関連審決 | 無効2016-800111 |
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事件 |
平成
29年
(行ケ)
10171号
審決取消請求事件
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原告沢井製薬株式会社 訴訟代理人弁護士 小松陽一郎 同 川端さとみ 同 山崎道雄 同 藤野睦子 同 大住洋 同 中原明子 同 原悠介 同 前嶋幸子 同 三嶋隆子 被告 シャイアインターナショナル ライセンシング ベー.ブイ. 訴訟代理人弁護士 北原潤一 訴訟代理人弁理士 小林純子 同 杉山共永 同 星川亮 1 同 植竹友紀子 訴訟復代理人弁護士 黒田薫 |
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裁判所 | 知的財産高等裁判所 |
判決言渡日 | 2018/09/19 |
権利種別 | 特許権 |
訴訟類型 | 行政訴訟 |
主文 |
1 特許庁が無効2016−800111号事件について平成29年8月7日にした審決を取り消す。 2 訴訟費用は被告の負担とする。 3 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。 |
事実及び理由 | |
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請求
主文第1項と同旨 |
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事案の概要
1 特許庁における手続の経緯等 ? カナダ国法人であるアノーメッド インコーポレイティドは,発明の名称 を「選択された炭酸ランタン水和物を含有する医薬組成物」とする発明につ いて,平成8年3月19日(優先日平成7年3月25日,優先権主張国イギ リス)を国際出願日とする特許出願(特願平8-529040号。以下「本 件出願」という。)をし,平成13年8月24日,特許権の設定登録を受け た(特許番号第3224544号。請求項の数8。以下,この特許を「本件 特許」といい,この特許権を「本件特許権」という。甲26)。 その後,アノーメッド コーポレーションは,合併による一般承継により, アノーメッド インコーポレイティドから本件特許権の移転登録(受付日平 成22年5月31日)を受け,被告は,アノーメッド コーポレーションか ら,本件特許権の譲渡を受け,その旨の移転登録(受付日同日)を受けた(乙 1,2)。 ? 原告は,平成28年9月15日,本件特許について特許無効審判を請求し 2 た(甲27)。 特許庁は,上記請求を無効2016-800111号事件として審理を行 い,平成29年8月7日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決 (以下「本件審決」という。)をし,その謄本は,同月17日,原告に送達 された。 ? 原告は,平成29年9月8日,本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起 した。 2 特許請求の範囲の記載 本件特許の特許請求の範囲の請求項1ないし8の記載は,以下のとおりである(以下,請求項の番号に応じて,請求項1に係る発明を「本件発明1」,請求項2に係る発明を「本件発明2」などという。)。 【請求項1】 高リン酸塩血症の治療のための医薬組成物であって,以下の式:La? (CO? )? ・xH? O{式中,xは,3〜6の値をもつ。}により表される炭酸ランタンを,医薬として許容される希釈剤又は担体と混合されて又は会合されて含む前記組成物。 【請求項2】 前記炭酸ランタンにおいて,xが3.5〜5の値をもつ,請求項1に記載の組成物。 【請求項3】 前記炭酸ランタンにおいて,xが,3.8〜4.5の値をもつ,請求項2に 記載の組成物。 【請求項4】 経口投与のために好適な形態にある,請求項1〜3のいずれか1項に記載の 組成物。 【請求項5】 3 0.1〜20g/日を提供するための単位投与形態にある,請求項1〜4の いずれか1項に記載の組成物。 【請求項6】 胃腸管内への投与による高リン酸塩血症の治療のための医薬の製造のため の,請求項1〜3のいずれか1項に記載の炭酸ランタンの使用方法。 【請求項7】 以下のステップ: (i)酸化ランタンを塩酸と反応させて,塩化ランタンを得て; (A)こうして得られた塩化ランタンの溶液と炭酸アルカリ金属を反応させて, 炭酸ランタン8水塩の湿ケーキを作り; (B)3〜6分子の結晶水をもつ炭酸ランタンを得るために,上記炭酸ランタ ン8水塩の湿ケーキを制御して乾燥させ,そして (C)ステップ(B)で得られた炭酸ランタンを医薬として許容される希釈剤 又は担体と混合する, を含む,請求項1〜3のいずれか1項に記載の炭酸ランタンを含む医薬組成物 の製法。 【請求項8】 腎不全を患う患者における高リン酸塩血症の治療のための医薬の製造のため の,請求項1〜3のいずれか1項に記載の炭酸ランタンの使用方法。 3 本件審決の理由の要旨 ? 本件審決の理由は,別紙審決書(写し)のとおりである。その要旨は,原 告主張の無効理由1(特許法36条6項1号),無効理由2(平成14年法 律第24号による改正前の特許法36条4項(以下「特許法旧36条4項」 という。))及び無効理由3(特許法29条2項)について,@請求項1な いし8の記載は,同法36条6項1号に規定する要件(以下「サポート要件」 という。)及び特許法旧36条4項に規定する要件(以下「実施可能要件」 4 という。)に違反するものではないから,原告主張の無効理由1及び2はい ずれも理由がない,A本件発明1は,本件出願の優先日前に頒布された刊行 物である甲1(特開昭62-145024号公報)に記載された発明及び技 術常識に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものではなく, 本件発明2ないし8も,本件発明1と同様に当業者が容易に発明をすること ができたものではないから,原告主張の無効理由3も理由がないというもの である。 ? 本件審決が認定した甲1に記載された発明(以下「甲1発明」という。), 本件発明1と甲1発明の一致点及び相違点は,以下のとおりである。 ア 甲1発明 「高リン血症を治療又は予防するためのリン酸イオンの固定化剤であって, 炭酸ランタン1水和物を含むもの」 イ 本件発明1と甲1発明の一致点及び相違点 (一致点) 「高リン酸塩血症の治療のための医薬組成物であって, La? (CO? )? ・xH? Oにより表される炭酸ランタンを含む前記組 成物」である点。 (相違点1) 本件発明1では,La? (CO? )? ・xH? Oにより表される炭酸ラ ンタンについて,xが3〜6の値を持つことが特定されているのに対し, 甲1発明ではxが1である点。 (相違点2) 本件発明1では,炭酸ランタンを医薬として許容される希釈剤又は担体 と混合されて又は会合されて含むのに対し,甲1発明では,希釈剤や担体 を含むことが特定されていない点。 |
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当事者の主張
51 取消事由1-1(本件発明1の進歩性の判断の誤り)について ? 原告の主張 ア 相違点1の容易想到性の判断の誤り 本件審決は,@甲1には,甲1発明の炭酸ランタン1水和物を3〜6水 和物に置換することについての記載も示唆もない,A請求人(原告)提出 の甲10及び甲11には「多形」に関する検討が多く行われていたことが 記載されているが,ここでいう「多形」とは同じ化学組成を持ちながら結 晶構造が異なり,別の結晶形を示す現象又はその現象を示すものをいうと ころ,水和水の数が異なる水和物は,互いに化学組成が異なり,甲10及 び甲11にいう「多形」には含まれないから,甲10及び甲11に接した 当業者が水和水の数が異なる水和物の使用の検討の必要性を認識できた とはいえないなどとして,甲1発明において,水和水の数が異なる炭酸ラ ンタンを用いる動機付けを見いだせないから,相違点1は当業者が容易に 想到し得たものとはいえない旨判断したが,以下のとおり,誤りである。 (ア) 本件出願の優先日当時の技術常識又は周知技術 医薬製剤の分野において,薬剤に存在する水和水の数の違いが,薬剤 の溶解度,溶解速度,安定性及び生物学的利用率に影響を及ぼす可能性 があり,薬効の一部を変更できる可能性があることから,ある薬剤に水 和物が存在する場合,その水和水の数の異なる薬剤の調製を検討し,最 適な水和形態のものを探索することは,本件出願の優先日当時,技術常 識又は周知技術であった(甲9,39ないし43,53)。 また,本件出願の優先日当時,乾燥温度を調節することなどにより, 水和水の数の異なる炭酸ランタン水和物を得る調製方法は広く知られて いた(甲8,15,44)。 (イ) 相違点1の容易想到性 前記(ア)の技術常識又は周知技術に照らすと,甲1に接した当業者に 6 おいては,甲1発明に存在する炭酸ランタン1水和物について,その水 和水の数の異なる炭酸ランタン水和物の調製を検討する動機付けがある から,このような調製により水和水の数が3ないし6の範囲の炭酸ラン タン水和物の構成(相違点1に係る本件発明1の構成)とすることを容 易に想到することができたものである。 したがって,本件審決における相違点1の容易想到性の判断には誤り がある。 (ウ) 被告の主張について 被告は,@甲1には,特定の金属水和物塩について水和水の数を変え ると,リン酸イオンの除去率が変化するという知見の記載や示唆はない, A甲1には,384種類もの多種多様な化合物がリン酸イオンの固定化 剤の候補化合物として記載されている中で,ランタンを用いた実施例は 一例のみ(炭酸ランタン1水和物)であり,しかも,セリウムやネオジ ム,ガドリニウム及びサマリウムを用いた実施例よりもリン酸イオン除 去率が低いから,炭酸ランタン1水和物の水和水の数に注目することは ない,B炭酸ランタン水和物は,水又は有機溶媒にほとんど溶解しない から(甲51),溶解特性の面から水和水の数の違いについて検討を試 みることはなく,また,胃腸管内でリン酸を吸着して体外に排出され, 生体内にほとんど吸収されることがないから,生物学的利用率の向上の 面からも水和水の数の違いについて検討を試みることはないなどとして, 甲1発明に存在する炭酸ランタン1水和物について,その水和水の数の 異なる炭酸ランタン水和物の調製を検討する動機付けはない旨主張する。 しかしながら,甲1には,甲1記載の多種多様な候補化合物の中から, 炭酸ランタン1水和物を実施例11として特別に取り上げ,また,リン 酸イオンの固定化反応は,希土類元素の炭酸塩あるいは有機酸化合物が 水に溶解してイオン化した状態となった上,水溶液中に存在するリン酸 7 イオンと反応することが反応式により示されている(2頁右下欄)。 そして,ある薬剤に水和物が存在する場合,その水和水の数の異なる 薬剤の調製を検討し,最適な水和形態のものを探索することは,本件出 願の優先日当時,技術常識又は周知技術であったことは前記(ア)のとお りであることからすると,甲1に,水和水の数の異なる化合物が複数例 記されていたり,水和水の違いごとにリン酸イオン除去率の違いが記載 されていなくても,当業者においては,炭酸ランタン水和物の水和水の 数の違いが,ランタンイオン(La3? )の生成速度や生成量に影響す る可能性,リン酸イオンの吸着性の高低にも影響を及ぼす可能性がある ことを理解し,水和水の数の異なる炭酸ランタン水和物の調製を検討す る動機付けがあるというべきである。 また,本件出願の優先日前の文献(甲9,39ないし41,53)に おいては,溶解度の高低にかかわらず,難溶解性の化合物であっても, 水和水の数が異なる水和物が検討されていることに照らすと,仮に炭酸 ランタン水和物が水又は有機溶媒にほとんど溶解しないとしても,その ことは,当業者が水和水の数の異なる炭酸ランタン水和物の調製を検討 する動機付けを否定する事情にはならない。 したがって,被告の上記主張は理由がない。 イ 本件発明1の顕著な効果に関する判断の誤り 本件審決は,本件出願の願書に添付した明細書(以下,図面も含めて, 「本件明細書」という。 の発明の詳細な説明 ) (5欄18行〜7欄40行, 表1,第1図)には,La? (CO? )? ・xH? Oで表される炭酸ラン タン水和物のうち,xが2.2〜8.8の範囲の水和物が,xが1.3の 水和物に比べて高いリン酸除去能を有していることが開示されており,当 該開示は本件発明1が相違点1に係る構成を備えることによって甲1発 明よりも高いリン酸除去能を有することを示すものといえること,La? 8(CO? )? ・xH? Oで表される炭酸ランタン水和物において,xの値がリン酸除去能に影響を与えることは,本件出願の優先日において知られていたとはいえないことからすると,本件発明1は相違点1に係る構成を備えることによって当業者が予想し得ない顕著な効果を有する旨判断したが,以下のとおり,誤りである。 (ア) 本件発明1における顕著な効果の不存在 a 本件審決は,本件発明1の効果が何と比較して当業者が予想し得な い顕著なものであるのかについて何ら説明をしておらず,この点にお いて本件審決の判断は失当である。 b 本件審決が挙げる本件明細書の記載事項中には,本件発明1の効果 に関し,pH3の環境下における炭酸ランタン水和物のリン酸除去能 を確認するin vitro試験において,実験開始後0.5分ない し10分の時点におけるリン酸イオン除去率を水和水の数の異なる炭 酸ランタン水和物(1.3水和物,2.2水和物,3.8水和物,4 水和物,4.4水和物,8.8水和物)について比較し,実験開始後 5分の時点における本件発明1の水和水の数値範囲内の炭酸ランタン 3.8水和物,4水和物及び4.4水和物のリン酸除去率が他の水和 物よりも高かった旨の記載がある。 しかしながら,食物は,経口摂取後,1時間ないし4時間程度胃に 滞留し,胃による食物の撹拌や分解には,少なくとも1時間程度を要 し,その後小腸に運ばれる際に,小分子まで分解され,体内に吸収さ れるのであるから,胃内と同様のpH3の環境下における「高リン酸 塩血症の治療のための医薬組成物」としての本件発明1の効果を測定 するのであれば,食物の胃における滞留時間である1時間ないし4時 間を考慮する必要があるにもかかわらず,わずか5分間という「分」 単位の短時間におけるリン酸イオン除去率の顕著性を示すこと自体, 9 本件発明1の目的との関係において何ら意味を有するものではなく, 顕著な効果とはいえない。また,「高リン酸塩血症の治療のための医 薬組成物」の効果としては少なくとも食物の胃における上記滞留時間 中にランタンイオンとリン酸イオンとの結合が実現すればよいところ, 本件明細書の表1によれば,実験開始後10分の時点には,本件発明 1の水和水の数値範囲外の炭酸ランタン水和物においても,リン酸イ オン除去率が100パーセントであったことに照らすと,実験開始後 5分の時点におけるリン酸イオン除去率が高いことをもって本件発明 1の効果の顕著性を基礎付けることはできない。 (イ) 本件発明1における水和水の数値限定の臨界的意義の不存在 本件出願の優先日前に,炭酸ランタン1水和物及び同8水和物は,リ ン酸吸収剤として公知であったことからすると,本件発明1は,炭酸ラ ンタン水和物における水和水の数の範囲を「3ないし6」に限定したこ とに技術的意義のある数値限定発明であるといえるから,その数値範囲 の全てにおいて臨界的意義を有する場合に限り,進歩性が肯定されるべ きである。 しかるところ,原告が実施したpH3の環境下における追試実験の結 果によれば,炭酸ランタン8水和物の実験開始後5分の時点でのリン酸 イオン除去率は,本件発明1の水和水の数値範囲内の炭酸ランタン4水 和物と同程度であったこと(甲16,56),炭酸ランタン1水和物, 同1.3水和物,同2.2水和物及び同7.6水和物の実験開始後5分 の時点でのリン酸イオン除去率は,いずれも100%であったこと(甲 50)に照らすと,水和水の数の違いによるリン酸イオン除去率に差は みられないから,本件発明1において炭酸ランタン水和物の水和水の数 の範囲を「3ないし6」としたことに臨界的意義(顕著な効果)は存し ない。 10 (ウ) まとめ 以上によれば,本件発明1は相違点1に係る構成を備えることによっ て当業者が予想し得ない顕著な効果を有するとした本件審決の判断は, 誤りである。 ウ 小括 以上のとおり,本件審決が,相違点1は当業者が容易に想到し得たもの ではない旨及び本件発明1は相違点1に係る構成を備えることによって 顕著な効果を有する旨判断したことは,いずれも誤りである。 また,医薬製剤において,希釈剤や担体を用いることは技術常識である から(甲7),本件審決認定の相違点2は,本件発明1と甲1発明との実 質的な相違点とはいえない。 そうすると,本件発明1は,甲1発明と技術常識又は周知技術に基づい て,当業者が容易に発明をすることができたものであるから,これと異な る本件審決の判断は誤りである。 ? 被告の主張 ア 相違点1の容易想到性の判断の誤りの主張に対し (ア) 甲1の記載事項からの動機付けの不存在 a 甲1には,水和水の数の違いにより,リン酸イオン除去率に違いが 生じることについての記載も示唆もない。また,甲1に接した当業者 は,ランタンイオンがリン吸収剤としての効果を示す本質的部分と考 えるから,水和水の数を変更することに着目することはない。 b 甲1には,@希土類元素として16種,炭酸塩あるいは有機酸化合 物として24種を列挙して,多種多様な希土類元素の炭酸塩あるいは 有機酸化合物(16×24=384種)がリン酸イオン固定化剤の候 補化合物として記載されていること(2頁右上欄1行〜15行),A 上記候補化合物の中で,セリウムに焦点を置いて説明し(2頁右下欄 11 13行〜17行等),14の実施例中,実施例1ないし9にわたって セリウムの炭酸塩ないし各種の有機酸塩について調べており,セリウ ム以外の希土類元素については,実施例10ないし14で1例ずつ記 載されているにすぎないこと,Bセリウム,ネオジム,ガドリニウム 及びサマリウムを希土類元素として用いた実施例の方が,ランタンを 用いた実施例11よりもリン酸イオンの除去率が高かったことが記載 されていることからすると,甲1に接した当業者は,水和水の数を変 更することよりは,むしろ,甲1に列挙された各種の有機酸を含む希 土類元素の有機酸化合物を調製するか,あるいはアルカリ金属やアル カリ土類金属を含有する複塩を調製し(2頁右上欄13行〜15行), リン酸イオン除去率を調べるはずである。 c 甲1には,炭酸ランタン1水和物を用いた実施例11について,問 題となる点が何ら記載されておらず,完結した発明として記載されて いるから,この実施例を見た当業者は,炭酸ランタン1水和物で充分 と考え,炭酸ランタン1水和物における水和水の数を変更しようなど とは考えなかったはずである。また,原告が主張するように本件出願 の優先日前に,炭酸ランタン1水和物及び同8水和物等の存在が公知 であったとすれば,甲1の実施例11で炭酸ランタン1水和物を用い たということは,甲1は,炭酸ランタン水和物の中から1水和物を選 択したことを示すものといえるから,甲1の実施例11を見た当業者 は,炭酸ランタン1水和物を改善しようとして水和水の数の異なる他 の水和物を選択する動機付けはない。 (イ) 本件出願の優先日当時の技術常識又は周知技術からの動機付けの不 存在等 本件出願の優先日当時,炭酸ランタン水和物の水和水の数を変更する と,リン酸(塩)結合能力に影響が出るであろうことを示唆する技術常 12 識又は周知技術は存在しなかった。 また,炭酸ランタン水和物は,水又は有機溶媒にほとんど溶解しない ことから(甲51),溶解特性の面から水和水の数の違いについて検討 する動機付けはない。 さらに,炭酸ランタン水和物は,胃腸管内で作用して,リン酸を吸着 して体外に排出されるものであり,生体内にほとんど吸収されないこと から,生物学的利用率の向上の面からも,水和水の数の違いについて検 討する動機付けはない。 (ウ) まとめ 以上によれば,甲1に接した当業者においては,甲1記載の炭酸ラン タン1水和物に着目することはなく,仮に着目したとしても,炭酸ラン タン1水和物を相違点1に係る本件発明1の構成(炭酸ランタン3水和 物ないし6水和物)に置換する動機付けはない。 したがって,相違点1は当業者が容易に想到し得たものとはいえない とした本件審決の判断に誤りはない。 イ 本件発明1の顕著な効果に関する判断の誤りの主張に対し (ア) 本件発明1の効果の顕著性 発明の効果の顕著性による進歩性については,当該発明が引用発明と の対比において当業者が予測することのできない顕著な効果を有するか どうかによって判断すべきであるから,本件においては,甲1発明から みた本件発明1の効果の顕著性を検討すべきである。 リン酸イオンを固定化するための薬剤は,食品中のリン酸(塩)の吸 収を防ぐことを目的として,一般的に食品と一緒に投与されるものであ るから,吸収される前に,食品中のリン酸(塩)と結合しなければなら ない。そこで,食品が消化器系の中でより早期に通過する胃において結 合すれば,より有利であり,その場合,胃に付随する酸性条件の下で上 13記結合が行われなければならないから,薬剤が早い段階でリン酸(塩)と結合することは非常に重要である。 しかるところ,本件明細書の表1によれば,pH3の環境下(胃と同じ環境下)における実験開始後の5分の時点でのリン酸塩除去率が,甲1発明に相当する炭酸ランタン1.3水和物(「サンプル2」)ではわずか39.9%であるのに対し,本件発明1の水和水の数値範囲内の炭酸ランタン4.4水和物(「サンプル3」)では96.5%,炭酸ランタン3.8水和物(「サンプル6」)及び炭酸ランタン4水和物(「サンプル5」)では100%という高い値を示している。 一方,甲1には,炭酸ランタン1水和物について,pH7の環境下においてのみリン酸イオン除去率が試験されており,pH3の環境下におけるリン酸イオン除去率についての言及はない。かえって,甲1には,甲1記載の希土類元素の炭酸塩あるいは有機酸化合物は,pH3のような胃液中の強酸性領域においてはリン酸(塩)除去効果が低いことが記載されている(2頁右下欄4行〜3頁左上欄8行,図面)。また,甲1記載の実施例には,ランタンは,セリウム,ネオジム,ガドリニウム及びサマリウムよりもリン酸イオン除去率が低かったことを示している。 このようにランタンについて,炭酸ランタン3ないし6水和物とすることで,胃と同じpH3の環境下において,本件明細書に記載されるような5分後という比較的早期に優れたリン酸塩除去率を示したことは,本件出願の優先日当時,従来技術である甲1発明から到底予測することができないものであったから,本件発明1は,当業者が予測することのできない顕著な効果を有する。 したがって,本件発明1は相違点1に係る構成を備えることによって当業者が予想し得ない顕著な効果を有するとした本件審決の判断に誤りはない。 14 (イ) 原告の主張について 原告は,本件発明1は炭酸ランタン水和物の水和水の数を「3ないし 6」に限定した数値限定発明であることを前提に,本件発明1の進歩性 を肯定するには,その数値範囲の全てにおいて臨界的意義を有する必要 があるが,原告が実施した実験結果(甲16,50,56)は,水和水 の数の範囲を「3ないし6」としたことに臨界的意義が存しないことを 示している旨主張する。 しかしながら,水和物という化合物における水和水の数は,化合物の 化学構造式上の要素であって,化合物の構造(化学組成)を特定するも のであり,組成物における各成分の含有量のような成分比組成とは異な り,連続的に変化する変数ではなく,本件発明1は,炭酸ランタン水和 物における水和水の数を限定した数値限定発明ではないから,原告の上 記主張は,その前提において失当である。 また,原告主張の実験結果は,どのようなルートで得たサンプルを用 いたのか明らかではない上,同一ルートで得たサンプル同士を比較した 本件明細書の実験結果と異なる原因が不明であるから,原告主張の実験 結果のデータは採用できるものではない。 したがって,原告の上記主張は,理由がない。 ウ 小括 以上のとおり,相違点1は当業者が容易に想到し得たものではなく,本 件発明1は相違点1に係る構成を備えることによって顕著な効果を有す るから,本件発明1は,甲1発明と技術常識に基づいて,当業者が容易に 発明をすることができたものではないとした本件審決の判断に誤りはな い。 なお,本件発明1の実施品である炭酸ランタン4水和物の医薬品が販売 名ホスレノールとして発売されており,この医薬品の日本における売上げ 15 は年間300億円を超え,慢性腎不全患者に広く役立っている。このよう な極めて高い商業的成功も,本件発明1の進歩性の判断において参酌され るべきである。 2 取消事由1-2(本件発明2ないし8の進歩性の判断の誤り)について ? 原告の主張 本件審決は,本件発明2ないし5は,本件発明1を引用してその内容を限 定したものであり,本件発明7は本件発明1ないし3の製造方法であり,本 件発明6及び8は高リン酸血症の治療のための医薬の製造のための本件発明 1ないし3に用いられている炭酸ランタンの使用方法であるから,本件発明 2ないし8も,本件発明1と同様に当業者が容易に発明をすることができた ものではない旨判断した。 しかしながら,前記1(1)のとおり,本件審決のした本件発明1の容易想到 性の判断に誤りがある以上,本件発明2ないし8の容易想到性を否定した本 件審決の上記判断は,その前提を欠くものであって,誤りである。 (2) 被告の主張 原告の主張は争う3 取消事由2(サポート要件の判断の誤り)について ? 原告の主張 本件審決は, 本件発明1ないし5の課題は, @ 「高リン酸塩血症の治療又 は予防のための医薬組成物を提供すること」であり,本件発明6ないし8の 課題は,「高リン酸塩血症の治療又は予防のための医薬組成物を製造するこ と」である,A本件明細書の発明の詳細な説明の引用に従って甲1に接した 当業者は,炭酸ランタンを服用した場合,pH3程度である胃からpH8程 度である腸管に食物と炭酸ランタンが進むにつれてリン酸イオンの固定化が 効率的に進み,腸管等において他のイオンが存在していても炭酸ランタンに よるリン酸イオンの固定化は可能であり,炭酸ランタンとの反応によりリン 16酸ランタンとして固定化されたリン酸はそのまま体外に排出されることを理解できる,B当業者は,本件明細書の発明の詳細な説明の表1の5分後の結果から,pH3の溶液にLa? (CO? )? ・xH? Oで表される炭酸ランタン水和物を加えると,経時的にリン酸塩の除去が進み,特にxが2.2〜8.8の範囲のものについて,除去速度が大きく,pH3の溶液に当該水和物を加えて5分間で70%以上のリン酸塩を除去できることを理解し,xが2.2〜8.8の範囲のものを服用することによって,高リン酸塩血症を治療又は予防できることを理解できる,C本件発明1の炭酸ランタン水和物のxの値(「3〜6」)は2.2〜8.8に含まれる範囲のものであるから,当業者は,本件明細書の発明の詳細な説明の記載から本件発明1の課題を解決できると認識できるなどとして,本件発明1ないし8は,いずれも本件明細書の発明の詳細な説明に記載された発明であって,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるから,請求項1ないし8の記載は,サポート要件に違反しない旨判断したが,以下のとおり,誤りである。 ア 本件発明1ないし8は,従来技術である甲1発明を前提として,炭酸ラ ンタン水和物の水和水の数を「3ないし6」に限定したことに特徴的構成 を有するのであるから,その具体的課題は,「甲1発明よりも優れた高リ ン酸血症に対する治療効果を有する薬剤を提供すること」にある。 しかるところ,本件明細書の発明の詳細な説明に記載された高リン酸血 症の治療効果の検証は,pH3の環境下においてリン酸水素ナトリウムの みを使用したリン酸溶液の0.5分間ないし10分間のリン酸除去率を測 定したin vitro試験の結果のみであり,その試験条件及びリン酸 除去率の測定時間は,食物の摂取,生体内における消化吸収というプロセ スを踏まえたものではない。すなわち,上記in vitro試験は,食 物中に存在するリン酸以外の物質(タンパク質等)や酵素等の存在を前提 17 とする複雑な系を再現できておらず,リンの主な吸収部位である小腸(p H7〜8)での吸収効率も不明であるなど,およそ生体内の環境を無視し たものである。また,胃による食物の撹拌には1時間程度を要するが,0. 5分〜10分間の試験では,リンと炭酸ランタンの結合の前提となる胃の 作用による撹拌や分解を経ておらず,炭酸ランタンと食物が充分に混合さ れていないため,食物中のリンとランタンとが結合し得る状態に至ってい ない。 したがって,当業者は,上記in vitro試験の結果から,本件発 明1に含まれる炭酸ランタン水和物及びこれに含まれない炭酸ランタン水 和物のいずれについても,胃腸管におけるリン酸の吸収を前提としたリン 酸除去率を確認することができないから,本件明細書の発明の詳細な説明 の記載から本件発明1ないし8の課題を解決できるものと認識することは できない。 イ 以上によれば,本件発明1ないし8は,本件明細書の発明の詳細な説明 に記載したものといえないから,請求項1ないし8の記載はサポート要件 に違反するものではないとした本件審決の判断には誤りがある。 ? 被告の主張 ア 本件明細書の発明の詳細な説明の記載事項(3欄7行〜9行,13行〜 19行,38行〜48行)によれば,本件発明1ないし8の課題は,「従 来の高リン酸血症治療剤に代替することができる高リン酸塩血症の治療 用組成物を提供すること」にあり,原告の主張するような「甲1発明より も優れた高リン酸血症に対する治療効果を有する薬剤を提供すること」で はない。 そして,@本件出願の優先日当時,リン酸吸着剤が高リン酸塩血症の治 療に有効であることは技術常識であったこと(甲2, 21ないし23) 4, , A人体においてリン酸イオンの吸収は,胃から先の腸,主に,空腸と十二 18 指腸で行われるが(甲2の304頁左欄28行〜32行),胃において生 成されたリン酸ランタンは,体液中においては極めて難溶性で解離するこ とがないため,胃から先の腸に送られたリン酸ランタンは,解離すること も,人体に吸収されることもなく空腸と十二指腸をそのまま通過し,糞便 中へ排出されること(本件明細書の発明の詳細な説明の12欄19行〜2 0行,13欄,14欄),B上記@及びAを踏まえると,本件明細書の発 明の詳細な説明記載のin vitro試験の結果(5欄18行〜7欄4 0行,表1,第1図)から,本件発明1の炭酸ランタン3ないし6水和物 は,リン酸吸着剤であり,高リン酸塩血症の治療に使用し得るものであり, 従来の高リン酸血症治療剤を用いた治療に代替し得ることを理解できるこ とによれば,当業者は,本件明細書の発明の詳細な説明の記載から,「従 来の高リン酸血症治療剤に代替することができる高リン酸塩血症の治療用 組成物を提供すること」という本件発明1ないし8の課題を解決できると 認識できるものである。 イ 以上によれば,本件発明1ないし8は,本件明細書の発明の詳細な説明 に記載したものといえるから,請求項1ないし8の記載はサポート要件に 違反しないとした本件審決の判断に誤りはない。 4 取消事由3(実施可能要件の判断の誤り)について (1) 原告の主張 本件審決は,本件明細書の発明の詳細な説明の記載に接した当業者は,本 件発明1ないし5を製造することができ,本件発明1ないし8の課題を解決 できることを認識できるなどとして,本件明細書の発明の詳細な説明は,当 業者が本件発明1ないし8を実施できる程度に明確かつ十分に記載されてい るから,実施可能要件に違反するものではない旨判断した。 しかしながら,当業者は,本件発明1ないし8を実施するに当たり,治療 効果の有無,医薬品の投与量,投与方法等を判断する必要があるが,前記3 19 (1)のとおり,本件明細書の発明の詳細な説明には,pH3の環境下における 0.5分間ないし10分間のリン酸除去率を測定したin vitro試験 の結果の記載があるのみであり,人の体内における高リン酸塩血症の治療効 果の有無やその程度に関する情報は何ら開示されておらず,また,その試験 条件及びリン酸除去率の測定時間は,食物の摂取,生体内における消化吸収 というプロセスを踏まえたものではないから,上記in vitro試験の 結果は,高リン酸血症の治療を目的とする効果について,本件発明1の有用 性を裏付けるものではない。 そうすると,本件明細書に接した当業者は,本件発明1の有用性,危険性 等を理解することができず,本件発明1を高リン酸塩血症の治療用組成物と して用いることはできないから,本件明細書の発明の詳細な説明の記載は, 当業者が本件発明1ないし8を実施できる程度に明確かつ十分に記載されて いるとはいえない。 したがって,本件審決の上記判断は誤りである。 ? 被告の主張 前記3?のとおり,本件明細書の発明の詳細な説明記載のin vitr o試験の結果から,本件発明1の炭酸ランタン3ないし6水和物を高リン酸 塩血症の治療に使用し得ることを理解できることからすると,本件明細書に 接した当業者は,本件発明1の有用性を理解し,本件発明1を高リン酸血症 の治療用組成物として用いることができるから,本件明細書の発明の詳細な 説明の記載は,当業者が本件発明1ないし8を実施できる程度に明確かつ十 分に記載されているといえる。 したがって,本件審決の実施可能要件の判断に誤りはない。 |
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当裁判所の判断
1 取消事由1-1(本件発明1の進歩性の判断の誤り)について ? 本件明細書の記載事項等について 20ア 本件発明1の特許請求の範囲(請求項1)の記載は,前記第2の2のと おりである。 本件明細書(甲26)の「発明の詳細な説明」には,次のような記載がある(下記記載中に引用する「表1」及び「第1図」については別紙1を参照)。 (ア) 「本発明は,新規性,かつ,進歩性のある医薬組成物及び方法に関 する。より特に,本発明は,高リン酸血症(hyperphospha taemia)の治療用組成物に関する。」(3欄7行〜9行) (イ) 「高リン酸血症は,透析装置を使用する,腎不全患者の有する特別 な問題である。慣用の透析は,その血中リン酸(phosphate) レベルを減少させることができず,そのレベルは,時々上昇する。アル ミニウム塩又はカルシウム塩の経口投与によりリン酸レベルを制御す ることが知られている。アルミニウムの知られた毒性によって,アルミ ニウムに基づく治療は,回避される傾向にある。カルシウム塩の場合に は,カルシウムは,消化管から直ちに吸収され,そして次に高カルシウ ム血症(hypercalcaemia)を引き起こす。」(3欄10 行〜19行) 「水和酸化セリウム(…)が,透析の間,リン酸に結合するためにイ オン交換カラム内のビーズとして使用されることができることが示唆さ れている(…)。…しかしながら,上記希土類は,Hodge-Ste rner分類法(…)に従えば,総じて低毒性も考えられるけれども, 血液透析装置内での使用に相当する,ivで与えられるそれらの毒性は, かなりのものであり,そして我々は,上記の示唆されたイオン交換装置 又はそのいかなる改良品も,広く許容され,又は高リン酸血症のために 臨床的にテストされていることを知らない。 酸化セリウム又はシュウ酸セリウムが,異なる医学的症状のために長 21 年にわたり投与されたが,これは,全く使用されていないようである。」 (3欄20行〜37行)(ウ) 「日本国公開特許出願番号第62-145024(…)は,希土類 の炭酸塩,重炭酸塩又は有機酸化合物が,リン酸(塩)結合剤として使 用されることができることを開示している。上記公開出願の中の1つの 例は,炭酸ランタン(lanthanum carbonate)の使 用に関する。但し,記載されたテストにおいては,セリウム有機酸塩及 び炭酸塩は,炭酸ランタンよりもよりよいリン酸(塩)イオン除去(p hosphate ion extraction)を与えた。上記公 開出願の実施例11は,La? (CO? )? ・H? O,すなわち,1水 塩を調製し;他の実施例の全ては,炭酸ランタン以外の炭酸希土類に向 けられている。」(3欄38行〜48行)(エ) 「特定の形の炭酸ランタンが,さまざまなテストにおいて,8水塩 の型であると信じられている標準的な商業的な炭酸ランタン,及びLa ? (CO? )? ・H? O又は類似の化合物を上廻る改善された性能を示 すことが今般発見された。 その故,1の態様に従えば,本発明は,胃腸管内への投与による高リ ン酸血症の治療のための医薬の調製のための,式La? (CO? )? ・ xH? Oの炭酸ランタン{式中,xは,3〜6,好ましくは3.5〜5, より特に3.8〜4.5の値をもつ。}の使用である。 本発明は,さらに,高リン酸血症の治療のための胃腸管内への投与の ための形態における,医薬として許容される希釈剤又は担体と混合され 又は会合されて,上記炭酸ランタンを含む医薬組成物を提供する。 (3 」 欄49行〜4欄12行)(オ) 「本発明の態様を,添付図面を参照しながら例示のために,以下に 説明する。ここで, 22 図1は,異なる程度の結晶水をもつ炭酸ランタンのリン酸(塩)結合 能力を示し;」(4欄32行〜35行) 「以下に説明するテストのために,炭酸ランタンのサンプルを,以下 のように得た: サンプル1:化学会社から得た商業的炭酸ランタン これを,元素分析(La,C,H),TGA,X-線粉末回折(X- ray powder diffraction)及びirスペクトロ スコピーによって,式La? (CO? )? ・8.8H? Oをもつと特徴 付けた。 サンプル2〜4を,真空下又は周囲圧力において,さまざまな時間に わたり温度を変えて,サンプル1の一部を加熱することにより調製して, 式La? (CO? )? ・xH? O{式中,0<x<8である。}の材料 を得た。 サンプル5は,分析されたとき,La? (CO? )? ・4H? Oを示 した炭酸ランタンのサンプルである。 サンプル6は,以下の実施例1に従って調製され,そして式La? (C O? )? ・3.8H? Oをもつ,炭酸ランタンのサンプルである。」(4 欄42行〜5欄17行)(カ) 「特定の炭酸ランタン水和物が,炭酸ランタン8水和物と,そして La? (CO? )? ・H? Oと,リン酸塩結合活性において有意に異な 23ることを示すために,サンプルを以下のようにテストした:i)保存溶液を,1リッターの脱イオン水に13.75gの無水Na?HPO? ,8.5gのNaClを溶解することにより調製した。 A)100mlの保存溶液を,濃HClの添加によりpH3に調整した。 B)5mlのサンプルを採取し,そして0.02μmフィルターを通して濾過して,時刻0サンプルを得た。 これを,Sigma Diagnostics Colorimetric phosphorusテスト・キットを使用してリン酸塩について分析した。 C)5ml新鮮保存溶液を添加して,再び100mlにし,そしてそのpHを,約3に再調整した。 v)乾燥粉末としてのLa? (CO? )? ・xH? Oを,その特定の水和物の分子量に従う量において添加して,リン酸塩を2倍のモル数で過剰のランタンを得て,そして室温で撹拌した。 E)サンプリングを,0.5〜10分間の時間間隔において実施し,そしてリン酸塩のパーセンテージを,上記B)におけるように測定した。 結果を以下の表1に示す。」(5欄18行〜6欄末行) 「サンプル3(La? (CO? )? ・4.4H? O);サンプル5(La? (CO? )? ・4H? O )とサンプル6(La? (CO? )? ・3.8H? O)が,その8.8H? O,1.3H? O又は2.2H? O形態よりもかなり速くリン酸塩に結合することが,表1から容易に分かる。我々は,La? (CO? )? ・1.3H? O についての結晶が,La? (CO? )? ・H? Oについて,たった90%の除去が120分後に示されているところの上記日本国公開特許出願番号第62-145024号において示された結果と同じであると信じている。 最高のリン酸塩除去が3〜6分子の水をもつ炭酸ランタンを用いて得 24 られることも,添付図面の図1から容易に分かる。」(7欄29行〜4 0行) 「本発明は,毒性が問題を引き起こすことができる,血流中へのラン タンのいかなる流入(incursion)をも伴わないリン酸塩への 結合の可能性を提供する。上記の特定の炭酸ランタンは,以下に説明す るインビボ・テストにより示されるように,消化管からほんの僅かに吸 収される。」(7欄41行〜46行)(キ) 「実施例1 酸化ランタン(1.5kg,4.58mol)を,20リッター・フ ラスコ内の水(5.5リッター)に懸濁させた。硝酸(Analarグ レード,69%,SG1.42,1.88リッター,29.23mol) を,60〜80℃の間の温度を維持するような速度で1.5時間にわた り上記の撹拌された溶液に添加した。得られた硝酸ランタン溶液を室温 まで放置して冷却し,そして濾過した。水(7.75リッター)中の炭 酸ナトリウム(1.65kg,15.57mol)の溶液を,45分間 にわたり撹拌された硝酸ナトリウム溶液に添加した。その添加の終わり に,その懸濁液のpHは,9.74であった。この懸濁液を,一夜放置 し,濾過し(Buchner漏斗,540紙),そして30分間にわた り空気流中でそのフィルター上で乾燥させた。次に固体を水に再懸濁さ せ,40分間撹拌し,そして濾過した。この手順を,繰り返し,その濾 液中のニトレート濃度が<500ppmであったとき,全部で6つの洗 浄液を得た。最終的な材料(4.604kg)を,3つのPyrex皿 に分け,そして各々からのサンプル,を水分含量について分析した(1 050℃,2時間におけるLa? (CO? )3・xH? Oの計量された サンプルの,La? O? への分解による。)。次に,これらの皿を80 ℃においてファン付オーブン内に入れ,そして各皿の重量損失を,要求 25 される程度の水和をもつ材料が得られるまで,モニターした。」(8欄 29行〜9欄1行) (ク) 「本発明の炭酸ランタン(又は消化管内でのリン酸への結合後に形 成されるリン酸ランタン)が十分に排出され,そして経口で与えられる ときにその消化管からその循環系に通過しないことを示すために,3匹 のラットに,20mg/kgのLa? (CO? )? ・4H? O(サンプ ル5)を投与し,そして糞と尿を集めることができた代謝カゴ内で飼育 した。 72時間後,上記ランタンの全てが排出されていることが分かる。その尿 サンプル中,ランタンの量は,検出限界以下であった。テスト後,ラット を殺し,そして腎臓,肝臓及び大腿部を,ランタンについて分析した。全 ての場合において,ランタンの量は,0.1ppm未満であった。」(1 2欄19行〜14欄3行)イ 前記アによれば,本件明細書の発明の詳細な説明には,本件発明1の従 来技術,構成及び効果に関し,次のような開示があることが認められる。 (ア) 透析装置を使用する腎不全患者の高リン酸血症の治療用組成物とし 26 て,従来から,アルミニウム塩又はカルシウム塩の経口投与によりリン 酸レベルを制御することが知られているが,アルミニウムの毒性によっ て,アルミニウムに基づく治療は回避される傾向にあり,また,カルシ ウムは,消化管から直ちに吸収され,高カルシウム血症を引き起こし, さらに,水和酸化セリウムは,血液透析装置内での使用に相当する,i vで与えられる毒性はかなりのものであるため,臨床的にテストされて いることを把握していない(前記ア(イ))。 (イ) 式La? (CO? )? ・xH? O{式中,xは,3〜6,好ましく は3.5〜5,より特に3.8〜4.5の値をもつ。}により表される 炭酸ランタンが,8水塩の型であると信じられている標準的な商業的な 炭酸ランタン,及び「日本国公開特許出願番号第62-145024号」 (甲1)で開示されている1水塩の炭酸ランタン(La? (CO? )? ・H? O)又は類似の化合物を上廻る改善された性能を示すことが今般 発見された(前記ア(ウ)及び(エ))。 「本発明」は,高リン酸血症の治療のための胃腸管内への投与のため の形態における,医薬として許容される希釈剤又は担体と混合され又は 会合されて,上記式により表される炭酸ランタンを含む医薬組成物を提 供するものである(前記ア(エ))。 また,「本発明」は,毒性が問題を引き起こすことができる,血流中 へのランタンのいかなる流入をも伴わないリン酸塩への結合の可能性を 提供するものである(前記ア(カ))。 ? 甲1の開示事項について ア 甲1には,次のような記載がある(下記記載中に引用する「図面」につ いては別紙2を参照)。 (ア) 「特許請求の範囲 希土類元素の炭酸塩あるいは有機酸化合物からなるリン酸イオンの固 27 定化剤。」(1頁左欄4行〜6行)(イ) 「(産業上の利用分野) 本発明は,リン酸イオン特に生体液中に存在するリン酸イオンの新規 な固定化剤に関する。」(1頁左欄8行〜10行) 「(従来の技術) 慢性腎不全患者においては,リンの排泄障害から高リン血症を生ずる ことはよく知られており,この治療として食餌制限,水酸化アルミニウ ムの投与が主として行なわれている。しかし,食餌制限は極端なタンパ ク制限につながり,短期的には可能であっても,長期の透析患者の場合 は,栄養障害や貧血,易感染性など他の合併症の増悪因子となる。また, 水酸化アルミニウムの経口投与は,通常,1〜3gを1日に3〜6回服 用することが必要であり,患者に不快感を与えるばかりでなく,最近透 析脳症や骨粗鬆症の原因物質である疑いが持たれるようになり,その長 期的使用の弊害が懸念されている。 上記の問題に対して,水酸化アルミニウム投与に替わるリンの除去法 としてジルコニウム化合物を吸着剤とする方法が提案されている〔中林 宜男他:ジルコニウムによる高リン血症の治療について,人工臓器Vo l.11,1,p36〜39(1982),および特開昭59-469 64号〕。しかし,ジルコニウム化合物のリン吸着能は,水酸化アルミ ニウムと同程度であり,使用量を低減できるものではない。」(1頁左 欄11行〜右欄13行) 「(発明が解決しようとする問題点) 前記の無機イオン交換体は,リン酸イオン以外のアニオン種も吸着す るため,特に生体に適用する場合においては,体内のイオンバランスを 乱す恐れがあること,酸やアルカリ溶液に対して溶解性が無視できない こと,および吸着量が十分でなく使用量が多くなるという問題がある。」 28 (1頁右欄14行〜2頁左上欄1行)(ウ) 「(問題点を解決するための手段) 本発明者らは,各種金属塩のリン酸イオンとの反応性について検討し た結果,希土類元素の炭酸塩または有機酸化合物は,リン酸イオンと効 率的に反応することを見出し,実用化のため鋭意検討した結果,本発明 を完成するに至った。 したがつて,本発明の目的は,リン酸イオンに対する効率的な固定化 剤,特に生体に適応して有効な固定化剤を提供することにある。 すなわち,本発明の固定化剤は,希土類元素の炭酸塩あるいは有機酸 化合物からなることを特徴とするリン酸イオンの固定化剤である。 本発明の固定化剤は,生体の消化器系および血液中におけるpH範囲 内において選択的に,かつ非可逆的にリン酸イオンと反応して固定化す るため,従来の吸着剤法に比べて単位重量当りのリン酸イオンの固定化 性能は5倍以上の特性を有する。」 「以下,本発明の固定化剤について詳細に説明する。 本発明の希土類元素の炭酸塩あるいは有機酸化合物とは,希土類元素, すなわち,Y,La,Ce,Pr,Nd,Pm,Sm,Eu,Gd,T b,Dy,Ho,Er,Tm,Yb,Luの炭酸塩あるいは有機酸化合 物である。炭酸塩としては,単純炭酸塩あるいはアルカリ金属やアルカ リ土類金属を含む複塩がある。有機酸としては,シュウ酸,酢酸,プロ ピオン酸,酪酸,パルミチン酸,ステアリン酸,オレイン酸,エライジ ン酸,リノール酸,リノレン酸,クエン酸,酒石酸,リンゴ酸,コハク 酸,フマル酸,マロン酸,マレイン酸,乳酸,安息香酸,マンデル酸, フタル酸やグリコール酸等を用いることができ,それらを含む希土類元 素の有機酸化合物や,あるいはアルカリ金属やアルカリ土類金属を含有 する複塩がある。 29 これらの希土類元素の炭酸塩あるいは有機酸化合物は,単独で用いて もよいし,二種類以上の混合物として用いてもよい。」(以上,2頁左 上欄2行〜右上欄18行)(エ) 「本発明の希土類元素の炭酸塩あるいは有機酸化合物がリン酸イオ ンを固定化する反応は,下式のように表わすことができる。 Ln? X? ・nH? O+2MH? PO? ? 2LnPO? +2H? X+M? X ここで,Lnは3価の希土類元素,Xは炭酸イオンあるいは有機酸イオ ン(2価イオンとして示す),Mはアルカリ金属あるいは水素イオンを 表わす。」 「希土類元素の炭酸塩あるいは有機酸化合物の上記の反応式によるリ ン酸イオン固定化は,液相のpHの影響を受ける。例えば,シュウ酸第 一セリウムを用いた場合のリン酸イオン除去率の液相pHへの依存性は, 図面に示すようになる。すなわち,pH5以下の強酸性領域においては, 平衡は左側に傾くが,pH6以上の中性からアルカリ性領域においては, 平衡はほぼ100%右側に移行し,非可逆的なリン酸イオンの固定化を 行なうことが可能になる。」 「生体内中,特に消化器系における体液のpHは,酸性である胃液中 のpH3程度から弱アルカリ性である腸管内液中のpH8程度の範囲に あるので,本発明の希土類元素の炭酸塩あるいは有機酸化合物のリン酸 イオン固定化は,胃から先の消化器系において効率的に進むものと考え られる。」 「また,本発明の希土類元素の炭酸塩あるいは有機酸化合物のリン酸 イオンの固定化は,他のアニオン,例えば,塩素イオンや重炭酸イオン のように生体液中に多量に存在するイオンが共存していても,選択的に リン酸イオンを固定化することができる。」 30 「本発明の希土類元素の炭酸塩あるいは有機酸化合物は,リン酸イオ ンを希土類元素のリン酸塩として固定化するが,該リン酸塩は体液中に おいては不溶性であり,そのまま体外に排出される。」(以上,2頁右 下欄4行〜3頁左上欄18行)(オ) 「(発明の効果) 次に,本発明のリン酸イオンの固定化剤の特徴について述べると,次 のようである。 ?pH6以上においてほぼ100%のリン酸イオン固定化除去性能を 有する。 ?塩素イオンや重炭酸イオン等の他のアニオンが存在しても固定化除 去性能は変わらず,選択的にリン酸イオンを固定化除去することができ る。 ?リン酸イオンの除去効率は大きく,使用量は少なくてすむ。」(3 頁左下欄7行〜16行)(カ) 「実施例1 本発明のシュウ酸第一セリウムのリン酸イオン固定化除去性能のpH 依存性について示す。 シュウ酸第一セリウム10水塩の調製 市販99.9%の塩化セリウムを蒸留水に溶解した後に,シュウ酸水 溶液を添加すると,白色の結晶性沈澱が得られる。その結晶を?過,次 いで,塩素イオンが?液中に認められなくなるまで水洗した後に,空気 中で風乾した。 リン酸イオン固定化除去実験 リン酸イオン濃度が2.76mM/? になるように,リン酸(リンと して85.6ppm)を蒸留水で稀釈してリン酸イオン含有水を調製し, 該水溶液に該シュウ酸第一セリウム10水塩を1g/? の割合で添加し 31て,1N水酸化ナトリウム水溶液を添加することにより,該水溶液を所定のpHに保ちながら,室温で2時間攪拌した。その後,混合液を?過し,その?液のpHをpHメーターで,リン酸イオン濃度をイオンクロマトグラフィー(装置Dionex社製2020i型)により測定した。 この結果を,溶液のpHとリン酸イオンの除去率の関係として図面に示す。 なお,pH7において生成した沈澱を?過,乾燥した後,X線回折を測定したところ,リン酸第一セリウムであることがわかった。また,?液中には4.1mMのシュウ酸イオンが存在しており,下式の反応が定量的に進むことがわかった。 Ce? (C? O? )? ・10H? O+2NaH? PO? →2CePO?+Na? C? O? +2H? C? O? +(10H? O)」(3頁右下欄4行〜4頁左上欄12行) 「実施例2〜4 実施例1と同様にして調整したシュウ酸第一セリウム10水塩を,リン酸イオン濃度が2.76mM1? の水溶液に,0.2g/? ,0.5g/g,および1.5g/? の割合で添加し,1N水酸化ナトリウム水溶液を加えて,該水溶液のpHを7に保ちながら,室温で2時間攪拌した。実施例1と同様の方法で液中のリン酸イオン濃度を測定し,リン酸イオンの除去率を測定した。」(4頁左上欄13行〜右上欄1行) 「実施例6 リン酸イオン固定化剤として炭酸第一セリウム9水塩〔Ce? (CO? )? ・9H? O〕を使用した例を示す。…該リン酸イオン固定化剤を,実施例2と同様の方法を用いて,リン酸イオン濃度として2.76mM/? の溶液で0.5g/? の割合で添加し,2時間後の除去率を求めた。その結果,リン酸イオンの除去率は98% 32 であった。」(4頁右上欄19行〜左下欄12行) 「実施例8 リン酸イオン固定化剤としてクエン酸第一セリウム3.5水塩{Ce〔C ? H? OH(CO? )? 〕・3.5H? O}を使用した例を示す。… 該リン酸イオン固定化剤を,実施例2と同様の方法を用いて,リン酸イ オン濃度として2.76mM/? の溶液で0.5g/? の割合で添加し, 2時間後の除去率を求めた。その結果,リン酸イオンの除去率は92% であった。」(4頁右下欄6行〜18行) 「実施例9 リン酸イオン固定化剤としてマロン酸第一セリウム6水塩〔Ce? (CH? C? O? )? ・6H? O〕を使用した例を示す。… 該リン酸イオン固定化剤を,実施例2と同様の方法を用いて,リン酸イ オン濃度として2.76mM/? の溶液で1g/? の割合で添加し,2 時間後の除去率を求めた。その結果,リン酸イオンの除去率は100% であった。」(4頁右下欄19行〜5頁左上欄11行) 「実施例10 リン酸イオン固定化剤として炭酸イットリウム3水塩〔Y?(CO? ) ? ・3H? O〕を使用した例を示す。… 該リン酸イオン固定化剤を,実施例2と同様の方法を用いて,リン酸イ オン濃度として2.76mM/? の溶液で0.5g/? の割合で添加し, 2時間後の除去率を求めた。その結果,リン酸イオンの除去率は85% であった。」(5頁左上欄12行〜右上欄2行)(キ) 「実施例11 リン酸イオン固定化剤として炭酸ランタン1水塩[La? (CO? ) ? ・H? O]を使用した例を示す。 塩化ランタン水溶液に炭酸ナトリウム水溶液を添加し,沈でんを生成 33 せしめる。沈でんは,?過,水洗後,100℃で乾燥した。 該リン酸イオン固定化剤を,実施例2と同様の方法を用いて,リン酸 イオン濃度として2.76mM/? の溶液で0.6g/? の割合で添加 し,2時間後の除去率を求めた。その結果,リン酸イオンの除去率は9 0%であった。」(5頁右上欄3行〜13行)(ク) 「実施例12 リン酸イオン固定化剤としてシュウ酸ネオジム10水塩〔Nd? (C ? O? )? ・10H? O〕を使用した例を示す。… 該リン酸イオン固定化剤を,実施例2と同様の方法を用いて,リン酸 イオン濃度として2.76mM/? の溶液で1g/? の割合で添加し, 2時間後の除去率を求めた。その結果,リン酸イオンの除去率は97% であった。」 「実施例13 リン酸イオン固定化剤としてシュウ酸ガドリニウム10水塩〔Gd? (C? O? )? ・10H? O〕を使用した例を示す。… 該リン酸イオン固定化剤を,実施例2と同様の方法を用いて,リン酸 イオン濃度として2.76mM/? の溶液で1g/? の割合で添加し, 2時間後の除去率を求めた。その結果,リン酸イオンの除去率は92% であった。」 「実施例14 リン酸イオン固定化剤としてシュウ酸サマリウム10水塩〔Sm?(C ? O? )? ・10H? O〕を使用した例を示す。… 該リン酸イオン固定化剤を,実施例2と同様の方法を用いて,リン酸 イオン濃度として2.76mM/? の溶液で1g/? の割合で添加し, 2時間後の除去率を求めた。その結果,リン酸イオンの除去率は91% であった。」(以上,5頁右上欄14行〜5頁右下欄9行) 34 (ケ) 「図面の簡単な説明 図面はシュウ酸セリウム10水塩のリン酸イオン除去率のpH依存性 を示す図表である。」(5頁右下欄10行〜12行)イ 前記アによれば,甲1には,@慢性腎不全患者におけるリンの排泄障害 から生ずる高リン血症の治療として,従来,主に行われていた水酸化アル ミニウムの投与には,水酸化アルミニウムが透析脳症や骨粗鬆症の原因物 質である疑いが持たれるようになり,その長期的使用の弊害が懸念されて おり,また,ジルコニウム化合物を吸着剤とする方法は,ジルコニウム化 合物のリン吸着能は,水酸化アルミニウムと同程度であり,使用量を低減 できるものではないという問題があったこと,A「本発明」は,リン酸イ オンに対する効率的な固定化剤,特に生体に適応して有効な固定化剤を提 供することを目的とするものであり,この課題を解決するための手段とし て,「希土類元素の炭酸塩あるいは有機酸化合物からなることを特徴とす るリン酸イオンの固定化剤」という構成を採用したこと, 「本発明」 B は, pH6以上においてほぼ100%のリン酸イオン固定化除去性能を有する こと,塩素イオンや重炭酸イオン等の他のアニオンが存在しても固定化除 去性能は変わらず,選択的にリン酸イオンを固定化除去することができる こと,リン酸イオンの除去効率は大きく,使用量は少なくてすむこととい う効果を奏すること,C「本発明」の「実施例11」は,炭酸ランタン1 水塩[La? (CO? )? ・H? O]をリン酸イオン濃度2.76mM/ ? の溶液に0.6g/? の割合で添加し,1N水酸化ナトリウム水溶液を 加えて,該水溶液のpHを7に保ちながら,室温で2時間攪拌した後,液 中のリン酸イオンの除去率を測定したものであり,その結果,リン酸イオ ン除去率は90%であったことの開示があることが認められる。 ? 本件出願の優先日当時の技術常識及び周知技術についてア 各文献の記載事項について 35(ア) 甲9 甲9(「溶媒和物,非晶質固体と医薬品製剤」粉体工学会誌22巻2 号・昭和60年発行)には,次のような記載がある。 a 「3.水和物 結晶水を有する医薬品は非常に多い。水和物(溶媒和物も含む)に は,その無水物と比べ分子式では異なることよりpseudopol ymorphという名称がよく用いられている。すなわち広い意味で の多形の一種として取扱われる場合が多い。また,水和物にはそれ自 体に多形が存在する場合もある。水和物として存在する医薬品を製剤 化する場合,通常の場合と同様,その物理化学的特性の違いを的確に 把握しておく必要があるが,それに加えて吸湿,脱水といった現象, およびそれに伴う物性や結晶形の変化に関しても充分に検討しておく ことが必要である。」(86頁左欄40行〜右欄7行) b 「3.1 製剤化にあたっての問題点 水和物では,結晶水が製剤工程での品質管理あるいはでき上がった 製剤の諸特性に影響を与えることが多く,予備処方設計の段階でその 性質を明確に把握しておくことが重要である。 ? 生物学的利用率 経口剤の生物学的利用率には溶解度,溶解速度が大きな影響を与 える。Shefterらは水和物の溶解速度は理論的に結晶水の数 の増加と共に減少することを述べているが,それ以外に濡れ易さ, 凝集性,表面積など粉体としての物理的性質の影響が大きい場合も あり,エリスロマイシン2水和物は1水和物及び無水和物よりも高 い溶解度を示す。テトラサイクリンでは3水和物よりも2水和物の 方が高い生物学的利用率を示した(図1)。アンピシリンでは無水 物と3水和物間に吸収性に差があるとの報告と両者間に差がないと 36 する報告がある。その他フルプレドニソロンのin vivoおよ びin vitroでの溶出速度はα―1水和物とβ-1水和物間 でも差が認められたなど数多く報告されている。 ? 化学的安定性 医薬品の製剤化にあたり結晶形を選択する場合には前項に述べた ような生物学的に有利なこととともに,それを製剤とした場合,化 学的にも,また物理的にも安定であることが好ましい。この意味で 水和物も含めて多形間の安定性の相違については充分な検討が必要 である。 筆者らはシアニダノールには7種の結晶多形,水和物が存在し, 通常保存される条件ではU形1水和物が最も安定な結晶形であるこ とを見い出した。図2はこれら多形,水和物の光に対する安定性を 示したものであるが,U形1水和物が最も安定であった。また保存 湿度の影響を検討した結果,高湿度保存により光に不安定なT形4 水和物に転移するU形無水物,W形無水物,T形1水和物は不安定 であった・・・? 物理的安定性 結晶水は製剤自体の物性にも大きな影響を与える場合が多い。 筆者らの実験によると塩化ベルベリン4水和物と2水和物を含む 錠剤の崩壊挙動を比較検討したところ,4水和物錠が比較的速やか に崩壊するのに対し,2水和物錠は著しく崩壊性が劣っていた。… これは2水和物が水中で4水和物に転移するとき,結晶表面に4水 和物の結晶が成長し,これが粒子間に網状構造を形成し粒子間結合 を生じるため,錠剤内への水の浸透が遅くなると共に水中での粒子 の分散性が悪くなり,崩壊,溶出の遅れが生ずるものと考えられた。」 (86頁右欄22行〜88頁右欄11行) 37(イ) 甲15 甲15(「化学大辞典5,縮刷版」1963年11月15日第1刷発 行)には,次のような記載がある。 「たんさんランタン 炭酸- 一,三,八水塩の3種類が知られており,ランタナイトは八水塩に相当 する。製法 ランタン塩の水溶液にアルカリ金属の炭酸塩を加え,生じ た沈殿を100°で乾燥すると一水塩が得られ,室温で乾燥すると八水 塩が得られる。水酸化物の懸濁液に二酸化炭素を通ずると三水塩が得ら れる。」(735頁右欄)(ウ) 甲40 甲40(Rajendra K.Khankari,David J. W.Grant「Pharmaceutical hydrates」 Thermochimica Acta 248 平成7年1月発行) には,次のような記載がある。 a 「水和物は,親化合物(例えば,医薬品または添加剤の無水物)お よび水の両方を含有する固体付加物である。このレビューでは,水分 子の環境が様々な定義されたパターンを示し,医薬水和物およびそれ らの挙動を強調する結晶化学量論的水和物のみについて論じる。水分 子の存在は,分子間相互作用(内部エネルギーおよびエンタルピーに 影響を及ぼす)および結晶障害(エントロピー)に影響し,したがっ て自由エネルギー熱力学的活性,溶解度,溶解速度,安定性およびバ イオアベイラビリティに影響を及ぼす。さらに,錠剤,粉砕,および 製品性能などの機械的挙動を含む,多くの固体状態の特性が変更され る。水和物の物理化学的特徴付けは,製品開発プロセス中に「デシジ ョン ツリー」の一部に回答されるべき質問としてフローチャートに含 まれている。医薬水和物は,そのほとんどがよく知られている様々な 38 相補的な物理化学的方法によって特徴付けられるだろう。」(61頁 2行〜13行・訳文3行〜13行) b 「前項の議論では,物理的および/または化学的安定性,生物学的 利用能および製品開発中の処理に影響を与える相転移の問題を回避で きるように,医薬水和物の特徴付けの重要性を強調している。その結 果,医薬剤形の開発中に,検討中の固体が水和物を形成するかどうか を調査し,そうであれば,薬物の異なる擬似多形体が熱力学的に安定 である温度および水分活性の条件を決定することが重要である。 図9は,適切な分析仕様およびコントロールを設定するために製品 開発プロセス中に尋ねられる必要のある一連の質問を提供するデシジ ョンツリーまたはフローチャート[1]を示す。図9はまた,提示さ れた質問に答えるために使用できる固体分析技術を列挙している。物 質が溶媒和物として存在する可能性があるかどうかを検証するために, 極性の異なる溶媒から結晶化する。溶媒の極性を変える代わりに,溶 媒媒体の水分活性は水と適切な有機溶媒との混合物を用いて変化させ ることができるだろう[5]。結晶化された固体は,その組成および 化学量論を明らかにするために,図9に列挙された方法によって分析 される。水和物の存在が肯定的である場合,結晶形の溶解速度,溶解 度,および安定性などの重要な物理的性質が決定され,無水物または 同じ化合物の別の水和物のものと比較される。」(73頁8行〜27 行・訳文17行〜31行)(エ) 甲53 甲53(「製剤学 改稿版」昭和57年発行)には,次のような記載 がある。 「(2-C)結晶形,結晶状態:薬物の多くは結晶多形polymo rphismをもつことが知られている。・・・このほかにも結晶の水和度 39 が溶解に影響する。アンピシリンの無水物と三水和物は37℃の溶解度 がそれぞれ10及び8mg/mlである。どちらを使った製剤であるか によって溶解速度,ひいては吸収性の違いが現われる。」(146頁3 行〜11行)イ 水和物として存在する医薬に係る技術常識又は周知技術 前記アの記載事項を総合すると,本件出願の優先日(平成7年3月25 日)当時,@乾燥温度等の乾燥条件の調節により,水和水の数の異なる炭 酸ランタン水和物を得ることができること,A水和物として存在する医薬 においては,水分子(水和水)の数の違いが,薬物の溶解度,溶解速度及 び生物学的利用率,製剤の化学的安定性及び物理的安定性に影響を及ぼし 得ることから,医薬の開発中に,検討中の化合物が水和物を形成するかど うかを調査し,水和物の存在が確認された場合には,無水物や同じ化合物 の水和水の数の異なる別の水和物と比較し,最適なものを調製することは, 技術常識又は周知であったものと認められる。 ? 相違点1の容易想到性の有無について ア 甲1には,慢性腎不全患者におけるリンの排泄障害から生ずる高リン血 症の治療のための「リン酸イオンに対する効率的な固定化剤,特に生体に 適応して有効な固定化剤」の発明として,「希土類元素の炭酸塩あるいは 有機酸化合物からなることを特徴とするリン酸イオンの固定化剤」が開示 され,その実施例の一つ(実施例11)として開示された炭酸ランタン1 水塩(1水和物)のリン酸イオン除去率が90%であったことは,前記(2) イのとおりである。 前記(3)イ認定の本件出願の優先日当時の技術常識又は周知技術に照ら すと,甲1に接した当業者においては,甲1記載の炭酸ランタン1水和物 (甲1発明)について,リン酸イオン除去率がより高く,溶解度,溶解速 度,化学的安定性及び物理的安定性に優れたリン酸イオンの固定化剤を求 40めて,水和水の数の異なる炭酸ランタン水和物の調製を試みる動機付けがあるものと認められる。 そして,当業者は,乾燥温度等の乾燥条件を調節することなどにより,甲1記載の炭酸ランタン1水和物(甲1発明)を,水和水の数が3ないし6の範囲に含まれる炭酸ランタン水和物の構成(相違点1に係る本件発明1の構成)とすることを容易に想到することができたものと認められる。 これと異なる本件審決の判断は,前記(3)イ認定の本件出願の優先日当時の技術常識又は周知技術を考慮したものではないから,誤りである。 イ これに対し被告は,@甲1には,水和水の数の違いにより,リン酸イオン除去率に違いが生じることについての記載も示唆もないし,また,本件出願の優先日当時,炭酸ランタン水和物の水和水の数を変更すると,リン酸(塩)結合能力に影響が出るであろうことを示唆する技術常識又は周知技術は存在しない,A甲1に接した当業者は,水和水の数を変更することに着目することはなく,むしろ,甲1に列挙された各種の有機酸を含む希土類元素の有機酸化合物を調製するか,あるいはアルカリ金属やアルカリ土類金属を含有する複塩を調製し,リン酸イオン除去率を調べるはずである,B甲1には,炭酸ランタン1水和物を用いた実施例11について,問題となる点が何ら記載されておらず,完結した発明として記載されているから,この実施例を見た当業者は,炭酸ランタン1水和物で充分と考え,炭酸ランタン1水和物における水和水の数を変更しようなどとは考えなかったはずである,C炭酸ランタン水和物は,水又は有機溶媒にほとんど溶解しないから(甲51),溶解特性の面から水和水の数の違いについて検討を試みる動機付けはないなどとして,甲1に接した当業者においては,甲1記載の炭酸ランタン1水和物(甲1発明)を相違点1に係る本件発明1の構成に置換する動機付けはないから,相違点1は当業者が容易に想到し得たものとはいえない旨主張する。 41 しかしながら,上記@ないしBの点については,前記?イのとおり,水和物として存在する医薬においては,水分子(水和水)の数の違いが,薬物の溶解度,溶解速度及び生物学的利用率,製剤の化学的安定性及び物理的安定性に影響を及ぼし得ることから,医薬の開発中に,検討中の化合物が水和物を形成するかどうかを調査し,水和物の存在が確認された場合には,無水物や同じ化合物の水和水の数の異なる別の水和物と比較し,最適なものを調製することが,本件出願の優先日当時,技術常識又は周知であったことに照らすと,甲1自体には,水和水の数の違いによりリン酸イオン除去率に違いが生じることや炭酸ランタン1水和物を用いた実施例11について問題点の記載がないからといって,甲1に接した当業者において,甲1記載の炭酸ランタン1水和物(甲1発明)について水和水の数の異なる炭酸ランタン水和物の調製を試みる動機付けがあることを否定することはできない。また,リン酸(リン酸イオン)の固定化反応は,炭酸ランタン水和物が溶解して生成されたランタンイオンがリン酸イオンと反応することにより固定化するものであるところ(前記(2)ア(エ)の甲1記載事項),上記のとおり,水和物として存在する医薬については,水分子(水和水)の数の違いが,薬物の溶解度及び溶解速度に影響を及ぼし得るのであるから,溶解度又は溶解速度の向上によりランタンイオンの溶存濃度を高め,ひいてはリン酸(リン酸イオン)の固定化反応の促進(リン酸結合能力)に影響を及ぼし得ることは自明である。 次に,上記Cの点については,仮に被告が主張するように炭酸ランタン水和物は水又は有機溶媒にほとんど溶解しないとしても,上記のとおり,リン酸イオンの固定化反応は,炭酸ランタン水和物が溶解して生成されたランタンイオンがリン酸イオンと反応することにより固定化するものである以上,炭酸ランタン水和物が水又は有機溶媒に全く溶解しないものとはいえないこと,溶解度が低い水和物についても,無水物や水和水の数が異 42 なる化合物の調製の検討が行われていること(例えば,甲9では,「水に 極めて溶けにくい」エリスロマイシン(甲54)について,1水和物,2 水和物及び無水物の比較検討をしている。)(前記(3)ア(ア)bの「(1)」) に照らすと,炭酸ランタン水和物においても,水和水の数の違いが溶解度, 溶解速度,化学的安定性及び物理的安定性に影響を及ぼし得るものといえ るから,甲1記載の炭酸ランタン1水和物(甲1発明)について水和水の 数の異なる炭酸ランタン水和物の調製を試みる動機付けがあることを否定 することはできない。 したがって,被告の上記主張は理由がない。 (5) 本件発明1の顕著な効果の存否について ア 原告は,本件審決が,本件明細書の発明の詳細な説明には,La? (C O? )? ・xH? Oで表される炭酸ランタン水和物のうち,xが2.2〜 8.8の範囲の水和物が,xが1.3の水和物に比べて高いリン酸除去能 を有していることが開示されており,当該開示は本件発明1が相違点1に 係る構成を備えることによって甲1発明よりも高いリン酸除去能を有する ことを示すものといえること,La? (CO? )? ・xH? Oで表される 炭酸ランタン水和物において,xの値がリン酸除去能に影響を与えること は,本件出願の優先日において知られていたとはいえないことからすると, 本件発明1は相違点1に係る構成を備えることによって当業者が予想し得 ない顕著な効果を有する旨判断したのは誤りである旨主張する。 (ア) 本件発明1が相違点1に係る構成を備えることによって当業者が予 想し得ない顕著な効果を有するかどうかは,当業者が甲1記載の炭酸ラ ンタン1水和物(甲1発明)を,水和水の数が3ないし6の範囲に含ま れる炭酸ランタン水和物の構成(相違点1に係る本件発明1の構成)と することを容易に想到することができたこと(前記(4)ア)を前提として, 本件発明1の効果が,甲1に接した当業者において甲1記載の炭酸ラン 43 タン1水和物(甲1発明)を相違点1に係る本件発明1の構成とした場 合に本件出願の優先日当時の技術水準から予測し得る効果と異質な効果 であるか,又は同質の効果であっても当業者の予測をはるかに超える優 れたものであるかという観点から判断すべきである。 (イ) そこで検討するに,本件明細書には,pH3に調整したリン酸塩を 含有する保存溶液に水和水の数の異なる炭酸ランタン水和物のサンプル を添加して0.5分から10分間の時間間隔でリン酸塩結合能力(リン 酸塩除去率)を測定する試験を行った結果,5分の時点でのリン酸塩除 去率が,表1(別紙1)のとおり,炭酸ランタン8.8水和物(「サン プル1」)が70.5%,炭酸ランタン1.3水和物(「サンプル2」) が39.9%,炭酸ランタン4.4水和物(「サンプル3」)が96. 5%,炭酸ランタン2.2水和物(「サンプル4」)が76.3%,炭 酸ランタン4水和物(「サンプル5」)及び炭酸ランタン3.8水和物 (「サンプル6」)が100%であったことが記載されている。この記 載は,本件発明1の水和水の数値範囲内の炭酸ランタン4.4水和物「サ ( ンプル3」),炭酸ランタン4水和物(「サンプル5」)及び炭酸ラン タン3.8水和物(「サンプル6」)の5分の時点でのリン酸塩除去率 が,96.5%又は100%であり,本件発明1に含まれない他の炭酸 ランタン水和物(「サンプル1,2,4」)のリン酸塩除去率と比べて 高いことを示すものである。 一方で,甲1には,「実施例11」において,炭酸ランタン1水塩[L a? (CO? )? ・H? O]をリン酸イオン濃度2.76mM/? の溶 液に0.6g/? の割合で添加し,1N水酸化ナトリウム水溶液を加え て,該水溶液のpHを7に保ちながら,室温で2時間攪拌した後,液中 のリン酸イオンの除去率を測定した実験(「リン酸イオン固定化除去実 験」)の結果,リン酸イオン除去率は90%であったことが記載されて 44いる。この記載は,pH7に調整した水溶液における攪拌後2時間の時点での甲1発明の炭酸ランタン1水和物のリン酸イオン除去率が90%であることを示すものである。 まず,上記認定事実によれば,本件明細書記載の試験結果と甲1記載の実験結果は,炭酸ランタン水和物の「リン酸塩除去率」ないし「リン酸イオン除去率」という同質の効果を示したものといえる。 次に,本件明細書記載の試験と甲1記載の実験とでは,水溶液のpH値,除去率の測定時点及び測定回数において実験条件が異なるが,甲1には,「生体内中,特に消化器系における体液のpHは,酸性である胃液中のpH3程度から弱アルカリ性である腸管内液中のpH8程度の範囲にあるので,本発明の希土類元素の炭酸塩あるいは有機酸化合物のリン酸イオン固定化は,胃から先の消化器系において効率的に進むものと考えられる。」との記載があること(前記?ア(エ))に照らすと,甲1に接した当業者においては,胃液中と同じpH3程度の水溶液を用いて「リン酸イオン除去率」の測定を行うことや,その際に除去率の測定を一定の間隔をおいて行うことは,適宜行い得る設計的事項の範囲内の事柄であるといえる。 加えて,当業者においては,甲1記載の炭酸ランタン1水和物(甲1発明)を,水和水の数が3ないし6の範囲に含まれる炭酸ランタン水和物の構成(相違点1に係る本件発明1の構成)とした場合に,炭酸ランタン1水和物のリン酸イオン除去率(90%)を超える場合があり,それが100%により近い値となることも予測できる範囲内のものといえるから,pH3の水溶液における5分の時点でのリン酸塩除去率が96.5%又は100%であるという本件発明1の効果は,当業者の予測をはるかに超える優れたものであると認めることはできない。 したがって,本件発明1は相違点1に係る構成を備えることによって 45 当業者が予想し得ない顕著な効果を有するものと認められないから,こ れを認めた本件審決の判断は誤りである。 イ これに対し被告は,@甲1には,炭酸ランタン1水和物について,pH 7の環境下においてのみリン酸イオン除去率が試験されており,pH3の 環境下におけるリン酸イオン除去率についての言及はないこと,A甲1記 載の希土類元素の炭酸塩あるいは有機酸化合物は,pH3のような胃液中 の強酸性領域においてはリン酸(塩)除去効果が低いことが記載されてい ること,B甲1記載の実施例には,ランタンは,セリウム,ネオジム,ガ ドリニウム及びサマリウムよりもリン酸イオン除去率が低かったことを示 していることからすると,炭酸ランタン3ないし6水和物(相違点1に係 る本件発明1の構成)とすることで,pH3の環境下で5分後という比較 的早期に優れたリン酸塩除去率を示したことは,本件出願の優先日当時甲 1発明から到底予測することができないものであったから,本件発明1は, 当業者が予測することのできない顕著な効果を有する旨主張する。 しかしながら,上記@の点については,前記ア(イ)認定のとおり,胃液 中と同じpH3程度の水溶液を用いて「リン酸イオン除去率」の測定を行 うことは,当業者が適宜行い得る設計的事項の範囲内の事柄であるといえ る。 次に,上記Aの点については,甲1には,希土類元素の炭酸塩あるいは 有機酸化合物によるリン酸イオン固定化に対する液相pHの影響について, 「例えば,シュウ酸第一セリウムを用いた場合のリン酸イオン除去率の液 相pHへの依存性は,図面に示すようになる。すなわち,pH5以下の強 酸性領域においては,平衡は左側に傾くが,pH6以上の中性からアルカ リ性領域においては,平衡はほぼ100%右側に移行し,非可逆的なリン 酸イオンの固定化を行なうことが可能になる。」,「本発明の希土類元素 の炭酸塩あるいは有機酸化合物のリン酸イオン固定化は,胃から先の消化 46 器系において効率的に進むものと考えられる。」との記載(前記(2)ア(エ)) があるが,シュウ酸第一セリウム10水塩を用いた場合に強酸性領域とア ルカリ性領域とで平衡の傾きが異なる理由についての記載はなく,また, 甲1に実施例として記載されているセリウム以外の希土類元素(イットリ ウム,ランタン,ネオジム,ガドリニウム,サマリウム)を用いた化合物 では,pH7以外のpHの環境下における溶液のpHとリン酸イオン除去 率の関係に関する実験結果の記載はないことに照らすと,甲1に接した当 業者において,甲1の上記記載から直ちに,セリウム以外の希土類元素の 炭酸塩あるいは有機酸化合物についても,シュウ酸第一セリウム10水塩 と同様に,pH3のような胃液中の強酸性領域においてはリン酸(塩)除 去効果が低いものと認識するとはいえない。 さらに,上記Bの点については,甲1記載の実施例に示された炭酸ラン タン1水和物のリン酸イオン除去率がセリウム,ネオジム,ガドリニウム 及びサマリウムの水和物のリン酸イオン除去率よりも低いことは,甲1記 載の炭酸ランタン1水和物(甲1発明)を,水和水の数が3ないし6の範 囲に含まれる炭酸ランタン水和物の構成(相違点1に係る本件発明1の構 成)とした場合に本件出願の優先日当時の技術水準から予測し得る効果に 直接影響を及ぼすものとはいえない。 したがって,被告の上記主張は理由がない。 (6) 小括 ア 以上のとおり,相違点1は当業者が容易に想到し得たものと認められる が,本件発明1が相違点1に係る構成を備えることによって顕著な効果を 有するものとは認められない。 したがって,相違点2について検討するまでもなく,本件発明1は甲1 及び技術常識に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものでは ないとした本件審決の判断は誤りであるから,原告主張の取消事由1-1 47 は理由がある。 イ なお,被告は,本件発明1の実施品である炭酸ランタン4水和物の医薬 品が販売名ホスレノールとして発売されており,この医薬品の日本におけ る売上げは年間300億円を超え,慢性腎不全患者に広く役立っているか ら,このような極めて高い商業的成功も,本件発明1の進歩性の判断にお いて参酌されるべきである旨主張する。 しかしながら,本件発明1の実施品が商業的成功を収めたとしても,そ のことは,当業者が本件発明1を容易に発明をすることができたかどうか の判断を左右するものではないから,被告の上記主張は採用することがで きない。 2 取消事由1-2(本件発明2ないし8の進歩性の判断の誤り)について 本件審決は,本件発明2ないし5は,本件発明1を引用してその内容を限定 したものであり,本件発明7は本件発明1ないし3の製造方法であり,本件発 明6及び8は高リン酸血症の治療のための医薬の製造のための本件発明1ない し3に用いられている炭酸ランタンの使用方法であるから,本件発明2ないし 8も,本件発明1と同様に,当業者が甲1発明に基づいて容易に発明をするこ とができたものではない旨判断した。 しかしながら,前記1(6)アのとおり,本件審決のした本件発明1の容易想到 性の判断に誤りがある以上,本件発明2ないし8の容易想到性を否定した本件 審決の上記判断は,その前提を欠くものであって,誤りである。 したがって,原告主張の取消事由1-2は理由がある。 3 結論 以上によれば,原告主張の取消事由1-1及び1-2は理由があるから,そ の余の取消事由について判断するまでもなく,本件審決は取り消されるべきで ある。 48 |
裁判長裁判官 | 大鷹一郎 |
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裁判官 | 山門優 |
裁判官 | 筈井卓矢 |