運営:アスタミューゼ株式会社
  • ポートフォリオ機能


追加

関連審決 無効2016-800055
元本PDF 裁判所収録の全文PDFを見る pdf
事件 平成 29年 (行ケ) 10111号 審決取消請求事件

原告 パーカー熱処理工業株式会社
同訴訟代理人弁護士 辻居幸一 佐竹勝一
同 弁理士 弟子丸健 磯貝克臣 石崎亮 服部博信
被告 オリエンタルエンヂニアリング 株式会社
同訴訟代理人弁理士 森哲也 田中秀 尾林章
裁判所 知的財産高等裁判所
判決言渡日 2018/05/30
権利種別 特許権
訴訟類型 行政訴訟
主文 1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
請求
特許庁が無効2016-800055号事件について平成29年4月13日にし た審決を取り消す。
事案の概要
1 特許庁における手続の経緯等(1) 被告は,平成21年7月21日,発明の名称を「表面硬化処理装置及び表面硬化処理方法」とする発明について特許出願をし,平成26年10月10日,特許権の設定登録を受けた(特許番号第5629436号。請求項の数4。以下「本件特許」という。甲20)。
(2) 原告は,平成28年5月11日,本件特許のうち請求項2ないし4について無効審判を請求し(甲21),特許庁は,上記審判請求を無効2016-800055号事件として審理を行った。
(3) 被告は,平成28年7月22日付けで,本件特許について訂正を請求した(以下「本件訂正」という。甲23)。
(4) 特許庁は,平成29年4月13日,本件訂正を認めた上,「本件審判の請求は,成り立たない。」との別紙審決書(写し)記載の審決(以下「本件審決」という。)をし,その謄本は,同月21日,原告に送達された。
(5) 原告は,平成29年5月12日,本件審決の取消しを求める本件訴訟を提起した。
2 特許請求の範囲の記載 本件訂正後の特許請求の範囲請求項2ないし4の記載は,以下のとおりである(なお,本件訂正の前後を通じ,特許請求の範囲の記載に変更はない。)。以下,これらの発明を,順に「本件発明1」などといい,本件発明1ないし3を総称して「本件各発明」という。また,本件訂正後の明細書及び図面(甲20,23)を併せて「本件訂正明細書」という。なお,文中の「/」は,原文の改行箇所を示す(以下同じ。)。
【請求項2】処理炉内で水素を発生するガスとしてはアンモニアガスのみを含む複数種類の炉内導入ガスを前記処理炉内へ導入して,前記処理炉内に配置した被処 理品の表面硬化処理としてガス窒化処理またはガス軟窒化処理を行う表面硬化処理装置であって,/前記処理炉内の炉内ガスの熱伝導度に基づいて,前記炉内ガスの水素濃度を検出する水素濃度検出手段と,/前記水素濃度検出手段が検出した水素濃度に基づいて前記アンモニアガスの炉内濃度を演算し,当該演算した炉内濃度の演算値に基づいて前記炉内ガスの組成である炉内ガス組成を演算する炉内ガス組成演算手段と,/前記炉内ガス組成演算手段が演算した炉内ガス組成と予め設定した設定炉内ガス混合比率に応じて,前記炉内ガス組成が前記設定炉内ガス混合比率となるように,前記複数種類の前記炉内導入ガスの前記処理炉内への導入量の比率である炉内導入ガス流量比率を一定値に保持した状態で前記複数種類の前記炉内導入ガスの前記処理炉内への合計導入量を制御する第一の制御と,前記炉内導入ガス流量比率が変化するように前記複数種類の炉内導入ガスの導入量を個別に制御する第二の制御と,の両者を実行可能であるとともに,同時にはいずれか一方の制御のみを選択的に行うガス導入量制御手段と,を備えることを特徴とする表面硬化処理装置。
【請求項3】前記表面硬化処理を前記ガス軟窒化処理とし,/前記処理炉と前記水素濃度検出手段とを連通する水素濃度検出配管と,/前記水素濃度検出配管の温度を制御する配管温度制御手段と,を備え,/前記配管温度制御手段は,前記水素濃度検出配管内で前記炉内ガスが固体として析出しないように,前記アンモニアガスに応じて前記水素濃度検出配管の温度を60〜100℃の範囲内に制御することを特徴とする請求項2に記載した表面硬化処理装置。
【請求項4】前記処理炉と前記水素濃度検出手段との間に介装し,前記処理炉と前記水素濃度検出手段とを連通させる連通状態と,前記処理炉と前記水素濃度検出手段との間を閉鎖する閉鎖状態と,を切換可能な開閉弁と,/前記ガス導入量制御手段の動作状態に応じて前記開閉弁を前記連通状態または前記閉鎖状態に切り換える開閉弁切換え制御手段と,を備えることを特徴とする請求項1から請求項3のうちいずれか1項に記載した表面硬化処理装置。
3 本件審決の理由の要旨(1) 本件審決の理由は,別紙審決書(写し)記載のとおりである。要するに,本件訂正を認めた上,@本件発明1は,(@)下記アの引用例1に記載された発明(以下「引用発明1」という。)と同じ発明ではなく,(A)下記イの引用例2に記載された発明(以下「引用発明2」という。)と同じ発明ではなく,(B)引用発明1及び2に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない,A本件発明2は,引用発明1及び/又は引用発明2,並びに下記ウの引用例3及び下記エの引用例4に記載された技術事項に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない,B本件発明3は,引用発明1及び/又は引用発明2,並びに引用例3,4,下記オないしキの引用例5ないし7に記載された技術事項に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるとはいえない,C本件各発明は,特許法36条6項1号に規定する要件を満たす,というものである。
ア 引用例1:河田一喜「窒化ポテンシャル制御システム付きガス軟窒化炉」熱処理第49巻2号(平成21年4月28日発行)(甲1)イ 引用例2:Dieter Liedtke und 6 Mitautoren「Waermebehandlung von Eisenwerkstoffen Nitrieren und Nitrocarburieren 3.,voellig neu bearbeitete Auflage」(2006年発行)(甲2)ウ 引用例3:藤原雅彦「ガス浸炭における測定精度を向上したガス分析システム」熱処理第44巻5号(平成16年10月28日発行)(甲3)エ 引用例4:特開2000-74798号公報(甲4)オ 引用例5:特開平10-54784号公報(甲5)カ 引用例6:特開2007-40756号公報(甲6)キ 引用例7:特開2009-129925号公報(甲7) (2) 引用発明 本件審決が認定した引用発明は,以下のとおりである。
ア 引用発明1 (ア) 引用発明1-1(引用例1の図5) ピット型のガス窒化・軟窒化炉の炉体に直接装着できる窒化センサによりガス軟窒化炉内の水素濃度をガスの熱伝導の違いにより分析し,目的の窒化ポテンシャルに自動制御できる窒化センサ制御システム付きピット型ガス軟窒化炉であり,前記窒化センサにより前記炉内の水素濃度を分析すれば窒化ポテンシャルを知ることができ,その窒化ポテンシャルが設定値となるように,マスフローコントローラーを介して前記ガス軟窒化炉に接続されたNH 3,N2 ,H2 ,NH 3分解ガス,CO2,Airのうち,NH3,N2,H2,NH3分解ガスから選ばれる,ガス種と導入ガス量とについての設定信号をマスフローコントローラーへ送ると炉内ガスを調整でき,窒化ポテンシャルを自動制御できるという窒化センサ制御システム付きピット型ガス軟窒化炉において,NH 3とN2のみを使用し,窒化温度570℃にて炉内の水素濃度,窒化ポテンシャルKNが,それぞれ,初期には28Vol%,4.2制御,中期には40Vol%,1.8制御,後期には50Vol%,0.9制御となるように,NH3とN2のそれぞれの導入ガス量についての設定信号をマスフローコントローラーへ送って炉内ガスを調整すると,水素濃度についての測定値及びその測定値から求まる窒化ポテンシャルの値についての時間の推移に伴う小刻みな変動が,前記初期には,28Vol%付近,4.2付近で,前記中期には,40Vol%付近,1.8付近で,前記後期には,50Vol%付近,0.9付近で,それぞれ生じる,窒化センサ制御システム付きピット型ガス軟窒化炉。
(イ) 引用発明1-2(引用例1の図7) バッチ型のガス窒化・軟窒化炉の炉体に直接装着できる窒化センサによりガス軟窒化炉内の水素濃度をガスの熱伝導の違いにより分析し,目的の窒化ポテンシャルに自動制御できる窒化センサ制御システム付きバッチ型ガス軟窒化炉であり,前記 窒化センサにより前記炉内の水素濃度を分析すれば窒化ポテンシャルを知ることができ,その窒化ポテンシャルが設定値となるように,マスフローコントローラーを介して前記ガス軟窒化炉に接続されたNH 3,N2 ,H2 ,NH 3分解ガス,CO2,Airのうち,NH3,N2,H2,NH3分解ガスから選ばれる,ガス種と導入ガス量とについての設定信号をマスフローコントローラーへ送ると炉内ガスを調整でき,窒化ポテンシャルを自動制御できるという窒化センサ制御システム付きバッチ型ガス軟窒化炉において,NH3とN2とCO2のみを使用し,窒化温度580℃にて炉内の水素濃度,窒化ポテンシャルKNが,それぞれ,初期は15Vol%,7.5制御,後期には23Vol%,3.1制御となるように,NH 3とN2のそれぞれの導入ガス量についての設定信号をマスフローコントローラーへ送って炉内ガスを調整すると,水素濃度についての測定値及びその測定値から求まる窒化ポテンシャルの値についての時間の推移に伴う小刻みな変動が,前記初期には,15Vol%付近,7.5付近で,前記後期には,23Vol%付近,3.1付近で,それぞれ生じる,窒化センサ制御システム付きバッチ型ガス軟窒化炉。
イ 引用発明2 NH3とN2とCO2とが,それぞれ,50%,45%,5%混合された,NH 3-N2-CO2混合ガスによる軟窒化のための制御装置であって,HydroNit-Sensorを用いて測定された炉内水素濃度H2を利用して計算される,9から4の間の窒化ポテンシャルKNを基準にして前記NH3-N2-CO2混合ガスの合計導入量が最大ないし最小許容ガス投入量の限界領域内で調整でき,前記窒化ポテンシャルKNが4に設定されると,前記NH3-N2-CO2混合ガスの合計導入量は最小許容ガス投入量に調整され,前記窒化ポテンシャルKNが9に設定されると,前記NH3-N2-CO2混合ガスの合計導入量は最大許容ガス投入量に調整される制御装置。
(3) 本件各発明と引用発明との対比 本件審決が認定した本件発明1,2と引用発明1,2との一致点及び相違点は,次のとおりである。
ア 本件発明1と引用発明1-1との一致点及び相違点(ア) 一致点処理炉内で水素を発生するガスとしてはアンモニアガスのみを含む複数種類の炉内導入ガスを前記処理炉内へ導入して,前記処理炉内に配置した被処理品の表面硬化処理としてガス窒化処理またはガス軟窒化処理を行う表面硬化処理装置であって,/前記処理炉内の炉内ガスの熱伝導度に基づいて,前記炉内ガスの水素濃度を検出する水素濃度検出手段と,/前記水素濃度検出手段が検出した水素濃度に基づいて前記アンモニアガスの炉内濃度を演算し,当該演算した炉内濃度の演算値に基づいて前記炉内ガスの組成である炉内ガス組成を演算する炉内ガス組成演算手段と,/前記炉内ガス組成演算手段が演算した炉内ガス組成と予め設定した設定炉内ガス混合比率に応じて,前記炉内ガス組成が前記設定炉内ガス混合比率となるように,行うガス導入量制御手段と,を備える表面硬化処理装置。
(イ) 相違点ガス導入量制御手段が,本件発明1では,「複数種類の炉内導入ガスの処理炉内への導入量の比率である炉内導入ガス流量比率を一定値に保持した状態で前記複数種類の前記炉内導入ガスの前記処理炉内への合計導入量を制御する第一の制御と,前記炉内導入ガス流量比率が変化するように前記複数種類の炉内導入ガスの導入量を個別に制御する第二の制御と,の両者を実行可能であるとともに,同時にはいずれか一方の制御のみを選択的に行うガス導入量制御手段」であるのに対し,引用発明1-1では,「複数種類の前記炉内導入ガスの処理炉内への導入量の比率である炉内導入ガス流量比率を一定値に保持した状態で前記複数種類の前記炉内導入ガスの前記処理炉内への合計導入量を制御する第一の制御と,前記炉内導入ガス流量比率が変化するように前記複数種類の炉内導入ガスの導入量を個別に制御する第二の制御と,の両者を実行可能であるとともに,同時にはいずれか一方の制御のみを選択的に行うガス導入量制御手段」であるのか明らかではない点(以下「相違点1-1」という。)。
イ 本件発明1と引用発明1-2との一致点及び相違点(ア) 一致点前記ア(ア)と同じ。
(イ) 相違点ガス導入量制御手段が,本件発明1では,「複数種類の炉内導入ガスの処理炉内への導入量の比率である炉内導入ガス流量比率を一定値に保持した状態で前記複数種類の前記炉内導入ガスの前記処理炉内への合計導入量を制御する第一の制御と,前記炉内導入ガス流量比率が変化するように前記複数種類の炉内導入ガスの導入量を個別に制御する第二の制御と,の両者を実行可能であるとともに,同時にはいずれか一方の制御のみを選択的に行うガス導入量制御手段」であるのに対し,引用発明1-2では,「複数種類の前記炉内導入ガスの処理炉内への導入量の比率である炉内導入ガス流量比率を一定値に保持した状態で前記複数種類の前記炉内導入ガスの前記処理炉内への合計導入量を制御する第一の制御と,前記炉内導入ガス流量比率が変化するように前記複数種類の炉内導入ガスの導入量を個別に制御する第二の制御と,の両者を実行可能であるとともに,同時にはいずれか一方の制御のみを選択的に行うガス導入量制御手段」であるのか明らかではない点(以下「相違点1-2」という。)。
ウ 本件発明1と引用発明2との一致点及び相違点(ア) 一致点処理炉内で水素を発生するガスとしてはアンモニアガスのみを含む複数種類の炉内導入ガスを前記処理炉内へ導入して,前記処理炉内に配置した被処理品の表面硬化処理としてガス窒化処理またはガス軟窒化処理を行う表面硬化処理装置であって,/炉内ガスの水素濃度を検出する水素濃度検出手段と,/前記水素濃度検出手段が検出した水素濃度に基づいて前記アンモニアガスの炉内濃度を演算し,当該演算した炉内濃度の演算値に基づいて前記炉内ガスの組成である炉内ガス組成を演算する炉内ガス組成演算手段と,/前記炉内ガス組成演算手段が演算した炉内ガス組成と 予め設定した設定炉内ガス混合比率に応じて,前記炉内ガス組成が前記設定炉内ガス混合比率となるように,前記複数種類の前記炉内導入ガスの前記処理炉内への導入量の比率である炉内導入ガス流量比率を一定値に保持した状態で前記複数種類の前記炉内導入ガスの前記処理炉内への合計導入量についてのガス導入量制御手段と,を備える表面硬化処理装置。
(イ) 相違点水素濃度検出手段が,本件発明1では,「処理炉内の炉内ガスの熱伝導度に基づいて」検出する手段であるのに対し,引用発明2では,HydroNit-Sensorであるものの,「処理炉内の炉内ガスの熱伝導度に基づいて」検出する手段であるのか明らかでない点(以下「相違点2-1」という。)。
ガス導入量制御手段が,本件発明1では,「複数種類の炉内導入ガスの処理炉内への導入量の比率である炉内導入ガス流量比率を一定値に保持した状態で前記複数種類の前記炉内導入ガスの前記処理炉内への合計導入量を制御する第一の制御と,前記炉内導入ガス流量比率が変化するように前記複数種類の炉内導入ガスの導入量を個別に制御する第二の制御と,の両者を実行可能であるとともに,同時にはいずれか一方の制御のみを選択的に行うガス導入量制御手段」であるのに対し,引用発明2では,「複数種類の前記炉内導入ガスの処理炉内への導入量の比率である炉内導入ガス流量比率を一定値に保持した状態で前記複数種類の前記炉内導入ガスの前記処理炉内への合計導入量を制御する第一の制御と,前記炉内導入ガス流量比率が変化するように前記複数種類の炉内導入ガスの導入量を個別に制御する第二の制御と,の両者を実行可能であるとともに,同時にはいずれか一方の制御のみを選択的に行うガス導入量制御手段」であるのか明らかではない点(以下「相違点2-2」という。)。
エ 本件発明2と引用発明1-2との一致点及び相違点相違点1-2以外に,以下の点でも相違し(以下「相違点1-3」という。),その余の点で一致している。
表面硬化処理装置が,本件発明2では,「水素濃度検出配管の温度を制御する配管温度制御手段を備え,前記配管温度制御手段は,前記水素濃度検出配管内で炉内ガスが固体として析出しないように,アンモニアガスに応じて前記水素濃度検出配管の温度を60〜100℃の範囲内に制御する」との発明特定事項を備えているのに対し,引用発明1-2では,そのような発明特定事項を備えていない点。
オ 本件発明2と引用発明2との一致点及び相違点相違点2-1,2-2以外に,以下の点でも相違し(以下「相違点2-3」という。),その余の点で一致している。
表面硬化処理装置が,本件発明2では,「水素濃度検出配管の温度を制御する配管温度制御手段を備え,前記配管温度制御手段は,前記水素濃度検出配管内で炉内ガスが固体として析出しないように,アンモニアガスに応じて前記水素濃度検出配管の温度を60〜100℃の範囲内に制御する」との発明特定事項を備えているのに対し,引用発明2では,そのような発明特定事項を備えていない点。
4 取消事由(1) 本件発明1の新規性ないし容易想到性に係る判断の誤り(取消事由1)ア 引用発明1-1又は1-2を主引用発明とする場合(ア) 引用発明1-1,1-2の認定誤り(イ) 本件発明1の新規性に係る判断の誤り(ウ) 本件発明1の容易想到性に係る判断の誤りイ 引用発明2を主引用発明とする場合(ア) 引用発明2の認定誤り(イ) 本件発明1の新規性に係る判断の誤り(ウ) 本件発明1の容易想到性に係る判断の誤り(2) 本件発明2の容易想到性に係る判断の誤り(取消事由2)ア 引用発明1-1又は1-2を主引用発明とする場合(ア) 相違点1-2の容易想到性に係る判断の誤り (イ) 相違点1-3の容易想到性に係る判断の誤り イ 引用発明2を主引用発明とする場合 (ア) 相違点2-1,2-2の容易想到性に係る判断の誤り (イ) 相違点2-3の容易想到性に係る判断の誤り (3) 本件発明3の容易想到性に係る判断の誤り(取消事由3) (4) 本件各発明のサポート要件に係る判断の誤り(取消事由4)
当事者の主張
1 取消事由1(本件発明1の新規性ないし容易想到性に係る判断の誤り)について〔原告の主張〕 (1) 引用発明1-1又は1-2を主引用発明とする場合 ア 引用発明1-1,1-2の認定誤り (ア) 本件審決は,窒化ポテンシャル制御の際のNH3ガス流量を一定とすれば,NH3の熱分解度が一定となり,窒化ポテンシャルは一定となる旨の技術常識を認定するが,かかる認定は誤りである。窒化処理を実施する際,NH 3ガス流量を一定に維持しても,窒化処理の進行に応じてNH3の熱分解度は変動し,そのことによって炉内ガス組成は変動する。したがって,炉内ガス組成に対応するパラメータである窒化ポテンシャルも変動する。この窒化ポテンシャルの変動範囲を小さく抑制するために,炉内ガス組成の変動の情報がガスセンサによって検出されて,炉内への各ガスの導入量がマスフローコントローラーによってフィードバック制御されることが,本件出願時における当業者の正しい技術常識であった。
(イ) 本件出願時の正しい技術常識を前提とすれば,引用発明1-1,1-2は以下のとおり認定すべきである。
a 引用発明1-1 炉内のH2濃度,炉内のNH3濃度,炉内のN2濃度のそれぞれについての換算式を利用することで,NH3とH2のガス導入量は,初期には,およそ99.5:0.5 の体積比率となるように,中期には,およそ,98.5:1.5の体積比率となるように,後期には,およそ,97.7:2.3の体積比率となるように,ガス導入量制御を行ったと求まり,それぞれの期間中に,炉内のNH3の熱分解度sの変動に起因する窒化ポテンシャルの変動を抑制するべく,引用発明1-1においては,窒化ポテンシャルが,初期には4.2,中期には1.8,後期には0.9というそれぞれの所望の値に保持されるよう,各ガスの導入量がフィードバック制御されて増減される(なお,下線部は,本件審決の認定と相違する箇所である。以下同じ。)。
b 引用発明1-2 NH3とH2とCO2とのみを使用し,窒化温度は580℃にて,炉内のNH3の熱分解度sの変動に起因する窒化ポテンシャルの変動を抑制するべく,炉内の水素濃度,窒化ポテンシャルKNが,それぞれ,初期は15Vol%,7.5制御,後期には23Vol%,3.1制御となるように,NH3とN2のそれぞれの導入ガス量についてのフィードバック信号をマスフローコントローラーへ送って炉内ガスの増減を調整すると,水素濃度についての測定値及びその測定値から求まる窒化ポテンシャルの値についての時間の推移に伴う小刻みな変動が,前記初期には,15Vol付近,7.5付近で,前記後期には,23Vol%付近,3.1付近で,それぞれ生じる。
イ 本件発明1の新規性に係る判断の誤り 前記ア(イ)のとおり正しく認定した引用発明1-1,1-2には,それぞれ,本件発明1の「第一の制御」及び「第二の制御」(相違点1-1,1-2)が開示されているから,引用発明1-1,1-2は本件発明1と同一である。
ウ 本件発明1の容易想到性に係る判断の誤り 本件発明1と引用発明1-1,1-2が同一でないとしても,本件発明1は,引用発明1-1,1-2に前記ア(ア)の正しい技術常識を適用することによって容易に想到することができたものである。
(2) 引用発明2を主引用発明とする場合 ア 引用発明2の認定誤り (ア) 前記(1)ア(ア)のとおり,本件審決の技術常識の認定は誤っており,本件出願時の正しい技術常識を前提とすれば,引用発明2は以下のとおり認定すべきである。
NH3とN2とCO2とが,それぞれ,50%,45%,5%混合された,NH 3-N2-CO2混合ガスにより,測定された炉内水素濃度H2を利用して計算される窒化ポテンシャルKNのNH3の熱分解度sの変動に起因する設定された(目標の)窒化ポテンシャルからの変動(差分)が小さくなるように,前記NH3-N2-CO2混合ガスの合計導入量が最大ないし最小許容ガス投入量の限界領域内で調整できるというガス導入量制御において,複数種類の炉内導入ガスの処理炉内への導入量の比率を一定値に保持した状態で前記複数種類の前記炉内導入ガスの前記処理炉内への合計導入量を前記窒化ポテンシャルKNに応じてフィードバック制御して増減する。
(イ) また,引用発明2の水素濃度検出手段である「HydroNit-Sensor」(水素センサの商標名である。)については,処理炉内の炉内ガスの熱伝導度に基づいて水素濃度を検出する手段である。
イ 本件発明1の新規性に係る判断の誤り 前記アのとおり正しく認定した引用発明2には,それぞれ,本件発明1の「水素濃度検出手段」(相違点2-1)並びに「第一の制御」及び「第二の制御」(相違点2-2)が開示されているから,引用発明2は本件発明1と同一である。
ウ 本件発明1の容易想到性に係る判断の誤り 本件発明1と引用発明2が同一でないとしても,本件発明1は,引用発明2に前記ア(ア)の正しい技術常識を適用することによって容易に想到することができたものである。
〔被告の主張〕 (1) 引用発明1-1又は1-2を主引用発明とする場合 ア 引用発明1-1,1-2の認定誤り (ア) 本件審決は,窒化ポテンシャル制御の際のNH3 ガス流量を一定とすれば,「ガス流量以外に,炉内のNH3 の熱分解度sの変動要因が生じない限り」,NH3 の熱分解度が一定となり,窒化ポテンシャルは一定となると認定しているのであって,かかる認定に誤りはない。したがって,ガス流量以外の,炉内のNH3 の熱分解度sの変動要因による影響を的確に排除しておけば,窒化ポテンシャル制御の際のNH 3ガス流量を一定とすれば,NH3の熱分解度が一定となり,窒化ポテンシャルは一定となる旨の技術常識を認定することができる。実際,温度変化によるNH3 の熱分解度sの変動の問題は,温度制御により対処(排除)するのが普通である。
(イ) 引用例1の図5に記載されているのは,最初はKN=4.2であったのを,途中でKN=1.8に変更させ,さらに,最後にKN=0.9に変更させる切替えの様子だけである。また,引用例1の図7に記載されているのは,最初はKN=7.5であったのを,途中でK N=3.1に変更させる切替えの様子だけである。それゆえ,引用例1から把握されるガス導入量制御としては,窒化ポテンシャルKN の設定値ごとに予め定められた一定流量のNH3 ガスを導入するガス導入量制御(計算上のガス導入量制御)を行うとともに,炉内水素濃度を基に計算上のガス導入量制御の切替えを行うガス導入量制御である可能性も否定できない。したがって,引用例1では,炉内水素濃度を基に何らかのガス導入量制御を行っているのは確かであるが,フィードバック制御を行っていると断定することまではできない。
また,引用例1は,本件発明の発明者が執筆した技術解説記事であり,被告が開発した水素センサで炉内の水素濃度を分析し,目的の窒化ポテンシャルに自動制御できる窒化ポテンシャル制御システム付きガス軟窒化炉を紹介するための記事である。それゆえ,引用例1には,システムのメリット,窒化ポテンシャルの制御結果,窒化処理後の被処理品状態,応用範囲等,窒化ポテンシャル制御システム付きガス軟窒化炉の性能の高さを表す事項しか記載されていない。他方,具体的なガス導入量制御のやり方は,技術解説記事が掲載される頁数に制限があるなか,商品の購買動機への寄与が低く,また,できるだけ秘匿したいノウハウとなるため,積極的に 記載する必要はないし,実際に記載していない。
(ウ) 甲29ないし31には,「このようなフィードバック制御」,つまり,「炉内へ導入されるNH3 とN2 の各ガスの流量比率が一定値に保持された状態…で,これらのガスの総導入量がフィードバック制御され」る制御は記載されていない。
したがって,原告の本件出願前の技術常識に係る主張は認められるものではない。
なお,そもそも甲29ないし31は,無効審判の口頭審理の期日の前日に審判官や被告に前触れなく送付された技術文献であり,無効審判で審理判断されていない証拠である。したがって,甲29ないし31に基づく原告の主張は認められない。
(エ) したがって,本件審決の引用発明1-1,1-2の認定に誤りはない。
イ 本件発明1の新規性に係る判断の誤り 本件審決の認定するとおり,本件発明1と引用発明1-1との間には相違点1-1が,本件発明1と引用発明1-2との間には相違点1-2が存する。相違点1-1,1-2は,いずれも実質的な相違点である。
したがって,本件発明1と引用発明1-1,1-2とは同一でない。
ウ 本件発明1の容易想到性に係る判断の誤り 原告主張の技術常識は否認する。相違点1-1,1-2を容易に想到することができる旨の原告の主張は争う。
(2) 引用発明2を主引用発明とする場合 ア 引用発明2の認定誤り (ア) 前記(1)アと同様,本件審決の引用発明2の認定に誤りはない。
(イ) 水素濃度検出手段については,HydroNit-Sensorが,水素分子透過性をもつ測定管により炉気の水素濃度を測定する水素センサであることからすれば,処理炉内の炉内ガスの熱伝導度に基づいて検出する手段でないことが明らかである。すなわち,「HydroNit-Sensor」と「処理炉内の炉内ガスの熱伝導度に基づいて水素濃度を検出する測定方法」とは,水素濃度を測定する点では共通するが,上位概念下位概念の関係にはない,全く別の検出手段であ る。
したがって,HydroNit-Sensorが「処理炉内の炉内ガスの熱伝導度に基づいて」水素濃度を検出する測定方法を採用可能となることはない。
(ウ) 以上のとおり,本件審決の引用発明2の認定に誤りはない。
イ 本件発明1の新規性に係る判断の誤り本件審決の認定するとおり,本件発明1と引用発明2との間には相違点2-1,2-2が存する。相違点2-1,2-2は,いずれも実質的な相違点である。
したがって,本件発明1と引用発明2とは同一でない。
ウ 本件発明1の容易想到性に係る判断の誤り原告主張の技術常識は否認する。相違点2-1,2-2を容易に想到することができる旨の原告の主張は争う。
なお,本件発明1が,引用発明2から容易に想到することができるかは,原告が無効審判手続で主張しなかった事項であるから,本件訴訟において主張することは許されない。
2 取消事由2(本件発明2の容易想到性に係る判断の誤り)について〔原告の主張〕(1) 引用発明1-1又は1-2を主引用発明とする場合ア 相違点1-2の容易想到性に係る判断の誤り前記1〔原告の主張〕(1)ウと同じ。
イ 相違点1-3の容易想到性に係る判断の誤り炉内ガスセンサに至る配管内での炉内ガスの析出防止という課題は,引用例3及び4に記載されているように本件出願前から周知であったし,その解決手段として配管を加温することも,引用例3及び4に記載されているように本件出願前の技術常識であった。
引用例1の図3には,炉を格納するハウジングの上部にセンサ本体が図示され,炉内に降下する配管状の部分が図示されているから,引用例1のセンサが処理炉に 対して配管を介して接続可能であることは自明の事項である。
したがって,引用発明1-1又は1-2における水素濃度検出手段を,処理炉に対して配管を介して接続した場合に,当該配管を加温する設計を採用することは,当業者にとって単なる設計事項にすぎない。
よって,本件発明2は,引用発明1-1又は1-2に引用例3及び4に記載された技術常識を適用することによって,容易に想到することができたものである。
(2) 引用発明2を主引用発明とする場合ア 相違点2-1,2-2の容易想到性に係る判断の誤り前記1〔原告の主張〕(2)ウと同じ。
イ 相違点2-3の容易想到性に係る判断の誤り前記(1)イのとおり,炉内ガスセンサに至る配管内での炉内ガスの析出防止という課題は,本件出願前から周知であったし,その解決手段として配管を加温することも,本件出願前の技術常識であった。
引用例2の図4-31には,熱伝導率の変化によって水素の濃度を測定するセンサが「測定ガス入口」の箇所と「測定ガス出口」の箇所とに管路を有することが図示されているから,当該センサを処理炉に対して配管を介して接続可能であることは自明の事項である。
したがって,前記(1)と同様に,引用発明2における水素濃度検出手段を,処理炉に対して配管を介して接続した場合に,当該配管を加温する設計を採用することは,当業者にとって単なる設計事項にすぎない。
よって,本件発明2は,引用発明2に引用例3及び4に記載された技術常識を適用することによって,容易に想到することができたものである。
〔被告の主張〕(1) 引用発明1-1又は1-2を主引用発明とする場合ア 相違点1-2の容易想到性に係る判断の誤り前記1〔被告の主張〕(1)ウと同じ。
イ 相違点1-3の容易想到性に係る判断の誤り炉内ガスの熱伝導度を基に水素濃度を検出するセンサ(熱伝導式水素センサ)は,炉体に直接配管で装着され,炉内ガスを配管によって自然対流でセンサ素子に導くのが一般的であり,国内外の文献等では,自然対流の容易さを考慮し,熱伝導式水素センサの配管は短くされていた。そのため,配管や素子等が60℃以下にならず,炭酸アンモニウムの固体の析出がないと考えるのが通常であった。したがって,「炉内ガスセンサに至る配管内での炉内ガスの析出防止という課題」は,水素センサには当てはまらない。
本件各発明の発明者は,多数の実験を行った結果,「第一の制御」や「第二の制御」を用いて実際にガス軟窒化の量産処理を重ねると,センサ素子と炉体との間の配管に炭酸アンモニウムが固体として析出する現象が生じることを発見した。このような発見をもとに,本件各発明の発明者は,熱伝導式水素センサを有する装置において,当業者が常識的には考えないセンサ素子と炉体との間の配管を保温することを案出したのである。これに対し,引用例3等には,「第一の制御」や「第二の制御」についての記載がなく,このような発見についての示唆さえもない。そのため,当業者であっても,引用例3等から本件発明2を想到することはできない。
したがって,相違点1-3を容易に想到することができたとはいえず,引用発明1-1又は1-2から,本件発明2を容易に想到することができたとはいえない。
(2) 引用発明2を主引用発明とする場合ア 相違点2-1,2-2の容易想到性に係る判断の誤り前記1〔被告の主張〕(2)ウと同じ。
イ 相違点2-3の容易想到性に係る判断の誤り前記(1)イと同じ。
3 取消事由3(本件発明3の容易想到性に係る判断の誤り)について〔原告の主張〕 本件発明3は,本件発明1又は2に従属するものであるところ,前記1及び2の 〔原告の主張〕のとおり,本件発明1又は2に係る本件審決の判断には誤りがある。
本件発明3は,引用発明1又は2,並びに引用例3ないし7に記載された発明に基づいて,容易に発明をすることができたものである。
〔被告の主張〕 原告の主張は争う。
4 取消事由4(サポート要件に係る判断の誤り)について〔原告の主張〕 (1) 本件審決が認定した前記1〔原告の主張〕(1)ア(ア)の誤った技術常識を前提とする場合,本件発明1の第一の制御を行う必要性を合理的に解釈することができない。なぜなら,本件審決が認定した見解に基づけば,窒化ポテンシャルを所望の値に保持するため,すなわち,前記炉内ガス組成が前記設定炉内ガス混合比率となるためには,複数種類の前記炉内導入ガスの前記処理炉内への導入量を各々一定値に保持すれば足り,合計導入量を変動させるべきでないからである。具体的には,本件訂正明細書の【0095】において,本件審決が認定した見解に基づけば,窒化ポテンシャルKNが3.3となるように,アンモニアガスの処理炉への導入量は1.6m3/hに固定され,窒素ガスの処理炉への導入量は0.4m 3/hに固定されることになり,第一発明例と第一比較例との相違がどこにあるのか不明となる。
また,本件訂正明細書【0096】の記載を検討しても,本件各発明の「第二の制御」がどのような技術的意義を有するのか,全く理解できない。
結局,本件審決が認定した誤った技術常識に基づいた場合,発明の詳細な説明には,当業者において,炉内ガスの熱伝導度に基づいて処理炉内の雰囲気を検出し,この検出した雰囲気を参照して処理炉内の雰囲気を制御することが可能な表面硬化処理装置を提供するという本件発明の課題を解決できると認識できる程度の具体的な方法について何らの開示もないということになる。
(2) よって,本件各発明は,発明の詳細な説明に記載されていないものであるため,特許法36条6項1号の規定により特許を受けることができない。
〔被告の主張〕本件各発明では,熱伝導式水素センサを用い,水素を発生するガスとしてアンモニアガスのみを導入する構成として,炉内ガス組成の検出精度を向上し,窒化ポテンシャルの検出精度を向上し,窒化ポテンシャルの微小な変動を測定可能とした。
そして,それ以前は測定不可能だった窒化ポテンシャルの微小変動を正確に測定可能とし,その測定結果に基づいて炉内導入ガスの合計導入量を制御する「第一の制御」を実行する構成として,窒化ポテンシャルが変動の小さい状態に保持されるようにした。
このように,本件各発明の第一の制御を行う必要性があると認められるため,本件各発明の課題を解決できると認識できる程度の具体的な方法について何らの開示もない旨の原告の主張は,失当である。本件訂正明細書において,発明の詳細な説明には,「当業者において,…本件発明1〜3の課題を解決できると認識できる程度の具体的な方法について」開示されているといえる。
なお,本件訂正明細書の「第一実施例」では,【0095】で,第一発明例と第一比較例の概要について記載し,【0096】【0097】で,第一発明例と第一比較例の詳細について記載している。したがって,第一発明例や第一比較例は,【0095】の記載だけから判断すべきではなく,【0096】【0097】の記載も考慮すべきである。本件訂正明細書では,【0096】【0097】の記載も考慮することで,第一発明例が,本件各発明の「第一の制御」を行い,第一比較例が,窒素ガスの導入量のみの制御(本件発明の「第一の制御」「第二の制御」のいずれでもない制御)を行うことが把握されるようになっている。
当裁判所の判断
1 本件各発明について本件各発明に係る特許請求の範囲は,前記第2の2のとおりであり,本件各発明の特徴は以下のとおりである。
(1) 技術分野,産業上の利用可能性 本発明は,窒化,軟窒化等,金属製の被処理品に対する表面硬化処理を行う,表面硬化処理装置及び表面硬化処理方法に関する。(【0001】) 本発明に係る表面硬化処理装置及び表面硬化処理方法は,金属材料からなる,自動車,建設機械,各種産業機械等の部品や金型に対する,窒化,軟窒化等の表面硬化処理に利用することが可能である。(【0120】) (2) 背景技術 従来から,金属製の被処理品,特に,鋼部品や金型に対する表面硬化処理として,窒化処理や軟窒化処理が適用されている。この窒化処理や軟窒化処理は,後述する浸炭処理や浸炭窒化処理と比較して,処理温度が低く,また,歪みの少ない処理法である。
このような窒化処理や軟窒化処理の方法としては,ガス法,塩浴法,プラズマ法等がある。そして,これらの方法の中では,ガス法が,品質,環境性,量産性等を考慮した場合に,総合的に優れている。
ところで,ガス法による窒化処理(ガス窒化処理)は,被処理品に対し,窒素のみを浸透拡散させて,表面を硬化させるプロセスを有する。また,ガス窒化処理では,アンモニアガス,アンモニアガスと窒素ガスとの混合ガス,アンモニアガスとアンモニア分解ガス(75%H 2,25%N2)との混合ガスを処理炉内へ導入して,表面硬化処理を行う。
一方,ガス法による軟窒化処理(ガス軟窒化処理)は,被処理品に対し,窒素とともに炭素を副次的に浸透拡散させて,表面を硬化させるプロセスを有する。また,ガス軟窒化処理では,アンモニアガスとRXガス(CO,H 2,N2を主成分とする吸熱型変成ガス)との混合ガス,アンモニアガスと窒素ガスとCO2との混合ガス等,複数種類の炉内導入ガスを混合した混合ガスを処理炉内へ導入して,表面硬化処理を行う。
以上のようなガス窒化処理及びガス軟窒化処理では,内部に被処理品を配置した処理炉内の雰囲気を管理するために,例えば,非特許文献1に記載されているよう な測定方法を用いて,炉内ガスのアンモニア濃度や水素濃度を測定する場合がある。
(【0002】〜【0004】)(3) 発明が解決しようとする課題非特許文献1に記載されている熱伝導度センサは,赤外線アンモニア分析計と異なり,低価格であり,且つ,処理炉の炉体に直接装着することが可能であり,また,炉内ガスの水素濃度を連続的に測定可能であるため,処理炉内の雰囲気に対する連続自動制御に適用可能である。
したがって,上述したガス窒化処理等,複数種類の炉内導入ガスを混合した混合ガスを処理炉内に導入して行う表面硬化処理では,非特許文献1に記載されているような熱伝導度センサを用いて,処理炉内の雰囲気制御を行うことが,コスト面等の観点から好適である。
また,熱伝導度センサは,赤外線アンモニア分析計と異なり,処理炉の炉体へ直接装着することが可能であり,さらに,処理炉内の水素濃度を連続的に測定可能であるため,処理炉内の雰囲気に対する連続自動制御に適用可能である。(【0010】【0011】)しかしながら,熱伝導度センサには,以下に示すような問題点がある。
熱伝導度センサを,単に炉体へ装着しただけでは,炉内ガスが熱伝導度センサのセンサ部に流入するまでに時間を要するという問題が発生するおそれがある。また,熱伝導度センサの装着位置によっては,炉内ガスの偏った成分のみがセンサ部に流入し,炉内ガス全体の水素濃度を正確に反映することが困難となるという問題が発生するおそれがある。
また,熱伝導度センサを常に炉体へ装着している状態では,実際に被処理品を量産処理する場合,被処理品が処理炉内に配置し,昇温中において初期に発生する,被処理品に付着していた油分や汚れがガス化してセンサ部を汚染し,熱伝導度センサの精度維持が,早期に困難となるという問題が発生するおそれがある。
また,ガス軟窒化処理においては,センサ部と炉体とを連通する配管内に,炭酸 アンモニウムの析出が発生するという問題が発生するおそれがある。また,処理炉内において塩化水素が発生するようなプロセスを有する場合,センサ部や配管内に,塩化アンモニウムの析出が発生することにより,熱伝導度センサの精度維持が困難となるという問題が発生するおそれがある。
しかしながら,従来では,熱伝導度センサの精度を,長期間安定して維持することが可能な手段や対策が,開示されていない。
また,従来では,熱伝導度センサを用いた処理炉内の雰囲気制御に関して,具体的な制御方法が開示されていない。
このため,混合ガスを用いる表面硬化処理では,複数種類の炉内導入ガスの消費量を一定の比率とする等,処理炉内の雰囲気を参照せずに表面硬化処理を行うこととなる。これにより,炉内導入ガスの消費量が,表面硬化処理に適切な量よりも増加して,表面硬化処理に要するランニングコストが増加するという問題が発生するおそれがある。また,処理炉内の雰囲気を参照せずに表面硬化処理を行うと,表面硬化処理に使用されずに処理炉内から排気される炉内ガスの量が増加して,大気中へのガス排出量が増加し,環境に悪影響を与えるという問題が発生するおそれがある。
本件各発明は,上記のような問題点に着目してなされたもので,炉内ガスの熱伝導度に基づいて処理炉内の雰囲気を検出し,この検出した雰囲気を参照して処理炉内の雰囲気を制御することが可能な,表面硬化処理装置及び表面硬化処理方法を提供することを課題とする。(【0012】〜【0016】)(4) 課題を解決するための手段ア 本件発明1によると,水素濃度検出手段が,炉内ガスの熱伝導度に基づいて検出した炉内ガスの水素濃度に応じて,処理炉内で水素を発生する炉内導入ガスであるアンモニアガスの炉内濃度を演算して求める。そして,この演算値に基づいて,炉内ガス組成演算手段が,炉内ガスの組成である炉内ガス組成を演算する。
このため,演算した炉内ガス組成と予め設定した設定炉内ガス混合比率に応じて, 処理炉内の雰囲気を検出し,この検出した雰囲気を参照して,ガス導入量制御手段が,炉内ガス組成が設定炉内ガス混合比率となるように,複数種類の炉内導入ガスの導入量を制御することが可能となる。(【0018】)イ 本件発明2によると,配管温度制御手段が,ガス軟窒化処理で用いるアンモニアガスの種類に応じて,水素濃度検出配管の温度を60〜100℃の範囲内に制御することにより,炉内ガスが水素濃度検出配管内で固体として析出することを抑制する。
このため,塩化アンモニウムや炭酸アンモニウムが水素濃度検出配管内で析出するおそれのある表面硬化処理であるガス軟窒化処理において,水素濃度検出配管内における塩化アンモニウムや炭酸アンモニウムの析出を抑制することが可能となる。
(【0023】)ウ 本件発明3によると,開閉弁切換え制御手段が,ガス導入量制御手段の動作状態に応じて,開閉弁を連通状態または閉鎖状態に切り換える。
このため,ガス導入量制御手段が炉内導入ガスの導入量を制御していない状態において,炉内ガスが含む汚染成分が,水素濃度検出手段へ接触することを抑制可能となり,水素濃度検出手段の検出精度が低下することを,長期間に亘り抑制することが可能となる。(【0025】)(5) 発明の効果本件各発明によれば,炉内ガスの組成である炉内ガス組成と,予め設定した設定炉内ガス混合比率に応じて,処理炉内の雰囲気を検出し,この検出した雰囲気を参照して,処理炉内の雰囲気を制御することが可能となる。
これにより,表面硬化処理に要するランニングコストを減少させることが可能となる。また,大気中へのガス排出量を減少させることが可能となるため,環境の悪化を抑制することが可能となる。(【0027】)(6) 発明を実施するための形態ア 表面硬化処理の基礎的事項 ガス窒化処理及びガス軟窒化処理では,被処理品を配置する処理炉(ガス窒化炉)内において,以下の式(1)で表される窒化反応が発生する。この場合,窒化反応における窒化ポテンシャルKNは,以下の式(2)で表される。
NH3 → (N)+3/2H2 … (1) KN=PNH3/PH23/2 … (2) なお,上記の式(2)では,窒化ポテンシャルをK Nで示し,NH3(アンモニアガス)の分圧をPNH3で示し,H2(水素ガス)の分圧をPH2で示す。
ここで,窒化ポテンシャルKNは,公知の要素であり,上記の式(2)のように,アンモニアガスと水素ガスの分圧比率を表し,ガス窒化炉内の雰囲気が有する窒化強度または窒化能力を表す指標である。(【0030】【0031】) イ 表面硬化処理の問題点 次に,上述した各種の表面硬化処理に共通の問題点について説明する。
ガス窒化処理及びガス軟窒化処理のうち,ガス窒化処理において,アンモニアガスのみをガス窒化炉内に導入して表面硬化処理を行う場合,ガス窒化炉内の雰囲気を所望の窒化ポテンシャルとするためには,熱伝導度センサを用いて,ガス窒化炉内に存在している炉内ガスの水素濃度を検出する。そして,この検出した水素濃度に応じて,ガス窒化炉内へのアンモニアガスの導入量を制御する。
このように,一種類の炉内導入ガスのみをガス窒化炉内に導入して表面硬化処理を行う場合は,熱伝導度センサを用いて炉内ガスの水素濃度を検出することにより,検出した水素濃度を用いた計算によって,炉内ガスのアンモニア濃度を検出することが可能となる。したがって,上記の式(2)により窒化ポテンシャルを計算して,ガス窒化炉内の雰囲気を,所望の窒化ポテンシャルに制御することが可能となる。
しかしながら,例えば,アンモニアガスと窒素ガス等,複数種類の炉内導入ガスを混合した混合ガスをガス窒化炉内へ導入して,表面硬化処理を行う場合,ガス窒化炉内へのアンモニアガスの導入量のみ,あるいは,ガス窒化炉内への窒素ガスの導入量のみを制御しても,ガス窒化炉内の雰囲気を所望の窒化ポテンシャルに制御 することが不可能であるという問題を有する。
これは,表面硬化処理の状況等により,混合ガスの混合比率が変化すると,炉内ガスの組成である炉内ガス組成が把握できなくなるため,熱伝導度センサを用いて炉内ガスの水素濃度のみを検出しても,炉内ガスのアンモニア濃度を検出することが不可能となるためである。(【0034】〜【0036】) ウ 構成 水素濃度検出手段4は,炉内ガスの水素濃度を検出可能な構成の熱伝導度センサにより形成されており,水素濃度を検出するためのセンサ部は,水素濃度検出配管22を介して処理炉2の内部と連通している。なお,炉内ガスの水素濃度は,炉内ガスの熱伝導度に基づいて検出する。(【0044】) 炉内ガス組成演算手段24は,水素濃度検出手段4が検出した水素濃度に基づいて,炉内ガスの組成である炉内ガス組成を演算する。そして,この演算した炉内ガス組成を含む情報信号(炉内ガス組成信号)をガス導入量制御手段26へ出力する。
(【0046】) ガス導入量制御手段26が行う制御について,具体的な例を挙げて説明する。
ガス導入量制御手段26は,上述した式(2)で表される窒化ポテンシャルK Nが3.3となるように,炉内ガス組成演算手段24が演算した炉内ガス組成を参照して,炉内ガス組成が設定炉内ガス混合比率となるように,アンモニアガス(NH 3)の導入量と窒素ガス(N2)の導入量を演算する。
そして,ガス導入量制御手段26は,演算したそれぞれのガス(NH 3,N2)の導入量に基づいて,第一炉内導入ガス供給量制御部30及び第二炉内導入ガス供給量制御部38へ,それぞれの導入量を制御する制御信号(導入量制御信号)を出力する。
なお,ガス導入量制御手段26が,アンモニアガス(NH 3)及び窒素ガス(N 2)の導入量を制御する際は,以下の二通りの制御のうち,一方を行う。
第一の制御は,処理炉2内へ導入する混合ガス(アンモニアガス+窒素ガス)の, 処理炉2内への導入量の比率である炉内導入ガス流量比率を一定値に保持した状態で,アンモニアガス(NH 3)及び窒素ガス(N2)の処理炉2内への合計導入量を制御するものである。
一方,第二の制御は,混合ガス(アンモニアガス+窒素ガス)の炉内導入ガス流量比率が変化するように,アンモニアガス(NH 3)及び窒素ガス(N 2)について,それぞれの導入量を個別に変化させる制御である。(【0060】〜【0063】) エ 実施例 (ア) 第一実施例 処理炉として,ピット型ガス窒化炉(処理重量:50kg/gross)を備え,処理炉内の温度を570℃とし,アンモニアガスの処理炉への導入量を,マスフローコントローラにより,1.6m3/hに制御し,また,窒素ガスの処理炉への導入量を,マスフローコントローラにより,0.4m3/hに制御して,窒化ポテンシャルKNが3.3となるように,ガス窒化処理を行った。
ここで,第一発明例では,NH 3:N2=80:20という混合ガスの混合比率を基にして,ガス導入量制御手段により,窒化ポテンシャルKNが3.3となるための水素濃度の設定値と,水素濃度検出手段により検出した炉内ガスの水素濃度とを比較し,アンモニアガス及び窒素ガスのマスフローコントローラに対して,それぞれ,処理炉2内への導入量の比率である炉内導入ガス流量比率NH 3:N2=80:20を保持した状態で,アンモニアガス及び窒素ガスの処理炉内への合計導入量を制御することにより,窒化ポテンシャルKNを制御した。
第一発明例では,窒化ポテンシャルKNを,3.3と,精度良く制御することができた。また,炉内水素濃度を27.4%,炉内アンモニア濃度を47.2%に,それぞれ,制御することが可能であった。(【0095】〜【0099】) (イ) 第二実施例 処理炉として,バッチ型ガス軟窒化炉(処理重量:600kg/gross)を備え,処理炉内の温度を580℃とし,アンモニアガスの処理炉への導入量を8m 3 /h,窒素ガスの処理炉への導入量を5m3/h,二酸化炭素ガスの処理炉への導入量を0.4m3/hに制御して,3時間のガス軟窒化処理を,5ロット/日で5日間/週の期間行った。
第二発明例では,10ロットを処理した後においても,水素濃度検出配管22,開閉弁10及び水素濃度検出手段4のセンサ部に,炭酸アンモニウムの析出は発生していなかった。また,標準水素ガスにより,水素濃度検出手段4の精度をチェックしたところ,フルスケールに対して0.5%以内の誤差しか生じていないことが確認された。さらに,第二発明例では,4ヶ月経過した後に,標準水素ガスにより,水素濃度検出手段4の精度をチェックしたところ,フルスケールに対して0.5%以内の誤差しか生じていないことが確認された。(【0100】〜【0107】) (ウ) 第三実施例 処理炉として,バッチ型ガス軟窒化炉(処理重量:600kg/gross)を備え,処理炉内の温度を580℃とし,アンモニアガスの処理炉への導入量を8m3/h,窒素ガスの処理炉への導入量を5m3/h,二酸化炭素ガスの処理炉への導入量を0.4m3/hに制御して,3時間のガス軟窒化処理を,被処理品(S45C材及びSCM440材)に対して行った。
ここで,第三発明例では,処理炉内の昇温が完了した後,3時間のガス軟窒化処理を行う間は,窒化ポテンシャルKNが3.1(N2:23%,NH3:35%)となるように,アンモニアガス及び窒素ガスの処理炉内への導入量を保持した状態で,アンモニアガス及び窒素ガスの処理炉内への合計導入量を制御することにより,処理炉内の雰囲気を制御した。
第三発明例では,表面硬化処理装置の窒化性能を第三比較例と同様に保持した状態で,炉内導入ガスの使用量を大幅に削減することが可能となり,表面硬化処理に要するランニングコストを減少させて,経済的効果を達成するとともに,大気中へのガス排出量を減少させて,環境の悪化を抑制することが可能となることが確認された。(【0108】〜【0113】) 2 引用発明について (1) 引用発明1について 引用例1(甲1)にはおおむね以下の記載がある(下記記載中に引用する図表は,別紙1引用例1図表目録参照)。
ア 従来,ガス窒化炉およびガス軟窒化炉の雰囲気管理に関しては,手動ガラス管式アンモニア分析計により不連続に炉内残留アンモニア量をチェックする程度であった。また,連続的に炉内ガスを分析する場合は,サンプリングポンプにより炉内ガスを赤外線アンモニア分析計に導入する方法を採っていた。ただ,この赤外線アンモニア分析計は,ガス軟窒化処理においては,炭酸アンモニウムの析出によりサンプリング経路の詰りが発生しやすい,定期的にフィルター掃除などのメンテナンスの必要がある,分析計が高価であるなどの問題点があり,あまり普及していない。
そこで,炉体に直接装着できる窒化センサによりガス軟窒化炉内の水素濃度を分析し,目的の窒化ポテンシャルに自動制御できる窒化センサ制御システム付きガス軟窒化炉を開発した。(64頁左欄1〜16行) イ 窒化炉内の水素濃度を窒化センサにより分析すれば,窒化ポテンシャルを知ることができる。また,希望する窒化ポテンシャルに炉内ガスを調整するには,導入ガス量,ガス種をマスフローコントローラーへ設定信号を送ればよい。(65頁左欄下から2行〜66頁左欄下から13行) ウ 図5は,ピット型ガス軟窒化炉(処理重量:50kg/gross)を用い,窒化温度570℃にてNH 3とN2の流量を変化させることにより窒化ポテンシャルを高い値から低い値まで自在に制御できることを示した記録チャートである。(66頁左欄下から12行〜下から7行,図5) エ 図7には,バッチ型ガス軟窒化炉(処理重量:600kg/gross)において,窒化初期は窒化ポテンシャルを高くし,後期には窒化ポテンシャルをある値に低く制御して処理することによりアンモニアガス量およびトータル使用ガス量 を大幅に削減できたときの記録チャートを示す。また,そのときの具体的な窒化ポテンシャル制御によるガス使用量削減効果と窒化性能結果を表1に示す。(66頁右欄下から4行〜67頁左欄下から6行,図7,表1) (2) 引用発明2について 引用例2(甲2)にはおおむね以下の記載がある(下記記載中に引用する図表は,別紙2引用例2図表目録参照)。
ア 熱処理温度および熱処理時間と並んで,炉内の反応ガスの組成を把握して再現性よく制御することは,窒化層の所要の組織を得るために決定的な要素である。
これに関して,投入するガスの種類と量,アンモニアの分解,部品(処理品)の性質(たとえば表面積,重量など),における相違が把握されて調整される。
測定されるガス成分に基づいてプロセスの進行を自動的に制御する場合には,ガス窒化の場合,測定された水素濃度もしくはアンモニア濃度から直接,または前述した窒化センサによって,窒化ポテンシャルKNに対する値が計算される。より低く設定されたKN値に対してアンモニアの量が上昇した場合には,分解ガスの添加により減少させる。(158頁1〜5行,10〜14行) イ NH3-H2-CO2混合ガスによる軟窒化のためのKN値を基準にした制御の概念を図4-37に示した。3つのガス成分の比例的な変化に従って,最大ないし最小許容ガス投入量の限界領域内で,窒化ポテンシャルKNは変動され得る。炉内でのプロセス進行のターゲットを図4-38に示した。混合ガスによる軟窒化において,より低い窒化ポテンシャルKNの調整が必要な場合には,ガス投入量の削減でそれを達成するのはもはや不可能で,分解ガス添加が可能な図4-39に示された制御概念に拡張する必要がある。(160頁1〜6行,図4-37〜図4-39) ウ また,プロセスの進行は,プログラム化され得て,終了後にはドキュメント化され得る。(162頁5,6行,図4-40) 3 取消事由1(本件発明1の新規性ないし容易想到性に係る判断の誤り)について (1) 引用発明1-1又は1-2を主引用発明とする場合 ア 引用発明1-1,1-2の認定 (ア) 引用例1の前記2(1)の記載によれば,引用発明1-1,1-2は,前記第2の3(2)ア記載のとおりであることが認められる。
(イ) 原告の主張について a 原告は,「窒化ポテンシャル制御(前記1(6)ア及びイ)の際のNH3ガス流量を一定とすれば,NH3の熱分解度が一定となり,窒化ポテンシャルは一定となる」旨の本件審決の技術常識の認定は誤りであり,その結果,引用発明1-1,1-2の認定も誤っている旨主張する。
この点について検討すると,甲11には,「アンモニアの熱分解度は,流量に依存する。遅い流れは,反応領域での長い滞留時間のため,高い熱分解度をもたらす。
速い流れは,熱分解度を低くし,それによって,未分解のアンモニアの量を増加させ,窒化ポテンシャルNpの値を上昇させる」ことが記載されている。これによれば,甲11には,「アンモニアの熱分解度は,流量に依存する」ことが記載されているが,アンモニアガス流量を一定とすれば,ある期間において,アンモニアの熱分解度が一定であることは記載されていない。また,「速い流れは,熱分解度を低くし,窒化ポテンシャルの値を上昇させる」ことが記載されているが,アンモニアガス流量を一定とすれば,窒化ポテンシャルの値は一定になることは記載されていない。
また,甲11の図4をみると,窒化ポテンシャル制御可能範囲では,アンモニアガス流量に対して窒化ポテンシャルの値が右肩上がりに増加しており,アンモニアガス流量をある値とすれば,窒化ポテンシャルの値が一義的に決まることは読み取れる。しかし,図4にはアンモニアの熱分解度は記載されていないので,アンモニアガス流量とアンモニアの熱分解度の関係を読み取ることはできない。そして,図4には,アンモニアガス流量に対する窒化ポテンシャルの値が記載されているにとどまり,時間軸の記載はないから,アンモニアガス流量を一定とした場合に,ある 期間において,アンモニアの熱分解度と窒化ポテンシャルが一定となることが視認されるとはいえない。実際,炉内の温度や圧力がアンモニアの熱分解度に影響を与えることは,本件出願前に知られたことであるから(乙1),窒化処理を実施する際,NH3ガス流量を一定に維持しても,窒化処理の進行に応じて,炉内の温度や圧力がアンモニアの熱分解度に影響を与えることが考えられる。したがって,NH3ガス流量を一定とすれば,NH3の熱分解度が一定であるとはいえないし,窒化ポテンシャルが一定であるともいえない。
さらに,甲11の記載を総合的に検討しても,本件審決認定の「窒化ポテンシャル制御の際のNH3ガス流量を一定とすれば,NH 3の熱分解度が一定となり,窒化ポテンシャルは一定となる」旨の技術常識を導くことはできず,他に上記技術常識を認めるに足りる証拠はない。
以上のとおり,本件審決における技術常識の認定には誤りがある。しかし,引用発明1-1,1-2の認定は,NH3ガス流量が一定であることを前提とするものではなく,したがって前記の誤った技術常識を前提とするものではないから,技術常識の認定が誤っているからといって,引用発明1-1,1-2の認定が誤っていることにはならない。
b 原告は,炉内ガス組成に対応するパラメータである窒化ポテンシャルは変動するから,この窒化ポテンシャルの変動範囲を小さく抑制するために,炉内ガス組成の変動の情報がガスセンサによって検出されて,炉内への各ガスの導入量がマスフローコントローラーによってフィードバック制御されることが,本件出願時における当業者の技術常識であった(甲29〜31,34,35)として,かかる技術常識に基づけば,本件審決の引用発明1-1,1-2の認定は,炉内のNH 3の熱分解度sの変動に起因する窒化ポテンシャルの変動を抑制するべく,ガスの導入量をフィードバック制御することを看過した点において,誤っていると主張する。
しかし,本件各発明の発明者の一人である河田一喜の執筆した刊行物(甲30,31)には,NH3の熱分解度の変動による窒化ポテンシャルの変化を補正するため に,窒化処理中に炉内の雰囲気センサを利用して窒化ポテンシャルを演算し,各導入ガス流量をフィードバック制御する技術が記載されているが,河田一喜の執筆した他の刊行物(甲29,34,35)には,必ずしもフィードバック制御を意味しない「自動制御」と記載されているにすぎず(甲29,34),また,本件各発明とは分野を異にする浸炭のフィードバック制御に関して記載されているにすぎない(甲35)。そして,執筆者を異にする刊行物(甲36)には,モニタリングして制御する旨の記載があるにすぎず,いかなる制御であるかは定かでない。これら記載を総合すれば,「窒化ポテンシャルの変動範囲を小さく抑制するために,炉内ガス組成の変動の情報がガスセンサによって検出されて,炉内への各ガスの導入量がマスフローコントローラーによってフィードバック制御されること」が当業者の技術常識であったとは認め難い。そして,引用例1の図5,図7等の記載(前記2(1)ウ及びエ)をみると,「ガス種と導入ガス量とについての設定信号をマスフローコントローラーへ送ると炉内ガスを調整でき,窒化ポテンシャルを自動制御できること」,「炉内のH2濃度,窒化ポテンシャルKNが特定値となるように,NH3とN2のそれぞれの導入ガス量についての設定信号をマスフローコントローラーへ送って炉内ガスを調整すること」,「水素濃度についての測定値及びその測定値から求まる窒化ポテンシャルの値についての時間の推移に伴う小刻みな変動がそれぞれ生じたこと」を認識することはできるが,引用例1には「NH3の熱分解度s」と「NHガスを含む導入されるガスの総流量」の関係について記載されていないから,「N3H3の熱分解度sの変化に応じて,NH3ガスを含む導入されるガスの総流量を制御する」ことを認識することができない。
したがって,引用例1の記載から「窒化ポテンシャルKNの値について設定された目標を達成するため,炉内におけるNH 3の熱分解度sの変化に応じて,NH 3ガスを含む導入されるガスの総流量を制御する」ことを読み取ることはできない。
よって,引用例1の記載から,「炉内のNH3の熱分解度sの変動に起因する窒化ポテンシャルの変動を抑制するべく,ガスの導入量をフィードバック制御すること」 を読み取ることはできない。
c 以上のとおり,原告の主張はいずれも理由がない。
イ 本件発明1の新規性に係る判断の誤り (ア) 引用発明1-1との関係 a 本件発明1と引用発明1-1との間には,前記第2の3(3)ア(イ)記載のとおり,相違点1-1が認められる。
b 相違点1-1について 引用例1の図5(前記2(1)ウ)には,ガス種と導入ガス量とについての設定信号をマスフローコントローラーへ送ると炉内ガスを調整でき,窒化ポテンシャルを自動制御できるという窒化センサ制御システム付きピット型ガス軟窒化炉において,NH3とN2のみを使用し,窒化温度570℃にて炉内のH2濃度,窒化ポテンシャルKNが,それぞれ,初期には28Vol%,4.2制御,中期には40Vol%,1.8制御,後期には50Vol%,0.9制御となるように,NH 3とN2のそれぞれの導入ガス量についての設定信号をマスフローコントローラーへ送って炉内ガスを調整することにより,炉内ガスの窒化ポテンシャルを高い値から低い値まで制御できたことが記載されていると認められる。
そうすると,引用例1の図5から,ピット型ガス軟窒化炉において,炉内のH2濃度,窒化ポテンシャルKNが,初期,中期,後期で特定値に制御されるように,NH3 とN2のそれぞれの導入ガス量についての設定信号をマスフローコントローラーへ送って炉内ガスを調整することにより,炉内ガスの窒化ポテンシャルを高い値から低い値まで制御できたことが開示されていると認められるが,NH 3及びN2の導入ガスについて,具体的な制御方法が記載されておらず,流量比率を一定値としているのか,変化させているのか,導入ガスの導入量を個別に制御しているのか否か不明であり,また,導入ガスの合計導入量を制御しているのか否かも不明である。したがって,引用例1の図5がいかなる制御方法を採用しているかは不明であり,本件発明1の「第一の制御」及び「第二の制御」を採用していると認めることはでき ないから,相違点1-1は実質的な相違点である。
c よって,本件発明1が引用発明1-1であるということはできない。
(イ) 引用発明1-2との関係 a 本件発明1と引用発明1-2との間には,前記第2の3(3)イ(イ)記載のとおり,相違点1-2が認められる。
b 相違点1-2について 引用例1の図7(前記2(1)エ)には,ガス種と導入ガス量とについての設定信号をマスフローコントローラーへ送ると炉内ガスを調整でき,窒化ポテンシャルを自動制御できるという窒化センサ制御システム付きバッチ型ガス軟窒化炉において,NH3とN2とCO2のみを使用し,窒化温度580℃にて炉内の水素濃度,窒化ポテンシャルK Nが,それぞれ,初期は15Vol%,7.5制御,後期には23Vol%,3.1制御となるように,NH 3とN2のそれぞれの導入ガス量についての設定信号をマスフローコントローラーへ送って炉内ガスを調整すると,図7の後期には,水素濃度についての測定値及びその測定値から求まる窒化ポテンシャルの値が時間の推移に伴って,それぞれ,23Vol%付近,3.1付近で小刻みに変動したことが記載されていると認められる。
そうすると,引用例1の図7から,バッチ型ガス軟窒化炉において,炉内のH2濃度,窒化ポテンシャルKNが,初期,後期で特定値に制御されるように,NH3とN2のそれぞれの導入ガス量についての設定信号をマスフローコントローラーへ送って炉内ガスを調整することにより,炉内ガスの窒化ポテンシャルを高い値から低い値まで制御できたことが記載されていると認められるが,NH3とN2とCO2の導入ガスについて,具体的な制御方法が記載されておらず,流量比率を一定値としているのか,変化させているのか,導入ガスの導入量を個別に制御しているのか否か不明であり,また,導入ガスの合計導入量を制御しているのか否かも不明である。したがって,引用例1の図7がいかなる制御方法を採用しているかは不明であり,本件発明1の「第一の制御」及び「第二の制御」を採用していると認めることはできな いから,相違点1-2は実質的な相違点である。
c よって,本件発明1が引用発明1-2であるということはできない。
(ウ) 原告の主張について a 原告は,炉内におけるNH3の熱分解度sの変化に応じて変動する窒化ポテンシャルを所望の範囲に制御するために,引用例1の窒化センサ制御システムが,炉内ガスの濃度を「応答性が速い」窒化センサによって測定して,「炉内ガスの切替りが速い」マスフローコントローラーを用いてフィードバック制御していることは明らかであると主張する。
しかし,前記(ア)及び(イ)のとおり,引用例1には,導入ガスについて,具体的な制御方法は記載されておらず,流量比率を一定値としているのか,変化させているのか,導入ガスの導入量を個別に制御しているのか否か不明であり,また,導入ガスの合計導入量を制御しているのか否かも不明であるから,フィードバック制御していることが明らかであるとはいえない。
b 原告は,甲9によれば,図8(引用例1の図5)において,炉内ガス導入比率NH3:N2を比例関係に保ちながら導入ガス総流量制御が小刻みに行われていることは,当業者であれば自明である,また,表1における@の制御からAの制御,Aの制御からBの制御への移行時において,炉内ガス導入比率NH3:N2を変化させていることも明らかである,つまり,図8をみれば,本件発明1における第一の制御と第二の制御が行われていることは,明らかであると主張する。また,引用例1の図7についても同旨の主張をする。
しかし,甲9によって,引用例1の図5,7における「炉内ガス導入比率NH3:N2」が算出されるが,引用例1の図5の@ないしB,図7の@及びAの範囲のそれぞれにおいて,水素濃度についての測定値及びその測定値から求まる窒化ポテンシャルの値が時間の推移に伴って小刻みに変動していること,すなわち,何らかの制御が行われていることは読み取れるが,導入ガス総流量が制御されていることを読み取ることができないから,「炉内ガス導入比率NH3:N2」を比例関係に保ちな がら,導入ガス総流量制御が小刻みに行われていることが記載されているとはいえないことは,前記(ア)及び(イ)のとおりである。
c 以上のとおりであるから,原告の各主張はいずれも理由がない。
ウ 本件発明1の容易想到性に係る判断の誤り (ア) 前記イのとおり,相違点1-1,1-2は実質的な相違点である。
(イ) 相違点1-2について,引用発明1-2と引用発明2とは同じガス種NH 3とN2とCO2のみを使用する窒化センサ制御システム付きバッチ型ガス軟窒化炉に関するものであるから,引用発明1-2と引用例2の記載事項の組合せを検討すると,前記イ(イ)のとおり,引用発明1-2がいかなる制御方法を採用しているのかは不明であること,後記(2)ア(イ)のとおり,引用例2においては,実際のプロセスの進行状態では,NH3とN2とCO2との比率が一定となっているとは認められないことからすれば,上記組合せによっては,本件発明1の「第一の制御」及び「第二の制御」(相違点1-2)の構成には到達しない。
(ウ) ほかに,本件出願当時に存在した技術から,本件発明1の「第一の制御」及び「第二の制御」(相違点1-1,1-2)を容易に想到することができたとは認め難い。
(エ) 小括 以上のとおり,引用発明1-1又は1-2を主引用発明として,本件発明1を容易に想到することができたということはできない。
エ 小括 以上によれば,本件発明1は,引用発明1-1又は1-2に基づいて,新規性及び進歩性を欠くとはいえない。また,本件審決の技術常識の認定の誤りは,結論に影響しない。
(2) 引用発明2を主引用発明とする場合 ア 引用発明2の認定 (ア) 引用例2の前記2(2)の記載によれば,引用発明2の制御方法について,前 記第2の3(2)イのとおりの引用発明2が記載されていることが認められる。この認定は,NH3ガス流量が一定であることを前提とするものではなく,したがって前記(1)ア(イ)aの誤った技術常識を前提とするものではないから,技術常識の認定が誤っているからといって,引用発明2の認定が誤っていることにはならない。
よって,本件審決の引用発明2の認定に誤りはない。
(イ) 原告の主張について 原告は,炉内ガス組成に対応するパラメータである窒化ポテンシャルは変動するのであって,この窒化ポテンシャルの変動範囲を小さく抑制するために,炉内ガス組成の変動の情報がガスセンサによって検出されて,炉内への各ガスの導入量がマスフローコントローラーによってフィードバック制御されることが,本件出願時における当業者の技術常識であった(甲29〜31,34,35)として,かかる技術常識に基づけば,本件審決の引用発明2の認定は誤っていると主張する。
しかし,前記(1)ア(イ)aのとおり,本件審決における技術常識の理解には誤りがあるが,引用発明2の認定に当たり,当該技術常識に基づいた認定はされていない。
そして,前記(1)ア(イ)bのとおり,甲29ないし31,34,35記載の技術事項が当業者の技術常識であったとは認め難い。
また,引用例2の図4-37及び図4-38の記載(前記2(2)イ)をみると,NH3とN2とCO2とが,それぞれ,50%,45%,5%混合された,NH 3 -N 2-CO2混合ガスによる軟窒化のための制御装置であって,HydroNit-Sensorを用いて測定された炉内水素濃度H2を利用して計算される,9から4の間の窒化ポテンシャルK Nを基準にして前記NH3-N2-CO2混合ガスの合計導入量が最大ないし最小許容ガス投入量の限界領域内で調整できるが,より低い窒化ポテンシャルKNの調整が必要な場合にはガス投入量の削減では達成できない制御装置,すなわち,前記窒化ポテンシャルKNが4に設定されると,前記NH3-N2-CO2混合ガスの合計導入量は最小許容ガス投入量に調整され,前記窒化ポテンシャルKNが9に設定されると,前記NH3-N2-CO2混合ガスの合計導入量は最大許容ガス 投入量に調整される制御装置が視認される。
ここで,図4-40(前記2(2)ウ)はドキュメント化された「レトルト炉での軟窒化のプロセスの進行の様子」であって,図4-38の実際のプロセスの進行状態を示したものと認められるが,KNが一定値である期間(約1.25〜3.5h)において,混合ガス中のNH3とN2とCO2の流量値は激しく変動しており,NH 3とN2とCO2との比率が一定であると認めることができない。そうすると,図4-38は,NH3とN2とCO2とが,それぞれ,50%,45%,5%混合された,NH-N2-CO2混合ガスと図示されているが,図4-40からみて,実際のプロセス3の進行状態では,NH3とN2とCO2との比率が一定となっているとは認められない。
したがって,引用例2の記載をみても,「複数種類の炉内導入ガスの処理炉内への導入量の比率を一定値に保持した状態で前記複数種類の前記炉内導入ガスの前記処理炉内への合計導入量を前記窒化ポテンシャルKNに応じてフィードバック制御して増減する」ことを認識することはできないから,原告の主張は理由がない。
イ 本件発明1の新規性に係る判断の誤り (ア) 本件審決の相違点の認定について a 本件発明1と引用発明2との間には,前記第2の3(3)ウ記載のとおり,相違点2-2が認められる。
b 一方,引用発明2の水素濃度検出手段に関し,引用例2(甲2)には,HydroNit-Sensorについて,以下のとおり記載されている。
窒化の場合に,炉内の残留アンモニア濃度φ R(NH3)と水素濃度φR(H2)との計測値が,窒化ポテンシャルKNの決定に利用される(154頁12,13行)。
費用がかからない手段は,アンモニアと窒素とがほとんど同じ熱伝導率を有するために,熱伝導率の変化によって炉排気ガス内の水素の濃度を決定する方法である。
他からの影響を受けにくい測定方法(図4-31:水素濃度の測定の原理)として,工業用にも使用されている。
HydroNit-SensorはP H2(水素濃度)を計測している(図4-3 5〜4-39)。
c そうすると,引用例2の記載から,熱伝導率の変化によって炉排気ガス内の水素の濃度を決定すること,水素センサは「HydroNit-Sensor」であり,水素濃度を計測していることが明らかであるから,引用例2に記載のHydroNit-Sensorは,熱伝導率に基づいて,水素濃度を測定するセンサであると考えるのが自然である。
したがって,相違点2-1は認められないので,本件審決の相違点の認定には誤りがあるが,後記(イ)のとおり,相違点2-2が実質的な相違点であるから,上記認定の誤りは,本件審決の結論に影響する違法とはいえない。
(イ) 相違点2-2について 引用例2の記載を検討すると,前記ア(イ)のとおり,NH3とN2とCO2の導入ガスについて,流量比率を一定値としているとは認められず,その前後の期間を含めても,導入ガス流量比率が変化するように導入ガスの導入量を個別に制御しているとも認められないから,本件発明1の「第一の制御」及び「第二の制御」が行われていることが記載されていると認めることができない。
よって,相違点2-2は実質的な相違点であり,本件発明1が引用発明2であると認めることはできない。
(ウ) 原告の主張について 原告は,引用発明2では,炉内へ導入されるNH3とN2とCO2との各ガスの流量比率が一定値に保持された状態で,これらのガスの総導入量(合計導入量)が制御されていることから,本件発明1の「第一の制御」が開示されていることは明らかである,また,引用発明2では,「第一の制御」の前後において,炉内へ導入されるNH3とN2とCO2との各ガスの流量比率が変化するようにこれらのガスの導入量が個別に制御されていることから,本件発明1の「第二の制御」が開示されていることも明らかであると主張する。
しかし,前記ア(イ)のとおり,引用例2の記載から,実際のプロセスの進行状態 では,NH3とN2とCO2の導入ガスについて,流量比率を一定値としているとは認められず,導入ガス流量比率が変化するように導入ガスの導入量を個別に制御しているとも認められない。
したがって,原告の主張は理由がない。
ウ 本件発明1の容易想到性に係る判断の誤り 前記イのとおり,相違点2-2は実質的な相違点である。そして,前記(1)ウ(イ)及び(ウ)と同様に,引用例1の記載事項や本件出願当時に存在した技術から,本件発明1の「第一の制御」及び「第二の制御」(相違点2-2)を容易に想到することができたとは認め難い。
エ 小括 以上によれば,本件発明1は,引用発明2に基づいて,新規性及び進歩性を欠くとはいえない。
4 取消事由2(本件発明2の容易想到性) (1) 引用発明1-2を主引用発明とする場合 ア 本件発明2と引用発明1-2との間には,前記第2の3(3)エ記載のとおり,相違点1-2,1-3が認められる。
イ 相違点1-2の容易想到性 前記3(1)ウのとおり,引用発明1-2及び引用例2の記載事項によって,当業者が,第一の制御及び第二の制御を想到することができないから,相違点1-2を容易に想到することができたとは認め難い。
また,引用例3及び4には,導入ガスの制御等について記載されていないから,引用例3及び4の記載事項によっても,当業者が,相違点1-2を容易に想到することができたとは認め難い。
ウ 相違点1-3の容易想到性 引用例3及び4に記載されているのは,非分散型赤外分析計(NDIR)を用いるガス分析装置への炭酸アンモニウムの結晶の生成防止に関する技術事項である。
一方,引用例1に記載されているのは,処理炉内の炉内ガスの熱伝導度に基づいて前記炉内ガスの水素を検出する水素濃度検出手段であって,炉体に直接装着されており,寿命が長く,ノーメンテナンスであり,炭酸アンモニウムの析出の問題がないという特徴を有するものである。
そうすると,引用発明1-2における水素濃度検出手段と,引用例3及び4に記載されている,非分散型赤外分析計(NDIR)とは,検出手段において相違しており,引用発明1には,引用例3及び4の炭酸アンモニウムの結晶の生成防止という課題は存在しないから,引用発明1-2における水素濃度検出手段に引用例3及び4に記載の技術事項を組み合わせようとする動機付けがあるとはいえない。
エ したがって,本件発明2は,引用発明1-2及び引用例3及び4の記載事項から,当業者が容易に発明をすることができたものではない。
(2) 引用発明1-1を主引用発明とする場合 引用発明1-2と本件発明2はガス種が共通であるのに対し,引用発明1-1と本件発明2はガス種が異なる。使用するガス種の変更は,引用発明1-1による処理内容を,窒化処理から軟窒化処理に変更するという,発明内容の変更を伴うものであるから,そのような動機付けは認め難い。
したがって,本件発明2は,引用発明1-1から,当業者が容易に発明をすることができたものではない。
(3) 引用発明2を主引用例発明とする場合 ア 本件発明2と引用発明2との間には,前記第2の3(3)オ記載のとおり,相違点2-2,2-3が認められる。一方,前記3(2)イ(ア)のとおり,相違点2-1は認められないので,本件審決の相違点の認定には誤りがあるが,前記3(2)イ(イ)のとおり,相違点2-2が実質的な相違点であるから,上記認定の誤りは,本件審決の結論に影響する違法とはいえない。
イ 相違点2-2の容易想到性 前記3(2)ア(イ)のとおり,引用例2では,NH3とN2とCO2の導入ガスについ て,流量比率を一定値としているとは認められず,その前後の期間を含めても,導入ガス流量比率が変化するように導入ガスの導入量を個別に制御しているとは認められないから,第一の制御及び第二の制御が行われていることが記載されていると認めることができないし,引用例3及び4には,導入ガスの制御等について記載されていない。
よって,引用発明2に引用例3及び4の記載事項を組み合わせても,相違点2-2に係る構成には至らない。
ウ 相違点2-3の容易想到性前記3(2)イ(ア)のとおり,引用例2に記載されているのは,処理炉内の炉内ガスの熱伝導度に基づいて前記炉内ガスの水素を検出する水素濃度検出手段である。
そうすると,引用発明2における水素濃度検出手段と,引用例3及び4に記載されている非分散型赤外分析計(NDIR)とは相違しており,引用例2には,引用例3及び4の炭酸アンモニウムの結晶の生成防止という課題は明記されていないから,引用発明2における水素濃度検出手段に引用例3及び4に記載の技術事項を組み合わせようとする動機付けがあるとはいえない。
エ 小括したがって,本件発明2は,引用発明2及び引用例3及び4の記載事項から,当業者が容易に発明をすることができたものではない。
5 取消事由3(本件発明3)本件発明3は,本件発明1又は2に従属する請求項であるところ,前記3のとおり,本件発明1について新規性及び進歩性の欠如は認められず,また,前記4のとおり,本件発明2について進歩性の欠如は認められない。
したがって,本件発明3について,進歩性の欠如が認められないことは明らかである。
6 取消事由4(サポート要件)(1) 特許請求の範囲の記載が,サポート要件に適合するか否かは,特許請求の範 囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものであり,サポート要件の存在は,特許権者が証明責任を負う。
(2) 前記1によれば,本件訂正明細書に接した当業者は,以下の点を理解することができる。
水素濃度検出手段4は,炉内ガスの水素濃度を検出可能な構成の熱伝導度センサにより形成されており,炉内ガスの水素濃度は,炉内ガスの熱伝導度に基づいて検出する。炉内ガス組成演算手段24は,水素濃度検出手段4が検出した水素濃度に基づいて,炉内ガスの組成である炉内ガス組成を演算する。炉内ガス組成信号の入力を受けたガス導入量制御手段26は,炉内ガス組成と設定炉内ガス混合比率に応じて,炉内ガス組成が設定炉内ガス混合比率となるように,複数種類の炉内導入ガスの処理炉2内への導入量を制御する。(前記1(6)ウ) ガス導入量制御手段26が,アンモニアガス(NH 3)及び窒素ガス(N 2)の導入量を制御する際は,第一の制御,第二の制御の二通りの制御のうち,一方を行う。
複数種類の炉内導入ガスの処理炉2内への導入量を制御して,処理炉2内の雰囲気を制御した状態で,被処理品Sの材質や量等に応じて設定した所定の時間,被処理品Sの表面硬化処理を行う。(前記1(6)ウ) 実施例において,本件各発明の表面硬化装置によれば,水素濃度の設定値と,水素濃度検出手段により検出した炉内ガスの水素濃度とを比較し,炉内水素濃度,炉内アンモニア濃度を,それぞれ,制御することが可能である(第一実施例)。水素濃度検出手段4のセンサ部に,炭酸アンモニウムの析出は発生していなかった。水素濃度検出手段4の精度がフルスケールに対して0.5%以内の誤差しか生じていない(第二実施例)。炉内導入ガスの使用量を大幅に削減することが可能となり, 表面硬化処理に要するランニングコストを減少させて,経済的効果を達成するとともに,大気中へのガス排出量を減少させて,環境の悪化を抑制することが可能となる(第三実施例)。(前記1(6)エ) (3) 前記(2)によれば,当業者は,本件訂正明細書の記載から,本件発明1の各手段を備える表面硬化処理装置によって,「炉内ガスの熱伝導度に基づいて処理炉内の雰囲気を検出し,この検出した雰囲気を参照して処理炉内の雰囲気を制御することが可能な,表面硬化処理装置及び表面硬化処理方法を提供すること」(前記1(3))という課題を解決できることを認識できるといえる。
ここで,当業者が課題を解決できることを認識できる否かにおいて,本件審決の認定した「窒化ポテンシャル制御の際のNH3ガス流量を一定とすれば,NH 3の熱分解度が一定となり,窒化ポテンシャルは一定となるとの技術常識」は何ら関係していない。
(4) したがって,当業者は,本件訂正明細書の記載に基づき,本件各発明の表面硬化処理装置によって,本件各発明の課題を解決できると認識し得るものということができるから,サポート要件を満たすものである。
7 結論 以上のとおり,原告主張の取消事由はいずれも理由がないから,原告の請求を棄却することとし,主文のとおり判決する。
裁判長裁判官 高部眞規子
裁判官 古河謙一
裁判官 関根澄子