誘導体」を用いた場合に,本件発明1の課題が解決可能であることが記載されている(段落【0026】,【0060】〜【0068】【0070】【0071】 。 , , ) そして,実施例1〜6では,具体的に,上記要件を満たすジアミン誘導体であるt-DACH及びBABBと,上記要件を満たすテトラカルボン酸誘導体であるs-BPDA,a-BPDA,i-BPDA,6FDA及びDPSDAとの組合せが試験されており,400nmにおける光透過率,弾性率及び熱膨張係数の評価により,本件発明1の解決課題である優れた透明性と高い機械強度,低熱線膨張係数を併せ持つポリイミドが得られることが確かめられている。 (ウ) 本件発明1に利用することが可能なジアミン誘導体及びテトラカルボン酸誘導体の候補は,本件明細書の段落【0028】及び【0030】に十分に開示されている。また,ジアミン誘導体として芳香環を有するジアミン誘導体を使用する場合に用いる芳香族テトラカルボン酸誘導体については,請求項1において具体的に成分が限定されている。 (エ) 本件明細書の段落【0039】には,ポリイミド前駆体溶液を得るために用いることのできる溶媒が具体的に列挙されているし,実施例1〜6では,本件発明1に列記された溶媒の一つである「N,N-ジメチルアセトアミド」を用いた具体例が示され,本件発明1の効果を奏することが具体的に確かめられている。 以上の記載を見た当業者は,本件発明1を実施するに当たり,どのような溶媒を用いればよいのかを十分に理解することができる。 (オ) 本件明細書の段落【0049】には,イミド化の温度について, 「200〜500℃,より好ましくは250〜450℃程度の温度で加熱イミド化することでポリイミドフィルム/基材積層体,もしくはポリイミドフィルムを製造することができる」と記載されており,本件発明1のイミド化温度である200〜500℃について言及がある。また,本件明細書の段落【0067】には,実施例1〜6について,ポリイミド前駆体溶液を350℃まで昇温してイミド化を行い,ポリイミドフィルムを得たことが開示されている。これらの実施例1〜6はいずれも本件発明1の効果を奏するものである。 以上の記載を見た当業者は,本件発明1を実施するに当たり,イミド化温度として200℃〜500℃の範囲で設定すれば,本件発明1の課題を解決可能であることを十分に理解することができる。 イ 本件決定について (ア) 本件決定は,本件発明1の構成要件の特定のみではポリイミドの光透過率が80%以上にならないと述べるが,本件発明1の解決課題は「フレキシブルディスプレイ用や,太陽電池用,タッチパネル用の透明基材に適した,優れた透明性と高い機械強度,低熱線膨張係数を併せ持つ工業的に適用可能なポリイミドの製造方法を提供すること」であって,膜厚約10μmにおける400nm光透過率80%以上のポリイミドを提供することではない。本件決定は,実施例1〜6と比較例1〜3とを比較した結果を記載した段落【0071】における「表2に示した結果から分かるとおり,本発明のポリイミドは,400nmにおける光透過率が80%以上であり,光学材料用途ポリイミドとして好適である」との記載に基づいて本件発明1の課題を上記のように認定していると思われるが,本件発明1の課題が解決できることは,実施例に示された範囲にのみ基づき認識されなければならないものではなく,解決課題についても実施例において確認された数値範囲によって定まるというものではない。 そもそも,本件発明1には,得られるポリイミドの光透過率が80%であることは特定されていない。本件発明1はポリイミドの製造方法に係る発明であって,得られるポリイミドの特性によって解決課題を限定しなければならない理由もない。 (イ) 本件決定は,透明性を持つポリイミドを製造するためには, (@)ジアミンは電子吸引性基を含み,かつm-置換構造のものを用いること, (A)酸二無水物は電子供与性基を含むものを用いること, (B)ジアミン,酸二無水物ともに分離基を有するものを用いること, (C)N-メチル-2-ピロリドン(NMP)などの着色を起こす溶媒を使用せず,着色を起こさない溶媒を用いること, (v)モノマーは・・・純度の高いものを用いること, (E)イミド化法としては化学イミド化または不活性雰囲気下の加熱イミド化を行うことが指針とされていることは技術常識と認定しながら,本件発明1は同指針に該当しない物を包含しているから,課題を解決すると当業者が認識できる範囲を超えているとする。 しかし,まず,本件決定は,甲9文献に基づいて,ジアミン誘導体及びテトラカルボン酸誘導体について, (@)ジアミンは電子吸引性基を含み,かつm-置換構造のものを用いること,A) ( 酸二無水物は電子供与性基を含むものを用いること,B) (ジアミン,酸二無水物ともに分離基を有するものを用いることが技術常識であると認めている。 当業者は,これらの技術常識を当然に理解するものであるから,本件明細書を見た当業者は,本件明細書には記載されていないものの,ジアミン誘導体及びテトラカルボン酸誘導体としてポリイミドの透明性を確保するためにふさわしくない成分を選択すれば,当然それに応じて得られるポリイミドの透明性も悪くなることを理解するはずである。したがって,当業者がわざわざ技術常識に反して透明性の確保できないポリイミドを選択するはずがない。そして,このような当業者の技術常識を参酌すると,本件明細書には,ジアミン誘導体及びテトラカルボン酸誘導体を適切に選択した場合に,本件発明1の課題が達成されることが十分に開示されている。 本件発明1における(C)の溶媒の選択,(D)の純度,(E)のイミド化条件についても同様であり,これらは全て本件決定において技術常識であると認められているものである。このような技術常識を持った当業者が本件明細書を読めば,当然にこれらの溶媒,純度,イミド化条件の選択を適切に行うことにより本件発明1の課題が達成されることを理解するものといえる。 (ウ) 本件決定は,本件明細書の実施例において良好な結果が得られているとしても,実施例の組合せ以外のすべての組合せにおいてまでも本件発明1の課題が達成できるとはいえないとする。 しかし,前記のとおり,当業者は,ジアミン誘導体及びテトラカルボン酸誘導体のモノマーの選択,溶媒の選択,モノマーの純度,イミド化条件について,適切に選択することが可能な技術常識を有しているものであり,この技術常識を参酌して本件明細書を理解すれば,本件明細書は本件発明1の課題が解決できることを当業者が認識できるように記載されたものといえる。 また,サポート要件の充足性判断においては,実施例のデータが網羅的であることは求められていない。 ウ 被告の主張について 被告は,溶媒としてN-メチルピロリドン(NMP)を用いた場合,ポリイミドが着色してしまい,本件発明1の課題が解決できないと主張する。 しかし,甲9文献の開示にかかわらず,NMPは透明ポリイミドの製造において通常よく用いられる溶媒であり,NMPを用いたことのみによって,高い透明性を有するポリイミドが得られなくなるということはない。 実際,本件特許の出願日前において,透明ポリイミドの製造にNMPが広く用いられていた。例えば,甲46では,NMPを用いてポリイミドを合成した結果,その光透過率が88%であった事実が記載されている(段落【0009】 0027】 【 , ,【0036】【0037】 。同様に,甲47にも,NMPを溶媒として用いてポリ , )イミドを製造した結果,全波長透過率が87.3%であったことが記載されている(段落【0039】【0042】【0045】。 , , ) したがって,本件特許の出願日前においては,NMPを溶媒として用いても,原料モノマーその他の条件を適切に制御することにより,高い透明性を有するポリイミドフィルムを製造することができることが,当業者の技術常識となっていた。 (2) 本件発明2〜9について 前記(1)と同様に,本件明細書には,本件発明2〜9が課題を解決できることを当業者が認識できるように記載されており,サポート要件を充足する。 (3) したがって,本件決定のサポート要件についての判断は誤りである。 6 取消事由6(実施可能要件違反についての判断の誤り) (1) 本件発明1について ア 前記5で主張したとおり,本件明細書には,本件発明1の実施に当たり選択すべきジアミン誘導体及びテトラカルボン酸誘導体の種類,溶媒の選択及びイミド化温度について十分に記載されており,その効果は実施例において確かめられている。 したがって,当業者は本件明細書の記載に基づき,過度の試行錯誤を要することなく,本件発明1を実施することが可能である。 イ 本件決定について (ア) 本件決定は,本件発明1を実施するためには,ジアミン誘導体及びテトラカルボン酸誘導体,溶媒,及び温度を変更した実験を逐次行い,得られるポリイミドの透明性について,光透過率が80%以上であるかを逐一測定する必要があるから,過度の試行錯誤を要するとする。 しかし,本件発明1の解決課題は「フレキシブルディスプレイ用や,太陽電池用,タッチパネル用の透明基材に適した,優れた透明性と高い機械強度,低熱線膨張係数を併せ持つ工業的に適用可能なポリイミドの製造方法を提供すること」であって,膜厚約10μmにおける400nm光透過率80%以上のポリイミドを提供することではないから,本件決定は,この点で誤りがある。 (イ) 本件決定は,ジアミン誘導体及びテトラカルボン酸誘導体の選択や溶媒,温度の選択に試行錯誤を要するとする。 しかし,本件決定は,透明性の高いポリイミドを得るためには(@)ジアミンは電子吸引性基を含み,かつm-置換構造のものを用いること, (A)酸二無水物は電子供与性基を含むものを用いること, (B)ジアミン,酸二無水物ともに分離基を有するものを用いること, (C)N-メチル-2-ピロリドン(NMP)などの着色を起こす溶媒を使用せず,着色を起こさない溶媒を用いる, (v)モノマーは・・・純度の高いものを用いること, (E)イミド化法としては化学イミド化または不活性雰囲気下の加熱イミド化を行うことなどが指針としてよく知られていると認定しており,当業者が本件発明1を実施する際には,これらの技術常識を参酌して,容易に適切なモノマー及び反応条件を選択することが可能であり,過度の試行錯誤を要するものであるとはいえない。 (ウ) 本件決定は,本件明細書の実施例において良好な結果が得られているとしても,当該実施例に基づき,本件発明1に含まれるあらゆるジアミン誘導体やテトラカルボン酸誘導体,溶媒,イミド化温度において当業者が容易に実施可能とは限らないとするが,明細書に特許請求の範囲に記載の範囲の全実施例を掲載する必要はない。 (2) 本件発明2〜9について 本件発明2〜9についても,本件発明1と同様,本件発明2〜9を実施するに当たり,本件明細書に基づき,当業者が過度の試行錯誤を要することはなく,実施可能要件を充足する。 (3) したがって,本件決定の実施可能要件についての判断は誤りである。 |
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被告の主張
1 取消事由1について (1)ア ポリイミドは,分子主鎖骨格中に環状イミド基を含む高分子の総称であり,テトラカルボン酸二無水物(単に「酸二無水物」ともいう。)とジアミンとを反応させる方法は,ポリイミドの周知の合成方法である(乙1の469頁左欄1行〜7行)。 イ 甲4文献には,最初に, 「発刊にあたって」 (甲4i〜ii 頁)が記載され,その後,「第1編 基礎編」と「第2編 応用編」とに分けて,「ポリイミドの合成法」という基礎的な内容から, 「高性能繊維(アラミド繊維,PBO繊維,PBI繊維を中心に)」という応用までが,総括的に記載されている。 当業者が, 「発刊にあたって」に記載された「ポリイミドが酸二無水物とジアミンとの反応により温和な条件で容易に合成することができる」 (甲4記載部分)との記載に接すれば,当該記載は,ポリイミドの周知の合成方法について述べたものであることは,直ちに理解できる。 ウ 本件決定は,甲4記載部分から,ポリイミドの周知の合成方法である,「酸二無水物とジアミンとを反応させてなるポリイミドの合成方法。」を甲4発明として認定したものであり,その認定に誤りはない。 エ そして,本件決定は,本件発明1と甲4発明とを対比して,相違点1-1を認定したところ,甲4発明の認定に誤りはない以上,相違点1-1の認定に誤りはない。 (2) 原告は,甲4発明は,透明性の高いポリイミドを得る手段として,専ら分子間CT遷移や分子内CT遷移の強弱に着目して,ポリイミドの分子設計によることを開示するものであるから,甲4文献の記載から何らの限定もない「酸二無水物とジアミンとを反応させてなるポリイミドの合成方法」一般に係る上位概念の発明は認定できないと主張する。 原告の上記主張は,甲4文献の「第1編 基礎編 第5章 ポリイミドの光学特性」における102頁左欄1行〜右欄16行,103頁左欄23行〜右欄1行,105頁下から2行〜1行,111頁左欄下から10行〜1行,112頁左欄1行〜5行,表1,2,図2,9,10に基づくものと解される。 しかし,本件決定が,甲4発明の認定の根拠としたのは,甲4記載部分であって,原告が根拠とした上記記載部分ではないから,原告の上記主張はその前提において誤りがある。 2 取消事由2について (1) 本件決定の相違点1-1に係る容易想到性の判断が正しいこと ア ポリイミドに関する周知の課題及び周知技術について (ア) ポリイミドに関する周知の課題 可視光領域(可視域)の吸収をなくして,光透過性に優れた(すなわち,無色で高透明性の)ポリイミドを合成することは,当業界における周知の課題である(甲9文献の103頁〜114頁)。 (イ) 光透過性に優れたポリイミドの指標として,「フィルムとしたときの波長400nmの光透過率」を用いることは周知であること 光透過性に優れたポリイミドの指標として,可視域(約400〜800nm)のうち,特に波長400nm付近の光透過率が重要であることから, 「フィルムとしたときの波長400nmの光透過率」を用いることは周知である(甲1文献の請求項1〜14,段落【0096】,甲2文献の段落【0152】〜【0153】,甲6文献の段落[0002]〜[0004], [0077] [0079] 甲7文献の段落 〜 , 【0083】 乙2文献の請求項4, , 10,段落【0253】, 【0256】 35頁表1) , 。 (ウ) ポリイミド及び原料モノマーの光透過性についての周知技術 a 光透過性に優れたポリイミドとするためには,可視光を吸収する要因を排除すればよく,そのためには,光透過性を悪化する原因となる不純物がないよう,充分に精製した純度の高いモノマーを用いることは周知である(甲9文献の109頁末行〜110頁10行)。 b また,ポリイミド原料モノマーのうち,少なくともテトラカルボン酸二無水物において,上記の「光透過性を悪化する原因となる不純物がないよう,充分に生成した純度の高いモノマー」であることの指標として,当該モノマーを適当な溶媒に溶解したときに波長400nmの光透過率(溶媒にモノマーを溶解させた溶液の光路長1cmの光透過率)がなるべく高いものであることを用いることは周知である(甲3文献の請求項1,段落【0006】【0072】 , ,甲7文献の段落【0043】【0061】 , ,乙2文献の請求項2,段落【0070】【0089】 , ,【0187】【0246】〜【0248】 。そして,具体的な波長400nmの光 , )透過率は,甲3文献では98.5%以上,甲7文献では90%以上,乙2文献では85%以上(実施例で,94.1%,94.5%)である。 c さらに,ポリイミドの原料モノマーのうち,ジアミン誘導体についても,再結晶や蒸留等により精製して,純度が高く,着色の少ないものを用いることは周知である(甲3文献の段落【0102】,甲7文献の段落【0055】,甲8文献の段落【0027】,甲9文献の109頁6行〜10行,乙3文献のS93頁の概要の欄の1行〜7行,S94頁29行〜34行,S105頁3行〜6行)。 イ 相違点1-1の容易想到性について (ア) 甲4発明の原料モノマーとして,波長400nmの光透過率に優れるものを用いることは,当業者が当然に想起すること a 甲4発明は,ポリイミドの周知の合成方法である「酸二無水物とジアミンとを反応させてなるポリイミドの合成方法。」である。 前記ア(ア)のとおり,光透過性に優れたポリイミドを合成することは,当業界における周知の課題であるから,甲4発明において,光透過性に優れたポリイミドを合成するという課題が内在していることは明らかである。 したがって,甲4発明において,当業者であれば,光透過性に優れたポリイミドとするための手段を採用する動機付けがある。 b 前記ア(ウ)aのとおり,光透過性に優れたポリイミドとするためには,光透過性を悪化する原因となる不純物がないよう,充分に精製した純度の高いモノマーを用いることは周知であり,前記ア(ウ)bのとおり,ポリイミド原料モノマーのうち,少なくともテトラカルボン酸二無水物において,上記の「光透過性を悪化する原因となる不純物がないよう,充分に生成した純度の高いモノマー」であることの指標として,当該モノマーを適当な溶媒に溶解したときに波長400nmの光透過率がなるべく高い,光透過率90%以上のものを用いることは周知である。 他方,前記ア(ウ)cのとおり,ポリイミドの原料モノマーのうち,ジアミンについても,再結晶や蒸留等により精製して,純度が高く,着色の少ないものを用いることは周知であって,そのようなジアミンは,光透過性に優れるものとなることは,当業者において自明である。ジアミンについて,400nmという特定波長の光透過率に着目することを明記している文献はないものの,ジアミンに含まれる光透過性を悪化する原因となる不純物が,そのままポリイミドにも含まれることとなり,ポリイミドの光透過性に影響することは,テトラカルボン酸二無水物と同様である。 したがって,光透過性に優れたポリイミドとするために,テトラカルボン酸二無水物を溶媒に溶解した溶液の光透過率が90%以上のものを用いるのであれば,ポリイミドを構成するもう一方のモノマーであるジアミンについても,特に波長400nmの光透過率に着目し,テトラカルボン酸二無水物と同程度の光透過率90%以上のものとすればよいことも,当業者であれば当然に理解するところである。 c そうすると,甲4発明において,光透過性に優れたポリイミドとするための手段として,ポリイミドの原料モノマーである酸二無水物とジアミンを共に充分に精製した純度の高いものとすること等により,波長400nmの光透過率が90%以上のものを用いることは,当業者が当然に想起し得る事項にすぎない。 (イ) 甲4発明におけるモノマーの組合せとして, (i)光透過率が90%以上の芳香環を有しないジアミン,及び,光透過率が80%以上の酸二無水物,又は,(ii)光透過率が80%以上である芳香環を有するジアミン,及び,光透過率が80%以上の,特定の脂環式又は芳香族の酸二無水物とすることは,当業者が容易に想到し得ること 芳香環を有する,ジアミン(本件明細書の実施例で使用されたBABB等)や酸二無水物(本件明細書の実施例で使用されたs-BPDA,a-BPDA,i-BPDA,6FDA,DPSDA等) 及び, , 芳香環を有しない,脂環式のジアミン(本件明細書の実施例で使用されたt-DACH等)や酸二無水物を,様々に組み合わせることもよく行われている(乙2文献の段落【0249】〜【0257】,表1,乙4の44頁右欄14行〜45頁左欄2行,44頁図6,45頁図7,甲1文献の段落【0087】〜【0089】,甲2文献の段落【0152】〜【0163】,甲7文献の段落【0083】,甲8文献の請求項1,5,段落【0051】,甲9文献の図5,8)。 実際に,甲4文献には,本件明細書の実施例で用いられたs-BPDA,6FDA,a-BPDA,SIDA(DPSDA),i-BPDA,CHA(DACH)等の種々のモノマーが挙げられ, 「全芳香族ポリイミド」 「半芳香族ポリイミド」 「全脂環式ポリイミド」を合成し,その光透過性を測定することが記載されている(103頁右欄11行〜17行,図2,104頁図5,106頁表1,107〜108頁表2,109頁図9,110頁図10)。 したがって,前記(ア)のとおり,甲4発明において,波長400nmの光透過率が90%以上のモノマーとした際に,具体的なジアミンと酸二無水物の組合せとして,(i)光透過率が90%以上の芳香環を有しないジアミン,及び,光透過率が80%以上の酸二無水物,又は, (A)光透過率が80%以上である芳香環を有するジアミン,及び,光透過率が80%以上の,ビシクロ[2,2,2]オクタンテトラカルボン酸二無水物以外の脂環式の酸二無水物又はs-BPDA等の特定の芳香族の酸二無水物の組合せを採用することに,特段の創意工夫は見いだせない。 (ウ) 相違点1-1を備えることによる本件発明1の効果について 本件明細書の実施例・比較例において,購入した未精製の波長400nmの光透過率の低いモノマーを用いて合成したポリイミドに比べ,精製しなくても又は精製することにより波長400nmにおける光透過率の高いモノマーを用いて合成したポリイミドは, 「フィルムとしたときの波長400nmの光透過率」が高いことが示されている。 しかし,モノマーを精製すれば,モノマー中の可視域に吸収を有する不純物が少なくなり,その結果,ポリイミドに含まれる可視域に吸収を有する不純物も少なくなり, 「フィルムとしたときの波長400nmの光透過率」が高くなることは,前記ア(イ)及び(ウ)に示した周知技術から,当業者が予測可能な程度のものにすぎない。 そして,本件特許明細書の実施例・比較例からでは,本件発明1の(@) (A) 又はという特定のモノマーの組合せにしたことにより,それ以外の組合せに比べ,格別顕著な効果を奏することが具体的に裏付けられているともいえない。 したがって,相違点1-1を備えることによる本件発明1の効果は,格別顕著なものということはできない。 (エ) まとめ 前記(ア)〜(ウ)によると,甲4発明において,相違点1-1に係る本件発明1の構成を採用することは,当業者が容易に想到することができたものであり,本件決定の相違点1-1に関する容易想到性の判断に誤りはない。 (2) 本件発明1〜9は,当業者が容易に想到し得たものであること 前記(1)のとおり,本件決定の相違点1-1の容易想到性の判断に誤りはなく,相違点1-2及び相違点1-3について,原告は争っておらず,これらの相違点の構成による効果を加味しても格別なものはない。 したがって,本件発明1は,当業者が容易に発明をすることができたものである。 また,本件発明1と同様に,本件発明2〜9も,当業者が容易に発明をすることができたものである。 (3) 進歩性に関する原告の主張について ア 原告は,甲9文献には,モノマーを再結晶することで純度を上げたとしても,光透過性の改善は「僅かな差」であることが示されているから(図8),同記載をもって, 「モノマー純度」の純度とは,少なくとも可視域における光透過性に影響を与える不純物量に着目した純度をいうとの本件決定の認定が裏付けられることはないと主張する。 しかし,甲9文献には,「モノマー純度も重要なファクターであり,・・・僅かな不純物が光透過性を悪化する原因となる。 ・・・活性炭を用いて再結晶した後のモノマーを用いた方が光透過性にやや優れている。光透過性では僅かな差ではあるが,着色の差としてはっきりと表れる。(109頁7行〜10行)と記載されているこ 」とから, 「僅かな差」とはいえ,原料モノマーの純度が向上すれば,光透過性が改善することが示されている。 イ 原告は,甲4文献記載の「モノマー純度」は,本件発明1の「モノマーの透過率」とは無関係であり,このことは,甲37実験においても裏付けられていると主張する。 しかし,甲37実験におけるアルドリッチ社の試料については,光透過率が僅か1%であるにもかかわらず,LC(液体クロマトグラフィー)での純度が高いものであるが,当該試料における不純物がLCで検出に用いる光の波長により検出できなければ,すなわち,同不純物が400nmの波長で測定できたとしても,LCの測定波長(例えば,250nm程度)で検出できなければ,このようなことも起こり得るところである(乙5)。 この点,甲37実験では,LCの測定光波長を明らかにしていないから,甲37実験のみから,モノマー純度はモノマー透過率とは無関係であるということはできない。 また,甲37実験で用いたLCの測定波長が乙5と異なる他の波長であったとしても,三つのt-DACH(トランス-1,4-ジアミノシクロヘキサンに相当)の試料は,製造元が異なり,着色の程度も異なるので,それぞれ波長400nmの光透過率への影響が異なる不純物が含まれていると解するのが自然であり,そのうちのアルドリッチ社製の試料には,着色した油状褐色層を構成する不純物が含まれることが知られているから(乙3文献のS94頁29行〜34行) このような極微 ,量の不純物が,他の試料における不純物に比べて,波長400nmの光透過率をより阻害する可能性がある。 そして,前記の周知技術のとおり,原料モノマーにおいて着目するのは, 「光透過性を悪化する原因となる不純物」であり,光透過性を悪化させない不純物の量が多くても,モノマーの光透過性に影響しないことは十分あり得る。単純にGC及びLC測定の純度の数値と,波長400nmにおける光透過率が比例しないからといって,直ちに,モノマー純度はモノマー透過率とは無関係であるということはできない。 ウ 原告は,本件発明1は,原料であるジアミン誘導体及びテトラカルボン酸誘導体の不純物量ではなく,ポリイミド製造時における400nmにおける光透過性に着目し,ジアミン誘導体及びテトラカルボン酸誘導体の両方の光透過率を厳密に制御(工業上管理)することにより,簡便な工程管理で透明性の改善されたポリイミドを工業的に得ることに可能としたものであり,顕著な効果を奏するものである旨主張する。 しかし,本件明細書には,原告が主張するような, 「工業上管理」であるとか, 「簡便な工程管理」等の事項については,何ら記載されていないから,この点についての原告の主張は,本件明細書の記載に基づかないものであり,失当である。 仮に,当業者の技術常識を考慮すれば,本件明細書の記載に基づいて,原告が主張するような「簡便な工程管理」等の効果が認識できるとして,そのような効果を主張することが許されるとしても,そのような効果は,当然のことながら,周知技術(甲3文献,甲7文献,乙2文献)から当業者が予測し得るものにすぎず,格別顕著なものということはできない。 (4) 本件決定に対する原告の主張について ア 原告は,本件決定が,「モノマー純度」を,「少なくとも可視域における光透過性に影響を与える不純物量に着目した純度を意味」すると認定したことは誤りであると主張するが,前記のとおり,光透過性に優れたポリイミドにするためには,可視光を吸収する要因を排除すればよく,そのためには,光透過性を悪化する原因となる不純物がないよう,充分に精製した純度の高いモノマーを用いることは周知であるから,甲4文献における「モノマー純度」も,当該周知の技術における「光透過性を悪化する原因となる不純物の量」に着目したモノマーの純度を意味すると,当業者であれば当然理解する。 イ 原告は,甲4文献では,芳香族ポリイミド,半芳香族ポリイミド,脂環族ポリイミドでは,光の吸収端が異なり,脂環族ポリイミドでは300nm付近の近紫外域においても高い光透過率が得られることを述べているにすぎず,ポリイミドに関し,透明性に影響を与えるのは可視光の短波長側であることを述べているわけではないから,当業者がこれらの記載を見ても,用いる材料によって光吸収端が異なることを理解するにすぎず,波長400nm付近の光透過率が重要であると理解するとはいえないと主張する。 しかし,ポリイミド及びその原料モノマーであるテトラカルボン酸二無水物において,波長400nmの光透過率を測定することは周知であることを前提として,甲4文献の記載をみると,当業者は,当該記載から波長400nm付近の光透過率が重要であると理解するといえる。 ウ 原告は,甲3文献及び甲7文献は,いずれも一般的にテトラカルボン酸誘導体の400nmにおける光透過率が得られるポリイミドの透明性に寄与することを開示するものとはいえないと主張する。 しかし,光透過性に優れたポリイミドとするためには,光透過性を悪化する原因となる不純物がないよう,充分に精製した純度の高いモノマーを用いることは周知であり,それは,モノマーの具体的な構造によらず,どのようなモノマーにおいても妥当するものといえることは明らかである。したがって,甲3文献(オキシジフタル酸無水物) 甲7文献 , (ビフェニルテトラカルボン酸二無水物)及び乙2文献(ビシクロ[2.2.2]オクタン-2,3,5,6-テトラカルボン酸二無水物)は,それぞれ特定のテトラカルボン酸誘導体について記載するものの,上記周知技術を前提とすると,これらの文献から,一般にテトラカルボン酸誘導体の400nmにおける光透過率が,得られるポリイミドの透明性に寄与することが理解できる。 エ 原告は,甲3文献では,得られたポリアミック酸の光透過率は測定されているが,ポリアミック酸とポリイミドの光透過率が相関することは記載されておらず,また,甲7文献では,得られたポリイミドの光透過率はわずか30%(実施例7)であり,透明性の高いポリイミドを得ようとする当業者は,透明性の低いポリイミドしか得られない甲7文献を参照することはしないと主張する。 しかし,ポリアミック酸とポリイミドの光透過率が,必ず相関するといえないとしても,甲3文献は,ポリイミドの透明性を目的とする文献であるところ,ポリアミック酸はポリイミドの前駆体であり,この透過率が高ければポリイミドの透過率も一般に高いことが予期されるものであるし,また,甲7文献については,精製しないテトラカルボン酸二無水物を用いた比較例2(光透過率7%)に比べて,ポリイミドの光透過率は30%と向上しており,当該文献は,本件明細書でも従来技術(特許文献2)として挙げられていることからみても(段落【0007】,ポリイ )ミドの透明性を目的とする当業者がその内容を参照することは,明らかである。 3 取消事由3について (1) 甲5文献には,文献のタイトルが「脂環式ジアミンのポリイミド 1.合成及び熱特性」と記載され, 「したがって我々は,ポリイミド主鎖に脂環式ジアミンを使用し,分子間電荷移動錯体の形成を抑制し,透明性を改良し,誘電率を低くすることを試みた。もちろん,脂肪族ジアミンからなるポリイミドの化学的熱安定性対劣化は低減されるであろうが,しかし,脂環式ジアミンを用いることにより,Tg等のポリイミドの物理的熱安定性と熱機械的特性は減少を免れ得ないであろう。 本論文では,シクロヘキシル部分を用いて,ジアミンの芳香環に置き換え,ピロメリット,ベンゾフェノン-テトラカルボキシル,又はビフェニルテトラカルボキシル部分を含む新たな脂環式ポリイミドを調製した。(乙10の1頁末行〜2頁5行) 」との記載がある。 文献のタイトルからみれば,脂環式ジアミンを用いたポリイミドにおいて,合成と熱特性を主たる目的としたものと理解されるところであるが,ポリイミドにおいて,脂環式ジアミンの使用は透明性の改良を検討するものであったから,当然にこの透明性の改善を踏まえた延長上に,今回の熱特性が検討されているものである。 したがって,本件決定が,甲5発明を「・・・透明性が改良されたポリイミドの製造方法」と認定したことに誤りはない。 (2) また,テトラカルボン酸二無水物(BPDA)の再結晶は, 「蒸留された無水酢酸中で」行われること,トランス-1,4-ジアミノシクロヘキサン(trans-1,4-CHDA)は「減圧蒸留」されていることは,原告の指摘のとおりである。 しかし,芳香族酸二無水物に含まれる無水酢酸による再結晶は,開環した物(モノマーからみれば不純物に相当するもの)を閉環させてモノマー純度を高め,減少させることが主たる反応であるということができ,再結晶に当たり他の不純物が少なからず減少するものであるから,再結晶により精製」 「 されたということもできる。 したがって, 「酸二無水物として再結晶により精製されたBPDA」との本件決定の認定に誤りはない。 また,ジアミンにおける「蒸留・再結晶」との用語は, 「蒸留」又は「再結晶」との意味で用いたのであって,「蒸留」の点では少なくとも一致しているから,「ジアミンとして蒸留・再結晶されたtrans-1,4-CHDA」との本件決定の認定に誤りはない。 (3) したがって,本件決定における甲5発明の認定に誤りはない。 (4) 本件決定の甲5発明の認定に誤りはない以上,相違点2の認定に誤りはない。 4 取消事由4について (1) 原告は,本件決定における甲5発明の認定及び相違点2の認定に誤りがあることを前提として,本件決定の相違点2に関する容易想到性の判断の誤りがあると主張している。 しかし,前記3のとおり,本件決定における甲5発明の認定及び相違点2の認定に誤りはないから,原告の主張は,その前提を欠く。 (2) また,本件発明1の進歩性に係る原告の主張は,前記2での原告の主張と同様の理由により誤りである。 5 取消事由5について (1) 本件発明の課題について 本件明細書の記載(段落【0004】【0005】【0045】【0071】 , , , )からすると,本件発明の課題は, 「フレキシブルディスプレイ用や,太陽電池用,タッチパネル用の透明基材に適した優れた透明性と高い機械強度,低熱線膨張係数を併せ持つポリイミド及びそのポリイミド前駆体を提供すること」であって,その優れた透明性の指標が,「10μmのフィルムの400nmでの光透過率が80%以上」であるものといえる。 (2) 溶媒の選択について ポリイミド樹脂に関する書籍である甲9文献において,「ポリイミド合成で一般的に用いられるN-メチルピロリドン(NMP)を用いた場合,極めて光透過性が悪く(着色大)なるが,これは加熱イミド化時にポリイミド中に微量残存したNMPが分解生成物に変化して着色の原因となることが知られている。(108頁下か 」ら1行〜3行)と記載されるように, 「N-メチル-2-ピロリドン(NMP) が, 」光透過性を低下させ,着色の原因となることが技術常識であることが示されており,さらに,芳香族ポリイミドの透明化のために分子設計上並びに製造上の指針として,「着色を起こさない溶媒を用いること」も示されている(109頁下から2行〜110頁10行)。 ところが,本件発明1では,使用する溶媒として「N-メチル-2-ピロリドン」(N-メチルピロリドンと同義)が特定されている。 したがって,本件発明1において,溶媒として,「N-メチル-2-ピロリドン」を使用した場合,優れた透明性を有するポリイミドを得ることができないことは,明らかである。 (3) 実施例の網羅性について 前記(2)の溶媒の点のように,本件発明1の課題を解決できると認識できないものが,本件発明1に包含されること等を前提として,本件明細書において,本件発明1に含まれる様々な組合せのうち,わずか数個程度の組合せについて,実際に良好な結果が得られることが示されているとしても,そのことのみをもって,本件発明1が,その全範囲にわたって,当業者が課題を解決できると認識できる範囲のものであるということができないことは,明らかである。本件決定は,単にこのことを述べているにすぎず,原告が主張するように,本件発明1に含まれるすべての組合せについて実施例が網羅的に記載されていない限りは,サポート要件を充足しないことを述べるものではない。 (4) したがって,本件決定のサポート要件についての判断に誤りはなく,取消事由5は理由がない。 6 取消事由6について 前記5のサポート要件についての主張と同様,本件審決の実施可能要件についての判断に誤りはない。したがって,取消事由6は理由がない。 特に,本件発明1において,溶媒として特定したN-メチルピロリドンについては,技術常識に従うと,優れた透明性を有するポリイミドを得ることができないことは,明らかである。また,本件明細書には,溶媒としてN-メチルピロリドンを用いた実施例もないことから,当該溶媒を用いて高い透明性を有するポリイミドフィルムを得るためには,実際にどのような条件を採用すればよいかは,当業者といえども理解できず,過度の試行錯誤を要するものである。 |
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当裁判所の判断
1 本件発明 本件明細書には,以下の記載がある(甲11)。 【0001】本発明は,高い透明性,高い機械強度,そして低線熱膨張係数を併せ持つポリイミド及び,そのポリイミド前駆体に関する。 【0002】高度情報化社会の到来に伴い,光通信分野の光ファイバーや光導波路等,表示装置分野の液晶配向膜やカラーフィルター用保護膜等の光学材料の開発が進んでいる。さらに表示装置分野では,ガラス基板代替として軽量でフレキシブル性に優れたプラスチック基板の検討が行なわれ,それを用いて曲げたり丸めたりすることが可能なディスプレイの開発が進んでいる。 【0003】ポリイミドは,テトラカルボン酸二無水物とジアミンとから得られる樹脂であるが,高寸法安定性や高耐熱性などの優れた特性を有することから高性能光学材料としての用途展開が望まれている。しかしながら,ポリイミドはその化学構造に起因して容易に着色が起こり易いのみならず,原料のテトラカルボン酸二無水物やジアミンも着色を抑制することが容易ではなかった。 【0004】ポリイミドの原料の一つに,ビフェニルテトラカルボン酸二無水物がある。特許文献1,2には,着色が低減された3,3’,4,4’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物結晶及びその製造方法が開示されている。しかしながら,一般にジアミン化合物は,酸化や不純物として含まれる微量金属の影響により,顕著に着色することが知られており,ジアミンを反応させたポリイミドは,着色が低減された3,3’,4,4’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物を用いた場合でも,400nmの光透過率は30%と着色していた。 【0005】一方,トランス-1,4-ジアミノシクロヘキサンを用いたポリイミドは,芳香族ポリイミドでの着色原因である CT吸収を有しないことから,光学材料用途へ展開が期待される(非特許文献1)。しかしながら,原料由来と想定される着色のため,フィルムとしたときの 400nmの透過率が80%を下回り,着色が見られた。 【0006】すなわち,ポリイミドの着色の低減に関する検討は,CT吸収などの分子構造に由来する着色だけでなく,原料となるジアミン,テトラカルボン酸二無水物の着色にも大きく影響される。そのため,ポリイミドを光学材料用途へ用いるためには,ジアミン,テトラカルボン酸二無水物の透過率を厳密に制御する必要があった。 【0009】本発明の目的は,フレキシブルディスプレイ用や,太陽電池用,タッチパネル用の透明基材に適した優れた透明性と高い機械強度,低熱線膨張係数を併せ持つポリイミド及びそのポリイミド前駆体を提供するであり,ジアミン,テトラカルボン酸二無水物の透過率を厳密に制御することで,従来のポリイミドの透明性を大幅に改良するに至った。 【0025】本発明によって,フレキシブルディスプレイ用や,太陽電池用,タッチパネル用の透明基材に適した優れた透明性と高い機械強度,低熱線膨張係数を併せ持つポリイミド及びそのポリイミド前駆体を提供することができる。 【0027】本発明のポリイミドは,特に限定されないが,テトラカルボン酸誘導体,ジアミン誘導体の少なくともどちらか一方が,芳香族誘導体であることが,耐熱性が高いため好ましい。さらに,テトラカルボン酸誘導体が芳香族テトラカルボン酸誘導体であり,ジアミン誘導体が脂肪族ジアミン誘導体であることが,透明性が改善でき,さらに低線熱膨張係数を達成できるため,より好ましい。 【0028】本発明のポリイミドに用いるテトラカルボン酸誘導体(テトラカルボン酸類及びそれらの誘導体を含む。)は,特に限定はなく,通常のポリイミドに採用されるテトラカルボン酸類及びそれらの誘導体であればいずれでも構わない。・・・。 【0029】本発明で用いるテトラカルボン酸誘導体は,着色を低減する目的で精製することが好ましい。精製方法としては,特に制限されず公知の方法が利用できるが,以下の方法が好適である。 (1)溶剤と,テトラカルボン酸誘導体粉末を,少なくとも一部のテトラカルボン酸誘導体粉末が溶解していない不均一な状態で混合し,次いで混合液から未溶解のテトラカルボン酸誘導体粉末を分離回収する精製方法,(2)酸無水物を含む溶液で再結晶する精製方法,(3)加熱減圧下で昇華する精製方法また,これらの方法を複数繰り返すことや,組み合わせて精製することもできる。 【0030】本発明のポリイミドに用いるジアミン誘導体(ジアミン類及びそれらの誘導体を含む。)は,特に限定はなく,通常のポリイミドに採用されるジアミン類及びそれらの誘導体であればいずれでも構わないが,ポリイミドの透明性を向上させるため,以下のジアミンが好適である。・・・。 【0031】本発明で用いるジアミン誘導体は,着色を低減する目的で精製することが好ましい。精製方法としては,特に制限されず公知の方法が利用できるが,以下の方法が好適である。 (1)昇華する精製方法(2)吸着剤で処理する精製方法(3)再結晶による精製方法また,これらの方法を複数繰り返すことや,組み合わせて精製することもできる。 【0034】本発明のポリイミド前駆体は,特に限定されないが以下の製造方法により容易に製造することができる。 1)ポリアミド酸 有機溶剤にジアミンを溶解し,この溶液に攪拌しながら,テトラカルボン酸二無水物を徐々に添加し,0〜100℃の範囲で1〜72時間攪拌することで,ポリイミド前駆体が得られる。 【0039】前記製造方法で使用する有機溶媒は,具体的にはN,N-ジメチルホルムアミド,N,N-ジメチルアセトアミド,N-メチル-2-ピロリドン,ジメチルスルホオキシド等の非プロトン性溶媒が好ましいが,原料モノマーと生成するポリイミド前駆体が溶解すれば問題はなく使用できるので,特にその構造には限定されない。・・・。 【0041】本発明のポリイミド前駆体は,特に限定されないが,下記一般式(1)の単位構造式を含むことを好ましい。 【0042】【化2】〔一般式(1)中,Xは4価の有機基であり,R 1 は水素原子又は炭素数1〜4のアルキル基であり,R 2 ,R 3 は水素原子,炭素数1〜6のアルキル基又は炭素数3〜9のアルキルシリル基である。〕得られるポリイミドの耐熱性が高いことから,Xは下記一般式(2)の4価の有機基であることがより好ましく,4価のビフェニル異性体であることが特に好ましい。 【0043】【化3】【0044】本発明のポリイミドは,ポリイミド前駆体を脱水閉環反応(イミド化反応)することで製造することができる。イミド化の方法は特に限定されず,公知の熱イミド化,化学イミド化方法を適用することができる。得られるポリイミドの形態は,フィルム,ポリイミド積層体,コーティング膜,粉末,ビーズ,成型体,発泡体およびワニスなどを好適に挙げることができる。 【0045】本発明のポリイミドは,その限りではないが,膜厚 10μmのフィルムにしたときの400nmにおける光透過率が80%以上,好ましくは85%以上,より好ましくは90%以上であり,優れた透明性を有する。 【0047】本発明のポリイミドからなるフィルムは,用途にもよるが,フィルムの厚みとしては1μm〜200μm程度が好ましく,さらには1μm〜100μm程度が好ましい。 【0049】・・・例えばセラミック(ガラス,シリコン,アルミナ),金属(鋼,アルミニウム,ステンレス),耐熱プラスチックフィルム(ポリイミド)などの基材に,本発明のポリイミド前駆体溶液組成物を流延し,真空中,窒素等の不活性ガス中,或いは空気中で,熱風もしくは赤外線を用いて,20〜180℃,好ましくは20〜150℃の温度範囲で乾燥する。次いで得られたポリイミド前駆体フィルムを基材上で,もしくはポリイミド前駆体フィルムを基材上から剥離し,そのフィルムの端部を固定した状態で,真空中,窒素等の不活性ガス中,或いは空気中で,熱風もしくは赤外線を用い,200〜500℃,より好ましくは250〜450℃程度の温度で加熱イミド化することでポリイミドフィルム/基材積層体,もしくはポリイミドフィルムを製造することができる。・・・ 【0054】以下,実施例及び比較例によって本 発明を更に説明する。尚,本発明は以下の実施例に限定されるものではない。 【0060】〔参考例1〕t-DACH粉末の精製 ガラス製昇華装置に未精製のトランス -1,4-ジアミノシクロヘキサン10.0gを仕込み,1Torr以下に減圧した。トランス-1,4-ジアミノシクロヘキサンが接している壁下面の温度を50℃に加熱し,5℃に温調された対面した壁上面に昇華物を得た。収量は,8.2gであった。この方法で得られたトランス-1,4-ジアミノシクロヘキサン粉末の光透過率の結果を表1に示す。 【0061】〔参考例2〕BABB粉末の精製 ガラス製容器にBABB20.0g,N,N-ジメチルアセトアミド140gを仕込み,60℃に加熱し溶解した。溶液に吸着剤(Norit SX Plus)0.20gを加え,2時間攪拌した。吸着剤をろ過で取り除き,純水を加え,5℃まで冷却し,析出物を回収した。さらに,得られた析出物10.0gをガラス製昇華装置に仕込み,1Torr以下に減圧した。BABBが接している壁下面の温度を300〜350℃に加熱し,25℃に温調された対面した壁上面に昇華物を得た。収量は,8.5gであった。この方法で得られたBABBの光透過率の結果を表1に示す。 【0062】〔参考例3〕s-BPDA粉末の精製 ガラス製容器に未精製のs-BPDA10.0g,溶媒としてN-メチル-2-ピロリドン10.0gを仕込み,25℃で3時間,十分に攪拌した。溶液をろ別し,得られた固体を100℃2時間真空乾燥し,着色が低減されたs-BPDA粉末を得た。光透過率の結果を表1に示す。 【0063】〔参考例4〕a-BPDA粉末の精製 ガラス製容器に未精製のa-BPDA10.0g,溶媒としてアセトン10.0g仕込み,25℃で3時間,十分に攪拌した。溶液をろ別し,得られた固体を100℃ 2時間真空乾燥し,着色が低減されたa-BPDA9.4gを得た。光透過率の結果を表1に示す。 【0064】〔参考例5〕i-BPDA粉末の精製 ガラス製容器に未精製のi-BPDA10.0g,溶媒としてN-メチル-2-ピロリドン10.0gを仕込み,25℃で3時間,十分に攪拌した。溶液をろ別し,得られた固体を100℃ 2時間真空乾燥し,着色が低減されたi-BPDAを得た。光透過率の結果を表1に示す。 【0065】【表1】【0066】〔実施例1〕 反応容器中に参考例1と同様の方法で精製したトランス-1,4-ジアミノシクロヘキサン(t-DACH)1.40g(0.0122モル)を入れ,モレキュラーシーブを用いて脱水した N,N-ジメチルアセトアミド28.4gに溶解した。この溶液を50℃に加熱し,参考例3と同様の方法で精製した3,3’,4,4’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物(s-BPDA)3.50g(0.0119モル)と,参考例4と同様の方法で精製したa-BPDA0.09g(0.0003モル)とを徐々に加えた。50℃で6時間撹拌し,均一で粘稠なポリイミド前駆体溶液を得た。 【0067】得られたポリイミド前駆体溶液をガラス基板に塗布し,窒素雰囲気下120℃で1時間,150℃で30分,200℃で30分,350℃で5分まで昇温して熱的にイミド化を行なって,無色透明なポリイミド/ガラス積層体を得た。次いで,得られた共重合ポリイミド/ガラス積層体を水に浸漬した後剥離し,膜厚が10μmのポリイミドフィルムを得た。このフィルムの特性を測定した結果を表2に示す。 【0068】[実施例2〜6]表2に記載したジアミン成分,酸成分を用いた以外は,実施例1と同様にして,ポリイミド前駆体溶液及び、ポリイミドフィルムを得た。特性を測定した結果を表2に示す。 【0070】【表2】【0071】表2に示した結果から分かるとおり,本 発明のポリイミドは,400nmにおける光透過率が80%以上であり,光学材料用途ポリイミドとして好適である。 【0072】本発明によって,フレキシブルディスプレイ用や,太陽電 池用,タッチパネル用の透明基材に適した優れた透明性と高い機械強度,低熱線膨張係数を併せ持つポリイミド及びそのポリイミド前駆体を提供することができる。 2 取消事由1(甲4発明の認定及び相違点1-1の認定の誤り)について (1) 甲4文献には,以下のとおりの記載がある。 「ポリイミドが酸二無水物とジアミンとの反応により温和な条件で容易に合成することができる」(i頁4行〜5行) 「1.はじめに無水ピロメリト酸(PMDA)と4,4-ジアミノフェニルエーテル(ODA)から合成されるPMDA/ODA(・・・)や3,3’,4,4’-ビフェニルテトラカルボン酸無水物(BPDA)とp-フェニレンジアミン(PDA)から合成されるBPDA/PDA ・・ , ( ・ )またBPDAとODAから合成されるBPDA/ODA ・・ (・)に代表されるように,汎用のポリイミド(PI) は可視光の吸収端が500〜600nmまですそを引き,黄褐色〜茶褐色に着色している。 ・・・また光エレクトロニクスの分野でPIを用いる場合には,光通信波長(近赤外域)での光透過性とともに,屈折率や複屈折の精密な制御が必須となる。本章では,PIの紫外〜可視域での光透過性(光吸収)と蛍光発光をPIの電子構造,特に電荷移動(CT)遷移と局所励起(LE)遷移に基づいて説明し,また近赤外域での光透過性を赤外振動吸収に基づいて説明して,近年行われつつある高透明性や高屈折率を示すPIの分子設計と合成,物性評価について解説する。 ・・・ 2.ポリイミドの光透過性 2.1 ポリイミドの化学構造と光透過率 芳香族ポリイミド(PI)薄膜の可視域における光透過性は,PIの化学構造によって決まる分子内の電荷移動(CT)相互作用の強さと薄膜の作製条件(硬化温度,モノマー純度,溶媒の種類,熱処理の雰囲気等)に依存することが知られている。(102頁左欄1行〜右欄16行) 」 「脂環式構造を有する酸無水物またはジアミンを用いると高い光透過性を有するPIが得られることが知られており」(103頁左欄23行〜右欄1行) 「 」(103頁図2)「全芳香族<半芳香族<全脂環式PIの順に紫外〜可視域の光透過性が増加する。」(105頁左欄下から2行〜1行)「 」(106頁表1)「 」(107頁表2)「 」(108頁表2(続き))「 」(109頁図9)「 」(110頁図10) 「2.4 含フッ素酸無水物から合成されるPIの光透過性・・・しかし,同じ含フッ素酸無水物である6FDAがPIの無色透明化に寄与することは良く知られており,6FDAから合成されるPIは高透明性PIの代名詞のようになっている。」(111頁左欄下から10行〜1行) 「2.5 脂環式PIの電子構造と光学的性質 脂環式PIは紫外〜可視域での高い光透過性から,液晶配向膜,光学レンズ,光導波路部品,眼内レンズ,航空宇宙部品など種々の応用が期待されている・・・」(112頁左欄1行〜5行) (2) 甲4文献に記載された発明の認定 前記(1)で認定した甲4文献の記載からすると,甲4文献には,本件決定が認定したとおり,「酸二無水物とジアミンとを反応させてなるポリイミドの合成方法」(甲4発明)が記載されていると認められる。 (3) 相違点の認定 したがって,本件発明1と甲4文献に記載された発明との相違点は,本件決定が認定したとおり,相違点1-1,1-2,1-3であると認められる。 (4) 原告の主張について 原告は,甲4文献は,透明性の高いポリイミドを得る手段として,専ら分子間CT遷移や分子内CT遷移の強弱に着目して,含フッ素酸無水物を利用したり,脂環式構造とするなどのポリイミドの分子設計によることを開示するものであり,甲4文献から,何らの限定もない「酸二無水物とジアミンとを反応させてなるポリイミドの合成方法」という発明を認定することはできないとして,甲4文献には, 「分子内CT遷移ないし分子間CT遷移に着目して酸二無水物成分とジアミン成分とを選択し,酸二無水物と,ジアミンとを用いて反応させてなるポリイミドの合成方法」の発明が記載されていると認定されるべきであると主張する。 しかし,前記(1)で認定した甲4文献の記載からすると,甲4文献には,「ポリイミドの分子内の電子の状態を考慮して,モノマー原料として好適な酸二無水物成分とジアミン成分とを選択することで,ポリイミドの光透過性に好影響を及ぼすこと」が記載されているものと認められるが,甲4文献には,酸二無水物とジアミンとを反応させてポリイミドを合成することができること(甲4発明)が記載されていることも明らかである。そして,上記かっこ内の記載と甲4発明とは矛盾しておらず,上記かっこ内の記載により,甲4発明が認められなくなるものではない。 なお,前記(1)のi頁4行〜5行の記載は,編集委員会の「謝辞」中の記載であるが,そうであるからといって,当該記載から発明を認定することができないというべき理由はない。 したがって,原告の上記主張は理由がない。 3 取消事由2(相違点1-1に係る容易想到性の判断の誤り)について (1) 各文献の記載 ア 甲1文献には,以下のとおりの記載がある。 【請求項1】(A)テトラカルボン酸二無水物と(B)ジアミンとをイミド化して得られるポリイミド,及び有機溶剤を含有する光半導体封止剤であって,・・・ 【請求項14】光半導体封止樹脂の400nm光線透過率が,60〜99.5%である請求項11〜13のいずれかに記載の光半導体封止樹脂。 【0096】(f)400nm光線透過率 各実施例又は比較例で得られたフィルム1又は硬化物から,30mmx30mmの測定試料を切り出し,分光光度計(Shimadzu UV-2100,積分球使用)を用いて400nm光線透過率を測定した。また,空気中,150℃で24時間熱処理した後,再度測定した。 イ 甲2文献には,以下のとおりの記載がある。 【0152】〔実施例6〕よく乾燥した攪拌機付密閉反応容器中にp-フェニレンジアミン(以下「PDA」と称する)5mmolをNMPに溶解し,この溶液に実施例2で得たtt-CHTCAの粉末5mmolを徐々に加え,室温で72時間攪拌することで均一・透明で粘稠なポリイミド前駆体溶液が得られた。この際の溶質濃度は12.2重量%である。このポリイミド前駆体溶液は室温及び-20℃で一ヶ月間放置しても沈澱,ゲル化は全く起こらず,極めて高い溶液貯蔵安定を示した。NMP中,30℃で測定したポリイミド前駆体の固有粘度は1.60/gであり,高重合体であった。 【0153】このポリイミド前駆体溶液をガラス基板に塗布し,80℃,2時間で温風乾燥して得たポリイミド前駆体膜を真空中200℃で20分,250℃で30分,続いて320℃又は350℃で1時間熱処理することでイミド化した。これにより膜厚約20μmの透明で強靭なポリイミド膜を得た。イミド化の完結は赤外吸収スペクトルから確認した。180°折り曲げ試験によりこのポリイミド膜は破断せず,可撓性を示した。表1にポリイミドフィルムの物性値を示す。ガラス転移温度407℃,カットオフ波長292nm,400nmでの透過率64.6%,破断伸び30.8%,複屈折Δn=0.0056,誘電率は2.82であり優れた特性を示した。 ウ 甲3文献には,以下のとおりの記載がある。 【請求項1】投影面積円相当径が5〜20μmの不溶性微粒体の含有量が1g当り3000個以下であり,かつ,アセトニトリルに4g/Lで溶解した溶液の光路長1cmにおける400nmの光線透過率が98.5%以上である高純度オキシジフタル酸無水物。 【請求項10】請求項1〜3および9のいずれか1項に記載の高純度オキシジフタル酸無水物とジアミンとを重合して得られるポリイミド。 【0002】オキシジフタル酸無水物(以下,ODPAと略称することがある)は,耐熱性の高いポリイミドに,透明性や熱可塑性を付与するモノマーである。このため,ODPAは,透明ポリイミドフィルムや電子材料・半導体関連用途のポリイミド原料として利用されている。・・・ 【0006】本発明者らは,上記課題を解決すべく鋭意検討した結果,特定の方法によって精製したODPAを用いて製造したポリイミドは,その強度並びに透明性が向上することを見出し,更には,ポリイミドの強度の低下が特定の不純物に起因することを見出して本発明を達成した。 【0072】(2)光線透過率 アセトニトリルに4g/Lで溶解した溶液の,光路長1cmにおける400nmの光線透過率が98.5%以上,好ましくは98.7%以上,より好ましくは99.0%以上である。 高純度ODPAの透過率は,アセトニトリルに4g/Lとなるように溶解させたサンプルを,光路長1cmの石英セルで波長800-200nmにわたり紫外可視吸光光度計により室温,常圧下で測定される。ODPAの透過率は,不純物の含有量に関係がある。これら着色性不純物は400nm付近で大きな透過率の低下を起こし,ODPAとジアミン類との重合を阻害し,ポリイミドフィルムの強度を低下させ,フィルムの色調を悪化させる原因となる。 【0102】以下にポリイミドの製造方法を示す。 窒素雰囲気下,循環水で25℃に保たれた500ccの反応器に,予め蒸留精製した4,4’-オキシジアニリン(0.0182mol,和歌山精化社製)3.638g及び脱水グレードのN,N-ジメチルアセトアミド(和光純薬社製,ポリマー濃度を15重量%とする)52.0gを入れ溶解させた。その後,実施例1で作成した高純度ODPA5.633g(0.0182mol)を約30分間にわたり粉末のまま分割投入した。その後6時間25℃で攪拌した。 エ 甲6文献には,以下のとおりの記載がある。 [0054]本発明に用いられるジアミン成分(A)を構成する他の必須成分であるトランス-1,4-シクロヘキシルジアミン(a2)は,ポリイミドフィルムの透明性の向上だけでなく,ガラス転移温度の向上に効果がみられる。このトランス-1,4-シクロヘキシルジアミン(a2)は,ジアミン成分(A)の5モル%以上,望ましくは30モル%以上,さらに望ましくは50モル%以上95モル%以下含んでいることが好ましい。トランス-1,4-シクロヘキシルジアミン(a2)は未精製品のままだとポリイミドフィルムの色が濃色になるので,必要に応じてn-ヘキサン等によって再結晶,精製することが好ましい。・・・ [0074]このポリイミドフィルムは,膜厚10μm換算で400nm地点の光透過率が80%以上であり,熱膨張係数が100℃〜200℃の範囲で20ppm/℃以下であり,ガラス転移温度が250℃以上であり,TEモードでの屈折率とTMモードでの屈折率との差が0.05以下であるという各種フィルム特性を実現することができる。 [0077](実施例1) 0.5リットルのガラス製の4つ口フラスコを用い,30mL/分の流量で乾燥窒素を流しながら,2,2’-ビス(トリフルオロメチル)ベンジジン((a1)成分)32.024g(0.1モル)と,再結晶済みのトランス-1,4-シクロへキシルジアミン((a2)成分)11.419 g(0.1モル)とに,N,N-ジメチルアセトアミド(溶媒成分(C))を310.49g加え,70℃に加熱させ溶解させた。 その後再結晶済みの3,3’,4,4’-ビシクロヘキシルテトラカルボン酸二無水物((b1)成分)30.631g(0.1モル)及び3,3’,4,4’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物((b2)成分)29.421 g(0.1モル)をゆっくり加えた後,80℃で15分間攪拌した後,自然冷却して室温で60時間撹拌してポリスチレン換算分子量Mw133200のポリイミド前駆体を含む粘度130ポイズのポリイミド前駆体組成物(ワニス)Aを得た。なお,ポリスチレン換算分子量は,ゲルパーミエーションクロマトグラフ(GPC)法によった。 [0078]上記ワニスAを,表面が酸化シリコン層である直径6インチのシリコンウェハ上にスピンコートし,窒素雰囲気下,縦型拡散炉(光洋リンドバーグ社製,商品名「μTF」)で200℃で0.5時間,300℃で0.5時間加熱し,シリコンウェハ上に膜厚約15μmのポリイミドフィルムを得た。シリコンウェハ上のポリイミドフィルムは,0.49%フッ酸水溶液で酸化シリコン層をエッチングしてシリコンウェハから回収した。得られたポリイミドフィルムの膜厚10μmに換算した波長400nm地点の光透過率,熱膨張係数,ガラス転移温度,屈折率差は,下記の方法で測定し,(表1)に結果をまとめて示した。 [0079]光透過率は,日立製作所製の光透過率測定装置(商品名「U-3310」)を用いて測定した。・・・ オ 甲7文献には,以下のとおりの記載がある。 【0043】本発明者らの検討によれば,原料となるBPDAの着色がポリイミドの着色原因の一つであることが判った。すなわち,2規定のNaOH水溶液に0.05g/mLの濃度に溶解して得られた溶液の波長400nmの光透過率が90%以上であるBPDAを原料とすることで,ポリイミドの着色を抑制できるのである。 好ましくは光透過率が98%以上のBPDAを用いる。 【0055】BPDAと反応させるジアミン成分は特に限定されないが,例えば,ジアミノジフェニルエーテル,p-フェニレンジアミン,ビスアミノフェノキシフェニルプロパン,o-トリジン等の公知の芳香族ジアミン成分が挙げられる。2種以上を併用してもよい。BPDAに対するジアミン成分の量は特に限定されないが,通常,BPDAとジアミン成分とを等モル前後で反応させる。なおジアミン成分も着色の少ないものを用いることが好ましい。 【0061】・・・ <光透過率> BPDAの着色度の指標として,BPDAの溶液の光透過率を測定した。具体的には,先ず,2規定のNaOH水溶液に試料を0.05g/mLの濃度で溶解した溶液を調製した。次いで,内径10mmの石英セルを使用し,水を対照液とし,分光光度計(島津製作所製「UV-265FW型」)で波長400nmの光を用いて測定した。NaOHとしては試薬特級品を使用し,サンプル溶液の調製や対照液のための水は,蒸留水またはイオン交換樹脂処理水を使用した。・・・ 【0083】[実施例7:ポリイミドフィルムの調製] 攪拌機及び加熱器を備えた500mL反応器に,4,4’-ジアミノジフェニルエーテル(以下,DDEと称する。)9.66g及びN-メチルピロリドン(以下,NMPと称する。)175.0gを仕込み均一溶液とした後,これに実施例3で得た昇華精製後のBPDA結晶14.20gを添加し,攪拌下,25℃の温度で24時間反応を行い,粘稠なポリアミック酸溶液を得た。得られた溶液をNMPにより希釈し,粘度が300ポイズの溶液としたのち,ガラス板上にキャスティングし,これを熱風乾燥機中で100℃から300℃まで段階的に加熱し厚さ11μmのポリイミドフィルムを得た。得られたポリイミドフィルムの400nmにおける光透過率を分光光度計(島津製作所製「UV-265FW型」)を用いて測定したところ,30%であった。・・・ カ 甲8文献には,以下のとおりの記載がある。 【0027】また,これらのトランス-1,4-ジアミノシクロヘキサン化合物は,得られるポリイミドフィルムが著しく着色する場合があるため必要に応じてn-ヘキサン等の溶媒を用いて着色油性分を分離後,再結晶・精製して使用することが好ましい。 キ 甲9文献には,以下のとおりの記載がある。 「[5]無色透明ポリイミド -芳香族ポリイミドの着色の要因と無色透明化-・・・ 従って,カットオフ点を低波長側の紫外領域まで移動させて可視光領域の吸収 をなくせば芳香族ポリイミドを無色透明化できる。 芳香族ポリイミドの着色の要因(・・・)について,分子構造, ・・・製造条件の及ぼす影響等について検討し,無色透明化への指針をまとめた。 ・・・ 1.2.2モノマーの純度 モノマーの純度も重要なファクターであり,見た目きれいな結晶をしていても僅かな不純物が光透過性を悪化する原因となる。図8には用いたジアミンの再結晶前後の光透過性について示したものである。活性炭を用いて再結晶した後のモノマーを用いた方が光透過性にやや優れている。光透過性では僅かな差ではあるが,着色の差としてはっきりと表れる。 ・・・ 1.3まとめ 芳香族ポリイミドを透明化していくには,ポリイミドの光透過性を良くしていけばよく,そのためには光(可視光)を吸収する要因を排除すればよい。2.1では分子骨格に関してその要因の効果をまとめたが,実際には2.2の製造上の効果も含めてそれぞれの効果が複雑に影響し合うために,個々の芳香族ポリイミドの透明性についてみれば矛盾する結果となる場合もある。 以下に,芳香族ポリイミドの透明化のために分子設計上並びに製造上の指針をまとめた。 (i)ジアミンは電子吸引性基を含み,且つm-置換構造のものを用いる。 (ii)酸二無水物は電子供与性基を含むものを用いる。 (iii)ジアミン,酸二無水物ともに分離基を有するものを用いる。 (iv)着色を起こさない溶媒を用いる。 (v)モノマーは充分に精製した純度の高いものを用いる。 (vi)イミド化法としては化学イミド化または不活性雰囲気下の加熱イミド化を行なう。」(103頁〜110頁) ク 乙2文献には,以下のとおりの記載がある。 【請求項2】12重量%NaOH水溶液5.4gに1.0gを溶解したときにおける400nmの光透過率が,85%以上であることを特徴とする請求項1に記載のビシクロ[2.2.2]オクタン-2,3,5,6-テトラカルボン酸二無水物。 【請求項10】ガラス転移温度が250℃以上,波長400nmでの光透過率が70%以上,・・・いずれか1項に記載のポリイミド。 【0187】 ・・・上述した本発明に係るBTA-Hの中でも,アルカリ金属とアルカリ土類金属との総量が10ppm以下であるBTA-H,さらには12重量%NaOH水溶液5.4gに1.0gを溶解したときにおける400nmの光透過率が,85%以上であるBTA-Hを原料として用いることで得られるポリイミドも,本発明に係るポリイミドの範疇に入るものである。当該原料を用いることで,ガラス転移温度が250℃以上,波長400nmでの光透過率が70%以上,複屈折が0.01以下,破断伸びが5%以上であるポリイミド,破断伸びが30%以上であるポリイミド,有機溶剤に可溶なポリイミドを好適に得ることができる。・・・ 【0246】[実施例1:BTA-Hの製造] ・・・また,BTA-H1.0gを12重量%NaOH水溶液5.4gに溶解させた水溶液の400nmにおける光透過率を,厚さ1cmの石英セルを用いて測定したところ,光透過率は94.5%であった。・・・ 【0253】・・・表1にポリイミドフィルムの物性値を示す。・・・ 【0256】 ・・・400nmでの透過率87.2%・・・フレキシブル液晶ディスプレー用プラスチック基板としての要求特性を満足していた。・・・ ケ 乙3文献には,以下のとおりの記載がある。 「低い比誘電率(K)と低い線形熱膨張係数(CTE)を同時に有する半芳香族ポリイミド(PI)分子設計がなされた。2つのポリイミド系統,すなわち3, , 3’4,4’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物とトランス-1,4-シクロヘキサンジアミンから誘導されるs-BPDA/CHDAポリイミドと,1,2,3,4-シクロブタンテトラカルボン酸無水物とビス(2, -トリフルオロメチル) 2’ベンジジンから誘導されるCBDA/TFMBに焦点を当てた。(S93頁の概要 」(Abstract)の欄の1行〜7行) 「アルドリッチ社から購入したトランス-1,4-ジアミノシクロヘキサン(CHDA)を次のように精製した。CHDAを沸点にあるn-ヘキサン中に溶解した。 透明/無色の溶液と油状褐色層の少量部分とをデカンテーションにより注意深く分離した。この操作を怠ると得られるポリイミド膜が着色する結果となる。CHDAは無色のフラクションから再結晶化され,その後,濾過及び24時間室温で真空乾燥した。(S94頁29行〜34行) 」 「脂肪族モノマー及びフッ素化ジアミンの使用は,紫外・可視領域において,高度に透明なポリイミドが得られる傾向がある。図9では,検討したポリイミドフィルムの透明性について比較している。結果からみて,半芳香族のs-BPDA/CHDAフィルムは,全芳香族s-BPDA/PDAよりも,400nmより下の波長において,とても優れた透明性を有している。(S105頁3行〜6行) 」 (2) 前記(1)の各文献の記載を前提に,以下検討する。 ア 前記(1)で認定した甲3文献の【請求項1】,段落【0006】【007 ,2】,甲7文献の段落【0043】【0061】 , ,乙2文献の【請求項2】,段落【0187】【0246】の各記載によると,本件特許の出願当時,光透過性に優れた ,ポリイミドを得るために,波長400nm,光路長1cmの光透過率が80%以上のテトラカルボン酸誘導体を使用することは,当業者にとって周知であったと認められる。 イ また,前記(1)で認定した甲3文献の段落【0102】,甲7文献の段落【0055】,甲8文献の段落【0027】,甲9文献の「1.2.2」,乙3文献のS93頁の概要(Abstract)の欄の1行〜7行,S94頁29行〜34行,S105頁3行〜6行によると,本件特許の出願当時,光透過性に優れたポリイミドを得るために,モノマーとして,着色の少ないジアミン誘導体を使用することは,当業者にとって周知であったと認められる。 ウ しかし,光透過性に優れたポリイミドを得るために,純水又はN,N-ジメチルアセトアミドに10質量%の濃度に溶解して得られた溶液に対する波長400nm,光路長1cmの光透過率(以下「本件光透過率」という。)が90%以上である芳香環を有しないジアミン誘導体又は本件光透過率が80%以上である芳香環を有するジアミン誘導体を使用することは,当業者にとって周知であったとはいえない。理由は以下のとおりである。 (ア) 確かに,着色の少ないジアミン誘導体を使用するということは,光透過性の高いジアミン誘導体を使用することを意味するものと理解できる。 しかし,本件証拠上,モノマーとして,本件光透過率が80%〜90%以上のジアミン誘導体を使用することについて記載した文献は一切ない(なお,被告は,光透過性に優れたポリイミドの指標として,「フィルムとしたときの波長400nmの光透過率」を用いることは周知であると主張するが,同周知事項は,モノマーの光透過性の指標として用いられるものではない。 。 ) (イ) また,前記(1)のとおり,甲9文献には,「モノマーの純度も重要なファクターであり,見た目きれいな結晶をしていても僅かな不純物が光透過性を悪化する原因となる。図8には用いたジアミンの再結晶前後の光透過性について示したものである。活性炭を用いて再結晶した後のモノマーを用いた方が光透過性にやや優れている。光透過性では僅かな差ではあるが,着色の差としてはっきりと表れる。 」との記載があり,同記載からすると,着色の度合いと光透過性との間の相関の程度は不明といわざるを得ず,他にこの点を認めるに足りる証拠もない。したがって,モノマーとして,着色の少ないジアミン誘導体を使用することが周知であるとしても,そのことから,本件光透過率が80%〜90%以上となるジアミン誘導体を使用することまでも周知であるということはできないというべきである。 エ このように,光透過性に優れたポリイミドとするために,モノマーとして,本件光透過率が80%〜90%以上のジアミン誘導体を使用することが周知であったということはできないから,甲4発明に本件証拠によって認められる周知技術を適用しても,本件発明1の構成に到らず,したがって,本件発明1は進歩性がないということはできない。 オ 被告の主張について 被告は,@可視光領域(可視域)の吸収をなくして,光透過性に優れたポリイミドを合成することは,当業界における周知の課題である,A光透過性に優れたポリイミドの指標として, 「フィルムとしたときの波長400nmの光透過率」を用いることは周知である,B光透過性に優れたポリイミドとするためには,可視光を吸収する要因を排除すればよく,そのためには,光透過性を悪化する原因となる不純物がないよう,充分に精製した純度の高いモノマーを用いることは周知である,Cポリイミド原料モノマーのうち,少なくともテトラカルボン酸二無水物において,上記の「光透過性を悪化する原因となる不純物がないよう,充分に生成した純度の高いモノマー」であることの指標として,当該モノマーを適当な溶媒に溶解したときに波長400nmの光透過率(溶媒にモノマーを溶解させた溶液の光路長1cmの光透過率)がなるべく高いものであることを用いることは周知である,Dポリイミドの原料モノマーのうち,ジアミン誘導体についても,再結晶や蒸留等により精製して,純度が高く,着色の少ないものを用いることは周知であるとした上で,甲4発明に上記各周知技術を適用することにより,相違点1-1に係る構成を備えた本件発明1は容易に想到できる旨主張する。 (ア) しかし,前記ウのとおり,光透過性に優れたポリイミドとするために,モノマーとして,着色の少ないジアミン誘導体を使用することが周知であったとしても,同周知技術から,本件光透過率が80%〜90%以上のジアミン誘導体を使用することを導き出すことはできないところ,このことは,被告の指摘する上記のすべての周知技術を考慮しても変わるものではない。 (イ) この点,被告は,ジアミンに含まれる光透過性を悪化する原因となる不純物が,そのままポリイミドにも含まれることとなり,ポリイミドの光透過性に影響することから,光透過性に優れたポリイミドとするために,テトラカルボン酸二無水物を溶媒に溶解した溶液の波長400nmの光透過率が90%以上のものを用いるのであれば,ポリイミドを構成するもう一方のモノマーであるジアミンについても,テトラカルボン酸二無水物と同程度の光透過率のものとすることは,当業者であれば当然に理解する旨主張する。 a 被告の上記主張は,透明性の優れたポリイミドを製造するためには,ポリイミドの純度を高める必要があり,そのためには,モノマーであるジアミン誘導体の純度も高める必要がある,そのジアミン誘導体の純度を光透過率に置き換えると,もう一つのモノマーであるテトラカルボン酸誘導体に要求される光透過率と同程度であるというものと理解できるが,本件証拠上,ジアミン誘導体及びテトラカルボン酸誘導体のそれぞれの純度と光透過率との間の相関の程度は明らかではなく,後記bのような実験結果もあるから,透過性に優れたポリイミドの製造のために,ジアミン誘導体の光透過率をテトラカルボン酸誘導体の光透過率と同程度とすることが導き出されるということはできず,また,当業者もそのような理解をするとは認められない。 b(a) また,証拠(甲37)によると,以下の事実が認められる。 @ 原告は,ジアミンの純度と光透過率との間の相関関係の有無について調べるために実験を行った(甲37実験)。 A 甲37実験においては,t-DACH として3社の製品(以下,それぞれ「製品@」「製品A」「製品B」という。 , , )が,s-BPDAとして本件特許の参考例3の方法で精製したもの(以下「製品C」という。)が,a-BPDAとして本件特許の参考例4の方法で精製したもの(以下「製品D」という。)が,それぞれ使用された。 B 製品@〜製品Bについて,GC(ガスクロマトグラフィー)及びLC(液体クロマトグラフィー)による測定を行い,面積百分率法でその純度を算出したところ,製品@は,GCで99.83%,LCで99.89%,製品Aは,GCで99.95%,LCで99.95%,製品Bは,GCで99.86%,LCで99.93%との結果が出た。 C 製品@〜製品Bの粉末を純粋に溶解し,10質量%水溶液を作り,同水溶液について,光路長1cm,400nmにおける光透過率を測定したところ,製品@は74%,製品Aは1%,製品Bは92%との結果が出た。 D 製品@,製品C及び製品Dから製造した膜厚10μmのポリイミドフィルムの400nmにおける光透過率を測定したところ,76%となった。 E 製品A,製品C及び製品Dから製造した膜厚10μmのポリイミドフィルムの400nmにおける光透過率を測定したところ,71%となった。 (b) 上記の実験結果によると,製品Aの純度は製品@及び製品Bよりも高いにもかかわらず,製品Aの400nm,光路長1cmの光透過率は,製品@及び製品Bの同透過率に比較して極めて低いのであるから,ジアミン誘導体の純度と光透過率は必ずしも相関しないものと認められる。 (c) 甲37実験の結果について,被告は,製品Aは,光透過率が僅か1%であるにもかかわらず,LC(液体クロマトグラフィー)での純度が高いものであるが,製品Aの不純物は,LCの測定波長(例えば,250nm程度)で検出できない可能性もあるから,甲37実験から,モノマー純度はモノマー透過率とは無関係であるということはできないと主張する。 しかし,証拠(甲37,42)によると,甲37実験のCL測定に使用された検出器は「Corona CAD」であること,同検出器は,吸収波長にかかわらず測定可能であることが認められるから,甲37実験において,CL測定に用いられた検出器が製品Aの不純物を検出できなかったということはできない。 したがって,被告の上記主張は理由がない。 (3) 本件発明2〜9は,いずれも本件発明1を限定したものであるから,前記(2)と同様に,甲4発明及び周知技術から容易に想到できるということはできない。 (4) 以上より,本件発明は,甲4発明及び周知技術から容易に想到できるということはできないから,本件決定の相違点1-1に係る判断は誤りであり,したがって,取消事由2は理由がある。 4 取消事由3(甲5発明の認定及び相違点の認定の誤り) (1) 甲5文献には,以下のとおりの記載がある(甲5。訳文は,本件決定の訳文による。。 ) 「脂環式ジアミンのポリイミド I.合成及び熱特性」(2345頁タイトル) 「我々は,ポリイミドの主鎖に脂環式ジアミンを使用して分子間電荷移動錯体の形成を抑制し,透明性を改良し,誘電率を低くすることを試みた。・・・本論文では,シクロへキシル部分を使用してジアミンの芳香環を置き換え,ピロメリット,ベンゾフェノンテトラカルボキシル,又はビフェニルテトラカルボキシル部分を含有する新しい脂環式ポリイミドを製造した。」(2345頁右欄15行〜2346頁左欄7行) 「材料 ポリアミック酸及びポリイミドを製造するために本研究で使用する酸二無水物及びジアミンを図1に示す。芳香族酸二無水物,例えばピロメリット酸二無水物(PMDA),ビフェニルテトラカルボン二無水物(BPDA)及びベンゾフェノンテトラカルボン酸二無水物(BTDA)は,再結晶によって精製した。trans-及びcis-1,4-ジアミノシクロヘキサンの混合物(mix-1,4-CHDA,沸点181℃)を,使用前に減圧下で蒸留し,暗室に保存した。trans-1,4-ジアミノシクロヘキサン(trans-1,4-CHDA,沸点197℃)をmix-1,4-CHDAと同様な方法で蒸留し保存した。4,4’-ジアミノシクロヘキシルメタン(DCHM)は,立体異性体の混合物として市販され,trans-trans:trans-cis比が約65:35である。・・・そのtrans-trans異性体を,立体異性体の混合物からヘキサン溶液からの再結晶によって分離した。再結晶されたtrans-trans異性体は,trans-cis異性体=94:6の組成を有する。」(2346頁左欄17行〜2346頁右欄15行) 「ポリアミック酸の調製 窒素充填され機械的攪拌機が装着された,乾燥した100mLの3つ口丸底フラスコ中で,酸二無水物又は脂環式ジアミンを,N,N-ジメチルホルムアミド(DMF)又はN,N-ジメチルアセトアミド(DMAc)の様な非プロトン性溶媒に溶解した。この溶液に,DMF又はDMAc中の化学量論的な量の脂環式ジアミン又は酸二無水物を,窒素雰囲気下に氷冷浴中で攪拌下でシリンジにより滴下して加えた(図2)。この溶液が均質で粘稠になった時にポリアミック酸が調製される。 脂環式ジアミンの付加重合反応は芳香族ジアミンのそれよりも多くの時間が掛かった。 当該ポリアミック酸溶液をガラス板上にキャストし,50℃に加熱し,乾燥し,そしてポリアミック酸フィルムをガラス板から剥がした。ポリアミック酸フィルムを,真空中,50℃12時間,100℃1時間,170℃1時間,200℃1時間,そして250℃1時間と段階的に加熱した。赤外分光計(Jasco ModelIR-G)を用いて,2900cm-1の-CH2-バンドと比較して,1780cm-1のイミド環バンドの赤外吸収の増加によって,イミド化の度合いを評価した。 これらの条件下では,ほとんど全てのポリアミック酸がポリイミドに変化した。」(2346頁右欄16行〜41行) (2)ア 前記(1)で認定した甲5文献の記載によると,甲5文献には,「酸二無水物として再結晶により精製されたBPDAとジアミンとして減圧蒸留されたtrans-1,4-CHDAとを,N,N-ジメチルホルムアミド(DMF)又はN,N-ジメチルアセトアミド(DMAc)である溶媒中で反応させ, しかる後,得られたポリアミック酸フィルムを,真空中,50℃12時間,100℃1時間,170℃1時間,200℃1時間,そして250℃1時間と段階的に加熱してなる,透明性が改良されたポリイミドの製造方法。」が記載されているものと認められる。 上記の認定のうち,「ジアミンとして減圧蒸留されたtrans-1,4-CHDA」とあるのを,本件決定は,「ジアミンとして蒸留・再結晶されたtrans-1,4-CHDA」と認定しているが,甲5文献には,trans-1,4-CHDAを再結晶することは記載されていないから,本件決定の上記認定は誤りである。 イ 原告は,甲5文献自体は専ら脂環式ジアミンを用いたポリイミドの熱特性について芳香族ポリイミドと比較して検討したものであること,甲5文献には無水酢酸中での再結晶工程についての記載があるが,同記載の意味は,酸二無水物を無水酢酸中で再結晶させることにより,無水化して閉環するものであり,テトラカルボン酸誘導体とは異なる別個の不純物を取り除くためのものではないことから,甲5文献に記載された発明としては,前記アで認定した「酸二無水物として再結晶により精製されたBPDA」の部分は,「BPDAを無水酢酸中で再結晶させることで開環したカルボキシル基を無水化により閉環させたBPDA」と認定すべきであり,また, 「透明性が改良されたポリイミドの製造方法」の部分は,「熱特性が改良されたポリイミドの製造方法」と認定すべきであると主張する。 しかし,前記(1)のとおり,甲5文献には,ポリイミドの透明性の改良を目的とすることが記載され,また,BPDAを無水酢酸中で再結晶により精製することが記載されていることから,甲5文献には前記アのとおりの発明が記載されていると認められるのであって,原告の上記主張は理由がない。 (3) 本件発明と前記(2)で認定した甲5文献に記載された発明を比較すると,その相違点は,以下のとおりとなる。 (相違点) 本件発明1では,「(i) 光透過率が90%以上である芳香環を有しないジアミン誘導体(但し,ジアミン誘導体の透過率は,純水もしくはN,N-ジメチルアセトアミドに10質量%の濃度に溶解して得られた溶液に対する波長400nm,光路長1cmの光透過率を表す。以下,同じ。),および 光透過率が80%以上であるテトラカルボン酸誘導体(但し,テトラカルボン酸誘導体の透過率は,2規定水酸化ナトリウム溶液に10質量%の濃度に溶解して得られた溶液に対する波長400nm,光路長1cmの透過率を表す。以下,同じ。 , )または(ii) 光透過率が80%以上である芳香環を有するジアミン誘導体,および 光透過率が80%以上である脂環式テトラカルボン酸誘導体(但し,ビシクロ[2,2,2]オクタンテトラカルボン酸二無水物を除く),または光透過率が80%以上であって且つ3,3’,4,4’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物,2,2’,3,3’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物,2,3’,3,4’-ビフェニルテトラカルボン酸二無水物,3,3’,4,4’-ジフェニルスルホンテトラカルボン酸二無水物,m-ターフェニル-3,3’,4,4’-テトラカルボン酸二無水物,2,2’-ビス(3,4-ジカルボキシフェニル)プロパン,1,4,5,8-ナフタレンテトラカルボン酸二無水物,2,3,6,7-ナフタレンテトラカルボン酸二無水物,(1,1’:3’,1”-ターフェニル)-3,3”,4,4”-テトラカルボン酸二無水物,4,4’-(ジメチルシラジイル)ジフタル酸二無水物および4,4’-(1,4-フェニレンビス(オキシ))ジフタル酸二無水物からなる群より選ばれる芳香族テトラカルボン酸誘導体を使用し」と特定されているのに対し,甲5発明では,酸二無水物としてのBPDAが再結晶により精製されたものであり,ジアミンとしてのtrans-1,4-CHDAが減圧蒸留されたものであると特定されている点。 (4) 前記(2),(3)のとおり,甲5文献に記載された発明についての本件決定の認定及び相違点2の認定は誤っているから,上記で判示した限度において取消事由3は理由がある。 5 取消事由4(相違点2に係る容易想到性の判断の誤り) (1) 前記4のとおり,甲5文献には,モノマーとして使用するテトラカルボン酸誘導体及びジアミン誘導体については,光透過率による特定が開示されていないところ,前記3のとおり,本件全証拠によっても,光透過性に優れたポリイミドを得るために,本件光透過率が90%以上である芳香環を有しないジアミン誘導体又は本件光透過率が80%以上である芳香環を有するジアミン誘導体を使用することは,当業者にとって周知であったとは認められないから,甲5文献に記載された前記4の発明に本件証拠によって認められる周知技術を適用しても,本件発明1の構成に到らず,したがって,本件発明1は進歩性がないということはできない。 (2) 本件発明2〜9は,いずれも本件発明1を限定したものであるから,前記(1)と同様に,甲5発明及び周知技術から容易に想到できるということはできない。 (3) 以上より,本件発明は,甲5文献に記載された発明及び周知技術から容易に想到できるということはできないから,本件決定の相違点に係る判断は誤りであり,したがって,取消事由4は理由がある。 6 取消事由5(サポート要件についての判断の誤り) (1) 特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否かは,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきである。 (2)ア そこで,まず,本件発明1の課題について検討するに,前記1のとおり,本件明細書には,本件発明1の目的は,フレキシブルディスプレイ用,太陽電池用及びタッチパネル用の透明基材に適した優れた透明性と高い機械強度,低熱線膨張係数を併せ持つポリイミド及びそのポリイミド前駆体を提供することであること,テトラカルボン酸二無水物とジアミンとから得られるポリイミド樹脂は,高寸法安定性や高耐熱性などの優れた特性を有することから高性能光学材料としての用途展開が望まれているが,その化学構造に起因して容易に着色が起こり易いのみならず,原料のテトラカルボン酸二無水物やジアミンも着色を抑制することが容易ではなかったこと,そのため,ポリイミドを光学材料用途へ用いるためには,ジアミン,テトラカルボン酸二無水物の透過率を厳密に制御する必要があること,ジアミン,テトラカルボン酸二無水物の透過率を厳密に制御することで,従来のポリイミドの透明性を大幅に改良するに至ったことが記載されており(段落【0001】〜【0006】【0009】【0025】【0072】,同記載によると,本件発明1の課 , , , )題は,テトラカルボン酸誘導体とジアミン誘導体とからなるポリイミドの着色を抑制し,透明性の改善を図ることであると認められる。 イ 本件発明2〜7,9も同様に,テトラカルボン酸誘導体とジアミン誘導体とからなるポリイミドの着色を抑制し,透明性の改善を図ることを課題としているものと認められる(ただし,請求項8を引用する請求項9を除く。 。 ) 一方,請求項8及び同項を引用する請求項9は, 「膜厚10μmのフィルムにしたときの400nmにおけるポリイミドの光透過率が80%以上であることを特徴とする請求項1〜7のいずれかに記載のポリイミドの製造方法。」であり,膜厚10μmのフィルムにしたときの400nmにおけるポリイミドの光透過率(以下「400nm光透過率」という。)が80%以上であることが発明の構成として記載されているのであるから,本件発明8の課題は,テトラカルボン酸誘導体とジアミン誘導体とからなるポリイミドの着色を抑制し,400nm光透過率を80%以上とすることであると認められる。 (3) 次に,本件明細書に接した当業者が本件発明の課題を解決できると認識できる範囲について検討するに,前記1のとおり,本件明細書には,発明を実施するための形態として,本件発明1のポリイミドの原料として用いるテトラカルボン酸誘導体及びジアミン誘導体は,通常のポリイミドに採用されるものであればよいこと(段落【0028】【0030】,いずれの原料も着色を低減する目的で公知の , )方法により精製することが好ましいこと(段落【0029】【0031】,有機溶 , )媒は,原料モノマーとポリイミド前駆体が溶解すればよく,特にその構造は限定されないこと(段落【0039】,200℃〜500℃で加熱イミド化することで, )ポリイミドフィルムを製造することができること(段落【0049】)が記載され,また,適宜の精製を施すことによって請求項1における(i)又は(ii)で特定される光透過性を満足するジアミン誘導体及びテトラカルボン酸誘導体が得られること,それらを使用したポリイミドの製造に係る実施例1〜6が記載されている(段落【0060】〜【0068】【0070】。 , ) 本件明細書の上記記載からすると,本件明細書に接した当業者は,ポリイミドの原料モノマーとして通常用いられるテトラカルボン酸誘導体及びジアミン誘導体のそれぞれについて,当業者に期待し得る通常の創作能力の発揮によって原料を選択(例えば,芳香族化合物か脂肪族化合物かの選択等)し,公知の方法による精製を施すことによって請求項1に記載された特定の光透過率を満足する原料モノマーを得ることができ,このような原料モノマーを用いて,請求項1記載の溶媒やイミド化温度等の合成条件により,テトラカルボン酸誘導体とジアミン誘導体とからなるポリイミドの着色を抑制し,透明性の改善を図るという本件発明1の課題を解決できることを認識できるものと認められる。 したがって,請求項1は,サポート要件に適合するものと認められる。 (4) 被告の主張について ア 被告は,本件発明1の課題は, 「フレキシブルディスプレイ用や,太陽電池用,タッチパネル用の透明基材に適した優れた透明性と高い機械強度,低熱線膨張係数を併せ持つポリイミド及びそのポリイミド前駆体を提供すること」であって,その優れた透明性の指標が,「10μmのフィルムの400nmでの光透過率が80%以上」であるものと主張する。 しかし,特許請求の範囲の請求項1においては,同請求項に記載された方法によって製造されるポリイミドの光透過率については何ら限定されていないのであるから,請求項1の方法により製造されたポリイミドが「10μmのフィルムの400nmでの光透過率が80%以上」であることが本件発明1の課題の内容となっているということはできない。 したがって,被告の上記主張は理由がない。 イ 被告は,本件発明1では,使用する溶媒として「N-メチル-2-ピロリドン」(N-メチルピロリドンと同義)が特定されているが,溶媒として, 「N-メチル-2-ピロリドン」を使用した場合,優れた透明性を有するポリイミドを得ることができないと主張する。 (ア) 確かに,甲9文献には, 「ポリイミド合成で一般的に用いられるN-メチルピロリドン(NMP)を用いた場合,極めて光透過性が悪く(着色大)なるが,これは加熱イミド化時にポリイミド中に微量残存したNMPが分解生成物に変化して着色の原因となることが知られている。(108頁下から1行〜3行)との記載 」があることが認められる(甲9)。 (イ)a しかし,甲46(特開2010-102886号公報)には,以下のとおり,高い透明性を有するポリイミドを製造するに当たり,N-メチル-2-ピロリドンを用いている旨の記載がある。 【0009】本発明は,このような事情に鑑みてなされたものであり,高光透過性,高耐熱性,高靭性かつ低吸水率で,フレキシブルなポリイミドフィルムを備える画像表示装置およびフレキシブル透明有機エレクトロルミネッセンス素子を提供することを目的とする。 【0027】ポリアミック酸合成に用いられる溶媒としては,例えば,m-クレゾール,N-メチル-2-ピロリドン(NMP) N, , N-ジメチルホルムアミド(DMF),N,N-ジメチルアセトアミド(DMAc),N-メチルカプロラクタム,ジメチルスルホキシド,テトラメチル尿素,ピリジン,ジメチルスルホン,ヘキサメチルホスホルアミド,γ-ブチロラクトンなどが挙げられる。これらは,単独で使用しても,混合して使用してもよい。さらに,ポリアミック酸を溶解しない溶媒であっても,均一な溶液が得られる範囲内で上記溶媒に加えて使用してもよい。 重縮合反応の温度は,-20〜150℃,好ましくは-5〜100℃の任意の温度を選択することができる。 【0036】25℃の水浴中に設置した攪拌機付き50mL四つ口反応フラスコに,DA4P1.40g(5mmol)およびNMP16.4gを仕込み,DA4PをNMPに溶解させた。続いて,その溶液を攪拌しつつ,TDA1.50g(5mmol)を溶解させながら徐々に添加した。さらに,26℃で24時間攪拌して重合反応を行い,固形分15質量%のポリアミック酸溶液を得た。 この溶液にDMFを加えて固形分0.5質量%に調整し,GPC法により分子量を測定した結果,数平均分子量(Mn)は7,941で,重量平均分子量(Mw)は21,896であり,Mw/Mnは2.76であった。 この溶液を75mm×100mmのガラス板上に流延した後,減圧乾燥機に入れ,10Paの減圧下,80℃/1.5時間,140℃/1.5時間,200℃/1.5時間,および240℃/2.5時間の段階的焼成を行った。その後,フィルム付ガラス基板を80℃の湯浴に5時間浸漬し,ガラス板からフィルムを剥がした。剥離したフィルムを再び減圧乾燥機に入れ,減圧下で100℃/2時間乾燥した。 【0037】得られたフィルムの赤外吸収スペクトルから1705.48cm-1(5員環イミド)を確認し,イミド化率を算出したところ,96%であった。また,諸物性値は以下のとおりであった。得られたフィルムは,着色が少なく高い透明性を有するとともに,フレキシブルで強靭な,平滑性のあるものであった。 膜厚:126μm 光透過率(400nm):88% 吸水率:0.4% b また,甲47(特開2010-7034号公報)にも,以下のとおり,N-メチル-2-ピロリドンを溶媒として用いてポリイミドを製造した結果,全波長透過率が87.3%であったことが記載されている。 【0039】 [実施例1]窒素置換したガラス容器中で,N-メチル-2-ピロリドンとγ-ブチロラクトンの50:50の混合溶液8ml,1,4-ビス(アミノベンゾイルオキシ)ベンゼン(BABB)0.799g(2.30mmol),1,2, 4-シクロブタンテトラカルボン酸二無水物 3, (CBDA) 500g 0. (2.55mmol)を混合し,70℃のホットスターラー上で30分間撹拌して,均一透明な溶液を得た。該溶液を室温まで冷却後,2,2-ビス[4-(4-アミノフェノキシ)フェニル]プロパン 「BAPP」 和歌山精化工業製) 105g ( , 0. (0.26mmol)を添加して撹拌したところ,著しく増粘したため,上記混合溶媒2mlで希釈し,さらに数時間撹拌して淡黄色の粘調液を得た。 この溶液をガラス上にアプリケータを用いて塗工し,80℃で1時間乾燥させてポリアミド酸のフィルムを得た。このポリアミド酸のフィルムをガラスから剥離し,金属製の枠に固定して,窒素雰囲気下,300℃で1時間熱処理し,イミド化を行った。・・・ ・・・透明性を評価したところ,380nm〜780nmの可視光線の透過率の平均値(T)は84.7%,400nmでの透過率(T400)は72.7%,吸収端波長(Cut Off)は324nmであり,高い透明性を示した。・・・ c また,甲1文献(段落【0045】,甲2文献(段落【0081】, ) )甲6文献(段落[0062],甲7文献(段落【0056】 ) )には,テトラカルボン酸二無水物をジアミンとを反応させて,ポリイミドを製造するに際し,溶媒として,N-メチル-2-ピロリドンを使用することが記載されている。 (ウ) 以上からすると,N-メチル-2-ピロリドンは,ポリイミド合成に用いる溶媒としてよく知られているものであることが認められ,また,N-メチル-2-ピロリドンを溶媒として使用することにより透明度の高いポリイミドの製造ができないと認めることはできない。 したがって,被告の上記主張は理由がない。 (5) 請求項1の記載と同様に,請求項2〜7及び9(ただし,請求項8を引用する請求項9を除く。)の記載も,サポート要件に適合するものと認められる。 (6) 一方,前記(2)のとおり,本件発明8の課題は,テトラカルボン酸誘導体とジアミン誘導体とからなるポリイミドの着色を抑制し,400nm光透過率を80%以上とすることであるから,以下,請求項8の記載のサポート要件適合性について検討する。 前記1のとおり,本件明細書では,実施例として,溶媒にN,N-ジメチルアセトアミドを使用して,得られたポリイミド前駆体溶液を窒素雰囲気下120℃で1時間,150℃で30分,200℃で30分,350℃で5分まで昇温して熱的にイミド化を行なう方法によって製造したポリイミドが記載されているところ,実施例1のモノマーは,ジアミン誘導体としてt-DACHを使用し,テトラカルボン酸誘導体としてs-BPDAとa-BPDAとを0.975対0.025の割合で使用し,実施例2のモノマーは,ジアミン誘導体としてt-DACHを使用し,テトラカルボン酸誘導体としてs-BPDAとi-BPDAを0.90対0.10の割合で使用し,実施例3のモノマーは,ジアミン誘導体としてt-DACHを使用し,テトラカルボン酸誘導体としてs-BPDAとa-BPDAとを0.90対0.10の割合で使用し,実施例4のモノマーは,ジアミン誘導体としてBABBを使用し,テトラカルボン酸誘導体としてi-BPDAを使用し,実施例5のモノマーは,ジアミン誘導体としてt-DACHを使用し,テトラカルボン酸誘導体として6FDAを使用し,実施例6のモノマーは,ジアミン誘導体としてt-DACHを使用し,テトラカルボン酸誘導体としてDPSDAを使用しており,それぞれのポリイミドの400nmの光透過率は,順に,81%,81%,82%,80%,90%,91%となった(段落【0066】〜【0068】【0070】。 , ) そして,前記2(1)で判示した甲4文献の記載及び前記3(1)キで判示した甲9文献の記載によると,ポリイミドにおける発色の要因としては,原料モノマーの種類や製造条件(使用する溶媒やイミド化反応の温度)などが複雑に影響することが技術常識であると認められるものの,本件明細書には,上記のとおり,六つの実施例が記載されており,当業者は,本件発明1〜7で特定されたモノマーを用い,前記(3)の本件明細書記載の方法によって,400nmの光透過率が80%以上であるポリイミドを製造することができることを認識するものと認められる。 したがって,請求項8も,サポート要件に適合するというべきである。 (7) よって,取消事由5は理由がある。 7 取消事由6(実施可能要件についての判断の誤り) (1) 物を生産する方法の発明における発明の「実施」とは,その方法の使用をする行為,その方法により生産した物を使用,譲渡等,輸出若しくは輸入又は譲渡等の申出をする行為(以下「使用等」という。 をいう ) (特許法2条3項2号,3号)から,特許法36条4項1号の「その実施をすることができる」とは,上記の行為をすることができることである。したがって,同号の実施可能要件は,物を生産する方法の発明においては,明細書の発明の詳細な説明の記載及び出願当時の技術常識に基づき,当業者が,発明に係る方法により,発明に係る物を生産することができ,かつ,その物を使用等できるかどうかによって判断すべきであるということができる。 (2) そこで検討するに,前記6で指摘した本件明細書の記載によると,本件明細書に接した当業者は,ポリイミドの原料モノマーとして通常用いられるテトラカルボン酸誘導体及びジアミン誘導体のそれぞれについて,当業者に期待し得る通常の創作能力の発揮によって原料を選択し,公知の方法による精製を施すことによって請求項1に記載された特定の光透過率を満足する原料モノマーを得ることができ,このような原料モノマーを用いて,請求項1記載の溶媒やイミド化温度等の合成条件により,テトラカルボン酸誘導体とジアミン誘導体とからなる透過性に優れたポリイミドを製造することができるものと認められる。 請求項1の製造方法により製造されるポリイミドの透明度が,400nm光透過率が80%以上である必要があることを前提として,実施可能要件を判断することができないことは,前記6(4)アのとおりである。また,請求項1の製造方法が溶媒としてN-メチル-2-ピロリドンを用いていることについては,前記6(4)イのとおりである。 (3) したがって,本件発明1は,実施可能要件を満たすものと認められ,同様に,本件発明2〜7及び9(ただし,請求項8を引用する部分を除く。)も,実施可能要件を満たすものと認められる。 (4) 本件発明8については,前記6(6)のとおり,当業者は,本件発明1〜7で特定されたモノマーを用い,前記6(3)の本件明細書記載の方法によって,400nmの光透過率が80%以上であるポリイミドを製造することができるものと認められるから,実施可能要件を満たすものと認められる。 (5) よって,本件発明1〜9の実施可能要件についての本件決定の判断は誤りであり,取消事由6は理由がある。 |
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結論
よって,主文のとおり判決する。 |
裁判長裁判官 | 森義之 |
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裁判官 | 佐野信 |
裁判官 | 熊谷大輔 |