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関連審決 無効2017-800103
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事件 平成 30年 (ネ) 10015号 特許権侵害差止等請求控訴事件

控訴人 株式会社デンソーウェーブ
訴訟代理人弁護士 櫻林正己
訴訟代理人弁理士 碓氷裕彦
被控訴人 カシオ計算機株式会社
訴訟代理人弁護士 窪田英一郎
同 乾裕介
同 中岡起代子
同 今井優仁
同 本阿弥友子
同 鈴木佑一郎
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2018/09/26
権利種別 特許権
訴訟類型 民事訴訟
主文 1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
控訴の趣旨
1 原判決中,控訴人の損害賠償請求を棄却した部分を取り消す。
2 被控訴人は,控訴人に対し,2億円及びこれに対する平成28年9月30日 1 から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
事案の概要(略称は,特に断りのない限り,原判決に従う。)
1 事案の要旨 本件は,発明の名称を「光学情報読取装置」とする特許(特許第38234 87号。請求項の数2。以下「本件特許」という。)に係る特許権(以下「本 件特許権」という。)を有していた控訴人が,原判決別紙被告製品目録記載の 各製品(以下「被告製品」という。)が本件特許の特許請求の範囲の請求項1 に係る発明(以下「本件発明」という。)の技術的範囲に属し,被控訴人によ る被告製品の製造,販売等が本件特許権の侵害に当たると主張して,被控訴人 に対し,特許法100条1項に基づく被告製品の製造,販売等の差止め,同条 2項に基づく被告製品の廃棄並びに本件特許権侵害不法行為に基づく損害 賠償8億0500万円の一部請求として2億円及びこれに対する不法行為の 後である平成28年9月30日(訴状送達日)から支払済みまで民法所定の年 5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
原判決は,@控訴人の本件特許権に基づく被告製品の製造,販売等の差止め 及び廃棄請求は,本件特許権が平成29年10月27日の経過をもってその存 続期間が満了したため,理由がない,A控訴人の本件特許権侵害不法行為に 基づく損害賠償請求は,本件特許の特許出願(以下「本件特許出願」という。) 前に日本国内で販売されていた2次元バーコードリーダ「IT4400」によ り公然実施されていた発明から当業者が本件発明を容易に想到し得たもので あり,本件発明に係る本件特許は,進歩性欠如の無効理由があり,特許無効審 判により無効にすべきものと認められるから,その余の点について判断するま でもなく,理由がないとして,控訴人の請求をいずれも棄却した。
控訴人は,原判決のうち,損害賠償請求を棄却した部分のみを不服として本 件控訴を提起した。
2 争いのない事実等 2 原判決「事実及び理由」の第2の1記載のとおりであるから,これを引用す る。
3 争点 原判決「事実及び理由」の第2の2記載のとおりであるから,これを引用す る。
争点に関する当事者の主張
以下のとおり訂正し,当審における当事者の主張を付加するほか,原判決「事 実及び理由」の第2の3記載のとおりであるから,これを引用する。
1 原判決の訂正 原判決6頁20行目の「本件特許に係る明細書(以下「本件明細書」という。 」 ) を「本件特許出願の願書に添付した明細書(以下,図面も含めて「本件明細書」 (甲2,4の2,5)という。)」と改める。
2 当審における当事者の主張(争点2-2(2次元コードリーダ(IT440 0)を主引用例とする進歩性欠如の有無)に関するもの) ? 控訴人の主張 ア 公然実施の判断の誤り 原判決は,本件特許出願前に,アイニックス社がウェルチアレン社から 輸入し,日本国内で販売していた「IT4400」の構造は,被控訴人が 本件特許出願後に購入し,分解・調査した乙56記載の製品(1997年 5月製造の「IT44001」。以下「被告購入製品」という。)の構造 と同一であるとして,受光素子ごとにオンチップマイクロレンズ(集光レ ンズ)を設置したソニー社製のCCDイメージセンサ「ICX084AL」 が組み込まれた「IT4400」により実施された発明(以下「IT44 00に係る発明」という。)は,本件特許出願前に公然実施されていた旨 判断した。
しかしながら,被告購入製品は,米国から輸入されたものであり,そも 3 そも米国でいつ販売されたのか不明である上,アイニックス社が本件特許 出願前に日本国内で実際に販売していたIT4400は現存していない ため,本件特許出願前に日本国内で販売されていたIT4400と被告購 入製品との同一性を検証することができない。
したがって,IT4400に係る発明が本件特許出願前に公然実施され ていたものと認めることはできないから,原判決の上記判断は誤りである。
イ 相違点の容易想到性の判断の誤り 原判決は,本件発明とIT4400に係る発明との間には,下記のとお りの一致点及び相違点1ないし3があると認定した上で,相違点1ないし 3は,当業者がIT4400に係る発明に本件特許出願当時の周知技術又 は公知技術を組み合わせることなどにより容易に想到し得た旨判断した が,以下のとおり誤りである。
記 (一致点) 複数のレンズで構成され,読取り対象からの反射光を所定の読取装置に 結像させる結像レンズと,前記読取り対象の画像を受光するために前記読 取位置に配置され,その受光した光の強さに応じた電気信号を出力する複 数の受光素子が2次元的に配列されるとともに,当該受光素子ごとに集光 レンズが設けられた光学的センサと,当該光学的センサへの前記反射光の 通過を制限する絞りとを備える光学情報読取装置である点。
(相違点1) 本件発明は,「前記読取り対象からの反射光が前記絞りを通過した後で 前記結像レンズに入射するよう,前記絞りを配置することによって,前記 光学的センサから射出瞳位置までの距離を相対的に長く設定し」ているの に対して,IT4400に係る発明においては,絞りは複数のレンズの間 に配置されている点。
4 (相違点2) 本件発明は,「前記光学的センサの中心部に位置する受光素子からの出力に対する前記光学的センサの周辺部に位置する受光素子からの出力の比が所定値以上となるように,前記射出瞳位置を設定して,露光時間などの調整で,中心部においても周辺部においても読取が可能となるようにしている」のに対し,IT4400に係る発明がかかる構成を備えるか不明である点。
(相違点3) 本件発明は,「前記光学的センサからの出力信号を増幅して,閾値に基づいて2値化し,2値化された信号の中から所定の周波数成分比を検出し,検出結果を出力するカメラ部制御装置」を備えるのに対し,IT4400に係る発明がかかる構成を備えるか不明である点。
(ア) 相違点1について 原判決は,@画像周辺部における光量不足や射出瞳から像面までの距 離の不足といった課題を解決するために,「射出瞳を結像面から離した 構造として,全てのレンズの前面(読取対象側)に絞りを配置する」構 成とすることは,本件特許出願当時,デジタルカメラ等の光学系の分野 において周知であったこと(乙11ないし15),Aビデオカメラ(デ ジタルカメラ)においてきれいな像が必要とされるならば,当然に,受 光素子の周辺部の集光率を低下させないことも求められるものであり, この意味で,2次元コードリーダ(IT4400)とビデオカメラ(デ ジタルカメラ)は同じ課題を有していることからすると,当業者であれ ば,IT4400に係る発明にデジタルカメラ等の光学系に関する上記 @の周知技術を組み合わせる動機付けはあったといえ,同組合せによれ ば,相違点1に係る構成を想到することは容易であった旨判断した。
しかしながら,上記@の技術は,スチルビデオカメラ装置ないしビデ 5 オカメラ装置に関するものであって,2次元コードリーダに関するものではないし,また,本件特許出願当時,マイクロレンズ付きCCDを2次元コードリーダに用いたときに,光学系の軸の長さの影響を受けて周辺部の集光率が低下し,周辺部の読取性能が落ち,コードの読取りに影響が生じるという2次元コードリーダにおける課題は,当業者に認識されていない「新規な課題」であったものである。
そして,ビデオカメラ等の技術と2次元コードリーダの技術分野とでは,画像認識の仕組み,光学系の設計思想が相違し,CCDが画像認識をした後の画像データの処理も全く異なるから,両者が共に同じCCDを用いて構成されていたとしても,技術分野の共通性に直結するものではない。すなわち,画像認識の仕組みの点では,ビデオカメラ装置等では,全体の像がはっきりと映ることが必須事項として求められるのに対し,2次元コードリーダでは,必ずしもシャープな像は必要ではなく,しかも,2次元コードは,明るいか暗いかの「0」,「1」で判断するバイナリーコードであるという特性から,「0」,「1」の区別が必要であり,その意味での像の明るさがセンサ中心部とセンサ周辺部とで大きく変わらないことが求められる。光学系の設計思想の点では,ビデオカメラ装置では,像がはっきり映るということは,「過焦点距離」の半分より遠くに位置する像を撮像すること,「錯乱円直径」が小さいことを意味するのに対し,2次元コードリーダでは,レンズや絞りの設計は過焦点距離の半分以内に2次元コードが存在することを前提に行い,必ずしもシャープな像は必要ではなく,それ相当にピンボケの像でも構わないため,「錯乱円直径」をビデオカメラ装置よりも大きく設定することができる。画像データの処理の点では,2次元コードリーダでは,タイミングパターンを認識して得られる座標の中における明るさで2次元コードが「0」か「1」か識別するのに対し,ビデオカメラ装置では, 6 2次元コードのような座標は存在しない。
そうすると,「IT4400」に接した当業者において,2次元コー ドリーダにおける上記課題を認識することはできなかったのみならず, 異なる技術分野のビデオカメラ装置についての上記@の技術を適用す れば上記課題を解決できるものと認識することもできなかったから,I T4400に係る発明に上記@の技術を組み合わせる動機付けはない。
したがって,原判決の上記判断は誤りである。
(イ) 相違点2について 原判決は,IT4400に係る発明に前記(ア)@の周知技術を組み合わせる際に,適切な読み取りを実現するために絞りを最適な位置に調整することは,当業者であれば当然に行うものであること,光学的センサの中心部に位置する受光素子からの出力に対する前記光学的センサの周辺部に位置する受光素子からの出力の比が「所定値以上」となることは,相違点1に係る本件発明の構成を採用し,かつ,適切な読み取りを実現するように絞りの配置を行えば,当然に充たされることにすぎないこと,露光時間などの調整は本件特許出願時の周知技術であったこと(乙8,9,25の1,34)からすると,「光学的センサの中心部に位置する受光素子からの出力に対する光学的センサの周辺部に位置する受光素子からの出力の比が所定値以上となるように,射出瞳位置を設定して,露光時間などの調整で,中心部においても周辺部においても読取が可能となるようにすること」(相違点2に係る本件発明の構成)は,当業者であれば適宜採用できる程度の周知慣用技術にすぎず,容易想到であった旨判断した。
しかしながら,本件発明の射出瞳位置の設定(相違点2に係る本件発明の構成)は,相違点1に係る本件発明の絞りの配置の構成を採用する際に,適宜採用できる程度の周知慣用技術にすぎないものではなく,同 7 構成を前提とした上で,2次元コードリーダとしての読取性能との関係 で良好な読取りができるよう,射出瞳位置を設定するというものである。
前記(ア)のとおり,マイクロレンズ付きCCDを2次元コードリーダ に用いたときに,光学系の軸の長さの影響を受けて周辺部の集光率が低 下し,周辺部の読取性能が落ち,コードの読取りに影響が生じるという 2次元コードリーダにおける課題は,当業者に認識されていない「新規 な課題」であり,また,本件発明の「所定値」の構成については,公知 文献に開示はない。
そうすると,IT4400に接した当業者においては,相違点2に係 る本件発明の構成を導出し,これをIT4400に係る発明に適用する ことを容易に推考できるものではないから,原判決の上記判断は誤りで ある。
ウ 小括 以上によれば,本件特許に進歩性欠如の無効理由があるとの原判決の判 断は誤りである。
? 被控訴人の主張 原判決の判断に誤りはなく,控訴人の主張はいずれも理由がない。
当裁判所の判断
当裁判所も,本件発明は本件特許出願前に公然実施されていたIT4400 に係る発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることができた ものと認められ,本件発明に係る本件特許は特許無効審判により無効にされる べきものであるから,控訴人の請求は理由がないものと判断する。その理由は, 以下のとおりである。
1 本件発明の内容 以下のとおり訂正するほか,原判決「事実及び理由」の第3の2記載のとお りであるから,これを引用する。
8 (1) 原判決74頁14行目から75頁4行目までを次のとおり改める。
「(1) 本件発明の特許請求の範囲(請求項1)の記載は,次のとおりである (甲3,4の2,5)。
【請求項1】 複数のレンズで構成され,読み取り対象からの反射光を所定の読取位置 に結像させる結像レンズと, 前記読み取り対象の画像を受光するために前記読取位置に配置され,そ の受光した光の強さに応じた電気信号を出力する複数の受光素子が2 次元的に配列されると共に,当該受光素子毎に集光レンズが設けられた 光学的センサと, 該光学的センサへの前記反射光の通過を制限する絞りと, 前記光学的センサからの出力信号を増幅して,閾値に基づいて2値化し, 2値化された信号の中から所定の周波数成分比を検出し,検出結果を出 力するカメラ部制御装置と, を備える光学情報読取装置において, 前記読み取り対象からの反射光が前記絞りを通過した後で前記結像レ ンズに入射するよう,前記絞りを配置することによって,前記光学的セ ンサから射出瞳位置までの距離を相対的に長く設定し, 前記光学的センサの中心部に位置する受光素子からの出力に対する前 記光学的センサの周辺部に位置する受光素子からの出力の比が所定値 以上となるように,前記射出瞳位置を設定して,露光時間などの調整で, 中心部においても周辺部においても読取が可能となるようにしたこと を特徴とする光学情報読取装置。
(2) 本件明細書(甲2,4の2,5)の「発明の詳細な説明」には,次の ような記載がある(下記記載中に引用する「図3,図5及び図6」につ いては別紙1を参照)。
9 ア 発明の属する技術分野 「本発明は,2次元コードなどの読み取り対象に光を照射し,その 反射光から読み取り対象の画像を読み取る光学的読取装置に関する。」 (段落【0001】)イ 従来の技術 「従来,例えば2次元コードラベルなどの読み取り対象に光を照射 し,2次元コードラベルからの反射光を受光して2次元コードラベル の画像データである2次元コードデータを読み取る装置(2次元コー ドリーダ)が知られている。この2次元コードリーダでは,2次元コ ードからの反射光を結像レンズによって所定の読取位置に結像させ, その読取位置に配置された例えばCCDエリアセンサなどの光学的セ ンサによって2次元コードデータを読み取るようにしていた。なお, 結像レンズは通常複数枚のレンズが組にされた組レンズとして構成さ れており,その中心付近に絞りが配置されている。」(段落【000 2】) 「ところで,例えばCCDエリアセンサなどの光学的センサでは, 受光した光の強さに応じた電気信号を出力する複数の受光素子が2次 元的に配列されている。そして,感度向上のため,例えば図5に示す ように,受光素子41a毎に集光用のマイクロレンズ(集光レンズと 称す)41bが設けられたCCDエリアセンサ41もある。これは, 図5(a)に示すように,受光素子41aに対して垂直に入射する光 が集光レンズ41bによって集光されることで見かけ上の開口面積を 拡大し,感度を向上させるというものである。」(段落【0003】)ウ 発明が解決しようとする課題 「しかしながら,図5(b)に示すように,受光素子41aに対し て光が斜めに入射した場合には,集光レンズ41bによって集光され 10 ることで逆に受光素子41aへの集光率が低下し,その結果,感度が 低下する。センサ単位で見てみると,図5(a)に示すように受光素 子41aに対して光が垂直に入射するのはセンサの中央部にある受光 素子41aであり,センサ周辺部にある受光素子41aに対しては光 が斜めに入射する。その結果,図5(c)のグラフ中に実線で示すよ うに,CCDエリアセンサ41からの出力は,センサ中央部の出力に 比べてセンサ周辺部の出力が落ち込んだ状態となり,その周辺部にお いて読取に必要な光量が確保できず,適切な読み取りができないとい う問題も生じる。」(段落【0004】) 「そこで,上述したような受光素子毎に集光レンズが設けられた光 学的センサを備えている場合に,光学的センサの周辺部の受光素子に 対する集光レンズによる集光率の低下を極力防止し,適切な読み取り を実現する光学情報読取装置を提供することを目的とするものであ る。」(段落【0005】)エ 課題を解決するための手段及び発明の効果 「上記課題を解決するためになされた本発明の光学情報読取装置は, 複数のレンズで構成され,読み取り対象からの反射光を所定の読取位 置に結像させる結像レンズと,前記読み取り対象の画像を受光するた めに前記読取位置に配置され,その受光した光の強さに応じた電気信 号を出力する複数の受光素子が2次元的に配列されると共に,当該受 光素子毎に集光レンズが設けられた光学的センサと, 該光学的センサへの前記反射光の通過を制限する絞りと, 前記光学的センサからの出力信号を増幅して,閾値に基づいて2値化 し,2値化された信号の中から所定の周波数成分比を検出し,検出結 果を出力するカメラ部制御装置と, を備える光学情報読取装置において, 11 前記読み取り対象からの反射光が前記絞りを通過した後で前記結像レ ンズに入射するよう,前記絞りを配置することによって,前記光学的 センサから射出瞳位置までの距離を相対的に長く設定し, 前記光学的センサの中心部に位置する受光素子からの出力に対する前 記光学的センサの周辺部に位置する受光素子からの出力の比が所定値 以上となるように,前記射出瞳位置を設定して,露光時間などの調整 で,中心部においても周辺部においても読取が可能となるようにした ことを特徴とする。」(段落【0006】)」(2) 原判決76頁2行目から5行目までを次のとおり改める。
「オ 発明の実施の形態 「このような構成の本実施例の2次元コード読取装置4によれば,結 像レンズ34b,34c(図3参照)によって結像された2次元コード からの反射光は,CCDエリアセンサ41において,集光レンズ41b によって集光されてから受光素子41aに入射する。したがって,図5 (a)に示すように,受光素子41aに対して垂直に入射する光は,集光レ ンズ41bによって集光されることで見かけ上の開口面積が拡大し,感 度を向上させる効果があるが,図5?に示すように,受光素子41aに 対して斜めに入射する光は,集光レンズ41bによって集光されること で逆に受光素子41aへの集光率が低下して感度が低下する原因ともな る。特に,CCDエリアセンサ41の中央部にある受光素子41aには 反射光が垂直に入射するが,センサ周辺部にある受光素子41aに対し ては反射光が斜めに入射する傾向にある。」(段落【0039】) 「この周辺部にある受光素子41aに対して入射する反射光が極力斜 めにならないようにするため本実施例の2次元コード読取装置4では, 図3に示すように,鏡筒43内において絞り34aを結像レンズ34b, 34cよりも読取口25(図1,2参照)側に配置している。つまり, 12 2次元コードにより反射された赤色光がまず絞り34aを通過し,その後,結像レンズ34b,34cに入射するよう,絞り34aが配置されている。これにより,結像レンズの複数のレンズ間に介装されていた場合(図6(a)参照)に比べて,複数のレンズで構成される結像レンズ(図3の34b,34cが相当する)よりも前に配置した場合(図6?参照)には,CCDエリアセンサ41から絞り34aまでの光学的な距離が相対的に長くなる。」(段落【0040】) 「CCDエリアセンサ41から射出瞳までの距離(射出瞳距離)は,CCDエリアセンサ41から絞り34aまでの光学的距離が長くなれば,それに伴って長くなるため,本実施例のように絞り34aを結像レンズ34b,34cよりも前(読取口25側)に配置することで,結果的にCCDエリアセンサ41から射出瞳位置までの距離を相対的に長く設定することができる。そして,CCDエリアセンサ41から射出瞳位置までの距離が長くなれば,センサ周辺部にある受光素子41aに対して入射する反射光が斜めになる度合も,それに伴って小さくなる。したがって,図5?のグラフ中に破線で示すように,CCDエリアセンサ41の周辺部の受光素子41aに対する集光レンズ41bによる集光率の低下を極力防止することができ,適切な読み取りの実現に寄与する。」(段落【0041】) 「なお,適切な読み取りを実現するためには,センサ周辺部にある受光素子41aからの出力レベルが所定レベル以上になる必要がある。そのため,例えば,センサ中心部に位置する受光素子41aからの出力に対するセンサ周辺部に位置する受光素子41aからの出力の比が所定値以上となるよう射出瞳位置を設定することが考えられる。つまり,このような射出瞳位置となるように絞り34aの位置を設定するのである。このようにしておけば,中央部と周辺部の出力差を考慮しながら, 13 例えば照射光の光量や露光時間などを調整することが容易となり,中心 部においても周辺部においても適切に読取が可能となる。 (段落 …」 【0 042】)」 ? 原判決76頁6行目の「(2)」を「(3)」と改める。
? 原判決76頁16行目から77頁8行目までを削除する。
2 争点2-2(2次元コードリーダ(IT4400)を主引用例とする進歩性欠如の有無)について 本件の事案に鑑み,まず,争点2-2から判断する。
? 認定事実 以下のとおり訂正するほか,原判決「事実及び理由」の第3の3?記載の とおりであるから,これを引用する。
ア 原判決77頁14行目から16行目までを次のとおり訂正する。
「 証拠(甲13,14,18,19,乙42ないし44,55の1ない し4,乙56,65の2,4,5,乙66,77の5,79の1,10) 及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。」 イ 原判決78頁1行目末尾に行を改めて次のとおり加える。
「 また,ウェルチアレン社は,1997年(平成9年)6月,そのウェ ブサイト上において,2次元バーコード記号を画像化して解読するための 新しいバーコードスキャニング装置であるIT4400について告知し, 同装置はICX084ALを使用していると説明した。
さらに,同年7月13日付け日経産業新聞(甲19)に,IT4400 がデジタルカメラの技術を応用した2次元バーコードリーダである旨を 紹介する記事が掲載された。」 ウ 原判決79頁20行目末尾に行を改めて次のとおり加える。
「 また,ICX084ALデータシート(乙42)には,ICX084 ALが2次元バーコードリーダ,PCインプットカメラ等に適している旨 14 の記載が,平成7年9月25日付けの日経エレクトロニクス誌(乙55の 3)には,ICX084ALを含むソニーの全画素読み出し方式CCDが 電子スチルカメラ,2次元バーコードリーダー等に適している旨の記載が ある。」(2) IT4400に係る発明の公然実施の有無 以下のとおり訂正するほか,原判決「事実及び理由」の第3の3?及び? 記載のとおりであるから,これを引用する。
ア 原判決79頁21行目から80頁7行目までを次のとおり改める。
「 前記?の事実によれば,ウェルチアレン社は平成9年6月にはIT4 400を米国内で販売しており,アイニックス社は同年7月にはウェル チアレン社から被告購入製品と同機種(IT44001)を日本に輸入 し,顧客に販売していたことを認めることができる。これによれば,I T4400(IT44001)は,本件特許出願前(出願日平成9年1 0月27日)に日本国内で販売されていたものと認められる。そして, 被控訴人がIT4400(IT44001)と同一構造の被告購入製品 (1997年5月製造の「IT44001」)を分解・調査した結果, 被告購入製品に3枚の結像レンズと,これらのレンズ間にある絞りと, オンチップマイクロレンズが設置されたソニー社製のICX084AL が組み込まれていることが判明したことに照らすと,本件特許出願前に 日本国内で販売されていたIT4400の購入者が通常利用可能な分析 技術を用いて同製品を分解して分析することにより,IT4400の上 記内部構造(光学情報読取装置)を知り得る状況にあったものと認めら れる。
そうすると,IT4400は,本件特許出願前に日本国内においてそ の内部構造(光学情報読取装置)を公然知られるおそれのある状況で販 売されていたものといえるから,IT4400により実施された発明 (I 15 T4400に係る発明)は,本件特許出願前に公然実施されていたもの と認められる。」 イ 原判決80頁10行目から11行目にかけて及び同頁14行目から15 行目にかけての各「乙56記載の製品」を「被告購入製品」とそれぞれ改 める。
ウ 原判決80頁18行目末尾に行を改めて次のとおり加える。
「 加えて,控訴人は,被告購入製品は,米国から輸入されたものであり, そもそも米国でいつ販売されたのか不明である上,アイニックス社が本 件特許出願前に日本国内で実際に販売していたIT4400は現存し ていないため,本件特許出願前に日本国内で販売されていたIT440 0と被告購入製品との同一性を検証することができないから,IT44 00に係る発明が本件特許出願前に公然実施されていたものと認める ことはできない旨主張する。
しかしながら,アイニックス社が本件特許出願前に日本国内で実際に 販売していたIT4400が現存していないことは,被告購入製品が本 件特許出願前に日本国内で販売されていたIT4400と同一構造の 製品であるとの上記認定を左右するものではないから,控訴人の上記主 張は採用することができない。」? 本件発明とIT4400に係る発明との一致点及び相違点 以下のとおり訂正するほか,原判決「事実及び理由」の第3の3?記載の とおりであるから,これを引用する。
ア 原判決80頁20行目の「「IT4400」(乙56記載の製品と同じ 構造を有するもの)」を「IT4400に係る発明」と改める。
イ 原判決81頁8行目,15行目及び19行目の各「公知発明2」を「I T4400に係る発明」とそれぞれ改める。
? 相違点1の容易想到性について 16 ア 本件特許出願当時の周知技術について (ア) 本件特許出願前に頒布された刊行物である乙12ないし15には, 次のような記載がある(下記記載中に引用する各「図1」については別 紙2を参照)。
a 乙12(特開平7-168093号公報) 【0001】 【産業上の利用分野】本発明は3枚玉による結像レンズに関し,特に TV電話用,ドアホーン用,監視用等のビデオカメラやスチルビデオ カメラ等の撮影レンズとして好適な3枚玉による結像レンズに関す るものである。
【0002】 【従来の技術】近年,各種ビデオカメラやスチルビデオカメラの結像 面に固定撮像素子を配するものが多い。この固体撮像素子は技術の進 歩により年々小型化しており,それに伴ない撮像レンズの小型化さら にはローコスト化も要求されている。
【0004】また,最近固体撮像素子の各受光素子の受光面に各々凸 レンズからなるマイクロレンズを配設し,受光素子の不感帯に向う光 束も受光素子に集めて感度を向上せしめるようにした固体撮像素子 が実用化されている。このような固体撮像素子に入射する光束が上記 マイクロレンズの光軸に対して大きく傾くとマイクロレンズの開口 でいわゆるケラレが生じ入射光束が受光素子に有効に入射しなくな る。その結果,画面の周辺部の明るさが画面の中心部の明るさに比較 して不足し,画面の周辺部が暗くなる現像を生じる。このような現像 を回避するためには固体撮像素子への入射光束の入射角をなるべく 小さくすることが必要で,撮影レンズの射出瞳を結像面からなるべく 離して配することが必要となる。
17 【0007】【発明が解決しようとする課題】しかしながら,上記技術によっては固体撮像素子への入射光束の入射角が大きく,例えばマイクロレンズ付きの撮像素子においていわゆるケラレを防止するためには,レンズ系の射出瞳を結像面から遠くに離す必要がある。
【0010】【課題を解決するための手段】本発明の3枚玉による結像レンズは,被写体側に凹面を向けた負の屈折力を有するメニスカスレンズからなる第1のレンズと,正の屈折力を有する第2のレンズと,負の屈折力を有する第3のレンズが被写体側からこの順に配列されるとともに絞りまたは仮想絞りがレンズ系全体の被写体側端部近傍もしくはレンズ系よりも被写体側に配されてなり,前記第3のレンズのアッベ数をν3としたとき,ν3≦40なる条件式を満足することを特徴とするものである。
【0011】【作用】上述した構成によれば,絞りまたは仮想絞りをレンズ系全体の被写体側端部の近傍もしくはレンズ系よりも被写体側に配することによりレンズ系の射出瞳を結像面から遠くに離すことができ,これにより固体撮像素子に入射する光束の入射角を小さくすることができるのでマイクロレンズ付きの受光素子におけるいわゆるケラレを防止でき,画面周辺部において光量不足となる事態を防止し得る。
【0015】【実施例】以下,本発明の実施例について図面を用いて説明する。
【0016】ここで,図1は実施例1〜3のレンズ基本構成を示すものである。図1に示すように,これらの実施例に係る3枚玉による結像レンズは,3枚のレンズL? 〜L? により構成され,絞りiが第1 18 のレンズL? の被写体側端部もしくはこの第1のレンズL? よりも 被写体側に配設されてなるもので,物体側から光軸Xに沿って入射し た光束は固体撮像素子1の結像位置Pに結像される。
b 乙13(特開平5-188284号公報) 【0001】 【産業上の利用分野】この発明は撮影用トリプレットレンズに関する。
この発明は,ビデオカメラやスチールビデオカメラに好適に利用でき る。
【0002】 【従来の技術】ビデオカメラやスチールビデオカメラでは,撮影レン ズによる結像面は固体撮像素子であり,その受光面の寸法は銀塩写真 カメラにおける銀塩フィルムの受光面に比して小さく,撮影レンズの 焦点距離も短いものとなる。
【0004】また近来,各受光素子の受光面に凸のマイクロレンズを 形成し,各受光素子への入射光量の増加を意図した固体撮像素子も実 用化されている。このような固体撮像素子では,受光素子に入射する 光線がマイクロレンズ光軸に対して大きく傾くと,マイクロレンズの 開口により「ケラレ」て受光素子に入射しなくなる事態が生じる。こ の傾向は撮影レンズの光軸から離れるに従って生じ易く,かかる事態 が生ずると画像中心部に比して画像周辺部の光量不足を助長する結 果を招く。このような問題を避けるためには,固体撮像素子への入射 光線を,なるべく受光面法線に近い角度で入射させる必要がある。こ のために撮影レンズの射出瞳は像面からなるべく離れていることが 望ましい。
【0008】 【課題を解決するための手段】この発明の撮影用トリプレットレンズ 19 は,請求項1〜4のレンズとも,図1に示すように「物体側に前置さ れた絞り0の像側に,絞り0側から像側に向かって順次,第1群1な いし第3群3を配して」なる。… 【0013】 【作用】上記のように,この発明の撮影用トリプレットレンズでは, 第1に絞りが物体側に前置された所謂「前絞り型」であり,このよう に絞りを前置することにより射出瞳を像面から離している。
c 乙14(特開平8-278443号公報) 【0001】 【産業上の利用分野】本発明は,ビデオカメラや電子スティルカメラ に使用される固定焦点型の撮影レンズ装置に関し,特に,レンズ群よ り物体側に絞りが設けられた撮影レンズ装置に関するものである。
【0002】 【従来の技術】ビデオカメラや電子スティルカメラにおいては,撮影 レンズ装置を介して結像された被写体像を固体撮像素子によって撮 像する構成を有し,この固体撮像素子の撮像面に微小のレンズが形成 されることによって,受光量を増大させる工夫が成されている。
【0003】このため,撮影レンズ装置より固体撮像素子の撮像面に 入射する光束の入射角を可能な限り小さくすることが必要である。言 い換えれば撮影レンズ装置の射出瞳位置ができるだけ遠いことが望 ましい。
【0007】 【課題を解決するための手段】このような目的を達成するために本発 明は,物体側より順に配設された,絞り,両凸の第1レンズ,両凹の 第2レンズ,像側に凸面を向けた正の屈折力を持つメニスカス形状の 第3レンズ,負の屈折力を持つレンズと正の屈折力を持つレンズとが 20 接合することにより全体で正の屈折力を持つ第4レンズ群,とを備え る4群5枚で構成されると共に,前記第1レンズの屈折率n 1 ,第1 レンズのアッベ数ν1 ,前記第2レンズのアッベ数ν? ,前記第3レ ンズの前記物体側の面の曲率半径r7 ,第3レンズの前記像側の面の 曲率半径r8 ,前記第4レンズ群の前記負の屈折力を持つレンズのア ッベ数ν4 及び前記正の屈折力を持つレンズのアッベ数ν 5 ,前記第 4レンズ群の合焦点距離f45 ,前記4群5枚構成のレンズ系全体の合 焦点距離fについて,下記条件(1) 〜条件(6) を満足する構成とした。
【0009】 【作用】レンズ群の前方,即ち物体側に最も近い位置に絞りを配置す ることで,結像面からの射出瞳位置を十分遠ざける機能を発揮し,更 に,全体で強い屈折力を持つ第4レンズ群を像側に最も近い位置に配 置することにより,射出瞳位置を像面から更に遠ざけて,撮像素子へ の入射角を十分に小さくする。
【0014】 【実施例】以下,本発明による撮影レンズ装置の実施例を説明する。
まず,図1に基づいて基本構成を説明すると,物体側より順に光軸L に沿って,絞り2,中間の画角の光束を限定する遮光板4,両凸の第 1のレンズ6,両凹の第2のレンズ8,像側に凸面を向けた正の屈折 力を有するメニスカス形状の第3のレンズ10,負の屈折力を持つレ ンズ12と正の屈折力を持つレンズ14との接合によって全体とし て正の屈折力を有する第4のレンズ群16,とを備えた4群5枚の基 本構成となっており,更にこの実施例では,フィルター18を介して CCD固体撮像素子等の撮像面(結像面)20に物体像を結像するよ うになっている。
d 乙15(特開平5-40220号公報) 21 【0001】【産業上の利用分野】この発明は撮像用結像レンズ,より詳細にはCCD等の固体撮像素子を用いる撮像装置の結像レンズに好適な撮像用結像レンズに関する。この撮像用結像レンズは,ビデオカメラやスチルビデオカメラに良好に利用できる。
【0002】【従来の技術】固体撮像素子は撮像面が小さく,このため固体撮像素子上に被写体像を結像させる撮像用結像レンズは焦点距離が短く,それに応じてバックフォーカスも短くなる傾向がある。…【0003】また近来,固体撮像素子の各受光エレメントへの入射光量を増大させるため,各受光エレメント上に凸のマイクロレンズを形成することが行なわれているが,このような固体撮像素子とともに用いられる撮像用結像レンズでは,射出瞳ができるだけ像面から離れていることが望ましい。光軸に対して大きな角度をもって撮像面に入射する光は,上記マイクロレンズの開口により「ケラれ」,撮像面中心部に対し周辺部での光量不足を助長するので,軸外光束をなるべく撮像面に直交に近い状態で入射させるためである。
【0007】【課題を解決するための手段】この発明の撮像用結像レンズは,図1に示すように「物体側から像側へ向かって第1群1ないし第4群4を配し,第1群1の物体側に絞り5を配して」成る。第1群1は両凸レンズ,第2群2は両凹レンズ,第3群3は像側に凸面を向けた正メニスカスレンズ,第4群4は両凸レンズであり,従って,4群4枚構成である。
【0011】【作用】この発明の撮像用結像レンズは,射出瞳を像面から遠ざける 22 ために,上記のように絞りを第1群の物体側に配置した所謂「前絞り」 の構造を採用した。…(イ) 前記(ア)の記載事項を総合すると,本件特許出願当時,@複数の受光 素子の受光面に凸レンズからなるマイクロレンズ(集光レンズ)がそれ ぞれ設けられた固体撮像素子(光学的センサ)においては,光学的セン サの周辺部にある集光レンズに入射する光束の入射角が集光レンズの 光軸に対して大きく傾くことにより,「ケラレ」が生じ,周辺部におけ る受光素子に有効に入射しなくなる結果,周辺部における受光素子の光 量が光学的センサの中心部における光量に比して不足するという問題 があること,Aこの周辺部における受光素子の光量不足の問題を解決す るための一つの手段として,「絞り」を複数のレンズで構成される結合 レンズの全てのレンズよりも被写体側に配置することによって,射出瞳 位置を像面から遠い位置とし,光学的センサの周辺部にある集光レンズ に入射する光束の入射角の集光レンズの光軸に対する傾きを小さくす る技術があることは,周知であったものと認められる。
(ウ) この点について控訴人は,乙12ないし15は,いずれも2次元コ ードリーダでの採用を念頭に置いていないビデオカメラでの技術を開 示しているにすぎないから,前記(イ)@及びAに係る技術は,2次元コ ードリーダに関するものではない旨主張する。
しかしながら,乙12は,ビデオカメラやスチルビデオカメラ等の撮 影レンズとして好適な3枚玉による結像レンズに関する文献,乙13は, ビデオカメラやスチールビデオカメラに好適に利用できる,撮影用トリ プレットレンズに関する文献,乙14は,ビデオカメラや電子スティル カメラに使用される,レンズ群より物体側に絞りが設けられた撮影レン ズ装置に関する文献,乙15は,ビデオカメラやスチルビデオカメラに 良好に利用できる撮像用結像レンズに関する文献であり,これらの文献 23 には2次元コードリーダに関する直接の記載はないが,これらの文献か ら,受光素子ごとにマイクロレンズ(集光レンズ)が設けられた固体撮 像素子(光学的センサ)の周辺部における受光素子の相対的な光量不足 は,光学的センサの構成に起因して必然的に生じる事象であって,光学 的センサの撮像対象の相違によって異なるものではないことを理解す ることができる。
したがって,このような周辺部における受光素子の相対的な光量不足 は,ビデオカメラやスチルビデオカメラに用いた場合のみに生じる特有 の事象ではなく,受光素子ごとにマイクロレンズ(集光レンズ)が設け られた固体撮像素子(光学的センサ)を備えた2次元コードリーダにお いても生じ得る事象であるといえるから,控訴人の上記主張は採用する ことができない。
イ 相違点1の容易想到性の有無について (ア) 前記?の認定事実によれば,@ソニー社が開発したICX084A Lは,本件特許出願前の平成7年7月以前から販売されていた製品であ って,オンチップレンズ(マイクロレンズ)を備えたCCDセンサ(光 学的センサ)であること,その適切な用途として,PCインプットカメ ラや電子スチルカメラのほか,2次元バーコードリーダにも用い得るこ とが,本件特許出願当時に広く知られていたこと,Aウェルチアレン社 は,本件特許出願前の1997年(平成9年)6月に,そのウェブサイ ト上において,IT4400がソニー社製のICX084ALを備えて いる旨を公表していたこと,B平成9年7月13日付け日経産業新聞に, IT4400がデジタルカメラの技術を応用した2次元バーコードリ ーダである旨を紹介する記事が掲載されていることが認められる。上記 認定事実によれば,IT4400が,受光素子ごとにマイクロレンズ(集 光レンズ)が設けられた固体撮像素子(CCDセンサ)を備えた2次元 24 コードリーダであることは,本件特許出願当時に広く知られていたもの と認められる。
そして,本件特許出願前に,IT4400に係る発明が公然実施され ていたことは,前記?認定のとおりである。
(イ) 加えて,本件特許出願当時,@受光素子ごとにマイクロレンズ(集 光レンズ)が設けられた固体撮像素子(光学的センサ)においては,光 学的センサの周辺部にある集光レンズに入射する光束の入射角が集光レ ンズの光軸に対して大きく傾くことにより,「ケラレ」が生じ,周辺部 における受光素子に有効に入射しなくなる結果,周辺部における受光素 子の光量が光学的センサの中心部における光量に比して不足するという 問題があること,Aこの周辺部における受光素子の光量不足の問題を解 決するための一つの手段として,「絞り」を複数のレンズで構成される 結合レンズの全てのレンズよりも被写体側に配置することによって,射 出瞳位置を像面から遠い位置とし,光学的センサの周辺部にある集光レ ンズに入射する光束の入射角の集光レンズの光軸に対する傾きを小さく する技術があることが,周知であったことは,前記ア(イ)認定のとおり である。
(ウ) 前記(ア)及び(イ)によれば,IT4400に係る発明に接した当業者 は,絞りが結像レンズの間に配置されているIT4400に係る発明に おいては,受光素子ごとにマイクロレンズ(集光レンズ)が設けられた 固体撮像素子(CCDセンサ)の周辺部における受光素子に有効に入射 しなくなる結果,周辺部における受光素子の光量が光学的センサの中心 部における光量に比して不足するという問題が生じ得ること(前記(イ) @)を認識し,このような問題を解決するために,「絞り」を複数のレ ンズで構成される結合レンズの全てのレンズよりも被写体側に配置す る構成(前記(イ)A)とする動機付けがあったものと認められる。
25 したがって,当業者は,IT4400に係る発明及び前記(イ)@及び Aの周知事項又は周知技術に基づいて,IT4400に係る発明におい て,「読取り対象からの反射光が絞りを通過した後で結像レンズに入射 するよう,絞りを配置することによって,光学的センサから射出瞳位置 までの距離を相対的に長く設定」する構成(相違点1に係る本件発明の 構成)とすることを容易に想到することができたものと認められる。
(エ) これに対し,控訴人は,本件特許出願当時,マイクロレンズ付きC CDを2次元コードリーダに用いたときに,光学系の軸の長さの影響を 受けて周辺部の集光率が低下し,周辺部の読取性能が落ち,コードの読 取りに影響が生じるという2次元コードリーダにおける課題は当業者 に認識されていない「新規な課題」であったこと,ビデオカメラ等の技 術と2次元コードリーダの技術分野とでは,画像認識の仕組み,光学系 の設計思想が相違し,CCDが画像認識をした後の画像データの処理も 全く異なるから,両者が共に同じCCDを用いて構成されていたとして も,技術分野の共通性に直結するものではないことからすると,IT4 400に接した当業者において,2次元コードリーダにおける上記課題 を認識することはできなかったのみならず,異なる技術分野のビデオカ メラ装置についての前記(イ)Aの技術を適用すれば上記課題を解決でき るものと認識することもできなかったから,IT4400に係る発明に 前記(イ)Aの技術を組み合わせる動機付けはない旨主張する。
しかしながら,控訴人がいう2次元コードリーダにおける課題は,受 光素子ごとにマイクロレンズ(集光レンズ)が設けられた固体撮像素子 (光学的センサ)の周辺部における受光素子の相対的な光量不足により, 周辺部の読取性能が落ち,コードの読取りに影響が生じることをいうも のであるが,このような周辺部における受光素子の相対的な光量不足の 問題は,本件特許出願当時周知であったことは前記(イ)@のとおりであ 26 るから,「新規な課題」であるということはできない。
また,控訴人がいうようにビデオカメラ等の技術と2次元コードリー ダの技術分野とでは,画像認識の仕組み,光学系の設計思想,CCDが 画像認識をした後の画像データの処理の点で異なるとしても,そのこと は,ビデオカメラ等で生じる上記周辺部における受光素子の相対的な光 量不足の問題が2次元コードリーダでは問題とならないことを裏付ける ものではない。
したがって,控訴人の上記主張は採用することができない。
? 相違点2の容易想到性について ア 本件発明の特許請求の範囲(請求項1)には,相違点2に係る本件発明 の構成である「前記光学的センサの中心部に位置する受光素子からの出力 に対する前記光学的センサの周辺部に位置する受光素子からの出力の比 が所定値以上となるように,前記射出瞳位置を設定して,露光時間などの 調整で,中心部においても周辺部においても読取が可能となるようにした こと」における「所定値」について,具体的に規定した記載はない。
また,本件明細書の発明の詳細な説明には,本件発明の「所定値」に関 し,「最終的には適切な読み取りを実現することが目的であるので,本発 明の光学情報読取装置においては,光学的センサの中心部に位置する受光 素子からの出力に対する光学的センサの周辺部に位置する受光素子から の出力の比が所定値以上となるように,射出瞳位置を設定している。この ようにしておけば,中央部と周辺部の出力差を考慮しながら,例えば照射 光の光量や露光時間などを調整することが容易となり,中心部においても 周辺部においても適切に読取が可能となる。」(段落【0011】),「適 切な読み取りを実現するためには,センサ周辺部にある受光素子41aか らの出力レベルが所定レベル以上になる必要がある。そのため,例えば, センサ中心部に位置する受光素子41aからの出力に対するセンサ周辺 27 部に位置する受光素子41aからの出力の比が所定値以上となるよう射出瞳位置を設定することが考えられる。つまり,このような射出瞳位置となるように絞り34aの位置を設定するのである。このようにしておけば,中央部と周辺部の出力差を考慮しながら,例えば照射光の光量や露光時間などを調整することが容易となり,中心部においても周辺部においても適切に読取が可能となる。」(段落【0042】)との記載がある。
請求項1の文言及び本件明細書の上記記載に鑑みると,相違点2に係る本件発明の構成は,「露光時間の調整など」,読取りに際して所与の調整を行うことを前提とした上で,「光学的センサの中心部においても周辺部においても読取が可能となるように」すること,すなわち,光学的センサの中心部に位置する受光素子から得られた信号を2値化するために用いられる閾値に基づいて,光学的センサの周辺部に位置する受光素子から得られた信号を2値化することが可能であるような強さの光を,周辺部に位置する受光素子が受光できるように,射出瞳位置を設定することを特定したにすぎないものと認められる。
加えて,乙25の1(国際公開第96/13798号),乙34(特開平7-282178号)の記載事項によれば,光学的センサを用いたコードリーダにおいて,適切な読み取りを実現するために露光時間などの調整を行うことは,本件特許出願当時,周知であったものと認められる。
そうすると,IT4400に係る発明において,相違点1に係る本件発明の構成を採用して絞りの具体的な位置を決定する際に,「光学的センサの中心部に位置する受光素子からの出力に対する前記光学的センサの周辺部に位置する受光素子からの出力の比が所定値以上となるように」射出瞳位置を設定し,「露光時間などの調整で,中心部においても周辺部においても読取が可能となるように」することは,周辺部においても適切に読み取りが可能な2次元バーコードリーダを構成する上で,当業者が適宜考 28 慮して定める設計的事項であるというべきであるから,当業者は,IT4 400に係る発明において相違点2に係る本件発明の構成を適用するこ とを容易に想到することができたものと認められる。
イ これに対し控訴人は,マイクロレンズ付きCCDを2次元コードリーダ に用いたときに,光学系の軸の長さの影響を受けて周辺部の集光率が低下 し,周辺部の読取性能が落ち,コードの読取りに影響が生じるという2次 元コードリーダにおける課題は,当業者に認識されていない「新規な課題」 であり,また,本件発明の「所定値」の構成については,公知文献に開示 がないなどとして,IT4400に接した当業者においては,相違点2に 係る本件発明の構成を導出し,これをIT4400に係る発明に適用する ことを容易に推考できるものではない旨主張する。
しかしながら,控訴人がいう2次元コードリーダにおける課題が「新規 な課題」であるということはできないことは,前記?イ(エ)で説示したと おりである。また,本件発明の「所定値」の構成については,公知文献に 開示がないとしても,前記ア認定のとおり,IT4400に係る発明にお いて,相違点1に係る本件発明の構成を採用して絞りの具体的な位置を決 定する際に,当業者が適宜考慮して定める設計的事項であるから,当業者 が容易に想到することができたものと認められる。
したがって,控訴人の上記主張は理由がない。
? 相違点3の容易想到性について 乙5(特開平7-254037号公報),乙24(特開平8-18012 5号公報),乙26(特開平8-30715号公報)及び乙30(特開平9 -97304号公報)の記載事項によれば,光学的センサを用いた2次元コ ードリーダにおいて,光学的センサの出力信号を増幅し,閾値に基づいて2 値化すること,2値化された信号の中から所定の周波数成分の検出を行う制 御回路を設けることは,本件特許出願当時,周知であったものと認められる。
29 そして,IT4400に係る発明が2次元コードを読み取るために制御回 路を備える必要があることは自明であるから,当業者は,IT4400に係 る発明において,上記周知技術を適用して,「前記光学的センサからの出力 信号を増幅して,閾値に基づいて2値化し,2値化された信号の中から所定 の周波数成分比を検出し,検出結果を出力するカメラ部制御装置」を備える 構成(相違点3に係る本件発明の構成)とすることを容易に想到することが できたものと認められる。
? 小括 以上によれば,本件発明は本件特許出願前に公然実施されていたIT44 00に係る発明及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすることが できたものと認められるから,本件発明に係る本件特許には,進歩性欠如の 無効理由があり,特許無効審判により無効にされるべきものと認められる。
したがって,控訴人は,被控訴人に対し,特許法104条の3第1項の規 定により,本件特許権を行使することができないから,その余の点について 判断するまでもなく,控訴人の損害賠償請求は,理由がない。
? 控訴人の弁論再開申請について 控訴人は,当審口頭弁論終結後の平成30年8月7日に,同月6日付け「口 頭弁論再開の申立書」により,弁論再開申請をした。
上記申立書によれば,弁論再開申請の理由は,要するに,米国法人のハネ ウェル・インターナショナル・インク(以下「ハネウェル社」という。)が, 平成29年8月3日に,本件特許について,「IT4400(公然実施コー ドリーダ)」の発明などを主引用例とする進歩性欠如の無効理由(特許法2 9条2項,123条1項2号)が存在することを理由として請求した特許無 効審判(無効2017-800103号。以下「別件無効審判」という。) において,控訴人が,「IT4400(公然実施コードリーダ)」の発明を 主引用例とする進歩性欠如の無効理由は理由があるから,本件発明について 30 の本件特許を無効とする旨の平成30年7月9日付けの審決の予告(以下「別件審決の予告」という。)を受けたため,別件無効審判において,同月31日付けで,本件特許の特許請求の範囲(請求項1及び2)の訂正を求める訂正請求(以下「別件訂正請求」という。)をしたことから,当審において,IT4400に係る発明を主引用例とする進歩性欠如の無効理由が存在することを理由とする特許法104条の3第1項の規定に基づく無効の抗弁(以下「本件無効の抗弁」という。)に対し,別件訂正請求と同内容の訂正による訂正の再抗弁(以下「本件訂正の再抗弁」という。)を主張し,その審理判断を求める必要があるというものである。
しかしながら,一件記録によれば,控訴人は,原審において,被控訴人から本件無効の抗弁が主張されたにもかかわらず,原審口頭弁論終結時までに本件無効の抗弁に対する訂正の再抗弁を主張せず,その後,本件無効の抗弁を容れた原判決がされたが,控訴人は,当審の口頭弁論終結時までに本件無効の抗弁に対する訂正の再抗弁を主張せず,当審の口頭弁論終結日から約2か月後になって,上記「口頭弁論再開の申立書」を提出したことが認められる。
一方で,控訴人において,当審口頭弁論終結時までに本件無効の抗弁に対する訂正の再抗弁を主張しなかったことについて,やむを得ないといえるだけの特段の事情はうかがわれない。もっとも,控訴人は,別件無効審判において,平成29年11月3日に本件無効の抗弁と同じ無効理由を含むハネウェル社主張の無効理由に対する答弁書を提出した後,平成30年7月9日付けの別件審決の予告を受けるまでは,特許法126条2項,134条の2第1項の規定により,本件無効の抗弁と同じ無効理由を解消するための訂正審判の請求又は別件無効審判における訂正の請求をすることが法律上できなかったものである。しかしながら,このような事情の下では,本件無効の抗弁に対する訂正の再抗弁を主張するために,現にこれらの請求をしている必要 31 はないというべきであるから(最高裁平成28年(受)第632号平成29 年7月10日第二小法廷判決・民集71巻6号861頁参照) 当該事情は, , 特段の事情に該当しないというべきである。
したがって,控訴人による本件訂正の再抗弁の主張は,時機に後れて提出 されたものであるものと認められ,また,当審において,口頭弁論を再開し て控訴人に本件訂正の再抗弁を主張することを許すことは,被控訴人に対し, 訂正の再抗弁に対する更なる反論の機会を与える必要が生じ,これに対する 控訴人の再反論等も想定し得ることから,これにより訴訟の完結を遅延させ ることとなることは明らかである。
以上によれば,本件においては,弁論を再開して控訴人に更に攻撃防御方 法を提出する機会を与えることが明らかに民事訴訟における手続的正義の要 求するところであると認められるような特段の事由があるとは認められない から(最高裁昭和55年(オ)第266号昭和56年9月24日第一小法廷 判決・民集35巻6号1088頁参照),当裁判所は,口頭弁論を再開しな いものとした。
3 結論 以上のとおり,控訴人の損害賠償請求は理由がないから,これを棄却した原 判決は相当である。
したがって,本件控訴は理由がないから,これを棄却することとし,主文の とおり判決する。
裁判長裁判官 大鷹一郎